工藤忍「春へと変わりゆくある日」 (15)

タンタタンタン


「よし、出来てるな。今日のレッスンはこれで終わりだ」

「はい、ありがとうございました」

「しっかりストレッチしてから帰るんだぞ」

「はい」


ふう、今日のレッスンも厳しかったな。楽しかったけど。

トレーナーさんに言われた通りにしっかりとストレッチしなきゃ。

気持ち陽気も暖かくなったし、日も伸びてきた気がするし。

運動のあとのストレッチ、気持ちいいな。思わず口ずさみたくなるぐらい。


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「瞳を閉じればあなたが~♪」

「3月9日ですか?」

「うわ、びっくりした!」

「一応ノックもしたのですが……」


恥ずかしい……慶さんが入ってきたことに気がつかなかった。

完全に自分の世界に入っちゃってたよ。


「そろそろその曲の日付ですね」

「それもあってこの曲歌ってたんだよね」

「ほかにも理由があるんですか?」

「なんだか言うのが少し恥ずかしいけど……アタシの誕生日も3月9日だからなんとなくシンパシー感じちゃって……」

「いいじゃないですか。じゃあそろそろ忍ちゃんも誕生日なんですね」

「アタシもってことは他の人も?」

「えへへ、私は3月10日なんですよ。私もシンパシー感じますね」

「一日違いなんだ!なんだかいいね」

「そうですね」

「そういえば慶さんもこの曲歌ったことあるの?」

「中学生と高校生どちらも合唱で卒業シーズンに歌いましたね」

「アタシも合唱で歌ったしどこもそうなんだね」

「合唱のパートで覚えてたりするのでカラオケとかだとたまに間違えたりするんですよね」

「ああ、わかるかもっと、ストレッチ終わり」

「お疲れ様です。ああそう、私差し入れ持ってきたんですよ。はい、これ」

「お、ありがとうございます」

「それにしてもそろそろ忍ちゃんの誕生日なんですね」

「慶さんもね」

「ふふ、じゃあ私はそろそろ帰りますね」

「あ、はい。差し入れありがとうございました」

「いえいえ」


なんか楽しそうな顔で慶さんは帰っていった。たくらんでる顔って言ったほうがいいかも。

多分アタシの予想だとプレゼントくれるんだな。多分慶さんならそうしてくれるだろう。日頃の感謝を込めてアタシも買っておかないと。

今回の差し入れもそうだし予想のプレゼントもそうだけど慶さんはアタシのことを妹のように可愛がってくれるんだよな。

前に聞いたら4姉妹の末っ子だから妹とかに憧れているって言ってたな。アタシにとっては少し頼りないけど優しいお姉さんだ。

帰り道、少し予定を変更して慶さんのプレゼントを探そう。

なにがいいのかな?やっぱり実用性があるものの方がいいかな?

こっちに来てからあんまりこういうことしなくなったなって急に我に帰って少しだけセンチな気分になる。

仕方ないよね。うん、さっきの訂正。アタシにとって慶さんは頼りになるお姉さんだ。

よし、プレゼント選びにも熱が入ってきた。一番いいのを選んであげなきゃ。

____________________


タンタタンタン


「よし、今日のレッスンはここで終わりだ。それと誕生日おめでとう」

「え?知ってたんですか?」

「ああ、慶のヤツが張り切ってたからな」

「ははは、少し恥ずかしいです」

「もう少しで来ると思うぞ。それまでストレッチでもしとけ」

「はい」

「じゃあ、邪魔者の私は退散するかな」

「え、そんな邪魔じゃないですよ」

「そんなに焦らなくていい、冗談だ。かわいい妹を取られたみたいで少し嫉妬しただけだ」

「いえいえ」

「なんなら工藤がうちの妹に来るか?」

「え?!」

「うむ、工藤はからかいがいがあるな。じゃあ本当に去るぞ」

「お疲れ様でした」

慶さん張り切ってくれてたんだ……なんかうれしはずかし。

じゃあストレッチして待ってようかな。昨日少し寝不足だから眠たいな。

ガチャ、今日は入ってきたところに気がついたぞ。だけど。


「大きなあくびですね」

「あ、見ないでください」


ちょうど気を緩めていたタイミングで入られた……間抜けな面を見られた。


「眠いんですか?」

「ちょっと……昨日日付が変わったあたりから地元の友達からメールや電話がたくさんきて寝不足で」

「ふふ、愛されているんですね。私からも、お誕生日おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「ん?そのタオルの上においてあるリボンはなんですか?」

「これですか?このリボン、お母さんが贈ってくれたの。アイドル頑張れって……。よいしょ、どうですか?似合いますか?」


アタシは今日にあわせて送られてきたお母さんのリボンを髪につけた。曲がってないかな?

だけどどうしたことか慶さんはやってしまったという顔をしている。


「似合ってますよ……」

「どうかしたんですか?」

「え?ああ、はい。私が選んだプレゼントもリボンなんですよね……似合うかなと思って……」


慶さんが申し訳なさそうに差し出してくる。これもうれしいですよ。

どうすればいいものか。どうすれば慶さんが納得するかなー。

仕方がない。地元でのアタシの鉄板ギャグをやるしかないな。


「ありがとうございます。うれしいですよ。リボンはいくらあっても困るものじゃないですし。それに……」

「それに?」

「慶さんにもらったリボンをさっきのリボンと反対側に結んでっと。……天海春香です!」

「うふふ」


あ、やっと笑ってくれた。ふふん、まあこれはアタシの鉄板ですからね。

春香ちゃんの動画はもう何回も見たよ。アタシが一番参考にしたアイドルだからね。

その副産物がこのものまねだよ。さらにレパートリーもあるんだよ?

そういえばアタシも今日から春香ちゃんと同じ17歳かー。


「どうですか?似てましたか?結構これうけいいんですよ」

「ええ、すごくよかったです」


まだ笑ってくれている。つぼにでも入ったのかな?

ふう、空気を少しリセットするために軽く息を吐く。慶さんも落ち着いたみたいだ。


「3月9日じゃないけどさ。アイドルって新たな世界の入り口に立って今日になっていまさらだけどアタシは一人じゃないんだって気がついたよ」

「改めてわかることってありますもんね」

「瞳を閉じてみればさ。お母さん、お父さん。地元の友達。こっちでの友達やアイドルのみんな。Pさん。もちろん慶さんも。たくさんの人に支えられてアタシは強くなれたんだなって」


アタシがそこまで言うと慶さんは隣で微笑んでいてくれた。

これが幸せなんだろうな。アタシにはそう感じられた。

「慶さん、ルール違反だけど明日渡せるかわからないからこれ。誕生日プレゼントです」

「わ、いいんですか?」

「もちろんです。慶さんのために選んだんですから。あ、あとこれおすそ分けのリンゴです。お母さんがたくさん送ってきちゃって……」

「あはは、お姉ちゃんたちと一緒に食べますね」


よし、慶さんによろこんでもらえた。時間をかけて選んだかいがあったな。

誕生日という特別な日だからこそいままで以上に人とのつながりがわかった気がするな。


「慶さんが近くにいてくれると、ホッとするんだ」

「そうなの?」

「うん、たった一人で飛び込んだ都会で、いつでも頼れる味方だもんね!」

以上で短いけど終わりです。

なんとか3月9日中に終わりました。

忍ちゃん誕生日おめでとう。慶ちゃんもそろそろおめでとう。

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