響「我那覇響探検隊!」雪歩「地底王国に謎の生物を見た! ですぅ」 (245)

※このssに川口浩成分は含まれません、ごめんなさい。

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「ふぇぇ……だいぶ山奥まで来ちゃいましたねぇ……」
 
「確かに……普段あまり見ない分、この緑の濃さは強烈だよな」

 車道を覆うように立つ木々を見て何気なく呟いた私に、運転席に座るプロデューサーが相槌をうちます。

 
「本当にこの道であってるの、プロデューサー?」

「そのはずなんだけどなぁ……ほら、ナビにもこっちだって出てるし……」

「それさっきも言ってたよ、プロデューサー。自分、そろそろ疲れてきたぞ……ふわぁ……」

 大きなあくびをすると響ちゃんはそのまま、後部座席にゴロンと横になります。

 
 「おいおい、今から疲れてもらっちゃ困るなぁ。まだ現場に着いてさえいないってのに」

 そんな響ちゃんを見て、プロデューサーが笑いました。私達三人は今、

プロデューサーの運転するワゴン車に乗って、番組の収録の為に奥深い山道を進んでいるところなんです。
 

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1453977694



「しょうがないですよプロデューサー。響ちゃん、今日のロケを楽しみにしていましたから」

「分かってるさ、なんてったって久々の『我那覇響探検隊シリーズ』だもんな」

「そうだぞっ! ホントーに久しぶりさー!」

 プロデューサーの言葉に、転がったままで返事をする響ちゃん。

実を言うと私も……このシリーズのファンだったので、今回の収録、楽しみだったりするんです。

 あっ! 『我那覇響探検隊シリーズ』っていうのは、時々テレビで放送されている特番のタイトルで……

探検隊に扮した響ちゃんが日本中の秘境を探検するっていう内容の番組なんです。

毎回探検隊を襲う様々なアクシデントと、それに対する響ちゃんのリアクションが見どころの人気番組なんですよ!


「自分、楽しみすぎて探検隊の衣装も着てきちゃったもんね! そのぐらい、やる気バッチシなんだぞー!」

「ふふっ。本当に楽しみなんだね?」

「そういう雪歩も、探検隊の格好、似合ってるじゃないか」

「あぅ! ……こ、これはその! 私も一緒に出演するから、き、気合を入れようと思いまして!」

「うんうん。雪歩みたいな優秀な隊員が参加してくれて、隊長の自分も鼻が高いさー!」

「はっはっは! 雪歩なら春香と違って事故を起こす心配もないだろうな~!」

「ふ、二人とも……春香ちゃんに悪いですよぅ~」


 この『我那覇響探検隊』には、隊長の響ちゃんの他に毎回ゲストの方が新米隊員役で出演しますが、

ゲストとは別に、時々春香ちゃんが先輩隊員役として出てるんです。いわゆる準レギュラーっていうやつですね。

 普段は頼りになる先輩役なんですけど、大事な場面ではいつもドンガラ――アクシデントを引き起こすのがお約束になっています。

でも、今回はスケジュールの都合でお休み。その代わりとして白羽の矢がたったのが私だったんです。



「ほんと、『呪われ地蔵』を春香が引っくり返した時なんて、自分、心臓が止まるかと思ったぞ」

「あー、あれはその後も衝撃だったな。一緒にいた霊能力者の人が……」

「「この人には既に強力な『芸』が憑いているので、地蔵の呪いなど通用しないでしょう」」

「なんだよ! 強力な『芸』って! うちの春香はアイドルだってーのっ!」

「それを聞いた春香も、春香だぞ! 『探検前に、受身の練習をして来たのが役に立ったんですかね?』って!」

「カメラが回ってるのに真顔だったからな。ロケが終わった後もしばらく練習を続けていたみたいだし」

 そう言って笑いあう二人……そういえば自主レッスンの時、

真ちゃん達が踊ってる横でマットを敷いた春香ちゃんが受身を取っていたのには、そんな理由があったんだ……。

 
「まぁ、実際何事も起きなかったからいいとして――おっと」

 その時、ガクンと音を立てて車が止まりました。何かあったのかと、前を見てみると……。
 
「おいおい……ほんとにココを通らないとダメかぁ……?」

 私達の行く手には、物凄く古いトンネル――いいえ、トンネルと言っていいのでしょうか?

 目の前に現れたそれは、普段トンネルと聞いて想像するコンクリートで舗装された物ではなく、

山にそのまま穴を開けたかのような――そう、坑道の入り口と言った方がしっくりくる見た目をしていました。

 
「や、やっぱり道を間違えたんじゃ……」

「いや、ナビはこの道であってる……大体、今までずっと一本道だったんだ、間違えようもない」

 響ちゃんの問いかけに、プロデューサーが答えます。でも、それにしてもこれは……。
 
「見た目が悪いだけで、使われてないって事はないだろ……多分」

 そう言うと、プロデューサーは再び車を動かし始めました。

私達を乗せた車が、ゆっくりとトンネルの中へと入って行きます……

まるで、この不気味なトンネルに飲み込まれていくような……そんな奇妙な感覚に、その時の私は捕らわれていました。


「うぅ……真っ暗だぞ……」

「ライトもつけてるのに、この暗さは確かにキツイな……」

「トンネルの壁も、そのまま土がむき出しですぅ……」

 トンネルの中は暗く、車のライトもほんの数メートル先を照らすのが精一杯。

まるで、全ての明かりを闇が吸い込んでいるようです。

おまけに、舗装されていない道路が車体をがたがたと揺らします。

 
「照明もないみたいだし、そんなに長いトンネルじゃないと思うんだが……」

「自分、なんだか嫌な予感がするぞ……」

「そうだな……来ないとは思うが、対向車なんか来たらぎりぎりだぞ。この幅じゃ……」

 響ちゃんが不安そうに呟いた瞬間、不意に車体の揺れが大きくなったかと思うと、私達の体に衝撃が走りました――!
 
「な、何だ――」

 驚いたプロデューサーの声が、轟音にかき消されたのと、私の意識が途切れたのはほとんど同時だったと思います。

そのまま、私は気を失ってしまいました――。

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 ――どのくらいの間、気を失っていたんでしょうか? 

私が意識を取り戻した時には、辺りは完全に闇で包まれていました。

それだけではありません、身体のあちこちに、鈍い痛みも感じます。
 
「な……何が起きて……」

 私はまだ少しぼぉーっとする頭で、自分達に何が起きたのかを思い出そうとします

――トンネルに入って、強く車が揺れた後、投げ出されるような衝撃を受けて……それで、プロデューサーが――。

 
「!!……そうだ……プロデューサー……!」

 私は、痛む頭を押さえながら運転席のプロデューサーの方へ手を伸ばしました。

でも、私の手は何も無い空間を通り過ぎ、そして……。
 
「……プロデューサー……どこにいっちゃたんですか……?」

 ――そのまま、私の手はプロデューサーが座っていたはずのシートの上に……。

べちゃりと、嫌な感触が手のひらに伝わります。それに、この臭いは……。恐る恐る、私は自分の手を確認し――。
 
 その手についた大量の血を見た時――私は再び、気を失ってしまいました――。

とりあえず書き溜め分が終了したので、一旦区切ります

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「――カットォッ! はーいオーケーでぇーすッ!!」

 監督の声が現場に響いて。その瞬間、緊張していた周りの空気がフッと軽くなる。

一仕事終えた心地良い疲労感が、自分の身体を満たしていく――。

 
「お疲れ様! 撮影、なんとか上手くいったね!」

 隣に立つ雪歩が笑う。
 
「ホントだよ。春香がセットを崩したときはどうなるかと思ったが……いや、終わりよければすべて良しだな、うん!」

 プロデューサーが大げさに頷くその隣で、春香が顔を真っ赤にする。
 
「だ、だからあれは事故でして……ワザとじゃないんですよぉ~!!」


「いやぁ、自分も倒れて来たセットに埋められた時は生きた心地がしなかったぞ!」

「うぅ……ごめんね、響ちゃん……」

「ま、まぁまぁ春香ちゃん! セットは崩れちゃったけど、誰も怪我はしませんでしたし……そんなに落ち込まないでくださいぃ」

 落ち込む春香をフォローする雪歩。それを見て、自分も続ける。

 
「雪歩の言うとおりさー。それに自分、完璧だからなっ! あれくらいどぉってことないぞ!」


 そう、笑いかけた時だった。

「――ほんとに?」

 急に、その場の雰囲気が変わった。返事をした春香の声が、別人のように低く、重い。

 
「ど、どうした? 春香……急にそんな怖い声出したりして……」

 気がつけば、辺りはなぜか真っ暗で……雪歩達も居なくて……目の前には春香だけ……。

 
「――ほんとに、なんともないの?」


 春香が、伏せていた顔を上げる。

その目は、自分じゃなくて、どこか別の場所へと向けられていた。不意に、足を鋭い痛みが走りぬける。


「――まだ……埋まったままなのに?」


 にこりと笑う春香の顔はまるで……まるで……。

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 耳をつんざくような悲鳴で、目を覚ます。

それと同時に、酷くなる左足の激痛。後部座席から転げ落ち、

自分が座席と座席の間にある狭い隙間に挟まっている事に気がつくには、さらに数秒の時間が必要だった。


「――ッ! ~ッ! ぅがぁ……ッ!!」

 左足の痛みからか、自然に声が漏れる。そこでようやく、さっきの悲鳴が、自分の物だった事に気づく。

 
「うぅ……何が……起きたの……」


 混濁した記憶を整理しようとする――トンネルに入って、酷く揺れたと思ったら意識を失って……それから……。
 
「……そうだ、雪歩に……プロデューサー……」

 明かりの無いトンネルの中は、すぐ先もよく見えない程に暗い。おまけに、左足に何かが乗っているのか……動かせない。

 
「雪歩ぉ! ぷ、プロデューサーっ!」

 真っ暗な車中に自分の声だけがこだます。まさか、二人とも……。

 
「そ……そんなはずないぞ……。きっと、二人とも自分みたいに気を失ってるだけで……」

 一瞬、最悪の事態が頭に浮かんだけど、すぐに否定する。

そうだ、まだ二人とも、自分みたいに気を失っているだけに決まってるさー……。

 
「とりあえず……今の状況をなんとかしないと……」

 左足が動かせなくても、両手と、右足は動かす事が出来た。

幸い頭を打ったりはしてないみたいだし、頑張ればこの隙間から抜ける事は出来そうだ。

 
「――ちゃらら~……ちゃらら~……ちゃらら~……」

 自分を勇気づけるため、『我那覇響探検隊』のテーマを口ずさみながら、なんとか身体をシートの上に戻す。
 
「ちゃらら~……ちゃららん――」


 シートの上に戻った自分は、左足がどうなってるのか把握するために手を伸ばした。ざりっと、土をつかむ感触が伝わる。
 
「……そういえばこのトンネルは、壁の土がむき出しだったぞ……」


 どういう理由かは分からなかったけど、通っていたトンネルが崩れて来たと考えるほかに、

今の状況を説明する手はなかった。足の上の土砂は、車の窓から入って来た物じゃないかな……。

 
「――う……うぅん……」


 その時、自分の物とは別の声が聞こえた……助手席に座っていた雪歩の声だ!
 
「雪歩かっ! 大丈夫!?」

「……う……響……ちゃん?」

「良かった……気がついたんだなっ! 雪歩は、怪我とかしてない!?」

「わ、私は大丈……ひ、響ちゃん! そうなの、プロデューサーが大変なんですぅ!」


「プロデューサー……何かあったのか!?」


 自分の問いかけに、雪歩が泣き出す。自分の位置からじゃ、プロデューサーの様子を確認する事はできない。


「プロデューサー……ひっく、真っ暗で……えぐ、血だらけで居なくなってて……」


 プロデューサーが居ない? それに雪歩の言う血って……。混乱しているのか、雪歩の説明はいまいち要領をえないぞ……。

 
「し、しっかりするんだぞ雪歩っ! ……えっと……そ、そう! それでも探検隊の一員なのか!?」

「ぐす……た、たんけんたい……?」

「そうさー! ゆ、優秀な探検隊員は、どんなトラブルにも冷静に対処する必要があるんだぞ!」


 自分でも何を言ってるのかよく分からなくなったけど、どうにか雪歩を落ち着かせるために、必死になって言葉を続ける。
 
「プロデューサーもきっと……そう、居なくなったんじゃなくて、

自分達よりも先に目を覚ましたから、辺りがどうなってるのか確認しに行ったに違いないさー!」


 そこまで言って、思い出す。

探検隊……確か今着ているこの衣装の胸ポケットに――あった! 小道具として用意されていたペンライト!

ペンライトのスイッチを入れると、それまで真っ暗だった世界に、小さいものの、しっかりとした明かりが灯る。

それにしても、灯りがあるって事が暗闇の中ではこんなにも安心できるものだったこと、自分、忘れてたぞ……。


「……ちょっと、待っててね!」

 ライトの光を自分の足へと向ける。思ったとおり、窓を破って入って来た土砂でヒザから下がすっかりと埋まっていた。

でも、掘り起こせばどうにか足を抜く事はできそう……どれくらいの時間が掛かるかは、分からなかったけど。

 
「雪歩、自分は足が土砂で埋まっちゃっててすぐには動けそうにないよ……。雪歩は、ほんとになんとも無いのか?」

「う……うん。あちこちちょっと痛むけど……大きな怪我はしてないよ」

「なら、外がどうなってるか見られないかな? ……多分、雪歩の服のポケットにも、ライトが入ってるはずだぞ」

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 響ちゃんの言うとおり、私の服にもペンライトが入っていました。

かちりとスイッチを入れると、運転席が光に照らされ……。
 
「ひっ!」

 やっぱり、プロデューサーの姿は見当たらない……その代わり、明かりがシートに付着した血痕を鮮明に照らし出します。

この血痕……どうやら外へと続いているみたい。

 
 助手席側の扉は、変形しているのかビクともしません。外に出るには、運転席側から出ないといけないようです。

……私は震える身体を無理やりに動かし、這うようにしながら外へ出ました。

途中、服や手に血がついたようでしたが、なるべく、気にしないふりをします。
 
「……ぷ、プロデューサー……どこですかぁ……?」

 返事は……ありません。私は、手にしたライトで車の周囲を照らしてみました。

小さなペンライトで照らす事が出来る範囲は、とても小さくて……。

 
 まず、車の後ろ。私たちが入って来たトンネルの入り口側は、土砂によって完全に埋まってしまっていました。

これじゃあ、戻る事は無理そうです……。


 次に反対側――トンネルの出口側は、なんとか塞がっていないようでしたが、どこまで続いているのか……

ライトの光は闇に飲まれ、その先を見通す事は出来ません。

 ですが、運転席から続く血の跡は、奥へと向かっています……やっぱりこの先に、プロデューサーが……?

 
 どちらにせよ、このまま手をこまねいているわけにはいきません。

ここは山奥のトンネルの中、救助がいつになるか分かりませんし、姿は見えませんが

プロデューサーが怪我をしているのは間違ない……もしかしたら、トンネルの奥のほうで倒れてしまってるかも……。

 
「……とにかく、なにか行動しなくちゃ……」

 私は響ちゃんの様子を見るために車へ戻ります。

力を込めて引っ張ると、ガタつきながらも後部座席のドアは開いてくれました。


「辺りを見てきたけど、入って来た方の道は完全に埋まっちゃってて……プロデューサーは、トンネルの奥へ行ったみたい……」


 後部座席では、口にくわえたライトで手元をてらしながら、響ちゃんが足を引き抜くために土砂を掘り起こしています。
 
「うぅ……結構、時間が掛かりそうだぞ……」

 手伝ってあげたかったけど、後部座席に私の入るだけのスペースはありません。

なにか良い方法が無いかと考えていると、響ちゃんがこっちを振り向きました。

 
「……雪歩、自分は大丈夫だから……プロデューサーの様子を見て来れないかな? 

雪歩の言うとおりにプロデューサーが怪我をしているなら、途中で動けなくなってるかもしれないし……」

「で、でも……そうしたら響ちゃんが一人になっちゃうよ……」


「……自分は……自分は、大丈夫だぞ雪歩! それに、今動けるのは雪歩だけだからな!」


 そう言って、明るく笑う響ちゃん。その肩が、小刻みに震えています。
 
「探検隊の隊長として、隊員の状態は把握してないとダメだし……

それに、プロデューサーにもしも何かあったりしたら、自分……」


 私は、やっぱりダメダメです。響ちゃんだって不安なはずなのに……

それでも、私が不安にならないように、こうやって平気な振りをしてくれてる……私も、しっかりしなきゃ!

 
「……分かった。私、行ってくる……出来るだけすぐに戻って来るからね?」

「……うん。お願い、雪歩」


 震える足に力を込めて、ペンライトで地面を照らします。光の中に浮かび上がる血痕。

私はゆっくりと慎重に、闇の中を進み始めました――。

とりあえず書き溜め分が終了したので、一旦区切ります。
ホラーではない……はずですが、多少の出血描写はあるかもしれません。

それでは、また書き溜めがそれなりになったら再開します。

響の夢の場面真面目に怖かった

>>35
よお、俺(震え声)


 地面の血痕を辿り、恐る恐るトンネルの中を進んでいきます。

もう長い間歩いた気もしますが、実際は5分と立っていないかもしれません。

闇の中に長い間いるため、時間の感覚があやふやです。
 
 とうとう私の目の前に、うず高く積まれた土砂の壁が現れました。目印に歩いて来た血痕も、ここで途切れています。

 
「……そんな……こんなことって、無いですぅ……」

 行き止まりです。

私たちがトンネルの中に完璧に閉じ込められてしまったという現実が、重たくのしかかります。

それに、プロデューサーは一体何処に?

 
 ――ここに来るまでの間に、見落としちゃった? 

でも、血痕は確かにこの壁まで続いていました。プロデューサーが通った後で、この土砂が崩れて来たのでしょうか……?
 
 一瞬、ほんの一瞬だけ、プロデューサーが私達を閉じ込めたんじゃないかって怖い考えが胸に浮かびましたが

……頭を振って、忘れようとします。

 ショックな事が続いているから、きっと疲れてるんだ。だから、悪い事ばかり考えるんだ……。

 
「とりあえず、一度響ちゃんのところに戻らないと……」

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「ふぅ、ふぅ……よいしょっと……」

 一人になってから、どれくらいの時間がたったのか。焦る気持ちを抑えてながら、足元の土砂をどけていく。
 
「うぅ……もうちょっと……っよし!」

 身体全体を使って、ゆっくりと左足を引き抜く……痛みはあるけど、折れてはいないみたいだ。

とはいえ、立ち上がったり、歩く事は難しそう……。



「……横になってなかったら、今頃もっと酷い事になってたかもしれないな……」

 想像してしまい、怖くなる。雪歩がトンネルの奥へ行って、どれくらいたっただろう? プロデューサーには会えたかな?


「……っ! ……立ち上がるのは、まだちょっと辛いぞ……」

 体重をかけようとすると、左足に鋭い痛みがはしる。何か支えがないと、歩く事すら難しそうだ。


 その時、車の荷台に雪歩のスコップがあった事を思い出す。収録の小道具とは別に、普段雪歩が持ち歩いている物だ。

アレを杖代わりにすれば、何とか歩けるかもしれない。それに……。

 
「……最悪、自分達で土を掘らなくちゃいけないかも……」

 ぼそりと呟く……まだ、雪歩が帰ってくる気配は無い。うぅ、やっぱり一人は心細いさー。早く戻ってこないかな……。

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「――あれはー? ヘンテコな……乗り物? っぽいけどさ」

「あたしの直感では、ゴテゴテであんまり美味しくはなさそうですね!」

「だからー、食べ物じゃなくて乗り物(?)だっていってるじゃーん。あ、でもでも、中には何かあるかもね?」


 あたし達は暗闇の中こっそりと、目の前の「ヘンテコ」に近づいていきます。

「ヘンテコ」は四角くて、ゴテゴテで……やっぱり美味しくはなさそうです。

 
 「ヘンテコ」の中では、小さな灯りがふらふらしていましたが……私達の存在には、気がついてないみたいです。

「……っと、ストップ! 何か出てくるよ……」

 「ヘンテコ」まであと少しというところで、ストップが掛かりました。

 
「……よいしょ……うん、これなら少しは動けるぞ!」

 そう言って「ヘンテコ」から出てきたもっと「ヘンテコ」な生き物……あれって確か……。

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「!……そ、そこにいるのは誰さーっ!」


 不自由な体で何とか雪歩のスコップを見つけた自分は、車から降りてすぐ、暗闇の中で動く何かの気配を感じた。

それも、車の後ろ側……雪歩が進んだのとは逆の方向。プロデューサー?……それとも……。
 
 でも、こっちは土砂で塞がってたはずなのに……。

 
「お、お化けとかじゃないのは、自分知ってるぞ……。す、姿を見せるさーっ!」


 ホントはお化けかもしれなかったけど、もしそうだったら怖すぎるぞ……。

ゆっくりと、ペンライトの光を気配のするほうに向ける。

 
「……? 何もないぞ……」

 自分の勘違いだったかと思った瞬間、杖代わりにしていたスコップが強い衝撃に弾き飛ばされた。


「うぁッ!」

 支えを失って、その場に尻餅をつく自分。

その拍子に手から離れたペンライトが地面を転がっていき……何かが、ライトを拾い上げる。

 
「ふーん。こんな「ヘンテコ」から光がでてるなんて、ふっしぎー」

「あ、あたしにも見せてください!」


 闇の中、突然聞こえてくる知らない声。それも、二人分。

日本語のはずなのに、どこかイントネーションもおかしい……それに……。



「えー、やだよー。だってアンタ、そうやってすぐに食べちゃうじゃーん」

 食べるって……何を言ってるさー。ライトなんて、食べらんないよ……?
 

「まぶしっ! 急に光を当てるのは止めてくださいよ~!」

「えっへへ。怒んないでよー、ジョークジョーク♪」

 暗闇の中、ペンライトの光に照らされる、二人分の影……。その姿はまるで……。
 


「おっと、忘れるところだった……「ヘンテコ」の事」

 ライトを持った方の人影がこっちを向く。それと同時に強烈なライトの光が自分を照らす。

まぶしさで、相手の顔は良く見えないけど、あの格好は……。

 
「見た目はアタシ達と似てるみたいだけど……やっぱり「ニンゲン」だね」

「!!……「ニンゲン」を使った料理の事、あたし聞いた事あります!」


 そう、目の前に居る人影はまるで秘境に住む原住民そっくりだ。

それに、さっきこいつら、『ニンゲンを使った料理』とかいってたぞ……!


「あははー! ちょっとだけなら、味見してみても……いいよね?」

 その言葉が、スイッチだった。全身に鳥肌が立って、呼吸が荒くなる。

逃げ出そうにも、足は痛くて立ち上がる事さえできない。

そんな自分の反応を楽しむかのように、もう一人の人影がじりじりと近づいてくる……。

 
「お……おまえ達は……いったい、何なんだぞ……」

 震える声で、そう言うのが自分に出来る精一杯の抵抗だった。――怖い。

 
「大丈夫ですよ……一口、味見するだけですから――多分」

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 暗闇の中を、私は走っていました。

途中で何度か転んじゃったけど、そんな事はたいした問題じゃありません。
 
 響ちゃんのところに戻るため、来た道を引き返していると突然聞こえた悲鳴。

きっと、響ちゃんの身に何か起きたに違いありません。


 「響ちゃん……無事でいて下さいぃ!」


 こんなことなら、一緒に行動するべきでした。ですが、そんな事をいまさら言っても……!

はやる気持ちを抑えて走る私に、嫌な予感がじわじわと襲ってきます。

とりあえず、ここで一旦区切りです。

この話とは関係ありませんが、さっきから駆逐戦艦「しまむら」とか、空間戦闘機「ミツボシ」って単語が
頭の中を飛び回っててちょっと困ってます。

まあ「卯月」って艦がいるし仕方ないね


これより先、765以外のアイドルやキャラ崩壊やオリジナル要素を含みます


「……! 見えたっ!」

 やっと、暗闇の中に見慣れた車が現れました。

私は急いで駆け寄りましたが、響ちゃんの姿はどこにも見当たりません。

ただ、地面の上に私の愛用するスコップが転がっているだけでした。
 
「はぁ……はぁ……――そんな……響ちゃんまで……」


 このトンネルには、私達以外の「何か」がいる……そう考えると、背筋がゾクっと震えます。

多分、その「何か」に響ちゃんは……見つからなかったプロデューサーも、きっと……。


 泣き出しそうになる気持ちを必死にこらえ、私はここで何が起きたのかを知るために周囲を調べて回りました。

すると、入り口側の土砂の壁……最初調べた時には行き止まりになっていたはずのそこに、

人ひとりがやっと通れるぐらいの穴が開いているのを見つけたのです。

 
「こ……この先に、響ちゃんがいるの……?」

 もしかしたら、「何か」なんて居ないのかもしれない。

私達が考えていたよりも遥かに早く救助がやって来て、先に響ちゃんを連れて行ったのかもしれない……

でも、そうだとしたら悲鳴の説明がつきません。

 
 もう、悩んでいる時間はありませんでした。

こうして立ち止まっている間にも、響ちゃんに危険が迫っているかもしれないのです……!

 
 私は車に戻ると、何か役立ちそうな物が無いか探してみました。

あの穴に入れば、もうここには戻って来れないかもしれないからです。

ですが、そんな私の思いとは裏腹に、めぼしい物は何も見つかりません。


「そうだ……やっぱり持ってた方がいい……よね?」

 代わりに、私は地面に転がっていたスコップを手に取りました。

もしもこの先にいるかもしれない「何か」が人を襲うような物だった場合……

このスコップが、武器の代わりになるかもしれません。


 私はスコップを手に取ると再び穴の前へ。

「が、頑張れ私……ですぅ」

 左手にペンライト。右手にスコップを握り締め、私は窮屈な穴の中へと足を踏み入れました――。

==========

 ――ペンライトの頼りない明かりで窮屈な道を進んで行きます。

最初はただ土を掘り返しただけのようだった道が、少しずつ広く、通路のようになっていき……

周りの壁にも時々、崩落を防ぐためか、木のような物で作られた支えが現れるようになりました。

 
「……こんなところに……やっぱり人がいるのかな?」

 明らかに人の手が入ったそれらを見て、少しだけ安心する私。
 
「……そうだよ……本当は私達が入って来たのとは別の入り口がちゃんとあって……

響ちゃんもプロデューサーも、もう既に助けてもらったのかも……」


 不意に、私の髪が揺られました。そして、微かに聞こえる風の吹く音。
 
「風を感じるって事は……そ、外に近づいてるのかも!」

 こういった穴の中で風が吹いてくる時は風の通り道――外と繋がった場所が近くにあるからだって、何かで読んだ事があります。

もしその通りなら、この道が外へと繋がっている可能性は、グンと高くなるはずです!

==============

「……これは、まずいことになりましたね」

「えっと……まずい以上の状況だと、私は思うんだけどさ……」

 目の前にうず高く積まれる、土砂によって作られた壁を見て、私は呟きました。

考えてなかったワケではありませんでしたが、できる事なら起きてほしくなかったアクシデント……

このままでは、長い時間をかけて準備してきた計画が台無しになってしまう可能性があります。

 
「やっぱり、地質が良くなかったのでしょうか……とにかく、私達でこれをどうにかするのは至難の業、ですね」

「……頑張って掘ってみる? 努力すればなんとかならない事もないかも……」

「いえ、再び土砂が崩れてこないとも限りませんし……仕方ありません。一度戻って、指示を請いましょう。それに……」

 私はそこで言葉を切ると、壁によりかかるようにして倒れている……「ニンゲン」に目を向けます。

 
「……厄介な事に、「侵入者」もいるみたいですから……」

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 小さい頃に観た、一本の映画――そういえば、あの時からでしょうか……なんとなく、地面の下に興味を持ち出したのは――。
 
「ふわぁ……凄いですぅ……」

 私は、眼下に広がる光景に心奪われていました。

通路を進んだその先に、突如現れた巨大な空間――余りにも非現実的な光景なのに、胸のドキドキを止める事が出来ません。

 
 まず、私の目に飛び込んできたのは、途方も無く巨大な木の存在でした。

それは天井に突き刺さるように空間の中心にそびえ立ち、ちょっとしたビルぐらいの大きさがあります。
  

 空間の広さはドーム何個分と言えば良いのでしょうか? 

周囲の岩壁にはアリの巣のように穴が空けられ――それぞれの穴は、通路や階段で繋げられているのが見て取れます。

 
 その下には、恐らく岩壁からくり抜いた岩を使って建てられた石造りの建物――

テレビで見た、海外の遺跡のような建物が、巨木の根の隙間を埋めるように並んでいます。

 不思議な事に、お日様の光が届かないと言うのに、洞窟自体は暗くありません。

どうやら、あちこちにある光る物何か……それが光源となって、洞窟全体を青白く照らしているからでしょうか?

 
「地底……王国……?」

 私の居る場所も、どうやら岩壁に作られた穴の一つのようでした。この穴からあのトンネルへと道が続いていたという事は、

あの岩壁に空けられた穴のどこかに、外へと繋がる道がある可能性もあります。


「外に……出られるかもしれない……!」

 それは、このトンネルに閉じ込められてから初めて感じる「希望」でした。

そうだ、早く響ちゃんやプロデューサーを見つけて、それで……。


 そこまで考えた時です。遺跡のような建物のあちらこちらで、ピンク色の何かが動いているのが見えました。

それと同時に、私は思い出したのです。秘境……地底……人間では無い、生き物……。

 ガサリと物音がして、振り返ってから後悔する……

あぁ、どうして私はもっと早く、どこかに身を潜める事をしなかったのでしょう。

この場所が岩壁の穴の一つなら、ここだって他の場所と繋がってて当然なのに……!


「……あ……あ……っ!」

 声にならない声が唇から漏れます。

足がガクガクと振るえ、スコップを痛いほど握り締め、私は目の前に立つ生き物と向き合いました。

「……ち……地底……人?」

とりあえず書き溜め分が終了したので、一旦区切ります。


 寸胴な体形に短い手足と猫のような耳。

全身に緑色の短い毛を生やし、瞳は小さな三白眼のせいで、どこかやさぐれた印象を受ける。

 こんな状況で出会わなければ、私はこの生き物を着ぐるみと勘違いしていたかもしれません。
 
 でも、ここは街中でもなければそういった着ぐるみのイベント会場でも無い……

ゆっくりと、その猫(?)のような生き物が近づいてきます。


「ぴいぃ~、にゃあぁ~っ!」

 生き物が鳴いたのとほぼ同時に、私は動き出していました。とにかく、この場所から離れないと!
 
 私は目に入った通路に飛び込むと、穴から穴へと走り抜けます。


「はわゎっ! こ、ここにも!!」

 穴の中に、また緑の生き物。

突然の私の出現に驚いた様子の生き物の横を足を止める事無くすり抜けると、次の穴、そして階段を駆け下りて……。

 いつの間にか、私の後ろを大勢の緑の生き物が追いかけて来ています。

後ろからやって来る緊張感の無いぴにゃぴにゃという鳴き声を聞いていると、

こんな状況だと言うのに「やっぱり、猫の仲間なのかな?」なんて考えてしまう私……

人間って、極限まで追い詰められると逆に冷静になるものなのでしょうか?

 
 そんな事を考えていたら、次の階段を下りようとした私の前に何処から回りこんだのか緑の生き物が飛び出してきて……。

 
「――!? あっ!」

 勢いを殺す事ができずに、目の前にあらわれた生き物の胸に飛び込む私。

――そのまま、二人で階段を転げ落ちていきます。

「きゃぁぁぁぁっ!!」

 視界が回り、体がふわりと浮いたかと思うと、次の瞬間には衝撃が全身を襲いました。

顔を上げて、どうなったのかと辺りを見回す。

 どうやら緑の生き物に抱きかかえられる格好で、岩壁の穴から地面まで落ちてきてしまったようでした。

 
 最後にいた場所が、地面からそう遠く無い高さだった事と、

緑の生き物がクッションの代わりになってくれたお陰で助かったようです。

それに、下敷きになったせいで緑の生き物は気を失っている……逃げるなら、今がチャンスです。

「い、急いでどこかに隠れないと……!」

 まだ、私を追っている緑の生き物は大勢います。

早くしないと、今度こそ捕まってしまう……

そう思い、どこか隠れる場所は無いかとキョロキョロと辺りを見るうちに、奇妙な事に気づきました。

 
「……もう、追いかけてこないのかな?」


 地面に立つ私を、緑の生き物達が穴から見下ろしています。

でも、見下ろすだけ……誰一人、ココまで降りてこようとはしません。

 それに、なんだか警戒しているようにも見えます。まるで、この場所に近づきたくないかのように……。

 とはいえ、生き物が追いかけてこない今なら、逃げ切る事も簡単です。私が、再び走り出そうとした時でした。

 
「ぐさぁーっ!」


 突然の声に驚く私の目に飛び込んで来たのは、

先ほど一緒に落ちてきた生き物に突き刺された槍のような物と、それを持つ少女の姿。

不思議な事に、生き物から血が流れている様子はありませんでしたが、それでもこれは……。


「まったくこいつらってば・・・・・・目を離すとすぐに入ってきちゃうんだから……」

 少女はそう言うと、生き物から槍を引き抜きます。

毛皮で作られた服をまとった……物語などでよく見る、原始人のような格好をした少女が、こちらへと向きなおします。
 
「ほーんと、困っちゃうよねー……そう思わない?」

 短めの髪、綺麗に切りそろえられた前髪……そして、にこやかに笑いかけながらも鋭い眼差し。

 瞬間、私は理解しました。なぜ、あの生き物達がここまで追いかけてこなかったのか。

 追わなかったんじゃ無くて、追えなかったんです。だって、自分達よりも強い者の縄張りに入ってしまうから……!

 一歩、彼女が踏み出して、私達の距離が縮まります。

一歩、もう一歩……蛇に睨まれた蛙というのは、こういう状況を言うのでしょう。

 槍を持った少女に見つめられ、まるで金縛りにあってしまったかのように体が動きません。

 ついさっきまで、人に会いたくてしょうが無かったというのに、今はここから逃げ出したい気持ちでいっぱいですぅ……。

「大丈夫……怖くないよ? アンタはさっきの『ニンゲン』よりも大人しそうだから、

アタシが飼えるように頼んであげても良いかもねー♪」

 そう言って、ちろりと舌先を見せて、少女が笑います。彼女が私に触れるまであと何歩も無い……その時です!


 ぐぎゅるるるるるぅぅ――。

 私の体が弾かれたかのように跳ね、同時に金縛りが解けます。

そしてすぐに私は離さずに持っていたスコップを水平に一振りすると、そのまま距離をとるように後ろへと逃げ出しました。

 ――ある程度走って、ちらりと後ろを振り返ります。どうやら、彼女は追いかけて来ないようです。

 突然聞こえたあの音がなんだったのか、あの生き物はどうなってしまったのか、

少女は一体何者なのかといった疑問が頭の中を駆け巡ります――でも。


『さっきの「ニンゲン」よりも大人しそう』


 あれは、私以外の人がココにやって来たと言う意味なのでしょうか? 

それはつまり、響ちゃんかプロデューサーのどちらか……もしくは両方の可能性も……。


 石造りの建物と建物の間にある、狭い路地へ駆け込むと、私はその場に座り込みました。

ここに来てからずっと走りっぱなしで、もうこれ以上は走れそうにありません。

「ちょ、ちょっと……休憩……ですぅ……」

 知りたい事は山ほどありましたが、とにかく状況を整理する必要があります。でも、私一人でどうにかできるのでしょうか……?


「こんな時に……みんなが居てくれたらなぁ……」

 事務所のみんなの顔が、浮かんでは消えていきます。……とうとう堪え切れなくなって、私は泣き出してしまいました。
 

 
「うぇ……ぐすっ……ひびきちゃん……みんなぁ……」

 どれくらい泣いていたのでしょう? 

私が近づいてくる物音に気がつくのと、人影が建物の影から現れたのは、ほとんど同時でした。

 人影は、路地の入り口を塞ぐようにして立っています。

顔は良く見えませんでしたが、先ほどの少女と同じような格好をしているようです。
 
 とうとう見つかってしまった……そう思った私でしたが、逃げようにも、走る元気なんて残っていません。

 私は傍らのスコップを胸元で構え、座ったままの姿勢で人影へと体を向けました。悪あがきでも良い……最後の抵抗です。


「……どうやら「侵入者」の話は本当だったようですね」

 先ほどの少女とは違う声。やはり、別人のようです。ゆっくりと人影――長い黒髪を後ろでくくった少女が近づいてきます。

「こ、来ないで下さいっ! それ以上近づいたら、ひ……酷い目にあいますぅ!」


 震える声でそう言って、威嚇するようにスコップを動かします。私のそんな姿を見て、少女は歩みを止めました。
 
「怖がらないで下さい……私は追っ手ではありません」

「う、嘘ですぅ! そうやって私を騙して……捕まえるって知ってるんですからぁ!」


 困ったようなため息をついて、少女が肩をすくめます。

「あなた達の仲間を、私が匿っていると言っても……ですか?」

 匿っている……確かに、彼女はそう言いました。

「……どちらにせよ、このままではあなたも彼女達に捕まってしまうでしょう」

 彼女が、私に手を差しだします。


「……信用して、もらえますか?」

 彼女の話が本当かは分かりませんが、嘘だと言い切れるだけの証拠もありません。

このまま捕まってしまうならば、少しでも希望の持てる選択を……。

 彼女に手をとられ、私は立ち上がります。

その手に伝わる温もりは、私が久しく忘れていた物で……見ず知らずの少女だと言うのになぜだかとても、安心してしまいます。

「有難うございます……それでは、こちらに!」

 彼女が私の手を強く握りなおします。その手に引かれるようにして、私は石造りの建物の間を再び走り出しました――。

とりあえずキリが良いので一区切り。
もっと早く地底に到着したかったのですが、書きたいままに書いてると
どんどん長くなってしまった……。

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 時間は少しさかのぼって――。

 ぐぎゅるるるるるぅぅ――。
 
 目の前の「ニンゲン」が、ビクンと体を震わせると、手にしていた「ヘンナ棒」を振り払う。

 咄嗟に身をかわしたので当たる事は無かったが、「ニンゲン」にはそのまま逃げられてしまった。

「いやー、危なかったですね! 大丈夫ですか?」

 物陰に潜んでいたミチルがひょこりと顔を出す。

「ミチルってさ、ホントにタイミング悪いよねー」


「あははは……すみませんユズさん! あの子からとーっても甘い匂いがしてたので、我慢できませんでした」

 そう言ってミチルがお腹を押さえる。……こりゃ反省してないな。

「まぁいいや。どうせこっからは逃げらんないだろうし……」

 それに、逃げる獲物を追い詰めて行くのが「狩り」の楽しみってね?


「ところでユズさん! これ、食べちゃってもいいですか!?」

「ミチルの、人の話聞かないとこは、アタシ好きじゃないかなー」

 返事をする前に、もう食べ始めちゃってるし。まぁいっか、アタシにはあの子がいるもんね――。
 
 「ニンゲン」の逃げて行った方を見つめながら、ミチルに釘を刺す。

「さっきの『ニンゲン』は、アタシのだから……勝手に食べちゃ、ダメだよ?」

==========

「うぅ……まだヒリヒリするぞ……」

 湯船から出た左肩、その首筋近くにクッキリとつけられた歯形を撫でて、うなる。

「変なところに連れてこられたかと思ったら、いきなり噛みつかれるし……」


 トンネルの中で出会った二人の少女――ユズとミチルに捕らえられてしまった響は、この地下空洞へと連れてこられた。

 二人がなんのために響を連れてきたのか、そもそもココは何なのか……

いくら完璧を自負する響でも、情報が無い事には分からない事だらけだ。

 地下空洞へ連れてこられた響は、さらにその中心にそびえ立つ巨大な木――その中をくり抜いて作られた

神殿のような場所へと運ばれたのである。


「……自分、どうしたらいいのかなぁ?」

 湯船の中で、うずくまるように座り、響は、自分の身に起きた一連の出来事を振り返る。


 ――『木の神殿』に連れてこられた響は、さらにその中にある一室に連れてこられると、床へ乱暴に投げ出された。
 
「よっと――到着でーすっ!」

「あー、ダメだってミチル。そんな乱暴にしちゃー」

「あ……そうでしたね! 大丈夫ですか!?」


 手足を縛られ、床に転がされる響に、ミチルと呼ばれた少女が寄り添う。

一体この細い体のどこに人ひとりを担ぐパワーがあるのか……。そんな事を考えていると、彼女の手が響の服へと伸びて来る。
 
「なっ! 何するんだーっ!」

「何って……邪魔な物を剥がしてるんだよ?」

 キョトンとした顔で、響を見つめるミチル。

その目には「この人は何をいってるんだろ、不思議です!」という言葉がありありと浮かんでいる。


「キミさ、酷く汚れてるから……キレイにしようと思ってね」

「そうそう! ユズさんの言うとおり……王様にお披露目する前に、キレイにするんです!」

「で、でも恥ずかしいし……って違う! 止めろって言って――あぅッ!!」

 手足が縛られているので、体を捻って避けようとした時だった。

伸ばされたミチルの手が、怪我をしている左足に触れる。忘れていた痛みが蘇ってくる。


「ユズさん、この子怪我してるみたいですよ?」

「えー? 残念……元気に暴れるところ、見たかったのになー」

 その時、部屋の扉が開いて奇妙な生き物が入って来た。

長い耳、ピンク色の体毛、四角い胴体に短い手足……小さな目と、微笑んでいるような口元が特徴的だ。

お腹の辺りは白い毛で覆われ、まるでカンガルーのポケットにも似ている。

 
 「――うさぎ?」
 
 そう、自分の知っている動物の中から、その奇妙な生き物と似ている動物をあげろと言われたら、

そう言うしかない姿をしていた。だが、部屋に入って来たうさぎもどきの大きさは、だいの大人程もあろうかという巨大なものだ。

「あれ? 何でキミが、うさぎの事しってるワケー?」

 さらに驚くことに、このうさぎもどきの名前は、そのまま「うさぎ」であるらしい。

一体どういう事なのか。うさぎもどき――うさぎが、先ほどから抱えていた大きなタライのような物を床に設置する。

そしてそのまま、入り口近くの壁に立つと、動かなくなった。

 
「さってと、それじゃ、ササッとキレイにしちゃいましょうかー♪」

 抵抗むなしく、服を剥ぎ取られる響。そのまま、先ほどのタライの中に放り込まれる。
 
「あちゃっ!!」

 タライの中には、お湯が張られていた。どうやら、お風呂のようなものらしい。
 
「泥を落として、キレイにしてねっ♪ じゃないと、アタシ達が怒られちゃうからさー」

 そう言って、緑色の毛皮で作られたブラシのような物を渡される。これで体を擦れという意味らしかった。


「それじゃ、私達はちょっと用事があるから……そうだ! 逃げようとしても無駄だからね?」

 ユズが、ちらりとうさぎを見る。それに合わせて、うさぎが頷く。
 
「今はおとなしいけど……怒ると怖いよ? う・さ・ぎっ♪」

 彼女の鋭いまなざしが、響を刺す。笑顔だと言うのに、有無を言わせぬ迫力があった。


「それじゃあねっ♪」

「またすぐ戻ってきますからね!」

 二人が、部屋から出て行った事を確認して、響は大きくため息をついた。どうしよう、とんでもない事になってしまった。

「雪歩……プロデューサー……自分、これからどうなっちゃうんだろ……?」

 呟くのと同時に部屋の扉が再び開き、隙間からミチルが顔を覗かせる。
 
「な、何しに戻ってきたの……? じ、自分! 逃げようなんてしてないぞ……?」

「あ、あははは……ちょっと、忘れ物をしちゃいまして……」


 そう言って近づいてくるミチルの大きな丸い目が、じっと響を見つめる。
 
「我慢してたんですけど……ユズさんがいたら、怒られちゃいますから」

 瞬き一つしないその丸い目から、視線をそらす事が出来ない。
 
「今度こそ味見……しても良いですよね?」


 気がつくと、ミチルの顔が目と鼻の先まで近づいてきていた。両手で肩を押さえられ、強い力で動きを封じられる。

彼女がゆっくりと口を開けると、隠れていた八重歯が、ちらりと見えた……そしてそのまま、彼女はその歯を響の左肩

――首筋近くへと喰い込ませる。
 
 鋭い痛みが首筋に走る。二度、三度と、まるで甘噛みをするように繰り返し

――やがて満足したのか、彼女は響の肩から手を離すと、ゆっくりと立ち上がった。
 
「……あはっ! ご馳走様でした!」

 笑顔で部屋を出て行くミチル。後に残された響は、ただただ呆然として見送るしかなかった――。

書き溜め分が終わったので、一旦区切ります。

=========

 ホノカと名乗った少女に手を引かれ、雪歩達二人は木の根の間に連なる遺跡の中を進む。

「――あなたを追いかけていたのは、王の親衛隊です」

「しんえいたい? ……それに王様って……」

「この国には、王と親衛隊……そしてうさぎとピニャコラタが住んでいます」

「うさぎと……えっと、ぴにゃこらた?」

「……あれがピニャコラタです」

 ホノカちゃんが、遠くの岩壁に空いた穴を指差す。そこには、私を追いかけていた緑の生き物が立っていた。


「この国で一番偉いのが王、次に親衛隊。その下に王の兵隊であるうさぎがいて――ピニャコラタは一番下になります」

 ホノカちゃんがどこか悲しそうな顔をして、続ける。
 
「彼らは、争いを好まず大人しい生き物なのに……王は気まぐれでピニャコラタを玩具にしたり、無理やり働かせたりしているのです」

「……でも、大人しいなら……私、追いかけられたんですけど……」

「多分、あなたを隠そうとしたんだと思います。ここに迷い込んで来た者は、王によって酷い目にあわされますから」

 ホノカちゃんの口ぶりからすると、今までもここへやって来た人がいるらしかった。でも、酷い目にあわされるって一体……。

 
「この遺跡も、元はピニャコラタ達が住んでいた物です。ですが、王がうさぎ達を使って壁の穴へと追い出してしまったんです」

 そうか、だからここには誰も居ないんだ。私が一人で納得しているとホノカちゃんが「着きました」と言って、立ち止まります。

「ここが、私達の隠れ家です――足元に気をつけてください」

 私が連れてこられたのは、今にも崩れ落ちてしまいそうな程風化した石造りの建物の前でした。

その入り口近く……石で作られた蓋をずらすと地下への階段が現れる。

 ホノカちゃんの先導で、私は階段を下ります。壁の所々に青白く光るキノコのような物が生えていて、それが明かりの代わりとなるので暗くはありません。最初に洞窟へやって来た時に見た光る物体も、恐らくこのキノコだったのではないかと、その時気づきます。

 
 しばらくすると私達は少し開けた空間に出ます。

壁側に置かれた棚に木で作られたテーブル、見たことの無いような物が雑多に詰め込まれた箱。そして――。

「ぷ、プロデューサーッ!!」

 地面より一段高い、ベットのような場所に寝かされている人物。

それは紛れも無く、トンネルの中で離れ離れになった私達のプロデューサーでした。

 
「その方は、トンネルの中で倒れておられました」

 ホノカちゃんがそう言って、プロデューサーの横に歩いていく。

「見つけた時は頭に怪我をしていて、酷い出血でしたが……驚くべき回復力です。もう、傷が治りかけているんですもの」

 ニコリと微笑むと、ホノカちゃんがプロデューサーの頭に巻かれた包帯のような物を取替え始める。

その様子を眺めているとふと、事務所でいくら酷い目にあっても、何事も無かったように復活するプロデューサーの姿を思い出しました。
 
「なんでかな? 簡単な怪我ならすぐに治っちゃうんだよね、俺」

 それを聞いた時、皆に心配をかけないようにやせ我慢をしてるんだと思ってましたが、今の状況だと本当の事を言っていたんだと納得せざるをえません。……まったく人間離れした話です。

 
「プロデューサー、意識はあるんですか?」

「……えぇ、今は眠っているようですが。先ほど、一度だけ目を覚ましました」

「よ、よかったぁ……」

 その一言に、安心のため息をつく私。本当に、プロデューサーが無事でよかった……そう思った時、

ガタゴトと物音がして、誰かが部屋に入って来ました。
 
「ホノカちゃん、戻ってたんだ……って、うわっ!?」

「あ、お帰りなさい。シノブちゃん」

 シノブと呼ばれた少女が、私を見て驚きます。その手には、木の実や果物のような物を入れたカゴが握られていました。

 
「ちょ、ちょっとちょっと! この子一体誰よ!」

「シノブちゃん落ち着いて……この方が、怪我人の話に出ていた「ユキホ」と言う女の子です」

「は、初めまして。萩原雪歩ですぅ」

「あ……ど、どうも」

 お辞儀をしあう私達二人。その様子を見て、ホノカちゃんがクスクスと笑います。
 
「ふふふっ、二人とも仲良しさんですね」

「いや、仲良しとかそういうのじゃなくって、つい反射的に……って違ーう!!」


 シノブと呼ばれた少女が、私を睨みつけます。

「敵かもしれない子を簡単にここまで連れてきちゃって! 親衛隊の連中に見つかったらどうするつもり!」

「大丈夫ですよシノブちゃん。この人は悪い人じゃありません」

「――なんで分かるの?」

「ピニャコラタ達が、そう言ってましたから」

 そこまで話して、シノブと呼ばれた少女がこめかみを押さえます。


「ホノカちゃんはね、全体的にあいつらを信用しすぎだよ……」

「シノブちゃんが考えすぎなだけですよ! あんなに良い子達なのに」

「ホノカちゃんは、ピニャコラタの言ってる事が分かるんですか?」

「あ、雰囲気や鳴き声から大体こう伝えたいのかな、と」

「だからそれだよー! 言葉もわかんないのに雰囲気で信用しちゃダメだってばー!」

「――う、うぅ……ん」

 その時、私達の話し声に反応したのか、プロデューサーが目を覚ましました。


「――ッ! まだ……痛むなぁ、やっぱし」

「ぷ、プロデューサー! 大丈夫ですか!?」

「雪歩!? ……無事だったのか!」

 私は、体を起こしたプロデューサーのもとへ駆け寄ります。

「し、心配したんですよ!? 目を覚ましたら何処にも居ないし、辺りは血が一杯だし……」

「悪い悪い、出口を探そうとしてたんだが……結局途中で倒れちゃってさ」

「でも、無事にまた会えて……本当に良かったですぅ」


 涙目になる私の頭を、プロデューサーが優しく撫でる。私が落ち着いた事を確認すると、ホノカちゃんがしゃべり始めました。
 
「どうやらお話の出来る状態になったようなので、いくつかお二人に聞きたいことがあるのですが」

「――ああ。俺達の方も、君達に聞きたいことは山ほどあるよ」

「結構です。それでは、最初に私から――あなた達は、『地上』からやって来た……間違いないですね?」

「そうだ」

「では……『地上』に戻りたいと?」

「は、はい。出来るなら、今すぐにでも……」


 私達の返答に、ホノカちゃんとシノブちゃん、二人が目を合わせます。
 
「でしたら一つ条件があります。私達も一緒に……『地上』へと連れて行ってくださいませんか?」

 そう言うホノカちゃんの目は、何か強い決意を秘めているようでした――。

===============

「――へくしゅっ!!」

 もうすっかり冷めてしまった湯船の中で響がくしゃみをする。

「……二人が出て行ってから結構たった気がするけど、全然帰ってくる気配がないぞ」

 それに、このままでは風邪を引いてしまいかねない。

それでも、一人で居るならともかく、得体の知れないうさぎに見張られている状況で裸のまま湯船の外に出る勇気は持っていない。

 
「服も持ってかれるし、うさぎもずっとこっち見てるし……いつまで浸かってればいいさー」

 ぼやいたところで事態は進展しない。今はただ、待つ事しかできなさそうだ。
 
「……それにしても、あれって動物なのかな?」

 壁の側に立つうさぎは、響に視線を合わせたまま微動だにしない。まるで石像のようにその場に立っているだけ。

「部屋に入って来たんだから、生きてはいるんだろうけど。正直不気味だぞ……」

 これまで動物と触れ合う機会の多い響だったが、この生き物からはこれまで出会った動物とはまったく違う印象を受ける。

ただ与えられた命令に従う――生き物としての、意思が感じられない。


「やぁやぁお待たせ! キレイになったかな~?」

 急に部屋の扉が開くと、久方ぶりにユズが姿を見せる。その手には、彼女と同じような服を持っていた。
 
「ちょっと用事が長引いちゃってさ。今から王様に会わせるから、これを着てね」

「着るっていっても……体は? 何で拭いたらいいの?」

「体なんて、勝手に乾くって! ほら、はやくはやく!」

 服を脱がせた時と同じように、今度は無理やり服を着せていく。


「王様は気が短いからねー。ぐずぐずしてたら怒られちゃう」

「――王様がいるのか?」

 そういえば、そんな事を言っていた気もする。濡れたままの体に多少の気持ち悪さを感じながら、響が訪ねる。

「そう、ここで一番えらいんだよ。でもすぐに怒るから」

 ペロリと舌を出し、彼女の視線が響の首筋――ミチルにつけられた歯形に向けられる。
 
「キミの態度が悪いと、本当に食べられちゃうかもよ?」

 そう言う彼女の顔は、もう笑顔ではなかった。

それからユズの後をついて、響は神殿の中にある大きな部屋へと連れてこられる……どうやらこの場所が、王の部屋のようだ。

 
「王様、『ニンゲン』をつれてきました」

「あ~。はいはいお疲れ~」

 ユズが玉座に寝転がるようにして座る小さな女の子に報告する……この女の子が、この国の王様?
 
「おい『ニンゲン』。今、アンズの事をちっちゃいって思ったね?」

 玉座に転がる女の子――アンズが、気だるそうに顔だけを響に向ける。


「それに、本当にコイツが王様なのか疑った……もちろん、正真正銘、アンズがこの国の王様だよ」

「な、何で自分の考えてる事を……!」

「……そんなの簡単だよ。だって、顔に出てるもん」

 そう言って鼻で笑う。

「さてと、悪いけどオマエには色々と喋ってもらう事があるんだ。どうしてここに来たのか、他に何人の仲間がいるのか……」

 アンズが、パチンと指を鳴らすと、何処からとも無くうさぎ達がやって来て響を囲む。

「もしも嘘ついたり逆らったりしたら……どうなるかは、分かるよね?」

============

書き溜め分が終わったので、一旦区切ります。

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「つまり、王様――アンズって言ったっけ? その子を捕まえて地上に追放するのが君達の計画だと?」

「はい。正確にはアンズと親衛隊。そして私達全員で地上に出るのが目的です」

「うーん、なんだか大事になってきたなぁ」

 そう言ってプロデューサーが頭を掻きます。


「私達の目的は、この王国をピニャコラタ達に返す事なんです。

そのためにはうさぎを従える事ができる王を、外の世界に追放する必要があります」

「そこなんだよ。そもそもなんでうさぎとやらは王に従ってるんだい?」

「それは……分かりません。元々、この洞窟には居なかったはずなんですが、どこからか王が連れてきて……」

「気がついた時には、洞窟のあちこちで見かけるようになってたんです」

 ホノカちゃんとシノブちゃんが、困ったように顔を見合わせます。


 プロデューサーが目覚めた後、私達はホノカちゃんからこの地底王国について説明を受けていました。

 まず、この地底王国で『ヒト』の姿をした者は五人。ホノカちゃんとシノブちゃん、王様、そしてその親衛隊の二人。

五人は物心ついたときには既にこの地底王国にいて、幼いホノカちゃん達を当時最年長だった王様と、ピニャコラタ達が一緒になって世話していたといいます。
 
 ですが、何年か経つと王様がうさぎを連れてきて、次第にピニャコラタ達を迫害しはじめたのだと語ってくれました。

「うさぎによって住処を追われたピニャコラタ達は、壁に穴を掘って生活するようになりました。

ですが、彼らの掘った穴のいくつかはここでは無い世界……地上へと繋がっていたんです」

「王様はなぜかそれにカンカンでさ、アタシ達にピニャコラタを監視するように命令したんだ。

掘った穴は埋めて、地上へ出て行こうとしたピニャコラタは捕まえて……」

「ですが、段々とその行為は過激になり……王の考えについて行けなくなった私達は、こうして彼女達と離れて生活しています」


 黙って聞いていたプロデューサーが、不思議そうに訪ねます。
 
「……どうしてピニャコラタを捕まえる事を、君達じゃなくうさぎにやらせなかったんだい?」

「それは、私達も不思議でしたが……どうやらうさぎ達はこの洞窟の外……正確には壁よりも先には出られないみたいなんです」

「どうも、王様から離れすぎたら動かなくなっちゃうんだ。その範囲が、王国の広さと重なってるみたいなの」

「ですから、王を地上に連れ出す事ができれば、うさぎ達の活動は止まるはず。

そうすれば、残ったピニャコラタ達も誰にも邪魔されずに、再びここで生活していく事ができると思うんです」


「ふむ……まだ色々と信じがたい事も多いけど、大体の事情は把握したよ」

 しばしの沈黙の後、おずおずと私は尋ねました。

「あのぅ……響ちゃん――私達と一緒にいた女の子なんですけど、彼女の事は何か分かりませんか?」

「私達がプロデューサーさんをここに連れてくるのと同じぐらいに、親衛隊が連行していた少女の事ですね。

恐らく、彼女は神殿に捕らえられていると思います」

「き、危険はないんですか!?」

「絶対に安全だとはいいきれませんが、王の興味が尽きるまでは手荒に扱われる事はないでしょう。

ただ、それも王の気分次第ですので……」

「そう、ですか……」


 ホノカちゃんの言葉に、落ち込んでしまった私を元気づけるようとシノブちゃんが続けました。
 
「そんなに心配なら、アタシが様子を見てきてあげるよ。丁度、神殿にも用事があるし」

「ちょっと待った! 君達は王様のやり方に反対してるんだろ? どうして神殿に近づけるんだい」

 シノブちゃんの言葉を、プロデューサーが遮ります。

「私達は王のやり方に反対しましたが、彼女達と争う力は持っていません。

それに、私がピニャコラタ達を放って地上へ逃げられない事を、王は知っていました」

「だから、王様が言ったの。神殿の外で暮らすのは許すけど、代わりに食べ物を持って来るようにって」


 シノブちゃんが、持っていたカゴを指差します。どうやら先ほど部屋にいなかったのは、

外に食料を取りに行っていたからだったようです。
 
「逆らうならば、うさぎ達をけしかけると……私達に断る選択はありませんでした」

「なるほどね。俺達が地上に戻るにしても、君達の計画通り王様を追放するにしても、

そのうさぎとやらをどうにかする必要があるってわけだ」

 プロデューサーは、顎に手をあてて何か考えていましたが。やがて大きく伸びをして。

「あーダメだっ! 今考えたって何にも思いつかないや!」

「ぷ、プロデューサー!?」


「俺は病み上がり、だけど響の居場所は分かった。

でも、今までの話を頭で理解しても気持ちが追いつかないから、俺は一度寝るっ!」

「後の事は頼んだぞ!」と言って、再び横になるプロデューサー。

ま、待ってください! いくらなんでもそれは勝手すぎますぅ……!

「大丈夫ですよ、雪歩さん」

 あたふたとうろたえる私に、ホノカちゃんが優しく声を掛けてくれます。

「このヒトは意識が戻ってすぐ、まだ怪我の手当ても出来てない状態でも、あなた達を探すんだって言って聞かなかった人ですから」

「そうそう、もう暴れちゃって大変だったんだから」

「雪歩さんと、響さん……でよろしかったですか? お二人の所在が分かって、ひとまず安心なさったのでしょう」


 そう言ってプロデューサーを見るホノカちゃんの目は、とても暖かいものでした。

「こうやって仲間の為に必死で心配できるヒトを身近に持つ事のできる、雪歩さんが羨ましい……」

「で、でもホノカさんにも、シノブさんがいますよ」

「アタシ達は……ちょっと違う、かな」

 そう、シノブちゃんが言葉を濁します。どうしよう、余計な事言っちゃったかな?

「――そうだ! 雪歩さん、お腹空いてません?」


 暗い雰囲気を変えたかったのでしょう、ホノカちゃんが明るい声でそう聞いてきました。それと同時に、私のお腹が鳴ります。

そういえば、トンネルに閉じ込められてから今まで、何も食べていません。
 
「やっぱり! 丁度シノブちゃんが食べ物を採ってきた事ですし、食事にしましょう」

「い、いいんですかぁ?」

「もちろん! 歓迎するよ」

 木で作られたテーブルの上に、棚から取り出した容器を置くシノブちゃん。

「ささ! 食べて食べて、摂れたてだよ!」

「地上のヒトのお口に合うかは分かりませんが……」


 そういってホノカちゃんが容器から取り出したのは――巨大なみみずのような生き物で……。
 
「――――ッ!!」

 私の大絶叫が部屋中を震わせます。私の反応に、慌てた様子で棚から別の容器を取り出すシノブちゃん。

「あ、もしかして生きてるのはダメだった? だったらこれはどうかな」

 目の前に出されたその容器の中には、色とりどりの虫が何匹も――。

完全に固まってしまった私を見て、ホノカちゃんが申し訳なさそうに言います。


「ごめんなさい……やはり、地上のヒトには食べ辛いのでしょうか? 果物やキノコは、王に献上しないといけないので……」

「う……うぅん。私も、ちょっと驚いちゃっただけで……」

「まったく地上のヤツは好き嫌いが多いね。昔来たヒトも、なんとか星人はニンゲンしか食べないって」

「わ、私……と言うか、地上の人でも人間は食べませんよ!」

「えー、でも確かにニンゲンを使った料理を食べるって……」

 首を捻って考え込むシノブちゃん。その隣で、ホノカちゃんがテーブルに木の実を並べます。

 
「では、量は少ないですが木の実を……これなら、大丈夫でしょうか?」

「そ、そうですね。それなら、なんとか食べられるかも……」

 正直不安でしたが、虫やみみずに比べたら何倍もマシです。
 
 響ちゃんも、ご飯ぐらいちゃんと食べさせてもらえてるのかな……?

書き溜め分が終わったので、一旦区切ります。

=============

「うぐぅ……もごっ、もがっ」

「どう? そろそろ喋りたくなったんじゃない?」

「ぷはっ……じ、自分は……仲間を裏切ったりなんて、しない……ぞ!」

「ふーん。見かけ通り強情なヤツ……ねぇ、次の持ってきて」

「ま、まだあるのかっ!?」

「当たり前でしょ。オマエが吐くまで、このおもてなしは終わらないよ」


 アンズが両手を叩くと響の前に置かれた小さなテーブルの上、空になった皿に、新たな料理が用意される。
 
「ほら、今度はヒカリタケの姿焼きだよ? 美味しそうでしょ?」

「ぐぅ……も、もう入らないぞ……」

 響の両隣に立つうさぎが、響の口をむりやりこじ開けると、容赦なく料理を詰め込んでいく。

「ふぐっ! わきゃった……はなふからもふひゃめひゃへてっ!!」

「ふん。初めからそう言ってれば苦しまずにすんだのに」

 限界だった。得体の知れない果物やキノコをふんだんに使ったフルコースを無理やり食べさせられ、

響の精神は極限まで疲弊していた。


「うぅ……まだ変な感触が残ってるぞぉ……」

 ようやく解放され、げっそりとうなだれる響にアンズが問う。
 
「さてと、まずお前が何者で、どうしてここにやって来たのかから教えてもらおうか?」

 しかたなく響は、自分達がアイドルでロケの現場に行く途中に通ったトンネルで事故にあい、

そのままここに連れてこられた事を説明した。響の説明を、アンズは時折頷きながら聞いていく。


「――というわけで、だから自分は今ここにいるさー」

「へぇ……それで、地上に戻りたいって?」

「そ、そうだぞ! 自分達は、別に敵意を持ってるわけじゃないし……」


 アンズは、しばし右手に頬を乗せて考えた後、静かに口を開いた。
 
「――オマエの言う、『アイドル』って言ったっけ……それって楽しいの?」

 予想もしていなかったアンズの質問に、響はあっけにとられる。

そして、どう返答すべきか迷っていると、痺れを切らしたようにアンズが玉座から立ち上がった。

 
「だから! オマエの言う『アイドル』ってのは楽しいかってアンズは聞いてるのっ!」

「そ、そりゃあアイドルは楽しいぞ! 皆を笑顔にしたり、元気にしたり出来たら、自分も、とっても嬉しくなるし……」

 響の脳裏に、ステージやファンの思い出がよぎる。

悩む事や辛い事もあるけど、アイドル活動が楽しくなかったり、ましてつまらないと思った事は無かった。


「それに、自分が頑張ったら……プロデューサーや皆も褒めてくれるから……」

 ぼそりと、呟く。自分の努力を認めてくれる人がいる。それは何より嬉しい事だ。


「プロデューサー……さっきの話に出てたヤツか」

 アンズが、玉座に座り直す。

「そいつが『アイドル』達の親玉ってわけだ。なるほどね、ちょっと興味がわいたよ」

「ぷ、プロデューサーをどうする気さー!」


 響の問いに、アンズは答えない。
 
「教える必要は無いね。ユズ、とりあえずコイツは牢屋に閉じ込めといて」

「あ、はい。分かりました!」

 ユズとうさぎに連れられて、響が部屋から出て行く。一人部屋に残ったアンズは、どこか懐かしむようにつぶやいた。

「アイドル、か……久々に聞いたよ。その言葉」

===========

 風が、こんなにも冷たいものだと知らなかった。頭の遥か上にあるきらめきが、辺りの闇を照らしていた。
 
 眩しく、そして途方もない大きさで世界が、そこに広がっていた。

 
「……きれい」


 きらめきを見ていると、自然とこぼれた自分の気持ち。そのつぶやきを聞いている者は誰もいない。一人ぼっち……。
 
 急に、恐怖が襲ってくる。こんなにも広い世界がある。この世界では、自分はとてもちっぽけな存在だと思い知らされる。
 
 両肩を抱いても、体の震えは止まらなかった。そのまま、その場にうずくまる。
 
 ――どれくらいたっただろう。微かに聞こえてくる、声。

 
「――――♪」

 誘われるように、声のする方へ近づいていく。

見た事も無いピンクの生き物、そしてその前に立つ、私達以外で初めて見る『人』の姿。
 
「――♪ っ! だ、誰ですか!?」

 その人物が、私に気がついて慌てて振り返る。ひらひらとした服。頭から生えた長い耳。背も、私よりも大きい。
 
「――あ」

 開きかけた口を閉じる。なんと声を掛けたら良いのだろう?――分からなかった。


「――女の子? それも小さな……」

 困っている私に、その人が近づいてくる。

「こんな時間に、一人でこんな所にいたら危ないですよ……お家が近くにあるのかな?」

 彼女がしゃがんで、私との目線を合わせる。そして、優しい笑顔で訪ねてきたその質問に、ぎこちないうなずきで答える。

 
「そっかぁ。夜のお散歩なのかな? でも、あんまり長い事外に出てたら、危ないから……早く帰らないとダメですよ」

 そう言って撫でてくれた手の暖かさに、知らない感情が湧き上がる。今まで味わった事の無い、初めての気持ち。

 
「――かせて」

「えっ?」

「――さっきの声……もう一度聴きたい」

「さっきの……も、もしかして歌の事ですか!?」


 慌てた様子で赤くなるその様子が、どこか可笑しく、自然と笑顔になる。いつの間にか、体の震えも止まっていた。


「『歌』って言うんだ……ダメ?」

「……分かりました! 小さなお客さんのために、頑張っちゃいますよ!」


 咳払いをすると、彼女は歌いだした。これも、初めて聴く不思議な声。歌い終わってすぐに、もう一度とせがむ。
 
「まさかのアンコールっ!? で、でもぉ……」

「聴きたいの! 初めての『歌』だから!」

「うぅ……小さな子のお願いを、無下に断るのは良くないですよね……そ、それでは、もう一度だけ」

 再び歌いだす彼女に合わせて、今度は私も一緒に歌う。

彼女は最初こそ驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になると私に手を差し伸べてきた。

 
「――♪」

 歌いながら、差し出された手を握り返す。つないだ手に心地よい温もり。

ぽかぽかとした感情が、再び胸に湧き上がる。


 ――歌い終わった後、二人は手を繋いだままその場に座り、空を見上げていた。

「いやぁ、凄いね! 一度聴いただけなのに、完璧に歌えてましたよ!」

「……そんなに凄いの? 普通、一回で覚えれると思うけど」

 私の言葉に、再び驚いた顔になる。

 
「やっぱり、天才っているんですかねぇ」

 そういう横顔は、どこか寂しそうだった。

 
「……実は私、ここにはお別れの為に来てたんです」

「お別れ……なんの?」

「……夢、ですかね」

 彼女が立ち上がる。そして、きらめきとは違う、白く光る丸を指差す。


「実は私、あそこから来たんですよ!」

「あそこって……あの白いやつの事?」

「白いやつ……『月』を知らないんですか?」

「アンズは、今日初めて地上に出たから。知らないことだらけなんだ」


 一瞬怪訝そうな顔をしたが、彼女は「一緒ですね」と言って話を続けた。

「ここに来てから、随分と長い時間が経ってしまいました。

大変な事や辛い事も、たくさん……でも、私は歌に出会いました。そして、憧れたんです」


 そこで言葉を切ると、彼女が私へ顔を向ける。
 
「『アイドル』って知ってます?」

「……知らない」

「歌や踊り……それ以外でも沢山の方法で、皆を元気にしてくれる人達の事ですよ」

 彼女がその場で簡単な踊りを踊る。その姿は月明かりに照らされて、とてもきれいだった。

 
「……気がつけば、憧れが夢に変わっていました。

それからはもう、本来のお仕事ほったらかしでアイドル目指して一直線です!」

 踊り終わるとそう言って、彼女が苦笑する。


「オーディションも受けて、歌の練習も頑張って……でも、そろそろ時間切れ」

 そして、二人のまわりで歌を聴いていたピンクの生き物を指差す。

 
「とうとう連絡が来ちゃいました……この子たちを、連れて帰らないといけません。それが、私の本来のお仕事ですから」

「……諦めちゃうの?」

「――仕方ないんですよ。結局、私にはアイドルとしての魅力も、才能もありませんでしたし」

「嘘だよっ!」

「う、嘘じゃ……ないです。それに、言ったじゃ無いですか、アイドルは、本来のお仕事じゃなかったんですから」

「じゃあ、何で……泣いてるのさ」

 彼女が、驚いた様子で自分の涙を拭う。

 
「アンズは、さっきの歌を聴いて楽しかったし、踊ってる姿もきれいだと思った」

 無意識のうちに自分の服の裾を握っていた手に、力が入る。

「それって、『アイドル』がしてるって事と一緒だよね? 少なくともアンズにとってあなたは――」


 あなたは――その後、何て言ったんだっけ? あの人はとっても驚いた顔をしていたな。

それで、優しく笑ってくれて、その後アンズの家にも来てくれて……。

 でも、何匹かのうさぎを置いて彼女は行ってしまった。

どこに行ったのかは分からなかったけど、彼女と会う事はもうないのだろう――それだけは分かった。

また、私は世界に一人ぼっちになってしまった。

 
「――ふぅ……今頃になって思い出すなんてね」

 ユズ達では、彼女の代わりにはならない。

むしろ、私がユズ達のための『彼女』にならなくてはいけないのに……上手く行かない事ばかりだ。


「でも、これはチャンスでもある」

 地上から迷い込んで来たアイツの言っていた言葉を思い出す。

『そ、そりゃあアイドルは楽しいぞ! 皆を笑顔にしたり、元気にしたり出来たら、自分も、とっても嬉しくなるし……』

 みるからに能天気そうな顔をしていたクセに、なんでアイツが『アイドル』なんだ? 

そこまで考えて、アンズが自嘲する。こんな事を考える自分が、らしくなかった。
 
 とにかく、『プロデューサー』とやらを捕まえればそういった疑問もハッキリとするはずだ。

彼女は目を閉じ、再びまどろみへとその身をまかせた――。

書き溜め分が終わったので、一旦区切ります。

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 俺達がこの国にやって来て早くも三日が経った。しかし、ただ何もせずにじっとしていたわけではない。
 
 まず最初に外部との連絡を試みたが、結論から言うとこれは失敗に終わった。

雪歩の携帯は電池切れ、俺の方は充電こそしてあったが地下にいるせいか電波が入らず。この分だと響の携帯も使用不能だろう。
 
 次に、捕らわれた響の安否。だが、これについてはすぐに分かった。

神殿に食料を届けに行ったシノブが親衛隊の一人を食べ物で懐柔し、確かな情報を手に入れて来てくれた。

それによると牢屋に閉じ込められているものの、命に別状はないそうだ。
 
 そして三つ目。ホノカの計画を元に練り直した、俺達の地上脱出作戦のプラン。

こいつが思いのほか難航しているのである。

 
「さぁて、どうするかなぁ……」

 もうすっかり良くなった体を起こし、テーブルの上に肩肘をつく。

「プロデューサーさん。食事の準備が出来ましたよ」

「あぁ、ありがとうホノカ」

「どういたしまして。出来立てで熱いから、気をつけてくださいね」

 テーブルの上に、木の実の粉から作ったパンが用意される。

 
「それにしても、ホノカもパンを焼くのが上手くなったなぁ。最初は真っ黒に焦がしてたのに」

「だ、誰だって初めての作業なら、失敗ぐらいします!」

 ホノカが顔を真っ赤にしながら怒る。

「はは、悪い悪い……。でも、慣れたら旨いもんだろ、地上風の食べ物も」

「……そうですね。まさか木の実でこんな美味しい物が作れるとは知りませんでした」


 そうなのだ。忘れてはいけないのが食事の改善。

初日に虫やみみずを出された時には正直焦ったが、木の実の備蓄があった事は俺達にとって不幸中の幸いだった。

 ホノカ達にとって木の実は保存食程度の認識だったらしいが、雪歩と俺はそれを使ってパンもどきを作る事に成功した。

普段食べているパンとは味も見た目も雲泥の差なのだが、ホノカ達にとっては初めて食べる物だったらしく、非常に好評である。

 
 これがきっかけで俺達の間にあったぎこちない雰囲気はいくらか和らぎ、今ではお互い気軽に呼び合う程には打ち解けていた。

「雪歩達はまだ戻らないのかな?」

「そろそろ戻るとは思いますが、確かにちょっと遅いですね」


 今、雪歩達はピニャコラタの住む穴に行き、その中に地上へと繋がっている物が無いかを調べていた。

なんでも崩落したトンネルに続いていた道が、唯一塞がれていない地上との出入り口だったらしいのだ。

 そのため、現段階ではどうにかして王を捕らえる事が出来ても、地上へと出る手段が無い。

これが、計画を実行に移す事もできず、未だ地底に留まっている最大の原因だった。


「ほんと、出口が見つからないとどうにもならないからなぁ」

「今日でほとんどの穴を調べ終わると思いますが、これで見つからなかったら……」

「まぁまぁ、そう悲観的にならないでくれよ。まだ望みが無くなったわけじゃないんだから」


「そ、そうですね! いざとなったら自分達で……」

「おいおいそんな――」

 その時、雪歩が勢い良く部屋に駆け込んで来た。よほど急いでいたのだろう、すっかり息が上がってしまっている。

「ッホノカちゃん! プロデューサー!!」

「あ、雪歩ちゃん……どうしたの、そんなに慌てて!?」


「はぁ、はっ……た……たいへ……です!」

「落ち着くんだ雪歩! 一体どうしたんだ?」

「それが「――こういう事だよーっ♪」

 瞬間、雪歩の喉元に鋭利な刃物が突きつけられ、入り口の死角から少女が姿を覗かせる。

「――ユズちゃん……!」

 ホノカが、驚愕の表情を浮かべる。この子が、話で聞いていた親衛隊の一人……!


「まったくこの子の逃げ足が速いからさぁー。追いかけるのが大変だったよー」

 ぺロリと舌先を見せてそう言うが、彼女は雪歩と違い、汗すらかいていなかった。

喉元に刃物を突きつけたままユズが俺に喋りかける。

「アンタが、『プロデューサー』?」

「……そうだ」

「王様から伝言だよ。『近いうちに、捕まえたアイドルの処刑を行う』……意味は、分かるよね?」

「――それはまた随分と急ぎの話だな」

「返事は?」

「……分かったと、王様に伝えてくれ。それと――」

 ここで一旦俺は言葉を切る。


「シノブはどうした?」

 雪歩と一緒にいたはずのシノブが、ここには居ない。

「ちょっとおいたして来たからね、しっかりとお仕置きしてあげたよ。今頃はミチルと遊んでるんじゃないかな?」


 「確かに伝えたからね」――そう言うと、ユズは去っていった。

本当に伝言を伝えに来ただけだった事に少々拍子抜けしたが、残された俺達三人にはそんな事を気にしている余裕なんて無かった。


「シノブちゃん……私を逃がそうとしてくれてぇ……」

「……雪歩ちゃんは悪くありませんよ。もしシノブちゃんではなく、私が一緒だったとしても、同じ行動を取ったと思います」

 自分のせいでシノブが捕まってしまったと落ち込む雪歩を、ホノカが慰める。


「うぅ……やっぱり、皆に迷惑をかけちゃうダメダメな私なんて、穴掘って埋まってますぅ~!!」

「や、止めないか雪歩! それに穴だったらもう埋まってるようなものだろう!」

「確かに、ここは地底ですので、既に埋まっていると言っても差し支えないかもしれません」

「いや、大真面目に納得されてもちょっと困るかな、ホノカ……」


 どこから持ち出したのかいつものスコップを振り上げて、地面を掘り始める雪歩。


「……ちょっといいかい、二人とも?」

 俺が声をかけるとホノカと、穴を掘る手を止めて雪歩も顔を向ける。

「正直成功するかは一か八かだけど、これは、チャンスだと思うんだ」

「でもプロデューサーさん! あの計画には解決できていない問題が……」

「大丈夫だホノカ。それについては、俺に考えがある」

 ホノカの言葉を遮り、俺はニヤリと笑った。

===========

「伝言は確かに伝えましたが……本当に神殿へ来るでしょうか?」

「来るさ、間違いなく……そのためにユズを行かせたんじゃない」

 奴等の居場所なんて、最初から掴んでいた。捕まえようと思えば、その日のうちに捕まえる事もできた……けど。
 
 それじゃ、面白くない。久しぶりのゲストなのだ、丁寧にもてなさなくちゃ。

 
「――ところで、シノブも捕まえたんだって?」

「あ、はいっ! 雪歩とか言う子を逃がそうとして歯向かって来たので」

「でも、わざわざ連れて来なくてもよかったじゃん。その辺に転がしとけばさぁ」

「それが、ミチルがどうしても連れて行くって聞かなくて」

「……またミチルか。まぁ、いいや。それで? その後どうしたの」

「今は響と一緒に牢屋に入れています。二人とも大人しくしてるそうですよ」

 ユズを下がらせ、アンズはこれからの事について考えていた。

奴らは自分を捕まえようとしているが、その先――捕まえた後にこの地底から脱出する方法を持っていない。

 これは、始まる前から勝敗の決まっているゲームだ。やつらが必死にもがく姿を想像して、アンズは静かに笑う。
 
 せいぜいこの私の暇つぶしに付き合ってもらうさ――。

===========

「と、とうとうやって来ちゃいましたね、プロデューサー……」

「おいおい雪歩……俺達は響を助けに来たんだぞ? 今から怖がっててどうするんだよ」

 雪歩が目の前にそびえる大木に作られた神殿を見て言う。まぁ、内心俺も落ち着いているとは言えなかったが、

今から始める作戦の成功率は限りなく低い――だからこそ、ここで怖気づいてちゃ、上手く行く物も上手く行かなくなってしまう。


「大丈夫ですよ雪歩ちゃん。いざとなれば、私が身をていしてでも響さんを助けて皆さんを逃がしますから!」

 そう言うホノカの顔にも、余裕が見られない。

「ホノカもちょっと落ち着け……そうならないように、作戦をたてて来たんだろ。

くれぐれもそう言う自分の身を危険にさらすような真似は自重してくれよな?」

「す、すみませんプロデューサーさん……私も、緊張しちゃいまして」


 そんな事を言っていると神殿の入り口から一人の少女がこちらへ向いてやって来た。

「初めまして『プロデューサー』さん! 王様のところまでご案内しますね!」

「分かった……ええと、君が……」

「プロデューサーさん。この子がミチルちゃんです」

「あぁ、食べる事が好きな子の方か」

「はい! あたし、食べる事大好きです!」

 少女が元気良く言い放つ。先ほどから俺の事を瞬き一つせず見つめてくるのは不気味ではあったものの、

根は良い子そうだ……これなら、案外と上手く行くかもしれない。

 
「それじゃ、あたしに着いて来てくださいね!」

 俺達は彼女に導かれ、神殿の奥に位置するであろう大きな広間へと連れてこられた。

その部屋の中心に置かれた玉座に、寝転がるようにして座る少女……まさか、この子が王様――アンズか?

 
「王様! 『プロデューサー』達を連れて来ました!」

「……大声で言わなくても、見たら分かるよ」

「あ~、確かにそうですね!」

 俺達の隣で、ミチルが失敗しっぱいと頭に手を当てて笑う。


「さてと……初めまして『プロデューサー』さん。この王国の王様をやってるアンズだよ」

「……どうやら、本当に王様みたいだな」

「ふふっ、よく言われるよ……と、いうよりはここに来る『ニンゲン』は皆そう言うね」

 アンズは玉座に横になったままで答える。こりゃ、そうとう舐められてるみたいだな。


「それで、俺達にわざわざ伝言までしてここに来るように伝えてきたんだ。なにか理由があるんだろ?」

「話が早いヤツは助かるね……アンズは出来るだけ楽がしたいからさ――後ろを見なよ」


 振り返るとそこには先日のユズという少女と、捕らわれていたシノブ、そして――。

「ぷ、ぷろでゅぅさぁあぁっ!?」

 ――そして、何日か振りに見る響の姿があった。


「響ぃ……ちょっと見ない間にずいぶんとワイルドな感じになったなぁ」

「何言ってるさー! 自分、とっても心配だったんだからなぁっ!!」

「そう言えば響ちゃんはプロデューサーが無事だった事知らなかったんだよね……」

「雪歩も元気そうだな! 二人とも、ほんとに無事で良かったぞ~!」


 俺達が再開の喜びに浸っていた時だ。響と俺達の間に、ユズが割って入る。

「はいはい、感動の再開劇は残念だけどここまでーっ」

「ユズの言うとおり、アンズ達の事を忘れてもらっちゃあ困るなー」

 寝転がったままアンズが片手を挙げると、うさぎ達がやって来て俺たちを取り囲む。


「ねぇ、『プロデューサー』さん。聞くところによると地上に帰りたいんだってね?」

「ああ……もしかして俺達を地上に帰してくれるのか!?」

「う~ん、そうだね。だったらこうしようよ」


 アンズが体を起こし、玉座に座りなおす。

「アンズとちょっとした遊びで勝負してみない? それに勝てたら、地上に帰してあげてもいいよ」


 ――来た! 俺はしばらく考える振りをしてから、出来るだけゆっくりと返答する。

「……本当に、俺達を地上に帰してくれるのか? 嘘をついていないって証拠は?」

「ふふん。言うと思ったよ」

 アンズが指を鳴らすと、ユズがアンズの側まで移動し、ミチルが響たちの手にかけられていた縄をほどいて行く。


「これで心身ともに自由……遊びの内容は『狩り』ごっこ」

「狩りごっこ?」

「合図をしたら、そっちは地上への出口を探しに行く。

ある程度の時間が経ったら、アンズ達もお前達を『狩る』ために後を追いかける」

「追いかけるのはアタシとミチルの二人。精々頑張って逃げて、アタシ達を楽しませてねっ♪」

「狩られる前に一人でも外へ出る事が出来たらそっちの勝ち。逆に全員を捕まえたらアンズ達の勝ちってワケ」

「なるほど。いかにも王様が考えそうな趣味の悪い遊びだな」

「……ふん、何とでも言ったらいいさ。王様ってのは退屈を紛らわすためなら何だって出来るからね」

 玉座にふんぞり返り、アンズが続ける。

 
「それでこの勝負、やるの? やらないの?」

「一人でも外に出たら俺達の勝ちなんだろ? こっちは五人、そっちは二人……これ以上ないぐらいの好条件だ、受けるよ」

「ふふん……そっちは四人だよ」

「何だと?」

「そっちは地上から来た二人にホノカとシノブの四人……『プロデューサー』には、人質としてここに残ってもらう」

「人質だって!?」

「そうさ……これは勝負だって言ったでしょ? アンズが参加しないんだから、そっちの王様も勝負に直接参加は出来ないって事。

それに、人質がいれば色々と面白いものが見れるんだよ。例えば、裏切りや……仲間の事を見捨てたりって展開もあったね」

「つくづく悪趣味な王様だな……」


 アンズの言葉に、俺はしまったと言う顔をした。

実を言うとこの勝負……『狩りごっこ』については事前にホノカから聞いていたのだ。

地上から迷い込んで来た人間に対して、ゲームの形で地上に帰してやると提案する。

ここに地上からの人間がやって来るたびに行う、王様お気に入りの遊び。

 
 だがその実、地上への出口など初めから何処にも存在せず、獲物役にされた人間は出口を求めてこの王国をさまよい歩く間、

常に追ってからのいたぶる様な追跡を受け……最終的に身も心もボロボロになったタイミングを見計らって獲物役を捕らえる。

 
 その後、捕らえられた獲物役がどうなってしまうかまではホノカも知らなかった。

なんでもアンズがうさぎ達を使って何処かへ連れて行ってしまうらしい。

 一度訪ねてみた事があったそうだが、「アンズのお腹の中さ」と笑って誤魔化されたそうだ。

 
 とにかく、この勝負に勝つには時間が必要だった。そのためには、獲物役はなるべく多いほうが良かったのだが……。

「ど、どうするんです? プロデューサー……」

 雪歩が、心配そうに俺に聞いてくる。そんな彼女の頭に手をやり、俺は笑って答えた。


「なぁに、人数ではこっちが上なんだ。心配しなくていい、誰か一人でも外に出たら俺達の勝ちなんだぜ?」

「で、でも……プロデューサーが……」

「大丈夫、雪歩達なら出来るさ……頼んだぞ!」


 そう言うと、俺はアンズへと向き直った。

「その条件で良い。俺はここに残るよ」

「それじゃ、始めようか」

 アンズの言葉を始まりの合図にして、俺以外の四人が神殿の外へと駆け出して行く。

 祈るような気持ちで、俺は彼女達の背中を見送った――。

ご飯を食べるため、ここで一区切りします。

==========

 狩りごっこは娯楽の少ない地底において最大のイベントだった。

そもそも獲物役が居なければ成立しないこの遊び、地上から迷い込んで来る者も滅多にいないとなると、

ユズが狩る事のできる獲物はピニャコラタしか残らなかった。
 
 だがこのピニャコラタが実に不思議な生き物であり、狩っても狩ってもいつの間にか数が増えているのである。

いつしか彼女は管理するためにピニャコラタを狩るようになっていた。

それは本来の欲求を満たす物ではない、限りなく事務的な作業だ。

 
「そろそろ追いかけてもいいんじゃない?」

 玉座に座るアンズが、許可を出す。その言葉に頷くと、ユズは愛用の槍を手に神殿を出た。

手近にある背の高い建物の上に慣れた手つきで登ると辺りを見回す。
 
 この狩りごっこ……獲物役には二つの選択がある。一つは地上への出口を見つけ、こちらの追跡を振り切って外に出る選択、

そしてもう一つが追っ手であるこちらを逆に撃退するというもの。

 だが、過去にこの選択を成功させた者は誰一人居なかった。そもそも出入り口は最初から塞いであるし、

返り討ちにしようと待ち構える者が相手の場合は獲物役が消耗するまで待てば良いだけだ。

 
 ユズは遠目に、壁に空けられた穴の中、ピニャコラタ達が集まっている場所を確認する。

ピニャコラタの習性の一つに自分達以外の者の周りに集まるというものがあったが、

王はこの習性を利用して王国の壁の周りにピニャコラタによる探知機を形成した。

これを使えば、地上から迷い込んで来た者やここから逃げ出そうとする者――獲物役の居場所を特定するのは容易だ。

 
「さてと……ピニャコラタの集まり具合からしてあの辺りにいるのは間違いないだろうけど……」

 ユズは考える。普段ならこのまま獲物役のいる場所に向かうのだが、

今回はその中にホノカとシノブ……こちらのやり方を知っている者がいた。

 実力は自分よりも下だし、槍さばきにも自信はあったが、彼女達だって探知機の事は知っている。

何の備えも無く居場所を教えるような事はしないはず……慎重に行動する方が良いだろう。

「相手は四人、こっちは二人……素直に考えれば罠だよね、コレは」


 神殿の方へ目を向ける。ミチルはまだやって来ない……いつもの事だが、彼女はタイミングが悪い。

何をぐずぐずしているのだか、出てきていたなら偵察に行かせようと思っていたのに。
 
「しょうがないなぁ……自分でやるしかないか」

 ユズは建物から降りると、周囲に気をつけながらピニャコラタの集まる穴へと歩き出した。
 

==========

「ほ、本当に上手くいくのかな……?」

「雪歩はもっと自分に自信を持ったほうがいいぞ! きっと上手くいくさー!」

「そうですね、人質に取られたのがプロデューサーさんだったのも、こちらにとっては好都合です」

「それにしても、よくこんな事を考えるよ。あんた達のプロデューサーはさ」

 私達四人は神殿を出て一直線にピニャコラタ達の住む壁穴へとやってきました。

そしてその中から、お目当ての穴を見つけ出します。

 
「それじゃ、アタシと響がここでユズ達を食い止めるから……頼んだよ、二人とも!」

「後ろは自分達に任せるさーっ!」

 穴へやって来た私達の周りに、ピニャコラタ達が集まってきます。

「この子達が集まった事で、ユズさん達が私達の居場所に気がつくのも時間の問題です。急ぎましょう雪歩さん!」

「は、はい!」

 プロデューサー、私、ダメダメなりに頑張ってみますから……だから、信じて待っていて下さい!

==========

 ピニャコラタ達の群がる穴の中へと足を踏み入れる。そういえばこの場所は――なるほど、そう言うことか。

「でもさ、それは無理な話だよねー。だってさ……」

 やれやれといった風に片手をあげる。そして目の前に待ち構えていたシノブと響に槍の切っ先を向けた。


「アンタ達二人で、本当にユズを止められると思ってるのカナ?」

「それは、やってみないとわからないさーっ!」

 響がそう言って右手を前にして構えを取る。

シノブも、手にしていた石剣を抜いてこちらの様子を伺っている……どうやら、本気で止めに来るつもりらしい。


「いいよ。かかって来たら……!!」

 ユズが喋り終わる前に響が地面を蹴り、その勢いのまま左拳を突き出す。

だが、不意をついた一撃を体を捻るようにして響の左へずれる事でかわすと――そのまま、ユズはすくい上げるようにして槍の柄を響の腹部へと叩き付けた。

「――かはッ!!」

 拳を避ける際の体の捻り、ソレを利用した強烈な一撃に、一瞬だが呼吸が止まり意識まで持っていかれそうになる……が。

「はぁぁぁっ!!」

 間髪入れず、シノブがユズへと飛び掛る。ユズの右手に握られた槍には未だ響の体が乗っており、振るう事が出来ない

まず、相手の武器を封じる事……そして、その一瞬を利用してもう一人が相手を攻撃する――それが彼女達の作戦であった。
 

 
「――甘いよっ!!」

 だが、ユズは自ら槍を手放すと……腰に差していた石剣を逆手で引き抜き、そのままシノブへ向けて振り払う。

勢いをつけていたシノブはその反撃を避ける事が出来ない!
 
 カウンターを貰う形で、シノブのわき腹を石剣が傷つける。そしてそのまま、シノブは地面へ倒れこんだ。

「シノブッ!!」

 地面の上に、赤い血が広がっていく……地面に横たわる二人を見下ろしながら、ユズがニタリと笑う。
 
「発想は良かったんだけどね……急ごしらえのコンビじゃ、この程度カナ?」


 そして響の顔を蹴り上げて槍の上からどかせると、ゆうゆうと地面の上に転がる槍を手に取った。

「やっぱり、狩りはいいよね。血が出るのが、特に良い……ピニャコラタ達には白い綿しか入ってないからさ」

 ユズが、どこか恍惚とした表情で石剣に付いた血をなめる。

その姿を見て、響は改めて彼女と自分の違い……命のやり取りについての認識の違いを思い知らされた。

 目の前に立つこの少女は相手が動物だろうと人だろうと、一度『獲物』とした物の命を奪う事に対して躊躇しない。

「それじゃあ次は……キミの番だねっ♪」


 ユズが切っ先を下に向け、槍を振り上げる。

「――に……げて」

 振り下ろされた槍が地面へ突き刺さる。すんでの所で一撃をかわした響に、倒れたままのシノブが言う。

『逃げて』

 その言葉を聞いた響は弾かれたように体を起こすと、ユズに背を向けて走り出した。

その後姿を目で追いながら、ユズは肩に槍を乗せる。

「ありゃりゃ、仲間を見捨てて逃げ出しちゃうとはね……」


 呆れた様子でユズがシノブに言う。

「やっぱり、地上の人間は皆こんなのだよ。いざとなったら、自分の命が一番。仲間だって平気で見捨てていける」

「…………」

「――だんまりってわけ? 随分と嫌われちゃったなぁ~」

「彼女達は……そんなのじゃ……無い」


 シノブの言葉に、ユズが少し皮肉めいた笑みを浮かべる。

「王に歯向かってても『仲間』のよしみでトドメは刺さないであげる……後から来るミチルに手当てしてもらうんだね」

 そう言ってユズは穴のさらに奥――最初に響達を見つけたトンネルへと続く道へと入っていった。

==========

 狭い道を進み、久方ぶりにトンネルの中に出る。
 
「二人が時間稼ぎをしている間に、もう二人が繋がるかどうかも分からない外への出口を掘り起こす」

 トンネルの中、土壁に穴をあけようとしている人影に、ユズが語り掛ける。
 
「その格好、雪歩だっけ? みぃつけたっ♪」

 人影は壁を向いたまま、こちらに振り向くことなく作業を続ける。


「ふん。最後まで、望みは捨てませんってことー?」

 人影まであと少し、彼女が手を伸ばそうとした時、辺りに轟音が響渡った。

「――なにッ!?」

 咄嗟に音のしたほうへ振り向くと、今のいま入って来た入り口が土砂によって塞がれている。

そしてその土砂の前に立つのは――。

「お前は! 逃げたはずじゃ!?」


 そう、シノブを見捨てて逃げたはずの響が、そこに立っていた。

その一瞬の隙をついて、土壁に向いて立っていた人影がユズの腰に抱きつく。それは雪歩の服を着たホノカだった。
 
「響さん! 今ですッ!!」

「まかせてッ!!」

 響の拳が、今度こそユズの体を捉える。だが――。

「なめないでよねっ!!」

 すんでのところで、ユズが左手を使って拳の直撃を防ぐ。

そしてそのまま、腰に抱きついていたホノカの腕に、握っていた石剣を突き立てた!


「きゃぁぁっ!」

 腕の力が緩んだところで彼女を振りほどき、ユズはすぐさま響との距離を取った。

突き立てられた石剣を腕に刺したまま、ホノカがその場にしゃがみこむ。

「ほんと……ほんとやってくれるじゃんかっ! アタシよりよっぽど弱いくせにさっ!!」

 嵌められた……その言葉が、彼女の頭の中を駆け巡る。

気をつけていたはずなのに、まんまとここに誘い込まれ、そして閉じ込められた! 

狩る側だったはずの自分がいつの間にか狩られる側に回りつつある……その事実がユズを苛立たせていく。


「もしも自分とシノブでお前を止められなった時のために、プロデューサーが考えてた奥の手さー!」

 そう言って、響がこちらを向いて再び構えを取る。


「前と違って、暗い洞窟で過ごしてたからかな……今ならハッキリとお前の姿を見る事ができるぞっ!!」

「……姿が見えるからって、調子にのるんじゃないよっ!!」


 踏み込みと同時に下から上へ槍を振り払う。そしてそのまま横になぎ払おうとした時、左手に鈍い痛みが走る。
 
「りゃあぁあぁぁっ!!」

 まっすぐに響が突っ込んでくる。距離を詰められた事により、先端では無く槍の柄が響の横っ腹を叩く!

 刃の部分では無いが威力が無いわけではない、このまま力を込めて振りぬけば――。

「なん、くる……」

 振りぬけば――力が、勢いが足りない。そうか、左手が……!!

「ないさあぁぁぁぁーっ!!」

 全身の力を込めた拳が、がら空きになった胴体に衝撃を走らせた。同時に、辺りに響く不協和音。


「――ごほっ!!」

 ユズが、その場に膝から崩れ落ち、響も叩かれた横腹を押さえて、その場に尻餅をついた

。偶然だったとはいえ、もしも彼女の左手がしっかりと槍を支えていたならば、倒れていたのは響の方だったに違いない。


「大丈夫ですか響さんっ!?」

 ホノカが、駆け寄ってくる。

「じ、自分より……ホノカの方が酷い怪我だぞ……それに、シノブだって……」

「多少の出血はありますが、傷は浅いから大丈夫です……それよりユズさんは……」

 響が、倒れているユズの様子を慎重に確認する。どうやら、気を失っているらしい。

「こっちは、大丈夫だぞ。後は雪歩を信じて、自分達は大人しく待つだけさー」

=========

 初めは、恥ずかしさからだった。

失敗したとき、自信がないとき、その場から逃げ出したくて、どこかに身を隠したくて、私は穴を掘った。

 でも、今では穴を掘る事自体を楽しんでいる自分がいた。

この地面の下に、何が埋まっているのか……そういう事を考えながら、穴を掘る。きっかけは、子供の頃に観た一本の映画。

 それは発掘隊が偶然にも掘り当てた地底遺跡に迷い込み、その中で冒険を繰り広げるという内容の物でした。


「まさか、ほんとに映画みたいな事が起きるとは思ってませんでしたけど……」

 私は目の前の土壁に力強くスコップを差し込みます。

『これは、雪歩にしかできない事だ』

 神殿へ向かう前にかけられた、プロデューサーの言葉を思い出しながら。


『出口が塞がれているというならば、俺達が出口を作るしかない。

そして、俺達の中で一番穴掘りに向いているのが雪歩、お前だ!』

『そ、そんな……無理ですぅ! 私になんて絶対に出来ませんよぉ!』

『いや、雪歩じゃないとこの作戦は成功しない。俺はいつも見てるんだぞ? 

雪歩がどんなに固い地面でも、何メートルだって掘り起こしてる所をさ』

『で、でもぉ……』


 プロデューサーは言いました。

あのトンネルには照明設備が無かった事、それはつまり、トンネルの全長自体はそう長くないのでは無いかと。

質問されたホノカちゃんも、プロデューサーの言葉に頷きます。
 
『確かに、あのトンネル自体はそう大きなものでは無かったはずです』

『……決まりだな』

 人ひとりが通る事の出来る道を掘り進み、出口を作り出す事……

そのための時間は、響ちゃん達が頑張って稼いでくれているハズです。

私が、この土壁の向こう……外へと出る道を作る事を、信じてくれると言うなら――。

 
「その期待に、答えなくちゃ……き、気合だぞ! 雪歩っ!」

 私は自分に喝を入れると、どんどん穴を掘り進めて生きます。

もしもここがコンクリートで作られたトンネルだったならば、こうも簡単に進む事は難しかったでしょう。

 今だけは、こんな古いトンネルで良かったと、感謝の気持ちです……その時でした。


「きゃあっ!」

 不意に目の前の土壁が崩れたかと思ったら、私の頭の上にも大量の砂が落ちてきて私は――。

書き溜め分が終了したので、ここで一区切りとします。
恐らく次の更新でラストまで行けると思います。では。

==========
 
 ――時間はユズが雪歩達を追って神殿を出て行った所まで遡る。
 
「さてと、ただ待つってのも退屈だから……少し話でもしようじゃないか」

「一体なにを話すつもりだ?」

 アンズの言葉に、俺が聞き返す。


「なに、たいした話じゃないよ……聞くところによると、お前はアイドル達の親玉なんだってね」

「……響から聞いたのか?」

「誰に聞いたかは問題じゃないよ」

 そう言って、アンズがじろりと俺を睨む。

「問題は、あんな能天気なヤツでもアイドルって言うのになれるのかって事さ」


 その時、俺は彼女の口ぶりに違和感を感じた。

なぜならば、彼女はどうも『アイドル』と言うものを知っているらしかったからだ。

何故だ? 彼女のいる地底では、そういうものに触れる機会なんて無いはずなんだが……。
 
「……一応、響も雪歩も俺がプロデュース……アイドルとして育てているのは事実だ」

「それじゃあ、お前がやろうと思えばそこにいるミチルでもアイドルに出来るっていうの?」

 急に話を振られて、ミチルが驚く。

 
「彼女をアイドルに?」


 確かに、彼女の容姿は悪くない。正確も明るく元気な感じで、それはアイドルとしての重要な要素の一つでもある。

異様に瞬きの回数が少ない事と、食欲で動いているようなところを除けば、十分及第点だ。

歌についてだけは、実際に歌ってみてもらわない事にはなんとも言えなかったが。
 
「……そうだな。十分アイドルの素質を持っていると俺は思うよ」

 その言葉に、アンズの顔が少しだけ険しくなる。

「ならホノカは? シノブは? ……ユズもどうなの?」

「……その三人も、原石ってところだな。それに、磨けば想像以上に化けるかもしれん」

 ますますアンズの顔が険しくなり……そして見るからに不機嫌になっていく。その様子を見て、俺はポツリと呟いた。

 
「もしかして……キミも『アイドル』になりたいのかい?」

「――ッ!! アイドルになりたかったのはっ! アンズなんかじゃないよっ!!」

 次の瞬間、アンズの隣に控えていたうさぎが俺の前に立つ。

当のアンズ本人も玉座から立ち上がり、相当興奮しているのか、俺を睨みつけたまま微動だにしない。

 その姿には、先ほどまで人を見下した態度をとっていた余裕は感じられなかった。


「なんで! どうして! ユズ達がアイドルできるって言うのさ!!」

 怒りの感情をむき出しにして、アンズが叫ぶ。


「俺は彼女達にアイドルが出来るとは言ってない! ただ、やろうと思うならアイドルにしてあげる事は出来るって言っただけだ!!」

「だったら! どうしてお姉ちゃんはアイドルになれなかったの!? お前と出会わなかったからか!? 

それとも、出会ったのにお前がアイドルにしなかったのか!!」

「だから! アイドルになる手伝いは出来ても、実際にアイドルとして活動していくのは彼女達の頑張りがないと――」

「お姉ちゃんも頑張ったって言ってた! 歌も素敵だったし、踊りだってキレイだった!! 

少なくとも、お前の連れてきたヤツなんかよりよっぽど――」


「ウチのアイドルを馬鹿にするんじゃあないっ!!」


 俺の怒号に、びくりと体を震わせてアンズが黙る。気丈にも、睨みつける目を逸らす事はしない。

「キミの言うお姉さんが誰の事か、それを俺は知らないし分からない。

だけどな、『アイドル』としての自覚を持って頑張っている雪歩や響の事を、馬鹿にするのは、彼女達にとって失礼だ!!」

 俺はそこで一息吐いて呼吸を整えた。
 
「キミは勘違いをしているようだけど、プロデューサーが彼女達を『アイドル』にしてるんじゃない。

彼女達一人ひとりが持つ『アイドル』というビジョン――憧れを形にする手助けをする……それがプロデューサーだ」


「――憧れ……?」

「雪歩なら内気な自分を変えたい、響はもっと沢山の動物達を触れ合いたい……最初はそんな個人的な理由で皆アイドルになる。

だけど、それだけじゃアイドルとして続かない。やっていけないんだよ」

「じゃあ、何が……」

「彼女達は、アイドルとして活動していくうちに気がつくんだ。

自分の歌や踊り、頑張っている姿を見て、元気や勇気を貰っている人達がいるってことに。

そして、そんな人達がくれる応援が、自分達がアイドルを続けて行く力になるってことにもさ」

「…………」

「そして見えてくるんだ。本当に目指したい自分、アイドルとして皆に見せたい自分の姿――夢が。

その夢を実現するために彼女達は日々の努力を惜しむ事はない。

そして、その夢を実現するためだったら、俺も協力を惜しむ理由なんてどこにも無い!!」

 言いたい事を、一気にまくし立てる。彼女達の夢を実現する手助けのために全力を尽くす、

それはプロデューサーとしての俺の誇りでもあった。


 アンズが、玉座の置いてある高台から降り、こちらに近づいてくる。

一歩、また一歩。手が届くほどにまで近づいた時、俺は彼女を見下ろして、彼女もまた俺を見上げていた。
 
 そして、彼女の小ささを改めて知る。俺を見上げたまま、アンズがゆっくりと口を開く。


「――お姉ちゃんは、アンズに歌を教えてくれた」

「短い間しか一緒じゃなかったけど、優しかったし、温かかった」

「お姉ちゃんがいなくなって、今度はアンズがユズ達を守らなくちゃって思った。ユズ達にとってのお姉ちゃんにならないとって」

「だから、この国を作った。時々やって来る地上の人は、誰も彼もお姉ちゃんと違って、冷たくて、嘘つきで」

「なのに……なんでお前はそんなにも彼女達の事を想ってあげられるの? なんでそんなにも、他人の為に全力を尽くすって、きっぱりと言い切れるのさ!!」


 アンズの小さな肩が、震える。俺は彼女と目線を合わせるために膝を折り、その場にしゃがみこんだ。
 
「それは……憧れを……夢を叶えて喜ぶ彼女達を見るのが――俺の夢でもあるからさ」

「……やっぱり、お前も個人的な理由なんじゃないか」

 アンズが、涙目のまま口の端をにやりと上げる。そんな彼女に目線を合わせたまま、俺は言葉を続けた。

「だから、もしこの勝負に俺達が勝てたら、その時は俺に――」


 ――それからしばらくして、ミチルが怪我をしたシノブを抱えて神殿に帰ってきた。

すでに手当てはしてあると言うので、俺はほっと胸をなでおろす。

「それで、どうだった?」

「はい! 万事順調です!」

 俺の言葉に、元気よくミチルが話し出す。

ユズとシノブが戦った事、その後響がユズを例の場所に閉じ込める事に成功した事――そして。

「……どうやら、プロデューサーにしてやられたみたいだね」

 玉座に戻ったアンズが、ふてくされたように呟く。


「まさか、この短期間にミチルまで手懐けてるとは思わなかったよ」

「ご、ごめんなさい王様! でも、このパンっていうの、とっても美味しいんですよ!!」

 そう言ってミチルが俺達の作ったパンをアンズにもすすめる。その光景を見ながら、俺は二人に言った。

 
「それに関しては、ミチルが素直な子で助かったと思ってるよ」

「す、素直ですか!? なんか、褒められてる感じで嬉しいですね!」

「プロデューサーってさ、人たらしだってよく言われない?」

 恥ずかしそうに照れるミチルを見て、アンズは呆れ顔だ。
 
「はは、それじゃあ……皆のところに行こうか?」

========

「あ! プロデューサー!!」

 土壁の前、大きく掘りあけられた穴の前に座って待っていた雪歩が、こちらに気がつき声をかけてくる。

「その様子だと、どうやら上手く行ったみたいだな」

「はい、なんとか……最後の方は、勢い余って土壁から飛び出しちゃったりしたんですけど……」

 そう言って、照れくさそうに笑う。

「でも、雪歩ならきっとやってくれるって、自分信じてたぞー!」

 俺の後ろで、響が言う。


「まさか、本当に出口を掘っちゃうなんてね」

「それで、どうなんだい? 勝負の結果は」

「分かってるよ。アンズ達の負け、プロデューサー達は自由の身だし、遺跡もピニャコラタに返すよ」
 
「王よ! そ、それは本当ですか!?」

「くどいなぁ……王様に二言は無いよ。それに……」

「それで、プロデューサーさん! こんなにも美味しいパンよりも、もぉーっと美味しいパンが外の世界にはあるって本当ですか!?」

「……どうもこの辺が潮時みたいだしね」

 ミチルを見て、アンズがため息をつく。


 神殿を出た後、俺達はトンネルに閉じ込められた響達と合流し、雪歩が出口を掘っていた場所――

俺が、ホノカ達に助けられた側のトンネルへとやって来ていた。

 雪歩の掘った穴を通ると、すぐに目の前を眩しさが覆いつくす。地底の中では分からなかったが、今はまだ朝のようだ。

久しぶりに吸う新鮮な空気が、ここが地底では無く地上なのだという事を実感させてくれる。
 
「――さて、行くか!」

 俺はそう言うと、皆を連れてトンネルの外――光の世界へと足を踏み出した。

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「あ……これ、美味しいです」

「ホノカちゃんもそう思う? 実はアタシも美味しいって思ってたんだ!」

「フゴ、フゴゴッ!」

「ミチルー、食べながら話したって分かんないって言ってるじゃーん」

「どうせ美味しいって言ってるだけでしょ。気にする事ないよ」

「みんな~、お茶が入ったよ~」

「えへへ、やったねっ♪ 雪歩のお茶は美味しいからさ~」

「その意見には、自分も賛成だな!」

「フゴッ!? フグッ……ゴフッ!」

「み、ミチルちゃん!? ほら! お茶だよ!!」

「はぁ、ミチルは何処にいたってミチルだねぇ」


 事務所のテーブル、その上に置かれたお菓子やパンを囲んで、私達は座っていました。これが、新しい私達の日常。

地底から戻ってきて、早いもので二ヶ月余りが経とうとしています。
 
 地上へと戻った私達は、使えるようになった携帯で迎えを呼ぶと、見慣れたいつもの場所に帰ってきました。

でも、それからがプロデューサーにとって大変で……。

 
 まず、身寄りの無いアンズちゃん達の新しい家を探す事から始まり、彼女達の生活スタイルをこちらと合わせるのにも一騒動。

一般的な常識だったり教養だったり……そう言ったものをプロデューサーは彼女達に教えてあげて……

もちろん、私達もお手伝いしましたよ?

 
 そして何より驚いたのが、プロデューサーったら、アンズちゃん達全員を『アイドル』にしちゃったんです! 


「私は、プロデューサーさんにご恩がありますから」

 そう言って顔を赤らめたのはホノカちゃん。

「ホノカ一人、全然知らない場所に放り出すなんて出来ないからね」

 でも、最近はシノブちゃんもアイドル活動が楽しいみたい。

「アイドルって良いですよね! 頑張れば頑張るほど、楽しくって、美味しい物も一杯食べられますし!」

 ミチルちゃんは……本当にどこでもミチルちゃんだ。
 
「ユズも、楽しいの好きだよっ。体を動かしてたら気分も良いしねーっ♪」

 ぺろりと舌を出すユズちゃん。今はもう仲良しだけど、時々私の顔をじっと見つめる事があるんだよね……何でだろう?
 
「アンズは……楽して暮らせるから、アイドルやってるだけだからさ」

 王様……ううん、今ではすっかりホノカちゃん達とも打ち解けた、アンズちゃんがそう言います。


「おーい、お前達。仕事に行くから車に乗れよー」

 事務所の扉を開けて、プロデューサーがやって来ました。
 
「「はーい!」」

 私達は元気よく返事をして、事務所を出ます。外ではお日様がさんさんと照りつけていて……でも、時々思い出すんです。

地底でせっせと住みかを広げていたピニャコラタ達。今でも彼らは、穴を掘り続けているのでしょうか?
 
 だとしたら、この大都会の下まで彼らが住みかを広げる可能性も無いとは言い切れません。

いつかまた、私が穴を掘ったとき……あの不思議な地底王国と繋がって、再び彼らに出会うかも……。

「どうした雪歩ー! 早く来ないと置いてっちゃうぞー!」

 響ちゃんが、車から私に向かって叫びます。

「ま、待って~! 今行きますぅ~!」

 ……でもそれは――また別のお話です!

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============

エピローグ
 「雪歩の知らない王様」
 
 静かな事務所の中に、プロデューサーがキーボードを打つカタカタという音が響く。
 
「それで、どうでしたアンズちゃん。結構、面白かったでしょ?」

「まぁ……悪くは無かったかな」

 事務所に備え付けられたテレビ。その画面を、アンズと事務員の小鳥さんが一緒になって眺めていた。

 
「まさかアンズちゃんがこんな古い映画に興味があるなんて思わなかったわぁ。これ、DVDになってないのよ?」

「雪歩が、貸してくれたんだ。もしかしたら、興味があるかもって」

 アンズがそう言って、カセットデッキからビデオテープを取り出す。そのラベルには『ウサミン探検隊と地底王国』の文字。


「そうそう、この主演の菜々ちゃんも、アンズちゃんと同じアイドルだったの!」

 小鳥さんはそう言うと、懐かしそうな顔になって続ける。
 
「とっても魅力的な人だったけど、何かとタイミングが合わなくって……よく二人で愚痴を言い合ったりしてたなぁ」

「……知り合いだったの? その、菜々さんと」

「そうね……でも、その映画を撮り終わった後、彼女はアイドルを辞めて……それからは、私も彼女とは会ってないの」

 映画を見終わると、小鳥さんも帰って行った。事務所にはアンズとプロデューサーしか残っていない。


「……っし! 終わった~」

「お疲れ、プロデューサー」

 アンズが、淹れたてのコーヒーをプロデューサーに持ってくる。

「お、珍しいな。アンズがコーヒーを淹れてくれるなんてさ」

 こりゃあ明日の天気が心配だな、と笑うプロデューサーをアンズが睨む。


「――どうだ、こっちの暮らしは……共同生活にも慣れたか?」

「お陰様でね……なんとかやってけてるよ」

「まぁウチだって寮の一つや二つ持っておくのも悪くないって話をしてたからな。タイミングが良かったよ」

 二人の間に、しばしの沈黙が流れる。

「そう言えば気になってたんだけどさ」

「なに?」

「結局あのうさぎとかピニャコラタってなんだったんだろうな?」


 プロデューサーが不思議そうな顔をする。

「さぁね、ピニャコラタについてはアンズもよく分かんなかったな。うさぎの方は……」

 アンズが髪留めを外してプロデューサーに見せる。

「これで、動かしてたんだ。こっちの言葉で言うなら、ロボット……かな?」

「……凄い技術が眠ってるもんだ」

「これ、お姉ちゃんがくれたんだ。多分、お守りの代わりだったんじゃないかなって、最近は思ってるよ」

 そう言うアンズの顔は、どこか嬉しそうだった。


「分かんないって言ったら、あの地底王国への入り口もいつの間にか消えてたし……」

「――とにかくさ、世の中には説明のつかない不思議な事が一杯あるってことでしょ?」

 プロデューサーの言葉を遮り、アンズが意地悪そうに笑う。

「例えばそう……アンズ、月のニンゲンと知り合いなんだよ?」

「ははは、まさか……と言い切れない俺がいる。お前だって、地底のニンゲンだったわけだしなぁ」

「だから、細かい事を気にしてたってきりがないじゃん。そういうのは全部、ロマンだよ。それに……」


 アンズが、持っていたビデオテープをぎゅっと抱きしめる。

「信じているからこそ……いつかまた出会えるんだから」

 時計を見ると、もうだいぶ遅い時間になっていた。二人は事務所の戸締りをチェックする。

「それじゃ、帰るとするか。寮まで送っていくよ」

「……送らせていただきます、王様。でしょ?」

「こやつめ。今はただの女の子だろうが」

 そう言って二人は笑い合い、アンズがプロデューサーに手を突き出す。


「なんだ、この手は」

「手だよ。繋いで帰りたいの」

「……わがままなところは、変わらないな」

「そりゃ、女の子はわがままだからね」

 アンズの手が、自分よりも大きな手に包まれる。そして伝わってくる温かさに、昔感じた懐かしい気持ちになる。


「――キミの夢を叶える手伝いをさせてほしい」

「ん? 何だって?」

「な、何でもないよ! ただ、アンズももっと頑張らなくちゃなって思っただけ!」

 事務所を出ると、プロデューサーが空を見上げ、何気ない調子で言う。

「こんなに星が見えるのは珍しいな……そっか、今日は満月だったんだなぁ」

 大きくて丸い月が、きらめく星の中に浮かんでいた。それを見ながら、アンズも心の中で呟く。
 
 ――アンズ、あなたに憧れて、アイドルになったよ。
 
「いつかまた……会えるよね?」

 過去と今、二つの温もりに包まれながら、アンズは歩き出す。その背中を、月明かりが優しく見守っていた――。
 
============

 これで、このお話はおしまいです。行き当たりばったりで書いていましたが、なんとか終わらせる事も出来ました。
それでは、機会があればまた別のお話で。ここまで読んでくださって、ありがとうございました。では。

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