盲目男「俺は盲目の仕事人」(29)

― 場末の酒場 ―

青年「なんだとぉっ!」ガシッ

格闘家「おっ、つかみかかってきやがったな!」

格闘家「これで正当防衛成立だ……!」ニヤ…

バキッ! ドカッ! ガスッ!

青年「ぐはっ……!」ドサッ…

格闘家「まだ終わりじゃねえぞ! オラ、立てや!」

ドゴッ!

……

……

……



― 事務所 ―

女「コーヒーです」コトッ

依頼人「あっ、どうもありがとうございます」

盲目男「……なるほど、それで息子さんは病院送りに」

依頼人「はい……」

依頼人「あの格闘家は人の殺気とでも申しましょうか、そういうのを読むのに長けており」

依頼人「息子はまんまと挑発に乗せられてしまったようなのです」

盲目男「で、格闘家はどうなったんだ?」

盲目男「素人に手を出したんだ。ただじゃ済まないはずだが……」

依頼人「相手はスター選手です……息子が先につかみかかっていったという事実もあり」

依頼人「結局、事件はもみ消され、彼の罪はうやむやにされてしまいました……」

依頼人「息子にも非はあったとはいえ、このままではやりきれません!」

依頼人「裏社会では“盲目の仕事人”といわれるあなたの手で、奴に罰を与えて下さい!」

依頼人「どうか……お願いします!」

盲目男「オーケー、分かった」

盲目男「あの格闘家は表向きはスター選手で通ってるが、実はかなりのワルでな」

盲目男「素人を挑発して先に手を出させてからボコボコにする……なんてのを」

盲目男「ちょくちょくやってるってのはウワサでは聞いてた」

盲目男「そういう奴には一度、キツイ灸をすえてやった方がいいだろう」

依頼人「……ありがとうございます!」

依頼人「ところで……」

盲目男「ん?」

依頼人「いったい、どのような方法で……?」

盲目男「決まってるだろ。俺が格闘家と直接対決する」

依頼人「ええっ!? 無茶ですよ!」

依頼人「相手はプロの格闘家ですよ!? なによりあなたは目が――」

盲目男「心配しなさんな」

盲目男「目が見えない分、相手の気配を読むことについては俺も得意分野だ」

盲目男「必ずあの格闘家に息子さんと同じぐらい、いやもっとひどい目にあわせてみせる」

依頼人(本当にそんなことができるのか……!?)

依頼人(だけど、この人のこの頼もしさ……たしかにできそうな雰囲気ではある)

盲目男「それじゃさっそく出かけるとするか。それなりに準備もいるしな」スクッ

女「杖は?」

盲目男「いらんいらん」スタスタ…



依頼人「おおっ、さすが“盲目の仕事人”ですな」

依頼人「杖もつかずに歩き回れるなんて。まるで目が見えているようですよ」

女「…………」

盲目男「あいつに電話しとくか……」ピッピッ

盲目男「もしもし……ああ、俺だ」

盲目男「ちょいと頼みがあるんだが……」



……

……

……

― 繁華街 ―

格闘家(あの時はスカッとしたぜ! ありゃしばらく入院だろうな、へっへっへ)

格闘家(だけど、もう少しで警察沙汰になっちまうところだった)

格闘家(しばらくはケンカを控えねえとな……)

格闘家(なにせ、今のオレは大勢のファンを抱えるヒーローだからな)



ドンッ!

格闘家「てめえ、なにフラフラ歩いてやが……!」

盲目男「…………」

格闘家「!」ギョッ

格闘家(なんだこいつ! 真っ白な目ぇしてやがる! 盲目なのか!)

格闘家「チッ……目が見えてねえのかよ。気をつけやがれ!」



盲目男「――待てよ」

格闘家「あ?」

盲目男「人にぶつかっといて、謝りもしないのか?」

格闘家「なにいってやがる。てめえからぶつかってきたんだろうが!」

盲目男「謝るつもりはないか……だったら勝負しないか、俺と」

格闘家「はぁ?」

格闘家「勝負だと? 笑わせんなボケ!」

格闘家「いっとくがオレはプロの格闘家だぜ?」

格闘家「ましてや目が見えてないてめえなんかと勝負になるわけねえだろ!」

格闘家「じゃあな――」クルッ

盲目男「俺が怖いのか?」

格闘家「!」ピクッ

盲目男「そりゃそうだ。俺みたいな目が見えない奴に勝負で負けたとあっちゃ……」

盲目男「大恥だもんな……下手するとプロとしてやってけなくなるかも……」

格闘家「てめえ……!」

盲目男「…………」ギロッ

格闘家「!」ビクッ

格闘家(なんだこいつの殺気は!?)

格闘家(数々の修羅場をくぐってるって感じの殺気だ……!)

格闘家(もしかして、こいつ“目が見えない達人”ってやつなのか!?)

格闘家(そんなもん、テレビだとかマンガにしかいないと思ってたのに……!)

格闘家(やらなきゃ……やられる!)グッ…

格闘家「うっ、うおおおおおおおおおおおっ!!!」ダッ

バキィッ!

盲目男「ぐべぇっ!」

格闘家(よし入った! 立て続けに打撃をブチ込んでやる!)

ガッ! ドガッ! バキッ!

盲目男「ぐはぁぁぁ……っ!」ドザァッ…

格闘家「……あれ?」

盲目男「ぐえっ、あがっ……い、いだい……」

格闘家「あの……もしかして、お前って弱いの?」

盲目男「当たり前だろ! 目が見えないのにケンカなんかできるわけないだろぉ!」

格闘家「だって、勝負しようって……」

盲目男「そんなの、もっと平和的な勝負に決まってるだろぉ……!」ゲホッ…

格闘家「えええ……!?」

盲目男「ううっ……誰か、た、助けてぇ……!」

盲目男「この人、目が見えない俺に乱暴してくるよぉぉぉ……!」



パシャッ! パシャシャッ!



格闘家「!」

カメラマン「スター格闘家、夜の繁華街で盲人を一方的に暴行!」パシャッパシャッ

カメラマン「こりゃあいい絵が撮れたぞ!」パシャシャッ

カメラマン「大スクープだぁぁぁっ!!!」パシャシャシャッ



ザワザワ…… ガヤガヤ……



警官「なんだね、この騒ぎは?」

盲目男「おまわりさん……助けてください……。この人、何もしてない俺に暴力を……」





格闘家「あ……あああ、ああ……」

……

……

……



― 事務所 ―

依頼人「ありがとうございました!」

依頼人「暴行事件が大々的に報道され、ファンからはそっぽを向かれ……」

依頼人「あの格闘家はこれでもう再起はできないでしょう!」

依頼人「息子も回復してきましたし、だいぶ胸が晴れましたよ!」

盲目男「事前に連絡しといた知り合いのカメラマンが、うまくやってくれたおかげさ」

依頼人「しかし、あの格闘家を陥れるためとはいえ」

依頼人「わざと相手に殴られるなんて……お体は大丈夫なんですか?」

盲目男「打撃には“ダメージを受けずに済む受け方”ってのがあってね」

盲目男「それを使ってたから、ほとんどダメージはないよ。ま、多少は痛かったけど」

依頼人「さすがですなぁ……」

依頼人「杖に頼らないところといい、まるで目が見えてるとしか思えませんよ」

盲目男「……もし、そうだとしたら?」ニヤッ

依頼人「え?」

依頼人「ま、まさか……!」

盲目男「察しのとおり、俺は盲目じゃないんだよ」

盲目男「この目も特殊なカラーコンタクトを入れてるだけだしな」

依頼人「そうだったんですか……!」

依頼人「しかし……どうして盲目のフリを?」

盲目男「そんなもん決まってるだろう。この方が色々と便利だからな」

盲目男「どこぞの作曲家と同じ理由だよ」

盲目男「現に今回だって、俺が盲目って設定じゃなきゃ」

盲目男「格闘家の社会的ダメージはもっと小さいものになってただろうしな」

依頼人「なるほど……」

盲目男「あ、これナイショにしといて。あくまで俺は“盲目の仕事人”でいたいからさ」

依頼人「それでは、ありがとうございました」

盲目男「こっちこそ。成功報酬はたしかに頂戴したよ」



依頼人(よく考えてみれば、そりゃそうだ)

依頼人(盲目なのに、杖もなしに歩けるわけがないもんなぁ)

依頼人(ガッカリしたけど……ホッとしたって気持ちの方が大きいかな)



……

……

……

女「お疲れさま。それにしても、今回はずいぶん回りくどい方法を取ったわね」

女「アンタなら、まともに戦ってもあの格闘家に勝てたんじゃないの?」

盲目男「う~ん……どうだろ。もしかしたら勝てたかもな」

盲目男「だけどそれだと、格闘家はむしろ同情される存在になっちゃうかもしれないし」

盲目男「こういう結末の方が、あの依頼人もスッとすると思ってな」

女「ところでさ」

盲目男「ん?」

女「なんでさっきの人に、本当は目が見えてるだなんてウソついたの?」

盲目男「ん、ああ……だってそうした方があの依頼人の罪悪感が薄れるだろ?」

女「罪悪感?」

盲目男「“目が見えない奴に危険なことをさせてしまった”って罪悪感さ」

盲目男「あの人、少なからず俺に負い目を感じてるようだったからな」

女「ふうん」

女「じゃあ、杖がある方が楽なのに“いらんいらん”っていったのも、そのため?」

盲目男「……それはその方がかっこいいと思ったからだ」

女「くっだらない! そんな見栄張ってどうすんのよ?」

盲目男「なにせ俺は見えないからな……見栄ぐらい張りたくなっちまうもんなのさ」

女「全然上手いこといえてないっての」

女「あたしもなんでアンタみたいなのに惚れちゃって、一緒になっちゃったんだろ」

女「“恋は盲目”ってやつなのかしらねえ……」

盲目男「お、上手いな」

女「うるさい」







― おわり ―

以上で完結となります

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