エレン「ここに穴があります」 (16)


ここに穴があります。

俺の目の前に。

間違いなく穴です、俺の目にはそう見えます。

巨人が入ってくるのに、ほどよい高さと幅に開けられています。


俺が覚えている限りでは、……5年前からあります、

そしていまも、俺の目の前にあります。

間違いなく、あります。

巨人が入ってくるのに、ほどよい高さと幅に開けられています。



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いまから俺は、この穴を塞ぎます。

塞いだ瞬間から、これは「穴」ではなくなります。

そうなれば、

俺はもう、「ここに穴があります」とは言えなくなる。


ここに穴が「あった」とでも、俺は言うしかないでしょう。



みなさんは、どう言うのですか。


「ここに穴があった」

「ここに穴はない」

「これは穴ではない」

「ここに穴はなかった」

「これは壁である」


・・・・・・




重ねて言います。



いまから俺は、この穴を塞ぎます。

塞いだ瞬間から、これは「穴」ではなくなります。

そうなれば、

誰ももう、「ここに穴があります」とは言えなくなる。


そして、


ここに穴が「あった」と、みなさんは言うのですか?



いまから俺は、この穴を塞ぎます。


俺が覚えている限りでは、確か、

5年前からここにある……この穴を。


みなさんの記憶ではどうでしょう?


ちょっと俺を助けてください、本当にこの穴は、5年前からあったのですか?

その前には「なかった」のですか?


それは間違いないことなんですか?


俺にいま、間違いなく言えるのは、

俺の目の前にこの穴が確かに「ある」、ということだけです。

だから塞ぐんです。





正直に言いましょう。

俺はバカなので不安です。

塞いだ瞬間、「穴」は世界から消え失せる。

消え失せたら、

ここに「穴」が「あった」と、きっぱり言えるんでしょうか、俺は。



いや、ちょっと待ってください。


俺が覚えている通り、

5年前以前にこの穴がなかったなら、どうしてこの穴はできたんでしょう?

誰かが、何かの意図で開けたんでしょうか?

とぼけるんじゃない、お前は知ってるだろうって?

いいえ。俺は知りません。

本当に知らないんです。

俺が知ってると思うのは、みなさんの早合点です。


よく考えてみてください。

「なぜこの穴はできたのか?」

そんなこと、俺に分かるわけないじゃないですか!




「俺が開けたんじゃない」ってことさえ、バカな俺が覚えてる限りのことです。

みなさんはどうです?

「自分が開けたんじゃない」っておっしゃるなら、

それもみなさんが覚えてる限りのことですよね?



そもそも「穴」って何なんですか?


「なくてもいいもの」

「あってはならないもの」

「忌まわしいもの」

「おぞましいもの」

「呪わしいもの」

「呪われたもの」


だから塞がないといけないんですね!


だから俺はここに立ってるんですね!


ええ、それは間違いないことのようです。

間違いないことの。



この穴が世界にあらわれてから、

血が流れました、

涙が流れました、

間違いなく。

ええ、多分、間違いなく。


俺の涙も流れました。

みなさんの涙も流れたでしょう?

みなさんと同じように、俺が流した涙は血の色をしていました。

ガキが調子づくな、とのお叱りはごもっともです。

みなさんが流した涙の血の色は、俺の何倍も赤かったでしょう。



でも涙は流れていきました。川の水と同じように。

血の色をしていようがしていまいが、流れ去ってここにはありません。

もう、影も形も。

確かなのは、俺とみなさんが覚えていること、そして


現在も「穴」が実在する、ということです。



だから俺はいま、ここにこうして立っているんです!




ですが、

俺はバカなので不安です。



涙が血の色をしていたことを、

俺は覚えていられるんでしょうか?

いま、俺の目の前にある穴が無くなったあとでも。


みなさんはどうです?


バカな俺が忘れてしまわないように、

しっかりと言い聞かせてくれますか?

「お前の流した涙は確かに血の色をしていた!」と。

俺の目から目を逸らさずに、言いきってくれますか?


俺が、流した涙の色を忘れそうになったら、

横っ面をひっぱたいて、肩をつかんで揺さぶって思い起こさせてくれますか?


そう約束してくれますか?


「涙は赤くない。血の色などしていない」

えらそうにほざく奴があらわれたら、俺の目の前で張り倒してくれますか?



でも、みんな未来のことです。

まだ何も、何一つ、起きていないことです。


いまは、俺の目の前に穴があります。

実在しています。

「しっかりと」「ゆるぎなく」実在しています。

巨人が入ってくるのに、ほどよい高さと幅に開けられた穴が。

いま、ここに立っている俺の目に映っています、間違いなく。


そして俺が記憶してる限りでは、5年前からここにあります。


いまから俺は、この穴を塞ぎます。

俺が塞げば、ここから「穴」はなくなります。


いろいろな言いかたがあります、多分。


「ここに穴があった」

「ここに穴はない」

「これは穴ではない」

「ここに穴はなかった」

「これは壁である」


どんな言いかたでもいいと思います。



ただ、それ以外にひとつだけ、確かなことがあります。


いまから俺は、この穴を塞ぎますが、



「ここに穴があった」

「ここに穴はない」

「これは穴ではない」

「これは壁である」


……未来永劫、みなさんがそう言えることまでは保証できません。

そんなこと俺は約束できません。

そんなこと俺に求めるのは筋違いです。




重ねて言います。



いまから俺は、この穴を塞ぎます。



よろしいんですね?





終わり

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