桃華「星降る聖夜に」 (65)


「あら、アナタ……わたくしを見る目つきが普通の人のソレと違ってよ」

「待ってください、怪しい者ではありませんから!」

「……ウフ、いったいナニを考えていらしたの? 教えて下さる?」

「ええと、私はこういう者で……その、アイドルをやってみませんか? きっと貴女なら素晴らしいアイドルになれるはずです。だから……」

「ふぅん、わたくしをアイドルに……それは面白そうですわね」

「はい。よかったら、この後少しお話を聞いてもらえませんか?」

「そうですわね…………興味深いお話ですが、そろそろホテルに戻る時間ですわ。それに、明朝には神戸へ帰る予定ですの」

「じゃあ……」

「そのお誘いは申し訳ございませんが、今はお受けできませんわね」

「そう、ですか」

「ですが……いつかは連絡いたしますわ」

「……わかりました。待ってます」

「ええ、よろしくお願いします。それでは、ごきげんよう」

「……あの! 貴女のお名前は?」

「あら、わたくしとしたことが。失礼いたしましたわ」

「いえ……先程名刺も渡しましたが、改めて。私はCGプロダクションの照井と申します」

「わたくしは櫻井桃華ですわ。また会う日まで、お元気で」


……………
………



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 ドアの前で、小さく深呼吸。
 そのまま開けようとして、ドアノブにかけた手が止まった。

「藤井さん、ここまでの書類一式纏めて送っておきましたから、確認しておいてください」

「わっかりましたー。すぐ取り掛かりますねー」

 聞き覚えのある声。
 目的の場所はここで合っているようだ。

「それにしてもー、照井さんってプロデューサー業の方はしないんですか?」

「どうしたんですか、いきなり……」

「だって、この前千川先輩に聞きましたよ? 社長がスカウトしてきた人はプロデューサーの資質も見込んでるって」

「そうなんですけど……」

「高校卒業してもうすぐ二年ですよ? もったいないじゃないですかー」

「そう言われても……担当するアイドルもいませんから」

 若さに驚くと同時に、まだ担当アイドルがいないことに僅かにホッとしていた。

「いや、こうして裏方の裏方の仕事をしてくれるのも助かってますけどねー。照井さん来てから格段に楽になりましたし」

「それは……ありがとうございます。この仕事も楽しいですよ」

「いい人過ぎるんですよー。しかしスカウトとかも上手く行ったって話を聞いたことがありませんよね。ほんとに全滅ですか?」

「ははは、そう、ですね……あっ」

「あっ? なにかあったんですか?」

「いえ、一人だけ興味は示してくれた子がいました」

 それは、誰のことだろうか。
 もしかしたら、わたくし以外にも……


「そんな話聞いてないですよー」

「言いづらかったんですよ……」

「それはまた、どうしてですか?」

「…が…いです」

「え?」

「だから、小学生だったんです」

「……は?」

 しばらく、部屋に沈黙が降りた。

「あー、そうでしたかー。照井さんって、『そう』だったんですねー」

「断じて違います! 大事なのは年齢じゃなくて、育ちがいいからか気品に溢れていましたし、なにより緑の目に宿った意志が――」

「大丈夫です。そんなに熱く語らなくても『わかって』ますからー」

「楽しむのやめてもらえますか?」

 女性の笑い声が響く。
 息苦しそうな声に変わったところで、やっと止まった。

「ケホッ、それで、どんな子だったんです?」

「さっき言ったこと以外だと……ああ、綺麗な金髪でしたよ。フリルのたくさんついた服も難なく着こなしていました」

「ハーフかクォーターでしょうかねー? そんなによく見れたなら、ずいぶん話したんじゃないですか?」

「実際話せたのは数分ですよ。その日も時間がなかったようですし、翌日には神戸に帰るみたいでしたから」

「ありゃ、遠隔地はちょっとキツいですよねー。残念」

 子供が上京するのはそれなりに難しい。
 親元を離れること、その状態での学業との両立、将来設計……越えなければならないハードルは多い。


「そういうわけで、プロデューサーの方に行くにはまだまだかかりそうです」

「はー、大変ですよね。ちなみに、その子の名前とか聞いてないんですか?」

「それなら最後に聞きましたよ。櫻井桃華って――」

「――ブッ!? ゴホッ!?」

「大丈夫ですか!?」

 お茶でも飲んでいたのだろうか。
 かなりの時間激しく咳き込んでいる。

「……ほんっっっとーに小学生で金髪で目は緑でフリフリで神戸に住んでて櫻井桃華って名前だったんですね!?」

「は、はい。神戸に住んでるかどうかはわかりませんけど……」

「どーこに手を出してるんですかーもう……」

 深い深いため息が聞こえてきた。

「マズかったですか……?」

「たぶんその子、神戸の財閥のご令嬢ですよ」

「まさか……」

「千川先輩と水瀬や西園寺の話をしたときに櫻井のことも話題に出たんです。名前も特徴も一致してるんですよねー」

「そうだったんですね……」

「まあ住む世界が違うんですから、諦めてもっと一般ピーポーなアイドルの原石を見つけてきましょーよ」

 勝手に諦められるのは気分のいいものではない。
 入るタイミングを逃して、盗み聞きをしてしまったがいいかげんに先へ進もう。


「失礼いたしますわ」

 ドアを開けて、部屋の中に入る。

「櫻井桃華ですわ。お久しぶりですわね」

 そのまま入り口で一礼。
 動作は身体に染み付いている。

「ちょ、本物ー!?」

「ウフ、アナタの思い浮かべている櫻井桃華でしたら、わたくしのことですわ」

「しかもなんか聞かれてたっぽいですしーどうするんですかーこれ……」

 大人二人が慌てているのを見て、思わず苦笑が漏れた。

「落ち着いてくださいまし。本日はアイドルのお話を聞きに参りましたの。ずいぶん遅くなってしまいましたけど」

「ということは、アイドルをやってみる気はあるということですよね?」

「ええ。ですが、結論は条件をすり合わせてからとしましょう」

「条件ですか?」

「まずはわたくしと内山さんがお話を伺って、今後の予定についても相談しますわ。その後、わたくしの両親までご挨拶と、その場で最終調整をお願いしますわね」

「私は内山と申します。桃華さんの保護者と受け取ってもらって結構です。詳しい事情を話せば長くなりますから、まずは落ち着いてお話できる場所まで移動しませんか?」

「あ、はい、こちらへどうぞー」

 内山さんの言葉で応接用スペースまで案内された。
 わたくしのお目付け役として同行してもらったけど、本当に頼りになる。


 飲み物の準備も終わり、簡単な自己紹介が済んだ。
 対面にはわたくしをスカウトした照井さんと、事務の藤井さんが座っている。

「結論から申し上げますと、すでに両親の説得は終わっていますの。通常のアイドル活動をする限りにおいては賛成するとのことですわ」

「それは……そこまで、自分で」

「ええ、ここまで一年近くかかりましたわ。ご連絡が遅れてしまったのはそのせいですの」

 あまりに長く待たせてしまった。
 もしかしたら、もうアイドルになることはないかもしれないと思うくらいに。

「私達に任せてくれてもよかったのですが……」

「わたくし自身がアイドルをすると決めて、将来の計画を立てることが必要でしたの。そこまでしなければ櫻井の家は説得できませんし、その覚悟がなくアイドルになっても意味がありま

せんでしょう?」

 アイドルになる、ということは簡単には決められないものだ。
 アイドルという特殊な環境に十代で身を置くことは、それ以外の生き方に対してはマイナスにしかならない。
 特に、櫻井のような立場にいる者にとっては。
 その影響を最小限にする人生計画をつくること……それがどうしても必要だった。
 そして、やるからには中途半端にはできない。

 ――だって、そんなことはわたくしの矜持が許しませんもの。

「そう、ですね……やっぱり、貴女はいい目をしています」

「ウフ、ありがとうございます。それでも、ここまでの情熱を持ったのは生まれて初めてですわ。これもアナタとの出会いがきっかけですわ」

「あまりたいしたお話はしていないのですが……」

 会った時間は短く、会話に印象に残る部分もなかった。
 今でも覚えているのは、その瞳だけ。
 それでも、前に進む小さなきっかけになったことは事実だ。
 今思い返してみれば、あの頃のわたくしはずっと小さく纏まっていた。
 まるで、鳥籠の小鳥のように。

「一歩を踏み出す勇気を持てたから、その先も見てみたいと思いましたわ。だから、エスコートをお願いできますかしら?」

「ええ、喜んで」

 この殿方と新しい世界を見てみたいという気持ちは確かなもの。
 これで、ようやく始められる。


「桃華さん。すでに決定のような雰囲気ですが、詳細を詰めなければいけませんよ」

「……あら、うっかりしていましたわね」

 元々アイドルをすることはほぼ決定事項だからだろう。
 いつもならこんなことにはならないのに。

「それでは……まずは、お仕事の内容に関してですわ。如何わしいものはしないこと、なのですけど」

「櫻井さんをそんな方向で売り出しても意味がありません。優雅に在ることが魅力ですから」

 これについては心配はしていない。
 出合ったときから、わたくし自身を求めているのだから。

「そう言ってくださると思いましたわ。二つ目ですが、相応の成績を維持することですの。こちらはわたくしの努力次第ですが、少々お仕事にも制限があるかもしれませんわね」

「学生としては当然のことでしょう……最大限の配慮をします」

 制限ばかりになってしまうけど、仕方ない。
 この条件が本当に通るかは正直なところわからない。

「そして三つ目は……アイドルをするのは最長で高校卒業まで、ですわ。この期間はお仕事の内容、学校の成績によっては短縮ということもありますわ」

「六年……十分です。それだけの時間があれば、必ず誇れるようなアイドルにします」

 即答だった。
 障害とも感じていないのではないだろうか。

「成績の基準は厳しいですし、家の用事もありますわよ。本当に、後悔はなさいませんの?」

「貴女をプロデュースできるなら、些細な問題です。貴女も最大限の努力をしてくれるのでしょう?」

 目を合わせて言い切った。

「ウフフ、当然ですわ。これから共に歩みましょう」

「はい、よろしくお願いします」


 話も纏まった。
 淹れてもらった紅茶に口をつけ、少し顔を顰める。
 話の間に温くなってしまっていた。

「ところで、少しは落ち着きましたの? 藤井さん?」

「はーい。もう大丈夫ですよー」

 そう言って、ひらひらと手を振ってくる。
 お話が始まったときにはきちんと座っていたのに、今では姿勢が崩れている。

「いや、いきなりお嬢様がアポ無しで来たら驚きますってー。普通に対応してる照井さんがおかしいんですからね?」

「……わたくしはちゃんと事前に連絡をしましたわよ? お電話をしたら千川さんという方が出られて、そこから社長に――」

「「しゃちょおおおおおお!!」」

「な、なんですの? いきなり」

 突然叫びだした二人に、持っていた紅茶を零しそうになった。

「えーとですね、社長から私達にはこれっぽっちもそんな連絡は来てないんですよー」

「そうでしたの? 確かに最初の会話が少々おかしいとは思いましたけど……」

 わたくしが来ることを知っていたらあんな風にはならなかったような。
 内容に気を取られて思い至らなかった。

「ついでに、社長の思いつきによって社内で一番振り回されているのは私達です」

「そうなんですよねー。今なら社長も社内にいますけど?」

「また殴り込みに行ってきますか。というわけで、櫻井さん、内山さん」

「お客様をほっといて悪いんですけど、ちょーっと用事があるので。ここは自由に使っていいですから、十分ほど待っててくださいねー」

 そう言うが早いか、二人は立ち上がって部屋を出て行った。


「ずいぶん、個性的な方々でしたわね……」

 照井さんも藤井さんももっと普通かと思っていた。
 いきなりの行動に、しばらくの間気が抜けたようになってしまった。

「桃華さん、お茶を淹れなおしましょうか」

 少ししてから、内山さんが声をかけてきた。

「勝手に使ってよろしくて?」

「遠慮していたらあちらも気を使ってしまいます。ありがたくいただきましょう」

「それもそうですわね。それじゃあ、お願いしますわ」

 ソファの背もたれに身体を預けて、小さく息を吐く。
 思った以上に疲れが溜まっていたようだ。
 それでも、一仕事終えた後の充足感もあった。

 アイドルは確かに面白そうだ。
 わたくしがどこまで通用するのか、それを試してみたい。
 ただし、まだスタートに立っただけ。

 ――すべては、これからですわね。


……………
………


「そろそろ時間ね。久しぶりに一緒に歌えて楽しかったわ」

「私もです……」

「今日は渡したいものがあるの」

「CD……? 『a chant』……?」

「あなたの歌よ」

「私の…歌ですか……?」

「あなたをイメージしてつくったわ。よかったら、歌ってみて」

「ありがとうございます……。ここまで…してくれて……」

「昔の私を見てるみたいでほっとけなかったのよ」

「そんなに…似てますか…?」

「ええ、かなり」

「そうですか…」

「その歌があなたにとっての『蒼い鳥』になりますように……あなたにも、素敵な出会いがあることを祈っているわ」


……………
………


 東京に来て、寮に入って数日が過ぎた。
 荷解きが終わったところで、今日は地理の把握をしておこうと思う。
 最低限、最寄り駅とお店は覚えておきたい。

 ――それにしても、大きな街ですわね……

 神戸も決して小さくはなかったし、東京には何度も来ている。
 それでも、住むとなるとここは途方もない大きさだ。
 生まれた時から暮らしていたとしても、使うところしか知らないのではないかと思うくらいに。

 ――ここが駅ですわね……少し離れたところに地下鉄の駅もありますの?

 藤井さんにもらった地図を見ながら、溜め息をつく。
 不慣れなわたくしのためを思って入寮初日に渡してくれた。
 生活に必要な情報は一通りここに書き込んである。
 もっとも、寮では掃除以外の家事の心配はあまりしなくていいのだが。


 ――それで、ここに薬局が……

 地図を見ながらの散歩は終盤に差し掛かっていた。
 夕方前から始めて、日没までにはほぼ終わっている。
 思っていたよりは歩き回っていない。
 
「――――♪」

 微かに、歌声が聴こえた。

 ――公園もありましたのね

 横に小さな公園があった。
 周囲に樹が植えてあって中の様子はわからない。

 ――少しくらい、寄り道をしてもいいでしょう

 どうしても気になって仕方がない。
 別に危ないことでもないのだろうし。


「Holy infant so tender and mild――」

 歌っていたのは、、一人の少女だった。
 目を閉じて、樹の前に立っている。
 雪のように白い肌に垂らされた濃く艶のある金髪が歌に合わせて微かに揺れる。

「Sleep in heavenly peace――」

 歌声はどこまでも透き通っている。
 繊細だが決して弱くはなく、公園に響き渡っていた。
 沈む間際の夕日を背負って歌う姿は絵画のようだ。

「Sleep in heavenly peace...」

 どうやらこの曲は終わりらしい。
 ゆっくりと息をはいている。
 ここまで綺麗な『Silent Night』は聴いたことがなかった。


 わたくしが拍手しながら近づくと、閉じていた目を開いて心底驚いたような顔をした。

「見事ですわ。素晴らしい歌をありがとうございました」

「……ありがとう…聴いてくれて……」

 少女が小さく微笑む。

「わたくしは櫻井桃華ですわ。よろしければ、お名前を教えていただけませんこと?」

「望月聖…です……」

 静かな声で答えてくれた。
 小さい声だが、不思議と聴きづらくはない。

「綺麗な、心地よい歌声でしたわ」

「声、きれい……?」

 かなり照れているようだ。
 肌が仄かに赤くなっている。
 あまり褒められるのになれていないらしい。

「歌がお好きなの?」

「…うん、大好き……」

「そうだと思いましたわ。とても丁寧でしたもの」

「…………」

 返事はなかったが、気まずくはなかった。

「あ……」

「ああ、お邪魔してしまいましたわね。少し聴いていってもよろしいかしら?」

「うん…聴いて……」

 また、望月さんが目を瞑った。

「――Purge me with a chant, and I shall be whiter than snow...」


 歌が終わった。
 私の拍手に、望月さんが照れたようにはにかむ。

「聴いたことのない曲でしたわ。雰囲気からいってクリスマスの歌のようですけど……」

「これは…私の歌なの……」

「オリジナルということですの?」

 望月さんが小さく首を横に振る。

「お姉さんに…もらったの……」

「大切な歌なのですわね。羨ましいですわ」

「櫻井さんも…歌は好きなの…?」

「ええ、まだまだ練習中ですけど。将来は大勢の前で披露してみせますわ」

「ふふ…同じだね…」

 その笑顔は、思わず見とれてしまうくらいに綺麗だった。


「――あら、もう日が暮れますわね」

 それから何曲か聴いて、気づけばあたりは薄暗くなっていた。
 日没が早いとはいえ、それなりに遅い時間だ。

「楽しかった…です……。次で…最後かな……」

「もしよろしければ、最後はわたくしにも歌わせてくださる?」

「うん…なにがいい…?」

「クリスマスキャロルならそれなりに知っていますわ。望月さんが選んでくださいまし」

 そう言うと、一瞬目を彷徨わせた後、瞳を閉じた。

「じゃあ――――O Christmas tree, O Christmas tree」

「「How are thy leaves so verdant――」」

 ――歌うことがこんなに楽しいとは、思っていませんでしたわ。


……………
………


「ごきげんよう、プロデューサー」

「ごきげんよう、桃華さん」

 寮に引越しをして二回目の週末。
 レッスンが終わった後に、事務所に寄っていた。

「今日のレッスンはどうでした?」

「順調ですわよ。でも、慶さんのレッスンは厳しいですわね」

 わたくしのレッスンを担当してくれているのは青木慶さん。
 まだ二十代前半で抜けているところもあるが、指導は的確だ。

「あの人は将来性のある新人アイドル専門なところがありますからね。加減が利かないのは昔からのようですが……」

「少々大変ですけど、潰れない量にはなっていますわ。わたくしの力になっていますし」

 課題をこなす度に、無茶ではない程度の新しい課題を追加をされる。
 それなりに大変だが、短期間で力をつけたいわたくしにはむしろ好都合。

「それなら大丈夫そうですね。今のところですが、桃華さんはビジュアル、ボーカル型のようですね」

「ええ、自分の魅せ方は心得ていましてよ。それにしても、ボーカル……歌もですの?」

 他人からどう見られるかは幼い頃からずっと意識してきたことだ。
 やることはアイドルでも変わらない。

「桃華さんの良さはなにも見た目だけではありませんよ。声にも気品や意志があるからこそ、印象に残ります。激しい動きは苦手なようですが、桃華さんにそれは不要でしょう? パーテ

ィーのように魅せるダンスができればいいんですから」

「まあ。そんなに褒めてもなにも出ませんわ。それから、あのダンスもそれなりにハードでしてよ?」

「わかってます。でも、桃華さんには不可能ではないでしょう?」

「当然ですわ♪」

 プロデューサーはわたくしのことをよく理解してくれている。
 優秀なパートナーと仕事ができるのは幸せなことだろう。


「寮での生活には慣れました?」

「それなりに、といったところですわね。一人暮らしは初めてですもの」

 アイドルも含めて、ここに来てからは初めてのことばかり。
 生活も学校も変わり戸惑うことも多いが、すべてが新鮮で面白く感じる。

「かなり特殊な環境ですけど……」

「そのおかげで、先輩方からフォローをしていただけますわ」

「みなさん世話を焼きたくて仕方ないようですからね」

 ここでは複数のプロダクションでひとつの寮を使っている。
 地方出身で大学生までのアイドルはほとんどがここに住んでいる。
 一部は大人も暮らしているから、小学生でも生活に問題はない。

「本当に助かっていますのよ」

「それならいいんです。なにか困ったことがあれば私にも遠慮なく言ってくださいね」

「そうさせていただきますわね」

「いいおもちゃにされるんじゃないかと思ってましたから……」

 実際にそういう部分があるから、これには苦笑いしか返せない。


「ところで、わたくしのデビューは決まりましたの?」

 まだデビューについての方針は聞けていない。
 基礎レッスンの段階だからまだ余裕があるとはいえ、こういうことはできるだけ早く、決まり次第伝えてほしい。
 催促になってしまうが、つい訊いてしまう。

「もう少し時間をください。考えてることがありますから……」

「前もそう仰っていましたけど、少しは固まってきたのではなくって?」

 もう二週間、この返事ばかりだ。
 このまま年が明けてしまうんじゃないかと思うくらいに進まない。

「……桃華さんが来てから、もう一人いい人を見つけたんですよ」

「そんなお話は聞いていないのですけど?」

「二回、断られてるんです……」

「そうでしたの……」

 この様子だと、もう一人は望み薄かもしれない。

「また会えたら、最後の勧誘をしてみます」

「しつこい殿方は嫌われますわよ。二回目でも悪印象ではなくて?」

「三顧の礼と言えばかっこいいんだろうけど。未練があるから三回もお願いしようとしてるんです。十分自覚してますよ」

 プロデューサーがばつの悪そうな顔をして視線を逸らす。
 自覚があるなら控えればいいのに。
 それだけ、その方も魅力的だったということだろう。

「桃華さんのソロデビューも考えてるから、安心してください。曲が届いてから話そうと思ってたんですよ」

「安心しましたわ。それまで待ちますわね」

 わたくしの曲ができるまではどうしようもない。
 それまでに、少しでも実力をつけておこう。

「それで、どんな方でしたの?」

「そうですね……綺麗な人でしたよ」

「……なるほど、お会いできたら素敵でしたでしょうね」

 きっと、それがプロデューサーの最善のプランなのだろう。
 できることならば実現してほしいと思う。


「それから、プロデューサー。次のお休みはいつになりますの?」

「いつでも予定は空けられますけど……?」

「ということは、明日もここに来る気ですわね? それなら明日はわたくしに付き合ってくださいまし?」

「いいですけど……どこか行くんですか?」

「こちらの紅茶が美味しいお店を教えてもらいましたの。そこに行きましょう?」

 藤井さんからもプロデューサーを適度に休ませるようにと言われている。
 プロデュースが仕事に加わった後も以前の仕事もしているらしい。
 将来的にプロデュースで忙しくなるから、暇になっても今からそれ以外は減らしておこうということらしい。

 ――もっとも、これが息抜きになるかはわかりませんけど。

 それでも、これくらいしかできることはない。
 どうせ言っても聞かないだろうから。
 仕事はそれなりにできるのに、それ以外ではどこかほっとけない。
 子供にこんなことを思われてしまうのもどうかと思うが、一方的な関係よりはよっぽど心地よい。

「わかりました。どんなところかはわかります?」

「検索すれば出てくるはずですわ。確か――」

 プロデューサーとならいい時間を過ごせそうだ。
 それと、少しくらい我が儘を言ってもいいだろう。


……………
………


 十一月も半ばになると風も幾分冷たくなってくる。
 街路樹は紅葉に染まり、短いながらもここに来てから時間が過ぎたことを実感する。
 学校もアイドルのレッスンも、今のところは順調だ。
 最初は戸惑いのあったこの学校からの帰り道も、今ではそれなりに通い慣れたと言えるくらいになった。

 ――あら……?

 公園でスーツを着た若い男性が金髪の少女と話しているのが見えた。
 穏やかな雰囲気ではあるが、周囲の注目を集めている。
 どちらも、わたくしには見覚えがあった。

 ――まったく、なにをしていますの……

 このままではお互いにとってよくないだろう。
 溜め息をついたあと、二人の下へ歩き出した。


「ごきげんよう、プロデューサー」

「桃華さん!?」

 呆れてしまうほどに動揺している。
 やましいことはなにもないだろうに。
 ……望月さんがわたくしの後ろに隠れるようにしているのを見ると、そうともいえないかもしれないが。

「望月さん、お久しぶりですわね。ひとまず危険はありませんから、安心してくださいまし」

「うん……ありがとう……」

 望月さんがほっとしたような表情をした。

「それで……だいたい予想はつきますけど、なにをしていましたの?」

「望月さんの勧誘です……」

 やっぱり。
 ということは、望月さんがもう一人であり、これが三度目の勧誘なのだろう。
 確かに、望月さんには綺麗という言葉がぴったりだ。

「その様子だと、断られたようですわね」

「ええ、どうやら駄目みたいです」

「気持はわかりますけど、しっかりしてくださいまし。わたくしが居るでしょう?」

 目を見つめながらそう言うと、プロデューサーが苦笑した。

「……そうですね。望月さん、何度も失礼しました」

「これからはもう勧誘はありませんわ。一緒にアイドルができないのは残念ですけど――」

「……待って…!」

 望月さんの声に遮られた。
 短い付き合いだが、聞いたことがないほど強い口調だ。


 望月さんがわたくしの前に出た。

「アイドルになったら…歌、歌えますか?」

「望月さんには基本的に歌一本で勝負してもらうつもりです」

 プロデューサーが間髪入れずに答える。

「私が……私の好きな歌を…歌えますか?」

「好きじゃなかったら魅力なんてありませんよ。好きか嫌いか、遠慮なく意見を言ってください」

 これにも即答する。

「じゃあ……」

 望月さんは一度言葉を切って、わたくしの方をちらりと見た。

「櫻井さんと……歌えますか……?」

「……」

 プロデューサーはすぐには答えず、望月さんからわたくしに視線を移した。
 自分でも口角が上がるのがはっきりとわかる。
 プロデューサーと目を合わせて、頷いた。

「初めからそのつもりです。桃華さんとはユニットを組んでもらいます」

「……わかりました」

 ここからは表情は見えないが、聖さんの声は穏やかだ。

「アイドル……やります…!」


「本当にいいんですね?」

「はい……。ここなら…自由に歌えるから……」

 どうやら決まりのようだ。
 ただし、ここから加入までにやることも多い。

「お話も纏まったようですし、事務所まで移動しませんこと? 資料もなにも持っていませんでしょう?」

「そうしましょうか。詳しくは会社のほうで話しましょう。望月さん、ついてきてくれませんか?」

「わかりました……」


……………
………


 事務所までの電車の中で込み入った話をすることはできない。
 その間は聖さんとの出会いを二人でプロデューサーに話していた。

「まさか同じ時期にバラバラに聖さんに会っていたなんて思いませんでしたよ」

「わたくしの台詞ですわ。諦めが悪いとは思っていましたけど、聖さんなら納得ですわね」

「プロデューサーさん…優しかったですよ…?」

「当然ですわ。レディーに無礼な振る舞いをしたらわたくしが黙っていませんもの」

「いつも鍛えられてるから大丈夫ですよ……」

 エレベーターを出て、事務所の廊下を少し歩く。
 見慣れた、わたくし達の部屋の前に到着した。

「ただいま帰りました」

 プロデューサーがドアを開けて中に入る。
 その後にわたくしと聖さんも続いた。

「あ、お帰りなさー……」

 顔を上げて出迎えてくれた藤井さんが固まる。
 視線はそのままに素早く電話のボタンを三回押し、受話器を上げ――

「今回ばかりは洒落になりませんからね!?」

 ――たところで、駆け寄ったプロデューサーが通話を切った。
 あれでは発信もされていないだろう。

「いやー、洒落にならないってこっちの台詞なんですけどねー」

 藤井さんがにやにやしながらプロデューサーを眺めている。
 プロデューサーはその視線に耐えられなくなったように顔を背けた。


「こうも続くと疑いますってー。『そういうの』に『ピンとくる』んですねーって」

「断じて違います……先に進まないので真面目に行きませんか?」

「はーい、りょーかい」

 藤井さんが笑いを引っ込めて、真面目な表情になった。

「初めまして。ここで事務員をやってる藤井です。よろしくね」

「……望月聖です……。よろしく…お願いします……」

 聖さんは少しの間唖然としていたようだ。
 慣れないと戸惑う気持はよくわかる。

「また凄い子を捕まえてきましたねー。綺麗でかわいいって本当に……」

「そんなこと……ないです……」

 容姿をストレートに褒められるのには弱いらしい。
 かわいそうになるくらいあたふたしている。

「聖さんが困ってますからその辺にしておいてください。応接スペース借りますよ?」

「じゃあ後でお茶持って行きますねー……全員紅茶でいいですか?」

 その言葉に、全員が頷いた。

「桃華さん、聖さんの案内をお願いします。資料取ってきますから」

「任せてくださいまし。さあ聖さん、こちらへ――」


 応接スペースに移動し、わたくしも同席して聖さんにアイドルについての説明をした。
 通常の説明に加えて、歌を中心に活動する際のイベントや番組についても話している。
 これはユニットを組むならわたくしにも関係があるだろう。

「――以上です。なにか質問はありますか?」

 プロデューサーの話が終わった。
 資料から顔を上げる。

「……ありません」

 少し考えた後、首を横に振った。

「それでは……アイドルは、やりたいですか?」

「はい……。ここで…やりたいです」

 プロデューサーを真っ直ぐに見つめて、静かに言い切った。

「わかりました。これからよろしくお願いします」

「聖さんと一緒にアイドルができて嬉しいですわ。よろしくお願いします」

 聖さんは緊張を解すように息を吐くと、柔らかく微笑んだ。


「あとは、なるべく早く保護者の方に説明をしないと……」

「許可は…大丈夫です。私がしたければ…していいって……言われてます……」

 聖さんがアイドルになるという話をお家でしているようには見えない。
 となると……

「他にも色々と勧誘されていましたの?」

「……はい。でも…歌以外もいろいろするって…言われたから……。全部…断りました……」

 聖さんのような人が誘われないわけがない。
 ただ、今までの勧誘は外れだったようだ。
 聖さんはスタイルがいいから歌以外でも売り出したいという気持はわかるが。

「プロデューサーさんは…アイドルの話…しませんでしたから……。それに…桃華さんと…一緒だから……」

 どうやら聖さんのスカウトは相当倍率が高かったらしい。
 運がよかったとしか言いようがないが……禄に勧誘もしないでプロデューサーはなにをしていたのやら。

「……無理強いは駄目でしょう?」

 プロデューサーに目を向けると、開き直ったように言ってきた。
 わたくしの視線には呆れが混じっていたかもしれない。


「あの…たぶん…今から来てもらえたら…パパもママも…いると思います……」

 聖さんが遠慮がちに切り出した。

「連絡とってみないと…わかりませんけど……」

「お願いできますか? 今日が駄目でも都合のいい日を訊きたいですし」

「それじゃあ…電話…かけてみます……」

 聖さんが携帯を取り出した。 
 ここから先はわたくしは居ない方がいいだろう。
 でも、その前に――

「聖さんの様子ですと大丈夫そうですけど、難しいようでしたらわたくしの名前を出してかまいませんわ」

「それは……」

「ここにいるのはただの櫻井桃華ですわ。それでも、信用の上積みにはなりましてよ?」

 アイドルになるのを反対する理由は仕事自体についてが大半だろう。
 それでも、もしもプロダクションが信用できないとなったときにはそれなりに効果があるだろう。

「使う可能性は低くても、手札は多いほうがいいでしょう?」

「……ありがとうございます」

 プロデューサーが軽く頭を下げた。

「頑張ってくださいまし。よい結果を期待して待っていますわ」


……………
………



 聖さんが合流してから最初のレッスン。
 まずは聖さんの能力の把握からということで、一曲歌ってもらっている。
 今日は青木慶さんとプロデューサーも一緒だ。
 
「Watch me from the sky till the thaw――」

 やっぱり聖さんの歌は綺麗だ。
 慶さんはもちろん、何度も聴いているわたくしとプロデューサーも聴き入っている。
 これで特別な練習はなにもしていないというのだから羨ましい。

「long for...」

 これで終わりだ。
 自然に拍手が起こる。
 大きく深呼吸をして、聖さんがゆっくりと目を開けた。

「素晴らしかったです。軽く中級くらいの実力はありますよ」

「ありがとうございます…」

 聖さんは照れた様子もなく対応している。
 どうやら技術的なことに関しては別らしい。

「あとはダンスですけど……」

「……運動は……あまり得意じゃ…ないです……」

「ああ、気にしないでください。プロデューサーさんの方針だと、ダンスはほとんどありませんから」

 落ち込んだ様子を見せる聖さんに、慶さんが慌ててフォローを入れた。


「こうなると、桃華ちゃんはちょっとレッスンがきつくなりますけど……」

「あら、その方が楽しいのではなくって?」

「まあ心配はいりませんよね」

 慶さんが苦笑する。
 初めからそのくらいの覚悟はしている。
 ともかく、デビューまでに聖さんの足を引っ張らないように上手くなればいいのだから。

「それじゃあ、いつものレッスンに入りましょう。思ったよりも時間はなさそうですね……聖ちゃんは初めてですけど、ボーカルレッスンを飛ばして『お願い!シンデレラ』にしましょう

か。桃華ちゃんは復習ということで」

「わかりましたわ」

 合同イベントでは必ずと言っていいほどセットリストに入ってくるし、単独でもよく歌われる。
 必ず覚えておかなければならない曲だ。

「まずは桃華ちゃんにお手本を見せてもらいましょうか。準備ができたら言ってくださいね」

「いつでもいいですわよ?」

 少し距離を取って、慶さんの方を向く。
 ひとつ頷くと、音楽がかかった。

 ――さて、聖さんにみっともない姿は見せられませんわね。

 少しだがアイドルでは先輩で、『お願い!シンデレラ』はそれなりに練習してきた。
 自信を持って、いつも通りに歌って踊ろう。


 音楽が止まって、ポーズを解く。
 慶さんの表情を見るに、合格のようだ。
 聖さんは……

「…………」

 じっとわたくしを見つめていた。

「聖さん? どうかしましたの?」

「…あ、ごめんなさい……。あまり…聴かないような…歌でしたから……」

 ぼーっとしていたところを見られて恥ずかしかったのか、小さく頭を振ってから答える。

「でも…いい歌でした」

 聖さんが楽しそうに笑う。
 そのまま、視線を横にずらした。

「なにかありまして?」

「その……」

 少しの間、視線が彷徨う。

「……桃華さんは…少し…力をいれすぎかな…?」

 ただのアドバイスだった。
 そういうことなら、いくらでも言ってくれていいのに。

「力を入れすぎ……お願いシンデレラ 夢は夢で終われない――こんな感じでしょうか?」

 具体的にどこにとはわからないが、意識して歌ってみる。


「うーん……」

 聖さんは首を傾げて考え込んだ後、立ち上がってわたくしの後ろに移動した。

「動かないで…」

 振り返ろうとした瞬間、後ろから聞こえた声に動きを止める。

「そんなところに立って、なにをしま――ひゃっ!?」

 いきなり背筋を指でなぞられて、言葉が遮られた。

「ひ、聖さん! いきなり――ひぅっ!」

 動こうとしたところで、再び指が動く。

「大丈夫…もうしないから……」

 そう言いながらも、背中に指が突きつけられているのを感じる。
 どうしてこんなことをしたのかはわからないが、聖さんを信じるしかないだろう。
 なんだか気が抜けてしまった。

「まったくもう、どうしてこんなことを……」

「……うん。そのまま…力を抜いて…姿勢を戻して」

 大人しく聖さんの言葉に従うことにした。
 だが、まだ指は離されていない。

「……このまま…歌って……」

「……わかりましたわ」

 これでどう変わるのかはわからないが、いつもと違う感じはする。


「お願いシンデレラ 夢は夢で終われない――あら?」

 どこが、と言うのも難しいが、確かに変わった。
 強いて言うなら、柔らかくなったような。

「…うん。その感覚…覚えておいて」

 満足そうな声で言って、指が離れる。

「聖さん、ありがとうございました」

「どういたしまして…」

 身につけるのは大変そうだけど。

「実際ちょっとだけど良くなってますね。聖ちゃんの歌は超感覚指導でいいみたいです……」

 慶さんのお墨付きだ。
 少し遠い目をしているのが気になるところだ。

「なにかありまして?」

「いえ、個性的な子に合わせたレッスンには慣れてますから大丈夫ですよ。いつもサボろうとする子や最初からステージ経験三桁の新人アイドルに比べたら……桃華ちゃんと聖ちゃんは普

通のとってもいい子ですし」

「は、はぁ……」

 慶さんも苦労しているのだろう。
 なにもかける言葉が見つからない。

「……というわけで、続きをしましょう。区切りながら通して歌って踊れるようにするのが目標です。聖ちゃんはひとつずつ覚えていきましょう。桃華ちゃんは二人で踊るのは一人のとき

とは違いますから、そこに注意してください」

 わたくし達が頷くのを見て、慶さんが続ける。

「それじゃあまず――」


「輝く日のために――」

 右手を頭の横で回し、伸ばした後で肘を曲げて人差し指をこめかみにつける。
 今回はここで終わりだ。
 この姿勢を三秒キープする。

「うん、ここまでちゃんとできましたね」

 慶さんの言葉でポーズを解く。
 まずは一番まで続けてできるようになった。

「聖さんとの位置関係を意識するのは慣れないと大変ですわね」

「そうですよね。でも、これからは必要になりますから練習しましょう。聖ちゃんは大丈夫ですか?」

「はい……」

 体力がないと言ってはいたが、特に疲れた様子はない。

「続き…しませんか…? この歌…とても楽しいです」

 表情以上に、輝いている目から本当に楽しんでいるということがわかる。

「こういうのも、いいものでしょう?」

「うん…! それに…桃華さんと一緒だから……」

「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいですわ」

 わたくしも、聖さんと歌うのは一人のときよりも楽しく感じる。
 今から、ユニット曲がどんなものになるか楽しみだ。

「さて、聖ちゃんもやる気十分のようですし、次に行きましょうか。一番の終わりからすぐに動き出しだしますから――」


……………
………


「プロデューサー」

「…………」

 声をかけたが、手元を見ていて反応がない。

「プロデューサー、レッスン終わりましたわよ!」

「え……? ああ、すみません」

 少し声を大きくしたらようやく気づいた。
 資料の整理とPCの操作をした後、こちらを向く。

「今日のレッスンも予定通りですわ。それで、どうしてぼんやりしていらしたの?」

「なんでもありませんよ……」

 それでなんでもないわけがないはずなのに。
 こうなったら口を割らせるのは難しい。

「桃華さん……」

 聖さんが袖を小さく引きながら小声で話しかけてきた。

「どうかしまして?」

 こちらも自然と声が小さくなる。
 ここでのやりとりはプロデューサーには気づかれていないようだ。

「プロデューサーさんの机…左の方……」

 聖さんの視線の先を見ると、書類の山が少し崩れていた。
 あのあたりはわたくし達と話す前に片付けていたところだ。
 大半が隠れているが、クリスマスコンサートというタイトルだけは読み取れた。


「そういうことですの? 聖さん」

「うん…お願いね…?」

 これは問い詰めるしかないだろう。

「どうかしましたか?」

「いいえ、なんでもありませんわ。ところで、そろそろわたくし達のデビューは決まりませんの?」

「まだ詳しいことまでは……年が明けてからになるとは思いますけど……」

 プロデューサーに動揺はない。

「そうでしたの。それでは、そのクリスマスライブは無関係ということですわね?」

「それは……!」

 書類を指差しながら言うと、はっきりと慌てた。
 これは確実に関係があるだろう。

「クリスマスにデビューする計画もあるのではなくって? わたくしはともかく、聖さんを活かすならお正月を過ぎてからというのは遅い気がするのですけど?」

 たとえ本格的に活動するのが年明けからだとしても、この機会を逃すのはもったいない。


「その通りです……」

「では、問題はないのではなくって? ……いえ、ひとつだけありましたわね」

 ああ、そうか。
 日程によっては問題はある。

「わたくしの予定、でしょう?」

 プロデューサーはそこに気を使ったのだろう。

「そうです。これは週末のイベントなんですよ。パーティーでもあるんじゃないですか?」

「まだ確定ではありませんが、おそらくありますわね」

 毎年、この時期はなにかしらのイベントはあるものだ。

「だから──」

「だからといって、無理と決まったわけではありませんわ」

「はい?」

 気の抜けたような返事がおかしくて、クスッと笑ってしまった。

「このプランが最良ということでよろしくって?」

「……そうです」

「それでは、ここからはわたくしの役目ですわ」

 プロデューサーにはどうしようもないことかもしれないけど。

「小学生の出欠程度、気にすることでもありませんもの。アイドルをするなら、互いに助け合わないとうまくいかないものでしょう?」

 わたくしにだって、力になれることはちゃんとある。
 携帯を取り出して、電話をかけた。


 数回のコールで、相手が出た。

「ごきげんよう、お母様。今お時間はありまして?」

『ええ、大丈夫ですよ。久しぶりですね、桃華さん』

 よかった、今は忙しい時期のはずだったから。

「一週間ほどしか経っていませんわよ。確かに色々ありましたけど」

『少しでもお話したいと思うのが親というとのですよ。聖さんとは仲良くしていますか?』

 それは前回もお話したと思うのだけど。

「当然ですわ。最高のパートナーですもの」

『ウフフ、よかったですね。それじゃあ、プロデューサーさんとはどうですか? なにか進展はありましたか?』

「お母ちゃ──お母様!?」

 突然のことに口調が乱れてしまった。

『ごめんなさいね、反応が面白くって』

「悪趣味でしてよ?」

 このネタがお気に入りのようだ。
 娘をこんなことでからかって遊ぶなんて……

『それはそれとして、なにかあったのだはありませんか?』

 あっさり引くから追求もしにくい。
 それはそれとして。
 ともかく、ここからが本番だ。


「わたくしのクリスマスの予定ですけど、すべてキャンセルしますわ」

『予定があるのですか?』

 お母様の声はいつも通りだ。

「ええ……大切な仲間との、大切なお仕事ですわ」

『…………そう。わかりました、桃華さんの予定は空けておきます』

「ありがとうございます」

 一気に力が抜ける。
 大丈夫だとは思っていたが、それなりに緊張していたようだ。

『ただし、お仕事の様子は撮影しておくこと。いいですね?』

「そのくらいならできると思いますわ」

『期待していますよ。頑張ってくださいね』

「ありがとうございます。それでは」

 通話を切って、携帯をしまう。


「聞いていましたわね? これで問題はないはずでしてよ?」

「桃華さん……ありがとうございます」

 まだスタートに立っただけ。
 お話はこれからだ。

「さあ、その企画を見せてもらいますわよ。ね? 聖さん?」

「うん……」

 聖さんと拳をコツンとぶつける。

「小さいクリスマスコンサートです。屋外広場で、地区の楽団や部活が出演するような」

 プロデューサーがイベントの説明を始めた。

「これに出るなら、枠は三曲分です。直前の出番の弦楽団が二曲分かつ定番のクリスマスキャロルなら伴奏をしてくれるとのことです」

「ずいぶん具体的ですのね……プロデューサー、どこまで企画を進めたときにわたくしの予定のことに気づきましたの?」

「ここまで打ち合わせをしたときですよ……」

 それはかなり進めてからと言うのでは……

「あちらへのお返事は早くしないといけないのではなくって?」

「それなら、まだ多少猶予はありましたよ」

「出演するからいいものを……あまり危ないことはしないでくださいまし」

「今後は気を付けます……」

 本当に、そうしてもらいたいものだ。


「これ…クリスマスキャロル…二曲歌うんですか…?」

「はい。聖さんの『a chant』はともかく、桃華さんの『ラヴィアンローズ』はまだステージで披露するには足りないですよね?」

「ええ。曲をもらったばかりですし、完成は年明けになりますわね」

 こればかりはどうしようもない。
 単純に時間が足りないのだから。

「その点クリスマスキャロルならダンスはありません。一ヶ月あれば十分間に合います」

 歌だけを二曲、ダンスまでするのがユニットで一曲ならむしろ余裕ができる。

「デビューの三曲は二人で歌ってほしいですから。オリジナルはユニットの一曲だけにします」

 そこで、一旦言葉を切って、わたくし達と目を合わせる。

「この二人なら、カバーかオリジナルかなんて関係ないですよね?」

「当然ですわ」

「…歌えるなら」


「そうと決まれば、曲を選ばないといけないですね」

「一曲目は『Silent Night』にしましょう」

 わたくしがすぐに答える。
 当然、理由はある。

「聖さんの声に一番合っているクリスマスキャロルはこれでしょう? みなさんに聖さんの歌声を聴いてもらうならこれ以上はないと思いますわ」

「でも…歌うのは桃華さんと…だからね?」

 聖さんも異論はないらしい。
 今ならわたくしも一緒に歌えると思ったから、この曲を選んだのだから。

「一曲目は決定ですね。二曲目は……」

「『Joy to the World』…テンポを早くしてもらって…」

 今度は聖さんが曲を挙げた。

「二人で歌っても…大丈夫な歌だから……。楽しい雰囲気に…できる歌です」

 明るいクリスマスキャロルはあっても、二人で歌っても寂しくないものとなると少ない。
 この曲なら、二人でも十分だ。

「桃華さん…知ってる?」

「ええ、これなら歌えますわ」

「よかった……」

 聖さんが嬉しそうに微笑んだ。


「聖さんがいつも歌っているのとはちょっと違いますけど……」

「これがいいんです……。クリスマスは…楽しいもの…ですから」

「わかりました」

 これで二曲目も決まりだ。

「あとは、ユニット曲ですね」

 これももう決まったようなものだろう。
 聖さんと視線を合わせて、互いに頷く。

「「『星振る夜に』」」

「そっちでいいんですか?」

「三曲通して聴くなら…これがいいです」

 オリジナルのユニット曲は二曲。
 もう一曲は『Silent Night』寄りだから、こっちの方が明るい曲調だ。
 これならきっと楽しいクリスマスコンサートにできる。

「それじゃあ、これで全部決定ですね」

 プロデューサーに承認ももらった。
 あとは、一ヶ月後に向けてレッスンあるのみだ。

「予定を組みなおしておきますから、今日のところは桃華さんも聖さんも帰ってもいいですよ。今後はかなり忙しくなると思いますけど……」

「遠慮しなくていいですわよ。必要なことなら、いくらでも」

「大丈夫…ちゃんとできますから…」

「頼りにしてます。お願いしますね」


……………
………

今回はここまでです。

聖、誕生日おめでとう。

完成しなかったけど、25日中に始めたかった。
土日中には完成させます。


「プロデューサー、しっかりしてくださいまし! そんなことでわたくし達のエスコートができますの?」

「いや、こう疲れるとは思ってませんでしたからね……」

 プロデューサーは煤けた様子でわたくしと聖さんの後ろを歩いている。
 まったく、たった二時間ショッピングに付き合っただけで情けない。

「映画…あと少しですから……」

 クリスマスの一週間前。
 当日がお仕事ということで、代わりに今日遊ぶことにした。
 内容はプロデューサーに任せたが、街を歩いて映画に食事と至って普通だった。

「あと一時間くらいですよね。そのくらいなら大丈夫だけど、座ってゆっくり休みたいですよ」

 映画も事務所で聖さんとパンフレットを眺めていたから組み込んだらしい。
 今日の様子を見ると、プロデューサーにも休憩になってよかったかもしれない。

「まだ時間がありますわね。もうひとつ上のフロアを見てから、映画館に向かいましょう?」

「了解です。また似合うのを探しましょうかね」

 プロデューサーもわたくし達が服を見ているときは楽しそうにしていた。
 実際、アドバイスはかなり参考になった。
 さすがにアイドルを魅力的に魅せる仕事をしているだけはある。
 ただ、カップルと女性の多いところに長時間いたことによる気疲れはあるのだろう。


「これは期待できそうですわね」

 エスカレーターを降りると、ワンフロア全てがアクセサリーのコーナーになっていた。

「綺麗……」

 聖さんは近くのガラスケースの中に飾られた指輪に張り付いている。
 シンプルなものや、綺麗なものが好みらしい。

「そこのやつはさすがに買えませんよ……」

 プロデューサーがボソッと呟く。
 付いている値札は贈り物にしても桁がひとつ大きい。

「見て楽しむだけならいいものですわよ」

「桃華さんはいいものを持ってると思いましたけど」

「それはそうですけど……大切なのは値段ではなくて似合うかどうかですわ」

 付き合いもあるからそれなりにいいものを使ってはいるが、高価であればいいというものではない。
 似合わないものをいくら選んだところで悪趣味にしかならない。
 綺麗だと思っても、それが欲しいかは別の問題だ。

「確かに、桃華さんはセンスがいいですから」

「ウフフ、そこは自信がありますのよ♪」


「桃華さん…これ……どうかな?」

 聖さんがネックレスを手にわたくしを呼ぶ。

「今行きますわ」

 見ていたのは雪の結晶がモチーフのコーナーのようだ。
 それぞれ形の違うアクセサリが棚一面に置かれている。

「細かい装飾で綺麗ですわね」

 聖さんが持っていたのは、六本の枝が広がっているものだった。
 雪の結晶と言ってすぐに思いつくような形だ。
 枝の一本一本が細かくつくられていて、とても綺麗だ。
 その分、少しサイズが大きくなっている。

「これだと…樹枝六花かな…?」

「あら、名前がありますの?」

 いろいろな形があることは知っていたが、ひとつひとつに名前が付いていることは知らなかった。
 聖さんはこういうものが好きなのだろう。

「図鑑…持ってるの。綺麗だよ…?」

「それは一度読んでみたいですわね」

「…重いけど…頑張るね…」

 ぎゅっと拳を握って宣言された。
 図鑑となると確かに嵩張るしそれなりに重いだろう。
 とはいえ、聖さんは持ってくる気のようだし。

「ええ、お願いしますわね」

「うん…」

 素直に、その言葉に甘えておこう。


「わたくしは……これなんてよさそうですわね」

 棚をざっと見て、ひとつのネックレスを手に取った。
 六枚の板でできている結晶だ。
 広がる枝が花びらの形をしていて、雪の花のようだ。

「扇六花…だね」

「これにも名前がありますのね。本物を見てみたいですわ」

「長野なら…よく降るよ」

「来年行けたらいいのですけど。冬の間にスキーにでも行きましょうか?」

 一月や二月ならまだ余裕はあるはずだ。
 プロデューサーと藤井さんも誘ってしまおうか。

「お祖父ちゃんのお家…泊まれると思う」

「また近くなったら予定を立てましょう」

 このメンバーだと聖さんだけはウィンタースポーツは得意だと思う。
 わたくしも転ばずに滑るくらいはできるけど、いい機会だから教えてもらおうか。


 聖さんとお話しながら選んでいくのは楽しかった。
 このフロアはほぼ回ったはずだ。

「そろそろ移動したほうがよさそうですわね」

 上映時間まであと二十分ほどだ。

「そうしますか。ここは楽しかったですか?」

「はい…綺麗なもの…たくさん見れました」

 わたくしも聖さんも、十分に満足できた。
 プロデューサーもたまに似合いそうなものを勧めてくれた。
 ここでもいくつかは気に入ったものが見つかったことだし。

「それはよかった」

 その中で、一番気に入っていて似合いそうなものをひとつずつプロデューサーが持っていることも気づいている。
 クリスマスプレゼントにするつもりなのだろう。

「最後に、これだけ買って行きますわ」

 銀の箱に緑のラインが入っているキーホルダーを手に持つ。
 このデザインはプレゼントの包装のようだ。

「構いませんけど……」

「これ…プロデューサーさんの…クリスマスプレゼントです」

「え?」

 素で驚いているようだ。
 自分にというのは考えてもいなかったらしい。


「高価なものでもありませんし、小学生のお小遣いでも買えますわ。プロデューサーには緑が似合いそうですし、これくらいの大きさなら付けていても邪魔にはならないでしょう?」

 それに、季節も選ばない。
 せっかく選んだのだから、反論はさせない。

「ですから……わたくし達の気持ち、受け取ってくださいまし」

「……わかりました。じゃあついでにこれも買っておきます」

 プロデューサーが同じデザインの色違いを手に取る。
 赤と青と黄のラインが入ったものだ。

「それは受け取りますけど、桃華さんと聖さんにこれも贈ります」

「ウフフ、お揃いですわね。ありがとうございます」

「ありがとうございます……。どこにつけようかな……」

 お揃いの物を持っているというのもいいものだ。
 わたくしはどこにつけようか……

「黄色は…藤井さんですか…?」

「そうですよ。自分だけないってわかったら超拗ねそうですからね、あの人」

 その光景が簡単に想像できてしまう。
 プロデューサーと聖さんも同じだったようだ。
 三人で苦笑する。

「また別のものをと思っていましたけど……そちらの方がよさそうですわね。藤井さんの分はわたくしも出します」

「お願いしますね。レジに行きますか」

「そうですわね……最後に数分見ておきたいところがありますの。わたくし達はそちらに行ってもよろしくて?」

「ええ、大丈夫ですよ。ただ、あまり時間もありませんから呼びに行きますけど」

「そう時間はかかりませんわ。それでは、また後程」

 こっそりプレゼントを買う時間をつくるのも嗜みというものだろうから。


……………
………


 クリスマスコンサートの会場は屋外だが、控え室は屋内にあった。
 とはいえ、大部屋を開放しただけだから出演者は全員同じところに居る。
 もう日が暮れているし、今日は雪がちらついているから本当に助かった。

「それでは、この後はよろしくお願いします」

「よろしくお願いしますわ」

「よろしくお願いします…!」

「こちらこそ。楽しませてもらうよ」

 弦楽団の団長さんと握手をする。
 一回だが本番前の週に一緒に練習をしているし、関係はいい方だ。
 練習がなんの問題もなく終わったこともあるが、一番の理由はわたくし達の歌が気に入ったことらしい。
 全員でファン第一号を名乗られてかなり困った。

「はぁ……」

 レッスンも順調に終わったし、調子もいい。
 聖さんは言わずもがな。
 二人とも、本番に問題はない。

「今ここだから、次の曲が弦楽団が出て……その後にウチが……」

 やたらと見落としがないか確認しているプロデューサーを除いて。
 藤井さんから本番に弱いとは聞いていたけど、こういうことだったようだ。 
 わたくしのお家でも堂々としていたが、あれは準備の方に含まれるらしい。

「もう、そんなに確認しても今更どうしようもありませんわよ」

 数分間ずっと確認しているから、我慢ができなくなった。

「どうにも不安になってしかたないんですよ……始まってしまえば楽になるんですけど……」

 普段は一部例外はあるとはいえ、頼りになるのに。
 それに、この状況はわたくし達まで信じていないようで面白くない。


「なにがあろうと、わたくし達がなんとかしますわ」

「そこはわかってはいるんですよ。あとは私の方でミスがないか……」

 ああ、そうか。
 わたくしと聖さんをプロデュースする殿方への過小評価もイライラする原因か。
 こんなことなら、文句を言ってもいいだろう。

「まったくもう……わたくしがいたからアナタがいるのではなくて、アナタがいたからこそ今のわたくしがいるのですわ」

 能力だって人柄だって、これ以上はないと言っていい。

「ですから……プロデューサーちゃま、自信を持ちなさい!」

 ――小さな女の子にここまで言われて、黙っている方ではないでしょう?

「情けないところもありますけど、そういうところも含めてアナタには好意を持っていますわ。足りないなら補い合えばよいのですから。それができるでしょう?」

「そう、ですね……」

 一度、プロデューサーちゃまが自分の頬を叩く。

「ステージでは、桃華さんと聖さんを信じて任せます」

「それでいいですわ」

 やっと、いつもの調子に戻った。


 そうこうしているうちに、スタンバイの時間が来た。
 衣装もマイクも準備はできている。

「プロデューサーちゃまのお仕事はステージのサポートですわ。ですから、わたくし達のことをちゃんと見守っていてくださいまし」

「桃華さんも、いつも通りお願いしますね」

「任せてくださいまし」

 プロデューサーのアドバイスもいつも通り。

「プロデューサーさん…素敵なプレゼント…ありがとうございます……。このステージで歌えるの…嬉しいです」

 今日は聖さんの誕生日でもある。
 このコンサートもプレゼントのひとつと言っていいだろう。
 この後事務所に戻ってサプライズパーティーがあるのだが……どんな反応をするだろうか。
 今頃、藤井さんが準備をしていることだろう。

「私から…今日はこのステージが…プレゼントです」

「しっかり見ています。楽しんできてくださいね」

 お互い、言いたいことは言った。
 あとは歌うだけだ。

「それでは、行ってまいります」

「行ってきます…!」

 聖さんと拳を合わせ、上手と下手に別れた。


「Silent night, holy night...」

 聖さんが下手から、歌いながら歩いて出てくる。

「All is calm, all is bright」

 せっかくの歌声を活かさないのはもったいない。

「Round yon Virgin, Mother and Child」

 最初は聖さんのソロで、一気に引き込む。

「Holy infant so tender and mild」

 客席は静まり返っている。

「Sleep in heavenly peace――」

 これは最高のスタートを切れたと言っていいだろう。

「Sleep in heavenly peace...」

 ――さて、ここからはわたくしの番ですわね。


「Silent night, holy night!」

 今度は、わたくしが上手から歩く。

「Shepherds quake at the sight」

 ここからは、わたくしのソロだ。

「Glories stream from heaven afar」

 聖さんの後に歌うが、不安はない。

「Heavenly hosts sing Alleluia」

 歌は上手であるに越したことはないが、人を惹きつけるのはそれが全てではないから。

「Christ the Savior is born!」

 わたくしらしい歌を歌えばいいということは、プロデューサーちゃまも言っていた。

「Christ the Savior is born...」

 わたくしの魅せ方をわたくし以上に知っている人の言うことだ。
 ほら。みなさん、変わらずに聴き入ってくれている。


 ステージ中央で聖さんと並んで前を向く。

「「Silent night, holy night」」

 微かに、客席がざわめいた。

「「Son of God love's pure light」」

 聖さんと一緒に歌うと、一人で歌うよりも格段に魅力的になる。

「「Radiant beams from Thy holy face」」

 単純に足しただけではユニットを組む意味はないだろう。

「「With dawn of redeeming grace」」

 だからこそ、聖さんはかけがえのないパートナーだ。

「「Jesus Lord, at Thy birth――Jesus Lord, at Thy birth...」」

 十分、会場をわたくし達の虜にすることができたようだ。
 さぁ、最後にもう一度。

「「Silent night, holy night――」」


 歌い終わって、聖さんと客席に向かって一礼する。
 静かな拍手が、ちらつく雪に溶けるように消えていった。

 ――準備はよろしくて?

 確認するように聖さんを見ると、小さく頷いた。
 聖さんが息を吸う。

「Joy to the world――」

「Joy to the world――」

「「Joy to the world, the Lord is come!」」

 ここからは全て聖さんと一緒に歌う。

「「Let earth receive her King!」」

 一気に曲調が明るくなり、客席からは手拍子が聞こえてきた。


 曲が終わって、また聖さんと一礼。
 今度は、大きな拍手の音が鳴り響いていた。

「『Silent Night』と『Joy to the World』…二曲続けてお聴きいただきました」

「伴奏は先程のステージに引き続き、弦楽団のみなさんにしていただきましたわ。ありがとうございました」

 また大きな拍手が贈られる。
 伴奏をお願いしたのはここまでだ。
 撤収が完了するまでの少しの間、MCの時間になっている。

「わたくし達は『franole』ですわ。今日デビューのアイドルですの。わたくしが櫻井桃華で……」

「私が…望月聖です…」

「今日ここで歌えることをとても嬉しく思っていますわ」

「楽しめるように…頑張ります…!」

 そろそろ楽器の搬出も終わりそうだ。

「そろそろ、次の曲に行きましょう。ここまで二曲有名なクリスマスチャントを聴いていただきましたが、最後はわたくし達のオリジナルの曲ですわ」

「でも……この歌も…クリスマスにぴったりだと思います……」

 隣に立つ聖さんと手の甲を軽く合わせる。

「それでは、歌いましょう」

「「『星降る夜に』」」

以上です。お付き合いいただきありがとうございました。
桃華は年少組ですけど、プロデューサーとは対等なパートナーの関係が一番似合いますよね。
聖とだと尊重しつつリードする関係になりそうです。

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