魔王「八畳一間ワンルーム。風呂無し、共同トイレ。家賃は3万円」 (427)

書き溜めがないのでゆっくりと書きます

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1455015928

魔王「光熱費は2万ちょい。食費は二人で4万円で」カキカキ

勇者「やっぱドラマは水10に限るぜ」ボリボリ

魔王「……うーん、今月は支出が多すぎるなあ。どこを節約すればいいのだろうか」

勇者「あっ、煎餅なくなってらぁ。ちぇっ、いまいいところなのに」ムクッ

魔王「外食の量を減らすべきか。いや、あれは週に一回のご褒美でもあるし」

勇者「あれ、冷蔵庫にねぇや。おーい、魔王。昨日スーパーで買ったお菓子どこに置いた?」

魔王「えーい、うるさいっ! 炊飯器の棚の下だ!」バンッ

勇者「んー、なんだよなんだよ。ヒステリーかよ」

魔王「私が家計簿つけてるのに、お主がぶつぶつぶつぶつとうるさいからであろう!」

勇者「お前だって独り言を口にしてたじゃん」

魔王「私はそうしないと考えがまとまらないのだ!」

勇者「ふーん。あっ、ポテチとチョコがある。魔王、どっちを食べたい?」

魔王「チョコ」

勇者「おっけー。他には?」

魔王「……ココアも淹れてくれ」

勇者「あいよ」フンフンフーン

魔王「のんきに鼻歌など歌いよって……」

魔王「……私も休憩にしようか。根の詰め過ぎは体に良くない。それに、明日も仕事があるからな」

 私は鉛筆を手から離し、家計簿を閉じる。こたつの上に顎を乗せ、つけっぱなしのテレビから外へと視線を移した。(私はドラマが好きではないから)
 雪が降っている。
 この世界に来てからはや3年も経つが、魔界には雪などというものは存在しなかったので、その美しさについつい見とれてしまう。

勇者「明日は積もってそうだな。自転車ではなく、歩きで仕事に行こうか」コトン

魔王「ん、そうだな。今日は大寒だからいつもより雪が降っているのであろう」

勇者「大寒?」

魔王「うむ。二十四節気の第24のことだ。寒さがもっとも厳しくなるころと言われている」ズズ…

勇者「なるほどなぁ。……しかし、二十四節気ねぇ。あっちの世界にゃあない概念だな」

魔王「魔界も人間界にも季節は存在しないから仕方あるまい」

勇者「俺たちとことん、こっちの世界に染まってきてるなぁ」

魔王「あれから3年も経つのだ。郷に入れば郷に従え、だよ」

勇者「なんだよそれ?」

魔王「ことわざだ。この国に昔から伝わる言語芸術らしい。職場の同僚に教えてもらった」

勇者「はーん、あの恐怖の魔王様がねぇ。勉強熱心なこって」

魔王「勉学はいいぞ。無知は罪で、馬鹿は罰だ」

勇者「俺はいいや。どうしても眠たくなる。座学なんか最悪だな」

魔王「でも、幼いころに魔法の勉強はしただろう?」

勇者「してない」

魔王「えっ」

勇者「してないしてない」

魔王「……ちょ、ちょっと待て。魔法の基礎すら勉強せず、魔界であれだけの魔法をぶっ放していたのか?」

勇者「もちろん。物心ついたときにはなんかこう……なんて言えばいいのかな。そうだっ、自転車。自転車に乗るみたな上手く説明できない感覚あるじゃん。あんな感じで使えるようになった」

魔王「はぁーっ、これだから天才は……」

勇者「むっ、なんだよ。ならお前は説明できるのか?」

魔王「当たり前だ。いいか、魔法というのはだな、魔界と人間界に満ちるマギカというエネルギーに、自らの精神エネルギーを合わせることで発生する物理現象のことで――」

勇者「」ウトウト

魔王「寝るなぁ!」

勇者「……ハッ。いやぁ、すまんすまん。話が長くなりそうだったから」

魔王「ったく、せっかく私が説明してやろうと思ったのに」チッ

勇者「でもよ、そんだけ分かってるならここでも魔法は使えないの? 前から不思議に思ってたんだけど」

魔王「使えぬよ。この世界にはマギカがないからな」

勇者「そっか、残念だな。ファイアボールでも使えれば、アパートの周りの雪かきをしなくてすむのに。あれ疲れるんだよなぁ」

魔王「ん? お主ほどの力があれば、雪かきなどお茶の子さいさいであろう?」

勇者「んな訳あるか」

魔王「なにを言っている。巨人族の英雄を一撃でのしたお主であれば……」

勇者「あのなぁ。普通の人間の力だけで巨人族なんか勝てるわけないだろ。あれは聖剣とか、伝説の防具で身体能力を底上げしてたんだよ」

魔王「ふむ、魔族に対抗するための人間の叡智の結晶というわけか。ならば、あの押し入れの奥に仕舞っているそれらを引きずりだせば良いではないか」

勇者「反応しない。魔法と同じように効果を発揮しねぇ。それにあんなもん持って出てみろ。隣人から白い目で見られるようになるぞ」

魔王「それは……困るな。ご近所付き合いは大切だ」

勇者「だろ?」

魔王「つまりはあれか。私たちは魔法も使えず、常軌を逸した身体能力もない」

勇者「そこら辺にいるただの兄ちゃんと姉ちゃんってわけだ」

魔王「……そうだな」グスン

勇者「自分で振っておいて傷ついてんじゃねーよ」

魔王「いざ言葉にしてみるとどうも、な……」フキフキ

勇者「まぁ、三年間、お互いどっかで気づきながらもこういう話は避けてたんだ。ちゃんと言葉に出来ただけでも一歩前進ってことだよ」

魔王「……そうか?」

勇者「そうだよ。恐怖の魔王様が弱気になってんじゃねー」

魔王「う、うむ」

勇者「よしっ……って、もう11時か。ほら寝るぞ。ぐずぐずしてたら日が変わっちまう」

魔王「分かった……勇者」

勇者「ん?」

魔王「お、お、おっ、おやすみ」

勇者「なんでどもってんだよ」

魔王「……こういった習慣や言葉は魔界にはないのだ。慣れておらぬから仕方ないであろう」

勇者「そんなもんかね。ま、おやすみ」

 勇者は電気を切り、私はもぞもぞと布団に入った。

魔王(明日は早い。すぐ眠らないと)

 私が目をつむると、ものの数秒だというのに、隣の布団からはすーすーと寝息が聞こえてきた。

魔王「……相変わらず寝つきのいい奴だ」

 人間界からはるばる魔界まで旅をしてきた勇者のことだ。時にはでこぼこした荒野の上や、雨に打たれながら野宿をしたこともあるだろう。
 彼の寝つきの良さは、その経験をへて培ったタフさゆえだ。
 対する私は魔王城のふかふかベッドでしか寝たことがなかったので、今でも眠るまで少し時間がかかってしまう。

魔王(そういえば、あの日も、勇者は……)ウトウト

 勇者とあんな話をしたからだろうか。ゆっくりと眠りに落ちていく中、私は久しぶりに夢を見る。
 こちらの世界へ来ることになった、三年前のあの日の夢を。

ちょっと離れます

現代だと都内でユニットバス付きワンルームで月三万とかあるから困る

 ――三年前。魔界、魔王城。

魔王『フフフ。やっと来たか、勇者よ』

勇者『……お前が魔王か』

魔王『そうだ。見れば分かるであろう?』

勇者『ああ、そうだな――』ヒュン

魔王『甘いっ』

 薙ぎ払いと共に発生した風の魔法が、迫りくる勇者を紙くずのごとく吹き飛ばす。鉄の門戸に背中を強かに打ちつける。
 常人ならそれだけで背骨が折れてしまうほどの衝撃だ。
 しかし、勇者はさる者。
 さしてダメージを受けた様子もなく、何千人もの同胞を倒した聖剣を手に、私をキッと睨む。

最近こんなパクリ多すぎじゃないスカね

人間界に季節が存在しないのに何を楽しみに生きてるんだ

勇者『流石に一筋縄じゃいかねーな』

魔王『実力の差を思い知らせてやろう』

 魔族の頂点である私と、奇跡の人間である勇者。その力は拮抗していて、少しでも油断をすれば負けてしまうだろう。
 ……だからこそ。
 私は今まで唱えたことのない最強の魔法を口にした。

魔王『私の本気を見せてやろう! 暗黒魔法ナイトメア!!』

 途端、闇よりも深い黒が室内を埋め尽くした。
 それは触れでもすれば、人間も魔族も等しく無に還る禁断の魔法だ。

勇者『ちっ、やっべぇな……っ。闇夜を照らせ、聖魔法ホーリー!』

 勇者も負けじと自身の最高の魔法を繰りだしてきた。
 それによる浄化の光が闇よりも深い黒と混じり合い、二つの魔法は衝突し――。

魔王『えっ』

勇者『は?』

 あまりのエネルギーに耐え切れなかったのか、空間にピキピキと歪みが入った。

魔王『ちょ、待っ、えぇぇぇっ!?』

勇者『んなろ、引っ張られるぅぅぅっ!』

魔王『勇者ぁ! これはなんだ! なんなのだ!』

勇者『こっちが聞ききてぇわ! なんじゃこりゃ!』

 私と勇者は歪みのとんでもない力に吸い込まれ、そして意識をなくしたのだった。

続きは明日以降書きます

期待

はたらく魔王さまって今どんな感じになってんの
なんかうどん差し入れるやつが出てきてから買ってないんだけど

ちょっと続きのせておきます

 深い水底から浮上するように、私の意識はゆっくりと覚醒した。

女「おい、あんたっ。しっかりしい!」

 見慣れぬ若い女性が私の肩を揺すり、どこの国かも分からぬ言葉で呼びかけている。
 それが“日本語”なるものだと知ったのは、もう少し後の話。とにかく、その時の私は彼女の言っていることを理解は出来なかった。

魔王『ん……』

女「ほっ……やっと目覚めたか。犬の散歩してたら川にどんぶらこどんぶらこって人が流れてたからびっくりしたわ」

魔王『ここは……』

女「何してたんや、ほんま。見るからにえらく凝った服着てるけど、コスプレかなにかか?」

魔王『……何語だそれは。古代文明語か?』

女「あらら、伝わらへん。あんた外人さんかいな。えーっと……ドゥユースピークジャパニーズ?」

魔王『?』

女「かーっ、まったく伝わらへん。これやったら大学で外国語もっと勉強したら良かった」

魔王『おい、お主。ここはどこだ?』

女「なんや迷った子犬みたいな顔して……ハッ、もしかしてあんた記憶喪失とかか!?」

魔王『分からぬ』

女「記憶喪失や、き・お・く・そ・う・し・つ! ほれ、リピートアフターミー!」

魔王「キオクソウシツ……?」

女「せや! んー、ドラマとかやと、どっかで頭を打ったか、それともあまりのストレスが原因で記憶障害になったかとかやけど……」

魔王『……なにを盛り上がっておるのだ、お主は』

女「ま、お医者さんのとこ連れていったらええやろ。その前にびしょ濡れになったその服の代わりにあたしの服貸したげるわ」

 その場から私を起こそうと、彼女は腕を掴む。

魔王『お……おい、なにをする!』

女「大丈夫や。あたしん家もうそこやから、それにそんな格好じゃ寒くていけんやろ?」

魔王『引っ張るな!』

女「そんな大声出さんでもええやん。まー、言葉も通じへんし、知らん奴にいきなり親切にされてもびっくりするわなぁ」

魔王『……くそっ。なんなのだ、ここは。見たこともないような平べったい顔の人間はいるわ、知らない景色だわ、なんでか濡れてるわ。あの歪みに吸い込まれて私は知らない場所に飛ばされ――』

 混乱する私を、彼女はギュッと抱きしめる。

魔王『な、なにを……!』カァーッ

女「ハグは万国共通やろ? ほれほれ、あたしはあんたの敵ちゃうでー」ギュー

魔王『は……離せっ!』

女「そんな拒否らんでええやん。おんなじ女同士なんやから」

魔王『魔王の一族は婚約者以外とそういうことはしないのだ!』

女「もー、ケチやなぁ」パッ

魔王『はぁッ……はぁッ……』

女「ま、これで危害を加えるつもりはないって分かったやろ? ほな行くでー」

魔王『ちょ、ちょっと……!』

 その後、彼女に言われるがまま、私は服を着替えた後に診療所へと連れて行かれた。
 道中に濡れたドレスを乾かそうとファイアボールを何度も唱えたが発生せず、困惑する私を彼女はケラケラと笑った。

女「なんやそれ、魔法の真似っこ? あたしも小さい頃ようやったわ。こう箒をまたいでなー」

 かくして、診療所まで連れられた私は、そこで思いもよらぬ人物に出会うことになる。

女「――ってわけでな。この姉ちゃんを先生んとこに連れてきたってわけや」

男「そうですか。んー……困りましたねぇ」

女「記憶喪失なんて珍しいパティーンやけど、まぁ面倒みたってや」

男「パターンね。いや、まぁ、それはいいんですよ。いいんですけど……」

女「なんや歯切れが悪いなぁ」

男「さっきね、僕も同じような人を助けたんだ。言葉が通じず、記憶喪失の外人の方を」

女「えっ、そうなん!? なんや偶然って重なるもんなんやなぁ」

男「それにしては珍しすぎるような気がしますが……」

 玄関先で二人が会話している、そんな時だ。

 診療所の奥から忘れるはずのない声が聞こえてきた。

??『おーい、兄ちゃん。俺はこれからどうすればいいんだよー』

魔王『!?』ダッダッダッ

女「あっ、あんたどこ行くん!?」

男「ちょっとっ……せめて靴は脱いで下さいよ」

 はやる気持ちを抑えつつ、私は長い廊下を走り、声のした場所の扉を開けた。
 そこに居たのは――。

勇者『ま、魔王!?』

 紛れもない勇者本人だったのだ。

勇者『てめぇこの野郎、性懲りもなく現れやがって! 決着つけるかぁっ!?』

魔王『……ッ!』

勇者『ってぇ、おい。どうしたんだお前。そんなしょぼくれやがって』

魔王『…………ゆうしゃあ』ウルウル

勇者『なんで泣いてるんだよ!?』

 恥ずかしながら、その時の私は敵である勇者を前にし、見知らぬ土地で自分を知ってる人物に会えた安心感でほっと気が緩み、涙腺が熱を帯びてしまったのだった。
 それもこれも、私が生まれた時から今まで魔王城に一歩も出たことがない箱入り中の箱入り娘だったことに起因すると思う。びっくりするぐらい環境の変化に弱かったのだ。私は。

勇者『ちぇっ……興が逸れた』プイ

 対する勇者はたくさんの旅をしてきたからか、戸惑いながらもちゃんと順応しようとしていた。私みたいに泣くことはなかった。
 だけど、彼にも安心感はあったようで、話し合った結果“元の世界に戻るまでは休戦”ということになり、互いに協力しながら“元の世界に戻る方法”を見つけることになったのだ。
 もちろん、最初は信用してもいいのか? 裏切られるんじゃないか? っていう不安はあったものの、それもすぐ消えた。
 魔族も人間も孤独になどなりたくなどないからだ。
 それに、利用価値のある間は後ろから刺されたりはしない。刺されるようになるのは元の世界に戻る手立てを見つけた後だろう。

男「なんだ、知り合いだったんですか」

女「おうっ、異国の地で離れた恋人と再会なんてロマンチックやねー!」

 そして私たちは助けてくれた二人の力を借り、日本語を覚え、名前を手に入れ、職につき、賃貸を借りて……と生活基盤を整えていった。
 一年目は相手のことを意識する暇がないほど忙しく、二年目はどこかギスギスしながらも一緒に生活し、三年目にはそのギスギスもいつしかなくなっていた。
 時間というのは本当に恐ろしい。
 四年目の平和ボケした私たちは、今やそこら辺の同棲しているカップルとさして変わらない。

これで終わりです。続きはまた今度書きます

>>14
そうなんですか。そんな物件が都内にあるなら住んでみたいもんですね16
>>16
サーセンwwwwwwwwwwwwwwww
>>17
そこら辺はもうちょっと後に書きます
>>21
あざっす!
>>23
読んだことないので分からないです。アニメはちょっと見たような気が・・・


舞台は関西?


魔王様可愛い

せっかく面白いんだから全レスしなくていいよ

 ――翌日、木曜日。朝。

 窓から差し込む太陽の光が、私の眠りをゆっくりと覚ます。

魔王「ふわ~ぁ、おはよう。ゆうしゃあ」

 初めこそためらっていたあくびも、今では勇者相手ならなにも抵抗はない。
 私は寝ぼけた目を擦り、ん~っと大きく腕を伸ばす。やっと意識が覚醒し、そこで勇者からの挨拶が返ってこないことに気づいた。

魔王「……あれ、いないのか。勇者」キョロキョロ

魔王「出勤するにはまだ早いはず……どうしたんだ?」

魔王「ん、これは……勇者の書き置きか」

魔王「なになに……」

 それには、彼の豪快な性格を表すように大きな文字でこう書かれていた。

勇者「先いく。べんとう作りすぎた。れいぞうこ」

魔王「全く、また平仮名ばかりか。漢字はちゃんと覚えたほうがいいとあれだけ言ったのに」

魔王「……帰りに、漢字ドリルでも買ってこようか」

 私はその紙を折り畳み、ゴミ箱へ捨てる。

魔王「にしても、勇者が弁当か。そんなこと、今まではしてくれなかったのに」

魔王「……もしかして、昨日、支出が多すぎるってぼやいたのを気にしてくれたのか?」

魔王「いや、あの勇者がそんな殊勝なことをするわけはない」

魔王「あり得ないよな」

魔王「フフフ」ニッ

魔王「って、なに喜んでいるんだ私は」

 自然と吊り上がる口角を無理やり手で直し、私は冷蔵庫を開けた。
 豆腐や納豆をのけて作った小さなスペースに、ラップで巻かれた不細工なおにぎりが2つ置かれている。
 それの1つを取り、ラップを外して一口かじる。
 少し効きすぎた塩味が、口一杯に広がった。

魔王「相変わらず濃い味が好き奴だ」

魔王「それに、朝ごはんを作ってくれたのはありがたいが、握りこぶしより大きなおにぎりは2つも食べられないな」

魔王「もう一つは職場に持っていこう」

 私はそう決めると、パウチタイプの即席味噌汁(12個入り98円)を一つ切り取り、冷蔵庫の扉を閉めた。
 やかんを火にかける。
 数分もすればヒューヒューと湧いてきて、先ほどの味噌を入れたお椀に熱湯を注いだ。

魔王「ん~、いい匂いだ」

 個人的に、味噌はこの世界での最大の発明品だと思っている。
 栄養価も高ければ、保存はきくし、風味も良く、何よりも安いからだ。

魔王「いただきます」

 以前、教えてもらった礼儀作法を行い、私はおにぎりと味噌汁の朝食に手をつけた。
 この世界に来る前の私は魔王城のコックが作った料理しか食べたことはなかったが、自分たちの手作りというものは、味こそコックには敵わないもののとても良いものだと思う。
 なんだか、ほっこりとするからだ。
 私はそんなことを思いながら朝食を終え、洗濯物を終わらせてから、早目に出勤することにした。

 勇者がアパート周りの雪かきをしてくれたお陰か、私は一度も転ぶことはなく、職場に着くのだった。

 私の職場は、商店街の惣菜屋さんだ。
 ここは私を助けてくれた女の両親が経営しており、彼女が口を利いてくれたおかげでお手伝いをすることになった。
 安い・美味い・デカイがモットーのこのお店は、ここらに勤めるサラリーマンやOL、買い物帰りの主婦や学校終わりの学生に大人気で、昼と夕方のピークの凄さたるや言葉では説明できないほどだ。

女「はー、やっと昼のピークが終わったなぁ」

魔王「そうだな。さて、はやく昼食をとらないと」

女「せやねー。あっ、コロッケの余りもんがあるみたいやけど食べる?」

魔王「うむ!」

女「ええ返事やなー。魔王ちゃんはほんまにうちのコロッケ好きやね」

魔王「当たり前だ。あんなに美味いものはこの世にそうそうないぞ」

女「あはは、それはちょっと言い過ぎやわ」

 店先からは見えない奥のテーブルで、私は勇者のおにぎりを食べ始めた。
 やがて余りもののコロッケを持ってきた女はおにぎりを見て「ははーん」と呟いた。

女「愛妻弁当ならぬ愛夫おにぎりって感じかいな。ええなー、あたしも勇者さんみたいな彼氏欲しいわぁ」

魔王「」ブフゥッ

女「あーあ、汚いなぁ」

魔王「ゲホッ、ゴホッ……お、女っ。私と勇者はそういった関係ではないと何度言えば分かる!」

女「えー、そんなん信じられへんわぁ。やって若い男女がさぁ、そんな関係でなかったら何年も同棲するぅ?」

魔王「そ、それは利害の一致によってだな」

女「利害の一致ってなによー。お互い寂しかったんやろ? ほれほれ、本音を言ってみ?」

魔王「だから……っ」

女「よう言うやんか。愛に正直にって。そんな恥ずかしがるもんやないと思うで」

魔王「……ッ!」カァーッ

魔王「……女のそういうところ、私は嫌いだ」キッ

女「あたしは魔王ちゃんの恥ずかしがり屋さんなとこ好きやで」ニコッ

 満面の笑みをこちらに向ける彼女に、私は毒気を抜かれ、深いため息を吐いた。
 憎めないというか、その笑い顔を見るとどうでも良くなってしまうというか。
 そんな不思議な雰囲気を、目の前の恩人は持っている。

魔王「……もういい」

女「そんな怒らんとってよー。冗談やんかぁ」

魔王「怒ってない」

女「いーや、怒っとんねぇ……そうや!」

魔王「なんだ?」

女「お詫びといってはなんやけど、魔王ちゃんいっつもすっぴんやん。あたし化粧品好きで一杯持っとるから何個かあげるわ」

魔王「いらぬ」

女「えー、なんでよぉ」

魔王「……仕方が分からない」

女「なんや、そうやったらあたしが教えたげるわ。仕事終わりにうちよろなー。魔王ちゃんすっぴんでめっちゃ綺麗やもん。化粧したらそこらの女優さんには負けへんと思うで」

魔王「おだててもなにもでぬぞ」

女「おだててなんかないよー、真実やもん。魔王ちゃんが店先に立ってから男性客めっちゃ増えたやんか。この前もサラリーマンのお兄さんに口説かれてたやん」

魔王「口説く? いや、あれは、ご飯を一緒に食べないかと誘われただけだ」

女「あははっ。そういうのを口説かれてるって言うんやで」

魔王「……そうなのか?」

女「そうやで。あのお兄ちゃんも可哀想やなー」

 彼女と話していると時間はあっという間に過ぎてしまう。時計を見れば、昼の休憩の終わりが迫っていた。

女「やばっ、はやく食べんと!」ガツガツ

 急にご飯を掻きこみ始めた彼女に、私はふと沸いた疑問をぶつけた。

魔王「なぁ、女」

女「ん?」

魔王「なんで女は、助けてくれたあの時といい、私に優しくしてくれるのだ?」

女「んー、人に優しくするんに理由なんかいらんやろ」

魔王「そう……なのか?」

女「そうやで」

 屈託のない笑みを浮かべでそう言う彼女を見て、私はこの恩人には敵わないなと思うのだった。

今日はここまでです。

>>36
関西です。イメージ的には兵庫の神戸市外の田舎って感じですかね。
>>37
あざっす! 最初は勇者目線で書こうと思ってたんですが、魔王目線で書いて良かったです。
>>38
これからは全レスしないよう気をつけます・・・

兵庫の田舎・・・
播州赤穂の方か城崎温泉の方か・・・

 仕事が終わり、帰り道。
 女と商店街を歩いていると、アクセサリーショップの前で男と出会った。

女「あれ、先生? 商店街に来るなんて珍しいやん。どしたん?」

男「ん、女さんですか。いや、午後は休診だったので野暮用で……っと」

男「隣にいらっしゃたのは魔王さんですか。いつも以上にお綺麗になっていて気づきませんでしたよ」ニコッ

魔王「そ、そんな……やめてくれ……」カァーッ

男「そんなに俯かないで下さい。せっかくお化粧をしているのに」クイッ

魔王「あ……っ」

女「うわっ、ジゴロや。これが女を落とすテクニックちゅーやつや!」

男「そんなつもりはありませんよ」

女「かーっ、体の傷は癒せても女の心には傷を負わすってか。先生はほんまに罪な奴やで!」グッ

男「……なんでサムズアップするんですか」ガックリ

 いつも通りの二人のやり取りを眺めていると、近くのお店の扉が開いて勇者が出てきた。
 その手には小さな紙袋が握られている。

勇者「げっ、なんでお前らがいるんだよ!」

男「ああっ、そこでばったりとお会いしまして」

女「なに焦ってるん~? ははーん、もしかしてバレたらいかんことやってたん?」

勇者「べ、別にそんなんじゃねぇ。なぁ、男!」

男「そうですねぇ。勇者くんが――」

勇者「男。それは言わない約束だよな、な!」ガシッ

男「冗談じゃないですか。そんな怖い顔しないで下さいよ」ハハッ

勇者「……性質の悪い冗談をするんじゃねーよ」ハァー

男「そんなことよりも勇者くん。なにかに気づきませんか?」

勇者「なにか?」

男「魔王さんを見てあげて下さい」

勇者「んー?」プイッ

魔王「…………」モジモジ

女「…………」ワクワク

男「ね?」ニコッ

勇者「別に、なんにも変わってねーじゃん」

魔王「」ガーン

女「かーっ、あかんはこの人! あかんあかん! ねぇ、先生。どう思います?」

男「ドン引きって感じだ……っと、思わず素の口調が出てしまいましたよ。女さん」

勇者「??」

女「……えーっと、ほんまに分かってないん?」

勇者「うん」

男「重傷ですね。いいですか、勇者くん――」

魔王「男、いいんだ」

男「魔王さん」

魔王「別に、私は最初から期待してない。それに、勇者が気づいてくれないからなんだというのだ」

女「魔王ちゃん……」

魔王「女、ありがとう。でも、これは返すよ。私にはもったいないからな」

女「……ごめんなぁ」

魔王「なぜ謝る? 私は嬉しかったぞ。化粧とはいいものだった」ニコッ

魔王「勇者」プイッ

勇者「……んだよ?」

魔王「先、帰っている。できれば、もう少し時間を潰してきてくれ」タッタッタッ

勇者「しゃーねぇなぁ。男、女。この後なんか予定あるか――」

男「勇者くん」ジー

女「勇者さん」ジー

勇者「な、なんだよ?」

男「最低です」

女「最低やね」

勇者「なんでだよ!」

 私は乱暴に靴を脱ぎ捨て、洗面台へ向かった。
 蛇口をひねり、ばしゃっと顔を洗う。鏡に映る自分を見る。
 マスカラが中途半端に落ち、黒く濁った水滴が涙のようにぽつりと落ちた。

魔王「……ひどい顔だな」

 私は自嘲気味に笑う。

魔王「勇者に気づかれなかったからなんだと言うのだ。なぜそんなにショックを受けている。なぁ、私」

魔王「所詮、私たちは魔王と勇者なのだぞ?」

魔王「今は休戦しているに過ぎない。元の世界に戻れば相容れぬ関係なのだ」

魔王「こんな気持ち、抱くのが間違っている」

魔王「敵同士、なのだから」

魔王「……うん」

 私は黒い涙をかき消すために、もう一度顔を洗う。
 冷たい水は低い室温と合わさり、ちくりと痛んだ。

勇者「……ただいま」ガチャッ

魔王「!?」ゴシゴシ

魔王「お、おかえり。早かったな!」

勇者「男と女に早く帰れって言われたんだよ」

魔王「そっ、そうか。それは災難だったな。ちょっと待ってくれ。すぐにご飯を作るから」

勇者「……魔王」

魔王「ん?」

勇者「すまん」アタマサゲー

魔王「……男と女に謝れって言われたのか?」

勇者「……ん、まぁな」

魔王「なら、その必要ない。勇者は悪いことをしていないのに謝る必要などはないぞ」

勇者「そう、なのか?」チラッ

魔王「ああ、頭を上げてくれ。そして手を洗ってきてくれ。今日の晩ご飯はお店の残り物のコロッケだ」

勇者「うおっ、マジかっ。あれ美味いからなぁ!」タッタッ

 私は洗面台に駆け込む後ろ姿を眺め、思う。

魔王(――お主に「綺麗だ」と言って欲しかった)

 意思とは関係なく湧いてきた想いを、私は押し潰すように胸に手を当てる。
 ドクドクと、かすかに速くなった鼓動を元通りにするために長い息を吐く。
 そんな時、洗面台から声が聞こえてきた。

勇者「なんじゃこりゃ。真っ黒じゃねーか!」

魔王「……ざまあみろ」

 無意識に出てきたその言葉に、私は小さく笑うのだった。

 ――翌日。金曜日、夜。
 帰宅した私を待っていたのは、妙に居住まいを正した勇者の姿だった。

魔王(あれ。勇者は今日、休日だったはずじゃ……?)

 大体、私と勇者の休日の過ごし方は決まっている。元の世界に戻る方法を探す、という過ごし方だ。
 いつもなら、私が帰宅した後に戻ってくるのだが……。

魔王「ただいま」

勇者「おかえり。大事な話がある。ちょっとここ座れ」

魔王「ご飯の後ではダメなのか?」

勇者「ダメだ」

 有無を言わさぬその口調に、私は言われた通りの場所に腰を下ろす。

魔王「それで、なんなのだ。勇者」

勇者「……あのな」

 勇者は私を見つめる。
 彼のこんなに真剣な表情は久しぶりで、私の喉がごくりと自然に動く。

勇者「驚き過ぎるなよ?」

魔王「うむ」ゴクリ

 勇者はゆっくりと息を吐き――

勇者「元の世界に戻る手がかりを見つけた」

今日はここまでです

>>52
雪がよく積もるほうとだけ・・・

展開速いぞこら
もっとワンルームのドキドキ書かんか

雪がよく積もる・・・瀬戸内側ではない・・・日本海側・・・

うん、城崎温泉でイメージしておこう


温泉でのイチャコラ頼む

 ――土曜日、昼。
 ガタゴト、ガタゴト。
 私と勇者は電車に揺られながら、彼の言う「手がかり」のある場所へ向かっていた。

勇者「」スピースピー

魔王「……重い」

 私たちの町から電車に乗ってすでに1時間も経っているからか、隣に座る勇者は爆睡していて、私の肩にその頭を預けている。

魔王(飽きるのは分かるが、こうもたれかかられては動くこともできん)

魔王(起こすのも可哀想だし、さて、どうするか)チラッ

勇者「」スピースピー

魔王「……無防備な奴」ホッペプニー

勇者「んあー」

魔王「起きたか?」

勇者「」スピースピー

魔王「寝言か」プニ

勇者「うあー」

魔王「……ちょっと面白い」プニ

勇者「やめろぉー」

魔王「…………」プニプニ

勇者「うがぁ、まおうー」

魔王「ん、夢で私を見ているのか?」プニプニ

勇者「まおうー」

魔王「かわいい奴め」プニプニ

勇者「けちやろうー」

魔王「」ムカッ

魔王「お主が無駄遣いするから節約しているのだろうが!」バッ

 ヒソヒソ、ヒソヒソ

魔王「あ……っ」カァーッ

魔王「すまぬ」ペコリ

勇者「んあー、着いたのか?」

魔王「……まだだ」

勇者「なんだよなんだよ。なら起こすなよー」

魔王「」ムカッ

勇者「ふわ~ぁ、もう一眠りするか」

魔王「許さん」ガンッ

勇者「いってぇ。チョップすんなよ!」

 ヒソヒソ、ヒソヒソ

勇者「あ……っ」カァーッ

勇者「……すいません」ペコリ

魔王「フン」

 そんなこんなしていると、やがて電車は目的地にたどり着いた。機械音声がコールされ、自動ドアが左右に開く。
 都会とは違い開発は進んでいないが、どこか趣きのある駅のホームが私たちを出迎えてくれた。
 ここは日本でも指折りの温泉地。
 そして、元の世界へ戻る手がかりがある場所だ。

勇者「おー、着いた着いた」

魔王「人がいっぱいだな」

勇者「まぁ、土曜日だしなぁ。おっ、なんかあそこに美味そうなもんがある」ダー

魔王「ちょ、ちょっと!」

勇者「えーっと、なんだこりゃ。漢字読めねぇ」

店主「温泉まんじゅうって読むんだ」

勇者「ほー。んじゃ、それ2個」

店主「あいよ」

魔王「……おい、勇者」

勇者「ん?」

魔王「勝手に走るな。はぐれたらどうする」

勇者「そのときはそのときだろ」

魔王「はーっ、適当な奴だな」

店主「はい、温泉饅頭2個。熱いから気をつけろよ」

勇者「あんがと。ほれ、魔王も食うだろ?」

魔王「食べる」

勇者「ほらよ。……んーっ、ほかほかで美味いなこれ!」モグモグ

魔王「ほんとだな。美味しい」モグモグ

勇者「見ろよ、魔王。あっちにも美味そうなもんがあるぞ」

魔王「勇者」

勇者「ん?」

魔王「もしかして、当初の目的を忘れてないよな?」

今日はここまでです

>>69
展開遅いかな、と思って金曜日分をまるまる削ったのが逆効果でしたね。すみません。
>>71
イチャコラはどうか分かんないですが温泉だぁ!

寒い地方では電車のドアは自動で開かないんだぜ

まさか地獄めぐりじゃぁないよな?

勇者「当たり前だろ」

魔王「ならばいいが……それで」

勇者「ん?」

魔王「そろそろ話してくれても良いのではないか? その手がかりとやらを」

勇者「ああ。そういや、昨日は手がかりを見つけたって伝えただけで、その詳細については話してなかったもんな」

魔王「そうだ。お主は疲れたといって眠ってしまったからな」

勇者「……そろそろ話してもいいか」

魔王「うむ。よろしく頼む」

勇者「ここじゃ人が多い。ちょっと離れるぞ」

 勇者は私の手を握り、混雑した駅のホームを抜けていく。
 観光地にはありがちな駅前の大きな広場のベンチに腰かけると、珍しく顔を険しくしながら彼は口を開いた。

勇者「ここなら大丈夫、か……」

魔王「そんなに隠さなければいけないことなのか?」

勇者「ああ。いいか、魔王。こっから先はトップシークレットだぞ」

魔王「う、うむ」ゴクリ

勇者「ここは見ての通り温泉地だ。しかも、日本でも指折りの。魔王、それは分かるよな?」

魔王「もちろんだ」

勇者「なら話が早い。絶対に口外するんじゃねーぞ」

 勇者はもったいぶりながら、私をしっかりと見つめながら、こう言った。

勇者「温泉ってのは自然の恵みって言われてるらしい」

魔王「……は?」ポカーン

勇者「驚いて口が閉じないって感じだな。まぁ、仕方ねぇ。魔王は以前、魔法を使うには魔界と人間界に満ちるマギカってエネルギーが必要だと言ったよな?」

魔王「う、うむ。言った」

勇者「そこでピーンときたわけよ。元の世界に普通にあったものが、こっちの世界にないなんておかしいんじゃねーかって」

魔王「……そ、それで?」

勇者「したらよ。図書館で調べたら温泉は自然の恵みって言うらしいじゃねーか。しかも熱いお湯に入るだけなのに、怪我の治療に役立ったり、ストレス解消になったり」

魔王「…………」

勇者「こんなんもう不思議な力が働いてるに違いねーだろ。この世界でいう自然の恵みってのは、きっとマジカに近いなにかのエネルギーだ」

魔王「…………」

勇者「で、だ。たくさんの温泉があるここなら、あの時を再現できるかと思ってな。俺のホーリーとお前のナイトメアをもう一度ぶつけてみれば、歪みが現れるかもしれないだろ?」

魔王「……勇者」

勇者「あっ、急ぐ気持ちは分かるけど今日は無理だぜ。観光客が一杯いるし、人に迷惑がかかる可能性が――」

魔王「お主を信じた私が阿呆だった」

勇者「はぁっ!?」

魔王「さて、このまま帰るのももったいない。温泉入って、職場の皆にお土産を買いに行くか」ンー

勇者「おいおい、なに大きく伸びをしてんだよ。骨折り損だったけどせっかく来たし楽しんで帰ろう、みたいな顔してんじゃねーよ!」

魔王「おおっ、凄いではないか勇者」

勇者「だろ? 子供の時から神童って言われてたからな」ニッ

魔王「馬鹿のくせに洞察力だけはあるな。その通りだ」ニコッ

勇者「どういうことだよ!」

 ギャーギャーと騒ぐ勇者を尻目に、私は温泉街を歩き始めた。
 一緒に源泉まで行き、そこにある温泉の効能の石碑を読ませると、自分がいかに見当はずれだったかを理解してくれるかな、なんて考えながら。

 源泉の石碑を読ませた勇者は、その顔を茜よりも赤く染めさせていた。

魔王「分かった?」

勇者「……すいません」

 消え入るような声でそう呟いた勇者は、両手で顔を覆い、私に提案をする。

勇者「ねぇねぇ、魔王さん。あそこの温泉に入りません?」

魔王「別に構わないが……」

勇者「決まりですね。さっそく行きましょう!」

魔王「……なんだその気持ちの悪いしゃべり方は」

 恥ずかしさを隠すためか、気持ちを落ち着ける時間が欲しかったのか。
 脱兎のごとく公共温泉へ駆け込む勇者は、私から逃れるようにすぐに男湯へ入っていった。

魔王「まったく……」

 さすが有名な温泉地。入湯料金にはタオル代も含まれていて、気兼ねがなく入浴できるシステムが整っていた。
 私も女湯ののれんをくぐり、脱衣所へ向かう。

魔王(同性といえども、周りの目がある中で服を脱ぐのには抵抗があるな……)

 あまり銭湯などに行かないせいで少しの抵抗はあったが、せっかく温泉地に来たのにという思いが勝って衣服を脱ぐ。
 脱衣所から浴場へ繋がる扉の横には、大きな鏡が置かれてあった。
 一糸も纏わぬ私の姿が映しだされる。

魔王(少し肉がついたか……)

 脇腹を指で挟むとしっかりとつまめて、普段の運動不足を呪いたくなった。

今日はここまでです

>>81
そうなんですね。関西ではあまり手押し式って見たことがありませんが・・・。
>>83
地獄めぐり。その手があったか・・・!

勇者かわいいぞ
……まさか外見はおっさんとかないよな?

魔王「ふむふむ。まずはかけ湯をするのか……」

魔王「なっ! タオルで体を隠してはいけないだと!」カァーッ

魔王「……郷に入れば郷に従え、か。仕方あるまい」ファサー

魔王「内湯と外湯。さてどちらから入るべきか」

魔王「うぅ、外は寒いな。はやく温泉に浸かろう」

魔王「はぁー、いいお湯だ」チャポン

魔王「お中元でいただいた入浴剤とは滑らかさが天と地ほど違うな」

魔王「肩まで入って――むっ、しょっぱい」

魔王「……ナトリウムが豊富だからか。ふふ、お湯一つとってもこれだけ違うとは」

魔王「この国の文化はやはり素晴らしいな」

魔王「はぁ……本当に、いいお湯だ」

 そしていくつかの湯を楽しんだ後、私は体を洗い、内湯で100を数えるまで浸かってから出ることにした。
 幾人かの湯治客がくつろぐ休憩スペースでは、勇者の姿が見当たらず、まだ温泉を堪能しているらしい。

魔王「……全く、湯あたりするぞ」

 私は長椅子に腰かけ、備えられた雑誌に手を伸ばす。と、誰かが私の腕を掴む。

魔王「む?」

チャラ男「ねぇねぇ、お姉さん。もしかして1人?」

魔王(染めた金髪にたくさんのピアス……さて、私の知り合いにこんな人はいないはずだが)

チャラ男「あれ、通じてる? もしかして外人?」

魔王「……日本語ぐらい分かっている」

チャラ男「あっ、そう。なら安心した」

魔王「なんの用だ?」

チャラ男「ツンツンしてるなぁ。いやさ、1人で寂しそうだったから、良かったら一緒にご飯でもどう?」

魔王(……前に女が言っていたな。こういうのは私を口説いているのだと)

魔王「すまぬ」ペコリ

チャラ男「えーっ、そういうこと言わずにさ。ちょっとだけ付き合ってよ」

魔王「それは出来ない」

チャラ男「えーっ、なんで?」

魔王「なんでと言われても……」

チャラ男「ならいいじゃん。ほら行こうよ」グイッ

魔王「……辞めてくれっ」バッ

 私が彼の腕を無理やり振りほどくと、彼は不機嫌そうに顔をしかめた。

チャラ男「いってぇなっ!」ピキピキ

 ザワザワ

チャラ男「そんなに拒絶することねぇだろうがっ!」

魔王「痛くしたのは謝る。けれど、原因はお主がっ」

チャラ男「うるせえ!」

 ザワザワ、ザワザワ

チャラ男「少し顔がいいからってお高く止まりやがって!」

魔王「なぁ、若人よ。人の話は最後まで聞くべきだと思うぞ」

チャラ男「あ゛ぁ? この後に及んで説教かよ! うるせえな、しばき回っぞ!!」

魔王「……私をあまり怒らせるな」

チャラ男「はぁ? 怒らせたからなんだっていうん――」

勇者「おい」ガシッ

 逆上した彼の肩を、いつの間にか温泉からあがった勇者が掴む。

チャラ男「あ゛? なんだてめえは!?」

勇者「てめえこそなんなんだよ」キッ

チャラ男「っ!」

 凄みというか、なんというか。勇者は真正面から睨みあげ、その形相に彼は思わず怯む。

勇者「なんだって聞いてるんだよ。答えろよ、おい」ズイッ

チャラ男「……ひっ」

勇者「答えろっつってんだろ? 聞こえてねえのか? あ゛?」

チャラ男「ひ、ひっ」

勇者「俺の魔王に手をだしてんじゃねえよ!」

魔王「!」

チャラ男「……お、覚えとけよ!」ダッダッダッ

 勇者を恐れ、彼は脇目もふらず走っていった。

勇者「ったく、張り合いのねぇ奴だ」

魔王「……あ、ありがとう」

勇者「お前もお前だよ。変なナンパ野郎に捕まってんじゃねぇ」

魔王「そ、それもそうだが……あ、あのな、勇者、俺の魔王って――」

 どういう意味だ、という次の言葉は口から出なかった。
 それよりも先に、休憩スペースに拍手が巻き起こったからだ。

 パチパチ、パチパチ

 オニイチャンカッコイイー
 ミヲハッテカノジョヲマモルナンテスゴイネー

勇者「」カァーッ

魔王「」カァーッ

勇者「……お、おい。行くぞ、魔王」グイッ

魔王「あ……っ」

 勇者に手を捕まれ、私たちは温泉の玄関まで早足で駆けていく。
 私は恥ずかしさやら嬉しさやらなんとも言えない気持ちのままで、彼の手を握り返した。
 かけがえのない宝物を扱うよう、大切に、大切に。

 温泉からしばらく離れたところで。
 逃げるように走っていた私たちは足を止めた。

勇者「この辺まで来れば大丈夫か……」

魔王「……おい勇者」モジモジ

勇者「ん?」

魔王「手を繋ぎっぱなしなのだが……」

勇者「うお!」バッ

勇者「……す、すまん。気がつかなかった」

魔王「い、いや、構わないよ。仕方ないさ」

勇者「…………」

魔王「…………」

 互いに顔の火照りを冷ますように。
 私たちはしばしの時間をおき、そして同時に口を開いた。

勇者「なぁ魔王」

魔王「なぁ勇者」

勇者「あ……っ」カァーッ

魔王「あ……っ」カァーッ

勇者「……そっちからどうぞ」

魔王「い、いや。勇者から先に言ってくれ」

勇者「んー……あー……その、なんだ」プイッ

 勇者は明後日の方を見つめた。

魔王(あんな大勢の手前で「俺の魔王」なんて言ったんだ)

魔王(もしかして……もしかして……だけれど、このまま告白とか……)

魔王(い、いや、なにを期待してるんだ私は!)

魔王(落ち着け、落ち着くんだ私!)

 私はドキドキと高鳴る胸を抑え、彼の言葉を待つ。
 しかし、彼の言葉はそんなこととは全く関係のないものだった。

勇者「さっき温泉で仲良くなったおっちゃんに教えて貰ったんだけど」

魔王「……うん?」

勇者「さっきの温泉の近くに源泉があったよな」

魔王「うん」

勇者「あそこでさ、ネットに卵とか野菜とか入れて温泉蒸しってのを出来るらしいんだよ」

魔王「…………」

勇者「走って腹も減ってきたし、ちょっと試してみねーか?」

魔王「あははは!」

勇者「なんで大笑いしてんだよ!」

魔王「い、いや、すまぬ。この雰囲気で食べ物の話とは予想がつかなかってな」

魔王「そうか、温泉蒸しかぁ……うん! 試してみよう、勇者!」

勇者「変にテンション上がりすぎだろ……」

魔王「そうでもないぞ!」

勇者「そうかぁ? 変な奴……で、魔王はなにを言いかけてたんだ?」

魔王「それは……その、だな」

 私は赤く染まり始めた空を見上げながら、頬をかく。

魔王「また今度、機会があれば話す」

勇者「おいおい。もったいぶるなよ」

魔王「いいではないか!」ニッ

 私は笑顔を作り、売店を指差して話を逸らした。

魔王「おっ、あそこに卵と野菜を売ってある。温泉蒸し用だな。買いに行こう、勇者」

勇者「なんだか釈然としねーなぁ……」

魔王「ほらほら!」

 私は勇者の背中を押し、無理やり売店まで誘導する。

魔王(……だって、今の状況で)

魔王(「俺の魔王」ってのはどういう意味だったのかなんて、聞けないではないか)

 ここで勇者に聞かなくても、チャンスはいくらでもあるのだ。
 なんたって私たちは、八畳一間のワンルームで二人暮らしをしているのだから。
 いつだって聞ける。
 そしてその時には、きっと、私は勇者にこの気持ちをぶつけるのだろう。
 こんな言葉で。

魔王(私は、勇者が――)

『魔王様と、勇者様……?』

 忘れるはずがない。聞き間違えるはずがない。
 思考を中断させたその言葉は、私たちの元の世界の言語。

魔王「え……っ」

勇者「嘘だろ!?」

 私たちは振り返る。
 そこには、目を疑うべき人物が立っていた。

賢者『やっぱり……』

 勇者の勘違いから生まれた温泉旅行。
 そこで私たちは、奇しくも、元の世界へ戻る手がかりを見つけた。
 魔界と人間界。2つの世界の争いに関与せず、唯一の中立を決め込んだ魔法を極めし者。グレゴリオ暦で10年前にこつ然と双方の世界から姿を消した――賢者の手によって。

今日はここまでです。
先週は仕事が忙しくて更新できなくて申し訳ございません。
また、ちょくちょくと書いていきますので見ていただければ幸いです。

>>95
勇者は21歳ぐらいのイメージです。魔王はそれよりもちょこっと年上って感じですねー

魔王(金色の髪に、ターコイズブルーの瞳。人間でありながらエルフ族のような容姿端麗の女性)

魔王(あれは……賢者、か? 私は直接会ったことはないが、文献では何度か拝見したことが……)

勇者「賢者さん。どうしてここに!」カツカツ

魔王「お、おいっ。勇者!」

勇者「どうしてあなたがここにいるんですか!?」

 ザワザワ、ザワザワ

賢者「そんなに声を張り上げなくても聞こえているよ」クスッ

勇者「あっ……すいません」

賢者「体は大きくなったのにそういうとこは変わらないね」

勇者「うっ……」

賢者「ふふ。ここじゃあちょっと目立つかな? 二人共、ついてきて」ツカツカ

勇者「はいっ。行くぞ、魔王!」タッタッタ

魔王「う、うむ」タッタッタ

 私たちは人混みをかき分け、先をゆく賢者を追いかける。
 温泉街の外れには住宅地が広がっていて、賢者はある一軒家の前につくと足を止めた。

賢者「ここ私の家だから。中に入って」ガラガラ

勇者「し、失礼します」

魔王「……お邪魔します」

賢者「どうぞ」ニコッ

 賢者に促されるまま、私たちは応接間まで通された。

賢者「お茶を入れてくるね。ちょっと待っててくれる?」

勇者「は、はい!」

魔王「お手数をおかけして申し訳ない」ペコリ

 台所で作業をする賢者を眺めつつ、私は勇者へ話しかけた。

魔王「勇者は賢者と知り合いだったのだな」

勇者「ん。まぁ、ガキの頃にちょっとな」

魔王「ちょっと?」

勇者「……それに関してはあんまり言いたくねぇ」

魔王「むっ。教えてくれたっていいじゃないか」

勇者「嫌だ」

 勇者がそっぽを向くのとほぼ同じタイミングで、賢者がお茶を持ってきてくれた。

賢者「お待たせ。玉露で良かったかな?」

勇者「もちろんです!」

魔王「感謝する」ズズズ…

賢者「お口に合えばいいんだけど」

勇者「賢者さんの淹れてくれたものが口に合わないわけないじゃないですか!」

魔王(さっきから勇者の賢者に対する態度がおかしいぞ……?)

賢者「ふふ、それなら良かった。それでね、わたしと勇者様が出会ったのは――」

勇者「」ブフッ

魔王「おいっ、汚いぞゆうしゃあ!」

勇者「ゲホッゴホッ……すまん。ってか、勘弁して下さいよ、賢者さん」

賢者「もう十年も前のことだからいいじゃない。勇者様はこんなに小さな子供だったわけだし」

勇者「……賢者さんは今とあんまり変わってないですけどね」ボソッ

賢者「!?」ビキィ

賢者「いま少しでも“年”に関係することを口にしたかしら?」

勇者「め、め、め、滅相もありません」

魔王「フフフ……あははははは!」

勇者「……なに高笑いしてるんだよ」

魔王「なに、こんなにたじたじの勇者は貴重だと思ってだな」

勇者「おいっ」

魔王「ますます賢者との間でなにがあったのか興味が湧いたぞ」

勇者「おいぃぃィィィィ!?」

賢者「なら教えるしかないわねー、昔ね、勇者様が駆け出しだったとき」

勇者「ちょ、ちょっとほんとに勘弁して下さい!」

賢者「誰にも負けなかったから自分のことが最強だと思ってね、魔界へ突入する前に腕試しとしてわたしに挑んできたの」

魔王「ふむふむ」

賢者「あのときの台詞は忘れられないなぁ。『やい、賢者。二度と朝日を拝めなくしてやるぜ!』だったっけ?」

魔王「ほ、本当か」プークスクス

勇者「……若気の至りってやつだよ」

賢者「それでね、私は中立の立場だから相手にはしてなかったんだけど、あんまりにもしつこかって」

今日はここまでです

なかなか面白いけど超スピードだな。早いことはいいことだ

リアルけつから手突っ込んで奥歯ガタガタいわせるヤったんだな

あんなに残念でない筈なのに、向いてませんよ、魔王様を連想するなぁ

続き気になりすぎ泣いた

すいません。1です。
やっと仕事のメドがつき、続きを書けそうなので続けます。

賢者「その後は……ねぇ? 勇者様」ニコリ

勇者「」ガクガクブルブル

魔王(勇者のこんな怯えた顔は見たことないぞ……!)

賢者「まぁ、そんなこんながあったから、わたしと勇者様は知り合いだったってわけ」ニッコリ

 小刻みに震える勇者の額を、賢者はクスクスと笑いながら指でつっつく。
 姉と弟、という言葉がぴったりと当てはまりそうな2人の姿に、思わず笑みがこぼれた。

魔王「話してくれて感謝する。それにしても勇者にそんな過去があったとは……プ、プププ」

勇者「なに笑ってんだよぉ! お前、賢者さんの凄さ知らねぇだろ! 1ターンに3回攻撃してくんだぞ!」

賢者「あはは。まぁ昔の話だけどね。今はもう実戦なんて久しくしてないからさ」

魔王「久しくとはどのぐらいしていないのだ?」

賢者「こっちに飛ばされてきてからだから……グレゴリオ暦でいうところの10年ぐらいかな?」

魔王「お主が元の世界で行方不明になってからか……」

 私は勇者の顔を見る。やっと青白い顔に血の気が戻ってきた彼は、私の意図に気づき、こくりと頷いた。

魔王「なぁ、賢者。良ければ教えて欲しい。お主が行方不明になったときになにがあったのかを」

賢者「なにがあったか、かぁ」

 賢者は私と勇者に目配りし、少し考える素振りを見せた後、笑顔を浮かべた。

賢者「いいよ。今の君たちなら大丈夫そうだし」

魔王「大丈夫そう?」

賢者「こっちの話。あんまり気にしないで」ニッコリ

魔王「?」

勇者「?」

やったーきてるー

 同時に首を傾げる私たちを見て、賢者はくすくすと笑う。

賢者「さーて、まずはなにから話しをしようかなぁ……」

 賢者は天井を見上げ、語りだした。過去を懐かしむように、ゆっくりと。

賢者「10年前。忘れるはずもない、あの日。わたしは長年の研究を実行に移したの」

魔王「研究?」

賢者「うん。莫大なマギカの衝突におけるワームホールの発生。君たちには歪みっていったほうが分かりやすいかな?」

魔王「もしかしてそれは……!?」

勇者「??」

賢者「そう、魔王様の思う通りだよ。異世界へ通じる歪みのこと。君たちもそれを通ってこの日本に来たんでしょ?」

魔王「ああ。私たちはナイトメアとホーリーをぶつけ合ったときに歪みが生まれたんだ」

賢者「……ナイトメアとホーリーで? 嘘?」

魔王「嘘ではない。本当だ。その際に歪みは生じたんだ」

賢者「うーん……もしかして、あのときに境界が曖昧になった? いや、それでも――」ブツブツ

 考えこむ賢者を余所に、勇者はお手上げとばかり両手を上げた。

勇者「なにを言ってるかさっぱり分かんねぇ」

賢者「……とりあえず、たくさんのマギカがぶつかり合うと異世界への門が開くってわけだよ」

魔王「なるほどな。その研究のせいで、お主は行方不明になった」

賢者「うん、その通り」

魔王「それで、私たちもその歪みを生みだしてしまい、こっちに来てしまったと」

賢者「うん。そうなるね」

魔王「なるほど。私たちがこちらに来てしまった理由は分かった」

 私は唾をごくりと飲み、次の質問をする。それは、私たちにとって一番重要なこと。

魔王「私たちが、元の世界に戻る方法はあるのか?」

 その問いに、賢者は私から視線を逸し。

賢者「……あるよ」

 そう、答えた。

魔王「本当か!」バァン

勇者「マジか!?」バァン

賢者「二人共、落ち着いて」

 苦笑いしながらそう言う賢者に、私と勇者の顔がカァーッと赤くなった。

魔王「……すまん」

勇者「……すみません」

賢者「まぁ、そうなるのは分かるよ。わたしも見つけた当初はそうだったし」

魔王「それで、どうしたら元の世界へ戻れるのだ?」

賢者「簡単だよ。こっちでも歪みを発生させたらいい」

魔王「でも、こちらにはマギカはないんじゃ」

賢者「ないよ。空気中にはね。けど、マギカを含んだ物質は探せばあったの」スッ

 賢者は立ち上がり、物置のふすまを開けた。
 そこから見えるのは年代物の玩具に家具、鉱石といったガラクタばかり。

賢者「これが、わたしが10年間をかけて集めたマギカを含む物質」

魔王「これが、か。とてもそうは思えないが……」

賢者「論より証拠、かな」

 賢者はトンカチを手に取り、物置の中の玩具を一つ割った。
 途端、こちらでは感じなかったマギカの感触が、私の五感を通って感じさせる。

賢者「こっちの世界では付喪神といってね」

賢者「人が大事にした物には魂が宿るって言われてるの。その魂がマギカだったってわけ」

魔王「そ、そうなのか」

賢者「正確に言えば、ちょっと違うんだけど。でも、この世界ではマギカに一番近い存在だよ」

 賢者はふすまを閉め、私たちの前に座る。

賢者「わたしが集めた10年分の付喪神。これだけあれば、元の世界に戻る歪みを生みだすことは出来る」

 賢者はそこまで言うと、にっこりと笑った。

賢者「わたしの理論上なら……だけどね」

 ずっと探していた元の世界に戻る方法。
 あっけなく見つかったそれに、私は呆気にとられて反応を示せずにいると、隣の勇者が私を抱きしめてきた。

勇者「やったっ。やったな、魔王!」ギュー

魔王「えっ、あ……ああ!」

勇者「これで戻れるっ。元の世界に戻れるんだ!」

魔王「わ、分かった。分かったから、離せ……!」カァーッ

勇者「離すかよ。こんなに嬉しいことだってのに!!」ブンブン

 されるがままにくるくると回される私。
 恥ずかしいというのに、勇者の満面の笑みにつられて私の口角も吊り上がる。
 もちろん、それは元の世界に戻る方法が見つかったからだ。勇者に抱きしめられて嬉しいなんて邪な感情はそこにはない。
 絶対。ぜっったいにっ。

賢者「……イチャイチャしてるとこ悪いんだけど、話し続けてもいい?」ニッ

勇者「あっ」

魔王「す、すまぬ……」カァーッ

 勇者は我に返り、私を床に下ろす。

賢者「本当に仲いいね。もしかして付き合ってる?」

勇者「付き合ってませんよ!」

魔王「そ、そんなわけあるか!」

賢者「そう必死に否定してる姿も怪しいなぁ」ニヤニヤ

 いやらしい笑みを浮かべながら、賢者は私たちを交互に見つめる。

賢者「あの勇者様と魔王様が懇意な間柄だなんて、元の世界じゃ号外も号外、大スクープ間違いなし! って感じだけど」

勇者「だから違いますって!」

魔王「そ、そうだっ。違うぞ!」

賢者「本当かなぁ? 信じられないなぁ?」

 顔が真っ赤な私たちを見て、賢者は耐え切れなくなったのか、あははと大笑い。
 目尻にうっすらと滲む涙を指で拭うと、「ごめんごめん」と一言。

賢者「勇者様がいじり易いのは知ってたけど、まさか魔王様もなんてねぇ」

魔王「……これでも、私は魔族の王だぞ」

賢者「そうだよね。あんまりにもリアクションがかわいいからつい」

魔王「……嬉しくない」プイッ

賢者「そうへそを曲げないでよ」

 賢者はひとしきり笑うと、次は真面目な顔でこう言った。

賢者「ごめんね。でもさ、これからわたしが言うことは2人にとって残酷なことだと思うから」

勇者「残酷?」

魔王「それは、どういうことだ?」

賢者「……わたしは、元の世界に戻る方法があるって言ったよね?」

魔王「う、うむ」ゴクリ

賢者「それはね――」

 賢者は、ゆっくりと、私たちに告げる。

賢者「魔王様と勇者様。どちらか1人だけしか、元の世界に戻れないってことなんだよ」

魔王「え……っ」

勇者「……っっ」

賢者「……ごめんね」

魔王「ど、どうして、どうしてなのだっ。元の世界に戻る方法は分かっているのであろう?」

賢者「うん、分かってる。歪みを生み出せばいいんだ。けれど、物置にあるマギカじゃ1人分を生みだすだけで精一杯なんだ」

魔王「そんなの……やってみなくては、分からないではないか」

賢者「分かるよ。わたしが10年間、何度も何度も検討し尽くしたからね。このマギカで元の世界へ戻る方法を」

賢者「それで、1人だけを元の世界へ戻すのでやっとだって分かってるんだよ」

魔王「そんな……」

魔王「そ、そうだ。じゃあ、マギカのある道具をもっと貯めれば――」

賢者「無駄だよ。わたしが10年間かけて、やっとここまで集めたんだ。それに」

賢者「さっき、君たちがナイトメアとホーリーで歪みが生まれてこちらの世界にやって来たって言ったよね?」

魔王「……うむ」

賢者「わたしの研究通りなら、その2つの魔法ごときじゃあ歪みは生まれない。多分、わたしが10年前に生みだした歪みのせいで世界間の境界が曖昧になっているんだ」

賢者「なら、この機を逃すわけにはいかない。ただでさえ、不明瞭なこちらの世界。歪みを生みだすのに成功する確率が高い今の時期を外すわけにはいかない。いつ元通りになるかも分からない」

賢者「そんな猶予、君たちにはないんだよ」

魔王「な、なら――」

 反論しようとする私を、勇者は手で制した。

魔王「……勇者」

勇者「今までの話、大体分かりました」

賢者「それは良かった」

勇者「今、確実に、1人しか元の世界に戻れない。なら、それは賢者さんが戻るべきではありませんか?」

賢者「…………」

勇者「あなたが見つけた方法だ。元の世界に戻るというのなら、俺たちのどちらかよりもあなたが戻るべきだ」

賢者「それは……」

 賢者が答えるよりも先に、玄関のドアが開く音が耳に届いた。

??「ただいまー!」

賢者「あ……っと。ごめん、ちょっと待っててね」スッ

 賢者は立ち上がり、玄関の方へ向かう。少し会話した後、彼女は知らない男性をつれていた。

??「どうも、どうも。こんばんはっ」

 溌剌とした様子でそう言う男性に、私たちが呆気にとられていると、賢者は彼を紹介した。

賢者「私の旦那だよ」

魔王「こ、こんばんは」

勇者「……こんばんは」

賢者「ほら、仕事終わりの汗臭いままでお客さんに会うのは失礼だから。はやく着替えてきて」

旦那「ああ、そりゃしまった。ごめんね。うちの賢者の知り合いなんだってね!」

 スーツ姿の旦那は笑顔を浮かべ、部屋を後にする。
 彼の後ろ姿を見送る賢者の眼は優しくて、私は少しどきりとした。

賢者「ごめんね、慌ただしい人で。悪い人じゃないんだ」

魔王「だ、大丈夫だ」

賢者「ありがと。それでね、勇者様が言ったことなんだけど」

 賢者はそう言うと、自分のお腹をさすった。
 愛しむように、大切なものを扱うように。

賢者「旦那との子供。まだ二ヶ月なんだけど、ここにいるんだ」

 そうして、賢者は私たちに笑いかける。

賢者「わたしはこっちの世界に守るべきものができちゃったから。もう元の世界には戻れないよ」ニコッ

魔王「そう、だったのか……」

賢者「うん」

賢者「……元の世界に戻らないのなら、それでもいいと思う。けれど、戻りたいっていうのなら、わたしは協力するよ」

勇者「…………」

賢者「でも、どちらが戻るかは君たちで決めて。今の君たちなら、悪い選択はしないと思うから」

魔王「…………」

賢者「2人で決めて、わたしに教えて」

今日はここまでです。
長い間お待たせして本当に申し訳ございませんでした!
とりあえず、あとちょっとなので、来週には必ず完結したいと思います!
もう少し、お付き合いしていただければ幸いです。

>>132
超スピード! 展開遅いと飽きちゃうし、私が遅筆なので・・・
>>133
そんな感じですね(ニヤッ
>>134
あれ読んでないですよね・・・。四コマでしたよね?
>>135
>>140
お待たせして本当に申し訳ございません!

 ガタゴト、ガタゴト。
 終電の電車に乗り、私と勇者は家路についていた。
 最寄り駅まで1時間かかる。だというのに、私たちは時間潰しの会話もなく、ただひたすらに揺られていた。

魔王「…………」

勇者「…………」

 理由は、先ほど賢者に言われた言葉。互いに、そのことについて考えているのだ。

 ――魔王様と勇者様。どちらか1人だけしか、元の世界に戻れないってことなんだよ。

 元の世界へ戻る手立て見つけたことは嬉しい。けれど、どちらか1人しか戻れないというのなら話は別だ。

魔王(私は、どうすればいい)

 こちらの世界に来てから3年間。その時間は、確かに私と勇者を変えた。
 憎しみ合う関係から、違う関係に。殺しあう間柄から、別の間柄へと。
 けれど、それはあくまで私たち2人の間だけ。
 元の世界では戦争をしていて、人間と魔族は互いを憎しみあっていて――。

魔王(どちらかが戻るということは、戦争の勝敗を決めることと同義だ)

 私は魔王で、彼は勇者。
 魔王に敵う人間はいない。勇者を倒せる魔族はいない。

魔王(……魔王城に住んでいた頃の私なら、間違いなく自分が戻るのを選んだのだがなあ)

 けれど、今は違う。
 私は勇者を通して、人間の温もりを知ってしまった。
 箱入り娘だった頃とは違い、人間のことを知りすぎてしまった。

魔王(……どうすればいいんだ)

 私は短く息を吐き、外の景色に目をやった。
 灯りのない田園は真っ暗で、一寸先も見えやしない。それは、私たちのこれからと同じように。

魔王(……今のままでは良い考えなど浮かぶはずもない、か。ごちゃごちゃ考えるのはよそう)

魔王(それにしても……)

 私は夜の景色を眺めながら、思う。

魔王(隣に知り合いがいるというのに……なにも話さない時間は長いと苦痛だな)

 魔王城にいた頃は、1人の時間ばかりだったというのに。
 今、こういう風に感じるのは、隣に勇者がいて、女がいて、男がいたからだろうか。

魔王(この3年間は、あの頃に比べれば騒がしい毎日だったからな)クスクス

 思えば、元の世界の私には対等な者がいなかった。(勇者は別だ。敵だったから)
 誰もが私の機嫌をうかがい、恐れながら接してきたのだ。

魔王(私も自らの使命ばかりに囚われ、周りに目を向けていなかったのは問題だが……)

 思わず、笑みがこぼれてしまう。

魔王(親しき者というのは、とても良いものだ)

 そして、こうも思う。

魔王(……まあ、面と向かってはそんなこと恥ずかしくて言えはしないがな)

 私がそう思ったのと同時に、俯いていた勇者が顔をあげた。

魔王(それは、勇者へのこの気持ちを口にするのも同じで――)

勇者「なあ、魔王」

魔王「ひゃい!」

勇者「……なんで声が裏返ってんだよ?」

魔王「お主がいきなり話しかけるからであろうが!」

勇者「??」

魔王「分からぬか? 分からぬか? ほんっとーに、意味が分からぬか!?」

勇者「なに興奮してんだよ。いきなり話しかけたら不味かったか?」

魔王「……いや、特には」ブンブン

勇者「ならいいじゃねーか」

魔王「むう」

 なにか釈然といかず、私はそっぽを向く。

勇者「まっ、いいわ。話の続きだ。なぁ、魔王」

魔王「……なんだ?」

勇者「この世界はいいよな。四季があって」

魔王「む、そうだな。魔界と人間界にはないものだ」

勇者「綺麗だよなあ」

魔王「同感だ」

 私はもう一度、外の景色に目をやった。
 闇夜にうっすらと見えるぽつぽつとした白いものは、雪だろう。

魔王「春には新芽が芽吹き、夏には若葉が生い茂り、秋には紅葉が色づいて、冬には葉が土に還る」

勇者「……また難しいこと言いやがって」

魔王「うるさい」

勇者「まっ、要するに季節ってのはほんとにいいもんだよなあ」

魔王「うむ」

勇者「知ってるか? 魔王。春になれば花見ってもんがあるんだぞ」

魔王「知っている。旧暦の2月から3月に桜を見る行事であろう?」

勇者「そう。新しい季節の到来を楽しむもん」

魔王「日本では有名な行事なのだ。知っているのは当たり前だ」

勇者「まっ、そうだよな。俺でも、去年、会社の人に誘われたから知ってるんだし――」

魔王「……ん? ちょっと待て」

勇者「なんだ?」

魔王「去年、去年といったな? 確か、お主が日が変わる頃に帰って来た日があったな?」

勇者「おう」

魔王「その日、なにがあったか覚えているか?」

勇者「…………覚えてない」

魔王「はあ!?」

勇者「なっ、なんだよ。なに怒ってんだよ」

魔王「3時間だ! 3時間っ!」

勇者「3時間……?」

魔王「お主がテレビで食べてみたいと言った桜餅! あの行列店の桜餅! 休日だからって、私が3時間並んでやっと買ったんだ!」

勇者「……あっ」

魔王「一緒に食べようと言ったよなお主は! 私はちょっといい玉露を買って待ってたんだぞ! 深夜まで!」

勇者「あ~、ああ……」

魔王「けど、お主は仕事で無理だと言ったんだ! 大切な仕事で! だから、私は寂しく1人で食べたんだぞ!」

勇者「うっ……」

魔王「なんで仕事なんて嘘をついたんだ! 職場の仲間と花見をしていただけなのに!」

勇者「い、いや、職場の付き合いって大切じゃんか」

魔王「分かっておるわっ、そんなことぐらい!」

勇者「……仕事って言わなきゃ怒ってただろ?」

魔王「怒るか! 魔王の器をなめるな!」

勇者「で、でも現に怒ってるじゃん……」

魔王「これは、お主がしょーもない嘘をついたからだ!」

勇者「うぅ……」

魔王「このバカ、アホ、オタンコナス!」プン

勇者「……言い過ぎだろうよぉ」

 明後日の方へ向いた私と、消え入るような声で呟く勇者。さっきまでの重たい雰囲気はどこへやら。
 いつも通りの私たちになったことに気づき、不意に口元が緩みかけるが、どうにか我慢して怒った表情を維持する。

勇者「な、そんなへそ曲げんなよ? 昔のことなんだし」

魔王「…………」

勇者「魔王? まおうさーん?」

魔王(知らんぷりだ)

勇者「ごめんって! 俺が全面的に悪かったよ! だから許してくれ!」アタマサゲー

魔王(許さない。絶対にだ)

勇者「はぁー、なんでこうなるかなあ……」

魔王(元は、お主のせいであろうが)

勇者「俺はただ……今年こそ、魔王と一緒に花見をしたいって言おうとしただけなのによぉ」ボソッ

 元の世界へ戻る方法を一緒に探すとき以外、私は勇者に「一緒になにかをしよう」などと誘われたことがなかったせいで、つい反応してしまう。

魔王「え……っ」バッ

勇者「あ、あれ? もしかして聞こえてた?」

魔王「う、うむ」ブンブン

勇者「」カァーッ

魔王「……なぜそう赤くなる? 私も赤くなるからやめてくれ」カァーッ

勇者「ま、まあ、その、なんだ。こ、この3年間、季節をそんなに楽しむ余裕はなかったじゃねーか」

魔王「う、うむ」

勇者「だ、だからよ、せっかくの機会だし」

魔王「う、う、うむ」

勇者「こ、こ、今年ぐらいは一緒に花見に行こうぜ?」

魔王「う、う、う、うむ!」

 真夏の太陽光を浴びたように顔が火照り、心臓が太鼓のごとくドクドクと音を鳴らす。

魔王(も、もしかして……これはデートってやつなのか!?)

 頭が真っ白になり、私はまたそっぽを向く。この気持ちを勇者に悟られないためだ。
 彼も同じように顔を背ける。
 互いに何度か深呼吸をし、やっと気持ちが落ち着いた頃、勇者は小さな声で口にした。

勇者「これ…最後……るかもし…ね…な」

 その言葉は、電車が最寄り駅に停車したブレーキ音のせいで、はっきりと聞き取ることはできなかった。

魔王「むっ、なにか言ったか?」

勇者「……いいや、なにも」ブンブン

 車内アナウンスが流れ、勇者は席から立つ。

勇者「着いたか。ほら、行くぞ」

魔王「うむっ!」

 電車の自動ドアが左右に開く。
 深夜の冷え込む空気は、まだまだ冬を感じさせるものだった。

今日はここまでです。

 ――また、夢を見た。
 それは遠い昔、私が人間との戦争に明け暮れていた日々のこと。

魔王『……巨人族の英雄が敗れたか』

 玉座に座る私は報告書を破り捨て、天を仰ぐ。
 年代物のシャンデリアがきらめき、少し頭がくらりとした。最近、満足に眠っていないせいだ。

魔王『忌々しい勇者め。私の同胞を傷つけおって……』

 先代から続くこの戦争で、人間相手にここまで攻めこまれたのは初めてだった。
 その快進撃の理由はもちろん勇者。
 長年、どちらにも傾かなかった戦局が、1人の人間によって動いていたのだ。

魔王『……奴がここまで来るのも時間の問題だな』

 夢の中の私は自身の不甲斐なさを戒めるように、強く歯を噛む。

魔王『しかれば、この手で、奴の息の根を止めてやろう』

 そして、私は力強く宣言する。

魔王『この手で、この戦いに終止符を打ってやろう』

 そのときの私は、魔王城から一歩も出たことなく、戦火の中で育ったこともあり、人間のことをなにも知らなかった。
 だから、倒すべき敵だとしか理解していなかった。

魔王『悪逆非道の人間たちよ。冷酷無比な人間たちよ』

 ――違う。魔族と人間は、そう、変わらない。笑い、怒り、泣き、愛する、同じ生き物なのだ。

魔王『貴様らを根絶やしにし、平和を築いてやろう。それが……ただ一つの正義なのだから』

魔王「違う!」ガバッ

 私は目を覚まし、勢い良く上半身を起こす。
 窓から差し込む暖かい朝日と、歯磨き中のきょとんとした勇者の姿が、ここが八畳一間のワンルームであることを証明していた。

魔王「あっ……お、おはよう」カァーッ

勇者「おはよう。で、はにが違ふんだ?」

魔王「……いや、違うのだ」

勇者「だはら、はにが違ふんだ?」

魔王「……あまり追求しないでくれ」

勇者「はいよ。ねぼすけさん」

 勇者はケラケラと笑い、朝のニュース番組を見るのを止めて、洗面台へ口をすすぎにいった。

魔王「いじわるな奴め……」

 私も起き上がり、大きくあくびをしてから布団をたたむ。

魔王(……最近、よくあの夢を見るな)

 あの夢とは、私が先ほどまで見ていた昔の夢のこと。
 元の世界へ戻る方法を知った日から、眠るとたまにその夢を見てしまう。

魔王(元の世界のためにも、どちらが戻るかをはやく決めなくてはいけないが……こればかりは、そう簡単に決断は出来ん)

 それに、と私は思う。

魔王(元の世界に戻るということは、私たちが――)

 そんな私の思考を遮るように、テレビからはこんな声が聞こえてきた。

「今日は一日中晴れでしょう。続いて、開花情報です。全国各地では桜が満開の様子で――」

魔王「……満開、か」

 私はそう独りごち、机の上のカレンダーに目をやった。
 3月と書かれた表の、本日の日付には、赤丸がつけられている。それは、私と勇者の花見の日だからだ。

魔王(時間が過ぎるのは早いなあ……)

 1月に花見の約束してから、桜が咲くまでのこの二ヶ月間。
 季節の変わり目だから余計にそう感じてしまうのか、本当に、あっという間に過ぎてしまった。

勇者「まおうー」

魔王「ん、なんだ?」

勇者「今日の天気予報はどうだった?」

魔王「一日中晴れのようだぞ」

勇者「そっか、そりゃ良かった。夜まで花見出来るな」

魔王「夜まで?」

勇者「おう。夜に見る桜はまた綺麗なんだ」

魔王「そうなのか? 普通、明るいうちに見るだけで良いと思うのだが……」

勇者「ちっちっちっ、分かってねーなぁ。夜は夜でまた……その、なんだったけ? おっ、お、お……」

魔王「おもむき?」

勇者「そうっ、それだ! 夜の桜は昼とはおもむきが違うんだよ」

魔王「本当か?」

勇者「マジだ。まあ、俺を信じて泥船に乗ったつもりでいてくれよ」

魔王「……泥船では信用は出来ないなあ」

勇者「あれ、違ったっけ?」

魔王「うむ。それを言うなら大船だ」

勇者「あ~あ、そうとも言うな」

魔王「そうとしか言わないぞ」

 たまに、勇者の語学力が本当に心配になる。

魔王(やはり、小学生向けの漢字ドリルを買うべきか?)

勇者「まっ、そんなことはどうでもいいんだ」

魔王「……どうでも良くないと思うぞ?」

勇者「いいんだよ! とにかく、夜の桜はまた違って綺麗だから、一緒に見ようぜ?」

魔王「別に構わないが……」

勇者「よしっ、なら決まりだな」

魔王「夜までどう過ごすのだ? 昼から見に行く予定であろう?」

勇者「酒盛りでもしてたらいいんじゃねーか?」

魔王「……私がお酒を全く飲めないことを知っておろう?」

勇者「この機会に飲んでみろよ。美味しいぜ?」

魔王「嫌だ。次の日に頭が痛くなるから」

勇者「それを含めて楽しいじゃねーか」

魔王「楽しくなんてないわ!」

勇者「そうか?」

魔王「そうだ……これだから酒飲みの思考は分からぬ」

勇者「んー、ならトランプでも持っていくか?」

魔王「外でトランプなんてしてたら風でえらいことになるぞ」

勇者「それもそうだなあ」

 勇者はしばし考える素振りをした後、ニッと笑顔を浮かべた。

勇者「まっ、なんとかなるだろ」

勇者「まっ、なんとかなるだろ」

魔王「……大雑把な奴だ」

勇者「そんぐらいでいいんだよ。魔王は神経質すぎるんだ」

魔王「むう」

勇者「とりあえず、行ってから考えたらいいだろ。ほら、はやく用意しろ」

魔王「あっ、もうこんな時間か。分かった」

勇者「そういえば、花見をしながらつまむものって用意してくれた?」

魔王「うむ。昨日、私の職場の惣菜を買ってきた」

勇者「おっ、マジか! コロッケは買ってきたか?」

魔王「当たり前だ」フフン

勇者「おおおおお!」

魔王「コロッケを外すわけがなかろう」ジマンゲー

勇者「だよな。あそこのは絶品だからな」

魔王「同感だ。魔界牛のステーキも、食獣植物のサラダもあれには敵うまい」

 私は立ち上がり、髪をとかそうと櫛を取る。

魔王「そういえば、花見は場所取りが大変だと聞いたのだが、大丈夫なのか?」

勇者「大丈夫だ。今日、行くとこは穴場だからな」

魔王「穴場?」

勇者「おう。男に教えてもらった、地元の人でもあんま知らないとこだ。めちゃくちゃ綺麗なとこだから、期待してくれ」

魔王「泥船に乗ったつもりで期待しておくよ」フフン

 私は洗面台に向かい、寝癖のついた髪を櫛でとく。
 鏡に映る自分の口角は上がっていていて、直すのに、時間がかかった。

今日はここまでです。
お、終わらねえ……(絶望)

つーか、おもくそ誤字が・・・。
すいません。

魔王「待たせたな」

勇者「……っと、出かける準備は終わったか?」

魔王「ああ」

勇者「そっか。じゃあ、行こうぜ」

魔王「待て。私も荷物を持つ」

勇者「いいんだよ。俺が持つから」

魔王「……いいのか?」

勇者「おう」ガチャ

 勇者は扉を開け、私たちは八畳一間のワンルームを後にする。

魔王「すまないな」

勇者「気にすんな。それにな、魔王」

魔王「ん?」

勇者「人の好意に謝罪を返すのは違うと思うぜ」

魔王「むっ……そうか?」

勇者「ああ」

 ケラケラと笑う勇者に、私もつられて笑みを浮かべる。

魔王「ありがとうな」

 朝、戦争中の夢を見たからだろうか。
 私は、勇者に対して感謝の言葉を抵抗なく言える自分に、少し驚いた。

勇者「どういたしまして」

 変わらず笑みをたたえ、勇者は先を歩いて行く。
 その後姿を見て、私の口元はかすかに緩んだ。
 彼に気遣われたことが、ちょっとだけ、嬉しかった。

 男の教えてくれた花見の穴場スポットは離れたところにあるらしい。
 道中のスーパーで飲み物を買い、私と勇者は並木通りを歩いて行く。

魔王「……本当に、こっちで合っているのか?」

勇者「おう」

魔王「桜が有名な公園からどんどん離れていくぞ?」

勇者「知ってる」

魔王「このまま行けば町外れだぞ?」

勇者「その通りだ」

魔王「信じていいのだな?」

勇者「……ってか、なんでそんなに信用ねーんだよ。俺は」

魔王「温泉地での一件があったからなあ」

勇者「うっ……ま、まあ、あれは結果オーライじゃんか!」

魔王「そうだが……」

勇者「あーもう、いいから俺を信じろよ」

魔王「……むっ、分かった」

勇者「よしっ」

 勇者はそう言うと、地図とにらめっこを始めた。
 私はその姿にやはり不安を覚えるのだが、分かったと口にしたため、黙ってその後をついて行く。

魔王(並木が綺麗だなあ)

 この並木道には桜こそなかったが、陽光を浴びて青々しい葉が輝き、春の息吹を感じさせる。

魔王(やっぱり、季節というものは素晴らしい)

 私がそんなことを思っていると、勇者が「あっ」と素っ頓狂な声をあげる。

魔王「……どうした? 間違っていたか?」

勇者「間違ってねーよ」

魔王「なら、なんで、あんな反応をしたのだ?」

勇者「それは、まあ、なんというか……あれだよ、あれ」

魔王「あれ?」

 勇者は振り返り、首をかしげる私を見る。

勇者「目をつむれ、魔王」

魔王「……なにがなんだかよく分からないのだが」

勇者「いいから」

魔王「わ、分かった」

 有無を言わさぬその口調に、私はうなずき、目を閉じた。

勇者「俺がいいって言うまで開けるんじゃねーぞ」

 勇者はそう言うと、私の手を握った。
 突然のその行為に、心臓が大きく跳ねるが、どうにか冷静を保つ。

魔王(な、なんなのだ……!)

 そんな私を余所に、勇者はゆっくりと歩きだした。手を握られている私も一緒に、歩みだす。
 そのまま、数分……だろうか。
 正確な時間こそ分からないが、しばらく経ったあと、勇者は私にこう言った。

勇者「目、開けてくれ」

 私は言われるまま、ぎゅっと閉じたまぶたを上げた。
 私の視界に飛び込んできたのは、遊具もなく、ベンチが2つあるだけの小さな公園だ。
 ただ、その中央には桜の木。
 天にまで伸びていくかのような太い幹に、風にたゆたういくつもの細い枝。
 そして、満開に咲いた花びらは、まるで現世から隔絶されたかのごとき美しさで――

魔王「……っっ!」

 文字通り、私は言葉を失った。

勇者「どうだ、すげーだろ?」

魔王「あ、ああ……」コクリ

勇者「だろ? 俺も男に写真を見せてもらったときは驚いたぜ」

 勇者は桜に近づき、その幹に手を当てる。

勇者「こういう桜はな、しだれ桜って言うらしいんだ」

魔王「しだれ桜……?」

勇者「おう。こういう枝が柔らかくて垂れる桜のことをな、まとめてそう呼ぶんだとよ」

魔王「そう、なのか」

勇者「テレビじゃ色んな桜を見れるけど、こんな桜は初めてだろ?」

魔王「う、うむ」

勇者「どうだ、一目見ての感想は?」

魔王「凄い、の一言だ」

勇者「なんだよなんだよ。淡白な感想だなあ」

魔王「仕方ないではないかっ。私はこの桜の美しさを語る言葉を持ちあわせておらぬ」

勇者「また難しい言葉を使いやがって」

魔王「むう」

勇者「まっ、要するに、心を奪われたってことだろう?」

魔王「……そうだな。その表現がぴったりだ」

 私の言葉に勇者は笑うと、ベンチに座り、惣菜のパックを開けた。

勇者「じゃ、花見を始めるか」ニッ

魔王「うむ、そうしよう」ニッ

 私も同じベンチに腰かけると、勇者は酎ハイのプルタブをぷしゅっと開け、私に渡そうとしてきた。

勇者「魔王は……酎ハイで良かったよな?」

魔王「いいんだな!? それを呑んだら私は帰れなくなるぞ!」

勇者「プッ、アハハハ!」

魔王「……日本茶を所望する」

勇者「分かってるよ。冗談だ」ニッ

魔王「全く……アルハラかと思ったぞ」

勇者「アルハラ?」

魔王「お主は知らなくても良い」

魔王「綺麗だなあ」

勇者「ああ、そうだな。綺麗な桜だ」

魔王「花を愛でながら飲む日本茶はより一層美味しい」

勇者「酒も美味い!」

魔王「……飲み過ぎるなよ?」

勇者「考えとく」

魔王「べろべろに酔いつぶれたら放って帰るからな」

勇者「それは勘弁」ケラケラ

魔王「……私は本気だぞ?」

勇者「えっ」

 目を丸くする勇者を見て、私は思わず吹きだした。

魔王「冗談だよ」クスクス

勇者「……タチが悪ぃなー」

魔王「まっ、羽目は外しすぎるんじゃないぞ。ほどほどにな」

勇者「へーへー」

 生返事をした勇者は酎ハイを一口飲み、桜を見上げた。私も彼の横顔からしだれ桜に視線を移し、日本茶をすする。
 しばらくその美しさに見惚れたあと、勇者が私に声をかけてきた。

勇者「……なあ、魔王」

魔王「ん?」

勇者「花見、来て良かったか?」

魔王「ああ、もちろん」

勇者「……そっか。そりゃ良かった」

魔王「どうしたんだ、らしくないぞ?」クスッ

 私は少し笑いながら、勇者に目をやった。
 ただ、その顔はいつもとは全く違い、どこか寂しそうで――

勇者「……ん、どうした?」

魔王「う、ううん。なんでもない」ブンブン

 私の胸が、きゅーっと苦しくなった。

 それから、私たちは桜を眺めながらたくさん話をした。
 元の世界にいたときのこと、こちらに来てからのこと。
 本当に、いっぱい、いっぱい、お話をした。

魔王「ん……もう、こんな時間か」

 気づけば、いつしか太陽は降りようとしていた。
 茜色に染まった日の光が、ことさらしだれ桜を引きたてる。

勇者「あ、ああ、うん……そうか」

 しどろもどろになりながらそう答える勇者。
 その周りには酎ハイやビールの空き缶が並んでいる。

魔王「飲み過ぎだ」

勇者「うっ、す、す、すまん」ブシュッ

魔王「とか言いながら新しい酎ハイを開けよって……それで最後だぞ?」

勇者「う、うん」

魔王「全く……」

勇者「す、すまん。けどな、こうでもしなくちゃ」

魔王「む?」

勇者「勇気を、振り絞れそうにないんだ」

魔王「勇気?」

 私が聞き返すと、勇者は赤ら顔のまま頷いた。

勇者「俺は弱い人間だから」

 絞りだしたかのようなその声。
 いつもと違う勇者の姿に、私は思わず、たじろいてしまう。

魔王「な、なにを言っているのだ。勇者ともあろう者が」

勇者「……そうさ。俺は勇者なんだ。人間の期待に答えなくちゃいけないんだ」

 ゆっくり、ゆっくりと。
 勇者は今までずっと我慢してきたものを、解き放っていく。

勇者「ありもしねー見栄張って、人間を安心させようと1人で戦いまくって」

 それは、彼が初めて見せた弱さ。

勇者「怖くて、心細くて、苦しくて……夜になる度、いつも俺は泣いてたよ」

 それは、誰も理解しなかった孤独さ。

勇者「けど、人間を苦しめる魔族を倒すために。それが、ただ一つの正義だと思って。それだけを心の拠り所に戦い抜いてきたんだ」

 勇者はそこまで言うと、私をしっかりと見つめ、言葉を続ける。

勇者「けどな、違った。そんなものは正義なんかじゃなかった。魔族も人間と同じで、温もりのある生き物なんだから」

 そして私の肩を優しく掴む。

勇者「それを俺に教えてくれたのは、お前だ。魔王」

 ストレートな言葉に、私の顔が熱くなる。

勇者「俺は、お前と出会えて、本当に良かった」

 唐突なその台詞に、私は声が裏返りそうになりながら、返事をする。

魔王「わた、わたし、私もだっ」

勇者「そっか……嬉しいなあ」

 勇者はにっこりと笑ってから、顔をうつむけた。
 それは、自分の表情を隠すため。

勇者「けど、けどな。夢はそろそろ覚めるころだ」

勇者「元の世界には、季節がなくて、桜みたいな綺麗なもんもなくて、コロッケよりも美味いものはないけど」

魔王「……っ」

勇者「あそこが、俺たちの故郷なんだ。見捨てるわけにはいかねーんだ」

 ――聞きたくない。次の言葉を聞きたくない。

勇者「魔王」

 私の意思に反し、勇者は震える声で、告げる。

勇者「魔王。元の世界に戻るべきなのは、お前だよ」

今日はここまでです。

 私はなにも答えられなかった。
 静寂の間に、一陣の風が吹く。ざあざあと桜の枝木が揺れる。

勇者「……こんな役目、お前に押しつけたくはないけれど」

 静寂を破ったのは、勇者だった。
 私は溢れだしそうになる感情を堪えながら、どうにか声をだす。

魔王「ど、どうして」

勇者「…………」

魔王「どうして、私なのだ……?」

勇者「……お前が魔王だからだよ」

勇者「お前は魔族の王なんだ。でも、俺は違う。ただの勇者だ。人間の王じゃない」

 相変わらず、顔は下に向けたままで。

勇者「だから、本当の意味で戦争を終わらせられるのは、俺じゃなくてお前だと思うんだ」

 自分の無力さを嘆くような声で。

勇者「魔族も、人間も。2つ共が平和に暮らせられるようになるのは、そうやって終わらせられるのは、お前だけだと思うんだ」

 勇者は私の肩に力を込めた。その手はかすかに震えていた。

勇者「……頼む、魔王。俺たちの世界を――救ってくれっ」

 勇者の言うことはもっともだ。確かに、元の世界を平和にするには私が適任であろう。
 頭ではそう理解ができる。
 だけど。
 だけど、だ。

魔王「……勇者は」

 私の心は、そう簡単に、理解してはくれない。

魔王「勇者は、本当に、それでいいのか?」

勇者「……そうするしか、ないだろ」

 そうかもしれない。
 元の世界を救うには、私が戻るしかないのかもしれない。
 けど、それは。
 私と勇者が離れ離れになる、ということなのだ。それは、少しの間ではなく、永遠になのもしれない。

魔王「~~っ!」

 私は溢れる感情を制御できず、自棄になってしまい、心にもないことを口にしてしまう。

魔王「私は、人間を倒すかもしれないぞ!?」

勇者「……それはねーよ」

魔王「なぜそう言い切れるんだっ!」

勇者「……一緒に過ごした3年間は、嘘をつかねぇ」

魔王「でも、でも――」

勇者「魔王!」

 私を制するために、勇者は厳しい声をだした。

勇者「……頼むよ。一生のお願いなんだ」

魔王「――っっ」

勇者「俺だって嫌だ。けど、こうするしかねーんだっ!」

 勇者の叫びは、暗くなってきた空へ響きわたった。
 違う。違うんだ。

魔王(私が言いたいのはこんなことじゃなくて……っ!)

 私は本当に弱い。
 こんなときでさえ心の底では弱音が燻ってるし、本音を言わずに逃げだしたい気持ちも残っている。
 魔王とは名ばかりで、情けない魔族だ。
 でも……。

魔王(ここで、この気持ちを口にしなくちゃ――)

 なけなしの勇気を振り絞るため、私はお酒の力を借りることにした。
 勇者から酎ハイをひったくり、一気に飲み干す。

勇者「えっ……おいっ!」

魔王「」ゴクゴク

勇者「ちょ、おまっ、一気飲みって!」

 驚いた勇者が顔をあげ、私を止めようとした。
 しかし、もう遅い。

魔王「プハァ!」

 即座にアルコールがまわり、世界がぐにゃぐにゃっと変になる。

魔王(構うものか!)

 突然の奇行に酔いも冷めたのか、勇者は私を心配そうな顔で見つめてくる。
 私は立ち上がり、大声で言った。

魔王「ゆうしゃあ……お主は、お主はっ」

勇者「お、おう……」

魔王「確かに、バカで頑固で鈍感でデリカシーがなくてっ!」

勇者「うっ」

魔王「しょーもない嘘もつくし、見栄っ張りなくせにどこか抜けてるけど!」

勇者「い、言い過ぎじゃねーのか……」

魔王「それでも、それでもっ!」

 続く言葉を口にすれば、もう引き下がれない。

魔王「私は――っ」

 だけど、私には、引き下がる気なんてもうなかった。

魔王「私は、勇者が大好きなのだ!」

 口にしてしまった言葉は、溢れる想いは、もう止められやしない。

魔王「魔族の王である私がっ、勇者にこんな感情を抱いてはいけないと分かってるっ。間違いだとも分かっている!」

 ぽつり、ぽつりと。

魔王「元の世界を優先すべきなのは分かっている! でも、でもな!」

 春の雨のように温かい涙が、私の両目から落ちていく。

魔王「この気持ちには、嘘はつけないんだ……っ」ポロポロ

 私は嗚咽混じりに、勇者へ訴える。

魔王「私は……お主と……離れたくないんだ……」

 自分の、本当の気持ちを。

魔王「……やだ……やだよぉ……勇者……」

勇者「――っ!」ギュー

 そんな私を、勇者は自分の胸へ引き寄せ、抱きしめた。
 とくん、とくん、と少し早い彼の心音。

勇者「……悪い、魔王」

魔王「ひぐ……うぅ……」

勇者「俺は、お前の気持ちを考えてなかったな」

 勇者はそう言って、私が泣き止むまで、抱きしめてくれていた。

 涙が止まったときには、もう日は完全に落ちていて、空には無数の星がまたたいていた。
 私は彼から離れ、赤くなった目を手でこする。

魔王「……すまん……恥ずかしいところを見せてしまったな」

勇者「恥ずかしくなんてねーよ」

魔王「……いいや、恥ずかしいさ。子供みたいに駄々をこねてしまったんだからな」

 私は笑顔を作り、口にする。

魔王「なぁ、勇者」

勇者「ん?」

魔王「ありがとう。私は、お主を好きになれてよかった」ニコッ

勇者「~~っ!」カァーッ

 勇者の顔がさらに赤くなり、私は思わず吹きだす。

魔王「どうした? 顔が赤いぞ?」クスクス

勇者「……酔いのせいだよ」

魔王「本当か?」

勇者「本当だ!」

魔王「あはは」

勇者「……笑ってんじゃねーよ」

 そっぽを向く勇者。
 その一挙手一投足が、私は愛しくてたまらない。

魔王「……勇者」

勇者「なんだよ」

魔王「私はお前の言うとおり、元の世界に戻るよ」

勇者「……いいのか?」

魔王「ああ。魔族の王として、責任は果たさなければなるまい」

勇者「そっか……」

魔王「うむ」コクリ

 うなずくと、勇者は頭を掻いてから、私への居住まいを正す。

勇者「……魔王。あと一つ、お願いを聞いてもらってもいいか?」

魔王「なんだ?」

勇者「目、つむってくれ」

魔王「またか」クスッ

勇者「……いいだろ、別に」

魔王「構わないさ」

 私は言われた通り、目をつむる。

魔王「ほら、これでいいか?」

勇者「うん。そのまま、ちょっと待っててくれ」

魔王「……もしや、私を放って帰るとかではないだろうな?」

勇者「んなことするか、あほ」

 勇者がそう言うと同時に、私の左手になにか違和感を感じた。

魔王「ん? いまなにかが……」

勇者「目、開けてくれ。そしたら全部分かる」

 言われるまま、私は目を開ける。
 そして、私は自分の左手の薬指にキラリと光る指輪を見つけた。

魔王「~~っ! こ、こここ、これって……!」カァーッ

勇者「……この国じゃ、異性に永遠の愛を誓うときにそこに指輪を嵌める、で合ってるよな?」

魔王「あ、ああっ」

勇者「そっか。合ってんなら良かった」

魔王「こ、こんなものいつの間に?」

勇者「……1月に、仕事終わりの魔王と商店街で会った日があったろ? ほら、女と男もいたときだ」

魔王(あ、あの私が初めて化粧をした日か……)

勇者「あのとき、男に教えてもらいながら買ったんだよ。高いもんは買えなかったけど……その、へそくりを貯めてな。いつか、お前に告白するために」

魔王「えっ」

勇者「お前に、先に言われちまったけど……」

魔王「う、うむ」

 勇者は私の両目をしっかりと見て、口にする。

勇者「そのー……なんだ。俺は、お前を」

 両頬を桜色に染めながら。

勇者「あ、あっ……愛してますっ。だ、だから」

 言いよどみながらも、はっきりと、愛の言葉を口にしてくれた。

勇者「今は離れ離れになっても、必ずお前のそばに戻るから。絶対に、戻るから」

 そして――

勇者「そんときは……お、おっ、俺と――結婚してくれっ!」

 私を抱きしめ、プロポーズ。

勇者「……信じて、くれるか?」

 勇者の問いかけ。
 私の答えは、もう、決まっている。

魔王「ばか……もちろんだっ!」

 満天の夜空の下。
 しだれ桜のそばで、私たちは気持ちを通い合わせた。
 互いの存在を確かめるように抱擁したあと、ぎこちない動作でそっと唇を重ねる。

 初めてのキスは、少し、お酒の味がした。

今日はここまでです。
もうちょっとだけ続くんじゃ

 そして、しばしの時が経ち――私が、元の世界に帰る日がやってきた。
 しだれ桜が散ったあの公園に、私と勇者と女に男、そして賢者の5人が揃っている。

魔王「みな、今日はありがとう。私の見送りにここまで集まってくれて」

女「魔王ちゃん……」

男「……そんな水臭いことは言わないで下さいよ」

 自分たちはこことは違う世界の住人で、そこに戻らなければいけない。
 そんな荒唐無稽な話を、女と男の2人はすんなりと信じてくれた。

男「魔王さんと過ごした日々は本当に楽しかった。僕にとって宝物です」

魔王「……ありがとう、男。お主には色々と迷惑をかけたな」

男「迷惑なんてとんでもない。僕が好きで世話を焼いただけですから」

魔王「お主がいなければ、私と勇者はあんなにも穏やかな生活ができなかったであろう」

男「そんなことありませんよ」ニコッ

 男は、いつもどおりの医者らしい人の良い笑みを浮かべる。

男「魔王さんならどこでも順応して生きていけますよ。なんたって、あの猪突猛進の勇者くんを上手くコントロールできるぐらいなんですから」

勇者「……ケッ、なんだよそれ」プイッ

魔王「あはは」

男「まぁ、冗談はさておき」

 男は片手を伸ばし、にっこりと笑う。

男「友情の証に、握手を、お願いしてもいいですか?」

魔王「もちろんだ」

 私は男の手を掴む。
 それは私の手のひらよりも一回り大きくて、立派なものだった。

男「魔王さんと出会えて、本当に良かった。お体にはお気をつけ下さい」

魔王「ありがとう。私も、お主に出会えて本当に良かった」

男「……では、名残惜しいですが僕はこれで」

 男は最後にまた微笑んでから、離れていく。
 入れ替わるように私の前にやってきたのは、大粒の涙をぽろぽろと流す女だ。

女「魔王ちゃん……」

魔王「……泣くな。私まで泣きそうになってしまうではないか」ジワッ

女「あはは……あかんなぁ、あたし。見送るときは絶対に笑顔で送ろうと思ってたんやけど……」

 彼女はそう言うと、私に抱きつく。

女「うぅ……涙が止まらへんわぁ……」ギュー

魔王「……女」

女「……ごめんなぁ、魔王ちゃん……もうちょっとこのままで……」

魔王「……うむ」ギュッ

 自分より小さな親友を優しく抱きしめる。腕越しに伝わる温もりが、私の両目をじんわりと濡らした。

 しばらくそうしていると、女が「よし!」と元気の良い声を出し、私の胸から頭を離した。

女「充電かんりょー。めそめそしちゃってごめんなぁ」

魔王「……謝らなくてよい」
 
女「あはは、ありがとうなあ……ん、魔王ちゃんこれあげる」

魔王「これは……」

女「あの日、渡しそびれた化粧品。もらってや」

魔王「いいのか?」

女「もち!」

 女は右腕で涙を拭い、赤く腫れた目を細めて笑顔をつくる。

女「それ使ってさ、時々でええからおめかしして、日本のことも思いだしてーなぁ」

魔王「……うむ」コクリ

女「……忘れへんといてね。あたしらのこと」

魔王「忘れない。絶対に、忘れるものかっ」

女「そこまで言ってくれるんなら大丈夫そうやね」

 女は満面の笑みで拳を伸ばし、私の胸にコツンと当てた。

女「離れてもずっと親友やで、魔王ちゃん」ニッ

魔王「もちろんだ。いつまでも、いつまでも、女は私のかけがえのない親友だ」ニッ

 最後に笑みを交換し、女は踵を返した。

賢者「……準備はできたかな?」

 以前よりもお腹が大きくなった賢者が、私にそう問いかける。

魔王「うむ。待たせてすまない」

賢者「いいんだよ……それにしても、いい友人を持ったね」

魔王「ああ。私にもったいないぐらいだよ」

賢者「フフ、そっか」

 賢者はそう言うと、顔だけで振り返り、勇者を見た。

賢者「勇者様、最後になにか魔王様に伝えることはある?」

勇者「……昨日の夜、全部伝えたので大丈夫です」

賢者「あらら……もしかしてだけど」

 賢者は手を口元に当て、ゲスな笑みを広げた。

賢者「昨夜はお楽しみでしたね……って感じ?」

勇者「!?」カァーッ

魔王「!?」カァーッ

賢者「あらあら、まあまあ」ニヤニヤ

勇者「ち、違いますよ!」

魔王「そうだ! 断じて違うぞ!」

賢者「必死になってるとこがまたあーやーしーいー」ニタニタ

魔王「……か、勘弁してくれ」

賢者「フフフ、ごめんごめん。この年になるとそういう下世話な話が好きになっちゃってねー」

勇者「……おばさん」ボソッ

賢者「あ゛ぁ!?」

勇者「ひぃ!!」ビクッ

 賢者は狂犬のようにガルルゥ……と勇者を威嚇し、咳払いをしてから私へ向き直す。

賢者「コホン。じゃあ、魔王様は移動してもらえるかな?」

魔王「うむ」コクリ

 私はうなずき、公園の中央に移動した。
 しだれ桜のそばには、賢者が集めた年代物のガラクタ――マギカを含む物質がいくつも置かれている。

魔王(これで、この世界ともお別れか……)

 再び溢れそうになる涙をぐっとこらえ、私は賢者へ頭をさげた。

魔王「よろしく、頼む」

賢者「うん、分かった」

 賢者はそう告げると、魔法を唱え始めた。
 私でも聞いたことのないその呪文は、口にするたびに、周囲のガラクタをぶるぶると震えさせる。

 バリン、バリン、バリンバリンバリンバリン――

 やがてガラクタは自ずと割れてゆき、小さな、本当に小さな“歪み”が生まれた。
 それには、3年前のような吸引力はない。

賢者「歪みまで歩いて行ってくれる? そうしたら、元の世界に戻れるはずだから」

魔王「……うむ」

 私が歪みへ一歩進むと、賢者は真剣な声で口にした。

賢者「ねえ、魔王様」

魔王「ん?」

賢者「無責任だけど……わたしたちの故郷をお願いね」

魔王「……ああ、任せてくれ」ニッ

賢者「ありがと」

 賢者は優しく笑む。

賢者「魔王様、いい顔してる。一人前の女の顔つきだ」

魔王「あの名高き賢者に褒められるとはな」

賢者「フフフ。今の君なら、なんだってできるよ」

 私は歪みへ進んでいく。
 と、男の声が耳に届いた。

男「魔王さん。勇者くんのことはしばらく任せてくださいっ。馬鹿をしないように責任もって見張っておきます!」

魔王「ふふ……なら、安心だ」

男「僕は、僕はっ、あなたに出会えて本当に良かった! 本当に、本当にっ!」

 また一歩、歪みへ。

女「魔王ちゃあああん! あたし、忘れへん! 絶対、ぜーったいに忘れへん! いつまでも覚えとるから!」

魔王「ああ……私も忘れない。絶対に」

女「魔王ちゃんはあたしの親友や! ほんま、一緒に過ごせておもろかった! いってらっしゃああああい!」

魔王「……行ってきますっ」

 こぼれる涙を見せないようにしながら、私は歪みに近づく。
 そして、最後に――

勇者「あっちで待ってろ、魔王!」

 勇者の大声が、聞こえてきた。

勇者「1年だ。1年で必ず戻る! 今度、お前を泣かせるときは、嬉し泣きだっ!」

魔王「それは……楽しみだなあ」

勇者「約束する!!」

魔王「ああ、約束だ」

 私は振り返り、泣きながら笑った。

魔王「いつまでも、いつまででも、私はお主を待っている――……」

 歪みへ踏みこむ。
 私の、意識は、なくなった。

 ――――――――――――――――――――――――

 ―――――――――――――――――

 ――――――――――

 ――――――

 ――……

??『魔王様ぁ。魔王様ぁ』

 私を呼ぶ声に起こされ、目を覚ました。
 差しこむ光は年代物のシャンデリアによるもの。

魔王「ここは……魔王城か」

 私は体を起き上がらせ、自分を起こしてくれた者に目をやった。

魔王「お主は……巨人族の英雄か。勇者にやられた傷は癒えたのか?」

巨人『??』

魔王「っと、すまぬ……日本語が癖になっているな」

魔王『あー、あー……うん。久しぶりだな。巨人族の英雄よ』

巨人『ああぁ、やっと目を覚ましたぁ。行方不明になったはずのぉ、魔王様がぁ、エントランスで倒れていてぇ』

魔王『お主が見つけてくれたのか』

巨人『はいぃ。他の魔族もぉ、もうすぐぅ、来るはずですぅ』

魔王『そうか。すまぬな……して、お主が勇者にやられた傷は癒えたのか?』

巨人『えええぇ、魔王様がぁ、わしの心配をぉぉ!?』

魔王『むっ、してはおかしいか?』

巨人『い、いえぇ。初めてでしたのでぇ』

魔王『そう、か。以前の私はそんな気配りさえできなかったのだな……』ガックリ

巨人『そ、そんなに落ちこまんでくださいぃ。わしならこの通りぴんぴんしてますのでぇ』

魔王『そうか。それは良かった』ニコッ

巨人『魔王様がぁ、笑ったぁぁぁ!?』

魔王『……笑うだけで驚かれるのか、私は』ガックリ

巨人『あぁぁ、落ちこまんでくださいぃぃ』アセアセ

魔王『すまぬな……して、お主に聞きたいことがある』

巨人『はいぃ、なんなりとぉぉ』

魔王『人間との戦争はどうなっているのだ?』

巨人『はいぃぃ。魔王様と勇者が行方不明になりぃ、その日以来ぃぃ、互いに内部の混乱を収めるのに躍起になっていますぅぅ』

魔王『ふむ……つまりは?』

巨人『なし崩し的ですがぁぁ、休戦といったところですぅぅ』

魔王『そうか! それは好都合だ!』

巨人『はいぃぃ、勇者のおらぬ今ぁ、怖いものはなにもありませぬぅぅ。この機に乗じてぇ、戦争を終わらせましょうぉぉ』

魔王『……ああ』ニッ

魔王『本当の意味で、戦争を終わらせよう』

 そして、1年後――
 魔界の城下町には、戦時中にはなかった活気に溢れていた。

給仕『ああ、もうっ。重いったらありゃしない!』

 魔王城に仕える給仕が、荷車にありったけの野菜と肉をのせて引っ張っている。

兵士『ったく、もう。見てられないなぁ』

給仕『あっ、兵士』

兵士『荷車を押すの代わってやるよ』

給仕『ほんと! 優しいとこあんじゃん!』バシッ

兵士『いってぇなぁ……って、予想以上におめぇっ! なんでこんなにのせてんだよ!』

給仕『しょうがないじゃん。給仕長が、食べなきゃやってらんないでしょ、って言うんだから』

兵士『……まあ、今の仕事量を考えるとなあ』

給仕『そそ。あんたはさておきさ、魔王城の皆さんは働き過ぎなんだから。たくさん食べなきゃいつか倒れちゃうよ』

兵士『俺だってしっかり働いてるわ!』

給仕『どーだか』クスクス

兵士『ったくよぉ……』

給仕『冗談冗談……でもさ、魔王様はちょっと働き過ぎだよねえ』

兵士『ああ。俺たちが休んでいる間も、あの方は国のため……いや、魔界と人間界のために働いてくださっているからな』

給仕『……あの方がいなくちゃ、きっと、私たちはまだ人間と戦争してたんだろうね』

兵士『そうだろうな。行方不明から発見された魔王様は――』

兵士『すぐに人間との協定を結び、戦争を終わらせて、互いを平和にしたんだから』

給仕『すごかったよね、ほんと。あっという間に先代様から続く戦争を終わらせたんだもん』

兵士『ああ。あの方には感謝してもし尽くせない』

給仕『だね。よーしっ、魔王様に食事ぐらいは楽しんでもらおう! 腕によりをかけて作るぞ~!』

兵士『大丈夫かよ』フフッ

給仕『あっ、笑ったなあ。あんたは今晩の飯抜きね!』ビシッ

兵士『そ、それは勘弁!』

給仕『あはは……あっ、見てみて兵士!』

兵士「ん~? あー、あの子たち……』

 給仕と兵士の視線の先。
 魔王城の庭園で、たくさんの子供たちが遊んでいた。
 その子たちが興じているのはごっこ遊び。それは、今では子供たちの定番となっている、魔王と人間の王の一幕だ。

女児『顔をあげよ。人間のおうよ。私はお主をころしにきたのではない。戦争をおわらせにきたのだ』

男児『……それは、どういうことだ?』

女児『私たちは、ずっときずつけあってきた。先代からつづくせんそうのなかで、相手のことなどろくにしらないくせして』

男児『…………』

女児『だが、私はとおいせかいでしった。魔族と人間はかわらなぬことを』

男児『なに……?』

女児『共にいきられることをおしえてもらった。大切なひとたちに』

男児『……教えてくれ、まおう』

女児『ああ――』

女児『……傷ついたひとをたすけ、生かすことにじんりょくする男がいた』

女児『相手にやさしくすることにりゆうはいらない。そうおしえてくれた女がいた』

女児『生まれがちがえども、愛することができることを。守るべきそんざいができることをおしえてくれた賢者がいた』

女児『八畳一間のわんるーむでさえ、分かちあえばともにすごすことができる』

女児『それを実感させてくれたにんげんがいた』

女児『人間のおうよ。この戦争をおわらせよう。私たちはせんだいがやったことをくりかえすべきではない』

女児『魔族と人間は、ともにいきられる』

女児『たのむ』ペコリ

男児『……顔をあげよ、まおう』

男児『我はそなたがくるまで、この身をさしだすかわりに民のいのちをたすけてもらうよう、願いでようとしていた』

男児『……しかし、そうではないなら』

男児『この命をとし、そなたの理想――平和なよのためにじんりょくしよう』

女児『お、王よ……』ウルウル

男児『ふふ。話さなければわからぬものだ。まさか魔王がこんなにもなみだもろいおなごだとは」

女児『!』ゴシゴシ

女児『……さっきのは、見なかったことにしていただきたい』

男児『ははは!』

 花が咲くように笑う子供たちを見て、給仕と兵士の2人の顔が緩む。

給仕『微笑ましいねえ』

兵士『ああ、そうだな』

給仕『……実はさ、私、人間との協定を結ぶのは反対だったんだ』

兵士『……まあ、あのときは反対する方が多かったからな』

給仕『けどさ、戦争が終わって、人間との交流が増えて、前よりも豊かになって――』

給仕『子供たちの笑顔を見ると、これで良かったんだなあと改めて思うよ』

魔王『そうか。それはありがたい。しかし、私が涙もろいとこまでは再現しなくて良いといつも思うんだがな……』

兵士『あ、あっ、ああ……っ』

給仕『なに言ってんのー。それが魔王様のいいところじゃん!』

兵士『ば、ばか! ちゃんと相手を見ろ!』

給仕『へ……?』

給仕『ま、魔王様!?』

魔王『いつもご苦労。精がでるな』

給仕『へ、へへー!』

兵士『ま、魔王様。先ほどの給仕の失言は――』

魔王『気にしなくても良い。頭をあげておくれ』

給仕『…………』

兵士『…………』

 ザワザワ、ザワザワ

魔王『は、はやく頭を上げてくれ! 私が悪者みたいではないか!』

給仕『……い、いいのでしょうか』

魔王『もちろんだ』ハァー

兵士『あ、ありがとうございます』

魔王『別に、感謝されることではないぞ』

給仕『で、ですが……』

魔王『いいのだ。些細なことは気にするな』

給仕『は、はいっ!』

魔王『お主らの双肩に、今後の繁栄がかかっている。今後も頑張ってくれ』ニコッ

兵士『~~っ! おっ、俺、一生、魔王様についていきます!』

給仕『あっ、ずるい! わ、私も、魔王様にずっとついていきます!』

魔王『大げさな奴らだなあ。フフ、期待しているぞ』クスクス

 私は兵士と給仕をねぎらい、魔王城へ入った。
 エントランスに差しかかると、すぐに巨人族の英雄が近づいてきた。

巨人『お帰りなさいませぇぇ、魔王様ぁぁ』

魔王『ああ、ただいま』

巨人『城下町のほうはいかがでしたかぁぁ?』

魔王『民の活気が感じられる。素晴らしかったぞ。これもお主らの尽力のおかげだな』

巨人『そ、そんなぁぁ……』

魔王『ふふふ……さて、魔王城をあけてしまいすまなかったな。すぐに書類を持ってきてくれ』

巨人『……お、恐れながら申し上げますぅぅ』

魔王『なんだ? 申してみよ』

巨人『魔王様はぁ、ここのところ徹夜続きでぇ、寝不足だと存じますぅぅ』

魔王『ん、そうだが……?』

巨人『ですのでぇ、今日はこのままお休み下さいぃぃ。残りの案件はわしらで対応できるものばかりですのでぇぇ』

魔王『むっ、だが――』

巨人『これは臣下全員のぉ、総意なんですぅぅ。魔王様がぁ、倒れてしまってはぁ、困りますのでぇぇ』

魔王『……いいのか?』

巨人『もちろんですぅぅ』

魔王『そうか、ありがとう』

巨人『もったいなきお言葉ですぅぅ』

 私はお言葉に甘え、自分の寝室へ向かった。

巨人『さーてぇぇ、魔王様を安心させるためにぃぃ、頑張らんとぉぉぉ!』

 ワーワー、ワーワー

巨人『んうぅぅ? 外がなんだか騒がしいぞぉぉ?』

 ウソダー!
 ナンデイマゴロココニー!

巨人『どうしたぁぁ?』

 コノヨノオワリダー! コノヨノオワリダー!

巨人『――えぇぇっ、うそだぁぁ!? あいつはぁぁぁぁあああああ!?』

 パタン。
 私は寝室の扉を閉じ、そのままベッドに倒れこんだ。
 疲れているが、眠れない。寝つきが悪いのは相変わらずだ。

魔王(日本での生活のせいで、布団に慣れてしまったからなあ……)

 私は左手に目をやった。
 あの日、勇者にもらった指輪がキラリと光る。

魔王(……そういえば、私が戻ってからもう1年が過ぎるな)

魔王「……1年で戻るとは言ったではないか、嘘つきめ」

魔王「……会いたいなぁ、勇者に」

魔王「…………」

魔王「……寝よう」

 私は目をつむり、眠ろうとする。
 だが、無理だった。

巨人『まぁ、まっまぁ、魔王様ぁぁぁっ!』ガチャッ

魔王『……ん、どうした? そんなに慌てて』

巨人『奴がぁ、あのぉ、奴がぁぁぁぁっ!』

魔王『奴って誰の――』

??「帰ってきたぞぉぉっ、魔王ぉぉぉぉ!」

 魔王城に響いた日本語。
 その声を、忘れるはずがない。忘れられるはずがない。

魔王「!?」ダッ

巨人『魔王様ぁぁぁぁ!?』

 気づけば、私は走りだしていた。
 慌てふためく臣下の間をすり抜け、一直線に声のしたほうへ。
 走る。
 ただひたすらに走る。

魔王「はぁっ……はぁっ……!」ダッダッダッ

 そして――

魔王「――っっ」

 勇者が立っていた。
 そこは、私たちが初めて出会ったところ。敵同士として、戦った場所。
 けど、今は違う。

勇者「へっ、魔王。約束は守ったぞ。魔界歴でも人間界歴でもねー、グレゴリオ暦の365日での1年だ!」

 得意げに笑う勇者に対し、私はぐっと涙をこらえた。

魔王「……遅いぞ」

勇者「これでも不眠不休で頑張ったんだぜ」

 私は一歩、また一歩と、勇者に近づく。

勇者「ったく、久しぶりだってのに涙目になってんじゃねーよ」

魔王「お、お主も人のことを言えぬであろう!」

勇者「うるせえっ。これは汗だ!」

魔王「嘘をつくな!」

 私は勇者に駆け寄り、彼を抱きしめた。
 そこで、我慢しきれなくなり、涙腺が崩壊する。

魔王「ひぐ……うぅぅ……!」

勇者「ただいま! 魔王!」

 一年ぶりの、私と勇者の邂逅。
 この出来事が、またたく間に魔界と人間界に広まったのは言うまでもない。

魔王「おかえり、ゆうしゃあぁぁ!!」

 そして私たち2人が、魔界と人間界の恒久の平和を築くのは――また、別のお話。

勇者「なぁ、魔王」

魔王「……ぐすっ……なんだ?」

勇者「好きだ。愛してる」

魔王「……ばか。私もだ」

 終わり

お、終わるまで2ヶ月もかかった・・・。
さてさて、ここまで読んで下さった方、ありがとうございました。
SS初心者ゆえ、至らぬ点も多々あり、誤字脱字も多いですが、少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。
更新ペースも遅く、本当に申し訳ございませんでした。

乙!
面白かったよ

この後、魔王と勇者の間に生まれた息子が反抗期を迎え、魔法で失敗を犯して日本に来て。
賢者の娘(高校生)に一目惚れし、結婚した男と女の家にホームステイする一夏の話を書こうと思ったのですが。
疲れたので、書きません(断言)

ではでは、最後に謝辞を。
ここまでお付き合いして頂けました皆さま。
本当に、ありがとうございました!

>>335
ありがとうございまーす!

王子『八畳一間のワンルーム?』

王子『なんなのそれ? お母さん』

魔王『そうだな。大まかに言えば、縦横360センチと360センチの部屋のことで……」

王子『360センチと360センチ?』

魔王『うむ』

王子『……全く意味が分からない』

魔王『んー、なんと説明すれば良いだろう……』

勇者『……相変わらず難しい言葉を使ってんなあ』

魔王『むっ、勇者――お父さん。王女は眠ったか?』

勇者『ああ、ぐっすりだよ……んでな、王子』

王子『うん、なに?』

勇者『八畳一間のワンルームってのは、まぁ、この寝室の五分の一の大きさの部屋ってとこだ』

王子『五分の一! 小さいなあ』

勇者『そだな。で、俺とお母さんはな、そこで2人で一緒に過ごしたことがあるんだ』

王子『2人で? 嘘だあ』

魔王『なんで嘘だと思うのだ?』

王子『だって、狭いじゃないか。このベッドだって入りやしない』

勇者『親子四人で眠れるベッドが満足における部屋なんて、珍しいんだぜ?』

王子『そうなの?』

勇者『おう。その当時は、ベッドじゃなくて布団っていう寝台を使ってな』

魔王『うむ。お父さんと2人で、肩を並べるようにして眠っていたのだ』

王子『……ふーん』

魔王『いまいち信じられないって様子だな』クスッ

王子『だってさ、そんな必要はないじゃん』

魔王『必要はない?』

王子『お母さんは魔王城にずっと住んでて、お父さんは結婚してからここに住みだしたんだよね?』

勇者『そうだな』

王子『だったら、わざわざ狭いとこで2人で住む必要なんてないじゃんか。広いほうがいいんだし』

勇者『……それはまあ』

魔王『……色々あったんだ。そうしなくてはならない理由が』

王子『??』

魔王『と、とにかくだ。そんなに悪いものでもないんだぞ。八畳一間のワンルームで一緒に過ごすのは』

王子『えー、だって狭いんでしょ?』

魔王『それはそうだが……』

王子『ストレスが溜まりそう』

魔王『す、ストレスか。確かにそうだが、どこでそんな言葉を覚えたんだ?』

王子『学校』

魔王『そ、そうか。最近の学校は進んでいるなあ……』

勇者『……なあ、王子。考えてもみろよ』

王子『うん?』

勇者『好きな子と二人っきりで過ごせるんだ。ならよ、出来るだけ近くにいたくないか?』

魔王『な、な、な……っ』カァーッ

王子『……そうなのかな? わかんないよ』

勇者『だってよ、考えても見ろ。すぐそばを見れば好きな奴が無防備な寝顔を晒してて――』

魔王『ば、馬鹿者!』

勇者『あ、あほっ。声が大きいって』

王女『――っ』ムクリ

勇者『……せっかく眠ったのに、王女が目を覚ましたじゃねーか』

魔王『す、すまない……』シュン

勇者『ったく……』

王女『……おとうちゃん? おかあちゃん?』

勇者『おーおー、起こしてごめんなあ。お母さんが大声だしちゃったなあ』

魔王『……ぐぅ』

勇者『よしよし。いい子だからなあー』

王女『うん……? うん、ぅん……』ネムネム

勇者『ねんねんころーりよ、おこーろーりーよ』

王女『……zzz』スゥスゥ

魔王『……すまぬ』ペコリ

勇者『かまわねーよ』

王子『……お母さん』

魔王『むっ、どうした?』

王子『さっき、お父さんが言ってた通りさ――』

王子『好きな子とだったら、そんな狭い部屋で一緒に過ごしても、苦にならないの?』

魔王『……そうだなあ』

魔王『王子。私はな、苦にはならなかったよ』

王子『なんで?』

魔王『お父さんに恋をしたからだ』

王子『恋?』

魔王『うむ。私はお父さんに恋をし、それで満たされたんだ。だから、苦しくはなかった』

王子『どういうこと?』

魔王『そうだなあ……いつか王子が、誰かに恋をしてみれば分かる』

王子『……そうなの?』

魔王『そうさ』ニコッ

魔王『さあ、王子。もう夜も遅い。明日も学校があるだろう? はやく眠らなくてはいけないよ』

王子『うん……』

 そのときの僕は、お母さんに言われるまま目を閉じた。
 だけど、恋というのがなにかなのかは結局分からずじまいだった。
 そんな僕――いや、僕と妹である王女がその意味が分かるのは、それから数年後のこと。
 日本という国の、夏休みの出来事だ。
 その一夏は、僕たちにとって大切な思い出で――

 ……いや、ちょっと違うかな。
 僕たちにとって大切で、かけがえのない、忘れられない日々の物語なのだ。

 多分、それは――いわゆる、恋のお話というやつなのだろう。

今日はここまでです。
僭越ながら、思った以上に反響が多かったので続きを書かせて頂きます。書き留めがないのでゆっくりですが、お付き合いいただければ幸いです。

ちょっと書き直したので、最初からのせさせて頂きます。
すいません。

王子『八畳一間ワンルーム?』

王子『なんなのそれ? お母さん』

魔王『そうだな。大まかに言えば、縦横360センチと360センチの部屋のことで……」

王子『360センチと360センチ?』

魔王『うむ』

王子『……全く意味が分かんない』

魔王『んー、なんと説明すれば良いだろうか……』

勇者『……相変わらず難しい言葉を使ってんなあ』

魔王『むっ、ゆうしゃ――お父さん。王女は眠ったのか?』

勇者『ああ、ぐっすりだ……んでな、王子』

王子『うん、なに?』

勇者『八畳一間のワンルームってのは、まぁ、この寝室の五分の一の大きさの部屋ってとこだ』

王子『五分の一? 小さいなあ』

勇者『そうだな。で、俺とお母さんはな、昔、そこで一緒に過ごしたことがあるんだ』

王子『2人で? 嘘だあ』

魔王『なんで嘘だと思うのだ?』

王子『だって、狭いじゃないか。このベッドだって入りやしない』

勇者『親子四人で眠れるベッドが満足における部屋なんて、珍しいんだぜ?』

王子『そうなの?』

勇者『おう。その当時は、ベッドじゃなくて布団を使ってな』

魔王『うむ。お父さんと2人で、肩を並べるようにして眠っていたのだ』

王子『……ふーん』

魔王『いまいち信じられないって様子だな』クスッ

王子『だってさ、そんな必要はないじゃん』

魔王『必要はない?』

王子『お母さんは魔王城にずっと住んでて、お父さんは結婚してからここに住みだしたんだよね?』

勇者『そうだな』

王子『だったら、わざわざ狭いとこで2人で住む必要なんてないじゃんか。広いほうがいいんだし』

勇者『……それはまあ』

魔王『……色々あったんだ。そうしなくてはならない理由が』

王子『??』

魔王『と、とにかくだ。そんなに悪いものでもないんだぞ。八畳一間のワンルームで一緒に過ごすのは』

王子『えー、だって狭いんでしょ?』

魔王『それはそうだが……』

王子『ストレスが溜まりそう』

魔王『す、ストレスか。確かにそうだが、どこでそんな言葉を覚えたんだ?』

王子『学校』

魔王『そ、そうか。最近の学校は進んでいるなあ……』

勇者『……なあ、王子。考えてもみろよ』

王子『うん?』

勇者『好きな子と二人っきりで過ごせるんだ。ならよ、出来るだけ近くにいたくないか?』

魔王『な、な、な……っ』カァーッ

王子『……そうなのかな? わかんないよ』

勇者『だってよ、考えても見ろ。すぐそばを見れば好きな奴が無防備な寝顔を晒してて――』

魔王『ば、馬鹿者!』

勇者『あ、あほっ。声が大きいって』

王女『――っ』ムクリ

勇者『……せっかく眠ったのに、王女が目を覚ましたじゃねーか』

魔王『す、すまない……』シュン

勇者『ったく……』

王女『……おとうさん? おかあさん?』

勇者『おーおー、起こしてごめんなあ。お母さんが大声だしちゃったなあ』

魔王『……ぐぅ』

勇者『よしよし。いい子だからなあー』

王女『うん……? うん、ぅん……』ネムネム

勇者『ねんねんころーりよ、おこーろーりーよ』

王女『……zzz』スゥスゥ

魔王『……すまぬ』ペコリ

勇者『かまわねーよ』

王子『……お母さん』

魔王『むっ、どうした?』

王子『さっき、お父さんが言ってた通りさ――』

王子『好きな子とだったら、そんな狭い部屋で一緒に過ごしても、苦にならないの?』

魔王『……そうだなあ。私は、苦にはならなかったよ』

王子『なんで?』

魔王『お父さんに恋をしたからだ』

王子『恋?』

魔王『うむ。私はお父さんに恋をし、それで満たされたんだ。だから、苦しくはなかった』

王子『どういうこと?』

魔王『いつか王子が、誰かに恋をしてみれば分かる』

王子『……そうなの?』

魔王『そうさ』ニコッ

魔王『さあ、王子。もう夜も遅い。明日も学校があるだろう? はやく眠らなくてはいけないよ』

王子『うん……』

 そのときの僕は、お母さんに言われるまま目を閉じた。
 だけど、恋というのがなにかなのかは結局分からずじまいだった。
 そんな僕――いや、僕と妹である王女がその意味が分かるのは、それから数年後のこと。
 日本という国の、夏休みの出来事だ。
 その一夏は、僕たちにとって大切な思い出で――

 ……いや、ちょっと違うかな。
 僕たちにとって大切で、かけがえのない、忘れられない思い出なのだ。
 それを一言で表すのなら……ちょっと恥ずかしいけれど“恋のお話”というのがぴったりなのかもしれない。

 ――数年後。魔界、城下町の学校。
 中等部の授業が行われる校舎のひとクラスで、生徒たちが自分の夢を発表していた。

男生徒『俺は、勇者様のような強い戦士になることです!』

女生徒『私は、魔王様のような魔法使いになりたいです!』

 1人1人が背筋をピンと伸ばして、自らが思い描く未来を口にする。
 その声には一点の曇りもない。その夢が叶うと信じているからだ。
 ……そんなはず、ないのに。

先生『さあ、次は王子くんの番ですよ』

 先生に名前を呼ばれ、僕は席を立つ。おのずと、全員の目が僕に集中した。

王子『僕の夢は――』

 ザワザワ、ザワザワ

 クラスが少しざわついた。
 僕はみんなが尊敬してやまない魔王と勇者の息子だから、きっと、次の言葉が気になって仕方ないのだ。

先生『静かにしなさい!』

 一喝され、全員が静まりかえる。

先生『ごめんなさい、王子くん。続きをお願いしてもいい?』

王子『はい』

 僕は小さく息を吸ってから、自分の夢を口にした。叶うはずのない、自分の夢を。

王子『僕の夢は、母さんよりも立派な魔王になることです』

 ヒューヒュー!
 サスガオウジサマー!
 イッショウツイテイキマスー!

先生『静かにしなさい! 静かにしなさい! まったく、もう……』

 お祭り騒ぎのようなクラスを落ち着けるため、先生も怒声を飛ばすが、その表情はどこか嬉しそうだ。
 それだけ、母である現魔王は尊敬されていて、その後を継ぐ僕にみんな期待してくれているのだろう。

王子(こうでも答えないと、みんなを不安にさせちゃうからなあ)

 僕はわざと照れたように笑い、窓の外へ目をやった。
 抜けるような蒼穹は、どこまでも眩しい。

王子(……こんな夢、叶うはずないのに)

 その空模様は、僕の心模様とは正反対だった。

 授業が終わり、学校の帰り道。
 学友に別れを告げ、魔王城へ帰る僕に王女が後ろから抱きついてきた。

王女『お兄ちゃーん!』ギュー

王子『……ん、今から帰り? 小等部なのに今日は遅かったんだね』

王女『うんっ。補習があったから!』

王子『補習?』

王女『えっとねー、午前の魔法の授業で、ファイアボールを使うことになって』

王子『うんうん』

王女『力加減を間違っちゃって、旧校舎を半分燃やしちゃった!』

王子『は、半分!?』

王女『だから、魔法の力加減を覚えるために補習をしてたの! えへへ!』

王子『い、いや笑うことじゃないよそれ!』

王女『……そうなの?』

王子『そうだよ!』

 目を丸くする王女に、僕は大きくため息をついた。
 僕の妹は魔法の天才だ。
 その才能は母と父を遥かに超え、数多くの魔法に関する書物を執筆した賢者に匹敵するレベルらしい。

王女『うぅぅ、お母さんに怒られちゃうかなあ』ウルウル

 その大きな目を涙で濡らす彼女を見ればとても信じられない。が、とにかく、歴史に名を残すぐらいの天才なのだ。

王子『……大丈夫だよ。僕も一緒にいてあげるから』ニコッ

王女『ほんと!』

王子『うん。だから、お母さんにちゃんと話そうね』

王女『うぅ……わ、分かった!』

王子(まっ、僕たちが話さなくても学校から連絡がいってると思うけど……)

 しばらくして、魔王城が見えてきた。
 若葉が青々しく茂る庭園を抜け、歴史を感じさせる城壁。一軒家のごとく大きな鉄門が僕たちを迎えてくれる。

王女『……お、お兄ちゃん』

 門番の兵士に挨拶をし、中に入ろうとしたとき、王女が僕の服の裾をぎゅっと握った。

王子『どうしたの?』

王女『お、お兄ちゃんは、こんなとき、お母さんにどうやって謝ったの?』

王子『こんなとき?』

王女『ま、魔法で失敗しちゃったとき!』

王子『……ああ、うん。そういうことか。僕は魔法で失敗したことないから分からないかな』

王女『すごーい!』

王子『……凄くなんかないよ』

 確かに、僕は魔法で失敗したことはない。
 それは、僕に才能がないからだ。
 王女のように校舎を半壊させるほどのファイアボールをとてもじゃないが唱えられない。
 周りの生徒と同じように、訓練の木人形を燃やすのがやっとで、評価は人並み。魔法だけでなく、剣術も、勉強も。

王子(偉大すぎる両親。天才の妹。それに比べて僕は、どうしようもないぐらい――)

王女『お兄ちゃん?』

 黙ってしまった僕の顔を、妹は心配そうにのぞく。

王子『ん、ごめんね。ちょっと考えごとをしてた』

王女『……大丈夫?』

王子『大丈夫だよ。心配してくれてありがとね』ナデナデ

 僕は王女の頭を優しく撫でながら、通用口を開けて城内へ入る。
 玉座に続く赤いカーペット。その中央で、腕組みをした母さんが立っていた。

魔王『おかえり、王子、王女』ニィィィ

王子(あっ、やべ)

王女『ひぃっ!』ビクッ

魔王『王女。学校でなにかあったそうじゃないか。詳しく私に教えておくれ』ズンズンズン

王子(これは本気で怒っているときの顔だ)

王女『ひぃぃぃぃ!』

魔王『さあて、王女。私の部屋に行こうか~』ガシッ

王女『いぃぃぃやぁぁぁああああ!』

王子『ま、待ってよ母さん。王女の話しも聞いてあげてっ』

魔王『なに~? 聞こえんなあ~?』ズッズッズッ

王女『おにいちゃああああああん』

 母さんに襟首を持たれながら引っ張られる王女は、目一杯手を伸ばして僕に助けを求める。
 だから、僕は。

王子(……幸運を祈る!)

 助けることは不可能だと悟り、拳を握り、王女にむけて掲げる。
 その意味が伝わったのか、王女はさらに顔を青くさせ、城内に響くぐらい大声をあげた。

王女『お兄ちゃんの嘘つきいいいいいいいいいい!』

今日はここまでです。
読みづらいですが、
>>352から>>367までは無視して下さい。
すいません・・・

 嘘つきいいいいい。
 嘘つきいいい。
 嘘つきい。
 ……。

 王女のこだまが聞こえなくなり、僕は頬をポリポリと掻く。

王子『……ごめんね、王女。さすがに僕じゃあ、あの状態の母さんには太刀打ちできないよ。1ターンに3回攻撃してきそうだもん』

 と、次に、野太い笑い声が耳に届いた。

巨人『がはははぁ、相変わらずですなぁぁ』

王子『巨人のおじさん』

巨人『今日もぉ、王女様はぁ、お説教ですかぁぁ』

王子『騒がしくしちゃってごめんね』

巨人『なんのぉ、なんのぉぉ。小さなときはぁ、暴れん坊なぐらいがぁ、ちょうどいいんですよぉぉ』

王子『そうなのかな?』

 首をかしげる僕に対し、巨人のおじさんはまた豪快に笑う。

巨人『はいぃぃ。元気が有り余っている証拠ですからぁぁ』

王子『……元気、か』

 ――王女に有り余っているのは、それだけじゃないと思うけど。

巨人『どうしたのですかぁ、王子様ぁぁ。浮かない顔をしてぇぇ?』

 巨人のおじさんに言われ、僕はハッと我に返った。
 いけないいけない。暗い顔をしてちゃ、余計な心配をさせちゃう。

王子『なんでもないよ』ニッ

巨人『……ふむぅぅ』

王子『じゃあ、僕は自分の部屋に戻って今日の復習を――』カツカツ

巨人『お待ち下さいぃぃ、王子様ぁぁ』

王子『??』クルリ

巨人『早目にぃ、ひとっ風呂などはいかがでしょうかぁぁ?』

王子『お風呂? 別にいいよ。そんなに汗もかいてないし』

巨人『ただいまぁ、勇者様がぁ、入られていますぅぅ』

王子『えっ、父さんが……明日まで人間界のほうに居るんじゃなかったの?』

巨人『少し急用が入りましてぇぇ、先ほどぉ、お帰りになられたのですぅぅ』

王子『……そうなんだ』

巨人『久しぶりのぉ、親子水入らずでぇ、お風呂をぉぉ』

王子『僕は――』

 別にいいよ、と断ろうとしたが、それよりも早く、巨人のおじさんが言葉を続ける。

巨人『ワシらに話せないことでもぉ、父親である勇者様にならぁ、まだ話しやすいでしょうぅぅ』

王子『……っっ』

 小さな頃から僕ら兄妹がお世話になっている巨人のおじさんは、その大きな胴体と間延びする話し方に反し、相変わらず目ざとい。

王子『……分かったよ』

 しぶしぶと了承する僕を見て、巨人のおじさんは顔をほころばせた。

 ガラガラ。
 浴場の扉を開けると、湯気の中に大きな背中を見つけた。

勇者『ん~? おー、王子。帰ってたのか。おかえり』

 父さんは頭のてっぺんに畳んだ木綿の布を乗せたまま、ニカッと笑う。

王子『……ただいま』チャプン

勇者『どうだ、学校は?』

王子『どうって……いつも通りだよ。なにも変わんない』

勇者『なんだよなんだよー。つれない反応だな。もっとこう……なんかあるだろ?』

王子『なんかってなにさ』

勇者『分からん』ケラケラ

 父さんの笑い声が、浴場に反響する。
 その声を聞くだけでむかっとするのは、僕がいわゆる反抗期と呼ばれる年頃のせいか。

王子『…………』ムスッ

勇者『なーにむくれてんだ』

王子『……なんでもない』

勇者『ほ~う』

 父さんはいやらしい笑みを浮かべ、僕に問いかける。

勇者『さては……好きなやつができたな?』

王子『』ブフゥ

勇者『当たりか』ニヤニヤ

王子『そんなわけあるか! なんでそうなるんだよ!』

勇者『だってよ、学校のことを話したくなさそうじゃんか。前は、あんなに『お父さん、お父さん。聞いて。今日、僕ね』って、なんでも話してくれたのによ』

王子『どんだけ前だよ!』

勇者『お前がな、こーんなに小さかったときで……』

王子『あほか!』

勇者『アハハ!』

 父さんは腹を抱えながら大笑い。
 ……こういう、デリカシーのないところ、嫌いだっ。

王子『……けっ』ムスッ

勇者『すまんすまん。からかい過ぎたな。ついつい面白くてよ』

王子『僕は面白くないっつーの』

勇者『そう怒んなって。昔の母さんに似ててな、つい』

王子『昔の母さんに似てる……?』

勇者『おう』

 父さんは霞がかった天井を見上げ、懐かしむように目を細める。

勇者『今のお前みたいにな。生真面目で、恥ずかしがり屋で、周りの目を気にして背伸びしてた頃の母さんにな』

王子『……なにそれ。褒めてんの?』

勇者『さあな』ケラケラ

 そう言って、父さんは僕の頭をくしゃくしゃっと撫でた。

勇者『さて、せっかくだ。背中でも洗ってやろうか?』

王子『いらない』

勇者『そ、即答かよ』

王子『だって、父さんの痛いもん。力加減知らないし』

勇者『ぐっ……』

王子『背中が真っ赤になっちゃうよ』

勇者『ぐはっ』

 大げさに天を仰ぐ父さんの姿に、僕は思わず吹きだした。

王子『なんだよ、そのポーズ』クスッ

勇者『……やっと、笑ったか』ボソッ

王子『え?』

勇者『なんでもねーよ』ニッ

 父さんはもう一度、僕の頭に手を置いてから、立ち上がった。

勇者『俺はもう出るからな。長湯してのぼせんじゃねーぞ』ジャブン

王子『分かってるよ』

勇者『そっか……ああ、そうそう。今夜は城から一歩も出るなよ』

王子『ん、なにかあったの?』

勇者『見回りの兵士がな、大型の魔界獣を発見したようでよ。そいつは夜行性らしくて、夜な夜な城下町の周辺をうろちょろしているらしい』

王子『それで、父さんは戻ってきたんだ』

勇者『おう。今夜、討伐に行くからな』

王子『分かった。気をつける』コクリ

 僕は頷き、父さんは脱衣所までゆっくりと歩いていく。
 その背は古傷だらけで……いや、背中だけじゃない。腕も、足も、首も、至るところに傷がある。
 それは、戦争の傷跡だ。
 僕は話だけでしか聞いたことはないが、魔界と人間界が戦争をしていたときに、負ってしまった傷の跡らしい。

王子(……父さんは、僕と同じ年の頃には、1人で旅をしてたっていうのに)

王子(ううん。父さんだけじゃない。母さんだって、僕と同じ頃にはすでに魔王として魔界を支えていたんだ)

王子(けれど、僕と言えば、のうのうと過ごしてて。それどころか、周りより優れたものなんかなくて――)

王子(こんなやつが、立派な魔王になんて……)

 そんな僕の思考を遮るように、父さんの声が浴場に響いた。

勇者『おい、王子!』

王子『ひゃい!』ビクッ

勇者『暗い顔しててもなにもいいことなんかねーぞ。なるたけ笑ってろっ。笑う門には福来たる、だ!』ニカッ

王子『…………』ブクブク

勇者『じゃあな、のぼせんなよ』ガラガラ

 そう言って、父さんは浴場を後にする。

王子『笑うかどには……ふく、きたる? どこの言葉なんだよ、それ……』

 僕は風呂の縁に頭をのせ、天井を見上げる。
 学校の疲れと胸のモヤモヤが、少しだけ、お湯に溶けていくように感じた。

今日はここまでです。
はやく日本編いきたい・・・

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