曙「アンタと過ごしたい訳じゃないけれど」 (31)


関連作な

提督「あけぼのちゃんはツンドラ」
提督「あけぼのちゃんはツンドラ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1446847278/)
(現行)

長門「総員!全力を挙げて提督を捜索しろ!」
長門「総員!全力を挙げて提督を捜索しろ!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1450982966/)
(クリスマス話)


曙視点のお話。 関連作は読んでも読まなくてもだけど、読んでいればなるほど?ってなる箇所が出来てしまった。 許して

また、上記作と違い台本形式でない

今週中には終わらせたい

曙の年末年始ボイスが良かった


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1451533375


「それじゃあ、行ってくるね」

「せっかく片付けたんだからまたすぐに散らかしたりしないでよ?」

「それは私じゃなくて漣に言うことね……あー寒」


 潮と朧、司令部を出て行く2人を見送るために玄関まで付き添ったのはいいのだが、広過ぎて寒い。 玄関と名を打っていてもその広さは一般の玄関の数倍はあるからだろうか。

 寒がる私とは違い、出掛けるべく着込んでいる2人は吐く息こそ白けれど寒がる様子はない。 潮のマフラーが少し羨ましい。 その持ってる大荷物の中にカイロとか入ってたりしないかな。

 そんな私の思いを気取ったのか、潮が心配そうに首を傾げる。


「曙ちゃん、部屋に戻ったら? 寒いでしょ? 無理して見送りしてくれなくても良かったのに」


 期待外れ。


「寒いけど、一応年内最後の顔合わせだからさ」

「最後も最後、大晦日だけどね」


 続ける朧は素っ気なく。 と言っても心配する程でもない、という感じなのは朧らしくも思う。

 大晦日。 1年の締めを飾る365日(或いは366日)で何番目かには大きなイベント感を感じる日だ。 人によってはバレンタインとかクリスマスとかの方が大きいだろうけど。 私の今年のクリスマスは散々だったな、クリスマスじゃなくてクリスマスイブだけど。

 さて、その大晦日に潮と朧の両名は荷物をまとめて何処に行くのかというと——


「まあ、実家に帰ると言っても顔見せする程度みたいなものだし、2日には帰ってくるから、年内最後だなんてかしこまらなくてもいいよ」

「あ、でも漣ちゃんのこと、よろしくね」


 実家への帰省。 艦娘にだって肉親はいる奴にはいるし、事実この2人以外の艦娘も帰省している。

 というか、今年はほぼ全員帰省組だ。 この2人が多分最後。

 ほぼ、と言うのも艦娘になってからの私は年末年始を毎年ここで過ごしているから、今年も例年通り。

 それが私の大晦日。


 人気のない廊下はただそれだけで普段以上に寒く感じる。 いつもは一般の人間もいる事務室でさえ無人である。 年末はいつもこうだ。

 足音と無音の音が廊下に響く。 なんとなしに振り返ったりしても気配などなく、誰もいなく。 そしてまた歩き出す。


「いいわよねぇ、帰るトコがある奴はさ」


 何の気なしにそんなことを呟いてみる。 別に羨ましくも恨めしくもない。 事実、私にも帰るトコはあるのだから。

 ただ、面倒臭い。 そういう感情がつい出てしまうくらいには物理的に距離が離れてしまっているので、年末年始をここで過ごす羽目になっている。

 今年に限っては、戦える艦娘が1人もいないのでは不味いからという言い訳も出来ようか。

 人類を脅かす海の脅威、冥海の悪魔、深海棲艦。 私達艦娘はそれと戦うための存在で、誰が言ったか海上の戦乙女≪ヴァルキュリア≫——なんて小っ恥ずかしい——。

 奴らに年末休みなどあるものか、いつ大挙して襲ってきてもおかしくはない連中だ。 年末年始は休みたいから襲ってこないでねーとでも言ってみる? 話し合いのテーブルごと海の藻屑にされそう。

 そんな中私達が一丁前に休んだり、帰省したりするのは職務放棄だなどと言われそうだが、そんなことを言う連中がいれば正義の欠片もない鉛玉をぶち込んでやろうかと思う。

 私達の言う"艦娘"なんてのは職業だ。 兵器そのものじゃないし、戦うための戦闘マシーンでもない。 兵器を扱ってはいるが、扱っているのは生身の人間だ、年中無休で働き続けられる訳がない。

 無論、生前の軍艦としての記憶を持った人間にしか就けない職ではあるし、なろうと思ってなったわけだが。 それでも行き過ぎた労働を求められるのはお断りだ。

 しかしながら、今年の年末大帰省において人っ子1人残らないのは不味いのでは、と言う声もあったがクソ提督曰く、他所の司令部は艦娘が結構残るらしいから年末年始の仕事はそっちに押し付ける、とのことだ。

 それはそれで酷いのではとの声も挙がったが、やりたくて残るらしいし向こうの司令官とも話はつけてある、と。 よくもまあ引き受けてくれたものだ。

 そんな訳で全員が納得した訳ではないけど、年末年始を気兼ねなく謳歌しようということになった。 司令部残留組は意図しようがしまいが、謳歌しようとしていない少数派なのだろう。

 そんな少数派達の大晦日。


「おかえりぼのやん」


 部屋に戻った私を迎えたのは、こたつ布団とくたびれた半纏に包まれ、熱されたチーズの様に溶け切った漣だった。 こたつの魔力に負けていたら私もこうなっていたかもしれない。

 そんなifの自分をかき消す様にため息をつく。


「ったく、だらしない。 見送りくらいしてやりなさいよ」

「別にいいよって言ってたじゃん? おこたあったかいじゃん? アゼルバイジャン? ジャンヌダルクじゃん? だとしたら導き出される答えは一つしかないじゃん?」

「こたつから出る」

「寧ろこたつが動け」

「怠惰の極みね」

「自分を曲げないって大事だぜ」

「ただでさえ曲がってるくせに」

「漣ちゃんの長座前屈の記録、教えてやろうか」

「いい」

「5ミリ」

「嘘でしょ」

「うん、ホンマは13キロや」

「もういいわよ、どうでも」


 不毛なやりとりを切り上げ、さっきまで収まっていたこたつに入り込む。 数分振りとは言え、冷えた身体にはこの上なく嬉しい再会だ。 思わず顔がほころんでしまう。


「ところでぼのやんよ、コートくらい脱いだらどうさ」


 頬を天板につけたままの漣が溶け切った目線をこちらに向ける。


「この下まだパジャマだし。 アンタだってそのくたびれた半纏どうにかしなさいよ」

「このくたびれ具合は何にも代え難いのだよ、ぼのえもん」

「髪すら纏めてないだらけ具合も相まって、見事なダメ人間の見た目よね」

「カッコだけならぼのやんも負けちゃないと思うよ」


 まあ確かに、コイツや潮達ならまだしも人には見せられない格好ではある。 そう思ったら口が続かなかった。

 漣も特にグイグイ来ることもなく、目を閉じてこたつとの一体化を強めつつあった。 貴方と合体したいとか言ってるし。 もうしてるじゃない。

 漣は基本騒がしいけど、一緒にいるのは嫌いじゃない。 振り回したり振り回されたりだけど、漣の空気にはどう足掻いても巻き込まれてしまう。 ここに来てから1番付き合いの長い奴の1人だからか。

 そんなコイツがダラダラしているとつい釣られてしまう。 こたつとの相乗効果も抜群だ。 こういう大晦日も悪くないかなと思ってしまうくらい。

 だが、部屋の外から聞こえる走ってくるような足音でふと気付く。 アイツがそれを許すはずがない。 漣も気付いた様に半目で顔を上げる。

 アイツなら多分——


「大晦日にまでグータラしてんじゃねえぜおめーら! 派手に年越ししようじゃねーの!」


 ——なんてことを言うんだろう。 てか言った。

 デリカシーの欠片もなく開かれる扉を漣は露骨に嫌そうな顔をして見つめ、私も同じ顔をしていると思う。

 二足歩行で走り続けるマグロの様な奴。 1番付き合いが長い奴のもう1人。

 クソ提督。 ソイツが1人けたたましさと共にやって来た。


「うるさい、鼓膜がダンレボする」


 そう言って漣は再びこたつと一体化の姿勢に戻る。 けどもその程度の抵抗でクソ提督が止まる訳もなく。


「大晦日だぞ大晦日! 1年の最後! Last day! このまま寝て過ごすだけではMOTTAINAI!!」

「そういうのもアリじゃないのー? それにまだお日様は登りちうだしー」

「何言ってんだナミ公、今何時だと思ってんだ」


 そう言われた漣が動く素振りを見せないので仕方なく私が壁にかかった時計へと向き直る。


「……2時半ね」

「なんだ、下山ちうか。 気を付けてねお日様ー」

「気を付けるよーじゃなくてな? もう新年まで10時間切ってるっつーの、こたつで迎える新年なんてそれでいいのかお前」

「後70回以上は迎える機会あるんだし、別にー」


 どうやら戦死する気はないらしい。 それにしてもいつも以上の・みどころのなさにクソ提督も攻めあぐねている。

 まあ私も、こたつで過ごしていたらいつの間にか新年でしたーなんていうのは御免だし、支援砲撃くらいはしてやろうかな。


「珍しいじゃない、年中お祭り騒ぎを求めて三千里みたいなアンタが今日に限って消極的なんてさ」

「だぁーってさーあ? おこただよ? あったかいよ? あったかいから大丈夫だよ?」


 何が。


「わざわざこんなぬくぬく天国から抜け出す理由はないよねー……ご主人様もおこた入ってダメ人間になろうぜ?」


 駄目だコイツ、こたつの悪魔の取引を交わして全ての人間をぬくもりと怠惰に引きずり込むこたつの化身と化してる。 そしてその歯牙をクソ提督に向けようとしてる。

 ちなみに私はあったかいから入ってるだけ。


「いや、俺はこたつは、いい」


 意外にも歯牙を物ともしない様子。 なんかしどろもどろだけど。


「えー? どーしてさーおこたはいいぞ」

「記憶がリフレインするから……ちょっとな」

「あー? どゆこっちゃよ」


 漣に視線を振られるが、私にも分からない、と肩をすくめる。

 本当は分かってるんだけど。 このクソスケベ提督、イブの事なんか思い出すなっつーの。


>>7 訂正

×
 どうやら戦死する気はないらしい。 それにしてもいつも以上の・みどころのなさにクソ提督も攻めあぐねている。




 どうやら戦死する気はないらしい。 それにしても、いつも以上の・みどころのなさにクソ提督も攻めあぐねている。


「こたつ云々はどうだっていいけど、私らに何をご所望な訳?」

「派手な年越し、レッツパーリナィ」

「そうじゃなくて」


 ものを言うついでに余計なこと思い出すな、と侮蔑の意を込めて睨みつける。 こたつでぬくもってる奴が睨んでも効果はないかも知れないけど。。

 クソ提督も反応は示したけど、反応したのは言葉の方だろう。

 って言うかそもそも派手な年越しって何。


「所望って言う程の事はないけどな……そうだ、君ら昼飯食べてないんじゃないか? 年越し準備の買い出しついでに何か食いにでも」

「カップ麺でいい」


 秒速で返すは漣。 確かに部屋にポットもカップ麺もあるけれど、そこまで動きたくないか。


「年頃の女子がそんなもんで一食を済ますなっつーの……」

「JKはジャンクフード大好きなんですぅー、クレープ、ポテチ、ハンバーガー、最高じゃん」

「世の中の女子高生に謝れよな」

「私もそんな食生活は勘弁願いたいわ」

「今日の漣はそれでいいんですぅー」

 滅多打ちにされようとも怯みもせずこたつと合体したままだ。 変なところで頑固と言うか。

 流石のクソ提督も助け舟を求めるような視線を向けてくる。 どうするも何も、


「ま、いつまでもこんな格好するのもなんだし丁度いいかもね」


 こたつの電源を切ればそれで済む。


「にゃー!! 何をするにゃー!!」

「ほっといたらアンタこたつかじり虫になりそうだし。 奢ってくれるってんだから乗っといた方がいいでしょ」

「かじり虫じゃないもん! 超温合体コタツェリオンだもん!」


 多摩もどきの言い訳になど耳を貸さず、こたつから出てこたつの電源ケーブルをぐるぐる巻いてクローゼットの中へ適当に放り投げる。 恨めしそうに睨まれているけど気にしない。


「奢るなんて言ってないんだが……まあいいや、先に外出て待ってるからな」


 その様子を見届けたクソ提督は足早に去って行く、おそらく着替えに戻るのだろう。 流石に軍服で外を出回る真似はしないだろうし。

 ん? 着替えに戻る……着替え?


「あ」

「あ? どしたのぼのやん」

「見られた……」

「いや、分かんねーよ」


 ……いや、コートの下のパジャマは見えてないはず。 だったら多分気付かれは……あー、下のズボンは普通に見えるしなあ……

 何度殴ったら人の記憶は無くなるのか、なんて実験を誰かがしてくれないだろうか。


「青ーい空白い雲ー、カイロ持って踏ーみー出そーう」

「思ーい出すと帰ーりたーい、こたつーの思いー出ー」

「大好きーなこたつーのぬくもりが宝物ー」

「ぬーくーいーきずーなーを、ぼーくはー忘れないーよー」

「うるさい」


 寒空の下、大合唱を始めた2人を諌める。 鎮守府近辺に民家はないので近所迷惑という常套文句は使えないし通用しないけど、とりあえず黙らせる。

 水を差された漣は不満そうに口を尖らせる。


「もー、なんで邪魔すんのさぼのやーん」

「アンタらが歌ってると私まで同類みたいじゃない」

「せっかくノリ始めたトコだったのに」

「俺はカイロ言いたかっただけであれ以上出てきそうになかったから丁度よかったよ」

「それなら歌うのは頭ん中だけにしときなさいよ」


 まったく、歳上のくせに悪ノリし始めたら漣レベルと言うか私達と大差無いんじゃなかろうか。 いつしか浜風がクソ提督のことを分け隔てないと言っていたけど、見方を変えれば子供っぽいの間違いにも思える。

 ほらもう、漣とふざけてじゃれ合ってるし。 落ち着きの無い犬かアンタら。 大体漣なんかは出る直前までテンション最低調だったくせに。

 諦めて歩調を会話モードから普通モードに戻す。 一応空腹の身分なので早いとこ食事にありつきたい。

 今週の炊事係の艦娘達は昨日には全員帰省してしまったし、今朝までその代わりに食事の面倒を看てくれた陸奥も行ってしまったし。 別に食事くらい自分で作っても良かったけど、そうすると残りの2人が鳥の雛のように口を開け始めるだろうから面倒。

 陸奥も陸奥で取り置き出来るカレーくらい作って行ってくれればよかったのに。 陸奥ならそこまで気が利くと思うんだけど、わざと? まさかね。


「ヘイ、メアリー! マズイぜ! キャロラインの奴あんなに先に進んじまってる!」

「いけないわねスティーブ! すぐに追いかけるわよ!」


 誰よそいつら。

 周りに誰もいないからって歌うわ今度は寸劇始めるわ、この2人を一緒にしてそこに巻き込まれると徹底的にMP的な何かを削られていきそう。


「はぁ、くそ、スーツに革靴てホント走りにくいな」

「軍服の方があちこち突っ張ってそうだけどね」

 数十メートル間を走ったくらいでは殆ど息が上がらないクソ提督。 腐っても一応男だということか。 それに対して——

「んも、ぼのやん遠く行き過ぎ、やで……ふひー」

 何でアンタは少し息が荒いのか。

「なあ漣、何でお前俺より疲れてんの?」

 代弁された。 ちょっとムカつく。

「普段重い艤装を背負ったりしてるのに……俺より体力ねえの?」

「何言ってんすかね、最近の艤装が鋼鉄の塊だと思ったら大間違いすよ、カーボンとかで軽量化進んでるんだから、ふー」

「それは知ってるけどさ、軽くは無いだろうが」

「もう一つ、いくら重いもん持っても実際に海の上で進むのはウチらの足そのものじゃないから、重いもん担いで自動車運転しても鍛えられないっしょ?」

「あー、なるほど……か……?」

 漣の答えにはイマイチ納得していない様。 多分、これは経験しないと分からないのかも。

 私達は艤装を担いで運動とかトレーニングしている訳ではないからか、思う程筋力がつかない。 全くつかない訳でもないけど。 なんで漣はそれでも体力もやしなんだろう。

 でも今はそんなのどうでもいいんだって。

「そんなこといいから、ちゃっちゃと歩いてよ。 こっちはお腹空いてるんだから」

 思った通りの不平を垂らす。 スマンスマン、と言う顔からは反省が感じられないけれど。

 と、急に漣が私とクソ提督の間に割り入ってきた。

「ところでさー、どしてご主人様はそんなカッコなワケ?」

「と言いますと」

「マストもベストもガストもあるかい! おなご2人を引き連れて外出するっちゅーにスーツにコートって! 地味か! 外回りしてるリーマンか!」

 クソ提督はビシッと突き付けられた指を困惑気味に見つめるだけだ。 地味かはともかく、外出するのにする格好としてはどうか、という点については自他共に認めるところなのだろう」

「ウチらでさえバッチリではなくとも多少なりともコーデキメてるのに!? 台無しだぜスティーブ!」

 さっきまでくたびれた半纏を着ていた奴の言っていい台詞ではないと思うけど。 てのは飲み込んで、クルリと一回りする漣はちゃんと決まっていた。

 白いファー付きの薄桃色のコートは暖かそうで、その下の白いモコモコなセーターに白いスカートに白いハイソックスに白いブーツとしろシロ白。 当人曰く雪うさぎだとか。

 私は今朝から潮達を見送る時にまで着ていたダッフルコートの下をそれなりに適当に着合わせただけなので、まあ、あまり口は挟まないようにしよう。

「そうは言うがなメアリーよ、俺は外出するたんびに何で他の私服持ってきてねえんだろなって嘆く人間なんだ」

「え、他に無いの、服」

「軍服が御所望とあれば」

「いいや、うん、なんかゴメン」

 肩を落とすってこのことなんだろうな、と思うくらいに分かりやすい態度の漣を尻目にクソ提督は再度歩き始める。

 そんな漣はクソ提督の背中を見たまま少し唸る。

「……服にかける金がないとかじゃあないよね?」

「さあね、安月給ではないと思うけど。 でも大分前出掛けた時もあの格好だったし」

「前の……? ああ」

 思い出した様に手をポンと鳴らす。 かと言って納得した訳ではないらしいが。

「服無精なんかね……」

「別にどうだっていいわよ。 ほら、追いかけないと」
 そう離れてはいない背中を小走りで追いかけ、漣が慌てて続く。

 ふひーとかぜひーとか聞こえるんだけど、アンタは発する言葉にもう少し気を遣ったらどうなの? コメディめいた雪うさぎってどうなのよ。


「なんか凄い既視感ある」

「奇遇じゃな、わしもなんじゃよ」

「それまた奇遇だな、俺もだ」

 十数分歩いて辿り着いたファミレスにて。 4人席に座ったことによりどうやら私達はテレパス能力を獲得、思いを共有することに成功した——なんてことは特にない。 デジャヴでもないけど。

 尤も、既視感の正体には見当が付いているので気に留めもせずメニューに手を伸ばす。

「まあ気にする程でもないでしょ、何頼もうかな」

「せやねー。 お腹ペコリンティウスだからたくさん食べちゃおっかなー。 どれも美味しそうに見えてしょうがないぜ」

「メロス提督の財布には優しくしてくれよな」

 そう言うクソ提督の半笑いの下には恐怖だか怯えを感じる。

「にしても、大晦日でも営業してるもんなんだな」

「不景気だから休んでらんないとかなんじゃないですかねー、ウチらみてーに余裕がなきゃそのうち爆発しそうだけどー」

「俺らは余裕ってか余裕シャキシャキレタスサラダだよな」

「肉汁重圧プレッシャーステーキじゃなくて良かった良かった。 大体メロス様が怠けてるお陰だけどに」

「有り難きお言葉」

「仕事しろってんのよ」

 持っていたメニューを軽く机に叩きつけて置く。 それは頼む物を決めたという意思表示でもあるし、クソ提督も無言でメニューを手に取った。

「奴さんらの大規模侵攻があれば鎮守府の中でも率先して相手してんだろー? 相手するっても、実際に相手取ってるのは皆だけどさ」

「そうだけど、普段からやる気出したりしない訳?」

「程々で充分だ」

「休みが減るくらいなら今のままがえーですたい」

 漣がメニューと一緒にぺとんと机に倒れ伏す。 みっともないから止めろと脇腹を小突いてやる。 こら、応戦するなっつーの。

「何さー、ぼのやんは仕事したいの?」

「怠け者よりはマシでしょ。 食っちゃ寝で税金泥棒なんて人として最低の肩書きじゃない」

 私達の給料がどこから出ているのかは知らないけれど。 でも一応軍隊なんだし国から、税金から出ているのではないだろうか。 それに当然、働いてもない艦娘に給料が降りる訳もないし。

 私だって勤勉という訳ではないけれど、働いていないのに金が入るなんて筋が通らないのは気乗りしない。 だが、にへらと笑っているコイツはそうでもないらしい。

「怠けててもお賃金貰えるとか理想形じゃん」

「働け。 賃金とは然るべき労働をした者にのみ贈られるものよ」

「そう言うなら増やそうかなー、仕事」

 にまーとしていた笑顔が絶望の深淵に飲み込まれていく様な、天国と地獄の一端を垣間見た気分。 メニューに目を落としたままのクソ提督はそれを知ることなく話を続ける。

「仕事増やすっても出撃だけじゃないがな。 グラビアのとか色々来てるんだよなー」

「あ、なんだ……それなら撮られるだけでいいから楽そう」

 地獄から現実世界に帰ってきた。 けどまだ夢見がちなこと言ってる。

「馬鹿ね、ただ撮られりゃいいってもんじゃないのよ」

「おお、経験者は言うことが違いますなあ」

「まあその話はまた今度な、注文取るぞー」

 メニューから顔を上げたクソ提督は口を挟む間もなく呼び出しブザーを鳴らす。 ちょっと押したかったのに。

 私はそんなに名残惜しそうに見ていたのか、漣が可愛いトコあるじゃん?みたいにニヤついていたのが気に食わなかったので五連装デコピン魚雷をお見舞いしてやった。


「ホント容赦ねーな君ら……」

「あー? 何か言ったー?」

「何も言ってねーですー……」

 この喧騒では生半可な声量じゃ埋もれてしまう。 クソ提督が何を言ったのかまるで聞き取れなかったし。

 そう、年末ということもあり一段と賑わっているスーパーには人の渦が文字通り渦巻いていた。 食後の運動としてこの渦に巻かれるのはあんまり、といった気分。

 右から左へ、左から右へと人の波が行き来する。 この進みにくさは荒天の海を思わせる程だ。 油断するとすぐにはぐれて——

「——って、漣?」

 すぐそばにいると思っていた友人がいない。 クソ提督は真横にいるのだが。 もしやこの波にさらわれてしまったのだろうか。 生半可な声では、なので少し声を張る。

「漣ーっ! 何処行ったのよ漣ーっ!」

「いやこっちだぜボノリーヌ」

 声を向けた方向とは真逆の方からヌルリと現れた。 思わずぽかんとしてしまったが、心配するだけ損した。

「何よ馬鹿、近くにいるならそう言いなさいよ」

「買い物カゴ取ってただけじゃて。 ま、それじゃそゆことで後よろしぐりん!」

「はあ!? 何処行くつもりよ!」

 テキトーな敬礼を置いて去ろうとする漣の腕を掴む。 正直この荒波の中で自由勝手に動かれては堪らないと言うのに。

 が、波の中で止まってられるはずもなく、敢え無く漣の腕は飲み込まれてしまう。

「年末と言えば冬だし冬と言えば鍋っしょ! 闇鍋しよーぜ闇鍋ー!」

 そう言い残して漣は消えてしまった。 ていうかまたそれか。

 まあ、アイツの事だから別に放っといても無事に帰ってくるとは思うけれど……これでクソ提督とまではぐれたら少し厄介だ。 とりあえずクソ提督のコートの裾を掴む事にする。

「本当勝手なんだから……第一何を買うかも知らないじゃない。 どうするク——」

 コートの裾から背中へ、背中から上へと見上げるとそこには見事な白髪。

 あれ? アンタって完全に白髪だったの? 普段帽子被ってるから髪色まで気を遣わなかったけど——ってそんな訳があるか。

 おそらくコートの違和感に気付いたのだろう白髪の主、というかお爺さんが不可思議そうにこちらを向いた。その視線に怯えた様にコートから私の手が離れる。

「ごごっ、ごめんなさい!」

 N極とN極の磁石同士の様に飛び退き、そのまま波へと飲まれてしまう。 きっと誰も私の顔など見てはいないだろうが、恥ずかしさで真っ赤になっているだろう。 しかし問題はそこじゃない。

(クソ提督まで何処行ったのよ!?)

 波に流されながら辺りを見回そうにも人、人、人の壁。 私のお世辞にも高い訳ではない、平均的な身長では壁の向こうなど見えるはずもない。

 クソ提督の身長が極端であれば見つけ易いのだろうけど、平均より少し高いくらいだと言っていた。 その線で探すのは望めないし現実的じゃない。

 携帯電話で呼び出したかったのだが、生憎部屋に置きっぱなしだ。 充電中だったし別に持って行かなくてもいいかと思ったのだ。

 クソ提督は諦めて漣を探そうか——いや、闇鍋とか言ってるアイツが何処を動き回ってるかなんてクソ提督以上に見当が付かない。

 そうなるといよいよもって私は大海に放り出され孤立した状態となる。 こんなにも人は往来していると言うのになんと心細い事か。

 ここで泣きじゃくったりでもすればある意味女の子らしいのだろうが、生憎私は冷めている。 ツンドラなどと揶揄されたくらいなのだから。

(出入口で待っていればそのうち帰ってくるでしょ)

 悩んでいる内に冷静になった頭でそう答えを出す。 人の流れを見れば逆らうことなく出入口には戻れる。

 で、その出入口は必ず人が通る場所だ。 そこにいれば間違っても見逃したり、見過ごされることはないだろう。 我ながら面白くないくらいに冷静だなあ。

 こんなんじゃ少女漫画の主人公にはなれないな、と思わず笑ってしまいつつ出入口へ向かう波に流されることにした。


 40分は経った頃だろうか、スーパーの出入口すぐそばの自販機にもたれかかっていると息を切らしたクソ提督と漣が飛び出してきた。 買い物袋と一緒に。

「お疲れ様」

そんな労いの言葉をかけつつぴょん、と歩み寄る。 ぎゅるん、と2人の顔がこちらに向く。 凄い形相してるわよアンタ達。

 この野郎……!的な雰囲気を感じるが、それは私のせいでもあるのでとやかく言う気はない。

「悪かったわね、来て早々はぐれちゃったからここで待ってたのよ。 はい、私の奢り」

 2人がこうも疲れているのは自意識過剰でなくとも私を探していたからだと考えつく。 なのでその詫びと駄賃ということで自販機で買った汁粉の缶を差し出すが、

「あ、それじゃ持てないか」

 2人共買い物袋で両手が塞がっている。 ので、漣の片方の袋を持ち、空いた手に汁粉を2つ押し付ける。

 が、2人共肩で息をするばかりで返事がない。 必死で探していたのに1人だけのうのうと待つだけだったのが気に食わないのだろうか。

「何? 言いたいことがあるなら言ったら?」

 不意に出てしまう喧嘩を売るような口の悪さは私の悪い癖だ、心の中で失敗したと舌打ちするが、クソ提督の首が横に振られたことで杞憂に終わる。

「いやー……無事で良かった、年末は人攫いが多いとかって、何かで見たからな……」

「何それ、聞いたことないけど」

 随分とオーバーに心配されたものである。 悪いのは私なんだけど、呆れてしまう。

「漣も聞いたことなかったけど、ほら、ぼのやんいなくてテンパってたから……」

「俺は漣と一緒にいるもんだと思ってて……漣のこと呼んでいたの聞こえたし。 漣はその逆だったな」

「ご主人様とぼのやんが一緒にいるって思ってなきゃ勝手せんもん……」

 何というか、この2人らしい勘違いだ。 自分がいなくとも大丈夫だろうという信頼が招いた事だ。 それは私にも言える事、別に放っといても放っとかれても平気だと感じたからここで待っていた訳だし。

 それにしたって漣は随分気落ちしている様子だけど。

「ちょっとはしゃぎ過ぎたよ……ゴメンよぼのやん、ご主人様」

 それはもう申し訳なさそうにがくんと項垂れる。 漣は普段こそおちゃらけているが根は真面目——でもないけれど、責任を感じやすい方だ。 それが今回みたいに変な方向から突き刺さったりもする。

「いや、どちらかというと私のせいでしょ。 早々はぐれるなんて足手纏いもいいとこじゃない? でも、だっては無しよ」

 空いている手で漣の背を叩く。 アンタは周りを巻き込み易いんだから、アンタのテンションが低いとこっちまで参るのよ。

 なんて思っていたらもう1人手のかかるのがいた、ああもう面倒臭い。

「いや、俺の監督不行き届きだろう……一瞬たりとも目を離すべきじゃなかったし、2人共いなくなった時点ですぐ探すべきだった」

「探さなかったのはアンタが見ていなくても平気だって判断したからでしょ? まあ平気じゃなかったみたいだけどさ、現にこうして無事なんだからそれでいいじゃない」

「こんなの慢心以外の何物でもない、実戦だったら腹切りもんだ」

 両手が塞がっていなければ片手で顔を覆っていたのだろうけど、その代わりか歯を食いしばっている。

 流石にこうも同じような話を続けられるとイライラするのでさっさと切り上げたい。

「ああもうキリがないわね、はぐれた私が悪い! 以上! ウジウジすんな馬鹿共!」

「いや悪いのは俺だって」

「違うって、漣だから」

「私だって言ってんでしょうが」
「ぼのやんじゃねーし」
「漣でもないだろ」
「アンタでもないでしょうが」
「いや俺が」
「漣が」
「私だから」

 …………。

「「「漫才か!」」」

 幾年か一緒に過ごすとたまに思考が噛み合うのだろうか、見事にシンクロしてしまった。 それぞれに荷物を持った手でツッコミを入れるところまでまるで打ち合わせしたかのようにピッタリだ。

 こうなってしまうと自然と笑ってしまう。 2人もウジウジと悩んでいたのが嘘の様に大笑いしている。

 これでいいのよ。 私達がくだらないことで悩み続けるなんて似合わない、馬鹿みたいにふざけて笑い合ってる方がよっぽどそれらしいんだから。

 「それじゃ、帰ろうか」の一言で私達は帰路に着く。 漣もすっかり気を持ち直した様で、クソ提督に続く足取りも軽やかだ。

 去り際に見た時計はじきに4時になろうとしていた。 今年が終わるまで後8時間。


 執務室。 普段通りであればいかにも提督っぽい机と椅子が鎮座し、後は休憩用のソファに小机、テレビがあるくらいの部屋だ。

 案外質素だけど窓枠は窓ごと簡単に取り外せるらしく、季節に沿ったデザインのものに付け替えることが可能。 壁紙も同じく簡単に張り替えることが出来るし、床に至っては砂浜を再現出来るらしいが真偽は不明である。

 執務室の両壁にそれぞれドアが取り付けられているが、これらは隣室である作戦会議室とクソ提督が寝泊まりする宿直室に繋がっている(宿直室のそのまた隣は家具倉庫になっている)。

 執務室と宿直室を一つに合わせてクソ提督の部屋みたいなものだ。 宿直室には簡易なキッチンまであるし本棚には漫画が満載されているし。 少しは提督らしい本を置いたらどうなのか。 私もたまに読むけど。

 とまあ、普段通りであればくつろぐには少し心が窮屈な部屋なのだが——。


「っし! こんなもんだろ!」


 窓枠を嵌め終わると満足気に額の汗をワイシャツの袖で拭った。 フライング気味だが、いかにも新年ですよーと言った装飾がなされている。 そこにまだ後付けの飾りがあるのだけど。


「あのさあ」


 そんな様子を黙って見ていたが、あまりの惨状につい口に出る。 決して散らかっている訳でも、焼け跡の様になっている訳でもないのだが、仕事場として見れば惨状と呼ぶのが正しいだろう。

 クソ提督が不思議そうにこちらに振り向いたので続けてやる。


「なんなのこれ」


 と言っても、呆れてしまっていては言葉が出てこないのだが。


「何……って年越しの準備だけど?」

「それは分かるけど」


 分からないけど。 別に部屋を装飾するのが悪いって訳じゃないんだけど。


「まーまー、むつかしいことは考えないでぼのやんも楽になろうぜー」


 間延びした声を挙げる漣は再びこたつかじり虫もとい、超温合体コタツェリオンと化していた。

 そう、こたつ。 執務室のど真ん中にこたつ。 本来のメインキャストであるはずの提督机と椅子のバディは隅に追いやられてしまっている。

 クソ提督は執務室に帰ってきて早々こたつを出すから手伝ってくれ、などと宣ったのだ。 当然、漣がそれに反応も賛成もしないはずがなく。 私もそれを手伝わされるし。


「部屋の装いを改めるのなら分かるけどさ、こたつはなんなの? 新年を迎えるのにどう関係があるのよ」


 こたつかじり虫を一瞥し、ようやく頭の中でまとまった質問をぶつける。 まあ、マトモな答えなんて期待してないけれど。


「そりゃお前、大晦日の締めと言ったらこたつだろ?」


 訂正、意味不明な答えも期待してない。


「こたつでなんか食って、年越し蕎麦食って、テレビでは大晦日スペシャルみたいなのを流しながらテキトーに新年を迎えるのが俺のやり方なんだよ!」


 などと意味不明なことを供述しており。 こんなのに買い物付き合わされたのかしら。 私はしてないけど。


「テキトーって、派手な年越しはどこ行ったのよ」

「さあ、六本木辺りにでも行ったんじゃねえの?」


 私達を連れ出す文句に使っていた言葉を叩きつけてやったが、所詮文句は文句でしかなかった模様。 期待なんかしてなかったけど。

 期待なんかしてなかったけど。 ブラジル? 何言ってんのかじり虫。


「しっかし、すっかり陽も暮れちまったな」


 そう言うと取り付けたばかりの窓の向こうへと視線を投げ、私もそれに続いた。 夏であればまだ外で子供が遊ぶ時間なのだろうが、今は冬。 既に夕闇が空の大半を支配している。 昼の支配者たる太陽は水平線へと沈もうとしているのがよく見える。


「……暁の水平線、ってな」

「暁は明け方よ」


 マジか、と目を丸くされる。 自分の艦名について調べた時についでに知った知識だ。


「ついでにもう一つ、曙も大体同じ時間を指すわ」

「なら今度から曙の水平線って言うか?」

「語感悪いでしょ」


 もう少し近くで見よう、と窓に近付き2人並び立つ形になる。

 そう言えば夕陽が沈む様はあまり見たことがなかったな。 眩しいのだけど弱々しくて、終わり始めた線香花火の様で少し物悲しい。


「ぼのやんの胸板も水平線だもんねー、ぬふふー」


 センチメンタルが台無しなんだけど? これから成長すんのよ、黙ってろっての。


「沈む——」


 隣人の言葉で思考を窓の外に戻す。 ああ、本当に沈むのか。 落ちるでもなく、降りるでもなく、水平線に隠れて行く姿は確かに沈むだ。 改めてそう感じ入った。

 夕陽が沈んだ後にあるのは夕焼けの余韻と夕闇と、夜の空。 都心部からそう離れていないせいか、満天の星空を臨めないのは残念だ。


「…………」


 静寂が身を包む。 感動とも感傷とも付かぬこの感情は整理せず、このままに。

 隣のクソ提督も同じなのだろうか。 横目で見たその横顔には何かしらの感情を感じない。


「これでどーしてなんだか……ねえ」


 漣のぼやきとも呟きともつかないそれで現実に引き戻された気がした。 振り返ってみれば何処か呆れている様に見える。


「何か言った?」

「べ、つ、にー? 背中が痒くなるなあって」


 何のことやら。 そう言いながら背中を掻く姿はくたびれた半纏も相まって親父臭い。 同意を求めようと思ったクソ提督は苦笑いだ。


「そんじゃ、飯の準備でもしようか! こたつでテキトーに鍋でもつつきながら夜を迎えようじゃねーの!」


 そう言い、気持ちを切り替える様に手を叩くと宿直室へと向かった。 漣もどこかやれやれと言った様子でそれに続く。 私だけが首を傾げて窓際に立ち尽くす。

 私だけ分からないままなのは気分が晴れないんだけど。 どうして2人だけ分かった風にしてるのよ?


書き溜め&更新はここまで。後はちまちま書き下ろしてきます
普段と違うことをするとすごい背中がぞわぞわする
そんなわけで新年ですね。あけおめことよろ


「鍋って楽でいいよなー、ざっくり切って煮るだけだもんよ。 こたつで食う鍋は最高だぜ」

「闇鍋しないの闇鍋」

「大晦日にそんな不安なもん食べたくないわよ」


 適当に鍋をつついて。


「笑ってはいけない24時のが見たい!」

「紅白!」

「24時ー!」

「こーはくー!」

「ワンセグ貸してやるから喚くなって」

「んじゃぼのやんそっちね!」

「アンタがワンセグに決まってんでしょうが!」

「大晦日にまで子供みてーなこと言ってんなてめーら!」


 くだらないことで喧嘩して。


「にしても今年は色々あったわよねぇ」

「大規模なんとかあったしな」

「賑やかで騒がしいのは例年通りだけどねー、他にも那珂ちゃんとかがさー」


 他愛もない雑談をして。


「そろそろ10時か、鍋に蕎麦を投入しようか」

「えー? ざる蕎麦がいいー」

「ははは、今年は年越し鍋蕎麦だ」

「年越し蕎麦鍋じゃないの?」

「どっちだってよくね」


 また鍋をつついて。


「おお……今年もすげえな幸子」

「その呼び方なんか紛らわしくない?」

「何がだ?」

「まあいいけど……って漣の奴寝てるし」

「ホントだ。 静かだと思ったらこの野郎、幸せそうな寝顔しやがってまあ」

「あーもう、ヨダレ垂らしてだらしない」


 漣が寝落ちして。

 結局ダラダラとしているようなのだが、こうして誰かと過ごす時間はとても刹那的で。


「……そろそろか。 おー寒っ」

「ん、そりゃこたつから出たら……どうしたのよ」

「少し、な。 どうせなら空でも見ながら新年を迎えないか? 寒いから部屋の中からだけどな」


「寒……」


 警戒していながらも身体を縮こめてしまう。 クソ提督に促されて窓際に近付いたはいいけれど、同時に開かれた窓からは入り込んだ外気が頬を突き刺し、服の隙間から寒気が侵入してくる。

 制服は冬仕様でも生身の箇所はその恩恵を受けられないし、冷え始めは数度くらい余計に低く感じてしまう。

 クソ提督を見上げると窓を開けたばかりだと言うのにもう鼻先を赤くしている。


「それで? 人を寒がりに呼んでどういうつもり?」

「まあ少し我慢してくれよ。 向こうの司令部の夕張がーっと、教えちゃ面白くないな」


 そう言うとわざとらしく片手で口を押さえる。 コイツが演技がかったモーションを取るのは今に始まった事じゃない。

 で、向こうの司令部と言うとクソ提督が年末年始の雑務を押し付けたところだったか。 そこの夕張は新し物好きで開発好きと聞いているけれど。


「ふーん? 何かサプライズって事ね」

「チ、黙ってりゃ良かったな……」

「黙ってたところで呼んだ時点できっと勘付くでしょうね。 タイミングとシーズン的に花火かしら?」

「サプライズが台無しだぜぼのやん……!」


 どうやら言ったことは見事的中の様だ、今度は口ではなく顔全体を押さえ始めているし。

 私はしたり顔をしているのだろう。 サプライズを知って気落ちするよりも、サプライズを知って待ち構える方が楽しいのだ。 捻くれているという自覚はあるし。

 以前にサプライズの様な事をされたからだろうか。


「ええい、今聞いた事は全部忘れろ! もしくは永久に思い出すんじゃない!」


 中々無茶な事を言ってくれるが、相当には悔しそうだ。 力を入れていたというか、暖めていたネタだったのだろう。


「ドッキリが失敗して残念ねー。 でも、アンタの手のひらの上で踊る様な私じゃなくってよ」

「チクショウ! 忘れろ! 除夜の鐘の音に合わせて煩悩ごと忘れろ!」

「え、除夜の鐘? そんなの鳴ってる?」

「鳴ってるだろホラ? 音的に多分あっちの方から——」


 耳を澄ませば聞こえる様な聞こえない様な。 クソ提督が指し示す鐘の音源の方に顔を向けるとそこにはテレビ。

 指差したまま少し固まるクソ提督と首を傾げる私。 確かに除夜の鐘の音はテレビから聞こえている。 カワイイと言う事の何が煩悩なんですかーみたいな戯言もテレビから。


「……そーいや近所に神社なかったわ……はーぁ……」


 クソ提督はそう言い切った途端、糸が切れた様に身体から力が抜けた様になり、壁にもたれかかった。 サプライズも忘却も適わずとなればこうもなろうか。

 しかし、深い溜め息をつく姿など見てしまうと僅かではあるけど申し訳なく思う。 けども、


「なんか、悪かったわね。 でも私はサプライズなんかじゃなくっても別にさ」

「いやー……こういうのはやる側のエゴでもあるからさ……謝ることは……はー……」

「でもウジウジしないで、大の大人がみっともない」

「おう、反省してねえってかちっとも悪びれてねえな曙よ」


 甘い言葉を振りかけずとも叩きあげれば割とすぐに気を取り直す所は手間がなくて済む。 単に私が振りかける甘い言葉のレシピを持ち合わせていないだけなんだけど。

 事実、不満があるのなら小言や説教が飛んで来るのだろうが、それがないのはそういうこと。

 ごくたまに考えるけど、私の提督がコイツじゃなかったら私はどうなっていたのだろう。


「と、後1分だな」


 不意に取り出されたクソ提督の携帯の画面を覗き込む、そこには23時59分と表示されていた。

 後1分ないのか、と思っていたら後15秒だとカウントダウンのコールが聞こえ始めた。 思ったよりも猶予はなかったのね。

 一瞬テレビに向けた視線を窓の外に戻し心の中でカウントダウンを始める。 クソ提督は声に出してコールしている。 さて、花火が上がるらしいがどんなのだろうか。


「——5」


 ——4。


「3」


 ——2。


「1」


 ——0。

 テレビの方から割れんばかりの歓声が聞こえる。 こちらも、他の司令部の建物からキャーキャーと騒いでいるのがどうにか耳に届く。

 で、肝心の花火というかサプライズだけど。


「…………」

「…………」

「……何もないわね」

「そうだな……」


 良く晴れた暗い空を見上げて迎えた年越しになった。 なんというか、締まらない。 凄く締まらない。

 まあ、開発好きだのと言っても花火に関しては所詮初心者なんだろうし。 あまり期待し過ぎるのも酷だったのだろう。 そう思うわりには落胆している自分がいるけど。

 いつまでもこうしていても寒いだけだし、こたつに戻るか食後の片付けでもしよう、と足を翻したその時。


「あっおい上がった!」


 未だ空を見上げていたクソ提督が声を挙げ、それを聞いた私は再度反転し窓枠へと飛び付いた。

 三度見上げた夜空には暗中へと飛び込んで行く光。 その弾道はまさしく花火のそれと同等だった。

 光は次第に失速し、頂点に達した地点で炸裂、夜空に花を——ではなく、爆発した。 爆発。 砲撃やら爆撃やらで見慣れたのと大差ない爆発。


「へ」

「は?」


 2人揃ってそんな感想しか出てこない。 窓の外では花火を見ていた人達であろうどよめく声が聞こえる。


 呆然とする間もなく、これならどうだとばかりのもう1射が打ち上げられる。

 が、今度は先程のよりも上がりきる前に爆発した。 破片とか大丈夫かしら。

 その内、やけくそめいて花火のような砲弾のようなものが乱射され始めた。 もっとも大半が爆発しているけれど。

 数発は成功作らしきものがあるじゃん、と思ったが照明弾であることに気付くのに時間はかからなかった。 苦し紛れか。

 やけくそ打ちから数拍おいて打ち上げられた花火もどきは、これまでのものよりも高く高く飛んで行きそして——不発した。

 花火もどき大会はもう終わりなのだろうか、次弾は無く、夜空には煙が残留するのみとなった。


「…………」

「…………」


 そして待っていたかの様に訪れる沈黙。 花火もどきを見ている間も黙っていたけれど、爆発音が沈黙を掻き消していたし。

 けどまあ、ここは一応のサプライズを受けた側が沈黙を破るのが礼儀だろうか。 黙っていたって始まらないし気まずいし。


「何、この年越し」


 言う事が温情とも綺麗とも限らないけど。


「いや、もうなんか……ホントスマン……」


 だけど、申し訳そうに私の方に向いた顔はすぐに奇妙な物でも見つけた様な顔になった。


「……ぼのやん笑ってる? 笑ってません?」

「んー?」


 言われて初めて笑っている事に気付く。 笑ってると言うよりはニヤついてる感じだけど。


「そりゃあね……最後のさ、アレ、アンタどう思った?」

「最後の……? ああ、いや、お前不発かよ……って」

「そうよね、大爆発でもするのかって思ってたらあんなショボくって……馬鹿みたい……くふふ」

「へ、変なツボに入ったみたいで何より……」


 堪え切れなくなり、口元を覆い顔を背ける。 いやもう何あれホント、最後くらい爆発でもいいから弾ければいいのによりにもよって不発て。 竜頭蛇尾なんてもんじゃないわ、蛇頭蛇尾というか、もうね?

 って言うか何で全弾見事に失敗してんのよ、1つくらい成功作があってもいいでしょうに、花火の作り方ホントに調べたの?

 あ、ダメだ、今はどんなくだらない事でもダム決壊かの如く笑いそう。 考えるのやめよ。

 こら、アンタまで釣られて笑いそうにならないでよ、耐えられなくなるじゃん。


「いやお前、そんな、笑ってやるなって……きっとこうなんかあったんだろ……ブフッ」

「フッ」


 めでたく決壊。 テレビの音も漣の寝息も全てかき消す量の笑い声が部屋を埋め尽くした。


「いやっ、だって何だよアレ! ドッシューンて勢いよく上がったなーって思ったらジュボって消えてさー!」

「もう止めて……お腹痛い……ひー」

「こう、ドッシューンしてシュン……って」

「ジェスチャーすんなー!」

「そういえば照明弾混ざってたよな、初めから全部照明弾で良かったんじゃね?」

「年越し照明弾?」

「流石に風情なさそうだな!」

「そんで数発不発弾混ざってんの」

「もう不発は許してやれよ」


 馬鹿みたいに笑い合っていると発射音が耳に届いた。 窓の外を見上げれば地上から流れる一筋の流れ星。


「不発!」

「爆発だろ」


 それを見て2人揃って風情と希望の欠片もない予想を立ててしまう。 さっきまでがさっきまでだったししょうがない。


「て言うかさっきのが最後じゃなかったのね——」


 不発弾以上に高く昇るそれを見ながら不意に思った事を口ずさむのと同時だった。

 夜空はいくつものカラフルな閃光で満たされ、花火の炸裂音が木霊する。

 更に続けて花火が打ち上げられ、これもまた規模こそ異なるがキチンと夜空に花を咲かせている。 さっきまでのが嘘の様に。


「……凄えな」

「……ん」


 予想を外した私達は揃って言葉を失った。 予想外の事が起きると人は言葉を詰まらせるか見たままの言葉しか出てこない。 少なくとも私はそう。

 それでも少しだけ思考を振り絞る。


「あのさ」


 ポツリと一言。


「ここに来てから毎年ここで過ごしてるのよね、大晦日」


 返事もなくこちらを向く気配もないが、そのまま続ける。


「両親は県外だからとか色々あるけどさ。 こうしてグダグダなのも悪くはないって思ってるのよ」

「……突然何なんだ、ぼのやんらしくもない」

「思ったままの事を言ってはいけない?」

「そうじゃなくて、悪態の一つもないとらしくねえなって」

「褒める時はちゃんと褒めてやらなくちゃいけないでしょ?」

「犬か何か扱いだった」

「よくお分かりで」

「……あ、今ので花火終わりか」


 緑とオレンジ、2色の光の残滓を見つめたまま会話が一旦途切れる。 名残惜しんでいる訳じゃない、会話が途切れるタイミングになっただけ。

 まあ、タイミングもいいので隣の奴に向き直り、軽く拳を突き出す。


「クソ提督」

「ん?」

「あけおめことよろ」

「ん、ああ、今年もよろしくな」


 こつん、と互いに拳を突き合う。 改まったりする様な仲でもないし、これでいい。


「ま、精々代わり映えのない普遍的な1年を期待するわ」

「どうだかな、激動の1年になるかもしれないぞ」

「そりゃ面倒ね。 でも——」


 ——アンタと過ごしたい訳じゃないけれど——


「——またこうやって大晦日でも迎えましょうか」



終わり


くぅ疲というほど疲れていないけど心は疲れた気がする

正直この短さなら1日で終わらせたらどうなのさ日向?感あるけど遅筆なんです 許して

初めて地の文チャレンジしてみたけど難しい。分かりにくい。思いつかないの三重苦。 登場人物を絞ってなければ即死だった

分かりにくいのはタイトルもなんですけど。クリスマスのだって分かりにくいのに

全体的に背中がぞわぞわしながらもどうにか締めれてどうにか安心。出来はともかく

改めてあけましておめでとうございました、現行スレの方もまだちまちまやって行きますので……それではまた

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