モバP「平行世界体感装置?」 (66)

微シリアス?
キャラ崩壊注意
仮想世界でアイドルが死んだりするので、苦手な方はバックお願いします
短めの予定です


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1454308681

モバP(以下P)「仕事終わったぁ……」

P「もう朝の四時かぁ」

P「今日一日大丈夫かね、これ」

P「ちょっと仮眠室で寝てこよう、さすがにしんどい」フワァ

P「……ん? あれは……」

P「おーい、晶葉! この時間にいるってことは、お前も徹夜か?」

晶葉「おお、Pよ。発明に取り掛かっていると、ついつい時間を忘れてしまう」

晶葉「今までに挑戦したことのないもので、少し手間取ってしまったのもあるが」

P「寝ずに発明なんて、よくやるよ」

晶葉「その言葉、そのままお返ししようか?」

晶葉「そうだ、ちょうど開発が一段落したところなんだ。見に来ないか?」

P(うーむ、仮眠室に向かう予定だったが)

P(見せたくて仕方なさそうな晶葉の顔を見るとなぁ)

P「おう、いいぞ」

晶葉「そうか、それは良かった!」

P(晶葉の発明部屋に来た)

P(てか事務所内だよなここ……)フワァ

P「ん、これか? このヘルメットみたいなやつ」ボー

晶葉「そうだ。これこそ、平行世界体感装置、ざっくり言えばパラレルワールドに行くことのできる装置だ」

晶葉「今パソコンから概念図を出してやる、画期的できっとびっくりするぞ」カタカタ

P「あー、それでこれ、被って使うのか?」ウツラ

晶葉「もちろんだ。むむ、どこのフォルダに入れたかな……」

晶葉「ああ、確かこのフォルダに」

P「で、このボタンを押すんだよな?」ウツラウツラ

晶葉「そうだ。そうすると、第一次平行世界に飛んで、そこで望みを言うと、それが叶ったパラレルワールドに飛べるようになる……あった」

P「じゃあ、よいしょっと」ポチッ


晶葉「……ん? おい、ちょっと待――」

P(視界がぐわんぐわんする)


P(意識が、持っていかれる……)

P「……」

P「どこだ、ここ……」

P「ああ、プロダクションの前か。周り全然人いないけど」

P「眠気は消えてるけど、体は疲れてるまんまだな」

P「……第一次平行世界、だっけ。ここでも俺、仕事なんだなぁ」

P(ん? なんだこれ。こんなの持ってた覚えないけど……マイク?)

P(マイクに、赤のボタンと緑のボタン、それから数字が表示されたディスプレイ……)

P「一昔前に、こんなカラオケセットあった気がする」

P「赤は怖いし……緑押しながら、なんか言えばいいのかな」ポチッ

P「もし俺がスーパーマンだったら!」

シーン

P「なんも起きねえ」

P「空も飛べないし」ピョン

P「目からレーザーも出ない」カッ

P「もしかして生まれた星じゃ力が出ないとか?」

P「……あれ?」

P「数字が……」


【44】


P(……減った?)

P(さっきは45だった気がする)

P「じゃあもう一回……」ポチッ


P「もし俺が総理大臣だったら!」

シーン

P「やっぱり何も起きねえ」

P「いや実はスーツが上等なものに変わってたり」バッ

P「会社が国会議事堂に変わってたり!」チラッ

P「しないなあ」

P「数字は……」


【43】


P「やっぱり減ってる」

P「どうやら、使った回数分だけ減るっぽいな」

P(ずっと外にいるのも寂しいし、事務所に入ったら誰かに会うかな)テクテク

P「おはよーっす」ガチャ

凛「それでさ、その反応がすっごく面白くって……あ、おはよう、P」

卯月「おはようございます、Pさん」

P「二人だけか? 他のみんなはまだ来てないのか」

卯月「はい。まだ朝早いですからね。私と凛ちゃんの二人だけです!」

卯月「ところでPさん、凛ちゃんったら、凄く面白いんですよ。あのですね……」

凛「ちょっと卯月! Pに話すことじゃないでしょ!」カァッ///

P「ん、なんだ? 凛が取り乱すなんて珍しいな。どんな話だ?」

凛「な、何でもないから! ほら、仕事あるんでしょ、頑張ってよね!」

P「凛はケチだなぁ」トボトボ

P「……」

P「もう一回、試してみるか」

P「――もしも俺が、二人の会話を聞いていたら!」


【42】

P「……」

P(ここは……事務所の中?)

凛「ねえ、Pもそう思うよね?」

P「えっ」

P(どういうことだ……俺の立ってる場所が微妙に変わってるし、二人の雰囲気も少し違う?)

P(まさか、本当にパラレルワールドに行ったのか)

P(それで、話を聞いてた世界だから……話を聞いてないけど、聞いていた前提で凛が……)

凛「そう、思うよね?」ズイッ

P「え、あ、ああ……まあ、良いんじゃないかな」

凛「ほら、Pまで良いって言ってるんだよ? じゃあもういいじゃん」

卯月「そんな、Pさんまで……?」

卯月「ダメです、そんなの! 凛ちゃんにはアイドルとしての自覚が足りないんです!」

凛「自覚ならあるよ。卯月の方こそ、今時そんな考え方じゃダメなんだよ」

凛「私達は人間なの、本能ってものがあるでしょ」

卯月「そんな話をしてるんじゃないです、凛ちゃんの分からず屋さん!」

凛「卯月の方がわかってないよ」

P「二人とも、とりあえず落ち着けよ」

卯月「Pさんが言ったんじゃないですかぁ!」ポロポロ

P(な、泣いちゃったよ……)

P(どうすればいいんだ、俺が会話を聞いてたからこんなことに?)

P(じゃあ……っ)ポチ

P「もし俺が、二人の会話を聞いていなかったら!」



【41】

P「……」

P「これで……」

卯月「ダメです、そんなの! 凛ちゃんにはアイドルとしての自覚が足りないんです!」

凛「自覚ならあるよ。卯月の方こそ、今時そんな考え方じゃダメなんだよ」

P「あれ……?」

P(このやりとり……さっきと同じ?)

P「な、なあ、二人とも」

P「俺、二人の今までのやりとり、聞いてたっけ?」

凛「何言ってるの? 今来たとこでしょ」

凛「そんなことより……私達は人間なの、本能ってものがあるでしょ」

卯月「そんな話をしてるんじゃないです、凛ちゃんの分からず屋さん!」

凛「卯月の方がわかってないよ」

P(どういうことだ……?)

P(戻ったはずなのに、二人の関係が変わってない……)

P(マイクの数字は41……俺が聞いていなかったって事実は確かにあるはずなのに)

凛「ごめん、P。少し卯月と二人で話をしたいから、ちょっと出ててくれる?」

P「……あ、ああ」ガチャ

P「!」

P「晶葉!……晶葉?」

P(様子が変だ。焦点も定まってない)

晶葉「聞こえているか、Pよ」

P「……ああ」

晶葉「私の作った装置で、平行世界に旅立ったことは覚えているか?」

P「覚えてる」

晶葉「……残業で眠そうだったのに、連れ込んだ私が悪かった。今、脳内に直接話しかけている。Pの声は、脳から文字として抽出し、
交信を実現させている。そこに在る私は、スピーカーのようなものだ。まず確認したい。マイクを使ったか?」

P「ああ」

晶葉「そうか……では、その世界に移行してから今何分経った?」

P「時計は動いてるんだよな、七分だ」

晶葉「わかった。これは注意点の一つだ。パラレルワールドには、30分以上いてはならない。30分経つ前に、何かを願うんだ。そして、もう一つ……」

晶葉「とりあえず、落ち着いて聞いてくれ。難しいことを言うかもしれないが、理解してほしい。平行世界体感装置には、重大な注意点があるんだ」


P(重大な注意点……今起きてるこの状況に関することか)

P(訊きたいことはあるが、今はとにかくそれを聞くことの方が先決だ)

晶葉「今から、この装置の理論を説明する」

晶葉「この装置は、人間の脳の中にある記憶をコントロールすることでパラレルワールド――ifの世界を実現している。Pが持っているマイクに、緑のボタンを押しながら希望の選択を吹き込むと、Pの今まで培ってきた記憶をもとに、論理的に起こりうる世界が構成される」

晶葉「そして、Pの中にある、最も長期的に残っている記憶の瞬間をベースとして、そこから選択肢を選び直すことで、平行な世界を体感できるということだ」

晶葉「ただ、この平行世界は現実の歴史をそっくりそのまま反映しているわけでもないし、自分以外に影響を及ぼす選択をすることもできない。もしも、のあとに続く言葉の主語は自分でなければならない」

P「……すまん、ちょっとわかりにくい」

晶葉「……そうだな、パソコンのフォルダをイメージしてくれ」

晶葉「現実世界のPは、フォルダAという記憶のデータベースを参照しながら生きているとする」

晶葉「この装置は、Pの脳の中で、疑似的にフォルダAをコピーしたフォルダBを構築し、そのフォルダBの中で色々な行動を起こすことができるんだ。その行動の末得られる結果を、ファイルだと思ってくれていい」

晶葉「フォルダBには、書き換え可能なファイルαが入っていて、それをマイクでファイルβやγと書き換えることで平行世界を体感している」

P(要するに、俺は今、コピーされたフォルダBの中にいて、二人が喧嘩をするファイルβかγを見てる、ってことか)

P(で、そのファイルとやらは、俺の見てきた二人の解釈から導き出されたもの、と)

P「それで、注意点ってのは?」

晶葉「赤いボタンがあるだろう。それは、ファイルの入っているフォルダそのものに移動してから電源を切るための脱出装置だ」

晶葉「そして現実世界に戻ってくるとき、P、君はファイルの状態をα状態に戻さなければならない」

P(α状態――卯月と凛が、仲のよかった状態)

P(嫌な予感がする)

P「それをしなかった場合、どうなるんだ?」

晶葉「少し難しくなるが、フォルダとは、脳に定着している長期記憶のこと、ファイルとは定着しにくい短期記憶のことなんだ」

晶葉「だから、記憶が定着する前に、ファイルを書き換えないといけない。そのリミットが30分」

晶葉「もしも現実世界に戻ってくるとき、あるべき記憶ではなく、改変された短期記憶の中にいた場合、脳が錯覚を起こし、金輪際長期記憶にアクセスできなくなる。恒常的なブレインロック現象に陥るんだ」

P「……α状態に戻ろうとする場合は、どうすれば?」

晶葉「打ち消す願望を言えばいい」

P「……やばい。戻れてない」

晶葉「どういうことだ?」

P「俺はもうすでにこれを使った。最初の二回は、スーパーマンになりたいって願望と総理大臣になりたいって願望だ」

晶葉「……Pよ、疲れているんだな。何も起きなかっただろう。記憶の中に参照できるデータベースがない場合、ファイルαの書き換えは起こらない」

P「そのあと、事務所の中に入って、卯月と凛が仲良さげに話してたところに遭遇した」

P「それで、その内容を聞いていたら、ってマイクに話した」

P「そしたら、二人が口喧嘩をしてるファイルになってしまった」

P「それを回避するために、俺は、さっきの願望とは逆のことを言ったんだ」

P「なのに、二人が喧嘩をしてる事実が変わらない」

晶葉「……なんだと?」

晶葉「Pよ……四回目の願望は、なんと願ったんだ?」

P「会話を、聞かなかったら、って」

晶葉「……それは、まずい」

晶葉「この装置は、フォルダBに絶対的な書き換え権限を持たせた上で、階層構造にすることによって平行世界を作っている」

晶葉「すなわち、マイクに吹き込む希望は、フォルダBから見た立場でなければならない」

晶葉「要するにPは、もし会話を聞かなかったら、ではなく、もし自分が何も願ってなかったら、と言わなければならなかったんだ」

晶葉「今、PはフォルダBの中に、新たなフォルダCを作ってしまった。それは、卯月と凛が口論をすることが前提となってしまったフォルダだ」

晶葉「そこでどんなファイルを作っても、口論は必ず起こる。望まなくても平行世界に重力が存在することが前提となっているように」

晶葉「もし聞かなかったらという願望そのものが、口論の起きるはずという世界でしか成立しえない。これはよく言われることだから説明を欠いてしまっていたことだが、ifの世界でifを重ねてはならないんだ」


P(確かに……企画を作るときなんかでも、もしも、もしもって仮定を重ねても、現実味のないものになる)

P(俺はそういう記憶のベースを作ってしまったってことか)

P「確認しておきたい。その何とか現象になるとどうなる?」

晶葉「ブレインロック現象。長期記憶にアクセスできなくなり、当たり前のことがさっぱりわからなくなる。常時パニックで頭が真っ白、というようなものだ」

P「それって、かなりやばいよな」

P「今ここで、もし何も願わなかったら、って言ったら?」

晶葉「辿り着くのは、フォルダCで何もしなかった状態だ。ちなみにそこで何を願っても、赤いボタンを押しても、恐らくフォルダBには辿り着けない。そのマイクに、二つのフォルダの階層を行き来する能力はないからな」

P「じゃあどうすれば……」

晶葉「案ずるな。何もフォルダBに戻る必要はない。フォルダCの中で、フォルダBと同じ状態に持っていけばいい。仲直りさせればいいんだ。そうすれば、現実と平行世界の記憶に大きな齟齬が生じなくなり、ブレインロック現象も起きないはずだ」

晶葉「そのかわり、完全に仲直りさせるんだ。禍根を残してはならない」

P「仲直り……わかった」

晶葉「こちらでも、別の打開策を見つける。回線は常時開いておくから、必要とあらば話しかけてくれ。私からはそちらを視覚的に捉えられない。状況説明は的確に頼む。それから……あまり大きなことは願うな。口喧嘩が前提となっているのなら、話を聞いた、聞かなかった、のような望みでも、もうフォルダは作られない。それに似た選択肢を選べ」

P(晶葉の姿が消えた)

P(こっちに来てから、二十五分。そろそろどこかに行かないと)ポチッ

P「もしも俺が、二人の話を聞いていなかったら!」



【40】

P「……」

卯月「ダメです、そんなの! 凛ちゃんにはアイドルとしての自覚が足りないんです!」

凛「自覚ならあるよ。卯月の方こそ、今時そんな考え方じゃダメなんだよ」

P「待て二人とも」

P「喧嘩は良くないぞ、二人とも仲間じゃないか」

卯月「でも……凛ちゃんが変わらないと、問題は解決しないんです」

P「問題っていうのは何なんだ?」

凛「それは……言えない」

凛「でも、私が変わらなきゃいけないんなら、変わるよ」

凛「アイドルを辞めるよ、私」

P「……ええっ!?」

P(そんな深刻な問題だったん?)


P(でも、アイドルとしての自覚が、とか言ってたし……)

P(この状態で仲直りさせようとしても、きっとうまくは行かないか)

P(原因を知らないと)

P(……よし)ポチッ

P「もしも俺が、もう少し早く来ていたら!」



【39】

P「……」

P(事務所のドアの外か)

P(二人の声が聞こえる……)

卯月「凛ちゃんは、Pさんのこと、どう思ってるんですか?」

凛「特別な存在だよ」

卯月「特別、ですか……」

P(何これめっちゃ恥ずかしい)

卯月「好き、なんですか?」

卯月「もしそうなんだとしたら……アイドルとプロデューサーの恋って、良いことなんでしょうか」

凛「私はいいと思うよ。アイドルだって人間なんだし」

凛「見えないところで少しくらいわがままを言うくらいは、許されてもいいと思う」

卯月「ダメです、そんなの! 凛ちゃんにはアイドルとしての自覚が足りないんです!」

凛「私達は人間なの、本能ってものがあるでしょ」

卯月「そんな話をしてるんじゃないです、凛ちゃんの分からず屋さん!」

凛「卯月の方がわかってないよ」

凛「自覚ならあるよ。卯月の方こそ、今時そんな考え方じゃダメなんだよ」

P「二人とも、どうかしたのか?」ガチャ

卯月「Pさん……」

P「二人は同じ事務所のアイドルだろ、いがみあってても仕方ない」

P「とはいっても、二人も年頃なわけだし、そういう恋愛とかに興味があるのもわからないわけじゃない。でも――」

凛「P、盗み聞きしてたの?」

P「!」

P「……いや、そういうわけじゃ、ない。聞こえてきた、っていうか」

凛「……ごめん、なんか言い訳にしか聞こえないや」

P「おい、どこに行くんだ、凛」

凛「ちょっと散歩に出てくるだけだよ」

P(30……いや、20分以内に戻ってきてくれるか?……その可能性は低い)

P(とにかく、喧嘩のきっかけはわかったんだ。収穫はあった、次だ)ポチッ

P「……もしも、二人の話を聞いていたら!」



【38】

P「……」

凛「ねえ、Pもそう思うよね?」

P(この質問が飛んできて言葉を濁した後、自覚が足りない、という言葉を卯月が言った)

P(プロデューサーとアイドルの恋愛についての話をしているのは間違いない)

P(凛の質問は、俺と凛が対象であると俺が知っていることを前提としているのだろうか)

P(さっき言いかけたことで様子を見るべきか)

P「そうだな……まあ凛たちも年頃なわけだし、そういうことに興味が出てくるのも理解できる。でも、見えないところ、と思っていても、どこかで誰かが見ているかもしれない」

P「そうなってもおかしくないくらい、みんなは人気になったんだ」

P「俺は、みんながもっと輝くのを見ていたい。だから、少しの間、我慢してほしいと思ってる」

凛「そっか……Pがそう言うのなら」

P(……これで何とかなったか)

凛「じゃあさ、私がトップアイドルになったら、結婚してね」

P「えっ」

卯月「えっ」

凛「Pは、トップアイドルじゃなきゃ結婚とかしたくないんだよね、そういうことだよね」

P「そん……なこと、俺言ったかなぁ……」

P(やばい、何かおかしいぞ)

P(普段の凛ならこんなこと言いださないはず。そりゃ確かにいつも傍にはいてくれてたけど、こんな、結論を急ぐような……)

卯月「凛ちゃん、Pさんが困ってるじゃないですか」

P(このまま終息しても、齟齬なく、とは言えないよな、これ)

卯月「そんなことよりも、一緒にレッスン頑張りましょう!」

凛「そんなこと?」

凛「そんなことってどういうこと」

P「おい、そんなに揺さぶるなよ、卯月の頭がかっくんかっくんなってるぞ」

凛「卯月にとってはどうでもいいことでも、私にとっては全然そんなことじゃない!」

卯月「きゃあっ!」ガッ

P「ほら、脚がもつれて――」


ゴンッ


凛「え?」

凛「ちょ、卯月? P、卯月の頭が、机に――血が」

P「おい、卯月、しっかりしろ! 俺が見えるか、卯月!」

P(頭を強く打ったのか、全く応答がない……)

P「卯月! しっかりしろ、目を覚ませ!」

晶葉「Pの方こそしっかりしろ! 気を強く保て! ここは平行世界だ、現実世界じゃない!」

P「でも、卯月が……」

晶葉「サスペンスドラマか何かを見たと思え、これはかつてどこかで見たようなシチュエーションの記憶をなぞってるだけだ。ここまでこじれたら、もう矛盾の修正はダメだ、やり直すんだ」

P(……そうだ、これは夢みたいなものなんだ、落ち着け、落ち着け)

P(くそ、血の温かさが手に残ってる……次はどうすればいい……)

P(口論が起こることは必須。でもそれが本格化しないようにすれば――)ポチッ

P「もしも俺が、ここでずっと仕事をしていたら!」



【37】

P「……」

P(事務所の、俺のデスクだ)

P(手に、まだ血の感触が……)

晶葉「なるほど、二人の感情の高ぶりを、リアルタイムで落ちつけさせれば、もしかしたら」

P「と思ったんだが、二人がいない」

晶葉「それは本当か?」

晶葉「口論の発生場所は、事務所の中に限定されないということか?」カシャン

P「……何の音だ?」

晶葉「音? どんな音だ?」

P「なんか、金属がこすれあったみたいな――うわぁッ」

晶葉「どうした!」

P「ま、窓の、外を……」ダッ

晶葉「! 駄目だ、見るな!」

ガラッ


P「……ッ」

晶葉「見てしまったのか」

P「黒い、墨みたいなのが……」

P「……そうか、俺、転落死体なんか、見たことないもんな」

晶葉「そうか、記憶にないものは……」

P(でも)

P(確かに、見えた。落ちる、卯月の目――)

P(頭から消えない)

晶葉「……まずいな」

晶葉「P、定着しないうちに、次に行くんだ」

晶葉「普通に口論を聞く方が、よっぽどまともかもしれない」

P(現実じゃないって、わかってるのに……)


P「もしも俺が、二人の話を聞いていたらっ!」



【36】

P「……」

凛「ねえ、Pもそう思うよね?」

P(……死んだはずの卯月が、いる)

P(考えもまとまらない)

P「……卯月は、今好きな人はいるか?」

卯月「いないですよ」

P「もしできたとき、きっと凛の気持ちもわかるようになると思う」

卯月「でも……でも私は、アイドルなんですよ?」バッ

P「なっ……」

卯月「アイドルは恋愛禁止、そんなのは常識ですよ、Pさん」ギリギリ

P「く……っ、あ……」

晶葉「どうした、P! この声、まさか――おいP! その世界の中で殺されるな!」

卯月「何を見てるんですか、Pさん」ギリギリ

晶葉「意識下で殺されると、脳がそれを錯覚する!」

晶葉「ノーシーボ効果だ、現実世界のお前も生命活動を停止してしまう!」

P「あ……もし、も」ポチッ

P「もしも、二人の会話を……ドアの、外で、聞いて、いたら…………っ」




【35】 

P「……っく、あぁ」ハァハァ

P(……ちょうど、部屋の中では口論の真っ最中か。とりあえず息が整うまではこのパラレルワールドにいて、整い次第次の世界に……)

晶葉「大丈夫か、P。文字を追っているだけだからわかりにくいが……首でも絞められたのか」

P「……凄い力だった」

晶葉「何かがおかしいぞ、卯月はそんな人間ではないはずなのに」

晶葉「……そうか、こんなものは理論的にも破綻してる、ただの失敗作だったか。起きる現象が使用者のメンタルで左右されすぎるんだ」

晶葉「聞こえるか、Pよ! 落ち着け、冷静になるんだ」

P「……ん、あぁ……、ちょっと、不安になっただけだよ……」

P「俺は、卯月のことをどう思ってたんだ、って……」

P「心の底で、どんなふうに捉えてたんだろう、って……」

晶葉「あんなのは本物じゃない! 喧嘩の内容でさえ、私の……不完全な機械が造り出したでたらめだ」

晶葉「記憶を改竄するな、楽しいことを思い浮かべろ。不安になるな、ファイルBに来た時からずっと、不安が記憶の中の人格を歪めている。だから安心しろ、私がついているんだぞ、天才科学者の私が!」

P「駄目だ、晶葉……目の前で死んだ卯月が、離れないんだ……」



卯月「Pさん……!」ガチャ

P「う、卯月……こういうのはもう、やめに」

P「……!」

P「卯月、お前、後ろ……凛を」

P(部屋中に、墨を、まき散らしたみたいに、なんで)

P(凛が、いない――)

卯月「凛ちゃんですか?」

卯月「だって凛ちゃんは、私を殺したじゃないですか」

P「なんで……ッ、記憶が……」

晶葉「どうした、P!」

P「卯月が、凛に殺されたことを、覚えてる……!」

晶葉「まさか……同じ結果や強烈な記憶ばかりなせいで、短期記憶が長期記憶に――フォルダCそのものに組み込まれ始めてる! 前提条件になってるんだ」

P(嘘だろ……どっちかが死ぬのが、前提に?)

P「くそ、何なんだ、何なんだよ!」ポチッ

P「もしも、会話をドアの前で聞いていたらッ!」




【34】

卯月「Pさぁん♪」

P(なんだよ、これ……卯月が目の前にいて)

P(卯月の身体中に、墨みたいなのが)

P(口論そのものが起きなくなってる……)

P(なにかインクを零しただけに決まってる、そうだ、そうに決まってる)

卯月「Pさんと凛ちゃん、同じところに連れて行ってあげますね」

P(なんでだよ……っ!)

P(こうなったら、無理矢理喧嘩を起こさせるしかない)ポチッ

P「もしも俺が、口論の真っ最中に飛び込んでいったら!」



【33】

P(駄目、だった)



【32】

P(何回別の世界に飛んでも)

P(喧嘩が起きて、凛が卯月を殺すか)

【28】

P(喧嘩のさなかに卯月がおかしくなるか)

【21】

P(口論さえ起きずに、ただ墨がぶちまけられているだけか)

【17】

P(卯月が俺を殺しに来るか)

【14】

P(仲裁なんてもうできる余地がなくて)

【12】

P(もしも、を繰り返しながら、アイドルの命が数字と共に減っていくのを、見るだけだった)

【11】

P「もしも――……だったら」

【9】

P「もし、……だったら」

【8

P「もし……だとしたら」

【7

P「もしも……!」


【…




【2】


P「あと……二回だ」

P(もう、はじめっから誰もいない事務所。こんなに汚くなって……静かだ)

P「あと二回だよ、晶葉」


P「もうすぐ、繰り返さなくても済むんだ」

晶葉「……早まるな、P!」

晶葉「万策尽きたわけではない、卯月や凛が仲良く談笑しているところを思い浮かべて、念じれば……」

晶葉「フォルダCそのものを書き換えることができるはずだ!」

晶葉「そうだ、そうに決まってる!」 

P「そう、だな」

P(二人はあんなに、仲良かったじゃないか)

P(だからどうか、せめて喧嘩だけでも)ポチッ

P「もしも二人の会話を、俺が聞いていたら……」



【1】

P「……」

P「……」

P(……この部屋、こんなに黒かったっけ……)

P(いや、違うな)

P(あぁ、)

P「晶葉」

P「終わったよ、晶葉」

P「あと一回だ」

P「もう、二人が死ぬのを見たくない」

P「もう、俺の願いのせいで死なせたくない」

晶葉「あきらめるな、奇跡は起こるんだ!」

P「……そっか」

P「お前が奇跡を願うくらいに、俺はもう――」

晶葉「ち、違っ……」

P「なぁ晶葉、そっちの俺を、よろしく頼むよ」ポチッ

P「もしも――もしも、俺が消えたら」



【--】

P「……」

P「ここは……?」

P「……何もない。地面もない、空もない……重力も」

P「数字は……もう何も映ってない」

P「これが、無ってことなのか」


P「……そっか」


P(押せるのはもう、赤いボタンだけ)



P「……じゃあな、みんな」

P「もうきっと、思い出すこともない」ポチッ



【--】

P「……」

P「ここは……」

?「おい、大丈夫か。私がわかるか!?」

P「……晶葉」

晶葉「そうだ、私だ! 他のことも問題なく思い出せるか?」

P「ええと……俺はP、ここは事務所、平行世界体感装置で平行世界に行って……」

晶葉「そうだ、その通りだ。では……9かける7は?」

P「63、だな」

晶葉「九九が言える……記憶領域に問題はなさそうだな。なにか変わった調子はないか?」

P「……眠気が消えてる」

晶葉「ずっと眠っていたからな」

P「晶葉」


P「……こんなことを訊くのは間違いなのかもしれないが……ここは、現実世界なんだよな?」

晶葉「ああ、もちろんだ。P、キクイタダキという名前を知っているか?」カタカタ

P「キクイタダキ? 滝の名前か?」

晶葉「これだ」ッターン

P「これは……鳥?」

晶葉「そう、ウグイス科の鳥だ。平行世界では、自分の聞いたことのないものや見たことのないものは、思い込んだものか漠然としたもので表される。……墨のようにな」

晶葉「今、Pはキクイタダキのことを滝と間違えたが、実際は鳥。鳥として捉えられたことは、君が今現実世界にいることの証明になる」

P「ああ……」

P「……良かった――」ガタンッ

晶葉「うわぁっ、いきなり倒れるとは……つらい思いをさせたな。すまなかった」

P「いや……勝手に使った俺が悪かったんだよ。晶葉は悪くない」

晶葉「そういうわけにはいかない。君も疲れていたし、私も君に無理をさせた。それに、私の発明品で君はつらい思いをした。その責任をとれずして、科学者など名乗れはしない」

晶葉「……本当に、すまなかった」

P「大丈夫だよ」

晶葉「……だが、戻ってきてくれて本当に良かった。最後の願い……もしもPが消えていたら。あれは本当に、奇跡みたいなものだったと思う」

P「卯月や凛が死ぬのは、見るに堪えなかった。自棄になってたんだ。でも、いったい何が起こって俺は――」

晶葉「これは再現不能な仮説だが……平行世界では、自分の記憶で論理づけられないものは構成できない。だが、自らの死や消滅は、人間がどこかで持っている元来的なプログラムだ」

晶葉「それを根拠に、新たな平行世界が構築された。願ったのは、フォルダCの中で、Pが存在しない世界。だが、自我の消失の詳細をPは知らない。だから、フォルダCに於いてPの観測が確認されなかった世界が生まれた」

晶葉「それは、フォルダCにPという概念がない世界。恐らく、フォルダBとCの境目の世界だ。記憶どうしのアクセス経路。そこに辿り着いた」

晶葉「そしてそこで、Pは赤いボタンを使った。ファイルの上位にいるフォルダにアクセスするためのボタン、それを使うことで、PはフォルダCとフォルダBの絶対的な階層の壁を突破したんだ」

晶葉「辿り着いた先は、フォルダB。選択そのものが行われなかった世界。卯月と凛が談笑していた世界だ」

P「……そうか。奇跡みたいな話だよな、はは」

晶葉「……P」

晶葉「ひとつ、良いだろうか」

P「ん、なんだ?」

晶葉「……平行世界では、知らないものは出てこない」

晶葉「不安で多少歪められていたにせよ、終始一貫して口論の原因となり続けた要素、渋谷凛の、Pに対する好意」

晶葉「君はそれに気付いていたのか?」

P「……」

P「俺は、プロデューサーだからな。最近の凛のアプローチはある意味目を見張るものがある。まあ、一人くらいアイドルに好かれるのも、想定の範囲内だよ。この年頃は、色々と勘違いしやすい」

晶葉「一人くらい……?」

晶葉「……そうか」フッ

<オハヨウゴザイマスーオハヨウ

晶葉「卯月と凛が来たみたいだ。顔を見てきたらどうだ。トラウマになってないといいが」

P「寝てるときに見る夢みたいな感じだよ、さっきまでの出来事は。きっと大丈夫だ」

P「じゃあ、行ってくる。晶葉もちゃんと休めよ」ガチャ バタン

晶葉「ああ」

晶葉「……」

晶葉「……ふふ」


晶葉「たとえやり直しなど聞かなくても、必ずハッピーエンドにしてやる」


晶葉「見ていろよ、私の助手よ」





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