華琳「ガッツ……貴方を、必ず私の物にしてみせるわ」 (32)

 この世界には人の運命を司る何らかの超絶的な“律”……
 “神の手”が存在するのだろうか。
 少なくとも人は、自らの意志さえ自由にはできない。

 人は記憶の彼方。遙か遠い日、心に負った小さな傷を庇うために剣を執る。
 人は思いの彼方。遙か遠い日、微笑みながら逝くために剣を奮う。
 

 人は夢の彼方―――唯一つの渇望(おもい)が故に剣を求める。

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 妙な夢を見ていた。
 そこは戦場だった。人と人とが殺しあう戦の姿。
 血を流し、流され。肉を削りあい、散らしていく光景が見える。
 
 そんな夢を見ることは別に珍しくも何ともない。自分にとってみたら、それは常に身近にあった世界だからだ。
 妙なことはそいつらの格好だった。見たこともない意匠の服………それに武器。今まで自分が斬ってきた連中、潜ってきた戦場では見かけたことがない。

 そして何より奇妙なのは、前線で武器を振るっている将も、後方で指揮を執っている参謀も、皆“女”だということだった。

 別の国の別の戦争を見せられている。……なぜ?

 そして何故だろう。この金髪の女を見ていると懐かしい気になるのは。
 なぜこんなにも――――俺は――――

 ・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・

「――――だ! ガッツ、おい起きろ!」

 聞こえてくる必死の叫び声が意識を引き上げる。男――『ガッツ』が左目を開くと、そこには口うるさい妖精(エルフ)が映った。だがいつもの飄々と軽い雰囲気はそこになく、焦燥のみがあった。
 そして気づく、己の右手が握っている綱の先にいるはずの人物がいないことに。

「おいパック! 『キャスカ』はどこだっ!?」

「ちょっと眠り込んだすきに……勝手にいなくなっちゃったんだよっ!」

 右手が震え出す。今の状態の彼女が一人で歩き回るなど、無謀すぎる。

「早くしないと日が暮れるし……キャスカ一人じゃ……!」

 そうだ。ガッツと同じ“烙印の者”が夕暮れに歩き回るなど無茶だ。いや―――例えこれが昼であったも彼女一人だけで行動する事自体が危なすぎた。

――キャスカ……!


 ガッツの行動はすぐだった。羽を持ち、空中から探せるパックを遠くに行かせ、ガッツは近くの場所を虱潰しに探すことにした。

 街道を走りながら一人舌打ちをする。

「くそっ……くそったれっ!」

 心の中で罵倒を続ける。しかしその声が向かっていた先は、逃げ出した彼女でなく、彼女をそこまで追い込んでしまった自分自身だった。

――甘すぎた。
 
 キャスカが「塔」へ一人向かったときは、生きてさえいれば……無事でさえ在ってくれればいい。ただそれだけを願った。
 キャスカをこの手に取り戻せた時、それが全てだと思った。

 だがそんなわけが無かった。
 手にしただけで……それだけで、彼女を置き去りにした日々を拭えるわけがなかった。
 ガッツが一人さまよっていた時間だけ、キャスカを一人暗がりに置き去りにした分だけ、二人は遠くに去ってしまっていた。

――だが……それでも俺は……!!

 守ると誓った。もう逃げ出さないと決めた。

――できるのか……俺に……

 自分への不信が大きくなる。自分の禍々しさが、キャスカを傷つけるのではないかと恐怖がもたげる。

「クソったれぇっ!」


そうして走り続け、なんとか日が暮れる前にパックが彼女の姿を見つけた。

「おーーーいっ! ガッツゥーーーっ! いたよいたいた、キャスカはあっちにいるぞーっ!」

 バダバダと手足を振りながらも、ある方向を指さしてくれる。
 それを聞き、ガッツもわずかに安堵することが出来た。

「……ん? でもあれ? なんかキャスカの前に、“白い服”の誰かがいるぞ」

 白―――――。

「おっ、おいガッツっ!?」

 その言葉を聞いた瞬間、ガッツは黒い弾丸と化した。
 白。それはガッツにとっては忌み深い男の存在に繋がるモノ。

――まさか……まさかあの野郎がっ!?

 あり得ない。あの時、最後に出会ったとき“あいつ”は言っていた。やることがあると。俺達にかまっている時間はもう無いという態度で。
 だがもしもそうだとしたら――自分は――――?


 果たして、その白い者はガッツの想い人では無かった。

「あー……う~? にぃーー、きゃはは」

 キャスカの前にいたのは、上から下まで白いブーケを覆った者だった。顔まで隠しているせいで男か女か判断しづらいが、体の線からおそらく男性だと思われる。

 だが、

――……なんだ、この首筋の感じは。

 ガッツは自分の首の“烙印”に触れる。いつもの痛みは無い。だがわずかに疼くような……今まで感じたことのない感覚があった。

――何者だ、こいつは……。

とりあえずキャスカに危害は加えられていないが、警戒すべき相手と判断する。
 その当のキャスカはそいつから受け取ったのか、大きな鏡を持って遊んでいた。鏡はあまり見たことのない意匠をしており、遠くの地の物だということだけ解る。
 キャスカは自分の顔を映して、変な顔や笑った顔など表情を多彩に変えていた。

「んー? ――――ぎぃっ!?」

 鏡にガッツの姿が映ったせいだろうか、彼女はこちらの方を振り向き、威嚇するような顔を浮かべる。

「おいっ、キャスカッ!」

 無闇に一歩踏み出したのがマズかった。
 キャスカは今、ガッツを拒絶している。そして逃げた彼女がそんなガッツに対してすることは一つだった。

 即ち、手近にあったものをぶん投げること。

「あぁぁぁぁっ! あぁっ!」

 鏡はガッツの顔をめがけ飛んでいき、払われた左腕によってパリンと高い音を立てる。

「おい、キャス――――!?」

 その時、初めてガッツは奥にいた白づくめの男の顔を見た。正確には、口だけ歪ませしてやったりと示す笑みを。

「おーーい、ガッツー、先いきすぎってなんじゃそりゃあっ!?」

 後から遅れてやってきたパックがその異常事態に気づく。
 割れた鏡からどんどん光が漏れ始め、辺り一面を覆い始めていた。その“力”が強くなっていくのを烙印から感じる。

「テメェ、いったい!?」

 鏡から目の前にいた男に視線を戻すと、そこには男の姿はもう無かった。その間にも光はガッツ達三人を包みだし、ヤバい感じはますます強くなる。

――この感じっ、まさかあん時の!

 かつて二度巻き込まれた――――否、誘われた感覚と同じだった。
 異界へとズラされるあの感じだっ!

「わわわわわっ!? なんかヤバげだっ! 逃げろーガッツ! 早くここから離れないと!」

「キャスカ、こっちに来いっ! キャスカァッ!」

 伸ばした手は届かず。最後まで彼女に拒絶され。
 ガッツ達三人は光に飲まれ、この世界から姿を消した。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・

 ・・・・・・


「……………っ、ここは……?」

 まばゆい光が消え、左目を開けると飛び込んできたのは、広大な荒野の姿だった。空は高く、雲も広い。遠くには尖った山々が見え、森はあまり見えない。明らかにさっきまでいた場所ではなかった。いやそもそも、先ほどまで夕暮れ近かったのに、太陽は頂点近くにある。

――どっかに飛ばされたか。

 こういった異常事態には慣れているガッツはすぐに意識を切り替える。
 どういう意図で連れてこられたか解らないが、油断はできない。剣の柄に手を伸ばし、周囲を警戒した。

 だがいつまで経っても、人っ子一人出てこない。もちろん首筋にもイヤな感じは無い。
 聞こえてくるのは乾いた砂風のみで、人の声など――

「そうだ、キャスカッ!! …………パックッ! 返事をしろっ!」

 何度か大声で呼びかけるが、返事はない。まさか自分一人が―――ちがう、あの時、光に巻き込まれたのは全員だったはずだ。
 ギリッと歯を噛みしめ、地平の彼方に向けて走りだす。

 パックはああいう奴だし、何より羽を持つので放置しても何の心配も問題もない。ただキャスカは違う。こんな見知らぬ地で一人にさせる訳には行かない。
 大きな金属音を響かせながら、ガッツは走り続けた。

       ※       ※       ※


 同時刻、はぐれたパックもまた、二人の姿を探していた。

「おーい、キャスカやーーい、キャスカやーーい」

 訂正。キャスカのみを探していた。

「おっかっしぃーなーっ? もしかしてここに飛ばされたのオレだけ? でもあん時に似ていたし、みんないるはずなんだけど」

 ふぅむと唸って、空中であぐらをかく。しばらく考え込むこと。
 シュシュシュシュ、ピーーーー、ドカン! 脳内ショートを起こした。三ビット程度の頭脳で難しいことを考えた反動だ。

「ま、まーいいや。とにかくキャスカを見つけないとな、うん。ガッツの奴は放置しても何の問題も心配もない…………いや、あヤツのこと、まーーーた問題を起こすに違いない、主に人間関係的なとこで」

 うんうんと頷き、あっちも早く探さんと。そう思い直す。何しろガッツときたら、基本ドぐされだからだ。出会ったときよりは少しはマシになってきてるかもしれないが、口より先に剣が出る性格は変わってない。一人にするとベルセルクモードに突入しかねん。

「まったくもーっ、どいつもこいつも、やっぱりオレがついていなきゃだめなんだからなー、もー♪」

 フンッと鼻息を荒くして、捜索活動に戻る。

「さてっと。ガッツ、キャスカ…………ん?」

 空高くから地上を見ていたパックが、初めて人影を見つけた。

「三人組の…………女の子だ」

 この場所に飛ばされて初めて見る人間の姿だ。
 もしかしたら二人の居場所を知っているかもしれない & ここどこ、なんか食べ物ある? などを聞くためそそーっと、第一次接触(ファーストコンタクト)を試みた。

「ふむふむ、どうやらこちら側ではなかったようですね、稟ちゃん」
「そうですね、しかし先の光が見えた時間からして、それほどは遠くに移動していないはず」
「まあゆるりと探すとしよう。縁があればきっと出会えるはず」

――とりあえず悪人ではなさそー。

 後上方より近づいて話を聞く限り、それほど悪そうな印象は受けなかった。
 

最初にしゃべった金髪の女の子。一番背が小さいし、しゃべり方といい子どもっぽい印象を受ける。頭になんか色々乗っけているし、不思議少女って感じだ。あまり見たことない貴重なキャラだ。
 次の子は、メガネをかけた理知的そうな女の子。姿勢といい雰囲気といい真面目っぽいけど、ちょっと固そう。あえて挙げるとしたらファルネーちゃんに近いかな?
 最後の槍を持った白い服の女性は……よく分からなかった。でも頭でなく心で理解したぜ、アニキ。彼女とオレは絶対に話が合う。蝶みたいにヒラヒラした感じといい、三人の中では一番余裕を感じられる。

――さーて、誰に話しかけたらいいかな?

 パックアイがピピピピピと目標を捕捉する。初めの印象はとても大切だ。

――うむ、あの子にしとくか。

 キラリン☆とクリパックの目が光った。ふわふわと近づき、いきなりその女性の前――――ほんとに目の前に出る。

「ん? どうした、り……」

 いきなり歩みを止めたことに気づいたのか、槍をもった女性も後ろを振り返る。

「やほっ、元気?」

 そして時が止まった。
 フレンドリーに呼びかけたというのに、全く返事がない、しかばねのようだ。それは他二人もそうであった。

 待つこと少々。そのボブカットの女性は自分のメガネを外して、キュキュキュッとハンカチで拭いた。思った通り、いいリアクションをする。どうやらエルフを見たことはないみたいだ。

 それではそれでは。幻でないことを証明するために。

「たっち♪」

 女性の鼻頭を軽く触れた。

「…………きゅーっ」
「り、稟! しっかりしろ、傷は浅いぞっ!」
「…………くーっ。はっ、驚きのあまり眠ってしまいましたー」
「計画通りっ!」

 ということがありまして。


「手前、生国(しょうごく)は遙か西の海に浮かぶちんけな島、妖精郷(エルフヘルム)っつー場所でありんす、あ、花は咲き乱れまくり鳥は歌いまくりエルフは踊りまくる、年中常春のエルフィンパラダイス、Oh、寄ってらっしゃい見てらっしゃい、ついでにブドウ酒くださいっつー懐かしき故郷を飛び出し早、あ、十と余年、紆余曲折波瀾万丈、涙あり笑いあり大スペクタルありの長き永ーき時を過ごし、あ、こうしてお三方でこうしてこの場で出会えたのも、あ、なんかの縁、互いに名を交わし合いませんか、あ、お引けなすってぇ、お引けなすってぇ、というわけで、オレ、パック、よろぴこ♪」

「ふむ、そうも丁寧に名乗られては、こちらも名乗らない訳には参らぬな。我が名は趙雲、字は子龍」

「風(ふう)は程立、字は仲徳ですよー♪」

 名前の感じからして、やっぱり別の場所――しかも遠くに飛ばされたみたいだった。アザナとかあんまり聞き成れないし。

「ほおほお、みんな変わった名前してるねー」

「いえいえぱっく殿ほどでは」

「くっくっく、そちも変よのぉ」

「ふっふっふ、いえいえそれほどでも」

 チョーウンと名乗った女性と黒っぽく笑い合う。やっぱりこの人、相性が抜群だったらしい。

「ちょっと待ってください! なんで二人ともそんな珍妙奇天烈摩訶不思議な、き、き」

「奇想天外死者誤入?」

「き、奇妙な小さな人間とふつうに会話してるんですかっ!? 妖術使いが生み出した魔物かもしれないんですよっ!」

 よーやく復活したメガネの女性はびくびく腰を引きながら、パックの方を指さしていた。

「……何故とな。そうはいわれても、身近に自分以上に驚く者がいると、逆に冷静になってくるというか」

「そうですねー、確かに稟ちゃんの言うとおり、風もびっくりしましたけど、いつまでも怖がるのも、せっかくご挨拶いただいたぱっくちゃんに失礼ですよー。こんなにかわいらしいのにー」

 やほっとこっちも可愛さをアピールすると、おどおどしながらも冷静になってきてくれたみたい。

「………………、分かりました。私の名は、戯志――いえ本名を明かしましょう。名は郭嘉、字は奉孝です」

――んん?

 なんか変だなと思い、ちょっと問いかけてみる。

「ねーねー、さっきからキミのこと、二人ともリンリンって呼んでるけど、それってなんかのニックネーム?」

 三人は驚いた表情を浮かべて顔を見合わせた。しかしすぐに納得いった様子だった。

「にっくねーむというのが何かは解りませんが、これは私たちの真名(まな)なんですよ」

 まな? ……マナ、まなまな……どっかで聞いたことのあるような無いような…………えーと、たしかどっかの魔術師が……あっ!

「へぇー! 人間なのに真名を持っているなんて珍しいね。あ、もしかしておねいさん達って精霊なの!? ん~~……でもそんな感じしないよね?」

 三人はまたしても顔を見合わせていた。さっきよりちょっと長く時間がかかった。

「……あの~、ちょっとどういうことかご説明していただけますかー?」

ちょっち互いの認識の違いを埋めた。


「ふーむふむ、なーるほどねー。キミたちの真名も信頼する人にしか預けちゃいけないものだけど、でも、知られたら支配されるとか、唱えたら変身するとかってわけじゃないんだ」

「なるほどなるほど、ぱっくちゃんの言っている真名とは、ぱっくちゃんのような存在が元から持っている名だったのですねー。風はとってもびっくりしてしまったですよ、どきどき」

 話が興味深いのか、ほかの二人も会話を熱心に聞いていた。

「それではぱっくさん」「パックでいーよ」「……では、ぱっく。あなたの真名、というのは仮の名とはどう異なるのですか?」

 どうやらこのメガネちゃんは知識欲旺盛らしい。
 元から持っている名なら、別に「真」の字はつけなくていいはずだ。なのに何故わざわざ格別扱いをしているのか。それが気になったみたい。

「ん~~~、オレも昔一座にいた占いババから聞いただけだし、よーわからんのだけど、霊格……だっけかな、それが上がると『個我』を成すために必要になってくるんだってさ」
「「「???」」」

「えーーとねーー……オレたちみたいな奴のことね、オレのいたとこではみんなエルフって呼ぶんだ」

 なんとか自分が分かる範囲で、分かりやすく説明しようとする。

「でもオレはエルフだけど、やっぱり別のエルフとは違う。三人とも人間だけど、カクカちゃんがそっちのチョーウンやテーリツちゃんとは違うようにね」

「…………、解りました。つまりそれを区別するために――自分が自分であるために――必要とされるのが、貴方たちの真名なんですね」

「そうそうっ、大せーかいっ! いやー、すごいねカクカちゃん! 頭いいんだねーっ」

「い、いえそれほどでも……」

「稟ちゃん、素直にありがとうって言ったらいいですよー」

 カクカちゃんは素直じゃないのか、ちょっぴり照れていた。

「しかしぱっく殿、それは一体誰によって付けられるものなのだ? 私たち人ならば…………ふむ、そういう行為によって生まれ父母より付けられるのだが、そちらもそうなのか?」

「そ、そういう行為…………!」

「はいはい、稟ちゃーん、せっかくの貴重なお話が聞けなくなってしまいますよー、がんばってください」

 ? なんかカクカちゃんが鼻を押さえていた。

「さあ? オレたちはみんな、“気づいたらオレはオレ”だったんだ。どこでどう生まれてくるかはみんな知らない。気づいたら―――正確には“気づけたら”、エルフは既にそこに在るし真名を持っているんだよ」

「……ふむ、いささか難しいな」「でもとっても奥深いですね」「伝説のごとき存在を生む過程ですか………」

 三人とも話をふかーーく聞いていてくれた。なんとなく嬉しくなって、つい関連する話もしてしまう。チョーシに乗らずして何がパックか!

ふむっ、では特別にその逆の名の存在についてもお教えいたそう」

「ほほぉ、これはありがたき幸せ。この趙子龍、ぱっく大師匠のご高説、ありがたく拝聴いたしまする」

「うむ、よきにはからえーい!」

 こほんと一息ついて。受け売りな言葉を語る。

「オレの故郷の魔術師がいってたんだけどね。魔名(まな)――魔物とかの魔ね――を持っている、そういうヤツらもいるんだって」

「……聞くからに恐ろしい名ですな」

「そうそう。だから基本的にその名は知っちゃいけない。仮に知ったとしても、絶対に口にしちゃいけない。耳にしてもいけない。そういった掟なんだって」

「? ならばどうやってそれは知るのですー?」

「んーーーとね、魔術師の弟子とかに、その“名を意味する形”を見せるんだ。護符とか結界とかも使って、慎重に伝授するんだってさ」

 チョーウン以外の二人は黙ってその理由を考えているようだった。
 だが答えを出すのにまだパーツが足りないのか、互いに目を合わせてうんと頷き、話の続きを促した。

「……では何故、そのような名をわざわざ伝授するのですか。知ってはならない名ならば教えなければいいだけの話では?」

「え? え、ええ~~~とぉ~~~~……」

 やばいやばいやばい。そんな理由、考えたことない。今考えたとしても、知力3マイナスのパックが答えを導き出せるわけない。めいでーめいでー、あぱーーっち、弾持ってこい、タマ落としたろうかー。

 それでなんとか、記憶の片隅から聞いていたワードを引っ張り出すことに成功。

「そ、そうだっ!『近づけてはいけない、近づいてはいけないものだからこそ、我々は識らなくてはならない』だった! こ、これで分かるでしょ?」

 なんかそれっぽいこと言って、後は丸投げ作戦に出た。

「………………ああ、なるほど。やっぱりぱっくちゃんのお話は興味深いですねー」

 よっしゃあ、我が策成れり。

「稟ちゃんも分かりましたよね?」

「…………ええ、なるほど、これは我々、文官を志すものにとっても重要な命題ですね」

「そ、そーだよねー、あはっ、あははは……」

「私はまだ分からないのだが、よければお教えいただけるか、ぱっく殿」

「二人とも、説明よろしく」

 きゃっち、あんど、りりーす。
 そういった難しい説明はオレ無理と、彼女らに全権を託した。

「はいです。まず魔名を呼んではいけない理由は、言ったり聞いたりすると、その悪いモノが寄ってくるからでしょうねー。悪い言葉は悪いモノを呼ぶというのはよくありますから」

 魔に近づいた者は魔の波動に染まる。それはパックもあの“渦”を知ったからこそ納得できる言葉だった。

「なるほど、それは少し分かる。ならば呼ばねばいいだけではないか?」

「星、それでは半落ちですよ。だって呼ばなくても、それは“まだそこに在る”なのですから」

 二人はパックの真名の説明から魔名の正体を導き出した。

「ぱっくちゃんの真名の説明から察するに、呼ぶというのは“形”を成すのでしょうね。そのため一度それと呼んでしまうと、無いのに有る(在る)モノとされてしまいますー」

 例えばですがと、カクカちゃんが一つ例に挙げた。

「季節を考えてみて下さい。一年を春夏秋冬と分け、あたかもそれがあるかのようにとらえています。しかしそれは、“本当に元からあったもの”でしょうか?」

「……無いな。年月(としつき)というのは人が勝手に区分けしてるものだ。明確に線引きされているものでない」

「そうですねー。人為的なものであり、本来、季節は連続的なものでしょう。しかし季節というのを“一旦、想定してしまうと、無かったのにあたかもそこにあるかのように感じてしまう”のでしょー。そしてそれが無くなると不安でしょうがなくなってしまいます――本当は存在しないのに」

 話は戻しますが、と続ける。

「悪いモノ――魔名を冠するモノとは、人の恐怖や不安となる根元(こんげん)なのでしょう。夜とか闇とか汚れとか、そういった方に属するモノ達。それは本来、避けるべきもの。しかしそれ故、“どうしても気になりそちらを覗いてしまう”」

「……なるほど、稟の妄想癖のようなものか」

「そうなんですよ、私もああダメですダメですぅーと、分かっているのですがついついー……ってそれとこれとは関係ないでしょうがっ!」

「さすがです、星ちゃん。大当たりです、ぱちぱち」

「ねーねー、妄想癖ってなになに?」

「さ、さあ話を続けましょうっ! とにかく、こほん…………何も知らない未熟者が不用意に近づくと危険というのが、その魔名を儀式として伝承していく理由の一つ」

「そしてもう一つの理由は、仮に教えなかったら、どこかの誰かがそれに名を与え、新しい“殻”を創ってしまいます。それで昔ながらの魔名を伝えることにしているのでしょうねー」
 二人の説明でいろんなことを納得できた。かくいう自分も、長いことパックパック呼ばれているせいか、真名がなんだったのか忘れてしまっているし。確かー、ゆうて いみや おうきむ こうほ りいゆ うじとり やまあ らきぺ ぺぺぺぺ……ふっかつ の じゅもん が ちがいます、あれ?

「でも二人ともマジですごいね~、あれだけの説明なんかでそこまで解るなんて」

「二人は文官志望ですからな。余り学の無い私から見てもかなりのモノと判りますな」

「いえいえー。でも、知ってはならない知識、知ったとしても扱いに気を付けるべき知恵、そういったモノをきちんと身につけている魔術師さんとやらはすごいですねー」

「ええ。機会があれば是非一席を設けたいものです」 

「諸国を回り見聞を広めている身としては、私も興味はあるな。ぱっく殿はいずこより参られたのかな?」

「ああオレは」

 …………はて?

「あああああ~~~~っ!! そうだよ、ガッツとキャスカーーっ! ねえねえキミたちここら辺で男と女の二人連れ見なかった!? 女の人の方は、浅黒の肌で黒い髪で黒い目をしてて、男の方は――」

 さてなんと説明したもんかと考えたとこで、ちょうどガッツの特徴を捉えているいい言葉があった。

「――黒い剣士って感じなんだけど」

「「「黒い剣士ッッ!?」」」

 いきなり眼前までつめよられ、どわわわっと後方宙返りする。
 そうかと思ったら、いきなり三人だけでひそひそと何か秘密の話を始めた。

「ちょっちょっと待ってください。どうせまた騙っている……」
「しかしこのぱっく殿、小さき羽とはもしや……」
「そうですねー。狭間というのも……」

「あにょ~~、もしかしてあやつ、(またしても)何かそそーを?」

 やりかねんだけに不安になってきたパックである。

「……あの~、ぱっくちゃん、その黒い剣士さんなのですが――」
「――しっ、風、静かに」

 チョーウンは人差し指を口に当て、静かに目を閉じた。

「……今、向こうの方から、“男”の叫び声がわずかに聞こえた」

「えっ、マジでっ!? オレ何にも聞こえなかったのに!」

「星の武は大陸でも指折りですからね。眼や耳、そして鼻も良くなければ武官はとても勤まりません」

「まあ、無名で主君も見つけられてはいない流浪の身ですがな」

 くくくと笑うその表情からして敢えて、まだ、という枕詞が付けなかったのは明らかだった。

「ですがちょっと急いだ方がいいかもしれませんねー」

 テイリツちゃんが人差し指を地平の先を指す。そこから僅かだが土煙が出ている。そして何かの形がその旗に浮かんでいる。

「んん~~……ねえ、あれってもしかしてなんかの文字?」

「曹とか書かれてますよー、あれはここ陳留(ちんりゅう)の地を治める刺史の曹操様なのでしょう」

「しし?」

「ぱっくに分かりやすくいうなら、ここ一帯を治めている方、といった所ですよ」

 ガッツと権力者、傲岸不遜男に権力者、異世界来訪者が権力者。
 導き出される答え。おんどりゃあ、血ぃみるどー。

――……ヤッバいんじゃないの、ソレ。

「色々ありがと! オレ早く行かなきゃいけないからこれでしつれーっ!」

「お待ちを!」

 空高くぴゅーっと上がったところで、三人が止めた。

「もしよろしければ、我々も付いていってよろしいでしょうか?」

「へ? でもいいの、三人とも?」

「ふふふ、確かに官が絡むと詰まらぬ結果になるが、ぱっく殿と出会うような百年に一度の珍事。首を突っ込まずには居られん性分でして」

「最悪、軍に見つかっても、ぱっくちゃんには隠れていていただけたら、女三人、言い訳も立ちますしー」

 確かにこの三人も一緒に来てくれたら、色々ありがたい。ここら辺のこととか、万が一の時の説明役になってくれそうだった。

「ふ~~~む……じゃあ、よろしく頼むねっ!」

 そんなこんなで、別荘2号ことチョーウンの白い帽子の上に乗り、いけーいとかけ声を上げる。

 その途上、ぱっくは空を見ながら、ちょっと妙な感じを受けていた。

――でもなーんか、ここおかしいんだよな。なんかオレたちのいたとこと比べて“薄い”感じがする。……もしかしてここって?

 まあ確かめてみないと分からないしと、とっととガッツ達がいるかもしれない場所に向かった。

そして向かった先で。

「……やはり、ガッツ……ガッツ……期待を裏切り予想を裏切らぬ男よ……!」

 なんかバリバリ険悪な雰囲気を漂わせておりました。

「あー、まずいです。あれ、曹操様の右腕の夏侯惇さんですねー」

「隣には武も智も兼ね備えていると噂の、左腕の夏侯淵殿までいますね」

 岩場の陰からパック達はひょこっと覗くと、ガッツの前にたくさんの騎馬兵がいた。
 
 そのガッツの前に出ている、長い黒髪の女性。体にフィットする赤を基調とした……なんかあまり見たこと無い感じの服を着てた。右肩にはドクロの飾りをつけてる。
 ガッツに対して何か怒鳴っていて、今にも襲いかからんばかりの雰囲気だった。

 その後ろでまあまあと止めている薄い髪色の女性。彼女もその黒髪の女性と似たような服を着ていた。違いがあるとすると、青っぽいカラーで左肩の方にドクロ飾りをつけてる。

 で、最後に目立った格好をしているのが、騎馬隊の真ん前、大将的な場所にいる女の子だった。金色の髪を、両サイドで房にしてドクロの髪飾りでまとめていて、黒い服を着ている。ちなみに一番身長がちっこいのも彼女だった。

――しっかしこれって、けっこうやばいんじゃないの、これ。

 キャスカは見つかったみたいだけど、その手はやっぱり縛られていて近くにあった岩にくくりつけられているし。
 その足下には黄色い布をかぶった……野盗かな? その死体が“2体”地に伏している。たぶん、キャスカを見つけて「ヒャッハー、美女がいるぜー!」なノリで襲いかかって、ガッツにやられたんだろう。
 ついでにいうと、ガッツは全身を黒いマントで覆っていて、しかも無愛想。

 あれ? 野盗だっていわれても、完ッ全に言い訳できない状況だ。

「まずいよまずいよーっ、このままじゃ危ない!!」

「……そうだな。早く仲裁に入らないと、黒い剣士殿の身が危ぶまれる」

 相手は屈強の騎馬兵約百人、対するガッツは一人。確かにチョーウンの言う事は“正論”だろう。
 
 だが、

「ん? ちゃうちゃう」

 パックはあっさりと“事実”を口にする。

「ガッツがみんなぶった斬っちゃうかもしれないってこと」

その場はますます殺気立ち始めていた。

「だから! 貴様はあの野盗どもの一味だろうがっ! おおかた盗んだ物を独り占めしようと裏切りまで働いて……この鬼畜外道が!」

「……しつけえ。あいつらは俺の連れに手を出そうとしたから斬っただけだっていってるだろ」

「ならばなぜ貴様は、その連れとやらの手を縛っている! その娘、なかなかの器量だ。おおかた奴隷にでもしようとしたのだろう」

「……チッ。…………あいつは物狂いなんでな。放っておくとどっかにフラフラ行っちまうからつないでいるだけだ」

「どーーだかっ! どうみても貴様には懐いていないように見えるが?」

「…………テメェの知ったこっちゃねえ」

「なんだと!?」

 さっきからそんな感じのやりとりを繰り返している。もし後ろの女性が宥めなければ、すぐにも切りかからん勢いだった。

「少し落ち着きなさい、“春蘭”」
「し、しかし“華琳(かりん)”様~、こやつぬらりくらりと嘘をついてごまかそうとしています!」

――また面倒な連中が来たな。

“さっきの事件”からそう時間が経っていない。そっちがまるで解決してないというのに、こんな話の分からない女どもとは付き合ってられない。
 しかたなく目の前の女を飛ばして、その群のボスにあたる女性に話しかける。

「おい、あんた。カリンとか言ったな」

――……ん? 

 雰囲気が変わった。
 全員が呆気に取られた表情を一瞬浮かべ、激昂しかねん顔にみるみる変わっていく。それはさっきまで冷静だった青い服の女性もそうだ。

「き、きききき貴様ァ! 今、今なんと抜かしたぁっ!?」

「あぁ? カリンって名前じゃねえのか? そこの――――」

 ついと人差し指で金髪の小柄な女性を指さした。

「―――“チビのガキ”は」


その場にいた全員が、ガッツの死を確信した。
 黒髪の女性は瞳孔が極限まで広まり、同時に脇にあった剣を上段から振り下ろす。

 彼女の首から下の長さほどある大剣。それを振るう彼女自身も大陸に名を轟かせる武人。何よりも彼女のもっとも敬愛する主を侮辱した。
 これだけの要素が揃っていながら、男の死を免れるものは何も無いと。

 だが。それはこの大陸の人間ならの話だった。

 剣の尖端が頂点を越え、今まさに振り下ろされるその瞬間、ガッツの手が動き、その背に抱えていた剣を抜いた。

 …………剣? いや違う。


   ―――それは、剣というには余りに大きすぎた―――


 抜かれた黒い何かが、地上に大きな影を生み出す。全員がその何かを思わず見上げる。


      ―――大きく、分厚く、重く―――

 
 女性の剣と、黒く巨大な何かが交差する。交わりは一瞬。パキンと澄み切った音を立てて、女性の片刃の大剣が半ばから折れた。


      ―――そして、大雑把すぎた―――

 
 そのまま女性をも両断せんと勢いづいた何かが、しかし、爆発的な踏み込みの音とともに静止する。半拍遅れて、爆風が女性の髪どころか、服や地上まで散り乱した。

「……な、あ?」

「おい」

 茫然自失し、自分の頬のすぐ右にある黒い巨大な何かから、視線を目の前の男に戻す。
 何をしたとも何があったのかとも、何も言えないまま、女性はただ目の前の隻眼を見る。

「てめェらがどこの誰で、何様なのか、俺には関係ねえ。だが、こっちのジャマをこれ以上するんなら――――斬る」

 ブォンと重い風斬り音を立てて、男はその黒い何かを肩口に背負う。
 そのとき、初めて、黒髪の女性はその正体に気づいた。

――剣、なのか……あれは……!?

 それは、剣というには余りに大きすぎた。
 大きく、分厚く、重く、そして大雑把すぎた。

  
   
    ―――それはまさに、鉄塊だった――――

今日はここまで

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年03月09日 (水) 16:03:43   ID: qwtNlrus

別にキャスカ要らなくね、全て片付いた後に今までのダメージによって倒れてからの自我を取り戻したキャスカと仲間達に看取られて氏んで恋姫世界にトリップという設定の方が、
ガッツ的には暴れやすいと思うが

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