シンジ「僕はまた、ゲッターロボに乗ります」【エヴァ×チェンゲ】 (325)


・もちろん他のスレとは全く関係ありませんが、新世紀エヴァンゲリオンと真ゲッターロボ世界最後の日の
クロスオーバー作品は多数存在するので、その中でも「いっそシンジ以外全員チェンゲの登場人物だったら」
という一つの可能性の話です。最後まで書き溜め済。
・TV版と漫画版を軸に旧劇場版の話をプラスしています。新劇場版は無し。
・他のエヴァゲッターssが竜馬メイン多めなのに対し、こちらはまたゴウメインです。
・シンジがケイ、ゴウが綾波の立場なのでヒロイン不在。なので結構暑苦しい。
・二つの世界の整合性を取るため結構無茶なキャラ崩壊設定が多いです。他作品のパロディもオマケ程度にあり。
・ご都合主義。







昼 道路
シンジ「ちぇっ……電話も駄目かあ。電車も止まって、足止め食らっちゃったなあ」

シンジ「久しぶりに父さんに会えると思ったのに。まいったナ、戦いなんてなければいいんだ」ハァ

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1460004619

時に、西暦2015年。

シンジ「……?」

地球から四季という概念がなくなり、長い冬が始まって十三年が経った頃。
冷たい空気が渦巻く中、シンジは枯れ木の影に一人の少年を見た。

シンジ「うわっ!」

が、すぐに大きな揺れを感じ山へと顔を向ける。
そこでは正体不明の巨大生命体が、スーパーロボット軍団に攻撃されながらも町への侵攻を始めていた。




昼 ネルフ本部内
早乙女博士「なんと!? これはどうしたことだ!?」

隼人「分かりません、ゲッター指数を上げていったら突然!」

早乙女博士「まさか、ゲッターに意志が……シンジを呼んでいるというのか、ゲッターよ!!」



ズズ

昼 町の中

シンジ「わっ!」バッ

弁慶「シンジ、待たせたなッ!」ガチャッ

町の崩壊を驚くシンジの前に、一台のトラックが停まった。
中から現れた弁慶に連れられ慌ててその場を離れるが、N2地雷の衝撃波によりトラックごと閃光の中を横転していく。

弁慶「だ、大丈夫かぁ? シンジ」

シンジ「うん、父さんが頭を押さえてくれたから平気だよ。ありがとう父さん」


弁慶にぽんぽんと頭を撫でられ、ふっと息をついた。


シンジは、今の攻撃では巨大生命体、インベーダーの殲滅には至らないと分かっていた。
それにインベーダーは律儀に一体一体やってくるような相手ではない。
すぐにまた別の個体が町を襲うだろう。

シンジ(従来のゲッターロボじゃ力より数で押し切るしかなくなってきたんだっけ。
そろそろ新しい兵器が出るんだろうな)チラッ

シンジ(それで父さんや町の人達が無事ならいいんだけど……)

再び走り出したトラックの中で、「トモエ シンジ」と書かれた写真がゆらゆらと揺れている。

シンジ「特務機関ネルフ?」

弁慶「ああ、国連御用達の非公開組織だ」ブロロロロ

シンジ「父さんはここでゲッターロボのバックアップをしてるんだね」

弁慶「悪いな、久々の再会がこんな調子で」

シンジ「いいよ、人類を守る大切な仕事なんだから。
それに父さんとはいつも電話で話してたんだし」

義父である車弁慶は、シンジにとってかけがえのない家族である。
また、乳児期共に過ごした父巴武蔵のことも、おぼろげではあるが尊敬するべき存在として思い出に残っていた。

シンジ(とはいえ、小さい頃のことはよく覚えていない。
姉さんを亡くした時のことも、武蔵父さんがいなくなった日のことも……)

昼 ネルフ内

軍の高官1「今から本作戦の指揮権は早乙女博士、貴方に移った」
軍の高官2「インベーダーの弱点が、奴ら自身のエネルギーであるゲッター線の過多照射であることは周知の事実」
軍の高官1「しかし従来のゲッターロボ、ゲッターロボGはやはり『例の機体』の一部に過ぎない」
軍の高官2「そこで開発された新兵器、真ゲッターロボ。お手並みを見せてもらおう」


早乙女博士「そこで見ているがいい、シンジ、世界最後の日はすぐそこまで来ておるぞ!!」ウワーッハッハッハァ!!





夕方ジオフロント内
シンジ「これから、早乙女博士という人の所へ行くんだよね?」

弁慶「ああ、そうなるな」

シンジ(早乙女。ゲッター線利用兵器の第一人者。
十三年前、重陽子ミサイルが敵の手で落とされた時汚染の原因になった兵器を作ったのも博士だっけ。
あまりいい噂は聞かないな)

ゲッター線による土地の汚染は地球寒冷化、環境破壊の他インベーダーを呼ぶ原因にもなる。
だが、町を破壊するインベーダーを倒すためにはゲッターロボを用いなければならない。
それが正義のためとは言え、破壊された時に汚染が広がるような兵器は人々にとって畏怖の対象でもあった。


シンジ(汚染で世界が荒れ果てたのは博士のせいだ、って言う人は少なくないらしい。
それに開発中の事故は多いみたいだし……)


疎まれてでもゲッターロボを開発し続ける早乙女博士はまさにマッドサイエンティストだな、とシンジは心の中で呟いた。
エレベーターに乗り、しばらく地下都市の奥へと降下していく。

弁慶「おう、隼人か」

そんな二人の前に現れたのは、先ほどまで博士の隣にいた神隼人だ。
現場指揮を任されたネルフ総司令兼ゲッター線の研究者であり、そして弁慶とは旧知の仲らしい。
施設内を先導するために迎えに来たようだが、彼の顔にある傷を見てシンジはおたおたを頭を下げた。

シンジ「は、はじめまして。巴シンジです。車弁慶の義理の息子で……よ、よろしく、お願いします」ペコ

隼人「十三年ぶりの再会か」

シンジ「えっ?」

ふと、シンジは隼人の眼差しに別の感情が混じるのを見逃さなかった。

弁慶「そんなことより隼人、本当にシンジをアレに乗せる気か」

隼人「選んだのは博士、いやゲッターの意志だ。そうでなければ昔みたいに俺が乗る」

弁慶「フン、選ばれた奴しか乗れないなんて開発をしたのは博士じゃないか。
……所詮、ゲッターからは逃れられない運命って訳か」

隼人「だからこそ、戦って負けるようじゃ済まないというのは分かっているだろう」

シンジ(この人、昔弁慶父さんと一緒にゲッターチームをやっていた人だ。父さんからの話では聞いているけど……?)

そのままシンジは背中を押され、真っ暗な格納庫の中央へと立たされる。

昼 真ゲッター2前


バサァッ


シンジ「う、うわっ! 顔……ゲッターロボ……!?」

隼人「博士の作り出した究極の対インベーダー用護衛兵器、真ゲッターロボ。
その真ゲッター2。俺達人類の最後の切り札だ」

照明が点き、シンジはその場で体をよろめかせた。
隼人の視線が、帰るという選択肢を消している。

シンジ「早乙女博士が、これを?」

早乙女博士「来たかシンジ!」ブワッ

シンジ「……! 早乙女博士?」ハッ

顔を上げると、真ゲッター2の奥に立つ男が両手を広げシンジを見据えていた。
初めて会うはずの彼を一目で博士だと察した理由は、今まで写真や映像で知っていたからというわけではない。



カッ



早乙女博士「待っていたぞシンジ、いや……我が愛しの息子よ!!」



シンジ「!? 僕が……僕が息子!?」

弁慶「博士! それは言わない約束では!?」ガタッ

早乙女博士「もう遅い。人類には時間がないのだ。
さあシンジよ、ゲッターに乗りインベーダーと戦うのだ!!」ハーッハッハッハッハ!!

彼から告げられた真実に、シンジはショックを受けその場でうつむき動けなくなってしまった。
世界の行く末に関わる人物の息子だなんて、十四歳の少年にとっては重すぎる事実だ。

シンジ「僕が……僕が早乙女博士の息子……?」ヨロッ

弁慶「待ってください博士! 例えシンジでも一人ではパワーが!」

早乙女博士「心配はいらん、ゴウをここに向かわせておる!!」

隼人「なッ、しかし、奴はまだ! 
……いえ、ここにいるよりはマシでしょうね」

隼人は少し間を置いた後、博士から目を逸らした。

隼人「巴シンジ」

シンジ「は、はい?」

隼人「この真ゲッターロボに乗るんだ。そしてインベーダーと戦ってくれ」

シンジ「! ど、どうして!? 父さん!!」

弁慶「シンジ……」クッ

シンジ「父さ……」

シンジの中で、武蔵との、弁慶との思い出が博士に崩されていくような気がした。
彼が本当の父親だとしたら、今まで連絡しなかった理由は何だ? どうして武蔵や弁慶に息子を預けたのか?

シンジ「僕の父さんはッ……本当なの? 父さん……。なら何で、今更僕を呼んだの?」

早乙女博士「もちろん、地球の危機が迫っておるからだ!! 
これからは親子二人、仲睦まじく生きようではないか!!」

シンジ「……! だ、だからって僕に、これに乗れって言うの!? 無理だよそんなの、できるわけないよ!!
今初めて会ったのに! 早乙女博士、博士は鬼だ!!」クッ


シンジはゲッターに向かって叫んだ。
震える少年の瞳を見て、弁慶はぎゅっと拳を握り締める。



弁慶「やはり無茶だ! 例えゲッターの力を最大まで引き出せなくとも、俺が乗る!! 俺が……ッ!」グッ

隼人「なら弁慶、お前も乗れ。だがお前の体ではレバーを握っているのが精いっぱいだろう」

シンジは義父の体を見て、眉を引きつらせた。
はだけたジャケットから覗く包帯は、今人類が晒されている脅威をまざまざと語っていたからだ。

シンジ「あ、ああ……父さん。いや、僕の父さんは、僕の父さんは……!」


その時。格納庫の扉が開き、一人の少年がストレッチャーに乗せられシンジの前へと現れた。
少年とはいえシンジと比べ大人びており、体も大きい。
だが、目を閉じた彼の面差しにシンジはどこか懐かしさを覚えていた。

似ている。誰にとは言えないが、ずっと昔に見かけた顔だ。


弁慶「! シンジ、危ない!」バッ

その時、地面が大きく揺れ仮設ライトがシンジの頭上へと落下した。
シンジは反射的に体を丸めるが、直撃すればとても助かる大きさではない。

シンジ「あ…………ッ!」ズルッ

弁慶「シンジーッ!!」



ガッ





だが、いつまで経っても衝撃はこない。

シンジ「…………、あ、あれ? 痛くない……」パチ

恐る恐る目を開けると、シンジの目の前でライトは停止していた。
眼前の瓦礫にわっと体を起き上がらせ、すぐにそれが人の手で持ち上げられた物だと知る。

シンジ「君は、さっきの」

ゴウ「…………」

隼人「まさか、ゲッター線の調整も無しに目覚めたというのか!? いやむしろ、守ったのか? ……シンジを」



ゴウ「シンジ」

シンジ「……姉、さん……?」

シンジ(ち、違う。どうしてこの人を見てそう思ったんだろう。姉さんはもっと女性らしい人だったのに)ハッ

シンジ「君、こんなに怪我してる! まさか、僕を守ったせいで」

ゴウ「シンジ」

シンジはゴウに駆け寄り、彼の腕を掴んだ。
全身タイツの上から見て分かるほど怪我をしているのに、血は一滴も流れていない。

ゴウ「シンジ、お前は俺が守る」

シンジ「僕を? どうして?」

ゴウ「…………」

シンジ「そんな体で動いちゃ駄目だ! そんな……!」

シンジはグッと息を飲んだ。ゴウも弁慶も傷ついている、そして全員、シンジに期待している。
やるしかない。

シンジ「……僕が」スッ



シンジ「僕がゲッターに乗ります!!」カッ




早乙女博士「その言葉を待っていたぞシンジよ!! 今こそ、人間の力を見せてやれぃ!!」ウワーッハッハッハ!!

シンジ(死ぬのなんか怖くはないんだ、そっちがその気ならやってやるさ……!)グッ

自暴自棄ではあったが、今はこうするしかないのだと言い真ゲッターロボへと駆け出した。

シンジ、ゴウ、そして弁慶は真ゲッターロボへと搭乗した。だが今万全の状態で戦えるのはシンジしかいない。

シンジ(逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ……! 姉さん、武蔵父さん、僕は)

隼人「真ゲッターロボ、発進!!」

シンジ「……ッ!」

隼人の合図で、真ゲッター2が勢いよく射出される。
預けられた先で一通り体を鍛えられたシンジにとっては、このようなG程度は問題なかった。

隼人「シンジ、今は戦うことだけを考えるんだ」

シンジ「戦う……戦う……うあッ!!」バチッ

だが、真ゲッター2の足がインベーダ―によって絡み付かれた。
脱出しようにも四肢を束縛され、装甲が破壊されていく。

シンジ「ひっ……そんな、一体どうすればいいんだ!!」ガチャッ

早乙女博士「シンジ!!」

何度レバーを引いても、ただインベーダーに揺さぶられ自由を奪われる。
焦りと苛立ちが交差する中、シンジは敵に対して恐れを抱き始めていた。


隼人「駄目だ、シンジ! オープンゲットしろ!」

シンジ「いきなりそんなことできないよ!」


そうしてもがく内に、モニター越しに映る真ゲッター2はだらりと動かなくなってしまった。
博士と隼人はそれを見て、真意を理解しニヤリと笑う。

シンジ「そんな、動いてよ! ゲッター!!」ガチャッガチャッ

弁慶「落ち着け、シンジ!」

シンジ「このままじゃやられちゃうよ! 父さん! 嫌だ、誰か助けてよ! 父さん! 父さん!」

弁慶「シンジ、シ――」

シンジ「――死にたくないッ! 助けてよ、父さん、姉さーんッ!!」


ゴウ「ゲッターを信じるんだ」


シンジ「えっ!?」

シンジの目の前のモニターに、ゴウの顔が映る。

ゴウ「委ねろ。お前の意識を、お前の全てを……!」

シンジ「僕の……!」

何を訳の分からんことを、と言いたくはなったが今のシンジにその余裕はなかった。

シンジ「僕の、全て……?」

目を閉じ、意識をゲッターへと集中させる。
ただそれだけで、ゲッターの力がシンジの体中を巡り、自然と何をすべきか頭の中へと流れ込んでくる。

シンジ「僕の全てを……ッ!」

全身でゲッターを感じ、そして。

シンジ「ドリル――ッ!」




カッ



シンジ「!!」ハッ


気が付けば。シンジは病室の中で、一人横たわっていた。
知らない天井を見上げ、自分が何をしていたのか、どうしてここにいるのか、混乱したまましばらくぼんやりとする。

シンジ「…………あ」

真っ白な部屋の中で、一つ真っ赤な存在を視界にとらえた。ゴウだ。
どういうわけか傷は無くなり、何事も無かったかのようにシンジの目覚めをジッと待っていた。

シンジ「生きてる」

その呟きにゴウは返答も、表情を変えることもなかった。

弁慶「シンジ! 無事か!?」ガタッ

シンジ「父さん」パアッ

病室へ飛び込んできた弁慶はシンジを目いっぱい抱きしめ、シンジも彼の抱擁に幸福を感じていた。
戦いによる目立った外傷は無かったものの、急なことでシンジは心に負担を負い気絶していたのだ。

弁慶「喜べシンジ、今日から俺と一緒に暮らすことになった!」

シンジ「ほんと!? 嬉しい、もう離れ離れじゃなくていいんだね!」グスッ

ふと、シンジはゴウのいた場所を見た。いつの間にか彼は姿を消していた。

弁慶「ゴウ……あいつは隼人が世話をしている。さあシンジ、一緒に帰ろう」

そして下りエスカレーターの途中で、シンジは早乙女博士の姿を発見した。

シンジ「あっ……」

その特徴的な風貌から、昨日の出来事を思い出す。
彼に息子と呼ばれたこと、真ゲッターロボに乗ったこと、そして……ドリルハリケーンで、インベーダーを貫いたことを。

シンジ「…………」クッ

シンジは早乙女博士から目を逸らした。
まだ何もかも信じられず、そして博士の思惑など何も分からなかったからだ。
自分から乗ると言ったとはいえ、戦いの恐ろしさを知り嫌になる気持ちもある。

シンジ(あんなこと言って、結局僕を戦わせて。僕のことを愛しいなんて言ったのは嘘だ)

シンジ(僕は……血の繋がりさえも、いらない子だったんだ……必要だから呼ばれただけ)

シンジ(だけど僕が早乙女博士の息子だとしたら。僕は無条件でも父親の為に戦わなくちゃならない……)

それが血の繋がりというものだ。そう、シンジは当たり前のこととして感じていた。
すでに絶えたと思われていた肉親に出会い、感覚がマヒしているのかもしれない。

弁慶「安心しろシンジ、博士にもシンジは俺の所で預かると言っている」

トラックに乗り、二人は弁慶の住むマンションへと向かった。

夕方 展望台
二人はオレンジ色に染まった町を眺めていた。

シンジ「……寂しい町だね」

弁慶「いや、時間だ」

シンジ「え?」

サイレンを合図に、地表のゲートが開き中から建造物が現れる。
それは要塞都市の真の姿であり、瞬く間に高層ビル街が広がった。

シンジ「すごい、ビルが生えてきた!」

弁慶「これが対インベーダー用の迎撃都市、第3新東京市。そして――シンジ、お前が守った町だ」

シンジ「僕が…………」

弁慶「もう運命を止められねえみてえだ。大変だったな、シンジ」

だが、運命は手の届かないところにあるわけじゃない。自分達の手で動かすんだと、弁慶の表情が語る。
陽に照らされたシンジに頬に、一筋の涙が垂れた。
それを見て、弁慶が慌ててシンジの肩を支える。

弁慶「ど、どうしたシンジ。どこか痛いのか? 大丈夫か?」

シンジ「ううん。ただ……父さんがいてくれて、涙が出ただけだよ」




夜 マンションの弁慶宅
弁慶「俺も先月この町に引っ越してきたばかりなんだがな。さ、入れ」

シンジ「う、うん。おじゃまします」

弁慶「シンジ、ここはお前の家だ。遠慮することはねえ」

シンジ「……た、ただいま」ポッ

弁慶「おう、よく帰ったな。散らかってるが気にせんでくれ」ニコッ

シンジ「うわあ、冷蔵庫はビールばっかし。どんな生活してるんだ……」

弁慶「今飯の準備をするから待っててくれ」

シンジ「あ、僕がやるよ。父さんったらインスタントばかり食べてちゃダメだよ。ほら、洗濯物も溜めちゃって」フフッ


何はともあれ、シンジは今こうして弁慶と生活できることを幸せと思うことにした。
早乙女博士のことはショックだが、何も昨日会った相手と生活するわけではないのだから、幾分か気が楽になる。


シンジ「生きるのに必要なことは一通り向こうで教わったから。座ってて、お風呂も沸かしておくよ」

弁慶「お、おう。すまねえなシンジ」

元々内向的なシンジが様々なことに振り回され、明確な味方である弁慶に対し過度の愛情を抱くのも無理はなかった。

シンジ(そうだ、僕の父さんは弁慶父さんだ。父さんさえいればいい)

たとえそれが現実から遠ざかろうとする言い訳だとしても、今のシンジにはそれが精いっぱいだった。

そしてシンジは、義務教育の途中ということで中学校へと編入することとなった。
が、ゲッター以外のスーパーロボット軍団で務める戦闘員にシンジほどの若者はおらず、同年代の生徒は少ない。
代わりに校舎の半分は戦闘員達の学習スペースとなっており、残り半分でその子ども達が教育を受けることになる。

シンジ「! 痛ッ……」ガッ

シュワルツ「何故殴られたか分かっているか、早乙女の息子」

シンジ「…………」

シュワルツ「手前! とぼけてんじゃねえ!」バシッ

シンジ「そんなこと言ったって、僕は遠くにいたんだ。それにゲッターにも乗りたくて乗ってるわけじゃ」

シンジはステルバーのパイロット、シュワルツに目を付けられていた。
反抗するつもりは無かったのだが、早乙女の息子と呼ばれつい口答えをしてしまい、また殴られる。

シンジ「ッ! ……まったく」フゥ

シュワルツ「まだ殴られ足りないみてえだな」フン

シンジ「そんなに早乙女が憎いなら」

シュワルツの前で、シンジは立ち上がらないまま眉をひそめた。

シンジ「自分の手を痛めなければいいのに」

シュワルツ「なら、望みどおりにしてやるぜ」チャキ

シンジの額に、シュワルツの持つ銃口が当てられる。
トリガーには指がかかっている。しかしシンジは表情を変えなかった。


シンジ「…………」

シュワルツ「…………」

シンジ「撃つの?」

シュワルツ「…………チッ、こんな小僧にまで頼らなきゃならんのかよ」

怯えもしないシンジに不気味さを感じたのか、銃弾は全てシンジの背後へと発せられた。

シンジ(無茶苦茶だよ。僕は親を選べないって言うのに……ううん、僕には弁慶父さんがいる)

しかし精一杯早乙女の息子という事実を避けようとしても、日に日にシンジの中で博士の存在は大きくなっていた。
その分、弁慶に求める父親への愛が具体的な願望へと変わっていく。

古田「大丈夫? 
アイツの妹、昔ゲッターのせいで……だからゲッターに対していいイメージを持ってる人は少ないんだ」

シンジ「気にしてないよ。別に僕は父さんがいればそれでいいから」

近くにいた古田と会話していると、ふと二人の顔に影ができた。
見あげると、いつの間にか目の前でゴウがシンジへと手を差し出していた。
年上の古田とは違い、彼はシンジと同じく制服を身にまとっている。そして、胸から十字架のペンダントが覗いていた。

シンジ「…………」

シンジはその手を取ることなく一人で立ち上がる。
見ていたのなら助けてくれればよかったのに、と思ったからだ。

古田「シンジ君、ゴウが絆創膏くれるって」

シンジ「いらない。父さんに、気付いて欲しいから」

弁慶の直属の部下である古田は、その言葉を聞いて堪らずゾッとした。

夕方 弁慶宅

弁慶「どうだシンジ、学校の方は」

シンジ「大丈夫だよ、何も心配しないで」

学校での言葉とは裏腹に、シンジは弁慶にシュワルツとの一件を話せないでいた。
先に弁慶を風呂へと入れ、自分は部屋の掃除を始める。

シンジ(自分からそんなこと言って、変に甘えん坊だって思われるのも嫌だしなあ……)スタスタ

シンジ「父さんの部屋も掃除しなくちゃ。ええっと……あれ? これって」チラッ

机の上に、弁慶の日記が開かれているのを発見した。

シンジ「……開きっぱなしのページくらいなら見てもいいかな……」キョロキョロ

十四歳にとっては気の遠くなるほど長い時間を隔て再会した相手なのだから、きっと感動的な文章が書かれているに違いない。
期待してそのページだけを覗くと、シンジの戦闘シミュレーション結果や学校での対外関係について事務的に綴られているだけであった。

シンジ(なんだ、父さん知ってたのか。……もっと普通の日記は無いのかな)ガサガサ

ぺらぺらと違うページをめくってみるが、どこも必要最低限のことしか書かれていなかった。

シンジ「?」ペラ

期待するように他のノートも開いてみたが、シンジについて記述する物はない。

シンジ「…………」

慌ててシンジは、弁慶の部屋中をひっくり返して自分が彼の息子だという証拠を探し始めた。
だが、シュワルツに殴られたことを心配するような一文すらなかった。
見れば見るほど弁慶がシンジを息子ではなくパイロットとしてしか扱っていないように思われ、シンジはその場に膝をつく。


シンジ(これじゃ……)

シンジ(これじゃまるで、父さんは僕を、戦いの道具としてしか見てないみたいじゃないか……!)ハッ



シンジ「僕が…………早乙……女……だから……?」


ふつふつと、シンジの中に虚しさが広がっていく。
ゲッターロボの開発者、早乙女博士。
その息子である自分は、父の為に戦わなければならない。
戦いから逃れることはできない、そして誰かから疎まれることも……弁慶がいれば大丈夫、しかし弁慶にとってシンジは息子でないのか?

弁慶「お、今日の夕飯もうまそうだな。シンジが来てから食卓が明るくなったなあ、おい」

風呂上がりの弁慶の表情とは逆に、シンジはぼうっと食事を口に運んでいた。

弁慶「で、どうだ。ゲッターは慣れたか? 自動操縦とじゃやりにくいだろうが、お前ならもっと上手くなるだろ」

シンジ「……そんなこと」

ぽつりと投げ捨てられたシンジの呟きに、弁慶は目を丸くした。
14歳のシンジが様々な感情を見せるのは当たり前のことだが、理由が分からなくては驚くしかないのだろう。

弁慶「乗っちまったもんは仕方がねえ、自信を出すんだ。そうでもしねえと、簡単にあの世行きだぞ」

シンジ「いいよ。僕はいつ死んだって……」

弁慶「!」


弁慶が勢いよくテーブルを叩いた。
打撃音の後にシンとした空気が流れ、シンジは悲しげな表情の父をゆっくりと見上げる。

弁慶「……馬鹿野郎、そんなこと間違っても言うモンじゃねえ。もう自分一人の体じゃないんだ、分かっているな?」

シンジ「分かったよ、もう」

ようやくシンジはムッと表情を変え、その場を去ろうと弁慶に背を向けた。

シンジ「要は敵に勝てばいいんでしょ、僕もう寝るから」

弁慶「シ、シンジ……」

息子の背中に、弁慶はただ手を伸ばすことしかできなかった。



シンジ(……戦っていれば、いつ死ぬかも分からない。
あとどれだけ敵を倒したら、戦わずに済むんだろう?)

シンジ(そこまでしているのに、どうして皆僕のことを分かってくれないんだ……)

朝 学校の屋上

シンジ「……何か用?」

ゴウ「…………」

シンジ「この間の傷なら心配ないよ。とっさに身を引いたし、本当はあれくらい受け流せるから」

ゴウ「現実から目を背けるな」

シンジ「え?」

ゴウ「…………」

シンジ(何だろう、この人。たまに喋ったと思ったら変なこと言って。現実から目を背けるなだって?)

シンジ(現実……僕が早乙女博士の息子だということ。
だから僕は早乙女博士の開発したゲッターに乗って、敵を倒すよう皆から仕向けられている)

シンジ(嫌だ。僕の父さんは弁慶父さんがよかった。あんな人、父親だなんて認めたくないのに)

どうしてここまで「父」という存在に固執するのか、シンジ自身不思議なところがあった。
早乙女の息子という事実からは逃れられない。
しかし現実を見れば、ネグレクトされている自分が浮き彫りになる。

シンジ(弁慶父さんは僕を監視するために一緒にいたのか? 
……嫌なことがあると、別の自分がいるみたいだ。それで、違う人の思い出にしちゃって)

自分が今の自分で有り続けるためには、どうすればいいか分からず、自問自答を繰り返すしかなかった。



ゴウ「…………」

シンジ「…………」


昼 ネルフ前

チバ「し、司令。インベーダーが姿を現しました! 早乙女博士の帰還には間に合いません!」

早乙女博士が不在の中、隼人が指揮を執り戦闘配置が決定された。
シンジはすでに真ゲッターのコックピット内に入り、精神を落ち着かせている。

シンジ「分かっているよ。……ううん、そんなのどうだっていい」

ゴウ、弁慶も今日は搭乗していない。
自動操縦と共に練られた作戦を完璧に遂行しなければ、勝利は無いだろう。

シンジ「僕は早乙女の息子。だから戦う。戦って戦って、戦わずに済むまで戦う……」ブツブツ

仮に弁慶とシンジが親子関係でなければ、シンジの心中はもっと違った様になっていただろう。
隼人に命令され、真ゲッター2が射出装置へと固定される。

隼人「今回はスーパーロボット軍団が援護につく! 
真ゲッターロボは真っ先にインベーダーへ向かってくれ!」

シンジ「目標をセンターに入れてドリル、目標をセンターに入れてドリル……」ブツブツ

隼人「真ゲッターロボ、発進!」

バッ




バュルルルルルッ


シュワルツ「馬鹿野郎! 爆煙で敵が見えねえ!」

シンジ「え!? ――うわッ!!」ガッ

ブンッ

シュワルツ「しまった!? チッ、邪魔だ!」

シンジ「ぶつかる!!」


ザッ
ドスッ



シンジ「!」ガガガッ


地上へ出るや否や、シンジは行動不能に陥っていた。
インベーダーに投げ飛ばされたステルバーが真ゲッターに直撃し、お互いの機体が重なり合って山のふもとへと倒れたのだ。

シンジ「痛ッ……ステルバー!? シュワルツさんが乗っているの?」ハッ

結果的に、続けて振り下ろされたインベーダーの腕からゲッターを守る形で、ステルバーのメインカメラが破壊された。

シュワルツ「クソッ、これじゃ何もできやしねえ!」ガチャッガチャッ

シンジ「シュワルツさん! どうしよう、これじゃあ!」

弁慶「シンジ、一時撤退するんだ! 隼人もそれでいいだろう!?」

シンジ「父さ……」ハッ

隼人「やむを得ん、撤退しろシンジ」

弁慶「シンジ! 真ゲッターが攻撃される前に撤退するんだ!」

シンジ(父さん……! どうしてそんな言い方しかできないんだッ!)ガシャッ

ドリルをステルバーの前へと突き出し、機械音と共に搭乗口を表に出す。

シンジ「シュワルツ、ゲッターに乗って! そうじゃないと脱出してもやられる!」

シュワルツ「何ィ!?」

この時になって、ようやくシンジはシュワルツを見くびっていたと自覚した。
だから年上相手だろうと、堂々と命令することができる。

シンジ「僕だって、ずっと戦闘訓練を受けてきたんだ。……例えそれが早乙女博士の思惑だとしても」

シュワルツ「チ、チクショウ」ダッ

ステルバーが、木々の間で横倒しになる。
シュワルツがシンジの後ろに立ち、改めてインベーダーと真ゲッターロボは向かい合った。

シンジ「チクショウはこっちだよ」ボソッ

シュワルツ「あぁ?」

弁慶「今だ、山の東側へ後退しろ!」

シンジ「嫌だ」ムッ

シンジは弁慶の指示に背き、再び真ゲッターをインベーダーへと向かわせた。

チバ「真ゲッター2、ドリルハリケーンのモーションに入りました!」

シュワルツ「何!? 命令を聞け、小僧!」

弁慶「何故撤退しない!? 命令が聞こえているだろ!?」

シンジ(命令、命令って……!)



シンジ「ドリル――ハリケェェェェェェェェン!!」ガッ


ズォン

シュワルツ「巴シンジ、まさかお前……!」ハッ

シンジ「チクショウ……!」

シンジ「チクショウ、チクショウ! うおおおおおお!!」キィィィィ



バシッ

フッ



チバ「真ゲッター2、動作を停止」

ヤマザキ「目標は、完全に沈黙しました」

弁慶「シンジ……」

シンジ「父、さん……」ゼェゼェ

シンジ(何で、何でそんな風にしか言えないんだ……!)ゼェゼェ



汗ばんだシンジの手は、緊張によりレバーから離すことができなかった。

そして、戦闘から5日が過ぎた。

朝 弁慶宅
弁慶「シンジ、そろそろ起きたらどうだ。もうずっと学校を休んでいるが、元気か?」ハッ

弁慶が見渡したシンジの部屋に、彼の姿は無かった。
代わりに置手紙があり、ただ家出するという旨だけが綴られていた。

無理もない。
シンジは戦うこと自体が苦痛となっていた上、父とのあり方に迷いを抱いていたからだ。
彼の望みはごく単純だというのに、お互いの性格のせいでそれが上手く伝わらない。


ピンポーン


弁慶「! シンジか!?」ガタッ

玄関のベルが鳴り、勢いよく扉を開けた。が、その向こうにいたのはシュワルツであった。
隠すことなくがっくりと肩を落とす弁慶を見て、シュワルツはおおよその事情を察する。

シュワルツ「逃げたか、アイツのやりそうなことだ」

弁慶「様子がヘンだとは思っていたが、まさか家出するなんてな。
これじゃあ父親として先輩に顔向けできねえ」ハァ

シュワルツ「奴は早乙女の息子じゃないのか」

弁慶「事情があって、博士の子ということは伏せていたんだ。だが、皮肉なモンだな」

弁慶は靴箱の上に乗せられていた帽子をぎゅっと握りしめた。

弁慶「ゲッターから遠ざけようと、ゲッターに乗せて戦わせようと。
この世で一番安全なのはゲッターの中で、無理に守ろうとした結果がこの家出とは」

シュワルツ「あの小僧、戦闘の時普通じゃなかった」

弁慶「え?」

シュワルツ「ゴウとかいうガキとは、まるで違っているみてえだな」フム

シュワルツは、顎に手を当てて少し考えた。
もったいつけているわけではなく、真剣にシンジのことを思い返しているからだ。

シュワルツ「学校じゃいつも父さん、父さんばかり言って、気味悪い奴だが。
あの時は感情をむき出しにして、てめえにもワザと逆らっているようだったぜ」

弁慶「シンジがか?」

シュワルツ「おそらく、あれは」

シュワルツが、しっくりくる言葉を見つけたといって指を鳴らした。

シュワルツ「父親に心配されたくて、必死になっているだけのようだな」フン

弁慶「! そうか、シンジ……」ダッ

ならば何としてでもシンジを探さなくてはならない。
弁慶は慌ててその場から駈け出し、シンジの行きそうな場所へ手当たり次第向かった。

弁慶「シンジ……アイツはまだ、自分の感情を表に出すのが苦手なんだ! 
それを周りの大人が支えてやらねえと、どんどん心を閉ざす前になッ」ダッダッ

夕方 草むら

シンジは一人、大きな壁にもたれかかっていた。
乗り越えられる高さではあるのだが、今そのような気力はない。

どうすれば弁慶により自分を見てもらえるか考えていたことは事実だ。
しかし、この家出は例の単純な望みあってのことであった。

シンジ(息子としてじゃなく、パイロットとして。最初からずっとそうだったの? 父さん)

シンジ(僕は、自分が傷つくくらいなら他人と関わらない方がいいと思っていながら、父さんのことは強く求めていた。
もう傷つくのが怖い。だけど早乙女の息子として戦わなくちゃならない……)

シンジ(馬鹿だな、こんなところ彷徨ったって僕の居場所があるわけじゃないのに。
結局僕は現実から逃げ回っているだけだ)グゥ

お腹の音が鳴り、シンジは昨日から何も食べていないことに気が付いた。

シンジ(父さん、こないだの食卓で何も叱ってくれなかった)

シンジ(皆僕が戦っていればそれでいい、僕の気持ちなんて分かっちゃくれない)

シンジ「父さん……」グスッ


その時。壁の上から、スッとコンビニの袋が現れた。
何事かと思い顔を向けると、学校帰りのゴウがシンジをジッと見下ろしていた。

シンジ(この人、いつも僕のいる場所を分かっているみたいだ……どうして)

ゴウ「…………」グイッ

シンジ「これ、僕に?」

ゴウ「…………」

シンジ「ごめん。……ありがと」

シンジの隣に、ゴウが座る。
シンジがプリンをすくう姿を、まるで母を見つめる赤子のようにずっと観察していた。

シンジ「あれ?」

ゴウの学生カバンに書かれた名前を見て、シンジは目を丸くした。

ゴウ「…………」

「早乙女ゴウ」と書かれた名札と、ゴウの顔を交互に見あげる。

シンジ「君……も、早乙女博士の子なの……?」

ゴウ「…………」

シンジ「でも、確か隼人さんに世話してもらっているって」

ゴウ「三人いる」

シンジ「父親が?」

それは早乙女博士、兵器開発に執念を燃やす敷島博士、そして後見人の神隼人のことだ。

シンジ「そっか。僕と同じだね」

薄らと表れ出た月明かりが、ゴウのペンダントに反射した。

ゴウ「…………俺とお前は違う」

シンジ「え?」

シンジはゴウと目を合わせた。
こうして表情をまじまじと見つめたのは病院以来だが、よく見ればゴウは無表情というわけではない。
常に何かを探し求めているようで、やや幼さの残る目元。髪質や眉の形はシンジとそっくりだ。

ゴウ「何故泣いている?」

シンジ「泣いてなんか……」

ゴウ「現実を見て、お前は望むことができる」

シンジ「望み?」

ゴウ「来る」

シンジ「!」ガサッ



カッと、シンジの背後が強い光に照らされた。



弁慶「シンジ!」

シンジ「父さん……どうしてここが!?」ハッ


彼から目を逸らそうとしたが、ゴウの言葉を思い出し顔を上げる。
弁慶の足元がひどく汚れていることに気づき、シンジは思わず喜んでしまった。


シンジ(僕は……こういう時でさえ、自分の気持ちを伝えられないのかな)

シンジ(現実から目を背けず……僕の望みを……)

弁慶「シンジ……探したぞ」

シンジ「父さん」

弁慶「シンジ。どうやら俺達は似て欲しくないところまで似ちまったようだな」

シンジ「……僕は早乙女の息子なのに?」

シンジは一歩下がった。が、すぐ後ろにいたゴウに背中がぶつかった。

シンジ(そうだ、逃げちゃダメだ)

父親に認めてもらいたい心と、現実を受け止めなければならない心が隣り合わせになる。


シンジ(今まで戦闘訓練を受けていたことも、急に呼び出されたことも。
はじめから分かっていたことなのに、父さんを信じたいだけで他のことを考えないようにしていただけなんだ)


シンジ(これが、僕の望み。僕は)


たとえ早乙女の息子として戦わなくてはならないとしても。それを認めた上で弁慶に愛して欲しい。

ようやく、シンジはゴウの真意を汲み取った。
大切な人を失い傷つく、それは可能性の一つだ。
だが目の前にあるのは可能性ではない、確かな幸せである。

シンジ(言おう。僕の望みを。やっぱり、大切な人を失うのは怖い。
その辛さには耐えられない……けど、一人ぼっちになるのはもっと辛い!)


シンジ「僕は、早乙女の息子だけど……」

弁慶「…………」

シンジ「それでも僕は、父さん、の」

弁慶「シンジ……」

弁慶が、ゆっくりとシンジに歩み寄る。

弁慶「お互い不器用だから、中々伝わらねえこともあるけどよ」

シンジ「僕は、僕は」グスッ

弁慶「誤解しないでくれ。確かに俺はできればお前を、俺の仕事から切り離したかった。
俺は仕事の上だけで親子関係を結ぶような、割り切った人間にはなれねえ」

シンジ「! 僕も、本当は!」



弁慶「いいかシンジ、お前がいたから、家族がいたから今までやってこれたんだ。
例え本当の親子じゃないとしても、俺達が望んでいるのは」

シンジ「……父さん!」バッ


シンジは弁慶に向かって両手を広げた。
後はもう、必要とすればするほど互いの気持ちが伝わっていく。

シンジ「父さん、父さん……! ごめんなさい父さん、僕は……早乙女博士の息子だとしても」

シンジ「この先インベーダーと戦って、たくさん傷つくことになったとしても……」グスッ

シンジ「『父さん』から離れたくない! 父さん、僕は、父さんの側に居たいよ……!」

弁慶「帰ろうぜ、俺達の家へ……」

シンジ「……うん」ニコッ



可能性を現実として受け止めることで、自分自身の心と向き合い確かな幸福に手を伸ばす。
その思いが、シンジを一歩成長させるきっかけとなった。



弁慶「おかえり、シンジ」

シンジ「ただいま、――父さん」

※次回予告のBGM


『伝えられない気持ちを克服し、父親と向き合ったシンジ』


『優しい父、パイロットとしてではなく自分を見てくれる父』


『あまりにも幸福な環境の中で、シンジは自分と似た境遇の少年に興味を抱く』


『次回、「激震!! 心の向こうに!」。お楽しみに~』

一旦休憩入ります。
30分以内にはまた再開します。

再開します。

十四年前 早乙女研究所内


研究員「システムフェーズ2、スタート」

研究員「……! ゲットマシン内に異常発生! 駄目です、脱出が間に合いません!」

研究員「実験中止!」

ミチル「隼人君、隼人君!?」ダッ

早乙女博士「危ないミチル! 下がっておれ!」

ミチル「駄目! 隼人君が!」

実験中の事故により、コックピット内に閉じ込められた隼人を助け出そうとミチルはハンドルに手をかけた。
火傷にもひるまず無我夢中でハッチを開くと、胸のつかえが取れたようにその微笑みを見せる。


ミチル「隼人君、大丈夫!? 隼人君!」

隼人「ミチル、さん……」

ミチル「よかった。隼人君……本当によかった」

隼人が抱き寄せたミチルの体から、ペンダントが垂れ下がりパイロットスーツへとぶつかった。

ミチル「生まれたばかりのあの子に、さっそく兄を失わせるわけにはいかないもの……」

隼人「ミチルさん……」ギュッ



かすかな記憶。ゴウにとってそれは、時折夢に見る『別の人間』の思い出。
それが誰なのか、今はまだゴウにすら分からない。

現在 山のふもと

ヤマザキ「早乙女ゴウ、年齢不詳。真ゲッター1のパイロット。
早乙女博士の実子という以外の過去の経歴は白紙、全て抹消済み」

弁慶「で、一応の後見人は隼人らしいな。例の戦いの時はいつの間にかいたみてえだが」ボリボリ

ヤマザキ「私は当時ここにいませんでしたから書類上でしか知りません。
そして巴シンジが来てからゴウの精神状態に異常が発生し、現在は早乙女博士の元で『調整中』とのことです」

弁慶「精神的に不安だと? あのゴウがか?」

敷島博士「ああ、ゴウにしては信じられないほど心が乱れたのだ。
おもしろい、実に興味深い! だから今の博士のやり方ではなく、わしの方法でゴウを育てるべきなのだ!!」ヒャーッ

弁慶(ゴウ、あの男は一体何者なんだ? 
隼人の秘書でさえ正体を知らないということは、その秘密は三人の父親のみの物ということか)

とはいえ、マッドサイエンティストの敷島博士に聞いても話が通じるかどうかは怪しい。


本日、シンジ達は仮設建造物の中でインベーダーについての調査を行っていた。
ゲッター線に寄生し異質な進化を繰り返しているということは判明しているのだが、それ以外はまだ不明な部分が多い。

シンジ(これがインベーダー。あっ、早乙女博士と敷島博士、それに隼人さんだ)

シンジはふと、隼人の顔の傷を見つめた。

ヤマザキ「君がここに来る何年も前、実験中に真ゲッターロボが制御不能に陥ったらしい。
その時パイロットが中に閉じ込められて……」

シンジ「パイロットって、隼人さんのことですよね」

ヤマザキ「ああ。研究員の一人が助け出したものの、顔の傷だけはどうしても残ってしまったそうだ」

シンジ「その時から、ゴウはここにいたんですか?」

ヤマザキ「いや。最初にゴウが確認されたのは、……その翌年の事故が遭った後か」

シンジ「ゴウって、僕の……兄さん、だったりするんですか」

ヤマザキ「……DNA鑑定の上では、そういうことになっているようだな」


シンジは家出以来、弁慶含む周囲の人間と打ち解ける為ある程度は明るくなろうと努力していた。
大切な人を失い傷つくことは怖い。
だけど現実を見た上で自分の望みに素直になる大切さを知り、
『あるかもしれない可能性』を受け止め『目の前の確かな幸せ』に手を伸ばすことにしたのだ。

目の前の幸福ばかり追いかけてしまうのは、十四歳の子どもとしては当たり前の行為だ。
だけどちゃんと現実を見ることで、より確かな自分自身の心と向き合うことができる。

昼 学校
シュワルツ「おい、小僧」

シンジ「シュワルツ。……何?」

シュワルツ「人数が足りない、レスリングに付き合え」

シンジ「いいけど。僕なんかでいいの?」

とはいえ、やはりシンジの体格ではスーパーロボットのパイロット達には敵わない。
代わりに素早い動きで相手を翻弄し、生じた隙を少しずつ突いていくしか勝てる方法は無かった。

シュワルツ「なるほど、真ゲッター2のパイロットらしいぜ」

シンジ(向こうでこういう戦い方を教えられたのも、全部その為だったんだ。
父親が息子の人生を操るだなんて、道徳観念もあったもんじゃないよ)

シュワルツ「おら、お前の兄貴も来たようだぜ」

シンジ「兄貴? あ、ゴウ……」

ゴウ「…………」

シンジ(兄さん、か。でも兄さん代わりはあの人がいるし、ゴウとはこの間会ったばかりだからなあ)

シンジ(それでも、兄さんがいたとすると……駄目だ、全く思い出せない。
姉さんがいたことは覚えているのに)

夕方 ネルフ本部内
シンジ(そういえば、ゴウはいつも「お前を守る」って言ってくれる)

シンジ(ゴウは僕のこと、どう思っているんだろう?)

ふと、シンジは隼人の隣にいるゴウに目線を向けた。

シンジ「!」ギクッ

が、急にゴウもシンジと目を合わせたので、慌てて顔を背けた。
まるで彼には、シンジの行動を全て読んでいるかのような不思議さがある。

シンジ(隼人さんは、ゴウに背中ばかり向けている)

早乙女博士「シンジよ」ヌッ

シンジ「ひっ! は、博士!」ビクッ

早乙女博士「今日こそワシの研究室で共に夕飯を食べようではないか、なあシンジ」

シンジ「え、遠慮します! ごめんなさい!」ダッ

早乙女博士「おお、シンジ。ワシがゲッターロボをもたらした意味を、知ろうとは思わんのか……!」グヌヌ

シンジはいまだ、早乙女博士に対する不信感を拭えないでいた。
自分の研究を優先して子どもを他人に預けるような人なのに、今更そう言われても嫌なだけだ。
それに、どのように対応しても博士は態度を変えず、その行動に裏があるかは判別できない。

シンジ(早乙女博士、ゴウには全くそんなこと言わないのに。
何でだろう。二人共ゴウのことが大切じゃないのかな)

ようやくシンジは、ゴウに話しかける父親は敷島博士しかいないということに気がついた。
その敷島博士でさえ、ゴウを研究材料として見ている。ちなみに敷島博士は誰に対してもこんな感じだ。

シンジ(境遇は僕と似ている。けど、父親からの態度だけが全然違うんだ)

早乙女博士も隼人も、ゴウをゲッターを動かす道具程度にしか考えていないようだ。
それはゴウが心を閉ざした結果か、大人達の思惑の内なのかはまだシンジの知ることではない。

夜 弁慶宅
古田「いやあ、悪いッスね。夕飯にお呼ばれしちゃって」

弁慶「シンジの料理はうめえからな、つい食べ過ぎちまっていざという時に動けないことの無いようにな」

シンジ「僕の料理はスタミナが付くから大丈夫だよ。父さんはもう少し痩せるべきだと思うけどね」フフッ

古田「シンジ君も、明るくなりましたね。そうそう引っ越しと言えば」

ごそごそと、古田は一枚のセキュリティーカードを取り出した。

古田「ゴウの更新カード。今日渡しそびれちゃって、悪いけど明日ゴウの部屋へ渡しに行ってくれないかな」

シンジ「うん。……ゴウって、隼人さんと一緒に住んでるの?」

弁慶「いや一人暮らしだ。何を思ってか、早乙女博士がそう決めているんだ」

聞けば、ゴウがシンジの病室を訪ねたり家出中のシンジと会ったりすることは全て早乙女博士から止められていたそうだ。
平常時学校やネルフに通う以外は、団地の一室で待機しているらしい。
早乙女博士にとってゴウは、他人との接触を絶つ必要があるのだろう。

シンジ(なんだか、可哀そうな気もするな。ゴウがそういうこと気にするかどうかは知らないけど)

それでも普段からゴウとは頻繁に顔を合わせ、いつものように「お前を守る」とだけ言われる。

古田「どうしたの、ゴウの写真なんかジッと見ちゃって」

シンジ「その。同じゲッターのパイロットなのに、ゴウのことよく分からなくて……」

兄なのに、とはまだすんなり言えなかった。

次の日 ゴウの住む団地
シンジ「本当に一人暮らしなんだ。あの、ごめんください」

ドアを開いてみたが、返事はない。
物の少ない殺風景な部屋の中で、目立つのは着替えといくつかのダンボールくらいだ。
シンジと同じ学校の宿題が、テーブルの上でまとめられている。

シンジ「巴だけど……入るよ、ゴウ。あれ、この写真って」

シンジは部屋の片隅に置かれた写真立てを手に取った。
若かりし頃の隼人が、ゴウの持つペンダントを胸からかけて映っている。
隣にも誰か映っているようだが、不自然な位置で切り取られているため人物の特定はできなかった。

シンジ(あのペンダント、隼人さんのだったんだ。ゴウは隼人さんに懐いているのかな)

シンジ(懐く、なんて。この言い方じゃまるでゴウが子どもみたいだ)

シンジ(……食べ物が見当たらない、それにベッドも無い。どうやって生活してるんだろう……)キョロキョロ

ゴウ「…………」

シンジ「あ、ゴウいつの間……わっ!? ご、ごめん。シャワー浴びてたんだ」

ゴウ「…………」スッ

ゴウはシンジの、写真立てを持つ手を掴み取った。

シンジ「わっ!?」ズルッ

急なことでシンジは体勢を崩し、ゴウへ向かって足を滑らした。
が、シンジの体重でゴウが倒れる訳もなく、彼の胸元にぽんと受け止められる。

シンジ「ごめん! こ、転んじゃって」

ゴウ「大丈夫か」

シンジ「あ、うん。ゴウが受け止めてくれたから平気だよ」

早乙女博士とは違い、ゴウに対しての不信感等は無い。その言動に裏表が全く感じられないからだ。
そして少し目を逸らした隙に、彼は早着替えとも呼べるスピードで全身タイツを着て軍服を羽織っていた。

シンジ(すごい、もう傷が無くなってた。それにしても全身タイツばっか着てるなこの人は)

シンジ(ゴウは言葉通り、ちゃんと僕を守るつもりなんだ。……やっぱり、悪い人じゃないみたいだけど)

昼 ネルフ本部内
シンジ「あ、これ。ゴウの新しいカード」

ゴウ「…………」

シンジ「あの、こないだはありがとう」

ゴウ「…………」

シンジ「…………あの、ゴウ。えっと」

不信感が無いとはいえ、喋って欲しい時に何も語らないゴウに、シンジはやりにくさを感じていた。
早乙女博士のことや隼人のことを聞き出そうとも思ったが、どうやら別の会話から始めた方がよさそうだ。

シンジ「ねえ、ゴウは怖くないの? ゲッターに乗るのが」

ゴウ「…………」

シンジ「いつも大怪我したり、大変な目に遭ってるって聞いたから。
……あ、でもゴウが血を流してるところは見たことないや」ホッ

ゴウ「お前は、早乙女博士の息子なのか」

シンジ「え? ……それって、僕が、ってこと?」

シンジ「うーん、僕には弁慶父さんと武蔵父さんがいるから。でも」

早乙女博士のことを実の父親だと認めざるを得ない状況には陥っている。
それに、博士がシンジに興味を抱いているのは確かなことらしい。

シンジ「急に知らない人に父親だって言われて、まだよく分からないんだ。
ただ早乙女博士も僕のことをパイロットじゃなくて、僕自身を見てくれる人だから、どう言えばいいのかな……」

ゴウ「…………」

ゴウの父親もである早乙女博士に対し、はっきり不信感があるとも言い難い。

シンジ「ゴウは、早乙女博士のことが好き?」

ゴウ「同じだ」

シンジ「何が?」

ゴウ「博士がいたから今の俺がいる」

シンジ「えっ……」

シンジ(早乙女博士は、ゴウをあの部屋に閉じ込めておきたいみたいなのに。いいのかな、ゴウはそれで)

昼 真ゲッター1コックピット内

隼人「これより実験を開始する。真ゲッター1のパイロットは準備しろ」

ゴウ「…………」

シンジは格納庫の小窓から、ゴウのゲッター線とのシンクロテストを見守っていた。
体さえ頑丈であればゲッターに乗ることは可能なのだが、その力を最大限まで引き出すにはゲッター線とのシンクロは必要不可欠だ。
それこそまるでゲッター線に意志があり、ゲッターロボが搭乗者を選んでいるかのように。

シンジ(すごい、僕とは比べ物にならないほどのシンクロ率だ。パイロットどころか、ゲッターそのものみたいな)

シンジ(……! そうか、ようやくゴウが誰に似ているのか分かったぞ)

シンジ(僕だ。境遇だけじゃない、どことなく顔が似てる……やっぱり、ゴウは)

ヤマザキ「司令。飛行型インベーダーが接近中です」

隼人「先日ランバートと一体化した奴か」

早乙女博士「テストは中断だ。総員第一種戦闘配置に付けぃ!」

隼人「しかし博士、ゴウは今回……」

早乙女博士「心配はいらん、ゴウの調整は昨日済ませたばかりだ」フッフッフ

隼人「…………出撃だ、ゴウ」

ゴウ「分かった。俺とシンジ、弁慶で行く」



ズキッ



ゴウ「……? ゲッターの声が……」

シンジ「父さん、体は大丈夫なの?」

弁慶「ああ。それにゴウがああ言うんだ、一人でも多くの力が必要な相手らしい」

シンジ「でもあれくらいの敵なら、真ゲッター2で……あ、あれは!」ハッ

飛行型インベーダーの背後から、より大きな存在が現れ始めた。

弁慶「いや、違う。あれは……!」

ゴウ「…………!」

巨大な敵ではない、大量の敵なのだ。
空を覆い尽くすほどのインベーダーが、迎え撃つスーパーロボット軍団を吸い込んでいく。

チバ「ポイント1500に、続々とインベーダーが集結しています」

隼人「何……!? まさかそんな、早すぎる!」ガッ

敷島博士「奴らが、真ドラゴンの居場所を突き止めた奴らが総力を結集しているのだ」

弁慶「は、隼人、あの影はまさか!!」



コーウェン&スティンガー「「今こそ世界最後の日を迎える時!!」」バッ


弁慶「コーウェン、スティンガー!? 生きていたのか!! それにあの機体は!!」

シンジ「ゲッターロボ!? どうしてインベーダーが!」

隼人「この真下にある真ドラゴンの力を利用したというのか? いや、アレは封印されていたハズ……」ハッ

ハッと目を見開いて、隼人は早乙女博士へと振り返った。

隼人「博士、やはり貴方が…………!」



ゴウ「あれは、博士の敵……!」キッ

シンジ「ゴウ? どうしたのゴウ、何を焦っているの?」

ゴウ「博士の敵は俺が倒す……!」バッ

コーウェン、スティンガー。
それはかつて早乙女博士と共にゲッター線の研究に携わった者であり、今はインベーダーに寄生されていた。

コーウェン「フハハハハハハ! 君達はまだ、運命はすでに確定しているということに気づいていない、そうだろうスティンガー君」

スティンガー「う、うん。そうだねコーウェン君。彼はまだ気づいていないんだよね。自分が何者であるのかも」

コーウェン&スティンガー「「我々はゲッター線と共に生きるもの! 我々の進化は止められない!!」」キィィィ

弁慶「マズい! このままでは……博士達が!!」

ゴウ「……ッ!」シュバンッ

ゴウはとっさにオープンゲットし、ゲットマシンのまま敵の前へと立ちふさがった。

シンジ「ゴウ!? 無茶だ、ゲットマシンじゃ!」

ゴウ「博士の敵は、倒す……!」


コーウェン&スティンガー「「ゲッタービーム!!」」



カッ

バシュアッ


隼人「ゲットマシンだけでビームを受け止める気か!?」

シンジ「ゴウは少しでも攻撃の手を増やす気なんだ! 隼人さん、早く援護射撃を!」

敷島博士「このままでは、ゴウとはいえゲッター線に汚染されてしまうぞ!!」

ゴウ「ゲッター……ッ!」

早乙女博士「!」

ゴウの操るゲットマシンを盾に、ネルフ本部内から大量のミサイルが飛び出した。

シンジ「ゴウ! 今だ、逃げてッ!」

ゴウ「俺は、守る……!」

シンジ「早くぅッ!!」

ゴウ「俺は、シンジを……シンジを守る!!」ダッ




シンジ「!!」

その時、ゲッター線を通じてシンジの脳内にゴウの記憶が流れ込んだ。
今日シンジと会ったこと、家出中のシンジを探したこと、殴られているシンジに手を差し出したこと、そして。

シンジ(ゴウの記憶の始まり……これは、赤ん坊の僕?)



隼人「ゴウ!!」

早乙女博士「ついに……ついに進化が始まったようだな、ゴウよ!!」

早乙女博士「そうか、ようやくこの時が来たというのか」

隼人「……博士」チャキ

隼人はヤマザキから手渡された銃を、早乙女博士の後頭部へと向けた。

隼人「やはり貴方はすでに、インベーダーに寄生されていたんですね」

早乙女博士「安心しろ、真ドラゴンはまだ完全な目覚めには至っておらん」

隼人「だが貴方の思惑は外れたようだ。今やゴウは道具としての使命を果たそうと、命さえ投げ出した」

早乙女博士「隼人、お前にはあれが見えんのか!!」カッ

主モニターに、ビームによりやや歪んだゲットマシンが映った。
続けて、コックピット内で血すら流していないゴウの姿が映る。

隼人「ゴウ!!」

早乙女博士「今は分からずともよい。だがゴウよ、ワシは必ず罪を償わなければならんのだ」

敷島博士「所詮ワシらは罪人……ということか」

隼人「博士!? どこへ行くんですか、早乙女博士!!」バンッ


隼人の撃つ銃弾が、早乙女博士の頭に直撃した。
だが、すぐにその穴は塞がり何事もなかったかのようにまた歩き出す。


隼人「博士!! 真ドラゴンは俺の手で必ず破壊する!! 
貴方が企んでいた真ドラゴンの復活は阻止させてもらう!!」

早乙女博士「その為に十三年間我が足元で従うフリをしていたというのか。まあ、いい」

フッと、博士の姿が消えた。

早乙女博士「隼人よ、ワシは貴様がゴウの中にミチルを見る度、哀れんでいた……
この十三年間、貴様らがワシの気を狂わせたのだ。
ネルフは好きにするがよい……」シュンッ

コーウェン「お前は早乙女! 裏切り者が、今更何故ここに!」

スティンガー「な、何をする気だ早乙女!!」



ゴウ「シンジは、俺が……!!」ハッ

シンジ「ゴウ!? 無事なの!?」

ゴウ「ゲッター1だ!! チェェェェェェェンジ!」ガシィン

弁慶「待て、ゴウ! あのインベーダーは!!」

ゴウ「シンジは俺が守る……シンジは俺がゲッターで守るッ!」

巨大インベーダーに接近し、ゲッタービームのモーションに入る真ゲッター1。

ゴウ「ゲッタァァァァァ…………ビィィィィィィム!!」


カッ


シンジ「駄目ッ! ゴウ、あそこには早乙女博士が!!」

ゴウ「!?」

隼人「博士……まさか自ら!!」ハッ

早乙女博士「ワシが引いたレールもこれが最後だ。ゴウよ、シンジよ」ゴオオオオオオ

ビームの中心に向かい、インベーダー上で早乙女博士は大きく両手を広げた。

早乙女博士「乗り越えるべき壁が大きいほど、立ち向かう力は強大になる……さらばだ!!」ウワーハッハッハッハ!!



ドワッ




シンジ「あ……」

弁慶「博士……早乙女博士が……」



ゴウ「…………」




そして。
それ以来、早乙女博士がネルフに帰ってくることはなかった。

精神が疲弊したゴウは病院に連れて行かれ、シンジもそれに付き添い移動している。


弁慶「博士は既に、インベーダーに寄生されていたってのか?」

隼人「ああ。だから一時撤退中の敵……コーウェン、スティンガーは真ドラゴンの情報を掴んでいたんだろう」

弁慶「待ってくれ、隼人。早乙女博士が最期に遺した言葉は一体何だったんだ!?」ガッ

隼人「今はまだ答えを出すべき時じゃない。
ただ博士は、ネルフが完全破壊を目指していた真ドラゴンを、秘密裏に復活させるつもりだったようだ……」

真ドラゴン、それはジオフロントの最深部に封印されたゲッターロボのことだ。

弁慶「ならせめて、ゴウは。あいつは一体何者なんだ?」

隼人「奴は――俺達の罪、そのものだ」



夕方 病室

シンジ「ゴウ……」

シンジ「どうしちゃったんだよゴウ、どうして目を覚まさないんだよ」

シンジ「起きてよ! 起きてよゴウ!」ガッ

シンジはゴウの肩を揺さぶった。
すると、シンジの声に反応したかのようにゆっくりとゴウが目を開ける。

ゴウ「…………」

シンジ「! ゴウ、よかった……もう目を覚まさないかと思った」

ゴウ「博士は?」ガタッ

シンジ「落ち着いて。ここは中央病院の第3病棟だよ。まだあれから半日も経ってない」


ゴウは始めて、シンジの前で人間らしい表情を見せた。
どこを見つめるでもなく、ぼうっと目の前の空間に顔を向けている。


シンジ(こんなことを思うのは変だけど、見れば見るほど僕と似ている……)

シンジ「……博士は、敵だったんだ。だからインベーダーにここの場所を伝えていたんだって」

ゴウ「…………」

シンジ「気にすることないよ。博士は」

ゴウ「夢を見た」

シンジ「えっ?」

ゴウ「別の人間が、俺になろうとしている」

ゴウの目線が、窓の外へと向けられた。先程まで戦っていた方角だ。

ゴウ「お前の顔を見る度、俺が俺でなくなっていく」

シンジ「それって、どういう」

ゴウ「俺が、博士の命令に背いたからだ」

シンジ「でもゴウは、そうしたかったんじゃ……」

ゴウ「博士は俺を見捨てた」


ゴウに何と声をかけるべきか、シンジには分からなかった。
その後敷島博士が来て、ゴウに色々と話しているようだったがシンジは聞かないことにした。

シンジ「そうだゴウ、明日午前零時からまた作戦があるんだけど。もう聞いてる?」

ゴウ「…………」

シンジ「……いつもみたいに、『もう知っている』って言うかと思った」

ゴウ「……ゲッターの」

シンジ「?」

ゴウ「ゲッターの声が聞こえなくなった」


ゴウの横顔を見て。彼は本当に、早乙女博士の息子だったんだなとシンジは感じた。

深夜 山のふもと

体の負担を考え、今回はゴウとシンジの二人で出撃することとなった。
真ゲッターロボの横に並び、作戦開始まで星空を眺める。

シンジ「ゴウ」

ゴウ「…………」

シンジ「ゴウってもしかして、僕とそんなに年が変わらないのかな」

ゴウ「…………」

シンジ「ミチル姉さん、って覚えてない? 僕もちょっと曖昧なんだけど、とても優しい人で」

ゴウ「俺は」

ゴウの瞳に、月が丸く映った。

ゴウ「早乙女博士のところへ行かなければならない」

シンジ「えっ? ……そんな、何を言っているの?」

ゴウ「俺は戦いの道具としてしか生きられない」

シンジ「でもゴウは、博士はゴウを見捨てたって言ったじゃないか」

シンジ「今まで早乙女博士はゴウに色んなことを強要して、でもちっとも優しくしなかったのに」

シンジはふいに、家出中ゴウに言われた言葉を思い出した。
それを別の言葉で伝えようと、淡々と表現を探す。

シンジ「なのに何故……ゴウは博士の言いなりになるの?」

大人に命令されて、ゲッターロボに乗る。それはシンジも同じことだから、余計にその答えが気になった。
自分より先に父を知っていて、そして自分によく似た存在。
だからこそシンジは、ゴウのことを知りたいと思ったのだ。

ゴウ「俺はゲッターと同じ体で出来ている」

今までゴウは、戦いのためだけに育てられてきたのだろう。
こんなところまで自分と同じともなれば、シンジはますます彼に感情移入し始めた。

シンジ「…………ゴウ」

ゴウ「その痛みが少ないよう、博士は俺をただの道具だと割り切っていた」

だから早乙女博士は曲がりなりにも父親だった、とゴウの瞳は語っていた。

シンジはゲッターの顔を見上げた。
そしてゴウは立ち上がり、月明かりを背にシンジを見下ろした。

ゴウ「ゲッターの声が聞こえない俺が、これ以上道具として生きることはできない」

くるりと体を翻し、シンジに背を向ける。

ゴウ「さよならだ」

カッと、ゲッターの周りに設置された仮説ライトが迫り来るインベーダーの姿を照らした。

隼人「いいかシンジ、コーウェンとスティンガーは必ずやってくる。今回の作戦は三分のみだ。それ以上は戦闘を続行できない」

シンジ「何故ですか? 隼人さん」

隼人「ゴウの体がもたないからだ。最初から真ゲッター2で迎え撃て」

ゴウ「…………」

ゴウの、ゲッター線による調整が間に合わなかったのだ。

シンジ(そうか、ずっとゲッターロボの声を聞く為に、ゲッター線を浴びせられていたんだな)

俺は道具としてしか生きられない、その言葉がそのままの意味であるとシンジは知る。
真ゲッターロボのモニター内に、三分間を示すタイマーが表示された。

シンジ「来た! ドリル――ハリケェェェェェン!!」ガッ

シンジのドリルが、インベーダーの中へと貫通した。
が、すぐ背後のインベーダーが真ゲッター2の頭上へと飛び、腕や足に絡み付こうと触手を伸ばす。

シンジ「こうなったら地中に! ゲッターをなめるなっ!」ズアッ

タイマーの数字は、ただでさえ緊張している二人をより一層焦らせていた。

シンジ「ゴウ、集中して!」

ゴウ「!」ハッ

シンジ「早乙女博士のことを考えているの!? 思い出して、自分が何の為に戦っているのかを!!」

目の前でいくつもの爆発が起こる。だが真ゲッター2はひるむことなく、歯を食いしばって地上へと飛び出した。

シンジ「僕を守るんじゃなかったのかよっ! ゴウ!!」

ゴウ「…………」

シンジ「僕を……僕を、守って……ッ」

ゴウ「俺は……」




スティンガー&コーウェン「「待っていたぞ真ゲッターロボ! そして真ドラゴンの鍵よ!!」」

シンジ「コーウェン、スティンガー! しまった、時間が!」

タイマーが半分を切ったところで、例の二人が巨大インベーダーの上から現れた。

コーウェン「まずは計画に邪魔な存在、真ゲッターロボから潰してやろう!」

スティンガー「己の無力さを知るがいい!!」キィィィィィ

シンジ「ゲッタードリルッ!! うおおおおおおお!!」ガガガガガ

飛び出したドリルが敵の体を貫いた。
飛び散る肉片の中、真ゲッター2の中にコーウェンとスティンガーの声が響く。

シンジ「ううっ、頭に声が……ッ!!」

コーウェン「そうか、真ドラゴンの鍵はもう一つ存在していた、そうだろうスティンガー君」

スティンガー「う、うん、そうだねコーウェン君。これで真ドラゴンはより一層進化するんだね!」

ゴウ「! 止めろ……シンジに手を出すな!!」

コーウェン&スティンガー「「!」」

ドリルはコーウェンの体を吹き飛ばしたかに見えたが、すぐに再生し真ゲッター2の眼前へと躍り出た。

コーウェン&スティンガー「「鍵に自我が芽生えたというのか!!」」

スティンガー「なるほど、だから早乙女はあの時自ら命を絶ったのか!」

コーウェン「奴を道具としてより進化させようと、彼の出現を待っていたに違いない」

シンジ「何を……何を言っているんだお前達は!!」


スティンガー&コーウェン「「ならば今はまだ、さらなる進化を待とう!!」」カッッッ


ゴウ「! 待て!」


去る二人を追いかけようと飛び出した真ゲッター2の前に、巨大なインベーダーが立ちはだかった。
倒さなければ、と意気込む二人に水をかけるようなアラーム音がコックピットの中に響く。
時間切れだ。

ゴウ「…………?」

時間切れの影響を受けたのは、ゴウだ。

シンジ「どうしたの、ゴウ。動きが鈍くなったよ!」

ゴウ「体が、動かない……?」


震える手の平を見つめ、ゴウはそこに早乙女博士の姿を重ねた。

ゴウ「!」

生まれてからの記憶が、次々とフラッシュバックする。
来るべき時まで孤独を強いられたこと、戦いのことばかり教育されたこと、心配してくれる人なんて誰もいなかったこと……。

どこか遠い記憶の中で、一人の女性が微笑んでいること……。

ゴウ「…………ッ!」

隼人「撤退しろ二人共! ゴウ、お前のその体じゃ無理だ! 一旦敷島博士にゲッター線を……!」

ゴウ「駄目だ、俺は撤退できない」

隼人「何!?」ドンッ

隼人の拳が思わずコンソールパネルを叩く。

ゴウ「俺にはもうゲッターの声が聞こえない。それに、博士はいつも俺に言っていた」

隼人「ゴウ……! シンジ、オープンゲットしろ!」

シンジ「いつもそればっか言わないでください! ゴウを置いて逃げられませんよ!」

ゴウ「罪の報いは受けなければならないと。その罪の中には、俺も含まれている」

弁慶「ゴウ! 何てことを言うんだ!」

隼人「しまった、ゴウ。あいつは……!」

本当はゴウも、自分が何者なのか全てを分かっている訳ではなかった。
だからこそ早乙女博士の言葉をそのままの通りに受け止め、実行しようとする。

ゴウ「このまま生き存えたとしても真ドラゴンが役目を終えた時、俺は」

シンジ「止めてよッ!!」ガッ


シンジはレバーを握り、慌ててゴウの言葉を遮った。
ゴウのモニターに、レバーを引き続けるシンジの顔が大きく映る。


シンジ「ゴウが僕に言ったんだ、現実から目を背けず、そして自分の望みを持てって!!」ガチャッガチャッ

シンジ「戦うことしか、価値が無いなんて言いながら……!」ガチャッガチャッ

シンジ「僕にプリンをくれたのは、そのゴウじゃないか!!」ガチャッガチャッ

ゴウ「!」

隼人「シンジ……お前……!」

同じ性別。同じ年齢。そして父からの、伝わらない思い。
自分と重ね合わせたゴウの姿に、シンジは涙し心から叫び続けた。
そうでなければ、自分さえ救われない気がしたからだ。

シンジ「僕はゴウの心を感じる、ゲッターの道具なんかじゃない! 人間らしい心があるよ!」

シンジ「だから……戦って、ゴウッ!!」ガチャッガチャッ

ゴウ「シンジ……」

シンジ「生きる為に、戦って!!」ガチャッガチャッ


シンジを守る。シンジをゲッターで守る。何故?
ゴウの中で、自分を呼ぶ女性の声がわっと膨らんだ。



敷島博士「駄目だ、ゲッターエネルギーの無くなった今、新たに照射しなければゴウは……」

誰の声かは分からない。だが、それでも。

隼人「! あ、あれは!!」

ゴウ「ゲッター……もう一度俺を、導いてくれるのか……」

シンジ「!」

ゴウ「俺を……!」


ゴウの手が、わずかながら前へと伸びた。
数ミリ、数センチと動きを続け、そして――しっかりと、レバーを握る。


敷島博士「何ということだ!! まさか自らゲッター線のエネルギーを生み出したというのか!?」

チバ「いえ。真ゲッター1コックピット内依然ゲッターエネルギー反応ありません」

隼人「有り得ん、何故再びゴウにゲッターの声が!!」ガタッ

敷島博士「まさか、そうか。そういうことだったのか!」

シンジ「ゴウ……!」

ゴウ「ゲッター……俺は……!」

ゴウ「シンジは……」グッ

隼人「!!」ハッ

ゴウ「シンジは、俺の……!」

敷島博士「早乙女の奴がゴウに託したモノ、それは!!」



ゴウ「シンジは俺の意思で守る!! オープンゲェット!」ガッ



シンジ「ゴウ!」パアッ

ゴウ「チェィンジ!! ゲッタァァァァァァァワンッ!!」ガシィンッ!!

シンジ&ゴウ「うおおおおおおおおおッ!!」



カッ

ドワォ









ゴウ「オープンゲット!!」パシィンッ


インベーダーは消滅した。
だが、それまでに真ゲッターロボが受けた傷は深い。
分離されたゲットマシンは無残にも山のふもとへ転がり、ゴウはその中から飛び出した。

ゴウ「シンジ!!」ガタッ

シンジの乗るゲットマシンを拳で叩くが、返事は無い。
熱のこもったコックピットハッチに手をかけ、ゴウは力の限りそのハンドルを回した。

ゴウ「ぐっ……シンジ!!」

バコンッ

ゴウ「シンジ!!」バッ

シンジ「う…………」

シンジ(僕を呼ぶ声……この声、どこかで……)


「シンジ」

「シンジ」


シンジ「姉さ……ん……」ハッ


ただれたコックピットの中で、ゆっくりと目を開ける。
そこには月明かりに照らされ、必死にシンジを呼び続けるゴウがいた。

目を合わせ、シンジは視界が滲んでいることに気が付いた。
彼の顔を見て、暖かさを感じたからだ。

ゴウ「今度は間に合った……」

シンジ「ゴウ。よかった。生きてて」

シンジは、目を潤ませたまま口角を上げた。

シンジ「よかった」

シンジ「あっ……」


ゴウは微笑んでいた。


彼もまた、シンジの無事に安堵していたのだ。
シンジに手を差し伸べ、肩で互いを支え合う。

シンジ「ゴウ」

ゴウ「…………」

シンジ「もう別れ際に、『さよなら』なんて悲しいこと言うなよ」



お互い、本当の父親を失った。
だけどまだ、支えてくれる人も、支え合える相手もいる。

ゴウ「俺は」

ゴウはシンジと出会ってから、夢を見るようになったと語った。
別の人間の記憶が今の自分を覆い、成り代わろうとしているという。だが、それが誰なのかは分からない。
何をしようと、その夢は進行していく。自分自身が別人の記憶に押しつぶされていく……。

シンジ「違うよ、ゴウ。ゴウは勘違いをしているんだよ」

ゴウ「?」

シンジ「それはもう一人の自分なんだ。
ただゴウは、今まで道具として扱われてきたから、人間らしく生きる自分を別人としてしか見られないんだ。
僕も、嫌なことがあった時そうだったから」

ゴウ「……そうなのか……」

シンジ「今僕達にはゲッターに乗ること以外何も無いかもしれないけど、でも」

それはずっと先、もっと大きな壁かもしれないけれど。

シンジ「生きて行こう。二人で行けば、何か見つかるかもしれないよ」


森の向こうから、人の光が現れ始めた。
大人達の腕の中で、今はただ目を閉じる。
たとえそれが、戦いによって得られた感情だとしても……自分の意思であると、ゴウはいつまでも反芻していた。


※次回予告のBGM


『あまりにも早すぎる互いの成長、支え合う心の存在』


『戦うシンジ、愛情を受けるシンジ、立ち直れるシンジ。一つの可能性から完全に逸脱し始める運命』


『新たなる仲間は少年達に何をもたらすのか。次回「瞬間!! 心重ねて!」。お楽しみに~』

休憩挟みます。30分以内には再開します。

再開します。

朝 ネルフ本部内
隼人「何を言ってもお前は信じないだろう?」

電話の声「いいから俺に分かるように説明しろ!! 何だアイツは!!」

隼人「お前はソイツを連れてくるだけでいい。早乙女博士に少しでも父性を感じていたのならな」ガチャ

ツー ツー

隼人「……何もかも見透かされているのは、俺の方か」


隼人の机の上には、過去の恋人と共に写った写真が置かれていた。
それは、ゴウの部屋にあった物と同じだ。

朝 弁慶宅

シンジ「おはよう、父さん! ゴウ!」

弁慶「おう、おはようさん。ふぁ~ぁ」ボリボリ

ゴウ「…………」フッ

コーウェンとスティンガーの一件以来、ゴウも弁慶宅で預けられることになった。
早乙女博士がいない以上ゴウがシンジに会えない理由は無い。それに敷島博士にも何か考えがあるらしい。
今度はできる限りプライベートはゴウの自由にさせ、シンジとも家族として触れ合わせるとのことだ。

だが、やはりゴウは夢の中の別人に悩まされていた。

人間らしい生活をすればするほど別の人間が今のゴウを覆い、成り代わろうとしている。
シンジはそれを、ゴウが戦いの道具として育てられたことと日常のギャップによるものだと思っていた。
ゴウもシンジの、それはもう一人の自分だという言葉を信じ、苦しみに耐えながらも新しい生活を楽しみ始めている。

ゴウ「俺はお前を守る。『そうしなければならない』と思う。だが」

シンジ「今は『そうしたいから』僕を守るの?」

ゴウ「……そうだな」


何故シンジのことを思うのか、ゲッターの声が聞こえたのか、真ドラゴンの鍵とは何か。
何故早乙女博士は二人を会わせまいとしていたのか。ゴウの生まれた意味とは。
分かっているのは、ただ真ドラゴンというゲッターロボを操縦するためだけに今まで育てられてきたということのみだ。

真ドラゴンはジオフロントの最深部にあるらしいのだが、その実態はよく分かっていない。
噂によれば博士は一度封印されたそれを復活させようと暗躍し、隼人は逆に破壊しようと模索していたそうだ。
おそらく真ドラゴンが復活した際発揮される強大な力は、人間には制御できぬ代物だ。


シンジ「本当に今日、学校に来てくれるの?」

弁慶「ああ、進路相談だからな。俺が行かなきゃなんねえだろ」

シンジ「でも、仕事で忙しいのに」

弁慶「いいんだ、これも仕事の内だ」

シンジ「仕事……なんだ……」シュン

弁慶「あ、いやいや。ちゃんとお前の親としての仕事、ってことだ! な!」アセアセ


弁慶が、ちゃんと大人ができている人でよかった。シンジは少し意地悪にそう考えた。

シンジ(あの人もいい人だったけど。……あれ? あの人って、誰だっけ)

シンジにはこうして、周りの人間を『会ったこともないような相手』と比較する癖があった。


弁慶「そうだシンジ、明日はアイツもここにやってくる。そしたらようやく正規のパイロットが三人揃うんだ」

シンジ「うん、明日が楽しみだよ。さ、ゴウ。学校へ行こう」タッ

ゴウ「シンジ、経口エネルギー源……お弁当を忘れるな」

シンジ「おっと、ありがとう。ふふっ。ゴウはゲッター以外のことは本当に何も知らなかったんだね」

昼 学校

ゲッター以外の知識が少ないとはいえ、意外にもゴウは私生活において非常にしっかりしていた。
シンジが転びそうになれば支え、無駄な買い物をしようとすれば止め、夜更かしをしていれば布団に押し込む。
だが、そんなゴウにも苦手な相手がいた。

シュワルツ「げっ、神じゃねえか。どうして学校に」

シンジ「ゴウの進路相談に来たんだ。そういえばあの二人も、相変わらず不思議だなあ」

たとえエレベーターで鉢合わせても、隼人とゴウは全く会話しない。
ゴウにとって隼人は親ではなく、ただの後見人なのだろう。

そんな親子関係は嫌だなと思いつつ、シンジは頬杖を付いて隼人を見つめるゴウの姿を眺めていた。


シュワルツ「…………」

シンジ「…………」ジー

シュワルツ「てめえ、まさか男が好きなんじゃねえだろうな」

シンジ「なんでそーなるんだよ。今までもそういうことはあったけど、ゴウはそんなんじゃないよ」ハァ

シンジ(もっとこう、鏡みたいな……確かにゴウが女の子とかだったらこうはいかなかったんだろうな)

どこまでも自分に近しい存在。そして、唯一の血の繋がりのある兄弟、それがゴウだ。
ちなみにシンジの隠し撮り写真は、この学校内でよく出回っていたりする。

次の日 空母
シンジ「うわあ、すごい大艦隊」

ゴウ「…………あれは」

二人と弁慶、他一部のスーパーロボット軍団は国連軍所属の太平洋艦隊の上でとある人物を待っていた。
彼こそが、三人目の真ゲッターロボのパイロット。

ゴウ「竜馬」

ではなく。

シンジ「ガイ!!」ダッ

ガイ「おうシンジ、それに大将! 元気そうで何より!」ダッ

大道ガイ、この快活な男もまた、三人の父を持つ青年であった。

ゴウ「竜馬」

竜馬「あぁ? ……お前は、確かあの時の!」ゲッ

ゴウ「お前じゃないのか」

竜馬「当時から全く姿が変わっていないだと? それにそのペンダントは……!」

ゴウ「待っていたからだ。シンジを」

竜馬は海外で、別のスーパーロボットの整備員として働いていたガイの付き添いとしてここに来たのだ。
今は亡きガイの父親が元ゲッターロボの名メカニックということもあり、竜馬や弁慶が長い間父親代わりとして世話をしていたらしい。
ただ、ガイはもう二十一歳で、ゲッターに関わる者としては常識のある性格から彼が竜馬を世話していたと言う方が正しいだろう。

シンジ「こうして電話じゃなくて、実際に僕達が会えるだなんて。
すごく久しぶりだ……あれ、前に会ったのはいつだっけ」

ガイ「まあそんなことはいいじゃねえか。で、もう一人のパイロットのゴウってのはどいつだ?」

ゴウ「…………」

仲のいい二人に割って入れず、ゴウは一歩下がってガイを見上げていた。

ガイ「とはいえ俺もよ、つい最近いきなり『お前が乗れ』なんて言われてな。
本当はパイロットですらなかったんだぜ」トホホ

ゴウ「…………」

シンジ「でもこれからは一緒なんだよね。よかった、三人目が知ってる人で」

それも、気難しい女の子なんかじゃない。明るく頼りになる兄貴分だ。
ゴウはチラリと竜馬を探したが、すでに弁慶と二人で話を始めていた。

シンジ「あの竜馬って人は?」

ガイ「伝説の漢、流竜馬。
まだネルフが前身組織の時にゲッターチームのパイロットとしてインベーダーと戦った人だ」

つまり昔は竜馬、隼人、弁慶の三人でゲッターチームを組んでいたということになる。

シンジ「へーえ……あの人は戦わないんだ?」

ガイ「ちょくちょくネルフに顔を出してるみたいだが、今は組織に入ってないんだ。
今日もゲッターのことが気になって覗きに来ただけみたいだしよ」


ゴウ「……何もかも昔と違う……」

昼 ネルフ内
ガイ「しっかしよ、お前はシンジの兄弟かもしれないってのに真相は闇の中とはな」カツカツ

ゴウ「…………」

ガイとゴウは、長いネルフの廊下を二人で歩いていた。

ガイ「ま、これからは仲良くやろうぜ。俺もやるだけはやらせてもらうからな」

ゴウ「…………」プイ

ガイ「おいおい、握手くらいしろよ。ったく、愛想のない奴。ま、その出自じゃ無理もないか」

ゴウ「…………」ピタッ

その言葉を聞いて、ゴウはようやく立ち止まった。

ゴウの出自。
分かっているフリをしているだけで、早乙女博士と共に闇に葬られた情報。
それがどう伝わっているのかが気になったからだ。

シンジ(あれ、ゴウとガイだ)ヒョイ

曲がり角の壁から、シンジは顔だけ出して二人を発見した。
盗み聞きしては悪いと思いつつも、つい二人の会話に耳を傾ける。

ガイ「俺はお前が、真ドラゴンのために育てられてきたって聞いたけどな」

ゴウ「…………」

ガイ「それで十三年前実際に真ドラゴンを操縦したって。あれ、そういやお前何歳だ?」

ゴウ「シンジの前ではその話をするな」

ガイ「分かってるよ、まだ赤ん坊とは言え辛いこと続きで記憶が曖昧になってるらしいからな」

シンジ(十三年前? 確かその頃、武蔵父さんは……)

十三年前、汚染の原因となった機体が真ドラゴンなのか?
そしてゴウがそれを操縦していたとなると、想定していたよりゴウの年齢は高いことになる。
やはりゴウもまた、その時のショックで記憶が曖昧になっている可能性が高いとシンジは心の中で呟いた。

ガイ「そんなシンジを守りたいのは俺も同じだ。
でも、シンジに対してだけ明らかに接し方が違うのはちょっとひいきが過ぎるんじゃねえか」

ゴウ「俺は……」

ガイ「?」

ゴウ「…………」

シンジ(! ゴウ、それじゃ全然打ち解けないよ……)


ウーウー


シンジ「!」

その時、サイレンが鳴り廊下の照明が赤く染まった。インベーダーが海上に現れたのだ。

ゴウ「行くぞ! ガイ、シンジ!」ダッ

ガイ「お、おい! 一人で先走るなよ!」ダッ

先の戦闘により第3新東京市の迎撃システムは大きな被害を受けていた。
よって、今回の作戦は敵が上陸する前に水際で一気にケリを付けなければならない。


隼人「いいか三人共! これからはこの三人で戦闘することになるんだ、お互いの心を一つにしろ!」

シンジ「…………」

ゴウ「…………」

ガイ「…………」

隼人「返事はどうした!」

シンジ「は、はぁ~い」

ガイ「分かってはいますけど、いきなり上手くいきますかね?」

ゴウ「…………」

インベーダーの前に、三つのゲットマシンが飛び出した。
出会ってからまだ間もなくチームワークも何もないのだが、隼人に睨まれてはとにかくやってみるしかない。

ガイ「よぅし! 真ゲッター3だ!」ガシィッ

ゲットマシン同士が接近していく。
もちろん少しでも操縦に狂いがあれば、パイロットはハジをかくことになる。

だが。

ゴウ「…………」クイッ

ガイ「って、お、おぃっ!」バッ

シンジ「ゴウ!? ガイ! 何やってるの!?」バッ

ガイ「何しやがんだゴウ! それじゃ合体できねえじゃねえか!」

弁慶「いやガイ、今のはお前が少し早すぎた。もう一度だ」

シンジ「よ、ようしもう一度! あ、わ、うわっ!」ガタッ



弁慶「あ、あちゃあ……」

隼人「…………」

隼人のグラサンが、ひとりでにずり落ちた。

ゴウ・ガイ・シンジ「…………」

インベーダー「…………」


とんでもない合体をしてしまった、と言って済む話ではないのだが。


ガイ「こ、こうなったら矢でも鉄砲でも持ってきやがれッ! このまま行くぞ二人共!」

シンジ「い、今どうなってるのこれ~!」アワアワ

ゴウ「…………」

そもそも三つのゲットマシンで三種類の変形しかできないのは他の形態にそれ相応の無理があるわけで。
真ゲッター3の横顔から真イーグル号がぴょこんと覗き、真ジャガー号が急所から飛び出ている姿は中々どうして滑稽であった。

もちろん、そのまま行けるはずもなく。

ガイ「のわぁっ!」ガンッ

シンジ「うわっ!」ボキッ

ゴウ「…………」ブスッ

妙な合体をしたゲッターはそのまま水に突っ込み、犬神家よろしくガニ股だけバタつかせインベーダーを蹴り続けた。

シンジ「さ、最低だ……」ポカポカ

隼人「ある意味恥だな」

弁慶「言ってやるなよ、アイツらも必死なんだから……」ハァ


この無様な戦いは、その後「がんばれ! シンジ!!」と題して映像に残され、
三人揃って隼人の前で見せつけられることとなった。
隼人は怒鳴りこそしなかったが、しばらく三人に無言の圧力をかけている。

隼人「かろうじて撃退できたからいいものの」

ヤマザキにタオルを渡され、パイロットスーツのままの三人が濡れた頭をふく。

隼人「次にインベーダーが来るまで、お前達がやるべきことは分かるな」

ゴウ「ゲッターの訓練」

隼人「違う。お前達三人の心を合わせることだ。ゴウ、今回の原因はお前にもある」

ゴウ「…………」プイ

隼人「とにかく。これから三人には特別な訓練を用意した。早急に工程を終え報告書を作成しろ」

シンジ「は、はい。行こっか、二人共……って」ギョッ

シンジが振り返ると、ガイとゴウはあからさまに顔を背けていた。
お互いが失敗の原因は相手にあると思っているのだから、こうなってしまったようだ。

ガイ「おいゴウ、せめて掛け声くらい出してもいいんじゃねえか?」

ゴウ「…………」

シンジ(こ、この二人の間に入らなきゃならないのか、僕……)トホホ

ガイにとってゴウは、急に夢の中の別人がどうこうと言い出す不思議ちゃん。
そしてゴウにとってガイは、シンジと自分の仲に割って入った、初めての全く知らない人だ。

弁慶宅へ戻り、さっそく三人は訓練内容を確認する。

夕方 弁慶宅
ガイ「何スかこれ、踊りだぁ? 次の戦闘までにマスターしろと言われてもなぁ」

シンジ「リズムで合体のタイミングを叩きこむためにダンストレーニングって……」

ゴウ「…………」

相変わらず何も喋ってはいないが、これにはゴウもきょとんと表情を変えていた。
ペアルックならぬトリオルック、そして体形の違う三人のダンス。
隼人はストレスのあまり吹っ切れてしまったのか、とも疑ったがどうやらヤマザキの考案らしい。

シンジ「やるしかないよ、弁慶父さんも昔はゲッターチームで仲良かったみたいだし」

ガイ「だからって踊りまでやるこたねえだろ。ま、一回はやってみっか」

ゴウ「…………」フッ

たとえ他者から見てかなりマヌケな光景だとしても、やれと言われたからやるしかない。
そうして三人は、部活気分のままダンストレーニングを進めていった。



シンジ(兄さんみたいな二人とのチーム、そしてダンストレーニング)

シンジ(僕はいつか敵がいなくなるといいな、と思いながら戦い続けている。
けどずっとこんな感じなら、戦いもやっていけるかもしれない。……なんて)

結果がどうであれ、今行っているのはインベーダーとの戦い、つまり正義のための戦いだ。
そしてゴウとガイが上手くいけば、自分でも戦いが苦痛にならずに済むかもしれない……そう、シンジは期待し始めていた。

事件が起こったのは、それから三日後。
学級委員長であるレアンヌがシンジとゴウにプリントを渡しに来た時のことであった。

ガイ「いい加減にしろよ! なんで合わせられねえんだ!」

ゴウ「…………」

シンジ「ふ、二人共落ち着いて! あ、委員長。ごめん今ちょっと取り込み中で」

レアンヌの姿を見て、思わず三人とも彼女の前で整列する。
そして彼女がゴウにプリントを手渡している姿を見て、ガイは先ほどの口論の原因を思い出した。

ガイ「俺の足が短いからって……んなもん、どうにもならないだろうに」ハァ

ちなみにゴウはヤマザキと身長がほぼ同じで、足は竜馬と同じ長さ、かなりスタイルがよい。
加えて逞しく、性格さえマシであればもう少し人気が出たことだろう。

レアンヌ「ゴウ君、はいこれ。また学校で会えるといいね」ニコッ

ゴウ「…………」フッ

シンジ(あれ、ゴウ。僕以外にもあんな表情するんだ)

チラッとシンジとレアンヌの目が合うが、彼女はすぐにまたゴウへと顔を戻してしまった。

ゴウ「……ま! あいつも俺のことをよく見てるってことか」ハハ

と、ゴウの聞こえない場所でガイは笑っていたものの。
嬉しそうに話していたレアンヌがいなくなり、再びガイとゴウは互いに背を向けムッツリに戻った。

シンジ「もう、ガイもゴウも。せめて顔を合わせてよ」

ガイ「俺は足が短いんでな。アイツが俺の前に移動した方が早いんだよ」

ゴウ「…………」

シンジは、ガイがわざと憎まれ口を叩いているということを分かっていた。
本来なら彼は、年下(?)相手にこうもムキになる人柄ではない。

ガイ「何だってお前は、そう協調しようとしないんだ? 俺達は……」

ゴウ「わざとじゃない」

ガイ「あぁ?」

シンジ「とにかく喧嘩は止めてよ! 二人に喧嘩なんてされたら、僕は……」

ガイ「わ、分かったよ。そんな涙目になるなって!」アセアセ

それでもシンジがこのような態度をとるのは、シンジならではの甘え方だろう。
家出をした時の反動で、自分の望みはそれとなく伝えることができるようになった。

シンジ「ゴウも、喧嘩はしないでくれる」チラッ

そして長い間義父と電話で連絡し続けてきたという特殊な家庭環境から、他人の意識を自分へ向ける方法は熟知していた。
もちろん自分が無条件に愛される存在とは思えないが、少なくともこの二人は兄弟みたいなものだ。

だが。
何と比べて、とは言えないが良い環境の中で、シンジは損得勘定抜きで他人を気遣うということを覚え始めていた。

ゴウ「……誰かとこうして喧嘩した記憶がある」

ガイ「何だ、またそれかよ。困った奴だな」

シンジ「ほら、夕飯にしよう。父さんもそろそろ帰ってくるし」

ゴウ「…………俺の分はいい」スタスタ

ガイ「あ、おい。ったく、あいつゲッターの中では一番声がでかいのになあ」

シンジ「ゴウも今色々悩んでるみたいだから。分かってあげようよ、せめて僕達だけでも」




弁慶「おっ、ゴウ。どうだ、ガイとは上手くやってるか?」

ゴウ「…………」

弁慶「分かってる。
ガイも今まで色々背負って来てんだ、だからこそ誰かの世話を焼いていてえ思いがあるんだろうよ」

ゴウ「…………」フッ

夜 弁慶宅の寝室

ガイ「けどまあ大体この数日間でお前の性格は分かったぜ」

ゴウ「…………」

ガイ「いつも全部分かっているような顔して、何か喋ったかと思えば『お前を守る』。あとはゲッターで叫ぶだけ」

ゴウ「…………」

ガイ「お前みてえな奴を『見栄っ張り』って言うんだ! ま、俺もわりとそうだけどよ」ハハ

ゴウ「…………」

ガイ「だからそうやさぐれるなよ」

ゴウ「やさぐれてない」

ガイ「やさぐれてんだよ。できもしないことをやろうとして疲れてるだけだ」

ゴウ「…………」スッ

ガイ「あ、おいどこ行くんだよゴウ」

ゴウ「お前には関係ない。……気にせず寝ていろ」



深夜 マンション前

シンジ(う~~トイレトイレ……あれ? こんな時間に、マンションの前に誰かいる)

シンジ(あれは、ゴウ? 一体何を……)

シンジ(! 一人で練習しているんだ。そうか、ゴウも僕達に合わせようとこっそりここで……)

ガイ「よう、シンジ」ボソボソ

シンジ「わっ、ガイ。……なんだ、ガイも知ってたの? ゴウのこと」ボソボソ

ガイ「ああ。あいつも努力してたんだ、見栄っ張りだからこっそりとよ」ボソボソ

シンジ「……じゃあ、何でゴウに突っかかるの?」ボソボソ

ガイ「俺も、大将に似て不器用だからな。
不器用同士、お互いの気持ちが分かるからこそ、ついああいう伝え方になっちまう」ボソボソ

ゴウ「…………」スッ

シンジ「って、うわっ! ゴウ、いつの間にこっちへ!?」ギョッ

ガイ「ん? なんだよ、二人分のココアなんか持って……これ、俺達にか?」

ゴウ「…………」



お互いの気持ちが分かる。そのガイの言葉は、嘘ではなかった。
ある時を境に三人の動きはぴったりと揃い、これには隼人も満足していた。

シンジ「すごいや! 昨日とは比べられないほど息が合ってる!」

ゴウ「俺達は三人で一つのチームだ」

ガイ「これくらいできてあたり前、って言いてえのか。……ま、俺に文句を言うだけの実力は付いたみてえだな」ハハッ

シンジの目の前で、二人がニヤリと笑いながら手の甲をがつんとぶつけ合った。
不器用だからこそ、相手を認める心をこんな形でしか表現できない。
それは皆同じなのだと、シンジは納得し微笑んでみせた。


シンジ(……武蔵父さん。今もどこかで僕を見守っていくれているのかな)

シンジ(二人が仲良くなってくれて、よかった。けど、どうしてだろう)

シンジ(仲間はずれにされているわけじゃないのに、こんなに心が苦しいのは)


失うのが怖いと、心の隅で思っているから。
大切な人を失い傷つきたくない……だけどみんなの側にいたい。



そして、ついにインベーダーが再び海上へと出現する。

昼 海上

隼人「いいか三人共! 本番にリズムは無い、ただ体に叩きこんだ動きで戦うのみだ!」

ゴウ・ガイ・シンジ「「「了解!」」」

数日前とは打って変わり、三人の掛け声はぴったりと揃っていた。
だが、次々と現れるインベーダーに真ゲッターロボは間髪入れず攻撃を繰り返さなくてはならない。

ゴウ「二人共! 真ゲッターチェンジアタックだ!!」バッ

隼人「真ゲッターチェンジアタックだと!? 駄目だ、今のお前達では!」

弁慶「負担がかかり過ぎる! 大丈夫なのか、ゴウ!」

シンジ「だけど、それでも……!」

ガイ「やるしかないでしょう! オープンゲット!!」ガシィンッ


ゴウ・シンジ・ガイ「うおおおおおおおおおッ!!」


カッッッッ



竜馬「フッ、やるじゃねえか」ザッ

弁慶「竜馬、お前もいたのか」

隼人「安心するのはまだ早い、今のはザコだ。
真ゲッターのパワーはまだ未知数、一つ間違えれば命取りになる……!」

竜馬「そこまで心配すんならガキなんざ乗せんじゃねえ!」ダッ

弁慶「あ、竜馬。どこへ行く!」

隼人「弁慶、モニターから目を離すな。たとえ奴らが死んでもデータだけは回収したい」

弁慶「何だと!? おい隼人、いくらなんでもその言い方はよくねえぜ」

隼人「この程度のコトで死ぬなら、今死なせてやったほうが親切だ」フッ

弁慶「シンジのいない世界なんざ知ったこっちゃねえ! このまま敵が引いてくれればいいが……」ハラハラ

ゴウ「!」ハッ

弁慶「!! ま、待て! あれは!」

ガイ「インベーダーに、人の顔だと!?」

隼人「あれはメタルビースト……民間人を取り込み、盾にするつもりか!」

シンジ「そんな!」



グオオオオオオオ!!



真ゲッターロボの前で、黒く蠢くメタルビーストが雄叫びをあげた。
その肩には数え切れないほどの人の顔が、虚空のように口を開け地獄の叫びを繰り返している。

シンジ「これじゃあ戦えない! だって、だってあそこには……!」クッ

表情がはっきりと見える。
真ゲッターロボが動こうとすれば、卑怯にもそれを盾にし相手が向かってくるのだ。
先頭訓練を受けていたとはいえ、人の命を左右することはできない。
シンジは迷いの中自問自答し、体を硬直させた。

隼人「援護しろ!! ミサイル発射!!」

シンジ「!」


ドンッ


目の前で、メタルビーストの一部が爆発する。
それを見て、シンジの心の中にぽっかりと穴があいた。


シンジ(あ)

シンジ(血だ)


真ゲッターロボに付いた血を見て、ぱくぱくと口を動かした。
息が詰まる。ゲッター線に狂わされた化け物との戦いに、心を傷つけてしまったからだ。

シンジ(そうか。そうだよね、だって僕は)

シンジ(楽しいまま戦っていけるわけなんてない。これはそういう戦いなんだ)

シンジ(そういう)

シンジ「……ッ!」

シンジ「うわあああああああああ!!」バッ


耐え切れなくなったシンジの悲鳴が、コックピット内に反響した。
心を通わせた三人の前に立ちふさがる、多くの命。
なす術も無く立ち尽くす真ゲッターロボに、無情にもメタルビーストは攻撃を続ける。

ゴウ「…………ッ!」

ガイ「ゴウ! 何とかならねえのか、おい!」

シンジ「嫌だ……嫌だ、うわぁっ!」

あまりのおぞましさに、シンジは敵から目を背けた。

シンジ「あそこには委員長のお兄さんがいる! こんなの戦えるわけないよ! 嫌だ!」

隼人「やらなければお前がやられる! 動くんだ三人共!」

シンジ「できるわけないッ!! 畜生、チクショウーッ!」

弁慶「シンジ……ッ! 隼人、俺がゲッターを回収する! 戦闘機を……!」



ガッ



ゴウ・シンジ・ガイ「「「!!!!」」」

三人の前に、黒い影が飛び出した。

隼人「なッ……あれは!!」



ズアッ

ガガガッ!!


シンジ「な、何!? 誰が……ッ!」

ガイ「誰があのゲッターを!?」

突如現れた黒いゲッターが、メタルビーストを攻撃していく。

シンジ「! 待てッ!!」ガッ

捕らわれた民間人が潰されていこうと、その悲鳴が雨のように降り注ごうとも、ゲッターはその動きを止めない。

シンジ「鬼……悪魔……ッ!? ゲッターロボって、正義のロボットじゃないのかッ!」ガタッ

ズルッ

ズッ グチャッ

鉤爪に付いた人の顔が、ズルリと海面へ落ちる。

シンジ「や、止めろッ!!」ガチャッ

ゴウ「…………ッ!」

シンジ「止めろ! 止めろ! 止めろッ!!」ガチャッガチャッ

シンジがどれだけ呼びかけようとも、現実は何も変わらない。
やっぱり初めから楽しいことなんてなければよかったんだ! そう、シンジはぐちゃぐちゃになった心に鎖をかけた。

ゲッターに乗ること。それは命のやり取り。ああしないと、自分達が殺されていた。
何が正解かは分からない、でもそれは教えてくれなかった大人達が悪い。
全部、全部僕のせいじゃない、僕は何も悪くないと言って! 
そう願うシンジのモニターには、拭いきれない血が流れていた。


シンジ「止めろォッ!! 止め……ッ」バッ


ゴウ「『リョウ君』、止めろォッ!」バッ


隼人「!」

弁慶「!」



メタルビーストが動かなくなった後、ようやくそのゲッターは腕を下ろした。



竜馬「…………」バシュウ

ゴウ「…………」


ブラックゲッターの中から、流竜馬が現れる。
そして血、悲鳴、潰されていく顔がシンジの脳裏に焼き付き、頭の中でぐるぐると回り始めていた。

シンジ(あれは)

シンジ(竜馬さん)

シンジ(あ)

シンジ(血だ)

シンジは今何が起きたショックから抜け出せないでいた。
同じことを何度も呟く内に、どうすれば心が守られるかを自然と身につける。

シンジ(ああしないと、僕達が殺されていた)

シンジ(これはそういう戦いだったんだ)



少年の声「まさかあんな使徒が来るだなんて、ゲッター線がこんなにも影響すると思ってなかった」

少年の声「これは僕の中の世界、僕の中の可能性のはずなのに。このままじゃこの戦いは……」

シンジ(仕方がない)

シンジ(仕方がないよ、あの人なら)

シンジ(どうして?)

シンジ(何故?)

シンジ(怖いよ……)



竜馬「……なるほど」

シンジ「…………」

竜馬「そういうことか、ジジイ」

シンジは呆然としたまま、その場から動けないでいた。
竜馬が倒さなければ、自分達が殺されていたという事実。
自分達が戦ったとしても、民間人は助けられなかったという可能性。
そして、戦いとは命のやり取りだということを改めて実感し、シンジはどこか忘れようとしていた記憶に手を伸ばし始めていた。



シンジ「姉さん………?」



それがどれだけ辛いことだとしても、いつか必ず思い出さなくてはならない。
ゲッターに関わる、早乙女の一族として。シンジの心に、ナイフのようなノイズが差し込まれた瞬間であった。

※次回予告のBGM


『真の敵。それは自分自身の心の弱さ』


『「何故ゲッターに乗るのか」、逃れぬよう問い続けた疑問に、シンジは一つの答えを見出す』


『たとえそれが、人の業に深く関わることだとしても。次回「謀略!! 静止した闇の中で!」。お楽しみに~』

一旦休憩挟みます。8時頃には再開します。
それと、コメントありがとうございます。実はめちゃくちゃ嬉しいです。かなり励みになりますので、どうか最後までお付き合いよろしくお願いします。

再開します。
コメントありがとうございます。痛い話ですが、感想をいただけるとしばらく小躍りするくらい嬉しいです。最後まで頑張ります。


朝 墓地

シンジ「…………あ」

姉ミチルの命日に、墓地でシンジは隼人と顔を合わせた。
幼少期の記憶がおぼろげであり、ミチルも自分と同じ巴姓だと思っていたが、墓標には確かに早乙女ミチルと彫られている。


コントラストの強い光の中、シンジはぼうっとその男を見つめていた。


隼人「シンジか」

シンジ「…………」

隼人「学校は」

シンジ「ちょっと。その。委員長と顔を合わせづらくて」

隼人「竜馬とは、何か話したのか」

シンジ「いえ」

隼人「先日の一件について、何か思うところはあるか」

シンジ「特に。嫌なことがあった時って、何だか別の自分がいるみたいで。思ったより平気です」


二人並んで、ミチルの墓に手を合わせた。


シンジ「でも」

ちょっとはしゃいでいたみたいです、と言いかけて止めた。
どうしたって、現実は変わらない。
なら色々と考えるよりただ終わったこととして割り切ったほうが楽と考えたのだ。

シンジ(僕は早乙女博士の息子)

シンジ(ゲッターからは離れられない。幸せにもなれない。そして一人ぼっちにはならない)

シンジ(こんな辛い思いをするくらいなら、……そうか。
やっぱり初めから何もない方がよかったんだ。
終わった後に気が付くなんて、僕は馬鹿だな)

シンジ(どうしたら僕は僕でいられるのかな。もう一人の自分に頼らず、自分で現実を見られるように)

現実は見た。けど辛いことばかりだった。支えてくれる人達がいた。それを望むためには現実を見なくちゃならない。
現実は辛い。その繰り返し。
何が正解で、何が間違いだったのか。命のやり取りの中にその答えはあるのか。

もう誰かと深く関わるのはよそう。シンジはそう思い始めてしまっていた。

シンジ(ううん。現実を見たからって……それに耐えられるわけじゃなかったんだ……)

シンジ(ゴウ……ごめん)


隼人「…………ゴウは元気か」

シンジ「会っていないんですか」

隼人「憎まれているからな」

シンジ「自分で会いに行けばいいじやないですか」

今もゴウは、ゲッター線による『調整』を受けていた。
途中からその必要はなくなったはずなのだが、何故そうなったのかはまだシンジには聞かされていない。

しかしもう、どれだけゲッター線を照射しようと何かが変わるわけではない。
それはゴウ自身も分かってるはずなのに、それでも望んでいるそうだ。


隼人「そうだな。お前の言うとおりだ」

今のシンジに、隼人にかまっている余裕は無かった。


秘書のヤマザキと共に、隼人が墓地から離れていく。
ふと、シンジはヤマザキの指に指輪がはめられていることに気がついた。

シンジ(あの二人、婚約したんだ。……でも隼人さんのペンダントはゴウが持っている)

シンジ(僕には弁慶父さんがいる。早乙女博士がいなくなっても、僕を見てくれる父がいる)

シンジ(そしてゴウもガイも僕を見てくれている。だけど誰のことも、本当は分かっていない)

シンジ(……あ、そうか。駄目だ、こんなことじゃまた傷つく)

やはりシンジは、他人と深く関わらないということに向いていなかった。

昼 ネルフ本部大深度地下施設中央部

隼人「ゴウ。これからはヤマザキもお前の親代わりになる」

ゴウ「……?」

ヤマザキ「ゴウ、よろしく。……貴方のことは、司令から聞いたわ」

すでに2016年になり、未成年後見人は複数でもよいこととなっているのだが、あえて隼人は「親代わり」と言った。
ヤマザキの左手の指が、ガラス越しにゴウの手のひらに触れる。

ヤマザキ「仕事以外では私のことを、母と思ってくれないかしら」

ゴウ「…………」

敷島博士「どうだゴウ、以前と何か変わりはあるか」

ゴウ「最近」

大きなカプセルの中から出て、タオルで頭を吹きながらゴウはゆっくりと話した。

ゴウ「若い頃の隼人が夢に出てきた」

敷島博士「何、詳しく話してみろ」

ゴウ「誰かにこのペンダントを渡していた。嬉しそうだった」

隼人「…………」

ヤマザキに手渡されたコーヒーカップで、手を温める。

ゴウ「知らない人の記憶だ。だが、はっきりと思い出せる」

敷島博士「そしてそれは、シンジと共に生活をすればするほど強まっていくんだな?」

ゴウ「俺は俺でなくなるのかもしれない。……それがもう一人の俺だとしても」

ゴウはシンジの言葉を信じていた。
しかし夢の中の記憶は日を増すごとに大きくなっていく。

ゴウ「いや、もう一人の俺は確かに存在する」

ゴウが近くの椅子で寝かされ、大人達はその寝顔を見ていた。
本来彼に食事や睡眠は必要なく、弁慶宅での就寝も精神衛生を気にしてのことだが、今は博士の手で強制的に眠らされていた。

隼人「驚いたか?」

ヤマザキ「いえ。私が知ることで、司令のお役に立てるのなら」

隼人「そうか。君ならそう言うと思った」

ヤマザキ「ただ、神隼人としてはどちらを期待していらっしゃるのですか?」

隼人「…………」

敷島博士「我々がどう期待しようと、ゴウの進化は止められんよ。
これは研究の歴史においてすばらしい発見になる、まさか遺伝子レベルの記憶が蘇るとは」

隼人「本当に、彼女の遺伝子がゴウの人格を乗っ取ろうとしているのですか?」

敷島博士「精神が肉体年齢に引かれてもおかしくはない状況の中で、シンジの兄でいようとする。
それはつまり、そういう可能性もあるということだ」

ヤマザキ「しかしそれは……あの子の人格は、いずれ消えてしまうと?」

敷島博士「いや、そうということもない」

隼人「何? それはどういうことですか、博士」

敷島博士「お前たち、まだ分かっていないのか。
まあいい、いずれゴウ自身も知ることになろう。早乙女の遺志、そしてゴウの生まれた本当の意味とは……!」



ゴウ(隼人はきっと、もう一人の俺を望んでいる)

ゴウ(何故そう思うのか……分からないが、俺も不思議と嫌じゃない……)

夕方 ジオフロント入口
ガイとシンジはネルフ本部内へ向かうため、ゲートへIDカードを通していた。
が、何故か反応がない。

ガイ「おい、あれ」

シンジ「変だ、電気が全部消えてる……停電?」

ガイ「だが予備電源も点かねえなんてどういうことだ? とにかく、本部まで行ってみようぜ」

シンジ「けど、どうやって……あっ!」バシュン

移動しようと一歩踏み出した場所で、シュッと自動ドアが閉まった。
服を挟まなかっただけ幸いだが、ガイと場所が分断され、どれだけ叩いても開きそうにない。

ガイ「仕方がねえ、お互いなんとか下を目指すしかねえな。運がよけりゃ近くで会える」

シンジ「う、うん。ガイも頑張って」

とはいえ、振り返ればすでに廊下は真っ暗になっている。
こういう時はまず空間を把握しようと、シンジは壁を背に周囲を見渡した。

シンジ(下へ向かう一番近い道は……あそこだ!)

シンジ「よいしょ」

通気口をしゃがんで渡り、下を目指す。
途中、どこかからガイの声が聞こえて、彼も同じ方向にいると分かり安心した。
しかしガイの会話相手が竜馬と知り、ハッと耳を澄ます。


ガイ「竜馬さん! ここにいたんですか!」

竜馬「おう、隼人の奴はどこだ。それにいつからここは冷蔵庫になっちまったんだ?」

ガイ「それが、どうにもこうにも分からなくって」


ガイは何事もなかったかのように竜馬と話している。
仕方がないことだと分かってはいるが、シンジはどこか疎外感を覚えていた。
嫉妬するほどこだわっちゃいけない、これ以上は聞かないでおこうと思いまた前進する。

ゴウ「シンジ」

シンジ「あっ、ゴウ」スタッ

通気口から出た場所で、ゴウと鉢合わせた。
目の前には非常口が有り、とりあえず二人で開く。

シンジ「!!」バタンッ

が、目の前には異形の存在が歩き周囲の町並みを破壊していた。インベーダーだ。
慌ててシンジは扉を閉め、目を丸くしながらゴウと顔を合わせる。

シンジ「ど、どどどうしよう。停電じゃゲッターまでたどり着けない!」オロオロ

ゴウ「…………」

ちなみにゴウはインベーダーの存在に気づいていたのだが、あえて黙っていたらしい。
説明するより目で見たほうが早いからだ。

停電したからインベーダーが来たのか、インベーダーが来たから停電したのか。
どちらにせよやることは同じだ。

シンジ「けど僕達だけじゃ……そうだ、他の人にも知らせないと!」

ゴウ「待て、シンジ。それはお前一人で行け」

シンジ「どうして? ……そんなの」

嫌だよ、と言おうとしたがゴウの表情を見て口を閉じる。
ゴウの様子が変だ。もう一人のゴウ……シンジはそう察した。
もう一人のゴウはしっかりとシンジの両肩を持ち、諭すようにこう告げた。

ゴウ「緊急事態だ。お前は一人で隼人の所まで行き、先にゲッターに乗れ」

シンジ「ゴウは? どこへ行くの?」

ゴウ「俺は竜馬を探す。今ならまだ、竜馬の位置は把握できる」

シンジ「け、けど! インベーダーが基地の中まで侵入してたらどうするんだよ」

シンジ「リョウ君ならこの状況を打開できる。安心しろ、お前なら大丈夫だ」

シンジ「……その呼び方、姉さんの……?」

ゴウ「シンジ」

ハッとなってもう一度見ると、いつものゴウの表情に戻っていた。
ゴウは十字架のペンダントを、シンジの首にかける。

シンジ「これ……隼人さんからもらったんじゃなかったの?」

ゴウ「お前にやる。いざとなればそれを投げてでも逃げろ」

シンジ「……分かったよ」ムッ

ゴウ「ターミナルドグマだけは行かないよう、気をつけろ」ダッ

それだけ言うと、ゴウは廊下を駆けていった。暗闇など全く気にしていないようだ。

シンジ「何だよ、皆竜馬竜馬って。いいよ別に気にしないから……」

シンジもまた、暗闇の中を走り出す。

慣れてきたとはいえ、いつ何が飛び出すかも分からない状況で孤独というのは恐ろしいものだ。
早く隼人の元へ行かねばと考えるほど、鼓動が強くなる。泣きたいほど辛いわけではないが、どこか不気味だ。

シンジ(別におばけ屋敷を連想してるわけじゃないけど。というよりむしろ、何だか苛立ってきた)

シンジ(違う。嫉妬してるわけじゃない、それはハッキリと言える。でも)ムカムカ


チバ「きゃっ」バタッ

シンジ「うわっ! ……チバさん! すいませんぶつかっちゃって」アセアセ

シンジと顔を合わせ、オペレーターのチバ隊員はホッと胸をなでおろした。

チバ「シンジ君、よかった。無事だったのね」

シンジ「ええ。ここはもう中央作戦室に近いですよね。どうしたんですか」

チバ「竜馬さんを探しているの。生身でインベーダーと戦えるのはあの人くらいだから」

シンジ「……ふぅん。それで見つかったんですか?」

チバ「それがまだ。とにかくシンジ君もこっちへ……ってあれは!」キャッ



キシャアアアアアアアア!!


シンジ「!!」

曲がり角のすぐ向こうに、インベーダーがいる。
シンジはチバの腕を引っ張り、叫ばないよう口を押さえてジッと様子を伺った。

シンジ「チバさん、ここは危険みたいです。銃があれば貸してください」

チバ「う、うん。けど、逃げなければならないのは君のほうで……」チャキ

シンジ「竜馬さんを探したいんでしょう!? ここは僕が……!」


竜馬「その必要はねえよ」ザッ




バン!!

バン!!



シンジ「あ……」

シンジの目の前で、インベーダーが撃たれていく。
銃の反動など全く無かったかのように竜馬は振り返り、チバを小脇に抱えニヤリと笑みを見せた。

竜馬「走るぜ! シンジ!」ダッ

シンジ「え、ちょ、待っ」ダッ

ゴウと会ったのか、どこへ走るのか、聞きたいことは山ほどあったが彼の大きすぎる背中はそれら全てを飲み込ませた。
彼の後ろにいれば助かる、そんな気さえ起こさせる圧倒的な力。
だから皆彼を探せと言っていたのか?


シンジ「…………」ムカムカ


彼に対し複雑な感情を抱いていたからこそ、シンジは黙って彼について行った。

チバ「り、竜馬さん! そっちは作戦室とは逆です!」

竜馬「分かってる。早乙女研究所とほぼ変わらねえみてえだな」ガッ


竜馬は動かなくなったエレベーターの扉を蹴り飛ばし、3メートルは垂直に落下した。


竜馬「おいシンジ!! さっと付いてこい!!」

シンジ「えぇ……しょうがないなあ、えいっ」ブンッ


そのようにして縦穴を乗り継ぎ、作戦室を超えさらに地下へと潜っていく。
そこはターミナルドグマ、ゴウが隼人や敷島博士と会話していた場所だ。

シンジ「パスワードなんて、知りませんよ」

竜馬「早乙女の血が流れていればここは開く。シンジ、扉に手を当ててみろ」

シンジ(まあいいや、この人とも深く関わることはない。本当に、嫉妬してるわけじゃないんだから)ムスッ


ゴウの言葉は覚えていたが、シンジは扉に手をかざした。
竜馬に逆らうことはできない上、竜馬ならこの状況を打開できると言ったのはそのゴウだ。


シンジ(そうだ、竜馬さんなら大丈夫って言ったのは皆だ。僕は皆の言うことを聞いただけだ)イライラ


シュンッ


チバ「ひっ!」

シンジ「! な、何ですか……これ」


シンジの目の前には、山と見間違えるほど大きなゲッターロボが眠っていた。
完全に停止しているが、傷一つない。

竜馬「こんな所に隠していたとはな。これじゃ操縦はできねえが、覚醒さえさせればこっちのもんだ」フッ

竜馬はその大きな影につかつかと近づき、頭へ向かって躊躇うことなく銃を撃った。

チバ「きゃっ」


バンッ

バンッ


シンジ「竜馬さん、そんなに撃ったら敵に位置を悟られるんじゃ」

竜馬「大暴れしてこいって言われてんだ。チッ、弾切れか」ガチャッ

ハッとなって、シンジは目の前の機体を見上げた。
嫌にしんとした空気の中、遠くから隼人の撃つ2丁ライフルの音が響く。


シンジ「真……ドラ……ゴン……」


それは、十三年前重陽子爆弾によって大破し、世界をゲッター線による汚染で荒れ果てさせた機体。
どこかで見たことがあるような気がして、シンジは頭を抱え冷や汗を流した。


竜馬「さあシンジ、お前ならこれを目覚めさせられる。お前はこの機体を過去に見たはずだ、そうだろ?」

シンジ「あ……あの時、姉さんの……」

チバ「! シンジ君、駄目! 駄目よ!」ジタバタ

同時刻 中央作戦室
竜馬「おい隼人! 何で停電してんだよ!!」バッ

隼人「竜馬、それにガイとゴウも一緒か。……ネルフをよく思わない人間は少なからず存在する」

ガイ「同じ人間同士で足を引っ張り合って、それでインベーダーに侵入されたんスか!? 
……! この揺れは!!」ガタガタ

ヤマザキ「司令! ターミナルドグマより、高エネルギー反応を観測! これは……真ドラゴンです!!」

敷島博士「馬鹿な。いや、そうか。やはり早乙女は!!」

ゴウ「呼んでる……真ドラゴンが、『私』達を呼んでいる」ハッ

同時刻 ターミナルドグマ

シンジはその場に膝をつき、うなだれていた。
抑えていた記憶が溢れ出しそうで震えているのだ。

シンジ(そうだ。十三年前、まだ赤ん坊だった頃。姉さんが他界してすぐ後のことだ)

シンジ(僕は目の前で、真ドラゴンが破壊される瞬間を見ていた……? だけどあの時、姉さんの匂いを感じたんだ)

シンジ(違う。あの時、あそこにいたのは。そんな、まさか、嘘だ……ッ!)

チバ「竜馬さん! 何を言ったんですか、シンジ君をこんなに怯えさせて!」

竜馬(?)「目を逸らすなシンジ、真実から目を逸らすな。お前なら真ドラゴンを目覚めさせられる……」

三人の前に、真ドラゴンの腕がドサりと落ちた。

呼んでいる。知っている。僕は知っている、このゲッターを……。
シンジはそう呟くと、竜馬へと視線を向けた。

チバ「駄目ぇッ! シンジ君、しっかりして! また真ドラゴンが動いたら、今度こそ世界は……!」

竜馬(?)「行け、シンジ! 今こそ真ドラゴンを……!」



パンッ!!



シンジ「うおおおおおお!!」バッ



バンッ!!

バンッ!!




竜馬(?)「!! ま、まさか!!」

シンジ「僕をただの内気な子どもだと思うなよ!! はああッ!」チャキッ

シンジの放つ銃弾が、次々と竜馬の、いや竜馬に化けていたインベーダーの体を貫く。

スティンガー「いつから正体を見破っていた!? 擬態は完璧だったはず!」

シンジ「やっぱりスティンガー! 思い出したんだ……竜馬さんと出会った時のことを!!」ババババ


スティンガーは真ドラゴンの頭上へと浮上し、さらに暗闇から這い出たコーウェンと共にその本性を顕にした。
真ドラゴンを一時的に目覚めさせ、インベーダーで乗っ取ろうとしていたのだ。

シンジ「あの人のこと全部を好きになったわけじゃない……けど、竜馬さんは僕にそんなことを強要しない!」チャキッ

シンジ「赤ん坊の僕をあやしてくれた竜馬さんは、お前みたいな奴じゃないんだッ!」バンッ

赤ん坊だったからこそ、触れ合う人々の本心をよく見抜いていた。
それが確かな記憶として蘇り、流竜馬の人となりをしっかりと認識した。

戦闘訓練で培った身体能力を発揮し、まずはチバの手を引っ張りその場から移動する。

コーウェン&スティンガー「「だがもう遅い!! ついに真ドラゴンの目覚める時が来た!!」」


カッ


チバ「ああ、し、真ドラゴンが動いた……!」

シンジ「そんな……一歩遅かったの?」

自分が余計な感情を抱いていたせいで、真ドラゴンは覚醒し乗っ取られてしまった。
そう考えシンジの表情がこわばる。
このままでは大変なことになる、と先程からチバが隼人との通信を試みているが真ドラゴンはすでに地上へと頭を出していた。

チバ「シンジ君、私のことはいいから一人で逃げて!」

シンジ「そんなことできませんよ……僕が皆にどれほど大切にされてきたか、思い出したんだから」

チバ「え?」

シンジ「! チバさん、危ないッ!」

シンジ「うわっ……!」ブンッ

真ドラゴンの腕に捕まれ、そのまま地上へと勢いよく飛び出していく。
気絶したチバは何としても守らなくてはと、指の間から体をよじって彼女を横抱きし、恐る恐る両足で立った。

シンジ「…………!」ビュオオオオ

夜空に近い場所で、シンジは町を見下ろした。
地上に出た真ドラゴンの肩まで登り、月を背に苦い表情を見せる。

シンジ(どうすればいいんだ。このままでは真ドラゴンによって町が破壊し尽くされてしまう……今の僕にできることといえば)

内部に入り込んだコーウェンとスティンガーに干渉することはできない。
そして、この高さから地上へ降りることも不可能だ。

ゴウから渡されたペンダントを胸に、シンジはぎゅっと目を閉じた。

シンジ(姉さん……本当はすごく怖い。大切な人を失うことも、今こうしてチバさんの命を預かっていることも)

シンジ(だけどもっと大切なことを思い出した。
そして気がついたんだ……人と深く関わろうとしないなんて、間違っているって)

シンジ(委員長のお兄さんを助けられなかったことも、真ドラゴンを敵に乗っ取られたことも。
これから僕がどうするべきか、分かってきたから。今少しだけ、力を貸して。姉さん……!)

シンジの心の叫びが、風の音にかき消されていく。
だがそれはいつしか強い騒音となり、振り返ると、欠けた月に一つの影が生じていることに気がついた。


ゴウ「シンジ!!」

シンジ「姉さんッ!!」ハッ


ゴウ、そしてガイだ。シンジ達を救出すべく、ヘリコプターに乗ってここまで来たらしい。


ガイ「ね、姉さんだぁ? 何言ってんだアイツ。おーいシンジ! すぐ下まで真ゲッターが来ている!」

シンジ「え!? だけど停電で……あ、あれは!!」

真ドラゴンのコックピットから、三つの影が飛び出した。竜馬、隼人、そして弁慶だ。
かつてゲッターチームだった三人が動かなくなった施設からゲッターを操縦し、ここまで運んできたというのだ。

シンジ「本物の竜馬さん……! よかった、無事だったんだ」

ゴウ「飛べ、シンジ!! ゲッタァァァァーッ!!」バッ


ゴウの合図で、チバを抱えたシンジが夜空へと飛び出す。
そしてすぐ真下まで来ていた真ゲッターロボに着地し、強い意志を胸にコックピットへと座った。


シンジ(インベーダーめ、真ドラゴンをお前達の好きにはさせない……!)ガチャッ

シンジ「チェェェェェェンジ!! ゲッタートゥーッ!!」ガシィンッ


チバをヘリの中へ預け、シンジは真ドラゴンをキッと睨みつけた。

ガイ「シンジ! 真ゲッター2でどうする気だ!?」

シンジ「あれは僕が倒さなくちゃならない!! 何があっても僕の手でッ!!」

ゴウ「シンジ、怒りに囚われるな! 真ドラゴンは――ッ!」

シンジ「――ドリル、ハリケェェェェェェェェェン!!」ガッ



ドワッ









シンジ「…………え?」


シンジの目の前が、一気に真っ白になる。ここはコックピットの中ではない、もっと広い場所だ。
草むらの上にいるような温かみを感じ、肩の力を抜いて周囲を見渡す。

シンジ「ゴウ、ガイ」

すぐ近くで同じ状況の中混乱している二人を発見し、シンジ達は顔を合わせた。
やがてここが真ドラゴンの中であり、脱出する術を見つけなければならないと気づき思い思いに驚きの表情を取る。

ガイ「空気が悪いな、俺達をこのまま疲弊させる気か?」

パイロットスーツの生命維持システムはもって4、5時間。そしてシンジは制服姿のままだ。

ゴウ「ここはむやみに動くより、体力を温存すべきだ」

ガイ「そうだな。一旦落ち着いて考えてみるか」

シンジ「ごめん、僕のせいで……僕がもう少し早く気が付いていれば……」

ゴウ「だがお前はそれで、代わりに大切なことを気が付けたんだろう? だったらもっと胸を張れ、堂々としろ」

ガイとシンジは、ゴウがこうも人間らしい気遣いをするようになったのかと、ぽかんと口を開いた。
そのリアクションを見て、ゴウは肩透かしを食ったかのように首をかしげる。



シンジ(……ゴウは、知らされていないんだ……)

シンジ(自分が早乙女ミチルの遺伝子と、ゲッター線を組み合わせたゲッタークローンだってことを……)



三時間が経過する頃には、口数も減り、星空でも見上げているかのように並んで寝転んでいた。

シンジ(眠ることがこんなに疲れるなんて、思わなかったな)

ガイ「お腹空いたな……」

ゴウ「……大丈夫か? シンジ、ガイ」

シンジ「ここって、酸素薄いのかな」

ガイ「ちょっとぼーっとしてきたかもな」

ゴウ「必ず脱出できる。諦めなければ道は生じる、自分を信じるんだ」

シンジ(事故で姉さんが亡くなった後、早乙女博士は自分の娘を真ドラゴンの生体始動キーとして蘇らせたんだ。
なんて狂気だ……それに協力した隼人さんと、敷島博士も)

シンジ(赤ん坊だから何も分からないと思って、僕の前で。
そして十三年前、今の姿のままゴウは真ドラゴンに乗って戦った)

シンジ(だけどインベーダーを殲滅する時、ゴウは真ドラゴンもろとも消滅する。
だから早乙女博士はゴウを道具として割り切っていたのか……? 
だけど、それならどうして姉さんの遺伝子を使ったんだ?)


そして、早乙女博士の最期の言葉の意味とは。
少なくとも博士は自身がインベーダーに寄生されていると気づいており、脳まで支配される前に自ら死を選んだようだ。

シンジ「空気が濁ってきたよ……」

ガイ「寒くなってきた、疲れるぜ……」

ゴウ「二人共、顔が青い。気をしっかり持て」

シンジ「…………」

ガイ「ああ、まだ平気だ。なんとか……」

ゴウ「竜馬達も今戦っているはずだ。大丈夫、俺がずっと起きている。二人は少し眠っているといい」



シンジ(ゴウは、自分がゲッタークローンだと知ったらどう思うだろう……?)

シンジ(ああ、そうだ。ゴウが言う心の中の別人は、ミチル姉さんのことだったんだ)

シンジ(まさか隼人さんや早乙女博士は、ゴウの中の姉さんを目覚めさせようと……
あれ、でも隼人さんはヤマザキさんと婚約して、え……?)ウトウト

シンジはゆっくりと目を閉じた。
すると頭に浮かぶのは、過去に経験した記憶だ。いつだったか、まだミチルが健在だった頃。
シンジの目の前にはミチルと、若かりし頃の隼人がいる。

シンジ(赤ん坊の声。これは僕の声だ)

シンジ(ここは……ネルフ? 違う、もっと昔の場所)

シンジ(早乙女研究所だ)

シンジ(姉さんだ、姉さんがいる。そうか、今日は二人が婚約した日)

ミチル「シンジ、今日からシンジに新しいお兄ちゃんができるわ」

シンジ(僕はこの人を知っている。なのに僕は忘れていた、忘れようとしていた。『初めまして』と言ってしまった)

隼人「シンジ、ふふ。まだお前にはこの意味が分からないか」

シンジ(分かる、分かるよ。
この後すぐ、姉さんは亡くなった。そうだ、竜馬さんと隼人さんとの合体事故で、挟まれて)

シンジ(武蔵父さん、弁慶父さん、竜馬さん、隼人さん。あの頃のゲッターチームはバラバラになった。そして)

武蔵「シンジ、今のお前には分からないだろうけどよ……」

シンジ(武蔵父さん)

シンジ(僕は武蔵父さんが本当の父親だと思っていた。だけど十三年前の戦いで、……多分、その時……)

シンジ(皆、どんな気持ちだったろう。早乙女博士のこと、すごく憎んでいただろうな。
あんな人……世界を滅茶苦茶にした真ドラゴン、僕はその息子)

シンジ(だけど真ドラゴンがなければ人類はインベーダーに支配されてた。博士のことは好きじゃないけど、それは事実だ)

武蔵「早乙女博士は、俺達の父親のような人だったんだ。昔は……」

シンジ(父さん……あれ? 足元に水がある。それに向こうに別の人が見える)

シンジ(ここは天国への入口? なんだ、こんなにあっけなく来れるもんなんだ)


少年の声「君はあらゆる差異次元の中でも、最も新しく生み出された碇シンジのようだね」

シンジ(僕は巴シンジ……碇シンジなんて名前じゃない……)

少年の声「この世界も碇シンジが望んだ、一つの可能性……にも満たない存在だった。
だけどアダムとリリス、そしてゲッター線の力が加わり次元同士の干渉から今にも外れてようとしている」

少年の声「エヴァのパイロットでない僕。綾波やアスカが優しくて、周りの大人が少しずつ違う世界」

少年の声「そして、何よりもシンジ君が違う世界」

シンジ(この声、どこかで聞いたことがある……これは、僕の声……?)

少年の声「この世界を確立させるかどうかは、夢を見ている君次第だ。
安心して、今はまだその時じゃないから……」フワッ


ゴウ(二人の体温が下がり始めている。何とかしなければ)

ゴウ(駄目だ、血の通わない俺では二人を助けられない)

それでもゴウは、せめてもの救いになればと二人の肩をぎゅっと寄せ合った。
まるで弟達を守る兄のように、心の中で強く祈り続ける。

ゴウ(俺が二人を助ける。……二人だけは、絶対に助ける)

ゴウ(何故そう思うのかは分からない。だけどそうあって欲しい。……意識が朦朧としてきた)

ゴウ(俺もう、限界ということか)

ゴウ(真ドラゴン、苦しんでいるのか……)

ゴウ(…………)


ゴウは何度も二人の名前を呼んだ。
それは、シンジと出会い、ガイと出会い、そして心を通わせた結果生じた人間として当たり前の想いだ。

ゴウ(俺を取り込んでしまっても構わない。二人だけは助けてくれ)

ゴウ(そうすれば真ドラゴン、お前は残った人達が止めてくれる)

ゴウ(お前の大好きな流竜馬だ。それで十分だろう?)

ゴウ(……何だ、この記憶は……)

ゴウ(別の人間の記憶が流れてくる? 何故、俺の心は乱れている?)


ゴウ(早乙女、ミチル……?)

ゴウ「!」


ゴウの頭の中に、遺伝子に込められた早乙女ミチルの記憶が直接流れ込んできた。
そしてゴウは、自身が何者であるかを察する。

ゴウ(そうか、俺のこの感情は……早乙女ミチルの物だったのか……)

ミチル「そうよ。貴方は本当は私なの。
シンちゃんを想う気持ちも、ガイ君を羨ましく思う気持ちも、隼人君を憎む気持ちも……」

ゴウ(シンジを想う気持ちも、ガイを羨ましく思う気持ちも、隼人を大切にしたい気持ちも……)

ミチル「私の記憶、私の思い出……そこにいるのは私……」



ゴウは自分の手が震えていることに気がついた。
この体は、この心は、全て早乙女ミチルの物なのか?



ゴウ(だとすれば、俺がここにいる理由はない)

ゴウ(シンジも、……隼人も、早乙女ミチルの復活を望んでいるはずだ)

だがそれはシンジには黙っておくべきだと、ゴウは考えた。
穏やかな顔で二人を見つめ、少しだけ頬が熱くなるのを感じた。

するとシンジは苦しみながらも口を動かし、うっすらと表情を動かし始めていた。
絶望しているのではない、一生懸命生きようと思っているのだろう。

シンジ「僕は、大切な人を失うのが怖い……」

シンジ「だけど皆から愛されたい。なのに愛されればいつか、もっと辛くなる」

ゴウ「シンジ、しっかりしろ。絶対にお姉ちゃんが助ける、それまで耐えてくれ」

シンジ「だけど、だけど僕は……ッ!」

ゴウ「!」


シンジの手が、ゴウの腕を掴んだ。
その目には涙が溜まっているものの、まっすぐ相手を見据えている。

シンジ「『強くなりたい』……! どんなに壁が大きくとも、乗り越えられるほど強くなりたい」

シンジ「いつか戦い続けて、平和な世の中を取り戻せるように」

シンジ「現実を見て、自分の望みを持てる強さが欲しい。だから僕は……ゲッターに……」

ゴウ「シンジ……!」


ゴウ「……そうだ、その意志があれば必ず強くなれる。人とはそういうものだ。
その想いを抱くことこそが、見出すべき答えの形だったんだ」

ガイ「そ、そうだぜ、シンジ」ヨロッ

ガイの手もまた、シンジの手に重ねられた。
三人の手の平を重ね合わせ、体力が残りわずかだろうとニヤリと笑ってみせる。

ガイ「俺も、お前達に比べてできないことが多くて……『役に立ってる』って手ごたえが欲しくて、いつも必死だった」

ガイ「親父を亡くす原因になったのもゲッターだ。だけどそれ以上に、俺はゲッターが好きだ。
ゲッターの為に役に立ちたい、その為には……強くなりてえ。それはゴウ、お前もだろ?」フッ

ゴウ「……ああ」


最期の時は近い。だけどそれまではこの二人の為に強く生きよう。
ゴウはそう頷き、スッと息を吸い込んだ。


ゴウ「今こそ三人の心を一つにしろ。最後の可能性に賭ける、全員の心でゲッターに呼びかけるんだ……!」

シンジ「ゲッター……」

ガイ「ゲッター……!」

ゴウ(真ドラゴン。……もうすぐだ)

ゴウ「…………ゲッタァァァァァァァーッ!!」カッ


シュウッ




夜 真ドラゴン周辺

隼人「ゴウ! ゴウはまだ中にいるのか!!」

弁慶「落ち着け隼人、慌てたってど、ど、どうしようもねえッ!」ガタッ

竜馬「いや、あれを見ろ。……どうやら帰って来たみてえだぜ」ニヤリ

真ドラゴンのすぐ側で、空間のゆがみが発生する。
そして現れ出た機体を見て、戦闘員の間にどよめきが走った。

弁慶「シンジ!」

隼人「真ゲッターロボ! 無事だったか!」

竜馬「喜んでる暇はねぇぜ、野郎ども! 一気に敵をぶちのめしてやれ!!」ワッ

竜馬の合図により、スーパーロボット軍団が一斉に出撃する。



ゴウ「いくぞ……二人共!」

シンジ・ガイ「「おうッ!!」」

シンジ(竜馬さん……見てて! 僕はもう、赤ん坊じゃないッ!)

コーウェン&スティンガー「「我が元へ集え!! メタルビーストよ!!」グォォ


シンジ「メタルビーストが合体!? あれを倒さなくちゃ……合体だ!」


ガシィッ


シンジ「チェェェェェェンジ!! ゲッター2!」バシイッ


真ゲッター2のドリルが、まっすぐメタルビーストの脳天へ落下する。
が、相手につかみ取られ地面へと落下し、さらには寄生された大量のミサイルが彼らへと襲い掛かった。


だが、真ゲッター2の真骨頂は地中からだ。

シンジ「ついてこれると思うなよッ!!」シュバッ

地中から飛び出したドリルが、足元から頭までを一気に突き通す。
さらに相手の触手さえ振り切るほどの速さで空中へと飛び出し、方向転換する。

シュワルツ「俺達も忘れるな!!」バババ

隼人「攻撃目標は真ドラゴン! ミサイル一斉掃射!!」バッ

ゴウ「いくぞ、真ドラゴン……! オープンゲェット!!」ガシィンッ

シュワルツ「ぐっ……うおおおおお!!」


メタルビーストの手が、シュワルツのステルバーへと伸びた。
そのまま宙へ投げ飛ばされるが、真ゲッター3が地上で受け止め敵の手から解放する。

ガイ「行くぜ! 直伝のそのまた直伝、大雪山おろしぃぃぃぃぃッ!!」


ゴオッ

コーウェン「装甲の間に衝撃を加え、生体ミサイルによる自己崩壊を狙ったというのか!」

スティンガー「今一歩のところで!」


コーウェン&スティンガー「「だが真ドラゴンは頂いていく! ゴウ、お前は真ドラゴンの鍵ということを忘れるな!!」」バッ




シンジ「し、真ドラゴンが逃げていく……」

弁慶「追うな三人共! よくやった、今はもう十分だッ!」



残りの敵も殲滅し、真ゲッターロボはゆっくりと地上へ降りた。

シンジ「ハァ、ハァ……一旦、終わった……?」ゼェゼェ

コックピット内でだらりと寝転ぶシンジの顎に、カチンとペンダントがぶつかる。

シンジ「ペンダント……濡れてる? けど、僕の涙じゃない。誰の……」




弁慶「シンジ!」バッ

シンジ「父さん!」バッ

シンジは迎えに来た弁慶に抱きつき、隠すことなく喜びの顔を見せた。
こういう時は何も考えずに甘えたい、それが少年としてありのままの思いだ。

シンジ「父さん、僕、全部思い出したんだ」

弁慶「何!? まさか、ミチルさんの事故も……」

シンジ「姉さんのこと、あんなに優しかったのに忘れてた。武蔵父さんのことも、早乙女博士がやったことも」

弁慶「シンジ……すまんかったな」ギュッ

シンジ「でも、思い出せてよかった。そうじゃないと、最初のスタートにすら立てなかったから」

弁慶「他の二人も、疲れただろう。ほら、今竜馬がラーメンを用意してる。体を暖めろ」

目が覚めたチバにも抱きつかれ、シンジは徐々に明るい気分を取り戻した。
ゴウはまだ、真ドラゴンがいなくなった方角を見つめている。

三人で肩を並べてラーメンを食べる姿は、部活終わりの学生達……というよりは、遭難から助けられた人達のようだ。
シンジとゴウ、お互いがゴウの正体を知っているのは自分だけだと思っているせいで、妙なすれ違いが生じてしまっていた。


竜馬「よう、その顔は何か吹っ切れたみてえだな」

シンジ「竜馬さん。……はい、ずっと、考えてたんです」

竜馬の手が、ぽんとシンジの頭に置かれた。

シンジ「委員長のお兄さんの時も。僕が戦えていれば、彼を助けられた可能性があったかもしれない。
でも、僕はその命を代償にして生き残った。
それで何事もなかったかのように生きていけない……なら、強くならなきゃいけないって。
僕がこんなことを言うなんて、僕自身ちょっと不思議だけど……」

竜馬「他の誰でもねえ、てめえ自身でそれを気づけただけ十分だ」ニィ

ガイ「にしても、隼人さんは相変わらずクールっスね。あんだけのことがあったのにもう平然としてる」

弁慶「でも、あいつもお前達が中にいる間は結構取り乱していたぞ。特にゴウ、お前さんを心配してたみたいだ」

ゴウ「…………」キョトン

ガイ「なんだよその、意外そうな顔。もっと素直に喜べよ、嬉しいんだろ?」

シンジ「ゴウ」

ゴウ「……ああ」


嬉しい。そう言うゴウの表情は、どこか虚無的な笑みであった。

※次回予告のBGM


『もうあの頃には戻れない。失う心、そして再び交える心。』


『強くなると決心したシンジに立ちはだかる壁は、更なる試練を少年にもたらす。その時、彼に手を差し伸べる相手とは』


『次回、「涙!! 砕け散る魂!」。お楽しみに~』

十三年前 早乙女研究所前

雨に濡れたトラックの中で、武蔵と弁慶はピリピリとした空気を感じていた。
荷台に積まれた謎の巨大カプセルが、何かとても恐ろしい物のような気がしたからだ。

弁慶「先輩、深夜の運送ってあまり気持ちのいいもんじゃないな……」

武蔵「あんなことがあった後、久しぶりに博士と隼人が外に出てきたんだ。今は相当緊急事態らしいな」

弁慶「竜馬の奴も、こっちに向かってるはずなんだが」

武蔵「……! 何だ、あのゲッターロボは!! 俺の知らないゲッターだと!?」キキーッ


この日、浅間山付近で大量のインベーダーが出現し、スーパーロボット軍団は総力戦を強いられていた。
そんな中、山のふもとから大きな影がゆっくりと起き上がり始める。

弁慶「先輩! インベーダーがこっちにも!」

武蔵「俺が行く! 運転代われッ!」

弁慶「了解! 俺はこの荷物を博士の元へ……!」ブロロロロロ



ドーン



武蔵「!? 早乙女研究所が……! マズい、あそこにはシンジが!!」



キシァァァァァッ


インベーダーが、トラックの荷台を狙い腕を上げる。

弁慶「ぐあッ!! し、しまった、……何だ? このカプセルの中、人が……」ガクッ


武蔵「弁慶!! 気絶しただけか、くそっ! 大・雪・山おろしぃぃぃぃっ!」ガッ

竜馬「おい武蔵ィッ! 何だあのゲッターロボは!!」バッ

武蔵「竜馬!! 荷物の方は俺に任せろ、早く研究所へ!!」

竜馬「チィッ! 博士、隼人……勝手にくたばんじゃねえぞ!!」ダッ


早乙女博士「来たか竜馬!! 
これこそが、ワシが来るべき時に備え開発した最後のゲッターロボ、真ドラゴンよ!!」カッ

竜馬「真ドラゴンだと!? おい隼人、これがゲッターロボだってのか!?」

隼人「無数のゲッターロボGが合体し、進化することで神にも悪魔にもなり得る力を持つ。
竜馬、敵にはコーウェンとスティンガーがいる」

竜馬「コーウェン!? スティンガー!? 
くそっ、とにかくここは敵の的だ! シンジを連れて離れるぞ!」ダッ



武蔵「そうか、あれが新しいゲッター……後のことは、そしてシンジのことは任せましたよ、博士」ズドドドドド

武蔵「もうそろそろだ、行くぜゲッターよ……」ズドドドドド

武蔵「俺たちは偉大な遺産を残すために死んで行くんだ、俺たちの死は無駄じゃない!」グワッ

武蔵「あばよリョウ、隼人、弁慶!!」



ドワッ



竜馬「! 何の光だ!? あれは……武蔵ィィィィィ!!」ダッ



ズオッ


竜馬「隼人、伏せろォ!!」ダダッ

隼人「竜馬、シンジがッ!!」バッ

竜馬「しまった、博士!! シンジを……!」


研究所から飛び出した三人は敵の攻撃に巻き込まれ、真ドラゴンの足元へと転がり込んだ。


竜馬「この攻撃で傷一つねえ……真ドラゴン、その名の通りバケモンのようだな」フゥ

隼人「! シンジ、シンジはどこだ!? まさかさっきの爆発で……!」ハッ


その時。真ドラゴンの足元まで来ていたトラックの上に、一人の少年が立っていた。
ゴウだ。
彼は運ばれていたカプセルから『誕生』し、まだ一人では動けないシンジをしっかりと抱き入れていた。

隼人とゴウの視線が重なる。



隼人「……ミチルさんと……違う……!?」


現在 弁慶宅

シンジ「……それでその後、竜馬さんと隼人さん、そしてゴウは真ドラゴンに乗って戦ったんだね」

弁慶「ああ。
結果は知っての通り、インベーダーを一掃するとと同時に地球をゲッター汚染で滅茶苦茶にしてしまった。
人類には早すぎる力だったんだ……だからネルフの地下に封印したとは聞いていたが、まさか修理されてたとはな」

シンジ「どうして破壊しなかったの?」

弁慶「ゴウの正体がお前の言う通りなら、おそらく下手に破壊すりゃゴウの命にも関わるんだろう。
何、気にするな。隼人もいずれこうなる可能性を考えてたようだ」

シンジ「……でも博士は、どうして姉さんの遺伝子を使っておきながら、ゴウを戦いの道具扱いしたんだろう?」

弁慶「博士は、ミチルさんの事故以来狂気に取り付かれていた。
だが隼人は、あいつのことだ。
もしかするとミチルさんとまた会うために……いや、すまん。口が過ぎた」

シンジ「ううん。僕もそう考えたから。でも、そうだとしたら、ゴウはどうなるの?
ゴウだって僕達と同じように生きている人間じゃないか。同じ人間なのに……」

弁慶「そうだな。最後に責任を取るべきなのは――俺達、大人だ」


朝 ネルフ本部内

隼人「敷島博士。子ども達はもしや、早乙女博士の遺志に気がついているのでは?」

敷島博士「隼人、お前にも分かっているだろう。
ゴウはもはやゲッタークローンの常識から外れ、自らの記憶、思い出を源に活動している。それは進化だ」

ヤマザキ「しかしそれは、彼女の記憶なのでは」

敷島博士「それはゴウ自身が選ぶことだ。
何にせよ、もう止められはしない。断罪の時はもうすぐそこまできておる……」




昼 学校

シンジ(チバさんから貰ったお弁当、どこで食べよう。教室はシュワルツが恋人と一緒にいるし)

レアンヌ「シンジ君、ちょっと」

シンジ「い、委員長……うん、どうしたの」

学校の屋上で、二人はぼんやりと灰色の空を眺めた。
真ドラゴンによる被害は表面には見えず、ただ太陽だけがいやに大きく感じる。

シンジ「…………」

レアンヌ「…………」

シンジ「僕達、三年生になっちゃったね」

レアンヌ「そうね」

何を話せばいいのか、分からず目を伏せる。
返しそびれたままのペンダントを指先で触り、ゆっくりと頭の中で言葉を探した。

シンジ「あ、あのさ」

レアンヌ「シンジ君、このトマト。ゴウに渡しておいて欲しいな」サッ

シンジ「え? ……ああ、家庭菜園してたんだっけ。うん、分かった」

ビニール袋に詰められたトマトを受け取る。
だが、シンジは彼女の表情を見ることができなった。
自分勝手な思いだが、目を合わせれば決心が鈍るような気がして、怖かったのだ。

シンジ「委員長……来週、引っ越すんだよね」

レアンヌ「そう。だから渡せるうちに、色々話を聞いてくれたお礼をしたかったの」

シンジ「仲良かったんだ。何の話、してたの?」

レアンヌ「好きな人の話。どうすれば好きな人に『好き』を気づいてもらえるか、相談してて」

シンジ「…………好きな人」

レアンヌ「でも、今は私がその人を見て色んな事に気づかされたから。
私も強く生きなきゃ、こんな世の中だもん」クルッ

シンジ「委員長、あの、お兄さんのこと」

レアンヌ「私、一生忘れられないと思う。
だからずるいけど、シンジ君も私のことを覚えておいてね。……じゃ、また」


レアンヌはそのままシンジに背を向け、振り返ることはなかった。
彼女の言うとおり、レアンヌは兄の最期を一生忘れないだろう。
乗り越える強さ、そして受け止める強さ、様々な強さを胸にシンジもまた自らの道を歩き出す。

シンジ「だけど、僕はまだ強くなる途中だ」

だからこそ辛いことはより辛く受け止めてしまう。
その時支え合い、助け合える仲間の存在は不可欠だ。



ガイ「よ、シンジ。こんな所にいたのか」

ゴウ「寒くないか、俺のコートを使え」

シンジ「ありがとう。…………ふふ、やっぱ二人と居る時が一番楽しいや」

ふと見ると、ゴウのコートに白い雪が少し付いていた。
いつの間にかちらちらと雪が降り、息を白く染めていく。
三人はわっと声を上げて、急いで校庭へと飛び出し互いに雪だ雪だとはしゃぎあった。

シンジ「わあっ、雪なんて久しぶりだ。……そうだ、確か昔、姉さんと雪で遊んだなあ」

ゴウ「…………」

ガイ「どうしたんだよゴウ、ぼーっとして」

ゴウ「いや、何でもない」


シンジ(ゴウの中に姉さんがいるとしても、僕は……)

ゴウ(俺の中に早乙女ミチルがいるとしたら、俺は……)

ガイ(ったく、こういう表情も二人はそっくりだな。まるで双子みてえだ)フッ

シンジ「ふふ……あはは! ねえゴウ、ガイ、僕は」

ゴウ「?」

シンジ「予定していた未来とは違うけど、予定外のことが起こるから今が楽しいんだ。
来年高校生になっても、大人になっても、……二人となら、平和な未来を掴める気がするんだよ」ニコッ

ガイ「そういえば、結局ゴウって何歳なんだ?」

シンジ「! そ、そんなこと分からなくていいんじゃないかな。
ゴウだってその辺り記憶にないみたいだし」アセアセ

ガイ「そうかあ? 
年齢さえ分かれば、その、もう一人の自分? が十三年前以前のゴウだとして、どれくらいなのか」

シンジ「そ、そうだ! ガイは今二十一歳なんだよね? 
よかったあ、これで小さい女の子とかだったら手に負えなかったよ」アセアセ

ゴウ「シンジ、そんなに男だけのチームが嫌なのか……?」ハッ

シンジ「何でそうなるんだよ。もう。えいっ! 雪玉投げてやる!」アハハ

ガイ「おおっと、俺達の弟はご立腹のようだぜ」ワハハ

ゴウ「……雪合戦でもするか」フッ


学校に残っていたのは、この三人だけであった。
子ども達は揃って疎開し、スーパーロボット軍団は真ドラゴンの搜索へ向かっている。

シンジ(本当はこんなことしてる場合じゃない、けど)

シンジ(今こんなことをしないと、もう二度とできない気がして。変だな、二人とはこれからもずっと一緒なのに)

シンジ(……ん? 待てよ、よく考えたらゴウは、自分が姉さんのクローンということは知らなくても、
自分が作られた存在ってことは知ってるんじゃないのか?)

シンジ(でも、そんなこと面と向かって聞けないよ。……だって……)

夕方 ネルフ本部内

竜馬「おうガイ、最近調子いいらしいじゃねえか」

ガイ「ええ。やっぱり俺、ゲッターが好きですから。そんな理由で乗ってもいいんでしょう? 
なんて、俺にしてはカッコよ過ぎッスかね」ハハ

竜馬「にしても、問題なのはゴウか」

ガイ「ちょっと前までが嘘みたいに、シンクロ率が下がってますもんね。
隼人さんはすぐ元に戻るって言ってるんですけど」

竜馬「ガイ、てめえも気づいちゃいるんだろ? ゴウの体のヒミツってやつに」

ガイ「! ……はあ、シンジも薄々気づいていますよ。けど、ゴウは最近ナイーブで」

竜馬「ナイーブ、か。奴に寝ボケられりゃ困るのはてめえらだ、しっかりしてやれ」

ガイ「これでも普段は構ってやってんスよ。
料理が上手くならないとか、再放送してるアニメの主人公が自分に似てるだとか、毎日くだらねーこと話してます」

それを聞いて満足そうに、竜馬の口角が上がった。

竜馬「…………早乙女のジジイも隼人も、命ってのを軽く見すぎだ。
ま、敷島博士は誰に対してもああだけどよ」

ガイ「でも竜馬さん、俺。ゴウやシンジと一緒でよかった、って思いますよ。
この先何かある前にそれに気づけて、それだけで周りの人達には感謝してます」

夕方 エレベーター内

ゴウ「…………」

隼人「…………」

ゴウ「隼人」

隼人「…………何だ」

ゴウ「頼みがある」

隼人「…………」

ゴウ「シンジはようやく自分に自信を持ち始めた。……『俺』の役目は終わった」

隼人「そうか」

ゴウ「今まで苦しめてすまなかった」

隼人「…………」

ゴウは懐から、一枚の写真を取り出した。
それを隼人へと渡し、また互いに顔を逸らす。

隼人「何だこれは、シンジの隠し撮りか?」

ゴウ「委員長から貰った」

隼人「こんなにも、大きくなったのか……」

ゴウ「お前の望みは叶う、だが」

隼人「俺の、望みだと?」

ゴウ「ヤマザキを悲しませることだけはするな。それが頼みだ」

隼人「分かっている」フッ

ゴウ「……それと、これだけは覚えておけ」

ゴウは抑揚のない声で淡々と続けた。

ゴウ「俺は皆と共に食事をした。学校に行った。ダンスをした。雪合戦をした。お前と同じ人間として生きた。
俺は人間だった。……お前が俺に何を期待しようと……」

隼人「…………」

チン、と音がして扉が開いた。その向こうで待っていたヤマザキに連れられ、ゴウはゲッターのコックピットへと入る。

真ドラゴンが再び出現し、町へと上陸したのだ。



隼人「聞こえているか、三人共。真ドラゴンはより邪悪に進化している、全力で行かなければ簡単に叩き潰されるぞ」

弁慶「何かあったらすぐ離脱しろ、俺が迎えに出る」

隼人「ただし、今の時点で真ドラゴンを完全に破壊することはできない。
……何としても動きを止め、インベーダーのみを排除しろ」



竜馬「ケッ、隼人の奴。相変わらず食えねえ野郎だぜ」

弁慶「今は信じるしかねえ、俺達の子どもをよ……シンジ、頼んだぞ……!」



真ドラゴンへ向かって、真ゲッターロボが突撃していく。
まずはモニターの中心に真ドラゴンを捉え、真ゲッター2でドリルミサイルを狙う。

ガイ「シンジ、まだ射程距離外だぞ!」

シンジ「もう、じれったい……ッ! うあっ! こ、これは!」バッ

ゴウ「敵の触手が俺達を探っている……二人共、精神をしっかり持て!」


グワッ


敵から発せられる光が、真ゲッターロボを包んでいく。
そしてその最中、三人はある男の笑い声を耳にした。


コーウェン&スティンガー「「チィッ、真ドラゴンの鍵は我らに反抗するつもりか!!
何故我らと共に進化をしない!?」」

シンジ「コーウェン、スティンガー! くっそぉ……人類の力を思い知らせてやる! 
ドリルミサイル! 発射ァッ!!」シュバッ

コーウェン&スティンガー「「無駄なことを!! くらえ、ゲッタービーム!!」」バッ

ガイ「てめえらにゲッターが愛せんのかよ!! ゴウ、俺たちもだ!!」バンッ

ゴウ・シンジ・ガイ「「「チェンジ! ゲッター1!!」」」ガシィンッ


ゴウ「ゲッタァァァァァ!! ビィィィィィィィム!!」



ドワッ



コーウェン&スティンガー「「何!? ビームを押し返したというのか!?」」

シンジ「お前達の欲しがったゲッターエネルギーだ!! 破裂するまで喰らえ!!」ガッ

コーウェン「ぐぅ。だがここが真ドラゴンの領域だということを忘れるな。地の利は我らにある」

スティンガー「行け、ゲッターG! 彼らに引導を渡してやれ!!」シュバァ



ガイ「コーウェンとスティンガーがゲッターロボに乗ってきただと!?」

シンジ「なあに、相手が二人なら……い、いや、あれは!!」



ウワーハッハッハッハ!!



ゴウ「博士……!」


真ゲッターロボのモニターに、相手のパイロットの姿が映った。
白いパイロットスーツ、少し太った体型、長い口ひげ……ゴウの目が大きく見開かれる。




隼人「どうした三人共! 応答しろ!!」

竜馬「チィッ、真ドラゴンに感応して幻覚を見てやがるな。おいテメエら!! さっさと目ェ覚ましやがれ!!」

弁慶「ま、まて竜馬! あれは本当に幻覚なのか? まさか……!」


ゴウ「あ、ああ……!」

ガイ「しっかりしろゴウ! 俺達がここにいる理由を思い出せッ!!」

シンジ「チェンジ!! ゲッタァーッ! トゥーッ!」ガシィンッ


早乙女博士「フッ、ワシはもはや行ける屍。口だけを動かす存在よ……」


シンジ「うるさい! 容赦はしないぞ!!」ガッ

早乙女博士「だが今のワシに、貴様達に言ってやれることは何も無い!!
何故だか分かるか、シンジよ!!」クワッ

シンジ「ひっ……そ、そんなのって!」

早乙女博士の操るゲッターGが、真ゲッターロボの背後へと周り手足を押さえる。
不意をつかれシンジはコックピットの中で横転し、頭を抑えながらもモニターを拳で叩いた。

シンジ「今更なんだよ!! インベーダーに操られてもう口しか動かせないなら、何も言うなよ!! 倒せなくなるじゃないか!!」ドンッ


早乙女博士「さあワシを倒せ、三人の子ども達!! 
乗り越える壁はまだ大きい、その踏み台とするのだ!!」ウワーハッハッハッハ


シンジ「! それって……!」

ゴウ「博士……俺は……!」

早乙女博士「ためらうな!! ワシを倒さぬ限り、人類は真の進化を遂げんぞ!!」バッ

コーウェン&スティンガー「「オープンゲット!」」バシィンッ

ガイ「ゴウ、行け! オープンゲット!」バシィンッ


が、ゲッターGの上半身を真ゲッター1が掴む。
コンマ数秒の差で真ゲッターロボが合体速度を上回り、相手の合体に割り込んだのだ。

シンジ「僕達は目をつぶってでも合体できるんだ! ゴウ、ガイ! 今だ!」

ゴウ「博士……!」


ゴウ「…………」クッ


ゴウ「……ゲッタァァァァァァァァ!! ビィィィィィィィィム!!」




ドゴオッ




早乙女博士の乗るゲッターが、三人の目の前で爆発した。

早乙女博士「ゴウよ、お前には礼を言わねばならんな……」ゴオオオオオオオオオオ

早乙女博士「だが、いずれまた会える。全ては同じ次元に存在している物だ」ゴオオオオオオオオオオ

早乙女博士「さらばだ……」ゴオオオオオオオオオ




カッ






シンジ「…………」

ゴウ「博士……」

ガイ「二人共、どうやらお釣りが残ってるようだぜ」ヘッ



ギャオオオオ!!



シンジ「ぐッ……この空気、なんて強いゲッターエネルギーなんだ……ッ!」

ガイ「まさか、主を失った真ドラゴンが崩壊しようとしているのか!?」

ゴウ「いや、これは……最後に爆発を起こす気だ。マズい、ゲッター線の濃度が高すぎる!」

シンジ「通信機も効かない、このままじゃ汚染が!」


シャキンッ


シンジ「! ゴウ、何故オープンゲットするの!?」

ガイ「何する気だ、ゴウ!」ハッ

ゴウ「お前達は早くここから離れろ。俺は真ドラゴンを鎮めに行く」

シンジ「まさか、そのゲットマシンにはもうエネルギーが! どうして!」


二人のモニターに、ゴウの顔が映った。
笑っている。そして映像が乱れる中、彼は喋り続けた。


シンジ「ゴウ! こんな所で死ぬ気なの!?」ダンッ

ゴウ「真ドラゴンの中でゲッターエネルギーを凝縮し、一時的にブラックホールを創る。
そうすれば真ドラゴンは卵の状態へと還り、やがて安定するはずだ」

ガイ「おい、待てよ! ンなと言っても肝心のエネルギーが……!」

ゴウ「ゲッター炉心なら、ここにもある」ドン

シンジ「!」

ゴウは自らの胸を叩き、そのまま豪快にパイロットスーツを破り捨てた。
ゲッター線の照射を続けた心臓を利用しようというのだ。
二人は慌ててモニターへ向かって叫ぶが、ゲットマシン同士の距離が開きすでに映像は消え始めている。

シンジ「嫌だ、そんなことをしたらゴウが!」

ゴウ「これは俺にしかできないことだ」ニッ

シンジ「ダメだ、行くな、行かないで! ゴウ!」

ガイ「そんなことをしたら俺、一生お前を許さないからな! 待て、ゴウ、行くなーッ!」

ゴウ「……じゃあ……な……俺の……ダ……」ザザッ



その時。爆発寸前のコックピット内で、ゴウは光の中にある人物の笑顔を見た。

ゴウ「ミ――――」

ミチル「ゴウ、違うわ! 貴方は私じゃ――!」










シンジ(う……)

シンジ(ここは……? また、あの時の……?)

少年の声「君はこれから、大きな困難に立ち向かうことになる。
このままでは今までの世界とは違い、僕は何も助言することができなくなってしまう」

シンジ(ゴウ、ガイ……どうか二人共、無事で……)

少年の声「ゲッター線の介入により、ずっと異質な存在として世界が成長してしまったんだ。
世界を救うのは戦闘のプロじゃない、偉大な英雄でなければならないんだ。
なのにシンジ君、……ううん、巴シンジがこの世界に招き入れたのはどこまでも戦いを求める戦士達。
そこで育った君の望みは碇シンジとして収束する世界から離れ、やがて未来永劫戦い続ける未来へと突入する」

少年の声「エヴァのパイロットでない代わりに、戦い続ける僕も存在するんだ」

シンジ(そんな……嫌だよ、もう戦いたくなんてないよ)

少年の声「だから君はいずれ、一つの選択をしなければならない」

シンジ(選択?)

少年の声「今ならまだ、他の碇シンジが導き出した可能性を掴み取ることができる。
けど、もしそれをしなかったら……」



ギャオ



シンジ「! ここは……宇宙!? いや、巨大なゲッターロボの中!?」キョロキョロ

シンジ「あれは、まさか! ……武蔵父さん!? 
武蔵父さん、僕だよ! 赤ん坊だったシンジだよ!!」

シンジは気が付けば、あまりにも広すぎる空間に放り出されていた。宇宙を泳ぐゲッターの中だ。
目の前にいた武蔵らしき人物に駆け寄り、声をかけるが彼は振り返らず宇宙を眺めている。


武蔵「来たかシンジ」

シンジ「父さん、僕、ずっと父さんに……! ……? あの光の輪は?」

武蔵「ダーク・デス。きたない死……名前のとおりの兵器だ。星そのものを腐らせてしまう」

シンジ「!? 何をやってるの父さん! そんなことしたら、あそこにいる生命達は!」

武蔵「この兵器を使用したあとは何も残らぬ!! 
文明のカケラさえ腐らせる、すべては数十年後に人類が移住する時のこやしになる!!」

シンジ「父さん……それじゃあ、インベーダー達と同じじゃないか!」ガッ

シンジは武蔵の肩を掴んだ。だが、反応がない。人形同然なのだ。
ゲッター線は生命の進化を促す。
それはつまり、人類は繁栄のために戦い続けなければならないということ――。


シンジ「そんな……人類のためなら、何をしたっていいというの!? 父さん!!」ハッ


少年の声「これが未来永劫戦い続けるということ……」

次の瞬間、シンジの前にはまた例の少年が立っていた。
これがゲッター線の意志。人類が進化し続ける為ならばその手段を選ばぬ、全てを司る悪魔の存在。

少年の声「次に会う時、答えを聞かせてもらうよ。その時どちらの可能性を取るかは、君が決めることだ」

シンジ「そんな、ま、待ッ……!」






シンジ「!」ハッ

チバ「真ゲッター1パイロット、生体反応確認! ……生きてます! 巴シンジの、意識が戻りました!」

弁慶「シンジ!! 無事だったか、シンジ!」バッ

シンジ「わっ!? と、父さん。ここは……戻ってきたの? それじゃ、他の二人は」ガバッ


弁慶「…………」

竜馬「…………」

シンジ「わ、あれが真ドラゴン? 巨大な卵になっちゃってるよ……よかった、成功したんだ。それでゴウは?」

シンジはひょいと立ち上がり、コックピットから飛び降りた。
先ほど見たことを忘れようとしているのか、腕をぶんぶんと準備運動のように振り回しぎゅっと口を引き締める。

弁慶「シ、シンジ……」

シンジ「あれ、あそこで寝てるのガイだよね? ガイ、おーい、ガイ!」ダッ

弁慶「あ、おい! 待てシンジ!」ダッ

シンジはネルフ員に囲まれているガイへと駆け寄った。彼の目は開いている、それに何か話をしているようだ。

シンジ「ガイも無事だったんだね! ね、ガイ……ガイ?」ハッ



ガイはシンジの顔を見て、ピタッと動きを止めた。
ひとしきりうめき声をあげた後、ろれつの回らない舌でこう繰り返している。



ガイ「俺は……今全てが分かりきっている。宇宙の全てが、うん、わかって……きたぞ……」

シンジ「ガイ? 僕だよ、シンジだよ。見えているんだよね? ……ガイ……?」

ガイ「1+1はどうして2なのか。いや、2と思っていたんだろう」

シンジ「ガイ! 何を言ってるのガイ、どうしちゃったんだよ……」

ガイ「……シ……」

シンジ「……!」


シンジは、涙を流すことさえできなかった。大人達全員が黙って難しい顔をしていたからだ。
ガイはシンジよりもわずかに真ドラゴンから離れるのが遅かったため、心の最深部にゲッター線の影響を受けてしまったのだという。

シンジ「そんな……ガイ、僕が逃げるのを優先したせいで……」

隼人「いや、お前は逃げたわけじゃない」カッ

目を開いたまま喋らなくなったガイへ寄り添うシンジに、隼人は冷静な言葉を投げかけた。

隼人「すぐにまた戦いが始まる。無事だっただけ他の二人より優秀だったというだけだ」

シンジ「隼人さん……」 

シンジは隼人に向かって顔を歪ませた。

シンジ「どうしてそんなこと言うんですか。貴方は冷たい人だ、こんなことになっても眉一つ動かさない」

隼人「それだけ口答えができるならいい。早く身体を回復させ、次の作戦に備えろ」

シンジ「……!」

これでは、先ほど見た巴武蔵の末路と同じではないか。
ゲッター線は人を狂わせる。ガイも、ゴウも、そして自分もゲッター線によって狂わされてしまうのか。
シンジはカッと耳まで赤くなり、怒りに任せて地面を叩いた。


シンジ「僕は……大人達のように、ゲッター線には依存しない……!」ドンッ

シンジ「どうして、どうして隼人さんはそんな風にいられるんですか……
ガイは倒れて、ゴウは、ゴウは……ここにはいない……」ドンッ

シンジはその場にうなだれ、何度も地面を叩いた。
弁慶が慌てて止めに入るが、それでもシンジは拳を痛め続ける。

シンジ「返して! ゴウを返してよ! ゲッター線って何だよ! 人一人を消していい物なのかよ!!」ドンッ

弁慶「シ、シンジ……」

竜馬「てめえ、ちっとは落ち着け」

シンジ「放せ、放せよッ! ゲッターのことも! 姉さんのことも! 隼人さん、隼人さんがゴウを殺したんだ!」

弁慶「! シンジ、滅多なことを言うんじゃねえ!」バッ

シンジ「真ドラゴンがこうなった今、ゴウの体が無事だったとしても、ゴウはもう……」ウッ

弁慶「…………」

竜馬「そうか、アイツは……」

シンジ「このペンダントはゴウが、僕を励ますために渡してくれたんだ!!
それほどゴウは隼人さんを頼れる父親だと思っていた……なのにどうして!」グイッ



シンジはペンダントを握り、おおきく振りかぶった。
だが、嗚咽を感じるほど苦しくなり、投げられないままその場にへたり込む。



シンジ「畜生、畜生……チクショウ!」ダンッ

隼人「……ふっ」ザッ

隼人はシンジの前でしゃがみ、うんと顔を近づけた。
早乙女の血が流れるのを見ているのか、それともシンジがまだ戦士として使えるかを査定しているのか。

隼人「ケツの青いガキが、聞いた風なことをぬかすな……」

シンジ「…………」

隼人「他の者は真ドラゴンの周辺をくまなく探索しろ!! ここを乗り切らなければ我々に未来はないぞ!」カッ

チバ「! し、司令! 真ドラゴンの地盤に生体反応を確認!」ハッ

ヤマザキ「まさか……ゴウ!?」ダッ

シンジ「! ゴウだって!?」ダッ

隼人「何!? ま、待て! 俺を置いていくな!」ダッ


思わず駆け出したヤマザキに釣られ、シンジもまた卵となった真ドラゴンへと走り出した。
むき出しになったコックピットの中から、だらりと片腕が垂れ下がっている。


シンジ「…………」

ヤマザキ「…………!」ヨロッ


ゴウの腕ではない。
割れたモニター越しに見えるのは、安らかに眠る美しい女性の姿だった。


シンジ「姉、さん」

ヤマザキ「え!?」



シンジの声に答えるよう、早乙女ミチルの目が開く。

※次回予告のBGM

『友人が倒れ、ゲッターから離れ、傷心のシンジにミチルは微笑む』


『彼女に救いを求めながら、シンジは自分の求める物、そしてゲッターロボの真の意味を知るのだった』


『次回、『決戦!! 終わる世界!』。お楽しみに~」

昼 病室

ガイの鼓動を知らせる心電図の音が、いやに大きく響いていた。
シンジは今日もガイの見舞いに訪れ、動かない彼を見ていれるだけ側に座り続ける。

シンジ「ガイ、今日は弁慶父さん達が真ゲッターロボに乗ったんだよ」ピッ…ピッ……

シンジ「ヤマザキさんに指揮権を任せてね、隼人さんも戦ったんだ。
体が心配だし、ゲッターのことを……素直に頼れなくはなったけど、必要だからさ」ピッ…ピッ……

シンジ「僕ももうすぐ、ビートシリーズに乗って宇宙での作戦に参加するんだ。
……ねぇ、起きてよ。起きてよ、ガイ。起きてよ……じゃないと、僕宇宙に行ってしまうよ。
ガイ、ガイってば、ガイ、ガイ……」ピッ…ピッ……

ミチル「シンちゃん、もうそろそろ」ピッ…ピッ……

シンジ「……もう少しだけ、ここにいさせて……」


ピッ…ピッ……

ピッ…ピッ……


早乙女ミチルの手が、震えるシンジの両肩に置かれた。

ミチル「シンちゃん、泣いてもいいのよ。私なら全部受け止めてあげるわ」

シンジ「……ありがとう姉さん。でも、ガイが目を覚ますまでは泣かないって決めたんだ」

ミチルと共に病院の廊下で崩壊した町を眺め、シンジは今までのことを思い返した。

真ドラゴン内で一時的なブラックホールが成立したことにより、地上のゲッター線は全部吸収され、インベーダーは続々と宇宙へ上がりつつある。
そして戦いはまだ続いていた。
なんとコーウェンとスティンガーがまだ生きており、木星をゲッター太陽と化してしまったのだ。

シンジ「真ドラゴンが最後放った光が、セントエルモの火の役割をしただなんて……インベーダーがこの太陽系へ集まっているというのに」クッ

自分の無力さを嘆き、シンジは唇を噛んだ。
ぎゅっとミチルに抱きしめられ、素直にその優しさが嬉しくなる。

ミチル「シンちゃん、あまり思いつめないで」

シンジ「思いつめるよ。だって木星の引力圏から離脱したガニメデが、一ヶ月後には地球に到達するんだもん」

ミチル「そんな石っころ一つ、ゲッターで割っちゃえばいいわ」

シンジ「でも僕はもうゲッターに乗れない。あんなことがあって……ゲッターは……ゲッターは人類を狂わせる……」


シンジは光の中で見た、武蔵の幻影を思い出した。
このまま人類がゲッター線に頼り続ければ、いずれ世界は凄惨な戦いに身を投じてしまうだろう。


シンジ(あの少年が言っていた他の可能性、っていうのは何なんだろう。僕には分からない……)

シンジ(どうしてミチル姉さんが帰ってきたのかも。
だけど姉さんもゲッターに乗れない。これで……いいのかな……)

シンジ(姉さんは優しい。それに僕はまた、姉さんに会いたいと思っていたはずだ)

ミチル「シンちゃん、家に帰りましょ。ベンケイ君も今日はいないし、二人っきりね」フフ

シンジ「う、うん。そうだね姉さん。父さん達は今日もネルフに泊まりだもんね」

シンジ(ううん、とにかく姉さんにまた会えてよかった。
……できれば、ゴウやガイと一緒にこの場にいたかったけど)

夕方 草むら

ミチル「シ~ンちゃん、寄り道しましょ。ほら、空気が綺麗」

シンジ「うん。……ここも、前に来た時から変わっちゃったな」

ミチル「シンちゃん、何を見てるの?」

シンジ「…………」

ミチル「シンちゃん? どうしたの、シンちゃんってば!」ウロウロ

シンジ(……姉さんって、こんな性格だっけ……?)チラッ

ミチル「んま! どうせ私はぶすで空気が読めないわよ! 
でも、何見てるかくらい教えてくれたっていいんじゃない?」プンプン

シンジ「ご、ごめん。故郷はどっちの方向にあるのかなって考えてたんだ。
そういえば僕、どこで生まれたかも分からないから……」

ミチル「ふるさと。そうね、ふるさとは……今もシンちゃんの心の中にあるわ」

ミチル「それは愛。シンちゃんに、限りない希望を与えてくれるのよ」

シンジ「……うん。僕はここで、愛を沢山知った」


シンジの中に、沢山の思い出が過ぎ去っていく。
大人のできた保護者。
自分と近しい存在。
明るくフレンドリーな兄貴分。
大切なことを教えてくれた大きな背中。
全然素直じゃない、冷徹な愛。

自分が夢見た、愛のある世界。


シンジ「そして、早乙女博士。……いなくなってから、あの人も人間だったんだなって思えるようになった」

ミチル「ほら、ここにこんな大きな壁がある。シンちゃんは飛び越えられる?」

シンジ「飛び越えることはできるよ。でも、今はそうしたくないんだ」

ミチル「どうして?」

シンジ「一緒に飛び越えたい相手が、まだ隣にいないから。
……姉さんは分からないかもしれないけど、本当はゴウって子が、ここに……!」

ミチル「私がいるじゃない。ね、ねえ、コンビニに行ってプリンでも買いましょ。
確かシンちゃんプリン大好きだったでしょ」

シンジ「えっ?」

シンジ(ま、まさか姉さん達、赤ん坊の僕にコンビニのプリンを食べさせたの……?)



夜 弁慶宅

ミチル「シンちゃん、今日は私がご飯作るわ」キュッ

シンジ「うん。姉さんって、料理が得意なんだっけ?」

ミチル「もっちろん、ムサシ君には大評判だったんだから。
……あ、あら? 変ね、焦げちゃったわ」

シンジ「ああっ、僕がやるよ。姉さんは先にお風呂入ってて」

ミチル「ご、ごめんなさ~い。……覗かないでよ?」

シンジ「の、覗く訳無いよ。姉弟なんだからさ……」ハァ

シンジ(女の人と暮らすって大変だなあ。寝相が悪くない分、あの人よりはマシだけど)トホホ

シンジ(あの人……って誰だっけ。あ、ガイのことか。……ガイ……)

夕飯後、シンジはすぐ自室へと入り考え事をしていた。
どことなくミチルの性格に違和感を覚えていたからだ。
とはいえ、赤ん坊の頃の記憶などあまり証拠にはならない。

シンジ(けど、何か引っかかるんだよな。
まるで姉さんのことを知っている別の人が、姉さんのフリをしているみたいな)

シンジ(いや、そんなハズないか。
どこからどう見ても姉さんは姉さんだし、一生懸命僕の姉らしくいようとしてくれている)

シンジ(……でも……いなくなって、初めて気がついたよ、ゴウ……)

シンジ(ゴウが悩んでいたことの、本当の意味を。なのに僕は)

部屋の扉をノックする音がしたが、シンジはあえて表には出なかった。

ミチル「シンちゃん、もう寝ちゃったの?」

シンジ「…………」

ミチル「添い寝してあげよっか?」

シンジ「い、いいよ。そんなこと。僕はもう赤ん坊じゃないんだから」

ミチル「じゃあ何して欲しい? 私、シンちゃんの為に帰ってきたのよ」

シンジ「…………」

ミチル「……シンちゃん、私と会えてよかった?」

シンジ「…………」

シンジ「もちろん、会えてよかったよ」

ミチル「嘘。シンちゃんはいつも別の人を探してる」

シンジ「そ、それは姉さんの思い込みだよ。
多分隼人さんもよかったって思ってる。けど、けど……うまく言えないけど、なんていうか」

素直に喜べない。
それは、ゴウやガイといつものように話せなくなってしまったから、という理由だけではなかった。

シンジ「……あ、電話だ」プルルルルル

ガチャ

シンジ「はい、もしもし。ヤマザキさん? ええ、はい。……え? 今からネルフに?」

ミチル「? シンちゃん、ネルフに行くの?」

シンジ「う、うん。ヤマザキさんが来いって。どうしたんだろうこんな時間に」ガタッ

夜 ネルフ前

ヤマザキ「ミチルさんも一緒か。丁度よかった」

ヒュウ、と冷たい空気が渦巻く中ゴウが着ていたコートを借りて、シンジはヤマザキの顔を見上げた。
いつもの化粧とは違い、どこか優しげな顔をしている。

ヤマザキ「……いえ、仕事の態度はよすわ。二尉ではなくただのヤマザキとして、君に見せたい物があるの」

シンジ「見せたい物? ……また、ターミナルドグマへ行くんですか?」

ヤマザキ「行くのは人工進化研究所よ。少しショッキングな光景だから、覚悟はしておいて」

ミチル「…………」ヒュウウ

ミチルはヤマザキの後ろ姿を見て、複雑な顔をしていた。
まるでイタズラがバレた少女のような、気まずい空気に耐えている表情だ。

シンジ「どうしたの? 姉さん、具合でも悪い?」

ミチル「ううん。不思議に思ったのよ。
『私』は彼女に会ったことがないハズなのに、ヤマザキさんのこと、すごくいい人のように思えて。
……当たり前よね」フッ


ヤマザキ「あら? 扉が……」ガチャッ

敷島博士「無駄だ。ワシのパスが無ければ開かんよ」ヌッ

シンジ「敷島博士! いつの間に」


敷島博士に連れられ、シンジ達は殺風景な部屋へと入った。
ゴウがかつて住んでいた団地によく似た場所だが、その中では謎のカプセルや実験道具が所狭しと詰められている。


敷島博士「ここは早乙女研究所にあった頃から何も変わってはいない。そう、ゴウが生まれた時から……」

シンジ「博士、こ、ここはまさか」

ゴウが生まれた場所なのか、と言いかけてシンジは敷島博士へと顔を向けた。

敷島博士「いや。奴が生まれたのは、戦いの最中だった」

シンジ「……そうか、十三年前」

敷島博士「ああ。
早乙女の奴はゴウを、あくまでゲッターに関わる存在として生み出すようワシと隼人に指示したのだ」


敷島博士「だがワシは、むしろゴウの中にある人間としての可能性に着目していた」

いつもの敷島博士とは違い、今はどこか達観した賢者のような物言いだ。

シンジ「! そうか、ゴウはゲッター線を必要とせず生きることができるようになった……それは、
記憶、思い出が、ゴウのエネルギーの源だからなんですね!」ハッ

敷島博士「そうだ。そしてワシはようやく、早乙女の真意に気づいたのだよ」

ミチル「…………」クッ

敷島博士はミチルに背を向け、空のカプセルへ手を伸ばした。
そこに、ゴウの身体情報が映し出されたモニターがある。

敷島博士「シンジ、何故早乙女ミチルのクローンとして、ゴウという少年が生まれたか分かるか?」

シンジ「それはゲッターとのシンクロ率を上げるため……ゲッター線が男を望んだということですか?」

敷島博士「敷島博士「いや、ゲッター線ではない。
ゲッターロボだ。早乙女が開発したゲッターロボはあくまでゲッター線の力を借りた、人類の兵器なのだ。
そこには早乙女の、人類の行く末を見守りたいという父性が込められていた」

シンジ「あ……」

モニターに、早乙女博士の姿が映る。
かつて狂気に取り付かれる前の、父親らしい笑顔だ。

敷島博士「だから奴は、早乙女ミチルのゲッタークローンに……自身の細胞を混ぜたのだ。
むしろそうすることでしか、人間として生み出すことは成功しなかった。
だがあくまで基礎となったのは早乙女ミチルの遺伝子とゲッター線の力」チラッ


シンジは、恐る恐るミチルの顔を見た。笑っていない。
氷のような冷たい表情で敷島博士を見下ろしていた。彼女は一体何を考えているのか……。


敷島博士「早乙女は、こうなることを見越していたのだろう。
ゴウはゲッタークローンであると同時に、一人の人間として大きく成長したのだ。
だがそのためには立ちふさがる大きな壁が必要だった、だからこそ自らを困難とした」

シンジ「と、いうことはまさか!」

シンジの中で、早乙女博士の言葉の意味が全てつながった。
ゴウが何故作り出されたのか。それは、彼の生き様を人類に見せるためだったのだ。

敷島博士「早乙女が目指し、人類に託した事、それは」

シンジ「ゲッター線を捨て去り、自らの力で未来を切り開くこと……!
自分の意志で生きるゴウを通じて、それを伝えようとしていたんだ!」バッ

ハッと顔を向けると、ヤマザキが目を潤ませて震えていた。
そしてミチルに向かってがばっと飛びかかり、懇願するようにがくがくとミチルを揺さぶり始める。

ヤマザキ「お願い、ゴウに戻って……私達の子どもを返して!!」ウッ

ミチル「……!」

ヤマザキ「私は母親として何もしてやれなかったけど、これからゴウと沢山思い出をつくるつもりだったのよ……!
だから、ゴウ、お願い……じゃないと私、貴方に対してまで嫉妬してしまうわ……」

シンジ「ヤマザキさん。……そうだ博士、ゴウはいなくなっちゃったじゃないですか! 
それに、今ここにいるミチル姉さんは……いや、もしかして」


シンジはヤマザキの言葉から、ある結論にたどり着いた。
ゴウは生きている。真ドラゴンがゴウの意識に感応し、遺伝子の中の記憶だけが思念体となってひとり歩きしているのだ。


シンジ「その証拠に姉さんは、料理が下手だったり、僕にプリンを食べさせたことを言ったり、ゴウの特徴を拭えないでいた。
ここにいる姉さんは、ゴウが乗っ取られるかもしれないと悩んでいた、思い込みにしか過ぎないんだ!」


敷島博士「そう、ゴウは誤解していただけで、どれだけ早乙女ミチルの記憶があろうとゴウ以外にはなれなかった。
奴は初めから一人の人間であり、それを分かっていなかったのはゴウ、お前だけだ」

ミチル「…………」

ミチルはフッと笑って、あえて堂々と胸を張った。

ミチル「何を言っているの? 私はミチルよ、博士ったら久しぶりに会ったんで見間違えたのかしら」

敷島博士「いや。
今ここにいる早乙女ミチルはただの思念体だ。
シンジや隼人が早乙女ミチルの復活を望んでいる、という偏った意志のみで動くゴウの一部」クックック

ミチル「簡単に言ってくれるわね。だけど敷島博士、私は貴方を父親だとは思うけど、尊敬はできないわ」

ミチルは首を左右に振り、そして側にいたヤマザキの涙を指でぬぐった。

ミチル「もちろん隼人君のことも。真ドラゴンもクローンも関係ないわ、私は人間よ。
誰かに好き勝手されるような命じゃないわ。
ゴウが人間であると同時に、ゴウの中にいる早乙女ミチルも人間だったのよ」

シンジ「姉さん……」




カッ



ミチル「!」

シンジ「!」

その時。四人の前に、光り輝く物体が現れた。
それは徐々に人の形をとり、女性となり、ミチルの頬にそっと手を当てた。


ふわりと光は消え、再びしんとした静寂が辺りを包み込む。


敷島博士「今の光は、まさか……!」

ミチル「……うう、う、ああッ!」ガタッ

そしてミチルは自らの頭を抱え、その場で苦しみ始めた。
彼女もちゃんと、理解していたのだ。
確かにゴウは自分がミチルの記憶に乗っ取られるのではないかと悩んでいたが、
あくまでそれはゴウの中に組み込まれた遺伝子の記憶であり、ゴウはゴウ以外にはなり得なかった。

ミチル「そんな……嫌、消えたくない……! だって私、シンちゃんや、隼人君に、望まれて……ッ!」

シンジ「姉さん、いや、……もういいんだ」クッ

ミチル「!」

シンジはミチルの前で、ペンダントをぎゅっと握り締めた。


シンジ「ゴウは見栄っ張りで、言葉足らずだけど、強い人だ。
ゴウはゴウだ。姉さんはゴウじゃない、同時にゴウは姉さんじゃない」

ミチル「なッ……!」

シンジ「僕はもう赤ん坊じゃない」

ミチル「!」ハッ


ミチルは、ヤマザキを見て一瞬驚いた顔をした後、ギュッと目を閉じた。


ミチル「…………」

ヤマザキ「…………」

ミチル「そういうこと、ね……」

そしてしばらく黙った後、唇を噛み、涙を流しながら微笑んだ。ゴウとよく似た笑顔だ。

ミチル「……そう……皆もう、未来を生き始めているのね……」

シンジ「姉さん、ううん、ゴウ。だから……!」

ミチル「彼女を見た時、感じたあの気持ちは、ゴウが彼女を母親として認める心だったのね。
私もゴウの一部となって、未来を見続けることができるわ……だけど敷島博士、貴方も勘違いをしている」

フッと、ミチルの体が輝き粒子へと変化し始めた。

ミチル「……少しだけ、分かっていたわ。隼人君のこと……だけど苦しめたかったの。憎いから。
こんな形でしか、彼を憎むことができなかった……」フッ



シンジ「消えた……」

敷島博士「ゴウの元へ戻ったのだ。だが奴は、今だ真ドラゴンの核に取り込まれたままだろうて」

シンジ「! そうだ、真ドラゴン! 真ドラゴンがまだ必要なんだっ!」ダッ


シンジは走り出した。
自分一人で何かができるとも思えなかったが、それでも今行かずに後悔だけはしたくなかったのだ。


シンジ「ぐぅっ……!」ズルッ

病院へ寄り、倒れたままのガイを背に歯を食いしばってまでシンジは前進する。
だが、真ドラゴンの前には拳銃を持った隼人、竜馬、そして弁慶が立ちふさがっていた。


シンジ「隼人さん……!」グッ

隼人「何をする気だ。ゴウでもないお前が、今更真ドラゴンを動かせるとでも思っているのか」チャキ


シンジ「……違う! 確かに僕はゲッターの声は聞こえない、いや、聞こえなかった。
だけどゴウは自分の力だけでゲッターを動かしたんだ。僕にだってできるはずだ!」

隼人「何故戦う? お前は」

シンジ「大切な人を失いたくないから……戦いを終わらせる、僕は初めからその為に戦ってきた!」

隼人「お前はゲッター線に選ばれたつもりか!」



シンジ「僕が動かすのはゲッター線じゃない!! 人類が作り上げたゲッターロボだッ!!」



隼人「!」ビクッ


隼人はゴウから渡された、シンジの隠し撮り写真を懐に入れていた。
それは、これから自分がいなくなってもお前にはシンジがいる、
というゴウなりの示し方だったのかもしれない。


竜馬「……へっ、言うじゃねえか、シンジ」

弁慶「シンジ。そうか、それが……早乙女博士が俺達に託したことだったんだな」


シンジ「僕は僕の力だけでゲッターロボを動かしてみせる……! 
それが人類の力だって、ゴウに教えられたんだ!」

隼人「…………」

シンジ「…………!」


隼人の銃を持つ手が、ゆっくりと下ろされた。


隼人「お前の気持ちはよく分かった。だが、ガイはここに置いていけ。
ついてこい、お前に残した最後のゲッターロボがある」

明け方 格納庫

シンジ「これは……!?」

竜馬「おい隼人、なんだこのゲッターは!? 真ゲッター2のようだが、細部がてんで違う」

弁慶「それに、分離機能も無いみたいだな。……まさかこの機体、ゲッター線を利用していないのか!?」ハッ

隼人「そうだ。
俺が博士達には内緒で作り上げたプラズマエネルギーによるゲッターロボ……ゲッターロボ初号機だ」バサァ

シンジ「!」


シンジの前に現れたその機体は、かつてどこかで見たような色合いの、人類の力が作り上げた兵器だ。


シンジ「初号機!? これが……僕のゲッター……!」

竜馬「人の力だけで動かしてみろ。シンジ、今度はてめえが生き様を見せる番だ!!」

シンジ「はい。僕は……僕はまた、ゲッターロボに乗ります。
ゲッターに乗って、戦いを終わらせます!!」ダッ


シンジは初号機に向かって体を飛び上がらせた。
そのままコックピットへと吸い込まれ、キッと宇宙を睨みつける。

シンジ「コーウェン、スティンガー! 以前までの僕と思うなよ、うおおおおおおッ!」バッ


初号機が、シンジの意志で浮上していく。


宇宙

竜馬、隼人、弁慶の乗り込んだ真ゲッターロボが、スーパーロボット軍団と共にインベーダーの前で仁王立ちする。
ヤマザキやチバ達も宇宙ステーションでバックアップするため近くに来ており、シンジはそのすぐ側にいた。

竜馬「行くぜ!! ゲッタァァァァァァビィィィィィィィム!!」



ズアッ



チバ「今の攻撃でインベーダーの半数を粉砕!」


シュワルツ「俺達も忘れるな! うおおおおおおおッ!!」ババババババ


竜馬「ゲッタァーッ! トマホゥック!!」ジャキィンッ


シンジ「ドリル――! ミサァァァィル!!」ドバォ

竜馬達の活躍で、インベーダーは確実に数を減らしていった。
だが、目の前には肝心のガニメデが残っている。

弁慶「隼人! どうする気だ!?」

隼人「真ゲッター2で中に侵入してからストナーサンシャインを打ち込む、行くぞ竜馬!」バッ

竜馬「フッ、乗ったぜ!」


竜馬「ストナァァァァァァァァァ!! サンッシャイィィィィィィィン!!!!」カッ


ドワッ



隼人「何!? ガニメデの中に潜んでいたインベーダーが、ストナーサンシャインを跳ね返したのか!?」

弁慶「何だって!? しま――」ボッ



エネルギーに押し飛ばされた真ゲッター1が、大気圏へと消えていく。 


シンジ「そ、そんな……くそっ、こうなったら僕も!」バッ

シンジもひるまずガニメデへと突入して行った。


シンジ「プラズマドリル――ハリケェェェェンッ!!」ガッ

シンジの操るドリルが、インベーダーの頭を次々に貫通していく。

シンジ「これが人間の力だ! そうだ、僕は僕の意志でこのゲッターを動かすんだ!」ズッ

そしてガニメデの核へ向かって、ドリルを突き出した。
抗う力が初号機を容赦なく襲い、徐々にその勢いが薄れていく。

シンジ「諦めるもんかぁぁッ!!」

レバーを握るシンジの腕が、勢いよく振りかぶられる。


シンジ「うおおおおおおおおおおおッ!!!!」



カッ




竜馬「ぐぐぐぐぐ……ッ!!」グググ

隼人「しまった、地球へ落ちていく……ッ!」グッ

弁慶「だが、こんなところで負けちゃなんねえ……!! 何としてでも戻らなければッ……!」ググ



シンジ「うおりゃああああああああああ――ッ!!」


バシィンッ



弁慶「!? これは……シンジの想いが俺達に伝わってくるだと!?」

隼人「いや、俺達だけじゃない! あの光は……!」

竜馬「地球から――あれは!!」ハッ



地球

敷島博士「! あれは!」ダッ



「ゴウ」

「ゴウ!」


ゴウ(この……この声は……)



「ゴウ!」

「戦って、ゴウ! あの時アタシを守ったみたいに!」


ゴウ(俺は……守る……)


ゴウ「シンジ……! うおおおおおおおおおーッ!!」バッ



グォォォォォォォォォ!!




真ドラゴンの産声が、青空を震わせる。

敷島博士「真ドラゴンが最終進化を遂げたというのか!!
そうか、ゴウ、お前の意志は真ドラゴンをも――!」


閃光となった真ドラゴンが、宇宙へと飛び出す。
そして地球側からガニメデへと突撃し、大きな爆発を引き起こした。




シンジ・竜馬「「!!」」


ズアッ


真ゲッター1を頭上に乗せ、真ドラゴンが爆風から姿を表した。
それはすでにゲッター線には依存せず、人の意志だけで動くゲッターロボへと進化していたのだ。


シンジ「あれは、まさか――!!」ハッ

シンジの操る初号機が、真ドラゴンの胸部へと接近していく。

シンジ「ゴウ!!」

ゴウ・ガイ「「シンジ!!」」ピッ

シンジ「ゴウ! それに、ガイ! 生きていたんだね……無事だったんだね! 二人共!!」

ゴウ「俺はおまえを守ると言っただろう?」フッ

シンジ「ここにいるのは、ゴウなんだね……!」グスッ

ゴウ「ああ。俺は俺だ。それに、……呼ばれたから、俺はここにいる意志を持つことができた」ニッ

隼人「ゴウ……」

ゴウ「もういい、もういいんだ。隼人、今は戦いを終わらせる」ガチャッ

ガイ「行こうぜシンジ! 木星にジャンプして、インベーダーの残りを叩くんだ!」

シンジ「うん!! 僕達六人の力を合わせるんだ!!」バッ


初号機が、真ドラゴンの中へと吸収される。
ただ一つの物になるだけではなく、二つの機体が合体し、さらなるパワーアップを遂げ星々の間へと飛び出した。

ヤマザキ「司令、木星の重力バランスが不安定です」ピッ

弁慶「この映像は……アステロイドベルトが木星に引き寄せられているだと!?」ハッ

シンジ「そんな! それじゃ地球は……太陽系は、どうなるの!?」

隼人「インベーダーはこの太陽系だけでは飽き足らず、銀河系全体を手に入れる気だ!」

チバ「このままでは木星はブラックホールに……ああッ!」ガタッ

ヤマザキ達のいるブレインズベースが、インベーダーの触手に捉えられた。

シュワルツ「なめんじゃねぇ!!」バッ

が、すぐにシュワルツ含むスーパーロボット軍団がブレインズベースを援護し、シンジ達へと合図を送る。

シュワルツ「シンジ! ここは俺たちに任せろ!」

シンジ「シュワルツ……! ……ゴウ!」バッ

ゴウ「ああ、ゲッターエネルギーを収束させ、ワープホールを作るぞ!!」

全員「「おう!!」」


カッッッッ!!


ゴウ・竜馬「「うおおおおおおおおおッ!!」」

真ゲッター1の放つゲッタービームと真ドラゴン初号機のトマホークがぶつかり合い、
生じた次元穴に二機は吸い込まれていった。

間もなくゲッター太陽に集まるインベーダー大群の前へ現れ、真ゲッターロボはその中心へと急襲していく。

隼人「俺に任せろッ! ドリルッ――ハリケェェェェェン!!」


ズバァッ


ゴウ「ダブルトマホゥク!! ブゥゥゥメランッ!!!!」

ズガァッ


弁慶「大・雪・山おろしぃぃぃぃぃぃぃッ!!」


ドワッ



竜馬「ゴウ!! これじゃキリがねぇっ!」

ゴウ「二つのゲッタービームを合わせて木星へ打ち込み、核を安定させるんだ!」

竜馬「よし、行くぞぉッ!! ……!? なんだこの笑い声は!!」ハッ



フフ……ハハハ……ハハハハハハ!!



木星の炎が歪み、巨大なインベーダーの顔が姿を現す。

シンジ「コーウェン、スティンガー!! 木星と一体化したのか!?」

そしてその手が真ゲッターと真ドラゴン初号機の機体を包み、パイロットの身体をも怪しげな光で貫き始めた。

竜馬「!」

シンジ「皆! 父さ……ぐ、ああッ!」ガタッ

ガイ「あ、頭ン中に敵の声が……!」グッ

コーウェン「フハハハハハ、さあ心の扉を開き我らと交わるのだ」

スティンガー「今こそ、ゲッター線の本当の意味を知るがよい!」

弁慶「本当の意味だと……!?」

コーウェン「そう、ゲッター線はただのエネルギーではない。
それは生命体に進化を促す神から遣わされた『使徒』」

シンジ「進化……」ハッ


スティンガー「人類の進化とは、ゲッター線の恵みによる進化!
ゲッター線により進化した地球上の生命は、ついにゲッター線を手に入れるまでに至った!
そしてお前達が弄んだゲッター線により、我らは知性を持つことができた」

コーウェン「そして知ったのだ、人類と我々はオールトの雲を起源とする同種族なのだと」

コーウェン&スティンガー「「さあ受け入れろ、全ての魂を一つにするのだ!! そしてさらなる存在へと進化するために!!」」


シンジ「…………ッ!!」

シンジ「……違う」バッ

コーウェン&スティンガー「「!?」」

シンジは敵の声に、グッと拳を握り締めた。

シンジ「たとえお前達と同じ起源だろうと、たとえっ……ゲッター線を浴びたからだとしても!」

コーウェン&スティンガー「「!」」



シンジ「僕達人類は、自らの意志で進化した!! 
ゲッター線に頼り、寄生しながら突然変異を繰り返した化物とは違うんだッ!!」



竜馬・隼人・弁慶・ゴウ・ガイ「「「「「うおおおおおおおおおおッ!!」」」」」カッ


真ゲッターロボと真ドラゴン初号機が、まばゆい輝きに包まれていく。
やがてそれはインベーダーをも焼ききり、ゲッター線の狂気を完全に否定した表れでもあった。

スティンガー「バ、バカな! 何故拒む!?
一体何がこれほどまでに奴らを動かすというのだ!?」

シンジ「教えてやるッ!! ドリル――ミサイルッッッッ!!」


ガキィンッ


シンジ「過去を未来へと繋ぐために現在を生きる! それが、人間ってやつなんだッ!!」ガッ


シンジの放つドリルが、コーウェンとスティンガーの顔を貫いた。
しかし合体し、完全な化物となったコーウェンとスティンガーの周りから三つの衛生が浮上する。


コーウェン&スティンガー「「ならばゲッター線に抱かれて死ぬがよい!!」」


シンジ「あれは……!」

隼人「イオとカリストと、エウロパだ」

ガイ「飲み込まれたんじゃ……!?」

竜馬「物理法則もあったもんじゃねえな。――だが!!」

シンジ「六人の力を合わせるんだ!! 竜馬さん、真ドラゴン初号機の頭の上へ!!」


ゴウ「エネルギーを真ゲッターへ収束させるんだ!!」

弁慶「ぐぅぅ……! なんてエネルギーだ……!」

竜馬「死なばもろともよぉッ!!
ゲッタァァァァァァァァ!! トマホゥッッッッッック!! 
うおおおおおおおおおおおおりゃァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」




ズオオッ






コーウェン「何!? こ、これで終わったと思うなよ……」ズゴゴゴゴ

スティンガー「我が種族は永遠ナリィィィィィ!!」ズゴゴゴゴゴ


ズ

ズズ

ドワッ



フッ



ガイ「あの二人が、消滅していく……」

シンジ「終わった……? !? 何だ、この揺れは!」ハッ

竜馬「どうやら、本命のおでましだ……!」フッ



冥王星の方角から、さらに巨大な物体が周囲のエネルギーを吸収し膨張していく。
あれはインベーダーではない。


隼人「!!」


光その物とも言える風貌の巨人は、まさしく人間の女性の形をしていた。


ゴウ「あれは……!」

シンジ「あれは、まさか!」


ゴウ「ケイ……!」
シンジ「綾波、レイ……?」


かつて親しみ合った彼女の手が、二人を包んでいく。


※次回予告のBGM


『終局。それは始まりの後に必ず訪れる。少年達の願いは破滅へと連なるのか』


『だが、彼らと現実を結ぶ最後の鎖は今だ健在であった。そこに希望がある限り、未来は無限に広がり続ける』


『次回、「閃光!! まごころを、君に」。お楽しみに~』





シンジ「うわああああああああッ!!」




シンジの悲鳴が、真ドラゴン初号機内に反響した。
いや、シンジだけではない。
竜馬達にも目の前にいる巨人が、かつて関わった女性、早乙女ミチルの姿に見えていたのだ。

ゴウ「ケイ……ケイなのか!? どうしてここに」

ガイ「な、何だこれは、知らない俺の記憶が流れ来る――!?」


チバ「! 二尉、ゲッターロボが謎の巨人と同化していきます!」バッ

ヤマザキ「何!? 司令、そんな……!」ハッ


竜馬「ミ、ミチルさ――」

隼人「そうか、そういうことだったのか……」

弁慶「この世界の成り立ち、そして行く末とは……!」ハッ


シンジ「綾波、アスカ、ミサトさッ……ち、違う! これは僕じゃないッ!
僕の記憶じゃないッ!」

シンジはまとわり付く女性たちの姿を振りほどこうと腕で身を守り始めた。
が、彼女らはそのままコックピット内へと侵入し、シンジの頬に指を伸ばす。


シンジ「違う! 僕は、僕は――!」



パシャ





シンジ「――僕は死んだの?」

少年「違うよ。全ての物が一つになっただけ。
これが君の望んだ世界の終局だ」


シンジ「だけど誰もいないよ? 真っ白な世界。これが、僕の望んだ世界の末路?」


少年の声「僕だけじゃない。
二つの次元の力が重なり合って、一つの可能性から生まれたばかりの世界へと進化したんだ」

シンジ「進化?」

少年の声「本当はシンジ君の見る、夢の中のおぼろげな存在だった。
そこで生きる巴シンジ君も『もしも碇シンジ君がエヴァのパイロットじゃなかったら』という可能性の代弁者に過ぎない」

シンジ「でも、僕はちゃんと生きてるよ。今まで十四年間、色んな人との思い出を重ねた。
それは夢なんかじゃないよ」

少年の声「そう。夢を確立させたのは、もう一人の僕にとても近い少年がいたから」


少年の声「僕達はお互い、違う世界にいる自分を夢見ていた」

少年の声「心配してくれる人がいて、自分の存在価値が認められる、そんな当たり前の世界。
だけどアダムとリリス、そしてゲッター線が導き出した終局は未来永劫戦い続けるということだった」

シンジ「そんな……じゃ、じゃあ、僕が碇シンジとゴウの可能性から生まれた夢で、
それをアダムとかゲッター線とかがちゃんとした世界として作ったから、
この世界は未来永劫戦い続けなくちゃならない運命に……?」

少年の声「だけど今ならまだ、世界が確立しきる前に、他のシンジ君が導き出した可能性を掴むことができる」

シンジ「別の僕の、可能性……?」

少年の声「戦わずに済む世界になれるってことさ」

シンジ「! ほ、本当!? この世界は、戦わなくていいようにできるんだね!?」

少年の声「君はそれを望むかい?」

シンジ「もちろんだよ! 僕はずっとその為に頑張ってきたんだ、だから――」


ガイ「――起きろ、シンジ!」

シンジ「!」ガバッ 

ガイ「ようやくお目覚めか。ったく、さっさと起きねえと遅刻すっぞ!」


布団の中で、シンジは自分の体が揺さぶられていることに気がついた。
ガイだ。いつものように作業着を着たガイが、弟分であるシンジを起こしに来たのだ。


シンジ「……なんだ、ガイか。もうちょっと寝かせてよ……」ムニャムニャ

ガイ「なんだとは何だよ、ほら、甘えてないでさっさと行くぞ!!」ダッ

ミチル「シンジったら」

台所で洗い物をしているのは、早乙女ミチルだ。
手前のテーブルでは早乙女博士が新聞を読んでおり、いつもと変わらない朝の風景を作り上げている。

ミチル「せっかくガイ君が迎えに来てくれるのに、しょうのない子ね」

早乙女博士「ああ」

ミチル「もう……お父様も、のんびりしてないでさっさと支度してください」フフッ

日常。毎朝幼馴染が起こしに来て、学校に行って、放課後ちょっと友達と遊んで、家で宿題をして、寝る。
そんな当たり前の毎日。


シンジ「そういえば今日、転校生が来るんだよ」タッタッタッ

ガイ「へえ、どんな娘だろうな? カワイイ娘を期待してんだろ?」タッタッタッ

シンジ「もぉ……」タッタッタッ

ガツンッ

シンジ「あうっ。イテテテテテ……あ、ご、ごめんなさい! 君は……」

レイ「あ!」

曲がり角でシンジと激突した少女は、スカートの中身を慌てて隠し、照れた顔をしながら走り去っていった。

レイ「ごっ、ごめんネ! マジで急いでたんだっ! ほんとごめんね~!」ダッダッダッ

シンジ「はあ……」ボーゼン

アスカ「むぅ~……」ジロリ



キーンコーン

委員長「起立! 礼。着席」

ミサト「喜べ男子~! 今日は噂の転校生を紹介するーっ!」ニヤッ

レイ「綾波レイです。よろしく」ニコッ

シンジ「ああーっ! あの時の!」ドキッ

レイ「ああ! アンタ今朝のパンツ覗き魔!」バッ

アスカ「ちょっと言いがかりはよしてよ! あれはアンタが勝手に」ガタッ

シンジ「わっ、急に隣で立たないでよ。体がぶつかると、ペンダントが当たって痛――」



シンジ「――え?」



シンジの胸には、十字架のペンダントがかけられている。

ふと、シンジは振り返って言い合いをしている女の子たちの姿を見た。
誰だろう、この人達。
いや、幼馴染のアスカと転校生の綾波だ。違う、巴シンジはこんな人を知らない。


シンジ「誰?」ポツリ

アスカ「えっ?」

シンジ「皆、誰? ……ここはどこ? ねえ、さっきまでガイがいたよね? 
ゴウは? 僕の知ってる人たちはどこへ行ったの?」ハッ

アスカ「はぁ? バカシンジ、何言ってるわけ?」

レイ「そうよ、私達のこと忘れちゃったの?」

シンジ「知らない。僕はこんな人達知らない。会ったこともない!
僕は碇シンジじゃない――巴シンジだ!」バッ



ケンスケ「お、おい! どこへ!?」ガタッ

シンジ「これは僕の望んだ世界じゃない! ゴウ、ガイ! 竜馬さん、隼人さん、父さん!!」キョロキョロ

トウジ「一旦落ち着かんかい、何やゴウって、知り合いか?」

シンジ「丁度君みたいな声の、もっと背が高くて、でも僕に似てて、その、僕の……ッ!」

ミサト「ちょっとどうしたのよ、誰か探してるんなら授業の後でも」

シンジ「う……く、来るな! 違う! 僕の望んだ世界は、こんな――!」


レイ「でも、ここでは皆戦わずに済むわ」

シンジ「――だけど僕の大切な人達がいない!
いくら平和だからって、ゴウやガイ、皆がいなくちゃ意味がないんだ!」

カヲル「それは駄目なんだ、シンジ君。
君に与えられた選択肢は、『未来永劫戦い続ける』か『碇シンジの導き出した可能性』の二つ」

レイ「巴シンジとして出会った人達と平和な世界を生きることは、ゲッター線が許さないの」

シンジ「でも! 僕は巴シンジだ、碇シンジじゃない!」

碇シンジ「本当に?」

シンジ「本当だよ!!」

碇シンジ「どうしてそう言えるの?」

シンジ「今まで十四年間も生きてきたんだ、たとえそれが碇シンジの妄想だとしても……
巴シンジの経験した思い出は、偽物じゃないッ!」

レイ「でも、それは彼を他人だと認める事になるのよ」

アスカ「アンタ、今までゴウを散々『自分みたいだ』って言ってきたくせに」

ミサト「彼に求めていたのは自分? それとも、他人?」

レイ「他人の存在を認めれば、また、他人の恐怖が始まるのよ」



ゲンドウ「それはお前がたどり着いた、現実の世界と同じだ」



碇シンジ「そうだ、可能性は可能性に過ぎない」

碇シンジ「だからたどり着いてしまった現実は、過去に遡って変えることはできない」

碇シンジ「ただ、そういう僕がいてもいいんじゃないかって、期待するだけ」

シンジ「――いいよ」


レイ「え?」


シンジ「いいんだ。僕は何があっても、巴シンジだ。
僕にとってはそれが現実で、碇シンジが可能性なんだ」


カヲル「じゃあ、未来永劫戦い続ける覚悟を決めたのかい?」

ミサト「そうすれば、この世界は確立されて、もう戦わない可能性に戻ることはできないのよ?」

アスカ「アンタ、アタシ達に会えなくなってもいいの?」


シンジ「僕にはゴウ達がいるから。
それに、そんな覚悟を決めるつもりは最初からないよ」



碇シンジ「どうして?」



シンジ「世界の理その物を、人間の手で壊すからさッ!!」




カッッッッ!!





シンジ「!」ハッ

気が付けば、シンジは真ドラゴン初号機の中へと戻ってきていた。
いや、まだ終わっていない。目の前には例の巨人が両手を広げ、今にも世界最後の日をもたらそうとしていた。

シンジ「ここは、現実……!? 竜馬さん、皆! 目を覚まして!」ダンッ


モニターに映るみんなの目は、怯えている。
先程までのシンジと同じく、本来いるはずだった世界の記憶を見せつけられているのだろう。

シンジ「しっかりして! それは別の世界の僕達で、今ここにいる僕達は、自分以外あり得ないんだ!
どれだけ姉さんの記憶があろうとも、ゴウがゴウであり続けたように……!」ガチャッ

巨人が、ゆっくりと真ドラゴン初号機へ接近する。
先程とは違い、シンジ達に対する悪意、殺気がはっきりと感じとれた。
これが世界の終局だ。

シンジ「あれは、アダムやリリス、そしてゲッター線の意志が重なり合って生まれた物。
世界の理に反抗しようとする僕を世界ごと消すつもりなんだ!」

だが、シンジ一人ではゲッターロボの真価を発揮することはできない。

シンジ「ぐっ……うああッ!」ビリビリ

巨人の手に捕まれ、コックピット内に電流が走る。

シンジ「僕はッ……僕は巴シンジだ……ッ!
いつまでも現実から逃げている、碇シンジなんかじゃない……ッ!」ビリビリ

シンジ「未来を……ッ! 掴むんだ……未来を!!」ビリビリ



隼人「そうだ、シンジ!」

シンジ「!」ビリビリ

モニターに映る隼人の顔が、ニヤリと笑う。


シンジ「隼人さん!? どうして、隼人さんが一番幻影に弱そうなのに」ビリビリ

隼人「いや。
確かに俺は目の前に見えるミチルさんの姿を見て、
彼女の手で世界が終を向かえるのならそれでもいいと思いかけた……だが」ビリビリ

シンジ「……!」

隼人「十三年前、ゴウを初めて見た時のことを思い出した。
ゴウがいたから、俺はミチルさんを過去の思い出にできたんだ。
たとえ元の世界の俺がどうだろうと、どれだけ奴に憎まれようと、俺はここにいるゴウを見守り続けると誓った!」ビリビリ

ゴウ「…………!」

隼人「そのミチルさんを、こんな形で俺の前に表すとは……よくもミチルさんを!」ガッ


ガシィンッ


隼人の目に、一条の光がほとばしる。


ゴウ「……ああ、まったくだ」ガチャッ

シンジ「! ゴウ!」


ゴウ「俺は自分の意志でケイを守り通した。それは、同じ時を歩むためだ。
そして今ここにいる俺も、俺の意志でシンジを守る!!ガッ


弁慶「おう!! シンジ、俺達は俺達の世界に帰るんだ!!
アダムもリリスもゲッター線も関係ねえ、俺達の力で未来を掴むために!!」ガチャッ


シンジ「ゴウ……父さん……!」

ガイ「竜馬さん、どうやら俺達元の世界ではそんな関わりなかったみたいッスね」

竜馬「おう、だが、分かってるな? ここにいる俺達は……!」ニヤリ

ガイ「ええ。俺達が仲間と過ごした日々を、これからも続けようぜ!!」ガチャッ

竜馬「行くぜ!! 理だか何だか知らねえが、俺達に勝てるわきゃねぇッ!!」ガチャッ

シンジ「ガイ、竜馬さん、皆!」ニッ


全員の拳が、一斉にレバーを引く。


シンジ「よしッ!! 真ドラゴン初号機の最終兵器を使うんだ!!」


五人「「「「「おう!!」」」」」





シンジ「これで、全てを終わりにする……!」キィィィィィィィィ

ゴウ「六人のパワーを一つに……!」キィィィィィィィィィ

竜馬「分かってるな? てめえら」キィィィィィィィィィィィ

弁慶「ああ。俺達は俺達だ、シンジの望む未来を見せてやらねえとな」キィィィィィィィィィィィ

ガイ「勝手に虚無の彼方へ、ってのはナシにしてくださいよ」キィィィィィィィィィィィ

隼人「そうだ、この時の狭間から帰るために……!」キィィィィィィィィィィィ






シンジ「――シャインッッッッッ!!」


六人「「「「「「スパァァァァァァァァァァク!!」」」」」」





六人「「「「「「うおおおおおおおおッ!!」」」」」」




ドワッッッッッ!!








シンジ「――――」

シンジ「――――ここは……」


巨大なゲットマシンが、アダムやリリスと共に次元の狭間でシンジ達を待っていた。
だが、やがてその姿も消えていく。


シンジ「碇シンジの世界が遠ざかっていく。
そうか、この世界はもう……エヴァもゲッターも元の世界とは関係ない、確立された世界として……!」ハッ


少年の声「驚いたよ。巴シンジの意思でこの世界の理さえ書き換えてしまうだなんて」

少年の声「いや、これは僕……ううん、巴シンジだけの力じゃない。
この世界にいる皆の想い……むしろ僕達が、この世界の生き様に教えられたんだ!」

少年の声「おめでとう、巴シンジ君。これで君の世界は望み通りに確立された。
それも、今までの思い出を無に還さず、無限に広がる未来を目指して」

「おめでとう」
「おめでとう」


シンジ「あっ……」


絶え間なくうつろい続ける閃光の中、シンジは少年達の姿を見つけた。
いや、少年達だけではない。碇シンジと関わった全ての人々がそこにいた。

シンジ「ずっと見守っていてくれたんだね……!
ありがとう。そして――」グスッ



ガチャ、とシンジはレバーを引いた。
少し間を置いて、シンジ達の乗るゲッターが次元の狭間から遠ざかっていく。




竜馬「アイツら、手ェ振ってるぜ」フッ

ガイ「俺達に、別れを告げてんスね」ハハッ

隼人「だが、同時に新たな旅立ちでもある」フフ……

弁慶「そうだ。俺達は俺達の力で、俺達の世界へ帰るんだ」ニヤリ

シンジ「ゴウ……」

ゴウの視線の先には、懐かしい大人達が優しく微笑んでいた。
早乙女博士、巴武蔵、そして早乙女ミチルだ。

ゴウ「…………」フッ

シンジ「…………」ニコッ



ピカッ





次の瞬間、シンジ達は強いエネルギーに包まれた。
最後の戦いの記憶は、そこで途絶えている。


朝 砂浜


ザザァ


シンジ「……」

シンジ「ん……」

シンジ「こ、ここは……地球?
そうか、帰ってきたんだ、僕達の世界に」ハッ

海辺で目を覚ましたシンジは、勢いよく起き上がり辺りを見渡した。
ガイがいる。竜馬、隼人、弁慶も確かに帰ってきている。

隼人「ゴウは……?」キョロキョロ

ガイ「あ、おい! あれ!」


ガイの指差す先に、朽ち果て外郭のみとなった真ドラゴン初号機が横たわっていた。
胴体は海水に晒され、とてももう動きそうにない。

シンジ「ゴウ!」ダッ

シンジ達はそのコックピットで眠るゴウへと駆け寄った。

シンジ「ゴウ、起きて! ゴウ!」

ゴウ「……シ……」

肩へ手を置き、名前を数度呼び……そして、彼が目を開ける。
帰ってきたのだ。自分たちの力で掴み取った、平和な世界に。


ゴウ「シンジ」

シンジ「ゴウ……!」グスッ

ゴウ「……ここが、俺達の世界……?」

シンジ「そうだよ、僕とゴウ、皆がいる世界だ。
あれ? ゴウ、何だか体、小さくなってない?」

ゴウ「お前の背が伸びたんだ。シンジ。
そして、これからも、ずっと」

ぱし、とシンジ達は互いに力を込めて手を握り合った。

ゴウ「俺達の未来を歩き続ける」

シンジ「――そうだね」


ワァッ


六人の背後から、沢山の歓声が聞こえた。
ヤマザキや敷島博士、ネルフの皆が、シンジ達を迎えに来たのだ。

ヤマザキ「司令! ゴウ!」ダッ

チバ「皆さん、お疲れ様です! おにぎり持ってきましたよ~!」

古田「スーパーロボット軍団の皆さんも一緒です! もちろん、疎開した子ども達も帰ってきました!」

レアンヌ「シンジ君! ありがとう、帰ってきてくれて本当によかった!」

シンジ「皆! うん。ありがとう……ありがとう!」ニコッ








そして、幾つかの季節が過ぎた。

朝 弁慶宅

シンジ「行ってきまーす!」ダッ

シンジは高校へ入学し、平和を取り戻した世界で当たり前の日常を満喫していた。
背が伸びたことにより一層周りから慕われるようになり、カッコよくなったとの声も多い。

弁慶「おう、転ばないよう気を付けろよ~!」ハハハ

弁慶、隼人はネルフの後身である世界復興機構で、毎日子ども達のために働いている。

ゴウ「シンジ、忘れ物はないか?」

シンジ「大丈夫だよ。ゴウも今日から衣替えだって、ちゃんと覚えてたんだね」フフッ

ゴウも相変わらず、弁慶宅でシンジと共に暮らしていた。
隼人と暮らすという話も出たのだが、新婚の二人に気を使ったのだろう。

敷島博士による健康診断を受け、あの最終決戦以来シンジと同じく成長するようになったということが分かった。
それがゴウの力なのか、ゲッター線がもたらした最後の恩恵なのかは分からない。

シンジ「ガイと竜馬さんは今頃何してるかなあ…… やっぱりゲッターロボの整備してたりして」 フフッ

ガイと竜馬は海外へ戻り、作業用のスーパーロボットを動かしている。
彼らにとってはそれが元通りの日常なのだ。

シンジ「でも、会おうと思えばいつでも会えるよね。もうすぐ夏休みが待ってるんだし」

ゴウ「ああ」

シンジ「さ、急がないと……ん?」


ふと、シンジは陽炎の中に視線を向けた。
誰もいない。
だがネルフに初めて来たあの日、一人の少年を見かけたことを思い出した。


シンジ(……そうか)

シンジ(もう一人の僕が、ずっと側にいてくれたんだ)

だが、今ここにいるのは巴シンジだ。

ゴウ「シンジ、マズい。あと三分で遅刻だ」

シンジ「え!? 大変、この壁乗り越えていこう!」タッタッ



暑い太陽の下、シンジはこれからのことをぼんやりと考えた。

今のところ、なりたい将来はない。
それに世界が平和になったのだから、これといった目標もなくなった。

シンジ「けど、いいんだ。僕は自分の未来を自分で掴めるって、分かったから」

ゴウ「…………」フッ

シンジ「ここにいたいとか、他人と分かり合いたいとか。
これからも、自分の力で探していこう。
それがきっと――生きるって、ことだから」

少年達の背中が、壁の向こうへと走り出していく。




以上です。ありがとうございました。

乙~

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom