エレン「巨人のいない世界」 (27)

こんな未来じゃない事を祈って

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『いつもで寝ているつもりなんだ。早く起きろ、アニ』

 そう、耳に届いた。

 酷く穏やかで、酷く無慈悲な声。

 瞼を開けると、ひびの入った結晶越しに、私のかつての同僚の姿があった。

 眠り始めてからそれなりに月日は過ぎているようで、その同僚も記憶にある姿より大人びている。

 それでも、その者が何者か、一瞬で判断できた。

 兵士であったアニ・レオンハートにとって、数少ない友人の一人だったのだから。

「よう、俺がわかるか?」

「エレ……ン……」

 エレン・イェーガーの名前を呟くだけで、私を守っていた結晶が砕けてしまった。

 大した高さではないが、私は地面に落下する。

 なんとかバランスを保って着地し、改めてエレンに視線を向けた。

 少しずつ私の頭は覚醒し始めると、同時に強い危機感を覚えた。

 どこだかわからないが、ろうそくの明かり一つしかない部屋。

 窓は存在せず、ここまで薄暗い状態では、巨人化する事は困難だ。

 仮になれたとしても、ここが深い地下ならば、身動きが取れなくなる。

 今視界にいるのはエレンだけだが、どこに他の兵士が隠れているかわからない。

 僅かでも油断できない状態だと私は判断し、気を引き締める。

 だが、胡坐を掻いて座っているエレンは、落ち着いた様子で口を開いた。

「ここにいるのは俺だけだ」

 嘘か真か、今の私では判断は難しい。

 最悪を想定しつつ、エレンに問う。

「仮に、あんた一人だったとして、なにが目的?」

 笑うでも、怒るでもなく、エレンは無表情のまま重そうな腰をあげた。

「お前を俺の手で殺すためだ」

 そうだろうね、と私を真っ直ぐ見据えるエレンに言った。

 私も立ちあがり、ブレードの柄を握る。

 使い物になるかどうかは不明だが、用心に越した事はない。

 ここで死ぬわけにはいかないのだから。

 どれだけ時間が経ったかわからないが、まだ任務を遂行しているはずのライナーやベルトルトのためにも。

 なにより、お父さんの元に帰るためにも。

 しかし、無情な言葉をエレンは口にした。

「……ライナーは死んだ。ベルトルトもだ」

 一瞬、言葉を失った。

 二人は戦士として、私よりも優秀だった。

 なにより、あの二人がいなければ、私は故郷に帰れない。

 二人を見捨てられないのではなく、単純に自分の実力不足のため。

 一人ではどうする事も出来ない。

 絶望感が胸を満たしている私に、追い打ちをかけるようにエレンは続けた。

「俺が殺した。母さんや、数多くの仲間たちの仇だからな」

 エレンはなにも間違った事をしていないだろう。

 私は、私たちは、数えきれないほど、人間の命を奪ったのだから。

 それが直接だろうと、間接的だろうと、関係はない。

 そう、思ってしまった。

 弱い人間の心の部分が。

 と、不意にお父さんの顔が脳裏を過った。

 遠く、もう触れる事も出来ない過去の記憶。

 それだけで、私は生きたいと思った。

 たった一人でも、なにをしてでも故郷に帰りたいと。

「お前も、俺が憎む仇の一人だ」

 言い終わるのが早いか、エレンは腰のブレードに手を伸ばさず、拳を構えた。

 訓練兵時代に、幾度となく見た姿。

 私自身、何度も教え、何度も拳を交えた事のある、対人格闘用の構えだ。

「それはなんのつもり?」

「これが一番効果的だろうからな」

 お前を苦しませるには、とエレンは言い、なお続ける。

「親父さんがお前に教えた技術、お前自身、すべて否定してやる」

「そう。でも、私が格闘に付き合ってあげるなんて言った覚えはないけど——」

 ブレードを抜こうとして、私はようやく気付いた。

 鞘から抜けない事に。

 鞘の中へ視線を向けて、理解した。

 結晶ではないなにかが、中を満たしている。

 思い出せば、目が覚めた時、既に結晶にはひびが入っていた。

 恐らく、私が目覚める前に、結晶に穴を開けて、そこから凝固する何らかの液体を流し込んだのだろう。

 どうやって結晶を砕く方法を得たのか、全く把握出来ていないが、したところで無意味だ。

 なんにしても、私がブレードを使えないという現実は変わらないのだから。

 とすれば、否応なく格闘戦になる。

 しかし、ブレードを得る事は、不可能ではない。

 目の前のエレンが持っているのだから、奪えばいいだけの話だ。

 ゴロツキ役からナイフを奪う、対人格闘訓練の時のように。

「どうしたんだ? 抜きたきゃ、抜けよ」

「どの口がそんな事を言えるの?」

 私も構えた。

 ブレードを握っているよりも、ずっと馴染む構え方で。

「……私は死なない。死ぬわけにはいかない。だから、力尽くで逃がして貰うよ」

「出来るもんならな」

 タイミングを計る。

 幸い、エレンから仕掛ける様子はない。

 こちらの出方を窺っているのだろう。

 その間に、最善の瞬間を見極める。

 ………………今!

 私は姿勢を低くして駆け出し、一気にエレンとの距離を詰める。

 そして、側頭部に向けて、加速の勢いを殺さずに右足を振るう。

 刹那の間、エレンがガードをあげた所を見逃さず、私は足の軌道を変えた。

 フェイントだ。

 馬鹿正直に一撃目に本命を叩き込むわけがない。

 ガードの空いた脇。

 そこが狙いだった。

 手加減は欠片もしない。

 するわけがない。

 私がここから逃げ延びるために。



 ——が、次に気付いた時、私は地面に頬を擦りつけていた。

 なにが起こったのか、理解出来なかった。

 ただわかる事は、私がエレンに負けたという事。

 そして、エレンの宣言通り、お父さんから教えられた技術が、私がした全てが、無意味だと思い知らされたという事。

 首の後ろに触れている、鋭い鉄の感触。

 もう、逃げられないと悟った私は、目を瞑る事しか出来なかった。

 死にたくない。

 そう思う心から溢れる、涙と嗚咽に耐えながら。

「……お前らの事情は全部知った」

 私の腕を完全に固めつつ、エレンは静かに言う。

「正直、同情したい気持ちがないわけじゃねぇ。お前たちは仲間だったからな。けど、それでもやっぱり許せねぇ」

 そうだろうね。

 私たちは許されていい生き物じゃないからね。

 でもね、やっぱり嫌なんだ。

 死にたくないんだ。

 お父さんに、会いたいんだ……。

「……泣くな、アニ。泣くんじゃねぇ」

 わかってる。

 わかってるよ。

 私にそんな資格がない事は。

 けど、止まらないんだ……。

「安心させるわけじゃねぇ。けど、一つ言っておきたい事がある」

「な、に……?」

「向こうじゃ、本当の友達になってくれよな」

 それはどういう事?

 そう尋ねる前に、私の体は言う事を聞かなくなった。

 音が消え、光も失った。

 痛みはほとんどない。

 エレンの最後の慈悲だったのかもしれない。

 けれど、やっぱり言っておきたい事がある。

 口が動かせなくとも、心の中だけでも。


 ごめん、なさい、みん、な……

「エレン!」

 アニの命を奪った後、ミカサが部屋に飛び込んで来た。

 余程慌てているようで、ミカサにしては珍しく、息を切らしている。

「兵士たちがここに集まって来てる! アルミンがルートを確保している内に、早くここから逃げないと!」

 傍に駆け寄ったミカサは、俺の腕を引っ張り、ここを離れようとする。

 けど、俺はここを動く気はなかった。

 アニの亡骸を見つめ、ただ小さく口を動かす。

「この世界に、もう巨人は必要ないんだよ」

終わり

なんでこんなのを書いたか、正直自分でもよくわからない
きっと疲れてたんだな
お疲れさまでした

ネタバレ注意って書くの忘れてた
ごめん
やっぱり疲れてるみたいだから寝る
お休み

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