提督「無気力になった」 (89)

地の文ありのSS。

仕事の息抜きに吐き出させてください。

かなり暗めです。


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冗長的な事を少しだけ。
気味の悪い未来を求めていた。
あの人は、おそらく私を愛してはくれないだろうと知っていた。
それでも指輪を受けたれたのは、きっと愛があったのだろう。


夢を見ていた気がして、ふと傍らを見た。
いるはずのない布団の盛り上がりが見えた気がして、思わず女の名前を呼んでいた。
返事があるはずもない。
自嘲していると、自室のドアを誰かが叩いた。

若い女の声だった。

ああ、今日は彼女か。
そう思いながら、私は黒い軍装に袖を通した。



間宮で朝食を取ろうとすると、少女が用意したと言う。
断るわけにも行かず、私は彼女の用意した食事をとる。
微笑む彼女の顔を見ていると心が晴れない。
あの女はいつだって私に食事の量をせがんだのに。



食事を終え職場の扉を開けると、メガネをかけた少女が私の書類を整理していた。
彼女は私に気がつくと、挨拶をする。
後ろで少女が上着の裾を掴む。
何故だろうと思うより早く、メガネの彼女が仕事の催促をする。

「提督、本日の執務ですが」


備蓄と戦績をまとめ、データを渡す。
作戦立案など軽いモノだ。
終わらせるのにそう手間はかからない。
ぼんやりペンを止めるとノートpcの画面の向こうに、秘書艦の少女が立っていた。

「珈琲です」

礼を口にしたが、マグが足りない。
私はちらりとメガネの彼女を見る。彼女も知らない振りをしている。
私は礼だけ言うと、彼女に言う。

「ありがとう。飲み終わったら、お使いを頼まれてくれるか?」

「はい」

彼女がそう応えたのを聞いて、私は出すには少し早い手紙を渡した。


「コレを書留で」

「かしこまりました」

「悪いけれど、外で出してくれ」

彼女の顔が曇ったが、私は続ける。

「手間の礼に食事に連れて行こう。今夜は時間開けてくれよ?」

少女の顔がパッと明るくなる。

「分かりました!」

彼女が出て言ったのを確認してから、私は彼女を見た。
やはり立ち上がってコチラを見ている。


「ヒドイ人ですね」

そう大淀は言うと、メガネをハズす。
クセの様なものだと覚えてる。

「オマエよりマシだ」

私が言うと彼女は、艶めかしい微笑みを浮かべる。
私の暗い部分の共犯者である彼女は言った。

「それでも、ですよ提督」

私のヒザの上に、彼女は躊躇なく座り、私の顔に手を添える。
彼女の冷たい指が耳に触れた。


「貴方は好かれていますもの」

「オマエはどうだ?」

「ええ、好きです」

彼女はそういうと、青い目で私を見た。

「私は貴方に恋してます」

「…嬉しいな」

「愛してもいますよ」

「私もだ。部下として」

「ひどい人。…貴方が望めば」

そう言って、彼女は私の手を取り自らの胸に当てさせた。

「何時だって好きにしてくださっていいのですよ?」

私は手を離すと、彼女の髪に指を通す。
あの女も、こんな髪をしていた。


「バカを言うな」

「上書きしてくださればいいだけです。私は、待っていますから」

そういうと、彼女は私のヒザから立ち上がる。
不意に彼女の重さが抜ける。
私が意外に思っていると、部屋を誰かがノックする。
女の勘だろうと、私は思った。


訪ねてきたのは清霜だった。

『いつになれば戦艦になれるの?』

と、ねだられて苦笑する。
大淀に目配せして、間宮の菓子を渡して帰らせた。
入れ替わるようにして、神通が戻ってきた。
私は疑われさえもしなくなった作り笑いを浮かべ彼女を出迎えた。
今は無性に仕事に戻りたかった。


演習の終わった金剛が抱きついてきた。
甘い香りは香水だろうか。
なすがままに頬ずりされると、金剛はちょっとしかめっ面をする。

「テイトクー、髭が固いデス」

「ならするな」

「ohu。それはキッツいネー。とっても提督はcoolだかラ。我慢できないノ!」

「褒めてくれて嬉しいよ」

「本気なのニ。ツレないデス」

金剛が離れた後で、私は吹雪を労う。

「よくやった」

「ありがとうございます!」

もどかしそうにしている瑞鶴を見てから私は言った。

「流石だな」

「当然よね!」


ふんすと胸を張る瑞鶴から視線を外す。
北上と大井は中破していた。
私は上着を脱ぐと、大井にかける。

「報告はいい。早く行きなさい」

「…指揮が悪いのよ」

「そうだな。北上」

「ほーい」

「後は任せた」

私は、それから加賀を見た。


「助かったよ、加賀」

「問題ありません」

そう言ってから、私は彼女の肩を叩く。

「よくやってくれた」

「……こそばゆいわ」

小声だった。
私はそれを聞こえなかったことにして、言う。

「後は神通に報告。私は執務に戻る」

そこで皆私に敬礼した。
なんとなく、補給を訪ねるあの女の過去の顔が思い出された。

『補給はまだですか?』



執務を切り上げ、屋上でタバコを吸う。
艦娘たちも自由時間だ。
約束していた神通との食事までは時間がある。
そうして時間を潰していると、声が聞こえた。

「何吸ってんだよ」

摩耶だった。
私はタバコの灰を灰皿代わりのコーヒー缶に落として答えた。

「タバコだが?」

「やめろよ」

「確かに体に悪いぞ」

「なら、」

「ん?」

「何で吸うんだよ?」

「心のために」

摩耶は呆れた顔をしていた。


「私に用か?」

摩耶は、思い出したように私に装備についての相談をしてきた。
が、私には彼女の話は言い訳に過ぎないと見抜いていた。

「・・・そのさ」

摩耶がうつむきながら切り出す。

「今度、ネーちゃん達と外に出るんだけど」

「許可を出していたな」

「どこに行ったらいいと思う?」

「高翌雄にまかせておけ」

「それは悪いじゃんか、だから」

私は、机の上の書類の山を思い出す。
チケットなら何かあったはずだ。

「では、私と出ようか?」

「はあ?」

摩耶はそういうが、どこか喜色が滲んでいる。


「めかしてこい。芝居でも行こう」

「芝居かよ…」

「嫌か?」

「じゃねえけどさ、キャラじゃないっつーか」

「なら、熊野か鈴谷とでも行く」

「行くよ。行かねえって言ってないだろ?」

「わかった」

「約束だぞ?!」

そう元気よくいって摩耶は去って行った。
私は、そのままもう一本タバコに火を点けた。
食えないからタバコは苦手だと言ったっけな、あの女は。



フレンチに彼女は満足してくれたようだ。
私は、会計を済ませつつ彼女を先にタクシーに乗せる。
彼女の会話に合わせながら、鎮守府まで戻る。
軽巡寮まで送っていくと言ったら、彼女は大丈夫だと言った。

「た、楽しかったです」

「それは良かった。またな、神通」

私がそういうと、彼女は恥ずかしそうにかけていく。
私はソレを見てから自室へと向かった。



あてがわれた私室のドアを開けると物音が聞こえた。
…戸棚に誰かがいるな。
誰だと思ったら龍驤だった。
私は呆れつつも、赤い顔の彼女に質問する。

「ギンバエか」

「…うちだってしたくはないけど」

どうせ、鳳翔の所で飲んでだろうと私は当たりをつける。

「罰ゲームか」

「うん…」

龍驤は私を上目で見てくる。
どうやら懲罰を覚悟しているようだ。
これでは、酔いも飛んでるな。
私は一人で飲もうと思っていたが、龍驤を見て気が変わった。


「付き合え」

「珍しいやん?」

「懲罰つけてもいいだぞ」

「それは堪忍してや…ところで、どないしよこれ?」

彼女はダルマの瓶を振った。

「酔っ払いの罰ゲームだろ? 頼んだ相手も忘れるさ。それに私にも、そんな日もある」

彼女を部屋に招いて適当に酒を作って出すと、彼女は言った。

「キミ、器用やな」

「あれが食ったからな」

私の言葉に、彼女はすこし表情を暗くする

「もう、昔の話しやよ」

「そうだな」


龍驤は小さな手でグラスを取りながら言った。

「もうええんとちゃう?」

「何がだ?」

「ケッコン」

「…かもしれない」

「うちだって」

そう龍驤は私にいいかけ、言葉を切った。
私は彼女の言おうとした続きを尋ねなかった。
代わりにろくに薄めなかった酒を飲む。
彼女は随分と黙っていた。

「どうすんの」

不意に彼女が切り出した。

「どうもしない」

「もう渡せばいいやないの、次のコに」

私は彼女を見る。

「では、私と寝てみるか?」

龍驤は吹きだした。

「キミは何をいってんの?!」

「試しだ」

「アホか!そんな外人みたいな」

「ならイタリアかビスマルクに頼むか」

「・・・キミ、そういう子が好きなの?」

龍驤は私に軽蔑の宿った眼差しを向ける。

「冗談だ。もう寝なさい」

「ちょい待ち!駆逐みたいにあしらうなや!」

私は彼女に視線を合わせる。

「駆逐なら誘わん」

「いや、そういうことちゃう」

「だったら部屋まで送ろうか?」

私が龍驤を見つめて言うと、彼女は顔を真っ赤にしてそらした/

「キミはそういうことをするからあかんのや!」

「うん?」

「お休み! うまかったけど!」

慌ただしく彼女は出て行く。
飲み直すにはいい時間だった。



「アドミラール、起きてるか?」

ノックで気がつき扉を開けるとグラーフが立っていた。
秘書官が変わったのかと思っていると彼女は言った。

「朝食を用意した。秘書官の務めなのだろう?」

私は礼を言ったが、気が重かった。



ビスマルクならタバコが吸えたが、空母である彼女の前で吸うわけに行かない。
席を外すと言って、彼女から離れた。
工廠近くの灰皿でタバコを吸っていると、明石が私を呼んだ。

「タバコ、大丈夫ですか」

「あるからいい」

私が言うと、彼女はにやりとする

「ぐらーふさん、苦手なんですか?」

間の抜けたイントネーションを指摘しようと思ったが、やめた。
…苦手とする理由は別なのだが、彼女の言葉に来るモノはあった。

「かもしれないな」

「プレイボーイなの変ですね」

「オマエを口説いたかな」

「いやだそんな言い方」

けらけら彼女は笑っていたが、だんだん表情が暗くなる。


「…私は対象外ですしね。テイトクは、オイル染みなんてお嫌いでしょう?」

胃が痛んだが、私は笑顔を作った。

「そんな顔をするな。今度、一緒にレストアでもしようか」

倉庫で埃を被っている物の事を思い出して言うと、彼女は言った。

「え、手間じゃないですか?イヤですよ、そんなの」

「あれだ、倉庫の」

言えば、私のおもちゃに彼女が食いついた。



「ホントですか? あの車ですよね?!」

彼女の顔が明るくなる。

「ああ…動けば乗せてやる」

キャブの機嫌が悪いだけで、動くことは黙っておいた。

「ちょっとテンションあがりましたよ!夕張より先ですからね!」

彼女が笑うのを見てから、私はタバコを吸いきることに決めた。



執務室に戻ると、大淀とグラーフの2人で静かに仕事をしていた。
先にグラーフが私に気付いた。

「アドミラールか。指示された分の仕事は終わったぞ」

「ありがとう」

そういうと、大淀が近づく。
手には資料の束を手にしていた。

「次の出撃ですが…」

「熊野、羽黒、夕張、睦月、卯月、19で出してくれ」

「了解しました」

そう大淀が返事したのを確かめてから、私は言った。

「あとは引き取る」



昼食を間宮で食べていると、変わる変わる駆逐艦が来る。
夕立が新しいマフラーが欲しいと言って、その後で秋雲がペンタブをねだった。
続いて暁がレディらしい物を頂戴と言い出し、姉妹に弄られていた。
私は一人一人断りつつ、イースターくらいまでには何か用意をするかと考えた。

かしましい駆逐たちが立ち去った後で、グラーフが言った。

「貴方は好かれてるのだな」

その言葉が、何故か引っかかった。

『どうしようも無い人ですね。女のコにばかり好かれて』

突然、そう笑った女の顔が思い出された。
強い眩暈がした。

「アドミラール?」

心配そうに彼女が私を見る。
その顔が、あの女とオーバーラップする。

「なんでもない」

目元を押さえそう言うと、私は席を立った。

「立ちくらみだ。すこし外す」



逃げるように歩いていると、訪問着姿の鳳翔と出くわした。

「あら、テイトク」

私の顔から何を読み取ったのか、彼女は言った。

「・・・こちらへ」

彼女はそういうと、彼女の店に私を招いた。


ほうじ茶を飲みながら、私も彼女も黙っていた。
飲み干すと、ふとあの茶碗をどこにやったのかと思い出した。
鳳翔が贈ってくれたのだったか?
やつの方が大きな茶碗。


「…すまないな」

鳳翔は無言でいてくれた。
その事がありがたかった。
洗い物と仕込みを終えたらしい。
今まで厨房に立っていた彼女が、私の隣に座る。

「…今のままでいいではないですか」

「そうかな?弱くなったよ。それに――」

「何でしょうか?」

「無気力だ」

「熱意や強さだけで生きる必要がありますか?」

彼女はそういうと、私に体重を預ける。

「わからない」

「少しずつ変えればいいんです」

「だが、鳳翔。もう私は腰抜けだ」

「・・・それでもいいではないですか」

鳳翔は、そういうと私に言った。

「寝て、私と夢でも結んで行かれますか?」

「まだ起きていたい」

「いけずですね」

彼女はそう私の右小指をつねりながら言った。



戻ると、事情を知ったらしい大淀が私を責めた。

「体調が優れないのなら、ご無理をされても」

「たいした事は無いさ」

そう言ってから、私はグラーフに言う。

「すまないな」

「問題は無い」

「気遣い感謝する」

私はそういうと、仕事に戻った。


艦隊が戻ってきた。
帰ってきた子達を見にいくと、新しい顔があった。
まさかと思うと、その黒髪の人は私に言った。

「航空母艦、アカギです」

私は、目の前が黒くなったとさえ思った。



どう帰ったのか定かでないが、自室には帰り着いた。
複雑そうな顔をした加賀だったが、やはり喜びは隠せてなかったことを思い出した。
いや、それは違う。
加賀は出していない。であればあれは誰だ?
まともに記憶してないらしい。
よほど動揺していたようだ。
一人、そう思っていると自室に誰かが訪ねてきた。

「加賀です」

少し、悩んだ。
だが私は彼女を部屋に招いていた。


珈琲を出すと、彼女はマグを手にしたまま黙っていた。
口べたのこの娘が話すのを待っていると、彼女はポツリと言った。

「ごめんなさい」

「なぜ謝る?」

「嬉しいと思っている私がいます」

生真面目な答えを聞いたが、茶化すことは出来なかった。
彼女の表情は真剣で、私は自分の珈琲を飲む。

「けれど」

「けれど?」

「怖いんです。…こんな事を思ってしまった自分が」

「?」

私が彼女を見ると、加賀は言った。

「また、貴方が取られてしまう。そう思ったんです」

加賀はマグに視線を落とす。
ギュッと握ったマグはいつ割れても不思議ではなかった。
私はしばらく黙り、それから言った。


「彼女は、違う」

私の事を理解した上で受け入れてくれた女はもういないのだ。

「でも赤城さんです」

「私は、もう誰とも」

そう言いかけ、加賀が泣きそうな顔をしていることに気づいた。

「…追々話そう」

逃げるように言うと、加賀がすぐさま言葉を放った。

「あなたは艦隊の誰かを愛してはくれないんですか?」

『もう自信が無い』
そう言おうとしたが、私はやめた。

「キミらを私は大切に思っているよ」

そのひどく不格好な言葉が、私の限界だった。



翌朝の秘書官は妙高だった。
テキパキと予定を読み上げる彼女に私は言った。

「妙高」

「はい」

「悪いがリスケしてくれ。大淀に、今日の執務はしないとな」

「…それは?」

「外に出たい。キミも来てくれ」

私が言うと、妙高は仕方が無いですねと呟いた。



当てもなく、最寄り駅から各停の電車に乗った。
ストールを羽織った着物姿の妙高と座席に座って幾つもの駅を通り抜けていく。
海が見えなくなる事に安心している事に私は気付いていた。
ぼそりと、私は本音を口にする。

「このまま、逃げようか」

「私とですか?」

妙高は私を見た。
彼女の目が私を見つめる。

「冗談だ」

「信じてしまいたい嘘でした」

彼女はそう言ってから、車窓の向こうを見ながら呟く。

「彼女、帰ってきちゃいましたね」

「戻りはしない。キミがキミであるように」


「…貴方だけですよ、そんなこと」

「沈めた娘はいまでも夢に見る」

そう私が言うと、彼女は言った。

「想ってくださって、彼女たちも本望でしょう」

「…本音か?」

「ええ、嫉妬するくらいに。赤城さんのこともそうでしょう?」

「……」

「彼女が選ばれた時、私、ひどく傷ついたんですからね」

私は黙り、言えなかった事を彼女に言った。


「赤城は」

「はい」

「皆に殺されたんじゃないかと思ってしまったこともあった」

「初めて聞きました」

「言わなかったからな」

「それは、気遣いからですよね」

「責任転嫁だと思われたくなかったからな」

「なら、なおさら赤城さんが羨ましいですね。あなたをここまで執着させるんですから」

「そう言うものか?」

「そうですよ。だから、分かりました。彼女の面影があるから、グラーフさんが苦手だったんですね」

「ああ」

「でも、提督。私たちはそんなことしませんよ」

「本当か?」

「そうですね。可能性は考えないことはなかったですよ、彼女がいなくなればと」

「やはりか」

「けれど、貴方は微笑んでくれない。違いますか?」

「……」

「だから決めたんですよ、皆で」

「そうか」

「期待しちゃいました。逃げようと言うのは」

「…すまない」

「いいんです。私はね、提督。貴方から、信頼を受けているのだと分かっているのですから」



戻ると、やはり大淀は怒っていた。
妙高に上がるように行ってから、私は彼女に小さな箱を渡す。

「?」

「開けたまえ」

私が言うと、彼女は中身を見て驚いた。

「栞ですか?」

「ああ、本を読むんだろう?」

彼女は言った。

「本当に、ずるい人です。テイトク」

「…そういう男だ」

「でも、妙高さんとの抜け駆けはダメですから」

「勘弁してくれ」

「摩耶さんとも芝居とか」

「流れだ」

「なら今週末です」



誰もいない食堂で酒を飲みつつタバコを吹かす。
ふと気づくと冷水の入ったグラスが出てきた。
酔いの回りつつあった隣に誰かが座った。

「大丈夫ですか?」

「体に触る。寝ろ」

私が言うと、翔鶴は困った顔をした。

「…それは提督がです」

「私など気にしないでいい。捨てておけ」

「……それはできません」

彼女は言うと、私のグラスを取り上げた。

「なにをする」

「歩きませんか、提督。酔い覚ましに」

私は口調を強めようとしてやめた。
この娘らに言っても無駄だと知っていたからだった。



「いい夜ですね」

潮騒を聞きなが歩く。
彼女に寒かろうとマフラーを渡すと、彼女は笑って断った。

「いいですよ」

そのまま歩き出すと、彼女は言った。

「綺麗ですね。星が」

「高気圧らしいからな」

「冷えるでしょうか」

「雪も降るだろう」

「積もらなければいいんですが」

「海の上では溶けて消えるさ」

翔鶴は私の三歩前を歩いてる。
あのふと彼女の長い髪が、彼女と重なった。
作戦のため出向いた南国のスコールに打たれた彼女の背中がありありと思い浮かんだ。

彼女は、笑っていたか。


「提督?」

翔鶴が心配そうに見ていた。

「ご無理をなされないでください」

「…そうだな」

「私がいますから」

彼女はそう言って私の手を取った。
彼女の手は、ひどく冷えていた。


提督は艦娘に好かれるものらしい。
ただ、私はその好意に応えられない人間だと理解していた。
向けられる無償の行為に私は戸惑うばかりで、苦しくなるばかり。
昔からそうだった。
人の心がわからない、いや対価のない行動を信じられなかった。
だからこそ、彼女たちの好意は私には重かった。
好意を受け取れないくせに、心の機微はわかってしまうから結局取り繕ってしまう。
このような私の歪んだ性根を知っているのは鎮守府内でもごくわずかで、
だからこそケッコン相手はあの女しかいなかった。

赤城だけ私に執着していないように思えたのだ。
だからこそ、大本営から来た指輪も彼女に渡せたのだと覚えている。
君をきっと愛せないと告白しても、あの赤城は笑った。

『気にしませんよ。お勤めさえしてくれるなら』

あの時、自分は救われたのだろう。
彼女は私が与えるものなど望んでいないようだったから。



「提督、朝です」

起こしに来たのは驚いたことに赤城だった。
何から何まで同じ彼女に面食らう。
黙ったままの私を彼女は不思議そうに見て言った。

「食事にいたしましょう」

彼女は同じように食い、同じように仕事をした。
大淀でさえ、時に手を止め赤城を見ていた。
そうして執務を終えた頃、大淀が私の肩を叩いた。

「追加の処理が」

二人だけの符丁だった。
言葉からして即急だろうと判断した私は、赤城に言った。

「赤城、これを」

「間宮券ですか?」

キョトンとしてから、嬉しそうな顔を彼女はした。

「加賀とでも行きなさい」

私の言葉を聞くと、この赤城も嬉しそうに執務室を出て行った。




レティクルを合わせて引き金を引くと、遠くで人体が吹っ飛んだ。
男の心臓が失われたことに、傍の少女が硬直した瞬間、彼女にも弾頭が炸裂した。
バーストは二発。外さず済んだらしい。
炸薬はいつものように艦娘の体を四散させた。
半身を失った彼女と、心臓の無い彼はお互いを抱えるように水底へと落ちていった。
海面が濁り、燃料だろう油が浮いた。
私は噛みタバコを吐き捨てると、モーターボートのエンジンを入れた。
防寒しているはずなのに寒かった。



母港に戻ると、大淀と明石が出迎えた。

「お疲れ様です」

「報告は明日。対象は処分した」

「了解しました」

大淀はそう言うと、私の手を取った。

「大丈夫ですか?」

「無問題だ」

私は仕事道具の入った鞄を明石に渡す。

「拳銃も見ておいてくれ」

「分かりました」

「私は部屋に戻る。火器は明後日以降に手元にあればいい」

そう言うと、私は自室へ切り上げた。


翌朝、眼が覚めるといつもの起床より早かった。
少し走ってから戻る。
戻ると摩耶が、私の自室の前で扉に背をつけるようにして待っていた。

「起きていたなら、言えよ」

咎めるように彼女は私を見た。
彼女の怒りも、行動も、好意からだとわかっている。
だからこそ、私は作り物の笑みを浮かべる。

「悪かった。朝食は外で食べようか」

遅刻して執務を始めると、大淀の機嫌が良くなかった。
彼女は明石に渡したおもちゃの件にも触れた。
どうやら、贔屓にヘソを曲げたらしい。
…女は勝手だ。
その私が車を持っていると言う話に摩耶が食いつき、『今度はドライブだな』と勝手に言っている。
そうしていると、執務室を誰かがノックした。


「…入れ」
 
「失礼します」

「五月雨か」

最古参の少女は私を見ると、手に持っていた封筒を渡す。

「大本営からです」

「…下がっていい」

私が言うと、彼女は私を見た。

「提督」

「なんだ?」

彼女が呼んだので、私は書類から視線を外し彼女を見た。


「今夜お時間をください」

突然の彼女の申し出に私は断ろうとした。

「今夜は…」

そこまで言葉にして、私は言葉を止めた。

「提督」

「忘れてくれ。問題ない。正門前だ」

「了解しました」

大淀も摩耶も、さっぱりわかっていないようだった。
私だけが気が重く、さっさと仕事に没頭することだけを考えていた。


気を紛らわせるために高速戦艦のお茶会に出た。
マカロンやらラスクやら、彼女たちは私の取り寄せの菓子に目を輝かせる。
そうして談話したところでビスマルクをダシに外に出た。
タバコ代をくれてやって、金剛たちに言付けを頼んでから私は執務に戻った。

今回だけよ。アトミラール?

背中にビスマルクの言葉が刺さった。



執務を終えて、車を暖気していた。
気が重いのか、緊張しているのか自分でも分からなかった。
五月雨を待つ間に手紙の内容を確認する。
内容は艦娘関係で、鬼や姫と言った存在への言及にすぎない。
…だが、その中の一文が私の気を止めた。

「…高翌練度艦娘の深海化か」

私が、そう呟くと助手席側のウィンドウを小さな手が叩いた。



目的地など無い。
惰性で高速に車を乗せた。
速度は出している。
が、隣の少女は何も言わない。
長い付き合いだからこそ、許されることだった。

「帰ってきましたね」

妙高と同じことを、彼女よりも、いや鎮守府の誰よりも年上の五月雨は言った。

「そうだな」

ウィンカーを出しつつ車線を変える。
バイパスに向けて車を進める私に、彼女は言った。

「どんな気分ですか?」

「どんな気分?」

「本音です。妙高さんには話したんでしょう」


鋭かった。
私はシフトアップをしながら答える。

「最悪だ」

「彼女が来たことですか」

「沈めた自分も、戻って来た彼女にもだ」

「勝手な人ですね」

「なんとでも言え」

私が言うと、五月雨は身を乗り出してきた。
彼女の顔を時々ナトリウム灯の明かりが照らす。
幼い顔と、違う顔。
そう交互に私には見えた。
そっと彼女の指が私の左手に絡みつく。

「このままハンドルを切りましょうか」

「私だけが死ぬな」

中央分離帯の、あのコンクリートの塊に、この速度で当たれば即死だろう。


「そうですね」

「お前は艦娘だから」

「死なないでしょうね」

「それでどうする、私が死んだら?」

「残された私はあなたの右腕をもらって生きます」

「…何が言いたい?」

「私はあなたを独占したいんです」

「死んでほしいほどに、か」

「その通りです。提督」

「私なんて愛すな」

「でしたら、他の子達への振る舞いはなんですか?」

「……」

「本当は艦娘専門の処理役なのに、まるで気さくな人格を演じて見せて」

「円滑な運営のためだよ」

「そうですか。でしたら私を見てください。他の女を見ずに」

「愛し方を知らない」

「なら、艦として使ってください」

「出撃はしているだろう」

「赤城さんが死んでから、目に見えて頻度が落ちてます」

「何が言いたい?」

「無気力すぎです。だから、見てられられない」

「私など捨てろ」

「出来ないからこうしてるんです」

「もう疲れた」

「何がです?」

「いつまでお前とこんな会話をすればいい?」

「…ダメな人ですね」

「お前と、赤城とそれから鳳翔妙高くらいだよ、そう言えるのは」

「でしたら、しゃんとしてください。ダメ人間。いいえ無気力になった自覚はあるんでしょう?」

「自覚はある」

「それなら」

「それでも普通にはしてる」

「分かりました。だから、せめて女の子には好まれるように嘘を重ねるんですね」

「どうだろうか?男と言うのは、ほとんど私のようなものだ。得たい、食いたいとばかり考えている。私だけとは思わない」

「それすら厭う人もいるんですよ」

「それはクズだな」

「あなたも近しいですよ」

53>>ありがとうございます。入れます。



五月雨がため息を吐いたのを私は横目で見た。

「どうして好きになったんでしょうね?」

「私もそう思う」

「提督」

「なんだ?」

「言ってもいいですか? あなたを取った赤城さんが大嫌いでした」

「…俺が女でもそうだろうな」

「ええ。性格がよくても、問題がなくても、あなたを奪っただけで妬ましかった」

「そうか」

「なぜ、彼女がいなくなったのにケッコンしないんですか?」

私はシフトを下げる。
いつの間にか、車間が詰まってきていた。

「今は戦時だ」

「それは詭弁でしょう」

「だったら何だ」

「本音を言って」

五月雨が私を見る。
このままだと本気で左腕ごとハンドルを切るだろう。
私は耐えかねて、答えていた。

「……もう、沈めるとこを見たくない」

「勝手ですね」

そう言うと、五月雨は手を離した。
私はシフトを落とす。
そのバーの上の私の指を彼女は握った。

「でも、そんなあなただから良かった」



外泊して、少女がシャワーを浴びる音を聞いていた。
先にベットで横になっていると彼女がシーツに入ってきたのがわかった。

「ベッドは二つだが」

「いいじゃないですか」

私は黙ると、明日大淀が酷く怒るだろうと予想した。



翌朝、大淀は五月雨を少し睨んだ。
五月雨は知らぬと言った顔である。
ただ今日の秘書官の天城がどうしていいのかわからずににいた。
そのまま執務を始めると、大淀は完全に今朝のことは別枠で処理したらしい。
切り替えの早い女だ。
そうしてひと段落ついたところで、天城が私に質問した。

「提督」

「何だ」

「噂になってましたよ。昔赤城さんとケッコンしていたって」

出処はいくらでもある以上、天城の指摘は別にどうでも良かった。
ただ彼女の言葉で、あの女が過去だったのだとより一層私は感じた。

「…ああ」

「すみません。高練度の方が噂をしていたので」

天城がそれ以上聞かなかったのは、大淀がいたからだろう。
私は黙って再び書類にハン片手に向かうが、一つも頭に入ってこなかった。



タバコを吸いに屋上に出ると、加賀が艦載機を飛ばしていた。
その操作を見ていると、彼女は言った。

「声をかけてはくれないの?」

「見ていただけだ」

私が言うと、彼女は艦載機を戻しつつ私を見た。
彼女の表情が変わる。

「……やつれているけれど」

「そうでもない。これくらい」

私が言うと、加賀が遮るように言った。

「今日、赤城さんに言われたわ」

ピクリと体が反応してしまった。

「提督は、私に距離を作っているのじゃないかって」

その指摘に私は何も言えなかった。

「…私もそう思います。提督、あなたは過去の赤城さんを見過ぎていると思うの」

何か問題でもあるか。
お前にわかってたまるか。

と言いかけて、私は黙った。
私がそんな言葉を言えるだろうか?
多くの艦娘を殺しておいて。
それも幸せになりたかっただけの彼女たちを。



長く黙っていると、加賀はこちらへ近づく。
やめろと、その言葉が出なかった。

「代わりにはなれないことは知っています」

彼女の顔が近い。

「あなたが好きです」

私は、またしても何も言えなかった。



大淀からまた仕事があり、私は海に出ていた。
脱走した個体を処理した時だった。ふと、ありえない声を聞いいた。


ーーーまだ、いますか


その声色に私は振り返った。
忘れもしない、赤城の声。
私は四方を見たが、何も見えない。
疲れているのだ…
そう私は思うことにして、ボートのエンジンに火を入れる。
なかなかかかってくれない中、加賀の言葉が思い出された。

「返事をいつまでも待っている」と。

私はどれだけ苦しめばいいんだろうか?


翌朝、三隈をつれて大本営の会議に出た。
急な依頼で金剛を演習に出したので、三隈をつれていった。
そこに深い意味はない。
鎮守府自体も大淀に代理を任せているから問題はないだろう。
会議では私の戦績の悪さについての叱責の後で、別業務についてはお褒め頂いた。
三隈は何も知らないからか、私の顔を不思議そうに眺めていた。

帰り道に喫茶店によると、彼女は彼女の頼んだソーダ水を見ながら言った。

「よくわからない人ですね」

「誰がだ?」

「提督がです」

「かもしれない」

彼女は焼きたてのパンケーキにナイフを入れつつ言った。

「でも、人気が高いのですのね」

「そうか?」

「けど三隈は、提督が時々冷たいのではないのかと思います」

私はストローを再びソーダ水に戻す三隈を見た。
ずしりと冷たいものが胃に出来た気がした。

「当たってましたか? 私、おっとりしてるように見えるだけですの」

私は彼女が桜桃を口に含むのを見ていた。
真っ赤な果実。
やけに印象に残った。

赤城は結べたんだっけか。



艦娘の誰からも好かれる。
それは単に、私が提督だからだ。
命を預かり、命令を出し、これで仕事が出来るのだから好きになるだろう。
憧れと言うやつだ。
あるいは少ない男だからか。
だが、本当の私はそうじゃない。



隼鷹に引っ張られ、鳳翔で皆と飲んでいた。
が、案の定皆潰れた。
私の膝で寝ていた龍驤を抱えて奥座敷に。
同じように突っ伏す隼鷹も運ぶ。
そうして彼女たちにそなえつけの毛布をかけたところで、鳳翔が言った。

「そう言えば」

「ん」

「五月雨ちゃんと抜け駆けですか」

「何もしない。少女趣味は私にない」

「そうですか?」

すっと背後から鳳翔が抱きつく。
腰に手が回るのを私は感じた。


「見ていて痛々しいんです。あなた、無理してるじゃないですか」

「してなどいない」

「嘘でしょう?」

「…」

「赤城がいなくなってから…ずっとです。新しい彼女が来てから、特に」

「嗚呼」

「お大事にしてください。体を」

「それは、君らの方だ」

「兵具ですよ。私たちは」

「…ならば」

私が私の疑問を口にしようとすると、鳳翔自ら答えを言った。


「まがい物であろうと女です。世の女のように望むことは自然ではありませんか?」

その心を嬉しく思う自分を自覚した私は、強烈な自己嫌悪に襲われた。
心はあって欲しいと願うくせに、自分に向けられることを嫌うのは何て傲慢だ。
兵具だから?
お雨はその関係性を悪用してるだけじゃないのか?
どこかで人形だと思いつつ、彼女たち都合のいい関係に甘えてるだけじゃないのか。

「だったら私を望むな」

震えた声で、私が言うと鳳翔は断言した。

「あなた以外、誰がいるんですか?」



執務室の窓を開け、タバコを吸っていた。
珍しいことをしていたからか、手紙を出せに行かせていた大淀が戻ってきた。
彼女はタバコの残り香を嗅ぎながら言った。

「変わったことをしていますね」

「ああ」

「灰皿なんてなかったのに」

私は空のペン立てを見せる。
大淀は呆れた顔をして言った。

「幻滅しますよ」

「かまわない。むしろ私を嫌ってくれた方がいい」

「それは無理な話です」

大淀はそう言うと、机の上からタバコを一本取った。


「吸うのか?」

「吸いませんよ」

彼女はペンのように安タバコを回してから、私に手渡す。

「ビスマルクくらいじゃないですか? 喫煙するのは」

「そうだったな」

洒落たシガーケースをくれてやった覚えがある。
黒い子猫が欲しいと言ったのは、彼女だったか。
ふと自分でも記憶が混同していることに気づいて驚いた。
赤城の顔や声を強く覚えているのに、どうしてそうした思い出が溶け合ってしまっているのか。

「……提督?」

「聞くな」

「良くないです。あの赤城がきてから提督は…」

「…赤城なら何人も沈めてる」

私が言うと、大淀はきつい視線を私に投げて言った。

「処理したものでなく、あなたが沈めたのは彼女だけです」

「……」

いつか、この女に聞いたことがあった。
仮にも同胞を殺すことに抵抗がないのかと。
彼女は何と言ったか。

「あのひとは戻らないんです」

大淀はそう言って、床を見つめるようにうなだれた。

「前を見てください。お願いです」

風が吹いて、カーテンが私の背中を押すようにさえ思えた。
ただ私の体は動かなかった。



誰でもいいから、私を殺してくれと願いながら鎮守府を出た。
私服に着替えて、持ち物はハンドバック一つ。
誰も隣には載せない車で海岸沿いの道を走る。
放置された海の家の跡地近くに車を止める。
タバコを携帯灰皿にねじ込むと、遠くまで出たことを実感した。

「………」

黒い渚をバカみたいに見ていた。
そこで出来もしないことを夢想した。
このまま逃げてしまえばいいと本気で考えた。
けれども途端に思い直す。
軍属でない自分が生きられるだろうか?
あの娘らから向けられる歪なものに何一つ答えを出さずにしていいのだろうかとつらつら考えた。

答えは出ない。
当然だった。

その時、私の携帯が鳴った。



鎮守府まで車を飛ばすと、湾岸線から見えていた煙が大きくなった。
車を止めると当然で、火の出元は鎮守府からだった。
規制や検問を突破しただけあって流石に見間違えようがない。
だだ、襲撃と、その経過が私にはわからなかった。
しかし、回らない頭でも私の外出と同時の襲撃があったのは事実であると理解していた。

「なんて日だ」

車を捨てて鎮守府へと駆け出す。
上陸した敵から防衛するための憲兵隊や予備役の軍人の到着はしていないらしい。
部隊の展開がされていないところを見ると、私の部下たちが戦っているのだろう。
あの煙の下で、あの娘たちが戦っている。
大淀は指揮しているのだろうか?
五月雨は出たのか。
他人事のような気分で、そんなことを走りながら私は考えていた。
思考が脇道にそれ、このままでは懲戒と処分は免れないことを思い出す。
こんな時まで、保身を考えている自分に気づいておかしくなった。
ああ、いっそここで死ぬのも悪くないのかもしれない。
そうして、鎮守府の門を抜け母港へと入る。
遠くで見える砲火の明かりを超えて、資料で見た敵の艦載機が目の前を通り過ぎた。

あれはーーー、

大きな炸裂が目の前であった。
ただあくまでそれは僕の施設を狙ったものらしい。
私からは距離が離れていたため、私への被害は軍帽を飛ばすだけだった。
クレーンが燃えている。
その燃える炎の向こうに、人影が立っているのが見えた。


私の目の前には、変わり果てた女がいた。
白い肌、目から溢れる燐光。
何もかも違うのに、面影は強く残っていた。
私の敵となった彼女は言う。

「愛してくれないと、知っていました」

中間棲姫。
だが薬指にはめられた指輪と、その懐かしくてたまらない声を忘れるものか。

「赤城…」

私の言葉に彼女は破顔した。

「気づいてくれて嬉しいですよ。提督」

彼女は背後を見てから言った。
彼女の背には暗い海が続いている。

「おかしな話ですよね。沈めば強くなるなんて」

「お前は強かったからな」

「そうですね、指輪を貰ったの私だけですから」

彼女はそう、うっとりと言った。
こんな笑い方をしただろうか。

「あなたを見ていました。提督」

そこで赤城は言葉を切る。

「けど、あなたが私含め誰も愛さなかったのを見て、少し思ったんです」

彼女は悲しそうな顔をする。

「あなたは、きっと誰も愛せない」

赤城がそう言った瞬間だった。
何処からか砲撃が打ち込まれた。
その砲弾は彼女に直撃したかのように見える。
だが、彼女は…その攻撃を気にするでもなく、砲撃してきた少女に言った。

「…しぶといですね。五月雨。けど、無駄ですよ」

「提督は…まだ」

「寝ててください」

艦載機の攻撃が五月雨を捉える。
甲高い破裂音がした。
そのまま壊れた艤装に引きずられるように、五月雨は昏倒する。
陸の上だから轟沈は免れたらしい。

「…強いな」

「妙高や鳳翔の方が手間取りましたよ」

他の名が無いのは、すでに沈めたからだろうか。
そんなことを思いながら、私は赤城との会話を続けた。

「お前は何のために?」

私の質問に、赤城は答えた。

「決まってますよ。提督。今度は、あなたに愛してもらうためですよ」

彼女は近づいてくる。

「他人なんてどうでもいいです。あなたが愛してくれないことも気づいていました」

「それでよかったんじゃなかったのか」

「そう思っていました。けど、私はそれでもあなたがいないとダメだったんです」

濡れたままの彼女は私に手を伸ばす。

「青木さんのように、あなたに逃げられたままは嫌なんです」


彼女の顔は悲痛なものだ。
胸が痛む。
そして、私はどうしようもない感情が浮かび上がったのを知った。

こいつなら、私を殺してくれるだろう。

煩わしいものから全て逃げられる好機が目の前にあるという事実が、私をざわつかせる。
けれども、私はいつもと同じようにタバコをくわえてしまっていた。


「私はそういい男じゃない」

「そんなことはいいんです。あなたさえいてくれれば」

赤城がそう言った時だった。
彼女が手を伸ばせば、私の手に届く距離だった。
何か黒いものと、艦載機が飛来する。
とっさに赤城は振り返り、黒いものは私の足元に転がった。
仕事道具の鞄だった。
鍵は外していたらしい。地面に叩きつけられ中身が私の足元へと転がる。
使い慣れた道具に驚いていると、声がした。

「赤城さん。止まってください」

加賀だった。
と、言ってもすでにボロボロ。
どうやら、この赤城が手心を加えたから動けているだけらしい。
よく見れば弓は鳳翔のもので、後ろで翔鶴が支えていた。
…飛んでいるあの艦載機は龍驤に昔渡したものだった。

「あら」

赤城はそう言うと艦載機を放つ。
それは艦載機を落としに掛かるが、強力なはずのその深海艦載機を高射砲が落とした。
妙高か摩耶からだろう、借り受けたらしい砲を大淀が手にしていた。
その後ろには、明石が神通と立っていた。
おそらく鞄を投げたのは彼女たちだろう。

「三隈さん以外も動けたの」

赤城はそう言うと、新しい艦載機を取り出す。

「邪魔をしないで。泥棒猫たち」

怒気を放ちつつ赤城はまだ動けた艦娘を戦闘不能に追い込む。
時間にしてはごくわずかだが、私から赤城の気が逸れた間に、私は仕事道具を拾う。

拾ったのは、艦娘殺しの大型拳銃だった。
人間の恐怖の結晶。
彼女たちを沈めるためだけに作られた弾丸が込められたものだった。


「あなた達になんて、渡しません」

その言葉は、どの娘に向けて放たれた言葉だったか。
赤城は残る彼女たちを次々戦闘不能に追い込むと、私を見た。

「…危ないですね」

赤城は、私の得物に気がついた。
魚雷を模した弾丸は、彼女も知っていた。
だからこそ私はゆっくりと銃口を彼女の眉間に向けた。
それでも、彼女は笑みを私に向けてくれた。

「殺せます。私を?」

「私が殺すべきだろうから」

「泣いてるのに?」

「そんな訳ないだろう」

「やっぱり、あなたの一番は私ですね」

彼女が艦載機を放つ。
私のタバコの先が、機銃で吹き飛んだ。
それで理解した。
…彼女は私を殺す気などなかった。

「誰より愛しているよ」

怯みはしなかった。
慣れた動作で撃鉄を上げる。
動作は一連で終了した。

「待ってますから、暗い底で」

彼女はそう囁く。
私は、引き金を引いていた。

「さよなら、赤城」

ーーまた会いましょう。提督。

そんな声が聞こえた気がした。



手のひらから痺れが抜けた。
涙は出なかった。
目の前にあるのは、仮にもケッコンした女の屍体だと言うのに。
おそらく表情も変わらないのだろうと、私は想像していた。
ただ口元からぽとりとタバコが落ちた。

まるで何もなかったような平常が戻ってきた。
ビスマルクにシンセイを買いに行かせたところで、私はぼそりと大淀に本音を漏らした。

「いつ、君らは私を殺してくれるんだろうか?」

私が言うと、彼女は言った。

「そんなことしませんよ」

私は資料を読むふりをしてこの顛末について考えた。
私が赤城を殺したのは、すぐさま鎮守府に広まった。
艦娘殺しの弾薬は、元艦娘だろうが効果を発揮したようだ。
表向きには鎮守府を強襲した姫級を撃破したことで、私は叱責なく現状を維持した。
いくばくかの褒賞と、艦娘の傷だけが残ったが、それはどうでもいい話だ。
むしろ赤城殺しの手段からして、私は彼女たちの同胞を平然と殺してきたことが分かったはずだった。
それなのに、それでも彼女たちは私を愛を向けてくれた。
ただただ私は混乱するばかりだった。

ふと思う。
赤城なら私は殺してくれただろうか。
そう私は思いながら、自分の指輪見た。

特に考えず、これを捨てることを決めた。

指輪を抜くと、目ざとく大淀が聞いてきた。

「…外すんですか?」

「悪いか」

指輪を抜くと、指の形に変形していた。
私は赤城から抜き取った指輪のそばにそれを置く。

気力は湧かなかった。

けれどやることの道筋は儚いが見えた。
苦しんで戦争を終わらせてから死のう。
私はそう決めると、大淀に言った。

「私が好きか?」


以上終了です。
お付き合いありがとうございました。


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