男「お願いだ、信じてくれ」白蓮「あらあら」(500)

このSSは東方の二次創作であり、

男「どこだよ、ここ」幽香「誰!?」
男「どこだよ、ここ」幽香「誰!?」 - SSまとめ速報
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男「なんでだよ、これ」ぬえ「あう」
男「なんでだよ、これ」ぬえ「あう………」 - SSまとめ速報
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の続きとなっております。

そちらを先にご覧くださると幸いです。

また、オリジナル設定、オリジナルキャラ、東方キャラクターの死亡などが含まれますので苦手な方はご注意ください。

男「よう、幽香」

俺がそう幽香に話しかけた直後に俺は地面に転がっていた。

幽香「誰貴方。私を知ってるってことは外の人間じゃないわよね」

倒れこんだ衝撃でむせる俺の首元にあるのは幽香の手。

無垢な少女の手のように思えるが実際は鉄板すらも引き裂く強力を持っている。

つまり幽香が少し力を入れれば俺は死ぬ。

男「参ったな」

幽香「誰なの。答えなさい」

男「あー、えっと、外から来た人間」

その答えに対し返ってきたものは無言と射殺すような視線。

男「………多分本当のことを言っても信じてもらえない」

男「けど俺はお前の敵じゃない」

幽香「あぁ、そう」

両手をあげて無抵抗を示しても幽香の手が俺から離れることは無い。

男「分かった、取引だ。俺が知ってる幽香にとって良い情報を教える。それじゃだめか?」

幽香「なんで貴方が私にとって良い情報を持ってるのかしら」

それはとてもごもっともな質問だった。

その質問に対する答えは持っていない。正確に言えば幽香が納得できる答えを持っていない。

男「でも信じてもらわなくちゃ困る。俺のために。それにメディスンのために」

だから幽香が必ず耳を傾ける言葉を使うしかなかった。

効果は絶大。幽香は大きく目を見開き、そして俺の首にかかる手に力が入った。

幽香「どういうこと? 回答しだいでは握りつぶすわよ」

男「まずその手を………いや良い。そのままで良い。もう一度言うが俺は幽香の敵じゃない。むしろ味方と言っても良い。幽香、メディスン。それにアリスのな」

幽香「………」

幽香は俺を殺してしまってもいいかと思案しているようだった。

しかしその瞳がメディスンとアリスへの情で揺れていることは気づいている。あと一つ。あと一つ何かきっかけがあればこの状況を打破できる。

その一歩。俺の考えうる中で一番の効力を持つであろうその言葉は同時に下手を打てば幽香を激情させるだけの賭けを含む。

言うタイミングを間違ってはいけない。幽香が確実的にそれを聞き入れるタイミングを。

だから今はひたすら時間を稼ぐしか。

幽香「私から見た貴方は限りなく黒。言わなくても分かると思うけど」

幽香「良かったわね。あなた。メディスンの名前出さなきゃ今頃私貴方を殺してるわ」

幽香「それで、メディスンが、どうしたって言うの?」

幽香笑う。

口元だけで。

まだ殺意が俺に向けられていることは明確だ。

男「………」

幽香「ほら、どうしたの?」

幽香の肩越しに天へ昇っていく白い煙が見える。

戦火の煙? 狼煙?

そういえばこの後。

人間「げっ!風見 幽香!!」

人間2「いや、倒せる、いくぞ」

人間3「承知!!」

そうだ。場所は違うがこいつらが来て―――

幽香「!」

このタイミングだ。

男「メディスンの命が危ない!!」

幽香の意識が俺から三人へ向けられ、さらに相手が武器を持っている。このタイミングしかなかった。

幽香は地面に突き立てていた傘を抜き、向かってくる三人へ向けた。

閃光。一拍の後に轟音。

焼かれた視界が回復した後に見えたのは俺の顔に傘を向けた幽香の姿だった。

失敗?

いや、成功だ。

幽香の顔から敵意は消えている。この傘はポーズでしかない。

俺は立ち上がり体についた雪を払い、幽香に対面した。

男「俺が今から言うことは全部真実だ。前提条件としてそれを理解してもらわなくちゃ困る」

幽香「で?」

男「俺は未来から来た」

そういった瞬間に俺の額に傘が当てられた。

幽香「道化?」

男「真実だ。撃ってもいいがメディスンはその場合助からないぞ」

幽香「そのメディスンを盾に取ったような喋り方が気に食わないわ」

男「それは謝るが、でも俺は人間で幽香は大妖怪だ。理解はしてくれ」

人間「げっ!風見 幽香!!」

人間2「いや、倒せる、いくぞ」

人間3「承知!!」

>>24 ミス

失敗?

いや、成功だ。

幽香の顔から敵意は消えている。この傘はポーズでしかない。

俺は立ち上がり体についた雪を払い、幽香に対面した。

男「俺が今から言うことは全部真実だ。前提条件としてそれを理解してもらわなくちゃ困る」

幽香「で?」

男「俺は未来から来た」

そういった瞬間に俺の額に傘が当てられた。

幽香「道化?」

男「真実だ。撃ってもいいがメディスンはその場合助からないぞ」

幽香「そのメディスンを盾に取ったような喋り方が気に食わないわ」

男「それは謝るが、でも俺は人間で幽香は大妖怪だ。理解はしてくれ」

幽香「私、実は弱い奴嫌いなの」

男「遊ばないでくれ。真剣なんだよ」

幽香「あらそう」

幽香はつまらなそうな顔をして傘を地面に向けた。

本当に幽香は分からない。メディスンの名前を出したのにまだふざけるとは思っていなかった。

俺がまだ信じてられないだけか。

どちらにせよ、あまり話は長くしたくは無い。

幽香「で、未来から来た貴方は何を知ってるの」

男「人間側が幽香の家に火を放つ。その結果としてメディスンは燃える」

幽香「………」

男「睨まないでくれ、事実だ。だからお願いがある」

幽香「なに」

男「メディスン、アリス、リグルを連れて逃げてくれ」

幽香「………やっぱり貴方変ね」

男「何がだ」

幽香「私と取引して何をするかと思えば私たちに逃げろなんて」

男「幽香」

幽香「分かったわ。それが本当だとは信じてはいないけど、メディスンがそうなるという可能性は考えてなかったわ」

幽香が傘で地面を突く。次の瞬間幽香を中心として今まで咲いていたひまわりが次々にくたりとその身を地面に横たえていった。

幽香「ありがとう。変な人間」

男「男だ」

幽香「そう。それじゃあね、男」

降り続く雪から傘で身を守りながら幽香が静かに歩いていく。

俺はそれを見送り―――

男「あ」

移動手段が無いことに気づいた。

男「ま、待って! 待ってくれ幽香!!」

俺は慌てながら視界から消え行く幽香を追った。

幽香「貴方、本当変な人間よね」

あきれたようで長いため息をつく幽香と俺は空を飛んでいた。

幽香の歩みは思ったよりも遅く、1分程度で幽香に追いついてしまった。

幽香に事情を話し俺は幽香に連れて行ってもらっていた。

翼の生えた幽香の飛ぶスピードは存外に速く、景色が後ろへ後ろへ流れていく。

前のように気絶はしなかったがそれでも空気の壁にぶつかる俺の顔はぐちゃぐちゃで幽香のように涼しい顔はできそうにない。

強制的に体の中へ進入する空気が苦しく、呼吸をするのも難しかった。

咳をするように呼吸をすること十数分、薄れ掛けた意識の中で目的の場所が見えた。

山の中に不自然に存在するこの場所

幽香「着いたわよ。命蓮寺に」

幽香に地面に下ろされるのと同時に俺はひざをおって地面に手を着いた。

乾燥した口が切れて痛む。

何度か大きく息をしてやっと俺は立ち上がった。

響子「わわっ! 大変です!!」

目の前にいるのは小さな少女。俺の腹ぐらいしかない体躯から、俺の何倍もの大声をだした少女は箒を抱きしめて慌てていた。

至近距離から放たれた大声に耳が痛み、俺は耳を押さえた。

その隣で幽香は平気そうな顔で俺を見て笑っていた。

幽香「それじゃあもういいわよね」

男「え、ちょっと待って」

幽香「嫌よ」

にべも無く飛び去っていく幽香は何を言っても戻ってこず、幽香が翼で掻いた空気だけがその場に残った。

男「あー………悪い人じゃないです」

響子「に、人間です!!!!!!!!」

さっきよりもずっと大きい声。木々を揺らすほどのその大声を至近距離で浴びせられた俺が当然耐えれるわけは無く、揺れた脳みそは意識を落とすことで現状を回避しようとした。

目を開けると体に違和感。身動きが取れない。

ぜんぜんというわけではないが腕は動かせないし、足も動かせない。

唯一自由に動く首を曲げて体を見ると縄が俺の体を縛り付けていた。

今俺がいる場所は薄暗くどこかの部屋の中のようだ。

白蓮「目を覚ましましたか」

男「………貴方は」

正座をして俺をじっと見る女性がいた。まず目に入るのは特徴的な髪の色。紫の髪が先に行くにつれ茶色へと変化していく綺麗なグラデーションの髪。

そして身を包むゴシック染みた黒と白のドレス。

白蓮「始めまして。私は聖 白蓮と申します。まずは貴方の自由を奪っていることを謝罪しましょう」

男「あぁ、分かってます。今の俺はただの危ない人でしかないですからね」

白蓮「一つ聞きたいことがあるのですが、なぜ命蓮寺に?」

男「………皆の力になるために」

嘘ではない。俺はじっと聖の目を見つめてそう言った。

俺の瞳の中を覗き込むようにじっと俺を見つめる聖だったが、数秒後に小さく息を吐いて俺の縄と解いた。

ナズ「ちょ、ちょっと待ってくれ聖!。いきなり現れた人間を信用するっていうのかい!?」

少し凝った体をほぐしていると勢いよく障子が開かれさきほどの少女と同じ位の身長をした少女が入ってきた。

その頭にあるのは大きな耳。人間のものではない。ねずみのような形の耳が頭の上らへんに生えていた。

それと腰辺りに揺れるのは尻尾。

ナズ「もしこいつが人間側のスパイだったら」

白蓮「ナズーリン」

ナズ「でも、本当にスパイだったとき」

白蓮「ナズーリン」

ナズ「………警戒はさせてもらうからね」

ナズーリンはそういって俺を睨みつけ、俺の背後に立った。

害意が無いことを示すために両手を挙げてみるも、後ろから感じる視線は俺の首あたりにジリジリとした嫌な感じを植えつける。

白蓮「人を疑うことはよくありませんよ」

ナズ「聖が人を疑わないから私が疑ってあげてるのさ」

白蓮「申し訳ありません。ナズーリンは悪い子ではないのですが、少し警戒心が強く」

男「いえ、疑われて当然ですし」

ナズ「そう、当然だよ」

男「ただ信じて欲しい。俺は敵じゃないんです」

男「だから」

木で出来た床に頭をつけて聖に懇願する。

俺じゃどうしようできない。

俺一人じゃどうしようもできないから。

男「俺を、助けてください」

白蓮「あらあら」

ナズ「助けてくれ? 助けて欲しいのはこっちのほうだよ」

白蓮「ナズーリン」

ナズ「すまない。少し口が過ぎた」

白蓮「話を、聞かせていただけますか」

男「はい」

男「この戦争を終わらせるために、力を貸してほしい」

ナズ「命蓮寺は戦争に不干渉さ。助けを求める妖怪は助けるがこっちからは攻めていかない」

男「そこを、何とか」

白蓮「………」

ナズ「決まりさ聖。頼みなんて聞かなくていい」

白蓮「しかし」

ぬえ「聖ー。さっきの人間にマミゾウが用があるってさ」

廊下から聞こえたのはぬえの声。振り向くとぬえがいた。

元気にして、普通に喋っているぬえが。

白蓮「あら」

男「ぬえ!」

ぬえ「………誰?」

ぬえ「私、貴方のこと知らないんだけど」

男「………い、いや、なんでもない」

ぬえ「ならいいけど。それじゃあ後はよろしく、聖」

白蓮「え、えぇ」

ぬえが遠ざかっていく。ぎっぎっと廊下がたてる音が遠ざかっていく。

白蓮「あの」

男「………なんですか」

白蓮「なぜ貴方は今、そんな泣きそうな顔をしているのですか」

男「おそらく、言っても、信じてもらえそうに無い」

男「きっと夢物語で済まされる」

男「でも、それでも」

男「お願いだ、信じてくれ」

さっきよりも強く頭を床に押し付ける。

白蓮「あらあら」

ナズ「人間。君はバカなのかい?」

男「分かってる、いきなりすぎて」

ナズ「違うよ。そうじゃない」

ナズ「聖は最初から君のことを信じてるんだよ。残念なことにね」

白蓮「聞かせていただけますか」

男「………はい」

男「別の、別の世界の話です。俺は………ぬえを愛していた」

男「そして、ぬえも俺を好きでいてくれていた」

そう、俺はぬえが好きだった。いつも犬のように俺についてくるぬえが。

無邪気なぬえが。

俺を守ってくれるぬえが。

大好きだ。

男「でも、そのぬえは、さっきのぬえじゃなくて、でも、同じぬえで」

自分でも何を言ってるかが分からなくなる。

もうあのぬえとは会えないんだ。そう思うと胸が裂けそうなほどに苦しくて。

その苦しみは俺の口から枷をなくし、あふれ出した俺の感情は酷く支離滅裂なものだったが、聖は頷きながら俺の話を聞いてくれた。

溢れた涙がぽたぽたと床へと落ちていく。

流れる涙を拭うこともせず俺はひたすらぬえに対しての愛を吐き出し続けていた。

一通り吐露をし終えると聖はすっと俺の真正面まで来て微笑んだ。

白蓮「仏教では、愛は執着であり、捨てるべきものであります。愛別離苦の苦しみから逃れるには執着を捨て―――」

白蓮「とは言いますが、愛別離苦こそ愛の証明であり、貴方がぬえを愛してくれていたことの証となります。大乗仏教における慈悲の心とはやはり愛から生まれ行くものであり貴方の中に芽生えたその痛みはきっと貴方のためになるのでしょう」

白蓮「貴方が愛し、貴方を愛していたぬえとの別れは死別よりもずっとつらいものでしょう。貴方が愛したぬえは貴方しか知らないのですから。でも、それでも必然の縁はぬえと貴方が出会えたことに―――いえ、いくらこのような説教をしても無意味ですね」

白蓮「ぬえを愛していただき、ありがとうございます」

聖が頭を下げる。それを見たナズーリンが少し不機嫌そうな顔で頬を掻いた。

ナズ「私は到底君が言ったことを信じれない。何か妄想をしているだけと考えたほうがよっぽど筋が通る」

白蓮「ナズーリン、それ以上は」

ナズ「それでもとりあえず話を聞かせて貰おうか。君がなぜ私たちに助けを乞うたのか」

ナズーリンが肩ひざを立てて座る。鋭く真っ赤な瞳が俺を真剣に見ていた。

そしてどこかでねずみがちゅーと鳴いていた。

頭を上げた白蓮とナズーリンの前にて居住まいを正し、向き合う。

聖が全てを信じてくれるというのなら、俺は全てを打ち明けよう。

今から起こることでどれだけの血が流れるのか。

男「俺は―――未来から来ました」

~俯瞰視点~

山の中に移動した命蓮寺。その敷地の中にある1本の木の葉を散らした木の枝にマミゾウは座り紫煙を燻らせていた。

ぬえ「まみぞー。伝えてきたよー、っと」

男がいる部屋のほうから駆けてきたぬえがぴょんと飛び上がりマミゾウの横の枝に腰をかけた。

少し大きく枝がしなり、ぬえは右手でしっかりと枝を握り、落ち着いた頃を見計らってそっと手を離した。

ぬえ「でもどうしたのさマミゾウ。あの人間が気になるって」

マミ「勘じゃよ。何かあると思っただけじゃ」

ぬえ「ふーん。あ、そういえばあの人間私のこと知ってるらしいよ」

マミ「なんじゃと?」

口にくわえたキセルを離し、マミゾウが眉をしかめた。

ぬえ「どうしたのさ、マミゾウ」

マミ「儂は心配性でな。ただちょっと引っかかっただけよ」

ぬえ「何が?」

マミ「見た目から察するに外来人じゃが、なぜ外来人がぬえのことを知っておるのかが分からんのじゃよ」

少し考えたのちにマミゾウは懐から一枚の青々とした大きな葉っぱを取り出した。その葉っぱに紫煙を噴きかけ手を離す。

木の葉はゆらりゆらりとゆっくり落ちてゆき、その木の葉が地面につく前に一匹の狸がその葉っぱを咥え、どこかえ消えていった。

マミ「ちょっと色々探ったほうが良さそうじゃな。この戦争がどこへ行くのかを、の」

マミ「さぁてぬえ。今日の夕飯の獲物でも捕りに行くかの」

マミゾウが枝から飛び降りる。瞬間的な自由落下の後、地面につく前にその体は急に減速し、すとんとマミゾウは地面へと着地した。

ぬえ「猪でも見つかるといいけど」

マミ「なに、今は熊よ。熊が美味い」

ぬえ「熊かぁ」

ぬえも枝から飛び降りる。しかし地面に着くことはなくふわふわとマミゾウの周りを寝転びながら漂っていた。

一輪「待ちなさい」

そんな二人を妨げる影が一つ。雲居一輪が両手を組んで二人の進行方向を塞いでいた。

一輪「殺生は許さないわよ」

マミ「儂は信者でないから見逃してくれんか」

ぬえ「一輪だってお酒飲むし、お肉も食べるでしょ」

一輪「た、食べてない、食べてないわよ! 変なこと言わないでくれる?」

ぬえ「こないだ食べてたの見たけど」

一輪「あ、あれは托鉢の結果だから、食べちゃわないと」

ぬえ「じゃあ托鉢ってことで」

ああいえばこういうぬえとそれに振り回される一輪との問答をマミゾウは遠くに眺め煙草の灰を地面に落とした。

マミ「仕方ない。なら儂はちょっと消えるとするかな」

ぬえ「えー。マミゾウだけ良いもの食べるの?」

マミ「土産は持って帰る。明日の朝には戻るから心配せんといてくれ」

一輪「変なことするんじゃないでしょうね」

マミ「何、ただの心当たりを探るだけよ」

一輪の脇をするりと抜けてマミゾウがそう言う。

煙草の匂いと線香の匂いがまじりぬえは二度くしゃみをした。

マミゾウはからんころんと下駄を転がしながら神社から出て行く。

ぬえもそおっと着いていこうとしたところ一輪に首根っこを捕まれ断念した。

~男視点~

俺が語る骨董無形な事実を聖は静かに、ナズーリンはところどころに口を挟みながら聞いてくれた。

ナズ「その話の中では私は、私たちはぬえを除いて全滅している、と。なかなか愉快じゃないね」

ナズ「どう思う、聖」

白蓮「私は、そうですね。これからそんなに悲劇的なことが起きるとは信じたくはありませんね。しかし目を背けてしまえばそれこそ悪手」

白蓮「もしそうなるのならば私は動きましょう。全ての悲劇のために」

ナズ「もしこの人間が言ってることが法螺話だったら?」

白蓮「そうであれば重畳。そうならないと考え、そうなってしまうより、そうなると考え、そうならなかったほうが良いとは思いませんか、ナズーリン」

ナズ「やれやれ、聖の考えは変わらないみたいだ。良かったね、人間」

ナズーリンは頭を掻き、少し小首をかしげて、口角を片方だけ上げて笑った。

男「俺に力を貸してもらえますか」

白蓮「こちらこそ。よろしくお願いいたします」

命蓮寺の今後について軽く話をした後、案内された部屋は広く二十畳ほどの広さがあり、背の低い長机が並べてあった。

白蓮「肉などはありませんが、食事をしましょう。皆に紹介をするためにも」

男「ありがとうございます」

白蓮「たしか今日は、村紗だったかしら」

星「その通りですよ聖」

お腹を鳴らしながら一人の女性が部屋に入ってきた。

身長は高く、体格も良い。しかしその瞳は優しさと理性を湛えていた。

その髪の色は金と黒。まるで虎のような模様の髪がとても目立つ。

星「貴方は確か、響子が言っていた方ですしょうか」

男「あ、男です。これからここにお世話になることになりました。よろしくお願いします」

星「私は寅丸 星。一応ここに祀られてますので何かご相談でもあればどうぞ」

男「あ、どうも………祀られている?」

星「毘沙門天代理ですよ。さて今日のお昼ご飯が何か、実に楽しみですね」

さらりとものすごいことを流された気がする。

確かに映姫さんは神様だったし、神様はいることは確かなのだろうけど、お昼ご飯を楽しみにして今にも口笛を吹きそうなほどににこにこしているこの女性を誰が神様だと思うのだろうか。

ナズ「あぁ、祀られてはいるが、神様じゃなく妖怪だよ」

男「あんまり良くわからないな」

ナズ「分からなくていいさ。あまり重要なことでもない」

重要なことではないのだろうか。いや、深く突っ込む必要がないことは確かだけれど。

まぁ神様と言っても種類はいる。きっと映姫さん同様良い神様なのだろう。

ならばこれからお世話になるだろう。優しそうだし。

ナズ「ほら、君も速く席に着きたまえよ。そうだな上座のほうに座るといい。一番奥は聖の席だからその隣で」

男「いいのかな」

ナズ「紹介がしやすい。別に上座だから礼儀がどうのこうのなんて妖怪は気にしないよ」

ナズーリンに促され席に着く。古いい草の匂いがして懐かしい気分になった。

ぬえ「あ」

次に入ってきたのはぬえだった。ぐったりと上体を落としながら部屋に入ってきたぬえと目があう。

ぬえ「なんで私のこと知ってたのさ」

男「………ちょっと人に聞いて」

ぬえ「人って誰」

男「えっと」

ナズ「ぬえ。そこまでだ」

答えを窮しているとナズーリンがぬえを遮った。

男「ぬえをなんで知っているか。ちょっと今はそれは話せない」

ナズ「というわけだ。一切疑問は受け付けないから速く座りたまえ」

ぬえは何かを言いたそうにしていたがしぶしぶといった様子で席に着いた。

白蓮「あと三人来るから、もう少し待ってくださいね」

男「あと三人ですか?」

にしては部屋が大きすぎて机も並べすぎだ。普段が7人ならば机は一つでいいはず。

白蓮「色々あってね。今は私たちしかいないのです」

その声色に悲哀を感じたためそれ以上の追求は出来なかった。

とりあえず何かがあったことは確かなのだろう。

しかしそれは過ぎたことで、俺には何もできない。もう終わってしまったことは―――

そういえば銃はどこだ。いつも腰に下げているホルスターはない。

つまり俺は時を戻せない?

俺が持っているアドバンテージは未来を知っているだけ。

過去に戻れないのならば俺は今まで以上に慎重に動かなければいけない。もう零したものを拾い上げることはできないのだ。

いや、今までも零してきたものはたくさんあった。

そうか、霊夢たちに取り返しのつかないことが起きなければ時間は戻らないんだった。

取り返しのつかないことが起きる。それだけは避けなければいけない。霊夢たちが死んでしまったならばもう、この世界は救えないのだから。

――――――?

リアルの忙しさがマッハなのでもうちょっとかかりそうです。

代わりといっては何ですがスカイプのID作りましたのでそちらで質問や生存報告、叱咤激励を受け付けます。

というかただ単に東方やSS好きな友達がほしいです。

ID:nuenueparuparu

一輪「はいはーい。カレーができたわよー」

何かを考えかけた瞬間、ふすまを足で開けてなかなかの大きさの鍋を持った水色の髪の少女と

水蜜「船幽霊カレーだよ。お肉もはいtt」

米櫃を抱えた黒い髪の少女が入ってきた。

白蓮「今、なんと?」

黒い髪の方の少女が聖の方を見て、小さく口を開けた。聖はそんな少女をにっこりとした笑顔で見ていたがその笑顔の裏に怒りを隠しているように見えた。

白蓮「今、なんと?」

いや、その怒りは隠れてはいなかった。表情は紛れもない笑顔のはずなのになぜか怒られているような気分になってしまう。

水蜜「た、托鉢だからセーフ! もらったものは全部食べないといけない、でしょ?」

一輪「そうです姐さん。親切な妖怪から貰ったんですよ。ねぇ、村紗」

ぬえ「こないだ村紗が狩りしてたよ」

水一「ぬえぇええっ!!」

ぬえの暴露に二人の顔が青ざめる。聖はそうですかと言いながら立ち上がりゆっくりゆっくり二人に近づいていった。

ぬえ「あ、カレーは私が持つから米は寅丸がお願い」

星「はい」

ぬえと星が二人の持っている鍋と米櫃を奪い取るように受け取ったのを確認すると聖は二人の襟首を掴みそのまま引きずっていった。

引きずられていく二人の瞳に涙が浮かんでいるのが見え、これから何が行われるかをある程度察したため、心の中で手を合わせた。

響子「おなかぺこぺこです!!!」

そして最後に入ってきた声で俺を気絶させた少女が部屋の中を見回して首をかしげるのと同時にさきほどの二人の悲鳴と、何かを強くたたくような音が響いてきた。

ぬえ「南無三」

星「お腹すきました」

ナズ「あの二人はどうでもいいが、聖のことは待ちたまえよ、ご主人」

男「えーっと、あの」

ナズ「あぁ、気にしなくていい。彼女らの自業自得さ」

それから聖たちが戻ってきたのは10分程度あと。

頬を真っ赤に腫らした二人がしくしくと泣いており、対照的な聖の笑顔がひどく怖かった。

聖「料理してしまったものはしかたがありません。感謝していただきましょう」

聖が上座に座りようやく全員がそろった。メンバーを見渡すと非常に髪の色がカラフルだ。

男「あ、カレーだ」

水色の髪の少女が皿に盛られたカレーを俺の前に置く。茶色のルーの中には目立たないくらいの野菜とゴロゴロとした大きな肉が入っていた。

神社では川魚程度しか食べていなかった俺にとって久しい贅沢な食事だ。

久しいといっても時間は巻き戻っているため、久しくはないんだが。

ナズ「カレーは嫌いかい?」

男「いや、カレーが出るなんて驚いただけだ」

ナズ「はは。贅沢に思えるだろう? だけれど残念。カレーしかできないんだ。調味料がいろいろ尽きてね。あるのは少しの醤油、塩コショウ。そして大量のスパイス」

それなら博麗神社と手を組めば贅沢なものが作れそうではあるがおそらく聖は博麗神社と手を組むことはないだろう。あくまで専守防衛だ。

水蜜「私のカレーはいくら食べても飽きないって」

ぬえ「あきた」

水蜜「うぉ」

そうぶっきらぼうに言い捨てるぬえの姿が微笑ましくて眺めているとぬえが怪訝そうな顔で見てきたので傷つく。

分かってはいる。わかってはいるんだけれど。

聖「それでは男さん。自己紹介をお願いします」

男「え、あ。はい」

男「人間の、男です。妖怪を助けたくてここに来ました」

ぬえ「はいはーい。しつもーん」

突然手を挙げたぬえに驚いて一瞬言葉が詰まる。ぬえの行動をナズが制そうとする前にぬえはそのまま言葉をつづけた。

ぬえ「人間なのになんで妖怪を助けたいの?」

男「それ、は」

返答に窮する。正直言えば妖怪を助けたいわけじゃなくて、俺の知っている人を助けたいだけだからだ。

助け船は来ない。なぜならここで俺自身の言葉で言えなければ信用なんてものはなくなるからだ。

男「好きな、人がいて。好きな妖怪がいて。そいつら全員を助けるためだ」

ぬえ「へー。じゃあその好きな妖怪以外は助けないの?」

分かっている。好きな妖怪すら守れるか分からないんだ。だから妖怪すべてを助けるなんてことは無理。

だから

男「そいつらはみんなに任せたい」

男「頼む」

ぬえ「話にならないね」

ぬえ「いくら土下座したって。あんたの土下座に価値なんかない。だよね」

ナズ「ぬえ」

ぬえ「ナズーリンは黙ってて。聖と星はお人よしだからわかんないだろうけどさぁ。私たちだって慈善事業してる場合じゃないんだ」

ぬえ「私たちに実利は?」

その言葉を否定するものはいない。聖ですら俺の言葉を待っている。

男「実利は。ある」

ぬえ「ただの人間。しかもよわっちぃ人間が? 戦えないから守れない。このままじゃただ飯ぐらいしかできないあんたが?。なんなのさその実益ってのは」

先を知っている俺の唯一の切り札。

俺がもたらせる実利はこれしかない。

だから卑怯なこの切り札を切るしかない。

男「ここにいる7人の命。救ってみせる」

俺の言葉にある者は嘲笑、ある者は唖然、ある者は困惑、そしてまたある者は微笑んだ。

当たり前のことだ。

ただの人間が

大妖怪を守ると言ったのだから。

ぬえ「ちょっと待った。私の耳がおかしくなったのかもしれないから聞くけど。なに、あたしたちの命を助けるって?」

男「あぁ」

ぬえ「はっは、冗談の才能はないみたいだね」

一輪「姐さん。私もこの人が言ってることが」

水蜜「うん。私も」

白蓮「………男」

男「はい」

白蓮「あなたはどうやって我々を救うのですか?」

男「ここを離れます」

男「逃げましょう」

今はこれしかない。

全員の命を救う選択肢は今俺が知ってる限りではこれしかない。

当然のことながら批難の声は上がった。

ここを捨てて逃げるわけにはいかないのは当然のことだ。

しかし。だがしかし。

ここで折れてしまえば俺はぬえを失う。

もしかしたら今度は命をも奪われるかもしれない!!

俺は机を両手で叩いて、俺に投げかけられる言葉を止めた。

男「みんなが言いたいことは委細承知。だけど、だけれど、それでも俺はここで折れるわけにはいかない」

男「証明はできない。根拠もない。力もない。何もない。ないない尽くしのこの俺はただただひたすら」

いやってほどに

男「結果を知っている」

妄言 虚言 戯言。

みんなはこう捉えるだろう。

知っているのは聖とナズーリンだけ。

知らないもの多数。

ぬえ「どういう、ことさ」

男「みんな死ぬんだよ。聖も、ナズーリンも、そこのあんたもそこのあんたもそこのあんたも」

男「ぬえを除いてみんな死ぬ」

「っ!」

同じタイミングで俺の首に当てられた三本の手。

一輪「姐さんが死ぬなんて冗談は」

水蜜「笑えないなぁ」

ぬえ「あぁ、笑えない」

花を手折るかのように俺の首をへし折ることのできる腕三本。

だけどこんな状況はもう慣れた。

男「あぁ。死ぬんだよ」

男「みんな、豊聡耳神子ってやつに殺される」

「!!」

三本の手が俺の首を獲物を捕らえる蛇のごとく狙う。

それを止めたのは聖でもなく、ナズーリンでもなく。

星「やめなさい!!」

沈黙していた星の一喝だった。

星「ここで暴力を振るうようなことはこの私が許しません」

その星のまっすぐな眼差しに射抜かれた三人は不承不承ながらも俺の首から手を放した。

一輪「でも私たちが死ぬなんてふざけたことを言ってるし」

星「なぜそれがふざけたことと決めるけるのですか。たしかに気分が良いことではないかもしれません」

星「だからと言って暴力に訴えるようなど。そのようなことを聖はあなたたちに教えましたか!!」

再び星の一喝。

部屋中を震わす声に水色の髪の少女と黒髪の少女は一歩下がった。

星「ご迷惑をおかけしましたね。男さん」

星「しかし一輪達の考えもまた理解はできる。むしろ一輪達の考えの方が当たり前」

星「あなたはなぜ。私たちが豊聡耳神子に殺される。そこまで断定できるのですか?」

男「俺は………」

言っていいのだろうか。

俺は全てを言って―――

星「どんなことでも良い。教えてはもらえませんか?」

その言葉。その強く優しくまっすぐな金色の瞳は俺の葛藤を消し飛ばすには十分だった。

ぬえ「信じられない」

一輪「同じく」

水蜜「同じく」

響子「どういうことでしょー?」

骨董無形な夢物語は当然のことながら信じられなかった。

しかし

星「私は信じますよ。あなたのことを」

一輪「え、なんで!?」

水蜜「いやいやいや、いくらお人よしだからって」

ぬえ「………はぁ」

響子「?」

星だけは他のみんなと違い信じてくれた。

その理由はわからない。

ただ星だけは信じてくれた。

そのことは俺に大きな安心を与えてくれた。

一輪「でも寅丸だけ信じても」

ナズ「あ、私も信じてるぞ」

一輪「え?」

白蓮「私も信じていますよ」

ぬえ「三対三。だけど聖と寅丸がそっちいるならどうしようもないね」

ぬえ「でも! 私はあんたに命は預けないからね」

一輪「そ、そうですよ。いくら姐さんが言っても全部まるっきり信じるわけには」

水蜜「そうだって、だって人間なんだよ!?」

再び論争に火が付きそうになる。それを沈めたのは意外にも。

響子「あのぉ」

ぬえ「なにさ」

響子「お腹すきました…」キュルルル

可愛らしくなる腹の虫だった。

聖「食べましょうか」

ぬえ「………うん」

なんとも煮え切らない雰囲気のなかで食事が始まる。

ナズ「あぁ。そういえば男に紹介をしてなかったね。ぬえ、一輪、水蜜、響子」

ぬえ「ん? あぁ、なんでか知らないけど私のこと知ってるらしいからパス」

一輪「………雲居 一輪」

水蜜「村紗 水蜜。以上」

男「あは、あはは」

分かってはいたがどうやら壁は厚いようだ。にべもない反応にがっくりと肩を落とす。

響子「幽谷 響子です! よろしくお願いします!!」

緑の髪の、響子だけが元気よく答えてくれた。

小さな娘のような反応に癒され―――

男「小さな、むす、め」

男「あぁ!!」

大切な事を思い出して立ち上がる。いきなりの行動に対面に座っているナズーリンが目を丸くさせていた。

いつだ、いつだった。

俺が一番最初に迎えた絶望はいつ来た。

たしか、俺が来てから

男「明後日か、明後日だと!?」

時間がない。

ナズ「い、いきなりどうしたんだい」

男「明後日。明後日なんだよ!」

伝えられないことはわかっているけど、感情が空回りして、同じ言葉しか繰り返せない。

白蓮「男さん。深呼吸。深呼吸をしてください」

聖に言われた通り、深呼吸をする。少し過呼吸気味になった深呼吸のあと落ち着いた俺は明後日起きることを話した。

男「妖怪の子供たちが人間達に殺される」

そう。羽少年たちのことだ。

火に包まれたなんの罪もない少年たちのことだ。

白蓮「今、子供たちが殺される、と?」

男「あぁ。妖怪の子供が数十人程度洞窟の中に隠れてるんですけど。その子供たちが人間の手によってやき」

フラッシュバック。

あの眩い火と黒く染まった笑顔。

そして焦げる匂い。

反射的に口を押える。

食事中だ、吐くわけにはいかない。

白蓮「明後日、ですね」

男「は、はい」

白蓮「私たちは何をすれば?」

男「映姫さんのところへ俺を連れて行ってください。あの場所を知っているのは映姫さんと小町だけです」

一輪「待ってください姐さん。中立だから今まで戦いに巻き込まれてない私たちですよ!? それが博麗のとこと接触したら」

白蓮「男さん。私たちに逃げろと言いましたがもちろんどこに逃げればいいのかも教えてくださるのですよね?」

一輪の言葉を手で制し、聖が俺にそう問いかける。

逃げるべき場所。

その心あたりが一つだけある。

いったこともなければ、見たこともない場所。

だけどそこからも悲劇は始まった

男「逃げこむ場所はあります」

白蓮「どこですか?」

男「………」

男「地底です」

地底。

たしか地底の住民が紅魔館の人たちと殺しあってみんな死んだはず。

ならばその地底の騒乱を事前に止めておけばかなりの人数が死ななくていいはずだ。

どうすればいいのかはわからないがおそらく今はこれがみんなが生き残るための最善手―――!

水蜜「地底!? あんなところへ!?」

白蓮「わかりました。それでは明日私が男さんと一緒に博麗神社へ行きましょう。水蜜、準備は頼みますよ?」

水蜜「へ!? あ、え!?」

なぜか戸惑う村紗。

とにかく明日は聖が連れて行ってくれるそうだ。

もし明日映姫さんと話せて、上手くゆけばあいつらは死なない。

あんなふざけた悪意に巻き込ませたりはしない。

決して!

星「事情は分かりました。とにかく罪なき命が奪われるのは私としても是とは思いません」

星「私もできる限りの協力はしましょう。毘沙門天代理の名にかけて、わたしはその子を守護してみせる」

凛々しい表情の星。いや星さんはとても頼りになりそうだ。

星「お代わりです」

凛々しい表情の星さん。

頼りに、なりそうだよな?

凛々しい表情でカレーのお代わりを食べる星さんを見て少し揺らいだ。

カレーの味は非常においしかったが肉は食べたことのない味だった。一体なんの肉を使っているのだろう。

食器を洗うことを申し出たがあっさり却下され手持無沙汰になった俺はもうすっかり暗くなった外を見ていた。

灯りは蝋燭と月に光。

散歩するには頼りない光だ。

ナズ「男」

男「おぉ、いたのか」

ナズ「小さくてすまなかったね。それより話が聞きたいんだ。いいかい?」

男「わかった」

ナズ「じゃあついてきてくれ」

ナズの後ろに続いていく。長いしっぽが歩くのに合わせて左右に揺れていた。

ぎぃぎぃとなる廊下を十数秒ほど歩き、ナズーリンが立ち止まった。

ナズ「ここだよ。中で星が待ってる」

男「星さんが?」

ナズ「あぁ。君の今までについて聞きたいそうだ。さっき以上に濃い内容のすべてを」

男「分かった。一切の包み隠しなしで話そう。あの人なら信じてくれる」

ナズ「はは、主人は大変なお人よしなんだよ。下手したら聖以上に。だから私が苦労する。それじゃあ言ってきたまえ」

そういって開けたふすまの先にいたのは月の光に照らされキラキラと輝く星さん。

優し気ながら神々しいまるで生きた仏像のような星さんがそこにはいた。

星「座ってください」

星さんの視線の先にあるのは一枚の座布団。

星さんから3メートルほど離れた対面に置かれてある座布団に俺は胡坐をかいて座った。

男「話が聞きたいそうですね」

星「えぇ。あなたをもっと信用するために」

男「なぜ星さんは俺を信用してくれるんですか?」

星「信じますよ。あのときのあなたは一輪や水蜜と同じ目をしていましたから。とらわれた聖を助けようとしたときの二人の目を」

男「捕まった? 聖さんが?」

星「えぇ。昔の話ですが。ではあなたの話を聞かせてください」

星「今まであなたがどんな思いをして、どんなに苦しんで、どれだけ愛したのかを」

男「………はい」

星さんに促され語り始める。

誰も救われない3級品の悲劇を。

今日はここまでー

~俯瞰視点~

夜の闇に紛れるには黒よりも紺の方が良い。

しかし人の目から逃れるためには紺の服を着るよりもずっと良い方法がマミゾウにはあった。

狸の化生であるマミゾウにとっては山を進むなら下手に化けるよりも本来の姿で走った方がよっぽど都合が良い。

草をかき分ける四足の音はかすかであり、大きなしっぽも今は小さくしている。

誰も気づくはずがない。

誰も気づけるはずがないとマミゾウは自負していた。

実際その通りで妖怪の目も人間の目も掻い潜りマミゾウは目的の場所まで近づいていた。

マミ「やれやれ、老体にはなかなか厳しい世の中よのう」

月を背にして見上げるは長い階段。そのうえにあるのはこの幻想郷のルールである博麗神社。

マミゾウはぽんと軽い音をたてながらいつもの姿へとその身を替えた。

いつの間にか口にくわえた煙管から紫煙をくゆらせ、マミゾウはゆっくりと階段を上がっていった。

石でできた階段を疲れた様子無く登っていくマミゾウはふと足を止め後ろに広がる幻想郷の風景を眺めた。

マミ「出迎えかの」

霊夢「どうやって入ったの」

突然現れた―――そう、突然現れた霊夢に驚くことも振り向くこともなくマミゾウは煙管を思い切り吸い込みせせら笑った。

マミ「歩を進めて」

霊夢「聞いてるのは手段じゃなくて方法。結界で覆われている。博麗の巫女とスキマ妖怪の式の作る結界で覆われているこの神社にどうやって入ったの?」

マミ「もちろん結界を開けたまでよ。鍵はなくとも扉は開くからの」

その返答に対し霊夢は軽く下唇を噛みマミゾウの首元へ大幣を当てた。

霊夢「あなたを叩きのめせばいいのかしら?」

マミ「それは困るのう。やりたいことがあったからここに来たゆえ」

霊夢「やりたいこと?」

マミ「何、知り合いに会いに来ただけよ。敵意はない。それと霊夢。お主何か勘違いをしているんじゃないかね」

霊夢「何よ。勘違いしてることって」

マミ「一つはこの結界には隙がある。そしてもう一つは」

マミゾウは煙管から灰を落とし二度下駄で地面を打ち鳴らした。

マミ「ぶちのめす。ではなく」

霊夢「!」

階段の脇にある藪。そこからぎらぎらと輝くのは月を反射させる獣の瞳。

ひとつやふたつではない。数えることすら面倒なほどの数だった。

マミ「殺し合いゆえ、ぶっ殺すの方が適当じゃな」

霊夢「あんた―――」

霊夢は瞬時に状況を理解し左手を懐に伸ばしつつ三歩程度の距離をとった。

マミ「勘違いしないでおくれ霊夢。話に来ただけよ。博麗の巫女にも誰にも手を出すつもりはない。ただ害されれば答えるだけの話」

霊夢「あんたが何か悪だくみをしにここにやってきた可能性は?」

マミ「ないが証明のしようがない。さとり妖怪でも呼んでくるしかないじゃろうなぁ」

霊夢「――――――」

霊夢は視線を絶え間なく動かしたのち、一瞬目を瞑ってため息を吐いた。

霊夢「変な真似をしたらぶちのめすわよ」

マミ「手土産がないうえにこんな時間に来てしまい不躾ですまないのう」

そういってマミゾウはからからと笑ったが霊夢は眉をひそめこめかみを抑えた。

博麗神社の離れの一室。紫と映姫を机で挟み、マミゾウは二人と向かい合っていた。

小さくあくびをしながら紫が訪ねてきた要件を聞く。

マミゾウは白湯に近いお茶で唇を湿らし口を開いた。

マミ「聞きたいことが一つ、あとそれに関することで頼みが一つ」

映姫「聞きたいこと、とは?」

マミ「ある人間。外の世界の様相をした人間。何か知ってるのではないか?」

紫「知らないわ」

マミゾウの質問に対し、にべもない返答を紫が返す。

紫はにっこりと笑って同じことをもう一度繰り返した。

マミ「そうか。知らぬか」

マミゾウは深く頷いてもう一度お茶で唇を湿らせた。

マミ「その人間がの。妖怪の山で妖怪の子供が殺される。だから助けたいと言っているのじゃよ」

映姫「なぜそれを私に? 妖怪のことは管轄外―――」

マミ「ではないことはとっくに知っておる。この幻想郷で、人里や地底ならともかく山で、森で、儂に知らんことなどほとんどないわ」

マミゾウの丸眼鏡が隙間から入ってきた月の光できらりと輝く。その奥にある瞳はじっと映姫を見据えていた。

映姫「………わかりました。情報提供ありがとうございます。その人間の言ってることが本当かはわかりませんができる限りこちらでも対策を―――」

マミ「違う。そうではない」

映姫「と、いうと」

マミ「そのガキ共。こちらで保護させてもらう」

映姫「―――っ!?」

紫「へぇ。でもなぜ」

マミ「儂は理由は分からんよ。ただ儂はぬえのために行動してるだけじゃよ。理由は知らんが、儂が動くわけはある」

映姫「その人間、信用できるのですか?」

マミ「儂は知らんよ。ただ」

映姫「ただ?」

マミ「―――まぁいい。そっちが男を知らないのなら関係はなかろう」

紫「………男は、元気?」

マミ「あぁ、元気じゃよ」

紫「そう………。妖怪達にはこっちから伝えておくわ」

マミ「それは助かる。それじゃあ息災を願っておるよ」

映姫「待ってください」

去ろうとするマミゾウを映姫が呼び止めた。

その表情にさきほどまであった凛々しさはなく開けられた襖から射す光から見えるのは潤んだ瞳であった。

映姫「子供たちを、必ず」

マミ「はっ。こちらにいるのは幻想郷一のお人よし集団よ」

映姫「必ずっ!」

マミ「任せよ。毘沙門天と団三郎の名だけでは不満かね」

映姫「ありがとう、ありがとうございます」

映姫が深々と頭を下げる。

映姫「今度こそ―――」

そして頭を上げるとマミゾウの姿はすでになく、ゆらゆらと青々とした木の葉が落ちていった。

暇が出来たので毎日更新を頑張ります。

~男視点~

月明かりだけを頼りに暮らす日々はもう慣れた。

人工の光すらないこの場所では月の光はいつも以上に明るく輝いてくれているからだ。

月ではウサギがもちをつくという話があるが幻想郷ならばありえるのだろうなぁなんてことを考えつつ開け放った襖から月を見ていた。

星さんの話のあと俺は六畳一間、家具は布団しかない部屋へナズーリンによって案内された。

まぁ、寝ることさえ出来れば十分だ。

問題は明日から俺がどう動けばいいか、だが。

今までの過去を振り返り星さんに伝えたこともあって眠気は現在かなりひどく俺の意識はゆらゆらと揺れていた。

星さんは俺の話を静かに聞いてくれていた。信じてくれているのかどうかは分からないがその金色の瞳はまっすぐ俺を射抜いていて頼りになりそうな気はした。

ナズ「やぁ男。まだ起きているかい?」

男「ん、あぁ。起きているが」

ナズ「どうだい一杯」

そういいながらナズーリンが片手で持ったものを左右に軽く振る。それは徳利だった。

男「酒? いやなんでそんなもんが?」

ナズ「ここは寺だ。禁酒の場所さ。だから酒は溜め込みやすいのさ」

そうイタズラじみた笑みを浮かべるナズーリンは尻尾をゆらゆらと揺らしながら俺のもとまで歩いてきた。

ナズ「さぁさぁ、まずは一杯」

手渡してきたお猪口にナズーリンがなみなみと酒を注ぐ。ゆらゆらとゆれる酒に俺の顔が映っていた。

お猪口を一息で干すと喉が焼けるような痛みを覚え、胃の中で酒がその存在を主張した。

男「くぅっ。かなりきついなこれ」

ナズ「はっはっは。酒飲みのための酒さ。こんなご時勢だ。酔わなきゃやってれない事だってある」

そう良いながらナズーリンは自分のお猪口に注いだ酒を軽く飲み干した。

男「で、なんのようなんだ」

ナズ「なに、酔えば口のすべりが滑らかになる。そう打算したまでだよ。んくっんくっ。はぁ。やはり酒はいいねぇ。いつだってこれさえあれば幸せにはなれる」

見た目は少女を下回り幼女とまで呼べそうな外見なのに軽く杯を干す。

外の世界ならば大変な問題なのだろうがここは幻想郷。いまさら違和感は覚えない。

ナズ「どうだい。もう一杯」

男「あぁ、頂くよ」

今度はなめるようにちびちびと飲む。味は美味しいのかも知れないがこのアルコールのきつさだ。酒を飲みなれていない俺では楽しめそうにない。

男「酔ったって話すことなんて何も無いよ」

ナズ「そうかい。まぁいいさ。飲みたまえ飲みたまえ」

話すことなら全て星さんに話した。俺がぬえをどう思っていたのかも全て話した。

だからこれ以上話すことなんかないのにナズーリンは俺のお猪口を空にはしてくれない。

男「だから俺にはこれ以上」

ナズ「構わないって言っただろう。飲みたまえよ」

ナズ「辛いんだろう?」

男「っ!」

その目は俺を訝しんでいた時の目と違い慈愛にあふれた目だった。

俺よりずっと小さいのに俺の心中を見透かしたかのような。

いつだってそうだ。

皆俺よりずっと小柄なのに俺よりずっと強くて大きくて優しくて。

ナズ「飲みたまえよ。さぁさぁ、一杯」

男「………あぁ」

それが嬉しくて辛くて俺は一杯、また一杯と酒を飲み込んでいった。

男「ん、あぁ、ふぇっくしゅんっ!」

俺は自分が起こしたくしゃみによって目が覚めた。

寒い。布団を被っていても体の芯まで凍えていてあまり意味を成さない。

確か昨日はナズーリンと酒を飲んで………

男「そのまま酔って寝てしまったのか」

それにしてもやけに寒い。なぜこんなに寒いのか。その疑問はすぐに分かった。

男「………ナズーリンも閉めて出て行ってくれたらよかったのに」

開け放たれた襖。そこから真冬の冷気が部屋中に満ち満ちていたからだった。

男「ん、あれ?」

昨日のお猪口と徳利が畳の上に転がっていた。

ナズーリンは几帳面に見えて実はそうでもないのか?

そんなことを考えていると。

もぞもぞ

男「うひゃぁっ!!」

布団の中。俺の右足に何かがまとわりついてきた。

なんだなんだと布団を剥ぐとそこには。

ナズ「んあぁ。さ、寒いぃ」

ナズーリンがいた。

身を縮こまらせながら剥がれた布団を手探りで探している。

男「………あのまま寝たのか」

可愛らしい………可愛らしい?

まぁいい。少女と同衾したという事実はあれどそういう趣味はないので興奮しない。

ぬえは別だ。

布団を探すナズーリンを右足から剥ぎ、布団をかけてやるともぞもぞと布団に丸まったのちすやすやと寝息を立て始めた。

男「あぁ、眠気も覚めちまったなぁ」

顔を冷水で洗うまでもなく眠気は寒さによって打ち払われていた。

男「………そういえば服はどうしよう」

着の身着のままでここへやってきた俺にはもちろん服なんてものはない。博麗神社では着ていた服と香霖―――霖之助から借りた服で何とかしていたが。

魔理沙がいない今会いに行っても服は貰えないだろうし………

男「聖さんに聞いてみるか」

男「ということなんですが」

聖「あら。それは失念してましたね。作務衣ぐらいしかないのですが」

男「いえ、なんでも構わないんですが」

聖「それならすぐ持ってきますね。その間に朝の水垢離でもいかがですか?」

男「いえ。遠慮しておきます」

この寒さだ。冷水なんか浴びてしまったら間違いなく風邪を引く。最悪心臓麻痺で死ぬ。

聖さんはそうですかと残念そうな顔をして小走りで去っていった。

男「さて、練習でもするか」

萃香がいないから一人での練習になるが。

まぁ萃香から教えてもらった型を一から仕上げるとしよう。

玄関へ行き靴を履いて庭にでると

響子「あっ。おはようございます!!!」

男「いっ! あ、あぁ、おはよう」

門前の妖怪。響子が掃き掃除をしていた。

響子「お出かけですか?」

男「いや、型の練習をするんだ」

響子「そうですか!!。頑張ってください!!」

男「掃き掃除お疲れ様」

早くこの場を後にしよう。

耳がおかしくなりそうだ。

そそくさと響子から逃げるようにして庭に向かった。

ここの庭は博麗神社よりも広い。気兼ねなく練習できそうだ。

出来るだけ障害物がないところを選び目をつぶって心を落ち着かせる。

そして瞼の裏に焼きついた萃香の動き。

最後の萃香の動きを。

男「すぅ―――」

大きく息を吸い込む。冬の冷たい冷気を力にして一歩踏み出す。

頭の中にいた敵を視界へ映し突き出された槍を半身でよけ肉薄。

腰に手を当て

押す―――っ!!

足りない明らかに力が足りない。

だからその姿勢を利用して腰に当てた手をさらに深く潜らせ思いっきり

引く―――っ!!

それだけで体勢は崩れる。だが決定打はなし。

敵のがら空きになった首筋へ肘を思い切りたたきこむ。

しかし四方から迫る刃は交わせない。

そのまま俺は空想の中の刃に滅多刺しにされ死んだ。

ダメだ。まだぜんぜんダメだ。

男「萃香に言われたとおりの動きをしなければ。

相手の動き、力を利用し、流れに乗せる。

絶えず周りを見。そしてもっとも有利な位置に自分を置く。

さすれば後手必殺も笑い話にはならない。

再び最初から繰り返す。

息を吸い。

妄想の敵を討ち。

妄想の敵に討たれ。

また妄想の敵を討つ。

やり直し、やり直し。

だが一手一手ゆっくりと最適解を模索していける。

そうして3人目を倒したときにはすでに全身は汗にまみれ俺は荒い息をついていた。

まったくなんて化け物なんだ。

伊吹萃香は。

聖「お疲れ様です」

男「あ、聖さん」

呼吸を落ち着けていると声がかかった。

縁側に座って作務衣を抱えながら聖さんがこっちを見ていた。

聖「男さんも戦うのですか?」

男「えぇ、まぁ。萃香………伊吹萃香に教えてもらって」

聖「まぁまぁ。それは素晴らしいですね」

聖さんが手を合わせて微笑む。

そして作務衣を置き、はだしのまま庭へ降り立った。

男「聖さん?」

聖「では手合わせを」

聖さんが両手を合わせて頭を下げる。あわてて俺もそれに倣った。

しかし聖さんが手合わせ? あんなおっとりとした人が―――

聖「では行きますよ」

男「え、あ、はい。わかり―――」

上段の蹴り。

聖さんから俺まで歩数にして十歩程度の距離。だが上段の蹴りは俺の頭を狙っている。

いつ、どうやって。

それはかなり単純な話だった。

俺が瞬きをした瞬間に距離を縮めただけの話。

極限まで圧縮したときの流れでそれを理解し、上段の蹴りを認識する。

萃香と練習をしていなければついてはいけなかっただろう。

いや、ついていけていない―――

回避は不可能。防御もまだ構えていない手では追いつかない。

いや覚悟があっても受けれるかどうか。おそらく無理。

つまり出来ることは覚悟だけ。

男「ぐうぅっはっ!」

俺の頭を凪いだ蹴りによってぐるぐると地面を転がり壁にぶつかってやっと停止した。

久しぶりのこの感覚。

聖「やはり鬼に鍛えられてあっただけありますね。意識を飛ばすつもりで蹴ったんですが」

まさかの聖さんかなり武闘派。だれが聖さんを見てそう思えようか。

男「降参です」

聖「それは残念です」

受けてもダメージが確実に通る相手に対してどう戦えと。

避けるのは不可能。

萃香………俺にはまだ化け物を倒せそうに無いよ。

男「強すぎませんか。聖さん」

聖「えぇ。誰かを守るためには力が必要ですからね」

その通りだが、まさか寺で聞くとは思わなかった言葉。

いや昔は武闘派の僧侶も多かったが………。

聖「それでは汗を流してきてください。朝ごはんにしますよ」

男「分かりました」

汗を流す………水垢離しかないのか。

聖「あ、ナズーリンを見かけませんでしたか?」

男「いいえ。見てないです」

俺に被害が及ばないようにそう答えた。

どうかナズーリン。見つからないでくれ。

聖さんに言われた通り水垢離を行う。

といっても滝行ではなく井戸水を使ってだが。

返事をしたはいいものの運動で熱くなった体とはいえ冬の井戸水だ。きっと身を切るような冷たさだろう。

恐る恐る水をくみ上げ釣瓶の中の水に指先を入れる。

男「………いや、無理だろこれ」

入れた瞬間に拒否反応を示すほどの冷たさ。これを全身に被る? 考えたくもないな。

「えいっ」

男「うひゃぁぉっ!?」

釣瓶を前に思案しているとそれを奪い取り俺にぶっ掛ける影が一つ。

ぬえ「早く来なよ。朝ごはんが食べれないんだからさぁ」

さぞ自分が困っているといった口ぶりだがその表情は笑みを抑え切れていない。

俺はあまりの寒さ―――痛さに震えながら頷く事しかできなかった。

布で水をふき取り、作務衣に着替えると少しは寒気は収まったがそれでもまだ寒い。

博麗神社の温泉が懐かしかった。

聖「おかえりなさい、男さん。どうですか作務衣の調子は」

男「えぇ。十分です」

少し丈は短いがすごい気になるというほどでもない。贅沢は言ってられないためこれで十分だ。

聖「それでは昨日と同じ場所で皆が待っていますよ」

男「待たせてしまい申し訳ない」

聖「いえいえ、待つ程度で彼女たちの心は揺らぎませんよ。ほら」

聖さんが襖を開ける。するとそこには

水蜜「げっ。負けたぁ!?」

一輪「これで朝ごはんのおかずを一品私がもらうわね」

朝ごはんのおかずをかけてジャンケンをしている一輪と水蜜の姿だった。

水蜜「初めから一品しかな―――」

聖「賭け事ですか」

一輪「なぁっ! い、いえ違うんですよ姐さん。賭け事じゃないですよやだなぁ」

聖「申し訳ありません。私は少しやることができたので先に食事をいただいていてください」

男「は、はい」

そうにこやかに言い、聖さんは一輪と水蜜を引きずって寺の奥へ消えていった。

ナズ「気にすることはない。良くあることさ」

男「ナズーリン。いたのか」

ナズ「君が最後なんだよ。早く席に着き給え」

男「すまない」

急いで席に着くと星さんがにっこりとほほ笑んだ。

星「それではいただきましょうか。今日は特に忙しくなる日ですから」

「いただきます」

朝食のメニューは白米に大根を混ぜたものと味噌汁、大根の漬物。味噌汁の具はサツマイモか。

博麗神社と比べて………いや比べるのはダメだ。

星「貯蓄があるとはいえこうやって節約していかなければ持たないのですよ。特に私たちは殺生が許されない身分ですから」

男「いえ、別に文句があるわけでは」

ばっちりと見抜かれていた。慌てて訂正するもナズーリンの冷めた視線が突き刺さる。

ナズ「これだから外から来た人間はひ弱でいけないね」

響子「これでも十分美味しいですよ?」

ぬえ「やーい贅沢者~」

まさかの全員から言われるとは。

この雰囲気が絶えれずかゆのようになったごはんを漬物で強引にかき込み、薄い味噌汁を飲み干した。

男「ごちそうさま」

ナズ「食べ終わったなら支度をしたまえよ」

男「どこか行くのか」

マミ「あぁ、行くともさ」

ぬえ「マミゾウ!」

後ろを振り向くと丸い眼鏡をかけた女性………大きな狸のような尻尾のある女性がいた。

ぬえが呼んでいた名前はマミゾウ。そういえば昨日話の中で出てきたような気がする。

マミ「昨日は呼び出したのにいなくてすまなかったの」

―――そういえば呼び出されていたような気もする。すっかり忘れていた。

男「えっと、それでマミゾウさん?」

マミ「マミゾウで結構じゃよ」

男「どこへ行くんですか?」

マミ「分かるだろう。お主がしたいことを叶えてやろうとしているんじゃよ」

マミ「この世界を救いにさね」

マミ「動くにしても聖がいなけりゃ動けないからの。ちょっと儂に付き合ってくれんか」

そういってマミゾウが手招きをする。

とくに断る理由もないのでマミゾウに招かれるままついていくとマミゾウは庭に下り立ち、懐から煙管を取り出した。

マミ「構わないかね?」

男「えぇ」

マミゾウが煙管の先に指を差し込むと煙管から煙が立ち上り始めた。マミゾウは深く一服すると満足そうに口から煙を吐き出した。

マミ「最初に行っておくが、儂はお前を信じておるよ」

男「そりゃまた、なんで」

マミ「勘なんかじゃない。年寄りの知恵と知識ってやつさね。儂はお前がどういう奴かは知らんがどういう役割を持つかは大体わかった」

マミ「お主は儂等の切り札よ」

マミゾウが二度煙を大きく吐き出す。紫煙が冬の風に浚われ消えていった。

男「切り札なんて、そんな俺は大したことないし」

マミ「確かに、お主は大したことないよ」

その通りだが、少しグサリとくる

マミ「ただお主の経験と記憶は大したことがある。これからのことは変わっていくじゃろうがまずは我々が先手をとれる。これがどれだけ大きいことか」

マミ「それに変わらぬこともあるじゃろうて。それを拾い集めていけば我々はいったいどうなる。楽しみよのう」

マミ「さて男。儂等に何を求める。言ってみよ」

マミ「佐渡の団三郎。金も力も夢も、全て貸して見せようぞ」

マミ「さぁ、敵を化かしてみせようぞ」

男「じゃあ力を貸してほしい」

男「小さいことだけど。戦いには関係ないかもしれないけど」

でも、俺じゃあどうしようもないことで。

でもどうにかしなくちゃいけないことで。

マミ「簡単よ。すでに聖に話をしておるんじゃろ?」

男「あぁ、でもその場所がどこにあるか」

マミ「なんてのは簡単よ。のう」

「じゃなきゃあ、あたいが来た意味がないしねぇ」

男「その声は」

小町「やぁ、初めまして、じゃないのか。どういえばいいか困るねこれ。あたいにとっては初対面なんだけど」

男「小町!」

小町が困ったように頭を掻いていた。俺と小町の間にある温度差。理由は分かるがぬえ同様寂しいものだ。

小町「そんな寂しそうな顔しないでおくれよ。あたいが悪いみたいじゃないか」

男「すまん。別に小町が悪いわけじゃないんだ。ただ」

小町「いいっていいって。あたいだって本気で言ったわけじゃない」

小町「それよりも四季様は大丈夫って言ってたけどあたい個人はお前さんのことをよく知りはしないんだ」

小町「信用させてくれよ。なぜそうまでしてあの子供たちを助けるんだい?」

男「簡単だよ」

それは至極単純な事。

俺の心に残る棘。

男「遊んでやるって約束したんだ―――未来で」

小町「はぁ。やれやれ。傍から聞いたら妄想弁者の戯言。だけれどそんなまっすぐな目で見られたら断るわけにもいかないじゃないか」

小町「ま、四季様に言われた時点で断ることはできないんだけどね。それじゃあいくよ男!」

小町が鎌を振り上げ―――

小町「目標妖怪の山中腹。距離直線にして78キロ。障害物には気を付けて行ってきな!」

地面に真横の一文字を刻むように振り下ろした。

小町「行き方は分かるだろう?」

男「あぁ。いつも使ってた」

小町「やれやれ、なんだか不思議な気分だねぇ。初対面に人にこんな信頼されるとむず痒いったらありゃしないよ」

男「小町は信頼できるって知ってるからな」

小町「よしてくれよそんなこっぱずかしいこと」

小町はぽりぽりと頬を掻き「あたいはもう帰るから」と言って消えていった。

マミ「さてこれでいけるのう」

男「でもまずは聖を待たなくちゃな」

マミ「お主だけで言っても連れて帰るのは無理じゃろうしな」

男「マミゾウは来てくれないのか?」

マミ「儂は儂ですることがあるのよ。あぁ、そうそう」

男「なんだ?」

マミ「ぬえ。ぬえのことをどう思う?」

男「………俺が知ってるぬえは今のぬえじゃない」

マミ「今のぬえは嫌いかね」

男「いや、今のぬえも俺が知ってるぬえも同じぬえだ。大きく変わりはしないよ」

男「大好きだ」

マミ「その言葉ぬえが聞いたらどう思うかの」

男「はは、それは恥ずかしいな。今のぬえのことだからきっと「キモイ」とか言いそ、え?」

ぬえ「キモいキモいキモいよ! マミゾウこいつ気持ち悪いよ!!」

聞かれていた。ばっちり聞かれていた。

そのうえ極限までの拒否反応を示されている。

その反応がショックすぎて俺は膝から崩れ落ちた。

ぬえ「こんな奴と一緒にいられない! 私はいかないからね!!」

そういって消えるぬえ。

男「そんなぁ、そんなことって。うぇっ。あぁもうやばい。吐きそう」

マミ「これこれ泣くでない。いやお主泣きすぎじゃろう。目どころか鼻からもあふれ出ておるぞ」

男「だって」

マミ「気にするでない。ぬえの照れ隠しよ。お主のことを本気で嫌っているわけではない」

男「本当、なのか?」

マミ「本当よ。つまりぬえはお主のことを嫌ってはいない。安心するのじゃな」

男「それは良かった。本当に良かった」

立ち直れなくなりそうなほどの痛み。

それは萃香にぶん殴られたときよりもずっと痛かった。

聖「お待たせいたしました」

半刻………30分ほど待っただろうか。聖さんがやってきた。

そういえば寺の奥から聞こえていた悲鳴ももう聞こえていない。

俺は心の中で二人に念仏を唱え小町が引いた線に向き直った。

男「行きますよ」

聖「えぇ」

マミ「頑張るんだよ」

線に体を半分進めると景色が急速に歪み、絵の具に別の絵の具を垂らしたかのような曖昧な風景へと変わる。

さらに体を進め完全に線を越えたとき俺の体は見覚えのある鉄門の前にいた。

聖「行きましょうか」

男「はい」

この鉄門の中にあいつらがいる。

生きて、笑って。

楽しそうにはしゃいでくれるあいつらがいる。

男「………今度こそ」

そう改めて誓いを立て俺は鉄門を開―――

男「んぐぐぐぐ」

開い―――

男「お、重いぃい」

開けなかった。

そういえばいつも小町か映姫さんに開けてもらっていたなぁ。

映姫さん。俺より力強かったのか。やっぱり閻魔辞めても人間よりは上みたいだな。

聖「私が開けましょう」

男「お願いします」

聖さんの強さは知っている。

さっき見た通りの強さで聖さんは普通の扉を開けるかのような気軽さで鉄門を開いた。

その中はいつか見た洞窟で、もちろん炎に包まれてはいない。

男「………こんにちは?」

洞窟の奥からは声がしない。

そうか俺が初めて来るから警戒をしているのか。

聖「進みましょうか」

男「えぇ」

洞窟の中は明るいとは言わないまでも壁に開けられた小さい穴から揺らめく緑色の炎が歩行や認識に支障が出ない程度には照らしてくれている。

大人一人が通れるのがやっとの道を進んでいくと急に開けた場所へ出る。

そこに子供たちがいた。

男「ひさ………初めまして」

そして子供たちを守るようにして一人の女性―――妖怪の女性がたっている。

最後まで子供たちを守ろうとした強くて優しいひとだった。

保母妖「初めまして。この子達の面倒を見ている保母妖怪です」

彼女が頭を下げる。俺も慌てて頭を下げるとこっちをじっと見ている羽少年がいた。

保母妖「四季映姫様から話は聞いております」

男「映姫さんから? じゃあ子供たちを」

保母妖「私としては反対なのです」

保母妖怪が一歩前に出る。俺との距離は1メートル程度。彼女がつけている丸い眼鏡が炎を反射して輝いた。

保母妖「あなた方の庇護をうけるということは妖怪の山の意思と反することです」

保母妖「私は良い。でもこの子達の未来はどうなるのでしょうか」

………そう、妖怪の山の子供を勝手に連れていくことはできない。さすがに妖怪の山から許可は出ないはずだ。

実際映姫さんだって連れ出そうとはしなかった。あくまで面倒を見るだけ。

だけれどここにいてはいけないということは分かっている。だから俺は

男「………聖さん。ご迷惑をおかけします」

聖「………えぇ」

保母妖「何を、する気ですか」

男「ここに存在する27名。この俺。男が独断で奪い受ける」

男「子供たちはあくまで被害者。あなたも完全に責任無しというわけにはいかないでしょうが被害者」

保母妖「では、それではあなたが妖怪の山へ」

白蓮「白蓮寺一同。罪なき命を守るためならたとえどのような汚名をかぶろうとも、どのような被害を受けようとも構いません」

白蓮「少なくとも私は今までそう生きてきました」

保母妖「………………分かりました」

保母妖「私、保母妖怪はあなた方に喜んで奪われましょう」

羽少年「先生。俺たちどうなるんだ」

保母妖怪「大丈夫。私が守って見せるから」

犬耳娘「で、でも怖いよう」

羽少年「大丈夫だ。俺が守ってやるからっ」

子供たちから怯えは消えていない。

男「なぁ、そこの少年よ」

羽少年「な、なんだ俺か!?」

男「あぁ、そこの一番好奇心が強そうで勇気に満ち溢れた君だ」

羽少年「なんだよっ」

こいつならこの言葉を聞くはずだ。

羽少年の好奇心に救われたあの日を。

男「―――俺、外の人間なんだ」

羽少年「っ! だ、だからなんだよっ」

そうやってそっぽを向いたところで一度動いた好奇心は止められない。

今にでも動く。すぐ動く。

うずうずと自分を抑えきれなくなる。

お前はそういう奴だったな。

男「外の世界にはいろんなものがあるんだ。聞きたくないか?」

羽少年「へっ。だからなんだっていうんだ―――」

羽少年「で、でも教えたいんなら教えてくれたっていいんだぜ?」

男「そうだな。じゃあ海の話を」

犬耳娘「!」

ぴこんと犬耳娘の耳が動く。

男「そうだな海ってのは―――」

男「さて、他に何か質問は?」

海について話し終わったころには子供のうちの大半が俺を真剣な目で見つめていた。

角娘「は、はい」

手を上げたのは見た目に反して臆病な角娘だった。

そういえば角娘が何を好きかは分からない。子供たちと会っていた時間が短い間だったし自己主張もしてこないせいだ。

男「なんだ?」

角娘「あの、その」

角娘は何かを伝えようとしているがおどおどとするばかりで言葉に詰まりっぱなしだ。

男「何が、好きなんだ?」

角娘「そ、そうじゃなくて。な、なんで」

角娘「外の世界の人間なのに、わたしたちを、助けようと」

至極当然の疑問。子供だから聞いてはこないだろうと高を括っていたが………

今度は俺が言葉に詰まる番になった。素直に今の状況を伝えると俺は非常に不審な人物となってしまう。

彼女たちにはわかるはずのない事情。答えてはいけない答え。

君たちが死んだからなんて言えるはずもなく。君たちが好きだからといえるわけもなく。

男「約束、したんだ」

角娘「?」

全てを隠すにはこの気持ちは心の根底にありすぎて、もう堪えることなんてできなくて。

しかたなく嘘をついて真実をこぼす。

男「き、君たちくらいの子に、約束をしたんだ」

男「遊んでやるって、空手を教えてやるって、拙い、俺なんかの、だから」

支離滅裂な言葉。

嗚咽と涙に邪魔されて言葉も思考もまとまらない。

きっと今の俺の姿はみっともないだろう。

大の大人が気持ちも伝えきれずにただただ泣いているだけなんだ。

あぁ、失敗してしまった。

やっぱり隠すにはこの気持ちは大きすぎたんだ。

羽少年「お疲れさま」

男「え?」

羽少年が俺の頭を撫でていた。

羽少年だけじゃない。

犬耳娘も

犬耳娘「頑張ったね」

角娘も

角娘「ありがとう」

俺を慰めてくれていた。

羽少年「………あれ」

犬耳娘「なんで私たち」

角娘「………?」

突然呆けたような表情になる三人。

そんな三人を俺は感極まって抱きしめた。

男「ありがとう………っ、ありがとう………っ」

まだ失ってないものがあった。

まだ続いているものがあった。

保母妖怪「彼は、何かあったのですか?」

白蓮「………えぇ、事情がありまして」

保母妖怪「それが子供たちを助ける理由ですか」

白蓮「子供たちだけではありませんよ」

保母妖怪「はい?」

白蓮「あなたもです」

保母妖怪「………」

保母妖怪「ただの人間に守られるだなんて、変な気分ですね」

保母妖怪「でも嫌な感じはしませんね、ふふふ」

保母妖怪「よろしくお願いいたします」

白蓮「こちらこそ。ありがとうございます」

白蓮「それでは皆さん、着いて来てくださいね」

白蓮さんが二度手を叩いて注目を集める。

白蓮さんを先導にして薄暗い洞窟を入口に向かって歩いていく。

子供の人数はそう多くはないとはいえ統率なんかはとれていない。おとなしいとはいえ全員を外に出すのに時間がかかってしまった。

白蓮「さて、それでは―――!」

白蓮さんが出ると同時に空を見上げた。

男「どうしました?」

白蓮「もう気づかれましたか。走ってください、子供たちを連れて小町の引いた線まで」

その言葉を言い終えるのとほぼ同時だった。

数匹の黒い影が遥か彼方から矢のように飛んできたのは。

烏天狗「誰かと思えば妖怪寺の尼とは。一体我らの子に何をしている」

白蓮「保護です」

保母妖怪と子供たちを走らせる。後ろから聞こえてきたのは低い声と羽ばたく音。

ちらりと振り返ると大きな黒い羽を持ち、山伏の恰好をした男が数人白蓮さんに相対していた。

最初の子供が線に触れるまで数メートル。あと数秒もすれば逃げ切れる―――

はずだった。

烏天狗「保護? してるではないか。こうして」

一番先頭を走っていた子供の前にいつの間にか強風とともにあいつらのうちの一人が現れ一人の子供の手を握っていた。

子供たちはその男に対して萎縮し、前へ進もうとする足を止める。

保母妖怪「ダメ!」

烏天狗「ぬぅ!?」

その男へ保母妖怪が体当たりをした。

派手なことは起きなかったが衝撃で男がその子供の手を放した。

その隙に子供たちが再び走り出す。

烏天狗「まてっ!」

再び子供たちを追おうとする男だったが

白蓮「烏天狗ほど私は速くはないですが、かと言って遅いわけでもない。さて、お話をしましょう」

その首根っこを白蓮さんに掴まれ地面に引き倒されていた。

白蓮「手荒な真似をしてしまうことはお詫びします」

烏天狗「たかが女一人だ! 我々烏天狗に―――」

そう威勢よく言い放とうとした言葉は最後まで言えることはなく代わりに口から泡が噴き出た。

烏天狗「こ、こいつ尼のくせに」

白蓮「殺生はしてませんからご安心を。ただあなた方は話を聞かなさすぎます。誠に哀れで田夫野人でありますね」

白蓮「言の葉には言の葉を、力には力で。あなた達が救われるまでいざ、南無三―――!!」

保母妖怪「みんな、走って! さぁ!」

男「あそこの線まで!」

子供たちの足はそれでほど速いわけではない。線まで数秒。

俺たちが逃げれるまで十秒程度。

それは深く数回呼吸をする程度の時間の攻防だった。

荒れる風、黒い影が飛び回っているのがやっと認識できるほどの速度。

しかしその速度に対応し八艘を飛ぶかのように白蓮さんはその影から俺たちを守る。

速すぎて複数人存在するかのようだ。実際残った残像がかき消えているのすら見える。

霊夢も霊夢ですごいし萃香も萃香で常識外。

それと同じくらいのなんと埒外な戦いだろうか。

羽少年「俺で最後だ―――

白蓮「っ!」

その瞬間はやけに遅く見えた。

最後羽少年が線を踏むか踏まないかのとき、白蓮さんが逃した一人の男が横から攫おうと飛んできて

保母妖怪「―――っ!」

それを阻止するべく羽少年を突き飛ばした保母妖怪の両腕がすぱりと切断されるのを

烏天狗「ちっ、裏切りものめが」

保母妖怪「う、うぅぁ」

腕は上腕から先が切断され真っ赤な血が噴き出して地面と保母妖怪を濡らす。

白蓮「早くっ!」

その言葉でやっと俺は動けた。

ゆっくりとなった視界が通常の速度に戻り保母妖怪を抱いて線を超す。

ぐにゃりと景色が歪んで一瞬のうちに俺たちは寺の庭に横たわっていた。

「先生っ! せんせぇいっ!」

子供たちの声が聞こえる。血で真っ赤に染まった視界ではあまり良くものを見ることはできない。

かろうじて見える右目の端だけを使いあたりを確認する。

移動で生じた頭痛が早く消えろと思いながら見回す。

保母妖怪を囲む子供たち。

向こうから慌ててかけよる星さん。

驚いた顔のぬえ。

真っ赤に染まる地面。

保母妖怪は星さんによって寺の奥へ連れられていった。

残された子供たちはぬえが纏めて面倒を見ている。

驚いたのはぬえが手際よく子供たちのパニックを抑えたことだ。

それに比べて俺は、見えていたのに何もできなかった。

今も。

犠牲は減った。たしかに犠牲は減ったけれども。

ベストな結果にはならなかった。

まだもう少し良い結果にすることはできたのではないかと自問自答するが―――

もう拳銃に弾は一つも残っていない。

白蓮「彼女は?」

男「あ、おかえりなさい」

衣装の端々をボロボロにしながらも体に傷一つついていない白蓮さんが戻ってきた。

それでようやく俺が地面にずっとへたり込んでいることに気が付いた。

寅丸「聖、戻ってきたのですね」

白蓮「寅丸。彼女はどうなりましたか」

寅丸「傷は塞ぎました。妖怪ですから死ぬことはないでしょう」

寅丸「しかし彼女はそう強い妖怪ではありません。腕が生えるまでかなりの時間が。いえもう生えることはないかもしれません」

白蓮「それで済んだのなら僥倖です。命あっての物種ですから」

寅丸「えぇ、もし死んでしまえば子供たちにどれだけの影響がでるか」

白蓮「………男さん?」

男「あ、あぁ………」

白蓮「男さん?」

男「ごめんな、さい」

ごめんなさい

腕がなくなった。死にはしないけれども。

でも腕がなくなった。

見えていた。救えていたはず。

動けなかった。

俺は動けなかった。

だから腕がなくなった。

男「ごめんなさい」

ごめんなさい。

ごめんなさいというしかない。

白蓮「………問題は」

寅丸「こっち、ですね」

落ち込んでいる暇が無いってのは分かっている。

前の世界で失われたものの重さは分かっている。

それでも

白蓮「男さん」

男「白蓮、さん」

白蓮「少し、落ち着きましょうか。お茶でも飲んで」

男「い、いえ、俺は」

白蓮「寅丸」

寅丸「はい」

寅丸さんが俺の体をひょいと持ち上げる。

そのまま俺は俗に言うお姫様だっこの状態で寺の中まで運ばれた。

運ばれた先は星さんと話したあの部屋。

部屋の奥にはいかめしい表情をした仏像がこっちを睨んでいる。

星さんによって俺は座布団に座らせられすぐ対面に白蓮さんと星さんが座った。

白蓮「貴方は少し、いえかなり心が弱すぎる」

男「はい…」

分かっている。それでもそう簡単に治るものではなく。

白蓮「貴方は私たちの希望。私たちの行く末を指す存在。そんな貴方がこう簡単に折れてしまって、悲願成就なるものですか」

男「ですが、それでも」

彼女の身に起きた悲劇はとてもつらいもので

だって

男「子供を抱きしめてやれないなんて―――っ!」

白蓮「彼女にとって、それでも子供達を守りたかったのでしょう。貴方に出来ることは彼女の覚悟を踏みにじることではなくて、彼女に覚悟を背負って進んでいくことではないですか」

白蓮「前の世界で失われた命、思い、願い。貴方はそれを背負ってここまで歩いてきたのではないですか。歯を食いしばってでも歩き続けなければそれは転がり落ちてしまいます」

白蓮「立ち上がりなさい男さん。全て背負って歩き続けましょう。それが今の貴方に出来ること。いや、貴方にしかできないことです」

その通りだ。

俺は全てを助けるって前の世界で誓ったはずだ。それなのに。

でも、重くて、苦しくて。

どんどん圧し掛かってくるそれの重さはただの人間である俺が背負うには大きすぎて。

寅丸「男さん」

男「はい………」

寅丸「支えますから。背中を押しますから。倒れそうなら肩を貸しますから」

寅丸「私たちを導いてください。お願いします」

星さんが深々と頭を下げる。

そう安々と下げていいわけじゃない頭を俺は今までなんど下げられてきただろうか。

そんな人達の願いを俺は―――

男「すいません。また、見失っていました」

寅丸「見失ったなら照らしましょう。虎柄の毘沙門天である私が」

その金色の目が俺を射抜く。

優しくも強いそのまなざしがとっても羨ましい。

いつか萃香のように強く。

この人のように強く。

憧れる人はたくさんいる。

そしていつか霊夢みたいに。

白蓮「男さん。次、助けるべき人は」

男「次―――」

記憶をたどり今から向かうべき場所は

男「―――チルノ」

記憶をたどり始めてチルノにあったときを思い出す。

それは確か紅魔館の近くの湖での出来事で、大妖精を奪われたチルノが暴走して―――

それがあったのは明日の昼頃。

男「………霊夢より先に行かないとな」

霊夢を信用していないわけではない。ただチルノを紫のところへ行かせたくなかった。

白蓮「チルノさんが、どうしたのですか?」

男「人間が妖精狩りをしているのは知っていますか?」

白蓮「いえ、そうなのですか?」

聖さんが口に手を当てて目を大きく見開く。

男「人間は魔力を補充するために、その塊である妖精を捕まえています。そして明日チルノの友人である大妖精が捕まります」

白蓮「では、今すぐ行かなければ」

そうしたい。できることならば大妖精に恐ろしい目にあってほしくない。いや、他の妖精もすべて。

だけど、今日行動してしまえば俺が知ってる情報は皆無だ。チルノも大妖精もどこにいるかわからない。

よしんば会えたとしても仲間になる保証はなく、仲間になったとしてもそれがどんな影響を与えるのかはわからない。

男「明日………明日の朝に行きましょう」

聖「分かりました。それでは今日は早くお休みなさってくださいね」

男「はい。明日はよろしくお願いします」

男「………あ、聖さん」

聖「なんですか?」

男「保母妖怪さんに会いたいのですが」

寅丸「正直、今会うのは厳しいかと。彼女も今は消耗して寝ていますし」

男「一言だけ、一言だけなんです」

寅丸「どうしましょうか、聖」

白蓮「私に許可をする権利はありません。拒む権利はあれども。その権利は行使するつもりはないのでご自由に」

と、言うことは自由に行動をしても良いが、それに対する責任はとってもらう。ということだろうか。

寅丸「そうですか。では私が連れて行きますので」

白蓮「よろしくお願いします」

星さんに案内されたのは神社の中心近く。大事をとってだろう。

寅丸「おや」

寅丸さんの視線の先には数人の子供。

襖の隙間から保母妖怪さんのことを見ている。

男「羽少年と犬耳娘。あれ角娘はいないのか」

羽少年「うわぁっ!?」

犬耳娘「ひぅっ!?」

どうやら突然声をかけられて驚いたらしく、二人はコントさながら襖を倒しながら部屋の中まで転がっていった。

男「何たるリアクション」

寅丸「あ、あはは。歪んでないといいのですが」

寅丸さんが盛大に外れた襖を見て乾いた笑い声をあげた。

寅丸さんのことだから困り顔は見せないと思っていたが、案外人間らしい………いや、妖怪だから妖怪らしい?

妖怪らしいってなんだよ。

男「大丈夫か、羽少年、犬耳娘」

羽少年「い、いてて。いきなり声をかけるなよな! 視界の外から声をかけるんじゃないっ!」」

男「無茶を言うなよ」

犬耳娘「先生が寝てるよぅ しーっ」

犬耳娘が人差し指を自分と羽少年の口に当てて静かにしろとジェスチャーをする。実に微笑ましい。

羽少年「あ」

羽少年の視線の先。

保母妖怪「喧嘩は、いけませんよ」

保母妖怪さんが苦痛に歪む笑みを浮かべていた。

羽少年「せ、先生大丈夫か?」

保母妖怪「大丈夫ですよ」

そういって振ろうとした腕はない。保母妖怪さんがはっとして腕を隠すが、犬耳娘が泣き声をあげ始めた。

犬耳娘「せ、せんせぇ………っ」

保母妖怪「大丈夫ですよ。すぐに生えてきますからね」

羽少年「そ、そうだよな。それまで俺が先生の面倒見てやるから」

犬耳娘「わだし、もっ、みるっ」

保母妖怪さんが残ったほうの腕で這うように移動をし、二人の頭を交互に撫でた。

寅丸「二人とも。保母妖怪さんが疲れていますので」

羽少年「………うん」

犬耳娘「わか、った」

星さんが二人を外へ出るように促す。保母妖怪さんは二人を愛おし気な様子で見つめて。

二人の姿が消えたと同時に顔を布団に押し付けた。

保母妖怪「ぐ、くぅっ」

いくら妖怪の体が人間と比べて丈夫だといっても感じる痛みは変わらない。声がまだ近くにいる二人に届かないように布団に押し付けているんだ。

声がかけれなかった。痛みに必死に耐える彼女にかける言葉が見つからなかった。

大丈夫ですか。

大丈夫なわけがない。

腕がなくなった姿を子供たちに見せてしまった。

おそらく彼女にとってそれは腕がなくなることよりもつらいことで。

俺は転がった襖を溝にはめて直し、閉めた。少し歪んだ襖はがたがたと音をたて閉まる。

一言、一言だけ謝りたかった。

感謝したかった。

だからその代わりに今の彼女の姿が誰の目にも触れられないように彼女を閉じ込めたんだ。

ナズ「なにしてるんだいそんなところで」

襖の前で座り込んでどれだけ時間がたっただろうか。気が付くとナズーリンが訝し気な目で俺を見ていた。

男「誰も入らないように見張ってる」

ナズ「人間の君が?」

と思ったら鼻で笑われた。

基本的にナズーリンは俺のことを鼻で笑うか、じと目で見ている。

ナズ「君、下手したら子供たちに集団で来られたらふつうに負けるんじゃないかい?」

さすがにそれは、と思ったが妖怪の子供なのだからあり得る。

大人とふつうに渡り合うどころか圧倒してる霊夢はいったい………

ナズ「やれやれ、君は困りものだなぁ」

そういいながらナズーリンが俺の隣に座る。

男「………?」

ナズ「君だけじゃ不安だからね。私も見張ってあげるよ。感謝したまえよ?」

生意気な、と思ったらナズーリンに頬をつねられた。どうやら表情に出ていたらしい。

ナズ「君こそ人間のくせに生意気だ」

男「と言われてもな」

妖怪とはわかっていても見た目はただの少女だ。

脅威がなければただの女の子に見えるのが当たり前で。

ナズ「勘違いしないでくれたまえよ。私がこう君に世話を焼くのは酒を飲んだことを黙っていてほしいからだ」

男「自分で弱みを作っておきながらか」

ナズ「君は生意気だぞ。この私に向かってその態度とは」

ナズーリンが再び頬をつねってくる。しかも両頬を。

ペンチでつねられたように痛い。

ナズ「何度も言うが正直私は君を信じてはいない。ただご主人と聖が君を信じているから力を貸すんだ。だから証明してくれたまえよ。君が本当に正しいのか」

男「なら、手伝ってくれよ」

ナズ「もちろんさ。君じゃあ頼りない」

言いたいことはいろいろとあったが飲み込む。

男「明日、チルノたち妖精を助ける」

ナズ「妖精、達? まさか全員なんてことはないよね」

男「全員だ。全員でなければならない」

ナズ「冗談。この幻想郷にどれだけ妖精がいると」

男「………もう、あまりいない」

ナズ「何を言ってるんだい。妖精は死なないんだ。少しの間消えることはあっても」

男「なぜなら自然そのものだから」

ナズ「そう。知っているのなら自分が変なことを言ってると理解できるだろう」

男「人間は妖精から、自然そのものから魔力を得ている。今まで妖精が死ななかったのは妖精が死んでも自然があるからだ」

男「だけれどこれは違う。妖精が復活するために必要な自然そのものを殺す」

男「冬だから気づきにくいんだ。注意深く見ればわかる。もう自然は死にかけている」

ナズ「それは、どうしたものかな。自然がないなんてまるで外の世界だ」

ナズ「失われた自然がここにきて、ここの自然がなくなればじゃあ自然はどこにいくんだい」

男「さぁな」

隣を見るとナズーリンは目を閉じて深く考え込んでいた。

呼吸に合わせて灰色の髪が揺れる。しばらくの間それを見ていたがナズーリンが戻ってくる気配がなかったので邪魔をしては悪いと前を向いた。

沈黙のせいか今まで気づかなかった音が良く聞こえる。

外を行く空風の音。

遠くで走る誰かの足音。

自分の鼓動。

服が体を預けた襖にこすれる音。

気が付けば保母妖怪さんの悲痛な声は収まっていて、それにひどく安堵感を覚えた。

できればその寝息がいつまでも安らかであるようにと。

ナズ「結論としてだが」

男「ん、纏まったか」

ナズ「妖精すべてを救うのは無理だ」

男「それは」

ナズ「だからできるだけ早くこの異変を解決する必要がある」

ナズ「君はたしか地底に行くと言っていたけれど」

―――あ

そういえば聖さんと博麗神社に行かなければいけないということを忘れていた。

男「それについて聖さんと博麗神社に行くって約束が―――」

マミ「その約束なら昨日のうちに儂が終わらせておいたよ」

男「あれ、マミゾウ」

マミ「許可はとった。儂等がどう動くかも博麗神社に敵対しない限りは自由にしていいと」

男「それなら、これからのことは」

マミ「あぁ、かましてやろうじゃないかい。安心せよ。主は前を向いて進むだけでいい。矢雨も刀刃も全て儂が、儂等が払いのけてやろうぞ。のう、ナズーリン」

ナズ「はっ。こんな人間のために。と言いたいところだけど仕方がないからね。力を貸してあげようじゃないか。感謝したまえよ?」

相変わらず偉そうなナズーリンに心の中で噴き出しつつナズーリンの頭を支えに立ち上がる。

ナズ「ふぎゃっ」

男「できるかな」

マミ「あぁ、できるさね」

男「ありがとう。マミゾウ」

マミ「なぁに。若者を導くのも年寄りの務めじゃて」

次の日。子供たちが起きる前にはすでに寺を出ていた。

井戸水で洗った顔は冬の冷気で冷え、切れるような痛みを持つ。

どれだけ歩いただろうか。今まで小町に頼り切りだったため小町のありがたさが改めて身に染みる。

人間に見つからないように森を進むその先頭は白蓮さん。素手、手刀で草木をかき分け進む。

それに続くのが一輪、俺、マミゾウ。

俺意外はスタスタと進み、俺が行進の速度を遅めていた。

マミ「確かに死んでる木々がちらほらとあるのう」

一輪「えっと、どれ?」

マミ「あそこの灰色に乾いた木は死んでおるの。自然に死んだとは思えない数はある」

白蓮「なんと悲しいことでしょうか」

白蓮さんが立ち止まり近くの木に手をあてた。

マミ「ん?………ん?」

マミゾウが白蓮さんが手をあてた木をまじまじと見る。

マミ「………死んだの」

その言葉と同時に木が急速に痩せ衰え、乾いていく。

一輪「え!?」

マミ「急がねばな」

男「今日は妖精狩りをしている奴がいるはずだ」

マミ「えぇい、この速度では霊夢とばったり会ってしまうやもしれんぞ。仕方ない乗れ男!」

そういってマミゾウがしゃがみ込み、子供を負ぶるときのように両手を後ろに構えた。

男「いや、それは」

マミ「はようせい!」

男「あ、はい、すいません」

その声に押されてマミゾウの背に体を預けた。

身長的には俺より小さいが腕力で無理やり背負い、マミゾウが走り出す。

マミ「一輪! 殿は任せたぞ!」

白蓮「それでは行きましょう!」

一輪「え!? 姐さん! マミゾウ!! それはさすがに速い! 速すぎるから!!」

白蓮さんは疾風のように。マミゾウは野をかける獣のように進んでいく。

そして一輪の声はどんどん遠ざかっていった。

二人は速く、とても速くその甲斐あって予定よりも早く湖までたどり着いた。

霧に包まれた湖から冬の空気よりも冷え切った冷気は感じられずチルノが暴れてはいないことが分かる。

マミ「さて、どうしたものかの」

一輪「ふ、二人とも、飛ばしすぎ、ですよっ!」

マミ「遅い」

一輪「そんな無茶な………」

遅れてたどり着いた一輪が両ひざに手をあてて肩を上下させながら息を整える。

男(さて、チルノはこの湖の近くにいる。とは思うが)

俺はマミゾウの背から降りると霧の湖の畔を森の方に向かって歩き出した。

白蓮「手分けをしましょうか」

マミ「なら儂は男とこっちへ行くから主らは逆へ」

白蓮「えぇ、急ぎましょう、一輪」

そういって駆け出す白蓮さんにまたしても一輪がおいてかれていた。

マミ「我が眷族でも呼べば早いんじゃろうが朝はのう。あやつら寝とるじゃろうて」

男「眷族?」

マミ「ムジナよムジナ。狸と呼んだほうが通りはいいかの?」

あぁ、そういえば化け狸か。でも揺れる尻尾は狸のものではなくアライグマ………いや、化けだぬきだから尻尾も違うのだろう、きっと。たぶん。

男「マミゾウは夜行性じゃないのか?」

マミ「儂か? 儂は人間のほうに合わせておるよ。その方がいろいろと都合が良い」

男「ん、あれは」

マミ「………! 大妖精じゃな」

緑色の髪が草木の中で目立ちにくいが地面にへたり込んでいるのはチルノの親友である大妖精だった。

男「人間がいるのか!?」

彼女を守るために駆け出す。妖精を捕まえるのに使うのは瓶のはずだ。それさえ割ってしまえば

マミ「まて男!」

マミゾウがなぜか制止をする。

大妖精「!!」

その声でこちらに気づいた大妖精が

大妖精「い、いやぁっ!」

叫び声をあげて、這いながら逃げて行った。

マミ「驚かせてどうする! お主も人間じゃろうが!!」

男「そういえば………」

こっちは知っているが向こうにとっては初対面というのはなかなか困ったものだ。とっさの行動に現れる。

大妖精は立ち上がろうとしているようだが上手くいかず、まだ這っている。走ればすぐにでも追いつくだろう。

追いついて事情を説明すれば、と踏み出した足に切られたような痛みを覚え、足元を見る。

氷が俺の足をくるぶしの少し上あたりまで凍らせていた。

チルノ「いじめたな! 大ちゃんをいじめたんだな人間野郎!!」

チルノが両腕を組んで中空に浮いていた。

その瞳は俺が敵であると告げており、パキパキと音をたてながらツララが作られていく。その切っ先はすべて俺に向けられており。

しのぎ切れるかと考えては見る者の動きを封じられた状態でしのげる量では明らかにない。数本ではない。すでに十本以上は向けられており。一つでも刺さればかなりの傷を与えてくるだろうということが容易に想像できた。

チルノ「死んで反省しろ!」

ツララが飛んでくる。一本ずつではなく一斉に。

あ、無理だ。

せめて致命傷は避けなければと思い両腕で頭を隠す。

マミ「えぇいっ!!」

男「マミゾウ!」

飛んできたツララをマミゾウが両腕を振って叩き落す。

マミ「チルノ! ちょいと止まれ!!」

チル「………誰だお前!!」

マミ「冬になって少しは賢くなったと思ったがバカはバカか」

チル「誰がバカだ! 円周率だって20桁まで言えるんだぞ!!」

賢さの説明の仕方がバカであった。

なんて思ってる場合ではない。いくら力をこめようとも氷が食らいついて離さない。

マミ「結局は戦うしかないのか。とりあえず氷は砕いておくから逃げい!」

マミゾウが思い切り地面を踏みしめるとみるみるうちに氷がひび割れていく。

思い切り足を上げると氷は砕け、両足が自由になった。

マミゾウに言われた通り逃げる。わけにはいかない。森の方へ逃げた大妖精を追って走る。

そうするためには立ちはだかったチルノの攻撃をかわし潜り抜けなければならないが。

マミ「前向いて走れ! 儂が相手をしておくから安心せい!」

チルノ「あっ、こらっ。あたいを無視して―――」

マミ「だから相手は儂じゃぞ」

こっちへ手を向けて阻止しようとしたチルノだったがマミゾウ相手によそ見は厳禁で空中のチルノにマミゾウが飛び掛かって地面へ引きずり倒していた。

チルノ「いたぁっ! こらっ、離せぇー はーなーせー!!」

ジタバタと暴れるチルノの横を通り抜け森の中へ入る。まだ遠くに行ってないはずだ。最悪の事態だけは避けなければ。

森の中では大妖精の姿は目立たない。彼女の身長と髪色が森の中へ隠れるからだ。

這っていればなおさらだ。

注意深く、だけど速やかに進まなければならない。

だけれど白蓮さんのようにはいかず、無理やり草木をかき分けた代償として手足に細かな裂傷が生まれていく。

耳に入る情報と折れた枝と落ちた葉を目印にして探す。

折れた枝と落ちた葉の量が多い。どうやら大妖精の移動速度は予想よりも速いようだ。逃げられてしまう可能性もある。

大妖精「きゃぁっ!!」

男「!」

大妖精の叫び声。人間に見つかったのか!?

声のした方へ駆け出そうとした瞬間に衝撃。重いものが俺の体に降ってきて、耐えきれず俺は地面に倒れた。

一体なんだと落ちてきたものを確認すると。

大妖精「い、いたた」

大妖精だった。

男「………やぁ」

大妖精「き、き」

再び叫びだそうとしたその口を両手で抑えた。

なにかとてつもなくしてはいけないようなことをしている気分で、いやその通りなのかもしれないが。

しかしその判断は間違っていたのか大妖精は両手両足を大きく動かし俺から逃れようとする。

何か、何か落ち着かせる方法でもあればいいのだがかける言葉もなにも思い浮かばない。

結果人間に見つからないように彼女を地面に組み伏せ、口を押え体力が切れるまで粘ることにした。

大妖精「んーっ! んうーっ!!」

間違ったことはしてない。

してないはずなんだ。

男「安心してくれ。人間から君を助けに来ただけだから」

なんて説得力のない台詞を吐いては見るが効果はない。

抵抗を続ける大妖精によって地面に落ちた枯れ枝がぺきぺきと音をたて、辺りに響いていく。

おそらく、このままでは

村人「おん? みねぇ顔だがお前さんも妖精狩りかい」

村人2「おぉ! よくやった。そいつはさっき逃げた妖精だ!」

見つかった。

二人組の村人。片方は瓶をいくつも腰にぶら下げており、もう片方は幅が広い鉈を持っていた。その傷つき具合から見て真っ当な使い方はされていないのだろうということが分かる。

瓶の中では小さくなった妖精がこっちを見て必死に瓶を叩いている。しかし音も声も聞こえない。

村人「よぉし。今日はこれで最後だな」

そういって瓶をぶら下げた男が空の瓶の蓋を開き、こちらへ向ける。

どういう理屈かは知らないが向けられただけで妖精が吸い込まれるってことは分かっている。

男「ちょいと待ったっ!」

地面を殴りつけるようにして反動で起き上がり、不意をついて瓶を叩き落とす。

パリンと瓶が地面に落ちて割れた。

村人「お?」

突然のことに対応できてない男の襟首を押し、鉈を持った男にぶつける。

村人2「いってぇっ!!」

いけるか。人間二人ならば。

イメージトレーニングはばっちり。二人を近くの木にぶつければいい。蹴りや殴りよりもよっぽど簡単で威力も大きい。だができるのは今この一瞬だけ。

できるか俺。

やれるよな俺。

相手の重心は後ろに向いている。そのちょうど後ろに木。後ろに向いた重心を利用して押すだけだ。

男「恨みはねえが―――いやありまくりだぁっ!!」

チルノを傷つけた二人。今も大妖精を傷つけようとしている二人に怒りを向け突進。

村人2「ぎっ」

イメージ通り体は動いてくれた。鉈を持った方は木に頭を強く打ち付け泡を吹いた。問題は瓶の方だ。後ろの男がクッションとなって大したダメージは入っていない。

男「そぉら! もういっちょう!!」

戦いの流れはまだ俺にある。まだ体勢を崩したままの男の頭を両手で掴み勢いをつけて木へ直にたたきつけた。

一度目。まだ意識がある。泡を食って俺に掴みかかろうとしたところに二度目。三度目、四度目、五度目。

男「はぁっ、はぁっ」

ぬるりと男の体が先に倒れた男に重なるようにして崩れ落ちた。木には鮮やかではない赤。俺の手にもべっとりとついたそれは白い煙をあげていた。

大妖精「な、なんで、なんでぇ?」

時間にして十数秒。突然目の前で起きた人間対人間に理解が追い付いていない大妖精が震えた声で疑問符を出す。

男「だから、言ったろ。助けに来たって」

肉体の疲れではなく精神の疲れから俺はその場にへたり込んだ。

パァンッ

男「熱っ」

突然頬に熱を感じた。次に衝撃。続いて痛み。

銃弾が俺の頬を掠めたと気づいたのは衝撃で揺らいだ脳がキィーンとなる耳鳴りの先でカランカランと薬莢が地面に落ちる音を聞いたから。

眩暈と耳鳴りからくる吐き気を堪え後ろを振り向いたと同時に二発目を装填する音。

三人目。いたのかよ。知らねぇよ。

猟銃を構えた女が今度こそ外すまいと俺に狙いを付けていた。

それはちょうど女と俺と大妖精を直線で結んでいて、どうすれば二人とも助かるだろうかを考えては見るものの返ってくる答えは不可能であるとの結論だけ。

大妖精は死にはしない。だけれどもそこまで切り捨てる思考を持ってはいない。

マミゾウを呼ぶ。無理だ。いくら速くとも俺が声を出す前に撃たれる。

無理だ。無理だ。無理だ。もう無理だ。

見捨てれば。見捨てれば。見捨てれば。

見捨てれば!!

大妖精「や、やぁ、いやぁ」

―――無理。

男「逃げろっ!!大―――」

ドンッ

大きな音。だがしかしそれは先ほどの銃声とは明らかに違う。

ならその音の原因は?

男「ようせ―――聖さんっ!?」

真空飛び膝蹴りをかました聖さんが原因だ。

白蓮「待ちましたか?」

男「聖さぁんっ!?」

すいません。入院してました。

土曜には必ず更新をしますのでよろしくおねがいします

膝蹴りを受け飛んで行った女は枯れ木にぶつかり地面に落ちて行った。動く気配はもうないし、動けたところで聖さんの前で何かできるとは思えない。

一輪「はぁっ、はぁっ、あ、姐さぁん!」

遅れて息も絶え絶えになった一輪がやってきた。一輪がやってきた方を見ると草木どころじゃなく細い木々までへし折られてけもの道ができていた。

聖「お怪我は?」

男「大丈夫です。それより」

後ろを向くと砕けた腰で這うように逃げる大妖精の姿。

無理もないとはいえかばったのにと少し傷つく。

マミ「なんじゃ、もうそっちは済んだのか」

心底残念そうに紫煙をはくマミゾウが

チルノ「もごーっ! もごーっ!!」

縛り上げたチルノを抱えていつのまにか立っていた。

大妖精「や、やっぱりぃっ!?」

マミ「そいつも縛り上げようか」

男「話ややこしくしないでくれません?」

男「あ、そういえば」

気絶した男二人のうち瓶を持っている方から瓶を回収する。

瓶の数は全部で11本。空が5本。中身ありが6本。

男「これ開けちゃっていいんですかね」

開けたら妖精が吸い込まれるってことは知っているが開けたら妖精が出てくるとは限らない。

下手をすればそのまま妖精が消えるなんてことも考えられる。

だって相手は摩訶不思議なのだから。

霊夢ならなんとかしてくれるとは思うができるだけ出会いたくはない。霊夢の行動に影響を与えてしまえば何が起きるかわからない。

一輪「姐さんならなんとかできませんか?」

白蓮「簡易な収縮回路と封印術なので簡単に解けますよ」

そういいながら瓶のふたを数回叩く聖さん。すると蓋が煙のように消え、中から妖精が大きくなりながら飛び出してきた。

聖さん万能説をここに唱えよう。

聖さんがすべての瓶の封印を解き終わると周りには新たに6人の妖精。

つい先ほどまで封印されていたにも関わらず妖精たちは無邪気にはしゃぎまわっていた。

チルノ「で、なんだお前ら」

縛り上げられていたチルノをほどき話を試みるとむすっとした顔でチルノに睨まれる。

男「妖精を助けに来た、と言えば信じてもらえるか」

チルノ「大ちゃん、なんかこいつに酷いことされてないか?」

大「お、押し倒されて押さえつけられて………」

事実だが誤認である。

一輪の蔑む目。

聖さんのとまどった表情。

さらに睨みつけてくるチルノ。

そして口を押えて笑い転げているマミゾウ。

完全にアウェーになっていた。

今まで何度も思ったが男一人の状況は時として難儀なことを招く。

おそらくここに霊夢がいたならば有無を言わさず鉄拳制裁されているだろう。

せめて、せめてぬえがいたならばと思ったが今、この世界のぬえに蔑まれたならばおそらく俺は死ぬ。

男「いや、それは逃げようとするから仕方なく。ほら人間に見つかっちゃうと大変だから」

チルノ「お前人間だろ!」

男「人間だけどそういうことじゃなくてだ」

大「怖かったよぅ、チルノちゃん」

チルノ「やっぱり危ない人間じゃないか!」

チルノに抱き着く大妖精とそれをかばうチルノ。

傍から見たならば明らかに俺は悪い人間なのだろう。

そしてなぜか誰も弁解も助けもくれない。

男「妖精を助けたんだから敵じゃないってことはわかってくれ。大妖精を組み敷いたのだって悪い人間から助けるためだ」

チルノ「確かにそうだけど」

チルノからの疑いの目は晴れない。

チルノ「助ける理由は。見返りを求めてるのか? あたいたち妖精は何も持ってないぞ? ほら、理由がないじゃないか」

助けたいから助けたい。

そんな簡単な理由が簡単に通らない。

人間の戦力増強を防ぐためといえばいいだろうか。だがそれを知っている理由をどう説明する。

チルノ「今のあたいはバカじゃないんだ。皆を守れる。守ってみせる。お前らはいらないね」

返答に窮していると続けてチルノが俺を責める。

おそらく、おそらくだがこのチルノに嘘は通じない。

そんな凄みが冷気とともに伝わってくる。

チルノ「で、どうする気だ人間。やるのか。ここで」

チルノの手のひらにみるみるうちに氷の塊が出来上がる。

それを合図に解放した妖精全員が俺に両手を向けじっと見つめていた。

チルノ「助けてくれたことだけには感謝するけど。あたいたちにお前らはいらない」

男「違う」

チルノ「助けてやろうって上から目線が気に食わないよ。あたいたち妖精は弱いけど、妖精は強いんだぞ!」

男「違う!」

助けにきたのは確かだ。

だが上から目線で言ったわけじゃない。消えてほしくないからだ。俺は俺のためにこの幻想郷でおきる悲しみを消さなければならないんだ。

だから

男「助けてもらいたいのは俺のほうなんだ」

そうなんだ。

助けてもらいたいから助ける。

そんな単純な理由なんだ。

上下関係なんてない。手をつないでもらえればきっとこの心の震えは収まるから。

男「助けてくれ………っ チルノ……っ!!」

両手をついてチルノに頭を下げる。

俺のその行動に回りの妖精がざわつき始めた。

チルノ「妖精に頭を下げる人間なんて初めて見た。人間に助けを求める人間も初めて見た」

チルノ「どうする大ちゃん。あたいは、あたいはなんとなくだけどちょっと信じてもいいかなって思ってる。理由はなんだかよくわからないけど今あたいはすっごいうれしいんだ」

チルノ「本当にわけがわからないくらい今、あたいはうれしいんだ」

大妖精「チルノちゃん………」

頭を上げる。

そこにいたのは俺が知っているいつものチルノだった。

恥ずかしそうにくすぐったそうに笑うチルノだった。

一輪「はぁ、なんだかよくわかんないけど話はまとまった、のかしら?」

白蓮「きっと世界が変わっても変わらないものがあったんですよ。偶然かもしれませんけど」

一輪「そんなもんですかね」

マミ「縁は力よ。今生を超えてもなお続くものよ。袖振合うも多生の縁というじゃろうが」

マミ「きっと変えてくれるよあの若造は」

一輪「マミゾウはなんであいつの事信じれるのよ」

マミ「儂がなぜ奴を信じれるのかって?それはの。ぬふ、ぬふふふふ♪」

一輪「なにその意地の悪い笑い方は」

マミ「秘密よ秘密」

一輪「あ、なにそれ。卑怯じゃない? どう思います姐さん」

白蓮「私は彼を信じていますから」

一輪「姐さんはそういう人ですからね。姐さんの事は尊敬してますけどそのお人よしはどうにかした方がいいと思います」

白蓮「ふふ。ナズーリンにもそう言われます。でも私はこんな私が好きなのです。私はきっと人を疑うほど心が強くない。五濁悪世に飲まれても蓮華の花をただ待つほどに」

一輪「わが身愚鈍なればとて卑下することなかれ、って姐さん昔言ってませんでしたっけ」

白蓮「あら。あらあら。うふふ」

チルノ「わかった、あたいはあんたを助ける! 守ってやる!」

男「ありがとう。チルノ」

チルノ「だからお前は今日からあたいの子分だな!」

大妖精「わぁ! よかったねチルノちゃん!」

いつの間にか子分にされ、まわりからの拍手に飲まれる。

子分になるだけでチルノを仲間にできるなら安いものだが。

師匠師匠と呼ばれていたあの時から一転。

まぁいいか。チルノに救われていたのは本当のことだし。

教えてたことも特にないし。

白蓮「では話がまとまったようなので命蓮寺に戻りましょうか」

男「あ、はい。そうですね。子供たちを星さん達に任せっぱなしなのもあれですし」

一輪「ま。子供がさらに増えたんだけどね」

チルノ「あ! 今あたいを馬鹿にしたんだな? そうだな?」

中身はともかく外見は幼いとは言えないチルノである。霊夢よりも大きいし。

男「すまないけど人手不足なんだ。チルノにも子供たちの面倒を見るのを手伝ってほしいんだ」

チルノ「仕方ないなぁ。まぁあたいは余裕ってものがあるから手伝ってやろう。新しくできた子分の面倒をみるのもあたいの役目だからな。子分のために、そう子分のために!」

大妖精「きゃー! チルノちゃん素敵!」

チルノ「じゃあお前らはほかの妖精を連れてきてくれ」

「あいあいさー」

チルノの命令によって妖精たちが散り散りに飛んでいく。おそらく人間に捕まることはないと信じたいが。

やはり他の妖精に命令できるほどに今のチルノは強大なのか。妖精が力に従うかどうかはわからないが中心人物となれるなにかがチルノにはあるのは確か。

どこか不思議な魅力を感じるのはチルノの人柄からだろう。

まっすぐで熱い心を持つそんなチルノだからだろう。

白蓮「では帰りましょう。走りますよ」

一輪「待って姐さん。誰もついていけない」

マミ「儂はついていけるぞい?」

一輪「マミゾウだけしかついていけないから!!」

そんな一輪の声はチルノと大妖精を抱えた聖さん、俺を背負ったマミゾウには届かなかったらしく一輪の悲しみの叫びはどんどんと後ろに遠ざかって行った。

すいません、病院逆戻りになってました

ナズ「さてさて、ずいぶん人………人なんて君しかいないけどここも手狭になったもんだ」

子供たちと戯れる妖精を身ながらナズーリンが大きくため息をはいた。

手狭も手狭。敷地はある程度あるとはいえ所詮寺。その中に百をも超える数がいれば窮屈に感じるのも当然だ。

男「さて、問題はここからなんだが」

膝の上にのった犬耳娘の頭を撫でながら考える。

犬耳娘「ちょ、ちょっと男お兄さん?」

これだけの人数を移動させるのは難しい。これだけの数が移動したならば確実的に目立つ。妖怪にも人間にも。そのどちらに見つかっても良い結果にはならないはずだ。

ならある程度分けて地底と往復させる?

犬耳娘「くすぐったいよぅ」

間に合うのか? 聖さんたちが亡くなるタイムリミットまでに。

どっちをとってもリスクはある。両者平等に重いリスクがある。どちらが軽いかは運命を見れない俺には分からない。

運命………そういえば霊夢は今頃レミリアのところにいるのだろう。ふざけた魔法使いはきっとフランとパチュリーに倒されている。

レミリアに会いに行けば運命を見てくれるだろうか。いや霊夢がいない今紅魔館に行ってもよくて門前払い、悪くて夕食になるだけか。

犬耳娘「ひゃ、ひゃぁ」

ナズ「変態」

ふと顔を上げるとナズーリンが前と同じく冷たい目で俺を見ていた。

男「な、なんだよ」

ナズ「変態、変態男、君は私もそういう目で見ているのかい? 汚らわしい」

犬耳娘「わ、わふぅ…」

男「な、なんでいきなりそんなこと言うんだ? 俺は今一生懸命これからのことを考えているっていうのに」

ナズ「じゃあ撫でるのをやめたまえよ。大の大人が少女を抱きかかえて頭をなでるのはいかがわしいのだよ」

―――そういえば撫で続けていた。

撫でるたびにぴこぴこと動く耳が面白くて無意識で撫でてしまっていた。

膝の上でゆでだこになっている犬耳娘を下してナズーリンに弁解をする。

結局ナズーリンへの弁解に時間を使ってしまい考えは纏まらなかった。

弁解が終わりようやくナズーリンの冷ややかな目から見下した目に変わったのでどうにかできないものかとナズーリンに意見をあおぐ。

帰ってきた答えは単純だが奇奇怪怪、意味不明なものだった。

ナズ「飛べばいいと思うけど」

もちろんここに飛行機なんてものはない。あったとしても滑走路もパイロットもいない。

頭の中に浮かぶはてなに押されて返せた言葉はただ一言

男「―――へ?」

なんて間の抜けた返答だけだった。

ナズ「あぁ、君には言ってなかったね」

ナズ「この寺は船で空を飛ぶんだよ」

再びはてなで埋め尽くされる頭。

寺は船じゃないし船は空を飛ばない。

どっからどうみてもここにあるのは寺で船ではない。

何一つ繋がらない単語に俺は混乱して目を泳がせた。

ナズ「だろうね。外の世界で船は飛ばないらしいからね」

ナズーリンがやれやれと肩をすくめたあと寺の方に向かって「ムラサー」と呼びかけた。

水蜜「はいはい、私忙しいんだけど?」

白い帽子を左手に持ち、右手で髪をかきながら村紗がやってきた。忙しいという割には全然忙しそうには見えないのだが。

ナズ「口の端に米」

水蜜「嘘!?」

とっさに口の端に手を当てる村紗。それを見てナズーリンはにやにやとした笑みを浮かべ小さい声で笑った。

ナズ「またつまみ食いしたね?」

水蜜「どうか姐さんには、どうか姐さんには~」

ナズーリンに土下座に近い形で素早く頭を下げる村紗がいた。それを見おろしながらナズーリンがさらににやにやと笑みを浮かべる。

ナズ「ま、今はそんなことはどうでもいいんだよ。とりあえず船長」

水蜜「船長? あぁ聖輦船の話かな? 準備はできてるよ」

立ち上がって力こぶを作るようにポーズをとる村紗。セーラー服の袖がずり落ちて白い二の腕が露わになった。

いや、二の腕はどうでもいい。準備? なんだそれ。

準備に関してはどうやらナズーリンも初耳だったようで村紗に聞き返した。

水蜜「あれ、ナズーリンも聞いてないの? 姐さんが久しぶりに聖輦船を飛ばすって言うからいろいろ点検してたんだよね。結果全部大丈夫だったから問題なく飛ぶよ」

ナズ「聖はやけに思いきりが良いところがあったけどまさかあの時点で決めてたとはね」

男「まってくれ。やっぱり話についていけない」

ナズ「君はこっちの常識をまだ受け入れられてないのかい? 鬼も天狗もいるこの世界で船が飛ばない道理があるかい?」

あるよ。きっとたぶん。

………ないか。

謎の説得力。なんだここでは俺の常識にとらわれてはいけないのか。

もしかしたらこの世界だと月で兎がもちをついてるんじゃないだろうか。

なんてことはさすがにないか。

ナズ「とにかく君の心配はもうない今想定しうる一番安全な方法が可能となった」

ナズ「人間は空を自由にはできないからね。ある程度不安要素はあるけど地上に比べたらないようなものだよ。それに聖たちもいるから大丈夫さ」

いたずらを自慢する子供のような笑顔―――本当さきほどから碌でもない笑顔しかないがそんな笑顔でナズーリンはこう続けた。

ナズ「まぁ。君は大船に乗った気持ちでいいのさ。毘沙門天の加護ぞありってね」

水蜜「確かに大船だけどナズーリンが威張ることでもないよね。寅の意を借るネズミ? 大船のネズミ? まぁネズミはいくらいても山に登れないしむしろ船底に穴あきそうで怖いなぁ」

ナズ「むっ。うるさいなぁ。こんな時ぐらい悦にいってもいいだろう? ただでさえ私は弱いんだから、さっ!」

水蜜「いだぁいっ」

水を差した村紗の足小指をナズーリンが思いっきり踏み抜く。村紗は踏まれた小指を押え大きく数度飛び跳ねた。

申し訳ないが流れ弾が怖いので擁護するつもりはない。

俺だって皆の意を借りてるようなもんだし、と腕を組んで村紗を睨むナズーリンに対して脳内で言い訳をした。

水蜜「おー痛い。で、私に用ってそれだけ?」

ナズ「そうだよ。だから君は用無しだ。しっしっ」

水蜜「私の扱い悪くない?」

ナズーリンが村紗の腰を両手で廊下の曲がりまで押して行った。村紗は何度か文句を言っていたがナズーリンは一切耳を貸すことなく最後は村紗を蹴りだしていた。

理不尽なところがナズーリンらしいがそれでいいのだろうか。本人曰く弱いらしいのに。

ナズ「ん? なんだいまた考え事かい?」

男「なんでもない。それより寺……船が飛ぶ話だけど」

ナズ「聖に確認をとってくるよ。君はそこらへんで少女の頭でも撫でているといい」

男「言葉に棘がある」

何かした覚えはないのだが、なぜかナズーリンは不機嫌である。

ててととと廊下をかけていくナズーリンを見送って縁側から庭を見る。

妖精も子供も一緒になって遊ぶ風景。

一旦の平和がそこにあった。

白蓮「捕まえてきました」

文「これはどういう状況なのですか!?」

その日の夜。夕食の場に聖さんがいないと少し騒ぎになっていた。

星さんも誰も聖さんを見ていない。寺の外に出て行ったところも誰も見ていないという。

混乱する皆をナズーリンが「まぁ、聖だし大丈夫だろう」の一言で静め、並べられた夕食の前で全員が待機していた。

ぐるると喉を鳴らす星さん。つまみ食いをするぬえと村紗を止める一輪。おとなしく待つ残り。そんな中黒い羽の生えた女性を聖さんが引きずって帰ってきた。

ナズ「………どんな状況なんだろうね」

話を聞くと夜空を見上げていたところ見知った鴉天狗が飛んでいたので、ジャンプして捕まえたらしい。

にこにこと笑っている聖さんだがその行動はまさに破天荒である。首根っこをつかまれ引きずられた女性は大きな目を何度も瞬かせこの状況を必死に理解しようとしているらしい。

理解できていないのはこっちも一緒で星さん以外は唖然としている。星さんは料理を見つめて喉を鳴らしていた。

白蓮「確か今、地底に暮らしていると伺っています」

文「あやや、確かにそうですが。なぜあなた方が私を………はっまさか人間達の」

ナズ「それは天地がひっくりかえってもありえないよ。私たちは初志貫徹して妖怪と妖怪の味方の味方だ」

一人合点して顔を真っ青に染めた女性にナズーリンが突っ込む。

男「あの、ところでその人、誰なんです?」

文「人間がいる、やはり―――っ」

ナズ「君のところにだって人間はいるだろうに。ほら確か子供と白衣を着た男がいたはずだ」

一輪「なぜ知ってるの?」

ナズ「………それは今はどうでもいいだろう」

水蜜「あっ、ひとりでこっそり温泉に行ったな!?」

ぬえ「うわっ、卑怯」

ナズ「どうでもいいだろう!?」

ナズーリンが隠れて温泉に行ったという事実に一輪さん達がざわめいたがナズーリンの一喝でしぶしぶと治まる。

ナズ「こほん。それじゃあ紹介するよ。これは鴉天狗の射命丸 文。天狗のくせに今は地底にいるゴシップ三流記者さ」

文「紹介に悪意がありませんか? えーっとご紹介にあずかりました鴉天狗の射命丸 文です。清く正しくをモットーに皆さんが知りたい情報を伝えるしがない文屋でございます」

ナズ「皆が知りたいことに合わせたゴシップだろうに」

文「………いいですけど別に。それで私が連れてこられた理由をいい加減教えてもらえませんか? 私だって暇ではないのです」

白蓮「一つお願いがありまして、ちょっと座ってお話しましょう」

文「では離していただけませんか。逃げませんから」

白蓮「ダメですよ」

聖さんは射命丸さんを片手で持ち上げて自らのひざに座らせた。そのまま後ろから囁く形で話を続ける。

白蓮「私たちも地底に行こうと思うのですが、その使者になってはいただけませんか。いきなり船でいくというのも失礼ですからね」

文「あ、首筋はダメです、あ、あややっ」

首筋に息がかかるたび射命丸さんが悶える。その後射命丸さんが承認するまで白蓮さんは囁き続けた。

本人は無意識らしいが。

文「ひとつ聞きたいのですが。いや聞きたいことは山積みですけども」

ようやく開放された射命丸さんが正座をした状態で右手を上げた。

文「貴方達は確か中立、というより不干渉でしたよね。そんな貴方達がなぜ?」

もっともな質問だ。だがその質問に返せる答えがぱっと思い浮かばなかった。

ナズーリンが目をそらし聖さんはニコニコと笑う。帰ってこない返事に射命丸は頬を掻いて続けた。

文「貴方達を連れた結果地底が何かの災禍に巻き込まれる可能性はありますよね。あなた方が逃げるぐらいの何かがあるのですか? さっきは負けて了承してしまいましたが流石にその理由を聞かなければ協力はできませんし場合によっては全力であなた方を阻止します」

文「命に代えても、あの人達を危険にさらすわけにはいかないのです!」

射命丸さんの剣幕に気圧される。彼女の言う事は正論であり、ごまかしたり避けたりはできない。もしそうすればきっと信頼など築けないだろう。

文「答えてください。聖さん。いえ、そこの人間でしょうか」

向けていた視線が聖さんから俺に移る。原因が俺にあると考えているのだろう。たしかにその通りだ。

だが一つ訂正するならば逃げるのではない。救いにいくのだ。だがこんなちっぽけな一人の男が救うといっても説得力は微塵もない。

だが一つ、説得できるとしたらばそれは俺ではない。

男「ついてきて、くれますか」

文「その先に納得できるものがあるのならば」

縁側にでると子供と妖精の騒ぐ声が聞こえる。楽しそうでなによりだ。

文「子供の声?」

男「ついてきてください。こっちです」

子供達がいる部屋とは真逆の部屋。出来るだけ静かにすごせるようにと選んだこの部屋に寝ている人ならば射命丸さんを説得できる。

おそらく、博打ではあるが。

襖を開けると遠くから聞こえる子供達の声に嬉しそうに耳を傾ける女性。

文「あや、あやや? 保母妖怪さんではないですか」

保母妖怪「! あら、その声は…射命丸様、ですか?」

俺を押しのけて射命丸さんが部屋の中に入る。その際さらに大きく開かれた襖から月の光が入り保母妖怪さんを照らした。

文「すみません。理解できません」

文「腕を切られた同胞を見て私になにを思えと?」

保母妖怪「あの、どうしたのですか?」

男「彼女達の命を救おうとした結果です、座ってください。一から話せば納得しますか?」

文「それが納得できるのなら」


保母妖怪「未来を知っているのですね」

文「いや、そんな馬鹿な話」

保母妖怪さんはあっさりと俺の話を信じてくれた。射命丸さんは当たり前だがそれに対し困惑。

文「なんで貴方はそう簡単に信じているんですか? 見た感じただの人間ですよこの人。巫女でも科学者でもないただの人間ですよたぶん」

保母妖怪「子供達が貴方を信じていますし、私もなぜか貴方を知っている気がしていたんです」

柔らかく保母妖怪さんが微笑む。その後傷口を労わる様に撫でた。

保母妖怪「私を守ってくれたのですよね。男さん」

男「そんなこと無いです。守れなかった。霊夢みたいにはなれなかった、ですからね」

保母妖怪「頑張りましたね」

保母妖怪「頑張ったんですよね」

文「ダメです。まだ納得できてないです」

保母妖怪「射命丸様」

文「理論も根拠も結局ないではないですか。記者に大事なのは分析して正しい情報を抽出すること」

文「感情論やなんやでほだされる私ではないのです」

ダメだったか。保母妖怪さんが味方をしてくれるならなんとかなったと思ったんだが。

文「一応聞いておきます。前の世界では私たちはどうなったのですか」

男「死にました。詳しくは知りませんが地底にいた全員が死んでしまったそうです」

男「逃げてないです。逃げるために地底にいくのではないのです。皆を救うために地底に行くんです」

文「ありえません。ありえませんね。こっちには私も鬼も土蜘蛛もさとり妖怪もいるのですよ? 幻想郷の嫌われ者が集まった地底が全滅? ふ、ふふふ。情報が足りなかったみたいですね。そんな骨董無形な」

男「死にます」

文「地底にいる『全員』? 人の神経を逆なでするのもいい加減にしてください、よぉ?」

肩がつかまれる。強く痛いほどに握り締められ、大きく見開かれた目で俺をにらむ。

文「あの人が死んでたまりますか!! あの人が!!」

保母妖怪「射命丸さんっ」

保母妖怪さんが這ってきて射命丸さんを止めようとする。その姿を見て射命丸さんは深く息を吐きながら肩から手をどけた。

文「………すいません。ただやはり信用できそうにないです。ただし保母妖怪さんをここにおいて置くのも気がひけます。子供達も妖精たちもいますからね」

文「聖 白蓮と星 寅丸の両名が私たちに隷属する。その条件付なら認めましょう」

男「無茶を言いますね。俺がここでそれを飲んだところでほかが納得するとは思えませんが」

文「他が納得するかはどうでもいいんです。納得するでしょう? あの二人なら」

確かにその通りだ。聖さんなら受け入れる。星さんも受け入れるだろう。だがそんな条件を飲むわけにはいかない。ひいてもらっている手を鎖につなぐわけにはいかないんだ。

星「構いませんよ」

葛藤している俺の後ろから声がかかった。いつの間にかたっている星さんが俺の頭に手を当て撫でる。

星「しかし、私だけでいいでしょう?」

男「ダメですよ、星さん。そんなこと」

星「いいではないですか。時には皆を助けさせてください。私の意味を遂げさせてくださいな」

くしゃくしゃと星さんが俺の頭を撫で反論を封ずる。

文「分かりました。不躾ですみませんね」

星「いいのです。私も貴方の立場は分かってるつもりですから」

文「時間ですが明日の明朝にここを出ます。私が先導しますがそちら見張りを何人かつけてください。流石に目立ちますから」

星「私は向こうでどうすればいいのですか?」

文「言い方は悪いですが人質です。おとなしくしてくれれば何も言いません」

二人の間で次々となされていく決まりごとや予定。それに口が挟めず俺は軽く項垂れた。

自分の思うこと全てがその通りに行くわけがない。

神も仏も誰も彼も俺を特別扱いしてくれるわけじゃない。

いくら未来を知っているからといっても小説の主人公ほど完全無欠にはなれない。

なろうと努力はしているといっても結果が出なければそれは言い訳にしかならないのではないだろうか。

もし、もし俺がもっと強くて特別で、未来は知らなくても皆を守れるほどの力を持っていればもっと楽だったのだろう。そしたら星さんだって。保母妖怪さんだって。

だがそうではなく、犠牲が一人増えた。

次の犠牲は―――誰なんだろう。

早朝。まだ日も顔を見せてない時間にナズーリンに起こされる。

遠くの音を聞くと幾人かが慌しく駆けていることが分かった。

寝床から這い出るといつにもまして冷たい空気。眠気は一瞬で吹き飛ばされた。

ナズ「準備をしたまえ、といっても君になんの期待もしていないから彼女、保母妖怪のところで労わってあげるといい。出発は少しゆれるからね」

それだけ行ってナズーリンも慌しく部屋を出て行った。残された俺は急いで服を着替え外へ出る。

水蜜「マスト立ててー」

一輪「雲山よろしく」

そのとき俺は目を疑った。

今まで見ていた寺がなくなっていた。いや、寺はある。しかし寺の中央に大きく刺されたマスト。

これを見て誰が寺だと思うのだろうか。

々と張られていく帆。並べられた巨大なオール。それはまだいい。

地面が無い。昨日まで土があり、子供達が走り回っていたところにあるのは木板。

遠くに見えるのが海ではなく変わらぬ森だということに安心はしたけどこれからどうなるんだ。

やっぱり飛ぶのか。飛ぶんだろうなぁ。

ナズーリンの言っていた出発するときには揺れるということ。つまりやっぱり飛ぶのか。

なら早く保母妖怪さんのところに行ったほうがいいだろう。

慌しい空気の中に身を投じて保母妖怪さんの部屋へ向かう。

その途中大部屋から弾むような寝息が聞こえて少し笑う。

なんだかさわやかな朝だ。

このさわやかな気分が続けばいいのだが。

なんて後ろ向きな考えはやめよう。

場所も変わって心機一転、昨日のことは悔いはしたが引き摺れば進歩はない。

それが昨日俯いた俺に対し星さんが言ったことだ

保母妖怪さんは静かに寝ていて、痛みに呻いてないことに安心する。

起こすわけにはいかないので中央に敷かれた布団にゆっくりと近寄る。

出発に備えて対処できる距離。すなわち布団のすぐ傍。

規則正しく上下する胸から視線を動かすと安らかな寝顔。射命丸さんよりは年上に見えるが聞いたところによると年下らしい。というか射命丸さんは天狗の中でもかなり年上のほうらしい。

そのことに言及すると嫌な予感がしたので言わなかったが。

文さんほど華やかではないがしっかり整った顔。地味な印象は受けたが子供と一緒にいるときの笑顔はかなりのものだ。

きっと将来いいお嫁さんになるのだろうなと下世話な意見を浮かべる。

………ぬえと仲直りできないかなぁ。

仲たがいしたわけではないけども。

っと、そんなことは今はどうでもいい。

いつ出発しても良い様に構えていないとな、と思っていると床から微かに振動が伝わった。

飛ぶのだろう。保母妖怪さんが転げないように布団の上から抑える。

保母妖怪「あの、なにを?」

男「今から―――」

何か勘違いされている気がする、せめて弁解をと思った瞬間にひときわ大きな振動。

地響きを立て体が左右に揺さぶられる。その直後に気持ちの悪い浮遊感が襲ってきた。

保母妖怪「あぁ、そうなんですね」

耐える俺と違って平気な顔をして納得している保母妖怪さん。が、振動が傷に響いたらしく顔をゆがめた。

男「大丈夫ですか? 保母妖怪さん」

保母妖怪「えぇ、なんとか。それより男さんのほうが辛そうですが」

男「大丈夫です。平気です」

とは言うものの血液が揺さぶられる感覚。貧血のような気持ち悪さに襲われている俺はちゃんと笑えているのだろうか。

「よぉそろー!!」

振動がある程度収まり浮遊感もある程度軽くなる。

どうやら離陸には成功したらしい。布団を押さえている手をどけ、座ったまま背伸びをする。

保母妖怪「子供達は大丈夫でしょうか」

心配そうな保母妖怪さんの声の後に聞こえる喝采に保母妖怪さんは顔を綻ばせた。

保母妖怪「まだ満足に飛べない子がほとんどですから楽しいのでしょうね」

保母妖怪「男さんも見てきたらどうですか?」

男「すいません、俺高いところ苦手なんで」

主に幽香のせいで。

とりあえず久々にゆっくりできそうだからゆっくりさせていただこう。

まだ朝日も出ていない。まどろむには十分で保母妖怪さんの横で座ったまま目をつぶる。

久しぶりに良い夢が見れそうな、なんだかそんな気が―――

???「お久しぶりですね」

気がついたら闇の中にいた。

そしていつものように目の前に暗闇なのになぜか見える鱗の人。

男「またあんたか」

???「はい、いつも苦労をおかけします」

男「って思うならもう少し情報をくれ」

???「これで聖 白蓮たちの命は救われましたね。これが霊夢のためになればいいのですが」

男「話聞いてる?」

???「! もう、ダメですか」

男「ねぇ」

???「引き続き頑張ってください。貴方だけが頼りなのです―――」

男「おい」

男「何か教えてくれよ」

何か教えてくれってなんだよ」

どうやら寝ぼけているらしい。周りを見渡すと少し驚いた顔でこっちを見ている保母妖怪さん。

保母妖怪「なんだかうなされていましたが」

男「悪い夢、ではなかったはずなんですけど。良い夢でなかった気もするけど」

つまり普通の夢。覚えていない夢の感想なんてそんなもんだ。

男「着きました?」

保母妖怪「まだみたいですね。見てきてはいかがですか?」

思い出にある空はいつも吹っ飛ぶような速度で後ろに消えていく。

思い出すだけで寒気がするがもうそろそろその思い出を書き直してもいい頃だろう。

男「そうですね。言ってきます」

保母妖怪「あのっ」

男「? なんですか?」

保母妖怪「私も連れていってくれませんか?」

外に出ると強い風。部屋の中では分からないのが不思議なほどの風だった。

ナズ「はいはい、子供は部屋にって、男かい」

男「ナズーリン。あとどれくらいなんだ?」

ナズ「一時間もかからないよ。だけど何回か妖怪に襲われているから部屋に戻りなよ」

男「他の人はどこに?」

ナズ「村紗は操舵、射命丸と聖はびっくりして襲い掛かってくる妖怪の迎撃。私は見回りだよ。たまに妖精が逃げ出すからね」

ナズ「そうだ、君はどうせ暇だろう? 妖精たちの相手をしててくれないか?」

と決め付けられ仕事を与えられる、確かに暇だから構わないが。

出来ることはする。出来ることがすくないからやる。

男「了解です」

おどけて敬礼してみるとナズーリンは満足そうな顔をして去っていった。

外見が子供に近いからそんな仕草も可愛らし………くはないな、やっぱり。

星「いやはや」

部屋に入ると星さんの声がした。しかし声はしても姿は見えない。

その代わりにあるのが子供と妖精でつくられた団子。何かに子供達が群がっていた。

多分、おそらく、いや確実にあの子供達の中にいるのは星さんだろう。子供達の声の合間を縫って困った声が聞こえてくる。

男「おい、あれなんだ?」

犬耳娘「ひゃい!?」

子供達の中に混ざらず一人で人形遊びしていた犬耳娘に事情を聞く。

話によると星さんが用意したおもちゃに子供達が群がっているらしい。

男「犬耳娘はいいのか?」

犬耳娘「わ、わたしはこれがあるから」

そういって汚れた、いや年季の入った人形の頭を撫でる。ここまでボロボロなのに大切にしているということはなんらかの事情があるのだろう。

男「可愛い人形だな。さて、星さん助けてくるかな」

犬耳娘「が、頑張って」

応援してくれる犬耳娘に力こぶをつくって笑って見せるがさてあれだけの子供と妖精をどうすればいいのかは分からない。

男「大丈夫ですか星さん」

星「その声は男さんですか。いや子供達も暇でしょうと思っておもちゃを持ち込んだのが運の尽きでしたね。子供達の数に対して用意したおもちゃの数が足りなかったのです。結果おもちゃを出せといわれこうなってます」

なんてたちの悪い。子供達の喧騒を聞いてみると確かにおもちゃという単語が拾える。

ねこにマタタビ。子供におもちゃ。効果は抜群だけど抜群すぎる。デパートなんかでおもちゃが欲しくて暴れまわる子供もいるぐらいだからなぁ。

男「ほーら、星さんが困ってるだろう」

チルノ「うわっ。何をするんだー!」

手を突っ込んで適当に引っこ抜くと子供というには大きな体。チルノだった。

男「なんでお前まで混ざってるんだよ」

チルノ「あたいだっておもちゃが欲しい」

なぜか誇らしげにそう言うチルノにでこピンを一発かます。

チルノ「ふぎゃっ。生意気だぞ人間!」

間髪いれずにもう一発。

男「星さんにいくら言ってもおもちゃは出てこないだろ。ほらお前ら解散解散」

手当たりしだいにでこピンをかますと子供達はわらわらと散っていく。ようやく見えた星さんの姿は髪も服も乱れ、神様たる威厳はどこにもなかった。

星「助かりました。ありがとうございます」

チルノ「うー。あたいだっておもちゃが欲しかった」

大妖精「チルノちゃん。しかたないよ。向こうで私と遊ぼう?」

星「………施せば施されなかった人が不平等になる。私もまだまだですね」

男「でもその親切に喜ぶ人がいることは確かですよ。皆そろって平等の不幸よりは誰かを幸せに出来たほうがいいんじゃないですかね」

俺自身いろいろな人に助けてもらったんだ。その親切が無かったほうがいいだなんて思えない。確かに不平等と思う人がいるかもしれないが確かに俺は救われている。

なんてエゴイズムあふれた考えになるのだろうか。神も仏も信じてこなかった俺にその答えは見つかりそうにない。

星「おもちゃはもう無いですし、今私が持っているものといえば」

星さんが腕を小刻みに振るうと、そのたび何かが袖口から転がり落ちてきた。その小さく輝くものは―――

星「宝石ぐらいですね」

チルノ「うおーっ、すげーっ。大ちゃんこれすっごいピカピカしてるぞ!!」

―――ルビーにサファイアその他もろもろ。透き通ったあれは水晶かダイアか。

どちらにせよ普段お目にかかることがないものたちでチルノの声に引かれて子供達がなんだなんだと集まってくる。

星「………あれ?」

不思議そうに首をかしげる星さん。まるで宝石がただの石であるかのようだ。いや、実際石ころで価値を決めたのは人間ではあるのだが。

その通りで子供達は転がる宝石を拾って遊び始める。転がしたり眺めたりぶつけたり。

男「子供達は光るものが好きですからね」

俺だって好きだ。主に価値が。

星「子供達が喜ぶのなら良い事だったのでしょう」

子供にとっては遊べるもの全てがおもちゃでなんて平和な世界なのだろう。

男「えぇ。そうですね」

何を施せばいいかなんてこっちが考えてるほど向こうは期待していない。いやそもそも基準が違うものに何を送ればいいかだなんて悩むほうが無意味でいざやってみれば成功することも多くある。なんて人生を分かったような考えを浮かべ一人笑う。

その価値基準の間を埋めていければ世界は平和にはなるのだろうけどそれは到底無理なことで世界はいろいろな視点に溢れているから楽しくて面白くて悲しくて非情。

幻想郷はそんな全てを受け入れるから残酷で―――

ずきり

頭が痛むと同時に幻聴。

かちりかちりと時計が進むような音。



足音

風の音

霊夢の声

―ねぇ、本当なの?

――えぇ、本当よ。昨日からずっと―――

――――う、嘘だっ―――ちゃんの嘘つきっ――

――――――行ってあげなさいよ

―――あ―――待ちなさいよっ―――ねぇっ―――

――おーい――たんだ?今――が走って―――けど。

―知らな――ん――ばか――

―――それより―――もいいか?―――

――あげて――喜ぶから―――

――――でも本当に―――――信じられない

―――だって――が言ってたもの――当よ

―――あいつ――つきだし、信じられ――――たくねぇな

――まぁね―――探し―――お願――見て――

母さんを―――――

星「男さん?」

星さんがいる。

畳の部屋に子供達と星さんがいる。

男「あ――はい」

星「大丈夫ですか。いきなり動かなくなってましたけど」

男「大丈夫です」

とはいうものの頭の整理が追いついていない。

俺はさっきまで木々の木漏れ日の下で霊夢を見てた。

霊夢と………………

痛い痛い痛い痛い。思い出そうとすると頭が痛い。

良く出来た白昼夢に脳が蝕まれているようで、脳の奥底で誰かがのこぎりを振り回しているかのような強烈な痛み。

痛みに思わず眼球が明後日の方向へ向き呼吸が止まる。

大妖精「ひぃっ」

考えるのをやめ、ようやく痛みが引く。

なんだったのかは分からないがどうやら触れないほうがいいらしい。

星「本当に大丈夫ですか? 大丈夫そうには見えないのですが」

男「人間は……空を飛べませんからそのせいです………気圧が」

変に返した言い訳に星さんは良くわからないまま頷く。

何度か深呼吸をし無理やり体を落ち着ける。もう痛みは嘘のように消えていた。

ナズ「もうすぐ着くから中にいるやつは皆何かに掴まりなよー」

外からナズーリンの注意が聞こえる。その声が聞こえた子供達から近くにいる大人に駆け寄り抱きついてきた。つまり俺と星さんに。

男「あぶっ」

星「はぁ…」

流石妖怪の子。抱きついてくる力は半端じゃなくいろんな骨が軋みをあげる。頭痛に比べればだいぶマシだけどそれでも

痛い痛い痛い痛い痛い痛い

痛みをなんとか我慢していると軽い浮遊感。不快なほどではないが違和感を覚える。

違和感と耳鳴りからどうやら船の高度が下がっているということがわかった。道中問題が起きなかったことは幸いで、もし大規模な戦闘でも起きていれば子供たちが巻き込まれることは必至だっただろう。

水蜜「あれぇっ?」

村紗の戸惑う声が遠くから聞こえた。それに続いて一輪の驚愕。聖の困った声が微かに聞こえる。

男「なにか、あったんですかね」

星「見てきましょう。男さんは危ないですからここで子供達を見ていてください」

男「いえ、もし危ない状況なら星さんがいてくれないと子供達が守れません。俺が行ってきます」

星さんが何かを言おうとしていたが、その前に立ち上がり部屋から出ることにしよう。

チルノ「うわーっ」

大妖精「ひゃあっ」

犬耳娘「いたいっ」

振り落とされた子供達の事は気にしない。

外にでると高度が下がったせいか風が弱まっていた。この風なら簡単とまではいかないが問題なく移動はできるだろう。

声の聞こえた方向。船の船首側へと向かうと村紗さんを筆頭に作業をしているメンバーが勢ぞろいしていた。

そのいずれの顔も明るくはなく、どうやら困った事態が起きたらしい。

男「どうしたんですか?」

村紗「やられたよ」

そういって村紗が深いため息をついた。それに合わせたかの様に、一輪が強く足を踏み鳴らした。

男「やられたって何が?」

一輪が怒るような何かが起きたのは確からしいが。しかし一体なにが?

村紗「今ここは誰がいる?」

そういわれたので数えてみる。目の前にいる村紗。その斜め後ろにいる一輪。船首に立っている白蓮さん。座り込んでいるナズーリン。

男「ぬえと響子と射命丸さんがいない」

村紗「ぬえは私も知らないけどそれはどうでもいい。響子は保母妖怪さんを見てるよ」

ということは。

男「射命丸さんは、どこへ?」

村紗「……………逃げたよ。案内する気なんてなかったのさ」

男「逃げたって。約束が違うじゃないか」

ナズ「考えてみれば当たり前のことだったんだ。向こうには鬼がいる、土蜘蛛がいる、さとりがいる。私達よりずっとずっと強い妖怪がいるんだ。今さらご主人を巻き込んだところで得なんてなかったのさ。つまり初めから契約なんて守る気はなかった」

白蓮「困ったわねぇ」

一輪「姐さん困ったじゃすみませんよこの状況!? ねぇ、あんたがここに行けって言ったんでしょ!? どうすりゃいいのよこれ!」

一輪が近寄ってきて、俺の胸倉を掴む。それを止めようとしたのは白蓮さんだけで、他の皆は俺を責めるような目で見ていた。

男「受け入れてくれるように頼んできます」

それしかない。帰る場所はもうないし、このまま飛び続けるわけにもいかない。

責任をとらなきゃいけないのは一輪の言うとおり俺で、だから今から俺はあの結界を越えて説得しにいかなければいけない。

………?

一輪「説得するって言ったってどうするのよ。あそこから誰かが出てくるのを待つ? 出てくるわけないじゃない」

男「あの結界通り抜けられるんだよ、外から中だったら」

………?

一輪「………なんであんたがそんなこと知ってるのよ。未来を知ってるから?」

男「えっと、なんだったかな。たしか………紫に聞いた?」

たしか紫に地獄の結界の話を聞いたような。もしくは映姫さん?

まぁ、誰が言ったかはどうでもいい。通り抜けられることが本当ならば。

男「じゃあ行ってきます、ってどうやって下りればいいんだ」

船はまだ浮いている。目がくらむほどではないが飛び降りたら相当運が良くない限りは死んでしまうような高さ。岩肌が景色ではなく凶器に思える。

ナズ「………私が連れて行くよ」

一輪「行くなら姐さんよ」

ナズ「言っちゃ悪いが聖は腹芸が苦手だ。この場に私以上に腹芸が得意なのはいるかい?」

そういって見回すナズーリンに三人は否定を返さない。一輪と村紗は顔を逸らし、白蓮さんは困った顔をして微笑んだ。

マミ「儂とかどうじゃね?」

唯一言葉を返したのは紫煙を燻らせながら愉快そうにどこからともなく現れたマミゾウだった。

一輪「マミゾウ? 見なかったけどどこにいたのよ」

マミ「皆を見守っておったぞい。こっそりとな」

一輪「手伝って発想はどこに?」

マミ「ほっほっほ。老骨を頼るでないわ」

ナズ「手伝うって何を考えているんだい?」

マミ「親切心をそう疑われては敵わんのう。それでこの場に儂以上に腹芸が得意な奴はいるかね?」

からかうように明らかにナズーリンに向けられた言葉にナズーリンは言い返しはしなかったものの口角をぴくぴくと震わせた。

ナズ「だ、だけど私もついていくよ。私は聖たちほど甘くはないからね。それに監視は立場上慣れてるから私も最適なのさ」

マミ「それではこの三人で行く。良いかね、聖や」

白蓮「え、はい。そうね。頼みましたよ男さん。ナズーリン。マミゾウ」

男「任せてください」

マミ「飯の種ぐらいの働きは期待してもいいぞい?」

ナズ「やれやれ、いつも貧乏くじさ。まぁ、慣れてるけどね」

マミゾウに抱きかかえられて地面へと降りる。どこからか視線を感じたがどうせのら妖怪だろう。襲い掛かってこないのならば問題はない。

旧地獄に続くらしい縦穴は思ったよりは小さくそして深かった。覗いてみると遠く先の方に光が見える。あの光はいったいなんなのだろうか。

穴には飛べないものでも下れるように螺旋階段状に階段が作られていた。だが粗末な作りで事故防止用の柵なんてものはない。落ちたら死は免れないだろう。

ナズ「で、君の話だとこの結界は外から中なら通れるんだろう?」

マミ「珍しい結界よのう。結界とは外と中を分けるものなのに片方からは分けられてはおらぬ。このようなあやふやな結界がなぜこうも強固に存在してるか検討がつかぬよ」

男「何を言ってるかは分からないが、っと」

淡く金色に輝く結界へと足を沈める。結界は踏み入れた足を拒むことなくするすると通した。

男「引っこ抜けないな。やっぱり」

足を引き抜こうとするも上への動きは認められないようでもう後戻りはできないらしい。

両足を沈み込ませ、ゆっくりと階段を進み、結界が腰、胸、頭まで飲み込む。

肉体的には何も無かったが、精神的には何か嫌なものを感じた。

そうしてようやく全身を沈め、人心地ついたとき

男「っ!」

暗闇に揺らぐ緑色の瞳に気づいた。

男「………さとり、じゃないな。ことりでもない」

だが目の前にいる少女。結界の金色にかすかに照らされた少女は二人の面影を持っていた。

こいし「だれ?」

ゆらゆらと不可解な歩き方で近寄ってくる少女。その表情にはさとりのような達観もことりのような狂気もなかった。

言えば―――なにもなかった。

男「さ、さとりに会いに来た」

こいし「そうなんだぁ」

少女は俺の胸元まで顔を寄せ、そして俺の顔を見上げた。息が首筋にかかるほどの距離で、俺はうつろな緑色の瞳におぼれそうになった。

こいし「ついて、きて?」

そういって少女は俺の手を掴み。

こいし「えいっ」

深い穴へと引き摺り下ろした。

浮遊感、浮遊感、浮遊感。

さっきまでとは違う、ただの自由落下で、体を支配する浮遊感。

物は下へ落ちるという自然法則によって俺の体は加速していく。

こいし「あっはっはっは」

少女は俺の手を掴んだほうとは逆の手で被った帽子を飛ばないように押さえ無邪気で甲高い笑い声を上げていた。

こいし「しゃーぼんだーまーとーんだー。屋根、屋根ってどこだー。地底の空は皆やねー」

光が近づく。太陽の光とは違う青白い光。

男「う、あ」

見えた。その光に照らされた地面。

男「あぁあ」

岩肌、柔らかくないから

男「あぁああああぁああっ!!」

死ぬから、柔らかくないから、硬い、死ぬから死ぬ

感情を伝えるニューロンは情報過多でショート。地面が近づくにつれ恐怖が全てを追い出していく。

妖怪との戦いでもなんでもない、こんなところで俺は―――

こいし「はい、どーん!」

その擬音とは裏腹に聞こえる音は静かなもので。

男「あれ、俺、生きてる」

生きてる。呼吸もしてるし、心臓も動いている。

だけど俺の体はまだ地面に落ちておらず

文「せ、せ、せ」

文「大セーフっ!!」

その言葉で急激に変わった視界と現実をやっと認識することができた。

男「あ、れ? 射命丸さん」

文「なにやってるんですかあなたは!?」

こいし「ジャンプ!」

文「なんで、いきなり落ちてきて。結界があるからって飛び降りたんですか!?」

男「いや、あの子に引きづられて」

指を指した先にいる少女はにこにことこっちを見ている。行動は殺意しかなかったが表情はそんなこと微塵も感じさせない。

文「あの子って………んん!? こいしさん!?」

こいし「やっほぅ!」

文「なんでこいしさんが、というかなんで、いやなぜ!?」

なぜか混乱している射命丸さんとにこにこの少女。

収拾なんてつくわけがない。

俺は射命丸さんが落ち着くまで黙って抱きとめられていた。

文「ふぅ。ところでなぜ貴方がここに」

男「理由は分かるでしょうに」

文「………私は謝りませんからね」

そういってふいと横を向いた射命丸さん

こいし「目と目を合わせてー」

の顔をむりやり少女が曲げた。

さっきから行動がよく分からないな。なにが目的なんだろう。

文「やめふぇくだふぁい」

文「とにかく入ってきてしまったものはしかたありませんが、こちらの命令に従って」

マミ「ゴミ漁りがずいぶんとまぁ、偉そうにしてるじゃあないかね」

文「うひゃあ!?」

またどこからともなく現れたマミゾウが射命丸さんの頭をキセルで数度軽く叩く。それに続いてナズーリン階段を駆け下りてきて

ナズ「おろかものめっ!」

そう叫びながら俺たち二人の頭にとび蹴りをかました。

ナズ「なにがしたいんだい君は!」

文「な、なんで私まで」

ナズ「裏切り者には良い罰さっ」

激昂するナズーリンはその体躯ながらも迫力がある。俺たち二人は思わず正座をし、それからしばらくの間ナズーリンの説教を聞くこととなった。

ナズ「分かったかい?」

男「はい、すいません」

文「もうしません」

射命丸さんはともかく俺に関しては一切非は無いと思うのだがそれを証明する少女はいつのまにか消え、無実を証明することはできなかった。

結局俺の不注意で穴から落ちたということになり、ナズーリンからは愚か者という大変不名誉なあだ名された。

反論に意味はないと判断して耐え忍んではみたが、30分を越えたあたりからナズーリンは本来の目的を見失っているのではないかと思い、こんなことより先を急ごうと提案してはみるものの「こんなこと」といった表現が気に障ったらしくさらに激昂したナズーリンの説教は伸びた。

そうしてやっと終わったころには二人ともうなだれてトボトボと徒歩で地底を進むほどに疲れていた。

マミ「ナズーリンはおぬしのことを心配しておるのよ。くくく、愛情表現と思っておけ」

ナズ「そこ! 変なこと言うんじゃないよ!!」

マミ「おう、怖い怖い」

文「よく躊躇なく結界に入ってきましたね。普通しませんよそんな行動」

普通はしないだろう。普通じゃないからやったんだ。

射命丸さんは俺の言い分を信用してないためか、いまだに横目でじろじろと見てくる。

まぁ、当り前だよな。素直に受け入れてくれた聖さんたちが特別なだけだ。本当、頭が上がらないな。

男「それにしても、不思議な場所ですね、ここ」

地底は文字通り地の底だった。上も下も、一面岩肌に覆われていて寒々しい。しかしなぜか明るい。

岩肌に生えた光るコケのせいだろう。不規則に灯された青白い炎のせいだろう。

なぜか空に輝く光のせいだろう。

男「なんなんだろうな。この場所」

10分ほど歩いただろうか。あたりを照らす輝きが一層強さを増した。

一面に見えるのは白塗りの壁に朱色の柱。教科書で見たような優美で雅な建物でできた町が広がっていた。

そのどれもが多少の差はあれ、傷ついているが、岩肌で囲まれた空間よりはよっぽどマシだ。

岩肌と町の境目には大きな朱色の橋があり、その下には暗闇が流れている。底にあるのは水か地か。石ころでも投げ入れてみればわかるだろう。

「………誰、それ」

橋を渡ろうとしたときだった。橋の中腹で欄干に両腕を乗せ黄昏ていた少女がちらりとこちらを一瞥して声を投げかけてきた。

少女の髪は金色で目は深い緑色。それだけでも目立つ風貌だが顔の横にある耳は人間のものと違い尖っていた。

文「これはこれは水橋さん。奇遇ですねぇ」

パル「奇遇もなにも私は橋姫よ? ここにいて当然じゃない。それで、ネズミにタヌキはまだいいわ。誰よそれ」

パル「人間に見えるんだけど?」

そう水橋と呼ばれた少女が首を大きく傾けた瞬間だった。垂れた金色の髪から除く緑色の瞳が大きく揺らいだ。

ゾクリと背筋を震わすのは今まで何度も体験した殺気。今思えば人それぞれで持つ殺気の種類が違う。

彼女が持つ殺気は心を掴まれ地の底へ引っ張られるようなとても不気味で恐ろしいもの。

素直に殺されるんだと思わせた萃香のものとは対照的で、先の見えないおどろおどろしいものだった。

文「あやや、落ち着いてください。これにはわけがありまして」

パル「この危ない時に外から人間を連れてくるわけって何よ。食料?」

射命丸さんの弁解甲斐なくいつのまにか指の間に挟んだ五寸釘を携え水橋がさらに歩みを進める。

彼我の距離はざっと5メートルほどまで迫っている。ゆらゆらと揺らぐ緑色の瞳の奥まで覗けるほどの距離。

ナズ「話を聞かないなんて。これだから嫌われものなのさ」

パル「ドブネズミとタヌキの害獣共が良く言うわね。煮ても焼いても臭くて食えたもんじゃないくせに」

ナズーリンの悪態に言葉を返す。ナズーリンは少し顔をしかめたがそれ以上悪態をつくことはなかった。

マミ「ぽんぽこタヌキは商売繁盛の人気者じゃて。まぁ、それはよい。大事なのは我らが何かではなくて、我らが何をするかじゃろう?」

パル「舌を斬って四肢を落とせば関係はないわ。貴方たちが善であれ悪であれ私たちは変化を望んでないわ」

話は通じない。百篇言葉を繰り返したところでおそらく止まらない。排除するという意思に対して話し合いを求む努力は不毛なようだ。

更に距離は詰められ2メートルほど。踏み込み腕を振るえば簡単に届く距離。距離は敵意の高さと反比例している。つまりこの距離は一触即発というわけで俺たちの間に緊張が走る。

男「分かった。手錠でも縄でもなんでも」

パル「斬りおとす方が早いわ」

最後の交渉は決裂。釘が地底の光を受け、鈍色に輝く。雰囲気は濁りあたりの臭いが変わる。戦いの雰囲気に周囲は呑まれ―――

「止まりな、パルスィ」

この場を制したのは俺たちでも水橋でもない猛る風と共に現れた第三者だった。

そいつに遅れ一層強い風が俺たちの体を押す。転ばないように踏ん張っていると俺の右手を引いてそいつが支えてくれた。

見ると長い金色の髪。それよりも目立つのは体格と額から生えた朱色の角。顔だちと過剰な胸のふくらみがなければ俺は男と思っていただろう。

身長はおそらく2メートル近く、肩幅も俺より太い。大きさは原初からある強さをはかる基本的な物差しだ。そんな彼女からなぜか俺は体格がまったく違う萃香を感じ取っていた。

パル「なんで止めるのよ、勇儀」

勇儀「ありゃあ誰が見たって止める。血みどろ沙汰は勘弁さ。酒が不味くなる」

今なお距離を詰めようとする水橋の頭を大きな手で押さえ制する。水橋は数度頭を動かそうとしたが諦めて釘を橋の下へと放り投げた。

パル「鬼のくせに」

男「あんた鬼なのか?」

とっさに反応してしまい、口走る。突然の言葉に勇儀が目を丸くしていた。

勇儀「あぁ、鬼だけどそれがどうかしたか?」

男「いや、萃香の」

と言った瞬間に気づく。

俺と萃香の関係性について説明ができないと。言い換えようにも萃香の名前を取り繕うことはできない。

勇儀は更に目を丸くして、そのあとにかっと大きく笑った。

勇儀「なんだい、萃香の知り合いかい!」

そういってぽんと頭を叩く。

しかし動作とは裏腹にその衝撃は重く軽く前のめりになってしまった。

マミ「で、通してくれるのかね?」

勇儀「拒む理由はないねぇ。それじゃあまず出会いの一献」

マミ「酒を拒む理由があるから勘弁願いたい」

勇儀「そりゃあ残念」

ナズ「なんだかよくわからないけど丸く収まったのかな」

文「みたいですねぇ」

恨めしそうな目で水橋に見送られ、勇儀さんに連れられ街道を進む。

地底では人間の姿は珍しいらしく、周りの妖怪からはじろじろと見られていた。目立つ理由はそれだけではないだろうが。

文「どうもありがとうございます勇儀さん」

勇儀「パルスィは融通が利かないからねぇ。門番としては正しいのかもしれないけど窮屈で退屈だろう?」

まぁ、嫌いじゃあないけどねと勇儀さんが付け加える。

俺はどうも好きになれないタイプだったが、その懐の広さは鬼特有のものか。

勇儀「しかし地底に用事があるならそこの射命丸にでも言伝を頼めばよかっただろう?」

ナズ「その予定だったのさ。だけど直前でこれが私達を謀って逃げてね。いやぁ、困った困った」

ナズーリンが悪戯染みた口調でそう言ったとたん、勇儀さんの足が止まり

勇儀「あん?」

呼吸が止まるほどの殺気が辺りに噴き出した。

文「あややややや、こ、これはですね」

勇儀「嘘をつくやつ、約束を破る奴は、私は嫌いだね。それがただの他人ならまだよし、まさかぁ私が目をかけてやったお前がそれをするとはなぁ」

文「り、りだっ―――」

眼にもとまらぬ速さで逃げようとした射命丸の足首を勇儀が眼がくらむほどの速さで捕まえる。

勇儀「仁義は通しな。先にさとりのところへ行って話をつけてくるんだ。いいね?」

文「は、はいぃっ。今すぐ行かせてもらいますっ!」

勇儀「よし、なら行って―――こいっ!!」

射命丸さんが逃げようとした方向とは逆方向に勇儀さんが射命丸さんの体を放り投げる。錐もみ回転したのちに蛇行しながら射命丸さんは飛んで行った。

勇儀「これでよし、と」

ナズ「ふぅ。少しは気が晴れた」

男「大丈夫なのかあれ」

ナズ「腐っても射命丸 文だよ。問題ないさ」

そういって笑うナズーリンに対し、やはり性格に難ありと首を縦に振った。

マミ「それでは、さとりのところへ向かうとしようか」

勇儀に連れられ更に進んでいく。街の風景はどんどん変わっていき、辺りは白壁から木造の建物が目立つ、あまり人間の村と変わらない風景になっていた。

勇儀「不思議かい? 妖怪のための場所がこんなに人間くさいだなんて」

男「えぇ、まぁ」

妖怪が人間より遅れた生活をしているとは思わない。だがしかしそれでもここはあまりにも人間染みていた。

勇儀「前までは人妖まみえる場所だったのさ。古明地当主さとりの手によって温泉が出来てから」

勇儀「そのころは平和で愉快だったさ。騒がしいのが好きな私達にとっちゃあいい場所だった」

こんなことになるまではねと付け加える勇儀さんの表情は物悲しげだったがすぐに表情を改めた。

マミ「おう、見えてきたぞ男よ。あれが地底が誇る温泉宿じゃ」

マミゾウが指差した先に見えたのは予想よりも立派で大きな宿だった。

マミ「さて話をつけにいこうかね」

話をつけに行こう。

かつて命を奪った負い目はあるが、今度は彼女を、皆を生かすために。

こんな時でなければ感嘆の声をあげていそうな立派な玄関に入るとそこは閑散とし、人気を感じさせなかった。

辛うじて灯りは積もっているがそれでも薄ぼんやりとで、足元が十分に見えないほどには暗い。

不気味というよりはどこかもの悲しさを覚える空間だ。客足が途絶えてかなり経つのだろう。床には薄く埃が積もっている。

本当にここに? と疑問を投げかけてしまいそうになるほどには日々を過ごすに不適当な場所。

しかし勇儀さんと射命丸さんは先に進んでおり続かないわけにはいかない。埃まみれになるのが嫌そうな顔をしていたナズーリンの手を引いて進む。

靴を脱いで上がったため、足の裏はすぐにザラザラと不快な感触を覚える。前を行く二人を見れば靴を履いていたため脱がなくてもよかったのかもしれない。

屋敷の廊下は人気を失い活発さを失った見た目とは裏腹にかなりしっかりとしている。妖怪のために頑丈にしているのだろうと関係ないことを思った。

しかし見れば見るほどにここがどれほど力を入れて作られているのかが分かる。本当にこんな時でなければよかった。

どうやら見た目にふさわしく広いようで、何度も廊下を曲がりながら奥へ進んで行く。途中見えた厨房も立派なもので、煮炊きしかできない寺とは大違いだ。

掃除をすれば活動拠点としてこれ以上ないものになるだろう。そのためには話を通すことが重要だ。

何を語ろう。何を話そう。いや、相手は心を読むのだから関係はない。

嘘を付けない。誤魔化せない。

口先だけで今までを乗り切ってきた俺にとって相性の悪い相手。

一番心配なのは前の世界を知られることだ。

きっと、さとりにとって心地よいものではないはずだから。

対策なんて当然取れないまま、ようやく目的の部屋についた。

そこは襖ばかりの旅館の中で唯一の木製の扉だった。文が控えめに扉を叩くと、中からか細く誰かと尋ねる声が返ってきた。

文「あやや。貴方なら訊ねなくてもわかるでしょう?」

そう苦笑しながら文が扉を開ける。中の空気は暖かく、そして濃く甘い伽羅のような香りがした。

勇儀「それじゃあ私はここいらで失礼するよ」

さとり「…あら、勇儀も来てたのね。つれないじゃない。私から逃げるなんて」

勇儀「この話し合いに私は必要ないだろう? あるのはこいつらだけさ」

むんずと勇儀さんが胸元を掴み部屋の中へ押し入れる。手をほどくのを忘れていたナズーリンもつられて部屋の中へ入り、絡まった二人は床に尻もちをついて倒れた。

さとり「そう、あなたが………」

部屋の中では赤い重厚そうな椅子に座っているさとりがいた。

紫の髪の色は変わりないが、前見た時と違って痛んでおり、気怠そうな瞳の下には濃く大きいくまができていた。調子がよさそうには思えない。

さとりはちらりと俺を見た後、左手に持った煙管を大きく吸い、ゆっくりゆっくり、細く煙を吐きながら最後にため息と一緒に吐き出した。

甘くそしてほろ苦い香りが強くなる。どうやらこの香りはその煙管のものらしい。狭い部屋ではない。この部屋に充満するほどとはどれほど吸っているのだろうか。

さとり「心配してくれてありがとう。でも妖怪だもの。この程度じゃ死なないわ」

もう一度深くさとりが煙管を大きく吸い込む。

濁った瞳は俺を捉えているのかどうかが分からない。見ている気もするし、ここではないどこかを見ている気がする。

瞳自体は別物だが、どこかさきほどの少女と同じ印象を抱かせる。

文「また寝てないんですか? 妖怪は丈夫と言いましても精神はそうではないのですよ?」

さとり「寝れないわ。寝れないのよ。大丈夫、まだ健康よ。なにも問題はない」

その言葉は射命丸さんに返したものなのだろうか。俺には自分自身に言い聞かせてるように思える。

文「それでは少年さんも心配するでしょう。睡眠不足でそんなもの吸ってちゃ倒れてしまいますよ」

さとり「大丈夫。私がこんななのはここだけ。あの子は知らないわ。それよりもお話に来たんでしょう?」

さとりが座ってる対面の椅子を顎で示される。椅子は一人用で三人では到底座れそうにない。誰を座らせようかと考えたがどうやら指名されているのは俺だけらしい。

さとりの三つの瞳にじっとりと見られながら席に着く。

ナズ「いや、待っておくれよ。そいつはただの人間さ。話なら私やマミゾウが」

さとり「あなたはお客様じゃないの。私のお客様はあなただけよ。男」

さとり「話はあまり得意じゃないの。口下手でね。だから見せてくれるかしら。貴方の心」

訊ねてはいるが有無を言わせぬじっとりとした陰鬱な迫力があった。俺は断ることもできずに少し頷き、さとりは少し大きく目を開け俺を見つめた。

直後、さとりの手から煙管が落ちる。

ジュッ

毛足の長い絨毯が焦げ、煙管の火が消える。

瞳は大きく開かれ上下左右にせわしなく揺れ、青白かった顔はさらに血の気を失っていく。

だらりと下がった腕はわなわなと振るえ、震えた歯が触れ合ってかちかちと音を立てる。

明らかに正常ではない反応に射命丸さんが心配そうに近寄った瞬間。

絶叫が辺りの空間を裂いた。

想定できていたため、とっさに耳を抑えることに成功する。

しかし手で覆っても頭の中に響くその叫び声をもろに受けた射命丸さんはのけぞり、ナズーリンは白目を向いて気絶した。

咳だけでなく血をも噴き出しそうなほどの激しい声。それを止めたのは帰ろうとしていた勇儀さんだった

勇儀「おい!? どうしたさとり!? 大丈夫かさとり!? おいっ、おいっ!?」

その巨躯でさとりさんを抱きしめ背中を撫でながら呼びかける。叫び声は勇儀さんの体である程度阻まれ不快なくらいには低減したが続いてあふれ出した涙と嗚咽と鼻水が勇儀さんを汚していく。

想定はしていたが、心が揺れないわけじゃない。

かつて敵であった少女が苦しむ姿を見て何も感じないわけじゃない。

あぁ、やはりこうなってしまったかと頭を悩ませる前にすべきことが何かあるはずだと立ち上がろうとした時、射命丸さんに腕を捻られ床へ叩きつけられた。

文「やっぱりあなたは」

マミ「待ったっ!」

間にマミゾウさんが入ってくれ、どうやら怪我を負うことは避けられたらしい。しかし射命丸さんの視線は鋭く、勇儀さんもさとりさんを宥めながら怒りを含んだ視線をこちらへ向けてきた。

マミ「これには事情があるんじゃ。さとりが落ち着くまで待ってくれんか」

勇儀「こいつがここまでなるんだ。ろくな理由じゃないね」

にべもなく打ち切られる会話。一触即発のその状況でマミゾウさんは座り込んで、顎を大きく上に向けた。

マミ「納得いかなかったら儂の首をくれてやる。この男も、そこのネズミも好きにせい」

三人の命。どれほどの重さなのか計る定規はないが、勇儀さんと射命丸さんを抑える重石ぐらいにはなったらしい。

眉をひそめながらも二人が渋々うなずく。再びさとりの嗚咽だけが響く。

解決するための言葉を発することすら許されない状況。

首筋によく切れる刃を向けられているような寒々しさに耐えながら、時間が解決してくれるのを待つ。

長い呼吸を何度したことだろう。どくどくと激しく打つ痛いほどの鼓動を奥歯を食いしばりながら耐えているとさとりの嗚咽が徐々に小さくなる。

その声が完全に消えたときさとりは勇儀の胸元から抜け、火の消えた煙管を咥えた。

さとり「すいません。取り乱しました」

勇儀「大丈夫かい? さとり」

さとり「大丈夫です。心配をおかけしました。………申し訳ありませんが席を外してくれませんか皆さん。男と二人きりで話したいのです」

勇儀「あんなことがあってこいつと二人きりにはできないね」

さとり「良いんです。大丈夫ですから」

頑として譲らないさとりに勇儀は渋々と折れ、射命丸を連れて廊下へ出ていった。勇儀さんのことだ。廊下で聞き耳を立てるなんてこともないだろう。

マミ「何かあったら呼ぶといい。すぐに駆け付けるからの」

マミゾウさんも席を外す。ずりずりと気絶したナズーリンも引きずられて外へ連れて出された。

完全に二人だけの空間。

なんだか俺から話を始める気には慣れず、じっとさとりの言葉を待った。

しかし第一声を待つ間、さとりは煙管の中から灰と燃えカスを取り出し、薄い布で雁首を拭き始めた。

煙管を分解し、一通りの掃除が終わると再び組み立て、さとりはじっと何も入ってない雁首の中を見つめた。

さとり「………………本当?」

やっと出た言葉はたったこれだけ。しかしこれだけで良かった。

長々と尋ねられるより、怨嗟の言葉を吐かれるより、俺のことを信じればいいのかを尋ねるその一言だけが良かった。

本当だと言ってしまえば信用と同時に彼女を傷つける事になる。だが彼女を庇っているわけにはいかない。狂人の妄想であれば彼女は救われる。しかし救われなかった人たちを見捨てるわけにはいかなかった。

男「あぁ」

さとり「そう」

短い言葉のやり取りだけですべてを把握したさとりは、近くにあった小さな箱から葉っぱを取り出し丸め、雁首に乗せ火をつけた。

さとりがそれを吸い終わるまで俺たちは無言で、さとりはもう一度だけ涙を流し、俺は見るわけにはいかず瞼を閉じた。

宣言したのに更新できなくて本当に申し訳ありません。

今日の夜には更新しますので、まだ見てくれている方はどうぞよろしくお願いします

トリップ間違えました

しばらくののち、先に口を開いたのは俺だった。

男「出ていく、つもりですか」

聞かないほうがいいかもしれない。それでも俺はそれを聞かずにはいられなかった。

さとり「………心を読みましたか? それとも顔にでてましたか? 鉄面皮と呼ばれてるはずなのですが」

茶化そうとする声。それが震えていた。今までのことでわかってはいたが、この人は明らかに弱い。

いや、弱いんじゃない。色々な事に心を痛めすぎているんだ。それはさとりという種族ゆえか、それともこの人だからか。

さとり「自分のことが知られているというのはここまでも心地悪いものですか。貴重な経験、ですね」

男「さとりさん」

さとり「わかってます。ここで私が逃げてはいけないということは」

男「いえ、違うんです。その逆で、さとりさんには」

この地底を出ていってもらいたいんです。

さとり「………正気?」

えぇ。さとりさんを残せばさとりさんが折れる。さとりさんを行かせれば残りの者が壊れる。

だから、さとりさんには二人を連れて行ってもらいたいんです。

火焔猫燐と霊烏路空の二人を。

神に届く力。少なくとも吸血鬼や鬼を消すに値する力。

神に背く力。人の尊厳を踏みにじり、命を嘲る力。

そんな能力を持つのに、言っては悪いがその精神は獣に近い。だからその力に制限をかける者が必要だ。

実際それがなかったために前の世界ではその能力は暴走していた。その結果があれだ。

さとり「もう一度聞くけど正気? そんな力を持つものを敵に回す。そう言っているのよ、貴方は」

それ以外の手段が見つかりません。

さとり「簡単よ。お燐とお空を封印すればいい。私が命じればいいだけだもの」

それが正しいのかもしれない。ただ………

さとり「ただ?」

これ以上悲しい戦いにしたくない。

さとり「貴方………本当に正気?」

あと一つ理由が

古明地ことりの制御。

この戦いの主犯の一人。

詳しくは分からないが重要なことを担っている気がする。

さとり「気がする、でしょう?」

さとり「姉さんはさとりの出来損ないよ。人の心が読めず、自分の思いを漏らすだけ」

さとり「脅威になるわけがないわ」

男「とりあえず、以上です。伝えたいことはそれだけで」

さとり「ありがとう。貴方の主張は私とこいしを地底に監禁。お燐とお空を封印する」

え?

さとり「確かにそれが正しいわ。私も地底の管理者ですもの。私のわがままでみんなを巻き込むわけにはいかないわ」

さとり「貴方の言う通りにする。でも最後にお願いがあるの。最後は皆で宴会を開きましょう」

さとり「最後にそれくらいのわがまま、いいでしょう?」

男「ちょっと、さとりさ―――」

さとりさんが背伸びをして俺の口を塞ぐ。その瞳は明るさを取り戻していた。

さとり「ありがとう。私のわがままを聞いてくれて」

そしてその夜。さとりさんたちはいなくなった。

俺を眠りから覚ましたのはどたばたと周りを駆け回る足音だった。

瞼を開けると揺らぐ灯篭と転がった酒瓶。

残った強いアルコールの香りが気付け代わりとなり、一気に眠気が飛ぶ。

男「いったいなにが―――」

ナズ「こんな時に何寝っ転がっているんだ!」

起き上がろうとした瞬間にナズーリンに小突かれる。とりあえず何かあったということは分かった。

男「どうした?」

ナズ「地底の結界が吹き飛んだんだ!」

男「は?」

文「というより、結界ごと縦穴を吹き飛ばした、というのが正しいですね。やられました」

文「酔っぱらわせて気が緩んでいる隙にお空さんの力で脱出。さとりさんとお燐さんとお空さんと少年さんがどこかへ行きました。おそらくはことりさんも」

そこまで聞いた感想はそうか、よかったな。と肯定的な反応だった。と同時に昨日のさとりさんの言葉の意味を知る。

当然だが、ひどいことになると知ってさとりさんを行かせる者はいやしない。そんなことを提案したら責められるのは俺だろう。

あまりにも理にかなってない行動だからな。さとりさんは俺の意を酌んだうえで俺に責任を負わせまいと。

これはやられたなぁ。

ナズ「なに笑ってるんだい」

ナズーリンがじとーっとした視線を俺に送る。慌てて表情を引き締めるとナズーリンは昨日のことをまだ根に持ってるらしく数度軽く俺を小突いた。

ナズ「確かに星蓮船は入りやすくなったけど」

文「いやいや、そんなこと言ってる場合じゃなくて、これからどうすればいいのかの話をしましょうよ! さとりさんってこの地底のトップなんですよ!?」

ナズ「じゃあトップをうちの聖にするってことでいいね」

文「んなむちゃくちゃな!?」

目の前で言い争いを始める二人を横目に慌ただしくなった地底の喧騒を聞く。

こんな状況だがなぜかどこか楽しそうに感じるのは地底の住民の気質か。

どうせこんな連中ならなるようになるだろう。聖さんか勇儀さんか。そこら辺を一応のトップにあげれば良い話だ。

酔いの席の狂乱のような雰囲気と共にからからと乾いた風が開けた障子を通して吹いてきた。

勇儀「とりあえず、状況の整理でもしようかい」

白蓮「そうですね」

空いた大穴から星蓮船を下ろし、一応のトップ代表二人が対談する。

その周りを囲むのは俺、星さん、ナズーリン、パルスィさん、射命丸さん、白衣の男。

白衣の男は初めてみたがどうやら人間らしい。なにやら尊大な口調をしていたが、世間でいうところの中二病みたいに見える。

が、ここは幻想郷。不思議も魔法もある世界だ。見えるだけでそうじゃないのだろう。

しかし人間なのに地底ではそこそこ有名人らしい。妖怪の中で過ごす人間とは少し親近感を覚える。

勇儀「そこの男は未来を知ってて、最悪を回避するために動いている。だね」

男「あぁ、そうだ」

勇儀「信じられない話だが信用はしてるさ。あのさとりが認めてたんだから」

まず大前提を受け入れてくれることは非常に助かる。

勇儀「それで、さとりはさとりたちの監禁と、お燐とお空の封印を受け入れたように見せて、逃亡」

勇儀「簡単にするとそれだけの話さ。だけどどうも腑に落ちないところがある。あのさとりがそんな行動にでたことさ。あいつにそこまでの勇気はない。それに無責任でもない。一応だけどこの地底の管理者たるあいつがここまで事を大きくして逃げた理由。知ってるんだろう? 男」

勇儀「私はさとりを信頼してる。話してくれるよな。男」

即座に全部バレていた。

いやバレてはいない。たださとりさんを勇儀さんが信頼していたからこその問い詰めなだけ。

なのに呑まれる。追い詰められる。

初めは軽い口調で話していた勇儀さんの言葉がいきなりずどんと重くなる。表情も語り口もなにも変わっていない。

ただ、汗が吹き出し、口の中が渇くほどの殺気が俺を襲っただけ。

大丈夫だ。殺気には慣れている。そのはずなのに。

勇儀「どうした男。私は本当のことを聞きたいだけさ。さとりが勝手に行動したならそれでいいさ。知らないなら知らないっていいな」

勇儀「知らないのなら、だけどね」

質が違う。殺気の質が違う。

暗くもなく、淀んでいるわけでもない。背筋がぞくりともしない殺気だからなおのこと恐ろしい。

相手に殺意を抱かずにこうまで殺気を向けることができるのか?

あぁ、なるほど。やはりこれが鬼なのだと。

当たり前のように相手の上に立つ。

これが鬼なのか。

白蓮「殺気を飛ばすのはやめていただけませんか? ここは話し合いの場ですよ?」

勇儀「いや、凄む気はなかったんだ。ただ純粋に疑問に思っただけさ」

パル「そうよ。勇儀が言うことは筋が通ってるわ。さとりらしくないってことは私たちは一番よくわかってること」

パル「どうせなにかやったんでしょ。あの二人だけの空間で。さとりを唆すような―――」

勇儀「パルスィ。決めつけは良くないね。だからそう、誤解がないように話してくれないかい? 信用する、からさ」

ナズ「ち、地底の連中は躾がなってないね。私にはどうも男を責めているように聞こえる。これじゃあ話す言葉もでないさ。真実はでてきやしない」

パルスィ「ちょっとそっちも躾がなってないんじゃない? たかだか鼠風情が偉そうにちゅーちゅーちゅーちゅー、耳障りでしかないわ」

ナズ「ふんっ、ここは議論の場で君みたいな―――」

白蓮「ナズーリン」

勇儀「パルスィ」

二人が同時に制す。臨界点を超えかけた緊張が再び張り詰める。

男「俺は、あ、あのとき、さとりさんに」

でなくなった唾液にカラカラに乾いた口で途切れ途切れで言葉を繋ぐ。

男「こいし、とさとりさんの、姉さんが死ぬ姿を」

男「見せたんだ」

そう、俺の心を覗いたさとりさんは全てを知った。

絶叫したのはそのせい。

それは勇儀さんが知っている情報。

そしてこの先の情報は言うわけにはいかない。

誰よりも強いと思われていた彼女とそのやさしさを汚すわけにはいかないから。

男「追い込んだ、のかも、しれません」

男「そのあと、俺はさとりさんに、あの提案をしました」

勇儀「監禁と封印?」

男「………さとりさんたち、全員の封印です。なぜなら、敵の主犯に、彼女の姉がいるから、です」

文「傷ついたさとりさんに追い打ちをかけた、ってことですか」

男「はい」

全員が黙り込む。

白蓮さんは静かに目を閉じて小さく何かを呟いた。

ナズーリンは呆れたような目で俺を見た。

パルスィは悪人を見る目で俺を見た。

勇儀さんは苦虫をかみつぶしたような顔をした。

射命丸さんは何度もため息をついた。

白衣の男は何か言いたそうにしていた。

俺はたった数秒でこの場での味方を失った。でもそうせざるを得ない。

筋の通った悪手を打たなければ納得しないはずだ。

そして俺の評判が下がれば、それだけこの話は通りやすくなる。

俺の言葉がさとりを追い詰めて、追い詰められたさとりは逃げた。それでいい。

それが俺ができる精一杯の優しさだった。

やはり俺は何度も何度も最悪の手を打つ。

これは逃げられない因果かなにかか。

勇儀「話は分かった。お前が言うことは間違っちゃいないさ。褒められたことじゃないが、最善のみを尽くせとは私も言わない」

勇儀「だけど、それでも………」

ナズ「………話を進めようか。今はこれからの話、だろう?」

白蓮「地底と私たちの協力をどうするか。そしてどう協力するかを話しましょう」

勇儀「………あぁ」

それからの話に口を出すことはできなかった。

結局勇儀さんが地底を纏め、協力するか、どこまで協力するかをそのたびに話し合うことに決まった。

一番とは言えないが、悪くない結果だ。命蓮寺と地底は纏まった。

あと人間に対抗するために必要な勢力は紅魔館。

少なくとも紅魔館と地底が衝突する事態は避けられたがここから先の未来は分からない。

できるだけ迅速に動いたほうがいいだろう。

話し合いが終わり一人になる。

孤独を感じる。ここに来てから一人きりになるのは久しぶりだ。

祭りのような地底の雰囲気が俺を避けているようだ。

自分で選んだ選択肢はいつもこうで。他のみんなほど強くない俺の心はまたも軋む。

覚悟が足りないのだろうか。

霊夢みたいに強くなれれば………。

星「男、さん」

男「あれ、どうしました。星さん」

いつの間にか後ろに立っていた星さんが俺の背中に手をあてる。

星「さっきのは、嘘ですね。不器用な」

男「はは、買い被りすぎですよ、ただ俺が焦りすぎただけで、本当、さとりさんを傷つけてしまって」

男「………なんでわかりました?」

星「倒れそうに見えましたから」

星「男さんは、優しいです。だけれど、不器用で、弱い」

星「だから私が支えるって、約束したではありませんか。辛い時は肩を貸しますから、一緒に行こうって」

男「………星、さん」

星「はい、なんでしょうか」

男「さとりさんを守りたくて………でも守られて」

男「だから、またさとりさんを守って………」

男「それで理解されなくていいって、思っても。やっぱり駄目で」

男「かっこいいヒーローにはなれなくて、かっこ悪いことしかできなくて」

男「悲しくて」

星「大丈夫です。私がいますよ。知ってますから。貴方がどれだけ優しいか」

星「かっこいいですよ。頑張るあなたはとっても」

共感し、自分の事を理解してくれる人がいれば絶望の中でも人は歩いていける。

前の世界では映姫さん。この世界では星さん。

ならこの二人が倒れた時、俺はどうすればいいのだろうか。

悲しみを背負って歩いていく?

男「そこまで俺は強くないよな」

星「どうしました?」

男「いえ、ただの独り言です」

これからどうしようか。感情的な行動で信頼を失った俺にできることは

なんてことを考えていると、おもむろに扉が開いた。

入ってきたのは話し合いの時にいた白衣の人間だった。

俺に怒っているのだろうかと思ったがその瞳は意外にも冷静な光を帯びていた。

白衣男「邪魔をしたか?」

男「いや、そんなことないですが。どうしました?」

白衣男「畏まらなくていい。見たところ同じくらいの歳だろう? ちょっと顔を貸してくれ」

男「? あぁ、わかった」

白衣の男に連れられた場所は小さな居酒屋だった。客が入ってないところを見るに人払いをしているのだろうか。

いや、流石にこの状況で昼間から飲んだくれる奴がいないだけだと信じたいが。

男「ここは?」

白衣男「俺の家だ。適当なところに座ってくれ」

言われた通りにカウンターに座る。壁にならぶ酒瓶を眺めていると目の前に透明な液体の入ったコップが置かれた。

男「昼間からお酒はちょっと」

白衣男「酒じゃない。ただの水だ」

違ったのか。地底といえば水の代わりに酒がでるものと思っていたが。口をつけると確かに水だった。

無味のはずの水に生臭い味を感じる。どうやら口の中を傷つけていたらしい。

白衣男「単刀直入に聞くんだが」

男「なんだ?」

白衣男「さっきの話は嘘偽りだろう?」

男「んげっふっ」

いきなりの確信に焦った俺はむせてしまい机の上に飲んでいた水を吐き出した。

その行動が回答になっていたらしく白衣男は何度か大きく頷いた。

男「なんでわかった?」

もはや取り繕う必要はなかった。あの場で誰もが信じ込んだのになぜ、この男だけが見抜いたのだろうか。

白衣男「人間のことを一番わかるのは人間だ。いくら似通っていても種族の差はある」

白衣男「弱いやつのたわごとは理屈に勝り信憑性を帯びる。違うか?」

その通りだ。強者は弱者の事を知らず、誰しも情けなさを嫌う。だからこその弱者という隠れ蓑。それを容易く見抜いたのは同じ人間だった。あの時何か言おうとしていたのはその疑惑があったからだったようだ。

白衣男「さすがの俺もなぜ嘘をついたかの理由まではわからんが、それが嘘であると知った以上聞かせてくれるよな」

あの数瞬の出来事は俺にとってもさとりさんにとっても語るには能わず。

その秘密に意味はない。少なくとも重要な秘密ではない。ただの責任の奪い合い。そこに結論を変えるような力はない。

男「………」

だから口を噤むしかなかった。言葉を出さなければ受け取られることはない。

沈黙から意味をくみ取ることは流石にできないはずだ。そうして空想は俺の都合のいい方向に転がればいい。

白衣男「俺はさとりの恋人である、小さな少年に武器を渡した。戦う力をやってしまった。自衛じゃない。さとりに、強者についていくためのささいな力だ」

白衣男「だからあいつがさとりについて行ったのは俺の責任だ。だがな、あいつは子供だが自分でしっかり考えて行動をしている。おそらく俺よりも自問自答して答えを出してきたやつだ」

白衣男「そんなあいつが、さとりが傷ついて逃げ出すのを止めないはずがない。あいつは流されずにさとりを止めるはずだ。傷を負ったさとりを癒すはずなんだ。だから俺は納得がいかない」

白衣男「さとりは自分の確固たる意志で出て行った。違うか? 少なくともお前のせいじゃない、そこまで古明地さとりは愚かじゃない」

言葉は返せなかった。口を噤んだわけじゃない。

白衣男「沈黙は肯定と受け取るがいいな?」

肯定。頷く。

白衣男「ならやはり疑問なんだが自分が不利になると分かっていただろうになぜ嘘をついたんだ?」

言葉を返さない。今となっては無意味かもしれないが、譲るわけにもいかない。

白衣男「察するにどうせ逃がそうとしたんだろう? さとりの未来とさとり本人の人となりを知ってしまったから」

白衣男「お前の人となりを理解すれば簡単な話だ。優しすぎると言われたことはないか?」

男「ずいぶんと、人を見てるんです、ね」

白衣男「俺は人間だからな。目で見て考え結論を出すことに関しちゃ一級品だ。まぁ、さとりを逃がした云々はどうでもいいんだ。俺もそれについて責めるつもりもなければチクるつもりは毛頭ない」

白衣男「ただその嘘の方向性を知りたかった。お前が敵なのか味方なのか」

男「お眼鏡にはかなったかね。一応これでも正義の味方を目指してるんだ」

白衣男「あぁ、信じることにするよ。それに未来が見えるってのも気になるしな」

男「見えるわけじゃない、一度経験しただけだ」

そう、一度経験しただけ。だからこそこれからの行動は薄氷を踏むようなものだ。

だからこそ最悪は避けなければいけないってのに

男「でもいいのか。俺は嘘つきかもしれないぞ?」

白衣男「もしそうなら吐かせる手段はいくらでもある。機械や薬や催眠術。だがする気はない。なぜだかわかるか?」

男「体に悪いから、とかか?」

白衣男「それじゃあ信頼できないからさ。俺はお前を信頼したかったんだ。もしかすると希望となりうるかもしれないお前を」

なぜだ。なぜこの男はこうも俺をまっすぐ見る。なぜ真正面から見る。

なんで幻想郷にはまっすぐな奴が多いんだ。映姫さんに白蓮さん、そして星さん。

まるで俺が馬鹿みたいじゃないか。いや、そうではあるんだけど。

自分の小ささに落ち込んでしまうじゃないか。

男「俺を信頼して意味はあるのか? なぜこうも部外者に肩入れするんだ」

精一杯強がってみせる。ここで開き直れるほど人間できてない。

ただここまで言い負かされるのが悔しかっただけだ。

白衣男「復讐だよ」

そう短くつぶやいて白衣男は水を一気に飲み干した。

そこからは白衣男の言葉しかなかった。白衣男の今までの事。

自分の兄を妖怪に殺されたこと。人間から逃げ妖怪のもとへ身を寄せたこと、そして地底に来た経緯まで。

一つも包み隠さずに語ってくれた。打てる相槌はない。

白衣男「ということだ。これで全部だが質問はあるか?」

男「ない。できるわけがない」

白衣男「そうか。それで俺はお前のお眼鏡にかなったかな?」

拒否をする権利は俺にはない、と思う。

だから頷く。一人でも味方が欲しいのは確かだ。

俺が頷くと白衣男は満足そうに白衣を翻して高笑いをした。

白衣男「安心しろ。この俺は頭脳明晰万知万能であるぞ!」

白衣男「ではこの私の仲間を紹介しよう!」

男「仲間?」

白衣男「こいつらだ!」

そういって白衣男が天井から伸びている紐を引っ張った。

直後歯車が動く音がしてぱかっと天井の一部が開いた。

「ひゅいっ!?」

「………」

「ウケるwwwww」

落ちてくる青と赤と黒。青はそのまま尻もちをついて落ち、赤はふわりと着地をし、

「ひぎぃっ!」

黒は青の上に着地をした。

男「これが、仲間?」

白衣男「もう一人いるが今は出かけてるな」

聞くと青はかっぱの河城にとり、赤はその姉のみとり、黒………色の甲冑のようなものを纏っているのが幼馴染らしい。

何者だろうか。

にとり「ひどいじゃないか! というかいつこんなギミック作ったのさぁ!」

白衣男「作ったのお前だろうが」

にとり「え? そ、そうだっけ?」

白衣男「ロマンとか言いながら作ってた」

にとり「うぅ、覚えてないよ」

みとり「………」

にとりと白衣男の問答の間にみとりがじぃっと俺を見てくる。

男「あの、な、なにか?」

みとり「…誰」

白衣男「おぉっと! お前の紹介を忘れてたな。こいつは男。どうやら未来を知っているらしい」

にとり「未来を」

みとり「知ってる?」

装甲娘「うけるwwwww」

男「あー、未来を知ってるというと少し語弊があるな。未来から戻ってきただけだ」

装甲娘「同じじゃねぇの?wwwwww」

装甲の奥からケラケラと笑い声がする。なんだか無性に癇に障る声だ。

男「行動でいくらでも未来は変わる。もともとの世界では地底に俺はいなかったんだ」

もっと言うならお前らは皆死んでるんだが。

白衣男「だがアドバンテージは確かにある。だからこそ我が軍勢に取り込んだのだ!」

にとり「まぁ、私は異論はないけどね。男が誘ったんだから信頼はできるんだろうしね」

みとり「………うん」

装甲娘「私的にはおっけーwwwww」

信頼されているみたいだな。誰も異論を唱えない。俺じゃなくて白衣男を信じているから。

白衣男「あとはもう一人なんだが」

文「ただいま戻りまし………た」

白衣男の言葉と同時に開く玄関。そうして現れたのは射命丸 文だった。

なぜか家の中にいる俺を二度見し、その後全員の顔を見回した。そして目をこすって一度外へ出た。

どうやら射命丸は理解できなかったみたいだな。

文「なぜあなたがいるのですか」

再度家に入ってきた射命丸は不服そうな顔で俺を睨みつけていた。実際不服なのだろうが俺のせいじゃない。

そもそも白衣男が射命丸と知り合いだなんて知らなかったんだが。

しかし射命丸から見た俺はどうやら白衣男を誑かしたように見えるらしい。

白衣男「俺が招いたんだ」

文「なんでこいつ………この人を? 貴方もあの場にいたでしょう」

白衣男「あぁ、あの場での発言は嘘だ」

男「嘘だ」

ある程度の事情を話すと射命丸は面白いように顔色と表情を変えた。

そして最終的にはがっくりとうなだれ長い溜息をついた。

男「あの場の嘘については他言無用で頼む」

文「さすがに言いふらすほど野暮じゃないですよ。それに言いふらしたとしても詳しい理由が分からないのですからジャーナリスト失格です」

文「私は勘違いで記事は作りますが嘘で記事は作らないのですよ」

それは読者にとってさほど変わりはないのではないだろうか。と思ったがもちろん口には出さない。

文「それで、未来を知る貴方は次に何をしようというのですか。白衣男さん達を巻き込んで」

ずいぶんと刺々しい言葉だ。巻き込まれたのは俺の方だというのに。

男「紅魔館に行く」

白衣男「紅魔館か。それはなぜだ?」

男「もうすぐレミリアは紅魔館を捨て人間の基地を襲撃する」

男「それを止める」

文「なぜです。人間を襲うのならばなにも問題はないでしょう」

問題はないように思えるだろう。俺たちの目的も人間の打倒なのだから。

しかし今じゃない。まだ紅魔館を巻き込めてない今、紅魔館を孤立させるわけにはいかない。

白衣男「紅魔館に協力を仰ぐことは問題ないとは思うが、あのお子様君主が首を縦に振るかどうか」

男「やってみなきゃわかんないだろう」

にとり「それで、紅魔館はいつ人間の基地を襲うのさ」

それは確か………

男「今日の昼だ」

みとり「もう…昼」

にとり「うん、昼になるね」

男「………だなぁ」

白衣男「なぁ、文」

文「なんですか、男さん」

白衣男「連れてってやれ」

文「ですよねぇっ! やっぱり私ですか!!」

射命丸が机をばんと叩く。両手で髪を掻き毟ったかと思うとずんずんと俺に向かって近づいてきた。

文「行きますよ」

そして俺の後ろに回り背伸びをしながら羽交い絞めにした。

男「あぁ、なるほ―――」

それを言い終わる前に俺の意識は途切れた。

目が覚めたとき、地上ははるか下にあった。気圧や空気の濃度の影響によって頭がふらつく。

男「どれくらい寝てた?」

文「ほんの二三分ですよ。人間にしてはずいぶんと回復が早かったですね」

気絶をすることは慣れている。なんてどうも自慢できないことだ。

文「レミリアさん率いる一団は捕捉しました。見つからないように高高度を超速で飛んでますけどあと数分で急降下します」

男「つまり?」

文「苦しいですよ」

こころなしか文が速度を上げ更に高度も上げた気がする。

冬の風が身を裂くように冷たい。まさかとは思うが嫌がらせではなかろうか。

文「では、行きますよ」

数分後、文が合図をし宙を蹴る。それと同時に頭の中を素手でかき混ぜられるかのようなめまいと不快感。

なんとか耐えて見せようと思ったのだが容易く俺の意識は暗闇へと落ちた。

次に目を覚ました時には冷たい地面に横たわっていた。

はっきりとしない頭のためか周りの音がひどく遠くに聞こえる。

その音は言い争っているような………いや、一方的に捲し立てているだけ………?

だめだ、はっきりしない。とりあえず無理をしてでも起き上がらなければ。

立ち上がろうとし、一度ふらついて顔面から地面へと崩れ落ちる。思ったよりもふらつきが酷い。しかしそれを理由に寝ているわけにもいかない。

男「うぇ……おぇっ」

「大丈夫ですか?」

男「え? ぁあ。なんとか」

話しかけてきた誰かの手を借りてなんとか立ち上がる。あたりを見回すと妖怪に囲まれていた。

「それで、あなたは一体?」

手を貸してくれた人を見る。赤い髪にチャイナドレスのような服装。

たしか紅美鈴さんだったろうか。

少し困ったような顔で俺を見ている。

男「説明したいからレミリア、さんに会わせてくれないか? それと一緒に射命丸が来たはずなんだけど」

美鈴「射命丸さんなら向こうに」

紅さんが指を指した先にいたのはロープでぐるぐる巻きにされ猿轡をかまされた射命丸だった。

よく射命丸を捕まえられたなと感心していると首筋にひやりとした冷たさと針でつつくような痛さを感じた。

「こいつらのために足を止めることは無意味よ。縛って転がせばいいわ」

美鈴「まぁまぁ咲夜さん、落ち着いてください。話を聞いてあげたって」

咲夜「こいつらが来たせいで今お嬢様と娘様が喧嘩なさってるの。処する理由はあっても許し計らう理由はないわ」

首筋にあてられた何かが更に押し込まれる。すでに痛みは針ほどでなく明確に苦痛になっていた。

男「レミリアさんに会わせてくれ。そのためにここまで来たんだ」

咲夜「お嬢様は忙しいの。それに文屋の仲間ほど信用できないものはないわ」

態度は変わらず言い争っても時間の無駄のように思える。言い争う前に転がされそうだが。

男「レミリアさんに会わせてくれ。レミリアさんは運命が見えるかもしれないが俺には未来が見える」

結局素直に事情を話すしかなく、未来の事についてある程度の情報を話す。

おそらく癪に触れることになるだろうと思ったが咲夜が何かを言おうとする前に小走りで駆け付けたメイド服を着た妖精が咲夜に耳打ちをした。

咲夜「………会われるそうよ。不愉快だけど案内はしてあげる。せいぜい貴方に奪われた時間分の価値はみせることね」

周りには多数の妖怪と妖精。逃げようにも逃げれそうにない。

もちろん逃げるつもりはないが、いざというときは覚悟したほうがいいのかもしれない。

男「結構いるんだな。紅魔館はそれほど大きくないと思っていたが」

咲夜「………」

答えてはくれないみたいだ。当り前だが警戒されているし、どこか嫌われているように思える。

案内されること数分。長身の男がさす巨大な日傘の下でレミリア・スカーレットは苛立たしそうな顔でこちらを睨みつけていた。

レミリア「あんたが謎の侵入者ね。うちの娘が止めなきゃ今頃あんたは妖怪の餌よ。感謝することだな」

レミリアがくいと顎で指す先にはレミリアの娘(正しくは“この”レミリアの娘ではないが)ウィルヘルミナ・スカーレットがいた。

彼女に視線を移すとスカートの端をつまんで恭しく一礼をした。

レミリア「ナイトウォーカーがわざわざ憎たらしい太陽の下を無理して進んでいるんだ。この苛立たしさを解消してくれるんだろうな? それができなきゃ道化らしく命乞いでもしてもらうわよ」

男「まさかウィルがかばってくれるとはな」

レミリア「なぜ我が娘の名前を知っているのかしら。それも愛称まで」

レミリア「あんたたち関係あるの?」

ウィル「私はないぞお母様」

男「俺はある」

レミリア「知り合いじゃないのになんで庇ったのよ」

ウィル「そんな運命を感じたから」

レミリア「私の運命にこいつなんていなかったわ」

と言ってレミリアは眉をひそめた。左右に首を振りながら唸っている。何か考え込んでいるように見えるが。

レミリア「私の運命にこいつなんていなかったのよ。何やったのウィル」

ウィル「私は何もしてない。神に誓ってもいいぞ」

レミリア「神に誓える子に育てた覚えはないわよ。じゃああんた何者なのよ」

何者かと聞かれれば答えには詰まる。

種族で言えば人間。立場で言えば寺の保護下。地底と寺に協力を仰ぎこの異変を解決しようとしているもの。

もっと言えば俺は………………

男「正義の味方だ」

そうなりたかった。

霊夢の背中を追って、俺は正義の味方になりたかったんだ。

普通に考えれば道化た答えに対しレミリアはその小さな左手を顎に当て考え込んだ。

ウィル「絶対に会ったことない。絶対に知らない。だけど私はお前と会ったことがあるか? なんで私はお前を知ってるんだ?」

続いてウィルも頭をかしげる。ウィルヘルミナに関してはおそらくだがうっすらと前の世界と繋がっているのかもしれない。

もともとこの世界の住民じゃない故に、世界が巻き戻ったとしても完全にその影響を受けているわけではないのだろう。

そういえば彼女はどうしているのだろうか。

レミリア・フランドール・ウィルヘルミナに続く第四の吸血鬼。

吸血鬼でありながらレミリアに隷属するメイド服の名も無き彼女は。

レミリア「何見回してるのよ。逃がすつもりはないし、逃げ場もないわよ」

男「望んで飛び込んだんだ。逃げる気はないよ。ただ予想より妖怪の数が多いなって思ってさ」

レミリア「ふんっ。この私のカリスマにかかれば周囲の困っている妖怪を携えることなど納豆をかき混ぜることよりたやすいわ」

よくわからない例えをしながらレミリアが不敵に笑う。見た目は少女を越え幼女のように見えるがそれでも実力者であり強者なのだ。

まったく、見た目だけでは何も判断できない世界だな。ここは。

レミリア「正直なところ仲間になれと言われたところで納得できるだけの材料がない」

レミリア「私は主だから、当り前かもしれないけど付き従ってくれる者達がいるのよ。つまりそいつらの命も私が担ってるってわけ」

レミリア「つまり私の価値はその分だけ重くなるってこと。わかるわよね?」

分かる。上に立つものとして当然の考えだ。上に立つものは立場は上であれど、付き従う皆を背負わなければならない立場。

だが説得をあきらめるわけには―――

レミリア「ま、いいわよ。仲間にはならないけど協力はしてあげる。案内なさいな」

男「!?」

今までの問答をあっさり覆される。いきなりの手のひら返しに隣にいたウィルも大きく目を見開いていた。

レミリア「くすくす。とてもびっくりしたって顔してるわね。その顔が見たかったのよ。あんたなんか偉そうでムカつくし」

レミリアが子猫のようにケラケラと笑う。目を細めにんまりと笑うレミリアの考えが読めなかった。

レミリア「さっきのは理論の話よ。だけど直感はまた別の話。直感はあんたと一緒にいった方が面白いってにやにやと笑ってる。あんたに一つ教えといてあげるわ」

レミリエがぴんと人差し指を立て、唇にあてる。

レミリア「付き従うすべてのものを背負うってことはそいつらを私の一存で我が侭に扱えるってことよ?」

そういって再びレミリアはケラケラと笑い始めた。

男「ちょ、ちょっと待て、まだ論議にすら入ってないぞ。全てをすっ飛ばして」

レミリア「あら、仲間に引き入れたいんじゃなかったの?」

男「そうだが、そんなことはまだ言ってないじゃないか」

そう、まだレミリアに対して論議すらしていない。

レミリアの一方的な捲し立てを聞いてるだけで

ただそれが俺の考えを読むかの如く当てているだけで

レミリア「あんた顔にでやすいのよ。仮面でもかぶったらどう?」

ウィル「私仮面もってるぞ」

仮面をかぶったとして、そんな人間が信用されるわけない。いやそういう話じゃなくてだ。

男「直感なんかで、それだけで決めていいのか!?」

レミリア「文句がある奴はぶっとばすわ。物を知らないあんたのもう一つこのレミリア先生が教えてあげるわ」

レミリア「理論なんかすっ飛ばして直感だけで正解を探し当てる能力をね」

レミリア「カリスマっていうのよ」

レミリア「咲夜!!」

レミリアが両手を数度打ち鳴らす。すると一度目の拍子で咲夜がレミリアの横に現れた。

いつ消えたのかも気付かなかったがいつ現れたのかも気付かない。

咲夜「お呼びでしょうかお嬢様」

レミリア「全軍撤退~ 目標はどこいきゃいいんだっけ?」

男「え、あ。地底だ」

レミリア「ってことらしいわよ」

咲夜「!?」

能面を被ったかのように無表情だった咲夜の顔が珍しく驚愕に歪む。

なぜそうなったかをレミリアに問うがレミリアの追い払うような手付きで返され咲夜は言葉を失っていた。

結局首を縦に振る事しかできなかった咲夜は去り際に俺を刺すような視線で睨んできたが悪いのは俺じゃない。

ウィル「地底初めて。温泉いこ。お母様」

レミリア「いいわね~。流水はクソ喰らえだけど、温泉は別よね」

姦しく楽しそうにはしゃぐ二人を見て何か勘違いをしているのではないかと不安になったが、不思議と信頼感もあった。

聖さんや映姫さんとはまた別のベクトルで頼りになりそうだ。

レミリアのようにコロコロ変わる進路だったが、結局は無事に事もなく進路を地底へと変えることができた。

ただ進行している妖怪の軍団に手を出せる勢力はいなかったらしく道中事もなく進むことができた。

文「あやや。よくわかりませんがうまくいった、ということでいいんでしょうか」

男「まだうまくいってないよ」

文「と、いうと」

問題はこの後だ。

俺の独断で連れてきたレミリアたちの軍勢。それを受け売れることは容易ではないはず。

男「聖さんはともかく勇儀さんが納得しますかね」

文「なるほど、そういうことですか。まぁ納得はしないでしょうね、こういうのもなんですが地底は結局引きこもりのあつまりですからね」

勇儀さんたちには言わないでくださいよと射命丸が付け加える。言おうとは思わないがあの勇儀の陰口を言うあたり案外不真面目なのだろうか。

男「きっとレミリアならなんとかしてくれるでしょうよ」

文「あや? 会ったばかりにしてはずいぶんとあの小娘を信用してるのですね」

男「一番やりやすい相手ではありますよ。カリスマって呼ばれるだけはあって」

文「あの求心力と人心掌握術は見習いたいものです。人妖混合の紅魔館を纏めるだけありますね」

男「たしかに」

各勢力はそれなりの理由があって集まっているものの、紅魔館だけはそうじゃない。

レミリアを楔として繋ぎとめられた一団。レミリアに惹かれたものだけが集まる集団。

寺よりは緩く、地底よりは強固なつながり。そこは不思議と心地が良い。

男「もしもの時は勇儀さん説得してくれないか?」

文「嫌です。自分でしてくださいよ」

だろうな。正直なところあの殺気をまた浴びるのは勘弁したいところだが。

レミリア「まったく東方の鬼は頭が固いわね。もしかして筋肉で脳みそができているのかしら? もっと私みたいに柔軟性を持つべきじゃなくて? 身内だけで固まるのを良しとするからこんな陰気でかび臭いところで満足するのよ。私をみてごらんなさい、あの憎々しい太陽の下すら闊歩できるナイトウォーカーよ? まさしく私が新時代的」

勇儀「あぁ、そうかい。うちらはあんたみたいなへにょへにょの芯は持ってなくてね。日傘をさして歩くだなんて軟弱な解決策を選ぶ奴はいねぇのよ」

水と油の二人を合わせると火に油を注いだように燃え上がる。そしてその業火に焼かれるのはこの状況を招いた俺で(射命丸はとっくに逃亡した)

近くにいたから連れてきたにとりもすでに泡をはいて気絶しており、役には立ちそうにない。

人を小ばかにした笑みを浮かべぺらぺらと勇儀を嘲笑するレミリアと、こめかみに血管を浮かべそれに返す勇儀。いっそのこと殴り合いでもしてくれたほうが吹っ切れるかもしれない。

ドンッ!!

男「ひぃ!」

腹に響く重音が響く。いまだぺらぺらとまくし立てるレミリアに対し、勇儀が机を叩いた音だった。叩かれた重厚な木製のテーブルは砕けこそしなかったがひびが蜘蛛の巣状に広がっている。

勇儀「地底の連中は逃げねぇ、裏切らねぇ、媚びねぇ。そんな奴らだ。お前らはそれを守れるのか? おい」

レミリア「ふんっ」

シュガッ!!

男「ひぁっ!」

レミリアがその小さなかかとを机に勢いよく落とす。ひびが入っていた机は耐え切れずに細かな破片となり砕け散った。

レミリア「私たちは多種多様。勘違いしないで頂戴。あんたたちが私たちを受け入れるんじゃないの」

レミリア「私たちがあんたたちを受け入れるのよ」

話は平行線。だけど交わっているようにも見える。

交わらないのはどちらがどちらの上に立つかでもめているからだ。

それは集団の長として立つものの当然の考え。

すべての責任を自分が負うためにする長の当然の行動。

結論は変わらないのに過程が違うだけで話がまとまらない。

喧々諤々終わらない会話に時間が食われていく。折れない二人によって。

この事態を招いた俺がどうにかすべきなのかもしれないが打つ手はない。

結局ただの傍観者になるのみ。

男「………はぁ」

勇儀「なにため息なんかついてるんだ、男。お前がこいつらを連れてきたんだよな」

レミリア「言ってあげなさい男。どちらが相応しいのか。もちろんカリスマに溢れる?」

男「え?」

ため息に業火が引火した。火が一瞬で俺を取り囲む。

どちらが相応しいのか。

心情的にはレミリアのほうが相応しいと思う。

だけど地底の奴らを正しくまとめ切れるかというと不安もあり

つまり簡単に答えは出せない。

それが俺の意見だけどそんな回答をすればおそらく二人の拳が飛んでくるだろう。

苦笑いと冷や汗だけが流れる。俺はただの人間だぞ。未来を少し知ってるだけの。

強くなろうとしてるただの―――

文「あやや! 大変ですよ!!」

男(………ほっ)

この空気をぶち壊したのは珍しく額に汗をかいて飛び込んできた射命丸だった。

突然の乱入に当然のことながら矛先は一瞬で射命丸に向く。そんな二人からの威圧を受け、射命丸は上ずった声を上げたが、ひと呼吸を置いて勇儀の手を取った。

文「見つけたんです! 来たんです!!」

勇儀「なにがだい」

文「はたてとっ 椛がっ!!」

会談は中断。はたてが誰かは知らないが、椛がだれかは知っている。

千里眼を駆使した、天才軍師………確かそう呼ばれていたはずだ。

ちらりと見かけたときは鋭く厳しそうな顔つきをしていたが、今は年ごろの少女のように安らかな寝顔を浮かべている。

肌には軽いすり傷が見えるがひどいケガには見えない。

ひどいケガは

はたて「あっはっは。もうだめかと思ったわよ」

右羽が折れているこの少女だ。声をだして笑ってはいるがその笑顔はどこか空虚に感じる。おそらく痛みを我慢しているのだろう。

いくら丈夫な妖怪といえど、この傷が平気だとは思えない。

文「こんな無茶して、死んだらどうするつもりですか!!

はたて「そんなに怒らなくっても。生きてるんだからいいじゃない。それに死んでもあそこから逃げたかったのよ」

はたて「わかるでしょ、天狗連中がどんな奴らかって。あいつらは椛を道具としか見てない。椛の命令には従ってるけど心の中では椛を見下してる。自分より惨めな白狼天狗だから。女だから。そんな理由でね」

はたて「いくつもの戦場を休みなくつれまわせ、そのたび体も心もすり減っていく椛を………私はもう見てられなかったのよ」

はたての明るい笑みが崩れ、憂いを帯びた笑みへと変わる。おそらくこっちが本当の表情で

その嘲笑はどこか自分自身に向けられているように見えた。

勇儀「また大所帯になっちまったね」

レミリア「で、これをどうするの? 仲間を裏切って逃げたこの二人を。私なら受け入れるわ」

勇儀「………はっ。こいつらは元から私たちの仲間だ。帰ってきただけなのに受け入れない理由がないだろう」

レミリア「詭弁」

勇儀「なんとでもいいな。それにはたては自分の命を懸けてまで友を守ったんだ」

勇儀「その強さと心意気に惚れなきゃ鬼じゃないね」

レミリア「お涙頂戴に弱いのね。鬼の目にも涙ってやつかしら」

勇儀「減らない口だね」

レミリア「あら、言葉は無限だと思ってたけれど。もしかしてあなたはしゃべりすぎると死ぬ妖怪?」

レミリア「まぁ、そんなことより。あなたは一つ勘違いをしているわ」

レミリア「この子たちは強くない。弱いわよ」

勇儀「………弱くないさ」

レミリア「弱いわ。私が撫でれば死ぬくらいにね。だから守るのよ」

レミリア「私は過保護でね、一度好きになった相手を守ってあげるの。弱者の叫びを強者の雄たけびと聞き間違えるあなたと違ってね。現実での強弱を見抜きなさい。幻想を見続けると現実が犠牲になるわ。あなたはどうなの? この子たち弱者を守れる覚悟はあるの? 強者として」

勇儀「………」

はたての言葉と表情に射命丸は言葉を返せなかった。

なぜかは俺にはわからない。はたてが射命丸を非難しているわけでもないのに下を向いて唇をかんでいる。

男「えっとさ、ここで話すよりも先に治療したほうがいいんじゃないのか? 痛いだろ、それ」

はたて「見た目よりは痛くはないわよ」

男「痛いんだな?」

はたて「………………すっごく」

はたてが頷く。当たり前だ。この言葉を素直に受け入れるバカはいない。

きっとこのはたては手足が折れても同じことをいうだろう。心配をかけさせないために。

だけどそれは無意味なことなのに。余計人の心をかき乱すだけなのに。

男「射命丸、病院……かなんかに連れて行ってやってくれ」

文「あなたに言われなくてもわかってますよ。はたて」

射命丸が差し伸べた手をはたてが掴もうとして一瞬躊躇していた。すぐに笑顔を作って、射命丸の手をしっかりと握る。

はたて「ありがとう。文」

文「どういたしまして………はたて」

文「………あなたは椛をどこかへ寝かせてあげてください」

はたて「変なことしちゃだめよ?」

男「しないって」

はたてはからかうようにくすくすと笑った。

射命丸の肩を借りてゆっくりと射命丸に連れられて行く。引きずっているところを見るとどうやら左足も怪我しているみたいだ。

男「さて、と」

椛に目を向ける。

はたてが命を懸けてまもった相手。

おそらく美しい白髪をしているのだと思うが、今は泥や汚れにまみれ黒く染まっている。

男「……誰かに綺麗にしてもらったほうがいいな」

傷口に雑菌が入ると大変だ。妖怪でもそうなのかは知らないけどきれいにしておくに越したことはない。

自分でやる?

やるわけないだろ。はたてに命を懸けて殺されるわ。

いや、たぶんはたてどころじゃないわ。

誰の元に連れて行けばいいのか。確か河童のにとりが妖怪の山にいたはずだ。射命丸とも知り合いなのだからきっとこの子とも知り合いだろう。

ひかがみと脇の下に手を通し抱き上げる。

抱き上げた体は不思議なほど軽い。意識がないとは思えないほど軽かった。

まるでなにか大切なものが抜けているかのように。

汚れた体は薄暗い地底の闇に溶けていきそうで、俺は少し怖くなって腕に力を込めた。

彼女から小さく吐息が漏れる。

急いで安全なところへ連れていこう。

なにかに奪われる前に。

男「はぁ、はぁ、はぁ」

いつの間にか走っていた。息を切らせて飛び込んできた俺を見て白衣男が目を丸くしていた。

白衣男「! そいつは椛か!?」

男「知り合いか?」

白衣男「あぁ、知りあいだ。しかしなぜここに? 妖怪の山にいたはずだろう」

白衣男に事情を話すと、唸るような声で小さく呻いた。

白衣男「よかった、がまずい」

男「何がまずいんだ?」

白衣男「天狗はご存知の通りプライドが高く性格が悪い! もちろん例外もあるがたいていはそんな奴らの集まりだ。報復がないとはいいきれん」

男「でも、もうこっちは妖怪の山に宣戦布告しているようなもんだしな」

妖怪の山の子供たちはこっちが預かっている。すでに恨みを買っているのだから今更ではないかと思う。

白衣男「子供は子供だ。楯にして交渉を迫らなければそう事にもしないだろう。重要なのは子供たちが連れ去られたことより、その事実が知れ渡ることが問題ということだ。椛の場合消えた事実を隠しておくことはできない。椛が雑兵なら問題はないのだが、一応指揮官という立場にあるものが消えてしまっているからな」

白衣男「まぁ、それは後で考えよう。今は椛の手当てをしなければな。にとり! おーいにとりー? ………みとりー!!」

あ、にとりは気絶したままだった。

みとり「………手当は………終わったわ」

椛をみとりに預けると、その雰囲気に似合わず(と言ってしまっては失礼かもしれないが)テキパキと椛の汚れを落とし、傷の手当をしていった。

みとり「………服は」

白衣男「あぁ、服なら見た感じにとりの服が」

みとり「………見るの禁止」

ズビッ

白衣男「んぎゃーっ!!」

みとりがその細い指を容赦なく白衣男の眼球に差し込んだ。

男「お、おい。大丈夫か白衣おと―――」

みとり「………禁止」

ズビッ

男「言葉で十分ではーっ!?」

どの生物でも鍛えることができない場所を攻撃するのはやめてほしい。

人間、妖怪に限らず共通言語でしゃべっているのなら意思疎通はできるはずなのだから。

白衣男から渡された酒を一口煽る。

酸味を感じる香りで、味は癖のない辛口。飲みやすくはあるがそれ以上に

男「………うっ」

アルコールが強烈だった。

白衣男「鬼が飲む酒を薄めたやつだからな」

白衣男が笑う。

頭がぐわんと揺れ、体中の血管が広がっていくかのような感覚を覚える。

薄めたとしてもかなりの強烈さ。

味は日本酒に近いのに、度数はおそらく焼酎を凌ぐ。

なんてものを飲ませてくれるんだ。

白衣男「さて、一つ聞きたいことがある」

男「なん、だ?」

白衣男「お前はどこを目指す。調和か支配か。この戦いをお前はどう、止める?」

男「俺は………止めないさ、止めるのは―――」

男「れい、む」




















目を覚ます。夢は見なかった。

意識が戻るのと同時に頭痛とめまい、そこからくる吐き気。

状況を思い返すと、白衣男から渡された酒で酔いつぶれたらしい。

あんな酒飲んで平気でいられるか。

星「目を覚ましましたか」

男「ほ、星さん!?」

気づかなかったが俺は布団に寝かされていたらしい。

正座をしてこちらをのぞき込む星さんの隣でナズーリンが呆れて俺を見ている。

ナズ「酒を飲んで倒れた君を、酒屋のとこの甲冑をきた変な奴が連れてきてくれたんだよ。まったく酒に飲まれるというのは愚かな行為だ。恥を知り給え恥を」

男「あれは、なんというか騙されたに近いな。注意してなかった俺も俺だけど」

覚えているのはこの戦いの終わり。

現実的に考えれば俺たちで戦いを終わらせるが正しかったのだろう。なのになぜか脳裏によぎったのは孤独に戦う霊夢の姿だった。

男「………なぁ、星さん。ナズーリン」

星「はい、なんでしょう」

ナズ「なんだい」

男「俺、頑張るよ。頑張ってみんなのために頑張るから」

ナズ「それは当たり前のことだ。そんな当たり前のことを今更口に出す必要はないね」

星「ナズーリン」

ナズ「でもまぁ。覚悟を決めないものを愚者と呼ぶなら、君はどうやら愚者よりはましのようだね」

ナズーリンが珍しく褒めてくれた。照れ隠しの悪態を交えながらだけれど。

その頬はかすかにだが赤く染まっており相変わらずのその性格がほほえましく感じる。

星「あなたは今まで頑張っていましたね。そしてこれからも努力をすると誓いを立てました」

星「そんなあなたに対し私はなにもしてあげられないことを歯がゆく思います」

ナズ「相変わらずご主人は自分を責めるのが得意だね。こいつはご主人様に救われているよ。救われていないとは言わせないさ。ねぇ」

男「星さんには助けられてもらってばかりです。俺を信じてくれて、支えてくれて。なにもしてないだなんてそんなことありませんよ。感謝しています。ナズーリンにも」

ナズ「なっ、ふ、ふんっ! ずいぶんと殊勝な態度だね。気絶をして少しは素直になったのかな?」

事実だ。今まで俺の助けになってくれた人すべてに感謝をしている。だからこそみんなを助けたい。その数がどんどん膨れ上がっていつか抱えきれなくなる時がくるかもしれないが、それでも今は助けれる人を助けていたい。

ナズーリンに言わせれば甘い節操なしの人間らしい。長い時を生きてきた妖怪からみればその通りなのかもしれないがそれでも俺は人間らしく、無茶を無茶と思わずに刹那的でもいいから生きていたい。

なんでもない人間の俺が唯一人生に意味を持てるのが今なんだから。

次の日のことだった。

俺はあんな酒を飲ませてきた白衣男に文句の一つでも言ってやろうと息巻いて白衣男がいる酒屋へと向かった。

しかし白衣男はおらず、代わりにいたのは河童のにとりだった。

今の憤りをにとりに熱く話すがにとりは困惑するばかりで、この思いに同調してくれやしないし、この気持ちをぶつけるべき相手の居場所もしらない。

それどころか射命丸達や甲冑を付けた人もおらず、みとりは家の奥に引きこもっているらしい。

男「ったく。あれは絶対わかってやってたな。酔いは良くも悪くも人の本音を引き出すがだからと言って自白剤的な使い方をするとは人間の考えとはおもえん」

にとり「は、あはは………。えっと君の気持ちはよぉくわかったけど、それを私に話されても困るというか、なんというか。いや盟友の話を聞くのが苦痛ってわけじゃないんだよ? えぇっと、なにがいいたいのかというと………えと、あはは」

男「言いたいことがあるならはっきりと言ったほうがいい時もあるぞ。嘘も方便でよく使うこともあるが」

素直に言っていけない場合のほうが多いとは思う。

にとり「君ほど度胸はないんだよぉ………。というか君はお世辞でも強いとは言えないのにその強者に立ち向かっていく意思はどこから湧いてくるのかなぁ。鬼に吸血鬼にあの尼に。
まるで自分の命がいくつもあるかのように………人間なんだよね?」

男「どこからどう見ても人間だろう」

にとりも一見人間に見えるし、幻想郷の妖怪は人間にしか見えないものも多い。なので人間らしい見た目というと疑問がわくが、今までの人生の記憶からして妖怪ではないことは確かだ。

あ―――ただ

男「そうだ。にとりならこれの弾を作れるんじゃないか?」

紫から渡された時間を戻す拳銃。俺の生命線だった銃。俺の唯一の人とは違う部分。

弾切れのため、おどし程度にしか使えなかったが銃弾さえ手に入れば強力な武器になる。霊夢と小町が命を落としたときしか使えないが、それでもだ。

河童の技術力は確かなものだと聞いている。外の世界の科学とは違う魔法のような化学力だと。

にとり「ん? なんだい、これは」

男「時間を戻す銃だ。弾切れだから使えないけどな」

にとり「えっ、そんなものが……いやないとは言い切れないけど、とんだ大妖怪クラスでもそれは………うーん」

しかし実際に経験している。だからこそ俺は未来を知れている。

にとり「ちょっと見せてもらうよ」

にとりが眉をひそめながら俺から拳銃を受け取る。しばらくの間回してみたり解体してみたり天にかざしてみたりしたにとりだったが拳銃を机に置いて首を横に振った。

にとり「これ、ただの拳銃だよ。たしかに抽筒板が歯車の形になってるのは珍しいけど、珍しいだけのただの銃弾だよ。時間を巻き戻せるだなんて、無理だよ」

――――――え?

だけど、その銃は今まで何度も時間を巻き戻して。

………科学的なものではない?

考えてみればそれは当然のことだ。時間の逆行はSFの題材としてよく用いられるがその現象は科学よりも魔法的なものに近い。

ならば技術力に長けた河童より、魔術に富んだ誰かに見せたほうがいいのかもしれない。

魔術に長けるといえば―――パチュリーだ。他にはアリスがいるが今ごろアリスは幽香と一緒に逃げているはずだ。

レミリアに頼めばパチュリーと会わせてくれるだろうか。

男「ちょっと、パチュリーのところに行ってくるか」

にとり「それを持って? 本当に魔術的なものなのかなぁ。確かに軽くそんな残滓を感じるような、感じないような気がするけどさぁ」

どちらにせよ、俺が経験した時間逆行の原因はわかるかもしれない。

もしこの拳銃が原因でないのなら

俺はだれでも救えるようになるのかもしれないのだから。

レミリアは主を失った屋敷に陣取っている。つまりはさとりの屋敷にだ。

以前見たときは庭は荒れ果て、バラは鬱蒼と生い茂る雑草に埋もれていたが雑草はすべて抜かれ、綺麗になっている。

色とりどりの薔薇が咲き乱れているが、その中でも優しいまなざしを向ける薄青色のバラに眼を惹かれた。

美鈴「見たことない品種のバラですよね。すごい綺麗で優しい青色。助けてあげれて何よりです」

いきなり真横から声が聞こえる。美鈴さんが足音も気配もなく真横にいた。

美鈴「ご用はなんでしょうか。男さん」

男「こんにちは、美鈴さん」

美鈴「………? 私名乗りましたっけ?」

男「あー、えっとレミリア、さんから聞いてます」

俺が美鈴さんを知っているということ。それは美鈴さんの未来を知っていること。

なら知らせなくていい人には俺のことは知られなくてもいい。

美鈴「なるほど。今日はどんなご予定ですか?」

男「パチュリー…いえ、レミリアさんに用事がありまして」

美鈴「わかりました。あ、お嬢様は今は温泉にいるのでご案内しますよ」

男「温泉に?」

美鈴「はい。ご令嬢様と妹様とお風呂に行かれました」

男「………豪胆ですね。こんな状況なのに」

美鈴「温泉が目の前にあるなら入らない理由はないんじゃないかしら? その温泉が凶暴な人食い温泉なら別だけど、とお嬢様なら仰りそうですね」

確かに。したり顔で言いそうだ。

だけどその通りで、温泉に入ったからと言ってなんら不利益があるわけでもない。

その通りなのだが、人というものは無駄なことをしてしまいがちだ。

俺なら気にせずゆっくり入浴を楽しむだなんてことできそうにない。

美鈴さんに案内され、温泉へと向かう。

もちろん温泉の場所は知ってるが、俺が一人で会いに行ったと美鈴さんに付き添われていったとじゃあ印象は全く違う。ある程度認めてくれた(と思いたい)とはいえ、楽しく過ごしている時間を邪魔できるほど親密な関係にはなっていないからだ。

美鈴「あの、変なこと聞きますけど。お会いしたことありますか?」

男「いえ、会ったことはないと思いますが」

少なくとも今回は。

美鈴「すんすん。でもなんだか嗅いだことのある匂いだったので。どこか懐かしいような」

男「はぁ、そうですか」

前回の美鈴さんにも同じようなこと言われた気がする。俺にはわからないが何かしらのフェロモンでも出ているのだろうか。

男「って、匂いで判断ってできるもんなんですか?」

美鈴「私、達人なので」

自慢げな顔をしているが、あまり意味は分からなかった。妖怪は人間より嗅覚が発達しているのだろうか。

ためしに深呼吸をしてみたが、土ぼこりとかすかなアルコールの匂いしかしなかった。

美鈴さんはそのあとも首を傾げ、唸っていたが結局思い出せなかったらしい。

俺に心当たりもないので人違いかなにかだと思うが、どこかひっかかるものはある。

まぁ、何が引っ掛かっているのかすらわからないから美鈴さんにひかれてなにか心当たりがあるように感じるだけだろう。

男「もしかしたら何か運命でもあるのかもしれませんね」

ときには直観的に感じたものが正しい道ということはあるものだ。レミリアがその通りに我が道を進んでいる通り、もしかしたらこの感覚は俺を導くなにかなのかもしれない

美鈴「はっ。軟派はだめですよっ。私には夫がいるのでっ」

腕でバッテンを作り、拒絶の意思を示す美鈴さん。たしかにそうとらえることも可能、というかどちらかというと口説き文句にしか聞こえないがそういうつもりで言ったのではない。

笑いながらため息をつき、その誤解を解く。

そもそも出会ってすぐの人を口説くような性格ではないし。

美鈴「なるほど。でもなんでしょう、直観とかじゃないんですよねぇ」

再度首をかしげる美鈴さん。その答えがわかるときは来るのだろうか。

男「もうすぐ温泉につきますよ」

美鈴「あっ、本当ですね。お話をしていると時間が経つのが早く感じますね」

美鈴「あとは寝てても時間が経つのが早く感じて、昼寝をしたらいつのまにか夜だったりしますよね」

しない。

旅館に入り、美鈴さんがずんずんと温泉に向かって歩く。

ほこりにまみれていたはずの廊下はいつのまにか掃除され、メイド服を着た妖精や小さな小鬼が忙しなく動き回っていた。

もう数日もすれば再び旅館として動き出すことが可能に思えたが、おそらくレミリア達のためにこの騒動は起こされているのだろう。

美鈴「お嬢様はこの中にいらっしゃいます」

ひらひらと揺れる赤い暖簾。そこには達筆で「女」の文字。

妖怪よっては性別による常識や倫理観に縛られないのかもしれないが、俺は人間であり、男である。

つまり女湯に入ることはできないということだ。

男「………どうしろと?」

美鈴「あっ。そうですね。入れませんね、あはは」

その通りだ。いくらレミリアが幼児体形であったとしてもだ。

それに、レミリアが素肌を人にさらすだなんてこと許しそうにないしな。

せっかく培った関係をこんなことで壊そうとは思わない。

本当だよ?

美鈴「男性用の水着持ってきますね!」

男「待って! そういう問題じゃないですから!!」

美鈴「でしたら上がられるのを待つしかありませんね」

男「初めからそのつもりでしたよ」

覗きの趣味はない。堂々と入っていけば覗きではない?

確かにその通りかもしれないが、それはそれでまた別の犯罪です。

いや、魔理沙とかぬえとは入ったことあるよ? でもそれはまた別じゃない?

って、俺はだれに言い訳をしてるんだ。

咲夜「よかったわね。もし一歩でも入ってたら切り取るところだったわ」

男「ひっ」

突然首元にあてられる冷たい何か。十中八九ナイフ。

いつの間にか後ろに立っていた咲夜が首にナイフを当てていた。

確かに初対面の印象はよくなかったかもしれないが、咲夜を害するような行動をとったつもりはない。

そして

吸血鬼「ウィル様を覗こうものならがおーしてたところだぞ。がおー!」

眼前にはこちらに鋭い目と尖った歯を向けるメイド服を着た吸血鬼。

前門の虎後門の狼よりも恐ろしい二人に挟まれていた。

男「下心は一切ないんで、助けてください」

美鈴「お客人に無礼を働いたらいけませんよ二人とも!?」

咲夜「今は客人として認めてあげるわ。だけどこの暖簾を一歩でも跨いだら」

吸血鬼「練って捏ねて肉団子にして、ご飯にするぞ」

なぜこうも信用がないのだろうか。

というかここに案内したのは美鈴さんなのに。

咲夜「お嬢様のお体を見るだなんて、下賤のものには許されないことで」

レミリア「いいお湯だったわ! 広い風呂は最高ね!!」

ウィル「お母さま! 服着て!!」

咲夜「ふんっ」

男「また目つぶしかっ!!」

咲夜に抱きしめられるようにして両目にナイフの柄をえぐりこまれた。一瞬裸のレミリアが見えたが、覗いたわけじゃないし、事故みたいなもんだし、興奮しなかったし、だから俺に非は一切ないはずなのに。

レミリア「なるほど、パチュリーに会いたいのね」

男「それをお願いしにきただけです。覗きにきたわけじゃありません」

なぜか下手人のごとく囲まれ事情を話すことになった。咲夜と吸血鬼は完全に敵を見る目で俺を見ている。こっちの完全な味方は美鈴さんのみであり、その美鈴さんも見当違いな弁護しかしない。

被害者(?)であるレミリアはあきれた目で俺を見てるし、娘のウィルヘルミナは娘を守る母のように後ろからレミリアを抱きしめている。

レミリア「こっちに落ち度があったんだし、怒るようなことじゃないし、というかなんで縛って転がされてるの?」

実にその通りである。

咲夜「こいつはお嬢様の裸を見ました。有罪です」

吸血鬼「ウィル様を狙ってる可能性もある。有罪だ」

レミリア「その理屈なら私が全裸で外を歩けば全員犯罪者にできるわけね。ナイトウォーカーであってストリーキングじゃないからしないけどね。それに全裸で歩いて、見た人を有罪にできるって私はゴダイヴァ婦人かっての。ゴダイヴァ婦人もピーピングトムに見せつけたわけじゃあないからちょっと違うわね………いや、この騒ぎ何よ」

レミリア「とにかく、咲夜と吸血鬼は下がる事。美鈴は書斎にこもってるパチュリーのところへ連れて行ってあげて。それとこれ以上の男への私の許可なき暴行は一切禁ずるわ」

話が分かる吸血鬼だ。勇儀さんよりは話しやすいがその周りが厄介でもある。勇儀さんもこっちに落ち度が一切ない状態で暴力をふるうことはないから、常識的なだけかもしれないが。

咲夜「わかりました」

レミリア「仕置きは暴力の範疇よ?」

咲夜「……………わかりました」

なんで咲夜は俺に暴力を振るいたがるんだ。

咲夜と吸血鬼から睨まれつつ、美鈴に案内されてその場から去る。

どうやらパチュリーがいるところはさとりさんの書斎らしい。

書斎について重い扉を開けるとまだ甘い匂いが残っていた。

先日のこと。たった1時間程度のこと。

だけどそれでも俺が放った最大の一手。

上手く、さとりさんを救えたのだろうか。

美鈴「パチュリー様―。お客人ですよー」

「………」

反応はなかった。

いや問題は反応がなかったことじゃない。

美鈴「わぁ。本の山ですね」

さとりさんの書斎がすっかり荒れていたことだ。

男「一体なにが?」

「……む、むきゅ。そ、そこにいる誰か、た、助けて」

男「本の山がしゃべった!?」

美鈴「パチュリー様!?」

もちろん本の山がしゃべるわけがない(幻想郷ならありえそうな話だが)。

なぜか本の山の中に埋もれているパチュリー・ノーレッジを本をかき分けて助け出した。

パチュリー「し、死ぬかと思ったわ」

パチュリーは本の雪崩に飲み込まれたせいか、あちらこちらに擦り傷やあざを作っていた。しかしどれも重大なものではなさそうで安心した。

パチュリー「あなたたちちょうどいい所に来たわね。あのままだと小悪魔が戻ってくるまで埋もれたままだったわ。それで、あなたは、えーっとレミリアのお気に入りだったかしら?」

男「お気に入りではないだろうけど、レミリアが話す人間ならおそらく俺のことだと思う」

美鈴「ところでなぜパチュリー様はあのようなことに?」

パチュリー「興味を惹かれる本が多くてね。高い所にある本をとろうとしたら成大にひっくり返ってこの様よ。いつもは小悪魔にとってもらってるから油断したわ」

美鈴「体を鍛えましょうパチュリー様。筋肉がその事件を解決してくれますから」

パチュリー「筋肉ができる前に私の命が燃え尽きるわ。確かに体を鍛えたほうがいいとは思うのだけど、実行に移すのは難しいものね」

美鈴「ところで小悪魔さんはどこへ?」

パチュリー「さぁね。気が付いたらいなかったわ。あの子たまに私に意味もなく反抗するときがあるから」

パチュリー「レミリアと違って従者に恵まれないわね。私は」

はたしてレミリアは従者に恵まれているのだろうか。

パチュリー「………体が痛いわ」

男「なら薬を貰って―――」

こようとする前にパチュリーがさっと軽く腕を振るった。

青い光。水疱のようにはじける光がパチュリーの体を薄く覆うと痣や擦り傷がみるみる内に消えていく。

さすが、魔法使いだ。

あっけにとられている間にパチュリーの肌は元の不健康な青白い肌へと戻っていた。

美鈴「その魔法を使って筋肉痛を治しながらトレーニングをすればいいのでは?」

さっきから美鈴さんの謎の筋トレ押しはなんなんだろう。間違ったことは言ってないのだが。まぁ、美鈴さんらしいといえばらしい。

健康的の代名詞ともいえる人だしな。

パチュリー「私は被虐趣味じゃないの。治せるけど、治す前は確かに痛いのよ。なかったことにできるからってなくなる前にはそこに『存在』したことは否定できないわ」

対して不健康の代名詞と表現できそうなパチュリー・ノーレッジ。

………なくなる前にはそこに確かに『存在』した。か

俺に対して言っているわけではないと知っているが、それでもその言葉はずきりと心に響いた。

パチュリー「それで、私に用事みたいだけどなにかしら」

男「………あっ。えっと、この銃なんだけど」

パチュリー「機械関係は河童に頼んだほうがいいと思うけれど」

男「時間を戻せる銃なんだが」

パチュリー「………これが?」

怪訝そうな顔をして拳銃を見るパチュリー。

なんでもありのこの世界で時間を逆行させることだけはどうやら受け入れられないみたいだ。

いや、こんな何でもない男が言ってるからかな。

パチュリーはじーっと拳銃を見て、数度左右に首を傾げた。

パチュリー「確かにその拳銃には魔術的な痕跡はあるわね」

男「やっぱり―――」

パチュリー「でも時間を逆行させるようなものじゃない」

男「――――――」

パチュリー「あなたのいう通りその拳銃で時間を逆行したことがあるとして、おそらくその原因はこれじゃない。他の要因が必ずあるはず」

パチュリー「例えばあなた自身が特別な存在。とかかしらね」

俺が特別な存在?

だとしたらその時間逆行に付与するものだ。

俺自身は決して特別な存在ではない。

ただのどこにでもいる人間だ。

今まで特別な人生を送ってきたわけではない。一般的な家庭環境で一般的な生活を送り一般的に成長して

―――そして一般的に何も成し遂げられなかった。

美鈴「男さんになにかすっごい力があるんですか?」

パチュリー「さぁね。だけどもの凄い力の持ち主っていうのなら私が―――いや私じゃなくてもレミリアが気付いているでしょうね」

男「ご期待に添えなくてすまないが俺は見た通り平凡な人間だ。下手したらこの世界では平凡にすらなれないかもしれないぐらいの」

パチュリー「でも原因があることは確かよ。どうする? 頭の中でも覗いてみましょうか?」

その言葉で脳裏に頭蓋が砕かれる光景が浮かぶ。スイカ割りのようにも見えるがぞっとしない光景だ。

パチュリー「大丈夫。治るから」

男「治ったとしても痛みは確かにあるんだろう!?」

パチュリー「冗談よ。本気にしたいならやってあげるけど」

男「やめてくれ」

パチュリー「わざわざ私のところまできてご苦労なことだけど、私にはこれ以上言葉を返せそうにないわ。だってあなたのことは本に書いてないもの」

魔術でも科学でも解決はできず。

なにかあることは確かだが、その答えをもたらしてくれるものはないようで。

一体紫は俺に何をしてくれたのだろうか。

―――なぜ紫はただの迷い込んだ人間にこんなものを?

美鈴「どうしたんですか? 顔色がなんだか優れないようですけど」

男「顔色、悪そうに見えますか?」

パチュリー「悪いわね。私よりはマシだけど」

特に気分は悪くない。

なにも悪くはない。

だから―――

男「パチュリーさん。ありがとうございました。もう帰ります」

パチュリー「体に気を付けて」

美鈴「大丈夫ですか? よければ私が家までお送りしますけど」

男「いえ、一人で帰れますから」

夢の中のような。泥の中を歩くような明瞭としない意識と足取り。

風邪なんかじゃない。

なのになぜかどんどん気分は悪くなっていく。

うなじに蛇の舌が這うような気色の悪い感覚。

痺れた皮膚がいつの間にか冷たく硬いなにかになったような感覚

ヒトから落ちていく―――

そんなわけもわからない感覚。

かちりかちりと呻きを上げる鉄の声

ぐるぐると回る

うねりを上げて流れる

そんな時間の間隔が、俺を苛み―――

ぬえ「――――――大丈夫?」

気が付くと目の前にはぬえの顔。体を折った俺とまっすぐ立ったぬえの顔が同じくらいの高さ。そんな身長差。吐く息を感じるほどの近くでぬえが俺の顔を覗き込んでいた。

男「!!」

ぱっと一瞬で全身を取り巻くなにかは消え失せた。

ぬえ「って! 別にお前のこと心配してるわけじゃなくてさぁ! あんたがしくじると面倒なことになるし、聖に怒られるしで、だからこれは」

長々と心配そうな顔をしたことに対する言い訳を述べるぬえ。そんなぬえが可愛らしくていじらしくて思わず顔が綻んだ。

ぬえ「むぅ、なに笑ってるのさ、気持ち悪い」

男「ありがとうな。ぬえ」

ぬえ「わっ、こいつ罵倒されてるのに笑ってるよ気持ち悪いっ!」

男「いや、心配してくれてありがとうってことだよ。助かった」

ぬえ「だから私はお前のこと心配してたわけじゃなくて」

ぽんとぬえの頭に手を置く。黒髪に指を這わせかき分ける。俺の指の形に合わせて流れるぬえの髪。その手触りが本当に心地よかった。

ぬえ「撫でるなぁっ! ………ん、なんかむかつく」

男「ごめん。いやだったか?」

ぬえ「違う。なんかこの感じ、初めてじゃなくて、嫌じゃなくて、ムカつく。意味が分からなくて気持ちが悪い」

ぬえ「………………もうちょっと撫でてていいよ」

美鈴「男さーん、忘れ物………お邪魔しましたー」

ぬえ「ばっ! 早く離れろ変態!!」

しおらしかった態度から一変。容赦のない蹴りが懐に入れられる。油断していた俺の体は構えることもできずちょうどみぞおちに入った。先ほどとは違うが嫌な汗が流れる。

ぬえ「ふんっ」

肩を怒らせてぬえが去っていく。あぁ、ぬえ。カムバック。

ぬえのほうへ手を伸ばす情けない俺に対して美鈴さんが申し訳なさそうに両手を合わせていた。美鈴さんは悪くない。悪いことはなにもしていないのだけど間が悪い。

望むことならもっとぬえの頭を撫でていたかった。

終わってない。つながっていたことを感じていたかった。

美鈴「あの、銃を忘れて―――ルーミア!!」

美鈴さんが声を上げると同時に彼方に向かって石を蹴り上げる。

誰もいない闇に吸い込まれた石は―――

「ひゃんっ」

いや、だれかいたらしい。心地よさとは対極にある墨で書きなぐったかのような闇の中から一人の女性がゆらりと現れ出た。

金色の髪、赤い眼。そして黒いシックなワンピース。顔は造形だけは美人の部類。だけど浮かべる笑みがやけに嫌な印象を抱かせる。

たとえるなら闇。人を引き込む危うさとともに人の恐れを受ける存在のように感じた。

ルーミア「びっくりしたわぁ。いきなり小石を投げつけるだなんて迫害された気分。あなたはきっと罪を犯したことがないのね。羨ましいわ」

美鈴「あいにく様、罪だの罰だのつまらないことを考え出した神を信仰してはいないの。それよりなんで男さんに危害を加えた?」

ルー「食べてもいい人類かと思ったから」

ルーミアと呼ばれた女性がくすりと笑い赤い舌をちらりと出す。

表情こそ悪戯を咎められた子供のようだが、赤い赤い舌は飴をなめているかのようにゆらゆらとうねっていた。

………食べてもいい人類? つまり彼女は

男「俺を食べようとしていたのか?」

ルー「ここは妖怪の場所。博麗の巫女でも白黒の魔法使いでもないただの人間がいたら餌だと思うのは当然。あなただってお皿の上に犬がいたらご飯だと思うでしょ?」

思わない。そもそも犬は食べないし、牛や豚だとしても生きてればたとえ皿の上にあったとしても食料としては認識できない。

妖怪と人間の認識のずれが会話を狂わせていた。つまり目の前の女性は妖怪らしい妖怪で上手いこと会話ができそうにない。

美鈴「お嬢様の客人に闇を植え付けるのはやめなさい」

ルー「違うわ。この人が持ってる闇を大きくしただけ」

男「何が、何の話をしているんだ? 闇ってなんだ?」

ルー「心の闇、人間妖怪問わず心あるものがみな持つもの。私、あなたが弱ってく姿をじっと見てたんだけど不思議ねあなた。あの子を一目見たらすぐに闇を振り払っちゃうんだもの。もしかして愛かしら? これが愛かしら? これが愛なのでしょう?」

くすりくすりと目を半月にゆがめ笑う。なんというかやっぱりこの人は好きになれそうにないな。

美鈴「この人を食べることも害することもこの私が許さないわ。私に蹴られないうちにどこかへ行くことね」

ルー「おぉ、こわいこわい。犬に蹴られないうちにお暇しましょうか。あぁ、そうそうあなた」

ルー「ゆがめられた認識は心の闇として現れる。記憶を振り返ってごらんなさい」

男「それって―――」

どういうことなのだろうか。ゆがめられた認識?

記憶を振り返れ?

美鈴「考えるだけ無駄ですよ。答えのない問いを出して頭を悩ませさせるのがあれのやりかたですから」

男「でも、なにか引っ掛かるような」

美鈴「気のせいですよ。あ、これお忘れになった銃です」

手渡されるずしりと重い感触。

俺の最後の切り札であった拳銃。

―――拳銃?

誰からもらったっけ。そうか紫からもらったんだ。

あれ、俺、紫にあったっけ?

なんで俺、拳銃持ってるんだっけ?

痛む。

頭がとても痛む。

男「う、うぅ。あぁっ!」

美鈴「どうしました!? 大丈夫ですか!?」

うるさい

かちりかちりと頭の中に響く音がうるさい。

時計の針が目障りだ。

消えてくれ。

あぁ、なんで

俺はこんな

――――――――――――こんな

夢を見た。

歯車の間に挟まれるような夢を。

目を開けると俺の四肢はしっかりとある。触れた顔も特に問題はないらしい。痛みも感じる。

瞼を開けるということ。

体を起こすということ。

どうやら俺は気絶していたらしい。

なぜだろう。最近気絶することに慣れてきた気がする。アルコールよりも後をひく、脳の中心にずしんと鎮座する頭痛。それがなにゆえなのかはわからない。いつもより重い頭を何とか起こし、霞んだ視界で状況を確認した。

にとり「やぁ盟友。気分はどうだい?」

にとりがいた。見渡すとどこかの部屋。俺は清潔な白いベッドの上で寝ていたらしい。3つ並んだベッドの真ん中。右側はだれもいないが左側は使用中らしく、カーテンで仕切られていた。

一体ここはどこなのだろうか。にとりの部屋ではないようだが。

壁にはガラス扉の棚。擦りガラスでよくわからないが向こう側にはボトルのようなものがいくつも並んでいる。それと鼻を衝くアルコールの臭い。

男「………医務室?」

まるで病院のような環境だった。清潔であるが人間味を感じさせず、どこか危機感を煽る様な白色で統一された部屋。

にとり「ピンポンピンポン。正解だよ。ここは旅館の医務室さ。主は訳あっていないから私たちが使わせてもらってる。大丈夫さ、解剖台なんてものはないからねっ」

そう冗談めかしながらにとりが教えてくれる。どうやら本当に医務室だったらしい。

確かに元が旅館ならば医務室くらいあるだろう。しかしこの旅館。色々な物が揃ってるな。

にとり「見たところもう平気みたいだね。ならこのリンゴでも食べて早く元気になっておくれよ。医務室のベッドは人気なんだ」

にとりがほいっと真っ赤なリンゴを投げて渡す。リンゴは丸く艶々しており実に美味しそうだった。が食べる気にはならず枕元に置く

男「ところで、そっちのベッドは?」

にとり「はたてさんを寝かせてるんだよ。椛は栄養失調と疲労からくるストレスだから私たちの家でもなんとかなるけどはたてさんはそうは行かなくてね」

にとり「右翼の開放骨折、左足の筋断裂、左目の網膜剥離、左ほお骨のヒビ、右三四番肋骨の剥離、全身に擦傷裂傷多数。妖怪だってここまで行けば重体さ。こんな体でここまで逃げてきたんだよ。この人は。椛を守るために」

にとり「私だって椛の友達さ。私は友達を守ってくれたこの人にどうお礼を言えばいいんだろうね。友達を助けようとも思ってなかった私たちは、どう二人に謝ればいいんだろうね」

にとりがぎゅっと拳を握り締め、唇を強く噛む。かみしめられた唇は血が通わず白くなり、そしてぷつっと音を立て血が流れた。

男「にとり、唇から血が出てるぞ。そう思い詰めるのは」

にとり「はは、あはは。ここは医務室だから怪我をしても平気さ」

そういう問題じゃないだろ。はたから見てもわかる。どれだけにとりが自分を責めているのか。

嗚咽を我慢するその表情では涙を零すまいと耐える瞳に水色が滲んでいる。

先ほどから言葉を吐くたびに眉尻と頬がぴくぴくと動いている。

友達を守れなかった自責の念がにとりの小さな体を押しつぶそうとしていた。

俺は、どう言えばいいのだろうか。

あったばかりの少女に投げかける言葉なんてどれも薄っぺらすぎてすぐに破れてしまうようなものばかりだ。

下手な慰めはにとりの心を傷つけるだけで意味はない。

だから言葉を選べなかった。選べる言葉がなかった。

無言が正しいとは思わない。だけどこの場では無言が最善だった。

きっとにとりの心を癒すのは俺じゃなくて―――

はたて「煩くて、眠れないわよ」

カーテンが開いた。ベッドの上では包帯だらけのはたてが上体を起こし眉をひそめながらこっちを睨んでいた。

はたて「礼とか、許す許さないとか、べつに私は期待してないのよ。私は椛をここまで連れてきただけ。大切だったから。私は私ができる方法で、椛を救おうとしたの」

呼吸が荒い。それもそうだろう、息をしても痛む体でにとりに怒りの言葉をぶつけているのだから。

震える言葉で、揺らぐ瞳ではたてがにとりを刺す。

それを受けてにとりの口端からひゅっと息が漏れた。

はたて「あんただって椛を助けるのよ。全部私に、任すな!! お前も、守れ!! お前が、守ってやれ!! バカみたいに自分を責めて逃げるなバカッパ!!!」

にとり「ひゅいっ」

はたて「友達は口だけかぁっ!!! 証明してみせろよぉっ!!!!」

にとり「わか、わかったよっ」

はたての慟哭を受け、背中を押されたかのようににとりの体が弾ける。にとりは慌ただしく医務室から出ていき扉がばんっと勢いよく閉められた。

はたて「はぁ、はぁ、つっっっっらっ」

はたては荒い息を整えることもできずばったりとベッドに倒れこんだ。ぜぇぜぇとつらそうに呼吸をするその口元は怒号によって吐き出された唾でべっとりと濡れている。

その口元を綿ではたてはちらりとこっちを確認して瞼を閉じた。

男「………あー、りんごあるけど食べる?」

はたて「………ん。食べる」

なんとなくした提案にはたてはぱちりと瞼を開けて頷くと顎を数回俺のほうへ突き出して早くしろと催促してきた。

あまり料理をした経験はないのでリンゴの皮を剥くのは難しい。そもそも刃物はあるのだろうか。ふらりと部屋の中を探してみると

男「………これで、行けるか?」

メスがあった。雄雌じゃなくてあの手術に使うメスが。

包丁、というかナイフよりも短い刃渡りだがこれでリンゴの皮を剥くことは可能だろうか。

はたて「はやく」

悩んでいる俺の背中に再びはたての催促が投げつけられる。

俺は仕方なくメスを片手にリンゴの皮を剥くことにした。

当然だがあんな小さな刃物でリンゴの皮を剥くのは困難を極める。俺は何度も飛んでくる催促の言葉に急かされながら悪戦苦闘しつつ、皮を剥いていく。

よく研がれてあるメスはとても切れ味がよく、当てるだけで皮がするすると剥けていく。しかしそれは普段から料理をしている人、もしくは手先が器用な人だけだ。そのどちらにも当てはまらない俺は皮から勢い余って果肉ごと削り取り、結局できたのはデコボコした綺麗とは言えない形だった。

剥き終わった裸のリンゴを八つに切り分け、芯を除いて清潔そうな布にリンゴを並べる。皿は探してもなかったのでそのまま手ではたてのところまで持っていった。

男「お待たせ」

はたて「食べさせて」

はたてが俺に向かって口を開ける。怪我人だから体を動かすのがしんどいんだろうけどまったくお互いを知らない同士なのにそう任せてもいいのだろうか。

リンゴをはたての口まで持っていくとはたては一気に半分ほど口に頬張りシャクリシャクリと咀嚼した。お腹が空いていたのだろうすぐに飲み込むと俺の次を寄越せと言わんばかりに大きく口を開いた。

リンゴを差し出す。食べる。次のリンゴを差し出す。

会話はなくこの行動を繰り返すだけ。そうしてリンゴをすべて食べ終わったときにははたての呼吸は大分落ち着いていた。

はたて「ありがと」

そう言ってはたては目を閉じた。すぐに小さな寝息がたつ。

心を許しているのか、警戒するほどの余裕がないのか。

俺ははたてがしっかり眠りについたことを確認するとカーテンを閉じ、医務室から出ることにした。

いくつかの蝋燭が灯されただけの薄暗い廊下を進む。

地底のどんよりとした空気をかき分けて進む。

地底の空気は濁っており、それに硫黄の臭いが―――

男「!!」

硫黄の臭いではない。

不快という点では共通するが腐乱臭よりも新鮮でドロドロしたこの生臭さは。

血の臭いだ。

ルーミア「こんにちは? それともこんばんは? 太陽がないから時間の間隔もわからないわ。けれどそれは元々ね。くすくす。なんて太陽も届かない暗闇からご挨拶」

影があった。

不自然に暗い影。井戸を覗いたときのような不安を覚える黒色。

蝋燭の幽かな灯りを吸い込みそこに影があった。

男「えぇっと、ルーミア、か」

ルーミア「ご名答。もう動けるのね。せっかく私が自責してお見舞いにきたというのに。あぁ、残念、残念」

影から白い手が現れ左右にぷらぷらと揺れる。

道化たこちらの神経を逆なでる声色。

男「食べるつもり、だったのか?」

ルーミア「そこまで節操なしの食いしん坊ではないわ」

心外よ。そういいながらルーミアが影の中から頭を覗かせる。

まるで空中に浮いた生首と右手。妖怪というよりは幽霊のようだ。

真っ赤な瞳と真っ赤な舌がこちらをチロチロと見つめる。

それは服の下を弄られるような居心地の悪さを持っていた。

ルーミア「食べちゃいけないものと食べていいものの区別はつくわ。もう子供じゃないの」

男「だったら俺になんの用だ?」

ルーミア「くすくす。あなたのことを気に入ったから、かしらね」

煙に巻き答えが返ってこない。見通せない不可思議な印象。この耳障りな笑い声が頭痛を増長させた。

ルーミア「あら嫌そうな顔ね。でも本当なのよ。たとえば―――これくらい」

男「!!」

影から手が伸びる。それは不自然なほどに延び俺の胸倉を掴むと強い力で引き寄せた。

片手、しかも細い腕なのに、全身で抵抗しても意味なく勢いよく影の中へと引き込まれる。

何も見えない。ただ地底の空気よりももっと濁ったものを肌で感じる。

息苦しくなって喘いだ口内にぬるりと湿ったものが這いこんできた。

それはにゅるりにゅるりと俺の口の中で暴れる。頭の中まで届いているかのような錯覚。生暖かく蠢くそれは

ルーミア「ん……ぺちゃ……ぷちゅ…………くちゅ」

舌、だった。

色っぽさの欠片もない、怖気が走るようなキス。

レモンの味なんてしない。広がるのは獣のような生臭さと血の味。

耐え切れずに突飛ばそうとするがルーミアの体は少しも剥がれない。むしろもっと俺を引き寄せると俺の喉奥まで舌を侵入させた。

男「んぐゅ」

異物を吐き出そうと反射的に吐き気を催す。しかしルーミアの舌で蓋をされ苦しさに変換されるのみだった。

空気が足りない。息ができない。

溺れるよりも苦しい。

粘り気のある唾液だけが喉の奥をぬめり落ちていく。

それは毒のようで

意しきをじわじわと

むしばみ

おれは

「なにやってんだ」

くびねっこをだれかがつよいちからでつかむ

それはルーミアよりもずっとつよいちからでおれのからだをかげからルーミアごとひっこぬき、こじあけるようにしておれからルーミアをはぎとった。

男「っ! はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ」

くうきを吸う。

からだの中にはいり込んだ悪いものをおい出そうと俺は何度も何度も呼吸をした。

レミリア「なにをやってるんだ? お前ら」

ルーミア「あらぁ、いいところだったのに」

ルーミアが悪戯を咎められた子供のようにばつが悪そうな顔で笑う。

レミリアは俺とルーミアの間に入るとルーミアに再度聞いた。

ルーミア「なにって、わかるでしょう?」

レミリア「捕食か?」

ぞっとしない言葉をはくレミリアにルーミアがくすくすと神経を逆なでる笑い声を返す。

レミリアはその対応に眉一つ寄せずにルーミアの答えを待った。

ルーミア「キス、接吻、ベーゼ。それらに類するもの、かしらね」

レミリア「あんなのは見たことないな」

ルーミア「だって少女漫画にはでてこないもの」

あのレミリアを恐れなくバカにするルーミア。普通ならばそこでレミリアが手をだし、戦いとなるだろうがレミリアの表情を見る限りどうやら慣れたことらしく、たんたんとルーミアの注意をするのみだった。

レミリアの小言にくすくすと笑うばかりで受けているのかいないのか、なんとも取れない表情をルーミアが浮かべる。

レミリア「今後この男に害をなすことを禁ずる」

ルーミア「あら、人を愛するということをあなたは害だと呼ぶのかしら?」

レミリア「押しつけがましい自分中心の愛はアガペーとは呼ばん。言葉遊びで煙に巻くのならこちらはもう言葉で返すことをやめるが?」

ルーミア「あら怖い怖い。でも私があの人間を好いているのは本当。だって面白い闇を抱えてるもの」

男「………闇?」

さっきも言っていた俺が持つ闇。心の闇、歪んだ認識。

いったい何が。

ルーミア「それじゃあバイバイ人類さん。また会いましょう」

疑問を呈す前にルーミアの姿がずずずと影の中へ消える。それと同時に濁っていた気配も血の臭いも消え失せた。どうやらもういなくなったらしい。

ルーミア。いったい俺の何を知っているんだ。

レミリア「大丈夫かしら。強烈なのを受けたみたいだけど」

男「気持ち悪い…」

レミリア「でしょうね。ルーミアもあぁ見えて………悪い奴だわ。ただ便利なの」

レミリア「言葉上でも好いていると吐くならあいつを利用してやりなさいな。」

もう係わる事自体お断り願いたい。あの不快感にはどれだけ接しても慣れそうにないからだ。

レミリア「口直しに紅茶はいかが?」

男「紅茶?」

レミリア「安心しなさい。今日は血液は入ってないから」

そういって猫のようにレミリアが笑う。今日は…ということは入ってる日もあるのか。

まぁ吸血鬼だしらしいと言えばらしいんだが。

男「折角だけど椛の様子を見に行ってくる。感動の対面に水を差すことになるかもしれないけど」

レミリア「あら、あなたはあの子が気になるの?」

にやにやとこちらを見てくるがそういう意味ではない。

男の女のそれではないということはレミリアも重々承知だろうにその上でこちらを出歯亀している。ただルーミアほどの嫌らしさは感じず、まるで子供のちょっかいのようだ。

男「今後の争乱の中心になるだろうからな。天狗は椛を狙ってこちらへ来るはずだ」

さきほど白衣男が言っていたこと。きっと天狗はこっちを狙ってくる。

だからどうすればいい。ここにとどまり迎撃するか。こちらから打って出るのか。それとも逃げるのか。

椛という存在は俺たちの尻に火をつけた。うかうかはしてられない。

男「今後のことについて後で話がある。勇儀さん、白蓮さんを呼んでおいてくれないか?」

レミリア「任せなさい。美味しい紅茶とケーキを用意しておくわ。ちゃんと坊主に合わせて肉は使ってないから安心しなさい」

そう言ってレミリアはパチリと大きな瞳を片方閉じ、こちらに向かってウィンクをした。

にとり「椛にできること、椛にできること、あぁ、なんだろうなぁ!」

にとりの部屋の前に立つとそんな台詞な中から聞こえてきた。

どうやら先ほどはたてから受けた言葉を模索しているらしい。

中ではドタバタと歩き回る足音も聞こえる。

まったく、怪我人がいるんだから静かにしてやれよ。

ガラガラとにとりの部屋の引き戸を開けると―――

にとり「ひゅいっ!?」

不意を突かれたにとりがぴょんと1メートル近く飛び上がった。

にとり「あいたぁっ」

そのままうまく着地ができず尻を床に強かに打ち付け、悶絶している

その様子がコミカルで俺は思わず噴き出した。

にとり「め、盟友。部屋に入る前にはノックを今度からしてほしいよ」

男「椛の様子はどうだ?」

にとり「あ、椛ならぐっすり」

椛「寝てないよ」

布団に横になった椛が鬱陶しそうな表情を浮かべこっちを見ていた。

椛「にとりがうるさくて、眠れない」

にとり「ひゃぁっ。ごめんよ椛!!」

にとりが土下座のように床に手をつき、ごつんごつんとその額を床にぶつけながら頭を下げる

椛「………そちらは?」

男「人間だけど敵じゃない。安心してくれ」

にとり「男って言うんだ。悪い奴ではないと思うよ!」

そこははっきりと言い切ってくれ。あって間もないから無理はないとはいえ。

案の定椛がこっちを警戒した様子で伺っている。

何か俺が下手な行動でもとればすぐさまにでも飛び掛かってきそうなほどだ。

俺は警戒を解くべく両手を上にあげてみたが効果はなく、視線がさらに鋭利になるのみだった。

椛「その男が、私になにか用でしょうか」

男「ちょっと話を聞きたくて」

椛「………逃げました立場ですが私も天狗です。仲間を売る様な真似はできませんよ」

その仲間から受けた仕打ちを考えれば復讐に燃えてもいいだろうに、椛はそう言うと口を固く閉ざした。

男「そうじゃない。ただ君も俺たちの一員になるんだから話を聞きたかっただけだ」

にとり「うんうん。今日からは椛も私たちの盟友だからね」

椛「………」

まだ警戒を解かず椛はこっちを頭の上からつま先までじっくりと観察をする。

どうみても中肉中背の一般的な人間。

普通過ぎて逆に怪しく見えるだろうが本当に無害な人間だ。

男「好きなもの、嫌いなもの、なにがよくて、なにがいけないと思うか」

にとり「盟友。口説き文句かい?」

男「違う。俺は人が嫌がることをできるだけ強要したくない。君はレミリアの、勇儀さんの、白蓮さんの、どの管轄とも違う。君を知っているのは君の友人だけ」

男「教えてほしい。君はどうしたい?」

そう聞くと椛はこっちをじっと睨むと小さな声でこう言った。

椛「………殺して、ほしい」

それ以上はなにも言わず椛は布団に包まりこちらに背を向ける。

聞き間違えじゃないかと思った。

いや、聞き間違えと願った。

だけどわなわなと震えるにとりの顔を見る限りどうやらそうはならなかったらしい。

にとり「ど、どうしてそんなこというのさ。椛。ねぇ! 椛!!」

にとりの言葉に答えず、その言葉から逃げるように椛はさらに布団の中に潜り込んだ。

男「………本当に、死にたいのか?」

にとり「そんなわけないじゃんか! きっと、なにか」

椛「はい。死にたいと思っています」

やっと帰ってきた言葉。その言葉はさっきの言葉をさらに肯定するものだった。

途中で遮られたにとりはぱくぱくと口を動かすがうめき声しか出ていない。

わなわなと肩を震わせ、にとりはぺたりと座り込んで嗚咽を上げて涙を流した。

にとり「もみじっ、もみじぃ、なんで、なんでそんなこと言うのさぁ」

泣きながら問いかける言葉に返事はない。その代わり丸まった布団が小さく震えていた。

男「にとり、椛にもわけがあるんだ」

にとり「わけ!? わけがわかんないよっ。死にたいなんて、思うことってあるのかい!?」

普通はない。

自分自身の命を軽々しく、意味もなく捨てる奴なんていない。

それは妖怪でも人間でも変わらない。

なら椛はなぜ死にたがっているのか。

それはたぶん

男「椛。ここにいる奴らはお前を差し出してまで生き延びようとはしないと思うぞ」

布団がひときわ大きく震える。

どうやら当たりらしい。

先ほど白衣男が言っていたこと。

椛を匿っているから妖怪の山の連中はきっと椛を取り返しに来る。

人間だけではない。妖怪の山まで明確に敵に回るということ。

そのことに椛は気づいていた。

男「椛を殺すくらいなら妖怪の山と全面的に戦争をする。まだ決まったわけじゃないが、絶対にレミリアも勇儀も白蓮もそう言うはずだ」

長い付き合いではないが、椛を見捨てるなんて考えを持つような人はいないはずだ。

にとり「そ、そうだよ! 椛を守るために私だって、戦うよ!!」

そう声を張り上げるにとりだったが最後には声が上ずって震えている。

だけど椛を助けるためににとりだって声を上げたんだ。

男「もちろん俺だってそう思っている。助けれるのなら誰だって助けたい」

男「だから、本当のことを聞かせてくれないか」

男「椛は、何がしたいんだ?」

椛「………っ、ひっく」

布団の中からか細いしゃくりが聞こえる。しゃくりを上げながら椛は

椛「たす、たすけ、たすけて、っ」

助けを求める声をあげたんだ。

男「そんな風に椛は言っていた」

この場に集まったのはレミリア、白蓮さん、勇儀、そして射命丸。

今、椛が思っていることを伝えると同様に眉をひそめた。

レミリア「この私が気を使われるとはな」

勇儀「この私が庇われるとはね」

白蓮「この私が救われるとは」

三者三葉にして同様の思い。

レミリアは不愉快そうに口を一文字に結び

勇儀は怒りに震えて

白蓮さんは悔しそうに唇を噛みしめ

文「本当に、椛がそんなことを、言っていたのですか」

男「布団に包まり、怯えながら、殺してくれと」

男「わかるか。みんなのために死のうとしながらもその勇気がもてないから殺してくれと懇願する椛の声色がどれだけ震えを隠していたか」

男「生きたいという欲望を隠した椛の声を」

強気に、強気に言葉を投げつける。みんなの心へ届けとばかりに。

きっとこの3人は椛のことを受け入れるはずだ。

見捨てるという選択肢はないはずだ。

だが三者とも立場がある。

軽々しく皆の運命を左右することを口にはできない。

どう救う。どう椛を救う。

どうやって椛を救うのか。

その言葉を誘い出すために挑発する。

レミリアをこき下ろし

勇儀を卑下し

白蓮さんに失望する。

三人だけに責任を負わせないために俺は必要以上に三人をなじる。

俺のせいになれ。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年01月22日 (金) 17:45:05   ID: SrlnfpH8

待ってましたぁぁぁ!

2 :  SS好きの774さん   2016年01月30日 (土) 22:46:59   ID: -OvtWhED

まさかの第二部…期待してます!

3 :  SS好きの774さん   2016年02月03日 (水) 22:45:28   ID: NBWztsww

キターー
頑張ってください‼︎

4 :  SS好きの774さん   2016年02月10日 (水) 13:35:09   ID: rnZ-QVJx

やったぜ。

5 :  SS好きの774さん   2016年02月28日 (日) 06:00:27   ID: j3FAcd54

追いついた!続き待ってます!

6 :  SS好きの774さん   2016年03月08日 (火) 01:23:39   ID: TqgDW7HI

ファイト!

7 :  SS好きの774さん   2016年03月11日 (金) 21:49:51   ID: STMwZgiL

いつまででも待つ

8 :  SS好きの774さん   2016年03月12日 (土) 17:57:52   ID: 4WY4Xkp9

楽しみだ

9 :  SS好きの774さん   2016年03月13日 (日) 05:02:35   ID: iA8GqQGN

頑張って下さい 気長に待ちますわ

10 :  SS好きの774さん   2016年03月22日 (火) 15:34:28   ID: IX8kjTSs

何か男が白銀武みたいに見えてきた

11 :  SS好きの774さん   2016年03月26日 (土) 22:45:39   ID: A6virXaW


追いついてしまった、
何年だってまっていますわ。

12 :  SS好きの774さん   2016年03月28日 (月) 17:31:00   ID: dSujjise

物語の始まりからどれだけの時間がたったのか...
いつまでも 何年でも待つ

13 :  SS好きの774さん   2016年03月29日 (火) 22:22:47   ID: 10aCCsn7

誰か本にしてくんね?

14 :  SS好きの774さん   2016年03月30日 (水) 17:42:45   ID: u9a1W701

主はからくりサーカス好きかな

15 :  SS好きの774さん   2016年04月05日 (火) 19:50:23   ID: SUg-23YW

はやく、次が見たい。

16 :  SS好きの774さん   2016年04月05日 (火) 23:35:38   ID: 3FUfstJG

やっときた!どれほど待ちわびていたことか。       続きが見れて凄く嬉しいです!

17 :  SS好きの774さん   2016年04月07日 (木) 08:59:51   ID: 9SOdA24P

続き、待っとるで

18 :  SS好きの774さん   2016年04月14日 (木) 17:52:37   ID: bC5Zk30w

美鈴の登場を期待していいんだよね?

19 :  SS好きの774さん   2016年04月17日 (日) 00:20:31   ID: -NEjAYWT

二年振りにまた一気に見てきました
続き、待ってます

20 :  SS好きの774さん   2016年04月20日 (水) 22:32:40   ID: zj6GKSkh

続きが楽しみ

21 :  SS好きの774さん   2016年05月01日 (日) 05:22:16   ID: PqC69NcR

アニメ化したらすごい事になりそう

22 :  SS好きの774さん   2016年05月03日 (火) 19:28:12   ID: s4eiwEdi

(☝ ՞۝՞)☝アヘェェェェェェェェェ!!!!!!!!!!!!!!

23 :  SS好きの774さん   2016年05月04日 (水) 23:32:40   ID: QRtIDDOw

続き来てた

24 :  SS好きの774さん   2016年05月27日 (金) 18:17:51   ID: 55BAZgWg

一年だって二年だって待ってやるよ

25 :  SS好きの774さん   2016年06月10日 (金) 20:05:44   ID: -kkHt4yZ

スカイプやってねーよちくしょう

26 :  SS好きの774さん   2016年06月29日 (水) 20:58:43   ID: h-ZPvIc2

更新キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
待ってました!!!またまたバッドエンドしか見えないwww

27 :  SS好きの774さん   2016年06月30日 (木) 21:17:05   ID: -saP25QI

まさかのブロンティストだということが発覚して鬼なる

28 :  SS好きの774さん   2016年07月13日 (水) 21:18:39   ID: NU6usfmk

どんな劇が待っているのか…

29 :  SS好きの774さん   2016年08月19日 (金) 12:18:35   ID: gOpz0mzx

これで子どもたちは救われるのだろうか?

30 :  SS好きの774さん   2016年08月22日 (月) 16:15:56   ID: AmpM6BrI

あ^〜いいっすね^〜たまんないっすね^〜

31 :  SS好きの774さん   2016年09月11日 (日) 08:41:30   ID: vvBihfpU

更新頑張ってください‼︎

32 :  SS好きの774さん   2016年09月11日 (日) 16:13:35   ID: 5yhzB7mn

神様ですか、この人!?

33 :  SS好きの774さん   2016年09月11日 (日) 16:16:35   ID: 5yhzB7mn

マミ:バットエンドしか、見えていないという輩は何処のどいつじゃ!?成敗してくれる!!

34 :  SS好きの774さん   2016年09月11日 (日) 16:18:29   ID: 5yhzB7mn

一輪:姐さん!托鉢に行ってきてもいいですか!?

35 :  SS好きの774さん   2016年09月11日 (日) 16:20:53   ID: 5yhzB7mn

ことりは、先に殺っておくのが、いいと思うよ、男!

36 :  SS好きの774さん   2016年09月19日 (月) 13:11:04   ID: S_LYJwAi

GO,TO,HEII!!

37 :  SS好きの774さん   2016年10月11日 (火) 22:42:24   ID: HzugC4RQ

wktk

38 :  SS好きの774さん   2016年10月13日 (木) 22:20:20   ID: ERpyPEy6

うおー!待ってましたァ!!頑張ってくだせえ!!

39 :  SS好きの774さん   2016年10月14日 (金) 00:37:06   ID: MpX_cXYk

シャランQ

40 :  SS好きの774さん   2016年11月07日 (月) 12:07:17   ID: 2aTNMrcW

ん〜やっぱいいね〜

41 :  SS好きの774さん   2016年11月20日 (日) 12:52:50   ID: o0ClpJdQ

更新キターーーーー

42 :  SS好きの774さん   2016年11月23日 (水) 22:31:00   ID: iK2d959Z

wktk

43 :  SS好きの774さん   2016年11月26日 (土) 07:15:35   ID: inYq7IrS

大妖精…

44 :  SS好きの774さん   2016年12月15日 (木) 03:38:35   ID: 095wpQbF

更新来てた良かった…

45 :  SS好きの774さん   2016年12月25日 (日) 17:55:54   ID: 695dfBXP

やヴぁい、これ大好き!

46 :  SS好きの774さん   2017年01月05日 (木) 21:18:48   ID: UL_ei3n7

ktkr

47 :  SS好きの774さん   2017年01月12日 (木) 18:19:45   ID: Q18N9XGf

ktkr

48 :  SS好きの774さん   2017年01月12日 (木) 18:23:31   ID: Q18N9XGf

と、入院とな...ここで言っても仕方がないがこれからも暫くは安静に...

49 :  SS好きの774さん   2017年01月17日 (火) 00:27:23   ID: A0SCq0Mf

更新キター!ありがとうございます!

50 :  SS好きの774さん   2017年02月15日 (水) 16:16:22   ID: wdA276BM

(完結?)

51 :  SS好きの774さん   2017年03月30日 (木) 12:59:07   ID: K45WVlVs

更新してくれよなぁ〜頼むよ〜

52 :  SS好きの774さん   2017年04月01日 (土) 01:13:18   ID: cGZUe4YW

それなーーー

53 :  SS好きの774さん   2017年04月01日 (土) 17:09:06   ID: x7kaM_DS

頑張れ!応募してる

54 :  SS好きの774さん   2017年04月17日 (月) 16:11:52   ID: QaVJsR0c

更新キター!


長い入院お疲れ様でした

55 :  SS好きの774さん   2017年04月17日 (月) 18:38:00   ID: 6x7g09RH

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
そんなに入院するなんて…
どんなことでも身体が一番ですからね!
気をつけて下さいね!

56 :  SS好きの774さん   2017年04月19日 (水) 14:45:38   ID: uR7pngTm

しゃらぁぁぁぁぁぁぁああぁあa(割愛

57 :  SS好きの774さん   2017年04月30日 (日) 12:15:51   ID: _M6wlmES

良かった...
嬉しい...

58 :  SS好きの774さん   2017年05月14日 (日) 21:26:17   ID: hEAtKA7o

嬉しいZE☆

59 :  SS好きの774さん   2017年06月09日 (金) 21:53:49   ID: iAAJ8Mby

ありがとう!応援してます!

60 :  SS好きの774さん   2017年07月24日 (月) 15:12:55   ID: bSP9Xazj

相変わらず面白い

61 :  SS好きの774さん   2017年07月27日 (木) 17:13:26   ID: Cv8Ha_fW

神作家ktkr(号泣)

62 :  SS好きの774さん   2017年08月17日 (木) 00:30:49   ID: yDWTXlpV

何年も追ってるけど次が待ち遠しいな

63 :  SS好きの774さん   2017年08月19日 (土) 01:34:33   ID: zbijFwiV

次が待ち遠しいNE(^A^)

64 :  SS好きの774さん   2017年09月02日 (土) 18:09:09   ID: FmDPrhKC

次が楽しみだぁねぇ(`・皿・´) 待ってるよ!!

65 :  SS好きの774さん   2017年09月02日 (土) 23:36:07   ID: eoRcXqmO

ゆっくりでいいので待ってますっ!
どうか頑張ってください!

66 :  SS好きの774さん   2017年10月12日 (木) 14:37:51   ID: lJTzaDZb

HAHAHA

67 :  SS好きの774さん   2017年10月17日 (火) 14:08:13   ID: mi23UeSM

定期的に確認してます。ずっとずっと

68 :  SS好きの774さん   2017年11月18日 (土) 06:56:24   ID: eO-RcFdg

そろそろ更新されるかな~♪

69 :  SS好きの774さん   2017年12月12日 (火) 22:52:14   ID: TBHkYUmq

いつまでも待ってるぞー!!

70 :  SS好きの774さん   2017年12月14日 (木) 22:25:23   ID: U7JXSH5Q

きたぞぉお

71 :  SS好きの774さん   2017年12月20日 (水) 00:03:49   ID: CDyKRp_v

なかなか面白い展開になってきた…

72 :  SS好きの774さん   2018年02月08日 (木) 18:21:55   ID: qaMmHNtm

コレはいいものだ

73 :  SS好きの774さん   2018年02月24日 (土) 16:17:52   ID: X96EVStk

え!?[完]!?

74 :  SS好きの774さん   2018年03月06日 (火) 19:39:32   ID: DPtRN7-M

度々見て更新があるとやっぱり嬉しいなあ

75 :  SS好きの774さん   2018年03月11日 (日) 23:35:08   ID: PrU6nLMm

(無効の)期待タグ、もう何回押したか分からないや

76 :  SS好きの774さん   2018年04月19日 (木) 21:57:11   ID: vymMKaHk

ぜひ続きをお願い致します!

77 :  SS好きの774さん   2018年08月11日 (土) 01:25:36   ID: bLYv7Q-A

初コメです!!ずっと見てますよ!

78 :  SS好きの774さん   2018年08月25日 (土) 01:21:17   ID: ZEhbkCNW

更新来てて嬉しい

79 :  魔人少年野比のび太   2018年09月14日 (金) 06:18:35   ID: HNNkSzsI

めちゃくちゃ面白いです!

80 :  SS好きの774さん   2018年11月18日 (日) 02:18:53   ID: P6Rxy9YB

思い出す度に始まりの始まりから読み直してる、何度見ても面白い。
思い出す頃には更新されてるから、その時はまた楽しませてもらおう。

81 :  SS好きの774さん   2018年12月08日 (土) 09:05:43   ID: 3x4v_CRU

こんな名作は中々出会えんぞ。小説にしてほしいぜ。

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