【デレマス】天つ法螺貝【響鬼】 (89)

・デレマス側はゲーム版準拠、ライダー側はTV版準拠かつTVシリーズ途中の状態です

・1日1回まったり進行

・できれば2週間くらいで完結させたい(希望的観測)

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1457963275

<R←    I>

JR上野駅。

ただでさえシルエットが大きく映る無骨なリュックサックを、

黒髪の少女が苦もなく背負っているとなれば人目を惹かないわけがない。

今の天美あきらはまさにそのような状況にあった。

だが、当の彼女自身は平然としている。

もともと人目を気にするような性格でもないし、心中に考えるべきことが先に立っているなら、

なおのこと知らぬ人目など今はどうでも良かった。




大荷物を背負い電車を目指すあきらは、しかし観光に行くのではなく、

すっかり休みがちになった学校の用事でもない。

土日が連休になったタイミングで自宅を飛び出したのは、ある任務のためであった。

これまでは師匠と共に駆けてきたフィールドを、一人だけで行く。

たとえイレギュラーな形とはいえ、まだ未熟なあきらに単独での任務が回って来たのは、

その心中を察してのものか。


(鬼になるか、ならないか。決められるのは私自身だけ…か)

上野駅の端、15番ホームで電車を待つ。

乗ってしまえば、現地に着くまで2時間以上はヒマになる。

そして任務自体も一人でこなせるものとなれば、思索にふけるには十分過ぎる時間だった。

だからだろうか、上野駅に来るまでに出来たのは、己が身ではなく友人達への心配だけだった。

(明日夢君も、こういう風に悩むことになるのかな…京介はそんな気しないけど)



考えて、考えて、その末に出た答え次第では、これが最後の任務になるかもしれない。

他人の心配をしている場合じゃないと、気持ちも新たにあきらはリュックサックを背負い直す。

やがて少女の荷物も予感も全て乗せた特急「草津」は、定刻通り上野駅を離れていった。



―天美あきら。

城南高等学校の高校生。

そして猛士関東支部・序の六段として活動する見習いである。


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Masked Rider Hibiki


         -----------------→
          天つ法螺貝
         ←-----------------


                  The IdolM@ster Cinderella Girls


---------------------------------------------------

<R------→I>

「そなたー、此度のわたくしの舞はいかがでしてー?」

「バッチリだよ。芳乃ちゃんじゃなきゃこの魅力は出ないな。イメージビジュアルとして申し分なしだね」

「そなたにそう言っていただけるのなら、この温泉郷も上手くいくのでしてー」


温泉施設の一部を借りた撮影現場に、独特の間延びした声が響く。

スーツの上からスタッフジャンパーを着た青年にとてとてと近寄る姿は、しかし少女ではなく天女と見紛うものだった。

和の淡き色使いにして洋の鮮やかな彩り、肩の肌が見える色気に布を重ねた清楚な拵え。

相反する要素を融合させたが故着るものを選ぶ衣装を、全く違和感なく身に纏うその様からは、

青年の言葉通り彼女でなければ出ない魅力が今も湧き出していた。


「この出来なら、プロデューサーとして僕も胸張って押し出せるな」

「となると、これからまた現場打ち合わせにいくのでしてー?」

「だね。といっても、もう再撮影はないよ。もう着替えに戻って大丈夫だ」

「さにあらば、平生の姿に戻るのでしてー」


担当プロデューサーの言葉に、芳乃は安心した笑みを見せて更衣室へ歩いてゆく。

その後ろ姿に、改めてプロデューサーは芳乃のことを思う。

…依田芳乃という少女を一言で表すならば、「矛盾した魅力の塊」である。

16歳という年齢に反して幼さの残る顔立ち、さらに逆方向へ反した古風な振る舞いと装いが、

彼女にしか起こせぬ不思議な魅力を醸し出している。

和を感じるアイドルなら他にもあれど、こうも相反する要素を平然と内包するのは尋常ではない。

もっとも、出会いからしてアイドル候補生をスカウトすべく街に出たプロデューサーを、

事前情報もなく探し出して逆に自らアプローチして、そのままアイドルになってしまう離れ業だったことを考えると、

最初から普通の子では出来ない何かを持っていて当然なのかもしれない。

今回の撮影にあたって発注した衣装は、そんな彼女の不思議な魅力をブーストさせるよう、

プロデューサーが自らビジュアルイメージに意見を出したものであった。



そして、最終打ち合わせ中に再度見た完成写真の背景が、そんな芳乃とこれまでのどの撮影現場よりマッチして見えるのは、

この場所もまた矛盾した魅力を持つからなのだろうと、プロデューサーは感じていた。


(新興にして歴史ある温泉街、か。いずれ矛盾が消えたら、こんな鮮烈には見えないかもしれないな)

この『極楽郷温泉』という些か派手過ぎる感のある名の場所に芳乃達がいるのは、単純に仕事のためである。

群馬の温泉となれば、既に草津や伊香保といった全国区で通じるライバルが存在する。

当然、後発が台頭するのは容易ではない。

ならば後発だからこそ出来る現代的なイメージ戦略で大胆に勝負したい、とこの温泉の経営者は考えたのである。

インパクトのある名前も、アイドルを起用したPR活動も、そして温泉単独でなく町おこしに連動させてしまう施策も、

極楽郷温泉のイメージ展開の一環だった。

元々、他の温泉への主要な移動経路上にある場所だから、温泉街としての土壌はかなり前からある。

温泉街にならなかったのは、肝心の温泉がその場所に湧かなかったからというだけの話。

引き込んででも温泉が来るのなら、それは町が変わる十分な理由になった。



…町は再生した。真新しい建物と、古くからある温泉街の歴史を備えた不思議な場所として。

もっとも、これで極楽郷温泉がすぐに潰れてしまっては意味がない。

新たな核となる新温泉確立のため、芳乃やプロデューサーの担う部分は決して小さくなかった。

関係者との最終打ち合わせは、予想通りすぐに終わった。

芳乃を起用したイメージビジュアルは問題なく採用となるだろう、というのが温泉側の回答だ。

全ての仕事が終わったわけではないが、とりあえずは肩の荷が降りた気がした。



温泉旅館のロビーに戻ると、既に芳乃は撮影用の衣装から着替え終えていた。

地味な和装と頭のリボンの組み合わせは芳乃の普段着なのだが、やはり相反する何かを感じる。

そんな彼女がどこか遠くを見るように佇む姿に気を取られていると、

当の芳乃の方からまたとてとてとプロデューサーに歩み寄ってきた。


「終わったのでしてー?」

「ああ、うん。問題なく全部行きそうだよ。…待たせちゃったかな?」

「わたくしが早かっただけのこと、そなたが気に病むことはないのでしてー」

「そう言ってくれると助かる。とにかく、これであとはゆっくりできそうだよ」


後の予定も含め、スケジュールが円滑に流れている。

思わずプロデューサーは膝に手を当て、前屈み気味に一息ついたが、

直後にとんとんと肩を叩かれる。


「そなたー、一つ頼みごとがあるのでしてー」

「頼みごと?」

「時間があるのでしたら、山まで連れて行って欲しいのでしてー」

「山、ね。この辺りは幾つも山あるから、どの山だかわからないと」

「万座山でして」


(…やっぱりか)

芳乃の答えは、プロデューサーの予期していたものだった。

ロビーで見かけた時のように、芳乃がどこか特定の方向を見て佇んでいたのは、実のところ一度や二度のことではない。

それが決して普段からの癖ではなく、昨日の夜に極楽郷温泉に来てから突如起きたものだと断言できるのは、

担当プロデューサーの面目躍如といえよう。既にその方向にあるのが万座山であることも目星は付いている。



幸い、万座山まで移動する往復時間的な猶予ならある。

既に今日必要な撮影を終えている芳乃は当然として、プロデューサーも今日のスケジュールは

芳乃以外の担当アイドルである麗奈と恵磨の卓球対決と、夕食を兼ねた打ち上げを残すのみ。

それも卓球対決は対戦相手となるアイドルの都合で、午後6時までズレ込むことが決まっている。

だが、それでも渋る。問題が皆無というわけでもない。


「どうしても行きたいのかい?」

「…どうしても、でございまして」


おや、とプロデューサーは内心で驚く。

口調はあまり変わらないが、キッと見返す目付きは普段と明らかに違う。

芳乃がこんな頑なに態度を取るのは、担当としてそれなりに長く見ている目からしても正直珍しい。

そしてそんな反応を示す時は、決まって絶対に退かないのだ。

ならば事情は後で聞くとして、とりあえず行くのが次善の策か。

1人で勝手に万座山へ踏み込まれるくらいなら、素直に2人で行った方が問題は起きない。


(まぁ、いざとなれば強引に連れ戻すくらいはできるだろうし…)


「わかった。といっても、山となるとボクもちょっと準備が必要だ。

 また30分後にここで合流しよう」

「それでよろしいかとー、わたくしも少々準備が必要なのでしてー」


現状と希望を天秤にかけて、早々にアイドルの希望の方が重いと判断したプロデューサーは、

芳乃の背中を見送ると、万座山へ行く算段を実現させるべく自らも自室へと一度戻っていった。

<R←------I>

特急「草津」は事実上の観光列車である。

それだけに混雑はあきらの想像以上だったが、その半数以上は終点一つ前の長野原草津口駅で降りる。

終点の万座・鹿沢口駅に降り立った観光客は、列車の混雑からすれば多くない。

さらに万座温泉の方向まで行く者となるとどれだけ絞られるものか。



決して多くない万座温泉行きの観光客に紛れ、あきらは高原バスに乗り込んだ。

ようやく万座バスターミナルに着いた頃には、上野駅を出た時点から3時間以上も時間が経っている。

片道でこれだけかかるのだから、考える時間はたしかに十分あった。

そこで出たのは―

『いくら自分で答えを見つける問題といえど、頭の中で一人で考えるだけではどうにもならない』

…それだけだった。


(3時間かかって、ようやくこんな単純なことに気付くのがやっとだなんて…)

これまで師匠にどれだけ頼りきりで、そして師匠を離れた後にどれだけ状況に流されてきたのかを痛感した。

そして考えるだけでダメなら、やはり現場に立つのが決断への近道。

すぐさま頭を切り替え、改めて今回の任務に突き進む。悩むだけが今回の仕事ではない。

他の観光客は宿泊施設の送迎車に次々と乗り換えて行くが、生憎あきらは宿を取ってはいない。

かといって、歩いて移動するにはまだ少し遠い。

地図上の距離以上に山という地形が体力を奪うのは、経験知として身に染みている。

だから迷わずタクシーに乗ったあきらの判断は正しい。

関東支部からの路銀もこれを見越してか、今回は多めに支給されていた。


「それにしてもこんな時期に万座温泉じゃなくて万座山に入るなんて、珍しいねえ」

「人が少ない山が好きなんです。本白根の方だと登山客が多いですから」


山ガール-流行りというには遅い代物だ-を装って、あきらはそう答えた。

タクシー運転手の顔を見て、無難な問答ができているらしいと納得する。

同時に、静かな運転手ならもう少し考え事もできるのに、とわずかでも思ってしまった自分をあきらは諌めた。

すぐに自分に引き寄せて考えるのが自分の悪い癖というのは、師匠にも言われている。

これまで師匠と共に歩んだ経験が揺らいでは、今後を左右する悩みに答えなど出るはずもない。



そんな自己反省に気を取られたせいか、運転手が続けた話題はさっくりとあきらの不意を突いていた。


「なるほどねえ。いやぁ、極楽郷温泉絡みのお客さんかと思ったんだけどそんなこと早々ないよな。

 お嬢ちゃん、可愛い顔してるしアイドルでもおかしくないかなと思ったんだけど」

「…はい?」


うっかり間抜けな声が出る。思わずミラー越しにタクシー運転手の顔をきょとんと見返した。

見た目より体力があるとか丁寧だとか、大人びていると言われたことは何度もあったが、

アイドルのようだなどという褒められ方は初めてだったのである。

師匠は自分を異性以上に弟子として見ているし、数少ない異性の友人である明日夢もかなり鈍く、

何よりあきら自身に興味がなかったため、女性らしさという視点で評価される機会自体がなかった。



正直、困惑してはいる。

もちろんアイドルではないから肯定などできないが、否定するのも卑下するようで気が進まない。

だから、苦し紛れながらもう1つの聞き慣れない名前に反応することにした。

「極楽郷温泉?万座や鹿沢以外に新しくできたんですか?」

「おや、知らなかったのかい?駅から来たなら、すぐ近くに見えたと思うんだけど…

 まぁ、シートの背中に広告入ってるから見ればわかるよ」

言われた通り、運転席の後ろにある広告には新温泉の宣伝ペーパーが入っていた。

素直に広告を見ていれば、その間に目的地に着くだろう。


(…温泉というより、新興のスーパー銭湯みたい?)


良い意味でも悪い意味でも、あきらの偽らざる感想だった。

万座温泉に湯治に行った猛士関東支部の戦士の話や、実際に万座バスターミナルで感じた

「古来からの湯治の地」というイメージは、極楽郷温泉からはあまり感じられない。

アイドルを起用した新ビジュアル準備中、という一文からはむしろ都会的なニュアンスすら見て取れる。

それでいて温泉地としてのイメージはどこか保っている。

スーパー銭湯としても古い温泉地としても割り切れない様に、何故かあきらはむず痒さを感じていた。

やがて、タクシーが止まる。周りを見ればもう万座山の登山道入口だった。

トランクからリュックサックを引き出し、再び担ぐ。

降りたタクシーに礼をすると、やがてその場を離れていった。

目撃者がいないことを確認したあきらは、万座山に入るなりすぐさま登山道を逸れていく。

リュックを降ろしたのは、人気のない山林をある程度進んだ中だった。


(見通し良し、退路も良し、ある程度開けた場所…ここでいいかな)


一通り周囲の状況を確認すると、リュックの中からパーツを取り出し、白いテントを手際良く組み立てる。

2年も弟子をやっていれば、ベースキャンプの展開は慣れたものだった。

ビニールシートを敷き、とりあえずの拠点が完成したところで、あきらは任務の準備に入った。



…今回の任務は、目撃情報が確認された魔化魍の偵察調査である。

あくまで偵察。だからこそ、あきら単独でもこなせる。

本来、偵察と討伐を切り離すのは非効率的ではあるが、今の関東支部は魔化魍との対峙状況が逼迫している。

なにせ、あきらの師匠を含む前線の戦士は、それまで一週間働いて三週間休むシフトだったところを、

一週間しか休めない状態になっているのだ。これ以上の酷使は人員が持たないところまで来ている。

苦肉の策とはいえ、サポーター単体で活動させれば酷使を防ぎつつ、頭数が増えるのは事実であった。



頭に叩き込んだ任務内容を反芻し、リュックから円盤状の物体を3枚取り出す。

そしてポケットから自分用の鬼笛を取り出し、おもむろに吹く。

鈍色に輝く円盤が動く様を見ながら、あきらはベースキャンプから山林を見下ろした。


(とりあえず、まずはコレをセットするところからですね)

<R------→I>

登山道入口近辺のスペースに車を停め、プロデューサーは芳乃を連れて目的地に辿りついた。

スキーシーズンでもなければ、登山客の大半は本白根山に行ってしまう。

だから、まだ秋の万座山に人気はない。

違法駐車を取り締まるようなことも早々ないので、強引に車を置いても短時間なら問題ないと判断していた。



(…結局、目的はぼかされたか)

移動の車中でそれとなく聞いてみたものの、芳乃は「気になるものが2つある」とだけしか答えなかった。

何が気になるのか、どれくらい時間がかかることなのか、わざわざ法螺貝と竹籠を持ってきたのは関係があるのか。

聞きたいことは正直山ほどあったが、それら全てまとめて「着いてみてのお楽しみ」と一蹴されてしまっている。

強硬に聞き出す手段もあったろうが、さすがにそれをやってはプロデューサー失格だろう。

そうわかってはいるのだが、それで今の彼は表情を曇らせる他なかった。


(はっきりさせておきたかったんだけどな。なにせ、状況が状況だから…)

万座山に入るのを渋ったのは、極楽郷温泉の商売仇にほど近い場所へは行き難い…などという理由だけではない。

数か月前から、この万座山で傷害事件が発生していたのである。

それも1件や2件ではない。死亡者こそ出ていないが、負傷者なら既に出ている。

視界の悪い山林の中で襲われることから、犯人は未だ姿すら明らかになっていない。

唯一、現場に手掛かりとして決まって見つかるのは何かの羽根であった。



この事件については、極楽郷温泉を含む近隣一帯の施設関係者は把握している。

しかし下手に悪印象が付いて観光客が減ることを嫌い、一般には伏せられているのだ。

特にこれからが勝負という状況の極楽郷温泉と、すぐ近くに現場がある万座温泉の近辺での情報統制は完璧に近い。

被害者が万座山の登山道を外れた場所へ自分から踏み入った者に限られており、

普通の観光客には被害が全くないこともこのような対処の一因だった。

登山道を離れることがあれば、何としても引き戻して安全に連れ帰る。

理由がどうであれ、担当アイドルである芳乃が襲われる事態だけは避けねばならない。

そう覚悟を決めて万座山に踏み入ったのだが―


「芳乃ちゃん、ちょっ、ちょっと早い…!」

「安心なされ、そなたの見失わない範囲に留めておりますゆえー」


山に入った少しした時点で、覚悟が無駄であることを思い知った。

芳乃の歩みに、途中からプロデューサーは全く追いつけなくなっていたのである。


別に社会人ゆえの体力のなさを露呈した、というわけではない。

撮影の仕事は屋外が珍しくないし、時にはアイドルのトレーニングや無茶に付き合うこともある以上、

むしろ体力は比較的ある方だろう。体格だって細めではあっても決して太くはない。

服装もトレッキングシューズにダウンジャケットと、常識的な範囲で登山向きに合わせたものだった。


にも関わらず、着物姿に草履履きの芳乃に全く追いつけない。

背中には大きな法螺貝という荷物まで背負っているのに、である。

まるで宿の廊下を普通に早歩きするかのような感覚で、芳乃は淡々と先へ進んでいる。

足場の安定しない山中をそんな速度で進み続けるのは、山を意識した服装をしていてもかなり厳しい。

遅ればせながら芳乃についていくだけで、プロデューサーの体力はガンガン削られていった。

言葉通りに視界から離れるギリギリに至る度、必ず芳乃は立ち止まって声をかけてくる。

その声が芳乃本人のものであることで意識をつなぎ、なんとか山林を進んでいく。

…ようやく、追いつく。

プロデューサーの努力もあるが、直接の原因は芳乃が完全に立ち止まったことだった。

辿りついたのは登山道を派手に離れた、綺麗な水の流れる渓流である。


「そなたー、手伝ってくださいませー」

「…な、何をだい?」

「石ころ集めでしてー」


笑いかける膝をなんとか御しながら聞くプロデューサーに、芳乃は笑顔でそう答えた。

かがんで石を拾い、籠の中に入れては吟味する。そして目に適ったものだけを残して河原へ返す。

河原に立った芳乃は、そんな流れをひたすら繰り返していた。

その光景に、プロデューサーは疲れた身体でぼんやりと思う。


(気になることの1つって、コレのことなのかな…?)


石ころ集めは芳乃の趣味である。担当である以上はもちろん知っていることだ。

そして足元に転がっている石は、大自然の恩恵か都会の石よりかなり綺麗に見える。

たとえ自然の石であっても、芳乃にとっては気になる存在であることは十分考えられた。

何より、さっき見えた幼さの残る笑顔は間違いなく楽しんでいる顔だった。



体力を回復すべく少し休んでから、ゆっくりとした動きで再び立ち上がる。

もちろん今いる場所が危険であることを忘れてはいなかったが、それ以上に担当アイドルの願いを叶えたい。

笑顔の代価があってもいいだろうと、プロデューサーもまた渓流の石を拾い集めはじめていた。

<R←------I>

準備の第一段階を終え、あきらは一息ついていた。

遅めの昼食は駅で買った調理パンと、水筒に入った持ち込みの麦茶。

夕食も持ち込みの弁当の予定だ。師匠が不在だから火を起こす気はない。

温泉地も近いというのに風情のカケラもないが、そのあたりは気にしないことにした。

硫黄の匂いはともかく、自然の風景は任務の中ではそんな珍しいものではないのだから。



ここから先の段取りはシンプルなものだ。

網を張り、反応を待ち、何がしか動きがあればそれを記録して撤収する。

反応待ちの時間はこの場所を動けないが、他に何をするでもない。

調査期間は明日の昼まで。それまでに何もなければ「反応なし・沈静状態」と報告するのみ。

単独任務とはいえ、つつながく終われば実に楽なものだ。



胃に軽く流すだけの昼食を終え、あきらはビニールシートから立ち上がる。

考え事をするのは、兎にも角にもまずは網を張り終えてから。

そのために再び鬼笛を手にし、今度は笛の先を赤い円盤に当てる。

これが起動してしまえば、後は寝袋の準備以外することはない。

後は山林の自然を相手に、自分がこれまで感じたことを叩きつけるだけ。

これまで一緒に師匠と駆けてきた山の空気が、決断を下すにあたって大きな支えになってくれる気がした。



そして赤い円盤を起動させる直前―あきらは鬼笛を吹くのを止めた。

(…え?あれって…)


体調不良でも、任務に不安を感じたのではない。

鈍色に光る何かが、キャンプの端に見えたのである。

それはベースキャンプを組み立てた直後に、最初に仕掛けたはずのものだった。

そしてそれが戻って来ているということは、つまり。


(誰かがいる?もう引っ掛かった?)


結論はすぐに出た。

引っ掛かったのが調査対象そのものなら、この任務はもうすぐ終わる。

そうでないにしても原因を突き止め、再度網を張る必要はある。

ロクに答えを出せていないが、自分の悩みと任務を天秤にかける真似をする気はない。

だからこそ、あきらは周囲を窺いつつすぐさまベースキャンプを出たのだが、その歩みはすぐに止まった。




…引っ掛かった存在は、もうすぐそばまで迫っていたのだ。

<R------→I>

「そなたー、そろそろ行くのでしてー」


渓流の流れを背に、芳乃の声が聞こえる。

山中に入った疲労がある程度抜け、代わりに石ころ集めの疲労が溜まり始めた頃合いだ。

タイミングとしては良い具合だが、身体と裏腹にプロデューサーの内心はすっきりしない。

わざわざ足を運んだ割にはさして時間が経っていない。本当に芳乃の望む通りの石が見つけられたのか。

そして、ここに来た理由である「気になること」とは何なのか。

疲れが抜けてくると、気になることの1つが本当に山中の石ころなのかすら確証がないことに気付いた。


「石集めは、もういいのかい?」

「十分かとー。探しものも見つかりましたのでー」


そんな疑念を知ってか知らずか、竹籠の中身を見せる芳乃の表情は明るい。

が、プロデューサーの表情は驚きに軽く歪んでいた。

竹籠には綺麗な石ころがほどよく載っている。それはいい。

問題は、石の山の上に見慣れない何かが置かれていることである。

それは動物の蛇を模してはいたが、金属片で出来た身体は明らかに動物ではなかった。


「なんだ、これ…蛇のオモチャ?」

「玩具ではないのでして」


その言葉を裏付けるかのように、金属の蛇がモゾモゾと動き出した。

間髪入れず、芳乃が蛇を河原へと放るとそれは山林へ向かって動き出した。

山中という環境でもスムーズに前進する様は、機械仕掛けの玩具よりも生き物にずっと近い。


「あれを追うのでしてー」

「…えっ、アレを?」


ただでさえ危険だとわかっている場所で、得体の知れないものを追う。

何が待ち受けるかわからない以上は乗り気などしない。

だが驚いている間にも、芳乃は渓流から山中へと戻っていく。

意図を計る以前に見失っては話にならない。慌ててプロデューサーは芳乃の後を追った。

幸い、今度はゆっくり歩くような速さだった。蛇の移動速度が遅いせいだろう。

これなら問題なくついていけると安心した矢先、また奇妙なものが目に入った。


(こんなところにテントの灯り?どういうことだ?)


いつも撮影に使うキャンプ場のある山ならいざ知らず、ハイカーや登山客すら滅多にいないシーズンオフの万座山に、

テントを張ってまで滞在する者などまず考えられない。まして、少し歩けば万座温泉という立派な宿泊施設がある。

仮に宿代がなく野宿をすることになったとしても、わざわざ山中に入る必要はない。

何か目的があって滞在すると考えた時、プロデューサーの脳裏に嫌なビジョンが浮かんだ。

(まさか…でも、手遅れになったらマズイ!よりによってこの場所で!)


「そなたー、急ぐ必要はないのでしてー…そなたー?」


ゆっくり歩く芳乃を追い越し、プロデューサーは先を急いだ。

例の金属の蛇がどうなったかはもう眼中にない。

あの物体がどういうものであれ、今は歩みを止める気はしなかった。

なかったのだが―止まらざるを得なかった。



テントの中にいる人物が、自ら外へ出てきたのである。


高校生くらいと思しきその少女は、この山中にあってなお落ち着いた雰囲気を放っていた。

さらに容姿も光るものがある。会った状況が違えば、アイドルとしてスカウトした可能性も十分あるだろう。

だからこそ、プロデューサーは声を掛けるのに躊躇しなかった。


「君が、あのテントを建てたのかい?」

「ええ、そうですが」


カドがありながらもしっかりした受け応えに、少しだけ安心する。

そして少女の肩を両手でがっちり掴み、こう切り出した。


「こういうことは見ず知らずの人には言いにくいだろうけど、悩んでることがあったら僕に話してくれないか」

「は、はい?それはどういう…」

「自殺するつもりなら止めたいんだ」

「えええっ、自殺!?あの、まさかそれって私のことですか?」

「そうだよ。富士の樹海じゃないんだ、こんな山中で錬丹自殺なんてさせたくない」


明らかに面喰らってる少女をよそに、プロデューサーは説得を続けようとした。

未来ある少女を救うだけでなく、ただでさえ襲撃騒動への対応に手を割いている

万座および極楽郷温泉のイメージダウンにつながる事態は、なんとしても避けたかったのである。

が、そんな口上も後ろからくいくい襟首を引っ張られる手に止められた。


「そなたー、そなたー」

「あのね、芳乃ちゃん今は止めないで。手遅れになったマズイ話を…」

「いくらなんでも早とちりが過ぎるかとー。あの子も腹を抱えて笑い出す様でしてー」

「え?」


言われて少女の顔を見てみれば、明らかに吹き出す寸前。

山中なので実際に転がることはなかったが、直後の大笑いは笑い転げるようであった。

傍らにいる芳乃もそれをニコニコしながら見ているが、プロデューサーは唖然とする他ない。


「私、そんなに悩んでるように見えました?」

「え、いや、だってこんな山中にテントで野宿とか…」


ひとしきり笑い終えて、なおもその余韻を残しながら聞く少女の姿は、

本当に早とちりだと理解するのに十分過ぎるものだった。さすがにバツが悪い。

少女の側から助け舟を出してくれたのは、正直助かるものだった。


「少し、あの中で説明しますね。ものすごい誤解をされてるようですけど、悪気はないみたいですから」



少女に導かれて入ったテントには、錬丹など全く存在しなかった。

<R←------I>

「自然生物の生体調査?」

「はい。こう見えても私、自然保護団体に所属してるんです。

 オフシーズンでないと登山客で騒がしくなるので、今の内にと」


それまで1つだったビニールシート上に座る影は、今は3つに増えている。

その原因たる思わぬ来客に、あきらは自分が山中にいる理由をこう説明した。



…嘘は言っていない。

童子や姫などが育成したものも含め、魔化魍は自然の存在だ。

それに魔化魍の暴走が自然環境に悪影響を及ぼすこともある以上、結果的には自然保護もしている。

事態を知らぬ一般人に見咎められた際のこういった説明を、きちんと頭に入れておいたのは正解だった。


「まいったな…本当に申し訳ない。大変な勘違いをしてしまった」

「いえ、気にしないでください。言われるまで気付きませんでしたけど、

 こんな人の目が届かない山林に1人でいたら、そういう勘違いも起きますよね」


まだ20代後半だろう若い男性が頭を下げて謝るのを、あきらは止めた。

これまでは師匠と2人でいたからこういった誤解とは無縁だったが、もしこれを最後の任務とせず、

単独で―師匠の同僚である響鬼のように―活動することになれば、早晩起こり得ることではあった。

今後を考えることに行き詰っていた以上、こうやって選んだ道の先に何が起きるかという部分から

考え直すのも、一つの方法かもしれない。

もっとも、悩んでいる様をあからさまに周囲に感じさせている事実はさすがに反省した。

(ん?この子、どこかで…)

ふと視線を感じて男性の隣に目を向けると、和服を身に纏った少女が正座したまま、あきらを凝視している。

法螺貝を下げ、石を乗せた竹籠を脇に置く様にやや場違いな感を覚えつつも、その姿には見覚えがあった。


「…もしかして、極楽郷温泉の関係者の方ですか?」


言いながらあきらは、タクシーの車内から持ち出した極楽郷温泉の宣伝ペーパーを広げる。

指差した先には、着物の柄こそ違えど目の前の少女と同じ姿が載っていた。


「その通りです。そのチラシは汎用の宣材写真を使った先行版なんで、

 今日は旅館内でイメージビジュアルの撮影してたんです。

 ただ、ここに来たのは…」

「わたくしのワガママでしてー」


やや間延びした独特の口調で、少女が男性の言葉に割り込む。

そのまま、ビニールシート上で三つ指ついて頭を下げた。


「依田芳乃と申しますー。以降、お見知りおきをー」

「で、僕はアイドルとしての彼女の担当プロデューサーやってます。あ、名刺です」


芳乃と名乗る少女に続いて、プロデューサー氏が差し出した名刺を受け取る。

猛士としての活動に時間を割いていることで、あきらは若干世間的な流行に疎いのだが、

それでも名刺に書かれた事務所の名前は聞いた覚えがあった。


「天美あきらです。大変なんですね、プロデューサー業も」


相手が名乗ったのならと、あきらも名乗る。

だが、それは礼儀としてであり、親交を深めるためではない。


「それで、言いにくい事なんですけど、このあたりは少々危険な場所なんです。

 できれば、早急に山を出ていただければと」


少しだけ低姿勢のポーズを見せつつ、しかしはっきりと告げる。

誤解が解けたなら、魔化魍と遭遇しかねないこの場所に無関係の人間を長居させたくはなかった。

万が一、世間的な知名度のあるこの2人が魔化魍に襲われれば面倒な事態になる。

「ここで何が起きているのかを知ってるのかい?」


そう問う声に、あきらは首肯を返す。

プロデューサー氏が何を危惧しているかは知らずとも、こうすれば引き下がる可能性は高いと踏んだ。

事実、しばしの睨みあいの後でプロデューサー氏は引き下がるような気配を見せている。

少し寂しくなるが、これで問題ないだろう。



そう安心した矢先である。



「ふむふむ…なるほどー。あきら殿が探しものがわかったのでしてー」


いきなり背後から聞こえた声に思わず振り向くと、そこには想定外の光景があった。

赤と鈍色、2つの円盤状の物体。

たしかに隠しておいたはずのそれを、芳乃がなぞっている。

触れるな、と咎める前に再び芳乃の言葉が刺さる。


「良き音式神でしてー。これなら調査にうってつけでしょうー」


音式神。それはこの円盤―ディスクアニマルの正式な名前。

何故この、芳乃という少女がそれを知っているのか。

そもそも見えないように隠していたディスクアニマルを、こうも一瞬で見つけたのか。

疑問に反応が鈍る間に、今度はプロデューサー氏までディスクアニマルに触れていた。


「この円盤の色…まさか、さっきの!」

「そなたの覚え通りでしてー。これが、あの蛇となりましょうー」


その言葉を聞いて、ようやくあきらは渓流に仕掛けたディスクアニマル・ニビイロヘビの反応したものが、

目的の魔化魍ではなく芳乃達であることに気付いた。

どうやら、今日すぐに帰れる結果にはならないらしい。

「あの、あまりそれに触れないでいただけますか…?」


軽く脱力しながらも、さすがにそろそろディスクアニマルから離れてもらうべくそう言うと、

すぐに2枚の円盤が返ってきた。

案外素直に戻って来たなと思って受け取ると同時に、また芳乃の声が聞こえた。


「そなたー、そろそろ行くのでしてー」

「行くって…山を出るってことだよね?山中は危ないって今言われたのに」

「あきら殿の仕事を手伝えば、その懸念も消えるのでしてー」


芳乃の言葉に、あきらは妙な予感を感じた。

表向きの理由で覆い隠した以上、自分が本当は何を目的にここへ来たかは一切口にしていない。

だがフラッシュバックするのは、ディスクアニマルをくるくる指でなぞる動き。

自分にはできないが、あれは確か―



「あきら殿…『鴉』をお探しなのでしょうー?」



果たして、テントを出る直前に芳乃が残した言葉は、本当の滞在理由を言い当てていた。

<R------→I>

テントを抜けた芳乃はやはり山を出ることなく、再び山中へと向かっていた。

その様子を見て、すぐにあきらも追ってきた。

あの金属の蛇-芳乃の言うところの音式神-を待つ必要がないせいか、

今の芳乃は万座山に入ってすぐの時と変わらない速度で動いている。

だがあきらも止まることなく山林を素早く進み、芳乃のすぐ後ろをキープしている。


…そしてそんな2人に、容赦なくプロデューサーは追い越された。

(年とったとは思いたくないけど、何度歩いてもキッツいな…ここは!!)

思わずそうごちる。今度はこちらの移動を待ってはくれなかった。

つまりそれは芳乃の性格からして、自分も出せる限りの速度で追えば完全には見失わず済む距離なのだろう。

何処へ向かっているか、芳乃の言う『鴉』とは何か、この場所に来る原因になった気になることは結局何なのか。

わからないことは随時増えている気がしたが、今はとりあえず芳乃を追うことを優先した。

そうして、視界の先から消えるギリギリのところで、芳乃が木立の陰に隠れて急停止したのが見えた。

あきらはすぐに、そしてプロデューサーは数分してようやく合流する。

既に足腰はガクガクだ。

だが芳乃の視線を追った先に見えたものに、そんな足も完全に固まった。

「な…なんだ、アレ…?」



芳乃の言う『鴉』とはこれなのだろう、ということはわかった。

鳥類らしきシルエットと黒い羽根は、確かに都市部でもよく見かける普通の鴉に似ている。

だが、今この場にいるものが都市部に現れたとしたら、それは日常の光景にはならずパニックが起きるだろう。


大き過ぎる。


胴体からして、芳乃を連れて乗って来た車よりも大きい。

顔を見ようと見上げると、まるで朝礼台から見下ろされているような感覚すら感じた。

眠っているのが幸いだったが、仮にこの『鴉』が目を覚まして、なおかつ襲ってくるようなことがあればどうなることか。

ややあって、そう言えば襲撃事件の現場には羽根が落ちていたな、とぼんやりと思い出す。


「こんなにあっさりバケガラスを見つけるなんて…」


隣からあきらの声が聞こえる。

化け物のような鴉とは言い得て妙だ、と思いながらも、結局プロデューサーの足は動かなかった。

<R←------I>

芳乃の肩越しに見えた光景は、あきらにとっても驚くべきものだった。

だがそれは、遅れて隣に立ったプロデューサー氏と意味が違う。

そもそも魔化魍と幾度も対峙してきたあきらにとって、この程度の巨躯は驚くに値しない。

数日前に対峙したノツゴなどは、口だけで成人男性を丸呑みするほど巨大だったのだから、

身の丈があきら自身の3、4倍程度で留まるならば可愛いものである。

まして、かつて師匠とあきらが2人で別個体を撃破したこともあった。

つまるところ、あきらにとって驚くべき存在はこれではない。


(この子…一体、何者なの?)


自分より小さな芳乃の背に、あきらは思わず視線を移していた。

あきらの師匠であっても、鳴き声や目視といった手掛かりがない時点では、

ディスクアニマルでの情報収集なしに魔化魍を追うのは難しい。

なのに、この同い年の少女はそれを容易く成し遂げた。

山中からやってきたのだから何かからくりがあるのかもしれないが、それにしたってただの一般人とは思えない。

自分の悩みを棚上げにしてでも、この謎めいた少女の素性を知りたいという好奇心が急速に沸き出していた。

もしこの場にいるのが2人だけだったなら、バケガラスを無視してすぐさま本人に問い質していたことだろう。



…だが、3人目の声があきらを正気に戻した。

「怪獣映画見てるつもりはないんだけどね、僕は…!」


未だ隣で驚く芳乃のプロデューサーは、世間的には別として、この場ではただの一般人である。

彼を同行させたまま長居することはリスクが大きいし、あきら自身もここにいる必要性はもはやなかった。


「帰りましょう。アレに気付かれたら厄介なことになります」


先ほどとは逆に、今度はあきらがプロデューサー氏の肩を掴んでいた。

混乱している状態なら、強い語気で押しこめばこちらの意図に従わせられる。

そう判断しての行動だったが、返って来た言葉は思いの外しっかりとしていた。


「知っていて来てた、ってことか」

「え?」

「驚く程度に個人差はあるだろうけど、それにしたってキミは落ち着き過ぎてる。

 ウチの高峰のあだって、いきなりこんなものとカチ合ったらリアクションの1つくらいするよ」

「…よく大人びてるとは言われます」


強引に受け流して、プロデューサーの言葉を止める。

実際に彼の疑念は真実だったが、それを悠長に説明できる場所ではない。

下手を打てば魔化魍や猛士の存在に触れてしまう可能性がある以上、

できればバケガラスという実物から離れた場所で事を進めたかった。

それはプロデューサーだけでなく、芳乃も同じ―



(…!?ウソ、いない!)



視線を戻せば、先ほどまでいた場所に依田芳乃の姿はなかった。

このわずかな時間で一体どこへ消えたのか。

周辺を見渡そうにも、バケガラスのいる開けた場所以外は山林の木々で視界が悪い。

それでも顔を振って必死で探すが、見つからない。


「さぁさ、口を開けてくださいましー」


聞き覚えのある、やや間延びした声が耳に届く。

反応してすぐさま視線を動かすと、たしかに芳乃の姿は見つかった。

なのに事が丸く収まる気は全くしない。



…そこにあったのは、眠るバケガラスの口に芳乃が腕を突っ込んでいるという、明らかに異様な光景だった。



「芳乃ちゃん!?な…何してるんだ!」

「そなたはそのまま隠れていてくださいませー。あきら殿といれば安全なのでしてー」


当然とも言えるプロデューサーの言葉を平然と受け流し、芳乃は着物の袖の上から手ぬぐいを巻いた腕を突っ込んでいる。

今にも飛び出そうとするプロデューサーの肩をあきらは改めて掴み、押し留めた。


「あきらちゃん…!?」

「心配なのはわかりますけど、今は動かないでください。

 本当はすぐ下がりたいくらいの状況なんですから」

「でも、あれじゃ芳乃ちゃんが…!」

「ここで私達までのこのこ出ていったら、確実にアレは起きます!

 幸い、あの子だけなら今のところ気付かれてません。ここで待ちましょう」


そう言って、芳乃の指示通りにあきらはその場に留まった。

平然とした語気の芳乃に流されたわけではない。

あきらを動かしていたのは、脳裏に浮かぶある可能性だった。



やがてあきらとプロデューサーの見守る中―黒い魔化魍は目を覚ました。

<R------→I>

バケガラスが眼を開き、立ち上がる。

その真正面に立つ芳乃もまた、バケガラスの黒い瞳を見据えている。

身長やサイズの違いを感じないわけではないだろうに、芳乃の顔に焦りの色は全く見られなかった。

…そして、動かない。

睨みあいは一瞬にも、永劫にも感じられた。



先に変化があったのはバケガラスの方であった。

突如、苦しむかのように顔を伏せた直後、呻くように咆哮したのである。

山林に地を揺るがす低音が響く。荒れ狂う声に容赦などない。

それは睨みあいの均衡を破るのに十分だった。


「仏が出る、とはならなかったようでしてー」


その言葉と共に、芳乃はその場にしゃがむ。

直後に頭上を通ったのは黒い翼だった。

あれだけの体格から放たれる大振りの一撃は、当たれば人間の身体など容易く吹き飛ばすだろう。

だが当たらない。目前を、足の下を、あるいは頭の上を空振りしていく。

最低限の所作で芳乃はバケガラスの攻撃をかわしていた。

「…やはり、隠(おぬ)の気に当てられているのでして」


翼を背の後ろが空振りするのを余所に、懐に入った芳乃は再びバケガラスの瞳を見る。

その瞳は禍々しい赤に染まっていることを確認すると、芳乃は背負った法螺貝に手をかけた。


同時に、業を煮やしてかバケガラスがわずかに跳びあがる。

着地を狙うは至近距離にいた芳乃の頭上。

鋭い足のツメとその重量がかかれば、人間の少女など肉塊と化す。

よしんば避けたとしても、その振動は体勢を崩すには十分だろう。

そして、再び大地が揺れる。

だが必殺を期したであろうバケガラスの足元には何もなかった。


「ならばこそ、今は調伏いたしましょうぞー。毒は吐かねば治らぬゆえにー」


声はバケガラスの頭の後ろから聞こえた。

あの着物姿で、芳乃は至近距離から巨大な魔化魍の背まで跳んでいたのである。

既に法螺貝は腰を離れ、手に抱えられている。

そして背に立つ芳乃をバケガラスが振り落とすよりも、芳乃が法螺貝に口を付ける方が早かった。



―万座山の山林に、法螺貝の音色が響く。

その音は低く力強いものだったが、地を揺るがすのではなく大地と一体になっていた。

ややあって、バケガラスの口から光が放たれる。

光の強弱と法螺貝の音色が連動し、山林には場違いに思えるようなライティングが展開される中、

バケガラスは全く動けなくなっていた。



やがて、巨躯が地に倒れる。

ズン、と横倒しになった身から降り立った芳乃は、バケガラスの口から転げ落ちた石を拾い上げた。

光を失いつつあるそれを手拭いで包むと、眠れるバケガラスの目蓋を開け、瞳を見る。


「…これでこちらはよろしいのでして」


最後まで平然とした態度のまま、芳乃はバケガラスの元を去った。

<R←------I>

(やっぱりあの子、音撃を…!)


バケガラスが倒れる一部始終を、あきらはプロデューサーと共に特等席で見続けていた。

―彼女の腕に一瞬見えたものが錯覚でないなら。

―背にある法螺貝を楽器とするつもりなら。

まさかと思いながらも、「芳乃が音撃を使うのではないか」という可能性を認めたあきらだが、

それでも芳乃が本当に音撃でバケガラスを打ち倒したことには驚きを隠せなかった。

たしかにバケガラスは最近現れた魔化魍ほど強力ではないが、それでも人の手に余る相手には変わりない。

いくら布石を打っていたとはいえ、こうも簡単に倒すとまでは想像していなかった。



傍らを見ると、プロデューサーもまた驚きに固まっているようだった。

無理もない、とあきらは納得する。

半人前の自分ですら、事情を知らぬ人間が見れば大層驚かれることがある。

それにバケガラスへの驚きようを見た限り、芳乃は彼に全てを打ち明けてはいないのだろう。

「アイドル・依田芳乃」を深く知っているだろう彼があの戦いをどう感じたかは測りかねたが、

衝撃的だったことだけは間違いないと見て取れた。

木立を抜け、あきらはプロデューサーを連れて芳乃へと近付く。

その背後に転がるバケガラスを見やると、寝息のようなごく小さな声が聞こえた。

どうやら沈静化しただけで、死んだわけではないらしい。


「そなたー、ひと仕事終わったのでしてー」

「あ、ああ。お疲れ様」


芳乃に応えるプロデューサーの声が心なしか硬いが、それを気にするつもりはなかった。


「…芳乃さん。あの、聞きたいことがあるんですけど」

「奇遇でしてー。わたくしも、あきら殿にお聞きしたいことがあるのでしてー」

「僕も2人に聞きたいことが…というより、色々理解が追い付かない」


連鎖するかのように3人の言葉が繋がる。

それを聞いて芳乃がくすりと笑うと、にこやかにこう言った。


「なら、あきら殿の小屋でお話いたしましょうー。時間はあるのでしょうー?」


あきらは首を縦に降る。たしかに話す時間はいくらでもあった。

なにせ、探索も実態調査も芳乃が済ませてしまったから、あきらの仕事はほぼ終わっている。

帰るというならそれで諦めるつもりだったが、当の芳乃が乗り気であるなら聞いておくべきだろう。




来た道を再び引き返す。

駆けずに歩いても、バケガラスとベースキャンプの距離はさして遠いものではなかった。

<R------→I>

「とりあえず…アレはなんだったんだ?」


テントに戻り、開口一番にプロデューサーが聞いたのはそれであった。

平然とあの怪物を倒した芳乃、怪物の存在を知っていることを半ば認めたあきらと来て、

彼だけは未だに状況を飲み込めていない。

これ以上知らぬまま振り回されるのは、気分が良い悪い以前に大の大人として情けないものがある。


「名前は『バケガラス』と言います。あれは…そう、自然発生して人間を襲う怪物です。

 信じられないかもしれませんが、現代日本でもあのような生物が一定数存在するんです」

「そのような化生の物を『魔化魍(まかもう)』と呼ぶのでしてー」


魔化魍という語が芳乃の口から出た瞬間、あきらがわずかに驚いたように見えたが、今は現状把握を優先する。

実際に目にしてしまった以上、魔化魍なる存在を否定する気はない。

だが、それでも疑問は残る。


「あんな大きな怪物がいたら普通は人間にもっと認知されるものじゃないか?

 今日は相手が眠っていて、ここ自体今は人が少ないけれど、登山シーズンが来たらそれなりに観光客も来る。

 バケガラスだって眠りっぱなしってワケじゃないみたいだし」

「ええ、そうですね。それでも人の口に上らない理由は2つあります。

 1つは…魔化魍自体が自然環境の外に出ることが少ないこと。

 そしてもう1つが―」

「魔化魍を抑え込む組織がある、ということでして」


また、芳乃が割り込む。今度は明らかにあきらが慌てている。

どうも、あきらの言った自然保護団体とやらは人畜無害な団体ではないらしい。

それ故か、あきらが慎重に言葉を選んで説明しようとしているのはプロデューサーも何となく察していたが、

それとは別に芳乃のしていることは保護者でもある身としてはスルーできるものではない。


「あのね、芳乃ちゃん。人の話を途中で折って奪っていくのはあんまりいいことじゃないよ?」

「それは申し訳なく思いますー。さりとて、この先に同じことを話すならば変わらないのでしてー」


当の芳乃はいつもの調子を崩していない。

そしてそれ以上の追及を止めるためか、すぐさまあきらに話を振った。


「それぞれが聞きたいことのある現況ならばー、そなたのみならずあきら殿も聞くのでしてー」

プロデューサーは一度引き下がった。言いたいことがなくはないが、たしかに自分だけ質問攻めするのも不公平ではある。

代わりに促されたあきらは、一度目を閉じて軽く息を整えると、芳乃に話を切り出した。


「正直、聞きたいことは山ほどありますけど…急ぎ確認したいことからいきます。

 なぜ、バケガラスを完全に退治しなかったんでしょう。故意に生かす理由があるということですか?」

「生かしたのはわたくしの意ではなく、バケガラスの心性ゆえでしてー」

「心性?」


芳乃の答えに、あきらがすぐ聞き返す。

プロデューサーの見えない部分を知っている者同士でも、どうやら持っている知識は芳乃の方が深いように見えた。


「あのバケガラスが善良なものということでしてー。響石は心根によって薬にも劇物にもなりまするー。

 もし嬉々として手を血に染める類なれば、あきら殿の想像通りになっていたでしょうー」

「魔化魍が善良って…そんなことあるんですか?人を喰い殺す化け物ですよ!?」

「親子三代悪魔と呼ばれた家系から善人が生まれ、名のある住職の子が刃もて人を刺す…

 魔化魍では珍しいことなれどー、生まれや育ちが全てを決めるとは限らないのは人と同じでしてー。

 言うなれば、万座山の恵みといったところでしょうー」


ふと、バケガラスと芳乃が対峙した時の状況を思い出す。

たしかにあの怪物は、明らかに芳乃の姿を捉えていたにも関わらず、

何か変調のようなものが起きるまでそれを静観していただけだった。

結果的に芳乃を襲ったとはいえ、あきらの言うような人喰いの化け物の反応とも言い難い。

そうして思い返す中で、プロデューサーに新たな疑問が浮かんだが、それに先んじて芳乃が口を開く。


「…そなたに誤解のなきよう示しておきますればー、あのバケガラスは警告をしていたのでありましてー」

「警告?」

「巨躯を現せば、人は恐れて帰ると考えたのでしょうー。軽傷を与えたのはおそらく人が暴れて自ら怪我を負ったのでして」


芳乃が何を言っているのか、すぐに想像がつく。

だがそれに反応して聞き返したのはプロデューサーではない。


「それって、あの傷害事件の…!」


しまった、と言わんばかりに自らの口を塞ぐあきらがそこにいた。

「やれやれ。自然保護団体って割には、ずいぶんと物騒な話まで首突っ込んでるんだな」

「ま…魔化魍のような相手がいるとわかってからは、どうしても荒事にも調べを進めがちで…」

「別に取り繕わなくていいさ。あきらちゃん自身が武闘派というワケではなさそうだしね」


意地悪をしたかな、と思いながらもプロデューサーはすぐにあきらへの追及の手を止めた。

隠し事をしているのは明らかとはいえ、無関係の人間に危害を加えるのでなければ暴き立てる必要などない。

それに、そもそも隠していたのはあきらだけではない。


「芳乃ちゃんも例の事件を知ってたとはね…隠してた意味なかったな、これは」

「極楽郷温泉で女将が話していたのでしてー」


芳乃の答えはごく自然に納得できるものだった。

ムダに不安を煽らないよう、アイドル達には襲撃事件のことを説明していなかったのだが、

施設の看板を背負うイメージガールともなればお偉方と接する機会は増える。

その気があれば、現地の関心事ぐらい耳に入ってもおかしくはない。

だが、今度はまた別の疑問が浮かぶ。


「警告とは言うけど、バケガラスは何を警告しているんだ?

 そもそも、芳乃ちゃんが警告と思う理由もわからないんだけど」

「理由は、これにござりましてー」


言いながら芳乃が取り出したのは、あの手拭いである。

中には拳大の石―河原で拾ったものだが、これが響石とやらなのだろう―と、黒い羽根が数枚。

そこから羽根だけを取り出し、その裏を見せる。


「これは…血?」


あきらの言葉通り、羽根の裏側は暗い赤に染まっていた。

表の黒い色と羽根の大きさからして、これがバケガラスのものであることは間違いない。

そして凝固しきった状態と血の色から、芳乃との遭遇が原因で流れた血でもない。


「…そなたに教えた『気になること』の1つは、これなのでして」


芳乃の言葉に、ようやく目的に辿りついた達成感などプロデューサーは抱けなかった。


「バケガラスが盛大に出血するような負傷を与えられる何かが、ここにはいるってこと…?」

「おそらくは、そうなるのではないかとー」


プロデューサーが言い出せない疑念を、代わりにあきらが言葉にしていた。

そしてそれを、なおもいつもの様子で芳乃が肯定する。

危ないから帰ろう、などと言い出せる空気ではない。

「…そなたー、そなたー」

「な、なんだい?」

「もう1つの『気になること』を教えるのでしてー、怯えることはなさらぬようー」


手を握られながらそう言われて、はじめてプロデューサーは自分の手が震えていたことに気付いた。

だが、目を閉じた芳乃の両手がその震えを打ち消す。

そしてそのまま、目的を語る。


「悩み事を抱いている方がいたのでして」

「…ボクを見つけた時と、同じようなことかい?」

「その通りでしてー」


悩み事解決は、石ころ集めと並ぶ芳乃の趣味であり、特技だ。

担当プロデューサーならやはりこれ位のことは知っている。

それに、かつて雑踏の中で新アイドル候補生を探す自分を見つけてやってきた実績もあるから、

芳乃が悩み事を持つ相手を探り当てられることに異論を挟む気もない。

そして、万座山で会った人間が一人しかいないということは、つまり。




「さて、そろそろわたくしの尋ねる番といたしましょうー」

芳乃が目を、口を開く。

「…あきら殿。あなた様の悩みを、教えてほしいのでして」

<R←------I>

あきらは困惑していた。

たしかに、悩みならある。それも特大級の代物が。

だがそれは自分自身で結論を出すと決めたものだし、会って一時間も経っていない人間に話すものでもない。

何よりこの悩みを一から十まで明かせば、心証を悪くしてまで隠してきたものを自分からバラすことになる。


「そう言われても、悩みなんてありません」


シンプルな答えで斬って捨て、あきらは早々に荷物をまとめようとした。

バケガラスよりも恐ろしい何かがいるということまでわかれば、単独調査としては上々の結果だ。

これ以上あきら一人で踏み込むには危険だという判断くらいはつく。

そうしてリュックの中身に手を伸ばした時、すぐにあるべきものがないことに気付いた。


「隠すのも道理とはいえ…笛の音は嘘をつかないのでしてー」


芳乃の声が気になり振り向くと、その手には鈍色の円盤が握られていた。

ディスクアニマル・ニビイロヘビ。リュックの中にあったはずだが、いつの間にやら彼女の手に納まっている。

だが円盤を容易く盗られた事実よりも、芳乃が「笛」という言葉の前に音を出さずに動かした唇に、あきらは焦った。

鬼、という言葉を為す動き。

「返してください。悩みごとなんて、本当にないんですから…!」


ニビイロヘビを取り返そうと伸ばしたあきらの右手は、逆に芳乃に掴まれていた。

そのまま引き込まれ、顔と顔が向かい合わせのまま隣に並ぶ。

この距離なら、耳元で囁くような声もはっきりと聞こえる。


「…全部明かしてよろしいのでして?」


思わず、言葉に詰まる。

あきらが隠していることの幾つかをこの芳乃という少女は所々でバラして来たが、

それでもあきらがバラされて一番困る「鬼」や「猛士」の存在には一切触れていない。

ついさっきも故意に声を出さなかったということは、おそらく全て知っていてやっているのだろう。

無関係の一般人、それもメディアへの影響力を持ち得る人間に「鬼」の存在は明かせない。

綻びはあるが、あの建前はまだ生きている。だが、芳乃が言ってしまえば当然建前も崩壊する。

そしてあきらの手元には、芳乃が困るであろう交渉のカードなどない。


「脅し、ですか」

「わたくしは素直になってほしいだけなのでー。自分で答えを出すことと、他人を誰も頼らないことは同義でないのでして」

「言えることばかりじゃありません。それはあなたもわかっているはずです」

「『自然保護団体』の方なのでしょうー?悩みを解決できれば、わたくしも他の諸々は隠しとおしましょうー」


内心、あきらは驚いていた。

あまりに知り過ぎている知識とその迫り方から、悩みを聞くという建前で何か自分から「猛士」の掴んでいる情報

―先日出現した不可思議な森のこととか―を聞き出そうとしているのだと疑わなかったのだが、本気で悩み事解決をしたいとは。

真意はともあれ、自分の悩みを言えば「鬼」や「猛士」のことは明かさないと言うなら、あきらの答えは決まっている。


「…負けました。意地悪なんですね、私と違って純朴そうなのに」

「見かけで人は測れないのでしてー」


芳乃の背後にいるプロデューサーには聞こえない小声の応酬は、ようやく終わった。

はぁ、と溜息が出る。

バケガラスの件で頭の中を離れていた悩みは、またあきらの気を重くしていた。

「すいません。やっぱり悩みごと、あります」

「あぁ、うん…。なんかごめんね、芳乃ちゃんの無理に付き合わせて」


直前の言葉を翻したあきらに、プロデューサーは驚くでもなく申し訳なさそうにそう言うだけだった。

思えば、初対面で練炭自殺の疑いをかけてきたのは彼の方だった。

悩みがあること自体は、はじめから見抜かれていたのかもしれない。

聞いてこなかったのは、芳乃と彼では生まれ育ちが違う結果なのだろう。


(まるで、私とイブキさんみたいに…)


…無意識に浮かんだ考えは、悩みを加速させてしまった。

せっかく聞いてくれるというなら、吐いてしまった方が楽になるかもしれないという思いが口を動かした。


「私は自然保護団体の見習いで、さっき言われたように魔化魍と相対する部署に身を置いています。

 人に脅威を及ぼしかねない存在を人知れず抑え込んでいる…というワケです。さっきのバケガラスは、違ったみたいですが」

「見習いというには、中々仕上がっているように見えるのでしてー」

「もう2年になりますから。ただ、一人前というか、実際に魔化魍を抑えにかかる立場にはまだなれてません。

 その理由が、実力不足とは違うところにあって…」


そこで、一度言い淀む。

「鬼」や「猛士」のような秘密と別に、軽々しく言い出せないこと。

だが、ここまで来て言わずにいるのはむしろ辛かった。


「…復讐、なんです。私の両親は魔化魍に襲われて、殺されました。

 だから魔化魍の脅威を抑えたいというだけじゃなくて、魔化魍が憎いというのも団体に入った理由

 でも『憎しみを理由に向かい合えば、きっと最後には自分自身を滅ぼす』…師匠やその同僚の方は、決まってそう言うんです」


プロデューサーも芳乃も何も言わない。全て言い切れ、ということなのだろう。


「一人だけ、憎しみを肯定した人もいました。

『憎しみを忘れるな』と言ったその人は、私を危険に晒してでも戦いを優先しました。

 でも…私はその人のやり方も、否定できずにいます。憎しみを捨てるのか、肯定するのが正しいのか」


顔を見ると、2人とも渋い表情をしていた。

無理もない。いきなり憎しみがどうだと言われても普通は困惑するだろう。


「…ごめんなさい。変ですよね、こんな悩み」

「いや、そうは思わないよ。ボクの世界にも、そういうのがいなかったワケじゃないからね」

「アイドルの世界に…憎しみが?」

思わず聞き返したあきらに、プロデューサーはこう言った。


「君は『魔王エンジェル』というユニットを知っているかい?」


首を横に振る。

鬼になるための修行で学校の出席日数すら危ういあきらは、女性アイドルについても多くは知らない。

せいぜい、今一番有名な765プロの名前は知っているという程度だ。

だから魔王エンジェルなどと言われても、ただ仰々しい名前だとしか感じなかった。


「そうか。彼女達はね、まさしく憎しみで這いあがったアイドルだったんだよ。

 765にいる友人から聞いた話じゃ、駆け出し時代に憧れのアイドルから手酷い妨害を受けたのが原因で、

 アイドルそのものの無価値を証明しようとしたらしい」

「それで、憎しみを肯定して…?」

「そう。憎しみに燃えた魔王エンジェルは手段を選ばなかった。

 競争相手の曲の盗用に出演妨害、関係者の買収…ウチもマイクの配線焼かれたことあったよ。

 マイクなしで十分な声量の出る恵磨がいたからパフォーマンスで済んだが、今考えれば大概だな。

 それだけのことをやるだけあって、一時はかなり業界を荒らしたもんだ」

「凄い人達だったんですね。でも…過去系、なんですか」


わずかにあきらの声のトーンが落ちた。

また師匠達のように、この人も憎しみを否定するだけなのかもしれない。


「彼女達、765プロのアイドルとどうにも個人的な因縁があったらしくてね。

 最後は765プロのフルメンバーと真っ向激突して、表舞台を去っていった。

 その後はどうしてるかわからないけど、あくまでアイドルとして再出発するんじゃないかという噂はある。

 ま、今はウチも含めて群雄割拠みたいになってるし、また出てきても多分困りはしないけどね…って、話が逸れたな」


頭をかきながら、プロデューサーは話を軌道修正する。

直後に聞こえた答えは、あきらの予想とは違っていた。


「実際にあの子達と相対したり、765の友人から経緯を聞いたボクの意見としては、別に憎しみを全否定する必要はないと思う。

 ただし、それはリスクを理解しているという前提の上で、だ」

「…否定、しないんですね」

「今日び『復讐は何も生まない』だなんて言う気はないさ。人が動くんだから、何か起きるに決まってる。

 やり方は別として、魔王エンジェルが業界上位にのし上がるほど活躍したのが一つの証拠だな。

 あきらちゃんだって、見習いとしてもう2年分の経験を得てるじゃない?良し悪しは別として、理屈は単純だよ。

 もっとも、さっき言ったようにリスクはある。あくまで彼女達のケースの話からの分析だけど」

「リスク…」

「ああ。ボクのわかる範囲じゃ、少なくとも2つある」


ベースキャンプを照らす電灯が揺れる。風が強くなってきたらしい。

だが、今はそんなことを気にせず、あきらは話に集中していた。


「1つは、大手を振って歩きにくい理由ってことだ。

 あきらちゃん自身も、さっき言い出しにくかっただろうし、変なことだって取り下げようとした。

 復讐とか憎しみってのは世間的には徹底して悪だとされてるから共感を得にくいんだ。

 師匠の人達の反応はまさしくそうだな。身を滅ぼすどうこうってのは、さすがに細かい事情だからわからないけど…

 あと、よほど開き直らない限りは本人の精神にも負担がかかる。人に言えない秘密をずっと抱えるのは、案外キツイと思う」


風は止まない。プロデューサーの喋り方が聞き取りやすいことが幸いだった。


「もう1つは、徹底しないと意味がないってことだ。

 ウチにも小悪党なアイドルと本気で女王様気質なアイドルといるからわかるけど、

 ダーティな要素ってのはハンパにやると無駄な遠回りで終わることが多いんだ。しかも後で尾を引く結果になりやすい。

 だから意外性が欲しいだけならともかく、その要素だけで進むなら貫かなきゃいけない。

 アイドルとしての方向性ですらコレなんだから、本当に憎しみを肯定するならもっと厳しいだろう。

 あきらちゃんの知る、憎しみを肯定した人の言葉も恐らくそういう意味だろうね」

「つまり、覚悟が必要ってこと…ですね」

「それもかなり強靭なものがね。あきらちゃんが憎しみを肯定して進むなら、そういうことになる」


あきらの目に映るプロデューサーの姿は、はじめて大人らしく見えた。

「そなたを連れてきて良かったのでしてー。わたくしには見えぬ部分もありますゆえにー」


不意に、後ろから芳乃の声が聞こえた。

プロデューサーの話があまりに意外だったので聞き入ってしまったが、

元はといえば悩みの話は芳乃に迫られて話したことを思い出す。


「あの…芳乃さんは、どう思うんですか?」


プロデューサーの意見が聞けたことで、今度は芳乃に話を振る。

あきらの隠している部分すら知っていて、なおかつイブキ達師匠とも違う道を辿ったであろうこの少女ならば、

自分が結論を出す参考になるような、含蓄のある答えが返ってくるかもしれない。



だが、あきらの予想はまたも覆された。


「わたくしの答えもまた、単純なことでしてー。まずは一度、やってみればよいのでして」

「やってみる?何を…?」

「それは言わずしてわかるのでしてー。なれるのでしょうー?」


芳乃が触れずに留めた言葉。それであきらは意図を察した。

だが、やってみればよいと言われても、師匠はまだ認めていない。

それでも実戦できる機会があるとしたら、許可を待たずしてやるしかない緊急事態しか―


はっとする。

まさか。だが、この少女ならやりかねない。



「あきら殿、わたくしはこの山にまだ残るのでしてー。

 今なら別の魔化魍と遭遇しても、おかしくはないでしょうー?」


あきらの予想は、今度こそ当たっていた。

<R------→I>

三度、山林を行く。

これまでと違い、プロデューサーは突き離されずに2人についていくことができた。

あれだけ走り回ればさすがに山の歩き方も少しわかってくるというものだが、

それ以上に前を行く少女達が速度を上げていないのも大きかった。


(本気で戦う気、なんだな…)


芳乃は背に法螺貝、手には石の入った竹籠。

あきらは腰にあの動物に変形する円盤―ディスクアニマルといったか―を3枚にそれとまた違う形の円盤を1つ。

そして少し凝った装飾のホイッスルと、小さめのトランペットのようなものを付けている。

傍目から見ればただ楽器と多少の飾りを持っているだけに過ぎないが、

今のプロデューサーの目にはこれが戦うための装備だと理解できた。


そんな2人に対照的に、プロデューサーは丸腰だった。戦う力があるわけでもない。

実際、あきらにはテントに残るか確認を取られた。調査目的で終わらない可能性を危惧したのだろう。

それでもついてきたのはひとえに最悪の事態に備えてのことだった。

バケガラス以上に凶暴と思われる何かに対して、またお荷物になる可能性は否定はできなかったが、

それでも芳乃やあきらが負傷するようなことになれば身を挺して連れ帰る。

プロデューサーとしてだけでなく、曲がりなりにも年長者としての責任だった。


「戻ってきましたね」


あきらの声に気付くと、そこはバケガラスの倒れた場所だった。

あの巨大な鳥は、今度は横になった体勢で寝息を立てている。

はじめて見た時に感じた、あの見下ろされるような威圧感を感じないのは、体勢のせいだけではない気がした。

「あきら殿、お願いするのでしてー」

「出す前に確認させてください。本当に…やるんですか?

 ここにいる魔化魍が何かによっては、芳乃さんでも手に負えないかもしれません。

 私なんて太刀打ちできるのかすら危ういのに」

「怖気づいたのでしてー?」

「話を逸らさないでください。万が一、魔化魍を起こして仕留められなかったら、

 万座山の人をバケガラス以上の危険に晒すことになるんですよ…!」


あきらは真剣そのものだった。

あのバケガラスより凶暴な何かに下手に接触し、それを逃がしたとなれば今より危険な事態になりうる。

魔化魍に両親を殺されたという彼女にとって、自ら魔化魍による危険を解き放つ可能性のある行為に出るのは抵抗があるだろう。

そんなあきらの手を、芳乃は再び両の手で包んでいた。


「大丈夫なのでしてー。あきら殿の助力があれば、事は必ず静かになりましょうー」


幼さの残る手、なのに耳に届く穏やかで落ち着いた声。

そんな矛盾した芳乃の姿をプロデューサーはよく知っている。

ややあって、あきらの強張った身体から力が抜けたように見えた。

同年代の少女にも芳乃の魅力は通じたらしい…とプロデューサーは思ったが、あきらの反応は少し違った。


「…なんか、信じられる気がします。根拠なんてそうそうないのに。

 芳乃さん達って、あの人みたいなんですね」

「あの人?」


気になって思わず聞いたプロデューサーの言葉に、あきらは振り向いて答えた。


「ええ。師匠の同僚で、ヒビキさんって言うんですけど…その人だけなんです。

 私の回りで、あなたと同じように憎しみを肯定も否定もしないで冷静に捉えた人。

 そして芳乃さんみたいに、答えを出すためにやってみせろって、肩を押してくれた人。

 あの人がいなかったら、私はもっと答えを出すのを焦っていたかもしれない。そんな人に似てるんです」

「ふむふむ、中々器の大きい方のようでしてー」

「人気者ですもの。弟子希望のおっかけが2人もいるような人ですから」


軽く笑ってそう言うあきらは年頃の少女相応の明るかったが、少ししてスッと表情が引き締まった。

だが、そこにテントで見た暗さはない。代わりに、強い意志の力を感じる。


「私も、覚悟できました。私自身の手で答えを出すためにも、この先にいる魔化魍を全力で追います」

その言葉と共に、あきらは飾りの付いたホイッスルと、赤と青のディスクアニマルを手に取った。

ホイッスルを吹く。同時に赤の円盤が鷹のような姿に、青の円盤は狼のような姿に変わる。

そのまま2つの金属質の獣は、万座山の奥地目掛けて進んでいった。


「すっごいもんだな。児童向け玩具か何かにしたら賞とか取れそう」

「アレはただのカラクリではないのでしてー。そもそも何の賞を取るのでして」

「え?グ…グッドデザイン賞、とか」


まさか聞き返されると思っていなかったプロデューサーは、思わず咄嗟に浮かんだ答えを言ってしまう。

返ってきたのは2人揃ったジト目だった。さすがに適当が過ぎたと反省する。

そんな問答ができるのも、今この瞬間だけは余裕がある証ではあった。

バケガラスのいた場所を基準点に、芳乃が指示した方向へディスクアニマルを飛ばし、奥地にいる何かの反応を見る。

そして遭遇した何かと、恐らく穏便に事は進まないだろう…というのは3人の一致した見解だった。

一度事が始まれば、気の休まる暇もないに違いない。

反応がないまま終われば危険もなくて助かるのだが、この少女達を信じるならその可能性は少ないはずだった




―その瞬間は、思いの他早く来た。

炸裂音と共に、狼の悲痛な鳴き声が聞こえたのはきっかり5分後のことだった。

<R←------I>

「ルリオオカミ!」


万座山の奥地にある大木に叩きつけられた青い狼―ルリオオカミを見て、あきらはそう声をかけた。

金属質の身体は砕け散ってこそいないが、何か強力な衝撃で叩きつけられたせいか、両の脚にヒビが入っていた。

いくら道具とはいえ、感情のある存在である。ここまで痛めつけられるのを見ては忍びない。

そう思って元の円盤状に戻そうと近寄ったあきらよりも先に、芳乃がルリオオカミの身体に触れていた。

そして、なぞる。


「…この先にいるのでしてー」


迷いない答え。

芳乃がルリオオカミから情報を引き出したことを、もはやあきらは疑わなかった。

自分の悩みも、バケガラスを追ってここに来たことも、ディスクアニマルには記録されている。

専用の再生機なしにそんな芸当ができるならば、それこそ鬼―師匠であるイブキやヒビキといった存在に、

あきらよりも余程近いのだと認めることになるが、少なくともあきらにとっては理に通った答えだった。

だから、信じる。ルリオオカミを元に戻した後、あきらは芳乃の進んだ後を素直についていった。



やがて、少しだけ獣道らしきものが見えた。

さして大きくはない。せいぜい軽トラック1台分くらいといったところだろう。

そんな道をさらに進むと、やがて洞窟の入り口らしきものが目に入る。

だが、相手は洞窟の中に潜んでいるのか、と思い歩を進めようとしたあきらを、芳乃の手が制していた。


「あきら殿ー、相手はもう見えているのでしてー。迂闊な歩みはそれこそ危険ゆえにー」

「見えている?でも道には…あっ!」


すぐにあきらは視界を上に向ける。

ついさっき見たはずなのに、バケガラスが翼を持つ魔化魍だったことを忘れていた。

空飛ぶ魔化魍なら、空中で負傷を受ける可能性だって十分ある。

その懸念通り、木々の枝の一つにそれはいた。



人に似た身体。だが、長い鼻と赤く染まった顔は人ではない。

鳥に似た翼。だが、腕に沿って生える形状は鳥ではない。

獣に似た爪。だが、その爪の長さは獣ではない

その姿はまるで―


「テング…!」


呻くようなあきらの声が、その名を当てていた。

「た、たしかに天狗っぽい見た目だな…」

「テングという魔化魍は、私の師匠のイブキさんと、さっき話したヒビキさんの2人がかりでやっと倒した相手なんです。

 バケガラスを痛めつけたのは、恐らくアレに間違いないでしょう」


プロデューサーに返したあきらの言葉に嘘はない。

名がテングというだけでなく、強敵であることもその通りだ。

それどころか、実際はヒビキの武器を怪力で破壊するような、ただものではない相手なのである。

相手が相手だけにあきらも焦りを浮かべかけたが、目の前に立つ少女の背がそれを打ち消す。

竹籠の石に手をかけた芳乃は、やはりいつもの調子を崩していなかった。


「そなたは下がってくださいませー。すぐに始まるのでしてー」

「わ、わかった…バケガラスのいた場所にいる。ヤバくなったら合流だ」


プロデューサーが来た道を引き返す。

追わんとするテングを、何かの弾が襲った。

プロデューサーではなく攻撃した相手を狙わんと視線を落としたテングと、あきら達の目が合う。


「あきら殿、ここからが本番なのでしてー」


高度を下げて低空飛行するテングを目前に、芳乃が再び石を投げる。

その綺麗な手のどこにそんな力があるのか、投石はかなりの早さで飛んでいく。


「ここが正念場…私も、答えを見つけます!」


それに合わせ、あきらも手持ちの武器に口を付けた。

小型のトランペット―音撃管が、衝撃を放つ。

正式な鬼のものではない練習用の音撃管だが、それでも機能としては問題ない。

師匠がいない今回の任務に備え、万が一のためにリュックの奥底に仕込んで持ってきたものだった。

見えない空気の弾が、石と並んでテングを襲う。

それが戦いの合図となった。

牽制の投石と空気弾をかわし、おぞましき赤い瞳を輝かせてテングが突撃してくる。

道の両側に散ったあきらと芳乃だが、思わず身を寄せた木の幹は斬り裂かれていた。

瞬間、あの長い爪によるものだろうとあきらは判断した。そして恐らく、バケガラスに痛手を負わせたのも同じ。

魔化魍の身をも斬る威力なのだから、人体などひとたまりもない。避け損なえば生首が飛ぶだろう。

盾にする木々がある山林であるのは、不幸中の幸いだった。



だが、獣道へ戻ろうとしたあきらの目前で、芳乃が別の攻撃をかわすべく木の枝に飛んでいた。

道には何か強い衝撃を受けた跡が残っている。その形跡からして、攻撃の正体はすぐわかった。


(相手も空気弾を使うなんて…!)


あきらは一人そうごちた。

音撃管で発射した空気弾の跡をちょうど拡大したかのようなそれは、あの腕と一体化したような翼から放たれたものと思われた。

連射はできないようだが、ルリオオカミを痛めつけた衝撃からして、最低でも人間を木々に貼り付けられる威力なのは違いない。

そこで爪が刺さればやはり首は飛ぶ。そうでなくとも、これだけの威力の射撃を放ってくるとなれば大きな隙は見せられない。

―それでも、やるしかないのだ。


(芳乃さん、少しだけ耐えて…!)


テングに狙いをつけられた芳乃は木々を盾に、そして投石と法螺貝での打撃で猛攻をいなしている。

あのような存在相手に渡り合うのも凄まじいが、あくまで芳乃は少女である。いくら非凡とて長くは持つまい。

この間に、あきらがテングを倒すための秘策を起こす手筈だった。

芳乃が言うには、魔化魍を調伏するなら響石―実は河原で拾った石を芳乃が細工したものらしい―で良いのだが、

撃滅するには鬼石が必要だという。加えて、可能ならば音撃の共鳴を起こすべきだとも。

そのような手立てができる方法を、あきらは一つしか知らない。



つまり…鬼への変身。

「魔化魍に襲われたための緊急特例」という名目の元、芳乃が強引に引き出した最終手段である。

ホイッスル状の鬼笛を口につけ、芳乃の言葉を思い出す。

次に浮かんだのは、両親が殺された光景だった。

血塗れの遺体に、許せない相手。それを目前のテングと重ね、心を憎しみで染め上げる。

そして、研ぎ澄ませた精神で笛を鳴らす。


(変身、できないか…!)


音は鳴った。だが、巻き起こるはずの風が起きない。

変身自体がはじめてとはいえ、もう手順自体は覚えて久しい。

だから変身できないのは何故かすぐわかった。

これは、答えではない。



鬼笛の音に反応し、テングが矛先を変える。

気付いた時には見えない衝撃が生身を襲っていた。

曲がりなりにも鍛えていたおかげで死にはしなかったが、そのまま木の幹に押しつけられる。

視界に入ったのは爪を振るわんとするテングの姿だった。


(直撃コース?避けられない!)


このまま終わってしまうのか。

そうなるワケにはいかない。だが、身体は動かないまま。



…首筋に何かが触れる。その瞬間、見覚えのあるダウンジャケットが宙に舞うのを見た気がした。

<R------→I>

(揉み合いになって転げ落ちるとか、『転校生』かっての…!)


痛む身体を右腕でさすりながら、プロデューサーは山林の中で立ち上がる。

飛びこんだはいいものの、まさか坂になっているとは思っていなかった。

だから予想よりはるかに格好が付かない形になったが、それでも目的が果たせたなら気にする必要はない。


「起きれるかい?」

「…すみません。助かりました」


すぐ近くに倒れるあきらに右手を伸ばし、助け起こす。

荒れ地を転げ落ちただけのプロデューサーと違い、木に叩きつけられたことで

あきらの衣服はそこかしこで破れが見え、擦り傷による軽い出血すらあった。だが、まだ立ち上がれる。

幸い、テングと対峙した獣道の脇は、ある程度の傾斜が付いていた。

吹き飛ばされれば、踏み入ってこない限りすぐ見つかることはない。

ダウンジャケットで一瞬でも視界を隠したおかげで、テングの追跡は来ていなかった。


「でも何故、ここにいるんです?あの場所で合流するはずじゃ…」

「そのつもりだったんだけどね…戻るに戻れなくなったんだ。

 ボク自身も心配だったけど、それ以上にアレが向かってきたからね」


言いながらプロデューサーの指差した先には、見覚えのある巨躯があった。

負傷を押して明らかにテングのいる方向を目指して移動している。


「バケガラス…!」

「一瞬、襲撃事件の二の舞になるかと思ったけど、幸いそうはならなかった。

 どうも芳乃ちゃんの言う通り、アレは悪者じゃないらしい」

「思わぬ助っ人、ということなのでして」


間延びした声に振り返ると、そこには芳乃が立っていた。

見た目でわかる負傷はない。

だが竹籠は真っ二つに切り裂かれ、バケガラス相手にすら綺麗なままだった着物も乱れていた。


「だ、大丈夫か!?テングは…!」

「あきら殿に向かった際の隙をついて、目に石を当てたのでしてー。

 逆の脇道に囮を投げたゆえにー、少しは姿を見失うでしょうー」


そう言うと、すぐに芳乃はあきらへと顔を向ける。

あきらの眼を見る眼差しは、いつかのキッとした鋭い目付きだった。

だが、すぐに穏やかなものに戻る。

「芳乃さん、ごめんなさい。でも…もう1回お願いします!」

「そう言えるのなら何も問題ないのでしてー。今度は素直にやってみるとよろしいかとー」


戦いでの段取り―プロデューサーはそれが何か詳しくは知らない―に失敗し、

少なからぬダメージを受け、危うく死にかけてもなお、あきらの瞳にある強い意思は消えていない。

場所が違えば、すぐにでも自分の世界へ導いた可能性もあるだろうと思うほど、

プロデューサーの目にはあきらとアイドル達の姿が重なって見えた。

万座山の奥地という舞台を恐れず、覚悟を決めている。

…ならば、今度こそ見守る立場になろう。少女達の戦いと、答えを。


「わたくしは、バケガラスと共に真正面からいきましょうー。

 あきら殿は背後を取るよう、気配を消して忍ぶのでしてー」

「わかりました!今度こそ…!」


芳乃の指示に応じ、あきらは次で決めるべく獣道に上らず、山林へと消えていく。

だが、芳乃はすぐには去らなかった。


「ボクはここにいる。さすがに二度も三度も、あんなことできないからね」

「…そなた」

「どうした、芳乃ちゃ…!?」


自分がどうするかを聞いていないから動けないのか、と考えた末に答えるも、

直後に芳乃はプロデューサーの左腕を有無を言わさず上に掲げていた。

下げていた左手が身体から離れると、アンダーシャツすら切り裂かれた跡が見えた。

そして、血が見える。どう見ても擦り傷ではない。

当たり方が良かっただけで、それはあのテングの爪によるものだった。

「だ、大丈夫…2人が無事なら、こんなの大した傷じゃないし」

「これを使うのでして」


誤魔化そうとするプロデューサーを余所に、芳乃は自らの後ろ髪に手をかけた。

髪を束ねる髪留めと、着物に合わせた上品で長いリボンが外れる。

そしてリボンを傷口に押し当て、髪留めの紐で出血を防ぐ。


「そなたはここに隠れているのがよいでしょうー」

「ごめん。心配かけさせるつもりは、なかったんだけどな…」

「…わたくしにとっては、そなたがいなくなってしまうことの方が余程恐ろしいのでしてー」


血が見えなくなり、木陰にプロデューサーを座らせた芳乃はそう言い残し、

バケカラスの元へ向かうべく山林を上っていく。

その時、夕暮れの太陽が芳乃の顔を照らした。

そこに見えたのは―


(は、初めて見た…芳乃ちゃんのあんな顔…)


凄まじい怒気を放つ瞳。

でもそれはプロデューサーにとって、矛盾に依らぬ「依田芳乃」の魅力に見えた。

髪の中に秘められた、16歳の少女らしい真っすぐな感情が爆発する。



「…もう容赦はしないのでして」

<R←------I>

芳乃と離れた後、あきらはかなり速度を落として移動していた。

距離があるとはいえ、テングほどの相手に気配を消し続けるのはあきらにとって簡単なことではない。

まして、変身を試みれば鬼笛の音は必ず鳴る。

芳乃が動き出すその時を、あきらは音を立てずに待った。



ややあって、獣道にいるテングの正面にあの巨躯が完全に姿を現すと、あきらは驚いた。

バケガラスの背に、長く美しい髪を広げた少女が立っている。女のあきらであっても、目を釘付けにされた。

怒りを研ぎ澄ませ、それを純粋で凛とした鋭さに昇華した瞳は、まるで大自然の遣いのよう。

だがそのシルエットが背負った法螺貝を手にした瞬間、正体にようやく気付いた。

あきらがわずかな時間で知った、あの間延びした声と古風で意地悪な言動をする芳乃からは、

あんなにも苛烈で幻想的な姿を見せるなど考えもつかなかった。


テングが赤い瞳を光らせ、全身から紅に染まる霧のようなものを放つ。

それが生き物を侵食する毒のようなものであることを、あきらは感覚で悟った。

だが、法螺貝の音が毒を打ち消す。音撃の真髄は、清めの音。

なによりバケガラスの毒を浄化した当人なら、打ち消せて当然だ。

己が毒で従えることができないと理解したテングは、すぐさま低空を突撃する。

対する芳乃も、バケガラスを護りながら正面から激突した。

この瞬間こそ、再度の機会。



テングの目は、完全にバケガラスに向いている。あきらには気付いていない。

(素直に…真っすぐに…今度こそ!)


芳乃の言葉と、その新たな姿を浮かばせながら、再び鬼笛を口に近付ける。

最初に変身しようとした時には、故意に憎しみで心を埋め尽くした。

もし自分にとっての答えがそうであるのなら、それでもよいと思っていた。

だが、できなかった。


何故変身するのか、何故鬼を目指すのか。

最後のきっかけは、山林に置いてきたあのプロデューサーが握っていた。


―人が動くんだから、何か起きるに決まってる―


(憎しみも正義も貫けない私は、鬼に向いてないのかもしれない。

 でも、何かを生み出す力を魔化魍が殺すというなら…今この瞬間だけでも鬼になる!)



鬼笛の高い音が響き、額に鬼面が浮かぶ。

今度こそ、風は吹き荒れた。

身を包む青い風の中で、あきらの姿は人ならぬものへと変貌していく。

黒い皮膚に包まれた姿は野人ともいうべき有様で、かろうじて腰のベルトが野生の怪物でない証になっていた。

だがこれこそあきらが、そして師であるイブキらが変身する姿。

すなわち―鬼、である。

変身を終えた直後、あきらは思わず膝に手をついた。

鬼への変身は、それだけで気力や精神力を消耗する。錬度が低ければ戦う間もなくダウンしてもおかしくない。

だが、あきらは倒れることなく前方へと駆け出す。

そして獣道のすぐ脇にある木の枝まで飛びあがり、低空飛行でバケガラスの死角を狙うテングに跳び蹴りを見舞った。

師匠のような鬼闘術は使えないが、それでも背後から綺麗に決まった蹴りはテングの体勢を崩していた。


「芳乃さん!」

「あきら殿…答えは、見つかったようなのでして」

「…はい!」

「わたくしの気がかりもあと一つなれば、もう一つも片付けるといたしましょうー」


凛としながらも、口元に笑みを浮かべた芳乃の言葉と共に、バケガラスが地を駆ける。

迎え撃とうとするテングの翼を、すぐさまあきらの手にした音撃管が狙う。

連射された空気弾が翼の動きを鈍らせる。

それでも発射を強行したテングは、バケガラスのタックルで吹き飛ばされた。

だが、そのまま踏み付けにかかったバケガラスの爪をテングは押し返す。

すかさず芳乃が投石で割り込んだことでテングは離れたが、後退した姿にはまだ余裕が見てとれた。



3vs1、それも1体は例外的に魔化魍の力を借りているというのに圧倒できない。

かといって受けに回れば勝機はない。

バケガラスが力押しで勝てなかったことはあの負傷が示しているし、

変身の維持に気力を消耗し続けているあきらは一撃もらえば変身が解けかねない。芳乃に至っては最初から生身だ。

ならばもう、音撃を決めるしか方法はない。

そう判断したあきらは、音撃管のもっとも持ち手に近いピストンを押し込んだ。

同時に発射機構が切り替わり、弾倉から赤い石の弾が送られる。

これこそが、清めの音に反応する鬼石。そして赤い鬼石は、爆発性の反応を示す石だった。


(4発…全部撃ち込めれば、きっと…)


残弾を確認し、いつでも発射できる状態であえて音撃管を降ろす。

牽制になればよかった空気弾と違い、相手に突き刺さらなければ意味がない。

しかもテングほどの相手なら、真正面から撃っても跳ね返されたりかわされる可能性は高い。

ならば、隙を狙うしかない。それも、4発全て撃ち込む大きな隙を。

それだけの隙を空気弾を撃てない音撃管を抱えて待つよりは、危険を承知で加勢する方がチャンスがあるだろう。

飛び退いて体勢を立て直したテングは、その場から空気弾を放ってきた。

距離を置かれては隙を見出すのも、鬼石を当てる確実性を確保するも厳しい。

着弾までの猶予であきらは避け、バケガラスは受けの姿勢を取って耐えているが、攻めに転じられない。



削り合いでは不利になる。

空気弾に戻して撃ち合いにしても、この距離では当てられない。

攻めあぐねたその時、こつんと石が肩にぶつかる。

芳乃の方を見て、そしてその意に気付く。

(賭けになるけど…でも、これなら!)

そしてあきらは、次の空気弾の着弾を待った。

自分目掛けて飛んできた空気の砲弾を、跳躍して避ける。

そして着地したのは―バケガラスの背の上だった。

少し前なら逃げ去るか、あるいはダメージを与えたであろう相手と、今のあきらは手を組んでいた。



次の空気弾を放つべく、テングが翼に力を入れるのが見える。

同時に、バケガラスが再び突進をかける。

だが発射の方が早い。テングはこうなることを読んで後退していたのだ。

瞬間、受けが間に合うギリギリのタイミングでバケガラスがその場に留まる。


(まだ遠い…!)


思わずあきらが歯噛みする。あと少し、届かない。

だが、受けの姿勢の合間に後退しようとしたはずのテングが、不意に前方へ突き飛ばされる。

姿勢を崩したテングの後方から見えたのは―


「アカネタカ!」


その名の通り、茜色に縁取られたディスクアニマルはこの瞬間に空から降りていた。

あきらはバケガラスのいた場所を基準に捜索をはじめさせたルリオオカミと逆に、

アカネタカには円周上の遠方地から探査させていたが、テングが後方へ退いたことでアカネタカの感知範囲に入ったのである。

ディスクアニマルに感謝しつつ、この好機を逃すわけにはいかないとすぐさま芳乃と共にあきらは飛んだ。

アカネタカを襲うべく爪を伸ばすテングの頭に、半壊した竹籠が直撃する。

ダメージはないが、視界の邪魔になるそれを払い退けようとした瞬間、至近距離から赤い鬼石が撃ち込まれた。

射撃手であるあきらに狙いを変えた瞬間には、テングの右目にまた投石が当たっていた。

そして、芳乃が法螺貝を思いきり振りかぶる。

見事なまでのフルスイングが側頭部に直撃した。

次々と来る別方向からの攻撃に翻弄された末、ようやく視界が戻ったテングはまたバケガラスの突進を受け大地を滑っていた。



「よし、これで…」

「…打ち止めにするのでして」


芳乃が法螺貝を構える。

同時に、あきらも音撃を放つべくベルトのバックルから音撃鳴を取り出し、音撃管の先端にセットした。

空気弾や鬼石の射撃口が塞がれ、代わりに完全なトランペットへと姿を変える。

―万座山に、再び音が鳴り響く。

低く力強い法螺貝と、高く華やかな音撃管の音色が共鳴していく。

今夜限りの不思議なシンフォニー。

その音色に反応して4つの赤い光が浮かび、山林の奥地で輝いた。



やがて、音が止む。

苦しむようにして洞窟へ逃げ込んだテングだが、やがてその身体に突き刺さった鬼石が爆発する。

それは物理的な衝撃だけでなく、合奏で生まれた清めの音の力も爆発させていた。

音もなく、人目もない洞窟が、テングの最期の地になった。

<R------→I>

出血がきちんと止まった頃、プロデューサーの耳にも法螺貝とトランペットの音が届いていた。

これで無事に終わることを祈りながらも、和洋の混ざった共演はずいぶんと心に響いた。

そして音が消えてから、例の獣道まで自力で戻ろうとした時。


「そなたー、来るのは少しお待ちくださいませー」

「あ、ああ…わかった」


動きを見透かしたかのように、芳乃の声が聞こえた。

しばし木の影で待つ。見られたくないことは誰にもあるだろうから、覗き見するのは避けた。


(…あれも、忘れた方がいいんだろうか)


脳裏に真っすぐな怒りを見せた芳乃の顔が浮かぶ。

あの時、矛盾を超えた輝きを確かに芳乃に感じた。

それは彼女だけでなく、もしかすると矛盾した魅力に縛られた極楽郷温泉にも救いの一手になるかもしれない。

だが…同時にそれは芳乃が自ら見せようとはしない部分なのだろうとも、ぼんやり理解していた。

どうやって自然なまま、新たな魅力を引き出せるのか―


「そろそろよろしいのでしてー」


声をかけられ、思索を中断する。事がようやく済んだのだから、待たせるわけにはいかない。

そんな思いで急ぎ獣道へ戻ったプロデューサーだったが、さすがにバケガラスの巨躯を前に身体が固まった。

敵対的でないとわかっても、こうも近いとプレッシャーが全くないではない。

「そなたー、警戒することはないのでしてー」

「い、いやぁ、そう言われても…あれ?あきらちゃん、服は?」


芳乃に言われても動きは硬いままだったが、その隣に立つあきらの異変にプロデューサーは思わず反応していた。

テングをかばって一緒に転げ落ちた時に着ていたはずの、傷付いた上着がなくなっている。

下半身はジーンズのままだが、上はインナーと思しき薄手のシャツだけだった。

咄嗟に上着を貸そうとしたが、自分のダウンジャケットもテングに切り裂かれていたことを今更に思い出した。


「だ、大丈夫です…ベースキャンプまで戻れば、代えの上着ありますから」


言いながらも、あきらは肩肘をさすっている。

さすがに冬の始まりが近いこの時期にシャツ1枚では寒いだろう。

かくいうプロデューサー自身も、ジャケットなしでは少し肌寒く感じてはいた。

加えて、麗奈と恵磨の卓球対決が待つ午後6時も近くなってきている。


「よし…出ようか」


プロデューサーの言葉をきっかけに、万座山からの引き上げがはじまった。

終わってしまえば、後は楽なものだった。

バケガラスを山林の中腹に残し、ゆっくり歩く。

あきらの設営したテントも一人で組み立てられる簡素なもので、撤収もすぐに終わった。

プロデューサー自身も手伝おうとしたが、芳乃に止められた。左脇腹の負傷を心配してくれているらしい。



…とはいえ、さすがに車の運転は代われない。

登山道の入り口から、ようやく万座山を出ると、奇跡的に駐車禁止も取られずに済んだ社用ワゴンがあった。

本当に取り締まりの巡回すらないらしい、と苦笑する。

そして振り返って、声をかける。


「あきらちゃん、これからボク達は極楽郷温泉に戻るんだけど…一緒に来ないか?」

「え?」

「自殺志願じゃないなら、少なくとも今日は夜通しここにいるつもりだったんじゃないかな?

 タクシー使っても、今から万座・鹿沢口まで行って帰るんじゃもうクタクタでしょ。

 だったら一晩調査したことにして、ゆっくり温泉で休んでいけばいい」

「でも、それではご迷惑をおかけするのでは…」


プロデューサーの提案に、あきらは遠慮がちにそう答えた。

だが、すかさずあきらの手を握る者がいた。芳乃である。


「遠慮することはないのでしてー。あきら殿の悩みが解決した祝いと思いませー」

「それはありがたいですけど、でも急に宿泊するなんて…」

「迷惑を気にするなら、宿泊モニターって仕事を頼まれたってことでもいい。

 実際、仕事と一緒にウチのアイドルにもアンケート用紙書いてもらってるし」


芳乃と畳みかけるようにして、プロデューサーも重ねて押し切る。

あきらにアイドル候補生になれる魅力を感じた…というのもないではないが、

それ以上に、単純にあきらに相応の礼をしたいというのが本音だった。

彼女がいなければ、芳乃を矛盾という枠にずっと押し込んでいたかもしれないという危惧は、正直あった。


「…わかりました。ご迷惑でなければ、明日までお世話になります」


ついに頭を下げたあきらも乗せ、ワゴンが動き出す。

バックミラー越しに見えた万座山は来た時と変わらないはずなのに、いつになく平穏に見えた。

<R←------I>

(…広告が悪いのね)


計らずも実際に訪れることになった極楽郷温泉は、あきらには綺麗な温泉宿に見えた。

たしかに新興の温泉地ではあるが、むしろこれから歴史を創っていくバイタリティのようなものを感じる。

少なくとも行きの車中で感じた、スーパー銭湯のような安っぽさはなかった。

気になってプロデューサー氏に聞いてみたら、芳乃がメインビジュアルになっていない今の広告は、

暫定的に作られた現地の古い広告会社の手によるものだった。むず痒さを感じたのはそういうことらしい。

これも芳乃に助言された「まずは一度やってみろ」ということなのかと不思議に思う。



この地に着いた後、プロデューサーは一度仕事に向かったものの、

今日の仕事は終わったという芳乃が一緒に付いてくれている。

悩みっぱなしのここ数日では、ゆっくりできる機会などなかった。

もちろん、帰ったらこの答えを伝えるという最後の壁が待っているが、それでも今は休息が欲しかった。


「鬼になるのは、今日がはじめてだったのでしょうー?上々の働きなのでしてー」

「上々、だといいんですけどね。その…上着1枚"しか"残らなかったの」


打ち上げを兼ねた夕食を前に、浴衣姿に着替えたあきらは頬を朱に染めていた。

鬼への変身は、気力と精神力を多大に消耗する。

そして解除する時に気力が維持できなければ、変身する前に着ていた衣服は戻らない。

特に自らの意思ではなく、ダメージで気絶して変身解除してしまうと全裸になってしまうのだ。

いくら自身を女性として意識することの少ないあきらでも、さすがにそれは恥ずかしい。

実際に全裸とまで行かずとも、テングとの戦いで全力を出し切ってしまったあきらは、

上下1枚ずつの上着だけ―つまり下着すら戻せない―程度の精神力しか残っていなかった。

芳乃が小声で「すぐに温泉に入って着替えるのでして」と言わなかったら、体力的限界より羞恥が勝っていただろう。

あきらが着替える横で、芳乃もリボンと髪留めを元通りに直している。

今では万座山で見た姿が幻だったのかと思うほど、その姿はいつも通りだった。


「あの、芳乃さん」

「なんでございましてー?」

「結局、芳乃さんは…なんで音撃を使えるんですか?」


ふと、気になって聞いてみる。芳乃に抱いた、山ほど聞きたいことの中の一つ。

聞いて答えてもらえる、という気はない。

ただ、聞かないまま帰ったら後悔になるだろうと思っただけ。

だから直接でないにしろ、きちんと答えてもらえたのは意外だった。


「それはあきら殿の師匠に聞けばわかるのでしてー。依田の名を出せば、おそらくはー」


少しだけ驚き、そして笑う。


「…そうしてみます。それでわからなかったら、もう謎ですね」


いつか聞いてみよう。イブキさんと、落ち着いて話せる関係に戻ったら。

大広間に向かうあきらの足取りは、軽かった。

<R------→I>

「…あの子、今頃大丈夫かな」

「あきら殿なら心配ないのでしてー。自分で答えを見つけたのですからー」


群馬県から引き上げた翌日、芳乃とプロデューサーは事務所にやってきていた。

極楽郷温泉のイメージガールもさることながら、芳乃にはもう次の仕事のオファーが来ている。

今しがた、関係者との顔合わせを事務所で終え、ようやく一段落ついた時に思い出したのがあきらのことだった。

芳乃は知っているようだが、結局彼女の出した答えをプロデューサーは聞かぬまま、上野駅の改札で別れた。

もっとも、あの日テングを倒したという事実自体が、悩んだまま終わったのではないというある種の証明になっている。

それに今となっては、成り行きで同行しただけの子だ。気にしない方が正解なのかもしれない。


だが―気にしないわけにいかないこともある。

「芳乃ちゃん、あの…」

「あの日のことなら、他言無用と申したのでしてー」

「いや、それもちょっとあるけど…もう1回だけ、髪留め外してみない?」

思い切って、プロデューサーはそう切り出した。

魅力どうこう、という飾りで誤魔化す気はもうなかった。

長い髪を晒した芳乃に、プロデューサーは惚れこんでしまったのである。

テングのような凶暴な毒ではないが、これもまた毒なのかもしれない。

そう内心で自嘲するが、それでも結局止まらなかった。


「ふむふむ…必要な時が来たならば、それも考えましょうぞー」


わずかに思案して、芳乃は穏やかにそう応える。

裏返せば普段から外す気はない、ということだ。まぁそれも当然ではある。

バケガラスやテングに絡む事情と同じで、あれは芳乃の今の日常からすればイレギュラーなのだろうから。

しかし、プロデューサーは別の意味をすぐさま見出していた。

それは芳乃が事務所から帰り、自分も仕事上がりというその時にかけた、一本の電話につながっていた。



「急におかけしてすいません。次の公演の脚本について、ご相談したいことがあるんですが…」

<R←------I>

「久しぶりだね、あきら」


午後の準備を終えたあきらの耳に、懐かしい声が聞こえた。

半年会っていなくとも、あれだけ近くにいた人の声はすぐにわかる。

振り返ると、そこにはバイクを背に立つかつての師匠の姿があった。

戦士とは思えない穏やかな青年だが、彼の戦いぶりは誰よりも近くで見てきたあきらには、

今でもその姿は頼もしく思えた。


「イブキさん、お久しぶりです。パネルシアターの見学ですか?」

「いや、トドロキが近くの店で団子をどんどん食べててね…。

 時間がかかりそうだと思って先に出たんだけど、偶然あきらの姿が見えたから」


ああ、と納得する。トドロキが大食いで、かつ一度勢いが乗ると止まらないことは知っている。

自分の代わりにこれまで以上組むことが増えた同僚のペースに、イブキも手を焼いているらしい。


「元気そうで安心したよ。学校もちゃんと通うようになったんだって?」

「はい。…私も安心しました。一人で寂しくしてるんじゃないかと思って」

「はは、さすがに最初は効いたけど、慣れなきゃどうしようもないからね」


そう言うイブキの顔を見て、あきらは一つだけ忘れていたことを思い出す。

―あの日に残した謎を解くには、どうしてもこの人の力が要る。


「…あの、聞きたいことが一つだけあるんです。積もる話、ってことでもないんですが」

…あれから数日後。

あきらは鬼になる道を断念していた。

本当に為すべきことは、鬼となって戦うことではない。それがテングとの戦いの末に見出した答えだった。

憎しみを捨てられなかったからでも、鬼の理念を貫けないからでもなく、自らの意思で道を違える。

だからもう、天美あきらは猛士関東支部・序の六段ではなかった。

今は児童向けの凝った紙芝居、パネルシアターを見せるボランティアをしている。

そこでは鬼笛の使い方も精神集中も、意味はない。



それでもあきらは、過ぎた時間を無駄だとは思わなかった。

猛士を抜ける前、あきらはもう一度だけ鬼に変身した。

結果は惨敗。イブキすら身動きの取れぬほどの魔化魍の強打に、一撃で気絶していた。

盾になったことで生まれた隙のおかげで、イブキとヒビキが自力で窮地を脱したことだけが成果だった。

だが、あきらは最初から魔化魍を倒せると考えて変身したのではない。

…一目でも、見せたかったのだ。鬼に成るところまで来れたという結果を。

散々に遠回りをしたけれど、イブキと過ごした2年の月日は決して無駄ではないと示したかった。



そして、同じ理由で鬼を目指す知人のために、最後にあきらは頭を下げてヒビキに頼みこんだ。

そのおかげで、桐谷京介は正式にヒビキの弟子となっていた。

未だにあの人を見下しがちな性格には時折カチンと来るが、それでも迷いなくひたすら鬼を目指し、

鬼として戦うことも恐れないがむしゃらさは、かつての自分にもなかった。そこだけは認めている。

同時に安達明日夢も弟子になったが、後に彼はあきらと同じように弟子を辞めた。

自分に影響されたかと少し不安になったが、医者になることを目指してアルバイトに励む姿から、

やがて彼も自分なりの答えを見つけたのだと悟った。

「イブキさん、依田という名前に心当たりありませんか?」


施設の外にあるベンチに座り、あきらはそう切り出した。

いきなり名前を言われてもわからないか、と思ったが、イブキはすぐに意図を察した。


「『万座山のテング』の件だね?

 あの時はオロチ関連でゴタゴタしてたから、きちんと報告書を読めたのは最近だったんだ。

 正直驚いたよ、テングを倒したってあったから。でも依田の娘さんがいたらしい記述を見て納得した」

「本人に、イブキさんに聞けば素性がわかると言われたんです。

 結局本人からは詳しいことは聞けなくて…あの子、何故音撃や鬼について知ってたんでしょう?」

「…そうだね、本人がそう言ったなら話していいだろう。あきらなら下手に口外しないだろうし」


そこで一息つくと、イブキはゆっくり語り出した。

幸い、周りに人はいない。仮に偶然耳にする者がいたとしても、ここでは意味のないことだ。


「太鼓の音撃に使う音撃棒は縮小してベルトに付随できるけど、僕の音撃管やトドロキみたいな音撃弦はそうはできない。

 それは音撃管の構造が複雑だからだ…ってのは、鬼の修行をしていた時に教えたはずだ。

 でも昔は、音撃管も縮小できるものがあった。機能がない代わりに、構造が複雑でないものがね」


イブキの言葉に、あの日の芳乃の姿が脳裏に浮かぶ。

彼女が持っていたものを考えれば、答えは明らかだった。

「法螺貝、ですか?」

「そう。最初は音撃棒と同じで、清めの音を放つだけのシンプルな法螺貝だったんだ。

 そして今もそれを守っているのが、依田。笛の音撃の創始にして源流だ」

「源流…でも、法螺貝を使う鬼を見たことはないです」

「それは当然だよ。原初の笛の音撃は依田の者にしか使えない、非常に使用条件の厳しいものだった。

 鬼に変身して、複雑な構造の音撃管を使うのは、生まれ持っての気が高くない人でも使えるようにするためなんだ。

 音撃に限れば、今の僕が変身した状態と、依田の娘さんは互角かもしれない。

 それでも、魔化魍を殺さず沈静化する術は未だ依田でなければできない。それだけ特殊だってことさ」


あまりのレベルに頭が少しだけクラクラしたが、かつて見た芳乃の姿はそれを現実だと理解させた。

ディスクアニマルを音式神という古い名で呼ぶのも、伝統ある家柄なら自然だろう。

だが、同時に別の疑問が浮かぶ。


「…なんでそれだけの人が、猛士で有名でないんですか?仮にも笛の創始者なのに」

「依田は、鬼と袂を別ったんだよ。原因は…魔化魍に対するスタンス、だな」


すぐに納得した。あきらは憎しみのあまり面と向かって言ってしまったが、

魔化魍全てを人喰いの化け物とする考え自体、猛士としてはおかしなものではない。

だが、芳乃のように魔化魍にも善良なものが生まれうる、と考えるなら、

そのような可能性を考慮せず戦う猛士の鬼は、理解しあえる相手を潰しているとも言える。

恐らくそれは看過できるものではなかったのだろう。


「敵対しているわけではないけれど、今は互いに表向き関知していない。

 だから吉野の上層部や勢地郎さんは知っていて語らないし、トドロキなんかはそもそも知らない。

 僕が知っているのは、鬼の修行時代に依田の親御さんに会ったことがあるから。

 宗家の特権、なんて言うのは嫌だけど、あきらみたいな偶然でもなければ宗家くらいしか接触しないんだ。

 …もしかしたら音撃管のデザインあたりで、娘さんの方も僕のことに気付いたのかもしれない」


あの全てを先に理解しているような言い回しをする少女ならありうることだった。

ともあれ、これであの子の素性も大体は理解できた。

最後にお礼を言おうかとした矢先、何かを思い出したようにイブキが流れを変えた。


「ただまぁ、依田も今は変わったものだと思う」

「私を猛士の人間と知っても、協力してくれたからですか?」

「それもあるけど…ずいぶん、世間に出ることに積極的になったと思ってね。

 表稼業は拝み屋だったはずだけど、まさかこんな形で依田の娘さんを見るとは思わなかった」


アイドルなんて私も驚きました、と言おうとしたあきらの口は、

イブキの見せたスマートフォンの画面の前で固まった。

一体全体、このカオスはどういうことだろう。


そこに映っていたものは―

<R------→I>

「そなたのような荒御霊を鎮めましてー。和の心をもたらすのが赤ずきんの務めでしてー」

言葉通りの赤に染まった頭巾を降ろしながら、芳乃はあの日のように法螺貝を取り出す。

投石の代わりに鈴を鳴らし、清めの音を拡散させる。


「オオカミのの誇りにかけて、あたしはお前を愛してやるからねぇぇぇ、あ~か~ず~き~ん~!」


対峙するは、狼…のコスプレをした少女である。

だが、その眼光はまさしく獣にも匹敵する野生が込められていた。

あのテングすら凌駕しかねない気迫に応じ、芳乃の手にも力が籠もる。


…そして、法螺貝の音が響き出す。

まさにクライマックスを迎えんとする光景を、プロデューサーは舞台袖から固唾を呑んで見守っていた。

『御伽公演 ふれあい狼と小さな赤ずきんちゃん』と銘打たれたこの舞台演劇は、

その名称通り、一応の体裁はたしかに童話「赤ずきん」に沿ったものではあった。

だがその脚色の度合いがハンパではない。

やたらと女性の胸を執拗に狙う狼、臆病で狼相手に全力で及び腰になる猟師。

そしてその極めつけが、自ら清めの力を放ち、狼を浄化する赤ずきんそのものであった。

しかもその演者は芳乃本人、浄化方法もあの日見た芳乃の戦い方に意図的に沿ってある。

他言無用と言われても、参考にしないとは言ってない。屁理屈だが、そういうことである。

ちなみに、実際に響石でもぶつけておけば舞台上で本当に浄化できるとは本人の弁だった。

…狼役の棟方愛海の素を考えると、浄化すると跡形もなくなりそうだったので、試させるのはやめさせた。



やがて、幕が降りて演者が舞台からハケる。

舞台袖にやってきた芳乃は、開口一番こう言った。


「そなたの望み通りにー、髪を晒すようにしたのでしてー」


…バレていた。さすがに恥ずかしく思う。

赤ずきんの格好では、構造上リボンはつけられない。

そして狼との決戦を前に、展開上必ず頭巾を降ろすよう、舞台脚本担当に相談を入れておいたのだ。

髪の隠れる頭巾姿からビジュアルを変えれば、いかにも本気を出したように見えるとの説得に、脚本家は納得した。

その結果が、ほぼ装飾なく髪を晒した芳乃の姿である。

公私混同も甚だしい所業だったが、結果的に芳乃の新しい魅力を引き出したことで、舞台そのものの評価も上々である。


「い、いやぁ…ホラその、惚れた弱みっていうか、ボクもね…」

「釈明などせずによいのでしてー。そなたが良きものを広めようと思う心根はわかるのでしてー」


さっぱり言葉にならない誤魔化しを気にしない芳乃の言葉は、プロデューサーの気を大分楽にさせた。

すっかり精神的な手綱を芳乃に握られた気もするが、それでもあの日見た姿に比べれば大したことじゃない。

だから少しだけ、あの時のことを思い出す。

極楽郷温泉は、半年が経って勢いを本格的に増していったらしい。

芳乃を中央に添えた新ビジュアルが出てから、広告のイメージが変わったのが大きいという。

時が経ってからが本当の勝負だろうが、プロデューサーとしてはひとまずは成功という形である。


万座山では登山シーズンに入った後も、あれから事件らしい事件は起きなかったという。

あるとすれば、遭難した登山客が巨大なカラスのような生き物に救助されたという話が少し出たくらい。

現地では遭難時の意識混濁によるものと判断されたが、芳乃とプロデューサーはもちろん真相を知っている。

ともかく、平穏が続いているのは良いことである。

そして、その真相を知っているもう1人の少女は…


…瞬間、法螺貝の音がまた響く。目を閉じた表情はどこか真剣そうだ。

退場中の観客にはファンサービスにしか聞こえないだろうが、プロデューサーには何かの意図を感じられた。


「芳乃ちゃん、いきなりどうしたの?」

「どこかであきら殿が見ているような気がしたのでしてー」

「見ているって…今日のお客さんにそれらしい人はいなかったけど」

「ならば遠見にてのぞいておられるのでしょうー」


あくまでそう言い切る芳乃を、プロデューサーはそれ以上止めなかった。

結局、あの日から一度も彼女と再会していないし、どのような答えを選んだのかも知らない。

だがそれでも自分と同じように、芳乃と共にいた万座山で何かを得て帰ったのは間違いない。

ならば鳴らそう。ここで終わりではないのだと、また伝えるように。



芳乃もあきらも、プロデューサーの道もまだまだ続く。

天へ放たれた法螺貝の音は、それを祝福するかのようにどこまでも強く響いていた。

[END]

これにて終了となります。お目汚し失礼いたしました。

いや、ホントこれまでになく読みにくい代物になってしまいました。猛省ですorz
原作終了後でない時間軸での合流や、ライダー側でなくアイマス側に戦力を偏らせるなどチャレンジした部分が多過ぎたという。
それでもお暇潰しの一助になったならば幸いです。あと芳乃ちゃん総選挙中間10位おめでとうなのです…!

今回も少しだけ本編内小ネタに触れておこうかと。もちろんネタバレなので注意。

・時間軸
デレマス側は「秋色温泉&WONDERFUL M@GIC!!復刻ガチャ」、ライダー側は三十九之巻終了後~四十之巻で
京介&明日夢の弟子入りをあきらが受けるところまでの間となります。
デレマス側はだいたい半年後に「御伽公演 ふれあい狼と小さな赤ずきんちゃん」イベが起きるのでそれにリンクさせた形。
半年後の時点ではライダー側は最終之巻前になります(その前の回から一年分時間が飛ぶため)。

・再起の魔王エンジェル
今回あきらちゃんの悩みの核として出る憎しみ・復讐の是非。
観念論で語らせるより実例があった方が良いのは、ライダー側でシュキが実際に復讐に走り、
それで危うく自分も殺されかけたザンキが憎しみ全否定に立つ…というあたりでもはっきりしています。
が、アイマス側でこういったスタンスを持つのは961プロか魔王エンジェル(リレ版)くらい。
そして961プロはあくまで社長のスタンスであってアイドル当人のソレではないため、
晴れてデレマスプロデューサーの口から魔王エンジェルの名が出る流れとなりました。

・練習用装備
練習用音撃鳴の方は実際にあきら変身体が四十之巻ラスト時点でつけています。
ですが練習用音撃管の方は音撃鳴に合わせて存在するはず、という捏造。
零式ではない以上、音撃管があれば練習用だろうと音撃鳴は使えるはずですが、原作での使用例がないため、
(本編でも書きましたが、原作でのあきら変身体は一発ダウンしたので攻撃一切してません)
機能的にもサイズ的にも音撃管・烈風と鳴風に沿ったものにしています。ちょっと強過ぎたかも?

・芳乃の出自
デレマスのよしのんは今のところ素性を語っていないので、デレステ設定から「表稼業が拝み屋」という部分を拝借しました。
もちろん「裏稼業は音撃と投擲術を駆使した妖怪調伏」なんてのは全力で創作した部分です。
なお、デレステでは「かんなぎ」「古来より依り代」とかもっととんでもない発言も出ています。
サムスピのナコルルとか、アルカナハートの舞織みたいな戦う巫女・神職というのがデレステでのイメージなのかも。

・魔化魍について
バケガラスについては「イブキとあきらが過去に協力して倒した」という設定がある上で、
実際には登場していないというオイシイ存在だったので最初から出す方針でした。
ただ、それに絡んだ「善の魔化魍も存在しうる」というのは一応創作。
姫と童子なしの自然発生もある以上、他のライダーシリーズみたいな善玉魔化魍だって出ておかしくはないはずですが、
原作では全部悪の怪物そのものなので…あるいはグロンギみたいな種族レベルで理解できない相手なのかも。

テングについてですが、当初は新規で違うのを考える予定でした。
というのも初期段階では舞台は万座山ではなく地獄谷のつもりで、劇場版『スーパー1』の地獄谷五人衆の親類が
仮面ライダーへの復讐を誓って地獄谷で拳を鍛え続けた結果に魔化魍に変貌。なので拳法使いの敵になる予定でした。
魔化魍化の原因は本人の憎しみに、地獄谷五人衆や『BLACK RX』最後回でこの場所にて果てたクライシス皇帝の残した
憎しみが集まったせいで暴走したものだった…という、憎しみ全否定寄りの流れにつながるものでした。
…が、書き始める前にチェックし直したら「地獄谷は長野だからここだと関東支部じゃなくて中部支部の鬼が来る」という、
単純にして致命的な齟齬が出たので、泣く泣く場所を群馬の万座山にし、山に合う強敵ということでテングの出番に。
なお、「季節が秋の終わりなのに夏の魔化魍」という点については、オロチ発生前夜ということでその影響です
(原作でもオロチ終息までに3回も再登場してます)。

・「トレードマークは頭のリボ…」「外せ!」「ええっ!?」
デレマスでの芳乃ちゃんですが、SR+[詩詠みの赤ずきん]特訓後のみリボンがありません。
この姿で童話公演にも乱入してきたので、覚えがある人も多いでしょう。
リボンがない理由はおそらく本編同様に頭巾との干渉によるもの。これだけで子どもっぽさがスッと抜けるからホント不思議。
なお、「御伽公演 ふれあい狼と小さな赤ずきんちゃん」はゲーム中でも実際に展開がカオスでした。
というか、この部分は狼を清める演出を派手に描写しただけで捏造はないです。そりゃあきらちゃん見たら固まるわ…。

・変身解除は危険がいっぱい
一見ネタのように見えますが、「鬼が精神力を保った状態で変身解除できないと全裸になる」は原作通り。
ザンキ戦死の際のうつ伏せ全裸(尻見えてます)は有名ですが、あきらちゃんも原作でブッ倒された際にこの状態に。
幸い、イブキさんがカバーしてくれたので胸から上しか見えてませんが…。
とはいえ、本編での「きちんと変身解除しても精神力切れかけだと上着しか残らない」は捏造。
いくら他に人はいないといえ、男性プロデューサーの前で変身解除失敗→全裸はあまりにも酷と判断した結果です。

・くるくるくーるくる(←放射線状に)
中盤あたりで出たディスクアニマルをなぞる芳乃は、あきらの推察通りそこから情報を得ていた形。
どういう理屈かというと、ディスクアニマルは変身音叉・音角でデータを読みとれる構造。
そこで生身のポテンシャルが鬼に匹敵する彼女が、指を音叉に見立てて読みとってた…という流れ。
ちなみにディスクアニマルを見たプロデューサーの適当発言ですが、あれはもちろん玩具版のネタ。
玩具のディスクアニマルは実際に2005年のグッドデザイン賞を受賞しています。

…ということで、今回はこれまでになります。
お付き合いいただき本当にありがとうございました。

それでは、また万座山の最奥で。

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