友紀「もっと大好き、語っていい?」 (36)




モバマス・姫川友紀のSSです。
*10年後の話です。




SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1455905399




ね? プロデューサー!





よく晴れた2月初旬のある日。

まだ全国的には寒さの真っ只中だけど、

ほんの少し、春を告げる風が吹きつつある、ここ宮崎市。



ゲートをくぐり、階段を登って内野スタンドへ。



視界に広がる真っ青な空と、スコアボード。

美しい芝と、土と、そこでめまぐるしく動く選手たちの姿。

そしてその動きに注目する、スタンドの熱心なファンの人たち。



球春到来。

市内にあるこの球場では、今年もキャッツの春季キャンプがおこなわれている。



去年の雪辱、果たせるといいね。

期待のドラ1ルーキーくんは活躍するかな。

現役続行を決めたあのベテラン選手はどうかな。



今年は他のチームもなかなか熱いよね。

選手みんな、頑張ってほしいよね。

いい試合したいよね。



もちろん、勝つのはキャッツだけどね!





姫川友紀(20)→(30)
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P「おまたせ、はいコーヒー」

友紀「あ、おかえり。ありがとー♪」

P「FAで移籍してきたのって、あのサード守ってる人だっけ?」

友紀「そうだよ、あの人守備もうまいんだよね」

P「そうなのか。見ものだな」

友紀「うん」



報道陣の数は……まあ例年通りかな?

話題の選手にスタンドから声援が飛ぶ。

女性ファンの黄色い声もあれば、おじさんの野太い声での喝が飛んでたりもして。



友紀「やっぱり、こういう雰囲気っていいよね、ワクワクするよね」

P「ふふっ、そうだな」



まだ少し寒い2月の空の下、

あったかいコーヒーを飲むのも悪くない。

そう思うようになったのはここ数年のことだ。



……まあ、正直に言えば、

彼と一緒にキャンプを見に来るようになって以来のことだ。





P「しかし友紀はホント、コーヒーは甘いのしかダメだよな」

友紀「ブラックとかおいしくないよ。苦いし」

P「ビールは種類関係なく好きなのにな」

友紀「それとこれとは別」



野球観戦といえばビール。

20歳のころからずっとそう言ってきたあたしだけど。



友紀「……でも、その、さ」

P「うん」

友紀「ビールがなくてもたまにはいいよ。……一緒なら、ね!」

P「そっか」

友紀「うん」



友紀「……え、ちょ、もうちょっと反応してよ。せっかくあたしが頑張って、その、恥ずかしいこと言ってるんだから!」

P「あ、恥ずかしいんだなやっぱり」
友紀「あたりまえだよ!」



ホントにもう、この人ときたら。



P「ま、もちろん」ギュ

友紀「うぁ」

P「気持ちはちゃんと伝わってるし、ちゃんと受け止めてるぞ?」

友紀「……あ、ありがとう」

P「でもあんまり目立ったことを大きい声で言うのはやめとこうな。友紀はアイドルなんだから」



……。

しれっと手を握ってきておいて、この人は何を言ってるんだろう。

まったく、ほんとにもう、まったく。

でも。うん。



友紀「……うん」



……。

えへへ。

あったかい。



球場には、守備練習の声が響いていた。

熱気に溢れるグラウンド、そしてスタンドも。

春は、すぐそこだ。



* * * * * 



友紀「ねぇプロデューサー、あたしアイドル活動って、いつまで続けられるかな?」



東京・いつもの事務所。



去年の年の瀬のことだった。

事務所でプロデューサーと二人っきりのタイミングの時に、

思わず口から出てしまった一言。



P「どうした急に」

友紀「あ、いや悩みってほどじゃないんだけど」



ホントにその、深く悩んでるとかじゃなかったんだけど。



P「……少し話すか」

友紀「いや、そんな……ね。でもあの、ね?」



まあ、あたしだって、そういうの考えるときだってある。






友紀「あたしももう30じゃない?」

P「まだ30だろ」

友紀「いやいや30だよ? アイドルとしては、そろそろ大きな節目だよね?」



こちらに向き直ってくれたプロデューサーを前に、

あたしは柄にもなく、真面目な話をすることにした。



20歳の時に、ひょんなことからアイドルの世界に足を踏み入れて、

気がつけばもう10年。

三十路なんてオバサンじゃーん!

ってバカにしていたのはいつの日のことだったか。

あたしもとうとう、そっちの領域に入ってしまった。



P「友紀はこれからもアイドル、続けていきたい?」

友紀「もちろん! だって毎日楽しいよ!」



幸せなことに、今もライブや歌の活動のほか、

野球関係やバラエティの番組でもお仕事をもらえている。

時代を席巻するアイドル……とはいかないが、

それでも楽しくやれているのは事実だ。



友紀「……いつもありがとね、プロデューサー」

P「どういたしまして。でも友紀が頑張ってきたからだぞ」

友紀「えへへ、そう?」

P「あっでも、レッスンですぐ言い訳して楽しようとするクセだけはなー。今からでもマストレさんに厳しくしてもらわないとなー」

友紀「えっちょっと、やめて」

P「あはは」



アイドルユッキとしてお仕事できているのは、とても嬉しい。

あと、それを支えてくれる仲間のみんなや、スタッフのみんなや、プロデューサーの存在が、とても嬉しい。





P「まあ確かに、30前後を境に活動内容をシフトしていく子は多いからな」

友紀「あたしの周りもそうだよね」

P「そうだな。芝居だとか音楽だとか、それぞれの強みに集中していく子も多いし」

友紀「久美子さんとか伊吹ちゃんとか」

P「あといつきとかもそう」

友紀「いつきちゃんお芝居の仕事どんどん増えてるよね。すごいなぁ」

P「あれも努力の賜物なんだぞ」





松山久美子(21)→(31)
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小松伊吹(19)→(29)
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真鍋いつき(22)→(32)
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P「”アイドル”って括りではなくなっていく人も少なくはないな」

友紀「そうだよねー。……あたしはどうなんだろうなー」

P「……別に無理に変える必要はないんだぞ。今のまま頑張るって道もあるんだから」



そうなんだけど。



P「タレントとか、バラドルなんて形もある。生き方はいろいろだしな」

友紀「うん」



そうなんだけど、さ。



アイドル界にも、若い子たちがどんどん入ってきているわけで。

それはいつも感じていることで。



友紀「美少女ユッキと言われてはや10年……時の経つのは早いよねー」



こうした楽しい日々がいつまで続けられるのかな、なんて。

ふいに不安になったりもする。





P「フフッ、美少女ユッキか」

友紀「なに? 不満ー?」プク

P「いやいや、そんなことないさ。友紀が美人なのは事実だしな」

友紀「え……あはは。えっと、そうかな? お世辞でも嬉しいよ!」

P「お世辞じゃないさ。それに自信を持つことは大事だぞ」

友紀「えへへ、ありがと!」

P「(ただ、美”少女”というのはどうなんだろうなぁ……)」

友紀「じゃ、じゃあ最近覚えたやつ見せてあげるね! キャッツの○○選手が打席に入るところ!」

友紀「\テーテーテテテーテーン/」

P「……幾つになっても唐突にそういうの始めるところ、俺は好きだぞ」

友紀「あはは! いーでしょー♪」



こうした楽しい日々が、ね。



あと、やっぱり、

あたしは。

……プロデューサーが大好きだ。





P「……友紀、あのさ」

友紀「えっ」



* * * * *



比奈「……で、どうなったんスか?」ズズッ

友紀「えっと、あたしのモノマネ披露が続いて、そっから野球の話になって……」

比奈「そうじゃなくて」

友紀「えーと、その……」



友紀「……クリスマス、仕事入ってないんだけど、予定あるか? って」



翌日午後。

久しぶりに比奈ちゃんと仕事終わりが一緒になったので、

雑談がてら、カフェに寄ることになった。





荒木比奈(20)→(30)
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比奈「ほぉー」

友紀「……ご飯でも行くか? って」

比奈「ほうほう」



比奈ちゃんはデビューした頃からの仲間だ。

一見インドアであたしと正反対な感じだけど、

誘えばいろんなことに乗ってくるし、意外とノリもよかったりする。

同い年ってこともあって、結構気軽に何でも話せる相手みたいに、あたしは思っている。



友紀「……どうしよう」

比奈「どうって何スか。行きゃいいじゃないっスか」

友紀「……は」

比奈「?」

友紀「恥ずかしい……」モジモジ

比奈「は?」



今日も、穏やかじゃない風が吹いている。





比奈「友紀ちゃん、もう何年、担当プロデューサーさんとこの関係続けてんスか」

友紀「……う、うん」



比奈「意思の疎通なんかできて当たり前で!」

比奈「お互いのことあきれるくらいよくわかってて!」

比奈「挙げ句に、お互いの気持ちももうバレバレじゃないスか!」バンバン



捲したてるように怒る比奈ちゃん。

そうなんだけど。

そうなんだけど。



比奈「しかもクリスマスでしょ? 確定中の確定じゃないっスか!」

友紀「うぅ……」



友紀「さっ……最近、プロデューサーも、その、何か真面目なこと言おうとしてるのがわかるんだ」

比奈「はい。まあ友紀ちゃんも30ですし、いろいろね」

友紀「で、その……嬉しいこと……なんだと思うんだけど……そのハズなんだけど……」

比奈「恥ずかしいから、お酒飲んだりはしゃいだりして、話すムードじゃない感じにしてしまう、と」

友紀「……うん」

比奈「バカなんスか」

友紀「酷い!」

比奈「酷いのは友紀ちゃんスよ」



比奈「プロデューサーさん、友紀ちゃんの30歳の誕生日にも、お祝い以外に何か言おうとしてたんでしょ?」

友紀「……うん」

比奈「でも友紀ちゃんがお酒飲んで騒いだから、話すムードにならなかったんでしょ?」

友紀「……うん」



比奈「だ・か・ら! プロデューサーさんも勝負に出たんでしょ」

友紀「///」

比奈「照れるのはちゃんと相手の言葉を受けてからにしてほしいっス」



はぁー、と大きなため息。

比奈ちゃんのジト目が刺さる。





比奈「まあトボける友紀ちゃんを遮ってバシッと強引にいかない、Paのプロデューサーさんにも問題はあるっス。でもね、毎回茶化してきたってのはどうかと思うんスよ」

友紀「……うん」



でもその、思うところだってあるんだ。



友紀「でもあの、今後もアイドル続けていくのどうなのってこともあってその」

比奈「それはまた別の話じゃないスか」

友紀「でも、どうしようって時に、そういう、その、そんな話聞いちゃったら、きっとその」



たぶんあたしは、それに流されると思う。

きっと、お仕事のことは、何にも考えられなくなると思う。



そのくらい、

考える余地のないくらい、

もうあたしはプロデューサーが、

好きだ。



でも。

だからこそ。

今の毎日が楽しく素敵だからこそ、

変えたくない自分もいたりして。



比奈「ああ、なるほど」

友紀「うぁ……あぁっ!」モジモジ

比奈「……しょうがないっスね。友紀ちゃん今日夜ヒマっスか?」

友紀「ん、うん。いけるけど」

比奈「アタシ今日飲みに行くつもりでしたから、たまには一緒にどうっスか?」

友紀「あ……うん! 行く!」

比奈「もう少しゆっくり話すっスよ」

友紀「あ、ありがとう!」

比奈「いえいえ。こういう時にうってつけの相手と、今日は約束があったんス。ぜひそこに」

友紀「……え?」



* * * * *



自分で言うのもなんだけど、

あたしもそれなりにアイドルとして人気はあったりする。

野球に関する知識の豊富さもけっこう話題になって、

熱心に応援してくれるファンの人もいたし。



童顔でかわいい。って言われていた。



でも、25歳を過ぎたあたりから、

「最近のユッキはちょっと色気増してきたよな」

「なんか大人の女って感じが垣間見えてきたな」

みたいな会話も聞かれるようになって。



「エロい」って評判が出始めたときは、

実は、どうリアクションしていいのかわからなかった。

褒め言葉なんだろうけど、どうしても、その、ね?



あたしも何か振る舞いを変えなきゃいけないのかなって思ったりもしたけど、

プロデューサーはそんなことしなくていい、って言ってくれた。

そのままの友紀にいろんな魅力が出てきていて。

そのままの友紀にいろんな可能性が見えてきているんだから。

今の自分を大切にしろ、って。



いろんな出来事や反応がある中で。

何でも相談に乗ってくれた。

ずっと親身になって支えてくれた。



何より、

いつだって、一緒にいて楽しかったし、

誰より仲のいい、パートナーだった。



友紀「だから」



だから、プロデューサーは大好きだし、

だからこそ、アイドルユッキとして、一人の女性として、

どうしていいのか、わからない。





比奈「……Paのプロデューサーさんを擁護するつもりはないっスけど、あの人はやっぱりプロデューサーですし」



居酒屋の個室。

予定通りというか、なんというか。

のっけから話はあたしとプロデューサーのことになった。



比奈「アイドルとの恋愛沙汰も結構気にしていたわけですから、大きな進展がなかったのは当然なわけですよ。20代のうちはアイドルの恋愛はご法度だと。まあ30だからいいって話でもないっスけど、今後の動き含め、ね?」

友紀「う、うん」



比奈ちゃんは今も全力でアイドルだし、同人作家としても活躍中だ。

そっちにもファンは結構いるみたいだし、

アイドルとしても、小さなイベントをコツコツ続けたり、

企業の販促イベントなどをしっかりこなしたりする比奈ちゃんは人気も根強い。



比奈「アイドルの方も、続けるんでしょ?」

友紀「そう……したいなって思ってるんだけど」



どうしたものだろう。



友紀「この先もずっと続けていけるわけじゃないし」

比奈「そんなのみんな一緒っスよ」



そう言われればそうなんだけど。

だけど、ね。



友紀「その、恋愛をもしするなら、仕事……どう、なるかなって」

比奈「そうっスねぇ……」





「フフッ。そんなの、なるようにしかならないわよ」





礼子「お待たせ。遅刻してごめんなさい」

比奈「お疲れ様っス。お待ちしてましたー」

友紀「ええっ……!!」





高橋礼子(31)→(41)
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礼子「じゃあ、乾杯♪」

比奈「かんぱーい」

友紀「カンパーイ!」



比奈「お仕事大変そうっスね」

礼子「まぁ、多少はね。でも大したことはないわよ」

友紀「久しぶりだね礼子さん!」

礼子「そうね、でも友紀ちゃんの活躍はちゃんと見てるわよ」

友紀「ホント? 嬉しい!」



ごぞんじ我らがビッグママ、高橋礼子さん。

溢れる色気と艶のある表現力には定評があり、

役者としても活動の幅を広げている。



ちなみに盟友である志乃さんともども、

タレントとしてもバラエティ、グルメレポなど

テレビでバリバリ活躍中だ。

二人とも40代になってなお色気は増すばかりで、

共演する若い男性諸氏が目のやり場に困る様子は、もはや恒例行事だ。



比奈「礼子さんホントそんな服どこで買ってるんスか」

礼子「あら、案外探せばなんでもあるものよ。興味ある?」

比奈「ないっスよ、そんな身体のライン出まくる服。フツーはアタシらの歳でもしんどいっスよ!」

礼子「私41よ?」

比奈「礼子さんは異常すぎますよ。あと志乃さんも」

礼子「フフッ、そうかしら」





柊志乃(31)→(41)
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比奈「冷静に言って、礼子さんと志乃さんは、今のアタシらより上でアイドルデビューしたんスもんね」

友紀「ちょっとどうかしてるよね」

礼子「あら失礼しちゃうわね。カクテルのおかわり注文して頂戴」

比奈「はっや!」

友紀「あ、あたしもー!」

比奈「これダメな流れじゃないスかね」



また飲む流れになるかなと思いきや、

運ばれてきた二杯目のグラスには口をつけず、

礼子さんは改めてこちらに向き直って、笑みを浮かべた。



礼子「それで? さっきの話、私にもゆっくり聞かせてほしいわ」

友紀「え、あー」



どうやら、じっくり話す流れらしい。



礼子「今年のクリスマスは、ジューシーな夜になるかもしれないんでしょ?」

友紀「えっと……///」

比奈「少なくともアイドルがする会話じゃないっスね。もう慣れたっスけど」



* * * * *



礼子「そっか……友紀ちゃんも30になったんだものね」

比奈「そうなんスよ。だからきっと、Paのプロデューサーさんも」

礼子「そうね、ずーっと”もう付き合っちゃえよ”って思われてた、あの関係に終止符が打たれる時なのかもしれないわね」



友紀「あ、あのー、そのこと……だけど」

礼子「うん?」

友紀「比奈ちゃんも言ってたけど……あたしとプロデューサーってそんな、わかりやすい関係……だったの?」

礼子「そうねぇ……私はPaのプロデューサーとはあまり関わりないけど、彼といえば友紀ちゃんってくらいには」



ええ……。



比奈「むしろ付き合ってなかったのかよって話っスよね」

礼子「そうね。でもそれがさっきの話で、区切りの時なのかもしれないわけで」

友紀「でもあの」



いろんな想いが去来する。



友紀「あたしはアイドル活動が楽しくて、それを支えてくれるプロデューサーが大好きで」

友紀「野球も大好きで、時間があったら一緒に応援してくれるプロデューサーが大好きで」

友紀「そういう、その、今まであった関係もとっても大事で、あの……」



ぐるぐる回ってきた。

何を言いたいんだっけ。



友紀「えっと、あの……」



礼子「ねぇ、ちょっと聞いて。私去年、雑誌の”理想の大人美女ランキング”とかいうので上位に入ったの」

友紀「え?」

比奈「へ?」





一体何の話だろう、突然。



礼子「どう思う?」

友紀「え、いや……さすが礼子さんだなって」

礼子「フフッ、ありがとう。でもこんな私がよ? 31で突然アイドル始めたような私が」

比奈「……」



礼子さんの説明は続いた。



理想の大人って何かしら。

アナタたちは理想の大人像ってある?

私は実は、そういうのなくって。

だから、これがいいかしら、あれがいいかしらって、

いろんなことに挑戦しながら、いろんなことを学びながら。

目の前のことに一生懸命になりながら、

その積み重ねで生きてるだけの女よ。



夢も目標も特に持ってこなかったし、

建設的に生きてもいなければ、

しっかりと家庭を築いてきたわけでもない。

そんな私をいいって言ってくれる人たちは、何を見てるのかしら?



答えは今もわからないわ。

でも一つ思ったことがあって。



礼子「いい大人って、楽しいって伝えられる人なのかなって」





友紀「楽しい、を……」

比奈「むぅ」

礼子「私はね、目の前のことにも、生き方にも、いい意味で肯定的にいきたいだけなの」



……考えさせられる。



礼子「だから来る仕事は基本断らないし、プロデューサーの判断は信じてるの」

比奈「礼子さん、ホントそういうところ強いっスよね」



二人はもともと担当プロデューサーが同じだ。

礼子さんはアイドル活動からシフトすると同時に離れてしまったみたいだけど。



礼子「10年後20年後、何をメインに生きているかは私もわからないわ。でも”ああ、高橋礼子だな。変わらず素敵だな”って思ってくれる人がもしいるなら、私は幸せだろうって」

友紀「……ありがとう、礼子さん」



何かこう、グッとくるところがある。

うまく言えないけど。



* * * * *



比奈「……友紀ちゃんは何か、深めていきたい分野ってあるんスか?」

友紀「え……えっと、野球?」

礼子「フフッ、今以上に深めるの?」

比奈「それかドラフト待ちっスか。30にもなって」

友紀「なっ、失礼な!」



思わずみんな、笑みがこぼれる。



友紀「や、それは冗談としても」

比奈「わかってるっスよ。いいじゃないスか。今はアイドルで、そういうトコ深めていけば」

礼子「そうよ。ダメになった時のことは、ダメになりそうな時に考えなさい」



めちゃくちゃな話だ。

でも礼子さんが言うと、何か、温かい。



比奈「それよりもまずは、”日本一野球に熱いアイドル”みたいなものを目指す方が先っスね」

礼子「そうね、まずはそのへんかしら」

友紀「……!」



そうだ。

そうだった。

あたしにはまだまだ、今できることがある。



礼子「それと。それを踏まえても、プロデューサーとのことは、なるようにしかならないわよ」





話が再び、プロデューサーとあたしのことになった。



礼子「ここまで10年、彼に支えられて、彼とバカ言い合いながら、やって来たわけでしょう?」

友紀「……う、うん」

礼子「信じてきて、失敗ではなかったわけでしょ?」

友紀「うん」

礼子「じゃあ、身を委ねてみても悪くないかもね」

友紀「ゆだっ……///」



比奈「物理的に委ねろって話じゃないっスよ、友紀ちゃん」

礼子「あら、私はそれも含んだつもりよ」

比奈「勘弁してほしいっス、そんな生々しい話」



茶化すような会話の中だけど。

あたしの顔はもう真っ赤だ。

あ、えっと、いろんな想いがめぐったせいで、だからね。

別にその、身を委ね、とかそういう想像のせいじゃないからね?



礼子「ま、とにかく」



空気を整えるように、オホンと礼子さんが咳払いをひとつ。



礼子「形はどうあれ、クリスマスには、友紀ちゃんとプロデューサーの関係はたぶん変わるわね」



黙ってうなずく。

それは、私にもなんとなくわかる。



礼子「恥ずかしいかもしれないけど、ちゃんとそこには向き合いなさい。きっと素敵な未来が待ってるわ」

友紀「……今更その、そういう、いつもと違う、そういうの、その、変な感じにならないかな? 失望されないかな?」

礼子「……ふふ、いいのよ、ちょっとくらいカッコ悪かったとしても。それこそ彼がフォローしてくれるわよ」

比奈「きっといい展開になるっスよ。結果教えてくださいね」

友紀「え、あ、うん」



礼子「そんな彼と、改めて仕事の話もゆっくりすればいいわ」

友紀「……うん!」





礼子「それと、今の関係のような、お互いの”いい感じ”なところを今後も守っていけるかどうかは、友紀ちゃんにもかかっているわよ」

友紀「え」

礼子「毎日の何気ない会話から野球観戦まで、今まで通り続けていきたいんでしょ? じゃあ仮に付き合うとなっても、変に照れたり畏まったりしないで、いつも通り話せるか、誘えるか。それでしょ?」



そうだ。



比奈「大半が友紀ちゃんからアプローチしてることっスもんね」

礼子「そういうこと」



そうだ。そういえばそうだ。



礼子「最初は難しいかもしれないし、照れるかもしれないけど。でも忘れないで。この10年、アナタの”好きなこと”を一番受けとめてきたのは彼なの。今更それで嫌われたりすることなんてないから」



……うわああああ!!!



友紀「恥っ……ずかしいぃ……!!!」

比奈「今更何言ってんだって感じっスけどね」

礼子「フフッ、これからはもっと、彼の”好き”も受けとめなきゃね♪」



* * * * *



友紀「ホントあの……今日は礼子さんも、比奈ちゃんも、ありがとう」

比奈「どういたしまして」

礼子「よい進展を、楽しみにしてるわ」



あれもこれもと話があって。

正直いろいろぐるぐる巡っているけれど。

でも、心はあったかい。



友紀「じゃああたしここで。おやすみなさい!」

比奈「おやすみっスー」

礼子「おやすみなさい」



タッ



比奈「行っちゃったっスね」

礼子「いっそ今日ここで電話で告白させてもよかったかしら」

比奈「いい話してたんだから余計なこと言わんでください」





礼子「と・こ・ろ・で♪」



ガシッ



比奈「えっ」

礼子「比奈ちゃんは、うちのプロデューサーとどうなってるのかしら?」

比奈「え、あ、いや、アタシはそんな……」

礼子「最近、お互いの家で宅飲みしたりすることもあるらしいじゃない?」ボソボソ

比奈「えっちょ、えっ、それどこ情報っスか!?」

礼子「フフッ、女は秘密をいっぱい持ってるものよ?」



* * * * *



クリスマス・都内某所。



待ち合わせまでは、あと10分。

「ごめん、ギリギリになりそう」というメールは受けている。

相変わらずだなぁ、と思いつつ。



はぁーっ。

ドキドキするよ、プロデューサー。



不思議ね、冷たい風でも寒くない

あの笑顔が、もう少しで見られるから……なんて。



友紀「♪息切らし走って 今日も 君は 遅れてきたねー」



♪いつかきっと 君の胸に 

 飛び込んでいくでしょう




* * * * *



宮崎県某所。



サインを求める声。

スマホを向けるファンたち。

評論家を気取って解説を始める地元のおじいさん。



何度も何度も見てきた光景だ。

変わらないそんな景色に少し嬉しくなりながら、

あたしは近くの座席に腰掛けている。



友紀「あ、あれホラ! 昨日話した選手!」

P「おお、生で見るとやっぱ大きいな」

友紀「長打も期待出来るからね! レギュラー取ってほしいなぁ」

P「去年は打率がちょっと低かったんだっけな」

友紀「そうそう、今年は伸びてほしいよね!」

P「おっすごい、これもサク越えだ」

友紀「にひひ」



変わることも、変わらないこともあるなかで。

あたしは、あたしの好きを、もっともっと大事にしたい。



だから。

きっとこれからも。



友紀「よろしくね、プロデューサー!」



* * * * *



以上です。

特に話はつながっていませんが
・みちる「もぐもぐの向こうの恋心」
・法子「恋するドーナツ、ハート型」
・紗枝「プロデューサーはんは胸の大きい女の子が好きなんどすかー」
など書いています。

ありがとうございました。


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