双葉杏「私だけの世界」 (31)

モバマスSSです。
このSSは口調の違和感、キャラ改変、独自設定を含みます。
短めです。


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私の名前は、双葉杏。今年、道内の優秀な高校に入学したいわゆる花の女子高生というやつだ。

「お姉ちゃん! 見て! 杏、また百点取ったんだ!」

百点満点の答案用紙を持って、お姉ちゃんの前に差し出すと、お姉ちゃんは、私の頭の上に手を伸ばして、太陽のような笑みを浮かべて、頭を撫でてくれた。それだけで、心がぽかぽかと陽気の中で眠っているような幸福感が私を包み込んでいく。

「さすがは杏だね。ほら、ご褒美の飴だよ」

お姉ちゃんは、飴の袋を開けて私の口の中に放り込んだ。イチゴの甘い香りが口の中に広がっていく。

「んま~。これで、また次も頑張れるよ」

お姉ちゃんは、私が勝手にそう呼んでいるだけで、本当の姉妹ではない。でも、こうやって甘やかしてくれるお姉ちゃんが私は大好きだ。

「○○さーん。そろそろ診察の時間ですよ。あら、杏ちゃん。今日も来てたのね」

病室のドアを開けて、看護師さんが中に入って来た。私は、軽く会釈をして立ち上がった。
お姉ちゃんは、心臓の病気で長いことこの病院に入院しているらしい。

「それじゃ、診察の邪魔したらあれだから、杏は帰るよ」

寂しくないと言えば、嘘になるけれど、お姉ちゃんに迷惑をかけるよりはよっぽど増しだと思う。だから、私は帰ることにした。

「それじゃ、またね。杏」

「またね。お姉ちゃん」

そう言って、私は病院を後にした。

「ただいまーって、どうせ誰もいないよね」

誰もいない家に、私の声がこだまする。リビングの電気をつけると、机の上には7万円と、「一か月ほど出かけるから」とだけ書かれた書置きが残されていた。いわゆる、ネグレクトというやつだ。私は親とまともに会話したことも出かけたことすらない。年に数回顔を合わせるだけの他人だ。

「はぁ……、コンビニにでも行ってくるかな」

溜息をついて、机の上に置かれたお金を持って外に出た。もしも、お姉ちゃんがいたら、ちゃんと栄養を考えて食べないといけないと言って怒るんだろうなぁと思うと、不思議と寂しさは感じなかった。

「学校か……」

朝起きて、私は憂鬱な気分になっていた。学校は嫌いだ。私を奇特な物を見るような目で見てくるような奴ばかりだからだ。だから、私の周りには誰もいなかった。だけど、休むわけにはいかない。私のたった一つの夢のために。

私の夢――。それは医者になって、お姉ちゃんの病気を治療することだ。そのためなら、どんなことだって耐えられた。ネグレクトも、無視も、いじめも、これも夢のために必要なことだって、頑張って耐えた。耐えて耐えて、耐え続けた。

お姉ちゃん! 杏、また百点取ったよ」

最近、お姉ちゃんは眠っていることが多くなった。たまにいるお姉ちゃんの家族も涙を流していることが多くなった。時間がない。それは何となく私にも分かった。だから、もっと勉強した。当然成績も上がった。いじめが酷くなった。でも、耐えた。

「久しぶりだね……。杏」

お姉ちゃんはずいぶん元気がなさそうだった。私の頭を撫でる手も、もうほとんど力が入っていなかった。涙が出そうになるのを必死にこらえた。

「杏ね。あれから一杯百点取ったんだ。だから、いつもの頂戴!」

「おっけー」

震える手で、お姉ちゃんは飴玉を私の口に運ぼうとするが、飴玉をうまく掴めないらしい。
何回も掴もうとするが、駄目だった。それでもお姉ちゃんは笑顔を崩さなかった。

「ごめんね……」

「ううん、いいよ」

あと、何回こうやって会話できるだろう。そんな、疑問が頭の中に浮かんだ。不安が心を支配する。やめろ。そんなこと考えるな。私が助けるんだ。だから、すっとこうやって時間を過ごせるんだ。そうやって、自分に言い聞かせる。

「ねえ、杏。私と会った時のこと覚えてる」

「覚えてるよ」

やめて……。そんな、もうすぐ死ぬ人みたいな話をしないでよ。

「懐かしいなぁ……」

「そうだね」

それは今から、3年くらい前の話だ。私の身長が伸びないことを不審に思った両親に病院に連れられて少しの間、入院したときに隣にいたのがお姉ちゃんだ。両親と違って、私の話を聞いてくれた。初めて、人の温かさというのを感じたのがお姉ちゃんだ。

「初めは、小学生かと思って安心させてあげなきゃって思ったんだ」

「本当、失礼しちゃうよ」

嬉しかった。こうやって話しかけてきてくれるのが。私の周りには誰もいなかったから。

「あはは、ごめんって」

その表情はどこかぎこちなかった。きっと、自分でも理解しているのだ。自分がもう長くないということを。

「お姉ちゃん」

「何かな?」

私は、椅子から立ち上がってお姉ちゃんの方を向いた。

「私がお姉ちゃんを絶対助ける! だから、それまで生きててくれる……?」

お姉ちゃんは、少し驚いて目を見開いてから、いつものような明るい笑顔に戻った。

「そっか……。じゃあ、任せよっかな。だって、杏は天才で、何でもできて、何より自慢の妹だからね!」

そう言われて、私は心から嬉しかった。お姉ちゃんは、犬を愛でるみたいにワシャワシャと私の頭を撫でた。

「それじゃ、約束」

お互いに小指を取り出して、ゆびきりげんまんの歌を歌った。きっと、この約束は絶対叶えられない。お互いにそうどこかで気づいていながらも……。

それから、三週間後お姉ちゃんは安らかに眠った。

「生きてるって言ったじゃんかぁ……っ!」

私は、お姉ちゃんのあの太陽のような笑顔を前にして、私はそう言った。本当は、こうなる事なんて最初から分かっていたのに、涙が止まらなかった。

私は、勉強するのをやめた。だって、これ以上頑張っても意味がないから。

大きな目標を失って、私は何のために努力すればいいのか分からなくなった。

だから、私はこの世界から逃げた。このまま時が流れて、誰もお姉ちゃんのことを覚えていない。お姉ちゃんの刻んだ人生が消えてしまうのが怖かった。

だから、私だけはこのまま止まった時間を生き続けることにしよう。

――END――

続きはいつかかくよ

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