わたし「チョコレート……ですか?」 (98)

わたし「ダメですよー妖精さん。お菓子は今、食べたばかりじゃないですか」

妖精さん「おかしはべつばらですので」

わたし「主に食べるものが別腹というのはどうなんでしょう……」

わたし(本当、その小さな身体のどこに入っているのやら)

わたし「それにしても珍しいですね、あなた達の方からお菓子の種類をご指名だなんて……いつもならそんなことは言わないでしょうに」

妖精さん「それはふかーいじじょうですゆえ」

妖精さん「なんとちかふかくから、このようなものをはっくつ」

妖精さん「にんげんさんに、おさしあげー」

わたし「何ですこれ?随分と古い書物みたいですけど……」パサ

わたし「えーっと、『2月14日は世界各地で男女の愛の誓いの日とされ、バレンタインデーと呼ばれていた』……」

わたし「『男女が互いに贈り物をする日でもあり、極東にあったとある国では、女性が男性に親愛の情を込めたチョコレートを送る風習があったという』……」


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わたし(なるほど、昔の人々はなんとも面倒な風習をつくったものです)

わたし「つまりあなた達は、わたしの親愛の情が込められたチョコレートが欲しい……」

わたし「……ということで合ってます?」

妖精さん「しんあいのじょう?」

妖精さん「しんあいのじょうってなんです?」

妖精さん「わからん」

妖精さん「てんかぶつは、のーせんきゅーです」

妖精さん「いぶつこんにゅうだいもんだい」

わたし(……チョコレートが食べたい。ただその理由付けのためだけに使われたってことですね)

わたし(なんて可哀想、バレンタインデー。なんて可哀想、わたしの親愛の情)


わたし「……分かりました。作りますよ、チョコレート」

妖精さん『わーい』

わたし「あ、でも材料が
手に入ったらですよ?」

妖精さん「ざいりょう?」

妖精さん「ざいりょうとは?」

妖精さん「つみに、かりょうのりょうとかいて、ざいりょうかと」

わたし「物騒な単語ですね、それ」

わたし(罪料……なんともポリスメンと関係してそうな字面です)

わたし「ええと、チョコレートを作るにはカカオが必要なんです。けれども今、手元にはありませんし……最近ではクスノキの里にもめっきり流通しなくなってしまいましたしね」

妖精さん「かかおないと、どうなるです?」

わたし「残念ですけど、尽力してもチョコレートは作れませんね」

妖精さん「まじで」

妖精さん「あまいごほうびないですか?」

妖精さん「それはこまるー」

妖精さん「かつりょくかいむに」

妖精さん「はたらいたらまけですな」

妖精さん「かかおあればつくれるです?」

わたし「まぁ、そういうことです」

わたし(わたしはこのとき気づくべきでした……妖精さんは楽しさとお菓子のためなら力を惜しまないということを)

わたし(そしてそれは、わたしたち旧人類の想像を遥かに越えるものだということを)

一日目

わたし(清々しい朝。今日もいつもと変わらぬ平和な一日が始まります)

わたし(わたしはいつものようにベッドから起きると、いつものように服を着替え、いつものように髪を整え、いつものように朝御飯を食べ、いつものように家を出ました)

わたし(そしていつものように国連調停官事務所へと向かいます。が。)

わたし「あれ……?」

わたし(事務所へ向かう道の途中で、何やら違和感を感じたのです。この風景はいつもとは違うような……?)

わたし「……まぁ、気のせいでしょう」

国連調停官事務所

わたし「イタズラ……?」

祖父「ああ。農作業を営む人々から不可解なイタズラをされたと連絡がきてな」

祖父「木に成っている果物を収穫しようとしたら、いつの間にかこれにすり変えられていたそうだ」

わたし(そう言って祖父がわたしに見せたものは……)

わたし「カカオの実、ですか」

わたし(……嫌な感じがするのは何故でしょう。ああ、言わないでください。わたしにも若干覚えがありますから)

祖父「そこでだ……お前にはその付近の聞き込みと調査をやってもらおうかと思ってな」

わたし「げ」

祖父「げ、とはなんだ。これも立派な仕事だろう」

わたし「流石に犯人探しなんて管轄外だと思うんですけど」

祖父「他のところも近頃人手不足らしくてな……それでここまでこの仕事が回ってきたというわけだ。それに、もしかしたら……」

わたし「……もしかしたら?」

祖父「……いや、流石に思い過ごしかもしれん。だが念のためにお前も見てきた方がいいと思ってな」

わたし(たぶん思い過ごしじゃないですよ、それ)

祖父「私は他にやるべき事があって手が離せん……助手君と二人で行ってきなさい」

わたし(そして断るタイミングを逃しました。どうせ即却下でしょうけど)

わたし「……はぁ、分かりました。それじゃあ行きましょうか、助手さん」

助手さん「」コクン


わたし(しかし現場で事情聴取するも、結果は空振り。誰も怪しい人物は見ていないとのことでした)

わたし(結局、この日一日はフィールドワークを堪能させられただけで特に進展はありませんでした)

わたし「というわけで、このカカオすり替え事件について何か覚えはありません?」

わたし(夜。いつものように餌付けしている最中に、わたしは妖精さんたちに思いきって今日の出来事を聞いてみました。みたのですが……)

妖精さん『さー?』

わたし「え?」

わたし(うーん、意外や意外。身に覚えがないとの反応)

わたし「わたしが昨日、この里にはカカオが不足していると言ったから、あなた達が気を利かせてくれたんじゃ……?」

妖精さん「かかおっておかかのいっしゅです?」

妖精さん「かかおはくだものにはいりますか?」

わたし「ちょっ、ちょっとちょっと、昨日のバレンタインデーの話は!?」

妖精さん『さー?』

わたし(あららー、記憶がすっぽりと抜けてらっしゃる)

二日目

わたし「……あれ」ゴシゴシ

わたし「――ええっ!?」

わたし(清々しい朝。目の覚めたわたしが窓を開けるとそこには……)


わたし(クスノキの里の木という木が、すべてカカオの木にすり変わっている光景がありました)


わたし(……ええ、疑いましたとも。自身の目を。耳を。鼻。)

わたし(ですがいくら疑ったところで、わたしの瞳はこの情景を写すことをやめませんでした)

わたし「……とりあえず……」

わたし「もう一度寝ることとしましょうか」


国連調停官事務所

祖父「これはまた随分と面白いことになったな」

わたし「面白がっている場合ではないですけどね。農家の方は酷く打撃と衝撃を受けているそうですよ?」

祖父「ふむ。ただでさえ不足している食料を、これ以上カカオに変えられては困るのも確かだ」

助手さん「……」

わたし「助手さんの言う通り、何か手を打たなければ、食卓にカカオの盛り合わせが出てくるのも時間の問題でしょうねー」

祖父「原因が分かれば対処のしようがあるんだがな」

わたし「原因ですか……」

祖父「まぁ今回の事件は人間に出来る仕業でない以上、妖精さんの仕業、もとい彼らなりの思いやりと捉えるべきだろう」

わたし(ですよねー、そう考えますよね)

祖父「……が、調査してみないことには結論は出せんか。おい、」

わたし「はい?」

祖父「早速だがお前には、クスノキの里中のカカオを調べてもらう。サンプルとしてカカオの実も木一本につき一つ持ち帰ってこい」

わたし「ええっ!?」

わたし(うわ。黒い企業もビックリの作業量)

わたし「あの、お断り――」

祖父「却下だ。助手君もコイツの手伝いを頼む」

助手さん「……」コクン

わたし(そしてこの絶対的権力)


祖父「一つ疑問なのは何故彼らがこのような行動を起こしたか、だ。何らかの要因が必ずある筈だが……お前、覚えはないか?」

わたし「ないです」

祖父「即答か……怪しいな」

わたし「怪しまれてもないものはないです」

祖父「主張が強いのも怪しいな」

わたし(どんな行動を取っても怪しまれるようです、わたし)

わたし「……わたしも妖精さん達が関わっているのかと思って直接聞いてみました。けれどもそんな覚えはないみたいでしたよ?」

祖父「ふむ、そうか……。だが彼らのことだ、うっかり忘れていることもあるだろう」

わたし(ああ、否定できない)

祖父「それに原因が妖精さんでないならばますます問題だ。すぐにでも調査の必要があるとは思わんか?」

わたし「わ、分かりましたよ!行きましょう助手さん!」

助手さん「……」コクン

ガチャ バタン

祖父「ああそれから……っと、もう居ないか」


わたし「クスノキの里を回るだけでも一苦労だというのに、更にカカオの実を集めないといけないだなんて……」

わたし(圧倒的作業量。気が遠くなりそうです)

助手さん「……」チョンチョン

わたし「はい?どうしました助手さん?」

助手さん「……」ズビシ

わたし「え、あれを見て欲しい?えーっと……」

わたし「……あらー」

わたし(クスノキの里のシンボルである、里の入り口にあるクスノキの巨木)

わたし(なんということでしょう。その巨木が、大きさそのままにカカオの木となっているではありませんか)

わたし(いつの間にかここはクスノキの里ではなく、カカオの里へと変わり果ててしまっていたのです。まるでお菓子にありそうな名前です。驚きです)

わたし「樹木は例外なく、すっかりカカオに侵略されちゃってますね」

助手さん「……」

わたし「ええ、早いところ解決してしまわないと。ますます旧人類が衰退の一途を辿ってしまいますよ、これでは」

わたし(いつの間にか旧人類の存亡が、わたしの肩にのしかかった瞬間でした)

わたし(……一つ不可解なのは、妖精さんの仕業ではないように思えるところです。まぁそれについてはこれらのカカオを調べてみればわかることですね)


自宅

わたし「あの老人め」

わたし(わたしは今、怒っています。それはもうカンカンに)

わたし(日没まで休みなく重労働させられ、ヘロヘロになって事務所へと帰ったわたし達を待ち受けていたのは、伝言が書かれた一枚の用紙でした)

『一週間里を離れることになった。私が居ない間のことは頼む。・・ 祖父』

わたし「今回の事件、全部わたしに丸投げじゃないですか!!」

妖精さん「ぴいっ!?」

わたし「あ。ああ、ごめんなさい!脅かせちゃいましたね」

妖精さん「にんげんさん、すとれすたまってます?」

妖精さん「すとれすたまるのよくないなー」

妖精さん「たいちょうくずれる?」

妖精さん「びはだのてんてき」

妖精さん「つのはえますな」

わたし「最後のは違うような……」


妖精さん「にんげんさん、なにしてるです?」

わたし「これですか?チョコレートを作っていたんです。ちょうど出来たところですよ」

妖精さん『わーい』

わたし(そう。日中に里中から集めたカカオを、いくつか自宅に持ち帰って作ったのです)

わたし(カカオ豆をローストし、セパレーティングし、グラインダーし、ミキシングし、)

わたし(レファイニングしコンチングしテンパリングし……テポジタリングして、デモールダリングしました)

わたし(作り方に問題はないはず。あとはカカオ自体に問題があるかどうか)

わたし「はい、どうぞ」

妖精さん『わー』

わたし「……どうですか?」

妖精さん「ぐるめなぼくからいわせるならばこれはちょこかと」

妖精さん「にんげんさんばっちぐーです」

妖精さん「からだみなぎるぽりふぇのーる」

わたし「異常はないみたいですね。どれどれ……」

わたし(今回の実験、最大の問題はその味です)

パクッ

わたし「――ん、」


わたし「美味しい」


わたし(……決して自分のお菓子作りのスキルを誉めている訳ではないのです。料理番組では良くあることでしょうけど)

わたし(以前、妖精さんが研究開発の一つとしてカカオを生産したことがありました。そのカカオを使ってチョコレートを作ったこともあったのですが……)

わたし(……見事にタニシの味がしました)

わたし(それどころか品質改良の為、わたしはその後何百ものチョコレートもどきを口にしました)

わたし(昆虫味、雑草味、革靴味……前言撤回、出来たのはチョコレートもどきとも言えないものばかり)

わたし(結局カカオの改良は断念、研究は中止を余儀なくされました)

わたし(一方、今回のチョコレートは美味しかったのです。つまり、このカカオは妖精さん製ではなく、カカオすり変わり事件の犯人も妖精さんではないということが証明されてしまったのです)

わたし「今回の事件、妖精さんとは関係がない……?」

わたし(では一体誰がこんなことを……?何の利益にもならないでしょうに)

三日目

わたし(翌日。里は清々しい朝を迎えるものの、相変わらず異変を抱えたままでした)

わたし(昨日のわたしの疑問も、相変わらず疑問のまま。出来ることなら誰かに答えを教えてほしいものです。おじいさんは今は居ませんし、いっそアルムのもみの木にでも聞いてみましょうかね)

わたし(そんなことを思いつつ国連調停官事務所へと向かっていると、ある人物と出会いました)

Y「よっ」

わたし「え。何してるんです?こんなところで」

Y「ふっふっふ。これだよこれ」

わたし(そう言ってYがわたしに見せてきたのは……)

わたし「……カカオ」

わたし(正直見たくもありません)

Y「そうだカカオだ」

わたし「今は里中に生えてますから簡単に集まりますけど……それがどうしたんです?新たにビジネスでも始めるつもり?」

Y「あれ?知らないのかい?面白いことが起こってるんだよ、このカカオを巡ってさ」

わたし「面白いこと……?」

Y「周りを見回してみるといい。どの木にもカカオの実がついてないだろう?」

わたし(見回してみるとYの言う通り、周りのカカオの木からはカカオの実が根こそぎ収穫されてました)

わたし「確かにそうみたいですけど……それとあなたがカカオを集めることに何の関係が?」

Y「あのさ、里の中心部の方、見に行った?」

わたし「いえ、最近はどうにも忙しくて行く暇もなかったですけど」

Y「だったらちょうどいい!どうせ暇だろうし、ちょっとばかし付き合ってくれない?」

わたし「はぁ」

わたし(暇ではないのですけれど、まぁ気分転換にはなるでしょう)


ガヤガヤ

わたし「な、なんですかこれは……!」

わたし(わたしが目にしたもの。それは――『パン1斤、カカオ豆30粒なり』の文字。)

わたし(そして、人々が活発に物々交換をしている光景でした)

わたし(いつもと様子が違い、見たところどの取引においてもカカオが交換の材料に使われています)

Y「里最大のカカオによるマーケットさ。今では里中のものがここに集まる」

わたし「い、いつの間にこんなところが……」

わたし(物々交換の場というより、もはや市場さながらの盛況です)

Y「驚いたろう?ここではカカオの実やカカオ豆が価値を持っていて、様々な交換に使えるのさ」

わたし「……つまり、カカオがとうの昔に廃れた貨幣の役割をしているわけですか」

Y「正解、そういうこと」


Y「元々は農家の人がすり替えられたカカオを仕方なく交換に使ったことが始まりだったらしい」

Y「それを仕方なく受け取った人が、またカカオを交換に使う……いつの間にやら取引はカカオを介して行われ、あっという間に共通の通貨へと変貌さ」

わたし「そんなにあっさり!?」

Y「今まで貨幣として代用出来るものがなかったんだ、そんなもんだろう」

わたし「それは配給札で十分だったからなのでは?」

Y「いーや。人間というのは衰退しつつも、より便利さを求めるものなのさ」

わたし(うーん、確かにそうなのかも)

Y「でもカカオがここまで経済的価値を持ったのはアンタのお陰だよ」

わたし「え!?わたし!?」

Y「聞いたぞ?昨日、里中のカカオの実を集めていただろう?」

わたし「ええ。まぁ、仕事でしたから」

Y「それに気がついた人々が、需要の増加を想定して価値が急騰ってわけ」

わたし「……はい?何故に?」

Y「『調停官がカカオを集めている、今後あれを巡って何かある』……ってね。国連という大きな組織が動いてたっていうお墨付きもある。人々が動かない理由はないってわけさ」

わたし「なんとまぁ。わたしが集めてたのは、ただ調査の為だけというのに……」

わたし(改めて思いました。人間の妄想力は、すごい。)

Y「それでさ、ここからが本題なんだけど……」

わたし「へ?」


Y「いやはや凄いね!まさかここまでの量が保管されてるとはまぁ…!」

わたし「それはどーも……」

わたし(わたし達はカカオの実が保管されている調停官事務所に来ました)

わたし(Yは山積みとなっているカカオの実に目を輝かせています。ギラギラと)

Y「大チャンスだこれは……!一攫千金も夢じゃない!!」

わたし「ちょっと、誰もあげるとは言ってないですけど」

Y「そんな固いこと言わないでくれよ。これを私に預けてくれれば、ガッポリ稼いできてやるからさ」

わたし(わあ 、この上なく詐欺臭い発言)


Y「どうだ?」

わたし「遠慮します」

Y「何故!?」

わたし「別にこれ以上の量のカカオなんて必要としていませんしね。それに集めたのも調査の為ですし」

Y「何を寝ぼけたことを……これは一世一代のチャンスなんだ!!」

わたし「チャンスって……」

Y「今やカカオ=財なんだよ!より豊かに生きるための手段なんだ!」

わたし「え、え、ちょっと」

Y「より豊かな生活を求めるのは罪ではない!それは資本経済にとって当たり前の行動だ!」

わたし(そう。貨幣の役割を持つモノが現れたということは、それすなわち経済の復活を意味しているのです)

わたし(ここに、人類が衰退する以前の資本経済の仕組みが蘇ろうとしていました)


Y「さぁ!」

わたし「うっ……」

Y「さぁさぁ!」

わたし「ど、どう思います助手さん!?」

Y「ん?ああ、少年。いつの間に」

助手さん「……」

わたし「使わない分は好きにさせてしまえばいい、って?」

Y「おお!太っ腹だな少年!」

わたし(確かに、この大量のカカオを全て使うわけではありません。廃棄分をYが引き受けてくれるなら後々楽になりますね)

わたし「……はぁ、仕方ありませんね。それなら……」

わたし(――この日からでしょうか。里には今まであり得なかった、明確な貧富の差が現れた始めたのです)


六日目

わたし(あれから三日間、わたしと助手さんは資料を集めることに専念し、本格的に解決への糸口を探していました)

わたし(幸いなことに、里は相変わらずカカオの木だらけなものの、それ以上の変化をみせていません)

わたし(しかし結果は思わしい方向ばかりには進まないものです。探せど探せど、事件解決の助けになるような資料は見つかりませんでした)

わたし「うーん、ここにもめぼしいものはありませんね……。助手さんの方はどうです?」

助手さん「……」

わたし「そちらも進展なしですか…」ハァ


わたし(正直参ってしまいました……。ヒントがなければ謎は解けないのです。このままでは当てずっぽうで犯人を当てるしかありません)

わたし(しかし調べているうちに、わたし達はある一つの確信を持ちました)

わたし(……こんな超常的なこと、やはり妖精さんの仕業と考える他ないようだということを)

わたし(……あれ?そういえば)

わたし「最近、妖精さん達を見てないですよね?」

助手さん「……」コク

わたし(また一つの違和感。恐ろしいことが裏で起きているような、そんな感覚)

わたし「なにかまた、厄介なことになっていなければいいですけど……」


わたし(そして夕方。わたし達は)

Y「よっ」

わたし(……またもやYと出会いました)

わたし(しかし先日と違い、Yはいかにも高級そうな車から顔を覗かせています)

わたし「どうしたんです?それ」

Y「ふふ、買ったのさ」

わたし「配給札で?」

Y「ノンノン、カカオでさ」

わたし(里にはすっかりカカオを用いた経済が定着していました。ああ、なんという世紀末)


わたし「家へ招待……?」

Y「そうさ。新しい屋敷に越したんだ、是非とも来るといい」

わたし「あれから3日しか経ってないんですけど」

Y「3日あればいくらでも稼ぐ方法はあるさ。株だとか投資だとか。貰った元手もあったしね」

わたし「はぁ。まぁ、あなたのようにガツガツしている人にはさぞかし向いてるんでしょうね」

Y「なんだい、興味無さそうに……まぁいいや。後ろ、乗ってくだろ?」

わたし(その姿はまるでナンパ男のよう)


わたし(目的地にはものの数分で着きました。素晴らしきかな、今は亡き筈の文明利器)

わたし(わたしと助手さんはYの言われるがままに屋敷にお邪魔すると、言われるがまま夕食をご馳走になりました)

Y「どうだい?」

わたし(Yはワインを傾けると、満足そうに頷きます)

Y「メインディッシュは最高級の牛肉さ。シェフも最高の腕を持った人々を雇ったんだ」

わたし「ここのところ質素な生活をしてましたからね……」

Y「そうだろうそうだろう!この家も元々富豪が住んでたものを買い取ったんだ。今夜はここで寝るといい」

わたし「え、いいんですか?」

Y「ああ。しかしよく分からないやつだね。元手分のカカオは返済するっていうのに、受け取らないしさ。わざわざそんな質素な生活をしなくても」

わたし「元々廃棄分を引き取ってもらおうと思ってただけですしね。それに、この市場がいつまでも続くとも思いませんし」

Y「なるほど?」


わたし「それに聞きましたよ?普通に生活してる人々からは、恨めしい目で見られてるとか」

わたし「ただでさえ食糧難というのに、こんな貧富の差ができてるんですから当然といえば当然なのかもしれませんけど」

Y「はは、今こうして差ができているのは、行動した結果ゆえだろう?」

Y「それに、生き物が生きる世界は昔から弱肉強食の世界と決まっている。そして人間も例外なく生き物なのさ」

わたし(Y、渾身のどや顔)


たし「でもおかしいとは思いません?このカカオの急速な増殖、人間業じゃないですよ?」

わたし「それに、そこそこで止めにしないと、また痛い目にあうかと」

Y「ああ、またあの童話的災害にでも見舞われるって言いたいのかい?良いじゃないか、踊っていいのなら躍り続けるまでさ」

わたし(そういうとYはワインを一口)

わたし(躍り続けるといっても……それが誰かの掌の上で躍り続けさせられてなければいいんですけどね)


わたし「ふー……いいお湯でした」

わたし(やはりお風呂とは素晴らしいものです。これが人間の文化の極みというものですよ)

わたし「よいしょっと……わっ、ふわふわっ!」

わたし(ベッドもふかふか、極上もの。これはいい夢が見れそうです)

わたし「さて、わたしはそろそろ寝ますけど……助手さんは?」

助手さん「……」

わたし「……え?寝る前に今回の事件について話をしたい?」

助手さん「……」コク


わたし「随分とやる気みたいですけど……一体どうしたんです?またもやジャーナリスト魂に火がついてしまったとか?」

助手さん「……」

わたし「そろそろこのカカオ事件を解決しないと、手に負えなくなる、気がする?」

助手さん「……」コク

わたし(なるほど、虫の知らせというわけですか)

わたし「そうですね……手に負える負えないどちらにしても、ただでさえ、異変が起きてから既に6日経ってますし」

わたし「そろそろ解決に近づかないと、おじいさんになんと言われるか分かったものじゃないのは確かですね」

助手さん「……?」

わたし「わたしの考えですか?」

わたし(おぼろげな考えはあったことにはあったので、思いきって助手さんに吐露することにしました)


わたし「……今回の事件、どことなく妖精社のときと似ているように思いません?」

わたし(妖精社――妖精さんが旧人類の食糧難を解決しようと立ち上げた、謎の工場施設)

わたし(その時の事の顛末に、今回の事件はどことなく似ている気がしたのです)

わたし(勘でしかありませんけどね)

助手さん「……」

わたし「え?そうだとしたら妖精さん達だけでは終息させることができない?」

わたし(確かにそうでした。そんな展開だけは勘弁ですね……)

七日目

チュン チュン

わたし「……ん、朝……?」

わたし(ふかふかのベッドで眠り、小鳥のさえずりで起きる。なんて清々しい朝でしょう。今日も素敵な1日が始まる)

わたし(わたしは窓際の小鳥に一瞥し)

わたし「え」

わたし(……そんな考えを、一瞬で否定されてしまいました)

わたし「なっ、なな……!」

わたし(わたしが目にしたもの、それは小鳥ではなく――)



わたし(カカオでした)


わたし(……いえ、決してジョークを口にしたわけではないのです。見たままを口にしたのですから)

わたし(小鳥だと思ったソレは、なんということでしょう、小鳥ではなく羽の生えたカカオなのでした)

わたし(……本当、ジョークだったらどれだけ良かったことか)

わたし(その羽根つきカカオは、雀のように窓際を跳ねています)

わたし(そう、まるで小鳥だったときの習慣を繰り返すかのように……)

わたし「動物がカカオに寄生されてしまった――」

わたし(……遂に恐れていた事態が起きてしまいました)

わたし(植物だけではなく、動物が蝕まれ、寄生されたとなっては……哺乳類、ひいては旧人類が侵略されるのもそう遠くないということで)

わたし(結論としましては、このままでは旧人類がカカオに侵略され滅亡するのも時間の問題ということなのでした。説明終了)

わたし「はっ、呆然としてる場合じゃ……助手さん!起きてください助手さん!」

助手さん「……?」

わたし「ちょっ、ちょっと!寝ぼけてる場合じゃないですよ!」


ギィ

Y「……」

わたし(わたしが助手さんを起こしていたそのとき、Yが部屋に入ってきました)

わたし「あ、おはようございま、す……?」

わたし(ですが、明らかに様子がおかしいのです。背はだらんとし、下を向いて顔は見えません)

わたし(そしてYは)

助手さん「……!?」

わたし「うわわっ!?い、一体なにを……!?」

わたし(近くにいた助手さんに覆い被さったのです)


わたし「あ、朝からそんなハレンチな……!――って、あれ?」

わたし(異様な雰囲気。様子がおかしいと思い、Yに近づいてみると……)

ガバッ

わたし「ひっ……!」

わたし(既にYはYでなく)

Y「カッカカカカカカカカカカ」

わたし(カカオなのでした)

わたし(Yの頭部部分には本来のものの代わりにカカオが据え置かれ、まるでカカオ人間というべき姿へと変貌)

わたし(哀れ、カカオを追い求め続けたYは、自らがカカオとなってしまったのです)

わたし(なんという皮肉)

わたし「はっ、助手さんは……!」

わたし(わたしは急いで助手さんを見ましたが――)

助手さん「……」

わたし(助手さんは既に立ち上がっていました。頭部部分は勿論――カカオへと変貌を遂げて)

Y「カ、カカ、カカカカカカカ……!」

助手さん「カカカカ、カカッカカカ……!」

わたし(Yと助手さんは謎の音を出しながら、こちらへと向かってきます。両腕を前に突き出し、あたかもゾンビのように)

わたし「な、なんですかこれー!?」

わたし(そのころ里は既に地獄絵図、カカオ人間が一般市民を襲う異常事態)

わたし(まるでゾンビ映画さながらのことが、今まさにこの現実で、起こってしまったのです)

わたし「――はぁ、はぁ、ひとまず、ここまで来れば……」

わたし(わたしはYの屋敷から辛うじて抜け出し、森深くに身を隠しました)

わたし(しかし、逃げたところで次に起こすべき行動が思い付きません。それはそうですよ、バイオハザードしたときの対処法など普段から習う筈もありませんから)

わたし(助手さんもカカオの餌食にされ、今はわたし一人。頼れる人もいません)

わたし「これから一体、どうしましょうか……」

わたし(……絶望的でした)

ピョン

妖精さん「にんげんさん、おひさー」

わたし(――そうです居ました!頼りになる子たちが!)

わたし「妖精さん!一体今までどこに……」

妖精さん「つかまってましたゆえ、なかなかこれず」

わたし「捕まってた……?一体誰に?」

妖精さん「にんげんさんにんげんさん」

わたし「なんです?」

妖精さん「このばは、ひとまずにげたほうがよろしいかと」

わたし「えっ?」

カ、カカカカ!

カカカカ、カッ!

わたし「なっ…も、もうこんなところにまで……!」

わたし(カカオ人間は近くまで迫ってきていました。まあ、よく運動するカカオですこと)

わたし「はぁ、はぁ……!」

わたし(カカオ達から逃げ回り、いくらクスノキの里を走り回っても、追っ手の手は緩みませんでした)

わたし(それどころか、左右から続々とカカオ人間は湧いたように出てきます)

わたし(ああ、旧人類ってこんなにもいたんですね。これなら暫くは全滅の危機もなさそうです)

ブチッ

わたし「うわわわっ!?」ドサッ

わたし(何かが千切れる音と共に、わたし、転倒)

わたし(どうやら靴紐が千切れてしまったようです。よりによってこんなときに。日頃の行いは良くしていた筈なんですけど)

わたし「と、とりあえず、この倉庫に逃げ込むしか……!」

わたし(これ以上走ることは出来ないと悟ったわたしは、倉庫に入り、鍵をかけました)

ガンガン!

わたし(直後、扉を激しく叩く音。カカオ人間達はここの扉を破り中に入ろうとしているようです)

わたし「はぁ…はぁ……とりあえずここで籠城して、助けがくるのを待つしかないみたいですね……」

妖精さん「たすけ、くるですか?」

わたし「来てくれればいいんですけど」

わたし(それは既に希望的観測なのかもしれません。もしかしたら、もうこの世界はカカオに侵略され尽くされているのかも)

わたし「これで旧人類が滅亡となったら、戦争や隕石で滅亡するよりはメルヘンな全滅の仕方かもしれませんね」

妖精さん「おりじなりてぃあるです」

わたし「聞いたことないですからね」

妖精さん「にんげんさん、いなくなっちゃうですか?」

わたし「大丈夫ですよ、諦めの悪さとしぶとさは旧人類の持ち味ですから」

わたし(なんて口にはしても……その実、心は折れそうです)

わたし「それにしても妖精さん。さっき捕まってたって言ってましたけど……」

妖精さん「いのちからがら、にげてきましたので」

わたし「逃げてきたって……何から?」

妖精さん「かかおから」

わたし「あなたもあのカカオ達に襲われたの?」

妖精さん「つかまって、かんきんじょうたいに」

わたし(監禁。カカオ達が妖精さん達を?)

わたし「一体なんでそんなことを……」

妖精さん「かいいぬにてをかまれたです」

わたし「……はい?」

わたし(今、聞き捨てならない一言を言ったような)

わたし「えーっと、もしかして、あのカカオ達って……」

妖精さん「ひんしつかいりょうはこんなんですゆえ、まかせたらこんなけっかに」

わたし(……出来ればそんな事実は聞きとうなかったー……)

わたし「ま、待ってください、つまり……」

妖精さん「ぼくらではかかおが、かかおあじにはならなかったので」

わたし「それ故に、カカオ自身に品質の改良を任せた、と……」

妖精さん「いっしゅの、しぜんのうほうというやつかと」

わたし「でも知能がついたカカオ達は、あなた達に反旗を翻した……」

妖精さん「ほうにんしゅぎもほどほどに?」

わたし「ええ、時にはしつけも必要ですからね……」

わたし(ああやっぱり……あのカカオ達は、結局妖精さん製だったようです。ただ、自らの知能で味は本物へと近づいていたようで)

わたし「では、植物や動物に侵略し寄生するのも、カカオ達の独自な進化で……本来の機能にはなかったということ?」

妖精さん「すねかじりはすいしょうしませんので」

わたし(カカオに自立心を求めますか)

妖精さん「はんしょくにはこまらないよう、あるきのうはつけましたが」

わたし「ある機能?」

妖精さん「ここではない、べつのところからおなじのをもってこれるです」

わたし(『ここではない別のところ』。なんだか意味深長です)

わたし「それって一体……?」

妖精さん「にんげんさんにんげんさん」

わたし「どうしました?」




妖精さん「うえ」


ガバァッ!

わたし(……上を見たときにはもう手遅れでした。カカオが口を開き、わたしは飲み込まれる寸前でしたから)

わたし(一体どこから?だとか、どういう仕組み?だとか、そんなことは露も思わず)

わたし(ただただ、見ていました。まるで関係のない、傍観者のように。案外、人間の最後ってこんな感じなのかもしれません――)

バクン

―――
――


わたし(……気がつけば、わたしは横になっていました。草原の原っぱ。青白い空。)

わたし「あ、あれ……?確かに食べられたような……」

わたし(拍子抜け?ううん、拍子抜けというレベルではなく、一体なにがなにやら)

わたし「ここっていわゆる、天国?」

わたし(そういうわけでもないようです。ここは見覚えのある、クスノキの里の草原でしたから)

わたし(周りを見たところ、どこにもカカオはありませんでした。それどころか人も動物も植物も――千切れた筈の靴紐まで、全て元通り)

わたし(何事もなかったかのように、元の様相に戻っていたのです)

バウ!

わたし(突然、遠くで犬が吠えました。あの犬は確か……)

わたし(……タイムパラドッグス?)

妖精さん「にんげんさんにんげんさん」

わたし「あら、妖精さん。どうかしましたか?」

妖精さん「これ、おさしあげー」

わたし「……うっ」

わたし(妖精さんに渡されたのは、カカオでした。……暫くトラウマ決定です)

わたし「安全性に問題ないでしょうね?これ」

妖精さん「あじひんしつともにかんぺきかと」

妖精さん「ここすうねんでさいこうのでき」

妖精さん「こんなんのすえにたどりついたです」

妖精さん「ただいなぎせいをはらった」

わたし(実際、妖精さんの言う通り確かに異常性はなく、それはどこからどうみても純然たるカカオなのでした)

国連調停官事務所

祖父「そうか……。気がついたら全て元に戻っていた、と……」

わたし(数日後。帰ってきたおじいさんに、わたしは事のあらましを話しました)

わたし(報告義務もありますけど……なにより、わたし自身、どうにも納得のいかなかったものですから)

わたし(おじいさんの知恵を拝借しようと考えたのです)

祖父「こっちでも襲われてな……さながらゾンビ映画を観ている気分だった」

わたし「そちらも大変だったみたいですね」

わたし(やはり全世界でゾンビパニックならぬカカオパニックが起こっていたようです)


祖父「結局あのカカオ達は、妖精さん達によって作られ、彼らに反逆したものだったわけか」

わたし「ええ、そういうことみたいです」

祖父「以前のプロセスチキンと同じだな」

わたし「そうなりますね。ただ、何故動物や人間までも襲ったのか……不思議じゃありません?」

祖父「そんなもの、地球支配のためだろう」

わたし(発想もあのプロセスチキンと同じってわけですか)

わたし「地球を支配するために、植物や動物に寄生し乗っ取ろうとした、ってことなんでしょうか?」

祖父「いや、そのことなんだがな……」


祖父「あのカカオ人間は、どうやらカカオが人間に化けたもののようでな」

わたし「……はい?」

祖父「植物にしても動物にしてもそうだ。カカオが化けたものらしい」

わたし「どうしてそんなことが言えるんです?」

祖父「カカオ人間となった文化局長が襲ってきたのでな、仕方なく射撃したのだが……なんてことはない、音を立ててカカオに戻った」

わたし「何ちゃっかり攻撃しちゃってるんですか……」

祖父「正当防衛だ、致し方あるまい」

わたし(……つまり、カカオ人間は人間がカカオに支配された姿ではなく、元々カカオだったもの、とのことでした)

祖父「あれは寄生されたのではなく、本来の人物や動物と入れ替わっていたのだろう」

わたし「はあ。では、消えてしまった本人達は一体どこへ……?」

祖父「……彼らはカカオには『ここではない別のところ』から自らを持ってくる機能があると言っていたな」

わたし(彼ら……?ああ、妖精さん達のことですか)

わたし「ええ、まあ。全国からカカオを集める機能があったということでしょうか」

祖父「いや、恐らくだが……別の時間軸――過去だとか未来だとか、そういうところとリンクする機能があった、ということなのだろう」

わたし「……」

祖父「……どうした?」

わたし「いえ、随分と常識から外れたことを言うものですから、虚を衝かれてしまって」

祖父「何を今更。彼らがそういうものなのはお前も十分身に染みて分かっている筈だろう」

わたし「でも流石に――」

わたし(――あり得ませんよ、と続けたかったのですが、何故でしょう。時間旅行については、むしろ、わたし自身がそのような経験をしたことがあるような……)

わたし(……そんな妙な感覚にとらわれ、わたしはそれ以上の言葉を口にすることは出来ませんでした)

祖父「ということは、だ。自らだけではなく、第三者を移動させる方法もカカオ達は知っていた筈だ」

わたし「いっぱしのカカオが?」

祖父「カカオはカカオでも、タイムスリップできるカカオだからな」

わたし(とんでもない品質改良をしてくれましたね、あの子たち)

祖父「それにだな……あのカカオ達にそういった機能が付いていたとしたら、事の説明はつく」

わたし「はて、どのように?」

祖父「端的に言えば、あれらは地球を乗っとるために、そこにいた全てを別の時間へと移そうとしたのだろう」

わたし(なんだか壮大な話になってきましたよー?)

祖父「つまりだ……周りの様子を見るに、植物も動物も人類も、カカオ達によって全て過去へと飛ばされたということだ」

わたし(おじいさん曰く、どうやらここはカカオパニックの起きる前――過去だというのです)

わたし(……にわかには信じ難いですけどね。証拠もありませんし)

祖父「撃ったはずの弾が残っていてな……そう考えるのが妥当だろう」

わたし(証拠もあるとのことでした)



わたし(……そういえば、千切れた筈のわたしの靴紐も元通りに戻っていました)

わたし(過去へと飛ばされたとするならば理屈は通ります、遺憾ながら)

わたし「ということは、すぐにでも動いてこれから起きるカカオ達の侵略を止めねばなりませんね」

祖父「いや、その必要はない」

わたし「へ?」

祖父「妖精さんも馬鹿ではない……過去へと戻された今、再びむざむざと反逆されることもあるまい」

わたし「ああ、成る程……」

わたし(そういえば、妖精さん達にカカオを渡されましたが……あれが完成品だとしたら、知能をもったカカオはもう用済みで既に消滅しているのかも)

わたし(哀れカカオ)

わたし「……それにしてもカカオ達がわざわざカカオ人間なるものを作り、入れ替わる行為を行ったのは何故なんでしょう?」

わたし「ただ邪魔なものを過去へと飛ばすだけで事足りたでしょうに」

祖父「それはだな……自分たちだけでは己の存在価値を見出だせないからだろう」

わたし「存在価値を……?」

祖父「共存する生き物が居るからこそ、カカオも存続でき、いる理由がある。奴らはそこに気づいていたのだろうな」

わたし(植物がいて、動物がいて、人間がいる。だからこそ世界はまわる。おじいさんはそう言いたいようです)

祖父「それか、もしかしたら……人間という生き物やその生活に、憧れていたのかもしれんな」

わたし「憧れ、ですか。だから人間の真似を?」

祖父「そうかもしれんし、違うかもしれん。それはカカオのみぞ知る、だ」

わたし(それからおじいさんは興味が尽きてしまったのか、いつものように銃の手入れを始めました)

わたし(木に実るカカオ。もしかしたら、自由に歩き、生きる人類に心底憧れていたのかもしれません)


わたし「ところでおじいさん、バレンタインデーってご存じですか?」

祖父「バレンタイン……?確か大昔、バレンティヌスという人物が殺害された日だった筈だが……それがどうかしたのか?」

わたし(ロマンスの欠片もありませんでした)

わたし「どうやらバレンタインデーには感謝の念を込めてチョコレートを贈る風習があったんですって。で、これを」

わたし(わたしの手には、一つのチョコレート。妖精さんから頂いたカカオを使って作ったのです)

祖父「……私にか?」

わたし「お世話になってますしね」

祖父「……なにも出んぞ?」

わたし(……日頃の行いって大事ですね)

祖父「だが、そうか……ありがたく受け取っておくとしよう」

わたし(でも……その顔は何処と無く嬉しそうでした)

祖父「これはまだ暫く、孫のためにも頑張らねばならんな。オチオチ死んでもいられん」

わたし(そしておじいさんはそう言うと、珍しく笑うのでした)

わたし(……この老人、例え宇宙へ行こうともピンピンしてそうですけどね)

わたし「そういえば……助手さんはどちらに?姿が見えないようですけど」

祖父「ああ、彼なら私の使いに行ってもらっているんだが……それにしても遅いな」

わたし「もうお昼ですもんね、心配です。ちょっと見てきても?」

祖父「ああ、構わん……彼なら里の中心地にいる筈だ」




ガチャッ

わたし(わたしが助手さんを迎えに調停官事務所のドアを開けると、そこには壁に寄りかかり座るYがいました)

Y「やあ、友よ……」

わたし「ど、どうしたんですその格好? 灰だらけじゃないですか」

わたし(分かりやすく言うと、燃え尽きたぜ、真っ白にな……というやつです)

Y「……全て消えてしまったんだ……」

わたし「……何が?」

Y「カカオだよカカオ!私のカカオが!全部無くなったんだ!」

Y「それだけじゃない!里中から全部消えたんだ、まるで最初からなかったかのように!」

わたし「あー、それはですね……」

Y「一夜にして巨額の富がパーだよパー!まるで泡のように消えてしまったんだ……」

わたし(実は泡も残らないくらい、跡形もなく消えてしまったんですよ――なんて、流石に言えませんよね)

Y「お陰で資本経済も崩壊、残ったの借金のみさ……」

わたし「借金……?あれだけ豊かだった筈なのに?」

Y「マネーゲームだの信用取引だのしていたら、全部消えてしまったんだ。残ったのは負債だけってことさ……」

わたし「はあ……だから言ったでしょう?あまり深追いはしない方がいいって」

Y「そうさ、欲に目が眩んだんだ、さあ愚かな私を笑うがいい」

Y「ふふふふ、あーっはははは!……はぁ」

わたし(むー、どうにも調子が狂いますね……)

わたし「まあまあ、元気だしてくださいな。今のあなたには物足りないかもしれませんけど」

Y「……これは?」

わたし「チョコレートです。どうやら今日は、感謝の念を込めてチョコレートを贈る日だそうで」

わたし(わたしが包装された小包を渡すと、Yは驚いたように目をぱちくりさせ、)

Y「そ、そうか……ありがとう……」

わたし(照れたように顔を赤くしつつも、受け取ってくれました)

わたし「……それにしても、何故事務所前に?」

Y「ああ、逃げてきたのさ」

わたし「逃げてきた……?」

いたぞー!
あそこだ!

Y「ちっ、見つかったか……これサンキュー!相棒」

わたし(そう言うと、Yは走り去っていきました)

わたし「……まさかこのご時世に借金取りから逃げる様をみることになるとは」

わたし(一体その後どうなったのか……Yの行方も気になりますけど、それはまたの機会ということで)

わたし「助手さーん、どこにいるんですかー」

わたし(わたしは助手さんを探しに里の中心地に来ていました。確かこの辺りだったような……)

助手さん「……」

わたし「あ、居た居た。ようやく見つけましたよ……って、その子は……」

わたし(助手さんの腕には、一匹のタイムパラドッグス。どうやらこの子とじゃれあっていたみたいです)

わたし(周りを見てみると、同じような犬っ子達が、沢山いました)

わたし「随分と多いですね、集団移住でしょうか」

助手さん「……」

わたし「あ、そうなんです。迎えに来ました。遅かったですし心配で」

助手さん「……」

わたし「大丈夫ですよ、怒ってません。さ、帰りましょうか」

助手さん「……」コク


テクテク

わたし(……一対一。渡すとしたら今がいいのかも)

わたし「あのですね助手さん。実は渡したいものが……」

助手さん「……?」

わたし「どうやら今日は、親愛の情を込めてチョコレートを贈る日だそうで」

わたし「普段からお世話になってますし、わたしも助手さんに用意してきたんです」

わたし「は、はいこれ、どうぞ」

わたし(改まってこういう行為をするのは、何だか恥ずかしいものです……顔、赤くなってないですよね?)

助手さん「……」

わたし(助手さんはチョコレートを暫く見つめ、その後、無事受け取ってくれました)

助手さん「……――がとう」

わたし(!?)バッ

わたし「……今、助手さんの声が聞こえたような」

助手さん「……」

わたし(……気のせいでしょうか?)

助手さん「……♪」

わたし(まあ、何にせよ助手さんは喜んでくれているようです)

わたし(それもなんだかとても嬉しそうで……こちらも素直に嬉しくなってしまいました)

わたし(バレンタイン――感謝の気持ちを伝える日を作るとは、昔の方々もなかなか粋なものですね)


わたし「と言うわけで、妖精さん達にもチョコレート、用意しましたよー」

妖精さん「わー」

妖精さん「まってたー」

妖精さん「しはつできたかいがあったです」

妖精さん「かんどうてきー」

わたし(チョコレートがあると知ってか知らずか、今日の妖精さんの数はちょっと多目です。2割増しです)

わたし「どうやら今日はバレンタインデーという日らしくてですね……」

妖精さん「しってますが?」

わたし(あ、あれ?)

妖精さん「しょもつさしあげたの、われわれですゆえ」

わたし「え?いえ、確かにそうなんですけど……」

わたし「妖精さん、前にバレンタインデーのことについて聞いたとき、覚えていないって言ってませんでした?」

わたし(確かあれはカカオすり替え事件が起こった日の夜。あのとき妖精さんは忘れたと言っていた筈ですが……)

妖精さん『さー?』

わたし「その事自体忘れてしまいましたか……」

妖精さん「ぼくら、おかしのことならわすれぬかと」

わたし「え?それならあの時どうして……」


わたし(妖精さんは顔を見合わせると、言いました)

妖精さん「ばれんたいんはそういうものですので」

わたし「……はい?」

妖精さん「もらうがわは」

妖精さん「きたいして」

妖精さん「そわそわしたり?」

妖精さん「むだにかっこつけたり」

妖精さん「くーるぶったり」

妖精さん「でもきづかぬふりして」

妖精さん「ちょこがほしいというのを」

妖精さん「さとられぬのがまなーですゆえ」

わたし「……そういうものなんですか?」

妖精さん『たぶん』

わたし「たぶんですかー……」

わたし(……どうやらわたしは最後の最後まで、バレンタインという風習に振り回されたようで)


わたし(……こうして、今日もまた一日が終わるのです)

わたし(明日はどんな日が待っているのでしょう。比較的平和であってくれれば、ありがたいんですけどね)

わたし(そんなわけで――人類は本日も、絶賛衰退中!)

END

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