四条貴音「おのまとぺをご一緒に」 (12)


アイドルマスター地の分、短いです。

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01.


霧雨が好きでした。

あいどるの仕事を終え、てれび局の前での雨宿りの夜のことです。
『がやがや』と騒がしい喧騒の中、傘を持った人々が『ぞろぞろ』横を通り過ぎていきます。
それらを横目にひとり『ぽつん』と立つ中、『さらさら』降る霧雨が私の身体を撫でながら通り過ぎ、『しっとり』と濡らしていく。

垂直に近い角度で降る雨とは違い、『びゅうびゅう』と吹く風の影響を受けやすい霧雨は、縦横無尽にその軌道を変えて傘での遮断を許さない。
全方向から身を包むように降りしきり『じわじわ』と全身をしとどに濡らす霧雨は、どこか温かみがあり、濡れてもどこか嬉しい気持ちで満たされるようで好きなのです。

「ああ」

しかしそれは次第に『ぽつぽつ』へ、更には『ざあざあ』と、勢いを増していきます。
感傷に浸る間もなく、霧雨は土砂降りへと姿を変えてしまいました。

「……世の中に、人の来るこそうれしけれ」

雨は好きですが、さすがに雨の中に立ち『びしょびしょ』になるのは気が引けます。

「とはいうものの、貴方ではありませんよ」

雨を相手に皮肉を込めて語りかけたところで、当然止むことはなく。
傘もありませんし、どうしたものでしょうか。
と、

「お待たせ、貴音」

『すっ』と視界が遮られたかと思うと、傘が差し出される。

「あなた様」

待ち人がやってきました。
よほど急いで来たのでしょう、足元は跳ねた水で『ひたひた』濡れ、隠そうとはしていますが息遣いも『ぜえぜえ』と荒く、額には汗が『じわり』とにじんでいました。

「ごめんごめん、道が混んでてさ」

「いえ。お気になさらず」

「そっか、じゃあ行こうか。車、回してくるよ」

仕事とはいえ、わたくしの為に東奔西走してくれるその姿を見ると、不謹慎ながらもうれしくて。
うつむいて『にやにや』と頬が緩むだらしのない顔を隠します。
走り出す彼の後姿を見送りながら、照れ隠しの意味も込め、『ぱしゃん』とぶうつで水たまりを蹴りとばすのでした。



02.


「なあ貴音、この後は帰るだけだし、飯でもどうだ?」

車内、わいぱぁが『ゆっこゆっこ』と窓を往復する音だけが響く中、あなた様が唐突にそんなことを仰いました。

あなた様との食事。
あいどるの皆とは一線を引いている感のあるあなた様からのお誘いは滅多にない機会ですし、是非とも行きたいところなのですが――。

あいどるを営む上で、最大の敵は自分自身です。
自己管理の出来ない者がどうしてとっぷあいどるを獲れるというのでしょう。
口惜しいですが、ここは丁重に断らせていただきましょう。

「お誘いは嬉しいのですが……この時間に食事を摂ると、体型の維持が……健康にも、」

「ラーメン屋でもダメか?」

と、
次の瞬間、『ぐう』と、地響きのような大きな音がわたくしのおなかから響いたのでした。
慌ててお腹を押さえるも、一度蠕動を始めた胃袋はそう簡単には止まってくれないらしく、『くうくう』と小刻みに音を鳴らし続けていました。

「ははは、身体は正直だな」

「……お恥ずかしい」

というわけで、らぁめん屋へと足を運んだ次第でした。
欲望に正直なこの身体、なんとか自制したいものですが、未熟者ゆえ中々上手くいきません。


「はいよ、お待たせしました」

店主が注文のらぁめんを『ごとん』と目の前に置きます。
ここはわたくしが響と共に見つけた、お客は少ないけれどとても美味ならぁめんを提供してくれる隠れた名店です。
あいどる活動をすると、世間一般に顔と名前が知られてしまいます。
響などのあいどるの友人ならばともかく、殿方であるあなた様と一緒に食事をしているところを見られるだけで下世話な噂をされることもあります。
春香は有名税だと言っていましたが……世知辛いですね。
ご飯くらい普通に食べたいのですが。

「いただきます」

「いただきます」

感謝の意を込め、『ぱん』と手を合わせ割りばしを『ぱきん』と割る。

「貴音、最近アイドル活動の方で何か困ってることとかないか?」

響と美希、そしてわたくしは他事務所から現在の765プロダクションに移籍してきた、という経緯があります。
なので、少々遠回しに言ってはいますが、これはあなた様なりの気遣いなのでしょう。

「いえ、あなた様を含め皆様方からとてもよくしてもらっていますよ」

「そうか、ならいいけど」

「それどころか、社長並びにあなた様には心から感謝しています」

「は、はは……面と向かって言われると……照れるな」

『ぽりぽり』と気恥ずかしげに頬を撫ぜるその様は、とてもあなた様らしく。

わたくしがもう一度あいどるを営むことができるのは、他の誰でもありません。
わたくしを拾ってくれた社長と、そして、導いてくれたあなた様のおかげなのですから。

わたくしの、過去。
『じくじく』と嫌な感情が身の中心から滲み出て来る気配がします。
正直なところ、わたくしはあいどるを営むこと自体、あまり好きではありませんでした。
人前に出て歌い踊る……煌びやかで華々しい、『ぴかぴか』な存在です。
だからこそわたくしのような大柄で食い意地の張った女には似合いませんし、性格的にも合うとは思えませんでした。
その証拠に、初めて所属した事務所では当時の社長の考え方と合わないのもあり、あいどるが苦痛に感じることさえありました。
響と美希がいたから、何とかやめずにはいられましたが……。

ですが、あなた様と一緒に行うあいどる活動は、全くの別物でした。
あなた様と一緒にいるだけで『わくわく』したのは本当のことで。
あなた様から与えられた『きらきら』は、どんな物語よりも雄弁にその素晴らしさ語る。
と同時に、可能性を示してくれました。

あいどるとしての道と、生涯における大切な岐路を。

「何やってるんだ、貴音? 麺伸びるぞ」

「……おっと」

考え事をしながららぁめんを食べても味がぼけてしまいます。
すぅぷを吸い切って『ずるずる』伸びたらぁめんほど悲しいことはこの世にありません。
しばしはらぁめんに集中するとしましょう。



03.


『ずずっ』と麺をすする音が店内にこだましていました。

しばしの時が経ち『ちゅるん』と最後の一口をすすり、『こくん』と嚥下します。良く打たれた小麦が喉を通る感触は、何度味わっても飽きるということがありません。
『ぺろり』と口をひと舐め。
すぅぷを飲み干したい欲望に駆られますが、先ほど自分で言った手前、さすがに遠慮しておきましょう。

「美味しゅうございました」

『とん』と、お箸を置いて頭を下げます。

「食べるの早いな貴音……替玉はいいのか?」

「……あなた様はわたくしをぶた太のように太らせたいのですか?」

「ははは、それはそれで似合うかもな。でもラーメンを食べてる貴音はかわいいよ」

「もう……」

本当のところは、もっとあなた様とお話がしたい。
些細なことや、くだらないことを楽しく話して時間を共有したい。
こうしてあなた様といるだけで、『とくん』、と高鳴るわたくしの臆病な胸の奥の音色は止むことがありません。

あなた様を想うと胸の奥が『きゅっ』とする。

それは響や美希に対するそれとはまた違う感情で、わたくしがあなた様をお慕いしている、ということの証拠なのでしょう。
ならば想いを伝えるという選択肢もあるのですが、産まれて初めて芽生えた異性に対する感情に、どうしたらいいのかわからない、といったところが本音です。

もし断られたりしたら、どうなってしまうのか自分でもわからないから。

「それとも、もしわたくしが太ってあいどるができなくなったら、あなた様が責任を持ってわたくしを貰ってくれるのですか?」

自覚していない箇所で錯乱しているのか、そんなわたくしらしくない言葉が口を突いて出る。
単純に、困ったあなた様のお顔を見たかっただけなのやも知れません。


ですが、

「いいよ?」

「えっ」

目を逸らし、頬を桃色に染めながらそんなことを宣うあなた様でした。

『ばくん』と、一層大きく胸が高鳴り、一瞬呼吸が止まる。

そのまま止まること数秒。

ようやく心臓が動き方を思い出してくれたらしく、『どくんどくん』といつもより速いぺえすで、わたくしの身体中に響く。

急激な心臓の動きで血流が増したのか頬が『かぁ』っと熱くなり目の奥が『ぱちん』とはじけて『ちりちり』と灼けたかと思ったら、『ぞくぞく』きて『ふわふわ』浮いて『くらくら』回ると『ぱりん』と頭のてっぺんを割って『ぽん』と熱が飛び出す。
頭の中が『ぐるんぐるん』と『どろどろ』の『ぐちゃぐちゃ』にかき乱され、平常心は『ぐらぐら』揺れて『がらがら』と崩れた挙句に『ばらばら』に。
『ばきゅん』ときて『くるくる』の『ちかちか』の『どっかん』は『ばんばんばん』と『びりびり』が『ぱちん』となって『かちゃん』とわたくしの理性の錠前を落としました。

「あ……あ……」

金魚のように『ぱくぱく』と動く口は、しばし言葉を忘れてしまったことを明確に表していました。

「あ、の、あ、あなた様……? い、今のは……」

「親父さん、お愛想」

「ありがとうございます」

問い詰めようとするわたくしから逃れるように、お代金を置いて店を後にするあなた様。

「待ってくださいまし!」

『ばたん』と少々乱暴に店の扉を閉め、あなた様の背を追う。
途中、足を『ずるり』と滑らせ転びそうになるのを何とか止まる。

雨は止んでいました。
雨の後の、『じめじめ』とした独特の匂いがわたくしを急かしているように思えました。


「あなた様!」

『うずうず』と身体の芯が何かを叫びたがっている。

『がんがん』と頭を叩く無抵抗の衝撃は、これが夢や幻の類でないことを語っている。

少し店から離れた場所、人だらけの都会の街で『ぽっかり』と穴の空いたように誰もいない電柱の下で、あなた様は待っていました。

途中、大きな水たまりに足を踏み入れてしまい、裾が『びちゃびちゃ』になってしまいました。
ですが、今はそれも些細なこと。『はあはあ』と息を切らしてあなた様のもとへ。

「はぁ……はぁ……」

「……貴音」

「あなた様……」

この機会を逃してはいけない、とわたくしの中の何かが訴えている。

「聞かせて、くださいまし」

この『もやもや』をこのままにしておいたら、わたくしは先へと進めない。

そんな、気がして。

「お、俺は……貴音が好きだ」

「え――」

「プロデューサーとしては失格だけど……でも、俺の正直な気持ちだ」

『ぽろぽろ』こぼれる涙と同時に、『すうっ』と心の雨雲が晴れたような気持ちでした。

「好きだ、貴音」

そのたった二文字の言葉が、なぜこんなにも素敵に響くのでしょうか。

「俺と、つ、付き合ってくれない……かな。お、俺の独りよがりなら、そう言ってくれないか。そしたら、明日からは……なんとか今まで通りにするから」

そんなもの、悩む必要もありません。

わたくしにこんなにも様々な音を奏でさせてくれるのは、あなた様しかいないのですから。

「わたくし四条貴音は、あなた様のことをお慕いしております」



04.


「…………」

「…………」

『てくてく』と二人で夜道を歩く。

二人とも初心だということもあり、あの後羞恥心からか終始無言のまま肩を並べて歩いていました。
『ちらり』視線を向けると、あなた様もむず痒そうな表情であさっての方向を眺めています。

その時、『ぴこん』とわたくしの頭の上から電球が。

「えい」

『ぎゅっ』と隣を歩くあなた様の手を握る。

「…………!」

一瞬、硬直したもののそのまま手を握り返してくれました。

「ふふ……」

この『どきどき』は、わたくしだけの音。


END


拙文失礼いたしました。

オノマトペの似合うアイマスキャラを、と考えて最後まで残ったのがやよいと文香と貴音でした。

読んでくれた方、ありがとうごぜーました。

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