ゴウ「家出した」【チェンゲ×ヨコハマ買い出し紀行】 (65)

・真ゲッターロボ世界最後の日×ヨコハマ買い出し紀行のクロスオーバーssです。

・ゴウは何考えているか分からないと思わせて実は色々考えていたとしたら話。最後まで書き溜め済。
・ゴウは最終話後、アルファさん達はタカヒロがいなくなった後。
・チェンゲの本編にない個所のねつ造・独自解釈あり。特にゴウがだんだん本編キャラ崩壊。
・山場の無いてろてろとした内容です。短いのでゆっくり読んでください。
・ご都合主義。







深夜 西の岬
アルファ(う~ん、また町内会で遅くなっちゃったよ)トコトコ

アルファ(あ。お店の横に誰かいる。こんな時間にどうしたんだろう)


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深夜 カフェ・アルファ前

アルファ「あのー……」

アルファ「ありゃ! 久しぶりー、どうしたのこんな時間に」

アルファ「道に迷った? んー……道の形、変わったからね」

アルファ「まだおじさん達起きてるかなあ。それかここに泊まっていくっていうのはどうかな」

アルファ「えっ? 外で大丈夫? でもここからもっと寒くなるよ。えっと……」

アルファ「あ~……う~……ゴウ! ごめんね、スパッと思い出せなくて」アハハ

アルファ「それで、今年は観光?」



ゴウ「……しばらく、留まる場所を探している」


お祭りのようだった戦いがゆっくりと落ち着き、後に夕凪の時代と呼ばれるてろてろの時間。
最後の力で地球に帰還し、エネルギーを使い果たした真ドラゴンから離れ西の岬を訪れた。

ゴウ「…………」

アルファと共に町内会の会場へと行き、おじさんに紹介してもらった空家でコートを脱ぐ。

おじさん「んじゃ、すぐ近くでまだ町内会やってからよ。何かあったら連絡しな」

ゴウ「…………」ペコ

アルファ「よかった。ここなら崩れる心配はなさそう」ホッ

おじさん「それにあんた……」

おじさんは日本軍服姿をジッと見上げて、何かに納得するように頷いた。それを見て、アルファも少し微笑む。

おじさん「まー、あんたなら大丈夫だわ。話は明日ガソリンスタンドでいいからよー」



ガタガタと硬い音がして、扉が閉まる。磨硝子がぼやかす二人と一緒に、周りの音が皆いなくなる。

朝 ガソリンスタンド

明日になってガソリンスタンドへ行くと、おじさんとアルファがラジオを聞いていた。

おじさん「あんだえー、まだ軍服のままかよ」

ラジオのニュースで戦いのことを知っていたから、軍人が疲れを癒すため来たとでも思ったのだろうか。

会わせたい人が別の場所にいると言われ、おじさんの車の荷台に乗せてもらった。
道中で家を借りた代金を渡そうとすると、断られた。ここは水やガスにお金はかからないし、それに空家を掃除してくれる人を探していたそうだ。

アルファ「あ、あのっ」ジー

スクーターで並走するアルファが、昨夜とは違った好奇の目をさんさんと輝かせている。

アルファ「おじさんから、多分そうって聞いたんだけど、もしかして。ロ、ロボットの人かなって」

早口で嬉しそうに話すアルファを見て、一瞬言葉が詰まった。こんな風に困ることは……いや、自分が何者なのかと考えること自体が初めてだ。

ゴウ「……違う」

そう答えたのを聞いて、アルファの口がぽっと開く。

ゴウ「だが、大部分は同じだ」

そして付け加えられた言葉を堪能するように、彼女は笑った。

朝 診療所

アルファ「何年か前にお店に来た時は、私全然気がつかなかったよ。でもおじさんは昨夜だけで気づいたみたい」

当時アルファから伝わった話だけで興味を示したのは、老齢の女性医師である子海石先生だった。

小海石「あら、わざわざ出向いてくれたの? 悪いわね、こんなところまで」ニコッ

先生は過去にロボット開発に携わったことがあるらしい。椅子に座り、お茶の入ったコップに手を添える。

ゴウ「……あたたかい?」

ふと、考えによらず言葉が出た。



クローン技術は、アルファのようなA7M2型機とほぼ同時期に研究されていたそうだ。

今開発されている量産型ロボットと比べても生体的に人間そのものであり、かつ超人的な機能を加えることができた一方で、その製造過程に問題があり禁止されていたらしい。

あまり詳しい話はしなかった。アルファも先生も、世間話をしたかっただけのようだ。

だが、一旦おじさんとアルファが席を外した際に、少し二人で話をした。

小海石「そう、早乙女博士の……本当に、よく来てくれたわね。あなたに会えてよかったわ。早乙女博士とは、随分前に会ったきりだったもの」

何てことのない風に博士の名前を聞いて、戦いは終わったのだと改めて自覚する。

ゴウ「……生きている内に、またここに来るつもりだった」

小海石「今まで楽しいことばかりじゃなかったでしょうけど、ここでは自由にしなさいね」

戦いをねぎらっているのだろうか、先生は優しい口調で話をしてくれた。


正午 診療所前の道

アルファ「歩いて帰るの?」

ゴウ「…………」

アルファ「……そっか。それじゃあ、おじさんと先に行ってるね。また」


また。
手を振りながら、二人が遠ざかっていく。

少ししてからゆっくり歩き出すと、林を抜け真っ白な海辺へと出た。
視界いっぱいに広がる水平線の光が、ひとかたまりの空気と共に体に吸い込まれていく。


少し座って、何も考えずに空を見上げた。


一歩ずつ歩くごとに、水の匂いが肌に触れては消えていく。
何年か前にここを訪れた時も、ゲッター線の汚染がありながらも穏やかな場所だった。

だからまたここを選んだのだろう。いずれ人の夜を迎える、静かなこの西の岬を。

ゴウ「…………」



夕方 カフェ・アルファ

アルファ「いらっしゃいま……あ、おかえり。道は大丈夫だった?」

思ったより早く帰ることができたので、アルファの所へ寄って話を聞くことにした。
買い物をするにはヨコハマへ行けばいいそうだが、スクーターか車が必要な距離のようだ。

アルファ「もちろん、電車だと早いけど……駅までは乗り物が必要かな。だんだん道が崩れてきてるから」

以前ここでコーヒーを飲んだ時も、アルファは向かいの席に座ってたくさん喋っていた。
喋って、喋って、しばらくぼうっと外を見つめたかと思うと、また喋りだす。

ゴウ「……?」

コーヒーを飲もうとすると、アルファはハッと背筋を伸ばし顔を上げた。
何かに期待するように、ジッとコーヒーの行く末を見守っている。

そしておつまみにどうぞ、と出された黒砂糖を一欠片口に運んだ。

ゴウ「……あまい」

固形物を食べたのは、これが初めてだ。
おいしい、とはこういうことなのかと驚くと、ふと頬が涙で濡れていることに気がついた。それを見て、アルファは満足したように笑っている。

アルファ「あはは、ごめんね~。とっときの黒砂糖、驚いてもらおうと思って」ニコニコ

味のことより、涙を流せたということにより一層驚かされた。

アルファ「…………」

そうして呆然としていることにアルファも気づき、からかうような笑いが慈しみを含んだ笑顔へと変わっていく。



空が暗い紫に染まり、電灯の光が強くなった頃、ようやく涙は止まった。



ゴウ「……アルファは」

アルファ「えっ?」

ゴウ「自分のことに興味が無いのか」

アルファ「あ、先生の話のこと? いやー、あまり自分のルーツに興味が無いっていうか……」

ゴウ「…………」

アルファ「……他のことのほうが、気になるのかなあ。もちろんゴウがいた場所のこととか、今日どんな風景を見たとか……」

それからアルファは、今まで関わった他のロボットの人について話をした。
ルーツではなく、今どんな風に生きているかが、アルファにとっては一番重要なことのようだ。

ニューヨークの話をすると、とても喜んでいた。

その好奇心からだろうか。
昨夜ここに来た理由を、アルファはそれとなく察しているようだった。



夜 借家

借りた家に戻り、大きいふすまをこじ開けて縁側から星空を見上げる。
あの光のいくつかは、竜馬がトマホークで真っ二つにしたものだ。それが、一ヶ月ほど前のこと。

地球に帰還した後、誰にも行き着きを告げずここへ来てしまった。しばらくした後戻るつもりだ。
おそらく、家出ということをしてしまった。

何故家出したのかは、分からない。
熱いかもしれないシャワーを浴びながら、どうしてここの人はよそ者を簡単に受け入れるのだろうかと考えた。

軍服を着ていたから。クローンだから。今はその二つしか思いつかない。



昨日、生まれて初めて布団で寝た。
今日生まれて初めて、ケイ以外のことを考えて一日が過ぎていく。歩くような速さで、過ぎて行く。

生まれて初めて、ひとつ齡をとった気がした。

その夜、夢を見た。


ギャオオ
『『ゲッターロボ!!』』

『おれたちが来たからにはこいつらを自由にさせないぜ!!』ギャンッ

『くたばれインベーダー野郎!!』ドシュオ

『いくぜ!! ゲッターエネルギー出力を最大に上げろ!!』ガシュッギシュッ



ドワォ




昔のこと……おぼろげに、懐かしく感じるだけの記憶。
やがて記憶は、ただの情報へと変わっていく。

ゴウの思い出が増えるほど、ミチルが遠くなっていく。

朝 カフェアルファ前

ヨコハマへ、買い物に行く。
結局、駅前までアルファに送ってもらうことになった。スクーターの後ろに乗せてもらいトトトトと進んでいく。

しばらくここにいると言ったが、そのしばらくがどれほど続くか分からない。
だから必要最低限の着替えとトイレタリーだけ買い、すぐ帰ると夕方にはここに戻ってこれる。

アルファ「ゆっくりしてきたらいいのに。ヨコハマはまだ人が多いし、甘い物もたくさんあるよ」

駅に着き、お礼として渡せるものがお金しかないと伝えると、そんなものはいらないと断られた。

アルファ「いってらっしゃい。でも、あんまり遅くならないようにね」

帰りはまた駅から歩く。以前ここを訪れた時も、同じような道を通ったはずだ。
一両のみの電車に揺られながら、車窓の風景と当時の情景を思い重ねる。

13年前、重量子爆弾の破壊に失敗した後。
ゲッターと共に来るべき時をただ待ち続け、生きていたのかも分からない毎日を繰り返していたあの頃。

地上の様子を見るために動いた時に偶然アルファにコーヒーを淹れてもらい、胃がびっくりしたのを覚えている。

ゴウ「…………」フッ

坂道を上り、欠けたランドマークタワーがゆっくり大きくなっていく。

お昼前 ヨコハマ

確かにヨコハマは人が多く、こうして地上に店が並んでいるのは初めて見る眺めだ。
中に入り、適当に保湿性のある石鹸を買い物カゴへ入れる。
ロボットの人向けの商品もあるみたいだが、ゲッタークローンの人向けの物は無いらしい。

男物の服はよく分からなかったので、無地の物を何着か買いコートと合わせることにした。
軍服と全身タイツしか持っていなかったから普通の服はどれも珍しく見える。

ゴウ「…………」チラッ

そうして買い物を続けていると、ある楽器がきらきら並んでいるのを発見した。
銀色のハーモニカだ。ジッと見ていると、店主が勧めてきたので一つ購入する。

安物だが綺麗なので、失くさないよう名前を彫ってくれるサービスをやっているという。
彫る名前を紙に書いてくれとペンを差し出され、やにわに指の動きが止まる。

漢字が分からない。
彫ってもらうのは止めて、ハーモニカは懐へと入れた。カチ、と音を立てて静かな心臓の上に居座っている。

食べ物屋の店先には若い男が何人か座っていた。ガイのことが思い出されて、近づく気にはなれなかった。

まだ、仲間の所へ戻るべきではない。駅へと踵を返し、早々に電車へと乗った。

お昼過ぎ 帰り道

電車に乗ってる間は、仲間達がどうしているかを考えていた。

ケイが危険に晒されていれば分かる。今は……強い怒りが感じられる。だが隣にいるガイや古田が何とかなだめているはずだ。
いつか本当にいなくなったとしても、ケイを心配してくれる人は大勢いる。

……それに、ゲッタークローンが家出なんてするはずがないと思っているだろう。いつか帰ってくるだろうと、すぐに機嫌を直すかもしれない。

駅から四時間ほど歩けば借家へとたどり着く。
戻りたいと思えるまでは、あの家に帰る。

帰れる場所のあることが幸せ、と誰かの言葉を思い出した。



歩きながら、ハーモニカに息を吹きかけてみる。

いつ聞いたかも分からない悲しげな曲が、体の中をゆっくりと駆け巡っていった。

次の日 借家

初めての買い物が終わったからか、もしくはケイの周りから戦いが無くなったからか。
ふと目が覚めると、昨日より長く寝すぎたということに気が付いた。

元々毎日眠る必要は無いが、クジラではそういう存在として扱われていたので布団に入ることすらなかった。
今はこの家の、前持ち主の布団に包まりずるずると這ってふすまを開ける。ケイの真似だ。

さらに外側のガラス戸を開け、真っ白な空気がわっと入ってくる。
目に見えるほどまるい日向の中、布団を羽織ったまま空を見上げた。

トンビの声が、長く長く聞こえる。



寝間着のタイツからシャツに着替え、玄関横の水場でバケツに水を汲んだ。台所でねじれた雑巾を見つけ、それを濡らして陰干しをしておく。
庭に立てかけてあった箒で八畳の上をくまなく掃き、ちりとりが無いことに気が付いた。仕方が無くごみを端に寄せ、直接ごみ袋に入れてしまう。

湯船に洗剤を垂らし、しばらく待つ。入浴したことはないので、うまくお湯が出るか後で試す必要がある。

真っ直ぐになった雑巾で、板の間を水拭きする。小さな机の引き出しにはノートが入っており、中には何も書かれていなかった。
次に買い物をする時は、書く物を……。


ゴウ「…………」


お風呂の蛇口をひねると、赤い水が慌てたようにどっと流れ出した。
水面に映る自分の顔を見て、こんな顔だったかと思い表情を変えてみる。

ゴウ「…………」ニィ

そんなことをしていると、ふいに扉を叩く音がして玄関へと移動した。おじさんだ。

おじさん「よう。あに、掃除やってんかよ。もし明日ヒマだったらよー、漁協でも行ってみな」

ゴウ「漁協?」

おじさん「色々売ってっからよ。ほれ、これやんよ」

ぽい、と大根を手渡される。相変わらずお金はいらないと言うので、代わりに何か手伝えることはないかと聞くと、もう一本大根を乗せられた。

おじさん「あんた、結構ここいらでうわさなってっからよ」

ゴウ「……うわさ」

おじさん「まあ、いろいろ顔出てみな。ヒマそうだべ、え?」

ゴウ「……だべ」

噂。ゲッターのパイロットではない男の、噂。

おじさんが去った後も、玄関先で庭の草木を見つめていた。

ゲッタークローンだから噂になったのか。ここの雑草などとは違い、あまねく人工物として造られたものだから珍しいのか。

だが、嫌な気はしない。

ゴウ「…………」ハッ

それとは別に嫌な予感がしたので風呂場へ向かうと、湯が浴槽からあふれ出していた。
ようやく透明な浴槽になり温度も高くなったと思うので、そろそろ入ることができそうだ。




予想より、気持ちいいものではない。
まず足を曲げなければ入らない。そして入った後は何かをするということもなく、ただ座っているだけだ。

ゴウ「…………」

昔。お風呂に入った時はどんな気持ちだったかを思い出そうとして、止めた。
思い出せなかった時にどんな顔をすればいいのか分からないからだ。


だが、入って良かったと思う。シャワーだけの時と比べ、体の調子が良くなった……かもしれない。
何もしない時間が、人には必要なのだろう。

何年か前。カフェ・アルファを初めて訪れた時。

タカヒロ『アルファー! 大変だよ、ボロボロの人がいる!』

アルファ『ありゃま。大丈夫? コーヒー、淹れたげるね』

大丈夫、と聞かれ何と答えたかは覚えていない。ただ少年タカヒロが今もういないことを考えると、月日の流れは早いものだと思い知らされる。




次の日の朝 海辺

おじさんに言われた通り、漁協に顔を出してみることにした。
確かアルファも、たまに氷を買うと言っていた所だ。

着くや否や、そこにいたおじさんおばさん達に囲まれた。よく見れば町内会にいた人達ばかりだ。
これ持ってきな、これもやんよ、と次々に魚を手渡される。
そんなに貰う理由はない、そして食べなくても大丈夫だと伝えたが、皆笑ってこちらの顔を見ている。

世話を焼かれているのだろうか。……何故?
生まれてからずっと。放って置いても大丈夫だと思われ続け、こうしてケイのように持て囃されることなどなかったというのに。

倒れたことはあったが。

大きな魚を一匹だけ貰い、アルファの店へ持っていくことにした。借家の冷蔵庫は小さく、生魚はその日の内に捌いてしまわなければならないからだ。

ゴウ「…………」

ゲッタークローンとして生まれる際。ジャンプ力は驚異的な改造を施されたにもかかわらず、走る速度は普通のままで保たれていた。
そのため道中の景色一つ一つが思い出となり、新しい生き方を構成していく。


昔の記憶は、どこへ行くのだろう。

昼 カフェ・アルファ

アルファ「いらっしゃ……あ、ゴウ。丁度よかった、今」ガタッ

氷で包まれた魚を持って店に入ると、アルファの向かいに知らない女性が座っていた。
アルファの友人らしい。名を、ココネ。アルファ型……A7M3型機のようだ。

ココネ「あ……ゴウくん?」

ココネはゴウという名前を知っていた。先ほどまでその話をしていたのだろう。
知らない所で、ゴウという人が伝わっていく。ゴウという人だけが伝わっていく。

ココネ「ココネです。よろしくね」ニコッ

ゴウ「…………」ペコ

ココネ「本当に、アルファさんに聞いたとおり。私より遠い所から来たのかな」

抱えている魚を見て、ぷっと笑っていた。
これをどうしたらいい、と聞くとキッチンを貸すから調理して食べてみたら、と言われアルファに調理道具を出してもらう。

ついでに一度家に戻って、大根を持ってきた。

せっかくなので、三人分の食事を作る。アルファは魚を食べられないので、大根のみの用意となる。

アルファ「わっ、包丁が上手ね」

フライパンに切った大根を入れ、水とだしで浸しながら熱していく。しばらく待っていると大根が透明になるので、調味料と魚を入れてまた待つ。

ゴウ「…………」

ココネ「……? どうしたの、ゴウくん」

ゴウ「…………昔」

ココネ「昔?」

ゴウ「たくさん料理を作ったことがある…………だから作り方が分かる。だがいつ、どこで作ったのかは思い出せない」

ココネ「そう…………」

ココネが隣に立って、片づけを手伝ってくれている。


『いくらうめえからってよう、そんなに食べたらいざという時に働けないんじゃねえの?』
『あら、そんなことはないわよ。私の料理はスタミナたっぷりですからね』

もう会えない、誰かの記憶が散り散りになっていく。

アルファ「何だか、お姉さんと弟みたいね」フフ

ココネ「えっ?」

そう言われ、背の低いココネを見下ろす。

ココネ「そうですか? アルファさんとも、姉弟みたいですよ」クス

アルファも、ココネとそう変わらない。二人とも、際立って年の高い姿には見えないというのに。

ココネ「ゴウくんが、男の子だからですかね」

男、の子。……子。

ココネ「あ、ごめんなさい。珍しがってるわけじゃなくて、その……家出少年って、小説とかでしか見たことがなかったから……」ポッ

なるほど。何故ここの人達が優しいのか、その理由にようやく気が付いた。

ゴウ「…………アルファ」

皿をテーブルに並べながら、隼人が言うようなことを口に出す。

ゴウ「俺は何歳に見える」

アルファ「歳? 歳かあ……十二歳、いや十三歳かな?」

それもそうだ。
アルファやココネはロボットだから、見た目に関係なく本質的な年齢が分かる。
先生はロボット開発に携わっていたから、同じようなクローンの年齢が見た目通りでないと分かる。
そして近所の人達は、アルファ達から家出少年がいると聞き、以前ここにいたタカヒロと重ね合わせているのだろう。

ゲッタークローンの素となった早乙女ミチルの記憶があるから十二、十三というのはおかしいはずなのだが。
それでも、子ども扱いされるのは嫌なことではない。

子どもだから。
そう自覚すると、どこか気楽になれた。子ども扱いしてくれる人達に、何か礼をすべきだろう。
誰かの命令ではなく自分からそう考えるとは、少し前までは思ってもいなかったことだ。

ココネ「わっ。おいしい」

ゴウ「…………」パク

生まれて初めて、自分で作った料理を食べる。
アルファに勧められて食べた黒砂糖とは違い、自分で食べるための食事だ。

ゴウ「…………」

この二人も、食べる必要が無いのに、食事をする。
そういうことの繰り返しで、毎日の思い出ができる。

自分から歩むことで、思い出が増えていく。



アルファ「え? 働くところを探してるの?」

アルファに聞いてみると、仕事は大人になってからでいいと思うな、と言われた。
大人になれるかも分からないので、仕事でなくてもいいから何かやりたいと答えると、近所の草むしりはどうかと提案される。

アルファ「そうだ、近所にマッキちゃんって女の子がいるんだけどね。多分同い年くらいだから、話が合うと思うよ」

マッキという少女がここにいる限りは、同じ子どもという括りでまとめられるようだ。

夜 入り江

ココネと出会った夜、海とも沼とも分からない水辺で腰を下ろしていた。
満ちた暗がりを見ていると、カプセルの中を思い出す。

ゴウとしての記憶は、そこから始まっている。それより昔の記憶は、ただそういう経験をしたという情報だけになって、……消えてしまうのだろうか。

戦っている間は、皆自分のことで精一杯だった。
だから何でも分かっている風に振る舞い、戦い、叫び、また戦い、守った。子ども扱いしてくれる人など、誰もいなかった。

戦いが終わって、ゲッターは必要なくなった。ゴウという人からゲッターを引けば、新しい思い出が残る。その新しい思い出の軸には、ケイがいる。

そのケイへの想いの源は……。

ゴウ「……?」

ふと、誰かに見られているような気がして林へと目を向けた。

ゴウ「…………」

誰もいない。ケイのことを考えていたから、無意識に気配を探ろうとしていたようだ。
ケイは今、……動かなくなった真ドラゴンの隣にいる。だがケイの隣には、ガイがいるだろう。

家出をした理由が、少しずつ分かってきた気がした。

次の日から。

アルファに言われた通り、近所の老夫婦の家へ行き、庭の草むしりをすることになった。
ほとんどの人に家出少年として認識されているため、老夫婦は過度にお茶やお菓子を勧めてくる。

しばらくは、色んな家を回って草むしりをした。

一日中草むしりをすれば次の日より一層歓迎され、野菜や果物なども手渡された。
仕方が無く、借家の台所から使えそうな調理器具を取り出して食事をする。

いくらしゃがんでいても疲れるということはないが、次の日最適な体調でいられるように毎日湯船にお湯を張った。
風呂の窓が開くことに気づき、かつて戦地だった星空を水面に映す。

食べる必要のないものを、わざわざ調理して食べる。
入る必要のない風呂に、毎日入る。
誰かと関われば関わるほど、人間の真似事が習慣に変わっていく。

ゴウ「…………」

急に、こんな所で家出している場合じゃない気がしてきた。
今もどこかで誰かが平和のために働いているのに。働ける者が、働かなくてはならないというのに。

人は毎日休みなく働くことはできない。
だが、ゴウとして生まれた自分には休みなく働かなくてはならない理由があった。すなわち、人間の業全てを背負う理由が。

水面に映る自分を見つめる。

真ドラゴンのために生まれた、ゴウというゲッター線の入れ物。
真ドラゴンはもう動かない。……ゲッターは、もういらない。



少し前まで、戦っていない時はいつも一人でいた。

懐かしい夢を、今日も見た。

『記憶、思い出……! これが、ゴウのエネルギーの源……進化の源だったんだ!』
『ゲッター線を捨て去り、自らの意思で未来を切り開くこと!』

大抵戦っていた頃の夢なので、途中でパッと目が覚める。今日は何も予定が無いので、少し近所を歩いてからアルファの所へ行くことにした。



昼 カフェ・アルファ

アルファ「いらっしゃい。あ、今日は何にする? 色々と豆があるよ」

ゴウ「…………」

何となく、カウンターに座りコーヒーの淹れ方をジッと見つめる。 

アルファ「はい、オリジナルブレンド。……ここにはもう慣れた?」

アルファは隣に座り、ニコニコしながら一つの箱を差し出した。

アルファ「ココネが、前に使っていたものだけど、よかったらゴウにあげてくださいって。帰り際に渡してくれたの」

ゴウ「…………」

箱を開けると、いくつかの色鉛筆が入っていた。

アルファ「どう?」

ゴウ「…………」

アルファ「気に入った?」

ゴウ「貰っていいのか」

アルファ「もちろん」

ゴウ「どう礼をすればいいのか分からない」

アルファ「ゴウが考えることをすればいいよ」

アルファの手が、ぽんと頭に置かれた。
ゴウはいつも色んなことを考えている、と言われどんな顔をすればいいのか迷う。

ゴウ「何を考えているか分からないと言われ続けてきた」

アルファ「けど、ゴウの顔を見ているとよく分かるかな。ほら、私もすぐ表情に出るタイプだし……」アハハ

ゴウ「……表情も無いと言われ続けてきた」

アルファ「そんなに深く考えなくても。ただ『ありがとう』って言って、描いた絵を見せてあげればいいんだから」

ゴウ「『ありがとう』?」

アルファ「うん、『ありがとう』」

ゴウ「……ありがとう」

ちゃんと色々と考えて、色々な表情をしていたのか。
つやつやと光る色鉛筆を撫で、アルファの顔を上目使いで見上げた。

ゴウ「景色を描く」

アルファ「ここの景色を?」

ゴウ「ああ」

アルファ「……ゴウが来て、半月くらいたったもんね」

ゴウ「もうしばらくここにいるつもりだ」

色々なことを考えていたとしたら、自分の正直な気持ちを必ず見つけることができる。

まだここにいたい。
行動が常に正しいと驕ることはできない。ただ、人としての心を忘れたくないとも思う。
……忘れたくない、記憶。



窓の外を見ていると、アルファの方からちゅん、と音がした。

夜 借家

板の間の机にノートを出して、色鉛筆を使ってみることにした。

今まで見た景色を、思い出しながら大まかに描いていく。
アルファの店の庭、先生の診療所、おじさんのガソリンスタンド、くるくると飛んでいるトンビ。

仲間の所へ戻った時、この絵を日記代わりに見せてみようか。

ゴウ「…………」

ケイの周りから脅威が去ってよかった。

ゴウ「…………」

家出した理由を、思い出の中に探してみる。
初めて絵を描いた。初めて料理を作った。初めて草むしりをした。初めて買い物をした。初めて固形物を食べた。初めてゲッターの無い生活をした。

ゴウ「…………」

ミチルの記憶が、だんだん本当のことなのか後で脚色したことなのか、分からなくなってくる。

ミチルの記憶の上にはもう、生まれて初めての思い出がある。
だからだんだん子どもになっていく。ゴウとしての年齢に、心だけ近づいていく。

昼 診療所

小海石「昔の記憶を思い出したい?」

歩いて先生の所へ行き、そのことを相談した。この辺りで一番詳しそうな人は、この人以外考えられなかった。

小海石「……そう。ゴウさんは、生きる意味が無くなりそうで怖いのね」

アルファのようなロボットと違い、人間と共に生きるために生まれたわけではなかった。
ゲッターが必要なくなった今、ケイのために生きるという目的は残ったが、そのケイへの想いすらミチルの記憶が源となっている。

ミチルの記憶がかすんでいくと……いつかケイへの想いすら消えてしまうのではないかと思い、ゴウとして生きることの矛盾を感じているのかもしれない。

思い出せなくなるのが怖くて、ミチルの記憶に触れることを避けて、余計に思い出せなくなっていく。

小海石「でも無理に思い出すのはよくないのよ。それに昔のことを忘れたからって、何もかもが無くなるわけじゃないんだから」

先生はペンと紙を取り出し、さらさらと一つの漢字を書いた。

小海石「これと同じ漢字を書いてみて。……そう。少し難しいけれど、何て読むか分かる?」

ゴウ「……分からない」

小海石「ゴウ。あなたの名前よ。確か意味は……『大きな声で、誰かを呼ぶ』だったかしら」

ゴウ「……名前」

小海石「漢字が分からなくっても、新しい文字を見つければいいのよ。
新しい思い出は、今まで手に入れた力を進化させてくれる。昔の記憶は消えるんじゃなくて、その道標となるの」

ゴウ「…………」

小海石「ケイさんは、早乙女博士の息子……じゃなくて、娘の元気さんのことでいいのよね? でもあなたはずっと、元気さんじゃなくてケイさんのことを考えているわ」

ゴウ「…………ケイ」

小海石「昔の記憶は形を変えて、進化して、新しい思い出になって……どこにも消えたりしないわ」フッ

……そうか。
何だ、そんな簡単なことだったのかと、先生の話を聞いて納得した。

少し前まで、戦っていない時はいつも一人でいた。
それは、ゲッターの力を捨て去ることのできない場所に宿していたからだ。
だが全ての業を、一人で背負いたくなかった。……仲間と同じ場所に立ちたかった。

人はもう、ゲッター線に頼らずとも生きていける。
ゲッター線に囚われていた過去を捨て去り、ゲッターの力さえ思い出と共に進化していく。仲間と同じ様に進化していく。ミチルと共に……。

ゴウ「先生」

小海石「なあに?」

ゴウ「……ありがとう」

小海石「ふふ、またいつでも遊びにいらっしゃい。ここの忙しさはカフェ・アルファ並だから」

夕方 入り江

またここで座って、ノートを開いた。
新しく描く絵の端に、先生に教えてもらった漢字を書く。

ゴウ「…………」

ミチルとしての人生。人間の業としての人生。そして、號としての人生。
当たり前に食事をし、風呂に入り、布団で眠る。仲間と同じ生き方。
もしかすると、この生き方を見つけるためにここに来たのか。だとしたら。

ゴウ「…………?」

後ろから、誰かが近づいてくる気配がする。
振り返ると、背の低い少女が驚いたように目を丸くした。

マッキ「あ……こ、こんにちわ」

少し怯えたように、少女は近づいてくる。おそらくこの少女がマッキなのだろう。

マッキ「…………」

ゴウ「…………」

マッキ「…………何描いてんの?」

ゴウ「…………」スッ

ノートを差し出して、先ほど描いていた景色を見せる。

マッキ「うわぁ、結構上手いね。ここには絵を描きに来たの?」

ゴウ「違う」

マッキ「じゃ、ボランティア?」

ゴウ「違う」

マッキ「……あっそ」

ゴウ「聞かれたくないわけじゃない」

ノートを返してもらい、新しいページを開く。

ゴウ「分かりかけてきたところだ」

マッキ「……? 何が?」

ゴウ「…………」

入り江と、そこにいる少女。景色の中に、人の一瞬が入る。

ゴウ「……先日もここにいたか」

マッキ「え? 何で?」

ゴウ「夜、林の中でお前くらいの背丈の影を見かけた」

マッキ「! ミサゴだ!」

マッキ「あ、本当に子どもなんだ……ね、どんな姿だった? 話をした?」

ゴウ「…………」

ハーモニカを取り出し、どこで聞いたのかも覚えていない曲を吹く。この音色はもう、今の自分の一部になっている。

マッキ「……何て曲?」

ゴウ「覚えていない、だが……」

マッキ「……なんか、嬉しそうだね」

空の色が変わる様を、新しいページに描いて残した。初めて、絵の中にマッキを描いた。
一ページごとに、新しい思い出が積み重なっていく。



夜 借家

新しい生き方を見つける。それが家出した理由の全てだろうか。
確かに仲間の所にいては、いつまでも必要なことだけしか行わない、今まで通りの生活だった。

ケイやガイに、お風呂に入っている言うと驚くだろう。
毎日食事をしている、絵を描いている、布団で眠っていると伝えるともっと驚くかもしれない。
そうしてゲッタークローンであっても、皆と何も変わらないということを証明したい。

ゴウ「……これじゃない」

まだ何かが足りない気がする。
家出してまでここにきた理由が他にあるはずだ。風呂に入りながら、窓の外に広がる星空を見上げた。
竜馬、隼人、弁慶……地球のことは任せてくれ。だが、だがそれでも。

あとほんの少しだけでいいからここにいさせて欲しい。

ゴウ「…………」

手で湯をすくうと、いくつかの波紋がゆらめいた。

自分の考えがまとまってくる。
そして最初から、ずっと我がままばかり通してきたなと思い返した。

風呂を出て、少し考えごとをした後布団に潜り込んだ。




枕元に、三人が立っている夢を見た。
竜馬は、ガキみてえな寝顔だと言っていた。
隼人はガキだから当たり前だろ、と言った後布団をかけ直してくれた。
弁慶は、何も言わずに大きな手で頭を撫でて、笑っていた。

目が覚めてからも、ひとしきりはその感覚が残っていた。

朝 きぬがさ

家にいる気がせず、歩いてきぬがさの町まで行った。何も買うことなく、そのまま進み横須賀へと向かう。

人の気配はするが、誰もいない大通り。皆地下へ潜っていった時からずいぶんと変わってしまった。
狭い坂道を上り、草の茂った道を歩く。

分かり辛い所にある階段を上ると、一気に視界が開けた。


……横須賀は、もう人の記憶しか残っていなかった。海の底で、何も待たずにジッとしている。


コンクリートの床に座り、霞んだ町を一望する。
ふと、足元に割れた瓶が転がっていることに気が付いた。

ゴウ「…………」

これで手首を切ったら、血が出るのだろうかと思った。止めた。

血が出るかどうかは関係ない。
ただ、人としての心を忘れない限り、ゲッタークローンもロボットと同じ……人の個性として、受け入れられる時が来る。


やがて夜になり。

横須賀の街灯は、海の下から空を照らし始めた。
かつて実用のために光っていた街灯が、今は光るためだけに光る。

ゴウ「……ゲッター」

口からゲッターの名が漏れた。
呼べば来るかと思ったが、遠い所で真ドラゴンの鼓動を感じただけで、やはり何も起らなかった。


ゲッタークローンの中にある、ゲッターの力さえ思い出と共に進化するというのなら。真ドラゴンもいつか……。


ゴウ「…………」

戦いのためじゃない。未来を切り開くために、真ドラゴンが役に立てるのなら。



その次の日の記憶はあまりない。ほぼ布団の中で、横になっていた気がする。

次に気が付いたのは、おじさんが訪ねてきた扉の音で起きた時だ。今が朝なのか夜なのかも分からず、ずるずると表へ出る。

おじさん「あんだえー、風邪引いてんじゃんかよ。見かけねえはずだわ」

ゴウ「……?」

おじさん「ぼーっとしてっからよー、えー? 風邪引くはずがねえ? 引いてんだろ。しょうがねえ、病院行くか?」

ゴウ「…………」

おじさん「アルファさんもたまに体調悪ィ時あるしよ。今まで風邪引かなかったんでよ分かんねーだけだろーよ」

ゴウ「…………」

おじさん「あにせえだかよー。病院に行きたくねえ? まあ、大したことはねぇみてえたけどよ。今日もジッとしときな。後で食べもん持ってくるわ」

ゴウ「…………」

そう言うと、おじさんはあっという間に行ってしまった。風邪、と言われたが本当にそうだろうか。
体に侵入する前にウイルスを消し去ることはできたはずだが、……頭が上手く回らない。

今は体内に入った後でウイルスを無理に処理しようとして、体温が上昇しているようだ。
一定以上の熱さには耐えられると思ったが、感じないだけで弱いことには変わらないのかと気付かされる。

ゴウ「…………」

だから今体が熱くなっている……はずだ。服を着替え、ちゃぶ台の上に突っ伏す。

急に、一人だということがふつふつと感じられた。こんな時、ガイがいれば水でも汲んでくれただろうか。古田や、団六や、他の仲間……。


ゴウ「ケイ……」

どれだけ長い間、ケイに会っていないだろう。
あの十三年間に比べると、ほんのわずかな時間だが。
今はこの十分間でさえ、はてしなく長く感じた。

ふすまのすぐ向こうに、ケイが立っているような気配がした。
ケイがここにいるはずがない。……久しぶりに、ケイに会いたい。




マッキ「ケイって誰?」

パッと顔を上げると、縁側の隙間からマッキが覗きこんでいた。

マッキ「……おじさんガソリンスタンド行ったから。あがっていい?」

マッキの持つ器が皿に並べられる。野菜を煮た汁のようだ。
おそらく栄養を採らずとも体温の変化だけで対処できるのだが、今それを説明するだけの気力は無かった。

マッキ「わたし真月。皆マッキって呼んでる」

ゴウ「……知っている」

マッキ「あっそ。はい、持ってきたんだから食べてよね」

マッキも、年が近そうという理由だけでこんなことを頼まれて迷惑しているのだろう。

ゴウ「…………」

マッキ「食べないの?」

ゴウ「……ありがとう」

マッキ「えっ、あっ、うん。どういたしまして。……何だ、元気出てきたみたいだね」

マッキも、自分の分を食べ始めている。誰かと一緒に食べる食事は、これで何回目だろうか。

マッキ「ゴウはさー……何で家出したの?」

ゴウ「…………」

直接そう聞かれるとは思っていなかった。答える必要は無かったのだが、あえて一言で答えを探す。

ゴウ「……我がままを言うためだ」

マッキ「だと思った。家出なんて、ワガママな人しかしないもんね」

プッ、とマッキが笑った。

マッキ「そんなに元いた所でワガママ言えなかったの? あ……そっか、戦ってたんだよね。ごめん」シュン

ゴウ「争いは、人間のエゴから生まれる」

マッキ「もうちょっと分かり易く言ってよ」

そう言われ、順序をまとめて家出した理由を考え始めた。

ゴウ「……俺は」

最近会ったばかりのマッキに対して、何故か色んなことを話すことができた。
他人相手に必要以上のことを話すことは無かったのだが、それを含んでの我がままだっただろう。

本当は家出なんてしている場合じゃない。だが、仲間達と一緒にいては今のような生活はできなかっただろう。

一人で全部を背負いたくなかった。仲間と同じような生き方をしたかった。
昔の記憶も、ゲッターの力さえも進化させた、ゴウとしての新しい生き方を見つけて。そういう生き方ができるということを証明して。

ゴウ「だが、まだ何かが足りない」

マッキ「ふーん……」

頬杖をついたマッキと、ふいに目が合う。

マッキ「心配して欲しかったとか?」

ゴウ「……心配」

何故か、その言葉が胸に響く。

マッキ「今までさー、食べたり寝たりしないって思われてたけど、そういうことができたんだからさ。
それを証明したかったんじゃなくて、そういうことで皆の目を自分に向けたかったとか……なんて」

マッキは何故か、照れたようにそう言った。
そうか。多分、それが正解だ。

皆と同じように生きられるということを証明したかったのではなく、そうすることで皆の目を自分に向けたかった。
ゲッタークローンだとしても、ケイや、ガイと何も変わらないから。同じように、心配して欲しかった。

ゴウだから、何を考えているか分からないから、ゲッタークローンだから……放っておいても大丈夫だと、思って欲しくなかった。

ゴウ「…………」

マッキ「けっこー普通の悩みだね」

ゴウ「……だが、それは今まで一人でいた俺のせいでもある」

マッキ「だから家出して、ここで草むしりしたり絵描いたりして、色んなことができるようになろうとした、ってこと?」

ゴウ「……そうだ」

マッキ「まあ、家出した時点ですごく心配されてると思うけど」

ゴウ「されていない可能性もある」

マッキ「なんかよく分かんないけど、ワガママだね。しかも、かなり子どもって感じ」クスッ

がた、と音がしたので何かと思うと、縁側の方にアルファが立っていた。いつからそこにいたのかは分からないが、風邪聞いて様子を見に来たようだ。

アルファ「何だ、マッキちゃんがいたんだ。一人かと思って心配しちゃった」

マッキ「ほら、アルファも普通に心配しに来てる」ボソッ

アルファ「あれ、いつの間にかお二人仲良さそう。そうだ、ゴウ宛に手紙が来てるよ」

ゴウ「…………?」

アルファ「カフェに届いてたんだ。差し出し人は……ヤマザキさん」

ゴウ「!」ガタッ

勢いよく立ち上がろうとして、足元がふらつきゆっくりと座り直す。
アルファから手紙を渡され、開いて……最初から最後まで時間をかけて読んだ。

ゴウ「…………」

ヤマザキ、古田、団六、ガイ、……ケイ。
仲間との思い出が、体の中を駆け抜けて行く。

アルファ「……決まった?」

ゴウ「ああ……」

マッキを見て、それからアルファを見て、手紙を両手でぱたんと閉じる。

ゴウ「帰る。仲間の所へ……待ってくれている皆の所へ」

……本当は。
生まれて初めて心配してくれたアルファがいるから、ここに来たのかもしれない。



朝 カフェ・アルファ

ゴウ「アルファ」

アルファ「ゴウ。元気になったみたいでよかった」

ココネ「こんにちは、ゴウくん」

風邪が治ってから、ココネがまた来たということで帰り支度を少し遅らせた。
アルファにコーヒーを淹れてもらう間、二人で外がよく見える席に座る。

ゴウ「……ありがとう」

ココネ「え?」

ゴウ「色鉛筆だ。絵を多く描いた」

ココネ「わあ。見せて欲しいな」ニコッ

絵を描いたノートを渡し、屈託のない笑顔で喜ばれる。


アルファ「はい、オリジナルブレンドです」コト

アルファは、ココネの隣に座った。
こうしてアルファのコーヒーを飲むのが最後だと考えると、少し勿体ない気もする。


アルファ「また、来たらいいよ」

ゴウ「ああ」

アルファ「一ヶ月と少しかあ」

ゴウ「しばらくは、早かったな」

アルファ「うん」

ぴち、と雑草が跳ねる音がした。

アルファ「寂しかったんだね……」


ぽつぽつと雨が降り、ゆっくりと地面を濡らしていく。
あまり冬らしくない、爽やかな空気が風船のように膨らんでいった。


ココネ「私も、またいつかゴウくんに会えると思う。そうですよね、アルファさん」

アルファ「もちろん。私はいつまでも待っていられるから」

ゴウ「ああ。……生きている間に、また」


雨は、夕方に止んだ。
空気が澄んで星が綺麗だからと、夜になる頃またアルファに誘われた。カフェの前で、ココネ含め三人で空を見上げる。

アルファ「あっ、流れ星」

アルファは月の近くを指差して、それからココネの顔を見て笑っていた。月施設の残骸かもしれないと思いながら、空に向かって手を伸ばす。

ゴウ「人の夜は」

ふと、考えていた言葉が勝手に声として出た。アルファとココネが、微笑みながら振り返る。

ゴウ「いつか来る。だが、俺達は必ず世界を進化させる」

アルファ「ゴウ……」

ゴウ「人は進化する。思い出の力は必ず、人の夜を突き抜けてみせる。だから……」

アルファ「…………」

ゴウ「……大丈夫だ」



やがて星の向こうから、白い光が差し込み始める。


ゴウ「……?」ハッ

気が付けば、星を見ていたままいつの間にか眠っていたようだ。
二人から毛布をかけられたような、かすかな記憶が思い出として残っている。

ゴウ「…………」

外だというのに、それほど寒いらしい感覚はない。見ると、ココネが肩に寄りかかって寝息を立てていた。

近くにいたアルファに声をかけようとして、ココネをゆっくり地面の上に寝転ばせる。
なるほど、病み上がりを心配してずっと暖かくなるようにしてくれていたのか。

今は朝だろうか。アルファは、店先で誰かと楽しそうに話をしている。

アルファ「あっ、ゴウが起きたみたいですよ」

アルファの言葉を聞き終わる前に、一人の男が大慌てでどかどかと駆け寄ってくる。

ガイ「ゴ~~ウ~~ッ!!」ドタドタ

ゴウ「!」

久しぶりに大声で名前を呼ばれ、ぼやけていた視界が一気に晴れた。
あ、あれは……!

ゴウ「ガイ!」

ガイ「ゴウ!! てめえ、そこを動くな!!」ガッ

目の前まで迫ってきて、腕を上げて……殴られると思ったら、勢いよく両方を掴まれた。
せわしなく肩で息をしながら背中を丸め、大きくうなだれている。

ガイ「本ッ当に……おまえは……!」

ゴウ「…………」

ガイ「俺達がどれだけなあ……!」

ガイは深いため息をついた。
そして顔を上げ、目を合わせて情けない顔をした後、フッと笑った。

ガイ「ホントによお……こんな、寝癖付けた頭して」

ゴウ「何故ここにいる」

ガイ「お前がここにいるらしいって聞いたから、探しに来たんだよ。ついでに物資を運搬しながらな」

ガイの手が頭に乗せられ、がしがしと髪をかき乱された。

ガイ「ったく、帰る気あんなら書置きでも残せってんだ! アルファさんに話聞くまで、もう二度と帰ってこねえかと思っちまったぜ」
 
ゴウ「…………」

ガイ「安心したよ、お前が……」

ガイは笑っていた。が、一度軽くげんこつで殴られ、それから道の上で正座させられた。
アルファとココネは、店の中に入ってコーヒーの準備をしている。


ガイ「で、何で家出なんかしたんだ?」

ゴウ「…………」

ガイ「怒らねえから、言ってみろよ」

ゴウ「ケイは……」

ガイ「ケイは今ヨコハマにいる。今こっちに向かってきてるところだ」

ゴウ「……そうか」

家出した理由を、可能な限り簡潔に説明する。

ガイ「心配されたかっただぁ?」

ガイは驚き呆れたように肩から力を抜き、そして悩むように空を見上げた。

ガイ「…………心配、なあ」

ゴウ「…………」

ガイ「まあ、分からんでもないけどよ」

ゴウ「…………」

ガイ「要するに、構って欲しかったってことじゃねえか」ハァ

ゴウ「ガイ」

ガイ「ああ?」

ゴウ「ありがとう」

ガイ「お、おう」



さ、帰るかと言ってガイが手を差し出してきた。

ガイ「いつも訳が分からんって言ってたのは俺だしよ。これからはお互い、ちゃんと話をしようぜ。家出なんかする前にな」

その手を取り、立ち上がる。アルファ達に挨拶をしようと思い店の方を見ると、先ほどとは違い雰囲気が慌ただしいことに気が付いた。

何かあったようだ。店の前に来たおじさんが、アルファに何かを伝えている。
近くに行って聞いてみると、ヨコハマへの道で土砂崩れが起きるかもしれないと言われココネがあっと目を丸くしている。

ココネ「えっ……どうしよう、スクーターで通れなったら」

おじさん「まー、ごそっと無くなるわけじゃねえよ。昨日の雨でちっとばかし持ってかれた向こうの山が、道側にも崩れそうってんでよー」

ココネ「…………」


ガイ「ゴウ、俺たちも早く動いたほうがよさそうだ。今すぐ持ち物を整理しに」

ゴウ「待て。全ての道が通れなくなるわけじゃない」

今は俺達のことより、ケイのことが心配だ。もしケイが知らずに危険な道を通るようなことがあれば、先に手を打たなければならない。

ゴウ「道の様子を見に行く。行くぞガイ!」ダッ

ガイ「お、おいゴウ!」ダッ

おじさんに道を教えてもらい、小海石先生の診療所近くまで疾走する。

昼 診療所前

ガイ「あれか……」

小海石先生の病院から海を挟んで見える山は、確かに先日見た時と比べ海面に近い部分がえぐれていた。
遅かれ早かれ、低い山が崩れていくだろう。

ゴウ「…………」

崖っぷちで波を観察していると、後ろから息を切らしたマッキが走ってきた。マッキも山の現状を見て、呆然としている。

マッキ「そんな……」

ゴウ「…………」

マッキ「ここの道が塞がったら……タカヒロが……」

ゴウ「…………」



マッキは人間だ。帰ってくるかもわからない人間を、いつまでも待ち続けるわけにはいかない。

この道が塞がった後、新しい道が作られることはもうないだろう。
そして別の国への道が遠のいた時、それはここに住む人々の人生を大きく変えることになるかもしれない。

ゴウ「…………ガイ」

ガイ「何をする気だ? ゴウ」

ゴウ「悪しき拘束を捨て去り、自らの意思で進化する」


トラックに乗ったおじさんや、アルファとココネもやってきた。
そして診療所から出てきた先生を確認し、皆の顔を見渡した。

不安は全く感じられない。あるかもしれない可能性にかけるだけの、自身がある。何故なら……。

ゴウ「おじさん、あの山には誰も住んでいないのか」

おじさん「……まさか……」

おじさんも、意を察したようだ。

おじさん「確かに誰もいねえどころか、汚染の影響で動物すらいねえよ。だがよー、いくら人が楽になってもよ、自然のもんをかってにするのはよ」

小海石「いいんじゃない?」

先生が、海を眺めながら鶴の一声を発した。

小海石「人なんだから。ちょっとくらい間違ったことしても」

ゴウ「人の罪から、俺は逃げない」

崖っぷちに立ち、水平線を見つめる。そうだ、思い出がゲッター線に変わる新たなエネルギーとなるのなら。

ゴウ「同じところに立ち、同じように未来を分かち合える仲間がいる……」

目を閉じ、西の岬での思い出がフラッシュバックする。
絵を描いたこと、他人のために働いたこと。数年前ここにきて、生まれて初めて他人に心配されたこと。

ゴウ「……行くぞ!」ザッ

全ての思い出を胸に、大きな声で進化を呼んだ。





ゴウ「ゲッタァァァァビィィィィィィムッッッッ!!」




カッ


ガイ「あれは真ドラゴン……まさか、エネルギーが無くなったはずじゃ!?」ビュオオオオ

アルファ「あれが、ゴウの……」ビュオオオオ

マッキ「すごい……!」ビュオオオオ


ズッ


ギャオッ






真ドラゴンが、飛沫を上げて海に着水する。

真ドラゴンは再び動き出した。
ゲッター線の力に頼らず、俺の思い出と共に。

ゴウ「ゲッター……」フッ

山もろとも土砂を消滅させることで、土砂崩れが起きる確率は激減した。
だが、いずれこの道は波にさらわれるだろう。その時がわずかに遠くなっただけだとしても、俺は決して未来を切り開くことを諦めない。

マッキ「ゴウ……」

ケイ「ゴウ! ゴウーッ!」ダッ

ゴウ「ケイ?」ハッ

道の向こうからケイが走ってくる。
こちらから近づこうとすると、その前にわっと泣きながら首元に飛びついてきた。

ケイ「ゴウ!」ギュッ

ゴウ「ケイ」

ケイ「馬鹿ッ……本当に、本当に心配したんだからっ……!」

ゴウ「ケイ……」


ケイの気持ちが、震える肩から直接伝わってくる。


ゴウ「ありがとう、ケイ……」

ケイ「ゴウ……もうどこにも行かないでよね!」

マッキ「……よかったね、ゴウ」クスッ


これで、もうここにやり残したことはない。

そして、家から荷物を入り江に移動させ、海で待機させていたゲッターに積み込む。

おじさん「ゴウ、これも持ってけや。やじゃなかったらよ、もうあんた以外誰も使わねえからよ」

ゴウ「おじさん……分かった、これからも使わせてもらう」

布団を真ドラゴンの角に巻き、最後に振り返って皆の姿を真ドラゴンから見下ろした。

ゴウ「今まで世話になった。……ありがとう」

アルファ「…………」ニコッ

ゴウ「ゲッター!」ザッ

真ドラゴンが、上昇していく。
海辺で手を振る皆の姿が小さくなり、やがて西の岬さえ見えなくなり、そして……水平線に向かって飛んでいった。




ケイ「着いたよ、ゴウ……ゴウ? 眠ってるの?」

ガイ「こいつ、すっかり眠っちまってるな。しょうがねえ背負ってやるか」

ケイ「あはは、ゴウが寝てるところ初めて見た」

ガイ「こいつも、俺達と何にも変わんねえんだなあ。同じように、進化してるってか」ハハハ



そして、しばらく時間が過ぎ。
ヨコハマが少しだけ静かになった頃。

ココネ「アルファさーん、ゴウくんからお手紙ですよ」

アルファ「ありゃ、懐かしい。えーっと……」パラ



人の夜明けが、やすらかな時代でありますように。
思い出が詰まった手紙を読み、二人は満たされたように笑っていた



以上です。
ありがとうございました。

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