安部菜々「何度生まれ変わっても」 (16)

アイドルマスターシンデレラガールズ 安部菜々さんのお話です。


注意

良くある話ですし、少し暗めなお話です。

また、地の文があります。

もし、不快に思われるようでしたら、ブラウザバックをお願いします。


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 見渡す限りの白い世界。少し前までは色とりどりの宝石達が彼を囲んでいたのに、今では白一色。

 そんな世界に彼は一人きりで横たわっている。

「忙しいはずなのに、何度もすみません」

「気にしないでください。それに、悪いと思うなら早く戻ってきてくださいよ」

 私の軽口に彼は乾いた笑いを浮かべる。今にも泣きだしそうな顔で、困ったように目を細めて。

「それに! 私もですけど、アイドルのみんなが待ってますよ」

「みんな、か……」

 みんなの事を思い浮かべているのだろう。先ほどの泣きそうな顔がほんの少しであるが緩んでいた。

「何より、菜々さんが待ってます。約束したのにって」

 彼のことをみんなが待っているのは事実だが、みんな以上に菜々さんが待ち焦がれている。愛する彼の事を。

「菜々……」

 菜々さんの名前を出したのは失敗だったかもしれない。人前で涙を見せた事のない彼の瞳が潤んでいる。

「ちひろさん」

「なんでしょう?」

「お願いがあります」

 力強い声で彼は私にお願いをしてきた。この時、彼は自分の死期を悟っていたのかもしれない。

「菜々に……」

 悔しくて仕方ないはずなのに、精いっぱい笑顔を作って、彼は私に言伝を頼んだ。

「約束守れなくてごめん。でも、何度生まれ変わっても俺は君をみつけるよ。待っててくれ」

 その夜、彼はその短い物語を終え、眠りについた。


「安部さーん! すみません! 昨日の資料ってどこでしたっけー!」

 私を呼ぶ声が聞こえる。

「ファイルに入れて鞄に入れてませんでしたかー?」

 私は事務作業をこなしつつ、記憶を探る。たしか、彼は大事な資料だからと言って丁寧に鞄にしまっていたはずだ。

「あっ! ありました! ありがとうございます!」

「ほら、早く行かないと凛ちゃんの機嫌が悪くなっちゃいますよ」

 私がそう言うと彼は慌てて事務所から出ていく。どこか見た事があるような光景だ。

「ふふっ。相変わらずそそっかしいですね」

「仕方ないですよ。まだ二年目ですしね」

 隣で仕事をしていたちひろさんがくすくすと笑っている。

「それにしても、もう二年も経つんですね」

「今回は大丈夫そうですね」

 そうですねぇ、と感慨深げにちひろさんがしみじみと零す。何度新しいプロデューサーを入れても、長くて半年ほどで辞めて行ってしまったのだ。

「凛ちゃん達も信頼してるようですし、たぶんもう大丈夫ですよ。彼はちゃんとプロデューサーとしてやっていけます」

 なんとなく太鼓判を押す。アイドルの娘達が信頼しているように、私も彼を信頼しているからだ。だって、どことなく、彼はあの人に似ていたから。

「……今日で10年ですね」

「そうですね」

 ちひろさんの言葉にそっけなく返事をするしかなかった。

「早いものです。一時期はどうなるかと思ってましたが」

 あの人が死んでから今日で10年目。いつまでも続くと思っていた楽しい日々が崩れ去ってから10年目。長いようであっという間だった。

「あの人が亡くなった直後はみんなの荒れようがすごかったですもんね」

 あの人が死んだ、という連絡を受けたその日、事務所は阿鼻叫喚だった。泣き崩れる娘や、泣いている娘を気丈に励ます娘、あの人の死を受け入れられず病院に駆け出す娘。後を追おうとする娘。

 誰もがあの日はまともではなかった。狂気じみた空気の中、私だけがただ茫然と立っているしかできなかった。

「約束……」

 ぽつりと呟く

「はい? 約束ですか?」

「あ、いえ、なんでもないです」

 ふと、あの日を思い出す。

 あの人が死んだと伝えられた日、私はあの人の死を受け入れられず、あの人の自宅に向かっていた。もう長い事入院していたため、そこにあの人が居ない事は知りながらも。

 貰っていた合鍵で、部屋に入り、家主を失った部屋を見回し、部屋中を探し回った。

 付き合っていたのは内緒にしていたため、外にデートには行けず、会う時はいつもあの人の部屋。たくさんの思い出が詰まった部屋。

 言葉で聞いただけでは実感が沸かなかったのに、あの人の部屋で、自分の目であの人が居ない事を確かめてようやく初めて涙が一筋流れた。

 もう、どこにも私が愛したあの人は居ない。

 その後、あの人のお葬式に事務所総出で参列し、あの人を見送った。遠い遠い世界へ。

 あの人が居なくなってからというもの、事務所も大きく変化して行く事になった。

 200人近いアイドル全員を一人でプロデュースしていたため、後を任せられるプロデューサーが居なかったのだ。それに、アイドルのみんなもあの人以外のプロデュースは受けたくないと言って、一人また一人と事務所を去っていった。

 全員が全員事務所を去っていったわけではなく、もちろん事務所に残るアイドルも居た。

 あの人が夢見たトップアイドルになって、遠い世界からでも見えるようにと輝くことを選択した、強い娘達だ。

 その娘達もしばらくはセルフプロデュースの形をとり、徐々にではあるが別のプロデューサーの指導も受けていた。

だが、アイドルのみんなはあの人以外には心を開く事はなく、あの人の存在がいかに大きなものだったのかを知った、後任のプロデューサーのほとんどは荷が重いと言ってアイドルの元を去っていった。

 しかし、二年前に入ったプロデューサーが彼女たちの凍り付いた心を溶かすことに成功し、こうして今もプロデュースを続けている。

 弱い私はそんな強い彼女らと違って、去っていった娘達と同じでアイドルを辞める選択をした。

 しかし、辞めた後もあの人の事を忘れる事が出来ず、あの人の思い出にすがるように事務員としてこの事務所に所属している。

 家もウサミン星から、あの人が住んでいたあの部屋に移って。


「ふぅー……」

 手がかじかむ。いくら手袋をしていても冷え性な私は手がかじかんでしまう。吐いた息は真っ白で、本格的な冬の到来を告げているようだった。

 手を軽くにぎにぎと動かす。寒くなるとあの人は私の手を握って暖めてくれた。

 そんな懐かしい記憶を思い出しながら夜空の星を見上げる。

「ウサミン星は楽しいですか? Pさん」

 届くはずの無い言葉を投げかける。

「ほんとに、約束破ってばかりでしたよね」

 昼間にあの人の事を思い出したからだろうか。言葉が溢れるように出てくる。

「トップアイドルにしてくれるって、幸せなお嫁さんにしてくれるって」

 寒さのせいではなく声が震える。

「私は……、ナナは楽しみに……してたんですよ」

 あの人との未来を夢見て、ウサミン星人だった安部菜々は精いっぱい生きていた。

「今度の約束はちゃんと守ってくれるんですよね?」

 あの人のお葬式の日、ちひろさんから聞いた言葉を思い出す。

「ナナも、Pさんの事、ずっと待ってますから。何度生まれ変わっても、ずーっと待ってますから」

 ウサギは長い耳を持っている。どんな声でも聞き逃さないように長い長い耳を。

「ちゃんと待ってますから」





 人込みの中をかき分けるように歩く。どうしてこうも都会ってのは人が多いのだろうか。

「ふぅ……」

 公園のベンチでひと心地ついて、空を見上げる。

 以前のような空は広がっておらず、無数の車が飛び交っていた。

 地上にも空にもこんなに多くの人が居ては、待ち人に会うにも一苦労だ。もしかすると会えないかもしれない。

 だが、約束したのだ。いつの約束だったのかは思い出せないくらいに遠い遠い昔に。

「そこの君!」

 ふいに声がかけられる。

「アイドルにならないか? 君ならトップアイドルになれるよ。いや、俺がしてみせる」

 初めて会った時と同じセリフを。そして、初めて会った時にはなかった言葉を付け加えて。

「約束しただろ? 何度生まれ変わっても見つけてみせるって」

 長い間、恋い焦がれた愛する人が笑顔で私の前に立つ。待たせてごめんと言いながら右手を差し出す。

 私は流れる涙を拭って笑顔を作り、彼の手を取った。

「待ってましたよ。Pさん」

End

以上です。

人死に系は話が作りやすいので、文章の練習に安易に使用してしまうのですがよろしくないですね。

もっとうまく文章作れるようになりたいです。

では、お読みいただけましたら幸いです。

とりあえず風呂入って、依頼出してきます。

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