貴音「六花譚」 (33)

 あれから、幾日経ったでしょうか。
 あいどるあかでみー大賞を、私達ふぇありーの面々で勝ち取った時から。
 突然に告げられた、離別。

『話すのが遅れてすまない。本場でのプロデュース業も学んでみたいんだ。
だけど、それ以上に、皆をもっと押し上げて、アイドルの頂点だけじゃない。
もっともっと、いろんな世界を見せたいんだ』

 美希は言わずもがな。響の悲哀な笑み。
 私にも一抹の勇気があれば、あなた様の確固たる眼差しを押しのけて、美希のように袖を引き留める事ができたでしょうか。
 それとも、響のように、あなた様を精一杯にも安心させることが出来たでしょうか。

『往かないでください』

 その言葉を。

『おめでとうございます』

 その一言を。

 あなた様が発つまでの流転の日々。765ぷろの各々が、せめてその時までと、思い出を増やしていき、
又、それぞれの形であなた様への別れを告げ。
 その日々に於いて、終には、美希と響、ひいては皆納得して送り出すことが出来たようです。
 とても強い、私のかけがえのない仲間達。そんな皆が羨ましい。

 私は、見掛けの上では取り繕ったつもりではあります。気が付かれていなかったでしょうか。
 いえ、私達のことをずっと見てきて、些細なことにも気が付き
手を差し伸べてきたあなた様のことですから、お見通しだったのでしょうね。

 あなた様が往かれてからは、まるで冬が心を包んでいるような日々を送っています。
日々に不満があるわけでもない。周りの皆も良くしてくれている。仕事も充実している。
 ただ、心が氷のように寒い。
 独り古都から出てきた時、ここまで弱かったでしょうか。
仲間達が、あなた様が、寄る辺をくださるから、それに馴れてしまったから、なのでしょうね。

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美希「貴音、またぼーっとしてる」

貴音「美希……申し訳ありません」

美希「またハニーのこと思い出してたの?」

貴音「……」

美希「永遠のお別れってわけじゃないんだから、そこまで気にすることないの。
そりゃ、ミキだって寂しいよ? 一年って、言葉に表したら簡単だけど長いよ?
だけど、そんなにウジウジしてたら心配かけちゃう。
だから、ハニーを心配させないためにドーンと構えてるの! セーサイの余裕ってやつ?」

貴音「ふふっ、はい」

 美希、あなたは変わりましたね。
 今でこそあっけらかんと、そう言えますが、報告を受けた当初は泣きじゃくり『嫌なの』『ダメなの』ばかり言っていました。
あなた様がはりうっどへ発つのに、一番反対していた人物とは思えません。

響「はいさーい!」

美希「はいさいなのー」

貴音「おはようございます」

響「お、今日は二人だけかー?」

美希「あと小鳥がいるんだけど、昨日呑み過ぎたとかなんとかいって、机でダウンしてるの」

響「えー……社会人としてどうなのそれは?」

小鳥(うぅ、耳が痛い)

 響も、影を落としていた笑顔も、憂いを帯びた表情も見せなくなりました。
あなたの中で、想いを帰結することが出来た証拠でしょうね。
 小鳥嬢は……良くも悪くも変わりませんね。

 あなた様が発って直ぐ、朧月の月輪が眩しい弥生の頃――――

 それからは、瞬刻過ぎて行きました。
 あいどるあかでみーの受賞の影響で、どんどん仕事が舞い込んで、それらに忙殺されたためです。
 事務所も、あれからまねーじゃーという方が二人入り、もっと賑やかになりました。
まねーじゃーのお二人は少し前の、あなた様と律子嬢に似ています。
どこか抜けている男性と、しっかり者の女性。日々繰り広げられる夫婦漫才は、とても微笑ましいものです。

 一つの静穏を取り戻したのは、それからしばらくして。

 今日は久しぶりの休日をいただけました。
 じわりじわりと、気温が上がってきたこの頃です。あまり外には出たくないところ。
折角なので、家でゆっくりいたすとしましょう。

貴音「……あなた様が居た頃の休日は、よくらぁめん巡りをしたものですね」

 気が付くと、また夢想をしてしまっている。
 まるでそれは白日夢。

 事務所で一緒に食べたとんこつらぁめんが、とても匂いが強く、律子嬢に二人揃って怒られましたね。
しかし、あのらぁめんは真、美味でした。自分で買い込んで、今でもしっかり常備しておりますよ。
 あなた様がこっそり、『がんばったご褒美だ。皆には内緒な? たかられるから』と渡してくれた、とても臙脂が綺麗な髪留め。
今でも、ここ一番の時に着けさせていただいております。浅ましくありますが、あなた様と私だけの秘密として、ちょっとした優越感を感じているのですよ。
 皆での合宿の時、二人で海に降る月を眺めたことも。『月が綺麗だよなぁ』などと、不意に申されるのだから困ったものです。
その気がないとは知りつつも、私とて年端も行かぬ娘。赤らめる顔を持っているというものです。
 それから、それから……。
 思いの中に住むあなた様の声を、無意識のうちに探してしまう。

貴音「いけませんね、こんなことでは」

 精一杯あなた様を、送り出したつもりだったのに。皆がそれぞれの己で立っているのに、私だけ支えが必要なようではないですか
 ただ、それでも。

貴音「逢いたい」

 逃げ水と共に言葉が消えた文月の頃――――

 深緑が過ぎ去り、けしきが深くなってきた頃。
 相も変わらず、仕事が舞い込んできます。

響「もー! 春の頃より減ったとはいえ、IA獲ったらこうも忙しくなるなんてー!」

美希「だねぇ。ミキも睡眠時間が一日八時間しか取れてないの。あふぅ」

貴音「それは普通なのでは?」

響「貴音は冷静に突っ込むなー」

貴音「ふふっ、ありがとうございます」

響「うん、うん。貴音は相変わらずだぞ」

貴音「とはいえ、まねーじゃーの方々のおかげで大分回せていますね」

響「仕事は今より少ないとはいえ、一人で全部頑張ってたプロデューサーはすごいな」

貴音「実は……はりうっどへ往ったのは、それらの過労から逃れるため。そうおっしゃっていましたよ」

響「えっ! そっ、それほんとかっ!」

 神妙な面持ちで響に頷く。

響「そ、そんな……。プロデューサー……」

 むっ、泣きそうな気配……。やり過ぎましたか。

貴音「冗談です。あの方が、そんな事するわけありませんよ」

響「えっ……うがぁ! また騙したな! 貴音ぇ!」

美希「響ってば、そろそろ貴音の嘘を言う時の特徴を見破れないの?」

響「え? そんなのあるのか? 教えてほしいぞ!」

美希「ふふーん。実はね、貴音が嘘を言う時耳がひくひくするの」

響「そうだったのか! ふっふっふ、もうだまされないぞ! 貴音、敗れたりだな!」

美希「ま、嘘だけどね」

響「えっ」

貴音「ふふっ、響、敗れたり、ですね」

美希「響ってば本当にいじりがいがあるの」

響「うぅ、うがぁ!」

 私も幾分か、調子を取り戻していました。これも皆のおかげですね。
 あなた様は彼の地で、どのように過ごしているのでしょう。
 そのつもりになれば、今の時代難なく近状を知ることも、声を聞くことも出来ます。
 しかし、小鳥嬢が事務的なことや近状報告などを定期的にしている以外には、それをしません。
もちろん、嫌いになったわけではないのです。
ただ、今までいかにプロデューサーに頼りすぎていたか、それがありありと解ったから、己で立とうとしている。
それでも、あの方との電話の際、にこにこと楽しそうな小鳥嬢が非常にうらやましく思います……。

「おーい、次の仕事場に行くわよー」

貴音「さて、まねーじゃー殿が呼んでおりますよ。響いじりはここまでにして、参りましょう」

美希「あふぅ。絶好のお昼寝日よりだったんだけど、仕方ないなぁ。サボんないってハニーと約束したし」

響「こらー! ふたりとも! まだ自分の話が終わってないぞ!」

貴音「はいはい、後で聴きますから、行きましょうね」

美希「ホントに響はしょうがないの」

響「子供扱いするなー!」

 響は真、可愛いですね。
 ……しかし、先ほど口から出た言葉。冗談と咄嗟に申しましたが、本当に冗談でしょうか。
 事実、内ではそう思っているのではないか、と。

 私の心とは裏腹な秋晴の神無月の頃――――

 色づいたけしきが、侘しくなった頃。
 年末のくりすますらいぶ、雪歩の誕生日、ばらえてぃへの出演と、まさに怒涛の勢いの仕事の日々でした。
そんな日々が落ち着いてきた事務所にて。

律子「よーし、あんた達、よく頑張ったわね! ひとまずは仕事が落ち着いたわ。明日はみんな休みよ。
スケジュール頑張って調整したんだから、思いっきり羽根を伸ばしてきなさい!」

全員「わーい!」

響「やっとだー! 明日は、最近できてなかったハム蔵たちの料理でもするかー」

美希「あふぅ……寝れるのぉ……むにゃむにゃ」

響「早速寝てるし……。貴音は明日、どうするんだー?」

貴音「特に決めては無いですね。最近行ってなかった、らーめん屋巡りもいいでしょうね」

響「本当に貴音はラーメン大好きだよなあ」

貴音「それほどでも」

響「褒めてないってば」

美希「はにぃ……なのぉ……」

響「あ、そうだ、よかったら明日さ、プロデューサーへのプレゼント買いに行かないか?」

貴音「真、よい提案かと。美希、あなたも参りますよ」

美希「うへへ」

響「熟睡してるぞ……。まあ、後でメールとかで知らせておくさー」

 この一年いろいろとありましたが、何事も息災に過ごせてきた事に感謝です。
 私もあれから幾度の場数を踏み、強くなりました。これからも、日々精進ですね。
 まもなく来たるは春。新風が舞い込んでくることでしょう。それから――
 
 雪の華が散り始める如月の頃――――

 本日はあれから丁度一年目の日。約束の日。
 
美希「律子! 急ぐの!」

律子「律子『さん』」

美希「そんなことは今は重要じゃないの!」

律子「あんたねえ……」
 
律子「ほら、着いたわよ」

美希「ありがとうなの!」

律子「あっ、こら! 気をつけなさい!」

真美「またいぢりがいのある日々に戻れるのか→。うれちいね、亜美!」

亜美「だね→!」

雪歩「久々だねぇ。変わってるかな?」

真「どうだろうねー。ひょっとしたら、アメリカンサイズになってるかもよ?」

雪歩「ふふっ、ありそうだね」

あずさ「あらー。美希ちゃん追っかけないといけないわね」

小鳥「ちょちょちょっと! あずささんは勝手に歩いちゃダメです!」

やよい「うっうー! 楽しみです!」

伊織「あいつがハリウッドでどれだけしごかれたのか、見ものよねぇ」

春香「うー! 緊張するね、千早ちゃん! 初めて面会した時みたいな感じだよー」

千早「ふふっ、春香ったら落ち着きないわね」

春香「そういう千早ちゃんだって、ずっとイヤフォンのコードぐるぐるしてるよ?」

千早「あ、あら?」

響「とうとうこの日だな! 長かったぞ」

貴音「えぇ、一日千秋の想いでしたね」

響「イチジクセンシュ? だれだそれ?」

貴音「いちじつせんしゅう。簡単に言えばとても長い日々、ということですよ」

響「なるほど! さすがは貴音だな!」
 
美希「どこなのどこなの」

響「ちょっと落ちつけよー」

美希「でもでもだって」

律子「そうよ、少し落ち着きなさい」

美希「うううう」

律子「でも、噂をすればなんとやら、ね」

 律子嬢の指差す先に見えるのは――

美希「はあああああああああにぃ」

P「こら、しーっ! しーっ! 声がでかい!」

律子「はぁ……。まぁ、今日ぐらいは許してあげてください、プロデューサー殿。それから」

全員「おかえりなさい!」

P「おう、ただいま」
 
P「わざわざ迎え、ありがとな。さてっと、久々に765プロに顔だすか!」

亜美「んっふっふ→。タダじゃ事務所に入れないとしれぇい」

P「まーたなんか仕掛けてるのか?」

真美「秘密だよん!」

P「お前らは落ち着かないな。今年ぐらいで落ち着いてくれると助かるんだが……はは」

雪歩「おかえりなさいですぅ」

P「ただいま。本場なだけあってすごかったよ。いつかお前たちも連れてってやりたいな。芝居はもちろん一級品。雪歩の今後にとても参考になりそうだったよ」

真「プロデューサー! ハリウッドどうでした?」

P「ハリウッドスターのアクション、見れる機会があったけど、すごかったぞ! でも、真の中華街での出来事のほうが、俺はすごかったと思うな」

あずさ「お久しぶりですー。いろいろ積もる話もありますが、それはあとで」

小鳥「今日の事務所はすごいですよー! なんと、お酒が……! ピヨヨヨヨ、期待しててくださいね」

P「な、なんと。すごいですね……社長公認かな?」

あずさ「そうですよ。今日は無礼講だって」

P「社長も破天荒ですね」

やよい「うっうー! おかえりなさいです! はい、たーっち!」

P「たーっち! いえい!」

伊織「……ま、まあ、いいんじゃない?」

P「お? 見違えるようになって見惚れたか?」

伊織「んな! そ、そんなこと有るわけないじゃない! The Hentai!」

P「相変わらずツンデレだなー。懐かしくて涙が出てくるよ」

伊織「キィーッ! わざとらしいのよ、アンタは」

P「さて、春香、千早、活躍は音無さんから聞いてるぞ。俺が発ってから二人でのラジオ持ったらしいな」

春香「えへへ。千早ちゃんと二人で楽しくやってます!」

千早「おかげさまで。こんな風にバラエティが、楽しいと思えるようになるとは思ってませんでした」

P「あぁ、いいことだ。ネットラジオだから、向こうで聞けるし聞いてたよ。ただ、ただな? 春香の脇汗の話とか、千早が時折見せる春香への執着の話とかは、
アイドルなんだしなるべく控えたほうが良いかなーって」

春香「のヮの;」

千早「す、すみません。春香のこととなると少し……」

P「まぁ、何もやめろってわけじゃないさ。謎なんだが、それを喜んでるファンが多いことも事実だしな。ほどほどにな、ほどほどに」

響「プロデューサー、ちょっと太ったか?」

P「あー、やっぱりわかるか?」

響「向こうカロリー高そうだからなー。仕方ないっちゃ仕方ないか」

P「そうだなぁ。食事制限してたはずなのにこうなっちゃったんだよな……」

響「じゃあ今度いぬ美達の散歩に付き合ってよ! ダイエットだ!」

P「あいつらの顔も久しぶりに見たいし、そうさせてもらうかな」

P「お、貴音。ただいま」

貴音「あ……」

P「どうした?」

貴音「いえ……おかえりなさいませ」

P「おう、ただいまな」

 はにかみながら、返事をするあなた様。
 見た目こそ変わっておりませんが、溢れ出る英気は今までのあなた様とは比類ができませんね。

美希「……」

律子「さて、とっとと帰るわよ。さっきこのおバカさんが叫んだせいで、一悶着起きそうだし」

美希「ひどいの」

伊織「事実でしょうが」

 そそくさと車に乗り込み、事務所へ帰る道すがら、考えていました。
 もっと話すことがあったのに、もっと伝えたいことがあったのに。なぜ、口を衝いて出なかったのか。
 しばらく車に揺られて、事務所に着いた時には、日も陰り始めた頃でした。
 変わらぬ廃れた階段を登った先にある事務所へと、あなた様が双海姉妹に押し込まれていきます。
 
P「お、おいおい、絶対これなんか仕掛けてるだろ?」

真美「ひどいな→。そんなことないっしょ」

亜美「うんうん、兄ちゃんってば、いつの間にそんなにひどい男になっちゃったの?」

P「そのわざとらしい泣き顔も久々だよ……。くぐればいいんだろ、くぐれば」

 戸口を開けると、飛び込んでくるのはいつもの光景……とはいかず。
 華やかな、あなた様の帰還を称える横断幕や装飾の数々。そして、高木殿とまねーじゃーの二人からの、くらっかーにての出迎え。
 
高木「キミィ! おかえり! まっていたよ!」

 ぱーてぃーは滞り無く、盛況に進んでいきます。
 今日は無礼講だということで、高木殿がとても高いお酒を用意してくれたようです。
 それのおかげで、大人組では相酌が進んでいるようです。また、それの合間合間に皆がちょっかいを出しに行くのだから、
休まることなく大変でしょう。それを見て、微笑んでいるだけの私も私ですが。
 
美希「……ねえ、貴音?」

貴音「どうしました?」

美希「テキにシオを送るわけじゃないけど、今の貴音はちょっと見てられないの」

貴音「……はい?」

美希「空港からずっとそうなの。言いたいこと言ってない、ううん、言えてないカンジ?」
 
 美希、あなたはとても聡い。
 
美希「ミキね、今まで貴音にいろんな場面で助けてもらったの。
貴音が一緒に食べにいくの我慢して、ハニーと二人っきりになる場面作ってくれたりしたよね。
ミキと響が、ちょっとギスギスしちゃって、その時仲直りのキッカケ作ってくれたでしょ。
ううん、ミキだけじゃない。響も、春香も、千早さんも事務所のみーんな」

美希「貴音は何かと我慢しがちなの。だからね? 今日は、今日だからこそ、逆に貴音をお助けするの」

 そう言うと、突然あなた様の元へと駆けていく。

美希「ねえねえ、あのね? ちょっときいてほしいな」

P「おお、美希。おとしなしいから何かあったのかと思ったが、大丈夫そうだな」

美希「えっとねえ……うっ、ちょっとハニー、お酒臭いよ?」

P「ええっ、そうか? あんまり呑んでないんだけどな」

美希「うん、臭うの。なんとなくふらふらっとしてるし」

P「そうか? そう見えますか? 社長」

高木「んーそうだねえ……」

美希「するよね! ね! 社長!」

 こちらからは背になって見えませんが、鬼気迫る表情を高木殿に向けているのでしょうか。

高木「お、あぁ、うん、するとも。するともさ」

P「社長が仰るんなら……」

美希「まだまだパーティーは続くよー? だから、ちょっと休憩して、お酒を抜いてくればいいって思うな」

P「えっ、いきなりどうし……って、おいおい、背中押すなよ」

美希「いいから、屋上で、お酒を、抜いてくるのー!」

P「わかった、わかったから! 醒ましてくるよ!」

 異変に気づいた皆が何事かと眺める中、言われるまま事務所から出て、何が何やらわからないまま、
屋上へと向かわれるようです。
 若干の哀愁を帯びた背中を見送ると、笑顔で私の元へ駆け寄ってきます。

美希「ふーっ、ミキがんばったの」

 美希、いくらなんでもそれは不自然すぎるのでは……。

美希「さっ、貴音、ゴーだよ! 言いたいこと言ってくるの」

貴音「えぇ、ふふ、はい。ありがとうございます」

 鞄から顔を覗かせていた手提げ袋を取り出し、それともう一つ。

貴音「高木殿、こちらを拝借いたします」

高木「うん? ちょ、ちょっと四条君! それは」

 高木殿の言葉を受け流し、事務所を出る。
 階段を一段昇る度に鼓動が増す。
 このまま内から飛び出して、破裂しないだろうか、そう思うくらいに。
 屋上への扉に手を掛けた時には、内側から叩く音しか聞こえない程に感じていた。

P「いやーそこまで酔ってるかなー?」

 扉を開けると一人、愚痴るあなた様。不思議と可愛く、緊張がほぐれる。

貴音「あなた様」

P「お? おお! 貴音、どうしたんだ?」

貴音「えぇ、少し」

P「ううん? まあ、こっち来なよ」

貴音「はい」

 手すりにもたれ掛かるあなた様の隣へ。

P「いきなり美希に酒臭いって言われてさ、醒ましてこいって言われてこの有様だよ」

P「そこまで酔ってないと思うんだけどなあ」

貴音「己がわからぬうちに、行き過ぎているというのはよくあるものですよ」

P「そんなもんかぁ」

 しばらくの沈黙。かといっても重苦しくもない、不思議なもの。
 
P「ところで、貴音。なんで後ろに手を組んでるんだ?」

貴音「これは、ですね」

 さっと後ろに組んだ手を前に出す。

P「紙コップに……もう一つの物は?」

貴音「ひとまずこちらを」

 手提げ袋を渡す。

貴音「改めて、おかえりなさいませ、あなた様」

P「お、おお、ありがとう。早速で悪いが、これの中身を見てみてもいいか?」

貴音「えぇ、是非に」

P「それじゃ失礼して。……これは」

貴音「ねくたい、ですね」

P「帰還祝いってわけか。ありがとうな!」

貴音「いえ、どういたしまして」

P「綺麗な臙脂色だな」

貴音「どうでしょうか」

P「そうだなぁ。……うん、いいよ、とってもいい。普段の営業回りなんかにも付けていけそうだよ」

P「だけど、せっかくだからここ一番の時に付けるかな」

貴音「私がねくたいを選んだ意味を知っての発言でしょうか……」

P「なんだって?」

貴音「いえ、それは重畳だと」

P「そっか。それで、もう一つの紙コップは?」

貴音「これは、ですね」

P「あぁ、わかった。水持ってきてくれたんだな、ありがとな」

貴音「いえ、違います」

 そう言って、一気に紙コップの中の液体を飲み干す。

P「おいおい……って、この臭い……。それひょっとして」

貴音「つい先日二十歳になりました故、何も問題ありません」

P「やっぱりか。だけど一気は危ない。急性中毒になる可能性だってあるんだぞ」

貴音「申し訳ありません」

 しかし、こうでもしないと。

P「ちょっと水持ってくるから待って『あなた様!』ろ?」

 去っていくあなた様の背に声をかける。

貴音「美希は! 美希は……この一年でとても成長しました。
せわしなかった、わがままばかりの頃の彼女だとは思わないでください。一人の、大人の女性へと歩みを進めました」

P「……貴音?」

貴音「律子嬢もおおらかになられました。今では怒号をあげることは珍しいくらいです」

貴音「それには、あの子鬼らが若干落ち着いてきたというのもあります。真美はもう子供と侮らないことです。
亜美もじきにそうなりましょう。ただ、時折まねーじゃーのお二方が贄となることがありますが」

 自分でも驚くほどに、今までにないほど饒舌に語ります

貴音「雪歩は、いまでは多少なら男性にも意見を言えるようになったのですよ。目覚ましい成長だとは思いませんか」

貴音「真は、人となりも成長しましたが、乙女に憧れるのも変わっていません。
それに『磨きがかかった』そう言っておきます。何がとは申しませんが。」

P「……うん、ははっ」

貴音「それから、あずさ。最近では地理を頑張って覚えています。しかし、元が元ですので、なかなか難しいんだとか」

貴音「小鳥嬢は、良くも悪くも変わっておりません。齢に関して、禁句になったということ以外は」

P「あずささん、頑張ってるんだな。小鳥さんに関しては皆まで言うな」

貴音「やよいは、最近ではもやしに拘る事なく、お肉も買えるようになったのですよ。
以前、もやきにくぱーてぃーなるものにお呼ばれしていただいたところ、うつつ世に桃源郷をみました。あ、もちろん控えめにいただきました」

貴音「伊織は、水瀬の名から解き放たれつつあるように感じます。それから、つんでれがより顕現してきたとか。
それを伊織は否定していますが、そこがまたつんでれの真骨頂。そう、小鳥嬢に教えていただきました」

P「やよいも肉を買うようになったか。うんうん、いいことだ。伊織のコンプレックスはナイーブな問題だ……けど、前進しているようで良かったよ」

貴音「千早。彼女は、過去を昇華することができたようです。それ以上を言うのは野暮というものでしょう。
よく笑うようにもなりました。よくわからない洒落に対しても笑うので、それが吉と転んだのか、ばらえてぃへの出演依頼が増えてきているようです」

貴音「そして春香。今ではすっかり765ぷろの顔として周知され、自己では思っていないようですが、皆を引っ張る立派なりーだーです。
ただ、未だになにもない所でこけるのは治りませんね」

P「千早は、うん、そうだよな。よく笑うようになった、それで十分じゃないか。変なつぼは相変わらずとしてな。春香は、それにかまけて大役を任せてしまうことがあるだろう。何かあったら皆でサポートしような。ただ、よくこけるリーダーっていうのも、あれだな」

貴音「響は、よりお馬鹿……いえ、もっと愛らしくなりました。
地頭こそ非常に良いと思うのですが、なぜでしょうね。この事務所で一番の愛らしさ、そう断言できます」

P「響も良いキャラしてるよな、本当」

 一気に話したためか、酒が回り夢うつつの気分です。

P「貴音以外、全員近状を話してくれたんだ。貴音もよければ、教えてほしい」

貴音「私は……」

 言いたいことがある。今がそのための機会。けれど、こうして酒の力も借りたというのに、まったく微塵の役にも立たない。

P「あれだけ一気に喋ったんだ……気持ち悪くなってきてないか?」

 つと、掌が肩に降ると、糸が切たようにへたり込んでしまった。
 
P「貴音っ! いわんこっちゃない!」

貴音「あなた様は、これからも」

P「ちょっと悪いけど、抱えるぞ」

貴音「あなた様」

P「どうした? 水持ってきたほうがいいか?」

貴音「あなた様は、これからも支えてくれますか」

P「どうした、いきなり。当たり前だろう」

貴音「私は……私は、この一年、あなた様に依らぬよう、一人で立てるように、努めてきました。いえ、きたつもりだったのでしょう」

 節々に抑揚を失くした言葉を喉から絞り出す。

貴音「あなた様がいなくなり、今までのあなた様へ掛けた負担を、しんと感じることができたからです」

貴音「あなた様が発ったのは、私に煩わしさを感じていたから、手のかかるややこのように思われていたから……そう思ったから。
だから、手のかからぬよう、一人でできるようにと」

 声が震えだす。今日はここまで寒かったでしょうか。
 
貴音「予定は、まねーじゃーが管理してくれるとはいえ、できるだけ自身でもするようにしました」

貴音「電話を一度もしなかったのも、心配を、負担を掛けたくない、その一心からです」

貴音「そうして自分でやれるのであれば、あなた様の手を煩わせることもなくなるだろうと、そう思った次第です」

貴音「しかし、しかし! あなた様が、あなた様が居ると思うと、自らの脚が、まるで六花のように散っていくのです」

 先ほどの寒さとはうってかわって、眼の奥、喉、心の臓と、どんどん熱くなっていきます。
 
貴音「どうにも、私には一人で立つことが無理なようです」

 自虐的な笑みを浮かべ、あなた様を見上げる。

P「そう、か。そうだったのか。貴音の考え方は立派だし、嬉しいと思う」

P「そうだなぁ……一つ言わせてもらうと、一人で全てを背負い込むってのは、間違いだと思うんだ」

P「あくまでも、皆で一緒に、とおもってる。というのも深い意味はないんだけどさ、一人だと、寂しいし、疲れるだろ? 単純なことさ」

P「春香や真と響から、笑顔をもらって、真美、亜美、やよいに美希からは元気をもらう。
千早と律子、それと伊織だったり社長には仕事に活を入れてもらってるし、
音無さんやあずささん、雪歩からは逆に癒やしをもらってる」

P「皆に支えられてもらってるから、俺は俺なりに皆のためになろう、そう思うんだ。
だから、煩わしさなんてまったくこれっぽっちも感じてなんかいないよ」

P「そんな単純なことさ。貴音は難しく考えすぎてるよ」

 ああ、そうか。そんな単純なことだった。小さな釦のかけ違いが、全てを狂わせていたのですね。

P「だから一人で頑張ろうなんて思うな、遠慮なんかもするなよ。いくらでも、俺に頼ってくれ」

 眼下に差し出された頼もしい掌。
 その掌に自らの掌を重ねると、落涙してしまった。

貴音「もっ、申し訳ありま……っ」

P「今までよく頑張ったな」

 もう片方の掌で背をさすられる。その温もりが、心底を解氷していく。
 また、解けた氷が涙となって、堰を切り、溢れ出してくる。
 それらは、今までの澱みをも洗い流してくれた。
 
貴音「お恥ずかしいところをお見せいたしまして……」

P「気にするなって。打ち明けてくれて嬉しいよ」

貴音「ふふっ。ところで、私からあなた様へは、何を差し上げていますか?」

P「うーん……食欲かな」

貴音「……」

P「冗談だって! ごめんごめん」

 おどけて謝るあなた様。
 あなた様も気恥ずかしく思っているのでしょうか。

貴音「許しません」

P「本当にすまん」

 眉をハの字にして本当に参っている様子。
 冗談なのに本気で受け取られることが、ままあります。
 しかし、これは僥倖ですね。

貴音「許してほしいですか?」

P「そりゃあもちろん!」

 でしたら、と、ほくそ笑み、言の葉を春の夜風にのせる。

貴音「これからも、ずっと、私を支えてくださいませ」

泣きはらした目を見て皆がてんやわんやしたり、
貴音と呑みに行くのはまだ別のお話。
『元ちとせ』の『六花譚』からイメージさせてもらいました。
響が歌姫楽園でカバーした『語り継ぐこと』のアーティスト、といえば分かる人も結構いるかも。
読んでいただいて、ありがとうございました。

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