クリスタ「ユミルを好きになるお話」ユミル「ほう」 (106)

『クリスタ———』



錆びついた鉄の匂いと、火薬の匂い、それと生臭さの中でわたしは目が覚めた。



今は朝だろうか、昼だろうか、それとも夜だろうか。暗闇の中では時間の経過は分からなかった。
そう言えば、どうして自分はここで寝転がっていたのだろうか。なぜ、みんな同じように転がっているのだろうか。


なぜ、転がっていると理解できるのだろうか。


視界の隅に、窓から差し込む光が過った。光が過った床面は赤黒く染まっているように見えた。
なぜ、この部屋はこんなにも気持ちの悪い匂いで満たされているのか。光はすぐに消えた。やはり、光の中でみんなが転がっているのが見えた。


今更ながらに、怖くなった。わたしは立ち上がろうとして、足が異常に重たいのを感じた。足が動かなければ、戦えない。


戦う?



————あいつらと、戦う?



そうだ、やらなければ食べられてしまう。クモの糸に絡まれるチョウのように、カマキリに噛り付かれるイモムシのように。
私たちは食べられる側なのだ。だから、いつも周りを見ておかなくてはならない。それが、壁の中だったとしても、やつらは壁を越えてくるのだから。ひと時たりとも安心できるはずなどないのだから。



———壁よりも大きなあいつらと、戦う?



こんなに不安を抱いていて、今にも張り裂けそうな心臓しか持ち合わせていないのに?


こんな筋肉のついていない身体で?


一人で?



———君は一人じゃない———



誰かが、最後に言い残して言ったような気がする。耳元に残ってはいたけれど、すぐに消えてしまうような、そんな砂礫のような印象。

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足を叩いてみた。


相変わらず鉛みたいで、わたしは目のふちが熱くなってくるのを感じた。ナイフの刃はすでに使い切ってしまっている。
同僚達のもすでに錆びきってしまっているだろう。使えるものもあるかもしれないが。


そうだ、そもそもガスが底を着いていたのだ。


ああ——


目が覚める前も、もしかしたら堂々巡りのように同じことを考えていたのかもしれない。
そうして、何もかも嫌になって脳みそが目の前の現実に付き合いきれなくなって、一度は別れを告げていたんじゃないだろうか。


一度は放棄した戦場に、なぜ、また私は戻ってきたのか。意識の有無などもはや今となっては、関係のないことなのかもしれないけれど。
最後の最後まで抗いたい、負けたくない、死にたくない。まさか自分がそんなことを?勝てるような相手じゃなくても?


違う——あいつらに会うために、食べられるために残りの人生を捧げるつもりなんてなかった。会いたいのは、もっと、別の———。
巨人の殺し方を教わって、食事をするように肉をそぎ落として、仲間の血に塗れているけれど。


いつも、夢見ていた。誰か、たった一人でいい。
たった一人の私に出会うために、生まれてきた———そんな人を、わたしは夢見ている。


でも、本当はわかっている。現実は残酷だと。そんな人はいないことも分かっている。


私は夢見ている。


それだけは分かっている。


だから、私は誰かのために死にたい。せめて私が犠牲になって、私が誰かの救いになれるように。ずっとずっと、それを人に求めていた。これだけ求めても、手に入らなかったようだけれど。


これだけ苦しんだのに、神様は与えてはくださらない。これじゃあ、希望なのか絶望なのか分からないじゃない。


ズシン————


地響き。何メートル級の足音だろうか。20mくらいはあるかもしれない。右方、僅かに視界を転じるが何も見えはしない。
敵が来たらどうするか。そう、まずはこちらが優位な位置に着く必要がある。


ここは?

恰好の的。壁にもきっと巨人が張り付ているはずだ。入り口からは3m級が侵入してきているかもしれない。


ミカサ——ミカサならどうしただろうか。この状況で、彼女は冷静にこの死体の山から使えるガスとナイフを探しせたかもしれない。
戦場においてカンの鋭い彼女なら、すぐに見つけられたかもしれない。


ふと、記憶の端に蘇る。最低限のガスで、巨人を鮮やかに三体撃退していた彼女の雄姿。人間とは思えない。
まるで踊っているみたいに、軽やかにしなやかに身体を捻らせて、鳥のように空中を駆けていた。
彼女の周りだけ、重力などないかのようにさえ思えた。


私の周りの人が、あいつがいれば大丈夫だってそんな話をしていたような気がする。


聞いただけで、頷きはしなかった。だって、その時、私の隣のユミルが———、自分がやらないで誰がやるんだって鼻で笑っていて———、そっちの方が印象に残っていた。


ズシン———


身体が横に揺れる。


『クリスタ———』


名前が呼ばれた。私の名前を知っているのか。今度の奇行種は、知能が高い。一人で勝てる相手じゃない。
怖いのに、自然と覚悟は決まっていた。今までも何度か思ったことだけれど、やっと解放される。


巨人と人類———本来、どちらが生き残るべきなのか。私と私の兄妹達———本来、どちらが生き残るべきなのか。


どうせ、間違って生まれたのだ。悪意に囲まれ、祝福もなくこの世に生を受けたのだ。
生きる意味があるのだろうか。利権のために飼い殺しに合うのと、巨人に食われるのならば——私は——。


ズシン———

ズシン———



「クリスタ!!!」

「きゃあ!?」


明るい世界に、私は視界を奪われた。くらっとして、こめかみを抑える。目の前では手の平が上下運動している。

「大丈夫か、クリスタ? 覚えてるか? おまえ、巨人に足を捕まれて……落ち着け、おまえ足折れてるかもしんないぞ」

「え?」


私は聞き返す。そう言うユミルの蒼白な顔に驚いていたが、立ち上がろうとして右足に鋭い痛みを覚えて我に返った。


「いっ……?!」

「ば、おまえ、いきなり動かす奴があるか……」


さっきまで何か夢を見ていた気がする。


「私……」


喉にも痛みと渇きを覚えた。声がかすれる。


「ちょいと数が多かったが、まあ大丈夫だ。先輩方がやってくれた。また、あいつらが壁を破壊して入ってこなければの話だが」


そうか、また大型の巨人が出現したんだ。


「……クリスタ。お前ホント生きてて良かったわ……っはあ」


喉が張り付いて上手く声が出なかった。心配してくれてありがとう。


「……」

「クリスタ? 喉乾いたか? ちょっと水もらってくるから、待ってろ」


小走りにユミルが部屋を出て行く。私はきょろきょろと周りを見渡した。
どうやら救護室のようだ。廊下ではカラカラと忙しなく何かを運ぶ音が聞こえる。


目まいがした。


まだ、生きていることに。

眠いのでまた明日です

百合か?百合なんだな!?全裸で待ってるぞ!

俺も待つぞ!

≫6
百合だ!ありがとう! 

≫7
ありがと!


※百合、クリユミ、エロ、ねつ造、ネタバレあり

足の指を動かしてみる。痛みはない。膝を立ててみる。足首が痛い。
そろそろと足をベッドから降ろしてみる。右足は包帯がぐるぐると巻いてあった。


カタン——


ふと、左横から物音。隣のベッドの兵士が起きたようだ。その人の顔には、鼻と口以外ほとんど包帯が巻かれていた。


「水……」


探しているようだ。生憎持っていない。ユミルはまだ戻ってこない。
その兵士がベッドからずり落ちそうになるものだから、私は慌ててベッドから這い出た。


右足に激痛が走る。


「つうっ……」

「み、ず……」


彼は、触れられている感覚もあまりないようだった。やっとのことで彼をベッドへ戻した。
まだ、同じ言葉をぶつぶつと繰り返している。聞こえたのは彼のだけでなかった。


「たす……て」

「……ないで……ないで」


この部屋には他にも運ばれた人がたくさんいて、みんな同じように痛みや疼きに耐えるように低く声を漏らしていた。
中には過ぎ去った恐怖に怯える者もいた。そうまでして、得たものは。


今回の戦果はなんだったのだろうか。何か、人類に有益なものを得られたのだろうか。


「……」


ふと、泣き声。私は痛みのない左足を軸にして、正面のベッドで小刻みに震えていた自分と同じくらい小柄な少女に近寄る。


「大丈夫……?」


返事は期待していなかった。


「……っ」


彼女は首を二度振って、泣き続けている。
震える背中をさすってやるとますますうずくまるように嗚咽を漏らしていた。


この部屋の淀んだ絶望に押しつぶされそうになる。死の恐怖に負けた者が、果たして戦場で役に立つのかは定かではないが。
彼女はまだ大丈夫だろうか。


「クリスタ、お待たせ」


たっぷりと水の入った瓶を持って、ユミルが立っていた。改めてみると、彼女の服はあちこちに血が滲んで固まっていた。


「ありがとう……ユミルは怪我はないの?」

「ん……まあ、頑丈なんでな。ちょっとやそっとじゃ怪我なんてしねえよ」


水を渡される。一口飲んで、自分のベッドの隣の兵士を見やった。水、とまだ小さく聞こえる。


「あの、お水……どうぞ」


私は引きづるように近寄って、動きづらそうな彼の手に瓶を握らせた。滑りそうになったので、自分の手を添えて口元まで運んでやる。
背後で、少し呆れたようなユミルの視線を感じた。


「そいつは、もう長くないぞ……」

「うん……」

ユミルはそれ以上何も言わなかった。私も水を飲む彼を生き長らえさせてあげたい、とは思っていなかった。
ただ、苦しみから早く楽にさせたいとは感じた。


今回の超大型巨人の襲撃で、またごっそりと兵力が失われたらしい。
ただ、今回もエレンが活躍し、一般市民への被害は最小限に済んだ。もう慣れたけれど、未だに信じられない部分がある。


彼が巨人だということ。


「10体以上はあいつがぶちのめしたかな」


ユミルが説明する。


「いちいち、家を5・6件くらい破壊するのはどうかと思うがな。もっとスマートに戦えないもんかね」


彼女は苦笑交じりに言った。


「まあ、私らからしたらありがたい話だ」


その後、ユミルは一通り話を終えて、死傷者を数えに行くと言ってまた出て行った。私が気を失っていたのは半日程度だった。
襲撃も、すでに昨日のことになっていた。


みんな、事後処理に追われているのだろう。私の足は折れてはいなかったが、傷が深いため3日は安静にするように医師から告げられた。
歩けないわけではなかったので、後ろめたさもあったが、ほっとしていたのも事実だった。


ベッドの上は平和だった。少なくとも私のベッドの上は。


ユミルが暇を見つけては——たぶん、上司の目を盗んで来ているのだと思う——食べ物を持って来たり、
話をしたりしに来るので退屈はしなかったし、不安も紛れた。


他にも、サシャやコニー達も一度顔を見せに来てくれた。嬉しくて、少し泣いてしまったのはユミルには内緒だ。
久しぶりの休暇の一日目は、そんな風に過ぎていった。

————————————————————


深夜、熱くて目が覚めた。頭も少し痛い。ベッドに腰掛けて、深呼吸する。額の汗を拭った。
目を閉じる。子どものころ私をここへ押しやった、神父達が脳裏に浮かぶ。顔は覚えていなない。


あの日、小さな部屋に入れられて、代わる代わる神父が説教をしに来た。


だから、顔は覚えてはいない。説教の内容もあまり覚えていない。
一つだけ分かっているのは、私は彼らに受け入れられていないということだった。


彼らは期待の眼差しを私に向けていた。私がいつ首を吊るかとか、毒を飲むかとか。
もちろん、誰もそれをしろとは言わなかった。ただ、思っていた。思うのは自由だと言うように。


でも、死んだら死んだで困るのは教会側でもあった。私も血縁者であり、何よりそこは等しく全てのものが
全知全能の神と神の壁の恩恵を受けられる場所だったのだから。醜い本音で穢して良いものではなかった。


彼らがいる教会は地上で最も平和なのだろう。彼らの頭の中もそれなりに平和で満たされているに違いない。
それは、幸せなことには変わりないのだ。


(熱い……)


右足が熱を持っていた。それが身体にも影響している。涼しい場所に行きたい。お腹も少し空いていた。
昼間にユミルが持ってきてくれた食事は、半分くらい喉を通らなかった。彼女はすぐ出て行ったため、残りは他の人に譲ってしまった。


動かなくてもお腹は空く。軟弱な胃だ。ユミル達は頑張っているのだから、我慢して。
一昨日の戦闘のことが、ふいに頭を過った。その時もユミルが隣にいた。


(また、ユミルに迷惑かけたのかな……)


胸中でずしりと落ちるものがあった。


ちょっと抜けます

期待

いつまでも、ユミルに甘えているわけにもいかない。彼女だって、いつまでも私の傍にいるわけではない。


「ねえ……」


私はその声に心臓が跳ね上がった。暗がりにぼんやりと人の影。


「眠れないの?」


私のベッドの向かい側の少女だった。


「そうだけど……あなたも?」

「うん……」

「どこか痛いの?」

「ううん」


彼女はこちらをじっと見ている。どこかで見たような眼差し。


「昼間のそばかすの人、よく来るわね」

「え……ああ、同期だから」

「羨ましいわ。私、お見舞いに誰も来てくれないから。まあ、来たくても来れないんだけど……」

「それって……」

「巨人のお腹の中だから。次は私かな……。その前にここで死んじゃうかもしれないけど」

「縁起の悪いことは言わない方が……」

「そうね……」

「ひどい怪我なの……?」

「ええ……」

「何か気を紛らわせるものがあればいいんだけど……」

「あはは……いいって別に」

「ごめんなさい。あ、そうだ……明日、ユミルのこと紹介するね」

「あの人……あなたがここに運ばれて来た時、ずっと忠犬みたいに隣に座ってた。ホントに苦しそうな顔して、どっちが怪我人なのかって思った」

「そう……なんだ」


自分の時間を削っているのかもしれない。実際、そうなのだろう。


「ほんと、羨ましいわ……」

「え?」


聞き取れず、聞き返す。


「なんでもないわ」


それから彼女はゆっくりと、横になった。おやすみなさい、そんな言葉が聞こえた。





次の日、包帯を取り換えに来たユミルを彼女に紹介した。
よく考えたら、明日で私はいなくなるから今日初めましてで、さよならにはなるけれど。


ユミルは二言三言言葉を交わして、すぐに私の方へ戻ってきた。


「お友達づくりはかまわないが、お節介は程々にな」


小声で私に言う。


「でも、誰かと話して少しでも気が晴れたら……」

「前向きに、戦場に戻れるってか?」

「そうじゃないけど」

「……生憎私は女神クリスタ様みたいに、誰もに平等に優しくはできない。私は私のことでいっぱいいっぱいさ」

「でも、こうやって来てくれてるじゃない」

「バカ、そりゃ……おまえが……うん、まあ孤独死されたら寝ざめ悪いしな」

「どういうこと?」

「聞くな。じゃあ、もう私行くわ」

「ありがとう、ユミル」


少し慌てた様子で、ユミルは戻っていった。


「くすくす……」


向かいの彼女が笑っていた。


「ごめんなさい、聞こえてたわ」

「こっちこそ、ユミルがごめんなさい」

「いいのよ。愛されてるのね」

「そんな大げさなものじゃないよ」

「どうして? 見ていて思ってたわ。大切にされてるって。包帯だって、担当者に任せればいいのに、替えにくるし」

「そうなの……ホントは世話好きで」

「そういうことでなくて、あなたも鈍感ね……」

「?」

「彼女、あなたのことが好きなんじゃない?」

「ええ、けっこう仲は良い方なの」

「鈍いのねえ……あのユミルって人、あなたのこと恋愛対象として見てるんじゃないかってこと」

「恋愛対象って……私達同性だし」

「あらら、脈はなさそうねえ……」


言っている意味がよく理解できない。彼女の言わんとしていることに追いつけない。


「聞いてみたらいいのよ」

「そんなこと聞けないよ……」

「本当だったら嫌?」

「嫌って言われても……」

「興味ない?」

「よく分からない。もしかして、退屈しのぎにからかってるの?」

「……そういう風に聞こえたならごめんなさい。オーケー、この話は止めましょう。てっきり相思相愛だと思ってたから。それならそれでいいの」


会話はそこで終わった。彼女は喋りすぎたから疲れたと言ってまた横になった。ユミルは私を大切に扱ってくれていると思う。
だからと言って、そこに何か特別な感情があったとして、私とユミルの関係が何か変わるのだろうか。


好奇心が小さく芽を出した。





療養最終日。

昼にリハビリがてら軽い訓練をする、と看護の者に言われ、戦闘服に着替えて外に出た。
なぜかユミルも一緒だった。訓練は彼女が付き添うとのことだった。

「ユミル? あなた、自分の訓練は?」

「ああ、パン娘が一人二役してるから大丈夫だ」

「そんな無茶な……ユミル、無理をしないで」

「私は好きなようにやってるだけなんだよ」

「それなら……いや、良くないよね」

「いいからつべこべ言わず、歩け」


ユミルが私の両手を引っ張って、誘導する。歩くたびに右足が痛むが、初日よりも大分ましになった。


「痛みにびびって、今は動きが遅いが、慣れたら早くなる。次は跳躍と早歩き」


確かに強い踏み込みを恐れていたが、案外痛みはなかった。


「ユミル、これなら私すぐにみんなの所に戻れるかも……」

「……戻んなくてもいいぞ?」

「何言ってるのよ……次は何をすればきゃあ!?」

「クリスタ!」


ごつごつした地面に突っ伏したのに痛みは不思議となかった。下に柔らかな感触。目を開けるとユミルが自分の下敷きになっていた。


「おまえ、ホントまだ戻らなくていいわ……」

「ご、ごめんなさいユミル! 今、退くから……」


彼女から離れようと、体を浮かせようとした。すると、腕が何かに引っ張られて、


「ユミル……? 重たいでしょ?」

「重たくない」

「でも、背中痛いんじゃ……」

「痛くない」

「もう……後で遊んであげるから」

「……私は子どもかよ」

「じゃあ……」


じゃあ、何? 好奇心が花を咲かせていた。


「私のこと……好き?」


返事はなかった。





その後、途中でサシャが乱入してきて、上官にそろそろ言い逃れするのも厳しくなってきたと
半べそをかいていたためユミルとの訓練は終了した。それから、これもユミルに脅されたらしい元の担当者が来て、訓練は無事終わった。

そして、私は晴れてあの部屋から出ることになった。向かいの彼女とも、別れを告げた。


「またね」

「ええ」


去り際に見た彼女はどこか楽しそうに笑っていた。





その夜、なぜか食堂で軽い復帰パーティーが開かれた。


「おかえりーおかえりー!」


サシャとコニーが胴上げしようとして、ユミルに脇腹を殴られていた。

>>14
ありがと

ちょっと抜けます。

待ってる

たまらん

>>22,23
お待たせ

食事の内容はいつも通りだったけれど、私の皿だけパンやら芋やらが積み重なって、塔のようにそびえていた。
どうやら建築者はライナーらしい。積んだというよりも力任せにねじこませて、塔の体裁を保っているようだったけれど。


「ありがとうライナー。嬉しい……でも、こんなに食べきれるかな」

「そうだな……」

「でも、せっかくだから頑張るね」

「あ、ああ」

「ライナー?」


ライナーはそれだけ言うと、すぐにベルトルトの元へ行ってしまった。


「ミカサとエレンが戻ってきたぞー!」


コニーがやたら大声で言うと、他のみんなが口々に歓喜の叫びを上げていた。


「やりやがったな、おまえらならできると思ってたがよ!」

「ミカサを行かせて正解だったぜ」

「エレンだけじゃ不安だからな」

「おい、ミカサに絞殺されるぞ!」


彼らは肉と酒調達部隊として、隠密に作戦を遂行し完遂させてきたようだった。


「ほらほら、サシャにとられる前に食って飲んじまえよ」

「あはは……」


ジャンが取り分けてくれたそれを受け取る。横から『にくううう』と歯ぎしりを立てるサシャの視線が痛い。


「クリスタ、あんた酒なんて飲めたの?」


椅子に足を組んで座っていたアニがからかうように言った。


「わからないけど、せっかく二人が取ってきてくれたんだし……」

「クリスタ……別に無理に飲む必要はないからな」


片手にワイングラスを携えたエレンが、人の群れからひょっこり顔を出す。それに続いてミカサも、


「クリスタは肉をしっかり食べた方がいい……サシャ、何してるの?」

「はひいいい……」


パンと芋タワーの一角がサシャによって、いざ崩されんとしていた。


「いいよ、いいよ。もう、食べちゃおう」


私がそう言い終わる前に、彼女はパンを一つをぺろりと平らげていた。満足げなサシャの顔は、不気味なほどに笑顔だった。


「おい、こらサシャ、お前まだ乾杯も……あー! はあ、んじゃ、みんなグラス持ったか? 改めてクリスタよく戻ってきた!! あんまり、騒ぐなよおまえら! はい、せーの!!」


ジャンの合図により、猛々しくも遠慮がちにみんなグラスを掲げていた。


「「カンパーイ!!」」


私は嬉しくて、喉が熱くて、あまり大きな声では言えなかった。だから、小声でありがとうを何度か呟いた。

この二・三日、昼間の内にアルミンとユミルが共同で、食糧庫の警備網のスキを探っていた、とアルミンが教えてくれた。


「そうなの!? じゃあ、ユミルがよく救護室に来てたのって……こっちの棟の食糧庫を」

「まあ、偵察も兼ねてたってわけだよ。おかげで、いつどのタイミングで警備がざるになるのか分かったしね。それと、上官様が横領しているのも……まあ、これはいいか」

「そうなんだ……」

「……ごほん、まあ、でも並の兵士の機動力じゃそこに侵入して脱出するってのが難しくて、それで、あの二人に行ってもらったのさ」

「もう、ユミルったら教えてくれればいいのに」

「そりゃどっきりパーティーだしね」

「アルミンもありがとう」

「……どういたしまして。はい、乾杯」

「乾杯」


いつもは訓練や作戦で疲弊しきった空気しか流れていない食堂が、嘘みたいだった。


バン———!


「上官様が来るぞ! みんなブツを所定の位置に戻せ!!」


さすが、というか、日ごろの訓練や実戦のせいもあってか、彼らの撤収作業は素早かった。というか、いつの間にこんなチームプレーを身に着けていたのだろう。


各々、自分の取り分を持ち帰ることにして、パーティーは早々に幕締めとなったが、それでも私は余韻冷めやらぬ気持ちで寝室に向かった。


「ふんふーん……」

気分が高揚していたのはお酒のせいなのか。鼻歌交じりに廊下を歩く。不意に、何かを忘れているような気がして立ち止まる。


「あ……ユミル……」


思い出して、踵を返すが、


「先に戻ったのかな……」


寝室にはユミルの姿はなかった。もうすぐ外出禁止の時間だ。待っていれば帰ってくるだろうが、気になって落ち着かない。


「しょうがないなー……ふんふんふん」


廊下を何回か横切ったところで、ユミルの後姿を発見した。声をかけようとしたが、見たことのない男性と一緒だった。
年齢的には少し上だろうか。訓練か作戦のことか。


と、男性がユミルを抱きしめた。彼女は1、2歩後ずさって拒もうとしていた。ただ、極端に嫌がる素振りも見られない。
数秒その光景を見ていた。少し、間抜けな顔をしていたかもしれない。ふいに、男性は私の存在に気づいて慌てて手を離した。


しまった、と思った時には早口にユミルに何かを言い残して、彼はその場を足早に去ってしまっていた。
その場にぽつんとユミルだけが取り残された。私はぬるま湯でふやけたような頭で、後ろめたい気持ちをじわじわ感じていた。


私は背を向けて戻ろうとしてた。
後ろから、ユミルが叫ぶのが聞こえた。


「クリスタ!」


私はそろりと振り返る。


「今のは、違う!」


何が違うのか。彼女は私に何を訂正しようとしているのだろうか。気にしなくていいのに。

「大丈夫! 誰にも言わないよ」


私は走り出した。3、4歩踏み出して足が痛いのを思い出す。


脳みそはやっぱり靄がかかったみたいだった。もう、部屋に帰らなくちゃいけない時間だったから私は走った。
ユミルも後で来るだろうから待たなかった。顔が熱いのはお酒のせいじゃないかと思った。


昼間のことが思い出される。





『私のこと……好き?』





なんでこんなこと言ったんだろう。


「待って、クリスタ!」


肩を掴まれた。走っていたつもりなのに、どうやら歩いていたようだ。目の前の壁に寄りかかっている自分に気が付くいて驚いた。
だから、ユミルは心配そうに私に肩を貸してきたのだろう。


「大丈夫よ、ユミル」

「おまえ、酔ってるだろ」

「わからないけど、壁伝いに帰るから」

「何言ってんだ。一緒の部屋なんだから、一緒にもどりゃあいいだろ」

「そうだね……ユミル」

「ん?」


不思議な感覚だった。お酒のせいもあるけど。嬉しいような、悔しいような、悲しいような、恥ずかしいような。
ただ、可笑しくはない、楽しくもない。


「ふふふ……」


でも、笑えてきた。ユミルとその人のことじゃなくて、私自身が。


「クリスタ?」


それから、寂しさがどっと覆いかぶさってきた。

今日はここまでです
ではまた明日の夜くらいにー

ユミルが私の体を支えてくれている。暖かい。身体が軽い。変。ふわふわしている。


「しっかりしろよ、おい」


今でも、不思議に思うことがある。


雪山訓練で、彼女が言ったことだ。教会で私のうわさ話を聞いただけで、どうして会って話そうだなんて思ったのだろうか。
どうして見知らぬ人間に自分を重ねたのだろうか。


立体起動装置は、今、着けていない。あれがあれば、ここからすぐに跳べるのに。街並みを見下ろせるような高い所まで上がって、巨人もいないような所まで上がって気持ちよくなりたい。


「あー、クリスタ……酔ってるだろうけど聞いてくれ。さっきの奴は、前から言い寄ってきてためんどくさい奴でな、諦めが悪くて……次あったら絶対に殴ってでも諦めさせるつもりでだな……」

「どうして?」

「どうしてって、そりゃ、別に好きじゃねえし」

「付き合ってもいないのに?」

「私にだって選ぶ権利はあるだろうが」

「ユミル……」


ガス欠だ。

「なんだよ」

「ううん」


どうしてそれを私に言うの?
機動力ゼロ。呂律が回っていないような気がする。


「でも、あの人お似合いだと思うよ……」

「そうかよ……」


足元がふらつく。


「でも、私はさっきのやつよりクリスタの方が好きだけど……あ、いや」

「え……」

「昼間に聞いてきたことも、まあ、あながち間違いではない。あの時は質問の意図がよく分からず止まっちまったつーか」


身ぶり手ぶりでユミルは説明する。


「ごめんね、困らせて……」

「いや、困っちゃいねえんだけどな……」

「私……ちょっと変なの」

「……変?」

「ユミルのこと、うまく応援できない」

「はあ? そういうのは要らないって」

「違うの……もし、ユミルがホントに大切だって思う人が現れてもってこと」

「もし、とかないからさ……」

「あるよ……」

「ない」

「あるって」

「ないね。だって……」

「……だって?」

「私は……」

「ユミル?」

「ああ、くそ……何なんだよ!」

「きゃ……?!」


ユミルは私の体を壁に貼り付けるように押し付けた。それから深呼吸して、


「どうせ明日には忘れてるだろうから言うよ。はっきり言ってやる。私はあんたのことが好きだ。
それどころか、あんたが思ってる以上に私はあんたを私のものにしたいと思ってる。
これまでずっと……我慢してた……それが、私だ。単純で明快だろう? 
分かったか、クリスタ……だから、あんまり私にかまうな……私はそういう気持ちの悪い女だ」


早口にそこまで言い終えた彼女は、私の腕を離した。


「部屋に入ろう。見回りのやつがもうすぐ来る」

「私……私だって」

「…………クリスタ」

「なに?」

「だからと言って、一緒になるつもりはない……なんせ……」

「ユミル?」

「生きている世界が違うんだから……」


彼女は血が出るんじゃないかと心配になるくらい、唇を強く噛んでいた。それを止める間もな

く、


「ほら、入れ」


押し込まれながら寝室に戻ると、全てのベッドがもぬけの殻状態になっていて、私とユミルはわずかに顔を見合わせた。


「どういうことだこりゃ……」

「みんなどこに行ったんだろ……」

「まあ。そのうち帰ってくるだろ。私は、もう寝る」


大股でどかどかと歩いて、彼女はすぐにベッドに転がってしまった。無言の背中が、もう何も聞くなと語っていた。
ユミルは私のことが好きなんだ。そっか。でも、一緒にはなれないんだって。そっか。
私、まだ何も言えてないのに、振られちゃったのかな?


頭がくらくらする。


「理不尽だよ……そんなの」


私は今日やっとユミルへの気持ちに気が付いたばかりなのに。芽が出た直後に刈り取られたようなものだ。


「……ふざけんな」


私は持っていたパンを取り出して、ユミルに思い切り投げつけてやった。



ボコ——



当たった。続いて、



ガタッ——ゴン!

ユミルが飛び起きて二段目のベッドの底に頭をぶつけていた。私は近づいて、頭を抱える彼女の胸ぐらを掴んだ。


「何が、世界が違うだバカ野郎! じゃあ、こうやって同じ所で寝てご飯食べてるのは、全部偽りなの? 違うよね?」

「ば、そんな単純なもんじゃねえんだよ……」

「私にとっては単純だもん!」

「だもんって……」

「ユミルが言いたいこと言って逃げるなら、私だって考えがあるよ……」

「な、何だよ」

「……ユミルがいる世界に私も行く」


彼女はきょとんとして、それから少し笑った。


「無理」

「なんで……即答するのよ」

「……物理的に不可能」

「じゃあユミルはどうやってそっち側になっちゃたの?」

「そっちって……」

「だって、そっちかこっちかでしょ……ダメなら、ユミルがこっちに来てよ」

「行きたいさ……できるもんなら」

「私もユミルも同じところに向かえばいいじゃない……そうでしょ?」

「でかい隔たりがあるんだよ真ん中に。それこそウォールみたいな……」

「……えい」



ポクッ——



「あだッ……おま」


私はユミルに馬乗りになった。ほとんど本能のままだった。したいから、そうした。
何も考えてはいなかった。ユミルも抵抗の色は見せなかった。

「好きです……付き合ってください」

「……」

「好きです……あなたのためなら死んでもいい」

「おい、こら」

「冗談だよ……反応がないから、ユミルが一番嫌いそうな表現を使ってみただけ」

「冗談に聞こえないんだが……怒らせたいのか?」

「……どうやったら、心を開いてくれるかなって思ってる」


ユミルは視線をそらしながらため息をつく。それから、少し笑った。


「酔っ払いめ……」

「……重たい?」

「軽い」

「良かった」

「良くないっつーの……」

「ユミルって、昔からそばかすあったの?」

「……ああ」

「どこの国で生まれたの?」

「遠くの方だ……」

「どうして私のこと好きになったの?」

「……」

「……私、私はね……ユミルが私を見つけてくれたのが、きっときっかけだったんだよ。言われるまで分からなかったけど……あ、ユミルってさ……」

「なんだよ……」

「嬉しい時とか図星を付かれたらきょとんとしてから少し笑うよね……癖なのかな?」

「な……」


彼女はそれを聞くや否や、素早く顔を両腕で隠した。


「……ユミル」

「……」

「可愛い」

「……止めてくれ」

「じゃあ、かっこいい……あ、嬉しい?」


ユミルはまた何も言わなかった。口元を必死に隠そうとしているのが手に取るように分かって、私は息を吹きだしてしまった
腕の隙間からユミルが睨み付けてくる。私が悪いんじゃないよ、可愛いユミルが悪いの。
と、言ったらますます困らせてしまうだろうか。それも、楽しい。


「えへへ……」


一人愉快な気持ちになって、ユミルのあまり柔らかくない胸にすり寄った。


「うッ……」


頭上でうめき声が聞こえた。失礼してしまう。


「私は……人に愛されるような人間じゃない」

「だって、私女神なんでしょ……?」

「自分で言うか……普通」

「私だって……胸を張って人に愛してなんて言えないよ。いつも、どうやって死ねば自分を認められるか……そんなことばかり考えてたのに……」


私はユミルの両腕を掴んで頭上へと押しやった。


「死ぬことが存在理由だと思ってた……あなたと出会う前は」


彼女の薄い唇に、私のを押し付けた。

クリユミキマシタワー!

やはりクリスタ攻めはいいものだ

今確信した
百合は正義だな

「な……」


彼女はそれを聞くや否や、素早く顔を両腕で隠した。


「……ユミル」

「……」

「可愛い」

「……止めてくれ」

「じゃあ、かっこいい……あ、嬉しい?」


ユミルはまた何も言わなかった。口元を必死に隠そうとしているのが手に取るように分かって、私は息を吹きだしてしまった
腕の隙間からユミルが睨み付けてくる。私が悪いんじゃないよ、可愛いユミルが悪いの。
と、言ったらますます困らせてしまうだろうか。それも、楽しい。


「えへへ……」


一人愉快な気持ちになって、ユミルのあまり柔らかくない胸にすり寄った。


「うッ……」


頭上でうめき声が聞こえた。失礼してしまう。


「私は……人に愛されるような人間じゃない」

「だって、私女神なんでしょ……?」

「自分で言うか……普通」

「私だって……胸を張って人に愛してなんて言えないよ。いつも、どうやって死ねば自分を認められるか……そんなことばかり考えてたのに……」


私はユミルの両腕を掴んで頭上へと押しやった。


「死ぬことが存在理由だと思ってた……あなたと出会う前は」


彼女の薄い唇に、私のを押し付けた。

今日はここまでです。

乙キマシタワー

素敵


百合が特別好きってわけではないけど、クリスタの相手はユミルが一番だと思うよ

百合好きもクリユミ好きも読んでくれてありがとう。

その日の夜の記憶は、翌日の私には不完全なパズル状態だった。気が付いたらユミルのベッドで寝ていて、サシャに揺り動かされて目が覚めた。頭痛が襲い、わずかに気持ち悪さを覚えた。その時、ちらりと見た斜め前の私のベッドには誰もいなかった。


昨日はお酒を1、2杯飲んで酔ってしまって、ユミルと男の人が何かしているのを見て寂しくなって……それは夢ではなかったと思う。
自分でも信じられないことを言ったような気がする。覚えていないのに、その気恥ずかしさが背中をかゆくさせている。


彼女が先に出てくれていて良かったような寂しいような。ユミルにあってどんな顔をすればいいのだろうか。
何があったか聞いてもいいだろうか。鏡の前ではにかんでいると、サシャが朝ごはんを急かすものだから、
ろくに寝癖も直さずに部屋を後にした。


食堂にユミルはいなかった。人に聞いても誰も見ていないと言う。もし会っても、その場から逃げないように心構えだけはしていよう。
そんな風に決意したものの、その日、結局ユミルに会ったのは寝る前になってからで、すでに小さな寝息を立てている彼女の後姿をただ見つめただけになった。


そんな日が2日続いた。何事かと思い、やっとのことで訓練後の彼女を捕まえられたのは、パーティーから3日目のことだった。


「なんだよ」

「私のこと……避けてない?」

「そんなことないって」


明らかに嘘だった。だからと言って、それをストレートに言うのも気が引けてしまう。


「私、何かしたかな……だったら」

「そんなわけあるか、バカ。だったら、皮肉の10や20は言ってやる所だ」

「そこまでするの……?」

「私を怒らせたら怖いぜ?」

「あ、じゃなくて……私、酔ってたせいか記憶があんまり無くて……そう言えばどうして私ユミルのベッドで寝てたの?」

「さあ……なんでだったか」

「ユミルも覚えてないんだ……あ、じゃああの男の人とはどうなったの……?」


確か、諦めさせると言うのを聞いたのまでは覚えている。それで、全身ほっとしたのだ。
だから、この時すぐ答えが返ってくると思っていた。しかし、ユミルは緩慢に口を開き、


「ああ……」


続ける言葉を慎重に選ぶような素振りを見せ、


「付き合うことにした」


とだけ淡々と述べた。






久しぶりの二人の夕食の時間中、私はずっと黙っていた。時々、ユミルが何か味どうとか量がどうとか呟いていたような気がする。


そう、隣にはいつも通りユミルがいた。いつも通りパンをちぎらずに、しっかりとした顎で引きちぎるように食べている。
スープの熱に苦戦しながら、息を吹きかけていた。周りの兵士達もいつも通りで、それがますます沈黙を濃くしているように感じられた。


「ここ最近いなかったのは、そいつの所に行ってたからだよ」


不意にユミルが言った。そうなんだ。私は無言で頷いた。


「あんたさ、何のために戦ってんの?」

これも不意打ちだった。


「え?」

「ここに放り込まれて、死ぬ覚悟もできてるんだろ」

「私……は、でもそれじゃダメだって……分かってるよ」

「ああ、そうか。それならいい。お前はべらほう美人だからな。きっと今にいい男が、一緒に運命を背負って、ぶち破ってくれるような奴が現れるだろうよ。人生を謳歌するのはそれからでも遅くはねえ」

「やめてよ……聞きたくない」

「なんでだよ……希望に満ち溢れた未来図を語ってるだけじゃねえか……」

「ユミル……私」

「言うな。私はお前が考えているような人間じゃない。そうやって都合の良い解釈をして、夢を膨らませているだけだ。私を言い訳に自分の分岐を閉ざすのは止めろ」


ユミルに言えなかった。言わせてもらえなかった。彼女は、そこで少し口の端を釣り上げた。


「昨日、私とそいつがなぜ会ったのか分かるか? なぜ、いつものようにお前の傍にいなかったか分かるか?」

「分からないよ……」

「今日もこれから、そいつに抱かれに行く。巨人に食われちまった仲間が同室だってのにな。笑っちまうよな」


パンッ——乾いた音が響いた。それはすぐに、食堂の喧騒に紛れて霧散した。ユミルの右頬はすぐに赤くなっていった。


「もう、食事終わったわ。先に行く」


言って、彼女は目を細めて私を見た。


「じゃあ」


私は手に持っていたスプーンを置いた。床に落としそうなことに気が付いたからだ。


「え?」


どうして———私は彼女がいなくなってから、やっとのことで、それだけを何度も口の中で反芻していた。

今日は短いですがここまでです。


いつでも待ってる


たまらない

最高や…

支援

乙乙
貴重なユミクリありがてぇや…

続きはよ…
切なくて胸が苦しいよ

ズレェ

まさに美女と野獣

>>53
お待たせ

>>54
ちょっと捏造しすぎた

>>55
ありがてえ

>>56
ユミクリはよ

>>57
純情ですね

>>58
レズゥ

>>59
野獣の方が可愛い


少ないけど、お待たせしました

訓練場までの廊下はやけに長く感じた。歩く度に後ろにひっくり返りそうになる。
呼吸はちゃんとしているだろうか。不安になって口元に手を当ててみる。


「……ッ」


頬が湿っぽい。苦しい。通りがかる人が、私を振り返る。どこかに座りたい。足がズクズクと痛む。
どこかに座った方がいい。ふと、立体起動の練習の時を思い出した。


足場がすごく不安定。支えるものが無い。それはユミルだったのだろうか。私がきちんと立つために必要だったのか。
それは、いつからだったのだろう。それは、ユミルが最も望まぬ所だったのに。


息苦しい。言えなかった何かが、ぐしゅぐしゅになって喉で燻っていた。分かりたかったのに。
私にはユミルの傍にいる資格がないと、そう言われたような気さえしてしまう。


別に遠くへ行ったわけではない。食事だって訓練だって、お喋りすることだってできなくなったわけではない。
なのに、私の心はまるで、さよならしたみたいにショックを受けている。


ユミルと言う人間について、私が知っているのはほんのわずかなことだった。彼女は自分というものについてあまり話したがらない。
聞いたとしても曖昧にはぐらかされる。


ユミルってどんな人?


同期の訓練生に、尋ねられたことがある。その時は、得体の知れない人と答えた。深く付き合うようになる前まではそんな印象だった。
でも、話をするようになってからは、いざという時の落ち着いた感じや、ズバズバと本音を言ってのける彼女に惹かれていたように思う。
今さら、彼女への言い訳みたいにそんなことを思い出しても仕方がないのに。


それでも、大きくなっていく。ゆらゆらと不安定なまま。


「クリスタ」


名前を呼ばれた。振り返ると、


「あなた……」


救護室にいた彼女が立っていた。

私は昼から訓練があった。行かなければ必ず後で罰則を受けることになるだろう。


「私ね、もうすぐ死ぬって言われたわ」


訓練の話をしようとする前に、彼女は言った。出かかった言葉をぐっと飲み込んだせいで、軽くせき込んでしまう。


「やだ、大丈夫?」


気遣うように、背中をさすってくれる。彼女は小さく笑っていた。


「う……ッこほ、ん」

「だから、最後に、人類の役に立ちたいの」

「どういうこと?」


彼女は表情を一変させ、大きく息を吸い込んだ。


「私の仲間は何も戦果を挙げられずに死んでいった……でも、生き延びた私すら何も寄与できず死んでいく……そんなの嫌なの! 私だって何かの役にたちたいのよ!」


誰もいなくなった廊下に彼女の悲鳴じみた声がこだました。その後に、大きな鐘の音が覆いかぶさるように聞こえた。訓練が始まった合図だ。


「手伝ってくれる?」


腕を捕まれた。逃げる気なんてない。だって、もう、


「私にできることがあるなら……」


彼女のために犠牲になれたらと身体が疼いていた。


「ありがとう——クリスタ」


お礼を言われ、ぞくりと背筋が震えた。

その時は簡単に説明を受けただけで終わった。なので、途中から訓練には参加できた。案の定、教官にこっぴどく説教を受けた。
彼女が言い訳を考えてくれていたが、言う気も起きなかったので、終始黙っていた。時折、聞かれたことに頷いたり、首を横に振ったりしていた。


足のこともあって、走り込みではなく、予備の立体起動装置の点検という罰則を言い渡された。


「どうしました、クリスタ?」


サシャが心配そうにかけよって来てくれた。


「下痢か?」

「バカですね。コニーじゃないんだから」

「なんだと?!」


コニーがサシャに掴みかかる。


「いや、まず女性に対してどうなんだ、それは」


近くにいたジャンがぼそりと呟いていた。三人のやりとりが可笑しく笑ってしまいそうになる。
教官の目もあり、声を出さずばれないように息を吐き出した。


ユミルはどこにいるのだろうか。キョロキョロと周りを見渡す。
でも、もし、隣にあの男性がいたら。目が合っても微笑みを返せる自信はない。
まだ、気を遣おうとしている自分は少しおかしいのかもしれない。
笑ってあげたいなんて、これっぽちも思ってはいないのに。


未練がましい自分。滑稽だ。


男女入り混じった、覇気のある掛け声が訓練所に飛び交っていた。
愛する者を守るとか、故郷のためとか、荒々しい感情に突き動かされたりとか、
そうやっていつか勝ち残る日まで、自分を磨き続ける。


それに比べて私は、人の生き死にに寄りかかる、まるで寄生虫みたいだ。
宿主が死んだら、次の宿主を探しに行く。そんなことを繰り返して、結局、生き長らえてしまう。


苦しめたり、苦しみたいわけじゃない。誰かがしんどくならないようにしたい。
だって、その瞬間、私は何からも解放されたような心地になるから。


その夜、私は彼女に会うため人目につかないように救護室へ向かった。

いったん抜けます。書き溜めないので夜にまた。

救護室は前よりも殺風景だった。


私がいた所とその両端のベッドは、きちんと布団が畳まれていた。そこにいた人達はもういないようだ。
あの、包帯がぐるぐる巻きだった兵士のいた布団は少し染みができていた。透明な染み。水によるものか。


彼は、最後に思うままに飲めたのだろうか。そうだったら、いいのに。最後に彼を看取った者が、彼のことを思ってくれていたことを願う。


窓から月明かりが差し込んでいる。うっすらと、彼女を照らし出す。こちらを向いていない。手に持った紙をじっと見ている。
手紙のようだ。少し文字が滲んでいる。


「ねえ、ここの人の最後は見た?」


小声で尋ねた。彼女は視線だけを向ける。


「いえ……」


返事は短かかった。それから、


「あれは持ってきてくれた?」

「ええ……」


期待に満ちた目で私を見つめていた。私は背負っていた鞄から2人分の立体起動装置と、ブレードを取り出した。
彼女は手紙を丁寧に折ってポケットに入れ、立体起動装置を受け取った。


「ありがと」

「大丈夫?」

「何が?」

「だって、身体は……」

「そうね、死にかけてあちこちぼっろぼろよ。でも、あと一回飛べる気がするの。ううん、飛ぶ」

薄暗い中で、彼女の眼光に鋭いものを感じた。戦士の目ではなかったが、きっと私には理解できない尊いものなのだろう。
ただ、そう前も感じた、既視感。


「最後の最後まで飛びたいから、門の下の所から運んでくれるかしら?」

「うん……」


彼女に装置を付けてあげて、私たちは部屋の窓から、できる限り音が出ないように飛んだ。


夜の空を飛んだことはなかった。暗闇に慣れるのは早かったが、共に飛ぶ彼女はやはりしんどそうにしていた。
でも、そのことに触れるのは彼女にとって余計なことだと思った。だから、何も言わず同じ速度で進んだ。


ガスは極力使わないように、建物の屋根を這うように走った。
街では松明による灯りがちらちらと夜道を照らしていた。


午後の訓練では装置の整備で済んだが、もし、私が装置を一つ拝借したことがばれたら、
そして外出禁止時間に怪我人を連れて門外へ行くことがばれたらどうなるか。考えるのも馬鹿馬鹿しいけれど。


飛びながら、ずっと前にサシャにパンを持っていったことを思い出した。あの時もこんな時間で、こそこそと人目を憚って外に出た。パンを見せた途端に、彼女は凄まじい速さで飛びついて来たことを思い出し、可笑しくなった。


「どうしたの? 怖くなった?」

「え、ううん」

「そう、震えてるから何かと思った」


後ろにいた彼女が不思議そうに言った。表に出して笑っていたつもりはなかったけれど。身体は心に素直なようだ。



そうそう、それからその後……。

「もうすぐ門だわ。クリスタ、ガスを使ってもらえるかしら?」


彼女の声で我に返った。


「ええ」


私達は、より高度のある建物へと移動した。私は持っていた予備のボンベの栓を外す。


ボンベからは勢いよく———しゅごおおおと音を立ててガスが噴出した、そして、爆発的に手を離れていった
夜の街に白い煙が一直線に上った。


私はそれを確認せずに、彼女を抱きかかえて真っ黒な壁へ吸い付くように跳躍した。
と、同時に見張りが騒ぎ始めたのが聞こえてきた。その目から逃れるように、壁の際に寄り添って、ガスを最低限吹きだした。


普段の戦闘時に出す半分くらいの走行スピードで、壁を駆けあがる。緊張のためか、全身から汗が噴き出していた。
彼女は見た目よりもずっと軽かったが、時折手を滑らしてしまいそうになった。その度に肝が冷えた。


速度が遅い分、天辺まではとても長く感じた。それは、つまり、その分余計なことに気を取られてしまうことに繋がる。
衝動に身を任せた者の末路は後悔だけだ。


それだけは、感じたくない。それが私たちの終着点なわけがない。
そんなものに襲われる前に、彼女の目的を遂げさせてあげたい。


夜風が涼しい。


私の身体の火照りのせいだと思う。隣の彼女の体温も感じているせいかもしれない。二人とも息遣いが徐々に荒くなってきていた。
もうすぐ、門の天辺だ。そして、門の向こうが待っている。重厚な壁に守られた街の外、巨人の巣窟。


彼女は昼間に私にこう言った。一匹でも多くの巨人をこの世から消す。一人でも、行く。死んでいった同朋達のために。
一緒に来てとは言われなかった。外に出るのを手伝って欲しい、そう言われ納得した。


彼女には内緒にしていることがある。
私も———行くつもり、ということ。

迷惑だろうかとも考えたが、彼女にしたって断る理由はないだろう。私は——見届けたいのだ。彼女の最後を。
誰にも伝えられないかもしれないけれど。彼女の生き様を認めてあげたいのだ。


壁の上に着いた頃には、下の騒ぎも落ち着きかけていた。松明が一つ二つ三つ、ぞろぞろと門の方へ戻ってくる。
門の上の兵士達と合図を送り合っていた。


高度が高い分、風も強かった。髪の毛が邪魔になるくらいたなびいている。
踊る髪をかき上げながら、彼女は起動装置に手をかける。


「ベッドの上は退屈だったわ……」

「え?」


風の音にかき消されて、良く聞こえなかった。きっと、もう行くとでも言ったのだろう。


「私も行くっ」


声が聞こえるように、叫んだ。彼女が振り返る。


「あら、戻って罰を受けるのが怖くなった?」


彼女はあまり驚いた様子はなかった。無表情のまま言葉が返ってきた。


「そういうんじゃなくて、私も一緒に戦いたいの」

「戦う?」

「そう、私も一緒よ」

「おかしなことを言うのね。ただのお人好しのバカだと思ってたけど……想像以上におバカさんだったわ」

「ひどい言われようだわ」

「来たいって言う意思は尊重してあげたい所なんだけど、ごめんね。あなたにはここで死んでもらうから」

「え?」

「ここまで連れて来てくれてありがとうね」


彼女は言って、ブレードと取っ手をカチリとはめ合わせた。


「そうそう、殺しちゃう前に伝えておくけど、あんたの足の怪我ね、私のお友達のせいだから。でも、あんたのお友達のユミルとかいう奴。あいつも、私の友達殺したんだから、おあいこよね」

 
彼女の話を理解する前に、彼女が腕を振りかぶるのが分かった。直感的に、私は左に思い切り飛んだ。
足を庇ったせいで、転がるように着地した。痛みがあったがそれをじっくりと感じる余裕はなかった。


すぐに、彼女を見る。立ち上がる間もなく、


「あら」


彼女はすぐに方向転換し、一呼吸の間に2度ほど私を切りつけようとした。
私は必死で身をよじる。紙一重。はらりと服が切れていた。


「大人しくしてよ殺せないじゃない……ねえ」


足がひどく重い。錆びついた匂いと、生臭さが蘇る。私は彼女なんて知らなかった。
でも、身体が反応している。じくじくと足首が熱を持ち始めていた。


「驚いてる割にはちゃっかり逃げて……まあ、さすがと今期の訓練生と言った所かしら」

「あなた……」

「クリスタ」


彼女は——あの日、私の名前を呼んでいた———。


今日はここまでです。読んでくれてありがとう

>>57です
読んでいてつい引き込まれてしまいます
続き待っています


続きが気になる


いったいどうなってんねん…



続きが気になるな


まさかの展開

ユミルさん顔バレしてたか…

支援
続きが楽しみすぎて眠れない
ユミクリ最高や

>>71
モチベあがります。ありがとう

>>72
ありがとう。短いですが続きです

>>73
わからん、こっちもさっぱりさ

>>74
お待たせしました

>>75
どうしてこうなったのか・・・・・

>>76
わかりにくい伏線ですまそ

>>77
ユミクリは人類の希望

>>71
モチベあがります。ありがとう

>>72
ありがとう。短いですが続きです

>>73
わからん、こっちもさっぱりさ

>>74
お待たせしました

>>75
どうしてこうなったのか・・・・・

>>76
わかりにくい伏線ですまそ

>>77
ユミクリは人類の希望

「あなた、確か……」


見たことのある顔。声。瞳。私は彼女に会っていた。大きな瞳で私をのぞき込んでいた。一際大きな体躯であった。普通の巨人とは異なる挙動を見せていた。それを奇行種だと判断した。


それを、今さらになって思い出した。


「あは……やっぱり覚えてるのね。うっかりあなたの名前を呼んでしまったのは凡ミスだわ。まだ、制御がきかないのね」


彼女は独り言のように、早口でまくし立てた。


「何を言ってるの……」

「知らなくて良かったのにねえ。あなた個人に恨みはないんだけど」

「……私を、騙してたの?」


全部、嘘。彼女が言っていることは、つまりはそういうこと。


「ここまで来るのに、誰かに見つかったら人質にしたかったし。あなたって、一目見たときからそういうの似合いそうって気がしたわ。でも、こんなに簡単に騙されちゃうなんて。可愛いわね」

「酷い……」

「酷い? 酷いのはあなた達の方なのよ? 私の同胞を虫けらのように殺して。あの、エレンとか言うやつは許せない。ユミルとか言うのもね……手始めに、あなたの心臓を供物にするから……じっとしてて頂戴ね」


彼女は腰を低く構える。肩を落とすと同時に、ブレードの切っ先を地面と平行になるようにこちらに向けていた。


「余計なこと喋られても困るし、もう、遊んでる時間もないのよ。じゃあ、さよなら」


刹那、間合いが一気に詰められる。背後に足場はもうない。私の体力では避けても次は防げない。逡巡したが、後ろに飛ぶしかなかった。


「っ……」


私は左足で壁面を思い切り蹴った。ガスを噴き出して、二つの鎖をできる限り壁の下方へ刺さるように打つ。
真っ暗な闇の中に重力のまま身体が落下していく。金属が石壁と激しく擦れ一瞬火花が見えた。


彼女は、一体何なのか。エレンと同じ、巨人化できる人間だと言うのだろうか。
そんなもの、そう何人もいては、たまらないではないか。巨人化を目の当たりにしたわけではない。
半信半疑だが、では、彼女は上層部での極秘裏に行われていた実験の情報を外へ持ち出そうとしているということになる。


「外……?」


疑問を口にしたとたん、上から声がした。落下速度が速すぎて何を言ったかまで聞き取れなかった。
それに構っている余裕もない。暗闇に飲み込まれるように壁に張り付いた。


瞬間、銃声。同時に右肩に鋭い痛み。身体が激しく揺さぶられ、意識が吹っ飛びそうになった。


「……っ!?」


思わず呻いた。その後、二発目の銃声————、


「つあっ……!?」


次は脇腹を抉り取られたような衝撃、そして燃えるような激痛。撃たれた。漸く理解した。
上半身に力が入らず、平衡を保てない。


傷口から血が噴き出している。生温いものが身体を伝って垂れていく。
左手で右肩と脇腹を素早く触ると、出血が酷いことが分かった。目まいがして、平衡を保てなくなり身体が一気に反転する。


離れなければ。身体を起こそうとするが、力が抜けていく。


「あっけないわね。ほっといても死ぬと思うけど……」


振ってきた声に、朦朧とした意識が死を悟っていた。無様に壁に張り付いて死ぬのか。
まるで、巨人たちのように。

「うッ……ごいて」


だけど、


「くぅ……ッ」


戻ったところで、こんな私に何ができる。


「……ッ」


体力も人並み以下、人のために死ぬことすらできない。


「ァッ……」


誰かを愛すことも愛されることもままならない。こんな状況で思い起こされるのは自分のことばかり。
喉元がじわじわと締め付けられる。もう遠いのかもしれない。私には。


「どうして、あなたみたいな人が兵士なんてやってるのかしらねー!」


私に聞こえるように叫んだ。彼女なりの情けなのかもしれない。


彼女の言葉は何よりも深く私の臓腑を抉った。本当にどうしてなのだろうか。
そういう時代に生まれきたから。運悪く、妾の子どもだったから。
生き方を貫くことさえできない臆病者が、一体誰のために、巨人と戦っている?


戦う恐怖や死への恐怖より、生かされている絶望に、私はいつも怯えていた。
死んでいい理由を探す方がよっぽど楽だった。


でも、それはこんな風に唐突に下されるみたい。


銃声が鳴った。


私は、少し笑った。






「それはな、あんたみたいな奴を私が処刑するためだよ!」


一気に目が覚める。3発目は私に向けられたものではなかった。
痛みに身体を委ねそうになりながら、私はなんとか上方を仰いだ。


「クリスタ! 大丈夫ですか?!」


ワイヤーが引き伸ばされる音がして、金属音が連続して二つ弾けた。
ガスの音が耳元をかすめる。身体が引き起こさる。


「……ッサシャ?」

「ええ……ッはあ……ユミルも……ッはあ……一緒です!」


息も絶え絶えに彼女は言った。髪の毛も束ねていない。服装もボタンが上まで閉まっていない。
まるで、急いで駆け付けたみたいに。


「どうして……」

「それは、その、とりあえず……上に登りましょうッ……」


彼女に身体を抱え上げられる。目まいを覚えながら、起き上がる。
重力からふっと解放された。

今日はここまでです。短くて申し訳ない。ではまた


サシャの乱れた服整えてあげたいよう…(ゲス声)

来てた!乙

さすがは女神親衛隊の一角
やることが早い

>>85
寝起きってエロいよね

>>86
亀ですまん

>>87
入隊してえええ

彼女はもう息をしていなかった。先ほどまで、私を殺そうとしていたのに、ぴくりとも動かない。
星々が彼女の前頭部を赤く照らし出していた。

サシャに肩を貸してもらいながら、死体の傍に立っているユミルにゆっくりと近づく。
感情のない顔で彼女を見下ろしていた。


「……どうして」

「は?」


ユミルがこちらを向く。


「殺さなくても……」

「……信じられないな。殺されかけたのに、よくそんなことが言えるもんだ」


声を押し殺して、ユミルが言った。私も、そんなことをなぜ言ったのか分からない。
まだ、どこかで信じているのかもしれない。それとも、彼女の敵を討ちたいという気持ちを
労っているのだろうか。


彼女は無駄死にした。誰のために、何をしたかったのだろうか。
手伝おうとしたのも、邪魔したのも結局は私だった。


私は誰のために何をしたのだろうか。

「クリスタ……ユミルだって殺したくて殺したわけじゃありませんよ……やらなければ、あなたがやられていました……重要参考人ではありましたが」


耳元で聞こえたサシャの声は震えていた。


「クリスタ……おまえ、自分が何をしたのか分かってるか? お節介も程々にしとけって言っただろ……」


お節介。そうだ。ベッドの上で泣いていた彼女に同情した時には、もう手遅れだったのかもしれない。
しっかりと狙いを定めていたのだろう。


ユミルが肩を掴んできた。


「なあ……」


強く押されているのは分かったが、感覚はあまりなかった。やっとのことでその手に触れ、顔を見た。
瞳が大きく見開かれていた。唇を強く噛みしめていた。血が出るんじゃないかと思った。


怒っている———違うかもしれないけれど。単純に、そう感じた。


「ユミル、それより早くクリスタを治療してもらわないと……このままじゃ死じゃいます……ッ」

「分かってる……」

「じゃあ、急いで戻りましょう!」

「戻ったって生きられる保証がねえだろ……」

「……それは、私たちが口裏を合わせれば……」

「……必ずボロが出る。小娘の言い訳が通じる所じゃねえよ……」


二人の話は私には現実味がなかった。私は、もうどちらでもいいのだと言いたかった。
ただ、口は上手く回らず息だけが漏れた。それは二人の耳には届かない。

「じゃあ、私がこの人を逃がしたことにします。理由は食べ物をくれたから。どうですか?!」

「どうですかじゃねえよ、バカ……何の解決にもなってねえだろが」

「いいじゃないですか、それでクリスタが助かるかもしれないんですよ!?」

「おめでたい脳みそしてるじゃねえか……お前も、底無しのお人好しだな……涙も出ねえ」

「私体力だけはありますから、尋問なんかちょろいですよ!」

「……寝てるお前を叩き起こしたのは私だ。鼻が利くってのは本当だったんだな。クリスタの匂いを辿るなんてな……助かったよ……感謝してる」

「何ですか、改まって。いいですって、仲間なんですから」

「ああ、お前らみたいに後先考えないバカとお仲間で……最高に……最高に泣けてくる」

「ユミル?」

「ありがとな……また、夢の続きでも見てくれ」


ぼんやりとした視界の中、ユミルがサシャのみぞおち辺りを殴ったのが見えた。
瞬間、私はサシャと一緒に地面に崩れ落ちる。


「……ッ」


サシャの身体が覆いかぶさってきて、私は仰向けに地面に転がった。
綺麗な夜空と、ユミルの俯いた顔が見えた。



「クリスタ……」

「……ユ……」


声がかすれた。


「……お前、次死のうとしたら……思いっきり殴らせてもらうからな」


彼女は———笑っていた。いつものように、引きつったように。


視界にきらりと光るものが見えた。ナイフ。フルーツナイフのようだ。それで、私を指すのかと一瞬思った。
が、次の瞬間、目を疑った。彼女は、その切っ先で自分の手の平を切りつけたのだ。


次に、熱風————そして、首の付け根に衝撃。
私の意識はそこで途絶えた。

短いですが、今日はここまででせう


続き楽しみだわ

無機質な白い天井を、数分ほどぼうっと眺めていた。染みのようなものが目に入ってきた。
見覚えがある。視界がはっきりとしてきた。


「……あ」


気が付くと、また医務室のベッドにいた。身体が重くて、起き上がれない。
違和感。見ると、サシャがお腹の上あたりで寝息を立てていた。


「……サシャ?」


無意識に彼女を呼ぶ。まつ毛がわずかに震え、


「クリスタ?!」


サシャは名前を呼びなが私の顔面に飛びかかってきた。痛くて悲鳴を上げてしまった。
彼女は謝りながら、身体を離す。


「サシャ……私」

夢を見ていたのだろうか。どこからが夢だったのか。
全身が焼けるような痛みを思い出していた。背中にどっと疲労が降りかかる。


「死んでなくて良かったですッ……クリスタにまでいなくなられたら……」


いつの間にか、サシャの顔は涙と鼻水に塗れていた。最後まで言い切らずに、彼女は顔を背け、ぐずぐずと鼻をすする。


「までって……?」

「あの……その……」


口元を開きかけたが、


「……あのッ」


溢れ出す涙で、うまく喋れないようだった。ぼたぼたと大粒の水滴がシーツを瞬く間に濡らしていった。


「ユミルは……反逆罪で……私……私バカだから……上手い言い訳が考えられなくて……ッず、ずびばぜんッ……ぅッ」

「ユミルが……なに?」


サシャはまた何度か謝って、私の瞳をのぞいた。口もとを震わせて、絞り出すように言った。


「……死刑……が宣告されて」


激しい動悸が胸を襲う。意識が遠のきそうになった。


「いや、どうして!?……だって、私が手引きしたも同然なのに……」

「クリスタ……しッ……ユミルは私たちを……いえ、クリスタ……あなたを守るために……この手段を選んだんです……そ、それと彼女はまだ生きていますッ」

苦しそうにサシャが言った。私は無意識に彼女の襟首を掴んでいた。サシャの言葉を聞いて謝りながら手を離す。


「どうして……そんなことしなくちゃいけないの……」

「……分かりませんよ……でも、あなたを死なせたくなかった。自分が死ぬことになっても……それは、分かります。だから、彼女は施設を襲撃して、もっと大事にしたんです……彼女に注目が集まるように……憶測ですが」

「襲撃?」

「ええ……建物を半壊させたと聞いています。詳しいことは内々で処理されて、分かりませんが……」


だって——ユミルは私がいなくたって、自分のやりたいように、やるのでしょう?
自分のために生きるのでしょう?


「私を生かすことが……やりたいことだった……なんて、そんなの……」


人には死ぬなと言っておいて。さんざん、私の世界を踏み荒したくせに。
結局、自分だって人のために死ぬんじゃない。そんなのって。


「そんなの……勝手すぎるよ……ッバカ野郎!」


声が、廊下まで響いた。脇腹に鈍い痛みが走り、顔をしかめる。
外にいた兵士が、何事かと覗いていた。


「ク、クリスタ……傷口が開きます……落ち着いて」


サシャが私の腕を抑える。落ち着かせるように、背中に手を回していた。
大きくてごつごつした手だった。


ユミルの手に似ていた。私をなだめるサシャの顔はひどいものだった。
涙と鼻水だらけ。


「……ごめん」


自分こそ、人に言える立場ではないのに。こうやって、人に心配をかけ世話を焼かれ、危険を顧みない。どうしようもない。正しくないことでもいいのだとやけっぱちなのだろう。ここにいたという証を残したいのかもしれない。それは、種を残すことに少し似ていて、相反する行動だ。


そうやっては、不安と恐怖をかき消そうとしてる。

私は、サシャの手を握った。


「ごめんね……サシャ。こんな事に巻き込んでごめんね」

「……ご心配なく、私は大丈夫です」

「無理しないで……」

「しいて言えば、ユミルに殴られたみぞおちがまだ痛いですけどね……」


彼女はそこで小さく笑って鼻をすすった。それから、声をひそめて私の耳元に顔を寄せた。


「……クリスタ、ユミルに会いに行ってください」


サシャの言葉に、私は耳を疑った。


「……どういうこと? 捕まってるんだよね……?」

「実は……ユミル、行方不明なんです」

「え?」


サシャは大きく深呼吸した。いつになく真剣な瞳を向けて、


「逃亡中なんですよ……この壁の街の中で」

「……そんな」


これだけ狭い壁の中で、逃げ切れるはずがない。かと言って門の外へ出れば巨人の餌食。時間の問題だ。


「先の作戦でまただいぶ兵力を削られたため、この捜索作戦は新人、つまりほとんどが104期メンバーで構成されています……だから、何とかして誰よりも先に私がユミルを見つけますから……ううん、他のメンバーだってそのつもりです。……パーティーの夜に、部屋ががら空きだったのを覚えてますか?」

パーティーの夜。うろ覚えだ。私は首を振る。


「そうですか、まあ、あの時クリスタは酔ってましたしね……ふふ。じゃあ、いいんです。あの時の言葉を私とミカサと、そして彼女だけが知っているんですね」


サシャは目元を指でこする。


「わ、私何を言ったの……?」

「……もう一度、彼女に会った時に伝えてください……そうそう、ミカサからの言伝がありました」

「ミカサから……?」

「応援している、だそうです」


それが言葉として耳に届くのに数秒かかった。


「何それ……ふふッ……あははッ……」


可笑しかった。あのミカサがその台詞を吐いたのが。


「こんな世界で、自分らしくあろうとしたユミルに私はいつも勇気をもらってました。クリスタ、あなたにも」


可笑しかった。私とユミル二人だけの問題だと感じていたことに。


「私も……サシャにもらってたよ。ユミルにも、教えてもらった。この世界で夢中になれるもの。どこでだって良かった、夢中になれば良かったの……私がいる場所で」

「じゃあ、一緒にそれを伝えにいきましょう! ……っとと」


サシャは自分の声量に驚いて、急いで口元に手をやってから上目づかいにニコリと笑った。


「そうだね……」


壁の中に入れられた日から、道を閉ざしてしまっていたのかもしれない。
あるはずの道も、探せば見えたはずの道も見て見ぬふりをして。


人類のために一人で死ぬ未来より、二人で同じ毎日を歩む方が何倍も幸せだ。
二人で幸せを分かち合うより、みんなで一緒に笑った方がもっともっと楽しい。
私はずっとそれを感じていたはずだ。人の温もりを。


「ありがとうって……伝えたい……ユミルに……ッ」


彼女に会いたい。


彼女と生きたい。


それは、壁の中であろうと外であろうと同じ事だ。痛いほど、今、感じている。
あなたは、拒絶の言葉で、優しさで、私を遠ざけるだろうけど。


ユミルが誰と共に生きるか、そんなのは彼女に任せればいい。私は、大好きな彼女のいるこの世界を守りたい。
それが、私の兵士としての生き方。ただ、幸せだけを願うよ。信じられるあなたが、愛しいあなたがそれを教えてくれたから。


だから、ちょっとだけ待っていてね、ユミル———。

これで、おしまいです。中途半端ですいませんが読んでくれてありがとう!

全力で脳内補完してください

なん…だと…

!?

すいません。地の文に力尽きました。

次は台本でギャグにしますー

まじか
だが乙

おもしろかった 
乙です

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