藤居朋「十年間を想いつづける桜」 (19)


モバマスssです

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藤原肇「十年後も生きたる桜」
藤原肇「十年後も生きたる桜」 - SSまとめ速報
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の続きになりますがほとんど読まなくても大丈夫です。十年後です。

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居酒屋

飲ませすぎないように任せなさいとは申し出たけど……

肇Pさんのお祝いなんだから飲みましょうよ! だなんて。

そんなちひろさんからの素敵な提案に乗らないわけがない。

文香ちゃん達に連絡するついでにこっちに来るようにPにも連絡しておいたし……少しぐらい大丈夫よね。

「それじゃあ、朋ちゃん! 改めて乾杯!」

「ええ、乾杯」


「肇Pさん達はうまくやれるでしょうか?」

ちひろさんがビールをグビッと飲みながら尋ねてくる。

ニコニコというよりニヤニヤ。まぁ、言いたいことはわかるわ。

でも手伝うのは最初だけ、人の恋路は占っても、出歯亀はしないつもりだわ!


それにしてもプロデューサーというのは全員、異性の好意に鈍い生き物なのかしら。

そう出かかった言葉を、手元にあったカルーアミルクと一緒に無理矢理喉の奥の方に流し込む。

ちひろさんは相変わらずニヤニヤしている。

気心知れた仲だとしても相手は自分が所属しているプロダクションの社長だ、下手なことは言えない。

「そういえば、朋ちゃんの明日のご予定は?」

運ばれてきたビールとモスコミュールを受け取りながらちひろさんが尋ねて来る。

「明日は午後からレッスンよ。仕事の予定は入ってないわ」

お酒はあまり強い方では無いから仕事の前の日になんて滅多に飲めないわよ。

そう思うと、毎晩の様に飲みに出かけていた早苗さん達を凄いと思う。

あたしも、もう来年で三十路なのよねぇ……

ため息は運が逃げちゃうから、これもまたモスコミュールと一緒に喉の奥の方に流し込む。


アイドルの肩書は変わらないけど、仕事の内容はバラエティーの方にシフトしていってる。

それでもパワースポットを巡る番組もレギュラーで持っているし、勿論、歌やダンスだってできている。

デビューから10年経った今でも充実しているって思えるのはPのお陰よね。

この先はどうなるのかしら……

考えると悪いイメージが脳裏をよぎってしまう。昔からの悪い癖ね。

無理矢理かき消すように残りのモスコミュールを一気に飲み干す。

ブワッと、グワッと顔に熱が昇って行くのを感じる。

やっちゃった。

ちひろさんのストッパーとして申し出たのに、先に酔っ払ってしまったみたい。

ちひろさんは相変わらずビールをゴクゴクと飲んでいるし、どうしたものか。

そんなことを考えていたら、うとうととまぶたが重くなってくる。

居酒屋のカウンターもおじさん達の笑い声も、どこか遠くに感じられてきて……


いつの間にかあたしは満開の桜の木の前に立っていた。

さっきまで、居酒屋に居たはずだからこれは夢ね。

あたしぐらいになれば夢の中で夢と気づくのなんてお茶の子さいさいよ!

えっと……満開の桜は何の暗示だったかしら……

なんて考えてたらいきなり強い風が吹いてきて、舞い上がる桜の花びらで目の前が桃色に染め上がっていく。

ふと、向こうの方から誰かが近づいてくる音が聞こえる。

桜吹雪の中を掻き分けて、スーツ姿の男の人が現れる。桜の花びらが舞っていて顔は良く見えない。

ずいぶんとまどろっこしい演出だわ。

こんな時にまであたしの前に現れる人なんて一人しか居ないじゃない!


「お、気がついたか」

前の方からいつもの聞き慣れた声。

前? はっとして周りを見渡せば、桜並木の中を彼に……Pにおぶられながら進んでいた。

いつ頃迎えに来てくれたのか、ちひろさんはどうなったのか、色々と聞きたいことは有ったけどまず先に伝えるべきは……感謝の言葉よね。

状況が状況なだけに声が少し上擦ってしまったけど、彼はいつも通りの笑い方でいいよ、気にしないで。と。

29にもなって酔い潰れるなんてあたしが気にするわよ……なんて呟きながら背中に顔をうずめる。

良い匂い。

「そういえば車はどうしたのよ?」

「何故かしらんが、エンジンが掛からないんだよ」

不幸だなんだとぼやいている彼の頭にちらちらと桜の花びらが舞落ちる。

風だ、酔いで日照った顔を程よく涼しい風が凪いでいる。

桜のトンネルも心地好い風も、良いロケーションだと思うけど、用意しておいたお花見セットは違う人に渡してしまったし……このまままっすぐ寮に帰るのも風情がないような気がして、慌てて何かを探してみる。


「満月が綺麗だ」

彼が空を見上げながらポツリと零す。

あたしもつられて見上げれば、真っ黒な夜空にでっかい光があたし達を照らしている。

その言葉に深い意味なんてないでしょうね。

あたしは文香ちゃんに教えて貰ったけど、Pはきっと……だから。

「満月にお願い事はタブーなのよ」

「……そうだったのか、縁起が良さそうだけど」

「お願いごとも満月の引力に引っ張られちゃうの」

だから……だからこそ。想いが届きますようになんて「お願い」はしない。

再び風が吹いて、桜の花びらがあたし達を包んでいく。




「好きよ。P」



沈黙。

分かってる。

分かってる。

でも伝えなきゃいけない気がしたのよ。

空気が重くなったとしても謝るつもりは無いわ。

なんて、自分の中で自分に対して言い訳をする。格好悪い。


「月が綺麗だな」

今度は、はっきりと聞こえるようにさっきよりも大きい声で彼が言う。

耳が真っ赤だ、涼しさのせいじゃない。

ーーああ、そっか。

ちゃんと知ってたんだ。気付いていたんだ。伝わってたんだ。

10年前のあの日から視線も感情線も、ずっとあなたの方に向いていたのに、これじゃあどっちが鈍感なのか分からないじゃない。

まどろっこしい返事もきっと彼なりの、プロデューサーとしての精一杯の返事なのかもしれない。

あたしは嬉しくなって彼の首に腕を回し、ギュッと近付く。

アイドルになってからまるで成長しなかったあたしの胸も、このドキドキを彼により近く伝えられるなら良しとするわ。


「どうなるんだろうな俺達」

「さぁ? 分からないわよそんなの」

「占ってくれないのか?」

昔のあたしなら不安になってすぐ占いに頼っていたかもしれないわね。

でも、今は絶対に大丈夫って気がするのよ。

不確定な未来もPとなら絶対に素敵な日に出来るわ。


「ほら、寮に着くぞ」

「ありがとう」

「また、明日」

「ええ、また明日」

彼の背中からゆっくりと降りる。

おぶられていた時に、ずっと脚を持たれていたからちょこっとだけ痺れていて、地面に足を着ける瞬間にピリッとする。

「大丈夫か?」

彼が手を引っ張りながら尋ねてくる。

ふと目が合う。

そういえば今日初めてしっかりと顔を見た……のかな。

グイッと引き寄せられる。

ええと、女子寮の前なんだけど……寮長の雪菜ちゃんに怒られちゃうわ。

折角、言葉を飲み込んだのならちゃんとそれを通しなさい。ね?

グイッと手で彼を押す。

そんな顔しないの、だから。また明日!


背中が見えなくなるまで彼を見送り、自室に戻る。

バタンと扉が閉まると共に、今日の一連の流れを思い出す。

ドキドキはまだ鳴り止まない。

恥ずかしくなって暴れてしまう前に、さっさと寝ることにするわ。

翌日

やはりというかよく寝付けないまま、準備をして外へ出る。

今日はレッスンだけだから、多少のクマは問題ないはず。

事務所まで向かっていく中で、昨日彼におぶられて歩いた桜並木を進んでいく。

昼と夜じゃあ、こんなにも違って見えるのね。

遠くの景色は霞が掛かっていてハッキリと見えない。

けど来年もきっとこの景色を見る気がするの、そういうのも良いわよね。


少し、早く着いちゃったかも。

事務所のドアを開けて中からいつもの、Pの声。

なんてことない日常。

それでも今日も素敵な1日になるはずだわ。

一歩踏みだし、暖かい空気の中へ溶けていく。


短いですが終わります。

ありがとうございました。

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