男「小説家になろう」(26)

男「俺、小説家になりたい」

男「どうすればなれるのかな?」

女「そうねえ……。まずその髪の毛をもうちょっとボサボサにした方がいいわね」

男「え、どうして? 人からだらしなく見られちゃうんじゃない?」

女「それでいいのよ」

女「執筆に夢中で、ヘアスタイルを気にしてる余裕なんかないってアピールできるでしょ」

男「なるほど!」

男「どう?」ボサッ

女「おお~、いいじゃない、いいじゃない」

女「髪の毛いじくってる暇なんかないんだよ、って無言の主張が伝わってくるわ」

男「ありがとう。次はどうすればいい?」

女「洋服より和服にした方がいいわね。その方がより小説家っぽいし」

男「分かった!」

男「どうかな?」バッ

女「いいじゃない、いかにも文豪って感じ!」

女「じゃあ、今度は道具を揃えなきゃね。万年筆を買いましょう」

男「万年筆? 今時の小説家って、みんなパソコンで書いてるんじゃないの?」

女「なぁにいってんの。万年筆じゃないと雰囲気が出ないじゃない」

女「それにパソコンでカタカタ執筆、だなんて風情がないでしょ」

男「それもそうか」

男「万年筆を購入したよ!」サッ

女「わぁっ、かっこいい! すっごくいい文章書けそう!」

男「だけど万年筆って結構高いんだね。これ1万円もしたよ」

女「なにしろ万年っていうぐらいだしね」

女「だけど、中には100万円以上する万年筆もあるっていうわよ」

男「ひえぇ……万年筆ってすごいんだなぁ」

男「道具も揃えたところで、次はどうしようか」

女「小説家になるなら、やっぱり書斎が欲しいわね」

男「書斎かぁ……。俺、今アパート暮らしなんだけど、大家さんに頼んでみるか」

男「すみません、アパート改造して書斎作ってもいいですか?」

大家「いいよ!」



男「あっさり快諾してもらえて、書斎を作ったよ」ジャーン

女「まぁっ、ステキなお部屋!」

女「マホガニー製の机、天井に届く本棚、無駄にぶ厚い本、どれをとっても素晴らしいわ」

男「あのぶ厚い本の数々は、多分一生読まないだろうけどね」

男「さて、他にやることはあるかな?」

女「本を出版した時に使う、著者近影を撮影しましょう!」

男「……」ビシッ

女「うーん、まるで証明写真ね。もっと悩ましげな表情とポーズの方がいいわ」

男「こう?」クイッ

女「お、いいじゃない。いい文章が書けなくて悩んでる、って顔してるわ」

男「実際には親知らずをどうしようかで悩んでるんだけどね。抜くべきか、抜かぬべきか」

女「ハイチーズ!」パシャッ



男「おお、いいねえ! どこからどう見ても、気難しい文豪にしか見えないよ!」

男「あとなにか必要なものってあるかな?」

女「そうねえ……やっぱり編集者は欲しいところね」

男「編集者か……。友達に出版社勤めの奴がいるから、そいつに頼んでみるか」

友「先生! 原稿はまだですかぁ~!? 締め切りはとっくに過ぎてますよぉ!?」

友「このままじゃ雑誌に穴が空いちゃいますよぉ~! どうしてくれるんです!?」

友「……これでいいのかい?」

男「うん、実によかったよ! やべぇ、まだ白紙だよ……って気分になれたよ!」

男「それじゃ、今のを週に3回ぐらい頼むよ」

友「お安い御用さ」



男「いよいよ、俺も本格的に小説家っぽくなってきたな。あとはどうすればいい?」

女「そうねえ。やっぱり作家たるもの、自殺未遂の経験くらいあった方がいいわね」

男「自殺未遂かぁ……ちょっと怖いなぁ」

女「カッターナイフで手首をちょっと切ればいいのよ。平気、平気」

男「えいっ!」チクッ

男「こんなものでいいかな? 1ミリほど傷をつけただけだけど。血も出てないし」

女「ええ、こんなものでいいわ」

女「ようするに、自殺をしようとしたっていう事実が大事なんだから」

男「なるほどね」

男「これで俺も、ようやく小説家だ!」

女「――待って! やることはまだあるわ!」

男「くっそぉ~! 今年も○○賞に落選した!」クシャクシャッ

男「なぜ、このような低俗な作品が入賞するのだぁっ! バカな審査員どもめ!」ポイッ

男「どう?」

女「いいじゃない! 実力はあるけど、なかなか賞に恵まれない作家みたいだったわ!」

男「といっても、俺は落選するしない以前に、作品を一つも書いてないし」

男「入賞した作品を読んでみたけど、メチャクチャ面白かったけどね」

女「個人的な事情や感想はどうでもいいの。悔しがらないと小説家っぽさが出ないの」

男「小説家になるって大変なんだなぁ」

男「だけど……これでやっと、やっと俺も小説家になれたんだね」

女「ええ、華々しくデビューしましょう!」



司会「あなたは小説家なんですって?」

男「ええ、小説家です」

司会「ちなみに、どんな作品を書いておられるんですか?」

男「なにも書いてません」

司会「小説家ちゃうんかい!」

どっ……!



男「これが、この町の名物のおまんじゅうですね」

男「ではいただきます」モグッ

男「……うん、おいひぃ~! 上品な甘さで、とてもデリィシャスです!」

男「皮とあんこの絶妙なコラボレーション! ほっぺたが落ちそうですよぉ!」

店主「ありがとうございます」ニコニコ…



実況『今回、始球式を務めますのは、小説家の男さんです!』



男「えいっ!」シュッ

ズバンッ!



実況『おおっ、すばらしい投球! ありがとうございましたーっ!』



<アフリカに井戸を掘れ! 人気小説家の挑戦!>



男「ハァ、ハァ……水出ねえなぁ……」ザクッザクッ

ブッシャアアアアア!

男「おおっ、水が出たぁっ! やったぁ!」

現地人「アリガト、アリガト」ガシッ

男「いや、みんなが協力してくれたおかげだよ……!」ギュッ…



男『この世の中を変えたい! ……という情熱をもってこのたび出馬いたしました!』

男『わたくしに任せていただければ、この国はもっとよりよい国になります!』

男『皆さま、どうかわたくしに清き一票を、お願い致します!』



パチパチパチ……! ワアァァァ……



アナウンサー『人気小説家の男氏が、妻に暴力を振るっていたことが明らかになりました』

アナウンサー『まもなく、記者会見が開かれるもようです』



パシャッ! パシャシャッ! パシャッ!

男「このたびはこのような不祥事を起こしてしまい、誠に申し訳ありません」

記者「なぜ奥さまに暴力を?」

男「小説家たるもの、不祥事のひとつやふたつ起こさないと、と妻にいわれまして……」

男「しばらくは執筆活動を自粛するつもりでおります」

パシャッ! パシャシャッ! パシャッ!



人気小説家の男さんがアニメ監督に初挑戦!

天国と地獄と現世がくっついてしまうという、超エンターテイメント作品!



劇場アニメ『天地崩壊 ~作画も崩壊~』



○月×日より、全国ロードショー!



記者「――エベレスト登頂成功、おめでとうございます」

男「ありがとうございます」

記者「今のお気持ちはいかがですか?」

男「達成感と……あと生きて帰ってこれてよかったという気持ちが同居してますね」

記者「このエベレスト登頂体験を本になさるおつもりはありますか?」

男「今のところ、そういった予定はないですね」

……

……



テレビ『本日未明、小説家の男さんが自宅で心不全のため亡くなりました。93歳でした』

テレビ『なお、葬儀は身内だけで行われるということです』

テレビ『亡くなる寸前、男さんは雑誌のインタビューに対して』

テレビ『小説書く以外のことはだいたいやった。いい人生を送れた、と語っており……』







                                     おわり

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