765プロは勝負師に望みを賭けるようです (209)

漫画ワンナウツを知らない方へ。

765プロのプロデューサーが、事務所の再起を図って961プロとライアーゲームのようなマネーの取り合いを行ないます。
オーディションの各審査で3位以内に入れば500万円を獲得し、4位以下なら5000万円を支払います。

主人公については、アイシールド21のヒル魔や、福本作品のアカギみたいな人物を想像してくれれば大丈夫です。
また、設定についてはアイドルマスターSPに準拠していますが、思い出アピールが存在しないなど一部オリジナル設定となっていますので、ご了承ください。

では始めます。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1452432072

――郊外の地下クラブ

春香「……ほんとに来ちゃった」

ガヤガヤ ドヤドヤ

春香(地下アイドルたちが集まるという小さなクラブ会場。ここに、無敗のプロデューサーがいるといううわさだったんだけど)


観客1「おれは右の娘に2万賭けるぞ!」

観客2「おれは左に5万だ!」ヒック

アイドル「……」カチッシュボッ


春香(たばこにお酒に賭けごと……ってダメ人間の巣窟ですよ! 巣窟! もうさっさと逃げたいです! ほんとにこんなところにいるのかなぁ)

スタッフ「――おや、見かけない顔だねぇ。アンタも挑戦するのかい?」

春香「え、わたしですか? いや、ちょっと」

スタッフ「うふふ、尻込みするのも無理ないわね。次はなんたって、百戦無敗のプロデューサーが率いるアイドルだからね」

春香「ほんとですか!」

スタッフ「なんだ、知らなかったのかい。てっきり、彼目当てで来たと思ったんだけどね。おっと、始まるよ」



ワァー―!!!!

アイドル「……ふふ」



春香(え? あれが、無敗のプロデューサーのアイドル? さっきタバコ吸ってた人じゃないですか!)

スタッフ「うふ、腑に落ちないって顔だね」

春香「そ、そうですよ! だってあの人、さっきタバコ吸ってたんですよ、タバコ!」

スタッフ「あっはっは! ウブだねぇ、あんた。タバコ吹かしてたくらいで驚くんじゃないよ。まぁ見てな。あいつの闘いはおそらく、あんたの常識外だよ」

春香「そうでしょうか」




3.2.1.スタート!!


スタッフ「勝負の仕方は、外のオーディションと変わらない。ただし出場するのは2人だけの一騎打ち」

スタッフ「1審査でアピールできる合計は9回。ダンス、ヴィジュアル、ヴォーカルの各部門の1位を取れば星を得られる」

スタッフ「そして審査は全部で3回。3回やってもっとも星を獲得したほうの勝ちさ」

春香「なるほど。6人ではなく2人で闘うこと以外は、確かに変わらないですね」

スタッフ「基本はね。ただ外と違うことといえば、審査するのは人ではなく機械ってことだね」

春香「機械?」

スタッフ「ステージの横においてあるでしょ。あれが審査するの。人の評価のように細かくは審査できないけど、10ポイント単位での審査はできるわよ」

スタッフ「ただし、機械には飽きるってことがないからね。だからいわゆるジェノサイドは、回数で決めてるわけ」

スタッフ「双方合わせて20回アピールがあったら、そこでジェノサイドよ」



※ジェノサイドとは、審査員が帰ってしまうこと。審査員が帰ると、そのジャンルでの星はすべて無効。




スタッフ「ちなみに星の獲得数も外と変わらないわ。今日の流行はヴィジュアル、ヴォーカル、ダンスの順だから、それぞれ星が5、3、2と付与される」

スタッフ「ただし、二人だけだから最下位へのペナルティは無いわ」

春香「ほへぇ」

スタッフ「ほら、審査が終わってポイントが表示されるわ」



――第1回獲得ポイント
アイドル   Vi. 180P Vo. 360P Da. 0P
アイドルB  Vi. 240P Vo.  180P Da. 120P

第1回審査結果
アイドル   Vi.      Vo. ★★★ Da.
アイドルB  Vi. ★★★★★ Vo.  Da. ★★



春香「ポイントは……って低い!」

スタッフ「やつらの実力なら、こんな点数でも上出来さ」

春香(これが本当に無敗のプロデューサーのアイドルなの? ヴィジュアルはそこそこだし、喉は酒で焼けてる)

春香(ダンスだってクラブ活動程度だし、褒められたもんじゃない。むしろ対戦相手の方がアイドルとしての能力は上かも)

スタッフ「どうだい、彼のアイドルは?」

春香「正直、がっかりです。私はもっとすごい能力というか、オーラを期待していたんですけど」

スタッフ「ふふ、あんたも同じだね」

春香「え、なにがですか?」

スタッフ「世にごまんといる、勝負弱いやつらとさ。そういうやつらは、あんたと同じことを言うんだよ。」

スタッフ「そしてたいがいは舐めてかかって、きれいに身ぐるみ剥がされてパンツ一丁で帰っていくんだけどね」

春香「ええっ……」

スタッフ「ふふふ、分からないなら、あんたも闘ってみるかい? あいつと実際に闘ってみれば、その恐ろしさが分かるわよ」

春香「えっ!? いや、賭け事はちょっと……」

スタッフ「なぁに、賭けるのは観客どもさ。あんたは純粋に“アイドル”として戦ってくりゃいいんだよ」

春香「うーん……」

春香(ほんとうは見るだけだったけど、確かになにか収穫になるかもしれない。それに、負けたところでお金がなくなるわけじゃなさそうだし)

春香「……分かりました。では、やってみます!」

スタッフ「じゃあエントリーね。お、ちょうど勝負が終わったようだ。ふふ、彼がまた勝ったようね」

春香「うそ!?」

スタッフ「うそだと思うなら、ステージの上で対決してくればいいんだよ。ほら、準備してきな。次の勝負が終わったらあんたの番だよ」

スタッフ「え、えっ!? い、行ってきます!」ダッ


ドンガラガッシャーン


スタッフ「……大丈夫かね、あの子」

――控室兼レッスン場

春香(ここ来る前、すこし踊ってきたから多少は疲れてる感じだけど、まぁ大丈夫かな。一応ダンスと声帯の確認しとこ)グッグッ

男「……」フゥー

春香(……さっきから男の人がずっとこっち見てきてるよー……。タバコ吸ってるし金髪だし、こ、こわい)

春香(あ、ちょうどさっきのアイドルさんも戻ってきた。……一応、あいさつしておこうかな)

春香「あ、あの、次ご一緒させてもらう天海春香です! よろしくお願いします!」

アイドル「……で?」

春香「へっ? いや、その、たたかう前に一応ご挨拶をと思って」

アイドル「……あ、そう。ところで今、ここでダンスとヴォーカルの確認をしてたわね」

春香「へ? たしかにしてましたけど」

アイドル「あんた、よくこんな敵のいる場所で自分のコンディションを晒せるわね。神経疑うわ」

春香「えっ……!?」

アイドル「勝負は闘う前からすでに始まってる。あんまり勝負を舐めてると、死ぬわよ?」

春香「そ、そんな、別にそんなつもりじゃ」

アイドル「ってま、プロデューサーの受け売りだけどね」

春香「えっ、プロデューサー?」

アイドル「あそこでタバコ吸ってる金髪の男よ」

男「……」シュボッ

春香(あの人、プロデューサーだったんだ。というか、地下アイドルにもいるんだ、プロデューサー。うちにはいないのに……)

アイドル「残念ね。うちのプロデューサーに全部見られちゃってるから、あんた負けるわよ」

春香「そんなの、やってみなきゃ分かんないじゃないですか!」

アイドル「……あんたほんとに考えなしで話しかけてきたのね。久しぶりよ、作戦もハッタリもなしに呑気な挨拶してきたバカは」

春香「ば、バカとはなんですか! 口が悪いですよ!」

アイドル「ふふふ、せいぜい頑張りなさい。あたしはあっちでタバコ吸ってくから、声帯に自信がないなら近づかないことね」スタスタ

春香(な、なんなんですかあの人! 初対面なのにバカって! そりゃ、ドジだなぁってよく言われますけど……)

春香(アイドルはみんなの憧れなんですよ! それがあんな態度なんて。あの人が同じアイドルだなんて許せません。ぜったいコテンパンにしてやります!)

――ステージ会場

春香(まぶしい。小さな会場とはいえ、ステージに立つのはひさびさかも。それに、いつもと違ってお客さんがまばらじゃない。みんな熱狂してる)

春香(これが自分のファンだったら、どれだけ気持ちがいいんだろう。みんな、ペンライトじゃなくて万札を握りしめてるけど)

男「……」フゥー

春香(うっ、あのプロデューサーがいる……)ジリッ

ツカツカ

アイドル「あら、怖気づかずに出てこれたのね」

春香「ふんだ! お酒にたばこ、それにレッスンもろくにしてない人なんかに負けるはずがありません。あなたは、アイドルを舐めてます!」

アイドル「ずいぶんと暑苦しいけど、アイドル気取りもたいがいになさい」

春香「ちがいます。私はれっきとしたアイドルです。ちゃんと事務所にも所属していますよ」

アイドル「はいはい。事務所なんて星の数ほどあるんだから、選ばなきゃ誰だって入れるわ」

春香「むぅ。それだけじゃありません。私は毎日、厳しい練習をしているんです。わたしは、あなたみたいな口だけのアイドルとは違います!」

アイドル「ふふ、言ったわね。あたしにそれだけ大口叩くんだから、負けた時はそれなりの覚悟はしてもらわないとねぇ」

春香「覚悟?」

アイドル「そうよ。人を挑発するには、それ相応の覚悟が必要なの。覚悟のない挑発は、負け犬の遠吠えというのよ」

春香「ふふん。残念ながら、覚悟はありますよ。あなたに負ける気はしません」

アイドル「分かったわ。なら、100万賭けて勝負……といいたいところだけど、あんたのことなんて見たことないし、その風貌からしてたいして売れてなさそうね」

アイドル「10万ほどの勝負にしておいてあげようかしら。もちろん、私が負けたらあなたに10万円払ってあげるわ」

春香「100万でけっこうです! ぜったいに負けませんからね!」

春香(あれ、なんで私、こんな怒ってるんだっけ?)

アイドル(ほんと、ちょろいわね……)

――第1回審査

春香(さっきのポイントを見た限り、彼女の一回のアピールはだいたい60ポイントほど)

春香(私はアベレージ90ですから、アイドルとしての能力は私の方が上! 基本に忠実であれば、絶対に負けません。)ダッ、タン、クルッ


男「……」




――1回目審査結果

春香   Vi. ★★★★★ Vo.  Da. ★★
アイドル Vi.       Vo.★★★ Da.


獲得星数
春香   Vi. ★×5  Vo. ★×0  Da. ★×2
アイドル Vi. ★×0  Vo. ★×3  Da. ★×0




春香(よし! やはりアイドルとしての能力はわたしのほうが上ですよ!)

男「おい」

春香「ひゃっ! な、なんですか」

男「いや、腑抜けた顔してたからな。注意してやろうと思ったのさ。お前、このままなら死ぬぞ」

春香「失礼ですね! リードしてるのはわたしですよ!」

アイドル「ちょっとプロデューサー! なに敵にアドバイスしてんのよ!」

男「くくく、悪いな。ワンサイドゲームはあまり趣味じゃねぇんだ」

――第2回審査

春香(無敗のプロデューサーだからと言われて構えていたけれど、特に脅威と感じるほどではありません)

春香(このまま逃げ切ってやりますよ)

男「……」


――2回目審査結果

春香  Vi.★★★★★ Vo.  Da.
アイドル Vi.  Vo.★★★ Da. ★★


獲得星数
春香   Vi. ★×10 Vo. ★×0  Da. ★×2
アイドル Vi. ★×0  Vo. ★×6  Da. ★×2


春香(あれ、ダンスが奪われた。どういうこと……?)

春香(わたしはとくにアピールの振り方を変えてない。ということは、相手が変えたの? なんのために?)

アイドル「ふふふ。終わりね。」

春香「ま、まだ負けてませんよ!」

男「負けさ、お前のな」

アイドル「ふふ」

P「おまえ、2回の審査とも流行1位から順に4・3・2とアピールを振り分けただろう?」

春香(なっ……)

男「その様子だと、図星だな。ルールをよく呑み込みもせず、外と同じ基本戦略なんざ、思考停止以外の何ものでもない」

春香「べ、別にありきたりなやり方だっていいじゃないですか!」

春香「現に、私はこの方法で星を12個も取ってるんですよ? 批判したいなら、勝ってからにしてください」

男「くくく。次、お前の星10個消えるぜ?」

春香「えっ!?」

男「お前に二度、流行1位を明け渡したのは俺の戦略だ」

春香「そ、そんなの負け惜しみじゃ――」

男「忘れたのかよ。ここのジェノサイドは、ポイントにかかわらず20回のアピールで起きる」

男「そして俺は、ここまで流行1位に3回ほど振っている。さて、お前の振った回数と合わせればどうなる?」

春香「11回……。え、でもまさか……!」

男「次、俺達は9回ともすべて1位のヴィジュアルに振る。ジェノサイド、止められるもんなら止めてみな……!」

春香「あっ……!」

――第3回審査


春香(まさか、1審査すべて使ってジェノサイド狙うなんて……)

春香(えっと、ここでなんとかダンスとヴォーカルを取っていって……あれ、勝てない……?)




――3回目審査結果

春香   Vi. Genocide Vo. ★★★  Da. ★★
アイドル Vi. Genocide Vo.     Da.


総合獲得星数
春香   Vi. Genocide Vo. ★×3  Da. ★×4
アイドル Vi. Genocide Vo. ★×6  Da. ★×2



春香「そんな……」

アイドル「勝負あったようね」

男「……」カチッシュボッ

春香「うそ……負けるだなんて」

アイドル「さ、100万払ってもらおうかしら。持ち合わせてないなら、とりあえず現金とカード類は置いてってもらうわ――」

春香「ま、まだです! わたしはまだ負けてません!」

アイドル「はぁ? なに寝ぼけたこと言ってんの? あの結果が見えないわけ?」

春香「だ、だって本当のオーディションでは、ジェノサイドはこんなルールじゃないし」

春香「今回のルールだとこうなってしまうなんて分からなかったし、それに次は気を付けてさえいれば――」

男「……おい、そこのリボン」

春香「ひゃ、ひゃいっ!」

男「お前、控室で何やってた?」

春香「えっ、それは試合の準備を」

男「俺の戦術は、前の戦いと全く同じものだ」

男「お前が勝とうと思って、その時間を使って試合の結果表でも見てくればこの勝負はお前の勝ちだった。だが、そうしなかった」

春香「うっ……」

男「あまり勝負を舐めるなよ……。お前は、世にごまんといる負け犬だ」



春香「……も、もう一度、勝負をさせてください! もう一度100万を賭けて勝負です」ギュッ

P「勝てねぇよ。今のお前ではな」

春香「そうとは限りませんよ。少なくとも、今のわたしはさっきの戦術を知っています」

男「だから変わらねぇよ。知識を得たところで、人の性根はそう簡単なものじゃない」

春香「やってみなきゃ分かりません! 簡単じゃない……なら、ゼロではないということですよね?  “今のわたし”はまだ、変わるかもしれないんですから」

男「ほう。変わる“かも”か……。そこまで言うなら、もうひと勝負しようか。次は、俺が賭けよう」

春香「やった!」

男「だが、俺も暇じゃない。お前が変わるまで待つつもりはない。これは一度きりの勝負」

男「もしも変わることができず、お前が負けたら、今日限りでアイドルを引退してもらう……」

春香「えっ!?」

男「それが挑戦の代償さ。呑めなければそこまでだ」

アイドル「えー、まだやんの?」

男「やらねぇよ……。ここが、凡人の限界だ」

春香「……やります」

アイドル「えっ」

男「くっく……」

春香「ただ、賭けるのはわたしだけではありませんよ! プロデューサーさん! あなたにも相応のものを賭けてもらいます」

男「面白い。おれに何を賭けさせる?」

春香「えと、えと……まず、この地下ステージに出入り禁止です! これからはまっとうに生きてもらいます!」

男「おいおい、俺がそんな口約束を守る保障なんざねぇぞ?」

春香「いえ、守ってもらいます。うちの事務所のプロデューサー兼雑用係になってもらいますからね!」

男「……ふぅ。まったく、どいつもこいつも。お前は勝負の駆け引きが下手すぎだな」

春香「そ、そうでしょうか」

男「……星一つに100万だ。俺がお前に負けたら、お前が獲得した星の分だけ金を積んでいく。これが、お前の引退への対価だ」

春香「えっ、そ、そんなお金なんて」

バサバサッ

男「くくく、変わるかもじゃない。変えてみろよ」

春香(え、これ全部札束……? 1000、2000万……いや、もっとある……)

男「それとリボン。次のゲームはお前の希望通り、ジェノサイドはなしだ」

春香「ほ、ほんとですか!」

男「とっとと配置につけ。始めるぞ」

アイドル「……ちょ、ちょっと。あんたガキ相手にムキになりすぎだって」

男「俺は冷静さ。人の素質を知るには、極限まで追いつめた方が測りやすい……」

――2回目オーディション 第1回審査


春香(これがもしかしたら、最後の勝負……。星一つ100万、あのお金が……。いや、気負っちゃだめだ。普段のわたしを思い出さなくちゃ!)

春香(これは私の得意とするいつもの勝負! そう、自然体に。最高の自分を。いつものわたしなら勝てる戦いなんだから!)



男「……」フゥー

スタッフ「どうだい、あの娘は? ちょっとは変われそうかい?」

男「ダメだな。あいつはまた負ける」

スタッフ「ほう。どうしてそう言えるんだい?」

男「いつもの自分をだそうとしているからさ。そこに付け込まれているというのが、まるで分かってない」

スタッフ「そう。あの娘も、身ぐるみはがされるのね」

――第1回審査結果

春香   Vi.        Vo. ★★★  Da.
アイドル Vi. ★★★★★  Vo.  Da. ★★


春香(えっ……!)

男「……」

春香(……そうか、私はまた同じミスをしたんだ。平静を保つことで精いっぱいで考えてなかった……。あの人の狙い。そして、この勝負の勝ち方)



スタッフ「あの子、やっと気づいたようね。最悪のタイミングで」

男「……」

スタッフ「あんたも人が悪いわね。さも外と同じだという風に見せて、実はまったく別のゲームをけしかけた」

男「ふっ……」

スタッフ「ジェノサイドなしということは、星が減ることはないから星の総数は30個。つまり星を15個以上を取れれば勝ち」

スタッフ「1回の審査での星は全部で10個だから、最低5個は必ず取らなきゃならない」

スタッフ「つまり、9回のアピールをすべて星5つのヴィジュアルに振るのだって十分な戦略」

スタッフ「逆に、まんべんなくアピールするなんて最悪。あの子みたいにね」



春香(……なんで考えなかったんだろう)

春香(今やらなくちゃいけないのは、一点突破で星5つを奪い、隙をみて他2つを奪うことだったんだ)

春香(ああもう、私のバカ!)

スタッフ「……この場での最適戦略、それはすこし考えれば誰でもわかるわ」

スタッフ「ただ、あの娘はそれ以外のことで頭がいっぱいだった。様々なプレッシャーと誘惑が、簡単なことさえ考えられないようにさせてしまった。あんたのおかげでね」

男「……」フゥー

男「オーディション前の練習からみて、あのリボンの弱点はダンスだ。今回はそこを叩くことに作戦を絞っていた」

男「しかし、弱点があったとしても、こちらと向こうには歴然とした能力差がある。ダンスとヴィジュアルの両方を得るには、奇襲しかない」

男「だから俺は、ありとあらゆる方向からやつを揺さぶった。それだけさ」

スタッフ「ふふ。その結果、あの子はまんまとあんたの術中に嵌まった。平静を保つことに思考のほとんどを割かせた」

男「こちらはもともと能力で劣っているんだ。ならば当然なにか含んでいると、あのリボンは疑うべきだった」

男「敵を知らずして、勝つ道はない」

――2回目審査

春香(そういえば、さっき練習を見られてたな。あのときに多分見抜かれてたんだ。わたしがダンス苦手だっていうのを)

春香(たぶんさっきの勝負も、ダンスのアピール分をジェノサイドに当ててたりしたんだよね……自分のコンディションをわざわざ敵にさらすなんて、ほんとわたしってばか!)

春香(お願いします、神様! どうかわたしに奇跡を)



――2回目審査結果

春香   Vi. ★★★★★  Vo.   Da.
アイドル Vi.        Vo. ★★★ Da. ★★


春香(1位は取れたけど、もうだめ……。そうだよ、奇跡なんて起きはしない……)グスッ



男「おいリボン。手をすり合わせたって、奇跡など起きはしねぇよ」

春香「え゛っ……」

春香(この人、どうして私の考えてたことを……)

男「奇跡を起こしたいなら、脳みそを振り絞れ。そして危険を踏み越えろ」

春香「……!」

男「くく、長い人生で数度しか訪れない最大のピンチだ。潜り抜けてみろよ」



スタッフ「いじわるだねぇ、あんたも。諦めることさえさせてあげないのかい?」

男「これも品定めさ。この危機に対して、諦めてしまうのか、それとも、もがくことができるのか」

――審査3回目

春香(今のわたしが、勝つためにできること……。過ぎたことはもう考えちゃだめだ。ここから始まるんだ)

春香(今までわたしは、自分が何をやるかを考えてきたけど、相手がどう出るかは考えてなかったな。向こうはどうしてくるだろう)

春香(ポイントでは私を上回っているから、ここは星を5つ取れればいいんだ)

春香(問題は、どうやって5つをとるか。簡単なのはヴィジュアルに一点集中することだけど、それを本当にやるかな)

春香(わたしは星が少ないから、5つ以上取らなきゃいけない。ってことは、わたしにとってヴィジュアルは必ず取らなきゃいけないところ)

春香(能力では上回ってるから、力勝負をしたら私に分がある。ってことは向こうの狙いは他2つに絞っての5ポイントだ)

春香(なら、ここはヴィジュアルへの振り分けを少なくしてもう一つを取りにいく? いや、でも裏をかかれてヴィジュアルを取られたら……)

春香(やっぱりそれなりに振らなきゃ。……でもそうしたら、もう一つを取れないかも)


男「……」


春香(……ううん。中途半端じゃだめだ! これは勝負だよ! 思いっきりいかないと……捨て身で闘わなきゃ……!)ダッ、タンッ



観客1「お、あの娘、やる気だしたか?」

観客2「もう手遅れさ。トーアに敵うやつはいねーよ」

???「うおっほん。すまんがちょっと通してくれんかね」ズイッ

観客1「なんだよおっさん、って、おい」

???「やはり、天海くんか……」



春香「はぁ、はぁ、えいっ!」クルットッタンッ

アイドル「くっ」タッタタタンッ

男「……」



――3回目審査結果

春香   Vi. ★★★★★  Vo.   Da. ★★
アイドル Vi.        Vo. ★★★ Da.

総合
春香  Vi. ★×10 Vo.★×3  Da.★×2
アイドル Vi. ★×10 Vo.★×3  Da.★×2


観客「ど、同点……?」

観客「なにが起きたんだ?」


春香「はぁ、はぁ、やった……!」


アイドル「ど、どうして……」

スタッフ「ふふ、あの娘は、ヴィジュアルには2回しか振らなかったんだ」

アイドル「えっ?」

スタッフ「それで、トーアの振り分けが少ないであろうダンスに全部振ったんだよ。土壇場にきてあの子、とびきり危険な橋を渡ってきたねぇ」

男「くく……」



「どいて、どいてくれたまえ!」


春香「……あれ? あのすがたは」

社長「ふう、ふう。ようやく前に出てこれた。見ていたよ天海くん。ナイスファイトだった」

春香「社長! どうしてここに!?」

高木「君を探していたからに決まっているだろう。君がオーディション会場を飛び出していったと連絡があってね。町中を探して回ったよ」

高木「ただ奇遇にも、彼のいるところに来るとはね……」

春香「彼?」

高木「どうだったかね、うちのアイドルは」

男「……勝負師としては、まだまだポンコツだな」

春香「えっ? あれ? お二人って知り合いなんですか?」

高木「言ってなかったかね? 彼は、これからうちで働くことになるプロデューサーだ」

男「……よろしく」

春香「えーっ!? だってこの人、わたしの引退を賭けたり……あれ? もしかして試されてた?」

男「別に、嘘じゃねぇよ。お前があそこで日和って負けたのなら、問答無用で引退させていた。そういう勝負だったからな」

春香「あ、あぶなかった……。って、ひどいですよ! えーと、プロデューサーさん!」

男「……渡久地、渡久地東亜だ」

春香「渡久地、東亜……さん」

アイドル「はいはい、感動の出会いかしらないけど、わたしとの約束忘れてない?」

春香「あっ……」

アイドル「私に負けたら100万と言ったわよね。今の勝負は引き分けだったけど、賭けてたのは最初の勝負でしょ。保護者も来たならちょうどいいわ。耳揃えてだしてもらいましょうか」

高木「キミィ、まさかギャンブルなんて……」

春香「あ、あはは、どうしよう……」

渡久地「そういや、俺のプロデュース料もまだだったな」

アイドル「そういえばそうね」

渡久地「お前が今まで稼いだ分の7割、350万だ」

アイドル「はぁ!?」

渡久地「くく、実力相応の配分だ。まぁもっとも、今日は気分がいいから100万に負けてやる」

アイドル「……そういうことね。勝手にしなさい! もうあんたとは二度と組まないわ!」ダッ、ツカツカッ

春香「あ、ありがとうございます」

渡久地「勘違いするなよ、これは貸しだ。この借金を返すまで、馬車馬のごとく働いてもらう」

春香「う……は、はい!」

渡久地「ちなみにこの賭場での単位は米ドルだ」

春香「へ?」

渡久地「つまり、お前の俺への借金は約1億2千万円だ」

春香「えーー!?」




――数日前、首都高

高木(ふとした拍子で入ってしまった賭場で、賭けオーディションが行われていた。金の工面に困っていた私は、まんまと賭けてしまったわけだが……)

高木(アイドルの才能は見抜けても、隣にいた勝負師の才能を見抜けなかったため、結果はパンツ一丁で帰宅……)

高木「だが、塞翁が馬とはこのことだな! 周りの視線は痛かったが、代わりに凄腕のプロデューサーを得られたのだ」

P「おい、俺との約束、分かってんだろうな」

高木「も、もちろんだとも。借金の棒引きの代わりに、キミにはこれからとびきりの勝負相手を用意してやろう」

P「……」フゥー

高木「そいつは狡猾で野心家であり、さらにこのアイドル業界のドン。961プロダクションの社長、黒井だ」



P「……961プロね。それで、そいつと戦うことになった経緯は何だ?」

高木「……ほんとうは、彼との戦いは自分で何とかしたかったのだがね。いやはや、見事にやられてしまっのだ」

P「その口ぶりだと、正面切ってやられたわけではないようだな」

高木「黒井とは昔から因縁があってね。様々な妨害はいつもあったのだが、今まではかわせていた」

高木「だが数か月前、ついにやつのワナにかかり、わが社の資金は底をつきた」

高木「そこで黒井に提案されたのだ。961プロの子会社となれば、事務所を救済すると」

P「子会社化されれば、資金に余裕もできるだろう。そう悲観するほどでもねぇはずだ」

高木「たしかにそうだ。961プロの軍門に下る屈辱はあろうと、これでアイドルの子達に苦労をかけさせることはなくなった……そのはずだったんだ」

P「……だった?」


高木「961プロの子会社となって待っていたのは引き抜きだった。自主的な移籍でさえ波風立つ業界だ」

高木「正面切っての引き抜きを避けたかった961プロは、子会社としてうちを囲ったのち、出向という形で移籍させたのだ」

高木「のこったのは、財務整理で移転させられたオンボロ事務所とレッスン場だけ」

P「……」

高木「まもなく、961プロは765プロの株式を手放す。向こうは3分の2の株式を持っているから、我々は買わざるを得ない」

高木「子会社化と財務整理でできたなけなしのお金を使ってね。それで765プロは終わりだ」

P「なるほどね……ようは騙されたわけだ」

高木「私も、うすうす勘付いてはいたさ。ただね、黒井とは進む道が異なっていても、アイドルたちへの想いは一緒だと思っていたのだ」

高木「だから、私にひどい仕打ちをしたとしても、アイドルたちにまでは、と。だが、結局は騙されただけだった」


P「くく、相手のことを熟知してのことなら、まぬけと言わざるを得ないな」

高木「返す言葉がないよ……。私は毎夜、眠れなくなるほど後悔するんだ。そしていつも思う。時を戻せるなら、この身を焼き尽くしてもいいとね」

P「くだらねぇな。俺は、泣き言聞くために付き合ってるわけじゃない。そいつから金をふんだくる。それ以外には手を貸すつもりはない」

高木「もちろんだ。これは次の戦いへの自戒に過ぎない。悔いた数がチャンスに繋がるわけではないことぐらい知っているよ。ここからはまた別の勝負。リベンジマッチだ」





高木「……ところでキミ、なかなか良い車に乗ってるねぇ」

P「くく、前のオーナーが気前のいいやつだったからな。たっぷりと稼がせてもらった」


――961プロダクション

秘書「社長、765プロの社長が参りました」

黒井「ウィ。通したまえ」

秘書「はい」

ガチャッ

P「……」

高木「久しぶりだな、黒井」

黒井「フン、例の一つは欲しいものだな。私はセレブだから、ヘッポコ子会社のやつに割く時間など本来ないのだ」

秘書「……どうぞおかけください」

高木「……うむ」

P「ふぅ」ドカッ

カチッ、シュボッ


秘書「……へっ?」

黒井「……どうやら、ヘッポコ会社の社員はろくに礼儀も知らないようだな」ピキピキ

P「くくく、良いのかい、そう無碍にして。今日はあんたにいい話を持ってきたんだぜ」

黒井「……ん? 良い話だと」


P「ああ。あんた、俺をプロデューサーとして雇え」

黒井「ウィッ!? な、なにを言いだすんだこのヘッポコは」

P「俺を雇うなら、あんたが売却しようとしている765プロの株式、売却金額以上の金を上乗せしてやる。どうだ?」

黒井「……ほう」



P「俺はこれから961プロの出向社員として、765プロでアイドルを率いてオーディションに出る。そのオーディションの各ジャンルで4位以下を取れば、そのたびに5000万を株式に上乗せする」

黒井「ふむ……それで、そちらの条件は何だ」

P「各ジャンルで3位以内に入れば、そのたびにあんたは500万円を現金または765プロの株式で支払う。単位は1審査ごとだ」


黒井「なるほど。各ジャンル3回の審査で合計9回。お前がパーフェクトを決めれば4500万円。一つでも落とせばその時点でマイナスか」

高木「私の個人資産も2000万ほどある。マイナスになった分の金は、わたしと渡久地くんでなんとしてでも払おう」

黒井「ふむ……一見魅力的な提案だが、そちらがヘボオーディションばかりに出られたら、こちらは大きな赤字になるな」

P「出るオーディションはそちらが決めてくれていい」

黒井「ほう、面白い。乗った!」

P「なら契約成立だ。支払はこちらのキャッシュ上限一杯まで負けが膨らんだとき、または一年後の今日だ」

黒井「では、これで契約は成立だ。おい、書類を持ってこい」

秘書「はい」

P「……」カキカキ

高木「大丈夫かね、キミ……」ボソッ

P「心配すんなよ。じゃ、契約は今日からだ。よろしく」

黒井「フン、さっさと行け。私は貧乏プロダクションに構っているほど暇ではないのだ」

秘書「……では、お気をつけて。参加してもらうオーディションは、後日リストにして送付します」

高木「分かった。キミも達者でな、律子くん……」

秘書「……はい」



ガチャッ バタン



黒井「感傷にでもひたったか、秘書風情が」

律子「いえ……。もう、あの事務所は捨てた身です」

黒井「ならば、負け犬どもとの関係など忘れろ。接する人間によって、お前の価値は変わってくるのだからな」

律子「……はい」

黒井「ふん!」

律子「しかし、よろしかったのでしょうか。1審査500万というあの契約はだいぶ無茶苦茶にみえますが」

黒井「おやおや、これだから貧乏人は。金額の多寡でびくびくして本質が見えていないようだな」

律子「……すみません」

黒井「では、去年のオーディションで最多勝記録を上げたのは誰だ?」


律子「えっと、去年は110戦全勝の魔王エンジェルです。IU(アイドルアルティメイト)でも優勝しています」

黒井「ではそのアイドルグループが、昨年のオーディションで3位以内に入った数を調べて、今回の契約に当てはめてみろ」

律子「は、はい。えーと110戦して、勝ち取った数が900で、落としたのは90だから、これに500万と5000万をかけて……」

『900審査×500万円-90審査×5000万円=0円』

律子「え!? ぷ、プラスマイナスゼロ?」

黒井「ふっふっふ。ようやく分かったか、ヘッポコめ。この契約でプラスマイナスゼロにできるアイドルは、この国で一番になれるのだよ!」

黒井「くわえて、765プロでの即戦力はすべて引きぬいている。のこっているのはポンコツアイドルだけ。一年といわず、数日で火だるまにしてくれるわ!」



――レッスン場前・現在

高木「今日は、昨日戦った天海くんをふくめ、全アイドルが出勤している。自己紹介にはうってつけだ」

P「いらねぇよ、別に」

高木「まぁそう言うな。ここがうちのレッスン場だ。ガラス越しに見えるだろう。事前資料の通り、あそこで踊っている子達がうちのアイドルだ」

P「……相変わらず少ねぇな」

高木「昔はもっといたのだがねぇ。961プロの引き抜きや、うちの経営が危なくなって去っていったりしてしまったよ」

ガヤガヤ


P「……気が変わった。しようか、自己紹介とやらを」

高木「お、やる気になってくれたかね。さぁ、中に入ってくれ」グィッグィッ


ガチャッ


高木「みんな注目だ!」

P「……」スッ

春香「げっ!」

亜美「おや、あの金髪兄ちゃんはだれだ?」

伊織「ほんとね……ってあいつが持ってんのって、タバコ?」

P「……」カチャッシュボッ

あずさ「あらあらぁ。火をつけちゃったわね。あ、吸ったわ」

やよい「あー! たばこは体にわるいんですよー!」

雪歩「うぅ、怖そうな男の人ですぅ……」

高木「う、うおっほん! 彼は渡久地くん。今日から君たちのプロデューサーとして働いてもらう」

「「「えーっ!?」」」


伊織「しゃ、社長! ついこの前までお金がないって頭抱えてたじゃない! 雇うお金なんてあるの!?」

高木「え、えーっとそれはだねぇ……」

P「この事務所から金はもらってねぇよ。俺の籍は961プロにあるから、給料も961プロから出される」

雪歩「ええっ! 961プロの人なんですかぁ。お、恐ろしいです……」

伊織「ふん、つまりスパイってことね。また私たちを陥れようとしているんでしょ!」

P「くく、スパイ? 陥れる? 何も分かっちゃいねぇんだな」

伊織「な、なによ」

P「こんな弱小事務所、961プロが動けばその日に潰れる」

伊織「ぐっ……」

やよい「うぅっ」


P「良いか、961プロが持つ765プロの株は、お前らのおかげで大きな含み損だ」

P「俺がここに来たのはほかでもない。お前達を馬車馬のごとく働かせて、少しでも株価を上げることだ。高く売るためにな」

「「「ええぇっ!?」」」

高木「ええぇっ!?」

春香「って、なんで社長まで驚いてんですか?」

高木「いや、ついつられて」

P「というわけで、俺はこの事務所の株価を上げるためなら、なんだってする」

P「……クビになりたくなかったら、精々に頑張るんだな」

雪歩「ひぃ、くびはいやです……」

あずさ「なんだって、ですか……」

高木「ま、まぁまぁ。自己紹介はこれくらいにして、レッスンに戻ろうか。渡久地くんも彼女らの実力を見てみたいだろう」

高木「この中からオーディションで闘うための3人を選抜するんだからね」

伊織「ふん……」



――レッスン中

高木「ふぅ、まったく肝を冷やしたよ。しかし、なんであんな自己紹介をしたんだね?」

P「危機意識が足りないからさ」

高木「危機意識、かね?」

P「天海のときもそうだが、あいつらは勝負の時、やられる前提でいる。こっちから仕掛けてやろうという発想がそもそもない」

P「いつも受け身で、気づけば窮地に立たされている。そしてそれを不幸だなんだと嘆いている、典型的な負け犬思考さ」

P「やつらをけしかけるには、目の前に危機を作るしかない。それも、分かりやすい形でな」

高木「な、なるほどな」

P「くくく。961プロの俺がここにいるだけで、相当なプレッシャーになるはずだ。このレッスン、何人がいつも通りにできるか、見ものだな」


春香「お、よっと」タッ、クルッ

タッタンッドテッ
亜美「きゃっ」

雪歩(……)ホッ

伊織「……」ハァ

あずさ「~♪」




P「……」フゥー

高木「どうかね、うちの娘たちは。活躍こそしていないが――」

P「くく、機会さえあればすぐにでもスターになれるってのかよ」

高木「そうだよ。私はそう確信している。その機会こそ、キミなのだともね」

P「……あいつらを呼んでくれ」

高木「あの、わたし社長なんだがねぇ……みんな集合だー!」

「「「はーい!」」」

伊織「なによ、また暴言吐くつもり?」

春香「まぁまぁ」

P「天海春香、三浦あずさ、萩原雪歩、お前らは別メニューだ」

春香「はい!」
あずさ「はい」
雪歩「ひぃ……」


あずさ「あの、どうして別メニューなのでしょうか」

P「明日からオーディションを受ける」

雪歩「えぇ!?」


春香「ち、ちなみにどこのオーディションを」

P「……このリストに載ってるオーディション全部だ」ピラッ

春香「どれどれ……えっ!? BSにN○Kに地上波テレビ局って、無理ですよ、無理!」

P「くく、悪いが全部申し込み済みだ。あきらめな」

春香「お、鬼だ……」シクシク



伊織「……私たちはどうすんのよ」

P「お前たちは基礎練だ。次のチャンスが来るまでに、準備しとけ」

伊織「なっ」

亜美「えー」

やよい「つ、つぎはえらばれるよ」

高木「……ふむぅ」



――1か月後、成田空港

律子「お帰りなさいませ、社長」

黒井「ウィ。ひさびさのハワイは素晴らしかったぞ。また少し焼けてしまったがな」

律子「それで社長、ご報告したいことが」

黒井「なにかね?」

律子「あの渡久地という男に、受けられる範囲で最難関のオーディションを13ほどリストにして送ったのですが、その、全てを先月中に受けたらしくて」

黒井「なに? どのオーディションも荷が勝ちすぎていたはずだが……。まったく、ノータリンの考えていることは分からんな」

律子「そ、それでですね……」

黒井「なんだ、歯切れの悪い。はっきりと喋れ」

律子「実は、そのオーディション……渡久地はすべてパーフェクトで通過いたしました……!」

黒井「なにぃ!?」

律子「……それと渡久地が、この請求書を社長にと」スッ

黒井「なんだ?」ピラッ

『請求書:¥450,000,000- 渡久地 東亜』

黒井「よ、4億5000万だと……! やってくれるじゃないか、渡久地ィ!!」グシャッ

以上で今日の投下は終わりです。

次の投下は明日の13~14時の予定です。


――765プロ


雪歩「うう、疲れたよ~」

あずさ「嵐のような1か月だったわねぇ」

春香「オーディション13連戦からのテレビ出演13回なんていじめですよ、いじめ」

雪歩「あれ、プロデューサーは?」

伊織「ふん、どうせ喫煙所でしょ」

やよい「さっき社長と一緒に出かけていきましたよー。あのおっきな車に乗って」

伊織「あいつ、担当アイドルの仕事にもついてかないでなにしてんのよ……」

あずさ「社長と一緒ということは、今日はサボりじゃないのかしら」

伊織「へっ?」

雪歩「そういえば、仕事を見に来たのって今日が初めてですね。いつもはプロデューサーさん、オーディションが終わったらさっさと帰っちゃいますよね」

伊織「信じらんない。あいつ、担当の仕事も見にいかないでどこ行ってるのよ」

春香「えーと、ぱちんこ、競馬……」

伊織「アイドルとコミュニケーションとる気ゼロじゃないの……。ほんと常識外よ、あいつ。悪い意味で」


――961プロダクション

黒井「いやぁよく来たねぇ、渡久地くんと、高木ィ。765プロの活躍は聞かせてもらった。なかなかやるじゃないか、ヘッポコの割にはな」

P「くく……」

高木「御託はいい。要件はなんだね」

黒井「ノンノン、せかすなよ高木ィ。私は渡久地くんを買っているのだ」

黒井「彼の活躍で親会社であるわが社の株にも恩恵がきている。だから、私は彼にもうひと押ししてあげたいのだ」

高木「もうひと押し?」

黒井「これから、765プロの分水嶺ともいえるオーディションに挑戦することもあるだろう」

黒井「そんな大事な勝負が、勝っても地方オーディションと給料が同じでは、やる気も半減するだろう?」

P「……つまりレートを変えろ、と」

黒井「ウィ! 勝ち分と負け分の比率は変わらない。ただし、ときには1審査5000万、4位以下5億など、レートを変えて勝負をしてもらう」

高木「ご、5億だと!? それだと今回のわたしたちの勝ち分がまるまる吹き飛んでしまうじゃないか!」

黒井「はっはっは。これだから負け犬根性の染みついた貧乏人は困るね」

黒井「一回のオーディションで億を超える大金が手に入る。貧乏プロダクションにとっては破格の待遇じゃないか」


P「いいぜ。俺は構わねぇよ」

高木「き、キミィ! 少し考えなおしたほうが……」

P「ふっ、ようは負けなければいい話だ。心配すんな」

黒井「これは頼もしい! さ、それでは気が変わらぬうちにサインを。おい、契約書を持ってこい」

律子「はい」サッ

サラサラ

P「じゃ、よろしく」

黒井「契約の変更は今日から有効だ。忘れるなよ、渡久地」


ガチャッバタン



黒井「……くっくっく。かかったな、渡久地ィ!」

律子「えっ?」

黒井「やつはすでに、新たなリストの中から中堅のオーディションを申し込んでいる」

黒井「ただし、渡久地はこのオーディションに関してはオーダーを替えてきているのだよ」

律子「……水瀬伊織、高槻やよい、双海亜美、控えのメンバーに変わっていますね」

黒井「くくく、いつまでも芽の出ないアイドルにチャンスを与えようとしたのだろうが、その温情措置が仇となったな。この一戦で一気に逆転してくれる」

律子「……し、しかし、渡久地は先の戦いでもパーフェクトを決めてきました。今回もそれなりの勝算があるのでは?」

黒井「ノンノン。甘いねぇ、キミ。実は渡久地には、ある致命的な弱点がある」

黒井「やつにどんな胸算用があろうと、そこを突けばやつの不敗神話などもろくも崩れ去るのだよ。ふっふっふ……」


――765プロレッスン場 PM9:00

ガチャッ

P「……」フゥー

春香「あ、おかえりなさい」

亜美「兄ちゃんまだ帰ってなかったんだ?」

P「……それはこっちのセリフだ。俺も間もなく上がる。もうかえれ」

亜美「ま、待ってよ兄ちゃん。あとちょっとだけ、ね?」

P「……天海、こいつはいつもこんな時間まで練習をしてんのか?」

春香「えっ、いや、さすがにこんな遅くまでやったことは」

亜美「へへっ。今日は特別なんだ。なんてったって、来週にはオーディションがあるからね! 気合い入れてかなくちゃ!」

春香「そうだよ! 私たちだってできたんだから、亜美たちだって絶対合格できるよ!」

P「……」

亜美「兄ちゃん。亜美たちも、その、勝てるかな?」

P「……少なくとも、勝負の前から自信のないやつに確約はできねぇな」

亜美「あ、あはは。そ、そうだよね……」


春香「亜美、もしかしてなにかあったの?」

亜美「え、いや、たいしたことじゃないんだけどさ、うん……」

春香「もしも嫌なことがあったなら、話したほうがいいよ。話せばスッキリするよ?」

亜美「……なら、話しちゃおうかな」

亜美「……わたしね、クラスの男子に言われたんだ。お前はブスなんだから、アイドル辞めたほうがいいって」

春香「ひどい! こんなかわいい子に向かってそんなこと言うなんて。その男子、ぜんぜん分かってないよ」

亜美「……ううん、その男子だけじゃないんだ。たぶん、クラスの子たちみんな」

亜美「亜美だって、学校の中で飛びぬけてかわいいだなんて思ったことないよ。街に出れば、亜美よりもきれいなお姉さんが歩いてたりする」

春香「そんなことない。亜美は十分きれいな女の子だよ。わたしが保証する。プロデューサーさんもそう思いますよね?」

P「さぁな」

春香「ぷ、プロデューサーさん!」


P「クラスの奴がどうこう言おうが、次のオーディションに勝てばいい。勝ち続けてテレビに出て、自分の魅力を証明すればいい」

亜美「でも……亜美は今まで勝ったことないんだよ? もらった仕事も、本当に小さな地方のイベントだけだし。それも、はるるんたちのおまけ……」

P「……俺は、今のお前が魅力的かどうか判断しない」

P「だが、戦おうとせず、ただ怯えて逃げてるだけのやつ。そういうやつらを、俺は軽蔑の意志を込めてブスと呼んでいる」

亜美「……!」

P「世間がお前をそう評価するなら、闘え。この世界の多くは、勝つことで覆すことができる」

春香「プロデューサーさん……」

亜美「ふふ、それ励ましてるの?」

P「……ちがうね。これは事実だ」

亜美「むふ、にーちゃんって、意外とツンデレだよね」

亜美「わかったよ。つぎのオーディションに勝って、見返してやるんだ!」

春香「そうだよ! テレビに出て、目いっぱい自慢しちゃおう!」

亜美「んっふっふ~。見てなよにーちゃん。来週のオーディション、亜美のせくちーな魅力でメロメロにしてあげるんだから!」

P「……はいはい」


――PM9:30 チッチッ


タッ、タンタン、クルッ

P「……」

春香「はぁ、はぁ、もう一息だよ亜美」

亜美「おっけい!」



ガチャッ

高木「おや、なかなか戻ってこないと思ったら、練習の見学かね」

P「……たんなる暇つぶしだ」

高木「どうかね。アイドルたちとも打ち解けてきたころかな」

P「悪いが、そういうタイプじゃねえな。俺はあくまで、事務所を立て直すための劇薬だろう?」

高木「……そうだな。キミのやり方は、私の美学に反する。あくまで、黒井を倒すための傭兵契約だ」

P「……」

高木「だがね、キミの心が変わるんじゃないかとも期待している」

P「……んなわけねーよ。俺は勝つこと、その一点のみを追求する。それだけだ」

高木「そうか。では、キミの力に期待しているよ。精々にアイドルを育て、黒井を倒してくれたまえ」

――オーディション当日

TRRRR

ピッ
伊織「はい……」

黒井「おはよう伊織ちゃん。調子はどうかね?」

伊織「……ばっちりよ。それと、分かっているでしょうね」

黒井「もちろんだ。言うとおりにしてくれれば、約束は必ず守ろう」

伊織「分かったわ」

黒井「それでは健闘を祈っているよ」ガチャッ

律子「どこにおかけになっていたのですか」

黒井「水瀬伊織というやからだ」

律子「えっ!」

黒井「渡久地には弱点があると言ったな。その一つめが、これだ」

律子「弱点が伊織、ですか」


黒井「ノンノン。彼女一人だけではない。やつにとっての致命的な弱点、それはコミュニケーション不足だ」

律子「コミュニケーション不足?」

黒井「ウィ。やつの前職を知っているかね?」

律子「たしか、プロ野球でピッチャーをしていたと聞いております」

黒井「そうだ。渡久地はたいして速くもないストレートのみで、シーズン後半まで2回の完全試合に自責点ゼロという驚異的な記録を上げていた」

黒井「やつが凄腕の勝負師ということは認めよう。しかしだ。この闘いは、やつが直接やりあうわけではない」

黒井「プレイヤーはあくまでアイドル。やつがいかに優れた戦略を練り上げようとも、それを実行できるアイドルがいなければ意味はない」

律子「社長、まさか」

黒井「キミの予想通りだ。水瀬伊織を買収した。私の言いなりになれば、渡久地をクビにするとな」

黒井「あの渡久地という男、オーディションには付き添っても、その後の仕事には一切行かないそうじゃないか」

黒井「ポンコツアイドルに意思疎通のとれないプロデューサー。やつは今日、かならず沈む!」

律子(……)

黒井「そうだ、あとで渡久地に電話しておいてくれ。今日のレートは、20倍だとな!」

律子「はい……」


――オーディション会場

亜美「いおりんおそいよー」

伊織「ご、ごめん。ちょっと衣装合わせに手間取っちゃって」

やよい「うー、緊張してきました……」

亜美「大丈夫だよ、やよいっち。この日までみんな猛特訓してきたからね。きっと、ううん、絶対勝てる!」

やよい「そ、そうだね! 頑張って合格しようね!」

伊織「……」

亜美「ど、どうしたの。いおりん?」

伊織「……もしも、もしもよ。今日のオーディションで、私たちの想像を超えるような力によって、この戦いの結末があらかじめ決まっていたら、どうする?」

亜美「え、意味が分かんないよ。ほんとにどうしたのさ」

伊織「……私なら、絶対に勝てないとわかっていたら、次善の策をさがすわ。勝てないなりに、765プロがいい方向にむかうようにと」

伊織「だから、これからやることには、黙って目をつむっててほしいの」


スタッフ「それではみなさん、会場に集まってください」

伊織「分かったわ」

亜美「え、ちょっと、いおりん!」




――

ガヤガヤ

スタッフ「ここが、みなさんにオーディションをしてもらう会場です。本日はオーディションを2回やってもらいます。それぞれの合格枠は1つずつです」

スタッフ「そして、みなさんの右手にいる3人の方が、本日の審査をしてくれる方々です」

アイドル達「「「よろしくおねがいしまーす!」」」

審査員「ふふ、よろしく。それではみなさんを代表して、1番のツインテールの子、意気込みを語ってくれる?」

やよい「え、は、はい! えっと、おまえらぜんいんひねりつぶしてやる! 勝つのはこのわたしだ! ……でしたっけ?」


ザワザワ
ナ、ナニイッテンダアノコ


審査員「ほ、ほう……なかなかユニークな意気込みを語るわね」ピキピキ

伊織「だれの入れ知恵かまるわかりね……」

P「くく……」

スタッフ「で、では位置について、間もなくオーディションを開始します」


――第1回審査・開始



春香「ぷ、プロデューサーさん!」タッタッタ


P「……?」


ドンガラガッシャーン


春香「いたたた……」

P「なにしてんだ? お前は今日休みのはずだ」

春香「え、えと、りつ……じゃなかった。みんなの結果が気になってきちゃいました!」

P「……ふうん」フゥー

春香「あー! またタバコ吸ってる! 早く消してください、前みたいに追い出されちゃい――」

P「……!」ピタッ



――亜美「ちょっと! いおりん!!」




春香「……どうしたんですか? って伊織!?」



審査員「……1番のユニットは、意気込みの時も生意気だったけど、まさかアピールしてこない子がいるなんてね。ほんと、舐めてるわ」


伊織「……」

やよい(伊織の番なのに、もう2回もアピールしていない)

亜美(いおりん、どうして……)




P「……軌道修正だ。水瀬担当のヴィジュアルを捨て、ヴォーカルとダンスにアピールを集中させる」

春香「間に合うかな……」




1回目審査結果

1番 Vo.★★★★★ Da.★★  vi.   (765プロ)
2番 Vo.-★     Da.★★  Vi.★★★
3番 Vo.-★  Da.★★  Vi.★★★
4番 Vo.  Da.  Vi.★★★
5番 Vo.★★★★★ Da.-★  Vi.-★
6番 Vo.★★★★★ Da.-★  Vi.-★


――961プロ

黒井「なーっはははっ! おい、これで渡久地の年俸はいくらだ?」

律子「はい。取ったジャンルが2つ、取れなかったジャンルが1つ」

律子「20倍レートですので、この一回戦での負け分が8億。前回までの取り分と合わせても、マイナス3億5千万円です」

黒井「くっくっく。レート変更であっという間に逆転だ」

黒井「高木は2000万ほど余裕を持っていると言ったが、そんなはした金、この負け分の前ではなんの意味もない」

律子「水瀬伊織を裏切らせることで、ヴィジュアルに穴をあける。これが渡久地を陥れる策略なのですか?」

黒井「それだけではない。今回、他のアイドルはすべて買収している」

律子「えっ!」

黒井「これが渡久地攻略最後の布石だ」

黒井「渡久地は相手の心理を読み、または操ってしまうほど読み合いに長けているが、全員がロボットのように動いてしまえば、読み合いも何もない」

黒井「今回、2番から4番のアイドルには、アピール配分を極端にヴィジュアルへと振らせている」

黒井「間違っても、渡久地がヴィジュアルを取ることはないのだよ」


律子「なるほど。この契約では勝ち負けは関係ない。渡久地に落とさせればそれで収支はプラスになります」

律子「ただ、ヴィジュアルのジェノサイドを狙われたらどうなさるのですか?」

黒井「むろん、渡久地がいちかばちかでヴィジュアルのジェノサイドできても大丈夫なように、3回目の審査では誰もアピールさせん」

律子「渡久地はオーディションに勝つけど、われわれは勝負に勝つ、という作戦ですね」

黒井「なにを言っている? われわれは当然、オーディションでも渡久地を敗北させる」

律子「でも今の作戦では、渡久地は星5つのヴォーカルをたやすく取れてしまいますよ」

黒井「ノンノン。まだ5~6番のアイドルが残っているじゃないか。彼らにはヴォーカルにだけアピールさせて、ジェノサイドさせる」

律子「な、そんなことまで」

黒井「961プロにたてつけばどうなるか、ポンコツアイドルどもにも教えてやらないとな」


――オーディション会場・小休憩


P「おい水瀬、やる気ねぇなら舞台から降りろ」

伊織「……!」

亜美「に、にいちゃん。いおりんも調子悪かっただけだよ。ね?」

やよい「そ、そうですよ。伊織ちゃんも、謝ろう?」

伊織「なら、舞台から降りるわ」

亜美「いおりん!」

伊織「あんたたちも、適当なところで切り上げなさい。この勝負、私たちがやるやらない云々の前に、すべて仕組まれているのよ」

やよい「ええっ!?」

P「……」

伊織「あんた、961プロで何したのか知らないけど、厄介なのに目をつけられてたのね」

伊織「ただ、悪いけど私はあんたを助ける気はないわ。あんたがうちのプロデューサーだなんて、絶対に認めない」


スタスタ




ひかり「なによ、あれ?」

のぞみ「ステージの外で、仁王立ち?」

つばめ「前代未聞ね。オーディションを放棄してしまうユニットがいるなんて」



P「べつに、オーディションを放棄したわけじゃねぇよ」

アイドル達「?」

P「てめぇら雑魚アイドルなんざ、2人だけで充分ってことだ」

アイドル達「「はぁっ!?」」



新幹P「お、落ち着け、お前ら! このオーディションでは俺の言うとおりにしろ!」

新幹P「このオーディションは、ただ言うことをきくだけの仕事だと言っただろ!」

「「「……はい」」」



P「……」

――

P「……さて、二人になってしまったお前たちに、さらに悪いニュースだ。水瀬が仕組まれていると言ったが、あれは本当だ」

P「おそらく他5組は、俺たちを陥るために手を組んでいる」

亜美「ええっ!?」

やよい「うう……」

P「さて、味方は去り、四面は敵に囲まれた。どうする? お前たちは、ここで諦めるか?」

亜美「……勝つ方法はないの?」

P「あるぜ。ただし、お前ら次第だ。この策は、相手を圧倒するような気迫がなければ成立しない。お前らに、この状況下でその熱意は残っているか?」

亜美「……あるよ! 亜美、勝ちたいもん! 勝って、見返してやりたいよ!」

やよい「わたしもです! 一生懸命練習したし、家族のためにも、お仕事取りたいです!」

P「分かった。ならば、次の回からはその気持ちを忘れず、鬼気迫る表情で踊れ」

P「どうせヴィジュアルは捨てるんだ。人目もはばからず、ただ目の前のアピールに、全身全霊で挑め。そうしたら、勝たせてやるさ」

「「はいっ!」」


――第2回審査

春香「あっ、プロデューサーさん。二人になにを言ってきたんですか?」

P「なに、無駄なことを考えさせないようにしただけだ」

春香「無駄なこと……?」

P「お前は勝負のとき、どれくらいのことを考えている?」

春香「ええと、アピールの組み立て方、自分の調子、あと……」

P「心理的プレッシャー、落ちた時の不安、相手への漠然とした恐怖、それに加え、自らを集中させなければいけない」

P「これらを一度にこなすのは、プロと呼ばれるスポーツ選手でも難しい。ましてや経験の浅い中学生ならばなおさらのこと」

春香「……!」

P「ならばどうするか。簡単だ。考えることを一つに絞らせれば良い」


P「見てみな、やつらの表情を。ただ目の前のアピールだけに集中している」

P「審査員の目も、ライバルさえも目に入っていない。ただ目の前のアピールに、全力を注いでいる」

春香「た、たしかに。でも、ちょっと怖いかも」

P「良いんだよ。やつらの思考の範囲を極限まで狭め、無駄なことは一切考えさせない。そうすることが、最高のコンディションを導き出す」

春香「で、でもどうやって?」

P「今、あいつらは絶体絶命の大ピンチだ。そんな中、俺は奴らに、必勝の策があると言った。そう言うことで、やつらに一縷の望みが出た」

P「くく、藁にもすがるってやつさ。あいつらは今、勝敗のことなど頭にない。ただ、この望みにしがみつくことに必死だ」

春香「じゃ、じゃあその必勝の策って、はったりなんですか!?」

P「いや、策はある。ただし、お前には少し協力してもらわねぇとな」


――2回審査結果

1番 Vo.★★★★★ Da.★★ Vi. -★ (765プロ)
2番 Vo. -★ Da. Vi.★★★ (新幹少女)
3番 Vo. -★ Da. ★★ Vi.★★★
4番 Vo. -★ Da. ★★ Vi.★★★
5番 Vo.★★★★★ Da. -★ Vi. -★
6番 Vo.★★★★★ Da. -★ Vi. -★




春香「……なるほど。ヴィジュアルは捨てて、鬼気迫るアピールでヴォーカルは取ったんですね」

P「いや、ヴォーカルは次の審査でジェノサイドされる。あんなのは取っても無駄さ」

春香「えーっ!?」

P「今、敵は5番と6番のアイドルを捨て駒にしてヴォーカルを潰しにきている」

P「つまり、ヴォーカルはその2人以外に振ってるやつはいないわけだ。だから、3位は簡単に取れる」

春香「へぇー。って、貴重なアピールポイントをジェノサイドしちゃうとこに振ってよかったんですか?」

春香「もしかしたらヴィジュアルを取れたかもしれないのに」

P「良いんだよ。このアピールは後々に効いてくる。俺の狙いを隠す迷彩としてな」

P「くく、さて、天海。765プロを勝たせたいか?」

春香「そ、そりゃもちろん! 手伝えることはなんでもやりますよ!」

P「じゃお前、あの機材のところでころべ」

春香「……へっ?」

春香「じょ、じょうだんですよね?」

P「こ・ろ・べ」

春香「はい……」シクシク



ドンガラガッシャーン

キミィ、ナニヤッテンノ-!!



P「さて、と」


――961プロ

律子「社長。今、こだまプロのプロデューサーから報告が入りました。なんでも、渡久地がこだまプロに対して、買収の交渉をしてきたとのことでした」

黒井「ほう。それで、どうだったのかね?」

律子「なんでも、話にならないくらいの低金額だったらしく、一蹴したとのことです」

黒井「はっ! これだから貧乏事務所は、台所事情が知れるねぇ」

律子「他のプロダクションにも声をかけていたとのことですが、それも不発に終わったようです」

黒井「はっはっは! 貧乏人に、王者の真似事ができるわけがないだろう! これでやつも終わりだな」


――

春香「あ、プロデューサーさん! 私を放置してどっかに行くなんて、ほんとひどいですよ、もう!」

P「わるいわるい。でもよかったじゃねぇか。これで名前覚えられただろう?」

春香「忘れてくれたほうがましです!」

P「ま、これで必勝の策はできたわけだ。お前はさながら陰の功労者ってやつさ」

春香「なんかだまされてるような……ってそうだ! そろそろ教えてくださいよ、その必勝の策」

春香「さっき他のプロデューサーと話していたから、もしかしたら買収し返したとか?」

P「んな金があったら、貧乏やってねぇだろ」

春香「……まぁ、たしかに」

P「丸め込んだんじゃねぇよ。むしろ、焚き付けてきたのさ」

春香「焚き付けた?」

P「さて、つぎは水瀬を説得してきてもらおうか。続きはそれからだ」

春香「ぷ、プロデューサーさん、私にだけ人づかい荒いですよ!」

P「お前、もう借金のこと忘れたのか?」

春香「あっ」

P「……」

春香「伊織ですね! 任してください、私たち仲間ですからね! 仲直りなんてちゃちゃっとしちゃいますよ」ビュンッ


――第3回審査・開始


タッタッ

春香「伊織!」

伊織「……春香? どうしてここに」

春香「みんなが心配だからだよ。伊織こそ、どうしてこんなところに立っているの?」

伊織「うっさいわね。好きでいるのよ、わるい?」

春香「ううん。伊織は、みんなのことを見捨てて逃げる子じゃない。きっと理由があるはずだよ」

伊織「……無理なのよ。私たち弱小事務所は、ぜったいに大手には敵いっこない。今までだって、何回も妨害されて、出番潰されてきたじゃない。今回も……」

春香「伊織は、負けると思っているの?」

伊織「やよい達には悪いけど、そう確信してる」

伊織「だって、後ろにはあの961プロがついてるのよ。圧倒的な資金力で、あいつらは買収されてる。みんなで結託されたら、敵うわけないじゃない……」

春香「そうかな? 少なくとも、プロデューサーさんは勝つ気でいるよ」

春香「いや、亜美もやよいも。そして、わたしも」


伊織「えっ……?」

春香「ねぇ、あのプロデューサーさんに一度賭けてみない?」

春香「ほんとうに弱小事務所は、大手事務所にかなわないのか。判断するのはそれからでも遅くはないよ!」

伊織「い、いやよ。だってあいつは、わたしたちとろくに話さないし、なにより961プロの手先じゃない!」

春香「……うーん、実はね。あのプロデューサーが961プロから来たっていうのはウソなんだよ」

伊織「……へっ?」

春香「ほんとうは、765プロをすくうために社長がヘッドハンティングしてきたんだって」

伊織「うそ……だってあいつ初日のあいさつで」

春香「『あいつらには危機意識が欠如している。だから明確な危機が必要なんだ』って、社長に言ったらしいよ」

春香「プロデューサーさんは自分が敵になることで、私たちに緊張感を与えようとしたんだよ」

伊織「……ばっかみたい」

春香「あ、今の話、わたしから聞いたって内緒だからね。プロデューサーさんから口止めされてるから、私が言ったって知られたら――」



伊織「それでも、まだ賭けることはできないわ」


春香「え?」


ヴォーカル、ジェノサイド!


伊織「今の聞こえなかった? うちが持ってる星の7割以上がヴォーカルの点なのよ。そしてヴォーカルは、たったいま潰された……これでおしまいよ」

春香「待って。まだ、亜美たちの顔から闘志は消えてないよ」



亜美・やよい「はぁ、はぁ」グッ!!




新幹P・アイドル((これでわれわれの勝利だ!))




P「……くくく、勝利を目前とした時、人の心は弛緩する……」





ヴィジュアル、ジェノサイド!




伊織「えっ!? うそ!?」


新幹P「なっ!?」


春香「やったぁ! 大逆転だ!」





――3回審査結果

1番 Vo. Genocide Da.★★ Vi. Genocide (765プロ)
2番 Vo. Genocide Da.   Vi. Genocide 
3番 Vo. Genocide Da.★★ Vi. Genocide
4番 Vo. Genocide Da.★★ Vi. Genocide
5番 Vo. Genocide Da.-★ Vi. Genocide
6番 Vo. Genocide Da.-★ Vi. Genocide



――総合結果

1番 Vo. Genocide Da.★×6  Vi. Genocide (765プロ)
2番 Vo. Genocide Da.★×4  Vi. Genocide 
3番 Vo. Genocide Da.★×4  Vi. Genocide
4番 Vo. Genocide Da.★×4  Vi. Genocide
5番 Vo. Genocide Da.★×-3 Vi. Genocide
6番 Vo. Genocide Da.★×-3 Vi. Genocide


亜美「や、やった……勝った、勝ったよ~やよいっち!」

やよい「うっうー! やりましたー!」







伊織「う、うそ。どうして……」

P「ふふ……」

春香「プロデューサーさん!」

伊織「あ、あんた、いったいなにしたのよ!」

P「やつらの結束を砕いたのさ。所詮、やつらは金だけのつながり。利害さえずらしてしまえば脆い」


春香「でも、どうやってその結束を砕いたんですか?」

P「その前に、第2回審査終了時、ヴォーカルを除いた各アイドルの得点を覚えているか?」

春香「えーと、2番の新幹少女が星10個で、3番と4番のアイドルが星8個。5番と6番はマイナスでした」

P「対して俺らは5つ。この時点で新幹少女が星2つのダンスを取れば、俺らがヴィジュアルとダンスを取ったとしても逆転はできない」

P「ヴォーカルのジェノサイドが確定している状態なら、この時点で俺らの負けは確定していた」


伊織「……たしかに、私もそう思ったわ」

P「この時、やつらの頭の中では、俺らを潰すという仕事を完了した。そうすると、次の問題が出てくる。誰がこのオーディションに勝つかだ」

春香「あっ!」

P「星8個のユニットは、ここで2ジャンル取れれば1位になることができる」

P「もうすでに仕事は完了しているんだ。ここで自分が1位を取ったところでお咎めはないだろう」

春香「もしかして、最終審査の前に他のプロダクションに近づいたのって」

P「くく。そそのかしてきてやったのさ。だれが1位を取るのかってね」


P「恐らくやつらにとって絶対使命は、俺らを負かすこと」

P「それが完了していれば、べつに他の奴らを出し抜こうが関係ない。結局は金だけで結ばれた仲間だ。出し抜いてきてもおかしくはない」

伊織「でも、自分の行動でジェノサイドしてしまうという考えに至るかもしれないじゃない」

伊織「ヴィジュアルはあんたに取られないよう、3組がアピールを偏らせていたんだから」

P「そう。だから3回目の審査時、ヴィジュアルを潰さないようダンスのみにアピールを振るはずだった」

P「だが、その計算の前提は、俺らがヴィジュアルを取りにきた場合も想定してのことだ」

P「しかし実際は、得点だけを見れば俺らはヴォーカルとダンスだけに集中していた」

P「そりゃそうさ。ヴィジュアルの戦力が抜けたんだ。わざわざそこで勝負するわけがない」

P「765プロは最終審査でもヴィジュアルに振ってこない。なら自分たちだけならジェノサイドはしないだろう。そう考えてもおかしくはない」

春香「なるほど。あのとき迷彩としてヴォーカルを取ったというのは、その思い込みを生むためだったんですね」

P「そうだ。やつらは、俺らが2回目のようにヴィジュアルへまったく振らないと思いこんでいた。だからやつらは、安心してヴィジュアルに振りだした」

P「1人だけなら問題ない。1回だけ振ろう。しかし、一度でも振り出したらもう蟻地獄さ」

P「だれかが同じように出し抜くかもしれない。1回だけでは心もとない。もう少し……」

P「一人一人が少しずつだけ、継ぎ足していく。だがそれも重なっていけば、やがて水はこぼれだす。結果、自爆さ」


伊織(なんて男……。人の心を読むだけじゃなく、操っていたというの……?)

伊織(そしてみんなは、この男を信じていた。いや、諦めたくない一心で賭けた。この男の可能性に)

春香「伊織……」

伊織「……なんか、バカみたいね。相手の大きさに圧倒されて、わたしは最初から勝負を投げていた」

伊織「でも、やよい達は違った。どんな状況でも、諦めようとしなかった」

伊織「今まで、あんなにいっぱい妨害されて、何度も無力さを痛感したはずなのに、なんで……?」

亜美「何度もくじけそうになったよ」

伊織「あ、亜美!?」

亜美「私たちの事務所は小さいし、お金とか才能とか、多くの面で大手とは負けてるよ」

亜美「でもさ、気持ちだけは負けちゃダメなんだよ。気持ちでも負けたら……私たちにはなにも残らないんだよ……?」

伊織「亜美……」

やよい「伊織ちゃんも、一緒に頑張ろう? みんなで輝いて、妨害なんか跳ね返しちゃおうよ!」

伊織「やよい……そうね。なんかそういう気持ち、忘れてたわ」

やよい「じゃあ伊織ちゃん、はい! 仲直りのはいたーっち!」


「「いぇい!」」


――
5番アイドル「あんたたち! なに勝手なことしてるわけ!?」

6番アイドル「そうよ! どう責任取ってくれるの!?」

新幹少女「「「……」」」




春香「仲間割れ?」

P「早くも崩れたな。所詮、金だけの連中だ。信頼関係など初めからない」

スタスタ



アイドル「なによ、あんた?」

P「くくく、無様なもんだな。5組も束になって、1人欠けたユニットすらまともに止められないとは」

ひかり「なんですって!」

P「……お前ら、いつまで業界のイヌやってる気なんだ?」

ひかり「えっ?」


P「命令された、圧力を受けた。だから仕方ない、どうしようもない。そうやって諦めて、お前たちは何を目指してんだ?」

つばめ「……」

P「くくく、うちのやつらは、某大手に目をつけられ、一人欠けてもいたが、諦めようとはしなかった。だから、勝てた」

P「この業界に敢闘賞などない。勝者だけがテレビに映り、人々の羨望を一身に受ける。お前らみたいに諦めたやつには、なにも残されない」

つばめ「……や、やってやるわよ!」

ひかり「つばめ!」

つばめ「だって、くやしいじゃない! 私のやりたかったのはこんなことじゃない!」

つばめ「……わたしだって、テレビに出たいよ。なんであいつらだけ、素直に目標まで走れてるのさ!」

のぞみ「つばめ……」

P「次のオーディション、俺らは3人そろったベストの状態で闘う。お前らにまだ、アイドルとして輝きたいという気持ちがあるなら、全力で勝ちにきな」


――961プロ

黒井「おい! こだまプロとはまだ連絡がつかんのか!」

律子「は、はい。どうやらアイドル達ともめているようで」

TRRRR

律子「はい、新幹のプロデューサーさんですか。ええ、ええ……わ、分かりました」ガチャッ

黒井「どうしたというのだ?」

律子「新幹少女と複数名のアイドル達が……造反しました」

黒井「なに!?」

律子「今、5組中3組がプロデューサーの制止を振り切って、命令を無視して闘っているとのことです」

黒井「あ、あいつら……!!」

黒井「そうだ! 伊織とかいう娘はどうした!? あいつに妨害をさせれば――」

律子「……今、現場のスタッフからメールが届きました」

律子「伊織は先ほど渡久地と和解をしたらしく、ステージに戻って……ヴィジュアルで1位を取ったそうです」

黒井「なにぃ!?」


黒井「あ、あの小娘めぇ!!」ガンッ


――

律子(結局、渡久地というプロデューサーは、2戦目をパーフェクトで決め、こんな無茶な契約にも関わらず、大勝した)

律子(これで彼の年俸は13億5千万。会社が一社員に支払う給料をはるかに超えた。彼なら、あるいは……)




――765プロ 21:00

小鳥「お疲れ様です、プロデューサーさん」

P「ああ」フゥー

ガチャッ

伊織「……」

小鳥「あれ? 伊織ちゃん帰ったんじゃなかったの?」

伊織「ちょっとプロデューサーに聞きたいことがあって」


P「なんだ?」

伊織「あんた、961プロから出向してきたって嘘なの?」

P「……だれから聞いたんだ?」

伊織「だ、誰だっていいじゃない。それよりも答えなさいよ」

P「……そうだ。俺はあの社長にスカウトされたにすぎない」

伊織「じゃあ、あんたはほんとうに765プロを勝たせるために来たわけなのね。信頼して、いいのよね?」

P「俺はオーディションで勝ち続け、最終的には961プロからの完全な独立を目指す。それが高木との契約だ。信じるかどうかは、自分で決めろ」

伊織「そう。じゃ、勝手に信頼させてもらうわ。よろしくね、にひひっ」

P「……ああ」


一旦ここで終わりにします。

今日の20~21時あたりに再投下の予定です。

また、審査結果表がずれてしまい、申し訳ありませんでした。


――765プロ


テレビ『うっうー、みなさん、ありがとうございましたー!』パチパチ

小鳥「すごいわねぇ。テレビに出演できたなんて。みんなとってもかわいかったわ」

やよい「えへへ、ありがとうございますー」

伊織「とうぜんよ」

亜美「おやおやぁ、楽屋で緊張して「あみ~」って抱きついてきたのは誰だっけ~?」

伊織「ちょ、ちょっと、秘密にするって約束したでしょ!」



テレビ『さぁ、本日のメインを飾るのはこの子達! 新進気鋭のアイドルユニット、FAIRYだぁ!!』ワァー

やよい「わぁー、美希さんすごいキラキラしてますねー」

小鳥「美希ちゃんにとっては、正解だったのかもね。……961プロに移籍したことは」

伊織「ふん、みえみえのごり押しじゃない。こんなの、資金力にものを言わせた一時の祭りよ」

春香「そうとも限らないよ」

伊織「春香。仕事はもう終わったの?」

春香「うん、今日は顔合わせだけだったしね」

亜美「はるるんはフェアリーを評価してるの?」

春香「くやしいけどね。運動神経抜群の我那覇響ちゃん、ヴォーカルとヴィジュアルに特化した四条貴音さん、そして万能の天才、美希」

春香「売れっ子アイドルになる素質も実力も申し分ないよ」


伊織「べつに、才能がすべてじゃないわ。フェアリーだろうとなんだろうと、出し抜いてしまえばこちらの勝ちよ」

亜美「勝負師いおりん。このときまだ14さい」

伊織「……ちゃかすんじゃないわよ」グリグリ

亜美「うあうあ~たすけて真美~……あっ」


伊織「……」

小鳥「あら……」

亜美「あ、あはは。ごめんね~……」


ガチャッ

高木「やあみんな、揃っているね」

P「……」フゥー

伊織「ちょっと、事務所内は禁煙でしょうが」

P「しらね」

ギャーギャー


高木「さて、みんなに重要なお知らせだ。961プロから、オーディションの招待がきた。相手は、あのフェアリーだ」

春香「!」

亜美「げぇっ、フェアリー!」

伊織「いつまで遊んでんのよ」


高木「さらに、そのオーディション風景はテレビで中継される」

やよい「え、オーディションなのにテレビに映るんですか?」

高木「ああ。とはいっても、フェアリーに密着しているテレビらしくてな。キミたちはさながら、主人公に挑戦する敵役という立ち位置だろう」

やよい「うう、美希さんの敵になっちゃうんですかぁ」

伊織「いいのよ、あいつはうちを裏切ったんだから。手加減なんか無用よ」

亜美「手加減が欲しいのはうちらだけどね」

P「オーディションのメンバーだが、天海、萩原、三浦のユニットでいきたいところだが、三浦が家族都合で出られない。だから水瀬。お前が入れ」

伊織「! にひひ、任せなさいよ」


――961プロ

黒井「くくく、渡久地のヘッポコめ。二つ返事でこの勝負を受けやがった。この戦いは、今までのようにはいかんぞ」

黒井「おい、読読テレビのオーナーに急いで電話しろ」

律子「はい」


TRRRR ガチャッ


黒井「やぁ、ひさしぶりだねぇ。なに、すこし頼みたいことがあるんだが」

黒井「オーディション風景を取りたいということで、オーディションを作ってもらったが、追加でもう何個か増やしてもらえないかね?」

黒井「――ああ、それだけ増えれば十分だ。うむ、もちろんそこのところははずむさ。ああ、ではよろしく」

律子「社長、今の電話はまさか」

黒井「ふっふっふ。当日のオーディションの数を4つ増やした。渡久地とフェアリーの対決は都合、5連戦だ」

律子「オーディションを5回、ですか」

黒井「やつがいかに策を練ろうと、天才相手に5回連続で勝ち続けることは難しい」

黒井「さらに、テレビ慣れしていない765プロのやつらなら、テレビを回しただけで緊張から足がすくむだろう」

黒井「対してフェアリーは今まで出ずっぱりでテレビ慣れしている。もしかしたら、渡久地が何かしかける前に、勝手に自滅するかもしれんな。ふっははは!」


律子「……そこまでお考えのことでしたか」

黒井「当然だ。今回は、加えて渡久地の必殺技を封じる手も打ってある」

律子「そ、それはなんですか?」

黒井「ま、当日のお楽しみだ。どうやらこの秘書風情は、まだ貧乏事務所に未練があるらしいからな」

律子「っ……」

律子「ということは、今回のレートもまた――」

黒井「むろん、20倍だ。やつの勝ち分はすでに10億を超えている。なりふりなど構ってられるか。今度こそ、必ずやつを潰してくれる!」


――オーディション当日

P「これが今日のスケジュールだ」

春香「どれどれ。あ、一応テレビに出るためのオーディションをするんですか」

伊織「オーディションに出るためのオーディションて、訳が分からないわね」

雪歩「ひぇぇ、スタジオにお客さんを入れて、さらに生放送なんて……緊張しますぅ」


伊織「事前のオーディションでフェアリーへの挑戦者を決めて、そののちに読読テレビの5つのオーディションが立て続けに行われるわけね」

春香「番組のタイトルが『フェアリー飛躍の瞬間』って、5つともフェアリーが勝つ気でいますね」

伊織「なによこれ。私たちは悪役か障害ってわけ?」

P「くくく、まさしく噛ませ犬の立ち位置なわけだ」

P「だが、番組の趣旨など当然無視だ。5つすべて取りにいく。いいな?」

「「「はいっ!」」」


――事前オーディション前・控室

P「……」

伊織「いち、に、さん!」タンタッタン!

春香「伊織、練習はやめておいたほうがいいよ。もしかしたら弱点ばれちゃうかもしれないし」

伊織「そう? でも、ひとの練習見てる人なんているのかしら」

春香「今日はいないみたいだけど、昔それで痛い目見たんだよねぇ」チラッ

P「……」フゥー

伊織「まぁ、そういうなら止めるわ。確認したかっただけだし」


ガチャッ

雪歩「あ、フェアリーの人が入ってきました!」


スタッフ「――そうです、ここにいる人たちの中から、今日のオーディションでの対戦者が決まります」

美希「ふーん……」キョロキョロ



ア、タバコハソトデスッテクダサイ!
ヘイヘイ...



美希「あ、見つけたの」

タタタッ

春香「美希!」

美希「春香! それに雪歩と伊織もお久しぶりなの。最近、頑張ってるみたいだね。テレビでよく見かけるの」

雪歩「美希ちゃん、おひさしぶり」

伊織「ふん、褒めたってなんにもでないわよ」


美希「? これはすごいって思ってるんだよ? お金がないのにこれだけ出れるんだから、早く美希と一緒に961プロにこようよ」

美希「今度こそは黒井社長も認めてくれると思うな」

春香「……!!」

伊織「み、美希! 私たちは何があっても961プロに移らないわ。765プロで実績を残して、必ずやあなたに追いついてみせる」

美希「うん? よく分かんないの。みんな、きらきらしたいならうちに来ればいいの」

美希「貧乏な事務所にいるよりも、お金がある事務所のほうがチャンスはたくさんくるよ? アイドルとして活躍したいなら、なにも迷うことはないと思うな」

伊織「だとしてもよ。そっちの事務所は、仲間を大切にしないわ。あの黒井って男の捨て駒にされたアイドルが何人いるか知ってるの?」

美希「よく知らないけど、ようは活躍していれば捨てられないんでしょ? 簡単なの」

伊織「あんたね……」

美希「ま、気が向いたら美希に連絡してね。黒井社長にあっせんしてあげるの」


スタスタ


雪歩「美希ちゃん、ますます傲慢になっちゃってる気がしますぅ」

伊織「そうね……。でも目下は、春香を慰めることかしら」

春香「……」


スタスタッ

P「……おい」

雪歩「きゃぁ!」

伊織「……今の会話、聞いてた?」

P「いや、今戻ってきたばかりだ」

春香「……」

P「……察するに、なにかあったようだな」

伊織「端的に話すとね、フェアリーの美希が961プロに来ないかと言ったのよ。それで、かつてのトラウマみたいなものを春香が思い出したわけ」

P「トラウマ?」


雪歩「春香ちゃんは、961プロが765プロを買収した時に、自ら移籍を志願したんです」

雪歩「765プロでは鳴かず飛ばずでしたから、一縷の望みを託したんだと思います」

春香「……」

雪歩「ただその移籍する時の面接で、黒井社長からひどい暴言を言われたらしくて……。それで一時、事務所に来なかったときがあったんです」

P「ほう……」

春香「……お前には長所がない、魅力がない、そもそもたいして可愛くもない。アイドルなんか辞めろって言われて、履歴書破かれちゃったんだ……」

春香「わたしも知ってたんだけどね。自分に魅力は無いって……」

P「……それで、お前はどうしたいんだ? そうですかと納得したいのか、それとも見返したいのか。回答次第では、今日のオーディションから降りてもらう」

春香「も、もちろん見返したいです。見返したい……ですけど」

P「なら、気持ちを切り替えて勝負のことだけ考えてろ。それがプロだ」

春香「はい……」

伊織(……)


――事前オーディション・本番

タ、タンッキュッ

春香「は、はぁ、きゃっ」ステンッ

伊織(気持ちを切り替えてと言ったけど……、やはり気にしているみたいね)

伊織(もともと、この黒井社長との直接対決自体が嫌だったのかもね。今までは隠していたけど、さっきのがきっかけで表面化したのかも)クルッタンッ

P「……」

雪歩(春香ちゃんも、根は私とおなじで闘争心を燃やすタイプじゃない。だからきっと、口では見返すと言っていたけど、ほんとうは触れてほしくないんじゃないかな)

雪歩(見返すとかそういうのよりも、そっとしておいてほしいのかもしれない)タンッタ、タン


ヴォーカルジェノサイド!


P(……今だ。動け)

雪歩(ダンスへ一点集中?)

伊織(ヴィジュアルは私が死守するわ!)




美希「……!」


審査員「勝者、765プロ!」

――事前オーディション終了・控室

雪歩「プロデューサー、どうして最後、ダンスのアピールを増やしたんですか?」

P「……ん?」

雪歩「手堅く勝つなら、ヴィジュアルに振った方がよかった気がするのですが」

P「くくく、いいんだよ。どうせ始まる喧嘩だ。挑発がてらに、先に仕掛けてやっただけさ」

P「……だが、フェアリーの前に、お前らをなんとかしなきゃいけないようだな」

春香「……」

伊織「春香! いつまで気にしてんのよ。今のは勝てたけど、この調子だとフェアリーに勝てっこないわよ」

春香「ご、ごめん」

伊織「……次からテレビ中継でやるのよ。ただでさえ緊張でミスするかもしれないんだから、しっかりしてよ」

春香「うん、次から気をつけるよ」

雪歩「うう……緊張してきましたぁ」

伊織「……あれ、プロデューサーどこいったの?」

雪歩「さっき、社長に話があるって言って外に出ちゃいましたよ」

伊織「なんとかしてからいきなさいよ、もう……」


ガチャッ

ディレクター「すいませーん。では午後の打ち合わせをしたいんですけど、あれ? プロデューサーさんは?」

雪歩「まだ戻ってきてないです……」

伊織「大丈夫です。いつものことですから、さっさと打ち合わせはじめましょう」

ディレクター「は、はぁ。では――」

ディレクター「――出演に関しては以上です。あとはルールについてなのですが、今回は一部変更があります」

春香「変更?」

ディレクター「スポンサーのご意向で、ジェノサイドが起きてしまった場合はその時点でオーディションを受ける資格を喪失。オーディション放棄と同じくポイントは0となって敗北となります」

春香「えっ、ジェノサイド禁止なんですか?」

ディレクター「そうです。なんでも、審査員を帰らすようなアイドルなんかいらない、とかなんとか申してまして」

ディレクター「もちろん、これはフェアリーさんのほうも同じなので、一方だけに不利ということはないです」

雪歩「わ、分かりましたぁ」

ディレクター「では、ご健闘を祈っています。失礼します」

ガチャッ


伊織「……まずいわね」

雪歩「えっ、どうして?」

伊織「どうしてって、これでプロデューサーの得意技が一つ減っちゃったのよ」

春香「あっ! そうか!」

雪歩「?」

伊織「あのプロデューサーは言葉巧みに、あるいは星の獲得を意図的にずらして相手をおびきだし、ジェノサイドで叩くという戦法を取ってきたわ」

伊織「でも今回は、そのジェノサイドを起こせない。戦略の幅が圧倒的に狭くなってしまうのよ」

雪歩「あ、なるほど……って、ええっ!?」

春香「純粋な力勝負になってくるかもね」

伊織「さらに今回はフェアリーと私たちだけの一騎打ち」

伊織「他のアイドルがいないから、3位以内に入ればいいというわけじゃない。1位を取らなきゃ星は取れないわ」

雪歩「うっ……か、勝てる気がしないよ」


ガチャッ

P「打ち合わせは終わったか?」

伊織「とっくのとうよ。それでプロデューサー、ルールの件なんだけど」

雪歩「そ、そうです! 大変なことが――」

P「ああ、それならすでに聞いている。お前ら、なにを慌ててやがる」

伊織「あ、慌てるに決まってるでしょ! だってジェノサイド禁止なのよ」

P「なら、別の作戦を考えるまでだ」

P「そんなことより、お前らにはこの勝負、雑念を捨ててもらう」

伊織「ざ、雑念?」

P「テレビが回ってるからといって不用意に緊張することや、過去をいつまでも引きずったりすることだ」

雪歩「うぅ」

春香「はい……」


P「作戦は俺が考える。だから、お前らは一切の雑念を捨てることに専念しろ。自分のパフォーマンスだけに集中だ」

雪歩「わ、わたしが言うのもなんですけど、そう簡単には」

P「くくく、否が応でも集中してもらう」

春香「ど、どうやるんですか」

P「まず今回のオーディションだが、いくら合格しようとその後の出演でのギャラは無しだ」

「「「ええっ!?」」」

P「代わりに、成功か失敗かにかかわらず、今日の審査でキレの良いダンス、感情豊かなヴィジュアル、想いのこもったヴォーカルアピールをした者には、そのたびに10万円を支給しよう」

P「ただし、気の抜けたアピールがあったら50万円の減俸だ」

春香「ご、50万円……」


P「この金は勝敗に関係なく支給する。3回の審査で一人当たり9回のアピールがあるんだ。ただベストを尽くせば100万近い大金が手に入る……くく、簡単な仕事だ」

伊織「ふ、ふざけんじゃないわよ。やってられないわ」

P「なら結構だ。高額のキャッシュを事務所に収めてくれれば、それはそれで事務所としては助かる」

伊織「ぐぬ」

雪歩「ええと、一回の審査で一人当たり9回アピールするとして、5回勝負だから……450万円!?」

春香「そ、そんなに払えるんですか!?」

P「払えるぜ。おそらく、どこぞの偉そうな社長が寸志としてくれるだろう」


伊織「あ、あんたね! 私たちはお金のためにアイドルやってるんじゃないのよ!」

P「……なら、プロのアイドルと一般人の違いは何だ?」

伊織「そ、それは……」


P「答えは、オーディションに勝てるかどうかだ」

P「素人だって、歌うことや踊ることはできる。つまり、勝たなければお前らも一般人と変わらない。オーディションに出ている“ただの人”だ」

伊織「な、なにが言いたいのよ」

P「逆に言えば、勝てるアイドルのアピールはそれだけ価値があるということだ」

P「一般人とプロとを隔絶させる、血のにじんだ努力の賜物。俺はその結果に、対価として金を払うに過ぎない」


雪歩「……わたしは、プロデューサーの言いたいことが分かります」

伊織「ゆ、雪歩」

春香「私はプロのアイドルです。べつにお金を出してもらわなくたって、10万円分以上のアピールをしてみせますよ!」

伊織「……なーんかだまされてるような気がするけど、みんな納得してのね」

伊織「ならいいわ。私も、今はそれで納得してあげる」

P「くくく、理由はなんでも結構だ。ただプロなら、価値あるアピールを見せてみろよ」


――オーディション会場・本番

実況「さぁ始まりました! 読読テレビの合同オーディション!」

実況「オーディションをテレビ中継するのはアイドルアルティメイト以外では前代未聞! それにもかかわらず、客席にはたくさんの応援者が入っております!」

ワイワイガヤガヤ

実況「さて、今回は解説として765プロの高木社長にきてもらっています」

高木「うむ、よろしく頼むよ」



雪歩「うちの社長、なにやってるんでしょう……」

伊織「知らなわいわよ……」


実況「さて、現在連戦連勝を続けるフェアリーですが、高木さんはどう見ますか」

高木「フェアリーではリーダーの星井くんがクローズアップされがちだが、他の二人も尋常な人材ではない」

高木「四条貴音くんは責任感が強く、一人で走りがちな星井くんのサポートをこなし、影のリーダーとなっている」

高木「また我那覇くんは天性の運動神経を持ち、ダンスを落とすことはまずない。星井くんは言わずもがな、能力では二人を凌駕するまさに天才だ」

実況「ということは、フェアリーに隙はないと」

高木「能力で言えばまさしくそうだ。だが、星井くんは勝手気ままだ。練習もサボりがちらしく、やる気にもムラがある」

高木「また961プロにはなんといってもプロデューサーがいない。オーディションの戦略はすべてアイドル達が決めているらしいね」

高木「これはアイドル達自身に考えさせ、プロ意識を芽生えさせるという点を持っているが、それが吉と出るかどうか」


実況「なるほど、その2点がフェアリーの懸念材料だと。対して、765プロはどうでしょう?」

高木「765プロのアイドル達は、どちらかというと成長型のアイドルだ」

高木「今すぐに輝ける天才型ではないが、その分、人一倍練習をしている、やる気のある子たちだ。ただやはり、能力という点ではフェアリーの後塵を拝するだろう」

実況「ということは、今回はフェアリーに軍配が上がると予想しますか?」

高木「言っただろう? フェアリーにはプロデューサーがいないと。対してうちにはプロデューサーがいる。そこの差がどう出てくるかだね」

実況「えー、資料によれば、765プロのプロデューサーはかつてプロ野球界でピッチャーとして活躍していた渡久地東亜元選手とのこと」

実況「渡久地選手といえば、駆け引きの上手さが語り種となっていますが、それはプロデューサーとなった今でも健在なのでしょうか」

高木「うむ。彼は765プロ躍進の原動力となっている。たしかに能力の差ではフェアリーに軍配が上がるが、あまり765プロを舐めていると大やけどするよ」


実況「なるほど。さて、両チームの入場です、おおっと! 入場そうそう春香ちゃんが転んでしまいました! すかさず伊織ちゃんがスカートをカバーしています」

高木「彼女は事務所でもよく転ぶからねぇ。これはある意味、いつも通りだという証拠だね」

実況「そんな2人に続いて、雪歩ちゃんがでてきましたが、恐ろしく挙動不審です。すごいキョロキョロしています。これから処刑台にでもいくつもりなのでしょうか」

高木「萩原くんは上がり症なんだよ。集中できれば素晴らしいパフォーマンスが期待できるのだが、今回は難しそうだね」

実況「これは前途多難です、765プロ。さて、フェアリーの入場です!」


ワァー!!ワァー!!


実況「すごい歓声です。その声援に手を振るフェアリー、早くもスタジオ内はフェアリー一色です!」


――

審査員「では、審査の前に意気込みをお願いします。まずはフェアリーの星井さんから」

美希「あふぅ、特にないの。いつも通りやって、完勝するの」

審査員「すごい自信ね。では765プロの萩原さんどうぞ」

雪歩「は、はいぃ。え、ええと、ほ、星井などただの小娘、今日、実力で抜いてアイドル活動に引導を渡してやる……」

雪歩「ひぃ~! もう穴掘って埋まってますぅ!」


美希「……へぇ」

審査員「あ、相変わらず765プロの意気込みは面白いわねぇ……」




実況「おおっとぉ! 雪歩ちゃん、入場の自信のなさとは裏腹に、大胆にも美希ちゃんへ引退勧告をだしたぁ!」

高木「ま、十中の八九、彼の入れ知恵だろうけどねぇ」


――765プロVSフェアリー 第1回戦

実況「それでは両者、舞台に上がって、レディー・ゴー!!」



雪歩「きゃっ!」ステンッ


実況「おおっとぉ、雪歩ちゃん、開始早々に転倒! これはマイナスポイントです」


P「……」カキカキ、トン

『萩原雪歩 -50万』

雪歩「ひぇぇ!」


実況「渡久地プロデューサー、なにやらカンペらしきものを見せてますね」

実況「マイナス50万と書いてあります。もしかして、何か賭けているのでしょうか……?」

高木「さ、さぁ何だろうねぇ? Tポイントでも賭けてるんじゃないのかね?」

実況「Tポイントでも充分グレーな気がしますが、まぁ見なかったことにしましょう」

実況「気を取り直して、おっと伊織ちゃんがさっそくアピール!」


高木「おぉ! 今日の水瀬くんは絶好調だ! なにか壁を打ち破ったのかもね」


P「……」カキカキ、トン

『萩原雪歩 -50万』
『水瀬伊織 +10万』

伊織(ふふん!)


ワァー


美希(……)イラッ

クルッタッタンダンッ!!

美希「あはっ☆」


実況「おおっとぉ! これは見事なダンスアピール! 会場の雰囲気をいっぺんに引き戻したぁ!」



雪歩(やばいよぉ。このままだと、50万円払わなくちゃいけない)

雪歩(貯金だって、今年のお年玉分が――)

雪歩(……そうだ。ぜんぶ洋服に使ってもうないんだった。お父さんには迷惑かけられないし、こ、こうなったらもう……)


キュックルッ

雪歩「えいっ」ニコッ


実況「おおっとぉ、雪歩ちゃんも負けてないぞぉ! 見事なヴィジュアルで挽回だぁ!」


P「……」カキカキ、トン

『萩原雪歩 -40万』
『水瀬伊織 +10万』


雪歩「あ、あと4回です~……」

春香(ゆ、雪歩も頑張ってるんだ。わ、わたしだって!)



――第1回審査結果

765プロ Da.      Vi.★★★ Vo. ★★
フェアリー Da.★★★★★ Vi.    Vo.



実況「おおっとぉ、これは意外にも、両チーム互角の点数! これはどういうことでしょうか?」

高木「簡単なことだよ。渡久地くんは最初から流行1位を捨ててきたのだ」

高木「アピールの比重が一番高いものを捨てて、他に振れば必然的にポイントも高くなる」

高木「とくにフェアリーのような実力派は、アピール配分を流行1位から順に4・3・2と振りやすいからね。そこを突いたんだろう」

実況「なるほど、これは思い切った作戦に出ました」

実況「かつての勝負師としての彼を彷彿させますね」


高木「うむ。だが、これはあくまで互角になるための作戦。これだけでフェアリーを打ち破るのは難しい。このあと、彼がどうでるか」



P「くく、さてお前達、おまちかねの中間発表だ」トン

『萩原雪歩 -30万』
『水瀬伊織 +20万』
『天海春香 +10万』

P「これを見る限り、今のところ水瀬が一番プロとしての仕事を果たしているな」

伊織「にひひ、まだまだやれるわ」

春香「ま、負けないからね!」

雪歩「あと3回、あと3回……」

P「それと今回、お前たちに星の獲得数については伝えない」

春香「な、なんでですか!」

P「余計な思考をシャットアウトするためだ」

P「劣勢での弱気や、優勢での慢心など、余計な雑念は能力で劣るお前たちにとって不利にしか働かない」

P「お前たちは淡々とプロとしての仕事をこなせ。勝敗は、俺がなんとかしよう」

伊織「分かったわよ。ま、能力差は知ってるからね。ただし、負けたらただじゃおかないわよ!」

P「くくく、必ず勝つさ。そう、胸に刻んどけ」


――

貴音「まさか、向こうがだんすを捨ててくるとは思いませんでした」

響「どうするんだ? こっちもダンスの比重を減らすのか」

美希「あふぅ。それじゃ敵の思う壺なの」

美希「あんなの、苦し紛れの作戦なんだから、こっちはたいぜんじじゃくと動かなければいいの」

響「でも、それだといつまでも平行線だぞ?」

美希「要は、ヴォーカルとヴィジュアルのどちらか一つを取ればいいんでしょ?」

美希「なら、二つの配分を毎回逆にするの。美希はダンスに4つ分振るから、あとの5つは審査のたびに変えていく」

美希「何回もやってれば、一回くらい取れるの」

貴音「……分かりました。りぃだぁがそういうのなら、そうしましょう」


――2回目審査結果

765プロ Da.           Vi.★★★ Vo. ★★
フェアリー Da.★★★★★ Vi.       Vo.


美希「貴音、配分は変えたんだよね?」

貴音「ええ。二つの配分を逆転させたので、ぼおかるは取れたかと思ったのですが……」

響「読まれた、ということなのか」

美希「まだまだなの。つぎ取ればいいの!」


――3回目審査結果

765プロ  Da.   Vi.★★★   Vo. ★★
フェアリー Da.★★★★★ Vi.     Vo.



美希「貴音! なんでなの!?」

貴音「わ、わかりません。今回は全部う゛ぃじゅあるに振ったので、多少の比重変更なら勝てたはずなのですが」

響「うがー。なんだか見透かされているようだぞ」

美希「でも、まだ互角なだけなの。4回目の審査で、何としてでも取るの!」



実況「さぁ、両者の決着はつかず、勝負は延長戦に突入したぁ!」


P「……くくく」


――

実況「こ、これはなんということでしょう……」

ザワザワ

実況「第1回戦の勝敗はいまだ着かず、これで9回のやり直しにして通算30回目の審査!」

実況「この展開を誰が予想したでしょうか!」

高木「渡久地くんの読みがなせるわざか、それともアイドル達の不屈の闘争心の賜物か」

高木「いずれにしてもこれは舌を巻かざるをえないね。いやはや、感服だ」



美希「はぁ、はぁ」

貴音「これは持久戦ですね。こちらが折れるか、向こうが力尽きるか」

美希「……もういいの、ここで決めてやるの」

響「ん? どうするんだ?」

美希「ダンスへの振り分けを1つにして、総力でヴォーカルを取りにいくの!」

響「えっ!? でもそうしたらダンスが……」

美希「ここまで美希たちはダンスの配分を一回たりとも変えてないんだよ?」

美希「おそらく向こうは、こちらが持久戦で来ていると思い込んでいるの。だからこちらが奇襲するとは思ってないはず」

美希「そこを狙うの」

貴音「……美希がそう思うなら、やってみましょうか」

響「わかったぞー」



春香「はぁはぁ、向こうは持久戦できてきますね――」

P「と、こちらが考えていると相手は思い込んでいる」

春香「え」

P「なら、ここは裏をかいてやろうじゃないか」

伊織「はい!」

雪歩「はい!」

春香「えっ、いやちょっと」


――延長戦10回目 第30回審査

美希(ここまでダンスを堅守してきた美希が、ほかのジャンルにアピールを振り分けるとは考えない)

美希(この審査、かならずむこうを出し抜けるの!)



春香(キレのいいアピール!)

伊織(表情豊かなアピール!)


P「くく……」



――第30回審査結果

765プロ Da.★★★★★ Vi.★★★  Vo.
フェアリー Da.      Vi.     Vo. ★★


美希「なっ!? な、なんでなの!」


春香・伊織・雪歩「やったぁ!!」


実況「なんと765プロチーム、フェアリーの奇襲を読み切っていたぁ!」

実況「これでついにダンスを奪取! 第1回戦は765プロが制しましたぁ!!」



春香「でもプロデューサー、どうしてこの回で向こうがダンスの割り振りを変えるってわかったんですか?」

P「ん……読唇術だ」

春香「へっ?」

P「奴ら、口元も隠さずに作戦会議していたから、作戦を盗んでやったのさ」

春香「えーっ!?」

伊織「は、反則じゃないの!」

P「くくく、オーディション規則のどこにも、読唇術を使ってはいけないなんて書いてないぜ」

伊織「な、なんていう男……」

雪歩「おそろしいです……」

P「だが、今の奇襲は、べつに読唇術を使わずとも読めたがな」

春香「ど、どうしてですか?」

P「やつらを観察していればわかる。奇襲した理由もな」

雪歩「うーん……??」

P「さて、第2回戦までのインターバルは5分もない。準備してこい」

「「「はいっ!」」」


――961プロ

黒井「くっくっく。笑いが止まらんね」

律子「?……フェアリーは負けてしまいましたが」

黒井「そんなことはどうでもいいのだよ。渡久地との契約のことだ」

律子「えっ……」

黒井「くく、あのバカ、まさか忘れたわけではあるまい。おい、ここまででやつの年俸はいくらだ?」

律子「えっと、この30回の審査で渡久地が取ったジャンルは60個、奪われたのは30個」

律子「事前オーディションでパーフェクトを決めて6個ですから、現在はマイナス234億円」

律子「渡久地はここまでで13億5千万を稼いでいますから、これでマイナス220億5千万になります」

黒井「なーはっはっは。わたしの作戦はドンピシャだ!」

黒井「13億もの年俸があっという間に200億の借金だぞ!」

黒井「ジェノサイドができないから、やつの負債はたまる一方じゃないかね!」

律子(自分の事務所のアイドルが負けたのに、狂っている……)

黒井「渡久地よ、死ねぇ!!」


――

貴音「……思い出しました。あの渡久地という男、たしか読唇術を使います」

貴音「おそらくそれでこちらの作戦を読んでいたのでしょう」

響「えぇっ!? そんなことできるのか?」

貴音「賭博の世界や、昔のぷろ野球界では多くの人が使っていた技術です」

美希「ひきょうなの! 訴えてやるの!」

貴音「残念ながら、読唇術を禁止する規則も、彼が使ったという証拠もありません」

響「うがー! どうすりゃいいんだ」

貴音「当面は、はんかちを口元に当てて話しましょう。そうすれば、敵も作戦を読めなくなります」

響「あ、そうか」

美希「これで、次からは向こうも配分が分からなくなるはずなの!」

美希「今度こそ、オーディションを奪取してやるの!」


――第2回オーディション


実況「さぁ、第1回戦はまさかの延長10回、審査30回という前代未聞なオーディションを765プロが制したわけですが」

実況「高木さんは次の戦いをどう読みますか?」

高木「1回戦では、765プロが戦術的には優位に立っていた」

高木「だが、そうした小手先のテクニックはあくまで場当たり的なものだ。次の戦いでは使えない」

高木「作戦が出尽くせば、地力がものを言うのがこの世界。彼が作戦を出し切るかどうかが、勝負の分かれ目だね」

実況「なるほど。さて、765プロも集中を切らさずに早くも9回目のアピール。これで1回目審査の結果発表です」



――第2回オーディション1回目審査結果

765プロ Da.      Vi.     Vo.
フェアリー Da.★★★★★ Vi.★★★  Vo.★★



響「やったぞぉ! パーフェクトだぁ!」

美希「よっしゃなの!」

貴音「……面妖な。あの男がこうも簡単に取られるとは」

響「こっちの作戦が分からなくなって、しっちゃかめっちゃかにアピールしたんじゃないのか?」

貴音「いや、彼はそういう人物ではありません。まさかまた策を……」

美希「ふん、どんな作戦があろうと、これだけのリードがあれば負けないの。今回は確実に延長戦にはもつれこませないからね!」

響「おー!」



小鳥「た、ただいまぴよ……」

P「ごくろうさん」

春香「あれ、小鳥さん? どうしてスタジオに?」

P「野暮用があってな。ちと手伝ってもらったんだ」

小鳥「ほんとに人づかいが荒いんですよ、プロデューサーさんは」

春香「わかる、すっごいわかります」

雪歩「なんか意気投合してる……」

P「くく、さて、この回もさっさと決めるぞ」

「「「はいっ!」」」


――第2回審査


小鳥「ちなみに今、結果はどうなってるんですか?」

P「1回目はこっちが取った。現在のオーディションのスコアは、これだ」ピラッ

小鳥「お、1回目が取れたなんてすごい! ……って、2回目ぼろぼろじゃないですか!」

P「くくく、まぁ見てな」




美希(ここは定石をとーしゅーしていくの)

美希(向こうがどんなアピール配分でこようとも、4・3・2の配分なら最低でも半分は取れるから、負けるはずがないの)


ダンスジェノサイド!!


美希「えっ!?」


実況「おおっと!! 美希ちゃんがなんと、ダンスをジェノサイドさせてしまったぁ!」

実況「オーディション規則により、フェアリーが獲得したポイントはすべて没収」

実況「これにより、765プロは第1回、第2回審査での結果がパーフェクトとなり、765プロが2回戦も連取だぁ!」



伊織「や、やったぁ……?」

P「くくく」


実況「しかし解説の高木さん、これはいったいどういうことなのでしょうか?」

高木「うーむ、分からんね。だいたい、2回目審査なのにジェノサイドが起きるなんて珍しい」

高木「たしかに765プロは序盤からダンスに集中させていたが、しかし早すぎる」

高木「初回から見え見えのジェノサイド狙いに嫌気がさしたのか、単に審査員の虫の居所が悪かったのかもしれんね」

高木「いずれにしても、星井くんは不運としか言いようがない」





伊織「今回の審査員はなんだったのかしら? 始まる前から不機嫌そうだったけど」

雪歩「たしかに、なにかあったのでしょうか?」


春香「……まさか、プロデューサーさん?」

P「くく。このオーディションが始まる前に、双海と社員に変装させたぴよ助を使って、ダンスの審査員を怒らせてやったのさ」

雪歩「ええっ!? そんなことして大丈夫なんですか!?」

P「オーディション規則では、審査員の買収は禁じられているが、怒らせるなとは書いてないぜ」

伊織「またそんなグレーゾーンぎりぎりの策を……」

小鳥「捕まるかと思ったぴよ……」

春香「ご愁傷様です」

小鳥「あれ、そういえばプロデューサーさん。怒らせたのは一人だけなので、次のオーディションではこの作戦は使えないですよ?」

P「いいのさ。俺がこの策でやりたかったのは、勝つことよりも相手の心に楔を打ち込むこと」

雪歩「心に、くさびですか?」

P「奴らは今、自分の決断にたいして不安の芽がもたげはじめている」

P「二回も敗北した上の自爆だ。自分の判断に不安を持ち、微調整を行いだす。それこそがこの戦いで得たかったもの」

春香「あ、よくあります。不安になって直前に変えちゃったりするの。たいがいうまくいかないんですけど」

P「くくく、奴らの思考は今まさに、沼に落ちたのさ。落ちたやつは確実に沈める……二度と這い上がれないようにな」



実況「相手の不運にも助けられながら、765プロはまたも勝利。さすがにフェアリーのメンバーも、表情が暗くなってきたか」


美希「はぁはぁ……もう!!」ダンッ!

貴音「美希、落ち着いてください」

美希「うっさい! つぎ、つぎこそ絶対にとるの!」

響「う、うん……」




――第3回オーディション

1回目審査結果
765プロ Da.      Vi.★★★  Vo.
フェアリー Da.★★★★★ Vi.     Vo.★★

2回目審査結果
765プロ Da.      Vi.★★★  Vo.★★
フェアリー Da.★★★★★ Vi.     Vo.   


美希(ここはダンスに振るべき? いや、ダンスはアピールしすぎたの)

美希(向こうも初回はかなり振ってきているはずだから、もしかしたらジェノサイドしちゃうかも)

美希(さっきもやって、今度もやったら目も当てられないの……)


P「くくく」




――3回目審査結果
765プロ Da.★★★★★ Vi.★★★ Vo.
フェアリー Da.      Vi.    Vo. ★★


実況「なんということでしょう! またまた765プロがオーディションを勝ち抜いたぁ!」

高木「流行1位をダブルアピールだけで奪取するとは……。こんなことができるのは彼だけだね」

実況「ああっと、765プロのプロデューサー、笑っています!」

実況「これは舐めてます。とことんまで相手を舐めています!」



美希「はぁ、はぁ。なんで! なんで読まれたの!?」

貴音「美希、落ち着いてください」

響「そ、そうだぞ。今のオーディションはヴォーカルを取れたんだし、次こそは勝てるさ」


P「……それはどうかな」

響「げっ!? 765プロのプロデューサー!?」

美希「……なんの用なの。美希たちは次のオーディションの準備で忙しいんだけど」

P「くく、天才が聞いてあきれるな」

美希「なに、挑発のつもり? そんな見え見えの手になんか乗らないの」

P「くくく、勘違いするな。てめぇらなんか挑発する必要もない」

P「むしろ、この衆人環視の前で証明してやるのさ。才能だけの奴が、どれだけ使い物にならないかをな」

美希「はぁ!?」

貴音「美希、落ち着いて!」

P「次の勝負、お前は必ずジェノサイドする」

美希「なっ!?」




実況「おおっとぉ、渡久地、ジェノサイド宣言! しかもあの天才美希を子ども呼ばわり!」

実況「765プロのプロデューサー、フェアリーを挑発、いや、舐めてます!」

高木「あの発言カットできないかね? ちょっと企業イメージが……」

実況「生放送なのでカットは無理です。さぁ、渡久地も自陣へ戻って、第4回目のオーディションです」



――第4回オーディション

美希(あいつのやり口はもう分かってるの! ジェノサイドなんか、気を付けてればそうそう起きない)

美希(これはジェノサイド宣言で委縮させて、またダブルアピールだけでダンスを奪うつもりなの!)タッタン!


貴音(ああ……きっと美希の頭の中は、彼を出し抜くことで頭がいっぱいになっています)

貴音(おそらく、それこそが彼の狙い。あの発言に真意などないのです)

貴音(ただ美希を考えに考えさせ、集中力をそぐ作戦……)

貴音(いくら美希といえども、これだけ長い時間闘っていれば、考える片手間でアピールできる余裕は残っていないでしょう……)キュッタンタン




P「……」フゥー

小鳥「しかし、今日のみんなはとても集中できていますね」

小鳥「雪歩ちゃんなんか、カメラが回っているとそれだけで上がっちゃうのに」

P「くく、やつらは今、それどころじゃねぇからな」

小鳥「えっ、どういうことですか?」

P「キレの良いアピール10万、気の抜けたアピールはマイナス50万。それが今日の奴らの報酬だ」

小鳥「ええっ!? む、無茶苦茶です! 彼女たちをお金で動かすなんて、最低ですよ!」

P「どうだかな。あいつらだってまんまガキなわけじゃない」

P「ほんとうに金目当てだけでプレーしてるやつは、おそらく一人もいないぜ」

小鳥「へ?」


P「今回のオーディション、生中継で局の大物も見ている。やつらにとってはミスのできない場面だ」

P「そうした不安にくわえて、敵のプレッシャーもある。そうした心理的抑圧を押しのけ、勝負に集中する……」

P「果たして、それをあいつらが確実にこなせるだろうか?」

小鳥「うっ、言われてみれば、難しいです。いや、そもそもほとんどの人ができないことじゃないですか?」


P「そうだ。そんなのはベテランであってもできるやつは少ない。ましてや十代の、それも経験の浅い奴らならなおさらだ」

P「だからこその、これだ」

小鳥「あっ! アピールの有無だけで報酬が決まるから、勝敗もプレッシャーも関係ない」

小鳥「ただ思いっきりアピールすればいいだけになる!」

P「やつらは今、勝敗など眼中になく、この報酬ゲームだけに集中している。プレッシャーや不安から逃げるためにな」


小鳥「で、でも良いのでしょうか? 勝敗を無視しちゃうって、なんかダメな気がします」

P「それがそうでもないのさ。全力をだせるのは、心が自由で楽しんでいるときだ」

P「それに努力が即座に反映されるこのシステム。やる気にならない方がおかしい」

P「見ろよ。あいつら、自分の成果が加算されるたびに喜んでるだろう?」

小鳥「ほ、ほんとだ」


P「皮肉にも、勝負で最高のコンディションをだせるときは、勝負を意識していないときなのさ」

P「くくく、今の奴らを打ち崩すのは、至難の業だぜ」




美希(どうする。相手は本当にジェノサイド狙い? それとも出し抜くための罠?)
タッタンタッツルッ

美希「きゃっ」ドテッ

響「美希!」

美希「大丈夫! すぐに取り返すの」

美希(くっ、このミスはでかいの。なんとかダンスを取り返さないと)タンッ!!タンッ!!



P「……くくく。勝負事は、一所ばかり見ていると必ず足元をすくわれる」



ダンスジェノサイド!!


美希「なっ!?」タンッ


実況「おおっとぉ! 美希ちゃん、またまたまたジェノサイド!」

実況「ミスを挽回しようと思うばかり、ジェノサイドのことが頭から離れてしまったかぁ!」

高木「やはり、先ほどの挑発が効いたようだねぇ」

高木「星井くんは今、彼を出し抜くことに勝ちすぎている」

実況「765プロ、またまた逆転勝利! このまま765プロが全勝してしまうのか!」



美希「はぁ、はぁ」

P「くくく、宣言通りになったな」

美希「うるさいの!」

P「お前はやはり、才能だけのガキだ。揺さぶれば、もろくも崩れる」

美希「そっちだって! そっちだってさっきからこすいやり方でしか勝ってないの!」

美希「ちゃんと正々堂々と勝負するの!」

P「くく、正々堂々ねぇ」

美希「それとも……怖いわけ?」

P「ほう」



実況「おおっと。美希ちゃん、逆に渡久地プロデューサーに挑発し返しました!」

高木「しかし渡久地くんはクレバーだからね。星井くんの挑発に、乗りはしないだろう」



P「おもしろい。やってやろうじゃねぇか」

美希「ふ、ふん。かかったの」



高木「あ、あれ?」

実況「な、なんと渡久地プロデューサー、美希ちゃんの挑発に乗ったぁ!」



P「その代わり、それだけ自信があるんだ。負けたらそれなりの覚悟はできているんだろうな?」

美希「えっ……」

P「くくく、リーダーとは名ばかり。今回の戦いではことごとく裏目を引き、味方には八つ当たり」

P「今日のお前はどう見積もっても及第点とは言えない」

美希「うっ……」

貴音「……」

響「……」

P「その上だ。わざわざ挑発をして、自分の得意な土俵で勝負をして負けてみろ」

P「この一連の戦いは、すべてお前の責任だ」

美希「な、なにが言いたいの!」

P「次の勝負に、お前の引退を賭けろ」

美希「えっ……!」

P「俺らは次の振り分けを4・3・2の定石でいく」

P「嘘偽りはない。それで力勝負だ、お前の引退を賭けてな」


美希「……望むところなの!」

貴音「美希!」

響「や、やめるんだ!」

美希「ちがう。これはチャンスなの! 相手は勝利でまんしんしてるの!」

貴音「でも、もしも負けたら……」

美希「負けはしないの!」

貴音「……分かりました。ただし美希、一回目はダンスの比重を重くさせてください」ボソッ

貴音「相手が本当に力勝負とは限りません。なにかいかさまをして、それで勝利宣言をされるのは避けたいのです」

美希「勝手にするの」

P「くくく……」



実況「さぁ、とんでもないことになりました!」

実況「なんとこの勝負、美希ちゃんの引退がかかっております!」


実況「場内のファンも固唾をのむ最後の勝負……今、火ぶたが切って落とされたぁ!」


――第5回オーディション


美希(勝つ。絶対に勝つの!)

貴音(やはり心配です……。先の戦いでは集中力を欠いていた……)

貴音(はたしてそれは、挑発だけのせいなのでしょうか……?)



――1回目審査結果
765プロ Da.      Vi.★★★ Vo. ★★
フェアリー Da.★★★★★ Vi.    Vo.



貴音(極端なジェノサイドも、奇策もない。やはり、力勝負できている)

P「くく、言っただろう。嘘偽りはないと」

P「こいよ。お前の引退を賭けてな」

美希「ぬぬっ」


――第5回オーディション2回目審査


小鳥「しかし渡久地さん、どうしてわざわざ力勝負なんて言ったんですか?」

小鳥「挑発するにしても、別の言葉でよかったのに」

P「たしかに、この勝負だけを見れば挑発せずとも勝てたかもしれない」

小鳥「だったら――」

P「だが、それでは意味がない」

小鳥「えっ?」

P「天海達の戦いは、これだけではない。これから何年、何十年と続いていくものだ」

P「そのためには、どこかで超えなければいけない。才能という大きな壁を、自分自身の力でな」

P「そうでなければ、絶対の自信などできやしない」

小鳥「絶対の自信……」



美希「はぁ、はぁ」

貴音(美希の息が上がっている……。いや、私の体力も限界に近い)

響(緒戦の30回もの延長が、体力を奪ったぞ。全力で何十回もやれば、ばてるのも当たり前だ)



春香「はぁ、はぁ」

伊織「げほっはぁっ」

雪歩「う、はぁ、はぁ」



貴音(しかし、限界なのはあちらも一緒。これがまさしく最後の勝負)

美希「はぁ、はぁ、きゃっ」ドテッ

貴音「美希っ!」

美希「はぁ、げほげほ、大丈夫なの」

貴音(美希の足がもう限界にきている……)

貴音(さぼり気味だった練習のつけが、ここにきてついに出ましたか……)




P「くく、才能が発揮されるのは、万全の体勢が整っていればこそだ」

P「こうした極限の状態でものを言うのは、地味な基礎練習だ。毎日毎日、飽きもせずにやった練習は、疲弊し、動かなくなった手足を突き動かしてくれる」

小鳥「そうです。みんなトップアイドルになりたくて、遅くまで練習してきたんです……」

P「証明してみろよ。自分がどれだけ頑張ってきたか、どれだけアイドルになりたいか」




美希「はぁ、はぁ」

貴音(……もう、私も集中することは無理でしょう)

貴音(今の状態では、“集中すること”に注意を向けてしまい、細部にまで気を回すことができていない)

美希(美希も、彼にさんざん挑発されて、心を落ち着けるのは難しい……)




――2回目審査結果
765プロ Da.★★★★★ Vi.★★★ Vo.
フェアリー Da.      Vi.    Vo. ★★



実況「ついについに! 765プロ、実力でダンスをもぎ取ったぁ!」

美希「はぁ、はぁ、そんな……」

貴音「美希! つぎの審査です! 次の審査で取り返せばまだ勝機はあります!」

響「そ、そうだぞ! 次もヴォーカルは自分が堅守するぞ! だから美希、頑張ろう!」

美希「う、うん……」

貴音(くっ……美希の心が折れかけている……)



――第5回オーディション3回目審査


美希「ふぅ、はぁ」

貴音(動きに覇気がない……。体力の限界なのでしょう)

貴音(でも頑張らねば、そうしなければ――)

貴音「きゃっ」ドテッ

響「あぁ、貴音まで……」

貴音(終わった……。わたしもまた、集中力を欠いてしまいました……)

貴音(これで、もう……)




P「……勝ったな」

小鳥「ええ、おそらく」


P「……」ブチッ

小鳥「んっ?」

P「ぴよ助、ちょっとこれを持っておいてくれ」

小鳥「なんですか、この2本のコード?」

P「ああ、本来くっついてなきゃいけないコードだ」

小鳥「へぇー……って、えええ!?」

P「あとは託した」スタスタ

小鳥「ちょっ、ちょっとぉ」


オイ、オンゲンガキレタゾ
ア、オマエサッキノ!
ピヨー!!



美希「き、曲が止まったの」

P「くくく。ゲーム終了の時間だ」

響「765プロのプロデューサー!」

P「星井の演技は精彩を欠き、かなめである四条のアピールもミス……」

P「これで、お前たちの負けは確定した」

貴音「くっ……」

P「さて、現在“偶然”にも故障のおかげで審査が中断されている。星井を救いたいなら、今しかないぜ?」

美希「……!」

響「美希を助けられるのか!」

貴音「待って響! ここは慎重に」


P「くくく、俺らの勝利は確定してんだ。今さら罠も何もねぇだろう?」

P「それよりも、俺は救済手段を示してやろうと言ってるんだ」

響「そ、それは」

P「今日のオーディションをすべて、放棄することだ」

響「オーディションを……放棄?」

P「そうだ。つまり星井一人が責任を取るのではなく、お前ら全員が責任を取る」

響「ど、どうしてオーディションの放棄が責任に」

P「今回の企画は、そもそもお前たちが主役の台本だったはずだ。それが気づけば5連敗」

P「それに加えて、そもそもの企画の大前提であるオーディションをすべて放棄するなんて言ってみろ」

P「お前らの信頼はがた落ちだ」

貴音「……!」

P「とくに今回は生放送ということもあって、局の重鎮も見ている。放棄をすれば、3人ともテレビには当分出れないだろう」


美希「……」

P「そうすれば、こちらとしては敵が3人も減ることになる」

P「星井1人を潰すよりも、はるかに効果的だ」

貴音「奸侫な輩め……」

P「くくく、俺はどっちでもいいぜ? どのみち敵が減ることに変わりはない」


美希「……いいの。二人がわざわざ責任を取る必要はないの」

貴音「美希!」

美希「……だってこれは、自分で招いた結果なの」

美希「キラキラしたいけど、つまんない練習はいやだった。そのくせ、プライドだけは人一倍だった」

美希「こんなんじゃ、アイドル失格なの……」

響「美希……」

美希「これは、神様から美希への罰なの。だから、甘んじて受けるの……」

貴音「だめです! 神がなんと言おうと関係ありません。あなたはどうなのですか?」

美希「美希は……」




――961プロ

黒井「ふーん、面白いことになっているな。たしかに試合放棄などされれば、また面倒な金をばらまかなければならなくなる」

黒井「ただ、それでも美希の才能を失うのは惜しい」

黒井「フェアリー3人の責任となれば、美希だけ抜いてソロで使えばいいことだ」

律子「あーっ! なるほど、そうでした!」

黒井「どうした、秘書風情?」

律子「これは渡久地の策略なのですよ。渡久地は今、大逆転を狙っています!」

黒井「なに?」

律子「オーディション規則によれば、オーディションの放棄は獲得ポイントすべて返上しての敗北となるんですよ」

律子「つまりここですべてのオーディションを放棄してしまえば、あの30回におよぶ延長戦も、他の戦いも、すべて渡久地はパーフェクトしたということになります!」

黒井「……ああぁっ!!!」

黒井「おい、今すぐスタッフに連絡だ!」

黒井「放棄などさせるな! 美希を引退させろ! 必ずだっ!」




――オーディション会場

響「美希……美希はまだ、アイドルをやりたいのか?」

美希「……やりたい、やりたいよ! 美希、今すっごく後悔しているの……」

美希「みんなが必死に声をかけてくれた練習に、どうして出なかったんだろうって!」

美希「悔しいの! ほんとにほんとに……。負けるのって、こんなに悔しいんだねっ……」


貴音「美希……。誇りなさい。その悔しさは、あなたにとって大切な宝となるでしょう……」

貴音「これからのあいどる活動で、あなたがきらきらする原動力となるものです」

美希「えっ……」


貴音「響」

響「もちろんさ!」



P「……」

貴音「渡久地とやら。今回は、私たちの負けです」

貴音「しかし、美希は引退させません。いつか必ず、この借りは返します!」

P「くくく、そうか。なら、楽しみに待ってよう」



実況「な、なんということでしょう……! いったい誰がこの結末を予想したでしょうか!」

実況「フェアリー有利の下馬評を覆し、全オーディション放棄という衝撃の結果で幕を閉じましたぁ!」

高木「ああ、よかった、よかったぁ!」

実況「ど、どうしたんですか!?」

高木「あ、いや、そのちょっとした私事というか、会社倒産の危機があったというか……」



雪歩「うわぁぁん! か、勝ちましたぁ!」

伊織「勝ったの……? 実力で……?」

春香「そうだよ! 私たちの力で勝ったんだよ!」ヘナヘナ

伊織「ちょ、ちょっと春香」

春香「ご、ごめん。勝ったと思ったら気が抜けちゃって」

雪歩「そういえば、2時間以上も闘ってたんだよね。なんだか、あっという間だったような気がする」

春香「そうだよ! 今日の雪歩はすごい集中力だった!」

雪歩「そ、そうかな? 最初の借金を返すので精いっぱいだったし……」

雪歩「プロデューサーの出す数字に一喜一憂してたら、終わっちゃった感じだったよ」


伊織「私たちって、実は強いのかしら」


P「……それが、お前らの実力だ」

春香「ぷ、プロデューサーさん!」


P「お前たちは弱小でも、取り柄の無いやつでもない」

P「ばかの一つ覚えみたいに磨き続け、輝きだした強みを持っている。自信を持っていい」

春香「そうだよ、私たちはなんたって、フェアリーに勝ったんだ!」

雪歩「も、もしかして、なれるのかなぁ、トップアイドル」

伊織「もっちろんよ。にひひ」





春香「……そういえば、小鳥さんは?」

P「……あ」



――961プロ

黒井「ふざけるな貴音ぇ!!!! 響ぃ!!!! 」ガンッ!

律子「……今回の渡久地はすべてパーフェクトをしたことになりますので、取ったジャンルは事前オーディションを合わせて124個。失点は0」

律子「渡久地の年俸は、139億5000万円になりました」

黒井「ひゃ、139億……」

律子「……社長、もうこんな馬鹿げた勝負はやめましょう」

律子「765プロの独立を認めて、相応の手切れ金をだせば、向こうもこんな無茶な金額は請求しないはずです」

黒井「ダメだ。あの高木を勝たせてはダメだ」

黒井「金などいくら払ってもいい……。だが私の、私の勝利で終わらせねばならんのだ……!」

律子「しかしこうまで高額になってしまっては、次の株主総会で説明の仕様がありません」

黒井「心配するな。その日までに、勝てばいいのだ」

黒井「あと数か月で、秘密兵器が完成する。次が最後だ。最後で最大の勝負のしかけてやる……!」

以上で本日の投下は終わりです。

合いの手ありがとうございました。
意外とワンナウツを知ってる方がいてびっくりです。

明日の投下も同じく20~21時を予定しています。


――765プロ

高木(あの激戦で、765プロの名は一躍有名となり、出演も増えた)

高木(フェアリーの引退劇については、プロ野球時代の印象もあり彼が一身に悪名を被った)

高木(そのフェアリーは、うわさでは謹慎6か月の罰を受けたとのことだった)

高木(そして黒井からの挑戦状は、この数か月で一度も来なかった。彼の年俸もそのまま……)

高木(間もなくこの契約から1年がたとうというのに、不自然なほどの静けさが、961プロにあった)



ガチャッ

女「あの……」

P「……だれだ、お前?」


小鳥「あーっ千早ちゃん!」

春香「ほんとだぁっ! 戻ってきてくれたんだね!!」ダキッ!!

千早「きゃっ、ちょっと春香。もう、くるしいわ」


P「……」

小鳥「プロデューサーさん。この子は如月千早ちゃん」

小鳥「歌がすっごい上手くて、今は海外で歌ったりしているんです。……961プロでですけど」

P「ほう」

高木「如月くん……」

千早「社長……。身勝手な行動をしてしまい、申し訳ありませんでした」

高木「いいのだよ。キミはもともと、海外で活動がしたかったらしいからね。961プロに行ってしまったのも無理はない」

千早「充実した、といえば嘘になりますが、海外で活動してみ学ぶことはとても多かったです」

千早「自分がどれだけ未熟であったのかを思い知らされました」

高木「そうか。得るものがあったならば、こちらも送り出したかいがあったというものだ」

高木「しかし、いいのかね? 黒井は他事務所との交流を嫌うというが」


千早「ええ。私はあくまで海外で活動するために移籍しただけですから。今年は契約を更新せずに、戻ることにしました」

千早「春香たちの頑張りも音にきいていましたし、私も微力ながら事務所の盛り立てを手伝います」

高木「よろしく頼むよ」

春香「うん! 千早ちゃんが戻ってくれば百人力だよ!」

P「……」




小鳥「ぴよっ!? た、たいへんです、プロデューサーさん!」

P「……なんだ?」


小鳥「い、今の時間帯の番組は、伊織ちゃんたちが出るはずなのですが」

小鳥「それが急きょ、別のアイドルユニットに変わってしまっていて」

高木「なにっ! どういうことだ」

テレビ『「みなさんお待たせしました! 今年彗星のごとく現れた超新生ユニットジュピターの皆さんです!」
    冬馬「みんな応援ありがとう! それじゃいくぜ! Alice or Guilty!」 ワァー!!』

高木「だ、だれなんだこいつらは!?」





伊織「……961プロの新生ユニットよ」


春香「い、伊織! それにあずささんもやよいも、番組はどうしたの!?」

あずさ「それが、ジュピターの飛び入り参加で私たちの出番がなくなっちゃったみたいなの」

高木「ゆ、ゆるせん。どこの局かね? 抗議にいこう!」

やよい「……実は、出演直前にもう一度オーディションが行なわれたんです」

やよい「彼らが、全ジャンルで1位を取ったら出演させてくれって」

やよい「それを聞いた重役の方が乗り気になって、試しにやらせてみようと言って……」


P「で、見事ぜんぶ取られてきたわけか」

伊織「うっさいわね。あいつらほんとに実力がケタ違いなのよ」

春香「そんなすごかったの?」

千早「私も、何回か候補生時代の彼らを見たことあるわ」

やよい「ち、ちはやさん」

千早「3人が3人とも、恐ろしいまでの才能を備えていたわ。くわえて、厳しい練習に裏打ちされたシュアなパフォーマンス」

千早「美希たちとは違う、努力する天才集団よ」

春香「努力する……天才」

千早「くやしいけど、恐らく誰も勝てないわ……」

伊織「……」

P「……」フゥー


TRRRR

小鳥「……はい、765プロです。はい、少々お待ちください」

小鳥「社長、961プロの秋月秘書からお電話です」

高木「うむ、ああ私だ。……分かった。今から行く」ガチャッ

高木「渡久地くん、961プロのところへ行こう。黒井がお呼びだ」

P「……わかった」

伊織「……ちょっとプロデューサー。なにか激励はないの?」

P「ねぇよ。ただ強いて言うなら、時間は有効に使え」

千早「時間?」

P「お前らプロの仕事は、勝てないと嘆くことじゃない」

P「どうやったら勝てるか、それを追求することだ。それじゃあな」

スタスタ


千早「あれが、今のプロデューサーなの? 励ましもなにもないの?」

伊織「そうよ。もう慣れたわ。さ、ジュピターの対策を始めましょ」

伊織「じつはあのオーディション、こっそりと新藤に撮らせてたのよ。にひひ」

あずさ「わかったわぁ」

千早「え、どうしてこんなにも切り替えが早いの?」

千早「さっきまで落胆してたじゃない?」

春香「みんな、勝つことに真剣なんだよ、千早ちゃん」

千早「えっ……?」

春香「だれも、負けちゃうかもという想いは持っていないよ。私たちはみんな、トップアイドルを目指してるんだから」

あずさ「プロデューサーも言ってたでしょう?」

あずさ「私たちの仕事は、まず勝つこと。勝ってテレビに出なきゃ、なにも始まらない」

あずさ「憧れの人に見つけてもらうためにもね」

伊織「とうぜんよ! 負けるつもりなんてさらさらないわ」

千早「そう……しばらく見ないうちに、変わったのね。なんだか、うらやましいわ」

春香「ふふ、なにいってるの? 千早ちゃんも今日から仲間だよ!」

春香「一緒にジュピターを倒そう。どんな天才にだって、私たちは絶対に屈しないよ」

千早「ええ、そうね。一緒に頑張りましょう」



――961プロ

黒井「くくく、久しぶりだねぇ。渡久地くん、高木ぃ!」

律子「……どうぞ、こちらでおくつろぎください」

高木「うむ」

P「……ふぅー」ドカッ

律子「あ、えと、渡久地さん。テーブルに足を乗っけるのは……」

P「くつろいでいいって言ったじゃねぇか」

律子「い、言いましたけど、ちょっとこれは……。あと社長室は禁煙です」

黒井「構わんよ。このアホ面を見るのもあと数日なのだからな」

高木「そう、約束の一年まであと少しだ

高木「黒井、この契約で獲得した金額はすべて支払ってもらうぞ」


黒井「あわてるなよ高木。私は約束を守る男だ。安心したまえ」

黒井「……ただし最後に、一勝負してもらおうじゃないか」

高木「一勝負?」

P「……」フゥー

黒井「一週間後、地上波最大の音楽の祭典が行われる。そこのラスト15分の尺を賭ける」

高木「ラスト15分……? それはちと長くないかね」

黒井「そうだ。1ユニットの持ち分としては長い」

黒井「だが、これが2ユニット分ならば話は変わってくる」

P「……つまり今度は、チーム戦でやろうってことか」

黒井「話が早くて助かるね。そうだ。961プロから2組をオーディションに出し、そちらも2組を出してもらう」

黒井「2組の得点の合計が各審査でのポイントだ。その合計に応じて、星が獲得される」

黒井「渡久地くんとの契約ではチーム戦については書かれてないが、今回だけの特例としてチーム戦にも契約は適用される」

黒井「どうかね?」

高木「ふむ……」


黒井「おっと、これだけではないよ。一週間後のレートは100倍でやってもらう」

高木「ひゃ、百倍だと!? 馬鹿げてる!」

黒井「くくく、貧乏人は相変わらず小さくて困るねぇ」

黒井「ギャンブル好きの渡久地君はどうかね? ぞくぞくせんか?」

P「……どうも、そちらの注文ばかりが多すぎるな」

黒井「ほう、ではなにか減らせと?」

P「違う。こちらの要求も飲めという話だ。そうでなきゃ、イーブンじゃない」

黒井「なるほど。確かにそれはもっともだ。それで、なにを追加するのかね?」

高木「渡久地くん!」

P「……得点は、審査ごとに振り分けられるのではなく、最後にまとめてどこに振り分けるかを決めるってのでどうだ」

黒井「ほう、最後にまとめて、か」

黒井「ならば、星の配分はどうなる?」

P「それも最後の結果でまとめて行う。獲得した合計ポイントはユニットごとにどこへ振り分けるかを決める」

P「そして、そのジャンルで最も多くのポイントが入ったチームに、3審査分の星を与える」


P「たとえば流行1位にもっとも多く入れたチームは、15個の星を獲得するといった具合だ」

黒井「面白い。星を獲得する読み合いは一回きり。キミの得意とする、ワンナウト勝負そのものだな」

黒井「それで、ジェノサイドはどうなる?」

P「最後にまとめてポイントを振り分けるから、ジェノサイドはなしだ」

黒井「いかにも渡久地くんらしい」

黒井「乗った! その追加条項をつけて勝負といこう」

高木「だ、大丈夫かね、キミィ」

P「心配すんな。一回きりの勝負なら、俺は負けない。必ず、こいつを出し抜いてやるさ」

黒井「くっくっく。だ、そうだ。高木ィ! 君も彼に託したなら、一蓮托生したまえ。その泥船にな!」

高木「ぬう……」

黒井「さて、では契約書だ」

律子「……こちらになります」

P「……」サラサラ

高木「……」サラサラ

P「じゃ、あとはよろしく」

スタスタ


ガチャ、バタン

黒井「くくく、あのヘッポコ、この勝負に勝つ気でいたな」

律子「……いえ、社長の策は画竜点睛を欠いています」

律子「渡久地を倒すならば、レートは100倍より上にすべきでした。あの男の抜群の勝負強さをお忘れです」

黒井「ほう?」

律子「彼はフェアリー相手にも二つと落としませんでしたから、おそらくこちらが奪えるのは一つ」

律子「奪ったジャンルが一つなら、彼の失点は3つです。レート100倍でも150億。一方で渡久地は6つを取るので30億」

律子「ただし、渡久地は今までで139億の獲得金額がありますから、差し引き19億の黒字」

律子「つまり渡久地は、この勝負は勝っても負けても逃げ切れると踏んでいます」

黒井「なるほどねぇ……」

黒井「だが、舐めてもらっちゃ困る」

黒井「セレブな私にとって、そんな計算など想定内に決まっているではないか」

黒井「レートを200倍などに跳ね上げず、しかも事前に100倍と伝えたのは、やつをおびき出すための策だ」

律子「えっ……」


黒井「くくく、やつは逃げ切れると油断している。だが、それが命とりなのだよ」

黒井「これを見たまえ。この前、961プロ内で模擬オーディションをした結果表だ」ピラッ

律子「えーと、決勝戦。相手はジュピターと、え? フェアリー?」

黒井「そうだ。あのポンコツ3人ども、謹慎させた6か月の間、性懲りもなく猛練習をしていたらしい」

律子「そうなんですか……って、あれ!? この点数は……」

黒井「気づいたかね。あいつら、実はジュピターと互角の点数がとれるまでに成長していたのだよ」

黒井「くくく、あいつら、渡久地と再戦だと言ったら二つ返事で承諾しおった。よっぽど、あの男が憎いらしいな」

律子「……そんな」ボソッ

黒井「やつは、こっちのもう一組を二流アイドルだと高をくくっているだろうが、その油断が落とし穴だ」

律子「しかし、彼の頭脳は侮れません。圧倒的優位だった美希たちも負けてしまったのですから」

黒井「くっく、もっと単純に考えてみたまえ」

黒井「こちらのユニットは今、2組合わせて7000ポイント近くは取れるのだ。対して765プロの連中は、4000ポイントも取れまい」

「すると、平等に振り分ければどうなる?」

律子「7000ポイントを三つのジャンルに振れば、一つ当たり2333ポイント」

律子「765プロが4000ポイント取ったとして、2つに振ったとして2000……あ!」


黒井「くくく。我々は圧倒的なポイントを取る。そしてどんな言葉にも惑わされず、すべてのジャンルに平等にポイントを振り分ける」

黒井「そうすれば、やつらが2つ取る可能性はゼロ! 渡久地はあっという間に赤字だぁ!」

律子「……ま、まさしく力でねじり潰す、ですか」

黒井「それが王者というものだ」

律子「し、しかし、当のフェアリーはテレビ出演を許されるのでしょうか?」

律子「天下の読読テレビに泥を塗ったアイドル達を使ってくれるとは……」

黒井「当然、各方面に金はばらまいた」

黒井「加えて、やつらのテレビ出演はこの1回限りだ。これが終われば、やつらを解散させる」

黒井「私の面子を汚したごみ同然のやつらなど、二度と出すまいと考えていたが、致し方ない。今回限り、あいつらをこの戦いにねじ込む」

律子「ひ、ひどい! それでは、ほんとうに彼女らを利用、いや騙しているだけです」

黒井「ひどいだと? 961プロの人間ならよく覚えとけ。ときに切り捨てる非情さがなければ、王者になり得んのだよ」

黒井「何を残して何を捨てるか、ああ言うゴミをゴミと見極める目を持つことだな」

律子「……」



――祭典オーディション当日・控室


伊織「さ、みんな作戦会議よ」

やよい「はい。昨日のジュピターの映像を見てて気づいたんですけど」

やよい「この冬馬さんって、ヴィジュアルアピールの時、ポージングで点を稼いでますけどはにかんで少し表情が硬いんです」

あずさ「あら、ほんとねぇ」

亜美「うーん、なんとかこの隙をつきたいね→」

雪歩「そ、それなら、冬馬くんのときにカウンターでこっちもヴィジュアルアピールするのはどうかな?」

雪歩「逆に思い切ったアピールをすれば、相対評価で高得点が取れるかも」

伊織「いいわね。それでいきましょう。あとは、向こうがいつだしてくるかね」

春香「あ、それだったら私のメモが役立つかも。実は私ね、向こうのアピールの法則見つけちゃったんだ」

亜美「さっすがはるるん! 頼りになる→!」

春香「えへへー」


あずさ「あと、フェアリーの対策もしたいわねぇ」

雪歩「前だったら、スタミナという欠点があったんですけど、さすがに今回は直してきそうです」

伊織「ただ向こうは、こちらが流行1位を捨てて2ジャンルだけを攻めてきたというのが脳裏に焼き付いているはずだわ」

伊織「だからこそ、あえて流行1位をとれないかしら」

春香「そうだね。とにかく揺さぶってみよう! 思わぬ隙が見えるかもしれないし」

千早「……すごいわ。みんな、本当に勝つ気でいるのね」



ガチャッ

P「……間もなく始まる。スタジオにこい」

「「「はい!」」」


――本番スタジオ

雪歩「あれが冬馬くん……ひええ、男の人ですぅ」

伊織「こんな土壇場で女に変わるわけないでしょ。腹くくっていくわよ」




北斗「お、今日の対戦相手が来たみたいだね」

冬馬「へっ。このまえボコボコにしてやったんだ。さぞかし怯えてんじゃねぇのか」

翔太「……どうやら、みんなやる気満々のようだよ」

冬馬「けっ……」



貴音「ふたたびの再戦ですね」

響「負けないぞ!」

美希「この日のために猛練習したの。二人とも、絶対勝つの!」

「「「おー!!」」」


――駅周辺

真美「はぁ、はぁ。待ってよ、まこちん」

真「おそいよ真美。はやくしないとみんなの応援に間に合わないよ」

真美「そんなこと言ったって、真美も歳だし」

真「中学生が何をいってんだよ。ほら、手を出して」

真美「へ?」ガシッ

真「よし、レッツゴー!」

真美「ひょぇええ」ビュンッ


――961プロ

黒井「おい、秘書風情。今すぐ車をだせ」

黒井「オーディション会場へ行くぞ」

律子「えっ、ここで見るのではなかったのですか?」

黒井「あの渡久地と高木が逃げるとも限らんからな。敗北が確定した瞬間にとらえてやる」

律子「プロデューサーの渡久地はともかく、高木社長も来るでしょうか?」

黒井「……ふん、やつとの付き合いも長い」

黒井「やつは必ず会場に来る。そういう男だ」


――局内

真美「ひええ、やっと着いたぁ」ゼェ、ゼェ

真「うん、さて会場は――」

高木「おや、真美くんに菊地くんかね?」

真・真美「「あ、社長!」」

高木「君たちも応援かね? ……その、961プロの」

真美「ち、ちがうYo! 真美達ね、961プロを辞めてきたんだよ!」

真「そうなんです!」

真「765プロが一世一代の大勝負をするってきいて、いてもたってもいられなくて、みんなの応援に来たんです!」

高木「そうか……」

高木「よかった。キミたちはまだ、765プロを見捨てないでくれたんだね」

真美「社長、ごめんね。いろいろと迷惑かけちゃって」

真「ごめんなさい。環境を変えたら売れるかもって、他のことのせいにしてました……」

高木「いいんだよ。私がいたらなかったのは事実だ。こうやって戻ってきてくれただけで、私はとてもうれしいよ」

高木「さぁ、応援に行こうじゃないか!」

「「はい!」」



――オーディションステージ

春香「はぁ、はぁ」


美希「はぁ、はぁ」



伊織「……やっぱり、スタミナ切れは望めそうもないわね」

雪歩「でも、相手の動揺を誘ってミスを稼ぐこともできました」

伊織「そうね。じゃ、次はジュピターよ!」

「「うん!」」




――スタジオ裏

高木「渡久地くん!」

P「……社長か。それと、後ろ二人は誰だ」


高木「ああ。この子達は今日、うちに復帰してくれたアイドルだ」

真「初めまして、プロデューサーさん」

真美「よろしくね、にーちゃん」

P「……はいはい」

高木「それで、現在の戦況はどうなっているのかね?」

P「これが、今の両チームの総得点だ」ピラッ


『765プロ 1413ポイント』
『961プロ 2160ポイント』


真美「どれどれー……って負けてんじゃん!」

真「え! ほんとだ」

高木「だ、大丈夫かね、キミィ……」

P「おいおい、社長なら最後までアイドルの力を信じろよ」

高木「そりゃ、信じたいがねぇ」

P「ほら、見ろよ。まもなくあいらの策が発動するぜ」



冬馬(よし、そろそろこっちのアピールを)


春香(……つぎ、くるよ)

あずさ(予定通りね)


冬馬「おら!」ヴィジュアルアピール

あずさ「えぃっ!」ヴィジュアルアピール!!


『冬馬  105点』
『あずさ 120点』


春香「やった、決まった!」

冬馬(なっ!? いや、ダメ押しでもう一回だ)

冬馬「いけ!」ヴィジュアルアピール

雪歩「えぃっ!」ヴィジュアルアピール!!


『冬馬  105点』
『雪歩  120点』


伊織「ふふふ、やっぱりね」


冬馬(また!? 読まれてたのか……!?)

北斗(どうやら、一筋縄でいかないみたいだねぇ)




真「す、すごい……。あのジュピターを翻弄してる」

真美「真美たち、あのジュピターに全然歯が立たなかったのに……」

高木「さすが渡久地くんの頭脳だ」

真「そ、そうか。プロデューサーの作戦」

P「いや、俺はなんの指示も出していない」

P「あいつらは自分たちでチャンスを見つけ、相手を出し抜いた」

真美「亜美たちが……」

P「あいつらは今日この日を勝つために、あらゆる準備をしてきた」

P「見てみろよ、あの顔。どの面も自信に満ち溢れてやがる」

真美「……かっこいい」


P「くく。あいつらはぼろぼろになっても立ち上がり、へばっても這って追いつき、勝とうともがいている」

P「やつらはもう、いっぱしの勝負師だ」

高木「あんなに一生懸命な表情は初めてだ。……しかし、アイドルとしては少し不恰好じゃないかね?」

P「良いじゃねぇか、男顔負けの執念を見せたってさ」

P「俺からすれば、今の奴らのほうがよっぽど魅力的に見えるぜ」

真「……うぅなんだろう、今すっごいオーディションに出たいです! 僕もあそこで踊りたいなぁ」

真美「ま、真美も!」



――第2審査結果

765プロ 1560ポイント
961プロ 2110ポイント



伊織「どうだった!? プロデューサー!」

P「くく、残念ながら、まだ劣勢だ」

春香「ああもう! 壁が厚いよ!」

あずさ「で、でも、まだ体力はあるわ。乾坤一擲でいけば」

伊織「だめよ。無茶苦茶やって勝てる相手じゃないわ。ここはなにか策を」


P「さて、ではそろそろ必勝の策を授けよう」

伊織「――もう! そういうのは早く言いなさいよ」

P「くく、それじゃだめだ。これは、今までのお前たちの頑張りがなければ達成できない策だったからな」

雪歩「がんばり?」

春香「そ、それで策というのは!?」

P「次のオーディション、お前たちは徹底的に楽しめ」

春香「へ?」

P「勝負は度外視だ。今日の試合、全力で楽しんでこい」

P「……そうすれば、勝敗は俺がどうにかしてやる」

伊織「……本当に、どうにかしてくれるのね」

春香「神頼みとかじゃないですよね?」

P「勝負師は、神になど頼らないさ」

伊織「分かったわ。あんたのこと、信じてるからね。負けたら承知しないから!」


亜美「まーたツンデレいただきました→」

伊織「うっさい!」



――第3回審査

冬馬(あいつら、さっきまでとは打って変わって力勝負かよ。勝負を捨てたか?)

翔太(どんな策があるにせよ、負ける気はしないよねぇ)


美希(あはっ、あのときと同じ真っ向勝負! 負けないの!)

貴音(今や美希は、もっとも信頼できるメンバー)

貴音(ここはカバーなど必要ありません。私の全力をここでぶつけます!)



――スタジオ裏

律子「着きました、社長」

黒井「うむ。おや、圧勝しているではないかね?」

律子「……ええ。どうやら社長の策は的中しているようです」

黒井「なら結構だ。椅子を持ってきてくれたまえ」

黒井「私は、舞台裏から最後まで眺めていよう。渡久地と高木の最後をな」

律子「はい」

黒井「しかしなんだ……。癪にさわるな、フェアリーもジュピターも、あんなに楽しそうにオーディションを受けおって」

黒井「気を抜いて敵に隙を与えたら、どうしてくれるのだ」

律子「たぶん、彼らは一部の隙を与えないと思います」

律子「彼らは絶好のライバルに出会えて、むしろ燃えているんです」

黒井「……ふん、いらぬ感情だ」



――最終審査結果

765プロ 1483ポイント
961プロ 2610ポイント


――総合得点
765プロ 4456ポイント
961プロ 6880ポイント




審査員「これにて審査は終了です」

審査員「各チームは自分の獲得したポイントをどこに振るかを紙に書いて私に提出してください」


黒井(事前予想よりも多少の追い上げはあったものの、勝敗をひっくり返すまでには至らなかったか……)

黒井「おい秘書風情、我々のポイントを今一度確認したい」

律子「はい。こちらのポイントは6880ポイント。765プロのポイントは4456ポイントです」

黒井「ほかに、ポイントの移動はないな? たとえばジェノサイドのように無効になることは」

律子「今回に限ってジェノサイドはなく、また審査員からの物言いもありませんので、ポイントの変動はなしです」

黒井「そうか……」

黒井「くくく、勝った! これでうちのポイントは3等分しても2290ポイント」

黒井「向こうは2等分しても2228ポイント。つまり確実にやつらは2つ落とす! はーっはっは!」


冬馬「おっさん、配分は決まったのかよ」

黒井「ああ、決まった。二人とも、三等分で提出しろ」

冬馬「はいよ」

美希「分かったの」



春香「はぁ、はぁ。出し切りましたよプロデューサーさん!」

P「……お疲れさん。じゃ、この紙の指示通りに、ポイントを割り振ってくれ」

春香「はい!」

あずさ「この配分が、必勝の策なのですね?」

P「そうだ。それが魔法の配分……お前たちをかならず勝利に導く」



――

審査員「では、全チームからポイント配分の提出がありましたので、結果を発表します」





黒井(くくく、これで渡久地は150億の損失だ!)




――結果発表

765プロ Da. ★×15 Vi. ★×9 Vo. ★×6
961プロ Da. ★×0  Vi. ★×0 Vo. ★×0



黒井「なーはっはっはぁ! 私の完全勝利ぃ……ん?」


審査員「最終投票の結果、765プロの完全勝利です」


黒井「ぬぁにぃ!?」



春香「やったぁ!!」


やよい「勝ちましたぁ!!」



黒井「ふざけるなぁ!!! なんだこれは! 集計ミスだ! やり直せ!」ズィッ

審査員「うっ、い、息が……」

P「くくく、往生際が悪いな」

黒井「渡久地ぃ! なにをしたぁ!」

P「簡単なことだ。お前がかつてやった、引き抜きだ」

黒井「引き抜き……ああっ!!」バッ




スタスタッ

美希「ごめんね、黒井社長。美希たち、765プロに移籍するの!」

黒井「な、なんだとぉ! きさまぁ!」


P「俺たちは、勝負の前から裏でつながってたのさ」

黒井「ぐっ……」

美希「黒井社長。美希をテレビに出してくれたのは嬉しかったの」

美希「でも、テレビに出るだけでは、美希の思うキラキラはできなかった」

美希「最初はその理由が分からなかったの。でも今日の765プロを見て確信した」

美希「みんなで笑って、泣いて、楽しめるステージ。それこそが、美希の思うキラキラ」

美希「765プロのみんなとなら、そのステージに立てるの! だから社長、ごめんなさい。そして、ありがとうございました」

貴音「ふふ、お世話になりました。黒井社長殿」

響「へへっ、じゃーな」



黒井「ふ、ふざけるなぁ!! 貴様らにいったいいくらかけたと思ってんだぁ!?」

P「くくく、お前、ほんとうにこいつらのことを思って言ってんのか?」

黒井「なにぃ! 私は当然、アイドルのことを――」

テープ『やつらのテレビ出演はこの1回限りだ。これが終われば、やつらを解散させる。――ときに切り捨てる非情さがなければ、王者になり得んのだよ。何を残して何を捨てるか、ああ言うゴミをゴミと見極める目を持つことだな』ジー

P「くくく、どうやら見極められなかったようだな。何を捨て、何を残すか」

黒井「なっ!?」

律子「……ふふ」

黒井「こ、この秘書風情が!! 私を裏切りおったか!?」

律子「……一度は、あなたのやり方があっているのかとも思い、ついていこうかと考えました」

律子「でも、今は違います。私の信じていた道、765プロのやり方は間違っていなかったんです!」

律子「あなたから学ぶことはもうありません。今日限りで辞めさせていただきます」


P「……さて、黒井社長よ。きっちり払ってもらうぜ」

P「レート100倍。パーフェクトで計184億5千万だ」


黒井「ふざけるなぁ!! 認められるかぁ!!!!」



――数日後

高木「もう、行ってしまうのかね」

渡久地「ああ。もともと、奴との勝負のために雇われただけだったはずだ」

渡久地「事務所が独立した今、もう俺に用はないだろう」

高木「もう少し、プロデュース業をやってみないかね? ようやく事務所の子達も、キミに慣れてきたんだ」

渡久地「……見誤るなよ、社長。俺は黒井の持ってきた勝負で闘ってきたに過ぎない」

渡久地「仕事の一つも取ってこないプロデューサーなんざ、三流だろう」

高木「しかしだね……」

渡久地「俺が必要とされる闘いは終わった。あとは、あいつらの闘いだろう」

渡久地「やつらに今必要なのは、サポートできるやつだ。そういう役目は、俺なんかよりもっとふさわしい奴がいるだろうぜ」

高木「……そうか。なら、もうなにも言わんよ。達者でな」

P「……ああ」




高木(こうして、黒井との長い闘いは終わった)

高木(あの契約で得たお金で、事務所は無事独立を果たし、新しい事務所への移転も行なった)

高木(もう二度と、アイドル達にお金で困らせることはないだろう)

高木(961プロは、多額の資金を子会社だった765プロに渡したこと、そして独立させてしまったことで、その説明責任と資金繰りに追われている)

高木(もはやこの業界も、961プロの一党独裁ではない。各事務所が天下を狙う群雄割拠の時代となった)

高木「……渡久地くん、勝負師とはさびしい生き物だ。他人に情が移っては、勝負の妨げになってしまうのだろう」

高木「だがね、ここでできた縁も絆も、もう切れないのだよ。どこにいようとも、みんなは繋がっている」

高木「われわれは、いつまでも仲間なのだ」

おわり

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

すこしでも面白いと思えてもらえたら幸いです。

また、ONE OUTSはアニメも面白いのでぜひ観てみてください。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom