ほむら「巴マミがいない世界」 (402)

まどマギSS
叛逆の内容は含みません

シリアス系
地の文ありです

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それは、ひとつの可能性

ほんのひとつの歯車がずれただけで、未来は大きく変わっていく

だからこそ、私は何度でも繰り返す

ほむら「暁美ほむらです。よろしくお願いします」

──今度こそ、あなたを救ってみせる

これは、どこかにあったかもしれない、ひとつの世界の物語

出だしはいつも通りだった。

何度目かもわからない自己紹介を済ませ、伝わらないとわかっていながらまどかに忠告も済ませ、ほむらは拳銃を片手にキュゥべえを追っていた。

ほむら「このっ……待ちなさい!」

QB「」スタタタ

既に何発か命中しているはずなのだが、全く気にしている様子はない。
感情を持たない相手を痛覚で怯ませることは不可能だが、かと言って拳銃で物理的に止めることも難しい。

ほむら「くっ……」

そうこうしているうちに、いつもの場所が近づいてきた。

軽快に走っていたキュゥべえが、急にスピードを落とし、よたよたと歩きだす。
ほむらには追いつかれず、まどかにはそれがバレない最適な位置だ。
そのことが、ほむらを更にイラつかせる。

QB「」ヨタヨタ

まどか「誰? 誰なの?」

まどか「……!」

まどか「あなたがわたしを呼んでいたの? ひどい、怪我しちゃってる……」

まどかとキュゥべえが接触する。
全てキュゥべえの思惑通りだ。

まどかがほむらの存在に気づく。

まどか「え……ほむらちゃん? どうしてここに……」

ほむら「……」

接触されてしまった以上、キュゥべえを狙っても意味はない。
ほむらは、自分の心象を悪くすべきでないことも考え一瞬ためらったが、やはり放ってはおけないと口を開く。

ほむら「そいつから離れなさい、鹿目まどか」

少しきつい言い方になってしまったが、あいつの危険性を伝えないわけにもいかない。

まどか「どうしたの? ほむらちゃん……ダメだよ、こんなことしちゃ……」

ほむら「そいつは……」

しかし、ほむらの言葉がそれ以上続くことはなかった。

突然、ほむらの視界が白く染まる。

ほむらは、消火器を構えるさやかの姿を目の端に捉えた。

さやか「まどか、こっち!」

まどか「さやかちゃん!?」

さやか「早く!」

ほむら「……」

状況がわかっていても、この視界ではどうしようもない。
ほむらは、一旦追跡を諦めた。

ふたりが逃げた先は、いつものように魔女の結界内だった。

これまでの傾向からすれば、ほぼ100%、巴マミが内部の魔女を倒すのでそれほど心配する必要はない。

が、やはり万が一ということもあるので、ほむらは様子を見にいった。



魔女の反応が消えた。
やはり、巴マミが魔女を倒したのだろう。

ここで巴マミに会うのは気が進まないが、まどかに一言でも言っておきたい。

ほむらは、とりあえず様子をうかがった。

さやか「本当に、ありがとうございました!」

まどか「あ、ありがとうございました!」



杏子「いいって、怪我はなかったか?」



ほむら「あれ!?」

そこにいたのは、巴マミではなかった。

さやか「あ! そいつがさっき話した、キュゥべえを狙ってた奴です!」

ほむらの声が聞こえたらしい。
思わず声を上げてしまったことを悔やむ。

まどか「ちょっと、さやかちゃん……」

杏子「あいつが……?」

杏子が、怪訝な目でほむらを見つめる。

杏子「おい、あんたらもう帰りな。あたしはあいつと話がある」

まどか「え、でも……その子、うちのクラスメイトで……」

まどかは、言外に自分も無関係ではないと伝えたかったのだろう。
だが、杏子はまどかに振り返り、一言だけ答えた。

杏子「……だから?」

まどか「っ」ビクッ

杏子にしては軽い威圧を込めただけのつもりだろうが、普通の女子中学生には少々刺激が強過ぎる。

言葉を詰まらせたまどかに、さやかが助け船を出した。

さやか「あ、あーわかりました! じゃああたしたちはこれで…」

まどか「え、でも…」

さやか「いいから行くよ!」

まどか「あ、待って…」

さやかが、まどかの手を引いて走り出す。

去っていくふたり。
残されたのはふたりの魔法少女。

キュゥべえは、いつの間にかその姿を消していた。

杏子「さてと…」

杏子はほむらに向き直り、警戒心をあらわにして問いかけた。

杏子「何者だ、なんて聞く必要もねーよな。あんたも魔法少女だろ?」

ほむら「えぇそうよ。じゃあ私もこれで…」

杏子「待てよ。逃がすわけねーだろ。なんでキュゥべえを狙ってた?」

ほむら「……」

正直、この予想外の展開に対して考える時間が欲しかった。
状況の把握すらろくにできていない。

杏子「おい、聞いてんのか?」

この時点で、佐倉杏子がこの町にいるということは……巴マミは一体どうしたのだろうか。

杏子「おーい」

……ほむらは、時間を止めて逃げることを少々真剣に考えた。

業を煮やしたのか、杏子はため息をつき、わずかに語気を弱めて再度ほむらに問いかけた。

杏子「はぁ……あのさ、お前も魔法少女なんだろ? だったら、キュゥべえがいなくなったら困るだろうが?」

ほむら「……そうね」

杏子「あいつには、孵化寸前のグリーフシードを処理してもらう役目がある。お前がまだキュゥべえを狙うというのなら、ここで相手になるぜ」

ほむら「……」

佐倉杏子は魔法少女らしい魔法少女で、合理的な考え方を好む。
ならば、ここはこう言っておくべきか。

ほむら「安心しなさい。私がこれから先キュゥべえを狙うことはないわ」

その理由は先ほど失われた。
とはいえ、状況によってはそうでもないが。

杏子は大して気にもせず、話を続ける。

杏子「ふぅん……ならこの件はいい。問題は次だ。お前、まさかこの町に住んでるわけじゃないよな?」

ほむら「……だったらどうなのかしら」

杏子はほむらの言葉を聞き、舌打ちをした。

杏子「マジかよ……キュゥべえの奴、テキトーなこと言いやがって。おい、この町はあたしの縄張りだからな。魔女を狩りたいんだったら、他の町に行きな」

ほむら「わかったわ」

その必要もない。
グリーフシードの予備は十分にある。

杏子「……自分で言っておいてなんだが、本当にいいのか? 明日には行方不明になりました~じゃ、こっちだって寝覚めが悪いぜ」

ほむら「じゃあ、この町を譲ってくれるのかしら」

杏子「いや? ただ、狩り場ってのは魔法少女にとっては死活問題だろ? それを脅かしてんだから、あたしだってここでお前と殺し合う覚悟はあった。それなのに、やけにあっさり了承したなって思っただけさ」

やはり合理的な考え方をしている。
ただし彼女の場合、美樹さやかが絡むと必ずしもそうではない。

ほむら「私のことはいいわ。それより、聞きたいことがあるの」

杏子「なんだ?」

ほむら「あなた、巴マミという少女を知っているかしら」

杏子「……!」

杏子は顔を強張らせた。

質問が少し正確ではなかった。
佐倉杏子が巴マミを知っている、ということは知っている。
問題は、今、巴マミがどうしているか。

杏子「てめえ、マミの知り合いか?」

ほむら「いいえ……ただ、話に聞いたことがあるだけよ。この町に住んでいたはずなのだけど」

佐倉杏子と巴マミには少々複雑な事情がある。
わざわざ余計なトラブルを起こしたくはないので、ここは他人の振りをしておく。

杏子「……お前、知らないのか?」

ほむら「……?」



杏子「マミは死んだ……らしいぜ。あたしも実際に見たわけじゃないし、キュゥべえから聞かされたんだけどよ。世間的には行方不明扱いだ」

ほむらは絶句した。

初めてのケースだ。
今まで、こんなことは一度もなかった。

杏子「どんな魔女に殺されたのかも知らねーよ。興味もねーし」

ほむら「……そうね。あなたはそういう人間よね」

杏子「……初対面で、何を人のことわかったような口聞いてんだ?」

先ほどまどかに見せた眼光とは違い、本気で睨まれる。

今日のところはこれくらいにしておくべきか。
ほむらは盾を構えた。

ほむら「また会いましょう……佐倉杏子」

杏子「……!」

ほむらは能力を使い、その場を後にした。

***

まどか「待ってよ、さやかちゃん」

まどかは、未ださやかに手を引かれていた。
いつものじゃれあいとは違い、なかなか足を止めてくれない。

いつもの通学路に出てから、ようやくさやかが立ち止まる。
まどかは、息を整えてから彼女に話しかけた。

まどか「……どうしたの、急に」

さやか「まどかー、あれはヤバいって。ああいうのには関わらない方がいいよ」

彼女なりに、何かを察したのだろうか。

まどか「でも、ほむらちゃんが……」

さやか「あの転校生? 夢の中で会ったとか言ってたけど、それだけじゃないの?」

……それだけだ。
自分でも、なぜこれほど関心を持つのかわからない。

まどか「……うん、それだけのはずなんだけど、なんか気になるっていうか……」

さやか「……」

さやかが黙り込む。
一瞬、呆れられてしまったかと思ったが、どうやら状況の整理をしていたらしい。

さやか「あの人、魔法少女……って言ってたよね。詳しくは教えてくれなかったけど、あの転校生もそうなんじゃない?」

まどか「魔法少女、か……」

キュゥべえによれば、あのような化け物……魔女と戦う存在を、そう呼ぶらしい。
それ以上の説明もしようとしていたが、あっという間に魔女を倒した赤髪の魔法少女に、止められていた。

さやか「……あのふたりが何の話をするかは知らないけど、魔法少女じゃないあたしたちが、口出しできることじゃないと思うよ」

……正論だ。

そもそも、まどかとほむらの関係も、クラスメイトという響きが示すほど近いものではない。
何せ、ふたりは今日が初対面だったのだから。

まどか「うん、そうだよね……」

さやか「元気出しなって! どうしても気になるんなら、明日学校で聞いてみたら? あいつが素直に教えてくれるかはわからないけどさ」

気を使ってくれている。
彼女の明るさには、いつも助けられる。

まどか「……ありがとう、さやかちゃん」

さやか「いえいえ!」

***

自分の狩り場に現れた、得体の知れない魔法少女。

考えてわかるものでもないので、杏子はキュゥべえを待っていた。

QB「やぁ、杏子」

杏子「来やがったか……おい、聞きたいことがある」

QB「なんだい?」

杏子「決まってんだろ? あの魔法少女のことだ。お前、この町にはもう魔法少女はいなくなったって言ってたよな?」

責めるような口調で問いかけたが、キュゥべえはまるで気にしていない。

QB「僕にもわからないんだ。あの魔法少女は、あらゆる意味でイレギュラーだ」

答えになっていない。
杏子は苛立ちを押さえつつ、質問を続ける。

杏子「あいつがお前と契約したのはいつなんだ? ひよっこには見えなかったぜ」

珍しく、キュゥべえは答えに迷う様子を見せた。

QB「……信じてもらえるとも思えないけど、僕にはあの子と契約した覚えがない。君と同じく、今日が初対面だったんだ」

杏子「はぁ? そんなことがあり得んのかよ?」

QB「普通ならあり得ない。だからこそイレギュラーなんだ。たとえば、契約後にその記憶を魔法で消されたとか……予想はいくつかできるけど、今の段階ではなんとも言えないね」

キュゥべえは基本的に嘘は吐かない。
それが本当なら、確かにイレギュラーと言える。

杏子「まぁ、あたしの邪魔をしないってんならそれでいいんだが……どうにも不気味だな」

QB「不気味どころか、僕は初対面で突然発砲されたんだけど」

杏子「もうしませんごめんなさいって言ってたぜ。気にすんなよ」

QB「気にしないわけにはいかないし、そんな言い方はしていなかったよね」

台詞とは裏腹に平坦な口調だ。
というか……

杏子「てめえ、やっぱ隠れて聞いてやがったな?」

QB「おっと」

杏子「まぁ隠れる気持ちもわかるけどな」

襲われた直後なのだから、のこのこと姿を見せるわけにもいかなかったのだろう。

今度は、キュゥべえが杏子に問いかけた。

QB「彼女、マミを知っているらしいね。心当たりはないのかい?」

杏子「……」

杏子もわかってはいたが、キュゥべえにはデリカシーというものがない。

杏子「ねーよ。あれ以来、マミとは一切関わってねえ。お前も知ってんだろうが」

QB「そうだったね。僕はそれからもマミと会っていたけど、あの少女の話なんて聞いたことがない。案外、本当にただ話に聞いただけなのかもしれないね」

杏子「……どうでもいいさ」

本心からの言葉だった。

もうマミは死んだんだ。
気にしていても仕方がない。

QB「ところで、僕からひとつ頼みがあるんだ」

杏子「あ? なんだよ」

QB「今日、杏子が魔女から助けたふたりの少女……覚えてるかい?」

杏子「あぁ……あいつらがどうかしたのか?」

QB「あのふたりには、魔法少女の素質がある」

杏子は思わず頭を抱えてしまった。
突然謎の魔法少女が現れたと思ったら、さらにふたりも増える可能性があるって……?

杏子「マジかよ……そういやなんか話してやがったな」

QB「ふたりともかなりの素質を持っていたけれど、特筆すべきは鹿目まどかだね。あれほど凄まじい素質を持った少女を見たのは初めてだ」

杏子「鹿目まどか……どっちだ?ピンクの方か?」

QB「そうだよ。ちなみに、もうひとりの子の名前は美樹さやかだ」

杏子「あの青い方か……」

QB「鹿目まどかが契約してくれれば、僕としてはうれしい限りだね。というわけで、彼女たちに魔法少女の素晴らしさを教えてあげてくれないかな」

バカかこいつ、と杏子はキュゥべえにあきれた目を向ける。

杏子「……お前、あたしがそんなことするとでも思ってんのか?」

QB「しないだろうね」

杏子「わかってんなら言うんじゃねーよ。そもそも、その鹿目まどかって奴は契約しないと思うぜ?」

QB「どうして?」

杏子「見るからに、私は今幸せですって面してやがったからさ」

別に妬んでいるわけではない。
ただ単純に、生きる世界が違うと感じたのだ。

QB「そうなのかい? だったら、契約は望み薄かな。でも、願いがないほどに幸せというなら、それはそれで素晴らしいことだよね」

杏子「……よく言うぜ」

あまりの白々しさに思わず笑ってしまった。
杏子も、キュゥべえの胡散臭さには当然気づいている。

杏子(利用できるから利用してるだけだ。間違っても、無条件に信用できる奴じゃない)

QB「? 何か、おかしかったかい?」

杏子「別に」

杏子は、今日出会ったふたりを思い返していた。
まどかに関しては、先ほどキュゥべえに言った通りだ。
彼女のような人間は、魔法少女になるべきではない。

だが、もうひとりに関しては……

杏子(美樹さやか、か……)

QB「?」

杏子「……なんでもねーよ」

杏子は、嫌な予感を感じていた。

***

ほむら「……」

軽く調べてみたが、巴マミが魔女に殺されたのは間違いないようだ。
家族がいないからかあまり注目されているわけでもないようだが、行方不明扱いならそんなものなのかもしれない。

行方不明になってから、それほど日数が経っているわけではない。
せいぜい、一週間前といったところだろうか。

気の毒ではあるが、彼女も魔法少女なのだから覚悟はしていただろう。

ほむら(今更私にできることはない。ここは割り切って考えるべきか──)

……いや、正確には、巴マミを救う手段がないわけではない。

ほむらが一月後過去に戻れば、巴マミが生きている可能性は高い。
彼女の死が完全に確定するのは、ほむらが過去に戻らなかった、そのときだ。

しかし──

ほむら(もし、この時間軸でまどかを救うことができれば、私は過去には戻らない)

ほむらは既に、まどかを誰よりも優先すると心に決めていた。
幾多の時間軸を渡り歩いてきた彼女は、今更その程度の決断では揺らがない。

自分の意志を再確認し、思考を切り替える。

ほむら(……さて、どう動くべきか)

巴マミはいない。
この時点で、この町に佐倉杏子がいる。
今日のまどかと美樹さやかの反応から考えれば、あのふたりが巴マミを知っているとは思えない──

状況を整理し、分析する。
この時間軸での最適解を模索するために。

ほむら(……まず、デメリットは、巴マミという戦力の喪失だ)

巴マミの戦闘能力は相当なものだ。
ワルプルギスの夜を倒すために、彼女の力を借りられればかなり助かっただろうが、それはもうできない。

とはいえ、ほむらと杏子のふたりなら、ワルプルギスの夜を相手にしても全く勝機がないわけではない。

ほむらの能力は本来サポート向きだ。
やり方次第ではいくらでも強くなる。
ここはとにかく試してみるしかない。

ほむら(逆にメリットは、まどかと美樹さやかが契約する可能性が、大きく減少したことね)

巴マミとは違い、杏子は他人に契約を勧めることはまずないだろう。
ほむらにとってはありがたいことだ。

ほむらは、これまでの経験から、まどかだけではなくさやかの契約も阻止すべきだと判断していた。

さやかが契約すれば、まどかに悪影響を及ぼす。

魔法少女に興味を持たれることはもちろん、最悪、さやかを救うためにまどかが契約する、なんてこともあり得る。
更には、杏子の死の要因にすらなり得てしまう。

魔法少女になった美樹さやかを利用して、『ソウルジェムの正体は魔法少女の魂を抜き出して具現化したもの』『魔法少女はいずれは魔女になってしまう』等のデメリットを突き付け、契約させないという手もなくはないが……

やはり、やめておくべきだろう。
そもそもさやかとは違い、まどかにはこれといった願いはないのだ。
わざわざ新しい願いを考えさせる材料を与えることはない。
魔法少女に関わらせないのが最良だ。

ほむら(……実際に、巴マミ抜きでワルプルギスの夜を倒せるかどうかはわからない。でも、そこは問題じゃない。まずは、私と佐倉杏子でワルプルギスの夜に挑める状況を、確実に作ることだ)

現状の把握はできた。
今後の方針も決まった。

ほむら(早速、明日から動きましょう)

***

目覚まし時計の音が聞こえる。
また、奇妙な夢を見てしまったような気がする。

まどか「むにゃ……朝……?」

QB「おはよう、まどか」

まどか「……」

QB「……」

まどか「えっ!?」

どうやら、昨日のことは夢ではなかったらしい。

まどかは、キュゥべえを肩に乗せて通学路を歩いていた。

さやか「おはよ、まどか」

まどか「おはよう、さやかちゃん」

QB「おはよう、さやか」

さやか「あ、昨日の……なんで一緒にいんの?」

まどか「朝起きたら隣にいたの……びっくりしちゃった」

さやか「へぇ……キュゥべえ、まどかのパジャマは何色だった?」

まどか「突然何聞いてるの!? もう、キュゥべえ、答えなくていいからね?」

キュゥべえ「黄色だったね」

まどか「なんで答えたの!?」

さやか「黄色かぁ……元気のあるところをアピールしているのかな? でも、それをパジャマで表現するなんて、まぁ、まどかったら……」

まどか「やめてよもう!」

さやかは、昨日のことは特に気にしていないようだ。
彼女のいつも通りの姿が、まどかは妙にうれしかった。

まどか「全く、さやかちゃんったら……」

さやか「ごめんごめん。でも、まさか家の中にいるなんてね。おばさんは何も言わなかったの?」

まどか「それが、キュゥべえってわたしたち以外には見えないらしいの。おかげで、朝から寝ぼけてると思われちゃった」

さやか「あぁ、道理で……ここ、通学路で結構人通り多いのに、誰もキュゥべえのこと気にしてないもんね。でも、なんであたしたちふたりだけ?」

一応軽い説明は受けたが、まだそれほど詳しくは教えてもらっていない。
まどかがどう答えるべきか迷っていると、代わりにキュゥべえが答えてくれた。

QB「正確には、僕の姿が見えるのは、魔法少女か魔法少女の素質を持った少女だけに限られる。そう滅多にいるものじゃない。思春期の少女の中でも、ほんの一握りだよ」

さやか「魔法少女の素質って……まさか、あたしたちが?」

QB「そう、君たちには、魔法少女になれる才能がある」

QB「なんでも願い事を叶えてあげるよ。だから……」

QB「僕と契約して、魔法少女になってよ!」

まどか「……」

さやか「……」

QB「……」

沈黙が訪れる。
最初に口を開いたのはさやかだった。

さやか「……とりあえず、その話は昼休みにでもしましょ。遅刻しちゃう」

まどか「そうだね」

QB「そうかい。だったら、昼休みにまた来るよ。詳しいことはそのときに話そう」

まどか「昼休みは、たぶん屋上にいると思うよ」

QB「わかったよ。じゃあ、また」

まどか「またね」

キュゥべえはトコトコと歩いていった。
あれでは移動が大変なのではないだろうか。

まどかは、先程のキュゥべえの言葉を思い返していた。

まどか「う~ん、わたしたちが魔法少女になれるなんて、本当かなぁ。あんな風に戦うなんて、できっこないと思うけど……」

さやか「……」

まどか「さやかちゃん? どうかしたの?」

さやか「あ、ごめん。ちょっと考え事してて……なんでもないよ」

まどか「そう? ならいいけど……」

キュゥべえの言葉に、思うところでもあったのだろうか。
しかし、さやかがそれ以上魔法少女の話をすることはなかった。

***

まどかとさやかが、教室に入ってきた。
キュゥべえは見当たらない。

ほむらは、さっそくふたりに声をかけた。

ほむら「鹿目まどか、美樹さやか、ちょっといいかしら」

まどか「ほむらちゃん? どうしたの?」

さやか「何よ?」

ほむら「魔法少女に関する話よ。ここではちょっと……」

さやか「……」

まどか「じゃあ、廊下で話す?」

ほむら「そうしてもらえると助かるわ」

場所を廊下に移し、ほむらは会話を再開した。

ほむら「ふたりに聞きたいのだけど、キュゥべえに何か聞かされたかしら」

まどか「ちょっとだけね。私とさやかちゃんが、魔法少女になれるってことくらい」

ほむら「魔法少女がどんな存在かについては、まだ聞いてないのね?」

まどか「魔女と戦う存在だって聞いたよ。あと、なんでも願い事を叶えてあげるとか言ってたけど」

ほむら「そう……」

ほむらは、キュゥべえの相変わらずの行動の早さに歯噛みする。

ほむら(でも、まだ十分間に合う)

ふたりに契約させないために、どう切り出すべきかを考えていると、さやかが口を開いた。

さやか「……私も、転校生に聞きたいことがあるんだけど」

ほむら「何かしら」

さやか「転校生は、魔法少女……ってことでいいんだよね?」

ほむら「そうよ」

さやか「魔法少女になるのに必要な契約……それが、願いを叶えてもらうこと、という認識で合ってる?」

ほむら「……そうね」

ここを否定しても仕方がない。
ほむらにしてみれば、そもそもふたりには魔法少女に興味を持ってほしくすらないのだが、キュゥべえが勧誘する以上、何の説明もなしに契約を阻むことはできない。

まどかは、なんとなく納得した表情をしている。

更に、さやかがほむらに問いかけた。

さやか「なら、転校生はどんな願いで魔法少女になったの?」

ほむら「……」

ほむらが魔法少女になった理由は、言うまでもなく、まどかを救うためだ。
しかし、それをこの場で話してもふたりに不信感を抱かせるだけだろう。
何せ、ほむらとまどかは昨日が初対面だったのだから。

かといって、答えないのも印象が悪い。

ここは、ある程度ぼかして答えるのがベストだろうと、ほむらは判断した。

ほむら「ある人を、救うためよ」

さやか「……」

ほむらの答えを聞き、ふたりの反応は別れた。
まどかは、ほんの少し、申し訳なさそうな顔をしている。
話したくないことを口にさせたように感じたのだろうか。

さやかは、わずかに不信感を強めたらしい。
どうも信じていないようだ。

ふたりに構わず、ほむらは話し出した。

ほむら「私がふたりに伝えたいことは、たったひとつだけよ」

ほむら「絶対に、魔法少女にはならないで。キュゥべえを信用してはいけないわ」

ふたりが眉をひそめる。

まどか「……どうして?」

ほむら「魔法少女には、決して看過できない秘密があるからよ」

さやか「秘密って何よ?」

ほむら「……今は、言えないわ」

信用してもらえるとも思えない。

ふたりとも、それぞれ思うところはあるようだったが、なんとなく、そこで会話は終わった。

ふたりは教室に戻ったが、ほむらは廊下で考え事を続けていた。

信用されてなくても、このタイミングで忠告ができたのは幸いだ。
普段なら、キュゥべえが張り付いていてなかなか話ができないのだが、今回はラッキーだった。

ほむらはそこまで考えて、ふと、ある考えに至った。

まさか……

QB「なるほど、やはりそれが君の目的か」

はっとして振り向くと、そこにはキュゥべえの姿があった。

ほむら(……私の目的を知ることが、こいつの狙いだったのか)

ほむらは敵意を隠さずにキュゥべえに答えた。

ほむら「そうよ。絶対に、ふたりを魔法少女にはさせないわ」

QB「なぜだい?」

キュゥべえが、心底不思議そうにほむらに問いかけてくる。

本当に癪に障る奴だ。

ほむら「あなたが隠していることを、私は知っているからよ」

QB「何を知っているっていうんだい?」

わざわざ答えてやる必要もない。
ほむらは無視して、教室に向かった。

QB「わけがわからないよ」

そんな声が、ほむらの背後から聞こえた気がした。

***

昼休み、まどかとさやかが屋上で食事をとっていると、約束通りキュゥべえがやってきた。

キュゥべえは、ふたりに魔法少女のことを一通り説明した。

QB「……まぁ、とりあえずこんなところかな」

まどか「えーと、ソウルジェムに、グリーフシードに、魔女の口づけに……」

さやか「……覚えることが多いなぁ」

丁寧な説明ではあったが、一度に理解するのは難しい。
契約しなければ必要のない知識ではあるが、契約するかどうかを考えるためには、やはりある程度知っておかなければならない。

さやか「それよりも、契約だよ。本当に、なんでも願いが叶うの?」

QB「もちろんさ。契約する人間の素質にもよるけど、大抵の願いは叶えられるよ」

まどか「……すごい話だよね」

なんでも願いが叶うというのはもちろん魅力的だが、だからこそ、そう簡単に決められるものではない。
少なくとも、今のまどかにはとても決められそうになかった。

さやか「キュゥべえ、質問があるんだけど」

QB「なんだい?」

さやか「願いは、自分に関することじゃなきゃダメなの? たとえば、他の誰かのために契約するとか……」

QB「可能だよ。前例もある」

さやか「……」

まどかは、ふたりの会話を聞いていて、ひとつの考えに思い至った。

まどか「さやかちゃん、もしかして、上条くんのために契約しようと思ってるの?」

さやか「……あー、バレちゃった?」

ふと、まどかの心がわずかにざわめいた。

直感的にではあるが、他人のために契約することに、漠然とした不安を感じたのだ。
しかし、それを具体的な言葉にするのは難しく、まどかは別のことを口にしていた。

まどか「さやかちゃん、今日、ほむらちゃんに言われたこと覚えてる?」

さやかの表情が、わずかに固まった。

さやか「まどかは、あいつの言葉を信じてるの?」

まどか「……わからないよ」

キュゥべえが、ふたりの様子をうかがって問いかけてきた。

QB「何の話だい?」

一瞬話してもいいものか悩んだが、まだキュゥべえが根っからの悪人だと決まったわけではない。

それに、まだ情報が少なすぎる。
それぞれの話を聞かなければ、どちらを信用すべきかの判断すら下せない。

まどか「ほむらちゃんがね、わたしたちは、魔法少女になってはダメだって言っていたの」

QB「ふーむ」

キュゥべえは相変わらず無表情だ。

QB「理由があるとすれば、グリーフシードの分け前が減ってしまうことかな。魔法少女が増えれば安全にはなるけど、その分自由に魔法を使うことは難しくなるからね」

理屈は通っている。
さやかは一応納得したような表情だ。

QB「あまり気にしない方がいい。そんな魔法少女も珍しくはないからね」

まどか「……でも、誰かと一緒に魔女と戦った方が、安全なんじゃないの?」

まどかは思わずキュゥべえに問いかけたが、その答えは望んでいたものではなかった。

QB「基本的に、複数の魔法少女が協力して戦うことは少ない。むしろ、敵対することの方が多いよ。前例がないわけじゃないけどね」

まどか「……」

まどかは、昨日助けてもらった赤髪の魔法少女のことを思い出していた。
確かに、彼女からもそのような雰囲気を感じた。

まどかが気落ちしているのを知ってか知らずか、今度はキュゥべえがまどかに問いかける。

QB「まどかには、これといった願いはないのかい?」

まどかは改めて考えてみたが、やはりこれといった願いは思い浮かばなかった。

まどか「……うん、思いつかないや」

QB「そうかい。契約はいつでもできるから、願いが決まったらいつでも呼んでくれ」

まどか「わかったよ」

願いが見つかることと契約することはまた別の話だが、さすがにまどかがそれを口にすることはなかった。

それから数日、キュゥべえはほとんどまどかと行動を共にしていた。
魔法少女に関しての話はなかったが、キュゥべえがふたりに契約を急かすような素振りはなかった。

そんなある日、学校からの帰り道で、ひとつの事件が起こった。

そのとき、キュゥべえは何かに気づいたようだった。

キュゥべえが、まどかとさやかに声をかける。

QB「まずいよ、ふたりとも。あそこにいる人を見て」

キュゥべえのただならぬ様子に、まどかは思わず身構えた。

さやか「え? 急にどうしたの? 確かに、様子はちょっと変だけど……」

まどか「あれ? あの人、首筋に何か……」

印のようなものが付いているのを見つけ、まどかに戦慄が走る。

まどか「まさか、前に話してた、魔女の口づけ……!?」

さやか「えっ!?」

QB「そうだよ。このままじゃあの人が危ない」

まどか「キュゥべえの話が本当なら、あの先に魔女がいて、あの人、殺されちゃうんじゃ……ど、どうしよう……」

さやか「……放ってはおけないよね。とにかく、追いかけよう!」

まどか「う、うん!」

魔法少女ではないふたりに、できることがあるかどうかはわからない。
もしかしたら、何もできないかもしれない。

しかし、だからと言って見殺しにするわけにはいかない。

この先に、以前見たような怪物がいると思うと、まどかの体が震えた。

QB「いざとなれば契約することもできる。覚悟はしておいてくれ」

さやか「そのときは、あたしが契約するよ。一応願いも決まってるわけだしね」

だが、ふたりが魔女の姿を見ることはなかった。


「その必要はないわ」


ひとりの魔法少女の声が聞こえた。

***

全く、魔法少女でもないのに無茶をする。
念のために尾行しておいてよかった。

これは、巴マミがいなくなった影響だ。
もし彼女がいれば、ふたりと一緒に帰っていただろう。

まぁ問題はない。

ほむら「ここは私が引き受ける。あなたたちはもう帰りなさい」

返事も聞かずに、踵を返して先へ向かう。

どうせ彼女たちが追いつく頃には終わっている。

大して強い魔女ではなく、戦闘はすぐに終わった。

結界が消え、グリーフシードが残る。

「おい、何してんだてめえ」

ほむらは思わずため息をついた。

振り向かずともわかる。
佐倉杏子だ。

杏子「前に言ったよな? この町はあたしの縄張りだって。人の獲物を横取りしてんじゃねーよ」

ほむら「不可抗力よ。一般人が襲われそうになっていたから、仕方なく……」

杏子「はぁ? そんなのほっときゃいいだろ。その分、いいグリーフシードが手に入るんじゃねーの」

ほむら「……」

佐倉杏子は、自分のためにのみ魔法を使うことを信条としている。
そこには、彼女の過去が関係していることは知っている。

だが、目の前で魔女に殺されそうになっている人間を見捨てられるほど冷酷ではない。
昨日、ふたりを助けたのもそのためだ。

もっとも、彼女の中では助けたわけではなく、たまたま魔女を倒しているときにふたりが居合わせた、とでも変換されているのかもしれないが。

要するに、今の佐倉杏子の台詞は、半ば売り言葉に買い言葉というか、決して本心からの言葉ではなかったということだ。

……つまり、全てはタイミングが悪かったのだ。



さやか「ちょっと! それどういうことよ!」

杏子「……?」

先程の杏子の言葉を聞いたのであろうさやかが、激昂して叫んでいる。
いつの間に追いついたのだろう。

さやか「あんた、魔法少女なんでしょ!? 人が殺されてもいいって、本気で言ってるわけ!?」

まどか「さ、さやかちゃん……」

杏子はわずかに目を見開いたが、その後口角を上げてさやかに答えた。

杏子「魔法少女なんでしょ、ね……お前が、魔法少女の何を知っているっていうんだ?」

さやか「えっ……?」

杏子「魔法少女を、正義のヒーローか何かと勘違いしてんのか? おめでたい奴だな」

さやか「っ……」

ほむら「……」

この時間軸のさやかは、魔法少女という存在をほむらと杏子でしか知らない。
恐らく、どちらに対してもいいイメージは持っていないだろう。
そしてその評価は、そのまま魔法少女への評価となる。

だがその場合、魔法少女になるかならないか。
これは考え方によっては、どちらにも転び得る。
彼女なら、果たして……

さやか「確かに、あたしは魔法少女のことを知らない。魔法少女じゃないあたしが、つべこべ言えたことじゃないのかもしれない……」

杏子「……そういうことさ」

杏子は目を伏せて答えた。
これで会話が終わったと思ったのだろう。
この直後のさやかの言葉は、予想もしていなかったようだ。

さやか「だったら! あたしが正義の魔法少女になってやる! 絶対に、あんたみたいな奴にはならないわ!」

杏子「なっ……!」

杏子の表情がゆがんだ。
だが、返すべき言葉が見つからなかったようだ。

杏子「……勝手にしろよ」

そう言い残し、彼女は去っていった。

ほむら(……最悪だ。なんとかしなくては)

***

まどかはさやかと帰路に着いていたが、さやかは足を踏み鳴らし、ひどく怒っていた。

さやか「あいつ……ムカつく! 信じらんない!」

まどか「さ、さやかちゃん落ち着いて……」

さやか「人が殺されても構わないなんて、魔法少女以前に、人としてどうなのよ!」

……まどかとしても、そこには異論はない。

しかし、以前ふたりを助けてくれたときには、そこまで冷たい人間には見えなかった。

さやか「魔法少女なんて、あんな奴ばかりなの!? どうせ、あの転校生も同じなんでしょ!」

まどか「……」

結局、ほむらが魔女を倒したのは、杏子との獲物の取り合いに過ぎなかったのだろうか。

まどかは、ほむらがそういう性格で、自分のためだけにまどかとさやかに契約しないように言っていた可能性を考えてみて、自分が予想以上に激しくショックを受けたことに驚いた。

だが、それも当然のことかもしれない。

もしそうなら、ふたりのことを思いやってくれていた態度が、全て演技だったということなのだから。

まどかの様子を見て、さやかは多少冷静になったようだった。

さやか「ごめん……まどかにこんなこと言っても仕方ないよね」

まどか「ううん、いいよ。それより……」

まどかにはまだ、ほむらの言葉が全て嘘だとは思えなかった。
だからこそ、これだけは聞いておかなければならない。

まどか「……さやかちゃん、本当に契約するの?」

さやか「……」

さやかは、少し悩んでこう答えた。

さやか「……まだわからないよ。さっきは思わずああ言ったけど、まだ、そこまでの覚悟はできてない。誰かが目の前で魔女に襲われてるとか、そういった切っ掛けがあれば契約するかもしれないけど」

まどか「……そっか」

誰を信じるにせよ、これは軽率に決めていいことではない。

まどかは、自分もきちんと考えておかなければならないと、より一層心に誓った。

***

杏子はお菓子を貪っていた。

どうにも気分が晴れない。
イライラする。

自分でも、原因はわかっている。
そのことに、また苛立ってしまう。

さやかとかいう奴の言葉が、耳から離れないのだ。

『正義の魔法少女』

その言葉は、杏子に否応なく、ひとりの少女のことを思い出させた。

杏子(……あいつは死んだんだ)

だが、それは必ずしも彼女が間違っていたことを意味しない。

逆に言えば、死ぬ間際まで自分の生き方を貫いたということでもあるのだから。

かつて、その姿に憧れたこともあった。

その後、彼女を否定するようなことを言ってしまったが、結局彼女は、全てを承知の上であのように生きていたのだろう。

今なら、それぞれの信念があっただけのことだと 客観的に思えなくもない。

杏子(……あたしは、生き方は違えど、マミのことを認めてはいたんだ)

しかし──

多分さやかは、そこまで深く考えて『正義の魔法少女』という言葉を使ったわけではないだろう。
魔法少女がどのような存在か知らないのだから、仕方のない話ではある。

だが、杏子はさやかに、昔の自分と似たような甘さを感じていた。
無邪気に正義を信じていた、あの頃の自分と重なって見えたのだ。

杏子(……だからといって、あたしには、あいつに何か言ってやる資格はない)

あたしはもう、自分のためだけに生きると決めたのだから。

***

次の日の放課後、ほむらはさやかを喫茶店に呼び出した。

主題はもちろん、昨日の彼女の発言についてだ。

ほむら「悪かったわね。こんなところまで呼び出して」

さやか「別に……それで、何の用?」

どう見ても友好的とは言えない態度だ。
ほむらとしても、その方がやりやすい。

ほむら「忠告よ。あなた昨日、魔法少女になるとか言っていたわね」

さやかに主だった反応はない。

ほむら「はっきり言っておくわ。魔法少女になるのはやめておきなさい。契約なんてしたところで、いいことなんてひとつもないわよ」

さやか「……魔法少女のあんたに言われてもね」

さやかはまるで、ほむらの用件がわかっていたかのような表情だった。

ほむら「……私は純粋に善意で言っているの。後悔したくなかったら、素直にいうことを聞いておきなさい」

さやか「信用できると思う?」

ほむら(……なんでこんなに嫌われているのかしら)

さやか「……」

さやかは、少し考える素振りを見せてから、ほむらに話し始めた。

さやか「あのさ……あたしも、これは軽い気持ちで決めてはいけないことだっていうのはわかってる。でも、だからこそ、真意も読めない他人の言葉に左右されて決めていいことじゃない。あたしもまどかと相談くらいはするけど、最終的には自分で考えて決めるべきことだって、少なくともあたしはそう思ってる」

ほむら「……」

ほむらは、少々感心してしまった。
意外とそれなりに考えてはいるようだ。

しかしほむらにも事情がある。
やはり、契約は阻止しなければならない。

だが、ここで魔法少女のデメリット……ソウルジェムの正体や、その行く末を話したところで信じてもらえるとは思えない。なら、ここは……

ほむら「……それなら、貴女が契約するべきかどうかの判断材料になる話を、ひとつしてあげるわ」

さやか「……伝わらなかった? あんたの言葉は、信用できないって言ってるんだけど」

ほむら「なら勝手に疑ってなさい。後でキュゥべえにでも確認すればいいでしょう」

さやか「……」

さやかは、不満がないわけではなさそうだが、一応は話を聞く気になったようだ。

ほむらは、できるだけ感情を乗せないように注意しつつ、話し始めた。

ほむら「……ほんの一週間ほど前までかしら。この町には、あの赤髪の魔法少女……佐倉杏子ではなく、もうひとりの、別の魔法少女がいたのよ」

ほむら「その少女の名前は……巴マミ」

ほむら「彼女は、自分で望んで魔法少女になったわけじゃない。ある日、家族全員で事故に遭い、死にそうになっていたところにキュゥべえが現れ、契約により自分だけ生き残ってしまったのよ」

ほむら「その後は、魔法少女として数年間、ひとりきりで魔女と戦い続けることになる。こう言ってはなんだけど、こんな境遇の魔法少女としてはよく生き延びた方だと思うわ」

ほむら「境遇自体は、魔法少女としてはそれほど珍しくない。しかし、それほど経験を積んだ彼女でも、結局は魔女に殺されてしまった。それが、一週間前の話よ」

さやか「……待ってよ、この町にいたなら、この学校の生徒じゃなかったの? 誰かが死んだなんて話、聞いたことないけど」

ほむら「魔女の結界の中で殺されれば、死体は絶対に見つからない。彼女は、永久に行方不明者のままよ」

さやか「そんな……」

ほむら「わかったでしょう? 魔法少女なんて、そんなにいいものじゃない。たった一度の願いのために、一生後悔することになるわよ」

さやか「……」

さやかは少し間を置いて、口を開いた。

さやか「……その巴マミって、どんな魔法少女だったの? やっぱり、あいつ……佐倉杏子みたいな、自分勝手な奴だったの?」

一瞬、返答に詰まった。

ほむら「……知らないわ。私も、会ったことがあるわけじゃないもの」

さやかに契約させないためには、巴マミもそのような魔法少女だったと答えるべきだったが、何故か、それを口にすることは躊躇われた。

さやか「……」

ほむら「話は以上よ。貴女が愚かな選択をしないように、祈っておくわ」

喫茶店を出て、ほむらは思考を巡らせていた。

昨日のことがあったから、今日改めてさやかに忠告したわけだが、実際にはまだそれほど心配する段階ではない。
なぜなら、さやかは契約する確率は高いが、契約のタイミング自体はそれほど早くないからだ。

巴マミがお菓子の魔女に殺されたときでさえ、さやかが契約したことはない。
もっともそれは、その直後に拘束の解けたほむらがお菓子の魔女を倒すからだが、これからもそうしていけば問題はない。
同じ条件を整えれば、同じことが起こる。

さやかが契約するにしても、まだ先の話だ。
今日や明日に契約することはまずないだろう。
まだしばらくは猶予がある。

まどかについては、契約する可能性はさやかよりさらに低い。

これといった願いがないまどかが契約するとすれば、魔法少女絡みだ。
しかし、この時間軸でまどかが知り合った魔法少女は、ほむらと杏子のみ。
どちらも、たった一度の願いを捧げられるほど友好的な関係ではない。

だが、仮にまどかが魔法少女のシステムを知れば、契約する可能性は跳ね上がる。

その場合、願いによってはほむらの時間溯行が使えなくなる可能性すらある。

それだけは避けなければならない。

そして、まどかが魔法少女について知るとすれば、巴マミがいない以上、それは契約したさやかからということがほとんどだろう。

そのリスクを減らすためにも、絶対にさやかを契約させてはならないのだ。

***

ほむらと別れたあと、さやかは病院へ向かった。
目的は、恭介のお見舞いだ。
ほむらとの待ち合わせがあったので、まどかには先に帰ってもらっていた。

さやかは、ほむらに言われたことについて考えていた。

結局ほむらが言いたかったことは、さやかは契約するべきじゃないということだった。

ほむらは、巴マミという魔法少女の話をすることで、さやかに契約しないように訴えたが……

さやか「……」

さやかには、あの話はいかにも建前じみていたように思えた。
さやかに契約させたくない本当の理由を話しているわけではなく、とりあえずさやかが契約を躊躇いそうな話をしてみた、という感じがしたのだ。

さやか(……たぶん、他にも契約を止める理由があるんだろう)

大体、魔法少女が魔女と戦う存在だというのはさやかもわかっていたことだ。
実際に魔女に殺された魔法少女が身近にいたという事実はショックではあるが、改めてその危険性を知らされたところで、やはり契約を躊躇う理由としては弱い。

もし、魔女と戦い続けなければならないということ以外にも、魔法少女になることで発生するデメリットが存在するのだとしても、さやかにそれを伝えない理由がわからないし、既に魔法少女になっているあのふたりがいる以上、説得力は薄い。

そもそも、ほむらがさやかに契約しないように言うのは、とても良心からだとは思えない。

話していてわかるのだ。

さやかとほむらの仲はそれほどいいものではないが、それを抜きにしても、ほむらが純粋にさやかのことを思いやって忠告しているようには、さやかには思えなかった。

やはり、さやかが契約することで、ほむらに対しても何かしらのデメリットが発生するのだろう。

それが、キュゥべえの言っていた、グリーフシードの分け前が減ることなのだろうか。

そこまではまだわからないが……

さやか「……」

いずれにせよ、何らかの思惑があることは確かだ。

さやか(……結局、それがわかるまでは、安易に契約するべきじゃないかな)

ほむらの意図した形ではなかったが、さやかに契約を躊躇わせるという目的自体はおおよそ達成できていたのだった。

病室に入ると、恭介はさやかを歓迎してくれた。

恭介「こんなに何度もお見舞いに来てくれて、本当に助かるよ。ありがとう」

さやか「何言ってんのさ、水くさいよ」

さやかは、買ってきたCDを取り出し、恭介に手渡した。

さやか「ほら。これ、聞きたかったんでしょ?」

恭介「……本当にありがとう、さやか」

恭介がプレイヤーを準備しているのを見て、自分が見舞いに来ているのにこの場で聴くのかと苦笑しそうになったが、片方のイヤホンを差し出されて、戸惑う。

恭介「どうしたのさ、一緒に聴こう?」

さやか「……うん」

気持ちが高揚するのを抑え切れず、恭介から目を背けつつイヤホンを耳に当てる。

何やらクラシックが流れてくるが、全く曲に集中できない。

心臓の音がうるさい。
恭介にバレやしないかと不安になる。

さやか(……やっぱり、あたしは恭介が好きなんだ)

自分の気持ちを再確認したさやかは、ふと、恭介の顔を横目で見てしまった。

さやか「……!」

衝撃を受けた。
冷水を浴びせられたかのような錯覚を感じた。

恭介は泣いていた。
向こうを向いていたが、その頬には涙が流れていた。

曲の良さに感動したというわけではないだろう。
恭介ならそんなこともあるかもしれないが、この場での涙が別の意味を持つことくらい、さやかにもわかる。

そして、さやかは気づいてしまった。

さやか「……」

自分がうじうじと悩んでいる限り、恭介は永遠に救われないのだということに。

***

ほむらは、とある病院の前にいた。

つい先程、さやかが中に入っていった。
恐らく、上条恭介のお見舞いだろう。

この数日間、ほむらはこの病院の周辺をマークしていた。
その理由は、この辺りに高確率で出現する、とある魔女を倒すためだ。

……魔力の反応だ。
やはり、この時間軸でも現れた。

できれば杏子が来る前に終わらせたかったのだが、今回は彼女も早く嗅ぎ付けたらしい。

ほむら「こんにちは、佐倉杏子」

杏子「……なんでお前がここにいるんだ?」

杏子はうんざりした調子で呟いた。
しかし放ってはおけない。

戦うのが巴マミじゃなくても、この魔女はやはり危険だ。
今彼女に死なれては困る。

ほむらは、無駄だと思いつつも杏子に忠告した。

ほむら「今回の魔女は、今までの魔女とは違う。侮っているとやられるわよ」

ほむらの言葉を聞き、杏子はほむらに目を剥いた。

杏子「てめえ……私が負けるとでも思ってんのか?」

ほむら「その可能性があるというだけの話よ」

できれば始めから共闘したいところだが、この場で説得するのは難しい。
この忠告をしておくだけでも十分だ。
杏子が一瞬でやられることさえなければ、ほむらの能力ならいつでも割り込める。

それよりも、ひとつ気になることがある。

時期的に考えれば、そうでない可能性も高いのだが……

ほむらは、キュゥべえに問いかけた。

ほむら「キュゥべえ、もしかして、この先にいる魔女が巴マミを……」

QB「……君には本当に驚かされるね。一体どこからそんな情報を得たんだい?」

杏子「な……」

QB「そうだよ。マミはこの先にいる魔女に殺された。お菓子の魔女、シャルロッテにね」

やはり……

巴マミを倒したはいいものの、傷を癒すためにこれまでは隠れていたといったところだろうか。

杏子「へぇ……マミに勝った魔女ね。面白そうじゃねーか」

ほむら「わかったでしょう? 油断していて勝てる相手じゃないわ。ここは協力して……」

杏子「うるせーな。そいつはあたしひとりでやる。手を出すんじゃねーぞ」

ほむら「……そう。せいぜい、殺されないように気をつけることね」

杏子「ふん、黙って見てな」

大した使い魔もおらず、ふたりは難なくお菓子の魔女のもとにたどり着いた。
その姿を見た杏子が眉をひそめる。

杏子「あいつがその魔女か……? 全く強そうに見えないんだが、間違いないのか?」

ほむら「間違いないわ。見た目に惑わされてはダメよ。ああ見えて、恐ろしい魔女なのよ」

杏子「どうだかね……あんなのに殺されるなんて、マミもヤキが回ったんじゃねーの?」

ほむら「……最後まで気を抜かないことね」

杏子「あいよ」

杏子はシャルロッテに攻撃を仕掛け始めた。

杏子の基本的な戦闘スタイルは、槍を用いた近接戦闘である。

攻撃を受け、シャルロッテは逃げようとするが、杏子がそれを許すはずもない。

圧倒的なスピード差により、シャルロッテにダメージを与え続ける。

杏子(なんだよ……こんなもんか?)

戦局は変わらない。

杏子「うらあっ!」

ドガァッ

杏子の攻撃は、シャルロッテを壁まで吹き飛ばした。

杏子「もう終わりにしてやるよ……とどめだ!」

杏子が最後の攻撃を仕掛けようとした、その直前であった。

シャルロッテに、異変が起こる。

杏子「……!?」

シャルロッテの姿が変わる。

その姿は、ほむらには見慣れたものであったが、初めて見る者には衝撃的だ。
これまで何匹もの魔女を葬ってきた杏子も、例外ではなかった。

杏子「なっ……!」

シャルロッテ「ガアアアアアアッ!」

シャルロッテは、杏子に突進した。
単純な物理攻撃ではあるが、その威力は半端なものではない。

杏子「ぐっ……!」

正面から受け止める杏子。
しかし、直後に選択を誤ったことを自覚する。

杏子(まずい……こいつ、重すぎる……!)

このままでは押し切られてしまう。
そうわかったところで、この状況ではどうすることもできない。

杏子「く、そおおおっ!」

と、次の瞬間。

何の前触れもなく、シャルロッテの胴体の数ヶ所が爆発した。

シャルロッテ「!?」

杏子にはもちろん、シャルロッテにもその攻撃の仕組みはわからない。
しかしシャルロッテは、その攻撃の主を本能的に察知した。

シャルロッテ「グアアアアアアッ!」

大口を開け、ほむらに向かうシャルロッテ。
しかし不思議なことに、シャルロッテが噛みつく直前にほむらはその姿を消した。

そして……

ほむら「終わりよ。何度目かしらね、あなたを倒すのは」

激しい爆発が起こった。

煙が立ち込める中、勝利を確信したほむらは、武器をしまおうとする。

しかし──

杏子「まだだ!」

ほむら「!?」

煙の中からシャルロッテが姿を現す。
そのまま、再びほむらへと突進した。

シャルロッテ「ガアアアアアアアッ!」

不意を突かれ、時間停止も間に合わない。

だが、シャルロッテの狙いはわずかに逸れた。

杏子が、今度は横から衝撃を与え、軌道を逸らしたのだ。

杏子「人に言っといて、自分が油断してんじゃねーよ!」

ほむら(これまでの時間軸と同じなら、今ので十分倒せていたはず……それが、なぜ……!?)

杏子は、激しく動き回り撹乱する戦法に切り替えていた。
シャルロッテを翻弄し、確実にダメージを与えていく。

そして、決定的な隙が訪れる。

杏子「今だ! ほむら!」

ほむら「……!」

再び激しい爆発が起こる。
しかし先程とは違い、そこには確かにシャルロッテの断末魔が響いていた。

***

結界が消える。

杏子「マジで強かったな……こりゃ、マミも負けるわ」

ほむら「……」

ほむらは、自分の甘さを痛感していた。
確かに巴マミは、これまでの時間軸ではお菓子の魔女に負けることが多かった。

だが、その原因は実力の不足というよりも、むしろ油断によるところが大きい。
そして、彼女が油断する理由は大抵、まどかとさやかという後輩の存在にあった。

となれば、彼女がまどかたちが出会わなかった今回の時間軸では、巴マミは油断ではなく、純粋に実力で敗れたのではないかと想定しておくことはできたのだ。

杏子「どうしたんだよ、実際相当強かったじゃねーか。苦戦は恥ずかしくないだろ」

もしほむらがひとりでお菓子の魔女に挑んでいたら、死んでいたかもしれない。
そうなれば、まどかは永遠に助からない。

──私は、それだけの覚悟を持って行動できていただろうか。

杏子「何をそんなに落ち込んでんだか……あ、グリーフシードいるか? 今回は譲ってやってもいいぜ」

ほむら「……遠慮するわ」

杏子「そう? じゃーありがた……く……」

ほむら「……?」

ほむらは、不自然に途切れた杏子の台詞を不審に思い、彼女の視線の先に目を向けて……

──愕然とした。



さやか「なんだ、もう終わっちゃったの?」



そこには、魔法少女のさやかの姿があった。

杏子「……」

ほむら(そんな……ありえない。なぜ、こんなに早く……)

さやか「悪いね、転校生。でも、あたしも大事なことに気づいちゃったからさ」

ほむら「……」

ほむらは返事をすることすらできなかった。
代わりに、杏子が口を開く。

杏子「……契約したのか」

さやか「前に言ったよね。あたしはあんたみたいにはならないって」

杏子「……」

さやか「見てなさい。あんたに代わって、あたしがこの町の平和を守ってあげるから」

杏子「……馬鹿が」

杏子は吐き捨てるように呟いて、そのまま立ち去ってしまった。

さやかが、ほむらに振り向く。

さやか「忠告を無視する形になってごめんね。でも、あたしはもう契約せずにはいられなかった」

ほむら「……」

さやか「あたしは自分の大切な人のために契約した。この思いが間違ってるなんて、誰にも言わせない」

ほむら「……後悔するわよ」

さやか「しないよ」

ほむら「……っ」

その場にいることに耐えられなくなったほむらは、能力を発動させ、その場を後にした。

***

ほむら(どうして? 何故、こんなことに……)

ほむらは家でひとり、嘆いていた。
とにかく今は、ひとりきりになりたかった。

ほむら(まさか、このタイミングでさやかが契約するなんて……一体、どうして……)

これまでの時間軸では、一度としてなかったことだ。
だからこそ、ほむらには理解できなかった。

ほむら(契約していない状態での、杏子との出会いが引き金となった……? いや、その状況は以前にもあった……じゃあ、何故……)

いや、ほむらは既に気付いていた。

これまでの時間軸で起こらなかったことが起こったのなら、その理由もやはり、これまでの時間軸で起こらなかったことに限られる。

つまり、それは……

ほむら(巴マミがいなくなったことで、さやかの契約が早まった……?)

そうとしか考えられない。
しかし、ほむらには受け入れ難い仮説だった。

ほむら(……あり得ない。巴マミは、むしろふたりを契約させたがっていた。彼女がいなくなることでふたりが契約しなくなるならともかく、その逆が起こるなんて……)

ほむらの中で、巴マミに対するイメージが揺らぐ。

ほむら「……っ」

ほむらは、強引に思考を断ち切った。

ほむら(今は巴マミについて考えても仕方がない。私がすべきことは、この時間軸でベストを尽くすこと。それだけに集中しましょう)

***

次の日の早朝、ほむらはさやかを呼び出した。

いつまでも悔やんでいても仕方がない。
起こってしまったことは取り返せないのだから、受け入れて最善を尽くすだけだ。

反省はこの時間軸でもダメだったときにすればいい。

ほむら(……来たわね)

時間も時間だけに、もしかしたら来ないかもしれないとも思っていたが、さやかはほむらが指定した場所に現れた。

さやか「……おはよ」

ほむら「おはよう、美樹さやか」

さやか「話って何よ。昨日のことなら悪かったわよ。でも、もういいでしょ」

ほむら「……」

さやか「あたしだって、叶えたい願いがあったから契約したの。あんたに、理由も聞かされずに契約するなと言われたって、従えるわけないでしょ」

……なるほど、多少の負い目は感じているようだ。

この時間軸のさやかは、これまでの時間軸と比べれば、まだ良好な関係を築けている方だ。

他の時間軸では、恐らくは呼び出しても来ないくらいには険悪な関係だった。

その理由は、巴マミの死だ。
どういうわけか、さやかにはほむらがマミを見捨てたと誤解されることが多いのだ。

また、今回の時間軸では、知り合った魔法少女の違いもある。
普段なら、巴マミと比較されてしまい、いい印象を持たれないことが多い。
しかし今回は、比較される対象は佐倉杏子であり、さやかからすれば、ほむらはまだましな魔法少女、といったところだろうか。

もちろん、性格的に合わないのは間違いないので、積極的に協力してもらえるとは思ってないし、ほむらとしてもそんな気はない。

ほむら「済んだことはもういいわ。どうせ困るのはあなただしね。話というのは別のことよ」

さやか「……何?」

ほむら「そうね、まずは確認だけど……あなた、自分が魔法少女になったことを鹿目まどかに伝えたかしら」

さやか「まどかに? まだ話してないよ。今日学校で話そうとは思ってるけど」

そうだろうとは思っていた。
そのためにこんな時間に呼び出したのだ。

しかし、昨晩電話やメールで伝えた可能性もあったので、本来なら、昨日のうちにこうして呼び出しておくべきだった。
ほむらは、昨日すぐに気持ちを立て直して行動できなかったことを、反省していた。

とはいえそこには、恐らく口止めは難しいだろうと予測していたということもあった。

ほむら「あなたが契約したことを、鹿目まどかには話さないでもらえないかしら」

さやか「……なんで?」

ほむら「いい影響を与えないからよ。あなたが契約したと知れば、少なからず彼女は、自分も魔法少女になりたいという思いを強くするでしょう」

さやか「……」

さやかは、少し間を置いてから、確認するようにほむらに問いかけた。

さやか「……転校生は、まどかに契約してほしくないんだよね?」

ほむら「もちろんよ。正確には彼女だけでなく、あなたにも契約してほしくはなかったけど」

さやか「……悪かったってば」

とりあえずこう言っておく。
まどかを特別視していることを、あまり知られたくはない。
単に、魔法少女になる人間を増やしたくない、という考えであるように匂わせておく。
ついでに、契約を負い目に感じているであろうことを利用して、この後の交渉で優位に立てるようにしておこうという企みもあった。

ほむら「私としては、これ以上魔法少女を増やしたくないの。どうかしら」

さやか「……」

さやかは、しばらく考え込んだ後に、口を開いた。

さやか「ごめん、やっぱりあたしはまどかに話したい。正直あたしは、まどかが満足して契約するなら、それでいいと思ってるから」

ほむら「……だからといって、積極的にまどかを契約させたいわけではないのでしょう? だったら、自分の中だけで答えを出せるように、余計な情報は与えるべきではないと思わないの?」

さやか「その考えもわからないわけじゃないけど……やっぱりあたしは、まどかに隠し事はしたくないよ。あんたには悪いけどね」

ほむら「……」

これ以上は無駄だろう。

ほむらの目的がまどかを契約させないことだと知られている以上、説得は難しい。
どう言い繕おうと、その目的ありきの言葉にしか聞こえないだろう。

ほむらとしても、この説得が失敗することは予想していた。

ほむら「……わかったわ。あなたがそこまで言うなら仕方ないわね。ただ、代わりにひとつだけお願いしていいかしら」

さやか「何よ?」

ほむら「まどかを、できるだけ魔法少女には関わらせないでほしいの。たとえば、パトロールに連れていくなんてことは、やめてほしいわね」

まどかを契約させないためでもあったが、何より、まどかを危険に晒したくないという思い故の言葉だった。

しかし、さやかの返事は予想外のものだった。



さやか「……パトロールって?」

ほむら「……!」

今更ながら、ほむらはふたりの魔法少女に対する認識が大きく異なっていたことに気づく。

ほむら「……あなた、もう魔女と戦った?」

さやか「まだだよ。昨日契約したばかりだし、病院にいた魔女はあんたらが倒しちゃったんでしょ?」

凄まじい違和感がほむらを襲った。

ほむら(……そうか、この時間軸のさやかは、魔法少女がどんな存在かまだ知らないのね)

それは、魔法少女の本体がソウルジェムであることや、魔法少女がやがて魔女になることといった、キュゥべえが隠しているようなことではない。

もっと、ずっと表面的で、魔法少女が知っておかなければならないこと。

知らずに契約してはならないようなことだ。

ほむら「……」

もちろん、全く知らないということはないだろう。
キュゥべえから、簡単な説明は受けているはずだ。

しかし、言葉でいくら説明されても、それで本質を理解できるはずがない。

昨日、ほむらと杏子が一歩間違えれば死んでいたかもしれないことを、今のさやかは信用するだろうか。

ほむら(魔法少女として過ごしていけば、自ずと理解してはいくでしょうけど……)

さやかなら問題ないとは思われる。
これまでの時間軸でも勇敢に魔女と戦っていた彼女なら、魔法少女のそのような一面を知っても後悔することはないはずだ。

だが、そんな少女ばかりというわけでもないだろう。

契約して、魔法少女としての生き方を知った後で後悔しても、もう遅い。
魔法少女という存在を、きちんと理解せずに契約してしまうことは、悲劇とさえ言えるかもしれない。

さやかだってこの時間軸では、他の時間軸に比べれば、魔法少女としての生き方を受け入れるのに時間がかかるだろう。

ほむらの脳裏に、ひとりの魔法少女の姿が浮かぶ。

ほむら(……巴マミ)

彼女のような魔法少女は少ない。
つまり、多くの魔法少女は、そのような悲劇に見舞われている可能性が高い。

まどかとさやかがこれまでそうならなかったのは、紛れもなく、巴マミのおかげだったのだろう。

ほむら(……魔法少女体験ツアーね。バカバカしいとしか思ってなかったけど、案外、無意味というわけではなかったのかもしれないわね)

さやか「……転校生?」

ほむら「あぁ、ごめんなさい。そうね、魔法少女について、詳しくキュゥべえに聞いておきなさい。パトロールの方法も教えてくれるでしょう」

さやか「うん、ありがとう」

ほむら「巴マミのことは、あなたには話したんだったわね……あれは、決して珍しいケースではないわ。そうならないように、気を付けなさい」

さやか「……わかった。まどかを巻き込まないと、約束するよ」

ほむら「そうしてもらえると助かるわ」

まどかを危険に晒したくないという思いは、共通のものだ。

珍しく、ふたりの意見が一致した瞬間であった。

***

さやか(さて……まどかにどう切り出そうかな)

さやかは、自分が契約したことをまどかにどう伝えるべきか、迷っていた。

さやか(別に、悪いことをしたわけじゃないんだけど……)

まさか、抜け駆けしたと責められることはないだろうが、まどかがどう思うか、いまいちわからない。

ほむらの忠告を無視したこともあるし、やはり、軽い気持ちで契約したと思われてしまうだろうか。

もちろん、まどかがそんなことを口にするとは思わないが、内心ではあきれられてしまうかもしれない。

そんなことを考えていると、不意にさやかの目にまどかの姿が映った。

さやか「おはよう、まどか」

いつもの通学路で、さやかはまどかに声をかけた。

まどか「おはよう、さやかちゃん」

どう言い出すべきか、とさやかが悩みながら横に並ぶと、まどかはさやかの顔をじっと見た。

さやか「……?」

さやかが戸惑っていると、まどかが口を開いた。

まどか「さやかちゃん、何かあった? なんか、いつもと違う感じがする」

さやか「!?」

さやかは、自分が明らかな動揺を見せてしまったことを自覚した。

さやか「えっ……そう? どう違うの?」

内心あわてながらまどかに問いかけると、返ってきた答えは斜め上のものだった。

まどか「なんていうか……真面目?」

さやか「失礼な!」

まどか「ごめんごめん」

しばらくふたりで笑い合う。
さやかは、ごちゃごちゃ考えていたことがバカらしくなった。

さやか「……ねぇ、まどか」

まどか「何?」



さやか「あたし、魔法少女になった」

まどか「……」

まどかは特に表情を変えず、一言だけ答えた。

まどか「……そっかぁ」

さやか「ごめんね、相談もせずに急に決めちゃって」

まどか「ううん、なんかそんな気がしてた。さやかちゃんなら、契約しちゃうよね」

さやか「……どういう意味さ」

さやかは、ほんの少しむっとしてまどかの顔を見た。

さやか「あたしが強欲だってこと?」

そんな風に思われていたのだろうか。
いや、自分でも完璧には否定できないけど……

しかしまどかは、きょとんとして言葉を続けた。

まどか「違うよ。だってさやかちゃん、上条くんのために契約したんでしょ?」

さやか「え……」

さやか「助ける手段があるなら、さやかちゃんがいつまでも悩んでるはずないよね」

さやか「まどか……」

胸に込み上げてくるものがあった。
不覚にも、泣きそうになった。

別にまどかは、さやかが契約したことに対し、よかったとも悪かったとも言っていない。
実際、どちらでもないのだろう。

しかしまどかはただ、誰よりもさやかのことを理解してくれているのだ。
だからこそ、余計なことは言わない。

それは、無責任に励まされるより、よほどさやかの心に響いた。

さやか「まどかぁっ!」

まどか「ひゃあっ!」

さやかは、思わずまどかに抱きついた。

さやか「……やっぱりまどかはあたしの親友だよ」

まどか「もう、今更何言ってんのさ」

まどかは、少し照れながら答えた。

まどか「当たり前でしょ」

***

放課後、ほむらはとあるゲームセンターへ向かった。

目的は、佐倉杏子に協力を取り付けることだ。
普段より早いタイミングだが、杏子との接触が早かった以上、早めに話しておくべきだとほむらは判断した。

目当ての人間はすぐに見つかった。

ほむら「こんにちは、佐倉杏子」

杏子「待ち伏せか? いい趣味じゃねーな」

台詞ほど警戒されてはいないようだ。
さやかと比べれば、ほむらの方が杏子好みの魔法少女ということだろうか。

ほむら「話があるの。あなたに協力を要請したい」

杏子「……内容は?」

ほむら「2週間後……いえ、正確にはもう少し後かしら。この街に、ワルプルギスの夜がくるわ」

杏子「なっ……」

さすがの杏子も、完全には動揺を隠し切れなかった。

杏子「……なぜわかる」

ほむら「それは秘密。でも、確かな情報よ」

杏子「……」

信じさせるのは一苦労かと思ったが、案外あっさり信用したようだ。
こんな嘘を吐く意味のないことに気づいたのだろう。

杏子「ふん……なるほど、共闘しろってか」

ほむら「そういうことよ。どうかしら」

杏子「確かに、あたしとあんたが協力すれば倒せるかもしれねーな。伝説級の魔女ってのも、面白そうだ」

ほむら「……」

杏子「いいぜ、協力してやるよ」

ほむらは内心ほっとする。
とりあえず、第一段階はクリアだ。

ほむら「……ありがとう。詳しいことは、また後日話すわ」

***

さやかが契約して、数日が過ぎた。
今までに数匹の魔女と戦ったが、幸いにも、それほど強い魔女はいなかった。

その日も、さやかはいつものようにパトロールをしており、魔力を感じて駆けつけたのだった。

魔力の主を見つけ、さやかは軽い違和感を覚える。

さやか「なんかあいつ、今までに見た魔女と違うような……」

QB「あれは使い魔だね。端的に言えば、魔女の手下だ。グリーフシードは持っていない。今はそれほど力を持たないけど、人を何人か襲うことで魔女に成長するよ」

さやか「なるほど……それなら、倒さないわけにはいかないわね」

さやかは、すぐさま攻撃を開始した。
剣で数回切りつけると、使い魔はろくに反撃もせず逃げ出した。
使い魔というだけあって、やはり魔女に比べると強さは劣るようだ。

だからといって、逃がすわけにはいかない。

さやかは足元に複数の剣を展開させ、投げつけることで逃げ道を封じ、そこを更に切りつける。

少しずつ弱っていくのが動きからわかる。

さやか「よしっ、いける……!」

あと一撃で倒せる。
確信を持ったさやかは、複数の剣を同時に投げつけた。

あの使い魔の動きでは、全てをかわすことはできない。

それで終わるはずだった。

だが、信じられないことが起こった。
投げつけた剣が全て、叩き落とされたのだ。

さやか「えっ!?」

使い魔ではない。そんな力は残っていないはずだった。

意表を突かれたさやかは咄嗟に動くことができず、使い魔はその隙に逃げ出そうとする。

さやか「っ……! 逃がさない!」

あわてて剣を投げつけたが、やはり、全て叩き落とされてしまう。
ならばと、直接追おうとしたところで、介入者に立ち塞がれてしまった。

さやかは、介入者、佐倉杏子に詰め寄った。

さやか「……あんた、何のつもりよ!」

杏子「お前こそ、どういうつもりだ? あれは使い魔だろうが」

あきれたような口調で言われたが、さやかには意図がつかめない。

さやか「はぁ? 何が言いたいのよ」

杏子「わかんねーのか?」

杏子は、ぎろりとさやかを睨んで、言い放った。

杏子「卵産む前の鶏の首絞めてどうすんだって聞いてんだよ」

さやかの背中に冷たいものが走る。
その言葉の意味するところを、察してしまう。

さやか「……あんた、まさか……」

杏子「魔女になってから殺さないと、グリーフシードを落とさないだろうが。死にたくなかったら、素直にいうことを聞いておきな」

怒りがこみ上げてくる。
こんな奴が魔法少女であることに、激しく憤りを覚える。

さやか「……本当に救えないわね、あんた」

杏子「てめえは勘違いしてんだよ。魔法少女が魔女と戦うのは正義のためなんかじゃねえ、生きるためだ。使い魔まで倒してたら、自分が苦しくなるだけだぞ」

さやか「だとしても、誰かが殺されるのをわかってて放っておけるわけないでしょ!」

杏子「……ぬる過ぎんだよてめえは。他人のために契約した甘ちゃんらしいし、わかっちゃいたがな」

歯軋りが漏れる。
勝手にこちらの事情を詮索されていることに、苛立ちを隠せない。

杏子「今まで、なんであたしがあんたを見逃していたかわかるか? この町がいい狩り場だからだよ。あんたひとりが増えたところで、あたしの狩れる魔女の数が減ることはないからだ。あの黒髪の奴はほとんど狩ってないみたいだしな」

さやか(黒髪……転校生のことか。でも、ほとんど狩ってないって……?)

杏子「だが、てめえが使い魔も狩るとなれば話は別だ。魔女になるはずだった使い魔を狩り、更にその戦闘で消費した魔力を回復するために、別の魔女を狩る必要も出てくるだろ。それはさすがに見過ごせねーな」

さやか「……本当に自分のことしか考えてないのね。あたしはあんたとは違うのよ」

杏子「……」

ふと、杏子の目付きが変わった。

まるで誰かの言葉を借りているかのような口調で、杏子はさやかに問いかけた。

杏子「……お前は誰のために魔法少女になったんだ? その男のためか? それとも……」

杏子「……お前自身のためか?」

さやか「……?」

意味がわからなかった。
さやかの願いを知っているのなら、そんなわかりきった質問をするはずがない。

杏子は、舌打ちをしてから言葉を続けた。

杏子「……お前は魔法少女という存在をわかっていない。前にも言っていたが、正義の魔法少女なんてもんはありえないんだよ」

さやか「あたしの勝手でしょ。どうせあんたみたいな奴にはわかんないわよ」

杏子はため息をついた後、囁くように言葉を漏らした。



杏子「うぜえ……殺されなきゃわかんねーか?」

さやか「……ッ!?」

瞬間、凄まじい殺気を感じた。

気づけば、さやかは弾かれたように杏子に斬りかかっていた。

予測していたかのように待ち構えられているが、今更止まる気はない。

さやかは、ほぼ全力で剣を振り下ろした。

しかし、槍で容易く受け止められてしまう。

さやか「く……っ!」

杏子「どうした! そんなもんかよ!?」

激しい反撃を受けたが、危ないところでなんとか防御する。

……強い。

今まで戦ってきた魔女とは桁が違う。
今の攻防だけで、実力差は十分にわかった。

だが、さやかに退く気はなかった。

さやか(……こいつにだけは、負けるわけにはいかない)

──絶対に。

***

ほむら「……」

ほむらは、物陰に隠れてふたりの戦闘を眺めていた。

大抵の時間軸でそうなのだが、やはりこのふたりはいがみ合う運命にあるらしい。

ほむらは、改めてふたりを観察した。

さやかは、数日前に魔法少女になったにしては、なかなかいい動きをしている。

彼女は、決して才能に恵まれていないわけではない。
経験を積めば、かなりの強さを身に付けることが予想される。

だが、さすがに今の段階では、さやかに勝ち目はない。

対する杏子の強さは、才能よりも経験によるところが大きい。
巴マミの指導を受け、その後ひとりで生き抜いてきた彼女の強さは、生半可なものではない。
対魔女の戦闘はもちろん、対魔法少女の戦闘経験が豊富なことも、今回は強みになっている。

杏子の猛攻に、さやかは必死で食らいついているが、もはや時間の問題だ。
このまま戦闘が続けば、勝敗は火を見るより明らかだ。

ほむら(問題は、ここで私がどう動くべきかなのだけど……)

ほむらはわずかに逡巡したが、結論はすぐに出た。

ここは、関与しないのが得策だろう。

もしこの場にまどかがいれば、契約を防ぐために、ほむらが戦闘に割り込まざるを得なくなっていたわけだが……

そうでない以上、このふたりの戦闘を止める理由は、ほむらには存在しない。

また、戦闘に割り込めば、杏子とさやか、ふたりのほむらに対する心象も、いいものにはならないだろう。

万が一さやかがこの戦闘で命を落とせば、まどかがさやかのために契約する可能性もなくはないが、さすがに杏子もさやかを殺しまですることはないだろう。

ほむら(……問題はない。ここは静観を決め込みましょう)

だが次の瞬間、ほむらは自分の見通しの甘さを思い知らされた。


まどか「さやかちゃん!?」


ほむら「!?」

今だけは、最も聞きたくなかった少女の声が聞こえた。

ぎょっとして声のした方向を探ると、やはりそこには、まどかが息を切らして立っていた。

偶然通りかかった?
そんなはずはない。
これは作為的なものだ。
それが誰の仕業かなんて、決まっている。

ほむらは物陰から、まどかの足元にいるそいつを睨み付けた。

ほむら(インキュ……ベーター……ッ!)

殺意にも似た感情が迸った。

あいつがこの場面にまどかを呼んだのだとしたら、その狙いはひとつしかない。

この状況を盾にして、まどかに契約を迫るつもりだろう。


まどか「本当に、わたしが契約すれば、ふたりを止められるの……?」


キュゥべえがまどかに何を伝えているのかはわからないが、まどかの台詞で大体の想像はつく。

放っておくわけにはいかない。

ふたりの戦闘に、明確に優劣が見られ始めた。

さやかは、反撃を仕掛けることすらできなくなってきている。

杏子が、槍を本来の形状、多節棍に変化させた。

意表を突かれたさやかは、槍を巻き付けられ、勢いよく壁に叩き付けられる。

まどか「さやかちゃん!」

まどかが悲鳴を上げる。

ダメだ。
もう一刻の猶予もない。



まどか「わたしが、魔法少女になれば……」

ほむら「それには及ばないわ」



ほむらは、能力を発動させた。

まずは、派手な登場をして皆の注目を集める。

まどか「ほむらちゃん!?」

さやか「転校生……?」

杏子「お前……!」

反応を確認し、即座に能力を再度発動。
さやかの背後に移動する。
能力を解除すると同時に、彼女の首筋を手刀で強打し、気絶させる。

さやか「ッ……」

まどか「さやかちゃん!」

倒れそうになるさやかを、まどかが駆け寄って受け止めた。

キュゥべえに動かされてしまった形になるが、状況的にはこうするしかなかった。
むしろ、まどかの契約の機会をひとつ潰せたことを喜ぶべきか──

……残念ながら、ことはそれほど単純ではない。

杏子「……おい、どういうつもりだ」

ほむら「……」

何か答えたいが、まさか本当の理由を言うわけにもいかない。

杏子「一体何がしたいんだ。お前の目的はなんだ?」

ほむら「……素人相手に何を遊んでいるのよ。魔法少女同士で争うこともないでしょう?」

杏子「答える気はないってか」

ほむらの建前は瞬時に看破された。

どうも、そんなことを考える性格だとは思われていないようだ。

杏子は周囲を見渡し、まどかを目に留める。

杏子「あいつの契約を止めるためか? 確かに、それはあたしとしても望ましくねーな」

ほむら「……そんなところよ」

ほむらは曖昧な返事で誤魔化した。

できるだけ、自分の目的を知られたくはない。
それが弱みになりかねないからだ。

しかし、今はまだ問題ないはずだ。

杏子は恐らく、ほむらが『これ以上魔法少女を増やしたくないから契約を阻止した』と思っただろう。
『まどかの契約だからこそ阻止した』とは思っていないはずだ。

まどかには、ほむらと杏子の会話は聞こえていなかったようだ。
今も、さやかに呼び掛け続けている。

ほむらがまどかに近寄ると、それに気づいたまどかが顔を上げた。

まどか「……ほむらちゃん?」

……忠告をしないわけにはいかない。

ほむら「あなたはどこまで愚かなの。私の忠告を忘れたの?」

まどかは、口をきつく結んでこちらを見た。

わかっている。
まどかは優しすぎる。
軽率に契約してはならないとわかってはいても、目の前で傷つけ合う人間がいれば黙って見てはいられないだろう。

どうせ回復できるから問題ないというのは、魔法少女の理屈だ。
本来なら、まどかの考え方は人間として正しいのだ。

ほむら(……でも、私にも私の都合がある)

まどかを契約させるわけにはいかない。

とはいえ、今ここでこれ以上できることはない。

さやかは回復魔法に長けている魔法少女だ。
じきに目を覚ます。
その前にこの場から立ち去っておいた方がいいだろう。

ほむらは能力を発動させ、その場を後にした。

***

さやかが目を覚ましたとき、既に杏子とほむらの姿はなかった。
さやかは若干の混乱を伴いつつも、まどかの存在に気づく。

さやか「まどか……? あんた、なんでここに……」

まどか「キュゥべえに、ここまで連れてきてもらったの。さやかちゃんが危ないって聞いて、わたし、びっくりして……」

さやか「……まさか、契約したの?」

まどか「ううん、その前に、ほむらちゃんが戦いを止めてくれたの。ちょっと乱暴なやり方ではあったけど……」

さやか「……」

さやかは、自分が気絶した理由を察した。

争いを止めたという一面だけを見るなら、むしろほむらに感謝すべきかもしれないが、そう簡単なものではない。

そもそも、さやかは戦闘を止めてほしいとは思っていなかった。
恐らく、杏子も同様だろう。

子供の喧嘩ではない。
互いに譲れないものがあったからこそ、戦闘にまで……殺し合いにまで、発展してしまったのだ。
そういう意味では、起こるべくして起こった戦闘だった。

それを、横から戦闘だけ止められたところで、何の解決にもならない。
これでは、一時的に戦闘が中断しただけで、根本的な問題は何も解消されていない。

それに、いくらなんでも方法が酷すぎる。
ほむらの目的がどうであれ、やはり気持ちのいいものではない。

さやか(目的……そうだ、あいつの目的は一体何? あたしと佐倉杏子の戦闘を止めて、あいつに何の得があるっていうの?)

さやかは、先程のまどかの言葉を思い出した。



さやか『……まさか、契約したの?』

まどか『ううん、その前に、ほむらちゃんが戦いを止めてくれたの。ちょっと乱暴なやり方ではあったけど……』



さやか「……」

まどかの契約を防ぐための行動だったのだろうか。
前にキュゥべえが言っていたように、グリーフシードの分け前が減るのを恐れたのか。

しかし杏子が言うに、転校生はほとんど魔女を狩っていないらしい。
だとすると、グリーフシード目当てというのはしっくりこない。

他に、魔法少女が増えることで発生する不都合があるのだろうか。

あるいは……

さやか(……もしかして、まどかだからこそ、契約を阻止した……?)

以前ほむらは、まどかを魔法少女の活動に関わらせないように頼んできた。

さやかとしては当然、それはこれ以上魔法少女を増やさないためだとばかり思っていたが、そうではなかったとしたら……

ふとさやかがまどかの顔を見ると、まどかは気まずそうに目を伏せた。
さやかが考え込んでいたことで、心配を募らせたのかもしれない。

さやかも色々と思うところはあったが、まどかの手前、感情を抑える。
立ち上がり、まどかを安心させるために笑みを浮かべた。

さやか「ありがとう。ごめんね、心配かけて」

まどか「……いいよ、家まで送るね」

さやか「本当にありがとう」

魔法少女同士で争うのは良くないとか、話し合いで解決できないのかなんてことを言われるかと思ったが、まどかは何も言わなかった。

杏子とは、昨日今日会ったばかりというわけではない。
さやかが杏子と争う理由も、それが話し合いで解決できるようなものでないことも、まどかはおおよそわかっているのだろう。

パトロールについていきたいなどと言われたらどうしようかと思っていたが、そんなことを言われることもなかった。

ふたりは、さやかの家の前に着くまで無言だった。

まどか「じゃあね、また明日」

さやか「うん、またね」

さやかはまどかと別れ、自分の部屋に入り、ベッドに倒れ込んだ。

さやか(……勝てなかった)

押さえ付けていた感情が噴き出してくる。

勝敗はうやむやになったが、実力差は明白だった。
あのまま戦闘が続いていれば、負けていたのは、恐らく……

さやか「……ッ」

決して負けてはいけなかった。
必ず勝って、あいつに、あんな生き方を改めさせなければならなかったのに。

自分の無力さに腹が立つ。
正義の魔法少女なんて、よく言えたものだ。

さやか「なんで……あんな奴に……っ!」

さやかのソウルジェムに、穢れが溜まっていく。
さやか自身そのことに気づくが、今は浄化する気分にもならなかった。

そこに、とある来訪者が現れた。

QB「随分荒れているね」

さやか「……キュゥべえか。何の用?」

QB「僕に聞きたいことがあるんじゃないかと思ってね」

さやか「……」

さやかは多少冷静になり、今の自分に必要なものを考えてみた。

杏子に負けた理由ならわかっている。
魔力を惜しみ無く使ってこられたこともその一因ではあるが、それ以上に、純粋に実力の差が大きすぎた。

一朝一夕で埋まるようなものではない。
しかし、悠長に自分の実力が上がるのを待っていては意味がない。

時間が経てば、それだけ犠牲者も増えてしまう。
ならば、どうすべきか。

さやかは、キュゥべえを正面から見据えて、自分の望みを口にした。

さやか「あいつに勝てる方法を教えてほしい」

***

次の日、ほむらはまどかに呼び出された。

まどか「ごめんね、急に呼んじゃって」

ほむら「構わないわ。用件は何かしら」

まどか「……さやかちゃんのことなんだけど」

……やはり、か。

ほむら「あら、彼女がどうかしたの?」

わざととぼけたような言い方をしたら、軽く睨まれてしまった。

まどかのこのあとの言葉は想像がつく。
恐らく、さやかを助けてほしいと頼んでくるのだろう。

しかし、さやかが契約した時点で、彼女自身が救われることはまずない。
また、さやかの味方になることは、杏子を敵に回すことにもなる。
ワルプルギスの夜を倒すためには、それは望ましくない。

まどかに対し、頼みをばっさりと断りたくないという思いもあり、あえて今のような言い方をしたのだが……

まどか「さやかちゃんを、助けてあげてくれないかな」

……他人のために動くまどかが、その程度のことでくじけるわけがなかった。

ほむら「……助ける、というと?」

まどか「魔法少女に関する面で、さやかちゃんを手助けしてあげてほしいの。本当なら、親友のわたしが支えてあげたいんだけど、わたしは魔法少女じゃないから……」

ほむら「そうね……」

ほむらの中では既に答えは出ているのだが、それをそのまま伝えても納得するはずがない。

……ここは言葉を選びましょうか。

ほむら「できるだけのことはするつもりよ。私も、美樹さやかを見捨てたくはない。昨日のような争いが起きるのは、私としても不本意だわ」

まどか「……!」

まどかの表情が、ぱっと明るくなる。

後ろめたさを感じないと言えば嘘になるが、やるべきことを見失うわけにはいかない。

ほむら「でも、あまり期待はしないで。少なくとも、美樹さやかと佐倉杏子の争いは、しばらくは続くことになるでしょう」

まどか「……使い魔のこと、だよね」

まどかの言葉に、ほむらはわずかに目を細めた。

まどかが魔法少女に関わることは、歓迎できることではない。

ほむら「……美樹さやかに聞いたの?」

まどか「ううん、キュゥべえに教えてもらったの」

ほむら「……そう」

どうやら、さやかは約束を守ってくれているようだ。
しかしそれなら、昨日のさやかと杏子の戦闘は、まどかにとっては非常に衝撃的だったはずだ。

思っていた以上に危なかったのかもしれない。
契約を止めることができて、本当によかった。

ほむら(『魔法少女に関する面で、さやかちゃんを手助けしてあげてほしいの』……か)

ほむら「わかってくれているようで何よりよ。あなたは魔法少女に関わるべきじゃない。それ以外の面で、美樹さやかを支えてあげるといいわ」

まどか「……」

喜んで頷くかと思ったが、まどかの表情は固かった。

……私の言葉に引っ掛かるところでもあったのだろうか。

まどか「……ほむらちゃんは昨日、なんでさやかちゃんを助けてくれたの?」

ほむら「!」

不意に、まどかがほむらに問いかけた。

ほむら(そこか……『あなたは魔法少女に関わるべきじゃない』なんて、余計な念押しだったわね)

ほむら「言ったでしょう? 私だって、美樹さやかを見捨てたいわけじゃない」

まどか「じゃあ、なんであのタイミングだったの?」

ほむら「……」

この質問をするということは……

気づかれてしまっただろうか。
さすがに、あのタイミングは少し露骨過ぎたかもしれない。

ほむら「……偶然よ。たまたまあのときに通りかかっただけ。他意はないわ」

信じてもらえないことは承知で、とりあえず弁明はしておく。

まどかは少し間を置き、言いにくそうにしながら口を開いた。

まどか「もしほむらちゃんが、わたしの契約を防ぐためにふたりの争いを止めたのなら……いや、そもそもそのためにさやかちゃんを助けてくれるって言ってくれてるのなら……」

ほむら「……」

まどか「……ううん、ごめん。なんでもないよ」

言葉を飲み込み、首を振るまどか。
しかし、ほむらにはまどかが言おうとしたことは伝わっていた。

ほむら(そうよね。あなたはそんなことを言える人ではないわ)

恐らくまどかは、こう言おうとしたのだ。

自分の契約を防ぎたいのなら、さやかを守ってほしいと。
そうしなければ自分は契約してしまうと、そう言おうとしたのだろう。

しかし、そんな脅迫めいたことを、まどかが言えるはずがない。
ほむらもそのことはわかっていて、それを前提に行動している。

だが……

ここはむしろ、こう言っておいた方がいいのかもしれない。

ほむら「美樹さやかについては、私に任せてもらえないかしら。昨日のようなことがあれば、また私がなんとかするわ」

まどか「……それは、わたしに契約してほしくないから?」

ほむら「そういう理由も、ないと言えば嘘になるわね。でも、美樹さやかを心配してるのは本当よ」

まどか「……」

まどかが不安そうな顔を見せた。

当然だ。
ほむらがさやかを助ける理由が純粋に心配からくるものでないのなら、状況が変わればさやかに危険が生じる恐れがある。

だから、ここはこう言っておく。

ほむら「だから、あなたがさやかのために魔法少女になる必要はないわ」

まどか「……!」

これでいい。
こう言っておけば、まどかがさやかのために衝動的に契約することはなくなる。
さやかの窮地を目にしても、とりあえずはほむらを頼るようになるだろう。

また、そうせざるを得ない、とも言える。
まどかが契約することは、同時にほむらの助けを失う可能性に繋がる、と暗に示したのだ。

これが、ほむらがさやかを助ける理由がまどかの契約にあることを、完全には否定しなかった理由だった。

まどか「……うん、わかった」

まどかは複雑そうな表情を見せた。
逆に脅迫めいたことを言われてしまったのだから、当然かもしれない。

ほむら「あまり難しく考えないでいいわ。美樹さやかは、魔法少女としてうまくやっている方よ。しばらくすれば、私の助けなんて必要としなくなるでしょう」

これは嘘ではない。
『しばらく』というのが問題ではあるが。

まどか「……ありがとう。少しだけ安心した」

ほむら「それはよかったわ」

***

数日後、ほむらは杏子を家に呼んだ。
ワルプルギスの夜の説明をするためだ。

あらかじめ用意した資料も使い、ワルプルギスの夜の戦闘能力、特性、従えている使い魔、予想される攻撃方法など、ほむらがこれまでに知り得た情報を杏子に伝えていく。

ほむら「……とりあえず、こんなところかしら」

説明が一段落したところで、杏子は感心したように息を吐いた。

杏子「すげえな……よくもまぁ、これだけ細かく調べたもんだ。つーか、一体どこから情報を集めたんだ?」

ほむら「……」

ワルプルギスの夜は、伝説になるほど有名ではあるが、その実態まではあまり知られていない。
実際に戦った魔法少女が少な過ぎるのだ。

大抵の魔法少女は勝てない魔女には挑まないし、また、戦った魔法少女の多くはその命を落としている。

恐らくは……いや、間違いなく、ほむら以上にワルプルギスの夜に詳しい魔法少女は存在しないのだろう。

ほむら「ワルプルギスの夜がこの町に来るのは××日。ここは間違いないわ。そして、これがその出現範囲予測」

ほむらの言葉に、さすがに杏子も訝しむような視線を向けた。

杏子「……本当に、どこからの情報だ? ワルプルギスの夜がこの町に来たことはないはずだろ」

ほむら「企業秘密。でも、信頼できる情報よ」

杏子「……あっそ」

ここで私が嘘を吐く意味はない。
特に根拠を示さなくても信用してもらえるはずだ。

あとは……

ほむら「本当なら、あなたとの連携の練習もしておきたいのだけど、それは直前でいいわ。あなたも、むやみに自分の手の内を晒したくはないでしょう?」

杏子「それはそうだが……結局同じことじゃねーの? どうせワルプルギスの夜と戦う前には能力を教え合うんだろ?」

ほむら「……」

ワルプルギスの夜が来るまでに、何があるかわからない。
ほむらとしては、ぎりぎりまで自分の能力を明かすことは避けたかった。

ほむら「……ワルプルギスの夜の規模の大きさは説明した通りよ。連携とは言っても、実際には各々で戦うことになるでしょう。直前で十分よ」

これは嘘だ。
ほむらの能力は、連携することでその真価を発揮する。
実際にはふたりの連携を軸に据えて戦うことになるだろう。

ただし、ほむらは既に杏子の戦闘能力を把握しているので、どのように連携を行うかの考察は今の時点で可能であり、更に言えば、その考察はこれまでの時間軸でほとんど終わっている。

この時間軸の杏子の能力がこれまでと大きく異なっていれば再考の必要もあったが、これまでの彼女の戦闘を見る限り、そのまま用いて問題ないだろう。

前日にそれを杏子に伝えれば、とりあえず問題はない。

杏子「まぁお前がそう言うんなら、それでいいか。で、さやかはどうすんだ?」

ほむら「……どう、とは?」

杏子「あいつには、ワルプルギスの夜が来ることを教えないのかよ?」

ほむら「……」

彼女からすれば、当然の疑問ではある、が……

ほむらは、少し言葉を選んだ。

ほむら「……あなたが彼女と仲違いしてなければ、協力の要請も考えるのだけど」

杏子「あぁ、あたしとあいつを比べた上で、あたしを選んだってことか? 別に大丈夫だろ。共通の敵がいれば、あいつだってあたしたちに協力せざるを得ないはずだ」

ほむら「それはそうなのだけど、ね」

杏子「なんか引っ掛かるのか? 相手は伝説級の魔女だ。戦力はあるに越したことねーだろ」

ほむら「……」

今回の時間軸では、ほむらは始めから杏子とふたりでワルプルギスの夜に挑む状況を作ることを目標としていた。

理由として、まず、さやかの戦闘スタイルはほむらと共闘するには相性が悪いのだ。
基本的に近距離で戦闘を行う彼女は、爆弾を使用するほむらとは連携が取りづらい。

また、3人という人数も不安要素のひとつだ。
ほむらの能力を使う際、手を繋ぐことでその人間の時間を止めずにいることができるが、機動力を考えれば同時にふたりというのは難しい。

つまり、ほむらを含め3人以上で戦うならば、どちらかの目の前で突然爆発が起こる、というようなことが必ず起こり得る。

巴マミのようなベテランの魔法少女ならそのような事態も経験でカバーできるのだろうが、さやかにはさすがに荷が重い。

そして、もうひとつ危惧していることがある。

今のふたりの関係ならまずないとは思うが、杏子が、戦闘中にさやかを庇って死にやしないかということだ。
そんなことになったら目も当てられない。

要するに、さやかが加わることは戦力という面ではプラスだが、同時に不確定要素も強くしてしまうのだ。

ほむら「……美樹さやかについては、少し考えさせて。協力を頼むときは、私から直接話をするわ」

杏子「ふーん、まぁわかったよ。好きにしな」

ほむら「いずれにせよ、彼女との関係が険悪化することは望ましくないわ。必要以上に彼女と争うことはやめてほしいわね」

杏子「……」

どうせ言っても無駄か、とほむらがため息をついていると、不意に杏子が呟いた。

杏子「……どうもしっくりこねぇな」

ほむら「え?」

杏子は、ほむらを正面から見据え、問いかけた。

杏子「単刀直入に聞こうか。お前の目的はなんだ?」

予想外の質問に、ほむらはわずかにたじろぐ。

ほむら「だから、ワルプルギスの夜を倒すことが……」

杏子「それは目的ではなく手段だろ。なぜ、ワルプルギスの夜を倒そうとする?」

ほむら「……そんなに不思議かしら。魔法少女が魔女と戦うのは当然でしょう」

杏子「まぁな。だが、ワルプルギスの夜に挑もうとするのは普通じゃない。大抵の魔法少女は逃げ出すぜ。あたしだって、ひとりなら倒そうだなんて思わなかったよ」

ほむら「……」

杏子「あたしには狩り場を守るって理由もあるが、お前はそうじゃない。この町ではほとんど魔女を狩ってないみたいだしな。かと言って戦闘狂ってタイプでもねぇだろ」

杏子「ワルプルギスの夜に何か因縁でもあるのか……あるいは」

杏子「この町にこだわる理由でもあんのか?」

ほむら「……」

この町にこだわる理由。

それは、ほむらにとって最も大切な人がこの町にいるから。
ほむらがワルプルギスの夜を倒さなければ、その少女は我が身を犠牲にしてでもこの町を守ろうとしてしまうから。

……そんなことを、わざわざ説明してやるつもりはない。

ほむら「そんなものないわ。ただの気まぐれよ」

杏子「……ま、いいけどさ」

恐らく杏子は、ほむらが何か隠し事をしていることには気づいたのだろう。
だからこそほむらは、明確に『話したくない』という意思表示をしたのだ。

ほむら「話は以上よ。ワルプルギスの夜が来る前日に、またここに呼ぶわ」

杏子「わかったよ」

これでいい。
あとは、何も起こらないことを祈るだけだ。

***

その魔女は、決して弱いわけではなかった。
魔法少女との戦闘経験も豊富で、知能も高く、杏子でさえ単身で挑めば苦戦していたかもしれない。

……そんな魔女が、困惑していた。

さやか「……」

その魔法少女は何かがおかしかった。

もう十分にダメージは与えたはずだった。
普通なら、実力の不足を認識して逃げ出していただろうが、その気配もない。

そもそも、どれだけ攻撃しても、全くと言っていいほど怯まないのだ。

今まで戦った中に、こんな魔法少女はいなかった。

大抵の魔法少女はとどめを刺される前に逃げ出していたし、逃げずに立ち向かった魔法少女も、その実力差を覆すことはできずにいた。

だが、この魔法少女は、そのどちらにも当てはまらないかもしれない。
実力的にはその魔女には及ばないはずなのだが、どうしても嫌な予感が消えない。

何度終わりを確信して攻撃したか、もうわからない。

魔女(……きりがない。次の攻撃で牽制して、その隙に逃げるべきか)

さやか「」ダッ

魔法少女が攻撃を仕掛けてきた。

剣を振り上げ向かってきたが、魔女は的確に反撃した。

……いや、その反撃はあまりにも的確過ぎたのかもしれない。

さやか「……」

魔女は終わりを確信した。
確信せざるを得なかった。

魔女(……杞憂だったか。わざわざ逃げる算段を立てる必要もなかったか──)

一瞬の弛緩。

それが、その魔女の敗因だった。

***

杏子「……さーて、もう一匹くらい狩っとくかな」

その日も杏子は、危なげなく魔女を倒したところだった。

グリーフシードの予備はまだあったが、せっかくなのでもう少し狩っておこうかと思い、杏子は街を歩き始めた。

しばらくすると、魔力の反応があった。
しかし、杏子がその地点に近づくと、何者かが戦闘を行っているような音が聞こえてきた。

杏子(……先客か。この音の感じからすると、さやかか?)

杏子は、物陰から様子をうかがった。

わざわざ邪魔するつもりはなかった。
この前さやかにも直接言ったが、この町で魔女を狩ることを許さないわけではない。

単に、少しは強くなったか見てやるか、くらいの気持ちだった。

ところが──

杏子(あいつ、また性懲りもなく……!)

さやかの戦闘相手は、魔女ではなく使い魔だった。

杏子「ったく……!」

杏子も、前回の戦闘くらいでさやかが素直に従うようになるとは思っていなかったので、案外冷静ではあった。

杏子「おい、何してんだてめえ!」

ズバアッ

杏子「!」

杏子が声を掛けると、さやかは即座に使い魔を切り捨てた。

さやか「……きたわね」

さやかが杏子に向き直る。
その行動は、杏子を誘い出すために使い魔を利用したとしか思えなかった。

杏子「……使い魔は狩るなって、ついこないだ言ったばかりだよな? 今度こそ殺されたいか?」

さやか「勝手にすれば? あんたの言うことなんて、聞くわけないでしょう」

杏子「あれだけ言ったのに、まだわかんねーのか? いい加減、正義の魔法少女だなんて戯れ言をほざくのはやめておきな」

さやか「……」

さやかは、異様に落ち着いていた。
前回杏子が戦った相手と同一人物には見えなかった。

さやか「……今日は、ずいぶんおとなしいのね。文句があるなら、直接かかってきたらいいじゃない」

杏子「……?」

さやかの様子がおかしい。

どう見ても、戦闘を誘ってきている。
だが、前回あれだけやられておいて、何の考えもなしに喧嘩を売ってくるとも思えない。

杏子(まさか、この数日でそんなに変わったってのか?……面白いじゃねーか)

杏子はにやりと笑って、槍を構えた。

杏子「わかった、お望み通りズタボロにしてやるよ」

さやか「……前回のようにはいかないわよ」

杏子「期待してるぜ」

杏子は、さやかに襲いかかった。

激しく、剣と槍がぶつかり合う。

さやか「……ッ」

杏子「……」

とりあえず全力は出さず、杏子はさやかの様子を観察した。

前回に比べれば、確かに動きは良くなっている。
この数日で、かなり戦闘を重ねたのだろう。

だが……

杏子(……舐めてんのか? この程度で、あたしに勝てるとでも思ったのかよ)

実力差は覆らない。

もちろん杏子も、さやかの実力が杏子に及んでいると期待していたわけではない。
しかし、さやかから戦闘に誘ってきたのだから、何かしらの策はあるのだと思っていた。

しかし、それすら見られない。

やはり、素人がたった数日で杏子に勝とうというのが、そもそもの間違いなのだ。

杏子は、軽くさやかに失望した。

杏子(話にならねーな。もう終わらせるか)

槍を多節棍に変化させると、さやかはわずかに動揺した。
前回、壁に叩きつけられたことが印象に残っているのだろう。

だからこそ、そこを警戒する。
そして、それこそが杏子の狙いでもあった。

一瞬にして槍を繋げ直し、横凪ぎに振るう。

予想外の攻撃にさやかは対応できず、激しく吹き飛ばされた。

杏子「……もういいだろ。あたしに挑むんなら、あと数ヵ月は経験を積んでからにしな」

杏子は、倒れ込むさやかに背を向けて言い放った。

これで使い魔を倒さなくなるとも思えないが、とりあえず実力差は思い知ったはずだ。
また勝負を仕掛けてくるにしても、しばらくは先のことになるだろう。

杏子は、その場を立ち去ろうとした。

しかし──


さやか「待ちなさいよ。何勝手に終わらせてんの?」

杏子「!」

杏子が振り返ると、何事もなかったかのようにさやかが立っていた。

杏子(……浅かったか? いや、手応えは十分だった。それにしては回復が早過ぎる。待てよ、そういえば……)

以前キュゥべえが言っていたことを思い出す。
さやかは、他人の怪我を治すという願いで魔法少女になったと言っていた。

そして、魔法少女の能力は契約の願いによって決まる。

杏子(なるほど、回復魔法を得意としてるってところか。だが……)

結局は同じことだ。
むしろ攻撃に特化した能力であれば一矢を報いることもできたかもしれないが、回復しているだけではどうしようもない。
苦しむ時間が長引くだけだ。

杏子「これ以上続けても無駄だ。本気で勝てると思ってんのか?」

さやか「もちろん。無駄かどうかなんて、あんたが決めることじゃないわ」

杏子「……確かにな」

そう言われては仕方がない。

ふたりの魔法少女は、戦闘を再開した。

しかし、やはり戦局は変わらない。

杏子はさやかを攻め立てながら、降参を促す。

杏子「いい加減にしろ。 お前がどれだけあたしに勝ちたいかはよくわかったが、今はどうしようもねーだろ。ここは退いとけよ!」

さやか「……!」

これまでは半ば無表情だったさやかの表情に、変化が見られた。

さやか「黙れ、あんたなんかにはわかんないわよ!」

杏子「……なんだと?」

さやか「せっかく魔法少女になったのに、その力をそんな風にしか使えないなんて……どうせあんたなんて、自分のためだけに魔法少女になったんでしょ!?」

さやかの言葉が、杏子に突き刺さった。

杏子「てめえ……ッ!!」

瞬間、杏子は我を忘れた。

手加減を忘れ、全力でさやかに攻撃を叩き込む。

杏子(しまっ……)

あわてて槍を引こうとしたが、もう手遅れだった。

ザクゥッ

槍は、さやかの腹部に直撃した。

杏子「……っ」

だが、さやかに動揺はない。
それどころか、そのまま杏子に斬撃を叩き込んできた。

ズバァッ

杏子「ぐっ……」

攻撃直後の隙を狙われた。
この戦闘で……いや、前回の戦闘から通して、初めて明確に杏子にダメージを与えた一撃だった。

だが、浅い。

対して杏子の槍は、完全にさやかの脇腹を突き抜けていた。
どちらのダメージが大きいかなど、考えるまでもない。

杏子(……やり過ぎちまったか。まぁあいつもこれで諦めるだろ)

さやかも、これ以上やっても勝てないことは十分にわかったはずだ。
大人しく杏子に従うか、あるいはまた後日再戦を挑んでくるか……

そんなことを考えていた杏子の耳に、あり得ない言葉が聞こえてきた。



さやか「……まずは、ひとつ」

杏子「……ッ!?」

杏子の全身が総毛立った。

つまり、さやかはこう言っているのだ。

今の攻防を繰り返すことで、杏子にダメージを与え続けると。

思えば、さやかは杏子の全力の攻撃を待っていたのかもしれない。
そうでなければ、いくら攻撃直後であろうと大きな隙は生まれなかっただろう。

その上で、全力の攻撃を防御すらせず、受ける。

いくら回復魔法に長けた魔法少女であろうと、杏子には正気の沙汰とは思えなかった。

杏子「てめえ、なんだそりゃあ……まるで、ゾンビみてーな戦い方じゃねーか! それが、正義の魔法少女の姿かよ!?」

思わず、杏子は叫んでしまった。
叫ばずにはいられなかった。

さやか「……格好なんて、どうでもいい」

杏子「っ!?」

さやか「あたしは、あんたみたいな奴には絶対に負けるわけにはいかないの……そのためなら、ゾンビにだって、なってやるわよ……ッ!」

杏子「…………」

この瞬間、杏子は完全に戦意を喪失した。

この戦闘における、互いの覚悟の違いを思い知らされたのだ。
まさか、さやかがこれほどの覚悟をもって杏子に挑んでいたとは思っていなかった。

杏子「……あたしの負けだ」

さやか「……」

杏子「もうお前の邪魔はしねーし、使い魔も狩る。それで文句ねーだろ」

杏子は吐き捨てるような口調で言い放ったが、返事はなかった。

杏子の敗北宣言を聞いた時点で意識を失ったのか、さやかはその場に崩れ落ちる。

杏子「さやか!?」

地面に倒れ込むかと思った次の瞬間、ひとりの魔法少女が現れ、さやかを支えた。

ほむら「大丈夫。気絶しているだけよ」

杏子「……見てたのか」

ほむら「……」

杏子「チッ……」

見られていたことを知り、イラつく。

もう一秒たりともこの場にいたくなかった。
杏子はさやかを一瞥して、その場を後にした。

***

ほむら(まさか、こんなことになるとはね……)

ほむらは、ふたりの戦闘を始めから隠れて監視していた。
前回のように、キュゥべえがまどかを連れてきたときに戦闘に横槍を入れるためだ。

しかし、この展開は予想外だった。

ほむらとしては、まどかが関わらないのであれば、このふたりには気が済むまでやりあってもらって構わないと考えていた。
使い魔を狩ろうが狩るまいが、ほむらにはどうでもいいことだ。

その上で、勝つのは杏子であり、さやかが納得することはないだろうと予想しており、しばらくはふたりの戦闘が勃発することを覚悟していた。

だが今日の杏子の様子を見る限り、もう彼女にさやかと争う気はないだろう。
素直に使い魔を狩るとも思えないが、少なくとも、さやかに正面から戦闘を仕掛けることはないと思われる。

まどかの契約の機会が減ったという面では、好ましいことだ。

しかし、ほむらは手放しには喜べなかった。

不安がよぎる。

ほむら(さやかの、あの戦い方は……)

「全く、わけがわからないよ」

──不意に、ほむらの背後から声が響いた。

ほむら「……!」

QB「まさかこんなことになるなんて、君たちは本当にわけがわからないね」

現れたのは、キュゥべえだった。

ほむら「……さやかにあの戦い方を教えたのは、あなたね」

QB「そうだよ。ただでさえ、魔法少女はどんな傷でも回復できるのに、痛覚なんて動きを阻害するだけだ。回復魔法に長けたさやかならなおさらだよ」

ほむら「……」

QB「さやかは杏子に勝つ方法を求めていた。だから、彼女に合った戦闘方法を教えてあげたのさ」

ほむら(確かに、さやかの特性には相性のいい技術ではある、が……)

『痛覚遮断』

今の段階でさやかが知ってしまったのは、予想外だった。
できれば、あまり使用すべきではない技術だ。

あれは、格上の相手に攻撃を当てるには有効だが、当然その分傷を負い、回復のために魔力を使用することになる。
もし魔女との戦闘で使用した場合、落とすグリーフシードで回復できる量以上の魔力を消費する可能性があり、そんな戦闘が続けば、消耗していく一方だ。

本来なら、魔法少女は勝てない魔女とは戦闘するべきではないし、もし勝つ手段があっても、戦闘前よりソウルジェムを濁らせるとわかっていれば戦わない。

だが、さやかはそういう考え方をするタイプではない。
魔女を見つければ、格上であろうと確実に狩ろうとするだろう。

だからといって、今すぐ魔女になるというわけでもないだろうが……

ほむら(……気を付けておきましょう)

ほむらは、改めてキュゥべえに視線を向けた。

ほむら「……それで、あなたの思惑通り、美樹さやかを佐倉杏子に勝たせることができたわけね」

正直、相変わらずの黒幕ぶりに感心した面もあり、ほむらは半ばあきれるような口調で称賛した。

──だが。

QB「本気で言っているのかい?」

ほむら「……え?」

QB「さやかが、痛覚を無視する手段を得た程度で、それであの杏子に勝てると、本当に思うのかい?」

ほむらの脳内が疑問符で埋まる。
キュゥべえは、本気で不思議がっている様子だった。

ほむら(こいつは何を言っているの? 思うも何も、現に……)

QB「あのまま戦闘を続けていれば、先にさやかの魔力が尽きていたことは明らかだ。そうなれば、痛覚の有無など関係なく、杏子は確実にさやかを殺せていただろうに……」

ほむら「あなた、何を……」

QB「単純に、魔力の消費を嫌って……? いや、それにしては、杏子の様子が腑に落ちないし……」

ほむら「……!」

ほむらは、ようやく気づいた。
なるほど、この展開は、キュゥべえにとっても予想外のものだったのだ。

恐らくキュゥべえの狙いは、さやかが痛覚遮断を使用した上で、それでも杏子に負けることだったのだろう。
もしそうなっていれば、さやかはこの場で魔女になっていてもおかしくなかった。

痛覚遮断を教えたのは、杏子にさやかをギリギリまで追い込ませるための手段だったのだ。

だがキュゥべえの計算外だったのは、人間の感情だった。
キュゥべえも、簡単な喜怒哀楽なら理屈として理解はしているだろうが、杏子がさやかに向けるような複雑な感情は、とても理解できないのだろう。

ほむら「……そうね、あなたにはわからないでしょうね」

ほむらの言葉に、キュゥべえはやっと合点がいったような口調で呟いた。

QB「やはり、感情というものなのかい? 厄介なものだね。僕たちには、まだまだ理解できそうにないよ」

ほむら「……」

キュゥべえがこんな調子なのはいつものことだ。
感情がない相手に振り回されても仕方がない。

やはりキュゥべえを出し抜くには、感情を利用するのが一番なのだろうか。
しかし、それこそ理屈で測れないのが人の感情というものだ。
利用しようと思って利用できるものではない。

ほむらは、一旦頭を切り替えた。

ほむら「あなたがいるなら丁度いいわ。美樹さやかのこと、任せたわよ」

さすがに気絶した少女を路上に放置するのは気が引けたが、キュゥべえがいるのならまぁいいだろう。

QB「僕に戦闘能力はないよ?」

ほむら「いいのよ、さやかもそろそろ目を覚ますことでしょう」

さやかに見つかり、余計な勘繰りはされたくない。

ほむらは、歩いてその場を後にした。

***

杏子との二度目の戦闘から数日が経った。
あの日から、さやかは杏子の姿を見ていない。
どうやら意図的に避けられているようだ。
さやかとしても、わざわざ争いたいわけではないので問題はなかった。

ほむらも、以前のようにさやかに干渉してくることはなくなった。
魔法少女になってしまった以上、あとは好きにしろといったところか。
しかし、常に何やら観察されているように感じるのは気のせいだろうか。

まどかは、今のところは契約する気はないようだ。
あたしからは、『願いがないのなら魔法少女にはなるべきじゃない』以外のことは言っていない。
あとは、まどか自身の判断に任せるだけだ。

そして、今日は……

まどか「どうしたの? そわそわしちゃって」

さやか「……別に、そわそわなんてしてないけど」

まどか「隠さなくてもいいじゃん。今日からでしょ? 上条くんが学校に来るのって」

さやか「……うん」

そう、今日は、恭介が退院してから初めて学校に来る日だ。

退院には立ち会ったが、それからはまだ一度も会っていない。
病院ならお見舞いという建前もあるが、用もなく家にまで押し掛けるのはさすがに恥ずかしい。
それに、恭介もブランクを取り戻すのに忙しいらしく、ほとんど連絡もできなかったのだ。

まどか「あっ、上条くん来たみたいだよ」

さやか「……!」

教室に入るなり男子に迎えられ、ふざけ合っている。
恭介が日常に戻れたのだと思うと、さやかの胸が熱くなった。

さやか(……魔法少女になってよかった)

後悔なんて、あるはずがなかった。

まどか「さやかちゃん、上条くんのとこに行ってきなよ」

さやか「いいよ、あたしは入院中も会ってたし、恭介も恥ずかしいだろうし……」

まどか「もう……しょうがないなぁ」

思わずほっとする。
まどかも、余計な気を使わなくていいのに。

まどか「上条くーん!」

さやか「!?」

完全に油断していた。
まさか、そんな強行手段をとってくるとは……

恭介「おはよう、鹿目さん」

まどか「おはよう、上条くん。退院できてよかったね!」

恭介「うん、ありがとう……えっと、さやかはどうかしたの?」

まどか「ほら、さやかちゃん!」

……どうやら覚悟を決めるしかなさそうだ。

さやか「お、おはよう恭介。退院おめでとう」

恭介「ありがとう。思えば、入院中はいろいろとお世話になったね。本当に助かったよ」

さやか「き、気にしなくていいって!」

恭介「これからはまたいつでもバイオリンを聞きにきてよ。聞いてくれる人がいると、僕の練習にもなるからさ」

さやか「うん、ありがと」

恭介「じゃあまた」

恭介が離れてから、さやかは盛大に息を吐き出した。

さやか「ふぅ……まどか、あんたねぇ」

まどか「ご、ごめんね。怒った?」

少しくらいは文句を言ってもいいかと思っていたが、不安そうにこちらを眺めるまどかを見ると、そんな気は失せてしまった。
残ったのは、感謝の気持ちだけだった。

さやか「……ううん、ありがと」

まどか「どういたしまして!」

満面の笑みでそう言われると、何も言えず、苦笑するしかなかった。

こういうときに実感するのだ。
まどかの強さを。

普段はおとなしいくせに、他人のためならどんなことでもできてしまうような……

それが、鹿目まどかという少女なのだ。

その日の放課後、さやかは仁美に呼び出された。
大事な話があるということだったが……

さやか「ごめん、待たせちゃったかな」

仁美「いいえ、私も今来たところですわ」

さやか「ならよかった。で、話って何?」

仁美「……恋の相談ですわ」

さやか「恋!? 仁美が? なんか意外……」

さやかは、仁美の様子がいつもと違うことに気がついた。
普段はどちらかと言えばおっとりしている彼女が、とても真剣な表情をしている。

仁美「私、前からさやかさんやまどかさんに秘密にしてきたことがあるんです」

さやか「うん」

仁美は、意を決したかのように口を開いた。

仁美「ずっと前から私、上条恭介君のこと、お慕いしてましたの」

さやか「え……」

あまりにも予想外の言葉だった。
仁美が、恭介のことを……?

仁美「さやかさんは、上条君とは幼馴染でしたわね」

さやか「あーまぁ、腐れ縁って言うか、なんて言うか……」

仁美「本当にそれだけ?」

さやか「……」

さやかは思いの外落ち着いていた。
なぜ、仁美がさやかにこのことを打ち明けたのかを考える。

さやか「……なんで、仁美はこのことをあたしに話してくれたの?」

仁美「あなたは私の大切なお友達ですわ。だから、抜け駆けも横取りするようなこともしたくないんですの」

さやか「あたしが恭介に対してどう思ってるかなんて、仁美に話したことあったっけ?」

仁美「ありませんわ。だから、何もないのならそれでいいんです」

さやか「……」

仁美「私、明日の放課後に上条君に告白します。丸一日だけお待ちしますわ。さやかさんは後悔なさらないよう決めてください。上条君に気持ちを伝えるべきかどうか」

さやか「……仁美はそれでいいの?」

仁美「上条君のことを見つめていた時間は、私よりさやかさんの方が上ですから。あなたには私の先を越す権利があるべきです」

そういうことか。

こんな状況にも関わらず、さやかは笑みを押さえ切れなかった。

なんていい子なんだろう。

仁美の性格からして、ほんの少し恭介が気になったくらいでは、ここまでの行動は起こさない。
好きになってからあたしの思いに気づいたのか、あるいはあたしの思いを知りながら好きになってしまったのか……

どちらにしても、仁美は相当悩んだのだろう。

そして、自分の気持ちに嘘は吐けず、親友のことも裏切れず、最も自分が納得できる方法を探したのだ。

もっと楽な道もあったはずだ。

実際にあたしの思いを聞いたことはないのだから、全てを知らなかったものとして恭介に告白することもできた。

でも、仁美はそれをよしとしなかった。

さやか(……あたしって、本当に親友に恵まれてるんだなぁ)

仁美「話は以上です。では、これで……」

さやか「あ、待って!」

呼び止められ、仁美に動揺が走った。

さやか「あたしにも、何か言わせてよ」

仁美「……ごめんなさい。急にこんな話をしてしまって。私、自分勝手ですわよね」

さやか「え? そんなこと……」

仁美「いいえ、自分でもわかってますの。さやかさんがこれまでどれだけ上条くんへの思いを大切にしてきたのか。それを考えると、本当に申し訳ないですわ」

さやか「……なんか恥ずかしいんだけど。あたしってそんなにわかりやすいの?」

仁美「それなのに、急に告白しろなんて言われても、困りますわよね」

仁美は、完全に落ち込んでいた。
目も合わせてくれない。

さやか「待って、違うよ。そんなこと思ってないって」

仁美「え?」

さやか「呼び止めたのは、お礼を言いたかったからだよ。わざわざ話してくれて、ありがとう」

仁美は、ポカンとした表情でさやかを眺めた。

仁美「……許してくださるんですの?」

さやか「許すも何も……仁美こそいいわけ? 本当に好きなんでしょ? 恭介のこと」

仁美「……はい。ですが、さやかさんに黙って告白なんてできませんわ」

さやか「あたしも恋愛なんてよくわからないけどさ、そういうもんなんじゃないの? 恋愛って。早い者勝ち! みたいな」

仁美「……恋愛ドラマの見過ぎでは?」

さやか「あはは、そうかも」

仁美がくすりと笑った。

よかった。
いつもの調子に戻ってくれたようだ。

恋愛と友情。
人によってはきちんと優先順位をつけているのだろうが、どちらかを選ぶことでどちらかを捨てるなんて、あたしにはできない。

さやか「仁美、ありがとう。ちゃんと考えて、後悔しない道を選ぶって約束するよ」

仁美「えぇ。それでこそさやかさんですわ」

……さて、どうしたものか。

***

さやかは、パトロールをしながら仁美と話したことについて考えていた。

仁美には『ちゃんと考えて後悔しない道を選ぶ』なんて言ったが、答えは出ているようなものだった。

さやか(あたしは、恭介のことが好きだ)

自覚はある。
となれば、もはや選択肢はない。

さやか(……明日、恭介に告白しよう)

受け入れてもらえるかどうかはわからない。
正直、恭介があたしのことを異性として意識しているかどうかすら疑わしい。

そもそもあのバイオリン馬鹿は、そういったことに興味はあるのだろうか。
彼女ができても、バイオリンに没頭し過ぎて愛想を尽かされる姿が容易に想像できる。

だから……というわけではないが、今まで、恭介とその類いの話をしたことはない。
好きな人がいたことがあるかどうかすらわからない。

あるいは、さやかとではなく男子生徒同士では、そういった話をしているのだろうか。

その場合は、一応はさやかを異性として扱ってくれているという意味では、喜ぶべきことなのかもしれないが……

さやか(……ないだろうなぁ)

こう言ってはなんだが、恭介はまだ良くも悪くも子どもだ。
恋愛面についてはほとんど経験がないだろう。
中学生くらいだと、やはりこういったことに関しては、女子の方が進んでいるのだと思う。

もちろん、恭介のバイオリンに打ち込む姿を好きになったのだから、そこに対して不満があるわけではない。

問題は、恭介が恋愛に免疫がないであろうことだ。

あたしが告白しても、そもそも恋愛そのものに対して拒否反応を示すかもしれない。
あるいは、仁美のような可愛い娘に好きだと言われたら、舞い上がってよく考えずに付き合ってしまうかもしれない……

さやか「……はぁ」

思考が迷子になっている自覚はある。
明日告白するだなんて、急な展開に頭がついていかないのだ。

本来なら、すると決めたのだから、どう告白するかを考えるべきだ。

だが、どうしても現実感がない。

自分が恭介と付き合えるのか、あるいはフラれてしまうのか。
それが明日決まるということが、とても信じられなかった。

さやか(……仁美はすごいな)

自分にはあんな勇気はなかった。
仁美には『気持ちを大切にしている』などと言われたが、実際は、女友達という心地いい関係に甘んじていただけだ。
気持ちを打ち明けることもできず、異性として見られていないなどと言い訳を重ね、その結果がこれだ。
今日のようなことがなければ、告白なんて考えもしなかったかもしれない。

まどかも仁美も、自分にはない強さを持っている。

親友としては誇らしい限りだが、ふとした拍子に、どうしても引け目を感じてしまうことはある。

さやか(だけど……!)

ここだけは譲れない。

ずっと好きだったのだ。
口にすることはできなかったが、その思いは、仁美のそれに負けているとは思わない。

しかし、だからこそ怖い。
フラれたときのことは、正直考えたくない。

……結局あたしは、まだ覚悟ができていなかったのだ。

さやか(……魔力の反応!)

ソウルジェムが反応を見せた。
上の空だった状態から、急激に現実に引き戻される。

恭介のことはひとまずおいておこう。
今は魔女を倒すことが先決だ。
さやかは、反応があった地点へ向かった。

結界に入り、使い魔を倒しつつ奥へ進んでいく。

さやか(大丈夫、いける……)

痛覚遮断を使うまでもない。
油断は禁物だが、使い魔の強さからしてそれほど強い魔女ではないはずだ。

魔女のもとにたどり着く。
しかし、魔女が捕らえている少女を見て、さやかに戦慄が走った。

さやか(まどか……!?)

心が揺れる。
だが、さやかは逸る気持ちを押さえつけ、自分に言い聞かせた。

さやか(……焦っちゃダメだ。冷静に、確実に魔女を倒すんだ)

今までと同じだ。
捕らえられている人間が誰だろうと、必ず救い出す。
それだけだ。

さやか(……よし)

自分が落ち着いたことを確認する。
辺りを見渡すと、先程より視界が広がっているのを感じた。

やはり、動揺していたのだろう。
しかし、もう大丈夫だ。

さやか「待ってて、まどか。今助ける」

さやかは、魔女に襲いかかった。

落ち着きさえすれば、こっちのものだ。

さやかの予想通り、魔女の強さは大したことはなかった。
契約したての頃ならともかく、今のさやかなら問題なく倒せるレベルだ。

さやか「これで……終わりよ!」

さやかの斬撃が直撃し、魔女はふたつに切り裂かれた。
ほぼ間違いなく、これでとどめを刺せたはずだ。。

しかし、まだ警戒は解かない。
確実に倒したとわかるまでは、魔女を相手に気を緩めてはならない。

結界の崩壊を確認し、ようやくさやかはわずかに息を吐いた。
やはり、普段に比べれば張り詰めていた部分はあったのだろう。
しかし、それでこれだけ冷静に動けたのだから、上出来だ。

さやかは、これまでの戦闘経験により、未熟ながらも安定した強さを身に付けつつあった。

さやか「まどかっ!」

さやかは、倒れているまどかに駆け寄った。

まどか「……さやか、ちゃん?」

反応があったことに、思わず胸を撫で下ろす。
外傷もないし、まず大丈夫だろう。

さやか「無理しないで。あんた、魔女に襲われたのよ。もう倒したから安心して」

まどか「……」

どうやら少し混乱しているようだ。
無理もない。

さやかも、自分が魔法少女じゃなければ魔女を見ただけで逃げ出すだろう。
魔法少女として戦った経験がある今だからこそ、魔女の恐ろしさがわかる。

以前、魔女の口づけを付けられた人を追いかけようとしたことがあったが、それがどれだけ危険なことだったか。
改めて思い出すと、背筋が冷たくなる。

さやかとは違い、まどかは今日初めて魔女の恐ろしさを目の当たりにしたのだ。
ショックがあって当然だろう。

しばらくすると、まどかはどうやら現状を把握したようだった。

さやか「まどか、大丈夫?」

まどか「うん、助けてくれたんだね。ありがとう」

さやか「どういたしまして」

助けられてよかった。
もし間に合っていなかったらと思うと、ゾッとする。

さやかが胸を撫で下ろしていると、ふとまどかが何かを思い出したかのように口を開いた。

まどか「あ、そうだ。仁美ちゃんもここにいたんだ。魔女の口づけで、おかしくされちゃってて」

さやか「え……仁美が?」

仁美の名前を聞き、さやかは思わず今日のことを思い出した。

まどか「そうなの。他にもたくさんの人が操られて、一緒に死のうとしてて……」

さやか「……」

まどかの声が遠くに聞こえるようだった。
妙に現実感が薄れていく。

さやか(そうか、仁美が……)

思考が、途切れる。

魔が差した、としか言えないのかもしれない。

さやか「……」

しかし、そのとき確かにさやかの心に、ひとつの考えが浮かんでしまった。




───だったら、助けなければよかった?


さやか「ッ!?」

ゾクリ、と体が震えた。
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。

さやか(あたし、今……)

足元が崩れたかのような錯覚を覚えた。
視界が揺れる。

さやか(……何を、考えた?)

理性は否定しようとした。
そんなはずがない、そんなことを考えるはずがない、と。

しかし、他の誰でもない自分の心情だ。
誤魔化せるはずがない。

さやか「あ……」

さやかは、自分が何を思ったのか、改めて知ってしまった。
自分で自分が信じられなかった。

さやか(あたし、は……)

まどか「……さやかちゃん?」

さやか「!」

まどかに声をかけられ、ハッとする。
さやかの様子が変わったことを不審に思ったのだろう。

さやか(まずい、今は……)

顔を合わせられなかった。
今まどかに顔を見られたら、全てを見透かされてしまう気がした。

まどかには、こんな自分の汚い部分、卑怯な部分を知られたくなかった。

さやか「……ごめん、魔力の反応があった。あたし、もう行かなきゃ」

顔を背けたまま、早口で伝える。
幸いにも、まどかはそれを緊迫した状況故のことだと受け取ったようだった。

まどか「えっ? あっうん、わかった。頑張ってね」

さやか「ッ……」

まどかの優しさが、今のさやかにはつらかった。
言葉が胸に刺さる。

さやか「……ありがとう。仁美のこと、よろしくね」

まどか「うん、任せて!」

返事を聞くや否や、さやかは駆け出した。

魔力の反応などありはしない。
ただ、1秒でも早くこの場所を離れたかった。

さやかは、全力で走り続けた。
まるで、見えない何かから逃げるように。

しかし、その声がやむことはなかった。

──仁美さえいなければ、こんなことにはならなかったのに。

さやか(……違う)

──仁美さえいなければ、こんなふうに悩まされることもなかったのに。

さやか(……違う!)

──仁美さえいなければ……

さやか「違う!!」

大きく叫んで、さやかはようやく立ち止まった。
呼吸が荒い。
いつの間にか、見たこともないような場所に来てしまっていた。

さやか「……っ」

さやかは、無理やり呼吸を押さえ付けた。
自分の心と向き合う覚悟を決めようとした。

だが、できない。

息が整っても、まだ心が鎮まらない。
魔女と戦っていたときの方が、まだ平静を保てていた。

さやか(……あたし、一体どうしちゃったんだろう)

本気で、仁美を助けなければよかったと思ったわけではない。
だが、少しでもそんな気持ちがなかったかと言われれば、否定はできなかった。

さやか(どうして……)

さやかは、自分の本心がわからなかった。

仁美が恋敵だから、思わずそんなことを思ってしまったのだろうか。

もちろんそれは原因の大部分ではあるだろうが、さやかはそこに引っ掛かりを感じていた。

さやか自身、『恋愛は早い者勝ちみたいなもの』とも言ったし、そう思っていたことも嘘ではない。

もし、さやかの知らないうちに仁美が恭介と付き合っていたとしても、さやかは恋心を隠して笑えたはずだ。

……ひとつの要素さえ、そこになければ。

さやか(何か、が……)

納得できない何かが、そこにある気がする。

仁美が言っていたように、自分の方が長く恭介を想っていたから?

……違う。

もっと、わかりやすい何かが。

仁美が恭介と付き合うことが許せないと、理不尽だと思ってしまう、何かが……

さやか「………………」

そして、さやかは気づいてしまう。

さやか(あぁ、そうか……)

自分の本心に。

さやか(つまり、あたしは……)



──恭介の腕を治したのはあたしなのに、他の誰かが恭介と付き合うなんて、許せない。

さやか「……あはは」

自分でも驚くほどに空虚な笑い声だった。

始めから狂っていたのだ。

正義の魔法少女?
なんて笑い話だろう。

あたしが魔法少女になったのは、自分のためでしかなかったっていうのに。

さやか(あたしは、何をしていたんだろう)

今までの自分が揺らいでいく。
こんな自分が正義を語っていたことが、茶番にしか思えなかった。

さやか(……もう、どうでもいいや)

これ以上は考えたくなかった。
心が沈む一方だ。

さやかは、フラフラと歩き始めた。

ソウルジェムに、穢れが溜まりつつあった。

しばらく歩いたところで、ソウルジェムが反応した。

魔力の反応だ。

さやか(魔女? 使い魔? どっちでもいいか……)

さやかは、もはや無視しようかとも思った。

今の自分に、正義の真似事をする資格などあるはずがない。

さやか「……」

しかし、さやかはしばらくの逡巡の後に、反応があった地点へ歩き始めた。

他の誰かのためじゃない。

戦闘に没頭すれば全てを忘れられるかもしれないという、歪んだ考えからの行動だった。

***

そのとき、杏子はパトロールの最中だった。
最近は気分が優れないことが多いが、魔法少女である以上、魔女を狩らないわけにはいかない。

魔力の反応がありその地点へ向かうと、そこには杏子を悩ませる原因の人物がいた。

杏子(……さやかか)

杏子は、隠れて様子をうかがった。

さやかとの二度目の戦闘から数日間、杏子はさやかのことを避け続けていた。

ああいう結果になった以上、杏子にはもうごちゃごちゃ言う気はなかった。

正義の魔法少女なんていつまでも続けていられるとも思わなかったが、いけるところまでいってほしいという思いがなかったと言えば嘘になる。

同時に、かつての自分と重なりを感じるところもあり、似たような挫折を味わえば杏子の気持ちをわかってもらえるのではないかという期待も多少あった。

いずれにせよ、杏子からさやかに対して直接行動を起こす気はもうなくなっていた。

だが……

杏子は、さやかの様子がおかしいことに気づく。

杏子(……なんだ? さやかの奴、いつもと違う……?)

その要因はいくつかあったが、杏子が一番違和感を覚えたのは、さやかの戦闘方法であった。

さやかは、相手の強さによっては、痛覚を遮断して多少の傷を負うことをいとわない。
だが、当然それは必要最小限のダメージで済ませており、決して、受ける必要のない攻撃をむざむざ受けていたわけではない。

また、痛覚遮断はあくまでも戦術のひとつであり、さやかも好んで使っていたわけではないはずだった。

しかし──

杏子(あいつ、何してやがんだ……!?)

今のさやかは、そんな取捨選択を行っているようには見えなかった。

明らかに、避けられるはずの攻撃を避けていない。
防げるはずの攻撃を防いでいない。

魔女の攻撃に対し、そもそも反応すらしていなかった。
その姿は、わざと全ての攻撃を受けているようにすら見えた。

さやか「……」

防御を一切行わず、攻撃に意識の全てを向ける今のさやかは、凄まじかった。

魔女「ガァ……ッ」

一方的に攻撃され続けているようなものだ。
敵うはずがない。
魔女は為す術もなく、あっという間に倒されてしまった。

だが、その代償は大きい。
さやかは全身傷だらけで、ボロボロだった。

回復魔法を使い、服も新品同様になり、見かけ上は完璧に元に戻る。

だが、それを見た杏子は鳥肌が立った。

その姿は、人として何かが狂っているようだった。

***

次の日、さやかは学校を休んだ。
気分が悪い、頭痛がするなどと親に伝えると、あっさり納得してくれた。
仮病だが、あながち嘘というわけでもない。

さやかは、ベッドの上でぼんやりと天井を眺めていた。

今日の放課後、仁美は恭介に告白する。
恐らく、ふたりは付き合うことになるだろう。

恭介が断れば話は別だが、たぶんそれはない。
女のあたしから見ても、仁美は魅力的だ。
告白されて戸惑いはするかもしれないが、最終的には受け入れるはずだ。

……そのことを、あたしはどう思うんだろう。

さやか「……」

嫌に決まっている。
たとえ仁美であろうと、恭介が自分以外の女子と付き合うなんて、想像したくもなかった。

しかし、それならば学校を休むべきではない。
受け入れてもらえるかどうかはともかく、さやかには告白する以外の選択肢はないはずだ。

なのに、さやかはベッドから起き上がる気にもならなかった。

自分の本心を知ってしまったからだ。
こんな自分が恭介と付き合うなんて、許されるはずがない。
そう思ってしまった。

かと言って、そう簡単に諦められるはずもない。
堂々と仁美に『あたしは恭介のことを好きではない』などと言えれば格好も付くだろうが、それもできなかった。

結果、相反する感情がさやかの中で攻めぎ合い、どちらの行動もとれなくなっていたのだ。

結局さやかは、学校を欠席することを選んだ。

もう、自分の手の届かないところで物事を勝手に進めてもらって、自分ではどうにもならない状況にしてほしかった。

具体的には、さっさと仁美に告白してもらって、恭介と付き合ってほしい、なんてことを薄々考えていたのだ。

さやか(……あたし、最低だな。結局あたしは、自分の本当の気持ちと向き合えなかったんだ)

さやかは、こんな選択しかできなかった自分を、嫌悪していた。

『おい、聞こえるか?』

さやか「!」

不意に、テレパシーで呼び掛けられた。
この声は……

杏子『ちょっと話がある。出てこいよ』

さやか「……」

なんであたしの家を知っているのかとか、学校はどうしたのかとか……いろいろと思うところはあったが、今のさやかに噛み付く気力はなかった。

さやか『……何の用?』

杏子『そろそろ、正義の魔法少女だなんて言っていたことを後悔してるんじゃないかと思ってな』

さやか『……』

一気に出ていく気が失せた。
さやかは返事をするのも面倒になり、布団をかけ直そうとする。
反応がないことにあわてたのか、杏子が再度テレパシーで呼び掛けてきた。

杏子『おい無視すんなよ、悪かったって。こんな時間に家にいるってことは、今日は学校には行かないんだろ? 魔法少女が体調不良ってこともないだろうし、暇なら付き合えよ』

さやか『……あたしに文句があるんなら、別の日にしてくれない? そんな気分じゃないの』

杏子『喧嘩を売りに来たわけじゃねーよ。言ったろ、話があるって』

……本当だろうか。
しかし、暇を持て余していたのも事実だ。

杏子『いいから出てこいよ。危害を加える気はないからさ』

さやか『……ちょっと待ってて』

しばらく迷ったが、さやかは杏子に付き合うことにした。
親は夕方まで帰ってこないし、少しくらいなら大丈夫だろう。



着替えてから外に出ると、私服姿の杏子が立っていた。
そういえば、魔法少女以外の姿を見るのは初めてだ。

杏子「ついてこい」

そう言って、杏子は歩き出した。

***

杏子がさやかを訪れたのは、昨日のさやかの様子が気になったからだった。
まるで鬱憤を晴らすかのような戦い方であり、これまでの彼女とは明らかに違っていた。

なぜそうなったのかはわからないが、大体の想像はつく。
自分に失望したか、願いを否定してしまったか、あるいは信念が折れるような出来事があったのか……

かつての杏子と同じなら、そんなところだろう。
だからこそ、放ってはおけなかった。

さやか「……」

さやかは、すたすたと杏子の後を歩いている。

杏子(こいつ……)

やはりおかしい。
確定的だ。

普段と様子が違い過ぎる。
行き先も話さず歩いてるのに文句ひとつ言わず付いてくるなんて、これまでのさやかではあり得ない。
相手が杏子ならなおさらだ。

杏子「どうしたんだよ、元気ねーな。何かあったのか?」

さやか「……別に」

杏子「ったく」

聞いてはみたものの、その内容に興味があるわけではない。
重要なのは、さやかが正義の魔法少女として戦い続ける気があるかどうかだ。

杏子(もし、そうでなくなったのなら、もしかすると……)

うまく言いくるめることができれば、杏子の仲間にできるかもしれない。
そうすれば、これまでのような無茶もしなくなるだろう。

……と、まるでさやかのために行動を起こしたかのような言い方だが、杏子は、自分の本心に薄々気がついていた。

あまり認めたくはないが、どうやら自分は仲間を欲しているらしい。
あえて目を逸らしてはいたが、やはりどこかに寂しいという感情が残っていたようだ。

自分から別れたものの、マミと一緒に過ごした時間を忘れたわけではない。

杏子(……お前なら、こんなときどうしたんだろうな)

その答えは、もはや知りようがなかった。

杏子「……着いたぜ」

さやか「……」

さやかは、ぼんやりとその建物を見上げた。

さやか「……教会?」

杏子「あぁ」

杏子がこの場所を訪れるのは久しぶりだ。
いろいろと思い出してしまうということもあり、当時は近寄り難かった場所だが、今はもう懐かしいという感情の方が強い。

杏子「ちょっと長い話になるぜ。ほら、食えよ」

そう言って、杏子はさやかにリンゴをひとつ投げて渡した。

さやか「……」

受け止めはしたものの、食べ始める気配はなかった。
ぼんやりとリンゴを眺めるさやかからは、何の感慨も読み取れない。

杏子(……さやかは今揺れている。このまま赤の他人のために戦い続けることに疑問を持ちつつある。ここで、あたしというもうひとりの例を知れば……)

……わかってもらえるはずだ。

杏子「……」

杏子は、一旦心を落ち着かせた。

こうして誰かに話すのは初めてだが、自分の中で既に整理は済んでいる。
今更当時を思い出して涙ぐむなんてことはないだろう。

杏子(……よし)

杏子は、静かに話し始めた。

杏子「……ここは、あたしの親父の教会だ。いや、正確には、教会だった、というべきなんだろうな……」

さやか「……」

そして、杏子はかつて自分に起こったことを全て話した。

自分がどうして魔法少女になったのか。
何を思って魔法少女になったのか。

その結果、何が起こったのか。
何を失ってしまったのか。

……何を、わかっていなかったのか。

……

杏子「……とまぁ、そんなわけで……あたしのせいで、家族はメチャクチャになっちまったのさ」

さやか「……」

杏子「そのとき決めたんだよ、二度と、他人のために魔法を使わないって。自分のためだけに使い切るってね」

杏子はそこで、一度間を置いた。
さやかの反応をうかがう。

さやか「……ごめん。あんたのこと、誤解してたよ。そんなことがあったなんて、想像もしてなかった」

杏子「……」

悪くない反応だ。
以前の彼女ならあり得ない。
これまで魔法少女として生きてきて、多かれ少なかれ共感する部分があるのだろう。

杏子は、言葉を続ける。

杏子「もうあんたもわかってんだろ? 他人のために魔法を使うのは間違いなんだ。奇跡を祈れば、その分絶望を撒き散らしちまう。そういう風にできてんだよ」

さやか「……」

この世界そのものがそのようにできている。
だから、どうしようもない。
抗いようがない。

そう、印象付ける。

さやかが、杏子に問いかけた。

さやか「……どうして、あたしにこんな話をしてくれたの?」

杏子「見ちゃいられねーからだよ。あたしもあんたも、同じ間違いから始まった。あたしはそれなりにわきまえちゃいるが、あんたは違う。現に、苦しんでるじゃねーか」

さやか「……同じ間違い?」

杏子「そうだろ、他人のためなんかに魔法を使っちまって、そのことを後悔してるんだろ?」

一歩、踏み込む。
さやかの口から、自分が間違っていたと認めさせる。
そうすれば……

さやか「……」

さやかは、しばらく考える素振りを見せ、ゆっくりと口を開いた。



さやか「違うよ。あたしとあんたは違う」

さやかが、杏子に問いかけた。

さやか「……どうして、あたしにこんな話をしてくれたの?」

杏子「見ちゃいられねーからだよ。あたしもあんたも、同じ間違いから始まった。あたしはそれなりにわきまえちゃいるが、あんたは違う。現に、苦しんでるじゃねーか」

さやか「……同じ間違い?」

杏子「そうだろ、他人のためなんかに魔法を使っちまって、そのことを後悔してるんだろ?」

一歩、踏み込む。
さやかの口から、自分が間違っていたと認めさせる。
そうすれば……

さやか「……」

さやかは、しばらく考える素振りを見せ、ゆっくりと口を開いた。



さやか「違うよ。あたしとあんたは違う」

あちゃ、二重投稿失礼

杏子「……っ」

さやかの言葉に、杏子は少なからずショックを受けた。

わかってもらえなかったのだろうか。
杏子は自分の全てをさらけ出した。
さやかに仲間になってほしいという打算があったことは否定しきれないが、それでも正直な思いを吐き出したつもりだ。

これでダメなら、もう……

杏子(さやか……)

……しかし、そうではなかった。

さやか「……あんたは、紛れもなく自分以外の誰かのために魔法を使ったんだ。だからこそ、今はその反動で、自分のためにしか魔法を使っていない」

杏子「……?」

さやか「立派だよ。結果がどうであろうと、その行為自体は称賛されるべきだと思う」

杏子「……何が言いたい」

そんな言葉がほしいわけではない。
むしろ、杏子の話を聞いた上でそんなことを言うなど、馬鹿にしているようにしか受け取れない。

さやかは、わずかに笑って、一言呟いた。

さやか「……あたしとは、違う」

杏子「……」

さやか「あたしは結局、自分のために恭介の腕を治したんだ。他人のために魔法を使ったあんたとは、根本的に違ったのよ」

さやかは、自嘲気味な笑顔を浮かべていた。

……そういうことか。
杏子は内心ほっとした。

杏子「いいじゃねーか、それで。そっちの方が正しかったんだよ。これからは、そうやって生きていけばいい」

さやか「……」

杏子の言葉に、さやかはわずかな逡巡を見せ、やがて口を開いた。

さやか「……そうね。あんたと一緒にそうして生きていくってのも、悪くないかもね」

杏子「……!」

さやかの言葉を聞き、杏子は歓喜に打ち震えた。

杏子(やった……!)

やっと、わかってもらえた。
同じ境遇の仲間ができる。

その事実は、杏子にとって非常に喜ばしいものだった。

さやかの手前、なんとか平静を装う。
顔を背けて表情を隠し、感情を抑えて言葉を返す。

杏子「あぁ、そうしろよ。悪いようにはしないからさ」

さやか「……うん、ありがとう」

素直に礼を言われ、戸惑う。

杏子は、自分の表情が戻ったことを確認し、改めてさやかの方を振り向いた。

杏子「やめろよ、別に、礼を言われるようなことじゃ……」

言いながら、杏子はさやかの顔を見返して……

杏子(なっ……!?)

──気づいてしまった。

さやか「……」

その目には、光がなかった。

かつて、正義のために戦っていた頃は眩しいほどに輝いていたさやかの目が、今は見る影もなかった。
昨日魔女と戦っていたときでさえ、今よりは光が残っていた。

杏子(なんだ、どうしたって言うんだ……?)

いつからそうなってしまったのか。
決まっている。

杏子の仲間になり、同じ生き方をすると宣言したときからだ。

さやか「……」

杏子「……ッ」

杏子はその目に、どうしようもないほどの越えられない壁を感じた。

杏子(……そんなにか? 魔法少女なんかになっておきながら、他人を気にせず自分のためだけに生きることが、お前にとってはそんなにも耐え難いことなのか……!?)

さやかは、自分の変化に気づいているのだろうか。

確かに、さやかがこのまま正義を貫き続ければ、近いうちに死ぬ可能性は高い。

杏子のように自分のためだけに生きるようになれば、それは回避されるだろう。

だが、そもそもさやかの精神は、そんな生き方を受け入れられないのだ。

杏子「……っ」

杏子は、ここにきてようやく気付いた。

杏子(……あたしとさやかは、違うんだ)

それは、奇しくもつい先程さやかが杏子に思ったことでもあった。

同じ生き方をすることはできない。
やはり、杏子が初めに思ったことは正しかった。
さやかは、魔法少女になるべき人間ではなかったのだ。

杏子「……」

さやか「……どうかした?」

急に黙り込んだ杏子の様子を不審に思ったのか、さやかが問いかけてきたが、杏子は言葉を発することもできなかった。

さやかは特に気にもせず、ふと手に持っているリンゴを眺め、口を開いた。

さやか「……そういえば、あんたそんな境遇なのに、このリンゴはどうしたの?」

杏子「!」

責めるような口調ではない。
単に、疑問に思ったことをそのまま口に出しているような表情だった。

杏子「っ、それは……」

杏子が言い淀む。
しかし、そもそもさやかは答えを気にしていなかった。

答えるまでもない。
家族のいない杏子がこの年でまともに働けるわけがなく、そうなると、リンゴを手にいれる手段は限られる。
誰にでも想像はつくだろう。

さやかにも、それはわかったはずだった。

さやか「……」

そのとき、杏子にはある種の期待が芽生えていたのかもしれない。

心のどこかで、盗みを非難されることを望んでいたのだ。

杏子の間違いを正すことで、さやかが以前のように、目を輝かせて正義を語るようになることを期待したのだろうか。

しかし──

さやか「……まぁ、どうでもいいか」

杏子「……!」

杏子が期待した展開にはならなかった。

思わず、愕然とする。
さやかの口からそんな言葉が出てきたことが、信じられなかった。

さやか「……」

盗まれたリンゴであることはわかっているはずだ。
しかし、さやかに気にしている様子はない。

何の躊躇いも見せず、さやかはリンゴを食べようとする。

杏子「……ッ!」

さやかの口が、リンゴに近づいていく。

その光景は、まるで何かの象徴のように思えてならなかった。

杏子「やめろっ!!」

杏子は、さやかからリンゴを奪い取った。
完全に無意識からの行動だった。
勝手に体が動いたとしか表現できない。

さやか「……何?」

怒るわけでもなく、さやかはキョトンとしていた。
杏子の突然の行動を、純粋に疑問に思ったのだろう。

杏子「……」

杏子は、何も答えられなかった。
自分の行動が、自分で理解できなかった。

杏子(どうして、あたしはこんなことを……)

自分でも矛盾した行動をとっていることはわかっている。
だからこそ、言葉では説明できなかった。

気づけば杏子は、呻くように声を漏らしていた。

杏子「……どうしたんだよ。お前は、そんなんじゃなかっただろうが。正義の魔法少女になるって、言ってたじゃねーか」

さやかはポカンとして、あきれたように答えた。

さやか「何を言ってるの? それが間違いだったって、たった今あんたが教えてくれたんじゃない……」

杏子「っ……」

その通りだ。
しかし……

杏子(……本当に、それでいいのか?)

あたしは一体何がしたいのだろう。
さやかに、どうあってほしいのだろう。

杏子「……」

今のさやかは、自分で物事を決められる状態ではない。
ここでの杏子の言葉は、さやかに大きな影響を及ぼすはずだ。

だからこそ、慎重に言葉を選ばなければならない。

どの道が正しいか、間違っているか。
もはや、そんな言葉では語れない。
魔法少女になった時点で、正しい道などあるはずがないのだ。

すぐには選べなかった。
仲間になってほしいという自分の感情と、どこまでも正しくあってほしいというさやかへの願望が、混ざり合う。

両立は不可能だ。
どちらを優先するかを決めなければならない。

杏子「…………」

そして、杏子は選択する。

杏子「……さっきの話はなしだ」

さやか「え?」

杏子「お前はあたしとは違う。どこまでも正義を貫いていけよ」

さやか「……」

さやかが戸惑いを見せる。
突然正反対のことを言われたのだから、当然だ。

さやか「ふざけないでよ……何を勝手なことを言って……」

杏子「……」

結局杏子は、さやかを正義の道に押し戻すことを選択した。

決め手となったのは、今のさやかの姿だった。
こんな状態のさやかを見ていたくないという思いが、それ以外の感情を上回ったのだ。

さやか「誰かのために魔法を使うのは間違ってる……その通りよ。今なら、あたしにも理解できるわ」

杏子「……それは、あたしが出した結論だ。お前には、お前の答えがあるんじゃないのか?」

さやか「同じよ。今まであたしは他の誰かのために戦ってきたつもりだったけど、結局それは自分のためでしかなかった。そもそも願いからして、間違っていたのよ」

杏子「そのお前の願いは、本当にお前のためだけのものだったのか? その男は、全く喜んでいなかったのか?」

さやか「……そういう話じゃないわ。あたしが何を思ってその願いを選択したかが問題なのよ」

杏子「何を思って……か。そいつの怪我を治すことで、そいつの恩人になりたいという気持ちがあったってことか?」

さやか「そうよ。そのときは気づいてなかったけどね」

杏子「……本当にそうか?」

さやか「……」

言葉を交わし合う。
互いの気持ちをぶつけ合う。

さやかに、迷いが生じつつあった。

杏子「その男に関してだけじゃない。お前が今まで魔女や使い魔と戦ったことで、救えた命は確実にあるんじゃないのか? それらが全て、お前自身の自己満足に過ぎなかったとでも言うつもりか?」

さやか「……ええ。あたしは正義のために戦っていたわけじゃなかった。恭介のために願いを使ったように見えて、実際は自分のためでしかなかったようにね」

杏子「……」

やはり、そこを基準に考えてしまっている。
願いの意味をずらさなければ、さやかを説得することはできない。

そのための言葉を、杏子は持ち合わせていた。

杏子「……違うね。お前は勘違いをしている。まだ思い出せねーのか?」

さやか「えっ……?」

杏子「……」ギリッ

杏子は、歯を食い縛った。
自分が、さやかにどれだけ過酷な道を歩ませようとしているのかはわかっている。
だが、もう止まれない。

杏子(あぁそうさ、これはあたしのわがままでしかない。一旦楽な道を示しておいて、後から別の険しい道を勧めるだなんて、自分勝手もいいところだ。あげく、自分はその道を歩まないってんだからな)

しかし。
それでも……

杏子(だが、こいつの始まりは、正義の魔法少女を目指すことだった。魔法少女のあたしを見て、それでも怯まずに言い返してきやがったんだ。そんなこいつが間違っていたなんてこと、あってたまるかよ!)

感情論だ。
さやかに『こうあってほしい』という願望が先にきている以上、論理的ではない。

杏子もそれはわかっていた。
その上で、吠える。

杏子「お前が魔法少女になったのは、その男の腕を治すためじゃねえ。ましてや、そいつの恩人になるためなんかじゃねえ!」

杏子「正義の魔法少女になって、あたしみたいな悪者をブッ飛ばすために、お前は魔法少女になったんだよ!!」

さやか「…………」

無茶苦茶だ。
理屈も何もあったものじゃない。

だが、その飾らない杏子の言葉は、間違いなく本心からきたものだった。

だからこそ、さやかの心を動かした。

さやか「正義の魔法少女、か……」

気づけば、さやかの目には光が戻っていた。

それは、これから先ふたりの歩む道が、二度と交わらないであろうことを意味していた。

杏子「……」

手放しには喜べない。
しかし、これが杏子の選択の結果だ。
今更後戻りはできない。

さやかは、先程までとは別人のような表情をしていた。

さやか「ありがとう。目が覚めたよ」

杏子「……そうかよ、ならとっとと失せな」

さやか「うん……さよなら」

仲間にならない以上、もうここで話すことはない。

さやかもわかっていたのだろう。
そのまま、何も言わずに教会を後にした。

市民「本物のヒーローは人間の醜さまで愛せなくちゃだめ」

市民「でもお前が闇堕ちしたらブッコロス」

市民「あと正義が間違ってたらバッシングする」

市民「ヒーローの孤独?俺の知ったことじゃないし」

市民「でも正体探ったりゴシップ読んだりはするから!」

こらダークヒーローやアンチヒーローが流行りますわ

さやかが去り、杏子はひとり物思いに耽っていた。

さやかが食べなかったリンゴに、何の躊躇いもなくかぶりつく。
自らのその行動に、さやかとの違いを認識せずにはいられなかった。

杏子(……本当に、これでよかったのか?)

いいはずがない。
たとえば、あいつなら。

巴マミなら、もっといい選択ができていただろう。

すなわち、共に正義の魔法少女としての道を歩み、近くでさやかを支えることができたはずだ。

だが、杏子にはそれはできなかった。
無責任に、明るく険しい道だけを示しておきながら、自分はそこについていくことができなかったのだ。

杏子「……」

今更、この生き方を変えることはできない。
杏子にも、様々な経験をして、その上で見つけた答えがある。

だから、これは当然の結果だ。

元々、さやかは杏子の仲間になれるような人間じゃなかった。
ただそれだけの話なのだ。

自分に言い聞かせる。

杏子(……あたしとさやかは、違う)

杏子の胸には、喪失感だけが残っていた。

***

次の日、さやかは学校に登校した。
仁美に、伝えなければならないことがあった。

まどか「さやかちゃん、おはよう」

さやか「おはよう、まどか」

さやか(……そう言えば)

まどかの顔を見て、さやかは一昨日のことを思い出した。
自分に余裕がなくなっていたことを、改めて思い知らされる。

さやか「一昨日、あの後大丈夫だった? ごめんね、全部押し付けちゃって……」

まどか「ううん、いいよ。わたしは倒れた人たちの発見者ってことで大したことしてないし。むしろ大変だったのは、色々聞かれてた仁美ちゃんの方じゃないかな」

さやか「そうだよね。仁美は魔女を知らないわけだから何も説明できないだろうし、そもそも何も覚えてないだろうし……」

まどか「うん。結局、集団催眠とかそういうのじゃないかってことになったみたい」

さやか「ふぅん……」

まぁそんなところだろう。
いくら警察でも、魔女の存在を知っているとは思えない。
真実を知っているのは、さやかとまどかだけということだ。

まどか「それで、さやかちゃんは大丈夫だったの?」

さやか「……何が?」

ドキリ、と心臓が跳ねる。
一昨日、まどかと別れたときはうまくごまかせたと思っていたが、甘かっただろうか。

まどか「……」

さやか「……えっと」

まどかは、さやかの顔をしばらく見つめ、やがて口を開いた。

まどか「ううん、ごめんね。なんでもないよ」

さやか「そ、そう?」

危なかった。
たぶん昨日杏子と会ってなかったら、まどかに全てを見透かされていただろう。

まどか「昨日は体調が悪かったって聞いたよ。あまり無理はしないでね」

さやか「……うん、ありがとう」

昨日までとは違い、今のさやかに迷いはない。
まっすぐに前を見て歩けているという自覚はある。

だが、その見つめる先は、果たして希望に満ちているのだろうか。

それとも……

さやか「……」

考えないわけではない。
しかし、さやかの考えはもう決まっていた。

さやか(……杏子が、背中を押してくれた)

この道の先がどうなっていようと、さやかはこの道を歩むと決めたのだった。

***

その日、またしてもさやかは仁美に呼び出された。
さやかとしても、仁美には話さなければならないことがあったので、好都合ではあった。

仁美「……お待たせしましたわ」

さやか「ううん、あたしも今来たところだから」

仁美「それならよかったですわ」

仁美は椅子に座り、一呼吸置いてさやかの顔を見つめた。

さやか「……っ」

その表情に、さやかは思わず怯んでしまう。

仁美「一応、確認しておきますわ」

……仁美の笑顔が怖い。

仁美「さやかさん、あなたは昨日、本当に体調が原因で欠席したんですのね?」

さやか「……」

……昨日休んだことに対して、後ろめたさを感じていないわけではない。

まどかとは違い、仁美はさやかが休む理由に心当たりがあるのだ。
さすがに気付かれて当然か。

さやか「ごめん」

仁美「……」

その一言で、察してくれたようだった。
仁美がため息をつく。

仁美「……急な話でしたし、そうなるかもしれないと思ってはいましたわ。あなたはどこまでも真っ直ぐですが、その分、精神的に脆いところもありますから」

……耳が痛い。
思わず苦笑してしまう。

さやか「自覚はあるよ……仁美は、あたしなんかと違って強いよね」

仁美「そんなことありませんわ。私がこの数日間、どれだけ悩んでいたか知っていますの? 」

さやか「……悩んでたの?」

仁美「もちろんですわ。正直今でも、自分の選択が正しかったかどうかはわかりません。間違った道を歩いていないか、何度も不安になりましたわ」

さやか「間違った道、ね……」

さやかも同じだ。
自分の選択が正しいのか、それとも間違っているのか……

誰かが保証してくれるわけではないが、それでも選択はしなければならない。

いや、正しいかどうかという面で判断するなら、さやかの選択は、むしろ……

さやか(……関係ない)

さやかにぶれはなかった。

正しいかどうかではない。
自分がどうしたいか、どうありたいか。
それが最も大切なことなのだ。

仁美「そういった観点で語るなら、私の知る中で最も強いのは……まどかさんでしょうか。彼女には、私たちにはない強さがありますわね」

さやか「あー、まどかね。確かに……」

精神的な強さ。
芯のある強さとでもいうのだろうか。

本人は否定するだろうが、親友のあたしたちは、まどかの強さをよく知っている。

仁美「彼女は、何が大切なのかをよく知っている。そのためなら、どんなことでも躊躇いなくできるのでしょうね。他人のために行動し過ぎるきらいはありますが……見習いたいところですわ」

さやか「うん、そうだね……」

さやかにしてみれば、そのように自分にはない他人の強さを素直に認めることができるのも、ひとつの強さだ。
自分が親友に恵まれていることを改めて実感する。

仁美「……話が逸れましたわね。さやかさんは、もう大丈夫なんですの?」

さやか「うん、もう整理はついたよ。ありがとう」

仁美「なら、よかったですわ」

あえて冷たく振る舞おうとしているのだろうが、仁美の目は安心を隠しきれていなかった。
結局、あたしはどれだけ仁美を悩ませてしまったのだろう。

仁美「……けれど、これが最後ですわよ。私は今日の放課後上条くんに告白します。行動を起こすなら、それまでにお願いしますわ」

さやか(……え?)

仁美の言葉に、さやかは思わず顔を上げて問いかけた。

さやか「仁美は、昨日恭介に告白したんじゃなかったの?」

さやかの言葉に、仁美は半ば憮然とした表情で答えた。

仁美「……するはずがありませんわ。もし、さやかさんが体調等のどうしようもない理由で学校を休んだのなら、私が告白するのはアンフェアだと……そう思うのは当然でしょう」

さやか「仁美……」

仁美「まぁ杞憂でしたけど」

さやか「本当に申し訳ありませんでした」

仁美「……」ハァ

仁美が、あきれたようにため息をついた。

仁美「……私への謝罪はもういいですから、今は、少しでも長く御自分の気持ちと向き合って下さい。できるだけ、後悔なさらないであろう道を選ぶことを望んでいますわ」

さやか「……」

仁美は、さやかの恭介への想いを確信している。
つまり、言外に仁美は、さやかに告白するべきだと主張しているのだ。

それは間違ってはいない。
これまで色々と悩むこともあったが、それでもさやかの恋心は、一切揺らいでいない。

しかし──

さやか(……もう、決めたんだ)

もはや、迷う必要はない。
さやかの答えは、既に決まっていた。

……仁美には、伝えなければならない。

さやか「仁美。聞いて」

仁美「……どうかされました?」

さやかの雰囲気に、ただならぬものを感じたのだろう。
仁美は、改めて真剣な表情を作った。

さやか「……」

さやかは一度深呼吸をした。
大丈夫だ。もう間違えない。

さやか「仁美」

さやかは正面から仁美を見据え、はっきりと言い切った。



さやか「あたしは、恭介とは付き合えない」

仁美「……」

仁美の表情が固まった。

仁美「……何を、言っていますの?」

さやか「やらなきゃならないことができたんだ。そのためには、誰かと付き合っている余裕はない」

仁美の顔が、困惑で満ちる。

仁美「……もしかして、私のために嘘を吐いていますの?」

さやか「違うよ。これがあたしの答え。嘘なんかじゃない」

仁美「やらなければならないこととは、何ですの?」

さやか「……それは、言えない」

仁美「……」

仁美の表情が怪訝なものに変わる。
これで信用しろというのが無理な話だ。

とはいえ、さすがに魔法少女のことは話せない。
それこそ信じてもらえるとは思えないし、何より、仁美を巻き込むわけにはいかない。

仁美「……この期に及んで、ふざけてますの?」

さやか「……」

仁美は、信じるべきなのか迷っているようだった。

正直さやかは、仁美に信じてもらえず、怒鳴られても仕方ないとさえ思っていた。
しかし、仁美が頭ごなしに否定するようなことはなかった。

恐らく、さやかに少しでも迷いが残っていれば、信じさせるのは難しかったはずだ。
逆に言えば、ここで仁美を納得させつつあることが、さやかに迷いがなくなっていることの証明でもあった。

仁美「……もうはっきり言いますわ。さやかさん、あなたは恭介さんのことをお慕いしていますわよね?」

これまではあえて暗に示していた部分に踏み込んでいく。
昨日までのさやかなら、これを認めるだけでも簡単ではなかっただろう。

さやか「うん、そうだよ。あたしは恭介のことが好き。この想いがぶれたことなんて、一度もない」

……思えば、こうして自分の想いをはっきり口にするのは初めてかもしれない。

はっきりと答えられたことで、仁美は更に困惑を増したようだった。

仁美「……それなのに、その恋心よりも優先しなければならないことがあると言うんですの?」

さやか「本気だよ。もう、決めたんだ」

仁美「……」

仁美がわずかに黙り込んだ。
やらなければならないことがあること自体は、多少は信じてもらえただろうか。

だが、まだ終わりではない。
それだけでは、仁美を納得させるには足りない。

仁美「……百歩譲って、それが本当だったとして」

仁美が、さやかに鋭い視線を向ける。

仁美「やるべきことができたから、付き合えない。だから、告白もしない……そういう言い訳をしているだけではありませんの?」

相変わらず、いいところを突いてくる。
しかしこの辺りの問答についても、さやかは昨日自分の中で済ませていた。

さやか「そんなことないよ。このことがなければ、あたしは間違いなく恭介に告白していた。これは本当だよ」

さやかの恭介への想いは、先程口にした通りだ。
ここを否定することはできない。
それはもはや、さやかへの冒涜にすらなり得てしまう。

実際さやかは、魔法少女のことがなければ恭介に告白していただろう……というと、多少語弊はあるが。

昨日までの、さやかの細かな心情の変化をここで説明するのは難しいし、その必要もない。
さやかとしても嘘を吐いているわけではないし、今の自分の正直な気持ちを語れているという自覚もある。

仁美「…………」

仁美はしばらく考え込んでいたが、やがて、観念したように大きく息を吐いた。

仁美「さやかさんの言い分はわかりました。全て信じます。話せない事情があることも、この際問いませんわ」

さやか「……ありがとう、仁美」

本当は、もっと問い詰めたいことが山ほどあるはずだ。
なのに、いくつもの言葉を飲み込んで、それでも信じてもらえたことに、さやかは感謝していた。

仁美「ですが、最後にこれだけは言わせて下さい」

さやか「……何?」

仁美「付き合えないことが、告白しない理由になりますの?」

さやか「……」

ここに関しては、突っ込まれるとは思っていた。
最後まで、さやかが迷った部分でもあった。

さやか「……ならないよ。でも、告白したところで、あたしは恭介とは付き合えないんだ。だったら……」

仁美「いいではありませんの。今すぐに付き合えなくても、想いを伝えておくだけでも意味はあると、私は思いますわ」

さやか「いや、でもそうしたら仁美が……」

さやかはそこまで言いかけて、あわてて口を閉じた。
これは、さやかが仁美に言うべきことではない。

だが、遅かった。

仁美「私が、何ですの?」

さやか「……」

あえて、さやかに言わせようとしている。
今度はさやかが観念する番だった。

さやか「……あたしが恭介に告白して、万が一にも受け入れられたところで、あたしは付き合えないんだよ。そんなのは恭介に悪いし、それで恭介が仁美を振ったりしたら、それこそ仁美にも悪いじゃん。そんなことになるくらいだったら、こんな想いは、伝えない方がいい」

仁美「……どうせ、そんなことだろうと思いましたわ」

さやか「……」

やはり、これは伝えるべきではなかった。
こんな話をされては、素直に仁美が恭介に告白するはずがない。
仁美がさやかに遠慮するなんてことは、望んでいなかった。

……いや、恐らく話すまでもなく、仁美はさやかの心情を理解していたのだろう。
だからこそ、それをわざとさやかに言わせるように仕向けたのだ。

仁美「さやかさんの気持ちはわかっているつもりです。だからこそ、私も同じ気持ちだということをわかってもらいたかったですわ」

さやか「……え?」

仁美「私も、自分が原因で、さやかさんに遠慮してもらうことは望んでいません。当然ではありませんの」

さやか「……わかってたよ。仁美ならそう言うと思ってた。だから、言いたくなかったのに……」

仁美「それこそ甘いですわね。私はそんなに鈍くありませんし、あなたはそれほど嘘が上手くはありませんわ」

さやか「……」

ぐうの音も出なかった。
ここまで見透かされては、覚悟を決めるしかなかった。

仁美「それで、企みが私にバレた今、さやかさんはどうするんですの?」

さやか「……」

さやかがやるべきことは変わらない。
その決心自体は、全く揺らいでいない。

だが……

仁美「さやかさんは、やらなければならないことが『できた』と言われましたわね。それは、始めから御自分で望んで選んだ状況ですの?」

さやか「……そういうわけじゃないかな」

そういうわけではない、が……結局全ての原因は、自分の愚かさだった。
だからこそ、その責任はとらなければならない。

仁美「そして、このことがなければ間違いなく上条くんに告白していた、とも言われました」

さやか「……」

仁美が何を言いたいのかは、なんとなくわかる。

仮に偶然でさやかが恭介を諦め、代わりに仁美に付き合えるチャンスが回ってきたのだとしても、それは仁美の望むところではないということだろう。

仁美「私は別に、さやかさんを気遣っているわけではありません。ただ、もしさやかさんが、偶然何かに巻き込まれたのだとしたら……」

一瞬、仁美は言葉に迷ったようだった。

さやか「……仁美?」

仁美「……ごめんなさい。話してもらえない以上、私としては想像で補うしかないので、もしかしたら失礼なことを、あるいは見当違いのことを言っているのかもしれませんが……」

仁美がわずかに、苦しげな表情を見せた。

仁美「……たとえば、たとえばですが……もし、さやかさんが、望まない不幸に見舞われているのだとしたら……」

さやか「……!」

仁美の言葉に、さやかは一瞬固まった。

今のさやかが置かれている状況は、『不幸』などと、一言で簡単に表せるようなものではない。

しかし……

仁美「……そのせいで御自分の想いを諦めるなんてことは、あってはならないと思いますわ」

さやか「……」

仁美が知っているはずはない。

仁美にはキュゥべえが見えていなかった。
つまり、魔女の姿も見えないはずだ。
魔法少女という存在を、仁美が知っているはずがないのだ。

さやか(仁美なりに想像して……あるいは、あたしの様子からなんとなく感付かれて……?)

いずれにせよ、これではさやかの意図から外れてしまう。
仁美がここまで察している以上、さやかが身を退いたところで、納得してもらえる可能性は低いだろう。

仁美「いえ、回りくどいですわね。そう、つまり私が言いたいのは……」

そして、仁美が決定的な一言を口にする。


仁美「恋心より優先すべきことなど、そうそうないということですわ」

その台詞は、ここまでのさやかの言葉を、全て吹き飛ばした。

さやか(……仁美らしいな)

普段は真面目だが、実は夢見がちな一面も持つ、仁美らしい台詞だった。

……結局、言い訳に過ぎなかったのだ。

さやかが仁美に負い目を感じていたのは確かだ。
一度チャンスをもらっておきながら、そこから逃げ出したことが心に引っ掛かっていたことは、否定できない。
だからこそ、やらなければならないことができたから……という言葉で誤魔化して、仁美に譲ろうとしたのだ。

しかし、それで仁美を説得できるはずがなかった。

さやか「……」

仁美の気持ちはわかる。
だが、逆もまた然りだ。

まともに恋愛ができない境遇にある自分のせいで、親友の恋愛の邪魔をしてしまうなんてことは、やはり耐えられない。

ならば、どうするか。

さやか(仕方がない、か……)

話すわけにはいかない、が……ある程度は、わかってもらう必要がある。

さやか「仁美、よく聞いて」

仁美「……なんですの?」

ここまでの流れのせいか、幾分警戒している様子が見られる。

しかし、関係ない。

口を開く。

自ら聞くその声は、普段のそれとはどこか違っていた。

さやか「あたしのやるべきことは、『終わらない』。これは、何かをやり遂げて、そこで終わるようなものじゃない」

さやか「あたしは、絶対にそれを投げ出すことはできない。あたしのやる気に関係なく、否応なくやり続けなければならない仕組みが、既に出来上がっている」

さやか「付き合えるかどうかの問題じゃない。あたしがこれから先、恋愛をすることは、もう二度とない」



さやか「……ごめんね」

仁美「……っ!?」

一瞬……ほんの一瞬だが、仁美の目に、怯え、恐怖といった類いの感情が灯るのを、さやかは確かに見た。

仁美「さやかさん、あなたは……」

さやか「……」

仁美「……一体、何を抱えているんですの?」

……話すことは、できない。

さやか「ごめん」

仁美「っ……」

──先程の、仁美の言葉。

『恋心より優先すべきことなど、そうそうない』

つまり、それほどのことがさやかの身に降りかかっているということを、伝える必要があった。

仁美「……」

仁美が顔を伏せる。

内容を話さずに、ことの重大性のみを伝える。
難しいことではあったが、たぶんうまくいったはずだ。

本当なら、その重大性だけであっても、伝えるつもりはなかった。
さやかが何かに巻き込まれ、苦労しているということを知ってしまえば、仁美の性格からして、告白などできるはずがないからだ。

だがこうなってしまっては、仕方がない。
さやかがこれから先、表面上は何事もなかったかのように振る舞っていれば、そのうち安心して、恭介に想いを打ち明けることだろう。

仁美「……さやかさん」

さやか「……何?」

仁美「さやかさんが話したくない、あるいは話せないのでしたら、私から聞くつもりはございません。ですが……」

絞り出すような声だった。

仁美「何か、私にできることはありませんの?」

さやか「……」

……やはり、優しい。

仁美がこんなに良い性格であることは、親友として誇らしく、また、喜ばしい。
同時に、そんな親友を心配させてしまったという事実に、胸を抉られる思いもあった。

だからこそ、絶対に巻き込むわけにはいかないのだ。

さやか「ありがとう。でも大丈夫。強いていうなら、これからもいつも通りに接してほしいな」

さやかの言葉に、仁美は少し寂しげな表情を見せた。

仁美「……わかりましたわ。ですが、何か私にできることがあれば、すぐに言ってくださいね」

さやか「うん、ありがとう」

……これでいい。

仁美には悪いが、今まで通りの日常を過ごせることが、さやかには何よりの助けとなる。
また、もしさやかに不幸が起こったとしても、そのときは恭介が支えてくれることだろう。

これであとは、魔法少女として戦い続けることに、専念できる──

***

まどか「ほむらちゃんが、さやかちゃんを助けてくれたの?」

ほむら「……え?」

突然の思いがけない質問に、首を傾げる。

放課後の教室。
ほむらが帰り支度をしていると、まどかが急に話しかけてきたのだ。

周囲を見渡すと、さやかはいなくなっていた。
約束でもあったのだろうか。

ほむら「……何のことかしら?」

まどか「……」

まどかは、一瞬ほむらを観察するような視線を向け、その後わずかに思案する様子を見せた。

まどか「……ううん、ごめん。なんでもない」

そう言って、まどかは離れてしまった。

ほむら(……何だったのかしら)

さやかが助けられた?
誰に?
何から?
たとえば、魔女に苦戦していたところを助けられた、とか……

いや、それはしっくりこない。

さやかの魔女との戦闘をまどかが知るはずはないし、たとえ偶然見かけたのだとしても、それなら誰がさやかを助けたのか知っていてもいい。

また、魔女との戦闘においてさやかを助けられるということは、つまり魔法少女であるほむらか杏子ということになるが、ほむらにそんな覚えはないし、杏子がそんなことをするとも思えない。

何より今のさやかなら、独力で大抵の魔女は倒せるだろう。
あのような戦い方はあまり好ましくないが、強いのは確かだ。
ただし、やり過ぎると、手に入るグリーフシードで浄化できる以上の穢れを溜めてしまい、そもそもの魔女と戦うメリットが失われてしまう。

……問題は、さやかがそれを気にしてむざむざ魔女を見逃すとは思えないことだ。

ほむら(いや……まだ、大丈夫なはず)

決して楽観できるわけではないが、まだ、魔女化を危惧するほどの状態ではないはずだ。

となると……精神的な面でのことだろうか。

ほむら「……」

最近のさやかの様子については、ほむらも気にしていた。
しかし、昨日さやかは学校を欠席したが、今日のさやかの様子が、欠席する以前と大きく変わっていたようには思えない、が……

ほむら(……ただ、それは私の目から見て、というだけの話──)

いくら観察しているとはいえ、限界はある。
直接会話をするわけでもなく、様子を眺めるだけではわからない変化もあるだろう。

いや、親友のまどかがさやかの変化を感じ取ったのなら、それはもはや、何かが起こったと見てまず間違いない。

しかし、ほむらではない。
あのような質問をしてきたということは、当然まどかでもない。
他に、今のさやかに影響を与え得る人物となると──

ほむら(……佐倉杏子? 彼女が、さやかに対して何かを……?)

考えていても仕方がない。

ほむら「……確認の必要があるわね」

杏子を探さなければならない。
戦闘中である可能性を考え魔力を探ってみたが、反応はなかった。
まだ魔女が活発に活動する時間帯ではない。

心当たりがそう多くあるわけでもない。
ほむらはとりあえず、杏子がよく通っているゲームセンターへ向かった。

運のいいことに、杏子はすぐに見つかった。

ほむら「こんにちは」

杏子「……またてめえかよ。今度は何の用だ?」

杏子と最後に顔を合わせたのは、杏子とさやかの二度目の戦闘の直後だ。
杏子にとってはあまり思い出したいことではないだろう。
だが、聞かないわけにはいかない。

ほむら「美樹さやかと、何かあったの?」

杏子「……」

ほむらの言葉に、杏子の顔つきが変わった。

杏子「……どういう意味だ」

ほむら「ただの確認よ。何もないのならそれでいいのだけど」

杏子「別に、何もねーよ」

ほむら「……そう」

言葉通りに受け取っていいものかどうか。

杏子の様子が変わったのは確かだが、それが図星を突かれたからなのか、あるいはさやかを話題に出されたからなのかの判断が付かない。
しかし、何の見当も付いていない現状では、鎌の掛けようもない。

ほむら(気のせいだったのかしら……?)

実際、ほむらが観察する限りでは、さやかに変化は見られない。
まどかがわずかな変化を感じ取ったとはいえ、逆に言えばその程度の変化ということだ。
あまり気にする必要はないのかもしれない。

そこまで考えたところで、ほむらはハッとした。

──いや、違う。

さやかに変化は見られない。
それが、どういう意味を持つか。

そうだ、気づくべきだった。
変化がないことがおかしいのだ。

これまでの時間軸で、この時期に、さやかがあれほど落ち着いていたことがあっただろうか。

ほむら(明らかに、これまでの時間軸とは別の展開を見せている。その原因は……やはり、佐倉杏子……?)

ほむらは、改めて杏子に向き直った。

ほむら「言い方を変えるわ」

杏子「……」

ほむら「美樹さやかに何を吹き込んだの?」

杏子が舌打ちをした。

杏子「……てめえに関係あんのかよ。ワルプルギスの夜と戦うのに、あいつは必要ないんだろ?」

ほむら「いろいろと事情があるのよ。その様子だと、やはり心当たりがあるのね」

杏子「……」

杏子の機嫌が、みるみる悪くなっていく。

これ以上踏み込むのはまずいだろうか。
しかし、できればさやかの状態は細かく把握しておきたいのだが……

そんなことを考えていると、杏子がため息を吐いた。

杏子「……もういいだろ。あいつのことは放っておいてやれ」

ほむら「……どういう意味?」

杏子「あいつはあたしらみたいな、魔法少女になるべくしてなったような人間じゃねーんだよ。いや、あんたのことは知らないけどよ……」

ほむら「……」

これは、わかりにくいが……さやかのことを評価しているのだろうか。
自分とは違い、真っ当な道を歩める人間という評価は、彼女にとっての称賛に値するはずだ。

しかし、それにしては投げやりな態度というか……どこか、諦めたような印象を受けるのは気のせいだろうか。

ほむら「美樹さやかのこと、ずいぶん気に入っているのね。いつの間にそんなに仲良くなったのかしら」

杏子「……誰がそんなこと言ったよ。身の程をわきまえずに契約したことに、あきれてるって言ってんだ」

ほむら「……?」

……だからこそ馬が合わず、ああして争っていたのでは?

ほむら「話が見えてこないわね。それでなぜ、彼女を放っておこうなんて結論になるのかしら。あなたは、そんな気に入らない人間を無視していられるような性格ではないでしょう?」

杏子「……勝手に人のことを決めつけてんじゃねーよ」

ほむら「あら、違っていたかしら」

杏子「……」

どうも杏子の様子がおかしい。
ここまで言われれば、普段の彼女なら必ず反発してくるはずだ。

一体、さやかと何があったのか──

ほむらが黙って杏子を観察していると、観念したかのように、杏子が口を開いた。

杏子「……あいつは、どこまでも真っ直ぐなんだよ。本来なら、あたしなんかと道が交わることはなかったはずだ」

ほむら「美樹さやかがそんな性格だったからこそ、あなたと衝突したのではなかったの?」

杏子「そうじゃねえ。そもそもの話、あいつは魔法少女なんかになるべきじゃなかったって言ってんだ」

……そんなことを言い出したら、魔法少女になるべき人間なんて存在しないと思うが。
まぁ杏子としては、自分がそういう人間であり、さやかはそうではなかったと言いたいのだろう。

確かに、大抵の時間軸でさやかが魔女化してしまうことを考えれば、杏子の言うことも、一理はあるように思える。

ほむら(もし、さやかに魔法少女としての素質がなかったら……)

もしさやかに魔法少女の素質がなかったら、それこそ杏子と知り合うことすらなかっただろう。
魔女の存在も知らず、杏子の言うように真っ直ぐ、明るい日々を過ごしていたはずだ。

いや、さやかだけではない。
これまで魔法少女になった少女たちは、なまじ素質があったせいで、運命をねじ曲げられてしまったのだ。
もちろん元凶はキュゥべえだが、もし素質が備わっていなかったらと考えると、やはり運が悪かったとしか言いようがない。

ひとつだけ訂正するとすれば、素質があったことが悲劇かどうかは、当人が決めることだということか。
いうまでもなくほむらは、自身に素質があったことを悲劇だとは思っていないし、契約したことも後悔していない。
むしろ、あの場でまどかを救う手立てを有していた幸運に、感謝していたくらいだ。

ほむら「……」

杏子「もうあいつには、何を言っても無駄さ。あたしは諦めたよ。気の済むまで、好きにやらせておくつもりだ」

ほむら「好きに、とは?」

杏子「正義の魔法少女さ」

ほむら「……なるほどね」

これまでの時間軸で、さやかが素直に正義を目指せていたことは少ない。
この時間軸でも、何も起こらなければ、さやかはそうなっていた可能性が高いはずだった。

つまり、杏子が行動を起こしたのだ。

自分は関与せず、さやかの好きにさせるという言い方をしているが、実際は逆だろう。
恐らく、杏子がさやかの背中を押したのだ。

別に、そこをつつこうという気はない。
重要なのは過程ではなく結果だ。

考えるべきは、この影響で、どういった状況が生まれるかということだ。

ほむら(正義の魔法少女、か……)


これで、今後のさやかの行動パターンはほぼ確定した。

使い魔を発見すれば、確実に撃破しようとするだろう。
また、どれほど強い魔女が相手でも、決して逃げることはないだろう。

自身のソウルジェムの濁りなど、何の躊躇いにもならないはずだ。

ほむら「……」

それはもはや、本来の魔法少女の生き方から大きく外れていると言っていい。

そもそも、大抵の魔法少女は自分が生き抜くことを最優先に行動している。
それでも、彼女たちが生き残る確率は、そう高くない。

それがキュゥべえにとっての、都合のいいバランスなのだろう。
しかしそれも、さやかのような生き方は考慮していないはずだ。

先は長くない。
魔女に敗れるのが先か、ソウルジェムが限界に達するのが先か──

いずれにせよこのままだと、そう遠くないうちにさやかは破滅を迎えるだろう。

できれば避けたいところではあるが……

ほむら(……無理ね。恐らく、この結末は変えられない)

他ならぬ杏子がさやかの生き方を認めてしまったのだ。
もはや、さやかが揺らぐことはないだろう。
どう考えても、ほむらの言葉で説得できるとは思えない。

さやかの未来は確定したものとして、計算に入れるしかない。

ほむら(……となると、問題はひとつ)

考えるべきは、さやかの破滅のタイミング。

つまり、ワルプルギスの夜が到来するまで、さやかが保つかどうかだ。

──あと、約2週間。

巴マミがいない以上、ワルプルギスの夜を倒すためには杏子の力が必要不可欠だ。
少なくともそれまでは、さやかの魔女化は防がなければならない。

しかし──

ほむら(……わからない)

これからの魔女の出現頻度。
その強さ。
それに対してさやかが使用する魔法。
その使用に伴い蓄積される穢れ。

いくらほむらにこれまでの経験があるとはいえ、さすがに不確定要素が多すぎる。
容易に計算できるものではない。

それでも、経験から感覚的に判断するとすれば……

ほむら「……」

……ギリギリ、だろうか。

予想外の事態が起こらない限りは、ワルプルギスの夜が到来するまでは耐えられるように思える。

勝算は、これからのさやかが、精神的な理由から穢れを溜めることはほとんどないと予想できるからだ。
悩みを吹っ切って前向きに戦闘に取り組める現状なら、さやかも後ろ向きな思考に陥ることはそうないはずだ。

もちろん、ワルプルギスの夜との戦闘は間違いなく不可能だろう。
どれだけいい状況が続いても、さやかのソウルジェムはそこで限界に達するはずだ。
しかし、その日を無事に迎えることさえできれば、いくらでも手の打ちようはある。

さやかを言いくるめるか、あるいはワルプルギスの夜を倒すまで杏子をごまかすか……

とにかく、ワルプルギスの夜を倒すことだ。
そこさえクリアできれば、あとは誰がどうなっても構わない。

   ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

   ┃     Q. 巴マミ(ともえ まみ)とは――           ┃
   ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ 
        __〃^ミ、__,,,,....,,,,_
    /⌒{{=ミィ幺圭圭圭圭ミ≧z..、
   ⌒>《_≧{≫'''" ̄  ~`'''寺圭ミ℡、  
   / ((>''"         / ``寸圭心、
  /ィ .//  /      ノ    `寸ミ沁 
   ∨ /  ,:'   / / ヽ  `:,   ゙寸l私
   / /  斗‐‐// /  ⌒ト、i !   Ⅵ仞  ←チラガー:もっちりした食感
   / /  ,'  ∠  {/  二,,, i i }   }  }少゙
   { {  { { ,ィi然     テ斧≧jノ} j!  j!  }  ←ミミガー:コリコリした食感と焼けた良い匂い
    弋 人i {!i.)ll}       わ戔心 ;  /  ノ
    \ rハ弋ソ     弋;;;;;;タノ /^)ノ  ←ハナブク:癖もなく脂身がのって濃厚な味わい
    f⌒「{{_{゙i⊃      ⊂ニ/彡,斗‐'"⌒}
    辷弋::::::ト.、_ `ー ''   _,.ィ/  -―__〉  ←タン:脂肪があるため柔らかくタウリンが豊富
   }⌒ヽrミニ彡}<∀/>ニ、/ ,.ィ<孑''"~} ←トントロ:脂がのってるが、さっぱりとしっかりとした歯ごたえ

   ニ二>j /仁ニ(7ー-┐ \ミァ"_,.ャ≦ }  ←クビジリ:脂肪が細かく入りしっかりした歯ごたえ

  /   __〈 { f彡イf゙{ {\/ _/ ( (__`'''" ̄`ヽ
 { 〃 ̄ } ゝ_,,.::jj \>`ヒ o],,.._`ー‐''"⌒ヽ  }  ←バラ:濃厚な脂身が特徴
  `(    `ー//:::〃`iトミ/〈 '⌒{-┴-...,,_  ノノノ
     / ̄ヾ::〃;;斗=〈≦i  `<~、,,} ''"´  ←スペアリブ:骨の周りの脂肪と赤みのバランスが良いところ
   ∠.:.:.:.:.:./.:`'"/.:.:.:.:i.:.:.j   _{_
   (ヾ/`ミメ.:.:.:./孑三ミ}.:.:.\〃il㌢ミ}  ←ロース:肉質がきめ細かく柔らかくって一番美味しいところ
   `^{::::::`ミ三ヾノl  レ辷ニ彡(/⌒"
     `"`ー<l、_ノiΠl辷}}==ヨ} }  ←ヒレ:脂肪が少なく柔らかい
            l:;l:;l:;代辷彡>"⌒''"
          {ヽ/{_}ト ̄  ←もも:さっぱりとした味わい
            l::::::::ll::{
             }f^Lll::l  ←豚足:プルプルコラーゲン
            j__ノ^゙}
             ゝ_ノ  ←チグマ:骨と皮だけだがコラーゲン豊富

   ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓ 
   ┃        A. 豚                    ┃
   ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

さやかにとっても、絶望して魔女になるよりは、最後まで彼女のままでいられる方がいいはずだ。
さやか自身が納得しているのなら、これ以上ほむらが口を出すべきではないだろう。

ほむら「……悪くないアドバイスかもしれないわね。少なくとも、美樹さやかのような人間が魔法少女になってしまった時点で、希望なんてほとんどないのだから」

半ば本心から、ほむらは杏子に同意した。

だが、ほむらの言葉に杏子の様子が一変する。

杏子「……てめえ、わかってやがったのか?」

ほむら「……何が?」

ほむらがキョトンとして聞き返すと、杏子はほむらに怒鳴りつけた。

杏子「とぼけんな! あいつが……さやかが、とても魔法少女としては生きていけないような奴だって……わかってやがったんだな!?」

……あぁ、そういうことか。

ほむら「まぁ、そうね」

杏子「だったら、だったらなぜ……!」

ほむら「……」

『なぜ、契約を止めなかったのか』

そう言いたかったのだろうが、その先の言葉は出てこなかった。
当然だ、杏子もわかっているのだろう。

しかし、ほむらはあえて指摘した。

ほむら「言っておくけれど、彼女が契約した要因の大部分は、あなたが占めているわよ」

杏子「……っ!」

だから、言えない。
最も責めるべきは、杏子自身なのだから。

杏子「わかってるよ……くそっ!」

そう言い捨て、うなだれる杏子。

後悔しているのだろうか。
だが、ほむらはそんな杏子を見ても、もはや何も思わなかった。

──どうせ、次の時間軸では忘れている。

ほむら「……!」

無意識にそんなことを思っていたことに気付き、ほむらは軽く首を振った。

この思考はダメだ。
やり直すことが当たり前になってはいけない。
まだこの時間軸でも希望はある。
諦めて次に託すのは、本当に打つ手がなくなり、どうしようもなくなったときだけだ。
それまでは、どんなにわずかな光であろうと、手を伸ばし続けなければならない。

ほむら「……」

杏子の後ろ向きの思考に当てられたか。
そうでなくても、いつまでも杏子に悩まれていてはほむらの計画の支障になる。
とりあえず、フォローのひとつくらいはしておいてやるべきだろう。

ほむら「あまり気にしないことね。あなたの存在がさやかの契約の原因のひとつになったことは確かだけど、それだけじゃない。彼女も叶えたい願いがあったからこそ、契約したのよ」

杏子「……」

返事はなかった。
ほむら自身、フォローになっていたかどうか怪しく思ったくらいなので、仕方がない。

まぁ杏子なら、さやかと違って精神的に激しく落ち込むことはないだろう。
そのうち切り替えられるはずだ。

しかし──

ほむら(……良くない兆候ね)

杏子の中で、さやかの占める割合がかなり大きくなっている。
もしさやかが魔女化すれば、今の杏子なら間違いなく何らかの行動を起こすだろう。
その結果、ほむらの不利益に繋がるであろうことは、想像に難くない。

やはり、さやかの魔女化は絶対に避けなければならないのだ。

***

それから一週間。

さやかのソウルジェムは、ほむらの予測に近い経過で穢れを溜めつつあった。

しかし、さやかは学校では、極力そのような気配を見せなかった。

ほむらも、さやかと接触することはなく、静観を貫いていた。

表面上は、何事も起こっていないかのように、日々は過ぎていった───

***

QB「まどか、願いは決まったかい?」

まどか「……」

さやかが魔法少女の活動で忙しくなり、最近はまどかとキュゥべえが行動を共にすることも多くなっていた。
キュゥべえとしては好都合であり、それとなくまどかに契約を催促していたのだが……

まどか「ごめんね、今は特に叶えたい願いはないかな」

QB「そうかい」

未だにいい反応は得られずにいた。

QB(……手強いな。この年頃の少女なら、魔法少女というだけで喜んで契約することも珍しくないんだけど)

警戒されている、というほどではないが、安易には契約しないであろう意志が伺える。

ほむらやさやかに何か吹き込まれたのだろうか。

その可能性は高い。
特にほむらは、明確にまどかを契約させない目的で動いている。
その理由は不明だが、キュゥべえに対する強い敵意すら感じた。
まどかに何を話していてもおかしくはない。

QB「焦って決める必要はないよ。一度きりの願いなんだから、後悔しないようにじっくり考えるといい」

まどか「うん、ありがとう」

QB「ただし、手遅れにはならないようにね。まどかがどんな願いを叶えるかはわからないけど、考えすぎてタイミングを逸してしまっては仕方がない」

まどか「……そうだね」

QB「……」

まどかの魔法少女としての素質は、本当に凄まじい。
これまでに契約した中で最も素質のあった少女ですら、比較にならないくらいだ。

これをみすみす逃す手はない。

簡単な話だ。
まどかにこれといった願いがないのなら、願いを必要とする状況を作ってやればいい。

ワルプルギスの夜がこの町に訪れたときが、絶好の機会となるだろう。
自分の町が破壊されているのを見れば、まどかも契約する気になるはずだ。

QB(……しかし、あまりいい状況とは言えないな)

そのためには、ほむらたちにワルプルギスの夜を倒されるわけにはいかないのだが……

正直今のままでは、その可能性もなくはない。

QB「……」

一番の想定外は、未だにさやかが魔法少女として生き残っていることだ。
もし3人の魔法少女が協力するようなら、ワルプルギスの夜ともそれなりに戦えはするだろう。

まさか、倒せまでするとは思えないが……

QB(……いや、万全を期すべきだ。万が一すらあってはならない。まどかの素質には、そこまでする価値がある)

常識では考えられないほどの素質。
どういう経緯でまどかにそれほどの素質が備わったのかは不明だが、研究次第では再現も可能かもしれない。
しかし、まどかを魔法少女にできなければ、全ての可能性は霧散してしまう。

多少強引でも、ここは確実性を重視するべきだ。

QB(仕方がない。本来なら、あまりこういう小細工は好ましくないんだが……)

基本的に、キュゥべえが自ら状況に手を加えることは少ない。
魔法少女を絶望させるためには、自分自身が原因で破滅したのだと思わせることが大きな要因のひとつになるからだ。
あのとき状況が変わっていなければ……などと、言い訳させる余地を作らせてはならない。

しかし、どうしても放置しておくことができない場合は、容赦はしない。

特に今回は鹿目まどかだ。
間違っても、失敗は許されない。

QB(──少し、手を打っておくかな)

***

──実際、ほむらの予想は当たっていた。

このまま何も起こらなければ、さやかが、ワルプルギスの夜が到来する日まで生き残る可能性は高かった。

だが、仮定の話をしても仕方がない。
何もないはずがなかったのだ。

あの悪魔を相手に、待ちの姿勢で構えたことがそもそもの間違いだったのか。

いずれにせよ、結果的にはほむらの考えは甘かったとしか、言いようがなかった──

***

ほむら「……」

そのとき、ほむらはパトロール中であった。
魔力の反応を探りながら、街を塗りつぶすように効率よく歩いていく。

もちろんグリーフシードのためでもあるが、ほむらが魔女を倒すことで、間接的にさやかの負担を減らすという目的が大きい。

ほむら(今のところ、さやかの様子は概ね予想通り。このままのペースなら、なんとか……)

このまま現状を維持できれば、杏子とふたりでワルプルギスの夜に挑むことができる。

結局、この時間軸ではそれがベストであり、逆に言えば、それ以上の状況を作り上げることは不可能だった。

もし、ほむらと杏子のふたりでワルプルギスの夜と戦ってみて、それでとても勝ち目がないようなら、この時間軸は始めから詰んでいたということになる。

しかしそうなったときは、ほむらが満たさなければならない条件を知ることができたという意味で、前進と言えるだろう。

いずれにせよ、試してみるしかないのだ。

ほむら(これだけ繰り返しても、まだ手探りの段階……一体私は、何度繰り返すことになるのでしょうね)

別に途方に暮れているわけではない。
まどかを救うまでは、何度でも時間を巻き戻し続ける。
既にその覚悟はできている。

ほむらも、自分がうまく立ち回れているとは思っていない。
行動にかなり無駄もあるのもわかっている。

それでも、数えるのを諦めるくらいには繰り返してきて、その成果は間違いなくほむらの中に蓄積している。
始めの頃に比べれば、感情に振り回されることもほとんどなくなり、かなり冷静に動けるようになったと自分でも思う。

しかしそんなほむらを嘲笑うかのように、どの時間軸でも、ほむらが予想もしないことが起こり続けるのだ。

それだけ世界に無数の可能性が存在する……ということなのだろうか。

先は長い。
まだまだ終わりは見えない。
だが、そんな途方もない可能性は、逆にほむらの希望でもある。

それほど可能性が無数に存在するのなら、ワルプルギスの夜を倒せる可能性も、きっとどこかに存在するからだ。

いつか、ほむらが全ての可能性を埋め尽くし、その全てを把握することができれば──

そのときこそ、まどかを救うことができるだろう。

ほむら「!」

不意に、ソウルジェムが反応した。
魔力の反応だ。

ほむら(さっさと片付けてしまいましょう)

そんなことを思いながら、ほむらは足早に反応があった方向へと向かっていく。

ほむら「……ここね」

結界を見つける。
できれば、さやかや杏子が来る前に終わらせたい。

迷わず中に入ろうとして──足が止まった。

ほむら「……」

違和感を覚える。
しかし、その正体がわからない。

ほむら(何かが、引っ掛かる……?)

単なる直感ではない。
基本的にほむらは、直感、第六感といった、曖昧なものは信用していない。

理由があるはずだ。
恐らく、これまでの時間軸での経験が警鐘を鳴らしているのだろうが、それが何なのか、わからない。

危険な魔女?

思い出せない──いや……

ほむら「まさか……」

思わず、魔女がいるであろう方向を睨み付ける。

一応見当は付いたが、魔女の姿を見てみないことには確信が持てない。

ほむらは警戒しつつ、結界の中心部へと歩を進めていった。

使い魔に同様の違和感を覚えつつも、危なげなく凪ぎ払い、ほむらは魔女の下に辿り着いた。

ほむら「……やっぱり」

その姿を見て、疑惑が確信に変わる。

ほむら(やはりそうだ……私はこの魔女を、『知らない』)

それは、これまでの時間軸を通して、ほむらが初めて目にする魔女であった。

基本的に、どの時間軸でも同じ魔女が出現するというわけではない。
ほぼ毎回出現する魔女もいれば、ほとんど出現しない魔女もいる。
あるいは、何らかの条件を満たさないと出現しない魔女もいるかもしれない。

だが、ほむらは何度も同じ時間を繰り返す中で、低確率で出現する魔女ですら、既に数えきれないほど目にしている。
最後に初めて見る魔女と戦ったのがいつだったのか、思い出せないくらいだ。

だからこそ、今のほむらが魔女と戦うときは、もはや意識せずとも的確に弱点を突き、効率よく作業のように倒すことができていた。

もっとも、つい最近お菓子の魔女に辛酸を舐めさせられたばかりではあるのだが……

まさか、ここにきて初めて見る魔女と遭遇しようとは、思ってもみなかったのだ。

ほむら「……」

単に、非常に低い確率をここで引き当てただけのことなのか。

あるいは──

ほむら(……警戒する必要があるわね)

ほむらも魔法少女である以上、綱渡りで生きているようなものだ。
そのことを忘れてはならない。

魔女との戦いに絶対はない。
何かひとつでも間違えれば、それであっけなく終わってしまう。

いつ死んでもおかしくはない。
あくまで、たまたま今日まで生き残っているだけなのだ。
その意識を持っていなければ、魔法少女としては致命的だ。
ただ漫然と生きることなど、魔法少女には許されていない。

そして、ほむらに失敗は許されない。
万が一すらあってはならない。

ほむらが死ねば、まどかの破滅が確定する。

だからこそ、ほむらは万全を尽くすのだ。

***

さやかには、ひとつの予感があった。

さやか「……」

自身のソウルジェムを見つめる。
もはや、明確に色が変わってしまっていた。

毎日、着実に穢れが溜まっていく一方だ。

しかしだからこそ、ソウルジェムがどれほどまでの穢れを許容できるのか、さやかはまだ知らない。

そのはずだった。

本来なら、見えないゴールに怯えていたのだろう。
しかし、なぜだかさやかにはわかっていた。

さやか(……まだ、ほんの少しだけ、余裕がある)

限界は近い。

それでも、まだ、まだ戦える──

***

激しい爆発が起こる。
直後に、グリーフシードが現れた。

ほむら「……」

決して弱かったわけではない。
ほむらも普段より多くの武器を使用し、確実に魔女の息の根を止めにいった。

だからこれは、当然の結果とも言えるかもしれない、が……

ほむら(杞憂だったのかしら。いや、しかし……)

どうしても、釈然としない部分は残る。

偶然ならいい。
可能性は低いが、あり得ない話ではない。

しかし、これが何らかの異変の前兆だとしたら──

ほむらがそこまで考えたときだった。

ほむら「……!」

またしても、ソウルジェムが反応した。

一瞬、倒しきれていなかった可能性を考えたが、即座に排除する。
明らかに、先程とは異なるパターンの反応だった。

ほむら(別の魔女の出現……これも偶然?)

複数の魔女が局地的に活動を行うことは少ない。
獲物や結界などの理由から、大抵はそれぞれの縄張りがあるからだ。

実際、ほむらが1体の魔女を倒したあと、すぐにこのように他の魔女の存在を感知したことは、あまり記憶にない。

ほむら「……」

不穏なものを感じながらも、ほむらに取れる選択肢は限られている。

武器を携え、ほむらは反応元へと向かい始めた。

***

同時刻、杏子も異変を感じていた。

杏子(……何かが、おかしい)

街の空気が違う、とでも表現すべきなのだろうか。

理屈ではない。
ほむらとは違い、野性的な勘から正解にたどり着きつつあった。

杏子「……」

ズバアッ

眼前に迫る魔女を一撃で屠りながらも、杏子の表情は険しかった。

杏子(くそっ、嫌な予感がする)

脳裏にさやかの姿がよぎる。
道を違えたとはいえ、放ってはおけなかった。

杏子「……チッ」

グリーフシードを回収し、杏子は街中へと駆け出していった。

***

魔女の断末魔が響く中、ほむらはひとつの仮説に思い至っていた。

ほむら(まさか……)

ソウルジェムをかざし、限界まで索敵範囲を広げてみる。
距離が離れるほど精度は落ちるが、反応の有無くらいは判別できる。

ほむら「……そういうことね」

もはや間違いない。
明らかに、普段よりも多くの魔女が出現している。

ほむらの知らない魔女との邂逅は、魔女の出現数自体が増えたことによる必然だったのだ。

ほむら(これは、まずい……!)

本来なら、倒しきれないほどでない限り、魔女の増加は魔法少女にとって悪いことではない。
それだけグリーフシードを手に入れるチャンスが増えるということだからだ。

──だが、例外はある。

ほむらが倒した2体の魔女は、どちらも比較的手強い相手だった。
これは偶然ではないだろう。

恐らく、新たに出現している魔女は、どいつもそれなりの強さを有しているはずだ。

そう、ちょうど、さやかが魔力を大量に消費して、なんとか倒せるであろう程度の強さを──

ほむら「……っ」

どう考えても意図的なものだ。
仕掛けたのが誰かなど、考えるまでもない。

狙いはさやかだ。
そして悔しいことに、その効果はてきめんだ。

元々が、ぎりぎり持ちこたえられるかどうかという予想だったのだ。
もちろん1日に複数の魔女と戦うことなど想定していない。

──間に合わない。

それどころか、今日だけで限界を迎えてもおかしくない。

あるいは、既に──

ほむら「……」

さやかを探さなければならない。

ほむらは街中を駆け回っていた。

手がかりは魔女の魔力の反応だ。
この魔女の出現数なら、さやかが戦闘を行っている可能性は高い。
しらみ潰しに魔女を倒し続けていれば、そのうち見つかるはずだ。

魔女を倒さず、囮に使うことでさやかをおびき寄せるという案も考えたが、この魔女の出現率ではリスクが高い。
1体の魔女を見張っているうちに他の魔女との戦闘で魔女化していたなんてことになっては、目も当てられない。

それならばむしろ、さやかの負担を減らす意味でも、少しでも多く魔女を倒しておくべきだ。

ほむらは凄まじい勢いで魔女を倒し続けた。

魔力の反応があれば直行し、結界に入るなり能力を使用。
使い魔を無視し、そのまま魔女本体までたどり着き、即撃破。

当然ながら、そのような能力の使い方をしていれば魔力は減っていく一方だ。
だが今は、何よりも時間のロスが惜しかった。

ここでしくじれば、この時間軸での失敗がほぼ確定してしまう。
だからこそ、ほむらは必死だった。

早く、早くさやかを見つけなければ──

──何体目のことだっただろうか。

魔女の結界内で、ようやくほむらはさやかを発見した。
それはちょうど、さやかが魔女を切り捨てる瞬間であった。

ほむら「……見つけたわ」

さやかがほむらに振り向く。

さやか「転校生か」

その姿はぼろぼろだった。
しかし、それよりも──

ほむら「……!」

さやかのソウルジェムを見て、ほむらは衝撃を受けた。
穢れが溜まり過ぎている。

予想以上に早いペースだ。
このままでは確実に、ワルプルギスの夜が到来する前に彼女は限界を迎えるだろう。

さやかが、たった今倒した魔女のグリーフシードでソウルジェムを浄化したが、もはや焼け石に水だった。

ほむら「……」

ほむらは、さやかにグリーフシードを差し出した。

ほむら「使いなさい」

さやかに動揺はなかった。
ほむらの行動を、予想していたかのようでさえあった。

さやか「いらない」

ほむら「っ」

即答。
迷いは感じられなかった。

ほむら「……あなたの気持ちもわからないではないわ。でも、意地になっても仕方ないでしょう。ここは素直に受け取っておきなさい」

さやか「ありがとう。でも、別に意地を張っているわけじゃないから」

さやかはどこまでも平静を保っていた。
ほむらに対する反発すら感じられない。

その態度は、もはや彼女が意地などにこだわっていないということを物語っていた。

思い通りにいかないことに苛立ちを覚える。
先に冷静さを失ったのは、ほむらの方だった。

ほむら「わかっているの!? このままだとあなた、どうなるか……」

さやか「どうなるの?」

ほむら「それは……っ」

言えるはずがない。
ここで伝えたら、それがとどめになりかねない。

さやか「……知ってるんだ。まぁそんなこと、どうだっていいけどね」

ほむら「え?」

取り乱したほむらを前にしても、さやかは落ち着いていた。

さやか「あたしは今の自分に満足している。最後まで、正義を貫いて生きていたいんだ」

さやか「ソウルジェムに穢れが限界まで溜まったとき、たとえあたしが死ぬんだとしても……あたしはそれでも構わない」

……予想外だった。

さやかが、自身の死すら覚悟しているとは思っていなかった。
こうなると、もう言葉での説得は無理かもしれない。

ほむら「あなたの生き方は否定しないし、好きにすればいい。でも、だからといって自分から死ぬことはないでしょう。このグリーフシードを使えば……」

さやか「前にも言ったでしょ。あんたは信用できない。あたしを助けようとしてるのだって、あたしを思いやってのことじゃないでしょ? わかるのよ」

ほむら「……」

当然、こうなる。

さやかにとってほむらは、自分勝手な魔法少女のひとりでしかない。
少なくとも、単純にさやかを心配するような性格でないことは見透かされている。

それはつまり、裏があるということだ。

そんな人間の施しを受け、更にそれがほむらに利用されるのだとすれば、さやかが拒みたくなるのもわかる。

たとえ天秤に乗っているのが自分の命だとわかっていても、今のさやかは正義を優先するのだろう。

ほむら(確かに、さやかが自分で納得しているのなら、それ以上は他人が口を出す話じゃない……)

──どう生きるか、あるいは、どう死ぬか。

それを決めるのは、常に当人であることが望ましいと、ほむらは考えている。

価値観などそれぞれで異なる上に、そもそも魔法少女に正しい価値観など存在しない。
当人が本心から納得できる生き方ができれば、それが一番なのだろう。

誰よりも、ほむら自身がそうしているのだから、そこを否定するわけがない。

ただし、それは──

ほむら(知ったことじゃないわね)

──ほむらの目的の妨げにならない場合に限る。

まどかを救える範囲内であれば、さやかの生き方を尊重することもやぶさかではない。
さやかを今日まで放置していたのは、それが理由のひとつでもある。

しかし、もうそんな余裕はない。

たとえさやかの生き方を歪めてでも、これ以上は放ってはおくわけにはいかない。

もう本当に猶予がないのだ。
この様子だと、明日にでもさやかは魔女になってしまうだろう。

やはり、何か手を打たなくてはならない、のだが……

ほむら(……どうする?)

さやかが魔女になれば、高確率で杏子が命を落とす。
そうなれば、ワルプルギスの夜を倒すことはほぼ不可能になる。

そうなれば、まどかは──

ほむら(……ダメだ。やはり放置しておくわけにはいかない。しかし……)

……さやかが魔女化しても、杏子が死なない方法を模索するべきか?

それがどれほど難しいかは、ほむらが一番よく知っている。
既に何度も試みたが、結局確実な方法は見つかっていない。

キュゥべえは甘くない。
さやかが魔女化したという事実は、杏子に無謀な賭けへと身を投じさせるには十分なのだろう。

やはり、さやかの魔女化を避けることが最も確実なのだ。

──この状況で?

ほむら「……」

……いや、方法はある。
最も確実な手段が、たったひとつだけ存在する。

しかし、この手段は──



このとき、ほむらは確かに揺らいでいた。
決して、ほむらは冷酷な性格というわけではない。

ただ、ほむらはとっくに覚悟を決めていたのだ。

目的のためなら、何を犠牲にしてでも前に進むという、覚悟を──

ほむら(今の私に、手段を選んでいる余裕はなかったわね)

揺らぎが止まる。
その目は、しっかりと前を見据えていた。

ほむら(もう、迷いはない)

ほむらは、現状と為すべき条件、自身の行動原理を再確認する。

ほむら「……」

やるべきことは、決まっていた。

そしてほむらは、ひとつの決断をする。



──さやかを殺すしかない。

ここでさやかが死ねば、杏子が死ぬことはない。

杏子はさやかの死を悲しみはするだろうが、それでほむらに協力しなくなるということもないだろう。
もちろん、さやかを殺したのがほむらであることを知られなければ、ではあるが。

さやかが連日魔女と戦っていることは、杏子も知っている。
さやかの死に疑問を抱くことはないはずだ。

ほむら「……」

ほむらはいつの間にか、冷静さを取り戻していた。

殺すのなら、できるだけ早い方がいい。
また、誰にも目撃されてはならないし、知られてはならない。

──つまり、今この時が絶好のチャンス。

さやか「話はおしまい? なら、あたしはこれで……」

さやかがほむらから目線を外す。

ここだ。

一瞬だが、このタイミングがベスト。

これ以上距離が離れては、警戒されてしまう恐れがある。

ほむらは素早く盾から拳銃を取り出し、さやかに向けて構えた。

さやか「……ッ!?」

狙いを定める。
狙うのはもちろん、さやかのソウルジェムだ。

完全な不意打ちだ。
さやかは全く反応できていない。

人を殺すということを意識しつつも、手がぶれることはなかった。

ソウルジェムを照準に収める。

この状態で、外すことはあり得ない。

自分はこんなに簡単に人を殺せる人間だったのかと、頭の片隅で思った。

思っただけだ。

そのことに対する驚きはなかった。



──銃声が響いた。

ガキィィィン!!

ほむら「……!」

しかし、銃弾がさやかのソウルジェムを砕くことはなかった。

さやか「あ……」

ほむら「……」

ほむらが引き金を引く直前、ほむらとさやかの間に飛び込む影があった。

杏子「……何やってやがる」

乱入者は、佐倉杏子。
恐らく、ほむらの目線と拳銃の角度から銃弾の軌道を予測し、槍で防いだのだろう。

杏子の乱入。
これは、ほむらにとって最も望まない展開だった。

ほむら(ここで佐倉杏子か……最悪ね)

これでもう、このままさやかを殺すわけにはいかなくなった。
さやかを殺したのがほむらだと知っていれば、杏子がほむらに協力するわけがない。

杏子「おいさやか、ここは逃げとけ」

さやか「……うん」

ほむら「……?」

さやかが素直に従ったことに若干の違和感を覚えたが、もう、気にする必要もないのかもしれない。

……この時間軸は、もうダメだ。

もはや、ほむらは諦めかけていた。

手詰まりだ。
ここから、ワルプルギスの夜が来るまでさやかの魔女化を防ぎ、その上で杏子と共闘し、ワルプルギスの夜を倒す……不可能だ。

さやかが魔女化しても、杏子が死なないことに賭けるべきか──

杏子「ほむらてめえ……どういうつもりだ?」

ほむら「…………」

──いや、

まだ、終わってはいない。

運を天に任せる?
それでは、決まりきったレールから外れることはできない。

もう嫌になるほど経験した。
結局それでは、何も変わらない。

ほむら(そうだ、私の願いは──)

──自分のこの手で、まどかを救うこと。

他人任せではなく、自分自身の手で運命をねじ曲げ、変えてみせる。

それが、全ての始まりだったはずだ。

ほむらの根幹を支える願い、あるいは誓いとも言えた。

ほむら(……まだ、諦めるには早い)

だが、どうするか。
正攻法ではもう無理だ。

ここから、やれることがあるとすれば、それは……

ほむら「……佐倉杏子。あなたも魔法少女なら、腕ずくできたらどう? そうよ、私と勝負しなさい」

ほむらの突然の提案に、杏子は戸惑いを見せた。

杏子「はぁ? お前、突然何を……」

ほむら「あなたが勝てば、美樹さやかを狙うのはやめてあげる。どうかしら」

杏子「なんだと……」

これしかない。

決闘という形をとり、半ば強引にでもさやかを殺すことを認めさせる。
そしてさやかを殺した後で、魔法少女が魔女になるという真実を明かし、さやかを殺すしかなかったと納得させる。

ほむら(事前に話したところで、杏子がさやかを殺すことに同意するわけがない。でも、ことが済んだ後なら……)

さやかが死ねば、杏子は少なからずショックを受けるだろう。
そのショックを和らげるためにも、さやかの死が避けられないものだったという言葉は、よく響くはずだ。

もちろん確実ではない。
策というより、賭けに近いかもしれない。

しかし、たとえどれほど薄い可能性であっても、ほむらに諦めるという選択肢はなかった。

杏子「……」

わずかに思案する様子を見せてから、杏子が口を開いた。

杏子「……わかった。約束は守れよ?」

ほむら「えぇ、もちろんよ」

お互い、馬鹿正直な人間ではない。
そこにはそれぞれの思惑がある。

たとえほむらが勝っても、杏子は全力でほむらを阻もうとするだろう。

それはほむらもわかっている。
重要なのは、そういう約束があったという事実だ。

ほむら「始めましょうか。せっかくだし、決闘形式でいきましょう。このコインが地面に着いたら、スタートよ」

杏子「……いいぜ。やりな」

ほむら「……」

ピンッ

ほむらは、コインをはじいた。

ほむら(……これが、最後の足掻きね)

コインは回転しながら宙を舞い、最高点に到達し、やがて落下を始め──

キィン

──地面へと到達した。

ほむらは、即座に能力を発動させた。

『時間停止能力』

魔法少女の中でも、トップクラスに強力な能力だ。
この能力を用いて攻撃された場合、対処は極めて困難である。

ソウルジェムという弱点を持つ魔法少女が相手なら、ほぼ確実に相手を仕留めることができるだろう。

ほむら(……もっとも、今回はそういうわけにはいかない。杏子を殺してしまっては、この決闘の意味がなくなる)

この能力に弱点があるとすれば、発動する前に攻撃されること。
つまり、不意討ちだ。

しかし、今回ほむらは決闘の形式を用いることで、どのタイミングから戦闘が始まるのかを明確化した。
そして、戦闘開始直後に能力を発動することで、そのリスクを極力排除したのだ。

無事能力を発動できた時点で、ほむらは勝利を確信していた。

拳銃を構える。

ほむら(この決闘で私に求められるのは、勝つことだけではなく、杏子の動きをしばらく封じること)

その理由は、さやかを殺すためだ。
たとえ決闘に負けても、杏子がさやかを殺すことを素直に了承するはずがない。

だから、この決闘が終わったらすぐにさやかを見つけ出し、始末する。

その際に妨害されないように、ここで杏子にはすぐには動けないほどの傷を負わせておかなければならない。

ほむら(……手足を撃ち抜いておきましょう。魔法少女とはいえ、動けるほどに回復するには、ある程度の時間はかかるはず)

ほむらは狙いを定めた。

罪悪感がないわけではない。
ほむらが自分の都合でひとりの少女を殺そうとしているのに対し、杏子はその少女を必死で守ろうとしている。
そんな杏子に、邪魔をさせないがためだけに、動けなくなるほどの傷を負わせようとしているのだ。

全てを承知の上で、しかしほむらの手に震えはなかった。

全てはまどかを守るためだ。

そのためなら──

ほむら(私は手段を選ばない)

引き金に掛けた指に、力を込める。

ほむら「……ごめんなさい」



「おいおい、そいつはやり過ぎじゃねーの?」

ほむら「……ッ!?」

ほむらが引き金を引く、その直前だった。

背後から、声が響いた。

ほむらが弾かれたように振り向くと、そこには当然のように、杏子の姿があった。

ほむら「……あなた、どうして……!」

杏子「すました顔して、しれっと人の手足を撃ち抜こうとしやがって。恐ろしいねぇ」

ほむら「っ……」

内容とは裏腹に、からかうような口調だ。
しかし、ほむらは自分ののどが干上がるのを感じていた。

横目で、先程まで杏子が『固まっていた』位置を確認したが、既にその姿は消えている。

──あり得ない。

ほむらの能力は間違いなく発動している。
現に、ふたりの周囲からは物音ひとつしない。

しかし、明らかに杏子はその影響を受けていない。

ほむら「……」

ほむらの思考に空白が生じる。
あまりにも予想外の事態だった。

未だかつて、ほむらの能力が正面から破られたことはなかった。
これまで数多の時間軸を渡り歩いてきたほむらは、それこそ数え切れないほどに、この能力を使用してきた。

発動前に防がれてしまったことならある。
しかし、能力自体が効かないというのは、初めての経験であった。

ほむら(……ダメだ、糸口が見えない。一体何が起こっているのか、見当もつかない……!)

そして、杏子がわざわざほむらの思考を待つはずもない。

杏子「さぁ、どうする? 頼みの綱の能力が破られて、次はどんな手を繰り出してくる?」

杏子の言葉に、ほむらの表情が歪む。

ほむら(次の手なんて、あるはずがない……かと言って、正面から戦って、私が杏子に勝てるとは到底思えない……!)

ほむらの強さは、決して能力一辺倒というわけではない。
能力を使わずとも、大抵の魔女は倒せる自信がある。

だが、今回ばかりは相手が悪い。

先程杏子は、銃弾を槍で防ぐという離れ業を見せた。
いくら魔法少女であろうと、簡単にできる芸当ではない。
しかし、杏子は事も無げにやってみせた。

つまり、正面戦闘における杏子の強さは、その域にまで達しているのだ。

ほむら(……このまま戦えば、勝ち目がない。何か、何か策は……!)

なんでもいい。
この状況をひっくり返すことができるのなら、どんなものでも──

ほむら(……ここで杏子に勝てなければ、もうこの時間軸でまどかを救う手立てはない。絶対に、負けるわけにはいかない──)

周囲を見渡す。
焼け付くほどに、思考を加速させる。

ほむら(──諦めたく、ない──!)

しかし、考えれば考えるほど、結論は固まっていく一方だった。

やがて、悟る。

──ここからの逆転策など、あるはずがない。

杏子「さあ、どうする!?」

ほむら「……………………」

ほむらの中で、張り詰めていたものが切れたような感覚があった。

ほむら(終わり、ね……)

ほむらは、能力を解除した。

ほむら「……私の、負けよ」

杏子「……」

ほむら「もう美樹さやかは狙わない。あなたの邪魔もしない。それで文句はないでしょう」

ほむらはそう言い捨てて、その場を去ろうとする。

しかし杏子としても、そのままほむらを逃がすはずがない。

杏子「待てよ、そんな言葉だけで……」

ほむら「……」

ほむらは時間を止めようとして、たった今その能力が通用しなかったことを思い出す。

杏子に振り返り、答える。

ほむら「……悪いけど、今はひとりにさせてくれないかしら。少し、疲れたわ」

杏子「……ッ!?」

ほむらの顔を見て、杏子が表情を強張らせた。

ほむら(……あぁ、私は今、どんな顔をしているのかしらね)

今や、全てがどうでもいい。

ほむら(少し、休みましょう……)

ほむらはフラフラと歩き出し、その場を後にした。

***

杏子「くそっ、なんだってんだよ……」

取り残された杏子は、困惑していた。

ほむらを問い詰めるつもりだったが、あんな顔を見せられては何も言えなかった。

杏子(全てを諦めたような表情をしやがって……さやかを殺せなかったのが、そこまでのことだったってのか?)

ほむらは明確な目的があって動いている。
それは間違いない。

さやかが生きていることが、その目的の妨げになるということだろうか。

杏子(……そんなことがあり得んのか? 逆ならわかる。ワルプルギスの夜に対する戦力の確保のために、さやかを死なせたくないってんなら理解できる)

しかし、さやかを殺そうとしていたとなると、話が変わってくる。
思い返してみれば、ほむらは始めからワルプルギスの夜とは、杏子とふたりだけで戦おうとしていた節があった。

杏子(今の状況を見越していた? 確かに、最近のさやかはいつ死んでもおかしくないような戦い方をしている。戦力として数えるには、あまりにも不確かかもしれない)

もちろんこれは、さやかを生かさなくていい理由であり、さやかを殺さなければならない理由にはなり得ない。
ほむらの目的がわからない以上は見当もつかないが、何らかの理由があってさやかを殺そうとしたのだろう。

杏子(……だとしても、やはりおかしい)

仮に、さやかが生きていることに不都合があったとしても、なぜ、ほむらがわざわざ手を下す必要がある?

放っておけば死ぬ可能性が高いのに、杏子に反感を買うリスクを負ってまで自ら殺そうとしたのはなぜだ?

どうせ魔女と戦い続けて力尽きるなら、その前にとどめを刺したところで大して結果は変わらない。
多少さやかの死が早まるだけだ。

杏子(……そこに違いがあるとでも?)

ほむらは感情で行動するタイプではない。
自分が引導を渡してやろうなどと考えるとは思えない。
必ず、さやかを殺さなければならない明確な理由があったはずだ。

杏子「……」

これ以上は考えても仕方がない。
ほむらはまだ情報を隠しているはずだ。
前提が揃ってないうちにあれこれ考えを巡らせたところで、想像の域を出ることはない。

杏子「……どうすっかな」

ほむらを問い詰める必要があるのは確かだが、先程の様子だとまともに答えるかどうか。

それに、さやかの様子も気になる。
状況が状況だけに構っていられなかったが、さやかは本来、逃げろと言われて素直に逃げるような性格ではない。

──さやかを探そう。

ほむらも、さやかに手出しをしないという約束は守るはずだ。
今のほむらに、行動を起こそうという気概はないだろう。

杏子「……間に合ってくれよ」

なぜか、嫌な予感が頭から離れなかった。

***

さやか「……」

さやかは、あてもなく走り続けていた。
ほむらが追ってくる様子はなかったが、立ち止まると、嫌な考えが頭を埋め尽くしてしまう予感があった。

気付いてはいけないことに、気付いてしまう。
知ってはならないことを、知ってしまう気がした。

さやか(……考えるな)

しかし、それでもさやかの中の冷静な部分は、結論を導き出しつつあった。

先程のほむらの殺気は本物だった。
間違いなく、さやかを殺そうとしていたはずだ。

そのことで怯えているわけではない。
決していいことだとは思わないが、魔法少女として魔女と戦っていたことから、命のやり取りにはある程度慣れてしまっている。

さやかが気にしていたのは、そこではなかった。

さやか(あのとき、ほむらが拳銃で狙っていたのは……)

ほむらの目的がさやかを殺すことだったとしたら、狙うのは普通、頭か胸ではないだろうか。

しかし、あのときほむらは、確かにさやかのソウルジェムを狙っていた。

さやか(それは、つまり──)

ソウルジェムを破壊されると、魔法少女は死ぬ?

──いや、そんな単純な話ではない。

さやか「……」

点と点が線で繋がっていく。

自分が痛覚を遮断していたことの、本当の意味を察していく。

気付いて、しまう。

さやか「あぁ……これが……」

ソウルジェムを見つめ、呟く。

さやか「『これ』が、あたしなんだ……」

恐らく、ほむらに言われても信じなかったであろう真実。
しかし今のさやかには、なぜか自然に受け入れられた。

始めは綺麗だったはずのそれは、今やほとんど濁りきり、見る影もない。

さやか「ここにきてやっと気付くなんて……あたしって、ほんと……」

そして、わずかに残った透き通るような青い部分も──穢れに犯されつつあった。

杏子「──さやかっ!」

さやか「!」

もはや、ほとんど意識すら手放そうとしていたさやかだが、杏子の声に我を取り戻す。
振り向くと、そこには息を切らせた杏子が立っていた。

さやか「あんたか……どうしたのよ」

いつもの調子なさやかの言葉に、杏子はほっとした表情を見せた。

杏子「どうしたのよじゃねーよ……心配させやがって」

ため息をつきながら、さやかの隣に座る。

杏子「あいつには、もうお前を襲わないように約束させた。安心しな」

さやか「……そう」

杏子「つれねーな。まぁお前らしいけどよ」

そう言いつつどこか嬉しげな杏子の様子に、さやかの胸が痛む。

どう考えても、隠しきれるとは思えない。
それなら、これ以上だまし続ける方がよほど残酷だ。

さやか「……杏子、見て」

杏子「?」

ソウルジェムを手に掲げる。
それを見た杏子の様子が一変した。

杏子「お前……っ!」

さやか「もう限界みたい。最後にあんたに会えてよかったよ」

杏子「待ってろ、今グリーフシードで回復を……」

さやか「いいよ」

震える手で、あわてる杏子を制止する。

さやか「たぶん、無駄だよ。自分のことは、自分が一番よくわかる」

杏子「……ッ」

杏子の顔が歪む。
歯を食い縛り、悲痛な面持ちを見せた。

さやかは杏子から目を逸らし、ひとりごとのように呟いた。

さやか「もう今さらどんな事実を突きつけられても気にならないと思ってたんだけどね……やっぱり、少しはショックがあったみたい。とどめになっちゃったのかな」

杏子が眉をひそめる。

杏子「……何を言ってんだかわからねえよ」

さやか「……」

ここで、さやかが気付いたことを杏子に伝えておくべきなのだろうか。
杏子なら、精神的にもソウルジェムの状態からしても、問題はないかもしれない。

さやか(……違うな。今あたしが杏子に伝えたいことは、そんなことじゃない)

時間はあまり残されていない。

杏子「……」

杏子はうつむき、落ち込んでいるように見えた。
あのときの、さやかへの言葉を後悔しているのだろうか。

さやか「杏子」

杏子「……なんだよ」

だからこそ、終わってしまう前に、何も伝えられなくなってしまう前に、ここで言っておかなければならない。

さやか「ありがとう。あたしが最後まであたしでいられたのは、あんたのおかげだよ」

杏子「……!」

未練がないわけではない。
こんな結末になってしまったことが、悔しくないわけではない。

しかし、杏子にそれを悟られたくはなかった。

杏子「……本心か?」

さやか「うん」

嘘ではない。
仮に、さやかがあのまま自分を見失っていたら、こんな気持ちで終わりを迎えることはできなかっただろう。

杏子がいたからこそ、さやかは──

さやか「だから、あんたが気にすることは……何も……ッ!?」

不意に、声が途切れた。

息が苦しい。
体が震える。

全身の力が抜け、倒れ込む。

感触から、杏子に支えられたのだと悟った。

杏子「さやか!??おい、さやか──」

杏子の声が遠くなる。

すでに限界だったのだろう。
いや、杏子がいなければ、もっと早かったのかもしれない。

さやか(……大丈夫だよ)

もう、声も出ない。

杏子は、必死にさやかに呼び掛けていた。

杏子「────」

あぁ、なんて顔をしているの。
そんな顔をさせたくない。

あなたに伝えたい気持ちは──

杏子「……!」

思いっきり、笑顔を見せつけてやる。
ここ数ヵ月はできなかった、満面の笑みだ。

さやか(……ありがとう)

杏子「────」

あぁ、なのになぜ、あなたはそんなに悲しい顔をしているのだろう──



そして、さやかは静かに、意識を手放した。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2017年04月04日 (火) 02:17:36   ID: asmiYcaD

こんなに長いことやってるのも珍しい
マジ同じまどマギ狂として頑張って欲しい

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