幼馴染の末路4 (67)

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幼馴染の末路 - SSまとめ速報
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2
幼馴染の末路2 - SSまとめ速報
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3
幼馴染の末路3 - SSまとめ速報
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百合
かれん視点


結局、次の日、ひよちゃんは大学に顔を出しませんでした。
あの日、私の部屋に脱ぎっぱなしだった服は全部無くなっていました。
つまり、嫌われてしまったということだと思います。
当たり前です。
初恋だったんですが。
実らないとも言われてますし。

ひよちゃんの喜ぶ顔が見たくて、私がやってきたこと、
その全てがたった一日で無駄になってしまいました。
あまり言い訳もしなかったので、今までの日々が全て下心でできていた、
なんて思われてしまったらどうしましょうか。
仕方がないですかね。
それだけのことを、私はしたのですから。

何もせず、ひよちゃんの隣で笑い合う未来もあったのに。
どうしてその未来を選べなかったのでしょうか。
壊れた関係を戻すために、また、同じ時間を過ごしたい気持ちもあります。
でも、それはしません。
そういう約束を私はあえて交わしたのです。
ひよちゃんに近づいて分かったのは、
自分は滑稽だと言うことでした。

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今、私の中にあるのは、彼女と彼女の大切な人との関係を壊したいという妬みではなく、
彼女を苦しめたことによってできた傷です。
欲しかったのは、彼女との友情ではありません。
私と彼女だけの、特別な何かでした。
破って捨てた日常には、それはきっとなかったでしょう。
だから、満足です。
言ってやった、などと例の順ちゃんに聞かせてやりたいくらいです。
そんなことをしたら、どうなるのか。
知りたくもありませんが。

「いらっしゃいませー!」

ひよちゃんが大学を休んで2日目。
連絡はありません。
私も連絡はしませんでした。
なので、お店の手伝いもいつもより早い時間に入りました。
女子大学生の接客に求められるのは、笑顔と元気。
私が振られたことは、お客さんには全く関係がありません。
そもそも、望むにしろ望まないにしろ予想通りの展開でした。

「今日もありがとうございます」

常連の女子高生二人をお通しします。
女子高生らしからぬ匂いがします。
そして、案内を無視して部屋の隅の席へさっさと行ってしまいました。
そう言えば、一人はこの間お兄さんときていましたっけ。
申し訳ないですが、金髪、あまり似合ってませんでしたね。
行く末が心配です。

メニューを取ってから、暫くお客さんも来なかったので、
カウンターに少しもたれていました。

「……やば」

「……っでしょ」

女子高生のエセな日本語がわずかに聞こえてきます。
でも、なんだかその毒々しい感じが心地いい気さえしました。
傷に塩を塗るような。

私の傷心なんて、彼女達には全く関係のない話です。
だから、彼女達の会話は私にとっても異次元。
落ち込んでいるのがバカらしくなるくらい、下世話な話も聞こえます。
彼女達が羨ましいとさえ感じます。
彼女のことを思って苦しむことから、ちょっとだけ離脱。

1ヶ月もすれば、落ち着くと思います。
経験があるわけではありませんが。
人の気持ちのことなので。
忘れっぽい生き物なので。
意図的に覚えようとしないこと、繰り返し思い返さないこと。
そんな感じで忘れていけるでしょう。

女子高生二人がお店を出ると、お客さんはゼロになってしまいました。
かなり寒い日だったので、まあ、しょうがないとも思います。
奥の方で、父が、

「ゴミ、捨ててくる」

と、もう一人の厨房に言っているのが聞こえました。
裏口の扉が閉められてから数秒経って、父の怒鳴り声が耳に飛び込んできました。
父が怒ることなど滅多にないので、一体何があったのかと、
私も厨房の人もすぐに小窓を開けて、お店の裏の路地を覗きました。

たばこを片手に掲げ、

「君達みたいな若い子が吸うもんじゃない!」

大声で先ほどの女子高生を叱りつける父。
厨房の人が口笛を吹きます。

「親父さん、ああいうの放っておけないからねえ」

「そうですね」

確か、南校の制服。
あの高校は不良が多いとよく聞きます。
どうしてそういう風になるのかとたまに思います。
こうやって叱る大人がいないからなのでしょうか。
やんちゃが悪いと言いませんが、たばこは体に悪いです。

お客さんの来る気配がなかったので、私と厨房さんは、
暫く肩肘をついて見守っていました。
すると、

「見てんじゃねえよ!」

と言われてしまいました。
普段、ひよちゃんという愛玩動物のような人間とばかり接していたので、
同じ女性でもここまで違うともはや第三の性別みたいです。
首にしっかり縄をつけて欲しいです。

「俺の話しを聞け!」

父は彼女達を平手で殴りました。
さすがにそれはやりすぎでした。
どんなにひねくれても中身は女子高生。
一人が泣き始めてしまいました。
こうなると、手が追えません。
父よ、どうするんですか。

案の定、おろおろする父。

滅多に怒らないけれど、怒るとすぐに手が出る。
合気道の先生なら、もう少しいなしても良かったでしょうに。
頭ごなしで納得する今時の若い子はいませんよ。

泣かなかった方の子が、父に殴りかかりました。
その腕を掴んで、捻ります。

「やめろッ! くそやろう!」

可愛らしい声でそう言って、父の腕に噛みつきました。
父が痛がって、無意識に腕を振ると、女の子は尻もちをついて倒れこみました。

「白か……以外」

隣の厨房さんが呟きました。
見る所、そこですか。
私もついうっかり目線を下げます。
白でした。

「これに懲りたら、もう吸うんじゃない! 分かったな!」

父が、背を向けてお店の中に入ろうとしました。

「ちッ」

諦めの悪いその子は、近くの鉄パイプを拾い上げました。
昔の少年漫画を見ているような気持ちでした。

「お父さん! 危ないです!」

私が叫ぶと、父はすぐに振り向いて少女の振り下ろすパイプをポリバケツで受け止めました。
だばだばと中身が少女に降りかかりました。
これは、私が今まで見た中では一番最低な防御方法です。

女子高生はあまりの臭さと汚さで、放心状態。
父の溜息と、お店の呼び鈴がなったのは同時でした。

「制服、洗っておきますね」

もう一人の子は、いつの間にか雲隠れしてしまっていました。
残った汚臭しかしない彼女には、可愛そうだったので、
我が家のお風呂場へ案内してあげました。
彼女も、さすがに何も言わずについて着ました。

「……」

「父が、褒めていましたよ。なかなか見所のある子だって」

「……はあ?」

小さく言い返されました。

「あ、ご家族に連絡しなくても大丈夫ですか?」

私は、彼女の白い下着を洗濯機に放り入れながら聞きました。
こちらを見ずに、彼女はお風呂場の扉を開けて、乱暴に閉めました。

「タオル、置いておきますね」

まるで、捨て猫を拾ってきたようでした。
あ、猫にはいりませんが服をどうするか考えていませんでした。
胸はあまりなかったので、私のスポブラでいいと思いますけど。
茶髪のギャルに合う服は、生憎持ち合わせていませんし。

ああ、高校の時のジャージでいっか。

赤のイモ臭いジャージです。
赤色はよく似合いそうです。
父は、もう言うことはないと後のことを私に丸投げしました。
困りました。とにかく、急に鞄からナイフを出して、ぶすり、なんてことにならないか心配です。
先に、鞄の中身を確認しておきましょうか。
あ、鞄からも異臭が。
これは洗わないといけませんね。
仕方ありません。
中身を出しましょう。

「……」

化粧ポーチ、教科書、財布、携帯。
ナイフはありませんでした。
生徒手帳が入っていたので少し感心。
あ、手帳をうっかり下に落としてしまいました。

「っしょ」

不可抗力でページがめくれてしまい、彼女の名前が判明。
まあさ。高校3年生。
ええ、あれで。
この大事な時期に、とんでもないバカか逸材です。

天気予報の雪ダルママークを確認して、ふと、部屋の窓から外を見ると大雪でした。
やけに静かだと思ったら。
窓を開けて、鼻頭と指先がじんじんと痛くなるくらい見ていました。
寒いです。
女子高生の服と鞄を洗った手も、骨の奥までしんみり冷たいです。
太陽の落ちていった方の空は、まだぼんやり橙色がかっていました。

「おい、かれん!」

父が階下から私の名前を呼びます。

「あの子、送ってくれ」

どうやら、電車で1時間程の所から来ているみたいでした。
お風呂から出て来たまあさに、車で送ると提案しました。
彼女はそれにこくりと頷きました。
ナイフもなかったので、横からぶすりはないと思います。

「かれん、親御さんには何も言うなよ」

「分かってますよ」

「うざ」

玄関先で、父とまあさがまた口論にならないように、
私は父が何か言う前に扉を閉めました。
まあさが寒そうにしつつ、私の方を見ていました。

「ちょっと、待っててくださいね」

化粧を落とすと、その幼さが際立ちます。
化粧なんてしなくても可愛いらしいと思いました。

車の中が多少温まってきて、

「まあさ、寒くないですか?」

とさりげなく聞くと、

「……は?」

と返されました。

「なんで、名前知ってるの?」

「生徒手帳に書いてましたよ」

「人の持ちもん勝手に見ないでくれる?」

「落とした時に、偶然見てしまったんです。わざとじゃありませんよ」

うそですけど。

「ッち」

また、舌打ちされました。
人に舌打ちされると、不快な気分にしかなりません。
ただし、彼女の反応はいちいち過敏で、予測もしやすいです。
この子はこういう子だと分かれば、過剰に反応する必要もありません。

私も父程ではありませんが、
そういう性根は叩き折りたくなります。

どうせなら、いっそ滅茶苦茶に反抗してくれた方がいいです。
一緒に、自分の鬱憤を晴らそうとしている汚い自分がそうそそのかします。

「道、こっちで合ってる?」

「……ん」

横目で見やると、通り過ぎる車両に視線を漂わせていました。
ガラスに移る表情は、切れが良さそうです。
携帯を取り出して、時折メールを打っていました。
先ほどの友達でしょうか。

彼女の携帯が、狭い車内に鳴り響きます。
まあさが電話に出るなり、

「かけてくんな。もういらないから。ぜっこー」

と素早く言って、携帯を切り、乱雑に鞄に押し込みました。

「……さっきの子ですか?」

「……」

無視。

「うちの父は、ああいう性格で、お友達が逃げてしまうのは仕方がないと思いますよ」

「友達じゃないんで」

「そうですか」

「止めて」

急に言われても、車は止まらないので、

「次の信号まで待ってください」

何でしょうか。

「ごめんなさい、何か気に障りましたか?」

「……」

無視。

と、思いきや口を開きます。

「敬語。あんたの敬語が気に食わない」

ああ、そんなこと。

「母親譲りでして」

「喋り方じゃない。敬語のくせに、全然敬ってないから気に食わない」

困りました。
なんでばれたのでしょうか。

「そう、思わせてしまったらごめんなさい。でも、あなたを敬えと言われても、たぶん死んでも無理です」

赤信号だったので、私は急ブレーキを踏みました。
まあさが前につんのめりました。
シートベルトしていて、良かったですね。
私は、にこりと笑いました。

彼女は明らかに怒っていて、ロックに気づかぬまま扉を一生懸命開けようとしていました。

「ロック外したら開きますよ」

彼女は、急いでロックを解除します。
私はすぐにロックを入れました。

彼女が私を睨みます。

「家まで、送っていきますよ」

父とも約束しましたし。

「ふざけんなッ!!」

ハンドルを握られそうになったので、
私は咄嗟に彼女の手首を思いっきり叩きました。

「いった……?!」

「何するんですか。死にたいんですか」

「死ね」

軽々しく、そんなことを口にされれば誰だって怒る所だと思います。
もちろん、私も例外ではありません。
フロントミラーで彼女の瞳を覗きました。
凶暴性がとても濃い、嫌悪感溢れる目。
怒って欲しいのでしょうか。
だとしたら、相当のMです。
売り言葉に買い言葉を続けて、不毛な争いをしたいのでしょうか。
喧嘩友達が欲しいのでしょうか。

意味、ないのかもしれません。
自分を守るために、強くて鋭い言葉を吐いてるだけなのかも。
わかりませんが。

「私は……好きな人がいて」

「はあ?」

「2日前に振られたので、と言っても元々見込みなんてなかったのですが……今は、ちょっと死にたい気分です」

私はナビが指示した方とは全く別の方向にハンドルを切り替えしました。
この道を真っ直ぐに進むと、踏切に出ます。

「ちょ、どこ行くの。ちょっと」

「ちょっと、そこまで」

努めて明るくそう言いました。
舗装されてないアスファルトが一直線に続いていく。

「Desperate diseases must have a desperate remedy」

「はあ?」

はあしか言えないのかと言いたくなりましたが、

「絶望的な病気には、荒療治が必要、という慣用句です。まあさは、どこか受験するんですか? 知っておいて、損はありませんよ」

「しないし……どうでもいい」

「まあさは、もし、自分が死ぬとなったら、誰と死にたいですか?」

無視。

「私は、その時一番バカだなと思った人を道ずれにしようと思います。死んでも治らないと言われますが、本当にそうなのか気になりますよね。やってみなくちゃ分かりませんから」

線路が見えてきました。
まだ、電車は来ていないようです。
線路の上にぴたりと停車した所で、まあさは漸く、
事態の異常に気が付いたようでした。

慌てて、私の方に掴みかかってきます。

「暴れないでください」

「ふざけんなッ、だせ!」

でも、本当は死んでも愛してくれる人と一緒がいい。

「まあさが言ったんじゃないですか」

「言ってねえし!」

せめて、この口の汚さだけでも治せたらと思いますね。
カンカンカン――。

「来ましたね」

まあさがいっそう暴れます。
彼女の手を掴んで、シートに押し付けました。

「いやッ……」

「暗くて、直前までわからないでしょうね。電車に乗っている人達……巻き添えになりますね」

「気持ち悪いんだよ!?」

だんだんと弱弱しい反応になっていきます。
死ぬ気はさらさらないんですけど。
私の演技はそんなに迫真に迫ってますか。

「まあさは、誰と死にたかったんですか?」

「……いない。そんなのいない」

暴れながら、まあさは言いました。

「じゃあ、誰と一緒にいたいですか?」

彼女はまた、そんなのいない、と繰り返しました。

彼女を押さえつける腕が疲れてきて、
まるでおもしのようでした。
電車の近づく音。
顔を上げると、遠くに夜光虫のようにゆらめく光。

私は、少し間延びしてから、

「なら、生きてる意味ありますか?」

と問いかけた。
彼女は、それには何も言いませんでした。
ただ、暴れていました。
生きたいから生きるんだってことなんでしょうか。

「電車、来ましたよ」

「いやあああ?! お兄ちゃん!?」

まあさが悲鳴をあげました。
お兄ちゃん?
あの金髪の。
お兄ちゃん、お兄ちゃんとまあさは叫びました。
私は漸くアクセルを踏み込み、遮断機を無理やり押し返しました。

彼女は、頭を抱えていた手を離し、私の顔を思い切り叩こうとしました。
防ごうかとも思いましたが、怖がらせてしまったので甘んじて受けました。

「最低」

頬を抑えて、私は彼女を見やります。

「いるじゃないですか、大切な人」

「いないッ、いないッ、いないッ」

「お兄ちゃんて言ったのに?」

「言ってないッ、言ってないッ、言ってないッ」

血管が切れそうなくらい、
彼女は取り乱して、
私の首めがけて腕を伸ばしてきました。
咄嗟のことで、私も動けませんでした。

「ぅッ……」

「あんた、なんなのよッ!?」

火事場のバカ力なのでしょうか。
私はなんとか、彼女の腕をはぎとります。

「なにしてくれんのッ?!」

興奮して、こんなことをするあなたこそなんなのと言いたくなりました。
私も悪ふざけが過ぎましたけど。

膠着状態が続きましたが、まあさは漸く力尽きて、
シートに倒れこみました。

「出して」

「……はい」

それから、私はまたナビの示す方へハンドルを切りました。
彼女はもう私のことを邪魔しませんでしたし、
家に帰るまで私の首を絞めるという行為にも及びませんでした。



高台への入り口の工事現場の横に車を停めました。
彼女の家はすぐそこです。
私は車を降りて、後に続きます。

「ちょっと、なんで着いてくるの」

親の顔が見てみたいので。

「そのジャージ、ずっと持っておくんですか? それとも、返しにきてくださるんですか?」

舌打ち。
無言じゃないだけマシなんでしょうか。
玄関を開けると、階段の上から洗濯物を取り込み終わった様子の女性――母親でしょうか――が、
こちらを見ていました。

「まあさ……」

また、無視。

「後ろの方、どなた?」

「あ、私は」

言い終える前に、今度は廊下から、
どたどたと足音。
その足音の人物は、恐らく父親は、
まあさを張り飛ばしました。
思いっきりぶつかってきたまあさをなんとか受け止めます。

「お前! また、学校休んだな!? 今度はなんだ、また、どうせ万引きでもしてたんだろ!」

「してねえよ!!」

「嘘をつくな!!」

また、張り飛ばし、そして、また後ろの私にぶつかりました。

「あなた、後ろに」

と母親が言う声も無視して、父親は続けました。

「お前が、そうやってクズだから、慧は受験に失敗したんだぞ?! 分かってるのか?!」

「知らねえし!!」

「あの」

父親は、今度は張り手で娘の頬を打とうとしました。
まあさが避けたのと、私が前のめりで制止しようとしたタイミングは見事に重なり、
なぜそうなったのか分かりませんが、私の頬に父親の分厚い手が撃ち込まれました。
バアアン。
と耳の鼓膜が破けたのかと思うくらいの痛み。

「な、なんだ」

なんだじゃない、と言ってやりたかったです。

今日はここまでです。
お分かりかと思いますが、慧は順の元彼です。

鼻の奥が熱いような気がして、何かが滴り落ちます。

「あ」

母親が、洗濯物を取り落としました。
ぽたり、と落ちていくものを目で追いかけました。
鼻血。
口の中に鉄の味が広がりました。

その後、父親は一度謝ってくれましたが、すぐに奥に引っ込み、
私はリビングのソファで鼻にティッシュを詰め、座らせてもらいました。
母親の方も謝ってくれて、むしろ母親がやったと思えるくらい謝ってくれて、
私は逆に申し訳ない気持ちになり、気にしないでくださいと伝えました。

まあさも部屋に引っ込んでしまいましたが、
なぜか、まあさの兄の、確か慧が目の前に座っていました。

「君、カレー屋の子でしょ? まあさの何なの?」

風貌からは想像できない、優しい声でした。
お店では滅多に喋り声を聞いたことがなかったので、私は多少面食らいました。
私は、その質問になんと答えようかと迷いました。

「友達?」

「いえ、違います」

「……じゃあ、順の友達?」

順。
順と言うのは、もしかしなくてもあの子のことでしょうか。

「正月に、話してたよね」

「そう、ですが……」

「順、元気?」

元気かと聞かれても知りませんが。
彼にひよちゃんのことを話すのははばかられたので、適当に頷きました。







「……俺のこと、順から何か聞いてる?」

何か、誤魔化すように、彼はゆっくりと言いました。

「いえ、なにも」

「そ。あいつ、今彼氏いるの?」

私は苛立ちを顔に出さないようにして、

「いませんよ」

彼女はいますけど。

「へえ、そっか」

どうして、こんな見ず知らずの男、とは言ってもお客様ですが――と恋バナしなくてはいけないんですか。
鼻血も落ち着いてきたので、私は帰ろうかと時計をちらりと見やりました。

「あ、引き止めてごめん。ちょっと、待って……まあさ! ジャージ、借りてるんだろ?!」

奥に引っ込んでいたまあさが、嫌そうな顔でジャージを持って出てきました。

「まあさ、お礼は」

「ありがと……」

「なあ、君、順の連絡先知らない?」

「知りません」

「……だよな。俺、どうしてもあいつに謝りたいことがあるんだ。どうにかなんないか」

そんなことを言われても、分からない。
しまいには、頭を下げられて、私は困ってしまった。

「すいませんが……」

「やめなよ、兄貴。このクズ女に頭下げる価値ないから」

もう、反感の安売りをしないで欲しいものです。
こっちは買いたくもないのに。

「まあさ、なんでお前はそうなんだよ……ッ」

「兄貴こそ、今さら何謝るって言うの? なんで、いつまでも引きずってんの。きもすぎでしょ」

「お前にはわかんないよ」

私を置いてきぼりにして、兄妹で口論し始めてしまいました。

「あ、あの帰っていいですか」

無視。
というか、聞こえてなさそうです。

「てかさ、よくそのメンタルで受験前に彼女とSEXしようとか思ったよね!? 結局未遂するし! 受験も失敗するし!」

「あの時は、どうかしてたんだよ……」

「それで? どうかしてて、妹と万引き? 笑えるっしょ?! いい加減自分の女運のなさに気が付きなよッ」

「そんなことはない」

「兄貴、いい加減にしてよッ。今さら良い人ぶったって、意味ないじゃん!?」

「あいつ、きっとまだ苦しんでる。俺のせいだよ」

「女なんて、そんなの忘れるんだよッ」

「いいや、あいつは覚えてる。店で会った時のあいつの顔見ただろ……」

「知らねえしッ……分かるか」

「とにかく、俺は謝りたいんだ。何もかもを」

噛みあわない会話の果てに、
彼は私に土下座してきました。

「頼む……」

「無理です」

期待を持たせるだけ、無駄だと分かっていたので、
私ははっきりと言いました。
すると、

「なんで、こんなに頼んでのに!」

と、妹が横やり。
あなたは、なにがしたいんですか。

兄の味方なのか、敵なのか。
どちらにせよ、この話にはろくなことがなさそうです。

「あの、帰ります。私……」

「待ちなよッ」

まあさは私の腕を握りしめていました。
掴んで、離さないとでも言いたげです。

「兄貴、助けてやってよ」

先ほどまで、誰かの喉笛を掻っ切りそうなくらい険しい表情だったのに、

「お願い」

年相応のもろさのある顔で、彼女は言いました。
兄妹だけあって、二人はよく似ていました。
青白い顔をしていて、それが茶髪やら金髪やらで隠れている。
そんな感じです。
線の細い、ヒステリック系。
本当に、よく似ています。
必死にお願いすれば、願いが叶うと本気で信じていそうな、純粋さも。

関わり合いたくないです。
訳ありの訳も話半分でしたので、同情するつもりもなかったのです。
なのに、

「分かりました」

と、私は弱弱しく応えてしまっていました。

眠いのでここまで

自分の発言に内心で頭を抱え込みながら、
私は続けました。

「一つ、条件があります」

「なんだ、言ってくれ」

「明日、まあさを貸してください」

まあさに聞いたわけではありませんでしたが、

「なんでよ?!」

と、睨み付けられました。

「わけわかんないんですけど?」

「この条件を飲めないなら、お話はなかったことに」

慧は、眉根を寄せました。

「なぜ、まあさを」

「用心棒……でしょうか」

ますます意図を図りかねる、と慧はうなりましたが、

「まあさ……」

妹の名前を懇願するように呟きました。

まあさは何か吐き散らしそうに口を開け、

「……知るか」

感情を押し殺すようにそう言いました。
兄の頼みは断れないのかもしれません。

「明日だけだから」

と言い直してくれました。

「では、明日、学校帰りにお店に来てくださいね」

逆撫でしないように私は笑いました。

「……」

先ほどの会話では学校にちゃんと行っていない様子だったので、
もしかしたら、軽い皮肉になってしまったのでしょうか。
彼女の鋭い顔。

いつまでも、この家にいるとずるずると厄介に汚染されそうです。
私は、まあさとだけ連絡先を交換してそそくさと家に戻りました。

家に戻って少し時間が経ってから、
私の携帯に連絡が入りました。
まあさでした。

――どうして、何もチクらなかったの。

父に頼まれて、と伝えました。
ふーん、と返ってきてそれっきりでした。

翌日、相変わらずひよちゃんは大学に顔を出しませんでした。
だんだん、何か事件に巻き込まれたのでは、と心配にもなってきました。
他の友人とも連絡を取り合っていない様子でした。

「なにかあった?」

と共通の友人に聞かれました。
私は、本当のことは言えず、知らぬふりをしました。
ひよちゃんのいない寂しさは、私の意気地を乱していきます。
せっかく思い切ったのに、今夜また彼女と連絡を取ろうとして。
余計なことを言って、困らせなければいいんですが。

大学の帰り、家に帰る途中に見慣れた人影を見つけました。
まあさです。昨日逃げた友人と、どうも喧嘩をしているようでした。
まあさが手を挙げて、友人の胸倉を掴みました。
ああ、そのまま殴るつもりなんだ、と察することができました。

「まあさ!」

私は、大声で名前を呼びました。
彼女の手が止まります。
まあさがすぐにこちらに気付きます。
友人は、今のうちにと言わんばかりに、
横断歩道を渡って去っていきます。

「どこでも、そんな感じなんですか」

私はやや呆れてしまいました。

眠いのでここまでです

「ゼッコー宣言したのに、仲直りしたいって言われたら普通切れるでしょ」

彼女の隣に並び、

「それは、お友達……良い子なのでは」

「良い子? だから、何? 友達でいないとだめなわけ?」

「だめとは言いませんが」

私だって、周りの人には優しくしなさいとか、
自分を落として相手を立てなさいとか、
そう言う聖職者の言いそうなお説教臭いことは苦手です。
なにせ、私も私の信念を押し付ける方ですから。

「でも、今まで一緒にいて良かったこともあったでしょう?」

それでも、良い子に救われたこともあったんじゃないでしょうか。
特に、まあさみたいな人間は。

「あいつ、いいとこのお嬢ちゃんなんだよ……昨日みたいなの興味本位で首突っ込んでくるし、親バレしたら私が色々被んの」

「そうなんですか」

実は、ちゃんと考えてたんですね。

「てかさ、昨日思ったんだけどさ、あんたかれんって名前似合わなくね」

今日は、やたら饒舌です。
悪い意味で。

「人の名前ディスらないでくださいよ」

その後も、あれやこれやと大阪のおばちゃんみたいに何かとケチをつけ始めて、
この子は私のことを相当毛嫌いしていると思い始めた矢先、

「つまりさ、あんた慧のこと好きでしょ」

全く関係の無い接続詞を挟んで言いました。
これにはお姉さんもびっくりして、何も言い返せませんでした。
的を得たと思ったのか、まあさも話を続けます。

「店でさ、こっちちらちら見てたじゃん」

それは、金髪にしてたので野次馬精神だったのですが。

「あの、申し訳ないんですが別にお兄さんのこと好きじゃありません」

「なんで?!」

なんで?
え、そんな驚かれても困ります。

「そもそも対象外なので……」

「じゃあ、なんで慧の肩取り持つようなことすんのさっ?」

「お兄さん、困ってたじゃないですか」

「それだけ?」

「それだけです」

まあさは明らかに気落ちした声で、

「つまんね……」

と言いました。

「つまんねって……」

言葉の選び方が粗雑過ぎて、
心の中で何を考えているか分からないです。
付き合って欲しかったということなのでしょうが。
なぜ。

「あの根暗ヤンキーさっさと家から追い出して欲しかったのに」

お兄さんを嫌っているようには思えなかったので、
私はますます不思議に思えてしかたありません。
ただ、まあさにそこまで興味があるわけではなかったので、
私はそれ以上の深掘りはしませんでした。

ただ、これだけは言っておかないと誤解を招くかと思い伝えました。

「私、男にあんまり興味ないので」

「うわ、真面目過ぎ……笑える」

男遊びに興味がないと勘違いされたようですが、まあいいです。

家に着き、まあさを自室へ案内しました。
まあさが下敷きにしている細長い羊のクッションは、先日ひよちゃんが敷いていたものです。
ますます細長くなっていく羊。
視線に気づかれまあさが眉根を寄せます。

「なんでもありませんよ」

「なんでもいいから、さっさと用を済ませてくれる?」

「はい」

私が彼女を呼んだのは、ひよちゃんに電話をかけるのが怖かったからです。
でも、まあさのように傍若無人な人間が隣にいると、心強いなと思ったのです。
身勝手な私の行動を、ひよちゃんにどう思われようと、
順さんになんと罵られようと、
私の隣にいる小さな怪獣が、理不尽に、何もかもを蹴っ飛ばしてくれそうな気がしました。

私がひよちゃんに電話をかけようとした時、

「私、いる意味あんの?」

と、聞いてきました。

「ありますよ」

笑いかけます。
彼女は首を傾げました。

「すごく、助かります」

まあさは、

「いみわかんね……」

と素っ気なく返していました。

確かに、おかしい。
自分からひよちゃんを突き放してみたのに、
その癖、これ以上嫌われることを恐れています。

――発信しますか?

液晶画面に出たYESの文字を押そうとして、
先ほどまで確かに動いていた指が止まります。

「……」

怖い。
やっぱり、怖いです。

「早く、押しなよ」

まあさが急かします。

「まあさ」

「なに」

私は、笑うのを止めました。
ボタンをまあさに押してもらえばいいでしょうか。

「ちょっと、私の頬を叩いてもらっていいですか」

まあさは何の迷いもなく、子気味良い音で私の頬を打ち鳴らしました。

「っ……」

遠慮がないです。

「なかなか…‥」

私は顔を上げます。
目の前にまあさの手。
パアン!
今度は昨日と同じ場所。
頼んでもないのに二発目をもらい、さすがに涙が出ました。

「年上殴るのって気持ちいね。あんたも気持ちいの? そういう趣味? ウケるんですけど」

「違いますよッ」

3発目が来そうだったので、私は顔を下げました。
もういいです、と言って制止させます。
ロボットか何かですか。

「うわ、赤くなってる」

まあさは笑いました。
すっと手が伸びてきて、

「ぶたないよ、ちょっと触らせて」

冷たい手。
痛気持ちいかもです。

「こんなこと頼まれたの、初めてなんですけど」

「私も、頼んだのは初めてです」

私への罰。
彼女への贖罪。

「てかさ、そんなに電話かけるの嫌だったわけ?」

「ええ、まあ」

さすがに気づかれました。

「あんたって、自業自得ってよく言われない?」

「……言われたことはありませんね」

「あー……手」

手?

「手、貸せ」

貸せって。
私は腕を伸ばします。
彼女は握手をするように手を握りました。

「どうされたんですか」

「握ってるから、さっさとかければ……」

なぜ、電話をかけるが嫌なのか、彼女は聞きませんでした。
その代わり、私が電話をかけている間ずっと彼女は手を繋いでいてくれたのでした。

ちょっとここまで
書けたら夕方くらいに

その日、私は店の手伝いをすることができませんでした。
陽が落ち、しだいに冷たくなっていく体。
動けないまま数時間が経過していました。
電話が終わったのは1時間も前。

ひよちゃんと話したのはその中の20分程でした。
最初に電話に出た時、ひどく取り乱した様子でした。
しかも、謝られてしまいました。

先に謝るなんてずるい。
私も謝らざるおえなくなり、お互いが悪かったという形で話はまとまりました。
どうせなら、私のことを悪者にしたまま終わらせて欲しかったのに。
そういう、私の取り繕いもひよちゃんの前では関係なく、
とめどなく溢れたのは彼女への愛おしさでした。
彼女にあげた髪留めは捨てて欲しいと言いました。
ひよちゃんはしばらく考え込んで、小さく同意してくれました。
そうして、私にはもうこの気持ちを届けることは叶わないのだと、はっきりと分かってしまたったのでした。

その後、順さんに代わってもらい、
事の次第をお伝えしました。
順さんはひよちゃんと対照的に、とても落ち着いていました。
私の謝罪を静かに聞いてくれました。
話の途中で小さく相槌を打つ以外は、何も口を挟まず、

『わざわざ、ありがとう。後は、私が連絡するから』

と言って、慧の携帯の番号を聞いてきました。
そして、私のことは一切言及することなく、電話を切りました。

「はあ……」

「はあって、こっちの台詞だし。いつまで繋がせる気?」

まあさが何か言ってきましたが、返事をする気力が出ませんでした。

「つかさ、あんたってレズって奴?」

「……さっきまでは。引きました?」

「ドン引きした」

「そうですか」

腕のしびれ。
まあさの手のひらの熱。
しだいに火照りが冷えていく中、そこだけは温かい。

「手、離してもいいですよ。気持ち悪いんじゃないですか」

「あんたの汗がね」

私は自分より少し背の低い彼女の肩に、頭を寄せました。

「そんなカッコいいこと言われたら、惚れちゃいますよ」

彼女は手を離しませんでした。

「惚れるとか勘弁。つか、慧だってそれで人生棒に振ったし。人を好きになるなんて、あの、あれ百害あって一利なし」

「それ、よく知ってましたね、すごーい」

頭突きをくらいました。

「うっせ!」

「まあさは……人を好きになったことありますか」

「ないし。なんなきゃいけない?」

「……まあさは、自分のこと好きですか?」

「そういうくっさいことをさ、私が真面目に答えると思うの?」

「いいえ……」

私は小さく笑いました。

「生ごみかぶるような女の子ですしね」

「あのさぁ、あれ、あんたの親父のせいじゃん!」

「ですねー」

「ちっ……もう、帰っていい?」

舌内されちゃいました。

「いいですよ」

そんな会話をしたのに、彼女は父が部屋をたずねてくるまで、ただずっと手を握り続けてくれました。

次から順視点です

ひよは鼻と目を真っ赤にしていた。
少し、冷やしてくると外に出て行った。
私も行く、とは言えなかった。

馬鹿。
カッコつけて。
言いたいことはあったけれど、きっとひよが悲しむと思った。
それに、私はかれんのことを何も知らなかったから。
かれんも私のことを何も知らない。
知らない人間同士が分かり合えることなんてないと思う。
しかも表情も分からない電話で。
虚しい会話をしたくなくて、私は早々に電話を切った。

机の上には元彼の電話番号。
どうってことはない。
吐き気もこないし。
頭痛だっておきやしない。
ひよのいない間に、済まそう。

私は番号を打ち込んだ。
取るだろうか。
いたずら電話だと思えば、取らないかな。

繋がった。

「もしもし、慧?」

『……順?』

優しい声。

「久しぶり」

『ああ……』

少しだけ、最近のことを話し合った。

そこから遡るように、付き合っていた頃のことを思い出す。
慧も同じだった。
慧に、お菓子を食べすぎたのを怒られて。
一緒にダイエットに付き合ってくれたっけ。
誕生日に、私のために買ってきてくれた本がまだある。

「あれ、まだ使ってる」

『えらいな』

過食したきっかけは受験だった。
それを長引かせたのは恋愛だった。
けど、治す努力を促したのは慧だった。

「慧のおかげで、標準体重維持してるよ」

『吐いたりしてない?』

「……うん」

『とか言って、順は我慢するんだろ』

「知った口ー」

『まあね』

慧となんで普通に話せてるんだろう。
私たち、あんな別れ方したのに。

「慧、彼女できた?」

『ううん、金髪にしてから全然』

「金髪ってモテないのかな」

『まあ、そのつもりで染めたわけじゃないけど』

「なんで染めたの」

『ライオンみたいだろ』

私は噴き出した。
可笑しくて、お腹で笑ってしまった。

慧は、自分なりに強くなろうとしたみたい。

「なんで」

『また、順に会った時に堂々としていたかった。現実は、ダメだったけど』

「そうなんだ……そう言えば、あの時後ろにいた子誰?」

『妹』

「うそ。だって、もっと真面目そうだった」

『前はな。なんか、悪いのとつるんでからあんな感じ』

「変わるんもんだね」

『お前は、変わってなかったな』

「そう?」

『嬉しかった。あ、でも前より髪短くなった?』

嬉しかった?
なに言ってるの。
短くなった?
どうして、そんなこと気づくんだろう、この人は。

『……順?』

「あ、ごめん」

『順、俺、あの日のこと謝りたいんだ』

「いいよ、もう」

『言わせてくれ、本当に悪かった』

「私だって、呼ばれて断らなかったからお相子」

あの時、男の人について色々調べてた。
不安を解消する方法とか。
ただ、我慢することが良いとも思わなかったから。
ストレスを当たり散らす慧に、私ができること。
そして、彼にして欲しいこと。

『でもな……俺、あの日順がそばにいてくれて助かったんだ。できなかったけど、嬉しかったんだ』

「……私だって、慧には私しかいないって思ってた。慧は私が何とかしないとって」

あの頃、私は慧に何かを求めてた。
男の子を意識し始めて、付き合って、優しくされて、傷つけられて。
大きな手を知った。
私よりも強い握力と、腕力で抱きしめられて。
二人、満天の空の下。
降り積もる雪の中、背の高い慧の背中におんぶしてもらった。
受験後は別れるつもりだった。
慧は本命に落ちて気落ちしていて、畳みかけるようになってしまった。

「慧の噂は、ちょっと聞いてた。少し、荒れたこととか」

『ああ……うん』

「私のせい……かな」

『……否定はしないよ』

「良い人、早く見つけなよ」

消去法でもいいから。
あれはだめだった、これもだめだった。
そうなると、私はちょっとでも役立ったかな。

『順……俺達、やり直せないか。お互い、落ち着いたしさ。俺……お前のこと、やっぱり好きだわ。今は、幸せにしたいって思ってる。お前が嫌なら金髪も止めるよ……』

あの頃、私が好きだった声音で彼は言った。
穏やかで、情けなくて、つい面倒をみてしまいたくなるような。

『もう、嫌いか?』

「嫌いじゃないよ」

『なら』

好きという気持ちは無くなってはいない。
ただ、何重にも蓋をして、もはや開ける術を知らないのだ。
だから、取り出すことができない。

「それは、もう私の仕事じゃないんだ」

慧は黙った。
私は目を閉じる。
あの日の、高校生だった彼が思い浮かんだ。
部屋の隅で同じ洋楽を聞いていた。

彼といることで、私は女になっていき。
私といることで、彼は男になっていき。
そういう風に変えてしまうのが恋愛なのか。

でも、慧といると私は女を演じなければいけなかった。
本当は、彼を守りたいと思いながら。
私は女になれなかった。
彼の女にはなれなかったのだ。

言えば良かったのか。
私が演じたい役は他にあるんだと。
でも、それも違うのかな。

『わかった……』

慧が苦虫でも潰したように低く答えた。
私は立ち上がる。
カーテンを開けると、外は雪が積もっていた。
ひよ、遅いな。

「話は、終わり?」

『ああ』

互いに礼を言い合った。
電話は切れ、プっと耳に残る音がした。
私は溜息を吐いた。
なんだ。
そんなことだったのか。
何を言ってくるのかと思った。

ベランダのドアを開けると、
外の空気が部屋を吹き抜けた。
乱暴な風が髪を乱す。
下を見ると、ひよがいた。

「なにしてんの」

「雪だるまつくってる!」

「ずるーい」

誘ってよ、もう。
元気だなあ。
私より、タフ。
みなぎって、輝いてる。
この寒いのに。
すごいなあ。
でもね、たぶんそこに惹かれたんだ。

慧に求めていたものは、慧の中にはなかった。
それは、幼馴染の、彼女の中にあった。
目を擦る。
小さな彼女は、どこから見つけてきたのか、ナスカの地上絵みたいなのを雪の褥に描いていた。

「なに、それ!」

「順ちゃん!」

「えー?」

似てない。
私は笑った。
ほくほくとたくさんの白い吐息が出た。

「おいでー、順ちゃん!」

手をこまねく。

「はーい!」

私は子どもみたいに大きな返事をして、急いで玄関へ向かっていった。







おわり

今度こそおしまいです。
感想を頂く度、モチベも上がりました。ありがとうございます。

雰囲気も繋がりも文体も惹かれた
乙です

>>54
ありがとう
3人かき分けるのは難しかったので、そう言ってもらえると嬉しいです

待ってました。お疲れさまでした。

乙です
5も期待してます

>>56
ありがとう
書きたい所までなんとか書けました

>>57
5は君の頭の中にあるじゃないか

かれんとまあさの今後の絡みは……?

え、5ないの?……ないの?

>>59
気力が切れてしまいましたが、かれんとまあさはこんな感じになる予定でした

慧とまあさの両親は、昔から賢い慧を贔屓してまあさをないがしろにしてしまっていた。
まあさはかれんから常識や自分や周りを大切にすることを学びつつ親睦を深めていく。
かれんはまあさの家庭教師として雇われる。
慧は振られたショックから変な連中とつるんで、父親にブチ切れられ、家を飛び出す。
まあさはかれんと共に、慧を叱咤して家に連れ戻す。
ひと段落着いたと思ったら、今度はまあさがゼッコー宣言した友達の両親が、
娘が夜遊びし出したのはまあさのせいだと家におしかけ、たばこの件もばれる。
両親とまあさ再び険悪に。
家族には慧がいればいいと言うまあさに、かれんが自分にはまあさが必要と諭す。
かれんが友達の両親の家に行って、説教する。
友達が黒幕だと判明。嫉妬とか逆恨みとかが原因。
かれんがまあさの両親に事情を説明。一部の誤解が解かれる。
まあさは、家を出て一人暮らししたいと言って、かれんと住み始める。
なんやかんやでハッピーエンド。

みたいな。

>>60
続き、書いていいのよ?

つづきあくしろ~

うさぎとかもういっこの幼馴染み物も待っとります(震え声)

>>63
いつか書けたら

>>64
お、おう(震え声)

終わらせはせん…
終わらせはせんぞ!

>>66
今書いてるのが終わったら、またひょっこり書くかもしれません

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