モバP「志希が風邪を引いた」 (13)



※登場キャラ 一ノ瀬志希
※短め

※一ノ瀬志希
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「ほら、志希。おかゆ作ったから。何か食べないと、風邪が治らないぞ」
「……タバスコは……?」

ベッドからもぞもぞと聞こえてくる志希の声は、
いつもの挑発的な軽快さを失い、代わりに退廃的なハスキーさを得ていた。

「タバスコってお前。風邪引いてる時は、粘膜が弱るんだぞ。
 生姜効かせておいたから、それで勘弁しろよ」
「それはショウガオールだよ……あたしが欲しいのは、カプサイシンなの……」
「しょうがないな」



おかゆの白く濁った水面に、タバスコの赤く酸っぱい色が数滴滲んだ。
そんな異色のおかゆをモソモソと舐めているのが、俺の担当アイドルの一人・一ノ瀬志希である。

志希は今季、アイドルとして大きな飛躍を遂げた。

アイドル総選挙では、並み居る先輩をごぼう抜きして最上位層に肉薄した。
CDを出せば、売上ランキングの上位に自分の曲をねじ込んだ。
事務所のクリスマスイベントでは、シンデレラガールたちを差し置いてメインを務め上げた。



そんな大活躍の志希だが、今までにない大きな仕事と過密なスケジュールをこなしたせいか、
今年最後の仕事を終えるとともに、体調を崩してしまった。

「なんだか……今日のキミはやさしーねぇ……」
「そりゃ、病人相手だしなぁ。しかもその原因、俺がスケ過密にしたせいだろう?」

折が良いのか悪いのか、ちょうど俺も仕事納めであったため、
都内で一人暮らしの志希の家へ、様子を見に行ってみた。

「俺も一人暮らしだから。体調崩した時の辛さは、分かるつもりだ」
「……なんかね。心細いんだよね。年の瀬で、ご近所サンもみんな静かになっちゃって。
 この世界に、あたし一人しかいないんじゃないか、って気分になるんだ。
 ……だから、キミが来てくれて、ホントに良かった」

すると、志希は食事も取らずにうんうん唸っていたため、
俺はスーパーへ行って――東京は年末までお店が開いていて助かった――
とりあえずおかゆを作ってやったところだった。





「志希ちゃんねぇ、キミとアイドルやってて、気づいたんだけどさ……」
「ん、何に気づいたんだ」
「……お仕事は、ギリギリのところまで攻めた方が、オモシロイよね?」

志希はスプーンをぺろりと一舐めして、悪びれもなく笑った。

「スケ見たら、年末年始は録画で、お休みだったからさ……
 クリスマスまで持てばいいや~って思って、ガンガン飛ばしちゃったんだー。どうだった?」
「……いい仕事してくれたのは、伝わったが」



「うんうん、だから~、今こうなっちゃってるのも、志希ちゃんの計算通り、ってなワケでー……」
「なぁ、俺帰っていいか? 大掃除まだなんだよ」
「うぇーん、プロデューサーの薄情者ー、
 この一年キミに尽くしてきたあたしに……そんな仕打ちがあるかーっ」
「身から出た錆は自分で落とせ」

志希がこうして勝手な理屈をこねだすと、スカウトしたばかりのことを思い出す。



「体がこんなになっても、いいやって、仕事に打ち込めたのは、
 キミがお世話してくれると思ったからー。だから特別だよ? トクベツ♪ 良い響きだよねぇ……」
「はいはい、一ノ瀬サンは特別なアイドルですよ、と」

今でこそ一端のアイドル面している志希だが、
最初の頃は仕事中に失踪したり居眠りしたり、事務所屈指の問題児であった。



「ふぅああっ……おかゆー、おいしかったよー。
 んー、お腹がふくれたから、ねむくなってきちゃったなぁ……」
「こらこら、寝る前に着替えて体を拭け。俺はタオルを用意しておくから、服とってこい」

志希が俺に見せる生活能力の低さを考えると、
本当にこいつ一人暮らしできているのか?
という疑問がしばしば湧いて来る。

他人がいなければちゃんとやる、という人もいるから、その種なのか。
そういえば、同僚の双葉杏も常識はずれの怠惰さだが、
それでも――諸星きらりの世話になりつつ、だが――なんとか一人暮らしを維持していた。



「ぶー、プロデューサー? 今、ほかの子のこと考えてたでしょ」

志希が俺の服をくいくいと引っ張ってきた。

「よく分かったなぁ。さすがの鋭い観察力だ。ユッコや都がうらやましがるぞ」
「ナニその言い方、わざと? もーやだ、ふて寝しちゃうもん」
「はいはい、今お湯を沸かしてくるから。着替え出しておけよ」





俺が、台所で洗面器のお湯やタオルを用意してから部屋に戻ると、
志希はベッドの上で着替えを広げていた。

「ねーねー……プロデューサーは、どの下着がお好みかな?」

俺は、洗面器のお湯をぶちまけてやりたくなる衝動を、やっとの思いで自制した。



「最近、分別がついてきた……と思ったら、お前は」
「えー、キミだって、一人暮らしの弱ってるオンナノコの元に押しかけて、
 世話焼いてくれてる……ってことは、こーゆー役得、期待してるでしょ……」

俺は志希の問いを否定しなかった。
すると志希は『これぞ、プロデューサーと担当アイドルの以心伝心っ』とか言い出した。
嫌な以心伝心だ。

「ふっふー……今の志希ちゃんは、弱っちゃってるから、
 襲われちゃっても、逃げも隠れも抵抗もできないよー……」

志希の胡乱な眼差しも、汗ばんだ肌も、好き放題に波立つ長髪も、
そういう気怠さを纏った志希は、いつもより艶めかしかった。

「はいはい。いいから、志希は早く風邪治せって」
「もー、紳士ぶってるんじゃないよー。キミから生唾の匂いがしたぞー。
 あたしには、キミの下心なんてお見通しなんだー」



だが相手は病人だ。

「別に俺はシてもいいけど、お前、色々な意味で具合良くないじゃないか。
 ほら、人間は体調が悪いと、まず粘膜が荒れるだろう?」
「……キミのそーゆー明け透けな言い方、キライじゃないよ」

艶っぽい雰囲気を思いっきりぶち壊してやると、志希は呆れて微笑した。





「特別扱いってのは、居心地の悪い時もあるね……」

湯気の立つタオルに顔を埋めながら、志希がつぶやく。

「みんなと同じな方が、気がラクってコトも、結構多いし……。
 アイドルになる前は、あたし、そーゆー見られ方に疲れててさ」



事務所では、志希はいつもニヤニヤと妖しい笑いを浮かべ、俺や一部のアイドルを翻弄してくる。
ステージでは、志希はいつもキラキラと眩しい光線をまとい、俺やライブに詰めかけたファンを魅了してくる。

アイドルになる前の志希は、よく知らない。
ただ、10代の内に向こうの大学を飛び級で出てしまった、ということだから、
相当デキるヤツだったことは間違いない。

となると、常人では味わえない気苦労とかもあったんだろう。

「でも、キミと一緒にアイドルしてるうちに、
 特別も悪くないかな、って思えるようになってきたんだ」
「……そうか」

俺が相槌を打った瞬間、
志希は『してやったり』と大書された笑顔を満面に浮かべた。




「特別……そういえば、この間のお仕事も、クリスマスって特別な夜を
 メインで引っ張る特別な大役だったねぇ。それも、特別なキミと一緒に……
 だから、志希ちゃん、ちょっとやり過ぎちゃった。なーんて♪」



「……って言えば、今回の無茶も許してくれる?」
「ダメ」
「えぇーっ」
「というか、無茶って自分で言って……やっぱり確信的にやったのかよ」

志希は目をギュッとつむって、熱で火照った頬を膨らませた。
おとなしくして、早く体を良くしてもらわなきゃならんのに。

さて、どうしたものか。



「なぁ、志希」
「……ナニさ」

志希は、薄目を開けて俺をうかがってくる。

「大晦日、二人で年越しそば食って、元旦に餅焼いて食おう。
 食休みが終わったら、電車に乗って、花園へ初詣に行こう」
「花園って……新宿の? それなら、ご同業のヒトたちにも、たくさん見られちゃうね……♪」

志希の笑みは、事務所でも見せてくれるニヤニヤ顔。

「それがお望みだろう? 特別な日に、特別な場所で――だから、風邪直しておけよ」
「……ふっふー♪」

その頬は、さっき振りかけたタバスコに負けないぐらい赤かった。


(おしまい)




※好評発売中
『秘密のトワレ』歌:一ノ瀬志希(試聴) 税込¥720
https://www.youtube.com/watch?v=wD3olymAvN0


これで志希にも

※春
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※夏
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http://i.imgur.com/LkbadzN.jpg

※冬
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と、いよいよ春夏冬が揃ったので、
人を飽きさせない息の長い活躍をしてくれると思います

それでは



●過去作(志希) 今回とつながりはないですが、よろしければ


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