三つの願い (21)

 目の前には、埃をかぶったランプが置かれている。
 これは、家の前でこれでもかと言わんばかりに堂々と置かれていた物だ。
 この見た目はあれだ。擦ったら青い肌をした魔人が出てきて人の願い事を叶えてくれるというランプにそっくりだ。
 まぁ、実際にそんなことが起こるわけないんだけどさ。
 俺はウェットティッシュを取り出し、埃を拭き始める。
 まぁ、これは綺麗にすれば一種のインテリアとして飾れる代物だ。
 しばらく拭くと、ランプは俺の顔を反射するくらいには綺麗になった。
 さて、それじゃあこれは棚にでも飾って・・・・・・。

「お呼びでしょうか、ご主人様」

 ランプを持った瞬間、中からピンク色の衣装に身を包んだ美少女が飛び出した。

「う、うわぁッ!」

 情けない声と共に、俺はランプを投げ出し後ずさった。
 な、なんだこの少女は?
 ランプから出てきたということは、この子はもしや世にいうランプの精なのだろうか?
 彼女は驚いた俺を見て首を傾げた。

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「ご主人様?どうされましたか?」
「い、いやいや。普通に考えておかしいでしょ!なんでランプの中から女子高生が出てくるんだよ!」
「女子高生ではないですが、私はランプの精ですよ?」
「そもそもランプの精というものが存在する件についてツッコんでもいい!?」
「なんでですか?こうして私が存在するのですから、存在するに決まってるじゃないですか」
「だからその・・・うがぁぁぁぁぁぁッ!」

 女子と話して、初めてこんな声を出した気がする。
 唸った僕に、彼女はキョトンとその可愛らしい顔で不思議そうな表情をする。
 悪気がないというのがこれまた困る!

「ふぅ・・・・・・とにかく、この世界ではランプの精とは想像上の存在だと思われている。ОK?」
「おーけいです」
「つまり、僕から見れば、君は想像上の存在だと思われている。ОK?」
「なるほど。納得です」
「それじゃあ、まず君の存在を詳しく話してほしい。本題はその後で」
「本来なら、3つの願いの内の1つとして扱うような頼みですが・・・・・・私という存在について知らなければ仕方がありませんね。話しましょう」
「待って、なんで上から目線な話し方なの?」
「気のせいです」
「いや、これは気のせいじゃ・・・・・・」
「気のせいです」
「・・・・・・」

 そんなやり取りの末、彼女は俺の勉強机の椅子に腰を掛けて、くるくる回り始めた。
 おい、なんで人の椅子で楽しんでやがるんだ。今すぐ降りろ。

「とにかく、私はランプの精です。まだこの世界に魔法が存在した時に作られた存在で、今まで何千年もこのランプの中で過ごしていました」
「この世界って魔法あったの!?」
「はい。しかし、私が作られて300年ほど経った時に魔法大戦というものが発生してしまい、その戦いは世界人類の8割を滅ぼし、残った人類から魔翌力を無くすことで終結しました」
「意外と単純な終わり方なんだね・・・・・・」
「それが人間というものです」

 たしかに正論だ。
 まぁ、人間なんていうものは意外と単純な生物だったりもするな。

「話を戻しますが、私という存在は、元々魔翌力が高すぎた人間です」
「魔翌力が、高すぎた・・・・・・?」
「はい。生まれてすぐに魔翌力を計るのですが、その魔翌力が基準値を大きく上回りすぎてしまった場合などは、一度殺されてこうして一定の年齢の姿で永遠に保存されるのです」

 当然のように言い放たれた内容に、俺は絶句してしまった。
 一度殺して保存・・・・・・?それは、本当に人間が行ったことなのか?

「なんで、そんなこと・・・・・・」
「魔翌力が高い人間というのは、危険ですから。殺しても魔翌力で回復してしまいます。なので、ランプの中に永久に保存することで、自分たちは安全な人生が送れるのです」

 本当に、それは人間のやることなのだろうか?
 俺はショックで言葉すら出てこなかった。
 彼女は椅子から離れて、「それが、私という存在です」と頭を下げた。

「それでは、早速願いを申し付けて下さい」
「俺は・・・・・・」

 人間とは、醜い生物である。
 あんな話を聞いてもなお、願いという存在に惹かれ、叶えようとするものなのだから。

「それじゃあ、一つ目は・・・・・・」

---

 俺、朝霧 陸人は、平凡な少年だった。
 勉強も運動も、よくも悪くもなくというか、特にこれといった長所も短所もなかった。
 そんな俺は、高翌嶺の花に恋をした。

「相変わらず・・・・・・綺麗だなぁ」

 休憩時間、俺は溜め息を吐きながら窓側の席に座る少女を眺める。
 彼女の名前は冬村 雪乃。
 このクラス1の美少女で、休憩時間はいつも絵を描いている。
 美術部に所属しているらしく、彼女が描いた絵は、いつもコンクールなどで入賞しているレベルだ。
 いつもなら、手が届かない高翌嶺の花であるが、今日は違う。
 俺は両手をグーパーグーパーして、深呼吸をして彼女に近づく。

---

「それじゃあ、一つ目は・・・・・・冬村さんが、俺のこと好きになるようにしてよ」

 俺が言うと、ランプの精は首を傾げた。

「冬村さん、とは・・・・・・?」
「冬村 雪乃。俺のクラスメイト」
「ご主人様はその人のことが好きなのですか?」
「当然でしょ。そうじゃなかったらこんな願いしないし」

 俺が言うと、彼女は不思議そうな顔をしたまま俺の目を見ていた。
 なんなんだよこの沈黙は。

「・・・・・・なに?」
「いえ、私は人を好きになるという感情が分からないので、少し困ってしまいました。でも、理論上は理解しているので、願いを叶えることはできます」
「人を好きになることが、分からない・・・・・・?」

 俺の方も首を傾げてしまったが、この際どうでもいい。
 俺は適当に話を濁して、彼女にランプに戻るように命じた。

---

「冬村さん。何描いてるの?」
「ひゃっ・・・・・・えっと、朝霧君?どうしたの、急に・・・・・・?」

 彼女は、微かに頬を紅く染めながら聞いてくる。
 ふむ、やはり願いが叶うという話は本当らしい。

「いや、ちょっと気になっただけ。それで、一体何を描いてるのかな?」
「えっと・・・・・・ここから見える景色とか、教室の風景とか・・・・・・」

 そう言って照れながら見せてくれたのは、ちょうどここから見える校庭の風景だった。
 細かい部分まで模写されており、すごいとしか言いようがなかった。

「うわ・・・すごい。上手いね」
「なんか、照れるな・・・・・・朝霧君に褒められると」
「いやぁ、ホントすごいって。良かったら、今度他にも見せてくれないかな?」
「え、でも、私の絵なんて・・・・・・」
「君の絵はすごいよッ!」

 俺は彼女の手を握った。
 彼女の顔が真っ赤になる。

「ふぇ・・・えっと・・・・・・」
「君はすごいって!俺が保証する」
「そ、そんなぁ・・・・・・」
「授業始めるから、皆席につけ~」

 学級委員長の言葉に、俺は彼女の手を離した。
 彼女は頬を紅く染めたまま、俺が握った手を眺めていた。
 俺は少し上機嫌で、席につく。

---

「いやぁ、君って本当に魔法が使えるんだね!」
「そうですけど・・・・・・どうしたんですか?今更」

 ランプの精は訝しむような顔で俺を見る。
 俺は笑って彼女の肩を叩く。

「あはは、いや、ちょっと疑ってただけだよ。しかし、魔法っていうものは素晴らしいものだね!」
「もしかして、冬村さんとかいう人と、上手くいったんですか?」
「そう!それ!休憩時間の時にたくさんお喋りしたんだ~♪あぁ、明日も話すのが楽しみだな~」

 俺の言葉に、彼女の眉が微かに動いた。
 何かあったんだろうか。

「それは、たとえ・・・・・・・・・・・・てでもですか?」
「ん?何か言った?」
「いえ、なんでもないです・・・・・・」

 俺が首を傾げて見せても、彼女は見向きもしない。
 なんかもやもやするけど、今は気にしないでおこう。

 翌日。俺は上機嫌で学校に向かった。
 浮かれすぎて、鼻歌まで歌うほどに。
 学校に着くと、人だかりができていた。

「あれ、何かやってるのかな・・・・・・?」

 俺はテクテクとそこに歩いて行った。
 そこには、一人の男の人が倒れていた。
 頭から、血を流していた。

「なん・・・で・・・・・・?」

 後ろから、声がした。
 見ると、冬村さんが目を見開いて硬直していた。
 俺は彼女に駆け寄る。

「冬村さんッ!しっかりしてッ!」
「私のせいだ・・・私の・・・・・・」

 なんで彼女のせいなのかは分からない。
 俺はとにかく、彼女の頭を撫でてやる。
 大丈夫、大丈夫、と呟きながら。
 そして、冬村さんが落ち着いた時だった。

「・・・・・・何様のつもりだよ」

 誰かがそう呟いたのが聴こえた。
 振り返ると、周りの皆が俺達、いや、俺を蔑むような目で見ていた。
 その時、1人の男子生徒が俺を睨みながら歩いてきていた。

「な、なんなんだよ・・・・・・」
「知らねえのかよ。この山村 健二は、そこの冬村 雪乃の元カレなんだよ」
「えッ・・・・・・」

 俺は腕の中の彼女の顔を見る。
 彼女はずっと、「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・・・・」と呟いている。
 嘘だよね?そんなの、嘘、だよね?

「俺、アイツの友達なんだけどよぉ。アイツ昨日電話でショック受けた様子で言ってきたんだよ。『彼女にフラれた。他に好きなやつがいるらしい』ってな」
「でも、なんでそれだけで・・・・・・」
「あの二人は愛し合っていたんだよ。それを、お前がその彼女をたぶらかしてぶち壊しにした」

 フラれただけで自殺なんて、メンタル弱すぎるだろ・・・・・・。
 そんなの、どうせいつか、どこかで自殺してたんじゃないのか・・・・・・?
 俺は悪くないよ・・・・・・俺は、悪くない・・・・・・。

「最低だな、人殺し」
「違う・・・・・・」
「違わない。お前ら二人、最低だ」
「そうだそうだッ!」

 周りの生徒達もそれに便乗し、石だとか、文房具などを投げてきた。
 俺は冬村さんの手を取り、走り出す。
 逃げ場なんて、どこにもないのに。

 それから、俺たちはいじめを受けた。
 人殺しだと罵られ、物を隠され、殴られる。
 そんな毎日が、俺たちを待っていた。
 冬村さんは、それに耐えきれずに不登校になり、俺一人に皆の怒りが浴びせられた。

「俺は・・・一体どうすればいいんだよ・・・・・・」

 俺は自室で、ランプの精に問いかける。

「私に願えば、いじめをやめさせることができます」

 ランプの精は、表情は変えずに俺に言った。
 そうだ、俺が彼女に願ったからだ。俺が、彼女に願わなければ・・・・・・。

「な、にを・・・・・・」
「だから、やめさせるんですよ。いじめを。私の魔翌力があれば、いじめをしている人たちの命を奪うことも、学校の頂点に立つことも、世界を支配することも可能です」

 彼女はそう言って、微かに微笑む。
 たしかに、全ての頂点に立つという人生も悪くないかもしれない。
 でも、もっと良い方法がある。
 僕は、フラフラと彼女に縋り付く。

「ねぇ・・・僕が君に願ってから起こったことを、全部無かったことには・・・・・・できるかな?」
「・・・・・・可能です」
「じゃあ、2つ目の願いは・・・・・・それで」
「分かりました」

 彼女は目を瞑り、両手を広げる。
 すると、太陽が東に沈み、夜になる。
 時計の針が普段とは逆の向きに高速で回りはじめ、やがて西から太陽が昇り、それを何度か繰り返される。
 やがて、僕がランプを拾った日に戻ってくる。
 彼女は静かに、目を開けた。

「戻りました」
「山村君とかは、生き返ったの・・・・・・?」
「はい。私があなたの願いを叶えたことは、なかったことになりました」
「本当に?」
「はい」
「それは、良かった・・・・・・」

 俺は安心して床に倒れ込む。
 彼女は、そんな俺を見下ろしてくる。

「3つ目の願いは、どうしますか?」
「あぁ・・・もう、決まってるんだ・・・・・・」
「なんですか?」
「もう、さ・・・・・・俺のこと、殺してよ」

「・・・・・・」
「もう、疲れたんだよ。願いを叶えても、人は幸せにはなれない。だったら、願いを抱いたまま死ぬ方が、ずっと幸せだ」
「・・・・・・そうですか」
「あぁ。だから、ね?殺してよ。君の魔翌力で」
「分かりました」

 あっという間だった。
 痛みもなく、苦しみもなく、ただ静かに命だけが体から抜け出ていくような感覚。
 俺は目を瞑った。
 そして、俺は死んだ。

「今回の人は、少し珍しいパターンでしたね。まさか、自分から死にたいと思うようになるとは」

 ランプの精は、棚の上に飾られていたランプを手に取り、埃を払う。
 そして、静かに部屋を出た。
 ランプを両手で持ったまま、彼女は空を見上げた。

「次の人は・・・・・・どんなことを願うのかな」

 そう言って、微かに笑みを浮かべた。

終わりです
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