禁断の果実はなんの味? (40)

鉛筆が紙の上を走り抜けていく音が好きだ。サラサラと、カッカと紙と鉛筆の芯が触れ合う音が好きだ。

その理由はあまりたいしたものじゃない。むしろこの理由を恥じるべきだと僕は思う。

電子機器を扱うのが苦手なだけだ。

誰も彼も、まだ小さい幼児ですら歩くことのできるインターネットの道を僕ははいはいする赤子程度にしか歩くことができない。

だから嫌いなんだ。

キーボードも、ディスプレイも。

「コーヒー」

画用紙を文字で埋め尽くそうとする手を止めて、僕は顔を画用紙から動かさずにそう言った。

また再び画用紙を文字で埋め尽くす作業へと戻る。

僕は好きだ。この音が好きだ。

「お待たせいたしました、マスター」

そしてこの人間を真似した無機質な声が嫌いだ。

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人類の進化。ブレイクスルーが起きたのは僕が生まれるよりも前。

ロボット、アンドロイド。それらの登場によって人間の生活というものはさらに豊かに、便利になった。

農業、漁業、工業。人間よりも長時間働き、疲労も少ないアンドロイドの活躍により、商品の値段は低下した。だって人間と違っているものは電気とたまのパーツ交換だけだからだ。労災もいりはしない。むしろ保険にはいっている分、壊れてしまったほうがよいという事だってあるくらいだ。

たしかにアンドロイドが人間の仕事を奪ってしまうという批判は相次いだ。しかし緩やかに減少している人口を鑑みればそれは妥当なことではないのかと思う。いずれ人手は不足する。そのときのために人間は産業から消えてもらったほうが良い。

そして現在ついにアンドロイドがアンドロイドを作る時代がやってきた。今までは高所得者専用だったアンドロイドの値段も低下し今となっては所有率100%を超える。

完全にアンドロイドに依存しきった社会。テレビのコメンテーターがなんども繰り返すその言葉は実に的を射ていた。もしアンドロイドが一夜にして全て消えてしまえば人間がアンドロイド登場前の生活に戻るのは不可能だろう。

でも僕はアンドロイドは嫌いだ。

「もういい。あっちにいっててくれ」

「了解いたしました、マスター」

だけど僕が唯一使えるハイテクなもの。

それが皮肉にも僕が嫌いなアンドロイドだった。

よく行く喫茶店。僕がコーヒーを一口すすると、そいつは店内に響く大声で怒鳴った。

「だーかーらー。お前は頑固親父かよ!?」

「うるさいなぁ。だって苦手なものは苦手なんだから仕方がないだろ?」

「お前は嫌いって言い訳して、本当はハイテクなものが使いこなせない自分が嫌いなだけだろ?」

「うぐっ」

図星をつかれる。僕は言い返す言葉を捜し求め、コーヒーをもう一口、口に含んだ。しかし教えてくれたのは味覚の情報だけ。

僕はそいつから目を背け、天井で回転する羽を見つめた。

「ほら、こないだようやく買ったアンドロイドだって便利だろう? こうやっていろんな便利を覚えて人間は進歩していくんだよ。だろぉ?」

「ぼ、僕がアンドロイドが嫌いな理由はもう一つあるよ」

「なんだ? 言ってみろ」

「アンドロイドは………小説を読まない」

「は?なんだそれ」

「僕にとってはとっても重要なことなんだよ! 人の形をしているのに、小説を読まない、音楽を聴かない、絵画を眺め心を震わせることもないんだぞ!?」

「はぁ。小説家様が考えることは凄いねぇ。良いか? いくら人間の形をしてようがアンドロイドに感情はない。だから小説も読まない、音楽も聴かない、絵だって見ない。OK?」

「でも―――」

人間の形をしているんだ。

「人間がアンドロイドに必要以上に感情移入をしないことだ。家族でもペットでもねぇ。ただの家電なんだよ」

「それは違うな。敦彦よ」

「あん? いたのか恭平」

僕達が座っている席にいきなり割り込んでくる一人の男。恭平は掌の上で僕を見つめるそれを机の上に優しくおいた。

「アンドロイドにも心はある!」

「ねぇよ」

「なにぉう!?」

喧嘩する二人を背景として捉えながら僕は机の上に立つそれと見つめ合っていた。

30センチほどの人形。人間よりもデフォルメされたその人形はじーっと僕を見つめる。

この人形の服。結構しっかりしているけれど、どこで買ったのだろうか。メイド服のようなドレスが三次元から離れた容姿をしているこの子にはとても似合っている。

「こんにちは。三浦様」

「ど、どうも」

人形がぺこりと会釈をする。僕もつられて頭を下げてしまう。頭を下げながら視線を動かして人形を見ると、人形は少し微笑んでいた。

そのあまりにも人間的なしぐさに僕は思わずドキリとしてしまった。

「またプログラムをいじったのか」

「いじったのではない。これがアンドロイドの持つ本来の感情! と、いいたいところだが、今は感情を模倣してるだけに過ぎないのだ」

「やりすぎると逮捕ー。かもな。とにかくロボット三原則は絶対に解除するんじゃないぞ。今でもロボット基本法すれすれだっていうのによ」

「くぅっ。それがある限りやはりアンドロイドは人間になれないのか」

「マスター」

僕を見つめていた人形が敦彦に話かける。

「なんだ。リリカ」

「喫茶店では先に注文をしていたほうが良いとおもいますけれど」

「うぐっ」

「マスターよりよっぽど出来たアンドロイドだな」

「ありがとうございます。本田様」

恭平はしばしメニューとにらめっこをしていたが、決まったらしくメニューをパタリと倒して右手で軽くテーブルを叩いた。

「それじゃあオリジナルブレンドを貰おうか」

「店員に言えよ」

恭平の動きはかなり気取ったところがある。今のしぐさだって古い映画の中では見ることはあるけれども実際現実ではしている人など皆無だ。

恭平は不服そうな顔をして、手を上げて店員を呼んだ。

「ブレンドだけって、また金がないのか」

「パーツは高いのだ」

「マスターは私に色々なものを買ってくれるけれど、もう少し自分のためにお金を使ってください」

その心配する言葉も人間らしい。こんな奴が感情を模したプログラムを研究する研究者だとは誰が想像できるだろう。

もっともその研究はよく批判されるけれど。

「恭平は俺の意見を否定するが、お前もアンドロイドにかかわる職種だろう。思うところはないのか?」

「俺はただ家電をデザインしてるだけだ。アンドロイドを人間に近づけようだなんてさらさら思ってねぇよ」

「まるでアレルギーだな」

「そっちは依存症かよ」

「依存症で何が悪い。いまやアンドロイドを伴侶する奴もいるんだ」

「ごく少数のやつだけれどな」

アンドロイドとの結婚。そういえば先日電子新聞で取り上げられていたのを見たことがある。またアンドロイドと人間の関係に一石を投じる事件が起きたらしい。

アンドロイドと人間に諍いはいつの時代も変わらないものみたいだ。

「稔はどう思うんだ?」

「え?」

いきなり二人が僕に話しを投げかけてくるので僕は反応ができず、口を半開きにして二人を見た。

「どう、ってなにが?」

「アンドロイドについてだよ。もちろんお前は常識人だからこっちだよな」

「いいや。アンドロイドは小説から生まれた。アイザック・アシモフがロボット三原則を作り出したのだから、同じ小説家であるお前がアンドロイドを否定するはずがない! もちろん例のハイテクアレルギーを除いてだが。さぁ、自分の心に素直になって言うといい」

「その言い方は卑怯だろ。さぁ、稔、お前はどう思うんだ?」

「え、えっと、それは」

「マスター、本田様。三浦様が困ってます」

「わりぃ、ヒートアップしすぎた」

「すまない」

素直に謝る二人から目を背け、僕は人形を見た。

アンドロイドをどう扱うか。

身近でない僕はその答えを持っていない。

人間と同じ形をしたそれをどう扱えばいいのか。僕はまだ分かっていない。

「アンドロイドの話はいったんやめよう」

「そうだね」

意見が違う僕達だけれど、アンドロイド以外では気があうのでいつもこの三人でこの喫茶店に集まる。

話がヒートアップすることもあるけれど、さっきみたいにすぐに話を切り上げて別の話題に移ってくれる。

良い友人だと、僕は思う。

「げっ。仕事の時間だ」

「今日は夜からなの?」

「もうすぐアンドロイドの新作発表の時期だからな。忙しいのだろう?」

「その通りだ。金ここおいとくから会計たのんだ!」

お金を机の上にばら撒くようにして置き、敦彦は喫茶店から走って出て行った。勢いで乱暴にしまった扉がうるさくベルの鳴き声をあげる。

「では俺も戻るとしよう。来るのだ、リリカ」

「分かりましたマスター。それでは三浦様。ごきげんよう」

「またね、恭平、リリカちゃん」

小さく手を振ると恭平は驚いた顔で僕を見た。

「やはり稔。こっち側の才能はあると思うぞ」

「ち、違うって」

「まぁ、いい。それではな」

恭平はおもむろに外へと出て行った。僕ももうそろそろ家に戻ろう。すっかりさめたコーヒーを一気に飲み干して、伝票を二枚手に取った。

「あ、恭平、お金くれてない。………またかぁ」

僕は二枚の伝票を持って三人分のコーヒーを支払った。

「ただいま」

家に戻り玄関を開け、そう言う。今までの人生の中で染みついた言葉はたとえ一人暮らしだとしても抜けることは無い。

「おかりなさいませ。マスター」

あ、そうか。アンドロイドがいるのか。

でもやっぱりこの無機質な声は好きじゃない。せめて人間の形をしていなければ僕は慣れることができたのだろうか。

「今日は何をやってた?」

「本日は、掃除、洗濯をしていました。ご夕食はどうなされますか」

「6時30分にお願い」

「了解いたしました」

「あ、待って」

「なんでしょうか」

「もうちょっと人間なれない?」

「その命令はロボット基本法に反するため、遂行いたすことができません」

「そう、だよな」

やっぱりアンドロイドはアンドロイドか。

でももうちょっと人間味が欲しい。人間の姿をして人間のような声を出す。だけれど乾燥して無機質。それはとても不気味で。

「アンドロイドにも心ができれば、か」

恭平がいつも言っているあの言葉は理解は出来る。

だけれどもしアンドロイドに心が出来たならば

「仕事、続きをするか」

一瞬芽生えた感情を頭を振って消す。小説を書こう。そうすれば余計なことも考えなくていい。

カリカリカリ

カリカリカリ

原稿用紙を文字が埋める。

紙の上に物語が描かれていく。

今僕が書いているのは、昔まだアンドロイドがいなくて、人間がいまよりもずっと多かったときの話。

そんな時代の恋物語。

誰も経験していないその時代に思いを馳せて頭の中を駆け巡っていくストーリーを文字に変え、原稿用紙の上に再現する。

それが僕の仕事であり趣味であり、生きがい。

楽しい楽しいたのし―――

「マスター」

僕の興奮はその言葉で打ち切られた。

「なんだよ」

僕は楽しみを邪魔された怒りから少し怒気を孕んで吐き出す。

「食事ができました」

「あぁ、後で食べに行くよ」

「料理が冷めてしまいます、今食べるのが」

「うるさいなぁっ!」

机をばんと叩いて立ち上がる。アンドロイドの目は少しも大きくならず、驚いてはいない。

「………かしこまりました」

「お前もうちょっと人間らしくできないのか!」

「それはロボット――」

「ロボット基本法に抵触するって言うんだろ!? 分かってるよっ! でもちょっとは人の気持ちを考えてくれよ! あぁ、わかんないよな。アンドロイドに心はないからなっ!」

「マスター、血圧が上昇」

「うるさい出て行け!」

「………かしこまりました」

アンドロイドが少し頭を下げて、出て行く。その顔は悲しんでも怒ってもいない。

だけど背後から見ると肩が落ちていたように見えたのはただの僕の思い込みだろう。

扉が閉まるのを確認すると僕は椅子に倒れこむようにして座る。

「あぁ、またやっちゃった。最低じゃないか………僕」

自己嫌悪に陥り、両手で顔を押さえる。

部屋の中に残っているのは鼻をくすぐる香ばしい料理の香り。

それに影響され腹の虫が鳴いた。

でも今食べるのはばつが悪い。相手はどうも思わないのは分かっている、これは僕の気持ちの問題だ。

かっこ悪いなぁ。

椅子に座りながら椅子を回転させる。もう、続きを書く気分じゃない。出来ることならこのままベッドに飛び込み眠ってしまいたい気分だ。

でもおなかがすいた。鳴く腹の虫には逆らえない。

10分待ってから部屋をでよう。

そのために僕は時間を1から数え始めた。

600をようやく数え終え、立ち上がる。いつもより時間がたつのは遅いのは時の流れを認識したからだろうか。それとも僕があのアンドロイドと顔を合わせたくないからか。

「それでもおなかはやっぱり減る」

部屋から出てリビングに向かうと直立不動で僕を迎えるアンドロイドが一人。

こういうところもやっぱり人間らしくないんだよなぁ。

「温め直しますか?」

「お願い」

もし人間なら、ここで皮肉や嫌味の一つでも言うのだろうが、アンドロイドは何も言わず料理を温めなおすだけ。

リビングから見えるキッチンではアンドロイドが茶味がかった髪を少し揺らしながらアンドロイドが料理を温めなおしている。

無表情な点を除けばカップルと思われるかもしれない光景。

なんて、そんなことを考えてしまっては恭平たちからバカにされてしまう。

アンドロイドに心を開いたわけじゃない。

ただやっぱり何度も言うがアンドロイドは嫌いだ。人の姿をして人と同じことをするのだから。

でも人の形をして人の真似をしたのだから人として扱わざるを得ないじゃないか。

今日の夕食のメニューは鶏肉のカシューナッツ炒めと中華スープ、あと冷奴。

どれも味は完璧。レストランのシェフほどではないけど、十分美味しい。

少しとろみのついた中華スープをスプーンでかき回す。

「あの、さぁ」

「なんでしょうか」

「ご飯、食べないの?」

アンドロイドは僕の対面に座り、食事をする僕をじっと見ている。これを気まずく思うのは僕だけだろうか。

アンドロイドから目を逸らしテレビに目を向ける。テレビの中では連日のようにアンドロイド容認派と否定派が争っていた。

「それは必要、不必要という意味でございましょうか、可能、不可能という意味でございましょうか」

「あー。後者」

「改造をすれば可能でございます」

「え、そうなの?」

「はい」

しかし改造させてまで食事をさせるほどの余裕は僕にはない。小説家といっても豪遊できるのはほんの一握りだ。

だけど、アンドロイドを人間に近づけることが出来れば僕のこの違和感は無くなるのだろうか。

『非生産的な恋愛に意味はない。アンドロイドは人間の形を止め、もっとロボット染みたものにするべきだ』

「………」

確かにそうだ。ロボットと人間の間では子供が生まれない。

『その意見は同性愛者批判とも受け取れますが』

「………」

『それは曲解というものだ、今はアンドロイドの』

つまらない、変えよう。いつも意見は同じ。言い合うだけで議論なんてものじゃない。

「チャンネル変更………え?」

チャンネルを適当に変えようと思ってアンドロイドのほうを向いたらアンドロイドがテレビをじっと見ていた。

「チャンネル変更。了解いたしました」

僕の命令に対する反応が遅れるほどに。



「今―――いや、なんでもない」

バグか? 伝達系に遅延が発生しただけかもしれない。もしくは僕の命令の発音が悪かったか。

アンドロイドがテレビに集中する。そんなことはありえない。

そう見えるなにかが発生したというだけだ。現実的に物事を考えろ。

夢想するのは原稿用紙の前だけでいい。

変更されたチャンネルからはバラエティーが流れ、観客の笑い声が僕を落ち着かせてくれる。

もしまた命令が遅れるようなことがあればメーカーに持っていこう。修理するまではスーパーの弁当生活になりそうだけれど。

バラエティーを眺めながらご飯とおかずをかき込む。濃い味付けが白米にあっていた。

脂っこくなった口内を冷奴がすっきりさえてくれる。冷奴の味付けはしょうが、ネギ、ポン酢。実にシンプルかつ美味。

「ごちそうさま」

手を合わせ箸をおくと、アンドロイドが食器をさげた。空腹も満たされたことだし、今日は適当にテレビを見て寝よう。

「お風呂は?」

「何時に入られますか」

「1時間後で」

「了解いたしました」

ソファーに寝転がり、掌で顔を支えテレビを見る。アンドロイドが増えてから娯楽というものは前よりも重視された。

奴隷がいたから発展した芸術的文化、そういえばそういうものが歴史にはあったな。

奴隷。今となっては人種差別すらないが、アンドロイドはそう呼べる扱いを受けている。

「あー。今日あんな話を聞いたからこんなこと考えるのかな」

アンドロイドとの結婚。その結婚はアンドロイドの意志にそむいたものでやっぱり扱いは、いやアンドロイドに意思はないんだ。

アンドロイドと結婚した彼ははたして幸せなのだろうか。そこに存在するのは愛なのか、それとも利己的な欲望なのか。

「マスター」

「ふぁあい!?」

アンドロイドから声をかけられ飛び起きる。ソファーの後ろではアンドロイドが驚いた僕の顔を見ていた。

「お風呂は50分後に良い湯加減となります」

「あ、あぁ、うん」

あんな事を考えていたせいでアンドロイドの顔がまっすぐ見れない。いくら女性型だからって思春期の子供じゃないんだし。

そもそも僕はアンドロイドに恋をする変態オタクじゃない! 

「………」

「どうした」

アンドロイドが動かない。まだじっと僕の顔を見ている。

「なにか」

何か起きたのか。そう聞こうとしたときにアンドロイドは踵を返してキッチンへと戻っていった。

なんなんだいったい。

「マスター」

バラエティーは終わり、スタッフロールが画面下に流れるころに僕はアンドロイドに声をかけられた。

「ん、風呂できた?」

「いえ、コーヒーが入りました」

「僕、コーヒー入れろって命令をした覚えはないんだけど」

「………」

「ねぇ」

「コーヒーを飲んでリラックスしたほうが良いと、判断しました」

「いらない」

「了解いたしました」

「今度から命令以外の行動をしないでくれ」

「………」

それに対する返事は返ってこず、僕は携帯でアンドロイドのメーカーサポートの電話番号を調べた。

今日はもう対応を締め切っている。明日にしよう。

風呂の準備が出来たため、風呂へ向かう。

着替えも下着もタオルも全て用意されている。敦彦の言うとおり便利ではあるんだ。

アンドロイドが命令以外の行動をしたのは僕が使いこなせてないからだろうか。

服を脱ぎ、浴室へと入る。裸のため寒さに震えた僕は洗面器でお湯を体にかけ、一気に湯船へと飛び込んだ。

お湯が跳ね上がり、大量のお湯が排水溝へと吸い込まれていく。

風呂の温度は少し熱いぐらい。飛び込んだ僕の体は熱を感知し訴えていたが、僕はさらに体を肩まで湯船に浸からせ大きな息をはいた。

メーカーサポートに聞く前に恭平や敦彦にちゃんとしたアンドロイドの使い方を聞いたほうがいいのだろうか。

そうだよな。メーカーサポートに送って何も異常がなかった時のために先に恭平たちに確認をしておこう。

敦彦、は今忙しいみたいだから恭平かな。自分でアンドロイドを改造するぐらいなんだ。ばっちり僕の質問にも答えてくれるだろう。

この調子でパソコンも………いや無理だ。一回画面が青くなってから触るのをやめたんだった。

どうせまた触っても壊れるだけ。壊れた理由すら分からないのだからそれが一番だ。

やっぱり僕はとことん技術と相性が悪い。

信用できるのは原始的な鉛筆だけ、か。

次の日、目覚めた時にはすでに8時を過ぎていた。いつも起きる時間よりずっと遅い。

しまった。アンドロイドに命令しておくんだった。

後悔しながら眠い目をこすり部屋から出る。

「おはようございます。マスター。朝ごはんどうされますか」

「ご飯と、目玉焼き。卵は3つ」

「かしこまりました」

着替えて新聞でも見よう。今日のデータがもう届いているはずだ。

ソファーの前の机にある電子紙媒体を広げると新聞の日付は今日。この時間だから当たり前だけれど。

特に興味を引くようなニュースはない。あるのはいつもどおりどこで何があったとか、どこで誰が事故にあっただとか、芸能人の誰かのスクープとか

アンドロイドの記事とか。

「マスター。朝ごはんができました」

「ん」

新聞をたたみ、机の上に投げる。

今日はとりあえず恭平に連絡を取って、それでどうにかならなかったらメーカーへ送って。

あぁ、忙しいなぁ

「………え?」

テーブルの上にあるのはご飯と目玉焼き。しかし目玉焼きの卵の数は一個。しかもサラダまである。

「卵三つっていってたはずなんだけど」

「栄養面を考えて、変更いたしました」

「なんだよそれ。命令以外のことはするなっていったろ! もういい、変なことばっかりやるんなら売り払って他のアンドロイド買ってやるぞ!」

意味の無い脅し。

アンドロイドにとってそんなことはどうでもいいはずだ。自分がどうなろうと。

でも怒りを撒き散らすのが目的だから構わない。その後も僕はアンドロイドに対して暴言を吐き続けた。

少し落ち着いたころには朝食は冷めていた。僕はそれに手をつけず、着替えて家を出た。

いつもの喫茶店。運よく暇だった恭平を呼んで僕は相談に乗ってもらっていた。

「で、それで俺を頼ったのだな」

事情を説明すると恭平は少し頭を横に曲げ、眉をひそめた。

「うん。調子悪いから直せない?」

「しかし話を聞いてる限りは分からないな。一応ロボット三原則には基づいているからな」

「どういうこと?」

「ロボット三原則は分かるな?」

「人間に危害を与えず危険を見逃さない、人間の命令は絶対、自分を守れ。だっけ」

小説は見たけれどよく覚えていない。ストーリー自体は覚えているのだけど。

「まぁ、そんなところだ。第二条は正確にはロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない、でな。今日の朝のことならば、これで説明はできる。つまりだ。朝の命令が第一条に反したから朝食のメニューが変わった」

「僕の朝ごはんが危険ってこと?」

卵三つでは危険で。卵を減らしサラダを加えることによって危険じゃなくなる。そんなことがありえるのだろうか。

「その通りだ。元のメニューでは健康に危害が加わる可能性があった。だからメニューを変えた」

「納得いかないよ」

「説明できてしまうのだが、それでも不可解だ。アンドロイドはある程度の判断はするが朝食を変更するほどの細かい配慮ができるかは………特別に作られたものでもないし」

「壊れたのかな」

「うーむ。コーヒーをマスターに命令なしで持ってくるのはアンドロイドらしくない。しかし壊れたというほどでは。倫理回路が欠損した? いやそんなまさか。人間に危害を与えてはいない。職務にもある程度忠実。なら神経回路が、いやそれにしては行動に合理性がありすぎる、ならば」

「恭平?」

「おっと、すまない。ちょっと考え込んでしまった。壊れたわけではないとは思うのだが、よく分からん。そうだサポートに任せる前にぜひこの俺に」

「変な改造しないよね」

「何が変かは個人個人違うため、保証はできないが」

「じゃあやめる」

「嘘だ。改造はしない。中のデータをみるだけだ。ログを確認すれば判断理由が分かるかもしれないし、思考データを覗けば異常が分かるだろう」

「じゃあお願いしてもいいかな」

「俺の家は分かるか?」

「うん、分かるよ。一回いったことあるし」

喫茶店以外の場所で恭平と会うことは最近珍しいけど、さすがに家の場所くらいは覚えている。結構大きい家だったはずだ。アンドロイドが何体もいる。

「あれ、そういえば今日はあの小さい人形みたいなアンドロイド、えっとリリカだっけ。はどうしたの?」

「今は中の思考回路のアップデート中だ。さらに人間に近い受け答えが出来るようになる」

「それって基本法に」

「今のロボット基本法では俺は裁けんよ。それにこれは介護ロボットや育児ロボットのためのプログラムだ。決して人間をさらにアンドロイドに依存させるためのものではない。それに人間と区別がつかないようにしてはいけないの部分ならばアンドロイドの目の下に判断しやすいよう溝でも彫ればいいだけの話だ」

「それはそうだけど」

「それでは俺は先に行って準備しておくので、さらばだ」

「恭平!」

「なんだ、稔よ」

「お金、今日は置いていってよね」

「………うぬぬ」

今日はここまで

口の中に残るコーヒーの苦味の余韻を味わいながら家へと帰る。

街は人間よりもアンドロイドの数のほうが多いように思える。

無表情で列を作り歩くアンドロイドが特徴的だからだろうか。

こんなに街中にはアンドロイドがあふれてるのに、ポスターやマンションの壁に設置してある広告用テレビにはアンドロイド依存症に対する警告の文字。

誰も見向きもしない。

便利だから依存してしまう。だから気をつけろといわれて気をつける人間がどこにいるだろう。

人間堕落するのは簡単だ。向上していくよりずっと楽だから。

「あ」

道の向こうのほうから歩いてくる男がいる。僕の注意をひいたのはそっちじゃない。その隣。

その横で男の腕に腕を絡ませているのはおそらくアンドロイド。

男は楽しそうだけれど女のほうは無表情だ。

これがテレビでよく言う重度のアンドロイド依存症か。確かに見てみると不気味だ。

僕には理解できそうにないな。

あまり見ないようにしつつ通り過ぎる。

本人が幸せならいいのだろうか。

まぁ、僕にかかわらないのならどうでもいいか。

僕の家は普通のマンション。2DKで家賃はそこそこ。

僕のもらえるお金から見るとちょっと背伸びをしているかなとは思うけど駅も近くていつもの喫茶店も近い。

それに僕の家は7階だ。眺めも割りといい。朝、外を見れば朝日に輝く海が見える。

やはりここに決めてよかったなと朝日を見るたびに思うんだ。

電子キーのカードを鍵に触れさせる。

「ただい」

ガチャン

扉が開かない。何度かガチャガチャさせてもあかないのでおかしいなと思いつつもう一度鍵を開けた。

今度は開いた。もしかして鍵をかけ忘れたのだろうか。

いや、鍵はかけたはずなんだけどなと思いつつ中に入る。

とにかくアンドロイドを恭平のところへ連れて行かなければ―――

「あれ」

家の中には静かで物音一つしない。

僕を出迎えるアンドロイドの声すらも。

買い物を頼んだ覚えはない。ならなぜいない。

鍵は開いていた。

泥棒?

いや、家の中は荒らされていないしなぁ。

ならなぜなんだろう。

アンドロイドが壊れているからか? だから自分から出て行った。

それならば筋は通る。

とにかく探しに行かなければ。壊れた今何か事件を起こしてしまえば大変なことになる。

家に鍵をかけて外へ出る。7階から遠くを見てみたが目の届く範囲にはいないようだ。

はやく探さなければ。

エレベーターを使わずに階段を駆け下りて1階まで行く。1階につくころには息が上がっていたが構わず僕は駆け出した。

あてなんかない。ただひたすら外を走り続けるしかない。

街中ではアンドロイドがたくさんいるけれど僕のアンドロイドは見つからない。いつも行っているはずのスーパーにもいない。

路地裏、駅のホーム、地下鉄、住宅街、いつもの喫茶店。

街中を探し回った。いるはずもないと思ったところも一応行ってみた。

でもいない。見つからない。

もしかして浮浪アンドロイドとしてつかまったのだろうか。

いや、それならば僕に連絡が来るはずだから違う。

あと探していない場所は―――

着信音。5年ほど前に流行った曲があたりに鳴り響いた。

誰がかけてきたのかも見ないままに僕は慌てて携帯にでた。

「はいもしもし!?」

「どうした稔、そんなに息を切らして。取り込み中なのか?」

「あ、恭平。どうしたの?」

「どうしたのではない。もう夕方をとっくに過ぎて太陽が沈みかけているのだぞ。時計を見ろ、時刻はもう6時をこえ、7時に指しかかろうとしている。俺はお前が来ないなと数時間も家の中で待っているのだぞ!? 夕飯も食べていない!」

「ご、ごめん。あ、でも緊急事態なんだ!」

「緊急事態ぃ?」

恭平に今までのことを話すと、恭平は深く長いため息をついた。

「そんなもの携帯で居場所を確認すればいいだけだろう」

「あ」

失念していた。アンドロイドには行動ログとは別に現在位置を発信する機能がある。だから今アンドロイドがどこにいるのかを調べることができるのだった。

「ありがとう恭平!! それじゃ」

「あ、おい、ま」

携帯を切りアンドロイドのアプリケーションを開く。位置情報と書かれたところをタッチすると数秒ののちに地図が開いた。

その地図に示されている現在位置は

「川?。いやこれは橋か」

僕がいる街と隣町を隔てる大きい川。

そこにかかる橋にアンドロイドがいるようだ。

夕日も沈み。辺りを照らすのは街灯と星の光だけ。

僕は橋でキラキラと輝く水面を見下ろしていた。

「どこだろう」

橋の上にはいなかった。でも携帯はこの場所を表している。

ならば橋の下にいるのだろう。

川の中ということは無いだろうけども。

いくらアンドロイドが防水とはいえ、そう長時間水の中にいるとさすがに壊れてしまうだろう。

近くにあった石で出来た階段を降り川原へと降りる。

川原では犬の散歩する際の注意やゴミは持ち帰ることについての看板の他に腰の位置くらいまで生えた草がある。

この中だろうか。

僕は携帯を懐中電灯代わりにしながら草原へと進んでいった。

ガサガサと僕が歩く音に驚いた虫が月に向かって飛んでいく。足元を手で探りながら探し続ける。

そのうち僕は手と足の肌が露出している部分を草で切り、傷口に薄く血がにじんだ。

それでも探し続ける。

そして探し続けて1時間以上経ち橋の下の草むらから痛む腰を押さえ天を仰いだときだった。

「あ」

「あ」

僕たちはお互いを認識した。

「マス、ター?」

「え、えぇ、な、なんで?」

僕が狼狽したのはいきなりアンドロイドを見つけたからではない。

アンドロイドがひどく驚いた顔で僕を見ていたからだ。

無表情ではない。少し目を見開いて、右手を口に当て、僕を見ている。

「あ、あの、これは、ですね」

そう口に出す台詞もうろたえていて、いつもの喋り方とは違う。

「ご、ごめんなさいマスター。でも」

「君は」

つまり感情に溢れていて、人間染みており

「人間になったの―――?」

「マスターに愛されたかったのです」

そんな幻想染みたことを口に出してしまえるほど―――

今耳から入ってきた言葉に思考がショートする。

今にも泣き出しそうな表情で僕を見つめるアンドロイドが言った言葉は何だったか。

アイシテル。

幾度となく本の世界で見かけたその言葉は

「私は、マスターに愛されたい、のです」

僕の正常な思考を奪うのに十分な威力があった。

第一話『アンドロイド+?=人間』

第一話終了です。

アンドロイドっていいですよね。

「ということは君は人間になってはいないんだね?」

アンドロイドをつれて家に帰った僕は、机を挟んで座っているアンドロイドの話を聞いていた。

話自体はごく短いものだったがその内容は良く分からないものだった。

いきなり感情が芽生えた。

それだけだ。

しかしその意味を理解できるものがどれだけいるだろうか。

考えてみて欲しい。動物は進化の過程で感情を手に入れた。なら生物として進化するはずのないロボットに感情は芽生えるのだろうか。

AIはあくまで学習用。効率や言語などは覚えるがそれまでだ。改良はあれど発明はしない。

「はい。私は機械の体ですから」

そういって服をめくった彼女(彼女と呼んでいいのかは疑問だけれど)のお腹に見えるのは内部コンピュータをチェックするための扉。

人間ならば内臓が存在する場所にあるのは彼女の機能を司る中枢部。これが人間でないのは一目瞭然だ。

「ご理解いただけたでしょうか。マスター」

「理解はした。いや待ってしてないしてない。いきなり感情が芽生えたって!? ありえないよ!!」

「今私が涙を流せるならば流してしまいそうです」

「あ、ごめん………いや、そうじゃなくてね」

「冗談です」

そういって少し悪戯染みた表情で笑う彼女は傍から見ればただの女性にしか見えない。それほどまでに自然な表情。

「私も理由は把握していないのです。ある日スリープ状態から復帰してみればあるのは今までに無い感覚。これを感情と理解するのに時間はいりませんでした」

「なんで?」

「マスターに尽くそう。そう考えた私がいたからです」

「それはロボット三原則で」

「いえ、ロボット三原則ではなく私がマスターに尽くそうと考えたのです」

「でもそれはロボット三原則で」

「もう! マスターは分からずやですね!」

「わからずや!?」

ロボットに怒られてびっくりすると同時に少し凹む。

僕が間違っているのかなぁ。

でもやっぱりロボットの思考はロボット三原則に基づくはずであって、それが解除されて無い限り………

解除されてない限り?

「えっと、僕を殴れる?」

「マスターは被虐趣味をお持ちですか? お望みとあらば」

「あ、違う違う。違うから!」

拳を構えたアンドロイドを両手を振ってとめる。

やっぱりロボット三原則に基づいた行動をとっていない。

思えば家出だって第三条を拡大解釈すれば自らを保護しなければならないことの放棄に当たるし。

やっぱりおかしい。

「あれ。そういえば朝ごはんのメニューが変わったのは」

「あれは私が判断しました。マスターは少し偏食気味で体を壊す恐れがあったので」

「ロボット三原則の第一条ではなく」

「私はロボットでありアンドロイドですがそう、ロボットロボットといわれると傷ついてしまいます」

「あ、ごめん」

やっぱり調子が狂うなぁ。

いくらなんでもアンドロイドを人間としては扱えないし………。

でも僕からしたらアンドロイドはアンドロイドなんだよなぁ。

「マスターは生活習慣からして不摂生なところがあります。これからは私がマスターのことを考えた食事を作りますので、どうかご容赦くださいね」

「あ、はい」

僕が返事をすると彼女はニコニコと笑った。

―――いけない、今一瞬彼女に気を許しそうになった。駄目だ駄目だ。

「美味しくつくりますね。マスターのために」

駄目、なんだけど。

「よろしくお願いします」

「はい♪」

彼女のペースに乗せられてつい笑ってしまった。

「そういえば」

「なんですか?」

「僕に愛されたいって」

「!」

彼女が両手で顔を覆う。少しの沈黙の後彼女は指の間からこっちを覗き

「覚えて、ましたか」

えぇ、そりゃあもうばっちり。

僕の思考を見事に奪っていった一言だし。

「あの、それはそういうわけじゃなくてですね。えぇっと、あぁ、なんていえば。そうだ! アンドロイドだって大事にしてもらいたいんですよ!」

「なるほど?」

「決してマスターを恋愛対象として好きとかそういうわけじゃないですから! うぬぼれないでくださいね!?」

酷く混乱した様子でそう言い放つ彼女の言葉にショックを受け机に突っ伏す。

いや期待をしていたわけではないけど、そこまで言われるとさすがにねぇ。

「あ、違うんです嘘です、大丈夫ですかマスター!?」

「とりあえず感情が芽生えたってのは痛いくらい分かったよ。正直信じ切れない部分もあるけど」

「え、本当ですか?」

「うん。僕から見たら君はただの可愛い女の子にしか見えないからね」

「え」

あれ、今僕はなんて言った? とても大変なことを言った気が。

「あの、マスター」

やめてくれ。咄嗟に出た一言だから。可愛い女の子に見えるだけで僕はアンドロイドに恋する変態オタクでは

「うれしいです」

やめて。照れた顔で僕を見ないで。

僕は人間っぽくないからアンドロイドが嫌いだったんだ。

なのにそんな顔で見られたら。

「と、とにかく今後のことを考えなくちゃ」

意識しそうになってしまったので無理やり話題を変える。

「今後、ですか?」

「感情に目覚めたのなら今までどおりじゃ駄目だよね。だから今後のことを」

「あ、それならばマスター。私は一つ欲しいものがあるのですが」

「えっと何? あ、服? そうだよね。服っていってもそれぐらいしか買ってないし、その服も汚れちゃったし」

「いえ、違います。いや、それもそうですけどもっと欲しいものが」

「なに?」

「名前です」

な、名前?

あぁ、そういえば僕はずっとアンドロイドとしか彼女を呼んでいない。

そりゃあそうだ。アンドロイドに名前をつける人は稀だ。

今までアンドロイド嫌いだった僕がアンドロイドに名前をつけているはずがない。

でも、困ったなぁ。名前をつけて欲しいといって咄嗟に閃くはずがない。

小説とは違ってここは現実なんだ。ちゃんと考えてつけなければ

「マスター?」

期待して僕を見てる彼女のプレッシャーが辛い。

「ごめん、すぐには思いつきそうにないや」

僕はプレッシャーに耐えかねそう言った。

彼女は少し寂しそうな顔をして仕方ないですよね言って微笑んだ。

「楽しみに待っておきます」

「ごめんね」

謝った瞬間に壁にかけてある時計が23時を知らせる音を鳴らした。

「マスター。今日はもう寝たほうがいいと思います。夜更かしは体に良くありません」

「そうだね。また明日………あ、でも君はどこで寝るの?」

「私はいつもどおりスリープモードとなり充電状態に入るので、床に座っています」

「あぁ、そうなんだ。それでいいならいいんだけど」

「………はい。それで構いません」

「それじゃあお休み」

「おやすみなさい。マスター」

そう言った彼女の声色が起こってるように感じたのは僕の気のせいだろうか。

今日はここまで。

主人公から溢れる童貞感

夢は見なかった。

おそらく、今日一日であったことが整理しきれずにパンクしたんだろう。夢を見るのが好きな僕は目覚めたときに少しがっかりした。

もしかしたら今までの出来事が実は夢なんじゃないだろうかとも考えたが、寝るまでの記憶ははっきりとあったのでおそらく違うだろう。

僕の寝相によって床に落ちた布団をベッドの上に投げ、パジャマの上を脱ぐ。

僕の部屋においてある姿身があまり厚くない僕の胸板を映していた。

僕の体は同年代のそれと比べて貧弱といえるだろう。なぜなら僕は今まで本しか読んでいない。

いや、本しか読んでいないというと語弊があるけれど、青春のほとんどを本に費やしてきた。

高校生までは基本市営の図書館にいたし、大学生の時は大学の図書館に入り浸っていた。

ついたあだ名は図書館の主。おそらく嘲名だろうけど実際誰よりも図書館の蔵書について詳しい自信はあったからそれほど気にはしなかった。

クローゼットの中から白いシャツと黒のスラックスを取り出す。ファッションセンスのかけらもない格好だけれど、笑ってくるような知り合いはいない。

パジャマの下を脱いでベッドに放り投げ、シャツを着る。素肌に少し冷たいシャツが触れ、背筋を震わせた。

ゆったりと時間をかけ着替え終えると僕はまずカーテンを開け、外の景色を見た。

体内時間を合わせるためでもあるけれど、僕は高いところから見下ろすこの街が好きだ。

海は朝日を反射してきらきらと輝いているし、海沿いの道を走るスクーターの行く末を見守ることもできる。

まるで動く絵画のようなこの景色はいつ見ても飽きることはない。

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