「お前が次の『サンタクロース』だ!」 (8)


世の中には、一般には知られていない真実というものがある。
得てして真実に近いものほど淘汰され、後には細々とオカルトチックな噂話が広がるのみだ。

例えば、『サンタクロース』は両親ではない。
だが、『居る』。
それも『たくさん』。
紅い服を着て白い髭を生やしてトナカイに乗っているイメージは世界共通だろうが、本物のサンタに聞くと、恐らく皆こう言うだろう。

『あーそんな奴も居るのかもな。俺は違うけど』と。

サンタと言う奴は世界中に存在していて、働いていたり上司に怒られてたりコンビニで飯を買っているのだ。
人間に擬態……は言いすぎだが、年中普通の人間と同じような生活を送っている。

そしてサンタクロースが聖夜にプレゼントを届けるのも、もはや当たり前のイメージとして広がっているのだろう。

これは正真正銘の『デマ』だ。
恐らく世のサンタたちが最もひた隠しにすべきは、その仕事内容だからだ。

「……どうしたのおじさん、サンタクロースなんでしょ。僕の魔法を消すんじゃなかったの?」

「うっせークソガキが……今すぐ普通の子に戻してやんよ……!!」


改めて真実を説明しよう。
『サンタクロース』とは、選ばれた幾名で構成された組織の総称。
またそこに在籍する全ての人間の呼称である。

その仕事内容は、『魔法に覚醒した者の鎮静化、またその魔法の停止』。

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そして1サンタクロースとして活動しているこの男、神崎 誠(24 商社勤務 彼女無し)。
魔法に覚醒した神奈川県の小3を相手に現在、劣勢を強いられていた。

「ハァ、何だこの威力……強ッえーんだよ最近のクソガキは!」

「あれれ?おじさん、どこに隠れたの?早く出てきて一緒に遊ぼうよ」

「ホントに厄介な魔法覚醒させやがって……!いっそ殺した方が何倍も楽だ……!」

こんなんで死んだらマジで恨むぞ、前任のジジイ。
化けて出させてぶん殴ってやる。

「さて、あんまり時間ねぇか」

「もーーーーいーーーーかい!」まーーーー」

12月7日午前0時38分。場所は神奈川県にある某公園。
覚醒した時間帯が深夜で助かった。あんまり人目がない。

公園までは『楽しくなって』出てきたんだろう。
そりゃそうだ、こんな魔法なんて十分すぎる遊び道具が降って来たら、まず力いっぱい使ってみたくなる。

「子供は寝とけよ全く」

  リビングマーチ
【羊と踊る夢】……とか言ってたな。
一通り戦った感じだと、ぬいぐるみを操る魔法、複数のぬいぐるみで可、またぬいぐるみの強度も変えられる、と。

対物理攻撃ははっきり言って苦手だ。
俺の魔法もたいがいひでえもんだが、流石に相性が悪い。

仙台さん呼んでいいかな。


スマホを手に取り、簡単な操作をした後耳に押し当てる。
流石に起きてんだろ。

と思っていたら、1コールで通話口から声が聞こえた。

「あーもしもし仙台さ」

『悪いのう応援なら無理じゃ!今広島で三つ子の相手しよるけんの!ガハハハハハハ』

ピッ。

全然笑えない……ってかあの人どうやって電話に出たんだ?
後ろの方で轟音が鳴ってたのはなんとなくわかった。

仙台さんの話はさておき、こっちも割とシャレにならない事態になった。
あんなの一人で相手しなきゃいけないのか。

「アハハ、おじさんみ~つけた!」

「?!」

ぬいぐるみ!
索敵にも使えんのかよ!

慌てて飛び出すと、そこにはにっこり笑顔の小3が立っていた。
周りには様々なぬいぐるみを従えている。

覚醒したのがもっとさばさばした女の子だったら良かったのに。

「マジで厄介な……サンタクロースに欲しいぜ」

「塀の裏とかベタすぎるよぉ、もっと考えて隠れないと」

「はは、じゃあ次は鬼ごっことかするか?あ?」

装填。
俺は自然体に腕を広げ、ゆっくりと両腕に『風を溜めていく』。

 カゼシキニゴウ
【風式弐号】

非常に簡単に言ってしまえば、風を操る魔法だ。
他に比べてどうという事はないが、突出した火力はない。

ただ受け継いだ力がこれだったから、仕方なく大切に使い続けてきた魔法だった。

「さて、負ける用意はいいかお嬢ちゃん」

「ふふ、おじさん面白い事言うね」

ぬいぐるみが体勢を低くした。
来る!

「あたしがサンタクロースに負けるわけないでしょォオオおおおおッ!!」

人間の出せる初速を遥かに超えて、人形たちが猛然と襲い掛かってきた。
もちろん、全てを相手にする時間も余裕もない。

俺は腕に装填した『風』を二つとも前に差し出し、風圧で壁を作った。

「っうそぉ?!」

「……強い力だったんだがな」

人形たちは簡単に吹っ飛んで、力なく女の子の後ろに落ちた。
手足はもがれ、中野渡が丸見えなものも多い。

「嘘……何で……」

「その魔法は人形を操る力であって、人形自体のスペックを上げる魔法じゃないんだよ。ま、お嬢ちゃんが鉄人28号とか持ってなくてよかった」

「クソ、皆何してるの!動いて!早く!早くしないとサンタが――――」

「おやすみ」


キィン!

女の子の頭にぽんと手を置くと、ふっと電池が切れたように意識を失う。
同時に頭からすり抜けて地面に落ちたのは、光り輝く球。

この子を暴走させた原因、『魔法の欠片』だ。

「おっと!」

倒れないように抱きかかえながら、女の子から出た『魔法の欠片』を小瓶に回収した。

「全く、サンタやるのも楽じゃねぇ……っと!」

懐から取り出した携帯で、とある機関の番号をプッシュする。
しばらく後、向こうから落ち着いた女性の声が聞こえた。


『はい、こちら「サンタクロース」日本支部です』

「あー俺だ、神崎だ。神奈川で魔法【羊と踊る夢】の回収、完了した」

『何だまこっちゃんかー、OKOK了解!後で送っといて!』

「はいはい、報告はしたぞ」

『うっすうっすー!』


ピッ!

電話をポケットに戻し、ため息を一つつく。
背中に女の子を背負い、足元で無残に切り裂かれた人形に目をやった。

「……本部に申請したら、金出るかな……」

なけなしの金と共にドン・キホーテに行く決意を固めると、俺は重たい足取りで公園を後にした。
せめて安い値段で、女の子が喜びそうな人形があればいい。


「んで、この請求書……と」

「子供の夢を叶えるのがサンタさんの役割だと思うんだ」

「ア゛――――ホ゛――――ッ!!世界中の子どもにこんだけ貢いでたら他のサンタが餓死するわ!!」

「そう言うな、相手の魔法がぬいぐるみを操る感じでな」

「切り裂く以外にも無力化は出来るでしょうがッ!全く、まこっちゃん成果はいいのに損害賠償でチャラ以下なんよなー、毎回」

汚い路地裏で金勘定をする二人。
端から見れば明らかに不審者だが、我々は正義の味方の代表格であることを重々念押ししておきたい。

「経理やってる本部の身にもなってよね」

「いつも悪いな、ツカサ」

この女性の名は藤村 司(フジムラ ツカサ)。
優秀な若手サンタクロースとして、かなり将来を期待されている一人だ。

同期ではあるが、ほぼ飛び級のような形で出世した彼女の胸には四つ星のエンブレムが光っている。
この歳で着けている人を他に見た事がない。

エンブレムの星は、サンタクロースとしての単純な『実力』を評価したものだ。
魔法そのものの強さだけでなく、現場指揮や事後処理の能力も評価の対象に入る。

サンタクロースとしての報酬である『基本的生活の保障』には星による差異はないが、複数人のサンタで赴く案件などには星の数が大きく関わってくる。


ちなみに彼女は近くの病院で看護師をしている。
ホントにサンタは世界中のどこにでもいるもんだ、と初めて会った時は驚かされた。

いつもは看護服だが、今日は休みなのか落ち着いた水色のワンピースを着ていた。
栗色の髪によく似合っている。

容姿の整っている彼女は、他のサンタクロースから、引いては魔法の異常覚醒者にまで言い寄られることもしばしばという。

「そうそう、仙台さんが三つ子あっさり倒して噂になってるわよ」

「あー……」

「? 知ってたの?」

「応援に呼ぼうとしたら戦ってる真っ最中だった」

「えッ あの人どうやって電話に出たのよ……」

 リビングマーチ
【羊と踊る夢】との戦いで応援に呼ぼうとしていた仙台、という人物。
本名を仙台 仙十郎(センダイ センジュウロウ)と言い、サンタの中でも相当の古参だ。

俺が出会った初めてのサンタクロースでもある。


「私は一回本部に戻るよー!まこっちゃんどーする?」

「ああ、俺はまだ仕事が」


!!!

身体機能すべてが警報を上げるような感覚。
サンタになって随分立った気もするが、未だに馴れない。


「まこっちゃん、今」

「どっかで魔法が覚醒した奴がいるな。一般の被害が出る前に叩くぞ」

「うん!」

ほしゅ

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