杏「夜が告げる」 (31)


「なぁ、もし世界が終わるとしたらどうする?」

「……どうでもいいから寝てたい」


というかなんだ、急に。

扉と窓と机とソファーと散らばった飴玉。
どこまでも四角い部屋の中で杏はぐうたらしている。
テレビからはつまらないコメディショウが流れていて、空気には眠りの粒子が沢山紛れ込んでいた。

そろそろいい感じに睡魔に負けそうだったのに、ベッド代わりに体を預けてる同居人からつまらない質問をされて微睡みから遠のく。
世界の終わりなんて来たら杏は大惨敗だ。やっと三日三晩惰眠を貪る生活を獲得したっていうのに、あんまりじゃないか。

改めて寝やすい姿勢を探るため、体をもぞもぞと移動させる。
動く度やつが苦悶の声を漏らすので、気になって足を指でつつくと逃げるように身じろぎした。どうも足が痺れてるらしい。
……くふふふふ。

わざと振動が響くように大袈裟に動いて、結局、彼の太ももではなくおへそくらいの位置を枕にする。
太もものふわふわ枕はやっぱりきらりと比較してしまうけど、代わりにちょっとゴワゴワな固いお腹の枕は彼女にはない感触だ。
二度寝には硬い枕が丁度いい。

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「邪魔だ、いつものぬいぐるみはどこやった」

「だって今はいらないでしょ、プロデューサーがいるし」


憮然とした表情を隠すことなく明らさまに見せてくる。ただ、それ以上は何も言わず、言葉は不満と一緒に飲み込んだようだった。
そんな意地悪をしたつもりもなかったけど、気を悪くしてしまったんだろうか。
それとも、あのうさぎのように雑な扱いをしてるということを嫌がったんだろうか。大切にしてるのに。

重くはなかったが澱のようによどんだ空気から少し逃れたくなって、さっきの彼の言葉を思い返す。
……世界の終わりがどうとかなんだとか、やっぱりどうでもよくなってしまった。


彼は昔から色んな質問を杏にしてきた。
「もし、一億円当たったらどうする」とか「もし、アイドルじゃなかったらどうしていた」とか。それはどれも大した意味もない、くだらないやつだった。
決してお喋りというわけではなく、多分何も考えてないだけで、ふと思いついた疑問をなんとなく口でなぞっているだけなんだろう。
そんな質問じゃこっちだって思考停止する。

特に、プロポーズされた時なんか酷かった。
「養ってやる!」ぐらいの強い姿勢で来てくれればいいのに「養っていい?」なんて弱気に言われるんだ。
いつもの冗談かと思って適当に答えていたら、いつの間にか結婚が決まってた。不思議だった。


「プロデューサーはさ、世界が終わるならどうしたいの」

「お前が寝てるなら、一緒に寝るかな」


……何気なくお返しした質問で惚気られてしまい、少し戸惑う。
人の惚気なんて幾ら聞いても右から左なのに、それが直接向けられてきた場合はどうももどかしい。
体を捻ると彼の体温が頬から伝わってきた。フルーツ味の飴の中に無理矢理閉じ込められた気分だった。


「一人で寝るよりは、二人の方がいいだろう」


星屑の点と点を線で繋ぐように、今を紡いできたお前とだから。
何処の本に影響されたの。
そう聞くとどうやら好きな曲のワンフレーズらしく、もどかしさは恥ずかしさを越えて苛立だしさにまで変わってきたので、彼の足の裏を思いっきり揉みしだいておく。


「じゃあ、杏からも質問」


相槌は苦悶の声を漏らす彼の口の代わりに、お腹の中から返ってくる。
内臓の音の癖に鳥の鳴き声のように可愛らしく鳴るその音は、不快だった。


「プロデューサーって、子供とか欲しくないの?」







結婚してからも彼がプロデューサーではなくなってからも、杏は彼を名前で呼んだことはない。
そのことを彼は何も言わなかったし、杏も言われて変えるつもりはなかった。
そこに特に拘りがあるわけではなかったけれど、彼はいつまでも杏にとってのプロデューサーだったし、杏が結婚したのも彼が杏のプロデューサーだったからだ。
今更呼び捨てにするのは少し恥ずかしい。


「杏ちゃん、今日は元気ないねぇ」


家から歩いて10分もかからない場所に杏がよく行く喫茶店はある。
そのお店はとても古くところどころが寂れていて、座る椅子は体を揺らせば小さな杏でもキシキシと鳴り、綻びを見せる。
目の前の大きな彼女を支えているのが不思議だとさえ思う程だった。


「昨日寝不足だったんだよ、足が痺れたせいで」


彼女は大きな目をくりくりとさせながら、可愛らしく首を傾げる。へにゃりとした口と相まって、猫のような小動物を連想させる。

それが天然なのか理性なのかは分からないが、彼女は人の奥深くにある感情をよく見抜いた。
かといって必要以上にそこに踏み込むわけではなく、個人の想いを大切にしてくれる。
だから杏は彼女と10年以上付き合えてきたんだろう。

今日の彼女も杏がちょっとめんどくさい気持ちを抱えてることに気付いたのに、強く干渉してくることはなかった。
ただ、杏の勘違いじゃなければ、今日の彼女は珍しく杏を咎めてた……ような気がする。

会話の多くは他愛のないお話で、あそこにあったお店の服はお洒落だとか、美味しいスイーツ店を見つけたとか、どこにでもある女の子同士のお会話だったはずなのに、その間中ずっと彼女の目の奥には金色が映っていた。
なんだか目をそらすことさえできず、杏はずっとお説教をされてるような気分でいた。

彼女が身振り手振りで話に色をつける度、椅子がキシキシと相槌をうつ。注文したジュースの氷は決して音を響かせないよう気をつけながら、密やかに溶けていく。


「杏ちゃん、旦那さんとはどう?」

「プロデューサー?」

「……もう、意地悪しちゃだめだよぉ」

「意地悪なんかじゃないって」


仕方ない。彼は杏の旦那であり、夫であり、やっぱりプロデューサーなんだ。まだパパやお父さんになる気はないらしい。

途切れた会話の間に油断してストローで氷をかき混ぜてしまう。
カラカラと響く音が寂れた店内の壁に染み込んだ。


「好きってね、言わないと伝わらないんだゆ?」

「……知ってる」


普通に返したつもりが語気は尖った色を含んでしまって、自分が思ったよりも拗ねていることを自覚した。
金色は杏を覗き続ける。目をそらすためにストローを吸えばジュースの味はすっかり薄くなっていて、果実の香りだけが口の中に広がっていった。


その日の夕方は彼女と洋服やアクセサリーを見て回った。
彼女は両手いっぱいの紙袋を提げていたけど、杏が買ったのはピンク色の髪留めと水玉模様のネクタイだけ。

見慣れない番号から連絡があったことに気付いたのは、くたくたになって家に帰った後だった。







病院に着いた時、眉がへの字になってとても気難しそうなおじさんから説明があった。
ただ、彼の言ってることはイマイチ難しくて、杏はぼんやり彼の眉毛を眺めながら頷くだけだった。
一つだけ分かったのはお腹の中がどうこうしてボロボロになってて、もう取り返しがつかないってこと。
こう見えても杏の頭は悪くない。きっと真面目に勉強すればもっと詳しく知ることができると思う。
けど、今はそんなことはめんどくさかった。


「奥様も覚悟だけはしておいてください」と、そうおじさんは言った。
覚悟って何をすればいいんだろう。彼がいなくなった後にどうやって生きていくかとか、そんなことを考えればいいんだろうか。
そんなこと、その時にならなければ分かるわけもないのに。


マスクをつけて、階段をのぼる。
すぐそばにエレベーターもあったけど、今足を止めたらもう動くことができない気がして見なかったフリをする。
不本意だけど、杏もなんだかんだ乙女らしいとこはあるのかもしれない。


308号室のプレートを確認し、その前で深呼吸をする。
扉の代わりに申し訳程度にかかっているカーテンを軽い力で引いてやれば、そこには寝転びながら週刊誌を読んでいる彼がいた。
そばにはイヤホンがつながったままのラジオが転がっている。


「よう」

「……元気そうじゃんか」

「ゴホゴホ、死ぬぅ」


ふざけて咳き込む姿を遠目で見る。
不安と安心とちょっとしたムカムカが綯い混じり、溶けている。
かける言葉が中々出てこないまま入り口で呆けていると彼がこちらに手招きしてきた。その手に誘導されるように杏は彼のそばに歩いていく。
よいしょっと。もぞもぞ。


「誰がベットまでの上っていいっつった」

「ケチケチすんなよー、減るもんじゃないでしょ」


そう言いながらも、彼は杏の入る分のスペースを空けてくれた。病院にいても家にいても、杏に甘いのは特に変わらない。
近くに枕の代わりになるものはないかどうか確認しようとして、机の上にある大量の書類が目に入る。
隣でまた、わざとらしい咳払いが聞こえる。


「……プロデューサーってさ、どうなの」

「どうって?」

「死ぬの?」

「死ぬんかなぁ」


深い溜息。
世界の終わりが来たらどうする、なんていうくだらない質問がちゃんと質量を持って蘇る。
手を伸ばして机の上にある紙の束を取って、並んである文字に目を向けた。
難しい言葉で書かれてる書類や何かの契約書、病室での過ごし方について分かりやすく書いてくれているプリント、そのどれもが等しく杏にはどうでもいいものに思えてしまう。
そこには彼のお仕事の書類もたくさんあった。仕事バカにも程がある。

杏と一緒に寝てくれるとか言ってたくせに。

書類をわざとらしく見せびらかしながら彼の方へ視線を向けると、引き継ぎみたいなものだと目を逸らしながら言い訳された。
まぁ、この人がこうなのは今更文句言うこともないか、きっと本当に死ぬまで働いて死ぬんだ。杏とは全く違う。

いらなそうなプリントを適当に選んで束にして折り、枕代わりにする。寝心地は当然最悪だ。
ああ、もう、それにしたってめんどくさい。
彼と同じベッドに着いたし、もう世界の終わりが今すぐにでも来たっていい。
このまま二人で眠って、永遠に目覚めなくたって別にいい。
今は油断すると色んなことを考えてしまって怖くなってしまう。

目を閉じたら、転がっていたラジオのイヤホンから「誰も一人じゃない」と音楽が流れてきた。
その音を無視して他の音に耳を澄ませてみれば、そばで聞こえる彼の息遣い。どこかで鳴る空調の音。遠くから響く車の音。こそこそと鳴る自分の心臓の音。

今、世界中でここだけが杏の唯一の逃げ場だった。







命がどーこーするような病気のくせに、彼の退院はとてもはやかった。
あの眉毛の繋がったお医者様とどんな相談をしたのか知らないけど、多分彼は延命とかそういうのが性に合わなかったんだろうし、病院で過ごすよりは家に帰りたかったんだろう。
そして、それが許されたのはもう取り返しのつかないことだから、というのは分かってしまう。……分かりたくないなぁ。

勿論そうはいっても病院通いは続けなければならないらしく、彼は週に何度も検査やお薬を貰いに行っている。
ただ、それ以外に外出することはほとんどしなくなった。
出るのは精々ご飯の買い物を一緒にしにいくとかそれくらいで、杏達は二人ずっと家の中でぐうたらしてた。
そうは言っても、彼はたまに何処かにメールを送っていたり電話をかけていたりと忙しそうにする時があって、相変わらずなとこは相変わらずだったけれど。


「プロデューサーってさ、死ぬ前にしたいこととかないの?」


彼に質問を投げかける。
このままじゃ彼は本当にお仕事しながら死ぬか、杏と眠ったまま死ぬかの二択しかない。
だからこれはちょっとした善意の言葉だった。
というか杏だって一応彼のお嫁さんで妻で奥さんだ。お婿さんで夫で主人のためには何かしてあげたい。
そんな気持ちなんていっぱいあって、なんなら自分の中の特産品として売れるくらいには持て余してる。

死ぬ前にしたいこと、彼はまるで今やっとその問題に辿り着いたというように目を丸くした後、真剣な表情で考え込みだした。
重そうな頭を支える片腕を見て、心なしか前よりも細くなったなって思う。後で飴をおすそ分けしてあげとこう。


「セックスがしたいな」

「杏と?」

「うん」

「……えぇ」


泥のような声。
もちろん、杏がするのがめんどくさいからって訳じゃない。というかここで杏以外の人を出されたら流石に怒る。多分。

どんな質問が来てもと心構えはしてたつもりだけど、その答えは意外に感じてちょっと面食らってしまったんだ。
死に近づいた人間が求めるものってもっとこう、ロマンチックなものじゃないのか。
オーロラを見に行きたいとか、もう一度アイドルのライブが見てみたいとか、もしくは君のそばにいれるならとか、そういうの。
……というか杏のそばで寝てればいいとか言ってた気がする。そういう意味だったのか。


まぁ、実際ああしたいこうしたいと言われるとめんどくさいので、これはこれでいいのかもしれないとも思いはするけれど。楽だし、なんたって家からも出なくていい。

一人で納得してふと我にかえれば、杏はいつの間にか彼に体を羽交い締めにされていた。後ろから抱えられベタベタと太ももとか胸とかを撫でられる。
さらに杏を弄ろうと下の方にも伸びてきた手を無理やり抑えつけて、彼の瞳を覗き込む。
ものすごくエロい顔でこちらを見ているのがとっても気持ち悪い。


「そういえばプロデューサー、今日もゴムつけるの?」

「つける」


彼の瞳には金色が映っていて、それは少し燻んでいた。
心が濁ってるせいかな、なんて思っていると、急に肩を押さえ付けられ唇を塞がれる。
口の中にはニュルニュルまで浸入してきて杏の舌の上を這い回ってくる。慌てて必死で抵抗し、彼を突き放した後ベッドの上に逃げた。

距離を置き暫く警戒していたけど、彼は追い打ちには来ないまま、その場でぼんやりとこちらを見てるだけだった。
それでも隙を見せれば獣のように貪られそうな気がして、やわらかな布団で体を覆い鉄壁の防御体制を示す。


「子供が欲しいのか?」

「いや、いらない」

「じゃあ、一体何でなんだ?」


何でと言われても、あんまり答えらしい答えは出てこない。
強いて言うなら、彼のその態度がちょっとだけ気にくわないからというのはあるんだろう。


「大丈夫、プロデューサーはともかく、杏の子供だからきっと可愛いしいい子だよ」

「そんな話じゃなくて」


ズレた言葉を返す自分はまるで他人のように思えて、少し離れた場所から自分の意識だけがこちらを俯瞰しているような気分になる。
こんなめんどくさい感じは杏らしくもなくて嫌気がさした。どうせならもう明日にでも世界の終わりが来てしまえばいいのかもしれない。


「でも、お前の子供なんだ、絶対ワガママだぞ」

「プロデューサーの子供だから頑固だろうしね」

「……俺に気を遣うな」

「それ」


「そういうのが、ものすごくめんどくさい」


まさかプロデューサーの為に種を残してあげたいなんて、そんな殊勝なお嫁さんだと思ってるんだろうか。
いくら彼が杏を置いていった世界での杏を想像したってこれから先の未来のことなんか知れるわけがない。

とにかく、未来など考えず、彼は残された今を杏とゆるーくダラダラするためだけに使えばいい。
それなのに彼は変な美学に酔っていて、今を一緒にダラダラすることに真剣になれてない。

そもそも杏はプロデューサーに可愛がられる為に結婚したわけじゃなくて、甘やかされる為に結婚したんだ。


「ほら、それにさ、生って多分気持ち良いよ」

「ぐっ……」


漫画のように大袈裟にお腹を抑え出す。抑えるならテントを張ってるそれの方がいいと思う。
死ぬ間際は子孫繁栄の本能が高まるらしいけど、それをわざわざ我慢して杏の心配をするのは確かに愛されているのかもしれない。

気付かれないように、声を溜息で濡らす。
分かっている。彼はそう、そういう人だから。きっと死ぬまで。


「それでもやっぱり、なんでしょ?」


答えは返ってこなかった。
彼は未だにベッドまで上ってこないから、仕方なく布団ごと彼のそばまで移動してあげた。







「人って死んだらどうなるんだろうな」


「死んだことないから分かんない」


「天国とか地獄ってあると思うか?」


「杏にとっては今が天国かもだし」


「そりゃ、怠惰なお前はそうだろうよ」


「プロデューサーも天国でしょ、なんたってこんな可愛い子と一緒なんだよ」


「じゃあ、お前が居なくなったら地獄だ」


「杏は居なくならないよ、だいじょーぶだって」


「でも、俺は居なくなるぞ」


「……もしかして、怖い?」


「怖くないわけないだろ」


「不安と恐怖ばかり募って、頭がおかしくなりそうだ」


「杏なら一緒に死んであげなくもなくもなくもなくもなくもないよ?」


「別にいい、一緒に死んでどうするっつーんだ」


「ただまぁ、なんだ、それなら代わりに一緒に眠ってくれたりとかしてくれ」


「……ねぇ、プロデューサー」


「嫌だとかいうなよ」


「ううん、そうじゃなくて」


「来世でまた、一緒にだらだらしようね」







あの日。目が覚めた時、彼は杏を抱きしめたまま眠っていた。
体の暖かさは無機質な冷たさに変わっていて、彼の硬い腕を枕にして何度も二度寝をしようとしたけれど、眠れはしなかった。
悪夢さえ訪れることはなく、微睡むことすら許されなかった。

それでも無理やり目を閉じていたら、欠伸ばかりが吹き上がってきて、退屈と寂しさが雫になって流れていく。
後にも先にも、プロデューサーのことで涙が出たのはこの瞬間だけだったかもしれない。
あの時以外で泣いたことは、おそらくない。


「そうだねぇ、杏ちゃん、つおい子だもんねぇ」

「うぐっ……そ、そうだよ……」


猫のように笑う彼女の表情の裏には、隠されてるものがありそうで不安になる。
誤魔化すように周りの景色を見れば、そこはピンクや黄色のふわふわでいっぱいに囲まれていて、かつてのきらりんルームを思い出して今度は怖くなってしまった。
そのファンシーな空間の中で笑う彼女はなんだか部屋の一部みたいだ。ふわふわの中では杏とボロボロになったうさぎのぬいぐるみだけが浮いている。


「それで、杏ちゃんのお願いって何かなぁ? きらりん杏ちゃんの為ならなんだってすゆよっ☆」

「あ、そうそう、そうだった、このうさぎなんだけど」


ぬいぐるみにはコーラをこぼした時の染みがついたまま。持ち歩き過ぎてたせいか体はくたくたになり、脇腹からは綿が飛び出している。
ボタン製では無いはずなのに片方の目玉はいつの間にかなくなってて、残った目で恨めしそうにこちらを見ている。


「直せる?」

「うーん、ふーむ、うぇへへー……お任せあれっ」


彼女は何処からか大きな裁縫箱を取り出し、慣れた手つきで準備をしだした。
流れるような手つきに感心して、そういえばここにある全てのぬいぐるみやキラキラなアクセサリーがお手製だってことを思い出す。
最近ではどこかの雑誌の特集として掲載されたり地元のテレビに映ったりと、大人気らしい。


「懐かしすぃー☆ 杏ちゃん、昔はずっとこのぬいぐるみ持ち歩いてたよねぇ」

「そうそう、ちょっと前までは押し入れで眠ってたんだけどね」

「また持ち歩くことにしたの?」

「うん」

「そっかぁ☆ ……よーしきらり、この子をちゃんとかわゆくしてあげゆ!」


彼女はそう言いながら裁縫箱から宝石のような何かを両手いっぱいに取り出してきたので慌てて止める。
けど、この子はプロデューサーとは違って質問が少ないから気楽だ。
何でまたぬいぐるみを持ち歩き出したのなんて、素直に答えるのは恥ずかしいし。


鼻歌を歌いながら器用に針を動かす彼女をぼんやり見ながら、ポケットに詰めていたレモンの飴を一つ口の中に放り込む。
柔らかな甘さの中にある鋭い酸味が耳の裏まで刺さってくる。


「むむ、杏ちゃん、最近は酸っぱいのだぁーいすきだねぇ」


そうかな。そうかもしれない。
だって、たまには酸っぱい飴も悪く無い。
……ちなみにこれには心当たりがある。あの日アレにちょっと悪戯してしばらくしてからだ。彼は結局、死ぬまでチョロかった。
流石にちょっと申し訳なさもあったから、少し複雑な気持ちだったりする。


「あれ?」


目の前の彼女が調子の外れた声を出し、手を止めた。
気になって彼女の手元を見てみると、そこには小さな箱がうさぎから掻き出された綿とスポンジの合間に隠れている。
彼女はその箱を両手で掬うようにして持ち上げ、杏の目の前に置いた。

おそるおそる、手を伸ばして中を開く。

そこには銀色の輪が鮮やかに輝いている。


復唱したみたいに、杏も彼女と同じ言葉を繰り返してしまった。
そして、自然とあの日のプロデューサーの不満そうな表情が思い出される。


「……気付くわけないじゃんか」


どこまでも銀色なあの輪っかの中に、ぼやけた金色が映っている。
星屑のように散りばめられている。


「杏ちゃんっ!」

「ぐえっ」


横から突然抱きつかれて、潰れた声が出る。
柔らかい二つの塊に顔が埋まって息がしにくい。
でも、悔しいな。これからもこれまでも、この子に杏は勝てないんだろうと、そう思う。

視界の端に放置された縫いかけのうさぎが見えた。
一人で眠るのは少しだけ寂しかったけど、今日からはきっと問題ない。
点と点を線で繋ぐように、今また一つ繋がった。それは杏と、もう一つに宿っている。

杏のそばに、いつもある。

よくわかんなくなったし自分が書く杏ちゃんはどうしてもめんどくさい子になるし童貞だしでとにかく杏ちゃんとPをいちゃいちゃさせたい……

以下のもどうかよろしくお願いします

乃々「幸福のしっぽ」
乃々「幸福のしっぽ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1452440895/)

輝子「プロローグ」
輝子「プロローグ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1424614523/l50)


読んでくれてありがとうございました
駄文失礼しましたー

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