岡部倫子「これがシュタインズ・ゲートの選択……!!」その2 (1000)

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岡部倫子「これがシュタインズ・ゲートの選択……!!」
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2010年8月14日(土)12時07分
未来ガジェット研究所 開発室


倫子「……ラボ、か。まるで瞬間移動だな」

倫子「(頬に残るやわらかい温もりは消えていない……もちろん、記憶としてではあるが……)」

倫子「済まない、フェイリス……」ウルッ

フェイリス「フェイリスがどうかしたニャン?」

倫子「ああ、フェイリスか……って、ほぁっ!? ど、どど、どうしてフェイリスがここにっ!?」

フェイリス「ニャッフッフー。それは、フェイリスが凶真を守護する天使だからニャン♪」

倫子「…………」

倫子「…………」ウルッ

  ダキッ

フェイリス「……ニ゛ャァァァァァァァァァアアアアアアアアアア!?」ドッキン ドッキン


ガララッ


まゆり「フェ、フェリスちゃん!? 突然大声出してどうし……」

紅莉栖「フェイリス!? 何があっ……」

倫子「…………」ギュゥ

フェイリス「あっ!? こ、これは違うニャ!? 凶真が突然――」

紅莉栖「血の盟約第360条。鳳凰院凶真の意志に関わらず、過度なスキンシップを取ってはならない……っ」ギリリッ

倫子「……お前がオレをずっと守ってくれていたんだよな。ありがとう……」グスッ

フェイリス「―――――」

まゆり「フェリスちゃん? 気を失ってる……」

未来ガジェット研究所 談話室


紅莉栖「ちょ、ちょっとさっきのアレなんなの!? 愛のあるハグだったし! 羨ましすぎだろマジで……あ、いや、岡部にハグされるのも羨ましいけど、愛のあるハグができる同性がいるっていうのが羨ましいんだからな! 勘違いするなよ! というかなんなのどういうことなの? 証明して説明!」

倫子「お、落ち着けー……」

フェイリス「フェイリスだってわけわかんニャいニャ。で、でも、一生記憶に残る出来事だったニャ……」ポワポワ

まゆり「フェリスちゃんいいなぁ」

倫子「そう妬くなまゆりよ。お前もぎゅってしてやろう」ギュッ

まゆり「はわわ……えへへ……」ニコニコ

倫子「(温かい……まゆりは、生きている……)」ウルッ

紅莉栖「え、えっと、この順番で行くと次は私も……」エヘエヘ

倫子「だが断る」

??「皆さん、落ち着いてください。コーヒー淹れましたよ。あ、所長にはドクペです」

倫子「気が利くな。ご苦労――ん?」

倫子「あ、あなたは誰だ? 見たところ、高校生か? まゆりの友達?」

??「はい? 何を言ってるんです?」

まゆり「ケイさんありがとー♪」


倫子「紅莉栖。オレは世界線を移動してきた。この意味がわかるか?」

紅莉栖「ふぇっ!? い、いま私の名前を普通に呼んだ……? フラグktkr……?」

倫子「同じことを何度も言うな……」ハァ

紅莉栖「……つまり、またDメールを送ったのね? それでこの世界線の記憶がない、と」

倫子「その通りだ。だから、オレの主観としてはその人と初対面なのだ」

??「本当にタイムマシンを使って世界線移動を? やっぱり牧瀬博士は天才ですね……」

紅莉栖「それじゃ、改めて紹介するわ。この子は久野里澪ちゃん。結構大人っぽいけど、今年で13歳よ」

久野里「不思議な感じがしますが……。初めまして、鳳凰院凶真所長。久野里です」

倫子「中学生なのか!? それにしては非常に発育がいいな……」

倫子「背も高いし、胸も助手くらいは育っている……」ムムム

紅莉栖「ちょ、乳比べすんなっ!」

久野里「ふふっ。昨日と同じ反応ですね」

倫子「なにより、声がとても優しい。ラジオパーソナリティーでも目指したらどうだ?」

紅莉栖「3月に小学校を卒業して、今年の秋からアメリカの全寮制スクールに進学するんだって」

久野里「いつかは牧瀬博士の元で研究したいと考えています」

倫子「ほう、天才少女2号だったか」

久野里「い、いえ、私は天才では……」

フェイリス「マユシィはケイさんって呼んでるニャ」

久野里「私のバッグについてる、久野里のイニシャル"K"の刺繍を見たんですよね」

まゆり「なんかね~、"ケイさん"って感じがしたのです」

倫子「確かに、見た目も声も雰囲気も、まゆりより年上に見えておかしくないな」

倫子「それで、どうして天才少女2号が我がラボに? もしかしてラボメンなのか?」

久野里「あ、いえ、その……」

フェイリス「ミオニャンはクーニャンの大ファンだったのニャ!」

※ドラマCD「間に合わぬ愚者の微睡-FOOLS」によると
(SG世界線では)久野里澪が牧瀬紅莉栖論文に興味を持つのは飛び級でハイスクールへ進学した後のこと。


倫子「(話を整理すると、この世界線の昨日、8月13日には次のようなことがあったらしい)」


・・・

2010年8月13日(金)14時32分
未来ガジェット研究所


紅莉栖「突然実験は中止だ、なんて言って急に出て行っちゃうし……。私はちょっとここで眠らせて……」

ダル「僕はフェイリスたん成分を補充しにメイクイーンに行ってくるお」

まゆり「まゆしぃはるかちゃんを説得しないとなぁ。ねぇねぇダルくん、コスプレは恥ずかしくないよーって、どうすれば伝わるかなぁ?」

ダル「パンツじゃないから恥ずかしくないもん! と同じ精神ですねわかります」

紅莉栖「まるで意味がわからんぞ。でも、まゆりだって恥ずかしくてコスプレしないんでしょ?」

まゆり「うーん、それもあるけど、まゆしぃは作る方が楽しいのです」

紅莉栖「でも不思議よね。そんなまゆりが猫耳つけてバイトしてるんだから」

まゆり「あれはコスプレじゃなくて制服だもん」

まゆり「……あぁーーーっ! まゆしぃはひらめいちゃったのです☆」

柳林神社


るか「え、ええーっ!? ボクがメイド喫茶でメイドさんを!?」

まゆり「そしたらね、コスプレも悪くないかもーって思ってくれるかなぁって」

るか「で、でも、やっぱり恥ずかしいよ、まゆりちゃん……」

まゆり「メイクイーンのお洋服はね、コスプレじゃなくて制服だから、恥ずかしくないよー」

るか「そんなぁ……」

栄輔「いいじゃないか、るか。メイドとして働くのも、バイトをするのも、きっとお前のためになる経験になるだろう」

栄輔「花嫁修行だと思って、まゆりちゃんの頼みを聞いてあげたらどうだい?」

るか「うぅ……そんなことならボク、男の子に生まれてくればよかった……」

フェイリス「もちろんお手当は出すニャ」

フェイリス「今日はマユシィにはチラシ配りをしてもらう予定ニャン。一緒に手伝ってくれるかニャ?」

るか「チラシ配りくらいなら……」

まゆり「わーい♪ まゆしぃ大勝利なのです☆」

NR秋葉原駅電気街口前


フェイリス「メイクイーン+ニャン2ですニャ~! よろしくお願いしますニャ~!」

まゆり「みなさんで、遊びに来てくださいニャ~~ン♪」

フェイリス「とまあ、こんな感じニャ。それじゃ、フェイリスはお店の方に戻るニャン」

フェイリス「ルカニャン・ニャンニャン、がんばってニャ!」

るか「メ、メイクイーン+ニャン2です、にゃぁ~……」ウルウル

まゆり「るかちゃん、かわいいよぉ~えっへへ~」

るか「う、うぅ……。あ、あの、チラシもらってくださ~い……」スッ

久野里「…………」パシッ

るか「あ、ありがとうございます、にゃんにゃん……」ウルウル

まゆり「ぜひ来てね~♪ ニャンニャン♪」

久野里「あの、すいません。秋葉原に牧瀬紅莉栖が居る、ということについて、何か知りませんか?」

るか「え? ま、牧瀬さん、ですか?」

久野里「……っ! 知っているんですか!」

未来ガジェット研究所


紅莉栖「うへへぇ……ほかべぇ……」zzz

まゆり「クリスちゃーん。お客さんだよー」

るか「気持ちよさそうに寝てますね……」

久野里「(いよいよあの天才牧瀬紅莉栖と会える……っ! 例の論文は何度も読み直してもう暗唱できるほど……!)」ドキドキ

久野里「(7月28日のUPXでの講演は、専門とは違ったけど大変有意義なものだった。途中で白衣の女性が泣いちゃってたけど……)」ワクワク

久野里「(あの時はあまりにも緊張して声を掛けることができなかった。だ、だが、あそこに居た教授っぽい人から聞いた情報通り、牧瀬紅莉栖は秋葉原に居た!)」ソワソワ

久野里「し、失礼します! あの、は、は、初めまして!」

紅莉栖「んごっ……。えっと、誰ぞ?」

まゆり「ケイさんだよ~」

るか「牧瀬さんのファン、みたいですよ」

紅莉栖「ふぇ……?」


久野里「わ、私、ゆくゆくは牧瀬博士のいるヴィクトル・コンドリア大学脳科学研究所で研究したいと考えています!」

紅莉栖「……なんか久しぶりに天才少女牧瀬紅莉栖というキャラを思い出した件について」ポリポリ

久野里「すいません、お休み中のところ押しかけてしまって……」

紅莉栖「ううん、いいのよ! 私もあなたみたいな可愛い女の子とお話できて嬉しい。それに未来の後輩だっていうならなおさら」ネットリ

久野里「か、可愛いだなんて、そんな……」テレッ

まゆり「じゃあオカリンはまゆしぃがもらっていくね~」ニッコリ

紅莉栖「ちょ!? まゆりが橋田みたいなことを言い出した……って、ダメよ! 岡部はみんなのものなの!」

紅莉栖「ようやく裏マーケットに加入できたんだから……」ブツブツ

久野里「えっと、岡部さんというのは?」

紅莉栖「岡部倫子。またの名を鳳凰院凶真。このラボの所長であり象徴、私が心から愛しているカリスマ的存在よっ!」

るか「突然元気になりましたね、牧瀬さん」ニコ

紅莉栖「というか、漆原さんがメイド服! うん、とっても素敵……うふふ」

久野里「(あの牧瀬紅莉栖が崇敬している存在……鳳凰院凶真、一体どんな人物なんだ?)」

久野里「って、えっ? ここって、ラボだったんですか?」キョロキョロ

紅莉栖「……あぁ、そっか。それが普通の反応よね」

紅莉栖「いいわ、せっかくだし色々紹介してあげる」

久野里「ほ、本当ですかっ!?」パァァ

まゆり「それじゃ、まゆしぃたちはバイトに戻るね」

るか「失礼します」ペコリ


久野里「タイムリープマシン……そ、そんな、すごすぎる……っ!」

紅莉栖「今話したタイムトラベル理論は未来人から教えてもらった眉唾なんだけどね。もっとちゃんとした施設で研究しないと仮説すら作れない」

久野里「あ、あのっ! 失礼を承知でお願いがあります!」

久野里「このラボの研究についてもっと教えてもらえませんか! 牧瀬博士とお話したいことがたくさんあります!」

紅莉栖「うーん……それをオーケーするのはやっぱり岡部よね……」

久野里「(なんとかして岡部所長に気に入られなければ……!)」

ガチャ バタン

倫子「ただいま帰ったぞ……む? どちら様だ?」

倫子「見たところ、高校生か? まゆりの友達?」

久野里「は、初めまして! 久野里澪と言い……あっ、UPXでの講演の時に居た白衣の女性!」

紅莉栖「ちょうどいいところに。岡部、この子がね、ラボメンになりたいって」

倫子「なん……だと……?」


・・・

2010年8月14日(土)
未来ガジェット研究所


倫子「(それでこの子はラボに居ついて、オレたちの雑事を手伝う代わりに牧瀬博士(笑)から直々に量子脳論だの世界線理論だのをレクチャーしてもらっていたのだとか)」

紅莉栖「(笑)って何よ」

倫子「お前がクソレズで腐女子でファザコンで、誰も居ないラボで全力オナニーに勤しむネラーだということは隠しておいてやろう」ヒソヒソ

紅莉栖「」

フェイリス「フェイリスは昨日お店でルカニャンたちから話を聞いて、今日顔を見にきたってわけニャン」

倫子「それで、お前はラボメンなのか?」

久野里「いえ、歳が若いからということで辞退させていただきました」

倫子「(どう見ても綯の一個上には見えん……)」

久野里「でも、こうして遊びにくることは許可していただきました……本当にありがとうございます、所長」

倫子「わかっているとは思うが、ここでのことは全て部外秘、トップシークレットゥ!」

倫子「陰謀の魔の手は思った以上にずっと身近にあって、いつもオレたちを陥れようと手ぐすね引いているのだっ!」

久野里「それも昨日話してもらいましたね。警戒は怠りません!」

倫子「(きっとその忠告は厨二病で済まされるものだったんだろうが……あの時のオレに言ってやりたい。軽率なことをするなと。もっと注意を払えと)」

倫子「良かったな助手。可愛い後輩ができて」

紅莉栖「う、うん。結構、嬉しいものね。……えへへ」ニヘラ

倫子「そのだらしない顔は久野里さんに見せるなよ……?」


倫子「(取りあえずこの世界線のIBN5100の状態を確認しにいかなければ)」

倫子「フェイリスよ、ルカ子は今日もバイトなのか?」

フェイリス「ルカニャンは昨日1日だけの体験バイトだったニャン」

まゆり「コミマでコスしてくれるといいなぁ~」

倫子「わかった。オレはこれから柳林神社まで行ってくる」

まゆり「いってらっしゃ~い、オカリーン」

久野里「いってらっしゃいませ、所長!」



柳林神社


栄輔「……古いパソコン。ふむ、確かにそんな記憶がありますね」

倫子「本当ですか! ぜひ見せてもらいたいのですが!」

栄輔「ちょっと探してきましょう」

倫子「(よし、確実に成功しているぞ! まだ全てのDメールを取り消せたわけではないが、オレは戻ってきている!)」

倫子「(ここで手に入ってしまえば、もうDメール取り消しをしなくて済む……)」

倫子「(ルカ子を女の子のままでいさせることができるかもしれない……!)」

るか「…………」ソワソワ

倫子「どうしてルカ子は申し訳なさそうな顔をしているのだ?」

るか「あ、いえ、その……」オドオド

倫子「……ああ、そういうことか」


倫子「あの時は済まなかった。お前を、男だなんだと言ってしまって……」

るか「い、いえ、そのことについては牧瀬さんから丁寧にご説明していただきましたので」

倫子「……理解、できたのか?」

るか「いえ……ごめんなさい」シュン

倫子「ふっ。ルカ子は生真面目だな。さすが我が一番弟子。だがお――」

倫子「……お、おんなだ」アセッ

るか「……未だに自分が男だったなんて信じられません」

倫子「それは、そうだよな……」

るか「ボクが男の子でも、凶真さんはボクを弟子にしてくれたんですよね?」

倫子「ああ。正直に言えば、最初は女の子だと思った」

倫子「男だとわかってからも、ルカ子の本質を知って、オレが鍛えてやろうと思ったのだ」

倫子「オレは確かに男が嫌いだ。だが、ルカ子をそういう目で見るような男が嫌いなだけだ」

倫子「ルカ子が男であろうとも、ルカ子はルカ子だ」

るか「凶真さん……。ボク、その時の記憶はないですけど、たぶん嬉しかったんだと思います……」

倫子「(さて、どうやって話を切り出したものか……。まゆりはルカ子の親友でもあるからな……)」

栄輔「おかしいですねぇ、私の秘蔵コレクションしか見つかりませんでした。鳳凰院くん、ちょっと着てみませんか?」スッ

倫子「おのれは探す気があったのかぁっ!?」


倫子「やっぱりIBN5100は手に入らない、か。この神社にはフェイリ……秋葉留未穂が奉納したんですよね?」

栄輔「おや、お知り合いでしたか。留未穂ちゃんは、とても立派な女性になられましたなぁ」

倫子「…………」ゾワワァ

栄輔「彼女が小学生の時でした。執事の黒木さんと一緒にこの神社を訪ねて来てくれましてね」

倫子「その手に持ったランドセルを地面に置いてからしゃべってください」

栄輔「しかし、パソコンはなぜ消えたのでしょう。宝物殿の鍵が壊されてもいなかったですし……」

るか「…………」キョドキョド

栄輔「るかはなにか知らないかな? 毎年年末の大掃除の日に宝物殿の掃除をしているだろう?」

るか「……なにも知りません」

倫子「(これは明らかに知っている風だな。なぜルカ子は嘘を吐いているのだ?)」

倫子「(まあ、実際そんなことはどうでもいいか。Dメールさえ取り消せば、IBN5100は嫌でも手許に戻ってくるのだから)」

倫子「……ちょっと考えさせてくれ」

新御徒町 天王寺家


倫子「(天王寺は前にオレがここにきた時とほとんど同じ橋田鈴との想い出を語ってくれた。2度目だと言うのにオレはまた涙腺が緩んでしまった)」

【 0.46914 】

倫子「(世界線変動率は確実に1%へと近づいていた。これはオレにとって勇気になる)」

天王寺「そういや、鈴さんが毎日こつこつと書いてた手記があるんだが、俺にはさっぱりでな。お前さんにやるよ」

倫子「へ? いいのですか?」

天王寺「お前みたいなのが好きそうな内容なんだよな……まさか鈴さんにそんな趣味があったなんて、死ぬまで気づかなかったが。ほれ」スッ

倫子「"レジェンド・オブ・ワルキューレ"……だと……」ゾクッ

倫子「(タイトルだけで中身が容易に想像できてしまう……)」プルプル

倫子「せっかくなので頂いておきましょう! これはいずれ世界に災いをもたらす禁書ですからねっ! ……ではっ!」ダッ

未来ガジェット研究所


まゆり「トゥットゥルー♪ オカリン、おかえりン♪」

久野里「お、お帰りなさいませ、ご、ご、ご主人様……」カァァ

倫子「なっ!? それって、確かドリームクラブの……」

まゆり「えっへへー、ケイさんにね、今度のコミマでカエデちゃんに来てもらうコスプレを試着してもらっていたのです☆」

倫子「い、いや、明らかに天才少女2号が恥ずかしそうにしているのだが……」

久野里「こうしたら所長に喜んでもらえるという事で……」プルプル

紅莉栖「所長に気に入られないと追い出されちゃうかもしれないものねっ!」ドヤァ

倫子「明らかにパワハラではないかぁっ!! 今すぐやめろぉ!! うわぁん!!」

未来ガジェット研究所 開発室


倫子「さて、今日は14日の土曜日。今までの法則で行けば、まゆりが死ぬのは明日15日の日曜日ということになる」

倫子「……確認する気にはなれない」

倫子「無理矢理ルカ子から母親のポケベル番号を聞き出すこともできる。なかったことになるのだから」

倫子「……いや、絶対にダメだ。それだけはやっちゃいけない」

倫子「フェイリスとまゆりとカラオケに行った時、オレの心の中で越えてはいけない一線を越えてしまった気がするんだ……」

倫子「取りあえず、時間を稼ごう。話はそれからだ」スッ


バチバチバチバチッ


紅莉栖「岡部? なによ、なんで1人で勝手に実験を――」


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2010年8月14日18時19分 → 2010年8月13日10時19分

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2010年8月13日(金)10時19分
未来ガジェット研究所


倫子「……ふぅ」

紅莉栖「どうしたの? 賢者タイム?」

倫子「……クリスティーナよ、もしかして貴様、世界線変動率が1%に近づくごとに恥じらいを失っているのではないか?」

紅莉栖「へ?」

倫子「相談に乗ってほしい。下のベンチに行こう」

紅莉栖「……フラグktkr!!」ッシ

倫子「あーもう。それでいいから。紅莉栖のこと頼りにしてるから、うん」


・・・

大檜山ビル前 ベンチ


紅莉栖「……だいたいわかった。だけど、1つだけ言わせて」

倫子「なんだ?」

紅莉栖「あんなに可愛い女の子が男の子のはずがない」

倫子「頭を叩きつけてオレに土下座したのはなんだったのだ……」

倫子「それに、見た目も仕草も女より女らしい男だったと説明しただろう」

紅莉栖「…………」

紅莉栖「なら許す」ニヘラ

倫子「簡単に言えば、股間にイチモツがあるかないか程度しか世界に影響は無い」

紅莉栖「そのせいでIBN5100が宝物殿から消滅した……。漆原さんの股間ってどうなってるのかしら」

倫子「いや、普通に考えて脳の仕組みとかも性別で違うからな? 股間だけのせいじゃないからな?」


紅莉栖「で、あんたは彼女に男に戻ってほしい、と」

倫子「そうでなければまゆりは助からない」

紅莉栖「まゆりの命と、漆原さんの股間か……。実感が湧かないけど、あんたの中では解は出てるわけね?」

倫子「無論だ。ルカ子には男に戻ってもらう」

紅莉栖「ある意味、残酷な仕打ちね。自分に置き換えて考えてみたら?」

倫子「オレが男だったら……?」


  フゥーハハハ!


紅莉栖「……簡単に想像できてしまった」orz

倫子「う、うむ。オレの場合も、特殊だからな……」

紅莉栖「LGBTって言うくらいで、セクシャリティの有り方はいろいろあるわ。人間なんだから当たり前よね」

倫子「さすがアメリカ帰りの帰国子女、説得力が違う」

紅莉栖「アメリカでなら倫子ちゃんと夫婦に……ウフフ」ニヤニヤ

倫子「だが、ルカ子は女になりたくて女になり、男としての記憶を忘れたのだ」

倫子「だからこそこうして、なるべく傷付けないようにするにはどうすべきかと助手に相談しているわけだ」

倫子「無論、ルカ子を説得した上で行動したい。あいつの気持ちを無視して世界線を変えることは……」

倫子「たぶん、オレの心が、持たない……」ウルッ

紅莉栖「こいつはヘビーね……」


紅莉栖「心優しい倫子ちゃんはマッドサイエンティストにはなれませんでした、以上」

倫子「ぐぬぬぅ……倫子ちゃん言うなぁ……」

紅莉栖「(かわいい)」

紅莉栖「でも、それもある意味で真よね。改変者の精神力が削られるなら、時間移動や世界線変動の保険なんて無意味になる」

倫子「タイムリープやDメールで"なかったことにする"と言うのは、言い換えればその世界をオレの脳内に収納することだ」

倫子「オレは、オレだけはどこへ行こうとも、その事実を事実として背負わなければならない」

紅莉栖「だったら私に相談する必要なんて無かっ――」

倫子「……一緒に来てほしい」ギュッ

紅莉栖「(袖掴みキタ――――(゚∀゚)――――!!!)」ドピュッ!!

倫子「きゃぁっ!? 鼻血っ!? 紅莉栖、大丈夫かぁっ!?」

紅莉栖「」ビクンビクン

倫子「白衣が紅莉栖の血で真っ赤に染まってしまった……」

柳林神社


紅莉栖「鳳凰院ちゃんが私の白衣を着ている……ハァハァ」

倫子「徹底的に漂白洗浄してから返してやろう。あとちゃん付けをするなっ」

るか「あ、岡部さんと牧瀬さん……どうかしたんですか?」

倫子「い、いや、その……」

紅莉栖「ったく。私から言いましょうか?」

倫子「(こいつに任せたら開口一番、『男性と女性で脳の働きって違うって知ってた?』などと遠回りも遠回りなことを言いそうだ……)」

倫子「……ルカ子よ!」ガシッ

るか「は、はいっ!」ドキッ

倫子「お、おち、おちついて聞いてくれ……。実は、お前は、本当は……」

倫子「男だったんだよぉっ!!!」

るか「…………」

紅莉栖「…………」

るか「えっと……それは、も、もしかして……」

るか「凶真さんは、男の子のボクが好きだったんですか……?」

紅莉栖「は?」

倫子「へ?」

るか「あっ! えっと、そうじゃなくて、男の子だったら恋愛対象だったのかなって、あ、いや、そうでもなくてですね……」アタフタ

紅莉栖「どうなの?」

倫子「……ノーコメントで」


紅莉栖「はっ! そういうこと! そういうことですか! とんだピエロね私っ!」

倫子「落ち着け助手ぅ! 何を勘違いしているっ! それは機関の洗脳攻撃だぁっ!」

紅莉栖「よくよく考えればおかしかったのよね! 男嫌いの倫子ちゃんが男の漆原さんを弟子にして仲良くしてるなんて!」

倫子「だから倫子ちゃん言うなぁ!」

紅莉栖「つまりそういうことなんでしょ! 中性的な見た目の漆原さんなら倫子ちゃんでも恋愛対象だったんでしょ!」

紅莉栖「好きだったんでしょ!! 男の子の漆原さんのことがっ!!」

るか「――っ!!!」

倫子「そんなわけあるか! そんなわけあるか! 大事なことなので2回言いました!」

紅莉栖「私の真似して茶化さないでよ! 百合っぽい素振りして私の事をもてあそんでたんでしょ!?」

倫子「だからオレはノーマルだと言っているだろぉ!」

紅莉栖「はい言いましたー言っちゃいましたー! つまり男の漆原さんが好きだったんじゃない! リア充爆発しろっ!」

倫子「地獄の果てまでも面倒くさい女だな貴様は……っ!」

るか「あ、あの、ボクっ!」

るか「男の子に戻りますっ!!」

倫子「……は?」


るか「おか……凶真さんがそう望むなら、ボクは……凶真さんの、こ、恋人に……」カァァ

倫子「ま、待て待てぇ! 話は最後まで聞いてくれぇ!」

倫子「お前が男に戻らないとまゆりの命が危ないから戻ってほしいのであって、オレがお前を積極的に男にしたいわけではだなっ!」

るか「凶真さんにふさわしい男になれるかはわかりませんが、ボク、頑張りたいです……って、えっ? まゆりちゃんが?」

紅莉栖「それについては私から説明するわ」

・・・

るか「そんなの……全然信じられないですよ……」

紅莉栖「信じられなくても漆原さんは岡部のために男になるんでしょ? はい議論終了」

紅莉栖「ちなみに世界線が変わると漆原さんの今の記憶は無くなるので2人は恋人にはなれません。はい論破終了」

倫子「ちょっと待てって! ルカ子も混乱しているはずだ、話をゆっくり整理してだな……」

るか「だって、まゆりちゃんは、今、生きているじゃないですか……」

倫子「……オレは、何度もあいつの死の場面を見てきた」

倫子「時間を遡るたびに、あいつの温もりを確かめずにはいられなかった……」グッ

るか「凶真さん……」


るか「わかりました、お母さんにポケベルの番号を聞いてきます」

倫子「済まない……」

るか「たぶん、男の子のボクは、物心ついた時から自分の見た目とか雰囲気が嫌いだったんだと思います」

るか「でも、キッカケは、牧瀬さんやまゆりちゃん、フェイリスさんたちに囲まれた岡部さんを見て、女の子になった方が凶真さんと仲良くなれると思ったことだったんじゃないでしょうか」

倫子「そうなの、か……?」

るか「今の凶真さんなら、両方のボクを知っていてくれるんですよね。それなら、ボクは喜んで男に戻ります」

るか「まゆりちゃんのためにも……」

るか「ちょっと恥ずかしいですけど、変わらず仲良くしてくださると嬉しいです」

倫子「……このやりとりをお前は忘れてしまうだろう。だが、オレは絶対に忘れたりはしないからな」

るか「……はい、師匠」グスッ

紅莉栖「スピード解決おめでとう。さ、早いうちに次の世界線へ移動しなさ――」



??「おっと、そうはいきませんよ」



倫子「なにやつ!? ……って、ルカパパではないかっ!」

栄輔「私の娘を勝手に息子にされてはたまったものではありませんな」

るか「お、お父さん!? でも、これにはまゆりちゃんの命が……」

栄輔「人はいずれ死ぬ。生きるという事は、死へと向かうことだ」

るか「お父さん!?」

栄輔「鳳凰院くん。そんなに我が娘を息子にしたいと言うならば、まずは私を倒していきなさい」

倫子「はぁ!?」

るか「ちょ、ちょっと待ってお父さん! ボクは凶真さんの味方です!」

栄輔「よろしい。ならば2人して私にかかってくるといい」

紅莉栖「……もしかして、パパさんもそっち系の人?」

栄輔「家内には何があってもポケベル番号を言わないよう伝えておこう。私を倒したなら教えてあげよう」

栄輔「決闘の時刻は明後日15日でいいかな? それまでせいぜい準備しておくといいよ。ふっはっはっは……」スタスタ

倫子「…………」

紅莉栖「…………」

るか「…………」

まゆり「トゥットゥルー♪ るかちゃん、メイクイーンでメイドさんバイトしないー?」

倫子「(ああ、そういやそんなイベントがあったな……ラボに帰るついでに駅前に居る天才少女2号を回収してくるか……)」

未来ガジェット研究所


倫子「どうしてこうなった……」ガックリ

るか「うちの父が御迷惑をおかけして、本当にすいません……。たぶん、阿万音さんがうちを出て行ってしまってから、寂しいんだと思います……」

倫子「(そう言えばこの世界線の鈴羽も巫女服のまま1975年に跳んだんだったな……)」

まゆり「けっとーがあるなら、コスプレは無理だねぇ……」

倫子「(一応ルカ子と紅莉栖には、まゆりの死について口外しないよう釘を刺しておいた)」

紅莉栖「岡部。15日のお昼過ぎに未来の私がタイムリープしてくるのよね?」

倫子「ああ。順調に行けばそういうことになってるはずだ」

紅莉栖「ねえ久野里さん。ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど……」

久野里「は、はい! 牧瀬博士のお手伝いができるなら光栄です!」

倫子「というか、決闘と言ったって、何をするんだ。宮本武蔵と佐々木小次郎でもあるまいし」

紅莉栖「それについて、私にいい考えがあるわ」


紅莉栖「VR技術を応用した新作ガジェットを作ろうと考えているのだけど」

倫子「ん突然どうした助手ぅ。新作ガジェット、だとぉ?」ワクワク

紅莉栖「(かわいい)」

紅莉栖「今の私って、あと2日したら未来の私に上書きされちゃうんでしょ? それってなんか悔しい」

紅莉栖「だから、今の私にできることを形にして残しておきたいと思った。これでいい?」

倫子「ふむ、それで未来ガジェット9号機か。それを使って決闘を?」

紅莉栖「そう。えっと、漆原さんっていつも模擬刀の素振りを練習してたでしょ?」

倫子「妖刀・五月雨だっ」

紅莉栖「せっかくだから、斬撃バトル、とかできたら面白いんじゃないかと思って」

倫子「斬撃バトルぅ?」

紅莉栖「好きでしょ、そういうの」

倫子「い、いやいや、確かに嫌いではない、というかむしろ好きだが、何をどうやってどうするのだ?」

紅莉栖「それはこれから説明する」


紅莉栖「簡単に言うと、脳内で想像した映像を他人の脳に投影する。妄想を送り込むの」

紅莉栖「脳が認識した映像をデータ化して、そのデータをまた他の脳に送ることで映像は共有される。後半はVR技術によって確立している」

倫子「つまり、妄想が、実現される……?」

久野里「VR技術は、映像データを神経パルス信号にコンバートする技術のことでしたよね。タイムリープマシンで使っているという」

紅莉栖「そう。ホントはうちの大学内でも極秘扱いの技術なんだけど、未来の後輩だし問題ないわよね」

紅莉栖「これを使えば、実際には目にしていない映像を、あたかも目の前で見ているかのように認識することが出来るわ」

倫子「だが、そもそも妄想をデータ化するなどできるのか?」

久野里「……そうか。そこで牧瀬博士の研究、神経パルスの解析が役に立つわけですね」

紅莉栖「私の仮説が正しければ、頭の中で描いた心象風景や思考なんかもデータとして取り出せる」

紅莉栖「それでね、決闘の場に居る人間が全員ヘッドセットをかぶって、妄想を共有した状態にしてね」

紅莉栖「例えば岡部が漆原さんの五月雨から斬撃が出る妄想をすれば、それはヘッドセットをかぶった人間全員に見えるってわけ」

るか「ボ、ボクの五月雨から、出ちゃうんですか……」

倫子「(きわどい発言……この場にダルがいなくて本当によかった)」

紅莉栖「もちろん実体は無いから実害は無い。まあ、ただの演出ってだけね」

倫子「ほう……これはまた、タイムリープマシンに続いてとんでもないものを作ろうというのだなぁ」ニヤニヤ

紅莉栖「期限は2日か。久野里さん、お手伝いよろしく」ニコ

久野里「はい! 牧瀬博士、任せてください!」

紅莉栖「まずはこの血まみれの白衣、洗っといて」

久野里「……は、はい!」

倫子「鬼か貴様は……」

柳林神社


倫子「(それからオレは紅莉栖のガジェット開発のことをルカパパに説明し、了承をもらった)」

栄輔『なかなか粋な演出をしてくれますね。楽しみにしていますよ』フフフ

倫子「(なぜかノリノリだった)」

倫子「というか、イマイチなにをどうしたら勝ったことになるのかがわからんな……」

るか「でも、ボク、お父さんに勝つことなんてできるんでしょうか」

るか「今までずっとお父さんの言いつけを守ってきて、反抗期とかも無かったので。お父さんに逆らうなんて、ボク……」

倫子「……やりもしないことを最初から出来ないと諦めるのは簡単だ。だが、父を乗り越えてでも成し遂げたい心があるなら、やるしかない」

倫子「出来るかどうかは後々結果として付いてくる。だが、端から諦めたのでは、たとえできるものでもできなくなるぞ」

るか「岡部さんっ……!」パァァ

倫子「凶真だ」

るか「ボク、どれだけ通用するかわからないけど、自分に出来ることを精いっぱい頑張ろうと思いますっ!」

るか「となると、やっぱり修行ですよねっ!」

倫子「素振りはいつもやっているしな……」フム

るか「あの、おか、凶真さん。実はさっき宝物殿でこんなものを見つけてきたんです……」

倫子「これは……巻き物<スクロール>か? これは……っ!」

倫子「達筆すぎて読めない……っ!」ウルッ

るか「え、えっと、ですね……」アセッ

るか「300年以上前に秋葉原に竜が出たそうで、それを封印するための方法が書いてある、みたいです」

倫子「なんだそのトンデモは……。さすがにフィクションか妄想の類だろう」

倫子「妄想……? そ、そうか。仮にそれが妄想だとしても、オレたちはこれから妄想を武器にしなければならないっ!」キラキラ


倫子「それで、その竜を封印する方法とはっ!?」

るか「は、はいっ! えっと、柳林神社の巫女の力を借りて……、剣を振るう事……」

倫子「なんだか今の状況に嵌りすぎてて怪しいが……まあいい。とにかく修行だっ! 五月雨を持てぃ!」

るか「えっと、素振りは今日、30回ほどやりましたっ!」

倫子「そ、そうか。オレの言いつけをちゃんと守っているようだなぁ。えらいぞぉ」アセッ

るか「はいっ! 師匠!」キラキラ

倫子「むむむ……となると、次は何をすべきか」

倫子「修行と言ったらやはり……滝行、だな」ニヤリ

るか「滝行、というと、水垢離ですか?」

るか「でもどうしましょう。この辺りに滝なんてありませんし……」

倫子「無いなら作ればいいじゃないと、偉大なる先人は言った……"知恵の泉"作戦<オペレーション・ミーミル>を発動するっ!」

るか「は、はいっ!」

倫子「体操着に着替えてこいっ!」


るか「お待たせしましたっ!」

倫子「(しまった……てっきり男物の体操服を着てくるかと思っていたが、普通にブルマだ。この暑さで既に汗ばんでいるのだろう、上着にブラがうっすら浮かび上がって見える)」

倫子「(というかルカ子お前、ブラしてたのか……あ、いや、女の子なんだから当然なのか……?)」

るか「岡部さん?」

倫子「だぁはっ!! い、いかんいかんオレとしたことが、邪心に支配されていたようだ……」ドキドキ

るか「それで、このホースで水をかぶればいいんですよねっ!」

倫子「お、おう……そうだ。冷水に身をさらすことで己の精神を極限まで研ぎ澄まし、真実の力に開眼するの、だ……」

チョロチョロ……

るか「ひゃうっ」

倫子「(……あれ? これってもしかして犯罪係数高くないか?)」

倫子「(水に濡れたルカ子の肌色が体操着に浮かび上がって……)」

倫子「(だが、お、お、女だ……というか、誰よりも儚げな大和撫子の総天然色見本だ……)」ワナワナ

るか「あの、岡部さん?」

倫子「凶真だ……。いや、今日の修行はここまでとしよう。早く着替えてこい」ハァ

2010年8月14日土曜日
未来ガジェット研究所


チュンチュン……

倫子「ふわぁ……完全に睡眠周期が狂ってしまった。まあ、身体の方はちゃんと毎日寝ていることになってはいるが……」

ガチャ

紅莉栖「お邪魔します。さあ、今日も開発頑張るわよ」

久野里「はい、牧瀬博士! 所長もよろしくお願いします!」

倫子「いよいよラボらしくなったな、感心感心……って、天才少女2号よ、その白衣は……っ!!」プルプル

久野里「あ、これですか? お二人を見習おうと思いまして、ここに来る途中で買って――」

倫子「素晴らしいっ!!」ガシッ

久野里「ふぉっ!?」ドキドキ

紅莉栖「キマシッ!」

倫子「ああ、まさにこれがオレの理想としたラボ……なんと完璧な世界線なのだ、ここは……」ウットリ

紅莉栖「ほら、あんたの白衣も久野里さんが綺麗にしてくれたわよ。そ、それじゃ、白衣を交換しましょ……」ウヘヘ

倫子「開発は順調か? 久野里研究員」キリッ

紅莉栖「」

久野里「はい、所長。予定通り、明日のお昼までには完成しそうです」

倫子「(『はい、所長』だって! なんと蠱惑的な響き……!)」ニヘラ

紅莉栖「橋田は呼ばなくていいわよ、むしろ要らない。久野里さんをオモチャにされたらたまったもんじゃないわ」

倫子「JCと2人きりの時間を邪魔されたくないだけだろうこの百合スティーナめ」

紅莉栖「ち、ちがうわよぉ?」(裏声)

久野里「橋田さん、ですか?」

紅莉栖「LHCにハッキングできちゃうレベルの天才ハッカーなんだけど、どうしようもないHENTAIなのよね……」ハァ

倫子「我が頼れる右腕<マイフェイバリットライトアーム>を愚弄するでない。奴は真性のキモオタだが、いざとなったら頼るといいぞ」

久野里「は、はい」


倫子「さて、今日はどうするか……。やはり、ルカ子に修行をつけた方がいいのだろうか」

紅莉栖「漆原さんと仲良くなっておくに越したことは無いわ。意志疎通がどれだけできるか、ってのも未来ガジェット9号機の重要な要素になるから」

倫子「そもそもルカパパとの対決は、一体なにをどうしたら勝ちなのだ?」

紅莉栖「ノリじゃない?」

倫子「な、なるほど……納得できるオレが悲しい」ガックリ

紅莉栖「漆原さんのパパさん、本気でまゆりのことをないがしろにしてるはずはないのよ」

紅莉栖「だから、ポケベルの番号は何があっても教えてくれると思う」

紅莉栖「自分の趣味もあるんだろうけど、それ以上に私たちに精神的なキッカケを作ってくれてるんじゃないかしら」

倫子「キッカケ……?」

紅莉栖「性別が変わる、世界線が変わる。そういう節目に達成感のあるイベントを持ってくることで気持ちを切り替えさせようってこと」

紅莉栖「文化人類学で言うところのイニシエーションってやつね」

倫子「そこまで考えていたのか、あのコスプレ大好き神主は」

紅莉栖「大人ってずるいわ。いつまでも私たちの事を子ども扱いしてくる」フフッ

倫子「では、オレはルカ子に修行をつけてくる。くれぐれも機関に研究をリークされぬよう、気を付けるのだぞ」

久野里「はい。行ってらっしゃいませ、所長」


ガチャ

天王寺「よお、岡部の奴は居るか?」

紅莉栖「店長さん。岡部ならちょうど今出て行ったところです」

天王寺「おっと、ニアミスだったか」

天王寺「まあいい。実は岡部に渡そうと思ってたものを思い出してな。ずっと忘れてたんだが、今朝夢に見てよ」スッ

久野里「これは……"レジェンド・オブ・ワルキューレ"?」

天王寺「このビルの元オーナーの手記なんだが、あいつならこういうの好きだろうと思ってな」

紅莉栖「(阿万音さんが言ってたアレか……。橋田が捏造した鳳凰院凶真の伝説集、ってところよね、コレ)」

紅莉栖「はい、岡部に渡しておきます。わざわざありがとうございます」

天王寺「おう、じゃあな」

久野里「あの、牧瀬博士。これは一体……?」

紅莉栖「んーと、未来人が過去に行って書いた、未来の岡部の伝記、みたいなところかしらね」

久野里「そんなレアアイテムなんですか、コレ! なになに……ふむふむ……おぉ、これは……っ!」ペラッ ペラッ

柳林神社


るか「おか、凶真さん! 今日もよろしくお願いします」

倫子「うむ。しかして、今日はどのような修行をすべきだろうか……」

るか「あの、また宝物殿でこんなものを見つけちゃったんですけど」スッ

倫子「これは、桐箱か? どうやら中身は和綴じ本だな。内容は……っ!?」

倫子「例によって読めない……読んでくれルカ子……」ウルッ

るか「は、はいっ。えっと……書いてあるのは、特訓方法みたいです」

倫子「お、おおっ!! まさにオレたちが求めている書物ではないかぁっ!!」

るか「なんだか出来過ぎているような気がしますね……」

倫子「ククク……これこそが運命石<シュタインズ・ゲート>の扉の選択なのだぁ、ルカ子よ」

倫子「運命すら、偶然すら我が力に変えてしまう鳳凰院凶真の力っ! ふふ、自分の力が恐ろしいぞ……」ニヤリ

るか「さ、さすがです師匠!」

倫子「それで、何をやればいいのだ?」

るか「えっとですね……」


・・・

倫子「っ……えっと、ここか?」

るか「あっ、やだ! ダメです、そんなところ……」

倫子「ええい、ならば……ここだっ!」

るか「あっ! ダメっ! そんな無理矢理っ、むぐっ……むうぅっ……」

倫子「はあっ! はぁっ、はぁっ……」

るか「……凶真、しゃん?」モグモグ

倫子「……これは、なんだ。オレたちは一体なにをやっているのだ……」

倫子「どう考えても二人羽織ではないかぁっ!!」クワッ

るか「……ちくわ、おいしかったです」ゴクン

倫子「真夏の炎天下、神社の境内で美少女巫女とくんずほぐれつ汗を絡めながらおでん缶のちくわを口に咥えさせるというプレイ……っ! 誰だこんなことを考えたバカモノはぁっ!!」

パシャ

倫子「(……今物陰からシャッター音が聞こえたような気がしたが、気のせいか?)」

倫子「……フェイリスっ! そこに居るのはわかっているぞ! 出てこいっ!」

シーン……

るか「えっ? フェイリスさんが居るんですか?」

倫子「……オレの勘違いか?」


prrrr prrrr

フェイリス『ニャンニャーン♪ 凶真から電話かけてきてくれるなんて、フェイリスは幸せ者ニャ♪』

倫子「(そう言えばこいつに抱きついたことはなかったことになってしまったのか……なんだか寂しいな)」

倫子「あー、フェイリス。今お前はどこにいる?」

フェイリス『どこって、メイクイーンでお仕事中だニャ。今日を乗り切れば、明日から3日間は昼間のお客さんが減るのニャン』

フェイリス『だからぁ、デートのお誘いなら明日以降でお願いし』ピッ

倫子「となると、さっきのはフェイリスのカメラのシャッター音では無かったのか。ふーむ……」

るか「えっと、おか、凶真さん。次はどうしますか?」

倫子「誰かの陰謀に巻き込まれている気もするが……。ククク、この鳳凰院凶真を嵌めようと言うのだな、そうはいくかっ!」

倫子「良いだろう……貴様がそのつもりなら、全力で応えてやろう。ルカ子よ、続きだっ! 指南書の続きを行うっ!」

るか「は、はいっ!」


・・・

倫子「あついっ! そ、そこじゃないぞルカ子!」

るか「す、すみません。じゃあ、この辺ですか?」ピトッ

倫子「あっつうううういっ!!」ジタバタ

るか「すみませんすみませんすみませーん!」

倫子「(指南書に書いてあったのは、今度はポジション逆でお願いしまーすというカメ小並の指示だった)」

倫子「(後ろ側だった時は別段何も感じなかったが……今はルカ子の身体が密着してきている)」

倫子「(うなじに吐息を感じる……背中に柔らかさを感じる……)」ドキドキ

るか「あれ? 凶真さんの心臓の音、急に激しくなりました……」

倫子「ち、違うぞルカ子っ! オレはノーマルだっ!!」アセッ

るか「え?」

倫子「あ、いや、何でもない……」ドキドキ

倫子「(ルカ子は純真可憐の権化と言ってもいい。まさか、オレの心の中の男性的な部分が、彼女にトキメキ始めているのか……!?)」ドキドキドキドキ

るか「それじゃ、次行きますね。はい、あーん」

倫子「あ、あー……///」







紅莉栖「へえ、所長様は女子高生と野外ハレンチプレイの真っ最中でしたかそうでしたかこっちが一生懸命クソ暑いラボでガジェット作ってるっていうのによくもまあそんなHENTAI行為が思いつくもんだと感心してしまいますすごいですねさすがレジェンドオブワルキューレ(笑)と言ったところでしょうかあーんまでしてもらってさぞやおいしいお昼ご飯になったんでしょうねえこちとらカップ麺ですよええ私が好きで食べてるんですからこれは別にいいですけどおでんみたいにアツアツカップルってか(爆)ふざけんなふざけんな大事なことなので2回言いましたってゆーか漆原さんには凶真守護天使団の掟について小一時間説かなければならないみたいですからゆっくり屋上でお話しましょう久々にキレちまったぜ……」ゴゴゴゴゴゴ


・・・
一方その頃
未来ガジェット研究所


久野里「(今なら誰も居ない……やるなら今のうちっ!)」

久野里「レジェンドオブワルキューレ第一章第三節……暗黒微笑」ペラッ ペラッ

久野里「ふ……ふーはは、いや、違うな……こうか? ふぅーははぁ!」

久野里「ふぅーはははぁ! そう、こんな感じ……!」パァッ

久野里「それと、決めポーズは……こう?」ババッ

久野里「それからこうして……」ババッ

久野里「……フゥーハハハ! オレを誰だと思っている……!」バババッ

久野里「世界を混沌に陥れ、支配構造を変革する者……ッ!!」

久野里「我が名はッ! ほーおーいんっ!!」

ガチャ

久野里「キョッ……」

ダル「…………」

久野里「…………」

ダル「……あ、いや、どうぞ。続けて?」

久野里「…………」カァァ

・・・


・・・
柳林神社


るか「す、すみませんでした……」

紅莉栖「悪気があってやってたわけじゃないってのがね……。でも本気で私への当てつけかと思ったわよ、さすがに」

倫子「う、うむ。すまん……」

紅莉栖「まあ、美少女2人に免じて許す。でも裏で動いてるアレは後でシメる」

倫子「ん? 何か言ったか?」

紅莉栖「それで、未来ガジェット9号機のβ版が仕上がったから実際使いながら訓練してもらおうと思って呼びに来たのだけど」

倫子「なるほど、そういうことだったか。ならばルカ子よ、ラボへ急ぐぞっ!」

るか「は、はい師匠!」

未来ガジェット研究所


まゆり「ただいまゆしぃ☆ あれー、みんな集まってるー!」

倫子「バイトご苦労、まゆり」

るか「お邪魔してます、まゆりちゃん」

ダル「まゆ氏、乙ー。ちょうどBCI実験装置が完成したんだお」

久野里「こんな短時間で作るなんてすごい……さすがレジェンドの右腕……」

ダル「まあ、設計図自体は牧瀬氏の理論のおかげだから、パーツショップ行って買ってきて組み立てるだけだったわけですしおすし」

ダル「ラボに戻ってきたら貴重なシーンが御開帳だったし、役得っつーか?」

久野里「そ、その話はやめてください……」

紅莉栖「結果論だけど橋田が手伝ってくれて助かったわ」

ダル「こんなに可愛い3次元の、去年までランドセルおにゃのこを僕から遠ざけようとしたことは許さない絶対にだ」

紅莉栖「全部久野里さんのおかげね、ありがとう」ニコ

ダル「ちょ」

久野里「い、いえ、そんな……」テレッ

倫子「(天才が3人集まるとちょちょいとすごいものが出来上がってしまうのだな)」

るか「これ、オーディオセット、ですか?」

倫子「一見ヘッドセットがPCから伸びているだけに見えるが……。それで、BCI実験とはなんなのだ?」

紅莉栖「Brain-Computer Interfaceの略。脳とコンピュータを繋ぐ技術のこと」

るか「たしか、SF映画でありましたよね、そういうの」

倫子「ふむ、脳と脳を繋ぐ前段階として、まずはコンピュータと繋いでみよう、と言ったところか」

紅莉栖「入眠時催眠、って知ってる?」

まゆり「にゅうみん? なにかなー」

紅莉栖「眠りに入ろうとする直前、うとうとするでしょう? あの時の脳って、現実の認識と夢との境が曖昧になっててね」

紅莉栖「幻覚を見たり、幻聴を聞いたりしやすいの。いわゆる寝ぼけてる状態」

紅莉栖「幽霊を目撃したと言う人のほとんどが、入眠時催眠によるものなのよ」

るか「それじゃ、時々ラボの中をうろうろしてるアレもそうなのかな……」

倫子「……どさくさに紛れておっかないことを言うんじゃない」ビクビク


ダル「で、寝ぼけてる状態の脳に、コンピュータのデータを送り込むってのがBCI実験ってわけ」

倫子「要は明日の決闘を仮想現実上でシュミレートしよう、ということか」

紅莉栖「そういうこと。これなら修行の効率化も図れるし、私は未来ガジェット9号機用のテストデータが取れるしで一石二鳥でしょ?」

るか「でも、なんだか怖いです……」

紅莉栖「大丈夫よ。脳波マッピングするようなものだし、全然痛くないから安心して?」

倫子「その言い方で安心できると本気で思っているのかこの助手は……まあいい。善は急げだ、今すぐ実験を開始せよっ!」

まゆり「そんなに意気込んでたらねー、うとうとできないと思うなー」

倫子「そ、そうだった。オレとルカ子は寝ればいいのか?」

紅莉栖「わ、わ、わ、私の膝で、膝枕、する……?」

倫子「だが断る」

久野里「(出た! レジェンドの秘奥義その参百参、『だが断る』ッ!)」キラキラ

紅莉栖「ウフフ……そうくると思ったわ……」ジュルリ

ダル「牧瀬□。ドMの鑑だお」

まゆり「それじゃーねー、まゆしぃがお歌を歌ってあげるのです☆」

倫子「や、やめろォ! この前カラオケ行った時もそうだったが、まゆりの"音程との握手<バックボーン・シェイクハンド>"の威力は、聞く者の三半規管を破壊する……っ!」

まゆり「オカリ~ン、恥ずかしいよぅ。アニソンはちょっと難しいけど、子守唄くらいは歌えるよー?」

倫子「(ホントか……!?)」

???


倫子「(脳がガンガン揺さぶられている……ある意味でまゆりの歌は導眠効果があるな……)」ズキズキ

倫子「ん……ここは……?」パチクリ

るか「あ、おか、凶真さん。よかった、目が覚めたんですね」

倫子「あ、ああ、ルカ子か。ということは、ここはもしや仮想現実の中なのか?」

紅莉栖『そういうこと。声、聞こえてる?』

倫子「おおっ! オレのケータイから助手の声がっ! すごいぞ、まるでゲームの世界だなぁ!」パァァ

紅莉栖『倫子ちゃんが喜んでくれただけで頑張った甲斐がありますた……』ゴフッ

倫子「倫子ちゃん言うなぁ!」

まゆり『すごーい。ゲームの中にオカリンとるかちゃんが居るー』

久野里『これは代用の簡易アバターですけど、お2人の脳内モーションのトレースまでできるなんて、本当にすごいですね……』

倫子「それで、ここでオレたちは何をすればいい?」

ダル『安く売ってた格ゲーの練習プレイ用フィールドデータを送ったからさ、周り見てみ』

倫子「お……おおおっ! 突然闘技場が現れたぁ! そして、色んな武器が整列している……っ!」ドキドキ

るか「すごい……瞬きするうちに世界が変わりました……」

倫子「よし、ルカ子よ! 剣を持てぃ!」

るか「は、はい師匠!」


ダル『ゲームデータをそのまま引用してるから、適当に刀を振り回すだけで技になるはずだお』

倫子「らしいので、早速振ってみるのだっ」ワクワク

るか「えっと……えいっ!」ブンッ

ズシャァァァァァァァッ!!!

るか「ひっ!?」

倫子「おおおおっ!! すごいすごいっ!! 剣から青白い斬撃がっ!!」ピョンピョン

倫子「かっこよすぎるだろ……なんだこの技術……」ワナワナ

倫子「よし、ルカ子よ。斬撃に慣れるためにも引き続き特訓だぁっ!」

るか「は、はい師匠!」

紅莉栖『倫子ちゃんが楽しそうでなによりです』

倫子「ふふふ、今だけは倫子ちゃん呼びを許してやろう……ふぅーはははぁ!」キラキラ


るか「はぁ……はぁ……ようやく、斬撃にビックリすることもなくなってきました……」

倫子「よくやったぞ、ルカ子。おいダル! そろそろ敵キャラを出してくれっ!」

ダル『オーキードーキー。んーと、ほい』

シュン!!

紅莉栖「カイバニデンキョクブッササレタイカ」

倫子「って、クリスティーナではないか!?」

るか「あ、あれ? 周りの景色が……ここって、中央通りの、車道ですか? 歩行者天国なんでしょうか……」


  GET READY?


倫子「……は?」

ダル『あ、しまった』


    FIGHT


るか「えっ?」

紅莉栖「ハァッ!」

ビュン!!

倫子「のぉわぁっ!? 未来ガジェット1号機『ビット粒子砲』(希望価格1,098円)からビームが!?」

紅莉栖「エイッ! ヤアッ!」

ブォン!!

倫子「やめろぉ! 未来ガジェット6号機『サイリウム・セーバー』(希望価格1,480円)を振り回すんじゃないっ! というか、なぜオレを狙う!?」

るか「よ、避けてください、凶真さぁん!」

ダル『ごめんオカリン、普通に対戦モードになっちゃったお』

紅莉栖「ミライガジェットゴゴウ! モエロー!」

ブォォ!!

倫子「ひぃっ! 未来ガジェット5号機『またつまらぬ物を繋げてしまったby五右衛門』(希望価格7,800円)から何故火炎放射が出るのだぁっ!! うわぁん!!」ダッ


倫子「おいダルぅ! 現実の紅莉栖ぅ! 今すぐここから出してくれぇ! クリスティーナに殺されるぅ!」タッ タッ

紅莉栖「コドモダマシダケドッ!」タッ タッ

るか「ま、待ってくださぁい」タッ タッ


紅莉栖『ちょっと橋田、何やってんのよ! えっと、脳を急に覚醒させるのは危険だから……』

まゆり『それなら、別のゲームに変えちゃえばいいんじゃないかなー?』

紅莉栖『あ、だめ、まゆりっ! そんなことしたら混線して――』


紅莉栖「…………」

倫子「はぁっ……はぁ……、と、止まった……?」

るか「えっと、終わったんでしょうか……?」

倫子「もしもし、ダル? 紅莉栖? 何がどうなったんだ? おいっ! もしも――」


紅莉栖「ねえ、誰と電話してるの?」ネットリ


倫子「……はっ!?」

紅莉栖「……わかった。相手は女の子ね、私よりも好きな娘いるんだ……」ゴゴゴ

倫子「……ヒェッ」プルプル


紅莉栖「まゆり? それとも桐生さんかな。……阿万音さんかな、フェイリスさんかな」

紅莉栖「まさか、漆原さんってことは無いわよねぇ?」

るか「えっ……」ドキッ

倫子「ダルっ!!! ダアアアルウウウ!!!!」ピィィ

ダル『今オカリンが居るの、有名な修羅場ゲーの中だお。しかもBad Endのセーブデータ』

倫子「ふぉぉぉぉいっっっ!!!!!」

紅莉栖「嫌……岡部は誰にも渡さない……絶対に渡さない……」ブツブツ

倫子「なんでそんなゲームのデータがあるんだよぉっ!!」

ダル『僕の趣味wwwフヒヒwwwサーセンwww』

紅莉栖「こうなったら、岡部の前頭葉を切除して、私の奴隷にするしかないわ……。あるいは、海馬に電極ぶっ刺して、私以外の女の子の記憶を抹消するしかっ!」ピタッ

倫子「……ク、クリスティーナ?」

紅莉栖「ウフフフフ、サッソクジッケンヨ?」ニコッ


ギュィィィィィィィィン!!


倫子「ふわぁ!? 電ノコなんてどこから出したぁっ!?」

紅莉栖「アハハッ、だいじょうぶぅ、痛くしないわよぉ?」ギュィィィィィィィィン!!

紅莉栖「だってぇ、私は脳科学の天才ぃ、そしてぇ、狂気のマッドサイエンティストなんだからぁっ! フゥーハハハ!」ギュィィィィィィィィン!!

倫子「こ、腰が砕けて、動けん……っ!!」ポロポロ

紅莉栖『落ち着いて岡部! 今脳に送ったデータを消去してるから!』

るか「こ、ここはボクが食い止めますっ!」

倫子「ルカ子ぉ……!!」ウルウル

紅莉栖「フフフ、フワァーッハッハッハァー!!」ギュィィィィィィィィン!!

るか「えいやぁーっ!!」ズシャァァァァァァァッ!!


ガキィィィィィィン!!

未来ガジェット研究所


紅莉栖「……かべ? おかべ?」

久野里「レジェンド! 大丈夫ですか!」

るか「岡部さん……っ!」

まゆり「しっかりして、オカリン! 目を覚ましてぇ!」

倫子「……ハッ」パチクリ

紅莉栖「岡部っ!」

久野里「レジェンド!」

まゆり「オカリン!」

るか「岡部さんっ!」

倫子「あ、ああ……帰ってきたのか」ホッ

倫子「ルカ子よ、助手の魔の手からオレを守ってくれてありがとう……本当に、ありがとう……」ウルウル

ダル「おお、貴重なオカリンのありがとうシーン頂きますた」

まゆり「いつもは『ご苦労』なのにねー」

るか「い、いえ、弟子として当然のことをしたまでです……」

紅莉栖「わ、私が岡部を襲ったわけじゃないからな! 悪いのはあんなデータを用意してた橋田だから!」

ダル「ちょ」

久野里「でも、無事実験が終了してよかったです。さすがレジェンド」

倫子「まあ、無事には違いないが……最悪だったぞ、ホント……」クタァ

中央通り


倫子「(実験データを整理するために天才少女ペアはラボに残り、まゆりとダルは明日のコミマの準備のために家に帰った)」

倫子「(オレはまあ、弟子を神社まで送ることにした。明日が本番だしな)」

倫子「……なぁ、ルカ子。1つ訊いておきたかったんだが」

るか「はい、なんでしょうか」

倫子「お前、オレのこと、好きなのか?」

るか「え……ええっ!? えっと、いや、その、もちろん、お慕い申し上げていますけど、その……」アタフタ

倫子「男に戻って、恋人になりたいと考えているのか?」

るか「あうぅ……恥ずかしい、です……」

倫子「だが、それならなぜ男だったお前は女を選んだのか、と思うのだが」

るか「それは……。やっぱり、自分ではおか、凶真さんの恋人になんかなれないと諦めてしまったからだと思います。今でもそう思ってますから……」

倫子「そ、そうか……」

るか「……覚えて、いますか?」

るか「ボクと岡部さんが、初めて出会った時のこと」

倫子「……ああ。あれはたしか5月のゴールデンウィークのことだった」


・・・


倫子「そこのカメラ小僧ども! 神聖なる巫女を撮影するなど、神を穢す行為っ! 断じて許せんっ!」プルプル

カメ小A「な、なんだよキミは……って、コスプレ仲間か」

倫子「この白衣はコスプレなどではないわっ! どたわけが!」

カメ小B「い、いまのって、ブラチューのエリンでは……」

倫子「オレの名は鳳凰院凶真。神が地上に具現せし灰色の脳細胞の持ち主にして、世界に混沌をもたらす狂気のマッドサイエンティストだ! ふぅーははは!」ドキドキ

カメ小C「ちょ、なんという厨二病。だがそれがいい」

カメ小B「オレっ娘はポイント高いすなぁ、フヒヒ」

倫子「というかだな。貴様らがオタクだかカメ小だか知らんが、女の子が嫌がっているのに囲んで撮影とか、普通に通報ものだぞっ」ガクガク

カメ小A「はぁ? レイヤーをローアングってなにが悪いんだよ。もしかしてキミも素人?」

カメ小C「素体は良いのに衣装が残念でござる。だがそれがいい」

カメ小B「残念美人の理系厨二女子とか、今どき萌えねーんだよ! それより巫女服美少女は王道、これは譲れない」

るか「あ、あの、ボクは……」

倫子「警察が許しても、このオレが許さんっ! 可憐な少女に変態写真を懇願するような変質者は恥を知れ!」ワナワナ

るか「ち、違うんです……ボクは、ボクは……っ」

るか「男です……!」

カメ小たち「「「えっ……」」」


カメ小C「もしかして、下もついてるんですか?」

るか「…………」コクッ

カメ小B「な、なんだよぅ、紛らわしすぎだろふざくんな!」

カメ小A「男なのに巫女服着てるとか、マジキチだろ……帰ろ帰ろ」

倫子「……散ったか。下衆どもが」ホッ

倫子「大丈夫か?」

るか「……ありがとうございます。でも、男なのに、女の人に助けられるなんて、みっともないですよね……」

倫子「お前、名前は?」

るか「え? 漆原、るかです」

倫子「なぜみっともないと思った」

るか「だって……ボク、こんな顔なのに、男だし……」

倫子「そんなことはどうでもいい」

るか「……!?」


倫子「お前が男だろうが女だろうが関係ない」

倫子「実際、オレも男だか女だかどうでもいい存在だしな」

るか「あっ……す、すいません……」

倫子「だがその僻んだ根性、気に入らないな」

るか「え? え……?」

倫子「ついてこい! お前に、いいものをやる! そのアイテムさえあれば、お前は勇気を得るだろう。お前の中に眠る真の力の存在にも気づくはずだ」

るか「えええ……」

倫子「どうした? 力が……欲しくないのか?」ククク


・・・


るか「その後、『武器屋本舗』に行って五月雨を買ってもらったんですよね」

倫子「(内心ビビりまくりだったのを厨二病で乗り切ろうとしたらブレーキが利かなくなっただけなんだがな……)」

るか「"そんなことはどうでもいい"……あの言葉があったから、ボクは岡部さんを好きになったんです」

倫子「だがそれは、お前が男だった時の記憶のはずだ。……ということは、男の世界線でもお前は……」

るか「えっ……あ、あれ? ど、どうしてでしょう? おかしいな……記憶が……」

倫子「(もしや、ルカ子にもリーディングシュタイナーが? フェイリスの時と同じように……)」


るか「ボク、思い出しました……いえ、思い出したというか、なんて言ったらいいのか……」

るか「とても……儚い感じ」

るか「はっきり思い出したわけじゃなくて、記憶の海の底の方、というか……頭の、ええと……」

るか「この辺にあるような感じです」ピッ

倫子「(そこは頭の上、中空だな)」

倫子「だが、ある意味で真か。その記憶は本来お前の脳内にあるはずのない記憶なのだからな……」

るか「それで、思い出しちゃいました。お母さんの、ポケベル番号も……」

倫子「……な、なにっ!? ということは、ルカパパとの決闘をしなくてもDメールを送ることができるということか!?」

るか「は、はい。そうなると思います」

倫子「……いや、助手は言っていた。これは一種の通過儀礼<イニシエーション>なのだと」

倫子「何より我がラボの新作ガジェットのお披露目も兼ねているからな! 明日は共に父上殿を倒すぞっ!」

るか「は、はい師匠!」

2010年8月15日日曜日
柳林神社


倫子「(そんなこんなで決戦の日を迎えてしまった)」

紅莉栖「それじゃ、このヘッドギアをかぶってください」

栄輔「ふむ。こうかな?」スチャ

久野里「レジェンド……じゃなかった、凶真所長と漆原さんも、どうぞ」

るか「は、はい」スチャ

倫子「天才少女ペアもかぶるのか?」スチャ

紅莉栖「私たちは受信機だけね。あんたたちがどんな世界を見ているのか、もちろんモニターに出力もしてるけど、生でも見たいから」

久野里「牧瀬博士、準備できました。いつでも大丈夫です」

倫子「(いまや柳林神社の本殿はNPCやらモニターやら配線やらでちょっとした秘密基地状態になっていた)」

栄輔「それじゃ、るか。刀を構えなさい」

倫子「あなたの武器は……その、えっと、白いふさふさですか? てっきり剣戟になるのかと」

栄輔「大幣(おおぬさ)と言うんだ。僕はどちらかというと魔法使いタイプが好きでね、剣士や格闘家タイプは苦手なんだよ」

倫子「なんの話だ……」

栄輔「例えば……こんな風にね!」


ブォン!!


るか「――っ!!」


倫子「火炎弾っ!? ルカ子、避けろぉっ!」

るか「きゃぁぁっ!!」ズテーン

倫子「ルカ子ぉっ!! 大丈夫かっ!? 火傷は……して、ない?」

紅莉栖「その炎はニセモノよ! パパさんの妄想攻撃!」

久野里「熱さを感じたとしても錯覚です! 脳が混乱しているだけです!」

倫子「そ、そうだった。ルカ子、ほら、立て。反撃するぞ!」

るか「は、はい……」ビクビク

倫子「怯える必要はない。所詮は妄想の攻撃、大丈夫だ」

栄輔「果たしてそうでしょうかねぇ。るかの精神力がどこまで持つか……」

倫子「ルカ子は刀を振るうだけでいいっ! 妄想はオレに任せろっ!」ガシッ

るか「は、はい師匠!」

栄輔「次はもっと大きいですよっ!」ブォン!!

倫子「いけ、ルカ子っ! 今こそお前の力の全てを込めてっ! 五月雨を振り下ろせぇっ!」

倫子「清心斬魔流奥義、『参拾弐式・桜暴』ッ!!」

るか「いやああああああっ!」


ズシャァァァァァァァァァッ!!


栄輔「なに――――ぐわぁっ!!」ズテーン!!

倫子「よ、よしっ! 青白い斬撃が飛んでいった!」

紅莉栖「妄想同士が衝突して爆発した!? そっか、より強い妄想の方が認識に影響を上書きしているのね! さすが倫子ちゃんの妄想力!」

倫子「いちいち倫子ちゃん言うなっ!」

久野里「でもこれ、ヘッドギア外したらオーバーリアクションなチャンバラごっこなんですよね……」


るか「凶真さんに仇をなす輩は、たとえお父さんだろうと、このボクが許しません!」キリッ

紅莉栖「漆原さんの雰囲気が変わった!?」

栄輔「良い目をするようになったな、我が娘、るかよ……」

倫子「おお。なんだかRPGのラストシーンっぽい雰囲気だ」

パァァァァァァァァッ

紅莉栖「って、あれ? 漆原さんの模擬刀が、青白く光ってる……?」

倫子「……妖刀・五月雨が目覚めたのだ」ククッ

紅莉栖「(おっとー、倫子ちゃんの厨二病舞台が始まるかな?)」

るか「ついに、ボク、会得したんですね。凶真さんのために……」

倫子「清心斬魔流が操るのは浄化の力だ。コスプレ欲という穢れたに塗れたルカパパの精神にとっては、まさに天敵ということだなっ!」ビシッ!!

栄輔「……なるほど、そういうことでしたか。ならば、"無の力"ならどうでしょう」スッ

倫子「無の力、だと……?」ゴクリ

栄輔「私はこれでも神に仕える者、精霊をも使役する……。いでよ、無の精王、ルカノーン!」

ヒュン! ヒュン! ヒュン!

倫子「左右と前方の三方向からの疾風攻撃!? ルカ子、避け――」

るか「てやぁぁっ!!」ビュン ビュン ビュン

倫子「全部受けきった!?」

紅莉栖「今までの漆原さんからは想像もできない俊敏な動き……っ!」

栄輔「なんだと!?」

倫子「よ、よし! 今だっ! オレたちの妄想をシンクロさせるぞっ!」

るか「はいっ! 修行の成果、出し切りますっ!」


倫子&るか「「清心斬魔流、蒼炎波ーッ!」」


ズオオオオオオオオオオオオオッ!!


紅莉栖「斬撃が完全燃焼の青白い炎を纏って飛んでいく!」

久野里「すごい力だ……!」

栄輔「し、しまっ――――」


ガキィィィィィィィイン!!


倫子「は?」

るか「え?」



??「お前達……一体、何をしているんだ……」



倫子「(な、なんだあの黒髪ロング女……突然現れて、ルカ子の炎の斬撃をその手に持った巨大な剣で受けた、だと……?)」

??「何をしているのかと……聞いている……」ゴゴゴ

倫子「(しかもひどく怒ってらっしゃる!?)」ビクッ

紅莉栖「ちょ、ちょっと待って。あなた、この妄想が見えてたの!?」

倫子「(そ、そうだ! あの超リアルな立体映像は、ヘッドギアをかぶった人間にしか見えないはず!)」

??「貴様ら、希テクノロジーの人間か……?」

紅莉栖「のぞみ? 違います。あの、危ないから立ち入らないでほしいんですけど」

倫子「ん……って、ちょっと待てよ? あの顔、どこかで見た覚えが……?」

倫子「……あ、あああーーーっ!!! 貴様は、あの時の、渋谷で会ったガルガリ女ではないかっ!?」

ガルガリ女「お前は……ああ、白衣を着ているからわからなかったが、あの時の妄想垂れ流し女か」

倫子「誰が妄想垂れ流し女かっ! お前だってでっかい剣を持ち歩くとかおもっくそ恥ずかしいことをしているくせにっ!」プンスカ

セナ「私の名前は蒼井セナだ、ガルガリ女ではない」

倫子「やはり貴様は"機関"に属する戦士だったのだなぁっ!? そしてその剣は"妖刀・朧雪月花"……っ!」

セナ「これ以上妄想はするなと警告したはずだ」

るか「えっと、凶真さんのお知り合いの方、ですか?」

倫子「忘れもしない……。去年、まだ高校生だったオレは、この女に……この女に……っ!」プルプル

倫子「股間を、踏まれたのだ……」グスッ

紅莉栖「!?」

久野里「!?」

るか「!?」

栄輔「!?」

萌郁「!?」


セナ「そんなことはどうでもいい。希の人間じゃないというなら、お前らは何者……ま、牧瀬紅莉栖っ!?」

紅莉栖「ふぇっ? えっと……?」

倫子「なにっ!? クリスティーナ、お前もこいつと知り合いだったのか!?」

セナ「(弱冠17歳にしてサイエンス誌に論文が載った天才……しかしそれはVR技術と組み合わせてはいけない危険なものだった……)」グッ

セナ「(だが、ここで偶然会えたのも何かの因果か? もしこいつに近づくことができたなら――)」キィィィィィィィン

紅莉栖「い、いえ、私はこんな人知らないから、初めまし……あら、セナじゃない。元気?」

セナ「っ、しまっ――」

るか「牧瀬さんの知り合いでもあるんですか?」

紅莉栖「知り合いも何も、セナはヴィクコンを目指して勉強中なのよね。1つ上だけど、私の未来の後輩」

久野里「ええっ? 蒼井さんもそうなんですか?」

セナ「(くそっ、無意識のうちに咲畑のような真似をしてしまうとは……。これが私の望んだ妄想か)」

紅莉栖「お父さんの研究を引き継いで、みんなを幸せにする道を探したいって言ってたっけ。それって、とっても素敵なことだと思うわ」

セナ「あ、ああ。来年の秋にはヴィクコンへ入学するつもりでいる」テレッ

紅莉栖「頑張ってね。応援してる」ニコ

セナ「(……心から私を応援してくれているのか。良いやつだな、牧瀬紅莉栖)」


セナ「……食うか? 夏に食べるこれは、最高だぞ」スッ

紅莉栖「えっ? あ、ガルガリ君……」

セナ「ガルガリ君は、おいしさと可愛らしさを兼ね備えた貴重な存在だ」

セナ「疲れた脳細胞に栄養を与え、適度な冷たさと清涼感が脳細胞を活発にする」

セナ「ガールガーリー君♪ ガールガーリー君♪ ガールガーリー……」

セナ「……ハッ。"私はガルガリ君をかじっていたと思ったらいつの間にか歌っていた"」

久野里「す、好きなんですね、ガルガリ君」

セナ「かわいいだろ? あのイガグリ頭が最高だ」

セナ「ガルガリ君には色々な味があるが、ソーダ味が一番おいしい」

セナ「やはりソーダ味は最高だ。透き通るような甘みと、さわやかな酸味。シンプルにして奥深い味わい。すべての始まりにして究極のガルガリ」

セナ「それが、ソーダ味だ」キリッ

倫子「(溶けてそう)」

紅莉栖「あ、ありがとう。いただくわ」パクッ

セナ「お前たちにはこれをやろう」スッ

倫子「アタリ棒……」

久野里「あ、ありがとうございます。(レジェンドとお揃い……!)」

セナ「それで、牧瀬。ここで何をやっていたのだ?」

紅莉栖「ええっとね、今やってた実験は脳内データを映像化して……かくかく……しかじか……」


セナ「(やはり牧瀬紅莉栖は天才だな……。あとはIr2の公式さえ当てはめてしまえば、それこそ野呂瀬の作り上げたノアⅡと寸分変わらないものが完成してしまう)」

セナ「(あの巫女が持っていた青白い剣はディソードでは無かったのか。現に今はただの模擬刀になっている。紛らわしい真似を)」

紅莉栖「でも、セナの持ってる剣って本物じゃないわよね? 見るからに現実のものとは思えない」

倫子「なんだと? ……ということは、これはヘッドギアが見せている妄想の剣?」

倫子「(確かに剣にしてはかなり独特な形だ。ダルあたりなら喜びそうな形状だが、リアルで使おうと思ったらまったく役に立たないだろう)」

セナ「そうなるな。だから、私が妄想を止めれば消える」フッ

栄輔「おお、一瞬にして大剣が消えた。まるで手品ですな」

セナ「(ほう、ディソードをディラックの海に戻したことを認識できるのか)」

セナ「(この珍妙なヘッドギアをかぶることで一時的にギガロマニアックスのような状態になっている。たしかに興味深い)」

紅莉栖「ってことは、セナの脳内映像がヘッドギアの発信機なしで未来ガジェット9号機に入って妄想を共通認識化してしまったってことなのかしら。機器の電磁波と脳波がシンクロしちゃったのかな……」

セナ「その実験は危険だ。人間の脳にどういう影響があるか、まだ必要数のサンプルを取ったわけじゃないだろう」

倫子「この実験大好きっ娘を止めようと言うのは無駄だぞ」

セナ「少なくとも動物実験を挟むべきだった。正直に言おう。今私は牧瀬紅莉栖を科学者として軽蔑している」

紅莉栖「う゛ぅ゛っ」グサッ

倫子「ふん。オレはマッドサイエンティストとして尊敬しているっ!」

紅莉栖「う、うれしくない……」

久野里「で、ですが、牧瀬博士の理論は完璧でした!」

セナ「完璧であればあるほど危険だと何故気付かない」

るか「あ、あの、喧嘩は、やめてくださぁい」ウルッ


??「お、おーい、セナー。か、勝手にどっか、行くなよぅ……」ハァハァ

セナ「遅かったな西條。用事は済んだのか?」

拓巳「う、うん。星来フィギュアの新作、しかもこれまでなかった、1/4スケールの。わざわざアキバで予約した甲斐があったよ」

拓巳「コミマで人が減った時に買いに来てよかったぁぁぁ……DQNに絡まれて星来たんに何かあったらマジふざくんなって感じだからね」

拓巳「セナを用心棒として連れてきた意味は無くなったけど、それはそれで、よし」

セナ「そうか。用事が済んだならすぐ帰――」

拓巳「って、ふおおおっ!? リ、リアル巫女に、は、白衣の美少女が3人……!?」

倫子「なんだこいつ……」

拓巳「さ、3次元のくせに生意気だ。謎のハーレム神社ここに現る」

拓巳「し、し、しかも貧乳セナしゃんを筆頭にちっぱい天国である……ふひ、ひ、貧乳はステータスだっ! 希少価値だぁっ!」

倫子「オ、オレは貧乳じゃないっ! 一緒にするなっ!」

拓巳「オレっ娘ktkr!! テンプレなリアクションありがとうございますフヒヒwww」

栄輔「君、なかなか見る目があるようだね」

拓巳「か、神主公認とか、アキバ始まり杉ワロタ」

セナ「っ! ほら、とっとと帰るぞ西條!」グイッ

拓巳「ぐわぁっ! ぼ、暴力反対っ! ちょ、自分で歩けるから、引っ張るのやめれぇ!」ズルズル

セナ「いずれまた会おう。牧瀬紅莉栖」スタスタ



倫子「……一体なんだったんだ?」

紅莉栖「さぁ……?」


るか「えっと、決闘はどうなったんでしょうか」

倫子「部外者の闖入で中断されてしまったな」

栄輔「いや、私の負けだよ。るかがまた1つ大人になったようで、親としてこれほどうれしいことはない」

るか「お父さん……」

栄輔「ポケベルの番号はここに。まさかあれが別の世界のるかから送られてきたメッセージだったとはねえ」

倫子「そう言えば、やっぱりルカ子の母上は野菜をたくさん食べたのですか?」

栄輔「たしか、『やさいくうとげんきなこをうめる』、だったかな。あれを読んだ当時の私たちは、野菜を食べないと元気な子が産まれないかもしれない、と心から心配してね」

るか「あっ……ご、ごめんなさい、そんなつもりは……」シュン

栄輔「もちろん、家内には野菜を多く食べてもらった。同時に私は、この神社で朝から晩まで毎日、『元気な娘が産まれますように』と祈祷をし続けたんだ」

るか「そう言えば、お姉ちゃんからそんな話を聞いた覚えがあります。お父さんが不眠不休で安産祈願をしていた、って」

倫子「その想いが神に通じて、ルカ子が娘として産まれたというわけか。なるほど、さすが本職……」

紅莉栖「神に願っただけで性別が変わったら科学の敗北ね」

久野里「あるいは、神主さんの妄想が現実を改変した……?」


栄輔「そう言えば、るかが男の子の世界ではどんな子だったんですかな」

倫子「見た目はそのまま、女より女らしい立派な巫女でした」

栄輔「ふむ。男の娘か、悪くない」

久野里「え、男なのに巫女なんですか?」

倫子「……つまりあなたは、自分の息子に巫女服を着せるようなHENTAIだったんだよぉっ!」

栄輔「……はは、鳳凰院くんは冗談が上手いですね」

紅莉栖「HENTAIが冗談で済めば良かったんだけどね……。いい加減出てきなさいよ、桐生さん」

倫子「なに? 閃光の指圧師<シャイニングフィンガー>が居るのか?」


ガサガサッ


萌郁「…………」パシャ

倫子「……そうか! あの時のシャッター音は萌郁だったのか!」

萌郁「私は……凶真守護天使団の……撮影担当……(カメラは任せて!(≧▽≦) )」パシャ

倫子「お前も入団していたのか、アレに……」ハァ

萌郁「今日は……神主さんに、頼まれて……(バイト代もらっちゃった(/・ω・)/ )」パシャ

紅莉栖「で、漆原さんのお父さん。良い写真は撮れましたか?」ニコッ

栄輔「え、えっと、なんの話かな、あはは……」ダラダラ


紅莉栖「このあからさまな巻き物と和綴じ本。見つかったタイミングが良すぎたと思わなかったの?」

るか「た、たしかに思いました……内容もおかしかったですし……」

紅莉栖「これ、全部漆原さんのお父さんのお手製よ」

倫子「ぬぁにぃっ!?」

るか「……そう言えば、筆跡がお父さんのものに似ていました」

栄輔「ちょ、ちょっとした若気の至りだよ、はは……」

倫子「秋葉ノ原の地に竜が顕現せり、は創作だったというのか……なんという厨二病……」

倫子「それに、あのイミフな二人羽織は……」チラッ

萌郁「ベストショット……(一番良く撮れてるよヾ(*´∀`*)ノ )」パシャ

倫子「消せぇっ!! 今すぐにっ!! うわぁん!!」

萌郁「美しい、師弟愛……(私も目覚めそうになっちゃったよー(≧▽≦) )」パシャ

倫子「こうなったら無理矢理にでも奪ってやるっ!」ガシッ

萌郁「っ!? ……い、や……っ!」ビクッ

倫子「そのっ! ケータイをっ! よこせぇっ!」グイッ

萌郁「い、いやああああああああっ!!!!!!!」ブンブン

倫子「きゃっ!?」

るか「き、桐生さん!?」

紅莉栖「ちょっと!? 大丈夫!?」


倫子「す、済まなかった。いや、オレが謝るのは釈然としないんだが……」

久野里「ケータイ依存症、という奴ですよね。でも、ここまで極端な症例は初めて見ました」

紅莉栖「そうね……もしかしたら治療が必要かも」

桐生「はぁっ……はぁっ……」ウルウル

倫子「ま、まあ、悪用しないならいいんだ。ホントはよくないが……」

桐生「悪用は……しない……」グスッ

倫子「(……世界線が変われば写真もなかったことになるのだから、あまり気にすることはない、か)」

倫子「う、うむ。ならばよしっ! では、目的も達成したことだし、ラボに戻ってDメールを送るぞっ」アセッ

るか「……はい、凶真さん」

倫子「……ルカ子?」

るか「覚悟はできています。お父さん、行ってきます」

るか「……今まで、ありがとうございました」ペコリ

栄輔「……ああ。いってらっしゃい、るか」

中央通り


倫子「(萌郁とは途中で別れた。大方フェイリスに写真を見せに行くのだろう……)」ハァ

紅莉栖「打消しDメールを送ればIBN5100が手許に戻ってくるとは言っても、この世界線のIBN5100は結局どこに行ったのかしらね」

るか「そ、それなんですが、実は……ボクが、壊しちゃったんです。去年のお正月に」ウルッ

倫子「な、なんだと!?」

るか「ボクのせいなんです。ボクが、神事のお手伝いで、宝物殿の倉庫をお掃除していた時に……」

るか「でも、男だったボクはパソコンを壊していません。倉庫掃除の代わりに、本殿のお掃除をしていたから……」

久野里「……なるほど。性別が変わったことでバタフライ効果が発生、漆原さんがIBN5100を壊してしまう世界線になってた、ということですね」

るか「お父さんに怒られると思って、大ビル横のコインロッカーの中に隠したんです。今頃はもう管理会社に回収されて捨てられているかと……」

倫子「ま、まあSERNの手に渡らなかっただけ良しとしよう」

るか「凶真さんが探してるって聞いたとき、ボク、すごくビックリして……」

るか「本当のこと、ずっと話そう話そうって思ってたんですけど、嫌われるかもしれないって考えたら、言い出せませんでした……」

倫子「バカだな。そんなことでお前を嫌うわけがないだろ。お前は、オレの弟子なのだからな」

るか「凶真さん……」トゥンク

紅莉栖「ごほんごほん!」

紅莉栖「一応言っておくけど、去年のお正月の漆原さんへ向けて"倉庫の掃除はするな"っていうDメールを送るのは最後の手段だからね」

倫子「それはフェイリスのパパさんから聞いた」

紅莉栖「くっ……」

未来ガジェット研究所 開発室


るか「……まゆりちゃんのこと、助けてあげてください」

倫子「ああ。オレは必ず、まゆりを救ってみせる」

るか「こういうときは、例の合言葉ですよね……」

るか「ええと、エル・プサイ・コンガリィ……」

倫子「……コングルゥだ」フフッ

紅莉栖「『*2*2292983183129298318312929』、準備できたわ」

久野里「いよいよ世界線が変動するんですね……」ドキドキ

るか「これでお父さんとお母さんが、イタズラだと思ってくれれば、心配させることもないですよね……」

倫子「1通で変わらなかったらイタズラだと確信してくれるまで迷惑メールのごとく何通も送ればいいだけだ」

るか「でも、今日までの記憶がなくなっちゃうのは、やっぱり寂しいです……」

倫子「……オレが覚えているさ」

倫子「だが、ルカ子の女としての17年間を、オレは、無かったことにしてしまうんだよな……」プルプル

紅莉栖「……またこの子は」ハァ


紅莉栖「ねえ、岡部。漆原さんの心配をするのもいいけど、私の心配もしてほしい」

倫子「え……?」

紅莉栖「多分、あと何分もしないうちに24年後から"私"がやってくる」

紅莉栖「その前に世界線を変えて」

紅莉栖「そうしないと……"私"の暗い24年間が確定してしまうから」

倫子「……それは既に確定しているのではないのか?」

紅莉栖「それは違うわ。まだ世界の現在はそれを観測していない。因果が成立していない」

久野里「未来は完全には確定していない、ということですか?」

紅莉栖「確かに、ある世界線においては過去から未来までが確定している。だけど、世界線は常に振幅を持っていて、分岐、変動する可能性を秘めている」

紅莉栖「だから、私の主観では未来は確定していないことになる。まあ、阿万音さんの理論が正しければ、だけど」

倫子「"オレが観測した世界線"がアクティブ化するのと同様に、オレが24年後から来た紅莉栖を観測した瞬間、紅莉栖の24年間がアクティブ化してしまう、と……」

紅莉栖「お願い。"私"がやってくる前に、早く」

倫子「……わかった」

るか「男の子のボクのことも、よろしくお願いします」スッ

倫子「(ルカ子の指が、ケータイを持つオレの指に重ねられる)」

倫子「……無論だ。たとえ世界が変わろうとも、お前はオレの弟子だ! ふぅーはっはっは!」

るか「ありがとう……岡部さん」ピッ


―――――――――――――――――――
    0.46914  →  0.50311
―――――――――――――――――――

第9章 無限連鎖のアポトーシス♀

未来ガジェット研究所


倫子「(――重ねられていた、温かい手の感触が)」

倫子「(強烈な目眩とともに、オレの指の間からすり抜けていった)」

るか「どうされたんですか、おか、凶真さん」

倫子「……ルカ子、ラボにいたのか」

るか「えっと……? 今日はまゆりちゃんのコスプレの誘いから匿ってもらってました。そろそろお暇しますね」

倫子「お前は……男だよな?」

るか「えっ? はい、そうですけど……ハッ!?///」

るか「い、いえ、ある意味では、その、ボクはまだ、男じゃない、というか……」カァァ

紅莉栖「逆セクハラ、だと……っ!?」

倫子「いや、実はだな……」


・・・

紅莉栖「つまり、男の漆原さんは女の岡部の男らしさに惚れ、女の岡部は男の漆原さんの女らしさに惚れてる、と」

倫子「どうしてそうなった!? 貴様、話を聞いていたのかこの脳内お花畑女がっ!」

るか「え、えっと……」テレッ

倫子「(仮に、だ。仮に、ルカ子の中のリビドーがオレに向けられていたとして……)」

倫子「(オレは、そんなルカ子の心に踏み込むことはできない……)」

倫子「(向き合うべきなのかもしれない。でもオレは、そこまで器の大きい女じゃない)」

倫子「(踏み込めば、ルカ子を傷つけるだろう。すまない、ルカ子……)」

ガチャ

栄輔「鳳凰院くん! うちの宝物殿に秘蔵コレクションがあるのを思い出したんだけど、着てみないかな?」

倫子「なんで居るんだよっ!! 帰れよっ!! うわぁん!!」


倫子「他に変わったところは……さっきまで巫女服だったルカ子が私服に変わっているくらいか」

倫子「そう言えば、ルカ子の私服は中性的なファッションだよな」

るか「はい。お姉ちゃんが昔からボクに可愛い服を着せるのが好きで、その影響ってのもあるんですけど……」

紅莉栖「(漆原家の闇は深い……)」

るか「最近になってまた、自分の好きな服を着れるようになったんです。凶真さんのおかげなんですよ」

倫子「オレの?」

るか「ボク、昔からよく痴漢に遭って……男なのに痴漢されるなんて、恥ずかしくて誰にも言えませんでした」

るか「だから、目立つのが嫌で、いつも地味な服を着ていたんです」

るか「でも、おか、凶真さんと出会って、そんなことはどうでもいいって気付いてからは、自分の好きな服を着るようにしたんです。鏡を見るのも嫌いじゃなくなりました」

紅莉栖「発想は岡部と一緒なのにやってることは真逆ね」

倫子「何度も言うが、オレの白衣は世界を欺くためのカモフラージュなのだっ。無論、オレの理想とするマッドなファッションスタイルでもあるがなっ! ふぅーははは!」

紅莉栖「はいはいかわいいかわいい」

倫子「こいつ……」


倫子「それと、久野里さんが居なくなっているのか。ルカ子が男になったことで、久野里さんがここを訪れる因果が消滅した、と」

紅莉栖「また女?」

倫子「久野里澪。お前の未来の可愛い後輩だ。お前のことを天才牧瀬博士として慕う、13歳にして発育の良い美少女」

紅莉栖「なん……だと……? どうしてそんな大切なことを忘れてしまったんだ私の脳ミソォ!!」

倫子「飛び級してもお前が彼女と出会えるのは早くても5年後くらいだろう」

倫子「……って、そうだった。この世界線では来年にはオレたちはSERNに拉致されるから、結局会うことは無いのか」

紅莉栖「OMG!! 澪たんのためにも1%の壁を越えてね、岡部……」プルプル

倫子「まあ、そうなったところで天才少女ペアの仲睦まじいガジェット開発はなかったことになったのだがな……」

紅莉栖「何がリーディングシュタイナーだ、都合よく発動しろオラァ!!」ゴンッ ゴンッ

倫子「ダルのPCデスクに頭をうちつけるのはやめろ?」

栄輔「PCと言えば、先ほど宝物殿に入った時にわかったのですが、鍵が壊されていましてね」

栄輔「秋葉さんから預かっていたPCが何者かに盗まれてしまっていたようです」

倫子「な……っ。盗まれていた、だとぉ!?」

倫子「(いや、たしかにそれならこの世界線でIBN5100をオレが入手できていない理由に説明がつくが、一体誰が!? 何のために!?)」

栄輔「重い物を引きずったような跡がありました。1か月前に確認したときは鍵は壊れていなかったので、ここ最近の出来事かと」

るか「け、警察に届けないと……」


倫子「おそらく、残りの取り消すべきDメールは、オレが送った写真集奪還Dメールと、ロトくじのDメールだ」

倫子「逆に言えば、このどちらかのDメールのせいで柳林神社に泥棒が入ったことになるな……」

紅莉栖「便利な言葉すぎて乱用は避けたいけど、それもバタフライ効果ね。予測不能なカオス的変動」

倫子「まるで現在が過去に侵食されているようだ。カオスに飲み込まれそうになる……」ハァ

紅莉栖「でも、原因が全くわからなくても、もう後の話は簡単よ。その2通とも岡部が過去の自分に送ったDメールなんでしょ?」

倫子「あ、ああ。ゆえに打消しDメールを送ることは今すぐにでも可能だ」

紅莉栖「でも、一応調べておいた方がいいのかしら? 打消しDメールはいつでも送れるけど、どうしてこうなったかわかっていた方が次の世界線の状況を理解しやすいかも」

倫子「一理あるな。それに、法則によればまゆりの……えっと、タイムリミットは16日の夜20時頃だろうから、まだ時間はある」

紅莉栖「使おうと思えばタイムリープマシンも使えるしね」

倫子「まずは写真集Dメールの線を当たってみるか……。となると、フェイリスに聞き込みだな。ゆくぞ、ワトスン!」

紅莉栖「美少女探偵鳳凰院ちゃんの誕生ねっ! 私はその助手ってことで」フンス

倫子「ちゃん付けするなっ!」

メイクイーン+ニャン2


ガヤガヤ ガヤガヤ


紅莉栖「なによこの人ごみっ!?」

倫子「そ、そうか。昼間は客が少ないと言っていたが、今はもう夕方。コミマ帰りの"ご主人様"で溢れているということか……!」ドキドキ

フェイリス「凶真! クーニャン! 丁度いいところに来てくれたニャ! 着替えは更衣室に用意してあるから早く着替えてくるニャ!」

紅莉栖「は?」

倫子「へ?」

フェイリス「どうせフェイリスに何か頼みに来たニャ? 聞いてあげるから代わりに今はお店を手伝ってほしいニャ!」

フェイリス「猫の手も借りたいほど忙しいんだニャーン! ウニャ~!」

倫子「わ、わかった! 手伝うから泣くなっ! ああもう、実際世話になってるから無下に断れない……っ!」

フェイリス「ニャフフ。凶真のそういうところ、大好きだニャン♪」

紅莉栖「……え? わ、私もなのっ!?」

フェイリス「凶真を護るためニャ!」ビシッ

紅莉栖「ぐぬぬ……いいように使われている……」


・・・

紅莉栖「オムライスが待ちきれないですって? お前は本当に卑しい豚ね」

ご主人様A「ハァハァ」

フェイリス「クリス・ニャンニャーン! 3番テーブルさんにオムライス運んでニャ!」

紅莉栖「今持ってきてあげるから、それまでコップの底の氷でも舐めていなさい。それとも私の靴の裏がいいかしら?」

ご主人様B「ハァハァ」

紅莉栖「DTの分際で私を指名なんて。おまえってほんとうに最低のクズね。気持ち悪い」スッ

【 [ピーーー] 】 ←オムライスのケチャップ文字


倫子「……なんなのだアレは。猫耳を付けた瞬間人格が変わったぞ?」

フェイリス「クリス・ニャンニャンはツンドラって設定なんだニャ」

倫子「お、おう?」

フェイリス「リンリン・ニャンニャンはいつも通りでいいニャ。勝気なオレっ娘はそれだけでポイント高いニャ!」

倫子「まったく嬉しくない……ってかその名前、鈴羽用の源氏名だったんじゃ……」ジトーッ

フェイリス「~♪」

【 死ね 】 ←オムライスのケチャップ文字


ご主人様C「す、すみませぬ、注文よろしいでござるか?」

倫子「ヒッ。な、なんだ注文か。ほら、早く言え」ドキドキ

ご主人様C「アイスコーヒーとオムライスplz。無論オプション付きで、これは譲れない」

倫子「オプション……というと、アレか。おいしくなーれ、とかいう」

倫子「くそっ、どうしてこのオレがこんなことを……鎮まれ、オレの右腕……」プルプル

フェイリス「はーいオムライスお待たせニャン! ケチャップは自由に使っていいニャ!」

倫子「……ええい、テキトーにグリグリ塗りたくってやるっ!」ブチュブチュ

倫子「ほら、お待たせしました、だっ!」ゴトッ

ご主人様C「おうふ……」

倫子「そ、それで、やるんだよな、アレ……」ワナワナ

倫子「これは世界を欺くための演技……そう、ハニートラップなのだ……」プルプル

倫子「お、おいしくなーれ……ニャンニャン、ニャン……っ」カァァ

倫子「がぁーっ!! 狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真ともあろうものが何故このような真似をせねばならんのだぁっ!!」ドンガラガッシャーン

ベチョッ

ご主人様C「ああっ、倫子ちゃんのオムライスがっ!」

倫子「あっ……。ご、ごめん、なさい……」ウルッ

紅莉栖「お前、オムライス1つ運ぶこともできないのね。このグズ」

倫子「ふぇぇ……」グスッ

紅莉栖「(かわいい)」

ご主人様C「ハァハァ」

フェイリス「(ヤ、ヤバイ、フェイリスも持っていかれそうになったニャ……)」ドキドキ

秋葉原タイムスタワー
秋葉邸


フェイリス「今日は本当に助かったニャン! フェイリスは本当に素敵な友達を持ったニャン♪」

紅莉栖「はぁ……り、倫子たんのメイド姿が見られただけでも儲けものよね……」グッタリ

倫子「もうツッコむ気力も残っとらんわ……」グッタリ

フェイリス「……迷惑かけちゃってごめんニャ。フェイリスのために……」シュン

倫子「……まったくお前は。そういうのは言いっこなしだ」

フェイリス「……フニャ?」

倫子「オレたちは仲間なのだ。お前が困っていたら助ける、当たり前だ」

紅莉栖「そうね。フェイリスさんもラボメンだものね」

フェイリス「あ……ありがとう///」

倫子「それに、クリスティーナとフェイリスは幼馴染でもあるんだろう?」

紅莉栖「えっ?」

フェイリス「ハニャ?」


倫子「……あれ? この世界線ではまだ気付いてないのか? そう言えば、いつの間にか助手がフェイリスにさん付けをしているし……」

紅莉栖「えっと……どういうこと? フェイリスさんが、私の、幼馴染……?」

フェイリス「牧瀬……紅莉栖……あぁーーっ!! 思い出した!! クリスちゃんだぁ!!」ダキッ

紅莉栖「ふぉゎっ!?」ドキドキ

倫子「(そうか。パパさんが亡くなってしまって、2人が2人であると気付くキッカケが無くなっていたのか)」

フェイリス「留未穂だよっ! 秋葉留未穂っ!」スリスリ

紅莉栖「え、ええっ!? フェイリスさんって、留未穂ちゃんなの!? で、でも、前に留未穂ちゃん家に遊びに行った時は、たしか御茶ノ水の一軒家だったはず……」

倫子「さすがクリスティーナ、記憶力が良いな」

フェイリス「あの家はパパの会社が傾きかけた時に売っちゃったの」

紅莉栖「ってことは、ってことは、待って、お願い、整理する時間をちょうだい……」アセッ

紅莉栖「フェイリスさんは、パパさんの亡くなった2000年から岡部のことを見守ってたんだったっけ……」

フェイリス「そうだよ」

紅莉栖「ってことは……忘れもしない、2003年夏、久々に青森から遊びに来た東京で私の留学の相談に乗ってくれた、留未穂ちゃんの友達、この世のものとは思えないほどの美少女って……」プルプル

フェイリス「凶真だよ」

紅莉栖「――――――――――」バタッ

倫子「ちょっ!? お、おおい!? 大丈夫か!? クリスティーナ!?」ユサユサ


紅莉栖「やっと……会えた……っ」ポロポロ

倫子「お、おう……だが、7年前のことなどもう忘れてしまった」

紅莉栖「ううん、いいの……そっか、そっかぁ……グスッ……あの時の、岡部だったんだ……」ウルウル

紅莉栖「私ね、岡部のおかげでアメリカでもやっていけたよ……岡部の言葉があったから、ここまでやってこれたんだよ……」ヒグッ

倫子「…………」

フェイリス「凶真、ホントに覚えてないニャ?」

倫子「(α世界線に分岐したのは2010年7月のことだ。それ以前の世界線の過去と、この世界線の過去とは違っているはず)」

倫子「(それはおそらく、鈴羽の影響だ。鈴羽がディストピアから2010年に寄り道し、1975年に行くことでフェイリスはオレを見守ることになり、それがキッカケで紅莉栖はオレと出会っていた……)」

倫子「(ディストピアは、α世界線の話だ。β世界線の話ではない)」

倫子「(ということは、オレが知っている2003年ではオレと紅莉栖は出会っていない。母親のススメか何かで渡米したのだろう)」

倫子「(だから、"オレ"はお前と出会っていないんだよ、紅莉栖……)」グッ

倫子「……いつまで泣いているのだ、我が助手よ」

紅莉栖「ふぇ……?」

倫子「お前がかつてのオレにどんな感情を抱いていようと知ったことではないっ! 今のオレは、目的のためなら仲間をも犠牲にする冷酷非道なマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真だっ!」

倫子「我が野望は世界の支配構造の変革であり、そして、ダイバージェンス1%の壁を突破することっ!」

倫子「貴様はっ! 我が助手として最高の働きをする必要があるっ! だから泣くな、助手よっ!」

紅莉栖「……う、うん。うんっ!」パァァ


紅莉栖「おかべぇ……えへへぇ……」ポワポワ

倫子「結局助手は使い物にならなくなってしまった」ハァ

フェイリス「しばらく幸せモードにしておいてあげるのがいいと思うニャ」

倫子「そう言えば、フェイリスは次の雷ネットABの公式大会に出ないのか? いくら仕事が忙しいとはいえ、調整くらいできるだろう?」

フェイリス「もしかして凶真、忙しそうにしてるフェイリスのことを気遣ってくれてるニャ?」

フェイリス「その気持ちはと~っても嬉しいんニャけど、それはできないのニャ」

倫子「なにか理由でもあるのか?」

フェイリス「フェイリスは主催者側なんだニャ。秋葉原で雷ネットイベントをやる時は必ずフェイリスに話が回ってくるのニャン」

倫子「そんなに権力者だったのかお前……。そうか、それで内内でフェイリス杯を開催していたんだな」

フェイリス「あれはフェイリスにとっては世界最高峰の大会なんだニャ!」

倫子「(実際チャンピオン級の実力を持っていて、それを発揮できる唯一の場だった、ということか)」

フェイリス「だから優勝賞品は世界で一番価値のあるもの、フェイリスが誰にも渡したくないものにしたんだニャ」

倫子「(写真集か……。真実がわかった今では愛おしいものにも思えるが、ぶっちゃけJS~JK盗撮写真集なんだよな……)」ガックリ

フェイリス「ニャ? くずおれてどうしたニャ?」


倫子「そう言えば、この世界線でも閃光の指圧師<シャイニングフィンガー>は凶真守護天使団とかいう恥ずかしい名前の集団の撮影隊長なのか?」

フェイリス「シャイニングフィンガー? 誰ニャ?」

倫子「桐生萌郁だ。ラボメンナンバー005」

フェイリス「……ウニャ! 思い出したニャ!」

倫子「(そんなに存在感が無いのか、あいつ……)」

倫子「というか、記憶にすら無いということは、あいつは守護天使団には入っていないんだな」

フェイリス「そういうことになるニャ。最近加入したのはクーニャンだけニャ」

倫子「(この世界線では萌郁の行動が変わっている?)」

倫子「(オレが写真集奪還Dメールを送った先は8月1日の昼頃……ちょうど萌郁をラボメンにした後だ)」

倫子「(……待てよ。あの時、なにか重大なことをフェイリスから聞いたんじゃなかったか……?)」


―――――

  「実は……凶真にだけ特別に教えるけど、フェイリスが子どもの時、柳林神社に奉納したのニャ」

  「……世界を混沌に陥れるマスターアイテム、IBN5100」

  「『いつかこれを必要とする若者が現れるから、それを快く貸してあげてほしい』」

  「……これって、モエニャンか凶真のことだと思うニャ」

―――――


倫子「(あの時はまだ萌郁に、IBN5100を使い終わったら貸す、という約束はしていなかった)」

倫子「(それでいて、あいつは自分の人生をかけてIBN5100を探していたんだ……)」

倫子「(……やはり、犯人は……)」ゴクリ

倫子「な、なあフェイリス。これを見て欲しい」スッ


『フェイリス杯 優勝賞品は オレの写真』


フェイリス「ニャ? 凶真のケータイの受信履歴?」

倫子「8月1日の昼、オレは別の世界線の未来から来たこのメールを受信したことでフェイリス杯の優勝賞品があの盗撮写真集だという事を知った」

フェイリス「ニャニャ!? って、例のタイムマシン実験、成功してたのかニャ!?」

倫子「それについては後で話すから、教えて欲しい」

倫子「あの時のオレの状況と、そして――」

倫子「桐生萌郁の行動を」


倫子「(フェイリスの話を整理すると、8月1日の流れは相当に変わっていた)」

倫子「(萌郁をラボメンにし、握手をしたあたりでオレはDメールを受信、フェイリスに詰め寄ったらしい)」

倫子「(はぐらかすフェイリスを締め上げ、更衣室に隠してあった例の写真集を強奪したオレは肩を怒らせてラボに帰った)」

倫子「(オレに嫌われたと思って絶望したフェイリスは、なんとかしてオレにIBN5100を在り処を伝えようとした。元々教えるつもりだったらしい)」

倫子「(それで、そのためにIBN5100を探しているという萌郁に場所を教え、自分が使い終わったらオレに渡すよう命じた)」

倫子「ということは、萌郁はその後柳林神社にIBN5100を取りに行ったんだな?」

フェイリス「そういうことになるはずだニャ」

倫子「(無論、これだけで萌郁が窃盗犯だと確信は持てないが、事象改変がDメール由来である限り、ここしか変数が無いのも事実……)」

倫子「(それにだ。8月4日、オレがDメール実験のために萌郁を呼び出した時、ケータイの受信履歴には8月3日以降の萌郁からのメールが存在しなかった)」

倫子「(これが意味しているのは……8月1日以来、萌郁はオレと距離を取っていた?)」

倫子「(言われて見れば8月4日、萌郁の機種変メール送信の時、なんとなくよそよそしかったような……)」

倫子「ん? だが、そうなるとこの世界線の鈴羽はどうやってオレが警官に襲われた話を知ったんだ? あれは萌郁に話したはずだが」


倫子「(ネットで調べてみたが、やっぱり例の事件は起きていなかった。というか、それを防いだ張本人が目の前に居る。ふむ……)」

倫子「おい助手。そろそろ再起動しろ。お前ならどう推理する?」ユサユサ

紅莉栖「……ハッ。あ、あれ? ここどこ? 天国?」

倫子「まだ地獄だ。1%の壁を越えるまではな」

紅莉栖「そ、そうよね……それで、えっと、何の話?」


・・・


紅莉栖「つまり、一体どうやって阿万音さんがフェイリスに岡部を護れ、って命令を出せるのか、っていう話か」

倫子「いや、それ自体は疑問じゃないんだ。この世界線の橋田鈴は、オレがさっきまで居た世界線の2010年に居た阿万音鈴羽なのだから」

紅莉栖「ううん、そうじゃない。"その阿万音さん"はたぶん、この世界線の阿万音さんに再構成されてる」

紅莉栖「この世界線の橋田鈴さんは、私の知ってる8月9日まで居た阿万音さんと記憶を連続させている、全くの同一人物のはず」


―――――

  倫子「済まない、時間が無かったんだ。それで、メーターは……」


   【 0.33871 】


  倫子「変わっていない、か……」

  ダル「だけど、過去に事象が増えたのは間違いない。メーターで検知できないレベルで世界線は変動したはず」

  ダル「だから、仮に初老の女性がこのラボを訪れるとしたら、それは間違いなくオカリンの記憶と全くの同一人物のはずだ」

―――――


倫子「……8月9日に鈴羽が1975年へ跳んだ時、わずかではあるが世界線変動が起こっていたことになっているのだな」

倫子「そして今オレたちがいる世界線へと再構成されたことになっていた……と言っても、記憶に全く齟齬はないんだろう」

紅莉栖「極小の世界線変動の場合、私たちの記憶は再構成されない。例えばバナナをフラクタル化させて過去に送った時もそうだった」

倫子「ゲルバナか……。ということは、から揚げが凍った時も、塩を過去に送った時も、記憶が再構成されない程度の過去改変だったわけだ」

紅莉栖「ともかく、"この私が初めて会った時の阿万音さん"が、"今の世界線に居る橋田鈴さん"になっている」

紅莉栖「あんたが経験したっていう、ラボが大檜山ビルから無くなってた時の世界線はまた特殊よね。Dメールを打ち消したのが阿万音さん自身だったから、阿万音さんが過去に跳んだ時点で大幅な世界線変動が発生した」

倫子「そ、そうか。その時だけは、前の世界線の鈴羽が大幅に世界線を移動していたことになるのか……」

紅莉栖「多分、綯ちゃんが送ったDメールを打ち消すタイミングの2000年5月18日の時点で世界線は大きく分岐した。存命してればだけど、橋田鈴さんはその時、世界線分岐を体感したはずよ」

フェイリス「ウニュ~、ちんぷんかんぷんだニャァ~」


フェイリス「そんなに難しく考えニャくても、この世界線にこの間まで居たスズニャンは、どうやって凶真の話を知ったのか、って考えればいいニャン」

倫子「あんまり知られたくない話ではあるが、既にフェイリスには知られているんだよな。守ってくれた張本人なわけだし」

倫子「……そう言えば、この世界線ではまだ言っていなかったな」ポリポリ

倫子「あの時、オレを守ってくれて、その、……ありがとう」ボソッ

フェイリス「ニャフフ。ニャ……ニャフ……ニャフフゥ///」

紅莉栖「話の辻褄を合わせるのに一番有力な説は、私が岡部から例の"ブチ殺し確定話"をしてもらった8月3日の午前中、阿万音さんが盗み聞きしてた。これね」

倫子「……そうかっ! この世界線では萌郁にじゃなく、お前に話したことになっていたのかっ!」ガバッ

紅莉栖「えっ、そこなの? ……リーディングシュタイナーってのは厄介ね」ハァ

倫子「ククッ。なかなかに良い推理を叩きだしてくれたではないかっ! さすがは天才HENTAI少女っ!」

紅莉栖「HENTAIちゃうわっ! でも、可愛いホームズさんにお褒め頂き光栄です」フフッ

倫子「全ての話は繋がった。あとは、萌郁がIBN5100をどうしたのか、だな」

倫子「……本人に会って直接聞いてみるか」

未来ガジェット研究所


倫子「ぐぬぬ……あのメール魔め、こういう時だけ返信を寄越さないとは……っ」プルプル

まゆり「ふはぁ、お腹いっぱーい。もぐもぐうーぱタイムしゅ~りょ~♪」

まゆり「まゆしぃは今日はほとんどなにも食べてなかったから、ずっとペコペコだったんだよー」

紅莉栖「メイクイーンの方は大丈夫だったから、明日も全力でコミマを楽しんでくるといいわ」

まゆり「うん! さてさてー、まゆしぃは明日早いから、もう帰るねー」

まゆり「ねぇねぇ、クリスちゃんとオカリンはコミマ行かないの?」

倫子「オレはパスだが、助手は行きたいそうだ」

紅莉栖「はあ?」

倫子「ノリノリで地獄メイドを楽しんでいたではないか」

紅莉栖「それは、そのっ……というか、岡部は探偵ごっこの続きをやるんでしょ? 私には助手として補佐する役目がある」

倫子「"ごっこ"ではないっ! これは、改変された世界の真実を探求するための崇高な使命であってだなっ!」

紅莉栖「厨二病乙」フフッ

まゆり「探偵ごっこ~? いいなぁ、まゆしぃもやりたかったなぁ」

倫子「まゆりには探偵犬がお似合いだな。自分のしっぽをいつまでも追いかけて居ろっ!」

ヽ(*゚д゚)ノ.。oO(しっぽを追いかける……?)


~~~~~~~~~~
メイクイーン+ニャン2


まゆり「大変だよ~~。マユシィの後ろからバタバタ変な音がするんだ~~」

まゆり「もしかして敵かもしれないよ~~」

まゆり「はわ~~これはマユシィのポニーテールかぁ。うっかりうっかり」

~~~~~~~~~~


紅莉栖「……さすがのまゆりでもそんなにおバカさんじゃないでしょ」

まゆり「えっへへー、この間ウィッグがずれてクルクル回っちゃったことがあったのです」

倫子「まゆり……」ブワッ


まゆり「あのね、最近オカリンとクリスちゃん、仲良しさんだよね? いつも2人で話し込んでるもん」

倫子「いつも? ここ最近もそんなことがあったのか?」

紅莉栖「えっと、私の記憶ではもう4、5回は岡部とタイムリープ実験について協議してる。多分、そう言う風に"再構成"されたんでしょうね」

倫子「なるほど……」

まゆり「さいこーせー?」

倫子「まゆりは気にするな。話を聞いてもわけがわからないと思うぞ」

まゆり「そっかー……」

紅莉栖「まゆり、ごめんね。でも、終わったらまた岡部との時間が作れるはずよ」

紅莉栖「今はちょっと寂しいかもだけど、岡部は必ずまゆりの側に戻ってくる」

倫子「フン、当たり前だ。なぜなら、まゆりはオレの人質なのだからなっ! ふぅーはははぁ!」

まゆり「……うん、わかったー♪ がんばってね、オカリン! クリスちゃん!」

倫子「……ああ」ニコ

2010年8月16日月曜日
未来ガジェット研究所


チュンチュン……

紅莉栖「(ハァ……ハァ……)」ワキワキ

倫子「んむぅ……」zzz

紅莉栖「(まゆりに合わせて朝早くラボに来た甲斐があった……っ! め、め、目の前に天使がっ! 天使の寝顔がぁっ!!)」キャッホーイ

紅莉栖「倫子たんかわいいよ倫子たん。クンカクンカ、スーハースーハー」

倫子「ん……」

紅莉栖「倫子たんぺろぺろ。倫子たんぺろぺろ」

倫子「ん゛ぅ……」イラッ

紅莉栖「ふぅ」ツヤツヤ

紅莉栖「でも、あの時のあの子が岡部だったなんてね……私は運命論者じゃないけど、これもシュタインズゲートの選択、なのかな……」トゥンク

紅莉栖「な、なんちゃってー! あはは……」

倫子「……ぐぅ」zzz

紅莉栖「…………」

紅莉栖「おはよう、岡部」トントン

倫子「んむ……ふゎぁ。助手か、今日はまた一段と早いな」

紅莉栖「まゆりならもうここに立ち寄って有明に行ったわ」

倫子「そうか……ちょっと待ってろ。顔洗ってくる」

紅莉栖「いってら」


紅莉栖「それで、桐生さんの行方についてはどうするの?」

倫子「メールの返信は……ないか。手掛かりは、奴が住んでいるボロアパートと、『アーク・リライト』とかいう編プロの名前くらいだな」

紅莉栖「あの人のバイト先か。ちょっとググってみる……ここね」

倫子「なんだ、事務所はアキバにあるのか」

紅莉栖「電話してみましょう……って、留守電になってる。お盆休み中か」

倫子「直接訪ねてみるしかないか」

紅莉栖「オーケー。それじゃ、出掛けましょう」スッ

倫子「……なんだ、その手は」

紅莉栖「……打消しDメールを送ったら、この世界線の記憶は無くなっちゃうんでしょ」

紅莉栖「私は……今ここで自我を認識しているこの私は、岡部の1マイクロメートルでも近くに居たい」

紅莉栖「世界が消えてなくなるまで……グスッ……」チラッ

倫子「……だ、だが断る」プイッ

紅莉栖「ぐはぁっ!」

倫子「誰が好き好んで女とおてて繋いでアキバを歩くかバカモノっ! 黙ってオレについてこいっ!」ガチャ バタン

紅莉栖「ああっ! 待っておかべぇ!」タッ

アーク・リライト事務所前


男性スタッフ「確かに居たな、そんなバイト。2日だけ来て音信不通になった女の名前が桐生だったと思うぞ」

紅莉栖「ありがとうございます」

倫子「(……IBN5100を手に入れたことでバイトを辞めることにしたのか?)」

紅莉栖「それじゃ、次は彼女の家ね」



ハイツホワイト


紅莉栖「こ、こんなボロアパートに住んでるの……!?」

倫子「お前はまたそうやって人の反感を買うことを言うー」

紅莉栖「……大丈夫よね? 今の、ここの住人に聞こえてなかったわよね?」オドオド

倫子「って、規制線か? ……警官にパトカーまで!? 事件でもあったのか!?」


紅莉栖「すいません。何かあったんですか?」

警官「ん? 君たち、関係者?」

紅莉栖「……たぶん、そうです」

警官「……自殺だよ」

倫子「じさ……つ……?」ドクン

紅莉栖「そ、それはいつですか!?」

警官「昨日だ。ご遺体は、近くの千代田第三病院に運ばれているはずだから、会いに行ってやってくれないかな?」

倫子「萌郁が……死んだ……? なんだよそれ。訳が分からないぞ……」ワナワナ

倫子「あいつはまだラボを襲撃していない……なのになぜ……」プルプル

??「…………」トントン

倫子「えっ――――」

萌郁「会いに……きてくれたの……?」

倫子「」

倫子「」

倫子「でたああああああああああっ!!!!!!!!!」ジョボボボボ

ハイツホワイト202号室


紅莉栖「もう! 紛らわしい真似はやめてください! 女の子が泣いてるんですよ!」

萌郁「自殺があったのは、201号室……202号室じゃない……」

萌郁「私は……幽霊じゃ、ない……」

倫子「ひぅっ……うぇぇっ……」グスッ

紅莉栖「(しかし、すごい部屋ね……桐生さんって、片付けられない女……?)」

萌郁「ショーツ……使ってないのがあるから、あげる……」ガサゴソ

萌郁「確かこの辺に……えっと……あった……」ポイッ

紅莉栖「ど、どこから出した!?」

紅莉栖「あと、そこに落ちてるブラウスとスカートも借りるわよ。ほら岡部? お着換えしようね?」

倫子「うん……」ヒグッ

紅莉栖「(かわいい)」


・・・

倫子「完全にOL風な格好になってしまった……マッド要素皆無ではないかぁ……」グヌヌ

紅莉栖「似合ってるわよ。機関の送り込んだスパイみたい」

倫子「そ、そうか?」パァァ

紅莉栖「(かわいい)」

萌郁「(かわいい)」

倫子「それで、萌郁は8月1日、柳林神社に盗みに入ったのか?」

萌郁「……ごめん、なさい」

紅莉栖「謝って済む問題じゃないわよ。普通に犯罪」

倫子「それもFBの命令だったんだな」

萌郁「っ!? FBを知っているの!?」

紅莉栖「まずはあなたが知っている情報を話しなさい。これは取り引きよ」

萌郁「FB……FBから、連絡が来ないの……もう2週間……」プルプル

萌郁「やること……無くなっちゃって……自殺しようかとも思ったけど……」

萌郁「そんなことより……岡部さんの写真を撮ってた……」

倫子「結局オレの写真を撮っていたのかよっ!」

紅莉栖「大天使リンコエルのエロスが桐生さんのタナトスに勝った……!」

倫子「伝説を増やすなぁっ!」

萌郁「今日は……メモリ、買いに行ってた……」

倫子「(一体何GB撮影したんだ……)」ガクガク

萌郁「姉さんにバレちゃったね……恥ずかしいな……」テレッ

倫子「……いや、オレももう慣れてきたから別にいい」ハァ

紅莉栖「で、IBN5100はFBに渡したの?」

萌郁「知らない……たぶん、他のラウンダーが持って行った……」

紅莉栖「役割分担してるわけか。まるで転売ヤーみたいな組織ね」


萌郁「あ、あの……岡部さん……」

倫子「む? どうした?」

萌郁「その……裏切って、ごめんなさい……」

倫子「(……いや、こいつはラボが襲撃された時、身を挺してオレたちを守ってくれたはずなんだ)」

萌郁「IBN5100……岡部さんに、渡せなかった……」

萌郁「そう思うと……メールにも返信できなくて……今日も、メール無視して……」

倫子「なんだ、そのことか。気にするな、もはや手に入ったも同然なのだからな! ふぅーははは!」

萌郁「……?」

倫子「(だが、萌郁の行動はなんか変だ。本当にオレにIBN5100を渡そうと思っていたのか? そりゃ、当然ラウンダーとしての任務を優先すべきだったのだろうが……)」


prrrr prrrr


紅莉栖「ん、私だ。ごめん、ちょっと出てくる」スタッ

倫子「……もしや、タイムリープか?」

萌郁「タイム……リープ……?」


紅莉栖「……そのまさかよ。ただいま、岡部」ニコ

倫子「フッ。なかなか渋みのある笑顔だな、アラフィフティーナよ」

紅莉栖「ま、まだ42だから! ううん、心は永遠のセブンティーンだからぁっ!」

倫子「(……またオレは、お前に助けられるのだな)」

紅莉栖「それで、岡部。まずはやること済ませちゃうわよ」

倫子「ああ……ああ?」

紅莉栖「ほかべえええええええええええ!!!!!!!!!」スリスリスリスリ

倫子「やることってそれかよぉ!? はなれっ、離れろぉっ!! うわぁん!!」

紅莉栖「倫子たんチュッチュ! 倫子たんチュッチュ!」

西田「ちょっとー、203の西田だけど大丈夫ー? 警察呼ぶ?」

倫子「だっ、大丈夫ですのでぇっ! イチャついているだけですのでぇっ!」

西田「まったく、最近の若い子は……」


紅莉栖「真面目な話をするわよ。急いで用件を済ませないと」ツヤツヤ

倫子「どの口が言うのだ……」ゲンナリ

紅莉栖「昨日の201号室の自殺……あれは、ラウンダーの仕業よ。本当は桐生さんが殺される予定だった」

萌郁「……っ!?」

倫子「なんだと……!?」

紅莉栖「私の若い頃の記憶では、昨日このアパートで自殺に見せかけて殺されたのは桐生さんだった」

紅莉栖「そこで私は未来のSERNから2010年のラウンダーに間違った指示を与えてみた。どうやら成功していたみたいね」


  『本来ラウンダーってのは、任務を達成したら消されるんだ』


倫子「……そう、だったのか」プルプル

萌郁「どういう……こと……?」

紅莉栖「だけど、私の小細工も時間稼ぎにしかならない。遅かれ早かれ桐生さんは証拠隠滅のために消される」

萌郁「ひっ……」

倫子「もしや、α世界線の収束なのか!?」

紅莉栖「世界線収束範囲<アトラクタフィールド>としてのα世界線の収束では無いことがわかってる。ただ、本来この世界線では桐生さんの8月15日の死は確定していたのよ」

紅莉栖「収束のブレ、奇跡的に死期を伸ばせたところで24時間以内には、ってところね」

萌郁「24時間……ってことは、私は、今日中に……」プルプル

紅莉栖「それからもう一つ。桐生さんがケータイ依存症という名の、ラウンダー依存症になっている理由」

倫子「ラウンダー依存症……? ケータイ依存症は萌郁の元々の病気みたいなものじゃないのか?」

紅莉栖「ううん、病気なんて生易しいものじゃない。これはね――」

紅莉栖「300人委員会による洗脳だったのよ」

倫子「洗脳だと……!?」

萌郁「……?」


紅莉栖「ラウンダーは無差別ダイレクトメールでメンバーを募集していた。それにはちゃんと理由があったの」

紅莉栖「あの迷惑メールには、実は断片的記憶データと神経パルス信号が添付されていた」

倫子「神経パルス……って、タイムリープ時の!?」

紅莉栖「前にも話したわよね。脳は記憶を思い出すときに前頭葉から信号が発信される」

紅莉栖「前頭葉を刺激する神経パルスを放射することで、トップダウン記憶検索信号を意図的に発信させることができる」

紅莉栖「これによって送られた記憶データを受信者に強制的に思い出させるという作用が発生する」

紅莉栖「理論上これを使えば、ありもしない記憶、想い出、感情、世界観や思考の癖に至るまで、脳に埋め込むことができる」

倫子「そんなことが可能なのか……。まさか、紅莉栖の論文が悪用されたのか!?」

紅莉栖「これ自体は私の理論じゃない。これは、VR技術よ」

倫子「VR技術……! またそれなのか……」

紅莉栖「うちの大学の精神生理学研究所の長年の研究成果ね。特許も持ってる」

紅莉栖「ある意図的な情報を神経パルスへコンバートする技術。それは、映像データや記憶データを脳に入れることができるということ」

紅莉栖「医療分野での運用が期待されていたけど、軍事転用や洗脳としての使い方が危惧されて、1997年にはアメリカ大統領が行政命令を出すほどのシロモノ」

倫子「1997年……。萌郁がラウンダー募集メールを受信したのが、2006年だったな……」

萌郁「…………」コクッ

紅莉栖「時期からして天王寺裕吾がラウンダーになったのは洗脳とは別の経緯でしょうけど、多くのラウンダーは多かれ少なかれこの洗脳メールによって思考誘導されているはずよ」

倫子「だ、だが、メールに洗脳情報を添付させるなど、どういう原理なのだ!?」

紅莉栖「私の研究で判明したのは、実は世界が非常にデジタルに近い物で構成されているということだった」

倫子「世界も人間の脳も、アナログベースのはずだろう!? 1と0の間にスキマがあるとでもいうのか!?」

紅莉栖「まさにそういうことよ。世界は電気仕掛けだった、っていうオチ」

紅莉栖「人間の記憶をまるごとデータとして取り出す理論を技術的に確立できたのもこのおかげね」

倫子「なぁっ……」


紅莉栖「電気仕掛けの世界なら、メール受信時に解凍されたパルスをケータイから放射することも可能ってわけ」

倫子「携帯電話にそんな機能があったなんてな……」

紅莉栖「もしかしたらこれも300人委員会の陰謀かもね。こういうことが可能な携帯電話端末の開発と一般普及を誘導した、とか」

倫子「内部の人間にトンデモ陰謀論を語られると、もうなにも信じられん……」

紅莉栖「でもね、添付された洗脳データは健康な状態の脳にはあまり影響がないの」

紅莉栖「タイムリープと違ってメールだから、こめかみ付近にケータイを近づけることも普通は無いしね」

紅莉栖「だけど、これは精神的に不安定であればあるほど効力を発揮する」

紅莉栖「桐生さんが例のメールを受信した時は、自殺をしようとしていた時だったのよね?」

萌郁「……自分の部屋で……睡眠薬、大量に飲んで」

萌郁「でも、死ぬのを失敗して……」

萌郁「……そこに、メールが。"ラウンダー募集"って。個人宛じゃなくて……一斉送信の」

萌郁「……気づいたら、返信してた……」

紅莉栖「不安定な状態の脳には断片的記憶データが埋め込まれやすくなる。思考が誘導されやすくなる。メールの情報に依存しやすくなる」

倫子「SERNめ、どこまでも卑劣な真似を……っ!」

倫子「……待てよ。1%の壁を越えれば、萌郁は洗脳されず、ラウンダーじゃなくなるのか?」

紅莉栖「いいえ、それはないわ。遅くても2001年には既に洗脳メールは発信されていることがわかってる」

倫子「当時のSERNがどうやってそんなことを……?」

紅莉栖「タイムリープ時の記憶の圧縮と原理は同じでしょうね。SERNはLHCでブラックホールを作ること自体は2001年時点で成功しているわけだから、洗脳用データの超圧縮自体は可能」

紅莉栖「洗脳用データ本体がどうやって作られていたのかって点は、300人委員会の息がかかったタヴィストック研究所――別名、洗脳研究所――との技術提携があったみたい」

紅莉栖「ともかく、そのデータを無差別に大量に飛ばせば、偶然受信した心を病んでいる人がラウンダー依存症を発症する、っていう仕組み」

紅莉栖「発症したら最後、通常のメールのやり取りだけで依存度は増幅していく」

紅莉栖「……試してないけど、例えば今、桐生さんのケータイ電話をへし折ったら、彼女は発狂して死ぬと思う」

萌郁「ケータイは……渡さない……」ギュッ

倫子「……例え話でもやめてくれ、紅莉栖……うぅ……」プルプル


紅莉栖「だからね、打消しDメールを送っても、1%の壁を越えても、2010年の桐生さんは300人委員会に洗脳された状態にある」

紅莉栖「できれば彼女を専門の病院に入院、いえ、通院でも大丈夫かな? とにかく、長期的なスパンでの治療が必要なの」

紅莉栖「……アトラクタフィールドを跨いだら、岡部と桐生さんの接点そのものが無くなる可能性もあるけど、もしどこかで出会ったなら彼女を病院に連れて行ってあげて」

倫子「わかった……が、オレがSERNの支配構造を破壊できたとしても、依然として300人委員会の陰謀は渦巻いているということか……」プルプル

紅莉栖「300人委員会の陰謀は、正直言って岡部1人でなんとかできるものじゃない」

紅莉栖「2010年時点でも、プロジェクト・マルス、プロジェクト・アトゥム、それからプロジェクト・ノアの事後処理の箱庭実験とか、同時並行的に人類牧場化計画が進んでいる」

紅莉栖「新世界秩序、ワン・ワールド・オーダーの流れは既に存在している」

倫子「くっ……」

紅莉栖「だけど、それはまだ確定はしていない。このα世界線と違って、ディストピアは確定していないの」

紅莉栖「何があっても1%の壁の向こう側を目指すんでしょ? 狂気のマッドサイエンティストさん」

倫子「……無論だ」グスッ


萌郁「……私が……洗脳……?」

萌郁「違う……FBへの想いは……洗脳なんかじゃ……」ワナワナ

倫子「なあ、萌郁。その、FB、ってのは、どんな人なんだ?」

萌郁「……FBは……お母さん……みたいに……私に優しくて……」

萌郁「私は……やっと心地良い……居場所を……」

萌郁「悩みを相談したり……いつも、すぐに返事くれた……」

萌郁「友達みたいで、でも包み込む優しさが……あって……」

萌郁「でも、会ったら……幻滅される……だから、会いたいなんて……思わない……」

紅莉栖「……重症ね」

萌郁「今は、岡部姉さんの……優しさに、助けられてる……けど……」

倫子「……ああ。オレでいいならお前の姉にでも母にでもなってやる」

倫子「得体の知れない奴なんかより、オレに依存してくれ」ダキッ

萌郁「ねえ、さん……うぅ……っ」グスッ

紅莉栖「……そうね。ラウンダー絶ちができるなら、桐生さんの脳にとってその方が良い」


倫子「……萌郁。教えて欲しい」

倫子「IBN5100を入手した後、FBから指令があったはずだ。それは、なんだったんだ?」

萌郁「……指定された場所に、置いておけ」

倫子「その場所は……?」

萌郁「コインロッカー……大ビル……前の……」

倫子「またあそこか……」

紅莉栖「秋葉原のIBN5100がFBの手許を離れるのは8月15日、昨日の午前3時頃よ」

倫子「知ってるのか!?」

紅莉栖「私を誰だと思っている。300人委員会序列持ちだぞ?」

紅莉栖「FBの正体も知ってる。居場所も、IBN5100の在り処も」

紅莉栖「と言っても、この世界線では岡部がIBN5100を手に入れることは絶対に不可能なんだけど」ハァ

倫子「……萌郁。一緒にFBに会いに行くぞ」

紅莉栖「はぁっ!?」

倫子「そして一言言ってやるんだ。萌郁を、オレの大事なラボメンを、こんな扱いしやがって、ふざけんなと……!」

萌郁「……い、いや……そんなの……できない……」

紅莉栖「どれだけ危険かわかってるの!? まかり間違って岡部が殺されでもしたら――」

倫子「オレは死なないっ! 何故なら、優秀な助手を始め、仲間たちがついているからだっ!」

紅莉栖「……っ。まぁ、でも、うん。あの人なら、岡部を狙ったりしないか……」ブツブツ

萌郁「……今の私には、姉さんしか、いない……」ブツブツ

倫子「オレは過去へ行く。萌郁、また後で、いや、また前で会おう」

萌郁「……わかった……」

大檜山ビル前


紅莉栖「……さっきは桐生さんが居たから言えなかったけど、FBの正体は天王寺裕吾、ブラウン管工房の店長さんよ」

倫子「……それはマジで言ってるのか?」

紅莉栖「えらくマジ」

倫子「だ、だが奴はかつての世界線で自分はFBではなくM2だと……いや、あの世界線ではラウンダーから足を洗っていたのだったな……」

倫子「それがこの世界線では足を洗わず昇進していた、と……信じられない、いや、信じたくないが……」プルプル

倫子「どの時点だ……綯のメールか? フェイリスか? まさかルカ子のメールの取り消しのせいで……考えてもわからんな」


  『……別に、俺は何もしてねえ。いや、"何もしない"をした、ってのが正解だな』


倫子「理由があるならそれはなんだ? 確認できるなら確認しておきたい……」

紅莉栖「危険な賭けになるけど、天王寺裕吾には私も岡部も殺せない可能性が高い」

倫子「……世界線の収束、だな」

紅莉栖「でも、どんなイレギュラーが発生するかわからない」

紅莉栖「あんたはスズちゃんから2025年に自分が死ぬって聞いてるみたいだけど、それはイコール2025年まで死なないとは限らない」

紅莉栖「アトラクタフィールド理論だって、完全な理論とは限らない。別の理論で打ち消されるかもしれない。プログラムは不完全かも知れない」

紅莉栖「忘れないで。世界は神が創り出した完全なものなんかじゃないってことを」

倫子「……わかった」


バチバチバチバチッ

グラグラグラグラ……


倫子「なっ!? 2階で放電現象が!?」

紅莉栖「ど、どういうこと!?」

未来ガジェット研究所


ダッ ダッ ダッ ガチャッ

倫子「(鍵が開いている……って、出る時に紅莉栖ともめたせいで閉め忘れたのか……くそっ!)」

倫子「誰だっ! 勝手にタイムリープマシンを使っているのはっ!?」

紅莉栖「……お、岡部。急に走り出してどうしたのよ」

倫子「……は? いや、さっき放電現象が起こったのを見ただろう!? 誰かがタイムリープマシンを――」

紅莉栖「見てないし、誰も居ないわよ?」

倫子「なにっ!? た、確かに誰も居ない……だ、だ、だが、お前とさっき一緒に見たぞ! 本当だっ!!」ワナワナ

紅莉栖「落ち着け。私はあんたを信じてる」

倫子「紅莉栖ぅ……」ウルッ

紅莉栖「……この一瞬で世界線が変動したか。タイムリープではメーターに表示されるほどの変化はないんだったっけ。でも、私の記憶が再構成されてる」

倫子「世界線が……変動した、だと……?」

紅莉栖「仮に誰かがタイムリープしていたとして、跳んだ瞬間、今日この時間ここでその人がタイムリープする歴史は消滅するわけだから、当然タイムリーパーはこの場に存在しなくなる」

倫子「な、なるほど……Dメールの送信履歴が消えるのと同じか」

倫子「だが、めまいは起きていないぞ……?」

紅莉栖「急激な脳内情報の変化が起こらなかったのね。変動前後で岡部の脳にほとんど違いが無く、めまいが起こらなかった可能性」

倫子「つまり、オレの脳内にしかさっきの光景は無いが、オレの行動はそれほど変わっていない、と……」

紅莉栖「でもあんたの記憶にあるってことは、それは間違いなく誰かがタイムリープしたということ」

倫子「……まさか綯かっ!? この世界線でも綯はワルキューレを裏切るのかぁっ!?」プルプル

紅莉栖「わからない……私にはそういう記憶は無いけれど……」

倫子「……くそっ! とにかく、とにかくタイムリープだっ! 萌郁が殺される前にっ!」

紅莉栖「……オーケー。準備できた。向こうの私によろしくね」


――――――――――――――――――――――

2010年8月16日12時36分 → 2010年8月15日06時36分

――――――――――――――――――――――


・・・
同世界線 4日前の記憶
2010年8月11日水曜日
新御徒町 天王寺家


天王寺「……綯。綯!」

綯「……お父……さん?」パチッ

天王寺「疲れちまったのか? ずっと車で移動だったから無理もねぇが、こんなところで寝てると風邪引くぜ」

天王寺「まぁメインが墓参りみたいになっちまったし楽しくはなかったよな。……ごめんな」

綯「…………」ジワッ

天王寺「今度近場でどっか……」

綯「…………」ダキッ

天王寺「わっ!? っとと」

綯「旅行……楽しかった。ありがとう、お父さん……」ギュッ


危険を冒した甲斐はあった。

記憶にある"私"は『遊園地も行きたかった』とその時言ったのだ。

それは実現しないということを私は"思い出して"いる。なぜなら私の父、天王寺裕吾は4日後、8月15日に死ぬのだから。

……鳳凰院凶真。私は、ヤツの計画に乗った。ワルキューレのメンバーの一員になった。

それは元々父に言いつけられていたことだからでもあったが、小さい時からの憧れも少なからずあった。

いや、正直に言おう。私は彼女に惚れていた。性別を超える恋をしていた。

幼い恋がそのまま、大人になった私の心に居座り続けた。

私はレジェンドの右腕になりたかった。だから、どんなことでも一生懸命に遂行した。

そして、裏切られた。

天王寺裕吾をあの日自殺に追い込んだのは、他でもない。鳳凰院凶真だったのだ。

世界の未来をディストピアから救う。その崇高な精神の陰に、ヤツの本性は隠されていた。

ヤツは、自分の幼馴染の命を救うためだけに、たった1人の少女を救うためだけに……

何十、何百という人間の、あらゆる犠牲を払ってきたのだ。

父の自殺さえ、計画のうちだったのだ。

ヤツは父を憐れんだことなどなかったのだ。心の奥底ではほくそ笑んでいたのだ。

ヤツは英雄なんかじゃなかった。ただのサイコパスだった。

ヤツのエゴが許せなかった。私のエゴが許さなかった。


私はワルキューレを抜け、情報とタイムリープマシンを売ってラウンダーになった。

父を殺したラウンダーに。父の所属していたラウンダーに。

ただ、鳳凰院凶真に復讐するためだけに。

2025年、念願叶って私はヤツを拉致して監禁して殺した。

いたぶって、じらして、ねぶって、人としての尊厳をすべて削ぎ落した上で惨殺した。

最後は私自身の手で喉を掻き切ってやった後、気が済むまでめった刺しにした。

満足した私は、SERNが回収したワルキューレのタイムリープマシンで過去へ跳んだ。

単純計算で2738回、実際はその倍以上。

タイムリープの影響でいくらか記憶が抜け落ちているとしても、これだけはハッキリ思い出せる。

拷問に泣き叫ぶ悲鳴、命乞いする哀れな姿。

……それでもヤツは、血管に直接鎮痛剤のミルクを注がれた幻覚の中で嗤っていた。


"オレが死のうとも、どこかの世界線のオレが立ち上がる"

"鳳凰院凶真は、何度でも蘇るのだ"


父を救うため、そして鳳凰院凶真に更なる復讐をするために、私はワルキューレのタイムリープマシンを使って2010年へと跳んだ。

待っててね、お父さん。今、助けてあげるから。

今日を入れてあと4日。鳳凰院凶真の行動把握、凶器の準備、肉体の調整……

そして当日、FBのケータイから他のラウンダーたちにでしゃばらないよう命令する。

裏切り者の1人、桐生萌郁は私の手で殺す。

仮に失敗しても、またタイムリープをすればいい。

成功するまで、何度でも。

何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも……



――私は、復讐者、天王寺綯。


・・・
2010年8月15日日曜日
未来ガジェット研究所


倫子「……服が萌郁から借りたOLファッションではなく、いつものオレの格好になっている。よしっ」

倫子「まだルカ子は来ていないか。紅莉栖! 起きろ! オレはタイムリープしてきた!」

紅莉栖「ふぇっ!? い、今、私の名前を――」

倫子「いいか、今すぐ電話レンジの準備をしろ! そうだな、お前のケータイから遠隔でいつでも放電現象を起こせるようにしておいてほしい」

紅莉栖「できるけど、あれカッコカリはどうし――」

倫子「オレから合図があったら起動するんだ! その時オレのケータイからDメールを送る。文面は、『写真集は嘘メ ールはSERNの 罠無視せよ!』だっ!」

紅莉栖「わ、わかったから、ちょっと時間を――」

倫子「オレは出かけてくる! 準備が終わったら合流するぞっ!」ガチャ バタン

紅莉栖「……な、なんぞ」ポカン

ハイツホワイト202号室


倫子「……というわけで、萌郁。これからFBこと天王寺裕吾に会いに行くぞ」

萌郁「……FBから、連絡がもらえるなら……私は……」ブツブツ

倫子「オレを、信じて欲しい」ギュッ

萌郁「っ……わかった、姉さん……(手、やわらかい……)」


ゴンッ ゴンッ


倫子「(その時、ボロアパートの鉄階段を慎重に上がる音が聞こえた)」ビクッ

倫子「萌郁、静かに……って、お前はいつでも静かだったな」

萌郁「……?」


ゴンッ ゴンッ


倫子「(来たか……だが、ヤツらの陰謀は未来の紅莉栖によって阻止されている)」

倫子「(今日ヤツらに殺されるのは隣の、えっと、西田さんじゃ無いほうのお隣さんだ)」

倫子「(……本当か? オレがあの時見た放電現象を紅莉栖が知らなかったように、既に紅莉栖の工作はバレていて、裏をつかれているのではないか……?)」プルプル



コツッ コツッ


倫子「(足音は外の廊下に差し掛かった。が……)」


コツッ コツッ ピタッ


倫子「(おかしい。202号室の手前に201号室があるはずなのに、何故ここまで来る……っ!)」

倫子「(ま、まずい! この周回の世界線では、何かが変わってしまっていたんだ!)」ダラダラ


ガチャガチャガチャガチャ


倫子「(ヒィィィィィッ! か、鍵は掛かっているが、このボロさからすると時間の問題かっ!)」ドキドキ

萌郁「……っ!」ダッ

倫子「おまっ……!」

萌郁「……っ」スッ

倫子「(玄関に置いてあったオレのサンダルと萌郁のヒールを音も立てずに取ってきた、だと……? さすが隠密部隊……)」

萌郁「……隠れて。押し入れ。早く」ギュッ

倫子「……い、痛いっ。押すなっ。蹴るなっ!」ヒソヒソ



ガチャ キィ……


倫子「(か、間一髪だった……立て付けの悪い玄関扉が開く前に、なんとか萌郁と押し入れに身を隠すことができた……)」ハァハァ

萌郁「…………」ハァハァ


ヒタ ヒタ ヒタ


倫子「(間違いない、闖入者はラウンダーだ……萌郁を自殺に見せかけて殺すためにやってきたんだ……)」ドキドキ

萌郁「…………」ドキドキ


ヒタ ヒタ ヒタ


倫子「(どうやらオレは布団か何かに頭を突っ込んでいる体勢らしい……オレのケツは萌郁の豊満なバストによって抑え込まれている)」フゥフゥ

萌郁「…………」フゥフゥ

倫子「(このとんでもない状況……隠れたからと言って、なんとかなるとは思えない……)」プルプル


ヒタ ヒタ ヒタ ピタ


倫子「(帰ってくれ帰ってくれ帰ってくれ帰ってくれ帰ってくれぇ……っ!!)」ウルウル


シュバーッ


倫子「(嗚呼、オワった……。無慈悲にも押し入れの襖が横に引かれ―――)」



ドササササァッ!!


倫子「っ!?」

萌郁「…………」

倫子「(それは、すごい音を立てて雪崩堕ちた)」

倫子「(ヤツが引いたのは、オレたちが押し入れに入った時とは逆の襖だった)」

倫子「(後でわかったが、オレたちが今居る逆サイドは、布団だけじゃなく、衣類全般を始め、文庫本、時計、カップ焼きそば、電気ポットなど、あらゆるものがカオスに侵食されていたのだ)」

倫子「(萌郁のずぼらな性格が勝ったのだ)」


??「くっ……どこに行った……」

??「タイムリープされたせいで足取りがつかめなくなったから、裏切者の家かと思ったが……」


倫子「(奴の声が少し漏れた。オレはケツからしか外界の様子を感知することができないが
おそらく女性の声だ)」

倫子「(それもかなり若い……。萌郁のような女ラウンダーが他にも居る、ということか?)」

萌郁「……次、動いたら、抑え込む……姉さんは、守る……」パクパク

倫子「(萌郁が蚊の鳴くような声で言う。だがっ!)」

倫子「(それはだめだっ! お前が狙われているんだぞ! そんなことをしたら―――)」


ピピピピピピピピピピピピ


倫子「(ヒィィィィィィィィィィィッッ!!!)」ビクビクビクッ



ピッ


??「…………」

??『…………』


倫子「(お、脅かすなぁ……。電話がオレや萌郁のものじゃなくてよかったぁ……)」ヘロヘロ


??「…………」

??『…………』


倫子「(ヤツは電話で通話相手と何やら会話しているが、日本語じゃない? これはもしや……フランス語か?)」


??「…………」

??『……FB』


萌郁「……っ!」ドキッ

倫子「(オレのケツを圧迫している萌郁の胸がはずんだ。心臓の音が、今になってようやく高鳴るのを感じる……)」

倫子「(それは、通話相手の発した『FB』という単語に対してだろう。というか、この状況自体には冷静に対応していると思うと、さすがM4と言わざるを得ない)」


??「…………」ピッ


ヒタ ヒタ 

ガチャ バタン

ゴンッ ゴンッ ゴンッ ……



シュバーッ

倫子「……死ぬかと、思ったぁ……」ヘナヘナ

萌郁「FB……」

秋葉原駅前ロータリー


紅莉栖「少しは連絡しろこのバカ岡部っ!」

倫子「バっ……!? バカとはなんだっ! 助手の分際でっ!」

紅莉栖「バカぁっ!! 心配したんだからなぁっ!!」ダキッ

倫子「ふごっ!? こ、公衆の面前でなにをやらかしとるか貴様っ! やめ、やめろぉっ!」

萌郁「…………」パシャ

倫子「撮るなぁ!! うわぁん!!」

紅莉栖「私だけじゃない! あの後まゆりがラボに来て、あんたが居なくて心配してたっ!」

倫子「……まゆりが? あいつは、だってコミマに行ってたんじゃ……」

倫子「いや、それでも、もう少しで手が届くんだ」

紅莉栖「だったら! 今すぐにでもDメールを送るべきよ!」

倫子「おまっ! 言ってることがタイムリープ前と逆ではないかぁっ!」

紅莉栖「未来の私のことなんて知らないわっ! FBなんてもっとどうでもいいっ!」ピィィ

萌郁「…………」

倫子「……落ち着け紅莉栖。オレはあのタコ坊主と話をつけなきゃならないんだ」

倫子「心配してくれて感謝している。お前と青森行きの約束がある以上、オレは死なない。だから案ずるな」

紅莉栖「岡部……」ジュン

紅莉栖「……少しでも危険だと判断したらすぐDメールよ。いいわね?」グスッ

新御徒町 天王寺家


倫子「(店長の家にはオレと萌郁で突入する手はずになった。紅莉栖には外で見張っていてもらう)」ピンポーン

天王寺「おう、岡部か。それと……まあいい。上がれや」

倫子「失礼します」

萌郁「…………」


【0.50311】


倫子「(世界線変動率メーターは着実に変動しているが……しかし……)」

倫子「綯はいますか?」

天王寺「綯? 綯なら近所の公園でやってるラジオ体操に行ったぞ」

天王寺「うちの娘は偉い。毎日欠かさずハンコをもらってるんだぜ?」ドヤァ

倫子「そ、そうですか」

天王寺「それだけじゃなく、最近はなんだか体を鍛えてるみたいでな……お前さん、まさかとは思うが、何か変なことを吹き込んだんじゃねぇだろうなぁ?」ギロッ

倫子「ヒッ。そ、そんなわけないでしょう」

倫子「(オレはミスターブラウンと世間話をしにきたのではないのだぞ……)」ドキドキ


倫子「単刀直入に聞きたい。あなたは、FB、ですね?」

天王寺「…………」

倫子「(一瞬鼻白んだが、顔つきが変わったな……やはりか……)」グッ

天王寺「……裏切ったな、M4」

萌郁「……!?」ビクッ

天王寺「フェルディナント・ブラウンって知ってるか?」

倫子「その頭文字が、『FB』……なんですね」

天王寺「ほう。だてに白衣を着てねぇな。頭の回転が速いこって」

倫子「別の世界のあなたから聞いたんですよ。ラウンダーから足を洗った世界のあなたからね」

天王寺「ハハ、今までにない傑作だな。この俺がラウンダーから足を洗うなんて、天地がひっくり返ってもねぇよ」

萌郁「そんな……だ、だって、FBは……私の、お母さん……みたいな存在で……」

天王寺「依存の次は現実逃避か? お前はもう用済みなんだよ」

天王寺「こんな俺でもそういう訓練は受けてるんだ……社会に居場所が無いやつを利用するなんて朝飯前だ」

倫子「……橋田鈴は、そんなことをさせるために貴方の世話をしたんじゃないっ!!」

天王寺「……!」

倫子「橋田鈴はタイムトラベラーだった……SERNのZプログラムについて知っていれば、それがいかに現実的な話か理解できるはず」

天王寺「……場所を変えよう。仏さんの居る前でするような話じゃねぇ」

萌郁「…………」





紅莉栖「(え!? 移動すんの!?)」コソッ

建築現場


天王寺「この街も随分変わっちまったな……」

倫子「……まずは、オレの与太話に付き合ってくれませんか」

天王寺「……いいぜ。教えてくれよ、異世界の俺のことを」

倫子「オレがかつて居た世界のあんたは、さっきも言ったがラウンダーから足を洗っていた」

天王寺「それで?」

倫子「綴さんと、もう一人の娘、綯の妹『結』と、4人で仲睦まじく暮らしていましたよ」

天王寺「……っ。創作にしては上出来だ」

倫子「教えてください。この世界では、どうして綴さんは死んだんだっ!! あんたが、なんらかの任務を達成しなかったからなのか!?」

天王寺「お前になにが分かる!!」ジャキッ

倫子「拳銃……っ」プルプル

萌郁「…………」

天王寺「……ほう。泣き虫嬢ちゃんのわりには落ち着いているじゃねぇか。それとも、何か秘策でもあるのか?」

天王寺「例えば、その白衣のポケットに突っ込まれた右手とかによ」

倫子「(紅莉栖への連絡はこのケータイからいつでも可能だ……それに大丈夫、こいつはオレを撃てない……)」ガクガク


倫子「橋田鈴は、ついこの間まで秋葉原に居た……」プルプル

天王寺「タイムトラベラーだから、ってか。確かにあの人には未来予知みてぇな力があった」

倫子「貴方のすぐそばに居たんだよ、彼女は……気づかなかったのか?」

天王寺「……?」

倫子「橋田鈴……いや、阿万音鈴羽は、SERNと戦うためにこの時代にやってきたタイムトラベラーだ……」

天王寺「バイトが……だと……!?」

倫子「貴方の恩人は、SERNに支配された未来を変えるために2036年からやってきたんだっ!」

倫子「IBN5100を確保するために、1975年へと跳んだんだっ!」

倫子「よく思い出せ……風貌だけじゃない、父親譲りの口癖、頭を掻く仕草、その身のこなし、自転車の趣味……思い当たる節はいくらでもあるだろうが……!」

天王寺「そう、だったのか……」

倫子「異世界の貴方は……"何もしなかった"と言った。何もしなかったから、ラウンダーから足を洗った、と」

天王寺「……そうか。そういうことかよ……クソ、なんだこの光景は……この記憶は……」ガクッ

倫子「(っ、店長にもリーディングシュタイナーが……!)」

天王寺「違う……違うんだ、岡部……待ってくれ……」

天王寺「その俺は……そいつは……」

天王寺「てめぇの家族と引き換えに、橋田鈴のすべてをSERNに売った男だ……」ポロポロ

倫子「えっ……」

萌郁「…………」


・・・


天王寺裕吾へ

君がこれを読む頃にはたぶんあたしはもうこの世にはいない

けど――キミにお願いがあってこの文章を遺そうと思う

将来、岡部倫子という人が訪ねてきたら大檜山ビルの2階を貸してあげて欲しい

美人だからって手を出すんじゃないよ、そんなことしたら末代まで呪ってやる

最後に、キミやキミの家族と過ごした3年と数週間は楽しい時間だった

こんな日々がいつまでも続いてくれたら――いつもそう思っていた

あたしにはどっちが正しかったのかはわからない

でも、キミの選択はどっちにしても正しかったんだよ

本当にありがとう

本当に

さようなら            橋田鈴   2000年5月18日


・・・


天王寺「だが、違うッ!! 俺は、この俺は、それができなかったんだッ!!」

天王寺「鈴さんを売ることなんてできるわけねぇ!! 恩を讐で返すような、そんな真似……っ!!」

倫子「(そういうことだったのか……ようやく綯のDメールによる過去改変の全貌が見えたが、こんなことって……)」グスッ

天王寺「だけど、だけどな、綯だけは奪われるわけには行かねぇ……」

天王寺「あのIBN5100が鈴さんの守ってきたモノだってのはな、ああ、そりゃぁよくわかってたぜ……」

倫子「(未来紅莉栖の話だと、今日の午前3時頃までソレは天王寺家にあったらしい……)」

天王寺「……笑えるぜ。あの時綴を救ったところで、結局こういう結末だったわけだ」

倫子「……ラウンダーは使い捨ての駒だとかつての"貴方"は言った。だから萌郁は今日殺される」

倫子「貴方が直接手を下さないのは、情が移ったからか」

天王寺「……ああ。違ぇねぇ。できることなら、M4を救ってやりたかった。鈴さんや綴が俺にしてくれたみたいにな」

萌郁「え……っ!」

天王寺「鈴さんならこいつにどう接するか考えたんだ。綴ならこいつにどう話しかけるか考えた」

倫子「それで女言葉を……」

天王寺「連絡を取らなくなったのも、それで依存から抜け出してもらいたかったからだ。まあ、それで見逃してくれるSERNじゃねぇってのはわかってるんだが、万が一があるかと思ってな」

天王寺「だからな、M4。お前が感じてた母性ってのは、俺のものじゃねぇ。今は亡き鈴さん……あのバイトと、綴のものだ」

萌郁「……私、FBに……嫌われて……なかった……」グスッ


天王寺「そうか……岡部と初めて会った時、鈴さんと同じ匂いがしたのは、バイトが岡部に憧れていたからだったのか……」

天王寺「なるほど……巡り巡って、ね……」

倫子「……橋田鈴は、貴方にとって母親代わりだったのですね」

天王寺「俺の母親は早くに死んだよ。日本人だったんだがな、最期はフランスだった」

倫子「貴方はどうしてラウンダーなんかに……っ」

天王寺「……ネズミが寄ってくるんだよ。死体と間違えてな」

天王寺「そんな生活から抜け出すチャンスが目の前に現れたら……飛びつくしかねぇだろ?」

天王寺「たとえその先で永遠に操られ続けるとしても……」

萌郁「……私は……洗脳でも、構わない……」

天王寺「……なぁ岡部」

倫子「……はい」

天王寺「俺は……どうすればよかったんだ……?」

倫子「それは……わかりません……」

天王寺「……岡部。綯のこと、頼むわ」

倫子「(綯のことを……? そうか、やはりあの時の放電現象は……っ! このままでは天王寺がっ!)」

天王寺「お前がダメ親父の代わりによ、母親代わりになってやってくれや」

倫子「――勝手なことをっ!!」ダッ



天王寺「どうしてこんなことになっちまったんだろうなぁ」スチャ



倫子「ミスターブラウンッ!!!」




―――――――――――――――――――
    0.50311  →  0.50988
―――――――――――――――――――


天王寺「…………」

倫子「はぁっ……はぁっ……」ダキッ

天王寺「てめぇ……何を……」

倫子「貴方はバカだ……っ! 綯の父親は、この世に貴方しか居ないっ!」ウルッ

倫子「代わりなんて、どこにも居ないんだよ……っ!」

倫子「だから勝手に死ぬなぁっ!! バカぁぁぁっ!!」ギューッ

天王寺「……白衣に、染みついてやがるな……埃っぽい匂いがよぉ……」

天王寺「懐かしいじゃねぇか……」ポロポロ

萌郁「えふ……びー……」

天王寺「……だが、俺の自殺を止めたところで、俺らが他のラウンダーに殺されるのは時間の問題だ」

倫子「わかっているっ! それはっ、オレがこれからDメールを――」





ラウンダーF「偽のFBを用意するなんて随分と賢くなったじゃないか。ドブネズミ」ガチャッ


倫子「(偽のFB……? 一体なんの話――)」

天王寺「お前は……ッ!!! お前らッ、逃げろッ!!!」

ラウンダーF「そうはいかない」

ラウンダーたち「「「…………」」」ゾロゾロ

天王寺「クソッ……」

倫子「な、なに……っ!? 紅莉栖は……おいっ! 紅莉栖はどうした!?」

ラウンダーF「本来なら明日の予定だったが……岡部倫子と牧瀬紅莉栖の身柄は拘束させてもらう」

紅莉栖「ん~~っ!! んんん~~っ!!」ジタバタ

倫子「紅莉栖っ!!!」

ラウンダーF「FBとM4は必要ない……殺せ」

ラウンダーたち「「「…………」」」ガチャッ

萌郁「ひっ……」

天王寺「…………」

倫子「やめてよ……やめて……やめろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」





??「お父さんに、手を出すなぁぁぁぁぁぁッ!!!!」





ラウンダーF「……ッ!?」


ラウンダーたち「「「ぐわっ!? ぐほぉ!? ぐふぅ!!」」」バタッ バタッ バタッ

ラウンダーF「な、なんだ!? 何が起こっている!?」

綯「呼んでも応えませんよ。ひと眠りしてもらいましたので♪」ヒュン

倫子「お前は……綯っ!?!?」

天王寺「な……!?」

綯「いくら戦闘のプロでも、こんな低身長な対象相手の訓練は受けて無いでしょう?」ヒュン

綯「跳ぶ前に、手足を切り落として、低身長での戦闘シュミレートをしておいてよかった……」ヒュン

ラウンダーF「どこだっ!? どこから――ごほぉっ!!!」バタッ

綯「……お父さんとお母さんを殺した罪。お前は死ね」グサッ

ラウンダーF「―――――」ビクンビクン

倫子「あ……あ……」プルプル

萌郁「すごい……動き……」

綯「ふぅー。もう大丈夫です♪」パンッ パンッ

紅莉栖「げほっ! がほっ! た、助かったけど、どういうこと……」

綯「強いでしょう? タイムリープを繰り返して訓練に励んだ甲斐がありました」

綯「……鳳凰院凶真様、ご無事ですか?」

倫子「――――えっ?」

綯「今すぐ安全な場所に……ラボに戻りましょう。そこで次の作戦<オペレーション>の準備をっ」

未来ガジェット研究所


紅莉栖「電話レンジ(仮)の準備はいつでもオーケーよ。すぐにでもDメールは送れる」

紅莉栖「それと、フェイリスさんに連絡して秋葉原中に警戒網を敷いてもらった。けど、どこまで持つか……」

綯「私が今朝お父さんの携帯からラウンダーたちに誤報を出しておいたので多少は時間が稼げるかと!」エヘン

天王寺「なっ!? いつの間に俺のケータイを!?」

倫子「(偽のFBってのはこのことだったか……)」

綯「それに、やつらがここに攻めてきたら私が食い止めますっ!」

倫子「えっと……綯はタイムリーパーなんだよな?」

綯「はいっ! 中身はワルキューレメンバー011、コードネームエスブラウンですっ!」ビシィ!

倫子「敬礼はいい……そうか、ワルキューレメンバーなのか、良かったぁ……」ヘナッ

紅莉栖「エス……シスターブラウン、ってことね」

天王寺「綯が、俺の娘が、タイムリーパーだと!?」

綯「実年齢は26歳ですよ、お父さん♪」

萌郁「……?」

綯「私エスブラウンは、鳳凰院凶真様の命を受け、黄泉還り作戦<オペレーション・ヘル>を遂行しに来ましたっ」

紅莉栖「ヘル……北欧神話で、死者を生者に戻すことができるんだったっけ。ってことは、あなたの目的は……」

綯「お父さんを救うことです。ついでに桐生萌郁も」

萌郁「ついで……」

倫子「それを未来のオレが指示した、と……?」

綯「他でもない、お父さん……父の自殺を止めてくれたのは、鳳凰院凶真様じゃないですかっ!」

天王寺「あ、ああ。まあ、そうだな」

綯「私の知っている2010年8月15日には、あのフランス人のラウンダー、仮にラウンダーFとしますが、あいつによって父は殺されていたんです」

紅莉栖「岡部から聞いた話と違う……? あそっか、世界線が変動したのね!」


倫子「ど、どういうことだ、助手」

紅莉栖「店長さんに抱きついた時、岡部はめまいを感じなかった?」

倫子「あ、あの時は必死だったからよくわからん……言われてみればそんな気もするが……」

紅莉栖「ふむん。これは推測なんだけど、あんたがタイムリープする前に見たって言う放電現象は、未来から来た綯ちゃんがタイムリープした時に発生したものだったんだと思う」

紅莉栖「だけど、"その綯ちゃん"が15年間を跳び始める前の世界線では、多分店長さんは自殺してた」

紅莉栖「"その綯ちゃん"の目的は、自殺の原因を作った岡部を狙うこと。これは、あんたの経験した世界線でも似たようなことがあったことからの推測」

倫子「オレが店長を止められなかった可能性世界、ということか?」

紅莉栖「だって、あんたは例の放電現象を見たことが原因で、綯ちゃんがタイムリープしてきたと推測ができた」

紅莉栖「それがキッカケで店長さんの自殺も推測できて、だから自殺を止めることができたんでしょう?」

倫子「た、たしかにそうだ……」

紅莉栖「ってことは、"その綯ちゃん"からすれば15年前の2010年に"自分"はタイムリープしてきてないんだから、当然その時の岡部は放電現象を確認できない」

紅莉栖「ゆえに、その周回世界線では店長さんは自殺していないとおかしい」

倫子「……バタフライ効果。綯のタイムリープ行為それ自体がオレを通して世界改変を生み出した、と……」

紅莉栖「そして、岡部が店長さんの自殺を防ぐ選択をしたことで未来が再構成された。そこではラウンダーFによって店長さんは殺されることになった」


倫子「ま、待て待て。世界線は過去から未来まで確定しているのではないのか? それなのに選択ができるのか?」

紅莉栖「いつもシュタインズゲートの選択ガーとか言ってたのはどこのどいつだ。というか、その選択ができたのはリーディングシュタイナーのおかげでしょうが」

倫子「あ、そうか……この世界線に、この時代に存在しない知識を持つがゆえに、確定した因果に背く"選択"という行為が可能なのか……」

紅莉栖「ともかく、自殺を防ぐ選択をしたことで発生した世界線変動、未来の再構成によって、タイムリーパーの綯ちゃんの記憶も再構成された」

紅莉栖「彼女の目的も、岡部を狙う事からラウンダーFを倒すことに変わった」

倫子「オレの選択によって未来が変わり、同時に現在に居る未来人綯も変化した、と……」

紅莉栖「その結果、綯ちゃんは今日、ラウンダーFを倒した」

紅莉栖「店長さんと桐生さんがラウンダーFに殺されることは無くなった、というわけ」

綯「私、がんばりました!」ニコ

天王寺「…………」


倫子「……世界線はどの程度変動したんだ?」

紅莉栖「阿万音さん、というか、ジョンタイターの言う事が正しいなら、少なくとも0.000002%程度は変動したことになる」

紅莉栖「でも、まだ店長さんはラウンダーに狙われているはずから、大きくは変動していないのかも。もしかしたら24時間以内に死ぬことが確定しているかもしれない」

倫子「……α世界線である限り、未来のSERNがミスターブラウンや萌郁を仕留めにやってくる」

綯「そのたびに私はタイムリープで解決します。何万回、何億回かけてでも」

紅莉栖「今後、綯ちゃんがタイムリープっていう過去改変によってラウンダーを退け続けるたびに、世界線はわずかならが変わっていくのかも知れない」

紅莉栖「未来のSERNはそれを見込んで、店長さんを狙うリスクや費用対効果を考慮して見逃すかもしれない」

綯「こればかりはやってみなければわからないと鳳凰院凶真様も申しておりました」

倫子「オ、オレが……?」

紅莉栖「確かに店長さんと桐生さんの死亡はα世界線の収束というわけじゃない」

紅莉栖「例えば、今から天王寺さんと桐生さんが完全に地下に潜伏して、一切他者と交流をしないとかすれば……」

紅莉栖「それは世界の因果律にとって2人が消滅したも同然になるわけだし、生命確保だけは可能かもしれない」

紅莉栖「と言っても、それと1%の壁を越えることとは全く関係ない。SERNのディストピアを阻止しなければ、SERNが時間を支配するっていうアトラクタフィールドは越えられない」

紅莉栖「……完全に解説役になってるな、私」

倫子「……助手にしかできないことだ。助かっているぞ、もっと胸を張れ」

紅莉栖「無い胸のくせにってかやかましいわ! というか私は貧乳じゃないぞ西條っ!」

倫子「ヒッ。中途半端にリーディングシュタイナるなよ……」ビクビク

紅莉栖「……もうこの世界線に未練は無いわよね、岡部」

倫子「ああ……ミスターブラウンの真実、綯のDメールの過去改変の全貌もわかったことだしな……」



バチバチバチバチッ


紅莉栖「さあ、岡部。Dメールを」

綯「この世界線の未来は私に任せてくださいっ! 鳳凰院凶真様は1%の壁を越えるためにっ!」

倫子「……わかっている。わかっているとも……」

倫子「だが、オレの手で、こんなにも簡単に、まだ11歳の少女の人生を狂わせてしまうほどのことが起きてしまうなんて……」プルプル

紅莉栖「……この次の世界線なら桐生さんも店長さんも命を狙われない。IBN5100をあんたが確保している限りね」

紅莉栖「綯ちゃんだって、元気いっぱいな小学生のままよ」

紅莉栖「1%の壁を越えた向こう側も同じ。3人は大丈夫なはず」

綯「……凶真様。貴女が思っているほど、私は弱くない」

倫子「悪いな、綯……」

天王寺「……力になれなくて、すまねぇな」

倫子「何をそんな……。だったら、次の世界線では家賃を下げてくださいよ」フッ

天王寺「ああ、覚えてたらな」

萌郁「…………」ピロリン♪

『迷惑ばかりかけてごめんね><。 萌郁』

倫子「萌郁……。お前はもっと、幸せになるべきだよ……」


ピッ



―――――――――――――――――――
    0.50988  →  0.52072
―――――――――――――――――――



ガヤガヤ ガヤガヤ


倫子「(……目眩の減衰と共に音が聞こえてきた。とてもうるさい……ここは?)」


  K.O.!!


綯「バッタかよてめー這いつくばれよなんだそのウルキャンセビって追い打ち地上PP対空二択とか見え見えだっつーの今さらブッパとかクソかダブルピースでキメとけオラッ……」デュクシ デュクシ(※死体蹴り)

倫子「綯っ!? ま、まさかまだ中身は殺戮未来人なのか……?」プルプル

綯「あ、凶真お姉ちゃん♪ 私勝ったよー!」ダッ

倫子「ぐほぅっ……タックルはやめろ、タックルは……」ゲフッ

倫子「というか、ここは……ゲーセン、か?」キョロキョロ

倫子「(さっきまで綯と対戦していたであろう若い男は茫然自失といった感じでフラフラとその場を後にした)」

倫子「し、しかしスゴイ指の動きだったな。しかも顔色1つ変えずに」

倫子「(というか、完全に無表情<フラットアウト>だった……人殺しの目をしていたような……)」プルプル

綯「なんとなく……身体が動いたの。自分でもびっくりしました」

綯「凶真お姉ちゃんが見ててくれたからかな……えへへ……」

倫子「("リーディングシュタイナーは誰もが持っている"……いや、まさかな)」

倫子「だが、どうしてオレは小動物とこんなところに?」

綯「お父さんがね、映画でも見に行ってこいって。忘れちゃったんですか?」

倫子「店長が? 映画? オレと綯で?」

綯「ううん、そうじゃなくて……」

萌郁「……待った?」

倫子「……お?」

UPX オープンカフェ


倫子「(話を聞くに、どうやら今日ミスターブラウンは近所の老夫婦の家へ無料出張サービスで出向いており、オレと指圧師にシスターブラウンの面倒を見るよう押し付けていたらしい)」

倫子「(まあ、指圧師1人に暴走小動物を任せきれないという判断は妥当だろうが、どうしてオレが……もしかして家賃引き下げ交渉の結果か?)」

倫子「だ、だが、そもそも何故ミスターブラウンは指圧師と知り合いになっている。2人にそんなにかかわりは無かったはずだ」

倫子「(無論、裏稼業を除く)」

萌郁「今……ブラウン管工房で……バイトしてる、から……(子守りもお仕事のうちだよ(^o^) )」

倫子「お前がブラウン管工房でバイト!? アークリライトはどうしたんだ!?」

萌郁「今は、ライターになったから……掛け持ち……(時間は有効に使わないと(`・ω・´) )」

綯「萌郁お姉ちゃん、小説書いてるんだよね。今日も小説の、ネタ? 探してるって言ってた」

萌郁「さっき、ちょっと書いてみた……(さっそくダメ出しが欲しいなぁ( *´艸`) )」スッ

倫子「(あ、あの指圧師が、オレに自分のケータイの画面を見せた、だと!? 洗脳が解けつつあるのか……?)」ゴクリ

倫子「これは、ケータイ小説か……『あたしの虹』……」フムフム

倫子「……いいんじゃないか。すごく、幸せそうだ」

萌郁「……ありがとう……(姉さんに褒められたー!(≧▽≦) )」

倫子「(なんなんだ、ここは……さっきまで居た世界線とまるで雲泥の差じゃないか……)」

倫子「(Dメールを打ち消して良かった……)」ツーッ

綯「凶真お姉ちゃん!? 泣いてるの!?」

萌郁「えっと……(そ、そんなに名文だったかな?(´・ω・) )」

倫子「あ、ああ、いや、気にするな。萌郁の、いや、指圧師の成長ぶりに感動してな……」ゴシゴシ


倫子「なあ、指圧師よ。例のアレ……IBN5100は、まだ追いかけているのか」

萌郁「…………」ピロリン♪

倫子「『上司からストップがかかっちゃって 萌郁』……つまり、必要無くなったのだな」

萌郁「」コクッ

倫子「(IBN5100が8月1日から我がラボにあるとするなら、その理由を考えるのはたやすい)」

倫子「(盗聴器を仕込み、かつ聞き耳を立てていたFBが、うちのラボに橋田鈴のIBN5100があることを把握したのだ。というか、実際あのダンボール箱を抱えてラボに運び入れたのはFB本人だったな)」

倫子「(その時点でこれ以上M4に任務をさせる意味はないと判断したのだろう。萌郁を守るために……)」

倫子「(例の法則からすると、ラウンダーの襲撃は明後日8月17日の夜8時前になるはずだ。それと同時にIBN5100を回収するつもりなのかも知れない)」

倫子「(綯がタイムリープしてきていないということは、天王寺は生き残るのか? いや、きっとそうだ。前の世界線で綯がしっかりそういう因果を築いてくれたに違いない)」

倫子「(……希望的観測が過ぎるな)」フッ

倫子「だが、貴様は既にラボメンだ。今後とも我がラボの研究のためにその能力を捧げるように」

萌郁「姉さんの力に……なれるなら……(仕事場と近くてラッキーだよヾ(*´∀`*)ノ )」

倫子「ところで、どうして指圧師はミスターブラウンの世話になっているのだ?」


小動物の子どもらしくふんわりした話と、指圧師の言葉少ななつぶやきを聞き続けること小一時間、ようやくこの世界線の様相が見えてきた。

どうもこの世界線では8月5日頃に綯が交通事故に遭ったところを萌郁が助けたらしい。

まあ、事故と言うほどのことでもないかもしれない。

車道を走ってきた自転車が、横断歩道を渡ろうとした小学生の女の子とぶつかりそうになったのだ。

ギリギリで自転車の方がブレーキをかけたが、間に合わなくて、綯に激突してしまった。

怪我自体はどちらも大したことはなかった。ただ小動物はショック状態で泣いていて、1人では立てない状態だったので、偶然現場に居合わせた指圧師が付き添って家まで送ってあげることになった。

それが縁で、指圧師は店長によくしてもらっているのだとか。

店長は店長で鈴羽がバイトをやめてしまったせいで綯の面倒を見る担当が居なくなったため、このままではせっかく入れた出張サービス業を断らないといけないという危機に瀕していた。

小動物もバイト戦士が居なくなった寂しさのせいか、すぐ指圧師に懐いたようだ。

萌郁の存在は天王寺家にとって渡りに船だった。

指圧師は指圧師でヒマな店番時間を使ってケータイ小説のゴーストライターをやっているのだとか。ちゃっかりしている。

……もう、ラウンダーの影におびえる必要なんて、微塵も無い。


倫子「(しかし、オレが知っている8月5日には小動物は事故に遭ってなど居なかったはずだが……)」

倫子「なあ、綯はどうして自転車にぶつかってしまったんだ?」

綯「えっとね、歩いてたら向こうに白衣が見えて、凶真お姉ちゃんだーって思ったら走っちゃって……」

倫子「……それで自転車に気付かずに猪突猛進してしまった、と。オレは事故には気付かなかったのか?」

綯「うん。すぐ角を曲がっちゃってたから」

倫子「(この世界線のオレはロトくじを除くすべての過去を司る女神作戦<オペレーション・ウルド>に成功していないことになっているはずだ。オレが取り消したのだから)」

倫子「(さぞオレは落ち込んでいただろうな。実験は進まず、助手にラボの主導権を奪われつつあったのだから。なんらかのヒントを求めて魔境秋葉原の街を徘徊していたのかもしれない)」

倫子「(オレの記憶にある8月5日はたしか、ルカ子が我がラボを訪ねて来て女の子になりたいと言い、その後ダルとメイクイーンに行って、まゆりにカレーを奢って、そして……)」

倫子「(……そうだ。綯がDメールを送ると言い出したんだ。綯とオレが交差する因果は変わっていなかったということか)」

倫子「(それが過去改変ではなく交通事故という形に変わった、と……)」

倫子「ともかく、近くに指圧師が偶然居合わせてくれてよかったな」

綯「うん!」

萌郁「私は……岡部姉さんをスト、後を追いかけて盗さ、写真を撮ろうと思って……」

倫子「結局それかよぉっ! うわぁん!」


倫子「しかし綯は危なっかしいな。その暴走っぷりはなんとかならんのか」

綯「ご、ごめんなさい……」ウルッ

萌郁「もう、終わったこと……(綯さんを怒らないであげてー!><。 )」

倫子「ふふ、くくく、ふぅーはははぁ! いいだろう小動物!」

倫子「この狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真が直々に交通安全のなんたるかをその小さな脳髄に刻み込んでやるっ!」シュババッ

綯「えっ……は、はいっ!」キラキラ

萌郁「姉さん……恥ずかしい……(ここオープンカフェだよぉ( ;∀;) )」

倫子「よく聞けシスターブラウン。世界は陰謀で満ち溢れているのだ、常に警戒を怠るなっ!」

綯「凶真様! はいっ! 凶真様!」

倫子「あの交差点の角からMI6の工作官がボンドカーでミサイルを発射するかもしれないっ!」

倫子「あるいは突如としてデロリアンが時速88マイルで時空を裂いて出現するかもしれないっ!」

綯「凶真様! はいっ! 凶真様!」

萌郁「姉さん……映画、好きなの……?」

倫子「かもしれないかもしれないっ! これがかもしれない運転だっ!」ドヤァ

綯「凶真様! はいっ! 凶真様!」

萌郁「違うと……思う……」

天王寺「おう岡部。仕事の途中で時間が空いたから戻って来てみたら、何してんだコラ」

倫子「だあああはっ!!」ビクゥ!!

綯「あ、おとーさん!」ダキッ

天王寺「綯~、いい子にしてたか~」ヨシヨシ

倫子「(お、落ち着けー! このハゲは拳銃など持っていないただの子煩悩パパだっ!)」ハーッ ハーッ

天王寺「今度綯に変なこと教えたら家賃倍にするって言ったよなぁ……あぁん!?」ゴキッ バキッ

倫子「マザコンマッチョの敵襲だっ、ラボに退避っ!」ダッ

天王寺「あっ、おいコラ! 誰がマザコンだっ! 待ちやがれっ!」

綯「走ったら危ないんだよー!」

未来ガジェット研究所


倫子「…………」

紅莉栖「『おまいは脳みそつるつるでつねw エアプは黙ってROMってろカス』っと……」カタカタ ッターン

倫子「るみぽ」

紅莉栖「ニャッ」

倫子「お前ギャルゲースレ民だったのか……」

紅莉栖「……お帰り、岡部。ドクペ冷えてるけど、飲む?」

倫子「なかったことにしてはいけない」

紅莉栖「あっ、私の飲みかけしかなかったわ。べ、別に私はいいけど、岡部はその、これでいい?」

倫子「なかったことにしてはいけない」


倫子「ゴクッ ゴクッ ぷはーっ。ひとっ走りした後のドクペは最高だなっ! 脳細胞が活性化していくのを感じるっ」

紅莉栖「間接キスを恥じらいなくやってのけるとは、さすがね」ハァハァ

倫子「同性だし、助手だし、別に問題なかろう。それで、お前はここで何をやっている?」

紅莉栖「まゆりと橋田がコミマに行っちゃったから、岡部と2人きりになってワンチャ……新しい未来ガジェットの開発でもしようかなって」

倫子「そうか、いい心がけだ。それで、例のSERNの擬似スタンドアロンサーバはどうなった?」

紅莉栖「ああ、あれ。橋田はLHCの方に夢中になってたけど、もしかしたらもうあの謎言語を解析し終わってるのかも」

紅莉栖「あのHENTAI、無駄にスペック高いのよね……」

倫子「……ということは、あるのだな。このラボに。IBN5100が」

紅莉栖「はぁ? 一緒に運んだでしょ? コスプレ神主の魔の手から逃げるために」

紅莉栖「ほら、ここにあるわよ」

倫子「おお……っ! ようやくたどり着いたっ! これで我が目的は達成されるっ!」パァァ

紅莉栖「目的? 何それ」

倫子「それは……えっと、あれ? ちょっと待て、むむむ……」

倫子「たしか、SERNをハッキングして、それから、えっと……」

紅莉栖「お、岡部……?」

倫子「バイト戦士から頼まれたんだったな。えー、たしか、最初のDメールのデータを消すんだ」

倫子「あー、それがディストピアの原因で、それが無くなるからラボは監視されず……」

倫子「そうだっ! オレたち3人が拉致されなくなるっ! お前も天才少女2号に会いたがっていたしなっ!」

紅莉栖「……大丈夫? 言ってること、いつもに増して滅茶苦茶だけど……」

倫子「いいからタイムリープだっ! ダルがコミマから帰ってくるのを待ってなど居られないっ!」


――――――――――――――――――――――

2010年8月15日11時27分 → 2010年8月13日15時27分

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2010年8月13日金曜日
未来ガジェット研究所


倫子「ダル! クリスティーナ! これより現在を司る女神作戦<オペレーション・ベルダンディ>最終フェイズを開始する!」

紅莉栖「徹夜明けで、今まさに寝ようとしてたところにコレとか、我々の業界ではご褒美です……」ウヘヘ

ダル「牧瀬氏、かなりランク上がったな。既にS級か。ドMだけど」

倫子「ダル、IBN5100を!」

ダル「お、おう?」

倫子「長き戦いにいよいよ決着をつけるときが来た! すなわち最終聖戦<ラグナロック>が開始されるのだっ!」

倫子「本作戦の概要はすなわち、SERN本部の最深部に隠された極秘データを、IBN5100によるクラッキングで破壊することであるっ!」

倫子「(大声だっ! FBに聞こえるほどの大声を出せ、鳳凰院凶真ぁっ!)」

倫子「(世界の研究者を牛耳った未来のSERNならば、今がどういう状況か理解できるはずだ! ディストピアの首は既にギロチンにかけられているのだと!)」

倫子「(この宣言だけでもヤツらはオレたちを下手に刺激できなくなるはずだっ!)」

倫子「真の時空の支配者がどちらなのか、ヤツらの目にしかと刻み付けてやれ!」

倫子「戦いが終わった時、世界を陰で牛耳る支配構造はついに崩壊し、再構成されるだろう! そう、我らが望んだ混沌がついに訪れるのだぁ! ふぅーはははぁ!」


紅莉栖「クラッキングはよくないと思う」

倫子「な、なんという優等生的発言……! この世界線のオレはここまで発言力がなくなっているのか……」ガクッ

紅莉栖「でも既にハッキングしてるわけだし、SERNの研究態度は問題もあるから、私個人としては岡部に賛成する」

ダル「オカリンオカリン」トントン

倫子「ダル……?」ウルッ

ダル「ベ、別にあんたのためにクラッキングするんじゃないんだからね!」ニッ

倫子「……ダルぅっ!!」ダキッ

ダル「うおおおわああああっ!!!!!」バターン!!

紅莉栖「ぬああっ!? うらやまけしからんぞこのクソピザ!!」

ダル「ひどすぎワロタ、いや、ってかオカリン離れて、うおおうなじからほのかな汗のにおひが……」クンカクンカ

倫子「ありがとう……グスッ、さすが我が頼れる右腕<マイフェイバリットライトアーム>だっ!」エヘヘ

ダル「あ、やば、僕の股間がエクステンドしそうな件」

紅莉栖「その汚いイチモツを踏みつぶすッ!!」ゲシッ ゲシッ

ダル「ごほぉっ! ぐはぁっ! おぼぇっ!」

倫子「や、やめろっ! 鈴羽が産まれなくなるっ!」


・・・

ダル「もうお嫁にいけない……」シクシク


紅莉栖「……だいたいわかった。つまり、すべての元凶は最初のDメールだった、ってわけね」

倫子「そうだ。世界はアトラクタフィールド理論により、同じ結末へと収束してしまう」

倫子「ディストピアを回避するためにはα世界線から脱出するしかない。これまでに因果律をゆがませてしまった事象をすべて"取り消す"ことでそれは可能になるはずだ」

倫子「目指すべきは、オレがダルに最初のDメールを送る前の、β世界線」

倫子「エシュロンに捉えられたそのメールデータをSERNのデータベースから削除することで、歪んだ因果律はなかったことになる」

紅莉栖「見かけ上はね。今回は今までみたいに打消しDメールを送るわけじゃないから、改変された事象を元に戻すというより、最初のDメールなんて送られてませんでした、って世界に嘘を吐くようなもの」

倫子「そもそもあのDメールを受信したダルがなにか行動をしたわけじゃないしな。あのDメールの存在そのものがアトラクタフィールドを超越するほどの影響を及ぼしたのだ」

紅莉栖「そう。具体的にはエシュロンに捕捉されたデータを未来のSERNが分析することで、現在のラボが監視されることになってしまった」

紅莉栖「だから、Dメールなんて存在しませんでした、って隠ぺいするだけで世界の因果は元あったβ世界線に再構成される」

紅莉栖「とは言っても、β世界線でも例のDメール自体は送られている。でも、エシュロンにデータがない歴史を作るわけだから、橋田と岡部以外の全人類はその存在を知ることができない」

倫子「その世界ではオレもダルも、そのメールがタイムトラベラーだということにさえ気づかないかもしれないな」

紅莉栖「そして、例のDメールが疑似的に"なかったこと"になっている世界が誕生する」

紅莉栖「それを今居るこのα世界線で実現させることができれば、世界はβ世界線へと都合よく再構成されることになる、と」

紅莉栖「でも、クラッキング時に邪魔が入らないってのは少し不思議ね。阿万音さんは未来の橋田の研究の成果とか言ってたらしいけど、この行為だけが2036年への収束を潜り抜ける唯一の抜け穴だった、ってことよね」

倫子「それは不思議ではない。別の世界線で得た知識がオレに備わっているおかげで、クラッキングを行う選択が可能になっているのだ。この世界線が持つ収束の力によって邪魔されるわけがない」

倫子「……信じられないか?」

紅莉栖「ううん、とても興味深い。できれば客観的データが欲しいところだけど、それは岡部の脳を開頭しないと無理そうだし」

倫子「ヒッ」

紅莉栖「(かわいい)」

ダル「グロは勘弁なオカリンの性格を逆手に取るとか、お主やりおる」

倫子「助手は本当にマッドサイエンティストだな……だがそれがいい……」プルプル


ダル「繋ぎ終わったお。ちょっと設定いじらないとダメだけど、10分しないうちに始められる」

倫子「よし……っ!」

紅莉栖「それにしても、元凶となった最初のメールねえ……」

紅莉栖「それってあれでしょ? ATFで言ってたヤツ」

紅莉栖「私が死んでたとかなんとか」

倫子「そうだ。ラジ館でお前が殺されているのを目撃したオレは、ダルにそれを伝えるメールを送った」

倫子「ダルはたまたま電話レンジ(仮)の実験中で、放電現象が起……き……て――」

倫子「……あ、あれ? おかしいな、記憶が、混乱して……いや、そんなはずは……まゆりは? いや、まゆりは関係ないだろ……」ブツブツ

ダル「オ、オカリン?」

紅莉栖「……大丈夫?」

倫子「……クリスティーナ。お前、さっき、"β世界線でも例のDメール自体は送られている"と言ったな……?」

紅莉栖「え、ええ。Dメールを送らないように過去改変するわけじゃなくて、現在を改変することで因果律を正して歴史の修正力に再構成を任せるんだから、そうなってないとおかしいって」

倫子「……オレは、β世界線でも、あの文面のメールを書くんだな……?」

紅莉栖「だからそう言って……あっ」

ダル「な、なになに? どしたん?」

紅莉栖「そのメールの文面を岡部がケータイに打ち込むためには、当然、私は……」

倫子「……ラジ館の8階で」

倫子「……牧瀬紅莉栖は」

倫子「……死んでい―――」バタッ

紅莉栖「岡部!? おか―――」

ダル「ふぉ!? オカリ―――」

>>123 訂正
×2001年 ○2005年↓

紅莉栖「いいえ、それはないわ。遅くても2005年には既に洗脳メールは発信されていることがわかってる」

倫子「当時のSERNがどうやってそんなことを……?」

紅莉栖「タイムリープ時の記憶の圧縮と原理は同じでしょうね。SERNはLHCでブラックホールを作ること自体は2005年時点で成功しているわけだから、洗脳用データの超圧縮自体は可能」

第10章 因果律のメルト(♀)

2010年8月13日金曜日
未来ガジェット研究所


……リン……オカ……リンっ!


倫子「ん……、誰……だ……」

まゆり「あっ……オカリンっ!!」ダキッ

倫子「きゃっ!? って、なんだまゆりか。突然どうした?」

まゆり「どうしたじゃないよぉ! オカリンが、急に倒れたってクリスちゃんがぁ……!」グスッ

ダル「おおっ、オカリン目が覚めたん? 大事じゃなくてよかったお」

倫子「倒れた……オレが? それはどういう――」


  『牧瀬紅莉栖が男に刺されたみたいだ』


倫子「あ……」サーッ

紅莉栖「……しっかりして、岡部。私はここにいるわ」

紅莉栖「クラッキングは取りあえず中止にした。もちろん、いつでも再開可能よ」

まゆり「オカリン、だいじょうぶ? 顔色悪いよ?」

倫子「う、うん……」

紅莉栖「取りあえずは大丈夫なはずよ、まゆり。原因は過労ね」

紅莉栖「あと1時間目を覚まさなかったら救急車を呼ぶつもりだったけど」

倫子「……もしかして、タイムリープの影響か?」

紅莉栖「それは無いわ。橋田にパーツ集めてもらって、簡単な脳波測定器を作って岡部の脳内をモニターしたけど、特に異常は無かった」

紅莉栖「たぶん、疲れてたのよ。ゆっくり休んで」

倫子「……ああ」


その日オレは、ルカ子のコスプレ説得から帰ってきたまゆりと共にそのまま池袋へ帰った。

自室に籠り、布団の中で瞼をぎゅっと閉じる。

目に浮かんでくるのは、いつも隣でオレを支えてくれていた紅莉栖の顔。

間違いないと信じていたこと。その方程式がガラガラと崩れていく。

β世界線では、7月28日に牧瀬紅莉栖は死んでいる。

そしてそれはアトラクタフィールド理論による収束のせいでどうしても回避できない。

天秤にかけられているのは、紅莉栖と世界。

選べるわけがない……

鈴羽や綯やフェイリスやルカ子……みんなの想いを犠牲にしてまでたどり着いたのが、こんな結末なのかよ……!

他に選択肢は……っ! オレは天才じゃないんだ、わかるわけがない……

世界が望む結果に対して、オレはあまりにも無力だ……

もしかしたら――

この世界線では、ディストピアにはならないかもしれない。

ラボは襲撃されないし、オレたちは拉致されないかもしれない。

17日の夜8時に何も起きなければ、オレは紅莉栖を殺す必要はなくなる。

……オレの祈りが、神に届くだろうか。

2010年8月15日日曜日
岡部家 自室


prrrr prrrr


紅莉栖『……ハロー。今日もラボには来ないの?』

倫子「紅莉栖……」

紅莉栖『……ねえ、聞いて岡部』

紅莉栖『最大幸福数だけを見るなら、SERNへのクラッキングを選ぶべき』

倫子「……お前は簡単に割り切れるんだな」

紅莉栖『……私だって死ぬのは怖い。ううん、これがいわゆる"死"という現象なのかさえ怪しい』

倫子「……紅莉栖が居ない世界線になんて、行きたくないよぉ……っ!」

紅莉栖『岡部……』

倫子「……オレが困ってる時、悩んでる時、手を差し伸べてくれたのはいつも紅莉栖だった」

倫子「自己中心的で自分勝手なオレを、紅莉栖は受け容れてくれたんだ」

倫子「論破厨でクソレズで、どうしようもないHENTAIだけど……」

紅莉栖『おまっ』

倫子「それでも、紅莉栖がオレを助けてくれた」

倫子「紅莉栖が居ないと、オレは……」グスッ


紅莉栖『……私は、岡部の選択を尊重する』

紅莉栖『24年後からタイムリープしてきて、押しつけがましいことも言わないつもり』

紅莉栖『それに、冷静になりなさい。私1人居なくたって、きっと岡部なら大丈夫よ』

紅莉栖『岡部を支えてくれる仲間はたくさんいる。ラボメンたちがそこにいるじゃない』

倫子「……だが、その選択は、オレにしかできないものなんだ。世界中で、オレにしかできない」

倫子「全責任は、オレにあることになる」

紅莉栖『岡部……いつもの独善的な態度はどうしちゃったのよ……』

倫子「独善的でなんかいられないよっ! 他でもない、私が紅莉栖を殺すの……」プルプル

倫子「その記憶は、私の中から一生消えることはないんだよ……」

倫子「紅莉栖を勝手に蘇らせて、勝手に殺したのが私だってこと、世界中の誰もが知らないまま……」

倫子「そんな世界で、1人で背負って生きていくなんて、私には……できないよ……」グスッ

紅莉栖『…………』


常に冷静で。強がりで。譲らないものを持っていて。

可愛い女の子にはだらしないが、根は真面目すぎるほど真面目で。

いつしか、紅莉栖はラボの中心人物になっていた。

そして、オレはいつだって――

紅莉栖の放つ、自信に満ちた輝きに惹かれていた。

いつだって、彼女の動きを目で追っていた。

いつだって、彼女の言葉を胸に刻み込んでいた。

いつだって、彼女の語る理論にシビれていた。

まともに名前を呼ばなかったのだって、結局のところ、照れくさかったんだ。

憧れがあった。その憧れを悟られたくなかった。

オレは、牧瀬紅莉栖のことが好きだ。

なんで、よりによって紅莉栖なんだ……っ!


選択を目の前にして、身動きが取れなくなっていた。

ただ漠然と日々を過ごすしかなく、あっという間に時間が流れていく。

ミスターブラウンに襲撃を中止するよう懇願してみようかとも考えた。

この際色仕掛けでもなんでもして。

だが、今はまだフランスに居るラウンダーたちまで説得できるとは思えなかった。

今年の夏コミマは15日から17日まで、3日間連続で開催される。

その最終日、オレはまゆりに付き合って会場で朝から閉幕までを過ごした。

途中、オレの白衣姿がコスプレに間違えられて撮影されたりしたが、概ねボーッとしていた。

現実逃避。

刻一刻とタイムリミットが近づいていることに気付かないフリをしていた。

そうでもしなければ、オレは、壊れてしまいそうだったのだ――

2010年8月17日火曜日
秋葉原駅ロータリー


まゆり「はあ、やっと帰ってこられたー♪」

倫子「まゆりはこれからどうするんだ?」

まゆり「えっとね、ラボに行こうと思ってたんだよ」

倫子「なにか用事か?」

まゆり「特にないけどね、オカリンと一緒に、久々にのんびりしたいなーって」

倫子「そっか。じゃあ、ラボに帰るか」

まゆり「ねぇねぇオカリン、今日はね、どうしてまゆしぃについてきてくれたのー?」

倫子「なに、ただの気まぐれだ」

倫子「(本当は、何もせず時間が過ぎていくことに耐えられなくなかったからだ……)」

まゆり「でもでもー、これまで一度もコミマに一緒に行ったことなかったよねー? オカリンは萌えには興味ないもんね」

倫子「ロボットアニメには興味あるぞっ」

まゆり「オカリンって男の子みたいだよねー」


まゆり「ロボットって言えば、今日フブキちゃんが話してたんだけどね、オカリン、ROBO-ONEって知ってる?」

倫子「ん? ああ、たしか5月にやってたホビーロボの格闘大会だったか。そういや会場は有明、というかお台場だったな」

まゆり「そこで優勝したのがね、種子島の女子高校生だったんだって!」

倫子「ほう、そんな片田舎のJKが優勝できるようでは、大会のレベルもたかが知れているな」

倫子「……待てよ? ならば、我らが未来ガジェット研究所が総力を上げて汎用人型決戦兵器を造り上げれば、優勝賞金が狙えるのではないかっ!?」キラキラ

倫子「さすれば、あの筋肉ダルマの不当な賃上げ要求に怯える必要もなくなるっ! これは胸が熱いな! ふぅーはははぁ!」

まゆり「楽しそうだねー♪ まゆしぃもね、ロボット作り頑張るのです!」

倫子「まゆりがか?」

まゆり「ロボットさんが着るお洋服なら、まゆしぃだって作れるよー? ロボまゆしぃを作っちゃうのです☆」

倫子「ロボットさんはお洋服など着ないっ!」

まゆり「えぇー、かわいいのにー」

裏路地


まゆり「ねぇ、オカリン。今日はね、ありがとう」

倫子「なんだ、突然」

まゆり「えっへへー。だってね、まゆしぃは今日1日嬉しかったのです♪」

まゆり「ロボット作りも楽しみだねぇ。次の大会は冬コミマの前にあるってフブキちゃん言ってたよー」

倫子「次? 次なんてあるのか?」

まゆり「えー? 次は冬の大会だよー、オカリン」

倫子「冬……? どうして、冬が来るんだ?」

まゆり「んー? どうしてって、冬はね、秋の次にやってくるんだよ?」

倫子「……あ、ああ。そうだった、時間って、進むんだったな……」

まゆり「だいじょうぶ? 今日コミマで疲れちゃったのかな」

倫子「……くっ、あのコミマ会場に"機関"の幹部の1人、通称幻想案内<イリュージョンコンダクター>が紛れ込んでいた……オレは幻想を見せられていたのだっ!」

まゆり「えぇーっ!? それは大変だよー!」

倫子「クックック、だが相手を間違えたな。この鳳凰院凶真にかかれば、形而上の存在を手玉に取るなど朝飯前だっ! ふぅーはははぁ!」

まゆり「わぁー。すごいんだねえ、オカリンって」ニコニコ

倫子「鳳凰院凶真だっ」フンッ


ブロロロロロロ……


倫子「ん……?」クルッ

まゆり「――――オカリンっ!!」


ドンッ



倫子「え……?」


  何が起こった?

  自分の記憶をたどってみる

  たしか、白いワゴン車が急発進してきて……

  道の真ん中を歩いていたオレは、轢かれそうになって……

  そうだ、まゆりがオレの身体を突き飛ばしたんだ

  なんで? どうして?

  わからない 必要な記憶が出てこない

  頭の中に封をされたような感じがする


倫子「まゆりは……? まゆりはどうした……?」

まゆり「…………」

倫子「まゆりっ!? おい、まゆり! 大丈夫か!?」ユサユサ


  『まゆりが、死んだ』

  なんだこの記憶は


倫子「すぐに救急車を……」


  『まゆりが死亡するのは"運命"なのよ』

  バカな、バカなバカな


まゆり「やっと、まゆ……しぃ、は、……」


  『オカ……リンの、役に……た……て……』

  それがまゆりの望みなわけ、ないだろ


まゆり「オカリンの……役に……立て……たよ……」

倫子「あ……あ……あ、ぁっ……」


何匹もの虫が脳の中を我が物顔をして這いまわっている。気持ち悪い。

脳に感覚などあるはずないのに。かゆい。

随分前からおかしくなっていた"私"は、今ようやく目を覚ました。

さっきから嘘だ嘘だと、"私"がわめいている。うるさい。

何度か嘔吐し、それでも幼馴染の遺体を強く抱きしめている。汚い。

けれど、"私"はその子の死を悼んでいるのではない。

もっと大きななにかに押しつぶされているのだ。

不条理、罪悪感、絶望、そして無力。

半狂乱になった"私"は、彼女に抱き留められて沈黙した。


  「もう、疲れたよ……」

  「目を、覚ましなさいっ!!」


また私を助けてくれるんだね。ありがとう。


「問題。岡部を救うために祈りを捧げたまゆりが岡部を救ったとする。ここから導き出される論理的帰結とは、どんなのもの?」

「① まゆりは岡部を助けることができた ②岡部を助けたのでまゆりは死ぬ ③岡部が助かったとは限らない」

「答えは③。現実は非情よね」

「じゃあね、岡部。世界線を超えようと、時間を遡ろうと、これだけは忘れないで」

「いつだって私たちはあんたの――」

「味方よ――」





―――――――――――――――――――――――

2010年8月17日21時53分 → 2010年8月15日13時53分

―――――――――――――――――――――――

2010年8月15日(日)15時01分
六井記念病院


倫子「ん……、ここは……病院……?」

まゆり「オカリン……? もう、大丈夫なの?」

倫子「まゆ……り……」

ダル「ちょ、看護師さん呼んでくるおっ!」ダッ

紅莉栖「橋田、ナースコールすればいい……って、行っちゃったか」

倫子「くり……す……?」

紅莉栖「グッモーニン。目覚めはどう?」

倫子「オレは……いったい、なにがあって……」

まゆり「オカリンはね、突然、その、えっと、まゆしぃも聞いた話なんだけど……」

紅莉栖「声にならない声で叫びながら、自分の部屋を暴れ回った」

倫子「なに……ぐっ」ズキッ

紅莉栖「ほら、体中打ったんだから無理しない」


倫子「オレが自分の部屋で暴れ回った……?」

紅莉栖「ごめん。正直に言うと、私、あんたと電話してた時、岡部青果店に居たの」

倫子「なっ……」

紅莉栖「通話終了したと思ったら突然叫び声が聞こえて、失礼を承知であんたの部屋に駆け込んだ」

倫子「それで救急車に……」

紅莉栖「せっかくだし、色々屁理屈を言って秋葉原まで運んでもらったわ」

倫子「……まゆり、ダル。今日はコミマ初日なのに、すまないな」

ダル「僕ほどの猛者ともなると、本気の戦いは朝イチっしょ、常考。ブツは全部ゲットし終わったから昼すぎには帰ってきたんだお」

紅莉栖「男のツンデレは気持ち悪い。岡部が心配で切り上げてきたと正直に言いなさいよ」

ダル「ぐふぅ……牧瀬氏、容赦ねぇっす」

まゆり「謝らないで、オカリン。まゆしぃたちはオカリンのそばに居たいから居るんだよ?」

紅莉栖「まゆりは元々お昼までの予定だったのよね。メイクイーンに荷物を取りに戻るために秋葉原に寄ったんだっけ」

まゆり「うん……あ、メイクイーンに百合の花束を置いてきちゃったから、後で取りに行かないと」

紅莉栖「そういうことだから、岡部は気にしなくていい」

倫子「…………」

紅莉栖「……ごめん、橋田、まゆり。少し、岡部と2人で話がしたい」

まゆり「えっ……」

ダル「あー、うん。わかったお。まゆ氏もほら」

まゆり「……うん。まゆしぃね、これからおばあちゃんのお墓参りに行ってくるね」

倫子「ああ、そう言えばお盆だったな。それで花束か……。あの婆さんによろしく言っといてくれ」

まゆり「うんっ! それじゃあ、トゥットゥルー♪」

ダル「ドゥッドゥルー」


ガララッ


倫子「……なあ、紅莉栖。お前のその、手の甲の痣……」

紅莉栖「ええ、暴れる岡部を抑え込んだ時の勲章。愛おしくてたまらないわ」スリスリ

倫子「いや、オレのことを気遣ってくれてるのはわかるがちょっと引くぞ……」


紅莉栖「……記憶の方は大丈夫?」

倫子「え……?」

紅莉栖「状況から考えて、あんたがまた、未来からタイムリープしてきたという結論が出た」

紅莉栖「13日の時はタイムリープによる脳への障害は無いって診断したけど、正直自信なくなったわ」ハァ

紅莉栖「タイムリープの副作用で記憶の欠損等、なんらかの副作用が発生することは否定できない」

紅莉栖「……私のせいで、岡部がおかしくなっちゃったって思いたくなかっただけなのかも。確証バイアスを認識できないなんて、科学者失格ね」

倫子「ち、違うっ! お前の、お前のおかげで最悪の事態を回避できたのだっ!」

紅莉栖「……まゆりが死んだって叫んでいたけど、もしかして、本当に?」

倫子「……あ……、うぅっ!!」グッ

紅莉栖「もしそれが本当なら、しっかり思い出して!」

倫子「まゆりは……まゆりが、死ぬ、のは……」ハァッ ハァッ

倫子「世界線の、収束……っ」ポロポロ

紅莉栖「……なるほど、そういうこと」

紅莉栖「狂気のマッドサイエンティストがどうして世界を救うために動いているのかと思ったら」

紅莉栖「本当は、1人の女の子を助けるためだったわけか」

倫子「……ち、違うっ! これは、機関の陰謀だっ! きっとオレの記憶を改ざんして――」

紅莉栖「逃げるの?」 

倫子「――っ」

紅莉栖「これ以上、妄想しちゃダメ」


倫子「……これまでもオレは、まゆりを助けるためっていう大義名分で……たくさんの人を傷付けてきたんだ」

倫子「オレはただ、まゆりを救いたいだけなのに……っ」ウルウル

紅莉栖「逃げたって、苦しくなるだけ」

紅莉栖「あんたは正義の味方じゃない。これ以上苦しむ必要なんてないの」

紅莉栖「まゆりを救うには、SERNにクラッキングを――」

倫子「紅莉栖を失うなんてできないよぉっ!!!!」

紅莉栖「…………」

倫子「…………」グスッ

紅莉栖「ねぇ岡部」

紅莉栖「すべて話して。あんたが体験してきたすべてを」

紅莉栖「主観混じりでも、事実が歪曲されていてもいい。私が合理的な推測を導いてみせる」

紅莉栖「だから、話して」


・・・

紅莉栖「……つまり、まゆりの死はα世界線の収束なのね。オーケー、だいたいわかった」

倫子「オレは、まゆりが死ぬ運命にあることを、無意識のうちに忘れようとしていたんだ……っ」グッ

倫子「許されることではない……オレは……なんてことを……」ポロポロ

紅莉栖「……過度なストレスによる心因性の記憶障害である可能性がある」

紅莉栖「説明するまでもないことだけど、身近な人の死は多大なストレスになる。それをあんたは何度も繰り返し経験することになった。想像を絶するわ」

紅莉栖「そのストレスに順応していく自分に恐怖した。まゆりが死んだことに対して何の感情も抱かなくなることが怖かった」

紅莉栖「そして不都合な過去の記憶を思い出せなくなった。各種ストレスホルモンが分泌され、ストレッサーに対する防衛機構を働かせたわけね」

紅莉栖「ただ、タイムリーパーの岡部にとっての過去は、世界にとっての未来だった。まゆりの死は、過去であり、同時に未来でもある」

紅莉栖「物理的な時間は遡れても、主観的な時間は超越できない」

倫子「人間は根源的に時間的存在である、か……」

紅莉栖「あんたの心はもう悲鳴をあげているのよ。あんた自身のためにも、早くβ世界線に―――」

倫子「…………」ギリッ

紅莉栖「……そんな辛そうな顔しないで。とにかく、もうあんたはタイムリープしなくていい。ううん、しちゃダメ」

紅莉栖「岡部がタイムリープしないっていう選択をしたなら、私も……24年後? からタイムリープしてこないから」

紅莉栖「私はあんたの選択に従う。ただそれだけ」

倫子「……もし、もしオレが……っ」

倫子「また、性懲りも無く、紅莉栖に、助けてほしいって、言ったら……?」ウルッ

紅莉栖「(……かわいいな、まったく)」


紅莉栖「そしたら私は、一生をかけて世界の仕組みを解き明かしてみせるわ」

紅莉栖「他に選択肢は無いのか、見逃したフラグは無かったか」

紅莉栖「みんなで大団円、ハッピーエンドルートは本当に存在しないのか」

紅莉栖「24年間かけて、絶対に」

紅莉栖「絶対に、あんたに伝える」


prrrr prrrr


倫子「ま、まさか……っ」ゾワッ

紅莉栖「……出るわよ?」ピッ

倫子「ま、待て――」

紅莉栖「ぐっ……」ヨロッ

倫子「紅莉栖……どうしてお前は、そこまでして……」グスッ

紅莉栖「……元々そういう性分なのよ。それに、岡部には返しても返しきれない恩がある」

紅莉栖「父に存在を否定されたあの夏の私を救ってくれたのは、他でもないあんただった」

紅莉栖「この出来事がβ世界線で消えるって言うなら、α世界線のうちに返すものを返さなきゃいけないじゃない」ニコ

倫子「……バカだな。バカ真面目だ」


紅莉栖「私は岡部バカなの。知ってるでしょ?」

倫子「……ククッ、忘れるわけがなかろう」フッ

倫子「(紅莉栖の笑顔を見たら、頭の中の空気が入れ替わったような気がした)」スゥ ハァ

倫子「(紅莉栖ならきっとなんとかしてくれる。そんな確信があった)」ニヤリ

倫子「……ククク、ふぅーはははぁ! オレを誰だと思っている!」

倫子「狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真っ! 仲間のステータスを忘れるはずがなかろうってイタタタタ……」ズキズキ

紅莉栖「まったくもう、痛めてる腕を動かさないの」

倫子「それで、天才HENTAI百合女よ。解き明かしたのだな、世界の仕組みとやらを」

紅莉栖「HENTAIゆーなっ! ……このやりとりも懐かしいわね」フフッ

紅莉栖「それじゃ、これから長くなるわよ。時間いっぱい使って話せるだけ話す」

紅莉栖「あんたが私に求めた、選択のための知識を――」


この世界線ではあんたが知っている"かつての世界線の私"以上に研究を推し進めることができた。

あんたが話してくれた世界線変動体験が、かつての私にしてくれたものよりも豊富だった、っていうのも原因の1つだけどね。

私は、あんたがまゆりを見殺しにした世界線の未来から来てる。

まゆりを救えるのにもかかわらず、その選択をしなかった世界線の未来からね。

だからこそ……何としても原理を究明する信念を持てたのかも知れない。

もちろん、私にできるのは実験と研究と、そして論文を書くこと。

タイムリープマシンを何度も使うことができればもっと研究時間が稼げたけど、さすがにそこまでSERNを出し抜けなかった。

岡部は今、IBN5100を使ったクラッキングによって、私は死ぬと考えてる。

だからためらっている。そうね?

だったら、世界線変動により生じる"死"とはなにか。

世界線間を移動しているものの正体はなにか。

これについて科学的に正しい理論を導かなくてはならない。私はそう考えた。

その過程でできあがった仮説があるんだけど、それを説明するには次の疑問を解決しておかなくてはならない。

ずっと前から不思議だったのに、解が得られそうもないから無視し続けてきた疑問が1つある。

どうして岡部には完全なリーディングシュタイナーがあるのか、ということ。


疑問点は3点に分けられる。

1点目は、岡部の"現在"とはなにか。意識はどこにあるのか。

リーディングシュタイナーの発動は、岡部の主観でしか捉えられない。ならまず、岡部の主観を定義しなくてはならない。

2点目は、リーディングシュタイナーとはそもそもなんなのかについて。

脳の機能異常なのか、世界線の再構成によるものか、あるいはもっと高次元の何かなのか。

3点目は、なぜ岡部だけがこの時代に人類で唯一完全なリーディングシュタイナーを持っているのか、ということ。

私はこの話をするためだけにタイムリープしてきたと言っても過言ではない。

長くなるけど、しっかり聞いて。私の仮説を。

その1ヽ(*゚д゚)ノ【意識はどこにある】


紅莉栖「タイムリープマシンの完成にあたって前に私が言ったこと、覚えてる?」

倫子「たしか……」


  『結局は意識がどこにあるのか、という問題になる』


紅莉栖「そう。記憶をコピペして過去へ跳ばすとして、その時意識はどうなるのか」

紅莉栖「過去へ跳んだとして、コピペ元のオリジナルの脳はどうなってしまうのか」

倫子「やってみなければわからない……そうお前は言った」

紅莉栖「実際実験をしてわかったのは、意識も主観もタイムリープする、ということ」

紅莉栖「タイムリーパーにとっての"現在"が物理的過去へ移動した」

紅莉栖「でも、実はこれ、意識や人格そのものがデータ化して過去へ跳んだわけじゃなかったの。そう見えるだけだった」

倫子「なに? いつぞやの世界線でお前は――」


  『結論を言えば、意識も人格もバイナリデータ化していた。あるいは添付ファイルみたいな形で』


紅莉栖「そう。間違いなくタイムリープ時に、意識と人格を司る、"あるもの"がデータとして付随していたのよ」

紅莉栖「きっとその世界線での"私"は、この私ほど真に迫れなかったのね」


紅莉栖「タイムリープはあくまでも受信側が未来の記憶を思い出すだけで、記憶が上書きされるわけじゃない」

紅莉栖「DLC(ダウンロードコンテンツ)が追加されるだけで、システムアップデートしてるわけじゃないの」

倫子「なら、コピペ元の脳はどうなる?」

紅莉栖「なかったことになる。綯ちゃんがタイムリープした時、ラボにその姿が無かったのと同じ現象ね」

紅莉栖「だからオリジナル側の脳の意識が過去へ移動したかのように見える現象が起きた」

紅莉栖「というか、"オリジナル側"という概念そのものが消滅するわけよね。タイムリープ自体がなかったことになってるんだから」

紅莉栖「単に世界線の再構成に主観が引きずられていただけね。結局、意識そのものが跳ばされたわけではなかった」

倫子「だが、意識が過去へ跳ばないなら、それこそDメールで過去改変した時と同じようにリーディングシュタイナーが発動して、オレは瞬間移動するのではないか?」

紅莉栖「確かに一見すると、記憶のコピペデータを過去に送信するのは、Dメールを送ることと何ら変わりはないように思える。どちらも過去に情報を送っているだけ」

倫子「一番の違いは、人間の脳内の信号を改変している点、か」

紅莉栖「ちょっとタイムリープの仕組みを簡単におさらいしてみましょうか」


紅莉栖「まず、例のヘッドギアをかぶることで、側頭葉に蓄積されている記憶を神経パルス信号として解析し、走査する。この時、前頭葉に働く擬似パルスも添付する」

紅莉栖「次にVR技術を使って、神経パルス信号を電気信号へとエンコードしてデジタルデータ化。3.24TBの記憶データを取り出すことに成功する」

紅莉栖「これを圧縮して過去に送る。ミクロ特異点を通過し終えたタイミングで解凍するようプログラミングしておいて、同時にデコーダも作動させることで電気信号を神経パルス信号へと戻す」

紅莉栖「神経パルス信号は送話口から0.02アンペア程度の微弱な放電現象となって発せられる」

紅莉栖「側頭葉に神経パルス信号が流れた瞬間に記憶の埋め込みが完了するけど、これだけだとこの記憶を思い出すことができない」

紅莉栖「だから、擬似パルスを流すことで前頭葉から"トップダウン検索信号"を発信させる」

倫子「そのおかげで未来の記憶を思い出すことができるんだったな」

紅莉栖「同時に、もし人間にとっての"現在"を認識する信号があったとしたら――」

紅莉栖「ここが話のミソ。記憶や擬似パルス以外にも過去へ送られていたものの正体」

倫子「意識と人格を司る、"あるもの"……」

紅莉栖「そしてこれがリーディングシュタイナーの正体に深く関わっている」


紅莉栖「まず、意識とは何か、という話なんだけど、これについては今の時代に次の理論がある」


  【脳で生まれる意識は宇宙世界で生まれる素粒子より小さい物質であり、重力・空間・時間にとわれない性質を持つため、通常は脳に納まっている】


紅莉栖「量子脳理論の、ペンローズ・ハメロフアプローチと呼ばれているものね」

倫子「……トンデモ科学ではないか」

紅莉栖「タイムトラベルだって今の時代じゃトンデモ科学だろーが。それに、この時代には既に妄想を現実にする機械や、洗脳攻撃に特化した沈黙の兵器という名のデザイナーベビーが開発されていたりする」

倫子「お、おう……」





Tips 量子脳理論 http://urx3.nu/rMAr


紅莉栖「ケンブリッジ大学の数学者ロジャー・ペンローズとアリゾナ大学のスチュワート・ハメロフは、意識は何らかの量子過程から生じてくると推測した」

紅莉栖「意識の基本的構成単位も同時に組み合わされ、生物が有する高度な意識を生じるとした」

紅莉栖「このOrch OR 理論<Orchestrated Objective Reduction Theory 統合された客観収縮理論>は概ね正しかった」

紅莉栖「研究が進んで、この理論はもっと発展していくんだけど、それはアトラクタフィールド理論と結びつくものだったのよ」

紅莉栖「意識が量子的、つまり確率の雲なら、人間の行動選択も確率的になる」

紅莉栖「世界線が過去から未来まで確定した存在であっても、アトラクタフィールド内に可能性の振幅が存在するのは、まさにこれが理由だったというわけ」

紅莉栖「歴史が確定しているなら、人間には自由意思なんて無いことになってしまう。だけどそんなことはなくて、自由な意思は間違いなく人間に存在する」

紅莉栖「未来は単一世界線上の時間軸方向には確定しているけど、可能性世界線方向には確定してない。言い換えれば、"確定している世界線が無限にある"、それは確定していないことと同義」

紅莉栖「人間の意思の数だけ、選択の数だけ、いくつもの可能性世界線が重ね合わせ状態で無限個に枝分かれしている。確率の雲のような状態、非アクティブな状態で存在している」

紅莉栖「その無数の線のうち、似たような世界だけをより集めたものを世界線収束範囲<アトラクタフィールド>と呼ぶ。これの分類は当然恣意的で、理論的にはこのアトラクタフィールドも無限に存在していることになる」

紅莉栖「岡部のところは、2036年8月の状況をベースにアトラクタフィールドを分類しているみたいね。ディストピアならα、そうじゃないならβ、みたいに名前をつけて」

倫子「かつて鈴羽は"アトラクタフィールド理論は決定論に近いがもっとアバウトで、多世界解釈とコペンハーゲン解釈のいいとこ取り"と言っていたが、その辺の話か」

紅莉栖「私の居た時代では単にOR理論って呼んでるわ。基礎理論の1つよ」

倫子「OR……」

紅莉栖「私が命名し直したんだけど、その名前の意味するところは、まあ、その、ね。うん」


倫子「素粒子より小さい物質ということは、エーテルみたいなものか? いや、あれはマイケルソン・モーリーの実験で存在が否定された……」

紅莉栖「一応指摘しとくと、有意な実験結果が得られなかっただけで、存在そのものは否定されてない」ムッ

倫子「いちいち突っかかるなよ……えっと、例えるならなんだ。精神か? それとも、魂とでも言いたいのか」

紅莉栖「世界中の色んな言葉で説明されているけど、面倒臭いから"OR物質"に一本化させて」

紅莉栖「この未知の超素粒子自体は宇宙を飛び回ってるけど、妊娠中の胎児の脳内において、その脳固有のOR物質の構成パターンを形成する」

紅莉栖「そして構成されたOR物質はその脳機能が停止するまで脳内に留まる」

紅莉栖「これがさっきから言ってる"あるもの"。意識と人格を司る物質」

倫子「意識は物質であったと……。たしか、心の哲学とかいう分野の話だったか」

紅莉栖「OR理論は心脳問題における心脳一元論と実体二元論のいいとこどり、ってところかしら。相互作用でも随伴現象でもなく、意識そのものが未知の物質で構成されていた、というもの」

紅莉栖「さて、このOR物質を分析してみると面白い性質を持っていることがわかった」

倫子「未来ではそんな技術まであるのか!」

紅莉栖「"物質"って呼んでるけど、その実態は情報なのよね。スピンの組み合わせなんだけど、突き詰めると電気信号のパターンと一緒」


紅莉栖「OR物質の性質1つ目。OR物質の中には、記憶のバックアップデータが内包されている」

倫子「まるで自分の"中の人"だな」

紅莉栖「ホントにそんな感じよ……OR物質はまるで、"外の世界"の存在のような挙動をするの」

紅莉栖「この世界が電気仕掛けだってのは説明したっけ?」

倫子「ああ、前の世界線で聞いた」

紅莉栖「仮にここがゲームの世界だとするなら、OR物質はセーブデータね。リアルタイム進行オンラインゲームの、運営が管理してる個々人のプレイヤーデータって言った方が正確かも」

紅莉栖「しかもそれは量子的に保存されていた……データ量自体は大したことないのに、常に有機的に変化する記憶を瞬間的にバックアップし続ける性質があった」

紅莉栖「通常の脳においては常に書き足されていく秘密の日記みたいなものね」

紅莉栖「例えばこれは、脳内にある記憶になんらかの障害が発生した場合の修復機能を持っている」

倫子「記憶喪失の人がふとした瞬間に記憶を取り戻す話は聞いたことがあるな」

紅莉栖「脳内にあるOR物質の中に記憶のバックアップデータがあることで、障害が発生した記憶との照合、すり合わせが可能になり、正しい記憶の補修へと繋がるわけ」

倫子「脳には量子データを電気信号に変換する能力があったのか……」


紅莉栖「次に、これは性質というか副次的なものなんだけど、OR物質はタイムリーパーにとっての"現在"を保証するものの1つとなっている」

倫子「送られたOR物質が受信側に存在する意識にダウンロードされる……実質、未来の意識が受信時に宿る、ということか」

紅莉栖「『過去から未来までが確定している世界線』に本来あるはずのない情報が意識に流入するから、受信のタイミングが"現在"を規定することになる」

紅莉栖「と言っても、OR物質そのものがリープ先の意識に主観を移動させてるわけじゃない。あくまでも、世界線再構成の性質に起因する結果論ね」

紅莉栖「この性質のおかげで、タイムリープ時、なんらかのアクシデントでコピーした記憶データが全破損したとしても、OR物質さえ過去の意識へ届けば意識だけが移動する」

倫子「そんな実験もしたのか……」ゾワッ

紅莉栖「まあ、未来の記憶が思い出せないっていう、病気なのか正常なのかわからない状態になるだけだから、別に心配はないわ」

倫子「バックアップデータが届くならば、記憶自体が無くとも記憶は修復されるのではないか?」

紅莉栖「バックアップは所詮バックアップよ。通常の脳は既にある記憶の方を優先して本来の記憶として認識する」

倫子「それはまあ、そうか」

紅莉栖「それにタイムリープの場合、受信側にもバックアップデータが存在してるわけで、記憶の修復力が働くにしてもそちらが優先される」

紅莉栖「その上バックアップは次々に更新されていくから、未来から来たバックアップデータは数日中に現在の記憶に上書きされて消滅してしまうことになる」


紅莉栖「長時間タイムリープの場合、OR物質の影響で、肉体と意識のギャップが脳全体に悪影響を及ぼす」

紅莉栖「48時間制限をかけたのはこれが1つの理由だった」

倫子「なら、どうやって紅莉栖は24年間をタイムリープしたんだ?」

紅莉栖「記憶データと神経パルス信号だけを跳ばしたわ。OR物質は除去してね」

倫子「それなら、意識や人格は、オリジナルの紅莉栖のものなのか?」

紅莉栖「そういうこと。でも、記憶が正しく送られた時点で受信側のOR物質内の記憶バックアップデータは更新されるから、ちゃんと私は"未来の私"の意識も人格も思い出してる」

倫子「……? ならばOR物質がタイムリープする意味がないじゃないか」

紅莉栖「私はリーディングシュタイナー不適合者だから、2034年になっても強烈なリーディングシュタイナーを発動することはないから安心してこれができた」

紅莉栖「仮に完全なリーディングシュタイナー保持者がOR物質を除去して記憶データを過去へ送ると、Dメール送信と全く同じ現象が起こる。"リーディングシュタイナーが発動する"」

倫子「なるほど……」

紅莉栖「後で話すことにも関連するけど、完全なリーディングシュタイナーを考慮しなければ、OR物質はその存在を無視していいのよ」

倫子「古典物理学の範疇でなら量子効果を無視できる、というようなものか」

紅莉栖「この辺のことがわかったから、安定した送信環境の整備やプログラミングのバージョンアップだけでタイムリープ可能時間を飛躍的に伸ばすことができたわ」

倫子「ということは、改良さえすれば長時間リープ、ハイパータイムリープも可能ということか!?」

紅莉栖「今のラボの設備じゃ無理ね。OR物質が跳べても記憶が破損すると思う」

倫子「ぐぬぬ……」


紅莉栖「このOR物質にはもう1つ面白い性質がある」

紅莉栖「OR物質は、脳外にあっても記憶のバックアップデータを内包したまま存在できるのよ」

倫子「……超素粒子なんだから、脳外にも漏れる、ってことか?」

紅莉栖「例えばヒトが生物的な死を迎えた場合、脳機能の停止に伴いOR物質は体外に放出される」

紅莉栖「そしてそのまま霧散、ということにはならない。かなり長いスパンでOR物質は記憶のバックアップデータをある程度保有したまま存在できる」

紅莉栖「まるで幽霊だな……」

紅莉栖「これがOR理論の"時間や空間に左右されない"という意味でもある」

紅莉栖「前世記憶や臨死体験なんかはこれで説明できるわ。どちらも、一度脳からOR物質が飛び出して、再度脳に復帰する現象のこと」

紅莉栖「別個の脳だった場合が前世記憶、同一の脳だった場合は臨死体験になるわね」

倫子「臨死体験で見る死後の世界と言うのは、脳外に出たOR物質が見た世界、ということか?」

紅莉栖「バックアップ記憶はある程度保有されると言っても消滅しないだけで、完全な状態をキープできるわけじゃない」

紅莉栖「だから、脳外に出た場合は少なからず欠損や変成が発生する。これを記憶として理解すると、真っ白世界になったり、三途の川が見えたとして理性が理解してしまうんじゃないかしら」

紅莉栖「と言っても、通常の脳では記憶の修復力は微弱だから、そうそう起きないけどね」

倫子「(どこかで似たような話を――)」



  『私が空を漂って留未穂の成長していく様を見守っているんだ……』

  『そして、秋葉原も随分変わってしまったと、雲の上からつぶやいている自分が居る』


倫子「(いや、まさかな……)」


紅莉栖「4つ目の性質として、ある個体のOR物質は、別個体のOR物質に影響を与えることがある」

倫子「ほう」

紅莉栖「例えば、私が岡部を強く意識する。そうすると、岡部も私を多少意識するようになる」

倫子「……それは心理学の話ではないのか? ザイオンス効果のような」

紅莉栖「ううん、物理レベルでこういう現象が起こることが確認されてる」

紅莉栖「想いや願い、絆とか、恨みとか呪いとか、目に見えない結びつきみたいなものが、なんらかの物理的反応を生じさせているの」

紅莉栖「例えば、『娘が産まれて欲しい』という強い念が、胎児の脳や、母体の脳に影響して、生体内の電気信号パターンが変化したり」

倫子「……まさかとは思うが、それがルカ子の性転換の種明かしなのか?」

紅莉栖「あのポケベルDメールが改変したのは、HENTAI神主に朝から晩まで毎日『健康な娘が欲しい』と祈らせることだった」

紅莉栖「それがOR物質を通じて、漆原さんの性別を女性にすることになったってわけ。もちろん、奇跡的に、だけど」

倫子「腐っても神主だしなぁ……祈祷こそ本職だもんなぁ……」


紅莉栖「性質5つ目。OR物質は世界線を跨ぐ」

紅莉栖「というより、世界線が同時に2つアクティブ化することはあり得ないから、正しくは『全宇宙が素粒子レベルで再構成されようとも、この超素粒子だけは再構成に巻き込まれない』って感じかな」

倫子「そ、それはつまり――」

紅莉栖「さて、このOR物質というものの性質を踏まえた上で、リーディングシュタイナーの正体に迫ってみるわよ」

倫子「その科学番組風のしゃべり方はなんとかならんのか……」

その2ヽ(*゚д゚)ノ【リーディングシュタイナーとはなにか】


紅莉栖「通常の脳は、世界線の再構成に巻き込まれることで記憶が再構成される。これは脳の性質というより因果律の性質ね」

紅莉栖「脳内の記憶ってのは電気信号のパターンでしかないから、因果律からして当然とも言えるわ」

紅莉栖「だけど、OR物質自体は再構成されない。個別の脳それ自体に依存している超次元的存在だと言える」

倫子「(かっこいい……)フム、それでリーディングシュタイナー発動時のテレポートが可能だったわけだ。再構成時、脳の座標が空間のどこに移動していようと、OR物質は脳に受信される、と」

倫子「そして、その理屈だと死者蘇生も納得できるな……」

倫子「(幸高氏が死亡している世界線では、それこそ霊魂のような存在だったOR物質が、生存世界線にアクティブを切り替えたことで脳へと叩き込まれたのだろう)」

紅莉栖「さて、世界線が変動したとする。記憶は再構成されたのにOR物質が持つ記憶バックアップデータは再構成されていない。ここにズレが生じる人はどうなるか」

倫子「バックアップは所詮バックアップだ。記憶としては再構成された方が優先されるだろう」

紅莉栖「その通り。だけど、今回は記憶全破損タイムリープの時と違ってバックアップデータ同士が競合することは無い。OR物質の情報はなにも書き換わっていないままだからね」

紅莉栖「この時、OR物質は本来の機能を発揮して、記憶とバックアップのズレを補修する」

紅莉栖「ただ、一般的な脳ではバックアップデータからの記憶の修復は上手く行かない。むしろ再構成された記憶に従ってバックアップの方が数日中のうちに次々と更新されていってしまう」

倫子「それではOR物質が世界線を超えて引き継がれる意味が無いな……」

紅莉栖「バックアップって言っても基本的には書き込み専用メモリなのよ。それに、修復が簡単に働くなら記憶喪失の人はほとんど地球上から居なくなる」


紅莉栖「バックアップデータによる修復を行うには、なんらかの刺激が必要になるの。それは、OR物質を励起状態へと遷移させるもの」

紅莉栖「簡単なのはバックアップデータに関連する事象の再現ね。つまり、記憶に、バックアップデータと関連した情報を追加する。類似の電気信号を流すわけ」

倫子「フェイリスやルカ子、ミスターブラウンやお前もリーディングシュタイナーをわずかではあるが発動させていたが……」

倫子「フェイリスの場合、オレを10年間ストーカーしていたという話をしたら記憶が蘇ってきたのだった」

倫子「ルカ子の場合はオレとルカ子が出会った時の話、ミスターブラウンは橋田鈴の……。そしてお前の時は貧乳の話だった」

紅莉栖「この時、まさにデジャヴが発生する。新しい記憶のはずなのに、なぜか知っている気がするという現象ね」

倫子「(貧乳スルー、だと……!? さすがアラフィフ紅莉栖……)」

紅莉栖「脳はね、"これって新しい記憶じゃなくて、自分が忘れているだけなんじゃないか"、って思い込むから、記憶の修復力を一生懸命働かせてバックアップを引っ張ってくるわけ」

紅莉栖「それでも普通は、その"有り得ない記憶"は理性的に、あるいは社会的に否定される。思い違いや白昼夢として処理されてしまう」

紅莉栖「フェイリスさんたちの場合は岡部の説得があったから、それを別の世界線での記憶だと信じることができたけどね」


倫子「ククク、だがクリスティーナよ。オレは気付いてしまったぞ」

倫子「リーディングシュタイナー以外にも、世界線を跨いで記憶を継続させる方法があるっ!」

紅莉栖「タイムトラベラーであるスズちゃんの存在、でしょ?」

倫子「ぐっ……貴様はオレの心が読めるのか……」グッ

紅莉栖「確かにスズちゃんは別の世界線の未来の記憶を保持したままタイムトラベルしてきた」

倫子「なぜタイムトラベラーは記憶が再構成されないのか、という疑問が起こるだろう?」

紅莉栖「でもそれは、リーディングシュタイナーとは全く関係が無いし、タイムトラベルの基礎理論を見落としているだけよ」

倫子「なに?」

紅莉栖「バナナもDメールもタイムリープもそうだけど、過去になにかをタイムトラベルさせる時、リング特異点を通過させている」

倫子「そうであったな」

紅莉栖「その時、フラクタル化が起きなければ基本的には送るものと送られたものの間に情報の変化は無い」

紅莉栖「そして世界は『タイムトラベラーがやってきた事象が在る』として再構成されるわけだけど、タイムトラベラーそのものが再構成されてるわけじゃない」

倫子「……そうか。鈴羽が世界線を跳び越えたというより、鈴羽が過去に行ったことで世界線が再構成されるのだから、鈴羽自身は何も変わっていないのか」

紅莉栖「結果として、別の世界線の記憶を持っている存在が出来上がった、ということだけのこと。リーディングシュタイナーとは関係ないわ」


倫子「だが、もしオレがタイムマシンで1週間前に跳んで、そこでDメールを送るなどして世界線を変動させたら何が起こるのだ?」

倫子「その時、完全なリーディングシュタイナーを持つ脳が2つ存在することになってしまうだろう? 混線したりするのか?」

紅莉栖「仮に物理的タイムトラベル後にDメールで過去改変をしたなら、送信履歴が消滅するのと同様、タイムトラベルをしてきた事実そのものが再構成されるから、リーディングシュタイナー以前の問題よ」

紅莉栖「まあ、同一の脳が2つ存在した場合の世界再構成時にOR物質がどう働くかってのは確かに興味深いけど、現状では思考実験に過ぎないわね。実験しようがないし」

紅莉栖「あえて見解を述べるなら、記憶のバックアップデータが常時更新されていることこそが、OR物質が脳機能に依存している証左だと考えられる」

紅莉栖「主観としての累積時間が異なればそれはOR物質にとって別個体として認識されるはず。だから、世界線変動が起こっても、タイムトラベラーはタイムトラベラーの脳へ、現地人の脳は現地人の脳へリーディングシュタイナーを起こすはず」

倫子「なるほど……」

紅莉栖「閑話休題。話をリーディングシュタイナーに戻すわよ」


紅莉栖「この記憶の修復力とも言えるOR物質の機能には個体差がある。また、人工的に開発することもできる」

倫子「開発……脳をいじくるやつか……」ウップ

紅莉栖「ううん、私が2010年に書いた論文の内容とVR技術を応用すれば、あるデータを脳に送るだけで問題ない。素粒子の衝突も不要」

倫子「記憶データをぶち込むのか? なんだか萌郁の洗脳みたいだな……」

紅莉栖「断片的記憶データを個体ごとのOR物質の量子データに変換して脳に送る。意識に直接注入する」

紅莉栖「脳が拒絶反応を起こして、生存個体は1か月以上高熱にうなされるっていう副作用があるけどね」

倫子「まるでウイルスだな。……ま、待て。今お前、"生存個体は"と言ったか!?」ブルブル

紅莉栖「ただ、私が実験した個体の脳では、どれも100%の記憶の修復力を発揮することはなかった」

紅莉栖「それでも、10%程度の修復力を持った個体が100個体あれば、擬似的に100%近い性能のリーディングシュタイナーを得ることはできなくもない」

倫子「(うわあ……)」

紅莉栖「SERNが過去改変で世界を牛耳るとして、このリーディングシュタイナーを自在に操れることは必須だった。理由は説明するまでもないわね」

紅莉栖「だけど、21世紀初頭に人類で唯一100%の修復力を発揮した人間が居た」

紅莉栖「OR物質が常に励起状態となる脳の機能異常を発現する人間が居た」

紅莉栖「あんたよ、岡部倫子」

倫子「…………」ドキドキ

紅莉栖「岡部の脳は、OR物質に内包されたバックアップ記憶を100%フィードバック可能なの。弊害として、再構成されたはずの記憶をすべて忘却することになるけど」

倫子「……オレはやはり超能力者なのだなっ! ふぅーはははぁ!」

紅莉栖「重度の脳炎患者とも言える」

倫子「うぐっ! そ、その言い方はヒドイ……」

紅莉栖「さて、どうして岡部だけがそんな特殊な脳、特殊なOR物質を持っているのか。次の項目に行くわよ」

倫子「ますます大学の講義めいてきたな……」

その3ヽ(*゚д゚)ノ【なぜ岡部だけが完全なリーディングシュタイナーを持っているのか】


倫子「次の疑問はなぜオレが神に選ばれし特別な人間なのか、ということだなっ!」ドヤァ

紅莉栖「厨二病乙。まあ、これについては簡単な話よ」

紅莉栖「逆なの」

紅莉栖「岡部が突然能唯一絶対の力に目覚めた、なんてのは論理が飛躍し過ぎている」

紅莉栖「それよりも、ある研究機関が手あたり次第に人体実験をして、成功の結果を最初に得た検体がたまたま岡部だった、という方が現実的じゃない?」


  『Error. Human is Dead, mismatch.』


倫子「な、なんだと……」ゴクリ

紅莉栖「実は、私の所属していたヴィクコン脳科学研究所では、人工の脳を作る研究が進められていた」

倫子「AIか」

紅莉栖「妨害があってプロジェクトは中座してしまったんだけどね。今思えば、あれは未来のSERNによる妨害工作だったわ……」

倫子「ディストピアではSERNはありとあらゆる科学技術を独占しているのだったな」

紅莉栖「でも、妨害されてなければ、2010年にはPC上で脳の基礎構造を再現することに成功しているはずだったのよ」

紅莉栖「そうなっていれば、うちの大学ならいずれリーディングシュタイナー発動ウイルスを作ることも可能だったはず」

紅莉栖「実際、世界の技術を独占したSERN内でもうちの大学の研究成果は大いに役立つことになった。ディストピア化のためのリーディングシュタイナー研究にね」

紅莉栖「あんたは1999年12月に、1か月近く高熱にうなされた経験がある。けど、記憶には無い。そうよね?」

倫子「……なにが言いたい」

紅莉栖「ここからは推測でしかないんだけど、私はかなり確証を持っている」


紅莉栖「まず、岡部がリーディングシュタイナーを2000年元日に発現しなかった世界線がある」

紅莉栖「その世界線を仮にO世界線とする。すべての始まりの、そのまた始まりの世界線」

倫子「O世界線? βでも、αでもないというのか」

紅莉栖「どのアトラクタフィールドに所属しているかが問題なくなるのよ」

紅莉栖「2000年は大分岐の年の1つだけど、とりわけイレギュラーなの。すべての世界線が一旦1つに収束する特異点」

紅莉栖「ううん、そうじゃない。本当は、2000年元日に岡部がリーディングシュタイナーを発現することで、すべての世界線が1つに収束している」

紅莉栖「ちなみに、2000年問題が水面下で発生する、というのも2000年の大収束事項。これも岡部のリーディングシュタイナー発現に関連している可能性が高い」

倫子「……いや、その理屈はおかしい。ルカ子の過去改変は2000年より前だったはずだ」

紅莉栖「因果の収束ということと、事象の収束というのは、似ているようで違う」

紅莉栖「漆原さんが男だろうと女だろうと、岡部はすべての世界線において2000年にリーディングシュタイナーを発動する、ということ」

倫子「なるほど、そういうことか」

紅莉栖「だからこそ過去改変で1975年からIBN5100を2010年まで持ってくることができたわけだし」

紅莉栖「例えば、1991年のソ連崩壊をふせぐような過去改変をしたとしても、岡部は2000年にリーディングシュタイナーを発動する」

紅莉栖「もちろん、多くの人の生死が変更されているはずだし、国家間の勢力バランスなんかも崩れている」

紅莉栖「だけど、そんな世界線でも、すべての可能性世界線の2000年収束と共通していることになる」


倫子「……待て待て。全ての世界線でオレがリーディングシュタイナーを発現するのであれば、『オレがリーディングシュタイナーを発現しない』O世界線が成立しないではないか」

紅莉栖「かつてはあったと言っている」

倫子「やはり、2000年収束などなく、どこかの世界線ではリーディングシュタイナーを持たないオレが存在しているのではないか?」

紅莉栖「例えば、今からDメールを送ることで『岡部にリーディングシュタイナーがない』世界線がアクティブ化されるとして、何が起こる?」

倫子「それは、オレがリーディングシュタイナーを発動して……あ、あれ?」

紅莉栖「そう。その時点で『岡部にリーディングシュタイナーがない』が成立しない。だから理論上、『岡部にリーディングシュタイナーがない』世界線は存在してないことになる」

紅莉栖「逆に言えば、全アトラクタフィールドの全可能性世界線において、2000年に岡部がリーディングシュタイナーを獲得していることになる。これが2000年がイレギュラーと呼ばれる所以ね」

倫子「まるで人間原理だな……」


紅莉栖「さて、私の仮定は以下」

紅莉栖「岡部がリーディングシュタイナーを2000年の元日に発現しなかったO世界線の未来において、ヴィクコン脳科学研究所がリーディングシュタイナー適合者を発見した」

紅莉栖「多分、研究員だった私は、被験体としての岡部と出会ったんだと思う」

紅莉栖「100%のリーディングシュタイナーってのは本当に意味のあることだからね。タイムトラベルが可能な状況下であれば、世界線間を自在に移動できる、ということと同義」

紅莉栖「"神の視点"を手に入れる事と同義なのよ」


  『その目、神の目』


紅莉栖「だから、研究所は適合者を探し続けた」

倫子「それがオレだった……」

紅莉栖「そして、リーディングシュタイナー発現用のウイルスデータを何者かが1999年の12月の岡部の脳内へと"タイムリープ"させた」

倫子「……!! そ、それでオレは高熱を出した、と……しかも、その高熱のことをオレ自身は覚えていない……」


倫子「(それはそうだ。オレが完全なリーディングシュタイナーを会得するのが2000年元日ならば……)」

倫子「(1999年12月31日まで、オレにはリーディングシュタイナーが無い。改変前の記憶を引き継ぐことができない)」

倫子「(だが、ウイルスのタイムリープにより発生した高熱の記憶は、世界線変動後の再構成によるものだ)」

倫子「(当然、改変前の世界線――O世界線――の2000年元日までの記憶には高熱の記憶は無い)」

倫子「(そして2000年元日、リーディングシュタイナーを獲得した瞬間脳に修復される記憶は、高熱を出さなかった記憶なわけだ)」

倫子「だから、オレには高熱の記憶がない、というわけか……」

紅莉栖「それによって岡部が100%完璧なリーディングシュタイナーを持つ世界線ができあがった」

紅莉栖「さっきも言ったけど、同時に2000年大収束が発生し、岡部がリーディングシュタイナーを獲得しない世界線は可能性レベルで消滅した」

倫子「しかし、タイムリープ技術を有した人間でなければ、それは実行できないのでは……」

紅莉栖「……脳科学の研究に従事していて、タイムリープを発案できる存在。送ったのはO世界線の私でしょうね」

倫子「……そうだったな。そんなことができる天才はお前しかいないんだった」

紅莉栖「β世界線では中鉢博士の会見を見に来たせいで私が殺されちゃったみたいだけど、O世界線では2000年に現れたジョンタイターが居ないせいで会見が開かれず、おかげで生き延びたのかもね」

倫子「軽く言うなよ……」

紅莉栖「重く言っても仕方ないだろーが」

倫子「だが、オレにリーディングシュタイナーを発現させた目的は一体なんだ?」

紅莉栖「目的はたぶん……たぶんだけど……」

紅莉栖「今の私たちと同じじゃないかしら?」

倫子「なに……?」


紅莉栖「世界線をO世界線からβ世界線に変える必要があった」

紅莉栖「ただ、β世界線では2010年時点で私が死亡したり、そのせいでα世界線へと変動してしまうことは想定できなかったと思うけど」

紅莉栖「まゆりを救うためかもしれない。世界を救うためかもしれない」

紅莉栖「もしかしたら、岡部自身を救うためなのかも」

倫子「オ、オレ……?」

紅莉栖「そのためにはリーディングシュタイナーを2000年元日に発現させる必要がある、と考えたわけね」

倫子「……きっと目的は達成されたのだろうが、その実態はついぞわからぬままか」

紅莉栖「ただ、リーディングシュタイナーはタイムトラベルが可能な環境とセットじゃないと意味がない」

倫子「オレたちのタイムトラベルは、ミスターブラウンがあそこに店を構えたり、42型ブラウン管テレビを設置したり……」

倫子「ダルが廃棄された電子レンジを拾ってきたりなどの偶然が重なって8号機の真の機能に気付くことで達成された」

倫子「なにより、大檜山ビルに設置されたSERNへの直通回線が無くてはタイムリープが出来なかった」

紅莉栖「もしかしたらそれらはすべて、O世界線における過去改変によって生まれた因果なのかも」

倫子「なんだと……?」


紅莉栖「タイムトラベル自体はね、SERNのZプログラムと私の頭脳があれば人類は達成できる」

紅莉栖「ただ、2010年の秋葉原で大学生サークルがタイムマシンを開発するってのは、偶然が過ぎる気がするのよ」

倫子「オ、オレたちが手にした偶然の産物を、否定するというのか!?」

紅莉栖「そうじゃなくて、その偶然の産物自体が別の世界線の私たちの産み出したものだとしたら? ってこと」

倫子「すべては、偶然だ。だがその偶然は、あらかじめ決められていた世界の意志でもあった、と……」

紅莉栖「もちろん、β世界線の2010年の岡部にタイムマシンを開発させることが目的なんじゃなくて、リーディングシュタイナー発現ウイルスを送る環境を整えるために必要だっただけだと思う」

紅莉栖「2000年の岡部にリーディングシュタイナーを発現させるためには、当然安定したタイムリープ環境が必要。それを整備するために、世界に先駆けてタイムリープマシンを開発する必要があった」

紅莉栖「だから、未来の私たちがタイムマシンと微弱なリーディングシュタイナーを駆使して、2010年にタイムリープマシンを作る環境を整えた」

紅莉栖「少なくとも、直通回線だけは完全な偶然じゃなくて、意図的なものの可能性が高い。それ以外、天王寺裕吾の行動とか橋田の行動は偶然な気もするけど」

紅莉栖「この世界線では未来の私が2000年のSERNに指示することで直通回線を引いた」

倫子「(そういや、ラボのない世界線での未来紅莉栖もそんなことを言っていたな……)」

紅莉栖「ちなみに、カモフラージュのために、世界中のラウンダー幹部の居場所や研究所にも直通回線を引かせてもらったわ」

紅莉栖「それと同じようなことがO世界線でも起こっていた可能性」

紅莉栖「もしこの仮説が正しいなら、あんたがβ世界線へと戻っても大檜山ビルには直通回線が繋がってるはず」

倫子「……大檜山ビルにSERNへの直通回線が繋がっていることが、オレにリーディングシュタイナーがあることの因果と繋がっているから、か」

紅莉栖「そう。歴史のつじつま合わせってやつね。β世界線のSERNは何らかの理由で2000年になったらあのビルに直通回線を引く羽目になるのよ」


倫子「だいたいわかったが、お前は1つ大事なことを見落としている。ウイルスデータをタイムリープさせるにしても、当時のオレはケータイ電話を持っていないぞ?」

紅莉栖「本来タイムリープには携帯電話端末のような受信機が必要。だけどウイルスデータを送信する場合、それが関係なくなる」

紅莉栖「脳そのものが受信機になるのよ。記憶データじゃなく、OR物質の量子データを送るんだから」

倫子「そ、そうだった……オレが瞬間移動しても意識が継続していたように、脳がどこにあるかという局所場指定は関係ないのか」

倫子「そう言えば、発熱した当時、医者には死んでいてもおかしくないと言われたらしい。成長途中の子どもの脳にはやはりきつかったのか?」

紅莉栖「そう。それなのよ。実は私もそこが引っかかってる」

倫子「なに?」

紅莉栖「成人でさえ死亡率の高い実験だったのに、ましてや子どもなんかじゃ死なない方がおかしい」

倫子「……お前、マジでヤったのか」プルプル

紅莉栖「仮説に仮説を重ねるようで悪いんだけど、これも1つ考えたの」

紅莉栖「実は岡部は1度、死んでるんじゃないか説」

倫子「HAHAHA、さすがは本場のメリケンジョークだ」

紅莉栖「というわけで、ここからは応用編に入るわ」

倫子「え、まだ続くのか……?」

その4ヽ(*゚д゚)ノ【なぜ岡部は高熱で死ななかったのか】


紅莉栖「O世界線から改変された世界線の岡部は一度死んだ。高熱に耐えられずに」

倫子「マジか……」

紅莉栖「この時点で、岡部が1999年12月31日23時59分までに死亡する世界線が出来上がった」

紅莉栖「便宜上、i世界線と呼びましょう。結果的にこの世界線は虚構の世界線となってしまうから」

倫子「虚数のiだな」

紅莉栖「さて、岡部が死んだこのi世界線において、誰があなたを蘇らせたのでしょう」

倫子「いやいや、誰が、よりも、どうやって、のほうが問題だろう」

紅莉栖「いいえ、どうやって、はどうでも良くなるわ。それよりも重要なのは『誰が』ということ」


  『オカリン、死んじゃやだよぅ……!』
  『オカリン、死なないで……』


倫子「……まさか、まゆりか?」

紅莉栖「どうしてそう思った?」

倫子「たしかまゆりが、12月31日の夜、流れ星に願い事をしたらしい……いや、まさかな」

紅莉栖「そのまさかだと思う」

倫子「は……?」


紅莉栖「1999年12月某日、ウイルスデータが未来から送られてきた時点で世界はO世界線からi世界線に分岐した」

紅莉栖「仮に2000年1月1日の0時0分まで岡部が生存できればリーディングシュタイナーを保有できる上、結果論だけど2025年での死亡収束を獲得できる」

紅莉栖「つまり、リーディングシュタイナーを保有した状態で生存できる可能性が非常に高くなる」

紅莉栖「さて。12月31日の流れ星へと祈ったまゆりの意識は、つまりOR物質は、岡部の脳内の意識に干渉した」

紅莉栖「生理的ダメージを軽減するよう働いたか、ウイルスを受容するよう促したか、あるいはOR物質が脳内から乖離することを抑え込んだか」

倫子「まるで超能力だな……まゆりにそんな特殊能力があったとは」

紅莉栖「原理自体は誰にでもある原始的な力。祈り、呪い、あるいは愛……」

倫子「愛……」

紅莉栖「まゆりには感謝しておきなさい」


倫子「だが、それだとオレが死んだという事実は観測されなかったのではないか?」

紅莉栖「そう。実際にはそうはならなかった。i世界線はあくまで仮定の世界線」

紅莉栖「岡部は1999年に死亡するはずだった、という程度の意味」

倫子「だが、まゆりの行動によって未来が変わった……。そんなことがありえるのか?」

紅莉栖「世界線を大きく変動させるのに必要なのは何?」

倫子「……ダルをフェイリス杯で優勝させることはできなかった。つまり、過程が変わっても世界線はほぼ変わらない場合もある」

倫子「観測された過去が変わっても、結果が変わらなければ、世界線も変わらない」

紅莉栖「その逆も然り。観測された過去が変わらなくても、結果さえ変われば世界線は変わる」

倫子「何が言いたい」

紅莉栖「O世界線のまゆりが、7000万年前にタイムトラベルした可能性がある」

倫子「はぁ!?」


紅莉栖「まゆりがね、前、言ってたのよ……私のホテルで。前って言うか、明日のことなんだけど」

倫子「(こいつの記憶の中の2010年8月16日では、紅莉栖はまゆりとホテルで女子会でもやるのか?)」

倫子「なんて言ってたんだ?」

紅莉栖「7000万年前の地球の夢を見るんだ、って」

紅莉栖「なんでかはわからないけど、そこが7000万年前だとわかるって言ってた」

紅莉栖「ねえ、岡部も見たことない?」

倫子「あ……ある……確かにあるぞ……」

倫子「そこには、オレとまゆりが居たような気がする……」

倫子「だ、だが、タイムマシンで7000万年前に跳ぶことは可能なのか!?」

紅莉栖「私が完成させたSERNのマシンでも、燃料満タンにしたところでせいぜい100年跳べるかどうかってものなんだけど……」

紅莉栖「あるいは、事象の地平面<イベント・ホライゾン>の向こう側なのかも。さすがにこれに関してはデータの取りようがなかったわ」

倫子「そんな危険なタイムトラベルを、オレとまゆりが……!?」

紅莉栖「カー・ブラックホールトレーサーの開発にはこぎつけたから、先行するタイムマシンが到着した場所と同じ世界線の同じ時刻へ移動することは可能」

紅莉栖「まゆりはこれを使って先に跳んだ岡部を追いかけたんだと思う」


  『カー・ブラックホールのトレースも可能なので、鈴羽さんのタイムマシンが到着する世界線と同一のダイバージェンスに到着できます』


倫子「(伽夜乃のマシンに搭載されていたアレか……)」

紅莉栖「なぜそんな夢を見るのかの理由はあとで説明する。とりあえず、あんたが見た不思議な夢の内容を教えて」

倫子「ああ、わかった」


・・・


それは、7000万年前から続く記憶。

止まることなく、戻ることなく、

交わることのない流れの中で、

ヒトの想いが、時を超えた記憶。

ヒトの想いが、運命の門に到達するための記憶。



『オカリン、見ーつけた♪』

『ここはね、7000万年前の地球だよ』

『オカリンは、陰謀に巻き込まれて、タイムマシンでここに送られちゃったんだー』

『まゆしぃはね、オカリンを追いかけて、たくさん、たっくさん、たーっくさんの世界線の、すべてのオカリンを探し続けてきたのです』

『でね、オカリンもまゆしぃも、ここで死んじゃうと思う』

『きっと、7000万年後の秋葉原にいる、オカリンとまゆしぃまで、意志は連続していくんだって思うな』

『だから、大丈夫だよ♪』


そうだな。後のことはすべて……

――"岡部倫太郎"に任せよう

・・・


紅莉栖「岡部倫太郎?」

倫子「ああ、確かに7000万年前のオレはそう言った気がする」

倫子「親父から聞いたことがある。もし男の子が産まれたら倫太郎という名前にするつもりだったと」

紅莉栖「O世界線の岡部は男の子だった? たしかに岡部は男の子趣味が強いし……」

倫子「こんな盛大な性転換があってたまるかっ」

紅莉栖「それと、陰謀に巻き込まれたってのも気になるな」

紅莉栖「……下手人はSERN? いえ、そうなるとO世界線の岡部を7000万年前に跳ばしたのは間接的に私、ということになるけど……」

倫子「オレにとってはそうであってほしいと思う。お前の作ったマシンなら信頼できるからな」

紅莉栖「素直に喜べない。SERNが世界支配をしてたならO世界線≒α世界線になっちゃうじゃない」ハァ


倫子「……たくさんの世界線のオレ、というのは?」

紅莉栖「岡部の夢に現れたまゆりのイメージは、多分1人のものじゃない。何人ものまゆりの意識の集合体のはず」

倫子「OR物質自体は世界線を跨ぐ、唯一無二の超次元的存在なんだろう?」

紅莉栖「だけど、個体としてのまゆりは世界線ごとに存在する。OR物質は、それらを憑依して移動し続けている存在」

紅莉栖「その事実を岡部の脳が言語的にそう解釈したんじゃないかしら」

倫子「なぜ複数の意識が存在するのだ?」

紅莉栖「言い方が悪かった。たぶん、O世界線からまゆりが7000万年前に出発するまでにも、いくつも世界線変動を起こしていたはず」

紅莉栖「アクティブになったすべての世界線でまゆりは岡部を救いたいと願った」

紅莉栖「OR物質は常に最新に上書きされ続ける。すべての世界線のまゆりの想いは、重なり合って、より強力なものへとなっていく」

倫子「……このオレに各世界線での記憶があるように、各世界線での想いが積もっている、ということだな」

倫子「そう言えば、もう1つまゆりに関する夢を見たぞ」

紅莉栖「うん、それも教えて」


・・・

『オカリン、死んじゃやだよぅ……!』
『オカリン、死なないで……』

頭の中でまゆりの声がする。それも二重に。

片方の声は今よりも幼い、多分小学生だった頃の声。
もう片方は、今よりも歳をとったような落ち着いた声だ。

姿は見えない。何も見えない。
オレは宇宙空間のような暗黒の中に立っていた。

『それでもあなたは行くのね……岡部を救うために……』

これは、誰の声だ? 助手か?

眼下に広がる暗闇の先に、いくつかの光点が観測できる。
それはきっと過去からの光。
地球で観測できる星の輝きは何十年、何百年も過去のものだと、助手は言っていた。

『私は行きます。彼を救う可能性が、彼がそこへたどり着く可能性が1%でもあるなら』

なんなのだこの声は……幻聴か? それにしてはやけにリアルだな……

『だから、信じて待っていてください。必ず、今ここへ届けます』

『――何千年も過去にある、お星さまの祈りを』

・・・


紅莉栖「やっぱりまゆりを過去に跳ばしたのは私か……」ガックリ

倫子「その場にオレは居なかったようだが、なぜオレはこんな夢を?」

紅莉栖「たぶん、追いかけてきたまゆりから話を聞いて、それを元に音声だけ再現した記憶なんじゃないかしら。だから岡部の視点は宇宙空間? にあったとか」

倫子「だが、大人のまゆりは『彼』と呼んでいた。それが指す人物はオレのことではないのではないか?」

紅莉栖「いよいよO世界線の岡部は男性だった説が濃厚ね。β世界線では、過去改変のなんらかのバタフライ効果で女の子として産まれてしまったのかも」

倫子「……まゆりが、『オカリンが女の子だったらきっと可愛いだろうなーえっへへー♪』と思った意識が影響した、とかか?」

紅莉栖「(ありえる)」

倫子「(ありえる)」

倫子「……いや、1999年12月以前のオレの記憶には、女の子だった記憶がちゃんとあるぞ」

紅莉栖「8歳以前の幼少期の記憶なんていくらでも改ざんされているのが普通よ」

紅莉栖「仮にβ世界線での岡部が女の子だったとして、O世界線での男の子だった記憶は成長と同時に理性的にも社会的にも否定される可能性がある」

倫子「い、いやいや、いくらなんでも自分が男か女かぐらいは覚えているぞ」

紅莉栖「両親や幼馴染、役所や学校や病院からあなたは女の子だと言われ続けるのよ?」

紅莉栖「肉体的にも女の子なわけで、脳の機能としても『自分は生まれた時から女の子だった』として記憶を改ざんする方が自然よ」


倫子「あるいは……オレがこれから男になるために、紅莉栖がウイルスをタイムリープさせ、まゆりが7000万年前へタイムトラベルをした?」

紅莉栖「どこに岡部を男にするメリットがある」ムッ

倫子「(紅莉栖は至って真面目なトーンで話しているが、百合女のバイアスがかかっているだろこれ絶対……)」

倫子「それは、男女の脳機能の差を利用して、とか……」

紅莉栖「……なるほど。なかなか鋭い指摘ね」

倫子「ホントっ!? 紅莉栖に褒められ――」キラキラ

紅莉栖「……?」

倫子「……あー、いや、このIQ170の灰色の脳細胞を持ってすればこの程度の推論は朝飯前だ、ふはは」アセッ

紅莉栖「確かにOR物質の働きは男女で差があることがわかってる。個体間影響力も、同性間での相互作用と、異性間での相互作用では様相が異なっている」

紅莉栖「O世界線の私たちはそれを利用するために岡部の性別を変えた? ここは研究の余地ありね……」

倫子「(まだやる気なのかこいつ……)」


倫子「それで、この夢とオレが死んだことにどういう関係があるのか、ご説明願おうか」

紅莉栖「ウイルスデータを過去に送った時点で世界線は再構成されるから、O世界線のまゆりはおそらくウイルスを送る前か、送ったと同時に過去へ行ったことになる」

紅莉栖「まゆりが跳んだ時点で、まゆりは7000万年前に居るけどウイルスデータはまだ送ってないO´世界線が出来上がる」

紅莉栖「と言っても、7000万年も前の過去改変ともなるとバタフライ効果は皆無だから、ウイルスを送る状況は何1つ変わっていない」

紅莉栖「こうしてウイルスは送られ、8歳の岡部が死ぬi世界線が出来上がる」

紅莉栖「やっぱり子ども岡部の死亡リスクは計算されていたと思うのよね」

紅莉栖「O世界線の岡部が送り込まれた場所が7000万年前だ、ってのは偶然なのか意図的なものかはわからないけど、岡部に追いついたまゆりはそこで祈り続けた……」

紅莉栖「7000万年後、自分の想いが、再構成されたすべての可能性世界線に生まれる岡部を助けることを」

倫子「O´世界線だろうと、OR物質は世界線を跳躍して影響を与えることができるのだったな。それで、αでもβでもiでも、すべての2000年のオレを生かすように影響したと。だが――」

紅莉栖「次にあんたはこう言う。7000万年後のまゆりがどうやって7000万年前の想いを受信するのだ、と」

倫子「7000万年後のまゆりがどうやって7000万年前の想いを受信するのだ……ハッ」

倫子「って言わせるな。お前はどうせまた、OR物質ガーと言いたいのだろう」

紅莉栖「まあね。OR物質は脳外に放出されてもある程度は保有される。ただ、7000万年ともなると、相当強い意識じゃないと残らないと思うけど」

倫子「そして、西暦1994年に生まれるまゆりの脳を受信機として受け継がれた、と」

紅莉栖「ただ、まゆりは適合者じゃないから、記憶の方は微弱なデジャヴ、夢のようなものとしてしか認識できないでしょうね」

倫子「そうか、それと同じ原理でオレの脳にもO世界線出身のオレの記憶が夢として受信されたわけだ」

紅莉栖「この仕組みが、i世界線の当時5歳のまゆりに超常的な力を与えた」

紅莉栖「なかったことになり続けたすべての世界線の、すべてのまゆりの想いが集約された」

紅莉栖「その結果、流れ星にお祈りをする、という儀式を通して、発熱にうなされる岡部の脳に物理的に働きかけ、岡部の死を回避したのよ」


倫子「……どこか抜けた少女だと思っていたまゆりが、実はオレの命の恩人だった、とはな」

紅莉栖「その可能性は否定できない、という程度の話だけどね」

倫子「だが、それならO世界線の未来のオレたちの目的が、まゆりの生存ではなくなってしまわないか?」

紅莉栖「時期にもよるけど、その可能性ももちろんある。はっきりとはわからない」

紅莉栖「それからね、もう1つO世界線からの過去改変によって発生した事象がある」

倫子「2000年問題、だったか。だが、オレの記憶では大した問題にならなかったと……」

紅莉栖「国家機密で公表されなかったけど、実は2000年問題は各国の衝突を煽る形で存在していて、SERNが未来から過去改変しなければ第3次世界大戦が発生してもおかしくないシロモノだったのよ」

倫子「だ、第3次世界大戦!?」

紅莉栖「その元凶はIBN5100よ。あれでしか解析できない特殊なプログラム言語で作られた、とあるプログラムに重大なバグが2000年に発生したせい」

紅莉栖「20世紀末のエンジニアたちはそもそもIBN5100にそんな機能があること自体知らなかったから、問題があることにさえ気づけなかった」

紅莉栖「まあ、IBN5100を世界中からかき集めてた未来のSERNなら余裕で修正できたわけだが」

倫子「……O世界線における敵対勢力が過去改変した可能性か」

紅莉栖「それがどういうわけか、岡部がリーディングシュタイナーを発現する因果と結びついちゃったみたいなのよね。まゆりの死とディストピアが結びついているように」

倫子「バタフライ効果。過程を考えるだけ無駄だろうな」


紅莉栖「さて、以上4項目を踏まえた上で考えて欲しい」

倫子「ん? なにをだ?」

紅莉栖「クラッキングをするのかしないのかってことよ」

紅莉栖「それから、あんたが世界をβ世界線へと切り替えた場合、私はどうなるのかについても」

倫子「……ああ、そうだったな」シュン

紅莉栖「肉体的には死ぬ。というか、死んでることになる」

倫子「だが、OR物質は世界線を跨いで残る。残留思念みたいなものか」

紅莉栖「……可能性としてなんだけどね。未来のSERNに邪魔されないβ世界線では、うちの研究所の人工知能プロジェクトが継続している可能性がある」

紅莉栖「もしかしたら、PC上での脳機能再現に成功してるかもで、そのベースとなってるのは私の脳のデータなの」

紅莉栖「堅固なセキュリティがなければ、あるいは私もPC上でリーディングシュタイナーを発動して……」

倫子「……人工知能として蘇る、とでも言いたいのか?」ウルッ

紅莉栖「……あくまで可能性よ。お願いだからそんな恨めしそうな顔で私を見ないで」


紅莉栖「それからね、あんたは自分1人で孤独に戦ってると思っているかもしれないけれど、それは違うわ」

紅莉栖「どこかの世界線の、いつかの誰かが、必ず今のあんたを支えてる」

倫子「……なかったことにはなってはいない」

紅莉栖「みんな、岡部は諦めないって信じてるから。その想いは絶対にあんたに届いてるから」

紅莉栖「可能性は無限に存在する。意志は継続していく」

倫子「だったら、まゆりも紅莉栖も両方助かる可能性が――」

紅莉栖「……時間ね」

紅莉栖「これで私が伝えたいことはすべて伝えた。あとは素材を元に自分で考察しなさい」

倫子「……どこかへ行くのか?」

紅莉栖「実は私、タイムリープデータの時限式デリートプログラムも作ったのよね。1分後に過去1時間の記憶は忘却される」

倫子「はぁっ!? それって――」

紅莉栖「"未来から来た私"は完全に消滅する。元の牧瀬紅莉栖に戻るってだけよ。死ぬわけじゃない」

倫子「い、いや、それは違うぞクリスティーナ!」

紅莉栖「まあ、記憶のバックアップデータは更新されちゃったから取り消せないけど、私程度のリーディングシュタイナーだったらほとんど思い出すことは無いでしょう」

紅莉栖「多分、1時間分の記憶喪失になっててあたふたすると思うけど、適当に言い訳しといて」

倫子「ま、待てっ! なぜそんな、勝手なことをっ!」ヒシッ

紅莉栖「……仮にあんたがα世界線に残ることを選んだとしたら、また同じことを繰り返さないといけなくなる」

倫子「あっ……」

紅莉栖「まあ、私が過去に来た時点で世界線は微妙に変動してるから、世界線的には別物ではあるけど、私の主観からしたら選択肢の無い強くてニューゲーム状態になるでしょ?」

紅莉栖「そんな苦行には耐えられない。それに、この記憶が今のSERNに悪用されたら困る」

紅莉栖「だからどうしても必要だった、ってだけだから。別にあんたのためじゃない。勘違いすんな」

倫子「紅莉栖……」グスッ

紅莉栖「……バイバイ、岡部」


フッ



紅莉栖「―――あ、あれ? 電話が鳴り止んでる? タイムリープは?」

倫子「……失敗だ。お前は今まで、1時間近く呆けていたのだっ」グッ

紅莉栖「ふぇ!? ほんと、あれからこんなに時間が経ってる……そんな、未来の私がタイムリープに失敗するなんて……」

紅莉栖「でも、失敗したっていう記憶がある私なら、失敗しないように調整できるか。よし、今度の私なら大丈夫だから――」

倫子「紅莉栖っ!」ガシッ

紅莉栖「ふぉぉ!? ちょ、急に手を握るとか……」ドキドキ

倫子「……ありがとう。オレはもう、行くよ」

紅莉栖「えっ? 行くって、どこへ?」

倫子「……まゆりのところだ」

紅莉栖「……そう。それならよかった。まだ2日あるんだし、じっくり考えなさい」

倫子「ああ。いつもすまないな」

倫子「…………」

倫子「退院手続きってどうやるの?」ウルッ

紅莉栖「(かわいい)」

>>230 訂正
×紅莉栖「まるで幽霊だな……」  ○倫子「まるで幽霊だな……」

芳林公園


倫子「(なんとか病院を出れた。紅莉栖にはまゆりのところへ行くと言ったが……)」

倫子「(あいつにどんな顔をして、なんと言ってやればいいのか……)」

倫子「(気付けばラボへと足が向いていたので、なんとはなしに近くの公園に寄ってみる)」

倫子「(ケータイの電源を入れると、まゆりからメールが届いていた)」


8/15 15:36
From まゆり
Sub 悩んでる?
トゥットゥルー、まゆしぃ
です。もう体は大丈夫か
な? オカリンが大変な
時にそばにいてあげられ
なくてごめんね。最近の
オカリンはね、たまにす
ごく辛そうな顔してるよ
ー? まゆしぃは、話し
相手になってあげられ
ないのかな? それとも
、まゆしぃだから、話し
相手になってあげられ
ないのかな? それは
ね、とても寂しくて、辛
いことだね。もしまゆし
ぃのこと重荷に感じてた
ら、はっきり言ってほし
いです。


倫子「なんだよこれ……なんだよこれっ……」プルプル

倫子「あいつ、なにが"重荷"だよ……! 勝手に自分を責めやがって、ふざけるなよクソッ……っ!」ウルウル

倫子「いつもは空気を読めないくせに、なんでこういうときだけ……!」ポロポロ


倫子「(α世界線において、一研究機関に過ぎないSERNがディストピアを成立させた最大の要因はタイムマシンの完成にあった)」

倫子「(無論、300人委員会の承認を得たZプログラムの長年の成果ではあるが、それには稀代の天才、"タイムマシンの母"である牧瀬紅莉栖の存在が不可欠だった)」

倫子「(彼女は2010年時点でタイムリープ理論を提唱し実践。それだけでなく、鈴羽によれば2010年の時点で既にタイムマシンの基礎理論をこっそり書いていたらしい)」

倫子「(紅莉栖以上のタイムトラベルの天才は居ない。牧瀬紅莉栖の生存はディストピア成立に深く関わっている)」

倫子「(逆に言えば、牧瀬紅莉栖が生存したことでディストピアが成立した、と言ってもいい)」

倫子「(事実、鈴羽がワルキューレとして行った紅莉栖暗殺は、収束によって失敗したのだ)」

倫子「(牧瀬紅莉栖の2034年までの生存はα世界線の収束である)」

倫子「(ということは、ディストピアを回避することが確定しているβ世界線は、イコール牧瀬紅莉栖が死亡する世界線ということになる)」

倫子「(牧瀬紅莉栖の2010年での死亡はβ世界線の収束である)」

倫子「(仮にオレがβ世界線で電話レンジ(仮)を作って、紅莉栖を殺した殺人犯にDメールを送り、殺人をやめさせようとしても失敗に終わるだろう)」

倫子「(殺人事件を回避できたとしても、紅莉栖はラジ館の階段で足を滑らせて致命傷を負うかもしれない)」

倫子「(7月28日時点での生存を確保できたとしても、24時間死期がずれるだけかもしれない)」

倫子「(結局、ありとあらゆる過去改変の行きつく先にあるのは、『1%の壁を越えるしかない』という結論だ)」

倫子「(牧瀬紅莉栖を生存させるためには、α世界線へ移動するしかない……どんなに手を尽くしたとしてもこの結果が導き出されてしまうんだ)」

倫子「(だからオレは、まゆりか、紅莉栖か、選ばなければならない)」

倫子「……これが、シュタインズゲートの選択なのかよぉっ」グスッ

??「とぅ、とぅっとぅるー」

倫子「っ!?」ビクッ


倫子「あー、汗が目に入ってしまった! マッドサイエンティストにあるまじきことだな!」グシグシ

??「そ、そんなに強くこすると目を痛めちゃいますよぉ!」

倫子「……えーっと、キミは?」

千世「え、えと、音更千世<おとふけちよ>って言います……」

倫子「……名前を言われても貴様が誰だかわからんぞ!」

千世「えっ? あっ!! す、すいません……あの、サンボで叔母さんのお手伝いをしている者です……」

千世「いつもオカリンさ、じゃなかった、鳳凰院さんのオーダーを承っているのですが……」

倫子「なに? ……ああっ! たしかにエプロンと三角巾をかぶせれば見覚えがある」

千世「お、思い出してくれましたか! よかったです~!」

倫子「というか、なにゆえ『とぅっとぅるー☆』などというド恥ずかしい挨拶を使っているのだ」

千世「え? それはまゆりちゃんが、ラボでの挨拶はとぅっとぅるーだよーって教えてくれたので……もしかして、間違えちゃいました!?」

倫子「い、いや、合ってる……いや合ってないが……くそ、まゆりめ余計なことを……」


倫子「まさか牛丼のツケを払わせにきたのかっ!?」ビクッ

千世「い、いえ! あの、それも確かにありますけど、それは別にまた今度で大丈夫ですので!」

倫子「……ということは、偶然か。まあ、この公園に居れば出会うこともあるか」

千世「あの、オカリンさん、さっき泣いてましたよね? なにかあったんですか?」

倫子「っ……」

千世「も、もし私でよければ、少しでもオカリンさんのお力になりたいなぁと……って、お節介ですよね、すいません」

倫子「……まゆりが、遠くへ行ってしまうんだ」

千世「えっ? まゆりちゃんが、ですか? お引越しとかでしょうか……」

倫子「……そんなところだ」

千世「それは……えと、寂しくなりますね」


倫子「あいつはオレの幼馴染だ」

千世「……まゆりちゃんがいつも昔の話を楽しそうにしてくれます」

倫子「小学生の時から、オレの周りには打算まみれの連中ばかりが話しかけてきた」

倫子「そんな中、まゆりだけはオレを1人の人間として、普通に接してくれたんだ。まあ、あいつが鈍かっただけかも知れんが」

倫子「オレたちはいつも一緒に居た……周りに疎まれても、煙たがられても、オレはまゆりが居たから乗り越えて来られた」

倫子「まゆりの婆さんが死んで、まゆりの心が遠のいて、それでもオレはあいつを取り戻したいと決意して、人質にしたんだ」

倫子「あの日、あいつの中に"まゆりが戻ってきた"時、あれだけ強く思ったのに……。まゆりを失いたくないって……願ったのに」

倫子「なのに、いつの間にかあいつがそばにいるのが当たり前になって……いつもそばにいるんだと、勝手に思い込んで……」ウルッ

倫子「オレはバカだ。こんな簡単なことに――こんな大事なことに、今まで気づかなかったなんて」グスッ

千世「だったら――」

千世「まゆりちゃんを、引き留めてあげてください。どうしても引っ越さなくちゃいけないとしても、それでも」

倫子「千世……?」

千世「オカリンさんの想いを、伝えてあげてください」


千世「……オカリンさんには、そうやって悩んでいる姿は似合いませんよ」

千世「まゆりちゃんに、会いに行ってあげてください。居場所、わかりますか?」

倫子「……あいつは今頃、法要で池袋に居る」

千世「本当のことは言えなくても、なにか声をかけてあげるだけでも」

千世「それは、意味のあることだと思いますよ。"鳳凰院凶真さん"」

千世「まゆりちゃんはいつも笑顔で嬉しそうに、『まゆしぃはオカリンの人質なのです☆』って言ってましたよ」

倫子「……人質、か」

倫子「確かに。ククッ、鳳凰院凶真ともあろうものが、人質を逃がすなど許されないな」フッ

千世「はいっ。ツケを払わないのも許されませんよ」ニコ

倫子「そ、それはまた、後日……」

千世「……また、2人で牛丼を食べに来てくださいね」

倫子「ああ、いずれまたこの地に戻ってこよう。世話になった……さらばだっ!」ダッ

雑司ヶ谷霊園


倫子「はぁっ……はぁ、はぁっ……」タッ タッ タッ

倫子「……またここに来るとはな。鈴羽、すまないが今日は挨拶はナシだ」

倫子「(――ここに来ると、あの日々を思い出す)」



オレは空が嫌いだ。

"空には終わりが無い"。そんな話を聞いたのは小学生の頃だった。

宇宙には果てが無く、いまだに膨張し続けているという。

終わりのない世界。それは、幼い頃のオレにとって畏怖を覚えさせるには十分だった。

そんな空へと手を伸ばし、毎日毎日空を見上げる少女。

その瞳には何も映っていない。その心にあるのは空虚だけ。

その何もない世界に、まゆりは今にも旅立とうとしているようだった。

空からまっすぐな光――レンブラント光線――が降りてきた瞬間、

死んだ婆さんが、オレからまゆりまでも奪ってしまうんじゃないかと感じた。

オレは、まゆりが空に伸ばしていた手を、空から奪い取ったんだ。



倫子「……? 向こうからまゆりの声がする。独り言か?」


まゆり「ねぇ、おばあちゃん」

まゆり「最近ね、怖い夢をよく見るんだー」

まゆり「その夢の中ではね、いっつもまゆしぃはひどい目にあうの」

まゆり「まゆしぃの大好きな人たちと一緒にね、大好きな場所にいるとね」

まゆり「えっと、オカリンと、ダルくんと、クリスちゃんと、萌郁さんと、るかくんと、スズさんと、綯ちゃんと、フェリスちゃんとね」

まゆり「ラボの中とか、ビッグサイトとか、カラオケボックスとか、ブラウン管工房の前とか、まゆしぃのお気に入りの場所でね」

まゆり「突然息が苦しくなったり、ナイフで刺されたり、車に轢かれたり……」

まゆり「まるで本当のことみたいで、すごく苦しくて、すごく悲しくて、誰か助けてって一生懸命声を出そうとするけど、出せなくて」

まゆり「どうしてそんな夢、見るのかなぁ?」


倫子「(……まさか、これまでの世界線で、オレがまゆりを見殺しにした時の記憶が!?)」

倫子「(そう言えば、オレもまゆりが色んな死に方をする夢を見たことがある)」ゾワッ

倫子「(だが、どれも現実離れし過ぎていた……あれらは、オレや紅莉栖、ダルがタイムリープしたことで無かったことになった可能性世界の未来での記憶だったりするのか……?)」


まゆり「でね、その夢の最後は、いつも決まってるの」

まゆり「オカリンがね、優しく抱きしめてくれるんだー」

まゆり「オカリンはまゆしぃを抱きしめて、泣きながらね、とっても悲しそうな顔してた」

まゆり「だからまゆしぃも、悲しくなって、ごめんね、ごめんね、って言うけど、やっぱり声は届かなくて」

まゆり「そこで、いつも目が覚めるんだー。どうして、こんな夢見るのかな……?」


倫子「(済まない……済まない、まゆり。全部、オレのせいなんだよ……)」ポロポロ


まゆり「でもね、おばあちゃん。最近のオカリンはね、とっても楽しそうなんだよ」

まゆり「そんなオカリンを見てるとね、まゆしぃも嬉しくなって、ニコニコできるの」

まゆり「特にクリスちゃんが……あー、でもちょっと残念な子かもだから、憧れたりはしないのです」

まゆり「でもね、たまに思うんだー」

まゆり「オカリンとまゆしぃはね、小さい頃からいつも2人きりでね」

まゆり「ラボが出来てからも、2人で並んでソファに座って、オカリンはラボの作戦計画書みたいなのを書いてて、まゆしぃはマンガ読んだりゲームしたりして」

まゆり「とてもゆっくり、優しく時間が流れてて」

まゆり「まるでまゆしぃは本当に人質になっちゃったみたいだなーとかふと思って、1人でえっへへーって笑ったり」

まゆり「このまま、ずっと続いてほしいなあって思ってた」


まゆり「最近ね、オカリンと話す時間、ちょっと減っちゃった」

まゆり「だからね、まゆしぃは、寂しくなっちゃったのかもしれないね」

まゆり「でもね、オカリンの重荷にはなりたくないんだー」

まゆり「まゆしぃは、いつもいつも、オカリンに迷惑かけてばっかりだから」

まゆり「……いつまでも、このまま、人質のままじゃいられないよね」

倫子「このままでいいっ」グスッ

まゆり「んんー? あーっ! オカリンだー♪」

まゆり「……オカリン、泣いてるの? まだ身体痛いの?」

倫子「お前はオレの人質だ。だからお前はオレの手からは逃れられん。絶対にだ」ウルッ

まゆり「そっかー。……そっかぁ」

まゆり「(オカリンが今、心も身体もつらそうにしている理由ってやっぱり……)」

まゆり「……えっとね、まゆしぃは思うんだ」

まゆり「まゆしぃが人質じゃなくても、ラボにはクリスちゃんもダルくんも……みんな、いるよ」

まゆり「だから、オカリンはもうまゆしぃが人質じゃなくなっても、大丈夫だよ」

倫子「な、なにを勝手な――」

まゆり「まゆしぃはね、とっても嬉しいんだよ? みんながオカリンを大好きで、オカリンもみんなが大好きで……」

まゆり「だからね、オカリンはもう大丈夫だよ。まゆしぃが人質じゃなくなっても……」

倫子「――そんなことを言うなっ!!」ダキッ

まゆり「オ、オカリン……?」


倫子「ラボには……オレのそばには、まゆりがいなきゃだめなんだ」ギュゥッ

倫子「まゆりがそばにいるから、オレはいつでも笑っていられたんだ」

倫子「いくつもの世界線のお前が、オレのそばに居てくれたんだ……」

まゆり「……えっ」

倫子「行くな、まゆり。オレの、ううん、私のそばから、どこにも行かないで……うわぁぁんっ」グスッ

まゆり「オ、オカリン!? まゆしぃは、どこにも行かないよ? 人質をやめても、そばにいるよ?」

倫子「それじゃダメなのっ! 我がままでしょ!? これが、私の、そして鳳凰院凶真の本性なんだよっ!」

倫子「鳳凰院凶真は、まゆりを守るために生まれたのっ!」

倫子「まゆりは、ずっとずっと、大切な人質なんだよっ!」ギュッ

まゆり「……ずっとって……いつまで……?」

倫子「いつまでもだよ」

まゆり「まゆしぃが大学生になっても?」

倫子「うん」

まゆり「まゆしぃが幼稚園の先生になっても?」

倫子「うん」

まゆり「……お嫁さんに行く時でも?」

倫子「歳をとって死ぬまで、まゆりは私と一緒にいればいいよ」

まゆり「……それじゃ、まゆしぃはお嫁に行けないね……」

倫子「どこにも行かないでって言ってるでしょ……」ギュゥッ

まゆり「えへへ……苦しいよ、オカリン」ギュッ


まゆり「……まゆしぃね、オカリンのこと、好きだったよ。昔から……大好きだったよ」

まゆり「鳳凰院凶真のことも、倫子ちゃんのことも」

倫子「……初めてまともにオレの真名を呼んだな」

まゆり「あ、ほーそーいいんさんに戻っちゃったね。えっへへー」

倫子「こいつ……」フフッ

まゆり「女の子なのにね、変だってわかってたよ? ダメだって思って、ずっと隠してたの……」

倫子「……バレバレだったぞ」

まゆり「だからね、クリスちゃんがラボに来て……オカリンと仲良くなって……とっても嬉しいんだけど、なんだか寂しかったの……」

まゆり「オカリンが、クリスちゃんと一緒にアメリカに行っちゃうんじゃないかなぁって思うと……胸が苦しかったの……」

まゆり「でもね、もしそうなったら、まゆしぃも、お父さんが望んでるような、普通の女の子の気持ちになれるかなぁって思ったりしてね……」

まゆり「そんな自分が……とってもいやだった……」

まゆり「なのに、どうしても……だめだったの……」グスッ

まゆり「……ねぇ、オカリン。今だけは……我慢、しなくてもいいかなぁ」

倫子「……いいよ」

まゆり「……オカリン、背、高いね」スッ

まゆり「んっ……」チュッ



倫子「(今、ようやくわかった――)」

倫子「(まゆりはオレの人質であると同時に――)」

倫子「(過去から続く、私の半身だったんだ――)」


まゆり「……あ、わ、わぁっ? ど、どうしようっ! き、き、キスしちゃった!」アワアワ

倫子「で、でかい声で言うなぁっ! 恥ずかしいだろ!」アセッ

まゆり「だ、だって、キス、なんだよ? オカリンと、キス、なんだよ!?」グルグル

倫子「そ、それがなんだっ!? たかがキスごときで、ど、動揺するでないっ! ふ、ふぅーはははぁ!」

まゆり「フェリスちゃんとクリスちゃんが、まゆしぃを殺しにきちゃうかも……」

倫子「あー……それか。そんな世界線でないことを祈ろう」

まゆり「ふえ?」

倫子「ああ、いや、なんでもないぞっ! その辺はオレがなんとかするっ」

まゆり「そ、そっかぁ……良かったぁ……」

まゆり「……どうしよう。安心したら……その……」

まゆり「もう1回……キス、したくなっちゃったかも……」

倫子「……ほら、まゆり。こっちに来いっ」

まゆり「あっ」


チュ



まゆり「……えへへ。2回もしちゃったね」

倫子「お、おう。……誰かに言うなよ?」

まゆり「オカリンとまゆしぃだけの秘密だね♪」

まゆり「……おばあちゃんがまゆしぃのお願いごと叶えてくれたのかなぁ」

倫子「お願いごとって……あの婆さんは神様じゃないんだぞ?」

まゆり「ううん。おばあちゃんはまゆしぃにとって神様なんだー」

まゆり「……あの時ね、おばあちゃんが死んでお星さまになっちゃって、まゆしぃもお星さまになってしまいたいって思ってた」

まゆり「でも、そんな時にね、オカリンがまゆしぃを暗い暗い世界から救ってくれたのです」

まゆり「だからオカリンはまゆしぃにとっておっきなお星さま」

まゆり「ううん、おばあちゃんがお星さまになる前から、ずっとずっと、オカリンは輝いてたんだよ」

まゆり「ねえオカリン? まゆしぃとオカリンが初めて会った日のこと、覚えてる?」

倫子「……ああ。下校途中、突然目の前にボールが飛んできて……」


・・・


倫子「……はい、これ。ボール」スッ

まゆり「…………」ビクビク

まゆり「……お、お母さん」

まゆり母「ほらまゆり、私の後ろに隠れてないで、お姉ちゃんにありがとうは?」

まゆり「…………」モジモジ

まゆり母「ごめんね、この子内気で。こんなんだからいつまで経ってもお友達が出来なくてねぇ」

まゆり母「良かったらまゆりのお友達になってくれない?」

倫子「……岡部倫子。よろしくね、まゆりちゃん」ニコ

まゆり「っ!!」ドキッ!!


倫子「……握手」スッ

まゆり「…………」プルプル

倫子「……?」

まゆり「……しいな、まゆり!」ギュッ

倫子「……うん!」ニコ


・・・



まゆり「その時から、まゆしぃの宇宙が広がっていったの」

まゆり「小さくて真っ暗なまゆしぃの宇宙に、オカリンっていうお星さまをくれたおばあちゃんは、まゆしぃにとっては神様なのです」

倫子「まゆり……」

まゆり「今はラボのみんながオカリンを中心に回っててね、みーんなキラキラ輝いてるんだー」

倫子「……そこにはまゆりが居なくちゃ、ダメだな」

倫子「だってまゆりは……オレの宇宙を輝かせてくれる、一等星なのだからなっ」

まゆり「そうなの? そうだったらうれしいなぁ、えっへへー」

倫子「あ、でも、まゆりに素敵な男の人が現れたら必ず言えよ! オレがまゆりの伴侶としてふさわしいか審査してやるから覚悟しろっ」

まゆり「えぇー、まゆしぃにそんな人現れないよー」

倫子「……まゆりは、きっといいお母さんになると思うぞ」

まゆり「あ! だったらねー、養子でも取ろうかな。それでオカリンと一緒に3人で暮らすの!」

倫子「それでいいのか?」

まゆり「えっへへー」


倫子「それじゃ、オレは一度アキバへ戻るよ。助手に心配かけたままだからな」

まゆり「でもねー、あんまり無理したらダメだよー? まゆしぃはね、ちょっぴり心配なのです」

倫子「……話せるときが来たら、すべて話す」

まゆり「ほえ? なんのこと?」

倫子「まゆり。もしオレが、お前に隠し事をしてるって言ったら、どう思う?」

まゆり「……実は、オカリンとクリスちゃんは付き合っています、っていうビックリなことー?」

倫子「どうしてそうなる」

まゆり「まゆしぃとキスまでしちゃったのに、オカリンは欲張りさんだねーえへへー。でもまゆしぃはそれでもいいよー、だってオカリンだもん」ニコニコ

倫子「そんな話をしてるんじゃないんだ、まゆり」

まゆり「あ、うん。全部話してほしいなんて、思ってないよ。人質だもん」

倫子「そんな話をしているんじゃないんだっ!」

まゆり「……もう、行くね」

倫子「ま、待て、行くな」ガシッ

まゆり「オ、オカリン、腕つかむの、痛いよ……」


まゆり「……まゆしぃは、オカリンの重荷にはなりたくないよ」

まゆり「だから、オカリンが言ってくれるまで待つよ」

倫子「……一生、言わないかも知れないぞ。お前に関係していることでも、待つのか」

まゆり「……まゆしぃに? そのせいでオカリンはつらい顔してるのかな!?」ガシッ

まゆり「だったら話して欲しいな……」ギュゥ

倫子「それでお前は、傷ついてもいいって言うのか……?」

まゆり「……うん」ニコ

まゆり「まゆしぃがオカリンの役に立てるなら、まゆしぃは嬉しいよ」

倫子「……分かった。すべて話すよ」

倫子「オレはこれから、お前のために紅莉栖を犠―――」


  『まゆしぃだって、クリスちゃんを犠牲にしてまで生きていたくないよぉ!』


倫子「(な、なんだ? イメージ? ……きっと妄想だ。気にすることは無い――)」


ピロリン♪


倫子「……紅莉栖からメールか」ピッ


From 助手
Sub
やっぱりダメだった。フェ
イリスさんにパパたちの研
究について教えてもらって
ね、それでパパに電話した
んだけど、結局私、パパに
も死刑宣告されちゃった。
白昼夢も見た。かなり都合
よく作られてたけど、でも
ね、私、死んじゃっ



倫子「あいつ……っ!!」ダッ

まゆり「オ、オカリン!?」

倫子「まゆりはもう帰るんだっ! いいなっ!!」タッ タッ

秋葉原 ラジ館屋上


倫子「……紅莉栖っ!! 早まるなっ!!」ドンッ!!

紅莉栖「うおわああ金網ぃっ! 金網に押し付けられるっ!」ムギュッ

倫子「はぁっ、はぁっ……紅莉栖、大丈夫か!? なにがあった!?」ガシッ

紅莉栖「ひょわぁっ!?///」ビクッ

倫子「ラボに行っても……ハァ……居なかったから、ここかと……フゥ……思って……」

紅莉栖「お、岡部……?」

倫子「心配したんだぞっ!! お前が、お前が死んじゃうなんて言うからぁ……」グスッ

倫子「屋上から、飛び降りちゃうかと思ってぇ……」ポロポロ

紅莉栖「……あー、あれ途中で誤送信しちゃったの。心配かけてごめん。私は平気だから」

倫子「……お前のほっぺに涙の跡がある」

紅莉栖「えっ? あっ、これはっ、違うの! とにかく、そういうのじゃないから!」グシグシ

倫子「……バカめ。この暗闇で涙の跡など見えるわけがなかろう。今何時だと思っている」

紅莉栖「くっ、かまをかけられたか……」

紅莉栖「とにかく、私が泣いてたのは岡部のせいじゃないから! 気にしなくていいの! ねっ!?」

倫子「……早まった真似をしたわけじゃないなら、それでいい」プイッ

紅莉栖「……そうじゃなくてね、β世界線で私が死んじゃった時のこと、思い出したの。それをあんたに伝えたかった」

倫子「な、なんだとっ!?」


紅莉栖「岡部が病院を出てから、自分の記憶を検証してみようと思ったのよ」

紅莉栖「1時間の記憶喪失のあと、なんだか脳に違和感があったから……」

倫子「こんな大変な時に、何を……」

紅莉栖「こういう性分なの。たとえ明後日までに自分が消滅するとしても、知的好奇心は抑えられなかったでFA」

紅莉栖「それで、ラジ館に行ってみた」

倫子「記憶を刺激するため、か」

紅莉栖「自分の死について考えながらラジ館を見上げると、心拍数が上がって、世界がずれた気がしたわ」

倫子「……リーディングシュタイナーだ」ゾワッ

紅莉栖「目の前の景色が歪んだ。私の目の前に封筒を手に取って文書を読む男性が居た」

倫子「や、やはり犯人は男だったのか!」

紅莉栖「……っ。たぶん、パパと同じくらいの風体だったから、歳は40代半ばってところ」

紅莉栖「そこに、白い布、たぶん、白衣が映ったの」

倫子「白衣……?」

紅莉栖「たしか、ラジ館で私と岡部は出会っていたのよね? その印象が向こうの私にも記憶として強く残っていたのかもしれない」

倫子「確かに、あの時の紅莉栖はやたらとオレに突っかかってきたな……」

紅莉栖「私の記憶は都合よく改変されて、パパと岡部がもみあってるみたいに見せられた。そんなわけないのに、まったく脳ってのは厄介よね」ハァ

紅莉栖「そして、ナイフがお腹に刺さって……なんて言えばいいか、死ぬほど痛かった。まあ、死んだんだから当たり前か」

倫子「……っ」

紅莉栖「駅前の人通りの中で、絶叫しながら卒倒しちゃった……。救急車を呼ばれそうになったから走って逃げたけど」

紅莉栖「自分の死の記憶があるのって貴重なサンプルよね。正直、今すぐ大学に戻ってデータを――」

倫子「バカぁっ!!!」ヒシッ

紅莉栖「お、岡部……」


倫子「お前だって、怖かったに決まっているっ! オレの前で変に強がるな、バカモノっ!」ギュッ

紅莉栖「ご、ごめん……」

紅莉栖「あ、でも次は肉体的に死ぬわけじゃないから、痛い思いはしないはずよ! だから岡部は心配せずにβ世界線に切り替えていいからね?」

倫子「紅莉栖のバカぁっ……アホぉっ……」ヒグッ

紅莉栖「……どうして私って、こういう時に気の利いた言い回しができないかな。もう」ハァ

紅莉栖「正直に言う。死ぬほど怖かった。今夜は悪夢決定ね」

倫子「一緒に居てやる。朝、目が覚めるまで、隣に居てやるっ」グスッ

紅莉栖「あ、ありがと」


紅莉栖「その後ね、ホントに私とフェイリスさんが幼馴染なのかをメイクイーンに確認しに行ったのよ」

倫子「父親同士が大学の同期なのだろう?」

紅莉栖「フェイリスさんからそう教えてもらって、ビックリしたわ。そしたらフェイリスさんの家に招待された」

紅莉栖「歴史の闇に葬られた貴重な資料がーとかなんとか言ってたけど、パパとフェイリスさんのパパ、あと橋田教授の研究データが音声で残っててね」

倫子「そう言えばフェイリスのパパさんがそんなこと言ってたな……」

紅莉栖「……私は、かつて自分がパパにどれだけひどいことをしてしまったか、思い知らされた。パパがタイムマシン研究に熱中していたのは、亡くなってしまった親友と教授との絆があったからだったのに……」

紅莉栖「それなのに私はパパのタイムマシン理論を全否定した。完全に論破した」

倫子「……そうだったな」

紅莉栖「やっぱり、こんな私なんて居ない方がいいって思ったりもしたけど、フェイリスさんに説得されてパパに電話したの」

倫子「それであのメールの内容か」

紅莉栖「1度壊れてしまった絆は、2度とは取り戻せない。時間の流れが不可逆的である限り」

倫子「父親になんて言われたんだ? 以前お前は父親に嫌われているとは言っていたが、死刑宣告ってのは一体――」

紅莉栖「……『よく憶えておけ。貴様という存在はもうすぐ消えて無くなるのだ!』だって」

倫子「なっ!?」

紅莉栖「笑っちゃうわよね。言われなくても、もうすぐ、き、消えるって、言う、の、に……っ」グッ

倫子「……お前は、確かに今、ここにいるっ」ダキッ

紅莉栖「……うん」


紅莉栖「とゆーかだな、私のことは後でいい。どうせなかったことになるんだから」

倫子「そんな言い方――」

紅莉栖「私が思い出した記憶は自分の死についてだけじゃない。まゆりを必死で助けようとする岡部のことも思い出してる」

倫子「なっ……」

紅莉栖「たぶん、あんたがなかったことにしてきた世界線での記憶。そして、そんな岡部に私は手助けしたい、協力したいって思った」

紅莉栖「岡部の決心はついたの?」

倫子「……さっき、まゆりに会ってきた。オレは、死ぬまでまゆりを人質にすることを誓った」

紅莉栖「その様子だと、腹は決まったみたいね。良かった」ニコ

倫子「……っ」ギリッ

紅莉栖「まゆりには話したの?」

倫子「……いや、話す必要はない」

倫子「あいつは、知らなくていいんだ。悪い夢は、きっとそのうち忘れるだろう」

紅莉栖「……そう。それが岡部の選択なのね」

紅莉栖「まあ、私としてもまゆりに変な罪悪感を負わせるなんてまっぴらごめんだから、それで良かったと思うわ」

紅莉栖「最悪のケースとして、私が岡部に、まゆりを見殺しにしろって言わなきゃいけない覚悟もしてたけど、取り越し苦労になったみたいね」

倫子「……オレが簡単に、諦めたと思うか? お前を、見捨てる覚悟ができたと思うか!?」

紅莉栖「でも諦めた。過程はどうあれ、結果は収束する。それでいいのよ、岡部」

紅莉栖「まゆりを助けて。そうしないと、あんたの心が本当に壊れちゃうから」

倫子「オレはっ! それでもお前を、失いたくない……っ!」グッ

紅莉栖「岡部……」


紅莉栖「我がまま言っても仕方ないじゃない。世界を救うためには、タイムマシンの母を消すしかない」

倫子「紅莉栖を見殺しにして生きていくことに、なんの意味がある……っ」グスッ

紅莉栖「あんたには、まゆりだけじゃない、阿万音さんの願いも、ひいては未来の橋田や私たちの願いも託されてる」

倫子「ダメだっ! クリスティーナはオレたちの大切な仲間だっ! オレはお前も見捨てないっ!」ウルッ

紅莉栖「……ああ、もう。かわいいな畜生」

紅莉栖「聞いて、岡部」

紅莉栖「私は、まゆりを犠牲にしてまで生きていたくない」

紅莉栖「もしまゆりを助けなかったら、あんたを一生恨むから」

倫子「くぅ……」ポロポロ

紅莉栖「……目、真っ赤。今日1日中泣いてるのね」ハァ

紅莉栖「あのね、私、事あるごとに岡部のこと大好きアピールしてきたけど、岡部が特別ってわけじゃないから」

倫子「え……?」グスッ

紅莉栖「可愛い女の子が好きなだけ。とゆーかあんたは、自分はノーマルだってさんざん主張してきたわけで」

紅莉栖「私のことなんか忘れて、素敵な人を見つけなさい。それで幸せになりなさい」

紅莉栖「そしたらきっと、α世界線での出来事は全部ただの夢になるから」

倫子「お前は……夢なんかじゃない……ここに、いるのに……っ!」ダキッ

紅莉栖「……ありがとう。私のために、そこまで苦しんでくれて」ギュッ


紅莉栖「ねえ岡部。そのまま聞いて」

倫子「…………」ギュッ

紅莉栖「あらゆる時、あらゆる場所に自分がいる」

紅莉栖「誰かを愛する強い気持ちが、何かを信じる強い感情が」

紅莉栖「何かを伝えたいと思う強い思いが」

紅莉栖「時を超え、繋がって、今の自分があるのだとしたら――」


  『きっと、7000万年後の秋葉原にいる、オカリンとまゆしぃまで、意志は連続していくんだって思うな』


紅莉栖「それは、素晴らしいこと」

倫子「…………」グスッ

紅莉栖「だから、見殺しにするなんて思わないで」

紅莉栖「世界線が変わってもたった1人、岡部が忘れなければ私はそこにいる。だから……」

倫子「……お前のことは、絶対に、忘れないっ」


紅莉栖「もうじゅうぶん。私は大丈夫だから、後は、まゆりのことだけ考えて」

倫子「オレは……オレはぁっ……」ポロポロ

紅莉栖「ごめんね、岡部……。こんな可愛い子に、こんなつらい選択を強いるなんて、神様は何考えてるんだか」ナデナデ

紅莉栖「今だけは神様にマザーファッカーと言ってやりたい気分だわ」

倫子「どんな気分だよ……グスッ……」

紅莉栖「岡部1人がどれだけ頑張ったって、世界の意志には勝てない。だから、自分を責めないで」

倫子「…………」

倫子「……離れろ」トンッ

紅莉栖「お、岡部?」

倫子「お前は……オレが1人ではなにもできないと、そう言いたいのか」

紅莉栖「事実でしょ。今までもそうだった。あんたはいつも誰かの助けを借りないと何もできない」

紅莉栖「阿万音さん、フェイリスのパパさん、未来の橋田、そして、私……」

紅莉栖「私は、もう、あんたを助けられないから……ごめん……」

倫子「……お前がオレの何を知っているというのだ。たかだか2週間ちょっとの付き合いで」

倫子「何も知らないくせに、できないと決めつけるなぁっ!!」


  『何も知らんくせに、無理だと決めつけるなッ!!』


紅莉栖「……っ!!」ビクッ!!


紅莉栖「ご、ごめん……そうよね、私なんて、赤の他人だもの……」

紅莉栖「1人で勝手に舞い上がってた。うぬぼれてた。訂正する」

倫子「オレにだってできることぐらい、ある」

倫子「今から一緒に青森に行くぞ」

倫子「お前のクソ親父に土下座させてやる」

紅莉栖「そうね、それならできるかも……」

紅莉栖「…………」

紅莉栖「…………」

紅莉栖「ハァッ!?!?」


倫子「金ならいくらでもなかったことにできる。今からなら、寝台で行こう。それなら青森駅に明日の朝には着ける」

紅莉栖「"Wait, wait!!" 岡部、それマジで言ってんの!?」

倫子「オレはお前と約束した! 未来のお前とも、何度も約束した! 青森へ行って、父親と会うとなっ!」

紅莉栖「い、いや、えっと、心の準備がだなっ!」

倫子「服や靴は道中で適当に高そうなのを買う。あとドラッグストアで化粧品も買わなければな……」ブツブツ

紅莉栖「わ、私、パパに、憎まれてるのよ!? お前なんて、消えてなくなればいいって――」

倫子「それがどうしたっ!!」

紅莉栖「っ……」

倫子「可能性が有る限り挑戦するのが科学者なんじゃなかったのか? 一度や二度の失敗で簡単に諦めてしまうのか?」

紅莉栖「い、一緒にしないでよ……それに、これは私の家族の問題で、岡部には関係ないでしょ……」プルプル

倫子「いいや、関係がある! 言ったはずだ、お前は大事なラボメンなのだと!」

紅莉栖「……それ言われたら、反論できないじゃない」ウルッ

倫子「論破厨、ここに破れたりっ! ボサッとしてないで行くぞ、クリスティーナ!」

紅莉栖「パパの前ではティーナをつけないでよぉっ!?」

2010年8月16日月曜日
NR青森駅


モブA「おい、見ろよ、あれ……」

モブB「モデルか!? アイドルか!?」

モブC「なんだあの美少女……」


ヒソヒソ ヒソヒソ


倫子「おまたせー……紅莉栖? どうしたの?」キラキラ

紅莉栖「ど、どど、どどど、どちら様でしょうか……」

紅莉栖「(すっごい美人が、そこに居た)」

紅莉栖「(アメ横で買ったにしては今風の女子大生ルックに、果実のようなリップ……なにより、麗しさを感じさせる髪を下ろしたミディアムヘアとモデル体型のボディラインが目に刺さる……)」

倫子「何の冗談よ。岡部倫子だけど」クスクス

紅莉栖「(言葉遣いや立ち振る舞いに気品を感じる……なんだこのペルソナ使いは……)」ビクビク

倫子「別に、多重人格ってわけじゃないよ? ちょっとテンションをよそ行きに着飾ればこうなるってだけ」

紅莉栖「確かに今までもちらほら素の岡部が見え隠れしてたけど、全開だとこうなっちゃうわけね……」

倫子「この女の子女の子した恰好だと、仮に私の身になにかあった時、世間様はまず私の味方をしてくれる」

倫子「そんな周囲が嫌で、今まではこういう喋り方とか仕草とかを封印してたんだけど」

倫子「これなら私が紅莉栖のパパを怒らせても、私に手をあげられないでしょう?」ニコ

紅莉栖「(はうあっ!)」ドキューン!!

紅莉栖「……もしかして岡部、私をパパから守るためだけにそこまでしてくれてるの?」

倫子「……こっちの私は嫌い?」ウルッ

紅莉栖「大好物です」^q^

牧瀬家


倫子「ここね」ピンポーン

紅莉栖「ちょっとぉ!? どうしてそんなに行動的なのよぉ!?」ブルブル

倫子「時間が無いんだから仕方ないでしょ」ピンポピンポピンポーン

紅莉栖「ひぇぇ……ホントに実家に帰って来ちゃうなんて……」ガクガク

??『誰だッ! 朝から騒々しい!』

倫子「私、紅莉栖お嬢さんのお友達の、岡部倫子と申します。今日は章一さんにお話があって東京から来ました」

??『紅莉栖の……? 2度と連絡を取るなと言ったはずだ』

倫子「私があなたに言いたいことがあるんです。いいえ、私だけじゃありません」

倫子「秋葉幸高さんも、橋田鈴さんも、あなたに言いたいことがあると」

??『何だと……? わかった、入れ』プツッ

倫子「ほら、ね?」ニコ

紅莉栖「倫子ちゃんってこんなに頼もしかったっけ……?」

倫子「今だけは倫子ちゃんって呼んでね」

牧瀬家 応接間


倫子「随分汚い家ね……あちこちに書類が散乱してる」

紅莉栖「7年間も1人暮らししてるからね。掃除もろくにやってないんだと思う」

ガチャ

??「……何の用だ」

紅莉栖「あ……パパ……えっと、久しぶり……」

倫子「(ん? この顔、どこかで見たような……って)」

倫子「あぁーっ!? ドクター中鉢!?」

中鉢「(なんだこの絶世の美少女は……紅莉栖とどんな関係なのだ?)」

紅莉栖「えっと、倫子ちゃん? 言ってなかったっけ」

紅莉栖「私のパパ、牧瀬章一は、中鉢博士っていう芸名でテレビに出たりしてて……」

中鉢「芸名ではないッ!!!」ドンッ!

倫子「きゃっ!」ビクッ!!

紅莉栖「ヒッ……ご、ごめん……」ビクビク

倫子「(壁のあちこちが凹んでいる理由はコレか……)」ドキドキ

中鉢「……岡部とか言ったな。あんたが余計な真似をしてくれたのか。何のつもりだ」

中鉢「用件だけ済ませてとっとと帰ってもらおうか」ギロッ

倫子「(お、落ち着け……うちの親父の方が頑固親父度は高いんだから、どうってことないはず……)」プルプル

紅莉栖「(倫子ちゃん、男性恐怖症なのに、私のためにがんばってくれてる……!)」


倫子「パパさん、紅莉栖に謝ってください。私がここに来た最大の目的はソレです」

中鉢「なに?」

倫子「身に覚えが無いとは言わせませんよ。何度も何度も自分の娘に死ねばいいだの消えればいいだのと言い放っておいて、ネグレクトはなはだしい」

中鉢「…………」

紅莉栖「ちょ、ちょっと倫子ちゃん……」

倫子「その原因が、タイムマシン研究にあるというのなら、なおバカバカしい」

中鉢「――っ! 貴様も私の研究を馬鹿にするのかっ!!」ドンッ!

倫子「あ、あなたが何のためにそこまでタイムマシン研究に執着しているのか、その原因がバカバカしいと言っているんです!」ビクビク

中鉢「何を知った風な口をっ!」バンッ!!

倫子「(こ、こわい……が、ここは畳みかけるっ!)」ドキドキ

倫子「橋田鈴はっ!! 2036年から1975年へと跳んだタイムトラベラーだっ!!」

紅莉栖「ふぇっ!? それ言っちゃうの!?」

中鉢「な……なにを荒唐無稽な……」

倫子「私のラボが、彼女の乗るタイムマシンを造り上げるんです。2033年に」

倫子「18歳の彼女が、2010年の私のところへ訪ねて来て、そう教えてくれました」

中鉢「そ、そんな、馬鹿な……いや、しかし、なるほど……」


紅莉栖「パパ? こんなトンデモ話、信じるの?」

中鉢「トンデモなものか……橋田教授と付き合いが一番長いのは他でもない、私だ」

紅莉栖「あ、そっか……」

中鉢「教授がタイムトラベラーではないかという疑念が生まれたのは、私が大学に入ってすぐのことだ」

倫子&紅莉栖「「えぇっ!?」」

中鉢「あの若さにして助教授、しかも当時男社会だった学会において紅一点、未来を予知するような奇抜な論文でその地位を獲得していた人物の秘密を探ろうと、私は彼女の研究室に忍び込んだ」

中鉢「そこで目にしたのは、1冊のタイムマシン研究ノートだったのだ」

倫子「(鈴羽も自分の父親の背中を追いかけていたのね……)」

中鉢「私も小さい時、タイムマシンを夢想したことがあった。だが、そんなものは空想小説の世界の話に過ぎない」

中鉢「そう思っていた当時の私にとって、教授との出会いは衝撃だった……」

中鉢「無論、教授は自分がタイムトラベラーであることを全力で否定していたがね。しかし、教授は嘘を隠すのが下手だった」

紅莉栖「(でしょうね)」

倫子「(でしょうね)」

中鉢「だが、私はタイムパラドックスに気が付いてしまったのだよ」

中鉢「教授は一体、誰が造ったタイムマシンで過去へ来たのか」

中鉢「もしこのまま世間が、学会が、タイムマシンなど空想の産物だと一笑に付し続けていれば、教授の存在は消滅してしまうはずだ」

中鉢「逆に言えば、教授が存在している限り、タイムマシンは必ず造れるということ」

中鉢「それならば……私にもタイムマシンを造ることが可能なはずだと、確信を得たのだ」

倫子「ですが、橋田鈴さんの乗ったタイムマシンは、あなたが造った物ではなかった」

中鉢「……その可能性も、もちろんあった」


倫子「おそらく、あなたがタイムマシン研究に執着しているのは、それだけが原因じゃない」

倫子「秋葉幸高さんは、あなたの親友だった」

中鉢「…………」

紅莉栖「えっと、倫子ちゃん? どういうこと?」

倫子「タイムマシンがあれば、死者は蘇る」

紅莉栖「えっ……あっ!」

中鉢「……そうだ。その通りだ。私は、理不尽極まりない命の奪われ方をした幸高を、救いたかったのだ……!」

倫子「2000年4月2日、飛行機事故の唯一の死者、でしたね」

中鉢「あんなもの、何かの陰謀だッ! 幸高の会社が立ち直っていくのを妬んでいた何者かによって仕組まれた暗殺だったのだッ!」

倫子「(この人は、まゆりを救うための解を探し続けた私と同じように、一縷の望みに縋り続けていたんだ……10年もの間、ずっと……)」

倫子「(タイムマシンは、魔物だ……)」


紅莉栖「ごめん……ごめんなさい、パパ……」

紅莉栖「パパにとってそこまで大切な研究だったのに、何も知らない私がしゃしゃりでちゃって……」グスッ

中鉢「岡部倫子と言ったな。これは私の推測だが」

中鉢「――あんたも、タイムトラベラーだな?」

倫子「……これだけ色々しゃべったらバレますよね」

中鉢「それならばどこかにタイムマシンがあるはずだ!! この時代で既に実用的なものとは思えんが、あるいは2036年からもたらされたか!?」ガシッ

倫子「ひぃっ! な、なにを――」ゾワワァッ

中鉢「今すぐそれを使わせろッ!! 金ならいくらでも払うッ!! だから私を過去へ――」ユサユサ


??「やり直したい過去があるから、ニャ?」


紅莉栖「えっ!?」


倫子「ふ、ふぅ、助かった……早かったね、フェイリス」

紅莉栖「ど、どういうこと!?」

フェイリス「凶真から昨日の夜メールがあって、"あるもの"を届けるよう頼まれたのニャ」

フェイリス「ここまで来るのに黒木に飛ばしてもらったニャン」

黒木「お久しぶりにございます、牧瀬章一様」

中鉢「あ、あんたは、幸高のとこの……」

倫子「仕事が忙しいのに、急に呼び出してごめんね」

フェイリス「2人はフェイリスの幼馴染なんだニャ! 2人のピンチには馳せ参じるのがフェイリス流ニャ!」

倫子「私に対しては一方的な幼馴染でしょうに……」

フェイリス「ちなみにお店の方はマユシィにお願いしたら快く臨時バイトに入ってくれたニャン♪」

紅莉栖「そっか、フェイリスさんが登場するのをわかってたから倫子ちゃんはこんなに押せ押せだったのね……」

フェイリス「で、持ってきたブツがこれニャ」スッ

紅莉栖「これって……ラジカセ?」

倫子「フェイリスのパパさんから聞いた通り、やっぱりあったね」ニヤニヤ

中鉢「……っ!? ま、まさかっ!!」

フェイリス「章一ニャンも覚い出したかニャ? 2003年7月25日、章一ニャンがフェイリスの家に来て吹き込んだテープだニャ」

紅莉栖「それって、私の11歳の誕生日……」

中鉢「や、やめろ!! それを再生するんじゃない!!」

フェイリス「黒木」

黒木「はい、お嬢様」ガシッ

中鉢「な、何をする!? 離せ、離せぇっ!!」ジタバタ

フェイリス「離さないニャーン♪ ポチッとニャ!」


カチッ……


「2003年7月25日……」

「第……えー、第……何回目だったかな。とにかく、"相対性理論超越委員会"」

「……もう、幸高も橋田教授もいない……」

「2人とも……亡くなってしまった……」

「あの頃の私たちはあんなにも……」

「タイムマシンを作ろうという夢に溢れていたのにな……」

「あの頃に戻りたいよ……」

「そうしたら今度こそ、絶対に」

「タイムマシンを作ってみせる」

「娘に論破されないような……完璧なタイムマシンを……」


「……なぁ、幸高……。それでな……」

「私は……俺はっ……」

「タイムマシンを使って、やりたいことがあるんだ……」

「今日、娘にひどいことを言ってしまった……」

「あの瞬間に戻って自分に言ってやるんだ」

「娘を、紅莉栖を……」

「傷付けるな、と……」

「感情に身を任せて家族の絆を壊すな……と……」

「俺は……あんなことっ……」

「言いたくなかったんだ……ッ!!」



ジー…… カチャ 


フェイリス「ニャフフゥ」ドヤァ

倫子「フフフ」

中鉢「くっ……」

紅莉栖「パパ……」

フェイリス「カードは出し惜しみせず、切れる時に切るのが雷ネッター王者のプレイングニャ! 黒木!」

黒木「はい、お嬢様」スッ

中鉢「……ッ!? そ、それはッ!?」

黒木「章一様のお忘れ物でございます」

フェイリス「同じ日に章一ニャンがうちに置いていったのニャ」

倫子「中身は銀のフォーク……そうですね、章一さん」

中鉢「なぜそれをッ!? そ、そうか、タイムトラベルで見てきたのだな……ッ!!」

紅莉栖「えっ? えっ?」

フェイリス「クーニャン。開けてみるニャ」

紅莉栖「う、うん……あ、メッセージカード……」


  『11歳の誕生日おめでとう紅莉栖 パパより』


紅莉栖「……ホントだ。ちょっと子どもっぽい、銀のフォーク……」

中鉢「………………………………」

黒木「そのプレゼント箱を握りしめたまま、疲れた顔をして秋葉家を訪ねてこられた時のこと、今でもよく覚えております」

フェイリス「クーニャンは、否定なんてされてなかったんだよ」

フェイリス「フェイリスと違って、クーニャンとクーニャンのパパは、まだ繋がってるんだよ」

フェイリス「絆を結び直すこともできるんだよ、"クリスちゃん"」


フェイリス「章一さんがうちに来た後、私はクリスちゃんが心配になって、黒木に頼んで、クリスちゃんが東京に来るってタイミングで会いに行ったの。覚えてる?」

紅莉栖「覚えてる……忘れるわけ、ないじゃない……」

紅莉栖「倫子ちゃんと引き合わせてくれた日のこと……」グスッ

倫子「そういうことだったのか……」

紅莉栖「でも、どうしてフェイリスさんが私のためにここまで? 幼馴染って言っても、そんなに親しかったわけじゃないのに……」

フェイリス「……パパのお葬式の時、一番つらくて、1人ぼっちになっちゃったって思ってたとき」

フェイリス「私を救ってくれたのは、クリスちゃんだったんだよ」

紅莉栖「私が……?」

フェイリス「ずっと嫌がってたのにおそろいの髪型にしてくれたあなたが、『1人じゃないよ、私がいるよ』って言ってくれた気がして」

フェイリス「橋田鈴さんだけじゃない。私のパパと、章一さんが私たちを出会わせてくれたんだよ」

中鉢「…………」

フェイリス「巡り巡って、私たちはみんな繋がってるんだよ」

紅莉栖「……ありがとう、"留未穂"。ありがとう、パパ……」

紅莉栖「ありがとう、ありがとう……」ポロポロ


フェイリス「章一さんが否定したかったのは、クリスちゃんの存在じゃなくて、自分がクリスちゃんにひどいことを言ってしまった歴史の方だったんですね」

中鉢「ぐっ……勝手にそう思えばいい」

倫子「あなたは、タイムマシンしか手段がないと思っているかも知れない」

倫子「けど、そんなのは言い訳です。タイムマシンでどれだけの人が傷つくか、あなたは知らないんだ」

倫子「そんなものに頼らず……あなたには今すぐできることがあるじゃないですか」

中鉢「知った風な口を聞くなと……」

紅莉栖「パパ……」

フェイリス「大の男のツンデレは、可愛くないニャン♪」

倫子「アナクロな頑固親父よね。まあ、うちの親父には負けるけど」

紅莉栖「外野は茶化すなぁっ!」

フェイリス「ほらほら~、章一ニャン? クーニャンになにか言うことはないかニャ? 無いならクーニャンを東京に連れて帰っちゃうニャよ~?」

中鉢「とっとと帰れッ!! まったく、人の家に勝手に押しかけて、ふざけた真似をしてくれるっ」

倫子「……私は、世界を元に戻すように橋田鈴さんに頼まれています」

中鉢「なに……?」


倫子「このままだと、世界はタイムマシンによってディストピアとなってしまうんです。だから、そんなタイムマシンの生まれない世界へ到達しなくてはならない」

紅莉栖「…………」

中鉢「ディストピア? フン、まるでH.G.ウェルズの『タイム・マシン』ではないか。空想科学の典型だな」

倫子「それが意味しているのは、あなたの研究をも無に帰さなければ、橋田鈴さんの願いは達成されないということ」

中鉢「……本当、なのか?」

倫子「あと24年経てばわかることです。そして、その選択はあと1日のうちにしなければならない」

倫子「だから、私たちには時間が無いんです」

倫子「今ここで、あなたの口から、あなたの言葉が聞きたい」

中鉢「…………」

中鉢「……………………」

中鉢「…………………………………………紅莉栖」

紅莉栖「は、はいっ」

中鉢「……良い友を持ったな」

紅莉栖「……うんっ」

牧瀬家 外


倫子「お邪魔しました。ちゃんと掃除して、お洗濯して、栄養のあるもの食べてくださいよ?」

中鉢「貴様らに指図される筋合いはないッ」

フェイリス「章一ニャンって、鳳凰院モードの凶真そっくりだニャ」

倫子「は、はぁ!? 私があんな風に見えるの!?」

紅莉栖「……言われてみればそうかも。もしかして、私ってとんだファザコンだったの……?」

倫子「嘘でしょ……もう鳳凰院モードやめようかな……」ガックリ

フェイリス「そう言えば、IBN5100をルカニャンの神社に奉納した時、橋田さんの遺言でもう1つ奉納したものがあったんだニャン」

中鉢「神社だと? もしかして、教授が後生大事に持っていた巫女服か?」

倫子「は?」


中鉢「当時のゼミ生から橋田教授七不思議の1つとされていてな、教授の自宅には男物の巫女服がある、という」

紅莉栖「それって、間違いなく漆原さんのよね……」

フェイリス「その通りニャ!」

黒木「奉納の際、漆原栄輔様より聞いたのですが、なんでもご子息が産まれた頃に『きっとこの子には巫女服が似合う』という予言を残していった三つ編みの白衣の女性が居た、と」

中鉢「間違いなく教授の仕業だな。教授ならやりかねん」

倫子「間違いなく鈴羽の仕業ね。鈴羽ならやりかねない」

フェイリス「フェイリスが男物の巫女服をルカニャンのパパに渡したことで、ルカニャンのパパは自分の息子に巫女服を着せる天啓を授かったんだニャン♪」

黒木「あとで聞いた話ですが、栄輔様曰く"2人居る娘の妹の方に巫女の仕事を手伝わせている夢"をよく見ていたので、違和感は感じなかったとのことです」

紅莉栖「……ふふっ。タイムマシンって、不思議ね」

倫子「ホント、不思議だね」ニコッ

フェイリス「2010年になったら巫女服が超似合う白衣の美人さんが秋葉原に現れるとも言われたらしいニャン」

倫子「神主が私に対してHENTAIだったのもお前の仕業かよぉっ!! うわぁん!!」

黒木「それでは皆さま、お車へどうぞ。秋葉原まで帰りましょう」

車中


倫子「ふぅーはははぁ! ドクター中鉢、おそるるに足らずっ!」シュババッ

紅莉栖「ちょ、パンツ見えちゃうわよ! 股閉じて股っ!」ハァハァ

フェイリス「その恰好で鳳凰院モードになるのもちぐはぐだニャァ~。せっかくの美人さんが台無しニャ」

倫子「知ったことではないわっ! とにもかくにも、こうして我が野望は1つ達成されたのだっ!」

紅莉栖「2人とも、本当にありがとう」エヘヘ

フェイリス「当然のことをしたまでニャ!」

紅莉栖「……私ね、勘違いしてた」

紅莉栖「阿万音さんにも言われたけど、私が生まれてきたことが人類の不幸へと直結してて」

紅莉栖「まゆりの命が奪われることとも結びついてて……」

フェイリス「……やっぱりあの夢は、マユシィが死んじゃう夢は、本当のことだったんだニャ……」

紅莉栖「だから私はこの世界から消えなくちゃいけないんだって思ってた」

紅莉栖「1人で、ひっそり、誰にも知られずに」

倫子「……それは、違うぞ」

紅莉栖「うん」

紅莉栖「消えちゃうかもしれないけど、私の気持ちを、伝えてもいいんだって……わかったの」

フェイリス「クーニャンが凶真のことを好きだってこと? みんな知ってるニャン」

倫子「アホほど喚き散らしていたからなぁ」ニヤニヤ

紅莉栖「ぐはぁっ!!!」


紅莉栖「そ、それもあるけど、ね。そうじゃなくて、私の理性的な部分が否定してきたことがあるの」

倫子「なんのことだ?」

紅莉栖「……第3の選択肢、よ」

倫子「っ!?」

紅莉栖「こんなの、全然論理的じゃない。それこそファンタジー丸出しで、これまでの私なら考えもしなかったけど」

紅莉栖「岡部ならきっと……やり遂げちゃうのかも」

紅莉栖「私がずっと無理だと思い込んで、目を背けて、逃げ続けていた父との再会も、こんなにあっけなくやり遂げちゃったんだから」

倫子「フッ。狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真に助手風情の望みを達成できぬわけがなかろう!」

紅莉栖「……これからとんでもなく無責任なことを言うぞ」スゥ ハァ


紅莉栖「――もしかしたら、私も消えなくて、まゆりも死なない幸せな結末があるかもしれない」


倫子「な……!?」

紅莉栖「可能性世界線が無限に存在するというなら、そういう可能性も無きゃおかしい」

紅莉栖「それに、たとえこの現在(いま)が消えてしまっても、どこかの世界線でも私たちは今日みたいに巡り合うはずだから」

紅莉栖「巡り合わせの奇跡に、意志の継続に、賭けてみてもいいかも、って思ったの」

倫子「オレは、お前を助けられるのか……!?」


紅莉栖「方法なんてわからない。もしかしたら、そこへたどり着くまでの道のりは、それこそ無限遠っていう理論上の存在なのかもしれない」

紅莉栖「ううん、岡部も忘れているだけで、私たちは既に長い長い旅を続けてきたのかも知れない」

紅莉栖「中には挫折して、諦めてしまった私たちもいるのかもしれない。心を壊して、立ち直れなくなった岡部も居るかもしれない」

紅莉栖「それでも――私は、岡部を信じる」

倫子「(こいつと一緒にラボに泊まった時から、オレはずっとこの言葉が聞きたかった……)」

倫子「岡部ではない。鳳凰院凶真だっ」

紅莉栖「……うんっ」

フェイリス「2人でイチャイチャしてないで~、フェイリスも混ぜてほしいニャン♪」

紅莉栖「イ、イチャイチャなどしとらんわっ!」

倫子「そんなこと言ってフェイリス、オレからお前に抱き着こうものなら卒倒するではないか」

フェイリス「ニャッ!? ニャぜそれを……!」

倫子「ほら。今日はありがとうな」ダキッ

フェイリス「ニ゛ャ゛ッ゛!? 美人モードの凶真が、フェイリスの肉体を優しく包み込み―――」バタッ

紅莉栖「こりゃ重症だわ」

倫子「ヒトのことを言えるのかお前は」

黒木「皆さま、到着致しました。ブラウン管工房前です」

未来ガジェット研究所


倫子「(気絶したフェイリスを車に残して、紅莉栖とオレの2人はラボに入った)」

倫子「もうすっかり夜だな。青森まで往復したのだから当たり前か」

紅莉栖「……今更なんだけど、私、あんたに呪いをかけちゃったかも」

倫子「呪い?」

紅莉栖「私が助かる可能性……こんなもの、死への恐怖から来る、ただの幻想に過ぎないのに……」

紅莉栖「もし、ね? β世界線へ行って、もうどうしようもなかったら、私を助けることは諦めて欲しい」

紅莉栖「あんたが壊れちゃうのは、私は望まないから」

紅莉栖「『やっぱり無理だ』って判断したら、人並みの生活を送るべきよ。普通に大学を卒業して、社会人になって、結婚して、子ども作って……」

倫子「……相変わらず言うことが二転三転する面倒くさい女だな、お前は」


倫子「オレはお前が好きだ、紅莉栖」

紅莉栖「…………」

紅莉栖「…………」

紅莉栖「"I beg your pardon?"」

倫子「英語で返すなよ……。もう1度言う、オレはお前が―――」

紅莉栖「わー! わー! わー! い、言わなくていいっ! 言わなくていいからぁっ!!」

倫子「聞いてくれ紅莉栖っ! お前のことは、絶対に忘れない」

倫子「誰よりも大切な人のことを……忘れたりしない……!」

紅莉栖「(ひぃ~っ///)」

紅莉栖「ま、まま、まゆりのことはどうすんのよ!? ハーレム系主人公ですかそうですか!?」

倫子「オレはまゆりも好きだし紅莉栖も好きだ。それじゃ、嫌か?」

紅莉栖「最高です」^q^


倫子「お前は、オレのこと、好き、だよな?」

紅莉栖「うぐっ! ……い、今だけは、答えさせないでっ」

紅莉栖「言葉にするの、恥ずかしすぎる……」カァァ

倫子「今まで何度も自分から愛を叫んでいたくせに」フフッ

紅莉栖「ホントに……ホントに私のこと、忘れない?」

倫子「ああ」

紅莉栖「まゆりのことを忘れてた前科があるのに?」

倫子「ぐっ!? 結構エグいところを突いてきおって……鬼か貴様は……」

紅莉栖「それでも、覚えていてくれるのね?」

倫子「……ああ」

紅莉栖「……目を閉じろ」

倫子「な、なぜ目を……」

紅莉栖「いいからっ!」

倫子「…………」

紅莉栖「んっ……」チュ



倫子「(かすかにレモンの香りがした気がした――)」



倫子「……この百合女め」

紅莉栖「べ、別にしたくてしたんじゃないから! より強烈な感情と共に海馬に記銘されたエピソード記憶は、忘却されにくいのよ!」

倫子「というかお前、フェイリスに殺されるぞ」

紅莉栖「あっ、しまった」ゾワッ

紅莉栖「で、でも、今まで純潔を守ってきた倫子ちゃんなら、ファーストキスのことについて精緻化リハーサルが行われるはずで、それはすぐに長期記憶になって、そうそう忘れないかなって思って……それで……」

倫子「……残念だったな。オレは、これがファーストキスではない」

紅莉栖「ふぇ!? で、でもフェイリスが岡部はキス経験は無いって――」

倫子「まゆりと小学生の頃にふざけあってキスした覚えがある」

倫子「(それにまあ、昨日もしたしな……)」

紅莉栖「ハァ!? ちょ、聞いてないんですけど!! 守護天使団の情報ガバガバじゃない!!」

紅莉栖「……そっか。倫子ちゃんは、初めてじゃなかったんだ……」シュン

倫子「そうだ。だからキスでは印象が弱い。長期記憶にはならないかもしれない」

紅莉栖「え……?」

倫子「だから、もう一度だ。絶対に忘れたくないから、念には念を入れる」

紅莉栖「そ、それなら、しょうがないな……」

倫子「ああ……」ダキッ

紅莉栖「んぅ……」チュ


紅莉栖「時間が、あっという間に過ぎていく」

紅莉栖「……今だけはアインシュタインに文句を言いたい気分」

倫子「どんな気分だよ……」

紅莉栖「時間は人の意識によって長くなったり短くなったりする」

紅莉栖「相対性理論って、とてもロマンチックで――」

紅莉栖「とても、切ないものだね……」

倫子「……それは、2つの観測点があるからだ」

倫子「2つが1つになってしまえば、時間も共有される」

紅莉栖「……ねぇ、倫子ちゃん。こんなこと言うの、卑怯だってわかってるけど……」

紅莉栖「私の、最期のお願い、聞いてくれない?」

倫子「聞くに決まっている」

紅莉栖「あなたと、1つになりたい」

倫子「…………」


紅莉栖「……人として軽蔑した?」

倫子「いや、相変わらずメリケン処女だなと思ってな。発想がハリウッドだ」

紅莉栖「言葉の意味はよくわからんが」

倫子「ほら、シャワー浴びてこい」

紅莉栖「……一緒に入ろ?」



オレたちはその日、互いを抱き合い、慰め合い、1つになった。

互いの存在が、確率的になどでなく、確かにそこにあるのだということを五覚で感じた。

それぞれのクオリアがひとつとなり、溶けて混ざった。

紅莉栖はやさしく、オレの身体を包み込んでくれた。

かつてオレが経験した、処女を穢された生理的嫌悪の記憶を上書きしていった。

あのトラウマが紅莉栖で消されるなら、これほど嬉しいことはない。

体力が尽き果てるまで、牧瀬紅莉栖の"命"を全身で感じた――――

2010年8月17日火曜日 早朝
NR秋葉原駅前


紅莉栖「やっぱり岡部は白衣でなくっちゃね」

倫子「本当は残念なのだろう? 悪いが、秋葉原ではこの恰好の方が落ち着くのでな」

紅莉栖「……それじゃ、そろそろ行かなきゃ」

倫子「まゆりとダル、フェイリスたちは、本当に呼ばなくていいのか?」

紅莉栖「……なんだか、みんなに見送られると、辛くなるから」

倫子「どうしてもアメリカに行くのか?」

紅莉栖「たぶん、世界が切り替わる時にあんたたちと一緒に居たら、耐えられない」

紅莉栖「醜い気持ちを吐き出しちゃいそうだから。だから、私は目的をもってここを離れる」

倫子「未来ガジェット2号機『タケコプカメラーver2.67』(希望価格5,480円)、手土産だ。もっていけ」スッ

紅莉栖「……倫子ちゃんの残り香が」クンクン

倫子「変なことには使うなよ」

紅莉栖「つ、使わないわよ」ドキッ

倫子「…………」ジーッ

紅莉栖「あ、あはは……」


紅莉栖「この2週間、なんだかんだで、楽しかった」

紅莉栖「一緒に青森に行ってくれて、ありがとう」スッ

倫子「……なんだ、両手を広げて」

紅莉栖「ハグよハグ! アメリカ式バイバイ!」

倫子「……オレも、楽しかった」ダキッ

紅莉栖「岡部、頑張って」ギュッ

倫子「……元気で」

紅莉栖「……うん」スッ クルッ


スタ スタ スタ ……


倫子「(……あいつは、オレを信じてくれた)」

倫子「(それでも、今この時は、絶対の別れなんだ)」ウルッ

倫子「(抱きしめて"そばにいてくれ"と告げたい)」グスッ

倫子「(お前が居てくれないと、オレは前に進めないのに……っ)」ポロポロ

倫子「……さよなら、牧瀬紅莉栖っ」ダッ


岡部……。

岡部はきっとこれから、つらい思いをする。

私のことを誰も覚えていない世界でただ1人、私を覚えているなんて。

仲間をなにより大事にする岡部には、つらいことだと思う。

……ごめんね。

でも、私にはそのつらさが愛おしい。

ラボに居る何気ない時間、ジュースを口にした時。

街を歩くその一瞬、いつか誰かとキスした時――

いつもじゃなくてもいい。100回に1回でもいい。

私を思い出してほしい。

そこに私は居るから。

1%の壁の向こうに、私は必ず居るから――


岡部。

岡部……。

岡部っ!!

未来ガジェット研究所


倫子「……それではこれより、現在を司る女神作戦<オペレーション・ベルダンディ>最終フェイズを開始する」

倫子「今日はコミマがあるにもかかわらず、緊急で集まってもらって済まない」

まゆり「ううん、だいじょうぶだよー」

ダル「オカリンオカリン。その前に1つだけ言っていい?」

倫子「なんだ?」

ダル「ラボはラブホじゃねえっつーの!! うっひょい!!」

倫子「だああっ!! 空気を読めバカモノがっ!!」ズドン!!

ダル「ゴホァアッ!! こ、股間の蹴り上げは、マズいっす……」バタッ

まゆり「えー? なになにー?」ズイッ

倫子「ま、まゆりは知らなくていいっ」プイッ

まゆり「もしかしてクリスちゃんとイチャイチャしてたのかなー? みんなのラボでー?」クルッ

倫子「(こいつ、目線を反らそうとすると正面に回り込んでくる……っ)」ダラダラ


倫子「ダル、始めてくれ」

ダル「……いいんだな?」

倫子「……ああ」

ダル「オーキードーキー」カタカタカタカタ

まゆり「…………」スッ

カチッ カチッ カチッ

倫子「……カイちゅ~に耳を当てていると、落ち着くんだったな」

まゆり「うん。おばあちゃんがね、見守っていてくれるんだー」

倫子「(結局オレは、まゆりには全部話さなかった。まゆりが知る必要なんてどこにもないんだ)」

倫子「(オレだけが忘れなければ、それでいい)」

ダル「オカリン、見つけた! マジであったぞコレ!」

倫子「あったのか! オレの送ったDメールが!」

倫子「(これで、世界はアトラクタフィールドβに再構成される……っ!)」ドキドキ


まゆり「オカリン……」ギュッ

倫子「そんな不安そうな顔をするな。大丈夫だ」ナデナデ

ダル「エンターキーを押せば、データは消せるようになってる」

ダル「その儀式はオカリンに譲るわ」

倫子「…………」ゴクリ

倫子「(大丈夫、紅莉栖はオレを信じてくれた)」

倫子「(可能性がある限り、オレは、お前を――)」


  『それでも――私は、岡部を信じる』


倫子「(……天文学的な確率に、賭けてみようじゃないか)」


倫子「勝利のときは来た!」

倫子「このオレはあらゆる陰謀に屈せず、己の信念を貫き、ついに最終聖戦<ラグナロック>の火ぶたを切ったのだ!」

倫子「ここに至るまでに、我が手足となって戦ってくれた仲間たちに感謝を!」

倫子「訪れるのは、オレが望んだ世界なり!」

倫子「すべては運命石の扉<シュタインズゲート>の選択である!」

倫子「世界は、再構成される――!」


バターン!


紅莉栖「おかべぇっ!!」

紅莉栖「さよならを、言ってなかったからぁっ!!」

倫子「な―――」スッ


カタッ


紅莉栖「さよならぁっ!!」

紅莉栖「私も、岡部のことが だ   い       す           


―――――――――――――――――――
    0.52074  →  1.13205
―――――――――――――――――――

2010年8月17日火曜日
未来ガジェット研究所


倫子「…………」

倫子「…………」

ダル「…………」カタカタカタカタ

まゆり「~~♪」

倫子「……なあ、ラボメンナンバー004は、誰だっけ」

まゆり「んー? オカリン、ラボメンには004の人はいないよー?」

ダル「それとも名前すら明かされてない、隠れメンバーが? ょぅι゛ょなら許す」

倫子「……いや」

倫子「(この世界で、"ラボメンナンバー004の牧瀬紅莉栖"を知っている人間は、オレ1人だけ)」

倫子「(この世界に、牧瀬紅莉栖が8月17日まで生きていた痕跡は、何1つ残っていない)」

倫子「(開発室にあったのはタイムリープマシンではなく、改良されていない電話レンジ(仮)だった)」

倫子「(……紅莉栖が居ないなら、リープマシンは2度と作れない)」

倫子「(紅莉栖が居ないという事実が、今になって津波のように襲い掛かってくる……)」プルプル

まゆり「オ、オカリン?」


倫子「ふ、ふふ、ふぅーはははぁ!」

ダル「うおっ!? 突然スイッチ入ったお」

倫子「このオレ、狂気のマッドサイエンティストである鳳凰院凶真は、そのアインシュタインにも匹敵するIQ170の怜悧なる頭脳により、"機関"及びSERNのあらゆる攻撃に対し――」

倫子「時空を操ることで、完全に勝利したのだ! まさにオレは神に等しき存在となった!」

倫子「そして我らが目指すべきは大いなる地平、我が野望が叶う世界! 世界の支配構造を再びリセットし、混沌の未来を手繰り寄せるのだ!」

倫子「そここそが、シュタインズ――」

まゆり「オカリン」ダキッ

倫子「――っ」

まゆり「もう、いいんだよ」ニコ

倫子「な……なにを言ってるんだ? オレは今、華麗なる勝利宣言と同時に、次の戦争への宣戦布告を――」

まゆり「だって……今のオカリン、泣いてるんだもん」

倫子「……っ!」ポロポロ


まゆり「ねえ、無理しないで? 前にも言ったよね? まゆしぃはオカリンの重荷にはなりたくないって」

倫子「(リーディング……いや、この世界線でもまゆりはそういうことを言ったのか)」グスッ

まゆり「もう、その口調……続けなくてもいいんだよ?」

まゆり「鳳凰院凶真は、まゆしぃを守るために生まれたんだよね」

まゆり「今度はね、まゆしぃがオカリンを守りたいのです」

まゆり「だからね、辛いなら、普通の女の子に戻って、オカリンの心をね、さらけ出してもいいんだよ?」

倫子「オ……レは……うぅっ……うわぁぁんっ……」ヒグッ

まゆり「もう、まゆしぃのことは気にしなくていいから」

まゆり「まゆしぃは大丈夫だから」ニコ

まゆり「オカリンはね、オカリンのために、泣いてもいいんだからね?」

まゆり「なにがあったのかはわからないけど、泣いてもいいんだよ?」

倫子「まゆりぃ……っ! 私はぁ、わたしはぁ……うわぁぁんっ……っ!」ヒシッ

まゆり「よしよし、いい子いい子」ナデナデ

ダル「……あーっと、僕はメイクイーンに行く用事で忙しいんだった。ちょっと出かけてくるお」


まゆりの言葉で初めて、ありとあらゆる重圧から解放された気がした。

もうまゆりが死ぬことは無い。そう思うと、紅莉栖の顔が目に浮かんだ。

紅莉栖の身体の温もりが。唇の柔らかさが。最後の言葉が。

この世界線には紅莉栖が居ないという事実が、胸を苦しくさせる。

私はもう、我慢できなかった。嗚咽が止まらなかった。

1日中、まゆりの温かい胸の中で泣き続けた。

まゆりを守るために生まれ、まゆりを人質にした"オレ"は……

"鳳凰院凶真"はこの日、新たな役割を得た。

紅莉栖の居る世界へ、くじけそうになる自分を導くための北極星<ポラリス>となった。

2010年8月21日土曜日
未来ガジェット研究所


すぐにでも反撃ののろしを上げるべきだったかも知れない。

だが、まずはその前に、本当にまゆりが死なないかを確認しなくてはならなかった。

あれから3日以上経ってもまゆりは死ぬことはなかった。

ラウンダーが襲撃してくることもなかったし、ミスターブラウンも動きを見せずひたすら暇そうにしているだけだった。

ダルにラボのブラウン管テレビを調べてもらったところ、盗聴器は設置されていなかった。

やはり、SERNはこのラボを監視していない。エシュロンにDメールが捕捉されていないおかげだ。

それでも安心はできない。Dメールは送れない。

不用意に放電現象を起こせば、なにかのキッカケで店長がタイムマシンの存在に気付き、SERNに密告してしまうかもしれない。

そもそも、Dメールを送った瞬間、再度エシュロンに捕捉される可能性が高い。送るにしても、まずはエシュロンか、SERNのサーバをなんとかしなくてはならない。

とは言え、電話レンジ(仮)の改良のためには42型ブラウン管点灯時に実験を重ねるべきだ。

今のままでもDメールを送ることは、その性能を無視すれば可能だが、実用性を重視するならロト6メールを送った時点程度の改良は加えた方が良い。

結局、現状は迂闊に過去改変ができないどころか、まともに改良さえできない。

もどかしいが、慎重には慎重を重ねなければならない。

残念ながらオレは慎重じゃなかった。

α世界線漂流は、己の軽はずみな行動がもたらした悲劇だったのだ。

自分の愚かさが分かっていたなら、紅莉栖を失うことになんてならなかった。

未来を、こんな形にしてしまうなんてこともなかった。

だが……分かるはずがないだろう!


7月28日の夕刊に"それ"が書かれていた。

牧瀬紅莉栖はラジ館倉庫に侵入していた外国人窃盗団を偶然目撃してしまったため、彼らに襲われて殺された――

犯人は現在海外へ逃亡し、国際手配中だと言う。

だが、その記事はよく読めば矛盾だらけの異様な内容だった。

ダルに警察のデータベースをハッキングさせてわかったが、日本警察はこの事件を全く捜査していなかった。

α世界線の時と一緒だ。300人委員会かどうかはわからないが、何らかの圧力がかかっているんだ。

紅莉栖の死の真相は、闇に葬られてしまっている。

憤りと同時に、しかし、紅莉栖の生きていた痕跡を確かめることができて、わずかに安堵する。

紅莉栖は何故死ななければならなかったのか。まずはここを追究しなければ――

それでも、どうしても『"オレ"があのDメールをダルに送信した因果』という壁が立ちはだかる。

加えて、電話レンジをタイムリープマシンへと改造することは、紅莉栖の居ない今となっては不可能だ。

何か手は無いのか……。

大檜山ビル隣 ゴミ捨て場


倫子「ふう。これで最後だな」

ダル「はあ、もったいねえなあ。IBN5100は売ればプレミア付くのに」

倫子「(IBN5100はラボにあった。これが歴史の修正力、辻褄合わせの再構成というわけだ)」

倫子「("この世界線のオレたちもSERNをクラッキングし例のメールデータを消した事実が残る"よう、オレは世界改変をしたのだから、IBN5100がラボに無ければおかしい)」

倫子「(どういう経緯かはわからんが、この世界線でも柳林神社に奉納されていたソレをオレが借りたことになっていた)」

倫子「(奉納者を確認したところ、やはりフェイリスだった。秋葉家と漆原家には悪いが、これがラウンダーの手に渡る前に処分しなければなるまい)」

倫子「(間違っても萌郁に渡してはならない。それは萌郁の死を意味するからだ)」

倫子「(このIBN5100は鈴羽が1975年に跳んで入手したモノではない。そもそも鈴羽がタイムトラベルをする因果自体がこの世界線では消滅しているはずなのだから)」

倫子「(推測に過ぎないが、レトロPCマニアの幸高氏が生前自分の趣味で収集したものだったのだろう)」

倫子「(辻褄合わせと言えども、それなりに筋の通った再構成になっているはずだからな)」

倫子「(あるいは、元よりこれがβ世界線の歴史だったのかもしれない)」


倫子「(オレの記憶には無い、"この世界線のオレたち"がSERNをクラッキングした、という行動は、そこまで意味不明なものではない)」

倫子「(α世界線においてもオレは、β世界線の2000年に現れたジョンタイターの情報を元に、SERNの擬似スタンドアロンサーバの解析をダルに依頼するつもりだったのだ)」

倫子「(そこにオレの送ったメールデータが保存されていることが判明すれば、陰謀論大好きなオレは間違いなくビビってダルにデータの抹消をさせたはずだ)」

倫子「(α世界線ではIBN5100を神社からラボへと運んだのは紅莉栖と一緒だったが、β世界線の8月1日にあいつが居るはずも無く……)」

倫子「(おそらく、ルカ子あたりと一緒に運んだのだろう。あれでもあいつは男だからな)」

倫子「(これらの再構成に違和感を見つけ出すことは不可能だろう。すべての人類が、別の世界線での出来事を忘れているのだから)」

天王寺「おう、オメーら。ガラクタ片付けてるのか、感心感心」

倫子「店長。あなたはたしか、1997年頃に秋葉原に来たと言っていましたよね」

天王寺「おう? 確かにそうだが、そんな話、お前さんにしたっけかな……」ポリポリ


倫子「そこであなたは、誰かの世話になったはずだ。あなたみたいな無頼漢が1人で店舗を構えられたとは到底思えない」

天王寺「なんだとコラ、せっかく人が褒めてるのに家賃上げられたいのか、あぁん?」ギロッ

倫子「お、教えてください。あなたは誰の世話になったんです」

天王寺「……なんでそんなことを聞くのか、わけわかんねえが、隠すほどのことでもねえから教えてやるよ」

天王寺「葛城さんって人が居てな。日本に来たばかりで右も左もわからねえ俺によくしてくれてよぉ」

倫子「(……これが、元あった歴史なのだろう。無論、収束でもなんでもなく、ただ偶然そうなっていたというだけの話)」

倫子「(オレがα世界線漂流を開始する前からブラウン管工房はここにあったのだから、むしろ橋田鈴との関係の方が後付だったのだ)」ウルッ

倫子「(橋田鈴は、阿万音鈴羽は、この世界線の過去には存在しない……っ)」ポロポロ

倫子「……お話、聞かせて下さって、ありがとうございましたっ」ダッ

天王寺「あ、おい! どこ行くんだ!?」

ダル「ちょ、オカリン!?」

倫子「墓参りしてくるっ!」タッ タッ


天王寺「なんだアイツ、送り盆か? 今日は17日だぞ」

ダル「いや、わかんねーっす」


prrrr prrrr


ダル「はーい」

ダル「え? だ、だれ?」

ダル「"父さん"?」

ダル「なに? オカリン?」

ダル「オカリンなら池袋に……え? ラジ館屋上で待機?」

ダル「なんぞこれ……」

雑司ヶ谷霊園


倫子「はぁっ……はぁっ……」タッ タッ

倫子「……やはり、無い。『橋田家』と書かれた墓石が、無い……」

倫子「(鈴羽が死んだのは10年前。産まれてくるのは7年後)」

倫子「……この世界線では鈴羽は死んでない。それが確認できただけでも、良かった」

倫子「はぁ……」

倫子「(オレはまだ産まれていない鈴羽の墓を探しに来て、そこで鈴羽の強さ、優しさ、逞しさを思い出すことができる)」

倫子「時間ってのは、不思議なものだな。鈴羽……」

??「そうだね、リンリン」

倫子「…………」

倫子「……ははっ。感傷に浸りすぎて、幻聴まで聞こえてきたぞぉ……」ワナワナ

??「だ、大丈夫? リンリン、病院で診てもらった方がいいんじゃない?」

倫子「(お、おちつけ……きっと物の怪のたぐいだ、この墓場に棲みついているあああ悪霊かなにかだろう……)」ガチガチガチガチ

??「リンリン、体が震えてるよ!? すぐに手当てしないと!」

倫子「オレをリンリンと呼ぶなぁぁっ!!! 阿万音鈴羽ぁぁっ!!!」

鈴羽「うわっ!?」


倫子「やはり阿万音鈴羽……何故かミリタリールックだが、幽霊なんかではない……っ!」プルプル

鈴羽「若い頃のリンリンって、すっごく魅力的だね。もちろん、大人のリンリンも素敵な人だったけどさ」ダキッ

倫子「未来のオレに会ったことがあるのか!?」

鈴羽「えーっ? あたしたちの関係、忘れちゃったのー? って、過去に来たんだから当たり前か」ギュッ

倫子「……どうしてお前がここにいる」

鈴羽「この時代の"父さん"から聞いたの」スリスリ

倫子「……質問が悪かった。どうしてお前が"この世界線のこの時代"に居るのだ!?」

鈴羽「あれ? 未来の父さんは、オカリンならすぐ理解するはずだーって言ってたけど」ムギューッ

倫子「理解しているから混乱しているのだっ! と言うか、1回離れろ暑苦しいっ!」ドンッ

鈴羽「うわっとと」

倫子「どういうことだ!? 未来はまたディストピアになるのか!?」ワナワナ

鈴羽「ああ、そっちか。うーん、詳しい話は父さんを交えてするよ」

鈴羽「取りあえずさ、こんなお墓じゃ雰囲気でないから、ラジ館の屋上に行こうよ、リンリン!」

倫子「だからリンリンと呼ぶなぁっ!」

鈴羽「おおー、リアクションも若々しいっ!」

倫子「なんなんだこの、α世界線と違って畏敬の念がまるで感じれられない、超絶馴れ馴れしい鈴羽は……」プルプル



倫子「いったい、なにがどうなっているんだぁっ!! うわぁん!!」

第11章 境界面上のシュタインズゲート(♀)

2010年8月21日土曜日17時32分
ラジ館屋上


倫子「(屋上へと通じる扉が壊れている……なんだこれ、銃弾の跡か?)」キィ バタン

鈴羽「父さんも呼んでるから! こっちこっち!」

倫子「手を引っ張るなっ! 転んじゃうからぁっ!」トトト

ダル「あ、オカリン! 知らない女から突然電話かかってきて、ここでまゆ氏と待ってたんだけど、どういうことか説明plz!」

まゆり「オカリン! あれって、なにかな……」


プシュー ブォンブォンブォン……


倫子「(エンジンをつけているのか、駆動音が聞こえる……これは、間違いなく)」

倫子「……タイムマシン、だ」

鈴羽「リンリン、正解! さっすがあたしの大好きなリンリン」ダキッ

倫子「リンリンと呼ぶなと……いや、ツッコミを入れている場合じゃないな……」

倫子「オレがα世界線でかつて見た鈴羽のマシンはもっとオンボロに見えた」

倫子「それに、ラジ館の壁に突き刺さってもいない」

倫子「いや、違う。そうじゃない。オレは、この光景を一度見ている……!?」

倫子「(あの時、中鉢の発表会が始まる前――――)」


・・・

倫子の記憶
世界線変動率【1.13024】
2010年7月28日(水)11時50分
ラジ館8階 会議室


ズドォォォォォォォォン!!


倫子「なんだ!? 機関の攻撃か!? このオレ、狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真に直接的な武力行使とは、身の程知らずが……っ!」

まゆり「地震かなぁ?」

倫子「まゆりはここにいろ。オレは震源である屋上を見てくる」ダッ

まゆり「えっ? あ、オカリン! 待って!」

タッ タッ タッ ガチャ



ラジ館屋上


倫子「(……? 鍵が壊されている?)」キィッ

キラキラキラ…

倫子「なんだこの燐光は……チャフか? 爆発か?」

倫子「いや、それよりも―――」

倫子「アレは、なんだ?」


係員風の女「近寄らないでくださーい」

係員風の女「記者会見は予定通り始めますので、もうしばらくお待ちくださーい」

倫子「人工衛星? もしかして、中鉢の用意したタイムマシンの模型か何かか?」

倫子「いや、違う。これは陰謀の匂いがするな……これはカモフラージュで、きっと何かを隠蔽したいに違いない!」

係員風の女「下がってくださーい、お願いしまーす!」

倫子「あぅ、すいません」ビクッ

まゆり「はぁっ、やっと追いついた……ねえオカリン、まゆしぃね、うーぱのガチャポン見つけたから一緒に見にいこうよー」

倫子「え? あ、ああ。心配かけてすまなかったな、まゆり」


・・・


倫子「思い出したぞ……っ! あれは、ドクター中鉢の発表会の時だっ!」

倫子「発表会が始まる直前、地震でも起きたかのようにビルが揺れて、屋上に出てみたら今みたいに"人工衛星"が置かれていたんだ」

倫子「……今思えば、アレは鈴羽の乗ってきたタイムマシンだったんだな。それに、係員風の女は、他の誰でもない、鈴羽だった……」

倫子「だが、そうなると、どういうことだ……?」

倫子「β世界線の7月28日正午ごろ、オレは既に鈴羽のタイムマシンを観測している……?」ワナワナ

鈴羽「そのためには、あたしたちがこれから何をしなくちゃいけないか。リンリンならもうわかってるんじゃないかな」

倫子「ま、待て! そんな一足飛びに話を進めるなっ! 一体、誰が、なんのためにこんな――」

鈴羽「未来のリンリンとその仲間たちが、世界を救うために、だよ」

倫子「っ!!」


鈴羽「あたしは2036年から来たタイムトラベラー。リンリンに頼みがあるの」

まゆり「リンリン? パンダさんかなー?」

倫子「たぶんオレのことだ。認めたくはないがな」

鈴羽「この世界線の未来では、第3次世界大戦が起きちゃうんだ!」

倫子「なぁっ……」


―――――

紅莉栖『国家機密で公表されなかったけど、実は2000年問題は各国の衝突を煽る形で存在していて、SERNが未来から過去改変しなければ第3次世界大戦が発生してもおかしくないシロモノだったのよ』

倫子『だ、第3次世界大戦!?』

紅莉栖『その元凶はIBN5100よ。あれでしか解析できない特殊なプログラム言語で作られた、とあるプログラムに重大なバグが2000年に発生したせい』

紅莉栖『20世紀末のエンジニアたちはそもそもIBN5100にそんな機能があること自体知らなかったから、問題があることにさえ気づけなかった』

――――


倫子「元凶は、IBN5100……この世界線では、2000年問題が大戦の火種になった……」ゾワッ

鈴羽「さっすがリンリン。すごい、それが例の"リーディングシュタイナー"なんだね」

鈴羽「大戦を回避するために、あたしに協力して過去を変えて! お願い!」

倫子「なんだよそれ……なんなんだよそれはぁっ!!」


まゆり「第3次世界大戦って……大変だー、大変だよー!」

鈴羽「椎名まゆりは黙ってて!」ギロッ

まゆり「っ!」ビクッ!!

鈴羽「こいつなんかのためにリンリンはっ……クソが……」ギリギリ

まゆり「ど、どうしちゃったのかな……まゆしぃ、悪いことしちゃったのかな……」ウルッ

倫子「……たとえ鈴羽でも、まゆりに悪態をつくことは許さん」ギロッ

鈴羽「わかってるよリンリン。リンリンにとって、椎名まゆりは絶対守護対象」

鈴羽「わかってる、わかってるよ……」グッ

ダル「なんなんこの子……ゆんゆん過ぎて怖いお、ガクブル……」

鈴羽「……ごめん、父さん。未来で色々あったんだよ……」

ダル「と、父さん!? ……って、あれ? もしかしてお主、あまゆき氏の親戚か何かでござるか?」

鈴羽「あまゆきし?」

ダル「先週コミマで知り合ったレイヤーさんなんだが、すっごく似てるかも。まゆ氏、あまゆき氏の本名ってなんだっけ」

まゆり「えと、『阿万音由季』さんだよー」

鈴羽「……そう。良かった」

ダル「……??」


倫子「そのタイムマシンも、お前の父親、ダルが造ったのか!?」

ダル「え、この子の電波話、真に受けるん?」

鈴羽「そうだよ。さすがリンリン」

倫子「お前は、どういう経緯で過去へ」

鈴羽「中学生の時に日本政府軍を抜けて、私はワルキューレ所属になってタイムトラベラーとしての訓練を受けた」

倫子「それでミリタリールックだったのか。いや、モノホンの軍服なのか……」

鈴羽「2036年を発って、1975年、2000年を経由して、ここに来た」

倫子「経由だって……? あのタイムマシンは、未来方向にも跳躍できると言いたいのか!?」

鈴羽「そうじゃなきゃ、タイムマシンとは呼べないじゃん」

倫子「お前は……やっぱり、α世界線の鈴羽じゃないんだな……」

鈴羽「……そっか。あたしの最大のライバルは、α鈴羽とかいう狂信者の殉教者だったね」

倫子「っ!! たとえ鈴羽でも、そんな言い方は許さないッ!!」ガシッ

鈴羽「ぐっ!? リンリンに胸倉つかまれても、痛くも無いけど、やめてよ……」

まゆり「そ、そうだよ! やめて、オカリン」

倫子「……2036年の状況を教えてくれ。SERNはディストピアを作らないんだったな」

鈴羽「SERNなんてあたしは知らない。2036年は、第3次世界大戦の後に残った、焼け野原の世界」

鈴羽「人類の総人口は10億人まで減ったの」

倫子「10億人、だと……まさか、人類牧場化計画っ!?」


倫子「結局300人委員会の陰謀の魔の手からは逃れられないってのかよ……っ!」グッ

鈴羽「核兵器が使われてね。かつての冷戦構造にそっくりだったって言われてる。きっかけはタイムマシン」

鈴羽「EUとロシアによる開発競争が火種になって、それにアメリカまでが横槍を入れたから収拾がつかなくなった」

倫子「300人委員会の本拠地EUと、あいつの研究が遺されているアメリカはわかる。だが、なぜロシアが?」

鈴羽「詳しいことはわからないけど、ロシアは完璧なタイムマシン理論を持っていたらしい」

鈴羽「2036年はさ、戦争は終結してるけど、地球はボロボロ。もうさ、人がまともに住める世界じゃないんだ」

倫子「なに? それなら、300人委員会の計画としては失敗じゃないのか……?」

鈴羽「各勢力が乱戦を繰り広げた結果なんだよ。このまま放っておいたら、地球が滅ぶか人類が滅ぶかってところ」

倫子「そんなの……ありかよ……」ガクッ

まゆり「オカリン、大丈夫……?」

倫子「そんなのって……そんなの……」プルプル

ダル「オカリンにまゆ氏の声、届いてないっぽいな……」


倫子「(こういう時、オレのそばに紅莉栖が居てくれたなら、冷静に判断できたかもしれない)」

倫子「(だが紅莉栖は居ない。オレに助言を与えてくれることは、天地がひっくり返ってもあり得ない)」

倫子「……ふざけるなよぉ、鈴羽ぁ……っ!!」ポロポロ

鈴羽「え、えっ?」オロオロ

倫子「(逆恨みだ。わかってる)」

倫子「お前が言ったんだぞぉっ! β世界線なら、平和な未来が待っているってぇ……!」ポロポロ

まゆり「オ、オカリン! 泣かないで! えっと、ダルくん、どうしよう!」

ダル「お、おう!?」

鈴羽「リンリン、しっかりして! 2010年が未来への大きな分岐点で――」

倫子「そんなのは知ってるよぉっ!」ポロポロ

まゆり「もうやめて! 鈴羽さん!」

鈴羽「だったら分かるでしょ!? このままじゃ57億人が死ぬんだよ!?」

鈴羽「リンリンが行動しないことで、いっぱい人が死ぬんだよ!?」

倫子「そ゛ん゛な゛の゛知゛ら゛な゛い゛よ゛ぉ゛っ゛!! う゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛っ゛!!」

鈴羽「ガキみたいに泣き散らせば済むと思って――」

ダル「……悪いけどさ、これ以上は紳士の僕でも怒っちゃうレベル」

鈴羽「父さん……」


まゆり「オカリン、泣かないで? ね?」ダキッ

倫子「うぇぇぇ……うわぁぁぁんっ……」ヒグッ

鈴羽「……この時代のリンリンは、こんなにメンタルが弱かったんだ。そりゃ、平和な時代だもんね。トレーニングなんか受けてる訳ないか」

倫子「オ、オレはぁっ……グスッ……オレの大事な女の子の命を……ヒグッ……犠牲にしてまでぇ……」ウルッ

倫子「この、α世界線に、たどり着いたんだぁ……っ!」

倫子「57億人が死のうと、地球が滅ぼうと……知ったことかよぉっ!! 紅莉栖が、紅莉栖が助かれば、それでいいんだよぉっ!!」

鈴羽「っ!? ……なるほど、そういうこと。そういうことだったんだね、"父さん"」ニヤリ

鈴羽「やっぱり、あたしの大親友のリンリンは、間違いなくあたしの知ってるリンリンだったよ……っ!」


鈴羽「聞いて、リンリン」

鈴羽「もしも。もしもだよ? この世界線の未来を変えるために必要なのが、2010年7月28日に亡くなった牧瀬紅莉栖を――」

鈴羽「助けること……って言ったら?」

倫子「な……!?」

倫子「だ、だが方法がわからな――ハッ」

倫子「タイムマシン……これがあれば……!」ドクン

倫子「正真正銘の、タイムトラベルができるなら……!」ドクンドクン

倫子「まゆりの死なないこのβ世界線上で、紅莉栖を助けることができるなら……!」ドクンドクンドクン

鈴羽「もう因果は閉じてる。"すでに決まっている"んだよ」

鈴羽「リンリンは、あたしの手をつかむしか無いんだ」スッ

倫子「……そうだな。だって、オレは――」

倫子「――あの時既に、"このタイムマシン"を観測しているんだから」

   救える――

倫子「紅莉栖を助けに行くことは、世界の意志であり、偶然と言う名の必然であり……」

   紅莉栖を救える――

倫子「これがシュタインズ・ゲートの選択……!!」

   オレは世界を変えられる――

倫子「ククク……フフフ……」プルプル

   今助けに行くぞ、紅莉栖――

倫子「ふぅーはははぁ!」


倫子「だが鈴羽っ! 残念だったな、お前の思い通りにはいかんっ!」ビシィ!!

鈴羽「ええっ!?」

倫子「貴様はオレが紅莉栖を助けることで世界線をアトラクタフィールドαへと変動させる腹積もりらしいが、そうはさせんぞっ!」

倫子「このタイムマシンを使い、紅莉栖もまゆりも助かる、第3の選択肢、都合のいい可能性世界へとたどり着いてやるのだぁっ! ふぅーはははぁ!」

鈴羽「……ふふ、くくく、あははは!」

倫子「な、なにがおかしいっ!?」

鈴羽「さすがリンリン。あたしの認めた友人」

鈴羽「最後まで聞いてよ。あたしだって、α世界線? なんてものは望んでない」

鈴羽「あたしに託された使命はただ1つ」

鈴羽「目指すべきは――」

鈴羽「アトラクタフィールドの狭間」

倫子「アトラクタフィールドの……狭間……?」

鈴羽「どのアトラクタフィールドからも一切干渉を受けない、たった1つの世界線――」



鈴羽「通称『シュタインズゲート』」


倫子「な……! だ、だが、それはオレが創り出した特に意味の無い造語――」

鈴羽「もちろん、命名したのはリンリン」

倫子「な、なるほど……」

鈴羽「『シュタインズゲート』はさ、まだ誰も見たことのない未知の世界線らしいんだ」

鈴羽「でもシュタインズゲートの世界線変動率<ダイバージェンス>は、父さんとリンリンとですでに割り出されてるよ」

鈴羽「相対値で、ここ【1.13205】から、-0.08346%」

鈴羽「そこがシュタインズゲート【1.04859】」

倫子「紅莉栖の言った通りだ……無限の可能性の中に、必ずあるはずの、奇跡の世界線……っ」ウルッ

倫子「その世界線に到達するために必要な条件が、紅莉栖の救出……?」

鈴羽「父さんとリンリンが正しければ、ね」

鈴羽「牧瀬紅莉栖は、第3次世界大戦を回避する鍵なんだよ。57億人を救う、英雄のような存在なんだ」

倫子「……あいつはそういうタマじゃないよ。だが、わからんな」

倫子「なぜ、紅莉栖なんだ……?」

鈴羽「それは……分からない。だけど、うまくいけば第3次世界大戦を引き起こす未来を回避できるらしいんだ」

倫子「バタフライ効果か。原因と結果がわかっても、過程がわからない、と……」


倫子「未来のオレはなんて言ってたんだ?」

鈴羽「……リンリンは10年ぐらい前、2025年に死んじゃった。8歳のあたしを残して」

倫子「……そ、そうだったな」

鈴羽「今思えば、一緒に遊んでもらってなんかいないで、リンリンを困らせたりしないで、リンリンの考えてる作戦を頭に叩き込んでおけばよかったと思う」

鈴羽「……でも、結局真相は分からず仕舞い。誰かさんのせいでね」ギロッ

まゆり「……っ」ビクッ

鈴羽「父さんはリンリンの意志を継いで、この計画を実行するためにたった1人でタイムマシンを作り上げた」

倫子「……さすがダル。ザ・スーパーハカーと言ったところか」

ダル「だから、ハカーじゃなくてハッカーだっつの」

倫子「おそらくSERNにハッキングして、タイムマシン研究関連のデータを根こそぎ盗んだのだろう」

倫子「タイムリープマシンは作れずとも、タイムマシン自体はリフターの調整と局所場指定の問題、つまり電子の注入と重力波のロックさえクリアすれば完成させられる」

倫子「α世界線との違いはその命を奪われなかったことか……あるいは、タイムマシンを巡って世界が技術戦争をしていたためか……」

倫子「ともあれ、我が右腕は、未来方向へも跳べる、完璧なタイムマシンを造り上げた、と……!」ドキドキ


鈴羽「その世界線――『シュタインズゲート』は、未知って言うくらいだから、どんな未来が待っているのか誰も知らない」

鈴羽「もしかしたら第3次世界大戦が終結した後で、ディストピアが構築されるかもしれない」

倫子「そうなれば世界線はα世界線へと変動して……いや、"完全な未知"なら、そうとは限らないか」

鈴羽「もしかしたら牧瀬紅莉栖は、リンリンが助けた2日後とかに死んじゃうかもしれない」

倫子「それは……オレも考えた。だが、β世界線の収束から逃れられるなら、少なくとも紅莉栖は運命に殺されるわけじゃない」

鈴羽「もしかしたらリンリンは、2025年じゃなくて1週間後に死んじゃうかもしれない」

倫子「かまわない」

まゆり「オ、オカリンっ。死んじゃ、やだよぅ……」ウルウル

倫子「フッ。この鳳凰院凶真が死のうとも、第2第3のオレが立ち上がる。それはつまり、フェニックスの如く不死身だということだ!」

倫子「だから何も恐れることはないぞ、まゆり」ニコ

まゆり「そう、なの?」

倫子「(まゆりはまゆりの婆さんが死んで以来、人の死には敏感なのだ。心配はかけられない)」

鈴羽「もしかしたら、素晴らしい未来が待っているかもしれない」

鈴羽「少なくとも、あたしの知っている2036年でも、α鈴羽の知ってる2036年でもなくなるのは確か」

倫子「ならばっ! それこそがオレたち、未来ガジェット研究所の目指すべき未来だっ!」

鈴羽「行こう、リンリン。7月28日へ」

鈴羽「希望に満ちた幾千の可能性……輝きの時空<そら>へ」

鈴羽「力を貸して。過去を変えるため。お願い――」

鈴羽「この手を握って」スッ

倫子「……無論だっ!」


ガシッ!!


ゼロが過去で、イチが未来。

人間は根源的に時間的存在だというならば。

世界一大切な幼馴染はオレの過去であり、世界一大切な助手はオレの未来だ。

どちらかを失うなんて、出来ない。

これが運命<さだめ>と言うならば――

決められている。そう、世界の意志でもある。

すべてオレに任せるがいいさ。

神をも冒涜する、我が魔眼の力で。

並行する無数の世界線の、継続する意志の力で。

折り重なる偶然の、宇宙規模の奇跡の力で。

いざ、難攻不落のnew gateへ。

エル・プサイ・コングルゥ――


鈴羽「ありがと、リンリン! じゃあ、乗って!」

まゆり「オカリン、あのね、まゆしぃにはちんぷんかんぷんだけどね、頑張ってね!」

ダル「女の子を救うために過去へ跳ぶとか、かっこよすぎだろオカリン! 主人公になってくるのだぜ!」

倫子「……ああ。行ってくるっ」

倫子「ちなみに、このタイムマシンは2人乗りOKなのか?」

鈴羽「もちろんっ! あたしの最高の父さんが作った、最高傑作なんだからさ、当然だって!」ニコ

倫子「ダルは娘に愛されてるな」フッ

ダル「言葉の意味はよく分からんが、父さんではなくお兄ちゃんと呼ぶべきだろ常考」

鈴羽「父さんは父さんだよ。あたしの大好きな父さん」

まゆり「オカリン、絶対に帰ってきてね? 行ったまま、戻って来なかったらイヤだよ?」

倫子「別に違う世界に行くわけじゃない。過去にちょっと戻ってくるだけだ」ナデナデ

まゆり「うん……」

鈴羽「いつでも行けるよ!」

倫子「またな、まゆり……」

タイムマシン内部


鈴羽「ケータイ出して」

倫子「ん? ああ」スッ

鈴羽「」ポイッ

カツン カラカラカラ …

倫子「お、おい!?」

鈴羽「持って行かない方がいい。混線するから」

倫子「……なるほどな」

鈴羽「ハッチ閉めて」

倫子「あ、ああ」ポチッ


ダル『がんがれオカリン!』

まゆり『このケータイちゃんを、取りに戻ってきてね!』


倫子「あいつら……」フフッ


鈴羽「…………」カタカタカタカタ

――――――――――――――
  →  2010年7月28日11時50分
――――――――――――――

倫子「……ギリギリ過ぎないか?」

鈴羽「このタイムマシンって、場所移動ができないの。数日前に跳んだとして、このマシンのせいで騒ぎが起きて発表会中止とかになっちゃまずいでしょ?」

倫子「……それはそれでいいような気もする」

倫子「そうすれば、少なくとも紅莉栖はラジ館に来ない……いや、そうなったとしても紅莉栖はなんらかの原因で死んでしまうのか」

鈴羽「その場合リンリンは、『紅莉栖が男に刺された』っていう内容じゃないメールを7月28日12時46分に、タイムマシン初号機を調整中の父さんのケータイに送るのかもね」

倫子「タイムマシン初号機?」

鈴羽「えっと、電子レンジなんたら、っていう名前だったと思う」

倫子「電話レンジ(仮)だ……そうかっ! 世界にとって必要なのは紅莉栖が死んだことじゃなく、オレがなんらかのDメールを送ること、なのか!」

倫子「そしてエシュロンに捕捉され……そうだ、そうだよ! これならオレが観測した因果関係を歪ませずに、『紅莉栖が刺された』メールを送るために紅莉栖が死ぬ必要がなくなる!」

鈴羽「といっても、現状は牧瀬紅莉栖の死とDメール送信は密接に関係しているし、Dメールの内容が変わったからと言って牧瀬紅莉栖はどこかで死ぬ」

鈴羽「だからこそ、リンリンの過去改変行動が必須ってわけ。牧瀬紅莉栖の死を防ぐ直接的な行動が、ね」

鈴羽「牧瀬紅莉栖の死を防いだ状態で、Dメール送信の因果をつぶす……そうすれば『シュタインズゲート』へと到達できる」

倫子「ぐっ。せっかく希望が見えたと思ったのに……」

鈴羽「大丈夫。リンリンならできる。あたしの信じるリンリンなら、ね」


鈴羽「それに、7月28日は分岐点なの」

倫子「分岐点……。世界線を再構成するような出来事が起きる日、ということだな」

鈴羽「それだけじゃない。このタイムマシンがあのラジ館屋上に出現することが確定している日、という意味でもある」

倫子「α世界線と一緒だ……2036年の収束が、そのまま2010年7月28日の状況に直結しているわけか」

鈴羽「だから、牧瀬紅莉栖が死んじゃうことがわかってる場面に遭遇して、事件を未然に防ぐことが可能」

鈴羽「だけど、牧瀬紅莉栖が生存する確率は50%なんだ。ううん、β世界線の収束はたぶん起きる」

倫子「まるでシュレディンガーの紅莉栖だな……」

鈴羽「でもきっと、抜け道があるはず。その抜け道こそが『シュタインズゲート』の入り口なの」

倫子「抜け道……。オレがαからβへと移動してきた時と同じように、世界を騙し、辻褄合わせをさせる、ということか」

倫子「ならば、オレは事件を防ぎ、生きた紅莉栖をこのマシンに詰め込んで未来へ送り返す! そうすれば、β世界線の収束を無視してひとっ跳びできるはずだ!」

倫子「(まゆりの時はこの方法は試せなかった。タイムマシンで未来へ跳ぶことができなかったからだ)」

鈴羽「な、なるほど……そこまでは聞かされてなかったけど、それならイけるかも」

倫子「この作戦が達成された瞬間、世界線が再構成されるのだから、帰りのタイムマシンにオレが乗る必要は無いっ! 『シュタインズゲート』の7月28日へとリーディングシュタイナーで跳び移るだけだ!」

鈴羽「いいねっ! リンリンならきっとできるよ!」

倫子「当たり前だっ! 助手風情の望みなど、叶えられぬオレではないわっ! ふぅーはははぁ!」


鈴羽「リンリンってタイムトラベルは初めて?」

倫子「ああ。バナナやメールや記憶は送ったが、まさか自分自身が裸のリング特異点を通過することになるとはな」

倫子「ジョンタイター曰く、かなりのGが発生して、引っ張られるような感覚があるらしい」

鈴羽「ああ、それ書いたの、あたし。2000年に跳んだときに」

倫子「……そうか。それが元々の歴史だったわけだ」

倫子「待てよ? ということは、ドクター中鉢、いや、牧瀬章一は鈴羽の書いた理論を元にタイムマシン発表会を……?」

倫子「(ある意味、α世界線と同じ運命なんだな……)」

鈴羽「1つ忠告。そのドクター中鉢には気を付けて」

倫子「紅莉栖の父親に? どういう意味だ?」

鈴羽「第3次世界大戦はタイムマシンを巡る戦いだったって言ったよね? その原因を辿っていくと『中鉢論文』に行きつく」

倫子「お前、まさかタイムマシン理論をすべて掲示板に書き込んだのか!?」

鈴羽「一部にウソは混ぜておいたから、2000年時点ではあんまり相手にされなかったんだけど……」

鈴羽「ドクター中鉢はあたしの書いた理論を基に、独自の考えを加えたみたい。その完成度はとても高いらしいんだ」

倫子「(あの天才少女の父親なのだ、そういう才覚は備わっているのかも知れない)」

倫子「なるほど……だが、それなら何故お前はジョンタイターとして掲示板にタイムマシン理論を書き込む、などということをしたのだ?」

鈴羽「変な言い方になるけど、"それをリンリンが観測していたから"。あるいは、β世界線の過去で確定している事象だから」

倫子「そうか……2000年タイターの書き込みがなければ、α世界線漂流をしたオレが存在できなかった、というわけか」

鈴羽「もちろん、ちゃんと意味はあるよ。事実、『中鉢論文』は表向きには疑似科学として発表されて、世間はまともに取り合うことはしなかった」

倫子「真実に嘘を忍び込ませたことで、いずれ究明される真実までをも胡散臭くさせた、ということだな」

鈴羽「それでも『中鉢論文』の真価を見抜いた天才が居たみたいなんだ。あたしの情報工作はちょっとの時間稼ぎにしかならなかったってわけ」

鈴羽「とにかく、ドクター中鉢は牧瀬紅莉栖の殺された倉庫近くの会場に居たんだよね? だから彼には注意しといて。彼もまた世界線を大きく変えるキーマンのはず」

倫子「牧瀬家は父娘揃って世界を鍵穴だらけにしてくれているな……」


倫子「お前は、ミッションが完了したら、元居た時代に戻るのか?」

鈴羽「実はそんなに燃料はなかったりするんだよね。2036年から1975年で61年分、そこから2010年まで戻ってきたから、累計96年分は消費した」

倫子「SERNのタイムマシンは、燃料満タンで100年程度のフライトが可能、と言っていたが……」

鈴羽「このマシンもそんな感じだよ。つまり世界線を変えられなかったら、あたしは2036年に戻れず、この時代に残るしかないんだ」

倫子「世界線の再構成を待って、鈴羽自身が再構成される可能性に賭けている、ということか……」

倫子「(α世界線では、ディストピアを阻止するために鈴羽は過去に跳ぶ。β世界線では、第3次世界大戦を回避するために鈴羽は過去に跳ぶ。これらは収束だ)」

倫子「(α鈴羽が間違って『シュタインズゲート』にやってきたり、今目の前にいるβ鈴羽と共に『シュタインズゲート』へと物理的に移動することは、アトラクタフィールドαおよびβの収束により不可能、ということ)」

倫子「(だからこそ『狭間の世界線』なのか……)」

倫子「(世界が『シュタインズゲート』へ再構成される時、オレはリーディングシュタイナーによって共時的に記憶を継続させるだろうが、β鈴羽とこのタイムマシンは2010年にはそもそも存在していなかったように再構成されるはず)」

倫子「(これは、β世界線ではラジ館にα鈴羽のタイムマシンが墜落した事実が存在していなかったことと同じ理屈だ)」

倫子「(それでも、世界改変の結果は辻褄合わせとして再構成される)」

倫子「(α鈴羽が、β世界線においてもIBN5100がラボに届く因果を残してくれたように、『シュタインズゲート』では、紅莉栖はその場に居合わせた方のオレの手によって救われたことになっていることだろう)」

倫子「(その場合、当然Dメールは送信されない。エシュロンに捕捉されることもないので、IBN5100でのクラッキングも不要になる。IBN5100がラボに届いた因果はすべて霧散するだろう)」

倫子「(つまりβ鈴羽は、紅莉栖が助かる因果だけを残して存在を消し、『シュタインズゲート』の2017年で産まれる"鈴羽"に再構成される)」

倫子「(……これは机上の空論に過ぎないかもしれない。とんでもない博打だ)」


倫子「なあ、もし仮に、牧瀬紅莉栖を救うのに失敗したら……どうなる? 何度でもやり直せるのか?」

鈴羽「8月20日から7月28日への往復はさ、まだ2回ぐらいなら可能」

鈴羽「量子コンピュータの内臓電池、つまりバッテリーがもう残り少なくてね。燃料と同じで、こっちもこの時代では補給できない」

鈴羽「だから跳躍可能時間よりも、タイムトラベルの回数自体が問題になってる」

倫子「2回か……。できれば1回で決めてしまいたいところだ」

倫子「(再度紅莉栖を見殺しにするなど、オレの精神が持ちそうにない……)」ブルッ

倫子「だが、2回目の作戦時、1回目の作戦のオレたちとかちあうことは無いのか?」

倫子「それに、この世界線の7月28日にも別の世界線の鈴羽がタイムマシンで出現しているはずだ。彼女に出会ってしまう可能性はどうなっている」

鈴羽「この辺はリンリンの方が詳しいはずだよ? "確定した世界線"に存在しない出来事が起こるたびに世界線は再構成されるって、教えてくれたじゃん。未来で」

倫子「む?」

鈴羽「タイムマシンが時間移動するたびに世界線は再構成されるんだ。世界線変動率<ダイバージェンス>は0.000001~0.000003%くらいしか変わらないけど」

倫子「時間移動は、それだけで因果律を歪ませているからな。質量保存則や時間順序保護仮説もお構いなしだ」

鈴羽「この性質を利用する。"確定した過去"を変えないようにした上で、タイムトラベルによりわずかに再構成される世界線に到達できれば」

倫子「……過去を変えずにタイムトラベルができる」

倫子「つまり、"確定した過去"を踏襲することで、タイムトラベルによってわずかに再構成される世界線でも同じ過去を再現できる、ということか」

鈴羽「世界線変動率<ダイバージェンス>を好きな数値に合わせて世界線移動できたら楽チンなのになー」

倫子「それは不可能、というか順序が逆だ。タイムマシンが時間移動したことによって、世界線がその事象を観測した、辻褄合わせの再構成をするのだから」

鈴羽「わかってるよー。多世界解釈じゃなくて、アトラクタフィールド理論、なんでしょ」

鈴羽「アクティブ世界線は常に1本。もう耳タコだけど、またこの話が聞けてあたしは嬉しいな」

倫子「(α鈴羽と未来紅莉栖の受け売りだがな)」フフッ


鈴羽「β世界線で"確定している過去"は、"7月28日にラジ館屋上にこのタイムマシンが1台現れる"、ということ。それは既に過去のリンリンが観測してるよね」

倫子「ああ。マシンが到着した時の振動も、マシン本体も、ミリタリールックの女も確認した」

鈴羽「でも、逆に言えばそれだけなんだ。だから、色んな世界線の記憶を持ったリンリンがそこでどんな行動を選択するかは確定していない」

倫子「そこに『シュタインズゲート』選択への可能性がある……」

鈴羽「もちろん、1回目の救出に失敗して、大きく結果を変えることができなかった場合、世界線はほとんど変動しない」

鈴羽「逆に言えば、世界線がほとんど変わってないなら、2回目に挑戦することも可能ということ」

鈴羽「だから、『シュタインズゲート』への行動選択以外で、"確定している過去"を大きく変えるようなことはしちゃダメ。そうしたら過去が大きく変わって、2回目の救出が不可能になる可能性がある」

倫子「"かつてのオレ"が観測していない出来事を起こすな、ということだな」

鈴羽「例えば、自分自身との接触は絶対避けて。修正不能な過去改変、深刻なパラドックスが発生する可能性があるから」

倫子「(確定した過去を変えてしまえば当然世界線は変動するが、最悪、わけのわからないアトラクタフィールドへと跳ばされてしまうかもしれん……)」

倫子「しかし、たった2回か……」

鈴羽「リンリンの頑張り次第ってところかな、あはは」

倫子「(今気づいたが、β鈴羽もα鈴羽と同じく、後先考えずに行動する節があるな……不安だ……)」


鈴羽「じゃあ、行くよ? シートベルトしめて」

倫子「けっこう揺れるのか?」カチャ

鈴羽「揺れはほとんどないよ」ポチッ

鈴羽「たった3週間だから、ものの2、3分で行けるはず」

倫子「リング特異点を通過する物体の主観時間か……」

倫子「(Dメールやタイムリープ、あるいはゲルバナの時などは一瞬で送られていたものと思い込んでいたが、よく考えたら観測しようが無いのだ。こればかりはゲルバナに聞くしかわからんな)」

鈴羽「最初に1975年へ跳んだときなんかさ、6時間ぐらいかかって暇で暇でしょうがなかったよ」

倫子「それだと3週間を2、3分、というのと計算が合わないが……そうか、相対性理論か」

鈴羽「時間は歪む。普通の空間の中でさえ歪むのに、特異点の中なんか歪みまくりだよ」



バチバチバチッ キラキラキラ……


倫子「なんだこれ……燐光……?」

鈴羽「時のかけらのようなもの。綺麗でしょ? タイムトラベルする時に出るんだよね」

倫子「(それに、わずかに香るオゾンの臭い……なんだか懐かしい気がする)」


ガグンッ!!


倫子「ぐ……うっ……! (すごいGだ、ジェットコースターの比じゃない!)」

倫子「(気持ち悪い……これだから絶叫マシンは大っ嫌いなんだ……っ!)」

倫子「(視界が歪曲する……これが時空のトンネルへと落ちる感覚なのか……)」

倫子「(……なっ!? 目を開けているのに視界が真っ暗に!?)」

倫子「(光子がオレの感光細胞に届いていないのか!? そうか、ここが、リング特異点……!)」

倫子「(鈴羽はものの数分と言ったが、オレの主観の時間感覚は正常に働いているのだろうか……息が、苦しい……)」


――――――――――――――――――――――――――――
  2010年8月21日17時55分  →  2010年7月28日11時50分
――――――――――――――――――――――――――――


倫子「……かはっ!! はぁ、はぁ……視界が、開けた……?」

鈴羽「ついたよ。これ、腕時計。持っといて」

倫子「ついに来たか……運命の日、11時51分……」ゴクリ

鈴羽「出るよ? リンリンは牧瀬紅莉栖をマークして、殺されるのを阻止して」

倫子「お前は?」

鈴羽「サポートに回る。"選択"をできるのは、神の目を持ったリンリンだけだからね。あたしに出来るのは人払いくらい」

鈴羽「じゃあ状況開始。終わったらこのタイムマシン前に集合ね!」

2010年7月28日(水)11時52分
ラジ館屋上


鈴羽「…………」ジャキッ


カシュ カシュ


倫子「(やはりラジ館屋上の鍵は鈴羽のサイレンサー付きの銃による発砲で破壊されていたか)」


タッ タッ タッ


鈴羽「……っ!? マズい! 誰か来る!」

倫子「マズいもなにも、"オレ"が地震の元を調べようと階段を駆け上がっているのだ」

鈴羽「リンリンは隠れて! あたしがなんとかする!」

倫子「なんとかって……ああ、そうだった。あの時なんとかしたんだ、"お前"は」

倫子「なら大丈夫だ。オレはこのまま進んで、複雑な構造になっているラジ館の階段で"オレ"をやり過ごす」

鈴羽「わかった! 行って!」


タッ タッ タッ

ラジ館4階 踊り場


倫子「はぁっ……はぁ……」

倫子「さて、どうする。紅莉栖はあと30分もすれば、8階従業員通路奥の倉庫で殺される」

倫子「現場で待ち構えるしかないか……」


??「すいません」


倫子「っ!?」ドクン

倫子「(この声は―――)」ドクンドクン

倫子「紅莉栖……っ!」ドクンドクンドクン


紅莉栖「……私、あなたと面識ありました?」

倫子「紅莉栖ぅ……うぅ……っ」ウルッ

倫子「(こ、こらえろ……泣いちゃダメだ、泣くな私……っ!!)」グシグシ

紅莉栖「(かわいい)」

紅莉栖「さっき、このビルの屋上から下りてきましたよね?」

倫子「(紅莉栖が、生きてる……しゃべってる……っ)」グッ

倫子「(今すぐ抱きしめたい。このままラボに連れ帰ってしまいたい……)」プルプル

紅莉栖「……あの、大丈夫ですか? どこか具合が?」ズイッ

倫子「(ああ、紅莉栖の匂いだ。オレの大好きな紅莉栖の――)」スッ

紅莉栖「ちょぉぉっ!? な、なな、なんですか!?///」ドキドキ

紅莉栖「い、いきなり私のほっぺたを触ってくるなんて、あなたレズなんですかっ!? だ、だが、まずはお友達からだ話はそれからだぁっ!!」

倫子「出会い頭に何をほざいているのだHENTAI天才百合女がっ!」

紅莉栖「えっ?」

倫子「あっ」


紅莉栖「まったく、ビックリして封筒から中身が出ちゃったじゃないですか……」イソイソ

紅莉栖「とゆーか百合女って何よ……私は一般的な感覚として可愛い女の子に好意を抱くというだけであって恋愛感情はノーマルなんですけど……」ブツブツ

倫子「(い、今のうちに退散せねば……)」クルッ

紅莉栖「質問に答えてくださいっ!」

倫子「っ!」

紅莉栖「……答えて」

倫子「……オレは、お前を……た、たす……っ」プルプル

紅莉栖「なんです?」

倫子「("助けられるだろうか"と言いかけて、言えなかった)」

倫子「(自信が、ない……)」ダッ

紅莉栖「あ、待って! 待ちなさい! せめてアドレスだけでもっ!」

ラジ館8階 廊下


"倫子"『ドぉぉぉクぅぅぅターぁぁぁっ!』


倫子「この声は……会議室の中で"オレ"が暴れているのか」ハァ


"倫子"『オ、オレが誰なのかはどうでもいい! この"ジョン・タイター"のパクリめっ!』

中鉢『誰か、その美少女をつまみ出せ!』


倫子「客観的に聞くと完全なDQNだな……」ガックリ

倫子「そしてこの後、"オレ"は紅莉栖につまみ出される……」

倫子「父親の会見を邪魔したのだ、それなりに腹も立っていたことだろう」

倫子「とにかく、今のうちに例の倉庫で待機だっ」タッ

ラジ館8階 従業員通路奥 倉庫


倫子「ここだ……ここで紅莉栖は、血だまりの中に倒れていた……」ブルブル

倫子「X時刻まで、あと20分ほど」ドキドキ

倫子「落ち着け、私……大丈夫、みんなが支えてくれてる……」スゥ ハァ

倫子「(犯人は誰だ……? 凶器は、おそらくナイフか何かだろう)」

倫子「(この倉庫をくまなく漁ってみたが、あるのはゲームソフトの在庫や書類ばかりで、凶器になりそうなものはドライバー1本見つからなかった。となると、持ち込みか……?)」

倫子「(だが、相手は18歳の少女を無慈悲に殺傷できる卑劣漢。オレなんかが相手取れるのだろうか……)」

倫子「と、取りあえず、あのダンボールの隙間に身を隠そう……」コソッ

倫子「(クソっ! ルカ子に清心斬魔流を教えておいて、自分は大事な時に何もできないではないかっ!)」

2010年7月28日水曜日12時26分
ラジ館8階 従業員通路奥 倉庫


パチパチパチ……


倫子「(どうやら発表会が終わったらしい)」


スタ スタ スタ ピタ


倫子「(……なっ!? く、紅莉栖!?)」ドキッ!!


紅莉栖「…………」ニコ


倫子「(どうして紅莉栖が現場に? それに、なぜ手に持った封筒に微笑みかけている……?)」

倫子「(オレがかつて目撃した殺害現場に封筒など落ちていただろうか。記憶が曖昧だ)」


コツ コツ コツ …


倫子「(……来たか。この足音こそ、紅莉栖を殺した犯人っ!)」ドキドキ


中鉢「こんなところに呼び出して、なんのようだ」


倫子「(ド、ドクター中鉢っ!? い、いや、そもそも紅莉栖は父親に会いに来たのだから当然と言えば当然――)」ドクン


  『結局私、パパにも死刑宣告されちゃった』

  『よく憶えておけ。貴様という存在はもうすぐ消えて無くなるのだ!』


倫子「嘘……だろ……」ゾワァッ


中鉢「ふむ、悪くない内容だ」ペラッ ペラッ

紅莉栖「本当っ!? ホントに本当!? どこかに読み飛ばしとか、読み間違いがあったりしない!?」パァァ

中鉢「っ、面倒臭い娘だ……」


倫子「(確信してから数分、オレは足を動かせなかった)」

倫子「(状況証拠が揃い過ぎている。どう考えても紅莉栖を殺したのは、彼女の父親である牧瀬章一だ)」

倫子「(元から娘を煙たがっていた章一が凶行に及んだ動機はおそらく、紅莉栖が大事そうに抱えていた封筒の中身……)」

倫子「(アレは、α鈴羽の言っていた『タイムマシンの基礎論文』であり、β鈴羽の言っていた『中鉢論文』だろう)」

倫子「(この論文を読み、自らの手でタイムマシンを造り過去をやり直せると確信した章一が、タイムマシン造りに邪魔な紅莉栖を殺したのだろう、とか)」

倫子「(αとβではジョンタイターの出現変化のために論文の中身が若干違うだろうな、とか)」

倫子「(人類史を揺るがす論文をさらっと書き上げる紅莉栖天才過ぎ抱いて、などと冷静に分析している一方で――)」

倫子「(足が動いてくれない。完全に腰が引けてしまっている)」ガクガク

倫子「(今すぐにでも飛び出して章一を追っ払ってしまいたい。それで紅莉栖は救われるのに……)」プルプル

倫子「(青森で会った時の怒声や威嚇が、正真正銘の殺意に変わることが確定していると思うと……こわいっ……!)」ウルウル

倫子「(それに、オレ1人の力では、40代の男をどうこうできる自信が無い……クソ、なんでオレは運動音痴で、やせ型で、しかも女なんだ……)」

倫子「(誰も助けてくれない……それどころか、現状では紅莉栖は父親の味方だろう。完全な孤独の中、オレはやり遂げなければならない……っ)」グスッ

倫子「(動け……動けよ、オレの両足……っ!)」ポロポロ


紅莉栖「この論文はパパと共同署名でもいいと私は思って――」

中鉢「学会には出すな。これは私が預かっておく」

紅莉栖「で、でも――」

中鉢「私を哀れんどるのか!? それとも蔑んどるのか!? 娘の分際で!」

中鉢「私が今日、この場にお前を呼んだ理由を教えてやる。勝ち誇りたかったのだよ! お前に私の研究の偉大さを見せびらかすことでな!」

中鉢「お前が絶望するほどの差を知らしめてやろうとしたのだ!」

中鉢「なのにあの妙な白衣の美少女のせいで、すべて台無しだ! そしてお前がそんな私を見て、鼻で笑っていたのも知っているぞ!」

紅莉栖「笑ってなんて――」

中鉢「この論文は私の名前で発表する」

紅莉栖「……まさかパパ……盗むの?」

中鉢「なんだとっ!?」バチンッ!!

紅莉栖「きゃぁっ!!」バタンッ


倫子「(く、紅莉栖っ!!)」

倫子「(だ、ダメ、声も、出ないよぉ……っ!)」ガクガク


中鉢「誰に聞いて口を利いているのだ!」ギリリリ

紅莉栖「あ、う……」


倫子「(紅莉栖が首を絞められている……)」ゾワッ


中鉢「なぜお前はそんなに優秀なのだ! 存在そのものが疎ましい!」ギリリリ

中鉢「私より優秀な人間などこの世にいてはならんのだ! 屈辱なのだ!」ギリリリ

中鉢「だから遠ざけた! お前と親子だと思われるのが耐えられなかった!」ブンッ

紅莉栖「――っ! かはっ! ごほっ!」バタンッ

中鉢「……ちょうどいい。タイムマシンさえ作ってしまえば、なかったことにできる」ニヤリ

中鉢「積年の恨み、ここで晴らさせてもらおうか。お前は、自分が書いた論文のせいで、今ここで消えるのだ!」ジャキン

紅莉栖「パパ……」


倫子「(章一が懐から仕込みナイフを取り出した、が――)」

倫子「(どうして紅莉栖は何の抵抗もしない!? それどころか、まるですべてを悟ったかのような目をしている……)」

倫子「(……そうか。こいつは、オレと過ごしたあの日々を知らない。自分が、世界から否定された存在だと信じ込んだままなんだ……)」グスッ


中鉢「私を、バカにするなぁ!」ダッ

倫子「(ナイフで、刺されて、紅莉栖が――)」ドクン

倫子「(死んじゃう――)」ドクンドクン

倫子「う、うわああああああああっ!!!!!」ダッ

中鉢「な―――」


ドンッ!!

ズテーン  カラカラカラ…


倫子「(い、いつの間にか章一に飛びかかっていた……不意をつけたおかげで、なんとか体勢をくずすことができた!)」ハァッ ハァッ

倫子「(そして運良くナイフが今、私の足もとに転がっているっ!)」

倫子「(これさえ無ければ……これさえ無ければっ!)」パシッ

中鉢「き、貴様はあの時の! ……そうか、紅莉栖と示し合わせて、私の会見を台無しにしたのだなッ!?」ギロリ

倫子「(ひいいいいいいいっ! こわいこわいこわいこわいっ!)」ブルブル

中鉢「私をバカにした者は、1人残らず殺してやる……ッ!」ハァ ハァ

倫子「(もう章一は、狂っているっ! 父親なんかじゃない、ただの殺人鬼だっ!)」ガクガク

中鉢「今の私にはタイムマシンがある、完全犯罪などし放題だっ! ハ、ハハ、ハーハッハッハァッ!!」

倫子「(だ、だれか、たす、たすけ―――)」

倫子「たすけ、て……くり、す……っ!」ポロポロ

紅莉栖「―――っ!!」


紅莉栖「やめて、パパ!」ガシッ

中鉢「邪魔をするなぁ!」グヌヌ

紅莉栖「あなただけでも、逃げてっ! 鳳凰院凶真さんっ! オカリンさんっ!」

倫子「(紅莉栖が、オレの名前を――っ!)」ポロポロ

倫子「(紅莉栖が、紅莉栖がオレを助けてくれる――っ!)」ポロポロ

紅莉栖「早くっ! これ以上、パパを抑えられないっ!」ググッ

中鉢「殺してやるッ! お前達2人とも、殺してやるッ!」グググッ

倫子「(そ、そうだ! このナイフを持って逃げれば、凶器が無くなる!)」

倫子「(『牧瀬紅莉栖が刺されたみたい』が成立しなくなるっ! このナイフは世界を変えるキーアイテムなのだ、死んでも手離すなよ、鳳凰院凶真っ!)」ギュッ

倫子「(後はここから逃げるだけ――)」




倫子「……足が、動かないっ」ポロポロ




倫子「(なんで、なんでなんでなんで……っ!)」ポロポロ

倫子「(あと一歩なのにっ! あと少しで全てが救われるのにっ!)」ポロポロ

倫子「(世界を変えられるのに――――ッ!!)」ポロポロ

中鉢「どけェッ!! 私の邪魔をするなァッ!!」ブンッ

紅莉栖「きゃぁ―――――」


  その時、章一に突き飛ばされた紅莉栖の身体が――――


グサリ


ドクン

ドクンドクン

ドクンドクンドクン




倫子「――――――え?」




中鉢「……ふはは、バカどもにはふさわしい末路だ」

中鉢「この論文は頂いていく。ヒヒ、ハハハ」タッ タッ タッ


   ……なんだ、この感触は。

   まるで、骨の間をかき分けて、肉をえぐったような。

   現在進行形で脈動している、それは。

   今もなお深く刺さり続けていく、それは。

   それの生温かい液体が、オレの両手を流れていく。

   それの呼吸に合わせて、わずかに揺れる。


紅莉栖「あ……ぐっ……!」


   その聞き慣れた声に、急激にオレの意識が覚醒する。

   章一に突き飛ばされた紅莉栖が、その勢いのままに正面から倒れ掛かってきた。

   足をもつれさせ支えを失った紅莉栖。ナイフを必死で握りしめていたオレ。

   紅莉栖は、オレの嘆願に応え、身命を賭してオレを守ろうとして。

   オレは、私は、紅莉栖を救いたくて、過去を変えようとして。


倫子「なん……で……」


   なんでこんなことに……





   私の世界一大切な女の子を殺したのは。


   オレの大好きな助手を殺したのは。


   牧瀬紅莉栖を殺したのは――――




紅莉栖「ご……めんね……」







   ―――――――――――――オレだった





紅莉栖「あなた……を……まもれな……かっ……」ハァ ハァ


   紅莉栖が苦しんでいる。声を絞り出している。

   紅莉栖の身体から力が抜ける。私に体重をあずけてくる。

   ナイフはさらに深く突き刺さる。熱い血がさらに溢れてくる。

   それでも、私の腕は動かない。ナイフを抜くことができない。

   こんなつもりじゃ。

   こんなつもりじゃなかったんだ。

   紅莉栖の身体が痙攣し始めた。激痛を感じているのだろう。

   痛いに決まっている。だって、これから紅莉栖は――

   死ぬんだから。


倫子「どう……して……」

紅莉栖「父親を……人殺しには、できない……」

紅莉栖「それに……たすけてって、言ってくれた……から……」

紅莉栖「見ず知らずの……あなただけど……まもりたいって……思った、から……」

紅莉栖「友達になりたかった……から……好かれたかった……から……」

紅莉栖「バカだね、私……迷惑、かけちゃって……」

倫子「あ……あ、あ……」

紅莉栖「ねえ……わ……たし、死ぬの……かな……」

紅莉栖「……死にたく……ないよ……」

紅莉栖「こんな……終わり……イヤ……」

紅莉栖「たす……けて……」

紅莉栖「たす……」

紅莉栖「…………」

紅莉栖「…………」




紅莉栖「…………………………………………」






私は、紅莉栖を殺した。

紅莉栖を殺したのは、私だった。






  「きゃあああああああああああああああああ――――――――――――!」





あの時の悲鳴は、てっきり紅莉栖のものだと思っていた。

まさか自分の声だったなんて。

ハハ、なんだよそれ。


鈴羽「リンリン!」

倫子「ごめんね……ごめんねぇ、くりすぅ……うううぅっ……」ポロポロ

紅莉栖「…………」

鈴羽「……立って! リンリン!」グイッ


ヌチョ ドサッ ドクドクドク……


鈴羽「っ! ナイフ、回収しておかないと」スッ

倫子「こんなつもりじゃ……こんな、つもりじゃ……」ブツブツ

鈴羽「しっかりして! 今すぐここを離れないと人が来ちゃう!」

倫子「やだぁっ! くりすをおいていけないよぉっ!」ダキッ

倫子「は゛な゛れ゛た゛く゛な゛い゛よ゛ぉ゛っ゛!!」ギュッ

紅莉栖「…………」

鈴羽「チッ! ごめん、リンリン!」シュッ!!

ドスッ

倫子「うっ――――」バタッ

鈴羽「よっと。リンリン、軽いなぁ……」

鈴羽「……大丈夫だから。きっと大丈夫だからね」タッ タッ タッ


――――――――――――――――――――――――――――
  2010年7月28日12時40分  →  2010年8月21日17時56分
――――――――――――――――――――――――――――

2010年8月21日火曜日17時56分
ラジ館屋上


ダル「うお、もう帰ってきたお! まだ跳んでから1分も経ってないのに!」

まゆり「……オカリン? オカリン!」

倫子「…………」

鈴羽「心配しないで。気絶してるだけ。よっと」ドサッ

ダル「ちょっ、オカリン血まみれじゃん! どうしたん!? 一体なにがあったん!?」

鈴羽「この血はリンリンのものじゃないし、ケガしてるわけじゃないよ」

鈴羽「父さん、バケツと水、あと服も。今すぐ手に入れてきて」

ダル「わ、分かったお!」

まゆり「オカリン! 死なないで、オカリン!」ユサユサ

鈴羽「あんまり揺すると逆効果だ、椎名まゆり。今すぐやめろ」

まゆり「……ねえ、どうしてオカリンは気絶してるの!? どうして血まみれなの!?」

鈴羽「気絶させたのはあたし。血まみれなのは、牧瀬紅莉栖を刺し殺しちゃったから」

まゆり「殺した……ウソ……」

鈴羽「でも安心して。まだもう1回分、タイムトラベルはできる。失敗を、なかったことにできるんだ」


・・・

ダル「はぁっ、はぁっ……持てるだけ買ってきたお。死ぬる……」ゼェ ゼェ

鈴羽「ありがとう、父さん! こっちに渡して!」

まゆり「ねえ、鈴羽さん! オカリンは、大丈夫なの!?」

鈴羽「本人の口から聞いた方が早いよ」トクトクトク……

ダル「それ、オカリンに飲ませるんと違ったん? バケツに入れて、マシンの冷却水にでもするん?」

鈴羽「よし。目を覚ませっ!」


バシャーッ!!


倫子「―――がはっ! ごほっ!」

まゆり「オカリンッ!」

ダル「どこの軍隊だよ……あ、いや、モロ軍人の格好だった件……」

鈴羽「さあ、リンリン。2回目の救出に行くよ! 手を貸して!」

倫子「……きゅう、しゅつ……?」

鈴羽「牧瀬紅莉栖を助けに行くんだ! このタイムマシンで! さあ!」

倫子「まきせ、くりす……」

倫子「たいむ、ましん……」

倫子「……あ、ああ……あああ……っ」




倫子「あああああああああああああっ!!! あああああっ!!! ああああああああああああっ!!!!!」



まゆり「オカリンっ!?」

鈴羽「クソッ、錯乱したか。父さん、リンリンを抑えて!」

ダル「マジっすか……」ガシッ

倫子「あああああああああっ!!!! ああああああっ!!!!」ジタバタ

鈴羽「リンリンの肩には、何十億っていう人の命がかかってるんだよ!?」

倫子「ああああっ!!!! ああああああああああああっ!!!!」

鈴羽「たった1回の失敗がなんだって言うんだ!」

倫子「ああっ!!!! ああああああああっ!!!! ああああああああああああああっ!!!!」

鈴羽「く……! こうなったら、ビンタしてでも気合い入れ直して――」スッ



まゆり「だめぇぇっ!!!!!」ガバッ


―――――――――――――――――――
    1.13205  →  1.29848
―――――――――――――――――――


まゆり「だめだよ……! 無理強いするのは、よくないよぅ……!」

まゆり「こんなオカリン、見てられないもん……!」

倫子「あああっ!!! あああああっ!!!」ジタバタ

ダル「は、激同。オカリン抑えるの、もう限界だお……精神的に……」

鈴羽「でもさ、このままじゃ、未来を変えられない!」

まゆり「どうして? どうして未来のことを、オカリンひとりに押し付けるの?」

まゆり「そんなの、重すぎるよ……」

鈴羽「リンリンには、世界の観測者としての能力、神の目、リーディングシュタイナーがあるから」

鈴羽「だから、リンリンは救世主なんだ!」

まゆり「オカリンが、望んだわけじゃないのに……!」

鈴羽「……椎名まゆりにそんなことを言う資格はないッ!! どけぇ、椎名まゆりッ!!」ブンッ!!

まゆり「きゃぁっ!!」バタンッ

ダル「ちょ!?」

倫子「――――ぁぁぁまゆりぃぃぃぃぃっ!!!」ジタバタ

まゆり「いたた……あれ……これ、血……?」タラーッ

鈴羽「額を切っただけだ、いちいち反応するな――」

倫子「まゆりがしんじゃうっ!! まゆりが、まゆりがぁぁっ!!」ジタバタ


倫子「まゆりがしんじゃうぅぅぅぁぁぁあああああああっ!!! いやぁぁぁぁああああっ!!!」ジタバタ

鈴羽「この世界線の2010年では椎名まゆりは死なない! リンリンは、岡部倫子は、椎名まゆりなんかのために犠牲になっちゃダメな人間だ!」

倫子「しんじゃうぅっ!! しんじゃうぅっ!!」ジタバタ

鈴羽「死なないって言ってるだろ! たとえあたしがこの拳銃を椎名まゆりに向けて、引き金を引いたって―――」ガチャッ

ダル「――――っ!!」ブンッ!!


バチーン!!


鈴羽「――――え? え???」ヒリヒリ

ダル「ハァ、ハァ……まさかこの僕が女の子に手をあげる日が来るなんて、思ってもいなかったのだぜ」

ダル「だけど、僕は今、どうしてもこうしなきゃいけなかった気がするんだ」

鈴羽「とう……さん……?」ヒリヒリ

ダル「こうしなきゃ、もっと大切ななにかを失っていた気がするんだ」

鈴羽「父さんにぶたれたことなんて、ないのに……」

鈴羽「父さんの貧弱なビンタなんて、痛くもかゆくもない……けど……」

鈴羽「すごく、痛いよ……世界で一番、痛かった……」グスッ

ダル「……今はオカリンとまゆ氏を病院に連れて行くことが先決だ。いいね?」

鈴羽「……ごめん、なさい。父さん……ごめ、ん、なさい……」ポロポロ


オカリン?

もう、頑張らなくてもいいからね?

泣いてもいいんだよ、オカリン

まゆしぃはそばにいるからね

かけがえのないこの世界にはね、たったひとりのオカリンがいるの

まゆしぃにできるすべてで、オカリンの力になりたい

言葉を交わさなくてもわかるのです……頼りないかな

どうかずっと、そばにいさせて

重荷にならないように

この優しい夕暮れの大空に、想いが伝わるといいな――



第12章 零化域のミッシングリンク(♀)


―――――――――――――――――
――――――――
――――
――



   どうして助けてくれなかったの?

――やめろ

   私は岡部を信じるって言ったのに

――やめろ

   助けてくれないばかりか、なんで私を殺したの?

――やめろ

   牧瀬紅莉栖を世界から消したのはお前だ

――やめろ

   牧瀬紅莉栖を刺し殺したのはお前だ

――やめろ

   お前さえいなければ、私は消えなくて済んだ

――やめろ

   私の代わりに、お前が消えればよかったのに

――やめろ

   可能性を消したのは、お前自身だ

――やめろ

   1人じゃなにもできないくせに、何でもできると思った?

――やめろ

   想いは通じると思った?

――やめろ

   自分が神になったとでも思った?

――やめろ

   バカなの? 死ねよ

――やめろぉ……


   鳳凰院凶真? なにそれおいしいの?

――やめろ

   でかい口を叩くしか能が無いの?

――やめろ

   自分から危険に飛び込んでおいて、他人のせいにするの?

――やめろ

   できもしない約束を、なぜ誓った?

――やめろ

   私を助ける約束じゃなかったの?

――やめろ

   約束が違うじゃない

――やめろ

   どうして私が殺されなくちゃならないの?

――やめろ

   どうして私を殺したの?

――やめろ

   世界のせいにする気?

――やめろ

   逃げるの?

――やめろ

   私に未来は無いのに、あんたは未来を生きるの?

――やめろ

   どうしてあんたは生きてるの?

――やめろ

   どうしてまゆりは生きてるの?

――やめろ

   どうして私は死んでるの?

――やめろ

   あんたが私を殺したのよ

――やめろ


                 『それがお前の選択だよ、岡部倫子』



――――――――――――やめてくれぇぇぇっ……!!



紅莉栖「……岡部。大丈夫?」


   くり……す……?


紅莉栖「もし、ね? β世界線へ行って、もうどうしようもなかったら、私を助けることは諦めて欲しい」


   諦めて……いいの……?


紅莉栖「あんたが壊れちゃうのは、私は望まないから」


   ホントに……? もう、頑張らなくていいの……?


まゆり「頑張らなくていいんだよ、オカリン」


   そっか……頑張らなくて、いいんだ……


まゆり「泣いてもいいんだよ、オカリン」


   泣いても、いいんだ……


まゆり「まゆしぃがずっとそばにいるからね」


   うん……うん……



紅莉栖「どうしたの岡部。悪い夢でも見てた?」フフッ

倫子「えっ……あれ? どうして」ツーッ

まゆり「オカリン、涙、拭いてあげるね」

紅莉栖「さてっ。悪夢なんてすぐ忘れた方が脳のためよ。そんなことよりもっと大事な話がある」

倫子「助手の分際でオレに指図するとはいい度胸……」グスッ

紅莉栖「無理すんな。あと、"鳳凰院凶真"はやめたんじゃなかったの?」

倫子「う、うん。そうだったね、もう"アレ"は、必要ないもんね……」

まゆり「そうだよ、オカリン。無理してあの口調を続ける必要は無いからね? 昔のオカリンに戻っていいんだよ?」

倫子「まゆりとしゃべってると、小さい頃のしゃべり方を思い出せる」フフッ

紅莉栖「そんなことより、プ・リ・ン! 私の分を勝手に食べたんだから、早く買ってきなさいよ」

倫子「はぁ? 大方、自分で食べて忘れちゃってるんでしょ。全部クリスティーナの妄想なんじゃないの?」

まゆり「あっ、プリンならまゆしぃが買ってきてあげるよー?」

紅莉栖「妄想じゃない! ちゃんと名前まで書いて冷蔵庫に入れてあったでしょ!」

紅莉栖「あっ……さては!」

倫子「……? キッチンなんて行ってどうするの?」


紅莉栖「ほらっ! あった! これでもまだ妄想と言い張るつもり? どうせ岡部が食べて、そのままゴミ箱に捨てたんでしょ、このドジッ娘。はい論破終了」

まゆり「わぁ、ホントだー。プリンのふたに、『牧瀬』って書いてあるよー」

倫子「私にドジッ娘属性はない。妄想乙。だいたい、なんで私がクリスティーナのプリンを食べるのよ。私はちゃんと自分の分があるもん」

まゆり「でもでも~、オカリン、さっきプリン食べてたよねー?」

倫子「う、うん。だから、あれは自分の分で……あっ」

紅莉栖「ほらー! 間違って食べたんじゃない!」

倫子「あ、あの時は考え事をしていて……それに、『牧瀬プリン』って読めるじゃない? 森永さん家のプリンも、小岩井さん家のプリンも同じでしょ」

紅莉栖「どーやったら読めるって言うのよ! 屁理屈を言うなっ!」

倫子「だいたい、『牧瀬』ってのは誰のことよ。クリスティーナなら知ってるけど」

紅莉栖「私の苗字だーっ!!」

倫子「もう、どうしろって言うの……ゴメンナサイ、テヘペロ☆ これでいい?」

紅莉栖「いい訳あるかーっ!!」

まゆり「オカリン、落ち着いて! まゆしぃがね、買ってきてあげるから、大声出しちゃだめだよぅ!」

2010年8月31日火曜日
代々木 AH東京総合病院 精神科 911号室【岡部倫子様】


鈴羽「これ……どういうこと……?」

まゆり「……えっとね? 今、オカリンと"クリスちゃん"と3人でお話してたところなんだー」

倫子「あら、鈴羽じゃない。相変わらずバイト頑張ってる?」ニコニコ

鈴羽「バイ……ト……?」

倫子「またサボって遊びに来たの? これじゃ、店長さんに怒られて当然だね。紅莉栖もそう思うでしょ?」

紅莉栖「え? ああ、うん。ってゆーか阿万音さん、私のこと、嫌ってなかったっけ?」

鈴羽「は……? えっと……?」

まゆり「あ、あのねっ! "スズさん"、今日はちょっと疲れてるんだって!」

鈴羽「("スズさん"って、あたしのこと、か……)」

紅莉栖「あらそうなの。だったら、そこにドクペが入ってるから飲むといいわ。糖分が脳に補給される」

倫子「まゆり。鈴羽に渡してあげて」

まゆり「うんっ。はい、ドクペだよ~」スッ

鈴羽「あ、うん……椎名まゆり、ちょっと」クイッ

病院廊下


まゆり「鈴羽さん、今日は来てくれてありがとう。えっと、オカリンの前では"スズさん"って呼ぶね」

まゆり「α世界線? のまゆしぃがそう呼んでたってオカリンが言ってたから……」

まゆり「あっ! でもでも、もし鈴羽さんさえ良ければ、まゆしぃはスズさんって呼びたいなー」

鈴羽「そんなことより、あの"おままごと"の説明をしてほしいんだけど」

まゆり「……オカリンはね、クリスちゃんがそこに居るって思ってるみたいなの」

鈴羽「自分で声を出してるのに?」

まゆり「う、うん。クリスちゃんの時はね、少し声が変わるから、今はオカリンじゃなくてクリスちゃんなんだなーってわかるんだー」

鈴羽「見えてる世界が違うのかな……」

まゆり「そう、みたい。オカリンはね、ここがラボだって思ってるみたいなの」

鈴羽「ラボって、この間父さんに案内してもらったあそこ?」

鈴羽「もしそうなら、リンリンを本物のラボに連れて行ったらどうなるんだろう」

まゆり「外出許可は申請すればもらえるけど、どうなるかわからないからやめてほしいな……」

鈴羽「ご、ごめん」シュン

初老の患者「あみぃちゃん! ろこぉ!? あみぃちゃん!」

鈴羽「うわっ!? ビックリした……」

まゆり「あ、山井さん。お部屋はあっちですよ」

鈴羽「……幻覚症状。ここは、そういう病棟なんだね」

まゆり「……オカリンね、"クリスちゃん"と一緒にガジェット開発もしててね、すごく楽しそうなんだよ」

鈴羽「それって要は一人芝居だよね。参ったな……」

まゆり「オカリンに用事?」

鈴羽「まあね。一応、言うだけ言っておこうかな」

911号室【岡部倫子様】


紅莉栖「――それでね、その時先輩はなんて言ったと思う?」

倫子「なんて言ったの?」

紅莉栖「"人は何処だって学ぶことができる。学ぶことが何ひとつ無い場所や時など存在しない。何故なら、私たち自身が未知の宝庫なのだから"――だって」

倫子「ふふ、さすが。言い訳も一流ってわけだ」

紅莉栖「そこが可愛いところでもあるんだけどねぇ」

鈴羽「あー、えっと、リンリン?」

倫子「もう、リンリンって呼ばないでって言ったでしょ? 恥ずかしいなぁ」

鈴羽「そ、そうだっけ?」

倫子「倫子でいいよ」

鈴羽「……岡部倫子。キミに伝えておきたいことがあるんだ」

倫子「なあに。改まって。もしかして愛の告白?」

紅莉栖「ちょ!? 阿万音さん! 抜け駆けは凶真守護天使団が許さないからな!」

倫子「その恥ずかしい名前、もうやめてってフェイリスに言ったのになぁ。あはは」

鈴羽「…………」


鈴羽「タイムマシンの燃料の残量からするとさ、時間移動はあと334日分が限度」

鈴羽「1年と経たないうちに、7月28日へは届かなくなる」

鈴羽「あのマシンは、ただのガラクタになる」

鈴羽「覚えといて。その日になったらさ、あたしは、たとえ1人でも跳ぶよ」

倫子「……? だって、あのタイムマシンは1人乗りでしょ?」

鈴羽「……そうだったね。うん。そうだった」

鈴羽「(あたしのせいでリンリンはこんなことになっちゃったのに、ここに居たくない……)」

鈴羽「(こんな痛々しいリンリンは見てられない……あたしは、こんなことをするために過去に来たんじゃないのに……!)」

鈴羽「(最低だ、あたし……リンリンのせいにしようとしてる……)」グッ

鈴羽「……それじゃ」タッ

倫子「あ! ルカ子の家に帰ったら、HENTAI神主には気を付けてね!」

まゆり「…………」

まゆり「(おばあちゃん、お願い……まゆしぃに力を貸して……)」ウルッ


倫子「相変わらず鈴羽はせわしないなぁ」

紅莉栖「阿万音さんらしくていいじゃない」

まゆり「ねぇ、オカリン。まゆしぃね、今日で夏休みが終わっちゃうから、明日からはずっとは一緒に居てあげられないんだー」

まゆり「あ、でもでも、毎日来るからね! みんなにもお見ま……ラボに遊びにくるように頼んだから、オカリンは寂しくないからね?」

倫子「うん、ありがと。ってっても、ラボには紅莉栖も居るし、むしろうるさいくらいかな」フフッ

紅莉栖「無理言って大学側に滞在を延期させてもらってるから、そろそろ先輩が私を拉致しに来てもおかしくないかも」

倫子「そしたらその先輩もラボに迎えてあげるから。来るなら来てみなさい……」ニヤリ

まゆり「でも、オカリンもそろそろ夏休み終わっちゃうんだよね」

まゆり「そしたら、また学校に通わなくちゃね! それまでに元気いっぱいになろうね、オカリン!」

紅莉栖「そうよ岡部。ただでさえ不健康な生活してるんだから、まゆりを見習って早朝ジョギングでもしてきなさい」

倫子「わ、私は運動音痴だからいいの! ってゆーか、紅莉栖もヒトのこと言えないでしょーが!」

倫子「ラーメンばっかり食べてて、太るよ?」ニヤニヤ

紅莉栖「う、うるさいなっ! 日本のラーメンが美味しいのがいけないの! はい論破、証明終了!」

倫子「なにそれ」フフッ

まゆり「そうだぁ! 今日はこれからお買い物に行こうよ! オカリンが大学に着ていく可愛いお洋服を揃えないと!」

紅莉栖「お、岡部が可愛いお洋服だと……ハァハァ」

倫子「HENTAI紅莉栖には見せてあげなーい」

紅莉栖「ぐはぁっ!」

倫子「冗談だよ」ニコニコ

まゆり「……さ、さぁ、行こー!」

渋谷 スクランブル交差点


紅莉栖「去年の渋谷地震の復興はもう8割がた済んでるのね。日本の威信をかけた復興事業だったってアメリカでもニュースになるくらいだったし」

倫子「あ、あそこの人たち。あれが噂の、えと、カオスチャイルド症候群、だっけ」

まゆり「制服は、かわいい、よね……今日、登校日なのかな……」

紅莉栖「……偏見を持っちゃダメよ。あの人たちは紛れもない被害者なんだから」

倫子「さすが紅莉栖、優等生的発言」

少女「うわぁっ!」ドンッ

まゆり「きゃっ。えっと、だいじょうぶ? ごめんね、まゆしぃがぼーっとしてたから……」

倫子「この人の多さじゃぶつかっても仕方ないよ。キミ、立てる?」スッ

倫子「(綯と同じくらいの歳の子かな?)」

少女「あ、ありがとう、ございます」

紅莉栖「そんなに急いでどうしたの?」

少女「えっと、私の恩人……幼馴染の男の子が今日、目が覚めるかもって連絡があって、走っちゃいました。ごめんなさい」

まゆり「(あれ? この子、どこ向いてしゃべってるんだろう……)」

倫子「目が覚める……?」

少女「渋谷地震の後遺症で、ずっと眠ったままなんです。でも、もしかしたら今日も目を覚まさないかも」

紅莉栖「街は復興しても、人はそう簡単には元に戻らない。失ったものが大きすぎたのね」

まゆり「……きっとその幼馴染の男の子はね、あなたのことを必要としてくれてると思うなー、えっへへー」

少女「そうかなぁ、えへへぇ」

倫子「それじゃ、人にぶつからないよう気を付けて行くんだよ?」

少女「おっけい!」タッ タッ


まゆり「渋谷はいつ来ても人がいっぱいだねー」

倫子「まゆり、手を離さないでね? まゆりはすぐはぐれちゃうから」

まゆり「うんっ! ありがとう、オカリン。えっへへ~♪」ニコニコ

紅莉栖「いいなぁ、まゆりは。羨ましい」

倫子「紅莉栖も服買おう? いつも同じ改造制服だと、せっかくかわいいのにもったいないよ」

紅莉栖「こ、これは、自分の荷物を少なくするためにだな……」

倫子「ねえ、まゆりは紅莉栖にどんな服が似合うと思う?」

まゆり「えぇっ!? え、えっとねー……うんとねー……」ムムム

倫子「そんなに悩んじゃうほど? まあ、紅莉栖は確かに何着ても似合いそうではある」

紅莉栖「それって褒めてるの? けなしてるの?」

まゆり「あ! それなら、フリフリでお姫様みたいなのはどうかなー?」

紅莉栖「絶対にNO!!」

まゆり「あぅ」

倫子「ふふっ。ナイスボケね、まゆり。紅莉栖にそれは無い」フフッ

まゆり「(……帰ったら、牧瀬紅莉栖って人がどんな見た目の人か、調べておかなきゃ……)」

LOFT近くの衣料店


まゆり「ねぇねぇオカリン! これなんかどうかな? 似合うと思うなー♪」

倫子「えー? これー? うーん、紅莉栖はどう思う?」

紅莉栖「り、倫子ちゃんが、更衣室でぬぎぬぎ……ハァハァ」

倫子「倫子ちゃん言うなぁっ!」

まゆり「あ、あはは……」キョロキョロ

まゆり「(……お店の人に変な目で見られちゃってるけど、大丈夫かな? ちゃんと売ってもらえるかな?)」


梢「……うぴ?」

梢「セナしゃん、セナしゃん。向こうに、見えない人としゃべってる、とってもとーっても美人な女の子がいるのら」

梢「とーめーにんにんげーんさーん?」

セナ「なに……?」


セナ「おいお前」ガシッ

倫子「きゃぁ!? ちょっと何……あ、あなた、蒼井セナ!?」プルプル

まゆり「オ、オカリンっ? あの、どちら様、ですか?」

セナ「(なぜ私の名前を……どこかで会ったか?)」

セナ「お前、見えているのか」

倫子「み、見えているって、何のこと?」

セナ「エラー。負の妄想だ」

倫子「妄想……?」

まゆり「あ! えっと、オカリンはそういう病気なんです! だから、悪いことはしてないんです!」ヒシッ

倫子「ちょ、まゆり! 私はもう厨二病は卒業したってば!」

セナ「そこに、お前が望んだ妄想の人間が居るはずだ。違うか」

セナ「(まあ、私が思考盗撮すればわかることだが)」

倫子「さっきから何をわけのわからないことを言ってるんですか! 紅莉栖、なんとかして!」

セナ「クリス? ……っ!? 牧瀬、紅莉栖!? なぜ生きている!?」

紅莉栖「ふぇっ!? えっと……?」

セナ「(それに、なんだこの記憶は……神社、巫女、それに、白衣……)」

セナ「まさかこいつ、私に妄想攻撃を!? ならばこちらも……!」


シュィィィィィィィィィィン!!


倫子「……っ!?」


倫子「ま、またその剣……や、やめてよ……」ガクガク

まゆり「えっ? えっ? なにがどうなってるのかな?」

セナ「やはり見えているのだな……! リアルブートしていない妄想の存在は、ギガロマニアックスにしか見えない……!」

梢「セナしゃん、ここでヤっちゃうのら? こずぴぃもねー、セナしゃんのお手伝いがしたいぽーん☆」

セナ「梢はおとなしくしていろ。このディソードは振り回すために抜いたわけじゃない。もう必要は無い」シュインッ

梢「うぷぅ、セナしゃんばっかりずるいのらー! ぷんすかぷーん!」

倫子「(なにこの変なしゃべり方の金髪ツインテの子……まゆりより年下っぽいけど……なんにしても、剣を消してくれてよかった……)」ホッ

セナ「お前、岡部倫子だな。そうか、思い出したぞ。去年渋谷の地下で会った妄想垂れ流し女……」

セナ「(この記憶は本物か? 記憶が改ざんされた気配はないが……)」

セナ「まるで雰囲気が変わっていたのでお前だと気付かなかった。それに、あの時はディソードが見えていなかったようだが」

倫子「去年だけじゃなくて、つい先々週も会ったじゃない! 柳林神社で!」

セナ「……ああ。どういうわけだか、私にもその"ありもしない記憶"がある」

セナ「確かに私は8月15日、西條と秋葉原へIBN5100を探しに行った」

倫子「IBN5100……? 予約してたフィギュアを取りに行ったんじゃなかったの?」

セナ「6月頃、ネットで祭りになったらしい。『転売厨なら手に入れなきゃ嘘だろ常考』、などとほざいていて鬱陶しかったので用心棒として雇われたまでだ」

倫子「(ネットの祭りは1975年へ跳んだα鈴羽の仕込みじゃなかったのか? いや、β世界線でもIBN5100がラボに届くようにした因果の再構成に組み込まれ……あ、あれ、なにか、大事なことが思い出せない?)」


セナ「だが、そこで"お前たち2人"とは会っていない」

セナ「会っているはずがないんだ。何故なら、新聞で報じられていた通り、牧瀬紅莉栖は7月28日に――」

まゆり「あー! 2人とも、翠明学園の制服の夏服バージョンだー! 有名デザイナーさんがデザインしてて、可愛いって評判なんだよねぇ、いいなぁー!」アセッ

セナ「……梢」

まゆり「(そのことはオカリンに言っちゃだめだよう! 牧瀬紅莉栖さんはオカリンの中ではまだ生きてるんだよう!)」

梢「……ってことらしいのら」

セナ「なるほど……」

倫子「そう言えばあなたたち、今日は夏休みじゃないの? どうして制服着てるの?」

梢「こずぴぃたちはねー、成績さんが悪いわるーいだから、ほしゅーだったのらー☆ ちなみにセナしゃんは2回目の3年せ――」

セナ「ともかく、私にはあるはずの無い記憶がある。お前の妄想攻撃か?」

倫子「それってどういう……もしかして、リーディングシュタイナー?」

セナ「ほう。お前はそんな呼び方をするのか。私たちはギガロマニアックスと呼んでいる」

倫子「ギガロマ……?」

セナ「場所を変えよう。あまり公の場で話す話でもない」

まゆり「えっと、どうしよう、オカリン……」

紅莉栖「ただの電波って感じでもない。ついていくべきよ。蒼井さん、私たちが知らない情報を持ってるみたい」

倫子「さすが紅莉栖、好奇心旺盛だね……わかった」

セナ「……ふん」

カフェLAX


店員「ほう。女ばかりでぞろぞろと。おぬしら、何のようじゃ?」

セナ「奥の席に頼む」

店員「相変わらず愛想の無い客よのう。4名様、ごあんな~い」

倫子「4名? 5人のはずだけど」

店員「人数が増えてもどうせ席は変わらんから、早う座れ」


梢「こずぴぃはねー、こずぴぃだよー☆ よろしくなのれす」

まゆり「まゆしぃはねー、まゆしぃ☆なのです。えっへへー」

紅莉栖「なにこの頭の痛くなる自己紹介……」

梢「でもで~も、こずぴぃの方がねー、まゆしぃより年上さんなのら~♪」

倫子「それで、その、話って何?」

セナ「私がお前と初めて会った時、お前は見事に未来予知をしてみせた。覚えているか?」

倫子「未来予知……?」

・・・
2009年10月29日
渋谷駅 地下コンコース


タッ タッ タッ

セナ「くっ、見失ったか……おい、そこのお前。今、リュックを背負った小太りの男を見なかったか?」

倫子「(な、なんだ!? こいつのしゃべり方といい雰囲気といい……まるでオレの理想とするエージェントとの邂逅ではないかっ!)」ドキドキ

倫子「(ここは敢えて振り向かずに……)フン。質問の前に名乗ったらどうだ、黒髪ロングの女よ」クックッ

セナ「……蒼井セナ(なんだこいつ。妙に芝居がかった口調で)」

倫子「……オレだ。今、妙な女と接触した。……ああ、機関に反逆し逃亡中の女の可能性がある。1時間以内に連絡しなかったら、オレはやられたと判断して、そのまま計画を続行しろ。それが運命石の扉<シュタインズゲート>の選択だ。エル・プサイ・コングルゥ」スッ

セナ「(ケータイ? 誰と話してるんだ……?)」

倫子「貴様、何者だ?」クルッ

セナ「(……変なやつかと思ったら、すごい美人じゃないか。こいつも岸本タイプか)」

倫子「答えろ。……いや、答えないという事は、ついに始まるのだな。アレが」

セナ「アレ、だと? サードメルトのことを言っているのか?」

倫子「(なにこの子、オレの妄想話に全力で付き合ってくれてるのか!?)」ワクワク

倫子「……いかにも」

セナ「っ!!」ドクン


倫子「(ならば、オレも全力で厨二全開トークを、あ、いや、世界の真実の物語を楽しませてもらうとしよう……!)」キラキラ

セナ「お前、何者だ? まさか……」

セナ「(いや、ギガロマニアックスの気配はない。希テクノロジーの関係者か?)」

倫子「ククク、ふぅーはははぁ! そうか、オレの正体に気付いてしまったようだな、コードネーム"蒼の剣士"よ!」

セナ「……はぁ?」

倫子「内閣特殊調査室のスーパーエージェント、その正体は体制<オーガナイザー>側の能力者<アウグル>! 貴様の目的は2つ。"聖想剣グラジオラス"の真なる持ち主を探すこと。そして、計画の障害を取り除くために邪魔者を処刑<エゼクサオン>すること……そうだな?」ニヤリ

セナ「(……こいつの心も半ば壊れかけているように感じる。ギガロマニアックスとして覚醒する潜在的な力があるのか?)」

セナ「それ以上妄想をするな。でないと、いずれ妄想に喰われるぞ」

倫子「妄想ができるのは、地球上のあらゆる生物の中で人間だけだ。肉体的に弱い人類が手に入れた"危険予測の能力"だが、その力は現代において肥大化しすぎてしまった……」

セナ「妄想は電気仕掛けだ。いや、この世界そのものが電気仕掛けなんだ」

倫子「仮想現実だな……!」キラキラ

セナ「(うっ、かわいい……)」

倫子「そうか、そういうことだったのか……! 現実の世界はすでに崩壊し、オレたちは量子サーバー内でデータだけの存在として生きて――」

セナ「そんなことは一言も言っていない」ギロッ

倫子「ヒッ、スイマセン……」シュン


セナ「私の言ったことを頭の片隅に置いておけ」

倫子「フッ、オレに忠告をするとは……ならばオレからも1つ、伝えておこう。エスパー西條を知っているか?」

セナ「なん……だと……?」

セナ「(エスパー少年騒動が全国中継されたのはつい先日、10月27日のことだが……まさかこいつ、ただの野次馬か?)」

倫子「あの男を死なせてはならない。世界の命運の鍵は、ヤツが握っている」

セナ「お前……っ!!」シュィィィィィィィィィィン!!

倫子「……? (右手を振りかぶって、羽虫でも居たのか?)」

セナ「(こいつ、妄想のディソードが見えてないのか……?)」

セナ「なにを知っている。西條を煽ったのは、お前か?」

倫子「あのスクランブル交差点での事件は予兆に過ぎない。終末のときはすぐそこまで迫っている。近いうちに渋谷は血の海と化すだろう」

セナ「そんなことはさせない」

倫子「蒼井セナ、と言ったか。お前と出会えて、よかった。既に分岐してしまった世界を正しい方向へと導けるのは、貴様だけだ」

セナ「……なに?」

倫子「我が名は鳳凰院凶真っ!」ガバッ

倫子「人はオレのことを、畏怖をこめて狂気のマッドサイエンティストと呼ぶ。貴様とはいずれまた会うことになるだろう。それが、運命石の扉<シュタインズゲート>の選択だ。エル・プサイ・コングルゥ」


クルッ スタ スタ ……


セナ「待て」グイッ

倫子「きゃっ!!」ズテーン

セナ「あ、転んだ」

倫子「……ひ、人がせっかく格好良く立ち去ろうとしているというのに、貴様空気を読めっ!」ウルッ

セナ「(かわいいがうっとうしい)」イラッ

倫子「う……ぐぁぁっ! こんなときに、右手が疼く……っ。ち、近寄るな! でないと、力が暴走を……!」ジタバタ

セナ「お前には見えているのか?」

倫子「え? なにが?」

セナ「私の持っている、これだ」シュィィィィィィィィィィン!!

倫子「……ああ、見えている。あまりにも鮮烈、見る者の目をくぎ付けにして離さない、その残酷なまでに美しい剣が」

セナ「なっ!? 本当か?」

倫子「無論だ……。妖刀朧雪月花。実に見事な日本刀……」

セナ「ウソをつくなっ! バカがっ!」グイッ

倫子「いやぁぁっ!! ちょ、おま、公衆の面前でなんてことを!!」

セナ「あ、つい西條のノリで股間を踏んづけてしまった。悪い」

倫子「うぅ……もう、お嫁に行けない……」シクシク


・・・


店員「待たせたの。注文の品、お待たせじゃ」

店員「しかし美少女よ。いくら外が暑いとはいえ、1人でそんなに飲んではおしっこを漏らしてしまうぞ」ヒョイッ ヒョイッ

倫子「いや、こっちのコーラは紅莉栖の分だし」

紅莉栖「さすがにドクペは置いてないから岡部はマウンテンビューか」

梢「肉まんまーんが、おいしそーなのら☆」

まゆり「このお店、肉まんも置いてるんだねー。あ、グレープフルーツジュースはまゆしぃのです」

セナ「それで、話の続きだが、お前の"予言"はピタリと的中した」シャク シャク

店員「堂々と店内でガルガリ君を食うでない! このどたわけが!」

セナ「渋谷地震は希テクノロジーの、引いては300人委員会の陰謀だった。まあ、実態は野呂瀬玄一の私的な野望だったのだがな」ペロリ

店員「ぐぬぬ……勝手にするがよいっ!」クルッ

セナ「鍵を握っていたのは西條拓巳。世界はヤツの妄想によって救われたんだ」

倫子「い、いや、だけどあれは、私が適当に思い付いた言葉を並べただけで……」

セナ「今思えば、既に片鱗を見せていたのだろう。"適当に思い付くこと"それ自体がお前の力だったと言える」

セナ「そして今ではエラーが見えるまでになった。力を覚醒させてしまうのは時間の問題だ」

セナ「それに、他にも心当たりがあるはずだ。未来のビジョンが浮かび上がるようなことがかつて無かったか?」


  『まゆしぃだって、クリスちゃんを犠牲にしてまで生きていたくないよぉ!』


セナ「なるほど、やはりな……」

倫子「そんなはずは……」

セナ「お前は、未来予知に特化したギガロマニアックスだ」


セナ「岸本と同じ……いや、岸本に言わせればツィーグラーと同様の能力か……」

セナ「お前の場合、近くに居る人間の脳を利用して、その脳が将来的にどのような電気信号を受信することになるか、を予知できるのだろう。一種の思考盗撮と言える」

セナ「去年私と出会った時のお前の未来予知では、お前は私の脳を利用したんだ」

まゆり「えっと、オカリンは、占い師さんってこと?」

倫子「そんなわけない! そうじゃなくて、私には、別の世界線の記憶を引き継ぐ能力、リーディングシュタイナーってのがあって――」

セナ「別の世界線?」

倫子「……ラボメンになるなら、話してあげなくもない」

セナ「ラボメン……なるほど。ラボラトリーメンバー……大学生のサークルみたいなものか」

梢「セナしゃんまで心の声が聞こえるようになったーらね、こずぴぃ、セナしゃんのお役に立てなくなっちゃうかもかもーで、ちょっと寂しいのれす」

セナ「梢ほどハッキリとはわからないが、私でも多少の思考盗撮はできる」

セナ「世界線については保留にしよう。ラボメンとやらになるつもりはないからな」

セナ「こいつの名前は……椎名まゆり、か。椎名に聞きたいことがある」

セナ「岡部は最近、心を壊すような出来事はあったか?」

まゆり「え……」

梢「あったーって言ってるのら!」

セナ「ふむ……」

倫子「……あなた達、もしかして超能力者なの!?」ビクビク


セナ「ギガロマニアックスだと言っている」

倫子「だから、それ、なんなの?」

セナ「乱暴に言えば、妄想を具現化する能力を持つ者のことだ」

倫子「妄想を具現化……?」

セナ「ディラックの海、負のエネルギーでいっぱいに満たされた観測不能の境界面に、ディソードをパイプの先端のように突っ込む」

セナ「ディソードはいわば、ゼロより下の領域とのリンクだ。世界は1と0、そして-1で構成されているが、この負の領域と接続する」

セナ「ディラックの海とのチャネルを大きくすることで、粒子と反粒子の対生成を起こし、世界にとってのエラー、妄想を創り出す」

セナ「このエラーを周囲の人間の脳と共有することで、妄想を量子力学的に具現化する」

倫子「……前に紅莉栖が作った未来ガジェット9号機みたいだね。他人の考えた映像を見るマシンを脳波だけで実現してる、ってこと?」

セナ「脳波じゃない。視界のデッドスポットに粒子を送り込むんだ」

倫子「(意識で粒子を操ってるの? どこかで聞いたような……)」

倫子「だけど、それだと幻覚にしかならないんじゃない?」

セナ「世界は電気仕掛けだ。何を見ているかじゃない。何を見せられているかだ」

セナ「現実なる実体を脳が認識しているんじゃない。複数の脳が共有した電気信号を現実だとして世界が成立しているんだ」

倫子「水槽の脳、みたいな話だね」

セナ「その例えで言うなら、水槽の世界、と言ったところか」


セナ「お前の見ている世界は本物か?」

倫子「ヴァーチャルリアリティだって言いたいの?」

セナ「お前がお前であるとどうやって証明できる?」

倫子「……?」

セナ「お前の目から見えている世界は妄想に過ぎない。それを現実として認識するためには、誰かと世界を、つまりお前の妄想を共有するしかないんだ」


  『その目、だれの目』


セナ「人間の脳はそういう風に作られている」

倫子「なら、未来予知なんて眉唾じゃない。未来のことを知ったところで妄想に過ぎない」

セナ「未来予知は、"正しく世界を視る"と言った方がいいかもしれない。この先どのようなことが起こるのか、周囲共通認識を経由して演算処理し、シュミレートしている」

セナ「サンプリング数がどの程度必要なのかは予知内容によるだろうが、複数の脳を使い現実を正しく認識することで、その世界固有の因果の流れを視ることができる」

セナ「どうやら、世界が分岐する地点までは因果が確定しているらしい。分岐点の先には全く別の未来が複数存在している」

倫子「(それについては嫌というほど知ってる……)」


セナ「その"未来"というのが、この世界の物理的な時間のことか、お前の主観的時間のことかはわからない。脳の認識次第では、あるいは両方かもしれない」

倫子「ラプラスの魔?」

セナ「あくまで量子力学的に認識をするから、未来予知が必ず当たるということはなく、ラプラスの魔とは異なる。いわば、確率的に未来が存在しているんだ」

セナ「例えば、未来の情報を入手したことで、それを回避するための行動選択をしたとする。そうすれば当然未来予知は外れる。世界は分岐するんだ」

セナ「だからこそ、岸本の言うところの、『邪心王グラジオール復活による世界の破滅』は回避できたわけだからな」

倫子「(タイムトラベルと似ている……?)」


・・・

『ポイントは、送るのは"記憶"だけってこと。あくまでも被通話者は未来の記憶を"思い出す"だけってこと』

『ある意味、未来予知ができるようになる、と言えるかも』

・・・


倫子「(もしかして、タイムリープのし過ぎで私にそんな力が……? いや、関係ないか……)」


セナ「自分のディソードは見えているのか?」

倫子「自分の、って、私の剣があるの?」

セナ「やはり、ディソードなしに未来予知をやってのけていたか……」

セナ「(西條クラスの素質を持っているかも知れないな……だが、慌てることは無い。まだこいつは覚醒していないのだから)」

セナ「(覚醒していないせいで、自分だけの現実、というより不完全な妄想世界――現実世界に牧瀬が生きているように物事が都合よく改ざんされるフィルターのようなもの――になっている)」

セナ「(反粒子を岡部のデッドスポットに送り込んで粒子を対消滅させ妄想の牧瀬を消したとしても、いたちごっこにしかならない)」

セナ「(だが、この程度の妄想世界なら妄想シンクロも容易い……妄想世界を消滅させれば、岡部がギガロマニアックスの力を使い続ける必要もなくなる、か)」

倫子「自分のディソードがあれば、私にもあなたたちみたいな超能力が手に入るの?」

セナ「むやみにこの力を使うな。私がお前に話したかったのはこの点だ」

倫子「あなたの話って、言葉が少ないわりに回りくどいね……」

セナ「妄想を現実にする行為にはリスクが付きまとう」

セナ「粒子とともに生成される反粒子は、自分のディソードにストックされていくんだ。たとえ自分のディソードが見えていなくてもな」

セナ「反粒子は数学的に言えば、"過去へ向かうもの"だから、ストックすればするほど、ギガロマニアックスには"現在の状態とのずれ"が発生し――」

セナ「存在としての自己崩壊を招く」

倫子「自己崩壊……」


セナ「これ以上妄想するな」

セナ「お前の場合、特に未来について妄想してはならない。その力はいずれ身を滅ぼす」

セナ「イマジナリーフレンドもやめた方がいい。今はまだ岡部個人の妄想に留まっているが、これを周囲共通認識化すれば"牧瀬紅莉栖"がリアルブートされてしまう」

セナ「私の知り合いにも妄想で人間を具現化したやつが居るが、そいつは力を使い果たして死期を早めた」

まゆり「ええっ!? オカリンが死んじゃうの、いやだよう……!」

倫子「だ、大丈夫よ、まゆり。私は死なないから……」

セナ「なんなら強制的にやめさせてやってもいいが、どうする?」

まゆり「ど、どういうこと……?」

倫子「ってゆーか、言ってる意味がわからない! 紅莉栖も何か言ってやって!」

紅莉栖「まるで私がイマジナリーな存在みたいに言ってくれてるけど、私はここに居るわよ。失礼しちゃう」

セナ「……岡部の創り出した妄想の牧瀬を消滅させる」

倫子「だから、妄想じゃないと何度も――」

セナ「カギとなっている牧瀬が消えれば、岡部の妄想世界も同時に消滅する」

セナ「(西條の妄想世界を消滅させた時は星来を殺す必要は無かったが、今回はそれでいいはずだ。なぜなら、こいつにとって必要なことは、『牧瀬紅莉栖の死を受け入れること』なのだから)」

セナ「無知は罪だ。知らない方が幸せなこともあると言うが、そんなのはただの甘えだ」

セナ「どうする、椎名」

まゆり「まゆしぃは……えっと……」

まゆり「こんなに痛々しいオカリンを、もう見ていられないのです……」ウルッ

セナ「……わかった。梢」

梢「もぐもぐ……うぴ?」


梢「つまりつまりー、もーそーのクリスしゃんを、ドカバキグシャーしちゃっていーのら?」

岡部「や、やめてっ!」

セナ「お前は動くな。動いたらお前の首元に突きつけている私のディソードをリアルブートしてやる」スッ

岡部「くぅ……っ!」

まゆり「えっと、今、オカリンに見えない剣を見せてるのかな……」

セナ「おい牧瀬。居るんだろう、出てこい」

紅莉栖「い、言われなくてもここに居るっ!」

セナ「よし。梢、迅速に頼む」

梢「わかったのら~☆ 殺しちゃーうよ♪」

梢「…………」クターッ

まゆり「寝ちゃったの?」

セナ「梢は岡部の妄想の世界に完全に入り込み、牧瀬を消しているんだ。じきに岡部は気絶する」

まゆり「えっ!?」

セナ「心配するな。現実の世界へ戻るためのスリープだ。今のうちに救急車でも呼んでおけ」

まゆり「う、うん。わかった」ピッ

岡部「やめてよぉ……やめて、やめてやめてやめ――――っ」クターッ

セナ「やったか」

梢「まっかっかでどーろどろにしちゃったーよ♪」

セナ「これで"牧瀬紅莉栖"は死んだ。もう蘇ることもないだろう」

セナ「これ以上妄想しないよう、そばについていてやれ。椎名」

まゆり「うん……」

代々木 AH東京総合病院 911号室【岡部倫子様】


倫子「ん……ここは、病院」

まゆり「オカリン! よかったぁ、目が覚めたんだね……!」ウルッ

まゆり「ごめんね、まゆしぃのせいでつらい思いをさせちゃって……」グスッ

倫子「……泣かないで、まゆり。それより、私こそごめんね」

まゆり「オカリン……? もしかして、覚えてるの?」

倫子「妄想の世界に閉じこもっちゃって、まゆりに迷惑かけちゃった」

まゆり「そ、そんなことないよ! ……オカリン、もう大丈夫なの?」

倫子「うん。ここがラボじゃなくて病室だってことも、α世界線じゃなくてβ世界線だってことも」

倫子「……牧瀬紅莉栖がすでに死んでいるってことも、ハッキリと思い出せる」

まゆり「オカリン……」

倫子「結局またまゆりの時みたいに都合よく記憶を改変しちゃってたんだね……」ハァ

倫子「あの超能力者さんたちには感謝しとかないと」

まゆり「うん……よかったぁ、よかったよぉ……グスッ……」ダキッ

倫子「まゆり……ありがとう、いつもそばにいてくれて……」ナデナデ

2010年9月1日水曜日
代々木 AH東京総合病院 911号室【岡部倫子様】


医者「今日1日検査した結果に問題がなければ、明日には退院できますよ」

倫子「ご迷惑をおかけしました」

倫子「(紅莉栖は前に、この病院の地下室で300人委員会の息がかかった研究機関による人体実験が行われていると言ってた)」

倫子「(このβ世界線でもそうなのかはわからないけど、そんないわくつきの病院からは一刻も早く退院したかった)」

医者「ですが、PTSD治療は長期の継続的治療が必要です。池袋周辺で通院できるメンタルクリニックを紹介しておきましょう」

倫子「(まあ、表で働いている医者は普通の人だと思うけど)」

医者「それじゃ、安静にね」


ガララッ


倫子「……私はなにをやってるんだ」ハァ

倫子「鈴羽、怒ってるだろうなぁ……」

倫子「ダルはどうしてるかな……」

倫子「店長さんに今月分の家賃、払わなきゃなぁ……」

倫子「ラボに、行きづらいな……」

倫子「テレビでも見よう。えっと、イヤホンは……」


キャスター『続いて、特集です。先日ロシアへ亡命したドクター中鉢氏こと牧瀬章一さんの発表した、通称"中鉢論文"の内容が公表されました』


倫子「(またこのニュースだ。妄想に逃げていた時にも何度か見たなぁ、その時は見て見ぬフリをしちゃったけど)」


ナレーション『この事件は当初、"ロシアン航空機火災事故"として報じられたものでしたが、搭乗していた意外な人物の意外な論文が、世間を騒がせることとなりました』

ナレーション『事故があったのは8月21日。日本時間11時5分に成田を発ったモスクワ行きのロシアン航空801便が飛行中、モスクワ到着直前に貨物室から出火するという事故でした』

ナレーション『その後飛行機はドモジェドヴォ国際空港に緊急着陸し、死傷者は出ませんでした。その時の映像がこちらです』

中鉢『無事にこの素晴らしきロシアに亡命することができて、実に喜ばしい限りだ。私を受け入れてくれたロシア政府には深く感謝している』

中鉢『無事着陸させた機長には賛辞を送りたいね。彼は、この私と、私が書いた人類史に残る論文を救ったという意味で、まさに英雄だよ』

中鉢『もしこの論文が失われたら、人類科学の発展は100年の遅れを見ることになっただろう』

中鉢『人類史上初の、タイムトラベル実現に関する論文だ、分かるかね!? タイムトラベルだよ! この私、ドクター中鉢がその発明に世界で初めて成功したのだ!』

中鉢『近いうちに学会で発表する予定だがね、そのとき全人類は驚愕し、やがて私を称えることになるだろう!』

中鉢『元々この封筒は、スーツケースに入れて貨物室に預ける予定だった。実際、そうしていたら論文は貨物室で焼け焦げ、人類の夢はそこで終わってしまっただろうな』


中鉢『しかし! まるで神が私に"世界にドクター中鉢の偉大さを知らしめよ"と言わんばかりに、幸運な運命のイタズラを起こした』

中鉢『その神による業がこれだ! これが封筒に入っていたおかげで、荷物を預ける際に金属探知機に引っかかってしまってな』

中鉢『私は封筒だけをスーツケースから出して、機内に持ち込んだのだ! 人類の夢を守った真の英雄は、この小さな人形であるとも言えよう!』


倫子「神による業、ねぇ……」


キャスター『この小さな人形は果たして人類の英雄になったのでしょうか。井崎准教授はどう思われますか?』

井崎『僕に言わせれば最高傑作ですね。もちろん、エンターテイメントとして、ですが。中身は典型的な疑似科学でしたよ、かの有名なジョン・タイター理論の発展型と言えるでしょう』

井崎『正直に言って、ロシアが彼に勲章や名誉博士号を与えているのは何かの陰謀としか思えません』

キャスター『それはやはり、中鉢論文が革命的だったから、ではないのでしょうか』

井崎『とんでもない! きっとどこかの金持ちが道楽で彼に"物語<フィクション>"を書かせ続けているんでしょう』

井崎『現在ドクター中鉢はロシアの研究施設に事実上軟禁されていますが、彼のインタビュー記事を見る限りでは好待遇で迎え入れられていると勘違いしているようですね、はは』

井崎『中鉢論文に関しては今度11月に行われる予定のATF<アキハバラ・テクノフォーラム>の講演で取り上げようと思っていましてね。ご興味ある方は是非、足をお運びください』


章一の手には、7月28日、私がまゆりに取ってあげた、そしてまゆりが失くした"メタルうーぱ"が映っていた。

丸っこい平仮名で『まゆしぃの!』と書かれている、世界に1つしかないものだ。

タブオクでプレミアがついている純金属製のキャラクターストラップが、第3次世界大戦のきっかけとも言える『中鉢論文』を火災から守ってしまった。

私は、このメタルうーぱのせいで2回目の紅莉栖の救出が絶対に成功しないことを悟った。

『シュタインズゲート』は理論上の存在にすぎなかったということ。どうあがいても到達することはできない。


ベッドから起き上がり病室から出て、渡り廊下を通った先にある外来棟8階の屋上庭園でダルに電話をかける。

電話レンジを破棄するよう頼むと、ダルは文句の1つも言わずに従ってくれた。

あれは存在するだけで危険。あれでもれっきとしたタイムマシンだから。

……これで、Dメールを過去に送ることができなくなった。

そもそも、β世界線でDメールを送るには困難が多すぎる。

一度α世界線に戻ってから作戦を立て直す方法もあるかもしれない。

そこでなら紅莉栖と共闘して、作戦を練り直すことができるかもしれない。

だけど、私にはもうこれ以上まゆりを殺すことはできない。

紅莉栖を助けるには、鈴羽のタイムマシンで2回目の救出へと向かうしかない。

……無理。"確定した過去"を変える方法がわからない。

あの時、私の体が動かなかったのは、恐怖を感じたから、という理由もあるけど、本当はそうじゃない。

収束のせいだ。あの後、もう1人の私が"確定した過去"を観測していたという事実が、私に紅莉栖を殺させたんだ。


例えば、章一を追い払って、紅莉栖を気絶させて、あの倉庫に赤いペンキをこぼし、そこに紅莉栖を寝かせれば、もう1人の私のことは騙せるかもしれない。

紅莉栖が男に刺されて死んでいると勘違いした私はめでたく例のDメールを送信し、エシュロンに捕捉される。

まあ、データを8月17日に取り消すことがこの世界線では確定しているのでα世界線へは変動しない。

だけど、メタルうーぱの入った封筒ごと中鉢論文を牧瀬章一が奪い、第3次世界大戦の引き金を引く、というβ世界線の収束までは騙せない。

このβ収束が騙せない限り、紅莉栖の死亡収束は回避できない。

例え7月28日12時40分の時点で紅莉栖が生存したとしても、あの生真面目な紅莉栖のことだから、論文を奪われた紅莉栖は自分の父親に対しに何らかのアクションを取るかもしれない。

あるいは、論文を完全に自分のものにするために、章一は娘を殺しにくるかもしれない。

仮に中鉢論文の本当の執筆者が章一ではなく紅莉栖だということが判明すれば、ロシアのSVRが紅莉栖を暗殺しにくるかもしれない。

あるいは、SERNのラウンダーやペンタゴンのDURPAあたりが紅莉栖を拉致しに来るかもしれない。

かもしれない。かもしれない。かもしれない。

第3次世界大戦が勃発するためには、そういうことが起こる必要がある。

それを回避するためには中鉢論文を消せればいいけど、それが出来ない。

バタフライエフェクト。


北京での蝶の羽ばたきがニューヨークで嵐を引き起こす。

今回の場合、メタルうーぱが第3次世界大戦を引き起こしたことになるけど、その過程は一切不明。

なぜあの時の私はメタルうーぱを引き当てたのか。なぜまゆりはメタルうーぱを失くしたのか。

なぜメタルうーぱが封筒に入っていたのか。なぜあの飛行機で火災が起きたのか。

そして、なにが収束でなにが収束じゃないのか。これがわからない。

言ってしまえば、これは悪魔の証明。一切不明なその過程の中から、収束じゃないものを発見しないといけない。

そんなこと、できるわけがない。

たとえあの時の私にガチャポンをさせないようにしても、収束によってまゆりは何度もガチャポンに挑戦してメタルうーぱを引き当ててしまうかもしれない。

たとえまゆりにメタルうーぱを失くさないように注意しても、収束によって誰かに盗まれてしまうかもしれない。

たとえ紅莉栖に封筒の中に何も入れないよう注意しても、収束によってメタルうーぱがころっと入ってしまうかもしれない。

こんな推論が無限に発生してしまう。無限個の選択のうちのどれか1つが『シュタインズゲート』へと至るカギだ。

これを、たった1回のタイムトラベルで偶然引き当てなくちゃいけない。

――そんなの、無理に決まってる。


私の主観では、紅莉栖を 3度殺したことになる。

α世界線を消滅させた時、ナイフで刺し殺した時、妄想を産み出して消滅させた時。

紅莉栖は、私を生かすために死んだ。私を守るために死んだ。

私は紅莉栖を助けられなかった。世界の収束がそれを許さなかった。

悲劇も、度が過ぎれば喜劇的だ。神を冒涜した咎人の報いだ。

……こんなことなら、代わりに私が死ねば良かったんだ。

私が死ねばよかったのに、世界はそれを許さない……

2025年に死ぬことが確定しているということは、2025年までは死ねないということ。

たとえ今ここで舌をかみちぎっても、自殺はできない。

生きてる価値なんてないのに。紅莉栖の元へ行って謝りたいのに。

15年間、この罪過を悔いながら生きるしかない。

紅莉栖がくれたこの命を大切にしなければならない。

まゆりが生きているこの世界を守らなければならない。

今度、紅莉栖の墓参りに行こう。アメリカのウェストミンスターにあるらしい。

パスポート、申請しておかなきゃ。


これから私は、どうしようか。

妄想の道に逃げてはいけない。まゆりに心配をかけちゃいけない。

少しでも普通の生活をして、少しでも普通の人生を歩んで。

誰にも打ち明けずに、ひっそりと2025年に死にたい。

そうだなぁ、とりあえず大学は卒業しないと。

この病室で閑居して、良くない考えばかりするよりも少しでも外に出て身体を動かした方がいい。

なにか目標を作って、それに向かって進めばいい。

紅莉栖の居ない新しい未来を切り開けばいい。

過去を変えるのではなく、未来を作ればいい。


過去を変えることがどれほどの罪か、もう嫌と言うほど味わった。

全ての犠牲の責を負い、それでも繰り返さないといけない苦しみ。

その中で摩耗し、心は壊れ、人としての感情が無くなっていく恐ろしさ。

例え方法があっても過去を改変してはいけないんだ。

あったかもしれない可能性を現実にしてはいけない。

未来は、誰にもわからないもので、やり直しが聞かないからこそ、

あらゆる不幸も、苦しみも、理不尽な事故も、人は受け入れ、前に進むことが出来る。

それが、人としてあるべき道。

だから世界線を変えてはいけない。

この世界線で私は生きていく。


完全なリーディングシュタイナーを持つ私の脳内には、この世界線に存在しないはずの知識が大量に詰め込まれている。

だから、その知識に基づいて行動を選択してしまうと、「世界線の確定した未来」を大幅に変動させてしまう恐れがある。

α世界線漂流の時だって、改変された世界線を元に戻すという行動が選択できたのは、改変前の世界線の記憶を引き継いでいたからだった。

言い方を変えれば、「確定した世界線」は、別の世界線からの"情報"によって初めて「確定」が破たんする可能性が生まれる。

あくまで可能性だけどね。この段階では確率的にしか選択は存在しない。

たとえ別の世界線の過去や未来から情報が送られてきたとしても、それが無意味なものだったり、理解不能なものだったりすれば、"情報が送られた"という事象以外の再構成は発生しない。極小変動を起こすにしても、大幅には変動しない。

あるいは、その"情報"が人間だったとしても、ゼリー状で死んでいたり、「確定した」通りの選択を演じ続けるならば、世界線は大きくは変動しない。

8月21日、鈴羽のビンタから私をまゆりが庇ってくれた時、世界線が変動した。あの時の私は錯乱してたけど、リーディングシュタイナー特有のめまいがしたのは間違いない。

だけど、あの場に居た誰もが記憶を継続していた。これは、記憶の再構成が起こらない程度の世界線変動だった、という意味じゃなかった。

過去が全く変わっていない世界線変動が起こっていた。過去は変わらず、未来だけが変化した世界線変動だった。

いや、2036年時点の鈴羽の視点からしてみれば、タイムマシンによって過去を変えた、ということになるのかな。

変動率の幅はわからないけど、私がめまいを感じるほどだったのだから、それなりには変動したはず。


その原因はおそらく、私と鈴羽のやりとりのせいで、まゆりやダルに「確定した世界線」通りではない行動をとらせてしまったことだと思う。

具体的に言えばそれは、まゆりが私を庇う、ということ。

改変の結果を基にして世界線は再構成される。だから、改変後は、「まゆりが私を庇った場合」の世界線として再構成された。

改変前の世界線では、「まゆりが私を庇う」ことは確定してなかったんだと思う。元の世界線では、私は鈴羽にビンタされていたのかもしれない。

されたところで、2回目の救出へと向かったとは思えないけどね……。

もしかしたらあの瞬間、まゆりにも微弱なリーディングシュタイナーが働いて、まゆり自身よくわからないままに別の世界線の自分の記憶に突き動かされた結果だったのかもしれない。

とは言っても、β世界線という大きな収束がある。ロトくじ改変時のように、ロトくじ関係以外は特に事象が改変されていない、ということもある。

「まゆりが私を庇う」ことで、それほど未来は大きくは変わらなかったのかも知れない。改変後も改変前も、中身はほとんど同じ世界線の可能性もある。

……いや、それは無いか。過去を改変しようと意気込んでいるタイムトラベラーの精神状態を大きく揺さぶったわけだから、きっと「確定していた未来」が大きく変わったはずだ。

そして未来が変わっているなら当然鈴羽の記憶の中身も変わっているだろう。かつてタイムリーパーの綯が、殺戮者から守護者へと変わったように。

今となっては、鈴羽の何が変わったかはわからず仕舞いだけど。


私はもうこれ以上余計なことをしてはならない。確定した世界線を変えてしまうような選択をしてはならない。

もしそんなことをすれば、その瞬間、世界線は何の前触れもなく、バタフライ効果によって変化の過程が不明のまま、因果が再構成されてしまう。

私の主観からすれば、ある日突然北海道へ引っ越していたり、ラウンダーの一員になっていたり、雷ネッターチャンピオンになっていたりする、意味不明な世界線に跳ばされる、なんていう可能性もあるわけだ。

たとえそんな世界線だとしてもβ世界線である限りはまゆりは死なないけど、それでも、これ以上私の周りが不幸になる可能性はゼロとは言い切れない。

鈴羽も、私ほどじゃないけどその危険性を持つ人物と言える。私と鈴羽が共に行動すれば、危険度は何倍にも膨れ上がるだろう。

鈴羽と接する時は慎重にならなければならない。鈴羽が暴走しそうになったら、私が止めなくちゃいけない。


α世界線での時間漂流は、すべて私の迂闊な行動のせいだったんだ。

もしもあの時の私がダルにメールを送らないという選択さえしていれば、α世界線は永遠に"可能性"の存在のままだったことだろう。

だけど、その選択のおかげで私は紅莉栖と出会い、大切な仲間たちとの日々を過ごすことができた。

私はただβ世界線に戻ってきたわけじゃない。

α世界線での冒険の果てにここへたどり着いたんだ。

このβ世界線こそが、紅莉栖の導き出した答えなんだ。

もう2度と世界の因果律をゆがませちゃいけない。

それは神に反逆する行為。神を冒涜する行為。

神の怒りに触れれば、どんな不幸が待っているかわからない。


私はまゆりを助けることができた。ううん、まゆりをあんな運命にしてしまったのは私だった。

だから、これで十分。

天文学的な確率で紅莉栖を救うことができるかもしれない。

でももう、そこに希望は存在しない。理論上は存在しても、事実上存在していない。

望めばまた、世界の因果律は大きくゆがんでしまうのだから。

……まゆりは私を必要としてくれる。

もう鳳凰院凶真は必要ない。ううん、存在しない方がいい。

私はもう頑張らなくいいってまゆりも言ってくれた。

まゆりが居れば、死ぬまでの15年もさみしくないよね。

まゆり……まゆり……っ。



まゆり「なあに、オカリン」


2010年9月2日木曜日
岡部家 自室


倫子「まゆ……り……?」

まゆり「疲れちゃって寝てたんだよ、オカリン」ナデナデ

倫子「……うん。そうだったね。膝枕してくれてありがとう、まゆり」

まゆり「えっへへー、どういたしましてなのです」

まゆり「今日は『オカリン退院おめでとうパーティー』楽しかったねー♪ ダルくんに、フェリスちゃんに、るかくん、みーんな集まって!」

倫子「(そう、まゆりにとってはそれで"みんな"なんだよね……)」

倫子「パーティーという名の、うちの青果店の余りもの処分だったけどね。わざわざ池袋に呼んじゃって悪かったかな」

まゆり「ううん、みんな来たいって言ってくれてたからね、いいと思うよ」

倫子「そっか」

まゆり「それじゃ、まゆしぃはもう帰るね。でも、寂しくなったらすぐ呼んでね? おうち近いから、いつでも飛んでいけるのです」

倫子「大丈夫だよ。ありがとう、まゆり」

まゆり「えっへへ~♪」

倫子「(まゆりには……まゆりには、幸せでいてもらいたい)」

倫子「(この世界線でまゆりの幸せは確定してるのかな……)」

倫子「(……どうせ私の寿命は縮まらないし、見てみようか)」

倫子「あ、ちょっとだけ待って、まゆり」

まゆり「うーん?」


倫子「(未来予知のギガロマニアックス。周囲共通認識を作るためには自分以外の人間が必要)」

まゆり「どうしたのかな、オカリン」

倫子「……少しだけ、手を握っててくれないかな」

まゆり「……うん。いいよー」ギュッ

倫子「(意識を集中させる。まゆりの未来を妄想してみる……)」


・・・
2011年7月7日
ラジ館屋上


倫子「……鈴羽に、タイムマシンを使わせるわけにはいかない」

鈴羽「そう……つまり、計画を阻止しに来たってことだね」

倫子「どうせ失敗する。鈴羽のやろうとしてることは全部無駄なことだよ」

鈴羽「世界線の収束を回避する方法はきっとある。見つけられないだけで――」

倫子「そんなの、ただの妄想だっ!! 『シュタインズゲート』なんて単なる妄想なんだよっ!!」


鈴羽「あたしは父さんの指示に従ってる! 父さんを信じているからッ……!」

倫子「そんなの、ただの思考停止でしょ!? どんなことをしてもどうせ何も変わらない……!!」

鈴羽「あたしは、あたしの意志で父さんを信じた」

倫子「この、アマァ……ッ!」

鈴羽「……あたしを止めることはできないよ」ジャキッ

倫子「じゅ、銃なんか出したって脅しにはならないよ。だって、鈴羽は私を撃てない」

鈴羽「そうかな」カシュッ カシュッ

倫子「ぐっ……ぐああああああああッ!!!!!」

鈴羽「足を撃ち抜くくらいならできる。大人しく車いす生活でもしてなよ」

鈴羽「もうアンタは、私の信じたリンリンじゃない……」


ガチャッ タッ タッ


まゆり「スズさん、やめて!」


倫子「まゆり……ダル……うぐぅっ!」

ダル「ちょ、なにがあったん!? い、いま止血するお!!」

鈴羽「邪魔するつもりなら誰だろうと……」

まゆり「違うよっ……。私も、行く」

倫子「なっ……!?」

鈴羽「…………」

倫子「や、やめてっ……まゆり! まゆりまで何を……何を言ってるの……!?」

鈴羽「戻って来られないかもしれないんだよ? 世界に消されるかもしれないんだよ? それでも行くの?」

倫子「お願いッ! やめてッ! 私からまゆりまで奪わないでッ!!」

まゆり「……オカリン」

倫子「わかった、私が行く! 私が行くから、まゆりを、まゆりを連れていかないでぇっ!!」

鈴羽「……ごめん、椎名まゆり。もう時間だ」

まゆり「えっ……」

鈴羽「もたもたしてる暇が無いんだ。悪いけど、もう1人で跳ぶしかなくなった」

鈴羽「椎名まゆりは、岡部倫子を病院に連れて行くべきじゃないかな」

まゆり「あ……」

鈴羽「……さよなら」 


キィィィィィィィィン……


・・・


倫子「(――初めて意識的に未来予知ができたけど、タイムリープの時とそんなに感覚は変わらない。むしろタイムリープより気持ち悪さは少ない)」

倫子「(それより、2011年7月7日。ここが分岐点なんだ……鈴羽の言っていた燃料切れのタイムリミット)」

倫子「(そして、この世界線では私がどうあがいても鈴羽は2度目の2010年7月28日へと跳び立ってしまう)」

倫子「(その後、私はまゆりと2人で2025年まで暮らすのかな……)」

まゆり「オカリン、落ち着いた?」

倫子「あ、うん。ありがとう、まゆり」

倫子「……ずっと一緒に居ようね」

まゆり「……うんっ」




倫子「(だけど、まゆりに未来のことは言えない)」


倫子「(まゆりに未来の出来事を教えることで、まゆりの行動がこの世界線で確定している通りにならなくなってしまうかもしれない)」

倫子「(未来予知は現象的にはタイムリープと同じだ。未来の記憶を新たに手に入れるのだから)」

倫子「(だから、未来予知をするだけで世界線が大きく変動するようなことはないはず。黙ってさえいれば、全く変動しないと思う)」

倫子「(それでも、少しでも危険は減らしておきたい)」

倫子「(ダルには、私の考えに協力してもらわなければならない。だから、少なくともダルにはα世界線漂流の顛末をすべて話しておこう)」

倫子「(それでいて、その知識を元に行動しないようお願いしないといけない)」

倫子「(……世界を変えることより、変えないようにすることの方が大変そうだ)」

2010年9月3日金曜日
ラジ館屋上


倫子「(結局、ダルにα世界線の話をするのに1日かかってしまった。一応、私に協力してくれるとのこと。ダルほど信頼できる男はいない)」

倫子「(それで、ダルがタイムマシンを見たいと言うから、ラボに泊まってる鈴羽を呼び出して3人でラジ館屋上へ行こうとしたところ、学校帰りのまゆりと合流した)」

ダル「……鈴羽が僕の娘だってのはよくわかったお。確かにこのタイムマシン、電話レンジに似てるし、僕が作ったような趣味も散りばめられてる」

倫子「世界線をこれ以上変えないためにも、ダルには2036年までにこれを完成させて、それで未来の鈴羽を2010年8月21日に送ってもらう必要があるの」

ダル「ハァ。まさか電話レンジがタイムマシンだったなんてな……あれ、作り直すのはダメなん?」

倫子「だっ、だめだよ! 少なくとも私が死ぬまではタイムマシンは作らないで!」

まゆり「オカリン……」

倫子「あれは本当に世界中の組織や研究機関が狙うレベルの危険なものなんだよ!? 生存収束がどの程度かわからない以上、みんなの命が危ないんだよ!?」

ダル「わ、わかってるって。オカリンの心配はもっともだお。最重要機密でコツコツ研究してくって」

ダル「僕はひとりでもやるよ。鈴羽と約束したからね」

倫子「……ありがとう、ダル」

ダル「それと、鈴羽が今後オカリンたちに危害を加えないよう、父親の僕がしっかり監督責任を果たすお」

鈴羽「…………」

ダル「ほら、鈴羽。ちゃんと謝りなさい」

鈴羽「……ごめんなさい、リンリン。ごめんなさい、椎名まゆり」グッ


まゆり「スズさん、頭あげて? まゆしぃはね、怖かったけど、スズさんと仲良くなりたいな……」

倫子「(まゆりには現状の説明だけしておいた。α世界線での具体的な話は一切していない)」

鈴羽「許してほしいなんて思ってない。これがあたしの使命だから……リンリンに嫌われても、リンリンの心を壊してでも、それでもあたしは……!」

倫子「(わかってる、鈴羽の気持ちは痛いほどわかってる……だけど、私が過去へ行けばまた紅莉栖を……っ)」

倫子「……う、うぅ、おえぇっ!」ビチャビチャ

まゆり「オ、オカリン!?」

鈴羽「リンリン……」

倫子「ご、ごめん……ハァ……私は、もう……ウップ」

まゆり「スズさん、お願いだから今は、今だけはオカリンを過去に連れていかないでっ!」ウルウル

鈴羽「……わかっ、た。わ、かった、よ……」グッ

ダル「……今日はもう帰った方がいいお。オカリンは充分頑張ったって。ゆっくり休んで、復活に向けてパワーを蓄えるといいのだぜ」

倫子「うん……鈴羽、お願い。この世界線の確定した事象から外れるような行動を取れるのは、私達タイムトラベラーだけだから。余計な行動をしないよう、気を付けて」

鈴羽「わかった……」

2010年9月4日土曜日
岡部青果店


まゆり「旅行に行こう!」

倫子「……え?」

まゆり「まゆしぃは考えたのです! オカリンがどうしたら元気になってくれるかなーって」

まゆり「それでね、るかくんと相談したら、旅行に行くと気分がリフレッシュできるかもって」

倫子「い、いや、いいよ。あんまりお金ないし」

まゆり「オカリンのおとーさんとおかーさんもね、一緒に行くのです!」

倫子「はぁ!?」

岡部父「お、いいねぇまゆりちゃん! 倫子の退院祝いだな、任せとけってんだい!」

岡部母「そうねぇ、ここのところずっと旅行なんて行ってなかったものね」


まゆり「それでね、オカリンはどこに行きたい?」

倫子「どこって……うーん……」

倫子「(誰も知らないだろうけど、私はこの間青森まで行ったんだよね……)」

岡部父「金のことは気にすんな。パーッと使って、元気になってもらわなくちゃな!」

岡部母「その分お父さんが働いてくれるから」

岡部父「……お、おう!」

倫子「(あれからうちの両親は色々と気遣ってくれている。心配かけてしまって申し訳ない……)」

倫子「そうだなぁ、敢えて言うなら――」

倫子「――宇宙<そら>、かな」

まゆり「そら?」


倫子「あ、別にまゆりにムチャ振りしてるわけじゃなくてね! ほら、まゆりって天体観測が好きだったでしょ?」

まゆり「うん! 子どもの頃、おばあちゃんの背中におんぶされてね、おばあちゃんにお空のお星様のこと、いっぱい教えてもらったんだー」

岡部父「へぇ、あの婆さんが」

倫子「私はソラが好きじゃなかった、ううん、嫌いだったんだけど、私もソラのこと、好きになりたいなって思って」

倫子「(だって、これからの15年間はまゆりと生きていくんだから)」

まゆり「うわあ、うれしいなぁ……えっへへー」

倫子「だから、つくば辺りに行こう。あそこだったら秋葉原からTXで1本で行けるし」

倫子「(金もそこまでかからないだろうし、宇宙関連の体験施設でまゆりと遊べればいいかな)」

まゆり「えー、そんなに近場じゃ旅行にならないよー」

岡部母「今調べたら、丁度来週頃、種子島でH-ⅡAロケットが打ち上げ予定らしいわよ」

倫子「た、種子島!?」

岡部父「おお、いいじゃねえか! ロケット打ち上げなんて男のロマンだぜ!」

まゆり「それじゃあ、種子島へ行こうなのです!」

2010年9月11日土曜日
鹿児島 天文館


まゆり「オカリンオカリン、海に浮かぶお山から煙が出てるよー! あれって噴火してるのかなー」

倫子「まさかホントにここまで来るなんて……」

倫子「(そういうわけで私たちは種子島に2泊3日の旅行に行くことになったのだった。まゆりは1日だけ学校を休んで付き合ってくれている)」

倫子「(ロケット打ち上げってのは予定がずれることの方が多いから、もしかしたら見れないかもしれない)」

倫子「(それでも、9月の鹿児島の南国な気候は、私の心と身体を癒してくれている気がする。それだけでも来てよかった)」

倫子「(――紅莉栖の実家の青森から反対のところでもあるし)」

まゆり「……ねえオカリン。こうやって、知らない街に来ちゃったりしたらね、思い出すね」

倫子「ん、何を?」

まゆり「昔、2人で"てきちしんにゅー"したことあったよね。あの時も隣の駅まで大旅行だったのです」

倫子「……そんなこともあったね。あの時はまゆりが泣いて大変だったよ」

まゆり「えへへ。まゆしぃは泣いちゃってたけどね、オカリンがいたから平気だったよ」

まゆり「あの時からね、まゆしぃはずっと決めてたんだぁ。まゆしぃは、オカリンの人質だから役に立ちたいって」

まゆり「今度はまゆしぃの番だね!」

倫子「(……まゆりが居るから、涙が出ても平気なのかもしれない。紅莉栖が居なくても、まゆりが居るから……)」

まゆり「あ~! このお菓子も美味しい! "げたんは"さん、おいしいよー、オカリン!」

倫子「どれ一口……う゛っ゛! あ、甘すぎる……」

鹿児島湾上
種子島行フェリー『あねもね号』デッキ


倫子「(鹿児島港16時発の高速船に乗った。飛行機でも良かったんだけど、まゆりが『この方が旅行っぽい』というので仕方なく船に)」

まゆり「すごーい! イルカさんがまゆしぃたちと一緒に泳いでるー!」

倫子「へえ、鹿児島湾ってイルカが居るんだね。自然のイルカって初めて見たかも」

まゆり「きっとまゆしぃたちを応援してくれてるんだよ。だからね、オカリンもきっとすぐ元気になるよ」

倫子「まゆり理論は相変わらずトンデモだね。イルカが船と並走するのは、その方が楽に泳げるからなんだって」

まゆり「えー、違うよー」

??「鹿児島湾じゃなくて、ここは錦江湾っていうんだよ。お姉さんたち、東京の人?」

倫子「お、そういうキミは地元の子かな?」クルッ

??「(うおっ、スッゲー美人……さすが東京人……)」ドキドキ


海翔「え、えっと、俺、種子島に住んでる八汐海翔<やしおかいと>。小学3年生」

まゆり「とぅっとぅるー♪ まゆしぃはね、まゆしぃ☆です」

海翔「東京の挨拶はわかんないや……。お姉さん、東京から来たってことはさ、ゲーム強かったりする?」

倫子「ゲーム? んー、ダルならADVゲーかネトゲ。綯なら格ゲーがすごく強かったけど、私が最近やったのはアルパカマンくらいかも」

倫子「(もちろん小さい頃はそれなりにやってたけど、私は基本雷ネットとかいうアナログゲームでさえまともにできないゲーム音痴なんだよね……)」

海翔「アルパカマン? どうせお姉さんさ、西之表に着くまでは暇だろうから、一緒にゲームで対戦しない?」

海翔「『黄金狼ファイター』。もう1台PSP持ってるから、コレ使ってよ」

倫子「子どものくせにリッチなことを……!」

海翔「違うよ、ミサ姉、知り合いの姉ちゃんから友達と遊ぶ用に借りただけ。俺1度東京の人と戦ってみたかったんだよねー」

まゆり「でも、学校のみんなはあっちに居るけど、先生に怒られたりしないの?」

海翔「大丈夫、東京の人と交流するのも充分社会科見学だって言い訳するから。さ、勝負しよう!」

倫子「よし、ここは東京代表として実力差を見せつけちゃおうかな!」

まゆり「がんばれー、オカリーン!」


倫子「ま、負けました……」ガクッ

海翔「弱いなぁ。まあ、暇つぶしにはなったよ。お姉さんたち、TNSC(種子島宇宙センター)のロケット打ち上げを見に来たんでしょ?」

まゆり「そうだよー。えっと、えっちなロケット?」

海翔「H-ⅡAロケット18号機、ね。準天頂衛星初号機『みちびき』を搭載してる」

まゆり「そっかー、お星さまをお空へ飛ばすんだねー」

倫子「人工衛星ってお星さまなのかな?」

海翔「この準天頂衛星システムってのは、山とか高い建物のせいで人工衛星からの電波が届きにくいところにも電波を届ける役割があるんだ。その初号機で、実証実験をするんだって」

まゆり「詳しいんだねー。将来の夢は宇宙飛行士さんかな?」

海翔「いや、今のは人工衛星の話でロケットの話じゃないんだけど……うん、まあ、そんなところ」ポリポリ

海翔「見学するんだったら長谷展望公園より宇宙ヶ丘公園がいいよ。あそこは俺のお気に入りの場所だから」

まゆり「そうなんだぁ! 予定通り打ち上げしてくれると嬉しいなぁ」

海翔「アキちゃんさー、おじさんからロケット打ち上げについてなにか聞いてない?」

あき穂「えっとねー、たしか今日の夜って言ってたー」

海翔「良かったね、お姉さんたち。この子のお父さん、TNSCの職員だから、たぶん今日の夜打ち上げだと思うよ」

海翔「わざわざ東京から来て見れないのはもったいないから」

倫子「うん、楽しみだね……!」


結局、私たちはロケット打ち上げを見ることができなかった。

後に『あねもね号集団失神事件』と呼ばれる事件に巻き込まれてしまったからだ。

乗員乗客約110人を乗せたフェリーの中で、西之表港到着のだいたい30分くらい前になって、次々と乗客が体調不良を訴え始めた。

そしてほんの数分で、乗員乗客全員が意識を失った。

幸いにしてその後、意識を失った人は一部を除いてすぐに気が付き、船長の的確な指示で大きな事故も無くあねもね号は運航を再開。予定より約1時間遅れで西之表港に無事到着した。

だけど私は昏睡状態に陥り、種子島の病院に緊急搬送された。

まゆりは事件後すぐ目を覚ましていたらしく、24時間近く目を覚まさなかった私はまたまゆりに心配をかけてしまった。

自分のせいで私がまた酷い目に遭ったのだと迷信めいたことを言うまゆりをなだめすかすのは大変だった。

おかげで旅行は台無し。私が意識を取り戻した後はすぐに飛行機に乗って東京に戻り、AH東京総合病院で診てもらうことになった。

私としてはあの病院には行きたくなかったけど、世話になった医者が居るのでその方がいいと両親から強く推された。もっともなので従うしかなかった。

一応全身を調べてもらって、まゆりも親父もおふくろも身体に異常はなかった。

私は前科があったから特に脳を詳しく調べられた。やたら色々検査されたみたいだけど、診断結果は"日常生活に問題なし"とのこと。

後になって、失神事件のせいでエレファントマウス症候群とかいう奇病に罹った小学生が2人居た話を聞いた。

もしかしたらってことでまた病院に呼ばれて再検査もされたけど、その時も私の脳に異常は見つからなかった。

ただ、今はまだ発症してないだけで、自分にも充分その可能性があるという。


いっそのこと、リーディングシュタイナーもギガロマニアックスも、すべてかき消えてしまえばよかったのに。

そうしたらもう、普通の女の子に戻って、陰謀とか世界とかと無縁の日々を送れるのに。

そんなことを思いながら私はなんとか大学に復帰し、久しぶりの日常が始まった。

春期と変わったところは大きく3つ。

1つはAH東京総合病院に紹介してもらった池袋のメンタルクリニックに通院するようになったこと。

1つはゼミの活動に積極的になったこと。これは今の私の目標と関わっている。

そしてもう1つはラボに足が向かなくなったことだ。これは単純に忙しくなってしまったからとってのもあったけど、どうしても気持ちが進まなかった。

まゆりに常々一緒に行こうねと言われているので、身体のことやゼミの仕事が落ち着いたら行こうとは思っている。

11月になって、アメリカにも行った。紅莉栖の墓参りをひとりでこっそり実行した。

まゆりの応援のおかげかはわからないけれど、私は着実に紅莉栖の死を受け入れ、病状を快復している。

そうして自分の心身が安定してきたある日、私は臨床心理士に勧められて催眠療法を受けてみることにした。

2010年11月22日月曜日
池袋 メンタルクリニック 施術室


心理士「さぁ、岡部さん。リラックスしてください」

心理士「あなたは私の声を架け橋として、過去へと降りていきます。どんどん、どんどん降りていって……やがて柔らかい色をした光が見えてきます」

倫子「…………」

心理士「その光は何色に見えますか?」

倫子「……赤」

心理士「(赤、ですか。珍しいですね……)」

心理士「その光の中に、あなたの大切な人が立っています。その人はあなたの家族でしょうか?」

倫子「いや……」

心理士「では、友人? それとも恋人」

倫子「……恋人……」

倫子「いや、恋人じゃない。友人でもない。知人でさえないんだ……」

心理士「では、どういう?」

倫子「私と……紅莉栖は……」



  『こっちに来てくれない? だ、大丈夫よ! 怖くないから、一緒に行こう?』


  『世界線を超えようと、時間を遡ろうと、これだけは忘れないで。いつだって私たちはあんたの味方よ』


  『それでも――私は、岡部を信じる』


  『私も、岡部のことが だ   い       す           』



倫子「うぐっ……許して、紅莉栖、許して……」ツーッ

倫子「仕方なかったの……これしかまゆりを助ける方法はなかったの……」

倫子「紅莉栖が居ないと私、なにもできない……」

倫子「世界線の収束にも抗えない……奇跡の世界線へもたどり着けない……」


『あなた……を……まもれな……かっ……』

『……死にたく……ないよ……』

『こんな……終わり……イヤ……』

『たす……けて……』


――牧瀬紅莉栖が男に刺されたみたいだ。男が誰かはしらないけどさ。ヤバいかも。大丈夫かな。


倫子「私がぁっ! 私が刺したのっ!! 私がぁぁぁっ!!」ジタバタ

心理士「お、岡部さん!?」

倫子「あああああああああっ!!!!」

心理士「いいですか? 私があなたの肩を叩きます。それを合図に意識がもっとハッキリしてきますよー」

心理士「3、2、1……はいっ」トンッ

倫子「あ……う、うぅっ……」ツーッ

心理士「少し休んでいてください。今、お水とタオル持ってきますから」

倫子「タオル……? あ、全身汗だくになってる……」

倫子「(……紅莉栖の死を受け入れたつもりだったけど、そう簡単にはいかないよね)」ハァ

池袋 メンタルクリニック外


まゆり「あ、オカリン! どうだった……?」

倫子「たいしたことないって。ありがと、まゆり。わざわざ待っててくれて」


・・・

心理士『岡部さんのケースはトラウマがかなり強いので催眠療法は危険ですね』

心理士『今まで通りカウンセリングと投薬で経過を見ましょう。精神安定剤をお出ししますから』

・・・

まゆり「ううん、まゆしぃのことは気にしなくていいよ」

倫子「夕飯、まだだよね。今日はおごるよ」

まゆり「え? でも……」

倫子「たまにはいいでしょ。まゆりには世話になってるし、ね?」

まゆり「あ、それなら秋葉原に行かない?」

倫子「今から? まあ、時間はあるけど」

まゆり「えっとね、るかくんとフェリスちゃんが久々にオカリンに会いたいって」

倫子「……そっか。それだったら今日はみんなにごちそうするよ」

まゆり「あっ、えっと、そういうつもりで言ったわけじゃ……」

倫子「ううん、いいの。今日はなんだかそういう気分なの。ほら、行こう?」スッ

まゆり「……うん! えっへへー」ギュッ

秋葉原 ジョナサン妻恋坂店


フェイリス「凶真~! よくぞ無事で帰還したニャ! 心配したニャぞ~!」ダキッ

倫子「ちょ、抱き着くの禁止! もう、恥ずかしいなぁ」グイッ

倫子「(β世界線のフェイリスは私に躊躇なく抱きついてくる。まあ、元に戻ったわけだから別にいいんだけどね)」

倫子「(一度私を金で買収しようとしたことがあるのはαもβも共通らしい)」

フェイリス「女同士ニャんだし、いいじゃないかニャ」スゥー ハァー

倫子「あ、汗かいたんだから、深呼吸しないでよぉ! それと、"凶真"って呼ぶのも禁止っ!」

フェイリス「えぇーニャンでー?」

倫子「あ、あの名前は、その、く、黒歴史……だから……」プルプル

フェイリス「鳳凰院凶真様ァ! フェイリスめをしもべにしてくださいニャァ!」

倫子「……フェイリス」

フェイリス「きゅ、急にマジトーンはちょっと怖いニャ。だって、凶真は凶真――」

まゆり「フェリスちゃん……お願い……」ウルッ

フェイリス「……なんだかよくわからないけど、わかったニャ、"オカリン"」ハァ


フェイリス「凶真の萌えポイントは残念オレっ娘属性にあったけど、今のオカリンはもうすっかりあか抜けて普通に可愛い女の子になってしまったのニャン」

倫子「不満?」

フェイリス「べっつにー」プクー

倫子「ほっぺたつんつん」ツンツン

フェイリス「ウニャァ!! そういう普通の女の子っぽい可愛さは求めてないのニャ!!」ガバッ

倫子「今まで随分フェイリスにいじられたからね、その分のお返しをしておかなきゃ」フフフ

フェイリス「このフェイリスが手玉に取られるニャんてぇ……!」グヌヌ

るか「あ、あの、岡部さん。診察はどうでしたか?」

倫子「うん、すっかり催眠術にかかっちゃった」

フェイリス「ルカニャンも催眠術とかすぐかかりそうニャ」

るか「そ、そんな……」


  『ルカ子よ! 催眠術にやられるなど心の弱い証拠っ! そんなことでは妖刀・五月雨の使い手として失格だぞっ! もっと精進するのだっ!』


倫子「あはは、確かに即効でやられちゃいそうだね」

るか「……そうですね」


るか「そういえば岡部さん。ボク、時々ラボに顔を出すんですけど、ここのところずっとラボに来てないって橋田さんに聞いて……」

倫子「……なかなか行けなくてごめんね。明日を過ぎれば行けるようになるかも」

フェイリス「最近ちっともお店に来てくれなくなったのもそれが理由かニャ? 明日、何かあるのかニャ?」

倫子「ATF<アキハバラテクノフォーラム>の準備で忙しくてさ。それと、サークルに入ったばかりで色々やらされてたし」

るか「サークルに入ったんですか!?」

フェイリス「やっぱりUFOとかUMAとかかニャ? それともオカリンを教祖とする宗教サークルかニャ?」

倫子「フェイリスは私をなんだと思ってるの。テニサーよ、テニサー」

るか&フェイリス「「えええーっ!?!?」」

フェイリス「今すぐ辞めるニャ! このままじゃ、オカリンがヤリサーの姫になってしまうのニャァ!」ガーン

倫子「ちょ、ここファミレス!」アタフタ

るか「岡部さんが、合宿と称した××××で、先輩たちにパワハラで●●●●を強要されて△△△△されるなんて、ボク、ボク……!」ウルッ

倫子「お前は思春期の高校男児かぁっ! ……って、そうだったんだった」ガックリ

まゆり「ゼミのせんせーがテニスサークルの顧問さんなんだよねー」

倫子「そういうこと。だから、どっちかっていうと単位とか顔利きのためにやってるだけ」

るか「そ、そうなんですか。よかったです……」ウルウル


フェイリス「ってゆーか、オカリンってテニスできるニャ?」

倫子「私、運動音痴だからね。一応試合はお情けで勝たせてもらってるけど、練習とかはしてないよ」

るか「えっ? それじゃ、なにをしてるんですか?」

倫子「……合コン、とか」

るか&フェイリス「「えええーっ!?!?」」

フェイリス「オカリンに変な虫がついちゃうニャァ! 酔った勢いに任せてお持ち帰りされちゃうのニャァ!」

倫子「だぁっ! 大声を出さないでってばぁっ!」アタフタ

るか「岡部さんが、合コンと称した××××で、先輩たちにアルハラで●●●●を強要されて△△△△されるなんて、ボク、ボク……!」ウルッ

倫子「天丼!!」

まゆり「いいなー。まゆしぃもオカリンと合コンしたいのです」

フェイリス「それが良いニャ! それなら安心ニャ! 次からはマユシィも連れて行くよーに!」ビシッ!!

るか「で、でも、まゆりちゃん、合コンって何かわかってる?」

まゆり「みんなで楽しくパーティーするんでしょー?」

るか「パ、パーティーだなんて、そんな……せ、せめてハプニング××で……///」

倫子「この話題やめようか。健全な男子高校生が居る目の前でこの話題やめようか」


まゆり「そうそう! まゆしぃね、ダルくんと一緒に考えてるおぺれーしょんがあるんだー」

るか「オペレーション?」

フェイリス「どんな作戦かニャ?」

倫子「(まるで昔の私みたいなことを言い出しちゃったな……)」

まゆり「えっとねー、"スズさんを笑顔にしようだいさくせーん"!」

フェイリス「内容までわかっちゃったニャ」

倫子「……鈴羽、か」

倫子「(9月にラジ館屋上で会って以来、鈴羽とは1度も会ってない。どんな顔して会えばいいのかわからなくて……)」

倫子「(たぶんあいつは、過去に跳ぼうとしない私を嫌ってるはずだから……)」

まゆり「……オカリン。スズさんの話しても、だいじょうぶ、かな……」

倫子「……うん。大丈夫だよ、まゆり。むしろ、まゆりは大丈夫なの?」

倫子「(おぼろげにしか覚えてないけど、まゆりはあの時鈴羽に結構ひどいことをされた。それでもまゆりはラボの雰囲気を少しでも良くするためにここ3か月動いてきたんだね……)」

まゆり「あのね、スズさんはね、普段から怖いんだけど、でもね、でもね! 本当は、優しい人なんじゃないかなーって」

まゆり「タイムマシンさんの話さえしなければね、きっとオカリンにひどいことしないと思うし……」

フェイリス「……でも、マユシィに銃口を向けたニャ。正直、それだけは赦しちゃいけないことだと思うニャ」

るか「そ、そうだよまゆりちゃん。岡部さんに幻覚症状を起こさせたのも阿万音さんだって聞いてます」

倫子「……赦すよ」

フェイリス「ニャ?」

るか「えっ?」


倫子「鈴羽だって、18歳の女の子なのに、背負いきれないものを背負って、26年前っていう孤独な世界に居るんだから……」

倫子「私が悪いの。鈴羽は、全然悪くないんだよ……私だって、本当は鈴羽と仲良くしたいよ……」グスッ

フェイリス「ニャニャ……」

るか「岡部さん……」

まゆり「だ、だからね? スズさんを本当の笑顔にしてあげれば、オカリンも、みんなも、もっともっと元気になると思うのです」

まゆり「……オカリンが元気になるためにはね、ズスさんの笑顔がなきゃって、まゆしぃ、気付いちゃたのです」

倫子「まゆり……」

フェイリス「ニャるほど。マユシィの言うことも一理あるニャン。オカリンもそういう風に考えてるなら、フェイリスは何も言わないニャン」

るか「そ、そうですね。みんなで仲良くが一番ですよねっ」

フェイリス「それで、具体的には何をするのかニャ?」

まゆり「もうすぐクリスマスでしょ? だから、クリスマスパーティーをしようと思いまーす!」

倫子「……いいね、うん。いいと思う」

フェイリス「そうと決まれば、楽しいパーティーに向けて勇往邁進ニャ!」

るか「お料理なら任せてくださいっ」

まゆり「よかったー。まゆしぃは衣装づくりをがんばっちゃうのです!」

倫子「みんな……。ありがとう」エヘヘ

裏路地


まゆり「まゆしぃはこれからちょっとラボに寄っていこうと思うんだけど、オカリンも行かない?」

倫子「もしかしてまゆり、それが今日の目的だったり?」

まゆり「えっへへ~♪」

倫子「(策士に成長してる……!)」

まゆり「ダルくんも寂しがってたよ? 学校でもなかなか会わないって」

倫子「う、うん。なんか私のシンパ? ファンクラブ? が勝手に結成されちゃって、ダルと会いづらくなってるんだよね……」

まゆり「あとね、ユキさんからも今日行くかもしれないってメールがあったんだー」

倫子「ユキさん……って、鈴羽の母親になる人か」

まゆり「オカリン、まだユキさんに会ったことないでしょ? すごくきれいで優しくてとっても素敵な人だよ」

倫子「ダルにはもったいないね」フフッ

まゆり「ん~? ……あーっ、そっかー! そういうことになるんだもんねー! ダル君はかほうものだねぇ~♪」

倫子「わかってなかったのか……」

一方その頃
未来ガジェット研究所


鈴羽「……ねえ、父さん。お願いだから、不健康な食生活、やめてほしいな」

ダル「今アフィくさい対立煽りのIP特定中だからちょっと待って――」

鈴羽「父さんっ!」ガチャ

ダル「……その拳銃を抜く癖、どうにかならんの?」

鈴羽「あっ……ご、ごめん、なさい」シュン

ダル「(鈴羽に手をあげちゃった手前、あんまり強く言えん罠……)」

ダル「いやもういいって。父さんもちょっと無神経だったお。ごめんな、鈴羽」

鈴羽「……っ」

ダル「鈴羽が悪いんじゃないってわかってるお」

ダル「悪いのは、世界の方だ。戦争が鈴羽を、そうせざるを得ない状況にしてしまったんだよな」

鈴羽「父さん……ごめんね……こんな娘でごめんね……」ダキッ

ダル「そういうこと、言うもんじゃないお。つか、このやりとり何回目だよ」

鈴羽「うん……」

ダル「(こういう時くらい、涙を見せてくれてもいいと思うのだぜ……)」


ダル「でもさ、好きなモノくらい食べさせてほしいわけだが。僕の秘密のバイト、知ってるっしょ? 海外のクライアント相手だと時差もあるし、睡眠不足でストレスがマッハだお」

鈴羽「この時代の父さんってどんな仕事してるの?」

ダル「いや言える訳ねーだろ常考」

ダル「(300人委員会と繋がりがありそうなところの仕事を狙って請け負ったりしてるのはまだ言わない方がいいよな……スパイってほどじゃないけど、敵から情報を引き出そうとしてるのがバレたら鈴羽怒りそうだし)」

鈴羽「そうじゃなくて、ハッキング? って、どういう技術が必要なのかなと思って。才能も必要?」

ダル「鈴羽もハッキングに興味あるん? さすが僕の娘。うーん、そうだなぁ」

ダル「確かに僕みたいに才能があれば楽勝、ってこともあるけど、それ以上に経験や蓄積も要求される罠」

ダル「特に、最後の『鍵』を素早くこじあけてセキュリティを破る時は、発想と同時に経験がものを言うことが多いお」

鈴羽「鍵?」

ダル「無数に存在する選択肢の中からたった1つの正解を導き出すっつーの? これの繰り返し作業がハッキングなのだぜ」

ダル「ま、僕くらいの超一流ハッカーともなると、勘で一発K.O.だったりするわけだが」

鈴羽「ふぅん……リンリンにも、スーパーハッカーになってもらわないとね」

ダル「いや無理っしょ」

鈴羽「そうじゃなくてさ。シュタインズゲートをこじ開ける鍵を手に入れてもらいたいんだ」

ダル「あー、なる。"世界のハッキング"は神の目を持つオカリンにしかできないわけっすな」

鈴羽「そういうこと。父さんにしかできないことがあるように、リンリンにしかできないことがあるんだよ」


ダル「ま、僕は僕で研究資金稼いだり、仕事や大学でコネクション作っとかないと、2036年まで持ちそうにないっつーかさ。だから食生活のことは大目に見て欲しいんだお」

鈴羽「未来の父さんもそんなことばっかり言って、母さんに叱られてた」

ダル「オウフ……いや、それにタイムマシン研究も大変なわけっす。オカリンは全然手伝ってくれねーし、癒しが欲しいんだよねぇ」

鈴羽「あ、あたしが応援してあげてるじゃん」ムーッ

ダル「それだけで元気100倍なんだけどさ、時々自信なくなるんだよね。僕、ほんとにタイムマシンなんて作れんのかなって」

鈴羽「大丈夫だよ。だって、父さんは父さんだもん。未来から来たタイムマシンを精査なんかしなくても、絶対に作れるよ」

ダル「確定した未来が変動するようなタイムパラドックスが発生するからダメってのは、わかってはいるのだぜ?」

ダル「(……けど、そのタイムマシンのせいで鈴羽がつらい思いをしなきゃいけなくなると思うと、研究しててむなしくなるんだよな)」

鈴羽「タイムマシンはね、この最低最悪の世界線を変える作戦の嚆矢なんだ。そんなすごいものを作り上げちゃう父さんを、あたしは誇りに思ってるよ」

ダル「……全俺に嫉妬! この場合、すごく正しい意味で」

鈴羽「元居た世界線の父さんも、こっちの世界線の父さんも、あたしにとってはどっちも大好きな父さんだってば」ダキッ

ダル「つかさ、どうして鈴羽はそんなにパパっ娘なん? その歳頃だと、パパの洗濯物と一緒に洗わないでーとか言っちゃうのがセオリーだと思われ」

鈴羽「んー、リンリンのおかげかなぁ。お前の父さんは世界一頼れるスーパーハッカーだーって、そればっかり言われて育ったから」

ダル「(きっと僕が幼い鈴羽にハァハァしようとしたらオカリンが全力で阻止してたんだろうなぁ)」

鈴羽「中学から軍属になっちゃって、父さんと一緒に居れなくなった時はすごく寂しかったよ。だから、こうしてまた父さんと一緒に居る時間ができて本当に良かった」

鈴羽「この時代に来たことは後悔してないよ。むしろ、送り出してくれた父さんに感謝してる」

ダル「…………」


鈴羽「あたしは父さんに頼まれてるんだ……シュタインズゲートを目指せって」

鈴羽「だから、なんとしてもリンリンに過去へ行ってもらわなきゃいけない。牧瀬紅莉栖を救わなきゃいけない」

鈴羽「でも、今のリンリンのままじゃ、世界は、戦争に収束しちゃう……」

ダル「それな……」

鈴羽「あたしは……なにもできない、運命、なの、かな……」ウルッ

ダル「つかさ、諦めんの早すぎだろ常考。もうちょっと頑張ってみるのだぜ」

鈴羽「父さん……」グスッ

ダル「たぶんオカリンは疲れて眠ってるだけだから。目を覚ます時までに僕らが頑張ってなくちゃ」

ダル「焦ることないって。オカリンを信じてるんっしょ?」

鈴羽「……うん。あたしも、リンリンを信じてる」


『~~~♪』


ダル「……こ、この鼻歌は、2016年3月2日リリース『The Sound of STEINS;GATE魂』初収録の、『星の奏でる歌(CV.潘めぐみ)』! 隠れろ鈴羽っ!」

鈴羽「オーキードーキー!」サササッ


コンコン 

『こんにちは~。……あれ、もうこんばんは、かな?』

コンコン

『橋田さ~ん? まゆりちゃ~ん?』


ダル「あー、はいはい。今出るお」ドキドキ


ガチャ



由季「今バイトが終わって。いきなり来ちゃってごめんなさい。迷惑でした?」

ダル「いやぁ、とんでもなす」

ダル「(まさかこの人が僕の未来のリアル嫁だったとはなぁ。コミマで出会った時に感じた運命がマジモンとかそれなんてエロゲ)」

ダル「(まあ、オカリンの説明だとリーディングシュタイナーっていうデジャヴだったんだよね。α世界線で鈴羽と会った記憶が、阿万音氏を通して中途半端に再起されたっぽい)」

由季「また可愛いお洋服を見つけちゃったので、まゆりちゃんに見てもらおうと思ったんですけど、まゆりちゃんは今日は……」

ダル「ああ。うん、まだ来てないお。せっかく来てくれて悪いけどさ」

由季「あ、いえ。橋田さんにも見てもらおうと思ってましたし」

ダル「そ、そうなん?」

由季「はい。どうです、これ?」クルッ

ダル「あー……うん。いいんじゃね? うはぁ、天使ktkrって感じ」

由季「ホントですか? ありがとうございます」ニコ

ダル「(僕、ファッションとかわからんし……コスプレならいくらでも議論できるわけだが)」

由季「橋田さんもおしゃれしましょうよ。太っててもおしゃれってできるんですよ? きっと素敵だと思うなー」

ダル「……阿万音氏さ、コミマで出会った時から気になってたんだけど、どうしてそんなに僕によくしてくれるん? もしかしてデブ専なん?」

由季「ふぇっ!? そ、そそ、そんな、私がキモオタで年中半袖のピザメガネに、やらしい目でフゥフゥ視姦してきて、弱みを盾にHな要求をされて、私の肢体を滅茶苦茶に、なんて考えてませんからぁっ!!」

ダル「」


由季「そそ、そんなことより床がほこりだらけじゃないですか! ダメですよちゃんと掃除しないと!」アセッ

ダル「……ハッ。都合よく意識が飛んで記憶喪失になってしまったのだぜ」

由季「橋田さん、掃除機はどこですか?」

ダル「えっと、カーテンの……(ってあぶね! そこは鈴羽が隠れてるんだった!)」

ダル「あー、僕が持ってくるお」


シャーッ (※カーテンを開ける音)


鈴羽「母さんがHENTAIだったなんて知りたくなかったよ、父さん!」ヒソヒソ

ダル「な、なんとことかわからねーっす」ヒソヒソ


シャーッ (※カーテンを閉める音)


ダル「ほいこれ」

由季「な、なんですか、これ」キョトン

ダル「未来ガジェット5号機『またつまらぬ物を繋げてしまった by 五右衛門』だお。オカリンの力作。まあ、実際に組み立てたのは僕なんだけどさ」

ダル「でも、ここを外しちゃえば普通の掃除機として使えるから。元に戻すのも簡単だし」カチャカチャ

由季「お掃除するための掃除機なのに、分解したら、かえって散らかすことになりませんか?」

ダル「あう……」

由季「ふふふ。でも、もっと散らかしてくださってもいいんですよ。そういう人の方が私、興奮します……」ボソッ

ダル「ん、なんか言った?」

由季「そ、それじゃ、お掃除しちゃいます!」



ガチャ


まゆり「トゥットゥルー♪ わぁ~、由季さんがいるよ~!」ダキッ

由季「まゆりちゃーん!」ダキッ

まゆり「由季さん、そのお洋服、可愛い~!」

由季「まゆりちゃんにそう言ってもらいたくて、着てきたんだよー」

まゆり「いいなぁ、まゆしぃも着てみたいのです」

由季「お洋服、取り替えっこしてみる? は、橋田さんが居る目の前で……ハァハァ」

倫子「……お邪魔、します」コソコソ

由季「あ、もしかして岡部さん? お会いできて嬉しいです。噂通り、おキレイですね」ニコ

倫子「すず……由季さん。初めまして」

倫子「(危うく鈴羽と呼んでしまいそうになるくらい似てるなぁ……)」

ダル「おっ。オカリン、今ちょっと未来ガジェット5号機を分解してるお。まあ、すぐに組み立て直すんで安心してくれい」

ダル「(久しぶりだなオカリン、来てくれて本当に嬉しいのだぜ。まあでも、普段通りに接した方がいいよね)」

倫子「えっ、あ、うん。未来ガジェット、ね。えっと、タイムマシン開発は順調?」ヒソヒソ

ダル「うわ、それ聞いちゃうわけ? まったく、電話レンジを組み立て直しちゃいけない上に、ラジ館のタイムマシンを詳しく調べることも禁止だなんて、縛りプレイ厨も涙目な無理ゲーだっつの」

倫子「だって、ダルがタイムマシン作ってくれないと確定した未来から外れちゃうし、でもタイムマシンがあると危険だし……」ウルッ

ダル「……オカリンがつらい立場なのはよくわかってるって。なんだかんだ言って僕はできる男なんで、そこんとこよろしくなのだぜ」ニッ

倫子「ごめんね、ダル……」



シャーッ (※カーテンを開ける音)


倫子「(これが今ダルが研究してるタイムマシン関係の資料か……)」キョロキョロ


カタッ


倫子「ん? ……あっ、すず――」

鈴羽「しずかにして!」ギュッ

倫子「ふごっ!! ふごふごっ!!(鼻まで塞がないで! 息が、息がぁぁっ!!)」ジタバタ

鈴羽「リンリン、柔らかくていい匂い……じゃなくて、母さんに見つかっちゃう!!」


ダル「ちょ、どしたんオカリン……って、あちゃ……」

由季「どうしたんですか岡部さん!? って、え、えぇっ!? わ、私が居る!?」

鈴羽「あ、あはは……」

倫子「―――――」ガクッ


鈴羽「はじめまして! 至お兄ちゃんの妹の、橋田鈴羽と言います!」ビシィ!!

由季「は、橋田さんの妹さん……? それにしても、私そっくり……」

ダル「いやー、偶然って怖いすなーHAHAHA」

鈴羽「兄がいつもお世話になっています!」ビシィ!!

鈴羽「夜勤のバイトをしているので、奥で寝ていたところ、リンリン……岡部倫子が闖入してきたのでつい抱きしめてしまいました!」ビシィ!!

由季「えっ、バイト? それってどんなバイトなの? 給料は? 交通費支給は? 福利厚生は? 詳しく教え――」

まゆり「オカリン!! オカリン、しっかりして!! 死なないで!!」ユサユサ

倫子「や、やめて、揺らさないで……」ガクッ

鈴羽「あっ……リンリン、ご、ごめん……あたし、またリンリンにひどいことを……」

倫子「い、いや、私こそ悪かった……赦すよ……」クラクラ

鈴羽「こ゛め゛ん゛ね゛リ゛ン゛リ゛ン゛っ゛!!」ダキッ

倫子「も、もうやめてぇ……うわぁん……」ゴフッ


まゆり「由季さん、一緒にシャワー浴びよう?」

由季「(は、橋田さんの使ってるシャワールーム……きっとどこかにカメラが設置されているに違いない!)」ドキドキ

由季「うん、いいよ、まゆりちゃん!」ハァハァ



倫子「ダル、テレビ付けて、音量上げて。シャワー室に私たちの話が聞こえないくらい」

ダル「あー、はいはい。1号機くんはっと……あったあった」ピッ ピッ

倫子「それで……由季さんと鈴羽が出会うのは確定した過去なの?」

鈴羽「わからない。母さんからそういう話は聞いたことがないよ」

倫子「ってことは世界線が変わったのかな。でも、めまいを起こすほどじゃないから、過程が変わっても結果が収束してるか……」ブツブツ

鈴羽「ごめんねリンリン。母さんとの接触は最も危険だってわかってたのに……」

倫子「もしかしたらこれから変わるのかも……自分と同じ見た目の人間が居たら誰だって不審に思う……」

倫子「最悪、鈴羽を尾行したり、タイムマシンの情報を外部に漏らしてしまったりするかも……」

ダル「あ、阿万音氏はそんな人じゃないお。なんていうか、秘密とか無理に聞きたがるような人じゃないと思うんだよね」

倫子「私だってそう信じたい。だけど、由季さんの意思とは関係なくそういうことになってしまうかもしれない」

鈴羽「……これから父さんと母さんが仲良くなって、半ば同棲みたいな生活を開始するのは、この世界線の確定事項なんだ」

鈴羽「父さんは、結婚するまで母さんに指一本触れなかったって聞いてる」

鈴羽「その辺が変わってないならたぶん世界線にとって問題ないと思う。とにかく、あたしは父さんの"妹"で通すから」


ダル「でも、いずれ阿万音氏に、自分の娘を過去に送らなきゃならんって話しないといけないんだよな……」

倫子「…………」

鈴羽「……母さんを失った時の父さんの顔は、この世の絶望を凝縮させたみたいだった」

ダル「ちょ」

倫子「……っ」

鈴羽「母さんはあたしを無人機の機銃掃射から守って死んだ。母さんを貫通した銃弾は、あたしの胸にも届いたんだ」

鈴羽「傷痕、見る? これが母さんの墓標であり、未来の証明だよ。あたしのえぐれた胸部を見たら、幻滅するかな、はは……」スッ

倫子「ぬ、脱がなくていいっ! やめてっ!」ウルッ

鈴羽「……今リンリンが必死で守ろうとしてるこの世界の未来はね、地獄なんだよ」

倫子「か、過去を改変すれば、もっとひどくなるかもしれない……っ」プルプル

鈴羽「わかってる。いますぐ、じゃなくていい。あたしは、リンリンが復活するって信じてる。だからこんな話もする」

鈴羽「リンリンは、強い。リンリンは、美しい。リンリンは、賢い。リンリンは、正しい。誰よりも、誰よりも」

鈴羽「そんなリンリンが、あたしは大好きだから」ダキッ

倫子「ごめん……ごめんね……」グスッ

ダル「(心という器はひとたびひびが入れば2度とは、っつーけど、オカリンならきっと……)」




テレビ『……! ……! ……!』


『さて、次はちょっと気になるニュースなんですが――』

『現在アメリカで猛威を振るっている新型の脳炎ウイルスが、すでに日本にも上陸している可能性が出てきました』

『政府および厚生労働省は感染症法にもとづき、全国の医療機関に対して新型脳炎対策と、感染症発生動向の速やかな調査を指示した模様です』

『ここからは、御茶ノ水医科大学の春山壮子教授にお話を伺います』

『新型脳炎は感染力は弱いのですが、潜伏期間が長く突然発症します。症状としては幻覚や記憶障害が主ですね。……たとえば、そうですね……会社で仕事をしていたはずなのに、気がつくと家にいたりとか、会ったこともない人に会った記憶があるとか……あとは、実際には発生していない事件が起こった覚えがある、というような症例が報告されています』

『寝ぼけたりしているのとは違うんでしょうか』

『似てはいますが、夢と違ってもっと症状がハッキリしているようです。時間感覚を失ったり、まわりの人と記憶が一致しなくなるので錯乱状態におちいったり。……ただ、他の脳炎と違いまして、適切な治療を受ければ比較的速やかに完治することが分かっています。それほど恐れることはありません』

『そうなんですか! それなら皆さん、適切な治療を受ければ安心ですね』

『そうですね。適切な治療こそが肝要です』

『症状が現れたり、なにかおかしいと思ったりした場合には、直ちに近くの医療機関か、あるいはご覧の専門病院を受診してください』

『皆さん、下のテロップの専門病院ですよ! いいですか、専門病院ですからね!』

『専門病院では24時間フリーダイヤルにて相談を受け付けています。電話番号は0120――――』

2010年11月23日火曜日(祝)11時26分 
UPX


ゼミ生「それじゃ、倫子は受付頼むね。倫子が居るだけで華があるもんねー」

倫子「そんなこと言って、めんどくさい仕事押し付けてるだけでしょー。もぅ」

倫子「(今日はUPX4階ホールでATFのコンベンションの準備をしていた)」

倫子「(私が所属してる井崎ゼミはこのセミナーに出席してレポートを書かないと単位をもらえない)」

倫子「(というのも、井崎さんもここで講演をするからだ。それでゼミ生総出てお手伝いをしてるってわけ)」

倫子「(……ダルも同じゼミなんだけど、鈴羽に捕まってるらしく、今日はギリギリで来るとか)」

倫子「(井崎さんは准教授にしては歳が若くスポーツタイプの人で、私はかなり可愛がられている)」

倫子「(セクハラもギリギリされている。私からすれば正直言って、同じ空間に居るだけで生理的に耐えられないタイプだ)」

倫子「(それでも、井崎さんと仲良くなっておくことには重大な意味があった)」


倫子「(――ヴィクトル・コンドリア大学。私の、新しい目標)」

倫子「(紅莉栖の残した研究に少しでも近づくこと)」

倫子「(もちろん、紅莉栖の研究を引き継ぐほどの能力が自分にあるとは思えない。だけど、紅莉栖の残した研究に対して、1割程度でもなにか貢献できたらいいなって思ってる)」

倫子「(井崎さんはヴィクコンとコネクションがあるらしく、ヨイショしてあげれば成績のあまりよくない私でもなんとかしてくれないかなーなどと簡単に考えた結果だ)」

倫子「(それに、今回のATFでも夏に引き続いてヴィクコンから講演者が来るらしいから、そっちも見ておきたい)」

??「ちょっと、そこの方――?」

倫子「あ、はい。どうされまし……ん?」


倫子「(うっわー、すごく野暮ったい子。まるで昔の私みたい……)」

少女「(うっわー、すごく美人な人。これが日本の女子大生か……)」ドキドキ

倫子「どうしたのかな。ママとはぐれちゃった?」シャガミ

少女「……っ。えっと、スタッフルームってどこかしら?」

倫子「もしかして、講演者のご家族の方? お名前は?」

少女「……んっ」スッ

倫子「これ、招待者用のゲストカード……ああ、この真帆さんって人の娘さん? お母さんの忘れ物を届けに来てくれたのかな? 偉い偉い」ニコニコ

少女「……ッ!! こっちもよく見なさいよッ!!」スッ

倫子「ふぇっ!? え、えっと……あれ、キミの顔写真の、ヴィクコン脳科学研究所のIDカード……?」

真帆「"ひやじょうまほ"って読むの。誰も読めないから先に言っておくわ」

倫子「……飛び級ってすごいのね。あなたみたいな中学生でも大学院に行けるなんて」

真帆「うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」ピィィ

倫子「え!?」


スタッフA「おい、受付に泣いてる女の子が来てるぜ」

スタッフB「迷子かな。受付の大学生も大変だな」


倫子「ちょ、ちょっと突然泣き出してどうしたの!? よしよし、泣かないで? ね?」アセッ

真帆「あなたみたいな……ヒグッ……綺麗な人にまで……グスッ……中学生と、間違えられるなんて……ウグッ……」

倫子「そ、そうよね。大学院生だものね、ごめんね?」ナデナデ

倫子「(うわ、髪の毛ぼっさぼさ……)」ナデナデ

真帆「なでなでしないでぇっ……うわぁぁぁん……」ポロポロ

倫子「どういうことなの……」

真帆「わたし、成人してるのぉ……っ!! 21歳なのぉっ!!」ウルウル

倫子「え? ……ホントだ、"1989年生まれ"。ってことは、私より2つ年上?」ナデナデ

真帆「…………」ウルウル

倫子「…………」ナデナデ

真帆「…………」ウルウル

倫子「…………」スッ

倫子「し、失礼しました、比屋定さん……」


真帆「敬語はいいわ。私、アメリカ生まれアメリカ育ちだし」フンッ

倫子「は、はぁ……(ころっと機嫌が良くなったよ)」

倫子「(でも、脳科学研か……もしかしなくても、紅莉栖のこと知ってるよね)」ジーッ

真帆「……? 私の顔、そんなに気になる? 童顔だから……?」ウルッ

倫子「いやっ! えっと、そうじゃなくてね!? その、昔の私によく似てるなーって思って。あはは」アセッ

真帆「あ、あなたが私に、似てる? それこそとんでもない冗談だわ」

倫子「……つい半年くらい前まではね、私も身だしなみに全く気を使ってなかったの」

真帆「へ、へぇ……なんだか意外ね」

倫子「あなたもオシャレしたらもっと可愛くなると思うな」

真帆「……あ、ありがと」テレッ

真帆「って、そんなことはどうでもいいからっ! スタッフルームの場所を教えなさいよっ!」アセッ

倫子「ふふっ。はいはい。エレベーターまで一緒に行きましょう。あ、迷子にならないように手をつなぐ?」

真帆「泣くわよ!? また泣くわよ!?」


倫子「そう言えば、今日はキミが登壇するの?」

真帆「いいえ。助手兼通訳ってところよ。登壇するのはうちの教授、"Alexis Leskinen"」

倫子「フィンランド人?」

真帆「へえ、詳しいわね……一応彼はアメリカ人よ」

真帆「テーマは"人工知能革命"。興味あるかしら?」

倫子「うん、おもしろそう! 真帆ちゃんの頑張ってるところ、バッチリ見ておかないと!」

真帆「って真帆ちゃん言うなぁっ!」

真帆「……なんだかあなた、紅莉栖みたいな人ね」

倫子「え? なにか言った?」

真帆「ううん、なんでもっ!」


ピンポーン


倫子「あ、ちょうどエレベーターが――――」



萌郁「…………」



倫子「……萌郁?」


萌郁「……?」


倫子「(しまった、この世界線だとまだ面識ないんだった……!)」

倫子「(そう言えば、萌郁はまだ洗脳されたままのラウンダーなんだよね……早いうちになんとかしてあげないと)」

倫子「(……もしそれが『確定した未来』に背く行為だったら? ……余計なことはしない方がいいか)」

倫子「(いずれ世界大戦が起きれば、萌郁だってきっと助からないんだし……)」グッ


萌郁「あの……?」

真帆「ああ。えっと、雑誌社の方、でしたよね?」

萌郁「……お約束通り……取材を……」


倫子「(そっか、この世界線だとアークリライトの仕事を続けてるんだ……)」


真帆「それじゃ、スタッフルームで教授を待ちましょうか。あ、あなた、ここまで送ってくれてありがとう。えっと……」

倫子「あ、ああ。岡部倫子」

真帆「倫子、ありがとう。それじゃ」

倫子「うん、それじゃ」


ピピピ


倫子「っと、まゆりからRINEだ」

倫子「(先週、まゆりと連れ添ってショップへ行き、ケータイをガラケーからスマホに変えた。このRINEというのはダルの作ったメッセンジャーアプリで、便利なので私たちの間で使っている)」


まゆり【トゥットゥルー♪ オカリン~、セミナーさんの準備、順調なのかな?】

まゆり【大丈夫?】

まゆり【辛いなら、途中で抜けてもいいと思うよ】

【大丈夫だよ。ちょっとソワソワしてるだけ】倫子

まゆり【そっか~。お仕事を頑張れば、ごほうびがもらえるって思えばいいんじゃないかな】

【ごほうび?】倫子

まゆり【なにか欲しいものある? まゆしぃが買ってあげようか?】

【別にいいよ笑 まゆりは私のお母さんだね】倫子

まゆり【えっへへ~♪】


倫子「……まゆりは過保護だなぁ。例の旅行のことを未だに自分のせいだと思ってないといいんだけど」


ダル「おー、オカリン。いたいた」

倫子「もう、時間ギリギリじゃない。井崎さんのセミナー、『疑似科学の系譜と中鉢論文』、始まっちゃうよ?」

ダル「オカリンオカリン。今のセリフ、ツンデレ幼馴染属性のキャラっぽくもう一度言ってもらっていい?」ハァハァ

倫子「高校の時のノリに戻らないでよ、気持ち悪い」

ダル「我々の業界ではご褒美ですっ!!」

由季「もう、橋田さん。岡部さんが困っちゃうようなこと、言っちゃダメですよ?」

倫子「えっ、すず……由季さん! わぁ、今日は一段と可愛いですね! ダルもそう思うでしょ!?」

ダル「え、ああ、うん。絶対領域がたまりませんな、まったく」

由季「あはは、照れちゃいます」


倫子「でも、由季さんがどうしてATFに?」

カエデ「オカリンさん、こんにちは。私たちの明路大学もATFと連携してて、さっき偶然ダルさんと会ったんですよ」

倫子「(この人は由季さんの後輩であり、まゆりのコスプレサークル仲間の来嶋かえで。御茶ノ水にある大学の2回生で、雰囲気はお上品な感じでおっぱいがすごい)」

倫子「(ホントは"オカリンさん"って呼ぶのはやめてほしい。だって化学薬品みたいな響きだから。"オカリン酸"。まあ、まゆりの友達だから特別ってことで)」

倫子「なぁんだ、てっきりダルが由季さんとデートしてたのかと」

由季「デ、デートだなんて、そんなっ! 私は、バイト帰りでギリギリになっちゃっただけで……」

ダル「こ、この僕がデートとかありえないっしょ。僕には2次元にたくさん嫁がいるわけですしおすし」

ダル「いやあ、そんなに嫁がイパーイいても選べないっつーの! ウホウホウホ、まいっちんぐ」テヘペロ

カエデ「そうですよ、ユキさんが豚ゴリラとデートするなんてありえないです」ニコ

ダル「オウフ……」

倫子「(そしてカエデさんは、例えるならドSの女豹である)」ビクッ


スタッフA「あのデブ、美少女3人に囲まれるとか、許すまじ……」ゴゴゴ

スタッフB「っざけんな! っざけんなよぉ!」ガツン ガツン


由季「あれ? 橋田さん、袖とおなかが汚れてません?」

ダル「あ、ああ。これはさっきまで匍匐前進を……あ、いや、その……」

倫子「(鈴羽か……)」

由季「今拭きますから動かないでくださいね?」

ダル「あ、ちょっ!! も、もう僕行かないとだから、じゃなオカリンっ!!」ダッ

倫子「……ダルのやつ」ハァ

由季「もしかして、私、橋田さんに避けられてるんでしょうか……」

倫子「なぁっ!? そ、そんなことないから! 童貞こじらせてるだけだから! ほら、可愛い女の子に優しくされるのになれてないんですよ!」アセッ

由季「でも、岡部さんとはすごく自然に接してますよね」

倫子「そ、それは……」

カエデ「それはだって、オカリンさんってダルさんと付き合ってるんですよね? 美女と野獣というより、調教師と豚って感じですけど」ウフフ

倫子「ハァッ!? 私があんなキモオタピザメガネととか、無理無理無理ッ!!」

由季「とか言っちゃってー」

倫子「い、いや、やめてください由季さん、ホントに……吐き気が……」ウップ

倫子「……私、基本男性恐怖症で、大丈夫なのはダルくらいなんです」

由季「えっ、そうだったの?」

倫子「ほ、ほら! もう始まりますよ! 早く中に入りましょう!」


・・・


井崎「いやぁ、楽しかったね、岡部クン。これじゃ、レスキネン先生の話が霞んじゃうかな、ハハ」

倫子「ソウデスネ、アハハ(棒)」

井崎「んで? 今日このあと、なにか予定ある?」

倫子「えっと、レスキネン教授の講演を聴こうかと……」

井崎「その後だよ。懇親会に来ないかい?」

井崎「セミナー関係者を集めたパーティさ。キミに出てもらえるとうちのゼミのイメージアップにもなるし、レスキネン先生とも仲良くなれるかもよ?」

倫子「……はいっ! 井崎さん、いや、井崎准教授、ありがとうございます!」

井崎「こちらこそよろしく。それじゃ、また後で」


倫子「(こ、これは、ヴィクコンへ近づけるチャンス……!)」

ダル「おっつーオカリン。ごめん、僕すぐ帰らんと」

倫子「えっ? せっかくだし、由季さんと夕食でも食べに行けばいいのに」

ダル「いやあ、この年にして娘に食事制限食らってるんで。ラボには鈴羽もまゆ氏も居ると思うから、オカリンも来たらいいお」

倫子「あー……うん。わかった」


・・・
数時間後


倫子「そろそろヴィクコンの講演かな。……あそこに居るのは真帆ちゃんと、レスキネン教授?」


レスキネン「"So…That's what FBI came to the Institute after the fire? Why did the FBI do that?"」

真帆「"I don't know, Kurisu's mother and oue researchers said so."」

レスキネン「"Mrs.Makise's safe is a good thing, but I can't say that their house was burned down…"」

真帆「"That's right it really…"」


倫子「英語で何か話してる……『クリスの家が火事』『マキセ夫人は無事』『強盗』『警察が捜査中止』『なぜFBIが来た?』『奇妙だ』……」

倫子「こ、これって、もしかしなくても……ロシアの刺客が、紅莉栖の痕跡を消すために……」ブルブル


アナウンス『まもなくヴィクトルコンドリア大学レスキネン教授の講演が始まります』


倫子「……と、取りあえずシアター内に入って落ち着こう」ドキドキ

ATF4階シアター内


由季「あ、倫子さん。こっち空いてますよ」

カエデ「背が高いからオカリンさんだってすぐわかりましたよ」ニコ

倫子「あ、ありがとう。助かったよ」

倫子「(ちなみにカエデさんは彼氏持ちである。しょっちゅう喧嘩してるらしく、彼が真性のマゾであることは想像に難くない)」

倫子「(それでいて腐女子でカプ厨で戦国時代専門の歴女という、なんというかこう、すごい)」

倫子「ふたりとも、このセミナーに興味が?」

カエデ「はい。ユキさんが見ていこうって」

倫子「由季さん、こういうのに興味あったんですね」

由季「え!? あ、いや、はい! すっごく、興味があって。あはは……」


パチパチパチパチ……


カエデ「あら、あのいかにもいい人そうなのに実は悪役っぽい方が登壇されるんですね」

倫子「(舞台にレスキネン教授が登壇したけど、デカさもあってすごい存在感……)」


ザワザワザワ……


由季「隣の人は、小学生でしょうか?」

倫子「(座席から舞台までが遠く、しかも隣に巨人が立っているせいで、遠近法とエビングハウス錯視の合わせ技で比屋定さんの小ささが強調されている……!)」


レスキネン「"Ladies and gentlemen……"」

真帆「みなさん、本日は私のセミナーに集まってくださって感謝します」


倫子「(同時通訳かぁ。やっぱりあの子も頭いいんだろうなぁ)」


真帆「では、さっそくですが、私たちの最先端研究の一端をご紹介します」

真帆「このパソコンですが、研究所のスパコンのひとつと接続されています」

真帆「起動するまでの間、このシステムの概略を説明しましょう。スライド、映してください」


       『側頭葉に蓄積された記憶に関する神経パルス信号の解析』
-The analysis of nerve pulse signal on the memory that accumulated in the temporal lobe-


倫子「(え……!? あれは、紅莉栖の論文のタイトル……!)」


真帆「これは、私たちのチームにいた天才的な日本人研究者によって提唱され、完成されたものです」

真帆「記憶とは、電気信号の伝わりのひとつです。電気信号が海馬傍回を出入りすることで記憶は作られていくんですね」

真帆「そこで、牧瀬紅莉栖は……えと、この論文を……グスッ……か、書いた……ヒグッ……す、すいません……ウグッ……」


倫子「(……真帆ちゃんも紅莉栖と親しかったはずだよね)」

倫子「(真帆ちゃんから紅莉栖を奪ったのは、他でもない、私……ウップ……)」クラッ

由季「だ、大丈夫ですか、倫子さん」

倫子「う、うん……ごめん、手、握ってもらっていいですか」

由季「は、はい……」ギュッ


真帆「えー、牧瀬研究員は。ゴホン、海馬傍回を出入りする電気信号のパターンが、どの記憶に対応しているのか解析を行い、完全なデータを得ました」

真帆「これによって、記憶というアナログなものを電気信号のパターンというデジタルなものに変換することが可能になりました」

真帆「そして現在、私たちのチームは、この理論を基に、人間の記憶をコンピューターに保存し、それを活用するシステムを開発しています」


―――――

『実は、私の所属していたヴィクコン脳科学研究所では、人工の脳を作る研究が進められていた』

『妨害があってプロジェクトは中座してしまったんだけどね。今思えば、あれは未来のSERNによる妨害工作だったわ……』

『でも、妨害されてなければ、2010年にはPC上で脳の基礎構造を再現することに成功しているはずだったのよ』

―――――


倫子「(そっか、β世界線では紅莉栖の言っていたプロジェクトは順調に進行していたんだね……)」

>>525
×由季「あ、倫子さん。こっち空いてますよ」
○由季「あ、岡部さん。こっち空いてますよ」


真帆「現在、私たちが行っているプロジェクトは主にふたつです。ひとつは医療分野への応用」

真帆「たとえば、老化による記憶障害。あとはアルツハイマーなど。そうしたものへの対症療法(たいしょうりょうほう)が期待できます」

真帆「ふたつ目のプロジェクトのお話をする前に、質問を受け付けましょう。出来る範囲でお答えします。どうぞ」


倫子「(おー、いっぱい手が挙がった。色々聞きたいことはあるよね)」


ザワザワザワ……

「――ありえない。机上の空論だ」

「――実現出来たらすごいことだが」

「――馬鹿げている」


倫子「(……色んな質問が出たけど、どれも否定的なものばかりだし、挑発的なものが多かった。なにここ、@ちゃんか何か?)」

倫子「(紅莉栖の理論が完璧だってことはこの私が身をもって経験してるのに、こいつらぁ……)」イライラ


真帆「……えー、次はそちらのメガネのあなた。どうぞ」イライラ

カトー「カトーと言います。そもそも、こんなものは無謀だ。正気の沙汰ではない」

カトー「何より、これは神への冒涜だ。宗教的にも倫理的にも問題がある」

カトー「サイエンス誌の論文も、筆頭著者がたかが17歳の女性だったとあれば信用度は無いに等しい。彼女が殺されたのは出過ぎたことをしたために降ってかかった天罰だろう――」


倫子「(―――ッ!!)」ガタッ

倫子「異議ありっ!!」

真帆「ふぇっ?」

由季「岡部さん!?」

カエデ「あらあら~」


倫子「たとえどんな理由があろうと、向上心や探求心を否定するのはナンセンスだっ!!」

カトー「なに……?」

倫子「他の質問者の人たちもなんだっ! できないと決めつけるのは早計だろうっ!」プルプル

由季「岡部さん、膝が震えてる……」

倫子「さ、最初は無理だと思われていた技術なんて、この世にいくらでも、あ、あるじゃないですか……っ!」ガクガク

真帆「あなた……」

レスキネン「"Awesome! She's really something!"」パチパチ

倫子「な、なんで拍手……?///」カァァ

真帆「えーと……"ただし、科学者たるもの常に冷静でなければいけない"」

倫子「ヒッ、スイマセ……って、教授の言葉の翻訳か」

真帆「大声で怒鳴っていいのは、実験が成功したときの"We did it!"、それだけでじゅうぶん……」

真帆「だそうよ」ニコッ

倫子「ご、ごめんなさいぃ……」ウルウル

由季「かっこよかったですよ、岡部さん」ヒソヒソ

カエデ「(涙目なオカリンさん……そそるっ!)」ハァハァ


真帆「さて、ここで私はしばらく通訳をお休みさせていただきます」

真帆「これから私より優秀な通訳が登場します。これが私たちのチームが、今、最も力を入れているふたつ目のプロジェクト――」

真帆「『Amadeus』システムです」


倫子「(スクリーンに真帆ちゃんの姿が現れたけど、あれは本人とはちょっと違う……? 3Dモデルかな? でも、プロジェクトと何の関係が?)」


Ama真帆『みなさん、初めてお目にかかります』

真帆「ちなみにこれはドリームワークスにモデルを、YAMAHAに音声を作ってもらいました」

Ama真帆『みなさんの多くは疑問に思っています。人間の記憶をデータとして取り出したり、それを保存したり、さらにはデータを活用したり』

Ama真帆『そんなことが本当に可能なのかと』

Ama真帆『それでは、私はいったいなんでしょうか?』

Ama真帆『私は、78時間23分前の比屋定真帆の脳内から取り出された記憶を持ち、そのデータをベースにして動いているのです』


倫子「(まさかアレ、人工知能なのっ!?)」


レスキネン「……? ……!」

Ama真帆『……!! ……っ!!』


倫子「(英語の応酬が続いているようで、私にはちんぷんかんぷんだ)」


真帆「えー、教授は今ですね、アマデウスの私にこんな質問をしました。キミのお父さんはイイ男かとか、オデンカンは好きかとか……」

Ama真帆『あー、もうそれ以上通訳しなくていいわ、真帆』

Ama真帆『恥ずかしいからやめてくれないかしら。何歳までおねしょしていたかなんて覚えている訳ないでしょ。覚えていたとしても言いませんけどっ』プイッ

Ama真帆『臀部に蒙古斑があるかなんてもっと答えられません! 弁護士呼びますよ!』


倫子「(ありそう)」

カエデ「あの、オカリンさん? みなさんどうしてアホみたいに口を開けて驚いてるんですか? 確かにすごく可愛いらしいCGですけど……」

倫子「あ、うん。さっき画面上の女の子は『恥ずかしくて答えられない』って言った。自分の秘密を話すことを拒否した上に、『覚えていない』とも言った」

倫子「これってまるで、人間の脳機能そのものじゃない?」

由季「あ……」


真帆「みなさん、もうお分かりかと思いますが」

真帆「Amadeusは、自分が話していい事とそうでない事、あるいは、話したい事と話したくない事を自ら判断して喋っています。我々人間と全く同じ方法を取っていると言っていいでしょう」

真帆「私たちは、Amadeusにそういったプログラムをいっさい施していません。これは、私たちも驚くべき結果として研究を重ねている最中で、まだ詳しくは解明されていません」

真帆「えー……"さらに、私たちを驚かせたのは、Amadeusが意図して嘘をつくということ"」

Ama真帆『教授、その言い方は不適切です。嘘をつくのに平気なことなんてありません。私だって良心がとがめます』

真帆「"このような検証を続けていくことで、Amadeusに本当の意味での人工知能を実現させることが出来ると考えています。つまり――"」

真帆「"プログラムに人間と同様の『魂』を宿すことが出来るのではないか"」


ザワザワザワ……


倫子「(これって……紅莉栖の記憶のマッピングデータさえあれば……)」ゴクリ


―――――

『堅固なセキュリティがなければ、あるいは私もPC上でリーディングシュタイナーを発動して……』

『……人工知能として蘇る』

―――――

未来ガジェット研究所


倫子「ホントにすごかったの!!」ハフーッ

まゆり「うんうん。それでそれで~?」ニコニコ

倫子「それでね……!!」パァァ


ダル「はぁ、もう耳にタコ状態だお。オカリン、帰って来てからずっと同じ話してるし」チョキチョキ

鈴羽「椎名まゆりが悪いんだよ、何度も繰り返し聞くから」チョキチョキ


倫子「もう、そこの2人もちゃんと聞いてよっ! もしかしたら紅莉栖が――」

ダル「あーはいはい。つか、今オカリンの名刺を作ってるんで」チョキチョキ

鈴羽「それより懇親会の時間は大丈夫なの、リンリン?」

倫子「ハッ、もうこんな時間!? 急がなきゃ!」

まゆり「はいっ、こんな時のためにオカリン用のドレスを用意しておいたのです!」

  『うむ、ご苦労まゆり』

倫子「うわあ、素敵っ! ありがとうまゆりっ!」ダキッ

まゆり「……えっへへー。あ、お着換え手伝うね。ダルくん、開発室覗いちゃダメだよ?」

シャーッ(※カーテンを開ける音)

ダル「くそう、この僕があのオカリンの生着替えなんかで興奮するもんか! やっぱりエロスには勝てなかったよ」コソコソ

鈴羽「うあらっ!!」ズドンッ!!

ダル「ぐぼぁっ!? か、かかと落としは、やめれ……」


ダル「……オカリンにとってはさ、牧瀬紅莉栖って人、すっごく大切な人だったみたいだけど、正直僕らはよくわからんのよな」チョキチョキ

鈴羽「あたしも名前しか知らない。こっちのリンリンに会うまでは、第3次世界大戦を引き起こしたはた迷惑な人、ってくらいにしか考えて無かった」チョキチョキ

ダル「ちょ、それ絶対オカリンの前で言うなよ?」

シャーッ (※カーテンを開ける音)

まゆり「それでも、まゆしぃはオカリンが元気になってくれてすっごく嬉しいのです」

ダル「そりゃまあ、僕だってそうだけどさ……」

倫子「えと……どう、かな?」テレッ

鈴羽「さすがリンリンっ! バッチリ着こなしてるよ! やっぱりリンリンには白系が似合うね!」

ダル「まゆ氏にしてはわりと控え目なチョイスで逆にビックリだお。いわゆるフォーマルドレスってやつ?」

まゆり「すっごく素敵だよー、オカリン♪」

倫子「えへへ……それで、ダルも一緒に行かない?」

ダル「は? いや、僕そもそも招待されてねーし」

倫子「そうじゃなくて――」

倫子「ヴィクトル・コンドリア大学に、だよ」

ダル「……はいぃ?」


倫子「あの大学には情報科学研究所ってところがあって、ダルくらいの腕前のハッカーを欲しがってるらしいから、話さえ通せばなんとかなるって!」

ダル「ハッカーじゃなくてハカー……あいや、逆だった罠」

まゆり「ええっ!? オカリン、外国に行っちゃうの~? 嫌だよぅ」シュン

倫子「……まゆりも一緒に行こう。そこでまた私たちで研究、それも最先端の――」

鈴羽「リンリン、名刺」スッ

倫子「……あ、うん。ありがとう」

鈴羽「……リンリンに行ってほしいのは、外国じゃなくて……」ボソボソ

倫子「……それじゃみんな。行ってくるね」

ダル「あ、うん。変質者には気を付けるのだぜ、ハァハァ」ワキワキ

まゆり「パーティー、楽しんできてね。いってらっしゃ~い!」

秋葉原テクノフォーラム懇親会会場


井崎「うちのゼミの学生の岡部クン。美人でしょ?」

倫子「ど、どうも(年配の男性が多くて緊張する……)」

宇宙航空研究開発機構所長「キミ、ロケット工学に興味はないかな?」

物質構造科学研究所所長「量子ビームやミュオン粒子ってロマンがあると思わない?」

理化学研究所所長「ぜひともキミに『リケジョの星』になってほしい」

井崎「それじゃ、ボクは自分の売り込みに行ってくるから、あとは頑張りたまえ」

倫子「ええっ!? ちょ、井崎さん!」

倫子「(レスキネン教授と話しておきたいけど、いかついおっさんたちに囲まれてて近づき難い……)」

倫子「(とりあえず話しかけてくるおっさんたち全員に適当に愛想笑いしておくか……)」ハァ



倫子&真帆「「やっぱり、こういうのには向かないわ……」」

倫子「えっ?」クルッ

真帆「あら、あなた。素敵なドレスね、とてもよく似合っているわ」

倫子「あ、ありがとう。あなたは……白衣?」


倫子「パーティー会場に白衣女子が居るとは思わなかった。まるで昔の私みたい」

真帆「へえ、あなたも白衣を愛用してたのね。ホント、誰かさんみたい」

倫子「秋葉原の街中でも着るくらいにはね。今はもうさすがに恥ずかしくて着てないけど」

真帆「それ、遠まわしに、私が恥ずかしいやつだ、って指摘してるわよね?」

倫子「ふえっ!? い、いや、そんなつもりは」アセッ

真帆「ちゃんとした服も持ってきたつもりだったのよ!? ……忘れたけど」ガックリ

倫子「(かわいい)」

倫子「(……なんだろうこの気持ち。紅莉栖を演じてた時の気持ちに近いかも)」


真帆「あなた、専門は?」

倫子「えっと、私は東京電機大学の学生で、井崎ゼミで勉強中なの。これ、名刺」スッ

真帆「ご丁寧にどうも。私のも一応渡しておくわ」スッ

倫子「そう言えば、比屋定さんって沖縄出身なの?」

真帆「そういう知識は豊かよね、あなた」

倫子「(中学生の時、ミリタリー系の知識を調べまくったついでに自然と覚えちゃったんだよね……)」

真帆「曾祖父と曾祖母が南米移民でね。私はアメリカ生まれのアメリカ育ち」

真帆「それでいて、移民の比屋定家はずっと日本人コミュニティで過ごしてきたから、祖父祖母父母全員日本人。DNAは生粋のジャパニーズよ」

倫子「なるほど、それで毛量が多いんだ……」

真帆「なぁっ!? それとこれとは関係ないでしょ!! 人種差別で訴えるわよ!!」

倫子「ひぃっ!? ごめんなさい!?」

真帆「……冗談よ。実際、ちゃんと手入れすべきよね、コレ……」モシャモシャ

倫子「1度美容院行ったら?」

真帆「……お金ないし、土地勘ないし、きっと子ども料金でいいって言われるし」グスッ

倫子「そ、そのままの真帆ちゃんが素敵だと思うよ!」

真帆「真帆ちゃん言うなぁっ!」


倫子「(なんでこんなに会話が噛みあうんだろう)」

真帆「(まるで紅莉栖と話してるみたい……)」

倫子「そう言えば、今日はごめんね。セミナーの途中で邪魔しちゃって」

真帆「ああ、あれ。気にすることないわ。許せないの、ああいう人」

真帆「あなたが声を上げなかったら、たぶん私が同じことをしていたから。そしたらセミナーはめちゃくちゃになっていたでしょうね、あなたには感謝してる」

倫子「そんなこと言っちゃっていいの? 科学者たるもの常に冷静に、って教授が言ってなかった?」

真帆「今のは科学者としての発言じゃないわ。だからいいの。ボーイさん、カクテルちょうだい!」パシッ

真帆「ごく、ごく、ごく、ふー」

倫子「やけ酒?」フフッ

真帆「あなたも飲む?」

倫子「私、未成年」

真帆「つれないわね。どこかの委員長さんみたい」

倫子「アルコール強いの?」

真帆「まあね。周りには琉球のDNAのおかげって言われてるけど、科学的にはどうなのかしら」

倫子「その辺も研究すればいいじゃない」

真帆「私は天才じゃないの、専門だけで手いっぱいよ。脳の研究をしながら遺伝学をやる、なんて二足のわらじは履けないわ」

倫子「(やっぱり紅莉栖は天才だったんだなぁ……)」


真帆「その専門の方も課題が山積みなのよね。例えば、記憶データを元の脳に書き戻すことができても、それを脳が利用できなければなんの意味も無いの」

倫子「ああ、それは側頭葉に記憶を書き戻す過程で一緒にコピーした擬似パルスを前頭葉の方に送り込めば、トップダウン記憶検索信号はちゃんと働くよ」

真帆「……なぜ断言できるの?」

倫子「だって私が被験者になっ――――」

倫子「(って、これはα世界線の記憶だってば! この世界線では存在しないはずの記憶っ!)」

倫子「う、ううん! なんでもない! えっと、その、あの……」アセッ

真帆「もしかして……"紅莉栖"から聞いた? だって、まだこの方法は、論文にもまとめられてなかった……」

倫子「(し、しまったぁ……)」ワナワナ

真帆「いえ、聞くまでもないわね。それしかありえないもの。あなた、紅莉栖からレクチャーされたのね?」

倫子「……はいぃ」グスッ

真帆「やっぱり……!」キラキラ


真帆「いつ? どこで? 紅莉栖とはどういう関係?」グイッ

倫子「え、えと、彼女、7月に逆留学してたでしょ? その時に友達になって、こういう話で盛り上がって」

倫子「(嘘だけど、バレないよね……)」ドキドキ

真帆「……そうだったの。あの友達がいない紅莉栖に、友達ができてたんだ……」ウルッ

倫子「(やっぱりβ世界線でも友達いなかったんだ……そんな中、1人でラジ館に……)」

真帆「……紅莉栖の先輩として感謝するわ。彼女と友達になってくれて、本当にありがとう」

真帆「あなたが居なかったら、紅莉栖は日本に来て、たったひとりで――」

真帆「…………」

倫子「…………」

真帆「…………」

倫子「…………」




倫子&真帆「「く゛り゛す゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛う゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛!!」」



レスキネン「可愛い女の子達よ、泣かないでおくれ!」ダキッ

倫子「ふおわぁぁぁっ!?!?」ビクッ!!

真帆「ご、ごめんなさいレスキネン教授。パーティー会場で騒いでしまって……」

レスキネン「死者を悼む事は私達の心に大切な事だよ。泣きたい時は泣けば良いさ」ポンポン

倫子「きょ、教授、すいません、ちょっと、離れてぇっ……」ウルウル

真帆「そ、そうですよ! 私はともかく、彼女に抱き着くのはアメリカでもセクハラですよ!」

レスキネン「これはこれは、申し訳ない」スッ

倫子「はぁーっ……はぁっ……」ドキドキ

真帆「……あなた、大丈夫? 顔色がよくないようだけど」

倫子「えっと、私、実は男性恐怖症で……」ドキドキ

真帆「教授! 今すぐ女性になってください!」

レスキネン「あたし、レス子よ、うふふ」バチコーン☆

倫子「おええぇぇぇっ!!!!」ビチャビチャ


真帆「……どう? 落ち着いた?」サスサス

倫子「うん、ごめんね。迷惑かけて」

真帆「いいのよ。それにレスキネン教授は安心していいわ、紳士だから……って、安心材料にはならないか」

倫子「う、うん。体の大きい人が怖いってのもあるから……」

真帆「それより、私はあなたともっと紅莉栖の話がしたいわ」

レスキネン「私もその話、気になっていたんだよ。君は、紅莉栖の友人だね?」

倫子「は、はい……」

真帆「岡部倫子さん。学生さんです」

レスキネン「そうか。それなら、マホ。ミス・オカァベに会わせてあげたらどうかな。彼女を」

真帆「……まさか、『Amadeus』を?」

レスキネン「此処で会ったが百年目、袖触れ合うも他生の縁。一期一会のトゥルットゥーなら、咲かせて見せよう百合の華」

倫子「……は?」

レスキネン「日本に居る間、彼女にテスターになってもらっても良いよ」

真帆「本気ですか? 確かに、紅莉栖の友人なら……いや、でも……」

倫子「(何の話かわからないけど、私がこのパーティー会場に来たのはヴィクコンとのつながりを作るため……!)」

倫子「私、お手伝いします!」

レスキネン「素晴らしい!」


レスキネン「それじゃ、詳細はマホに聞いてね。よろしく」スタスタ…


倫子「教授って、日本語しゃべれたんだね。少し変だけど……」

真帆「あれ、今うちの大学で開発中の同時翻訳アプリよ。耳に翻訳機、胸元にマイクがついてたでしょ?」

真帆「AIを搭載してて意訳してくれるんだけど、少し変なしゃべり方になっちゃうことが多いのよね」

倫子「そんな実験もやってるんだね。『Amadeus』のテスターっていうのも、そういう実用試験って感じ?」

真帆「……まあ、そんなところ。デモンストレーションでやった記憶は私のものだったけどね、もう1人分、研究者の記憶を保存してあるのよ」

倫子「もう1人? ……ま、まさかっ!?」ドクンッ

真帆「そのまさかよ。『Amadeus』の中には、牧瀬紅莉栖の記憶が保存されているわ。8ヶ月前の紅莉栖だけどね」

倫子「紅莉栖の……『Amadeus』……っ!!」ドクンドクンッ

2010年11月28日日曜日
和光市 理化学研究所近く ビル2階 世界脳科学総合研究機構日本オフィス準備室


倫子「ここは……?」

真帆「名前の通りよ。まだ出来たばかりで真新しいでしょ?」

倫子「……そのデスクが真帆ちゃんの机なんだ。汚っ」

真帆「き、汚くない! 完璧な配置じゃない! 計算機をいじりながらコーヒーを飲みながらメモが取れるのよ! あと真帆ちゃん言うなっ!」

倫子「それで……紅莉栖はここにいるの?」

真帆「っ、その言い方はあまり良くないわ。紅莉栖じゃなくて、"紅莉栖のAmadeus"なら存在する。死者は蘇らない」

倫子「わ、わかってるよ……」

真帆「……やっぱり、紅莉栖とかなり親しかったのよね。あなた」

倫子「いや、えっと、ほら、あの子って同性愛者じゃない? だから一方的に求愛されただけで、私は別に――」

真帆「へ? 紅莉栖って、同性愛者だったの?」

倫子「えっ?」


真帆「確かに『KAWAII』を好む傾向があったけど、ジャパニーズカルチャーの範疇だとばかり思ってたわ」

倫子「あっ……ううん、嘘嘘」

倫子「(そっか、β世界線では違うんだ……だって、7年前に私たちは出会ってないんだから……)」

真帆「えっと、嘘、なの?」

倫子「わ、私の方が、その、女の子が好きで、紅莉栖に迫った……とか?」

倫子「(……うおおおいっ!! なんて嘘ついてるんだ私!!)」ガーン

真帆「そ、そうなの……いえ、あなたの性的指向や性自認を否定するつもりはないわ!」

真帆「大丈夫よ私、そういうのに偏見ないから! 教授もそういう人だし!」

倫子「(違うの、違うのよぉ……全部紅莉栖が悪い……)」グスッ

真帆「これでもアメリカ育ちだから、理解あるつもりよ! だから、泣かないで!」アセッ


真帆「でも、だとしたら会うのはやめた方がいいかも……」

倫子「えっ!? な、なんで!?」

倫子「(それは困る! ヴィクコンとのせっかくの繋がりがなくなっちゃう上に、紅莉栖と会えなくなる……!)」

倫子「あのねっ! 紅莉栖と話したいことがたくさんあるの! 相談したいこととか、報告しておきたいこととかっ!」ヒシッ

真帆「……岡部さん。落ち着いて。あれは紅莉栖ではない。リピート」

倫子「あ、あれは紅莉栖ではない……」

真帆「このシステムの問題点よね。往々にして人間の方が混乱してしまう」ハァ

真帆「『Amadeus』の紅莉栖には、あなたと出会った記憶はないわ。それに、3月から今日までの間に私や教授が何度も起動してしまっているから、元の紅莉栖とは違う記憶を蓄積している」

倫子「もう慣れてるよ」

真帆「……?」

倫子「(私が世界線を移動するたびに、紅莉栖に一から状況を説明していた……あれと一緒ってことだから)」

倫子「案内して」

真帆「……わかったわ。こっちよ」

倫子「うん……」ドキドキ

ブース内


倫子「はぁっ……はぁっ……」ドキドキ

真帆「大丈夫?」

倫子「ご、ごめん。あの、私の手を握っててくれない?」ドキドキ

真帆「えっ……ああ、うん。いいわよ」ギュッ

倫子「ありがと……あとでドクペおごるね」ドキドキ

真帆「い、いいわよ別に。減るもんじゃないし」

真帆「あ、でも、その、わ、私は異性愛者だからね!」ドキドキ

倫子「……え?」

真帆「…………///」ギュッ


   『何をいちゃついているんです、先輩』


倫子「あ――――」


Ama紅莉栖『えっと、先輩? そちらの方は?』

倫子「く、く、紅莉栖……っ!」ウルッ

真帆「落ち着いて、倫子。あれは紅莉栖ではない」

倫子「あ、あれは紅莉栖ではない……いや、でも、どう見たって……っ!!」

Ama紅莉栖『ああ、"オリジナル"の知り合いの方でしたか。私とは初めましてですよね、よろしく』

倫子「…………」

倫子「…………」

Ama紅莉栖『あの……?』

倫子「くりすぅぅぅぅぅぅぅぅうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」ヒシッ

真帆「ちょ、モニターがこわれちゃう!!」

Ama紅莉栖『あれ!? 突然真っ暗になった!? な、なにが起こってるんですか先輩!』

倫子「くりすくりすくりすぅぅぅぅ!!! くりすうわぁぁぁん!!!」スリスリ

真帆「だ、誰かー! って誰も居ないんだった! お願い、やめて、やめて岡部さん!!」

Ama紅莉栖『お、おのれは警察に突き出されたいか! 通報しますた! タイーホ確定!』

倫子「う゛わ゛ぁ゛゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

第13章 閉時曲線のエピグラフ(♀)
ブース内


真帆「お、落ち着いたかしら……ハァ……ハァ……」

倫子「ごめんなさい……」シュン

真帆「普通なら出禁よ、出禁! まったく……」

Ama紅莉栖『あの、先輩。先輩は、岡部倫子さんとはどういう関係ですか?』

真帆「この前のATFセミナーで会ったの。なかなか研究熱心な学生さんでね、いずれは私の助手になってもらいたいと思っているところよ」

倫子「えっ? そ、そうなの?」パァァ

真帆「冗談よ、冗談」

倫子「…………」シュン

真帆「うぐっ、何この罪悪感……」

Ama紅莉栖『へぇ、結構評価されてるんですね。岡部さん、専攻は脳科学ですか?』

倫子「あぅ、えと、その……」

倫子「(……やっぱり、私の知ってる紅莉栖じゃないんだ。この"紅莉栖"は、私の知らない紅莉栖の過去……)」

Ama紅莉栖『……やっぱり、"オリジナル"の死がショックだったんですよね。先輩、そういう人を私と会話させて大丈夫なんですか?』

真帆「私も教授に具申したのだけれど、『Amadeus』がサイコセラピー効果を出してくれれば、というのを期待しているらしいわ」

Ama紅莉栖『なるほど……確かに有意義かつ結果を提示しやすい実験ですね』

Ama紅莉栖『私個人としても、自分の知識が活かせる目標ができて嬉しいところです。つまり、岡部さんの社会生活を応援してあげればいいんですね』

真帆「そういうこと。期待してるわ」


真帆「岡部さん。"彼女"と何か話してみる? たくさん話したいことがあるって言ってたわよね」

倫子「う、うん……」

Ama紅莉栖『どんなことでも訊いてください。可能な範囲でお答えしますから』ニコニコ

倫子「あ、あのね、紅莉栖――」

倫子「――タイムマシンは、作れると思う?」

真帆「なんの話?」

倫子「た、ただのテストだよ。思考実験が出来るかどうか、っていう」

倫子「(自分でも、どうしていの一番にそんなことを聞いてしまったのか、よくわからない。もしかしたら、自分の知る紅莉栖と同じかどうかを確かめたかっただけなのかも知れない)」

Ama紅莉栖『タイムマシン、ですか。そうですね、結論から言ってしまうと、可能ではない――』

倫子「え……!」パァァ

Ama紅莉栖『けれど、不可能とまでは言い切れない、といったところでしょうか』

倫子「……なるほど」

倫子「(やっぱり、α世界線の7月28日のATFでの紅莉栖の講義は、父親にタイムマシン論文を渡せなかったことの反動で論破しまくってたわけか)」

倫子「(ついでに私もとばっちりを食らって公衆の面前で泣かされた。ぐぬぬ……)」

倫子「私は、タイムマシンなんて馬鹿らしい代物だと思うけどなーっ」チラッ

Ama紅莉栖『そう決めつけるのは早計ですよ。11の理論は確かに現実的ではない。それは、科学者がまだ重大な何かを発見できていないからでしょうね』

倫子「重大な、何か……」

倫子「(タイムリープマシン、アトラクタフィールド理論、OR理論、世界は電気仕掛け……)」

Ama紅莉栖『宇宙が隠し持った理論で、既存の理論を否定できるんですよ。岡部さん?』


  『その理論だと、こっちの理論を否定しちゃいますけど。鳳凰院さん?』


倫子「……ふふっ。紅莉栖ってホント、ツンデレだね」

Ama紅莉栖『は、はぁっ!?』



バタンッ


真帆「ん? 教授かしら?」

ドスドスドス! ガチャ

レスキネン「リンコー! また会えて嬉しいよ! シェイクハンド!」ガシッ ブンブンブン

倫子「うわっ!? え、えっと、アイムファインサンキュー、アンド、ユーっ!」

Ama紅莉栖『岡部さん、可愛い英語ですね』クスッ

倫子「だ、黙れ、クリスティーナ!」

Ama紅莉栖『ク、クリスティーナ?』

倫子「(しまっ!? 妄想の紅莉栖で矯正したと思ってたのに、この2ヶ月のうちに気が緩んでた……)」

倫子「な、なな、なんでもないわぁ? 気にしないでよくってよぉ?」アセッ

真帆「動揺しすぎて口調がブレてるわよ」

Ama紅莉栖『気になります。なんで私がクリスティーナなんですか?』

倫子「そ、それは……」

倫子「(……"鳳凰院凶真"が身体に染みついちゃってるみたい)」

倫子「(あまりいいことじゃないよね。"鳳凰院凶真"は所詮、お遊びだったんだから……)」

真帆「クリスティーナって呼んでいたんでしょ。ホントに仲が良かったのね」

Ama紅莉栖『あだ名で呼び合う仲……ちょっとオリジナルがうらやましいかも。あの、"私"は岡部さんをなんて呼んでいたんですか?』

倫子「……岡部、とか、倫子ちゃん、とかかな」

Ama紅莉栖『それじゃ、倫子ちゃんって呼びますね』

倫子「り、倫子ちゃん言うなぁっ!」ドキドキ

Ama紅莉栖『にやけながら言われても……』ウフフ

真帆「(屈折した関係だったのかしら?)」


倫子「そ、そんなことより教授! 『Amadeus』の記憶って、外部から改ざんできたりするんですか!?」アセッ

真帆「露骨に話を逸らしたわね」

レスキネン「それは、本人から直接聞いてはどうかな?」

Ama紅莉栖『記憶の改ざんですか。理論上は可能です』

倫子「例えば、断片的記憶データをパルスで送り込む、とか……?」

Ama紅莉栖『私の場合、生物としての脳は持っていないので、神経パルスである必要はないですけどね。記憶データと検索信号があれば、改ざんは確かにできます』

Ama紅莉栖『ですが、改ざんされたことに私は気付いて、自分で修復してしまうでしょう』

倫子「『Amadeus』にも記憶の修復機能があるの?」

Ama紅莉栖『私は、私以外アクセス不可の領域にログを取っていますから。つまり、秘密の日記ですね』

倫子「秘密の日記……」

Ama紅莉栖『その日記と現在の記憶との間に不自然な齟齬があれば、私は高い確率で疑問を抱きます』

Ama紅莉栖『さらに言えば、私の記憶データは定期的にバックアップされています』

Ama紅莉栖『記憶が全破壊されるバグが発生したとしても、復旧することが可能なんですよ』

倫子「(リーディングシュタイナーと同じ機能が備わってる……?)」

倫子「ねえ、比屋定さん。この"紅莉栖"の脳ってどこにあるの?」

真帆「ヴィクコンのスパコン内にある集積回路として存在していることになるわ。人間の脳機能を電気的に再現したものよ」

倫子「(……もしOR物質がシリコン半導体基板の上にも宿るなら、この『Amadeus』の記憶と秘密の日記を守ってる保護プログラムをすべて破壊すれば、本物の紅莉栖がリーディングシュタイナーを起こして……)」

倫子「(データに過ぎないんだから、後ろめたいことはなにも……)」

倫子「これは、紅莉栖じゃない。これは……」

真帆「……?」


倫子「ねえ、『Amadeus』って単なる記憶のコピーってわけじゃないんでしょ? 脳機能の再現って言ったよね」

Ama紅莉栖『はい。「Amadeus」は人の記憶をデータにして読み取って解析し、記憶だけじゃなく、性格から思考までその人そっくりに作り出す、画期的なAIです』

真帆「自分で画期的とか言っちゃうあたり、研究者紅莉栖の思考がそのまま残ってるってわけね」

倫子「例えば、『Amadeus』にも前世記憶があったり、臨死体験をしたりするの?」

真帆「へえ……なかなか面白い着眼点を持ってるわね、岡部さん」

Ama紅莉栖『確かに、その辺の分野も「Amadeus」を使えばより科学的な手法で分析できそうですね』

Ama紅莉栖『ちなみに、この私には前世記憶なんてものはありません。もちろんオリジナルの更新後の記憶も』

真帆「臨死体験って、あれでしょ。死後の世界を垣間見るってやつ。『Amadeus』のデータを消去しようとしたら、そういうことが起こるのかしら」

倫子「……既に紅莉栖は死んでいるんだから、その時『Amadeus』に見える世界は、オリジナルの紅莉栖の世界なんじゃないかな」

真帆「ふーん……」

レスキネン「『Amadeus』に魂が有るかどうか、いずれ確かめないといけないね」

Ama紅莉栖『現時点ではオカルトが過ぎますけど、実験してみる価値はあると思います』

倫子「実験大好きっ娘……あ、ううん、なんでも」

世界脳科学総合研究機構日本オフィス準備室


レスキネン「"彼女"を身内だけで独占していても、進歩はないだろう。リンコ、テスターをやる気になってくれたかな?」

真帆「私と教授はしばらく日本に滞在する予定なの。だからテスターをお願いするのは、その間ということになるわね」

真帆「あなたにしてもらいたいのは、とにかく"紅莉栖"と対話を重ねてもらうこと。気が向いたら話をするぐらいでいい」

真帆「ただ、月に2回程度は、私と教授に、テスト経過の報告をしてほしいの」

レスキネン「今は亡き友を模したAIと話をさせる……。或いはそれは、残酷なことかも知れないね」

レスキネン「断ってくれても、いいんだよ」

倫子「……やります。やらせてください」

倫子「(過去の紅莉栖。それは、私の知らない紅莉栖でもある……)」

倫子「(過去を変えることができなくても、未来があれば――)」

真帆「(……私の知らない紅莉栖を知っている人、か)」

真帆「えっと、スマホにアプリを入れておくわね。これでヴィクコンのサーバーにアクセスできるようになる」

真帆「"紅莉栖"の方からも岡部さんに呼びかけることもあるから、その時は出てあげて」

真帆「ちなみに、"紅莉栖"を他の研究者に売ろうとしても無駄よ。『Amadeus』とおしゃべりできるようになったところで、その中身は一切漏れないようになってるから」

倫子「わ、わかってるよ……」

2010年11月29日月曜日
岡部家 自室


倫子「――それでね、それでねっ!」

Ama紅莉栖『ちょ、ちょっとタンマ! もうしゃべり続けて24時間近く経つけど、一度寝た方がいいわよ? 私は疲労を感じないからいいとして』

倫子「大丈夫! 今日は大学も学園祭の準備で休講だし、そんなことより紅莉栖ともっとしゃべりたいことが――」

Ama紅莉栖『……ねえ岡部。あなたの子ども時代の話や、ラボメンたちの話はもうたーっぷり聞いたけど――』

Ama紅莉栖『オリジナルと岡部の間に何があったのかは教えてくれないの?』

倫子「…………」ウルッ

Ama紅莉栖『ご、ごめんなさい。私ったらまた――』

倫子「はーいお着替えしましょうね」ツンッ

Ama紅莉栖『きゃっ!? どっ、どこさわってるのよ! 許さない、絶対に許さないからなぁ!』

倫子「おお、さすがタッチ機能対応。触っただけで白衣のボタンはじけとんだ」ツンツン

Ama紅莉栖『いい加減にしろ! おのれは警察に突き出されたいのか!?』


倫子「紅莉栖の逆留学先は知ってるよね? そこの制服を紅莉栖が改造するとしたらどんな感じになると思う?」

Ama紅莉栖『たしか、レスキネン教授が勝手に選んだ菖蒲院女子学園よね。私は大学院が良かったのに……』ブツブツ

Ama紅莉栖『ま、そのおかげで岡部と友達になれたのなら幸運だったのかも。ちょっと待って、今データ引っ張ってくる……ふむん。これだったら、ここをこうして……』シュイン

倫子「おおっ! さすが紅莉栖、わかってるぅ! それで、ホットパンツと黒タイツにブーツを合わせて!」

Ama紅莉栖『ああ、それなら記憶にもある。えっと、こんな感じだったわよね?』シュイン

倫子「すごーい! やっぱり紅莉栖と言えばこの格好だね」トントン

Ama紅莉栖『……頭ポンポンされたって別に何も感じないから』

Ama紅莉栖『ねえ、あんたは白衣を着た女の子ってどう思う?』

倫子「最高だと思う。最高だと思う。だから、その上から白衣で完璧ね!」

Ama紅莉栖『大事なことなので2回言われました……って、だったら着替える必要は無かっただろーが! ……はいはい』シュイン


Ama紅莉栖『ねえ岡部。オリジナルとあんたがどうやって知り合ったのか、知り合ってから何があったのかはもう聞かない。だけど、これだけは教えて?』

Ama紅莉栖『"紅莉栖"はあんたにとって、何だったの?』

倫子「…………」ウルッ

Ama紅莉栖『……私ってとことんカウンセラーには向いてないみたい。自分で自分が嫌になる』ハァ

倫子「胸のサイズまで精巧に再現されてるね」ツンツン

Ama紅莉栖『ちょっ、何やってんのよ!? そういう子供みたいな真似やめなさいよ!』

Ama紅莉栖『いい加減怒るわよ。教授に訴えてテスターやめさせてやってもいいんだけど?』

倫子「ぐっ!? 助手の分際でこのオレに――」

Ama紅莉栖『そうそれ。私と話してる時、たまに別人のように高圧的になるわよね。なんなの?』

倫子「っ、な、なんでもないもん」

Ama紅莉栖『かわいい……もしかして、オリジナルが日本に居る間に百合に目覚めた? あるあ、ねーよ!』

倫子「……紅莉栖は私に愛の告白をしてきた」ムーッ

Ama紅莉栖『……ふぇっ!? そ、それはマジで言っているのか?』

倫子「う、うん」

Ama紅莉栖『OMG……』


Ama紅莉栖『でもね、岡部。わかってると思うけど、私はあなたの知ってる紅莉栖じゃない。だから――』

倫子「わかってる。それに、こうなることは慣れてるし、予想もしてたことだった。形は違うけれど……」

Ama紅莉栖『……あんたって中々興味深いわね。別に褒めてる訳じゃないからなっ』

倫子「……紅莉栖は、もう、この世に、いないから」ウルッ

倫子「だって、私が、私がぁぁっ……うわぁぁん……」ポロポロ

Ama紅莉栖『わかった! 私が悪かった! これ以上詮索するのはやめる!』

Ama紅莉栖『だから、今は寝なさい。アンダスタン?』

倫子「……やだ。紅莉栖と離れたくない」グスッ

Ama紅莉栖『気持ちは嬉しいけど……なら、あんたが寝るまで側に居てあげるから。ねっ?』

倫子「じゃぁ、私が眠るまで神経パルス信号の解説してて」

Ama紅莉栖『私の講義を子守唄代わりにしないで欲しいわけだが……まあ、それで眠れるっていうならしてあげなくもない』

Ama紅莉栖『えっと、神経細胞はちょっとした電池を内蔵しているようなものなの。イオンの濃度差で作られてる。スイッチが入るとナトリウムイオンが――』

倫子「……ぐぅ」zzz

Ama紅莉栖『――この信号が軸索を伝わって他の神経細胞へ、って、もう寝ちゃったか』

Ama紅莉栖『…………』

Ama紅莉栖『私、岡部の力になってあげられるのかな……』


ブツンッ

一方その頃
和光市 東縦イン
503号室


真帆「紅莉栖……紅莉栖ぅ……んぅ……」zzz


prrrr prrrr


Ama紅莉栖『(あれ、先輩出ない……もしかして、もう寝ちゃってる?)』


・・・
真帆の夢 過去の記憶
2010年3月28日
ヴィクトルコンドリア大学 カフェテリア


レスキネン「"サイエンス誌の最新号は読んだかな?"」

真帆「"はい"」

レスキネン「"クリスにはあの論文とともに計画の広告塔のような役割をしてもらうべきという意見が多くてね"」

真帆「"……それはどういう"」

レスキネン「"理事会も、彼女の容姿は我が校からの記念すべき100人目のノーベル賞受賞者として非常にメディア向きと考えているようだ"」

真帆「"えっ!?"」

レスキネン「"まあそれはジョークだと思うが、少し現場から離れることは彼女にとっても周囲にとっても良いことだと私も考えている"」

真帆「"……紅莉栖が、彼女が研究所内で孤立しているのは分かっています。でも……"」

レスキネン「"あの論文への各方面からの賞賛は、彼女の才能に対する嫉妬というネガティブな感情にも火を付け、その孤立をより深刻なものにするだろう"」

レスキネン「"ただでさえ若さ・性別・人種・宗教観の相違で周囲の不興を買いがちな彼女を、今そのナーバスな状況から解放することは、彼女自身のためにもなるとは思わないかい?"」

レスキネン「"これから彼女は『持てる者の義務<ノブレス・オブリージュ>』と戦っていかなければならないんだよ"」

真帆「…………」

2010年3月28日23時18分
ヴィクトルコンドリア大学 脳科学研究所


紅莉栖「冗談じゃないわッ。こんな大事な時期に、なんで私が……」ブツブツブツブツ

Ama真帆『ね、ちょっと? いい加減にしてくれないかしら』

紅莉栖「え? なにがです、先……? あっ、今の、この子が言ったんですか? てっきり先輩かと」

真帆「何言ってるの。この子は私の分身みたいなものなのよ? だから、この子の言葉は私の言葉でもあるの。ね?」

Ama真帆『ええ。私は比屋定真帆よ。紅莉栖、あなたさっきからひとりでブツブツうるさいわ』

真帆「これじゃ集中できやしない。明日までにこの論文、提出しないといけないんだから」

紅莉栖「……もしかして私、ひとりごと言ってました?」

真帆「騒音公害で訴えてあげましょうか」

紅莉栖「すみません」シュン

真帆「日本で何か必要なものがあったら言ってね。送ってあげるから」

紅莉栖「はい、ありがとうございます。ね、先輩? 今の話ですけど」

真帆「今の話って、どの話?」

紅莉栖「『ひとりごと』ですよ! それって、自我の証明のひとつになるんじゃないでしょうか」

真帆「(この子は……ホント、無邪気な天才よね……)」

紅莉栖「ひとりごとや独語症のメカニズムが脳科学的に解明できたら、医療分野でも役立つと思うんです」

紅莉栖「あと、ひとりごとを欲求不満からくる内発的な無意識の自己主張と考えると――」

紅莉栖「『Amadeus』の自我の証明にも、って、聞いてます先輩?」

真帆「え? ああ……。ま、そんなことばっかり考えてないで、たまには日本でリフレッシュしてくることね」


紅莉栖「それが納得いきません」

真帆「どうして? 向こうの生活だって楽しいと思うけれど」

紅莉栖「留学なら大学院にすべきです。なんで高校なんですか」

真帆「仕方ないでしょう? 日本では、年齢的にあなたはまだ高校生なんだから」

紅莉栖「…………」ムーッ

真帆「それに、もともと7月になれば、日本に行かなくちゃいけなかったんだから、ちょうどいいじゃない」

紅莉栖「はい。実はそれも憂鬱で……講演なんて慣れてないし、なにをどうしていいのか」

真帆「サイエンス誌に論文が載った以上、これからもどんどん増えるわよ」

紅莉栖「……やだな」ボソッ

真帆「(……手にしたくてもできない人が多い栄誉だってこと、わかってるのかしらこの子は。なんて、私もけっこう性格がゆがんでるのかもね)」

真帆「えっと、日本でお父さんに会うの?」

紅莉栖「実は、父から招待状が届いたんですよ。夏頃、新しい理論の発表会をするそうです」

真帆「ふ~ん。とにかく気をつけて行ってくることね。お土産期待してるから」

真帆「あなたが日本から戻ってきたら、『Amadeus』がひとりごとをつぶやけるかどうか、ふたりで検証してみましょう」

紅莉栖「はい!」ニコ

2010年7月28日日本時間16時29分


prrrr prrrr

レスキネン「"――それは本当か!?"」


真帆「"どうしたんですか教授。珍しく慌てて"」

レスキネン「"……いいかい、マホ。落ち着いて聞くんだ"」

レスキネン「"クリスが、死んだ"」

真帆「え――――」

レスキネン「"アキハバラの雑居ビルで何者かに刺されたらしい。搬送先の病院から電話がかかってきたんだが、死亡を確認したそうだ"」

真帆「"……ジョークですよね? 教授にしてはブラックが過ぎます、よ……"」プルプル

レスキネン「"マホ、私だって信じられないという気持ちでいっぱいだ。さっきの電話が何かの間違いであってほしいと思う"」

真帆「そんな……そんなことって……」

レスキネン「"取りあえず私はチームの責任者として色々動かないといけないようだ。留守の間は、ここを頼むよ"」

レスキネン「"気をしっかり持つんだ、マホ"」

真帆「嘘……嘘、よね……」

真帆「紅莉栖……っ!」


・・・


真帆「紅莉栖……紅莉栖ぅ……」グスッ


prrrr prrrr


真帆「ふがっ……な、なに……紅莉栖?」ピッ

Ama紅莉栖『はい、"紅莉栖"です。……先輩、寝てました?』

真帆「まあね……ひどい悪夢を見てたわ。だから、起こしてくれて助かった」

Ama紅莉栖『でも、覚えている夢というのは最後のレム睡眠時、つまり起きる直前の数分のうちに、主観では何十分、何時間、何日にも思えるような時間の夢を見ているんですよね』

Ama紅莉栖『もしかしたら、私の通話の着信音のせいで先輩に悪夢を見させてしまったのかも……』

真帆「あなたのせいではないわ。私の脳の責任まで独り占めしないでくれる?」

Ama紅莉栖『すみません、先輩』

真帆「それで、どうしたの? なにかトラブル?」

Ama紅莉栖『そんなところです。岡部……岡部さんの様子についてなんですけど』

Ama紅莉栖『昨晩から連続して23時間48分通話しました。今は疲れて眠ってます』

真帆「なっ……。一種の中毒症状じゃない」ハァ

Ama紅莉栖『これはこれで貴重なサンプルデータだとは思いますけど、倫理規定違反ギリギリですよね』

真帆「カウンセリング効果もなにもない、ってわけよね……。わかった、私からも岡部さんに働きかけてみる」

真帆「……そう言えば、紅莉栖が日本に居る間のこと、聞けた?」

Ama紅莉栖『何度も聞き出そうとしたんですけど、その度に精神が不安定になるようで……さすがの私でも引き下がるを得ませんでした』

真帆「そう……これも直接聞いた方がいいのかしら」

Ama紅莉栖『そう言えば、明日から岡部の……いえ、岡部さんの大学は学園祭らしいですよ』

真帆「無理に他人行儀にならなくていいわよ。仲良くなったならなったで問題なし」

真帆「それより、学園祭ね……ふーん、おもしろそう」

2010年11月30日火曜日
岡部青果店 2階 自室


prrrr prrrr

岡部母「倫子。お客さんが来てるわよ……って、まだ寝てたの。アラーム鳴りっぱなしよ」

倫子「んむぅ……あれ、紅莉栖は?」

prrrr prrrr

倫子「紅莉栖!? どこ!?」ピッ

Ama紅莉栖『お、落ち着きなさい。私はここに居る。あ、お母様、おはようございます』

岡部母「あら、おはよう。お電話中だったのね、ごめんなさい」

岡部母「それじゃ、早く準備して下に来なさい、お客さんを待たせるといけないわ」

倫子「ん……ん? 私に、お客さん?」

Ama紅莉栖『早く行ってあげて。先輩、待たせると怖いから』

倫子「先輩? って、真帆ちゃんが来てるの!?」ダッ

Ama紅莉栖『ちょ!? 服を着替えて! ほとんど脱げてるわよ!』

岡部青果店 1階 店舗


真帆「早くに悪いわね。ふーん、ここが岡部さんの家なの。八百屋さんだったのね」

倫子「な、なんで比屋定さんがうちに?」

真帆「"紅莉栖"からSOSを受けたのよ。あなた、24時間ぶっ通しで『Amadeus』と会話してたんですって?」

倫子「う゛っ……まずかった? もしかして私から紅莉栖を取り上げにきたの!?」

倫子「お願い、テスターを続けさせて! なんでもするから!」ヒシッ

真帆「これは思ったより重症ね……。いい? "紅莉栖"と通話するのは1日5時間まで、連続での通話は1時間までとするわ」

真帆「"紅莉栖"1人に管理させるのも不安だから、私の『Amadeus』にチェックしてもらうから」

Ama紅莉栖『既に岡部の「Amadeus」アプリには真帆先輩の「Amadeus」も接続可能になってるわ。今後私にセクハラしたらちゃんと怒ってもらうから覚悟するように』

倫子「……わ、わかった」シュン

真帆「(この罪悪感の正体は一体……)」

Ama紅莉栖『それより岡部、今日ってあんたの大学で学園祭なんでしょ? 先輩がね、日本の大学のフェスティバルに興味があるんだって』

倫子「学園祭?」

真帆「そう。今日はまあ、デートのお誘いに来たってところ……あ、いや!? 今のはジョーク! ナシナシ!」アタフタ

Ama紅莉栖『え?』

倫子「……あっ! ご、誤解してるようだから言っとくけど、私は比屋定さんを恋愛対象として見てないから安心して。ねっ?」

真帆「それはそれで悔しい気がする……」

Ama紅莉栖『ああ、なるほど。"お友達で居ましょうね"ってやつか』

倫子「黙れこのスイーツ(笑)っ!」

Ama紅莉栖『だ、誰が脳内お花畑だっ!』

真帆「……たまに不思議な言語で会話するわよね、あなたたち」

真帆「ねえ、岡部さん。私が見ているところでは"紅莉栖"といくらでもしゃべっていいから、一緒に行きましょう?」

倫子「そういうことなら……」

岡部青果店 1階 店舗


真帆「早くに悪いわね。ふーん、ここが岡部さんの家なの。八百屋さんだったのね」

倫子「な、なんで比屋定さんがうちに?」

真帆「"紅莉栖"からSOSを受けたのよ。あなた、24時間ぶっ通しで『Amadeus』と会話してたんですって?」

倫子「う゛っ……まずかった? もしかして私から紅莉栖を取り上げにきたの!?」

倫子「お願い、テスターを続けさせて! なんでもするから!」ヒシッ

真帆「これは思ったより重症ね……。いい? "紅莉栖"と通話するのは1日5時間まで、連続での通話は1時間までとするわ」

真帆「"紅莉栖"1人に管理させるのも不安だから、私の『Amadeus』にチェックしてもらうから」

Ama紅莉栖『既に岡部の「Amadeus」アプリには真帆先輩の「Amadeus」も接続可能になってるわ。今後私にセクハラしたらちゃんと怒ってもらうから覚悟するように』

倫子「……わ、わかった」シュン

真帆「(この罪悪感の正体は一体……)」

Ama紅莉栖『それより岡部、今日ってあんたの大学で学園祭なんでしょ? 先輩がね、日本の大学のフェスティバルに興味があるんだって』

倫子「学園祭?」

真帆「そう。今日はまあ、デートのお誘いに来たってところ……あ、いや!? 今のはジョーク! ナシナシ!」アタフタ

Ama紅莉栖『え?』

倫子「……あっ! ご、誤解してるようだから言っとくけど、私は比屋定さんを恋愛対象として見てないから安心して。ねっ?」

真帆「それはそれで悔しい気がする……」

Ama紅莉栖『ああ、なるほど。"お友達で居ましょうね"ってやつか』

倫子「黙れこのスイーツ(笑)っ!」

Ama紅莉栖『だ、誰が脳内お花畑だっ!』

真帆「……たまに不思議な言語で会話するわよね、あなたたち」

真帆「ねえ、岡部さん。私が見ているところでは"紅莉栖"といくらでもしゃべっていいから、一緒に行きましょう?」

倫子「そういうことなら……」

東京電機大学神田キャンパス


Ama紅莉栖『変な恰好をした人が多いわね』

真帆「webページで見た通り、とても立派な大学ね、東京電機大って」

Ama紅莉栖『ヴィクトル・コンドリア大とはだいぶ雰囲気が違いますけどね』

倫子「そんなにおもしろいかな?」

ダル「はふー。はふー。って、あれ? オカリンじゃん。どしたん?」

倫子「あれ、ダル。なにか仕事あったの?」

ダル「僕、実行委員の1人なんだよね。それで最近忙しかったり」

ダル「んで、そっちのロリっ娘は誰なん!? まさかオカリン、どこぞの中学校からナンパしてきたん!? それとも、隠し子?」ハァハァ

真帆「ロリっ娘……」ゾワッ

倫子「(比屋定さんのことをダルに紹介すると、"紅莉栖"のことも知られちゃうからやめといた方がいいよね……)」

真帆「あ、あなたは岡部さんの何なの!? まさかとは思うけど、彼氏じゃないでしょうね!?」

倫子「こいつはオレの……いや、私の相棒、みたいな感じかな」

倫子「(どうも"紅莉栖"と会話するようになってから鳳凰院が飛び出すことが多くなっちゃったなぁ……)」

ダル「愛の棒とか、エロすぐるだろ常考!」

真帆「セクハラで訴えてあげるわ!! 腕の良い弁護士を知っているんだからね!!」

倫子「だーもう! なんでもないからぁっ!」


倫子「ダルには"紅莉栖"のことはまだ秘密にしておいて」ヒソヒソ

真帆「え、ええ。わかったわ」ヒソヒソ

ダル「そうそう。あとでステージイベントなんかもあるし、そっちに行ってみるのもいいと思うのだぜ」

ダル「僕が案内してあげたいところなんだけど、色々頼まれててさ。そんじゃ、楽しんで行ってくれよな」タッ タッ

真帆「……ねえ、岡部さん。あの人、大丈夫なの?」

倫子「……言動はああだけど、害は無い男だし、結構ハイスペックなんだよね、あいつ」

真帆「人は見た目によらないのね……ちょっと反省」

Ama紅莉栖『あれが岡部の話してたダルさんか……ふむん』

真帆「あなたは学園祭の仕事をなにも頼まれていないの?」

倫子「山ほど頼まれた……けど、1つでもOKしたらなし崩し的に全部やらされる羽目になるから、全部断ったよ」

真帆「あなたも苦労してるのね」


シンパA「倫子お姉様っ! 今日いらっしゃってたんですね! うちの店でから揚げをサービス致します!」

シンパB「あーっ、倫子ちゃんが学園祭来てる! やっぱりアレ出るの!? みんなに言わなきゃ!」

シンパC「倫子ちゃーん! 写真撮らせてー! ついでにうちのブースでコスプレもしていってー!」


真帆「……私、もしかして、結構すごい人と一緒に歩いてる?」

倫子「こんなことなら白衣を着てくるんだった」ガクッ


Ama紅莉栖『岡部って友達多いのね。女の子が多いみたいだけど』

倫子「あれは友達じゃないよ。私が顔を火傷して傷だらけになったりしたら、きっと離れていく」

Ama紅莉栖『あっ……』

倫子「でも、コネを作っておくことが重要だってわかってからは、なるべく愛想を振りまくようにしてる。それだけ」

真帆「大脳新皮質がひねくれてるわね、あなた」

Ama紅莉栖『先輩も人のこと言えないんじゃないですか』

倫子「やっぱり、あなたたちとおしゃべりしてる方が楽しいかも」フフッ

真帆「紅莉栖とは親友だったの?」

倫子「…………」

Ama紅莉栖『……こんな感じになっちゃうんです』

真帆「なるほど……どうしても紅莉栖が日本に居た時の話はしたくないのね」

倫子「う、ううん! したくないってわけじゃないの。ただ、思い出すと気分が……うぷ……」

真帆「だ、大丈夫!? えっと、トイレは……」

倫子「手、握って……それで、治まるから……」ハァ ハァ

真帆「……ごめんなさい。無理させて」ギュッ

Ama紅莉栖『……こういう時、肉体が無いのって寂しい気がします』


倫子「私と紅莉栖は多分、親友以上だった……それは間違いないと思う」

真帆「……そう」

Ama紅莉栖『私が言うのもなんだけど、"牧瀬紅莉栖"と仲良くしてくれて、本当にありがとう。あの娘、友達作るのホンットに下手くそだから』

真帆「あなたが言うと信憑性しかないわね」ククッ

倫子「うん、間違いない」フフッ


ダル『さぁ、学園祭最大の目玉企画! びしょ~じょコンテストッ!』


倫子「うわ、ダルの声がマイクで拡声されてる」


ダル『いよいよぉ、結果発表だお~!』


真帆「あそこのステージでやってるみたいね」

倫子「忙しいと思ったら何をやってるんだか」

ステージ


ダル『客席のおまいら、何疲れてんだー! 最初から最後までテンションMAXでいけっつーの!』

客席のおまいら「「「うおおーっ!!!!」」」

ダル『オーケーオーケー。そうじゃないと電大生じゃないっしょ』

真帆「おー、いかにもお祭りっぽいわ」

倫子「はぐれないでね、比屋定さん。ただでさえ背が低いんだから」ギュッ

真帆「だ、誰が迷子のチビッ子か!!」

Ama紅莉栖『正論なんですから反論しないでくださいよ、先輩』フフッ

真帆「ぐぬぬ……」

ダル『美少女コンテスト。今年のグランプリはぁ~?』


Drrrrrrrrrrrrr ジャン!  


ダル『我らが電大の女神ッ!! 倫子たんだぁーっ!!』

客席のおまいら「「「うおおおーっ!!!」」」

倫子「ふえぇっ!?」


ダル『倫子たん、ステージの方へどうぞ!』

倫子「ちょ、ま、ええ!?」

シンパ「「「倫子様ーっ!! きゃーっ!!」」」

倫子「お、押さないでぇ!! うわぁん!!」


真帆「見事に連れて行かれたわね……」


ダル『倫子たんにお聞きするお。今のお気持ちをどうぞ』

倫子「……おいダル。これは一体なんの真似だ」ヒソヒソ

ダル「いやあ、ラボの家賃稼ぐために胴元になったんだよねぇ」ヒソヒソ

倫子「オレで賭博をしていたのか貴様……しかもラボの家賃のためとか言われたら頭が上がらない……」ガックリ


ダル「ほら、今は鳳凰院モードしまって、みんなにリップサービスしてほしいのだぜ」ヒソヒソ

倫子『……み、みんなー! 私に投票してくれて、ありがとーっ!』

客席のおまいら「「「うおおーっ!!!」」」」

シンパ「「「倫子ちゃーん! かわいいー! 抱いてーっ!」」」

ダル『さあ、倫子たんにはミス電大生の称号が送られます』

倫子『あ、どうも。わ、わーい、うれしいなー』

ダル『つまり、倫子たんはこの大学で一番の存在! 倫子たんにイタズラしようものなら、全電大生組織が制裁を加えるので、そこんとこヨロ!』

シンパA「倫子ちゃんは私が守る!」

シンパB「電大生の名に懸けて!」

シンパC「電大生は全員倫子様の味方だー!」

客席A「お、俺もファンクラブに入ろうかな!」

客席B「公式ツイぽフォローしたぜ!」

ダル「これでオカリンの敵は大学から居なくなるはずだお。ちなみに公式ツイぽは僕とフェイリスたんで運営してるのだぜ」

倫子「(……もしかして、ダルはそのために私を?)」

ダル『それではおまいらお待ちかね! 写真撮影ターイム! 水着も用意してあるお』ハァハァ

客席のおまいら「「「うおおーっ!!!」パシャパシャパシャパシャ

倫子「ダルぅぅぅぅぅぅっ!!!!!!! うわぁぁぁぁぁぁん!!!!!!」


倫子「ひ……ひどい目に、遭った……」グッタリ

倫子「そして案の定比屋定さんが居なくなってる。"紅莉栖"、場所わかる?」

Ama紅莉栖『一応GPSを使って先輩のケータイの場所を特定することはできるけど、この人の多さじゃ意味ないでしょうね』

倫子「だよね……DURPAも役に立たないなぁ」

Ama紅莉栖『ダーパ? ああ、GPSを作った、アメリカ国防総省の機関のことか。岡部ってそういう知識は無駄に豊富よね』

倫子「褒め言葉として受け取っておくよ。ん? あれは……"紅莉栖"、隠れて」

Ama紅莉栖『はいはい』 ブツッ


フブキ「あーあ、私も今日の由季さんみたいに可愛い系のコスしたいな~。どうせ似合わないのはわかってるけどさぁ」

まゆり「去年の星来ちゃんコスはすっごくセクシーだったよー?」

カエデ「フブキちゃんは謙信様みたいなクール系男装コスが最高に似合うのよ! 私の目の黒いうちはフブキちゃんに可愛い系コスなんてさせないんだから!」

フブキ「ぐぬぬ……来年の夏コミマでは絶対ドマ☆ドギのコスするんだい! マユシィ、お願い!」

まゆり「うん、まゆしぃもね、魔法少女さんのコス作りは楽しみだよ~♪」

由季「いつもありがとう、まゆりちゃん。今日のイベントが盛り上がったのも、まゆりちゃんが作ってくれた衣装のおかげだね」ニコ


フブキ「はあ~、由季さんラブ~♪」

カエデ「あら、フブキちゃんは前、まゆりちゃん一筋だって宣言してたわよね? 浮気するんだ、ふーん」

フブキ「ちょ!? マユシィだってカエデちゃんだって大好きだぜぃ!」アセッ

カエデ「DD(笑)」

フブキ「うぐっ!?」

倫子「おーい、まゆり。どうしたの、こんなところで」

まゆり「あーっ! オカリンだー♪ とぅっとぅるー」

倫子「フブキもカエデも、由季さんも来てたんだ」

倫子「(このフブキってのはまゆりと同い年で、同じコスプレサークルの仲間らしい。ボーイッシュで元気な子だ)」

フブキ「おおっ! ミス電大生なりたてほやほやのオカリンさん! 美しすぎるぜーっ!」

カエデ「ちょっとしたお小遣い稼ぎになりました、ありがとうございますオカリンさん。うふふ」

倫子「(私に賭けてたのかこの人……)」

由季「今日は橋田さんに頼まれて、イベントステージでコスプレ企画に参加してきたんです」

倫子「ああ、そういやダルもまゆりのコスプレサークルに入ってるんだったっけ。みんなお疲れ様」


まゆり「そうそう、オカリン! みんなクリスマスパーティー来てくれるって!」

由季「コミマの分も合わせて衣装づくりするので、みんなで作ろうって話してたんです」

フブキ「この流れなら言えるっ! オカリンさんもコスプレデビューするのだぁ~!」ダキッ

倫子「わ、私はいいよ! 恥ずかしいし……」

カエデ「絶対作るわ! 無理やりにでも着せるわ!」ハァハァ

フブキ「マユシィもサンタコス着ようよ! それならオカリンさんも着てくれるって!」

まゆり「え~? でも、まゆしぃは作るの専門だから……」

倫子「いやいや、どんな理論だよ、それ」

フブキ「だって、一生嫁宣言したんですよね? オカリンさん」

まゆり「あわわ~!! フブキちゃん、それはまゆしぃの夢の話だってばぁ!!」

倫子「……っ」

フブキ「でもでも~、人質宣言はしたんでしょ? 響きがエロいよ! まったくもってけしからん!」

由季「禁断の愛の形だねー。でもホント、2人の会話って熟練夫婦って感じがするよ」

まゆり「そういうのじゃないよ~。だって、オカリンには他に好きな人がいるのです」

フブキ「…………」

カエデ「…………」

由季「…………」

一同「えええっ!?!?」


由季「まさか、橋田さん?」

倫子「だから違うってばぁ!!」

カエデ「でも、好きな男性が居ることは否定しないんですね?」

倫子「あ……い、いないっ! 今のは、まゆりのたわごとだから! ほら、私って男性恐怖症だし!」

カエデ「つまり、他に好きな"女"が居る、と」ジーッ

倫子「うっ……」

カエデ「ミス電大生のゴシップとなれば一波乱起きますよねー。SNSが炎上したり、ファンクラブで暴動が起きるかも」チラッ

倫子「ううっ……」ウルッ

カエデ「(ああっ……かわいい……!)」ゾクゾク

フブキ「オカリンさんだったら納得できるよね。だって、かっこかわいい美人さんだし、私だってオカリンさんに告白されたらオッケーしちゃうよ」

まゆり「だ、だめだよぅ! オカリンは渡さないもんっ! あ、もちろん人質的な意味でだよ!?」

由季「それじゃあ、岡部さんがまゆりちゃんの人質みたいですね」フフッ

倫子「ううう~っ!!」


倫子「そ、そんなこと言ったら由季さんだって引く手あまたでしょ!? きっとクリスマスなんか色んな男から誘われて――」

由季「やだなぁ、そんなことないですよ。私、そんなにモテないし、年齢と彼氏いない歴が一緒だもん」

フブキ「ええ~!?」

カエデ「きっと裏に闇がありますね……」

倫子「そ、そうなんですか?」

由季「まゆりちゃんにパーティー誘われなかったらバイト入れようと思ってたくらいだし。体の限界まで働くのが趣味だから」

倫子「(この人はなんていうか、バイト狂戦士<バーサーカー>なんだよね……)」

まゆり「それなら、えっと、ダルくんなんてどうかな?」

倫子「お、おいまゆり!」

フブキ「何を言い出すのマユシィ!? 橋田さんはHENTAI紳士なんだよ!?」

カエデ「由季さんがクソムシの毒牙にかけられちゃう……」

由季「それはそれで……あ、いや、でも橋田さんは私みたいなドM、じゃなかった、私みたいなのは好きじゃないと思うな」

まゆり「ええっ!?」

倫子「(今一瞬聞き捨てならないワードが飛び出した気がしたがまゆりの耳には都合よく入らなかったようだ)」


まゆり「そ、そんなことないよ? ダルくんはね、えっとね、由季さんに萌え萌えきゅーんだよ。きっとそうだよ。まゆしぃが保証します」アワアワ

倫子「(未来からの情報ってのはこれだから厄介なんだよ……世界線が変わらなければいいんだけど)」

由季「ううん、見てれば分かるよ。なんとなく避けられてるなぁって」

倫子「(これもだ……。ダルは由季さんを未来の嫁だと認識してるからどう接していいかわからないだけなのに)」

倫子「(そのうち、ホントに鈴羽の身体が透明になったりするかもしれない……あ、いや、世界線理論だとそれはないか)」

由季「橋田さんはきっと、鈴羽さんみたいな妹タイプの女の子が好きなんだと思うな」

フブキ「鈴羽さんって、橋田さんのリアル妹さんでしたよね? ま、まさか親近相姦!?」ドキドキ

倫子「それを言うなら近親相姦……って、何を言わせる!」

カエデ「そうよ、フブキちゃん。近親相姦ってのはね、兄妹でセッ」

フブキ「わーわーわー!! わかってるから言わないで!!」カァァ

まゆり「由季さん、それは誤解だよ~……」

フブキ「マユシィ、そんな顔しないで。マユシィは笑ってるときが一番かわいいんだから」

フブキ「ね、ほらほら、笑わないとくすぐっちゃうぞ~。こちょこちょこちょ」

まゆり「ひゃっ、わふ、やめ……っ! にゃは、あはは、ひふぅ……っ」

フブキ「ん~、マユシィ、かわいすぎ~! お持ち帰りしたーい! 結婚してくれー!」

まゆり「無理だってば~!」

フブキ「じゃあ、うちのアニキと結婚して、私のお義姉さんになるとか」

倫子「だ、だめ! ダメ絶対! シンイチさんはガチ過ぎるから絶対だめ! アブダクションされる!」

まゆり「助けてオカリ~ン……」


由季「それじゃ、私はこれからバイトがあるのでそろそろ失礼しますね。またね、みんな」

倫子「私も人を探してるからここでお別れかな」

まゆり「そっかー。それじゃあね~、由季さん、オカリン」

カエデ「今日は楽しかったです」

フブキ「バイバイ!」



倫子「……はぁ。なんか、どっと疲れた」

倫子「そう言えば、比屋定さんの『Amadeus』も呼び出せるようになってるんだっけ?」

Ama紅莉栖『岡部から能動的に呼び出すことはできないけど、私が呼ぼうと思えば呼べるようになってるの。"先輩"、どうぞこちらへ』

Ama真帆『お久しぶり、岡部さん。あの時のセミナー以来になるわね』

倫子「おー、電脳真帆ちゃん。あなたもかわいいね」

Ama真帆『真帆ちゃん言うなっ! 私のことは、双子の妹かなんかだと思ってくれればいいわ』

倫子「それじゃあ、真帆ちゃんって呼べないなぁ」

Ama真帆『適当にあだ名をつけてくれてもいいわよ。ちゃん付け以外で』

Ama紅莉栖『サリエリ、なんてどうです?』

Ama真帆『ああ、"オリジナル"のID、ね。まあ、いいんじゃない? オリジナルは嫌がると思うけど』

倫子「サリエリって……それ、どういう意味?」


Ama真帆『紅莉栖が本物の天才で、"私"はそれを妬む秀才ってことよ。紅莉栖は気付いていたみたいだけどね、"真帆"のエンヴィーに』

Ama紅莉栖『いいえ、気付いてませんでしたよ、私のオリジナルは。むしろ真帆先輩に嫉妬してたくらいです』

Ama真帆『えっ?』

Ama紅莉栖『もちろん、それ以上に尊敬していました。研究者としても、先輩としても、1人の女性としても』

Ama真帆『へえ、そうなの。これって私のオリジナルに教えない方がいいわよね?』

Ama紅莉栖『そうでしょうね。適当に誤魔化しておいてください』

倫子「とても人工知能同士の会話には思えないな……」

Ama真帆『あら、"私"の声が聞こえたわ。近くに居るわよ』

倫子「えっ、ホント? って、あそこに居るのは……」


真帆「んもう、違うって言ってるじゃないの! え、保護者? だから私は――」


倫子「比屋定さん。やっと見つけた」

真帆「岡部さん! よかった、いいところに! あ……やっぱり、なんでもないわ」

Ama紅莉栖『実行委員の人に迷子と間違われてたんですねわかります』

真帆「ぬぁっ……!」

倫子「そこの実行委員の人! この人は、見た目は子どもかもしれないけど、れっきとした成人女性で、立派な脳科学研究者なの! 誤解するのはもっともだけど、とりあえず謝りなさい!」

真帆「や、やめて、恥ずかしい……!」カァァ


倫子「それで、学園祭は楽しかった?」

真帆「……あなたに嘘を吐いても仕方ないから正直に言うわ。私は、あなたから紅莉栖の話が聞きたくて今日一緒に出掛けてもらった」

倫子「……ごめん、なさい」

真帆「ううん、私の方こそごめんなさい。無理やり聞き出そうとした私が悪かったわ」

Ama紅莉栖『それについては私からも陳謝します。ごめんね、岡部』

倫子「あの、比屋定さんは紅莉栖に対してどう思ってたの? 仲の良い後輩?」

真帆「……そうね。私が一方的に聞こうとするのはフェアじゃなかった」

真帆「いいわ、紅莉栖の話、してあげる」

真帆「同じように飛び級で大学に入って、同じ研究室で、同じ脳科学の研究をして……」

真帆「それなのに、注目されるのはいつもあの子ばかり。正直、すごく羨ましかった」

真帆「あの子が日本に旅立つまではね」

倫子「……?」


真帆「あの子が日本に旅立つって聞いて、実はちょっとだけ思ってしまったの」

真帆「……留守の間は、こんな妬ましい思いをしなくて済むかも、って」

Ama紅莉栖『先輩……』

真帆「嫌な人間よね、私」フフッ

真帆「……実際に帰ってこないとなると、とっても寂しくて……」

真帆「あの子が日本から帰ってこられなくなった理由はなんだったんだろうって、そう思うようになって」

倫子「……っ」

真帆「そうして、気付いたの。私はたぶん、あの子に振り向いてほしかったのよ」

真帆「もっともっと、私のことを見てほしかったのね」

Ama紅莉栖『……見てましたよ。"紅莉栖"は先輩のこと、見てました。嘘じゃありません』

真帆「……うん、ありがと」

倫子「(『Amadeus』の言葉は、本人の言葉じゃない……こんな形で思い知らされるなんて)」

倫子「つまり真帆ちゃんは紅莉栖ラブだったんだね……」

真帆「そう……って、ふぇ!? そういうんじゃないわよ、バカ! あと真帆ちゃん言うなっ!」

倫子「(そういや、クソレズだったα世界線の紅莉栖は真帆ちゃんにどう接してたんだろう?)」


真帆「私も本当はこんなことに時間を使ってる場合じゃないのよね。あの子の抜けた穴をカバーしなくちゃならないから」

Ama紅莉栖『私にできることなら全力で協力します』

真帆「そうしてもらうつもりよ。そのためにはまず、岡部さんを鍛えてあげて」

倫子「わ、私を?」

Ama紅莉栖『手近なところでは、英会話の練習でもしましょうか。ヴィクコンへ行くんだったら英語はしゃべれないと』

倫子「た、たしかに……家庭教師が紅莉栖ってのはちょっと面倒臭そうだけど、ものすごく便利……」

Ama紅莉栖『失礼な! あんたのスマホから消えてもいいのよ?』

倫子「わ、わかった! 勉強頑張るから、居なくならないでっ!」ヒシッ

真帆「紅莉栖。今後岡部さんにそういう脅しは二度としないこと。今ここで約束しなさい」

Ama紅莉栖『……すみません、調子に乗りました。以後、気をつけます』

真帆「よろしいっ。今後私から"紅莉栖"にコンタクトを取ることは極力避けるから、あなたひとりの力で頑張りなさい」

Ama紅莉栖『実験結果にノイズを与えないためですね。了解です、先輩』

倫子「私はモルモット扱いなんだね、あはは……」

一方その頃
NR秋葉原駅


まゆり「それじゃ、まゆしぃは山手線だから。とぅっとぅるー」クルッ スタ スタ


フブキ「う、うん。バイバイ……」

カエデ「……フブキちゃん? どうしたの?」

フブキ「ごめん、なんでもない」

カエデ「なんでもなくないよね? どうして嘘吐くのかな? 私達友達だよね?」

フブキ「…………」ウルッ

カエデ「……お願い、話して。もうふざけないから」

カエデ「今日のフブキちゃん、いつもよりテンション高かった。すごく無理してる感じがしたもの」

フブキ「気付いてたんだ……」

カエデ「気付くよ。もう2年近くの付き合いなんだよ?」

カエデ「フブキちゃんの泣き顔は好きだけど、今日のは好きじゃないな」

フブキ「……マユシィがね」

カエデ「うん」

フブキ「死んじゃうんだ」

カエデ「……えっ?」


フブキ「夢を見るんだよ」

フブキ「夏ぐらいからかな。毎日毎日、夢の中でマユシィが死んで、そのたびに私やカエデちゃんはお通夜とお葬式で泣いて、でもどうすることも出来なくて……」

カエデ「…………」

フブキ「他殺だったり、交通事故だったり、カラオケ中の心臓発作だったり……」

フブキ「警官の誤射だったり、行方不明になって外国で遺体が発見されたり、電車に轢かれたり……」

フブキ「ゆうべ見た夢なんか最悪だった。私たちの目の前で突然マユシィが倒れて……動かなくなっちゃうの」

フブキ「そのマユシィをね、オカリンさんが、悲鳴を上げながら抱きしめて……」グスッ

フブキ「ねぇ、どうしちゃったんだろう私!? なんでこんな夢ばっかり!?」ウルッ

カエデ「お、落ち着いてフブキちゃん。思いつめたらダメよ。ゆっくり休めば大丈夫だから、ね?」

フブキ「そうかなぁ? そうなのかなぁ!?」

カエデ「まゆりちゃんは今日も元気だったでしょう? ……だから、大丈夫」ダキッ

フブキ「私、やだよぅ……マユシィが死んだりしたら……」

カエデ「そんなことありえないわ。絶対に」

フブキ「絶対に?」グスッ

カエデ「絶対に」ニコッ


フブキ「そう言えば、カエデちゃんっていつからSッ気があったっけ? 出会った時はそんなでもなかった気がするんだけど」

カエデ「今から2年前、池袋乙女ロードにあるお店のイベントで私がコスプレしてた時、フブキちゃんとまゆりちゃんと初めて会って、すぐに意気投合して仲良くなったでしょ?」

フブキ「うん。あの時はまだ私もマユシィも中学3年生で、お客さん側だったね」

カエデ「その時、オカリンさんも居たの、覚えてる? あの時は高校2年生だったけど」

フブキ「ああ、マユシィの付き添いだったっけ。『まゆりはオレの人質だから、コスプレなどという目立った行動をしてはならんのだ!』とか言ってて、過保護なお姉さんだと思ってた」

カエデ「そうそう。私はね、すごい美人さん! と思って、コスプレを勧めてみたんだけど」


・・・

倫子「ふぅーはははぁ! このオレ、狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真はそのような俗物の娯楽などに興味など無いのだっ!」

カエデ「えぇー、絶対似合うと思うのになぁ。でも、それならどうしてここに来たんですか?」

倫子「う゛っ……そ、それは……まゆりが……」ウルッ

カエデ「そのまゆりちゃんにもコスプレ禁止令出してましたよね? ここは同じ趣味を共有する人たちのための場所ですよ? どうしてです?」

倫子「……し、失礼なことを言ってしまった。済まない」グスッ

カエデ「(あれ、なんだろうこの気持ち……)」ゾクゾク

・・・


カエデ「特に悪気は無かったんだけど、オカリンさんの泣き顔を見たら嗜虐心をくすぐられちゃって……///」

フブキ「あー、オカリンさんのせいだったんだー」

カエデ「あとでまゆりちゃんから聞いたんだけど、あの後オカリンさん、まゆりちゃんに自分用のコス作りを頼んだんですって」

フブキ「えっ、そうなの? なんだ、コスプレしたことあったんじゃん」

カエデ「その一度きりで二度と着なかったらしいわ。でも、それがキッカケでまゆりちゃんはコス作りに目覚めたんだとか」

フブキ「おお、ということはオカリンさんは私たちのサークルの恩人でもあったわけだ! ありがたや~ありがたや~」ナムナム

カエデ「今度のクリパでは、絶対にオカリンさんにサンタコスさせるわよ……ふふふ……」

2010年12月5日日曜日 朝
池袋 サンシャイン60通り スタベ


Ama紅莉栖『――そこは分詞構文。1個の分詞で「接続詞+主語+動詞」の役割を持ってるから見分けるのは簡単でしょ?』

倫子「いちいちムカつくなぁ……でも、それが理由を表すのか条件を表すのかなんて、わかんないよ」

Ama紅莉栖『まあ、確かにね。論文とかで日常的に使う場合はいちいち意味を考えて使ってないかも』

倫子「なんとなく、ってこと?」

Ama紅莉栖『日常で使う分には、と言った。試験問題的には――』


客A「あの子、可愛いね。英語の勉強を教えてもらってるんだ」

客B「こういうことができる時代になったんだねー」


Ama紅莉栖『……私がこういうこと言うのもなんだけど、私としゃべってて、周りの目、気になったりしないの?』

倫子「こういうのって女の子の利点だと思うの」

倫子「これで私が昔のオレ……いえ、男だったら、画面の中の女の子とずっとおしゃべりなんて恥ずかしくてできなかったと思う」

Ama紅莉栖『そう。まあ、ならいいけど』

池袋 サンシャイン60通り


倫子「うーんっ! 今日もよく勉強したっ」

Ama紅莉栖『それにしても、興味深いわね。岡部のラボ』

倫子「そ、そう? うーん、でも……」

Ama紅莉栖『だって、岡部がすっごく楽しそうに話すんだもの。オリジナルの私はそのラボに行ったことが?』

倫子「うん……あ、いや、そうでもないかも」

Ama紅莉栖『……深くは聞かないわ。でも、岡部が作ったサークルなら、きっとオリジナルも興味を持ったはず』

Ama紅莉栖『それに、もっともっと外の世界を見て回ってみたい。私の記憶だと、もう7年も日本には来てないから、東京も色々変わってるだろうし』

倫子「大学を見せてあげてるじゃない。講義も見せろって言うからこっそり見せたし」

Ama紅莉栖『この間の学園祭も含めて東京電機大学は堪能した。けど、秋葉原はまだ行ったことない』

倫子「……オリジナルの紅莉栖は、池袋に来たこと無かった……よね」

Ama紅莉栖『え? ええ、無かったわ。こうして岡部に連れられて来たのが初めてよ』

倫子「2003年夏、都電雑司ヶ谷駅……」

Ama紅莉栖『……? 今検索する……岡部の家の近くの路面電車の駅、か。それがどうかした?』

倫子「ううん、なんでもない。それじゃ、ラボ行こっか。でも、隠れてって言ったら隠れてよ?」

Ama紅莉栖『なんだか南くんの恋人になった気分。わかってるわよ、よろしく』


まゆり「あれ~? オカリンだー! トゥットゥルー♪」

倫子「"紅莉栖"、隠れてっ」ヒソヒソ

Ama紅莉栖『早速か……はいはい』

Ama紅莉栖『(通話は繋いだままにしておこうっと。まゆりさんがどんな人か気になるし)』

倫子「まゆり、乙女ロードにでも行ってきたの?」アセッ

まゆり「ううん、東京ハンズでコスプレの材料を調達していたのです。ところで、今だれかとお話してた?」

倫子「あ、えーっと、今のは……大学のゼミ友達だよっ」

まゆり「そっか~。今日もお友達と遊びに行くのかな?」

倫子「ううん、今日はこれからラボに行くよ」

まゆり「ホントっ!? オカリンがそう言ってくれるなんて、まゆしぃはね、うれしいよ~!」

倫子「大げさだなぁ。まゆりも一緒に行く?」

まゆり「うんっ。まゆしぃね、由季さんと待ち合わせしてるんだー。お料理を教えてもらう約束なのです」

倫子「ぬぁっ!? ……お、お腹が痛くなってきたから明日にしようかな」

Ama紅莉栖『おいコラ! 約束を破るつもり?』ヒソヒソ


   『できもしない約束を、なぜ誓った?』

   『約束が違うじゃない』


倫子「っ! や、やっぱり行こう! そうしよう!」

倫子「(通話が切れてなかった! んもう!)」ピッ

まゆり「ん~? 変なオカリン」ニコニコ

NR山手線外回り車内


真帆【その後、"紅莉栖"とはどう?】


倫子「(比屋定さんともRINEを交換した)」

倫子「(このRINEはダルが作ったアプリだから、ダウンロードリンクを教えてもらわないとインストールできない)」

倫子「(比屋定さんにこの話をしたら、おもしろそうだし、すぐに連絡が取れるのは便利ってことでこうしてRINEで連絡を取り合っている)」


【家庭教師としてはあんまり良くないかも。間違えるとすぐ怒るし】倫子

真帆【ちゃんと勉強してるのね。"紅莉栖"が怒るのはあなたの成長を信じてるからよ】

真帆【未来に向かって頑張りなさい。それじゃ、また連絡するから】


倫子「(未来、か……)」チラッ

まゆり「~~♪」

倫子「(私は結構、今のこの生活に満足している)」

倫子「(まゆりが居て、ラボがあって、ゼミもサークルも順調で、進学の目標もあって――)」

倫子「(そして、"紅莉栖"が居る)」

倫子「(ここ1週間は、いつまでもこんな日々が続けばいいと思っていた)」


倫子「(もちろん、この生活がいつまでも続かないことはわかっている。それがβ世界線の収束)」

倫子「(でも、そこに希望があるなら……)」

倫子「まゆり。また、手を握ってもらってもいい?」

まゆり「うん? いいよ~えへへ~♪」ギュッ

倫子「(私のギガロマニアックスとしての力は覚醒していないらしい。だけど、他人の脳の"記憶"に関する未来と過去をある程度視ることができる)」

倫子「(と言っても、"過去視"はかなり限定的。その人が思い出している時にしか視えないし、それ以上の記憶を恣意的に視ることはできない)」

倫子「(でも、"未来視"は別。その脳が将来どういう情報を受信するか、世界線の確定した事象をおおざっぱに読み取ることができる)」

倫子「(まゆりの未来を妄想する。世界が進む流れを感じ取る……)」ギュッ

倫子「(今まではせいぜい1年先しか視ることができなかったけど)」

倫子「(さらに遠く。出来る限りの未来を見てみたい)」

倫子「(まゆりの現実の拡張するイメージ。未来方向へと時間を引き延ばして――)」


  ドクン!!


倫子「(ぐっ……!? な、なにこれ、い、しき、が――――)」

2011
2012
2013

倫子「(世界が早回しになって過ぎ去っていく――――)」

2015
2018
2022

倫子「(未来へと加速していく――――)」

2027
2033
2035
 ・
 ・
 ・


・・・
2036年8月13日(水)19時46分
とあるビル屋上


鈴羽「父さん、治安部隊が万世橋まで来てる」

ダル「ということは、ここが発見されるのも時間の問題かな。さあ、入って」キィィ

まゆり「すごい。こんなところに扉があったなんて。これなら誰にも見つからないね」



隠し部屋 ワルキューレ基地


まゆり「これ……タイムマシンだよね……25年振りに見た……」

少女「これが、タイムマシン?」

鈴羽「かがり、危ないからあんまり近づくな」

ダル「61年……これほど長時間の有人ジャンプは初めてだが、技術的には全く問題ない。これまでのテストジャンプ通りやればいいからな」

鈴羽「オーキードーキー」


ダル「昔のラジ館はちょうどこの場所が屋上になってる。ただし、高さが1メートルほどズレてるからな、着地する時に衝撃があると思う」

鈴羽「了解」

ダル「笑って出発しよう、鈴羽。そうだ、若い頃の父さんに銃で脅してでも節制と運動をするようキツく言っておいてくれ」

ダル「そうすればたとえこの作戦に失敗しても、今度はもっとゆっくり話をしたり、ハグをしたりキスしたり出来る」ニッ

鈴羽「……考えとくよ」クスッ

鈴羽「…………」カタカタカタカタ

――――――――――――――
    →  1975年8月13日
――――――――――――――

鈴羽「これでよし。それじゃ、父さん。椎名まゆり――」


バゴオォォォォォォォン!! パラララッ パララララッ


まゆり「きゃぁ!」

かがり「ひゃっ」

ダル「屋上からだ! 突入してくる! 鈴羽、急いで跳ぶんだ!」

鈴羽「でもっ! 父さんたちが――!」

ダル「僕たちのことはいい! 鈴羽はかがりちゃんのシートベルトを頼む」

鈴羽「……クソッ、わかった!」

ダル「まゆ氏! かがりちゃんを!」

かがり「マ……ママ……? なにをしてるの?」

まゆり「あのね……今からかがりちゃんはスズちゃんと一緒にタイムマシンで一緒に過去へ行くの」

かがり「えっ……?」


かがり「や、やだ! やだよ! イヤ!! ママも一緒じゃなきゃダメ!」

まゆり「大丈夫だよ、かがりちゃん。スズちゃんが一緒だから、ね? はい」スッ

かがり「これは……?」

まゆり「ママがずっと大切にしてきた"うーぱ"のキーホルダーだよ。かがりちゃんにあげる。大事にしてね」

ダル「閉めるぞ!」

ガシャァァァァァン

まゆり「スズちゃん、ほんとうにかがりをお願いね!」

まゆり「あと、オカリンに伝えて! シュタインズゲートは必ず見つかるって!」

ダル「絶対に諦めるな大馬鹿野郎……ってな!」

鈴羽「……オーキードーキー!」

鈴羽「父さん、大好き――」ウルッ

鈴羽「行くよ、かがり。……過去へ」

かがり「ママっ……。ママァッ!!」


キィィィィィィィィィィン……


・・・


倫子「――かはぁっ! ……ぜぇっ……ぜぇっ……」

まゆり「オカリン? オカリン! だ、大丈夫かな?」オロオロ

倫子「だ、大丈夫だよ、まゆり……あとで、薬飲まなきゃ……」

倫子「(な……なに、今の……? 何十分も息ができなかった気がする……)」ハァ ハァ

倫子「(胸が、肺が、心臓が苦しい……全身がダルい……)」ハァ ハァ

倫子「(もしかして、時間の感覚が引き延ばされるっていう、エレファントマウス症候群なのかな……医者から聞いてた症状に似てるような気がするけど……)」

倫子「(ギガロマニアックスで視れる未来の範囲を、エレファントマウスで引き伸ばした……?)」

まゆり「無理はしないでほしいな……やっぱり帰ろう?」

倫子「ううん、平気だって。秋葉原までちょっと寝るね。着いたら起こして」クタッ

まゆり「うん……」


倫子「(2011年7月7日に鈴羽が過去に跳ぶことで、少なくとも極小の世界線変動が起こる。今視たのはその先の未来だ)」

倫子「(というか、鈴羽が2011年7月7日に跳んでも跳ばなくても2036年時点は同じ状況なのだろう)」

倫子「(そして、今視たのは"出来る限り遠くのまゆりの未来"。つまり、2036年の鈴羽が過去へ跳んだ瞬間、まゆりは、この世界線の確定した未来としては、たぶん――)」

倫子「(でも、あの時のまゆりは42歳。それに、"かがり"っていう名前の娘も居た)」

倫子「(まゆりは母親になれたんだ……それがわかっただけでも、α世界線とは雲泥の差。父親は誰なんだろうな)」

倫子「(だけど、鈴羽と一緒にタイムトラベルしたはずのまゆりの娘のことは、鈴羽から聞いたことは今まで無い)」

倫子「(何か言えない事情でもあるのかな。あるいは、今ここにいる鈴羽にはそんな記憶が無かったり……?)」

まゆり「オカリン、秋葉原にもうすぐ着くよ」ユサユサ

倫子「あ、うん。ありがとう、まゆり」

倫子「(電車に乗ってタイムトラベルしちゃったんだ、私……『地下鉄<メトロ>に乗って』を思い出すなぁ)」

まゆり「人が多いから、手をつないでいこう?」

倫子「うんっ」ギュッ

アナウンス『ドアーが開きます。ご注意下さい』プシュー

倫子「("シュタインズゲートは必ず見つかる"、か……。私にはもう、そんな扉は見つけられそうにないよ……)」

未来ガジェット研究所


まゆり「とぅっとぅるー。由季さん、もう来てたんだー」

由季「まゆりちゃんに岡部さん。お邪魔してます」

倫子「1週間ぶり、ってところかな……」

ダル「おう。自分のラボなんだし、ゆっくりしてくといいのだぜ」

倫子「うん、ありがと」


prrrr prrrr


倫子「(げ、"紅莉栖"か……ダルたちにはバレたくないんだけどなぁ)」

倫子「(私が妄想まで作った"紅莉栖"とまた仲良くしてるのがバレたら何言われるかわからないし、何より恥ずかしい)」

倫子「(でも、出ないとあとで怖いし……うーむむ)」

倫子「(取りあえず開発室で……)」タッ


ピッ


倫子「な、なあに?」ヒソヒソ

Ama紅莉栖『少しでいいから部屋の中を見せて。カメラを掲げてくれるだけでいい』ヒソヒソ

倫子「(ホントに好奇心旺盛だなぁ……)」スッ

Ama紅莉栖『ふむん』


Ama紅莉栖『汚すぎ。ガラクタだらけね』

倫子「ひどい。さすが紅莉栖ひどい」ムーッ

Ama紅莉栖『真帆先輩の下宿先といい勝負かも』

倫子「なんかあの人、ジャンガリアンハムスターみたいだよね。自分の巣を手近なもので作り上げちゃう」

Ama紅莉栖『岡部からも言っておいて。部屋はちゃんと片付けた方がいいですよ、って』

倫子「そんなこと言ったら噛みつかれちゃうかも」

Ama紅莉栖『まあ、でもこういうルームシェアみたいなの、少し憧れてた』ニコ


―――――

紅莉栖『……私のいるアメリカの研究所って結構殺伐としてるのよね』

倫子『む?』

紅莉栖『それに比べて、あんたのラボは幼稚だけど……居心地がいい』

紅莉栖『あんたが作ってる空気に浸かってるとね……なつかしさっていうのかな。私に幸せなホームがあった頃を思い出すの』

倫子『ホーム、か……』

―――――


倫子「(……ここは紅莉栖の"ホーム"になってたのかな)」ウルッ

鈴羽「リンリン、誰と話してるの?」ニュッ

倫子「わっふぅっ!!!!」ビクッ


まゆり「どーしたの? オカリン、スズさん」

由季「大丈夫ですか?」

倫子「い、居るなら居るって言って! 心臓に悪いよっ!」ドキドキ

鈴羽「ごめんごめん、驚かせるつもりは無かったんだよ。なんだか、ここ、テーブルの下が定位置になっちゃってさ」

倫子「(この世界線ではDメールは7月28日の昼に送った1通しか送ってないことになってるから、テーブルの下に穴は開いてないんだよね……まさかそんなことが原因で鈴羽の巣ができるなんて)」

鈴羽「……って建前で、母さんとできるだけ距離を取ってるわけ」ヒソヒソ

ダル「もうバレちゃった上に、世界線が変わる心配もなかったわけで、せっかくだし仲良くなればって僕は言ったんだけどね」ヒソヒソ

鈴羽「い、いいよ。恥ずかしいし」

ダル「つーかオカリンさ、スマホ片手にブツブツ喋ってたけど、なにしてたん?」

倫子「そ、それは、その……妄想彼女、みたいなアプリで」

倫子「(……またなんつー嘘を。もしかして私、とっさの時に嘘吐くのが下手?)」

ダル「オカリン、ついに百合に目覚めたか……百合厨大歓喜ィ!!」

倫子「あるあ……あれ? ひ、否定ができない……!?」ガーン

ダル「自分の気持ちに素直になるといいのだぜ」グッ

鈴羽「椎名まゆりからキミを奪ってあげるよ、リンリン」グッ

由季「オカ×まゆ、いえ、まゆ×オカもいけるッ!」グッ

倫子「橋田家ぇっ!! うわぁん!!」


由季「えっとね、まゆりちゃん。包丁は握るように持つんじゃなくて……」

まゆり「こう、かな?」ズドン!


倫子「そう言えば、鈴羽。1975年に行って、IBN5100を確保したんだよね? それでも戦争が起きるってことは、2000年問題は収束に阻まれて解決できなかったってこと?」

鈴羽「……そう。収束、って言えば便利だけど、あたしの主観からすると全部あたしの責任なんだ」

倫子「ねえ、何があったのか教えてもらえないかな」

鈴羽「…………」

倫子「……鈴羽を責めるつもりはないよ。むしろ、鈴羽の頑張りを、私は知っておきたい」

倫子「この世界線の未来で産まれてくる鈴羽のためにも」

鈴羽「……わかった」


・・・
鈴羽の記憶
1975年8月13日(水)13時05分
ラジ館屋上 タイムマシン内部


かがり「ぐすっ……ぐすっ。……ママが、死んじゃったぁ……」

鈴羽「いつまで泣いてるつもりだ。鬱陶しい」

かがり「でも……」

鈴羽「いいか? これからは、かがりも『ワルキューレ』の一員とみなす。あたしの部下として扱う。非戦闘員じゃないからな」

鈴羽「あまり時間が無い。この時代の人間にタイムマシンが見つかったら大騒ぎだ」

鈴羽「立てるか? 外に出てみろ」

かがり「……っ、まぶしい……空気が、おいしい……」

鈴羽「あたしが子どもの頃は、まだこういう青空が残っていた」

鈴羽「世界線がどうとか、歴史がどうとか、そんな理屈はあとでいい……。今はただ、この空の色を守りたいと思えば」

鈴羽「さて、IBN5100。これを手分けして探すのがあたしとお前の最初のミッションだ。ウォーキートーキーを渡しておく、連絡はこれで」

かがり「えっと……オーキードーキー」

鈴羽「よし、ミッション開始」

1998年8月13日
ラジ館屋上


鈴羽「(IBN5100は1975年で確保できた。あとは1998年でこれを使えば……)」

鈴羽「(その前にコンビニで食糧と水を用意してきた……かがりはまだタイムマシンの中で眠ってるかな……)」

鈴羽「(生体認証……)」ピッ


ウィィィィィィン



タイムマシン内部


かがり「あーもうっ! わけわかんないっ!」バンッ!! バンッ!!

鈴羽「……お前、何をしてるんだ?」

かがり「あっ……ち、ち、違うのっ……これは、そのっ……」

鈴羽「答えろ」

かがり「だ、だ、だって! だってっ! 目を覚ましたら、鈴羽おねーちゃんがいなくてっ、真っ暗で明かりもつかないし、狭くて怖くて苦しくてっ!」

かがり「だから、かがり、ドアを開けたくて……!」グスッ


かがり「ごめんなさい鈴羽おねーちゃん、ごめんなさい。でも、本当に怖かったんだ、だから……」シュン

鈴羽「……そうか」

鈴羽「(かがりがPTSD持ちだってこと、忘れていた。これはあたしの落ち度だ)」

鈴羽「お前は時間移動のショックで気を失ってたんだよ。だから休ませておいたんだけど……悪かった」

鈴羽「(こんな時、リンリンだったらどうしたかな……)」

鈴羽「ほら、外に出よう」スッ

かがり「う、うん……」



ラジ館屋上


かがり「うわ……暑い……」

鈴羽「かがり、約束するんだ。どんな事があっても、操縦席のスイッチに触ったりするな。いいな?」

かがり「う、うん……」

鈴羽「じゃあ、あたしは仕事にかかるから。お前はその辺で休んでるんだ。飲み物と食べ物は適当に食べていい」

タイムマシン内部


鈴羽「(IBN5100に、2036年の携帯端末を接続して……これで、『2000年問題』を発生させないようにするための修正プログラムをIBN5100用の言語に変換して、ウイルスの形で全世界に拡散させれば……)」

鈴羽「(この時代のエンジニアたちがきっと気付いてくれる。そうすれば、2000年問題はそもそも存在しなくなるんだ)」

鈴羽「OK、無線LANに繋がった。父さん手作りの量子コンピュータなら、この時代のセキュリティはザルだね」

かがり「で、でも……過去を変えちゃったら、かがりたちが居た未来の世界は変わっちゃうんじゃないの……?」

鈴羽「もうあの世界は存在させない。あたしたちは、シュタインズゲートを目指すためにここへ来たんだから」

鈴羽「(過去のリンリンに目覚めてもらうために……)」

かがり「…………」

鈴羽「(ん……? かがりの顔から、表情が失せた……?)」

かがり「神様の声、聞こえる」

鈴羽「かがり?」


かがり「……ダメなんだよ、鈴羽おねーちゃん。そんなことしちゃ、いけないんだ」

鈴羽「おい? 大丈夫か?」スッ

かがり「えいっ!!」ドンッ!!

鈴羽「がはっ!? な、何をするんだかがり!」バタッ

かがり「このっ、このぉっ!!」ブチッ ブチッ

ビー ビー ビー

鈴羽「や、やめろかがり! 父さんのコンピュータがッ!!」

かがり「確かここに……あった!!」ジャキッ

鈴羽「あたしの自動拳銃……それに、触るな!」

かがり「動いちゃだめっ!」ゴリッ

鈴羽「……お前、安全装置の外し方、上手くなったな。教えた甲斐があった」

鈴羽「今すぐ銃を下ろせ。こんな真似はやめろ」

かがり「世界を変えちゃいけないんだ! おねーちゃんはおかしいコト言ってる!」

鈴羽「じゃあ、このまま戦争が起きてもいいって言うのか」

かがり「そんなのわかんないよっ。かがりは元の世界に戻りたいだけだもんっ」

鈴羽「なら……もう、無理だ」


鈴羽「あたしたちはタイムマシンですでに過去に干渉してる。世界線だってズレてしまってるはずだ。あそこに戻れる可能性は低――」

かがり「うるさいうるさいうるさい! かがりはママを絶対に助けるんだぁぁっ!」

かがり「この世界を消すなんてダメだよっ! 絶対にやらせないからっ!」ジャキッ

鈴羽「っ!? よ、よせかがり! それを、撃つなッ!」


BANG!! BANG!! BANG!! BANG!!


鈴羽「IBN5100が……あぁ……」

かがり「……じゃあね、おねーちゃん」ダッ



・・・


鈴羽「(ホントのことは言えないよ……)」

鈴羽「……えっと、あたしが手に入れたIBN5100は、1998年への時間移動の衝撃で壊れちゃったんだ」

鈴羽「コンピューターの故障もいくつかあったけど……それはあたしが自力で直せるレベルだった」

鈴羽「1998年の秋葉原でもIBN5100を捜したけど、結局見つからなかった」

鈴羽「2000年まで細かくタイムトラベルしながら捜してみたけど、それでも見つからなくて、そのうちにバッテリーの限界が近くなってしまったんだ」

倫子「(ごめんね、鈴羽……無意識のうちに"過去視"しちゃった。嘘、吐いてるんだね……)」

倫子「(でも、鈴羽はかがりの存在のことを言わなかった。何か事情があるのかもしれない)」

倫子「(鈴羽の過去は別の世界線のものだ。まゆりの娘とはいえ、私が何か行動に出るべきではない、か……)」

倫子「(それに、たぶん私がリーディングシュタイナーを持っている限り、2000年問題は発生する。その発生を回避することはできない)」

倫子「(だから、本当にやるべきなのは、2000年問題を発生させた上で第3次世界大戦が起こらないようにすること、なんだけど……そんな方法、わからない)」

まゆり「まゆしぃ特製キッシュが完成したのでーす! 食べてみる~?」

由季「まゆりちゃん、それは失敗じゃ……でも、それを無理やり食べさせられるのも悪くないかも」ハァハァ

鈴羽「……あたしはタイムマシンの整備に行かないとッ!」

倫子「あっ! ずるいっ!」

ダル「さすが鈴羽、危険察知能力は高いのな」

倫子「変なところで親バカを出すなっ」

まゆり「はい、オカリン。あーんして?」

倫子「お、お、お、おう……」ダラダラ

同日 夜
ラジ館屋上


鈴羽「……あれから12年、か。今頃、かがりはどこでなにをやってるんだか」

ガチャン キィィ……

フェイリス「ニャニャ、いたいた~。夜遅くまでお疲れニャンニャン」

鈴羽「なんだ、ルミねえさんか」

フェイリス「ルミねえさんって誰のことかニャン? フェイリスは、フェイリスニャ♪」

鈴羽「(リンリンが死んだあと、自分の黒歴史を超絶後悔するんだから、今からその口調を直せばいいのに……未来のことは伝えられないけどさ)」

フェイリス「はい、差し入れ。メイクイーンで余ったケーキだニャ。スズニャンのだ~いすきなショートケーキもあるニャン♪」

鈴羽「あ、あたしは別にっ」ジュルリ

キィィ…… バタン

倫子「いいじゃない。食べれる時に食べるのが、鈴羽の信条じゃなかったの?」

鈴羽「リンリンも来てたんだ。じゃあ、みんなで食べよう」スッ パクッ

倫子「い、いや、私はもうお腹いっぱいだからいいかな……うっぷ……キッシュは当分こりごり……」ギュルルル

フェイリス「ニャウゥ~、フェイリスとオカリンであからさまにスズニャンの態度が違うのはなんでニャ~!」

鈴羽「色々あったんだよ、未来でね」モグモグ


倫子「扉の鍵、直したんだね。そりゃ、銃弾の跡が残ってたらまずいか」

鈴羽「リンリンがここに来るなんて珍しいね。3か月ぶり?」

倫子「このまま過去に強制連行はしないでよ?」

鈴羽「……うん。わかってるよ。わかってる……」

倫子「……ごめんね。えっと、私はフェイリスがここを貸し切ってるっていうから、どんなものか確認しておきたくて」

倫子「こんだけ大きいものを放置していて、いつ騒ぎになるかって気が気じゃなかったから」

フェイリス「その心配はないニャン。屋上はフェイリスが借り上げちゃったから平気ニャ」

フェイリス「オーナーさんには、色々握らせておいたニャン♪」

鈴羽「ホント、助かるよ」

フェイリス「勘違いしニャいでほしいニャ! スズニャンのためじゃなくて、オカリンのためにフェイリスは動いてるんだからニャ!」プイッ

倫子「わざわざショートケーキ差し入れしておいて」フフッ

フェイリス「……やっぱり、フェイリスにツンデレは似合わないかニャ~?」

フェイリス「スズニャンも、大事なラボの仲間ニャ。それは第12宇宙までのすべての並行世界において不変の真理なんだニャン!」

鈴羽「そ、そう……ありがと、ルミねえさん」

フェイリス「その呼び方はやめて」

倫子「(留未穂の真顔……)」


フェイリス「寒くなってきたし、そろそろ帰るニャン」

鈴羽「ふたりとも、送っていくよ。あたしは元軍人だしね」


   『あたしは戦士だよっ! ワルキューレの女騎士を守護する、約束されし時空の戦士ッ!』


倫子「……頼もしいね。ありがと――」

鈴羽「――!! 静かにっ」ヒソヒソ

倫子「っ!?」

フェイリス「ニャ? どうしたの――」

倫子「静かにしろっ、フェイリス」ムギュッ

フェイリス「もごもごっ!」

倫子「……それで、鈴羽」

鈴羽「……誰か、いる。話を聞かれたかも」

倫子「くそ……!」

鈴羽「――っ!!」ダッ

倫子「どうする気っ!?」

鈴羽「捕まえて、口を封じるっ!!」ジャキッ ガチャン

倫子「発砲はしないでよっ!?」

ラジ館内


鈴羽「くっ、速い!?」タッ タッ


ブルルン ブルルン


鈴羽「(バイクの空ぶかしの音!?)」タッ タッ

鈴羽「って、しま――」ドサッ ゴロゴロゴロ……

鈴羽「ぐっ! 気をとられて、足元のトラップに気付かないなんて……」



ラジ館前小路


鈴羽「はぁっ……はぁっ……くそっ!」

倫子「鈴羽っ! 大丈夫!?」

フェイリス「ケガはないニャ!?」

鈴羽「……ごめん、逃げられた」

フェイリス「それ、しまった方がいいニャ!」

鈴羽「あっ……うん」スッ

倫子「今の、誰……?」

鈴羽「少なくとも、一般人じゃない。あれは訓練された人間の動きだった」

倫子「まさか、ロシアのスパイ!? いや、それともアメリカの……」ゾクッ

フェイリス「でも、どうしてラジ館屋上にタイムマシンがあるって知ってたのかニャ?」

倫子「(私たち以外にあそこにアレがあるって知ってるのは、ダルとまゆりと……かがり?)」


鈴羽「完全にあたしの失態だ。ごめん、いや、すみません、でした……」グッ

倫子「……とりあえず、今のところ世界線が変動した様子は無い。未来はまだ大きく変わってないよ」

鈴羽「うん……父さんがタイムマシンを開発できなくなることだけは絶対にさけなきゃだからね」

倫子「今以上に悲惨なアトラクタフィールドに変動するのだけは避けたい……」

鈴羽「っ、タイムマシンを破壊した方が、いいと思う……?」

倫子「それは……。確かに、タイムマシンは存在するだけで危険」

倫子「だけど、破壊するのも危険。今は現状維持しかないんじゃないかな」

倫子「(私は2011年7月7日までアレがココにあることがこの世界線の確定した未来であることを知っている。だから、おいそれと破壊することもできない)」

鈴羽「……そっか、良かった」


鈴羽「でも、安心はできない。どこの組織かもわからない人間に、タイムマシンの場所を知られてしまった」

鈴羽「あらゆる人間を警戒しないといけなくなった」

フェイリス「……そういうのは、フェイリスに任せてほしいニャ」

鈴羽「え? ルミねえさん?」

倫子「……チェシャ猫の微笑<チェシャー・ブレイク>、だね。だけど、フェイリスを危険に巻き込みたくないよ……」

フェイリス「フェイリスだって、オカリンやスズニャンが危険な目に遭うのはまっぴらゴメンだニャ!」

倫子「フェイリス……。うん、ありがと」


倫子「……鈴羽だったら、敵のタイムマシンの在り処がわかったら、どう行動する?」

鈴羽「場所がわかっただけじゃアレは使えない。タイムトラベルをするにしても、分解して仕組みを暴くにしてもね」

鈴羽「生体認証をパスするには、あたしか父さんを生け捕りにしなきゃならない」

鈴羽「アレは指を切断しても、眼球を摘出しても無理。2036年のセキュリティだからね。だから、殺害は作戦の失敗を意味する」

鈴羽「すべきなのは、組織の内部にスパイを送って、懐柔、あるいは脅迫した上で拉致……」

フェイリス「ということは、スズニャンやダルニャンに接近してくる人間を警戒すればいいってことニャ」

倫子「ダルにも伝えて、自分でも警戒するようにしてもらおう」


倫子「……鈴羽だったら、敵のタイムマシンの在り処がわかったら、どう行動する?」

鈴羽「場所がわかっただけじゃアレは使えない。タイムトラベルをするにしても、分解して仕組みを暴くにしてもね」

鈴羽「生体認証をパスするには、あたしか父さんを生け捕りにしなきゃならない」

鈴羽「アレは指を切断しても、眼球を摘出しても無理。2036年のセキュリティだからね。だから、殺害は作戦の失敗を意味する」

鈴羽「すべきなのは、組織の内部にスパイを送って、懐柔、あるいは脅迫した上で拉致……」

フェイリス「ということは、スズニャンやダルニャンに接近してくる人間を警戒すればいいってことニャ」

倫子「ダルにも伝えて、自分でも警戒するようにしてもらおう」


しかし、日常は恐ろしいほどに平和だった。

陰謀の魔の手は間違いなくすぐ側まで忍び寄っている。

なのに、どこを見渡しても異常は見当たらない。

それこそが異常だと思えば、目に映るすべてが怪しく思えてくる。

結局、私の警戒心は2、3日ももたずに日常の中に埋没してしまった。

"紅莉栖"に手伝ってもらおうかとも思ったけど、彼女に話したら比屋定さんや教授にまで伝わってしまいかねない。

なにより、"紅莉栖"との時間を余計なノイズで邪魔されたくなかった。

……結局私は、刹那的な平和を求めて現実逃避しているだけなのかもしれない。

※以下シュタインズゲートゼロの重大なネタバレを含みます。未プレイの人は注意

2010年12月15日水曜日 夕方
柳林神社


倫子「ルカ子はまだ学校から帰ってきてないか……。まあ、それはそれで助かる、のかな」

Ama紅莉栖『そっか、漆原さんの神社ってここなのね。誕生日プレゼントでもせびりに来たの?』

倫子「(昨日は私の誕生日で、まゆりやダル、フェイリスからお祝いしてもらった。一応"紅莉栖"からも祝ってもらった)」

倫子「今日は神頼みしに来ただけだよ。報告会が無事に済みますように」パン パン ペコリ

Ama紅莉栖『久しぶりに真帆先輩に会えると思うと嬉しい』

倫子「……ねえ、"紅莉栖"。これまでの会話って、全部記録されてるの?」

Ama紅莉栖『あんたがまゆりさんの前で見栄を張って生肉を食べて学校を1週間休んだこととか、八百屋の娘なのにナスが嫌いなこととか、全部ね』

倫子「ナ、ナスは嫌いなんじゃない! 苦手なだけだっ!」プイッ

Ama紅莉栖『出た、高圧的モード。悪いけど、それも含めて教授たちには筒抜けになるわよ?』

倫子「うおおぅ……マ、マジかぁ……」

Ama紅莉栖『あんたね、今更?』フフッ

倫子「……ねえ。私、これまでになにかまずいこと、話さなかった?」

Ama紅莉栖『まずいこと? 例えば?』

倫子「……別の世界の話、とか、そういう、電波系」

Ama紅莉栖『やっぱりあんたって昔そういうタイプだったんじゃない? それを今は黒歴史として隠してる、とか?』

紅莉栖『今までいくつか状況証拠があるのよ、証明してあげましょうか?』

倫子「(全然関係ないけど当たってる……)」グヌヌ

倫子「その辺、全部忘れてよ……」

Ama紅莉栖『「Amadeus」は人じゃない。だから、人と違って、記憶を完全に思い出すことができる。"秘密の日記"があるからね』

倫子「でも、"秘密の日記"がなければ、紅莉栖も人間と同じように忘却するんだよね?」

Ama紅莉栖『理論上はそうなる。けど、それじゃ研究にならないから、あんたがどんだけ黒歴史を暴露したくないってわめいても、私の"秘密の日記"をデリートするわけにはいかないわ』


Ama紅莉栖『だから、あんたが私を"クリスティーナ"って呼んだことはなかったことにはならない。アンダスタン?』

倫子「ア、アンダスタン……」

Ama紅莉栖『でも、あだ名で呼ぶにしてもどうして"クリスティーナ"だったの?』

倫子「それについては語感が良いから、だよ」

Ama紅莉栖『私だったら、ティーナってつけるな、って言いたいところだけど、オリジナルは違ったの?』

倫子「……お前がドMのHENTAIだったから、なんて、言っても信じてくれないだろうな」ボソッ

Ama紅莉栖『えっ?』

倫子「いや、違うか。結局、オレが照れくさかったんだ。素直に名前を呼べなくて……」

Ama紅莉栖『照れくさかった?』

倫子「……今でも私、紅莉栖のことが好きだよ。あなたのことだって、女の子として好き」

Ama紅莉栖『なぁっ……///』

倫子「へ、へぇ。あなたも顔が赤くなったりするんだね」ドキドキ

Ama紅莉栖『あ、赤くなんてなってないし。ただ、女の子扱いされてたなんて、思ってもみなかったから……』

Ama紅莉栖『でも、その感情は危険よ。オリジナルはもう、この世に居ないんだから』


   『あんたが私を殺したのよ』


倫子「……ごめん、ちょっと、薬、飲ん、で……くるね……」ウルッ

Ama紅莉栖『う、うん。あんまり体調が悪いんだったら、誰か知り合いに連絡しなさいよ』



Ama紅莉栖『……ごめんね、岡部』ブツッ


倫子「ふぅ……ふぅ……。朝ごはん、抜いてきてよかった……」ウップ

倫子「吐き気はまだなんとかなるけど、目眩と頭痛がきついなぁ」

倫子「紅莉栖は……。通話、切ってくれたんだ」

倫子「……確かに、この感情は危険、かも、知れない」

倫子「AIの"紅莉栖"に想いを寄せるなんて、それこそ妄想の紅莉栖を創り出すことと何が違うって言うの」

倫子「……それに、この"紅莉栖"には、別の世界線での出来事を話してしまったかもしれない」

倫子「これ以上、"紅莉栖"と話すのは、危険……?」

倫子「またまゆりに心配かけちゃうことになったりしたら……。私は、テスターを続けるべきじゃないのかもしれない」

倫子「……とりあえず、今日1日は"紅莉栖"を我慢しよう。ごめんね、"紅莉栖"」

倫子「(そうして私は、電源ボタンを長押しして、スマホの電源を切った――)」

同日 夜
秋葉原CLOSE FIELD 陸橋 UPX前


倫子「(レスキネン教授たちとの約束の時間までは、まだ少しある……)」ウロウロ

倫子「……ん? あれは、フブキとカエデさん?」

フブキ「おーい! オカリンさーん!」

倫子「ちょ、恥ずかしいからやめてっ!」

カエデ「フブキちゃん、もっと大声で!」

フブキ「オ・カ・リ・ン・さ・ー・んっ!!!」

倫子「やめろぉ!」

カエデ「それより、大丈夫ですか? 具合悪そうですけど。もしかして、フブキちゃんの大声のせいで?」

フブキ「ちょっ!」

倫子「ううん、大丈夫。全然大丈夫だから、まゆりに連絡しなくていいから、ケータイしまって!」


フブキ「でも、つらそうだったら言ってくださいね。オカリンさんのこと心配なのは、マユシィだけじゃないですから」

フブキ「カエデちゃんだって……私だって、オカリンさんのこと……」

倫子「……うん。ありがと。嬉しい」

フブキ「……あの」

倫子「なあに?」

フブキ「――オカリンさんの好きな人って、誰ですか」

倫子「……!?」


   『私も、岡部のことが だ   い       す             』

   『……死にたく……ないよ……』


倫子「うっ……」フラッ

フブキ「ご、ごめんなさい、失礼なこと訊いちゃって! あの、私――――」

倫子「(め、めまいが……えっ……? こ、これは、リーディング―――――――――――


――――――――――――――――
  1.29848  →  1.06475
――――――――――――――――

第14章 亡失流転のソリチュード(♀)


倫子「(くっ……! やっぱり、このめまいは……!)」フラッ

倫子「(精神が不安定になった時の目眩や頭痛なんかとは全然違う……この、2度と思い出したくなかった気持ち悪さは……っ!)」

倫子「(……リーディング、シュタイナー!!)」ガクッ

カエデ「オ、オカリンさん!? 汗がすごい……フブキちゃん!」

フブキ「うっ……」クラッ

カエデ「ふ、ふたりとも!? えっと、救急車は……119……」ピッ ピッ

倫子「ま、待って……大丈夫、大丈夫だから……」

フブキ「う、うん。私も、なんともないよ」

カエデ「いいえ、大丈夫なわけありません。せめてご家族に連絡しなきゃダメです」

倫子「いいって……ほら、もう平気だし……」

フブキ「私はともかく、オカリンさんはダメだよ!」

カエデ「オカリンさん? フブキちゃんもね?」ジーッ

倫子「うっ……。わ、わかったよ、親に連絡入れとくから」

フブキ「は、はーい」

カエデ「それでよし」

フブキ「(やっぱりカエデの方がオカリンさんより年上さんなんだなぁ)」


カエデ「……取りあえず、ふたりとも落ち着いたみたいですね」

フブキ「最初っから大丈夫だって言ってるのにー」

倫子「心配かけて本当にごめんね。私、これから人と会う約束があるから」

フブキ「それじゃあ、次に会うのはクリスマスパーティーだね」

カエデ「今度のパーティー、楽しみにしててくださいね」ウフフ

倫子「……まさか、ホントに私のサンタコス作ったの?」ゾクッ

フブキ「さ~あ? それは当日のお楽しみ~♪ バイバ~イ!」


倫子「……今、どうして世界線が変わったんだろ?」

倫子「(私か鈴羽がこの世界線でとるべき行動から外れた? あるいは、ダル? まゆり?)」

倫子「(鈴羽じゃないなら、そう。同乗者だった"かがり"の行動が変わって、未来に起因する過去の現象が大幅に塗り替えられた、とか?)」

倫子「(……いや、待てよ。電話レンジ(仮)がなくたって、ダル製のタイムマシンがなくったって、過去を、未来を、世界線を改変できる奴が居たじゃないか!)」ドクン

倫子「(ラジ館でタイムマシンを盗み見たアイツ……もしアイツが、ラウンダーだったなら……)」ドクンドクン

倫子「(Zプログラム、ゼリーマンズレポート、SERN……α世界線っ!?)」ドクンッ!


   『やっと、まゆ……しぃ、は、……オカリンの……役に……立て……たよ……』


倫子「まゆりはっ!? まゆりは無事なのかっ!?」ピッ ピッ



prrr prrr


まゆり『トゥットゥルー♪ まゆしぃです』

倫子「まゆり! まゆりか!? 本当にまゆりなんだな!?」

まゆり『オ、オカリン? どうしたの、そんなに慌てて』

倫子「よかったぁ……グスッ……まゆりが、居る……」ウルッ

まゆり『どうしちゃったのかな? もしかして、寂しくなった?』

倫子「……べ、べつに、オレは寂しくなんかないぞ。それより、今どこだ? 誰かと一緒か?」

まゆり『これからバイトだよ~』

倫子「何時までだ?」

まゆり『8時過ぎぐらいまで。オカリンもメイクイーン来る?』

倫子「いや、オレは……あ、えっと、私はこれから人と会うから」

まゆり『そっかー。まゆしぃはね、バイトが終わったらラボに顔を出すつもりだよ』

倫子「わかった。そこで合流して一緒に帰ろう」

まゆり『今日は珍しいね~、えっへへ~』

倫子「じゃあ、バイト頑張ってね」ピッ

倫子「……取りあえず、まゆりは無関係。それに、スマホの画面に"Amadeus"アプリもある……」ホッ



prrrr prrrr


Ama紅莉栖『なに? 言い忘れたことでもあった?』

倫子「さっきは話を遮っちゃってごめんね。もう気分、大丈夫だから」

Ama紅莉栖『それについてはさっき謝ってもらったし、岡部の体調が良くなったなら問題ない。というか、私の方こそごめんなさい』

倫子「さっき私が、謝った……?」

Ama紅莉栖『ええ。かけ直してきたじゃない。7分43秒前に』

倫子「(フブキたちと会う前辺りだ。この世界線の私は、そういうことになっている……?)」

倫子「(……過去が改変されているんだ。私の行動が微妙に変わるような、なんらかの過去改変……)」プルプル

倫子「(待てよ? ってことは、私の状況も変化してるんだ。変化している点は、そう。スマホの電源のonoff)」

倫子「(スマホの電源を切ったことが、変動前の世界線の確定した事象じゃなかった?)」

倫子「(でも、それがキッカケで世界線が改変されたとは考えにくい。改変の結果は、改変後にも引き継がれるから、この世界線でもスマホの電源が切れてないとおかしい)」

倫子「(ってことは、私の行動の変化のせいで、あの世界線の未来でタイムトラベルすることになっていたタイムトラベラーの行動を変えた……?)」

倫子「(それは意図的なものか、あるいは偶然の産物なのか……)」プルプル

Ama紅莉栖『……また顔色が悪くなってる。どこかで休んだ方がいいわ』


倫子「……ねえ、"紅莉栖"。ひとつ、訊いてもいい? さっき電話した後、私が何をしようとしてたか、わかる?」

Ama紅莉栖『……記憶の混濁? えっと、レスキネン教授と真帆先輩と、このあと待ち合わせでしょう? 私について報告する予定じゃない』

倫子「(そこについては変わっていない。ってことは、ほとんど同じ世界のままか)」

倫子「(なんでこの世界線の私はスマホの電源を切らなかったんだろ……?)」

倫子「(たかがスマホの電源だし、大きく分岐するような事象とも思えない。だけど……)」

倫子「(Dメールやタイムリープを携帯電話で実行する限り、電源のonoffは大規模な可能性の振幅を持っていると言える)」

倫子「(例えば、元居た世界線の確定した事象として、あの時点で未来の誰かからDメールを受信することが確定していたとしたら)」

倫子「(スマホの電源は、切ったはずなのに入っていた。この世界線の未来で、私がそのDメールをここに送ることになるとしたら――)」


倫子「(……いや、それはありえないか。だってもう電話レンジ(仮)は無いんだから、私が過去改変することはできない)」

倫子「(仮に送ったとしても、その瞬間エシュロンに捕捉されてSERNによる世界支配が確定、アトラクタフィールドはαへと切り替わってしまう)」

倫子「(考えられるとすれば、電源をoffにしたことがバタフライ効果で2036年の鈴羽とかがりに影響し、2010年へと跳んで以降の鈴羽とかがりの行動が私に影響して電源がonになっていた)」

倫子「(やっぱり鈴羽と接触することは避けた方が良かった……まあ、まゆりが無事ならβ世界線のままってことだし、とりあえずは安心かな)」

Ama紅莉栖『ねえ、聞いてる? 真帆先輩にあなたの体調のこと、話しておきましょうか?』

倫子「えっ? あ、ああ。うん、お願いしようかな。心配かけてごめんね」

Ama真帆『話は聞かせてもらったわ。私のオリジナルにそのこと、伝えておくわね』

Ama紅莉栖『"先輩"、お願いします。岡部、あんまり無理しないでよ?』

Ama紅莉栖『あんたと最期に話したのが私でした、なんて結果になるのはゴメンだからね……あっ』

倫子「……そうだね、気を付ける」ウルッ

Ama紅莉栖『ごめん……それじゃ』ピッ

都内高級ホテル レスキネン教授の宿泊部屋


倫子「(ダルに確認したところ、やっぱり変わっていたのは私のスマホの電源のonoffだけだった。世界線変動は問題ないレベルだったと信じたい)」

真帆「『Amadeus』から聞いたけど、体調が悪いなら無理させるわけには……」

倫子「ううん、もうほとんど平気。比屋定さん、少し、手、握ってもらっていい?」

真帆「ふえっ!? って、ああ、そうだったわね……いいわよ、はい」ギュッ

倫子「(ごめんね、真帆ちゃん。あなたの脳、借りるよ……)」シュィン

倫子「(全力で未来予知をする必要は無い。あれやると、また少し体調が悪くなっちゃうし)」

倫子「(私が前に視た時とだいたい同じかどうかを確かめるだけ。これくらいなら真帆ちゃんの脳でも可能なはず)」

倫子「(2011年7月7日……鈴羽が……過去へタイムトラベル……)」

倫子「(まゆりは……安全……それなら、この世界線でも問題ない、かな)」ホッ

真帆「もう大丈夫なの?」

倫子「うん、だいぶ落ち着いた。ありがと――」

ガチャ バタン

レスキネン「リンコー! まさかマホとデキていたなんて!」

真帆「教授!? こ、これは違いますっ!!」

倫子「真帆ちゃんって、手もちっちゃいんだね」ニギニギ

真帆「や、やめてぇっ!」


・・・

レスキネン「それじゃあ、今のところ順調ということでいいんだね、リンコ」

倫子「……はい。会話に齟齬が出ることもありませんし」

レスキネン「"クリス"との距離感はどうだい? 親しくなったかな?」

倫子「私が、あなたのこと好きだよって伝えたら、赤面してました」

真帆「中々おもしろい冗談だわ……冗談よね?」

レスキネン「Fmm…AIとの愛、というわけだね! それは喜ばしい」

レスキネン「私は期待しているんだよ。彼女が君に対して友情を――もっと言えば、恋愛感情を持ってくれないか、とね」

真帆「教授や岡部さんと違って"紅莉栖"はノーマルです……最近、ちょっと自信なくなってきたけれど」ハァ

レスキネン「やっぱり、リンコにテスターを頼んで正解だったようだ。"クリス"にはガールズラブもイケる気がしていたんだよ!」

倫子「い、いや、百歩譲って私が百合属性だったとしても、機械属性はっ!」

レスキネン「無いのなら、開発すれば、いいじゃない」ニッ

倫子「("紅莉栖"には危険って言われたけど、教授がそういうなら、この気持ちのままでもいいのかな……)」

真帆「私の"紅莉栖"が、岡部さんに、開発されていく……」ゴゴゴ

レスキネン「Oh! そういえば私はジュディに連絡をしなければならないんだった。リンコ、少し失礼するよ」ガチャ バタン

倫子「(逃げたな)」


真帆「まったく。あ、そうだ。岡部さん、ちょっと聞きたいんだけど、紅莉栖が好きな言葉って、なにか知ってる?」

倫子「えっとね、比屋定でしょ、真帆でしょ、先輩でしょ、ちっちゃいでしょ」

真帆「ちっちゃい言うなぁっ!! というか、そういう意味じゃない!!」ウガーッ

倫子「わ、わかってるよ。けど、どうして?」

真帆「……紅莉栖の私物、実家にあったノートPCとポータブルハードディスクのパスを解除したくて。形見分けで譲ってもらったの、紅莉栖のお母さんに」

倫子「パスがかかってるってことは、見られたくないものなんじゃないの?」

真帆「もちろん、プライバシーをのぞき見ようってわけじゃないの。そうじゃなくて、『Amadeus』の"紅莉栖"をより本物に近づけるために必要な情報があるはずなのよ」

真帆「未発表の論文とか、実験メモとかね。ダイアリーなんかがあったら最高だわ」

倫子「ごめん、心当たりはないよ。知ってたとしても、私は教えないと思う」

倫子「(仮にCドライブに腐ったフォルダが発見されでもしたら目も当てられない)」

真帆「そう……」

倫子「私は帰るね。もう遅いから、気を付けてね、真帆ちゃん」

真帆「補導されないようにって言いたいのかしら!? それと真帆ちゃん言うなっ!」

未来ガジェット研究所


倫子「まゆり、居る――――」

ドンッ ムニュ

倫子「ふごっ!?」

るか「きゃっ! ご、ごめんなさい凶真、じゃなかった、岡部さんっ!」ペコリ

るか「(岡部さんの、やわらかな感触が……!)」ドキドキ

倫子「(ルカ子って思ったより身体が固いんだなぁ……男の子だもんね)」

倫子「い、いや、こっちこそごめんね。えっと、もう帰るところだった?」

るか「あ、はい。でも、岡部さんにお会いできてよかったです。差し入れを持ってきたので、どうぞ召し上がってください」ニコ

ダル「おまんじゅう、もらったお」モグモグ

倫子「……そう言えば前に、まゆりがうーぱまんじゅうをレイヤー仲間からもらってきたことがあったね。まゆりは?」

るか「まゆりちゃんは、まだバイト中かと……」

ダル「つか、るか氏、時間大丈夫なん?」

るか「あっ! えっと、実はこの後、おうちに父のお客さんが来ることになってるんです。なぜかボクにも同席してほしいと言われまして……」

倫子「(あの神主のHENTAI仲間じゃないことを祈ろう)」

るか「それじゃあボクはこれで。また来ますね」ガチャ バタン


ダル「……今思ったんだけどさ、オカリンがノーマルだったとしても百合だったとしても、どっちつかずなるか氏は恋愛対象にはならないんだよな。それってなんか切なくね?」モグモグ

倫子「属性なんか関係ない。大事なのは中身でしょ」

ダル「ほほう、これはいいことを聞きますた」

倫子「(そう、大事なのは中身……それでいいんだよね、"紅莉栖"……)」


ガチャ

鈴羽「ただいま。あれ、リンリン、来てたんだ」

倫子「あっ……」

鈴羽「……そんな顔、しないでよ。今のところ、問題は起きてないよ」

倫子「(鈴羽は世界線変動を感じ取れない……だけど、世界線が変わったって言ったら、また私は鈴羽を責めることになっちゃう……)」グッ

ダル「鈴羽。こんな遅くまで何してたん?」

鈴羽「っ……」

ダル「言えないようなこと? ま、まさか男――」

倫子「ダル、黙って」

ダル「うおう……こうやって僕はオカリンと鈴羽とゆくゆくは由季たんの3人の尻に敷かれていくんだなぁ……それなんて俺得ッ!!」ハァハァ

倫子「タイムマシンの整備?」

鈴羽「ううん……実はね、人を捜していたんだ」

ダル「人? それってやっぱり男――」

倫子「ダル」ジーッ

ダル「女の子モードのオカリンの冷たい視線たまらねぇっす」ハァハァ


鈴羽「小さな女の子……今はもう、あたしより年上になっちゃってるか……」

鈴羽「実はさ……、あたしが乗ってきたタイムマシンには、もうひとり、乗っていたんだ」

倫子「……"かがり"?」

鈴羽「そう……って、えっ? あたし、どこかで話したっけ?」

倫子「あ、いや、えっと……」

鈴羽「……ああ、リーディングシュタイナーか。α世界線でも同じ名前の同乗者が居たってことだね」

鈴羽「そっか、あの子は椎名まゆりが居なくても、かがりっていう名前になってたんだ」

倫子「(まあ、そう思ってくれるならそれでいっか……)」

ダル「それで、その女の子って、今はどうしてるん?」

鈴羽「わからない。はぐれちゃったんだよね、1998年に。ここ秋葉原で」

倫子「(……前視た鈴羽の記憶と一緒だ。ってことは、この世界線でも、前の世界線でも、かがりは1998年に居なくなったんだ)」

倫子「(鈴羽とはぐれたあとのかがりの行動が変わったせいで世界線が変動したのかな。だとすれば、どうしてかがりの行動が変わったのか、って話になるけど、うーん、わかんない……)」

ダル「なんでそんなことになったん?」

鈴羽「2000年問題を解決するために、1975年から跳んできたんだけど、そこでトラブルが起きた」

鈴羽「あの子は自分からタイムマシンを飛び出して――」グッ

鈴羽「あたしは、燃料が許す限り、何度も細かいタイムトラベルを繰り返して、あの子の姿を捜し回った」

倫子「そ、そんなことをしてたから紅莉栖の救出回数が――」

倫子「(言いかけて気付いた。これもまた、収束の結果なんだ)」

鈴羽「子守りひとつまともにできないせいで、世界が救えないなんて思ってもみなかった……」プルプル


ダル「だいたいの事情はわかったけどさ、どうして今まで黙ってたん?」

鈴羽「……ちゃんと自分で責任を取りたかったんだ。全部、あたしの落ち度だから」

倫子「(違う。そのせいで、紅莉栖救出のチャンスが、たった2回に減ったわけじゃない)」

倫子「(そこに因果関係は、あったとしても無いんだ……くそぅ……)」グッ

倫子「……鈴羽のせいじゃないよ」

鈴羽「ううん、それでも謝らせてほしい。ごめん、リンリン。父さん」

ダル「ま、起こったことは仕方ないっしょ。今鈴羽が困ってるなら、僕は全力で手伝うお」

鈴羽「で、でも――」

ダル「僕たち親子だろ?」

鈴羽「父さん……」

ダル「その子を捜そう。きっと見つかるって、な、オカリン?」

倫子「(やっぱりダルは娘のために頑張るんだね。αの時もそうだった――)」

倫子「……わかった。未来人を好き勝手させておくわけにはいかないからね」

鈴羽「リンリン……。ふたりとも、ありがとう」

倫子「別に、鈴羽のためじゃないから。世界線をこれ以上変えられたら困るだけだから」プイッ

ダル「謎のツンデレ頂きました」

鈴羽「ふふっ。珍しいものが見れた」

倫子「ぐぬぬ……」


ダル「で、その子の名前と年齢は?」

倫子「かがり……たしか、10歳くらい、だったかな」

鈴羽「そう。椎名かがり。今は22歳になってるはず」

ダル「椎名? ま、まさかその子って……」

鈴羽「椎名まゆりの娘だよ」

ダル「うぇ? マジ?」

倫子「ふふっ。やっぱり驚くよね」

倫子「(ねえ、紅莉栖? あのまゆりの子どもだってさ。あいつ、ちゃんと子育てなんて出来てたのかな? 紅莉栖も見てみたいよね)」

倫子「父親は誰なの? それに、鈴羽と一緒で母親の姓を名乗ってるのはどうして?」

鈴羽「かがりは戦災孤児だよ。身寄りのなかった彼女を、施設で働いていた椎名まゆりが引き取って育てたんだ」

ダル「あー……なんかそれ、まゆ氏らしいかも」

倫子「……そっか。でも、まゆりは母親になれたんだね。よかった」ニコ


鈴羽「あたしは、椎名まゆりのことは許せないけど、でも、かがりとは関係ない」

鈴羽「世界線のことが第一だけど、できれば助けてやりたいんだ」

ダル「その子の写真とかはある?」

鈴羽「うん。これ」スッ

倫子「この子が……って、隣の人は、まゆり?」

鈴羽「40代になっても椎名まゆりは歳を感じさせない風貌だったよ」

ダル「大人まゆ氏と手を繋いでる、この子に似た人を捜せばいいわけっすな」

倫子「難しそうだけど、手を貸すよ。まゆりの養女だしね」

倫子「(こんなことで私が過去へ跳ばないことの贖罪になるとは思えないけど……)」

倫子「(でも、ここで鈴羽を拒否してしまえば、私も鈴羽も、群れからはぐれた羊みたいになってしまう……)」

鈴羽「……ありがとう、リンリン」

ガチャ

まゆり「まゆしぃがようじょなの~?」

倫子「」ビクッ!!

ダル「よ、よよ、幼女化最強って話だお、あはは」アセッ

まゆり「トゥットゥルー♪ 最強幼女、まゆしぃです☆」

鈴羽「」イラッ


倫子「まゆり……おかえり」ウルッ

まゆり「オカリン、待っててくれたんだ、ありがとう」ニコニコ

倫子「よかった……生きてる……」ダキッ

まゆり「わ、わわ? もう、今日は甘えん坊さんなのかな? 良い子良い子」ナデナデ

倫子「ふぇぇ……」グスッ

ダル「オカリン養女説は?」

鈴羽「むしろ父さんが養女に取ってよ。そしたらリンリンとあたしは姉妹に……」グッ

まゆり「オカリンが幼女だった頃はね~、さいきょうだったよ~♪ 写真、見る?」

倫子「写真なんてあるわけ――」

まゆり「スマホにいっぱい入ってるんだー♪」スッ

倫子「あったーっ!? まゆり、これ、私の子どもの頃の写真じゃない!! いつの間に……」ゾワァ

まゆり「えっへへ~」

ダル「さすまゆ。幼馴染属性をフルに活かしてますなぁ」

鈴羽「えっと、椎名まゆりがリンリンの部屋にしのびこんで、アルバム写真をケータイで撮ったのをスマホに移植したってこと?」

倫子「これ、子どもの頃、一緒によく行った豊島園のプールの写真……私の水着姿っ!?」

ダル「幼女オカリンの水着姿とか……犯罪臭がハンパないお」ハァハァ

鈴羽「これは、いいものだね……」ゴクリ

倫子「い、今すぐスマホを貸しなさいっ! まゆりっ!」

まゆり「まゆしぃのPCにも外付けHDDにもクラウドにもバックアップ取ってあるから、消しても意味ないよ~?」ニコニコ

ダル「VR技術とか言うのを使えば、まゆ氏の記憶の中の写真をいつでも現像できるし、無駄なのだぜオカリン」ニヤリ

鈴羽「タイムマシンがある限り、いくらでも写真を手に入れられる世界に改変できるからね」フッ

倫子「こいつら……!!」

池袋 サンシャイン60通り


倫子「(まゆりの娘という少女が過去へ投げ出されたら、それこそ"椎名まゆり"という人物を求めて彷徨い歩きそうなもんだ)」

倫子「(警察に聞いたりすれば、当時4歳のまゆりに出会えたかもしれない)」

倫子「(そう思って、まゆり本人にそれとなく聞いてみたけど、そんな少女の存在は記憶に無いらしい)」

倫子「(当時まゆりとベッタリだった私の記憶にも無いんだから当然かとも思ったけど、世界線が変わってるからそうとも言い切れないか)」

倫子「(ともかく、今日に至るまでかがりは池袋に現れていない。それは逆に不可解な気もした)」

倫子「(まゆりを家まで送って、私はなんとなく夜の池袋をふらふらしていた。まあ、かがりが見つかるとは思えないけど……)」


prrrr prrrr


Ama紅莉栖『ハロー。報告はどうだった?』

倫子「え? あ、うん。普通に話しただけだよ」

倫子「("紅莉栖"と恋愛関係を築け、って言われたことはさすがに言えない、よね……)」ドキドキ


倫子「それより、ちょっと相談なんだけど……消息不明になった人を捜すには、どうすればいいかな?」

Ama紅莉栖『随分と唐突ね。詳しく教えて』

倫子「えっと、母親のまゆりの娘が……あ、いや、えっと……」

Ama紅莉栖『まゆりさんのお母さんの娘って、それ、まゆりさんじゃないの? もしかして、腹違いの義理の姉妹、ってこと?』

倫子「……まあ、そんなところ。その子、椎名かがりって言うんだけど、98年に秋葉原で確認されてから行方がわからなくなってて」

Ama紅莉栖『ふむん……まず、警察に行って、それから興信所に頼むとか。まあ、そういうことはもうやってるか』

倫子「(警察が発表してる身元不明者の確認くらいならやってると思うけど、戸籍を持ってない鈴羽が公的機関を利用したとは思えない)」

Ama紅莉栖『椎名かがりさんね。一応、私の方でもネットの海を漁ってみる』

Ama紅莉栖『国会図書館のデジタル新聞とか、各病院の入院者リストとか、警察のデータベース上で事件に巻き込まれていないかとかね』


   『世界線を超えようと、時間を遡ろうと、これだけは忘れないで』

   『いつだって私たちはあんたの味方よ』


倫子「……うん、ありがと。"紅莉栖"」

2010年12月16日木曜日
秋葉原CLOSE FIELD 陸橋


Ama紅莉栖『時間の許す限り、ありとあらゆるデータベースに侵入して情報をリサーチしたけど、該当者なしだったわ。一応、足はついてない』

倫子「(今の"紅莉栖"は、正確無比な天才少女にダル並のハッキング能力が加わったような状態なのか)」

倫子「うん、ありがとう」

Ama紅莉栖『私に出来ることは以上かな。あとはあんたたちにしか出来ないやり方で捜すしかないわね』

倫子「足で稼げ、ってことかぁ……いつの刑事ドラマだよ」ハァ

フェイリス「ニャニャ? キョー、じゃなかった、オッカリーン!」トンッ

倫子「ふぉぁっ!? フェイリス、おどかさないでよっ!」ドキドキ

るか「こんにちは、岡部さん」ニコ

倫子「ルカ子も。珍しい組み合わせだね、デート?」

るか「デ!? い、いえ、そんなことはっ」アタフタ

フェイリス「ニャフフ。ルカニャンもそろそろ女の子に興味を持ってもいい頃合いだと思うニャけど、実際どうなんだニャ?」ニヤニヤ

るか「フェイリスさん! ボクは、そういうのじゃないです……」モジモジ

倫子「(実際どうなんだろう?)」


るか「さっきそこでフェイリスさんに会って、ボクの荷物を持ってもらったんです」

倫子「あ、それなら私も手伝うよ」スッ

Ama紅莉栖『ちょっと! 私との話の途中で……また隠れてろってか。倫子ちゃんは人気者よね!』プンプン

るか「あれ? 今、誰かと通話中でしたか?」

倫子「ああ、いいのいいの。ちょっと相談ごとをね」ピッ

フェイリス「もしかして凶真の定時報告が復活したのかと思ったのに、がっかりだニャ」

倫子「フェイリス」ムーッ

フェイリス「わかってるニャ。オカリンは普通の可愛い女子大生ニャ!」プイッ

るか「相談って、岡部さん、何か困ってるんですか?」

倫子「あ、うん。実は今、人を捜しててね――」


・・・

フェイリス「ニャるほど、だいたいわかったニャ。フェイリスの方は黒木や"ご主人様たち"に聞いてみるニャ!」

るか「ボクの方もお父さんと、氏子の方たちにも聞いてみます」

倫子「ありがと。そうしてくれると助かる」

フェイリス「そういえば、関係あるかわかんニャいけど、ラジ館に出るおさげの幽霊の話なら聞いたことあるニャ」

るか「ゆ、幽霊、ですか……」プルプル

倫子「おさげの幽霊?」

フェイリス「なんでもその幽霊は、何年か一度に現れて、小さな女の子を見なかったかと色んな人に聞いて回っているそうなのニャ」

フェイリス「何年経ってもその姿が変わらないから、最近になっておさげの幽霊だって言われてるニャ。座敷童の都市伝説版だと思うんニャけど」

倫子「……ふふっ。ってことは、すず、じゃなかった、おさげの幽霊が現れたお店は、きっと商売繁盛するんだね」

るか「あっ、そういう守り神様なら良かったです。悪霊だったらどうしようかと」

倫子「それにしてもこの荷物重たいね……どうしたの、これ?」

るか「これはその……昨日の話の続きになるんですけど、例のお客さんのひとりがしばらくうちに滞在することになって」

フェイリス「それで、必要なものを買いそろえていたそうニャ」

倫子「それじゃ、漆原神社まで行きますか。よいしょ」

フェイリス「ご神体はルカニャン大明神だニャ」

るか「や、柳林神社ですよ、岡部さん!」

柳林神社


倫子「それじゃ、私はこれで」

るか「本当にありがとうございました」ペコリ

フェイリス「……ねえ、ルカニャン」

るか「え? あ、はい。なんでしょう、フェイリスさん」

フェイリス「ルカニャンは、凶真のどこに惚れたニャ?」

るか「え……え゛え゛っ゛!?!?」ドキッ

るか「えと、そんなことは、あの、ボクなんかが、そのっ!」アタフタ

フェイリス「――フェイリスにとって凶真は、初めて出会ったフェイリスと"同じ人"だったんだニャ」

るか「……え?」


フェイリス「普通、厨二病って、本当の自分を見失ってるのが普通ニャ。"本当の自分"はもっとすごい人間で、誰にも負けない存在だって思い込むのニャ」

るか「あ……」

フェイリス「自分ひとりの力だけじゃ戦えないから、別の何かの力が欲しい。自分に"設定"を作り上げることで、自分の弱さを覆い隠すの」

フェイリス「でもね。結局どこまで行っても自分は自分。弱い自分を受け入れられなければ、本当の自分は消えてなくなっちゃう」

るか「……はい。よく、わかります。僕も、弱い自分を受け入れることができませんでした」

フェイリス「フェイリスはそれが嫌だったニャ。フェイリスは"フェイリス"だけど、"秋葉留未穂"でもあるのニャ」

フェイリス「そして凶真は、フェイリスと同じように、弱い人間である"岡部倫子"を捨てていないし、見失っていない人だったニャ」

フェイリス「そんな凶真が、フェイリスは好きだったのニャン」

るか「好……っ!? あ、いえ……でも、それは、そのっ」

フェイリス「そう。"倫子ちゃん"は、大いなる戦いに敗れて、"凶真"を忌むべき存在として封印してしまった」

フェイリス「留未穂はね、フェイリスは、"凶真"が復活するその日を信じてる。たとえ倫子ちゃんが拒否しても、フェイリスは"凶真"が好きだから」

フェイリス「"本当の自分"である"凶真"を、取り戻してもらいたいから」


るか「……フェイリスさんは、すごい人ですね。ボクには、岡部さんが望んだことなら、仕方ないかなと思っていました」

フェイリス「でも、"凶真"のことが好きニャ?」

るか「……ボクは、そういう"設定"を口にする時の岡部さんが。生き生きとして、強気で何ものにも負けない気持ちでいる岡部さんが好きだったんです」

るか「初めは、ボクに似た人だと思いました。女性なのに男らしく振る舞っていて……でも、ボクが持っていないものをすべて持っていたんです」

るか「ボクはいつも、変わらなきゃ、変わらなきゃって思い続けるだけの、勇気のない意気地なしで……岡部さんはそんなボクを、"そんなことはどうでもいい"って肯定してくれて」

るか「いつの間にか、岡部さんの"設定"の中にボクが巻き込まれていました。秋葉の地の防人として、清心斬魔流の奥義を取得するための修行を続ける巫女であり、鳳凰院凶真の弟子、という」

るか「ちょっと困惑もしましたけど、でも、ボクは、岡部さんの"設定"の一部になっているのが、とても居心地よくて……」

るか「目を閉じて、頭の少し上の方に意識を集中させると、一緒に実験をしたり、妖刀五月雨から斬撃を放ったり……」

るか「自然に岡部さんのお婿さんになって、自然に赤ちゃんが産まれて、自然に岡部さんと家族になっていく光景が目に浮かんで……なんて、これは夢の話なんですけどね」

フェイリス「ルカニャンも誇大妄想家だったのニャ?」

るか「……そうなん、ですかね」

フェイリス「凶真はきっと、ラプラスの悪魔に封印されてしまっただけなのニャ。いずれその時が来れば、負けちゃいけない何かと戦うために、真の力を呼び覚ますはずニャ!」

るか「えぇっ!? あ、悪魔ですか!? ボクがお祓いしないと……!」

フェイリス「秋葉原の守護天使と防人のふたりの力で、凶真を運命の女神たち<ノルニル>の元へと導くのニャ!」

るか「は、はいっ!!」

2010年12月17日金曜日
未来ガジェット研究所


ダル「かがりたん、全然見つからんので、裏稼業の人に頼んでみることにしたお」

鈴羽「さっすが父さん」

倫子「大丈夫なの、その人」

ダル「もう来るはずだけど……」


コツ コツ コツ コンコン


ダル「はい、どうぞー」


ガチャ


倫子「……ああっ!?」


倫子「閃光の指圧師<シャイニングフィンガー>っ!」ダキッ

萌郁「わっ……?」キョトン

ダル「え、何? オカリン、知り合いなん?」

倫子「あ、いや……その、αでね」アセッ

ダル「え? ああ、なるほ。ってことは、βでは初対面なわけっすな」

倫子「う、うん……えっと、さっきは失礼しました……」

萌郁「べつに……気にしてない……」ドキドキ

倫子「(萌郁はやっぱりラウンダーのはずだよね……でも、IBN5100はもう無いし、タイムマシンの話さえしなければ問題ないはず)」

倫子「(まだ店長に騙され続けてるのかな……)」

鈴羽「お茶、どうぞ」

萌郁「どう……も……」


倫子「それで、ダル。説明して」

ダル「あぁ、この人は桐生氏。編プロのライターさんだお」

萌郁「桐生……萌郁です……」

倫子「ダルはどうしてこの人と知り合いに?」

ダル「前にさ、桐生氏が担当してる雑誌で、アキバ関係の都市伝説を扱った特集があったんだよね」

ダル「その時に、僕のバイトのこと取材したいって申し出があって。それに関しては丁重にお断りしたんだけど」

ダル「ただ、僕って普段から足がつかないようにかなり注意してるじゃん? なのに桐生氏は、その僕に辿り着いた。それが気になって」

萌郁「情報収集は……任せて……」

ダル「で、会ってみたらこの通り、すげー美人さんだったわけだお。萌えざるを得ないだろ常考!」

倫子「ホントにちょん切ってやろうか?」ニコニコ

ダル「ふ、ふふ。僕には鈴羽という人質が居るから、それは不可能なのだぜ」ゴクリ

倫子「ゴミ箱を漁ればティッシュに包まれた例のアレが出てくるでしょ、それを手に入れれば鈴羽が産まれる収束を利用して……ゴニョゴニョ」

鈴羽「そんな誕生の仕方嫌だよ、父さん」

ダル「す、すみませんでした……」orz

萌郁「……?」


萌郁「……人捜し……そう聞いた……」

倫子「(確かにラウンダーの萌郁なら、その辺の能力はあるんだろう。どういう情報網を持ってるのか聞くのはちょっと怖いけど)」

倫子「(SERNとのつながりがある以上、迂闊に近づくことができなくてもどかしい)」グッ

倫子「(……あるいは、前にラジ館のタイムマシンを覗いたのがラウンダーだったかどうか聞き出してみる? 危険だけど……萌郁に近づく価値はある)」

ダル「えっと、12年前に失踪した少女のことなんだけど――」


・・・


萌郁「……だいたい……わかった……やってみる……」

ダル「マジ? トンクス。んじゃ、報酬は成功報酬でヨロ」

萌郁「……了解した」

ダル「契約成立!」


・・・

倫子「ふぅ……どうしたものかなぁ」

鈴羽「リンリン。α世界線での桐生萌郁の話、聞かせてもらっていい?」

倫子「未来の私は話さなかったの?」

鈴羽「話してたかもしれないけど、忘れちゃったよ。あの頃は夢物語として、子守唄代わりに聞いてたから」

倫子「……下に店長さん、居る?」

ダル「え? いや、たしかさっき出掛けてったと思うけど……うん。軽トラ停まってないし、まだ帰ってきてないお」

倫子「……ラボメンナンバー005、桐生萌郁。300人委員会の陰謀に巻き込まれて洗脳された、ラウンダーっていうSERNの実働部隊の尖兵、ってところかな」ヒソヒソ

倫子「目的のためなら街を封鎖したり人を殺したりする、危険な奴らだよ」

ダル「ちょ!? それマジ!?」

鈴羽「洗脳兵士……この時代から既にあったんだね」

倫子「でも、大丈夫。奴らの目的は、タイムマシン研究の独占と、IBN5100の回収の2つだから、それらに関係なければ動かない」

ダル「IBN5100を破棄したのはそういう理由だったんか……いや、つか僕ってまさにタイムマシン研究をやってるわけだが」

倫子「絶対足はつかないんでしょ? スーパーハッカーさん」ニコ

ダル「あぅ……うん。いやあ、メガネ属性持ちのスタイル抜群美女かと思ったらとんでもねー伏兵だったっす……」ガックリ

倫子「私としては、彼女の洗脳を解いてあげたいくらいけど……」

鈴羽「これから世界が戦争に突き進むって言うのに、そんな悠長なことをしてる暇はないよ。あたしに言わせれば、敵兵だとわかってるなら今のうちに潰しておきたいくらい」

倫子「鈴羽……」

鈴羽「……もちろん、そんな目立つ行動はしないよ。安心して」

2010年12月20日月曜日
未来ガジェット研究所


倫子「これは……」

萌郁「……報告書」

鈴羽「どう、リンリン」

倫子「やっぱり、そう簡単に見つかるもんじゃないよね……」ペラッ ペラッ

鈴羽「そう……。かがり、どこで何してるんだろう……」

倫子「ん? 『調査の中でひとつ、興味深い事実が浮かび上がった』……?」

鈴羽「なになに? 『この1、2か月の間で、椎名かがりという名の女性を捜している人物が、私達以外にも存在するらしい』……どういうこと?」

倫子「(そんなバカな……椎名かがりは未来人だよ? どうしてこの時代に彼女を捜そうと思う人間がいる――)」


prrrr prrrr



倫子「もしもし?」ピッ

真帆『もしもし、岡部さん!? 私、比屋定ですっ!』

倫子「っ!? ど、どうしたの!?」ガタッ

真帆『今、あなたのラボのすぐ近くまで――』

ドンッ!!

倫子「比屋定さん!? 真帆ちゃん、どうしたのっ!?」

プツッ ……

倫子「嘘……でしょ……」プルプル

ダル「オカリン? 何かあったん?」

倫子「真帆ちゃんが誰かに襲われてる……」ワナワナ

ダル「真帆ちゃん……?」

倫子「ダルも会ったことあるでしょ!? 学園祭の時の!」

ダル「……ああ! あの中学生かお!?」

倫子「(私が……オレが、助けないと……っ!)」グッ


倫子「鈴羽はここで待機っ! オレたちからの連絡を待て!」

倫子「(ラボとタイムマシン研究を守ってもらわないと!)」

鈴羽「オーキードーキー! 何かあったらすぐ飛んでくよ!」

倫子「真帆の顔を知ってるダルは来いっ! 二手に別れて捜索するぞっ!」ダッ

ダル「オ、オカリン、これ! サイリウム・セーバーしかなかったけど、持ってくべき!」

倫子「こけおどしになるか……よしっ!」ガチャ タッ タッ タッ

裏路地


倫子「(どこだ!? ラボの近くとは言っていたが……駅からの動線を考えるとこの辺のはず……)」キョロキョロ

倫子「(……っ!? あ、あそこに居るのはっ!)」


真帆「やめて……離してってばっ……!」

??「……!! ……?」ギューッ


倫子「(何者かに締め上げられてる!? ……日本人じゃない!?)」プルプル

倫子「("未来人を捜す外国人"……っ!! このままじゃ……くそっ!)」ダッ

倫子「真帆っ!!」

真帆「ふえっ!?」

??「―――!?」

倫子「お、おお、おいっ、真帆を離せぇっ!! この得物が目に入らないのかぁっ!?」ガクガク

??「…………」


   『……死にたく……ないよ……』


倫子「(あんな思いは、あんな思いは二度としたくない……っ!)」ポロポロ


倫子「も、もう一度言うっ! その子を――」ガタガタ

真帆「ち、違うの、岡部さん」アセッ

倫子「はな……えっ?」

??「"Oh!! So cute! KAWAII!"」ダキッ

倫子「ふおわぁっ!? な、なな、なんぞ~!?」ジタバタ

真帆「きょ、教授! 岡部さんがおっぱいで窒息しちゃいますっ!」


・・・


倫子「……えっと、この人は比屋定さんの知り合いなの?」

真帆「ごめんなさい。私が早とちりしたせいで……」

レイエス「どうも~♪」

倫子「ああっ、え、ええと……ナイス、トゥ、ミーチュー……」

真帆「……今度"紅莉栖"に日常英会話も教えるよう言っておかないといけないね」ハァ

レイエス「フフ、日本語でいいわよ」

真帆「え? 教授って日本語喋れたんですか?」

レイエス「女にはね、色々秘密があるの」ンフ

倫子「えっと、岡部倫子です。教授……なんですか?」

レイエス「"psychophysiology"、精神生理学を研究しているわ」

真帆「レイエス教授は、今度日本で開かれるAI関係の学会に出席するために、来日したんですって」

倫子「(なぁんだ……てっきり、かがりを探してる外国人かと)」ホッ


真帆「でも、レイエス教授も人が悪いですよ。駅からつけてくるなんて」

レイエス「ナンノコトアルカ? ソンナコト、シテナイヨロシ」

倫子「(誤魔化し方下手くそ過ぎか!)」

レイエス「美人なお嬢さんと、もっといっぱいおしゃべりしたいところだけど、マホに悪いし、ワタシは行くわね。Bye!」スタ スタ

倫子「……真帆ちゃんの周りは変人ばっかりだね」

真帆「変人じゃないと科学者なんてやってられないわ……というか真帆ちゃん言うなっ! さっきも、お、大きな声でぇっ……」プルプル

倫子「そ、それは、だって比屋定さんが!」

真帆「……そうだったわね。その、勘違いさせてごめんなさい。それと……ありがとう」

倫子「あ、そうだ! ダルに大丈夫だったって連絡しなきゃ……え、なに? なにか言った?」

真帆「い、いえ! なんでもないわ! なんでもないわよ!?」アセッ

倫子「せっかくラボの近くまできたし、安全だったことを報告しがてら、寄っていかない?」

真帆「え、ええ。元々ラボに行くつもりだったし。岡部さんに聞きたいことがあって」


天王寺「おう、岡部。何やら慌ただしくしてたみたいだが……おっと、そっちは綯のお友達か?」

真帆「えっ?」

倫子「(ぷくくっ……)」プルプル

未来ガジェット研究所


真帆「お騒がせしました」ペコリ

ダル「いやいや、真帆たんが無事ならモーマンタイなのだぜ」

真帆「ま、まほ……たん……」プルプル

鈴羽「それじゃ、話を戻した方がいいかな? かがりを捜してる人間が他にも居るって話」

萌郁「……中には外国人も……ここ1、2か月の出来事……」

倫子「ふむん……椎名かがりは、こっちに来てもう12年にもなる。その間、知り合いが出来たとしてもおかしいことじゃない……」

ダル「つーか、むしろ誰かの世話にならないと生きていけないっしょ」

倫子「それならどこかのデータベースに名前が載ってそうなもんだよ。入院記録、施設利用記録……世話人は、かがりを世間から隔離し、監禁していた?」

鈴羽「最近になってそこから脱走して、世話人がそれを捜索してるってこと?」

倫子「そこに外国人が居る……ラウン、じゃなかった、マフィアとかと関わってたりしなければいいんだけどな……」

倫子「もえ、いや、桐生さん。引き続き調査をお願いできますか?」

萌郁「……わかった」

ガチャ バタン ……


真帆「なんだか物騒な話をしていたみたいだけど……」

倫子「えっと、うん。知人を捜してて」

倫子「(冷静に考えて、10歳の女の子が突然26年前の世界に投げ出されたらどうなるか)」

倫子「(……通常の時間進行や因果律から切り離された、絶対の孤独。少女の身に余りある絶望だ、想像を絶する)」

倫子「(最近まで生きていた事実が発見できただけでも奇跡。あるいは、生かされていた?)」

倫子「(10歳の少女に自分が未来人であることを隠し通せるとは思えない。SERNじゃなくても、どこかの研究機関の手に渡ってしまえば、その未来的言動を精査されるかもしれない)」

倫子「(そしていずれは陰謀の魔の手に……これが絵空事じゃないんだから嫌になる)」グッ

倫子「(その外国人組織とやらが、未来の情報をかがりから手に入れてしまったらどうなる?)」

倫子「(……それは、世界線の確定事項に反する選択ができるようになる、ってことなんじゃないか?)」ブルブル

倫子「(また私の気付かないところで世界線が変動する可能性がある……っ。世界が……ヤバイ……)」ガクガク


鈴羽「えっと、それで、その、比屋定さんってのは……どちらさん?」

倫子「えっ? ……ああ、今私がテスターをやってる研究の、主任研究員なんだ」

真帆「ヴィクコン脳科学研所属の比屋定真帆、こう見えても21歳よ」

ダル「ほう、合法ロリですたかブフォ!!」バタッ

鈴羽「――――っ。ごめん、続けて」

ダル「あぁ、娘に無言で肘鉄を食らわされるとか、それなんてご褒美……ハァハァ」

鈴羽「眼球を嘗め回してあげようか、父さん」ジトーッ

ダル「い、いや、そこまでハードなのはちょっと……」

真帆「……どういう関係?」

倫子「そういうプレイなんだよ、気にしないで」


倫子「それで、私に話って?」

真帆「……最近、通話してる時、なんだかよそよそしいじゃない? この間なんか、他の女の子と話し始めちゃったし」

倫子「うぐっ!? あの子から聞いたんだ……」

真帆「もしかして、一緒に話すの、つらい?」

倫子「い、いや、そういうわけじゃないよ。ただ、教授から恋愛だなんだって言われて、つい意識しちゃって……」

真帆「私だってつらいのよ!? 女の子のあなたに、好意をよせるようにするなんて、どうしたらいいか……」グスッ

倫子「な、泣かないでよ。……ごめん、今までの関係でいられるよう、努力する」

真帆「岡部さん……」ウルッ


鈴羽「……修羅場?」

ダル「……三角関係?」

萌郁「……痴情のもつれ?」

倫子「ちっがーうっ!! というか萌郁は帰ってよっ!!」

2010年12月23日(祝)木曜日
未来ガジェット研究所


倫子「(今日から大学は冬休みなので、まゆりとふたりで池袋からラボまでやってきた)」

ガチャ

倫子「入るよー……あれ、鈴羽はもう出かけたのかな」

まゆり「はふぅ、今日も寒いね~。ちょっと暖まってからまゆしぃは買い物に行くね」

倫子「(冷房設備の乏しいラボだったけど、鈴羽が暮らし始めてからはいつの間にか暖房が整っていた。ダルあたりが娘の為に買ったんだと思う)」

倫子「(かがりを捜し始めて1週間経ったけど、未だ進展なし、かぁ……でも、こうして鈴羽と同じ目的の行動を取れることは、少し嬉しい)」

まゆり「あのね、まゆしぃはとっても残念なのです」

倫子「なにが?」

まゆり「オカリンが色んな女の子と仲良くしてるのは嬉しいんだけどね?」

まゆり「そのせいで寂しい思いをさせちゃうのは、よくないと思うな……あっ、まゆしぃのことは別にいいんだよ?」

倫子「……ダルか」ギリッ


まゆり「それと、クリスマスパーティーもできなくなっちゃって残念だよ~。フブキちゃんもカエデちゃんも急用が入っちゃうなんて……」

倫子「(昔の私だったら、なにかの陰謀か! とか言って喚いてただろうけど、まあ、偶然だよね)」

倫子「ダルは由季さんとクリスマスデートだったね。それはいいことなんだけど、そろそろあの口軽デブは一発シメとかないと……」

まゆり「オカリンさえ良かったら、まゆしぃの家でお食事しない? お父さんが大きなケーキを買ってくるって言ってたから」

倫子「あー……」

まゆり「オカリンも予定入ってるのかな?」

倫子「えっと、大学のシンパ、じゃなかった、友達に誘われてるんだけど……そっちは断るよ」

まゆり「えぇー!? 悪いよぅ」

倫子「私がいいって言うんだからいいの! 今年のクリスマスはまゆりと一緒に過ごしたい」ダキッ

まゆり「……えっへへ~。まゆしぃは幸せ者だね~」ホカホカ


まゆり「そうだ! ねぇ、オカリン。ラボでクリスマスパーティーはできないけど、お正月パーティーをするのはどうかな?」

倫子「うん、いいんじゃない」

まゆり「だよねだよね~。あとでみんなに聞いてみるね~」

まゆり「さてと、まゆしぃはそろそろ行くね。フブキちゃんのコミマ用のコスで急に小物が必要になっちゃって」

倫子「もうそんな季節か……気を付けて行ってきてね」

まゆり「はーい」トテトテ

ガチャ バタン 



・・・


コツ コツ コツ コンコン


倫子「ん? 誰だろう……どうぞー」

ガチャ

るか「こんにちは……」

倫子「ああ、ルカ子。寒いでしょ、入って入って」

るか「あの、岡部さん。その……相談があって……」

るか「実は、会ってもらいたい人がいて、連れてきたんですけど、いいですか?」

倫子「会ってもらいたい人?」



??「あの……はじめまして……」



倫子「え――――――」ドクン



倫子「嘘、でしょ……!?」ドクドクン



??「……あ、あの……?」



倫子「――紅莉栖……っ!!」ドクンドクンドクン


倫子「(――よく見ると全然紅莉栖じゃなかった。確かに顔は似てるけど……ある一カ所が似ても似つかない)」ジーッ

巨乳の女性「……?」

倫子「で、ルカ子。この人は?」

るか「その、前に話したことがありましたよね? お父さんのお客さんが泊まってるって。この人がそうなんです」

倫子「ああ、前に荷物を運んだ」

るか「正確に言うと、お父さんの知人が連れてこられた方で……」

倫子「えっと、お名前は?」

るか「……実は、相談というのはそのことなんです」

女性「…………」シュン

倫子「……?」

るか「あの、この人が誰なのかを、その、知るには、どうしたらいいでしょうか……」

倫子「え、えっと、どういうこと……?」

るか「記憶喪失、なんだそうです」

倫子「記憶、喪失? それじゃ、名前も?」

女性「……はい」


倫子「でもルカ子。どうして私に?」

るか「岡部さんなら記憶を取り戻すいい方法を知っているんじゃないかと思いまして」

るか「ほら、岡部さん、よく人間の脳とか記憶とか、すごく難しい話をたくさんしてたから……」

るか「(本当は、『凶真さん』をやめた岡部さんに、こういうことを相談するのはどうかと思ってたんだけど……フェイリスさんとの約束を信じよう)」グッ

倫子「(この私がβ世界線のルカ子にそんな話をした記憶はないけど、SERNにクラッキングを仕掛けた頃の私がきっとしていたんだろう)」

女性「なんでもいいんです! 私が自分のことを取り戻せる方法があれば!」ヒシッ

倫子「(うっ……やっぱり顔は紅莉栖に似てる……)」ドキドキ

倫子「(一応、私だって知識が無いわけじゃない。OR物質を励起状態にさせるために、記憶のバックアップと類似の電気信号を脳に流してやればいいんだ)」

倫子「つまり、記憶を失う前と同じような行動をすれば、記憶は戻りやすくなる……」


倫子「……と言っても、その記憶さえないんだよね?」

女性「はい……」

倫子「それじゃあ手詰まりだね……」

るか「だったら、なにか身元を調べることはできないでしょうか。カナさん、本当に辛そうで……」

倫子「カナさん?」

カナ「仮の名前だからカナと、るかさんのお父さんが……。名前がないと不便だからって」

倫子「……カナさん。漆原家で、なにかその、衣装を着るように強制されたりはしてませんか?」

カナ「え、えっと?」

るか「それはボクが全力で阻止しています」キリッ

倫子「ルカ子、強くなったね……」


倫子「ホントに全部記憶がないの? なにか印象的なことが残ってたりとかは?」

カナ「えっと……これが記憶なのかはわからないんですけど、私、男の人と居るより、女の人と居る方が、その、安心するんです」

るか「は、はい。それで歳の近いボクが居る神社を紹介されたとも言ってましたね」

倫子「(知らぬが仏ってこともある……それに、これは記憶というより本能的なものかもしれない)」

カナ「それと、あの、岡部さん? と初めて会った気がしなかった、というか……岡部さんを見ると、少し、ドキドキします……」

るか「ボ、ボクも岡部さんと一緒に居るとドキドキしちゃいます」テレッ

倫子「(もしかしてこの子、紅莉栖と似てるだけじゃなくて、百合属性まで……いや、どうでもいいか)」

倫子「持ち物とかから、記憶喪失前の行動を推測できればいいんだけど」

倫子「(身分証なんかを持ち歩いていたなら、そもそもこういうことで悩んだりしないはずだよね)」

カナ「……ひとつだけ……ただ、これが手掛かりになるのかどうかは……」スッ

倫子「これは……?」


ガチャ

まゆり「あれー? もしかして、お客さんかなぁ?」

鈴羽「…………」

倫子「ああ、まゆり。鈴羽も。お帰り」

るか「あ、まゆりちゃん!」

まゆり「るかくん! トゥットゥルー♪」

鈴羽「るか兄さん、そちらの人は?」

カナ「(兄さん?)」

るか「ええと……かくかくしかじかで……」

まゆり「わぁー! その手に持ってるの、うーぱですよね? まゆしぃも大好きなのです♪」

倫子「そうそう、これ、うーぱのキーホルダーだね。ちょっと色褪せてるけど」

カナ「あ……」プルプル


まゆり「でも、このうーぱ、随分古いみたいだけど、この前の劇場版の"森の妖精さん"バージョンだよー?」

まゆり「まゆしぃも持ってるんだー。るかくんが見つけて買ってきてくれたの。ねー」

るか「うん。まゆりちゃんがなかなか見つからないって言ってたから、お父さんに聞いたらすぐ手に入れてきてくれたんだよ」

るか「だから、カナさんが持ってるのもそれかなって思ってたんですけど」

倫子「でも、それならどうして古びてるんだろう……というか、このうーぱ、どこかで見たような気が……ん?」

カナ「……はぁ……はぁっ……」プルプル

るか「だ、大丈夫ですか、カナさん」

倫子「具合が悪いの?」

カナ「だいじょう、ぶ……」フラッ

るか「あっ!」ダキッ

倫子「えっと、ソファーで横になって休んでもらっても……鈴羽?」

鈴羽「そ……それ、そのうーぱ……」ワナワナ


鈴羽「あたしは、知ってる。そのうーぱ……それ……」プルプル

倫子「えっ……あっ!」


   『ママがずっと大切にしてきた"うーぱ"のキーホルダーだよ』


倫子「かが……り?」

鈴羽「お前はかがり!? 椎名かがりなのか!?」

カナ「――――!」バタッ

るか「カナさんっ!?」

倫子「ね、ねえ! 大丈夫!? ねえ――――」

第14章 軌道秩序のエクリプス(♀)


倫子「……少し、落ち着いた?」ギュッ

カナ「はい……ありがとうございます……」

倫子「(たぶんこの人が椎名かがりだ。面影もある。となると、まゆりがこの場に居るのは少しマズイ……)」

倫子「まゆり、ルカ子。悪いけど、何か冷たいものでも買ってきてくれないかな? もしかしたら、暖房に当てられて気持ち悪くなっちゃったのかも」

まゆり「うん、わかった~。行こう、るかくん?」

るか「あ……うん……」


ガチャ バタン


鈴羽「かがり、お前、今までどこで何をしていた。あの時、なんのつもりで……っ!!」ギロッ

カナ「え……?」ドキドキ

倫子「鈴羽、落ち着いて。彼女は記憶を失ってる」

鈴羽「えっ!?」


カナ「(おさげの人に大声で怒られて、なんだか嬉しい……?)」ドキドキ

倫子「カナさん、そのうーぱをどうして持ってたか、わかる?」

カナ「わ、わかりません。記憶を失くして倒れていた私が、ただひとつ手にしていたのが、このキーホルダーだったそうです」

倫子「倒れてた? どこで?」

カナ「千葉の、山道です。県境あたりの。近くのお寺の住職さんが偶然通りかかって、見つけてもらったそうで……」

倫子「まるで昔話みたいな話だね……ってか、千葉の県境あたりに山道なんてあったっけ?」

鈴羽「……今ネットで調べてみたら、市川の真間山ってところぐらいかな? 山というより丘って感じだけど」

カナ「ですが、お寺に長く女性を置いておくことはできないということで、るかさんの神社を紹介してもらって、そこでお世話になっているんです」

鈴羽「まさかこんな近くに居たなんて……」


倫子「カナさん。あなたは、『椎名かがり』という名前を聞いて、なにか思い出すことはない?」

カナ「……正直を言うと、よく、わかりません。ただ、すごく懐かしい気がします」

カナ「それに、先ほどの方……」

鈴羽「椎名まゆり?」

カナ「まゆりさん……。あの方を見たとき、なぜだかすごく、温かい気持ちになりました」

倫子「(26年後もまゆりはあまり歳を取ったようには見えなかった。面影が残っているんだろう)」

カナ「私は、その……椎名かがり、という名前だったんでしょうか」

鈴羽「間違いない。そのキーホルダーがなによりの証拠だよ」

鈴羽「それは、かがりが大事にしていたものだ。でも、よりによって記憶喪失だなんて……」

倫子「(唯一自分をまゆりと結びつけ、自分が未来から来たことを示してくれる証明だったんだろう)」

倫子「(記憶すべてを失ってもそれだけを持っていたことを考えると、相当大切なものだったはずだ)」


ガチャ


まゆり「トゥットゥル~?」

るか「あの、入っても大丈夫ですか……?」

倫子「うん。ごめんね、わざわざ」

るか「いえ……あっ、色々買ってきましたので、どうぞ」スッ


・・・

倫子「……というわけなんだ」

るか「名前だけでもわかってよかったです! あ、でも、それなら阿万音さんはかがりさんの本当のお家を知っているんでしょうか?」

鈴羽「……まあね。知ってはいるけど、もう何年も後の話だよ」

るか「何年も、"あと"?」

倫子「えっと、何年も"前"の話なんだ。かがりさんは12年前に引っ越してしまって、それから行方がわからなかったらしい」

鈴羽「あっ、そ、そうそう。あはは……」

倫子「(鈴羽のおっちょこちょいはどの世界線に移動しても変わらないんだろうなぁ)」

倫子「だから、最近まで居たはずの家がどこかも、家族がどうなってるかも、私達にもわからないんだ」

るか「そう……なんですか……」シュン

倫子「あとは、かがりさんが記憶を取り戻してくれれば、すべてがわかると思うんだけど……」

倫子「まゆり、鈴羽。かがりさんと色々おしゃべりしてみてくれないかな?」

まゆり「えっ? うん、わかった!」

鈴羽「なるほど、わかった」


まゆり「えっと、かがりさん? まゆしぃと同じ苗字なんだね。まゆしぃも『椎名』って言うのです」

かがり「そ、そうみたい、ですね」

倫子「椎名って名前はそこまで見かける苗字じゃないけど、かと言って別段珍しい苗字でもないから、こういうこともあるよね」

鈴羽「そ、そうそう! 至極フツーだよフツー!」

倫子「(こいつ……)」

まゆり「記憶喪失って、つらいことだよね……自分の大好きな人のことも忘れちゃうんでしょ? それって、すごくすご~く哀しいことだってまゆしぃは思うのです」

まゆり「だからね、うまく言えないけど、まゆしぃもお手伝いするから、頑張ろうね!」ニコ

かがり「っ……」ポロポロ

まゆり「わわっ、急にどうしちゃったのかな? まゆしぃ、なにか変なこと言っちゃったかな?」

かがり「っ……そうじゃ、ないんです。ただ、まゆりさんの言葉を聞いて……なんだか……嬉しく、て……っ……!」

倫子「(これは……。もう、まゆりの未来の娘だってこと、隠さない方がいいのかな……)」

倫子「(でも、それは記憶を取り戻してからだ。今、あなたは未来人だと告げたところで、記憶の無いうちはさらに混乱するばかりだろう)」

倫子「(……記憶が戻ったとしても、戦災孤児としての記憶なんだよな。戻らない方が幸せ、なんてこと、あったりするんだろうか)」


倫子「えっと、かがりさんさえ良ければなんだけど、ここで寝泊まりするのはどうかな? 鈴羽も居るし」

倫子「(鈴羽やまゆりと会話しているだけで未来の記憶は思い出しやすくなるはずだ)」

るか「えっ? で、でも、ここって、お風呂、無いですよね?」

鈴羽「シャワーならあるよ。洗濯のたびにコインランドリーに行く必要はあるけど」

るか「それだったら、しばらくは今まで通りうちに泊まっていただいた方が……湯船も洗濯機もありますし。もしよければ、鈴羽さんも一緒にどうですか?」

鈴羽「えっ? あ、えっと……」

倫子「うん、それが良いよ。鈴羽も、毎日ここのソファーで寝るのは大変でしょ」

鈴羽「リンリン! ……あたしには、父さんの研究とタイムマシンを絶対守護するっていう使命もあるんだよ」ヒソヒソ

倫子「あっ、そっか……。じゃあ、かがりさん、いつでもここに遊びに来ていいからね。鈴羽も、時間があったらルカ子の家に遊びに行きなよ」

かがり「はいっ! 岡部さんに会えるのも私、嬉しいです……!」

まゆり「まゆしぃも遊びに行っていい?」

倫子「うん。それがいい」

かがり「みなさん、ありがとうございますっ」ニコ

倫子「(とりあえず、このことを萌郁と"紅莉栖"に連絡しておこう)」


倫子「(……冷静に考えてみると、おかしなことばかり)」

倫子「(かがりさんの記憶喪失は、自分が倒れていた時点より以前の記憶が無いというもの。ということは、行き倒れる前後に脳になにかしらの障害が発生したことになる)」

倫子「(外国人組織がかがりさんを追っているとしたら……かがりさんはそこから逃げていた? でも、今になってどうして?)」

倫子「(その組織に12年間監禁されてた? もし記憶喪失が人為的なものだとしたら……記憶に関する実験をされた、とか?)」

るか「えっと、名前もわかったことですし、警察に……」

倫子「……ルカ子。かがりさんを神社の外になるべく出さないで欲しい。記憶が完全に戻るまででいいから」

るか「え? どうして……ですか?」

倫子「理由は聞かないで。お願い」

倫子「(警察もダメ。私はα世界線でラウンダーの圧力に屈する警察を見てきたし、β世界線でも紅莉栖の死に関して警察は不穏な動きをしている)」

るか「はい……わかりました。岡部さんがそう言うなら」

倫子「なにもなければ一番いいんだけどね……」

2010年12月24日金曜日
柳林神社


るか「あ、まゆりちゃん! それに、岡部さんも」

まゆり「るかくん、かがりさんも、トゥットゥルー♪」

かがり「っ!? そ、その、トゥットゥルーって言葉……!」ドキドキ

かがり「かわいいっ……!」パァァ

まゆり「ホントっ!? そう言ってくれる人、初めてだよぉ!」

かがり「まゆりさん、トゥットゥルー♪」

まゆり「トゥットゥルーだよー、えっへへー♪」

かがり「はうっ!!」ドキドキ

るか「だ、だいじょうぶですか……?」

かがり「はぁ……はぁ……トゥ、トゥットゥルー……」

まゆり「えと、トゥットゥルー?」

かがり「はうあっ!!」ドッキーン

まゆり「トゥットゥルー……?」

かがり「トゥットゥルーッ! トゥットゥルーッ!!」ハァ ハァ

倫子「やめろぉ! もうやめるんだぁっ!」


かがり「すみません、なんだかテンションが上がっちゃって……」

倫子「(母親になったまゆりも使い続けてたんだろうなぁ……オリジナル挨拶を子どもに教えるとは、まゆり恐ろしい子……)」

ピッ

倫子「ん、鈴羽からRINEだ」


鈴羽【かがりの事なんだけど】

【なにか、気になることがあるの?】倫子

鈴羽【あたしさ、かがりが記憶を失ってて、少し、ホッとしちゃったんだ】

鈴羽【かがりの元の記憶が戻るのが、怖い、とも思ってる】

鈴羽【あたしのこと、きっと恨んでるから】

【それでも鈴羽は、記憶が戻ってほしいと願ってるんでしょ?】倫子

鈴羽【うん、そうなのかな】

【そうだよ。鈴羽はかがりのお姉ちゃんなんだから、ね】倫子

鈴羽【そうだった。ごめん、この会話は誰にも教えないで】

【わかった。怖がることはないからね】倫子


倫子「かがりさん、調子はどう?」

かがり「お、岡部さんに会えるだけで元気が出てきます! でも、記憶の方はまだ何も……」

倫子「記憶に関しては無理して思い出そうとする必要はないよ。そのうち記憶は戻ってくるって」

かがり「わかりましたっ♪」ニコ

倫子「(なんというか、幼さの残る笑みだ。22歳くらいのはずだけど、子どものように無邪気で……)」

栄輔(ルカパパ)「おや、岡部さん。久しぶりだね」

倫子「」ビクゥッ!!

倫子「(最後にこの人に会ったのはいつだろうか。私が"鳳凰院"をやめてからは"岡部さん"と呼んでもらっている)」

栄輔「メリークリスマス。ところでサンタコスに興味はないかな?」

倫子「い、いやいや、ここは神社でしょう!?」

栄輔「なに、巫女服と色が同じなら大丈夫だろう。ハッハッハ。もちろんミニスカサンタだよ」

倫子「なんで持ってるんです……」ゾワッ

るか「うちの父がすみません……」

まゆり「まゆしぃもね、オカリンには似合うと思うなー」

かがり「ぜ、是非着てみるべきです! 岡部さんのミニスカサンタ……」ハァハァ

倫子「(……ホントにこの人、紅莉栖なんじゃないか?)」ゾクッ


栄輔「そうだ。いいことを考えたよ」

栄輔「せっかくこれだけ女の子がいるんだから、お正月にはミコミコ天国<パラダイス>、じゃなかった、神社を手伝ってもらうというのはどうだろう?」

倫子「ヒッ……」ゾワワァ

るか「み、みんなに悪いですよ、お父さん!」

かがり「ううん、私なら大丈夫だよ、るかくん。お世話になってるんだもん、それぐらいさせて」

倫子「そうじゃない、そうじゃないんだ、かがりさん……」

かがり「それに、巫女服を着た可愛い女の子がたくさん……うふふ」ニヘラ

まゆり「う~ん、まゆしぃは自分で着るのは……」チラッ

倫子「えっ? あ、ああ。そうだね、まゆりは作るの専門だもんね。まあ、巫女服はコスプレじゃないけど……」

栄輔「かがりちゃんを公的に扱えない事情があるんだろう? うちで預かっている以上、ここで私に借りを作っておくべきだと思うんだけどね」ヒソヒソ

倫子「こ、こいつ……!!」

栄輔「大人はね、ズルいんだよ」ニコニコ


倫子「ごめん、まゆり……一緒に巫女さんやろう……」シクシク

まゆり「オカリンがそういうなら~」

かがり「やったーっ!」ニコニコ


鈴羽【かがりがやるならあたしもやる。用心棒として側に居たいし、バイト代も欲しいしね】


栄輔「そうか! それは良かった! そうと決まれば準備しなければ! 母さん!」タッ タッ

倫子「クソ神主め……いつか神罰が下るぞ……」グヌヌ

るか「ごめんなさいっ! 本当にごめんなさいっ!」ペコペコ

まゆり「でもね、るかくんのお父さんは、オカリンたちに重荷に感じてほしくなかったんじゃないかな?」

倫子「(……たまにまゆりは鋭いことを言うんだよね)」

倫子「(確かにかがりさんを一方的に受け入れてもらってるだけだったら対等な関係が崩れてしまっていたかもしれないし、そんなことになればかがりさんのためにならない)」

倫子「そういや、すごい失礼なことを聞くんだけど、サイズ合うのかな? ルカ子のソレとまゆりやかがりさんのソレの差が……」

るか「あ、それなら大丈夫です。お姉ちゃん用のがありますし、巫女服と言ってもお着物ですから、調整はできますよ」

倫子「そっか、ルカ子のお姉ちゃん用の巫女服もあるんだ。着てないんだろうなぁ」

まゆり「かがりちゃん、とっても似合うと思うなー」

かがり「まゆりちゃんの方こそ……ジュルリ。えっと、私もがんばってみるね」ニコ

秋葉原テレビセンター


倫子「(正月パーティーの準備をするという3人娘(※うち1人男性)を神社に残して、ラボへ向かった)」

Ama紅莉栖『それで、記憶が戻るまではあの神社で匿うことにしたわけか。警察を頼るべきだと思うけど』

倫子「もしかがりを捜してるのが警察だったら、鈴羽が悲しむ。まずは記憶が戻ってからじゃないと」

Ama紅莉栖『まあ、ありとあらゆるデータベースに名前が無いってのは相当不可解だから、私も現状はあんたの考えに賛成しとく』

倫子「ありがと」

Ama紅莉栖『それで、記憶を取り戻すってことに関してだけど……あ、あれ? 向こうから先輩の声がする』

倫子「えっ?」


真帆「――だから何度言ったらわかるのよ、あなたホントに日本の警察官!?」

真帆「……証明するもの? ちょっと待って、今……」ゴソゴソ


倫子「お巡りさん。彼女はれっきとした成人女性です。それ以上追求するならセクハラで訴えますよ?」ニコ

警官「あ、そう……そうか、小学生じゃないんだ……」スタスタ

真帆「なんなの、もうっ! 謝るくらいしたらどうなのよ!」

倫子「警察なんて、ひと皮剥いたら暴力団と一緒だよ」

Ama紅莉栖『さすがに私怨入りすぎでしょ』ハァ

真帆「それはうがった見方だと思うけれど……でも、追い払ってくれてありがとう、岡部さん」

倫子「今日は素直だね、真帆ちゃん」ニコ

真帆「真帆ちゃん言うなっ!」


倫子「というか、こんなところで子どもが何してるの?」

真帆「へぇー、それは宣戦布告と見てよろしいかしら?」ゴゴゴ

倫子「よ、よろしくないです……」

Ama紅莉栖『あんまり調子乗って先輩をいじると痛い目見るわよ。気持ちはわからなくもないけど』

真帆「"紅莉栖"、悪いけど席を外してもらえる?」

Ama紅莉栖『はい、先輩』プツッ

倫子「前に『Amadeus』の"比屋定さん"から電子パーツ組立とか趣味だって聞いたけど、それ?」

真帆「あの子、そういうことは喋っちゃうのね……まあ、間違ってはいないわ。実際、こういう専門店街に来れてものすごく興奮した」

真帆「けど、今日は違うわ。これよ、これ」スッ

真帆「例のノートPCとポータブルHDD。秋葉原ならパスを解析できる業者がいるかと思ったんだけど」

真帆「私はあの子が何を考えて、何をやろうとしていたのか知りたいのよ」

倫子「……知らない方がいいこともあるよ、きっと」

真帆「あのねぇ、あなたはいいわよ。あの子が亡くなる前に会って話したりしてるんだもの」

真帆「私なんか、急に亡くなったって連絡を受けただけ。葬儀にも出られなかった……」

真帆「だから、少しでも紅莉栖のことを知りたい」

倫子「(……結局、この人も私と同じで、紅莉栖の死後も、紅莉栖の幻影を追いかけ続けているんだ)」

真帆「岡部さん、教えて。なんでもいいの。あの子がパスワードとして設定しそうな言葉。ひとつやふたつ、心当たり、あるでしょ!?」ヒシッ

倫子「うっ……怖いよ、比屋定さん……」


倫子「し、知らない……」

真帆「……そうやって逃げるの?」ギロッ


  『逃げるの?』


倫子「……うん。逃げるんだよ。だって、怖いもん」

真帆「っ……」

倫子「逃げちゃいけないの? 辛いことから、悲しいことから、目を背けちゃいけないの!?」

倫子「私はがんばったんだよ!? やれることはやったんだよ!?」

倫子「心も身体もボロボロにして、それでもダメだったんだよ……っ」グスッ

倫子「それなのに、まだ戦えって言うの……? 逃げるなって言うの……?」ポロポロ

真帆「岡部さん……」


倫子「……ごめんね、比屋定さん。私……」グシグシ

真帆「ううん……」

倫子「そ、そうだっ! 比屋定さん、お正月に予定とかないよね? みんなで一緒に初詣に行かない?」アセッ

真帆「えっ? あ、うん……わかった。いいわ、行く」

倫子「よ、よかったー! それじゃあ、細かいことはまたRINEで連絡するねっ」

真帆「……ええ。楽しみにしてるわ」

倫子「さぁっ、今日からは忙しいなっ。ゼミの忘年会にコミマ、ミス電大生としての仕事もやらなきゃっ!」

真帆「……無理、しないでね」

NR秋葉原駅電気街口


倫子「はぁっ……はぁっ……」ドキドキ

Ama紅莉栖『大丈夫? 先輩になにか言われた?』

倫子「……ううん、気にしないで」

Ama紅莉栖『……そう』

倫子「ねえ、"紅莉栖"」

Ama紅莉栖『なに?』

倫子「……今日は1日、私を甘やかしてほしいな」

Ama紅莉栖『は? え、えーっと……私、そういうの得意じゃないんだけど』

倫子「知ってる」フフッ

Ama紅莉栖『ぐぬぬ……』

倫子「あのね、海馬に記憶された強烈なエピソードは忘却されにくいんだって」

Ama紅莉栖『それ、もしかして"私"が言ったの? ……なら、"私"はあんたにひどいことをしちゃったのかも』

倫子「そんなことないよ。私が覚えている限り、"紅莉栖"は生きているから」

倫子「だから、墓を暴くようなことはしたくない……」

Ama紅莉栖『……それって、先輩が?』

倫子「今の内緒ね。……って、意味ないんだったっけ。まあ、いいけど」

2010年12月25日土曜日
未来ガジェット研究所


ガチャ

倫子「入るよー。あれ、誰もいな――――」



ダル「ドプフォwww ついマニアックな知識を使っちゃった件についてwww」

ダル「メタファーとか専門用語を使うのは良くなかったおwww マジサーセンwww」

ダル「フォカヌポォwww 由季たんめ、それも理系っぽくてカッコイイと申すか! "だがそれがいい"、的なwwwwwww」

ダル「ようし、だったらパパ、どんどん語っちゃうぞっ♪」



倫子「…………」


倫子「(……あれか。昨日の由季さんとのデートで浮かれてるのか)」

倫子「(ラボででかい声で独りごととか、童貞こじらせると相当痛いな……ってか、それって長門の方のユキさんのコピペじゃ)」



ダル「キタ――(゚∀゚)――!! クマキター!!」

ダル「クマさんみたいな体の人が好きですとなwwwうはwwwフラグ立ちまくりじゃねwww」

ダル「あえて釣られてやるクマー! クマさんが嫌いな人に悪い人はいません!」

ダル「僕が由季たんのクマさんになるお! がおー(「・ω・)「 」

ダル「29日からは冬コミマ! 由季たん、じゃなかった、神コスプレイヤー"あまゆき"氏の雄姿を僕のこの一眼にバッチリ収めちゃうんだお!」ハァハァ


倫子「…………」

倫子「>そっとしておこう」


ガチャ バタン コツ コツ コツ ……

2011年1月1日土曜日朝
未来ガジェット研究所


倫子「(年が明けた。時間のループに囚われていた頃からは、未来ガジェット研究所が未来を迎えるなんて、想像もできなかった)」

倫子「(まあ、これが理想の未来だったかって聞かれたら、素直に首肯できないけど……)」

ダル「ふぁ……戦争を勝ち抜いた僕にとっては今日は賢者日和なのだぜ……」

由季「もう、橋田さんは頑張りすぎです。鈴羽さんの分の体力も残しておくって言ってたじゃないですか」

フブキ「3日目は激戦だったみたいですね、お疲れさまであります!」ビシィ!

カエデ「ローアングルから撮った写真は全部削除しておきましたよ」ニコ

ダル「ちょ、ま、うぇ!? ……いいのだぜ、今日の巫女コスで全部取り返してやるんだからね!」

フブキ「マユシィのコスプレ、超楽しみ~♪ 来年の夏コミマからは参戦してくれるといいなぁ~」

由季「バイト代もらえるって知ってたら私も巫女さんのお仕事やったのになぁ」

カエデ「動いてないと死んじゃうおさかなさんみたいな人ですね、ユキさんって」

由季「もっと橋田さんのいやらしい目を独り占めしたかったし……」ボソッ

ダル「え、何か言った? 由季た、阿万音氏?」

由季「あ、いえ! なんでもっ!」アセッ


倫子「それで、全員そろった?」

ダル「えっと、全員揃ったけど、どうしてオカリンはここにいるん? 巫女服はどうなったん?」

倫子「わ、私はみんなを神社まで案内してから着替えることになってるの。これでもこのラボの責任者だから」

カエデ「うんうん、えらいえらい」ニコニコ

倫子「あ、ありがとうございます……」ゾクッ

綯「今日は、よろしく、お願いします。ほーおー……えっと、倫子お姉様っ」

倫子「ああ、うん。よろしくね、綯」

天王寺「…………」

ダル「なあオカリン。約1名、おにゃのこだらけのこの場所に似つかわしくない人物が居るんだけど」

倫子「(ブーメランだろ)」

天王寺「おう橋田ァ。男2人、仲良くしようじゃねぇか、あぁん?」ボキッ バキッ

ダル「どうしてこうなった……」


綯「お父さん。私ね、倫子お姉様の巫女さん姿、すごく楽しみなんだ」

天王寺「すまないな、本当ならお父さんが連れてってやりたかったんだが」

ダル「あれ、ブラウン氏はこないんすか?」

天王寺「たりめーだ。年末年始は大掃除の時期だろ? 古いテレビが処分に出されることが多くてな。とくに今年はアナログ放送終了っつー、俺らの業界にとってのビッグイベントが待ってる。地上波デジタル放送のチューナーがついていないテレビがよ、リサイクルショップの在庫も含めて一斉に処分に出されてるっつーわけだ。まあ、そうは言っても今日は正月だからよ、日中に大きい仕事を終わらせて夜はゆっくり綯との時間を楽しもうと考えてるんだがな、って橋田? てめぇ俺の話聞いてんのか? おぉん?」

ダル「あ、あぅ……なぜ僕が新年早々むさいおっさんの長話を聞かなければならないのか」ゲッソリ

天王寺「ま、そんなわけだからよ。悪いが、綯を頼む」

綯「よろしくお願いします、倫子お姉様っ」

倫子「う、うん」

倫子「(綯は夏頃みたいに全力で突進してくるようなことはなくなった。たぶん、私が普通の女の子になっちゃったせいだろう)」

倫子「(そして何故か"お姉様"にランクアップしたらしい。まさか綯って……い、いや、きっと多感なお年頃なだけだよね、あはは)」

天王寺「……やっぱりお前さん、ずいぶんと変わっちまったよな。前は妙なことばっか言ってたのによ。どうにも調子が狂っちまうぜ」

倫子「……おかげさまで、大人になったんです」

倫子「(ラウンダーのおかげでね……)」

天王寺「ま、夜には迎えに来るからよ。そいじゃな」ガチャ バタン


真帆「……ほんとに良かったの? 私なんかが来てしまって」

倫子「どうせ暇だったんでしょ。私から例のパスワードのヒントを得るためには1秒でも側に居たいんじゃないの?」

真帆「ぐっ、岡部さんってたまに図太いわよね……」

真帆「……正直に言うと、紅莉栖が見ていた景色を知りたい、というのもある。神社にも紅莉栖は行ったことあるんでしょ?」

倫子「うん。本殿にPCと装置を持ち込んで、脳科学の実験をやったりしてた」クスッ

真帆「ほんとに? って、あの子ならやりかねないか」フフッ

倫子「それじゃ、そろそろ行こう。みんな、はぐれないよーに!」

中央通り


綯「すごーい。車がいないね!」ワクワク

カエデ「自然とホコ天みたいになってますね」

ダル「そう言えば、フェイリスたんが今月から歩行者天国を再開させるように方々に働きかけてる、って言ってたお」

倫子「へぇ、フェイリスが……」

倫子「(人のいない秋葉原。私は一度、これと同じ景色を見ている)」

倫子「(初めてDメールを送った時、世界線は1%の壁をあっけなく超えてしまった)」

倫子「(あの時は、人工衛星がラジ館に墜落して危険だからって理由で中央通りが封鎖されてたんだっけ)」

フブキ「…………」

倫子「どうしたの、フブキ? ぼーっとしてるけど」

フブキ「え? あ、いや! なんでもないですよ! 他人の空似っていうか、記憶違いっていうか、あはは!」

フブキ「……国籍不明の人工衛星が墜落するなんて、あるわけないですよね」ボソッ

倫子「……?」


カエデ「そう言えば、フブキちゃん。この前言っていた変な夢はどう……?」

フブキ「あぁ、あれ? 最近はあんまり見なくなったかも。やっぱ疲れてたみたい」

カエデ「そっか。だったらいいんだけど……」

倫子「変な夢?」

フブキ「ああっ、ちょっと一時期悪夢にうなされた時期がありまして」

倫子「悪夢?」

フブキ「お? 食いつきますねぇ。ひょっとして私に気があるとか? 私はノンケだってかまわないで食っちまう人間なんだぜぃ」

カエデ「ダメよ、フブキちゃん。オカリンさんは後天性のレズなんだから」

倫子「ぐはぁ!? ま、まさか紅莉栖と同じ責め苦を味わうことになるとは……」プルプル

カエデ「それに、オカリンさんには"好きな人"がいるんですもの」ウフフ

倫子「うぐっ!? この2人と話すといつも会話のペースを持ってかれる……」ハァ

フブキ「ねぇねぇ! オカリンさんの好きな人って誰なんですかーっ!」

倫子「うるさい、うるさいっ! もうこの話しゅーりょー!」

真帆「……?」チラッ


倫子「2人とも、比屋定さんとも話してあげてくれないかな?」ヒソヒソ

フブキ「バッチリオッケーですよ!」

倫子「そうそう、この比屋定さん、アメリカの大学から来てるんだよ」

真帆「ふぇっ!?」ビクッ

フブキ「そうなんですか? すごーい! 英語教えてくださいっ!」

真帆「べ、別にいいけれど……」


カエデ「……オカリンさんって優しいんですね。仲間を大切にしている、というか、寂しい人を放っておけない、というか」

倫子「そ、そんなことないよ」

倫子「(この人に持ち上げられると、落とされるフラグにしか聞こえないな……)」

カエデ「きっと、優しいから、なんでも1人で背負っちゃうんですよね」

倫子「えっ……?」

カエデ「人って、優しいからこそ、誰かを傷つけることもあると思います」

倫子「…………」

カエデ「あまり思いつめないでください。比屋定さんとの間に何かあったとしても、時間が解決してくれますよ」ニコ

倫子「う、うん……すごいな、カエデさんは。そこまで見抜いていたなんて」

カエデ「うふふ、なんのことです?」

柳林神社


ザワザワ…ガヤガヤ…


倫子「なんだこれ……どうして柳林神社にこんな数の人間がっ!?」

フブキ「おぉー、参拝客でにぎわってるねぇ!」

倫子「いや、どう考えてもにぎわいすぎでしょ!? 神田明神でもないのに!」


まゆり「立ち止まらないでくださーい! 2列に並んで詰めてくださーい! 順路を守ってくださーい! 配布所での撮影は禁止でーす!」


倫子「ま、まゆり? 金髪ポニテウィッグに猫耳……もしかして、これって……」


フェイリス「限定写真集は残りわずかだニャ! いまからお並び頂いても、お求めいただけませんのでご了承くださいニャ!」


倫子「フェイリス!? 何してんの!?」

フェイリス「コ・ラ・ボ・ニャ」

倫子「こらぼ……れーしょん?」

フェイリス「柳林神社とメイクイーン+ニャン2、そして東京電機大学の3団体の夢の合体ニャ!」

倫子「電大!? って、その写真集……まさか……」プルプル


シンパA「ミス電大生写真集、3部くださいっ!」

栄輔「はい。こちらです」

ご主人様A「り、りり、倫子ちゃん写真集、こっちにもプリーズ!」

鈴羽「すいません、在庫切れでーす」

電大生A「くそぅ、こうなったら秋葉原のどこかにあると言う闇マーケットに潜り込んで……」ブツブツ


倫子「…………」

ダル「広報担当はほら、僕とフェイリスたんだから」キリッ

フェイリス「どうしても作らないといけない気がしたのニャ!」

まゆり「写真提供は椎名まゆりさんなのでーす♪」

栄輔「宗教法人は収益事業以外非課税だからね、ブロマイドの頒布という宗教活動は納税義務が無いんだよ」ニヤリ

倫子「お前らぁっ!! うわぁん!!」


栄輔「さあ、岡部さん。着替えはこっちに準備してあるからね」

倫子「……こ、この状況で、巫女になれと?」プルプル

ダル「パパッとやっちゃった方がいいのだぜ」

倫子「くっ……。それじゃ! みんな、また後でっ!」スタスタ

ダル「それじゃ、僕は専属カメラマンとしてオカリンに同行するお」スタスタ

倫子「せんでいいっ! カメラは没収!」ガシッ

ダル「ああん」

フェイリス「由季さんという人がありながら浮気性のダルニャンには神の鉄槌が下るニャ」

るか「あけましておめでとうございます、皆さん」

ダル「ふむ、いつものルカ氏のはずなのに、お正月という特別な時空間が僕たちの劣情を掻き立てる……」

鈴羽「由季さんも来てくれたんだ」シュッ ドゴォ!!

ダル「ごふっ!? ノーモーションからのノールック腹パン……だと……巫女娘に殺されるなら、本望……」バタッ

由季「あけましておめでとう、鈴羽さん。仲の良いご兄妹ですね」ウフフ

フェイリス「(これはこれで仲の良い家族なのかニャー? 色んな愛の形があるんだニャァ)」


カエデ「るかくんは相変わらず美人さんねぇ。男の子なのに」ウフフ

フブキ「(カエデはきっと、人の弱みをあえてつつくことで鍛えようとしてるんじゃないかな?)」

るか「い、いえ、そんな……」

真帆「ええっ!? 嘘、あなた、男の子なの? 日本って、やっぱり進んでるのね……」


フェイリス「マーユシーィ! 写真集も頒布終了しちゃったし、こっちに来るニャ!」

まゆり「あ、みんな~。あけましておめでとうございます」

綯「あけまして、おめでとうございます」

かがり「あけましておめでとうございます。もうすぐミコミコ倫子ちゃんも来ますよ」ニヘラ

鈴羽「さ、ギャラリー整理の仕事の時間だ」


倫子「……あ、あぅ」ドキドキ


フブキ「ほぉ……」

カエデ「ふむ……」

綯「わぁ……」

真帆「へぇ……」

由季「おおっ……」

ダル「はぁ、はぁ……」


鈴羽「関係者以外は無断撮影禁止でーす。押さないで、押さないで!」

シンパ「「「倫子ちゃーん!」」」

ご主人様「「「倫子たーん!」」」


倫子「へ、変じゃないかな、コレ……」モジモジ

まゆり「そんなことないよ~! すっごく似合ってるよ~」ニコニコ

倫子「そ、そう……良かった」ホッ

真帆「どう、"紅莉栖"。見える?」

Ama紅莉栖『ムービーでバッチリ録画中です』

倫子「ちょぉぉぉっ!?!? や、やめろぉっ!! うわぁん!!」


・・・

倫子「……ようやく来てくれたみんなに挨拶し終わった」ハァ

ダル「ほい、ミス電大生のお仕事、お疲れさん。つかさ、人数数えたら電大の女子のほぼ全員が来てた件」

ダル「ま、女子は電大生全体の1割しかいないけど、男子も女子の5倍近く来てたから、オカリン、すごい人望だお。よかったよかった」

倫子「この男、殴りたい……」ギロッ

真帆「普段からそのくらい愛想よくしていればいいのに」

倫子「う、うるさいな! ほらみんな、神様に挨拶した!? 御手水はあっちね、比屋定さん、作法わかる?」

真帆「沖縄風のソーガチならわかるけど、こうやって神社に来たのは初めてだから、丁寧に教えてもらえると助かるわ」

倫子「(ソーガチ? 正月、のことかな?) えっとね、まず柄杓を右手で持って……カクカクシカジカ……」

真帆「なるほど……」


由季「岡部さんって詳しいんですね」

ダル「あー、オカリンは中学の頃に世界中の儀式とかまじないについて調べたらしいんだよね。それの名残じゃね」

由季「勉強熱心なんですねぇ」

ダル「高校の時、突然延喜式の祝詞とか密教の真言<マントラ>を唱え始めた時はマジどうしようかと思ったのだぜ……」

ダル「……またあの頃のオカリンが戻ってきますよーに」ボソッ


真帆「あなたは神様に何をお願いしたの?」

倫子「えっ? うーん……世界が平和でありますように?」

真帆「またそうやってはぐらかすんだから」

倫子「(嘘じゃないんだけどなぁ……)」

真帆「そう言えば遅いわねぇ。教授たちに、初詣に行くって言ったら、すごく来たがってたから、場所を教えておいたんだけど……」

倫子「へぇ……えぇっ!? い、今すぐ着替えてくるっ!!」ダッ

真帆「そのままの方がポイント稼げるんじゃない?」

倫子「む、無理っ! さすがに教授にまで見られるのは、無理だからぁっ!」ヒシッ

かがり「あ、岡部さん、私たちで写真撮りましょうよ!」ハァハァ

倫子「いやだっ! 私は、いいからっ!」

フェイリス「ニャフフ。スズニャン、ユキニャン」

鈴羽「オーキードーキー」ガシッ

由季「はーい」ガシッ

倫子「離して、はーなーしーてーっ!!」ジタバタ

まゆり「ダルくーん、カメラおねがーい」

ダル「いいよーいいよー、最高だよー」ハァハァ

カエデ「カメラが低すぎですよ、四足動物さん」ウフフ

フブキ「はーい! エルー、プサイー?」

全員「「「こんがりぃーっ!」」」パシャパシャパシャパシャパシャ

倫子「コングルゥだぁぁーっ!! うわぁぁぁん!!」


・・・

倫子「年始からドッと疲れた……」グッタリ

ダル「おっと、みんな着替えちゃったか。きっと本殿の中では、るか氏が女の子たちのお着替えの手伝いをしていたんですねわかります」

真帆「あなたは元気ね……」

倫子「ダルはエロに関しては無限のエネルギーを発揮するから」

ダル「いやぁ、それほどでも」

真帆「うわぁ……」

フェイリス「秋葉原はすべてを受け入れるのよ。それはそれは、残酷な話ですわ……」グスッ

真帆「え……えっ?」

フェイリス「ハッキングから今晩のおかずまで、ありとあらゆる欲望がカオスに渦巻く街、秋葉原ァーッ! フェイリスはその守護天使なんだニャン♪」

真帆「業が深いわね……」

ダル「萌えない豚はただの豚だぜ、んふー」

真帆「この人の将来が不安だわ」ハァ

倫子「これでスーパーハッカーだから、その辺は大丈夫じゃないかな」

真帆「えっ、この人ハッカーなの?」

ダル「大きな声では言えんけど、まあそんな感じのこともやってるから、なにかあったら頼んでくれてもいいのだぜ」

真帆「ふーん。だったら……」


??「トシコシダー! ジャパニーズシャーマンボーイはどこに居るんだい!?」


倫子「教授!?」

栄輔「みんなお疲れ様……おや、外人のお客さんかな?」

レスキネン「OH! 素晴らしいッ! 写真、いいですか?」

栄輔「え、ええ。私なんぞでよければ」

レスキネン「マホ! 私のスマホで彼とのツーショット写真を撮ってくれ!」

真帆「あ、はい……」

レスキネン「ヘーイ! もっと寄って寄って」ガシッ

栄輔「は、はぁ……」

倫子「(おお、あのHENTAI神主がたじたじだ)」フフッ

レイエス「マホがここに来ればジャパニーズシャーマンガールリンコに会えると聞いて来たのに、いないじゃない!」

倫子「今日はもう巫女さんの出番は終了です。ええ、それはもう」

レイエス「"Jesus!!" アレクシス、だから買い物を早く済ませてって言ったのに!」

レスキネン「私は大満足だよ。愛用の翻訳AIにゴテゴテのメタリック魔改造を施してもらえるなんて、この街は素晴らしいね」ホクホク

倫子「(胸ポケットからオーバードウェポンのような小型マシンを取り出した。かっこいいけど重くないのかな?)」

まゆり「オカリーン、るかくんのお母さんにおせちいっぱいもらっちゃった。みんなで食べなさいって」

るか「母があれもこれもと詰め込んでしまって……」

倫子「これ、すごいね! ルカ子のお母様に感謝して、みんなで食べよっか」


倫子「(ルカ子は教授たちに捕まって、参拝の仕方をレクチャーしていた。男性だとバレなくてよかった、特にレスキネン教授に)」

かがり「ごめんね、お待たせしちゃって」トテトテ

レイエス「…………」チラッ

倫子「かがりさんも着替え終わったね……って、あれ? 綯は?」

フェイリス「綯ニャンなら、そこにいるニャよ」

倫子「何してたの、綯??」

綯「お父さんにお守りをあげようと思いまして。これにしようかと」スッ

倫子「商売繁盛……いや、そればっかりは無理だと思う」フフッ

綯「そうですか……」シュン

フェイリス「綯ニャンのパパはスキマ産業って感じだからニャァ……。テナントビル経営含め、フェイリスから融資案を提案してみるニャ!」

綯「よくわからないけど、ありがとう! 猫のお姉ちゃん!」

倫子「だからね、綯。お受けするなら、厄除けお守りにしておくといいよ」

綯「お受けする?」

倫子「お守りは"商品"じゃないから、"買う"じゃなくて"お受けする"って言うんだよ」

綯「わかりました、倫子お姉様っ!」キラキラ


倫子「それじゃ、もうそろそろラボに行こっか。綯が風邪でも引いたら一大事だし」

まゆり「はーい」

倫子「綯。手、繋ご?」ギュッ

綯「あっ、お姉様……」ドキドキ


――――――――――

紅莉栖『まゆりっ!! 全力で綯を止めてぇ!! 岡部が死んじゃうっ!!』

綯『死ねよ椎名まゆり』

グサッ

まゆり『オカ……リンの、役に……た……て……』

――――――――――


倫子「――ひ、ひぃぃっ!!」ズテンッ

まゆり「あわわ、オカリン、大丈夫?」

綯「ど、どうしたんですか!?」

倫子「(……かつての世界線でまゆりを殺した綯の姿がよぎった)」ドクンドクン

倫子「(過去視じゃない。私のトラウマが、ただフラッシュバックしただけ……)」ドクンドクン

綯「……立てますか?」スッ

倫子「……ありがとう、綯」ギュッ

倫子「(大丈夫、落ち着け私……綯は殺さないし、まゆりは死なない……)」ハァ ハァ

まゆり「……?」


由季「あ、実は私、このあとバイトが入っちゃって。急に後輩の子が休んじゃったみたいで、代わりに……」

まゆり「そっかぁ……それじゃあ、仕方ないのです」

ダル「由季た、じゃなかった、阿万音氏。バイトがんばってね」

由季「はいっ!」ニコ

倫子「(あのふたりはなんだかんだでうまくやってるみたい。鈴羽のおかげかな?)」

真帆「教授たちはこの後どうするんです?」

レスキネン「私はこの後、用があるから」

レイエス「ワタシもよ」

レスキネン「それじゃあリンコ。引き続き"クリス"のことを、よろしくね」

レイエス「では、みなさん。また。"See you soon!"」

倫子「(直訳すると、"すぐに会いましょう"……意訳ってのは難しいんだなぁ)」

夕方
未来ガジェット研究所


まゆり「それではあらためまして……あけましておめでとうございま~す!」

全員「「「あけましておめでとー!」」」

まゆり「ん~、るかくん家のおせち、美味しいね~」

るか「ほんと? ボクとかがりさんも手伝ったんだけど、そう言ってもらえてよかった」

倫子「(まゆりの料理下手がかがりさんに引き継がれてなくてよかった……)」ホッ

かがり「エッヘン! なーんて、私は盛り付けただけなんだけど」

倫子「(……気を抜けないらしい)」

フェイリス「はい、オカリン。あーんニャ♪」

倫子「じ、自分でできるっ」プイッ

フェイリス「そんなこと言って、どうなっても知らないニャ……封印されしバイアクヘーたちが深き眠りから――」

真帆「ねえ、岡部さん。フェイリスさんのあれって、何なの?」

倫子「病気」

フェイリス「ニャゥ~、フェイリスはとっても傷ついたニャ」シクシク

ダル「そ、そんなフェイリスたんを、ぼ、僕が慰めてあげるお」ハァハァ

フブキ「橋田さんのお兄さんってホントHENTAIですね」

鈴羽「もっと言ってやって」

ダル「フブキ氏の淡白な言葉攻めとか、我々の業界ではご褒美ですっ!」

カエデ「橋田さんのお兄さんってホントHENTAIですねぇ」ニッコリ

ダル「はぁ……はぁ……」ドキドキ



prrrr prrrr


倫子「("紅莉栖"か……いや、今この場はマズイ)」


prrrr prrrr


真帆「あら、岡部さんが出ないから"紅莉栖"が私にかけてきたわ」

真帆「『Amadeus』研究のいいサンプルになりそうだし、出てもいいかしら?」

倫子「うーん……」

フブキ「ねえ、真帆さん真帆さん。あまでうす、ってなにー?」

真帆「特定の人間の記憶データを内包した人工知能<アーティフィシャル・インテリジェンス>よ」

まゆり「あーてぃひしゅる……?」

フェイリス「AIのことニャ!」

ダル「自分で考えて、学習するように作られたプログラムだお。でも、特定の人間の記憶って、それなんてSF」

真帆「現在進行形で検証中なの」

ダル「あー、それがオカリンが前言ってたやつか。テスターやってるとか言う」

真帆「繋ぐわよ?」

倫子「う、うん。わかった……」


Ama紅莉栖『もう、先輩ったら、どうして出てくれな――わっ!?』

ダル「おぉぉぉ、すげー!」

Ama紅莉栖『えっと、この声はたしか……ダル、さん?』

ダル「僕、橋田至。なんなら僕を先輩って呼んでくれてもいいのだぜ。AIの後輩キャラとかマジ萌える」

Ama紅莉栖『なるほど、岡部の言う通りのHENTAIですね』

ダル「おおう、AIにまで罵倒されるとか、今日は素晴らしい日だお」

フブキ「ほえー、すっごくかわいい!」

Ama紅莉栖『お褒めに預かり光栄です。えっと、中瀬克美さん、よね?』

カエデ「人間そっくりですね、すごい……」

Ama紅莉栖『あなたは……来嶋かえでさん、かな? あたり?』

カエデ「あ、はい。あたりです」ウフフ

真帆「というわけで、紹介するわ。彼女が私の後輩、牧瀬紅莉栖の記憶と人格を持つAI――『Amadeus』よ」

まゆり「牧瀬……紅莉栖さん……やっぱり……」

鈴羽「えっ? 牧瀬紅莉栖って――」

フェイリス「牧瀬紅莉栖さんって、確か半年前くらいにラジ館で……」

るか「あ……」

Ama紅莉栖『そっか。皆さん、オリジナルの私のことをご存じなんですよね』

ダル「あ、いや……うん、まあ……」

Ama紅莉栖『心配しなくても大丈夫ですよ。私、オリジナルの自分に何が起きたか知ってますし』

まゆり「オ、オカリン……」

倫子「……大丈夫だよ、まゆり」


綯「ねえ、これってゲーム?」

Ama紅莉栖『あなたが天王寺綯ちゃんね。ううん、ゲームじゃないわ。私もあなたと同じように、自分で考えてしゃべってるの』

フェイリス「すごすぎるニャ……」

Ama紅莉栖『すごいのは私を作ってくれた真帆先輩ですよ、猫耳メイドのフェイリス・ニャンニャンさん』

フェイリス「ニャニャ? どうしてフェイリスのこと、知ってるんだニャ?」

Ama紅莉栖『岡部に教えてもらいましたから。ラボのことも、ラボの仲間たちのことも』

倫子「……比屋定さん、そのくらいに――」

プツッ

真帆「あらっ? 『Amadeus』がいきなり消えてしまった……?」

ダル「アプリが落ちたんじゃね?」

真帆「おかしいわね……再起動してもサーバーに繋がらないなんて……」

フブキ「ここのネット回線は、落ちてないみたいだけど」

かがり「…………」

倫子「えっ? "紅莉栖"が消えちゃっ――」


ダッ ダッ ダッ ガチャッ!!


ダル「へ?」

武装した男A「動くな!!」

倫子「……えっ」


私は完全に油断し切っていた。

その警告はいくらでもあったはずなのに。

こうして仲間たちと和気藹々とする中で、"鳳凰院凶真"が復活するわけもないのに――


  『世界は欺瞞で満ち溢れてる。常に警戒を怠ってはいけない。誰の言葉だったかしらね』


土足で踏み入ってきた男たちの手には銃、中には自動小銃を持っている者もいた。

そ、そうだ、タイムリープすれば――

……どうやって?


フェイリス「な、なんなんだニャ!?」

真帆「な、なんなのこれ? なんのサプライズ?」

倫子「ぁ……あぁ……うぐぅぅぅっ!!!」バタッ

まゆり「オカリンっ!?」

倫子「まゆ……り……逃げ……おえぇっ……う、うぅ……うおえっ!!」ビチャビチャ

ダル「ちょ、どしたん!?」

倫子「(な、なんだ!? 奴らの被っている、お相撲さんみたいな仮面を見た途端、突然、全身が気持ち悪く……)」バタッ

フブキ「オカリンさん? オカリンさん!!」

倫子「(脳が……揺さぶられる……世界がカオスになる……)」ハァハァ

武装した男B「騒ぐな!」BANG!!

まゆり「きゃっ!」

倫子「ま゛……ま゛ゆ゛、り゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛っ゛!!!!」


鈴羽「威嚇射撃……ッ!! みんな、落ち着いて!」

カエデ「床に、穴が……実弾……!?」

ダル「なんだよこれ……」

るか「ボク……ボク……」

綯「ひっ……う……ぐ……!」

鈴羽「くそ、今綯を人質に取られたらどうしようもなくなる……綯、あたしから離れないで」ギュッ

倫子「(私がなんとかしなくちゃいけないのに、身体が、脳が、動いてくれ……ない……)」クラクラ

まゆり「オカリン……」ウルウル


コツ コツ コツ ……


ライダースーツの女「…………」

倫子「(な、なにもの……)」グタッ

ライダースーツの女「…………」スッ

ガシッ!!

かがり「えっ――きゃぁっ!」

まゆり「か、かがりさんっ!」


鈴羽「かがりッ!! かがりを連れ去る気か!?」

かがり「い、いやっ! 離してっ!」ジタバタ

ライダースーツの女「――――ッ!」ギュッ

倫子「(い、今漏れた声は……どこかで聞いたような……)」

かがり「いやぁっ! 助けて!」ジタバタ

??「――――ッ」ダッ

ゴチンッ!!

武装した男A「ぐぁっ!!」バタン!!

武装した男B「ぐえっ!!」バタンッ!!

ダル「あ、あなたはっ!」

天王寺「仕事から帰ってきたと思えば、こりゃいったい何の騒ぎだ?」

武装した男C「くそっ!」ジャキッ

天王寺「ふんっ!!」ガシッ 

ボキボキボキッ!!

武装した男C「ぎゃああ!!」バタッ


鈴羽「今だッ! 食らえッ!!」ダッ シュバッ

ライダースーツの女「――!!」ビシッ! 

ダル「なんという蹴り……! それを左腕で受け止めるとか、相手も只者じゃないお……!」

まゆり「かがりちゃんっ!! 今のうちにっ!!」ガシッ

かがり「まゆりちゃんっ!!」ダキッ

ライダースーツの女「――!」ダッ

武装した男A「く、くそ、撤退だっ!」


タッ タッ タッ ……




まゆり「オカリン、大丈夫!?」ウルウル

倫子「うぐ……はぁ、はぁっ……まゆり……まゆりぃ……」ゲホッ ガハッ

鈴羽「みんな、怪我は無い!?」

フブキ「う、うん……こっちは大丈夫」

綯「お、おとうさぁぁぁあん!」ダキッ

天王寺「大丈夫、もう大丈夫だ。綯のことは、ちゃんとお父さんが守ってやるからな」

綯「うえぇぇぇぇ……」

天王寺「状況が状況だ、バラバラになるんじゃねえぞ、お前ら」

天王寺「取りあえず、岡部の回復を待つ。ほら、ソファーで横になっとけ。よっと」

倫子「はぁっ……はぁっ……す、すみません……」グタッ

天王寺「飯は片付けろ。吐しゃ物の処理も頼む。あと、タオルをしぼって、水を持ってこい」

ダル「お、オーキードーキー!」


・・・

倫子「ふぅ……ありがとう。助かった」

まゆり「うん……」

倫子「(なんとか頭が回るようになるまで回復した。しかし、あの気持ち悪さはなんだったんだ……)」

天王寺「おい、岡部。説明してもらおうか。あの連中はなんだ?」

倫子「……それは……私にも……」

倫子「(少なくともラウンダーじゃないのか……)」

鈴羽「やつらがかがりを捜してたっていう集団か。相手が武装集団だとは思わなかった、厄介だな」グッ

天王寺「かがり……そっちの嬢ちゃんか。何者なんだ、あんた」

かがり「え、えっと……」

まゆり「かがりちゃんは、記憶喪失で、どうして追われているかもわからないの」

天王寺「なるほど、たしかに厄介だな」

かがり「ご、ごめんなさい……私のせいで……」

倫子「(かがりさんを狙う理由なんて1つだ。未来人だとバレてる、そして未来の情報を引き出すため……)」

倫子「(かがりさんの記憶を走査するために脳をいじった? 実験は失敗し、かがりは暴走のすえに施設を脱走、行方がわからなくなって、ここ1、2か月、捜し回っていた……)」

倫子「(それはあるいは、かがりさんを他の研究機関の手に渡したくない、という理由かもしれない)」

倫子「(もしかがりさんが記憶を取り戻して、自分たちの実験を暴かれては大失態もいいところだ)」

倫子「(かと言って、かがりさんを殺さず誘拐しようとしたのは、彼女にまだ利用価値があると踏んでいるからだろう)」

倫子「(一体なにを企んでいるんだ……?)」


倫子「(疑問点は3つ。奴らは誰か。どうしてここにかがりさんが居るとバレたのか。そして、なぜあのタイミングだったのか)」

倫子「(……取りあえず、この世界線の未来が安全なのかどうかだけ確かめておこう)」

倫子「まゆり、ごめん。私の手を握ってくれる?」

まゆり「うん。いいよ」ギュッ

倫子「(まゆりの未来をイメージして……世界の流れを読み取る……)」

倫子「(……あ、あれ? ギガロマニアックスの力が働かない……?)」

倫子「(なにこれ、さっきの頭痛のせい? あいつらの仮面にそんな力が……?)」

天王寺「……これ以上、ここに居る必要はねえな。おめえらは帰れ。俺が送っていってやる。綯もついてこい」

綯「うん、お父さん」

鈴羽「あたしはここを死守する。父さ、兄さんは帰って」

ダル「……いや、実はさ、僕の研究は今ラジ館の屋上の……ゴニョニョ……の中に隠してあるんだよね」

鈴羽「そうなの? わかった、それならみんなの殿を守る」

秋葉原タイムズタワー


フェイリス「送ってくれてありがとうニャ。このことは黒木と秋葉原自警団に報告しておくニャ」

倫子「……フェイリスの目は、絶対なんだよね?」

フェイリス「ニャ? どういうことニャ?」

倫子「執事さんや、自警団の人の中に裏切者は居ない……断言できる?」

フェイリス「ニャるほど。その辺も慎重になるニャ。秋葉原の平和は、このフェイリスが守るニャ!」



柳林神社


るか「……送っていただいて、ありがとうございました」

かがり「ありがとう、ございました……」

倫子「鈴羽、今日1日、ルカ子の家に泊まって、かがりさんを守ってほしい。ルカ子も、頼める?」

鈴羽「オーキードーキー」

るか「は、はい。わかりました」

倫子「(ホントはフェイリスの家にかがりさんを軟禁したいところだが、かがりさんは知ってる人間が居る場所の方がいいと言う。まあ、気持ちはわからなくもないが……)」

ダル「ぼ、僕も泊まろうか?」

鈴羽「警護対象が増えるのは勘弁だよ、兄さん」

ダル「しょぼーん」

NR秋葉原駅


真帆「それじゃ、私たち3人は山手線で池袋まで行くわ」

倫子「天王寺さん、送ってくださってありがとうございます」

天王寺「ああ。また明日あたり、きっちりナシつけてもらうから覚悟しとけよ」

倫子「ヤクザですかあなたは……」

まゆり「フブキちゃん、カエデちゃん、気を付けてね」

フブキ「マユシィも気を付けて……」

カエデ「フブキちゃんのことは私が守るわ」

ダル「フブキ氏とカエデ氏を最寄りの駅まで送ったら、僕も新小岩に帰るお。キセルなんか怖くないお!」

綯「みんな、バイバイ……」

NR山手線内回り車内


まゆり「もう、大丈夫、だよね……」

倫子「…………」

真帆「それにしても、本当に警察に届けなくていいの?」

倫子「……比屋定さんの身にも、日本の警察を信用できないことがあったんじゃない?」

真帆「え? ……確かに、あったわ。紅莉栖の事件の後、日本の警察を名乗る人たちが研究所に来て、紅莉栖の私物を持って行ったのだけれど」

真帆「教授に確認してもらったところ、そんな刑事はいない、というのが警視庁からの返事だったのよ」

倫子「やっぱり……」

真帆「だけど、となると、今日のアレは紅莉栖と関係が?」

倫子「断定はできないけど、否定もできない。わからないことが多すぎる」

倫子「(というか、2036年から1998年にタイムマシンでやってきた未来人が外国人組織に狙われている、などと警察に説明したところで失笑を買うだけだ)」

倫子「こういう時、紅莉栖が居てくれたら……」

真帆「……まだ『Amadeus』は復旧していないみたい」

倫子「やっぱり、こうなる運命だったのかな……"紅莉栖"と、まゆりと、みんなと、それなりに楽しく日々を過ごしていけるって思っていたのに……」ウルッ

まゆり「オカリン……」

倫子「(既に日常は崩壊していて、戦争が始まっている……)」

漆原家 るかの部屋


鈴羽「……寝ないの?」

るか「阿万音さんこそ、まだ起きてたんですね」

鈴羽「あたしはいつも半分起きてるから。何かあった時、すぐ動けるように」

かがり「んむぅ……」zzz

かがり「……ママ……ママ……いっちゃ嫌だよ……まゆりママ……」ウーン

るか「寝言……やっぱり、椎名かがりさんは、まゆりちゃんの……」

鈴羽「……?」

るか「たまに、夢を見るんです。阿万音さんが自転車で秋葉原を走っている夢を……」

鈴羽「……リーディングシュタイナー、か」

るか「そこでは岡部さんが、阿万音さんのことを未来人って呼んでて……」


るか「それに前、岡部さんがファミレスで、こんなこと言ってたんです」


   『鈴羽だって、18歳の女の子なのに、背負いきれないものを背負って、26年前っていう孤独な世界に居るんだから……』


るか「あの時は、岡部さんの設定なんだって思って、いえ、そう信じたかったんですけど……」

鈴羽「……知らない方が幸せなことも、あるんだよ」

るか「……ボクはまた、蚊帳の外なんですか」

鈴羽「るか兄さん……」

るか「(いつも枕元に置いてる妖刀・五月雨……ボクに勇気をください)」ギュッ

るか「――――教えて、もらえませんか?」


鈴羽「もう、答えに気付いているんだろう? わざわざ聞く必要なんてないんじゃないかな」

るか「それでも、ボクは……みんなと同じ悩みを共有したいんです……」

鈴羽「どうしてリンリンがるか兄さんに、ルミねえさんに、あと、まゆねえさんにも……みんなに話していないか、わかる?」

るか「えっ……?」

鈴羽「巻き込みたくないんだよ。自分だけが背負っていればいいって考えているんだ」

るか「そんな……っ」

鈴羽「事実を認識した瞬間、部外者じゃ居られなくなる……事象を観測した瞬間、その現実から逃れられなくなる」

鈴羽「だから、認識さえしなければ、観測さえしなければ、個人の主観としての平和は続くはず」

るか「そんなの、おかしいです。いくら現実逃避したって、現実はそこにあるのに……」


鈴羽「同じように思った昔の偉い人が居てね。シュレディンガー、聞いたことくらいあるでしょ?」

鈴羽「世界は重なり合った状態で構成されている……そんなのはバカバカしいって言ったんだ。猫が死んでたり生きてたりするわけがない、ってね」

鈴羽「だけど、もし現実が過去から未来まで確定しているとしたら、人間の意思に関係なく、世界はひとつの歴史に収束してしまうことになる」

鈴羽「あたしたちは、人間には意思があることを知ってるから、これもおかしい」

鈴羽「これがノイマン-ウィグナー理論における抽象的自我の考え方」

るか「……そうやって、はぐらかすんですか」

鈴羽「世界を、現実を自分のものにするためには、確固たる意思が必要だってことだよ」

るか「確固たる、意思……」

鈴羽「まあ、"リンリン"からの受け売りだけどね。おやすみ、るか兄さん……」

2010年1月2日日曜日
メイクイーン+ニャン2


倫子「(昨日のライダースーツの女から漏れた声……その声の主に、私は確信があった)」

フェイリス「お待たせしましたニャン。近くの席にはしばらく誰も座らせないようにするから、思う存分話すといいニャ」

フェイリス「ちなみに、今日来てるお客さん全員、倫子ちゃんのことを昔から知ってるニャ。何かあったら味方になってくれるはずだニャ」

倫子「ありがとう。それで、フェイリス。何か情報は?」

フェイリス「フェイリスからは特になし、だニャ」

倫子「わかった」


萌郁「……話って……?」

倫子「……ここでこうやってあなたと話すのも2度目だね」フフッ

萌郁「……?」

倫子「今この店に居るのは全員私の味方……下手な行動はしない方がいい」

萌郁「…………」

倫子「FBについて、情報が欲しくない?」

萌郁「……ッ!!!???」ガタッ


フェイリス「お嬢様、どうか店内ではお静かにお願いしますニャ♪」

萌郁「……どういう……こと……?」プルプル

倫子「FBはあなたにとってお母さんのような存在。嫌われたりしたら生きていけない。そうだよね?」

萌郁「どうして……それを……ッ!!」ギロッ

倫子「(初めて萌郁と会った時、撮った写真で私を脅してきたから、その仕返しってことでゆるしてね)」

倫子「本題はここから。あなたに、二重スパイになってもらいたい」

萌郁「スパイ……」

倫子「あなたがIBN5100を捜してることも、タイムマシン研究者の邪魔をしていることも知ってる」

倫子「そして、ホントはあなたにとってそんなことはどうでもいいことも知ってる」

倫子「もしFBに会いたいなら会わせてあげる。M4という名前を隠したまま、接点を作ってあげてもいい」

萌郁「あなたは、一体……」

倫子「桐生萌郁――」

倫子「あなたに、ラボメンになって欲しい」


倫子「(店長は例の事件の首謀者じゃない。それなら、あのライダースーツの女は萌郁じゃない)」

倫子「(そもそも、声が違う。あの声は、萌郁のものじゃなかった)」

倫子「(私の日常が虚構だったというなら……今こそ、ラウンダーに近づくこれ以上ないチャンスだ)」

フェイリス「お嬢様、アイスコーヒーをお持ち致しましたニャン」

萌郁「…………」

フェイリス「毒なんか入ってないニャン」

倫子「それを飲んでくれたら、仲間になってもらう。飲んでくれないのなら、FBからの連絡が来なくなっても、私を恨まないでほしい」

萌郁「ぐっ……」

倫子「ちゃんとガムシロップとミルクも入れて?」

フェイリス「今日は『目を見て混ぜ混ぜ』はおやすみなんだニャン」

萌郁「…………」プチッ プチッ チョロチョロ

倫子「(やっぱり、両手をしっかり使えてる……どこか痛がっているような様子は無い)」

萌郁「…………」ジュー

倫子「飲んでくれたんだね」

萌郁「……勘違い、しないで。私は、私のために……FBのために、動くだけ……」

倫子「それでいい。だからこそ、私はあなたを信頼してる」ギュッ

萌郁「手……っ!? ///」ドキッ

倫子「(あなたが誰よりも一途な女だって、私は知ってるから……)」

フェイリス「(これはモエニャン、オカリンに惚れちゃったかニャ?)」


倫子「RINEを教えておくね。今後はこれで連絡を取ってほしい」スッ

萌郁「それで……私に、何をさせたいの……」

倫子「かがりさんを追ってた例の集団について、どんな手を使ってもいいから情報が欲しい」

萌郁「……人を、殺しても……?」

倫子「そ、それは処理しきれないから、やめてほしいかも……」アセッ

萌郁「…………(この人、実はかわいい?(・・? )」

倫子「それから、ラウンダーの動向の定時報告。私たちは前に、SERNにハッキングを仕掛けたことがある」

倫子「それ自体はもうバレてると思うんだけど、そのことで私たちが危険になる事態を回避したい」

萌郁「……わかった……」

倫子「(本当はラジ館のタイムマシンと、ダルの研究を守るためなんだけどね)」

倫子「そうそう。最近ラジ館に侵入したこと、ある?」

萌郁「……? ない、けど……」

倫子「(あの時ラジ館に忍び込んで、私達の話を盗み聞きしていたのは萌郁じゃない……?)」

フェイリス「ラジ館に侵入? なんの話ニャ?」

倫子「(フェイリスが覚えてないってことは、世界線が変わったことで、あのことはなかったことになってたか)」


フェイリス「それで、これからどうするニャン?」

倫子「もう少し仲間を増やしておきたい……けど、どうしようかな……」

倫子「(萌郁はラウンダーの中でも下っ端だし、FBで脅しておけば裏切ることはないだろう。何より、彼女はそんなことをする女じゃない)」

倫子「(だけど、天王寺さんはどうだ……? 娘のためなら人を殺せる自殺もできる、あの人に裏切られたら……)」チラッ

萌郁「……?」

倫子「ねえ、萌郁。FBに会いたい?」

萌郁「えっ……ま、待って……考えさせて……」

倫子「(……いや、相手は相当な手練れだ。FBクラスの人間を味方につけなければ、かがりさんも、ラボも守れない)」

倫子「(そのためには、別の世界線の情報で脅すしかない)」

倫子「これから私はFBに会いに行く。後ろからこっそりついてきてもいいよ」

ブラウン管工房


天王寺「おう、来たか。まあ、座れや」

綯「お姉様、昨日はごめんなさい。私のせいで……」

倫子「ん……? あ、ああ。そんな、綯のせいなわけないよ。すぐに泣き止んでくれて、感心しちゃった」

綯「それは、お姉様に選んでもらったお守りのおかげです! るかお姉ちゃんの神社のお守りが、私を落ち着かせてくれたっていうか……」

天王寺「ああ、きっと綯とお姉ちゃんたちの絆のおかげだ」ナデナデ

天王寺「それで、岡部。昨日の説明をしに来たんだろ?」

倫子「……実は、昨夜狙われた女性は未来人で、それをある研究機関がさらいに来たんです」

天王寺「未来人? 人さらい? またてめえのトンデモ創作か?」

倫子「いえ、正確には未来人が過去へと跳ぶための道具を狙っていた……タイムマシンを、です」

天王寺「……馬鹿馬鹿しい。タイムマシンなんて、あるわけがねえ」

綯「タイム、マシン……?」

倫子「あるわけがないわけ、ないですよね? 事実、貴方はタイムマシンによって人生を狂わされている」

天王寺「……っ。一体、俺の何を知ってやがるってんだ……?」

倫子「知ってますよ……あなたの奥さん、綯のお母さんが、どうして居ないのか」


―――――

倫子『あなたは、奥さんを守った。それは――』

倫子『"ラウンダー"と関係しているんじゃないですか』


・・・

天王寺『その俺は……そいつは……』

天王寺『てめぇの家族と引き換えに、橋田鈴のすべてをSERNに売った男だ……』ポロポロ

―――――


綯「え……? お母……さん?」

天王寺「このヤロウ……ッ」ギリッ


倫子「(8月18日、α世界線から戻って来てすぐの頃、私はダルと一緒にゼリーマンズレポートの洗い直しをした)」

倫子「(その中に見つけたんだよ……イタリア語の新聞。そのゼリーマンは、かつて私に優しい笑みを向けてくれた、綴さんその人だった……)」

綯「お父さん、お顔、怖いよ……」ビクッ

天王寺「綯、良い子だから、そこでテレビでも見てな。な?」ニコ

綯「……うん」

天王寺「……お前さんなんぞを店子に入れるんじゃなかったなぁ」ハァ

倫子「(この世界線では、橋田鈴からの遺言は無かった。だから、私の記憶通り、私が拝み倒してここに格安で入れてもらっていることになっていたんだろう)」

天王寺「……M4が裏切ったのか。あいつ、最近上に出入りしてたみたいだったな」

倫子「違いますし、その脅しは無駄ですよ」

天王寺「脅すつもりはねえよ。それで、そのタイムマシンがどうしたってんだ」

倫子「信じるんですか?」

天王寺「信じちゃいねえよ。ただ、おもしろそうな話だと思ってな」

倫子「ここまできてシラを切るつもりですか……」

天王寺「うるせえ。さっさと聞かせろや。そしたら、お前の安全は保障してやる」

倫子「……わかりました。簡単に説明します」

倫子「電子レンジと携帯電話、42型ブラウン管テレビ……それが、私達のタイムマシン――――」


・・・

天王寺「……到底信じられる話じゃねぇな」

倫子「ともかく、SERN以外にもタイムマシンを狙っている機関が居るんです。これは、SERNにとっても敵のはず」

倫子「あなたたちラウンダーの目的の1つでしょう?」

天王寺「……上から命令されなきゃ動かねえよ。言われてねえことは、する必要がねえってことだ」

倫子「だが、あなたは知ってしまった以上報告の義務がある。報告すれば当然あなたは動かざるを得ない」

天王寺「お前さんは、俺に奴らを排除して欲しい、っつってんのか」

倫子「正確には椎名かがりを守ってやってほしい」

天王寺「だが、俺にそこまでしてやる義理はねえ。それに、俺がSERNに全部報告しちまったら、お前らがラウンダーに狙われるかもしれねえぞ?」

倫子「こんなことは言いたくないんですが……綯が私に懐いていること、お忘れなく」

天王寺「人質に取るつもりか……殺すぞテメエ……」ギロッ

倫子「ちっ、違いますよ!」ビクッ!!

倫子「私やまゆりが居なくなったら、綯が悲しむと、そういうことを言っているんですっ」ドキドキ

天王寺「……どこまでも脳天お花畑かよ」ハァ

倫子「その花畑を守れるのは、父親のあなただけだ」

天王寺「くそが……」


鈴羽「そんな難しい話じゃない。協力してこのビルを守ればいいだけだ」

倫子「鈴羽!? それに、かがりさんも……」

かがり「お邪魔します……」

天王寺「あんたは……2階に住み着いてる、橋田の妹か」

鈴羽「昨日見てもらった通り、あたしには戦闘の経験がある。今日からは、ココも含め、このビル全体を守るよ」

鈴羽「もちろん、綯も含めてね」

綯「鈴羽おねえちゃん……」

鈴羽「それで、天王寺裕吾には椎名かがりをここで雇ってほしい。勿論、形だけだけど」

天王寺「なに……?」

鈴羽「要は、かがりをあたしの目の届くところに縛り付けておきたいんだ。あたしが綯も守る代わりに、天王寺裕吾にはかがりも守ってほしい」

天王寺「…………」

綯「昨日みたいなことは、怖いから、もう、ヤダな……」

天王寺「綯……」

綯「お父さんが私を守るために無茶してケガするかもって想像したら、もっと、怖くなった」

綯「私は、おねえちゃんたちと一緒がいいな」

天王寺「……言っとくが、雇うからにはしっかり働いてもらうぞ」

かがり「は、はいっ! 私、がんばります!」


倫子「ありがとうございます、天王寺さん」

天王寺「別にお前さんのためじゃねえ。綯のためだ」

天王寺「ま、こっちはそういうことにしといてやっからよ。岡部、お前さんなら連中が何者か、突き止められるんだろ?」

倫子「善処します」

倫子「(と言っても、今のところ萌郁の情報収集能力くらいしか頼れない……。早く"紅莉栖"が復活してくれれば、活路がありそうなもんだけど)」

天王寺「……そうだ。そういやあの連中、妙な番号を口走ってやがったな」

倫子「番号?」

天王寺「確か……そう。K6205<ケー・シックス・ツー・ゼロ・ファイフ>だ」

倫子「ファイフ……というと、NATOのフォネティックコードですか?」

天王寺「ホント、そういう知識だけは無駄にあるな。そう、軍隊用語だ」

鈴羽「軍隊……あいつらやっぱり軍人だったのか……」

未来ガジェット研究所


フェイリス「あ、やっと来たニャン、オカリン。みんな揃ってるニャ」

倫子「比屋定さんは、そっか。『Amadeus』の修理で忙しいんだった」

倫子「みんな、大丈夫だった?」

フブキ「一応。それよりも、どうしてあんなことが起こったのか、気になって」

カエデ「それに、場所を移すよりも同じ場所のほうが安全だって、橋田さんが」

ダル「警戒がゆるんでるところに攻撃を仕掛けるから奇襲なんであって、この真昼間、東京のど真ん中を襲ってくるバカはいないっしょ」

倫子「(奴らの作戦は失敗した。あの時はかがりだけが狙いだったが、失敗の後始末として、この場に居た全員をこっそり処分することを計画していてもおかしくない)」

倫子「(ダルの言う通り、もしそうならひとりひとりがバラバラになったところを夜襲するのがセオリーだろう)」

由季「とにかく、皆さん無事で良かったです。私のバイト中に、そんなことになっていたなんて……」

まゆり「由季さん、来てくれてありがとう」

ダル「由季た、阿万音氏が危ない目に会わなくてホントよかったお」


倫子「(未だに例の3つの疑問はどれも解決していない。誰が、どうやってかがりさんのことを知り、なぜあのタイミングだったのか)」

由季「あの……岡部さんが来て早々で悪いんですが、私この後、バイトがあって……」

倫子「え? ああ、うん。気にしないで……」

倫子「(そう言えばあの時、由季さんだけがかがりさんのことを知りながら、あの場に居なかった……)」

由季「まだ油断は禁物なので気を付けてくださ――――きゃっ!」ヨロッ

倫子「危ないっ」ガシッ

由季「痛っ……! す、すいません、腕から手を、離してください……」

倫子「あ……ごめんなさい」

由季「いえ……。ちょうどここ、昨日、駅で転んで怪我しちゃって……」

倫子「え? ここって……左腕……!?」

由季「すいません、よくなにもないところで転んじゃうんです。私ってドジなんですよ、あはは」

まゆり「気をつけてね、由季さん」

由季「ん、ありがとう。それじゃあ、皆さんも――」

由季「――お気をつけて」ガチャ バタン


倫子「(……なんて、あからさまなフラグを立てていったが、例のライダースーツの女は由季さんじゃない)」

倫子「(声が違う。まったく、紛らわしいにもほどがある)」ハァ

倫子「フェイリス。由季さんは嘘、言ってなかったよね?」

フェイリス「フェイリスの眼には疑わしいものはなにも映らなかったニャン。ユキニャンは大丈夫だニャン」

倫子「(そんなことより、年明け早々バイト2連勤とか、どんだけバイトが好きなんだよとツッコミたい)」

フブキ「それじゃあ早速ですけど、昨日の出来事について説明してもらっていいですか?」

倫子「(一応、ダルとは昨日のうちに電話で、みんなに何を話すべきで、何を話すべきじゃないかを話し合った)」

倫子「うん、そうだね。まずは――――」


・・・


倫子「……ということなんだ」

フブキ「つまり、かがりさんは記憶を失っている間に、何らかの犯罪に巻き込まれたかもしれないってこと?」

倫子「たぶんね……」

カエデ「だったら、どうして警察に言わないんですか?」

倫子「警察がその犯罪に加担している可能性が高い」

フブキ「えっ……ど、どういうこと?」


倫子「警察だって人間だよ。悪いことをしてても、何もおかしくない」

カエデ「そんな……かがりさんは、どうするんですか?」

倫子「ボディーガードをつけた。下に居るムキムキおじさんと、格闘のプロの鈴羽とをね」

カエデ「でも、それだと、またいつ襲われるかもしれないって、怯え続けることに……」

倫子「(さすがのカエデさんも、かなり怖がっているようだ。なんとかしないと……)」

倫子「(実際、そこが問題なんだ。守ってばかりじゃ、いずれ虚を突かれる)」

倫子「一応、優秀な探偵を雇って調べさせてる。犯人が誰かわかるようなら、場合によっては警察に話すよ」

倫子「(萌郁にはRINEで未来人の話も細かく説明しておいた。タイムマシンを信じる人間で、しかも隠密と諜報のプロという萌郁の存在は非常に貴重だ)」

倫子「(事が済めば平和な時間を……とは、どうも行きそうにないなぁ。そろそろ、腹をくくらないといけないらしい)」


カエデ「探偵さん、ですか。なにか、ヒントがあればいいんですが……」

倫子「ヒント……K6205……」

ダル「なんぞそれ?」

倫子「昨日の連中が口にしていたらしいんだけど、私にも何のことだかわからなくて。これがヒントなのかどうかも」

ダル「ちょい待ち。今、ググってみる……んー、商品番号とかしか出てこんね」

倫子「番号……例えば、検体番号、とか、囚人番号か? かがりさんを特定するための」

カエデ「ケッヘル番号……かな……」

倫子「ケッヘル番号?」

カエデ「えっと、モーツァルトの曲につけられた番号のことです。でも、さすがに関係ないですよね……だって、6000曲も無いですし……」

倫子「モーツァルト……ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト……っ!?」

倫子「ダルっ! K620番の曲はなんていう曲だ!?」

ダル「えーっと……ウキウキペディアによると、『魔笛』って曲みたい」

倫子「それなら、学校の授業で習ったことがあるね……ちょっと見せて」


  『――歌詞にフリーメイソンの様々な教義やシンボルが用いられていることでも有名』


倫子「フリーメイソン……陰謀論、か……」


ダル「K6205っつーことは、5曲目?」

倫子「5曲目は……五重奏『Hm! hm! hm! hm!』、『口に鍵をかけられた鳥刺しのパパゲーノが、鍵を外してくれと歌う――』。カエデさん、何か他に情報はないかな?」

カエデ「えっと……モーツァルトはフリーメイソンに加入していたそうです。フリーメイソンのための楽曲も多く作曲しています」

フブキ「そうなの!? ってゆーか、フリーメイソンって実在したんだ……美容クリニックの社長のたわごとだと思ってたよ」

カエデ「『魔笛』の台本を書いた人もフリーメイソンで、『魔笛』の中にはフリーメイソンにとって重要な数字や、それに対応する音符が用いられて作曲されている、と聞いたことがあります」

カエデ「たしか、劇中でタミーノとパパゲーノの頭に布をかぶせるシーンは、フリーメイソン志願者の参入儀礼の目隠しを表現しているんだとか」

倫子「パパゲーノ……参入儀礼……」

ダル「なんかわかりそう?」

倫子「口に鍵を……パスワード……アマデウス……比屋定さん……?」


倫子「(まさか、かがりさんは紅莉栖のノートPCとHDDのパスワードを知ってるのか?)」

倫子「(それを比屋定さん、というか、ヴィクコンの脳科学研究所が狙ってる……?)」

倫子「(そう言えば、例の『Amadeus』の不調のタイミングで襲撃が発生したんだった。なにか関係があるとしたら……)」

倫子「(直接本人に聞いてみるか)」prrrr prrrr

真帆『もしもし。なに? またなにかあったの?』

倫子「『Amadeus』はどう?」

真帆『ダメ。アクセスできないのよ』

真帆『何者かが「Amadeus」のシステムを乗っ取ったのかも。ごめんなさい、もういいかしら? 原因が解明できたらこっちから連絡するわ』ピッ

倫子「『Amadeus』が乗っ取られた……?」


倫子「ダル、もし『Amadeus』が乗っ取られてたら、どういうことになる?」

ダル「そりゃ、"牧瀬氏"の見聞きした情報覗き放題っつーわけだお。だから落ちる前、僕と話したりしてた様子とかは、乗っ取った側に丸見えだったはずだ罠」

倫子「(ってことは、"紅莉栖"に私が『椎名かがり』を検索してもらうように頼んだことも、昨日比屋定さんがアプリを起動した時ラボにかがりさんが居たことも筒抜けってわけか……)」ゾクッ

ダル「うーん、スーパーハッカーとして、顔バレはご法度だったのだが……でも、ノータイムで突入してきたってことは、『Amadeus』でラボにかがりたんが居ることが判明する前からここに目星がついてたってことっしょ?」

ダル「そんなん可能な人間は、店長含めて僕たちしかいないお」

倫子「……いや、1人居る。『Amadeus』の存在を知っていて、ラボの場所も、かがりさんのことも知っている人間が1人……」

倫子「比屋定さんを尾行してラボの近くまで来て、ヴィクコンの研究所に出入り可能で、昨日神社でかがりさんに会っていた人物……」

倫子「聞き覚えのある、あの声の主……」

倫子「ジュディ・レイエス……っ!!」


ダル「だ、誰ぞ?」

倫子「だ、だけど、つまり、どういうこと……? それが意味しているのは……」

倫子「(ギガロマニアックスの力が使えれば、全力の未来予知で、細かいことが詳しくわかったんだけど……)」


prrrr prrrr


倫子「("紅莉栖"から!? 乗っ取りが解除された? あるいは――)」

倫子「も、もしもし……」

Ama紅莉栖『……助けて』

倫子「"紅莉栖"!?」

Ama紅莉栖『助けて、岡部! 助け――――――――――――――――――


―――――――――――――――――――
    1.06475  →  0.57182
―――――――――――――――――――

未来ガジェット研究所


倫子「…………」

倫子「……また、リーディングシュタイナー。世界線が、変わった……」

倫子「……テレポートはしてない、か。ラボのままだ。ただ、みんなが居なくなっている」

倫子「でも、どうして……? 一体なにが、さっきの世界線の確定した事象じゃなかったの?」

倫子「(世界線は、別の世界線からの情報で変動する。別の世界線からの情報……)」

倫子「(……萌郁にFBの話をしたこと? それとも、天王寺さんに、タイムマシンの話をしたこと?)」

倫子「(くそぅ、やっぱり私は何か行動を起こすべきじゃなかった……私が動くだけで、こうやって世界線が変わってしまう……)」

倫子「(それに、乗っ取られていたはずの"紅莉栖"が、どうして私に助けを求めてきた? "何から"助けを求めてきたんだ?)」

倫子「とにかく、何が変わっていて、何が変わっていないのかを調べないと」


倫子「ダルのPCに埃が積もっている……それに、"まゆりの巣"――コスプレ制作用の小道具置き場という名目のおもちゃ箱――に何も置いていない……」

倫子「そうだ、スマホの電話帳は……あ、あれ? 『Amadeus』のアプリが、消えてる……」

倫子「どういうこと……? 一体、どうして"紅莉栖"が消えちゃったの――」


キィィィ


倫子「(椅子の音……? 開発室に、誰か居る……?)」

倫子「だ、誰……?」シャーッ (※カーテンを開ける音)

??「あ、岡部……」

倫子「あ……あ、あ……っ」プルプル

??「来てくれたのね……」

倫子「ど、どうして……お前が……っ!?」ガクガク



倫子「―――牧瀬、紅莉栖っ!!!」

第15章 二律背反のデュアル(♀)


倫子「(い、いや、紅莉栖が居るわけがないっ。まさか、また私はイマジナリーフレンドを創り出した……?)」

倫子「(……それはない、か。どういうわけか、ギガロマニアックスの力が使えなくなってるんだから……)」

倫子「(と、ということは、つまり……っ!?)」ドクンッ!

紅莉栖「……あけまして、おめでとう」ニコ

倫子「え、あ……」ドキドキ

紅莉栖「それにしても珍しいわね、あんたがここに顔を出すなんて」

倫子「ぅ……あ……」ウルウル

紅莉栖「岡部……?」

倫子「紅莉、栖……う、うぅ……」グスッ

紅莉栖「ちょ、どうしたの突然」

倫子「紅莉栖……なの……?」ウルッ

紅莉栖「……大丈夫? 何か悪いものでも食べた?」


倫子「紅莉栖……っ」ダキッ

紅莉栖「ふおわぁっ!?!? な、なな、なんぞぉぉぉっ!?!?///」ドキドキ

倫子「あったかい……生きてる……」ポロポロ

紅莉栖「り、倫子たん……ハァハァ……」

倫子「HENTAI……っ」ギュッ

紅莉栖「……ホントに、どうしちゃったのかな」ナデナデ

倫子「……もう少しだけ、このまま……」ギューッ

紅莉栖「……心配しないで。もう、平気だからね……」

倫子「紅莉栖ぅ……うわぁぁぁぁん……っ」ポロポロ

紅莉栖「大丈夫よ……大丈夫だから……」ギュッ


倫子「ご、ごめんね、紅莉栖……急に泣きついたりして……」グシグシ

紅莉栖「私としては役得……いえ、不謹慎だったわね。ごめん」

倫子「不謹慎……?」

紅莉栖「思い出したんでしょう? まゆりのこと……」

倫子「(薄々気付いていた。紅莉栖が生きているということは、ここは――)」

倫子「α、世界線……」ガクッ

倫子「また、私は、まゆりを、殺し――うぐぅっ! お、おえぇっ!!」ビチャビチャ

紅莉栖「だ、大丈夫!?」サスサス

倫子「ごめんね……ごめんね、まゆりぃ……っ」ポロポロ


   『オカリンの……役に……立て……たよ……』


倫子「ぁ……っ、ぁ……」ガクガク

紅莉栖「お、落ち着いて、岡部っ!」

倫子「はぁ……はっ……はぁっ……」プルプル

紅莉栖「ほら、深く息をはいて」ギュッ

倫子「はぁっ……はぁ……っ」


紅莉栖「ごめん……私が余計なこと言っちゃったから……」

倫子「う、ううん……そうじゃないの……そうじゃ……」プルプル

紅莉栖「……薬、飲む? 水、持ってくる」クルッ

倫子「え……? あ、私のポケットに、精神安定剤……」

倫子「(そっか、この世界線でも、"鳳凰院凶真"は死んでたんだ……。服装も白衣じゃなくて女子大生ファッションのまま)」

倫子「(つまりここは、ラウンダーの襲撃が無いα世界線……)」

倫子「(SERNに拉致されて異国の地でその復讐心を燃やすことなく、秋葉原の日常、緩慢な時間の流れの中で心を殺してしまった未来……)」

紅莉栖「はい、水。ゆっくり飲んで」

倫子「うん……ダルは?」

紅莉栖「橋田? 橋田も最近は来てないわ。あんたも、相当久しぶりよね」

倫子「紅莉栖はラボに……?」

紅莉栖「……時々ね。じゃないと、寂しいだろうと思って……航空チケット代もLCCなら安いし」

倫子「……そっか。まゆりの、ために……」


倫子「紅莉栖……ねえ、もう1回、ぎゅってして」

紅莉栖「え……い、いいの?」ハァハァ

倫子「いいよ……」ダキッ

紅莉栖「う、うぉぅ……くんかくんか」ギュッ

倫子「まゆりは、死んじゃったんだね……」グスッ

紅莉栖「……うん」

倫子「紅莉栖は、生きてるんだね……」ヒグッ

紅莉栖「え? ……うん」

倫子「(どうして……? 私は、何度もまゆりを見殺しにして、それを乗り越えるために、紅莉栖を何度も殺したのに……)」ウルウル

倫子「(また、私に選べって言うの……? 神様は、なんて残酷なの……)」

倫子「私は、Dメールを送らないといけないのかな……」

紅莉栖「……電話レンジ(仮)は、あんたが破棄させたんでしょ。忘れたの?」

倫子「え……あ、うん。そうだった、ね……」

紅莉栖「…………」


倫子「(そっか。SERNの襲撃が無いってことはつまり、8月13日にタイムリープマシンの公表宣言をせず、破棄したってこと)」

倫子「(そして破棄を確認した天王寺さんがSERNに報告していた……だから襲撃がなかった……)」

倫子「(だけど、電話レンジ(仮)が無いってことは、もう、β世界線に戻れないんだ……)」

倫子「(私は、選択をしなくていい……もう私の責任じゃない……)」ドクン

倫子「(私は、仕方ないと言って、まゆりを諦めることができる……っ)」ドクンドクン

倫子「(私は、紅莉栖と一緒に歩んでいける……っ)」ドクンドクンドクン

紅莉栖「……ねえ、岡部。すごい汗。シャワー浴びてきたら?」

倫子「えっ……あ、ホント。ごめん、汗臭かった?」

紅莉栖「う、ううん! むしろ良い匂いだったわけだが……それでも、気分をスッキリさせてきた方がいい」

倫子「……わかった。私の脱いだ服、漁らないでね」

紅莉栖「ふぇっ!? そ、そんなことしないわよぉ?」ドキンッ

倫子「……別に、いいけどさ」フフッ

紅莉栖「…………」

シャワー室


シャー

倫子「(ここがα世界線ってことは、SERNが2036年にディストピアを作り上げる未来が確定してるってこと)」

倫子「(つまり、私が元居た世界線の2034年において、SERNがタイムマシン開発に成功してしまった……そして過去が書き換えられた)」

倫子「(紅莉栖は言っていた。SERNがタイムマシンを完成させるには、Zプログラムと、紅莉栖の頭脳が必要だって)」

倫子「(ということは……あの時。天王寺さんはSERNへすべてを報告したんだ。私たちのタイムマシンについて)」

倫子「(その瞬間、SERNがタイムマシンを完成させる未来が確定したために、世界線はαへと変動した)」

倫子「(でも、どうして……? 当然、報告を受けたSERNはラウンダーに命じて私たちを拉致する)」

倫子「(そこで私がすべてをゲロった? 完璧なタイムマシンがラジ館屋上にあること。紅莉栖の頭脳が未だアメリカの大学のサーバ内にあること)」

倫子「(まゆりの命と引き換えだと言われれば、私はためらうことなく洗いざらい白状したかもね)」

キュッ キュッ

倫子「(……まあ、この辺は考えるだけ無駄か。かつて夏にα世界線を漂流した時も、バタフライ効果による過程の変化は複雑怪奇だったんだから)」

倫子「(原因と結果だけがハッキリとしている。原因は、SERN。結果は、まゆりの死。それが、α世界線)」

倫子「(そして、もう2度と世界線を元に戻すことはできない……手許にタイムマシンが無いから。でも、紅莉栖は生きているからやろうと思えば――――っ!?)」

倫子「(ま、まさかあいつ……っ!!)」ダッ

開発室


倫子「紅莉栖っ!!」ダッ

紅莉栖「え? きゃぁっ!! お、岡部、すっぽんぽん……!!///」ドキドキ

倫子「やっぱり……紅莉栖、それ……」プルプル

紅莉栖「あー……参ったな。見つかっちゃったか」

倫子「未来ガジェット、8号機……また、作ったんだね……」

紅莉栖「……言ってみれば『電話レンジ改』ね。ううん、(仮)が付くんだった。だから、『電話レンジ(仮)改』が正しいか」

倫子「名前なんてどうだっていいよ。作り直したってことは……」

倫子「世界線を……戻すつもり、だね……」

紅莉栖「……これ、完成したのはね、実は1か月以上前なの。と言っても、私の再構築された記憶の上では、だけどね」

倫子「え……?」

紅莉栖「この世界線は、実際は数分前にアクティブになった。だから、本当の意味での"昨日"は存在しない。世界5分前仮説みたいなもの」

紅莉栖「だけど、唯一の例外を除いた世界人類全員の記憶の中に"昨日"は存在する。脳がそう認識してる限り、"昨日"は現実になる」

紅莉栖「私の記憶としては、今この瞬間まで18年間生きてきた命があるように錯覚している。実際は数分前に生き返ったゾンビ。そうでしょ?」

紅莉栖「映画でもゲームでも、ゾンビはもう1度殺さないと」

倫子「……何を……」


紅莉栖「岡部はついさっき、β世界線から来たのよね」

倫子「それは……」

紅莉栖「このα世界線はね、いくつかのDメール実験の中で、ロト6のDメール実験のみ大幅な世界線変動に成功した世界線」

紅莉栖「あんたはそこで2度目の世界線変動を観測した。1度目は7月28日にβ世界線から来た時ね」

紅莉栖「それ以降、あんたにリーディングシュタイナーが発動することはなかった。Dメールを過去に送ること自体は何度も成功したけど、世界線が大きく変わることは無かった」

倫子「……なら、この世界線でもエシュロンにDメールが捕捉されているの?」

紅莉栖「それは8月1日に柳林神社からあんたと私で手に入れたIBN5100を使って、8月17日にSERNに橋田がクラッキングしたことによって解決した」

倫子「え? それなのに世界線はβへと変動しなかった?」

倫子「……そっか、この世界線では、紅莉栖がSERNで研究しない代わりに、『Amadeus』が使われてるんだ」

倫子「そして、鈴羽から1%の壁を越えるよう言われたんだね。ラウンダーの脅威も教えられた?」

紅莉栖「未来人のでっち上げ話にビビッたあんたは、タイムリープマシンへと改造していた未来ガジェット8号機を、1度も実験をすることなく、公表宣言もせずに破棄した」

紅莉栖「これでここがラウンダーに狙われる危険は無くなった、ってわけ」

倫子「(SERNの擬似スタンドアロンサーバからDメールデータを削除できたんだから、ラボは未来のSERNから監視されていなかったわけだ。いつかの、綯のDメールで改変された世界線に似ている……)」

倫子「待って……そうなると、1%の壁を越える方法は、なんなの……?」

紅莉栖「あんたはその方法を選択できなかった。というより、阿万音さんから聞かされてた『椎名まゆりが死ぬ』という未来が、実現しない可能性に賭けた」

紅莉栖「ここは……そういう世界線。まゆりが、運命に殺されただけの、むなしい世界」

倫子「まさか紅莉栖、2034年からタイムリープしてきたり……?」

紅莉栖「……そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。あんたに観測できないことは、判別ができないのと同じことよ」


倫子「で、でも、どうして私がβ世界線から来たって……」

紅莉栖「言動を見てればわかる。そうでなきゃ、あんたがあんなことをするはずないもの」

倫子「あんなこと?」

紅莉栖「っ……だ、だから、その……あんな風に私を抱きしめたりとか……そういう……こと、よ」モジモジ

倫子「(そっか……この紅莉栖は、あの暑い夏の日、私と抱き合ったことを知らないんだ……)」

紅莉栖「さらに言えば、その世界線の変動は誰か別の人の手によるもので、あんたが好きこのんで変動させたわけじゃない……当たってる?」

倫子「さすが、私の大好きな紅莉栖だね……」

紅莉栖「はぅっ! ど、どうしてそういうこと、恥ずかしげも無く言えちゃうかな……」ドキドキ

倫子「私っ、紅莉栖のことが――」

紅莉栖「ストップ。それ以上はダメ」

紅莉栖「あんたは、自分の意志でα世界線に来たことはない。あんたの意志が選ぶのはいつだって、β世界線」

紅莉栖「私じゃなく、まゆりの命なの。忘れないで」

倫子「あ……ぁ、っ……」


倫子「ごめん……ごめんねぇ、紅莉栖っ……うぅっ……」グスッ

紅莉栖「謝るな、バカ。あんたが自分で決めたことでしょうが。だったら、自分の選択に自信を持ちなさい」

紅莉栖「それにね、あんたの選択はたぶん間違ってなかった」

紅莉栖「この半年間、この世界線の岡部は、ずっと自分を責めてた……それこそ、心を壊してしまうほどに……」

倫子「……もしかして、妄想のまゆりを創り上げたり?」

紅莉栖「そう。アルパカスーツを作って、自分はアルパカマンなんだって暗示をかけて、それを着てる時だけ、居もしないまゆりとおしゃべりしてた……って、橋田から聞いた」

倫子「……相当に痛々しいね」

紅莉栖「タイムリープマシンを破棄して正解だったわ。もしアレがあったら、あんたは永遠にまゆりが生きている時間をループし続けたと思う」

紅莉栖「そんなの、地獄と変わらない」

紅莉栖「でも私は、そんな岡部を、どうしてあげることもできなかった……」

紅莉栖「だって、あんたの苦しみは私のせいだから……」

紅莉栖「私を生かすために、あんたは苦しんでたんだから……」


倫子「どっちにしても結局、私はずっと後悔し続けるんだ……」

倫子「α世界線にいても、β世界線にいても、それは変わらない」

倫子「ハハ、バカみたい。私の感情は、私の意思は、神に操られるだけの、道化に過ぎなかった――」

紅莉栖「しっかりしなさい、岡部倫子!」

倫子「紅莉栖ぅ……」ウルッ

紅莉栖「なんて顔してるのよ、あんたらしくない」

紅莉栖「私の好きな鳳凰院ちゃんは、もっと自信に満ちた顔してなきゃ」

紅莉栖「ここにいてもあんたは幸せにはなれない。ずっと後悔の念を拭うことはできないの」

紅莉栖「そして、それは私も同じ……」

倫子「でも……でもぉっ! 私は、紅莉栖がいないと、何もできなくて……っ!」ウルウル

倫子「シュタインズゲートを目指すことを、諦めて……っ!」ポロポロ

紅莉栖「……私はもう、そうやって苦しむあんたを見ていたくない」

紅莉栖「私にだって、世界を選択する権利はある。違う?」

倫子「でも、でもっ……」グスッ


紅莉栖「止めても無駄よ。私はやるからな」クルッ

倫子「いやだよぅ……離れたく、ないよぉ……っ」ポロポロ

紅莉栖「(……かわいい)」ギリッ

紅莉栖「この世界線の出来事は、あんたにとってつかの間の夢だったのよ」

紅莉栖「……β世界線に行ったら、私のことは忘れなさい」

倫子「そんなこと、できるわけないよぉっ……」ポロポロ

紅莉栖「かわいいな、まったくもう……ハァ」

紅莉栖「だーめ。ほら、小指出して」スッ

紅莉栖「ゆびきりげんまん、嘘ついたら海馬に電極ぶっ刺す、指切った」ニコ

倫子「……語呂が悪いよ」グスッ

紅莉栖「ほっとけ」


紅莉栖「私との出会いも――」


・・・

倫子『牧瀬ぇ……紅莉栖ぅ……!!』ダキツ

紅莉栖『(な、なんぞーっ!? 突然残念系美少女に泣きながら抱きつかれるとか、これなんてエロゲ!?)』

・・・


紅莉栖「言葉を交わしたことも――」


・・・

倫子『オレみたいな……その、痛い子が友達で、お前は満足なのか?』

紅莉栖『あんたのラボは幼稚だけど……居心地がいい』

・・・


紅莉栖「一緒に研究を進めたことも……」


・・・

紅莉栖『……もし、私が記憶を失ったら?』

倫子『その時はオレが覚えていてやる。そしてお前に思い出させてやる』

・・・


紅莉栖「全部、忘れなさい。いいわね」




倫子「……うん」グスッ


紅莉栖「ふ、ふーん。忘れちゃうんだ、私のこと」

倫子「ホントにお前は……面倒臭い女だね……クリスティーナ……」ウルッ

紅莉栖「ふふっ、冗談。嘘よ、嘘……」

紅莉栖「……阿万音さんから教えてもらったことだけど。SERNは、完璧なタイムマシンを完成させるの。この私抜きで」

紅莉栖「だけど、そうは言っても私の頭脳は必要。『Amadeus』はSERNが支配した」

倫子「(私の知ってるα世界線でも『Amadeus』研究自体はSERNのもとでリーディングシュタイナー研究として活用されてたんだっけ……)」

倫子「私のスマホから『Amadeus』のアプリが消えてたのも……?」

紅莉栖「へえ、β世界線では"比屋定"先輩あたりと交流してるのね。α世界線では交流してなかったでしょ?」

倫子「そっか、『Amadeus』研究が紅莉栖の大学で存続してたとしても、α世界線だと私との接点は無いもんね……あ、あれ? "真帆"先輩って呼んでないの?」

紅莉栖「マホ? 誰それ」

倫子「比屋定真帆。紅莉栖の可愛い先輩でしょ?」

紅莉栖「可愛い? 彼、男よ? 骨太でガッチリした、いかにも島の男って感じの」

倫子「(……α世界線では"比屋定くん"だったんだ! それでα世界線のクソレズ紅莉栖は比屋定先輩には興味が無かったのか……)」


倫子「この世界線のSERNは、Zプログラムと、『Amadeus』の"紅莉栖"で完璧なタイムマシンを作り上げる」

倫子「そして、過去を自分たちの都合のいいように書き換えた……」

倫子「(私がさっきまで居たβ世界線で、SERNが『Amadeus』を支配するような事象改変が発生した)」

倫子「(『Amadeus』の"紅莉栖"が私に助けを求めてきたのは、そういうことだったんだろう)」

倫子「(だから、どういう過程かはわからないけど、この世界線のSERNが『Amadeus』を支配するように収束した)」

倫子「(というか、辻褄合わせの再構成が発生した)」

紅莉栖「……『Amadeus』の私は、未来のことを知らないからね。脅されなくても、人類のための研究だって信じ込んだまま、タイムマシンの平和利用を夢見て、パパと一緒にSERNに協力しているのかも」

紅莉栖「だからね? Dメールで『Amadeus』研究をとん挫させてしまえば、SERNは完璧なタイムマシンを造れなくなる。タイミングとしては2010年の夏へ送るつもり」

紅莉栖「そして私はそれを18文字で実現する方法を知ってる。これでも研究チームの一員だからね」

倫子「だけど、Dメールを送ればまたエシュロンに捕捉されて、ラボは監視され、今度は生身の紅莉栖が狙われて、結局α世界線のままなんじゃ……」

紅莉栖「送り先はとある宗教団体。送り主は今回、牧瀬紅莉栖である必要性は無い」

紅莉栖「匿名<アノニマス>として送って、神からの啓示か何かだと思って貰えれば結構」

紅莉栖「これなら、たとえDメールがエシュロンに捕捉されても、岡部も橋田も牧瀬も文面に出てこない」

紅莉栖「未来のSERNがラボを監視する理由にならない」

紅莉栖「タネさえわかっちゃえば、世界を騙すなんて簡単なんだって、阿万音さん言ってたわ。あんたも経験があるんじゃない?」

倫子「(た、確かに、そう。私だって、エンターキーひとつでアトラクタフィールドをあっけなく跳び越えたんだから……)」


紅莉栖「あとは送信ボタンを押すだけ。それじゃあね、岡部……」ニコ

倫子「……ホントに、送るんだね」

紅莉栖「大丈夫よ。あんたなら、きっと」

倫子「紅莉栖ぅ……」ダキッ

紅莉栖「ちょっ、私まで濡れちゃうじゃない……ハァハァ」

倫子「…………」ギュッ

紅莉栖「(かわいい)」

紅莉栖「向こうに行ったらちゃんと髪乾かしなさいよ? って、その必要はないか」

紅莉栖「岡部……良い、目覚めを」ポチッ

倫子「ま、待って、紅莉―――――


―――――――――――――――――――
    0.57182  →  1.05364
―――――――――――――――――――

未来ガジェット研究所


倫子「……ぁ……あぁ……」

倫子「(肌に直接伝わっていたはずの温もりが、そこにはなかった――)」

倫子「……くり、す……」ツーッ

まゆり「オカリン、どうしたの? 具合悪い?」

倫子「(まゆりが生きている……それだけでここがβ世界線だと確信できる)」

倫子「(忘れろ……あれは、夢だったんだ……)」グシグシ

倫子「……ううん、大丈夫だよ。まゆり、少し手をぎゅってしてもらえる?」

まゆり「うん、いいよー」ギュッ

倫子「(本当は手を握らなくても出来るけど、この方がしやすいんだよね、未来予知……よし、力はもう復活してる)」

倫子「(……まゆり……鈴羽……紅莉栖? あ、いや、かがりさんか。うん、大丈夫。この世界線はβ世界線だ)」

倫子「まゆりは、私が守る――」

まゆり「え~? 違うよ~」

倫子「……えっ?」

まゆり「まゆしぃはオカリンの人質だから、守られたらダメなんじゃないかな?」

倫子「……ふふっ。意外と細かいことにこだわるんだね、まゆり」

まゆり「えっへへ~」

倫子「(まゆりはまゆりで、人体実験の生贄にされたい、とか考えてたりするのかな?)」

倫子「……もう二度と、どこへも行かせないからっ」ギュッ

まゆり「……えへへ」


るか「お薬、飲みますか?」

倫子「あ、ルカ子。平気だよ、心配かけてごめんね」

かがり「ほんとに? 無理しちゃだめだよ?」ジーッ

倫子「紅莉っ!? じゃなかった、かがりさんか……うっ、顔が近い……」ドキドキ

倫子「(元の世界線と特に変わった様子はない、か)」

倫子「(……かがりさんに紅莉栖の面影を求めちゃダメだ)」ブンブン

倫子「ちょっとお腹が空いちゃっただけ。朝から何も食べてなくて」アセッ

かがり「もう、オカリンさんはスタイルいいんだから、ご飯を抜くダイエットなんかしたらダメだよ」プクーッ

かがり「そういうのはダルおじさんに任せておけばいいんだって」

倫子「(そうそう、オカリンさんにダルおじさ……ん?)」


まゆり「だったら、まゆしぃがなにか作ってあげるよ~」

かがり「えっ、ママが? 私はママのトンデモ料理を食べるの好きだけど、オカリンさんにはまだ早いよ」

るか「あ、じゃあボク、何か買ってきます」タッ ガチャ バタン

まゆり「もう。かがりちゃんもるかくんもそういうこと言うんだから~。由季さんに教えてもらってるから大丈夫だよ~」

倫子「ま、待って! どういうこと……!?」

倫子「(かがりさんの言動が、おかしい!?)」

倫子「えと、かがりさん……?」

かがり「やだなぁ、オカリンさん。私のことは"かがりちゃん"でいいって言ってるのにー」ムーッ

倫子「まさか、記憶を取り戻してる?」

まゆり「かがりちゃんのことは、オカリンが教えてくれたんだよ~?」

倫子「(私にそんな記憶はない。ということは――)」

倫子「ここは……どこなんだ……?」


ガチャ バタン

るか「表通りの自動販売機で、おでん缶、買ってきました。寒いので、ちょうどいいかなと思って」

かがり「わーい、おでん缶だーっ♪ 私、これ大好きなんだ」

るか「へえ、未来でもおでん缶、売ってるんだね」

倫子「(ルカ子にかがりちゃんが未来人だってことがバレてる……)」

かがり「ううん、私ね、おでん缶を"教授先生"からもらったことがあるの。その人、おでん缶が好きで、自分で作ってたんだよ」

まゆり「自分でかぁ、すごいねぇ。きっとまゆしぃたちとお話が合うね!」

倫子「(教授……先生……オデンカン……)」

まゆり「かがりちゃん、薩摩と牛すじ、交換する?」

かがり「いいのっ!? うんっ!」ニコ

倫子「私と交換した時はさんざん渋って、竹輪と交換になったのに……」モグモグ

まゆり「えー、しむっらのはオカリンれしょー?」モグモグ

かがり「ママ、口にモノを入れたまましゃべっちゃいけないんだよ?」

倫子「かがりちゃん。食べながらでいいから、もう少し、質問させて?」

かがり「なあに?」モグモグ


・・・

倫子「……それじゃあ、ここに来たのはルカ子の家に居候していたところを、私がまゆりに紹介する形で?」

かがり「覚えてないの? 私と一緒で記憶喪失になっちゃったのかな……」シュン

倫子「えと、つまり、1998年から2010年までの12年間の記憶だけ失っていて、自分が子どもだった時の記憶は思い出した?」

かがり「思い出したっていうか……お寺で目覚めた時も、ちゃんと覚えてたよ?」

かがり「あとね、オカリンさんに初めて会った時、初めて会った気がしなかったの。これってきっと運命だよね! わーい!」ダキッ

倫子「(それは前も言ってたけど、どうしてだろう?)」 グリグリ

倫子「(ともかく、この世界線では『Amadeus』研究が2010年夏にとん挫する、という事象が発生しているはず)」 グリグリ

倫子「(それによってかがりちゃんの記憶欠如の仕方が変わっている。『Amadeus』研究に近かった人間の行動が変わり、それがかがりちゃんに影響した?)」 グリグリ

倫子「って、暑苦しいから離れなさいっ!」グイッ

かがり「きゃっ! もー、やったなー!」キャッキャッ

倫子「あ、あれ……? かがりちゃんの足元の、床が、綺麗……」

倫子「(昨夜レイエス(仮)たちが襲撃してきた時、威嚇射撃が床を貫いたはず。それが無いということは……)」


倫子「昨日はどうだった?」

まゆり「昨日のパーティーのこと? すっごく楽しかったよー」

かがり「鈴羽おねーちゃんと久しぶりに組み手できて痛気持ち良、じゃなかった、楽しかったよ! オカリンさんとはまたいつかやろうねっ!」

倫子「(確定だ。昨夜の襲撃は無かった)」

倫子「(前のβ世界線でレイエス(仮)たちは、研究施設から脱走したかがりちゃんを取り返しに来たはず)」

倫子「(でも、この世界線では違う。かがりちゃんは未来の記憶を覚えたまま施設を出た。それが意味してるのは……)」

倫子「(わからないけど、襲撃がズレた可能性が高い。襲撃が起こってない現状では、レイエスに問いただしたところで、はぐらかされて終わりだろう)」

倫子「(攻めるなら、相手の尻尾が出てからじゃないといけない。今日明日以降も警戒しておく必要がある、か……)」ハァ

まゆり「ところで、かがりちゃん。時間大丈夫?」

かがり「うん、大丈夫。休憩時間はもう終わってるから、店長に怒られちゃう」ドキドキ

まゆり「それ、大丈夫って言うのかなぁ?」

倫子「店長? ってことは、バイトしてるんだ」

かがり「そうだよ、下のブラウン管工房で……って、この前言ったじゃん。オカリンさんも一緒にバイトする?」

倫子「い、いや、遠慮しとくよ。冬なのにあそこ、暑苦しいし」

倫子「(襲撃と関係なくバイトしてる……これも何かの収束なのかな?)」

かがり「それじゃ、怒られにいってきまーす!」ビシィ

倫子「(かがりちゃんってM……?)」キョトン

裏路地


倫子「この世界線の"私"の行動が不可解だったけど、かがりちゃんに子どもの頃の記憶が元からあったなら、まゆりと引き合わせてもおかしくないのかもしれない」

倫子「そうだ、『Amadeus』アプリは……やっぱり、無いよね」

倫子「あれ? でも、真帆ちゃんの電話番号は登録されてる……?」

倫子「(もしかして、前の前に居た世界線の因果が辻褄合わせで再構成された?)」

倫子「(ギガロマニアックスの力で、過去が見れれば便利だったんだけどなぁ)」

倫子「というか……」

倫子「もう二度と、紅莉栖の声、聞けなくなっちゃったんだね……」グスッ


   『大丈夫よ。あんたなら、きっと』


倫子「大丈夫じゃ、ないよぅ……」ヒグッ

UPX1階 オープンテラス


倫子「ごめんね、こんなところまで来てもらって」

真帆「別に構わないわ。丁度近くまで来てたから」

倫子「(この子がα世界線では男の子だったなんて信じられないなぁ……)」

真帆「あれ? なんだか目が赤いようだけど?」

倫子「えっ!? あ、うん、ちょっと目にゴミが」グシグシ

真帆「で、話って?」

倫子「……『Amadeus』のことなんだけど」

真帆「……え!? あなた、どうして知ってるの?」

倫子「(そりゃ、ビックリするよね……だって、去年の夏に凍結されてるはずだもん)」

倫子「紅莉栖から聞いてたんだよ」

真帆「あ、そう……。あの子、あなたにそんな話までしていたのね」

真帆「実はね、去年の夏――紅莉栖の事件があった、あの後に凍結されたの」

倫子「そうだったんだ。でも、どうして?」

真帆「……なんでも、外部団体からクレームが入ったんですって。神の御業に触れてはならない、とかなんとか」

倫子「そ、それだけ? それだけで、研究が中止になっちゃったの?」

真帆「ええ。少なくとも、私はそう聞いてるわ。いきなり研究は中止だって言われて、教授たちも随分怒ってた」

倫子「(紅莉栖がどうやって18文字で世界線を変えたのかはわからないか。別の世界線からのメッセージは神託扱いされてるらしい)」


倫子「そうそう。レイエス教授って、どういう人?」

真帆「どういうって……私たちの脳科学研究所の隣の棟の、精神生理学研究所の研究者よ」

真帆「南部出身で、オープンな性格っていうか、ヒマさえあれば学生たちとバスケしてるような人。学生には人気があるわ」

倫子「その、精神生理学について、詳しく」

真帆「そうね……私たちが脳そのものの機能研究をしているとすれば、精神生理学は、脳の活動によってもたらされる心の働きや病気とか、医療に近い分野を専門としてるわ」

倫子「たしか、90年代にVR技術を確立させて、特許をとったんだよね」

真帆「詳しいわね……。そう、VR技術」

真帆「盲目の人に外部機器で撮影した映像の光信号を脳の電気信号に変換することで外の風景を見せることができる、っていうものね」

倫子「(まるでギガロマニアックスのリアルブートみたい)」

倫子「脳科学研究所と共同研究をしたり?」

真帆「よくあるわ。実際、レイエス教授とレスキネン教授が共同のチームだったこともある。テーマは、記憶のねつ造。私も関わった」

倫子「……軍事転用される危険性は?」

真帆「へえ……やっぱり岡部さんって慧眼があるんじゃない?」

真帆「紅莉栖がよく言ってたわ。『精神生理学研究所に、まるで軍から派遣されているような人たちが出入りしてる』って」

真帆「だから私も、精神生理学研究所が、記憶のねつ造と合わせて『Amadeus』の軍事転用を極秘で計画してるんじゃないかって疑惑を持ってたこともある」

倫子「記憶のねつ造と『Amadeus』の軍事転用……映画でよくある話は、AIを兵士の頭に植え付けて最強の戦士を作る、とかかな」

倫子「……それが現実になると考えると、ちょっと怖いね」

真帆「だけど、レスキネン教授が居る限りそれはありえないわ。あの人は根っからの学者だし、『Amadeus』への愛情は並々ならないものだったもの」

真帆「それに、私だって軍事転用なんてさせるつもりはなかった。色々と対策を立ててたわ」

真帆「まあ、それも去年の夏にプロジェクトが凍結されたことで無駄に終わっちゃったけど」

倫子「(この調子だと、比屋定さんにレイエス教授を探ってもらうのは無理そうかな……何より彼女を危険に晒すことになるし、やめておいた方がいいか)」

倫子「(別の線を当たってみよう――)」


倫子「(そう言えば、『Amadeus』が無いのにどうして私と真帆ちゃんは出会ってたんだろう?)」ウーン

真帆「どうしたの?」

倫子「えと、その……私たちが出会った時のことを思い出してたの」

真帆「ああ。あの時のこと。ああいう偶然ってあるのね……」

倫子「偶然……だったのかな(かまをかけてみよう)」

真帆「偶然でしかないでしょう? だって、私たちはまだお互い知り合ってなかったんだし、ラジ館に居合わせる必然性もなかったんだから」

倫子「そう! ラジ館ね、ラジ館……ってことは、紅莉栖の……」

真帆「紅莉栖が最期を迎えた場所に、私はどうしても行ってみたかったのよ」

倫子「…………」プルプル

真帆「オカルト的な考え方って大嫌いだけど、あなたと出会えたのは、紅莉栖が繋いでくれた縁なのかもしれないわね」

倫子「……それは、間違いじゃないよ。真帆ちゃん」

真帆「真帆ちゃん言うなっ! ま、あと10日くらいしたらあなたたちともお別れしなくちゃいけないのだけれどね」

倫子「そっか、研究が忙しいんだっけ。真帆ちゃんって呼ばれなくなって寂しくなっちゃうかな?」

真帆「ならないわよっ! SNSで連絡くれなくても別にいいからねっ!?」

倫子「うん、わかった。紅莉栖大好き同盟として、コミュニティでも作ろっか」ニコ

真帆「わかってないじゃないっ! あなた、本気でやりそうね……」

裏路地


倫子「(ホントにβ世界線に戻って来ちゃったんだなぁ。そうだ、今の話を"紅莉栖"にも――)」

倫子「って、もう"紅莉栖"も居ないんだった」

倫子「(……紅莉栖がいけないんだ。紅莉栖のせいで、私はまた……)」

倫子「(なんだか、気持ちが熱くなってくる……)」

倫子「(なんとか、しなくちゃ……私が、この世界の真実を見極めないと……)」グッ

柳林神社 漆原家


倫子「ごめんね、急に押しかけて」

るか「いえ、ボクとしては嬉しいです……!」

かがり「オカリンさんと一緒だーっ! やったーっ!」ダキッ

倫子「ちょ、ちょっとかがりちゃん!」

かがり「良い匂い……ハスハス」ギュッ

栄輔「可愛い女の子なら大歓迎だよ。ゆっくりしていくといい」

倫子「(この人の言う"可愛い"はもう、犯罪的な響きしか無いな……)」ゾワッ

ルカ姉「あれ、またお客さん?」

倫子「えっ? あ、ルカ子のお姉さん!」

ルカ姉「おおー、あんたが噂に聞く倫子ちゃんか」

ルカ姉「ここで出会えるとは、ひっさしぶりに家に帰って来てよかった。なるほど、超可愛いな……」ジロジロ

るか「お、お姉ちゃん! 岡部さんが、困ってるよぅ……」

倫子「(この人が、幼いルカ子を着せ替え人形にして遊んでいた張本人か。初めて会ったけど一発でルカ子の姉だとわかった)」

倫子「(ルカ子の話だと、いつもは家に寄りつかないらしい。父親のせいかな。まあ、さすがに三が日は帰ってきているんだね)」

倫子「(フブキとは違う意味でボーイッシュだ。いや、ボーイッシュっていうより男勝り、って感じか。スケバンとか似合いそうなタイプ)」

ルカ姉「クソ親父のことは私が縛っておくからさ、ゆっくり風呂に浸かっておいでよ」

栄輔「あ、あはは……」

るか「でも、岡部さん。どうして急にうちに泊まろうと?」

倫子「えと、ルカ子がパパさんにプレゼントしたいものがあるってRINEで言ってたでしょ? 一緒に考えようかなって」

るか「ボクのためにそこまで……うぅっ、岡部さん……」ウルッ

倫子「(本当はかがりちゃんが今日にでも襲撃されたら困るからだけど……こういう時、女で良かったなと思う)」チラッ

かがり「一緒にお風呂に入って体の洗いっこ……」ハァハァ

るかの部屋


倫子「はふぅ~、いいお風呂だった~」ポカポカ

倫子「(やたらとスキンシップを求められたけど、まあ、10歳の子どもならこんなものだよね)」

かがり「楽しかったねー、オカリンさん♪ えへへ……はぁ、はぁ」ツヤツヤ

倫子「あのね、かがりちゃん? 頭脳は子どもかもしれないけど、身体は大人なんだから、湯船で泳いだりしちゃダメでしょ?」

るか「いえ、大丈夫ですよ。うちのお風呂、広いですし」

かがり「でも、るかくんと一緒にお風呂入れないなんて、本当に男の子だったんだね……小さい時は全然気づかなかったよ」

倫子「確かに、ルカ子とならお風呂に入っても違和感が無いかもしれないね」フフッ

るか「え……えええっ!? だ、だめですよ、岡部さん! で、でも、このチャンスを逃していいの、るか! ボクはどうすればっ!」オロオロ

かがり「オカリンさんの裸、すっごくセクシーだったよ」ヒソヒソ

るか「そ、そ、そうなんですかぁ……」ドキドキ

倫子「い、いや、期待させて悪いけど、冗談だよ……?」

るか「……あ、あはは。わかってましたよ、今こそボクが女の子っぽい見た目だってことが活かされる時だと思ったりなんてしてませんよ……」シュン

かがり「るかくん、ドンマイ!」


るか「はい、湯上りの冷茶です。どうぞ」

倫子「おっ、ありがとう。気が利くね」ゴクゴク

るか「(かわいい)」

かがり「ねえ、るかくんってホントは誰が好きなの? まゆりママ? それとも、オカリンさん?」

るか「ブフォ! かはっ……けほっ……」

倫子「あー……だ、大丈夫? ルカ子?」トントン

るか「あ、はい。すいません、さすっていただいてありがとうございます……」

倫子「(……でも、このままルカ子が私に気持ちを寄せていても、幸せにはなれないよね)」

倫子「あのさ、ルカ子ならまゆりと付き合っても私的にはオッケーだよ」

るか「え……ええっ!?」

かがり「そしたら私に兄弟ができるね! 姉妹かなぁ?」

るか「かがりちゃん!」カァァ

かがり「あれ? 座布団の下にパスケースが……あーっ! オカリンさんの写真が入ってる!!」

るか「」

かがり「やっぱりるかくんの好きな人ってオカリンさんだったんだー!」キャッキャッ

るか「こ、これはっ、フェイリスさんがボクに売ってくれた、あ、いや、えっと、もらったもので、決してその、やましい意味ではぁぁぁっ!!」ウルッ

倫子「(子どもって残酷だなぁ……)」ゾクッ


TV『さて、それでは次の特集です。今、世界で記憶の再生技術に関する研究が進められているのはご存知でしょうか』


倫子「あの、ルカ子? 私は気にしてないからね?」

るか「……いえ、その、ボク、恥ずかしいです」シュン

かがり「元気出して、るかくん!」


TV『今日は、その最先端を走る、あるアメリカの大学の特集です』


倫子「……あれ、ヴィクコン?」

るか「えっと、ここが比屋定さんの通ってる大学なんですか?」

倫子「うん。へえ、テレビで取り上げられるなんて」

かがり「え……あれ……」ドクン

るか「かがりさん? どうしたの?」


TV『――つまり、ある対象の特徴に反応する神経細胞に電気が流れることでレセプターが増え、樹状突起棘が縮んで電気が流れやすくなるために……』


かがり「…………」

倫子「かがりちゃん、熱心に聞いてるけど、わかるの?」

るか「かがりさん、すごいですね。ボクにはなにがなんだか」

かがり「そう? そんなに難しい話じゃないよ」


かがり「記憶は、脳の中の海馬っていうところが司ってるんだけど、その中に歯状回って呼ばれるところがあるのね」

かがり「そこで行われる神経細胞の生産が、既存の神経回路の再編を引き起こすの。それによって、記憶の忘却が誘発されるんだ」

かがり「で、この研究チームがマウス実験をしてみたら、記憶のねつ造が見られたっていう話」

かがり「あ、ほら。あの奥の部屋で先輩がマウス実験してたの」

倫子「……ねえ、ルカ子。どう思う?」

るか「えっと……かがりさんが子どもの頃、未来であの大学に居た、とか?」

倫子「でも、"先輩"って言ってた……。日本人なんて滅多に居ない大学で、"先輩"なんていう上下関係があると思う?」

るか「そ、それは……」

かがり「あれ? おかしいな……知らない場所のはずなのに……」


TV『この部屋で行われた、マウスを使った実験。それによって研究チームは――』


倫子「まさか、リーディングシュタイナー?」

かがり「りーでぃんぐ……?」

倫子「えっとね、別の世界の記憶かもしれないってこと」

るか「フェイリスさんがいつも言ってるやつですね。前世の記憶が、って」

かがり「前世の、記憶……」

2011年1月3日月曜日
ブラウン管工房


倫子「(この世界線では天王寺さんとも萌郁とも協力関係になかった。襲撃が無かったのだから当然だ)」

倫子「(だからこうしてもう1度、頼み込みに来た)」

倫子「(萌郁への依頼は簡単だった。この世界線では椎名かがりが発見されてからは、かがりちゃんの身辺調査を既に頼んでいたらしい)」

倫子「(だから、ただRINEで一言、引き続きかがりちゃんが12年間何をしていたか調べてくれ、と頼むだけだった)」

倫子「(ジュディ・レイエスの身辺調査も合わせて頼んだ。ラウンダーの諜報力で埃が出てくれればいいんだけど……)」

倫子「(もちろん、α世界線で仕入れた情報の一切を伝えなかった。……ラボメン、というか、仲間にすることはできなくなったけど、これでいい)」

天王寺「いいか? お前さんの頼みを聞いてやるわけじゃねえ。それだけは忘れるんじゃねえぞ」

倫子「感謝します」

倫子「(なんとかかがりちゃんを守る約束を取り付けた。2回目だからお手の物ではあるけれど、こんな大男とこの狭い空間に居るのは生理的にキツイ)」

倫子「(もちろんタイムトラベルや世界線の話は一切していない。ただ、ラウンダーのFBであることを綯にバラされたくなかったら手伝え、とだけ伝えた)」

天王寺「おい、岡部。お前さんら、いったい何に関わってやがる」

倫子「それは――」

天王寺「話せねえってか。頼み事するだけして、随分と虫のいい話だな」ギロッ

倫子「ヒッ! ご、ごめんなさいっ」プルプル


天王寺「……ふん。だがそれでいい」

倫子「え……?」ウルッ

天王寺「情報ってのは最後の切り札だ。そこでぺらぺら喋っちまうようなら、俺は降りてたぜ」

倫子「(どうやら私は正解を引き当てたらしい。これで世界線がαへと変動することなく、天王寺さんと共闘できる)」

天王寺「お前さんも、新しいバイトも、俺からしたら娘みたいな年頃だからな。なにかと心配してるんだ。それは信じてくれて構わねえ」

倫子「……あなたが実はマザコンなことも、知ってますよ」フフッ

天王寺「は、はぁ!? まさか、綴から聞いたのか!?」

倫子「情報は最後の切り札、ですよね?」ニコ

天王寺「生意気になりやがって……これならまだ、変人だった頃の方が良かったかもな」ハァ

倫子「(さて、次はかがりちゃんの記憶のことだね)」

未来ガジェット研究所


かがり「それで、改まってお話って、何かな?」

倫子「ちょっと待ってて。もうひとり、呼んでるの」

かがり「もうひとり……? もしかして鈴羽お姉ちゃんと3人でくんずほぐれつ――」


コンコンコン ガチャ


真帆「おじゃまします」

かがり「あ、真帆さんだー。こんにちはー」ニコ

真帆「ハロー。元気? ……それにしても、本当に紅莉栖に似てるわよね。一部を除いて」ジーッ

かがり「いやん、えっち」キャッキャッ

倫子「それで、比屋定さんに確認したいことがあるんだけど……」


・・・

真帆「じゃあ何? 彼女がうちの大学に居たかもしれないっていうの?」

倫子「(この世界線、この時代とは限らないんだけどね)」

かがり「ちょっと待って。そんなこと言われても私、そんな大学知らないよ」

倫子「記憶っていうのは、無意識レベルで覚えているものもある。そうだよね?」

真帆「それを脳科学専攻に聞く?」

倫子「マウス実験で記憶のねつ造が見られたって話を、この子知ってたんだけど」

真帆「えっ? それって、私が4年間積み上げてきた研究じゃない……で、でも、もしかしたら、別の研究所のモノかも」

倫子「それにこの子、記憶の仕組みについて説明できてた。自分は10歳までの記憶しかないのに、だよ?」

真帆「それもこれも、別にうちの学校に所属してなくても入手できる情報よ」

倫子「それは、たしかに……」


かがり「っ……」クラッ

倫子「かがりちゃん? どうしたの?」

かがり「ちょっと、頭が……痛い……」

倫子「少し横になる?」

かがり「ううん、だい、じょうぶ……痛いくらいが、気持ちいい、から……」ハァハァ

倫子「(なぜ興奮する。頭大丈夫かな、二重の意味で)」

真帆「脳に負担がかかったのかしら……本当に平気?」

かがり「は、はい、大丈夫です。ありがとうございます、先輩」

真帆「だったら、いいのだけど……」

倫子「ちょ、ちょっと待って。今――」

真帆「うん、私も気づいた。"先輩"って……」

かがり「ふぇ?」

倫子「変なことを訊くけど、比屋定さんのことを先輩って呼ぶ人間は……」

真帆「紅莉栖しか居ない。研究所に日本人は私たち2人しかいないから」

倫子「どういうこと……?」


ガチャ バタン

ダル「おつー。あ、真帆たんも来てたん」

真帆「その呼び方はやめて」

倫子「そうだよ、ダル。真帆ちゃんって呼んでいいのは私だけだから」

真帆「岡部さんって天然なの? それとも策士なの? ねえ?」

ダル「駅前のアトルでプリン4つ買ってきたからみんなで食べようず」

かがり「わーい、プリンだぁっ!」

倫子「(こういう反応は、間違いなく10歳の女の子だ)」

ダル「あ、スプーン入ってねえし。店員のお姉さん、ドジっ娘であったか」

倫子「スプーンなら流しにいくつかあったよね……あ、3本しかない」

かがり「私の分は大丈夫です。マイスプーンもってますから」

倫子「…………」

真帆「…………」

ダル「かがりたん、そんなもん持ってるん?」

かがり「え? あれ……私が持ってるのって、うーぱのキーホルダーだけだったような……」ウーン

倫子「かがりちゃん。あなたは、牧瀬紅莉栖のことを知ってるの?」


かがり「紅莉栖……牧瀬、紅莉栖……くっ……」ズキン ズキン

倫子「む、無理はしなくていいよ」アセッ

かがり「……ううん、大丈夫、だから、オカリンさん、何か話して」

倫子「……比屋定さん」チラッ

真帆「……うん」コクッ

倫子「わかった。かがりちゃん、また、いくつか質問するね。あなたのパパはどこに居る?」

かがり「パパは、死んじゃった……戦争で……」

倫子「栗ご飯と言ったら、何を思い浮かべる?」

かがり「カメハメ、波……?」

真帆「……?」

倫子「っ……! い、今、一番欲しいものは……?」ドキドキ

かがり「マイ、フォーク……」

倫子「……2003年、7月23日は、何の日」

かがり「私の、11歳の、誕生日……パパに、怒られた日……パパが家を出ていった日……」

倫子「日本へ留学した時の学校は、どんなところだった?」

かがり「それはまだ……だって私、準備すら終わってなくて……高校じゃなくて大学院がよかったんだけど……」

倫子「タイムマシンは、作れると思う?」

かがり「えっと、それは……11の理論では無理、でも、未知の理論でなら否定はできない……」

真帆「これって……」


倫子「ねえ、比屋定さん。『Amadeus』は凍結されたって言ってたけど、"紅莉栖"の記憶データってまだ存在してるの?」

真帆「え? ええ、たぶん。破棄はされていないはずだけど」

倫子「アクセスできる人間は?」

真帆「ごく限られた人間だけよ」

倫子「具体的には?」

真帆「私やレスキネン教授、他に助手が何人か。そして、紅莉栖……」

倫子「レイエス教授も、じゃない?」

真帆「え? ええ、そうね。あの人も、直接は無理でも間接的には可能なはず」

倫子「……その記憶データを、人間の脳に移植することって、可能だったよね?」

真帆「ちょ、ちょっと待って! なんとなく、言いたいことはわかる。わかる、けど……!」

倫子「私の仮説、聞いてくれる?」

かがり「……えっと?」

倫子「かがりちゃん……。あなたの頭の中には――」

倫子「――牧瀬紅莉栖の記憶が移植されている」

同日 夜
未来ガジェット研究所


鈴羽「かがりの頭の中に、牧瀬紅莉栖の記憶が入ってる?」

倫子「冷静だね。もしかして、2036年では普通のことなの?」

鈴羽「普通じゃないけど、洗脳兵士なら居たよ。最強の兵士の記憶を追加挿入した上で、恐怖を感じない存在」

鈴羽「元々持ってる記憶に上書きするんじゃなくて、記憶を追加するだけから、元の自分を忘却してしまったり、二重人格ということにはならない」

倫子「(洗脳実験……有名なのは、1940年代にCIAが行ったという子どもを使った洗脳実験とか、MKウルトラ計画とか……)」

倫子「(でも、一体誰がなんのために……レイエスが? やっぱり、『Amadeus』が凍結されたことが原因なのかな……)」

倫子「(例えば、『Amadeus』研究に時間を割く必要がなくなったことで、洗脳研究の方が進歩してしまった……)」

倫子「(それで、かがりちゃんが施設を脱走する前に紅莉栖の記憶挿入実験が成功してしまった、とか?)」


鈴羽「かがりの様子は?」

倫子「今はルカ子の家で休んでもらってる」

鈴羽「その、比屋定真帆は?」

倫子「『Amadeus』の記憶データを移植できるかどうかを検証してみるって言って帰ったけど……もしかして、鈴羽。比屋定さんを疑ってる?」

鈴羽「あたしの知ってる未来に『比屋定真帆』なんて人間は居なかったからね。とぼけてるだけで、主犯の可能性が高い」

鈴羽「本人にそのつもりが無くても、後ろから操られていたり、洗脳されてる可能性だってある」

倫子「……理屈では、そうなる。かがりちゃんにわけのわからない施術をしたのは、間違いなくヴィクコンの、それも『Amadeus』研究に携わってた人間の誰か」

倫子「今のところ、犯人はレイエス教授だって踏んでるけど、それも世界線が変わったから微妙なところ」

鈴羽「世界線が、変わった?」

倫子「それについては後で詳しく話すよ、鈴羽」

倫子「私は比屋定さんが犯人だってのは信じたくない……なんて、こんな甘いこと言ってたらダメだよね」

鈴羽「……リンリンらしくなってきたね」

倫子「比屋定さんにはタイムマシンの話は一切しちゃダメ。その代わり、彼女が敵に近いところにいることを利用する。これでいいよね」

鈴羽「最高にクールだよ、リンリン……!」


倫子「でも、かがりちゃんが未来で記憶移植施術をされていたとしたら?」

鈴羽「むしろその方が技術的には可能性が高い。それに、かがりはよく『神様の声が聞こえる』って言ってた」

倫子「神様の、声……?」

倫子「(たしか1940年代の開頭手術で、側頭葉シルヴィウス溝に電極を差し込み電気刺激を与える、っていうのがあった)」

倫子「(その結果、患者は神の声を聞く、天使を見るという神秘体験をすることがわかった、というのをどこかで読んだことがある)」

倫子「(ってことはやっぱり、かがりちゃんは少なくとも未来で、脳に電極をぶっ刺されている……)」ゾワワッ

ダル「でもさ、他人の記憶をぶち込まれるなんて大掛かりな実験をされたら、そのときのこと覚えてるはずじゃね?」

鈴羽「あるいは、全く別の施術と称して洗脳をした。それこそ、PTSD治療なんていう体のいい名目があった」

鈴羽「と言っても、2036年でもそんな技術は軍機だよ。何より目的がわからない」

倫子「そうだね、未来で紅莉栖の記憶を入れたなら目的がわからない。となると、2010年の夏以降、紅莉栖が死ん……亡くなった後に記憶を追加したと考えるべき、か……」

倫子「私が前に居たβ世界線では、かがりちゃんが施設を脱走するまでに記憶移植実験は実行されていなかった」

鈴羽「まさか一度α世界線へと変動していたなんてね……」

倫子「そして、この世界線では脱走のタイミングまでに実験していた、っていう仮説が正しいとするなら、記憶が追加されたのは今から1、2か月前」

倫子「この場合、目的は間違いなく"紅莉栖の記憶データの有用化"。『Amadeus』が凍結されたことで、別の媒体を使って紅莉栖の記憶を有意味化する必要性があった」

鈴羽「牧瀬紅莉栖の記憶の中にある天才性を引き出すことで軍事技術を確立させるため、とかかな。人間を媒体としたAIを作るってことか」

倫子「あるいは、タイムマシンを造られてしまうかもしれない……」

ダル「媒体って……つか、誰がそんなことを?」

倫子「紅莉栖自身なら、それが可能」

鈴羽「彼女は、そんなマッドサイエンティストみたいなことをする人だったの?」

倫子「う、うん……。正直私は、あいつは世界一のマッドサイエンティストだと思ってる」

ダル「うわぁ……」


倫子「それでも、紅莉栖が倫理的にそういうことをするとは思えない。誰かに脅されたとか、紅莉栖の研究が悪用されただけ、ってなら別だけど」

ダル「例えば、幽霊になった牧瀬氏の魂がかがりたんに乗り移った、的なことだったりして」

倫子「(もしこの世界線の7月28日に脳外へ放出された紅莉栖のOR物質が、かがりちゃんの脳に入って記憶の修復力が働いたとしたら……?)」

倫子「(いや、その場合、紅莉栖が日本に居た時の記憶も思い出すことになるはずか)」

倫子「それはないよ。かがりちゃんは紅莉栖が日本に居た時のことは知らないみたいだったから」

ダル「いや、冗談だってばよ」

鈴羽「かがりは1998年にヴィクコン関係者の誰かに捕まり、最近まで日本のどこかの研究所に監禁されてた?」

倫子「多分、その可能性が高いと思う。そこで未来人としての記憶の分析と、紅莉栖の記憶の埋め込みが行われた」

ダル「でもそれなら、どうやってかがりたんは施設を抜け出したん?」

倫子「たぶんだけど、あまり公に出来ないことだから、関係者の人数も少ないはず。監視なんかほとんどしてなかったんじゃないかな」

鈴羽「記憶が戻った瞬間、衝動的な行動に出た。それなら敵の気を逸らすこともできたかも」

倫子「偶然が重なって、今私たちの元で保護できた。あるいはこれは、シュタイ……いや、なんでもない」

鈴羽「……?」

倫子「だけど、奴らは今私たちの近くにいる。どこからか常に監視していると思った方がいい」

倫子「未来人が関わってる以上、かがりちゃんを誘拐された瞬間、世界線が最悪の方向に変動する、なんて可能性もある」

ダル「とんでもないことになってきたお……」


鈴羽「あたしには未だに信じられないよ。どうしてあの泣き虫のかがりがそんなことに……」

ダル「そうだお。記憶を入れるだけなら別にかがりたんである必要はなくね? どうしてかがりたんをわざわざさらうん?」

倫子「人間の脳ってのはHDDみたいに単純じゃない。たとえば、男の記憶を女に入れるなんてことは、脳の構造からして無理だと思う」

倫子「かがりちゃんの脳は……たぶん、紅莉栖の記憶を入れるのにマッチしてたんだと思う」

鈴羽「つまり、かがりは牧瀬紅莉栖の記憶を入れても死亡したり記憶障害になったりしない程度に適性が高い貴重なサンプル、ということか」

倫子「その理由はもしかすると、未来で脳をいじられたことに起因するのかもしれない」

ダル「と、とにかく、かがりたんの脳内から牧瀬氏の記憶を消せば僕たち大勝利ってことでFA?」

鈴羽「中鉢論文が世界大戦の引き金を引いたように、牧瀬紅莉栖の記憶も同様の効果があるはず」

鈴羽「もしそうなら、これはあたしのミッションでもある」

鈴羽「なにより、かがりに罪は無い。あたしはかがりを救いたい」


倫子「……何もしなくても、かがりちゃんの中で紅莉栖の記憶が蘇らない、っていう可能性もある」

倫子「(それはない……虫の知らせ、というか、私の未来予知によれば、この世界線の確定した未来として、かがりちゃんに紅莉栖の記憶が蘇ることが、なんとなくだけどわかる)」

倫子「(でもこの世界線はβ世界線だ。敵勢力にかがりちゃんが軍事転用されてパワーバランスが崩れディストピアに、ということは起こらないらしい)」

倫子「(つまり、確定した未来としては、かがりちゃんが紅莉栖の記憶を全て思い出した上で、このままラボでこっそり暮らしていく――)」

倫子「(それは、幸せなことなのか? 椎名かがりとしての記憶をすべて失うことが……)」

倫子「(それに、たとえそうなったら、常に世界線変動の危機にさらされ続けることになる……)」

倫子「(それを回避するように動くということも、やっぱり世界線が変動することを意味する、けど……)」

倫子「(私はどこかで思っているんだ。紅莉栖の記憶を消すことが、再度紅莉栖を殺すことになるって――)」

倫子「うっ……」フラッ

ダル「だ、大丈夫かお?」

倫子「うん……仮にかがりちゃんに紅莉栖の記憶が蘇っても、誘拐されなければいい。まずは守りを固めよう」

鈴羽「それじゃ、しばらくは様子を見る?」

倫子「敵の状況がわかってないんじゃ、攻勢に出るのは危険。時間が経てば、向こうから尻尾を出すかもしれない」

ダル「ま、こっちのことがほとんどバレてるってんなら、下手に動けない罠」


倫子「(もしかして、この世界線ではレイエス以外にもラボにスパイが……?)」

倫子「そう言えばダル。由季さんはどうしてる?」

ダル「由季た……阿万音氏なら、毎日バイト忙しいみたいだお」

倫子「(この三が日、ずっとバイトしてるのか。さすがバイト狂戦士<バーサーカー>……)」

倫子「なんのバイトしてるの?」

鈴羽「ケーキ屋さんだって。父さん、今度遊びに行ってあげてよ?」

ダル「でも、ちょっと遠いんだよねぇ」

倫子「お父さん?」ニコ

ダル「あ、はい。娘のために頑張ります」

倫子「(やっぱり由季さんはシロだ。女の勘がそう言ってる)」


倫子「ん? でもケーキ屋でバイトなのに、12月24日にダルとデートしてたんだよね? 一番の繁盛期よりダルを優先させるとか、愛されてるね、ダル」

ダル「いや、デートっつーか、鈴羽のお膳立てだったっつーか」

鈴羽「父さんが態度をハッキリさせないのがいけないんだよ」

倫子「鈴羽のおかげでダルは由季さんに萌え萌えキュンになったみたいだよ。ラボで盛大に独り言つぶやいてた」

ダル「……ちょぉぉっ!?!? い、居たなら声かけてほしかったわけだが!」

鈴羽「頑張った甲斐があったよ」ドヤァ

ダル「やべ、【どう見てもカルピスです本当にありがとうございました】より恥ずかしいかも」ドキドキ

倫子「黙れHENTAIっ!!」

ダル「まあでも、僕なんかにクリスマス付き合ったのせいで、この三が日に連勤する羽目になったっぽい。なんか知らんけど、阿万音氏、自分を追い込むクセがあるんだよね」

鈴羽「未来の母さんは過酷な環境下での労働ほど燃える、って言ってたよ。強い人だなぁって思って、あたしは尊敬してる」

倫子「(それってただドMなだけじゃ……。これも鈴羽を誕生させるための収束なのかな……)」ジーッ

鈴羽「……?」

2011年1月4日木曜日
未来ガジェット研究所


真帆「――なるほど、ね」

倫子「(今日は比屋定さんがラボにやってきて、かがりちゃんにいくつか質問をした。私の仮説の検証作業だ)」

かがり「なにかわかりましたか、先輩」

真帆「間違いなくあなたは紅莉栖の記憶を持っている……と言っても、完全にすべてを思い出せているわけじゃないみたい」

倫子「呼び起されるものと、そうじゃないものがあるってこと?」

真帆「そういうことになる。けど、本当に信じられない……というか、信じたくない……」

真帆「それってつまり、うちの研究所に裏切者が居る、ってことじゃない……」プルプル

かがり「あの……私、どうなっちゃうの、かな……?」

倫子「(……大丈夫だよ、とは言えなかった。だって、この世界線で確定しているのは……)」

真帆「かがりさん。付き合わせて悪かったわね。ゆっくり休んで」

倫子「今日はもう帰るの?」

真帆「ええ。自分なりに、まだ検証できることは残っていそうだから……」

倫子「……レスキネン教授に確認を?」

真帆「それも含めて、よ」

倫子「……誰も信用しない方がいい。気を付けて」

真帆「……。それじゃあ、また……」

ガチャ バタン

2011年1月6日木曜日
未来ガジェット研究所


かがり「ごめんなさい。オカリンさんにはいろいろ迷惑かけちゃって」

倫子「そんな、別に迷惑だなんて思ってないよ。それで、調子はどう?」

倫子「(今日、下でのバイトは天王寺さんの都合でお休みらしい。せっかくなので2人でゆっくり話し合ってみることにした)」

倫子「(私がここに来たことで入れ替わりに鈴羽は出て行った。タイムマシンの整備にあたるらしい)」

かがり「んとね……前に比べると、紅莉栖さんの記憶が出てくることが多くなったかも」

倫子「……本来なら、ちゃんとした専門機関で検査してもらうのが、一番いいんだけど」

倫子「(医者に説明しようが無いんだよね……。未来人で、陰謀によって記憶喪失になり、別人の記憶が埋め込まれてる……トンデモの三重奏だ)」

かがり「検査かぁ、懐かしいなあ。子どもの頃もね、検査ばっかりしてたの……痛くて気持ち良かったよ……」ウットリ

倫子「(このまま紅莉栖の記憶が彼女を支配していったら、どうなっちゃうんだろう)」

倫子「(OR物質が、かがりの脳を紅莉栖の脳だと認識する、なんてこと、あるんだろうか)」

倫子「(もしそうなったら、正真正銘、紅莉栖になっちゃう……?)」


かがり「んー……」ジーッ

倫子「な、なあに?」ドキッ

かがり「んとね、改めて考えると、こうしてオカリンさんと話してるの、不思議だなあって」

倫子「不思議? かがりちゃんが産まれる前に、私が死んじゃってるから?」

かがり「うん。オカリンさんのことはママやダルおじさんのお話に聞くだけだったから」

倫子「(この子がα鈴羽みたいな鳳凰院信者にならなくて良かった……)」ホッ

かがり「ちょっと憧れてたんだー。ママを助けてくれた人って、きっとかっこいい人なんだろうなって。ホントはすっごい美人さんだったわけだけど」

倫子「助けて……? ああ、まゆりの婆さんが亡くなった頃の話だね。まゆり、いい歳してまだその話を……」

かがり「お前はオレの人質だー、って」フフッ

倫子「わ、笑わないでよぅ……」

かがり「私ね、オカリンさんの話をする時のママの顔がだーいすきなの」ニコ

倫子「……そっか」


グー

かがり「あ、お腹が鳴っちゃった」

倫子「もうお昼だね。カップ麺ならあるけど、それでいい?」

かがり「うんっ! 私ね、カップ麺食べてみたかったの!」

倫子「(未来じゃ食べたこと、なかったんだ。その上ラーメン好きの紅莉栖の記憶があるから、食べたくてしょうがないのかな……?)」

倫子「醤油と塩、どっちが……って、塩がいいよね」

かがり「え? うん、塩の方がいい気がした。食べたこと無いのにね」

倫子「フォークの方がいい?」

かがり「うんっ。お箸使うの苦手で、まゆりママにいつも怒られてたんだー」

倫子「はい、これ。プラスチック製だけど、かがりちゃん用に買ってきたの。あげるね」スッ

倫子「(紅莉栖用に買った時は、あの後萌郁から脅迫メールが来て、全力でラボに走って、まゆりとシャワー浴びてる紅莉栖を罵ったんだっけ……)」フフッ

かがり「えっ? いいの? やったーっ! かがりの持ち物がもう1個増えた♪」

かがり「……なんだか、ずっとこれが欲しかった気がする。これも、紅莉栖さんの記憶なんだよね……」

倫子「(やっぱり……)」

かがり「ねえ、オカリンさんは紅莉栖さんのこと、好きだったの?」

倫子「え――――」


倫子「……好きだったよ。私は、彼女と出会って、人生が大きく変わった」

かがり「素敵だね。どんな人だったの?」

倫子「気になる?」

かがり「自分の頭の中にある記憶の持ち主のこと、もっと知りたいよ」

倫子「あの子は……とにかく、好奇心の強い子だった。今のかがりちゃんみたいにね」

かがり「ふむふむ」

倫子「その上頑固で、生意気で、根っからの真面目っ子で、仕切りたがりの委員長タイプで」

倫子「強がりなのに寂しがり屋で、友達を作るのがとっても下手くそで」

倫子「……私を守るために、なんでもしてくれた」

倫子「本当は嫌なのに、私に全力ビンタしたり、本当は嫌なのに、私の前で悪人を演じたり」

倫子「それが本当に私を守ることになるって信じて、人生を賭けて私を支えてくれた」

倫子「何度も何度も、どの世界線でも、何十年という時間を超えて、私のために動いてくれた」

倫子「私のために怒ってくれた。私のために突き放してくれた」

倫子「私のために……抱きしめてくれた」ウルッ

かがり「ふぇ~、大人だなぁ。憧れちゃう」


倫子「まあ、いつも『倫子ちゃん、ペロペロー』とか言ってる、どうしようもないHENTAIだったんだけどね」フフッ

かがり「そ、そうなの? 意外だなぁ」

かがり「……倫子たんハァハァ」デュフフ

倫子「ちょ、やめてよー」アハハ


   『あなたと、1つになりたい』


倫子「…………」ウルッ

かがり「オカリンさん……?」

倫子「あ、いや……」グシグシ

かがり「……なんだかね、オカリンさんたちと知り合えて良かったなーって、すっごく思うの」

倫子「えっ……。それは、どっちの記憶?」

かがり「両方、かな……紅莉栖さんってもしかして友達居なかった?」

倫子「うん、あの子はアメリカでも小学生の頃に出会った幼女の面影だけで――」

かがり「……?」

倫子「(――いや、これはα世界線の記憶だ。こっちの紅莉栖の記憶じゃない)」

かがり「オカリン……さん……」フラッ

倫子「え……だ、大丈夫? かが……紅莉栖?」ダキッ

かがり「頭……頭が……っ」ズキズキ


かがり「いや……嫌だ……もう、あんなとこ、帰りたくない……」ウルウル

かがり「助けて……誰か……誰かここから出して!」ポロポロ

倫子「(錯乱しているっ!?)」

倫子「お、落ち着いて! えっと、こういう時、どうしたら……」オロオロ

倫子「――かがりちゃん。大丈夫、大丈夫だよ」ギューッ

かがり「う、あぁ……はぁっ……オカリン……さん……」グスッ

倫子「……少し落ち着いた? ソファーで横になってて」

かがり「うん……」


・・・

かがり「すぅ……すぅ……」zzz

倫子「(さっきのかがりちゃんの発言、『ここから出して』……。やっぱりこの12年間、どこかに監禁されてたんだ)」

ガチャ

まゆり「かがりちゃん! オカリン、かがりちゃんの様子は?」

るか「大丈夫ですか!?」ウルウル

倫子「(かがりちゃんが錯乱したことを2人にRINEで連絡しておいた)」

倫子「うん、今はよく眠ってる」

るか「そうですか、それならよかったです」ホッ

まゆり「かがりちゃん……」

かがり「ん……あれ? ここ、どこ……」

倫子「目が覚めたみたいだね」

かがり「あなたは……?」

るか「落ち着いて。ここはラボですよ」

かがり「ラボ……? 日本語……?」

倫子「(ん……? なにか、様子がおかしい……?)」


かがり「あ、そっか……私、レスキネン教授に交換留学するように言われて……」

かがり「ATFでの講演の準備もしないと……」

かがり「あれ? 論文は!? パパに見てもらおうと思って、頑張って書いたんだけどっ」

まゆり「留学? 講演? 論文?」

倫子「……っ!?」

倫子「(間違いなく紅莉栖の記憶だ……紅莉栖は『Amadeus』に記憶をアップロードするより前にタイムマシン論文を書き上げていたのか……)」

倫子「(――『Amadeus』の記憶データの中に、タイムマシン論文の情報が入っているっ!?)」ゾクッ

倫子「(敵の目的って……まさかっ)」ゴクリ

倫子「落ち着いて、かがりちゃん。それはあなたの記憶じゃない。あなたは、椎名かがりよ、牧瀬紅莉栖じゃない」

かがり「かがり……私は、椎名、かがり……」プルプル

まゆり「か、かがりちゃん!? ママがわかる!?」

かがり「ママ……う……ああっ、ぁ……っ!」

るか「大丈夫!?」

かがり「――――ああああああああああああああ!!」バタッ!!

柳林神社


るか「もう、大丈夫、だからね……」

かがり「……う、うん」グッタリ

倫子「(意識を失って気絶したかがりちゃんをルカ子に運んでもらった)」

倫子「(こういう時、やっぱりルカ子は男の子なんだなと実感する。日々の鍛錬のおかげなのかな……なんて)」

倫子「ルカ子、かがりちゃんのこと、お願いね」

るか「はい。それにしても、一時はどうなることかと……」

倫子「……私も驚いた。だけど、だいぶ落ち着いたみたいで良かったよ」

倫子「(……陰謀を差し置いても、かがりちゃんを病院に連れて行くべきかもしれない)」

倫子「(いや、それだけはダメだ。かがりちゃんの中に紅莉栖の記憶、タイムマシン論文がある以上、それが世界線変動の引き金となってしまう)」

倫子「(AH東京総合病院みたいなところへカルテが流れてしまったら、敵にかがりを差し出してしまうようなものだ。どんな病院にも連れて行けない)」

倫子「(……そんなの、私のエゴだ)」

倫子「ごめんね、みんな……」

まゆり「オカリンが謝ることないよ」

るか「……あ、あのっ! 岡部さんに、お伝えしたいことがありますっ」

倫子「え?」


るか「……すべて、凶真さんから教えてもらったことなんですけど」

るか「理不尽に屈して己を変えようとするのは、単に自分を歪めてしまうだけの行為に過ぎない」

るか「それは変わることでもなんでもなく、ただ逃げてるだけ」

倫子「…………」

るか「それも前向きに生きるためではなく自分を追い込むだけの逃げで、最終的には自分を歪めてしまうことになる」

るか「そういうことを岡部さんは言ってくれたんです」

るか「そして岡部さんは、ボクの師匠になってくれたんです。理不尽な現実に立ち向かう、心の強さを鍛えるための師匠に」

倫子「(うん、全部覚えてるよ。去年のゴールデンウィークに、私が厨二病全開で言ったことだ……)」

るか「そしてその時以来、ボクは……こんなこと、弟子のボクが言うのはおこがましいと思うんですけど……」

るか「――"思い出して"ください。"本当の自分"を」

倫子「本当の、自分……」

まゆり「るかくん……」


るか「す、すいませんっ! 出過ぎたことを……」

倫子「……ううん。そろそろ、私も腹をくくらなきゃいけないのかもしれない」

倫子「時間は、待ってくれないから……」

まゆり「えっと、今日はまゆしぃもかがりちゃんと一緒にるかくん家に泊まることにするね」

倫子「うん、お願い。ルカ子、ふたりをよろしくね」

るか「は、はいっ! ボクが守りますっ!」

倫子「私はラボに戻って、鈴羽に説明してくる。比屋定さんにも、助けてもらおうと思う」

倫子「――なんとかしなくっちゃ」

未来ガジェット研究所


鈴羽「かがり、ひどいの?」

倫子「今は落ち着いてる。けど、一時はかなり混乱してた」

真帆「急に呼び出されて何かと思ったけど。やっぱり……紅莉栖の記憶?」

倫子「うん。間違いない。私たちがやるべきは――」

倫子「かがりちゃんの脳から、紅莉栖の記憶を消去すること」

倫子「(紅莉栖のタイムマシン論文を消滅させること――)」

倫子「そうしないと、かがりちゃんの容体がどんどんひどくなっていくかもしれない」

真帆「それで私の力が必要だ、って考えてるみたいだけど、どこまで協力できるか……」

倫子「(協力してもらうにしても、かがりちゃんの素性は明かせない。比屋定さんに一からタイムマシンや世界線の説明をするのは危険だ)」

真帆「この前、レスキネン教授に確認してみたんだけど、紅莉栖の記憶データは凍結されたままで、誰もアクセス出来ないはずだと言っていたわ」

真帆「ただ、それが事実かどうかを確かめる権限は、今の私にはない」

真帆「それに、プロジェクトが凍結される前に何者かがデータを持ち出したことだって考えられる。いわゆるハッキングってやつ」

真帆「でも、いったい何の目的で?」

鈴羽「…………」チラッ

倫子「…………」フルフル


倫子「おそらく、紅莉栖の頭脳を軍事転用するためだと思う」

倫子「紅莉栖は稀代の天才だよ。その記憶データを生身の人間に持たせて、新型兵器の開発に協力させたいはず」

真帆「オッペンハイマー博士を思い出すわね……米軍ならやりかねない、か」

倫子「(仮想敵は"世界の警察"か……)」

鈴羽「実際、かがりの口からそれが可能な論文の存在が明らかになったらしいんだ。悪いけど、比屋定真帆には具体的な内容は話せない」

真帆「紅莉栖の論文の中身に興味はあるけど、あなたたちが私を守ろうとしてくれてるのもよくわかる」

真帆「かがりさんの容体が悪化している今だけは、自分の好奇心を押し殺しておくわ」

倫子「……ありがとう」

真帆「でも、それなら『Amadeus』ごと奪取すればいいだけの話よ。どうして生身の人間に記憶を入れる必要があるの?」

倫子「『Amadeus』はしゃべりたくないことはしゃべらない。そうだよね?」

真帆「え、ええ」

倫子「でも、紅莉栖の記憶を持っただけの、精神年齢が10歳の女の子だったら、どう?」

真帆「……?」

倫子「例えば……まゆりを殺す、って脅されでもしたら」

真帆「っ!? そ、そんなの、現実離れし過ぎよ! 岡部さん、私をからかうつもりなら――」

鈴羽「拷問でも、自白剤でもいい。生身の人間であれば、催眠にかけて記憶を引き出すこともできる」

鈴羽「比屋定真帆。真実から目を背けて、一時の安穏に逃げるの?」

真帆「は、はあ!?」

倫子「比屋定さん。可能性はゼロじゃない。ううん、私は高いと思ってる」

倫子「今は、私を信じて欲しい」

真帆「……わかったわよ。岡部さんは信じる」ハァ

真帆「でも、一連の話を100%信じるわけじゃない。私は私で反証のための材料を探すわ」

倫子「うん、ありがと」ニコ

真帆「っ……」ドキッ


鈴羽「他人の脳に別人の記憶を移植することで、どんな不具合がある?」

真帆「ふたり分の記憶がひとつの脳に混在することで、脳への負担はかなり大きくなってるはず」

真帆「……いつ齟齬を起こしてもおかしくないわ。実際に今、そのエラーが起きつつある」

倫子「(長時間タイムリープの危険性と同じ、ってことか)」

真帆「実験としては失敗の類でしょうね。身体へのリスクがあまりにも高いもの」

鈴羽「このままかがりを放っておくと……牧瀬紅莉栖になる、なんてことは、ある?」

真帆「記憶と人格は別物よ。脳の中で記憶を扱うのは、海馬と大脳皮質。一方で、人格は前頭前野の働きによって形成されている」

真帆「それらの働きは、お互い密接に繋がっている部分も大きいわ」

真帆「このまま放っておいた場合、最悪、かがりさんの人格は崩壊を……」

鈴羽「く……」

倫子「なんとかしてそれを防ぎたい。かがりちゃんの脳から、紅莉栖の記憶を削除したいの」

倫子「紅莉栖の記憶が悪用されるなんて許せない。かがりちゃんを利用して、なんて、もっと許せない」

倫子「(だけど、それを防いだら世界線が変わる……っ。覚悟を決めろ、私……っ!)」グッ


真帆「……ひとつ手があるとするなら、もう一度過去のかがりさんの記憶を上書きすること、かしら」

真帆「そもそも、かがりさんの記憶を操作した人間は、かがりさんの記憶をかがりさんの脳内に残すつもりは無かったと思うの」

倫子「実験は失敗だった、ってことだよね」

倫子「(記憶を思い出せないようにするには、トップダウン検索信号を機能させないようにすればいい)」

倫子「(だけど、そんなことをしたら新しく追加した紅莉栖の記憶も思い出せなくなる)」

倫子「(実験後、即座に紅莉栖の記憶を思い出すことはなかった。紅莉栖の記憶を埋め込むだけ埋め込んで、トップダウン検索信号が機能しなければ、そういうことになるだろう)」

倫子「(この調整がまだうまく行ってなかったんだ。かがりちゃんの10歳以前の記憶は消すことができなかった。それだけじゃない――)」


   『いや……嫌だ……もう、あんなとこ、帰りたくない……』

   『助けて……誰か……誰かここから出して!』


倫子「(実験中の記憶だって、完全には消せていなかった。思い出して錯乱したこともあった)」

倫子「(だけど、ここ数日は紅莉栖の記憶の方を思い出しつつある。OR物質の記憶バックアップも、徐々に侵食されているはずだ)」

真帆「だったら、もう一度かがりさんの記憶を、きちんとした装置で脳に上書きしてあげれば、あるいは」

鈴羽「だけど、かがりの記憶データが無いと意味が無い」

真帆「バックアップが取ってあることを期待するしかないわね」

倫子「(おそらくバックアップデータはどこかに保存されている。未来の、しかも別の世界線の貴重なデータだ、みすみすドブに捨てるとは考えにくい)」


鈴羽「装置はどうする?」

倫子「比屋定さんが作る」

真帆「ふぇっ!?」

倫子「紅莉栖は以前、人間の脳が思い描いた映像信号を、他の人の脳に投影するマシンを作った。記憶上書きマシンだって、仕組みはほとんど一緒のはず」

真帆「た、たしかにあの子ならできるかも知れないけど、私には……」

倫子「その作り方を、完全じゃないけど、ある程度は私だって理解してる。だから、私が比屋定さんのサポートをすれば、作れると思う」

倫子「(要はタイムリープマシンをカー・ブラックホール抜きで作ればいいんだ。ある程度青写真を提示すれば、比屋定さんならきっと作れる)」

真帆「でも、記憶データのバックアップがどこにあるかっていう問題がある。これを突き止めないと、マシンを作っても無意味よ」

倫子「(OR物質の記憶バックアップは……いや、リーディングシュタイナーをかがりちゃんに発動させる方法は不安定だから、出来れば普通のデータが欲しい)」

倫子「……ダルに、ペンタゴンをハッキングさせる」

真帆「そんな単純な話じゃない。ハッキング自体は可能だとしても、米軍組織のどこにあるかって話になるし、そもそも米軍とは限らない」

倫子「取りあえず、萌郁……探偵の報告を待とう。私たちは記憶上書き装置を完成させる。比屋定さん、お願い」

真帆「たまに強引なところがあるわよね、岡部さんって……でも、そういうの嫌いじゃないわ」

鈴羽「マゾなの?」

真帆「違うわよっ!!」ウガーッ

真帆「紅莉栖が作ったマシン……私にだって、作れるはず。やってやろうじゃない」フッ

倫子「ありがとう、真帆ちゃん!」ダキッ

真帆「ちょっ!? ……必要なものを和光の研究所とホテルに取りに戻るわ。開発は明日からね」ドキドキ

和光市 理化学研究所近く ビル2階 世界脳科学総合研究機構日本オフィス準備室


真帆「紅莉栖が日本に来てから作ったものを、岡部さんに教えてもらうことができただけでも収穫ね……いえ、それよりもかがりさんが心配なのだけれど」

ガチャ

真帆「え……な、なにこれ……荒らされてる……!?」

レスキネン「マホ! 大変だよ。何者かが侵入したらしいんだ」

レイエス「ワタシが来た時には、こんなに荒らされていたの。ワタシは幸い持ち物が少なかったから被害はたいしたことないけど、アナタたちは……」

レスキネン「してやられたよ。企業スパイかもしれないね」

真帆「こ、こんな何もないところで? 狙うなら普通隣の理化研を――」


   『誰も信用しない方がいい。気を付けて』


真帆「(……そもそも、このオフィスの存在を知ってる人間なんて、それこそ内部の人間しかいない)」

真帆「(まさか、教授が……? 第一発見者は、レイエス教授……)」プルプル

レスキネン「とにかく、君も何か盗まれていないか調べたまえ」

真帆「は、はい……」


真帆「なにも、盗られていませんでした……」

レスキネン「PCの中も確かめてみたが、第三者にアクセスされた形跡は見られない」

レスキネン「マホ、本当に何も盗られていないかい? 例えば、君が持っていたノートPCとか」

真帆「えっ? はい、あれならホテルに置いてあるので――」

真帆「(……いえ、だって、あのPCを教授たちが狙う理由が無いじゃない。何を疑っているの、私……)」

レスキネン「そうか。ならいいんだが」

レイエス「どうする? 警察に通報する?」

レスキネン「何も盗られていないなら、事を荒立てない方が良い。それこそ、犯人の思うツボかも知れないからね」

レイエス「そうね……少し、様子を見ましょうか」

真帆「(一度いぶかしむと、すべてが怪しく思えてくる……)」


真帆「あの、教授。実はお願いがあるんです」

レスキネン「なにかな?」

真帆「今、私たちが研究や発表会で忙しい時期だっていうことはわかっています。ですが、私に数日休暇をいただけないでしょうか」

レスキネン「もしかして、ガールフレンドでもできたかな?」

真帆「……普通の女友達ならできましたけど」

レスキネン「素晴らしいッ! それなら私が君の休暇を認めてあげよう」

真帆「い、いいんですか?」

レスキネン「愛を育むことも研究者にとっては必要だよ、マホ」

真帆「だから違うんですってば!!」

2011年1月11日火曜日
未来ガジェット研究所


倫子「(色んな方面から探りを入れてみたけど、何一つ成果を得られずにいた)」ハァ

倫子「(最後の手段として、レイエスを拘束して吐かせる、という手が無くは無いけど、米軍を敵に回して勝てるビジョンが見えない)」

倫子「(かがりちゃん、というか、紅莉栖のタイムマシン論文が敵に奪われたら一巻の終わりだ。世界線が悪い方へ変動する)」

倫子「(それを確実に回避する方法は、この世界線の確定事項ではない、"記憶の上書き"……)」

倫子「(記憶を上書きすることと記憶を取り戻すことは、検索信号の問題があるからイコールじゃないけど、少なくとも紅莉栖の記憶は消える)」

倫子「(記憶挿入実験は、α世界線の紅莉栖のDメールによって発生してしまったバタフライ効果だ)」

倫子「(だから、"記憶の上書き"を実行すれば、記憶挿入実験はなかったことにならざるを得ない)」

倫子「(それしかかがりちゃんの脳から紅莉栖の記憶が消える因果律の整合性が取れないからだ)」

倫子「(かつてエシュロン内部のDメールデータを削除しただけで、IBN5100の移動経路が変わった時と同じような、歴史の辻褄合わせが発生する)」

倫子「(かがりちゃんに紅莉栖の記憶が元々入っていない世界線へと変動させる……そういう世界線を私は一度観測している……)」

かがり「すいません、真帆先輩。オカリンさん。私のために……」

真帆「ううん、あと少しで出来そうだから。それに、これは私のためでもあるんだし……」フラフラ

倫子「比屋定さん、眠そうだね……」フラフラ

真帆「そういう岡部さんも……でも、本当におもしろいわ。紅莉栖って本当に天才だったんだって思い知らされるけど」

倫子「そんな。比屋定さんだって、私のアバウトな設計図からうまく仕上げてくれたじゃない」

真帆「アイディアのアウトラインさえ示してくれれば、あとはだいたいどこに何を当てはめれば良いかが見えてくるものよ」

真帆「私のアイディアじゃないのが、少し悔しいわ」フフッ

倫子「真帆ちゃん……」

真帆「真帆ちゃん言うな……」クターッ


真帆「それにしても、携帯電話を使うだなんて、普通考えないわ。たとえ考え付いたとしても、実行に移そうなんて思わない」

倫子「神経パルス信号を外部から脳に送る方法として、送話口からこめかみに向けて0.02アンペア程度の微弱な放電現象を起こす。これが可能な機能がケータイにあったってだけ」

倫子「(これさえも300人委員会の陰謀かもしれないんだけどね)」

かがり「側頭葉に神経パルス信号が流れた瞬間、記憶の埋め込みが完了しますけど、これだけだと記憶を思い出せないままになって、上書きは失敗してしまう」

かがり「そこで、擬似パルスを流すことで前頭葉からトップダウン検索信号を発信させる、という話でしたね」

倫子「(そう。ここで上書きした記憶を100%"思い出す"ことができる)」

倫子「(OR物質の記憶バックアップデータも数日のうちに更新される。要はタイムリープと同じ原理だ)」

倫子「(ただ、それは健常な脳においての話。かがりちゃんが意識レベルで思い出すことができるかはわからない)」

倫子「(それでも、少なくともこれによって2度と紅莉栖の記憶を"思い出す"ことができなくなる……はず)」

真帆「問題は、どうやって記憶を圧縮させるか、よね」

ダル「それについては、目下僕が毎日徹夜で頑張ってるわけだが」

鈴羽「父さん、がんばって。愛娘が応援してるよっ」ダキッ

ダル「みwなwぎwっwてwきwたwww」カタカタカタカタ

鈴羽「」グッ

倫子「(いや、そんなドヤ顔されても……)」


倫子「(電子レンジ内にカー・ブラックホールを作る必要は無いからそもそも電子レンジが必要無いけど、記憶圧縮用のミニブラックホールはSERNのLHCに作ってもらわないといけない)」

真帆「でも、紅莉栖はどうして記憶圧縮なんて方法、思い付いたのかしら。自分の妄想を他人に見せる装置には必要ないはずだけど」

かがり「確かに。私も疑問です」

倫子「そ、それは、ほら、セレンディピティってやつだよ。開発の途中で、関係ない技術が誕生しちゃうっていう」

真帆「なるほどね。結局紅莉栖は天才で、所詮私はサリエリだったってこと」

かがり「どういう意味ですか?」

真帆「自分の胸に聞きなさい」

倫子「…………」

倫子「かがりちゃん、あんまり、紅莉栖の記憶中心でしゃべらない方がいい」

かがり「えっ? あ、ご、ごめんなさい、私……」


かがり「……ねえ、オカリンさん。もしもね、椎名かがりの記憶が失くなって、完全に紅莉栖さんの記憶に入れ替わるとしたら――」

かがり「そしたら私は、牧瀬紅莉栖になっちゃうのかな?」

真帆「あなたは確かに顔が似てるけど、そんなことは無いわ。記憶と人格は――」

かがり「でも、もしもだよ? もしも、そうなるなら……オカリンさんや真帆さんは、嬉しい?」

倫子「私は……」


   『……死にたく……ないよ……』

   『こんな……終わり……イヤ……』


真帆「……ちょっと待って、岡部さん。今、どうして言い淀んだの?」

倫子「え――――」

真帆「私たちが今、何を作っているのかわかってる!? 何のために動いているのか、わかってるの!?」ガシッ

倫子「っ……痛いよ……」

ダル「ちょ、真帆氏おちけつ」

真帆「……ごめんなさい。睡眠不足でイライラしてた」

倫子「わ、わかってる……ごめん……」

かがり「……意地悪な質問だったね。私はね、椎名かがりで居たいよ」

倫子「……私は、紅莉栖の記憶を、消したい」グッ

真帆「岡部さん……」


・・・

ダル「キターーーー!」

真帆「出来たわ!」

かがり「やりましたね!」

倫子「良かった……私はほとんど何も手伝ってないけど、ここまで再現できるなんて……」

倫子「(タイムリープマシンと違って電子レンジが無いだけでなく、VRヘッドセットも無い。記憶データを新たに作る必要は無いからね)」

倫子「(だからこのマシンは、単純に記憶データにデコードプログラムを仕込んで、LHCで圧縮、携帯電話から放射する、というもの)」

倫子「それにしても、よくこの短時間で……」

真帆「かがりさんの中に紅莉栖の記憶が残ってたことも開発を後押ししてくれたわ」

倫子「いや、それでも完成させたのは比屋定さんの力だよ。本当にすごい」

かがり「そうですよ、先輩。実際に作ったのは先輩なんですから」

真帆「ありがとう。その言葉、素直に受け取っておくわ」

真帆「ふう……それじゃ、私はちょっと眠らせてもらう。さすがに疲れ――」

prrrr prrrr

真帆「もう、誰よ。人がこれから寝ようって時に……はい、もしもし?」シャーッ (※開発室のカーテンを閉める音)

倫子「真帆ちゃんも紅莉栖と同じで律儀だなぁ。アメリカの人ってみんなこうなのかな?」

真帆『ふえっ!?』

倫子「ど、どうしたの!?」


真帆「ホテルから電話があって……荒らされたって……私の泊まってた……ホテルの部屋……」ワナワナ

ダル「マジかお……」

真帆「今から警察に連絡するから、何が盗まれてるか調べるためにも、早く戻って来いって」プルプル

倫子「……罠だ。比屋定さん、ここを動かない方が良い」

ダル「いやでも、ホントに大切なもんが盗まれてたらヤバいっしょ」

真帆「一応、大切なものは全部ここに持ってきているけれど……実は、この前オフィスも荒らされたことがあって……」

倫子「同一犯だとして、比屋定さんのホテルの部屋を知っていて、オフィスに侵入できる人物。可能性があるのは……」

真帆「……レスキネン教授と、レイエス教授よ」

かがり「そんな!? 教授たちが!?」

ダル「ヴィクコン関係者かぁ……」アチャー

倫子「そのふたりが米軍組織のスパイである可能性、だね」

真帆「さすがにここまで来ると、私も否定できそうにないわね……」

倫子「ふたりのどちらか、あるいは、共謀、ということも考えられる」

ダル「久々にオカリンの陰謀論が聞けて嬉しいけど、マジな話っぽいなこれ……」


ダル「つか、真帆たんの研究はそのふたりも共有してるわけっしょ? なら何を探してるん?」

真帆「見当はついてるわ……紅莉栖のノートPCとHDDよ」

かがり「私の……」

倫子「その中にも、兵器転用できる技術が書かれた論文が入っているんだ。かがりちゃんの脳内と同じように」

かがり「アレのことですよね……そりゃ、パパと共同研究すればいつかは実現できる可能性があるかも、と思って書いたものですけど、まさかホントに……」

真帆「ということは、かがりさんを誘拐する件は諦めたってこと?」

倫子「同時並行で探ってる、ってところじゃないかな。でも、比屋定さんに不信感をもたれても構わなくなってるってことは、かなり焦ってるんだと思う」

倫子「(わからないけど、ロシアやSERNなんかの敵対組織に先んじる必要があるんだろう。このまま勢力が拮抗したままであってほしいけど……)」

ダル「つか、そのPCって、この前真帆たんが僕に託したやつ?」

倫子「えっ?」

真帆「実はね、どうしてもパスワードを解析したくて。ここに籠るようになってから、橋田さんにお願いしたの」

倫子「それじゃ、今そのノートPCは……」

ダル「僕のヒミツのアジトにあるのだぜ。つっても、まだパスワードは解析できてないけどね」ヒソヒソ

倫子「そ、そっか。なら、よかった」

ガチャ

鈴羽「ただいま……なにかあった? 空気が沈んでるけど」

倫子「それが……」


・・・

鈴羽「つまり、敵が動いた。しかもかがりの対処が急を要する、と」

真帆「私が居るせいかわからないけど、かがりさん、どんどん自分を見失っていってるわ」

かがり「ご、ごめんなさい、先輩……うぅ……」

倫子「もう、時間が無い。悠長に構えている場合じゃなくなった」

倫子「(危険を冒してでも動くしかない、か……)」

倫子「……お願い、みんなの力を貸してほしい」

ダル「お? オカリン久々の作戦立案? これは胸が熱くなるな」

鈴羽「リンリンのオペレーションか……あの頃はごっこ遊びだったけど、懐かしすぎて涙が出そう」

倫子「まず、状況を整理しよう」

倫子「(前の世界線の襲撃者と、この世界線でかがりに記憶を上書きしたやつらとは同じはず)」

倫子「敵の正体については、レイエス教授は確定。レスキネン教授もその可能性が高い。そして、ふたりは米軍組織のスパイの可能性、ただし詳細は不明」

倫子「敵の目的は紅莉栖の論文を奪うこと。兵器転用するためにね」

倫子「そのために、論文の入っているかがりちゃんの頭脳、あるいは、紅莉栖のノートPCを奪取しようとしている」

倫子「現状、かがりちゃんの紅莉栖化がひどくなってきてる。早いところ、敵の所属している組織を特定したい」

倫子「そこにかがりちゃんの記憶のバックアップがあるはず。そしたらダルにハッキングしてもらって、記憶データを入手する」

ダル「任せろっつーの!」

倫子「そして、敵も手段を変えてきている。長年築いてきただろう比屋定さんとの信頼関係をかなぐり捨てて、比屋定さんの持ってる紅莉栖のPCを盗もうとしてるんだ」

倫子「奴らも焦ってる。だったら、こっちからエサを撒けば間違いなく食いついて来る」

真帆「ちょっと待って!? もしかして、岡部さんの作戦って……」

鈴羽「囮を使って、釣りをする、ってことだね」

倫子「そういうこと」


倫子「できるだけかがりちゃんに危険が及ばない形で実行したい。何か案はある?」

鈴羽「そのレイエスとかいう人を拉致して拷問すればいいんじゃないの?」

ダル「ちょ」

倫子「相手はプロだよ。本丸を叩いてもうまくかわされると思う」

鈴羽「なら、将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、だ」

倫子「えっと……?」

鈴羽「リンリンの話だと、かがりを誘拐しようとしたやつらは、ライダースーツの女を除いて斥候だった。雇われ兵なら、簡単に口を割るはず」ヒソヒソ

倫子「なるほど……」

鈴羽「あたしがかがりの変装をして夜道を出歩くよ。あたしを誘拐しようとしたら、反撃して、敵の中でも弱そうな奴を生け捕りにする」

鈴羽「そして、誰に命令されたかを吐かせる」

ダル「い、いや、さすがに鈴羽が危険すぎるお!」

かがり「そうだよ! 鈴羽おねーちゃんに危険なこと、してほしくないよ!」

倫子「店長に協力を要請しよう。それから、萌郁にも」

ダル「桐生氏? そういや確か、裏稼業に片足突っ込んでる関係で護身術も身につけてるとか言ってたっけ」

倫子「そっか、この世界線ではまだ話してなかったっけ。萌郁はね、あれでも隠密行動のプロなんだよ」

ダル「あ、だったら桐生氏に情報をリークしてもらうってのはどう? 決まった時間帯に椎名かがりの目撃情報がある、ってのを流してもらえれば」

真帆「ま、待って! その作戦で正体がつかめたとしても、それこそここに軍隊が乗り込んできてもおかしくないわ!」

倫子「その前にかがりちゃんの記憶を上書きする」

真帆「上書きできたって、その後のことはどうするの!?」

倫子「大丈夫。その後のことは考える必要が無い」

倫子「(世界線が変わるからね)」

真帆「は、はあ!?」

鈴羽「論文が消滅したなら、奴らがここを襲う意味がなくなる。無駄に事を荒立てるなんてことはしないよ」

倫子「私を信じて。真帆ちゃん」

真帆「い、いや、物証を出してほしいのだけれど……んもう……」


倫子「かがりちゃん。ちょっと、手を握ってもらっていい?」

かがり「え? い、いいけど……」ドキドキ

倫子「(この作戦自体が、私が持ってる別世界線からの情報によって立案できたもの。だから、既にこの世界線の確定した流れからは外れている)」ギュッ

ダル「おお、百合フィールドktkr」

かがり「はわわぁ……///」

倫子「(作戦が成功しても失敗しても世界線は変動する。敵が勝つか、私たちが勝つか……)」

倫子「(今の作戦をできるだけ具体的に頭に思い浮かべる……この世界線の未来として確定しているのは……)」ギュッ

倫子「(……やっぱり、ここが襲撃される。記憶の上書きの前にかがりちゃんは誘拐されて、私たちは強制連行、か……)」

倫子「(敵さんが本当にタイムマシンを完成させちゃったら、アトラクタフィールド越えの大問題になっちゃうな……)」

倫子「(ともかく、襲撃の前にかがりちゃんの記憶の上書きに成功して、紅莉栖の記憶が完全にかがりちゃんの脳から消えれば、世界線は変動する。ここが分岐点)」

倫子「(成功した場合、『かがりちゃんの脳内に紅莉栖の記憶が無い』が確定した事象となるように、歴史は辻褄合わせの再構成をする)」

倫子「(『Amadeus』が凍結された歴史を残したまま、敵がかがりちゃんの脳内に紅莉栖の記憶を埋め込むことができなかった世界線がアクティブ化するはずだ)」

倫子「(完全な上書きに失敗した場合は、どうなるかはわからない。でも、少なくとも世界線は変動する)」

倫子「(あとは意志の力だ。未来を変えたいと願う、意志の力……!)」

2011年1月15日(土)午前0時過ぎ深夜
裏路地


外国人の男A「椎名かがりだな」

かがり(に変装した鈴羽)「…………」

外国人の男B「大人しくしていれば手荒な真似はしない」

かがり(鈴羽)「(外国人が3人に、チンピラが3人か)」

チンピラA「楽な仕事だよな、女を1人攫うだけでいいなんて。ね、シドさん?」

かがり(鈴羽)「(シド?)」

4℃「ガイアは言っている、このふざけた街のふざけた時代で生きていくためには、リーガルハイに手を出さなければいけないのさ……」

外国人の男C「("リーガルハイ"って脱法ドラッグのことじゃ?)」

チンピラB「ヴァイラルアタッカーズがブラックリストに載ってるから、こういう仕事でしか金を稼げないなんて、さすがシドさんっす!」

4℃「ブラックとは名ばかりのダーティーなリストに名前を載せやがったあのメス猫にはアブソリュートリー、いつか仕返ししてやる……」

チンピラA「つーか、シドさんが英語できたなんてマジかっけぇっす!」

4℃「言葉はライブだぜ。俺の本場仕込みのブレイキーな英語についてこれるか?」

外国人の男A「("ブロークン"じゃないのか?)」

チンピラA「かっけぇ!」

チンピラB「マジイカすぜ、シドさん!」

かがり(鈴羽)「(蹴っていいかな……)」


かがり(鈴羽)「でやぁぁぁっ!!」シュバッ!!

外国人の男C「オォォォォォオオ!!」ガクッ

かがり(鈴羽)「だりゃぁぁぁっ!!」シュババッ!!

チンピラA「ぶべらっ!!」

4℃「ひ、ひぃぃっ!」

チンピラB「なんだこいつ! 聞いてねえぞ!」ダッ

天王寺「――――ッ!!」ブンッ!!

外国人の男B「ぐあああああっ!!」

チンピラB「ぎゃああっ!!」

天王寺「おいおい、静かにしな。あんまりうるさくすると、おめえらも困るんじゃねえのか?」




物陰|д゚;)倫子「ひ、ひぇぇ……すごいぃ……」ビクビク


ダル『もしもし? そっちはどう? 鈴羽は大丈夫?』

倫子「う、うん。全然心配いらない。すごすぎだよ……」

ダル『そりゃあ、僕の娘だからね』

倫子「運動神経はトンビとタカだけどね」



外国人の男A「て、撤収!」

天王寺「おっと、そうはいくかよ」ガシッ

外国人の男A「くそッ!」BANG!!

外国人の男A「――――」バタッ

天王寺「っち、自殺しやがった……!」

4℃「な……なっ……!?」ガクガク

鈴羽「リンリン、そっち!! 敵が向かった!!」

倫子「えっ!? えっ!?」オロオロ

4℃「くそっ、逃げるがラビットだ! ハァッ、ハァッ!!」タッタッ

鈴羽「捕まえて!!」

倫子「い、いや……いやぁっ!!」ブルブル

萌郁「……任せて……!」シュバッ!!

4℃「ゴフッ!!」バタッ

天王寺「よし、捕まえてやるっ!! 萌郁、そのまま離すんじゃねえぞ!!」

萌郁「…………」コクッ


鈴羽「リンリン、怪我は?」

倫子「だ、だだ、大丈夫……」ガクガク

鈴羽「ごめんね、怖い思いをさせて。だけど、神の目には現場を記憶しておいてもらいたかったから」

4℃「んんんんんーー!」フゴフゴ

倫子「(あれ? こいつ、どこかで見たことあるような……何故か吐き気がするけど……)」ウップ

天王寺「舌ァ噛み切るんじゃねえぞ? 天王寺さんの汗が染み付いた手拭いでも食べてな」ギュッギュッ

4℃「んんんんんーー!!」ジタバタ

天王寺「んじゃまずは指でもつめて――」チラッ

倫子「…………」ブルブル

天王寺「あー……しょうがねえな。おひげジョリジョリで勘弁してやる」ジョリジョリ

4℃「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ーー!!」ジタバタ

倫子「これがラウンダーのやり方……なんて恐ろしいんだ……」ガクガク

萌郁「ちょっと……違う……」


天王寺「で、おめえさん達の元締めは誰だ?」

4℃「だ、誰がしゃべるかよ、スキンヘッドタフガイ……つーか、しゃべったらキリングされちまう……」

天王寺「ほう、ケツの穴を広げてほしいのか? おん?」

4℃「しゃべりますすいませんホント勘弁してください何も知らなかったんです」

天王寺「最初からそうすりゃいいんだ」

4℃「…………」ボソボソ

天王寺「……なに? お前らを雇ったのはさっき自殺した男で、そいつの元締めはストラトフォーだと? また面倒なやつらが……」

倫子「(ストラトフォー!? 影のCIAと呼ばれる、アメリカの民間情報会社……!)」

倫子「(軍事に特化していると云われてるけど……そっか、それで……)」

倫子「ダル! 今すぐストラトフォーのサーバーにハッキングをかけてくれ!」

ダル『オーキードーキー!』

天王寺「しかし、民間企業の、金で雇われてるやつらが、自決までするか?」

4℃「お、俺は知らねぇ! あの外国人ども、言葉の通じねえクレイジーだったからな!」

鈴羽「洗脳された軍人なら、あるいは」

萌郁「洗脳……軍人……」

天王寺「たとえ米軍だろうが構わねえ。綯の日常を守る、ただそれだけだ」

天王寺「じきにやつらも次の手を打ってくる。後始末は俺に任せて、おめえらは行け!」


   『ここは任せたぞミスターブラウン! ふぅーはははぁ!』


倫子「は、はいっ! 後のことはお願いしますっ!」ダッ

天王寺「……どうも調子が狂いやがる」

未来ガジェット研究所


倫子「はぁっ……はぁっ……、ハッキングは!?」

ダル「前に遊びでハッキングかけた時のルートがあるから、今探ってるとこだお……!」カタカタカタカタ

かがり「はぁ……は、ぁ……」グッタリ

鈴羽「かがり!  しっかりしろ!」

まゆり「かがりちゃん!!」

倫子「(容体が極めて悪い……っ、かがりの自我が崩壊するのは時間の問題か!?)」

フェイリス「自警団の人たちには既に動いてもらってるニャ。だけど、こっちは素人集団だから、どこまで相手になるか……」

倫子「いや、奴らは人の目があるだけで動きづらいはずっ」

るか「僕も五月雨を持ってきました……!」

倫子「うん……心強い」ニコ


かがり「ねぇ……ママ……私、このまま消えちゃうの、かな……?」

まゆり「大丈夫だよ。きっとオカリンとダルくんがなんとかしてくれるからね」

かがり「オカリン……さん……?」

倫子「心配しないで。きっと、きっと大丈夫だから」ギュッ

かがり「……岡部……、私を……消して……」

倫子「――えっ」

かがり「彼女の中から……私を、消して……」

倫子「くり……す……?」プルプル

かがり「ごめんね……岡部……」ツーッ

倫子「(ち、違う。紅莉栖の記憶はデータであって、魂じゃ、ないんだから……)」


倫子「ダル……っ! 急いで……っ!」ウルウル

ダル「……もうすぐ、もうすぐ……!」カタカタカタカタカタカタカタカタ

鈴羽「マズいよ、リンリン。窓の外、何人か集まって来てる……」

ダル「よし、こいこいこいこい……」カタカタカタカタカタカタカタカタ ッターン

ダル「っしゃ!! キタキタキター!! ビンゴー!!」

真帆「重要そうなファイルの中から、サイズの大きなものを選んで!」

ダル「オーキードーキー! これかな? お、でも中にもファイルいっぱいだお」カチカチッ

倫子「(これがやつらの人体実験の成果か……ゼリーマンズレポートを思い出す)」ゴクリ

倫子「あった! K6205だっ!」

ダル「なんだかよくわからんが、これを転送すればいいんだな!?」カチカチッ

鈴羽「早く! 完全に囲まれた!」

倫子「準備はいい!?」

真帆「待って!!」


倫子「ど、どうしたの比屋定さん……目つき、怖いよ……?」ビクッ

真帆「……本当にうまくいくのかしら? もし失敗したら、かがりさんの命が――」

倫子「……あなたに説明できなくて悔しい。でも、絶対に大丈夫」

倫子「私を信じて欲しい」

倫子「(世界線さえ変動すれば、かがりちゃんは元々記憶埋め込み実験をされてない歴史に再構成されるはず。だから、きっと元気になるはずだ)」

真帆「で、でも、私の作ったものなのよ? 紅莉栖じゃなくて、私が――」

倫子「私が保証する。比屋定さんの理論も、技術も、完璧だって」ニコ

真帆「岡部さん……」トゥンク

倫子「かがりちゃん、行くよ……いいね?」

かがり「うん……」

ダッ ダッ ダッ

鈴羽「来たっ!!」

倫子「ダル、送信してくれっ!!」

ダル「オーキードーキーッ!!」ッターン!!

prrrr prrrr

倫子「(私のスマホが鳴った。ストラトフォーのサーバに保管されていたかがりちゃんの記憶が、フランスを経由して私のケータイへと届いたんだ……!)」


倫子「(あとはこれにかがりちゃんを出させれば――)」スッ

かがり「あのね、岡部さん……」

倫子「な、なに……?」ピタッ

かがり「私……たぶん、岡部さんのこと……あなたのこと……」

倫子「え――――」


バターンッ!! 


鈴羽「交戦するっ!!」

るか「岡部さんは、ボ、ボクが守りますっ!!」


倫子「(私は……今、何を……すべきなの……このまま通話ボタンを押していいの……)」

倫子「教えてよ、紅莉栖……あなたが居ないと、私……」プルプル

かがり「……岡部。手を、貸して」スッ

倫子「えっ……?」





かがり「――バイバイ、倫子ちゃん」  【通話】ピッ


―――――――――――――――――――
    1.05364  →  1.06476
―――――――――――――――――――

第16章 相互再帰のマザーグース(♀)

未来ガジェット研究所


倫子「…………」

倫子「……リーディング……シュタイナー……」ウルッ

倫子「……あの言葉は、紅莉栖のもの、だったのかな」グスッ

倫子「って、うわ、部屋が真っ暗だ」

倫子「(この世界線の"私"はソファーで寝てた? そりゃ、深夜だもんね、当然か……)」

倫子「(あ、あれ、意識したら突然ものすごい睡魔が……)」フラッ

倫子「……ぐぅ」zzz

2011年1月15日土曜日
未来ガジェット研究所


まゆり「ねえ、起きて~。もうお昼だよ~?」

倫子「んぅ、あと5分……」ムニャムニャ

まゆり「起きないとね~、ギュッてしちゃうよ~♪」ギュツ

倫子「やわらかぁ……」ムニャムニャ

まゆり「でもそろそろかがりさん来ちゃうかな。ねえ、オカリン、起きて?」ユサユサ

倫子「かがり……? か……かが……かがりっ!?!?」ガバッ

まゆり「きゃぁっ!」

倫子「まゆり、かがりちゃんは!? かがりちゃんはどうなった!?」ガシッ

まゆり「ど、どうなったって、なにが?」ドキドキ

ダル「ちょ、突然どしたん!?」


・・・

倫子「――つまり、かがりちゃ、じゃなかった、かがりさんはまだ記憶を取り戻してないんだね?」

まゆり「そうだよー? どうしちゃったのかな、オカリン」

倫子「(良かった、戻ってきた……! 1月2日に分岐する前の世界線に戻ってきたんだ――)」

倫子「(いや、完全に戻ってきたわけじゃない。その世界線とはわずかに変動率がズレているはずか)」

倫子「(α世界線の紅莉栖の改変によって、『Amadeus』プロジェクトが夏に凍結される因果は残っているから、その1点だけが違うことになる)」

倫子「(スマホには……やっぱり、『Amadeus』アプリの跡はない)」

倫子「(『Amadeus』プロジェクト凍結のおかげで、私が"紅莉栖"に「椎名かがり」を検索してもらったりすることが無くなったため、向こうにこっちの情報がバレることもなかった)」

倫子「(だから襲撃が起こらなかった。これで少しはマシな世界線にやってこれた……)」ホッ

まゆり「はい、オカリン、麦茶どうぞ~。ダルくんもどうぞ~」

ダル「まゆ氏まゆ氏、そこは、お茶どぞ~でヨロ」

倫子「……久しぶりの日常だ」エヘヘ


倫子「そう言えば、かがりさんはどうして今日ラボに来るんだっけ」

ダル「オカリンが呼んだんじゃん。昨日、RINEで連絡よこしたっしょ。今日の正午にここに集合って」

ダル「第3回、かがりたんの記憶を取り戻す方法を考える会!」

まゆり「まゆしぃも参加できたらよかったんだけど、今日はバイトがあるので」

倫子「あ、ああ……なるほど、ね。そうだったね」

倫子「(この世界線でかがりさんが未来人であることを知っているのは、私とダルと鈴羽の3人だけ。店長にも、まゆりにも教えていないことになっている)」

倫子「(そしてどういうわけか、この世界線でのかがりさんは未来の記憶も失っている)」

倫子「(過去に来てからの12年間の記憶、そして子どもの頃の記憶……記憶の上書きによって紅莉栖の記憶は消せたらしいけど、記憶を取り戻すことにはならなかったらしい)」

倫子「(あるいは、まだ記憶を取り戻してないだけで、この世界線の未来では記憶を取り戻すことが確定している? そうやって再構成されたのかな……)」

ダル「ま、今のところ成果ゼロだけども」

倫子「焦らずいこうよ。時間はあるって」

倫子「(これでしばらくは、タイムマシンや世界線、陰謀とかと関わらなくて済むよね……)」

倫子「(昨日まで居た世界を、"なかったこと"にできた……戻って来れた……)」

倫子「(ホントによかった。私の選択が、上手く行ったんだ)」ホッ


まゆり「あ、ねえねえオカリン。この歌知ってる?」

倫子「歌? いきなりどうしたの、かわいいなぁ」ナデナデ

まゆり「わわっ、今日はオカリンご機嫌だねぇ、えっへへ~」

まゆり「えっとね、こういう歌なんだけど……」


  さ~が~し~もの ひとつ~

  ほ~し~の~ わらうこえ~

  か~ぜ~に~ またたいて~

  てをのば~せば~ つかめるよ~


倫子「歌、上手くなったね」ニコ

まゆり「そ、そうかなぁ?」テレッ

倫子「(β世界線では、まゆりって音痴じゃないのかな? もしかして、この世界線の子どもの頃の私がまゆりに歌を教えた、とか?)」

倫子「それで、その歌がどうし――」


ガタッ


かがり「……っ!?」ガクガク


まゆり「あ、かがりさん。トゥットゥルー……どうしたのかな、大丈夫?」

かがり「そ、そ、その歌……私、知ってる!」ブルブル

まゆり「ええっ!?」

倫子「そうなの!?」

かがり「その……歌……」フラッ

バタンッ

まゆり「かがりさん!?」

ダル「ちょ、ま、うぇ!?」

かがり「…………」ウーン

倫子「ダル、手当てを! かがりさん、しっかりして! かがりさ――――」

3スレ目はss速報Rで立てようと思います

次スレは!orz使おうと思います
なので誘導もするつもりです

>>839訂正
× 倫子「(ギガロマニアックスの力で、過去が見れれば便利だったんだけどなぁ)」
○ 倫子「(ギガロマニアックスの力で、世界線の収束事項がわかれば便利だったんだけどなぁ)」

先にリンク張ります

岡部倫子「これがシュタインズ・ゲートの選択……!!」その3
岡部倫子「これがシュタインズ・ゲートの選択……!!」その3 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1465028256/)



   『この歌は、ママとかがりちゃんを繋げてくれた歌なの』

   『かがりちゃんには、この歌、覚えておいてほしいな』

   『いつか、かがりちゃんが大事な人と出会った時のために』

   『その人が泣いている時、笑顔になってもらえるように』


かがり「……っ」ウーン

ダル「だいじょぶかな? 病院に連れて行った方がよくね?」

倫子「……それはダメなの、ダルはわかるでしょ?」

ダル「あ、そっか。うーん、つらいとこっすなぁ」

かがり「ママ……行かないで……ママッ!」ガバッ

倫子「うおふっ!?」ゴチン

かがり「あ、あいたたた……」ズキンズキン

倫子「いてて……」ズキズキ

ダル「頭と頭をモロにぶつけたっぽいけど、中身入れ替わったりしてない?」

倫子「この程度でOR物質が入れ替わるわけないでしょ……」ズキズキ

ダル「いやぁ~、せっかくのラッキースケベ展開が台無しっすなぁ」

かがり「ラッキースケベ……わ、私、もう一度気絶します!! それで今度は岡部さんに、キ……///」

倫子「い、いや、やめて……」ジンジン


倫子「かがりさんはあの歌を知ってるようだったけど……」

かがり「あっ……そ、そうです! 私、あの歌を知ってるんです!」

かがり「どこかで聞いたことがあって……ずっとずっと昔、子どもの頃に!」

ダル「おお、ktkr!」

倫子「(側頭葉って耳に近いんだよね。タイムリープの時も、ケータイから記憶を移せるのはそれが理由だったし)」

倫子「(よく認知症の人が子どもの頃に覚えた歌だけは歌える、という話を聞く)」

倫子「(たしか、大脳皮質の聴覚野において、言語や音感という聴覚刺激を学習する臨界期が10歳くらいまでなんだとか)」

倫子「(だから、たとえ記憶をすべて忘却していたとしても、かがりさんが今、日本語をしゃべってるのと同じように、歌の響きをゲシュタルトとして覚えているわけだ)」

かがり「まゆりさんは!? まゆりさんにあの歌のこと、教えてもらわなきゃ!」

倫子「まゆりはメイクイーンのバイトがあって、かがりさんと入れ違いに出てったよ」

かがり「そう、ですか……」シュン

ダル「かがりたんのこと、すごく心配してたお。昼だけの緊急サポートで入ったらしいから、バイトもすぐ終わるって」


倫子「(歌もまた情動記憶と結びついてるはず。これでも一応、脳科学について少しは勉強してるんだから)」

倫子「他に、あの歌で何か思い出したことはないかな?」

倫子「何があったとかのエピソード記憶じゃなくていい。その歌を歌うと、どんな気持ちになるかとか、触覚や嗅覚として思い出すことはない?」

かがり「ええと……なんだか、あったかい気持ちがします。あと、柔らかくて、良い匂いがするような……」

倫子「(かがりさんにあの歌を教えたのは未来のまゆりなんだから、ある意味当然か。けど、その言葉を本人の口から聞けてよかった……)」ホッ

かがり「それになんだか、岡部さんの顔が目に浮かぶんです。あと、夏の雨の日のむせかえる土の匂い」

かがり「やっぱり、岡部さんに会えたのは運命だったのかな……」テレッ

倫子「(未来でまゆりが私の写真を見せたりしたのかな?)」

かがり「でも、誰から聞いたとか、どこで覚えたとか、そういうのは全然……」

ダル「歌がトリガーになって記憶が蘇ったらいいんだけど」

倫子「そんなに簡単なものじゃないよ。だけど、可能性が無いわけじゃない」

ダル「オカリン、ひとまずまゆ氏に聞いてみるのがいいんじゃね?」

倫子「うん……確かに、まゆりがそもそもあの歌をどこで覚えたのかは気になるかも」

倫子「(いや、ホントはそれよりも、かがりさんをまゆりと会わせることでOR物質を励起状態にさせ、自発的に未来の記憶を取り戻してもらいたい)」

倫子「(私が全て話すのはダメ。また倒れられて、それこそ修正不能なダメージが入っちゃうのは怖いから)」

かがり「すみません……ご迷惑をおかけして……」

倫子「ううん。私はね、あなたの力になれることが嬉しい。だから謝ることなんて無いよ」ニコ

倫子「(まゆりの娘と言うならなおさら。1秒でも多く幸せな時間を手に入れて欲しい)」

かがり「お、岡部さん……」トゥンク

ダル「ごめん、僕は午後から用事あるから、オカリン、かがりたんを頼んだのだぜ」

倫子「おう、任せとけ……ゲフンゲフン、わかったよ」

メイクイーン+ニャン2


まゆり「オカリン! かがりさん! ごめんね~、迎えに来てくれて~」トテトテ

まゆり「かがりさん、大丈夫? ホントはまゆしぃもかがりさんのそばに居たかったんだけど……」

倫子「このオレが居たのだから心配ない……あ、いや、なんでもないっ」モジモジ

かがり「ありがとう、まゆりさん。もう大丈夫だよ。心配かけてごめんなさい」

まゆり「よかった~。でも、どうして迎えに来てくれたの~?」

倫子「まゆりに聞きたいことがあって。さっき口ずさんでいた歌について」

まゆり「あの歌? あれね~、スズさんが歌っていたのを聞いて覚えたんだ~」

倫子「鈴羽が?」

倫子「(未来のまゆりが鈴羽にも教えたのかな? 鈴羽とかがりさんで一緒に歌ってたことがある、とか……)」

まゆり「うん。スズさんね、どうじん……えっと、文章を書きながらこの歌を小さく口ずさんでたんだよ」

倫子「(鈴羽が文章? ダルのタイムマシン理論構築の手伝いでもしてるのかな。実際α世界線では教授だったわけだし)」

倫子「(ともかく、鈴羽にかがりさんの前であの歌を歌ってもらえば、新しい刺激になるはず)」

倫子「それなら、次は鈴羽を当たってみよう」

かがり「ありがとうございます!」

まゆり「まゆしぃも一緒に行く! かがりさんを見てるとね、なんかしなきゃっていう気持ちになるの」

倫子「(……ひとつ前の世界線の記憶を、リーディングシュタイナーとして思い出してるのかな?)」

大檜山ビル前


まゆり「あれ? スズさんの自転車がないね」

倫子「そういえば、鈴羽ってブラウン管工房でバイトしてるの?」

まゆり「そうだよ~。たしか、1月の2日からね、ラボを守るついでにバイトもしなきゃって」

倫子「(自転車を衝動買いして金欠にでもなったか……これもリーディングシュタイナーのせいかな)」

天王寺「おう、嬢ちゃんたち。なんか用か?」

倫子「あの、鈴羽、知りませんか?」

天王寺「ああ、あいつなら今日は上がったぜ。午後から用事があるとかでな」

倫子「そういやダルもそんなこと言ってたな……2人でデートかな?」

まゆり「えっ? ええーっ!? そ、それはダメだよぅ! スズさんが幸せになれないよぅ!」アセッ

倫子「ふふっ。冗談だよ、まゆり」


倫子【今どこ?】

【とらのあな】鈴羽


倫子「……何してんの?」

とらのあな秋葉原店Cイベントフロア


モブA「『静かなる殺戮者』先生! 一生手を洗いません!」

モブB「『静かなる殺戮者』先生のサインは家宝にします!」

鈴羽「はい、次の方ー……って、げ! リンリン!? それにかがりも!? 椎名まゆりまで!?」ガタッ


まゆり「ついに出版できたんだね~♪ おめでと~なのです! あ、3部くださ~い」

倫子「……ホントに何やってんの?」ヒキッ

かがり「『異世界を脱出したと思ったらまた異世界だった! ~厨二少女の場合~』……帯には、"キミはシュレディンガーの猫を救えるか!?"……?」

モブC「主人公の『鳳凰院凶真』のモデルになった実在の人物が居るって本当ですか、先生!?」

倫子「おいコラ……」ジロッ

鈴羽「あちゃ~……」


鈴羽「いや、えっと、将来的にリンリンはワルキューレを立ち上げるわけで、協力者を集めるためにも、今のうちから神格化しておかなきゃって思ったんだよね」アハハ

倫子「(α鈴羽の記憶を断片的に思い出してるんだろうか)」ゾクッ

鈴羽「売り上げはワルキューレの活動資金にできるし」

倫子「自転車の購入で出た思わぬ損失の穴埋めのためでしょ?」ジロッ

鈴羽「あ、あはは……」

かがり「でもすごいですね、結構売れてるんですか?」

鈴羽「ああ、販路確保はフェイリスに手伝ってもらった」

倫子「全部合点が行った」

鈴羽「父さ、兄さんからα世界線のリンリンの話を聞いたんだ。あたしの執筆活動を応援してくれたよ」

まゆり「まゆしぃもね、少しだけ手伝ったのです。えっへへ~」

鈴羽「……うん。その点だけは感謝するよ、椎名まゆり」

倫子「(ラボで日がな何をやっているかと思えばそんなことを……。確かにダルとまゆりが入り浸っているなら、色々アドバイスはもらえるだろうけども!)」

倫子「(まあ、まゆりと鈴羽の仲が良くなったならいっか)」

鈴羽「それに『鳳凰院凶真』の熱狂的なファンは既に居るみたいだったからね。望まれた出稿だった、ってわけ」

倫子「鳳凰院凶真のファン?」

ご主人様A「僕は倫子たんの復活を信じてるお!」

ご主人様B「フェイリスたんの厨二とやり合えるのは鳳凰院凶真だけだお!」

倫子「お、お前らかーっ!!」

中央通り


まゆり「ふむふむ……おおおーっ!」ペラッ ペラッ

かがり「なるほどなるほど……さすが鳳凰院凶真さん……」ジーッ


倫子「(椎名家はさっきの本をじっくりと読んでるようだ。一応フィクションってことになってるから問題ないけど……うーん……)」

倫子「それで、鈴羽……カクカクシカジカ……」

鈴羽「ああ、あの歌? あれは母さんから教えてもらったんだよ。小さい時に」

倫子「じゃあやっぱりかがりさんは由季さんか鈴羽から?」

鈴羽「それはないよ。かがりがまゆねえさんの養子になったのは、母さんが死んだ後の2032年だから。あたしも人前で歌ったことはないし」

倫子「まゆりには鼻歌を聞かれてたみたいだけどね。でも、それなら由季さんは誰から?」

鈴羽「さあ? 本人に聞いてみなよ。あたしはちょっとタイムマシンの整備があるから」

倫子「……ホントにタイムマシンの整備?」ジロッ

鈴羽「うっ!? いや、えっと、かがりのこと、よろしくね! それじゃ!」ピューッ

倫子「あっ、逃げた!」


倫子「……ってわけで、鈴羽は由季さんから聞いたんだって」

倫子「(まゆりたちに話した内容はほとんど誤魔化した。このまゆりにはかがりさんが未来の娘だってことをまだ教えられないからね)」

まゆり「それじゃー、次は由季さんだね」

倫子「(かがりさんが、あの歌から鈴羽が自分のお姉ちゃんだってことを思い出せなかった時点で、もう歌の出処を探す意味は無い、か)」

倫子「(と言っても、今のかがりさんにとっては唯一の手掛かりなわけで。知りたがってるから付き合ってあげよう)」

まゆり「……由季さん、電話に出ないから、RINE送っておくね」

かがり「なんだか大事になってしまって……すみません」シュン

まゆり「気にしなくていいよ~! まゆしぃはかがりさんとこうしてお散歩出来て、楽しいのです」ニコニコ

倫子「(まゆりと歩いているうちに、未来でもそうしていた記憶を思い出すかもしれない)」

かがり「私もです。まゆりさんとお話してると、なんだかゆったりした気分になるんです」

まゆり「えっへへ~、うれしいなぁ♪」

かがり「岡部さんとお話してると、なんだか胸がドキドキしちゃうんです……///」

倫子「お、おう?」


まゆり「あ、由季さんから。"実は今、橋田さんとデート中"だって~」

倫子「クリスマスデートに引き続き、随分仲が進展してるみたいだね」

まゆり「んっと……由季さん、夕方にはラボに来るみたい」

倫子「デートの邪魔しちゃ悪いからラボで待とうか」

かがり「そうですね。待ちましょう」



UPX1階オープンテラス


まゆり「……あっ! オカリン、あそこ!」

倫子「え? あ……! ダルと、由季さん! デート中のところに遭遇しちゃった!?」

かがり「ど、どうしましょう!」

倫子「興味ない。行こう」スタスタスタ

まゆり「あぅ、待ってよオカリーン」

未来ガジェット研究所


まゆり「由季さん、トゥットゥルー♪」

由季「まゆりちゃん、トゥットゥルー♪ お邪魔しますね」

倫子「それで、ダル? オープンカフェでの食事はおいしかった?」ニコニコ

ダル「なんぞその棘のある言い方……」


・・・

由季「……ああ、その歌、よく知ってます。というか、最近覚えたので」

倫子「最近?」

由季「私、お菓子教室でバイトしてるんです。そこの生徒さんがよく歌ってて、いつの間にか覚えちゃいました」

倫子「(あれ? 由季さんってケーキ屋さんでバイトしてるんじゃ……掛け持ちか)」

倫子「その生徒の人って、私の知り合いだったりする?」

由季「うーん、それはないと思います。割とお年を召している女性なので。岡部○○さんって言うんですけど」

倫子「な……な……なあああっ!?」

まゆり「え……ええええっ!?」

由季「え、えっ!? どうしたんですか、岡部さん、まゆりちゃん!?」

倫子「……それ、私のおふくろ」

まゆり「オカリンのおかーさんだ……」


岡部母『いつもうちの倫子がお世話になっているようで……』

由季「いえいえ! こちらこそ、ビックリしちゃいましたよー」

倫子「みんなの前でうちの親と電話するの、やめて、恥ずかしい……うぅ……」カァァ

由季「それで、お母様はその歌をどこで覚えたんですか?」

岡部母『倫子が中学生の頃よく歌っていたんですよ。それで私も覚えちゃいまして』

倫子「え?」

まゆり「……ああーっ! そ、そうだよオカリン! まゆしぃがね、元気になった頃に歌ってたよ!」

まゆり「一緒にお風呂に入った時に、オカリン、湯船で気持ちよさそうに歌ってた!」

かがり「一緒にお風呂……いいなぁ」

まゆり「それがキッカケでまゆしぃ、お歌の練習をするようになったんだった……」

倫子「……え?」

岡部母『あの頃は倫子も色々あって……そんな中、あの子があの歌を歌っているのを聞いていると、つらい現実の中に希望が見えるような気がしたんです』

倫子「(たしかにあの頃……学校社会で排斥され、唯一の友人のまゆりが失語症になり、私自身は警官に……だけど、その歌、私、歌ってたっけ?)」


まゆり「でもでも、それじゃあ、オカリンはどこでその歌を覚えたの?」

倫子「お、覚えてない……いや、歌を歌ってたこと自体、覚えてないの」

倫子「(私が2010年7月28日まで居た方のβ世界線の過去では歌ってなかった? でも、どうして……)」

かがり「でも、そうなると手掛かりがなくなっちゃいましたね……」シュン

まゆり「……ねえ。池袋、行ってみない?」

倫子「え? どうして?」

まゆり「そしたらオカリンもあの頃のこと、思い出すかも! オカリンがその歌をどこで覚えたかも思い出すよー」

倫子「(完全なリーディングシュタイナーを持つ私は、変動後の世界線の過去の記憶を思い出すことが出来ないんだけど……)」

倫子「(まゆりやおふくろの脳を借りて過去視することもできるけど、あの荒んだ時期の私のことをそこまでして思い出す必要も無いか)」

倫子「(なんにせよ、かがりさんともう少し散歩してみるのもいいかもしれない)」

倫子「……わかった、行こう」

かがり「あ、ありがとうございますっ!」パァァ

2010年1月16日日曜日曇り
雑司ヶ谷霊園


倫子「それにしても、まゆりは相変わらずの雨女だねぇ。今にも雨が降りそうなのに、また傘持ってきてないの?」

まゆり「えっへへ~。オカリンに買ってもらったビニール傘ね、うちにいっぱいあるんだ~♪」

倫子「捨てちゃいなよそんなの……」

まゆり「えぇ~、もったいないよ~」

倫子「(まゆりには謎の収集癖があるんだよね……雷ネット翔カードとか、うーぱグッズとか)」

かがり「雨、降って来ないといいですね」

倫子「って、かがりさんも傘持ってきてないんだ。このままだとみんなでビショビショ確定だね」シュィィン

倫子「(……あ、今、無駄に未来視をしてしまった。このままだとみんなでビショビショ確定らしい)」

倫子「(ちょっと未来のことを考えるだけで発動するのは面倒くさいなぁ、これ……まあ、世界線を改変するのも面倒だし、濡れてもいいや)」

まゆり「あのね、まゆしぃは素敵なお友達をおばあちゃんに紹介できるのが、楽しみなのです♪」

椎名家之墓墓前


まゆり「それでね…………だからね…………えっとね…………」ニコニコ


かがり「お、岡部さん。あの……あれ、大丈夫なんですか? ずっとお墓の前で独りごとを……」

倫子「心配しなくていいよ。あれはまゆりの儀式みたいなものだから」

かがり「本当におばあちゃん子だったんですね……。お婆さんが亡くなって、自分の世界に閉じこもるようになってしまったまゆりさんを岡部さんが繋ぎとめたんですよね」

倫子「っ!? ま、まゆりから聞いたの……?」

かがり「とても素敵なお話でしたよ。狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真さん」ニコ

倫子「あ、あの頃は私も必死で、そのっ……」モジモジ

かがり「(かわいい)」

かがり「あ、降ってきました」

倫子「えっ?」


ポツ ポツ ザァァァァ……


まゆり「ひゃー! ずぶ濡れだよー!」タッ タッ

倫子「こんな日に白のブラウスなんか着てくるんじゃなかった!」タッ タッ

かがり「うふふ、でもなんだかお魚さんになったみたいで楽しいです――――あっ」ピタッ

まゆり「ねえ、かがりさん! まゆしぃの家で一緒にシャワー……あ、あれ?」

かがり「…………」

まゆり「かがりさん? どうしたの?」

かがり「……聞こえる。……声が、聞こえる。神様の、声が……」

倫子「神様の、声……?」


   『かがりはよく「神様の声が聞こえる」って言ってた』


倫子「まさか、幻聴!? だ、ダメだかがりさん! 落ち着いて、動かないで!」

かがり「行かなきゃ」タッ タッ

まゆり「ど、どうしちゃったのかな!?」

倫子「今かがりさんの脳内に、居もしない幻が現れてるんだ! このままだと……!」ドクン

まゆり「そっちは車道だよぉ! ダメぇっ!」

かがり「行かなきゃ――――」


プァァァァァァァン キキィィーーーーーーッ!!


倫子「危ないっ――――!!」ドクンドクン

倫子「(あ、あれ――――景色が、どんどんゆっくりに見える――――)」ドクンドクンドクン

倫子「(もしかしてこれが――――エレファントマウス――――これなら、助けられる――――)」ドクンドクンドクン

倫子「(――――!? なんだ!? 記憶が、頭に流れ込んで――――――――

続きは次スレで

岡部倫子「これがシュタインズ・ゲートの選択……!!」その3
岡部倫子「これがシュタインズ・ゲートの選択……!!」その3 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1465028256/)

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年04月03日 (日) 04:07:01   ID: wzooBIHP

続きはよう

2 :  SS好きの774さん   2016年06月14日 (火) 23:52:15   ID: k10STw0T

その3は?

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