剣士「ジジイ! ガキ! 叩き斬っちまうぞ!」(86)

― 町 ―

ザシュッ!

「ぐはぁっ……!」ドサッ…



剣士「ずいぶんと数が減っちまったなァ、山賊ども」ニヤニヤ

隻眼「ぐっ……!」

剣士「どうする? 残った目も、さっきみてえに潰してやろうか?」

隻眼「ちっ、ちくしょう! 覚えてやがれ!」タタタッ

手下A&B「ひいいいっ……!」タタタッ

剣士「テメェらのことなんざ覚えておくかよ! バーカ!」

剣士「人数がそれっぽっちになっちまったら山賊としちゃ終わりだしな、ハッハッハ!」

番兵「またあなたに助けられました……ありがとうございます」

番兵「こちらは町役場からの報奨金となります。お受け取り下さい」

剣士「ちっ、シケてやがる」ジャラ…

剣士「テメェらが頼りねえから、ほとんど俺一人で片付けたってのによ」

番兵「うぐっ……」

剣士「ってことで、お前もとっとと報奨金とは別に金出せや」

剣士「これから俺は、看板娘ちゃんの店に飲みに行くんだからよ!」

番兵「わ、分かりました……」スッ

剣士「よぉ~しよし、ご苦労。帰っていいぞ」バシッ

番兵「トホホ……」

ワイワイ…… ガヤガヤ……

「ありがとう、剣士さん!」 「さすが!」 「30人以上もいたってのに……」



剣士「…………」

剣士「それだけか?」



ドヨッ……



剣士「礼なんていらねえんだよ! 金出せや、金!」

剣士「俺がいなきゃ、命も金も奪われてんだ! 酒代ぐらい出してもバチは当たらねえ!」

剣士「オラオラ、そっちからどんどん金出してけや!」

― 酒場 ―

主人「いらっしゃい!」

看板娘「いらっしゃいませ、剣士さん」

剣士「こんばんは、看板娘ちゃん!」

看板娘「聞きましたよ。先ほども山賊相手に大活躍されたとか……」

剣士「ハッハッハ、まぁね!」

剣士「で、役場から収入があったから、ここでパーッとやらせてもらうよ!」

看板娘「まあ、嬉しい!」

看板娘「……だけど、本当に役場からだけですか?」

剣士「ほ、本当だとも!」

剣士「――ぷはぁっ!」

剣士「ビールおかわり!」

看板娘「はい、どうぞ」トクトク…

剣士「ありがとう! 君に注いでもらったビールは最高にうまいよ!」

看板娘「もう……お上手なんだから」

剣士「いやいや、紛れもない本音――」



「なんなんだ、このジジイとガキは!? あぁん!?」



剣士「!」

剣士(なんだ? せっかくいいとこだったってのに!)

酒場の外――

チンピラ「ツラを見るなり、恵んで下さいだとォ!? ふざけんじゃねェぞ!」

老人「ひえぇ……なんて無慈悲な人じゃ……。あんたは鬼か悪魔じゃ……」

少年「ちょっとぐらい恵んでくれてもいいじゃんか。大人げないなー」

チンピラ「ンだとォ!? お前らみたいな人種にゃ、ちぃとお灸が必要――」

剣士「うるせえ!!!」ブンッ



ドゴォッ!



チンピラ「ごばっ!?」

チンピラ「剣士……! いきなりなにしやがる……!」

剣士「テメェがデカイ声出すから、看板娘ちゃんとの楽しい楽しい会話が」

剣士「途切れちまったじゃねぇかァァァァァ!!!」

チンピラ「そ、そんな理由で殴ったのかよ!?」

剣士「そんな理由でだと!? この野郎、いっちゃならねえことをいいやがったな!」

剣士「このドチンピラが! 歯が折れるまで殴ってやる!」グイッ

チンピラ「ど、どっちがチンピラだよ……!」

剣士「だれがチンピラだこの野郎ォ! ――叩き斬ってやる!」チャキッ

チンピラ「ひっ! ひえええええっ!」タタタッ

剣士「ふん、逃げやがったか」チャッ

剣士「さぁて、飲み直すか」クルッ

老人「うぐぐ……!」

少年「どうしたの、おじいちゃん!?」

老人「孫よ、ワシは酒が……飲みたい……。飲めないと……死んじまうぅ!」

少年「お酒を!?」

少年「大丈夫だよ、おじいちゃん。このお兄さんがご馳走してくれるってさ!」

剣士「…………」

剣士「え!?」

老人「おおお……感謝するぞ、お若いの。ひょっひょっひょ」

少年「さっきの怖い人とは一味ちがうね。へっへっへ」

剣士「は!?」

剣士「ふざけんな! なんでテメェらみたいなジジイとガキに!」

剣士「そうか、さっきのチンピラにもそんな風にたかったんだな! くたばっちまえ!」

少年「えええ……そんなぁ……」

老人「うぐぐ……なんたることじゃあ……」

少年「ボクたち、ここで死んじゃうんだね……」

老人「それもよかろう……共に天国へ旅立とう……」

剣士「なにが天国だ! どう考えても地獄だろうが!」



ザワザワ…… ドヨドヨ……



剣士(ゲッ、まずい! 騒ぎが大きくなってきやがった!)

剣士「ええい、とりあえずあの酒場ん中に入れ!」

老人&少年「はぁ~い!」

― 酒場 ―

老人「いやぁ、すまんのう。助けてもらった上、おごってもらえるとは」

少年「ありがとね、お兄さん!」

剣士「あぁん!? だれがおごるっていったよ! 中に入れただけだ!」

老人「ひっ! なにも怒鳴ることないじゃろう……」

少年「おじいちゃん……助けてぇ……。斬られちゃうよぉ……」

剣士「この……!」

剣士(もし、だれもいなきゃ、ホントに叩き斬ってるところだ!)

看板娘「まあまあ、ご注文はどうなさいますか?」

老人「ひょひょ、ワシはブドウ酒でももらおうかの」

少年「じゃあボクも!」

剣士「!」

剣士「ジジイはいいとして……ガキ!」

剣士「ガキはミルクって相場が決まってんだよ! ミルクにしとけ、ミルクに!」

少年「ちぇっ」

老人「ひょっひょっ、なかなか真面目な好青年じゃな」

老人「剣士より教師の方が向いてるんじゃないかのう?」

剣士「うるせえジジイ!」

老人「ぷはぁっ!」

少年「ぷはぁっ!」

老人「ひょひょひょ、1ゴールドも出さずに飲む酒は格別じゃのう!」

少年「ホントだね、おじいちゃん! とってもおいしいよ!」

剣士「くそったれが! なんでこんな奴らにおごるはめに……!」

看板娘「まあまあ、お二人の分はサービスしますから」

剣士「いや、そんなわけにはいかないよ! 絶対払うからね!」

外へ出た三人。

老人「ひょっひょ、久々にいい酒じゃったわい」

少年「ごちそうさまー!」

剣士「ちっ……」

老人「ところで剣士君、相談があるんじゃが……」

剣士「あ? なんだよ?」

老人「ワシら……実は宿無しなんじゃよねぇ~」

少年「ね~」

剣士「ハァ? そこまで面倒みきれるか! 道ばたで寝ろや!」

老人「こんな年寄りと子供が、道ばたなんぞで寝たら……きっと死んじまう!」

老人「朝になったら、二つの亡骸が出来上がっておるんじゃ……」

少年「そんなのやだよ! ボク、まだ死にたくないよぉ!」

剣士「さっさと死ね!」

老人「おおお、なんとつれない……」

老人「せっかく二人で旅をしてきたのに、どうやらここまでじゃな……」

少年「ボクたち……今日で死んじゃうんだね……」

老人「じゃが、可愛い孫とともに死ねるのなら、それもよい」

少年「ボクもだよ……おじいちゃん……」

老人「あーあ、こんな気の毒な祖父と孫を、だれかが助けてくれたらなぁ~」

少年「くれないかな~」

老人「あーあ……」チラッチラッ

少年「あーあ……」チラッチラッ

剣士「…………」

剣士「ちっ! あぁ、分かった、分かったよ! ただし、一晩だけだからな!」

老人「おおお、おぬしは神様じゃ!」

少年「剣を持った神様だったんだね!」

剣士「ケッ、俺が神だったら、真っ先にテメェらを地獄に落としてやるぜ!」

― 剣士の家 ―

剣士「オラ、入れよ」ガチャ…

老人「おぉ~、こざっぱりした部屋じゃのう」

少年「いかにも剣にしか興味がない独身男の住居って感じだね、おじいちゃん!」

剣士「うるせえ!」

剣士「いいか、一晩だけだぞ! 明日の朝になったら、とっとと出ていけよ!」

老人&少年「はぁ~い」

翌朝――

剣士「起きやがれ!」ゲシッ

老人「ううう……」

少年「むうう……」

剣士「約束だったよな、朝になったら出ていくって」

剣士「さぁ、とっとと出てけ!」

老人「そうじゃな……出ていくとしよう」

少年「うん……」

老人「そして、二人仲良く、どこかで野垂れ死にしよう……」ギュッ…

少年「そうだね……おじいちゃんと一緒なら、ボク平気だよ」ギュッ…

剣士(……くっ!)

剣士「……今日、俺は隣町の自警団に剣を教えに行く日だ」

老人「ほぉ、そりゃすごい」

少年「やるじゃん!」

剣士「夕方までかかる! だから……それまでは家にいてもいい!」

老人「おおっ、ホントかね!」

少年「やったぁ!」

剣士「だけど、それっきりだ! それっきりだからな! 俺が帰ったら出てけ!」

老人「ひょっひょっひょ、もちろんじゃ」

少年「へっへっへ、分かってまぁ~す!」

剣士(絶対もちろんとは思ってねーし、分かってもいねえんだろうな)

― 隣町 ―

剣士「どうしたァ! もっと気合入れて剣を振れ!」

「はいっ!」 「はいっ!」 「はいっ!」

剣士「ここんとこ、山賊やら盗賊が増えてるからな!」

剣士「そんなんじゃ、やられちまうぞ!」

「はいっ!」 「はいっ!」 「はいっ!」

剣士「よし、ペア組んで打ち合え!」





剣士(帰ったら……あのジジイとガキを追い払わねーとな!)

― 剣士の家 ―

バタンッ!

剣士「帰ったぞ! さぁ、出てけ! 今すぐ出ていきやがれ!」

老人「あうう……」ガタガタ

少年「ひいい……」ビクビク

老人「ったく、震えやがって。しょうがねえな……このジジイとガキは……」

老人「もう日は沈んで肌寒いし、もう一晩ぐらいならいてもいいぞ」

少年「ホント!? ありがとう、お兄さん! やったね、おじいちゃん!」

老人「うむ……ありがたや、ありがたや」

剣士「茶番劇やめろや!」

剣士「10秒以内に出てけ! でなきゃ、叩き斬るぞ!」チャキッ

老人「分かったよ……出ていこう、孫よ」

少年「うん……」

老人「そして、どこかで剣士さんの優しさを思い出しながら、安らかに逝こう……」

少年「そうだね……。お兄さん、ありがとう。おじいちゃん、大好きだったよ」

老人&少年「それじゃ、さよなら……」

剣士「うぐぐ……」

剣士「分かったよ! もう一晩だけだからな!」

老人「おおっ、ホントかね!」

老人「粗暴でワルじゃがこういうお涙ちょうだいには弱いようじゃの、孫よ!」

少年「根が単純みたいだからちょろいね、おじいちゃん!」

剣士「せめて、そういうのは俺がいないところで言えや!」

老人「そう怒るでない。ワシらとて恵んでもらってばかりではないぞよ」

老人「ほれ、剣を貸してみい」サッ

剣士「あ? なにすんだよ」

老人「うへぇ、汚いのう。いい剣じゃが、ろくに手入れしとらんじゃろ」

少年「まるで、お兄さんみたいだね」

剣士「うるせえよ!」

老人「これを、この石で……」シャーコシャーコ…

剣士「あっ、ジジイ! 人の剣を勝手に……!」

剣士(いや……みるみるうちに、剣が輝きを取り戻していく……!)

老人「ひょひょひょ、どうじゃ?」スッ

剣士「!」

剣士(すげえ……まるで新品みたいになった……!)ジャキッ

少年「じゃあ今度はボクが肩揉んであげる」モミモミ

剣士「おっ、おっ、なかなかうまいじゃねえか」

少年「へっへっへ、どういたしまして」

少年「おじいちゃんと出会ってからは、ボクがいつもおじいちゃんの肩を揉んでたからね」

少年「おじいちゃんはね……凄腕の研ぎ師だったんだよ」

剣士「! ……へえ」

少年「だけど、王様の剣を研ぐのに失敗して、路頭に迷うことになっちゃったんだ!」

剣士「最悪じゃねえか!」

剣士(でも……たしかにこのジジイの腕前は大したもんだ)

剣士(昔、都の研ぎ師に研いでもらった時も、ここまでキレイにはならなかったしな)

剣士(そうか……読めたぞ!)

剣士(このジジイが大仕事をしくじったせいで、こいつらの家庭はバラバラになり)

剣士(ジジイとガキで二人旅なんてするはめになったってことか)

剣士(まぁ~ったく、とんでもねえ奴らを拾っちまったもんだ!)

剣士「!」ハッ

剣士「なにが拾っただ! 拾ってなんかいねえや!」

老人「どうしたんじゃ?」

少年「どうしたの?」

剣士「うるせえ! どうもしねえよ!」

夜が明け――

剣士「…………」

老人「…………」

少年「…………」

剣士「ええい、そんな目で見るんじゃねえ!」

剣士「分かったよ! 剣を研いでもらった借りもあるし」

剣士「とりあえず、身の振り方が決まるまではこの家にいろや!」

老人「おおっ、見かけによらず甘い男じゃったのう、孫よ」

少年「ちょろいね、おじいちゃん!」

剣士「だから、せめて俺がいなくなってから言えや!」

― 酒場 ―

剣士「はぁ……」

看板娘「どうしました、剣士さん? 元気がないですね」

剣士「実はさ、こないだのジジイとガキをしばらく面倒見ることになっちまってね」

剣士「我ながらお人好しというか、アホというか……」フゥ…

看板娘「ああ、聞いてますよ!」

剣士「へ? だれから?」

看板娘「あそこにいる本人たちから」



老人「やっほー」

少年「やっほー」



剣士「!?」

剣士「なんでテメェらがここにいるんだよ!」

老人「いやなに、ずっと家にいるのも退屈じゃしな。ひょっひょっひょ」

少年「だよねー」

剣士「酒とミルクを頼んでやがるが、その金はどこから……!?」

老人「え、と……ひょひょひょ」

少年「うん……へっへっへ」

剣士「ひょひょひょへへへじゃねえええ!」

剣士「テメェら、俺の財布からくすねやがったなァ! 恩を仇で返しやがって!」

剣士「人様にたかるなんてのは、最低なんだぞ! 分かってんのか、オイ!」

老人「まあまあ、ワシが昨日剣を研いでやったじゃろ。その代金と思えばよい」

老人「もし、一流の職人に頼んで、あれほどキレイにしたならば」

老人「おぬしの一ヶ月分ぐらいの給金、軽く吹っ飛んでしまうぞよ」

剣士「腕が優れてるからって、それでたかるようなマネするのは――」



剣士『礼なんていらねえんだよ! 金出せや、金!』

剣士『俺がいなきゃ、命も金も奪われてんだ! 酒代ぐらい出してもバチは当たらねえ!』

剣士『オラオラ、そっちからどんどん金出してけや!』



剣士(って、俺も似たようなことしてたァ!)

看板娘「まあまあ、お二人の分はサービスしますから」

剣士「ダメ! こいつら甘やかすとどんどんつけ上がるタイプだから!」

看板娘「うふふっ」

剣士「え?」

看板娘「いえ、剣士さんがそんなに取り乱すところを見るのは初めてだったもので……」

剣士「あっ、いや……!」

看板娘「だけど、今みたいな剣士さんも、とってもステキです」

剣士「え、あ、そうかな……ハハハ」

老人「ひょひょひょ」

少年「へへへ」

剣士「テメェらは笑わんでいい!」

― 剣士の家 ―

剣士「いいか! あまり俺に恥かかすんじゃねえよ!」

老人「すまん……」

少年「ごめんなさい……」

剣士「……ま、お前らのおかげで、看板娘ちゃんとの距離が縮まったがな」ニヤニヤ

老人「おやおや、あんなんで満足しとるんかい。子供じゃのう」

少年「剣は攻撃的なのに、恋愛は防御重視なんだね」

剣士「うるせえよ!」

剣士「くれぐれもいっておく! とりあえずここに置いてはやるが――」

剣士「ジャマだと思ったら容赦なく追い出すからな!」

老人&少年「は~い」

それから――



老人「ほれ、出来上がりじゃ」スッ

剣士「相変わらず、いい腕してやがるな」

剣士「だけど、なんで国王の剣を研ぐのに失敗したんだ?」

老人「いい剣だと、ワシは緊張してしまうんじゃよ」

剣士「なるほど、俺の剣は悪い剣だから……ってやかましいわ!」

老人「おぬし、剣だけじゃなくコメディアンの才能もありそうじゃな」

剣士「うるせえ!」

老人「ひょっひょっひょ」



少年「肩揉むよ」モミモミ…

剣士「おう、頼む」

少年「こうやって、お兄さんの肩を揉んでると――」モミモミ…

剣士「ん?」

少年「死んだパパの大きな肩を思い出すよ……」モミモミ…

剣士「!」

剣士「そうか、お前の親父は……。なんなら少しぐらい甘えてもいいんだぞ」

少年「ちょろいなぁ~」ケラケラ…

剣士「ウソかよ!」



老人「…………」モグモグ

少年「…………」パクパク

剣士「…………」ガツガツ

老人「いやぁ~、剣士さんの金で食うメシはうまい! のう、孫よ?」

少年「ホントだね、おじいちゃん!」

剣士「いやしい言い方すんな!」

― 酒場 ―

剣士「――ったく、あのジジイとガキときたら……!」ブツブツ…

看板娘「でも……剣士さん、なんだか楽しそうですね」

剣士「ええっ、どこが!?」

看板娘「まるで、あの二人を家族みたいに……」

剣士「いやいやいや、それはないって! それだけはないって!」

剣士(むしろ、俺は君を家族にしたいんだって!)

看板娘「それに……なんといえばいいのか……昔に比べて……」

剣士「?」

看板娘「優しくなられた、というか……」

剣士「!」

看板娘「あっ、すみませんっ! 元々お優しかったんですけど……」

看板娘「あの、えぇとっ! す、すみません……」

剣士「いや、いいよ。分かってるよ」

剣士(そういや、町の連中から用心棒代として金をせしめることも最近やってねえし)

剣士(あの二人に怒鳴りまくってるせいで、訓練でもあまり怒鳴らなくなっちまった)

剣士「あんなジジイとガキを抱えてたら、大抵の人間がいい奴に見えちゃうからなぁ」

剣士「俺も丸くなっちまったのかもなぁ……」

看板娘「うふふっ」



チンピラ「…………」グビッ

チンピラ(たしかにあいつ、目に見えて丸くなりやがった)

チンピラ(ようし、見てやがれ!)

今回はここまでとなります

― 剣士の家 ―

剣士「明日は俺、朝イチで隣町に行かなきゃならねーから」

剣士「俺がいない間に、酒場に顔出すんじゃねーぞ。看板娘ちゃんに迷惑だからな」

老人「は~い」

少年「は~い」

剣士「とかいって絶対顔出すんだよな、お前らって」

老人「当たりじゃ」ニヤッ

少年「さすがお兄さん! ボクらのことをよく分かってるね」

剣士「叩き斬るぞ!」チャキッ

翌日――

― 町 ―

ザワザワ…… ドヨドヨ……



「番兵さん!」 「大丈夫ですか!」 「誰にやられたんだ!?」



番兵「ぐはっ……うぐぐ……」ゲホッ

番兵(ううう……あいつが、あいつが町に入り込んでしまった……)

番兵(すぐ……みんなに知らせないと……)

― 路地裏 ―

チンピラ(よぉし、武器は確保できた)カラン…

チンピラ(あとは……あいつが酒場にいる時を見計らって、殴りかかってやる)

チンピラ(看板娘と喋ってる時なら、スキがあるはずだ!)

チンピラ「待ってろよ、剣士! いつもブチのめされてた借りを返してやる!」





「おい……。今、“剣士”っていったな?」

隻眼「奴の弱点を教えろ……」

チンピラ「!?」ギョッ

チンピラ「な、なんだてめぇは!?」

隻眼「早くしろ……オレが下手に出てるうちにな」

チンピラ「ふざけんな! だれがてめぇなんぞに!」

隻眼「なら……体に聞くまでだ」





ウギャアァァァ……!

― 酒場 ―

老人「ひょっひょっひょ、昼間から飲む酒というのもええもんじゃ」

少年「ミルクもおいしいよね!」

看板娘「お出ししたのは、ほとんど度数がないものですけどね」

老人「うむ、年寄りの体をよく気づかってくれておる」

老人「ところでおぬし、剣士君のことについてはどう思っとるんじゃ?」

看板娘「え……」ポッ…

看板娘「あのう、その……とても強くて、ステキな方だと……」

看板娘「特に最近は……優しさも兼ね備えられて、さらにステキになられて……」

老人「かぁ~! あやつも幸せもんじゃのう!」

少年「お兄さんにもっと積極性があればねえ」

ドゴォンッ!



ドサッ……

チンピラ「あ、がが……たす、けて……」ピクピク…





看板娘「きゃあっ!?」

老人「な、なんじゃ!?」

少年「あの人は……前にボクたちを殴ろうとした……」

隻眼「ククク……こいつから色々聞かせてもらったぜ」

隻眼「オレは剣士に恨みがある人間でなぁ」

隻眼「そこの女、オレについてこい。お前にゃ人質になってもらう」

看板娘「えっ……」ジリ…

主人「そんなことさせるかっ!」バッ

バキッ!

主人「ぐあぁっ!」ドサッ…

看板娘「お父さん!」

主人「ううぅ……」

隻眼「さぁ、ついてこい!」グイッ

看板娘「い、いやっ!」

老人「ちょいと待った」

少年「待ったぁ!」

隻眼「なんだ、お前らは?」

老人「人質を取って、剣士君を倒そうっていうんじゃろ? なかなかいい作戦じゃ」

老人「じゃが人質にするんなら、その娘よりワシの方が価値があるぞ!」

少年「そうだそうだ! ボクらのが価値があるよ!」

隻眼「価値がある? なんでだ?」

老人「なぜなら、ワシらは剣士君の家族じゃからな!」

隻眼「家族ゥ!?」

隻眼「笑わせやがる。そんなもんより、惚れてる女のがよっぽど効果あるだろ!」

老人「だけど、いや待てよ?」

老人「たしか男ってのは惚れてる女より家族を優先すると、聞いたことがある」

老人「いいだろう。ジジイとガキ……ついてきな」ニヤッ

少年「わ、分かったよ! 人質になってやる!」

隻眼「茶番劇してんじゃねえよ!」

隻眼「来い!」グイッ

看板娘「あうっ!」

老人「うおおおおっ!」ガシッ

少年「たああああっ!」ガシッ

隻眼「なっ!?」

老人「早くっ……早く逃げるんじゃあっ!」

少年「ここはボクらが頑張るから!」

隻眼「このっ……!」

看板娘「でも……!」

少年「早くしてよぉっ!」



看板娘「ごっ、ごめんなさいっ!」タタタッ



隻眼「……ちっ! 逃がしたか!」

隻眼「まぁいい、なら本当にお前らを人質にしてやる!」

隻眼「家族ってんなら、剣士を確実におびき出せるし、手も出せねえだろ!」

老人「あ、あのう……」

隻眼「なんだ?」

老人「ここ酒場じゃし、オツマミと酒も持ってくべきじゃないかのう」

隻眼「おお、たしかにな! 気が利くじゃねえか!」

隻眼「ただし、運ぶのはお前らだ。いいな?」

老人「分かりました……」

少年「従います……」

隻眼「よぉし、アジトで一杯やりながら、剣士をどうブチ殺すか考えるとするか」ニヤ…

……

……

……

― 隣町 ―

剣士「ここまで! 休憩だ!」

「はいっ!」 「はいっ!」 「はいっ!」



看板娘「剣士さんっ!」タッタッタ…

看板娘「…………」ハァ…ハァ…

剣士「どっ、どうしたの!? なんで看板娘ちゃんがここに……!?」

看板娘「お二人がっ……お二人がっ!」

剣士「二人って、もしかしてジジイとガキ……?」

― 隻眼のアジト ―

隻眼「こんだけ酒がありゃ、剣士の首を取った後祝杯もあげられるな」グビッ

隻眼「おい、奴をおびき出すための果たし状を書け」

手下A「分かりやした!」

隻眼「ようやくだ。ようやく……奴にこの右目の借りを返してやれる!」




老人「ひょっひょっひょっひょっひょ」

少年「へっへっへっへっへ」



隻眼「なんだ? なに笑ってやがる!」

老人「ひょっひょっひょ、果たし状なんぞ書いたところで、剣士君が来るわけなかろう」

隻眼「……は?」

老人「彼の名誉のために教えとくが、ワシらは彼とはなんの血の繋がりもないんじゃよ」

少年「そうそう、まんまと騙されちゃって! お兄さん並に単純だね、あんた」

隻眼「なにィ!?」

老人「ちなみにな、ワシとこの子も血の繋がりはないんじゃよ」

老人「ワシは仕事をしくじり、全てを失ったダメ職人」

少年「ボクなんか親の顔すら知らない捨て子。おじいちゃんに拾われたんだ」

老人「じゃが、ワシは本当の孫と思うておるがな」

少年「ボクもだよ、おじいちゃん」

老人「今まで二人で散々迷惑かけてきたんじゃ」

老人「いくら剣士君に甘いところがあっても、さすがにこんな罠には飛び込んでこんよ」

少年「ねー」

隻眼「お前ら……オレをハメやがったなァ!」

隻眼(くそう、やっぱりあの女をさらうべきだった! しかたねえ、もう一度――)

手下B「お頭、大変です!」

隻眼「どうした!?」

手下B「こいつら、ここに来るまでの間に酒やツマミをこぼしてたみたいで……」

手下B「それが目印になって、町の兵にこのアジトの場所がバレちまうかもしれねえ!」

隻眼「なっ……!」



老人「あっちゃ~」

少年「バレちゃったね、おじいちゃん」



隻眼「このクソジジイッ! クソガキがァァァッ!!!」

手下A「どうしやすか、お頭!?」

手下B「酒やツマミは他の奴らに片付けさせてますが……」

隻眼「そんなことやっても、どうにもならねえ! アジトを捨てて逃げるっきゃねえ!」

隻眼「……だが」ギロッ

隻眼「このジジイとガキの二匹を始末してからだ……!」スラッ…



少年「これでよかったんだよね? おじいちゃん」

老人「うむ……ワシらで看板娘ちゃんを守ることはできた」

老人「これで、少しばかりは剣士君への恩返しは果たせた……」



隻眼「ゴチャゴチャ抜かしてんじゃねーぞ! まとめてあの世に送ってやる!」チャキッ

ウオォォォォォ……!





隻眼「――ん?」

隻眼「なんだ、このとんでもねえ雄叫びは? おい、見てこいや」



手下A「へいっ!」タタタッ

手下B「分かりやした!」タタタッ

まもなく――



手下A「お、お頭ァ!」

手下A「剣士です! 剣士がものすごい形相でここに向かってきてます!」

手下B「他の連中はもう、みんな倒されちまってます!」



隻眼「なにィ!?」

老人「なんじゃとォ!?」

少年「なんで!?」

ザシュッ! ザンッ!

手下A「ぎゃふっ!」ドサッ

手下B「ぐえええっ……!」ドザッ



剣士「ハァ、ハァ、ハァ……」ザッ…

剣士「くっそ……こんなに走らせやがって……」ハァ…ハァ…

剣士「ジジイとガキをさらったのは……テメェだったか」ハァ…ハァ…



隻眼「け、剣士……!」

剣士「今の今まですっかり忘れてたぜ。まさか、今頃になって報復に来るとはな」

剣士「手下を大勢失って、もう山賊としてはやっていけねえからって」

剣士「せめて人質取って俺にリベンジってか? 下らねえことしやがる」

隻眼「ぐっ……!」

隻眼「動くんじゃねえ!」チャキッ

老人「む……」

少年「わっ!」

隻眼「計画はとことん狂っちまったが、結局予定通りになった」ニィ…

隻眼「ここまで来たってことは、このジジイとガキはお前にとって大切な奴ってことだ」

隻眼「動くと……こいつら切り刻んじまうぜ?」チャキ…

剣士「あっそ、やれば?」

隻眼「な!?」

剣士「俺はその二人には散々ムカつかされてきたんだ。せいせいするぐらいだ」

剣士「だがな、そいつらはいつか俺の手で叩き斬るって決めてたんだよ」

剣士「つまり、俺の獲物だってことだ」

剣士「もし、俺の獲物を横取りしようなんてことしたら、テメェ――」





剣士「残った目も潰して……そいつら斬った回数の千倍は切り刻んでやる!!!」





隻眼「う、ぐっ……!」

隻眼「剣士ィ……! お前なんかよぉ、お前なんか、人質なんかなくってもォ!」

隻眼「うおりゃああああああっ!」シュバッ

剣士「はああっ!」ヒュオッ



ドシュッ……!



隻眼「ぐは……っ!」ドサッ…



剣士「バカが……ヤケになりやがって」

剣士「こちとら肩はほぐれて、剣も研いであるんだ。今さらお前なんか相手になるかよ」

ワァァ…… ワァァ……







剣士「ウチの町の番兵どもと、隣町の自警団どももようやく来たか」

剣士「ったく、おせえんだっつうの。もう敵は残っちゃいねえよ」

剣士「おう、ジジイ、ガキ、生きてたか」

老人「……なんでじゃ? なんでわざわざ助けに来た?」

少年「そうだよ……。せっかくボクたちがあのお姉さんを助けたのに!」

剣士「さっきもいったろ。獲物を横取りされないためだって」

老人「じゃが、ここまでしてもらうと、さすがのワシらも申し訳なくなってしまうな」

少年「うん……。ボクたち、お兄さんに隠しごとしてたんだ……」

少年「実はボクたち、祖父と孫じゃ――」

剣士「なにもいうな。とっとと帰ろう」

老人&少年「え……」

剣士「だってよ……」

剣士「俺たち……“家族”だろ?」

老人「ひょっ、そうじゃな……ワシらは家族じゃな」

少年「お兄さん……」グスッ…

剣士「泣いてんじゃねえよ。さ、帰るぞ」

老人「うむ」

少年「うんっ!」

老人「じゃが……今のはさすがにかっこつけすぎなんじゃなかろうか?」

少年「うん、涙は出たけど、聞いてて体がかゆくなっちゃった」ポリポリ

剣士「うっ、うるせえ! 叩き斬るぞ!」

― 酒場 ―

看板娘「お二人には、なんとお礼をいっていいか……」

老人「いやいや、なんのなんの」

少年「あれぐらいどうってことないよ」

老人「それにおぬしが剣士君に知らせてくれたから、間一髪ワシらも助かったんじゃ」

看板娘「うふふっ、剣士さん……お二人のことを伝えたら――」



剣士『なんだとォ!? さらわれた!?』

剣士『あの転んでもタダじゃ起きないジジイとガキのことだ……』

剣士『きっと目印のひとつやふたつ残してんだろォォォ!』ドドドドド



看板娘「――って飛んでいっちゃいましたから」

老人「いやぁ~、やっぱりちょろいのう。ひょっひょっひょ」

少年「うん、ホントちょろいよね。へっへっへ」

剣士「うるせえよ!」

看板娘「でも……羨ましいです」

看板娘「お二人と剣士さんの間には、剣士さんがあそこまで怒る絆があるんですから」

剣士「いやいや! そんなことは――」

老人「うむ、ワシらじゃなくおぬしがさらわれてたら、剣士君はもっと怒っとったぞ」

少年「もし、お姉さんがさらわれてたら、お兄さんはきっと……」

老人「よくも俺の愛する看板娘ちゃんを! きょえええええええ!」

老人「山賊ども! 木っ端微塵にしたるわァァァ!」

少年「――ぐらいには怒ってたはずだよ」

剣士「きょえええとは言わねえし、さすがに木っ端微塵にはしねえよ!」

看板娘「うふふっ……」



………………

…………

……

やがて――

― 剣士の家 ―

少年「じゃあボク、学校行ってくるね!」

剣士「おう、行ってこいや」

老人「ワシはみんなの包丁でも研いでくるかのう」

剣士「テメェの指まで研ぐなよな」



バタン……



剣士「…………」

剣士(ケッ、あいつら……すっかりこの町に馴染んじまった)

剣士(どこでどう間違ったら、こんなことになっちまったんだか……)

― 隣町 ―

剣士「はあっ!」ヒュオッ

団員「剣士さんの剣、最近すごくピカピカに手入れされてますね」

剣士「知り合いに研ぎ師がいてな。なんなら、お前のも頼んでやるよ」

団員「本当ですか? ありがとうございます!」

団員「研ぎ師といえば……こんな噂を知ってますか?」

剣士「噂?」

団員「王都での話なんですが、大の剣コレクターである国王様がある一流の研ぎ師に」

団員「とても高価な剣を研がせたらしいんです」

剣士「……へえ」

団員「ですが、その剣は真っ赤なニセモノ、とんだナマクラ」

団員「いくら研いでも切れ味なんか出るわけがない代物だったそうです」

団員「それが発覚すれば、王様の恥になるのはもちろん」

団員「それを売りつけた商人を招いた人たちも大勢、処分されてしまう」

団員「だから、その研ぎ師は失敗を装って、わざと高価な剣を壊してしまい……」

団員「罰として都を追放され、家族にも縁を切られ、なにもかも失ったとか……」

剣士「…………」

団員「もし本当だとしたら……不器用というか立派というか、なんというか……」

団員「きっともう、どこかで行き倒れて亡くなってるでしょうね……」

剣士「いやぁ、どうだろ」

団員「え?」

剣士「そういうジジイは案外しぶといもんだぜ」

剣士「似たようなガキとつるんで、今もどこかでバカやってるんじゃねえか?」

団員「へ? ジジイ? ガキ?」

剣士「あ、いや……なんでもない」

― 剣士の家 ―

剣士「んじゃ、今夜は看板娘ちゃんとデートを楽しんでくっから!」

看板娘「すみません、三人で楽しんでたでしょうに……」



老人「ひょひょ、かまわんよ。近頃、おぬしらは互いに発情しまくってたからのう」

少年「子作り頑張ってね!」



剣士「もう少しマイルドな表現使えや!」

看板娘「あら、そうですか? 私は期待してますけど」

剣士「ちょっ……!」

老人「ワシらのことは気にせず、楽しんでくるとよい」

少年「うん、そうだよ! 遠慮しないでよ!」

老人&少年「だってよ……」

老人&少年「俺たち……“家族”だろ?」キリッ

老人「ひょっひょっひょっひょっひょ!」

少年「へっへっへっへっへ!」

剣士「…………!」ビキビキッ

剣士「ジジイ! ガキ! 叩き斬っちまうぞ!」







                                 ― おわり ―

完結となります
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