灰原「あれから、私は……」 (169)

OVAの「10年後の異邦人」と、以前読んでいたけど落ちてしまっていたスレを参考に書かせていただきました。
コナンのifスレです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1453805857

あれから、10年が過ぎた。

あの不思議な日々から10年。身体が縮み、命を狙われ、そして彼と出逢ってから10年。

今でも現実と思えないあの日々。

あれから、私は、いえ。私達は……。




ジリリリリリリ……

哀「ん……」パンッ

哀「ふぁ……。もう朝ね……」

相変わらず目覚ましと言うのは耳に残る。

もともと夜型の私には、早朝に起きるのは辛いものがある。

哀「朝ごはんにしなきゃね……。何にしようかしら」

なんて言いながら布団の中でうだってみる。

……ダメダメ。現実逃避しちゃ。

哀「んー……今日はトーストにしようかしら」

独り言を呟きながら、まだ重い瞼を擦りつつ洗面所へ向かう。

哀「うわ、酷い寝癖ね……」

寝癖もそうだが、寝ぼけたカオも無防備すぎる。

まるで緊張感のない表情。

昔からは考えられない。

哀「……あ、もうこんな時間。シャワーは後回しね」

急いで服を着替え、エプロンをつける。

全く、朝というのは何故こうもバタバタするのかしら。

哀「えーっと、冷蔵庫の中は……。卵が期限近いから目玉焼き。いえ……スクランブルエッグね」

即興で献立を考えるのも楽じゃない。

今になって家事の大変さを改めて感じる。

哀「……さて、飲み物は牛乳で良いかしら。お腹下しても嫌だから、温めておこうかしら」

などと試行錯誤してたけど、どうにか準備できそう。

ひと段落着きそうだし、彼を呼んで来よう。

哀「部屋にはいなかったし、きっと庭ね」

そう呟いてベランダに向かうと、ポーンとボールの弾む音がする。

やっぱりここだった。

哀「いっちゃん、おはよう。朝ごはん出来たわよ」

新一「おう哀!おはよう!」

工藤新一。私の最愛の人。

朝からその彼が満面の笑顔で応えてくれる。それが嬉しい。

それにしても、毎朝日課とは言え早起きしてリフティングの練習とは頭が下がる。

朝の苦手な私にはそれだけで尊敬に値する。

新一「悪いな、昨日も夜遅くまで起きていたのに朝メシ作らせちまって」

哀「何言ってるのよ。お互いさまよ。それより、冷めないうちに一緒に食べましょう」

新一「おう、急いで着替えてくるぜ!」

無邪気に笑って駆けていく彼を見ると、朝辛いのも忘れてしまう。

それに、彼に料理を作るのはもちろん大変だが苦痛には感じない。

何故なら、彼は私の最愛の人と言うだけでなく……。最愛の夫になったからだ。



新一「ワリーな、待たせちゃって」

哀「気にしないで。却って急かしてしまったかしら」

新一「んな事ねーよ。哀の料理食う為ならなんだってするさ」

哀「バカね。それより、ちょっとメニューが軽すぎたかしら。パンをメインに据えたから」

新一「十分さ、食べようぜ!」

哀「ええ、じゃあ」

2人「いただきます」

……今でも信じられない。

彼と2人でこんな時間を過ごしている事が。

あの頃。宿敵である黒の組織と闘っていた頃。

あの頃から私は彼を想っていた。

しかし、彼に想う人がいる以上、それは叶わない願いのはずだった。

しかし、命を懸けて過ごしていた日々はいつの間にか、彼と私の距離を縮めていた。

そして、組織と決着をつける直前、彼から想いを告げられた。

「今も……。そして、この闘いが終わっても……。オレのそばにいてくれねーか」

その呼びかけに、私は迷った。しかし……。

「私なんかが、あなたの傍にいていいの?」

「……ああ、勿論だ」

私は、彼の想いを受け入れる道を選んだ。

いや、その言い方は適切では無い。私の願いが叶うチャンスに、飛びついたというべきか。

それから程無くして、遂に私達は組織との闘いに決着をつけた。

長い間苦しんできた因縁に、彼と一緒に終止符を打った。

そして、私達の身体を縮めた時を弄ぶあの薬……。

APTX4869のデータも手に入れる事が出来た。

それを元に解毒薬を完成。私達は元の身体に戻る事が出来たのだった。

組織から解放されて、私達は日常を取り戻した。

慣れない事もあり不便も感じた事もあるが、彼は献身的に私を支えてくれた。

順調に交際は続き、元の身体に戻ってから3年後。遂に彼からプロポーズを受けた。

断る理由は、無かった。夢では無いかと何度も思った。

お互い忙しかった事もあり、すぐ結婚とはいかなかった。が、プロポーズから2年後にようやく式を挙げた。

それを機に私は家庭に入り、今に至る。と、言う訳だ。




新一「……んー、うまいな!このトースト!」

哀「パンなんて、誰が焼いても同じ味よ」

新一「いや、哀が焼いてくれたからうまいのさ」

哀「……バカね」

と、冷たく装うも悪い気はしない。寧ろにやけるのをこらえるのに必死だ。

哀「でも、大変ね。集合時間が早いから朝も早起きで」

新一「ああ、監督も張り切ってるからな。絶対勝つって」

哀「優勝が掛かると大変ね。プレッシャーも凄いでしょ?」

本日はここまでです。
また後日。

新一「いや、ワクワクしてるよ。なかなか巡り合えないチャンスだからな。それよりワリーな、俺に合わせてせわしない毎日でよ」

哀「バカね。そんな事気にしないで、ゴール決めてきて。それなら私の早起きも無駄にならないわ」

新一「おう!哀と約束した時のゴール率は100%だからな!今日も決めてくるぜ!」

彼の張り切る姿を見るとホッとすると同時に心配にもなる。

彼は頑張り過ぎてしまう人だから、無理してケガしないか不安になる。

只でさえハードなのに、優勝のプレッシャーがかかれば尚更無理をしてしまうだろうから。

……何の事かって?

彼、工藤新一の今の職業はプロサッカー選手。それも、日本代表に選ばれるほどのトッププレイヤーなのだ。

一連の事態が片付き普通の学生に戻ってから、彼は再びサッカーをしていた。

子供の身体では思う様に動けなかった分、元の身体で思う存分プレー出来る様になった喜びは一入だったらしい。

新一「次の試合も見に来いよ、きっとゴール決めてやっからよ!」

あの頃のそんな彼の嬉しそうな顔が胸に残っている。

そうしてサッカーを楽しんでいる内、プロの世界から誘いが来た。

サッカーへの情熱が高まっていた彼は、とても喜ぶと同時に悩んでもいた。

新一「なあ、哀。俺どうしたら良いと思う?」

サッカーの世界で生きてみたい。しかし、ずっと持ち続けた推理の、探偵の世界への憧れもある。

そんな悩みを聞いた私は、少し考えてこう言った。

哀「そうね。あなたの気持ちを尊重するけど。探偵には歳を取ってもなれるけど、プロスポーツは若い内しか出来ないのだから、やってみたら?今の内に」

少し無責任な言い方だったかも知れないが、私なりに最善の答えを伝えたつもりだった。

それを聞いた彼は少し考えた後......。

新一「ありがとう、哀。俺、やってみるよ」ギュッ

ああ、あの時の強く抱き締められた腕の感触は今思い出しても幸せ......。

......と、こんな感じで彼はサッカー選手としての道を歩き出した。

最初はオファーのあった東京スピリッツに入ったが、後にビッグ大阪に移籍した。

色んなチームでプレイしたいと言う気持ちは聞いていたので移籍は驚かなかったが、疑問があるので聞いてみた。

哀「何故ビッグ大阪に?海外からもオファーがあったんでしょ?」

すると、彼は......。

新一「ん?だってよ、オメーがファンだった比護さんがいたチームだからさ。ちょっと手助けしてーなと思ってさ」

と、真顔で返してきた。ホント、バカなんだから......。

とにかく、移籍が決まった事で私達はホームのある大阪に引っ越した。

つまり、今は大阪に住んでいる、と言うワケ。

最も、サッカー選手として活躍していても生まれ持った性分か、事件には度々巻き込まれ解決したりもする。

探偵としての彼の顔を見れるのは嬉しいのだが、せっかくの2人の時間が削られるのは苦々しく思っている。

新一「......おい、哀?どうした?」

哀「え?ああ。何でも無いわ。いっちゃん」

いっちゃん、とは私の彼への呼び方だ。

新一の一をもじって、いっちゃん。

結婚してから工藤君とは呼べないし、名前の呼び捨てもどうにも抵抗があった。

すると、彼から

新一「いっそ砕けた感じで新ちゃんとかにしたらどうだ?」

と言われ、考えた結果いっちゃんにした。

新ちゃんでは彼のお母さんとも被るからやめたのだ。

最初は死ぬ程恥ずかしかったが、彼は気に入ってくれた様で嬉しかった。

私の方は、元に戻ったので戸籍上は志保だが彼には哀と呼んで貰っている。

私としては灰原哀と言う名は彼と結ばれた頃に名乗っていた大事な名だし、それに......。

いや、それは今考える事でもない。

彼を気分良く送り出してあげる事に集中しないと。




新一「っと、いけね。急がねーと」

哀「試合は夜なのに大変ね」

新一「仕方ねーさ。試合、来るよな?」

哀「勿論。必ず行くわ」

新一「うっし。それ聞いて気合い入ったぜ!」ニカッ

喜んで貰えて何より。でも、試合を見に行くのは久し振りな気がする。

楽しみだけど、少し緊張する......。


新一「よし!じゃ、行って......。おっと、忘れるとこだった」ギュッ

哀「うん、頑張って来てね」チュッ

新一「へへ、じゃ。後でな!」

哀「いってらっしゃい!」ニコッ

さて、夜までに家事を片付けないとね。

哀「ん......。とりあえず食器洗おうかしら。それから洗濯して掃除機を......」

毎日の事だけど、家事はやはり大変。

昔の様に研究をしている方が、余程楽だったかも知れない。

哀「未だにエプロンを身に付けて家事をする自分が信じられないものね」

哀「そう言えば......。初めてエプロンを付けた時は、彼に笑われたっけ」

まだ結婚する前、初めて元の身体でエプロン姿になって彼を出迎えた時。

手料理を振る舞おうと張り切っていたのに、彼は私を見て大笑いした。

哀「......笑う事無いじゃない。せっかくご飯を作ってあげようとしたのに」

新一「ワリーワリー。見慣れなくてつい」

哀「どうせ私なんか、無愛想で可愛く無いと思ってるんでしょう?」

新一「んな事ねーよ。似合ってるぜ。新鮮な感じだよ。何より......。超可愛いぜ」ニカッ

哀「......そ、そうかしら?」ニコッ

......思い出すと恥ずかしいわね。

哀「あ、いけない!水出しっぱなし......」

彼の事を考える度手が止まってしまう。結構私の彼への依存度は重症かも知れない......。




哀「ふぅ。一段落ね」

哀「そうだ、今日彼女がテレビに出るんだっけ」

本日は終わります。
また後日。

ふっと思い出した事がありTVをつけると、懐かしい顔が映る。

司会「本日のゲストはこの方。今注目の俳優、吉田歩美さんです!」

歩美「皆さん、こんにちは」ニコッ

吉田さん。あの頃の大事な友達。相変わらずはつらつとした姿だ。

昔と変わらない。いや、とても可愛らしく成長している。

司会「最近は色んな番組に出演されて、お忙しいでしょう?」

歩美「ええ、でも皆さんのお陰で頑張れます。ありがとうございます」ニコッ

あの笑顔も昔のままだ。

……彼女とも、少年探偵団のみんなとも身体が元に戻ってからは会っていない。

結局私達の正体も知らせぬまま、転校という形でお別れしたままだ。

事実を伝えても受け入れる事は出来ないと思ったし、余計な負担を掛けたくなかった。

しかし、きっと嫌な思いをさせたと思うと胸が痛む。

そんな私を尻目に、TVは続く。

司会「ここで、視聴者の方からの質問ですが、歩美ちゃんは好きな人はいますか?という質問なんですが」

歩美「……はい、います」

司会「え、本当ですか?」

歩美「もう、10年程前に会えなくなってしまったけれど……」

哀「!」

司会「そうなんですか、つまり小学生時代の初恋の人が今も忘れられないと」

歩美「はい。実は芸能界に入ったのもそれがきっかけで。私が有名になれば、きっとどこにいても私の姿が目に留まるんじゃないかって。ちょっと子供っぽい発想ですけど」

……彼女の中にはまだ、江戸川コナンと言う存在が生きているのね。

哀「そうよね……」

彼女もまた、一途に彼を想っていた。とても小学生とは思えない大胆さと積極性だった。

哀「……正直、あの行動力は羨んだわ」

あの姿は見習おうと思った。想い人への積極さと行動の重要性をあの姿から痛感したものだ。

……半ば不戦勝のように私は彼と結ばれてしまったが、真実を知ったら彼女はどう思うだろうか。

司会「……では、本日のゲスト。吉田歩美さんでした。ありがとうございました」

歩美「ありがとうございました」ニコッ

哀「……さて、番組も終わったし続きをしなくちゃ」

そう呟いたが、ふと1つの想いが頭を過った。

吉田さんもそうだが、昔のみんなは何をしているだろう。

博士ともこちらに引っ越してからは会っていないし。知りたい気もするが、怖くもある……。

Prrrrr……。

哀「あら、誰かしら……」

固定電話に掛けてくる人など、殆どいないのだが。

哀「もしもし、工藤ですが」ガチャッ

???「おー。ちっこい姉さん。久しぶりやな」

う、この関西弁は……。

哀「久しぶりってあなた、最近うちに来たばかりじゃない」

服部「そやったか?まあ1週間空いたら久しぶりや」

やはり、コイツか……。

服部平次。いっちゃんのライバル兼親友、と言うか腐れ縁の間柄。

大阪在住の彼とは交流があり良く家に来る。

今は大阪府警に勤務する警察官である。父親への憧れからだろうか。

優秀なのは私も認める所ではあるが、熱くなりやすい質と突っ走りやすい性格故に手柄を立てても±0で出世は難しそうだと言うのが評判だ。

……こういっては何だが夫婦2人の時間を削る彼の存在はありがたいものではない。

仲が良いのは結構だが、時折嫉妬すら感じる。

哀「……で、何の用?いっちゃんならいないわよ」

服部「は?誰や?それ?」

いけない、彼の前ではあだ名で呼んだこと無かった……。

哀「んん。あの人ならいないわよ。と言うか新聞くらい見てないの?彼今日試合なのよ?それと。小さい姉さんはやめて。人が聞いたら変に思うわ」

服部「あー、スマンスマン。つい癖で」

哀「10年も経ってるんだからいい加減やめて欲しいわね」

服部「ハハ……。しかし、工藤おらんのか。飲み誘おと思ったんやけど」

哀「また?大体あなた彼の携帯知ってるでしょ?何かあったの?」

服部「い、いや。何でもないんや。ほな」ガチャッ

哀「……何なの?」

哀「全く。忙しいのに」

……しかし、本当に何だったのだろう。わざわざ家電に掛けるなんて。

気になるけど、今は家事に集中しないと。

哀「次は寝室の掃除しなくちゃね。昨日……」

……独り言とは言え、何を恥ずかしい事を言おうとしてるのか。私は。

哀「……1人で良かったわ。恥ずかしい」

と、気を取り直して寝室の掃除にかかる。

哀「あ、埃っぽいし棚も拭いておこうかな」

寝室の棚には、色んな写真が飾ってある。

まだ身体が縮んでいた頃の写真、高校生活、2人でのデートの写真。

哀「……あ、これも久しぶりに見たわね」

……結婚式の写真。改めて見ると我ながら幸せそうな表情だ。

哀「これを見ると、プロポーズを思い出してしまうわね」

プロポーズは、雪の降る日。彼の家で少し早いクリスマスを祝っていた時だった。

哀「はい、工藤君。これ……」

新一「お、ありがとう!なんだろ?……すげえ!手編みのニットにマフラーか!」

哀「あまり慣れている訳じゃないから、上手くはないけど……」

新一「んな事ないさ、ありがとう!大事にするよ」

哀「そう言って貰えると私も嬉しいわ」ニコッ

新一「でさ、俺からもプレゼントがあるんだ。気に入って貰えるかわかんねーけど」

哀「あら、何かしら。随分顔が赤いけど大丈夫?」

新一「いや、その、何だ。渡すのに勇気がいると言うか……」

哀「?」

新一「……とにかく、コレ!開けてみてくれ!」サッ

哀「随分な慌てようね、どうしたの?」

新一「良いから、開けろって」

哀「はいはい。一体何かしら?」パカッ

哀「……え、これって」

蓋を開ける前は、暗い部屋をキャンドルで照らしていたから最初は見えなかったけど、目が慣れて見えてきたのは……。

指輪。おそらくはダイヤモンドの。

哀「工藤君、これって……」

どうリアクションして良いか分からない。驚きが強すぎて呆然とするしかない。

新一「話は後でさ。とりあえずつけてみてくんねーか?」

哀「え、ええ」

言われるまま、指輪をはめてみる。恐る恐る、少し震えながら。

哀「……凄い、ぴったり」

新一「そ、その……。哀が寝てる間にこっそり糸でサイズ測ったりしてな」

哀「そ、そうなの?」

新一「う、うん。で、その……。哀に聞いて欲しい事があるんだ」

哀「……なあに?」

新一「その、俺は……。哀の事が大好きでさ」

哀「……うん」

新一「正直、最初はとっつきずらいと思ったりもしたけどさ」

哀「……うん」

新一「でも、哀の事を知るにつれてさ。ホントは寂しがりで強くない、1人のフツーの女の子なんだって分かっていってさ」

哀「……うん」

新一「そうやって分かる度、知る度に……。哀の事を凄く愛おしく思うんだ。例え何があってもこの人を守りたい。ずっと傍で支えたいって。そう思うんだ」

哀「……うん」

新一「だから、さ。哀の人生を俺に分けてくれないか。哀と一緒にいて、一緒に辿り着きたいんだ。幸せと言う名の、たった1つの真実に」

新一「んと、つまり……。はっきり言うと……。結婚、してください。お願いします」

哀「……ふふっ」

新一「な、何だよ。笑うことねーだろ?」

哀「言う事がいちいち芝居がかりすぎなのよ。聞いてるこっちが恥ずかしいわ」

新一「うっ……」

哀「……でも」

新一「でも?」

哀「こんなに嬉しいプロポーズは無いわ」グスッ

新一「!!」

哀「どこを探しても、こんなプロポーズ聞けないもの。世界に1つだけの、最高のプロポーズよ」ニコッ

新一「じゃ、じゃあ」

哀「ええ。勿論受けるわ。こちらこそお願いします」

哀「ちゃんと導いてね。たった1つの真実まで」

……あの時程嬉しい事は無かった。

あの瞬間の全てが現実では無いみたいで。本当に夢のようだった。

嬉しさのあまり泣いてしまったけど、それ以上に彼がはしゃいでしまっておかしかった。

滅多に見られない姿が、正直可愛かった。

哀「……いけない、何か今日は物思いに耽って。集中できてないわ」

何故か今日は胸を掠めるモノがある。幸せの頂点に立って、不安が顔を出したのか。

昔の思い出ばかりが頭を過る。吉田さんをTVで見たからか、あの色黒男のせいか。

哀「……さて、後は夜の支度をしておかないと」

掃除が終わった後、試合までの時間つぶしがてら買い物に出た。

きっと優勝してくれる事を信じているので、お祝いの支度をしておこうとも思った。

哀「……張り切って支度して万が一負けたら困るけど。ささやかなモノくらいはね」

などと呟きながら街に出る。しかし、何年経ってもこの大阪の街と言うのは慣れない。

私には騒がしすぎるのか、関西弁が合わないのか。

哀「さて、まず何から買おうかしら」

ふと見ると書店が目についたので立ち寄ってみた。

哀「あ、探偵左文字。確か読んでたわね。私にはいまいち良さが解らないのだけど」

彼の推理好きは変わらないので、今も小説は読んでいる。集中しすぎて構ってくれなくて喧嘩になったくらいだ。

でも、楽しみにしているので買っておいてあげよう。

哀「あ、これは私の好きなアイドルの写真集。こっそり買っておきましょう。見られたら何言われるか」

自分の推理オタクを棚に上げて人の趣味はからかうんだから納得がいかない。

まあ、今日はそんな小さな事はどうでもいい。

店員「ありがとうございました」

哀「さて、寄り道はそろそろやめて目的を果たさないと」

書店を出てしばらく歩くと、輸入食材のお店が見えた。

哀「ピーナッツバターとブルーベリージャム、買っておこうかしら。サンドイッチの為に」

博士と住んでいた時は博士のカロリーコントロールの為に食べにくかったが、今は堂々と食べられる。

哀「博士にもう少し食べさせてあげるべきだったかしらね」

博士、元気かしら……。

メールのやり取りはあるけど、実際の生活ぶりは分からないし。

思えば、引っ越す別れ際も泣きながら見送ってくれた。

そんな親同然の博士だけに、会いには行きたい。しかし、日々に悩殺されてなかなかいけずに来てしまった。

哀「……また、昔の事」

今日はホントにどうかしている。あの町が懐かしくて帰りたくなったのか。

しかし、上手く言えないがそういう感情とは別のモノの様な気がする。

哀「……結局、何も決まらないまま時間が過ぎてしまったわね」

悶々としたままいたら、結局買い物も中途半端に終わってしまった。

今からでは試合に間に合いそうにない。

哀「やっぱり、2人で乾杯でもしようかしら。ワインならストックがあるし」

本当はもう少し込んだ事をしたかったが、やむを得ない。

哀「……でも、心配ね」

お酒を飲むのは嫌いではないが、酔って失敗した事がある。

何年か前、彼の誕生日を祝っていた時……。

哀「……ね、もう1杯いきましょ、もう1杯」

新一「顔が真っ赤だぜ?もう止めとけよ」

哀「何?私と飲むのはイヤだっていうの?」

新一「そうじゃなくて……」

哀「どうせ私なんて、愛想のない可愛げのないツンツン女ですものね」グスン

新一「だから違うっての(意外と酒癖悪いな)」

哀「私なんて、私なんて……」グスン

新一「……バーロー」ギュッ

哀「……怖いよ、いっちゃん。どこにも行かないわよね。私を1人にしないわよね」グスン

新一「当たり前だろ。何があったって1人にしねーよ」

哀「ホント?じゃあお礼しないと」ヌギッ

新一「わーっ!バ、バーロ!こんなトコで脱ぐな!」

哀「あら、私の裸は見たくないの?」

新一「い、いや。とにかくここじゃダメだ。寝室行くぞ、寝室」

……なんて事があったと聞かされた。

酒乱の気でも私にはあるのだろうか。彼に優しくして貰えたから良かったと言えば良かったが。

哀「まあ、今日は大丈夫でしょ」

と自分に言い聞かせながら家に戻り、支度を済ませた。

哀「……さて、時間ね」

少し緊張と、ワクワク感を抱えながら試合会場に向かう。

彼の姿を見たいがあまり、この時はさっきまでの不安は忘れていた。

哀「……凄い人ね」

試合会場に着くと、既に辺りは人で溢れ返っていた。久々優勝のかかる試合だけに当然か。

哀「いつもの場所、空いてるかしら」

私がスタジアムに来て行く場所は決まっている。選手入場口のすぐ側だ。

そこにいると、グランドに向かう前に彼が振り返ってアイサツしてくれる。

……正直恥ずかしいのだが。TVには映ってしまうし、すっかり世間に私が工藤新一の妻だとバレてしまった。悪い気はしないが。

哀「あ、空いてるみたい」

空いてると言うよりは最近は私の事を知っているサポーターの皆さんが私に場所を開けていてくれるのだが。

サポーター「あ、奥さん!来ましたね!」

哀「ええ、いつもありがとう」

サポーター「いえ、それより旦那さんゴールしてくれるといいですね」

哀「ええ、そうね」

サポーター「しかし、こんな美人の奥さんに応援されてうらやましいなあ」

哀「もう、からかわないで」クスッ

……こんなに堂々と人前に来て迎えて貰えるなんて、考えもしなかった。

組織の目にずっと怯えて来た訳だし、人目も避けてきたから。

解放された後もしばらくは人の多い所は多少抵抗はあった。

変わったのは、彼が全国大会に進んだ頃だったか。

それまでは気恥ずかしさもあって表立って見に行ったりはしなかったが、彼にこう頼まれた。

新一「オメーが見てるだけで、力になるからさ」

その一言で、見に行こうと思った。プレーをしている彼を見ている内、段々周りは気にならなくなった。

哀「頑張れ、工藤君!」

声を張り上げるのも恥ずかしくなくなった。決勝に進む頃には、誰よりも先に駆けつけて応援していた。

哀「いけー!!」

そう叫ぶと同時に彼のシュートがゴールに刺さる。

ああ、何て素晴らしいんだろう。気持ちが良いんだろう。好きな人を心から応援するのは。

その喜びを知ってからは、何をするのも彼の為なら積極的に出来る様になった気がする。

哀「……懐かしいわね」

サポーター「……さん?奥さん?旦那さん出てきますよ?」

哀「あ、いけない」

呼ばれて顔を出すと、ちょうど彼が出てきた。

振り向いていつもの笑顔にサムズアップ。正直そのリアクションは古いわよ?

でも、それでいい。それがいい。私と彼の大事な合図だから。

哀「頑張って、いっちゃん」

今日も全力で応援しよう。それが私にとっても幸せだから。

その後試合はもつれたが、彼が終了間際逆転ゴールを決め見事勝利。チームは優勝を果たした。

哀「おめでとう。いっちゃん」ニコッ

さて、こうしてはいられない。帰って出迎える格好に戻らねば。

哀「でも、カッコ良かったわね」

ゴールした姿もそうだが、その後こちらに拳を挙げてくれた姿は忘れられない。

哀「帰ってきたら、思いっきり笑顔で迎えてあげないと」

そう思っている内、家に辿り着く。

哀「少し疲れたわね。人だかりの中は……。用意をして少し休みましょう」

きっと彼はインタビューやら打ち上げやらで帰ってくるのは遅い。セッティングをして休む時間はあるはず。

ワインと少しのつまみを用意し、ソファに腰掛けることにした。

ちゃんとしたお祝いは、また後日させてもらおう。

哀「……さあ、何時に帰ってくるかしら。楽しみね」

……楽しそうね。

哀「誰?」

……誰かしら。

哀「誰?何なの?」

……さあ。ねえ、あなたは今幸せ?

哀「当たり前じゃない。幸せよ」

……本当にそうかしら。

哀「何が言いたいの?」

……だって、あなたは隠してる。

哀「私が何を隠してるっていうの?」

……気づいてるでしょ?あなたは

新一「……い、哀!こんなトコで寝てたら風邪ひくぞ」

哀「……え?あ、夢?」

何だったの?今のは……。

哀「ごめんなさい、ちょっと寝ていたみたい」

新一「良いさ。試合会場混んでたし疲れたんだろ」

哀「ええ。でも大丈夫よ。それより随分早かったのね」

新一「ああ、哀に早く会いたくて無理言って抜けて来た」

哀「バカね。でもありがとう。ちゃんと見てたわ。カッコよかったわよ」

新一「ああ。ありがとな。哀の声、聞こえてたぜ」ニカッ

哀「ありがとう。簡単だけど、お酒用意してあるから。一緒に乾杯しましょう?」

新一「お、良いな。そうしよう」

……とにかくさっきの事は置いといて彼とお祝いしなきゃ。




2人「乾杯!」

新一「ふぅ……。久々飲んだな」

哀「ええ。そうね。でも、本当に良かったわ。優勝が決まって」

新一「ああ。哀の見てる前で決めたかったから俺も気合入ったしな」

哀「いっちゃん……。本当におめでとう」

新一「ありがとな。お礼を言わなくちゃな。全部哀のお陰だし」

哀「え?」

新一「哀がいなかったら、きっとサッカー選手にもなってないし、ここまで頑張れなかった。常に哀がささえてくれたから、俺はやってこれた。本当に感謝してるよ」

哀「そんな……。私なんて何も……」グスン

笑顔でお祝いするはずが、嬉し涙で顔が歪んでしまう。

哀「ホントはいつも不安なの。ちゃんとあなたの力になれてるか。だから、そう言ってくれて本当に嬉しいわ」グスン

新一「おいおい、泣くなよ。哀の笑顔見るのが1番のお祝いなんだから」

哀「……ええ」ニコッ

ここまでは、楽しかった。だけどこの後、お酒のせいか話は妙な方向へと向かっていく。

想えば、今日の不安はこの時を予想していたのかもしれない。

そして、この後の会話を境に私達は過去と、そして今と対峙していく事になる。

始まりは、私のふと漏らした一言だった。


哀「……何だか夢みたい」

新一「ん?」

哀「あなたとここにいる事、話をしている事。この幸せな生活が全て夢なんじゃないかって時々思うの。目が覚めたら消えてしまうんじゃないかと怖くなるくらい」

新一「哀……」

哀「ごめんなさい。楽しい時にこんな事」

新一「いや、いいんだ。なあ、何か悩みでもあるのか?」

哀「え?」

新一「いや、さっき起こした時の表情がちょっとおかしかったからさ。悪い夢でも見たのかと思ったけど、ちょっと気になってさ」

哀「相変わらず細かい所に気が付くのね」

新一「……良かったら話してくれねーか?無理にとは言わねーけどさ」

彼に余計な負担はかけたくないが、彼の性格上話さないほうが却って苦しいだろう。

哀「そうね。ちょっとした事なんだけど、聞いて貰える?」

新一「勿論だ」

哀「……最近、何故か昔の事を思い出すの」

新一「米花町にいた頃のか?」

哀「ええ。少年探偵団の子達の事とか、博士の事とか、あなたとの思い出とか」

哀「それに、確証は無いけど……。さっき見た夢。あれは昔の私のような気がするの」

新一「……昔の哀が出て来て、どうしたんだ?」

哀「私は、こう問いかけて来た。幸せか、と」

哀「そう言われて、不意に怖くなった。やっぱりこの幸せは夢なんじゃないかって。ふっと突然消えてしまうんじゃないかって。時々現実感が消えてしまうの」

哀「……怖いの。何もかも。今も、昔も」

新一「昔?」

哀「……あなたやみんなと過ごしたあの町には、楽しい思い出が沢山ある。あなたとの思い出も」

哀「でも、辛い事もあった。組織の事。お姉ちゃんの死。それに、色んなわだかまり……」

新一「わだかまり……?」

哀「……吉田さんや、彼女。毛利蘭さん。彼女達があなたに好意を持っていたのは当然分かっているでしょう?」

哀「彼女達への想いも……。私の中で清算すべき想いを抱えたまま、私はあの町を離れてしまった。あなたの移籍もあったし、それは仕方ないと思ってる」

哀「だけど、そういう想いから目を逸らして来たから……。それが今噴き出してきたのかも」

新一「哀……」

哀「哀。そう哀と呼ばせるのも、きっと怖いから」

哀「灰原哀でいた時に得た幸せは、元の宮野志保に戻ったら消えてしまうんじゃないか。そんな幼児的な怖さが頭を離れないから」

哀「怖い、本当に怖いの。過去が襲ってきてあなたを失うのが怖い!怖くてたまらないの!そんな事は無いと思ってる。ずっと一緒にいてくれると言ってくれたあなたを信じてる」

哀「でも、幸せになればなる程怖いの……。自分の命より大事なあなたがいなくなってしまう事が」

新一「……」

哀「あなたは私にとって全て。他に替えのきかない……。怖い、怖い、怖い、怖い、怖い!いっちゃんがいなくなるのはイヤ、イヤよ!」

哀「ごめんなさい、こんな、私、私……」

新一「……」ギュッ

哀「いっちゃん……?」

新一「ごめんな、哀。分かってたのにさ。哀が抱え込みやすい性格なのも、人より辛い思いをしてきたのもさ」

新一「でも、気付かずに苦しい思いをさせてしまったんだな。こんな事も分からないようじゃダメだよな。情けねぇ......」

新一「幸せにするって、約束したのにな」

哀「いっちゃん......」

新一「実はさ、俺も聞いて欲しい事があるんだ。聞いてくれるか?」

哀「......ええ」

新一「......今日、服部から電話が無かったか?」

哀「ええ。来てたわ」

新一「やっぱりな。大事な話で、哀に聞かせたく無い話があるって言われてよ。家では話せないし、俺はアイツの家には行けないから、飲みにかこつけて誘い出すつもりだったらしいんだ。アイツの家は俺に良い感情、持ってないからな」

服部家がいっちゃんに悪感情を持っている訳ではない。

服部平次の彼女であり現在の伴侶、遠山和葉が私達に良い感情を持っていないのだ。

彼女からすれば、工藤新一は親友の毛利蘭をほったらかしにした挙げ句振った男。

そして、彼女からすれば何処の馬の骨とも知れない私と言う女を選んだ事もありそうとう腹を据えかねているらしい。

だから、大阪に来て1度も服部家に言った事は無く、遠山和葉がこちらに来た事も無い。

新一「アイツらしく無く内緒にしたきゃケータイにかけりゃ良いものを、多少取り乱してたみたいで先に家にかけちまったみたいでさ。その後俺に連絡来たんだ」

新一「哀といたかったから会うのは断ったが、用件は聞き出せた」

哀「何だったの?」

新一「......蘭が結婚するらしいんだ」

哀「......!そうなの、お相手は?」

新一「新出先生らしい。つい最近連絡が来たってさ」

哀「そう、なの......」

新一「ああ。ま、アイツから俺達に連絡が来るハズも無いが、一応伝えとこうと思ったんだってよ。変に気を遣いやがってさ」

哀「......その話と、いっちゃんの話に関係が?」

新一「ああ。今の哀の話を聞いて、俺も自分の中のモヤモヤに気付いたんだ」

哀「......」

それは、まさか......。彼女に未練が?想いが?

新一「......誤解すんなよ、アイツに未練があるとか、そう言う事じゃない」

私の不安そうな顔を見て察知したのか、彼は私の眼を見てこう言った。

新一「今俺の心にいるのは、哀だけだ」

哀「......いっちゃん」

新一「ただ、アイツに重荷を背負わせてしまったんじゃないかと、気付いたんだ。いや、分かっていたけど見ないようにしていたモノが、今の話でハッキリ浮かんできた」

哀「見ないように?」

新一「......哀への想いに気付き、アイツに別れを告げた時。俺は電話で伝えただけだった。元の身体に戻っても会う事無く今日まで生きてきた」

新一「一切の関わりを絶ち、俺の事を忘れさせる事がアイツの為だと言い聞かせてな。だけど、本当は逃げちまっただけなんだ」

新一「電話口で、アイツは笑ってサヨナラと言ってくれた。だけど、本当は面と向かって言いたいこともあったハズなんだ。怒鳴りたかったかも知れない、殴りたかったかも知れない。でもそれすらさせてやらなかった」

新一「出来なかった。もし会ってアイツが泣いたりして傷付いてる姿を見たくなかった。その姿を見て自分が傷付くのが怖かった。俺はただの卑怯者さ......」

新一「それに、もう1つ怖かった事がある」

哀「......何?」

新一「哀を失う事だ。哀がもし、俺と蘭の事を気に掛けて自分を責めてしまったら。そのせいでいなくなってしまったら。それが怖かった」

新一「だから、過去に触れるのも怖くなっちまった。昔、哀に運命から逃げるなと言ったのに。俺は逃げたんだ。最低だよな......」

哀「......そんな事、無いわ」

......薄々はずっと感じていたのかも知れない。

お互いの抱えるわだかまりを。しかし、触れられなかった。

お互いを失うのを恐れるあまり、現実から眼を逸らしてしまった。

愛しすぎた事が、逆に互いを苦しめてしまったのか......。



その後、暫し沈黙が続いた。

このまま胸の内を吐き出して、はいおしまいとは行かない。

これからどうするか。それを考えていた。恐らく彼も。

重たい空気を変えたくて彼に声をかけようとした時、彼が思いもよらない事を口にした。

新一「なあ、哀。行ってみようか。米花町へ」

哀「え......?」

新一「今、ずっと考えていた。これからどうするか。考えても考えても悩んじまうから、違う事を考えた」

新一「俺は今、何がしたいのかってな。そしたらすぐ答えが出たよ」

哀「......何?あなたのしたい事って」

新一「俺の望みはサッカー選手としての栄光でも金でも名声でも無い。ただ目の前の哀の笑顔が見たい。それだけなんだ」

哀「!」

新一「俺のしたい事はただそれだけ。ならそれを実現するには方法は1つ。悩みの元凶に。過去にケリをつけるしかねぇ」

新一「過去が哀から笑顔を奪うなら、苦しませるなら、それを取り除くしかない。ほったらかしには出来ないんだ」

新一「なら、その原因のある米花町へ行くしかねぇ。行っても解決出来るか分からない。もしかしたらお互い更に傷付くだけかも知れない」

新一「あるいは自分がスッキリしたいだけかも知れない。でも......」

新一「俺には哀と生きる以外の選択肢は無い。だから、この先を2人で生きるために過去と闘うしかない。そう思うんだ」

今日はここまでです。
また後日。

哀「いっちゃん......」

私は......。そうだ、私だって同じだ。

彼の傍にいたい。笑顔が見たい。一緒に生きて行きたい。

ここで過去に負けてしまうようなら、組織の影に怯えていた頃と変わらない。

今目の前にいるのは、私の運命を変えた人。

私に生きる幸せと喜びをくれた人。

その人と生きていく為に乗り越えなければならない壁があるなら、行かなければ。

哀「私も同じよ。あなたと一緒に生きていきたい。だから、行きましょう。あの町へ」

新一「......ああ!」

覚悟は、決まった。

前に進むために、私達は過去に戻る。

痛みを、苦しみを負うかも知れない。でも。

その代わりに得られるモノが、必ずあると信じて。

それから、暫くして......。

哀「もうすぐね......」

新一「ああ」

私達は米花町行きの列車に乗っていた。

彼が時間を取れる様になったので、思いを行動に移したのだ。

久し振りに向かうあの町は、一体どうなっているだろう。

町並みは変わったろうか?住んでいる人の心は、変わっているのだろうか。

哀「何だか不思議ね。まるで昨日までいた所に行くみたいな気分だわ」

新一「分かる。でも、それでいて100年も離れていた様な。変な気分だぜ」

哀「そうね......」

それ以上は、私達は着くまで言葉を交わさなかった。

緊張か、不安からなのか。

ただ、手だけは固く握っていた。

一応、博士には連絡しておいたが他の......。私達が話したい人達と会えるかは分からない。

が、どの道後戻りは出来ない。

間もなく着く。思い出の中へ。

数分後......。

新一「......っし、着いたな」

哀「ええ。意外にあっと言う間ね」

長い様で短い旅を終え、私達は米花駅のホームに降り立った。

駅の中を吹き抜ける風が、懐かしさを早くも感じさせる。と、そこへ。

阿笠「おお!哀君に新一!待っておったぞ!」

博士が来てくれていた。時間は伝えておいたが、わざわざ迎えに来てくれた様だ。

新一「ひっさしぶりだなー!博士!元気だったか?てか変わんねーな、昔と!」

阿笠「ハハハ、若々しいと言ってくれ!」

確かに変わらない。いや?ちょっと待って?

哀「博士?ちょっと太ったんじゃない?」

阿笠「ギクッ」

このリアクション。やはり。

阿笠「ハハ、そんな事無いじゃろ。なあ、新一?」

新一「......ノーコメント」

阿笠「ま、まあそれよりじゃ!良く来てくれたのう!2人が来ると聞いて、楽しみにしておったんじゃよ。息災な様で何よりじゃ」

哀「まあ、博士も元気に太ってる様で何よりね......」ギロッ

阿笠「おい新一、この調子じゃ哀君の尻に敷かれとるんじゃないのか?」ヒソヒソ

新一「ほっといてくれよ......」ヒソヒソ

阿笠「さ、とにかく駅のホームに長居しても迷惑じゃ。家に向かうとしようじゃないか」

哀「そうね。早く見たいものね。博士の生活ぶりを」

阿笠「ハハ、ホントに変わらんなあ......」

全く、目を離すとコレなんだから。

家の中がどうなっているか、考えると頭が痛い。

でも、変わらない博士の姿に少し気分が安らいだのも事実だ。それは感謝したい。

それから暫し車に揺られ、阿笠博士の家に着いた。

道中窓から見た町並みは、昔と然程変わらない様には見えた。

最も、博士の話では色々な物が出来たり無くなったりで前と同じでは無い、との事だ。

変わらないものなど、この世には無いと言う事なのだろうか。

等と考えながら家のドアを開ける。

久々の博士の家の中。変わり無い景色だ。ホッとする。

あの様な過去のある私には、ここは唯一実家と呼べる場所だけに尚更か。

哀「思ったよりは、片付いているわね。時間があればいっちゃんの家も片付けたいわね」

新一「ああ。ホコリだらけだろうしなあ」  

少し軽口を叩いて見たけど、本当にそんな時間が作れれば良いのだが。

行動の結果次第ではそれどころでは無い事が分かってるだけに、今の自分の発言が胸を突いてくる。

新一「ところで、相変わらず変な発明してんのかよ?」

阿笠「変な発明とは何じゃ!ワシの発明に散々世話になっておいて!」

新一「それは感謝してるけどさ、当たり外れがでかいだろ?博士の発明は」

阿笠「ならば、コレを見るが良い!」ジャーン

新一「何だコレ?」

阿笠「3分かかるカップラーメンを30秒で作る機械じゃ!スゴいじゃろ?!」

新一「スゴいけど、しょーもねぇ......」

阿笠「ナンじゃと?商品化して、独身男性にバカ売れなんじゃぞ?」

哀「へぇ。だから台所にカップ麺のゴミばかりあるのね。道理で太る訳ね」

阿笠「ギクッ」

哀「あれほど健康管理には気を遣ってと言ったのに......」ギロッ


阿笠「す、すまん哀君!1人じゃとつい面倒で」

哀「だからって、コレは無いでしょう?」

新一「まあまあ。気持ちは分かるが、本題に入ろうぜ?」

哀「......そうね。ごめんなさい」

新一「で、博士。積もる話はあんだけどさ。とりあえず行きたい所があんだよ。ワリーけど、車貸してくれねーか?」

阿笠「あ、ああ。構わんよ。コレが鍵じゃ」

新一「ありがとう。そんなにはかからねーからさ」

哀「ごめんなさい、来たばかりなのに」

阿笠「何、構わんよ。気を付けての」

哀「ええ。ありがとう」

新一「あ、博士!」

阿笠「ん?」

新一「今の内に、見られちゃマズイもん隠しとけよ」ヒソヒソ

阿笠「恩に切るぞ、新一」ヒソヒソ

哀「......何してるの?」

新一「あ、ワリー。行こうぜ」

全く。男同士でヒソヒソと......。

尤も、彼も緊張を解して起きたかったのかも知れない。

これから行く場所は、重たく苦い思い出の場所だからだ。

新一「しっかし、新車も結局同じビートル買い直すとは。好きだねぇ、博士も」

哀「博士にとっても思い入れがあるのよ。きっと」

昔はこの車に乗って海や山にキャンプに連れて行ったものだが、今は私達2人共免許を持ち運転していける。

時が経つのは早いと、こう言う時に感じる。

新一「っし、久々運転だからゆっくり行くぜ」

哀「ええ。ごめんなさい。運転させちゃって」

新一「気にすんなよ、ちょっと怖いけどな。事故んの」

哀「それは勘弁ね」クスッ

哀「......ごめんなさい。ワガママ言って」

新一「ワガママ?」

哀「だって、これから行く所はあなたにも辛い思い出の場所なのよ?」

哀「お姉ちゃんが亡くなった、あの場所......」

米花町に行った時、誰かに会う前にどうしても行って起きたい場所だった。

お姉ちゃんのお墓はきちんとあるしお参りもしている。

が、両親の墓地との兼ね合いで米花町方面にお墓は無いのでこちらに寄る事は無かった。

いや、例えあったとしてもあの場所には近付けずにいた。唯一の肉親に近かったお姉ちゃんが死んだ場所。その事実だけで足が震え近付け無かった。

しかし、そのトラウマにも別れを告げる為に行く事を決めた。けど、そこに彼を巻き込む事には罪悪感を感じていた。

哀「行きたくないと言われても仕方無い場所なのに。あなたを......」

新一「気にすんなよ。俺も、1度行っておきたかったんだ。俺がコナンになったあの場所に」

哀「え?」

新一「薬を飲んで、身体が縮んだのはあの遊園地だった。だけど、あの時点では俺は新一のつもりだった。ガキの身体なんて冗談じゃねー。早く戻りてー。それだけだった」

新一「だけど......。あそこで哀のお姉さんを、宮野明美さんを助けられなかった時。俺は誓った」

新一「こんな不幸をばら撒いている組織ってヤツを叩き潰してやるって。ガキの身体が恥ずかしかろうが、いくら時間がかかろうが必ずヤツらをぶっ潰してあの人の無念を晴らそうってな」

新一「こう言う言い方をしたら哀には非常に失礼な言い方かも知れないけど、あの時。あの人が命と引き換えに俺をコナンにしてくれた。組織を潰す精神力を与えてくれたんだよ」

新一「だから......。俺もあの場所であの人にお別れを言いたいんだ。お礼も言いたいんだ。そして、コナンだった自分にも。別れを言いたいんだ」

哀「いっちゃん......」

新一「さっき哀はごめんなさいと言ったが、謝るのは俺の方だ。俺はあの時、あの人を救えたはずなのに。俺の無力さから、あの人を死なせてしまった」

新一「謝っても済む話じゃないが、本当に......。本当に済まない。許してくれ、哀」

やはりお姉ちゃんの死は、彼にも十字架だった。

こんなにも彼はお姉ちゃんを想ってくれていたのだ。そんな彼に言う事は、1つしかない。

哀「いいえ。あなたのせいじゃない。謝る事なんて無いわ」

哀「勿論、悲しかったわ。お姉ちゃんが亡くなったのは。でも、それであなたを恨む事なんて無い」

哀「陳腐な言い方だけど、運命だったのよ」

新一「哀......」

哀「......あなたは、私を守り組織を倒してくれた。それだけで十分よ。きっとお姉ちゃんもそう思ってる」

新一「......ありがとう」

そう。私もお姉ちゃんも彼を怨むハズがない。

彼に会えたから、私達姉妹は暗い運命から解放されたのだから。




新一「よし。着いたな」

哀「お疲れさま。ありがとう」

新一「良いって。それより、大丈夫か?」

哀「うん。大丈夫......」

新一「無理すんなよ?キツかったら引き返すからな?」

哀「大丈夫よ。あなたがいるから」ニコッ

新一「......分かった。じゃ、行こう。手を」

哀「ええ」ギュッ

足取りは、確かに重い。

しかし、彼と一緒なら行ける。そう感じていた。

寧ろ、彼の方こそ苦しいハズだ。直接お姉ちゃんを看取った場所なのだから。本当に彼は大丈夫なのだろうか?等と考えていると......。

新一「......あの辺りだ」

哀「あそこが......」

目的の場所に着いた。無論事件の痕跡など存在しないが、そこから感じる空気は重い。

新一「......この辺りで彼女は、俺に組織の僅かな手掛かりを遺して逝ったよ。ホンの僅か早ければ、助けられたかも知れないのにな」ギリッ

哀「いっちゃん......」

とても悲痛な顔だ。初めてに近い程痛々しく悲しい表情だ。

だからこそ、もう過去を思う度こんな顔をする事の無いように。区切りをつけなくては。2人で一緒に。

哀「......私からお別れを言って良い?」

新一「勿論だ」

哀「お姉ちゃん、聞こえる?私もすっかり大人になっちゃったよ。今もし会えたら、私だって分からないかもね」

本日はここまでです。
また後日。

哀「あれから、色々あったけどなんとか生きてこれたわ。隣にいる人、誰だか分かる?工藤新一って言うの。お姉ちゃんを最後に助けてくれた人だよ」

哀「今は私の旦那さんなの。びっくりするでしょ?」

新一「哀……」

哀「……知ってるよね。お墓参りでは挨拶してるから。でも、どうしてもこの場所で伝えたい事があったの」

哀「彼が、お姉ちゃんの望みを叶えてくれた。私を組織から開放してくれた。組織を倒してくれた。そして、私を幸せにしてくれた」

哀「お姉ちゃんが心配してた事、全部彼が解決してくれたの。本当に彼には感謝してる」

哀「だから、もうお姉ちゃんは心配しないで大丈夫だよ。彼とだったら、何があっても生きていけると思う」

哀「……ずっと、お姉ちゃんを想って来たよ。だけど、いつからかそれを弱さに転嫁してしまった気がする」

哀「だから、ここで思い出とはサヨナラする。お姉ちゃんの事は忘れない。でも、悲しい思い出はここに置いていこうと思う」

哀「ありがとう、お姉ちゃん。大好き……。だよ。今でも……。ありがとう……」グスン

新一「……大丈夫か?」ギュッ

哀「うん……。うん……」

それから暫く、私は泣き続けた。彼は黙って、泣き止むまで私を抱きしめてくれていた。

新一「落ち着いたか……?」

哀「ええ。ありがとう」

新一「良かった。俺からも……。挨拶していいか?」

哀「ええ、勿論」

新一「お久し振りです。あの時とは姿が違うから、分からないかも知れませんが......」

新一「......あの時、あなたを救えなかった事を。俺は1度も忘れた事はありません。今も、高校生探偵と呼ばれて遊び半分で事件に首を突っ込んでいた自分の未熟さを悔やんでます」

新一「組織には、確かにケリを着けた。だけど、あなたを救えなかった事がそれでチャラに出来るとはとても思えない」

新一「でも、そんなダメな俺ですけど。その俺の傍には今あなたの妹さんがいる」

新一「まだまだ未熟な俺だけど、必ず彼女を幸せにする様に頑張ります」

新一「それが、俺があなたに出来る唯一の事だと思うから。心配は尽きないと思うけど、どうか見守っていて下さい。お願いします」

新一「あの時の事は忘れません。でも、俺も悲しい気持ちはここに置いて行こうと思います」

新一「本当に、ありがとうございました。あなたがくれた闘志は、一生大切にしていきます」

新一「どうか、安らかに......。お休み下さい」

哀「......ありがとう」

新一「え?」

哀「きっと喜んでるわ。お姉ちゃん」

新一「そうかな」

哀「きっと、そうよ」

そうだよね、お姉ちゃん......。

哀「......ありがとう、行きましょうか」

新一「ああ。そうだな。少しは、気持ち楽になれたか?」

哀「ええ。あなたは?」

新一「まあ、少しは、な」

哀「きっと......。今は無理でも、納得出来る日が来るわ。その時まで、頑張りましょう。一緒に」

新一「ああ、そうだな......。良し、行くか!」

哀「ええ」

「......良かったわね。志保」

哀「......!!」クルッ

新一「どうした?」

哀「......いえ、何でもないわ」

今のは、空耳......?

いえ、きっとお姉ちゃんが祝福してくれたんだ。

何故なら、今頭の中に浮かんだお姉ちゃんは......。

笑っていたから。

哀「......またね」

こうして、1つの気持ちに区切りをつけ私達はその場を後にした。

これで終わって帰るわけじゃない。次の目的を果たす為に。



車を返す為と言う事もあり、私達は博士の家に戻ってきた。多少疲れたが、気が少し楽になったからか気だるさは感じない。

阿笠「おお、2人共戻ったか」

哀「ええ。車ありがとう」

阿笠「何。気にせんで良い。それより、用事は済んだかの?」

新一「とりあえず、1つはな」

阿笠「ふむ。で、今後の予定は?」

哀「ええ。事前に連絡した通り、会いたい人がいるの」

新一「俺は蘭に」

哀「私は吉田さんに。会いたいの。どうしても」

博士には、協力を仰ぐため事情は話しておいた。

メールの上では快諾してくれたが、目の前の博士は怪訝な顔をしていた。私達の今回の用事に、思う所があるらしい。

阿笠「うむ。本当に良いのじゃな?」

哀「ええ。覚悟はしているわ」

阿笠「うむ......。分かった。その顔を見る限り、決意は固い様じゃな」

新一「ああ」

阿笠「分かった。しかし、複雑ではある。君達も、蘭君も、探偵団の子達も、実の子がいないワシにとっては子供同然。その子供達が傷付くかも知れんとなると、な」

哀「ごめんなさい、博士......」

阿笠「誤解せんでくれ。君達の選択を責めている訳では無いんじゃ。皆それぞれに選択がある。ワシはそれについては何も言わん」

阿笠「ただ、みんなにはどれ程矛盾を孕むとしても幸せになって貰いたい。そう思っておる事は、忘れんでくれ」

本日はここまでです。
また後日。

新一「そうかな」

哀「きっと、そうよ」

そうだよね、お姉ちゃん......。

哀「......ありがとう、行きましょうか」

新一「ああ。そうだな。少しは、気持ち楽になれたか?」

哀「ええ。あなたは?」

新一「まあ、少しは、な」

哀「きっと......。今は無理でも、納得出来る日が来るわ。その時まで、頑張りましょう。一緒に」

新一「ああ、そうだな......。良し、行くか!」

哀「ええ」

「......良かったわね。志保」

哀「......!!」クルッ

新一「どうした?」

哀「......いえ、何でもないわ」

>>75はミスです。
すみません。

哀「ええ......。分かったわ」

阿笠「そう暗い顔をするでない。ワシは信じとるよ。君達は必ず望んだ道へ進めるとな」

新一「ありがとよ、博士」

博士はいつも私達を心配し、支えてくれる。

どれ程感謝しても足りない。その思いに応えなくては。

阿笠「んん。話が逸れてしまったの。事前に話は聞いてあったから、歩美君達の動向は調べておいたわい」

哀「本当?」

阿笠「うむ。探偵団の子達とはまだ交流があるしな。尤も、知っての通り歩美君は芸能活動をしておるし、学校もバラバラじゃから3人で来る事は無いがの」

新一「そうなのか。ちなみに、光彦と元太は何してんだ?」

阿笠「ああ、元太君はあれから体格がますます良くなってな。今は柔道部のエースじゃよ」

新一「成る程。これ以上無い位にピッタリかもな」

哀「円谷君は?」

阿笠「彼は進学校に通っててな。将来は官僚を目指すそうじゃ」

哀「こちらもまた、らしい進路ね」

時間の都合上、今回で全ての人には会えない。

彼等に会えないのは心苦しいが、元気でやっていると聞いて少しホッとする。

阿笠「まあ、2人共に元気でやっているわい。彼女が出来たと2人とも喜んでおったしな」

新一「歩美の事は、諦めたんだな」

哀「あの子達にもあの子達の選択があるのよ。仕方無いわ」

新一(光彦の場合は、オメーにも惚れていた訳なんだがな、ハハハ......)

阿笠「まあ、男子諸君はワシを気遣って来てくれる訳なんじゃが。歩美君の場合は、やはり君達の事が良く話に出るわい。連絡は無いか、良く聞きに来とった」

哀「そう......」

テレビの発言で、分かってはいた。彼女の中から灰原哀や江戸川コナンが消えていない事は。

阿笠「で、その歩美君じゃが。明日はオフらしいんじゃ。住所も変わっとらんし、オフの日はほぼ家にいると言っておったからの。明日なら恐らく会えるハズじゃ」

新一「そっか。歩美から聞いたのか?明日は休みだって」

阿笠「いや、事務所のパソコンをハッキングしてな」

新・哀(おいおい......)

哀「わ、分かったわ。明日ならチャンスがあるのね」

阿笠「うむ。ちなみに蘭君は今出張で帰りはもう少しかかる。行くなら、歩美君からがベストじゃろうな」

新一「出張って、それもハッキングして調べたのかよ?」

阿笠「いや、先日たまたま毛利ご夫妻に会ってな。その時に聞いたんじゃ」

哀「毛利......。ご夫妻?」

阿笠「おお、そうか。知らなかったんじゃな。ホレ、新一がいなくなったので【眠りの小五郎】が出来なくなったじゃろ?」

新一「まあ、眠らせるコナンが消えたんだから当然だわな」

阿笠「で、それから依頼は激減。彼は酷く落ち込んだそうじゃ」

哀(まあ彼の推理力なら)

新一(自然そうなるよな。おっちゃん、済まない......)

阿笠「それを奥さんが見かねて励ましておる内に、夫婦仲も回復してな。今は一緒に暮らしておるよ。蘭君も含めて3人で仲良くな」

新一「そうか。原因が俺にあるだけに、喜んで良いのか複雑だよ」

阿笠「まあ、人生万事塞翁が馬。どう転ぶか分からんもんじゃよ。毛利ご夫妻は今は幸せにしとるし、気に病むでない」

新一「ああ......。分かった」

確かに、人生はどう転ぶか分からない。

私達の選択も、やってみなければどうなるか分からない。

人生の全てを先読み出来たらどれ程楽か、時々考えてしまう。

阿笠「で、話によれば蘭君の帰りは明後日だそうじゃ。そこに狙いをつけると良かろう」

新一「分かった。じゃあ明日は歩美の所だな」

明日、吉田さんに会える。果たしてどうなるのか。

不安がっても仕方無い。私は私の気持ちを伝えるだけだ。

新一「あ、もうこんな時間かよ?とりあえず飯にしようぜ」

阿笠「そうじゃな。久々の再会を祝して、出前でもパーッと豪勢にやるかの!」

哀「ダメよ。私が作るわ。ここにいる間は博士のカロリー、徹底的に管理するわ。したがって、今日の食事もダイエット食よ」

阿笠「トホホ、そりゃ無いじゃろ。哀君......」

新一「いーじゃねーかよ、今日位は。こんだけ協力して貰ってんだし」

哀「それはそれ、これはこれよ」

阿笠「10年経っても、キツいのは変わらんなあ。哀君......」

新一(確かに。ま、この方が哀らしいけどな)

哀「きちんと私がいなくても節制してればこんな事はしないわよ。とりあえず今日はサラダうどんで我慢なさい」

阿笠「はぁ、わかりました......」

新一「そー言えば、10年って言やあ。博士、フサエさんとはどうなってんだよ?」

阿笠「ドキッ」

哀「そう言えば、イチョウの下で会って10年位になるわね。気になるわ」

阿笠「ワ、ワシの事は良いじゃろう」

新一「隠す事はねーだろ?」

哀「私も興味深いわ」

阿笠「い、いやあその......。実は、10年待たずしてまた会えてな。それ以来ちょくちょく会う様になったんじゃよ。ま、清いお付き合いとでも言おうかのう」ポリポリ

新一「何だよ、良かったじゃねーか!」

哀「ええ。素晴らしい事よ」ニコッー

阿笠「て、照れ臭いのう」

哀「良いわ。仕方無い。その件に免じて、好きな物食べて良いわ」

阿笠「ホントか哀君!」

新一「話が分かるじゃねーか」

哀「おめでたい事だもの。私達もお祝いしないとね」

明るいニュースに心が安らぐ。

この後、私達は束の間の団欒を楽しんだ。

だがこれからの事を考えると、正直気持ちは重くなる。

早く明日が来て欲しい様な、欲しくない様な。

そんな気持ちのまま、夜は更けていった。




翌朝。私達は早めに起きて行動を開始した。

哀「おはよう、いっちゃん。準備出来てる?」

新一「ああ、OKだ」

阿笠「2人とも、歩美君の住所は覚えとるかの?」

哀「ええ。あそこは目立つから、多少町並みが変わっても分かるわ」

阿笠「うむ、一応これを持っていきなさい」

新一「追跡メガネじゃねーか。懐かしいな」

阿笠「歩美君は今も探偵団バッヂを持っていたからの。いざとなればこれで位置を確認できる」

哀「ありがとう博士。行ってくるわ」

阿笠「うむ、気を付けてな」

博士の顔はどことなく固かった。不安なのだろう。

そんな博士に見送られ、私達はビートルを発進させた。

哀「いっちゃん、お願いがあるの」

新一「ん?」

哀「彼女には、私だけで会いたいの。2人で同時に行っても混乱させてしまうし、それに......」

新一「......分かった。何となく聞いちゃいけない話があるんだな」

哀「ええ。ごめんなさい」

新一「良いさ。きっと蘭の時は逆になるからな。待ってるよ。終わったら連絡してくれ」

哀「ありがとう。宜しくね」

そう告げた後、不意に鼓動が高鳴る。

今頃突然現れて、やはり彼女を混乱させるだけではないのか。

与えなくても良い傷を与えるだけでは無いか。

そんな気持ちが頭を過る。

所詮、私のしようとしている事は自己満足。エゴに過ぎない。

しかし、踏みとどまる訳にはいかない。

私のしている事が許されない事でも、恨まれても。

彼女を江戸川コナンと言う偶像に縛り付けておく事は出来ない。

進む。もう2度と思い出を振り返る事が出来なくても。



しばし後。

哀「着いたわね」

新一「ああ、さっき借りた追跡メガネで位置を確認するか」ピコン

新一「......間違いないな。あそこから反応がある。尤も、何かにつけてあるだけかも知れないから、歩美本人とは限らないけどな」

哀「ええ。ありがとう」クスッ

新一「何だよ?」

哀「いえ、メガネ姿のあなたを久々見たなと」

新一「そういや、そうだな」

哀「お陰で楽になったわ。行って来る。何かあったら連絡するから」

新一「ああ。気を付けてな」

......いよいよだ。彼女はどんな顔をするだろう。

私だと、分かって貰えるだろうか。10年経って、私の顔など忘れているかも知れない。

哀「......ふぅ」

考えている内に、マンションの前に着く。

深呼吸をして気持ちを落ち着け、呼び鈴をならす。

ピンポーン......。チャイムの音が響く。

......応答はない。もう1度押してみるかと手を近付けた時。

???「はい、どちらさまですか?」

インターホンから懐かしい声が響く。

哀「すみません、こちらは吉田歩美さんのお宅で間違いないでしょうか?」

???「記者の方ですか?申し訳ありませんが、今日はお休みなので......」

私の姿はカメラにも映っていようが、気付かないだろうか。

彼女達から10も上の年齢となれば、察知するのは難しいかも知れない。

哀「......やっぱり、分からないわよね」

???「......?」

哀「覚えているかしら、吉田さん。灰原。灰原哀よ」

???「......!!」

......沈黙が続く。イタズラと思われたか、ショックで喋れないのか。

出直すべきかと思った時、目の前に......。

歩美「ハァ、ハァ、あ、哀ちゃん?本当に哀ちゃん?」

息が荒い。階段を駆け降りて来た様だ。

哀「......ええ。本当よ。灰原哀よ。久し振りね」

歩美「あ、哀ちゃん......」グスン

歩美「哀ちゃんっ!!」ギュッ

歩美「どこ行ってたの?心配したんだから!!急にいなくなっちゃって、連絡も取れなくて!本当に寂しかったんだから!!」グスン

哀「ごめんね。ごめんね......」

歩美「良かった。本当に良かった、哀ちゃんが無事で......。よかったよぉぉ......」

それから暫く、彼女は泣き続けた。

泣きながら私との再会を喜ぶ彼女の姿を見て嬉しかった反面、これから告げる事を受け入れて貰えるか不安になる。

それでも今は、彼女を抱いてあげる事しか出来なかった。

歩美「......ご、ごめんね。もう大丈夫」

哀「ええ......」

歩美「......エヘヘ、嬉しいな。また哀ちゃんに会えて。でも、突然どうしたの?」

哀「ちょっと、その......。話がしたくて」

歩美「とにかく上がって!今パパもママもいないし」

哀「良いの?」

歩美「もちろん!さ、上がって!」

哀「じゃあ、お邪魔します」

中に入り彼女の部屋に通されると、懐かしい光景が広がっていた。

多少変わっても、あの頃の面影が見える。

ふとタンスを見れば、写真が飾ってある。

あの頃の写真。私達がいなくなってからの写真。

写真から見える成長の流れに、自然と目が細くなる。

殆どが誰かと写っている中で、私と彼の単独で写っている写真があるのを見ると、少し胸が痛んだ。

歩美「さ、座って座って」

哀「ありがとう。それにしても、吉田さんはすっかり大人っぽくなったわね。とてもキレイになったわ」

歩美「エヘヘ、ありがとう!哀ちゃんもとってもステキだよ!凄い美人さん!」

見た目は美しく成長したが、中身にはまだあどけなさが残る。

その仕草がとても懐かしい。

歩美「でも良かった。たまたま今日お休みで。あ、私今芸能界で働いてるんだよ!」

哀「ええ。TVで拝見させて貰ったわ。頑張ってるのね」

歩美「うん、ありがとう!コナン君も......。何処かで見てくれたかなあ」

本日はここまでです。
また後日。

哀「......」

歩美「2人が突然転校しちゃった時はとっても寂しかったけど、きっと事情があるんだって。そう思って頑張って来たんだ!芸能界に入ったのは、何処にいてもきっと見てくれる様にって思ったんだよ!」

哀「......」

歩美「だから、哀ちゃんが来てくれて本当に嬉しいんだよ!本当にありがとう!」

哀「......私にはお礼を言われる資格なんて無い」

歩美「哀ちゃん......?」

哀「吉田さん。いえ、歩美ちゃん。私は今日、あなたに謝らなきゃいけない事があってここに来たの」

歩美「謝る?突然いなくなった事なら全然気にしないで!こうしてまた会えたんだし」

哀「違うの。そうじゃないの......」

私があなたに言いたいのは......。情けない、声が出ない。

歩美「......大丈夫だよ、哀ちゃん。話して」

哀「歩美ちゃん......」

歩美「哀ちゃんがこんなに辛そうな顔するなんてよっぽどの事だもん。話して。何があっても、私は大丈夫だから」

哀「聞けばきっと、頭が混乱するわ。それに、きっと苦しい思いをする」

歩美「大丈夫。どんな事だって。だって私達、友達だもん!」

哀「!!」

歩美「嫌な事があっても、辛くても一緒にいられるのが友達だもん!だから大丈夫。何があっても平気だし、哀ちゃんを嫌いになったりしないよ」

哀「......歩美ちゃん」

強い。彼女の眼光は力強い。

別れの挨拶も無しにいなくなった人間がいきなり現れ、訳の分からない事を言い出したら普通腹も立つだろうに。

彼女の眼からは私を本当に思う気持ちが伝わってくる。

そう思うと、重たかった口が動かせる様になるのを感じた。

哀「ありがとう。話すわ。まず、1つ聞きたいんだけど、私の姿を見て違和感を覚えなかった?」

歩美「違和感?それは、とってもキレイになって......。あ、でも思った。大人っぽいと言うかちょっと大人過ぎるかなって」

哀「そう。あなたの感じた通りよ。私は実際にあなたより歳上。江戸川君もね」

歩美「コナン君も?どういう事?哀ちゃんはコナン君が今どうしてるか知っているの?」

哀「ええ。それも踏まえた話になるけれど、大丈夫かしら」

歩美「うん......。聞きたい。コナン君がどうしてるか。もう私の事なんか忘れてるかも知れないけど、聞きたい。教えて!」

哀「分かった。まず言っておくと、灰原哀と言う人間も江戸川コナンと言う人間もこの世には......。存在しない」

歩美「哀ちゃんとコナン君が、存在しない......?」

哀「正確に言えば、灰原哀と江戸川コナンとは仮の姿。本当の姿では無いの」

歩美「どういう事?訳が分からなくなって来ちゃったよ......」

哀「ここから先は、他言無用でお願いしたいのだけど......。尤も、世間が聞いても誰も信じないし、あなたにも信じて貰えるかは分からないけど......」

歩美「うん、分かった」

哀「ありがとう。例えば......。歩美ちゃんが、今の記憶を持ったまま小学生に戻れるとしたら?」

歩美「え?」

哀「元々大人だった人間が、何らかの力で身体が小学生に戻ってしまったら?そんな人間が、小学生の中に紛れていたとしたら?」

歩美「そんなぁ、そんな事出来る訳......が......。ま、まさか......」

哀「そう。そのまさかよ。私と江戸川君は大人だった人間がとある事情により身体を子供に戻されてしまったの。あなた達と出会った時、私の本当の歳は18歳。つまり、今の年齢は28歳。だからあなたには私が大人びて見えた」

歩美「じゃあ、コナン君も?」

哀「ええ。とあるトラブルに巻き込まれ、私達は元の名前を隠し「灰原哀」と「江戸川コナン」と名乗り小学生として生きていた」

哀「そして、そのトラブルを解決して私達は元の身体を取り戻した。だから、もう哀もコナンもこの世にはいない。この心の中には、生き続けているけどね」

歩美「そう、なんだ......」

哀「信じてくれるの?」

本日はここまでです。
また後日。

歩美「うん。驚いてはいるけど......。哀ちゃんが嘘を付くとは思えないし、考えてみたら2人とも私達より余りにも大人っぽかったし。そう思うとかえって納得しちゃった」

哀「確かに。繕って見ても、私達は浮いていたのは事実ね......」

歩美「アハハ、そうだね!そっか。じゃあコナン君はとりあえず元気なんだね」

哀「ええ......」

歩美「じゃあコナン君は今、何をしているの?」

哀「......それは、私達の本名を知れば分かるわ」

そう、彼が全国的なサッカー選手であり私の顔も名前も報じられている以上、歩美ちゃんが私達を目にしている可能性は高い。

特に芸能界で生きている彼女なら。今は混乱しているからそこまで意識がいっていないだろうが、話をして意識と会話が繋がれば、より大きなショックを受けるかも知れない。

しかし、今更やめる事は出来ない。真実を伝える時だ。

哀「......彼の本当の名前は、工藤新一」

歩美「!!」

哀「そして、私の本当の名前は......。宮野志保」

歩美「......工藤、新一さん。確か蘭お姉さんのお友達?」

歩美「今、サッカーの日本代表の......」

哀「......ええ」

歩美「確か、この間もTVに......。TV?」

顔色が変わった。気付いて......。しまった......。

歩美「ちょっと待って......?確か、奥さんの名前も出てた。奥さんの名前は、確か、確か......。志保、さん......」

歩美「じゃあ、じゃあ哀ちゃんは......。ひょっとして......?」

哀「......そう。私は彼と結婚したの」

歩美「!!」

驚いている。無理も無い。どれ程のショックか想像もつかない。しかし、私の口は彼女に更に残酷な真実を突き付ける。

哀「数年前、私は彼と結婚した。あなた方と別れる少し前に、私は彼と思いを通じる事が出来た。そして、トラブルが解決した時。私達はあなた方に黙って姿を消した」

歩美「......」

哀「あなた方はまだ小さかったし、とても私達の現状を理解出来ないと思ったから。思いを伝えるのを躊躇して、そのまま姿を消してしまった」

歩美「......」

表情から感情が分からない。あなたは今、私の話に何を思ってるの......?

怖い。怖いけど......。言わなくちゃ......。

哀「ごめんなさい、今更こんな事を言って。本当は分かってるの。あの時本当はせめてあなたには真実を伝えるべきだったと」

哀「彼を深く愛していたあなたには、真実を伝えるべきだったって。でも私は黙って逃げて。あなたの想いを知っていながら彼を愛して結婚した」

哀「理由はどうあれ、親友であるあなたを私は裏切った。あなたの彼への愛は小学生と言う年齢を遥かに越えた深いものだった。それを私は踏みにじった」

哀「決して許される事では無いと思ってる。今更ノコノコとあなたの前に現れた事も。謝って済む話では無いけれど、せめて謝ろうと今日ここに来たの」

哀「ごめんなさい......。許してなんて言わない。本当に、ごめんなさい......」

そう。許して貰える筈が無い。

私は親友の想いを知りながら、自分可愛さに裏切ったのだ。

それを分かっていながら、余りの幸せに目を背けて来た。

どんなに罵られても、殴られても足りるものでは無い。でも、愚かな私に出来る事は頭を下げ謝る位しか出来ない。

己の弱さと情けなさを、これ程恥じた事は無い。

せめて放たれる怒りを全て受け止めようと身構えた私に、彼女から放たれた言葉は余りに......意外な物だった。

歩美「......良かった!」ニコッ

哀「えっ......?」

歩美「だって今、哀ちゃんもコナン君も幸せに暮らしてるんでしょ?」

哀「え、ええ......」

歩美「なら全然謝る事なんか無いよ!」ニコッ

哀「な、何故?」

歩美「だって、今まで何処に行ったかも分からないお友達2人が生きている事が分かって、幸せに暮らしてるって分かったんだもん!嬉しいに決まってるよ!」ニコッ

哀「歩美ちゃん......。で、でも私はあなたを裏切って......」

歩美「ダメダメ!そうやって暗くなるのは哀ちゃんの悪いクセだよ!」

哀「!!」

歩美「......確かに私はコナン君が大好き。それは今も変わらないよ。でも、それよりも私はコナン君が笑顔でいてくれるなら、それが1番嬉しい!」

哀「歩美ちゃん......」

歩美「だから、哀ちゃん。苦しまないで。自分を責めないで。私が2人を恨むなんて、ありえない」

歩美「哀ちゃんはいつも笑って、幸せでいて。そしてコナン君を幸せにしてあげて」

歩美「私を気にして苦しむより、そうしてくれた方がずっとずっと良い。哀ちゃんとコナン君は私の大切な大切な......。お友達だから!」

哀「歩美ちゃん、あなたは......」

何故あなたはそんなに強いの......?

本当は悲しくて仕方無い筈なのに。

その顔から、その声から、1辺の憎しみも怒りも感じられない。私達を本当に大切に思う気持ちが伝わってくる。

このか弱い身体の何処にそんな強さがあると言うの......?

張り裂けそうな悲しみに晒されても、人は他人にここまでの優しさを持てるの......?

そんな彼女に、何も言えない。何も言葉が出ない。

ただただ胸の中で、ありがとうとごめんなさいを交互に呟く事しか出来ない。

気を抜くと、膝から崩れ落ち泣きそうになる。

......泣くな!私には泣く資格など無い!

何より彼女が泣いていないのに、私が泣いていい筈が無い!

そう心に繰り返し、身体を何とか支えていた。

そんな私を見て、彼女は私を優しく抱き締めた。

そして小さく「ありがとう、哀ちゃん」と呟いた。

その一言で、私達の止まっていた時間が動き出した。そんな気がした。

この腕の温もりを、彼女の優しさを、生涯忘れる事は無いだろう。

彼女が私に与えてくれた、赦しの印を......。




歩美「......もう行っちゃうの?」

哀「ええ。色々まだ、しなきゃいけない事があるから」

歩美「そっか。ね、ちゃんと教えたアドレス。登録してね!そしたらいつでも連絡出来るから!」

哀「ええ。ありがとう。歩美ちゃん?本当に彼に会わなくて良いの?」

歩美「うん。今会っても何話したら良いか分かんないし。私が1流の女優さんになったら、その時は挨拶に行くから!1流選手の新一さんに!」

哀「そう。分かったわ。彼にそう伝えるわ」

歩美「ありがとう。ね、哀ちゃん?」

哀「何?」

歩美「最後に、伝えて欲しいの。「コナン君」に。次に会う時は、その時はもう「新一さん」だから......」

哀「......分かったわ。何と伝えたら良いかしら」

歩美「うん。あのね、今までもこれからも......。私はコナン君をずっとずっと大好きだよって。そして、ありがとう。元気でねって。そして、そして......」

歩美「さようならって。そう伝えて欲しいの」

哀「分かったわ。必ず伝える」

歩美「ありがとう、哀ちゃん」

哀「じゃあ、元気でね」

歩美「うん。またね!」

哀「ええ。また、いつか」



歩美「......さよなら。コナン君」ポタッ

【哀が去った後、歩美は堪えきれず涙を流した】

【決して恨みや憎しみの涙ではなく......。喜びと悲しみの入り交じった涙を】

【涙枯れるまで、いつまでも、いつまでも......】

哀「......」

歩美ちゃんの言葉を噛み締めながら、私はマンションを後にした。

歩美ちゃんは「コナン」には別れを告げたが、私の事は哀と呼び続けた。

つまりそれは、真実を知っても自分の中で私は変わらず「灰原哀」であると。いつまでも、変わらない友達であると。そう告げていた。

どれ程救われただろう。彼女の気持ちに。

本当は家を追い出される位は覚悟していた。

2度と来るなと言われる事も覚悟していた。

しかし、彼女は私を友達と呼んでくれた。

なら、彼女の想いに応えなくては。

「苦しまないで。笑って。幸せでいて。そしてコナン君を幸せにして」

この約束は、必ず果たさなくては。

彼女との約束を思いながら歩いていると、いつの間にかビートルが見えてきた。

彼が傍らに立っているのが見える。不安そうな顔をしているのも。

新一「お、お帰り。どうだった?」

穏やかに迎えてくれたが、やはり不安そうだ。

哀「ええ。とりあえず自分の気持ちは話せたわ。彼女の強さと優しさに救われたわ」

新一「そうか。アイツ、強かったか」

哀「ええ。私なんかより遥かにね。下手をすれば、あなたよりも」

新一「そうか。いつの日か、俺からも気持ちを伝えられればな......」

哀「それには及ばないわ。彼女からの伝言よ。いつか私が1流の女優さんになったら、1流の選手の新一さんに挨拶に行くから、と」

新一「アイツ、そんな事を......」

哀「そして、もっと大事な事を頼まれたわ」

新一「え?」

そう。託された。本来私が代弁するのもおこがましい、精一杯の彼女の想いを。

哀「......「コナン君」に。あなたの事を今までも、これからもずっとずっと大好きだと。そして、ありがとう。元気でね。さようなら、と」

哀「そして、あなたが笑顔でいる事が、何より嬉しいと。そう言っていたわ」

新一「バーロー、もっと怒って良いのによ......。こんな俺なんかを......。気遣いやがって......」

彼も悟ったのだろう。彼女が悲しみに耐えて気持ちを伝えた事を。

元より涙を流すのは彼の柄では無いが、その姿は涙を流さない様に耐えている様に見えた。

新一「......いつか俺は、歩美の前に立った時に。胸を張って会えるだろうか」

哀「それは、今後次第よ。彼女との約束をしっかりと果たす事が出来れば、自ずと答えは出ると思うわ」

哀「勿論、2人で一緒に。彼女に報告出来る様に頑張りましょう」

哀「私達は、幸せだよ。って」

新一「......哀も、強くなったな」

哀「え?」

新一「歩美の家に向かう前とは、まるで別人だぜ。壁を乗り越えたって感じだよ」

哀「そう、かしら......」

新一「ああ。哀は逃げなかった。次は、俺の番だな......」

自分が強くなったとは思わない。しかし、私の姿に彼は何かを感じ、決意を固めていた。

哀「......とりあえず、帰りましょうか」

新一「ああ、そうだな」

哀(ありがとう、歩美ちゃん......)

もう一度彼女に会う事は、本当に出来るだろうか。

もしその時が来たら、その時は胸を張って伝えたい。

あなたとの約束は守ったよ、と。





家に帰り着いた頃には、既に夕方になっていた。

朝早くに動き出し、彼女の家にもそれ程長居をしたつもりは無かったのだが。それ程濃密な時を、あの瞬間過ごしていたという事なのか。

確かに身体が重い。何日分もの疲れがのし掛かって来た様だ。これが、想い出と言う時に逆らう事の代償なのか。

しかし、そんな素振りを見せれば博士が心配するので平静を装いながら家に入る。

哀「ただいま」

阿笠「おお、お帰り。どうじゃった?」

哀「ええ。100%の解決かは分からないけど、お互いの気持ちは話せたわ」

阿笠「そうか。その表情ならそれなりに上手くいった様じゃな。何よりじゃよ」

新一「ああ。だが、俺の方がまだ終わってねぇ。蘭に会うって課題が残ってる」

阿笠「うむ。しかし、言いにくい事じゃが......。彼女に会うのはちと難儀かも知れんぞ?」

哀「どう言う事?」

阿笠「新一も全国レベルで有名な人間じゃから目立つが、蘭君も今やこの町ではかなり有名人なんじゃ。そんな2人が揃うと目立ち過ぎる」

新一「蘭が有名人?どうして?」

阿笠「蘭君の会社はとある全国レベルの大会社なんじゃが、ある時たまたま会社の側でひったくりが起きた。それを蘭君は空手で撃退したんじゃ」

阿笠「すると、その様をたまたま会社の社長が見ておってな。蘭君を会社のキャンペーンガールに起用すると同時に秘書として登用したんじゃよ。ま、キャンペーンガールと言ってもパンフレットとかを飾るレベルに過ぎんが」

阿笠「まあ、そんな出来事がシンデレラストーリーとして地元メディアで持て囃されてな。更に落ち目だと言えあの眠りの小五郎の娘と言う事、社会人空手で全国制覇した事などのオマケも付いてな。米花町では下手なアイドルより有名人じゃよ」

哀「......何とも彼女らしいエピソードね」

新一「そんな事になってるなんて全く知らなかったぜ、サッカー選手になってからあんまりTVとかもチェックしなくなったしな......」

阿笠「まあ、兎も角じゃ。そんな有名人をこれまた有名人の工藤新一が目立たん様に呼び出すとなるとなかなか困難じゃよ。下手に密会してる等と噂を立てられても困るじゃろ」

哀「確かにね。下手にあなたが人目に出て行く訳にもいかないしね。彼女が目立たない様にこちらに来てくれるのがベストなんだけど」

新一「だな。だが、電話やメールではイタズラと思われるか、態度を硬化される恐れがあるしな。参ったぜ......」

哀「滞在日数にも限りがあるし......」

阿笠「それに、彼女は結婚を控えた身じゃ。この機を逃せば忙しくて接触は無理じゃろう」

予期せぬ困難に頭を抱えた。

歩美ちゃんはまだそこまで知名度が高い訳では無いし、私1人だから何とかなったが......。

彼の知名度は私の非ではない。ここに来る時も外出時もかなりの変装を施さなくてはならないのだ。

良く良く聞けば、彼女の会社は人通りの多いオフィス街にあるらしい。彼が近づくのは尚更難しい。

暫くの間、妙案が浮かばず沈黙が続いた。すると、彼がボソッと

新一「......しゃーない。アイツに頼んで見るか」

哀「アイツに?」

新一「俺の代わりに目立たず蘭に接触出来て、尚且つ怪しまれず呼び出せるヤツにさ」

哀「そんな都合の良い人間、いる訳が無いじゃない?」

彼と彼女の経緯を知っている人間は、協力してはくれないだろうし......。が。

新一「いるだろ?誰にでも姿を変え、どこにでも幻の様に現れるヤツが」

阿笠「ま、まさか?!」

哀「それって......。怪盗キッド?!」

>>111訂正
私の非ではない→私の比ではない

新一「そう。正解だ」

哀「ちょっと待ってよ。彼はあなたの宿敵じゃない!手を貸してくれるとは思えないわ。大体、どうやって連絡を取る気?不可能よ」

新一「一応あるぜ。連絡手段なら」

哀「え?」

新一「博士。ちょっとパソコン借りるぜ」

阿笠「あ、ああ。構わんが」

哀「一体何を?」

新一「昔、ベルツリー急行でキッドに哀の姿に変装して貰った事があるだろう?それがきっかけでアイツと協定を結んだ事があるんだ」

哀「協定?」

新一「俺達は互いに追いかけている組織があった。だから、その敵が関わる事件なら休戦して解決しようって決めたのさ。で、その時に決めた連絡手段が使えれば......」

哀「彼に連絡出来るかも知れない、と言う事ね」

新一「ああ。良し、これだ」カチッ

阿笠「これは......。SNSの掲示板かの?」

新一「ああ。ここにあるキーワードを打ち込めば......」カチカチッ

阿笠「何と書いてあるんじゃ?」

哀「エル、ロック......。ショルメ?何?これは?」

新一「エルロック・ショルメってのは、モーリス・ルブランの書いた小説【アルセーヌ・ルパン対シャーロック・ホームズ】の主人公の名前さ」

哀「え?でもホームズ対ルパンなんでしょ?何故名前が違うの?」

新一「この本の、そしてルパンシリーズの作者であるルブランはフランス人。だがシャーロック・ホームズはイギリスの名探偵だ」

新一「ルブランは怪盗対名探偵と言う世紀のビッグマッチを思い付いたは良いが、フランスの本にイギリスの探偵であるホームズをそのまま出すのはいらない軋轢を生む恐れがあった」

新一「そこで、シャーロック・ホームズと言う名前の文字を並び替えたアナグラムを付けた、エルロック・ショルメと言うキャラクターを誕生させたってワケさ」

(Sherlock Holmes→Herlock Sholmes)

新一「尤も、ホームズとショルメを同一視するか、と言う点を含めて色々諸説ある本だからな。俺の話が正しいとは限らないが。とにかくこのキーワードの持つ意味は」

哀「成る程。探偵と怪盗の遭遇。呼び出しの合図と言う事ね」

新一「ああ。後はアイツからの返信があるかを待ってみよう」

哀「ええ。分かったわ」

しかし、こんな所までホームズを持ち出すとは。

彼の推理バカは筋金入りにも程がある。

やはりサッカーではなく探偵の道に進ませてあげるべきだったろうか、等と考えていたその時。

新一「......来た!」カチッ

【1時間後に行く。場所を指定しろ。1時間後に行ける場所に俺がいなければ諦めろ】

本日はここまでです。
また後日。

新一「っし!このまま博士の住所載せちまうと迷惑だから、昔決めた暗号文で......」

実に楽しそうに見える。まるで親友同士のメールのやり取りの様だ。

やはり怪盗キッドとは彼には特別な存在なのだろう。

新一「......おっ!書き込みアリだ!」カチッ

【了解した。では1時間後。】

新一「良し。後は指示通り待とう」

哀「そうね」

......まさか彼がキッドに頼み事をするとは思いもよらなかった。

何としても過去に決着を着ける。今の彼にはプライドよりもその一念が勝るのだろう。

そんな彼に何かしてあげたいと思うが、何も頭に浮かんで来ない。

......ジタバタしても仕方無い。まずはキッドが来てからだ。

そして、数十分後......。

哀「......もうすぐ時間ね」

新一「ああ。アイツの事だから、時間には遅れない筈だ」

約束の時間が迫る。緊張感が高まって行くのを感じる。

時計の針が進む......。残り10秒を切った。みんなドアを注視する。

残り3、2、1......。ドアは開かない。

阿笠「来ないのう?」

哀「キッドが予告を違えるとは思えないわ」

新一「......いや、もう既に」

???「バカ正直にドアから入るとは限りませんよ?お嬢さん?」

哀「!!」

新一「やっぱり来てたか」

キッド「よう。久し振りだな名探偵?」

阿笠「ど、どこから入ったんじゃ?」

キッド「愚問ですね。私はマジシャン。どこにでも現れるし、どこからでも入り込める。魔法の様にね」

新一「しかし、来てくれるとはな。正直来ないと思ったぜ」

キッド「そいつはたまたま俺があの懐かしい掲示板を見ていた幸運に感謝しな。それより、余程の用件なんだろうな?お互いのトラブルを解決してから使わなくなった連絡手段を使うって事は。奴等が復活でもしたか?」

新一「いや。今回オメーの力を借りたいのは、酷く個人的な理由なんだ」

キッド「あ?なんだそりゃ?」

哀「私からも説明するわ。どうか彼に力を貸して欲しいの」

キッド「君は確か......」

哀「ええ。その節はお世話になったわね」

キッド「いえいえ。それより、今君がコイツと一緒にいるって事は......」

哀「ええ。今は彼の奥さんよ」

キッド「成る程。それはお祝い申し上げる。仕方無い、レディの頼みなら聞くだけ聞いてみるとしようか」

キッドが腰を落ち着けてくれた所で、私達はこれまでの経緯を彼に話した。

そして、その為に彼女を呼び出す手伝いをして欲しいと頼んだ。

彼は黙って話を聞いていたが、聞き終えると怪訝な顔をして呟いた。

キッド「事情は分かった。だが......。気は進まないな。特に名探偵。お前がプライドを捨ててまで頼む用事がこんな事とはな」

新一「......」

キッド「人それぞれ事情があるから、俺が口出す筋合いはねぇ。お前等の悩みや選択も理解出来なくはねぇさ」

キッド「だが......。結局は自分の色恋沙汰の尻拭いを俺に手伝わせようってワケだ」

キッド「真実を誰より追求していたお前が、自分自身を見失い、挙げ句不倶戴天の敵である俺に助けを求めるとはな。正直、見損なった感はあるぜ」

新一「ああ。返す言葉もねぇよ。だが頼む!力を貸してくれ!どんな事をしても俺は過去にケリをつけなきゃならないんだ!」

キッド「その結果......。あの蘭って子に恨まれるかも知れないし、お互いに負わなくて良い傷を負うだけかも知れねーぞ?」

哀「どうか、それでも力を貸してくれないかしら。ここで立ち止まったら、私達はまた過去に怯えさ迷う事になる」

哀「過去に決着をつけなければ、勝手な言いぐさだけど彼女もまた苦しんで生きていく事になると思う」

哀「あなたに協力する義理が無いのも、不快感を感じたのも分かってる。だけどどうかお願い。お願いします......。力を貸して」

新一「頼むキッド!軽蔑してくれて構わねぇ!それでも俺は自分を取り戻さなきゃならねぇんだ!哀を幸せにする為に!」

キッド「......やれやれ、仕方ねーか。さっきも言った様に、レディの頼みなら断るのも失礼だしな。そこまで頭下げるお前の気持ちにも免じて、引き受けてやらぁ」

新一「ホ、ホントか?ありがとう!」

キッド「礼なんざいるか!イヤイヤなのは変わらないんだ。あくまで呼び出す手伝いだけだぜ。それ以上は責任持たないぜ」

キッド「必ずケリつけろ。そして蘭って子も過去から解放してやれ。で、必ずその人を幸せにしろ。それを約束出来ねーなら俺はすぐさま降りるぜ」

新一「ああ。必ず......!!」

キッド「......少しは良い目付きになったな。さっきまではガキの姿以下の迫力しか無かったがな。その眼をしたお前なら少しは期待出来そうだな」

新一「チッ、言ってくれるぜ。いつか監獄にブチ込んでやるからな」

キッド「おいおい、それが恩人に対する態度か?ま、らしくなったから良いけどよ」

やはり親友......。いや、2人はまるで死線を潜り抜けた戦友同士の様だ。

それでいて生涯の敵でもある。そんな2人の関係が不思議で、でも少し羨ましかった。

哀「あの、本当に......。ありがとう」

キッド「いえいえ。麗しき御婦人の頼みとあらば。時間と場所は、先程の掲示板にお願いします」

キッド「ではまた、運命の交差点にてお会いしましょう」

キッドがそう話終えた瞬間、煙幕が立ち込めた。

視界が利かなかったのは、ほんの僅かな時間だったが、彼は既に消え失せていた。

新一「ったく。ワンパターンな消え方しやがって。それにキザ過ぎらぁ」

哀「キザって言う所なら、あなたも良い勝負よ」クスッ

新一「......んな事ねーよ」

阿笠「ふぅ。何だか訳が分からんまま話が進んでしまったわい」

哀「すっかり博士を置いてきぼりで話してたものね、ごめんなさい」

阿笠「何、構わんよ。今日は早めに食事をして休むとしよう。明日に備えてな」

新一「ああ、そうだな」

博士の進言で私達は食事をして休む事にした。

流石に今日は皆疲れているのか口数は少なかった。

新一「......さて、寝るとするか」

哀「ええ」

新一「なあ、哀」

哀「え?なあに?」

新一「いや、何でもない。お休み」

哀「ええ。お休みなさい」

彼は今何を話そうとしたのか。気になるが、無理には聞かないでおいた。

不安もあるだろうし、明日は朝一番から動く必要はない。まず休んで体調を整えなければ。

そう言う私自身も、決して穏やかな気持ちでは無かったが、彼の腕枕に乗っている内にいつしか眠りに落ちていった。

......お疲れみたいね。

哀「少しはね......」

......どう?足りない物は埋められた?

哀「ええ。まだ全てでは無いけど。全てが済んだら、あなたにもう一度会いに行くわ」

......そう。待ってるわ。



哀「......っ、またあの夢」

このタイミングでまた昔の私が夢に出るとは。

哀「不安の現れ、かしら。それとも......。あら?」

独り言を呟きながら横を見ると、彼がいない。
哀「トイレかしら......?」

あるいは、水でも飲みに行ったかと思ったけど、布団を触ると冷たい。いなくなって暫く立つようだ。

哀「一体どこに行ったの......?」

家の中を探してみるが、姿は無い。

服はそのまま残されている。恐らく寝巻きで動ける範疇にはいる筈だ。ビートルも停めてある為、近くにいるのは間違いない。

哀「この家以外に行ける場所。恐らく......」

いや、間違いない。きっと彼は今あそこに......。

工藤邸内部。

新一「......」

哀「やっぱり、ここに居たのね」

新一「あ、哀。気付かれちまったか」

哀「たまたま目が覚めて。多分ここかなって」

新一「ああ。ちょっと来たくなってさ」

哀「そう。自分の家が懐かしくなった?それとも、彼女との想い出があるから?」

新一「まあな。覚悟を決めてたのさ。こう見えて意外と小心者だからよ」

哀「どの口が言ってるの?あなたが小心者なら私の心なんて顕微鏡でも見えないわよ」

新一「へっ、言うじゃねーかよ」

哀「ふふふ......」

新一「......なあ、哀。さっき聞けなかったんだけどさ」

哀「え?」

新一「不安じゃ、無いか?」

哀「どういう意味?」

新一「......明日、ここに蘭を連れて来て貰う。俺の気持ちを伝える為にな。サシで話をするよ」

哀「......それの何に不安が?」

新一「......俺は哀と生きたい。哀を幸せにしたい。その気持ちに嘘偽りは無い。ただ、歩美と哀の場合とは違う。俺と蘭は男と女だ」

哀「......」

新一「誤解すんなよ。そんな間違いは犯さない。ただ、やっぱりそんな不安が過るんじゃねーかなってさ」

新一「って、まあ言い訳だ。怖いのさ。情けない事によ。哀は自分の気持ちをきちんと歩美に伝えたのによ。自分の番となると不安で仕方無い」

新一「責められるのは怖くない。ただ、自分の気持ちをきちんと言えるかが怖い」

新一「だから、少しでも落ち着きたくてここに来たけど、あんま変わらなかったよ......」

あまり弱さを見せるタイプで無い彼の、これが偽らざる気持ちなのだろう。

理屈では落ち着きたくても、感情がそれを許さない。

口でどう慰めても意味が無いかも知れないが、私が言う事は決まっていた。

哀「私には不安なんて無いわ。あなたを信じてるもの」

新一「哀......」

哀「あなたなら、自分と向き合って答えを出す事を信じてる。私への想いが本当だと信じてる。だから大丈夫、あなたは不安になんて負けないわ」

哀「私の知ってる工藤新一は、逆境でこそ力強く真価を発揮する。そう言う人よ。だから、どんな結末になっても私は大丈夫」

哀「思うままの気持ちを、彼女に伝えて」

新一「哀......。ありがとよ。その一言でもう怖くねぇ。自分の気持ちを伝えて、必ず戻るよ。哀の元に。信じて......。待っててくれ」

哀「ええ。待ってるわ。あなたの帰りを」

話が終わった後、彼は私を優しく抱き締めた。

今この時だけは、何も考えたくない。この温もりを刻み付けておきたい。

準備は、整った。もう先回りの後悔はいらない。

その先を信じ、より強く彼を抱き締める。

静寂が包む中、心音と息遣いだけが部屋に響いていた。

翌日。

阿笠「キッド君に連絡は終わったかの?」

新一「ああ。取りあえず博士が調べてくれたデータを元に、時間と場所を指定しておいた」

哀「上手くいくかしら......」

新一「アイツなら上手くやってくれるだろ。キザで鼻持ちならねーが、腕は確かだ」

哀「その言い方、恩人に失礼よ」




キッド「っくし!誰か噂してやがんな?」

キッド「しかし、誰に変装して接触したもんかね......。色々考えたが」

キッド「あの子にすっか。気は進まねーけど。あの演技疲れるしな。ったく。借りは100倍にして返せよ?名探偵」

そして、その日の夕方過ぎ。

阿笠「そろそろ、じゃな」

新一「ああ。俺は向こうに移動して待ってる」

哀「分かったわ。気を付けて」

新一「ああ。後でな」ニカッ

哀「行ってらっしゃい」ニコッ

精一杯の笑顔を見せたが、お互い緊張はある。

しかし、不安は無い。後は賽の目がどう出るか。

同時刻。米花駅前。

蘭「では社長。お疲れさまでした」

社長「うん。今回も君のお陰で助かったよ。まさに君は能力もルックスも腕っぷしも最強の広告塔だよ。ハッハッハ!」

蘭「あ、ありがとうございます......」

蘭(腕っぷしは余計だなあ......)

社長「では、ゆっくり休んでくれたまえ。結婚前に忙しくして済まなかったな」

蘭「いえ、そんな」

社長「ハハハ。そう真面目に受けとらんで良い。じゃ、また」スタスタ......

蘭「......ふぅ。私も帰らなきゃ。お母さん待ってるだろうし」

???「らーん!」

蘭「え、あれ?園子?」

園子「奇遇だねぇ、今帰り?」

蘭「うん。出張の帰りだよ。園子こそ、今海外じゃ無かったの?京極さんの応援で」

園子「え?あ、まあね。ちょっと予定が変わって早く帰って来たのよ」

蘭「そうなんだ。まさか京極さん、負けちゃったの?」

園子「い、いや!そうじゃないんだけどね。それより蘭、今時間ある?」

蘭「え?まあ予定は無いけど。今日は家でご飯食べる気だったし」

園子「ちょっと付き合って欲しいんだけど、いーかな?」

蘭「え?良いけど。どうしたの?急に?」

園子「ま、いーからいーから。お願い!」

蘭「もう、しょうがないなあ。どこ行くの?」

園子「内緒!着いてからのお楽しみ!」

蘭「もう。意地悪ね」

園子「ゴメンね!さ、行こ!」

園子(キッド。以下園子)(やれやれ、やっぱりこの子に変装すんのは疲れるぜ......)

本日はここまでです。
また後日。

蘭「でもこうして一緒に歩くのも久しぶりかもね。最近忙しかったし」

園子「そうねー。蘭は結婚までもう少しだもんね。どう?準備は?」

蘭「うん。順調。園子こそ、京極さんとの結婚生活はどうなの?」

園子「え?あ、順調に決まってるじゃない!」

蘭「そっか。ゴメンゴメン。当然だよね」

園子「そ、そうよ。アハハ……」

園子(この子、あのバケモノと結婚してたのか……)

園子「そう言えば、新出先生はどんな感じ?いつもと変わらない?」

蘭「?!」

園子「どうしたの?」

蘭「……うん。いつもと変わらないよ。結婚前でも落ち着いてる」

園子「そっか。頼もしいね」

蘭「そうだね……」

暫し後。

蘭「ねえ、ホントにどこに行く気なの?園子?」

園子「も、もう少しだから」

蘭「……ねぇ、園子」

園子「何?」

蘭「あなた、園子じゃないでしょ?」

園子「?!」

蘭「……」

園子「な、何言ってんのよ蘭!そんなハズ無いじゃない!あ、海外から私だけ早く帰ってきたから疑ってんの?」

蘭「ううん。それは疑わなかった。予定があるんだと本気で思ってた」

園子「じゃあ、何故?私が鈴木園子じゃなかったら誰だって言うの?」

蘭「分からないけど、あなたは園子じゃない」

園子「もう、蘭!いい加減にしないと私でも怒る……」

蘭「新出先生」

園子「え?」

蘭「あなたが園子なら、彼の事を「新出先生」とは呼ばないもの。私と同じ。下の名前で「智明さん」って呼ぶもの」

園子「あ……」

蘭「あなたは、誰?何故園子に変装してるの?」

園子「……やれやれ。急ぎの仕事なんてするもんじゃねーな。世間話のつもりだったが、呼び方までは調べる時間が無かったぜ」

蘭「やっぱり。あなた誰なの?事によっては悪いけど実力行使で」

園子「……あなたには何度かお会いした事もあるのですがね、お嬢さん?あなたの姿を借りた事もある」

蘭「まさか、キッド……?」

キッド「ご名答。お久しぶりですね」(変装そのまま)

蘭「な、何故あなたが私にこんな?」

キッド「ある人から頼まれまして。あなたに会いたいので協力して欲しいと」

蘭「私に会いたい人?」

キッド「どうか、黙って付いてきてもらえませんか?決して怪しい事もない。危害を加えられることもない。ただあなたをある場所まで案内する。それだけです」

蘭「……分かったわ。その代わり、変な事したら本当に許さないから」

キッド「ありがとうございます。では行きましょう」

キッド(やれやれ。空手は勘弁だぜ……)

10数分後。

キッド「着きました。ここです」

蘭「やっぱり、新一の家……」

キッド「お気づきでしたか」

蘭「方向から何となくね。私に会いたいのって、まさか」

キッド「それは中に入れば分かります。危険が無い事だけは保証します」

蘭「分かった。ありがとう」

キッド「いえ。では私はこれで。麗しき御婦人にどうか幸多かれ」ボンッ

蘭「……入ろう。ここまで来たんだし」ギィッ

キッド「……良し。中に入っていったな。ヒヤッとしたが、勤めは果たしたぜ。後はお前次第だ。工藤新一」

キッド「……って、ヤベ!早く帰らねーと青子に叱られる!!」




阿笠「外から声がしたのう、恐らく」

哀「着いたのね……」

ふと、彼が昔言っていた言葉を思い出した。

「言葉は、刃物なんだ」

言葉は使い方で人の心を慰めも傷つけもする。

2人がどんな言葉を交わすのかは分からないが、お互いの心を傷つけない事を信じるしかない。

あと僅かで、その時は訪れるのだから。

工藤邸内部。

蘭「お邪魔します……。真っ暗だなぁ」

蘭(多分、あの部屋にいるはず……)

ガチャッ……

蘭がドアを開ける。視線の先に人影が見えるが、暗くて顔が分からない。が。

蘭「あなたが、私を呼んだの?そうなんでしょ?新一」

新一「……ああ。久しぶりだな。10年振りだ」

蘭「そうだね。元気だった?TVで見てたから、大丈夫とは思ってたけど」

新一「まあ、ボチボチやってたよ」

蘭「そう、良かった」

新一「ありがとよ。蘭も結婚するんだってな」

蘭「うん。智明さん……。あ、新出先生とね。覚えてる?」

新一「まあ、な。おめでとう」

蘭「ありがとう。新一も結婚してるんだよね?」

新一「ああ」

蘭「そっか。良かったね。言う機会が無かったけど、おめでとう」

新一「ありがとう」

蘭「……ねえ、新一」

新一「……何故今更会いに来たか、だろ?」

蘭「……あの時、新一からサヨナラを告げられた時。私は悲しかった。死ぬ程悲しかった。でも、新一が決めた以上は決して浮ついたモノじゃないと思ったし……。あの時点で私達は、ちゃんと付き合ってるとは言えなかったから」

蘭「だから、電話口でのサヨナラも我慢した。周りは色々言ってきたよ。新一の事。ひどい奴だ、とか。もう関わるなとか。特にお父さんが怒ってた」

蘭「でも、私自身としては新一がキチンと幸せで頑張ってるならそれで良いと思ってた。あの後連絡を絶ったのも、私を気遣っての事だと思った」

蘭「……そう思おうとした。でもホントは苦しかった。ずっとそんな気持ちを見ないようにして、何とか整理を付けて。そして智明さんとお付き合いして。決心して、結婚しようという時に」

蘭「何故今更現れたの?どうして?」

新一「……」

蘭「例えあんな別れ方でも、今こうして会わなければ良い思い出の方が残ってたよ。楽しい想い出に浸っていられた。なのにどうして?何で今更現れたのよ!?」

蘭「何故今更私の心をかき乱すの?ねえどうして?答えなさいよ新一!今更何?よりを戻したいとでも?何がしたいの?どうなのよおぉぉぉ!!」

既に蘭の目からは滝の様に涙が溢れている。

泣きじゃくる子供の様な彼女の顔は、皮肉にも新一に幼い頃の蘭の笑顔を思い出させた。

新一(……すまねえ、蘭。だが、言うぜ。哀!)

新一「……今更、蘭の前に出れる立場じゃない事は分かってる。ここで会う事が、お前の傷を抉ることも」

新一「それでも俺は、どうしても言わなきゃいけない事があった。伝えなきゃいけない事もあった。だからキッドに力を借りた」

蘭「……」

新一「あの時……。俺はお前の前で別れを言えなかった。お前の涙を見るのが怖かった。自分が傷付くのが怖かった。だけど、もう逃げねぇ」

新一「どうか、聞いてくれないか。俺の気持ちを。どうか……」ゴンッ

蘭「新一……」

新一は額から血を流すほどの勢いで土下座し床に頭を打ち付けた。

許されなくても良い。ただ、どうしてもこの気持ちだけは伝えなくては……。

蘭「やめてよ、新一。頭を上げて。少なくとも真剣なのは分かったから。話してみて。それを聞いてどんな気持ちになるかは分からないけど」

新一「……ありがとう」

新一「……俺は今日、過去から俺と蘭を解放する為にここに来た。例えお前に恨まれようと、ただのエゴだとしても。この先の未来を生きる為に」

蘭「過去から、解放する……?」

新一「……ずっと、引きずっていた。考えていた。あの時、蘭はどんな顔をして別れの言葉を聞いていたんだろうかと」

新一「怒ってたかな。泣いてたかな。色々考えたよ。それをずっと引きずってきた。そして気づいた」

新一「あの時逃げて……。楽になったつもりでいたけど、本当は全然楽になってなかった。蘭は本当はどんな顔をしていたのか。何を言いたかったのか。それが分からないまま頭の中にずっとこびり付く。ありもしない想像がずっと頭を駆け巡る。あの時逃げたばかりにそんな十字架を背負ってしまった」

新一「俺自身はそれで良い。逃げちまった張本人だからな。だが、俺が逃げたばっかりに蘭も同じ十字架を背負わせちまったと思った」

新一「俺の真意が分からないばかりに、思い出が浮かび上がり胸を締め付ける人生にさせちまったと。今更気づいたんだ」

蘭「……」

新一「もう俺は……。蘭にそんな人生を送って欲しくない。身勝手で上から目線の言い方かもしれないけど」

新一「だから……。あの時言えなかった事を、そして今の気持ちをオメーにぶつける。聞いてくれるか……?」

蘭「……うん」

新一「……あの頃。確かに俺はオメーが好きだった。だが、軽蔑してくれて構わないが。本当に心から好きになっちまった人が出来た」

新一「その笑顔をどうしても守りたいヤツが。出来ちまったんだ」

新一「俺は、何があってもソイツを幸せにしたい。この命に替えても必ず。それがあの時の償いになるなんて思わない。身勝手な話だけど、あの時守れなかったオメーの分まで彼女を守る。その誓いを守り通す」

新一「だから、今日ここでハッキリとオメーにサヨナラを言う。俺の事を、許さなくて良い。一生嫌ってくれて良い。だから、だからどうか……」

新一「蘭も、幸せになってくれ。どうか誰よりも、幸せになってくれ……」

新一(何言ってんだ、俺は。支離滅裂も良い所だぜ。最低だな。でも、本心を。思った事伝えるしかねぇもんな……)

蘭「……言いたい事は、終わり?」

新一「ああ」

蘭「……許さない。そんな言葉なんかじゃ、絶対許さないんだから!殴らせて!!」

新一「え?」

蘭「一発で良いから。殴らせて」

新一「……分かった。それで少しでも、蘭の気が済むなら」

新一(蘭の全力の右正拳喰らったら、死ぬかもな。でも、それでも仕方ねぇよな……。ワリーな、哀……。無事には帰れねーけど、許してくれ……)

蘭「……行くよ新一。ァァァアアアアアッ!!」ブンッ!

新一「……!!」ビクッ

……ポコッ

新一「……え?」

蘭「プッ……。アハハハハ!!」

新一「ら、蘭?」

蘭「あーあ。何を言うのかと思えば。あまりに女々しい事言ったり、より戻したいとか言い出したら全力で殴ろうと思ってたけど」

蘭 「ここまで清々しい位にノロケられたら、何にも言えないや」

新一「ノロケって、俺はそんなつもりじゃ」

蘭「ううん。よーく分かった。新一がその人の事、とっても愛してるのが。心から私の事心配してくれたのも、悔やんでるのも良く分かったよ」ニコッ

新一「蘭……」

蘭「ホントはね。私も考えてたんだ。私のせいで新一が苦しんでるんじゃないかって。だから、私こそ新一に想いを伝えられて良かった。来てくれてありがとう、新一」

新一「礼を言うのはこっちだよ。何て言って良いか……」

蘭「もう暗い顔しない!私は智明さんとの事は妥協じゃなく真剣だし。幸せになるよ。だから新一も、幸せになってね」

新一「ああ、分かった……」

蘭「でも、新一って本当に女心がわからないんだね」

新一「え?」

蘭「本当に新一を恨んでたら、どこまでも探し回して半殺しぐらいにはしてるかもよ?それをしないって事は、私は新一を恨んでないって事。ちょっと考えれば分かりそうなのに」

新一「……そう、なのか?女って怖いな」

蘭「そうだよ?怖いんだから。奥さんも大事にしないと怖いかもよ?」

新一「もう十分尻に敷かれてるよ……」

蘭「そうなんだ、おっかしい!フフフ、アハハハ……」

新一「そうだな。おかしいな。ハハハハ……」

蘭「……ね、新一。最後にお願いがあるんだけど」

新一「何だ?」

蘭「最後に、抱きしめて欲しいの」

新一「……」

蘭「それ以上の事はしなくても良い。お願い。想い出の中の私に、諦めを付けさせてあげて」

新一「……分かった」ギュッ

蘭「……ねえ新一」

新一「ん?」

蘭「あの頃、私の事好きだったっていうの。もう一度だけ聞かせて……」

新一「ああ。大好きだったよ。蘭の事が。世界中の、誰よりもな……」

蘭「……ありがとう」スッ

2人は離れた後一瞬見つめ合い、そして……

蘭「じゃあ、さようなら。新一」

新一「ああ、さようなら。蘭。元気でな」

2人「……ありがとう」

別れの言葉を残し蘭が部屋を去る。互いの顔に涙や哀しみは無い。

ただ、清々しさと……。今まで胸を占めていた何かが消えた喪失感が2人の胸に残っていた。

部屋に1人残った新一は空を見つめながら寂しげな笑顔を浮かべ佇んでいた。月が雲に隠れ、闇が辺りを包むまで、ずっと……。

暫し後。阿笠宅玄関前。

哀「……」

新一「よう、哀」

哀「あ、お帰りなさい」

新一「もしかして、ずっと外で待ってたのか?」

哀「ええ。キッドが彼女を連れて来た声がしてから」

新一「……バーロ。風邪ひくぞ」ギュッ

哀「大丈夫よ。さっき、彼女を見かけたわ。遠巻きだから向こうは気付いていなかったけど。清々しい表情だった。気持ち、伝えられたのね」

新一「ああ。完全に納得出来たかは分からないけど、来ないよりは来て良かったと今は思えるよ」

哀「そう。良かった。ねぇ、1つお願いがあるの」

新一「何?」

哀「今日、私は昔の自分の部屋で1人で寝るわ。最後に私は、昔の私に別れを告げたい。それを持って、今回の旅の目的が達せられるの」

新一「分かった。最後だな」

哀「ええ。ごめんなさい」

新一「良いさ。待ってるよ。哀が納得のいく決着を付けられる事を」

哀「ありがとう」

人から見ればバカみたいなやり方かも知れないが、こうしなければ私は想い出に決着を着けられない。

部屋に戻り、布団に入り目を閉じる。確信している。あの夢を見る事を。

過去を巡る私達の旅の、最後の時が訪れようとしていた。

中断します
今日中に再開できれば……。

……来たのね。

「ええ。自分なりの答えは出せたから」

……で、どうするの?

「私はこれから、宮野志保として。工藤志保として生きるわ。もう灰原哀とは名乗らない」

……そう。私である事を捨てるのね。

「違うわ。捨てるんじゃない。もう、あなたという仮面をかぶる必要が無いと分かったからよ」

……仮面?

「私は、彼と結婚した後も彼に哀と呼ばせ続けた。それは怖かったから。過去も、今現在に起きるかも知れない不幸も」

「怖かったから、あなたを仮面にした。何かあっても、それは私のせいじゃない。灰原哀のせい。何か不幸があれば、それは灰原哀が不幸なだけであって私じゃない。そう思い込むためにね」

「でも、それは間違いだった。今回の旅を通じて思ったわ。結局、どこにいても私自身は1人しかいないんだって。何かあっても、それは自分の責任なんだって。やっと分かったの」

「灰原哀だった頃にも、楽しい思い出はたくさんあったのに。大人になってから私はあなたを都合の悪い事を押し付ける道具にしてしまった。ごめんなさい」

「もう、あなたに押し付けることなんかしない。私はあなた、あなたは私。灰原哀であった人生と、宮野志保の人生。2つ合わせて私」

「だから、私はあなたを受け入れる。そして、私自身に戻る。彼と一緒に、宮野志保としての人生を始めるわ」

「それが……。私の出した答えよ」

……そう、ならこれからも宜しくね。私。

「ううん。もうその言葉は適切じゃないわ。だってもう私達は」

……そうね。もう1つなんだものね。でも、根本は元々変わっていなかったのよ?気づいてる?

「ええ。分かってるわ。だって私もあなたも……」

【彼を愛する者同士、なんだから……】

志保「ん……」

気が付くと、もう朝が来ていた。長い様な、短い様な夢を見ていた気がする。

この場で寝て見た夢だけで無く、この10年は本当に夢だった様な。そんな思いで目が覚めた。

志保「……ホントに夢で、彼がいないなんて事はないわよね」

新一「何馬鹿言ってやがんだよ」

志保「いっちゃん、何時からいたの?」

新一「ついさっきだよ。起こしに来たけど、まだ寝てたからよ」

志保「そう、ごめんなさい」

新一「良いって。それより哀。どうだった?気持ちの整理は着いたのか?」

志保「……もう、哀じゃなくて良いわ」

新一「え?」

志保「今までは、本名で呼ばれるのは怖かったけど。もう大丈夫。だから、志保で良いわ。慣れないかも知れないけど」

新一「そっか。わかったぜ。じゃあ、し、志保」

志保「はい」

新一「……へへ。何か呼び慣れないから照れくさいぜ」

志保「ふふ、でしょうね」ニコッ

新一「……名前か。なあ、志保」

志保「え?」

新一「ちょっと立って」

志保「?」

新一「んん。宮野志保。あなたは生涯、工藤新一を夫とし、病める時も、健やかなる時も、共に生き彼を愛する事を誓いますか?」

志保「ちょっと、どうしたの?」クスッ

新一「結婚式のやり直しだよ。もう今は哀じゃなく志保なんだから、さ」

志保「……!」

新一「……で、返事は?」

志保「……勿論。誓います。誓うに決まってる。私が愛するのは、生涯あなただけ」

志保「逆に聞くわ。工藤新一。あなたは生涯、宮野志保を妻とし、病める時も、健やかなる時も、共に生き彼女を愛する事を誓いますか?」

新一「誓います。俺が生涯愛するのは、宮野志保……。あなたただ1人だ」

志保「照れ臭いわね。ホントに芝居がかったのが好きね」

新一「ま、そう言うなって」

志保「じゃあ、結婚式なら……」

新一「そうだな、締めがあるな。色気のねー場所だけどな」

志保「それで良いのよ。ここが出発点なんだから……」

そう言って彼に寄り添い、そしてキスをした。

誓いの口付けを。今日この日が、私達の新しい結婚記念日。ここからまた始めて行く。

色々な事があった。そしてこれからも色々な事があるだろう。だけど、この先私達2人の絆が揺らぐ事は、きっと無い。

私達を縛り付けていた過去は、私達を後押しするものへと変わったのだから。





それから、1年後。

とある病院内。

コンコンッ

志保「はい、どうぞ」

看護師「失礼します。工藤さん、どうですか?お加減は」

志保「ええ。とても良いです」

看護師「それは良かったです。予定日も近づいてきましたね!」

志保「ええ。今から緊張しています」

看護師「大丈夫ですよ。私達がしっかりサポートしますから」

新一「よー志保!元気か?」

志保「ちょっとあなた。ここは病院よ?」

新一「あっと、いけね……」

看護師「ふふっ、良いじゃありませんか。ここは個室ですし。毎日来てくださるんだし」

志保「それは、そうなんですが……」

看護師「お2人とも仲が良くて羨ましいです。それでは、失礼します」

新一「ん、んん。で、どうだ?具合は?」

志保「ええ。大丈夫よ。調子良すぎるくらい。あなたも毎日来てくれるしね」

新一「そっか。良かった。もうすぐだからなぁ……」

志保「ええ。早いものね。あっ……」

新一「どうした?」

志保「ふふっ、パパににて元気ね。お腹を蹴ったわ」

新一「そっか、元気か!俺達の赤ちゃん!」

志保「ええ。元気いっぱいよ」

新一「そっか。そっか……。嬉しいけど、未だに信じられねーや。俺達が親になるなんてなあ」

志保「ホント、あっという間の出来事だったものね 」

あれから、米花町に別れを告げて暫く経った頃。私の妊娠が分かった。

今までそう言う事をしてこなかった訳では無いのだが、私達には今まで子供が出来なかった。

それだけに、私達は妊娠が分かって飛び上がる様に喜んだ。

思えば、今まで過去への恐怖から身体が無意識に子供を作る事を拒否していたのでは無いか。

未来に向かうのを怖がっていたのでは無いか。だから、過去に一応の決着を着けたからこそ、こうして子供を授かった。

非科学的な事だけど、私はそう思っている。過去を乗り越えた証だと。

新一「元気で早く生まれてこないかなあ。パパはここにいるからな!」

コンコンッ

志保「あらあら、頑張る私には一言もないのかしら?」

コンコンッ

新一「何言ってんだよ。あるに決まってるだろ?大事な俺の志保なんだから。見守ってるからな。愛してる」

志保「あなた……」

服部「ゴホンッ、すんませんけど……。人前でイチャつくんやめてもらえます?」

2人「!!」

新一「は、服部!何だよ急に現れて!」

服部「なーにが急にや!ノックしたんも気付かんとイチャイチャしよって」

新一「返事が聞こえてから入れよ!マナーを知らねーのか!」

服部「じゃかぁしい!あんだけデカイ音して聞こえへん方がどうかしとるんじゃボケ!」

志保「......ここは病院よ。2人共」

2人「ごめんなさい(すんません)」

服部「んん。姉さん、これお見舞いね」

志保「あら、ありがとう」

新一「忙しいのにワザワザ悪いな」

服部「今日はたまたま休みやからな。大丈夫や。今日は来れんかったけど、和葉も宜しく言うてたわ」

新一「そっか。ありがとうって伝えてくれよ」

服部「ああ。言うとくわ」

あれから、米花町を離れてから......。私の妊娠以外にも変化があった。

その1つが、遠山和葉との関係改善だった。

あの対話以降、彼女......。蘭さんの中にも思う所があった様であり、遠山和葉にも連絡をしていたらしい。

もう自分の中に工藤新一へのわだかまりは無いので、気を揉まないで欲しいと。

それを聞き、彼女は私の所に挨拶に来た。

工藤新一にはまだわだかまりがあるが、私に対しては八つ当たりに近い形で不快な思いをさせて済まなかったと言ってくれた。

お互い旦那はあの通りの推理バカで苦労するだろうが、バカな旦那を持つ同士これからは仲良くして欲しいと。

勿論、快く受諾した。いつか、彼女にも真実を話さなくてはいけないだろうが、出来る事から少しずつ進む事にしたのだ。

新一「返事が聞こえてから入れよ!マナーを知らねーのか!」

服部「じゃかぁしい!あんだけデカイ音して聞こえへん方がどうかしとるんじゃボケ!」

志保「......ここは病院よ。2人共」

2人「ごめんなさい(すんません)」

服部「んん。姉さん、これお見舞いね」

志保「あら、ありがとう」

新一「忙しいのにワザワザ悪いな」

服部「今日はたまたま休みやからな。大丈夫や。今日は来れんかったけど、和葉も宜しく言うてたわ」

新一「そっか。ありがとうって伝えてくれよ」

服部「ああ。言うとくわ」

あれから、米花町を離れてから......。私の妊娠以外にも変化があった。

その1つが、遠山和葉との関係改善だった。

あの対話以降、彼女......。蘭さんの中にも思う所があった様であり、遠山和葉にも連絡をしていたらしい。

もう自分の中に工藤新一へのわだかまりは無いので、気を揉まないで欲しいと。

それを聞き、彼女は私の所に挨拶に来た。

工藤新一にはまだわだかまりがあるが、私に対しては八つ当たりに近い形で不快な思いをさせて済まなかったと言ってくれた。

お互い旦那はあの通りの推理バカで苦労するだろうが、バカな旦那を持つ同士これからは仲良くして欲しいと。

勿論、快く受諾した。いつか、彼女にも真実を話さなくてはいけないだろうが、出来る事から少しずつ進む事にしたのだ。

>>151はミスです。
訂正します。

服部「しっかし、楽しみやな工藤。お子さん生まれたらウチの子供と友達になって貰いたいもんやで」

新一「ああ。勿論だ」

服部家には私達より少し先にお子さんが生まれた。娘さんだそうだ。

まだ姿を見たことは無いが、言葉通り私達の子供とお友達になってくれれば嬉しい。

あの日から、他にも様々な事があった。

蘭さんは予定通り結婚。私達は祝電のみで参加はしなかったが、式はとても盛況で2人とも幸せそうだったとの事だ。

彼宛に、結婚式後に幸せに暮らしているとハガキが届いていた。

完全に彼女が過去を払拭したかは未だ分からないが……。少なくとも前向きに生きている様だ。

いつか私自身も彼女と対峙し、全てを話す事が出来る日が来れば良いと願っている。

歩美ちゃんは、今も頑張って芸能活動を続けている。

今もメールでのやり取りは続いている。彼女は自分に厳しく、今も1流の女優になったら挨拶に行くと話したあの約束は果たされていない。

しかし、彼女ならそう遠くない未来に叶えられると信じている。

その日が来るのを、私達は楽しみにしている。彼がその時彼女になんと言葉を掛けるかは、分からないが……。

きっと笑顔でまた会えると信じている。

あの日から、止まっていた皆の時間は動き出した様だ。結果としてそれが良かったのか悪かったのか。それはこれからの私達次第だ。

服部「しっかし、失礼やけどデッカイ腹やなあ。もしかして双子と違うんか?」

志保「ええ。そうよ。お腹の大きさは私達も気になったから検査したわ」

新一「双子だって分かった時は飛び上がって喜んだよ。こんな事ってあるんだな……」

園子「へえ。そりゃあ目出度いなあ」

新一「え、園子?」

服部「な、何でや?」

志保「何故あなたがここに?」

園子「おいおい。俺だよ俺。分かれよな」

新一「お前、キッドかよ?」

園子「そ。正体晒して見舞いに来るわけにも行かねーだろ?この姿を借りてきたのさ」

新一「白昼堂々いい度胸じゃねーか」

服部「せやな。わざわざ獲物が来てくれたんやからな」

園子「おいおい。いきり立つなよ。恩人に借りも返さず飛びかかる気か?それに見舞いに来たと行ったはずだぜ?」

志保「あなた。ここは病院だし。彼の言う通り私達は彼に恩があるわ。今日はやめてあげて」

新一「……わーったよ。確かにそうだな」

服部「何の事か分からんけど、姉さんが言うならやめとくわ。ホントは嫌やけどな」

園子「随分噛み付くじゃないか、色黒君」

服部「俺はお前と関わるとロクな目にあってへんからな」

新一「もうやめろって。母体に障る」

服部「……しゃーない。やめたるわ」

園子「じゃ。落ち着いた所で。これ、お見舞いです」

志保「ありがとう。あなたにはお礼を言いたかったの。あの時はありがとう」

園子「いえいえ。こうしておめでたい事が起きて、本当に良かったです。あの時の協力は無駄にならずに済んだ様ですね」

志保「ええ。本当にありがとう」

新一「確かに……。感謝してるよ。でも次あったら捕まえっからな」

園子「望むところだ。出来るもんならいつでも待ってるぜ」

服部(ったく。俺は置いてきぼりやな……)

服部「あ、そう言えば……。双子って分かった所で、名前は決めてあるんか?」

新一「ああ。決めてあるよ。性別とかは聞いてないけどな」

園子「何でだ?」

志保「その方が楽しみで良いから。生まれるまでは聞かないでおこうって決めたの」

服部「成程なあ。で、何て名前にするんや?」

新一「それは……。秘密だ」

服部「あ?良いやろ別に教えてくれたかて」

園子「ま、良いじゃねーか。2人だけの秘密って事でよ。それよりそろそろお暇しますか。邪魔になるからな」

服部「お前に言われたかないが……。せやな。身体に負担になってもアレやしな」

志保「2人ともわざわざありがと……。うっ……」

新一「ど、どうした志保?」

志保「……お腹が痛いの。来たみたい」

新一「来たって……。陣痛か?」

志保「うん……」

新一「マ、マジかよ?」

園子「俺、医者と看護師さん呼んでくるわ」ダッ

新一「あ、ああ。頼む!お、おい志保!大丈夫か?」

志保「え、ええ。何とか……」

新一「な、なあ服部!大丈夫かな!?」

服部「落ち着け工藤!大丈夫や!お前が取り乱してどないすんねん!」

新一「ワ、ワリー……」

服部(コイツがこんなに取り乱すなんてな。珍しい……)

新一「大丈夫か、もうすぐ看護師さん来るからな!」

志保「ありがとう、あなた……。大丈夫よ。そんなに心配しなくても」

園子「呼んできたぜ!」ダダダッ

医者「遅くなりました。ちょっと拝見……。うーむ、陣痛が確かに始まっていますね。すぐ準備に掛かりましょう」

新一「お願いします先生!志保を、子供達を助けて下さい!もし何かあったら俺は、俺は……」

医者「落ち着いて下さい、大丈夫です!事前検査でも異常はありませんし、少し陣痛が早まる事は珍しくありませんから!」

新一「は、はい。お願いします……」

服部「大丈夫や、工藤。あの姉さんなら。お前も付いとるんやし。絶対大丈夫や」

園子「そうだ。お前が取り乱してどうすんだ。しっかり励ましてやれよ」

新一「オメーら……」

服部「ま、こんな取り乱した工藤を見れるんはオモロイけどな」

園子「違いねえ。滅多にお目にかかれないな」

新一「っ、このヤロー……」

服部「そや。その覇気で奥さんの傍に居てやれや」

園子「きっと元気づけられるぜ」

新一「……ああ、ありがとよ」

新一(……面と向かっては照れくさくて言えねーけど、こういう時ありがてーよ。ダチってのはさ)

暫し後。

医者「それではこれから分娩室に入りますので。準備は宜しいですか?」

新一「はい。大丈夫か?志保?」

志保「ええ。大丈夫よ……」

新一「良し。じゃ、お願いします。オメーら、ありがとな!」

服部「えーから奥さんに集中しとれや」

園子「そう言うこった」

新一「ああ!」

服部「……ホナ、帰ろか」

園子「あ?子供見てかねーのかよ?」

服部「アホ。親子の初対面に他人がおったら台無しやないか」

園子「ま、それもそうか」

服部「全く。デリカシーのないやっちゃで」

園子「オメーには言われたくねーな。警察の情報じゃ、優秀だが空気読めねーって評判なオメーにはよ」

服部「何やと?」

看護師「静かに!出産前の方がいるんですよ!夫婦喧嘩なら他所でやってください!」

2人「すみません(すんません)……」

服部「何でお前なんかと夫婦扱いされなアカンねん」ヒソヒソ

園子「俺だってゴメンだよ、気持ちワリー」ヒソヒソ

服部「……とにかくや。今は祈ろうや無いか。工藤達の無事を」

園子「ま、そうだな」

服部(何事も無いとは思うけどな。気張れや、工藤……)

園子(しっかり奥さん励ましてやれよ、名探偵……)

分娩室内。

志保「うっ……、あっ……!!」

新一「大丈夫か、志保!」

志保「う、あ……っ、い、たいっ……!!」

新一「志保!!」

看護師「手を握って、励まして上げてください!」

新一「は、はい!しっかりしろよ、志保!」

志保「あ、なた……っ!」

痛い……。これが命を産み出す痛み……。

私には……。命を奪う研究をしてきた私には、途方も無い痛み……。

でも……。

新一「頑張れ!!もう少しだ!!」

志保「ううっ!!ぐ、ううっ!!」

私には、この人がついているのだから……。

そして、新しい命に巡り合う為に……!

志保「う、あうっ……!!ううっ!!」

……オギャア、オギャア

新一「産まれた!1人目!もう少しだぞ、頑張れ!」

志保「う、ん……っ!」

そして、暫くして……。

志保「う、あ……っ、あ、ああっ……!!」

……オギャア、オギャア

新一「あ、ああ……。産まれた、産まれたよ!2人とも無事に……。志保、大丈夫か?分かるか!?」

志保「え、え……。大丈夫よ……」

新一「よく頑張ったな、本当に……。お疲れ様。ありがとう……!!」

志保「大げさよ……。あなたこそありがとう、励ましてくれて……」

看護師「おめでとうございます!元気な女の子と男の子の赤ちゃんですよ!」

新一「え……」

志保「男女の、双子……?」

看護師「はい!」

新一「こんな、こんな事って……」

志保「あるのね……。信じられないわ……」

新一「良かった、良かったな!志保!1度に男の子と女の子が生まれるなんて……。こんな幸運、あって良いのかな」

志保「ええ。夢みたいね……」

本当に夢みたい。でも、これは夢じゃない。

2人で掴み取った現実。頑張った結果。

そうよね、あなた……。

暫し後。病室。

新一「本当に、お疲れ様でした。志保様!」

志保「何バカなこと言ってるのよ」クスッ

新一「だってよ、心配で心配で。本当にホッとしたぜ……」

志保「ありがとう。キチンと聞こえてたわ。あなたの声」

新一「へへ、照れるな。何か未だに信じられねーな。俺、父親になったんだな」

志保「そうよ。私も母親になったのよ。あなたと一緒にね」

新一「何だかまだ夢見心地でよ、実感わかねーや」

志保「大丈夫?パパがそんな事じゃ、子供達が不安ね」クスッ

新一「チェッ、俺だって不安だよ。娘が昔のオメーみたくツンツンした可愛げねー女の子にならねーかがな」

志保「私も不安だわ。男の子があなたみたいにナルシストで推理バカにならないかがね」

新一「な……。全く。出産後で疲れてんのに。かなわねーな。ったく」

志保「ふふ……」

コンコン

新一「はい」

看護師「失礼します。お子さん達をお連れしました」

志保「ありがとうございます」

看護師「いえいえ。よく眠ってますよ」

新一「そうですか。あの、暫く4人だけでも」

看護師「ええ。分かりました。何かあれば呼んでください」

新一「……見ろよ、この寝顔。可愛いなあ」

志保「本当にね……」

余りにも無垢な寝顔。見ていると心が洗われる様な穏やかで純粋な寝顔……。

新一「きっと女の子は大きくなったら志保に似て可愛くなるだろうなあ」

志保「男の子もきっと、あなたに似て立派になるわ」

新一「へへ……。志保。本当にありがとう。志保とこの子達。必ず俺が守ってみせるからな」ギュッ

志保「私もあなたと一緒にこの子達を守るわ。何があっても、いつも一緒よ」

新一「ああ。ずっと一緒だ」

まだ生まれたばかりなのに……。とても暖かい。私達と子供達。みんなでいるこの空間。

これが、家族の暖かさ……。私が失い、今手にした物……。

もう、決して離さない。この温もりを……。

新一「……なあ。この子達の名前だけどさ」

志保「ええ。今この場で発表しましょうか」

名前。この子達に私達が親として初めてしてあげられる事。私が付ける名前は、最初から決まってる。きっと、彼も。

新一「じゃあ、せーので言おうか。せーの……」

新一「アイ、と」

志保「コナン、ね」

数々の思いの詰まった名前。

それを子供達に託す。どんな困難も、乗り越えていけるという願いを込めて。

まだ何も知らない子供達はすやすやと眠り続けている。

いつか、大きくなった時話してあげたい。

この名前に込めた、私達の想いを。

志保「……ねえ、あなた」

新一「ん?」

志保「今の気持ちを何て言ったら良いか分からないけど、1つだけハッキリしてる事があるわ」

新一「何だ?」

志保「今、私は……」




「とっても、幸せよ……」



このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2018年01月28日 (日) 21:44:10   ID: _f_s0MBf

今まで読んできたコナンSSの中で一番感動しました!こういうコ哀小説が増えれば良いな

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