【艦これ】清霜「やったぁタイムマシンンだ~!これで戦艦になれるねっ!」 (157)





2016年02月14日――呉鎮守府



清霜「ふんふんふ~ん♪」テクテク

清霜(バレンタインだからっ)

清霜(司令官のチョコ作っちゃった!)

清霜(いつもお世話になってるし、奮発し……)


明石『では、その――』

提督『あぁ、――』


清霜「……んん?」

清霜(提督の部屋……明石さんの声だ!)

清霜(さては先越されたかなー?)フフン






SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1457690195





明石「分かりました、作戦は凍結……」

明石「要の旧工廠地下のタイムリープ装置は、こちらで極秘裏に廃棄しま……」

ガチャッ

清霜「しーれーいーかーんっ!」ニコッ

「「!!」」

清霜「チョコ……を……」

清霜「え……?」



提督「……な、なぁ清霜、今の会話……」ゴクリ…

明石「も、もしかして聞いた?」オロオロ…

清霜「……?」

清霜「いや、よく分かんないですっ」ニコッ

提督「あぁ、そう……」ホツ







明石「……も、もぉ、入るときはちゃんとノックしてね!」

清霜「す、すみません」シュン

提督「し、仕方のないやつだなぁ……ははは!」

「「ははは……」」


清霜「……」



……
…………
………………







2016年2月15日――呉市旧工廠跡某地



それは皆の寝静まる、月の満ちた深夜のこと……
清霜は鎮守府を静かに抜け出し、駆けた。

赤レンガの並びを遠くに据え、寂れたタバコ屋を曲がり、犬の眠りを起こさぬよう抜け道をゆく。


聞こえてくるのは、海風と波の音だけ。
その先には、かつてこの国で栄えた大工廠の名残があった。

真新しい銀色のフェンスを飛び越え、瓦礫を避けて進む。

見えたのは錆びついたドア、風化しつつある赤煉瓦積みの壁……
これこそまさしく、明石の話していた地下への扉であった。


清霜「本当に……あった……」








清霜のこころはその時、とめどなく溢れる罪悪感でいっぱいだった。

タイムリープという言葉を調べ、明石の持つ地下への鍵の在り処を調べる。
姉妹にも内緒、提督や明石にも内緒。
夜になり……明石の部屋を探り、鈍く光る鍵をその手に握る。
そして、夜間外出禁止の鎮守府を抜け出す――


これらの行為を思い出し、清霜は涙が溢れそうになった。

だが、そんな彼女を今……それらの罪悪感すら上回る好奇心、そして……
さらなる希望が突き動かしていた。


清霜「……」ゴクリ







ガチャ…


清霜「開いた……」


カツンカツン

響き渡る足音、延々と続く地下への階段。
永遠にも思えた1分間。

その深部で、清霜は手に持っていたライトを正面に向ける。
そこには――


古びて割れた木の机に、同じく木の椅子があるだけの簡素な部屋……


机の上には、四角く角ばった腕時計のような端末が置かれていた。



清霜「これが……“装置”……」ドキドキ








無防備だなと思いつつも、装置を手にした清霜はそれをすかさず腕にかけ、端末の液晶をつんと指でたたく。

数字を合わせる画面が出てくると、清霜は少し困ってしまった。


清霜「私の“生まれ”……いつ頃だったかな……」


椅子に腰かけると、それがギシっと軋む。
彼女はすぐに考えることをやめ、結局は勘で数字を合わせることにした。


1940


清霜「これで……いい……よね?」


彼女がそれを更に指でツンツンとたたく。








……それはまさしく、一瞬の出来事であった。


清霜の周囲が眩く白い光に包まれ、身体を何かがズドンと突き抜けたかのような感覚に襲われる。

彼女の頭がくらくらとし、思わずまばたきを一つ……



すると不思議なことに、部屋は真新しいものとなっていた。

その瞬間……清霜の顔には笑顔がみるみる浮かび、足は自然と動く。


先ほど下ってきた階段をカツカツと駆け上がり、これまた真新しくなったドアをバタンと開く……

そこには――――








カーン

カーン


だだっ広いコンクリートの上に、たくさんの竿で繋がれた260m級の鋼鉄の船体。

砲はまだなく、数多の人がその船上を行き来し、各地でガガガと火花を散らす。

巨大な鎖が所々で横たわり、広大な空間とは真逆の圧迫感をひしひしと感じた。

清霜の手が興奮でふるふると震え、目に涙がじんわりと浮かぶ。



そう、それは……

若き頃の姿を取り戻し稼働する、呉海軍工廠の慌ただしい光景だった。








清霜「清霜は……本当に過去にやってきたんだ!」

清霜「……や……」



清霜「やったあぁ!」バッ

清霜「これで!戦艦になれるねーっ!!」



その声が、工廠内にこだまする。

彼女がやって来たのは、1940年2月の呉海軍工廠。

彼女の不思議な時間旅行は、ここからはじまったのだった……




すこしぬけますすみません

今回は中編前後になるとおもいます





それはすべて、彼女の純粋な思いつきからはじまっている。



清霜(ふふふ、思った通り!)

清霜(ここ、呉は大型艦船の造船施設があった……)

清霜(今作られているこの戦艦……)

清霜(これにまだ……名前はないはず!)

清霜(それに、“私”もまだ生まれていない!)



清霜(つまり、この戦艦に“清霜”って名前をつけてもらえるように頑張れば……)ニヒヒ

清霜(清霜の時代に帰ったとき、私は自動的に戦艦になれるってこと!)

清霜(清霜って、天才ね!)ニコッ



あまりにも馬鹿馬鹿しく、単純無垢な動機……

だがその悪意なき選択が、非常に危険なものだと……

その時の彼女には知りようもなかった。








清霜「ふふん、さぁて……」

清霜「さっそく行動かいしっ!」


だがこの時、彼女に何か具体的な考えがあるわけではなかった。


清霜「……そういえば、名前って……」

清霜「つけてもらうにはどうすればいいんだろ?」


清霜「……まず、何から始めようかなぁ……」ムムム

清霜「うぅ~ん……」



ガチャ


清霜「え」


……
…………
………………






清霜「ふえぇぇぇ……」グスッ

清霜「だから、清霜はスパイなんかじゃな……」

兵1「嘘をつくなッ!」

清霜「ひっ!」ビクッ


兵2「貴様を今から憲兵隊にしょっ引く!」

兵2「さぁ、立てシナのスパイめッ!」

清霜「びえええええええ!」グスッ



工廠内……それも、極秘建造中の船舶が目の前にある場所――
そんなところで関係者でもない少女が叫んだり立っていたりすれば、それは不審者以外の何物でもなかった。

こういった危険を察知できなかったのは、物事を良くも悪くも深く考えない彼女の犯した最初のミスだった。




すみません、諸々の用で全然進んでませんが、今日はここまでにします

明後日くらいには終われればいいなと思いますが、難しそうならまた短編を挟んでいくつもりです。




……
…………
………………


2016年02月15日――呉市旧工廠跡某地



明石「はぁ……はぁ……」

明石(や、やっぱりなくなってる……)ガタガタ

明石(誰かが、タイムリープ装置を使っちゃったんだ……!)

明石(元々、深海棲艦のルーツを調べるために)

明石(私が極秘で開発したものだったのに……!)



明石(昨日のこともあるし、おそらくやったのは清霜……)

明石(……すごく、まずいことになったわ……)








明石(たしかに私だって、こんなものが作れるなんて思ってなかったから)

明石(これができたときは凄く嬉しかったけど……)ソワソワ


明石(タイムパラドクスの危険性が分かってからは、とても使っていいものじゃないって分かった)

明石(だから廃棄しようとしていたのに……)



明石(いつの時代に行ったかは知らないけど、あの子が無事に帰ってくることを祈るしかない……!)

明石(もしあの子に何かあったら、現代が大変なことに……!)ゴクリ







………………
…………
……


1940年02月15日――某氏邸宅



男性「…………」カキカキ

清霜「…………」ジッ…

男性「…………」カキカキ

清霜「え、えっと……」

男性「…………」



清霜(……何この状況?)








清霜(たしか、工廠で守衛の人に連れて行かれそうになったとき……)

清霜(このおじさんが来たんだっけ……?)


清霜(で、いきなり……「この子は私の娘だ」とか言って……)

清霜(そのあと、この家に連れてこられて……か)


清霜(……助けてくれたんだよね……多分……)


清霜(守衛の人があわてて敬礼してたから、すごく偉い人なんだと思うけど……)

清霜(この人、清霜は全然知らない人……なんだよね)ムムム


男性「…………」

清霜(しかもすっごい寡黙!)

清霜(気まずいぃ……)シュン








清霜(でも、とりあえずお礼を言わなきゃ……)

清霜「あの、さっきh」


男性「……工廠で何をしていた」

清霜「!」ビクッ

清霜「そ、それはその……」オロオロ



清霜「せ、戦艦ってどんなのかなって……見てみたくって……」ハハハ…

男性「……」

男性「……阿呆が」








男性「どんなつもりか知らんが……」

男性「よりにもよって第一号艦の機密工廠に忍び込むなど……」

清霜「う……」

男性「……貴様、あのまま憲兵の下へ連れて行かれていたら……」

男性「惨い拷問の末、どれほど無残な最期を迎えていたことか……」

清霜「うぅ……」ビクッ



清霜「ごめんなさい……」シュン

男性「…………」








男性「……しばらくは家でおとなしくしていろ」

男性「連中に娘だと思い込ませるには、それしかない……」

清霜「は……はい……」

清霜(うぅ……どうしよぉ~!)グスッ

清霜(これじゃ戦艦になれないばかりか、元の時代に帰れな……)



清霜(……そうだ!)

清霜(一度、帰ればいいんじゃん♪)








清霜(形勢の立て直しってやつね!)フフン

清霜(この機械を2016年に合わせてっと……)

清霜(えいっ!)ポチッポチッ


シーン…


清霜(あれっ)



ポチッポチッ

シーン…


清霜(な、なにも起きない……)ガーン!

清霜(え、なんで!?)ソワソワ

清霜(なんでよぉ~っ!)ポチポチポチ

男性「…………」


男性(こいつはさっきから何をしているんだ……)ハァ








………………
…………
……


清霜「…………」グスッ

清霜(どうしよう……)フルフル…

清霜(帰れなく……なっちゃった……)


清霜「どう……しよう……」ポロ…ポロ…


清霜「あ……あっ……」グスッ




グスッ……グスッ……


男性「…………」カキカ…

男性「…………はぁ」スクッ







スッ…


清霜「…………?」グスッ


男性「シベリヤだ……食っていい」

男性「それを食ったら寝ろ……いいな」ドサッ

清霜「っ……」


男性「…………」カキカキ

清霜「…………」

清霜「……」チラ



眼前のちゃぶ台に置かれたもの……

それは、皿に乗ったカステラのような生地に、餡子を挟んだお菓子だった。








清霜「…………」シュン



まだ幼さの残る清霜の顔は、涙でくしゃくしゃだった。

そんな彼女が、元の時代に帰れないという事実……

それを受け入れるには、幾ばくかの時間が必要となる。


清霜はその時……ただひたすら、傷心を埋めるように、出された目の前の菓子を頬張るしかなかった。

だがそのシベリヤは、とても素朴で不思議と心安らかになる味だった……


……
…………
………………



外出します
次は夜書きますね



古鷹……ッ古鷹……ッ

あぁっ!




チュンチュン…


清霜「」スピースピー

清霜「……んぅ……」

清霜「…………はっ!」ガバッ

清霜「もしかしてあれは夢っ……」キョロキョロ



清霜「……じゃない、かぁ……」ガク



それは、既に昼前のこと……
気疲れから深く眠りについていた清霜は、ようやく目を覚ました。

彼女が寝ていたのは、昨日と同じ和室の布団の中だった。
そこは雪見障子によって和室と廊下が仕切られた場所で、壁には上質なじゅらくが施されている。








い草の香りが心地よい畳に桐のちゃぶ台が置かれ、消された白熱電球の吊り照明がふらふらと揺れている。
いやに寒いはずで、どうやら障子の破け目から風が入っているらしい。

ちゃぶ台の上には、皿に二つの握り飯と一枚の手紙が置かれていた。



仕事に行く。
握り飯を作ったから、それを食え。
外には出るな。

以上



清霜「おにぎり……かぁ」グゥ-…

清霜「……間宮のカレーが食べたいなぁ……」シュン


清霜は心細さからそうぼやきながらも、握り飯の乗った皿を手に持った。








清霜「寒いなぁ……さて」フフ

清霜「廊下はどうなってる……」

清霜「……のっと!」ガラッ


ザザーン…ザザーン…


清霜「……わぁ!」


雪見障子を開けると、その廊下の大きな窓からは眼前に広がる海を一望できた。
この家は休山のふもとにあったが、ここもちょっとした高台となっているため、見晴らしのとても良い場所だったのだ。








海岸線に見えるのは巨大なクレーンや赤レンガ群、海には行きかう幾多の船。
軍艦と思わしき巨大な艦影のすぐ下を、漁船のような小さな船が煙を上げ、縫うように進んでゆく。

そんな光景を、彼女は目を輝かせて見つめていた。



清霜「きゃっ、船がぶつかるー!……かわしたぁ」ヘナッ

清霜「へぇ……これがこの時代の呉かぁ」フフ

清霜「すごいなぁ……ん、あっ!」


清霜「あれ戦艦じゃーん!?」

清霜「ふふ、かっこいいなぁ~」ニコッ

清霜「あ、でも……工廠で見た戦艦の方が大きかったかも?」



夜のしょげっぷりはどこへやら、いつしか清霜は元気を取り戻していた。








清霜「そういえば、あの工廠の戦艦……」

清霜「あれは本来、何になるはずの船だったんだろう?」

清霜「鎮守府の仲間に、ひょっとしたらいる子かもね~」



清霜「……待って、もしそうだとしたら……」

清霜「あれが清霜になっちゃったら、元々あの戦艦だった子はどうなるの……?」

清霜「……駆逐艦になっちゃうの?」

清霜「ヒェッ!その辺、何も考えてなかったぁ~っ!」ヒーン

清霜「だめだっ、あれは清霜になっちゃ……困る人がでちゃう!」

清霜「うむむむ……では、どうやって清霜は戦艦に……?」




すこしぬけます

すみません




………………
…………
……



清霜「ごちそうさまでした」ペコッ

清霜「お腹すいた時のおにぎりって……なんでこんなに美味しいんだろー?」

清霜「ふふっ、また食べたいなぁ♪」


清霜「……そうだ、あのおじさんの名前……」

清霜「まだ知らないままだった!」

清霜「どうやったら分かるかな……ううむ……」


清霜「……そうだ!表札を見れば……!」








森に囲まれた土地に建つ、木造の立派な一軒家。
引き戸の玄関の上に、やや真新しい表札がかけられている。
靴を履いた清霜は、それをジーっと見つめていた。


清霜「牧……野?」

清霜「あのおじさん……牧野さんっていうんだーへぇー」

清霜「……やっぱり知らない人だ、うん」コクッ




「あっ!変な髪の女がいるぞ!」

清霜「!?」








突如として、何者かに指をさされる清霜。むっとなり、すかさず後ろを振り返る。
そこに立っていたのは……

まだ寒さも残るというのに白ランニング姿で腕を組む、丸刈り頭の男の子が大中小と3人。
どうやら近所に住む子供のようで、見慣れない清霜に“あいさつ”に来たらしい。



清霜「ちょっと、変な髪って……清霜のこと!?」ムカッ

少年中「うわっ、こっちを見たぞっ」

少年大「こいつ、よそものだぞ!」

少年小「パーマはやめましょうなんだぞー!」

清霜「な、これはパーマじゃなくてっ」

少年中「うるさい!よそ者め!」

少年中「おいっ」

少年小「おうっ!」スッ


ポンッ

清霜「あいたっ!」ポカッ

清霜「ひぃーん!」グスツ








少年大「さすが“めいそげきしゅ”竹ちゃんだ!」

少年中「紙鉄砲を使わせりゃ、まちげーなく呉一番だな!」

少年小「へへっ、そう褒めんなよぉ」ニコニコ

「「「ハハハハ!」」」



清霜「…………」プルプル

清霜「もう……許さないっ」キッ

少年中「うわっ、変な髪の女が怒ったぞー!」

少年大「にげろー!」ダッ

清霜「あ、こらっ!待ちなさーい!」ダッ


清霜は、逃げる子供たちを追いかける。
もちろんこの時、手紙の言いつけのことなど彼女は覚えてはいなかった……。








………………
…………
……


1940年02月15日――呉市街地



彼らを追い、清霜は元の時代に鎮守府のあった場所の近くまでやって来た。
道路は舗装されておらず、散らばる砂で時折滑りそうにもなった。

だが、清霜は必死に追いすがった。
日ごろ訓練によって鍛えている艦娘の身体能力は、常人よりもはるかに優れていたのだ。


少年中「うわぁぁ!あの女、足がべらぼうにはえーぞ!」

少年大「捕まったら食われるっ!」

清霜(だれが食うかっ)ハァハァ


ドテッ

少年小「あべっ!」ドシーン

清霜「あっ、こけた」








少年小「いつつ……あぁ!」

少年小「ふ、二人とも、まってくれー!」

少年大「すまん竹ちゃん!」

少年中「おめーのぎせいは無駄にしねー!」

ダダダッ

少年小「こらー!白状もーん!」

清霜「…………うふふ」ザッ…

少年小「うっ」ビクッ



清霜「さっきあの変な鉄砲で清霜をいじめてくれたのは……」ゴゴゴ

清霜「……君ね?」フフフ

少年小「ひぃーっ!」








少年小「ごめんなさい!ごめんなさい!」ペコペコ

少年小「ぜんぶ、できごころってやつなんだ!」

清霜「出来心で……清霜のおでこを撃ってくれたんだ、へぇー!?」ギロッ

少年小「ひぃーっ、本当にごめんなさい!」グスッ

ペコペコ…



清霜「…………」ジーッ

清霜「……はぁ」

清霜(見たとこ……清霜よりだいぶ年下……よね)








清霜「……もういいよ」

少年小「ごめ……へ?」



清霜「ただしっ」

清霜「もう二度と、あんなのを人に向かって撃っちゃだめ」

清霜「あと、よそものにもっと優しくすること!」

清霜「この約束を守ってくれるなら、許したげる!」

少年小「…………」


少年小「わかったよお姉さん……」シュン

少年小「……ごめんなさい」ペコリ

清霜「んっ、よしよし!」ニコッ



……
…………
………………






テクテク…

清霜「あぁ~、すっきりしたー!」ニコッ

清霜(子供って、素直になれば案外かわいいもんよねっ)フフン



清霜「……にしても、これが昔の呉の街並みかぁ……」キョロキョロ

清霜「なんか、軍関係の建物以外はけっこう閑散としてるというか……」

清霜「高い建物がほとんど無いから、なんか寂しい感じ……」



建築に関しては、現存する木造家屋やコンクリートビルといったものと大した相違は無かったりする。

現代とはっきり違う点は、丸ポストがそこらかしこに置かれていること、道路が舗装されていないこと。
牛などの家畜が道にいること。それから行き交う車のデザイン、行き交う人の服装、道路標識など。

そして……新たな戦争の始まりを予感させる、そこらかしこに貼られた戦意高揚のスローガンたちだった。




今夜はここまで、また朝も書きます
ですが、思っていたより長丁場になりそうです……

ここまでよんでくださった方、ありがとうございます





「きゃあぁ!」

「ど、どろぼぉぉ!」

清霜「!?」



その時だった。突如聞こえた悲鳴……

声がした方を振り返ると、一人の男がこちらにむかって慌ただしく走ってくるのが見えた。
腕に抱えた風呂敷に包まれた何か……おそらく、例の泥棒らしい。

被害に遭っているのはその更に向こうにいるおばさんらしく、清霜はその場で状況を理解した。


男「おいガキ、どけっ!」

清霜「…………」キッ



ドカッ バキッ

……
…………
………………







男「」キュウ

清霜「ふふん!どーお?」

清霜「これが実力だって!」エッヘン


戦闘がはじまって15秒ほどのこと。
地に伏していたのは先ほどの泥棒で、清霜はそれを足で踏みつけて誇らしげにふんぞり返っていた。

繰り返すが、日ごろ鍛えている艦娘の身体能力は常人よりも高い。
鎮守府対抗提督プロレスを普段から観戦している清霜にとっては尚更で、並みの大人を倒すことは造作もないことであった。


「あぁ……こ、これはお嬢ちゃんが……?」

清霜「?」クルッ








おば「あぁ……すまないねぇ……」ペコッ

おば「ありがとうねぇ……」ペコペコッ

清霜「あ、そっか」

清霜「この荷物おばさんのだったね……はいっ」ニコッ

おば「本当に、ありがとね……」


おば「お嬢ちゃん、強いのね……」ニコッ

清霜「え、そ、そぉ!?あははは……」

清霜(なんか、よくよく考えたら女の子としてどーなんだろう、これ……)シュン








おば(今どき珍しい、芯のある女子だね……)

おば(……女がみんな、お嬢ちゃんみたいな強くて優しい子だったら……)

おば(この国も、あちらこちらで戦争なんかしなくてもよかったのかもね……)

おば「……あら、いけない……」


おば「私は向こうで娘と商店を経営してるんだけどね」

おば「このお金が盗まれたら、危うくお店が潰れちゃうところだったのよ」

清霜「そ、そんな大事なもの……盗まれるような所に置いちゃだめだよっ」

おば「ふふふ……本当ね」








清霜(……げっ!)

清霜(忘れてた……清霜、外に出るなって言われてたような気が……)


おば「お嬢ちゃんに、今からお礼をするわ」ニコッ

おば「よかったら、うちへ……」

清霜「ご、ごめんおばさん!」

清霜「清霜、行かなきゃっ!」ダッ

おば「あぁ、ちょっと!」


タッタッタッ…


おば「……行っちゃった」


……
…………
………………







1940年02月15日――牧野邸玄関



ガラッ

清霜「はぁ……はぁ……」

清霜(日ももう暮れちゃったけど……)

清霜「間に……あったかな?」フフン


コツン!


清霜「あう!」

男性「……外に出るなと……書いておいただろ……」

清霜「いつつ……」グスッ

清霜「あ……」








清霜「ごごご、ごめんなさい!」ペコペコ

清霜「こ、これには深―いわけが!」オロオロ

男性「…………」

男性「……工廠には」

清霜「え……?」

男性「……行ったのか」

清霜「……い、行ってない……です」

男性「そうか……」ス…


スタ…スタ…


清霜(……あれ、もう怒らないの……?)


……
…………
………………







2016年02月15日――鎮守府執務室


提督「なにっ、清霜がっ!?」

明石「は、はい……!」

明石「私の、鍵の管理が甘かったせいです!」

明石「本当にごめんなさい!」ペコペコ

提督「ちょちょ、頭上げて……!」


提督「起こっちまったものは仕方ないよ……」

提督「何事もなく帰ってきてくれれば、それで……」

明石「でも、あの子……なかなか帰ってこないんです!」アタフタ

提督「え……」


……
…………
………………







1940年02月15日――牧野邸


男性「……」モグモグ

清霜「……」ズズッ

清霜(うどんとお漬物かぁ……)

清霜(少し薄味だけど……不思議とお箸が進むね)モグモグ

男性「……明日からは、もっと早く帰れ」

清霜「え……」


清霜「おじさん、それって……」

男性「……工廠にだけは……近づくな」

男性「……」モグモグ








清霜「……おじさん、ありがとう」ニコ

男性「……赤マントにだけは、気をつけろ」

清霜「あか……まんと?」


男性「……夕方に女子供を襲うらしい」

男性「暴行されて……最後には殺される」

清霜「」ビクッ

男性「だから……日が暮れる前に帰るんだ」

清霜「!」コクッコクッ


男性「飯食ったら、風呂に入れ……」

男性「内風呂だ……ありがたく思え」








チャポン


清霜「ふぅ~……生き返るわぁ」ニコッ

清霜(まるで、木の桶みたいな浴槽だなぁ)

清霜(小さいけど、なんか好きだなーこれ)フフッ

清霜(それに、あのおじさん……牧野さんだっけ)

清霜(こわいけど……案外いい人だなー)フフン

清霜(この時代、家にお風呂あるのって……珍しいんだっけ)

清霜(お家も立派だし……やっぱり何かすごい人なのかも)



清霜「…………」シュン








清霜(……気を紛らわせても)

清霜(やっぱり不安だ……)

チャプ…

清霜(清霜、これからどうなるんだろ……)ブクブク



……
…………
………………







清霜「おじさん、あがったよ!」フキフキ

清霜「いい湯でした!」

男性「ん……」カキカキ


清霜(また何か書いてる……)ジッ…

男性「……」カキカキ

清霜(……設計図?)

清霜(この人、技術者なのかな?)


男性「……そんなに面白いものじゃないぞ」

清霜「!」ビクッ








清霜「ご、ごめんなさい!」

清霜「これも……機密なんだよね……」シュン

男性「……まだ構想中のものだ……構わん」

清霜「えっ?」

男性「だからこそ、家で書いている……」

男性「実現は……何年先になるか……分からんがな」スッ


牧野はそう言って、書いていた図面を清霜に差し出してみた。
彼女がそれをじっと見つめる。

書かれていたのは、戦艦のものと思わしき主砲塔の断面図だった。
それも、過去に例を見ない巨大なもの……


清霜「なになに……甲……砲?」

男性「……おそらく、いずれ何かに載せるものだ」








男性「ふざけた話としか思えんが……」

男性「こんなものを載せる戦艦など……どれほど巨大なものとなるか」

清霜「!」


男性「今でさえ、第一号艦でてんてこまいだと言うに……」

清霜「これ……積んだ戦艦って、どんなのになるの!?」

男性「……いやに食い付いてくるな……」

清霜「え!?あはは……それは……」


男性「……まぁいいだろう……」

男性「これも……気分転換だ……」スッ…


牧野はそう言って、隣に置いてあった白紙に“落書き”をはじめた。
清霜はそれを、たいそう熱心に見つめている。








――描きあがったのは、あくまで彼の想像にすぎない巨大な戦艦の簡単な絵だった。


その全長は堂々の300m、先ほどの巨大な51cm級主砲塔を八門四基搭載した巨艦の姿。
副砲は廃止され、代わりに艦橋の周りに大量の高角砲がハリネズミのように空を向いている。

そこには戯れか、自慢の巨砲が火を噴くさま、更には炎上し沈みゆくどこかの国の軍艦の落書きまでもが描かれていた。



男性「この砲なら、3万メートルの距離でもあらゆる装甲を貫けるだろう……」

清霜「…………!」

男性「……副砲など、いずれは必要なくなると思っている」

男性「27ノットで動かすには……動力は従来のものとディーゼルタービンの併用となるだろうな」

清霜「か……」

男性「最大排水量はおそらく……8万トンはくだらな」


清霜「かぁーっこいいーーーーっ!!」キラキラ

男性「」ビクッ








清霜「すごいすごい!本当にすごいよおじさん!」ピョンピョン

男性「……いきなり……どうしたんだお前……」

清霜「さいっこーに最高だよっ!」ニコニコ


清霜(こんなすごい戦艦、清霜の時代では実現しなかっことになってるみたいけど……)

清霜(……だからこそ、他の誰も困らない!)

清霜(で、清霜がこの時代にいるうちに、これが実現す・れ・ば……!)


清霜(夢の超戦艦『清霜』の誕生ってわけねーっ!)ニコッ



それはまさしく、後の七九七号艦……
いわゆる「超大和級戦艦」として後世に伝わる、海軍の壮大な夢物語の一つのことであった。








その時の牧野はとても饒舌で、清霜が気になったことは機密を除いて何でも教えてくれた。
彼女も彼女で、先ほどまで抱えていた不安は「超戦艦清霜」のことで頭がいっぱいとなり、どこかへ行ってしまった。

そんなおかしくもまるで親子のような語らいは、夜更けまで行われた。



男性「……む、もうこんな時間か……」

男性「……身体に障る……もう寝ろ」

清霜「ちぇ、はぁーいっ」

男性「……戦艦が好きだなんて、今どき変わった女子だな……」

清霜「ふふ、そうかもね……」


清霜「……じゃ、おやすみなさい」

清霜「超戦艦の実現、がんばってね……お・と・う・さ・ま!」

男性「……なんだそれ、気持ちの悪い……」

清霜「あ、ひっどーい!」

清霜「親子のふりしろって言われたから言ったのにぃ!」グスッ



……
…………
………………







1940年02月16日――牧野邸


この日、清霜は朝早くに目を覚ました。
彼女はその時から、この家の家事を一手に担うことにしたのだ。

牧野ははじめこそそれを断ったが、彼女自身の野望(?)の実現に向けた裏心もあったため、清霜は進んでこれを引き受けた。


清霜「いってらっしゃ~い!」ニコニコ

男性「……あ、あぁ……」


牧野が出かけた後、彼女はまず家の掃除を始めた。
当然、掃除機などは家に無い時代。
自身の力ではたきかけ、その後ブリキのバケツに貯めた冷たい水に、彼女はひいひいと言いながら雑巾を浸す。

広い家の雑巾がけが終わり、今度は洗濯に取り掛かった。
ここで、彼女は慣れない洗濯板の使い方にてんてこまいだった。


だが、彼女は負けなかった。
全ては、牧野の超戦艦実現のためである。








清霜「ふぅ~……終わった終わったぁ……」ヘナッ

清霜「そうだ、今からご飯も作らないと……」



清霜「米櫃、からっぽじゃん!」ガーン

清霜「どうしよう……ん?」キョロキョロ

清霜「また手紙だ……」スッ


金を置いていく
食材はこれで購入してくれ
シャツとスラックスは分けて洗ってくれ

以上


清霜「げっ、一緒に洗っちゃったよ!」ギク

清霜「……ま、いっか」フフ

清霜「そうと決まれば、また街に出よーっと」







………………
…………
……


1940年02月16日――呉市街地



テクテク…

清霜(これは50銭券……て読むのかな?)

清霜(そんなお札が6枚……)ペラペラ

清霜(これで、何がどれだけ買えるんだろ?分かんないや……)


1940年(昭和15年)当時の米価は、10kgあたり2.89円だった。

100銭=1円で、清霜が預かったお金は3円ということになる。



「あ、昨日のお嬢ちゃん!」

清霜「ん?」








清霜「あ、昨日のおばさん!」

清霜「こんにちは!」ニコッ

おば「こんにちは」ニコ


おば「昨日はさっさと行ってもうたから何もお礼できんかったね……」

清霜「いえいえ、清霜はそんなつもりじゃ……」アハハ…

おば「……そうだわ、ここでちょっと待っててね」

清霜「ふぇっ?」








おば「はいっ、これ!」ドサッ

清霜「こ、これは……?」


渡されたのは、5kgの米袋……そして、何かを包んだ風呂敷であった。


おば「お金とかじゃなくて申し訳ないんだけど……」

おば「これは昨日のお礼よ」ニコッ

清霜「いや、そんな!」



清霜「私、受け取れませんよ、貴重なお米をこんなに……」オロオロ

おば「いいのいいの、ウチの商品だから!」

おば「それに、もしアメリカとの戦争になったらもっと高くなるんだから……」

おば「今のうちにたんと食べておきなさいっ」

清霜「おばさん……」








清霜「ありがとう!」ニコッ

おば「ふふふ……」



おば「あと、その風呂敷……よかったら後で開けてみてね」

おば「きっと、喜ぶわ」ニコニコ

清霜「?」



……
…………
………………






ザザーン…
ザザーン…


清霜「ふぅ……やっぱり、海はいいなぁ……」


この時代の鎮守府や工廠地帯より少し離れた海辺にて、清霜は足を休めていた。
そして昨日のように、遠くを行き来する船を眺めている。

だが……やがてその目は、先ほど渡された風呂敷包の方を向くのであった。


清霜「……そういえばこれ……」

清霜「何が入ってるんだろ……」スッ…


パラッ


風呂敷を開けると、そこには当時の駄菓子やおもちゃがたくさん入っていた。


清霜「わぁ……っ」キラキラ








清霜「ムガンイウチ……あぁ、チューインガムかぁ!」

清霜「じゃあ、これはキャラメルで……」

清霜「こっちはドロップだ!」

清霜「どれもパッケージの絵が昔って感じだなー……」ワクワク

清霜「いいねぇ、楽しいねぇっ」ニコニコ

清霜「じゃ、さっそくいただきまー」



「あっ!昨日のお姉ちゃん!」

清霜「むむっ」








後ろに立っていたのは、昨日の背の小さな少年(以下少年)だった。



清霜「あ、君……昨日の!」

少年「……そんなとこで何やってんの?」

清霜「知り合いに、お菓子を一杯もらったんだよー」

清霜「ほれっ!」


ドッサリ

少年「うわ、すっげー!」キラキラ

少年「姉ちゃんって金持ちなの?」

清霜「だから、もらったんだって……」ガクッ

清霜「……そうだ!よかったら一緒に食べようよ!」ニコッ

少年「えっ、いいの!?」

清霜「うんっ、清霜だけじゃ食べきれないからね……」

少年「やったぁ!」ピョン








少年「ウメーウメー」モグモグ

清霜(なんか、こういうおなじみの味って……)ハムッ

清霜(いつの時代も変わらないから、安心するねっ)モグモグ



少年「モグモ……んっ!」チラッ

少年「あ!これ、軍艦メンコじゃん!」

清霜「めんこ?」

少年「姉ちゃん、知らねぇで持ってんのかよ~」

清霜「む……知らなくて悪かったねっ」

少年「仕方ないなあ……俺も持ってるし」

少年「やり方教えてやるよっ」







バシッ


清霜「あーっ!また取られた!」ガーン

少年「ひひひっ!」

少年「やっぱり長門が一番強いんだよなー!」

少年「戦艦が一番!」

清霜「なにおう!一部同感だけど……まだまだよ!」

清霜(天龍さん、力をかして!)ググ…


ペチッ


少年「プクク!」

清霜「あーん!天龍さんのばかーっ」ヒーン



……
…………
………………







少年「ちぇっ、最後は睦月にやられたなぁ~」

清霜「ふっふーん!駆逐艦だって、やるときにはやるのよっ」エッヘン

少年「俺の長門、いつか取り返すかんな!」

清霜「清霜だって、金剛さんを取り返すんだから!」



少年「じゃあな、変な髪の姉ちゃん!」

少年「お菓子ありがとー!」ダッ

清霜「うん、ばいばーい!」




ここらで、また外出します

夜にまた書きますね




………………
…………
……


1940年02月16日――牧野邸


ガラッ


男性「ただいま……」

トテトテ…

清霜「おかえりなさい!」

清霜「ご飯、できてますよっ」

男性「お、おぅ……」


清霜(とは言っても……)フフフ…



清霜(ご飯に味噌汁……だけっ)ズーン…

清霜(この時代に食べてたものなんて、分からなかったのよね……)

男性「……」モグモグ

男性「……うまい」

清霜「え……ほんと!?」

男性「……」モグモグ

清霜(よかったぁ……)ホッ








男性「……」モグモグ

男性「……そういえばお前は……どこから来たんだ」

清霜「……え」モグモ…

男性「……戦争孤児だとは思っていたが……」

男性「……この辺りの者ではないように見えるんだ」

清霜「えぇと……そうだなー」ムムム


清霜「お父さんもお母さんもいないのは合ってる」コク

清霜「でも、私はこの辺りに住んでいたよ」

男性「……そうか」








清霜「あ、でも……生まれは浦賀っていう所なんだよっ」

男性「浦賀……横須賀か」

清霜「えっ、知ってるの?」

男性「私も長らく……横須賀にいた」

清霜「へぇ~そうなんだ!奇遇だね!」

清霜「あぁ~……私も一度帰りたいなぁ横須賀……」

清霜(……といっても、今は1940年当時の横須賀なんだよね)ガクッ


男性「…………」








清霜「……」スースー

男性「……畳の上で寝てしまったか……」

男性「…………」

男性「……おい……風邪引くぞ……」

清霜「……」スースー

男性「……駄目か」


男性「仕方ない……布団まで運んで……」チラッ

男性「ん……?」








男性(これは……)サッ…

男性(この子が持ってきた腕時計のような道具だな……)ジー…


男性(一体これは……なんなのだ……?)



……
…………
………………







1940年02月23日――牧野邸


それからというもの……
清霜は機を見て、何度も現代への一時帰還を果たそうとした。


清霜「えいっ、えいっ」バシバシッ

清霜「このっこのっ」ブンブン


ポチッポチッ

シーン…


清霜「……だめだぁ……」ガックシ


……
…………
………………







1940年02月28日――呉市某海岸


その一方……
彼女と、この時代の人々との交流……これも着実に進んでいた。


少年「姉ちゃんの靴、なんかすげぇなぁ」

清霜「え、これ?」

清霜(あ……そっか、この時代にロングスニーカーなんて……)

少年「俺のズック靴、もうボロボロなんだよ~」

少年「母ちゃんも買い直してくれないしさ~」

清霜「あはは、もっと大切に使いなさいってことだね」ニコッ

少年「ちぇーっ」


……
…………
………………







1940年03月02日――牧野邸


男性「戦艦の命名法則……?」

清霜「うん!知りたい!」コクコクッ

男性「法則……とはいってもだな……」


男性「概ね……昔の国の名前がつくことと……」

清霜「うんうん!」

男性「……進水の時、陛下がお決めになられる……ということぐらいだな」

清霜「えぇ~っ、戦艦の名前って天皇陛下が決めてるの!?」

清霜(そんなぁ~、これじゃ超戦艦『清霜』の実現がますます遠くなっちゃうよ~……)ガックシ

男性「?」


……
…………
………………







2016年03月07日――明石の改修工廠


現代で待つ明石達……
彼女達もまた、ただ手をこまねいているわけではなかった。


ジジジジッ

明石(本当にやばーい……!)

明石(あの子が過去に旅立って、もう3週間になるじゃない……!)

明石(少しでも早く、もう一つの“装置”を作らないと……!)


ガチャ…

提督「明石……」

提督「少し、休んだらどうだ?」

明石「いいえっ、そんなわけにはいきません……」

明石「だって……私のせいで……あの子は!」


……
…………
………………







1940年03月09日――呉市街地


おば「えぇっ、天皇陛下にお会いする方法だって……?」

清霜「うんっ」

おば「それはまた……とても難しいことを聞くのね……」オロオロ

おば「……ごめんね、私には思いつかないわ」ウフフ

清霜「……そっかぁ」シュン



おば「それより、親戚が犬と猫のどちらかを飼いたがってるみたいなんだけど……」

おば「あなたなら、どっちを飼う?」

清霜「犬と猫……」

清霜「清霜は猫が好きっ」

おば「あらあら、そうなの……」ニコ


清霜(……猫なら戦争になっても、軍に連れて行かれないだろうしね)


……
…………
………………







1940年03月15日――牧野邸



清霜(こっちに来て……)

清霜(もう一か月になっちゃうのか……)シュン

清霜(夕雲姉さんたち、元気かなぁ)



清霜「……あれっ」

清霜「お父様、今夜は戦艦の図面書かないの?」

男性(“お父様”はやめてくれないのか……)

男性「あぁ……事情が変わった」

清霜「えっ……」








男性「……今は戦艦のことより」

男性「別の仕事を優先することになった」



清霜「そ、それって……」

男性「私が以前手がけた駆逐艦……設計を見直すことになったんだ……」

男性「だから……しばらくこっちは後回しだな……」

清霜「そ……」ガーン!


清霜「そんなぁ……」ヘナッ…








清霜「……」グスッ

男性「……まだ、ぐずっているのか」

清霜「……だってぇ……」シュン

男性「…………」



男性「お前がなぜ、そこまで悲しむか……私には分からん……」

清霜「…………」グスッ

男性「……でもな」








男性「私の設計によって……それで前線に往く者たちの運命が決まるといってもいい」

男性「だから私は、その時々で必要とされているものを、常に妥協なく設計する必要がある」

清霜「……」

男性「戦争に勝つこと……それが前線に往く軍人の仕事であり」

男性「作戦によって戦場を左右される、彼らの守りとなる艦を作ることが私の仕事だ……」

清霜「……!」



男性「これは技術者としての誇り以前に、使命だ」

男性「それを……分かってほしい」


……
…………
………………







2016年03月17日――明石の改修工廠跡


この日、深海棲艦による鎮守府への奇襲攻撃があった。
懸命な抗戦により鎮守府への被害は軽微であったが、ただ一つ……

明石の改修工廠だけが、戦闘により甚大な被害を受けていた。



明石「そ……そんな……」ガクッ

提督「すまない……」

提督「深海棲艦の侵攻を、易々許してしまうなんて……!」


明石「……ここが直るまで……」

明石「……清霜は……」


……
…………
………………







1940年03月20日――呉市街地


清霜「えっ……お店閉めちゃうの!?」

おば「えぇ、そうよ」

おば「いよいよ米をはじめとした食糧の販売に、制限がかかるそうなの……」

おば「今の日本は満足に農業ができないんだから、仕方ないわね」


清霜「じゃあ……おばさん達はどうするの?」

おば「一度お店を畳んで……そうねぇ」


おば「戦争が終わったら、またこの呉でお店をはじめようかな」ニコ



……
…………
………………







1940年04月03日――呉市某海岸


清霜「そっか……」

清霜「お引っ越し、か」

少年「……」コク

少年「ここ、戦争がはじまったら……」

少年「いつ軍港が爆撃を受けるかわからないって、母ちゃんが……」

清霜「……」


少年「……なぁ」

清霜「うん?」

少年「また……メンコで勝負、できるかな」

清霜「……できるよ、きっと」ニコッ


……
…………
………………







1940年04月13日――牧野邸


清霜(もうすぐ……2か月、か)

清霜(今日も、装置を試したけど……だめだった)


清霜(…………うぅん、薄々分かってた)



清霜(私はもう……元の時代には帰れない)フフ…








ガラ…


清霜「おかえりなさい、お父様っ」

男性「……あぁ」

清霜「お風呂もご飯も、準備できてるよ」

男性「いつも、すまんな……」

男性「……じゃあ、飯がいい」

清霜「はいっ」ニコッ








男性「……」モグモグ

男性「……なぁ」

清霜「はい?」


男性「ここでの仕事が一段落したら……」

男性「私は横須賀に戻ることになるかもしれない」

清霜「へぇ……そうなの」

男性「そうなったらお前は……どうする」

清霜「え……」








清霜「私は……」



清霜「私は、お父様に付いて行くっ」

男性「!」

清霜「……もちろんお父様がよかったら、だけどっ」

清霜「えへへ……」

男性「…………」



男性「…………そうか」クスッ


……
…………
………………







1940年04月15日――牧野邸


清霜「ふふ~ん♪」パタパタ

男性「…………」

清霜(なんとなんと、工廠がお休みの日!)

清霜(だから、今日はお父様も一緒だね!)



男性「……なぁ」

清霜「はい?どうしたの?」








男性「……一緒に、外に出てみないか」

清霜「え、そんなの行くにきまってるじゃない!」

清霜「ちょっと待って!すぐに掃除終わらせるから!」

清霜「~♪」


トテトテトテ…


男性「…………」



……
…………
………………







1940年04月15日――呉海軍工廠 機密区画



清霜「お父様、ここ……っ」

清霜「最重要機密の場所なんじゃ……!?」

男性「……あぁ、そうだ」



男性「……そして、お前と私の出会った場所でもある」

清霜「……?」

男性「あの時はまだこの第一号艦に、この46サンチ砲は搭載されていなかった」フフ…

スッ…

男性「……ついてこい」

清霜「……う、うん」








カン カン カン



清霜「こ、ここは……!」

清霜(私が……タイムリープしてきた部屋……!)

男性「……やはりな」

清霜「やはりって……お父様?」

清霜「それはどういう……!」




男性「……お前は」


男性「帰るべきだと……私は思う」

清霜「っ!」








清霜「お父様……」


清霜「……知ってたの……?」

男性「……なんとなくだ」

男性「技術者にあるまじき考えだが、な……」スッ



その時、手渡されたもの……
それは今まで、清霜が何度も帰還を試みたあの装置だった。



清霜「こ、これ……!」

男性「勝手ながら……少し調べさせてもらった」

男性「とても進んだ技術のようだ……結局、私にはさっぱり原理が分からなかったが」

男性「“だからこそ”、理解したんだ」

清霜「!」








清霜「……でも」

清霜「私、これで何度も帰ろうとしたけど……」

清霜「一度も……」

男性「仮に、だが」

清霜「!」



男性「もし時を越えて、その場所が既に無くなっている場所だったら?」

清霜「え?」

男性「……たとえば私の家」

男性「あそこがもし、何十年後かに土の中にあったとしたら?」

清霜「……!」








男性「海岸は既に海となっているかもしれないし」

男性「街で時を越えようものなら、下手すればコンクリートの中という事もあり得る」

清霜「それは……」



男性「……つまりだ」

男性「これの設計者は、そういったことを考慮し」

男性「装置を使える場所を、“意図的”に限定したのかもしれない」

男性「そう……この“地下壕”のような場所にな……」

清霜「……っ!」



男性「……お前は、この時代にこれ以上いてはいけない」

男性「だから……今から帰るんだ」








清霜「……不思議だね」

男性「何がだ……?」


清霜「私達、今まで一度も名前を呼び合わなかった」クスッ

男性「……そうだな」


男性「私達は常に、“お前”と」

清霜「……“お父様”だった」


男性「私は……お前の名前を最後まで知らなかった」

清霜「でも、私は知ってる」クスッ








男性「……これからもそうだ」

男性「絶対、お前はこっちに帰ってくるな」

男性「そして……早く忘れてしまうんだ」


清霜「お父様……」ポロ…

男性「早く、行け!」クルッ


厳しく彼女を突き放したはずの牧野の背中は、震えていた。








清霜「……わかっ……た」

清霜「ありが……とう」プルプル…


清霜「おとう……さま……」ポロ…ポロ…



牧野は何も言わなかった。
そして……彼は何も見なかった。

ただ彼女に背を向け、その背中を震わせている。


清霜の身体が眩い光に包まれる、その瞬間すら――



……
…………
………………







2016年04月15日――呉市旧工廠跡某地


ザザーン…
ザザーン…


清霜「…………」



夜……聞こえてくるのは、海風と波の音だけ。

彼女の足がその地を踏んでしばらく、清霜は放心状態でいた。

……だが、あるときになって、彼女は歩を進めることにした。








いつも吠えてくる犬はそこにおらず、かわりに子猫の鳴き声が聞こえた。


寂れたタバコ屋だった場所は、数代で築いたという大きな個人スーパーとなっていた。


だが、清霜はそのようなことも気にはかけなかった。


ただ、歩いた。


皆の待っている鎮守府へ――



……
…………
………………







2016年04月15日――提督執務室


提督「……よく、帰って来たな」

明石「みんな、心配していたのよ」

清霜「……ごめんな……さい」

明石「うぅん、私の方こそ……ごめんね」

明石「怖い目に……合わせちゃったね」ギュ

清霜「……」ギュ…








清霜「……しれいかん」

提督「ん?」

清霜「……怒らないの?」

提督「……はじめはそのつもりだったんだけどなぁ」

提督「実は清霜が帰ってきたら、少しやってみたいことがあってね」

清霜「……え?」



提督「……もう亡くなった、俺の爺ちゃんにもらった“これ”を、ね」スッ…

清霜「そ、それ……!」








提督「爺ちゃん、いつも“変な髪の姉ちゃんから長門を取り返したかった”って言ってたんだ」

清霜「っ!」


提督「……今、持ってるか?」

清霜「……おいてきちゃった」

提督「そっか」クスッ


提督「じゃあ、この天龍と金剛を戦わせてみようかな」スッ

提督「どうせなら“本人”達も呼んでみようぜ~!」

提督「たぶん、盛り上がる……別の意味でなっ!」ニコッ

清霜「司令官……」

清霜「……うん!」ニコッ


明石「ふふふ……」ニコニコ


……
…………
………………







――それから5年の時が流れた。


戦争は深海棲艦との講和という形で終戦を迎え、清霜もこれを無事に生き残った。


彼女の顔つきは既に大人の女性のそれとなり、今では姉たちとともに平和に暮らしている。

だがそんな彼女の下にある日、一つの知らせが届いた。


あの工廠跡地がもうすぐ埋められ、新しい造船所となるというのだ。








2021年04月15日――呉市旧工廠跡某地


それは快晴の日のこと。
埋め立て前に、彼女は再びそこへやってきた。


5年2か月前と変わらない地下壕。

置かれているのは、古びて割れた木の机と椅子だけ……

違っていたのは、そこにあの装置が無いことだけだった。








清霜「……あれっ」


しかし、清霜はあることに気付いた。

その机には、引き出しが付いていたのだ。


清霜「……」ジーッ


すかさずその引き出しを開き、中を確認する。

中には、一枚の手紙が入っていた。


古ぼけた紙に、あの時と同じ字でこう書かれていた――








いつの日か、生まれるお前へ

この書簡が後の時代に見つかることがあるならば、願わくばお前に見つけてもらいたいと、私は思う。



まず、私はお前に謝らなければいけないことがふたつある。

ひとつは、人に忘れろと言っておきながら……私自身がお前を忘れられなかったこと。

ふたつめは、この書簡の存在が本来進むべきであった未来を変えてしまう危険性を孕んでいることだ。



それを承知で、私はこの書簡をしたためる。

大好きな戦艦のことではないが、

お前に聞いてもらいたいことがあるからだ。








戦艦「大和」が進水した後、私は横須賀へ移り住んだ。

それからある仕事を終え、もう一度ここ、呉に来る機会を頂いた。

それが今、昭和18年……1943年9月のことだ。



私のかつて手がけた陽炎型駆逐艦の改良型、夕雲型駆逐艦の進水は、着々と進んでいる。

そしてつい最近のこと。

進水を来年に控えた最後の夕雲型が、新しい名を頂いたところだ。



清らかで、美しく白い霜の意味を持つ。

その名は、「清霜」だった。



清霜「……っ!」








1941年に突入したアメリカとの戦争。

これはミッドウェーでの敗北を機に、我々の敗戦色が徐々に濃いものとなりつつある。

つい先日も、コロンバンガラ島での輸送作戦で、多くの駆逐艦が沈んだと聞いた。



そんな中で生まれた「清霜」を見て、私はなぜかお前のことを思い出した。



この「清霜」は、私がこの戦争で手掛ける最後の軍艦となるだろう。

お前の楽しみにしていたあの戦艦は、とうてい“間に合わない”からだ。








この美しい「清霜」が、これから先どのような運命をたどるのか、私には分からない。

だが、願わくばこの船やその乗員にとって、少しでも幸せな運命を辿ってほしいという私情が生まれたのだ。



これは技術屋として正しいことなのか、私には分からない。

だからこそ、お前に聞いてそれを確かめてみたかった。

もう一度“お父様”と呼んでもらって、ちゃぶ台を囲んで。



清霜「…………」








大日本帝国はこの先、どのような国となっているのだろうか。

そう思い、眠れなかった夜も何度かあった。


だが、私の下へやってきたお前のことを思うと、心安らかになった。

なぜなら、お前のような気丈な娘がいる国だ。

そこは、とても素敵なところだろう。



清霜「…………」ポロ…ポロ…








最後となったが、これだけは言わせてほしい。

お前は私の、

本当の娘のような存在だったと。



さようなら未来のお前。

私はお前を、この時代から愛している。


海軍技術大佐 牧野茂








清霜「……清霜は……」

清霜「……1944年の12月……」

清霜「礼号作戦でアメリカ機の爆撃によって……沈みました」

清霜「犠牲者は出ましたが……大半の乗員は、無事に救出されています……」








清霜「……そして、あなたが“娘”だと呼んでくれた後世の清霜は……」

清霜「……2021年の今、ここにいます」

清霜「平和な空の下、平和な海のそばで……」


清霜「あなたのくれた……手紙を……」プルプル

清霜「……握りしめて……いますよ……!」


清霜「……おと……うさ……ま……!」ポロ…ポロ…



―――――――――――fin――――――――――――



このお話はこれで以上になります。

作中の出来事はすべてフィクションです。
登場した牧野氏の性格や功績などはすべて僕自身の想像で、時代考証も甘いかもしれません。

あとタイトルのタイムマシンンはミスです。仕様ではありません。

それらを踏まえた上でここまでお読みくださった方、楽しく書かせていただき、ありがとうございました。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年05月23日 (月) 02:23:31   ID: fIFl4XvG

切ないなあ

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