提督のクリスマス (19)

幸いにして、というべきか今年の冬は寒さも厳しくなかった。

この鎮守府でもコートにマフラー程度の装備で冬の空の星を楽しむことができた。

「静かだな。今夜はさすがに深海棲艦の活動もないとみえる」

空を見上げ、提督はひとり呟く。こんなご時世でも世間はクリスマスムードである。街では華やかな彩りが施され、家族や恋人で賑わっている。そうしていられるのも海軍ひいては鎮守府のおかげかな、と提督は少しだけ胸のうちで自賛してみる。

「この聖夜に一人ぼっちなんだ…俺達のおかげでクリスマスを過ごせるんだぜ、と息巻いてもいいよなぁ」

実際、沿岸部への襲撃は未然に防ぎ、住民への被害はほぼない。上陸を許した場合も提督自身が陸上で成敗し、深海棲艦たちに「陸上デノ対人間戦闘アナドルベカラズ」というムードが読み取れるほどだ。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1450901317

「ま、敵さんも今夜ばかりは戦闘のことを忘れて竜宮城へ男でもひっぱりこんでいるのかな?向こうにも深海司令官とか深海男性とかいるのかね?」

沿岸はもちろん、海上も静かな状況をみて、提督はあまり上品ではない考えを浮かべた。

が、すぐに自分の立場を思い出し、そのような考えを忘れることにした。

そう、独り身の提督の立場ではそんなこと考えても虚しいだけだと気付いたのである。

「あーあ…艦娘(あいつら)は今頃お楽しみかねぇ。揃いも揃ってデートだ外泊願だと浮かれやがって…」

現在、この鎮守府には提督一人しかいないのである。軍の組織としてはあるまじき事態だが、どこもこんなものである。バレンタインやクリスマス、それに夏真っ盛りの一時期は深海棲艦も活動を停止することが確認されており、事実上の休養日なのだ。艦娘たちが言うには「向こうも女性だからそんなイベントの日まで戦いとかしたくないのでは?」ということだ。戦いに明け暮れて過ごす等若い女のプライドが許さないのだ云々とかしましく説明された。

「まったく戦いを何だと思ってるんだ!いや決して独り身だからひがんでいるとかじゃなくてだなぁ…あ、でもサンタコスや晴着きたりするしなぁ。一体俺達は何と戦ってるんだよ!?」

誰に説明しているのか、声を荒げる提督。一人穏やかに星を眺めて心を落ち着けようとした当初の目的は失敗に終わりそうだ。ああ、一人淋しく夜空の下で暗い海を眺めて肉まんでも頬張るか、と思った矢先…

「提督じゃない?一人で何してるのよ?」

「飛鷹じゃないか?お前こそどうしたんだ?恋人とデートでもしてきたらどうだ?クリスマスだぞ」

所属艦娘のうち、無邪気な駆逐艦は皆でクリスマスパーティ、年頃の巡洋艦以上は彼氏を作っていざ決戦!と盛り上がっていた。もりあがっていただけで決してサカッていたわけではないということを彼女らの名誉のために付け加えておく。

ともあれ飛鷹も、艦娘になって元豪華客船の記憶に引っ張られたのか、華やかなパーティドレスを着てウキウキしていたものだが…

「私は…そういうのはいいわよ…ほら!深海棲艦が攻めてくるかもしれないでしょ!」

「こういう『特別な日』はお休みじゃなかったのか?」

う、それは…と言葉を濁す飛鷹は、話題を変えようとしたのか、手に持っていた包みを提督に差し出した。

「とにかく私はもうそういう色気づいたことはいいの!あ、そうだそうだ、さっき餡まん買ったの!提督もこんなとこいて寒いでしょ?たべりゅ…食べる?」

途中でかんで、はからずも瑞鳳の真似までしてしまう飛鷹をみて、何かを察した提督は柔らかな微笑みとともに餡まんを受け取った。

「そうか…辛かったな…独りでよく頑張った」

「ちょっと!?何優しい目で見てるのよ!いいから、それ食べたら艦載機の整備でも手伝ってよね」

「そう仕事のことばかり言うなよ。今夜は寒さも和らいでるし、一緒に星でも見ないか?もしかしたらサンタがトナカイにのって走ってくのが見えるかもな」

「ふぇ?」

提督の思わぬ提案に飛鷹は思わず間の抜けた声をあげてしまう。夜間のためはっきりとはわからないだろうがみるみる顔がほてっていくのが飛鷹自信にもよくわかった。

「なんで飛鷹ほどの良い女が独りなのかはわからんが、こんなせっかくの特別な日だ。独りよりは二人でいたいと俺は思うよ」

どうだ?と誘う提督。

「な、なによ。口説いてるつもり?言っておくけど私は元豪華客船な女よ。いくら防御が弱くたってその程度じゃ殺し文句には…な、ならないわよっ」

別に提督はこの一言で口説いたつもりもなかったし、飛鷹をガードが弱いとも思わなかったが、彼女があたふた自爆してその装甲を自分から壊していくのが面白かったのでそのまま見ていた。

「ま、まぁどうしてもっていうなら…」

なんだかんだで提督に歩みよろうとする飛鷹。提督が内心、やれやれ独りクリスマスかと思ったがそんなことなかったぜ、とおもったその時…




「出雲丸!!」



息を切らせた一人の男が走ってやってきて飛鷹に呼びかけた。

「ごめん、出雲丸。俺が、俺が悪かった!」

「あ、貴方…いったい何のつもり」

突然飛び込んできた男は開口一番飛鷹に謝ると深々と頭を下げた。提督は何が何だかわからなかったが、どうやら整備兵のようだ。飛鷹はこの男を知っているようで、提督に向かった足を翻し、男の方に向き合った。

「なによ…今更…」

「本当にゴメン!艦載機の整備に夢中になって…気を悪くさせてしまった。でも、でも俺は出雲丸、君のことが一番…」

「馬鹿…っ、整備兵は私達艦娘の装備を調整するのが仕事でしょ。謝る…ことなんか……私だって私のこと出雲って呼んでくれる貴方のこと…ずっと…」

提督の前で何かを理解し合った二人は泣きそうになりながらも安堵した顔でお互いを見つめ合った。そして飛鷹は、男の手を握ったのち提督の方を見ずにこう言ったのである。

「提督、その餡まん全部あげるわね。私、これから出かけるから…」

そしてそのまま手を繋いだ整備兵と夜の闇の中へ消えていった。

「……」

提督は、星空の下、再び独りとなった。さほど厳しくない寒さではあったが、独りになった途端、その寒さが身に染みるようになってきた。そして手の中に飛鷹がくれた餡まんがあることに気付き、無言のまま頬張った。

甘いはずの餡まんが少ししょっぱく感じたのは気のせいか…

食べ終わると、提督は無表情のまま涙を一筋流し、海のほうへ歩を進めた。







その頃、深海棲艦の棲地では深海棲艦娘たちは深海司令官をはじめとする異性と海の底へ出かけていた。棲地には留守番のイ級ら人型ではない者達がいるのみだった。

そしてイ級は見た。陸地、すなわち人間たちのすみかの方から、人影が現れるのを。その人影に棲地が…破壊され尽くされるのを。


「天に二つのマガツ星。その名も…司令提督剣!暗剣殺ぅ!  斬!!」


返り血でサンタ服のごとく真っ赤に染まった軍服に身を包んだ鎮守府の提督が叫ぶ。

「どうした深海棲艦どもぉ、俺は独りだぞ!部下の艦娘の誰にも相手にされない…独りぼっちの提督だぞぉ!やるなら今がチャンスだぞっ、はっはっはっは…あーはっはっはっ!」

この日、12月24日から25日にかけて、手薄だったとはいえ深海棲艦の棲地ひとつが、艦娘ではなくたった一人の提督によって潰滅した。

これにより次の年からクリスマスでも浮かれる艦娘や深海棲艦は激減することとなる。




よいクリスマスを…

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom