男「女さん…女さん…」(52)

男「可愛いなぁ…」

とある高校にて。

男「あぁ、女さんはいつ見ても可愛いくて素敵だなぁ」

ヤンキーA「おいキモリンが何かブツブツ言ってっぞ」

ヤンキーB「まじキモなんですけど」

ヤンキーC「キモいんだよ!」

バシッ

男「あ、痛い…」

ヤンキーC「っせぇしゃべんな!」

バシッ バシッ バキィッ

ヒソヒソ

「うわっ、またボコられてるよキモリン」

「まさに人間サンドバックだな」

「仕方ないよ、キモリンなんだもの」

「あーなんであんな奴が同じクラスにいるんだろ」

「無視無視、石ころと同じ存在だよ」

ヤンキーC「ちったぁやり返してみろや!」

バキィッ

男「おぶっ…え゛ぅっ…」

ヤンキーA「その辺にしとけよー」

ヤンキーB「前みたいにゲロ吐かれるのは勘弁だかんな」

ヤンキーC「わーったよ」

男「うぅっ…ぁぁぁ」

男(なんで僕ばかりこんな目に…)

男(これっていじめ、だよな…でも先生に相談しても解決しそうにないし)

男(よけいに酷くなるかもしれない。我慢するしかない。本当は学校になんか来たくないけど…不登校なんて父さんが許してくれない)

男(父さんはすぐ暴力をふるう。母さんは見て見ぬふり。助けてはくれない)

男(僕に選択肢なんて無い。僕に居場所なんて…無い)

男(でも…あの笑顔さえ…女さんの素敵な笑顔さえ見れれば…)

チラッ

女「!」

ビクッ

男(女さん…)

女友「うぇっ、キモリン今こっち見なかった?マジキモー」

女「あ、あはははは…」

男(あぁ、素敵だ…可愛い…)

・ ・ ・ ・ ・

キンコンカーン
ビリーカーン

男「ふぅ…やっと終わった。帰ろう」

?「ねぇ」

男「!?…あ、あぁ…幼馴染か」

幼「一緒に帰らない?」

男(…あぁ、またいつものか)

~帰路~

幼「…」

男「…」

男(一緒に帰るといっても、会話は無し。僕の方から話しかけても一言二言話して終了。幼馴染の目的は別にある)

テクテク

男(そろそろ幼馴染の家だな…)

幼「ねぇ」

男(きたか…)

幼「最近ちょっと物入りでさ、色々買っちゃって、ねぇ…」

幼「そんな所に、明日Show!hey!jumpのアルバムが出るんだよねー」

幼「どうしても発売日に買いたいんだよね…」

チラッ チラッ

男「…」

男(つまり、こいつは僕に金をせびりに来たのだ。一緒に帰るのが目的じゃない。金が目的なのだ)

男(もちろん返しはしない。なんだかんだ理由をつけたりとぼけたりして返さない)

男(クズっ…クズ中のクズっ…!)

男(本来ならこんなクズに金を貸す必要は無い。てか返済されない)

男(だがクズを哀れむ慈悲深い僕は、こいつに金を恵んでやる。幸い僕の家は金持ちで小遣いは月5万円貰っている)

男「…いいよ、一万円でいいかい?」

ピラッ

幼「!」

パシュッ

幼「サンキュー!じゃあね」

ダッダッダ ガチャッ プシュップシュッ

男(速攻鍵掛けて消臭剤吹きまくり…なんだかなぁ)

男「…帰るか」

とはいっても徒歩30秒。

幼馴染みとは、いわゆるお隣さんである。

とはいっても小さい頃から遊んだ記憶は無いし
仲良く登下校した記憶も無い。
つまり僕は金の成る木。
諭吉製造機なのだ。

・ ・ ・ ・ ・

ガチャッ

男「ただいまーって誰もいねー」

テーブルの上にはメモ。
毎日毎日似たような内容が書かれている。
父さんも母さんも仕事で
食事を一緒に食べる事は少ない。
僕にとってのおふくろの味は
防腐剤にまみれたコンビニ弁当なのである。

僕はメモをろくに読まず
びりびりと破いて捨てた。
そしてそのまま自室へ急いだ。

ガチャリ

男「今日も一日辛かった…でも」

この部屋が、僕にはある。
部屋一面に貼った、女さんの顔写真。
どこにいても、何をしてても
どこを見ても、何もしなくても
四六時中
そう、四六時中である。
女さんに見守られている。
僕にとって至福、安らぎ、救い…
生きる糧と言い切ってしまってよいだろう。

あぁ…心が綺麗になっていく。

今日、ヤンキーに絡まれた事も
幼馴染みに金をせびられた事も
親が自分に無関心な事も
全て取るに足らない。

崇拝、信仰。
まさに僕の神様。

男「あぁ…女さん女さん女さん女さん…おんな、さんおんな さんおん、なさんおんなさんおん」

男「なさおんな、おんさんさんなおさん、さんおんさ、なんなさん」

それから男は
猿のように自慰行為に耽った。

写真の中の女の目は
澄んでいた。
汚れのない水晶のような。
天使の目。

だがそれは男が勝手に作り出した妄想。
嘘、虚構、馬鹿馬鹿しい脳内物語。

それは男も分かっていた。

なら?
どうすれば嘘は真実になるか。
男は本物が欲しかった。
本物だけが欲しかった。
裏切られることの無い本物。

男「僕は…」

男「僕は本物が欲しい」

男「女さんはきっと僕の望むような人物だ、間違いない」

男「そうだ…確定だ…決まっているんだ!」

男「だから、僕が訊いたら…望む回答を貰えるはずだ…決まりきった事だけど…確かめることは必要だよね…」

ヒキダシ ガラッ

男「女さんは素敵で物わかりがいい筈…だから、このスタンガンを使う必要もない筈…うん、ない筈…」

バチバチッ

男「間違ってもスタンガンなんか使わなくても大丈夫なのさ…」

バチバチッバチッバチッバチッ

男「大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫太宰府」

男「答え合わせ…行かなきゃ…女さんの所へ…」

時刻は既に午前二時。
誰もが寝静まった深夜。
こんな時間に訪問など礼儀知らず。
愚か者の行動。

でも大丈夫、安心して下さい。
女さんは優しいから
笑って許すんだ…

男「あ、ははははははは」

男は出かける準備を始めた。
押入から望遠鏡を引っ張り出し

『担いだ』

使い込んだラジオをベルトに

『結んだ』

ダイヤルをカリカリ回せば
FMから流れる天気予報は
雨が降らない事を

『告げた』

引き出しの奥から無数の手紙を出しポケットへ押し込んだ。
もちろんそれらに宛名は

『無い』

男は部屋を出た。
まるで夢遊病者のような足取りで。
ふらり、ふらりと
右へ、左へと
ときおり壁にぶつかりながら。

やがて玄関のドアを開け
その、まるで死人(しびと)のようなものは
女の家へ向かった。

男「女さん…」

ふらふら歩く怪しい少年。
たまたま通りかかった警官に見つかるのは道理。

警官「ちょっと君、こんな時間に何してるのかな?」

男「…」

警官「望遠鏡を担いで…天体観測でもするのかな?でもこんな夜遅くに一人で出歩くのは危ないよ」

男「…」

警官「高校生かな?どこの学校か教えてもらえッアバババババババハ!?」

スタンガン、効果は抜群。
大の大人が一瞬で気絶する武器。

男は、何事も無かったかのように
再び歩き始めた。

男「…」

ふらふらと
だが確実に女宅に近づく。

何度か警官に出くわしたが
必殺のスタンガンが唸りを上げたので問題は無かった。

男「おっおっ、おんな゛さ…ん…」

男は正気では無かった。
いや、これが男にとっての正気なのかもしれない。
嘘偽りの無い
表裏の無い
ありのままの姿を見せた
男なのかもしれない。

そして
やがて
その時は来た。

女の家。
目的地。

男「あ゛…ん」

ガチャガチャ
当たり前、施錠済み。
こんな時間に来客などありえない。
それゆえの施錠、当然の防犯。

ドンドンドンドンドンドンドンドンドン!

鬼のようなノック。
やがて住人は目を覚まし
ドアの向こうにいるものを確認する。
何せこんな深夜に
それも鬼のようにドアをノックする輩だ
不審極まりない。

対応したのは女の母。

覗き窓から見えたのは
おそらく何度か目にした事のある
娘の同級生。

女母「な、なんのご用ですか…?」

男「お゛…」

女母「お゛?」

男「お゛んなざんだせ…お゛んなざんだせ!」

ドンドンドン!

女母「ひぃっ!」

ドンドンドン!
ドンドンドン!

男「お゛んなざんんんんん!」

女母「ひぃっ」

男「あ゛…んまぁぁぁぁ!」

男は玄関から入ることは難しいと判断した。

故に、ジャンプ。
石垣やブロック塀、木、隣家の壁
それらを足場にして
器用に二階へ駆け上がった。
男はわりと筋肉質で
運動神経が良いから成せる技。
よい子は真似できないのであしからず。

二階まで来ればしめたもの。
ガラス窓など拳ひとつで十分。

男「拳一つを甘く見るなよ…」

グッ

男「セイント~セイッ!ヤッ!」

パリーン

あっけなく侵入。

もちろんこの部屋は女の部屋。
男は女宅を熟知しているからこその手際の良さ。

だが女はまだ寝ている。
どうやらイヤホンをして
音楽を聴きながら寝ているようだ。
どうせ三代目J Soul Brothersとかでも聴きながら寝ているんだろう。

男「あ゛…お゛んなざん…」

にじりよる。
ふと、女の手を見る。
じっと、見る。

男「ふるえて…いる…?」

男はその
震えている女の手を
握ろうとした。

その瞬間
ぎょっとした。

暗闇に目が慣れてきたからだろう。
女の部屋がぼんやり見えてきた。

男「あ…なに…これ…」

藁人形。
無数の藁人形。
壁一面、天井にまで
五寸釘で固定された
藁人形。

男は急いで部屋の明かりを探した。
電気を付けて確認しなければ。
やがて見つかるスイッチ。

ぱちり。

男「あ…」

藁人形。
やはり、どうみたって
それらは全て藁人形なのだ。
人間でいうところの顔の位置に
何か貼ってあった。

写真だ。
顔写真だ。
ざっと見ると
どうやらそれらは
クラスメートのものであった。

男「あ…」

女は
男とは違ったベクトルで
歪んでいた。

いつもニコニコした顔の下には
なにかドス黒いものが潜んでいたのだ。
男は急に冷静になった。

男「女さんがこんな事をしていたなんて…」

冷めた。
覚めた。
醒めた。

男の妄想、押しつけがましい理想。
全てが崩れた。

男「こんなのは…僕の知る女さんじゃない…こいつは…偽物だ…」

バチッ

男「偽物だ…」

バチッバチッバチッバチッ

男「に゛せ…も…」

バチッバチッバチッバチッバチッ

・ ・ ・ ・ ・

・ ・ ・ ・ ・

・ ・ ・ ・ ・



『ぬわーーっっ!!』

後に男は語る。
あの頃の僕は幼稚だったのだと。
見えないものを見ようとして
必死だったと。
世間で言うところの
ナイスミドルな年齢になった彼は
落ち着き、優しい目をしていた。

もはや今の彼に
見えないものを見ようと躍起になったあの頃の狂気は
無かった…

~20XX年○月×日、女の手記より~

【完】

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom