少女「月の向こうには何があるんです?」 (16)

~夜の牧場にて~

猫「一体、君は何を言いたいんさね?」

少女「例えば、世界がこう……大きな黒い球体だとするじゃないですか」

猫「ふむ」

少女「もし月が黒い球体にポツンと空いた虫食い穴だとしたら、それって凄いロマンですよね。明るい外に出てみたいです」

猫「ずっと夜しか続いてないからな。月も宙に浮かんだまま。君が太陽の光を拝みたい、その気持ちは分からんでもない」

猫「だがね、どうやって行く? ここには梯子も大樹も建物さえも無いんだぜ。だだっ広いだけの牧場さ! 飛び跳ねるか? お先にどうぞ! 笑っててあげる」

少女「ふぅむ、牧場なら羊がおりますでしょ? 彼らを垂直に重ねていけば、いつかは月に辿り着くはずです。この理論は有名な物理学者・ポップファーゲルが提唱したものなので、多分大丈夫です」

猫「ポップだかコーンだか知らんが、怪我しても自業自得だぞ。俺は夜の世界で十分に満足してる。太陽の光なんぞ浴びなくても、苦しくなんかないさ」

少女「了解でーす」


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少女「羊さん羊さん」

羊「なんですか?」

少女「ちょっとお仲間と協力して垂直の塔を作ってくれませんか?」

羊「いいですよ」

羊の上に羊、羊、羊、羊、羊。
何故倒れないのか不思議なほどだ。
超自然的な力が羊の塔に働いているのかも。
猫も目をまんまるにしてる。
まるでお月様みたいに。
蒼い月の光に照らされて、無限に続く牧場の草原を背景に悠然と揺れる羊の塔。
ホントに月の向こうへ行けそうだ。

猫「やべぇな……まったく、エラいもんこしらえやがって。これをよじ登っていこうってのかい? 悪いが落ちるぜ、普通にな」

少女「やってみないと分かりません」

猫「あ? 常識からしたら落ちるだろ」

少女「私を信じて」

猫「やだよ、俺は。夜の世界で静かに月と語らっていたいのさ。猫は夜行性だから」

少女「ダメです。行きましょう」

猫「ちょ、ちょ……! ニェア!」

猫を小脇に抱え少女は羊の塔を登り始めた。

フクロウ「ホーッホーッ。馬鹿な真似するもんだね。そんな羊の塔で、世界の破れ目を越えられるとお思いかい」

少女「フクロウさんは月の向こうへ行ったこと、ありますか?」

フクロウ「あるともあるとも。だが君らは見ない方がいい。きっと目が潰れるだろう」

猫「ほら、フクロウ氏もああ言ってる」

少女「他人の意見なぞどうでもいいです。彼は私達の覇業を止めようと必死なのです。私は嫌だ、この世界で骸になるのは嫌だ」

フクロウ「阿呆な娘よの。ま、せいぜい頑張るんだね、幸運を祈っとるよ」

少女「ありがとうございます。でも、そろそろ乳酸が溜まってきました」

猫「ならば良し。頃合いだと思ってたんだ。さっさと下りようぜ。俺は下りたい」

少女「ダメです。手が使えなくなったら口で猫さんをくわえていきます。だって、念願の夢がもう少しで叶いそうなのだから」

猫「イヤな奴だぜ」

羊156「羊の塔156階ですぞ」

少女「そうですか、ご報告ありがとうございます。では」ギュム

羊156「くぎゅう」

少女「ふむ」ギュムギュムギュム

羊156「ぐぎゅっむぎゅっうぐゅっ」

猫「おっおい……ちと羊の扱い方がぞんざいになってきてないか? 塔を作ってくれてるんだから、もっと優しく……」

少女「彼らは羊さんではありません。この塔を構築したその時から『塔の一部』というモノに役割が変化したのです。猫さんは、煉瓦を踏む時に憐憫を感じますか? 優しく踏んでやろうと感じますか?」

猫「なるほど、クソみたいな理論ですね」

少女「大義を成すには犠牲もつきものです」

猫「は? 大義?」

少女「私の足は羊さんの肉でできています」

猫「なんかもうお前と話したくないよ……会話のキャッチボールできてねぇじゃん」

少女「ありがとうございます。話すエネルギーが省けます。省エネモードとかいうやつですね」

猫「ああ……チクショウ」

少女「着きましたね。やはり私の見解通り、世界の破れ目でしたか。ほらほら、月の縁を掴んでますよ、私」

猫「シャーッ!」

少女「わわっ!」

猫「ホワァ! ハアッ!」

少女「いやあああああああああ!」

猫の威嚇に驚き身体のバランスを崩した少女は、羊の塔から地上へ落ちていった。
彼女の腕から間一髪すり抜けた猫は、目下に広がる暗闇をぼんやり見つめていた。

猫「お前は新世界を踏むに値しねぇよ。土に還り、他人に踏まれる辛さを味わうんだな」

猫「さてと……では入りますかねェ、新世界とやらに。流石にここまできたら、好奇心の方が勝るぜ」

意を決し、猫は月の中へ飛び込んだ。



今日はここまで

白い砂漠だった。
果てもなく地平線まで続く砂漠。
凪いでいるせいか、波すら立っていない。
平坦で、無機質な砂海。
眩しい、眩しくて目がまともに開けられぬ。
フクロウが警告していたのは、きっとこのことなのだろう。
夜の世界に慣れている猫には、新世界の光はあまりに刺激が強すぎると。

猫「なんか、異世界っつう割にはつまらんというか……何もないというか……あんな苦労してまで来る必要の所かな?」

寂寥感に駆られた猫は、夜の世界に戻ろうと自分が出てきた破れ目の方を向いた。
黒々と口を開けた穴の隣に、穴より少し大きい白色の円盤が放置してある。

猫「なんじゃこりゃあ……」

老人「気になるかね?」

猫「わっ!? いきなり隣に立つなよ、驚かせやがって。てかあんた誰だよ」

老人「わしゃア……円盤の守り主じゃ」

猫「円盤の、守り主?」

老人「そうじゃよ。お前さんみたいな冒険家がちょくちょくこっち側に来るからの、奪われないよう見守っとるんじゃ」

猫「奪われたらどうなる?」

老人「ちと困るのう」

猫「困る? なんだって困るのさ。穴が開いたままになるだけだろ?」

老人「それがいかんのじゃよ。昼の世界と夜の世界の往復。お前さんは普通のことと思っとるが、否々」

老人「夜の住民が定期的に来るおかげでな、昼の世界に翳りが見えとる」

猫「今でも十分明るいと思うけどな」

老人「そちらの環境を物差しにしてもらっては困る。以前はもっと輝いていたんじゃ。他人の姿が見えない程にな」

猫「ふむ……」

老人「昼の住民は当然、夜のムーディーな世界に憧れる。そして実際に赴き、穢れを土産にここへ帰還するわけじゃ」

猫「俺が来たのは許したんだな」

老人「ま〜、猫一匹くらいならどうってことないじゃろ。お前さんと一緒に羊の塔を登っていたお嬢さんは別じゃがな」

猫「え、あいつ昼の住民だったのか?」

老人「……わしの孫娘じゃ。あれは幼い頃から、寝る前に『夜の世界へ行きたい行きたい』とせがんで来てな。お月様の様にまんまるな両目をキラキラ輝やかせてな……」

猫「念願叶ったわけか。なら、なんで帰ろうとしたんだ? ずっといればいいのに」

老人「夜の世界に適応できなくなったんじゃろ。あまりに穢れの濃さが違い過ぎるからな。だが、もはや死体となった者に苦しみも痛みもありはせぬよ」

猫「じいさん……やっぱ見てたのか。俺があいつを落とすところを」

老人「もうよい。哭いて責めたとて、孫娘は戻らぬ」

猫「然り」

老人「ただ、お前さんには一つわしとやって欲しい仕事がある」

猫「仕事? 何だってんだいそれは」

老人「そこの円盤を押して、穴を塞ぐんじゃ。他人が行き来できぬように。穴を完全に塞いだら、後はわしが封印する」

猫「合点承知の助りんこ」

猫と老人は白い円盤を押し始めた。
非力である故か、なかなか動かない。
砂まみれになって、漸く仕事は完了した。
施錠音が無味乾燥な砂漠に響き渡る。

老人「封印完了。これで昼の世界と夜の世界は完全に断絶されたわけじゃ」

猫「ちと、寂しい気もする」

老人「心配いらぬ。穢れが消えれば、また封印を解除するからの。それより、お前さんはこれからどうするね?」

猫「さぁな、行く当てもねぇんだ。この身朽ち果てるまで、砂漠を歩き続けてやるさ」

老人「ま、それもまた一つの道じゃ。わしはここで座り、穢れが消える日を長閑に待つことにしよう……」

こうして、猫と老人は別れた。
猫は振り返らず、老人もまた途中で呼び止めるようなことはしなかった。

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〜夜の牧場〜

少女「ああ、消える……消えてしまう。私の故郷……昼の世界が。帰りたかった……ああ……お母さん……お父さん……」

この日、月は夜空より一片も残さず消えた。
新月。
それは光と闇の絶対的な隔離を意味する。
闇に覆われた世界に、誰が光をもたらすのか、はたまたそれはいつになるか。
神のみぞ知る。

〜終〜

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