0079 -宇宙が降った日- (183)

*宇宙世紀ガンダム(UC0079)の二次オリ作です。

*原作キャラの登場有無はわかりませんが、出てきても道端ですれ違うレベルです。

*世界観だけお借りして勝手に話を進めていきます。

*if展開は最小限です。基本的に、公式設定(?)に基づいた世界観のお話です。

*公式でうやむやになっているところ、語られていないところを都合良く利用していきます。

*レスは作者へのご褒美です。

*更新情報は逐一、ツイッターで報告いたします
ツイッター@Catapira_SS

以上、よろしくです。
 

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既にセンスある


 「悪い、アレックス」

「気にするな」

互いに、そうとだけ声を掛け合う。

 俺達は、死ぬんだろう。あのコロニーが落ちてくるまで、俺達はここを離れられない。離れない。最後のひとときまで民間人の避難誘導をすることを、決めていた。

だから、目の前の任務に目を向ける。そうでなけりゃ…今すぐこんなところ放棄して逃げ出したい気持ちに飲まれてしまいそうだったからだ。

 不意に、耳に付けていたインカムから空電音が鳴った。

<おい、エプロンにいる陸戦隊! 誰か応答しろ!>

無線の向こうで、誰かが怒鳴っている。

「こちら陸戦隊、アレックス・キーン曹長」

<良かった、混信してて諦めようと思ってた! こちら防空飛行隊のニコル少佐! 輸送機はもう間に合わん! 一人でも二人でも良い、こっちへ回せ! 三番格納庫の前だ!>

少佐の声に俺は顔を上げてエプロンの隅を見た。そこには、発進準備を進めている防空飛行隊のセイバーフィッシュが複数機いる。

 見上げると、コロニーの白い影は先ほどよりもさらに大きくなっていて、さらに急速に拡大しているように見えた。

 俺は、胸が締め付けられる思いに駆られながら、行列に視線を走らせた。

老若男女、あらゆる民間人が、今にも泣き出しそうな、すでに泣き喚いている姿さえ見せて、いそいそとその歩を進めている。

「カイル、その人を止めろ」

俺は、その目をカイルのそばにいた女性に留めた。彼女はまだ幼い子どもをバックルキャリアに抱え、片手で十歳くらいの女の子の手を握っている。

 目に留まった理由は、その少女と視線がぶつかったから、ただそれだけだ。

「どうした、アレックス」

「良いから!」

俺は声を上げて、ライフルを担ぎ拳銃を引き抜いてその女性の腕を引っ張った。

 女性は悲鳴はあげず、しかし、全身の力を込めて抵抗してくる。

「お願いです、せめて子ども達だけでも…!」

彼女は、抵抗しながらも俺にそう訴え掛けて来た。だが、ここで事情を説明すれば、周囲にいる他の民間人が我も我もとなることは明白だった。

「おい、アレックス!」

カイルが俺を制止しようと肩を掴んできた。しかし、説明出来ないのは、同じだ。

「カイル、手を貸せ」

俺はそう怒鳴って、女性を力任せに引っ張った。

 女性は列から引きずり出されまいと抵抗するが、俺の言葉に従ってくれたカイルとの二人掛かりでなんとか列から引っ張り出す。

女性は、子ども達に要らぬ心配を与えないようにか、歯を食いしばり、ただただ黙って俺達の手から逃れようともがく。

「待って、お願い! その子達だけでも、どうか!」

不意に、列からそう声が掛かった。見ると、そこには、俺達が拘束している女性と同じ黒い髪の若い女性がいる。

「あなたは、この方の関係者ですか?」

「はい、妹です」

それを聞いた俺は、迷わなかった。


 子連れの女性をカイルに任せ、拳銃を突き付けて妹というその女性を列から引き離す。

彼女は、子連れ姉のように抵抗はせず、しかし、俺を鋭い視線で睨みつけてくる。

「やめて…! 母さんに乱暴しないで!」

娘の方が、カイルの脚に絡み付いて母を守ろうと暴れている。俺は、それを横目に妹の方を力任せに引き寄せて、その耳元で囁いた。

「着いてきてください、逃げます」

妹は、俺の言葉にハッとしてその表情を変えた。

 姉は芯の強い人なのだろう。妹の彼女は、頭の回転が早い人のようだ。

 妹は抵抗をやめて、カイルに拘束され、列から引き離した子連れの姉のところまで素直に着いてきてくれた。

 列からは十分距離が空いた。

「カイル、三番格納庫まで“連行”する」

俺がそう告げると、カイルもハッとして顔をあげ、格納庫を見やった。そして全てを悟ってくれたようで、戸惑いを見せていた顔に意思ある瞳を光らせる。

「なるほど」

カイルはニヤっと笑うと、片腕で脚に絡みつく少女を抱き上げた。俺はすかさず姉の方の手を取る。

姉には妹が抱きつくようにして体を近づけ、小声で何かを囁いた。途端に、姉の表情が変わる。

 「走れ!」

俺はそうとだけ叫んで姉の方の手を引いた。少女を抱いたカイルもすぐに駆け出す。

 妹は姉を支えるようにして、姉も、バックルキャリアに収まった赤ん坊の方を心配しながら、それでも抵抗はしていない。

 俺達はエプロンを横切り、フェンスの戸を開けて三番格納庫を含む兵装エリアへと駆け込んだ。

 格納庫の前では、すでに準備の整っているように見えるセイバーフィッシュが並んでいて、そのすぐそばで、俺達に手を振る整備兵が見える。

 格納庫前に到着すると、整備兵達が戦闘機のすぐそばまで先導してくれた。

 見上げたセイバーフィッシュは複雑タイプで、前席にパイロット、後席にはレーダー員が乗っている。それでも、コクピットに掛けられたハシゴは外されていない。

「登ってください!」

整備兵がそう怒鳴って、姉の体をハシゴの上へと押し上げる。コクピットからレーダー員が体をもたげて、後席へと姉を引っ張り上げようとし始めた。

どうやら折り重なって乗り込むつもりらしい。

 「ジェシカ、キャシーは私が!」

「お願い、ミシェル!」

姉妹はそう短く言葉を交わすと、姉はコクピットに乗り込み、妹はカイルが抱いていた少女を受け取って隣の戦闘機のハシゴを登って行く。

 「おい、次来るぞ! 急げよ!」

不意にそばにいた整備兵が声をあげた。見ると、俺達に続いて別の陸戦隊の兵士が民間人数人を引き連れて格納庫に走って来る姿があった。

 「ねえ、あなた!」

エンジン音がけたたましくなる中で、コクピットからそう叫ぶ声が聞こえて来る。振り返ると、姉の方が俺に手を振っていた。

「ありがとう…! 本当にありがとう…!」

その目には、涙が光って見える。

「どうか無事に…! 俺達の分まで!」

俺はそう声を返して、パイロットに合図を送った。パイロットは静かに頷き、コンピューターを操作してキャノピーを閉じた。


 整備兵達とともに距離を取ると、戦闘機はエンジン音を響かせて格納庫前から滑走路へと進んでいく。次いで、妹達が乗りこんだ機体もそれに追随して行った。

 その姿を見ていると、そばにカイルが駆け寄って来る。

「…これで、天国への切符は確定だな」

カイルはそんなことを言って誇らしげに笑う。

「そうだな…でなきゃ、俺は悪魔と契約したって良い」

俺もそう言ってカイルに笑みを返した。

 さらに別の戦闘機が二機、格納庫の前から滑走路へと進んで行った。もうここに戦闘機はない。あとは、あの輸送機の列に戻るべきか…

 そう思っていた矢先、パタパタと足音を響かせてあとから民間人を連れてきた兵士が俺達のところに現れた。

 軍曹の階級章を付けた彼女は、俺達のようにどこか誇らしげな顔をしている。

 「曹長」

軽く敬礼を掲げて来た彼女に、俺は手を振って笑みで応える。

 もう、そういうかしこまったやり取りは良いだろう。

「君、名前は?」

「アマンダ・ノースウッド軍曹です」

「そっか、俺はアレックス・キーン曹長。こっちは、カイル・スミス軍曹だ」

「よろしくな。向こうに行ったら、仲良くしようや」

カイルは再びそう言って、ニッと笑みを浮かべてみせる。その表情に、アマンダの頬も緩んだ。

 だが、そんな俺達に整備兵の一人が声を掛けて来た。

「皆さん! 基地北東に、旧世紀に使われていた耐核兵器用の地下シェルターあります! そちらへの避難誘導を頼めますか!?」

そう言えば、基地の北東部にある古い倉庫地下にはそんな物がある、って話は聞いたことがあった。

今でも機能しているかは分からないが、あれが落ちてきたとき、地表にいるよりは身を守れる可能性が高いかも知れない。

 「我々は先行してシェルターを開放してきます。そっちのホバーを使って、少しでもシェルターへ人を運びましょう!」

その整備兵の言葉に、俺は自分が諦めてしまっていたことを恥じた。カイルはカイルで

「それなら特等席の切符に昇格だな」

なんて言っているし、アマンダは真剣な表情で

「やりましょう、最期まで!」

と頷いて見せた。

 俺達は整備兵達と別れて戦闘機の武装搬送用のホバーに乗りこんだ。目指すのは、輸送機には確実に乗れないだろう列から最後尾だ。

 俺がハンドルを握り、カイルとアマンダが外に身を乗り出してすぐにでも民間人収容できる体制を整えておいてくれる。

 程なくして列ある場所最後尾に戻って見ると、そこには、子ども連れや体力のない高齢者随分と多く取り残されているのが分かった。

 この騒ぎだ。自由動けない親子連れ年寄りが前に進めないのも頷ける。

 「曹長はすぐに出す準備をしていてください!」

後方からアマンダの声が聞こえて来る。アマンダはホバーから降り、カイルが車内に残って民間人を引き上げ始めていた。

そこに、シェルターに向かったのとは別の整備兵達が乗ったホバーが数台やってきて、民間人の引き上げを手助けしてくれる。

 だが、この状況だ。輸送機以外にも助かる道があると思えば、そこに人が殺到して来るのは自然なこと。

 程なくして辺りはパニックになり始めた。

 そんな中でもカイルとアマンダは、必死に民間人を車内に押し込むのをやめない。

 そんなとき、辺り雰囲気が一瞬、変わった。民間人の殆どが空を見上げたのだ。

 俺もそれに釣られるようにして、運転席から上空を覗き込む。そこには、ほんのりと赤く輝き始めたコロニーのドッキングベイが見えた。もう、時間がない…!


 「カイル、アマンダ!出すぞ、乗り込め!乗れないやつは車体にしがみつかせろ!」

俺は後席そう怒鳴った。カイル車内に、アマンダは出入り口のすぐそばで、小さな子どもを抱えながら自分の体を入り口の安全バーにピストルベルトを回して体を固定している。

 それを確かめて、俺はアクセル踏んだ。ホバーに群がる群衆を押し退けその何人かは確実に轢いた。それでも俺は、一目散に北東の倉庫へとホバー辿り着かせていた。

 そこではすでに、整備兵達が受け入れの準備を整えてくれている。

「急げ、降りるんだ!」

俺はそう怒鳴って、運転席から車内の民間人を一気に押し込んだ。少し高くなった出入り口から民間人が溢れるよう車外へと飛び出していく。

 アマンダ抱いていた子どもを抱えて倉庫中へと先行して駆けながら、他の民間人を先導している。

 俺とカイルも、なんとか民間人車外に押し出して地上に降り立った。

 そのときになって気づいた。あたりがまるで夕焼けに染められたような色に包まれている。

ハッとして空を仰ぐとそこにあったのは、あの青かった空が真っ赤な雲に覆われている光景だった。

 来る…あと数分もない…!

それは、まごうことなき、“終末”の光景だった。

 「走れ!」

俺は怒鳴って民間人背を押しながらとにかく倉庫の奥にある階段へと民間人走らせる。途中で、人混みの中で転んで泣き出した少年を見つけた。

俺はその子を抱き上げて、自分も階段へと急ぐ。

 あとからまだホバー到着しているが、俺はとにかく階段へと向かい、そしてカイルとともにそれを駆け下りた。

どこまでも続く長い長い階段は、シェルターがよほど地中奥深くに作られているんだろうってことを想像させる。

 混乱と、喚き声が響く中で俺は踊り場で民間人先行して先に走るよう促している女の子を抱いたままのアマンダの姿を認めた。

「アマンダ!」

「このすぐ下がシェルターです! 曹長も、早く!」

「お前が行け、ここは俺は引き受ける!」

「いやいや、切符のランクアップは俺にやらせてくださいよ」

カイルまでもがそんな口を挟んできた。だが、こんな時間も惜しい。俺は抱いていた男の子を地面に下ろすと

「良いか、もうちょっとで良いから、とにかく走れ!」

と告げて階下へと走らせた。

 アマンダは女の子抱きしめたまま動かない。カイルは、いつの間にか背負っていたライフルを捨ててきたようだ。

 俺達の意思は決まっていた。まずは、民間人優先なんだ。

 その思いだけは通じ合っていて、俺達が頷きあって声をあげ、階段を駆け下りてくる民間人さらに奥へ奥へ誘導し始めた矢先だった。

 地鳴りが聞こえ、それに身を竦めた次の瞬間、俺は人生で感じたことない衝撃に体を弾かれ、コンクリートの壁に体を叩きつけられた。

照明が落ち、ガラガラとコンクリートが崩れる音が響き渡る中で、俺は意識を失ってしまっていた。




つづく。

更新は亀ペースになりそうですが、どうぞのんびりお付き合いくださいませ。
 

>>3
ありがとうございます!
ぜひとも、ご贔屓に!

はよ



昔、巨大な旅客機が自分の近くに落ちてくる夢を見続けた事がある。日航機墜落事故の後だったか。
直接頭の上に落ちてくる訳ではないのになんとも言えない恐怖を覚えている。
その恐怖を思い起こす圧迫感があった。もちろん良い意味で。

どういう展開になるのかわからないけど、いつも通り楽しみに待っています。

>>10
亀更新です、すんませぬ

>>11
日航機墜落ですか…世代ですな。
カレンの家族のことを考えてたときに思い浮かんだ本作です。

展開はまだわかりませんが、MSには乗らないと思われますw
 



 声…声だ。

 声が聞こえる…

 俺は、ぼんやりとした意識の中で、確かにそれを聞いた。

 鳴き声だ。それも、子どもの声のように聞こえる。

 そのことに気付いて、俺の意識は急速にはっきりとし始めた。

 辺りは真っ暗。一寸先も見えず、一瞬、目を閉じているんじゃないかと自分で自分を疑った。

 目を凝らせど、何も見えない。しかし、鳴き声だけは確かに聞こえて来る。

 グスン、グスンという、か細い鳴き声だ。

 「誰だ? 誰かいるのか?」

俺はそう声を出してみる。声は響かず、まるで箱の中に頭を突っ込んで喋っているようにくぐもって聞こえる。

 だが、俺の声が届いたのか、不意に鳴き声が止んだ。

「生きてるのか…?」

自分が生きているかどうかすらあやふやだったが、とにかく俺はそう聞いてみる。

すると、思いの外、ごく近くから掠れた声の返事が聞こえた。

「どこ…? ねえ、助けて! お姉さんが動かないの…!」

お姉さん…? アマンダ軍曹か? まさかダメだったのか…?

 そう思いながら、俺は体を動かして見る。右腕は曲がらない。何かがつかえて自由には動かせなかった。

左腕は比較自由だが、どうやら正面にコンクリートの壁があるらしく、前には伸ばせない。

右脚は腹に引き寄せられる格好で、左脚は、これも何かに挟まっているようで思うように動けない。

 幸いなのかどうか、大きなケガをしているような痛みはない。

 俺は、なんとか動く左腕を折り曲げて、腰のポーチからペンライトを取り出す。先端をひねると、眩しいほどの光が周囲を塗りつぶした。

 目の前にはコンクリートの壁。左脚は、そのコンクリートの壁から覗く鉄筋の間にはまっている。

右腕は、コンクリートの壁と別のコンクリート塊の隙間に突っ込まれていた。

 何がどうなったかはわからないが、間一髪のところで一命を取り留めているらしいことは分かった。

 俺はペンライトの尻に付いていたストラップを指に引っ掛けて垂らしてみる。すると頭側が俺の顔の方を向いて、目が眩んだ。

 どうやら、ひっくり返った態勢になっているらしい。頭に血が登ったおかげで、覚醒が早かったのかもしれない。

 「光が見えるか?」

俺はペンライトを持ち直してそう声を掛けて見る。すると、ガサゴソと物音がして、コンクリート塊の向こうに突き抜けた右手に、何かが触った。

 一瞬驚いたが、柔らかく小さなその感触が、子どもの手だと気付くのにそれほど時間は掛からなかった。

 「これ…この手、生きてる人ですか?」

「ああ、俺の手だ」

俺は小さなその手をギュッと握り返す。と、手の感触とは別に、何か柔らかな物が手の甲に当てられる。

「怖かった…怖かったです…」

そんな震える声が聞こえるとともに、手の甲に生ぬるい何かが伝う。涙、か。
 


 「大丈夫だ…今、そっちに行く」

俺はそう声を掛けて、左脚を捻って鉄筋の間から引き抜く。

 コンクリートの壁の隙間でなんとか態勢を入れ替え、ひとまず天地を元に戻した。

右腕を突っ込んでいたコンクリート塊の隙間は、俺が通れるかどうか、ギリギリの大きさに見える。

それでも俺は、無我夢中でそこに頭を突っ込んだ。

 するとそこには、上から垂れ下がる俺の手にすがるようにしている、一人の少女がいた。

 彼女は、あの衝撃の直前にアマンダが抱いていた少女だ。

ペンライトを握った左手を向けることは出来ないが、漏れ出ている光の中に、俺のと同じ連邦軍の軍服が微かに見て取れる。

この隙間の向こう、彼女達がいる場所は、俺が挟まれているところよりも随分と余裕のある空間らしい。

 それを確かめて、俺は隙間にさらに体をねじ込んだ。右肩と頭が抜ければ、通れないなんてことはない…はずだ。

 左肩が引っ掛かり、腰のベルトが引っ掛かっている。だが俺は、体が痛もうが隙間に体を這わせた。

 左肩が抜け、隙間から左腕を引っこ抜くことに成功する。

俺は、少女に手を離してくれるよう頼んで、両腕をコンクリート塊に突っ張って、一気に下半身を隙間から引き抜いた。

 途端に、思いもよらぬ方向へ重力が掛かって、ドサッと体が落ちた。背中を打って一瞬、呼吸が留まったが、それ以上の痛みはない。

 痛みを堪えて起き上がると、少女が俺の胸に飛び込んで来た。

「お兄さん、軍人のお姉さんが動かないの…!」

彼女は、俺の腕の中でブルブルと震えながらそう訴える。

 そうだ…アマンダ…!

 俺は我に返って、彼女を抱いたままアマンダにペンライトを向けた。

 アマンダは少なくとも体の原型は留めていた。見る限りでは大きな出血もない。俺は、恐る恐るアマンダの傍らに膝を付く。

 ペンライトを咥え、少女をコンクリート塊の上におろして、両手で彼女の体を確かめていく。腕も脚も肋も折れてはなさそうだ。

腹部触って見るが、内出血が起こっているような手触りはない…こればかりは検査をしなければ正確なことは分からないが…

 やや暗めのブロンドの上から頭にも触って見るが、頭部の骨折もなさそうだ。

 胸も微かに上下してるし、口元に顔を近付ければ吐息を感じられる。どうやら、生きてはいるようだ…今のところは、だが。

 「軍曹…アマンダ軍曹…しっかりしろ…」

俺はアマンダの肩を揺すりながら、耳元そう声を掛ける。首や背骨は確かめられていないから、揺するに慎重になった。

 しかし、次の瞬間、アマンダはカッとその目を見開いて、体を丸め盛大に咳き込んだ。

「うげっ…ゲホゲホゲホッ」

「アマンダ…!」

「お姉さん!」

俺がアマンダを支えるのと同時に、少女がアマンダに飛びついた。アマンダは呼吸を整えながら、彼女をしっかりと抱きとめる。

 「軍曹。体は無事か?」

「ええ、はい…あっちこっち痛いですけど…たぶん、平気です」

アマンダは少女の肩越しに、しっかりとした目で俺を見つめてそう応える。それから

「あなたも、大丈夫?」

と少女の顔を覗き込んで尋ねている。少女はコクっと頷いて、再びアマンダの胸に顔を埋めた。

 俺はとりあえずアマンダが無事らしいことを確かめて、ようやく溜息を吐いた。
 


 地面となっているコンクリート塊にペタンと座り込んで、改めて自分達が置かれている状況を整理する。

 まずは、とにかく俺達は生きている、と言うことは確かなようだ。

だとすると、落下してきたコロニーはメルボルンを直撃はしなかった、ということだろう。

もしあれが真上にでも落ちてきていたら、こんなシェルターなんてまるごと抉られてしまうに違いない。

 だが、この惨状を見れば、落着したのはそう遠い場所でもなさそうだ。身を投げ出された瞬間のあの衝撃は形容し難い。

まるで、フルーツを絞るジューサーの中に放り込まれたような感覚だった。こうして大きなケガもなくいられたのは、奇跡とでも言うしかない。

 俺は、ペンライトで周囲を見渡した。広さは、1メートル四方ほどで、上には階段だったと思しき段状のコンクリート塊が覆い被さっている。

俺が出てきた隙間とは反対側の壁は無残に崩れて、岩盤らしい地肌を晒している。地面になっているのは、どうやらその崩れた壁の一部のようだ。

 おそらく、落着の衝撃波で地殻そのものが破壊されたのだろう。シェルターに延びるこの階段は、ひしゃげるように押しつぶされたようだ。

そして俺達は偶然にも、潰れた階段の隙間にはまり込めていたらしい。

 コンクリートで固められた階段が潰れるような衝撃が体に直接掛からなかったということが不思議でならない。

ひしゃげる瞬間の壁に打ち付けられていたら、それはおそらく生身で戦闘機に体当たりを食らう以上のダメージとなっていただろう。

形が残っていれば良い方、悪くすれば、ミンチになっていたっていおかしくはなかった。

 「曹長…カイル軍曹は…?」

不意にアマンダが俺にそう尋ねてきた。あの瞬間、俺達は階段の踊り場でひとかたまりになっていた。

俺とアマンダがこれほど近くにいたんだ。カイルやつも、どこかその辺りにいるかも知れない。

 「まだ、見かけてはない…でも、近くにいるかも知れないな…」

俺はそう答えてからふと、現実に立ち戻った。

「ミンチになっていなけりゃ、だけど」

その可能性の方が十分に高い状況だった。

 カイルとは入隊以来からの仲だ。一緒に訓練過程を過ごし、一緒にこの基地配属になった。

一緒に昇進テストを受け、俺は曹長に昇格し、不合格となったカイルは来月もう一度試験を受けるつもりで勉強と訓練に精を出していた。

俺のかけがえのな戦友だ。探してやりたいと思うのは、当然だろう。しかし、今のこの状態ではまずは自分達の身の安全を確保しなければならない。

 特に、アマンダにしがみついて離れない少女…彼女だけでも生かして、地上へ上げてやりたかった。

「許せよ、カイル…」

俺はそうとだけ呟いて、ペンライトでもう一度辺りを照らす。

階段は完全に潰れてはいるが、あちこちに隙間は見える。あの間を登って行けば、地上へ抜け出ることができるかも知れない。

 「アマンダ。先行して退路を探してくれ。その子は俺が運ぶ」

カイルの話をしていたところで、そう指示を出した俺の顔を見やったアマンダは、すべてを飲み込んでくれたうえで、黙って頷いてみせた。

 自分のポーチからペンライトを取り出したアマンダが、身軽に瓦礫を登り始め、あちこち隙間の中を覗いていく。

 程なくして、アマンダはその内の一つに上半身を潜り込ませて覗き込み、中を確かめてから俺達を振り返った。

「曹長、この穴、通れそうです」

「よし、とにかく脱出しよう…」

俺は頷いて、ピストルベルトを外して少女の体が離れないように固定する。

「お嬢ちゃん、名前は?」

「あたし…ニコラ。ニコラ・ハウゼン」

「ニコラ、か。俺はアレックス。彼女はアマンダだ。必ずここから出してやるから、安心てしがみついてな」

俺はニコラにそう伝えて、彼女の頭を撫でてやる。ニコラは、そんな俺に沈痛な面持ちで頷き、そしてギュッと抱きついて来た。
 


 俺はニコラの背をポンポンと叩いてから、アマンダを追って瓦礫を登り始めた。

 妙なもので、折り重なっているコンクリートの塊は相当な量であるにも関わらず、それほど位置関係が変わっているわけではなかった。

 アマンダが潜って行った先にはひしゃげた階段があり、その上に登って少し上がるとその先には別の方向へ伸びる階段だったらしいコンクリートの段が姿を表す。

 損壊状況からみて、どうやらこのシェルターへと続く階段のシャフトは、横からの強い圧力によって押し潰されたことが伺える。

瓦礫の多くは、その圧力に耐え切れなかったシャフトの壁の部分で、階段の構造そのものは、比較的形を留めて残っている。

こいつは、思ったよりも楽に外へ出られそうだ。ずっとロッククライミング続けるつもりでいたが、半分以上は階段を登る程度の要領で上がって行ける。

 ふと、先行していたアマンダがこっち振り返った。右手の指先を二本、自分の目に突き立てるような仕種を見せてから、今度はその目を片手で覆う。

 見るな、というハンドサインだ…俺に、じゃない。ニコラに、ってことか…

 「ニコラ、少し砂埃が立ちそうだ。目を瞑っていられるか?」

俺がそう尋ねると、ニコラは

「はい」

と小さく返事をして、俺の肩口に顔を押し付けた。

 それを確かめて、俺は改めてアマンダを見やる。アマンダは上方に続く空間の幾つかの方向を指差した。

そこに、ニコラに見せるべきではないものがあるんだろう。

 俺が頷いて返すと、アマンダは先へとゆっくり進んでいく。俺も、足元を確かめながらそれに続いた。

 大きなコンクリートの壁の隙間から、その先の空間足を踏み入れた俺が見たものは、人間の上半身だった。胸から下はない。

何かに挟まっているのではなく、完全に喪失しているのだ。

 ないはずはない、とは思っていたが、いざこうして目の前にすると、全身が寒気だつ。

おそらく、俺がこんな風になっていないことに特に理由はない。本当に、ただの偶然だってことが、改めて理解できてしまったからだ。

 俺は、それでもその遺体から視線を見切って前を向く。怖気づいている場合でもない。悲しんでいるときでもない。

今はとにかくニコラと、俺達自身の安全を確保することが第一だ。

 そうは思えど、足を進める先には、人の頭や、腕足…どこのだか分からない臓器…

それが最早人間だったと思うことすら無理があるような、擦り潰された肉塊…そんな物がそこら中にある。

 生存者の気配はない…ここいた連中は、俺達のようにはいかなかったようだ。

 不意に、アマンダが潰れた階段の途中で足を止めた。

「曹長、これ…」

アマンダがそう言って足元を照らしている。見るとそこには、血に濡れた足跡のような模様があった。

 形が崩れてしまっていてサイズや靴底の形状は分からないが、その足跡は、階段の先へと続いている。

 「生存者か…?」

「…まだ、新しい足跡のようです…私達の他にも、助かった人が居るのかもしれません」

アマンダ表情に、微かに希望の光が宿ったのを、俺は見た。

俺も、どこか心が明るくなるのを感じる。誰でも良い…無事で居てくれ…!

 そんな思いは、俺達の足に力を与えてくれた。一段一段と潰れた階段を登り、コンクリート塊をよじ登って、上を目指す。

 どれくらい登ったか、俺は上方に、何かが光るのを見た。瓦礫の隙間から、光が溢れている。

 「地上…?」

アマンダが、そんなことを呟く。日の光にしては弱々しい気もするが、それでもどうやら、幻やなんかではなさそうだ。

 俺はアマンダ顔を見合わせて、ホッと息を吐いていた。もうひと頑張り、あの光方へ向かってみよう。
 


 そう思って、足を踏み出した矢先だった。

 突然に、シャフトの底から湧き上がるような地鳴りが聞こえ、シャフト全体が大きく揺さぶられた。

 まさか、崩壊が始まったのか…!?

 俺はとっさにニコラの頭を庇い、周囲から崩れて来るかも知れないコンクリートの塊の様子を伺う。

 ニコラは悲鳴すら上げずに、俺の首に回した腕に力を込めている。

 パラパラと小石や埃が落ちてきて、ミシミシと嫌な音を立ててコンクリート同士が軋んでいる。

立っていられないほど揺れで膝を付きながら、落下物を避けるべく、なるべく頑丈そうなコンクリート塊下へと移動した。

 一分か、もっと長い時間だったか、とにかく揺れは収まった。シャフト全体が崩壊する様子はない。

だとすれば今のは…地震か? コロニー落下の影響で、地殻に歪みでも出たのか…

もしそうだとすると、第二、第三揺れが起こる可能性がある。次の地震で、シャフトが崩壊しないとも限らない。

 「アマンダ、急ごう」

「はい、曹長」

俺達は言葉を交わして先程よりも急いで瓦礫を登っていく。

 頭上から漏れる微かな光が近付いて来ているの分かった。間違いない、あれは、外の光だ…!

 だが、そんな喜びと興奮も束の間だった。

 不意に、まるで滝のような音が聞こえたと思った次の瞬間、俺達の頭上から何かが降ってきた。

 バタバタと体に叩きつけられるそれが何かを悟るのに、俺はほとんど時間を必要とはしなかった。

 水だ。しかも、これは…海水…!

「そ、曹長…!」

俺達の一段上で、アマンダが悲鳴を上げ、必死に瓦礫にしがみついている。

 メルボルンは海すぐそばだ。だからと言って、この基地は海岸線から内陸に五キロは入ったところあるここに、津波が到達するだなんて…!

「アマンダ!手を離すな!」

俺はそう怒鳴りつつ、ニコラをきつく抱きしめてそばのコンクリート片から飛び出していた鉄筋を握る。

 ザザザザっという水が流れ込む音に紛れて、俺は声を聞いた。

「うわぁぁ! 水だ! 水が降ってきてる!」

「誰か、助けて! 動けないの! お願い!」

「溺れ死ぬなんて嫌だ…逃げ道はどっちだよ!?」

悲鳴だ。コンクリートに埋もれた下階層から、無数の悲鳴が聞こえてくる。

 まだ…まだ下には…俺達のように無事だった連中が…

 俺はそのことに気が付きつつも、歯を食いしばり、ニコラを抱きしめてただただ自分の身を保定していた。

 助けには、行けない。どこに、どのくらいの深さで埋まっているかすら見当がつかないんだ。

誰も助けられないどころか、二次災害の被災者になる…それは、避けなければならないことだ…でも…クソっ…!

そこに、生きてる人が居るって言うのに…!

 「アマンダ!」

俺は、アマンダの名を叫んだ。

「こっちに来てくれ、ニコラを頼む!」

「ダメです、曹長!」

アマンダは、そう酒びながら降り注ぐ海水に飲まれないよう、瓦礫に手を付きながら俺達のところまでやってくると、

俺とニコラを庇うようにして瓦礫に押し付けた。
 


 ザバザバと降り注ぐ海水が容赦なく俺たちを打ち付け、呼吸すらままならない。

 「こんな状況じゃ、無理です!」

アマンダが俺の耳元で、息も絶え絶えにそう叫ぶ。アマンダにもあの叫び声が聞こえているらしい。

それでもなお、俺をニコラごとコンクリート塊に押し付けて制止を掛けてくる。

 分かってる…分かってるんだ…クソ…クソっ!

 俺はアマンダの体を押し返すことも出来ず、ひたすら、心の中で悔しさを噛みしめることしか出来なかった。

 そんなときだった。ガツン、という鈍い金属音がシャフトの中に響いた。

ハッとして上を見上げると、さっきまでの光が途切れてほとんど見えなくなっていた。

 まさか…波で流されてきた何かが、出口を塞いだ…?

 「そ、そんな…」

アマンダの、そんな弱々しい声が漏れる。

 俺はニコラごとアマンダを抱き寄せて、瓦礫にジッと捕まり身を寄せる。

 こんな死に方かよ…最期まで命を助けようとした挙句に、避難させた奴らを溺死させて…

俺達も、そうやって死んでいくってのかよ…!くそったれめ!

 行き場のない怒りが心の中で爆発する。

 カイルじゃないが、神様なんてのがもしいるんだったら…いったい俺達になんの恨みがあるってんだ!こんなのは…こんなのは、ナシだろうよ!?

 「おぉい、アレックスか?」

だが、そんなとき不意にどこからか声が聞こえた。

水音に紛れて、頭上から降って来たように思えて見上げると、そこには煌々と眩しくライトの明かりが光っている。

待てよ…今の声…!

「カイルか!?」

「ったく、天国への遊覧飛行かと思ってたら、地獄へ宙吊りだ! ふざけんじゃねえってんだよ!」

眩しく照らされる向こう、そこには、体にハーネスを巻きつけ、ワイヤーか何かで吊るされているカイルの姿があった。
 


 カイルは水押し流されるようにして俺達のところに降りてくると、体に付けていたタンデム用のハーネスで俺達三人をまとめて絞め上げた。

そして、大声でインカムに怒鳴る。

「よし、良いぞ! 巻け!巻き取れ!」

<えぇ!? ど、どれですかぁ!?>

耳から外れていたが、ボディアーマーに引っかかっていた無線のレシーバーから、聞きなれない黄色い声で返事が返ってくる。

「黒い丸っこいのが付いたレバーだ、急げ!」

カイルが無線の声に再び怒鳴ると、ギシっという衝撃があって、ふわりと体が浮き上がった。

瓦礫の中を俺達はまさに釣り上げられた魚のように引き上げられていく。上から降り注ぐ水圧が、釣り上げられ上昇していけば逆らうこととなりより一層強くなる。

 俺はちょうどカイルと向き合うような格好で、アマンダとニコラを抱きしめてその水圧から可能な限り二人を庇う。

やがて、俺達の頭上に見えて来たもの、それは、鋼鉄製の板だった。その板際からこのワイヤーは伸びている。

 そうか、ウィンチか…!俺がそのことに気付いたのも束の間、カイルが再び無線に怒鳴る。

「よし、止めろ! ギアをリバースに入れて後退だ!」

<は、はいぃ!>

そんな叫び声とも知れない声が無線に響き、頭上に再び光が覗く。

やがて俺達は激しい水流が押し寄せる穴の出口に辿り着いていたそれでも戦車はさらに後退し、俺達は引きずられるままに穴からは脱したものの、押し寄せる水の中に没してしまう。

 そもそも呼吸がまともに出来ない状況から水中に引き込まれたせいで、すぐさま息の限界がやってくる。

そんなとき、俺達を引いていた力が弱まった。俺は水中の中で上下を確かめ、地面と思しき方に手を付く。

すると思いの外簡単に、呼吸が出来る空間に顔が出た。

 いや、それは空間なんてものじゃない。紛れもなく、地上だった。

 見回す限り、あたり一面が水に覆われ、空はまるで日没直後のような薄暗さではある。

殺到する水の勢いは、ますます強くなっているように感じられた。

 「アレックス、ぼうっとしてるな! 登れ!」

カイルの声が聞こえて俺はハッとして顔をあげる。そこにいたのは、特徴的な二本の155mm滑腔砲を備えた、連邦軍のMBT、61式戦車だった。

 俺はハーネスつながったままのカイルと息を合わせて立ち上がり、アマンダとニコラを抱えたまま、膝下までのところを急流よろしく流れて行く水を掻き分けて、61式戦車のすぐ前まで辿り着いた。

 「ニコラ、登れ!」

俺はハーネスによってアマンダとの間に挟まっていたニコラを抱き上げて戦車の上へと押し上げる。

その次にアマンダを上げ、俺とカイル戦車の主砲に手を掛けながらその上に登った。

 カイルはハーネスを体から外し、ついでワイヤーとハーネスの連結部外して水の中へと放り投げる。

そして、呆然とする他にない俺の肩をぶっ叩いて言った。

 「アレックス、主砲座の中に入ってろ! これ以上水かさが増えるとバッテリーをやられる、最高速で逃げるからな!」

「カイル…お前、無事で…」

だが、俺はただただ、そうとしか声が出ない。

自分達が助かった安心感と、カイルの頼もしい姿を見た安心感とで、全身が虚脱してしまうような感覚に襲われていた。

 カイルが操縦席へ潜り込んですぐ、戦車は猛スピードで発進する。

その直後、砲塔に捕まって座り込んでいた俺が、アマンダに主砲座へ引きずり込まれたのは言うまでもなかった。


 


つづく。

 


続きが楽しみ


子供にはトラウマ間違いなしの光景だな
生き延びる事が出来たら、だけど

はよ

>>21
あざっす!
これからどうなるか…正直ノープランw

>>22
感謝!
トラウマですね…大人でも十分トラウマでしょうけど…
生き残れるんでしょうか…どうなんでしょうか…

>>23
週一ペースで勘弁してつかあさい!


つづきです!
 




 61式戦車は、それからほんの20分ほど懸命に走り、そして唐突にまるでブレーキが掛かったように減速し、ついには停止した。

 理由はごく単純。バッテリーかモーターが水に浸かってショートしたからだ。

普通なら浸水対策は厳重に施されているのだが、この61式は、すでにボロボロだ。

装甲にはあちこち亀裂が入り、主砲座に取り付けられていた自動制御の20mm機銃は、取り付けてあった銃座が根本からへし折れて無くなっている。

主砲座から良く見てみれば、二本の主砲は二本とも右方向に歪み、とてもじゃないが発射出来そうな状態には見えないし、そもそも車体の左側半分は高熱に晒されたように焼け焦げていた。

 戦闘をしたわけでもないのにこんな有様を晒してはいるが、あのコロニー落着の衝撃の中、動く状態で残っていたほうが奇跡に近い。

 主砲座から見えるのは、見渡す限りの水面。あの衝撃が地上にあった何もかもを薙ぎ払ったんだと想像するのは簡単なことだった。

人も、建物も、兵器も、全部、だ。いまや水面から飛び出しているのはこの戦車っきり。

 奇跡と言わないんなら…カイル流に、神様の贈り物か、だ。

 「もう…動けないんですか…?」

ニコラが主砲座から顔を覗かせてそう聞いてくる。その表情には、胸が詰らんばかりの不安の色が見て取れた。

「コイツはもうダメだな」

それを誤魔化しても、どうにもならない。

「だけど、水位はスカートより上には来てない。たぶん、流される心配はないはずだ」

水位のことは事実だ。それに、水の流れる勢いもさほど強くはない。いかに動力が止まったといえど、この61式戦車の重量は相当だ。

厚い装甲と二本の主砲はもちろん、そもそも一世代前のMTBと比較しても一回り以上はデカい。これよりも大きい戦車探すとなると、あの新型のRTX-65くらいなもんだろう。

あれはあれで火力特化に専念し過ぎて足回りが悪いらしいけど。

 とにかく、こんな鉄の塊を押し流すほどの勢いは、今の水量にはなさそうだった。

 「大丈夫。きっと水もすぐに引くよ」

不意にそう声がして、アマンダも主砲座から顔を出した。顔色を見る限り、体調は悪くはなさそうだ。

シャフトの中で見たときはある程度の覚悟はしていたが、それこそ、“杞憂”で終わって何よりだ。

 「ほら、もう用はないから、上へ上がってろ」

操縦席からそんな声が聞こえた。

 見ると、カイルが二人の子どもを操縦席から押し出している姿がある。一人は十五、六歳くらいの女の子。もう一人は、ニコラとさして変わりなさそうな年頃の男の子だ。

 聞けば、俺達を引っ張りあげてくれたとき、この戦車を操縦してたのがあの男の子の方らしい。

あんな状況で、黄色い悲鳴をあげながらでもカイルの指示に従って動けるなんて、恐れ入る。

 俺は手を伸ばして主砲座の上に二人を引っ張りあげてやる。カイルがそのあとに続いて、主砲座に登って来た。

 「助けてくれてありがとう。俺はアレックス。そっちの女兵士がアマンダ。チビちゃんはニコラだ」

俺がそう自己紹介をすると、

「わ、私は、グレイスです」

「お、おれ、テレンス…です」

と二人も名乗ってくれた。二人ともまだ戸惑ってはいるが…まぁ、当然か。普通でいられる方がどうかしてる。

 「二人とも、中にどうぞ」

アマンダはそう言って、自分が這い出し、変わりに二人を主砲座の中に促した。

 二人は素直に中へ収まって、俺達大人は主砲座の上にぼんやりと足を投げ出して座り込む他になかった。

 「真っ暗ですね…」

空を仰いだアマンダが言う。落着したコロニーが巻き上げたんだろう粉塵が空を覆い、まだ夏真っ盛りだったはずなのに、薄っすらと肌寒さを感じる程だ。

遥か遠くにぼんやりと筋のように光る帯が横たわっていて、そのお陰で辺りの様子がなんとか確認出来る程度だ。


 「蒸発や酸欠で死ななかったのも、運が良いのか悪いのか…」

カイルがそう呟いた。

 まったくだ。地下から這い出て見ても、あまり生きている心地はしない。だが、それを聞いたアマンダが

「…少なくとも、シャフトの中に生き埋めにならなかっただけ、幸運だったよ…」

と静かに呟く。

「確かにな…」

俺は、そうとしか答えようがない。あのシャフトの中で聞いた悲鳴は、もう脳裏に焼き付いてしまった。

どうしようもなかった…そうは思っても、生き埋めのままに海水が流れ込んできた人達のことを想像しないではいられない。

どれだけ怖かったか…どれだけ苦しかったか…そう思うと、癇癪でも起こして暴れだしたくなるような気分だった。

 「そう言えば、スミス軍曹は、どうして戦車なんか?」

きっと同じことを考えていただろうアマンダは、そんな気分を変えようとしてか、カイルそう話を振る。

「カイルで良いぞ。俺は、あのグチャグチャの中でも失神しなくてな…揺れが収まった直後には、上へ這い上がろうとしてた。

 その途中であの二人を拾い上げて、いざ出てみたらポツンとコイツだけがそこにあったんだ」

カイルはそんなことを言いながら、コンコンと戦車の装甲をノックしてみせる。まさに奇跡、か。

「で、避難しようと思ったら水が来るわ、シャフトから声が聞こえるわで、あとはもう無我夢中だな」

「ううん…良くやってくれたよ…お陰で、助かった」

「さてね、だから、良かったんだか悪かったんだか、だよ。殺しておいてくれればよかった、なんて言い出さないでくれな」

アマンダにそう言って笑ったカイルは、よっと、なんて声をあげて主砲座の上に寝転がった。

 俺はカイル自身が、そう思ってるんだろうと感じていた。こんな状況で…カイル自身が、果たして生き残ったことを良しと捉えられるのかが分からないんだろう。

 正直、俺はそうは思わなかった。少なくとも、こうして民間人の子ども三人を連れて生きている、ということは、任務を遂行出来たって証になる。

そして、これから先も生き残らなきゃならないと思える理由にはなる。良し悪しではなく、俺がすべきことをこなせたか、これからもこなせて行けるかどうかが重要だ。

そんな物にでもすがらなければ、たちまち心が折れてしまいそうだ。

 だから、同じようには思わないまでも、カイルの気持ちは理解できる。

 真っ暗に淀む空。見渡す限りの海水。食料なんてあるわけがないし、行く宛があるのかどうかも分からない。

 俺達は結局、希望の見えない文字通り真っ暗な世界に放り込まれたのだから。






 雨が降り出した。

 ただでさえ重い足取りが、濡れてへばりつく軍服のせいで、余計に重く感じられる。

 本当にこの判断は正しかったのか。一抹の不安が頭を過り、俺は無理矢理にそいつを思考の外へと追いやった。今更考えたって、答えは同じだ。

引き返したって、長くは持たない。それなら、少しでも生存出来る可能性の高い方を選ぶべきだった。

 「それでな、決め手はグリーンチリなんだよ」

俺は、そう先ほどからの話を続ける。

「北米で食べたのがやっぱり一番だったな。本場はイタリアらしいけど、ピザなら北米のに限るよ」

「そのグリーンチリって、辛いやつですか?」

「あぁ、ちょっと掛けただけでもヒリヒリしちゃうくらいのやつだ」

ニコラの質問に答えると、彼女は少し楽しげな声色で

「私、食べてみたいなぁ、それ」

なんて口にした。

 すかさず俺は

「とりあえずさっさと救助隊と合流して、そしたら北米でお腹いっぱい食べさせてやるよ」

と切り返す。

 「約束ですよ!」

ニコラはそう言ってニコッと微笑む。

 俺はそんなニコラの様子を見て少し胸を撫で下ろし、アマンダを見やった。

 「私は…そうだな…おすすめは、ニッポンお肉かな」

「ニッポン…? どこですかぁ、それ…?」

テレンスがションボリした表情でアマンダに聞く。すると横からグレイスが

「ジャパンのことだよ」

と口を挟む。するとテレンスは納得したのか、ああ、なんて声をあげて、アマンダの話を促す。

 この二人、話を聞けば姉弟ではないらしい。グレイスは茶色い髪をしているし、テレンスの方は見るからに髪の色も目の色も色素が薄い白人だ。

 そういえば、ニコラは…少しポリネシアン系の血が入ってるようにも見える。肌は焼けたような色だし、目も髪も黒い。

 俺達は、といえば、カイルはバカデカい白人で、俺は地元のヨーロッパ系。アマンダは生まれがヨーロッパらしい。短くカットされた髪は、明るい茶色。やや、赤毛にも近いかも知れない。

 ニコラは街の住人で、基地に避難してきていて俺達が拾い上げた。

グレイスとテレンスは、同じ学校の体験学習行事のために、シドニーからはるばるメルボルンに来ていた私学校の生徒だったらしい。

 そう言われると確かにグレイスは見るからに知的で、俺達大人が努めてやっているように、無駄な感情は表に出さずに笑顔でいてくれている。

 テレンスの方は少し頼りないが、仕方ない。こんな状況でしっかししていられてるグレイスの方が返って心配になるくらいだ。

正直、俺もかなりギリギリだが…

 足元は行けども行けども水の中。俺達は戦車から引っ張り出した配線ケーブルを命綱代わりにして、黒い雲の下、止めどなく降る黒い雨の中を歩いていた。

 遭難ケースのサバイバル訓練で習ったことによれば、危機状況を脱出したらやってみたいことを常に考えよ、だ。その思考がもっとも生存率を高めてくれるらしい。

 それを実践させて、今は脱出したら食べたいもの特集を話している。

今まで食べたものの中でうまかったもの、好物の話をして、最後の必ず「生きて返ってそれをみんなで食う」と話を閉じる。

そうすれば、少なくとも“仮染め”の希望くらいには輝いてくれた。


 戦車を出発する前、俺達はどこへ向かうべきかを話し合った。

落着直前の情報、被害状況、空の様子から、俺達は落着がシドニー周辺だと推定する。それを考慮してカイルが提案したのは、北西のアデレードだ。

アデレードにも津波が到達している可能性はなくもないが、少なくとも落着の余波はここよりも軽いだろうと思えた。

北のトリントン基地は落着の余波をもろに食らっているかも知れない位置にある。

 問題となるのは距離だ。どう考えてもアデレードまでは千キロ近くある。とてもじゃないが現状でそれだけの踏破が出来るはずもない。

 だがアデレードへの道中には街がいくつもあった。シドニーから離れれば、それだけ被害も小さいに違いない。それを当てにするより他にない。

 ただの遭難なら救助をまてばいいが、現状では他の地域がどうなってるかの検討がつかない。救助が来るころには、揃って餓死していても不思議ではないんだ。

 「ニッポンのお肉は、柔らかいんだ」

「柔らかいんですか?肉が…?」

テレンスがそんなことを言って首を傾げている。それは俺も驚いた。肉ってのはガッツリ硬いものしかないと思ってたんだが…

 そんな俺達を見てか、アマンダは少し得意げな様子で

「そうなんだよ!口に入れて噛むと、トロってトロけるくらいなんだから」

と言ってみせる。

 「それは…うまそうだな…」

思わずそう漏らしてしまう。

「それ、聞いたことあります。コービー、でしたっけ?」

「そうそう、そんな名前のブランド」

グレイスの言葉に、アマンダはこんな状況に不釣り合いなくらいに明るい表情と声色で答えた。不釣り合いではあるが、気分を好転させてくれるそんな雰囲気に、俺は心の中で感謝する。

 だが、食い物の話は今日いっぱいまでだろう。何しろ俺達は食料がない。この先飢えることは目に見えていた。そんな中で食い物の話を繰り広げるなんて拷問に近い。

明日からは、もっと別の話題を用意しておかないとな…

 俺は、黒い雨に汚れた顔を拭い、遥か前方に広がる光の帯をジッと見つめていた。

 


 

 時刻は夕方前。

 と言っても、相変わらず空は真っ暗で、時間の感覚はないに等しい。ただ、カイルの腕時計が四時過ぎを指しているからそうなんだろう、と思うほどだ。

 コロニーが降って来たのは、朝の9時前。

 シャフトで気を失っていたのがどの程度の時間かは想像の域を出ないが、落着と同時に発生しただろう津波が基地に到達する前には目覚めたことを考えれば、ほんの数分の出来事だったのかもしれない。

 シャフトから脱出して、戦車を捨てたのが十時すぎ。それからずっと歩き通しだった俺達は、ようやく、押し寄せた海水から抜け出すことが出来た。

 雨で濡れてはいるが、水の中をバシャバシャ言わせながら歩くことに比べたらこの上なく楽だし、気分的にも若干マシになる。

 あとは、明るい空でも見られれば根拠なく希望も見えそうな気もするが…それにはまだ時間が掛かりそうだった。

 俺は濡れた地面も気にせずに座り込んだまま、真っ暗な空を仰いだ。日が傾いたせいで、あの黒い雲が薄くなったんだかどうだかは分からない。

 雨は止んでいるが、一応、いつまた降り出しても良いようにと覚悟だけは決めておく。

 「ほら、これで大丈夫」

アマンダはそう言って、カイルが戦車からくすねて来たスキットルをニコラに手渡す。

 俺がここで休憩を取ろうと提案すると、アマンダはすぐさま腰に下げていた拳銃から弾を一発抜き取り、薬莢の中のガンパウダーと雷管を着火剤に湿った木の端材に火を付けた。

 いつの間に雨水なんて貯めたんだか、アマンダはそれを軍服の生地とファーストエイドキットの中のガーゼなんかを使って作った簡易のろ過装置で濾してから、

スキットルに入れて火に掛け、煮沸消毒までする手際を見せていた。

 あれだけ水に浸かり、あまつさえ雨まで降っていたのに、どうしてか喉には粘質の唾液が絡んでいて心地悪い。それに体もいくぶんか冷えている。

こういうときは、ただの水分ではななく、人肌に暖められたぬるま湯程度の方が体力維持には適している。

 ニコラがスキットルに口を付け、ホッと一息吐いて、隣にいたグレイスに手渡す。するとグレイスは、さらにその隣のテレンスにスキットルをそのまま渡し、

彼が水を飲んだのを確かめてから、改めて控え目に自分もゴクゴクと喉を鳴らした。

 「ほらよ、アレックス」

大人分は、別のスキットルに、カイルがアマンダを見よう見真似で作ってくれていた。

「悪い」

そう一言断って、俺はまだ熱の残るスキットルを受け取って、喉を潤す。

 程よく温まった水が喉を通り、胃の腑に流れて行って、自然にホッと溜め息が出た。

 雨が降る限りは、同じ方法で水分の確保は出来るだろう。それが有るか無いかは、極めて重要だ。それこそ、食料の確保をするよりも、遥かに優先度が高い。

人間、水分さえあればそう簡単には死なないものだ…と言ってたのは、確か訓練生時代の教官だったか。

 ただ、あくまでも雨が続くのなら、だ。これから俺達が向かう先は、“死の灼熱荒野”とさえ呼ばれるオーストラリアの中部一帯。

コロニーのせいで今みたいな気候が続くのなら良しだが、もし、向かった先で異常気象が出ていなければ、俺達はたちまち干からびてミイラだ。

 その辺りのことも考えておかなきゃならないのはやまやまだが、今の俺達には情報がない。気象観測も天気予報もない。本部からの無線も届くはずがない。

この状況では、考えてはみても判断は下せないだろう。

 少なくとも、水と食料がある程度安定している場所でなら、停滞しても良いだろう。アデレードへ向かうにしても、まずは、そんな場所を探す必要があった。

 そんなことを考えていると、前触れなくカイルが、ふぅ、と溜め息を吐いて立ち上がった。

 どうした、と聞く前に、カイルは片方の眉を上げて

「まったく、水は貴重だってのに、どうして体から出そうって気になるんだか」

と言い残し、フラフラと焼けただれた荒野へと歩いて行った。


 「カイル…?」

アマンダが不思議そうに顔をあげたので、俺は一言

「ちょっと“自然が呼んでる”んだそうだ」

と告げた。

「あぁ」

アマンダは納得したのか、空になったスキットルをニコラから受け取って、ポーチの中へと押し込んでいる。

 俺はアマンダから目を外してカイルの歩いて行った先を眺める。大地は黒く焼け、草の類は完全に焼かれて無くなっている。

アマンダが拾い集めた木々は、表面こそ真っ暗だったものの、中の方までは熱は届いていなかったらしく、少なくとも形は残っていた。

 よほどの高温だったのだろうが、それも一瞬だったんだろう。少なくとも、何もかもが無くなったメルボルンの基地とは僅かに様子が異なっているようだった。

 だが、仮に街があったとしても、食料の類が無事とは思えない。

せめて、ベンディゴ辺りまで行ければ多少はマシかも知れないが、徒歩では数日掛かる距離だし、そもそも正確に包囲を知るすべがない俺達が無事に辿り着けるかは分からない。

 何しろ俺達が歩いているのは、辛うじてそこがかつてアスファルトに固められた道路だった、と思える形跡の上だからだ。これがカルダーフリーウェイである確証は、ない。

 そんなとき、不意に視界の中で用を足していたカイルが飛び上がった。

 何かに驚いた様子のカイルは、そそくさと用事を済ませたのか程なくして振り返り

「おぉい、アレックス! ちょっと来てくれ!」

と俺を呼んだ。

 なんだって言うんだ…?俺はそんなことを思って、チラッとアマンダを見やる。アマンダは黙って頷き、三人を見守る役を了承してくれる。

 俺はそれを確かめて、カイルのそばに駆け寄った。カイルは、真剣な表情で真っ黒に焼けた大地を見つめている。

「どうした、カイル?」

俺が聞くと、カイルは地面を指差した。

「これ、見ろよ」

そう言ったカイルの指の先を視線で追うと、確かにそこには何かがあった。大地と同じく黒く焼け焦げた木の枝の様に見える…が…いや、まて…これ…

「なぁ、アレックス…」

カイルが、恐る恐るそう口を開く。俺は、その先が想像できてしまって、背筋に強烈な悪寒が走った。これだけは、どうしても苦手なんだ…本当なら、見るのだってイヤなくらいなのに…

 だが、そんな俺に構わず、カイルはボソボソっと、核心を声に出していた。

それは、アダムとイブに林檎を食べてみては、と唆した言葉の様に、ある意味強烈で、気分を動揺させる一言だった。

「これ、食えるんじゃないか…?」

 そう言ったカイルが指し示していたのは、オーストラリアでは郊外だろうが街中だろうが、木上だろうがトイレの中だろうが闖入してくる、

鍛え上げられた人間の腕のような太く長い体を持った、オーストラリアヤブニシキヘビの死体だった。





 「ヘビは臭いから、一旦煮て、それから焼くと良いらしいです」

俺の心境も知らず、そんなことを言ったのは、驚くことにグレイスだった。

「良く知ってるな?」

そう聞いたカイルにグレイスは

「お姉ちゃんが軍のパイロットで…撃墜されたあとを想定したサバイバル訓練、っていうので、そうやって食べるように教わった、って聞いて」

グレイスの表情が、一瞬だけ暗くなる。軍人、だったのか…どこに配属されたかは分からないが、この辺りの基地所属していたら…生きてはいないだろう…

 そんなことを感じてか、カイルもアマンダも、ニコラにテレンスもそれ以上深くは聞こうとしなかった。

「そうか」

俺は、まったく別の理由でその話題を切り上げた。何しろ俺はこれから、それこそ死んでもお近づきになりたくない生物の肉を口に運ばねばならないんだ。

正直、グレイスには申し訳ないが、そんなことに気を割いていられる状況ではない。

 「しかし、煮てから、か…」

カイルがポツリとそう言う。

「水、全部飲んじゃったね…」

アマンダがやや引き釣った声色でそれに答えた。

 いや、仮に水があったとしても、ヘビ肉を茹でるのに使うのは反対だ。水分は貴重だし、ヘビを煮た水をその後飲めるとは思えない。

いや、衛生的なことではなく、俺個人の精神的な理由ではあるが…とにかく、水は極力使わない方法を選ぶべきだった。

 だが、そうなると…

 俺は、カイルがちょうど小さなステーキのようにナイフで削いで来たヘビの肉を見やって、生唾を飲んだ。

ヘビ肉は、アマンダが拾い集めた木の枝同様、表面こそ焼け焦げているものの、中の方はまだ血が滴る程に文字通り生々しい。旨そうだなんて思ってない。

これから自分がしようとしていることを思えば、多少の吐き気を催したって仕方ないだろ…?

 「仕方ない…このまま焼いてみるか…」

カイルがそう言って、ナイフでその肉を刺し、火に掛けた。

 ジワリと血と油が滴って火の中に落ち、ジュッと音を立てる。グロテスクとしか言いようにのないその光景を俺は遠巻きに見つめていた。

 「な、なんか…お、美味しそうに見えますねぇ」

不意に、テレンスがそんなとんでもないことを口走った。

 だが、俺は息を飲んでいる間に

「言われなかったら、見かけはヘビって分からないかも…」

とニコラまでが口にし、更にはグレイスが

「お酒があったら、それでフランベしても臭みは取れるかも」

なんて、まるでフランス料理を語るような言葉選びで続ける。

 「案外…いけるんじゃないかな、これ…」

「ヘビは寄生虫の類が多いって話だからな。ウェルダンになるけど勘弁してくれよ」

アマンダとカイルまでそんなことを言い始める。


 おいおいおいおいおい!確かに食料の確保が出来れば御の字ではあるが…本当に…本当に食べる気なのか、ヘビだぞ?

ウネウネしてるくせに人間やワニを絞め殺せる程の力があって、あの二股の舌をシュルシュル言わせてて、テカテカのウロコに覆われた、あの、ヘビだぞ!?

 だが、声に出さない俺の絶叫が五人に届くはずもない。

 しばらくして、カイルがそっと火から肉をあげた。やや黒く焦げ付いてしまった肉は、色味こそステーキのそれとさして変わりはないが…

 そんな俺とは裏腹に、カイルはアマンダにライトを照らさせて、アマンダのナイフと自分のナイフを器用に使って肉を小さく切り分けた。

 どうやら、中までしっかり火は通っているようだ。

 カイルはそれを確かめると、一番小さな肉片をナイフで突いて目の前に掲げてしげしげと観察を始める。

一度、スンスン、と臭いを嗅いだカイルは、躊躇いがちにそれを口の中へと運んだ。

 血の気が引く感覚を覚えながら、俺はカイルを見つめる。他の五人は…期待と不安の入り混じったような表情で、同じくカイルを見つめている。

 一噛み、二噛みと肉を口の中で転がしたカイルは、ややあってゴクリ、とそれを咀嚼した。

 そして

「ん」

と、別の肉片を突いてナイフごとアマンダに手渡した。

「え…わ、私…!?」

戸惑うアマンダに、カイルは

「良いから、試せよ」

なんて言い、ナイフの柄をアマンダに押し付けた。

 アマンダもまた、恐る恐る肉を見つめて、覚悟を決めたように頬ばった。

 コリコリと音をさせて肉を噛み崩したアマンダは、

「……あれ………」

と、小さな声で呟いた。

 そして、あろうことか、カイルが細切れにした別の肉片を素手でヒョイっと口に放り込み、それをしっかりと噛みしめてからとんでもないことを口にした。

「……エミューなんかよりも美味しいんじゃない、これ…」

それを聞いたカイルがニヤリと笑う。

「だよな? グレイスが言ってたほど気になる臭みもないし、エミューほどクセがなくて案外あっさりしてる。チキンの胸肉に近いが…あれほどパサついてもない」

「ク、クロコダイルとも違うの…?」

「全然! 先ず、あれほど臭くない」

「ふむ、ワニは臭いよな。ヘビも水生のは、グレイスの言っていたように臭うのかも知れないな」

ニコラの問にアマンダは答えた。それにカイルがそう言葉を添える。


 それからアマンダは肉片を品定めし、そのうちひとつをヒョイとつまみ上げると、ニコラに差し出した。

ニコラは、やはり少しおどおどしながら、それでもアマンダの指先にパクっと食いついて、程なくしてアマンダ同様、

「……あれ、なんだこれ……」

と首を傾げつつも、グレイスとテレンスに

「…あのね、どういう味かって聞かれるとうまく言えないけど…食べれる…」

と報告した。

 それを聞いたグレイスは抵抗なく肉を口に運び、テレンスもそれほど不安がるような仕草も見せずに肉を食んだ。

「……ん、ホントだ…なんだろう、これ…」

グレイスはそう言ってキョトンとし、テレンスに至っては

「…あの、けっこう美味しい気がしますよぉ?」

と喜んでいるように見えるほどだ。

 そして…当然と言えば当然、

「アレックスさんも食べてください!」

と、ニコラが無邪気な笑顔でそう言って来た。

「まぁ、騙されたと思って行ってみろ」

とカイルが言う。

「食べておかないと持ちませんしね」

アマンダも柔らかな笑顔でそう言った。

「私達も食べますから、気にせずに召し上がってください」

グレイスは、まるで俺が遠慮しているかのように言う。

「美味しいですよぉ?」

テレンスは相変わらずの様子だ。

 俺は、再びゴクリ、と生唾を飲み込む。

 これからのことを考えれば、今の段階でこうして物を口にできる機会は貴重だ。次にいつ、固形物を食べられるかは分からない。

だから、無理矢理にでも食べることは、生き残るためには必要な選択だ。

 でも…だからって…あぁ、クソっ!

 俺は、息を飲み、呼吸を止め、意を決して肉片を指先で恐る恐るつまみ上げた。

 これは、ヘビじゃない。これは…カンガルー…そう、カンガルーの肉だ。カンガルー料理なら食べたことはある。

あまり好きではなかったが、それでも食べれないほどではなかった…そう、カンガルー。カンガルーなんだ。

 俺は心の中でそう自分に暗示を掛けて、胃の腑から込み上がるムカ付きを抑えつつ、肉片を口へと放り込んだ。

 硬い感触が舌に触れ、背中を悪寒が駆け抜け、熱い感覚が腹の中から一気に膨れ上がって来るのを堪える。そして、飲み込むには大きすぎるその肉片をひと噛みした瞬間だった。

 俺は、まるで………呼吸を忘れていて、苦しくて思わず息を吸ったらそこに空気があったことに気が付いた、と言うか…そんな、なんというか奇妙な感覚を覚えていた。

 そして、空気があることに気が付いて、改めてそれを確かめるための呼吸をするように、口の中の肉片をゆっくりと噛みしめる。

 それから程なくして、俺の意識の中で、ヘビという存在の認識があらぬ方向へと変わっていた。

 そんなことに気が付いたときの衝撃たるや、流石に不謹慎極まりないが、コロニー落着と比肩しうるほどだった、と個人的には思わざるを得なかった。




つづく。

 

乙です
どっかで似たストーリー見たことあるかと思ったら、タイタニックだ



なんでヘビ喰う描写がこんなに詳細なんだww

大陸の距離感がピンとこないけど、安全な場所まで途方もないんだろうなあ。
falloutの世界観想像したらいいんだろうか。
マッドマックスまでは荒廃してなさそうだし。


水と食料は確かに大問題だな……
MGS3のスネークなら問題ないんだろうが

スネーク、ヘビを食べたことは?

>>35
感謝!
タイタニックこんなだっけ…

>>36
感謝!

>>37
感謝!!
ごめん、なんか書きたかったww
メルボルンから目的地(仮)のアデレードまでは、800キロくらいかな。
falloutが近いかもです。マッドマックスはたぶんちょっと荒廃の方向が違うww

>>38
感謝!!!
食料が手に入るのがちょっと簡単すぎやしないかと自問自答してます…

>>39
少佐…!?
い、いや、ギレン閣下!?


すみません、カリフォルニアの雪(仮題)の方がちょっとヤマ場なんでそっちに集中しておるため、こっちが遅れております。
今週末は間に合わない公算が大です…頑張ってはいますが!

おのれ年度末め…!
すみません、書けてません…


いろいろ煮詰めた結果、思いの外早いカミングアウトになってしまった。

どうなるんだ、この話w

お待たせしました、続きです!
 


 「シャワーはちょっと難しいかもね」

不意に、グレイスがそう言った。

「やっぱり、そうですかぁ?」

「うん、あれだけ被害を受けていたからね…」

「うぅ、残念です…」

「そうだね、体は流したいかも…あ、そうだ。ドラムバスなら出来るかも…」

「ドラムバス…?」

 ドラムバス…?聞き慣れない単語に反応して、俺もグレイスを見やっていた。

「なんなんだ、そのドラムバス、って?」

「シャワーにするんですか?」

俺とテレンスからそう問われて、グレイスは優しく微笑むと

「ドラム缶を、バスタブにするんです」

と教えてくれた。

 「なるほど…工具があれば縦に割るくらいならなんとかなりそうだな…」

俺は話を聞いて、基地にあった燃料用のドラム缶を真っ二つに割ってみる工程をイメージする。

しかしグレイスは珍しく声をあげて笑い、

「いいえ、上の蓋だけ取り外せればいいんですよ」

と、可笑しそうに言った。

 なるほど…雨水用のドラム缶や、緊急時の飲料水用ドラム缶くらい、探せば出て来そうな気もする…そこに水を満たして…

 そこまで考えて、俺はあぁ、とそれが現実的ではないことに気が付いた。それだけの水をそもそもどうやって用意する?

雨水溜めたって、そんなにはならない。どこかから水道を引っ張って来れれば話は別だが、そもそもそれが望めるんならシャワーくらいなんとか出来る。

 そういう機能が生きてる見込みがないから、俺達はこんな状態なんだ。

 「お水はどうするの?」

不意に俺が聞かずに黙っていた事を、ニコラがグレイスに尋ねた。現実に直面してしまうのは辛いが…こればかりは仕方ない、か…

 だが、グレイスはケロっとした様子で

「それが問題だね。どこかに雨が溜まっているといいんだけど」

とニコラに優しく言って聞かせた。

 確かにグレイスの言う通り、もし運良く雨が溜まっていれば、少し濾すだけでも煮沸して飲める程度の水にはなる。

バスタブに貯めるにしても、一度煮沸になる程度まで温度を上げて、少し冷ましてから使えばちょうど良いくらいだ。

 それなら、気分もずいぶん切り替えられるだろう。

 俺はふと、暖かな湯に体を沈めるイメージを思い浮かべていた。

 そんな贅沢が出来たら、どれほど良いだろうか…

 そう思わずにはいられなかった。

「アマンダさん、チョコレート見つけてくれるかな?」

「溶けちゃったりしてないと良いよね」

「溶けちゃっても、もう冷えて固まってるんじゃない?」

「あ、そうか、そうだね!それなら食べられるね!」

テレンスとニコラは、すでにそんな話に花を咲かせている。
 


 それに微かに安心したようなグレイスに、俺はそっと声を掛けていた。

「ありがとう、グレイス」

「いいえ、このくらい、どうってことありません」

そう答えたグレイスは、屈託なく笑う。その表情からは、恐れも不安も感じない。

自分を誤魔化し現実を直視していないわけでもなく、ましてや何かが麻痺してしまっている感じでもない。

 グレイスに分け与えられた気力が心の余裕を産み、改めて彼女を観察した俺はそのことにようやく気がつけた。

 グレイスは、こんな状況でも、自分自身の力だけで、自分を保ち続けているようだった。

 「怖くはないのか?」

つい俺は、彼女にそんな質問をぶつけてしまう。しかし彼女は、肩をすくめて

「怖いですよ…怖いし、不安です」

と、平気な表情で肯定を示す。それから微かに笑顔を浮かべて言った。

「怖かったり不安になったりしたときは…自分の知識や経験、最後には勘に頼るべきなんです。そうすれば、どんな状況でも、少なくとも自分を見失わずに居られる」

「自分の知識や経験…」

俺がその言葉を噛み締めていると、グレイスははにかんで

「まぁ、姉さん受け売りなんですけどね」

とポリポリ頬を掻いた。

 グレイスの姉、か。空軍のパイロットってことは、さぞ優秀な人なんだろう。

 「どんな人なんだ、姉さんって?」

「姉さんは、真面目で、頭の回転が早くて、優しくて…ちょっと不器用で、いろいろ考え過ぎちゃうところがある人、かな。不器用だからトライアンドエラーを繰り返して正解を見つけて行ける、強い人でもあるのかも」

グレイスは姉の話を始めるなり、いっそう穏やかで嬉しそうな顔になった。それを見れば、彼女どれだけその姉好きだったのかが伝わって来る。

「好きだったんだな」

「はい。勉強の仕方も、友達付き合いのこととか物の考え方とか、全部姉さんに教わったんです」

そう嬉々として語ったグレイスは、その表情を急に暗く染めた。しまった、と俺が言葉を継ぐよりも先に、グレイスが口を開く。

「だから私…姉さんを支えてあげたいって思ってました。今だってそうです…こんなところで死んで、姉さんを一人にしちゃいけないって思って…だから、頑張ってるんです」

その表情に浮かんでいたのは、紛れもなく悲しみだった。それは、姉以外の家族を失ったことに対する悲しみ方とは、質が違うように感じられた。

グレイスの雰囲気には…悲しみの裏に、明確な怒りを忍ばせているようだった。

 「どういう意味だ?」

俺が聞くと、グレイスはすぐさまその“怒り”を、表情に顕にして話し始めた。

「姉さんは、うちを追い出されたんです。父さんと母さんに…。うちは、両親ともエリートの家系で、教育には厳しくって…姉さんの、不器用で、失敗も良くするところが許せなかったんだと思います。だから、どんなに頑張っても、姉さんはいつも叱られてばかりでした。

 反対に私や弟は、いつも姉さんに助けられていたから失敗は少なくて、成績も良かったし、私学校にも入れて、両親には褒められていました。でも、私も弟も、そうやって助けてくれる姉さんが好きでした。だから、私、うちで姉さんが一人ぼっちにならないように、って、ずっとずっと、仲良くしていたいって…そう思ってたんです。

 それなのに…両親は、姉さんが一流の大学に合格出来なかったって理由で、姉さんを軍に入隊させたんです…私、姉さんを庇ってあげられなかった…姉さんが家を出て行ってからは、メッセージのやり取りをするくらいしか出来なかった…その上、こんなことになって…姉さんはきっと今、悲しいって思ってる気がするんですよ。一人ぼっちになっちゃった、って。そんなの、あんまりじゃないですか…あんな優しい姉さんなのに…

 だから私、こんなところで死んじゃうわけには行かないんです。姉さんに会いたい…ううん、生きてるよって、その一言だけでも伝えたい。そうすればきっと姉さんに安心してもらえるって、そう思うんです」

グレイスは、そこまで言うと、ふぅぅ、と深く息を吐き出した。高ぶり過ぎてしまった気持ちを意識的に整えている様子の彼女は、深呼吸を何度も繰り返している。

 俺は、言葉が継げなかった。何を伝えて良いか…何を考えて良いかさえ分からなかった。

 グレイスが自身を保てているのは使命感だが、俺達のそれとは意味合いが違った。こんな焼け焦げた大地でも彼女は、この大地が存在する現実の世界に生きているだろう姉と感情
を繋ぎ、そこに使命感を芽生えさせているんだ。

 俺達のように、仮初の意思で任務に没頭し、現実を避けようとしているのとは違う。彼女は、この現実をすべて正しく認識し、正常に捉えているからこそ、そう在りたいという意思を芽生えさせている。

 その姉というのがどれほどの人かは、俺には分からない。だが、少なくともこの状況でもグレイスの心の内に在り、彼女を支えていることを思えば、きっと、優秀で思いやりのある人物だったのだろうって想像は出来た。


 「姉さん、なんて名前なんだ?」

俺はグレイスにそう尋ねてみる。するとグレイスは、気持ちを整え終えたのか、明るい表情を取り戻して

「カレンです。カレン・ハガード…確か、今は、少尉、だったかな。私の、自慢の姉さんなんですよ」

と、また照れたような笑顔で笑った。

「そっか。ぜひ、会ってみたいもんだな」

俺がそう言ってやったら、グレイスはますます恥ずかしそう笑った。

 それにしても…一言でも、か。無線施設なんかがあれば連邦軍部に照会も取れるだろう…そこでカレンって名前とバイコヌール基地所属だと伝えれば、身元の確認にもなる。

無線施設を見つけたら、救助要請をするのと同時に…可能なら、バイコヌールへの無線を中継してくれるよう頼んでみよう。

 今の俺達は、紛れもなく彼女に支えられている。

そんな彼女に報いてもバチは当たらないし…無事に届けると約束でもすれば、それが現実と自分を繋ぎ止める線になる。

焼け爛れたこの荒野の先には、まだ無事な世界と無事な人達がいるんだと思えるようにもなるだろう。

 俺も…グレイスがそうであるように、この現状を乗り越えて行くためには、地に足を着け…目に映るすべてを誤魔化すことなく受け入れることが必要だと思えていた。

 「―――!―――ぅ!」

不意にどこからか声が聞こえた。

 ハッとして顔をあげ、声がする方を振り返ると、そこには俺達に向かって駆け寄って来ているアマンダの姿があった。

「アマンダさん…?」

「チョコレート、あったのかな?」

ニコラとテレンスはそんなお気楽なことを言っている。

 アマンダの腰のホルスターには拳銃が差さったまま。どうやら、何か危険があった、というワケでもないようだが…それにしても、アマンダの表情は必死だ。

 やがてアマンダは俺達の元に辿り着くと、報告もままならないほどに息を切らせてその場に倒れ込んだ。

 無理もない。そもそも疲労困憊の状態なのに駆け足だなんて、無茶にも程がある。

 「アマンダさん、しっかり…!はい、お水、飲んでください」

グレイスに差し出された水筒をすがり付くようにして手にとったアマンダは、それでも控えめに一口か二口、口を付けただけでグレイスへと水筒を押し返し、乱れた息を整えようと深呼吸を繰り返す。

 「何かあったのか、アマンダ。カイルはどうした?」

俺の質問に、アマンダは途切れ途切れに呼吸をしながら、それでも明確に報告をした。

「曹長…生存者…生存者を複数名発見…!現在、カイルが確認中です…!」



 



つづく。

グレイスに付いては話の当初から決定していたので、冒頭ではファミリーネームを名乗ってませんでした。

テレンスは…どうなるんでしょうね。
 


途中、酉抜けsage進行saga抜けになってますが、私の投稿です。

久しぶりで専ブラの操作を誤った。謹んでお詫び申し上げます。
 

あの永井一郎さんのナレーションの下でこんなドラマが

ニュータイプの萌芽が大地から育とうとしているのか


グレースすごいな

おつ
毎回読み込まされてしまう

>>60
いろいろ膨らんだ妄想を拗らせた結果、こうなってしまいました。

>>61
感謝!
グレイスはしっかり者です。

>>62
感謝!!

>>63
感謝!!!
楽しんでいただけていると幸いです。

>>カレンさんについて
08小隊に出てくるカレンさんは、「カレン・ジョシュワ」さんで
ここに登場する「カレン・ハガード」さんとは別人です。

→右上の人
ttp://catapirastorage.web.fc2.com/karenn.png

詳しくは過去作で…読破に数週間は掛かりそうですけど。
ただ、基本、過去作お読みいただけてなくても問題ない作りになりますので、お構いなく。

ただ一つ言えるのは、姉のカレンさんに「グレイスが生きている」という報は結局届くことはありません。


以上、たくさんレスをいただけたので、反応までに!

続きはもう少々お待ちを!
 

エタッてないんです、忙しくて手が回らず…
GW中には何とかしたいなぁ。

以上、生存報告。

保守!
もう少しで落ち着くのでもう少々、お待ちの程を!

すみません、お待たせしまくってます。
徐々に落ち着いてきましたので、じんわり再開していけたらと思います。





 ライトに照らし出されている壁紙はくすんでいる。

熱波によって焼け焦げたのか、それとも単純に古いだけなのかは分からない。

 調度品の類はほとんどなく、俺達の目を釘付けにしているそれ以外では唯一と言っていいドレッサーの鏡は無残に割れてなくなっている。

しかし、破片の一欠片もないところを見ると、どうやら片付けを済ませてあったのだろう。

他の家具がないのも、そのせいだろうか。

 「こんな質素な部屋しか用意できずに申し訳ない」

 口ヒゲを蓄えた恰幅の良い中年のミスター・ヒューは、しおれた表情でそう言う。

 だが俺達は、案内された部屋の様子に、ただただ、目を見張っていた。

 「ベ、ベッドがありますよぅ…?」

テレンスがそう、戸惑った様子で口にする。

 そうほとんどのものが運び出されたその部屋でただの一つ俺たちの目を引いていたもの。

それはクイーンサイズの立派なベッドだった。

 「隣のゲストルームにも、同じサイズのものはありますが…それでも全員が寝るには足りないんです。せっかく来てくれたというのに、申し訳ない…」

「いえ…これまでのことを思えば、天国のようです」

ミスター・ヒューの言葉に、グレイスが息を飲んで応える。

 全くその通りだった。

屋根があるところで眠れるだけマシ、くらいに思っていたが、まさか本当にベッドが残っているとは…

 「こちらこそ、申し訳ない…救助だと思わせてしまって期待を裏切ったような形になってしまったのに、こんなところを貸してもらえるなんて」

「いやいや、構いません。ここに残っているのは年寄りと子どもと、幼子を抱えた母親ばかり…

 若い男連中はほとんど逃げ出してしまいましたから、頼もしい限りです」

カイルが謝ると、ミスター・ヒューはさらにカイルにそう言って返した。

 「ありがとうございます、ミスター・ヒュー。俺とカイルは頂いたシュラフで十分です」

俺も、カイルに続いて礼を言う。ミスター・ヒューはそれでも、申し訳なさそうなその表情を崩さずに

「とんでもない…。のちほど、食料と水も運ばせます。とにかく今夜はゆっくり休まれてください」

と恭しく言い、まるでホテルのボーイのように黙礼をして部屋から出ていった。

 取り残された俺達は立ち尽くしていたがそれもつまの間で、不意にニコラが俺を見上げて言った。

「あの…アレックスさん…ベッド、横になっても良いですか…?」

そんなニコラの言葉に俺はハッとして、正気を取り戻す。

「…いや、その前に、汗を流そう。貯水池から取水機で水を引いてるらしいし、浄化槽もあるみたいだからな」

取水機は手動で動かす他になさそうだが、それでも。こんなことがあるなんて、願うことはあっても現実になるとは想像していなかった。


 アマンダの報告を受けた俺は、グレイスとニコラ、テレンスを連れて生存者達を見つけたという街の西側の市街地へと向かった。

 そこで俺達が見たのは、焼け残った中層アパートの前に集まる人々と、彼らに事情を説明しているカイルの姿だった。

 聞けば、彼らはこの街の住人で、あの落着の衝撃波から運良く生き延びたらしかった。

もともとは百人ほどいたらしいが、動ける者は街を捨てて西へ向かったらしい。

 残っていたのは、高齢者と子ども、そして母親や怪我人が合わせて50ほどだった。

 軍服姿のカイルを見て救助だと思い込んでいたところにカイルが事情を説明し、一度は落胆したものの、

それでも「若い男手は歓迎だ」と俺達を受け入れ、こうして、生存者達が住まいにしていたアパートからほど近い建物の空き部屋まで与えてくれた。

 部屋でさえありがたいのに、生存者の代表をしているミスター・ヒューは、食事や生活水までをも融通してくれると言った。

 このバララトには生活水を貯めるためのウェンドリー人造湖がある。

一時期は枯渇仕掛けていたらしいが、近年新しい水脈が発見され、あの熱波を受けてもなお湖は潤沢な水源になっているようだ。

 地球を食い潰すアースノイドとはよく言ったものだが、地下資源なしには生き残れないのは今に始まったことではない。

どこの誰が環境保護を訴えたところで、切り離して生活するには俺達アースノイドは増えすぎた…それこそ、こんな戦争を始めてしまうほどに、だ。

 それはともかく…どうやら俺達は幸運にも、あの壊滅したメルボルンから、ようやく腰を落ち着けられそうな場所にたどり着けたようだった。

 「それなら、俺は取水機の方を見てくる」

カイルがグッと体を伸ばしてそう言う。

「私は、ニコラ達と一緒に浄化水槽を見て来ますね」

アマンダも、ニコラとテレンスを代わる代わる見つめて言った。




 「つ、冷たいですぅ!」

「泣きごと垂れるな、男だろっ」

シャワールームからは流れ出る水音とともにそんな声が聞こえてくる。

 街にたどり着き、この部屋に通されてから三時間と少し。

 俺達は電源が落ちた取水ポンプを手動で動かし。タンクのような形をした浄化槽へと水を引き込んだ。

この浄化水槽も本来は電力を利用した滅菌処理が施されるタイプのようだったが、そんなものは使えない。

ただ、見たところ幸いにしてタンクの中には細かな粉塵を取り除ける極細のフィルターが内蔵されているらしい。

落着の衝撃波で吹きあげられ、待機中の水蒸気の核となって地上に雨とともに降り注いだ粉塵で真っ黒だった貯水池の水が、

浄化水槽を通ると少なくとも肉眼では透き通っているように見える程になった。

 飲むとなると煮沸は必要だろうが、浴びる分には、冷たいことを覗けば問題はないだろう。

ミスター・ヒューが届けてくれた燃え残った固形石鹸もある。

ついさっきまで、荒野をただひたすらに歩いてきた俺達にとっては、望むべくもなかったはずの贅沢だった。

「ひぃぃぃ!」

テレンスの嬌声とも悲鳴とも取れない叫び声が聞こえ、あはははとカイルの笑う声も響いてくる。

まぁ、楽しそうならなにより、か。

 俺はそんなことを思いながら、一番最初にシャワーを浴び、今はグレイスの膝を枕にベッドで寝息を立てているニコラを見やった。

「…テレンスは、元気ですね」

グレイスが、膝に乗ったニコラの頭を撫でながらそう言う。

「…そうだな…」

俺も、グレイスの言わんとしていることを理解しているが故に、シャワールームから聞こえる声を、心安くは聞いていられなかった。

 テレンスには、まるで今の状況が正しく認識されていない。まるで、ハイキングかピクニックに来ているようなテンションが続いている。

そのくせ、いざ眠るとパニックを起こしたとうに泣き喚いて目を覚ますことがたびたびだ。


 ニコラの方も同様に恐ろしい夢を見て泣きながら目を覚ますことがあったが、

それでも、ちゃんと”消耗している”だけ、テレンスよりも正常な反応のように思えた。

「ケガとかなら、応急手当も出来るんですけど…」

グレイスが静かな声でそういう。彼女なら、それくらいは当然やってしまうだろうってことに、何の疑問も持たなかった。

「これは、あれだろう、精神科医か、カウンセラーってやつの仕事だ」

心の異常ってのがどういう理屈なのかは、俺には分からない。

俺もグレイスと同じで、野戦での応急手当くらいなら出来るが、目に見えない心なんてものの“傷”なんて、どう扱っていいのやら見当がつかない。

 そもそも、俺自身が、今ようやく心を休ませられるようになったばかりだ。仮が心の傷への対応をしっていたとしても、それを実行できたかはあやしい。

俺がそんな状態にもかかわらず…落ち着いた様子を崩さないグレイスも、よくよく考えてみれば普通ではないように思える。

それも、姉さんのため、か。

「…まぁ、とにかく一息吐けるのはありがたい。無線機の類でも手に入れば、それで救助要請も出来そうだしな」

「無線機、ですか…そんなもの、残っているんでしょうか…?」

「普通に考えてみれば、吹き飛ばされているか、溶けてしまっているか、だろうけど…これまでの荒野に比べたら、どこかに使えるのがある可能性は高いだろう」

俺が言ったら、グレイスはクスクスっと笑い声をあげる。

「そりゃ、あんな場所と比べたらあるかも知れないですけど…」

俺は割と真面目な話をしたつもりだったが、グレイスにはジョークに聞こえたらしい。

本心はともかく、笑ってもらえたんなら、それでも良いだろう。

「うぅっ、寒いです!」

不意にそう声がして、テレンスがシャワールームから飛び出してきた。

落着のあった日からずっと着ていた服を脱ぎ棄て、この部屋で見つけた少し大きめの女物の服に袖を通している。

 後ろに続いてきたカイルは、くたびれたランニングにトレーニングパンツ姿。

シャワーで手洗いしたと思われる軍服のズボンを指先でつまんで、干せそうな場所を探している。

「縮み上がりそうな温度だったが…それでも、生きてるって心地がするもんだな」

「ぼ、僕、寒くて凍え死んじゃいそうですぅ」

テレンスが大袈裟でもなさそうに身を震わせて言う。

「ほら、テレンス。髪ちゃんと拭いて。風邪ひいちゃうよ」

グレイスは苦笑いを浮かべながら、テレンスを促した。

「ん…そういえば、アマンダはどうしたんだ?」

そんな二人をよそに、洗った軍服をひん曲がったカーテンレールに掛けながらカイルがそう聞いてくる。

「あぁ、アマンダなら、物資を受け取りに行ってる」

「ミスター・ヒューか?」

「いや、物資の管理を任されてる別の人のところだ」

「へぇ」

カイルは俺の言葉を聞くと、少し表情をしかめてそう鼻を鳴らし、ベッドにどっかりと腰を下ろした。

 先ほど、グレイスの次にニコラと共にシャワーを終えたアマンダは、カイル達がシャワーに入ってすぐの頃に、

窓の外から物質を取りに来てほしいと催促を受けて、部屋を出ていった。

じきに戻ってくる頃合いだろう。


「あいつ、銃を携帯してったか?」

不意に、カイルがそんなことを聞いてきた。

 アマンダが、銃?

そういえば、アマンダも着替えは済ませていたが、ガンベルトは用意されたパーカーの上から付けて行ったはずだが…

「持って行ったとは思うが…」

俺が答えると、カイルは浮かない表情をしながらも

「そうか」

と小さく息を吐く。

 俺は、そんなカイルの様子が気になって、思わず訪ねていた。

「どうかしたのか?」

するとカイルは、しばらく黙りこくってから、不意に顔を上げて言った。

「この街には、長いしない方がいいかもしれない」

「…どういう意味だ?」

「あのミスター・ヒューって男、何か俺たちに隠していることがある。いや、あの男だけじゃない。キャンプ全体が俺たちに対して、警戒心を持っているような、そんな感じだ」

カイルの言葉の意味が分からなかった。

 ミスター・ヒューは、現実にこうして俺達に部屋をあてがい、物資まで準備してくれるというのに、それを「信用できない」ような言い草だ。

だが、なんの根拠もなしに、カイルがこんなことを言うはずもない。

「何かあったのか…?」

俺が尋ねると、カイルははぁ、とため息を吐いてから言う。

「…雰囲気…とでも言うより他に言葉を知らねえが…そうだな、細かいことを上げれば、ここに若い男手がいないってことだ」

それは…ミスター・ヒューの話なら、街を出て行ってしまったから、なんだろうが…

「それのどこが気になるところ、なんだ?」

「考えてもみろ。この街には物資が残ってるんだ。俺達に分けてもらえる程度には、な。そんな場所から、どうして移動しなきゃいけないと思うんだ?」

「…それは、私達が何もない生活を送ってきたからなんじゃないですか?」

カイルの言葉に口を開いたのはグレイスだった。

「私達にとってここは、確かに安心できる場所です。でも、ここにいた人たちが私達と同じように感じるとは限りません…街がこんな有様になってしまったんなら、逃げだしたいって思っても、おかしくはないと思うんですが…」

「でもよ、こんな有様の街だからこそ、どうやって逃げ出そうだなんて思うんだ?俺達は裸同然で荒野に投げ出されたんだから仕方ない。だが、ここにいたかもしれない連中は、すくなくとも雨をしのげる建物も、食い物もあった。それなのに、あえてあの荒野に逃げ出そうなんて考えるやつがいるか?」

「それは…そうかもしれないですけど…」

カイルの言うことには一理あった。

 確かに、衝撃波と熱風で焼け焦げたこの街から逃げ出したいって思う人間がいてもおかしくはないとは思う。

だが、実際に逃げ出すかどうかってことを考えると、それはそれで現実的じゃない。

何しろ、たとえ次の街に行こうったって、ここはオーストラリアの南部だ。一日や二日歩いたところでたどり着ける街なんてない。

車があればその気にもなるかもしれないが、そんなものが残っている気配はない。

街から避難しようと思うなら俺達が歩いてきた道のりのように、一週間近くは道しるべのない荒野を歩くことになる。

それは住み慣れた街がいくら破壊されたところで、取り得る選択肢に含まれるようには思えなかった。


 「…でも、もしそうだったとして、生存者の妙な雰囲気、ってのは…?」

「さて、そこは本当に俺が感じただけだからな…根拠はない。だが、連中は何か…俺達を受け入れるそぶりをみせて、その実避けているように思う」

カイルが腕組みをしてそう言い、黙り込む。

「……私、嫌な想像しちゃいます…ありますよね、映画なんかで。秩序がなくなると、それに代わっておかしな思想が伝染する、みたいなこと…」

グレイスも、暗い声色でそう言った。

 その可能性は…否定できない。

 俺達はメルボルンの基地でそのことを身をもって理解していた。

命や生活を脅かされた人間の理性がどれほど脆弱で、そしてどれだけ感情に思考が支配されてしまうのかを。
 
 グレイスの言うことはあり得るし、カイルが違和感を覚えたのなら、警戒しておく必要はある、か…
 
 そんなことを考えていたら、不意に何か硬いものがコツコツとあたる音が部屋に響いた。

 話していた内容が内容で、息を飲んでしまっていた瞬間だけに、俺はヒュッと息を飲み込んでしまう。

だが、次いで聞こえてきたのは

「曹長、開けてください」

というアマンダの声だった。

 鍵をかけているわけではなかったが、俺はやおら立ち上がってドアを開け放ってやる。

 するとそこには、大きなダンボール二つが重なって宙に浮かんでいる光景があった。

ダンボールのせいで、アマンダの姿が見えないから、なのだが…

 「気前がいいんだな」

俺はそう言いながら、上に載っていた方のダンボールを受け取ってやる。その向こうからアマンダがひょっこり顔を出した。

 彼女はホッと一息ついてから

「これだけじゃないんです」

と後ろを振り返る。

 するとそこには、ちょうどグレイスと同い年くらいの少女の姿があった。

暗いブロンドの髪に、茶色の瞳。まつ毛の長い、整った顔立ちの少女だ。

 彼女もアマンダと同じく、大きなダンボールを抱えてくれている。

 彼女の存在に、俺とカイル、グレイスはつぶさに緊張した。

今の話、聞かれていない…よな…?

 「手間を掛けさせてすまない」

俺は少しあわてた様子を見せつつアマンダから引き取った段ボールを床に置き、改めて彼女が抱えていた段ボールを受け取る。

「ありがとう。助かったよ、」

そんな彼女に、アマンダがダンボールを置きながら笑顔を見せて礼を言った。

 すると彼女は、ふと顔を伏せた。いや、目礼、か?そんな、どこか曖昧な感じのする仕草だった。

 それが礼だったのか、ただうつむいただけなのかは分からない。

ただ、彼女は、まるで何かに縫いとめられたようにその場を動かず、ジッとしている。

口をぎゅっと引き結んで、体を強張らせている。

まるで、俺達の次の言葉を待っている様子だった。

カイルの言っていた違和感、ってのは、これのことか…?
 

 
 「……アマンダ、何をもらったんだ?」

「はい。インスタントフードの類と、それから、お酒も少し」

「酒だって!?」

思わぬところでカイルが割り込んでくるが、俺は無視して

「他には?」

とアマンダに聞く。

「お菓子の類もありますよ。チョコレートはないみたいでしたけど、スナックの類なら。それから、パンじゃなくって、小麦粉を分けてもらえました」

アマンダがそう言いながら、床に置いた段ボールから次々と品物を取り出しながら報告を始める。

「小麦、って…手でコネて自分らでパンを作れ、ってことか」

嫌なのかどうか、酒瓶を探しにダンボールを覗きにやってきたカイルがそう言いながら笑っている。

 俺は、そんな品物の中からスナック菓子の袋を手に取って、パフッと引っ張り開けた。

 そして中身のやや砕けたスナックの欠片をつまんで口に放り込み、それから袋をダンボールを運んでくれた彼女に差し出す。

「ありがとうな。お礼はこれくらいのことしかしてやれないけど」

すると彼女はハッとした様子で唇の力を緩め、そしてようやく、その瞳に意志を宿らせた。

「あの…その、私…」

「俺はアレックス。向こうがカイルで、彼女はアマンダ。それから、ベッドにいるのがグレイスで、寝てるのがニコラ。で、そっちのチビがテレンスだ」

俺は、間髪入れずにそう全員を紹介する。

そしてすぐに、彼女に投げかけた。

「君、名前は?」

 何か特別な確信があるわけではなかった。

しかし、話を聞かれていた可能性もあるし、そうでなくても、彼女と少し話をすれば、情報のいくらかは引き出せるかもしれない。

「私…シンシア。シンシア・ノエル…です」

「そうか、シンシア。ありがとう…ほら、食べてくれよ」

俺は彼女に努めて穏やかにそう言い、さらにズイっとスナック菓子の袋を彼女に突きつける。

 彼女はためらっていたものの、ほどなくして恐る恐る指先でスナックを一欠片つまんで、自分の口に運んだ。

そしてその次の瞬間、固く緊張していた彼女の頬が、かすかに緩んだことを俺は見逃さなかった。

よし…ひとまず、敵と認識されることだけは避けたいからな…話を聞かれているかどうかにかかわらず、敵対する気持ちはない、ってのはほんの少しだけかもしれないが、伝わってはくれているようだ。

 それを確かめた俺は、すぐさまキャンプのことを訪ねようと思って、思考を走らせる。

あまり突っ込んだ探るような質問を浴びせかけるのはマズイ。

少し遠回りしてでも、まずは大変だったことの話を聞くべきか…それなら、いずれキャンプがどんなところか、って話にも持っていけるはずだ。

 だが、俺がそう考えていたわずかな間に、シンシアは言った。

「ありがとうございます。では、戻ります」

そして、くるりと俺達に背を向ける。

「ま、待って!」

それにいち早く反応したのは、グレイスだった。

シンシアは踏み出しかけた足を止め、グレイスを振り返る。

「はい、分かってます…いいえ、その…」

彼女は、戸惑っているような口ぶりながら、その視線をまっすぐにグレイスに送っていた。


そして次の一言、

「戻らないといけないので」

と今度ははっきり口にすると、呼び止める俺やカイルの言葉を背に受けながら、部屋を出て行った。

 パタン、と控えめに音を立てて閉まったドアに視線を送っていた俺達は、しばらくそのまま黙りこくるほかになかったが、そんな様子を見たアマンダが当然何のことかわからない、と言った様子で

「どうしたんですか、二人とも?グレイスまで…?」

と俺達を代わる代わる見つめて言う。

「アマンダさん…キャンプの様子は、どうでした?」

「キャンプの…?別に、何もなかったけど…みんな寝ている時間だったし…あぁ、あの子はどうしてか起きていたから手伝ってくれたけど…なにかあったの?」

果たしてさっきまでの話をアマンダに今、話して良いかは微妙なところだ。

さっきの彼女が、ドアに聞き耳を立てているとも限らない。

しかし、それを確かめに行くのも悪手だ。

 「…いや、別に…ミスター・ヒューに尋ねたいことがあったんだが、もう寝ている時間だよな」

俺はそう言いながらカイルとグレイスに視線を送る。

 カイルは俺のこれ以上は話さないという意図を理解してか、かすかにうなずいてくれる。

しかしグレイスは、唇に手を当てて何かを考え込んでいるような、そんな仕草をしていた。

「そうなんですか?朝は早いみたいですから、明日の朝でも大丈夫だと思いますよ」

アマンダは、相変わらず首をかしげてはいるが、それでも話を合わせてくれている。

 でも、そんなとき、アマンダが静かな声色で言った。

「あの…アレックスさん、カイルさん」

俺とカイル、そしてアマンダの視線がグレイスに注がれる。

 俺達の視線を浴びながら、それでも口元に手を当てて宙をにらみつけているグレイスは、言った。

「『はい、分かってます…いいえ』…」

一瞬、グレイスが何を口にしたのかがわからなかった。

「Roger(はい), Understood(分かってます)…No(いいえ)…」

カイルが、その言葉をなぞって、表情を曇らせる。

「頭文字、か」

「はい…考えていた時間は長かったのに、回答しては変だな、って思って」

カイルとグレイスはそう言ってうなずき合っている。

「おい、なんだよ、説明してくれ」

俺がそう言い募ると、二人は顔を見合わせ、そして大きなため息を吐いたグレイスが俺に言った。

「頭文字です、アレックスさん」

「頭文字?」

「あの女の子の言葉の、頭文字だ」

俺は二人に言われて、改めて口に出して繰り返す。

そして、二人の言わんとしていたことに気付いた俺は、息を飲むよりほかになかった。

「Roger, Understood…No…R、U、N……Run…『逃げろ』…?」


つづく

 



ミス・マープルかエラリークイーンか。
名探偵グレイス誕生。

ともかく復帰おめでとう&続きありがとう
一回の分量が多いのがキャタピラさんの特徴ではあるけれど、これくらいの量でもきちんとしたヒキを作ってくれてるからとても読みやすいと思いますよ。

レス感謝!!もう少しで続き書き終わるのでお待ちください。

>>91
たぶん、幼女とトロールの中盤くらいから、一話読み切りな感覚での投下が続いたせいで、
ペースが変わってしまったのだと思います…
読み返してみれば、アヤレナの頃は1パートがそれほど長くなかった気がする…
小出しにできるように、ちょっと調整しております。




 「アレックスさん、どうですか?」

薄暗い中、ライトの明かりを頼りに基盤を睨み付けていた俺に、グレイスがそう声を掛けて来た。

「さぁな…さすがに専門外だし、なんとも言い難い」

俺は肩をすくめてそう正直に言ったが、それでもグレイスは微笑んで

「そうですか…でもきっと、なんとかなりますよ!」

と、明るい口調で言った。

 そんなグレイスにわざと渋い表情で答えてやったら、彼女はニヤッといたずらっぽく唇を緩ませて、俺が頼んだ工具一式を手渡してくれた。

 街にたどり着いてから2日。

 俺達は、バララット郊外の小さな空港の跡地にいた。

 跡地、とは言っても、ここへ来る道のりを考えれば、建物の構造どころか管制塔の内部の機材まで形が残っているここは、俺達にしてみたら奇跡だと思える。

 だが、いざ機材を使うとなると、それはそれで別の話だ。

 外郭の形が残っているとは言え、人間が真っ黒に焦げ付く程の熱波を浴びたんだ。

当然、シリコンや樹脂と薄い金属で出来ている航空用通信器の基盤は、見るも無残にとろけている。

 機械科の連中だってこんなものを見たら投げ出すに違いないだろうとは思う。

 それでも俺は、ミスター・ヒューからの依頼でこいつの修理を引き受けた。

 理由はいくつかある。まず単純に、修理することが出来れば救助を要請できる可能性があるからだ。

航空用の無線ともなれば、周波数帯は少なくともオーストラリア全土には届く。

 コロニーが落下したのは東部だから、西部方面隊は無事に生き残っている可能性が高い。

 そして、別の理由としては、やはりあの晩にグレイスが気付いたシンシアのメッセージだ。それ自体は穿ち過ぎた見方である可能性は否めない。

 しかし、カイルが言う妙な雰囲気というのを、俺は昨日と今日、実際に感じ取っていた。

 工具の一式から引き抜いたドライバーで、基盤を固定しているビスを緩めていると、カツン、カツンと階段を上がって来る足音が聞こえた。

 俺が振り返るまでもなく管制室に姿を現した足音の主に、

「ヒューさん」

とグレイスが声を掛ける。

「あぁ、グレイスちゃん。曹長さんの様子はどうだい?」

「今、作業に取り掛かったところですよ」

二人がそんな言葉を交わし、視線が向けられた気配を感じた俺はチラッとだけ二人を見やり

「これは、基盤を一からでっち上げないと無理ですね」

と、通信器の状態を端的に説明する。

 しかし、そんな俺の言葉を聞いていたのかどうか、口ヒゲを蓄えた恰幅の良い中年のミスター・ヒューは、

「そいつが治れば、救助を呼べますからね。協力は惜しみませんよ」

と、グレイスに負けず劣らずの前向き発言で、俺を叱咤して来る。

 そう言われてしまった手前、どうして良いか見当がつかない、とは口が裂けても言えやしない。

 代わりに俺は

「それでしたら、街の中を探して何でも良いんで配線を見つけ来て貰えませんか? 木の板にでもそいつを這わして、簡単な基盤代わりを作りたいんです」

と代替案を提示する。するとミスター・ヒューは事のほか嬉しそう笑みを浮かべて

「任せて下さい!若い連中に頼んで来ましょう!」

と言うが早いか、身を翻してテンポ良く階段を駆け下りて行った。
 


 そんな姿を見送ったグレイスが、改めて俺に視線を戻して、何かを聞きたそうな顔をしている。

「なんだよ?」

俺が言うとグレイスは肩を竦めて

「いいえ…シンシア、大丈夫かな、と思って…」

と暗い表情を見せた。

 あの街に着いた晩と、それから昨日。俺はカイルと交代で、用意された部屋の窓から生存者達のキャンプになっているアパートを監視していた。

 ミスター・ヒューの説明や、実際に現場を最初に見たカイルの言葉通り、アパートには高齢者と小さな子どもを連れた女性に子どもしかいなかった。

 そして、女性や子供達は、常に何かに怯えるような、そんな表情を浮かべたままだった。

 こんな事態だ。悲観したり絶望したりしてしまいたくなる気持ちは分かる。

だが、彼らの表情のそれは、決してコロニー落着だけの影響ではないことは理解できた。

 キャンプを監視している間に俺達は、生存者の中にある種の上下関係のようなものがあることに気が付いていた。

 おそらく、代表を名乗るミスター・ヒューはその筆頭。

そして、ミスター・ヒューよりもやや若く軍人のようなガッシリとした体付きの中年男がナンバーツー。

さらに、中年太りの域を逸脱しているほどの太り方をしたやたら声の大きい中年女性がその下に位置しているようだった。

 その光景は…生存者キャンプの代表者格などという雰囲気ではなく…

しいていえば、前世紀初頭にヨーロッパに乱立した王族で、他の生存者達はひれ伏さざるを得ない貧民のような、そんな関係性に見えた。

 そんな中で、女性的な特徴が発現していながらも非力な年齢のシンシアがひどい目に合わされていないかどうか…

 グレイスがそんな想像をしてしまうのは仕方のないことだろう。

 「今はまだ、祈るより他にない…俺達の明日だって、不透明だ」

俺はグレイスにそう言葉を返した。

 無線の修理が出来ないと応えた俺達は、とたんにタダ飯食らいの無用の長物となる。

 そうなったとき、“王族”達が俺達をどう扱うか。

 今すぐの救助が望めないのなら、食料や物資節約の観点から、余所者は間引かれる可能性すらある。

 そんなリスクを、カイルやアマンダならまだしも、グレイス達に負わせるわけにはいかない。

 それが、通信器修理を引き受けたもっとも大きな理由だ。

それと…やはり、この軍服を着ている以上は、市民を守るのが俺達の仕事、だ。

「…そうですね…私は、何したら良いですか?」

「今は…俺のそばを出来るだけ離れるな」

 俺はグレイスにそう言いながら、通信器の本体から基盤を取り外す。溶けてはしまっているが、それでもなんとか形は保っているようだ。

 しかし、どんな回路が走っていたのかまではさすがに見て取れるわけはない。

 通信器自体の構造は学科でなら学んだことがある。発信にはモジュラーとブースターが必要で、受信にはデモジュラーが要る。

特に広域に発信するとなればブースターは必須だ。当然、原始的な回路を作るにしても、マイクと、スピーカーは調達しなければ話にならない。

そうした装置を、この焼けただれた荒野の廃墟でどう仕入れるかは、正直アテがない。

 発信にも受信にも必要なアンテナに関しては、カイルが指揮をとって、

アマンダやニコラ、テレンスの他、街の生存者の中からグレイスと同じくらいの年頃の子ども達が手伝ってでっちあげてくれる手筈になっている。

 やはり問題は、通信器そのものを俺が再現出来るかどうかだろう。正直に言って、欠片ほどの自身も見通しもないが…
 


「パーツがあれば良いんだがな…」

「電気回路のことはあまり詳しくないんですけど…チップとか、そういうものですか?」

「それもあるが、スピーカーやマイクなんかも必要だろう」

俺はひとまず、訓練校時代の記憶を引っ張り出して、黒く焦げた壁をドライバーの先で引っ掻き回路の図面を書いてみる。

だが、受信はともかく発信となると、やはり複雑になる。

そもそも、それだけの出力を出せるような電気をこの街でどのように調達するかは、まだなんの当てもない。

 まずは、受信の方だけでも組んでみるか…発信の方は、カイルやアマンダと回路や電気の確保について相談したい…

 「パーツ探し、ですかね…」

ふと、思いついたようにグレイスが俺に声を掛けてきた。

 そう、そうだな。受信器をでっちあげるためのパーツを探さなければ。

 俺はグレイスに

「そうだな」

とうなずいて見せる。

「どこを探しましょう…?」

グレイスはそう言って、窓の外に視線を投げた。つられて、俺も少し離れたところに広がっている街並みに目を向けた。

 キャンプに案内される前に確かめたが、立ち並ぶ建物は、爆心地の方角にあるものは半壊し、その陰になっていただろう建物も、熱波に中を焼かれてがらん洞になっていた。

窓ガラスは割れたのではなく、溶けて蒸発したのだろう。

破片の一つも見当たらず、コンクリートや剥がされた道路のアスファルトはあちこちに転がっているが、

やはり、生活に必要な物資のことごとくは見当たらなかった。

 ガラスと同じように高熱にさらされて燃え尽きたのか、それとも、あのキャンプの連中が回収したのか…

おそらくは、前者だろうとは思う。人の手で持ち去られたにして、なにもなさすぎる印象だった。

 「建物に入って探しましょうか…」

グレイスがそう言って俺の顔色を窺うように聞いてきた。

 それを聞いて、俺は管制室から一番近くに見える建物に目を向ける。

 グレイスの言うとおり、もし燃え残りがあるとすれば、外より中の方だろう。

だが、衝撃波と熱波を浴びて朽ち果てたような姿を見せている建物に入り込むのは、やはり不安だ。

 「入り込んでる間に倒壊でもしたら、たまらないな」

俺の言葉に、グレイスも賛成らしい。

「確かに…考えただけで、ゾッとします…」

彼女は両腕を抱えて、身を震わせてみせた。

 昨日確かめた様子から見るに、おそらくは建物の中も外と同じような状況だろう。

冷蔵庫のように大きな機械の固まりなら燃え残っている可能性もあるだろうが、そんなものが残っていても、使い物にはなろうはずもない。

 衝撃波と熱波の被害が少ないところを、まずは探す必要性がありそうだ。
 


 「確か、俺達のアパートやキャンプがあるのは、街の西側だったな」

「はい。爆心地からは、一番離れた場所ですね」

「どうしてあの辺りは無事だったのか…距離的には被害の大きい東側と、それほど離れているとも思えない」

俺はそんなことを思って首をひねる。

 キャンプからさらに西に空港があり、倒壊したり焼け焦げた街並みは東側に広がってはいる。

しかし、その距離は今回の事態の規模を考えれば、ほとんど誤差の範囲でしかない。

 「もしかしたら、地形の影響かもしれません」

「地形?」

俺は、思わぬ言葉にグレイスを振り返る。

「はい。ちゃんとした等高線の描いてある地図が分かれば確かなんですけど…

 キャンプ地の辺りは、辺りに比べて少し標高が低いと思うんです…

 バララトの西側は、ウェンドリー湖の開発と常に関連していたって、郷土史の授業で聞いたことがあります。

 ウェンドリー湖も、前世紀から何度も干上がったり再生したりを繰り返して、位置も徐々に移動している、って聞きました。

 キャンプのあるあたりは、もしかしたら元々は湖底だった辺りなのかもしれません」

…なるほど、その話は、俺も聞いたことがある。

前世紀にはオーストラリアの乾燥地帯ではウェンドリー湖をはじめとする貯水池や大規模な井戸が各地でが掘られた。

その結果、地球が何億年とかけて蓄えてきた地下水源をたった百年強で涸らしてしまった、と言われた時期があったのだと言う。

 その後の調査で、実際に地下水源の量が減っていることは明らかにされたが、

涸れたと認識されたのは、量の減少により地下水源の水位や圧力が下がったためで、採掘する地層をやや深めにとると、すぐに全盛期と同様量の水が出たって話だ。

 …やはり、俺達人類は地球を食いつぶしているのかも知れないな…

 「…その仮定が当たっていれば、街の中でも低地にある個所を探せば、キャンプ地のように無事な物もあるかもしれないな」

俺は、逸れてしまった思考を元に戻して、グレイスにそう提案してみる。

「その可能性は、ありますよね」

グレイスも、コクリと頷いて答えた。



 




 空は相変わらずの灰色だが、雨が降る様子はない。晴れ渡る空を臨むにはまだしばらくかかりそうだが…

現状では、気温があがってしまうことを考えると、今のままであってほしい、か。

 そんな俺の考えを読み取ったように

「涼しくて良いんですけどね。やっぱり、ちょっと気が重くなります」

と空を仰いで言う。

「そうだな…無事にオーストラリアから脱出できたら…空がきれいに見えるところにでも行きたいもんだ」

俺もそう答えてため息を吐く。これも、仮初の希望に過ぎないからだ。

 俺達は、管制室を出て、焼け焦げた階段を下って、この元は滑走路だったエリアに降りてきていた。

 滑走路は市街地のようにアスファルトが剥がれているような箇所は少なく、一見すると被害は小さいようにも見えるが、

建物の方はすべてが管制室と同じように真っ黒に焼け焦げていた。

もちろん、物資の類も同様に真っ黒になっているか、さもなければ形を失うほどに溶けているか、だ。

 「さて…じゃぁ宝探しに行くか。セルフォンでも落ちてればいいんだがな」

「さすがに軽そうですから、飛んでっちゃってるかもしれませんね」

せっかく前向きなことを言ってやったのに、グレイスが現実的な返答をしてくる。

渋い顔を見せてやったら、グレイスはエヘヘ、といたずらっぽく笑った。

そんな彼女の笑顔が心に余裕をくれる気がするのは、今回に始まったことではない。

本当に、グレイスには助けられてばかりだった。

 「少し距離はあるが…行ってみるか」

俺がそう言うと、グレイスはニコッと笑顔を見せて

「はいっ」

と明るく頷いた。

 腰の拳銃の弾倉を確認してから、そのまま二人で空港の跡地を離れ、元は市街部だった方へと歩き出した。

 ほどなくして滑走路を抜け他俺達は黒に染まった市街地区へと足を踏み入れた。

 街の中は想像していた以上に瓦礫の類はなく、歩きやすい。

もちろん崩れたビルやアパートがないことないが、細かな瓦礫は吹き飛ばされたのだろう。

もともと道路だった箇所が塞がれているようなことも少なかった。

 管制室を出る前にあたりの地形を確認した。

どうやら、キャンプ地以外の場所では、街の北部にやや低い地形があるのが管制塔から見えたので、ひとまずはそこへと向かうことにしていた。

 そして、北へと進んでいると、不意にグレイスがポツリと声をあげた。

「アレックスさん…あそこ、見てください」

ふとグレイスを見やると、彼女は遥か前方を指差している。

その方向に視線を移した俺が見たものは、真っ青な車体の車高の低い、スポーツカータイプのエレカだった。

それも、一目でそうと分かる程度の損傷しか受けていない。
 


 「…動く…だなんて期待はしない方が良いんだろうけどな…」

俺はそうつぶやきながら、拳銃を抜いてグレイスに下がるよう合図を出す。

 彼女が俺の背後に回ったのを確かめて、そっとアスファルトの剥がれた道を進んでいく。

 どうやら、車の中や近くに人影はない。

 近くに寄って見れば、車もけっして被害が小さいとは言えるような状態ではなかった。

 だが、それでもこれまで見てきたどんな車よりも状態は良い。

 俺は割れた窓から中を覗き込む。

内装はだいぶ派手に焼け焦げていた。カーラジオが付いていたとしても、とてもじゃないが、使いものにはなたないだろう。

 だがそれでも、グレイスが考えたようにやや低い位置にあるこの場所は被害が比較的少なかったと言うことになる。

これなら、多少の希望が持てそうだ。

 そう思ってグレイスを見やったら、彼女は今度は心配そう表情で俺を見ていた。

「だ、大丈夫ですか?」

「あぁ。危険はなさそうだ」

俺がそう答えて拳銃をホルスターにしまうと、グレイスはホッとため息を吐いて笑顔を見せた。

 「何か掘り出し物がありそうな雰囲気じゃないか」

「そうですね…あ、ほら、見てください!あっちは、看板が残ってます」

グレイスがそう言うので俺が再び目を向けると、確かにそこには、赤い小さな商店の看板が、建物に残ったままになっている。

大部分は割れて読むことは出来ないが、見たところアクリル製だ。

熱には弱いハズのアクリルの看板が残っている、ってことは、この辺りは熱波を避けられたのかも知れない。

 と言うことは…あの中も無事である可能性がある…

 「グレイス」

彼女を呼んでその顔を見れば、すぐにまた俺の影に隠れように移動して身を強張らせる。

 良い心がけだな…俺はそんなことを思いながら、拳銃を抜いてその店へと近付いて行く。

 踏み込んだ足がジャリっと音を立てたので足元を見ると、そこにはガラスの破片が落ちていた。

ハッとしてあたりを見渡せば、至るところにガラス片が散らばっている。細かな瓦礫も、ここに来るまでよりも多い。

 ガラス片が残っているということは、熱波に晒されていない証拠…瓦礫が多いのは、吹き飛ばすほどの衝撃波が来なかった証拠だ…

 やはり、あのアクリル製の看板が残っているあの建物の中には、何か物資が残されている可能性が高い…!

 俺は自分でも興奮しているのが分かった。そしてそれをグッと自分の胸の中に抑え込む。

 胸は高まるし、呼吸が浅くなるほどだ。走り出したい気持ちを抑えて、慎重に砕けた看板の店らしい建物へと近付いて行く。

 そこはどうやら個人商店か何かだったようだ。

 なんでも売ってる、個人のコンビニエンスストアと言えばいいのか、とにかく食料や酒を確保出来る可能性だってある。

もちろん、無線器のパーツも、だが…

 俺たちは店舗の前に来て中を覗き込んだ。床には商品らしきものがあちこちに散乱している。

 それも、スナック菓子やジュースのボトルなんか、だ。

 まだ中身の入っていたそのボトルを拾い上げようとして、俺はふと、顔をあげた。

 何かの音を聞いたからだ。耳をすませば微かに聞こえて来る。

まるで液体か何かをすすっているような、そんな音だ。
 


 誰か、いるのか…?

 俺は咄嗟に気持ちを切り替えて、グレイスにそっと人さし指を立ててみせる。

グレイスもとたんに表情を引き締め、ヒュッと息を飲んで頷いた。

 それを確かめた俺は、音の出処を耳を頼りに探す。

 どうやらその音は、店の奥のカウンターの向こうから聞こえているようだった。

 商店の床に転がっている品々を踏みつけないように注意しながら、俺は足音を殺してカウンターに近づく。

 商品が散らばり、完全に無人のはずの商店の中は、日の光も届かず照明がともっているはずもないので薄暗く、薄気味が悪い。

自然と、胸に緊張感がこみ上がってきて、拳銃を握っている手が汗ばんでいるのが感じられる。

ドクンドクンと、心臓が脈打つ音も高く大きく聞こえてくるようだ。

 俺は、背後についてくるグレイスにも気を配りつつ、俺はカウンターのすぐそばまでたどり着いた。

そして意を決して、そっとその中を覗き込む。

 そこには、確かに人間がいた。

 身体を丸くし、何かを貪り食っている。

 崩壊した街の、電気もなく薄暗い、荒れ果てた商店の中で一人、何かを食う人間らしき姿…

 意識していたわけではないが、おそらくこの手の状況もまた、人類の根源的恐怖の一つの形なのだろう。

 不気味で、おぞましい、想像が脳裏にもたげ、背筋を悪寒が貫いた。

 そして、一歩後ずさりしようとした俺の足が、転がっていたスナック菓子の袋を踏んだ。

 バフっと袋が割れる音が店内に響いて、カウンターの中の人間はびくりと跳び上がった。

俺もとっさに銃口を向ける。

 だが、次いで俺が見たものは、想像の中のおぞましいものなどではなく、昨晩見かけた少女の顔だった。

 「ご、ごめんなさい…こ、殺さないで…!」

彼女は、俺が誰かを確かめる様子もなく、身を丸めてカウンターの中にうずくまる。

 その声を聞きつけたのか、グレイスが俺の袖口をクイっと引っ張った。

「今の声…シンシア…?」

「ああ。そうらしい」

 俺はそう答えて、いつの間にか詰まっていた呼吸を取り戻そうと深く息を吐き、大きく吸い込んで、また吐いた。

 拳銃をホルスターにしまう間に、グレイスもカウンターの向こうを見やって、

それが昨晩俺達にあの“暗号”を残したシンシアという少女であることを確認する。

 「シンシア…大丈夫…?」

怯えるようにして体を丸めていた彼女に、グレイスの優しい声が投げ掛けられる。

それを聞いたシンシアは、ハッとした様子で身震いを止め、恐る恐るその顔を上げた。

 薄暗くて良くは見えないが、口元には赤い何かがこべりついている。
 


 「ここで、何してるの…?」

「あの…ち、違う…私、違うんです…」

グレイスの穏やかな口調にも、シンシアはぎこちない様子でそう答えた。

と同時に、彼女は身を翻らせて、背後への視線を不自然に遮ろうとし始める。

 「大丈夫…何もしないから、大丈夫だよ」

グレイスは相変わらずそう優しい声色で言い、カウンターの中に入ろうと一歩踏み出した。

 その瞬間、シンシアもグレイスから距離を取るようにして一歩後ずさる。

 俺は、そんなシンシアを見て気づいた。彼女は右腕を自分の背後に回していた。

まるで、握っている何かを見られたくないような、そんな感じだ。

 口元の真っ赤な跡…右腕に握られている隠したい物…

荒廃した街の真っ暗な商店の中の、しかも外からは見えないカウンターの中で、何かをむさぼるようにして食べていた彼女…

 先ほどの悪寒が、再び俺の背筋を駆け抜けた。

 まさか、この子…!

「グレイス、待て!」

俺は反射的にグレイスを引き留め、拳銃を引き抜いてシンシアに銃口を向けた。

 「ア、アレックスさん!」

「両手を上げろ…さもなければ、撃つ…!」

グレイスが俺を制止しようとしてくるが、俺はシンシアから視線を離さなかった。

 ありえない話じゃない…俺だって、食うに困って大嫌いだった蛇を食らったんだ。

この街に残った食料があるとしても、それが一部の人間に独占されていて、他の者へ行き渡っていないのだとしたら…

 人間の理性なんてものは、細い糸も同じ。いつどこで切れてしまってもおかしくはない…

その結果、そんなおぞましいことが起こっても、不思議ではない…

 シンシアは震えていた。どうして良いのか分からず、ただ、身をガタガタと震わせている。

 「手をあげろ」

俺は、撃鉄を起こしてもう一度そう通告する。

 するとシンシアは、震える体を何とか制御して、その両腕を頭の上に掲げた。

見れば、その右手には…フォークが握られている。

 薄暗い店内でもそのフォークに付いた赤い液体が、油脂の類を含んだ輝きしているのが見て取れた。

 やはり、そうか…ここは…そういう街だったのか…!

 俺がそのことを直観した次の瞬間、グレイスが俺の握った拳銃に飛びついてきた。

 「おい、グレイス!」

そう叫んで彼女を引き離すと、グレイスはその手に、弾倉を握っていた。

 しまった…!

 「アレックスさん、落ち着いて!」

「グレイス、それを返せ!」

「ダメです!落ち着いてくれないと返しません!」

俺の抗議にそう言い放ったグレイスは、頬を膨らませて俺に一瞥をくれてから、シンシアを刺激しないようにか、ゆっくりとカウンターの中に入り、

そして彼女をそっとカウンターの外へと促した。
 


 シンシアは、グレイスに危害を加えるでもなく、背を押されるがままに、素直にカウンターの外へと出てきた。

 グレイスとシンシアが目の前を通り過ぎたとき、ふと、俺は何かが香った気がして、鼻をスンと吸い上げた。

 そして、すぐにその匂いがなんのものであるかを想起する。

 …この匂い…もしかして…!

 俺はハッとしてカウンターの中に身を乗り出し、シンシアが背後に隠した“それ”を目にした。

 開け放たれた缶からこぼれているのは、脂ぎった赤い液体。

そのすぐわきには、その液体が黄白色をした細いひも状の塊と鍋の中でグチャグチャに混ぜられている。

 「落ち着きました、アレックスさん…?」

不意にグレイスがそう言ってくる。彼女を見やれば、ほんの少しあきれたような表情で、彼女が俺を見つめている。

 「……あぁ、すまない…」

「私も一瞬考えちゃいましたけどね…」

俺が誤ると、グレイスはそう言ってなんとか笑顔を見せてくれる。

だが、さすがにバツが悪くて、俺はシンシアに向き直って素直に謝る。

「驚かせてすまなかった。ちょっと、その…勘違いだ…」

そんな俺の謝罪の意味が伝わったのかどうなのか、シンシアはやはり、怯えた様子で

「あ、あの…ち、違うんです、これ、違うんです…私…」

と震えるばかりだ。

これはひとまず、彼女を落ち着かせる時間が必要そうだ。

 俺は、目の前の状況と自分の今の体たらくに、思わずため息を吐いてしまっていた。

 まぁ、言い訳ではなく、そう思ってしまったのも無理のない状況だ。

だからといって、あそこまでビビッてしまうのも、大人として甚だ遺憾だ。

 だが、シンシアも悪い。事情はあるんだろうが…こんな人気のない、荒れ果てた商店のカウンターの中で食事をしなくてもいいんじゃないのか。

 俺は、直接は言ってやれないことを悟って、カウンターの中の“それ”を見やる。

 真っ赤でこってりとしたミートソースが絡んだスパゲティは、視覚的にも嗅覚的にも、どうしたって食欲をそそる。

 まったく、あれをどうして“おぞましいもの”だと思い込んだのだか、

俺は数分前の自分に「落ち着け」、ととにかく言って聞かせたい気持ちに駆られていた。


 


つづく

 

乙乙
楽しく読ませてもらってるけど、グレイスの年齢設定を忘れる不具合が頻発する問題

>>107
レス感謝!!

グレイスの年齢は15~16で固まっているつもりです…
おそらく、グレイスを比較に出したシンシアの方の設定がブレブレなのかとw


グレイスが頼りになりすぎて困る困らない



まあ待て。空から100万人レベルの人間が生活できる空間が落っこちてきたんだ。しかもそのほぼ爆心地にいたんだ。
自分を保つ方が難しい。

自分なら5歳くらいまで幼児化するね!

>>109
レス感謝!
グレイスの精神がいつ折れてしまうのか、心配でなりません。

>>110
フォロー感謝ww
確かに精神おかしくなっても不思議じゃないですよね…
設定ミスったり誤字ったりしても不思議じゃないですよね…ww

ほ、保守…!(ひん死)





 それからしばらく経った頃、俺達は商店のカウンターの奥にあったリビングのような居住スペースにいた。

 商店が無事だったことにも驚きと喜びを感じる。

 おそらく、建物の奥に入ったこの部屋は、窓がないぶん、熱波や衝撃波から守られたのだろう。

 居住スペースにはソファーやテーブル、映らなくなったテレビなんかが、そのまま置かれていた。

 シンシアはあれからも俺達に怯えた状態でこちらの問いかけにも「ごめんなさい」を繰り返すだけ。

 グレイスが穏やかな声掛けを続けるとともに、商店内に散らばっていたお菓子なんかを食べさせようとしてもうまくはいかなかった。

 そこで、とにかく場所を変えた方がいいのでは、とグレイスの発案で、商店の奥まったこの部屋に来てみたところ、シンシアはようやく少し落ち着きを取り戻した。

 俺が手渡したチョコレートをほおばり、グレイスが見つけてきたミネラルウォーターに口を付けたシンシアは、ふぅ、とため息を吐いたあと、ポロポロと涙をこぼし始めた。

 それをグレイスと一緒になだめることしばらくで、シンシアはどうにか気持ちを整え直してくれた。

 「ねえ、いくつ?」

「私…今年で12…」

「そうなんだ。私の2つ下だね」

「皆さんはどこから…?」

「メルボルンから、歩いてきたんだ」

「メルボルンから?」

「そう。すごい距離だったんだから」

どうにか心を許してくれたらしいシンシアは、グレイスとそんな話題に花を咲かせている。

いや、これはグレイスの気遣いのなせる技、か。

 「そっか…メルボルンも、そんなことになっちゃってるんですね…」

「うん…たぶん、コロニーはシドニーかキャンベラの辺りに落ちたんだと思う…大勢死んじゃった…」

「…ここも…似たようなものだよ…」

グレイスとの会話に、シンシアがポツリとそう言った。

 もし話を聞くなら、このタイミングだろう。

「この街はどうなってるんだ…?昨日のあれは、逃げろってことだったんだろう?」

俺の問いかけに、シンシアは深くうつむいたあと、大きく深呼吸をして顔を上げた。

 「あの…私を、連れて行ってくれますか…?」

「連れて行く…?」

「はい…私の話を聞いて、私が逃げたいって言ったら、皆さんは私を連れて逃げてくれますか…?」

シンシアは、震える瞳で俺を見据えて言った。

 その眼には…恐怖と戦うための、か細い決意が宿っているように、俺には見えた。

 「途中で行き倒れになるかもしれないが、それでも良いんなら、な」

「あと、ヘビの丸焼きが主食になるかもしれないけど、それでも良いんなら」

俺の言葉に続いて、グレイスがそんなことを言って茶化す。

 シンシアはそれを冗談とでも思ったのか、クスっと笑みを浮かべて頷いた。

「行き倒れでも、ヘビを食べることになっても…ここにいるよりはマシです」

その言葉とともに、彼女が浮かべた笑みは鎮痛の中に消えていく。


 「…もともと、この街にはもう少したくさんの生き残りの人がいたんです」

 シンシアは、そう言って静かに語り始めた。

「コロニーが落着してすぐ…この街は大きな爆発に巻き込まれたみたいになって…
キャンプのある街の西側の一部と、それから北部のこの辺り以外は焼かれてしまいました。でも、それでもずいぶん多く生き残っている人たちがいたんです」

「その人たちは…ミスター・ヒューの言ったように、出て行ったのか?」

「はい、かなり早い段階で、街から非難した人たちはいました。生き残った、半分くらいの人達だと思います。みんな、西へ向かっていきました。残った人たちは、ここよりも被害が少なかった西側の街へ避難して、あのキャンプを作ったんですけど…

 実は、皆さんが使っている建物にも、住んでいる人がいたんです…兵隊さんくらいの歳の男の人も、たくさんいました…でも、でも…」

シンシアは、そういって震える体を両腕で抱きしめる。そして、強張った声を絞り出すようにして言った。

「でも…みんな…死んじゃいました…」

シンシアの言葉に、グレイスが息を飲む音が聞こえた。

 俺も、この街に着いてからアパートを観察していて、ある程度のことは想像していたが…まさか…

「ミスター・ヒューか?」

「はい…みんな、あの人達に…ボブ・ヒュー達に殺されたんです…!」

シンシアは一層体をこわばらせて言った。

カチカチと歯が触れ合う音が漏れも、震える体のガダガダという音すら聞こえてきそうだった。

 そんな様子を見て、グレイスがシンシアの肩をギュッと抱く。それでも俺は…何があったのかを、聞いておきたかった。

「…何があった…?」

「あの人達は…若い男の人達にたくさんの頼みごとをして、それが果たされないと、街の外へ連れ出して、銃で殺して…

 その死体を焼いてしまいました…東側には真っ黒になった人間の死体がたくさんあるのを知ってます。

 同じように焼かれたら、見分けがつかない…」

…その光景を、彼女は見ているのか…

「他の連中は、そんなことを黙って受け入れてたってのか?」

「…そ、そうするしかなかったんです。あのキャンプの食料も銃も、全部ヒューの持っていた倉庫に保管されていたもので…

 その他の食料も、誰かが管理したほうが良いってことになって、ヒューが引き受けることに…」

しかし、その直後、彼女はパッと顔を上げて俺に言った。

「言う事を聞くと…私みたいに、焼け残ったお店の残りを自由にする許可がもらえるんです…」

シンシアの表情は、まるで気が触れたように場違いな笑みに染まっていた。

「私も…勝手に食料を探そうとしたジェニーって子のことを報告したり…赤ちゃん用の粉ミルクを盗んだ人を見つけたり…

 夜に部屋に行って“相手”をすることもあるんですよ。そうすると、こうやって食べたいものを食べさせてもらえるんです」

その笑みが自嘲なのか、それとも自己防衛のためのものなのか、俺には分からなかった。ただ、その気味悪さだけが脳裏に擦る込まれる。

「私、今はみなさんのことを監視するように言われているんですよ。このお店も、そのおかげで好きにして良いって言われて」

シンシアは、嬉々とした表情にも見える奇妙な笑みでそう続けた。

「…俺達のことも、報告するか…?」

思わずそう聞いてしまった俺の言葉に、シンシアは表情をハッとさせてブンブンと首を横に振った。

「もう…イヤなんです…誰かを殺すの…」

一転して沈んだ様子を見せた彼女は、背中を丸めて先ほどとは違う理由で肩を震わせた。

 ヒタリ、ヒタリと、涙が床に零れる微かな音が、薄暗い室内に聞こえる。と、不意に体を起こした彼女は、俺の手に縋り付くように飛びついてきた。

「お願いします…私をここから助けてください…もう、こんなところにはいたくないです…行き倒れでも、ヘビを食べるんでも良いですから…お願いします…お願いします…」

シンシアは、俺の手を握って繰り返し、繰り返し、うわごとのようにそう呟き始める。

 しかし、俺はそんな彼女から視線を外して、グレイスを見つめていた。

 シンシアの肩を抱き寄せて撫でていた彼女は、俺の視線に気付いてこっちをジッと見つめ返し、僅かに首を傾げてみせた。

 そんなグレイスに俺は頷き返して、勤めて穏やかにシンシアに伝えた。

「分かった。逃げるときは必ず連れ出してやる。だから、この街についてもっと教えてくれないか?」





 ミスター・ヒューに用意された小さなランプ二つに入れた火で穏やかに照らされる殺風景な室内の空気は、重苦しく俺達にのしかかっていた。

 「なるほど…恐怖と食欲で支配された街、ね」

一通りの説明を終えると、背もたれを前に抱くようにしてイスに座っているカイルがビーフジャーキーを咥えながらそう呟いた。

「その武装は厄介ですね…いくら素人とは言え、ショットガンにアサルトライフルとなると、私達の拳銃だけでは心もとないです」

アマンダは壁際に腰を下ろし、蓋を開けたまま口に運ぶことも忘れたスキットルを手に言う。

「ああ。カイル、お前、弾はどれくらい残ってる?」

俺はベッドに腰掛け、昼間シンシアと話をした商店からくすねた缶詰のコンビーフを食みつつカイルに訊いてみる。

「マガジン二個三十発と、チャンバーに一発。アマンダ、そっちは?」

カイルは腰のポーチから予備弾倉を一本取り出してみせた。残りの一本は、すでに拳銃に装填されている方だ。

「私は、火を起こすのにずいぶん使っちゃったから…あと、12発…」

カイルに問われたアマンダはようやくスキットルの蓋を閉めて、ホルスターから拳銃を引き抜き弾倉を確かめて報告する。

 それぞれの残段数の報告を終えた二人の視線が、俺に向いた。

「俺は、15発。ポーチは、どこでなくしてきたんだか、だ」

俺のポーチとホルスターは、メルボルンの基地で避難民の誘導をしていた際に付けていたピストルベルトごとどこかへ消えてしまっている。

思い出す限りでは…おそらく、あのシェルターの中だろう。

俺の拳銃は、カイルが乗って来た61式の中に置き去りにされていたものだ。

 三人で、弾は60発に満たない。アサルトライフルのマガジン二本未満だ。

とてもではないが、正攻法の撃ち合いに発展するような事態は避けなければならない。

 非常に難しいかじ取りが必要になってしまった。

 シンシアから話を聞いた俺は、彼女が落ち着くのを待ってアパートへと帰るよう促した。

本当に彼女から聞いた話の通りの場所であればと思うとためらわれたが、だからと言って今の俺達に彼女を保護するだけの力はなかった。

シンシアの話を信じるのなら、俺達が踏み入れたのは救護所でも雨宿りのできる場所でもなく、私欲と無法のエゴにまみれた世界だったようだ。

 この街は、俺達が観察して推測した通りミスター・ヒューを含む三人によって事実上支配されいる様子だった。

 街の大型スーパーを経営し、品物などを保管しておく倉庫を持っているヒュー。

 街の消防士だったという大男、ゴードン。

 そして、雪だるまのような中年女、マギーだ。

 コロニー落着後から街を支配した三人は、今や生存者達を奴隷のように扱っている様子だった。

 シンシアの話によれば、ゴードンは身近に決まった女性を数人囲い、暴力と性欲を思うままに発散しているらしい。

 マギーという女も偏った趣味の持ち主らしく、同じく女を、毎晩代わる代わる部屋に呼びつけているようだった。

 ヒューの方はその手の趣味はないらしいが、それでも“王様”でいることの快感に酔っているらしく、無意味な命令を出しては生存者を従わせ、小さなことを咎めて罰を与えることが日課だと、シンシアは語った。

 もし何か対応を誤れば俺やカイルはたちまち殺され、アマンダにグレイスは…おそらく、シンシア達と同じ運命をたどることになってしまうだろう。

この街のルールに則って命をつなぐには、俺達はヒューの要望通り、無線機を修理して救助を呼ぶほかにないように思われた。


 しかし、そう思うがゆえに、カイルもアマンダも、俺が聞いたシンシアの言葉の意味を汲み取りあぐねていた。

 「無線機が直ったらいけないんです、きっと」

シンシアは、そう言った。

 俺やグレイスがさらに詳しく話を聞こうとしたものの、シンシアはそれ以上を知っているわけではなかった。

ただ首を横に振り

「みんな、そう言ってます」

とつぶやくばかりだったのだ。

 「直らなきゃいい、か…」

カイルが酒瓶に口を付けながらそう呟く。

「なんて言ったっけ…ほら、どこかの街の名前の付いた…」

アマンダがスキットルの蓋を再び開けながら、視線を宙に投げた。

 「ストックホルム症候群…」

不意に声がしたのでみやると、隣の部屋へと続くドアを後ろ手に閉じるグレイスの姿があった。

「グレイス?」

彼女の言葉が聞き取れず、俺は思わず名を呼んでしまう。

しかし、そんな俺のことは意に介さず

「ニコラとテレンスは?」

とカイルが彼女に尋ねた。

「寝てくれました。二人ともお腹いっぱい食べられて安心しているみたいです」

「そうか…“夜泣き”もなくなってくれると助かるんだがな…」

「ありがとう、グレイス」

グレイスの言葉に、カイルとアマンダが思い思いの言葉を投げかける。

 確かにカイルが言うように、ニコラの夜泣きやテレンスの徘徊は収まってくれる方がありがたいし、アマンダの言葉通りグレイスに感謝を伝えるのは必要なことだが…

「グレイス、今、なにか言ったよな?」

改めて俺が尋ねると、グレイスはコクッとうなずいて

「ストックホルム症候群です」

と、寝入ったニコラとテレンスに配慮してか、押しこもった声色で言った。

「あぁ…あの、銀行強盗と人質の間に妙な絆が生まれた、ってやつか」

「はい」

カイルの言葉にグレイスはうなずき、そして俺に視線を向けた。

「あのときのシンシアの様子…おかしいと思いませんでしたか?」

グレイスの言葉に、俺はすぐに思い当たった。

 シンシアは、自分の窮状を訴えながらも、“食べさせてもらえる”と口にした。

グレイスに尋ねられるまでもなく、気がかりな発言ではあった。

「確かに…褒美をもらえることはうれしい、って感じだったな」

俺はそのときの手ごたえを思い出して答える。

「はい。もしかしたら、シンシアは逃げ出したいって思って居る一方で、無線機が直ってこの街に救助が来ることを望んでいないのかもしれません…ミスター・ヒュー達の立場を思って」

グレイスの言葉に、俺はあのときのことをもう一度思い出す。

そして、俺の脳裏によみがえったのは、商店で初めてシンシアを見つけたときのことだった。


「だが、シンシアがここを抜け出したいって気持ちは本心ではあると思う。それに…あの子は俺達に見つかったときに取り乱して謝っていただろう?」

「ええ、そうでした」

「告げ口された連中がどうなったのか…想像の余地を出ないが、シンシアがそのことに後ろ暗い思いを抱いているんじゃないかと、俺は思う」

そこに、俺とグレイスの会話にアマンダが割って入って

「でも、だからって完全に私達の味方と決めつけるのはどうなんでしょう?」

と疑問を呈した。

「こんな状況で、しかも、この街は普通じゃない。そこで生活している人を普通の感性で測るのは危険だと思います」

「…そうだな…俺も、あまり信用はおけないように思う」

アマンダの言葉に、カイルが同意した。

 俺が見て、そして感じたシンシアは…あの笑みは、アマンダの言うように普通ではなかった。

カイル達が心配するように…シンシアの今後の行動は、やはり明らかではないように、俺にも感じられてくる。

状況が状況だ…いっぽ間違って、俺達がこの街の真相を知って対策を立てようとしている、などと話が漏れれば、闇討ちを掛けられる可能性もある。

こっちは俺達三人、60発弱の拳銃しかない。そして、グレイスとニコラ、テレンスを守りながら戦うことになる…少なくとも、そうなってしまうことだけは避けたかった。

「…それなら、シンシアについては慎重に対応しよう…こっちの本音はなるべく避けて、場合によっては欺瞞情報を流してヒュー達の行動を観察する」

そう提案すると、三人はそろってうなずいた。

 かすかに重苦しかった部屋の空気が、差し当たっての対応が決まったことで、かすかに緩んだ気がした。

 「無線機の修理、ね…まったく、厄介なことを依頼されたもんだ」

そんな雰囲気のせいか、カイルが気の抜けたような声色で、そう口にした。

 だが、俺はそんな何気ない言葉にふと疑問が浮かぶ。

さっきグレイスは、この街のヒュー達のためには、無線機が直らない方がいいのかもしれない、と言った。

 しかし、考えてみればその無線機の修理を依頼してきたのはほかならぬヒュー本人だ。

 ヒュー自身がそれを望んでおきながら、シンシアは直らない方がいい、と言う。

 シンシアの言葉は…グレイスの言うように、ストックホルム症候群によるものなのか…?

もし仮にストックホルム症候群のような状況に陥っているのなら、ヒューと同じく無線機が直ることを望むはずだ。

そしてそれはここにいる生存者達にとっても希望になり得るだろう。

それを拒む理由が、どこかにあるってのか…?

 そんなことを考え出したとき、不意にギィッと木製のドアがきしんで、隣の寝室からテレンスが姿を現した。

 カイルとアマンダの、やや疲労したため息が微かに聞こえる。
 


「皆さん、まだ起きてたんですね」

テレンスは、眠そうな目をこすりながら俺達にそう言ってくる。

「ああ、俺達もぼちぼち寝ようと思って居たところだ」

カイルの言葉にテレンスは

「そうだったんですか」

と返事を返してから部屋中を見まわし

「お父さんとお母さん、どこ行っちゃったんですか?」

と呆けた声色で尋ねて来た。

 これが、ここにたどり着いてからのテレンスだ。

記憶が混乱しているのか、それとも精神的に限界に来て現実がきちんと認識できなくなったのか、毎夜起きてきてはこんなことを口走る。

「あぁ、まだ仕事から帰らないみたいだな。あとで電話して、いつ帰れるか聞いておくよ」

カイルがそう話を合わせると、テレンスは眉間にしわを寄せて

「そうですか…ニコラがうなされているから、お母さんの子守歌を聞かせてあげたいなって思ったんですけどぉ…」

と、深刻な様子で言った。

 「…テレンス、今日は何時になるかわからないから、代わりに私が行って歌ってあげるよ」

そんなテレンスを見かねたのか、アマンダがそう言って立ち上がる。

「はい、お願いしますぅ」

テレンスはアマンダの言葉にそう言って笑顔を浮かべると、彼女に背中を押されて再び寝室の中へと消えて行った。

 バタン、とドアが閉まるのと同時に、俺もカイルもグレイスもため息を漏らす。

別に、テレンスのあの状態が重荷だと思っているわけではない。

いや、確かにつらくはあるが…それ以上に、あんな小さな体と心で、この状況を生き抜くために幻想まで抱いている彼の心持ちを思うと、胸が痛まずにはいられなかった。

 「…とにかく、私達も休みましょう」

グレイスの提案に、俺はもう一度ため息を吐いてカイルを見やる。

カイルも大きくはぁっと息を吐いて、俺にかぶりを振って見せた。

「今日の見張りは俺の当番だ…明け方起こすから、頼むぞ」

「ああ」

俺はそうとだけ返事を返し、腰掛けていたベッドに身を横たえる。

 カイルが操作したのだろう、ランプの明かりが急速にくらくなって、部屋は寝るにはちょうど良い暗がりになった。

俺だって、目を閉じればあの光景がいまだに目に浮かぶ。

だが…それでも俺は、眠らないわけにはいかなかった。

メルボルンから連れ出したグレイス達三人を無事に安全な場所へ届けなければという思いが、今の俺にとっての唯一の支えであることに、変わりなかったのだ。


 


つづく。
 

仕事がアレのアレでほんとに書く暇がなく…申し訳ない…
スレは落とさせはしない…!
投げ出したりしない…!
手抜きになっても、文が荒れていても!

とにかくエタらずに書ききります…
長い目で見守ってくださいm(_ _)m


みんながんばれ
>>1もリアルがんばれ
でもシンシアは告げ口は頑張らなくていいぞ

続きが来るならいつまでも待つさ



最悪のタイミングで保守ってしまった。恥ずかしい。

重いなあ。裸足のゲンを彷彿とさせる重さだなあ。
子供達の言動が少しだけ異常なのもリアルな狂気を感じる。
ここには僕らのヒーロー、ジャスティスマライアはいないんだ…

保守!がてらになって申し訳ないけど、レスありがとうです!

>>128
シンシアの様子は不審ですよね…

>>130
お待たせしてすみません&感謝!
月一以上のペースでの鈍行運転になりそうです…

>>131
保守感謝!でも、たぶんスレ主のレスじゃないと保守にならない形態だったような…w
ジャスティスマライア…もしかしたら助けに来てくれるかもしれない…!

あげちゃったorz

保守

保守…orz


 翌日の昼過ぎ、俺はグレイスとともに、再び空港の管制室を訪れていた。

 午前中に俺達のところを尋ねて来たヒューが、街から集めた電線やら家電のコードなどを山ほど届けに来た。やはり、いやが応にも修理に取り組まないわけにはいかない。

 俺はグレイスと手分けをして、黒く煤けた管制室で、焼け残った機器を分解しては、溶けた基盤から使えそうな部品をはぎ取っていた。

 正直に言えば、それらが何の部品課なのかを知っているわけではない。ただ、順調な様子をアピールするための偽装工作に過ぎなかった。

 「でも、どうしましょうね…」

グレイスが、部品を取り終えた基盤をまとめながら俺にそう投げ掛けてくる。

「今はこれでごまかしが効くかもしれないが、ゆくゆくは何らかの形を示さなきゃならないだろうな…」

「そうですよね…あぁ、私、もう少し工学の授業をちゃんと受けておくんでした…」

俺の言葉に、グレイスが不安気な表情で肩を落とす。
「俺も、もう少しマジメに工兵科の訓練を受けておくんだったよ」

そういって肩をすくめてみせると、グレイスは沈んだ表情を微かな笑みに変えてくれた。

 逃げ出す算段も付かない。無線の修理もどうなるか分からない。街の治安回復を図るには、戦力が不安だ。今の俺達には、取り得る選択肢がない。なんとなく息が詰まってしまいそうな心持ちが続いていた。

 「やっぱり、無線の修理は難しいんでしょうか?」

「…受信機能だけなら、もしかしたら何とかできるかもしれないが…確証はないな」

「それなら、とりあえず受信機能だけでも復帰させてみるのはどうでしょう?受信ができれば、送信もそのうちできるって考えると思いますし、そうなったら時間を稼げるかもしれません」

グレイスのアイデアに、俺は作業の手を止めて考える。

 もし仮にそうしたとして…そのあとはどうする?時間を稼いでも、俺達にはこの街から逃げる手立てはない。いや、ここへ来たように歩いて逃げるという手もあるが、ここ数日は天候も改善傾向にある。もし中部の真ん中で太陽が照りはじめれば、たちまち干からびてしまうだろう。

 もし逃げるのでなければ…やはり、この街の治安を回復するしかない。ヒュー達を拘束し、食料を俺達が管理する。緊急事態宣言が解除されていなければ、俺達にも逮捕権があるから法的にも問題はないはずだ。

 問題は、相応の抵抗が予想されることだ。ライフルやショットガンを使わせないよう、周到に準備して一挙に制圧する必要がある…俺と、カイルとアマンダの三人で、だ。

 どちらも現実的ではないが…しいて言うなら、後者の方が先のことの見込みは立てられる、か…

「時間を稼いで…その期間を使ってヒュー達の動向を把握し、隙を見て、逮捕する…か」

「できそうですか…?」

グレイスの質問に、俺は首を横に振る。この考えには、こっちのリスクは計算されていない。もし俺達がしくじれば、グレイスにニコラにテレンスがこの街で取り残されることになる。

「どちらかにしなければならないんなら、そうする方が良いってだけの話だ。俺にカイルとアマンダだけじゃ、よほどうまくやらない限りは現実的じゃない。今はとにかく、カイルとアマンダが何か良いものをみつけてくれるのを待つのが一番だ」

リスクの話はせず、俺はそう言って自分の案を否定した。無用に怖がらせたくはない…いや、グレイスはおそらくそのリスクがあることも承知だろう。それでもグレイスは、そのことには言及しなかった。

 俺達の役割は、とにかく時間を稼ぐこと。そして、街の探索を続けているカイルとアマンダが、俺達に有利に働く“何か”を見つけてくれることを待つ。

「そうですね…」

グレイスはそうとだけ言って頷き、中断していた基盤の分解へと戻る。

 その表情は、微かに憂いを帯びているような、そんな気がした。

  そんなとき、コツコツとこの管制室に続いている階段を登ってくる足音が聞こえた。

 グレイスが顔を上げ、俺を見やる。俺はグレイスに頷いて見せ、さも、真剣に作業をしている体を装った。

 ほどなくして管制室に姿を見せたのは、やはり、シンシアだった。


 「こんにちは…」

シンシアは、俺達の顔色を探るように、そう挨拶をしてくる。

「あぁ、シンシア。今日も来るのかな、って思ってたところだよ」

グレイスが突然そんなことを言って、俺に肩をすくめた。こっちが警戒しているのを悟らせるわけにはいかない…か。

 「あれからは大丈夫だったか?」

俺も、さもシンシアを案じていたようにそう聞いてみる。いや、本当に彼女の身を案じていなかったわけではないが…

 俺の言葉を聞いたシンシアは、力のない笑顔を浮かべてみせた。

「はい、昨日は呼び出しもありませんでしたし、平気です」

「そっか。それなら良かった」

 グレイスのそんな相槌を聞いて、シンシアはその笑みをうっすらと苦笑いに変える。

 そんな様子を不思議に思いつつ、俺は“作業”に戻った。

 すると、そんな様子を見咎めるように、シンシアが口を開く。

「あの…」

俺は作業の手を止めて顔をあげた。グレイスも、焼け残った基盤を手に、シンシアを見つめる。

「…あの、私に何か、できることありませんか?」

シンシアは、戸惑いに掠れそうな声色でそう言った。その表情は、不安におびえているようにも見える。

 「手伝うように言われたのか?」

俺は、無意識にそう尋ねてしまう。グレイスが何かを言いたげに俺に視線を送ってきたが、シンシアは少し体をこわばらせて

「いいえ…でも、連れて行ってもらいたいから、だから…お手伝いを…」

と言い募る。

 「手伝ってることがバレても大丈夫なの?」

シンシアの言葉に、今度はグレイスが尋ねる。

「うん…どうやって見張るかは、私次第だから…」

そう言ったシンシアは、キュッと身を縮こまらせた。

「…ね、アレックスさん。何かやってもらえそうなこと、あるかな?」

俺は一瞬、グレイスの言葉の意味を考える。

 …もし、シンシアが俺達を探る目的でここに来ているのだとしたら、ここで断ってしまえば、何かを隠している、と勘繰られる可能性がある。

 適当な役割を与えて、俺達の意図を誤魔化すことは必要…か。

 グレイスがそう考えたかどうかは分からないが、俺は彼女の意味ありげな言葉を聞いて、そう判断した。

「そうだな…ドライバーは使えるか?できるなら、そっちのパネルをドライバーとバールでこじ開けて、中の基盤を取り出してほしいんだ」

俺は、シンシアが寄りかかっていた壁に張り付いていた配電盤のような金属の箱を指さして言う。するとシンシアは、微かな笑みを浮かべたように、俺には見えた。

「はい…無線を作るのに使う…んですよね?」

「あぁ、そうだ。ミスター・ヒューの頼みごとには応じておかないとマズイんだろう?」

俺の言葉に、シンシアはコクリと頷いて、床に放ってあったドライバーを拾い上げ、箱のネジに突き立てはじめた。

 その疲れた顔には、やはり微かな笑みが見て取れる。

 俺にはそれが、やはり奇妙な感覚に思えて仕方なかった。

 そんなシンシアを横目に、俺はとにかく管制装置から取り出した基盤から、それらしいパーツを剥がし取る作業を続けた。

 こんな時間稼ぎがどれほど持続するかは分からないが…だが、とにかく、それっぽく見えるように振る舞っておかなければ。


 「シンシア、この街で電源の確保はできそうか?」

「えっ…電気、ですか?」

「ああ。広域に無線電波を飛ばすには、それなりの電力が必要なんだ。なるべくでかい出力を確保しておきたい」

それがなければ発信はできない、などとは決して言わない。

 シンシアは、拾い上げたバールを胸に抱えるようにして

「…わかりません…ヒューの倉庫には、電池なんかはあると思いますけど…発電機の類は、みたことありません」

と肩を落とす。

 それを聞いて、俺はため息を吐いてみせた。

「そうか…それならやっぱり、電気については後回しにするしかないな。まずは回路をなんとかしないと…」

「その…回路は、作れるんですか?」

「あぁ。パーツ集めには時間が掛かりそうだが、生きている部品さえそろえば、無線機の回路はそう複雑じゃない」

もしミスター・ヒューに報告されるのなら…

俺はそれを想定して、シンシアにそう説明をした。

シンシアは、その話を聞くや、急に顔つきを難しそうに変えた。

「も、もし…無線機が作れるとして…逃げ出すのは、いつですか?」

「…それはまだ、計画中だ。できれば、無線機を引き渡した直後くらいがいいと思うんだが、まだ、方法が見つけられてない…」

「エレカでもあればいいんだけどね…」

俺の言葉に、グレイスもふと話を合わせてくる。

「エレカ、ですか…」

俺とグレイスの会話の裏に気付いた様子のないシンシアは、作業の手を休めて、そう宙を見据えて考え込む。

 シンシアとあの商店で別れたあと、俺とグレイスは本来の目的だった探索も行った。無線機に相当するものはみつからなかったし、エレカなんてのも、形は留めていても、機関部は黒く焼け焦げてしまっているものばかりだった。多少は期待をしてもみたが、結局、生きた無線もエレカも見つけることはできなかった。

 もしかすると、街の焼け残ったあの場所に詳しそうだったシンシアなら、何か心当たりがあるのではないか…

 俺は、ふとそんなことを思ってシンシアの言葉を待つ。

 しかし彼女は、力なく首を振った。

 「ごめんなさい…私の知っている地区では、動きそうなものは見たことありません…」

彼女の顔は、落ち込んだ様子だ。

 「そっか…」

グレイスも、分かっていたはずだが、そう言って肩を落とす。

「まぁ、そう都合良くはいかない。この無線機を直して、救助要請をする方が、おそらく現実的だろう」

俺は、それもまた現実的なんかではないことを承知の上で、シンシアにそう聞かせた。

するとシンシアも神妙そうにうなずき、止めてた作業の手を再び動かし始めた。

 それを確かめ、グレイスと視線を合わせてから、俺も俺の作業へと意識を向けた。

 そんなときだった。

 パタパタと軽快な足音が聞こえてきたかと思ったら、管制室にテレンスが飛び込んできた。

「アンテナの材料、持ってきたですよ!」

テレンスは高々とそういうなり、持っていた何かを両手で掲げてみせた。
 


 「テレンス、それ、なあに?」

グレイスがテレンスにそう声を掛けつつ、傍らに現れたカイルに視線を送った。

 カイルは、グレイスとテレンスのやりとりを聞いて、呆れ顔で肩をすくめている。

「…なんでも、周波数操作は、無線機に組み込むようなコイルより、アンテナそのものに組み込む方が、より共振が得られる…だそうだ」

その言葉の意味を理解するよりも早く、テレンスが

「そうなんですよぉ!デジタル無線みたいに範囲の狭い周波数を、小さなコイルで捕まえるのは大変なんです!」

と主張する。

 「な、なに言ってるの、テレンス…?」

グレイスが作業の手を止めて、テレンスにそう問いかけた。するとテレンスは不思議そうに首をかしげながら

「なに、って…無線機を作る話じゃなんですか?」

と、いかにも不思議そうな表情でグレイスに聞き返した。

 俺は、いや、俺以外の誰しもが、一瞬、固まった。これは…テレンスがいよいよ、眠る間際以外の時間もおかしくなりはじめているのか…それとも…

 「お、おい、テレンス」

「はい?」

「お前、無線に詳しいのか?」

「んー、詳しいってほどではないですけど、僕は電子工学専門です!」

で、電子工学…専門?まさか、テレンスはまだ○歳だと言ってたはずだ。そんな子が専攻のある学科に通っているなんてことがあるのか?

 俺は、そう思ってグレイスを見やる。

 グレイスは、テレンスの言葉に目をパチクリさせていた。

 「…まぁ、とにかく…テレンスの考えを聞いてみようじゃないか」

そんな俺達の様子を見て、カイルがシンシアをチラっとみやり、言葉を選んでそうテレンスを促した。

「あ…あぁ、そうだな。テレンス、どうするのがベストだと思う?」

俺も気持ちを持ち直してテレンスにそう投げ掛けた。

 シンシアの視線を意識することを忘れるわけにはいかない。

 俺の言葉にテレンスは、ほんのわずかに考える素振りを見せてから、俺とグレイスが掘りだしたパーツの山を漁り始める。

「モデムがあると良いんですけどねぇ…カイルさん、連邦軍の無線の変調方式知ってますか?」

「…ん……い、いや…」

テレンスにそう尋ねられたカイルは、鈍く反応して首を横に振る。

 変調…ってのは、音声を電気信号に変換することで…いくつかの種類がある…俺が兵学校で習ったのは、その程度だ。無論、同期だったカイルも同じだ。

 「そうですか…どうしようかなぁ、これはFSKの変調器で…あ、これ、SS変調器かな?ね、アレックスさん、どれが良いと思いますか?」

テレンスが、パーツの山の中からいくつかを選び出して、俺の方に並べてみせる。

「……ええっと…これが…」

「FSK変調が良いですか?でも、あんまり遠くの通信は拾えないですよ…?」

「…そ、そうだな…」

「SS変調か、OFDMの方が遠くまで届きますけど…OFDMは、作り方が難しくて、僕は分かりません」

テレンスは、そんな聞き慣れない単語を並べてから、俺の顔を見つめてきた。

 俺は…なぜか冷や汗をかきながら、テレンスに頷いてみせる。
 


「お、オーエフディーエムは、機材も足りないかも知れないな…」

OFDM、というアルファベットの文字列が、いったい何の頭文字から来ているのか想像すらできないが、とりあえず難しいものだという認識の元に、何とか話し叱責以外の関わりで、話を合わせる。

「そうですね。でもSS変調は種類がいっぱいあるので…これ、たぶん、FHSSの方かなぁ…どう思います?」

そのことを知ってか知らずか、テレンスはとにかく、俺とカイルの意見を求めてくる。嫌な汗が噴き出て来る。

「も、もっと単純な構造の物の方が良いかもしれないな…」

カイルも、シンシアの様子を見ながら、当たり障りのない返答をして、テレンスに言う。すると、それを聞いたテレンスは、ポンと手を叩いて言った。

「じゃぁ、VHFかUHFですね。古い形式ですけど、今でも航空無線とか消防隊とかが、デジタル通信の予備で使ってるんですよ」

「UHF…」

それなら、聞いたことがある。訓練の際に、小隊間の近距離用簡易無線として使っていた小型の無線機が、そのタイプの電波を使っていたはずだ…

「パーツは、足りる?」

「これとこれは、UHFのモジュールですから、たぶん大丈夫です」

グレイスの問いかけに、テレンスが山の中から、また別のパーツを二つ取り出して掲げてみせる。

「よ、よし…それなら…テレンスにも無線機の復旧を手伝ってもらうか」

俺は、カイルとグレイスに視線を送りつつ、そう言う。二人はコクコクと小さくうなずき、俺の言葉を聞いたテレンスは、

「やりますぅ」

と、相変わらず気の抜けた声で意気込んで見せた。


 




 「へぇ、テレンスが?」

その日の夕方、周囲の探索から戻ったアマンダに、昼間のことの次第を説明すると、単純にそう感嘆をあげた。

 管制室から持ってきた板に配線や

 だが、俺もおそらくカイルも、その反応が微妙におもしろくなかった。

「大変だったんだ、口裏合わせるの」

俺がため息を吐いて言ってカイルを見やると、彼は肩を竦めてアマンダを見やった。

 「テレンスは、まだ状況をうまく受け止められてませんから…」

グレイスが苦笑いで、そんな俺達をなだめるように口にする。

 俺達のやり取りを見たアマンダは、昼間の様子をなんとなく察してくれたようで

「…想像は、つきますけど…」

と曖昧な笑みを浮かべ、

「それでも、受信器くらいは作れそうな感じなんですよね?」

と、端的な情報を確認してくる。

 その質問に、俺はカイルとグレイスと視線を合わせた。二人も同じようにそれぞれの顔を見やる。

「え、どうしたんですか?できそうもないんですか?」

アマンダが、急に怪訝な表情になって矢継ぎ早に問いかけてくる。

 そんなアマンダに、俺は首を横に振ってこたえた。

「できないどころか…ほぼ完成した」

「えぇ!?」

アマンダは、ガタンとイスを蹴って立ち上がった。

 アマンダが驚くのも当然だろう。俺だって、驚いたんだ。

 あれからテレンスは、焼け残った木の板に瓦礫から掘り出した炭の欠片で設計図を描いた。

 そして、その通りに配線をつなぎ、スピーカーなんかの足りない部品もテレンスの指示でコイルを巻き、磁石を使って再現し、ヒューからの物資に入っていた乾電池を直列で三つ
、その回路に接続したら、だ。

 「普通に、音が出た…空電ノイズだがな」

カイルがお手上げだとでも言いたそうに、両手を掲げてそう告げる。

「テレンスの話だと、周波数のチューニングをする装置はアンテナ側に設けた方が感度が良いそうなので、明日、あの管制塔の上に設置しようという話になりました」

「あとは、受信器のデモジュラー…テレンスは復調器、とかって言っていたが、とにかくそいつが、電波情報を音声に変換できるタイプの電波を捕まえられさえすれば、少なくとも受信は問題なくできるようだ」

俺がアマンダにそう説明をすると、アマンダは、はぁ、と感嘆して、イスに腰掛け直そうとして、倒れていたイスに気付かず、盛大に尻餅をついて小さな悲鳴を上げる。

 アマンダがあっけにとられるのも当然だ。それを目の当たりにした俺やグレイス、カイルは、しばらくテレンスが正気なのかを本気で疑っていたくらいだ。

 だが、回路の図面を描き、実際に配線で部品やいくつかの装置をつなげるテレンスは非常に理論的で、少なくとも妄想や幻想の類の、支離滅裂な印象は受けなかった。

 おそらく…本当にテレンスは、あの手の機器については、大人顔負けの知識を持っているようだった。

 「それで、かな。今日は良く寝てますもんね」

アマンダがそう言って、テレンスとニコラが寝ている寝室の方を見やる。

 ドアは開けたままになっていて、その薄暗い部屋の中から、テレンスの穏やかな寝息と、ニコラの寝苦しそうな呻き声が聞こえていた。
 


 「ちょっと、ニコラの様子、見てきますね」

グレイスがそう言ってソファーから立ち上がる。

「すまないな、グレイス」

世話になりっぱなしの彼女に、それでも俺達は頼らざるを得なかった。しかし当のグレイスは、穏やかな笑顔を浮かべて

「いいえ」

とかぶりを振って、微かな足音をさせながら、寝室へと姿を消した。

 それを確かめたカイルも、大きく伸びをする。

「さて…俺達も休むか」

「そうだな。見張りは…今夜は俺から、か」

「代わりましょうか、曹長?」

「いや、大丈夫だ」

俺はアマンダの申し出を断って、拳銃のスライドを引き、チャンパーに弾が装填されていることを確かめてから、セーフティを掛けた。

 それから、カイルが座っていたソファーに腰掛けた。ベッドの方へと移動したカイルが放ってくれたブランケットを膝に掛け、柔らかなソガーのクッションにゆったりと身を預ける。

 アマンダが、部屋を照らしていた手動充電式のバッテリーランタンの明りを落とした。

 部屋中が一気に暗くなり、一瞬視界が奪われた後に、防寒用にと張った窓ガラス代わりの透明なビニールシート越しの月明かりで、うっすらと室内の景色が浮かび上がった。

 俺は、ソファーの感触を確かめながら、大きくため息を吐く。

 日中から無意識に力が入っていた肩から、ゆっくりと力が抜けて行くのを感じた。

 それから、しばらく。

 ほんの数分か、それとも一時間ほどか、静寂に包まれていた部屋にカイルとアマンダの寝息が響いてきた。半分意識を覚醒させなががら、一方で遠くの方でそれを聞いている、奇妙な感覚だった。

 ふと、そんなとき。

 遠い意識のかなたで、俺は何かを聞いた。

 音、音だ。上空を、ジェット戦闘機が飛んでいるかのような、腹の底に響いいてくる空気を切り裂く轟音と、耳をつんざくエンジンの高音とが混じったような音だ。

―――まさか…偵察機か?

 俺はハッとして、ソファーから立ち上がり窓の外を見上げた。

 そこには、夜空を星のように跳びぬける飛行機のアンチコリジョンライトは見えなかった。

 代わりにそこには、真っ赤に染まる、コロニーの前面部が広がっている。

 空気を切り裂き、地鳴りを轟かせ、コロニーがこの街へと落ちてくる。

 心臓が止まり、背筋がすくみ上った。
 


―――ジオンのやつら、別のコロニーを!?

 俺は、もう動くことすらままならなかった。逃げなくては、と思えど、手も足も、声を上げる喉すら動かない。

 ただその場で、迫りくる絶対的な恐怖に押しつぶされるのを待つことしかできなかった。

 「……!!!」

俺は、呼吸が苦しくなって、目を見開いた。

 目に映ったのは、眠る直前に見た部屋のまま。迫りくるコロニーの赤熱した色ではない、冷たく穏やかな、月の光に包まれた光景だった。

 「………夢か…」

俺は、いつのまにか乱れていた呼吸を整えよう、大きく深呼吸して、首筋に掻いた汗をぬぐう。

 テレンスやニコラばかりがやられているわけではない…俺も、おそらくはカイルもアマンダも同じ、か…余裕があるように見えるグレイスすら、同じかもしれないんだから…

 俺はそんなことを思いながら、渇いた喉を潤そうとソファーから立ち上がろうと、足に力を込めた。

 その瞬間。

 何か、冷たいものが俺の喉元に押し当てられた。

 そして、耳元で小さく囁く声が聞こえる。

「動くな」

掠れた、しかしそれでも鋭い、女の声だった。


 


つづく。


やはり、あれです。
幼女とトロールや、カリフォルニアの雪のせいで、長文化しないと投稿しちゃいけない病から抜け出せていなかったようで。
思えばアヤレナの頃は、ワンシーンを小出しにするペースだったよなぁ。

ということで、もしかしたら更新ペースアップかもです。

よろしくお願いします。

まずった。
テレンスは、10歳です…

レス超感謝!
こんなに間が空いているのに読んでいただける人がいるなんて…
こんなにうれしいことはないっ…!

つづきです。

…と思ったら、USBが壊れた…orz
バックアップ、取りに戻るので、土曜中にはアップします…T_T

お、乙……?

??「キャタ!こいつをガンダムの記憶回路に取り付けろ。すごいぞぉ、USBの反応速度は数倍に跳ね上がる!」


酸素は足りてる。

>>155
酸素足りてない口ぶりwwwwww

お待たせしました、あんまり長くはないですが、続きです。


 何か、冷たいものが俺の喉元に押し当てられた。

 そして、耳元で小さく囁く声が聞こえる。

「動くな」

掠れた、しかしそれでも鋭い、女の声だった。

―――しまった…!ヒューの差し金か…!?

 俺は、咄嗟にそう感じて、握っていた拳銃を腰の後ろに隠す。

 見れば、暗がりの中にも2人、人影が立っているのが見える。それぞれ、寝入っているカイルとアマンダの傍で、二人が目を覚ました際に制圧する準備をしているようだ。

―――抵抗は…無理か…

 その状況では、二人はすでに人質にとられているも同然だった。それを認めた俺は、ひとまず、努めて落ち着き、声の主に尋ねた。

「誰だ…?」

だが、その質問に声の主は答えず、

「無線機はどこだ?」

と、端的に要求を突き付けてきた。

―――無線機が、狙いか…

「ここにはない。だが、まだ完成もしていないぞ?」

俺が言うと、女は首筋に当てている冷たい何かに力を込めた。

「嘘を吐いても無駄よ。通信を傍受できる状態だってことは、分かってる」

女のその言葉に、俺は瞬間、思考を走らせる。

 その情報を知っているのは、俺達以外では、空電ノイズの音がした場面に居合わせたシンシアだけ…

 シンシアが無線修復の進捗を報告していたことになる。

 やはりシンシアは…あのヒュー達と連帯意識があるのか、もしくは、善も悪も分からないほどに混乱しているのだろう…

 だが、俺はすぐにそんな思考を頭の隅から追い出した。

 今は、俺達の身の安全を守らなればならない…

 「嘘じゃない。空電ノイズは出たが…それはスピーカーに電源が入っただけで、電波の受信機能が生き返ったのとは違う」

俺の言葉に、背後の女が、微かに動揺する気配が伝わってきた。

 カイルとアマンダの傍にいる二人も、微かに落ち着かない様子を見せて、俺の背後にいる人物に視線を送っている様子が窺える。

 「どうする…?」

二人のうち、カイルの方にいた一人がそう言葉を発した。こっちも女の声だ。

「…どちらにしても、無線機があるのはまずい」

俺の背後の女がそう答えた。

―――まずい…?

 俺は、その言葉に引っかかった。無線機の修理は、ヒューから依頼があったんだ。あってはまずいものの修理を依頼するなんてことがあるのか…?

 頭の中でその疑問の答えを探す。屁理屈をこねればいくらでも理由は思い浮かぶが、現実的に筋が通るかと考えると、どれもしっくりこないように感じる。

 「で、でも…じゃぁ、どうするの?」

不意に、今度はアマンダの傍にいるもう一人が弱々しい声色でそう意見した。こちらも、やはり女の声…

「決まってるでしょ、無線機は壊さないと…それを修理できるこの人達も、始末する…」

「だけど!そんなことしたらヒューの奴が黙ってないよ…!?」

「で、でも……くっ…」

アマンダの傍の女に言われ、背後の女がさらに動揺している。


 事情は呑み込めないが…こいつら、計画を立てて俺達のところへ来たってわけではないのか…?

 俺は、三人の会話を聞いて、ふと、そんなことに思い至った。

 無線があるとまずい。俺達がここにいることも好まず、しかし俺達に始末をつけると、まずい…

 「おい、一つ聞いて良いか?」

俺は、三人がつぶさに緊張するのを感じながら、そう言葉を発した。

 首筋に充てられた何かが首に押し当てられる力は強くなるが、それでも、まだ、皮膚が切り裂かれるようなことにはなる気配はなかった。

「ヒューとは、別口なのか?」

俺のその問いへの答えは、至極単純だった。

「あんなやつらと一緒にするな」

背後の女が、呻くような声色で言う。

 だが、待て…あまりうかつなことをしゃべりすぎるのもまずい…

俺達を試す、ヒューの罠ではないか、そんな疑念が俺の中に生まれて、次の言葉を思いとどまらせる。

 一呼吸おいて、俺は頭の中を整理し、言葉を言い換えて彼女たちに伝える。

「事情は良く分からないが、協力できることがあるのなら、なんでもする」

「ほ、本当!?そ、それなら…!」

「黙って、ニッキー!」

俺の言葉を聞き、何かを言いかけた弱々しい声色の方の女に、俺の背後の女が声をあげて制止する。

「でも、マーサ…この人達を簡単に殺すわけには…」

「分かってる…!」

緩み掛かった首筋の何かに再び力がこもるのが感じられた。

「軍人さん…この街から出て行ってくれない?」

…やはり、どうやら事前の密な打ち合わせがあってここへ来たのではないらしい…

「俺達は軍人だ…困ってる人がいるなら、助けになる義務がある」

しかし、あくまで俺の答えは“どちらにも取れる”回答だ。

「ね、ねぇ、マーサ…助けてもらう方が良いって」

「ミキの言うとおりだよ…」

カイルとアマンダの傍にいる二人が、口々にそう主張する。俺の背後の女がさらに激しく動揺した。

 重苦しい沈黙が、室内を包み込む。

 だが、それもほんの一瞬だった。

 不意に、ギィッと音が聞こえて、三人のどれとも異なる女性の声が、室内に低く響いた。

「動くなっ!」

三人の女達全員が、瞬間的に身体をビクリと震わせる。俺は、その瞬間を見逃さなかった。

 首筋に何かを押し当てている背後の女性の手首をつかみ、力任せに前方へ投げを打つ。女性の体は軽く、想像した以上に簡単に、彼女は俺の目の前にドシン、と腰を打ち据えた。

 俺はすぐさまその首に腕を回し、こめかみに銃口を突きつける。

「動くな、抵抗すれば、発砲する」

俺のその言葉を待っていたように、

「お前らも、動くなよ」

と、カイルの声が部屋に響く。と、ベッドに寝転んでいたカイルとアマンダが、二人の女性に銃を突きつけながら立ち上がった。


 俺は、それを確かめて一息、ふうとため息を吐く。

 どうやら二人とも、どこかのタイミングで眼を覚ましていたようだった。

 俺は、二人が確実に女性たちを制圧したことを確かめてから、このきっかけを作った俺達の中で最も機転の効く策謀家に、感謝の言葉を伝える。

「助かった、グレイス」

俺が頭を振ると、そこには、隣の寝室のドアを開け、女たちの注意を引くための第一声をあげてくれた、グレイスの、ホッとした表情が見えた。


 



 
 「それで…あんた達は、なんなんだ?」

形成が逆転した今、今度は質問するのはこちらの番だった。

 俺にカイル、アマンダとグレイスの四人で、部屋に踏み込んできた三人を取り囲んみ、電池式ランプを微かに灯らせて、それぞれの顔を確認する。

 俺の首に、裂けた鉄板の破片をナイフのようにしたものを突き付けていたマーサは、俺やカイルと同い年くらいか、やや年上に見える暗い色の髪と瞳をした細身の女性だった。

 三人のリーダー格と思われ、彼女は俺から視線を逸らし、口を真一文字に結んでいる。

 仕方なしに、俺は別の一人へと質問を投げかける。

「いったい、何が目的だった?」

カイルの制圧を担当していたミキは、若く小柄な極東アジア系の女性で、こちらも背中を丸めてはいるものの、マーサと同じように、口をつぐんで視線もあわさない。

アジア系の人間のそんな頑なな様子は、あまり追い詰めると自決でもしてしまうのではないかとすら感じる。

 それならば…と、俺は最後の一人、アマンダの制圧を担当していたニッキーに目を向ける。彼女は、声色から想像できたように、他の2人に比べても一段と幼く、そしてこの状況に怯えていた。

「無線機に、何か用があったんだな?」

俺が拳銃をチラつかせてそう尋ねると、ニッキーは身を震わせて言った。

「無線機…困るんです…」

「困る?救助を呼ばれると都合が悪い、ってのか?」

「救助が来ることが分かったら…私達、殺されちゃうから…」

「ニッキー!」

そんな彼女の名を、マーサが鋭く呼んだ。とたんにニッキーは、体をびくっと震わせて唇を噛み締めて押し黙る。

「悪いが、俺達も自分の身が大事だ。状況も分からないまま殺されるのはごめんだからな…知ってることは、喋ってもらう」

俺はマーサに視線を送って、なるべく低い声色でそう伝える。

 すると、マーサが、

「はぁ…」

とため息を吐いて

「分かった…話します…」

と何かを諦めた様子で口にした。

 「皆さんは、この街のことをきちんとご存じですか?ヒューと、消防士のゴードンと、元はナースだったっていう、マギーが牛耳ってる、ってこととか…」

マーサの話は、シンシアから概ね聞いていた。それでも俺は、警戒して、なるだけ当たり障りのないようにと

「あぁ、聞いてる」

とだけ答えた。


 マーサは、その返答のみで十分だったのか、さらに口を開いて話しを続ける。

「あいつらは、ただ威張ってるだけじゃないんです。人を殺したり、殺させたりもして、自分たちの立場を作ってきて、そして、維持してます」

「だからっ!無線機が直ってしまうと、私達殺されてしまうんです!」

不意に、マーサの言葉にかぶせるように、若いニッキーがそう声を上げた。

 だが、俺はまだ、頭の中で話がつながらず、

「まて、だから…それは、どうして…?」

と首をかしげてしまう。

 だが、それもほんの束の間。

「…そっか…そうですよ、アレックスさん…」

そう声を上げたのは、やはり、というか、カイルでもアマンダでもなく、グレイスだった。

「ヒュー達は…ここに、自分達が把握していないタイミングで救助隊に来られてしまうことが、一番怖いんです」

「どういう意味だ?」

俺はグレイスの言葉の先を促す。

「もしここに、突然救助が現れれば、ヒュー達は軍に、犯罪者として逮捕されてしまう…だから」

「そうか…!無線機を修理しろってのは…そういうことだったか!」

グレイスの言葉に、カイルがハッとして声をあげた。

「はい…ヒューはきっと、無線機で救助の情報を得て…もしこのバララトに救助がやってくるようなら…」

マーサが顔色を青くし、消え入りそうな声で呟いた。

「すべての証拠を消すつもり、か…そのために、無線機の修理…」

カイルがそう言い添えて、そして黙り込む。

 まさかとは思ったが…そう、考え直せば、そうなるのは自然だ。

 ヒューは救助を呼ぶことも、ここへ救助が来ることも、望んではいない。今、やつらはこの秩序を失った街で、王として君臨しているんだ。

 軍が入り、現実的な力と秩序が戻れば、それが失われるどころか、街の他の生存者たちこれまでの横暴を洗いざらい話され、逮捕は免れない…

 なぜ、考え付かなかったのだろう。ヒューが無線機の修理を求めてきた、そのときに…

「あいつらは、必ずそうします…少しでも長くここでの生活を維持して、そして確実に安全な方法で逃げおおせるために、ヒュー達は無線機が必要だった。でも、ここでヒュー達に従わなきゃいけない立場の私達は、救助が来るとなったら、きっとみんな殺されてしまう…今まで、殺されてしまった人達と、お同じようにっ…!」

マーサがそう言って、身を震わせ、ニッキーもミキも、俯いて体をこわばらせた。

 そう…だから彼女たちは、俺達を襲って無線機を破壊しようとした…無線機が音を発したという情報を仕入れて、たいした計画をたてず、慌ててここに踏み込んできたんだ…

「シンシアが言ってた…無線機は直らない方が良いのかも、って…あれは、そういうことだったんだ…」

グレイスがそう言って息を飲んだ。
 


 「無線機が直らなくてもきっと私達は殺されるけど…直ったら直ったで、たぶん、ここの住民と一緒に殺される可能性が高いですよね」

アマンダが腕組みをしたまま、渋い表情をして俺にそう聞いてくる、

「そうだろうな…」

おそらく、そうなるだろう。無籍が直れば、俺達は用済み。完成させられなければ、タダ飯食らい…それは、これまで想定してきたことと同じではあるが…

「本当に、私達、人質に取られてるみたい…」

以前も感じたが、いざ、こうして新たな真実を突きつけられると、ここは安息の場所でも、避難所でもなかった、ということを再認識させられる。

 本当に、とんでもないところに足を踏み入れてしまった…

「おい、マーサって言ったな」

不意に、カイルが彼女の名を呼んだ。

「はい」

と、マーサは正気を取り戻したように、目の焦点を合わせてカイルを見つめる。

「ヒュー達を良く思っていない連中は、いったいどれだけいる?」

「えっ?」

「具体的に何人で、年齢層はどれくらいだ?」

「え、えぇっと…たぶん、信用できるのは…15人、くらいは…」

「15、か…」

「カイル?」

カイルの唐突な質問に、アマンダが怪訝な様子でカイルを見つめる。

「カイル、お前、まさか…」

俺はカイルの真意を察して、息が詰まるような感覚に襲われつつ、先を促す。

 俺の言葉に、カイルはコクっと頷いて

「逃げることができないんなら、食い破る他に選択肢はないだろ。人数と、それからある程度の火力さえ揃えば…あるいは…」

と言葉を継ぐ。それを聞いたアマンダも、カイルの考えに思いが至った様子で

「…!ヒュー達を拘束するか…抵抗するなら、治安維持権限での射殺も視野に入れて…」

そうカイルの言葉の続きをなぞったアマンダが、カイルと視線を合わせて、今度は俺を見つめてきた。

「アレックス。他に何か、案があるか?」

俺は、カイルの言葉に、しばし思考を走らせる。

しかし、状況を考えて、俺達が取り得る選択は一つだった。

「やるしかないだろうな…だが、それなりの準備が必要だ。マーサ、協力してくれるか?」

俺の問いに、マーサはまるで、天使にでもであったかのような表情で、コクリと頷いてみせた。


 


つづく。

 

保守!

ほ…しゅ…

書いてる…続きは、書いているの…
少しずつ、本当に少しずつ…

【最悪のSS作者】ゴンベッサこと先原直樹、ついに謝罪
http://i.imgur.com/Kx4KYDR.jpg

あの痛いSSコピペ「で、無視...と。」の作者。

2013年、人気ss「涼宮ハルヒの微笑」の作者を詐称し、
売名を目論むも炎上。一言の謝罪もない、そのあまりに身勝手なナルシズムに
パー速、2chにヲチを立てられるにいたる。

以来、ヲチに逆恨みを起こし、2018年に至るまでの5年間、ヲチスレを毎日監視。

自分はヲチスレで自演などしていない、別人だ、などとしつこく粘着を続けてきたが、
その過程でヲチに顔写真を押さえられ、自演も暴かれ続け、晒し者にされた挙句、
とうとう謝罪に追い込まれた→ http://www65.atwiki.jp/utagyaku/

2011年に女子大生を手錠で監禁する事件を引き起こし、
警察により逮捕されていたことが判明している。

新しいことを始めたいけど、新しいことを始める前に…
俺にはまだ、やり残したことがった…!


 

 「こっちです。足元、気を付けて」

翌日、無線の修理作業をカイルとテレンスに任せた俺とグレイスは、「見て欲しいものがある」と言うマーサに案内をされてヒュー達が根城にしているのとは別の生存者キャンプに来ていた。

 あのアパートからそれほど離れていない距離に、彼女達の住処はあった。

 崩れかけたビルの中、元はオフィスか何かだったのだろうフロアに、トタンや布で間仕切りが並んでいる空間が、それだった。

 瓦礫をまたぎながら中に入るとすぐに、昨晩俺達を襲撃してきた内の一人、アジア系のミキが小走りで俺達のもとにやってくる。

「来てくれたんですね!」

「ああ」

俺は、そうとだけ答えてフロアに目を走らせる。

ヒソヒソと囁き合う声や、小さな子供の泣き声があちこちから聞こえていた。

どうやら、間仕切りの中には、想像していた以上の生存者がいるようだ。

「ずいぶん居るみたいだな…」

「ええ。でも、動けるのは、10人…あとは、赤ちゃんのいる人とか、まだ幼い子供に…それから、怪我人が三人…」

「具合いは?」

「一人は良くありません…脚を吹き飛ばされていて…あとの二人は、骨折です」

俺の質問に、マーサは暗い表情で答えた。

昨晩は15人、と言っていたが、実働できるのは10人、か…

俺は、その情報だけを頭に刻んでおく。

「どうぞ、こっちに」

ミキがそう声を上げて、俺達をフロアの奥へと誘導する。

後ろにいたグレイスに視線を送ると、彼女は緊張した様子で俺にうなずいて返す。

相変わらず、しっかりしてて頼もしいったらない。

俺もグレイスにうなずき返して、ミキとマーサの後へと続いた。

 フロアの奥へと進むと、その先に金属製のドアが見えた。どうやら、あとから取り付けたものらしく、入り口に対して微妙にズレているのが分かる。

 マーサが手にしていたペンライトに明かりをつけてそのドアを開け、俺達に手招きをしてきた。

 俺はさりげなく腰に手を当てて、拳銃の安全装置を外してから、グレイスの手を引いて進む。

 ドアをくぐるとその先は倉庫のようで、中央に質素なテーブルが置かれ、壁際には食料らしいダンボール箱がうずたかく積まれていた。

「それで、見て欲しいものってのは?」

俺は、部屋の奥には踏み込まず、その場に立ちどまってマーサに尋ねる。

するとマーサは、

「はい、これなんです」

と言って、ダンボール箱の中から何かを取り出して、テーブルの上に置いた。

 「小銃…!?」

先にそう声をあげたのは、グレイスだった。

 

 彼女の言う通り、マーサがテーブルに置いたのは、連邦軍や警官隊も使っているアサルトライフルだった。

 マガジンが後方についているブルバップ式の、俺やカイルが扱いになれた、連邦軍制式、M72A1アサルトライフル…

「まだ、何挺もあります。ここのみんなが、あちこちからこっそり集めてきました」

ミキが、静かな声でそういう。

俺は、二人に警戒をしながら、そのライフルを手に取った。

 薄ら暗い室内でも、高熱にさらされて焼け焦げているのが分かった。樹脂製の部品はことごとくなくなっているし、バレルも目で見て分かるほどに歪んでいる。

とてもじゃないが、使い物にはならない…だが…

「全部で、どれくらいあるんだ?」

「たぶん…同じ型のものが全部で20挺くらいは…」

俺の質問に、マーサがミキと目を合わせてから答える。

おそらく、この街にあった駐屯基地の備品だろう。

それにしても20か…もしかすると…廃部品をバラシて組み替えれば、完動品をいくつかでっち上げられるかもしれない…

あとは、4.8ミリ口径弾があれば…

 「マーサ、この街で、銃弾が売っていたような商店や、銃砲店がどこかにあったか?」

「銃弾が売っていたようなお店…」

マーサは再びミキと目を合わせる。

二人はしばらく考えるようなそぶりを見せてつかの間、

「そういえば」

とミキが口を開いた。

「北東の郊外のあたりには射撃場があったので…もしかしたら、その周辺になら、お店があるかもしれません」

「アレックスさん、銃弾をさがすつもりですか?」

グレイスが俺に尋ねて来る。

俺はグレイスを振り返ってうなずいた。

「ああ。俺達の拳銃だけじゃ、弾があっても勝ち目は薄かったが…ライフルが使えるんなら話は別だ。隙を見て、あのアパートから狙撃もできるかもしれない」

そう、あのアパートからは、距離にして100mほど先に、ヒュー達が根城にしているアパートが見下ろせる。

このライフルの有効射程は実感では300mほど。俺はともかく、カイルの腕なら、単発で勝負を付けられる可能性がある。

それに、狙撃ではなくても、数をそろえれば武装解除を促すこともできるかもしれない…

そうすれば、俺達は自分たちの身の安全を確保するだけではなく、ここに押し込められている彼女達のことも助けることができるはずだ。

 俺の脳裏には、あの日、基地のシェルターから脱出する際に聞こえて来た無数の声がよみがえってきていた。

 


「…もう、誰かを見捨てるのはごめんなんだ」

「えっ…?」

「いや、なんでもない、独り言だ…」

俺は、グレイスに、自分の気持ちを悟られてはいけないような気がして、そんな言い訳をした。

 「ミキ、案内してくれるか?」

「は、はい!」

「グレイスも一緒に。それから、マーサ。やつらに気取られないように、アマンダをここに連れて来てくれないか?」

「アマンダさんを…?」

「やつに、銃の点検を頼む。メモを書いておくから、これに従うように伝えてくれ」

俺はそう言いながら、アパートの部屋からクスねて置いたメモ用紙にボールペンを走らせた。


一つ、銃器を確認し、使える部品を組み合わせて完動品を丁稚上げること。

二つ、使い方を、動ける連中にレクチャーしておくこと。

三つ、出来上がっ銃は、分散して隠すから、食糧庫か何かに入れて、運びやすくしておくこと。

 あとは…ひとまずは、不要か。

 それでも俺はしばらく書き残しがないかを考え、それでも「ない」と結論付けて、手紙をマーサに手渡した。

集まった面々に視線を送ると、みんなが俺を見ていた。

 なるほど…軍曹らしくなってきた、ってことか。皆が、引き締まった表情で俺のことを見ている。

 グレイスだけは唯一、少し不安そうではあるけど…これは、性格だから仕方ないだろう。

「…よし、それじゃぁ、準備に掛かろう」

俺がそう合図をすると、全員は静かにうなずいて、静かにその場を離れて行った。
 

こんな感じで、チマチマ上げていく予定なので、よろしく。

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