藍子「旅行計画っ!」 (12)


 年明けの仕事も終わって、高校は始まったけど慌しさは落ち着いてきた頃。
 以前から話していた旅行の打ち合わせをするということで、芽衣子さんの部屋に来ていた。
 座卓の上には色々な雑誌が積まれていて、その向こうでは芽衣子さんが目を輝かせてそわそわしている。

「それじゃあいくよっ!」

 緑茶の入ったコップをテーブルに戻したとき、待ちきれないといった様子で芽衣子さんが話し始める。

「旅行計画ぅ――――!」

「……?」

 右手を突き上げての宣言に、反応ができなかった。

「も~、藍子ちゃん?」

「……あっ、ごめんなさい」

「じゃあもう一回! せーのっ――」

「「旅行計画っ!」」

 上げた右手でハイタッチ。
 腕を組んで満足そうに頷く芽衣子さんを見れたから、これが何なのかは深く考えてはいけない。
 パッションではよくあること。たぶんきっとそのはず。

「よーし、まずは大まかな方向から決めてこっか!」


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「と言っても、実際に行くのは夏ですよね?」

 今日話すのは半年以上先のことだ。
 だから、雑誌も夏の観光スポットが載っているものばかり。

「なにかいいイベントがあったら確実に行きたいじゃん! 先に予定入れないと仕事があるかもしれないし」

「たしかに……忙しくなりそうですからね」

 私も半年後には受験生だけど、それなりにお仕事は入って来ることになっている。
 だから予定を組むのが早くて困ることはない。

「それじゃあ早速……海に行く? 山に行く? 北に行く? 南に行く?」

「そこからですかっ?」

 芽衣子さんから誘ってきたからちょっとはプランがあるのかと思っていたのに……

「あっ、でも遠くに行きたい!」

「遠く……北海道とか、九州とか、それくらい離れたところでしょうか? 大都市はお仕事で行くこともありますから、ちょっと変わったところとか」

「狭い範囲に観光地が固まってた方がいいかな? 藍子ちゃんは受験勉強もしないといけないし、あんまり何日も旅行するわけにもいかないから」

「自然が豊かなところになりそうですね。あとは、ゆっくり過ごしてリフレッシュできるといいかなぁ……」

「なるほどなるほど! となると…………このあたりかな?」


 そう言って、何冊かを抜き出した。

「島根……?」

 一番上に見えたのは、大きな神社の写真だった。

「空港もあるし、湖の周りに観光地が集まってるし、のんびりできるし! 私も中国地方はあんまり行ったことないし、山陰は初めてなんだよね!」

「私も行ったことはないので……気になりますね」

「昔と比べたらちょっと話題になってるんだけどな。ほら、縁結びにいいって!」

「……?」

 そんなことあったっけ……?

「女性に人気だったんだよ? 鏡の池っておもしろいところがあってね! 紙にお金を乗せて池に浮かべたらご縁が占えるって!」

「は、はぁ……」

 雑誌を開いて見せてくる。
 まだ私は高校生だし、そんなのは遠い先の話で想像もできない。
 芽衣子さんも若いから、わざわざ行くほどでもないと思うんだけど。
 それに、芽衣子さんが結婚かぁ……

「今想像できないって思ったでしょ? 藍子ちゃんはともかく、私はそろそろ少しは考えてるんだよっ?」

「さすがに私にはそんなことは早いですよ! 芽衣子さんだってまだ……」

「そう思ってるとね、歳を取るのはすぐなんだって。みんな言ってた。藍子ちゃんは困らないだろうけど」

「困るとか困らないとかの前に、まだ高校生ですからね?」

「この……よし決めた! 絶対ここ行く! 行って藍子ちゃんと占いする!」

「そんな決め方でいいんですかっ?」

 急、だけど……芽衣子さんがこうなったら止まらない。
 興味の方向が決まったら、それに向かって一直線だから。


「いいのいいの! これで藍子ちゃんにだってご縁が訪れればいいんだ!」

「ないと思いますけど……」

「池の淵ですっごく時間経ってから沈むんだから! 賭けてもいいよ!」

「……そんなことありませんっ! 普通の距離で普通に沈みます!」

「それってホントの本気で言ってる?」

「当たり前じゃないですか」

「えーあやしいなー」

「えーと、芽衣子さん? なにをしてるんですか?」

「なんでもないよー?」

 なんでもないとは思えないんだけど……膝立ちでテーブルのこっち側に来られたら身構えてしまうし。

「ほんっとーに心当たりないんだね?」

「ないって言ってるじゃないですか」

「そっかそっかー」

 後ろに回りこんだ芽衣子さんがお腹に手を回してきた。

「ねぇ、藍子ちゃん。苦しくなる前に吐いちゃってね?」

「なんですかその怖い言葉……なにす――ひゃっ」

 脇腹で指が動いた。
 考えてみれば、この体勢はマズい。

「大丈夫大丈夫、素直になるだけだから!」


「ちょっとまってくださ――――っ」

 芽衣子さんの指が激しく動き始めた。

「ほらほら、楽しくなるだけだから! 遠慮しないで笑お? ねっ?」

「こ、これっ! たのしっ、いわけ、じゃないい!」

「楽しいよ! たぶん。藍子ちゃんの笑顔好きだな~」

「だから、これ……わらっ、えがおじゃな……っ~~!」

 弱いのに最初に腕も一緒に押さえ込まれたから、何もできない。

「おっと、危ない危ない!」

 力が抜けて横に倒れそうになったところを、ゆっくりと降ろされる。
 その間はくすぐりが止まったけど、こんなところで微妙に優しくされても……

「はぁ、はぁ……はぁ、んっ……」

「早く認めるんだ! 田舎のおふくろさんも泣いてるよっ♪」

 一緒に倒れこんだ芽衣子さんが刑事ドラマっぽいことを言っている。
 でも、声の調子で雰囲気が台無しだ。

「私のお家は都内――あははっ」

「こういうのは様式美だから! 油断してると声我慢できないんだね~!」

「ちょ、違、はっ、だ、だふぇ……ふ、ふーっ、ふふふふ……っ」

「ここかっ? ここがいいのか~っ?」

 本当にくすぐったいと普通に声を出して笑うのは無理だ。
 これいつまで続くんだろう……


 とにかく、このまま芽衣子さんにやられっぱなしは嫌だ。
 なんとか片腕だけでも動かせないかな……

「っ! 悪戯する悪い手はこれかな?」

「芽衣子さん、だってっ……くっ、してるじゃ……ないですか」

「それはそうだけっ……もう降参するまでやめてあげない!」

「絶対……まけ、ませんからっ」

「ん――っ! はははっ! 私、だって!」

 片手は自由になったし、芽衣子さんだって人のことを言えないくらいには弱かった気がする。
 こんなので負けるのは我慢できないし、絶対に先にやめてあげないことにした。
 我慢比べは昔から得意だったから、なんとかなる……はず。


「っ、はぁ~、すー、はー……」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 あれから十五分後。
 私達はカーペットに仲良く仰向けに並んで荒い息を吐いていた。
 結果は呼吸が続かなくなったところでの引き分け。

「……なんでこんなことになったんでしたっけ?」

「……なんでだろう?」

「……旅行先を決めてただけだったはずですけど」

「……そんなこともあったね」

 本当に、どうしてお話に来てこんなに疲れてるんだろう。

「行き先は島根ってことでいい?」

「いいですよ。日程とかも決めないといけませんね」

「夏休みを使って一泊二日くらいかな? 神社とか灯台とかお城とか、いろいろあるけどたぶん行けるはずだよ」

「回れなかったらまた行けばいいですよね。またどこに行くのかは後で話すとして……」

「温泉があったから、泊まるのはそこかな? 車がないと移動できないから借りるとして、運転は私がするよ!」

「じゃあ行く日の予定を押さえてしまいましょう。プロデューサーさんに連絡しないと」

「プロデューサーに話すのは藍子ちゃんに任せるよ。よろしくね♪」

「わかりました。後でメールしておきますね」

「それじゃ、きゅーけー……」

「はーい……」

以上です。短いですが、お付き合いいただきありがとうございました。
床に寝転んで会話する二人が見たかっただけです。
旅行は今年のお盆に里帰りして取材できるので、その後に書けると思います

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