提督「鎮守府が臭い」 (91)

小ネタをいくつかと。
糞スレ注意。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1449403023

--執務室--

提督「なぁ、大淀。窓を開けてくれないか?」

大淀「提督、またですか?」

提督「すまない、乾燥に弱くってな」

大淀「いい加減、加湿器を買われては?」

提督「どうも加湿器はなぁ……」

大淀「そろそろ寒くなってきましたし、あまり頻繁に窓を開けていてはお身体にさわりますよ?」

提督「ああ、気をつけるよ」

大淀「うう、窓を開けると寒いですねぇ」

提督「そうだな、やっぱり加湿器を買うか……強い消臭機能付のやつを……」

大淀「え?提督、何かおっしゃいました? 声が小さくってよく……」

提督「気にするな、やっぱり加湿器を買おうかって話だ」

大淀「そうですよ、買いましょう、加湿器」

提督「そうだな、今度の休みにでも、見に行ってみるか」

大淀「あっ、そういえば、そろそろ第一艦隊が帰還する時間ですね」

提督「……そうか……」

大淀「?」

提督「すまんが、少し執務室を空ける。もし俺がいない間に金剛達が帰ってきたら、代わりに報告を聞いておいてくれ」

大淀「わかりましたが、なるべく早く戻ってくださいね? 今日の仕事はいつもより多いので」

提督「了解」

--鎮守府内・廊下--

提督「ふぅ、ようやく鼻で呼吸ができる。この廊下が俺の唯一の癒しだよ……」

吹雪「あっ、司令官!」

提督「ん? ああ、吹雪か」

吹雪「どうしたんですか? なんだか顔色もあまりよくないですよ?」

提督「……吹雪、お前、口が固い方か?」

吹雪「え、ええ」

提督「……そうか……。実はな……初期艦のよしみで、相談にのって欲しいことがあるんだ」

吹雪「なんだかすごく深刻そうな顔をしていますが……」

提督「ことは鎮守府の存亡に関わる……というか俺の生死に関わることだ」

吹雪「ええ!? し、司令官、まさか病気とかですか!?」

提督「いや、至って健康だ。何なら今からグラウンド10周だってできるくらいだ。……だが今は……その健康さが問題になっているのだ……」

吹雪「んん? どういうことですか? 健康が問題?」

提督「詳しくはここでは話せん。別室に行こう」

--提督私室--


提督「吹雪、緑茶でいいか?」

吹雪「はい!」

提督「実はいい茶葉が手に入ってな」

吹雪「なんだかとってもいい香りがします」

提督「……そうだな、いい香り、だ……」

吹雪「それで司令官、さっきの相談ってなんですか?」

提督「吹雪……最近、大淀・金剛・比叡・榛名・霧島・翔鶴・瑞鶴に会ったことは?」

吹雪「い、いえ、ありませんけど……」

提督「そうか……」

吹雪「大淀さんたちがどうかしたんですか?」

提督「実はな」

吹雪「実は?」

提督「大淀たちの足が臭い!」

吹雪「へ? あ、足が臭い?」

提督「そうだ、それもただ臭いんじゃない。“ものすごく”臭いんだ」

吹雪「え? ああ、え?」

提督「吹雪、お前は奴らの側に寄ったことがないだろう。だから俺のこの気持ちはわからないかもしれない」

吹雪「は、はぁ……」

提督「俺もそれなりに年齢を重ねている。だから“女の子はいい匂いがするに決まっている”なんて幻想を持ち合わせているわけではない」

吹雪「そ、そうですか……」

提督「吹雪、今挙げた面子の共通点がわかるか?」

吹雪「え? え〜と……大淀さん、金剛さんたち4姉妹、それに翔鶴さんたち姉妹ですよね?」

提督「そうだ」

吹雪「う、う〜ん……ブ、ブーツ、ロングブーツとかですか?」

提督「それだ、吹雪!」

吹雪「で、でも、ロングブーツを履いている人達って他にもいますよね、明石さんとか?」

提督「その通りだ。だが、他は問題ない。まぁ、ブーツを脱いだらわからんが、少なくとも大淀たちのように、ブーツを履いたままでも臭うということはない」

吹雪「じゃ、じゃあなんで……」

提督「吹雪、俺は“女の子はいい匂いがするに決まっている”なんて思ってはいないと言ったな?」

吹雪「あ、はい、そうでしたっけ?」

提督「そうなんだ。だが!」

吹雪「だが?」

提督「俺は女の子には常にいい匂いでいて欲しいと思っている人間でもあるんだ」

吹雪「……なんのカミングアウトですか……」

提督「吹雪、わかるか、俺のこの気持ちが!?」

吹雪「正直言ってわかりたくもありませんが、わかるような気もしなくはないです……」

提督「そうか、わかってくれるか」

吹雪「いえ、完全にわかったわけではないですよ? 司令官とは一緒になりたくないです」

提督「そうかそうか、わかってくれるか、俺のこの気持ちが」

吹雪「いえ、ですから……はぁ、もういいです……」

提督「吹雪、他の鎮守府には無くて、この鎮守府にあるものが何かわかるか?」

吹雪「え? 頭のおかしい司令官の存在ですか?」

提督「違う。確かに俺は天才型で周囲に理解されにくい部分もある。だが、そうじゃない」

吹雪「じゃあ、無駄にポジティブ思考で、頭のおかしい司令官の存在ですか?」

提督「吹雪、いくら初期艦とは言え、あまり俺を褒めるな。褒めても緑茶以外出せるものはないぞ」

吹雪「……誉めてはいませんが……まぁいいです。で、この鎮守府にはあって、他には無いものってなんですか?」

提督「それは……」

吹雪「それは?」

提督「下駄箱だ」

吹雪「下駄箱?」

提督「そうだ、俺はさっきも言ったように女の子には常にいい匂いでいて欲しいと思っている人間だ」

吹雪「そうでしたね、正直聞きたくありませんでしたけど……」

提督「だから俺は1人につき、6足の靴を収納できる下駄箱と、もちろん入れるための靴も6足用意した」

吹雪「ああ、そういえばそうでしたね」

提督「そうだ。たかだか靴とは言え、艤装の一部。一人一人異なる、いわばオーダーメイドだ」

吹雪「そういえば司令官、制服も5着分用意してくれていましたね」

提督「その通りだ。毎日同じ服では臭いがつくからな」

吹雪「そうですね」

提督「そして足はもっとも汗腺が多いところでもある」

吹雪「そうなんですか?」

提督「まぁ、はっきり言って一日中靴を履いていれば蒸れる。蒸れたら、乾燥させなければならん。そうしなければ臭うからな」

吹雪「あれ? じゃあ、6足も履き回せば乾燥して臭わないんじゃ?」

提督「その通りだ。だから俺は多少の台所事情の圧迫にも耐え、全艦娘に履き回す分の靴を与えた。だからこれで俺の周りの女の子は全員いい匂いがするはずだった……」

吹雪「私、この鎮守府に来て、制服が毎日着替えられるのは司令官が女の子の気持ちをわかってくれているからだ。いい司令官のところに来れたと少しは尊敬していたんですが……」

提督「そうなのか?」

吹雪「ええ、まさか司令官自身の欲望のためとは思わなかったので……」

提督「まぁ、それはいい」

吹雪「いえ、よくないです。私、今日、この部屋に来てしまったことをとっても後悔しています」

提督「そうか、まぁ人生いろいろある。だが、今はそんなことは瑣末な問題だ」

吹雪「そうなんですか?」

提督「そうだ」

吹雪「ではそういうことにしておきます」

提督「では話を続けるぞ?」

吹雪「はい」

提督「そう、俺の鎮守府内いい匂い化計画がうまく行きかけたところまで話したんだったな?」

吹雪「……変な作戦名ですね、今更驚きもしませんが……」

提督「そう、俺の鎮守府内いい匂い化計画はうまくいくはずだったんだ。艦娘は毎日洗濯した服と乾燥した靴を履けて幸せ、俺はいい匂いの女の子に囲まれ幸せ。まさに理想的な環境、winーwinの関係だ」

吹雪「そうですね、前者だけなら最高の鎮守府だったと思います」

提督「しかし、そうはならなかった。なぜだと思う?」

吹雪「なんとなく予想できてきました」

提督「そうだ、おそらく吹雪が思っている通りだ」

吹雪「金剛さんを思い出してなんとなくわかりました。中破するたびに“Shit!提督に貰った大切な装備が!”って言ってますからね」

提督「その通りだ吹雪。金剛なんかが顕著で、“提督にもらったブーツを踏みつけるなんてとんでもないデース。だから妹たちにも、大本営から支給されたものしか履かないように言いマシタ!”なんて、笑顔で報告に来た」

吹雪「やっぱり」

提督「これで俺は悟った。俺の鎮守府内いい匂い化計画の頓挫を」

吹雪「その計画はどうでもいいですが、確かに臭いは問題ですよね。一緒に出撃する私たちにも影響しますし」

提督「いや、鎮守府内いい匂い化計画の達成は喫緊性を有する最重要課題だ」

吹雪「……そういうことにしておきます。でも、金剛さんたちはともかく、大淀さんや翔鶴さんたちはなんで履き替えないんですか?」

提督「それも青葉を使って調べさせた」

吹雪「青葉さんを? でも青葉さんの新聞にはそんな話、載ってませんでしたが……。青葉さんなら何でも記事にしそうなのに」

提督「ああ、それはな」

吹雪「それは?」

提督「大淀を調査させたときだ。大淀が私室で何をしていたと思う?」

吹雪「大淀さんですか? う〜ん、ちょっと想像できないです……」

提督「大淀は俺が渡したブーツを抱きしめ、しちゃいけない顔をしていたらしい……」

吹雪「え!? あの大淀さんがですか!?」

提督「青葉から聞いたとき、俺も今の吹雪みたいな反応だったさ」

吹雪「だってあの大淀さんですよ? 職務に忠実であること大淀の如しと言われた大淀さんですよ?」

提督「その言い方はどうかと思うが、まぁ真面目ではある」

吹雪「そんな大淀さんがまさか……」

提督「いや、最初は俺もそう思った。だが、写真を見せられ、真実だと悟った」

吹雪「人って見かけによらないものなんですね……」

提督「いや、まぁ、見かけ通りと言えないこともない……」

吹雪「そうなんですか?」

提督「少し前のことだ。大淀とケッコンカッコカリをしただろ?」

吹雪「そういえばそうでしたね」

提督「その少しあとだったよ。“私、ずっと見ていたんですよ。気づいていました?”って大淀に言われたのは……。そのときは何とも思わなかったが、その話を聞いたあとだと……」

吹雪「……艦娘もいろいろあるんですね……」

提督「まぁ、ともかく、だ」

吹雪「そういえば翔鶴さんたちもでしたね」

提督「ああ、こっちも青葉が調べてある」

吹雪「翔鶴さんたちは何となく想像がつきます……」

提督「そうか……」

吹雪「瑞鶴さんが普通に予備のブーツを履こうとしたら」

提督「翔鶴が凄まじい顔をして、“瑞鶴、まさか提督からいただいたブーツを足で踏むつもりなの?”と言って止めたらしい……」

吹雪「まぁ、そうだとおもいました……」

提督「見ていた青葉もビビって、これを記事にしたら自分が七面鳥になると思ったらしい……」

吹雪「金剛さんたちと同じパターンですか」

提督「ん? いや、金剛たちはもっと複雑だぞ?」

吹雪「え? さっき司令官が、金剛さんが他の姉妹を止めたって」

提督「ああ、そうだな。だが、あの姉妹はそんな一筋縄ではいかない」

吹雪「そうなんですか?」

提督「まず金剛が止めるだろ。そうすると比叡は無条件で従う。あいつはお姉様大好きだからな」

吹雪「ここまでは予想通りです」

提督「問題は下二人だ。榛名は最初、普通に履き替えようと思っていたようだ」

吹雪「榛名さんは割と常識人ですからね」

提督「しかしだ。金剛に、提督から貰ったブーツを踏みつけるなんて、と言われ、榛名は自らの迂闊さを悔やんだらしい」

吹雪「ああ、そういうことですか」

提督「そんな榛名を見て霧島は、“さすが金剛お姉様、私の計算通りの考えです”と言ったらしい。あいつは榛名に対するライバル意識があるからな。榛名は間違ったが、自分はまちがえなかったとアピールしたかったのだろう」

吹雪「霧島さんの計算はよくわかりません……」

提督「安心しろ、俺もよくわからん。まぁ、兎にも角にも、榛名はこれがきっかけで、大本営から支給されたブーツ以外は絶対に履かないようになってしまった。もちろん他の姉妹もだが」

吹雪「皮肉ですね……みなさん、司令官を愛するが故に、ブーツを履き替えないというのに、それがかえって司令官の好みと逆行することになっているとは……」

提督「わかってくれるか、吹雪!」

吹雪「はい、今わかりました。今日の第一艦隊は金剛さんたち4姉妹と、翔鶴さん姉妹ですね!?」

提督「そうだ!」

吹雪「さっきから牛乳を吹いて放置した雑巾みたいな臭いが、この部屋まで臭ってきてます……」

提督「ああ、なにせここ最近は、一発の砲火も交えることなく深海棲艦を撤退に追い込む第一艦隊だからな」

吹雪「……中島敦の名人伝みたいな艦隊ですね……」

提督「……それが問題なのだ……。あいつらの足が臭いおかげで、この鎮守府内の評価は高まっている。それに俺には、女の子相手に、足が臭いと言える勇気もない……」

吹雪「諦めましょう、司令官。女の子も生き物です。臭いものは臭いんですよ……それがそれに、生きているという証でもあります」

提督「生存の証明というわけか」

吹雪「そうです、死んだらこの臭いすら無くなるんです。それを思えば……」

提督「確かに俺たちは戦争の最中にいる。いつ死ぬかわからない身だ。それを思えば、生きている実感を感じられるこの臭いが素晴らしいものに思えてきたぞ!」

吹雪「そうですよ、司令官。この臭いは素晴ら、すば、すばら……え、エチケット袋、あ、ありますか?」

提督「ゲロゲロゲロゲロゲログボボゲロロロロ。う、はぁ……。俺の使ったものでよければ……」

吹雪「も、もう、そ、それゲロゲロゲロゲロゲログボボゲロロロロ」


提督「鎮守府が臭い」完

頭が痛い。
ズキズキと痛む。
それに、ここは、どこだ……。
近くで聞こえる波の音。
俺は、ゆっくりと上体を起こし、周囲を見渡した。
雑木林の中。100メートルほど先には海が見える。
それにしても、先ほどから頭が痛む。
痛む箇所に手を当てると、血の滑りが感じられた。

--3日前--

大和「提督、大和は嬉しいです!」

提督「……そうか……」

大和「いろいろありましたが、またこうして提督と二人っきりで旅行に行けるだなんて♪」

提督「……すまなかったな、大和……」

大和「もういいんです、提督。こうして提督が再び大和のところに戻ってきてくれた。それだけで大和は十分です!」

--5日前--

大和「提督……大和が至らなかったからですか? 何かおっしゃってください。 至らないところがあったならなおします。必ずなおしますから……」

なんと健気なのだろうか。
原因は俺が金剛と浮気をしたことにある。
にも関わらず、目の前の大和は、俺ではなく、自分自身を責めている。
昔から大和はそうだった。
はっきり言って、大和に至らない点などない。
全てにおいて誰よりも、もちろん俺なんかよりも、遥かに優れていた。
それでいて俺には一歩譲ってみせるだけの慎ましさを持ち合わせているのだから、まさに大和撫子と言っていい、完璧な女性だった。
だから俺は、そんな大和に惚れ、ケッコンを申し込んだ。
その時の事は今でも忘れていない。
プロポーズに対し、桜の花がほころぶような笑顔を見せてくれた大和。
まさか本当に受けてくれるとは思わず、天にも昇る心地とはこのことかと思ったほどだった。
だが今は。
その完璧さが、そして浮気をした俺ではなく、自分自身に怒りの矛先を向けるある種気高さがただただ憎らしく思えるのだ。
大和と比べると、自分のあまりの矮小さに、ちっぽけさに耐えられなくなってくる。
そもそもこの苛立ちを大和に向けること自体が誤りなのだ。
俺こそ、今の大和のように自分自身にこの怒りを向けなければならないはずなのだ。
しかしそれでも大和が憎い。
完璧で美しすぎる大和が。
そしてその完全な存在と比べ、あまりに小さ過ぎる自分が。

提督「……すまなかった、大和。俺が悪かった。……許してくれとは言わない。だが、やり直してはもらえないか?」

大和「……提督……?」

提督「今度の休み、二人で旅行に行こう。新婚旅行で行った南洋の島に。そこからやり直して欲しいんだ」

俺は大和を旅行に誘っていた。
俺を取り戻すために。
大和の存在を抹消すことで、この惨めで矮小な自分も消す。
大和さえ居なくなれば、俺はこんなにも自身のちっぽけさを感じずに済むことだろう。
この旅行の提案をしたとき、大和は俺がプロポーズをしたときに見せた表情をしていた。
だが俺は、再びそのことに心をときめかせることはなかった。

--2時間前--

大和「提督、こうして夜の浜辺を歩いていると、新婚の頃を思い出しますね♪」

提督「そうだな、あの時もこうして手をつないで夜の浜辺を散歩したっけ」

大和「はい、大和にとっては一生の思い出です♪」


俺にとっても一生に残る思い出であった。
大和と一緒に慣れた嬉しさで、手をつないだままスキップをしだしたくなったほどの舞い上がりようだった。
だからこそ、この場所を選んだのかもしれない。
あの晴れやかでいて心を温かくする思い出も一緒に埋めるために。
俺は昼間、砂浜に穴を掘った。
人目につかない場所に。

大和「提督、覚えていますか? この場所」


忘れるはずもない。
あの時俺は、大和を人目のつかない場所へと誘導することで頭がいっぱいだった。
今思えば、その辺にいる中学生とそう大差ない思考だったと思う。
だが、あの時の俺は必死だった。
人目のつかない、ロマンチックな場所で、大和とキスをする。
その目的を達するため、俺は必死に調べ、この場所を見つけた。


提督「ああ、新婚旅行のとき、俺たちがキスをした場所だ」

大和「覚えていてくれましたか」


そう言って微笑んだ大和の顔が月明かりに照らされる。
ああ、なんて美しいのだろう。
そして俺は、なんと醜いのだろう。


提督「今夜は月が綺麗ですね」

大和「死んでもいいわ」


俺は握っていた大和の手を振りほどき、渾身の力で突き放した。

--現在--

手に血の滑りを感じながら、腕時計に月の光を当てた。
俺は先ほどから2時間も昏倒していたわけか。
誤算だったのは、大和の力が思ったよりも強く、手を振りほどききれなかったことだ。
ようやく思い出した。
大和と一緒に穴に落ちかけた俺は、パニックに陥った。
さらに慌てて、腕を振り回したことで、大和だけが穴に落ちたが、俺のパニックはおさまらなかった。
落ちた大和をそのままに、俺は近くの雑木林に飛び込み、そこで張り出した木の根に足を取られ、倒れ込むときどこかに頭をぶつけたのだろう。
おかげでまだ頭が痛む。
だが、今はそれどころではない。
このまま大和を放置するわけにはいかない。
しかし、2時間も経過している。
大和はすでに穴から抜け出しているのではないのか。
抜け出して、近くの警察署にでも駆け込んだのではないのか。
そうすれば俺もただでは済むまい。
いや、あの穴は深く掘った。
そう簡単には抜け出せはしまい……。
悲観と楽観とがせめぎ合う中、俺は立ち上がる。
眩暈を覚えたが、数回かぶりを振ることで追い出した。
どちらにしても急がなければなるまい。

穴の近くに戻る。
周囲に人影はない。
ということは、まだ警察には通報されていないということだろうか。
もし通報されていれば、こんなに静かではないだろう。
俺は一先ず胸を撫で下ろした。
あとは中に大和がいればいい。
結構深い穴だ。
落ちただけでも、当たりどころが悪ければ死ぬだろう。
悪くても気絶くらいはするはずだ。
そう自分に言い聞かせ、俺は穴を覗いた。


大和「提督、戻ってきてくれたのですね」


あり得ない方向から大和の声が聞こえた。
そして次の瞬間、俺は穴の底にいた。
周囲を土に囲まれ、ぽっかりと空いた穴。
その穴の上にいる大和。
ああ、なんて綺麗なんだ、と思った。
星空をバックに立ち上がり、穴を覗き込む大和は、さながら観音様のようであった。
流れ星が一条流れる。
その様は深い穴の底に垂れた蜘蛛の糸のようでもあった。
その瞬間、俺は全てを悟った。
俺には大和を殺せない。
そう、こんなに美しく清い存在を消すことなどできるわけがないのだ。


大和「提督、大和もすぐに提督の元へ参ります」


この穴を掘ったのも、俺ではない。
俺は昨日、穴を掘ることが出来なかったのだ。
全ては俺の妄想だったのか。
俺に大和を[ピーーー]ことなどできるわけがなかったのだ。
なんと情けなく、意気地がないことか。
しかし大和は穴を掘った。
俺を埋めるための穴を。
ああ、気高くも強く美しい大和。
たとえ勘違いの結果であったとしても、この場所に戻ってきてよかった。


提督「今夜は月が綺麗ですね」

大和「死んでもいいわ」


南洋の寄せてはかえす、優しい波音が耳をくすぐる。
俺は大和の美しさを感じながら、彼女に殺された。


提督「月が綺麗ですね」完

明日は暁ちゃんを主人公にした明るい話を書こうと思っています。
更新は多分、夜。

提督「というわけで今日は、暁が一人前のレディーかどうか、テストをしたいと思います」

響「ハラショー」

電「どういうことなのです?」

提督「今、我々はどこにいますか? はい、大淀くん!」

大淀「列車の中です」

提督「そう、我々は今、列車の中にいます。それは何故か。はい、金剛くん!」

金剛「提督と愛の逃避行をするためデース!」

提督「違います。では雷くん!」

雷「叙勲式? に行くためよね」

提督「クエスチョンマークが気になりますが、雷くんの言う通りです」

赤城「提督、このお弁当、もっともらえませんか?」

提督「とりあえず弁当箱を積み上げる赤城は無視します」

大淀「それにしても、大本営も大盤振る舞いですね。私たちのために、こうして列車を一編成貸し切ってくれるのですから」

提督「まぁな。俺たちだけでなく、他の鎮守府も主力艦まで総出で式典に呼びつけるんだ、変に自動車移動をさせてあちこち交通規制をかけるよりは、ってことだろう」

大淀「そんなことなら、他に予算を回してくれれば……」

提督「まぁそう言うな。戦線も落ち着きつつある今だからこそ、戦意高翌揚も兼ねて叙勲式を、という有難いお達しなんだからさ」

金剛「でも提督、いくら予備戦力を残しておるからって、全鎮守府の主力艦を一箇所に集めるのは危険ではナイデスカ?」

提督「……金剛、お前、何まともなことを言っているんだ? 悪いものでも食べたか? ほれ、エチケット袋。あとトイレなら2両先にあるぞ? 大丈夫か?」

金剛「提督は私をなんだと思ってるんデース!?」

提督「面白外人枠?」

金剛「そ、それはladyに対してあまりに失礼デース!」

提督「そうそう、今日は暁のレディーテストをするんだった」

金剛「て、提督! 私の話を聞いてくだサーイ!」

響「司令官、さっきから見ているそのモニターは何だい?」

提督「これか?」

電「暁ちゃんが映っているのです」

響「盗撮は感心しないな」

提督「これは青葉が設置した暁監視モニターです」

金剛「Hey 提督〜! 言ってくれれば、私の全てを見せてもよかったのに」

提督「あっ、興味ないんで結構です」

雷「それで司令官。暁を監視してどうするの?」

金剛「泣いていいデスカ? 私、泣いていいデスカ?」

提督「今日一日中、暁には提督代行として執務を行ってもらいます」

響「暁にできるのかい?」

提督「ぶっちゃけ事務仕事は期待してません」

電「じゃあ、どうするのです?」

提督「今日はお客様が鎮守府にやってきます」

大淀「そんな予定、ありましたっけ?」

提督「急遽ねじ込みました」

赤城「お菓子は? お客様にお出しするお菓子の残りはもらってもいいですよね?」

提督「残れば、な」

雷「で、お客様って誰なの、司令官」

提督「軍令部総長です」

金剛「What!? 軍令部総長ってあの軍令部総長デース!?」

大淀「提督!? 私、そんな話、聞いてませんよ!?」

雷「ねぇ響、そんなに偉い人なの? 軍令部総長って」

響「ハラショー。海軍大臣に並ぶ顕職だね」

電「大臣さんと一緒なら、きっとすごく偉い人なのです。はわわわ、暁ちゃんでは荷が重いのです」

赤城「雷さんと電さんはもう少し海軍について勉強しておきましょうね。ところで電さん、そのコロッケ、食べないならもらってもいいですか?」

提督「と言っても、もちろん本人ではありません」

大淀「驚かせないでください……」

提督「もし本人なら、暁が何かやらかした時点で俺の首が涼しくなります。なので今回は」

大淀「提督のことですから、そっくりさんを雇ったとかそのあたりでしょうか?」

提督「大淀くん、100ポインツ! そっくりな劇団員がいたので、今日一日協力してもらうことになりました。ちなみにその劇団員は俺の知り合いです」

響「つまり暁がその軍令部総長のそっくりさんをうまく持て成せるかどうかをこのモニターで見るってわけかい?」

提督「まぁ、そういうことだ」

電「はわわわ、びっくりしたのです」

雷「司令官、見て。暁が起きたみたいよ」

提督「おっ、ようやくスタートか」

-- 鎮守府--

暁「……響? ……雷? ……電?」

「………………」

暁「……あれ、誰もいないの?」

「……………」

暁「そっか、今日はみんな司令官と一緒に大本営に呼ばれてるんだっけ……。さ、寂しくなんかないし! あれ? 何かしら、これ」

『今日は暁が提督代行だからよろしく。提督』

暁「な、なによこの手紙! わ、私が司令官の代わり!? って今何時!? じゅ、10時!? レディーは速攻で朝の準備をするわ!」


--執務室--


榛名「では、これより第二艦隊は予定どうり遠征任務に就きますね、提督代理」

暁「よろしくお願いしますのです」

比叡「ひぇぇ、金剛お姉様がいないといまいち気合いが……」

霧島「ほら、比叡お姉様、行きますよ」

比叡「ひぇぇ」


[1時間後]

長門「久しぶりの演習、胸が熱いな」

大和「そうですね、今日は戦艦同士の艦隊決戦。大和も楽しみです」

武蔵「うむ、久々に私も暴れさせてもらおう」

陸奥「それじゃあ提督代理、第三艦隊は演習任務に就くわね。吉報を期待しててね。夕方には戻ってくるわ」

暁「お願いするのです」


[さらに1時間後]

暁「べ、べつに暇なんかしてないし。それにしても……司令官ってこんなに暇なのね、ふぁ、少し眠くなって……すぅすぅ」

ピンポーン

ピンポーンピンポーン

暁「ふぇ!? ね、寝てないし! ってさっきから何かしら? お客様? い、急がなきゃ!」

--列車内--

提督「お、ようやく本番だな」

金剛「本物の総長みたいデース」

提督「だろ? 俺も初めて会ったとき、思わず敬礼しちまった」

大淀「でもこれ、護衛の数もすごいですよ?」

金剛「ま、まさか本物デース!?」

提督「いや、それはない。だって俺たちは今どこに向かっている?」

金剛「温泉宿デース! 不倫は鄙びた温泉宿と決まってマース! 榛名が見ていたdramaでやってマシタ。だからこれから提督としっぽりと……」

提督「榛名……」

大淀「確かにそうですね。軍令部総長がこれだけ盛大な叙勲式にいないわけないですし」

提督「まっ、そういうことだ」

金剛「Oh! 淀にも無視されマシタ!?」

大淀「大淀です」

響「司令官、暁がコーヒーを出すみたいだ」

電「暁ちゃんのコーヒーは甘すぎるのです……」

雷「暁スペシャルはもうコーヒーじゃないわ」

提督「スティック砂糖7本だっけ?」

電「なのです……」

金剛「総長のそっくりさんも微妙そうな表情デース……」

赤城「砂糖とかコーヒーとか言っていたら、デザートが食べたくなってきました。私、皆さんの分を買ってきますね」

提督「ん? その手はなんだ、赤城」

赤城「ですから皆さんの分を私が買ってくるので財布を」

提督「お前に財布を渡したりしたら、あるだけ買ってくることは目に見えている。それに、車内販売分は、もう全部お前の腹の中だよ、赤城」

大淀「そう言えば赤城さん、お土産用のお饅頭まで食べてましたよね」

提督「というわけで、この列車内に食べ物はもうない」

赤城「そ、そんな……」

響「ところで司令官、さっきから警報が鳴っているけど大丈夫かい?」

提督「ん? ああ、そう言えばそうだな。音はどこからだ?」

大淀「どうやらスピーカーから聞こえてくるので、鳴ってるのは鎮守府ですね」

金剛「ち、鎮守府デース!?」

大淀「スピーカーから聞いただけですが、どうやら第四艦隊が深海棲艦を発見したようですね」

提督「数は?」

大淀「戦艦2、重巡3の計5杯です」

提督「なら問題ないだろ」

赤城「鎮守府には、ビスマルクさん、オイゲンさん、イタリアさん、ローマさんも居ますからね」

大淀「ま、待ってください提督!」

提督「大淀らしくもない、慌ててどうした?」

大淀「演習から帰還中の第三艦隊も鎮守府に向け進撃中の深海棲艦を発見したとのことことです!」

提督「ほう、で、数は?」

大淀「先ほどと同……いえ、高速戦艦2、重巡3の編成です!」

提督「となると、長門達では追いつけないか」

電「はわわわ、倍近い数なのです!」

雷「司令官、どうするの!?」

提督「どうもこうも、このカメラは受信専用だしな。それにほら」

大淀「スマホも圏外ですね……」

響「報道管制が間に合わなかったようだね、すでにラジオでニュースをやっているみたいだ」

提督「なるほど、それで基地局がパンクしたか」

雷「じゃあ軍事用の回線は?」

提督「普通の旅客列車にそんなものを積んでいるとは思えん」

電「ど、どうするのです? こ、このままじゃ暁ちゃんが……」

大淀「……提督、さらに悪い知らせです」

雷「今度は何!?」

大淀「遠征から帰投中だった第二艦隊がさらに深海棲艦を発見したようです……」

響「数は?」

大淀「戦艦1、重巡2、軽巡3です。残念ながら第二艦隊の残弾は、戦闘に耐え得るほどはないそうです……」

提督「つまり合計15杯の深海棲艦が3方向から我が鎮守府を目指して進撃中ってわけか。しかもそれを、暁を含めて6杯の艦娘で迎え撃つしかないってわけか」

大淀「距離から計算して、1時間保たせれば、第三・第四艦隊が増援に間に合います。更に30分あれば、第二艦隊の補給が終わり、戦闘に参加可能です……」

金剛「Oh……」

提督「ま、なんとかなるだろ」

響「本当かい、司令官」

提督「たぶん大丈夫!」

響「……司令官、暁は私たちの大切な姉妹だ。いくら司令官でも、間違いは許さない」

提督「響……。雷も電も聞いてくれ」

雷「……」

電「……」

提督「俺は、お前達を信頼している。多少の悪戯心があったことは確かだが、暁には提督代理が務まると思ったからこそ、留守を任せてきた。それはどんな状況になっても揺らぐことのない、嘘、偽らざる俺の思いだ」

響「……そうか、司令官。まだまだ子供っぽいところがあるが、暁は私たちの姉だ。私たちも暁を信じようと思う。暁を信じてくれた司令官を信じようと思う」

雷「そうね、本当はもっと私に頼ってほしいところだけど、今は暁を信じるわ!」

電「電も暁ちゃんを信じるのです!」

--鎮守府・執務室--


オイゲン「ビスマルク姉さまがアトミラールさんの代理人になるべきです!」

暁「でも司令官からの手紙には……」

オイゲン「ビスマルク姉さまは戦艦ですよ!? それにその手紙は平時に書かれたもの。今は非常時。倍以上の深海棲艦がこの鎮守府に迫っているんですよ!?」

暁「で、でも……」

オイゲン「デモもストもありません! ビスマルク姉さまこそが、ア」

ビスマルク「控えなさい、オイゲン」

オイゲン「!? で、ですがビスマルク姉さま!」

ビスマルク「この手紙をご覧なさい。ふざけた文面ではあるけれど……確かにアトミラールの署名があるわ」

オイゲン「で、でもぉ……」

ビスマルク「オイゲン、貴方の気持ちは嬉しく思うわ。でも、軍人である以上、序列を乱すようなことは絶対にあってはならない。アトミラールの代理は暁よ」

オイゲン「……はい、申し訳ありません、ビスマルク姉さま……」

ビスマルク「わかればいいわ」

オイゲン「それと暁……。取り乱しちゃってごめんなさい……。プリンツ・オイゲン、以降は暁の指示に従います」

暁「べ、べつに気にしてないわ」

ビスマルク「それで暁、これからどう」

護衛A「貴様ら! こんなところで何をのんびりとしておる!」

ビスマルク「急に入ってきたかと思えば……。いったい貴方は誰?」

護衛B「そんなことはどうでもいい! お前では話にならん。さっさとここの責任者を出せ!」

ビスマルク「今の責任者は、そこにいる暁よ」

護衛A「ハハハハハッ、面白い冗談ではあるが、今はそのような冗談に付き合っている暇はない。これ以上我らを愚弄するな。愚弄すれば……どうなるかはわかっている、な?」

ビスマルク「今の責任者は暁よ。これは冗談でも、愚弄しているわけでもないわ」

護衛B「馬鹿を言うな! どう見ても駆逐ではないか。駆逐は艦ですらない。そんな者にまともな戦争指揮ができるわけがあるか!」

護衛A「ここの鎮守府の提督は無能の極みだな。光輝ある帝国海軍の恥晒しだ。こんな駆逐を代行の任に就かせるとは」

オイゲン「……黙れ……」

護衛A「き、貴様、いま自分が何をしているのかわかっているのか?」

オイゲン「アトミラールさんの悪口を言った者に砲を向けているだけですが? これでも艦砲で、押し寄せる戦車の群れを結構叩いたことがあるんですよ。陸上の敵を叩くのは割と得意です」

護衛A「よ、よせ……。お、俺は軍令部総長付きだぞ。そ、そんなことをすれば……」

ビスマルク「……オイゲン、やめておきなさい……」

オイゲン「ビスマルク姉さま……こればかりはいくらビスマルク姉さまのご命令でもやめるわけにはいきません。……こいつはアトミラールさんを……引いては私たちの鎮守府を……私たちを……侮辱しました!」

ビスマルク「その通りね。でも、それがどういうことかわかっていないみたいよ?」

護衛B「ど、どういうことだ……?」

ビスマルク「私はドイツの誇るビスマルク級超弩級戦艦のネームシップ、ビスマルク。そしてこっちはドイツ生まれの重巡、プリンツ・オイゲン」

護衛A「ド、ドイツの艦だと!?」

ビスマルク「ええ。私たちを侮辱するということは、ドイツを侮辱するということ。その意味がわかるかしら?」

護衛A「……」

護衛B「……」

??「そこまでだ!」

護衛A・B「「そ、総長!」」

総長「ドイツは同盟国。その関係が悪化すれば、海軍だけの問題では済まなくなる」

護衛A「……も、申し訳ありませんでした……」

総長「ドイツの艦娘諸君、部下の非礼をお許しいただきたい。同盟国の客人に対し、あるまじき態度であった」

護衛B「そ、総長……」

ビスマルク「いえ、我々もやり過ぎました。どうか頭をお上げください」

総長「忙しいときに騒がせてすまなかった。我々は、そこのレディーが淹れてくれたコーヒーを楽しんでいてもいいかね?」

暁「ふぇ?」

オイゲン「ほら、アトミラールさんの代理人さん」

暁「と、当然よ! 一人前のレディーとして、ひと旗あげてやるわ!」

総長「それでは我々は失礼させていただこう。せっかくのコーヒーが冷めてしまう」

ビスマルク「で、ローマはいつまでそこにいるつもり?」

ローマ「……あんた達が騒がしかったから出るタイミングを失っていたのよ……」

ビスマルク「……ローマ、貴方……まだそんな仮装をしていたの?」

ローマ「こ、これは姉さんが!」

ビスマルク「まぁいいわ……。ところで、その貴方のお姉さんはどこにいるのかしら?」

ローマ「姉さんなら、騒がしく起こし回っていた奴らを黙らせているわ……。姉さん、ああ見えて怒らせると怖いのよ……」

オイゲン「へぇ。イタリアさん、普段はふわふわした感じなのに、そんな一面もあったんですね!」

ビスマルク「オイゲン……あなたも人のこと言えないわよ……。さっき、五月蝿い連中に砲を向けたとき目が座ってたじゃない……」

オイゲン「え? そうですか?」

ビスマルク「……まぁいいわ。それじゃあ暁、私たちは出撃準備に入るけど、指揮は任せるわね?」

暁「一人前のレディーである暁に任せなさい!」

--列車内--


大淀「さすがビスマルクさんですね」

提督「伊達にあのビスマルクの名を冠してはいないってことだな」

金剛「それもこれも、この高速戦艦の会・会長である私のおかげデース! 提督、もっと褒めてくれてもいいんデスヨ?」

大淀「金剛さん、そういうときは敢えて謙遜しておいた方がいいですよ」

金剛「Really? なら。私のおかげということはこれっぽっちもありまセーン。あれはビスマルク本来の力デース!」

提督「ああ、まったくその通りだ」

金剛「What!? どういうことデース!? Oh淀、話が違いマース!」

大淀「大淀です」

雷「ちょ、ちょっと司令官! 2倍以上の敵が鎮守府に迫ってて、暁のピンチなのよ! そんなふざけてる場合じゃ……」

電「そ、そうなのです! 雷ちゃんの言う通りなのです」

金剛「だからこそ、デスヨ、雷電」

電「どういうことなのです?」

金剛「ここで深刻そうに振る舞っても、今ここにいる私たちには、残念ながら何もできまセーン。それでも、姉妹の無事を祈りながら不安そうにしている駆逐艦たちに、元気を分けてあげることくらいはできマース。それが年長者の務めってやつネ! それに」

雷「それに?」

金剛「さっき提督も言っていましたが、私たちもツッキーを始め、鎮守府のみんなを信じてマース。だからそんなに不安そうな顔をしなくても大丈夫ネ! きっとツッキー達なら、立派に鎮守府を護ってくれマース!」

提督「……金剛、お前……」

金剛「これくらい当たり前のこ」

提督「や、やっぱり何か悪い物でも食べたんじゃ……。ほ、ほら、エチケット袋。気分は? 気分は悪くないか? 遠慮せず言ってみろ」

金剛「て、提督!?」

大淀「金剛さんがまともなことを言うなんて……。明日は雪でしょうか?」

金剛「Oh淀!?」

大淀「あっ、戻った。それと、大淀です」

金剛「……いったい私はどうすればいいデース……?」

提督「俺はそのままの金剛が好きだよ」

金剛「て、提督!」

提督「面白くて」

金剛「て、提督……? Well……umm……嬉しいような、そうでないような……複雑な気分デース……」

響「司令官、ほら。暁が動き出したみたいだ」

--鎮守府・執務室--


暁「ああは言ったけど、ど、どうすればいいのよ……。敵は2倍以上……いくらレディーでもこれは絶体絶命のピンチってやつじゃ……」


[3日前の執務室]

暁「司令官、またアニメを見ていたの?」

提督「ん? ああ」

暁「そんなお子様なものなんて見てないで、仕事でもしたら?」

提督「うん、そうだな」

暁「司令官? ちゃんと聞いてる!?」

提督「ああ、うん」

暁「もー、全然聞いてないじゃない!」

提督「え? ああ、うん」

暁「し・れ・い・か・ん!」

提督「え? ああ、どうした、暁」

暁「どうしたって司令官、アニメばかり見てないでって話よ」

提督「いやいや、休憩は大事だぞ。暁も一緒に見るか?」

暁「い、いいわよ。一人前のレディーはアニメなんか見ないんだから!」ウズウズ

提督「ほら、面白いから一緒に見ようぜ」

暁「きょ、興味なんかないし!」ウズウズ

提督「ほらほら、そんなこと言わずにさ」

暁「み、見ないし……」ウズウズ

提督「一人前のレディーなら、男性からの誘いは受けてくれるんだけどなぁ……」

暁「し、仕方ないわね。そこまで言うなら、一人前のレディーとして一緒に見てあげるわ」

提督「さすが暁、一人前のレディーだな」

暁「と、当然よ! ところで司令官。これ、なんてアニメ?」

提督「銀○伝」

--列車内--


提督「勝ったな」

大淀「え?」

赤城「定石に従うなら、鎮守府正面で待ち構えて、そこで防衛戦を張りつつ援軍を待つべきでは?」

提督「暁はアス○ーテ会戦の再現を行うつもりなのさ」

大淀「アス○ーテ会戦?」

金剛「聞いたこともない戦いデース……。いったいどういう戦いデース? 説明を求めマース」

提督「大淀、敵の数はどうなっている?」

大淀「合計15杯。暁さんが鎮守府で指揮を執る以上、こちらが出せるのは4杯。つまり3倍以上です」

提督「確かにそうだ。だがそれは、合流すれば、だな」

大淀「!! なるほど! そういうことですか!」

響「大淀さんはわかったのかい?」

大淀「はい。つまりこういうことです。合流すれば3倍以上。でも今は三方に分かれて進撃している」

響「なるほど、そういうわけか」

電「響ちゃんはどういうことか分かったのです?」

響「敵が三方に分かれて進撃しているということは、各個に当たれば、戦力比は1.25倍で済む。もしかしたら戦艦が多い分、こちらが有利かもしれない」

雷「しかも高速戦艦の速力を活かし、合流される前に各個撃破を狙うってわけね!」

大淀「それにしても暁さん、いったいどこでこんな作戦を……」

提督「この前、暁とアニメを見てて、その時にな」

大淀「いったいどんなアニメなんですか? 帰ったらぜひ私にも見せてください。今後の参考にしたいです」

雷「そうね、司令官にもっと頼ってもらうために、私も見るわ!」

赤城「鑑賞会ですね? ポップコーンは? ポップコーンはありますか?」

電「どうやら、戦闘が終わったみたいなのです」

大淀「こちらの被害も無いようですね」

響「ハラショー。さすがは私達の姉だ」

提督「さて、帰ったら暁の頭を思いっきりなでなでしてやりますか」

金剛「提督ー! 私の頭もなでなでしてくだサーイ!」

提督「え、やだ」

金剛「No----!」

--後日--

暁「えっへん! 留守中の鎮守府は、この暁が一人で守ったわ!」

提督「ああ、よく頑張ったな。よしよし」

暁「頭をなでなでしないでよ!もう子供じゃないって言ってるでしょ!」

電「でも、暁ちゃんは本当に頑張ったのです。すごいのです!」

響「ハラショー」

雷「でもまぁ、私達のお姉さんなら当然よね!」

ピンポーン
ピンポーンピンポーン

提督「ん? お客さんかな?」

総長(?)「ここが鎮守府かね?」

提督「はっ! こ、これは総長! し、失礼いたしました!」

総長(?)「いやだなぁ、俺だよ俺」

提督「ん〜? あっ、なんだお前か。この前は世話になったな。いろいろとエキストラまで連れてきてもらったみたいで」

そっくりさん「え? 何言ってんの? この前は行けなくなったから、今日に変更してくれってメールで送ったじゃん」

提督「えっ!? え〜〜〜っ!?」



響「暁、君宛に贈り物が届いているよ」

暁「何かしら?」

電「はわわわ、高そうなネックレスなのです」

雷「あら、手紙もあるみたいよ?」

響「一人前のレディーが淹れてくれたコーヒーのお礼として? いったいなんのことだろう?」


暁「一人前のレディーとして、鎮守府の留守を預かるわ!」完

足が臭かったり、提督の愛人だったり、面白外人扱いをしてきた金剛ちゃんですが、次は主人公として活躍してもらいます。
そして、これが今回一番書きたかった作品でもあります。
ぜひ読んでもらえると嬉しいです。

金剛「Hey、提督。そこのテーブルを片付けてもらってもいいデスカ?」

提督「ん? おう」


それにしても、なんとも鼻孔をくすぐる香りである。
英国式カレーを作るからと金剛に誘われ、その私室に来てみたが、実に美味しそうなカレーの匂いが漂っている。


提督「なぁ、金剛。このテーブル、赤黒い染みが付いてて取れないんだけど」


テーブルを片付けていると、握りこぶし大の染みがあった。


金剛「ん? ああ、それデスカ。それは今日、包丁で少し手を切ってしまったのデスヨ」


なるほど、確かに鍋をかき混ぜる金剛の右手を見れば包帯が巻かれていた。
その時の血というわけか。


提督「なぁ、金剛。そろそろいいんじゃないか?」

金剛「もう少しデース。英国式curryは具が溶け込むくらい煮込むのがポイントなのデース」


昨日の昼から金剛がカレーを作っているのは知っていた。
カレーの匂いはどうしても鼻をくすぐる。
しかし今はもう夜である。
いくら具材を溶け込ませるためとはいえ、そろそろいいのではないだろうか。


提督「なぁ金剛。具材は何が入ってるんだ?」

金剛「それはsecretですが、特別にhintデース」

提督「ヒント?」

金剛「このcurryには、お肉がたくさん入っていマース」


ビーフだろうか。それともポーク。あるいはチキン。


提督「ビーフか?」

金剛「違いマース」

提督「ポーク?」

金剛「それも違いマース」

提督「じゃあ、チキン?」

金剛「それでもないネ」


ではいったい何の肉だろう?


金剛「でも、提督の大好きなお肉ネ。それは保証しマース」


そう言ったきり、金剛は鍋をかき混ぜることに集中し始めた。

金剛「ねぇ提督?」

提督「ん?」

金剛「提督は榛名のことが好きデース?」


それは唐突な質問であった。


金剛「提督には、正直に答えて欲しいデース」


俺の正直な気持ち?
確かに、榛名とはケッコンカッコカリしているし、榛名に対して特別な感情が無いわけでもない。
カッコカリの先を考えたこともある。


金剛「もし提督が……」


金剛はそこで一旦言葉を区切ると、憂いを帯びた表情を見せた。


金剛「……もしも提督が……本当に榛名のことを好きなら……私は姉として榛名を応援しようと思いマース」


金剛の瞳が幾分揺らいでいる。
金剛が俺に対して、特別な好意を抱いてくれていることはわかっていた。
多少の自惚れもあるかもしれないが、今のカレーも俺の為に作ってくれたものだろう。それも、昨日、今日の、せっかくの休みを使って。
そんな金剛に対し、俺はなんて答えたらいいのだろうか。


金剛「なーんて」


不意に金剛が茶化すような声を出した。


金剛「今のは冗談デース。提督、困らせちゃったみたいでsorryネ。curryももうちょっとでできそうだから、あと少し待っててネ」


もしかして、この話をするために、カレーが完成する前に俺を部屋に呼んだのだろうか。
はっきり言えば、金剛のことは嫌いではない。
しかしそれは、榛名に対するそれとは明確に違うものである。
聡い金剛のことだ。きっと今の俺の表情で覚ったのだろう。

金剛「そういえば提督。榛名もきっともうすぐ外から帰って来るネ。そうしたら3人でこのcurryを食べまショウ」


そう言えば、榛名も昨日、今日と休みであったか。
いや、待てよ。
ふと、微かな違和感を感じる。
確かに昨日の朝。


榛名「榛名、お買い物に行って来ますね」


そう言って外出届けを出しに来た。
それから、他所の鎮守府から演習にやって来た人たちの対応をしたり、今日までに提出しなければならない書類を記したりと、榛名が帰ってきたかどうかの確認をする暇がなかった。


提督「なぁ金剛?」

金剛「?」

提督「榛名は今日もどこかに行っているのか?」


昨日の分の外出届けは確かに受け取ったが、今日の分は受け取った覚えがない。
俺は今日、ずっと執務室にいたのだ。
直接受け取っていないはずがない。


金剛「提督は何言ってるデース? 榛名は昨日からずっと外出してマース。提督にも届けを出しているはずデスヨ?」


ということは、昨日からずっと鎮守府に戻っていないということか。
では、昨日受け取った届けは、昨日、今日の両日を記したもの?
どうも何か嫌な感じがする。


提督「なぁ、金剛。榛名がどこに行ったか知ってるか?」

金剛「? 買い物とは聞いてイマスガ」


やはり俺の思い過ごしだろうか。
金剛が知っている理由も、俺が直接榛名から聞いた理由も一緒である。
そう。榛名は、ワンピース姿で、小さなハンドバッグで昨日執務室にやって来たのだ。


提督「……ハンドバッグ?」

金剛「ん? 提督? 何か言ったデース?」


普通、女性がハンドバッグ1つで泊まりがけの旅行をするだろうか?
それがたとえ一泊だけであったとしても、違和感がある。


金剛「Oh! そろそろ10時デスカ。門限ですから、榛名も帰ってくる頃ネ」


金剛はそう言うと、冷蔵庫からキャベツを取り出し。


金剛「付け合わせのサラダを完成させるネ」


そう言って、包帯が巻かれた右手で包丁を持つとキャベツの千切りを始めた。
10時を告げる時計の鐘が鳴る。
俺は、金剛の横にある人一人入りそうな大きなカレー鍋を見つめながら、強い胸騒ぎを覚えた。



金剛「英国式カレーを召し上がれ」完

明石「提督、どっちのケーキがいいですか?」


そう言って明石は、目の前に二つのケーキを出してきた。
イチゴの乗ったショートケーキと、栗の乗ったモンブラン。
はっきり言ってどちらでもよかった。
しかし、選べと言うならば選ぶべきか。
俺は何となくショートケーキを選ぶことにした。
手を伸ばし、ショートケーキを取ろうとすると。


明石「ちょっと待ってください」


明石はそう言うと、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
また何か奇妙な物を発明したのだろうか。
研究者の性とでも言うべきか。
新しい物を作っては、いろいろと試してみたくなる。
明石にも、多分にその気質があった。


明石「提督、このサングラスを付けてから、もう一度ケーキを選んでもらってもいいですか?」


悪戯心が抑えきれないといった笑みで、サングラスを差し出す明石。
今度はサングラスか。
いったいどんな仕掛けがあるのだろうか。
俺も幾分かわくわくしながら、差し出されたサングラスをかける。


明石「どうです?」

提督「どういう仕掛けだ? ショートケーキが真っ赤に見えるが……」

明石「それはですね、提督。偽物が赤く見えるサングラスなんですよ!」


自信たっぷりと言った様子だ。
だが、さっき見たときは、いたって普通のショートケーキであった。
では、イチゴが産地偽装でもされているのだろうか。
そう不思議に思っていると。


明石「提督、そのショートケーキを触ってみてください」


ケーキを触る?
生クリームの感触が手に蘇り、少しばかり躊躇する。
しかしまぁ、あとで洗えばいいだけか。
そう思い直し、ショートケーキに手を伸ばした。


提督「……ん? 固い?」

明石「どうです、どうです?」

なるほど。
食品サンプルというわけか。


提督「これは食品サンプルか?」

明石「そうなんですよ。言ってみれば、偽物です。だからサングラスを通して赤く見えたってわけです!」


そう言うことか。
その時、俺は自分の腕にはめてあった腕時計をチラッと見た。


提督「これも偽物か」

明石「ん? どうかしましたか?」


昔海外で買ったブランド物の時計であった。
買った店の店員は、定価よりも少し値引きしていると言っていたが。


提督「いや、この時計も偽物だと思ってな」

明石「あちゃー、それは残念でしたね」

提督「まぁいいさ」


俺はそう言って時計を外した。


明石「ところで提督。そのサングラス、提督に差し上げます! それでは私はこれで。また新しい物を作らなくちゃいけませんので!」


そう言うと、明石はあっという間に執務室を去っていった。
俺は、そんな明石の様子を苦笑と共に見送りつつ、さっきの時計とサングラスを引き出しにしまった。

--1ヶ月後--


赤道に近い南洋の島は、日差しを遮るものが無ければ目を開けることもままならないほどの太陽に照らし付けられていた。


榛名「金剛お姉さまの様子がおかしいんです……」

提督「金剛の様子がおかしい?」

比叡「そうなんです。紅茶も滅多に口にしなくなりましたし……」

霧島「部屋からもあまり出なくなりました……」


3姉妹がそう執務室に来たのは、一週間前の出来事であった。
確かに、ここ最近の金剛の様子がおかしかったのは、俺も気づいていた。
しかし、あんなことがあった後だ。
すぐに立ち直れるものでもあるまい。
というのも、3姉妹が執務室に来る、さらに一週間前。
金剛型4姉妹で出撃することがあった。
あれは、誰の責任でもない。
嵐の中で不意をつかれ、深海棲艦によって、金剛達は分断されてしまった。
幸いにして金剛は小破で済んだが、金剛と離れてしまった3姉妹はしばらくその安否がわからなかった。
先に帰還した金剛は、3姉妹がまだ帰還していないという情報を聞き、目に見えて狼狽えた。
何度も何度も。


金剛「私の責任デース……。妹達を守ってあげられませんデシタ……」


青ざめた顔のまま、そう言って、荒れる海を見つめ続けていた。
しかし、金剛の祈りが通じたと言うべきか。
それから二時間程後。
比叡・榛名・霧島の三人が、大破という重症を負いながらも帰還を果たした。
それからだ。
金剛の様子がおかしくなったのは。
俺も不思議に思ったのだが、3姉妹帰還の報を受け、互いの無事を喜ぶという光景が見れると思ったのだが、そのようなものは発生すらしなかった。
一目だけ3姉妹を見た金剛は一瞬だが驚愕の表情を浮かべ、自室に引きこもってしまったからだ。
だが、同時に納得もしていた。
旗艦としての、姉としての責任を感じ、妹達に対し、あわせる顔が無いと思ったとしても不思議ではない。
ああ見えても、責任感の強い性格である。
その後も、金剛と3姉妹は別々の行動を取っていた。
それまでは、食堂で食事をする時も、4姉妹が一緒のテーブルに座るのが当たり前であったし、日に何度かのティータイムも4姉妹の笑い声が響くのが日常であった。
あの一件以降、金剛の方が一方的に3姉妹を避けているかのような姿を見て。


提督「金剛、そんなに一人で背負いこむな。比叡たちも、お前のことは責めていない。あれは仕方がなかったんだ」


そう言って、金剛を慰めようとしたが、あまり効果も得られず、今日まで来てしまった。
だから比叡たちからの相談は、渡りに舟であった。
休暇を使い、南洋の島でリフレッシュをすれば、金剛の気持ちも変わるのではないか。
また仲の良い4姉妹に戻るのではないか。
そんな思惑もあって俺たちは南洋の島へとやってきたのだが。

榛名「金剛お姉さまは、今日もお部屋に篭っていらっしゃいます……」

霧島「私たちも、何度もあの事は金剛お姉さまのせいではないと言ったのですが……」

比叡「司令、金剛お姉さまがいらっしゃらないと、詰まらないです……」


そもそも金剛は、南洋に来ることすら乗り気ではなかった。
それどころか。


金剛「どうしても行かなければダメデスカ?」


と、最後まで行くのを渋っていた。
そして、来てからもずっとホテルの自室から出てこない。
これでは比叡たちも楽しめないであろう。
だから今日は、別行動をすることにした。
俺はビーチに行くと、適当な木陰を見つけ、そこに腰を下ろす。
透き通った美しい海を眼前に、それをしばらく眺めていたが、どうも眩しい。
そこで、持ってきたサングラスをかけることにした。
急遽決まった旅行である。
準備期間も短かったため、机の引き出しにあったものを適当に持ってきたものであるから、どの程度遮光効果があるかはわからない。
しかし無いよりはマシであろうとかけてみたのだが。


提督「ん? あの人、腕のところだけやけに赤いが……」


不思議に思いサングラスを外してみると、先ほどの男性の腕には金の時計があるだけであった。


提督「なんだ?」


そう思い、再びサングラスをかけて見ると、やはり時計の部分だけが赤い。


提督「ああ、このサングラス。こないだ、明石からもらった奴か」


一か月ほど前、明石から、偽物が赤く見えるサングラスをもらったことを思い出す。
このサングラスを付けて、ビーチを観察するのは、いい暇つぶしになった。
いかにも羽振りの良さそうな格好をしている男性の身に付けているものが全て真っ赤に見えたり、大きな胸の部分だけが真っ赤に見える女性。或いは、鼻の部分だけが真っ赤に見える女性。
陽光の中、輝いて見える光景の中に、こんなにも偽物が溢れているのかと思うと、おかしくてたまらなかった。
そうこうしている内に、ある疑念が俺の中に芽生えた。

提督「……金剛は本物なのだろうか?」


あまりに馬鹿げた考えで、すぐに追い出そうとした。
しかし、一度生まれてしまうとなかなかに消し難い。
あの時。
金剛1人が、他の3人とはぐれた。
つまり、金剛の姿を見た者が誰もいない時間があるということだ。
その隙に、誰かが金剛と入れ替わった?


提督「……馬鹿な」


本当に馬鹿げた考えである。
深海棲艦が艦娘と入れ替わったなどという話など、聞いたこともない。


提督「馬鹿馬鹿しい」


俺はもう一度自分の考えを打ち消そうとした。


提督「あり得ない。あり得るわけがない」


だが。
だとするとしたが今までの金剛の態度は何だ。
3姉妹と距離を取ったのは?
俺からも距離を取っていなかったか?


提督「そんなはずはない……」


そう、金剛がみなから距離を置こうとしたのは、責任を感じたからだけであり、断じて入れ替わったことがバレるのを恐れたからではない。
3姉妹の帰還を知り驚いたのも、自身の正体が露見する可能性を恐れたからではない。
他の姉妹が大破であったのに対して、金剛だけが小破だったのも偶々であり、そこに作為など存在するはずがない。
そうに違いないのだ。
紅茶を飲まなくなったのも、単に好みが変わったからだろう。そう深く考えるべきことでもない。
しかし一方で、そうは思っても、膨らみ続ける疑念を止められない自分がいた。


提督「試して……みるか……」


そう呟くと俺は、明石のサングラスを手に、ゆっくりと立ち上がっていた。
太陽は中天に差し掛かり、暑さが増したはずであるにも関わらず、奇妙な寒さが全身を走った。

--夜--


テーブルごとに備え付けられたランプの灯り。
暑さも幾分和らぎ、食事を愉しむ人々の中に俺はいた。
先ほど頭に浮かんだ馬鹿げた考えを打ち消すべく、ホテルで合流した榛名に。


提督「今晩の夕食は五人で食べよう。すまんが金剛を連れ出してきてくれないか?」


そう頼んだ。


榛名「そうですね。お姉さまにもこの旅行を楽しんでいただきたいですし……。提督、榛名にお任せください!」


そう言った榛名を見送り、今こうして4姉妹を待っているわけだが。


提督「……俺はどうやら、度し難い愚か者らしい」


金剛が偽物?
そんなことがあるわけがない。
このサングラス越しでも変わらない金剛が居て。
そして俺はみんなに、このサングラスのことを話すのだ。
きっと金剛は。


金剛「提督、ヒドいデース……」


と言うだろう。
それに対して俺は謝る。
きっと比叡たちは笑ってくれるだろう。
そうして、少しづつ俺たちは元に戻っていくのだ。
そんな楽しい未来図を描いていたら、後ろから俺を呼ぶ声がした。


榛名「提督、お姉さまを連れてきました」

比叡「見てください、司令。私たち、南国風のドレスを着てみたんですよ? どうです? あっ、金剛お姉さまが一番似合っているのは当然なので、言わなくても大丈夫です!」

霧島「さっすが金剛お姉さま。私の計算以上の似合い方ですね!」

金剛「……」


その声につられるようにサングラスをしたまま振り返った俺は、愕然とした。
髪、頭、首、腕、足。
ドレス以外の部分、全てが真っ赤なのだ。


提督「……そ、そん……な……まさか……」

比叡「何ですか、司令。そのサングラス? 全然似合ってないですよ」

榛名「さすがにそれは榛名もどうかと……」

霧島「……司令……」

金剛「……」


彼女らが何か言っていたが、何も聞こえなかった。
さっきまでは聞こえていた周囲の喧騒も、今は聞こえない。
俺の目は、青白い顔をして佇む金剛の左右。
真っ赤に染まった、比叡・榛名・霧島に、釘付けになっていた。


提督「……お前たちは……誰だ……?」



「明石のサングラス」完

「明石のサングラス」は駄洒落です。

明石→赤し→証

ついでに種“明かし”。

補足ですが、昔聴いた、今となってはタイトルも話の詳細も忘れてしまった、ラジオドラマに着想を得ています。
ちなみにそのラジオドラマは、本物と偽物が見分けられる眼鏡のお話でした。

カレーのいい香りがする。


榛名「提督、もう少しお待ちくださいね」


今朝のことだ。


榛名「金剛お姉さまに英国式カレーの作り方を教わったので……その……提督にぜひ味見をしていただければと……」


榛名がそう言って執務室へとやってきたのは。
比叡のそれであれば躊躇うところであるが、榛名であれば躊躇う必要もない。


榛名「ありがとうございます、提督。それでは今晩、お待ちしていますね」


執務室を去る直前、はにかんだ笑顔を見せた榛名が印象的であった。
だから俺はこうして、榛名の私室でカレーを待っていたわけだが。


榛名「提督、申し訳ありませんが、そこのテーブルを片付けていただいてもよろしいですか? 榛名、いま手が離せなくって……」


なるほど、榛名の右手を見れば、お玉でふさがっている。
しかしそれ以上に気になったのは、、榛名の右手に包帯が巻かれていたことだ。


提督「榛名、その右手、どうかしたのか?」

榛名「え? ああ、これですか。これは人参を切るさい、包丁で切ってしまいまして……」


バツの悪そうな表情を浮かべる榛名。


榛名「……その、もしかしたらそのテーブルに、まだそのときの染みが残っているかもしれません。もしあったら、後で榛名が拭きますから、そのままで大丈夫ですよ」

提督「いや、これからカレーをご馳走になるんだ。それくらい俺がやっておくよ」

榛名「すみません、提督」


さも申し訳なさそうな声を出す榛名を横目に、俺はテーブルの片づけを始めた。


提督「これか」


そして、さっき榛名が言ったであろう握りこぶし大の赤黒い染みを見つけ、布巾で拭き取った。

提督「それにしてもいい香りだな」

榛名「はい、榛名もそう思います。さすがは金剛お姉さまですね」


榛名の返事に、俺は苦笑を浮かべた。
本当にこの姉妹は仲がよい。


提督「昨日は金剛と一緒に、買い出しに行っていたのか?」


昨日は榛名と金剛が一緒に、外出届けを出しに執務室へとやってきた。


提督「ん、わかった。許可しよう。ところで何を買いに行くんだ?」


届け理由に買い物とあったので、何気なく聞いてみたのだが。


金剛「提督、それは乙女の秘密デース。ね、榛名」


そう金剛に言われてしまった。
何も、買い物の内容まで制限する決まりはない。
法の範囲内であれば何を買っても構わないし、まして年頃の女の子である。
男の俺には知られたくないこともあるだろうと深くは考えていなかったのだが、こうしてみると、どうもこの為の買い出しも含まれていたのだろう。


榛名「はい、昨日、金剛お姉さまに付き合っていただきました!」


今の榛名の返事を聞き、どうやら俺の予想通りであったことを知る。
そう言えば、金剛はどうしたのだろうか。
今日は一日、比叡が秘書官であったが、金剛が執務室に来ることはなかった。
いつもならば、たとえ金剛自身が休みであっても、強引にティータイムを始めに執務室へとやってくるのだが、今日は来ていない。


提督「なぁ、榛名。金剛はどうしているんだ?」


俺の質問に、榛名は可愛らしく小首を傾げた。


榛名「金剛お姉さまですか? すみません提督、今日はずっとカレーを作っていたので、わかりません……」


なるほど。
榛名は熱中すると、周囲に目がいかなくなるところもある。
カレー作りに熱中していたのだろう、そう思い榛名に目を向けると、俺は違和感を覚えた。

提督「……なぁ、榛名は右利きか?」

榛名「? ええ、そうですけど、どうかしましたか?」

提督「……いや、ふと気になって、な……」


平静を装ったが、俺の中で疑念が膨らむ。
右利きであるならば、右手で包丁を握るのが普通であろう。
だから、左手を怪我するのならばわかる。
それがどうして右手なんかを……。
包帯の巻かれた榛名の右手から、目が離せなくなった。
包帯の巻いてある面積からして、包丁を持ち損じた怪我にしては大きすぎはしないだろうか……。


榛名「提督、その……あまり榛名の手元を見られては……。榛名、少し恥ずかしいです……」

提督「あっ、いや。あまりに器用なもんでな」

榛名「そうでしょうか?」

提督「そうそう。きっと榛名はいい嫁さんになるぞ!」

榛名「お、お嫁さんだなんて……。榛名、照れてしまいます」


とっさにそう言うと、視線を榛名の右手から外した。
しかし、今目の前で顔を赤らめ、恥ずかしそうにする榛名で、俺はなんて詰まらない妄想をしようとしていたのか。
今日一日金剛を見なかったのは、たまたまだろう。
デリカシーの欠如を疑われるかもしれないが、月の日か何かで、ティータイムどころではなかったのかもしれない。
昨日、深夜に、ホラー映画を見た影響だろうか。
ちょっとしたことでも、悪い方悪い方に捉えてしまっていたようだ。


提督「いかんいかん」


そう首を振ることで、膨らみつつあった妄想を頭から追い出そうとした。
しかし。


提督「!?」


……鉈……だろうか。
俺の位置からは、死角があってよく見えないが、確かに鉈のような物が目に入った。


提督「は、榛名、それ……」


声に出してから、しまったと思った。
だがもう遅い。


榛名「ああ、これですか」


そう言って榛名は、鉈を手にした。
鮮血が飛び、自身の首が飛ぶ。
一瞬、そんな想像が頭を駆け巡った。


榛名「これはですね、提督」


鉈を手にした榛名が徐々に徐々に近づいてくる。
よく見れば鉈の先には、先ほどこのテーブルにあったような赤黒い染みのようなものがついているのが見えた。


榛名「提督?」


やはり金剛は榛名が……。
次は俺か……。
そんなことを思っていると、榛名は俺の横を通り過ぎた。

提督「へ?」

榛名「これ、暖炉の薪を割るのに使っているんですよ」

提督「薪?」

榛名「はい、薪です。一番力のある戦艦が持ち回りで割っているのですが……提督?」

提督「いや、何でもない。それで?」

榛名「あ、はい。それでですね、最近錆びてきたみたいで、今度明石さんに砥いでもらおうかと思って出したままにしていたんです。危ないので、やっぱりしまいますね」


なんだ……。そういうことか。
さっき赤黒く見えたのは、血ではなくただの錆か。


榛名「提督、暑かったですか? 汗がすごいですけど……」


慣れないホラー映画など見るものではない。
殺した人間を鍋で煮込むというストーリーであったが、それは映画の話。現実に起こるわけなどないのだ。
まして榛名が金剛を殺して鍋で煮込むなんて、不似合いにも程がある。


提督「ああ、すまん。ちょっと顔を洗ってきてもいいか?」

榛名「ええ、もうしばらくかかるかと思いますので」


少し頭を冷やそう。
そう思い立ち洗面所へと向かう途中、吹雪に会ったので呼び止めた。


提督「なぁ吹雪」

吹雪「司令官?」

提督「お前今日、金剛を見なかったか?」

吹雪「金剛さんですか? さっきお風呂場で会いましたけど」


やっぱりだ。今日、金剛がティータイムに来なかったのは単なる偶然だったのだ。


吹雪「私が上がるタイミングで入ってきたので、しばらく時間がかかるかと思いますが。何か金剛さんに用事ですか?」

提督「いや、何でもないんだ」

吹雪「はぁ」


さっさと顔を洗って、榛名のところに戻ろう。
安心したからか、腹も減ってきた。

俺が戻ると、榛名は何かを切っていた。


提督「榛名……?」


鬼気迫る様子で包丁を押し付ける様は、普段の榛名からは感じられない姿であった。


榛名「あ、提督」


普段の榛名に戻る。
何をそんなに真剣に切ろうとしていたのだろうか。
不思議に思って見てみると、子供のこぶし大の肉の塊がまな板の上に乗っていた。


榛名「英国式では全部ルーに溶け込ませるのだそうですが、このお肉、思ったよりも固くって……」


いったい何の肉であろうか。


提督「牛肉か?」

榛名「いいえ」

提督「豚肉?」

榛名「いいえ」

提督「じゃあ鳥か?」

榛名「違います」


ではいったい何の肉なのだろうか。


榛名「少し英国式とは違くなってしまいますが……。提督、それでもいいですか?」

提督「ああ、俺は別にかまわんが」

榛名「すみません、それでは煮込んでしまいますね」


そう言って榛名は、取り出した肉を再び鍋へと戻した。

榛名「ところで提督」

提督「ん? なんだ?」

榛名「金剛お姉さまのことをどう思っているんですか?」


それは唐突な質問であった。
榛名が何となく俺に好意を寄せていることはわかっていた。
しかし。


榛名「提督……榛名では……ダメ、ですか?」


俺は金剛のことが好きなのだ。


榛名「提督。榛名、金剛お姉さまに似ていると思いませんか?」


榛名は榛名だ。
金剛ではない。


榛名「提督が望むのであれば、もっと努力します。……榛名では……ダメ……ですか……?」


やはり榛名は榛名であり、金剛は金剛である。


提督「……すまん……」

榛名「そう……ですか……」


落ち込む榛名には申し訳無かったが、こればかりはどうしようもない。


提督「本当にすまん……。俺は帰った方がいいか?」

榛名「……いえ、このカレーは提督の為に作ったものですから……」

そう言うと、榛名は鍋へと向き直った。
それはもしかしたら、涙を見せないとしてのことだったのかもしれない。


榛名「……金剛お姉さま……どうして……どうして……英国式は具が溶け込んでいないと……榛名は金剛お姉さまになれない……どうして……」


それはほんの小さな呟きであった。
表情こそ見えなかったが、昨日の映画と今の榛名が重なって見える。
牛でもない、豚でもない、鳥でもない。
では今榛名がお玉で潰そうとしている肉は何の肉だ……?
まさか、こんご……。
そこまでで考えるのを止めた。
たとえ頭の中であっても口に出してはいけないセリフである。
それにさっき吹雪が、金剛は風呂場にいたと言っていたではないか。
考えすぎだ。
そんなことが、起こるわけがない。
映画と現実は違う。
直接会っていないからって何だと言うのだ。
吹雪がグル?
馬鹿馬鹿しい。
しかし思考とは裏腹に、気づいたときには、俺は榛名の肩を掴んでいた。


提督「榛名……その肉は……」

そこから先を言葉にすることはできなかった。


「Hey 榛……な? Oh! sorry、私が時間と場所をわきまえるべきでしたネ! 榛名、また来るネ!」


そう背後から声が聞こえたからだ。


提督「ま、待て! 金剛! これは」


そこまで言って追いかけようとしたところで、袖を榛名に引かれた。


榛名「……提督、お願い……です。今夜だけは……今夜だけでいいですから……。そうすれば榛名は諦めます。ですから今夜だけは榛名を見てくれませんか……?」


榛名の澄んだ瞳には、溢れんばかりの涙が浮かんでいた。
浮かんでいたのも一瞬で、一筋、また一筋と流れ落ちる。
だから俺は、金剛を追うことができなかった。
度し難い愚かな妄想で、榛名を傷つける寸前までいったのだ。
これ以上榛名を傷つけることは、俺にはできなかった。
俺は静かに、さっきまで座っていた椅子へと腰を下ろした。

沈黙が続く。
お互いに何を話せばいいのか。
コンロが微かにたてるわずかな音すら聞き取れる環境。
カレーのいい香りだけが室内を満たす。
榛名も俺も、お互いに距離を取ったまま、ひたすら鍋を見つめていた。


コンコン。


沈黙を破ったのは、ノックの音であった。


霧島「榛名、いるかしら?」


ドア越しに霧島の声がする。


榛名「……霧島……?」


袖で涙を拭うと榛名は立ち上がり、霧島を招き入れた。
霧島は風呂から上がったばかりのようで、シャンプーの香りがした。
服も着替えたようだ。


霧島「あら、司令。ここにいらしたんですか」


霧島が俺の隣に腰を下ろす。
ふと、霧島の髪に光る一本の筋が見えた。


霧島「し、司令!? な、何を!?」


俺は何の気なしに、それを手にしていた。


霧島「あ、ああ……。昼間、金剛お姉さまに抱きつかれたときに付いたんですかね」


霧島は眼鏡を持ち上げながら、一本の長い髪の毛を受けとって眺め、そしてゴミ箱へと捨てた。
カレーの完成を告げるタイマーが室内に鳴り響く。
俺はその瞬間、すべてを悟った。
どうして気づかなかったのだろう。
金剛はイギリス生まれで、湯船に浸かる習慣があまりない。
風呂はいつも自室に備え付けられたシャワーで済ませている。
霧島もまた、金剛になりたかったのだろうか。
室内が静寂に満たされる。
榛名が、タイマーを止めたようだ。
視界がぐにゃりと歪む。
どうやら俺はまだ、映画の続きを見ているらしい。



榛名「英国式カレーを召し上がれ」完

金剛「英国式カレーを召し上がれ」の姉妹作になります。

暗い話が続いたので、次は明るい話を書こうかと思っています。

吹雪「司令官! お話がありますっ!」

提督「ん? どうした、吹雪」

吹雪「どうしたもこうしたもありませんよ! どうして私が第一艦隊に配属されたんですか!?」

提督「どうしたってそれは、この前吹雪が第一艦隊の素晴らしさを教えてくれたからな。適任だと思って」

吹雪「そんなことはありません! 確かに第一艦隊のみなさんは素晴らしいですよ。でも、私は駆逐艦。他のみなさんは戦艦と空母です。それに、第一艦隊の所属は6杯。私はどこに入ればいいんですか?」

提督「そう一気に捲したてるな」

吹雪「捲したてたくもなりますよ。よりによって第一艦隊への転属だなんて……」

提督「よし、今から吹雪の疑問を一つずつ解決してやろう」

吹雪「お願いします。もしそこに不備があったら、断固拒否しますからそのつもりで」

提督「お、おう……」

吹雪「まずは、第一艦隊はすでに6杯いますよね? 私の入る余地がそもそもないじゃないですか」

提督「いや、今は5杯だ」

吹雪「5杯? だって、金剛さん・比叡さん・榛名さん・霧島さん」

提督「待て、吹雪。金剛と榛名は“さん”だが、比叡は“ざん”が正しい読み方だ。霧島に至っては“やま”が」

吹雪「はい!?」

提督「い、いえ、何でもありません……」

吹雪「いいですか。金剛さん達4姉妹と、翔鶴さん・瑞鶴さん姉妹の、合計6杯じゃないんですか!?」

提督「それなんだが、瑞鶴がこの前大破してな。今は欠員が出ている状態だ」

吹雪「あの瑞鶴さんが大破ですか!?」

提督「ああ、心の、な……」

吹雪「ん? 心の?」

提督「この鎮守府には禁句がある。本来であればそれは絶対に口にすることが許されない言葉であるが、今の一回に限り特例で許可しよう。むろん以降は一切許可しない」

吹雪「…………」

提督「吹雪、この鎮守府における禁句とは何だ」

吹雪「……足が臭い……」

提督「その通りだ。しかし、その禁句を瑞鶴に向かって口にした者がいる」

吹雪「……加賀さん、ですか……?」

提督「そうだ。おそらく瑞鶴相手で気が緩んでしまったのだろう。思わず言ってしまったようだ」

吹雪「それで瑞鶴さんの心が大破したわけですか……。でもそれなら加賀さんが責任を取って第一艦隊に入ればいいのでは?」

提督「いや、残念ながらそれはできない。加賀と瑞鶴は隔離し、加賀には瑞鶴の修復に当たってもらっている。もちろん瑞鶴はロングブーツを履いたままだ」

吹雪「うわぁ……」

提督「そんなわけで加賀は、瑞鶴に臭くない臭くないと言い続ける作業で忙しい。こうして第一艦隊には今現在、欠員が出ているというわけだ。納得したか、吹雪」

吹雪「ま、まだです! 次の質問です!」

提督「何だ」

吹雪「私は駆逐艦です。戦艦や空母のみなさんに比べて装甲が薄いです。それに火力も低く、出撃する海域によっては、残念ながら足手まといになってしまいます。他にいる空母や戦艦のみなさんの方が適任では?」

提督「はっきり言って、吹雪が戦う場面はおそらくない」

吹雪「え!?」

提督「最近の第一艦隊の戦果を見たことがあるか?」

吹雪「い、いえ、ありませんが……」

提督「奴らはどんな海域に行っても、一発の砲を発射することなく深海棲艦を撃破してくるという話は前にしたな?」

吹雪「ええ、聞きました……」

提督「それに加えて最近は、潜水艦すら撃沈している」

吹雪「は? 戦艦と正規空母は対潜攻撃できないですよね?」

提督「よく考えてみろ、吹雪。人間が直立したとき、最も海面に近くなる部位はどこだ?」

吹雪「……ああ、そういうことですか……」

提督「深海棲艦の撃滅のためだ、多少の海洋汚染はやむを得まい」

吹雪「ならなおさら私じゃなくてもいいんじゃないですか!?」

提督「……はっきり言って、誰も第一艦隊所属にはなりたくないんだ。戦闘の前に大破、下手すれば轟沈しかねん」

吹雪「でしょうね……。深海棲艦ですら沈むんです、艦娘も危ういでしょうね」

提督「そんなわけでこの鎮守府は現在、明石謹製の協力空気清浄機が絶賛全館稼働中だ」

吹雪「……稼働中であの臭いなんですか……」

提督「前は区画限定だったが、命には代えられん。この際、資材・資源の出し惜しみは無しで、稼働区域を全館に広げた……。しかしそれでも、な」

吹雪「それで今回私は司令官の私室に呼び出されたわけですか……」

提督「執務室には大淀がいるからな……。せめてもの情けだ」

吹雪「そんな情け、いりませんでしたよ……。はっ!?」

提督「どうした?」

吹雪「大淀さんがいるじゃないですか! 大淀さんは金剛さんたちの仲間ですよね!? 大淀さんが第一艦隊に行けば」

提督「残念ながらそれは無理だ」

吹雪「どうしてですか!?」

提督「これを見ろ」

吹雪「なんですか、その鼻栓みたいなものは」

提督「当然、鼻栓だ。しかも吹雪専用の、明石特製鼻栓だ」

吹雪「なんで私専用なんですか!?」

提督「この前吹雪は、あの臭いは生きている証だと言っていたからな。一番抵抗が少ないと思って俺が頼んで作らせた」

吹雪「余計な御世話ですよ!」

提督「安心しろ、吹雪は俺の最も信頼する初期艦だ。まさか徒手空拳で、随伴してもらうはずがない。ちゃんと空気清浄機無しでも大丈夫なように、こうして鼻栓を準備したというわけだ」

吹雪「だから余計な御世話ですって!」

提督「鼻栓が吹雪専用である以上、この転属は吹雪以外にあり得ない。これがお前を指名した理由だ」

吹雪「し、司令官のバカ----っ!!」

提督「やれやれ、せわしない奴だ。扉も閉めずに出て行くとは……。ここは執務室が近いから扉を閉めないと……ゲロゲロゲロゲロゲログボボゲロロロロ」

--吹雪・睦月・夕立私室--


睦月「どうしたんだろう、吹雪ちゃん。提督のところから帰ってきてから元気がないけど……」

夕立「提督さんと喧嘩でもしたっぽい?」

睦月「ねぇ、吹雪ちゃん。提督と喧嘩したの?」

吹雪「……してない……たぶん……」

夕立「“たぶん”ってどういうことっぽい?」

吹雪「……私、第一艦隊所属になった……」

睦月「だ、第一艦隊ってあの第一艦隊!?」

夕立「第一艦隊ってあの足が……」

睦月「ゆ、夕立ちゃん! それ以上は……」

夕立「ぽ、ぽい……」

睦月「吹雪ちゃん、何かの間違いじゃなく?」

吹雪「……間違いだったら、どれほどよかったことか……」

夕立「それ、ホントっぽい? 第一艦隊は第一艦隊でも、金剛さん達とは関係ない第一艦隊ってことはないっぽい?」

吹雪「……金剛さん達の第一艦隊所属で間違いないよ……」

睦月「そ、そんな……」

夕立「いくら提督さんでも、それはヒドすぎっぽい!」

吹雪「……睦月ちゃん、夕立ちゃん。私、どうしよう……」

睦月「そうだ、私と夕立ちゃんで今から提督のところに抗議に言ってくるよ!」

夕立「夕立たちに任せるっぽい!」

吹雪「睦月ちゃん、夕立ちゃん!」

睦月「睦月たちに任せて、吹雪ちゃん!」

夕立「吹雪ちゃんを1人で死なせることは絶対にさせないっぽい!」

睦月「そうだよ。だって私たち、友達でしょ?」

夕立「そうと決まれば、さっそく提督さんのところに行くっぽい!」

睦月「そうだね、じゃあ吹雪ちゃん、今から行ってくるから!」

夕立「提督さんのところで、素敵なパーティーっぽい!」

--提督・私室--


睦月「提督、お話があります!」

提督「ん? どうした? 2人そろって」

夕立「夕立たち、吹雪ちゃんから聞いたっぽい!」

睦月「吹雪ちゃんが第一艦隊に転属になるってどういうことですか!?」

提督「……そのことか……」

睦月「提督!」

夕立「提督さん!」

提督「俺も吹雪にはすまないと思っている……」

睦月「だったら!」

夕立「提督さんのお返事によっては、夕立、提督さんに突撃するっぽい!」

提督「……俺もいろいろと悩んだんだ……。そこで明石に頼んで鼻栓を作ってもらった」

夕立「鼻栓っぽい?」

提督「そうだ。空気清浄機無しでも吹雪が大丈夫なように、専用の鼻栓を作ってもらった」

睦月「だからって!」

提督「……吹雪専用とは言え……同じ駆逐艦なら、すぐに改良可能だ」

睦月「にゃしぃ!?」

夕立「ぽ、ぽい!?」

提督「2人のどちらかが……」

睦月「む、睦月は旧式だし、装甲が紙だからちょっと……」

夕立「ゆ、夕立も条約型だからちょっと無理っぽい!」

提督「……やはり吹雪が適任、か」

睦月「そ、そうですよ! 吹雪ちゃんは毎日ランニングしたり頑張ってますし」

夕立「夕立も吹雪ちゃんが頑張っているのは知ってるっぽい。夕立も頑張ってるけど、まだまだ吹雪ちゃんには負けるっぽい」

提督「そうか。吹雪は良い友人に恵まれているようだな」

睦月「にゃしぃ……」

夕立「ぽい……」

提督「2人からも、吹雪を後押ししてくれるか? もし吹雪があまりにも渋れば、さすがに、な」

睦月「!?」

夕立「!?」

睦月「て、提督! 睦月に任せるにゃしぃ! 必ず吹雪ちゃんを説得するにゃしぃ!」

夕立「ハンモックを張ってでも吹雪ちゃんを出撃させるっぽい!」

提督「そうかそうか。頼んだぞ、2人とも」

睦月「吹雪ちゃんのことは睦月に任せるにゃ!」

夕立「夕立も頑張るっぽい!」

--吹雪・睦月・夕立私室--


睦月「というわけで、吹雪ちゃんは提督に期待されてるんだよ!」

夕立「さすが特型駆逐艦の一番艦っぽい!」

吹雪「……え?……え?」

睦月「睦月、吹雪ちゃんが毎日努力をしてきたのを知ってるよ。今こそその成果を見せるときじゃないの!?」

夕立「睦月ちゃんの言う通りっぽい! 今こそ吹雪ちゃんの努力の結果を見せるときっぽい!」

吹雪「……ふ、2人とも……?」

睦月「夕立ちゃん!」

夕立「睦月ちゃん! ハンモックの張り方なら夕立に任せるっぽい! 張ってしまえば、後は風が吹雪ちゃんを運んでくれるっぽい!」

吹雪「え!? え!?」

睦月「吹雪ちゃん!」

夕立「吹雪ちゃん! 素敵なパーティーが吹雪ちゃんを待ってるっぽい!」

吹雪「え!? ふ、2人とも、な、何を!?」

睦月「何って」

夕立「吹雪ちゃんの出撃を手伝ってるだけっぽい!」

吹雪「え、えーーーーっ!!」

夕立「第十一駆逐隊・吹雪!」

睦月「出撃します!」

吹雪「ちょ、ホントにちょっと待ってぇ----!」



提督「鎮守府が臭い2」完

html化依頼を出しました。
ひとまずこれで終わりにさせていただきます。
ご覧いただき、ありがとうございました!

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