満潮「だから青く、晴れ渡る」 (17)


(注)

・これは、
 
  扶桑「私たちに、沈めとおっしゃるのですか?」 提督「そうだ」
 (扶桑「私たちに、沈めとおっしゃるのですか?」 提督「そうだ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1430845443/l50))

 の後日談、特別篇となっております。前作の設定がそのまま引き継がれてるので前作を読んでから読むことを推奨します。


・超絶不定期更新です。書き溜めもないので暇があるときに、細々と投稿していきます。

   

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1451121764



「九時の方向、敵影!」

 集団に先立って先航していた少女が偵察機の報告を受け、声を挙げる。
 その一報で、艦隊に緊張が走る。皆がその方角に睨みを利かせた。

 身体が火照る、震える。戦いの高揚感が、彼女たちの全身に渡る。
 血が滾る、その感覚を感じながら各々事前の打ち合わせ通り海原をかけていく。
 
「時雨っ!」
「うんっ」

 満潮の呼びかけに、時雨が応える。
 その表情には、余裕からか薄らと微笑みさえも浮かんでいた。

「先手必勝……喰らいなさい!」

 その声と同時に2人はそれぞれの主機を構え、放つ。
 身体に幾ばくかの衝撃、耳を劈く砲撃音、鼻につく火薬の匂い。
 それらを余すところなく味わえる。これ程の喜びもない。

 砲撃から数秒遅れ、水柱が立ち上がる。
 詳しくは分からないが、相手の足並みを崩すことには成功したであろう。
 満潮と時雨は、すぐさま追撃の砲弾を降らせる。

「敵、駆逐艦一隻中破! 軽巡一隻小破!」
「なによ。一発で大破にしてやろうと思ったのに」
「緒戦の砲撃でこれなら十分だよ」

 最上からの報告に若干不満げな声を漏らす。

 そんな満潮に、苦笑いを浮かべながら窘める。  
 
「まぁ、そうだけど……っとぉっ」


 相手からの砲撃が襲い掛かるが、いとも簡単に避けていく。
 先手を喰らい、被害が出たところでの反撃など、遅るるに足らぬ、とでもいうかのように。
 ダンスを踊るかのように、華麗にスイスイと。

 
 まさに圧倒というにふさわしい戦いぶりだった。
 見ごとに統率のとれた艦隊の動きは、日頃のトレーニングのたまもの。
 しかしなによりも、築き上げてきた絆の深さ。
 前世のころから、共に過ごしてきた時間の強さ。
 
 西村艦隊。そう呼ばれて、共に過ごしてきて、成長して。
 そして、今がある。力をつけた、自分たちがいる。

 それが嬉しくて、思わず、頬も緩む。

「とどめよ!」

 ……嬉しくて、思わず振り返り、呼んでしまいそうになる。
 その名を、皆が大好きな、家族の名前を。その笑顔を思い浮かべてしまう。
 
 満潮の笑顔が一瞬曇った。しかし、その口から飛び出そうになった名前をすぐさま飲み込み、改めて名前を呼ぶ。
 もう、その名を呼んでも応えはないと知っているのに。
 それでも、ついつい呼んでしまいそうになる。

 皆の大好きな家族の名前を。


「大和! 武蔵!」


 
 もう、あの2人とともに戦うこともできないというのに。   



 

 あの日、涙などとうに流しつくしたと思った。
 思いを振り払った、そう思っていた。
 
 ふとした瞬間に、2人の姿を探してしまう。
 皆で笑い合っているときに、思わずいつもの隣を見てしまう。
 楽しいことがあれば、話しかけようとしてしまう。
 戦場で、その巨大な艤装を見たいと思ってしまう。

 無意識のうちに、2人の姿を、望んでしまっている。
 


 想いは断ち切った、そう、思っていたのに。





「今日は快勝だったね」
「だいぶ力がついてきた、って感じがするよ」

 海を後にし、陸に上がった満潮たちは演習結果の報告に提督室へと向かっていた。
 先頭を歩くのは最上、時雨。そのあとに満潮、朝雲が続き、最後尾に大和武蔵と続く。

 先頭を嬉々と歩く二人の言葉に、満潮はフンッと鼻を鳴らす。

「どこがよ。私も時雨も被弾したのに」
「被弾って言っても、小破にもならない程度の傷じゃないか」
「それがダメだっていうの。実践じゃ何が起こるのか分からないし、演習位完璧に勝たなきゃ」

 その高すぎるハードルに、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
 妹である朝雲が、「完璧主義すぎ~」と揶揄うように言う。

 度を過ぎた高すぎる要求。
 快勝に湧く空気に、浴びせかける冷ややかな言葉。
 普通ならば、満潮を浮かせるに足る言動ではあるが、この程度ではいつものことと誰も気にはしない。

 みんな分かっている。満潮の言動に秘めた思いを。
 常に100点満点を求める、その要求を、無茶苦茶だと口では笑いながらも、皆の意識は同じ方向を向いている。

 強く、もっと強く。
 その気持ちは、皆共通の目的だからだ。




「皆さん、凄い向上心ですね」

 ぽつり、と感心したように後方を歩く大和が呟く。
 そんな言葉にも、満潮は当然だ、とでもいうように胸を張る。
 誰に何と言われようと、その覚悟を馬鹿にされ笑われようと。
 決して曲げない、曲げるわけにはいかない。

「それにしても」

 と最上が呟く。

「大和さんたちと組むようになってから暫く経つけれど、だいぶん連携とかも良くなってきたよね」
「うん、それは僕も感じてるよ」
「私も」

 答えたのは、時雨と朝雲。
 その言葉に大和は嬉しそうに頬を緩め、武蔵も誇らしげに胸を張る。
 
「私も、皆さんと同じです。演習を重ねるほど、皆さんとの絆がより深くなっていると感じます」

 その言葉に皆が頷く。最上も、時雨も、朝雲も、そして満潮も。
 この艦隊で、これからもっともっと、強くなっていく。
 自らを高め、そして誓った強さを得るために。

 だけれど。


「……なにか、違うのよね」

 
 その満潮のつぶやきに、誰もが動きを止めた。


「それは、私たちでは不満があるということか?」

 満潮の漏らした言葉に武蔵が口を開いた。
 表情はいたって冷静を務めているが、その口の端から少しばかりの怒気を覗かせる。
  

「不満、なんかじゃないわ」
「じゃあどういうことだ」
「……深い意味はない」

 満潮としても、それ以外言葉が出せなかった。
 思わず出てしまった、その言葉を否定をする気はなかった。
 しかし、その本心を伝えるほど満潮も馬鹿ではない。

 だが、もちろん武蔵からすればそんな言葉で納得する訳がない。
 大和が制止させようと手を伸ばすが、それも無視してさらに一歩詰め寄る
 そんな武蔵を、満潮は見ようともせず、自分の足元を眺める。
 そんな態度に、歯軋りを1つ鳴らし、怒鳴りつけたい衝動を抑えできる限り平静を保つ声を発する。

「知っているぞ、お前たちが私達と組む前のことを。あぁよく知っているとも」
「……そう」

 そのやり取りに時雨はオロオロと狼狽え、最上は「やめなよ……」と止めに入る。朝雲は、呆れたように首を横に振るだけだった。



「おまえたち4人……それと夕雲は朝雲と交互に入っているんだな」
「そうね、それが基本よ」
「そこに、戦艦を2人、それが提督の考えるメンバーだ」
「……ええ」

 満潮、時雨、最上、朝雲に夕雲。
 彼女たちを中心にして、さらに火力向上のために戦艦2隻
 この編成にすることで、バランスの取れた打撃部隊が構成できる。
 これが提督の考えであり、戦艦枠に大和、武蔵が充てられた。

「私達で、何組目だ?」
「3……4だったかしらね」
「そうだ」

 吐き捨てるように、武蔵が応える。
 気に食わない、とでも言いたいように、厳しい視線で満潮を睨み付ける。

「最初は、金剛・比叡」
「2人のあのハイテンションがきつかったのよ」

 それも半分は本音で。

「次は、伊勢に日向」
「あいつらはどこかよそよそしかったのよ。ウザいから断ったわ」

 伊勢、日向の自分たちに接する無理をしている表情が辛くて。

「長門に陸奥までも」
「世界のビッグセブンが私達みたいな寄せ集め集団にいてもらっちゃ困るでしょ」
 
 自虐を交えながら、手をひらひらと降る。

「なら、私たちは何だ?」

 その問いかけに、一瞬言葉につまるが、「言ったでしょ」とやはり視線を上げずに、はっきりと言い切る。




「なんとなく、なんか違うなって思っただけよ」
「そんな理由で、誤魔化しているつもりか?」
「言っている意味が分からないわ」
「なら、はっきり言ってもいいのか?」

 満潮は、何も言わなかった。言われなくても、知っていた。
 別に、本当に嫌だったわけじゃない。彼女たちも、歴戦の猛者だ。
 一緒に戦えるのならば、どれだけ心強いことか。どれだけ、心躍ることか。

 それでも、単純な火力じゃない。戦歴じゃない。
 たかが、それだけでは、あの大きな背中には……。

「お前は、いったい何を見ているんだ」
「……」
「本心を隠して、嘘を塗りたくって、それで誤魔化せていたつもりか?」

 もちろん、そんなつもりはなかった。
 自分のこの情けないザマなど、とっくに皆にバレバレだってことくらい。
 自分を見つめるその眼差しが、声音が、とくと教えてくれる。


  
「いい加減に、目を覚ましたらどうだ?」
「……うるさいっ」

 
 成長した自分たちの隣にいるのは、この2人じゃない。こうなるはずじゃなかっ

た。
 

 ――私達の隣にいるのは……いていいのはっ
 

「沈んでいった者はっ! もうっ……!」
「止めなさい! 武蔵!」


 意外なところから満潮にとって助け舟が出た。
 いや、単純に助け舟と言っていいのかもわからないのだが、満潮にとって聞きた

くない言葉を、姉である大和が止めた。

 武蔵が、邪魔をするな、と言いたげな表情で睨む。
 が、普段は見せない大和の険しい眼に、言葉を止め、満潮たちに背を向けて離れ

ていく。


「ごめんなさい。妹が、失礼なことを言ってしまって」
「別に、いいわよ。気にしてない」


 そんな訳はないのに、あくまで強がって言葉を紡ぐ。
 そんな満潮に、少し困ったように眉を下げ、それでも優しく微笑むと一礼して大

和も武蔵の後を追う。

 満潮を、残された面々が気まずそうに見つめる。
 かける言葉が出てこなかった。下手な慰めも、冗談めいた揶揄いも、口からは何

も出ない。

 満潮は空を見上げる。
 

「分かっているわよ……」


 その言葉を、自分に言い聞かせるように呟く。
 あの人が、この場にいたら言いそうな口癖を思い出させるような青空。


 遠くの方に暗雲が立ち込めていた。


訂正

>>9 で、山雲が夕雲となっています。
普通に間違えていました。


「あぁ~、身体に染み渡るねぇ」
「おじさん臭いよ、朝雲」

 湯船につかりながら、しみじみと呟く朝雲に対して苦笑いを浮かべながら時雨が諌める。
 とはいえ、時雨本人も気持ちはわかる。
 疲れた体に、その芯まで解してくれるような心地よい温かさには表情も思わず緩む。

 疲れを癒し、英気を養う。
 そのための入浴――艦娘の場合は入渠という――なのだが。

「……」

 ひとり、満潮だけが浮かない顔をしていた。
 きつい、と普段言われる表情とはまた違い眉を顰め、ポツンと恥の方で大人しくしている。
 その様子に、皆が気づいていた。気づいてはいたが、声をかけることはできなかった。



武蔵から突きつけられた言葉。
 それがどれだけ突き刺さったことか。
 どれだけ気丈に振る舞おうとしても、平気なふりをしても。
 ふと気を抜くと、その弱さが頭を出す。
 それが情けなくて、悔しくて。胸がズキズキと痛む。
  
 そして、それは満潮だけのことではない。
 皆が皆、どこかで自身にも感じていたことだ。

 このままではいけない。
 この弱い心を克服しなければ、もう一歩前へと進めない。
 
 けれど…。けれど。
 幼い彼女たちには、その方法が分からなかった。
 

 
「ねえ、朝雲」
「ん? なに、満潮姉」

 ぽつり、と小さな声で満潮が問いかける。

「私って、面倒くさいのかな?」
「……正直に言って、怒らない?」
「怒らないから」
「相当面倒くさい……ぶふぁっ!?」

 勢いよくお湯を顔にかけられて、ゲホゲホとせき込む。
 怒らないって言ったじゃない、と抗議の声をあげる朝雲を無視して湯船から出る。
 誰にも声をかけずに、また朝雲たちも声をかけずに見送る。
 ピシャッと乾いた音が、浴室に響く。しばらくの沈黙のあと、まず口を開いたのは朝雲だった。

 
「満潮姉、だけじゃないもんね……」
「そう、だね……」

 皆がみんな、自分の心が嫌になる。
 格好のいいことだけは一人前に口に出す癖に、現実をどこかで受け入れられていない。

 
 

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