柑奈「アイコトバ」 (65)


・有浦柑奈ちゃんのSSです



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モバP(※以下表記P)「……えぇ、特に実りのないというか、正直に言うと無駄足でした」

ちひろ『そう、ですか……せっかく先方から声がかかって長崎まで来たのに、残念です』

P「とりあえず資料はいただいているので、改めて確認しましょう。ただ、期待はしないでください、と言っておきます」

ちひろ『そこまでですか』

P「……厳しすぎるんでしょうか」

ちひろ『いえ、お仕事ですから。私はとても真摯で素晴らしいとおもいますよ?』

P「そう、ですか……ありがとうございます」

ちひろ『ふふ。今日はお疲れでしょうから、ホテルでゆっくり休んでくださいね』

P「はい。では」

ピッ


P(……しかし、なにもないところだな、ここは)

運転手「お兄さんは都会の人かい?」

P「えぇ、東京です。こっちに来たのも初めてで、失礼ですが自分がおもっていたより随分田舎だと」

運転手「ははっ、素直だねぇ。市内の方は街といえばそうだけど、向こうと比べちゃどこも田舎だよ」

P「……嫌ではないですよ、この景色」

運転手「ならよかった。誇れるものは自然の豊かさくらいしかないからねぇ」

P「向こうの息苦しさがなく、開放的で……ん?」

運転手「どうしたんだい?」

P「ちょっと止めてください」


P「……女の子?」

運転手「あぁ、もしかしてギター持ってる?」

P「おそらく」

運転手「あぁ、あの娘だな」

P「有名なんですか?」

運転手「夕暮れ時、あの場所でいっつも歌ってる娘だよ。ここいらではちょっとした有名人。名前は、なんて言ったっけな?」

P「……なるほど」

運転手「と言っても、場所が場所だから人は集まらないんだけどね」

P「……離れていても聞こえますね、声が」

運転手「大きいよねぇ。最近の車は静かだからよく聞こえるのなんの」


P「ホテルまでどれくらいですか?」

運転手「えーっと、歩いて10分くらいかなぁ」

P「ならここで大丈夫です」

運転手「いいのかい?」

P「歩きたい気分なので」

運転手「お兄さん、言い訳がヘタだね、はは」

P「……よく言われます」


 *


「ふぅ……聞いてくれてありがとー! って誰もいないんだけどね」

ゲコゲコ

「あぁ! カエルさんはいつも聞いてくれてるんだね! ありがとう!!」

ゲコッ

「えへへ、セイピース♪」

ゲコゲコ

「でも、やっぱり誰かに届けたいよ。はぁ……」

ゲコッ

「ラブ……ラブ、かぁ……どこにあるんやろ……」


P「……もう終わりか?」

「うひゃあ!!」

P「す、すまない。驚かすつもりは……」

「こっ、こ、こちらこそ大きい声出してごめんなさい! まさか聞いてくれてる人がいたなんて……」

P「そこを通ったとき聞こえてきて。歌っていたのはAll You Need Is Love?」

「そうです! 私、ビートルズが好きで、特にジョン・レノンが……じゃなくて!! あ、あのっ、聞いてくれてありがとうございます!!」

P「……ふむ」

「あ、あのー……」


P「……不躾な質問で申し訳ない、君はいくつになる?」

「えっ、あ、じゅ、19です」

P「名前は?」

「有浦柑奈、です……」

P「家は?」

柑奈「ここから少し歩いて行った先に……」

P「……こちらから聞いておいてなんだが、素性もなにもわかったもんじゃない男に個人情報を話すのはやめておいた方がいい」

柑奈「ご、ごめんなさい。気をつけます……」

P「よろしい」


柑奈「……お兄さんは」

P「通りすがりの社会人だ」

柑奈「は、はぁ。そうなんですか……お、お疲れ様です……?」

P「……君はもう少し人を疑ってかかった方がいいな」

柑奈「それ、父ちゃんにも言われました!」

P「……」

柑奈「あ、ご、ごめんなさい」

P「……いや、謝らなくていい」


柑奈「で、でもでも! 私の歌を聞いてくれたんですから、いい人です!」

P「ハードルが随分低いな」

柑奈「だって、初めてのお客さんですから!!」

P「もう少し人がいるところで歌うといいんじゃないか?」

柑奈「声がうるさいって言われて……」

P「確かに……」

柑奈「ラブ&ピースを届けるのに迷惑になったら意味ないなって」

P「今更だが、なかなか……奇抜な格好を」

柑奈「そうですか?」

P「ヒッピーファッションか……」


柑奈「爺っちゃんが選んでくれた勝負服です!! このギターも爺っちゃんの形見で」

P「……すまない」

柑奈「え? なにがですか?」

P「いや、つらいことを思い出させてしまったようで……」

柑奈「爺っちゃんですか? まだ生きてますけど」

P「紛らわしい言い方を……」


柑奈「とにかく私の歌を家族とカエルさん以外で聞いてくれた第一号さんですから、リクエスト! 受けちゃいますよ!!」

P「リクエスト、か」

柑奈「はい! なんでも言っちゃってくださいっ!!」

P「……」

柑奈「あ、もちろん歌える曲でってことなので、何曲か出してもらえると」

P「……自己紹介が遅れたな」

柑奈「名刺……ぷっ、ぷ、プロデューサー!?」

P「東京にあるアイドル事務所の、だ。気になるなら社名を調べて貰えばいい。君に必要なことはまず疑うこと……」


柑奈「嬉しいです!!!」

P「……」

柑奈「本当にこういうのってあるんですね! テレビの中だけやっておもってた……あっ! アイドルって踊ったりとかもそうですけど、もちろん歌えるんですよね!!」

P「……あ、あぁ」

柑奈「う~……私の歌を、ラブ&ピースをみんなに届けることができるんですね!!」

P「……」

柑奈「こ、こうしちゃいられない! 早く帰って爺っちゃんたちに伝えなきゃ!! あっ、でもリクエスト……」

P「……それはまた今度でいい。その反応からして、また会うことになるだろう」

柑奈「……はいっ」

P「話がまとまったらそこに書いてある番号に」

柑奈「はい! すぐ話してすぐ電話します!!」

P「……いい返事を待ってるよ」


 *


~駅前


P「ひとつ、テストをしようか」

柑奈「テスト?」

P「ここに東京行きのチケットが二枚。ひとつは俺ので、もうひとつは君のだ」

P「俺はもちろん帰る。君もアイドルになるために行くだろう。気が変わっていなければ」

柑奈「はい! もちろんです!!」

P「ただこちらの気が変わった、と言ったら?」

柑奈「え?」

P「連れて行かないというわけじゃない。ただ、その選択肢もあり得るということだけ」


柑奈「ど、どういうことですか?」

P「テストと言ったが、やることは至ってシンプルだ」

P「スカウトした身でこんなこと言うのもなんだけれど、これは旅行じゃない。簡単な道でもなければ、戻りたいと言って長崎にすぐ帰ることも難しい」

P「俺は君の歌を聴いた。カエルに混じって、田んぼに囲まれたステージで」

P「アイドルはひとりでするものじゃない。ファンあっての存在で、ファンと共に歩んでいく」

P「君の覚悟を、いまの力を示してくれ。今度は見知らぬ人々が行き交うこの場所で」

P「それが、リクエスト」


 *


柑奈(うぅ……緊張する……前はこんなんじゃなかったのに、見てる人がいるっていうの、こんなにドキドキするものなんだ)

柑奈(チューニングしてるだけなのに手が震える……これ、オーディション、だよね。きっと)

柑奈(わっ、プロデューサーさんだけじゃなくて、何人か立ち止まって待ってくれてる)

柑奈(気を抜いたら心臓が口から出ちゃいそう……呼吸が、なんだか重い)

柑奈(なに歌えばいいんだろ……なんでもいいって言ってくれたけど、全然浮かばない……)

柑奈(私は……)

P「……」


柑奈(ううん……)

柑奈(自分の好きな、自分のいつも口ずさんでる歌を)

柑奈(大きな声で、精一杯、歌うしかないんだ)

柑奈(自分のできることしか、歌えるものしか歌えない)

柑奈(プロデューサーさんが私を見つけてくれた、あの歌で! 愛を!)


~♪


 *


それが私とプロデューサーさんの出会い。

突然で、運命的な。

私の歌が、愛が、空気を揺らしてプロデューサーさんに届いたんだ!

こんなに素敵なこと、他にはないなって!


私がアイドル? っておもうことはあるんだけど、みんなの前で歌って喜んでもらえるってすごい素敵なお仕事。

でもかわいい衣装を着るのにはまだ抵抗があったり……

それに都会の娘ってみんなオシャレで、みんなカワイイ!

田舎娘って自覚はあったけど、こうも違うものだなんて……

でもそんな私をプロデューサーは選んでくれたんだから、しっかり胸を張っていかなきゃ!

>>19
誤字訂正


私がアイドル? っておもうことはあるんだけど、みんなの前で歌って喜んでもらえるってすごい素敵なお仕事。

でもかわいい衣装を着るのにはまだ抵抗があったり……

それに都会の娘ってみんなオシャレで、みんなカワイイ!

田舎娘って自覚はあったけど、こうも違うものだなんて……

でもそんな私をプロデューサーさんは選んでくれたんだから、しっかり胸を張っていかなきゃ!


P「柑奈」

柑奈「はい!!」

P「お疲れ」

柑奈「ありがとうございます! プロデューサーさん、私の歌、どうでしたか?」

P「あぁ、歌か、よかったよ」

柑奈「ラブは伝わりましたか?」

P「……送るよ」

柑奈「ラブ、届いてないですか?」

P「……明日は午後からだから、今日はゆっくり休みなさい」


柑奈「ならピースはどうですか?」

P「……」

柑奈「ラブ&ピース!」

P「……」

柑奈「届いてないんですかぁ」

P「……想像に任せる」

柑奈「なら届いたんですね?」

P「……帰ろうか」

柑奈「どっち!?」


 *


カタカタカタ

P「……」

柑奈「……」ジーッ

P「……」

柑奈「……」ジーッ

P「……柑奈」

柑奈「はいっ!」

P「気が散る」

柑奈「なんでですか!?」


P「見ての通り」

柑奈「お仕事中、ですよね?」

P「ちゃんとわかってるんじゃないか」

柑奈「あっ、もしかして歌とか必要ですか? ギターは……あれ、持ってきてなかったっけ?」

P「……柑奈」

柑奈「はっ、はい」


P「立って」

柑奈「はい!」

P「深呼吸して」

柑奈「はい!」スーハースーハー

P「回れ右」

柑奈「はい!」

P「大股で6歩進んで」

柑奈「1、2、3……はい!」

P「目の前のソファに座る」

柑奈「はい! 座りました!」

P「……」フゥー


柑奈「……」

カタカタカタ

柑奈「……あ、あれ?」

P「……」

柑奈「プ、プロデューサーさん?」

P「仕事中」

柑奈「わかってますよ?」

P「……用事があるならあとで」

柑奈「いえ、用事っていう用事じゃないんですけど」


P「……時間は」

柑奈「とりません!」

P「ならいま聞こうか」

柑奈「えへへ、やった♪」

P「……どうぞ」


柑奈「プロデューサーさんはなにされると一番嬉しいですか?」

P「……あぁ?」

柑奈「例えば、これ貰えたら嬉しい、とかでもいいですよ! なんでも言ってください!」

P「……目的は」

柑奈「日頃の感謝をラブとして届けたいんです!」


P「そうだな」

柑奈「はいっ!」

P「ひとまず静かにしてくれたら嬉しいかな」

柑奈「それ以外で!」

P「……予測していたような速さの返答だ」

柑奈「伊達にプロデューサーさんの担当アイドルじゃないですから!」

P「いますぐ言わないと?」

柑奈「ラブは生ものですからね!」

P「足が早いのか……」

柑奈「その日のうちにお召し上がりください、です!」


P「……」

柑奈「ワクワク♪」

P「……」

柑奈「ドキドキ♪」

P「……特には」

柑奈「無理にでも絞り出してください!」

P「ない」

柑奈「じゃあハグで!」

P「それは遠慮しておく」

柑奈「えー!」

P「こっちはプロデューサー。君はアイドル」

柑奈「そんなの当たり前じゃないですか?」

P「それ以外に説明が必要なら、その二つの単語の辞書を引くところから始めようか」

柑奈「ハグぐらい普通ですって。フツー」

P「それは一般的なものじゃない」


柑奈「むぅー、ワガママですね」

P「こっちのセリフだ……」

柑奈「……あっ!」

P「そんなに短い言葉を恐ろしいと感じたのは初めてだよ」

柑奈「もしかしなくても疲れてますね?」

P「忙しいからな」

柑奈「ひどい隈ですよ」

P「気のせいだ」

柑奈「昨日は何時間寝ました?」

P「適度に仮眠はとっている」

柑奈「ちゃんと帰りました?」

P「横になるスペースはここにだってある」

柑奈「つまり帰ってないと?」

P「どうとってくれても問題ない」


柑奈「倒れちゃいますよ?」

P「そうならないための仮眠」

柑奈「プロデューサーさんに必要なのはラブと癒し、と……」

P「……一気に飛んだな」

柑奈「さて!」

P「……」

柑奈「まずは笑いましょう? ほら、にーって」

P「……さて、仕事仕事」

柑奈「ラブ&ピースは笑顔から! そして次は肩もみですかね? 私、結構得意なんですよ!」


P「……そろそろ時間じゃないか?」

柑奈「え? 時間って……あーっ!! レッスンの時間が! なんでもっと早く言ってくれなかったんですかー!」

P「……いってらっしゃい」

柑奈「いってきます! 急がなきゃ!!」

P「気をつけてな……やれやれ……」


 *


柑奈「うーん……」

周子「ありゃ、珍しいね。柑奈ちゃんが頭抱えてるなんて」

柑奈「あっ、周子ちゃん」

周子「やっほー。どしたの? お気にの服でも破れちゃった?」

柑奈「ううん、それよりもずっと深刻なことかも……」

周子「まさか、おじいちゃんが?」

柑奈「そうだったんならよかったんだけど」

周子「いや、よくないでしょ」


柑奈「ひとつ聞いていい?」

周子「あたしに答えられることならね」

柑奈「ラブを届けるにはどうすればいいとおもう?」

周子「柑奈ちゃんがそれをあたしに聞いちゃう?」

柑奈「ちょっと、ね」

周子「いつもみたいにラブ&ピースを歌えばいいんやないの?」

柑奈「それでも届かないみたいで……」

周子「強敵やね」

柑奈「そうなの、本当に……本当にそう!」

周子「ふーん……」


ちひろ「珍しい組み合わせですね」

周子「あ、ちひろさん、おつー」

柑奈「お疲れ様です」

ちひろ「お疲れ様です。ふたり揃ってどうしたんですか?」

周子「なんか柑奈ちゃんが悩んでるみたいでね」

柑奈「私の愛はまだまだ足りないのかなぁ」

ちひろ「愛、ですか」

周子「それは十分だとおもうよ。十分すぎるくらい」

柑奈「でも届いてないのはそういうことなんじゃないかなって」

ちひろ「……受け手と送り手のずれじゃないですか?」

柑奈「ずれ?」


ちひろ「愛と一言で表しても、人それぞれの形があるわけですから、自分の信じているものが本物だなんてことはないわけですよね」

柑奈「人それぞれの愛……」

ちひろ「その人のことを考えて、その人が求めていそうな、受け止めてくれそうな具体的な愛というものを示してみたらどうでしょう?」

柑奈「具体的な愛、かぁ」

周子「行動で表現しないとわからない人もいるしね」

柑奈「行動で……」

周子「言葉にするだけでも違うんじゃないかな。愛してるとかさ」

柑奈「口にしてるつもりなんだけどなぁ」


ちひろ「柑奈ちゃんの言う『愛』って平等な愛……いわゆる隣人愛でしょうから」

柑奈「平等……そういうの、あんまり考えたことなかったかも」

周子「右の頬をぶたれたら、左目を狙え、だっけ」

ちひろ「それはいろいろ混ざっちゃってますね。左頬を差し出しなさい、です」

周子「あぁ、それそれ。惜しいね」

ちひろ「ふふ、大変ですね。乙女心のわからない人が相手だと」

周子「ほんまにねぇ。柑奈ちゃんのプロデューサーってば罪作りな人で」

柑奈「そうなんだよねー……」

周子「……ん?」

ちひろ「あら……」


柑奈「うん? どうしました?」

周子「いや、どうしたもなにも……気づいてないん?」

柑奈「気づく?」

周子「んー……なんでもない。忘れて」

柑奈「よくプロデューサーのことってわかったね」

周子「そこはホラ、ちひろさんはちひろさんで、うちは京女やし? エスパーシューコみたいな?」

ちひろ「ちひろさんは、って」

裕子「エスパーと聞いて!」にゅっ


ちひろ「あら、ユッコちゃん、お疲れ様です」

裕子「お疲れ様です! サイキックな気配を感じてテレポートしてきました!」

柑奈「サイキックな気配?」

裕子「ふふふ……サイキックあるところにユッコあり! そう! 偶然通りがかっただけです!」

周子「ふーん、ところでお腹すかない?」

裕子「超能力を使うとお腹すきますからね!」

周子「じゃ、みんなでお昼いこっか。柑奈ちゃんのおごりで」

柑奈「え、えぇ!?」

周子「冗談、ジョーダン。ご飯いこっていうのはホントだけどねー。ちひろさんもいく?」

ちひろ「私はこれから用事があるので、それを済ませないと。せっかくのお誘い、ごめんなさいね」

周子「ざーんねん」

ちひろ「また今度、行きましょうね。それじゃあ、私は」


柑奈「ちひろさんも大変だねー……それで、なに食べる?」

裕子「待ってください! 私がサイキックで皆さんの食べたいものを当ててみせましょう! ムムム……」

周子「長くなりそうなら先行くよー」

柑奈「せっかくだし待ってあげようよ」

裕子「ムムムム……」

周子「毎回おもうんだけど、曲げるわけじゃないのにスプーン持ってて意味あるの?」

柑奈「魔法使いのステッキみたいなものかな?」

裕子「ムム……ムムムンッ! 見えました!」


裕子「ズバリ!」

柑奈「ズバリ?」

裕子「カレー……」

周子「あっ、パスタとか食べたくない?」

裕子「……カ、カレーパスタ!」

柑奈「……あるのかな、それ」

周子「行きつけのパスタ屋にあるよ」

裕子「ほっ、本当ですか!?」

周子「マスターがインド人のパスタ屋なんだけどね」

柑奈「……噓だよね?」

周子「ふふ、どーだろーねー?」




柑奈(その人のことを考えた、愛、かぁ……)


 *


P「……」カタカタカタ

P「……ふぅ」

ちひろ「お疲れ様です」コトッ

P「あぁ、ありがとうございます」

ちひろ「いつも通りですけど、お砂糖とか大丈夫ですか?」

P「ブラックの方が目が冴えますから」

ちひろ「少し休憩されたらどうです? 私から見ても随分お疲れのようだと」

P「……柑奈にも言われました。そんなにひどい顔していますか?」

ちひろ「えぇ、とても」

P「……ちょっと顔洗ってきます」

ちひろ「それじゃ冷たいだけですよ。休憩がてら少しだけおしゃべりしませんか?」

P「はぁ……いいですけど」

ちひろ「ほら、とりあえず座って座って。あっ、そういえばお菓子ありますよ。頂き物なんで私たちで食べちゃいましょうか」


P「あまり甘くないものならなんでも」

ちひろ「確かクッキーだったはずですよ」

P「いただきます」

ちひろ「ふふ。みんなには内緒ですよ?」

P「誰かが入ってきたら別ですけどね」

ちひろ「そのときは共犯になってもらいますから」

P「えらく恐ろしい響きの言葉ですね」


ちひろ「柑奈ちゃん、すっかり慣れましたね」

P「上京当初に比べると、随分と都会に染まって」

ちひろ「都会はこわか~って言っていたの、かわいくて忘れられませんよ」

P「しばらくは大変でしたよ。夜ひっきりなしに連絡がきて」

ちひろ「あら。電話、ですか?」

P「それもありましたし、基本的には文字のやりとりで。もちろん仕事優先でしたが」

ちひろ「言わなくてもわかってますよ」

P「長崎では実家暮らしで、いくら面識がある人がいるとはいえ、心細かったと」

ちひろ「その気持ち、わかります」

P「千川さんも?」

ちひろ「ええ。私の場合は頼れる彼なんていませんでしたけど」

P「そういう関係じゃないです」

ちひろ「知ってます。からかっただけです、ふふ」


ちひろ「家族は遠くにいますから、声とか聞くと余計寂しくなっちゃってダメなんですよ」

P「そういうものですかね」

ちひろ「そういうもの、です。でもプロデューサーさんなら最悪来てくれますし」

P「さすがに女性の、ましてやアイドルの部屋には」

ちひろ「たとえ話です。それくらいの気持ちはあったんじゃないですか?」

P「……どうでしょうね。忘れました」

ちひろ「そういうところがダメなんですよ、プロデューサーさんは」

P「は、はぁ……」


ちひろ「仕事ができて、頼りになって、真面目な人だって、私はおもっています」

P「あ、ありがとうございます」

ちひろ「でもですね、その真面目さ故に自由がきかない部分があるとおもうんです」

P「……確かに、以前、柔軟性がないと言われたことは」

ちひろ「それと、言葉が圧倒的に足りてないです」

P「言葉?」


ちひろ「恥ずかしかったり、素直になれなかったり、わかりますよ、異性に言うわけですから、余計にそう感じるのは」

ちひろ「柑奈ちゃんはアイドルです。でもそれと同時に、ひとりの女の子なんです」

ちひろ「もう大人って言われる年齢ですけど、不安で、どうしようもなく寂しくて、考え込んじゃう日はあります」

ちひろ「だからこそ、一番近くにいるプロデューサーさんのことを頼るんです」

ちひろ「もう少し、一歩踏み込んでみてもいいんじゃないのかなって、はたから見ていて感じます。お節介でしょうけど」


ちひろ「あっ、もちろんスキャンダルとかはダメですよ? せっかくここからってところまできたんですからね」

P「それは大丈夫です」

ちひろ「もしやるならバレないように、です」

P「……容認派なんですね」

ちひろ「こういう仕事をしていると、どうしても話は聞くので。ふふっ」

P「……怖いな」


 *


P「……一歩、一歩踏み込んで、か」

P(具体的に、なにをどうすればいいのか……まったく見当もつかない)

P(素直に……言葉に……)

柑奈「お疲れ様です!」

P「お、あ、あぁ、お疲れ、柑奈」

柑奈「どうしたんですか?」

P「い、いや、なんでもない……」

柑奈「?」

P「……」

柑奈「帰る前に声かけようとおもって。まだお仕事するんですか?」

P「あぁ、もうちょっとな。キリが悪くて……」

柑奈「あまり無理はしないでくださいね」


P「……今日のレッスン、どうだった」

柑奈「いつも通り、でしたよ?」

P「そ、そうか」

柑奈「……本当にどうしたんですか?」

P「……どうしたんだろうな」

柑奈「おかしなプロデューサー。いつも自信満々な姿ばっかりだったので、なんだか新鮮ですね♪」

P「……話さないか。少し気分を変えたい」

柑奈「……」

P「む、無理にとは言わない。なにか用事があるなら断ってくれて」

柑奈「ふふ、やっぱりおかしいです。私がイヤだって言うとおもったんですか?」

柑奈「それに、私もプロデューサーさんとお話したかったんです。ちょうどいいタイミングですね!」


 *


柑奈「あたたかいですねー」

P「少し前までは日が暮れたら肌寒かったのに」

柑奈「すっかり春って感じで、こうやってお散歩もしやすいです」

P「特に今日はな。過ごしやすいよ」

柑奈「もうじき桜も咲くんでしょうね」

P「だろうな」

柑奈「あっ、ベンチ、座りましょう!」

P「あぁ」


柑奈「お花見、今年は絶対やりましょうね!」

P「……そうだったな」

柑奈「もちろんお仕事が大事っていうのはわかっていますけど、たまには楽しまないと倒れちゃいますよ?」

P「気をつけるよ」

柑奈「いつもそう言ってますけど?」

P「……このコーヒーにでも誓えばいいか」

柑奈「誓うにはちょっと日常に寄りすぎじゃないですか?」

P「冗談だよ」

柑奈「気をつけるのも?」

P「……それは冗談じゃないよ」

柑奈「ならよかった♪」


P「……」

柑奈「ふぅ……外で飲むコーヒーっていうのもなかなかオツですね♪」

P「……柑奈」

柑奈「はい?」

P「……仕事、楽しいか?」

柑奈「いきなりですね」

P「ちょっと、聞きたくて」

柑奈「プロデューサーさんって、そういうところすごいわかりやすいです」

P「そういうところ?」

柑奈「なんでもないですよー、へへ♪」


P「……それで、答えは」

柑奈「もちろん、イエスです!」

P「そう、か」

柑奈「いろんな人にラブを届けられる、こんなに素敵でキラキラしたお仕事、楽しくないなんて言うとバチが当たっちゃいますよ!」

P「その言葉だけで、聞いてよかったとおもうよ」

柑奈「前よりずっとアイドルらしくなってるとおもいませんか?」

P「あぁ、そうだな」

柑奈「……具体的には?」

P「う……具体的、か……」


柑奈「……」

P「……か」

柑奈「か?」

P「か、かわいく、なっ……た、かな」

柑奈「うえぇっ!? あ、えっと、あ、あの」

P「ど、どうした?」

柑奈「そ、その、歌や演技がどうかとか、オシャレになったとか、そういうものを言ってくれるものだと……」

P「えっ、あ、あぁ……そ、そうだな、前より表現とか、そういうのが、い、いいんじゃないか?」

柑奈「てっ、照れますねっ! コーヒー飲んだから暑いのかな、あはは……」

P「そっ、そうだな……少し着込んでいるし」


柑奈「はー……今日のプロデューサーさん、ちょっと変ですけど、そういうのも好きですよ、私」

P「おかしい、か……そうか……」

柑奈「変な意味じゃないですよ?」

P「わかってる」

柑奈「……まだまだ知らない一面があるんだなぁ」

P「ん?」

柑奈「なんでもないです! なんでもっ」

P「慣れないことをするものじゃないのかもな」

柑奈「たまにはいいんじゃないですか?」

P「そうかな」

柑奈「プロデューサーさんのラブ、届きましたよ!」

P「……そういうつもりじゃなかったんだけど、まぁいいか」


柑奈「……実は私も届けたい言葉があるんです」

柑奈「すごく短いものですから、ちゃんと聞いてくださいね?」

P「あぁ、一字一句漏らさないよ」

柑奈「ふふ、そんなに気合を入れてもらわなくても大丈夫ですけれど……言いますよ!」


 *


季節は巡って、私たちは当たり前に歳を重ねていく。

身体も、生活も、いまより変わっていく。

でもこの気持ちは、この想いは、あなたという存在は、永久不変に私の中にあり続ける。

いつのまにか、あなたがいることが当たり前になっていて。

いつのまにか、この気持ちがあることが当たり前になっていて。


だけど、言わなきゃ。

言葉にしなきゃ、あなたに伝えなきゃ。

当たり前だけど、この気持ちはあなたがいるからこそ生きているんだ。

あなたがいるからこそ意味を持つ。

だから、後悔する前に、言わなきゃ。


私を愛してくれるあなたに。

私が愛するあなたに。

これが私の、あなたに贈る愛です。


「ありがとう」


見つけてくれて、ありがとう。

未来も、いまも、あたたかさも、大切もくれて、ありがとう。



おわり


まるで春のような笑顔の有浦柑奈ちゃんへ。

お誕生日おめでとう!

そして、ありがとう!

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