島村卯月「がんばります泥棒」 (17)

アイドルマスターシンデレラガールズSSです。
地の文形式で書きためがあります。

すこしだけ気分が重くなるような話かもしれません。
アイドル下げをする意図はありませんが,不快に感じられた方がいましたらすみません。

それでは,よろしくお願いします。

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「がんばります」
この言葉は、物心ついたときから私の口癖だったそうです。

ひらがなを教えてもらっているとき、じゃあ次はもっときれいに書けるようにがんばろうねというママの言葉に、私はやる気を滾らせてがんばりますと答えました。

幼稚園の運動会、かけっこの応援をしてくれるパパとママに向けて、私は絶対に勝つぞという気持ちを込めて、がんばりますと意気込みました。

小学校の遠足、班長さんに推薦された私は、班長はみんなをまとめて楽しい遠足にする大事な役目なんだと説明する先生の言葉に子どもながらに誇らしくなって、心の中でがんばりますと呟きました。

中学校の合唱祭、練習をサボる男子とそれに不快感を示す女子というどこにでもあるような諍いの中、いわゆる友達の多い子だった私は、気付けばクラスの対立を収める役割を引き受けることになっていました。

多感な生徒たちに手がつけられなくなった先生から、合唱祭に打ち込みたい女子から、本当は真面目にやりたいけれども引っ込みがつかなくなった男子から、気付けば私は平和の象徴のように祭り上げられていました。

クラス中の期待を一身に背負った状況の中で私が言える言葉はひとつしか無くて、私は口角を上げ、目尻を下げ、極力元気な声でがんばりますと胸を張ってみせました。

高校に入って初めての定期テスト前、何人かで集まって開いていた勉強会である日、友達が私の計算ミスを見つけました。

私は中学時代の成績が可も無く不可も無くといった感じでしたから、周りには勉強はあまり得意でないと公言していました。

指摘してくれた友達は勉強が得意だったようで、すこし得意げに「卯月、もっとがんばんないとダメだよー、高校の勉強は今までと違うんだからさー」だったと思います、私をからかいました。
入学して間もない頃でしたから、自分の立ち位置やキャラを確立しようとその子も必死だったのかもしれません。

今思えば滑稽なその子のがんばりを汲んで、私は求められた役割を果たすため、バツの悪そうな顔と一般に言われる表情を作ると照れたような笑い声を発してから一言、がんばりますと返しました。

養成所のレッスン生時代は、今までで一番がんばりますと言ったかもしれません。

歌にダンスに演技と、どれも未経験もしくは人並みだった私は、トレーナーさんに誰よりもダメ出しをされました。

音程が甘い、テンポが遅れている、ステップを踏み間違えるな、役に入り込めていない。
そんな多くの指摘は、私には嬉しいアドバイスでした。

器用ではないので人より時間はかかりましたが、すべきこととやり方がはっきりとしたアドバイスでしたし、それを乗り越える喜びも感じられたので、レッスンのたびに私は情熱を迸らせてがんばりますと宣言しました。

心からがんばりますと言えたのは久しぶりだったような気がしました。

アイドルデビュー直後、売り出し中のアイドルとして活動をはじめてからも、私は自分に他人に、がんばりますと声をかけ続けました。

これまで,ステップを間違えないようにという具体的なアドバイスから、クラス内の対立をなんとかしてほしいというぼやっとした期待まで、いろんなことに対して発してきたがんばりますという口癖は、10年以上言い続けてきたものでしたから、念願叶ってアイドルになった後もまだ口癖のままです。

ユニットの仲間は私と言えばがんばりますだと言ってくれますし、ファンの方々もこれが口癖なのだと認識してくださっているみたいで、がんばりますは私のトレードマークになっていました。

いつしか、がんばらなければいけないという声が頭の中で聞こえるようになりました。

頭の中で声がする、といっても別段苦労をすることはありませんでした。
がんばらなければいけないと聞こえるのだから、ただがんばればいいんです。

レッスン、ミーティング、お仕事、オフのときの情報収集、アイドル仲間との関わり、あらゆるものが私のがんばりの中に含まれていきました。

私ががんばればがんばるほどに他のアイドルとの差は開いていき、いつしか私は事務所の看板アイドルになっていました。

最初は努力が実を結んだ、もしくは努力量の差が出たのかと思いましたが、みんながそれぞれの全力を出していることはわかっていましたから、きっと違うだろうと思いそのときはそこで理由を考えるのをやめました。

そして今,ついに私は自分が1人だけ売れて看板アイドルとなった理由を知りました。

ライブ後の反省会でのことでした。
全体として見ればとても盛り上がって大成功のライブでしたが,実際にステージで歌い踊っていた人間だから気付く反省点や改善点は当然あって,プロとしてライブ後の反省会はどんなに良いライブであったとしても行われます。

今回は,全体曲の最中にある子がフリをすこし間違えて,修正はしたもののそれに気を取られてキメのポジション取りが甘くなったことが反省点として挙がりました。

その子はセンターを任されていた私の左隣にいたので,私達はプロだから周りが臨機応変に対処できたはずでしたし,そもそもセンターを担っていたのに,隣にいたのにフォローできなくてごめんなさいと伝えると,私はいつものように,がんばります,と言いました。

私の言葉を受けて,その子は心強いよありがとうと笑顔を見せました。

通常の読点(、)とカンマ(,)が混交していて読みにくいかもしれません,すみません。

瞬間,私が感じたのは既視感でした。
そうだ,前にもこんな場面は幾度となくあったなと思い出します。

その度に私は彼女たちに,自分が至らなかったと述べ,がんばりますと宣言してきました。

これだ,と直感的にわかりました。
私だけが売れて,仲間たちとの差が開いてしまった原因はこれでした。

私はいつもこうして人の失敗を自分の責任にすり替えて,がんばる材料に作り変えていたのでした。
私のがんばりとみんなのがんばりは文字通りの反比例でした。
片方が大きくなれば片方は必ず小さくなる。

私ががんばればがんばるほど,がんばる材料を奪われた周りはがんばれなくなる。

私は人のがんばる種を奪って花を咲かせる盗人で,がんばります泥棒とでもいうべき存在でしかなかったのです。

頭の中の声が命じるままにあらゆることを自分のがんばりへと変えていった結果は,周りの人の成長を食べ物にし,笑顔でそれを公言する歪な偶像でした。

罪深いことに,なんとなくではありましたが,私は自分のがんばり方がおかしくなっていることに気づいていました。
中学生頃から違和感はあったものの,レッスン生のときには元に戻ったはずで,現にあのときの私はいきいきとしていたはずでした。

蓋を開けてみれば忙しないアイドル活動の中でレッスン前の,おかしな私に戻ってそのまま売れっ子アイドルとして駆け抜けてきてしまった,というわけです。

動き始めた歯車を私に止めることはできず,公私ともにがんばりますがトレードマークとなったアイドルは今や,頭の中からも外からもがんばれと言われて踊る滑稽な人形でした。

私は今日も,誰かの失敗を,成長の種を,自分の責任へとすり替えて自らの花を育てます。
そうしていつものように,私は口角を上げ,目尻を下げ,極力元気な声でがんばりますと胸を張ります。

この表情を笑顔と呼んでいいのか,私にはもうわかりません。
あなたにはどのように見えていますか?
心から楽しいという気持ちが表れた満面の笑顔ですか?
顔の表面に張り付いたつくりものの記号ですか?
周囲を蹴落としてのし上がる喜びに満ちた歪な相貌ですか?

道化に感情はありません。
見る人の心が感情を読み取るのです。
あなたにはどのように見えるのでしょうか。
さぁ,本日のショーが開演します,島村卯月,がんばります!

短いですが以上です。
文章に自分の専門を展開できて,かつ衒学にならない人はすごいですよね。
実験的に書いてみたものの難しかったです,心理学徒だから書ける文章みたいなものがいつか見えるといいなーなんて思います。

お付き合いありがとうございました,HTML化依頼を出してきます。

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