勇者「姫、ちょっと出かけて来るよ」姫「え?」 (31)


姫「突然過ぎない? 何処まで行くの」

勇者「ラダトーム、君の実家だよ」カチャカチャ

姫「ラダトームってアレフガルドじゃない、今日中に戻ってこれるの?」ピタッ

勇者「どうかな」

姫「どうかなって……あの子、勇者と買い物に行くのを楽しみにしていたのに」

勇者「悪い、あの子には帰ってきたら一緒に行くと伝えてくれ」

勇者「場合によっては2日は帰れないからさ」




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姫「お弁当作ろうか?」

勇者「いや、道中で適当に食べるよ」

姫「……」

勇者「ああ、それと今日は雨が降りそうだからあの子に伝えておいてくれ」

勇者「村の皆にもね」

姫「はぁ、まあ直ぐに帰って来れるなら良いけどね」

勇者「約束するよ」

姫「『この前』もそう言って何日も帰って来なかったじゃないの」

勇者「あはは、ごめんなあの時は」

姫「……」


姫「ね、何かあった? 前よりもちょっと急いでる気がするんだけど」

勇者「何も起きてないよ、大丈夫」

姫「そう」

勇者「ああ」


姫「……そろそろあの子起きてくるけど、見送ろっか?」

勇者「もう行かないといけないんだ、ごめん」

姫「そっ…か」

勇者「ありがとう姫」

勇者「愛してるよ」

姫「…………」

勇者「それじゃ、行ってくる」スッ



< ガチャッ

< バタンッ


姫「……」

姫「愛してるよ勇者」ボソッ



勇者「『ルーラ』」

勇者「……」

勇者「やっぱり飛べないか、なら仕方ない」スッ

勇者「キメラの翼なら港町まで飛べる筈だけどな」ポイッ

< ボトッ

勇者「……」

勇者「歩き、だな」スタスタ




村人「あっ、村長!」

勇者「村人さん? どうかしたのか」

村人「大変なんですよ村長、昨夜の間にここへ運ばれる筈だった物資がまだ届いてなくて……!」

勇者「天候が荒れそうな時は無理をしないように言ってあるんだ、少し遅れているだけさ」

村人「違うんですよ! それで気になって『姫様の門』まで私のせがれに見に行かせたんです」

村人「そうしたら、門の中からモンスターが出てきたそうなんです……!!」

勇者「……魔物が?」

村人「はい…! せがれは命からがら逃げ出して、今は家で震えてます」

勇者「……」

勇者「ありがとう村人さん、丁度俺もあそこを通るつもりだったんだ」

勇者「魔物は俺がどうにかしておくよ、待っててくれ」

村人「ありがとうございます!」



村の子供「そんちょー! おはよー!」タタッ

勇者「ああ、おはよう」

村の子供「そんちょー、今日はあの子と一緒にどこか行くんでしょー」

勇者「そのつもりだったんだけどね、ちょっと村の外でやる事が出来たから数日はいないんだ」

村の子供「そうなの?」

勇者「ああ、だから珍しい物はまた今度な」

村の子供「じゃあ! じゃあ! あれ見せて! ぱちぱちするやつ!」

勇者「えぇ……」

勇者「ったく、これでいいか?」スッ


< バチバチバチィッ……!

村の子供「おー……」


勇者「じゃあな、村の仕事頑張れよ?」

村の子供「うん! またねそんちょー!」



< ザッザッ・・・


勇者(……魔物が現れた?)

勇者(四年前、俺が『竜王』を倒した時にこの世界からモンスターは全て消えたはず)

勇者(いや、まぁ、一部は残ったみたいだけど)

勇者(それでもあの洞窟にはモンスターなんて出ないし居なかった筈だ)

勇者(……まさか本当に……)



────────── ・・・


勇者(トンネルの前に小さな集落があったな、確か)

勇者(最近は様子を見ていなかったし、今夜はそこで休むか)

勇者(その気になれば一晩で例のトンネルに着くけど……まぁそんなに急ぐ旅でも無い)

勇者(…………)

勇者(急ぐ旅ではない……筈だ)

勇者(なのに、何だ? ずっと落ち着かない)

勇者(…………)




若者「っ! 誰だ!」ガシャッ


勇者「よっ、夜分遅く申し訳無いね」ザッ

若者「勇者さんじゃないですか、こんな真夜中にどうしたんです?」

勇者「姫の門を通って隣の大陸に渡りたいんだ」

若者「門を……!」

勇者「こっちにも話は行ってるか、あのトンネルにモンスターが現れたって」

若者「ええ、食糧を買い込んだウチの村の大人が戻ってくる途中で遭遇したんです」

勇者「無事か」

若者「……」フルフル



勇者「!」

勇者「怪我をしたのか、死人は出てないだろうな」ザッ

若者「死人は出てません、ただ食糧の半分を落としてしまったり……」

勇者「それ以外は」

若者「……『咬まれた』大人の全てが急な高熱と激痛に倒れてしまったんです」

勇者「恐らく毒だなそれは、俺が見よう」

若者「ありがとうございます!」



農夫「うぅぅ……いてぇ、いてぇよぉ……」

勇者「……」

農夫嫁「勇者さん、主人の状態は……?」

勇者「危なかったとだけ言っておくよ、けどもう大丈夫だ」

勇者「『キアリー』」スッ


< ポゥ……

農夫「………………」

農夫「な、治った……!? すげぇ、いきなり体の調子が良くなっちまった!」

農夫嫁「アンタ! 良かった、良かったぁあ……っ」ギュッ

農夫「へへへ……助かったよ勇者さん、あんた本当にすげえんだなぁ」

勇者「そんなことないよ、まぁそれよりだな」

勇者「話を聞かせてくれないか? アンタ達を襲った魔物について」




    【「俺達がいつものように姫様の門へ入った後の事だ」】

    【「忘れないぜ、忘れたいんだがな……」】

    【「北へ続く洞窟を皆で馬を引いて歩いていたんだ、そうしたらあの声が……」】

    【「女の声だった、洞窟に響き渡る位の怨念が籠ったあの不気味な声……ぞっとするぜ」】

    【「俺達はその声を聞いてびびってよ、馬に乗ってとっとと通り抜けようとしたんだ」】

    【「そしたら、四年前までいたモンスター達とは全く違う見たことも無い化け物が現れたのよ」】



    【「あれは……恐ろしく堅い甲殻に覆われた、巨大なムカデだった」】





勇者(ムカデね)

勇者(虫系の魔物は嫌という程に見てきた、だが確かに見たことがないな)

勇者(やっぱりアレが原因なのか?)

勇者(……)

勇者(それに、女の声というのも気になる)

勇者(まさか物資を運ぶ商隊に付いていたのか、そしてまだ洞窟に……?)

勇者(『彼女』が並みの魔物に負けるとは思えない、なら……)

勇者「とにかく行ってみれば分かるか」



【通称『ローラの門』・洞窟前】


< 「「うわぁあああああ!!」」


剣士「ひぃ、ひぃいァッ! 化け物だぁ!」ダダッ

剣士B「畜生! 馬が喰われた!! 何だってんだよぉ!!」

剣士「ぁ……あんな化け物、見たことねぇ……きっと洞窟の祟りか何かだ」ゼェゼェ…

剣士B「かもな……西の孤島に続く通路が崩れてたしよ」

剣士「本当か、となるとやっぱりアレか、祟りだな」



勇者「なあ、アンタ達その洞窟に入ったのか?」



剣士「……?」


勇者「……なるほど」

勇者「よくムーンペタ側から来れたな、その魔物に追われながらさ」

剣士「ああ、必死に逃げてきたんだ……途中で馬が限界になって走れなくなった時なんか死ぬかと思ったよ」

剣士B「畜生……俺の馬が……ッ」

剣士「相方もこの様だ、とにかく早く宿で眠りたいよ」

勇者「そうか、ならここから南へ森沿いに行けば小さな集落がある」

勇者「そこなら宿が取れると思うぞ」

剣士B「すまねぇ、恩に着るよ……」



勇者(……で、問題のモンスターは直ぐ中にいるわけか)

勇者(外まで出てこないのは習性か? 洞窟の内部でしか人を襲わないとか)

勇者(そんなモンスター、魔物は聞いたことがない)

勇者(いや、そもそも『神龍』の神殿で多くの魔物を見てきたが該当するヤツなんていない)

勇者(四年前に消えた魔物達とは別に、新たに現れた魔物か)


勇者(……このタイミングでそんな事が起きるものなのか)



< カツンッ・・・


勇者(……)

勇者(静かだ、ここから一、二里の距離がムーンペタ側まで続いているんだけどな)

勇者(見渡せる限りではモンスターの気配は無い)

勇者(ムカデの怪物か)

< チラッ…

勇者(……土の中、壁面或いは洞窟の『内部』に潜んでいる…?)

勇者(面倒だな)



勇者(…………)

勇者(これで、分かるか?)キィンッ…



──────── ビリィッ!



勇者(いつかの夜以来か……デインで探知するのは)

勇者(八ヶ所、崩落してる場所があるな)ザッ

勇者(そのうちの一つに誰かがいる)

勇者(……生きていると良いんだが)ググッ……


< ダッ!
    シュタタタタタタッッ……!!




勇者(!)ズザザァッ

勇者「ここは確か孤島に繋がっていた通路か、おーい! 誰かいるのか!」


< 「……!! っ、そこに…だれかいるんですか…………っ」

< 「お願い……たすけて……」


勇者「その声、もしかしてメイドか……!」


< 「……勇者、さん…?」

< 「良かった……これで……」


勇者「メイド、しっかりしろ! 崩落に巻き込まれたのか!」

勇者「待ってろ今すぐこの岩を……」



    ゴゴゴゴゴゴ・・・!!



勇者「……」


< 「気を付けて下さい勇者さん……っ、その魔物…強いです」


勇者「ああ、任せろ」




< ドゴォッ!!


兜百足【キシュァアアアアッ!!】ギチギチギチギチ…ッ


勇者(大きいな、馬二十頭分はある)スッ…

勇者(だがこいつ……)


兜百足【シュゥゥウッ】ギチギチギチギチッ

< ゴバァッ!


勇者(知性がない、ただ喰らい付くのが能なら一撃で仕留める……)

勇者「セァッ!!」ヒュッッ



────────── ゴキャッッ・・!


兜百足【ギ……キシャッ……!?】グラァッ…!

勇者(思ったより硬い? ならこれで!)


< ドゴォッ!!

鎧百足【キシャァァッ!】ギチギチッ

鎧百足B【キシュァアアッ!】ギチギチッ


勇者「なっ……新手、いや仲間か!?」



兜百足【キュィィイイッ!!】ギュアッ

< ドゴォッ!!

< ゴゴゴゴゴゴ・・・!!


勇者「……逃げられたか」


鎧百足【キシャァァッ!】

勇者「うるせぇ!」ヒュッッ

< グシャァアアッ!!


鎧百足【ギッ……キュィイ……】ドサァッ

< ポワァ……ンッ


鎧百足B【……!?…!?】ギチギチッ……


勇者(さっきの青い甲殻の奴に比べて、赤いコイツらは柔い……幼体、なのか?)ドロッ…

勇者(……とにかく、逃げた奴が戻ってくる前にメイドを助け出すか)

鎧百足B【ギシャァアアアアッ!!】バッ

< メシャァアッ!!
    ドサァッ……ポワァ……ンッ


勇者(……まともな戦闘はこの間の『トウキョウ』での決戦以来か)

勇者(肉体的には四年前の竜王との戦い以来、経験的には三年半前の神殿以来……)

勇者(…………まだ、俺は戦える)




    ゴゴゴ・・・ガラガラァッ


勇者「……ずっとお前が支えてたのか」


メイド「あはは……あの魔物達、私が出られずに助けを求める声を利用して他の人間を襲ってたみたいです」

メイド「折角、勇者さんに稽古をつけてもらってたのに情けないや……」

商人「そんなことありませんよ! メイド様は物資と我々を孤島に逃がそうと一人で戦ったのですから!」

女商人「私達キャラバンの前に立って怪物を退ける姿……彼女がいなければ私達も他の冒険者達と同じくここで食べられていました」

商人B「しかし、私と娘が逃げ遅れてしまい……洞窟の崩落に巻き込まれてしまって……」

幼女「怖かったよぉ……」


勇者「なるほどな、大金星じゃないかメイド」

メイド「……それでも勇者さんが来てくれなければ私は駄目でした」

勇者「かもしれない話をしても仕方ないって、姫もそう言うと思うけどな」

メイド「……」

メイド「はいっ!」


●  ●  ●

【洞窟前】




メイド「ムーンブルクの港町へ?」

勇者「そうなんだ、ちょっとラダトームに用事があってさ」

メイド「それならあの……えーと、【ルーラ】でしたっけ? あれで飛んでいけないんですか?」

勇者「……まぁな」

メイド「?」

勇者「それより、他の商隊はどうなってるんだ? 来てないのか」

メイド「何度か来ましたが、あの魔物のせいで引き返す隊が殆どで……私の声も聴こえてるのか聴こえてないのかよく分からない程でしたし」

勇者「そうか、なら仕方ない」ザッ

メイド「あの、勇者さん!」

勇者「ん、どうした」

メイド「まだあの青い魔物は生きています、他にもまだこの事を知らない商隊や冒険者もいるはずです」

メイド「私もムーンブルクまで付いて行って、その事を報せようと思います!」

勇者「必要ないよ、俺がやっとく」

メイド「それじゃだめです! 姫様だって愛しの旦那様が帰ってこないと寂しいんですからね!」

勇者「あー……や、まぁそうだろうけど」

メイド「少しでも早く勇者さんが帰ってこれるようにお手伝いしてあげるのが、元姫様の傍付き侍女の使命ですから!」


勇者「……元ラダトーム王家のメイド長は志も流石だな」

メイド「ええ! というわけで一緒に行きましょう!」



・・・・・・【勇者のいた村】


姫「……メイドと一緒にムーンブルクへ?」

女商人「はい、私達を助けて下さった後この事をお伝えするようにと!」

姫「もう……あの2人ったら」

女商人「奥様は勇者様達を良く思わないのですか?」

姫「良く思わないとかじゃなくてね」

姫「ただ、寂しいなって……」



女商人「寂しい、ですか」

姫「うん、恥ずかしい話だけれどね」

姫「あの2人はずっと前からずっと一緒に居たから、何だかいないと寂しく感じてしまうの」

女商人「幼馴染ってやつじゃないですか、なら当然ですよ!」

姫「もう子供も産んでいるのになんだかね、あの2人はしっかりしてるのに」

女商人「……」

姫「……ああ、ごめんね? ちょっと暗くなっちゃったね」

姫「いつも物資を運んでくれてありがとう、ご苦労様」

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