三船美優「青いメモリー」 (40)


まだギリギリ秋かと思いますので、三船美優と佐藤心のSSを書きました。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1448891972


「スッ、スウィーティー…」
「声が上ずってるぞ☆ もっかい☆」
「スウィーティー↑」
「慣れてない感じがいいけど、もっかい☆」
「スウィーティ…♪」
「……ちょっと色っぽいからえぬじー☆」
「えぇっ!?」


 ――私とユニットを組むなら、とりあえず特訓からだぞ☆
 そんな心さんの宣言から、私三船美優と心さんの特訓の日々が始まりました。
 秋のライブに向けて、二人でダンスレッスン、ボイスレッスン、衣装合わせ…。
 目まぐるしい忙しさの中で、私たちは着実に積み重ねていくのでした。


「はぁと、唐突だけどわかったことがある」
「…なんでしょう?」

 レッスン終わりの昼食時。
 『たまには体重気にせず外食しよっ☆というか腹減った☆』と、心さんに引っ張られて中華料理店へ。
 私は小さめの天津飯、心さんは炒飯半ラーメンセット。
 少しずつ食べる私とは裏腹に、男性顔負けのペースで平らげていきます…。
 ……そういえば心さん、この間減量したばかりだけど、大丈夫なんでしょうか…。


「美優ちゃんセクスィーなんだわ」
「えほっ!」

 思わず飲み込んだ卵がむせる。
 …な、なにをいきなりっ…!

「はぁとも我ながら『そこそこセクスィー☆』を自負してるけど、美優ちゃんは違うわ。フェロモンが違うわ」

 心さんは私に水を差し出して、そのまま食事を続けます。
 女性ながら本当にいい食べっぷりで…アイドルとしてそれはいいんでしょうか…?


「フェロモンって…礼子さんとか、留美さんなら分かるんですけど…」
「はふはふっ、まーね。でも美優ちゃんのは、そういうセクスィーとは違うかな」
「……?」

 水を受け取って飲むと、こくこくと喉が鳴る。
 冷たさが心地よく体に染みこんで、はぁっと息を吐いた。

「それそれ」
「はい?」


「その時々見せる『無自覚の色っぽさ』に、男の子はドキドキってわけ☆ドキメロ☆」
「そ、そうなんですか…?」
「はむっ。そんなもんよ、若い男の子はふごふごっ…ちょろふごっ」
「炒飯食べながら喋らないでくださいっ」

 今度は私から心さんに水を差し出すと、心さんはぐっと一気飲みします。
 気がつけば、心さんのお皿は空っぽになっていました。


「これをライブに活かさない手はないわ。やっぱり決め台詞の『スウィーティー☆』をマスターしてもらわないと」
「ら、ライブでやるんですか……」
「プロデューサーには、はぁとの直談判で許可貰っておくから☆物理で☆」
「…物理?」
「乙女の秘密よん」

 ……乙女っていう年でもないような。
 たぶん心さんのNGワードだから飲み込んでおきます。…私も同じ年ですし。

「おやっさーん! ギョーザ一枚追加☆」

 って、まだ食べるんですか?


「心さん、いい加減にしないとそろそろ…」
「美優ちゃんも食べたいの? おやっさ――」
「だめですっ! というか、どうせ私の分も心さんが食べる気ですよね!」
「…あっ、バレた? というかバレバレ?」
「たくさん食べたこと、プロデューサーさんに言いつけますよっ」
「…美優ちゃん、はぁとの対策分かってきたな?」

 小さく怒る私を尻目に、心さんはニヒッと笑います。
 なぜだか満足そうに見えたのは気のせいだと思います。たぶん。


**

 それからというもの、心さんは冒険を始めました。
 …暴走というのは、ちょっと心苦しいですからね。

「衣装いっぱい借りてきたぞい」
「こんなにたくさん…」
「あるだけ借りてきた☆物理で☆」
「…物理?」
「乙女の秘密よん」
「小さい子たちのマーチングの衣装まで…さすがに入らないですよ? あとこの着ぐるみは、ちょっと…」
「いいじゃん、ライブでぐさーっとさ☆…って、やっべ! この着ぐるみ、今日使うって言ってたんだった!」
「急いで返して来てください!」


**

「…今度は何を持ってきたんですか?」
「写真よ写真。都ちゃんから貰ってきた☆」
「…物理ですか?」
「うんにゃ、今回は金よ☆ 具体的に言うと焼き肉おごる☆」
「それならいいですけど…」

 机の上に散らばっていたのは、見覚えのあるスーツ姿。
 目線はどれもカメラを見ていないので、すぐに盗撮だと気が付きました。


「おやおやー、美優ちゃんも気になるぅ?」
「…そ、そんなことは…」
「こんなところにプロデューサーの寝顔が!」
「……!」

 高く掲げられた心さんの右手には、ブレブレの写真。
 途端に体温が上がるのが分かりました。

「じょーだんじょーだん☆」
「……」
「むすっとしないで、ね! はぴはぴ☆」
「……」
「今度いい写真あげるから、今度はマキノちゃんに頼むから、ね?」
「……貰いますけど」
「素直でよろしい」


**

「うぇーっと、おっすおっす」

 その日の心さんは、レッスンの集合時間に少しだけ遅れてきました。
 いつもよりテンション低めで、あからさまに顔色も良くないです。

「心さん…二日酔いですね?」
「ピンポーン。昨日はナナせんぱ…違った、一人で飲んでてさー。うえっぷ、ナナせんぱいのグチがね…いや一人で飲んでたんだけど」
「……その、察したので。レッスンのメニュー変えましょう」
「美優ちゃん察しが良くて助かるぅ…」
「トレーナーさんに相談してきます」


 私からトレーナーさんに相談すると、今日はオフにした方がいいと提案が返ってきました。
 どうやら昨日の二人を見たらしいです。
 …菜々さんは、見られたら色々とマズいんじゃ…?

「相当悪酔いしてたからな…」
「はぁ…」
「その、なんだ。高垣なんか比じゃない悪酔いだぞ」
「それは相当ですね…」


「心さん、レッスンは中止です」
「ううっ…なんだか気持ち悪くなってきた…口からはぁとが出る…」
「そ、外行きましょう!」
「はぁとくんリバース!」
「ふざけてないで、外行きますよっ!」

 はぁとリバースは防げました。それだけでよしとします。


**

 他の子のレッスンのジャマしちゃ悪いからと、私と心さんは近くの公園まできました。
 最悪路上に吐いてもいいっしょ☆なんて軽口を叩いてましたけど。
 秋風に吹かれて二人歩いてみると、不思議と口数も少なくなっていました。

「ふひー、だいぶ調子戻ってきたー」
「でも今日はレッスン禁止ですからね、ダンスレッスンなんてもってのほかですからね」
「……ライブいつだっけ」
「来週ですよ」
「はぁと、ちょっと反省してる。メンゴ」
「あれだけ毎日てんやわんやで練習してたんですから、たまにはいいんですよ」
「はー、優しさが染みるわぁー。ついでに寒いわー」


 秋も終わりに近いのか、歩いた後には落ち葉の足跡ができました。
 二人の足跡が点々と、ときどきフラフラと。

「……よし!」

 心さんはふと立ち止まって、私を真正面から見つめました。

「こんな機会でもなきゃ話せないし! 腹割って話そう!物理で!」
「…物理ってなんですか、物理って!」
「それは乙女の秘密よん☆ それにほら、26にもなるとさ、人と腹割って話す機会なんてないじゃん?」


 ベンチに落ちていた葉を払って、心さんは体重を預けます。
 私もそれに合わせて、少しだけ距離を空けて座りました。

「…美優ちゃんはさ」
「はい」
「はぁとの無茶振りに、文句言わないよね。というか…なすがまま?」

 …なすがまま、でしょうか…?
 私が首を傾げていると、心さんはすかさずフォローを入れます。


「なにがあっても、全部受け入れちゃうカンジよ」
「あぁ…この事務所にきてから、色んなことがありましたからね…」
「がおー☆とか?」
「そうです、がおー…とか」
「慣れってやつか…こえーなー…」
「……慣れとは、違うかもしれません」


 私は、振り返る。
 例えば、あのトラ柄の衣装を着たとき。
 最初は戸惑ったけれど、いつの間にか楽しくなったりして。
 例えば、雨に降られて撮影したとき。
 あじさいの道を歩いた思い出を、大事にしたりして。
 例えば、ウェディングドレスに袖を通したとき。
 …胸の高鳴りを、抑えられるか不安になったりして。


「みんなから色んなことを教わって、自分じゃ絶対にやらないこともやってみて…新しい私になってるなって、思ったんです」

 次はどんな私になれるんだろう。
 …ちょっとだけ期待してるんですよ、プロデューサーさんにも、心さんにも。



「楽しくて、しかたないんです…本当に」
「なるほど。だから、はぁとの無茶振りにも応えちゃうんだ」

 もちろん、限度はありますよ。
 鈴帆ちゃんの着ぐるみとか、年齢的に着れない衣装、とか。

「しかし新しい自分かぁ…。はぁとは何をしても、はぁとを辞められないな。つーか無理☆はぁと以外、想像できない」
「…それが普通ですよ」
「でも26年も連れ添ってるから――後悔はない、かな」



 心さんは後悔しない。
 強い自分が好きだから、後悔しない。
 私は――

「……」

 ――新しい自分になりたいのは、古い自分が嫌だから。



「…私は後悔しながら、生きてます」
「知ってる」

 はぁとも似たようなもんだしと、心さんは私の肩に頭を預けます。
 何を後悔しているのか、問いただそうとはしませんでした。
 ただ静かに、ぽつりと。

「26年って長いよね」

 懐かしむように、目を閉じました。



 お互い言葉を発さずに、遠くで聞こえる喧騒に耳を傾けて。
 ほのかな秋の香りと、冬を待つ風に体を震わせながら。
 ――遠い季節を、巡っていく。
 どれだけ新しい自分になっても、忘れられないものがあるんです。
 …たぶん、心さんにも。

「はぁと今ね、何考えてると思う?」
「…むかしのこと、ですかね」



「ぶっぶー。正解は、今日の昼ごはんのメニュー。さっきからお腹がペコりんなの」

 ……はい?

「はぁと、考え込むとかキャラじゃねぇの。それならカツ丼でもかきこんだ方がマシ」
「えっ、その…はい?」
「…あんまり深く考えたってさ、時間は戻ってこないし」

 心さんは、私の額をピンと弾く。

「この道を選んでない美優ちゃんもいないんだから…胸張れよ☆」



 ――この道選んでいない自分は、いない。

「…この道を選んでいない心さんも、ですか」
「もっちろん。はぁとは最初っからはぁとだけどな☆」

 にぃっと、心さんはVサインをしました。
 シュガーハートに悩みは不要、そう言っているようでした。



「はぁと、わかった。美優ちゃんなら、はぁとの背中を預けられる。というか心中できる」
「し、心中はちょっと…」
「いや、やっぱなし! 美優ちゃんと心中って絵面、シャレになんないわ!」
「こらっ」

 二人で笑って、秋風が通り抜けていく。
 いつの間にか、距離はなくなっていました。



**

 そしてライブ当日。

「最初は私だけステージに上がって、『スウィーティー』って言ったら」
「はぁとが『おいおい本家本元の『スウィーティー』はコレだぜ☆』で登場。つかみはばっちし」
「……大丈夫でしょうか…」
「失敗しても、はぁとがなんとかしてあげる☆物理で☆」
「ふふっ…失敗するなってことですか?」
「思い切りやっていいってことよん。遠慮はNGってこと」



 そう言って、心さんは私の背中を押しました。
 とても心地よいエールでした。
 胸を張らなきゃ、『物理☆』で背中をまた押されそうで。
 自然と胸を張って、ステージを見ていました。

(…この道を選んでいない三船美優はいない…だから、胸を張れ…)

 震える鼓動を抑えて、スポットライトに手を差し伸べて。
 不安を振り切る高揚感を、糧にして。
 私の声を、みんなにちゃんと届けられるように。

 ――振り絞れ、三船美優。





「スウィーティー…❤」

 時間が止まる。
 スポットライトへ、世界が一つになる。



「あなたのハートをシュガシュガスウィート♪ みなさんの三船美優ですっ」

 正直、不安でした。
 いつもと違う私に、ファンが答えてくれるか不安でした。

 でもすぐに、ワァァと歓声があがって、青い光が踊り出しました。
 ――掴んだ。
 確かに、私はそう感じました。
 …これなら、みんなに届けられる。




「今日はパートナーの真似をしてみましたっ、どうでしたか? 似てましたか?」

「…やっぱり似てないですか? 本人に訊くのが一番早い…ですかね?」

「えっ、呼ばなくていい? こっ、こまりますっ」

「それじゃあみなさんっ、私のパートナーの名前、呼んでくれますかっ!」

「せーのっ!」



**

「…やりやがったな、三船美優」

 三船美優という女を侮っていた。
 不安げな優しい女だと思っていた。
 違った。いや、変わったのだ。
 …三船美優は、魔性のアイドルになったのだ。

「へへっ、そうでなくっちゃ…そうでなくっちゃな!」

 三船美優は私にウインクする。

「何が後悔しながら生きてるだ。したたかに出し抜いてんじゃねぇか。――最高かよっ!」



++

 心さんは、笑っていました。
 苦いような、甘いような、スウィーティーな笑顔。
 そして、声に応じて走りだしていました。

「遅れて登場ッ! アナタのはぁとをシュガシュガスウィート☆ しゅがーはーとだぞ♪」

 歓声が心さんを包み込んで、黄色い光が踊ります。

「スウィーティー♪ ってもういっか! お前ら堪能したろ!」
「へ!?」
「はぁとのスウィーティーより、とびっきりスウィーティーだったな! うーんデリシャス!」



 『したー!』と、みなさんからの声がたくさん聞こえます。
 心さんは、私の手を掴んで走り出しました。

「もっともっと堪能させてやるから、覚悟してろよーッ! 主に物理で!」
「だから物理ってなんですかっ、物理って!」

 私もその手を握り返して。
 ――スウィーティーなライブは、幕を開けました。



以上で終了です。
慣れない投稿で、お粗末さまでした。

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