先生「あっ給食が余ってるからおかわりタイムにしようか」 (48)


その瞬間楽し気なランチタイムは終焉を告げた
教室中が静寂に包まれる
誰一人息をしない
否、できない

「……」

鼻を垂らした児童も
年中短パンの小僧も

皆一様に変貌する
戦いを迎える戦士の表情へと

僕は周りを見渡す

ここにいるのは小学4年生ではない
獲物を求める狩人だ


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おかわりタイム
ほぼ全ての小学校に存在するであろうシステム

その単語は
小学生男子にとっての聖戦を意味する

誰一人動こうとする者はいない

静寂に包まれる
沈黙が支配する

誰が…
誰が先に動く…

皆が動けずにいる中
一人の少年が、動きだす

「はいっ先生!僕が食べます!」

「っ!?」

先に動いたのはメガネをかけた少年
武内だった


してやったりという顔
馬鹿な…なんという事を

「はいどうぞー」

おかわりは先生がよそってくれるようだ
若干26歳美人(彼氏なし)の女教師にゆすってもらえるとあって
武内はどや顔をしている

それを僕たちは冷めた視線で見つめ返す

戦意を高翌揚させ勝気と共に自分の食器を見下ろす武内
その表情が驚愕に染まった


明らかにご飯の量が少ないのである


それもそのはずだろう
教師は他の生徒の分までよそう必要がある
その為最初によそわれるおかわりの量もまた驚くほど減るのである

これって昼休みのOLのお弁当だっけ?

そう錯覚してしまうほど小学生男子にとってあまりに少ない量

教師の目前でのおかわり
それが僕たちにとってどれほどの意味を表すか

そんな事…この世の常識だろうが…っ!

貴重なおかわり権を消費してしまった武内
彼は意気消沈し席へと戻っていく

やつには哀れみすら湧いてくる
が、これもまた戦いだ

「うーん他にはいないかなぁ?」

いるわけないだろ

「じゃあ後でほしい子同士でおかわりしあってね」

その瞬間戦士どもは瞳を合わせる
皆見計らっているのだ


最初によそうのはタブー
なぜならばまだ教師の干渉がある可能性が否めないからだ

人は皆給食の前に平等

生徒一人に対し平等に配られる権利
それこそがおかわり権なのである
その貴重なおかわり権をふいにしたくはない

皆そう思う
誰だってそう思う

だからこそ最初をゆずり
2、3番手を目指すべき


と、素人は考える

「!?」
「!?」

期せずして僕ともう一人の児童は飛び出す


皆が固まっているこの一瞬
この忘却とも永遠とも取れる時間にこそ望みはある

誰も並んでいなかった限定販売も
誰かが並び始めたら途端に群衆は列を成す

別に要らないけど一応並んでおこうかな
みんなが並んでるから私も並ぼうかな

そんな日本人的すぎる思考回路が
最初の一歩を戸惑わせる
しかしこの一歩を踏み出さぬ者に成功はない

前人未踏の地への進行
踏みしめられぬ白銀の世界

女神は最初の一歩を踏み出した者にこそ微笑む
人類の歴史とは開拓の歴史なのだから

だがどうやら僕と同じ事を考えていたものがいたようだ

早食いの岡島
やはり奴が来たか


岡島と僕は給食のカレーを目前にして
互いの存在を認識し凝固する

どうやって分け合うか?
どのように円満に解決するか?

否、どうやって出し抜くかだ

この場合の敵は岡島だけだ
奴をどうやってまいてやろうかと
秒数にしてたっぷり2秒思考した所で

「ちょっと待てよ」

「っ!?」

強烈な悪寒と共に
背後から強者の気配を感じた

馬鹿な…この気配は…っ!

「俺も混ぜちゃくれないかい?」

岡田

相撲部所属の岡田だった


ちびっ子相撲クラブ所属
児童部門チャンピオン
若干9歳にして相撲界期待のホープ

奴を表す異名はたくさんあるが
これほど最適な異名もないだろう

暴食の岡田

数々の大食い大会を総なめにした
彼のあまりの食事量についた異名がこれである

強者が出るとあってみなカレーのおかわりを見合わせる

当たり前だ
眠りこける獅子を誰が起こしたいと思う


一見して5人前はあるカレーの量
暴食がいては三人で分けるなど不可能だ…

「そういえばさ、長谷川君」

奴が僕の名を呼びながら
僕の肩をそっと叩く

「君は俺に契約があったよねぇ」

な、なんだと!?
奴は一体何を言ってるんだ!

「な、何を言って…」

「これ、忘れたとは言わせないよ」

そういって岡島はへたくそな手書き文書を見せる

「あ…あぁ…」

わたくし長谷川は掃除当番を代わってもらいました

文書の内容は確かにそう告げている
それは僕自身が作成した契約文書だった


掃除当番の代替
それは小学生男子における絶対手形
神が民衆に下す宣告に等しい

いつぞや放課後に欲しいゲームソフトの発売があった為
彼に代わってもらった掃除当番だ

しかしこんな事をしても岡島にはメリットが…

「っ!?」

ま、まさか!

「貴様…!」

にやりと彼はほくそえむ
奴め、最初から狙ってやがった!

『水面に映る朧月』〈ダブルプレー〉

一人では出来ぬことも
二人いれば叶う

二人で一人を攻めることで
論理に正当性を持たせ多数決の原理を引き出す

おそらく二人で協力し他者の排除を行う事で
カレーを独占する事が狙いなのだろう

岡島と岡田による軍事協定
岡岡コンビの黄金プレイ
これぞまさしく双丘

おかわりにおける常套手段
僕としたことが…っ!


『こんなのイカサマだっ!!!』

ふと教室中に声が響く
ハッとしてみるとどうやら別のおかずでも揉めているようだ


「これはいかさまだ!!」

ふと横を見る
二人の少年が言い争っている
一人は僕も知らない生徒

そしてもう一人は
市内小学校が生んだ魔境の食戦士
奇術師の笹中だった

「くくっさっき君は言ったじゃないか」

『右のかぼちゃの天ぷらがいいと』

「それは右の方が明らかに大きかったからだ!?」

「だが今は明らかに左の方が大きいねぇ」

「そ、それは…」

「君自身が言った事…発言を取り消すだなんて事しないよね?」

「そんな馬鹿な…なんで…」

クラス替えしたばかりの彼は
突如現れた理解不能な事態に困惑している
それもそのハズだろう
奴の技を見て恐れぬものなどいない

『神を欺く弓矢』〈トリックフェイク〉

右と左のおかずを選ばせた後
教師と生徒の一瞬の目を盗み入れ替える超高等テクニック

これをやられた物は自分から選んだという立場から
その事態を受け入れるしかないという
まさに悪魔的戦術

圧倒的な戦力の前に
彼はなすすべもなく崩れ落ちる

今日もまた一人狩人に騙される子羊が生まれた


神は二物を与えん
だが努力を弛まぬ者に微笑む

そうだここは戦場だ
ならば僕も…

「岡島君!」

「なんだい?」

「今度君の掃除当番を代わらせてくれ!」

「……」


「だめだ」

「頼む…三回分やってもいい…」

君もしつこい人だな

そういって彼は無情にも僕の願いをはねのける
最早僕の敗北は確定的だ

「ほ、ほんとうに駄目かい…?」

「だめに決まってるだろう」

奴のにやにやとした顔が目に映る
奴らは勝利を確信し余韻に浸っているようだ

それを見て僕は絶望しそして




心中でほくそ笑む


馬鹿め
ひっかかったな

「しょうがない僕は諦めるよ」

くるりと僕は振り返る
背中に哀愁を漂わせ
顔には笑みを携えて

突如カレーに執着するのをやめたからか
奴らはいぶかしげな表情を浮かべる

だがもう遅い

「それじゃあ僕は余ってるプリンでも頂こうかなぁ」

「「「っ!?」」」

そうつぶやいた瞬間空気が止まった
何を言ってるんだこのアホはと
周囲の生徒たちはみな理解できないでいる
いや…ひとりだけ理解したようだ

塾通いの村中
やはり奴の偏差値はこの児童集団の中突っ切っているらしい

「………」

僕の発言を理解し一人青ざめる


「お、おいどういう事だ村中!」

「あいつは一体何を言ってるんだ!」

「……したんだ」ボソッ

「何だと!?」

「や、奴は…聞き分けの良い児童を演じたんだ…」

自分のごみ掃除の契約を正当に収束させ
暴食をカレーという二線級な戦場へと追いやり
自分は一歩身を引く事でプリンへの参入権を手に入れ
あまつさえ約束の為その席を暴食に譲ることで
好少年を演じ教師の好感をも得る

一石にして四鳥を穿つ
まさに逆転さよならホームラン

そして戦士たちは
その真の恐ろしさを理解した


元々プリンは一つだけ余っていた
しかしこれは手が出しにくい獲物だった

2人で争えば50%
4人で争えば25%
8人で争えば12,5%

実りは大きく勝ち目は薄い
ハイリスクハイリターン
まさにパンドラの箱

戦士たちは無茶な戦いはするが
無謀な戦いはしない

そんな彼らの心中を抜き打つかのような一撃

仮に今からじゃんけんに参入した所で
長谷川が教師からの好感も得ている以上は
絶対的不利は否めない

一人が参入すればさせるものかと皆突撃するだろう
必然勝率は下がってしまう
また、それを実行した所で得られる物は長谷川の独占の阻止
あまりに理不尽すぎる

『余っている』プリンを(代わりに)『頂きます』

余りものを処理してあげますよ、と
控えめに演出している所がまた憎らしい

この巧妙すぎるプレーに戦士どもは唯々驚愕した
あるものはまた恐怖した
不利な状況から奇蹟とも呼べる戦術
その雄姿からはかの軍師を彷彿とさせる

お、大食い界の孔明や…

誰かがぽつりとつぶやいた
つぶやきは食卓の閑散へと消えていった


カレーはいつでも食べられる
しかしプリンは食べられない

事実このプリンをこの地区の生徒が食べるのは2ヶ月ぶりだったのだ
優秀な戦士ならば見落とすはずのない事実

なぜこんな単純な事に気が付けなかったと
目の前の欲に溺れ大局を見誤る痛恨のミス

目の前の果実を食してしまい
永遠の安寧を捨て去った

人が人であるが故の失敗
戦士たちは絶望し
彼らは楽園を捨てる


皆が絶望の色に染まるなか
委員長の鈴木は考えていた

今夜の夕飯の献立を考えるよりも
好きなテレビの来週の内容を予想する時よりも

彼は脳を酷使し答えを求める

大脳皮質はぎゅるぎゅると音をたて
脳内シナプスは悲鳴を上げる

構わない

深く、広く、
唯々考える

この状況をひっくり返す一手を


テレビゲーム漬けの脳細胞はコンマ数秒と共に答えを導きだそうとする

思考しろ
思慮しろ
思索しろ

皮肉にもこの時の彼の脳皮質は2時間目の算数テストの時よりも確かに輝いていた事だろう

そして彼は思いつく
全てを無下にする禁断のジョーカー

すっと己が手を挙げる

絶望に暮れ床に四肢を投げ出す戦士たちは
委員長の指先を見つめた

周囲の視線もまた彼に集う
そして彼は胸を挙げ声高に主張した

「長谷川君は今日で三日目だと思います」

その瞬間確実に時が止まった

教室中の、校舎内の

時が、止まる


「…は?」

奴は何を言って…

コンマ数秒後僕は奴の発言を理解する
理解、してしまう


「鈴木君急になn「奴はおかわりをしている!!」

何をいまさらと
理解せぬものは困惑する

おかわりをすることは不自然な事じゃない
そう、不自然な事じゃない

「彼はおかわりを連続で三日もしているっ!!」

連続で三日もしていなければ


おかわりは基本一日に一度まで
食べていない者がいればそれを優先

小学生が守らねばならぬ絶対の掟
全ての人が尊守すべき不文律

三日間の連続おかわりは
この絶対の掟に反するのではないかと
必然的に不公正な印象を見る者に与える

普段は重要な仕事もしていないクラス委員
毒にも薬にもならないクラス委員

まさかここにきて最大の障害になるとは
僕は夢にも思っていなかった


「おかわりは回数も量も皆に平等にあるべきだ!」

「それを彼はやぶったんだ!」

「連続で三日もだぞ!」

「どんだけ欲しがりなんだよ!大阪のおばちゃんか!」

「おかわりをしていない生徒だっている」

「ならば一人が過剰におかわりをしているこの現状!」

「許される行為だろうか、否!!」

「おかわりは公正を期すべきだ!」

彼の心からの叫びは
聞く者の心を動かした

他の奴だって三日位おかわりしてるだろ
そう突っ込んではいけない雰囲気

誤算だった
まさか彼にこんなカリスマがあったとは

醜いと嘲笑っていたアヒルの子は
誰よりも大きな翼を持っていた白鳥だったのだ

彼の演説に当てられ敗北者たちは光を取り戻す
折れかかっていた民衆に希望という名の光を与える

天を下し神へ届かんばかりのその一手は
まさに天を刺し穿つランス
ロンギヌスの異名がふさわしい

『蒼天を穿つ槍』〈チョットモノモウス〉

彼がこの時才覚したカリスマと共に
政界へと乗り出すのは後の話であり余談である


ガラガラッ

「あら遠山君?」

「遅れてすみません先生…」

「聞いてるから大丈夫だよー」

遅れて教室へと入ってきた少年
彼の名は遠山君
どうやら今まで保健室へ行っていたらしい

遠山君は貧血なのだ
彼自身以前からよく保健室へ行っていたから自然な事であろう

「一応荷物を取りに来たんです」

「今日は早退しちゃうのかな?」

「体調によってはまた午後の授業にも参加します」

「あら…そういえばプリンが」

「それじゃあ一応頂いてもいいですか?」

「もともと遠山君のだものね、はいどうぞ」

生徒たちは皆ここでようやく気が付く
今まで争っていたプリンは遠山の分だったのかと

そして争っていた騒動の根源は
彼、遠山君の手へと渡った



こうして給食のおかわりタイムは終わりを告げた
その始まりからは想像もつかぬ平和的収束だった


今日のプリンは流れたか
歴戦の勇士たちは戦の終わりを肌で感じる
ほっと胸をなでおろした

彼らは手を取り合い
互いの健闘を称えあう

戦が終わればまたいつもの日常に戻る
だって彼らは小学4年生なのだから

今日の給食タイムは穏やかに終わったと
知らずのうちに安息する戦士たちを誰が責められよう


だからこそ




誰一人気づけなかった



一人笑みを浮かべる野獣の姿を


その空気に異変を感じたのは鈴木だった
どうしようもない違和感

今日って玄関の鍵ちゃんと閉めたっけ?

そんなどことなく不安にさせられる感覚
彼の違和感にあてられ周囲の者もまたざわつく

不安が不信を産み
不信は疑惑を呼び起こす

戦士たちは周囲を見渡し
そして


確信した

微笑んでいる遠山の姿と
にやりと口端を上げる長谷川の姿を見たとき

敗北を、確信してしまった


ばかめ
協力をしていたのが自分たちだけだと思ったか?

遠山君は優しい生徒だ
妹持ちの4人家族
少し貧血ぎみだがごく普通の少年
頼まれたら断らない性格の優しい少年だ

だからこそ
僕は彼に布石を打った
遠山君には事前に話を通していたというだけだ

もしも今日保健室で休んだならば
プリンを僕にゆずってくれと

ただそれだけの話
ただそれだけの事

みたか童どもよ
これこそが戦略だ


見返りとして彼には好きなカードゲームのレアカードを渡しておいた


仕組まれた戦
必然的な戦果
仮に僕があのまま勝っていた所で
僕はそのままプリンを頂くだけ

そう、それだけだ
初めから貴様らに勝利などなかったのだ

手の上でもがく昆虫が如く
蜘蛛の巣であがく蝶が如く

お前らは最初から僕達に遊ばれていたという事さ

全てを理解した強者達は
今度こそ堕ちた
二度と這い上がれぬ敗者の沼へ

彼らはうめき声をあげ
絶望に顔をゆがませる

敗者どもの青ざめた顔と
負け犬どもの悲鳴を背に
僕は悠々と歩きだす

そしてプリンにキスをして
そっとつぶやく


今宵の獲物もまたうまそうだ、と


女子「……」


女子「男子ってほんと馬鹿」




【終わり】

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