【艦これ】夜汽車 (66)

以前書いたまま埃を被っていたものを垂れ流すことにしました。

キャラのズレ、独自解釈、独自の史実解釈、改変が生じることがあります。ご注意ください。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1451044413

「見て見て、司令官!かしわめし、かしわめしですよ!」

向かい合わせになった席に座り、四角い弁当箱を持ってはしゃぐ女の子。
端から見れば我々は兄妹―親子ではないと信じたい―にでも見えるのだろうか。

「これから九州に行くのに何でかしわめしなんだか」

「解ってないですねえ。これから佐世保に着いたら、トルコライスにチャンポンに、食べるものは沢山あるんですよ!」

そういってはしゃぐたびに、短く切られ結ばれた髪がぴょん、と跳ねる。
その様子に少し和みながらも、今回の旅行の本分を忘れる訳にはいかない。

「あのなあ、遊びに行くんじゃないんだぞ」

「知ってますよ。大事な会議があるんでしょ」

「それもお前の改装に関しての、な」

改装。この言葉が示す通り、この娘は船でもある人間、つまりは艦娘である。
周囲にばれてしまうのは防諜上の問題があるので、今は一般人と同じような格好をしているが。

「……ちょっと速力が落ちたからって。まだまだ私はやれるのに」

「速度だけじゃない。いい加減装備も時代遅れになってきてる」

本来遥か昔の艦であるはずの者に対して、時代遅れというのもどこか変な話であるが。

「私としてはこの単装砲もなかなかいいと思うんだけどなあ」

14サンチ単装砲7基。

確かに、かつてはそれなりに優秀な砲と言われていた。

しかし今は航空機が跋扈し、15サンチ砲を積んだ似非軽巡が幅を利かせている世の中である。

古くなってきていることは否めないだろう。

「その辺も含めて、先方は話を聞きたいんだろうさ」

今回の旅行の目的、それはこの娘―長良の建造を行った佐世保工廠に出向き、改装に必要な打ち合わせを行うことである。

ちなみに今のところ、この改装で主砲は12.7サンチの高角砲に載せ換えられることになっている。

「ところで、司令官の弁当は何ですか?」

「シウマイ弁当」

「わあ、普通ですね!」

うっさい。

「東京の駅弁といえばこれだろう」

「いや、それ横浜のですから」

「細かいことはいいんだよ。それに九州の駅弁を食ってるようなやつには言われたくない」

「だって自分の故郷のもの見つけると、つい手に取っちゃうじゃないですか」

「まあ、そういう人のためにわざわざ東京まで持ってきてるんだろうしな」

「そういえば司令官、さっきまだいろいろ買ってませんでした?」

「おう、あるぞ。ミカンにカツサンド、そして深川めしにお茶に水」

「いや、買いすぎ」

「甘いな。夜食の準備は必須だぞ。それに東京駅の深川めしは辛めの味付けで、つまみにはもってこいなんだ」

「まさかその水は」

「焼酎割るためだけど?」

これを見込んで酒の用意はしっかりとしてある。

「……遊びに行くんじゃないですよ」

まあ、なんだかんだ、俺も浮かれているんだろう。

当たり前だ。これは花の寝台特急、その栄えある一番列車。

16時30分、寝台特急「さくら」、長崎・佐世保行は汽笛一声、ガタンという音とともに東京駅を発車した。

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結局、俺がシウマイ弁当のアンズを食べるころに列車は横浜を発車した。

横浜でシウマイ弁当を食べたのだから、これでなんの問題もあるまい。

「司令官、ミカンもらっていいですか」

謎の自己満足感に浸る俺をよそに、長良はアミ入りのミカンを袋から出している。

「おう、いいぞ。使うあてもなさそうだしな」

「ありがとうございます!ところで、使うあてって」

「いやあ。同じボックスに来た客に挨拶代わりに渡そうと思ったんだがな……」

「ああ……その必要はなさそうですね」

同じボックスどころか、同じ号車の人に配ってもミカンは足りてしまうだろう。

これも時代の流れか。

「でも意外と親切なんですね。司令官って」

意外とは何だ。

「俺のばあちゃんがやってたんだ。いつだったか、俺とばあちゃんとで、一緒に大阪に行ったときに」

ちなみにそのとき、ばあちゃんは同じボックスの人数分―すなわち6人分の弁当まで買っていた。

半日かけて西駅へたどり着いた俺たちにとって、それだけのお祭り騒ぎだったのだ。

「そうだったんですか」

「そういえば、お前は今まで寝台に乗ったことはないのか」

「……私は……ずっと海軍でしたから」

「すまん。嫌なことを聞いた」

「いえ、いいんですよ。それに、嫌なことだとは思っていません」

「そうか。……俺にもミカン、一つくれ」

「じゃあちょうどいま剥きましたから。これどうぞ」

「すまんな。ありがとう」

「そうだったんですか」

「そういえば、お前は今まで寝台に乗ったことはないのか」

「……私は……ずっと海軍でしたから」

「すまん。嫌なことを聞いた」

「いえ、いいんですよ。それに、嫌なことだとは思っていません」

「そうか。……俺にもミカン、一つくれ」

「じゃあちょうどいま剥きましたから。これどうぞ」

「すまんな。ありがとう」

列車は湘南の住宅街を抜けて走っていく。人々の家にも明かりが灯り始めた。

その家にはきっと、これから「家族」が帰ってくるのだろう。

久しぶりに食べたミカンには、あの日ばあちゃんの手から渡されたのと同じ、瑞々しい甘さがあった。

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「司令官、海ですよ!海!」

「……広いなあ」

「広いですねえ」

海とは不思議なものだ。普段あれだけ見慣れているのに、不意に目に入る時にはいつも新鮮さを伴っている。

「あ、みかん畑」

「あーいいわ。俺の田舎もこんな感じだもん」

「そうなんですか」

「海のすぐそばに山があって、ミカン畑がある。佐世保の近くもそうじゃないか」

「確かに。そういえば呉や由良のあたりもこんな感じですね」

「西日本がみんなこんななのかもな」

そんな会話を交わすうち、長い長いトンネルを抜けて。列車は沼津に到着した。

沼津、18時19分。

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「司令官、富士山ですよ、富士山!」

その反応はもうさっき見た。

「お前は何にでも感動できるのな」

「だって富士山ですよ!百人一首にも出てくるんですよ!ほら、えーと」

「田子の浦に、うち出でてみれば白妙の、な」

「そうそう、富士の高翌嶺に雪は降りつつ!」

ちなみに本来の元の歌は上の句が「田子の浦ゆ漕ぎ出でてみれば真白にそ」となっている。
どうして百人一首では違うのだろう。

「……雪は見えませんね」

「そりゃ、まだ夏だからな」

「ちぇ、すれてますねえ」

「大人ってことだ」

「あ、あの辺ちょっと赤くなってる」

「うそ、どこどこ!赤富士とか俺見たことねえよ!」

「……はしゃいでるじゃないですか」

ちなみに赤富士というのは本来、朝日に照らされて東から見えるものらしい。でもそんな細かいことはいいのだ。

夕陽に照らされた大きな富士も、それはそれは見事なものだったから。

古から愛された田子の浦、駿河湾。静かな海を左手に見ながら、19時1分。静岡着。

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静岡、豊橋と停まっても新しい客は数えるほどしか乗ってこなかった。

「司令官、おなかすいた」

「ほれみろ。言わんこっちゃない。カツサンドでいいか?」

「それは…ちょっと重いかも」

たしかに、女の子が夜食べるのはよくないかもしれない。
まあ、明日の朝飯にでもするか。

「じゃあミカンしかない」

「ちょっと、そこの深川めしは?」

「それは俺の」

「少しくらいくれても……」

「……しかたないな」

「やったあ!」

二人で、二つの箸で一つの弁当を食べる。

長良といえば、さっきまでカツサンドを食べるのをためらっていたとは思えない勢いでがっついている。

一度箸を止め、酒を垂らした水を呷りながら、黙々と箸を動かす長良を眺めていると、どうしてだろう。

急にこちらからもう一度箸を伸ばす踏ん切りがつかなくなった。

何というか、気恥ずかしいのである。

我ながら、よくわからない。

「酔いが回ったかな」

「もう?」

「ちょっと歩いてくる。あと食っていいから」

「いいの?」

俺は碌に返事もせず、やけにしっかりとした足取りでホームに降りたのだった。

名古屋、21時21分着、21時26分発。

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名古屋では多少乗ってきたが、それでも俺たちのボックスには他の乗客はいなかった。

もしかしたら軍の方から手が回っているのかもしれない。

車内の音を覆い隠すかのように、鉄橋を越える音が響いた。

「木曽川だな」

「じゃあ次の川が長良川ですね」

「やっぱり、気になるものなのか」

「それは、まあ。私の名前ですし」

「それに、きれいな川らしいじゃないですか」

長良川をはじめとするいわゆる木曽三川は、中京という大都会を流れているにも関わらず大変きれいな川である。

「大変な暴れ川でもあるけどな」

「……ここで私も暴れてみせようましょうか?」

「すまんすまん」

笑顔が怖いです。

二つ目の大きな鉄橋に入った。

「これが長良川か……」

彼女自体、初めて見るであろう長良川。

黒々とした闇の中を、清流であり、大河でもある川は悠々と海へ向かって流れていった。

21時45分ごろ、岐阜通過。

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消灯の時刻が過ぎた。

車内は薄暗い、夜汽車特有の空気に包まれている。

「そろそろ寝る準備するか」

「そうですね。このシーツと、枕を敷けばいいんですよね」

流石に海軍生活に慣れると手早いものである。

ついさっきまで座席だった場所があっという間に下段ベッドに様変わりしていく。

「それと、浴衣もあるぞ」

「本当だ。着てみよっかな」

「いいんじゃないか。似合うと思うぞ」

「……いや、これが似合うといわれても」

そんなものなのか。まあ、確かにそうかもしれない。

「あ、そうだ」

「何だ」

「これから着替えるので、覗かないで下さいよ」

ベットのカーテンを閉めながら、釘を刺してきた。

「覗かねえよ!」

誰が覗くか。

とは言ったものの。

薄暗い車内、布一枚向こうから衣擦れの音が聞こえる度に、なぜか落ち着かない。

特に変な想像も浮かんでくるわけではないのに。

「やっぱ、酔ってんのかな」

俺も自分のカーテンを閉め、浴衣に着替えるのだった。

23時18分、京都着。

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「ちゃんと毛布掛けとけよ。風邪ひくから」

「わかってますって」

荷物を下におろし、それぞれのベッドにもぐりこむ。

「カーテンは閉めないでいいのか」

「うーん、司令官しかいないし、いいや」

そりゃどういう意味だ。

「じゃ、おやすみ」

「おやすみなさい」


ガタン、ガタンという列車の走る音、時折すれ違う電車の音。

窓の外には街の明かりが流れていく。

普段から夜更かしをしているからだろうか。

横になっても全く眠れる気配がない。

横を見やると、長良もまだ起きているようだ。

どうしよう。声でもかけるか。

「どうしたの?」

迷ってるうちに、気づかれてしまった。

「あ、いや……別に」

長良がこっちを向いた瞬間、不覚にもくらっとした。
なぜか心音もうるさい。どうしてそんなに驚いているんだ。

「なんか変だよ?どうしたの?」

「だから、なんでもないって」

いや、しかし。よく考えてみれば、俺と長良は隣り合って寝ているわけである。
それはつまり、寝ている俺の目の前に、年頃の女の子の寝ている姿があるわけで。
そしてその子は俺の方を見て笑っているわけで。

いやまて、だからといってどうして。

でも。

「変なの」

そういいながら静かに笑い声をあげるその姿がたまらなく愛おしくて。

「少し変になったのかもしれない」

「飲みすぎだよ」

ああ、いい言い訳があった。
そうだ、俺は酔っている。慣れない列車。慣れない寝床。
言い訳はいくらでもある。

それで少し変になっているだけなんだ。

窓の外が明るくなる。23時53分、今日が終わるギリギリで、非日常を運ぶ青い列車は大阪駅に滑り込んだ。

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機関車のうなりで目が覚めた。

外はまだ暗い。時計を見ればまだ4時。もうひと眠りしようか。

横を見れば、寝ている長良の姿が目に入る。

減灯された薄暗い車内、さらに上のベットの陰になっているその姿ははっきりとは見えない。

「何だったんだろうな、さっきのは」

いや、自分でもいい加減分かっている。

長良を見ているだけで、その気持ちを嫌というほど突き付けられる。

もっと近づきたい。そばにいたい。

でも、今の俺との間には大きな溝がある。

俺がそっちの方へ行こうとしたって、ただベッドから転がり落ちるだけ。

隣り合ったベッドの間には、それでも、はっきりとした距離があるのだ。

手を伸ばしても届くことはないだろう距離。

でも。その距離は二人分の手の長さよりは短い。

もし、彼女の側から手を伸ばしてくれることがあれば。

そうすればきっと手は届く。

きっと、みんなそんなものなのだろう。

だから、俺は手を伸ばす。


列車は減速を始め、そしてガシャンという大きな音を立てて止まった。

4時26分。広島着。

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いつの間にかまた眠っていたらしい。

「おはようございます、司令官」

停車の衝撃で目を覚ますと、長良はもう起きて、着替えも済ませていた。

「おはよう。早いな」

「普段からこの時間ですから。勝手に目が覚めちゃいました」

本当はラッパの5分前からは起きちゃいけないんですけどね、と言って笑う。

恐るべき、海軍生活。

「徳山ですよ。懐かしいですね」

ここ徳山は、海軍にとってなじみの深い土地である。
ここにあるのは海軍最大の燃料廠。そして泊地として使われる徳山湾。
沖合には大津島が浮かび、線路を少し戻れば光市。どちらも「アレ」ゆかりの地である。

「そろそろ夜も明けますね」

「ああ。総員起こし、か」

午前5時59分。徳山発車。

沖合に浮かぶ艦でも、もうじき朝の課業が始まるはずだ。

今日も、新しい一日が始まる。

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混み始める前に、洗面所に向かった。
うかうかしていると見知らぬ人の並ぶ気まずい中で顔を洗わなくてはならなくなる。
朝一番に洗面所に向かうことは即ち、夜行列車の鉄則なのだ。

「おかえりなさい」

「お前、わざわざシーツまで畳んだのか」

「いつもの癖で」

やはり恐るべき、海軍生活。

「真面目だなあ」

「司令官もちゃんとやってくださいよ」

「いいんだよ、このままで」

「司令官、あれですよね。家の布団ずっと敷きっぱなしにしてる人ですよね」

「失礼な。ちゃんと休みの日には干してるぞ」

干さなかったらカビが生えたからな。

「そういう問題じゃなくて。ちゃんと直してください」

「てそい」

「やればすぐ済むことじゃないですか……」

「よだきい」

「行儀悪いですよ、布団の上に座ってるなんて」

んなもんたかだか布一枚の差だろうに。

「じゃあいいよ。長良の隣に座るから」

そういって腰を浮かしたところ。

「いい加減にしなさい!」

頭の上にゲンコが降ってきた。

「……けっ、直しゃいいんだろ、直しゃあ」

「そうですよ」

5500t級のパワーをもう一度食らってはたまらない。
しぶしぶ寝具を片付けにかかるのだった。

別にいいじゃないか。隣に座るくらい。

新山口、6時36分。

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「司令官、朝ごはん」

「司令官は朝ごはんじゃありません」

「……もう一発行きますか?」

分かった、俺が悪かったからその拳を下してくれ。

「ほら。ちゃんと半分とっとけよ。俺の分」

「はーい」

本当にうまそうに食うなあ。

7時ちょうどに宇部を出てからおよそ20分。列車はもうすぐ下関だ。

「あれ、あんなところに艦隊がいますよ」

窓の外、わずかに覗いた海の上にぽつぽつと船が並んでいた。

「あーあれだ、小月湾だ」

「へー、もうそんなところなんですか。もうすぐ九州ですね」

小月湾というのは関門海峡の東側、瀬戸内海の喉首となっている海域である。
ちょうど九州と本州の境目、そして門司や徳山をはじめとする周防灘の要衝に近いため、海軍にとって重要な泊地となっている。

それにしても陸の地名ではなく、海域の名前で現在地を判断するとは。

「船団護衛の子たちですかね」

「そうかもな。気をつけて行ってきてほしいもんだ」

「そうですね」

そして窓から視線を車内に戻すと。

「おい」

「何ですか?」

「俺の分、朝飯」

「……あ」

こいつの手の中にある箱は空っぽ。

「「あ」じゃねえよ「あ」じゃ」

「いやあ、つい、うっかり」

「ついうっかりで済むか!」

「あーおいしかったなー」

「どうすんだよ俺の朝飯」

「どうしましょう」

「この……少し目を離した隙に」

「あー、えっと、ごめんね」

「しょうがない。どこか停まってる間に買うか」

車内にも起きた人の姿が多くなってきた。7時40分、下関着。

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トンネルを抜けた。
長さはそれほどなく、そうと言われなければ分からないほどであるが、これこそが関門トンネル。
先の戦争中に作られた、世界初の海底トンネルである。

7時52分。九州最初の停車駅である門司に到着する。

ドアが開くや否や、俺はホームの売店へ走る。
車掌によればここを逃せば10時まで、長く停まる駅はないという。
走れ司令。朝飯を懸けて。

「おかえりー。どうでした……って何ですかそのドンブリ」

「うどん」

「なんで!?」

「ホームにうどん屋しかなかったんだよ!あちちち」

手に持った丼が熱い。とても熱い。
資源不足の影響はこの丼の薄さからも見て取れよう。がんばれ遠征部隊。

「何うどん?」

「丸天」

「私はゴボ天のほうが好きだなあ」

「俺は丸天の方が好きなんだよ。あとおにぎりも買ってきた」

「やった」

「やらんぞ」

「ひどい!自分だけおいしいもの食べるんですね!」

「お前は俺の朝飯食ったろうが!」

7時57分、門司発車。騒がしい5分間だった。

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うどんをすすりながら車窓を眺める。

音に聞こえし北九州の工業地帯も、今や衰退の一途をたどっている。

ただでさえ苦境にあったにもかかわらず、頼みの綱の製鉄業も打撃を受けた。

いくら軍からの需要がある産業とはいえ、資源の供給が絶たれればそもそも立ち行くはずがない。

列車はそんな北九州を駆け抜け、一路博多を目指す。

「昔は」

おにぎりを頬張りながらぼんやりと外を見ていた長良が口を開く。

「昔はすごく賑やかだったんですよね。ここも」

「八幡の煙突から何本も煙が昇って、筑豊の石炭が昼も夜も若松に着いて、そして港に石炭の高い山ができて」

「門司からは色々な人がいろいろなところに出かけていって。海から見ると、本当に眩しい港だったんです」

昔。このたった一つの言葉の中に、彼女はどれだけの時代を見てきたのだろう。

「あの海に、私たちの仲間がいるそうです」

「冬月と凉月か」

「はい。冬月はいっとき私の僚艦だったんです。瀬戸内海に行って、一緒に訓練して、輸送して。覚えててくれてるかなあ」

「細かいことまでよく覚えてるな」

「一緒に行った小笠原と、その後の沖縄輸送が私の最後の仕事でしたから」

「……悪い」

昨日から地雷を踏みっぱなしである。

「いえいえ。一緒に訓練する時間はあんまりなかったけど、ちゃんと活躍できたみたいで、よかった」

「……いつかまた会えるといいな」

「はい!」

今はもう埋め立てられ、人の目に触れることはない2隻の駆逐艦。

辛うじて形を留めるもう一隻、柳もそろそろ朽ち果てようとしている。

それでもなお、彼女たちは与えられた最後の任務をじっとこなしてきた。

その後輩の姿を語った彼女はとても嬉しそうで、そして、誇らしげだった。

8時59分、博多着。

一時中断。
溜めたらまた来ます。

ぼちぼち再開します

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鳥栖を発車した。

ここから鹿児島行の線路と別れ、長崎へと向かって行く。

車窓にもだんだん緑が増えてきた。

「こういう景色を見ると、ほっとします」

「ああ。なんでだろうな。やっぱり田舎の人間ってことなのかねえ」

「それに、私たちはずっと海か港にいますから。なかなかこんな景色は見えないんですし」

「確かにそうだな」

九州の稲刈りは早い。まだ8月だというのに田んぼはもう黄金色に染まっている。

「そろそろ稲刈りですね」

「早くしないと台風が来るし、裏作もあるからな」

「いいなあ、広い平野があるところは」

車窓右に通り過ぎる吉野ケ里遺跡。

九州最大の大河、筑後川―ちなみに、上流部は三隈川とも呼ばれる―に育まれた筑後平野は、古くから栄えてきた。

そしてたどり着くのは日本の近代軍備のルーツの一つともいわれる町、佐賀。

9時53分、佐賀到着。

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肥前山口で長崎行の車両と切り離され、後から来た特急に追い抜かれた。

列車はゆっくりと終点、佐世保に向かって行く。

「司令官」

「何だ」

「どうして今回わざわざ寝台特急に乗ったの?」

「時間がもったいないからな。海を回ってたら3日がかりだ」

「ふーん。建前はそれで、本音は?」


ばれてたか。まあこのご時世、本当に急ぐなら飛行機でも新幹線でもあるからな。

「……陸の上をな、見せてやりたかった。普段見ることのない、お前たちが守っている世界を」

「あー、なるほど」

「どうだった」

「うん、楽しかったよ。懐かしいものも、新しいものも、いっぱい見えた」

「……そりゃよかった」

「また、また来られたらいいね」

「ああ。今度は任務関係なく、ゆっくり来たいもんだな」

列車が佐世保に着いても、この旅は終わりではない。

この列車はただの交通手段。むしろ、俺たちの用事は佐世保に着いてからが本番だ。

「もし……戦ってばかりの日常が終わって、平和になったらさ、また一緒にこれに乗ろうよ」

「俺と?」

「うん。まだ、私には見たいものがある。あなたに見せたいものもある。だから……」

「わかった。約束しよう」

この列車はただの交通手段だ。人を東京から長崎に運ぶ。それが役割だ。

でもその列車は、人と人を近づける。人の奥底にある思い出を、思い出させてくれる。

「楽しみが一つ出来たね」

「ああ。また頑張らないと」

11時7分。さくらは最後の停車駅、早岐に到着した。


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「忘れ物はないか」

「大丈夫。イスの下にも何もないよ」

「ゴミは捨てたな。トイレも行くなら行っとけ」

「今は、別にいいかな」

「よし。降りる準備もできたな」

荷物もまとめた。靴もスリッパから履きなおした。

あとはもう、佐世保に着くのを待ち、この列車から降りるだけだ。

「それじゃ、デッキに出よう」

「ちょっと待って」

「どうした、忘れ物か?」

「いや、そのさ。もうちょっと、座っていようよ。もうちょっと、座っていたい」

「……それもそうだな」

いままでゆっくり走ってきたんだ。今更焦る必要も、ないだろう。

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人々が眠っている間も青い列車はひた走る。

人を乗せ、人の心を乗せ、人々の願いを乗せ、

西海の果て、西洋の入り口たる町へ向かって。

11時31分。東京からの特急「さくら」は、長い長い旅を終え、佐世保駅に到着した。

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大変長らくのご乗車お疲れ様でした。終点佐世保、佐世保です。
本日は東京からの特急寝台「さくら」をご利用いただき、ありがとうございました。

終わり

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