【艦これ】横須賀鎮守府より水平線の彼方へ (89)

雰囲気で書くので細かい設定・数字等を気にしない方推奨

ゲーム提督でないと意味不明

話の都合上深海棲艦は全て人型と変換してご理解下さい

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【序章】防衛省政務官 南野和俊



南野「あれ?」

防衛省大臣室から出て来たのは、議員として派閥の大先輩に当たる立花先生だった。

立花「よぉ、これからかい?お忙しいこって」

南野「みなさんが忙しくしてるのに自分だけが暇だと目立つでしょう。忙しい振りだけでもしておかないと」

立花「それはそれは」

大先輩と言っても、この通り軽口を叩き合える仲である。
隣に立っている男性に視線を移すと、立花先生が紹介してくれた。
総務省の事務次官との事で、形式通りの名刺交換を終える。

南野「総務省さんと厚労省政務官の立花先生がご一緒という事は、例の『艦娘特措法』の件ですか?」

立花「あぁ。色々法案の穴を塞いどかんと議会で蜂の巣だろ?たまらんわな」

総務省さんも苦笑いしている。

南野「まったく、特措法の延長が通らないと艦娘に給料も払えないんですからね。
    そうなったらなったで、また文句を言うんだろうに」

立花「おいおい、そういう危ない発言は看過出来んぞ」

にやにやしながら立花さんが言うと、総務省さんも聞かなかった事にしますよと話を合わせてくれた。
これから省に戻って法案を再検討するという彼を二人で見送る。

立花「田野辺さんな、病気療養らしいぞ?」

南野「田野辺先生が?どこかお悪いんですか?それとも何か問題でも?」

田野辺先生は根っから防衛族の政務官である。
同じ政務官でもサプライズ人事的な意味合いの強いひよっこの自分などとは、経験・知識全てが違う。

立花「そこまでは知らん。ただ彼は横須賀鎮守府担当だったろ?君にお鉢が回って来るんじゃないのか?」

南野「はは、まさか」





しかし、それはまさしく予言だった。

南野「私が横須賀鎮守府担当ですか?」



大臣室では宮田防衛大臣・副大臣・事務次官が揃っていて、この内辞が呼ばれた目的だった。

宮田「先任の田野辺君は病気療養という事になる。表向きはだ」

南野「何か問題ですか?」

宮田「問題はない。いや、問題と言えば問題なんだろうが、君の思う様な事ではないよ」

南野「はぁ」

私の顔に大きな疑問符が浮かんでいたのだろう、大臣は言葉を選んで続けた。

宮田「まぁなんだ、その、彼は男子校出身で子供も息子が二人だ。そこへ来て、本人の性格が若干融通が利かないというのがね」

あの環境では致し方ない、と副大臣のフォローが入る。
この様なお茶を濁した説明を受けても、ますます疑問符が大きくなるばかりである。

宮田「君の所は娘さんだったろ?」

南野「はぁ。でもそれが何か関係あるのですか?」

宮田「まぁ、行けば分かる」

不安しかない。

宮田「むしろ行かないと、理解してもらえんと思う」

不安だ。

宮田「君も分かっているだろうが、横須賀鎮守府設立の根本条件が政府・議会の直接の監視下にあるという事だ」

私は頷く。設立時のすったもんだの中に、私も居たのだから。

宮田「なので時間的空白が許されない───というのが今回の人事の建前だ。週明けから鎮守府に行ってもらいたい」

南野「急・・・ですね」

宮田「すまんが、是が非でも引き受けてもらいたい」

自分に選択肢があるとは到底思えず、了承するしかなかった。



今、自分と東南アジア関係をやっている省の連中が、煩いのが居なくなったと喜ぶのか、中途半端な仕事しやがってと
怒るのかは分からなかったが、鎮守府行きを苦笑する様だけは想像出来た。
口の悪い連中などは、あそこは異次元だとまで評する。
ただし、現時点に於いて自衛隊内で実働している部隊は横須賀鎮守府くらいな訳だから、やっかみも多分にあるのだろう。

しいて良い事に目を向ければ、横須賀が地元に近い事くらいか。
市長選も近い。地元に帰り易くなったと思えば、と前向きに考える事にしよう。

それで不安が消えた訳では、もちろんなかったが。

参った。

今、自分は横須賀鎮守府に向かう車の中に居るのだが、自衛隊員の護衛付きである。
鎮守府への破壊活動防止と特定機密保持の法律は無論知っていたが、鎮守府を監視する立場の自分までが
その保護下に入るとは想定外だった。勉強不足を反省せねばならない。
自宅は警官に警備されている。
妻は、自分の知らない内に大臣にでもなったのかと、目を丸くした。

南野「答弁なら、痛切な反省───という所かな」

隊員「何か?」

南野「いえ、何でもありません」



宮田『色々と矛盾はあるが、実際に横須賀は諜報戦の真っ只中だ。仕方ないさ』

南野『内調は掴んでいるので?』

宮田『ある程度はな。かなり大っぴらにやっているらしいし。お陰で横須賀基地周辺の地価はうなぎ登りだそうだ。
    理解出来んよ』

不動産登記の調査・賃貸契約の調査いずれもペーパーカンパニーによるものが増えているそうだ。
これでは監視し放題だと、大臣は嘆いた。



しかし、これは後出しもいい所だ。こういった情報は事前にくれないととも思うが、結局丸め込まれただろう。
権謀術に於いて、自分に勝ち目など無いのだ。
なにせ大臣は政界の古タヌキで通っており、本人も笑ってその通り名を受け入れているくらいなのだから。

横須賀鎮守府は、海上自衛隊横須賀基地内にある。
既存の施設に艦娘の行動に必要となる新規の建築物をもって横須賀鎮守府と称するが、
正式には第5護衛隊群司令部特設庁舎である。

なお
横須賀鎮守府という通称を認める際の大騒動については、思い出したくもないので割愛する。
あれは大変だった。本当に大変だった。

厳重なセキュリティチェックをクリアして基地内に入った所で、ぎょっとした。

南野「PAC3を常時展開しているんですか?」

隊員「現時点では、ここが最重要拠点ですからね」



改めて血の気が引く思いだ。

つまりは、こういう事なのである。
お前は横須賀鎮守府担当政務官として議会開催時以外を横須賀で活動する事になるが、そこは有事の際の最優先破壊目標だ。
また、テロの対象となる可能性もあるので移動には自衛官を護衛として付け、自宅は機動隊員が警備する。
そうだ
対深海棲艦の最前線基地って事も忘れてないよな?



本気で、勘弁して頂きたい。

亀島「ご苦労様です。お待ちしておりました」

南野「亀島司令長官ですね。わざわざのお迎え、恐縮です」

亀島「はは。艦娘が居ない所では司令長官は気恥ずかしいですな。私はただの予備自衛官ですから」

南野「では、海軍っぽく亀島さんで」

亀島「こちらも南野さんで宜しいですか?」

南野「はい、ぜひ」

この亀島さんが何故司令長官と呼ばれているかというと、驚くなかれ艦娘がそう望んだからである。
海上自衛隊を退役していた亀島さんが、記念誌への投稿文の件で横須賀地方総監部を訪れた際、文字通り艦娘に捕まった。
理由はなんと、髭が司令長官ぽかったからだそうだ。
意味が分からない。

当初、腫れ物に触るがごとく艦娘に接していた自衛隊幹部は、この要望を嬉々として受け入れた。
艦娘との間のクッション役を期待したのである。
それで前代未聞の予備自衛官なのに司令長官という訳の分からない人物が誕生する事となった。
無論、予備役ゆえ指揮権は無い。
しかし、この人は孫が沢山出来たと喜んでいるらしいので、これはこれで適材適所なのだろう。



これで何故、横須賀鎮守府という通称が必要だったのかも察して頂けただろうか。
そう
艦娘が望んだからである。
驚くなかれ、これは紛れも無い真実だ。恐ろしい話もあったものである。

亀島「では、参りましょうか」

これから向かう場所で待つ人物こそが、横須賀鎮守府の実質最高責任者にして100名を優に越える艦娘を束ねる指揮官、
その人である。
艦娘からは提督・司令官と呼ばれるが、実際の階級も海将補であり、護衛隊群を指揮する権限を有する。





高野海将補





ここでまた驚くなかれを重ねて言おう。実際に驚く事なのだから仕方がない。
帝国海軍時代で言えば艦隊を預かる将官。そして艦娘が唯一自らに命令を下せる者として認めるこの人物の正体。
それは

まだ20代の若者なのである。

彼の素性については鎮守府に関する極秘資料の中でも最低限しか触れられていない。
海将補就任以前を知る関係者に徹底した緘口令を敷く程の、極秘中の極秘。
高野海将補とは一体どんな人物なのだろう。
興味を引かれるばかりである。

参考資料 衆院本会議での宮田防衛大臣に対する質疑応答より抜粋



質問者:
 二尉からいきなり海将補ですよ。私は目を疑いましたよ。失礼ながら、大臣がおかしくなられたのかと若干心配した位です。
 [議場:笑い声]
 これは人事権の不当な行使とか、そういう次元の問題じゃない。正に問題外ですよ。
 この人事の撤回を求めると共に、大臣の見解を伺いたい。

防衛大臣:
 適材適所であります。
 [議場:怒声]

質問者:
 ふざけておられるのですか!?それなら何の為に階級や能力査定があるのか!役職が変わろうが中身が変わる訳ではない!
 それとも何ですか、海将補になった途端、彼がスキルアップするとでもいうのですか!?

防衛大臣:
 正に正論であります。
 [議場:怒声と笑い声]
 しかしながら、これまで何度も申し上げて来た通り、前代未聞の事態なのです。艦娘の存在自体が前代未聞であり、
 我々はそれに対応せねばならない。
 艦娘のみが深海棲艦に対抗し得るという事実。そして、艦娘を唯一指揮出来るのが高野海将補という事実。
 護衛隊群司令には海将補を当てるという事実と実績。これらを鑑みて、彼以上の選択肢が無いという判断であります。

質問者:
 それでは、他の海将補の下に彼を置けば良いでしょう! 海将補の指示を艦娘に伝達すれば、指揮系統に何の問題も無い!

防衛大臣:
 艦娘が指揮を受け付けないならば、その者に指揮能力が欠如しているのと同じでしょう。能力不足な者を指揮官に
 据える訳には参りません。

質問者:
 論点のすり替えは止めて頂きたい!高野君が指揮を受け付ければ問題無いと言っているのです!
 そもそも指揮を受け付けないとは何事ですか!自衛隊の組織はどうなっているのか!

防衛大臣:
 艦娘は自衛隊員では無いので強制は出来ません。何より、隊員登用を認めなかったのは正にあなた方ではないか!
 事の重要性と緊急性から、政府としても妥協せざるを得なかった!お陰で艦娘は協力隊員という微妙な立場だ。
 貴方の後ろに座っている方。あえて名前は申し上げませんが、そう、貴方だ!貴方の艦娘は兵器に過ぎないという言葉、
 私は忘れませんぞ!

質問者:
 今の質問に何の関係が───



この後、議場は大混乱に陥り、うやむやのまま終了する。その後の国会も適材適所で乗り切った。

後日、大臣から聞いた話。
この時、大臣は半ば意図的に議場に混乱を引き起こしたそうだ。

宮田『人事権の不当な行使を連呼されるのが一番堪えたんだが、向こうで勝手に論点ずらしてくれたからね。

    あそこで切っときゃ、艦娘を守ってるって印象で終われるだろ?本筋の話とは全く無関係なんだけどさ。
    報道さんもああいう場面、喜んで使うだろうし』

正に古タヌキである。

那智『私は重巡那智。宜しくお願いする』

扶桑『扶桑型超弩級戦艦、姉の扶桑です。妹の山城共々、宜しくお願いしますね』

祥鳳『はい、祥鳳型航空母艦1番艦です。どうぞ宜しくお願い致します』



何人かの艦娘とすれ違う。
事前に資料で確認しているとはいえ、その美しさに息を呑む思いだ。



大和『大和です。連合艦隊総旗艦を努めます───』



特に彼女の存在感といったら、圧倒されるばかりだ。挨拶する自分の頬が紅くなっていなかったかと、不安になる位である。
帝国海軍で特別だった彼女は、やはり艦娘になっても特別なのか。

南野「みなさん、礼儀正しいですね。とても落ち着いておられます」

亀島「はぁ、まぁそうですな。重巡や戦艦でしたから。はは」

亀島さんの反応に少々の疑問を感じつつも案内されるまま着いて行くと、一人の少女が部屋から出て来た。

電「長官さん、お疲れ様です。そちらの方は、お客様ですか?」

亀島「こちらは防衛省の南野政務官。今日から鎮守府を担当してくれるそうじゃ」

亀島さんの口調が少し違っている。これが艦娘の前での司令長官の演技という事だろうか。

南野「南野です。宜しくお願いします」

電「い、電です。宜しくなのです!」

亀島「そんなに構えんでも良い。この人なら前の人より親しく接してくれる筈じゃ」

電「そうなのですか?前の担当者さんは、あまりお話してくれなかったのです。」

否定するか肯定するか困る話だったが、それより前に私が抱いた思い、それは
そうか、この子がという思いであった。
なぜならば、この子こそ全ての始まり。高野海将補率いる艦娘の最初の艦。



そして
我々人類が初めて出会った艦娘なのである。



電「司令官にご用でしたら、お呼びしますか?」

亀島「いや、それには及ばん。これからどこかに行く所だったのじゃろ?」

電「はいなのです。海戦の残骸から、また【素材】が見付かったので、見に行く様に言われたのです」

南野「素材?」

初めて聞く単語だ。少なくとも、資料では見掛けなかった。

長官「後々、説明があるでしょう」

さて、ついに高野海将補の執務室である。
襟を正す気分で居たのだが、開け放たれた扉の向こうからは、心なしか騒がしい気配がする。
いや、心なしかなどという表現は控え目過ぎる。かなり騒々しいというのが適切な表現だ。

次の瞬間、私の目に飛び込んで来た光景は───





時津風「しれぇ!しれーってばー!」

    雷「何か手伝える事はないかしら?もーっと私に頼っていいのよ?」

 酒匂「今日は酒匂が張り付いて応援しちゃうからね!司令、頑張れ頑張れー!」

   愛宕「提督、ここに印鑑を・・・みんな、ちょーっとうるさいかなー?」

川内「そうだよ、寝てらんないじゃん」

    霞「ちょっと!?川内さんはこれから訓練でしょ!あー、もう!バカばっかり!」

 川内「バカとか言うな!」

   時津風「ねー、聞こえてないのー?うぉーい!」

 高野「聞こえてる、聞こえてるぞ、時津風」

   高雄「あの、そろそろみんなに出て行ってもらった方が良いかと・・・」

高野「そうは言ってもなぁ」

   漣「秘書艦の横暴、キタコレ!」

 高雄「漣ちゃん!」





私は一瞬で理解した。
堅物とまで噂されていた田野辺先生が、これでは務まる筈もない。

とんでもない所に来てしまったのかもしれない───

私は本気で後悔し始めていた。

高野「第5護衛隊群司令、高野です。宜しくお願い致します」

南野「政務官の南野です。通知されているとは思いますが、鎮守府担当政務官となりました」

高野「まずは、うるさくて驚かれたでしょう」

南野「いやまぁ、そうですね。来る途中に挨拶させて頂いた重巡や空母、戦艦のみなさんは、かなり落ち着かれていたので
    少し戸惑ったと言いますか」

亀島「残念ながら、この騒がしい中には戦艦も居りますな」

南野「え?」



金剛「ゲストにはこの金剛がティーのおもてなしをしマース!お任せ下サーイ!」

高野「いや、だからお前は非番だろ?宿舎で休め」

金剛「何でそんな連れない事を言うのデース!?」

比叡「そうですよ!お姉様に対する冷たい仕打ち。この比叡、許せません!」

高野「だからさ、お前も非番だろうが」



南野「は、はは」

何と言うか、笑うしかない。

高野「ともかく、政務官にお茶を」

高雄「は、はい。もう持って来る様に伝えたのですが、今日のお茶当番は・・・」

高野「げっ!」

高野海将補が艦娘のシフトを書いてあるだろうと思われるボードを見て固まった。
一体、どうしたというのだろう。



五月雨「お茶をお持ちし・・・わわっ!?わわわわっ!・・・わーっ!!!」ガシャーン



なるほど、分かった。

綾波「はい、どうぞ」

南野「有難うございます」

綾波「このお茶、敷波が入れてくれたんですよ?如何ですか?」

敷波「フ、フン!綾波が入れた方が、美味しかっただろうけどね!」

高野「いや、美味いぞ。有難うな」

敷波「そ、そ!?」

声が裏返っている。恥ずかしいのだろう。



金剛「うー、何でワタシに頼まないデース」

雷「そうよ。私なら、もーっと美味しいお茶を、司令官に入れてあげるわ!」

高野「わかった、わかった。3時のお茶は金剛に頼む」

金剛「了解しましター!早速、準備に取り掛かりマース!」

比叡「お手伝いします、お姉様!」

高野「あと雷は、もうすぐお茶当番が来るだろう」

雷「しょうがないわね。その時は、とーっても美味しいお茶を入れてあげちゃうんだから!」

高野「それと、五月雨」

五月雨「はぃ」

高野「そう、落ち込むな」

五月雨「・・・はぃ」



これまで、ほんの少し見ただけで、様々な性格の艦娘が居ると分かった。
これだけの艦娘と対等に渡り合うだけでも才能ではないだろうか。何か、妙な納得の仕方をしてしまう。
しかし、司令という仕事は学校の先生とは違う。何かある筈なのだ。艦娘が、この人物をのみ指揮官と認める何かが。

そしてそれは、すぐ後で分かる事となる。

執務室に居る艦娘とも一応の挨拶を済ませ、今後の段取り等を話していると、電話が鳴り、秘書艦である愛宕が取った。

説明しておくと、鎮守府では秘書艦という役を置いていて、主に高野海将補の書類面での仕事をサポートしているという事である。
秘書艦は基本的に、重巡高雄・愛宕・古鷹・軽巡大淀がローテーションで担当しているそうだ。
ちなみに、お茶当番等の当番制は、秘書艦に司令官を独占させない為という事らしいのだが、先程の騒ぎを考えると、
何となく理解出来る様な気がする。

愛宕「【素材】が春雨ちゃんに適合したそうです!駆逐艦春雨の誕生でーす!」

高野「おお、そうか!」



素材?誕生???
私は思わず、亀島さんの顔を見る。

亀島「運が良かったですな。これで素材の意味も分かるでしょう」

夕立「これで一緒に出撃出来るっぽい!」

白露「まーた白露型が揃っちゃった。やったね!」

電「良かったのですー」

春雨「は、はい。有難うございます」



工廠の一角が喜びに沸いている。
あの顔を赤らめてお礼を言っている子が、春雨だ。資料で確認している。
ふと思い出す。
省内で資料を閲覧していた時、駆逐艦春雨の備考欄には、未着任と記されていた筈だ。
他にもそういう艦娘が何名か居り、何故、写真があるのに未着任なのだろうと疑問に思ったものだ。

高野「作業はどこまで進んでいるのかな」

この問いに答えたのは、明石だ。艦娘の中でも、工作艦という特殊な存在である。

明石「もう有田さんが素材を溶かして、精製まで済ませてます。型に注いで、冷やして、主艤装への組み込みまで
    すぐイケると思いますよ!」

奥の小型溶鉱炉の方から、肯定する旨の男の声がする。
多分、あの人物が、この工廠の責任者である、工廠長の有田一曹なのだろう。

工廠は艦娘の艤装の製造・修理を行う場であるのだが、溶鉱炉まで備えられているとは初めて知った。
それにしても、今度は素材を溶かすとは?

高野「明石、お前の方から素材と艤装の説明を頼む」

明石「お任せ下さい!」

高野「説明の前に一つだけ。実は、素材については省内でもごく限られた人間しか情報を持ちません。
    それ程の機密と、ご承知置き下さい」

南野「わ、わかりました」

明石「まず素材ですが、これは単純に艦娘が艦(ふね)だった時の船体の一部です。資料で残してある場合とか、
    沈没している場所から採ってくるとか、いろんな方法で集めてます」

南野「なるほど。しかし場所によっては、どの艦の物か判別出来ない事もある筈ですよね?」

明石「それは、自分の時でもそうだったんですけど、艦娘本人にしか分かりません。あれは不思議な感覚でしたねぇ。
    まるで自分の分身がそこに居る様な・・・って、着いて来れてます?」

南野「ええ、まあ。一応」

もちろん、嘘である。

明石「まぁ、鉄屑を見て、自分の分身みたいーっていうのも、女の子としてどうかって感じですよねぇ!」

彼女は割りと、大らかな性格なのだろう。
私は、そんな彼女に心の中で、全力でツッコミを入れていた。



着いて行けてないのは、そこじゃない!

明石「そして艤装ですが、実は艤装って、鉄やアルミで出来た縮尺模型みたいな物なんです」

南野「は?」

明石「もちろん機関は動かせるし、弾を撃ったりも出来ますよ?だけど、そのままだと砲を撃っても数十メートルが
    いいとこでしょうか」

南野「は、はぁ」

明石「でも艦娘が装備すると、何千メートルとか飛ぶんです。笑っちゃいますよねぇ!」

まずい。
話に着いて行けないとか、そんなレベルじゃなくなって来た。

明石「ここで問題です!」

南野「はぇ!?」

変な声が出てしまった。

明石「造り立てほやほやの艤装を艦娘が装備しても、ただの模型のままです。何故でしょう!?」

何か、小学生辺りの授業を受けている気分になって来た。それも、少々苦手にしていた算数の授業とか。

南野「もしかして、素材が無いから・・・とか?」

明石「ご名答!艤装に素材を組み込む事で、力を発揮出来る様になります」

更に説明は続いたが、要約はこうである。

・素材を組み込んだ艤装は、その素材の主(元の船体の持ち主)でないと扱えない。
・武装は基本的に、艦の時に装備していた物でないと扱えない。
・ただし、その艦娘が未知の武装であっても、訓練で練度を上げる事により、扱える様になる。

南野「でも、訓練して扱える様になるというのは、別に普通の事なのでは?」

高野「それが例えば睦月型だと、12サンチ単装砲は訓練せずとも使いこなすんですよ。12.7サンチ連装砲は訓練が必要なんですがね。
    艦娘に言わせると、知っている。記憶があるから、という事らしいのですが」

記憶がある───
資料の中でも、何回も出て来た言葉だ。記憶とは武装の記憶という事なのだろうか。意味不明過ぎる。

南野「この件に関しての、科学的考証は進んでいるのですか?」

高野海将補はきっぱり言った。

高野「全く進んでおりません。現時点では、理解せずとも納得するより無い状況です」



疑問があっても、飲み込む以外無いという事か。
それにしても
素材───元の船体の一部───

何だろう。何かが引っ掛かる。何か大事な事を忘れている様な───

有田「どーも、お待たせしました」

南野「うわっ!」

考え事をしていた所に突然だったので、素で驚いてしまった。

高野「驚いたでしょう?いきなり、こんなムサいのが現れてはね」

明石「ほーら、言われたじゃないですかぁ、有田さん!」

有田「ムサいは酷いなぁ、司令官」

いや
毒を吐く感じになるが、否定出来ない。髪はボサボサだし、それに

南野「その無精髭は大丈夫なのですか?」

高野「まぁ鎮守府内だけですね、許されるのは。とても総監部の方には行かせられません」

有田「ははは、ごもっともで」

頭をボリボリ掻くこの人物は、鎮守府は元より、自衛隊でも異色な気がする。

高野「有田一曹はモデラーなのです」

南野「モデ・・・?」

高野「模型造りですね。天下一品ですよ、彼の腕は」

有田「司令官と初めて会ったのも、海自の模型同好会でしたね。模型談義で飲み明かして、一緒に懲罰喰らいましたっけー」

高野「有田君。余計な情報はいいから」

有田「はっはっは。そうすか」

部品を型から取り出すという、有田一曹に着いて行く。
途中、見掛けた武装───砲や魚雷発射管のミニチュア(?)は、かなり精密で、存在感のある物だった。
彼の模型造りの腕が、存分に活かされているのだろう。

部品を手際良く主艤装に取り付け、溶接する作業を感嘆する思いで見ていると

電「司令官、春雨ちゃんの用意が出来たみたいなのです」

高野「そうか、呼んでくれ」

有田「それじゃ、フィッティング始めますかー」

南野「フィッティング?」

有田「艤装を装着して調整する事です。ま、艦娘も女の子ですから」

ふと娘の事を思う。
フィッティング。一緒に発表会の洋服を買いに出掛けた時に、そんな言葉を言っていた気もする。
あの時の娘は、どこか誇らしげだったっけ。

艦娘も女の子───か。

有田一曹がチェーンブロックを操作し、春雨の腰の位置に艤装を合わせる。
しかし、待って欲しい。チェーンブロックで持ち上げるという事は、つまり

南野「ちょっと良いですか?その艤装の重さは、どれ位あるのですか?」

有田「そうっすね。この主艤装は機関部を含みますんで、200キロって所ですかね」

南野「200キロ!?」

高野「問題ありません。春雨も艦娘ですから。戦艦などは、トータルで軽く1トン超えますよ?」

いやいや、200キロが問題無いとか。
おまけに、1トンを超える?桁を間違ってるんじゃないのか?

目の前の春雨は、どう見ても普通の女の子にしか見えない。この子が200キロを装着する?

春雨「あの・・・何か?///」

南野「いや、すみません」

無意識に、凝視してしまっていた。

何度も、止めた方が良いのでは、と口を挟みたくなる。
しかし、装着作業は進み

有田「どうすか。フィットしてます?」

春雨「いい感じです。その、馴染んでるって言うんですか?」

有田「よし、フック外しますかー。無理そうだったら、言って下さい」

春雨「は、はい」



そして、フックが外された。

自立・・・している。



春雨は問題なく艤装を装備し、事もあろうに、その場で一回転して見せた。
まるでワンピースの着心地を試すかの様に。

春雨「これが・・・私の艤装」

電や白露、夕立が拍手を送ると、春雨は顔を赤くし、そして恥ずかしそうに微笑むと

春雨「駆逐艦春雨、ただ今着任しました。これでやっと司令官のお役に立てます。はい」

高野「着任を歓迎する。おめでとう」



高野海将補を見つめる、その表情は、恋する少女のものに私には思えた。

高野「とうに昼を過ぎてしまいましたね。昼食はどうされます?」

南野「ああ、総監部の食堂で軽く済ませようかと」

高野「なら、一緒にコンビニで買って、執務室でどうです?」

南野「コン・・・?」



噂には聞いていた。ファミ○ーマート横須賀鎮守府支店。
極秘極秘と言い続けて来たので、察している方も居るかもしれないが、横須賀鎮守府へは限られた人間しか入れないのと同時に、
艦娘も敷地の外には出ない。
(もちろん出撃は別だし、高野海将補が艦娘を伴う事が例外的にはあるが)

なので酒保にて、お菓子やら飲み物やら、自衛隊にあるまじき種類の物まで扱っていたが、ある雑誌を見た艦娘がコンビニスイーツを
食べたいと言い出したのをきっかけに、最後は大合唱となり、鎮守府に爆誕した。
ちなみに店員は、元々の酒保担当と予備自衛官のアルバイトである。省内では、世界一身元調査の厳しいアルバイトと揶揄されていた。
また、ファミ○ーマートの商品配送センターに自衛隊のトラックが停まっている事があるが、お察しの通りである。

これは一部に流れた情報だが、ロー○ンが出店を打診して来たという噂もあるという。

亀島「鎮守府の食堂で食べないので?」

高野「多分ですけど、もう金剛がお茶の用意をしてると思うんですよね・・・」

亀島「ああ、なる程。そうですな」

南野「何か問題でも?」

高野「金剛の言うティーとは英国式の事なんです。しかもこの時間ですと、アフタヌーンティーになりますね」

亀島「コンビニでは軽食、それもおにぎり程度にした方が良いと思いますな。もし食が細いとおっしゃられるなら、
    むしろ何も買わないのをお勧めします」

南野「そん・・・なに本格的なんですか?」

高野海将補と亀島さんは、揃って苦笑した。

初雪「司令官・・・初雪に、お菓子買ってくれても・・・いいけど」

高野「初雪、物をねだる時は、ちゃんとねだろうな」

深雪「やったぜぃ!もちろんアタシにも買ってくれるんだよな?司令官!」

高野「一人一つだからな」

吹雪「もう!司令官は色々と甘やかし過ぎです!」

高野「選ばなくていいのか?」

吹雪「もちろん、選んで来ます!」



南野(結局、買ってもらうのですね・・・)

高野「・・・何も3人共、同じお菓子にしなくても良かったんじゃないか?別の買って、分けるとか」

吹雪「これ新発売なんですよ、司令官!美味しかったら、たくさん食べたいじゃないですか!」

高野「さいで」

亀島「そういえば、初雪。非番なのに外に居るとは、珍しい事もあるもんじゃな」

初雪「吹雪に起こされた・・・もっと寝てたかったのに」

吹雪「当たり前だよ!あれ以上寝たら、夜に寝れなくなっちゃうから!」

初雪「夜は夜で、寝るし」

深雪「初雪の布団には、キノコ生えてるからなー」きしし

初雪「生えてないし」





何だろう、この雰囲気。
朝、あんなにも気を張っていた自分は、一体何だったのだろう。

田野辺先生、私は貴方を見直しました。
規律厳正を尊ぶ自衛隊を愛する先生が、良く半年も、この場所で我慢されましたね。
今度会ったら、心から労わらねば。

島風「おそーい!おっそーい!」

金剛「そうデス!何してたデース!」

高野「・・・いや、まだ2時過ぎなんだが」

金剛「お昼を兼ねると思って、サンドイッチを多めに用意してたのニー!」

比叡「そうです!比叡も頑張ったのに!」

高野「やっぱりか」

執務室に帰ると、なんとヨーロッパ調のテーブルセットが運び込まれていて、その中央には雑誌やテレビでしか見た事のない
例のタワーが鎮座ましましていた。
部屋の中は、蒸れた紅茶の良い香りで満ちている。
テーブルの隣には、トレイを抱えたメイドが立って───

南野「って、メイド!?」

高野「漣、お前は勤務中だろ。その格好はマズイだろ」

漣「ご主人様。細かい事言ってると、ぶっ飛ばしますよ♪」

曙「アンタがしっかり注意しないから、こんな事になんのよ。このクソ提督!」



ぶっ飛ばす?クソ提督??
自分の耳がおかしくなったのか!?

南野「君達!さすがに司令に対して、その口の利き方は・・・」

亀島「お待ち下さい」

南野「え?」

亀島さんに視線を向けると、かなり険しい表情で高野海将補を見ている。その高野海将補を見て、私はギョッとする。
まるで別人の様だ。彼の周りの空気が、張り詰めて行くのが分かる。
こういう時に、自分のボキャブラリーの無さを呪うが、月並みな表現で言うと

まるで剣の達人が命のやり取りの中、研ぎ澄まされて行く様な───

高野「輸送船団護衛の天龍より発。ワレ テキセンスイカンニソウグウセリ テキセンノカズフタツトミトム」

南野「な、何です?」

高野「各部に通達!これより鎮守府に、第2警戒令を発す!」

高雄・愛宕「了解しました!」

訳も分からず周りを見渡すと、いつの間にか艦娘が全員、直立不動で立っている。

亀島「驚かれたでしょう」

南野「え、ええ、一体これは・・・」

亀島「遠征中の軽巡天龍から、連絡が入ったのです」

南野「しかし、私には何も聞こえませんでしたよ!?」

高野海将補はイヤホンの類をしている訳でもなく、何がしかの端末を見ている訳でもない。

亀島「貴方は今、提督が提督たる所以を見ているのですよ」





亀島「彼は頭の中で、艦娘の声を聞く事が出来るのです。もっとも艦娘達はもっとロマンチックに、
    心の会話と呼んでいますがね」

高雄と愛宕が、敏腕秘書よろしく動き始めた。

高雄「輸送船団のUAISをなんとか確認出来ました。位置情報出します」

愛宕「正門警備ですか?第二警戒令出ました。これより鎮守府の出入りを禁じます」

高野海将補の机は大型モニタが嵌め込まれていて、海域データらしき映像が映し出される。まるで海図を広げた様だ。

愛宕「鎮守府より総監部。第二警戒令。深海棲艦隊潜水艦を探知。データ送りますので関係各省と付近の自治体に連絡を───」

高野「和歌山沖か、近いな。いくら深海棲艦とはいえ、常時そうりゅう型潜4隻投入の対潜警戒網を突破してくるとは」

高雄「増援送りますか?」

高野「近海警備は長良の水雷戦隊か、急行させてくれ。近海警備の代わりは・・・」

曙「司令。綾波型全艦、三式爆雷への換装完了しています。ぜひ、ご命令を!」

高野「分かった。30分で全員集めろ。遅れは許さん」

曙「了解!行くよ、漣!」

漣「ほいさっさー!」



目の前の光景が、夢の様に流れている。それまでの緩慢な時間からの一瞬の切り替わりに、頭が着いて行かない。
それに、自分の頭の中には先程の亀島さんの言葉が駆け巡っている。

亀島『彼は頭の中で、艦娘の声を聞く事が出来るのです───』

しかし、高野海将補の次の言葉は、そんな意識を吹き飛ばすのに十分な物だった。



高野「天龍より発!敵潜より、魚雷発射音!」

鎮守府時間より5分前 1420 和歌山県沖



文月「聴音機に感あり」

天龍「何?」

文月「あれ?消えちゃった」

天龍「聞き間違いじゃねーのか?皐月、お前の方はどうだ?」

皐月「ボクの方では聞き取れなかったよ?」

龍田「まぁ、ここまで敵潜が来るとは、想像しづらいけれどー」

天龍「対潜警戒からも、何も言って来てないしな」

文月「うー、おかしいなぁ」

睦月「文月ちゃん、音があったのは間違いないのですか?」

文月「うん、間違いないよぉ」

天龍「・・・・・・」

龍田「天龍ちゃん?気になるなら、確かめてみればいいんじゃない?」

弥生「弥生も気になる・・・かな」

天龍「よっしゃ、文月。探信降ろせ。全艦、聞き漏らすんじゃねーぞ!」

文月「いくよぉ!」

カン コーン カン コーン

天龍「!」

皐月「右舷後方、距離ひと・ふた・まる・まる!2隻居るよ!」

天龍「こんな近くにだと!?」

龍田「恐らく待ち伏せされたのねー。だとしたら文月ちゃんが拾った音は、浮上音かもー」

如月「いやだ。もう魚雷発射体制に入ってるんじゃない?」

天龍「龍田、輸送船団に連絡頼む。オレは提督に連絡を入れる。全艦、対潜水艦戦!」

龍田「りょうかーい」

卯月「うーちゃん、頑張るぴょん!」



天龍《提督・・・聞こえるか?・・・提督》

高野《どうした?》

天龍《我、敵潜に遭遇せり!敵潜は2つと認む!》

高野《何!?攻撃を受けたのか!?》

天龍《いや、でも時間の問題だと思う》

高野《よし、輸送船団の退避を最優先!第二に敵潜の撃沈だ!無理はするな!》

天龍《了解!》

文月「敵潜に機関音。急速浮上中ぅ」

天龍「文月・皐月、反転して敵潜に向かえ。爆雷攻撃用意!」

皐月「了解!文月、ボクの後に着いて来て!」

文月「わかったぁ」

天龍「他艦はそのまま、敵潜の音に耳を傾けろ。敵潜も2つだけとは限らねーから、警戒も怠るな!」

睦月「お任せにゃしぃ!」

文月「魚雷音!」

天龍「来たか!数は!?」

皐月「少なくとも6!いや待って。8だ!2隻から4つづつ!」

天龍「全艦、退避行動!龍田!」

龍田「扇状に被せて来たわね。一番右の魚雷の進路は、さん・にい・まる、か。輸送船団へ。面舵ふたじゅう。
    最大船速でお願いねー」

天龍「間に合いそうか?」

龍田「ええ。陸側に逃げたらドーンだったかもしれないけれど、この龍田には通用しないわー」

卯月「敵潜、潜り始めたぴょん?」

文月「文月は右のをやるよぉ」

皐月「ボクは左を。爆雷深度ひと・ごー・まる、に設定。投射点まで1分」

弥生「弥生、雷跡発見・・・この角度なら、輸送船団は大丈夫」



天龍《提督、敵潜より魚雷音。でも輸送船団は避けられそうだ。文月と皐月に敵潜を叩かせる》

高野《了解した。文月・皐月、焦る必要は無い。いつも通りでいいからな》

文月《はぁい。ちゃーんと見ててね。司令官》

皐月《任せてよ、司令官!》



龍田「私も雷跡確認よー。輸送船団へ。速度ようそろ。舵、もどーせー」

文月「文月、爆雷攻撃始めるよぉ。てぇ!」

皐月「てっ!」

ドンッ ボチャン ドンッ ボチャン

皐月「第一弾、爆発するよ!聴音注意して!」

ドォン

文月「こっちも続いてぇ、第二弾」

ドォン

如月「やったかしら?」

ドォン ドォン

皐月「4発爆発確認。聴音機の回復まで、もうちょっと待って!」

卯月「海の中が、ざわざわしてるぴょん」

睦月「慎重に音を聞き分けるのです!」

文月「海面に泡と油!右のは、やったよぉ」





皐月「機関推進音!ゴメン。こっちは逃がしたみたいだ!」

弥生「船速上げて、こっち向かって来る・・・浮上してるかも」

天龍「逃げねぇとは、いい度胸だ。ヤケんなって魚雷ぶちかましに来る気か?」

皐月「皐月、反転して追撃に移る。爆雷深度は・・・」

龍田「皐月ちゃん?敵は潜望鏡深度まで浮上して来るわ。そこをドーンとやっちゃいなさい?」

文月「爆雷は文月が用意するよぉ」

皐月「分かった!ボクの砲撃戦、始めるよ!」

弥生「敵潜、速度ようそろ・・・もうすぐ魚雷発射深度」

如月「あれ、敵潜の影じゃないかしら?」

皐月「見えた!測距完了。主砲発射用意よし。てっ!」

ドォーン

睦月「惜しい!弾着、距離ようそろ。皐月ちゃんから見て、左2度!」

皐月「了解!左2度修正。速度合わせ。仰角調整。用意よし。てぇ!」

ドォーン

天龍「よっしゃ!当たれぇ!」

高野「天龍より発。敵潜水艦の撃沈を確認。味方及び輸送船団に被害無し」

亀島「おぉ!」

金剛「流石は歴戦の天龍型と睦月型デース!」

島風「すごい、すごーい!」

かはっ
ずっと息を止めていた訳は無いのだが、そんな気分だ。
高野海将補から伝わる空気は、凄味にまでなった。一瞬にして人間が高まる(こういう言い方があったとしたらだが)などという事が
あって良いのだろうか。

愛宕「第二警戒令は解いて宜しいですか?」

高野「ああ、通常の体制に戻す。ただし長良の水雷戦隊は、そのまま現場に急行。念の為、数日警戒に当たらせる」

高雄「了解しました」

亀島「大丈夫ですかな?」

亀島さんが、労わる様な表情で私の顔を覗き込んでいる。心配してくれているのだ。

南野「え、ええ。大丈夫です。少し圧倒されました」

本音だ。

南野「それにしても、高野海将補に艦娘と頭の中で会話する能力があるとは。いや、能力という言葉は少し変ですか」

亀島「おや、もう信じるので?自分など、最初は半信半疑でしたが」

私は、愛想笑いする。
信じるしかない。見てしまったのだから。あの空気感を演技で出せるものなのか?

南野「高野海将補は執務室に居ながらにして、遠く離れた戦場の状況を把握出来る訳だ」

金剛「それは、ちょっと違いマース!」

南野「え?」

金剛「提督には声が届くと同時に、ワタシ達が感じてる感情や感覚も伝わりマス。つまり提督は、ワタシ達と一緒に
    戦場に居るのデース!」

比叡「体の痛みまで伝わっちゃうんだから、困りますよね!」

南野「痛みまで!?」

金剛「だから、これだけは自信を持って言えマス。ワタシ達は提督と心と心が繋がってる。ワタシ達は提督を心から愛してマース!」

高野「何の話をしてる?」

金剛「ワタシ達が、どれだけ提督を愛してるか伝えてましター!」

高野「おい!それ絶対、誤解されるだろ!」

金剛「何が勘違いデース!?提督はワタシ達の事、愛してないデスか!?」

あ、地雷を踏んだかも。
とんでもない修羅場が繰り広げられる予感がする。

しかし、次の高野海将補の言葉は、予想の斜め上を行っていた。





高野「もちろん、愛している!」





私は固まるしかなかった。

高野「いやいやいやいやいや。勘違いなさらないで下さい。自分が艦娘に抱く感情は、決してやましいものではありません」

南野「はぁ」

高野「自分の感情を表現するのは大変難しいのですが、そうですね。家族的というか、娘であり妹であり、恋人でもある様な
    とても複雑なものなのです」

金剛「ほら、恋人でもあるじゃないデスか!大体、日本人はLoverに対するスキンシップが足りまセン!」

高野「お前も日本の艦娘だろうが!」

島風「だったら、自分で抱き着いちゃえばいいじゃん。ほら、こうやって」ギュッ

高野「こら、島風」

金剛「「「 島風ェェェェェ!アナタは何してるデース!!! 」」」

島風「んー?娘として抱き着いてるだけだけど?」

金剛「そ、その手がありましたカ・・・」わきわき

高野「金剛、その手の動きやめろ」



南野「ぶふっ」

亀島「南野さん?」

南野「あはははははははははは!」

久々に声を上げて笑った。込み上げて来る感情を抑え切れない事など、いつ振りだろう。

南野「貴方は確かに提督ですよ。失礼ながら、私も提督と呼ばせてもらって、良いですか?」

高野「はぁ、それは構いませんが」

南野「亀島さんも、長官と呼ばせて頂きたい」

亀島「南野さんが問題なければ、ご随意に」

南野「私も、ただの政務官という事で」

高野「しかし、まずいですね。これでは海軍の伝統に逆行しますね」

大笑いする三人を、艦娘達が不思議そうに見ていた。

この後、金剛にアフタヌーンティーのもてなしを受けた。
サンドイッチは固くなってしまっていたが、美味しかった。
島風が油っこいとからかった比叡のチキンサンドも、緊張からか疲れていた体には丁度良かったし、何より紅茶が美味しかった。
夕食前に鎮守府を出て、久々に妻子と食事を共にし、心地よい眠りに着く。










ガバッ
私は、文字通り飛び起きた。
思い出したのだ。工廠で引っ掛かっていた事を。

電『海戦の残骸から、また【素材】が見付かったので───』

覚えている。
資料には、一番最後に行われた海戦の結果も載っていた。

[敵水雷戦隊を全艦撃沈][味方に損害なし]

電の言う残骸とは、深海棲艦の物以外にあり得ない。その残骸から素材が回収されるとは、つまり



深海棲艦も艦娘───なのか?

【本章】横須賀鎮守府司令官 高野政光



高野「この資料室は静かで良いでしょう。考え事をするのに、たまにここを使うのです」

南野「・・・・・・」

高野「ああ、勘違いなさらないで下さい。誤魔化そうとしている訳ではないのです。ご質問の、艦娘と深海棲艦は同一の存在か、
    という事ですが」

南野「はい」

高野「そこは断言しますが、違います。ただし両者は似て非なる存在といいますか、確かに同一の者と見なされても仕方の無い
    所はあります」

南野「例えば?」

高野「例えば、どう生まれてくるかですが、彼女達───敢えて深海棲艦隊側も、そう呼ばせて頂きます───彼女達の誕生には、
    素材が関わっていると推測されます」

南野「そ、それは」

高野「頭の中を疑われるのを承知で申しますが、この表現が一番しっくり来ます。彼女たちは太平洋戦争で戦った艦の一部を
    依り代として誕生する」

南野「しかし、それではまるでオカルトだ!」

高野「そうです。オカルトなのですよ。艦娘の存在さえ科学で証明出来ない、おとぎ話なのです。しかし現実に我々の前に存在する。
    我々は、おとぎ話と感じつつも、これを受け入れねばならないのです」

南野「でも、待って下さい。誕生の仕方が同じなら同一の者と考える方が、むしろ無理が無い。ならば、提督の両者が違うと断言する
    根拠は何ですか?」

高野「実は朝一でこの質問を頂いた時に、これを説明するのにうってつけの艦娘を呼んで───」

トントン

高野「来た様です。入ってくれ」

ガチャッ



那珂「艦隊のアイドル!那珂ちゃんだよー♪よっろしくぅ☆ミ」



高野「・・・・・・」

南野「・・・・・・」

那珂「・・・・・・」

高野「・・・・・・」

南野「・・・・・・」

那珂「川内型軽巡洋艦三番艦の那珂です!宜しくお願いしまーす!」

高野「出来るんだから、最初からそっちで挨拶しろよ」

那珂「えー?だって、つまんないじゃないですかぁ。提督、ノリ悪いなぁ、もう!」

高野「ノリの問題じゃねーよ」

南野「・・・・・・」

高野「ああ、いえ。誤魔化そうとか、そういう事ではありません。決して」

南野「は、はぁ」

高野「取り敢えず、こっち来て座れ」

那珂「はーい♪」

高野「那珂、話してあげてくれないか。お前が生まれた時の事。そして───お前が軽巡棲姫だった時の事を」

南野「なっ!?」

那珂「いいの?だって・・・」

高野「政務官には、この情報を知る権利がある。それにこの人なら、きちんと話を聞いてもらえる筈だ」

南野「あの、私ならというのは?」

高野「艦娘が生まれた時の事を、電が幹部の前で話した事があります。誰も信じませんでした。自分と大臣以外はね。正直に言うと、
    鼻で笑ったのです。残念ながら、前任の田野辺政務官もその中に居ました」

南野「ああ、なる・・・程」

高野「聞いてやって頂けますか?那珂の話を」

那珂「那珂ちゃんには、戦争の記憶があってぇ。初めて海に出た時とか、四水戦のセンターだった時とか、乗組員の会話とか、
    ぜーんぶ覚えてる。もちろん艦(ふね)としての那珂ちゃんを愛してくれたこともね!」

南野「記憶ですか」

那珂「もしかしたら、その時から那珂は居たのかなぁ?でも艦(ふね)としての那珂は沈んじゃった。あれは怖かったなぁ。もちろん
    空襲も怖かったけど、もうみんなと一緒に居られないんだーって思うと、もっと怖かった」

高野「すまんな、思い出させて」

那珂「大丈夫!アイドルはへこたれない!」

那珂「沈んじゃってからは、ずっと眠ってた気がするなぁ。でもね、ある時、声を聞いたの。那珂を呼んでる様な、そんな声だった」

南野「それは、誰の声だか分かったのですか?」

那珂「その時は分かんなかった。でも、会いに行かなきゃーって思った。船体は壊れちゃったし、どうしよーって思ったけど、
    どうしても会いに行きたくて、絶対絶対会いに行きたくて、そしたら考えついたの!」

南野「何を?」

那珂「ヒトとして会いに行けばいいじゃんって!きゃは☆那珂ちゃん、天才!」

南野「人・・・として」

那珂「どうやってこの体になったか、那珂には分かんない。最初はカケラだった気もするけど、良く覚えてなくて。だけど、
    乗組員みんなの記憶とか、思いとかから今の那珂を思い描いた気がするなぁ」

那珂「これでやっと会いに行けるーって思ったら、邪魔しに来たんだよね、闇が!」

南野「闇・・・闇とは暗闇の事でいいんでしょうか?」

那珂「そう。真っ暗で、なーんにも見えなかった。那珂は捕まえられちゃった。すっごく怖かった。怖くて寂しいのに、何か囁き
    掛けて来るの。コロセ・コワセ・シズメロ・ニクメ。もう、ずーっと耳元で!」

南野「ずいぶん、嫌な言葉だ。」

那珂「気が付いたら那珂は戦ってた。戦ってる間も、ずっと追い立てるの。コロセ・コワセって。もう戦う事しかなかったなぁ」

南野「その時が、軽巡棲姫だったという事ですね」

高野「そうです。那珂との出会いは敵同士でした」

那珂「でも、提督が来てくれた。頭の中に声が聞こえて、ああ、あの時の声だーって。こんな事するのに、この体になったんじゃ
    ないんだぞって。でも失礼しちゃう。最初、他のコと話してて、那珂の事ほっとくんだもん!」

高野「仕方ないだろ。あの時は、艦娘が取り込まれてるなんて事態は予測してなかったんだから」

那珂「ふーんだ」

南野「ちょっと宜しいですか?捕まった───という事は、最初から艦娘として生まれて、後に深海棲艦になったという解釈で
    間違い無いのですよね?」

那珂「その通りです!」

南野「だったら。他の深海棲艦が艦娘である可能性もある訳ですよね?」

高野「まれにあります。例えば春雨。彼女も駆逐棲姫でした」

南野「あの、春雨さんが・・・」



春雨『これでやっと司令官のお役に立てます。はい』



那珂「那珂が闇の中だった時はぁ、那珂の他に見た事なかったなぁ」

南野「分かるのですか?」

那珂「もっちろん。那珂達は艦(ふね)の時に愛してもらったから、ヒトのコト好きだけど、深海棲艦はヒトのコト大・大・大
    だーいっ嫌いだからね!」

南野「人を嫌い?」

高野「実は自分も深海棲艦の意識を感じる事があるのですが、彼女達の意識は、そうですね───完全なる憎悪ですね」

南野「それは穏やかじゃないですね・・・」

高野「ただ、その奥底には悲しみの感情も見えて、自分にはそれが気に掛かるのです───」

その日は、他と何の変わりの無い、蒸し暑い夏の日だった。

海の近くに住んでいた私は、宿題もそこそこに、友達と連れ立って海に来ていた。

その浜辺は、あまり知られていない穴場で、夏休みとはいえ平日の今日は、自分達の他に小学校で見かける低学年の男の子達が

遊んでいるだけだった。



海は前から好きだった。

オヤジに言わせると、赤ん坊の頃の私がグズると、海に連れて来たらしい。

格好付けて詩的に言うなら、波の音を子守唄に育った訳だ。



いつもの様に、廃業した漁師のおっちゃんからもらった古びた救命胴衣を着て、浅瀬でぷかぷか浮いていた。

友達も、削れて角の丸くなったビート板を使って、やる気なく足をバタつかせているだけだ。

海水はぬるく、何となく包まれている様な感じがした。

本当に、いつもの夏の日の午後。



声が聞こえた。

聞き取れない程の、小さな声。

友達に、しゃべったかなんて聞かない。それは女の子の声だったから。

私は耳を傾けた。

すると、声は一杯聞こえる事が分かった。

『誰なの?』

『どこに居るの?』

答えはない。

ただただ、声が聞こえるだけだ。

『いつか会える?』

答えはない。

『いつかみんなと、会えるといいな』

相変わらず答えはなかったけれど、みんなが笑った気がした。



それ以来、声を聞いた事はない。

でも、海に入る度に、いつも包まれている様な感じがしている。

高野「自分が艦娘を呼んだとしたら、その時だと思います」

南野「それを那珂さんが聞いたと?」

高野「正直、分かりません。ただ、そういう事があったとしたら、その時。としか言えないのです」

南野「ふむ」

高野「正におとぎ話なのですよ。先程も、全くの比喩で言った訳ではないのです」

南野「電さんや他の皆も、同じ様な話をされるのですか?」

高野「大体は、似た様な話をします」

南野「春雨さんも?」

高野「はい」

南野「呼ぶ声が聞こえたというのは、艦娘との心の会話───でしたか、それに通じる話ですね」

高野「信じるのですか?」

南野「信じざるを得ません。あの天龍さん達とのやりとりを見た後ではね」

南野「総監部の方にも顔を出さねばなりませんので、これで。貴重なお話を、有難うございました」

高野「こちらこそ。聞いて頂いた事、感謝致します。では」

ガチャッ バタン

高野「・・・・・・」





高野「物音一つ立てないとは、大したものだな」





高野「そこで何をしている?日向」

日向「・・・・・・」

日向「どうして分かった?」

高野「俺は、お前の提督だからな」

日向「そうだった。心が通じるというのも不便なものだ」

高野「で?盗み聞きとは趣味が悪いな」

日向「キミこそ人聞きの悪い。私がここに居ると知って、あんな話をしたくせに。何を言っているのだ」

高野「確かにな。感想を聞かせてもらおうか」

日向「特に無い。無い───が、一つだけ言っておきたい事がある」

高野「何だ?」

日向「私も、どちらかといえば人間は嫌いだ。キミが人間の味方をするから、私もそうするだけだ」

高野「いい機会だから、聞いておきたい。お前が人間を嫌う理由は、何なのだ?」

日向「・・・・・・」

高野「・・・・・・」

日向「人は人を大事にしない。人は命の価値を知らない。勝利を人の命で買おうなどと、正気とは思えない事を平気でする」

高野「今もそうだと?」

日向「ならば何故、戦争は無くならない?」

高野「使い古されてはいるが、核心を突いた質問だな」

日向「まあいい。質問を変えよう」





日向「深海棲艦は、何故攻めて来るのだ?」

高野「人は滅ぶべき存在で、深海棲艦隊はその為に存在する。とでも言いたいのか?」

日向「物語としては面白そうだが、そんな大層なものじゃない。人が居て、艦娘が側に現れた。その増長を挫く為に、深海棲艦隊が
    現れた───まあ、これも物語的ではあるがな」

高野「お前は、艦娘が現れたが故に深海棲艦も姿を現したと思っているのだな」

日向「そうだ」

高野「つまる所、これは光と闇の戦いな訳だ。いや、茶化してる訳じゃない。ただな」

日向「ただ?」

高野「闇があるから光が必要だったと、俺は思いたい。俺がお前達を愛しているから、そう思うのかもしれないがな」

日向「・・・それが茶化しているというのだ。失礼する」

高野「最後に一つだけ」

日向「・・・・・・」

高野「どうしてお前は、ここに居た?」



日向「私も考え事をする時、この場所が気に入っている。それだけだ」

文月「しれーかぁん。ご褒美にぃ文月の頭、なでなでさせてあげるねー」

高野「誰のご褒美なんだよ」なでなで

皐月「ずるい、ずるい!ボクだって頑張ったんだからね!」

暁「フ、フン!頭なでられて喜ぶなんて、まだまだお子ちゃまね!」

響「・・・して欲しそうに見えるけど」

暁「そんなワケないじゃない!///」

高野「天龍と龍田も良くやった。資源輸送は日本の生命線だ。ほっとしてる政府関係者も多いだろう」

天龍「フフ。あの程度なら、いつでも任せろ」

龍田「天龍ちゃん?文月ちゃんが発見してくれなかったら、結構危なかったと思うけれどー」

天龍「わーってるよ!文月は後で、奢ってやる」

文月「わぁい」

卯月「うーちゃんもぉ、弥生ちゃんもぉ、頑張ったなーって」

弥生「弥生も頑張った・・・のかな?」

天龍「わーった。全員だ、全員!」



高野「甘々お姉ちゃんだな」

龍田「ねぇ」

天龍「誰が甘々だ!///」

高野「それで、名取」

名取「ふぇあ!?」

高野「何を驚いてんだ・・・北方の哨戒、ご苦労。異常無しという事だな」

名取「は、はい。深海棲艦隊に動きはありません。た、ただ、何度か密漁船と思われる船を見掛けて、警告しました」

大潮「全力で追い掛けたら、逃げて行きました!全力です!」

高野「・・・無茶するな」

朝潮「でも危険ですから、彼らの為です!」

高野「ま、それはそうなんだが。タガが緩んで来てるのかな」

満潮「冗談じゃないわ!私達の知らないとこで沈むんなら勝手だけど、見付けたら守らなきゃいけないんだから。勘弁してよね!」

荒潮「今度はぁ、信管外した魚雷で警告したらどうかしらぁ」

愛宕「荒潮ちゃん。漁船程度なら、当たっただけで浸水して沈んじゃうからー」

荒潮「その儚さ、素敵・・・」

亀島「そういう問題と違うじゃろ」

高野「国内の漁船ではないと思うが、一応各漁協に連絡入れてもらうとして、周辺各国には外交ルートで取締りの強化を打診して
    もらうしかないな」

高雄「午後の会議の議題に入れますか?」

高野「そうしてくれ。さて、みんな遠征ご苦労だった。風呂に入って、食事して、疲れを取ってくれ」

朝潮「司令官!高速修復材の使用は、許可頂けますか!?」

高野「あー、分かった。許可する」

大潮「やった!」

満潮「何が高速修復材よ。ただのバス○リンじゃない」

荒潮「でも、あれってぇ、何か疲れが取れる気がするわよねぇ」

亀島「温泉の素の方が、効き目がある気がするがのぅ」

大潮「あの青がいいんです!あの青をバケツに汲んで頭からバシャーって掛けると、アゲアゲな感じがします!アゲアゲです!」

高野「それ、ただの視覚効果だろ」

如月「あれ、人にやるの止めてよ。髪が痛んじゃう」

睦月「この前、お湯が減り過ぎって怒られたのですー」

高雄「次の議題です。昨日の対潜水艦戦の結果については先程の報告通りですが、敵潜が対潜警戒網突破という事態に対して今後の
    対処をどうするかです」

幕僚「頭の痛い問題だが、現状の体制のままで精度を上げて行くしかないでしょうね」

南野「投入する潜水艦を増やす訳には、いかないのですか?」

高野「無理でしょう。メンテナンスや乗組員の休養も考えて、現状でギリギリのローテーションです」

幕僚「変な話になりますが、第1・第2と潜水艦隊の枠を取っ払ってやってもらっている。無理強いは艦隊の有機的運用に支障を
    きたします」

南野「かと言って、洋上艦では無理ですしね・・・」

高野「現代の潜水艦なら深海棲艦の兵器が届く下を行き来出来る、というのが前提ですからね。そもそも艦娘しか敵を沈められないし
    護衛艦が先に発見されたら、それは虐殺です」

南野「実際に、探知精度は上げられるのですか?」

幕僚「正直に申し上げると、機械的には困難です。対象が人程度の大きさである上に、推進方法も意味不明───これは艦娘にも
    言える事ですが───これを艦娘がどう探知しているのかも解明出来ていない」

高野「防衛協での研究は、どうなってます?」

幕僚「音紋解析に絞ってやっている様ですが、難航している様です」

幕僚「また、音紋解析が成功したとしても運用は極めて困難です。そもそもの音が小さいのに、深海棲艦の半径500メートルに近づくと
    謎の磁気干渉を受ける。下手をするとシステムダウンです。探知どころじゃない」

南野「ふむ・・・」

幕僚「となると、今まで通り敵潜のブロー音とか艤装のキシミ音とか、細かい音を拾っていく以外ありません」

高野「個々のソナー担当のスキルアップが頼りと」

幕僚「残念ながら」

南野「楽観する訳ではないのですが、敵の潜水艦が本土近くに来る事は稀なのでしょう?」

高野「それなのですが、明日にでも軽空母を含む哨戒艦隊を出撃させようと考えています。和歌山沖まで作戦行動をしているとなると
    支援艦が出て来ている可能性が高い。それを叩かないと、次々に潜水艦を送り込まれかねない」

幕僚「米軍にも、偵察衛星のデータを出してもらいますか?」

高野「協力を仰げれば有難いです」

~防衛省~

宮田「おう。どうだい?横須賀鎮守府は」

南野「正直申し上げますと、絶賛混乱中です」

宮田「ははは。そうだろう、そうだろう」

南野「ただ、たった数日で素材を初めとする機密に接する機会を持ちました。大臣が彼を、あれだけ強引に司令に据えた訳にも」

宮田「公には出来ん話が満載だからな、あそこは。迂闊に素材の話なんぞ表に出してみろ。また日本謀略説の連中に油を注ぐ結果に
    なっちまう」

南野「まだ、そんな動きがあるのですか?」

宮田「国内のデモは鎮静化してるがな。未だ国連で討議すべきなんて国もあるし、大真面目に日本が深海棲艦隊をも操っているなどと
    言われて、こっちも大真面目で否定せにゃならん。道化になった気分だよ」

南野「何度も話し合われていますが、出す情報量が少な過ぎるのでは?」

宮田「線引きの問題がな、難しいよ。艦娘が艤装を背負う所でも見せれば、我々がどうこうなんて話は一発で消えるかもしれんがな。
    そういえば、春雨の着任に立ち会ったんだって?」

南野「はい、衝撃を受けました。普通の女の子にしか見えないのに、あの重量の艤装を軽々と着けるとは」

宮田「普通の女の子───か。そこだよ、我々が感じ取らにゃいかん所は。お前達は女の子に守ってもらわんと、何も出来ないのだ
    と言われてる気がしてね。奢るな、という事だろうな」

南野「何らかの大きな存在からの警告とか、神秘主義者のたわ言と片付けて来ましたが、素直に笑えませんね、知ってしまうと」

宮田「ま、我々は現実の中でやって行くしかない。未知と現実に折り合いを付けて行動するのも、政治屋の努めだからな」

南野「はい」

瑞鳳「出撃前に玉子焼き作ったの。食べりゅ?」

高野「おお、そうか・・・あ、いや」

祥鳳「提督?」

高野「これは哨戒行動の合間に、みんなに分けてやってくれないか?」

瑞鳳「・・・え?」

祥鳳「提督!瑞鳳が折角、提督の為に作ったのに!」

高野「すまんが、我侭を言わせてくれ。どうせなら出来立てが食いたい。出撃から帰ったら、温かいのを食わせてくれ」

瑞鳳「わかりました!これよりもっと上手に焼いちゃいます!///」



南野「提督は、どうして受け取らなかったのでしょう?」

亀島「縁起が悪いと思ったのかもしれません。艦娘が作ったものを残して行く事に対して」

南野「はぁ」

亀島「提督は若いのに、そういう事を気にする人物でして。そんな細かな事を一つ一つ潰していく事で、艦娘が無事に帰って来られる
    確率を高めているのかもしれません。気持ちの問題と片付けてしまえば、それまでですが」

南野「そういえば、未だに艦娘の誰一人として沈み───亡くなっていませんね」

亀島「それが提督の矜持なのですよ。出撃した艦娘が全員無事で帰って来る。それが真の作戦成功だと、常に言っています」

南野「なる程」

亀島「今回も哨戒任務にしては過剰戦力ですが、提督なりに何か感じ取っているのかもしれません」

高野「榛名、旗艦は頼むぞ。会戦の可能性もある。慎重にやってくれ」

榛名「はい。榛名にお任せ下さい」

高野「金剛も、榛名のサポートを宜しく頼む」

金剛「お任せ下サーイ!榛名とは、前の姿だった時から阿吽の呼吸ネー!」

浦風「提督。うちらには何かないんけ?」

高野「もちろん、あるとも。今回は敵潜の出現も十分予想される。護衛は言うまでも無く重要だ。頼んだぞ」

雪風「雪風にお任せ下さい!」

磯風「うむ。任せてもらおう」

浜風「浜風、全力で任務に当たる所存です」

高野「球磨。今回も水雷戦隊のまとめ、期待している」

球磨「フッフッフー。腕が鳴るクマ」



高野「よし。聞き飽きたなどと思わず、全員ちゃんと聞け。全員が無事に帰投して、初めて任務の成功だ。忘れるな!」

筑摩「あら、今日はこちらで昼食ですか?ご一緒しても宜しいでしょうか」

高野「もちろん、いいぞ」

筑摩「ほら、利根姉さんもこっちに」

利根「・・・・・・」ムッスー

亀島「利根、何をむくれとる?」

利根「さっき出撃した艦隊の事じゃ。哨戒任務と聞いておる。何故、我輩を使わん」

高野「何故って、軽空母二人の編成だからな。十分だろ?」

利根「フン。大昔のミッドウェーで我輩のカタパルトがトラブル起こした事を気にしとるんじゃろ?訓練積みまくっとるというに」

高野「いや。ハッキリ言うと、お前が一番気にしてるんじゃないか?」

利根「そんな事ないわ!!!///」

高野「丁度、話題に出たから聞いておこう」

利根「なんじゃ」

高野「利根・筑摩。お前達、航空巡洋艦になる気はないか?」





利根「は?」

筑摩「はい?」

利根「既に、最上と三隈がおるではないか」

筑摩「鈴谷さんと熊野さんも改装準備中と聞いてますよ?」

高野「うむ。だが、零式水偵の性能にも限界を感じていてな。大戦末期に作られた偵察機も、資料不足で工廠での再現が難航している
    のが現状だ」

筑摩「確か、紫雲でしたか。殆んど生産されなかったのでしょう?」

高野「そこへ行くと、瑞雲はある程度順調に開発が進んでいる。航空巡洋艦となって瑞雲を多数運用出来れば、索敵範囲が広がる上に
    航空戦力としても期待出来る訳だ」

利根「ふーむ」

筑摩「主砲を降ろしての甲板追加となりますが、戦力低下の問題は?」

高野「お前達が艦(ふね)だった時は大幅な打撃力低下だったろうが、艦娘になって前の主砲を全部積めてる訳でもない。瑞雲を積む
    メリットの方が大きいと、俺は見ている」

亀島「艦娘ならではですな」

利根「すまんが、すぐに返事は出来ん。我輩達にとって未知の換装だからな」

高野「もちろんだ。ゆっくり考えてくれればいい」



高野「さて。こうなると、向こうにも話を持ち掛けてみないとな」

南野「?」

山城「わ、私達が?」

扶桑「航空戦艦に?」

高野「うむ。意見を聞きたい」

山城「私の性能に不満なのね・・・」

高野「そういう事じゃない。索敵能力の向上と航空戦力の充実は命題と言ってもいいからな」

扶桑「提督のおっしゃる事も分かります。でも航空戦艦への改装というのは・・・」

高野「不安もあるだろうし、戦艦としての誇りも分かる。検討だけでもしてくれないだろうか」

山城「いえ、提督は分かってないわ。私たちは大戦の時、欠陥戦艦と言われ続けて来た。伊勢型は、私達の失敗を元に誕生したの。
    その私達に伊勢型と同じ航空戦艦になれだなんて・・・」

高野「お前は自分を過小評価し過ぎだ。少なくとも今のお前は、俺にとっても貴重な戦力じゃないか」

扶桑「提督が私達を他の戦艦と同列に扱って下さっている事、もちろん分かっています。他の艦娘と同様に愛して下さっている事も
    分かっています」

高野「・・・・・・」

扶桑「でも、それでも。消せない記憶というのはあるものなのです」

高野「そうか。こっちも急ぎ過ぎた様だ。今の話は、頭の片隅にでも留めておいてくれ」

南野「難しい問題ですね」

高野「まあ、遅かれ早かれ伝えねばならなかったのです。我々は恐らく史実以上の戦力を持てません。つまり、史実に於ける空母の
    数には限りがあります。対して、深海棲艦隊がどれだけの戦力を持てるのか、分からないのですよ」

南野「・・・あ」

高野「我々は未だ、敵の全体像を掴んでいない」

南野「これは、提督の全員帰投で任務達成の話にも繋がって来る訳ですね」

亀島「まあ提督にとっては、それだけの意味でもない様ですがな」ニヤリ

高野「・・・コホン。今回の事、我々も艦娘も考える所がある訳ですが、一番大変なのは彼かもしれません」

南野「というと?」



有田『利根型に航空甲板とか、どうすりゃいいんすか!その上、扶桑型まで!?誰か教えてくれー!!!』



南野「なる程」

山城「・・・・・・」



時雨「山城さんはどうしたの?元気ないみたいだね」

扶桑「そんな事はないのよ。ただ───」

時雨「ただ?」

扶桑「いえ、何でもないわ」

時雨「ボクに言えない事なのかな」

扶桑「そういう訳ではないの。そうね、実は───」



時雨「───提督が、そんな話を」

扶桑「私達もね、提督のお役には立ちたいの。小さなプライドとは思うのだけれど。ね、時雨ちゃんはどう思う?」

時雨「・・・怒らないで聞いてくれるかな」

時雨「この体になって鎮守府に来て、色々と調べたよ。ボクらが戦ったレイテ沖海戦の事もね。正直、絶望した。あれはもう戦いとか
    そんなレベルじゃなかった。ボクが生き残れたのは、ただの偶然だよ」

扶桑「そうね。残念ながら、同感ね」

時雨「あの時、ボクらに少しの航空戦力があったとしても結果は変わらないだろうね。スリガオ突入は夜だった訳だし。でも、その

    前にもっと出来る事はあったんじゃないか。何か出来たら、もっと帰れた艦(ふね)がボク以外にも居たかも。
    ───そんな事を思っちゃうんだ」

扶桑「最上もあの後、結局沈んだのね。満潮ちゃん・朝雲ちゃん・山雲ちゃん、みんな助けたかった」

時雨「ボクは扶桑さん達を助けたい。同じ様な事はもうゴメンだけど、そうならない為に少しでも強くなれるなら、ボクなら改装を
    受けると思うんだ」

扶桑「時雨ちゃん・・・あなたの言いたい事は分かったわ。私も、もう少し前向きに考えてみる」

時雨「!」

扶桑「山城・・・」

山城「私は今の所、心変わりするつもりはないけど、今の話は覚えておくわ。い、一応よ。一応なんだから///」

時雨「・・・うん、有難う」

間宮「はい。夕食後のデザートをどうぞ」

高野「有難う」

南野「間宮さんが、食堂に?」

高野「実際問題、間宮が戦地を巡って給糧艦の役目を果たせる訳でもないですからね。普段はここで、艦娘達に癒しを提供して
    もらってます」

南野「すると、これが有名な間宮羊羹ですか」

亀島「彼女には、職人の記憶も受け継がれている様ですからな」

南野「再現不能と言われたものを頂けるとは、有難いですね」

高野「我々のささやかな特権です。もっとも、一部のマニアにしてみれば、ささやかどころの騒ぎではないでしょうが」

時津風「じーっ」

高野「どうした、時津風。羊羹ならやらんぞ」

時津風「なんでー?時津風のは、もうないよー?」

高野「それは、お前が食べたからだろう」

時津風「うん」

高野「うんじゃねーよ。だから、お前の分はもう無いんだよ」

時津風「んな馬鹿な。食べるのー!」

天津風「やめてよ。厚かましく思われるでしょ?」

時津風「天津風だって、すぐ食べちゃったくせにー」

天津風「それは、時津風が狙ってくるからじゃない!///」

南野「あの、良かったら私のを」

時津風「ほんとー?」キラキラ

高野「甘やかしてはいけません。でないと大変な事に───」



夕立「ずるいっぽい!夕立も欲しいっぽい!」

白露「よぉーし!白露、いっちばん先にもらっちゃうよー?」

長波「長波様も参戦と、いっきましょう!」

秋雲「確かに、参戦しない訳にはいかないねぇ」

雷「もちろん、雷にも権利があるわよね!」

南野「え?え?」

暁「あ、暁はレディなんだから。レディなんだから」

電「暁ちゃん、涙目なのです」

暁「そんな事ないし!!!///」



亀島「遅かった様ですな」

高野「政務官。今日は泊まりで良かったのですよね?」

南野「え?あ、はい」

高野「古鷹がゲストルームの用意をしてくれてますので。では、お先に」

南野「は?」

亀島「ご武運を」





南野「ちょ、待っ───あぁぁぁぁぁ

南野(───眠れない)

   (確かロビーの自販機にココアがあったな。妻と娘はココアで眠れると言ってたが)



   「ふぅ」

   (ココアなんて何年振りだろう)

   (静かだ)

   (提督も長官もこの建物で寝てると聞いて驚いたが、この静かさなら頷けるか)



ヒタ ヒタ ヒタ



南野「!」ビクッ

   (な、何の音だ!?)



ヒタ ヒタ ヒタ



南野(足音だ。こんな時間に?守衛が周るとは聞いてないが)

   (───あれは、時雨さん?)

ギィィィ パタン



高野「・・・時雨か」

時雨「提督、眠れないんだ」

高野「そうか」



高野「・・・・・・」

時雨「・・・・・・」



高野「こっちに来い」

時雨「・・・うん///」

南野(あああ、あれは色んな意味でマズイいんじゃ!?)

   (止めるべきか・・・でも、入れる訳がない!!!)



亀島「どうなされました?」

南野「!」ビクーーーッ

亀島「驚かせて申し訳ありませんでしたな。年寄りになると、眠りが浅くていけません」

南野「そそそ、そんな事より、時雨さんが中に」

亀島「そうですか、今日は時雨でしたか」

南野「時雨でしたかって───こんな事が頻繁に!?」

亀島「ええ、まあ」

南野「い、いくらなんでもマズイとは思いませんか?き、規律とか諸々の意味で!」

亀島「ああ、そちらの心配でしたか。そうですな、無理もありません」

南野「は?」

亀島「いや、私も気付くべきでした。ここに居ると毒されると言うか、当たり前の事に気が回らなくなっていけません」



亀島「ほら、論より証拠というやつです」

ガチャッ

南野「ちょ、ちょっ!長官!?」

高野「おや、こんな時間に二人してどうされたのです?」

亀島「すみませんな。実は政務官が気にしておられたもので。起こしてしまいましたかな?」

南野「わ、私は別に・・・」

高野「しーっ」

南野「!」

高野「今、寝付いた所なのです」

時雨「・・・・・・」すぅ

南野「・・・寝ている」

高野「はい」

南野「それだけですか?」

高野「どういう意味でしょう?」

南野「!///」

高野「冗談です。申し訳ありません」

亀島「また昔の事を思い出したのですかな?」

高野「その様です。扶桑達とレイテの話を少ししたと。これは自分の責任でもあります。悪い事をしました」

南野「ああ、昼間の」

高野「昔を思い出して寝付けないと、ここへ来るのです。眠りにね」

亀島「それでは、おやすみなさい」

パタン

亀島「艦娘に過去の大戦の記憶があるという話は聞いとると思いますが、特に夜は思い出しやすい様なのです。こんな静かな夜だと
    尚更かもしれません」

南野「静かな夜ですか。確かにそんな雰囲気がありますね、この場所は」

亀島「艦娘達には辛い思いでも多いでしょうからな」

南野「駆逐艦娘には重い記憶だ・・・」

亀島「来るのが駆逐艦だけとは限りませんぞ?例えば、ほら」

南野「?」



加賀「あら、誰か先客が居て?」

亀島「時雨が寝とる」

加賀「良かったわ。わざわざ提督を起こすのも、悪いと思っていたものですから」

亀島「眠れんのか?」

加賀「そうね、そんな日もあります」

亀島「では、お休み。良い夢をな」

加賀「有難うございます」

ガチャッ パタン

南野「・・・本当に、何もないのですよね?」

亀島「ええ、まあ」





亀島「・・・多分」

加賀「お邪魔だったかしら」

高野「分かっていて聞くな。こっちに来い」

加賀「はい」

高野「またミッドウェーの夢か?」

加賀「ええ。なかなか消えてくれるものではないわ。なんとなく赤城さんを起こしてしまう様な気がして、来させてもらいました」

高野「そういうのは、伝わるものなのかな」

加賀「どうかしら。提督を通じないと艦娘同士が心の会話は出来ないけれど、そうね。感情が伝わって来る感じはあります」

時雨「・・・・・・」すぅすぅ

加賀「良く眠っているわね」

高野「そうだな」

加賀「何故貴方の側だと、私達は落ち着けるのかしら。考えてみた事はあって?」

高野「ああ。だが、結論は出ない。ただ、お前達の苦しみや悲しみが俺に伝わって、少しでも引き受ける事が出来たら。そんな事を
    考えているよ」

加賀「案外、本当にそんな所かもしれないわ」

高野「でないと、俺が呼ばれた意味がないからな」

加賀「あら、貴方が私達を呼んだのではなくて?」

高野「お前達はそう言うがな、良く分からん。俺自身、自分の役割を計りかねている」

時雨「・・・う・・・ん」すぅ

高野「寝るか」

加賀「そうね」





加賀「前の戦いの時、私達は乗組員の思いを受け止めた。そして、今。私達の思いを貴方が受け止めてくれている。少なくとも私は
    そう思っているけれど」

高野「そうか・・・もう寝ろ」

加賀「はい」

高野「加賀」

加賀「はい?」

高野「有難う」

加賀「もう寝て下さい」

高野「・・・ああ」

翌朝

祥鳳から飛び立った哨戒機が、硫黄島付近に敵の機動部隊を発見した

古鷹「こんな・・・こんな事って」

高野「くっ・・・球磨被弾・・・バルジ喪失」

南野「バルジというのはバリアの様なもので良かったのですよね?それを破られたら・・・」

亀島「一部では電磁シールドと呼ばれとる様ですが、艦娘が呼びにくいと言うのでバルジと呼んどります。バルジが破られると

    艦娘を守るものは艤装しかありません」

南野「・・・・・・」

大淀「球磨中破───これで退避中の中破・祥鳳、大破浜風に続き3隻目。これ以上の損害は戦線の維持に係わります」

南野(対して敵の損害は、撃沈・軽空母1、大破・軽空母1、駆逐艦3。決して戦果は劣っていない。しかし───)

高野「榛名と金剛が徐々にバルジを削られているのに対し、敵戦艦2隻には全ど損害を与えられていない」

古鷹「あのお二人の練度が足りてないとは、とても思えません。なのに、こんな」

高野「起こり得る・・・これは起こり得る。それが戦場だ。あまり認めたくは無いが、運を軽視するのはあまりに危険だ。それに

    敵護衛のあの動き」

大淀「自身の損害を省みず、戦艦を守っている印象を受けます」

高野「気付いたか。雷撃戦や対空戦で駆逐艦が前に出て来るなら分かる。しかし戦艦同士の砲撃戦で盾になるなどと」

亀島「艦娘が人の正の部分から生まれ、深海棲艦が負の部分から生まれて来るとすると───」

南野「すると?」

亀島「他の艦の犠牲など考えますかな?我々も大戦末期の悲劇と狂気は記憶しとる所ですが」





南野(いや。そもそも、自分が生き残る事さえ考えていないとすれば?)

鎮守府同時刻 1015 硫黄島沖 同航戦



榛名「球磨さんは下がって。浦風さん、護衛をお願いします」

球磨「無念クマ・・・」

浦風「ほら、うちが付くけぇ。行くよ?」

榛名「お姉様、被害の方はどうですか?」

金剛「まだ大丈夫ネ。でも、このまま膠着状態だと水雷戦にも持ち込めない。状況は悪化するばかりネ」

ドォォォン

榛名「おかしいです。私達と同じ36.5サンチ連装砲相当なのに、敵砲撃の威力が大き過ぎます」

金剛「ワタシもそう思ってたヨ。バルジへの負担が大き過ぎル」

榛名(それに百歩譲って敵の砲撃精度が上だとしても───)

金剛(───LUCKのせいにしたくはありまセンが、偏り過ぎてイル)

ドォン

高野《 榛名。残念だが、ここは一旦引こう。戦場離脱のタイミングを探ってくれ 》

金剛《 テートクゥ!それは余りに早急じゃないデス!? 》

高野《 地の利はこちらにある。無理する事は無い。既に追撃艦隊の編成を検討中だ 》

榛名《 了解・・・しました。提督、申し訳ありません 》

高野《 謝る事は無い。お前達が無事に─── 》



ドゴォォォォォン



榛名「!?」

高野《 どうした!? 》

金剛《 敵戦艦の砲塔付近が爆発を起こしたネ!着弾した訳でもないのニ! 》

高野《 爆発だと!?しかしこれで離脱のチャンスが生まれた!榛名!!! 》

榛名「全艦、面舵さんじゅう!第三戦速!同航戦からの離脱を───お姉様!!!」





金剛「!?」

古鷹「扶桑型、伊勢型どちらも出撃可能ですね。空母は?」

大淀「二航戦はすぐにでも出撃出来る筈です。五航戦も艤装の点検を終えたばかり───」

高野「ぐぅっ!」

亀島「提督!?」

南野「どうしました!?」

高野「こ、金剛被弾・・・機関部に甚大な被害を・・・認む」

大淀「そ、そんな」

古鷹「金剛型の速力あっての、高速艦隊編成なのに」

大淀「その足をもがれた・・・?」

榛名「大丈夫ですか、お姉様!?」

金剛「し、失敗したネ・・・爆発に気を取られたヨ」

磯風「どうする?このまま離脱していいのか?」

雪風「指示をお願いするのです!」

金剛「ワタシはこれ以上の増速は無理ネ・・・ワタシを置いて、みんなは・・・」

磯風「し、しかし」

ドォォォン

榛名「・・・・・・」

雪風「榛名さん?」



榛名「全艦このまま離脱!磯風さんと雪風さんは、煙幕を張りつつ金剛を護衛!殿艦は榛名が努めます!!!」

雪風「雪風が付いてます!頑張って下さい!」

磯風「これだけ煙幕を炊いてるんだ。そうそう当たるものか」

金剛「二人共、アリガト・・・船足12ノット・・・なんとか・・・榛名は、榛名は付いて来ていますカ?」

雪風「榛名さんはすぐ後ろに・・・え?」

磯風「居ない!?」



高野《 榛名、何をしている!? 》

榛名《 敵戦艦の行き足は落ちていません。このままだとお姉様どころか、退避中の皆も追い付かれる可能性があります 》

高野《 しかし、手負いとはいえ戦艦2隻の相手は危険だ。回避行動を取りつつ、振り切る機会を探すんだ! 》

榛名《 ごめんなさい、提督。今の榛名に出来るのは、可能な限りの戦力を保持する事。榛名一人の打撃力なら、他の戦艦が

    埋めてくれます 》










榛名《 提督、貴方を心から愛しています。

                     榛名は貴方への愛を、戦力という形で残します 》

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